反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど (コロリエル)
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でろでろになってる赤メッシュ
反骨の赤メッシュ、と呼ばれる少女が居る。
名は美竹蘭。華道の家元に産まれた一人娘。幼馴染みとガールズバンド、『Afterglow』を結成。そのギタボ。
特徴はなんと言っても、黒い髪に映える、一本入った赤メッシュ。
更に元々口数が少なく、バンド仲間以外と話す事が少なく、更にいえばバンド仲間の中でもあまり喋らない。
そして、学校では授業をサボって平気で屋上に居ることもしばしば。
見た目の派手さや学校での態度、無口な性格から巷では『不良少女』とすら言われている。
しかし、実際の蘭はそんな悪い子ではない。
厳しく育てられたからか礼儀正しい一面もあるし、仲間想いで優しい子でもある。更には、自分の夢のために全力で、それこそボロボロになりそうなほど努力することの出来る女の子。
単純に、周りに素直になることができない、不器用な女の子。
それが本当の『美竹蘭』だ。
ただ、これが俺の前となると話が変わる。
小学校からの幼馴染みにして、唯一の異性の友人であった俺。
お互いに少し大人しかったという事もあり、シンパシーでも感じたのだろうか。気が付けばずっと一緒に居た。
そして、いつの間にやらお互いに惹かれあい、高校に上がると同時にお互いに告白。晴れて恋人同士となる。
その時はそれはもう盛大にお祝いしてもらった。挨拶に行った蘭の父さんの表情が実に面白かった。
さて、話を戻すと。
幼馴染みで、恋人である俺の前での蘭はと言うと……。
「蘭ー? 俺の耳美味いかー?」
「ふぉいひぃい」
「耳食べながら喋んな! くすぐってぇ!」
でろっでろに甘えてくるのです。
─反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど─
「いいじゃん食べても。気持ちいいでしょ?」
「俺が発情したらどーすんだよ。襲うぞ?」
「そんな度胸無いくせに」
「くっ……!」
完全に性格を把握しているし、されている間柄。俺がそんな事をしないと信頼されてる。男が廃ってしまう気もするが、蘭のことは大切にしたい。
……まあ、ヤる事はとっくにヤっているのだが。
さて、ここで現在の状況を説明しよう。
場所は美竹家の蘭の自室。家には俺達以外居らず、蘭の父親は夕方頃まで帰って来ない。
時刻は土曜日朝十時。元々はデートでもしようかと話していたが、『二人で家でゆっくりしたい』という蘭の要望を叶える形をとった。
そして、蘭は胡座をかいて座っている俺の上に座り、俺を正面から抱きしめるように座っている。
そのまま丁度いい高さにあるのか、俺の右肩に顔を乗せて、耳を甘噛みしていた。
何だこの可愛い生き物。
「……蘭、軽い、どいて」
「それ、遠回しに重いって言ってるよね?」
「蘭の重さならウェルカムだけどよぉ……もっとこう、いい体勢ってのがあるだろう?」
恋人が膝の上に対面するように座っていて、耳を食まれる。
やばい。倫理的に不味い。
普通の男なら、恋人がこんな行動をしてしたのなら黙って襲うだろうが、蘭のこの行動には、そういった意味は無い。
純粋に、俺にかまって欲しいだけなのだ。学校も違う俺と一緒に居る時間を、めいいっぱい楽しもうとしているのだ。
「例えば?」
「例えば……そうだな、添い寝とか?」
「添い寝?」
「密着度も高いし、お互いの顔も見やすい。ギューもチューもしやすい。眠たくなったらすぐ寝れる。今なら俺の腕枕付き。どうだ?」
「……何してるの。早くベッド行くよ」
目を爛々と輝かせたかと思うと、抱きついていた腕を解き、スっと立ち上がる。
そのままベッドにぼすん、とダイブしたかと思うと、掛け布団にモゾモゾと潜り込む。
ひょこん、と顔だけ出したかと思うと、照れたようにこちらを見つめてくる。
「……早く来て。寒い」
何だこの可愛い生き物(二回目)。
思わずルパンダイブ決め込みそうになる。あのステテコパンツ一丁になって不二子ちゃんにダイブするやつ。
しないけど。もししたら、蘭は顔真っ赤にしてグーを飛ばしてくる。痛いのだこれが。
「ハイハイ……もっと詰めろ」
欲望に素直な蘭に思わず、苦笑い。惚れた弱み、とはよく言ったもので、そんな彼女ですら愛おしいとすら思ってしまう。
重症だ。俺も蘭も。お互いの事が好きすぎて、脳みそが溶けている。
溶けきって混ざりあって、お互いの境目が無くなればいいのに……なんて、ロマンティックなことを言ってみる。
「ん……暖かい」
「……いや待て待て待て待て」
布団に入り、約束通り蘭の頭の下に右腕を置く。蘭はそのまま俺の身体に再び抱き着いてくる。
しかし、布団から、目の前から、枕から。
俺の身を包んでいる全てから、俺の嗅覚に蘭の匂いが叩き込まれる。
ヤバい、マジでやばい。
どれくらいヤバいかと言うと、理性崩壊するラインの上でコサックダンスしているくらい。
だって俺、男子高校生だもん。好きな子の匂いとか、クるに決まってる。いや、今はキマってる、の方が正しいか?
「ん……亮の匂い……落ち着く」
「そうか。俺はお前の匂いで落ち着かん」
すんすんと鼻を鳴らし、俺の胸元で匂いを嗅ごうとする蘭と、嗅ぐまでもなく匂いが飛び込んでくる俺。
幸せだよ? 幸せだけどね? こんなに純粋に触れ合おうとしている蘭に手を出すわけには行かないって言う、理性と本能の戦いが辛い。
「そうなの? 好きな人の匂いって、落ち着かない?」
「落ち着く時と落ち着かない時がある。今は落ち着かん」
正直に答える。嘘をついても、蘭にはすぐバレる。
心臓バクバクだし。体温上がってるし。腕痺れてるし。蘭温かいし。蘭柔らかいし。
しょうがないもん。男の子だもん。股間と脳みそ直列だもん。全世界の男は俺を褒めてくれ。恋人と同じ布団のに入っていて、それでも襲いかかってないだけ褒めてくれ。
「ふーん……? んー……んー……」
「……蘭よ。なんのつもりだ」
「ちゅーして」
「ちゅー言うな」
んっ、と目をつぶって唇を突き出す恋人。反骨の赤メッシュがちゅーとか言ってるとこ、親父さんが見たらどう思うのだろうか。
……お、親父さんの顔思い浮かべたら、色々治まってきた。サンキュー親父さん。フォーエバー親父さん。出来れば帰らないで下さい。いや、帰ってきて下さい。このままではあなたの大切な娘さんに襲いかかってしまいます。いややっぱり帰らないで下さい、娘さんともっとイチャコラしたいです。
相反する思いが自分の中で激しく戦う。具体的には、六対四で帰ってきて欲しい方が強い。
ちゅーくらい何を大袈裟な……と思う諸君。何度も言うが、俺、男子高校生。
コサックダンスは加速。頭の中のロシア人が頑張っている。
「……亮? ちゅーしてくれるって言った……よね?」
コサックダンスからタップダンスになった。より速いリズムで音を鳴らす。ロシア人さようなら、こんにちはこの前テレビで見たタップダンスの達人のおっさん。
もはやここまでせがまれて、ちゅーしない、なんてこと出来るわけない。が、耐えきれるのか俺。
──親父さん、ロシア人のおっさん、タップダンスのおっさん、見守っててくれ……!
頭の中で仲良く肩を組む三人のおっさんに背を向ける。ここから先は、俺の一人の戦いだ。彼らに見せる訳には行かない。
蘭の可愛い姿を見ていいのは、俺だけだ。
「はぁ……目ェ閉じろ」
「……! わ、分かった……ん」
一瞬だけ、ぱあっと目を輝かせたかと思うと、そのまま神妙な面持ちで目を閉じ、唇を突き出す。
彼女の唇。普段はここから凛々しい声を出し、激しい感情をさらけ出しながら歌を魅せる。そこに触れる権利があるのは、俺だけ。
これ程までに、興奮するものは無いだろう?
「……好きだ、蘭」
「えっ、ちょ、んむっ」
有無を言わさず口を塞ぐ。ここまで散々やられた、そのお返し。
触れ合った唇から、熱が広がる。ただでさえ近かった距離が、ゼロ。
物理的な距離も、心の距離も、例外無くゼロ。
一瞬だけ目を見開き、しかしそのあとすぐに幸せそうに目を閉じる。その目じりには少しだけ涙が浮かんでいる──そんな愛おしい様子の蘭の事を、薄目を開けて眺めていた。
「んっ……ぷはっ……はぁ……はぁ……」
リラックスしていた表情が、何故か知らないが赤く染っていた。彼女に一本通った赤色と同じくらいに。
暫く見つめ合っていたが、そのままオレの胸にポスン、と顔を埋めてくる。
「……ずるい」
「どっちが」
頭を撫で、その手触りのいいサラサラの髪の毛に指を通し、抱き締める。彼女自身の髪の匂いが、より強く鼻をくすぐる。
──本当に、ずるいのはどっちだ。
何もしなくても俺を魅了する彼女。どこまでベタ惚れなんだと、思わず苦笑い。
そんな事を考えているとは知ってか知らずが、俺の胸にぐりぐりと額を押し付ける蘭。まるでマーキングだな、と他人事のように考えた。
「……亮のこと、もっと好きになっちゃうじゃない」
「そりゃあ困った。俺もお前のこともっと好きにならなきゃ釣り合わなくなる」
「……好き」
「俺も」
熱い熱い布団の中。
俺達の気持ちは、寝静まることはなさそうだった。
ちなみに、さっきからずっと頭の中で、三人のおっさんが肩を組んで笑顔でタップダンスしていたのは内緒だ。よく耐えた俺。
ご閲覧ありがとうございます。最近病みだったり闇ばっかり書いてたので、これはこれで楽しかったです。よろしければこちらの作品もよろしくお願いします。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けるとなんか歌います。
それでは、また次回。
美竹蘭が可愛くなるボタン
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からかわれ上手の赤メッシュ
「りょーくんー。また蘭とイチャイチャしてるー」
「はぁ? イチャイチャなんかしてないし」
不機嫌です、というオーラを全身から出す愛しの恋人、美竹蘭。
最近あった恥ずかしい出来事は、歌詞ノートに『葉加瀬 蘭』と書いてにやにやしていたところを俺に見られたこと。ちなみに言うまでもないかとは思うが、『葉加瀬』とは俺の苗字だ。
それはいつか現実のものにするとして、彼女が不機嫌になった理由である目の前の白髪の少女……『Afterglow』のギタリスト、青葉モカは、そんな蘭をみて不敵に、しかしゆるーい笑顔を浮かべてみせる。
ちなみに今居る場所は、Afterglowの面々が活用しているライブハウス『CiRCLE』に併設されているカフェテリア。練習は午後からなのだが、折角だから午前中はデートしようと言う話になり、ここでお茶していたのだった。
「ふっふっふー。天才なモカちゃんには全てお見通しなのですよー。小学校の時から片思いしてた蘭が、二人っきりの時にイチャイチャしない訳ないよねー」
「ちょ! モカっ!」
「……え? そんな早いタイミングで!?」
付き合い初めて早二ヶ月にして判明した衝撃の事実に、頭の中にまだ居た三人のおっさんと共に驚く。一週間経ったんだからいい加減帰れ。
俺が蘭の事を好きだと自覚したのが中二の春、告白したのが中三の冬。これでも長い方だと思っていたが、蘭はその倍以上片想いを続けていたというのか。
それは申し訳ないことをした。後でたっぷり甘やかさなければ。
「……お前は知ってたのか?」
「あたしだけじゃないよー? ひーちゃんもトモちんもつぐも、なんならあこちんも蘭のお父さんもお母さんも、クラスの皆も知ってたよー?」
「俺最低じゃね?」
最早言い逃れのできない仕打ちに、仕掛けた本人である俺が頭を抱える。そこまで多くの人間に知れ渡っていて、何故俺の耳に入らない。どれだけ口が堅いんだお前ら。
対面の蘭はモカに暴露されてからというもの、顔を赤く染めてキッとモカを睨みつける。モカはそんな事お構い無しに、緩く笑う。
「サイテーだよー? だからねー、そんなサイテーなりょーくんには、モカちゃんから罰を与えてしんぜよー」
不穏な空気が加速する。さぁ、ここいらでひとつ身構えよう。何を言われるか分かったもんじゃない。
頭の中に思い浮かぶのは、ガタイのいいラガーマンのおっさん達。スクラム組むってか? いいぜ、スクラム組もうぜ。俺ボール入れる役な。
「罰だぁ? 言ってみろよ」
「罰はねー。この店にある『カップル限定ドリンクセット』を二人で飲み切ることー」
……そう来たか。
スクラム組んでたおっさん達は、審判に怒られている。ラグビーの審判って凄い厳しいよね。当たりが強すぎるスポーツだから、当然といえば当然か。
しかし、俺としてはモカの事だから、『山吹ベーカリーのパン沢山買って』とか言うのかと思っていた。
「なっ、なっ、なっ、なっ! 何言ってるのモカ!」
ただでさえ赤かった顔が、耳まで染まる。普段から照れたりする時も顔を少しだけ赤く染めたりしているが、その時を絵の具で着色したと例えるなら、今はペンキをぶっかけた感じ。
以前親父が酔っ払った時もこんな顔だったな、と他人事のように思う。俺も被害受けるはずなのに。
「俺、てっきりパン山ほど奢ってとか言われるのかと……」
「だってー。これは蘭の気持ちに気付かなかった事への罰なんだよー? モカちゃんに得のあることしても、意味ないじゃーん」
この少女も、仲間思いの良い子だった。
まぁ、実際は蘭のことをからかって遊んでいるだけなのだろうが。個人的には、Afterglowの中で二番目か三番目位にはからかいがいがある。一番はあのピンク頭(物理)で確定だが。
ごめん、モカ。お前のこと勘違いしてたよ。
心の中で十年来の幼馴染みに謝罪を告げる。決して口には出さないが。
「それもそうだな……よしっ、蘭。今まで寂しい思いさせたな。その分いっぱいイチャイチャしよう。まずはここのカップル限定ドリンクセット頼むか!」
「ばっかじゃないの!? そんな恥ずかしいこと、モカの前で出来るわけないじゃん!」
今更になるが、『カップル限定ドリンクセット』とは、一つの大きなグラスに、ハートを象った飲み口が二つあるストローが刺さっている、定番のやつだ。
『頭の悪そうなラヴラヴカップルが飲んでそうなやつ』といえば、多分間違いない。
別に俺達が『頭の悪そうなラヴラヴカップル』になりたい訳では無いし、そう見られたい訳でもない。ただ、蘭の気持ちに応えたいだけだ。
決して……決して、蘭の恥ずかしがっている姿が見たいという訳では無い。可愛いんだこれがまた……おっと本音が。
「そうか……そんなに俺とイチャイチャするのが嫌なのか……」
恥ずかしい姿が見たい訳では無いが、俺はわざと落ち込んでいるような表情を作り、テーブルの上に置いてあるコーヒーカップの中身を覗く。
顔を下に向けて正解だった。ニヤけが誤魔化しきれていない。
チラリ、と蘭とモカを見てみる。慌てたような表情の蘭と、笑いを堪えているモカ。
脳内のラガーマン達は、俺へ向けて盛大なエールを送ってくれていた。ありがとう、あなた達に応援されると、俺もっと頑張れる気がするよ。夢をありがとう。
「あれ飲めたら、もっと蘭との距離が縮まると思ってさ……勝手に蘭も同じ気持ちだと思い込んでたよ……俺の勘違いだったな……すまない、蘭。この事は忘れて──」
「そんなことないっ!」
表情を引き締め、無理に作ったような笑顔を見せようと顔を上げると、両の目に涙を浮かべた蘭が、大声を上げながら立ち上がっていた。
──あぁ、やりすぎた。
モカと俺が、同じことを思う。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいだけで……もっと亮と仲良くなりたいっ……だからっ、そんな顔しないで……亮が悲しいと、あたしも悲しいっ……」
──自分の気持ちをさらけ出すのが苦手なだけなんだ、あの子は。今も昔も、恐らく、これからも。
そう言っていた、蘭の親父さんの言葉が脳裏を過ぎる。あれは、蘭と交際するという事を報告しに行った時だったか。
最初こそ驚き、悩み、頭を抱えていた彼だったが……一緒に居た蘭に席を外させ、俺と一対一で話していた。そんな時に彼が言った言葉。
──そんな蘭が、好きだと君に伝えたのだろう? なら……それを見守るのが父親の役目だろう。それに、何処の馬の骨とも知らない男だったら考えてたが……君ならもう頷くしかない。
自分を納得させるためのような独白。彼の父親としての娘への愛と、俺への信頼。
重く、しかし温かなそれを受け取った俺は、思わず泣きそうになった。
「……ありがとな、蘭。ごめんな、無茶させて」
立ち上がり、ぐする蘭の頭を優しく撫でる。普段はこんなことないが、たまにはいいだろう。
決して、悲しいなんて一欠片も感じてないという事は言ってはならない。殺される。蘭と、蘭の親父さんに。
「……じゃ、飲むか?」
「……うん」
「そーゆーと思ってー……あたしが注文しといたよー。はいこれー」
いい話風だが、内容は『バカップル専用ドリンクを飲むか飲まないか』という非常にしょうもないもの。周りのお客さんの目線がなんだかくすぐったい。
──いい彼女持ったなお前。
──死に晒せリア充。
──ちくわ大明神。
そんな感情が込められているように感じた……なんだ今の。
「おぉ……ラブコメで見たやつまんまだ!」
「ラブコメで見たやつまんまだね」
想像通り。モカいわく、マンゴー味で、お値段千五百円との事。馬鹿か。ファミレスでちょっと高いやつ一食食える値段じゃねぇか。
早速後悔している。主に金銭的な意味で。
「ほら……早く飲むよ」
腹を括った蘭は強い。
スっと座ったかと思うと、俺と蘭の間に置かれたグラスに刺さったストローの片方を咥える。
早く、と俺に目線で訴える。
急かされては仕方ないので、椅子に腰掛け、改めてストローを咥えた蘭を見る。
……あれこれ、めっちゃ恥ずくね?
今更怖気付く。これ、蘭のこと笑えねぇぞ。すんげー恥ずい。
なんなら、蘭が咥えてるストロー見て、ちょっと……うん。ごめんね? 想像力豊か過ぎて。男子高校生だもん。休み時間に下ネタでゲラゲラ笑ってるような連中だもん。
脳内のラガーマン達の応援に、日本で一番熱い男の応援が加わる。脳内の温度が上がった気がするが、彼に応援されては、奮い立たない訳に行かない。
今日から俺は、富士山だ。
「ハイハイ……よっと」
意を決した俺は、目の前のストローをパクッと咥える。
蘭と目線を絡ませ、一気に吸う。
ちゅー。
ちゅー。
ちゅー。
ズズズッ。
間抜けな音が辺りに響く。
「……このジュースさ」
「……うん」
「「すっごい美味しくね(ない)?」」
恥ずかしさとか、諸々全て吹き飛ぶほどの美味が、口の中いっぱいに広がっていた。
後日。モカの手によって、彼女らのバンド仲間の面々に『バカップルドリンク』を二人仲良く飲んでいる写真が出回ったのは、言うまでもなかった。俺しーらね。
ご閲覧ありがとうございます。あのジュースを大衆の面前で飲む神経が分かりません。分かる日は多分来ない。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、心臓が止まりそうになります。
それでは、また次回。
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暴走機関車赤メッシュ
さて、俺たちは絶賛高校生活を謳歌し始めている。俺は高校生になると同時にバイトを初めて、バイクの免許を取ってバイクを購入したし、幼馴染たちはバンドの活動を本格化させた。
彼女らの学校生活が如何様なものなのかは、学校の違う俺には話で聞くことでしか知ることはできない。本当は蘭と同じ高校に通って、毎朝一緒に登校したり一緒に下校したり、蘭を彼女の家まで送り届けて、玄関先でバイバイのちゅーとかしたかった。
どこぞのオトメナンタラのように、女装して通って、蘭と校内でムフフなことをヤりたいが、現実はそんなに甘くない。明日へ続く坂道の途中で言われてしまった。大人達ではなく、常識にだが。
泣く泣く羽丘の近くにある共学校に進学したのだが、そこそこに友人もでき、それなりの高校生活を送れていると思う。
さて、学生が学生である以上、避けては通れない定期イベントが一つ。
全世界の学生という名の戦士たちが赴く戦場。一夜漬けの技術や武器を用いて、迫りくる難問たちとの死闘が繰り広げられる魔の一週間。
──テスト週間である。
「で? 赤メッシュとピンク頭の二人がやばいと……ひまり、よかったな蘭もいて。お前だけだったら断ってた」
「酷くない!? あと、蘭に甘くない!?」
いついかなる時も騒がしい『不発の大号令』こと、上原ひまり。Afterglowのリーダー(は?)であり、ベーシスト。特徴は同年代と比べて圧倒的に発達した脂肪の塊と、ひたすら明るく前向きなその姿勢。実際彼女に元気づけられたというバンドメンバーは少なくない。
しかし、頼られるリーダーかと言ったらそうでもないし、カリスマがあるかと言われればそれもノー。
むしろ、バンドメンバーの誰よりもからかわれる、なんとも残念なポジションに甘んじていた。それでもバンドは纏まっているのだから、まあ大丈夫なのだろう。
現在、俺たちは普段から愛用しているファミレスに集まり、机の上に各自のドリンクと勉強道具を広げていた。理由は簡単。ひまりに勉強を教えてほしいとせがまれたからだ。
ひまり単体に教えるのはめんどくさいし、自分の勉強もしたいので流していただろうが、そこに蘭も勉強していないという話を聞いた。
ならば、やるしかあるまい。恋人が健やかな学生生活を送るようサポートするのも、彼氏としての責務だろう。
「……テストなんてなくなればいいのに……」
「それは同意できるなー」
正直、数学や物理はいい。きちんと答えが存在するし、それの正しさが証明できるから。現代文だけは本当に許せない。なんで登場人物の感情に対する明確な答えがあると思っているのか。なぜそれに疑問を抱かないのか。『先生がそう言ってるし』じゃねーよ。
などと、現代教育への不満をぶつけてみる。因みに、新入生テストのときの現代文は45点だった。文句だけは一丁前だ。
「でも蘭! テストの点が悪かったら放課後補習だよ?」
「……補習」
どこかやる気のなさそうな蘭に、隣に座っているひまりが指をぴしっと指す。人のことを指差してはいけないと習わなかったのだろうか。
しかし、蘭はそれに不快感を示すことなく、むしろ神妙な面持ちになって話を聞き始める。
「補習になったら、放課後や休みの日に学校に行かなきゃいけないんだよ? そうなったら……」
「亮と会う時間が減る……!?」
顔をさあっと青くした蘭。心なしか体が小刻みに震えているような気もしなくはない。ホラー映画を見た時なら『む、むひゃふりゅいでゃし!』と言っているところだが、今回はそんな余裕もないらしい。
ホラーより俺と過ごす時間が無くなる方が嫌なのかよ。どんだけ俺のこと好きなんだよ。俺も大好きだぜこんちくしょう。
「それでいいの蘭! ただでさえ亮君と一緒にいる時間が少なくなって学校でもうわの空でいることが多いのに、これ以上会えなかったら……」
「会えなかったら……?」
ごくり、と生唾を飲み込む蘭。ごくり、とグラスの中のコーラを飲む俺。この炭酸が堪らない。頭の中にじゃんけんがめっぽう強いサッカー選手が出てきたが、生憎俺はコ〇コーラ派だ。ほな、頂きます。
まあ、そんな妄想をするくらい、俺はこの勉強会はそこまで気乗りしていなかった。せっかく蘭とイチャイチャできる休日が勉強などというしょうもないものにつぶされてしまった、と、気持ちが飲んでいるコーラくらい冷え切っていた。
「亮君が愛想尽かして、他の女の子のところに行っちゃうよ!」
「絶対ない。亮あたしのこと大好きだもん」
コーラ吹きそうになった。
流れが綺麗すぎて、笑うなって方が無理だ。蘭、急に真顔になるんじゃねぇ。
何とか抑えたコーラは脳内で盛大に噴射され、サッカー選手に盛大にぶっかかった。ミラノの時間を指している腕時計の安否が心配される。絶対高いよあれ。
「もー! それじゃあ話が進まないじゃん! 亮君! 愛想尽かすよね!?」
「んなわけねーじゃん」
何年一緒にいると思ってんだ。何年想ってたと思ってんだ。
そうそう簡単に蘭から気持ちが離れる訳がない。もし離れたら……あっやべ泣きそう。想像だけで泣きそう。
有り得ないと言い切れないのが人間関係というもののつらいところ。それでも『永遠』を、『絶対』を誓うというのだから、人間は面白い。
びくびくして泣きそうになるのが現状だが。
「もー! じゃあどうすればやってくれるのー! このままじゃいけないってことは分かってるんだよね!?」
「うーん……やる気があれば」
ぶっきらぼうに言う蘭は、やはりやる気のかけらもない。勉強に関しては常にサボローが打席に入っている蘭だ。やる気にさせるには代打を送るしかない。何秒も続くコールを幕張に響かせるしかないだろう。
愛する蘭のため、戦う姿を見せてやろう。輝く姿は見せれそうにないが。
「そうか……じゃあ蘭。俺と勝負しよう」
指を一本立て、にやりと笑って見せる。蘭はこの俺の表情をかなり警戒するのだが、最終的には俺の思うつぼ。お互いのことを理解しているからこそできるやり方だ。
蘭にとって、勉強することにメリットがあれば喜んで勉強する。だから、そのメリットを提示してやればいい。
「もし、お前が俺のテストの点をどれか一教科でも超えれたら、休みの日丸一日二十四時間、俺のことを自由にしていい」
「っ!?」
「へっ!?」
とんでもない俺の提案に、蘭と、ついでにひまりはぼんっと顔を赤くする。
……好きにしていいと言っているだけなのにそこまで顔を赤くできるその妄想力が羨ましい。俺も同じ穴の狢だが。蘭に同じこと言われたら、そりゃあもう。スタンダッププリーズよ。
「もし俺が勝ったら、蘭には親父さんに『いつもありがとう』って言ってもらうからな」
「差が凄い!?」
流石に、蘭に同じ条件を出させるのは酷ってもんなわけで。しかし、彼女にダメージのある内容でなければなるまい。
最近、親父さんから『最近蘭との距離がやけに遠いんだ……どうすればいいだろうか?』と、すっげぇさみしそうな顔で質問された。絶賛反抗期&思春期なので見守ってやってください。
これなら、蘭に大ダメージ&親父さんも嬉しい。
一石二鳥。完璧だ。
「……を……に……り……じ……」
しかし、蘭なら絶対に顔を顰めるであろうと踏んでいたのだが、蘭は何やら顔を俯かせ、ぶつぶつと呟いていた。
はてなを空中に一つずつ描く俺とひまり。こてんと首を傾げ、蘭の顔を覗き込むのも……震えあがるのも同時だった。
「亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……亮を自由に……!」
こっっっっっっっっっわ。
久しぶりに蘭のことを怖いと思った。怒られて怖いと感じたことはあったが、今回のは明らかに『恐怖』を感じるタイプ。
目ぇギラつかせてるし。
呼吸荒いし。
よだれ出てるし。
もはや、ここにいるのは『反骨の赤メッシュ』などではない。なんかアレなあれだった。形容できないし、したくない。
「……あたし、頑張る。勉強するのはいいことだしね」
「怖いよ蘭!? 目が怖いよ蘭!?」
「やべぇ……本気でやらねぇと終わる……!」
昼下がりのファミレスの一角は、阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
─二週間後─
「……う、そだ……」
運命の日。俺と蘭とひまりは二週間前と同じ席に座っていた。
目の前に広げられたテストの解答用紙。それぞれの点数を比較し、勝敗を確認していた。
命の危機を感じた俺は、過去に類を見ないほど勉強をし、全教科九十点後半程の点数を取っていた。学年でもトップクラスの得点だった。間違いなく勝ったと、そう思っていた。
「なんで……なんで英語満点なんだよ!」
この娘、全教科赤点ギリギリにもかかわらず、英語だけ満点を取るという離れ業をやってのけていた。教師が書いたであろう『congratulations』の文字が、俺には死刑宣告のように見えた。これなら、勝敗数で決着をつければ良かった。
しかし、時すでに遅し。吐いた唾は飲み込めない。
「蘭、ずっと英語しかしてなかったんだよね……大丈夫! 骨は拾うから!」
弁護人、ひまり。匙を投げる。死刑執行の立会人へと早変わり。俺は立派に戦ったと後世に伝えてくれ。
そして、執行人、蘭。その口をいびつに、それでいて美しく歪ませる。
「来週、楽しみだね」
一言だけ。
二桁は死ぬ。
ご閲覧ありがとうございます。この作品は小ネタの山です。読んでる途中でクスリと笑ってくれたら、ボクの勝ちです。勝ち負けないですけどね。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると指立て伏せします。
それでは、また次回。
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過保護の赤メッシュ
今回は、普通です。はい。多分。
商店街の一角に存在する、近隣住民の憩いの場、羽沢珈琲店。
昔から存在している繁盛店で、何度かメディアの取材を受けていた事もあり、知る人ぞ知る名店として愛されている。
そんな羽沢珈琲店の看板娘、『大いなる普通』こと、羽沢つぐみ。
ガールズバンド『Afterglow』所属のキーボード担当。
頑張り屋で真面目で健気な女の子。どれくらい頑張り屋かと言うと、頑張りすぎて倒れるくらい。うん。それ、全然普通ちゃう。そもそも、周りのバンド仲間にぶっ飛んだ奴らが多いだけで、つぐは全然普通じゃない。
相対効果でまともに見えてるだけで、つぐも中々中々だ。
しかし、それでもつぐの癒し性能が高いのは間違いない。
話し相手のことを前向きにさせようと言葉を選ぶ姿に癒され、パタパタと忙しなく動く姿に癒され、グッと気合いを入れ直す様子に癒され。
Afterglow内でつぐは、『守るべき対象』とされ、それはそれは大事に大事にされてきた。そうしないとすぐ倒れるし。
「……つぐ、今日も張り切ってるなー」
「……そうだね」
つまり、今俺と蘭がしている事は、つぐが店の手伝いでツグってないか見守っている、という訳だ。
決して、決して癒されに来た訳では無い。アニマルセラピーならぬ、つぐみセラピーをしに来た訳では無い。物〇シリーズ感強いな、つぐみセラピー。
喫茶店に住む怪異。見たもの全てを癒す力がある……座敷わらしかよ。いや、あれは幸せにするんだっけ? 覚えていない。
「もうっ、亮くんに蘭ちゃん……そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「おお、すまんすまん。今日も頑張ってるなって見てただけだよ。ちょっとお客さんの数も落ち着いてきたか?」
俺達が見ていた事に気付いたつぐが、俺と蘭が座っているテーブルまでとてとてと苦笑いしながら歩いてきた。朝十時はあまりお客さんが多くない事もあり、のんびりとした雰囲気が店に流れていた。
つぐの親父さんお袋さんも、のんびりと掃除をしたり手入れをしたりしていた。つぐも手に布巾を持っていて、テーブルを拭き回っていた。
「うん。あっ、二人とも、おかわりいるかな?」
「そうだね、お願いしようかな。あたしはブラック」
「んじゃ、俺も」
「分かった! ちょっと待っててね!」
テーブルの上の伝票と俺たち二人のカップを手に取り、トレーに乗せる。そのままニコッと笑顔を見せたかと思うと、そのままキッチンの方へ歩いていった。
その様子を見て、俺と蘭は柔らかい笑顔を浮かべていた。ほんと、癒される。
「……つぐってさ、ちゃんと休んでるのか?」
「最近はあたし達であんまり気を張りすぎないように見てるから、大丈夫だよ。ほら……つぐみの『大丈夫』って、悪いけど信用出来ないからさ」
「あー……それはそうだな」
具体的に言うと、ペンギン連れたトレーナーの女の子が言う『大丈夫』位には信用出来ない。全然関係無いけど、当時はあの青白電気ネズミ全然思い入れなかったけど、数年後にあの世界大会決勝見たら、もう『さん付け』よね。四天王のお姉さんの言葉が刺さるよホント。
兎も角、いい子なんだけど自己評価が低くて、その分の無いような差を埋めようと頑張りすぎてしまう。
それが羽沢つぐみ。目が離せない女の子だ。
「まぁ、良くない話なんだけど、それも『いつも通り』なんだよね」
「……いつも通り、ねぇ……」
『いつも通り』。
Afterglowを象徴するセリフ。Afterglowが存在する理由の全て。『いつも通り』を守るために、彼女達は音楽を奏でる。
だからこそ、俺は二年近い間、蘭に告白せずに居た。
俺と蘭の関係が変わることが、彼女達の『いつも通り』を大きく変えてしまうのでは、と考えていたから。
俺だって、彼女達と離れてしまう、という事が寂しかったと言う思いは確かにある。だが、今の関係が崩れてしまう事に対する恐怖が大きかった。
それを取り払ってくれたのが、つぐみだった。
「……なぁ、蘭。今のこの関係は、『新しいいつも通り』になってるのか?」
「……正直、まだちょっと浮き足立ってるかな」
ずっと片想いをし続けていた相手と、漸く結んだ新たな関係。
それを、それすらを『いつも通り』に。
──私達に気を使って成り立つ『いつも通り』なんか、そんなの嫌だよ!
他人のために流す涙は、こんなにも美しい物なのかと思った。
それを俺なんかのために流してくれることが嬉しかったし、それを流させてしまった事を恥じて、その日の内に蘭に告白した。
だから、つぐは俺と蘭にとっては正しくキューピット。心臓に矢を放った訳では無いが、そう言っても問題ないだろう。
「だけど……この忙しない感じも、ちょっとはいいかな」
そう言って何かを懐かしむように微笑む蘭が、本当に幸せそうだった。胸の中に、何とも言えない暖かい感情が溢れかえる。
彼女のこの笑顔を見れる。それだけで、あの時勇気を出した甲斐があった。
恋人の幸せ以上に望むものは何も無い。
それを守るため、俺はこの先生きていくのだと、心に決めていた。
「お待たせしました! ブラック二つと……これは、サービスだってお父さんが!」
俺達のキューピットは、今日も張り切る。誰かの心臓を撃ち抜く訳ではないが。
ちらりとキッチンの方を見ると、つぐの親父さんがにこりと俺たち二人に口パクで何かを伝えてきていた。
『おしあわせに』。
……言われなくとも。
俺の口パクは、彼に届いただろうか。
「……ありがとな、つぐ」
「どういたしまして!」
込められた想いに、つぐは気付いていないよう。
ありがとうごめんなさい、この二つをきちんと言えるような人生を進んでいきたい。素直に面と向かって言うのは多少恥ずかしいかもしれないけど、きっと、それだけで多少楽になるのではないか。
つぐを見ていたら、そんな事を考えてしまう。
「つぐみ、あんまり無茶しないでよ? 何かあったら大変だから」
「そうそう。体壊しちゃったら大変だからな」
「あはは……うん。ちゃんと休んでるよ。ありがとう、二人とも」
つぐは、すこし申し訳なさそうに微笑む。頭では理解しているし、その結果周りにどれだけの心配と迷惑を掛けるかキチンと理解しているのだろう。
……それでも、中々染み付いた癖というのは抜けないものだ。恐らく、いつかまた無茶してしまうのだろう。
その時は、俺達で叱ってやろう。それもまた『いつも通り』だ。あまり褒められたものでは無いけれど。
「そう言えば……さっきのお客さんから、こんなの貰ったんだよね」
と、何やらガサゴソとポケットの中から何やら一枚の紙を取り出すつぐ。それを俺達に見えるように、机の真ん中に置く。
そこに書かれていたのは、何やら名前と、SNSのユーザー名、電話番号。
「……なにこれ」
「えっと……『後で遊びに行かない?』って……大学生くらいの人だったかな? 見た目優しそうな人だったけど……」
──プツン。
そんな音が、俺と蘭の頭から聞こえた気がした。
そこからの行動は早かった。
まず俺がスマホを開き、SNSのユーザー名を打ち込み確認。ご丁寧に実名らしきものと、顔写真がアップロードされていたのを確認。
蘭が立ち上がり、つぐの親父さんに何やら耳打ち。サッと顔を青くした親父さんは、すぐに裏に下がって行った。
脳内には、『ユーやっちゃいなよ』という男の人。軽い。滅茶苦茶軽い。しかし、もし手遅れになったらどうしようもないのは事実。
行動したからこそ得たものもある俺としては、彼の言葉には思う所があった。
「行っちゃダメだぞ?知らない人に着いていかないってのは、常識だしな。何されるか分かったもんじゃない。皆が皆、商店街の人達みたいに良い人じゃないからな」
「……その紙、どうするの?」
「いやぁ、特に何も?」
続いて、先程とは別のSNS内の『羽沢さんとこの娘さんを守る会』と言うグループに、盛ったお猿さんの顔写真と、電話番号等を載せ、一言。
──血祭りに上げろ。
「はいこれ、捨てとくなりしといた方がいいよ。一応個人情報だしな」
「うん……でも、その人またうちの店来るよね……その時が怖いなぁ……」
「あーうん、多分大丈夫」
腸が煮えくり返るような気持ちだが、ここはぐっと我慢。つぐに勘づかれてしまっては、大変な事になる。あくまで普通に、普通に。
ちらり、とスマホを覗いてみると、普段は気のいい人の多い商店街の皆様方が、とてもでは無いが聞くに絶えない罵詈雑言を吐いていた。
「ま、つぐは心配しなくてもいいよ。何かあったら、ちゃんと相談してくれよ?」
「そうそう。溜め込んじゃったらどうしようもないからね」
「? うん、分かったよ!」
何も知らない彼女の笑顔は、とても眩しかった。
ちなみに、その大学生が商店街に再び訪れる事は、ただの一度も無かった。
ご閲覧ありがとうございます。この世界線での商店街の皆様は、戦闘民族です。看板娘達を守るため、日夜パトロールに励んでます。怖ぇよ。
感想、評価、お気に入り登録等してくれると、サイドチェストします。
それでは、また次回。
追記
アンケートのご協力お願いします(めっちゃ感想で聞かれちゃったので……)
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豚骨女子と赤メッシュ
分かったから、時間下さい。
あ、それはそれとして、お気に入り200件ありがとうございました。
姉御肌、と呼ばれる人物に心当たりは無いだろうか。
下手な男よりも漢気に溢れ、困った時は相談にも乗ってくれ、いざとなったら立ち上がってくれるような人。
お姉さんと姉御。同じ立場の人物を指す言葉なはずなのに、想像する人物像は大きく違う。
それが、姉御。
Afterglow最後の一人、宇田川巴も、『お姉さん』と呼ばれるよりも『姉御』と呼ばれる方が似合う人種だ。
Afterglow内で最も頼りになる人で、バンドの精神的支柱と言われれば、彼女の名前を出す人が大半では無いだろうか? 男の俺でも頼ることあるもん。
それを彼女も自負しているのか、相談事頼まれ事は積極的に協力してくれようとするし、困っている人を見たら取り敢えず声を掛けるなど、非常にいい人だ。今更だけど、俺の幼馴染良い奴ばっかじゃねぇか。
……さて、そんな良い奴、宇田川巴だが……情に厚い一面も持ち合わせている。
俺と蘭が恋人同士になったと聞いた時、それこそ池ができるほど涙を流しながら喜んでくれたのが彼女。そこからもらい泣きしまくって、最終的には六人全員で大号泣してしまったのはいい思い出だ。
しかし、それ以来巴はヤケに俺と蘭の関係を気にするようになってしまい……。
「おい亮! あんまり蘭を甘やかすなよ!」
「一回バチ置けって。蘭が起きちゃうだろ」
ものごっつ厳しい。特に俺に。蘭にはそんなに。エコヒイキって奴だろうか? そんな名前の人居そうだよね。江古 日生みたいな。サッカー漫画の重要人物の名前はエゴだが。
現在は、蘭の歌詞作成の手伝いのために、蘭の部屋に俺と巴がお邪魔しているところ。先程蘭の親父さんがお茶を出しに来てくれた。仲間になりたそうにこっちを見ていたが、蘭が一睨みしたら寂しそうに帰っていった。不憫過ぎる。
そして今。蘭は気分転換と称して俺の膝に頭を乗せて昼寝をしていた。これで甘やかしているなんて言われた日には、俺の蘭に対しての行動の八割が『甘やかしている』判定になってしまう。
ガバガバすぎる。RTAの『この先全部ノーミスならお釣りが来る理論』と同じ位ガバガバ。再走要求だけは辞めとけ。走者が精神的にやられるか、もう既にやってるかの二択だから。
「っでもよぉ……来れる日は確実に羽丘まで迎えに来てるし、休みの日はほぼ確実に会ってるし、二人っきりだと……そのっ……あんなことやこんなことばっかしてるしっ!」
「まて巴。まるで見てきたかのように言うな。そこまでヤってない」
「『そこまで』って事は、ヤってるのはヤってるってことだろ!」
揚げ足取られた。不覚。
まさか巴に一本取られてしまうとは思ってもみなかった。猪突猛進な面もあるが、意外と頭が回ったりするのだ。
しかし、それでもまだまだウブなのか、その表情は些か赤い。何故か知らないが、幼馴染み四人がまだまだ変わらないままと言うのが嬉しい。果てしていつこの反応が見れなくなるか、見ものである。
見れないのに見ものとは、これ如何に。
「まぁ、落ち着け……誰だって好きな人のことは甘やかしたくなるもんだろ?」
「いーや! 時には厳しく接する必要もある! このままだと蘭、亮が居なきゃ生きて行けなくなるぞ! 独り立ちさせるために、ちょっとは離れさせた方がいいはずだ!」
確かに、それはそれで大問題と言えば大問題。永遠を誓うつもりは勿論あるし、一生を掛けて幸せにすると心にも決めている。
しかし、物事には必ず終わりがあるからこそ『物事』なのだ。時の流れが無ければ、万物は存在する価値がない。
俺にも、蘭にも、終わりが存在する。関係では無く、人生の終わりが。
終わるために生きていると言っても、過言では無いのだ、人生というものは。死ぬために、生きている。絶対と言えるものが少ないこの世の、数少ない『絶対』。
俺も、蘭も、『絶対』死ぬ。
「いや、蘭が死ぬまで俺生きてるし」
「愛ぃ!!」
だったら、それを受け入れた上で、蘭よりも長く生きる。そうすれば、蘭の人生から『俺』が居なくなるという事はありえない。
重いと思ってくれても構わないし、自分でも重いと思っている。
それでも、それくらい蘭のことを支えたい。
「いや考えてみろよ。お前だってあこのことは甘やかしたくなるだろ?」
「うぐっ……」
巴にとっての最愛の妹である、あこの名前を出すと、露骨に視線を泳がせる巴。
巴だって、可愛い可愛い妹のためなら、多少折れてでも甘やかしたくなるのだ。実際問題、あこって滅茶苦茶可愛がりたくなる。人懐っこいし、すぐ凄いって喜んでくれるし。
以前それであこの頭を撫でたら、露骨に蘭が不機嫌になったので、蘭の前ではやらないようにしているが。
「た、確かにあこの事はちょっとは甘やかすけど!」
「ちょっと?」
「ちょっと!」
「この前テストの点が良かったからってコンビニのスイーツ千円分も買ってあげてたのも?」
「ちょっとだ!」
「Roseliaに加入してライブ成功させた時に、ファミレスでパフェ食べさせてあげてたのも?」
「ちょっとだ!」
「ダンス部の練習終わりに頭撫でてジュース買ってあげてるのも?」
「ちょっとだ!!」
甘すぎる!
眼帯とマントを着けた雷巡のセリフが脳内に流れる。改二になってエロ方面に成長しなかったのは偉大な判断だったと思う。
もしくは、『あまーーーーーーーーーーいっ!』か? 今をときめく高校生にはどちらの方が通じるんだろうか? どっちも伝わらなさそうだけど。
「時には厳しく言ってやるのも、姉の務めだ! それは分かるだろう?」
「あぁ、分かるよ……だが、俺がずっと蘭のそばに居たがる理由は、別に甘やかしたいってだけじゃない」
俺のセリフに、目を丸くする巴、すぅすぅと気持ち良さそうに寝息を立てる蘭。
寝息を立てて寝られるほど、安心している。この事実が何よりも重要なのだ。
「例えばさ……もしあこに手を出そうとする不届き者が居たとしたら?」
「そりゃあ……こうでこうでこうっ!」
バチを三連続で振り回す巴。そもそもなんでバチ持ってるんだ。
……うん、動きが完全に伝説の勇者の弱攻撃だ。とりあえずバイ〇ルトかためるかザ〇キか会心の一撃のどれか撤廃してくれ。宇宙人の方のピンク玉じゃ勝てねぇ。
と言うか、巴の弱攻撃が早すぎる。バチの先が早すぎて見えない。超人高校生ロボットが振った投げ竿の先端の速度くらいでてそうだ。
つまるところ、殺意ゴリッゴリ。あこに近寄るものは、全て滅する。そんな勢いだ。
「そうだ。蘭を近寄る不届き者から守るために、俺は蘭のそばに居るんだ。蘭だって、俺が居ない時は夜しか寝られない筈なんだ……だから、ちょっとでも一緒に居てやるんだ……寂しさを埋めるために」
「そうか……そんな理由があったのか……確かに、アタシも似たような理由であこと一緒に居るや……」
一応言っておくが、俺は何も間違ったことは言ってない。
大丈夫なのか、巴。将来『ウグイス真理教』みたいな怪しい宗教団体に入信しないかだとか、『これを使うと一ターンに二枚ドローできる』とか言う怪しい壷を買わされないだろうか。
幼馴染みはそこが心配です。
「よしっ! その心意気、しかと見届けた! しっかり蘭の枕を頑張ってくれ!」
「……巴、さっきからうるさい」
「あ、起きた」
何とか巴を言いくるめたところで、先程まで寝息を立てていた蘭が、不機嫌そうにむくりと起き上がる。
普段から声のボリュームが工事現場な巴。興奮したりするとパチ屋の中になる。
パチ屋の中で寝れるぜ! って奴、何人いるんだろ。の〇太とし〇ベヱとカビ〇ンくらいじゃないか?
つまるところ、蘭はパチ屋の中では寝られない、という事だ。
……あれ、なんか違う。
「確かに、パチ屋……じゃない、巴、声でかかったもんな」
「おい今なんて言った?」
「……バチ屋?」
「『ハ』に付いてるの『゚』だったろ!」
「うるさいって言ってるじゃん!」
「「ごめん」」
この後、ご機嫌ナナメな蘭の機嫌を取るのが非常に大変だったことを、ここに示す。最終的には、某動物好きのおっさんを脳裏に浮かべながら撫で殺した。
「……あれ? そもそも蘭って普段から護身用に剣山持ち歩いてなかったか?」
尚、巴が『何かがおかしい』と気付いたのは、この出来事の一週間後の事だった。
ご閲覧ありがとうございます。これでアフグロは全員終わりましたね。次は、一回蘭とのサシ書いて、アフグロ外の人物に行きますかね。
感想、評価、お気に入り登録等して下さると、ムフフな作品が出るのが早くなります。
それでは、また次回。
追記
一万UAありがとうございます。
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風邪引き彼氏と赤メッシュ
看病回です。
──あ、これやらかしたやつだ。
朝、いつも通り目覚ましの音で目を覚ました七時。立ち上がっていつもの一日をスタートさせようとして、ふらりとベッドに倒れ込んでしまった朝七時。
身体に思うように力が入らないし、頭はガンガンする。暑くて、でも寒い。氷と炎が身体の中で大喧嘩しているみたいだ。
青コーナー、氷。赤コーナー、炎。
人間の頭の部分が『氷』と『炎』と言う漢字になっている。そのままラウンド一がゴングと共に開始される。
「あー……どっちも頑張んじゃねぇ……俺が代わりに頑張ってやるからよぉ……」
普段は妄想に対してツッコミなど入れないが、そうでもしないと頭が働く気がしない。
病は気から。恐らく最近蘭とちゅーしたりぎゅーしたりしてないから、少し精神的に疲れているだけだ。オレ、大丈夫、オレ、強い、オレ、最強。
「よぉ、亮、起きてるか……って、めっちゃ顔赤いぞお前! 蘭ちゃんとのエッチな夢でも見たか!?」
「朝からデケェ声出すなよ……頭痛てぇだろ……」
ベッドに座って自分を鼓舞していると、そこに入ってきた一人の中年。御歳四十八歳、俺の実の親父だ。
四十八歳のくせに落ち着いた雰囲気の欠けらも無い、男子中学生がそのまま大きくなったような性格。楽しい事大好きな楽観主義。
最近の口癖は、『孫の顔を見たい』。せめて後十年待てや。
「……あー、お前、風邪引いたか? そうだな……三十八度三分ってとこか?」
「テキトー言ってんじゃねぇよ……」
「ほい、測っとけ」
「なんで体温計持ち歩いてんだよ……」
懐からおもむろに体温計を取り出す親父に、恐怖を覚える。前にも俺が「爪長いな……」と呟いたら、「流石だな! 蘭ちゃんと会う前に爪を切るなんて偉いぞ!」と言いながら爪切りを渡してきた。渡された爪切りで最初に斬ったのは、親父だった。
相変わらず気持ち悪い親父にため息一つ。俺のお袋も、よくこんなアホと結婚したものだ。
親父が投げて寄越した体温計を脇に挟み、体温をチェック。
「……三十八度三分……」
「な? 言ったろ?」
きめぇ。
息子の体温をドンピシャで測れる親父とか、嫌すぎる。俺の体調が万全だったらシバキ回しているところだ。
しかし、顔が汚れて力が出ない。熱がある、と分かった途端、体の力が抜けていく感覚に陥ってしまった。
しょうがない、病は気からと言っていたのに、その気が事実を突きつけられてしまって、海水に触れてしまったゴム人間のように緩んでしまった。
「ほら、病人はさっさと寝る! 学校と蘭ちゃんには伝えとくから!」
「……すまん」
こうなってしまっては、もう俺に反論する権利は残されていない。
おとなしく出たばかりの布団に入り直す。あまりの暑さに蹴とばしてしまいたくなったが、蹴とばしたら蹴とばしたで今度は悪寒に震えることになる。
俺が布団に入ったことを確認した親父は、何かを思いついたような顔をし、そのままにやりと笑った。
「ま、今日は大人しくしとけ。食欲は?」
「……気持ち悪くはない……脂っこいもんは無理」
「おーけーおーけー。トースト持ってくるわ」
「ゴミ……」
数十分後、親父が持ってきたトレーの上には、土鍋に入ったおかゆと市販の風邪薬の瓶が置かれていた。
──――――
気が付いたら眠っていた。よほど疲れていたのか、はたまた季節の変わり目に体調を崩しただけなのか、もしくは両方か。
目を覚ました時、すでに時計の短針は四を少し過ぎているくらい。かれこれ半日くらい寝ていたのだろうか?
本来であれば無駄に寝てしまったと後悔するところだが、今回の場合は致し方ないだろう。熱出しちったもん。
「んー……体温測るか……」
「はいこれ」
「おー……サンキュ……ん?」
手渡された体温計をケースから出そうとしたところで、何かがおかしいことに気づく。はて、なぜここに最愛の恋人がいるのだろうか。
隣を見てみると、俺の勉強机の椅子に座り、普段はしていないマスクをして、こちらを心配そうに見つめてくる蘭の姿。マスクしてまで可愛いとか、俺の恋人はやはり凄い……じゃなくって。
「……えっと……おはよう?」
「昼過ぎてるけどね……うん、聞いてたより元気そうで良かったよ」
口元が隠れてしまっているので、その表情は分かりづらいが、声色は確かに安堵したような雰囲気が含まれていた。
心配してくれたという事実が、くすぐったい。申し訳ないのは当然なのだが、どこか心地よさを感じてしまう。
他人の優しい想いに触れると、どうしても心が温まる。
「いやぁ……疲れてたのかなぁ……」
「……進級してから色々頑張ってたからね。少し休めってことなんじゃない?」
普段は二人っきりだと擦り寄ってくる蘭も、俺に触れてこようとはしない。
本当はしたくて仕方ないのだろう。だが、俺が今それを望んでいないことをしっかりと理解している。
お互いに、相手が本当に嫌なことは絶対にしない。そして、何が嫌なのか、言葉にしなくとも分かる。
「……三十七度四分……だいぶ下がったな。これなら明日は学校に行けるな」
ぴぴぴ、と無機質な電子音が示す体温。朝に比べてかなり下がっていたので、取り敢えずは一安心。
二日も学校に行けないのは……嬉しいといえば嬉しい。
学校は嫌いではない。授業が大嫌い。こういう人は少なくないのではないだろうか? 俺もそうだ。行かなくていいなら、行きたくなんてない。
だけど、その皺寄せはいつか必ずやってくる。悲しいことに、楽ばかりじゃ生きていけない。
「そう……良かった」
それに、これ以上蘭と触れ合えない時間が長くなってしまうことの方が辛い。
安堵する恋人を見ると、体を思いっきり抱きしめたくなってしまう。でも、出来ない。
病気なんて、なるもんじゃない。
「……ありがとな、蘭」
「……心配掛けたのに、お礼?」
俺の感謝の言葉に、返ってきたのは皮肉の言葉。
本来の彼女なら、この反応がきっと正しい。幼馴染み相手だったら、どういたしましてと一言。なんなら、彼女自身が謝罪の言葉を拒否しているところだ。
そんな彼女らよりも深い関係の俺に、あえてその態度。
最早、語るに落ちていた。
「……何責任感じてるのか知らないけど……我慢しなくていいぞ」
その言葉で、強がっていた彼女はあっさり居なくなってしまった。
そこに居たのは、本当は臆病で寂しがり屋な女の子。
ぼろぼろと、堪えていた涙が床に落ちて行く。口数の多くない彼女だからこそ、溜め込んでいるものも多いのだろう。
背負い込む必要のないものも、背負い込んでしまっているのだろう。
「だってっ……あたしが……ずっと甘えて、るからっ……ぐずっ……甘えなきゃ……りょうはっ、楽なのにっ……こんな事にっ……ならないのにっ……」
いい意味でも悪い意味でも、蘭は人間関係を大切にしている。
幼馴染みとの関係が崩れないようにと奔走したり、逆にそれに縛られて家族仲が拗れかけてしまったり。
今だってそうだ。たかがその程度で俺が体調を崩してしまったと、本気で思い込んでいる。
「馬鹿だなぁ、蘭は」
おでこに指をちょんと付ける。本当は泣いている蘭の涙を拭いてあげたいところだが、今ここでそれをしてしまっては、ここまで触れずに来た意味が無くなってしまう。
風邪を移してしまっては元も子もない。だけど、気持ちは伝えなければいけない。
本当に大切なことは、言葉で無ければ伝えられない。
「恋人に甘えるのは当然だろ? 好きだって言い合ったり、触れ合ったりしてないカップルなんて居るか?」
「……居る……」
「居ても少ないだろ?」
納得したくなさげにぐずる蘭に笑ってしまう。誰が悪いという訳でもないのに、自分が悪いと思い込んでしまっている人間ほど扱いにくいものは無い。
悪くない、と思っているよりも、無理矢理罰を与えて懲らしめられない分タチが悪い。
そこまで言って、ようやく蘭は頷く。
「当たり前なんだよ。お前が俺に甘えるのは。当たり前の事で、俺が疲れるわけないだろう?」
嘘を吐いた。
元々俺だって、蘭と同じで人付き合いが得意だった訳では無い。外付けスキルでどうにかやりくりしているだけで、人付き合いそのものはやはり苦手だ。
それでも、蘭がそれで泣き止むなら。
嘘つきな俺は、閻魔に舌を抜かれてしまうのだろう。どうぞご自由に。その時蘭は、きっと天国だ。
「大丈夫だって。俺は、蘭がよそよそしい方が嫌だよ」
「……うんっ……うんっ……!」
「だから……俺が元気になったら、いっぱい触れ合おう。ぎゅーもちゅーも、いっぱいしよう。な?」
最早返事をする事が出来ないほど泣いている蘭は、おでこに触れていた俺の手をぎゅっと握り、ただコクコクと頷くだけだった。
……早く治さないといけないなぁ。
蘭が泣き止むまで、俺はそんな事を考えていた。
翌日。家を出た瞬間蘭に思いっきり抱き着かれた。
もちろん嬉しかったが、その瞬間を俺の両親に激写された。敵しかおらんのか。
ご閲覧ありがとうございます。亮くんも蘭も、若干重いです。ただ、お互いにお互いが大好きなのでもーまんたい。二人は幸せなキスをして終了。おーけー?
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、捗ります。
それでは、また次回。
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加齢臭と赤メッシュ
それと、この作品がなんと日刊ランキングで一桁に入っていました。皆様、たくさんの閲覧とお気に入り登録、評価、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
「……」
「……」
「……」
「……」
…………。
「「……………………………………」」
喋って?
美竹家の客間。和の雰囲気漂う部屋の真ん中で、俺は正座をして、目の前の男性が話し始めるのを待っていた。
和服に身を包んだ彼は、蘭の親父さん。著名な華道家であり、威厳のある顔立ちから、取っ付きにくそうな印象を受ける。
事実、小さい時の俺は彼の顔を初めて見たとき、ギャン泣きした。今思えば失礼すぎる話だ。
しかし、親父さんが俺を呼び出したのは、その時の思い出話をするためなどではないのだろう。というか、親父さんが俺を呼び出す理由は、一つしかない。
「……亮君、蘭とは最近どうだい?」
――来た。
意味もなく緊張感が漂う。
彼は蘭の親父さん。つまり、彼からすれば、俺は娘と交際している男。俺が蘭と幼馴染でなかったら、とっくに殺されていても仕方ない立場の人間。
……いや、今だって、俺の行動一つによっては、山の中に埋められてしまっても不思議ではない。
これは試練。この先も蘭と末永く共に暮らすための試練。モンスターハウスに足を踏み入れた時のようなヒリつく感覚。悪くないね。
「……仲良くさせていただいています」
「そうか……なら、孫の顔が見れるのも近いかな?」
「ん!?」
とんでもねぇこと言い出したぞこのおっさん。
思わず親父さんの顔を凝視してしまう。どこかいたずらっぽく笑うその姿は、やはり親子だからか、どこか蘭に似ていた。
一つ深呼吸。ここで何かボロを出してしまってはいけない。俺は蘭と離れ離れになりたくない。
俺が死んだら、蘭が泣く。それだけは避けたい。
「親父さん……冗談はやめてくださいよ……」
「……私は本気だが?」
「んん!?」
好感度の下がる音がする。導火線が短くなる。
いや、待って。俺は割と無難な返事をしたはずだ。大体こういう話は冗談半分でするものだろう? 若い俺たちをからかうために大人たちがする冗談だろう?
じゃあ何ですか。娘さんとはしっぽりヤってまっせと言えと? 無理に決まってるだろう?
どうしたものかと頭を抱えていると、親父さんは軽く微笑む。
「すまない、少々冗談が過ぎたようだね……私は、君が蘭とどこまで行っているかは……寂しくはあるが、とやかく言うつもりはない。言っただろう? 娘を頼むと」
「……親父さん……」
ただ、学生の間だけは勘弁してくれ、と親父さんは付け加える。
……信頼が怖いと、初めて感じた。
これほどまでの無償の信頼。「俺なら大丈夫」という、確信にも似た盲信。
怖い。無意識にも裏切ってしまうのではないかという不安が。
怖い。その時の失望が。
……怖い。蘭を悲しませるのが。
「……覚悟は、出来てます」
「……ありがとう。君みたいな男と逢えて、蘭も幸せ者だな」
だからどうしたと、腹の奥で笑う。その程度がどうした。
応えて見せろ、その期待に。応えて見せろ、その信頼に。
たかがその程度の気持ちで、俺は蘭と交際しているわけではない。
若造が何かほざいていると、笑ってくれても構わない。十年後、どうなっているかその目に焼き付けてもらおう。
「まぁ、それはいい……それはいい……今日君を呼んだのは、ちょっと相談があって呼んだのだ」
「相談……ですか?」
先ほどまでとは打って変わって、親父さんの雰囲気が、哀愁が漂うというか、とにかく、負の感情になった。
親父さんが見てわかるほどテンションを低くしているのは珍しい。もっとも、俺の前ではこれで二度目だが。
「その……あまりこんなことを君に相談するのは気が引けるのだが……蘭が最近すごい避けてくるんだ。どうすればいい?」
「反抗期&思春期です。諦めて下さい」
むしろ分かってなかったのかこのおっさん。子育て初心者かよ。初心者だな、蘭一人っ子だし。
散々人の心を引っ掻き回したり惑わしたり覚悟決めさせた結果の本題が、なんともしょうもなかったことに呆れてしまう。いや、本人にとっては重大な問題なのかもしれないけど、前半の話と比べるとどうしても、肩透かし感が半端ない。サッカー選手位半端ない。実際あのプレーは半端ない。
「待ってくれ! 蘭の恋人である君なら! 君なら私と蘭の仲を修復できるはずだ!」
「その謎の信頼が怖いんですってば! 俺は万能じゃありません!」
お互いに正座を崩し、中腰になりながら大声で叫ぶ。
年上の、恋人の父親にする態度では無いのかもしれないが、この際置いておこう。
このおっさん、基本的に娘の事が大好きで仕方ないのだ。以前も華道についてのいざこざが起きた時も、泣きそうになりながら……と言うか泣きながら俺に「本当は蘭のやりたいことさせてあげたい……」と言っていた。情けなかった。
その件に関しては両立するという蘭の言葉を信じて認めていたが、その時の溝が未だに埋まり切っていないのだろう。
「蘭だって、親父さんとの距離感が分からなくなってるだけですってば。心配しなくても三年すれば治りますって。多分」
「三年も掛かるのか!?」
「いや知りませんって! 俺思春期の娘いた事ないですから!」
「居てくれたら困る!」
「そうだよ困るんだよ!」
だんだん敬語を使うことすら億劫になってくる。
普段の威厳のある華道家の親父さんはどこにも居らず、ただ娘に嫌われる事が嫌で嫌で仕方ない娘大好きお父さんだった。
スイッチひとつで操れねぇかな。小さい子供が空き箱に書いたスイッチなら、自由自在に操れるはずなのに、今作っても笑われるだけだろうな。
「んん……この前蘭に『父さん、臭うよ』って言われてしまったんだよな……」
「親父さん……」
思春期の娘がやるテンプレを、自分の恋人がしているとは思えなかった。
見た目若々しい親父さんも、ついに加齢臭に悩まされる歳になってしまっている時間の恐ろしさ。
そう言えば、最近皺が目立ってきた。全然関係ない話だが、俺の親父は段々生え際が後退してきていた。将来俺もああなるのか。
……死にてぇ。
「蘭が言うには、亮君は凄くいい匂いがするそうじゃないか。なにか使ってるのかい?」
「蘭っ!!」
親父さんの前で惚気んな。それを聞かされた親父さんの気持ちが想像できない。
恋人の匂いと比べられた親父さん、不憫過ぎないか?
何がやばいって、それを鵜呑みにしてしまっている親父さんがやばい。どこまで娘さんに嫌われたくないんだよ。
「いや……あれですよ。遺伝子レベルで相性のいい相手っていい匂いがするらしいですよ」
「私と蘭も、遺伝子レベルで相性良いはずなんだがな」
「そりゃ親子だからなぁ!!」
腹が立ってきたので惚気けて見せたら、それ以上のカウンターが返ってきた。
少なくとも、半分は親父さんの遺伝子を蘭が継いでいるはずだ。相性がいいと言うか、半分同じと言うか。
「……まて、この場合私と相性がいいのは、亮君じゃないか?」
「おいコラおっさん」
「嗅がせてくれないか?」
「躊躇え! 一回! 躊躇え!!」
スススと近付いてきた親父さんの頭を手で抑える。仮にその仮定が正しかったとしてだ、その絵面を認めてしまう訳には行かない。
娘の恋人の匂いを嗅ごうとする親父さん。
これってN〇Rになるのかな? 専門家お願いします。ちなみに俺は、N〇R見た瞬間、燃やし尽くすから。
「ちょっとだけ! 先っちょだけ!」
「それは奥まで入れるやつだ! 落ち着け! 一回落ち着け!」
「……騒がしいと思って来てみたら……何してるの?」
二人して固まる。ここに居たら最大級に不味い人物の声が、入口からした。確か今は、モカと出掛けていたはずののに。
錆びたロボットのように、ギギギとそちらに顔を動かしてみる。
恋人(娘)が、ドン引きした様子で立っていた。
完全に動けなくなっている、くんずほぐれつな男二人を見ていた蘭は、一言だけ言い残して、その場を去っていった。
「……二人って……そういう関係だったの?」
その後、俺の必死の説明により二時間で誤解は解けた。
しかし、親父さんは二週間、蘭と口すら利いて貰えなかったらしい。だから落ち着けって言ったのに。
ご閲覧ありがとうございます。親父さん、ごめん。後悔はしてない。もし皆様の中に親父さんファンが居たら、ごめんなさい。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、行けます。
それでは、また次回。
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狂人美容師と赤メッシュ
余談ですが、今回の話は実話を元にしたお話です。どこら辺が実話か、想像してみてください。答えはあとがきで!
あと、総合日刊四位、二次創作日刊二位、本当にありがとうございます。
「お、蘭ちゃん。いらっしゃい! 亮は帰れ!」
「こんにちは、おじさん。今日はお願いします」
「ここ実家だけど」
ある休みの日。蘭が俺の家にやって来ていた。
無論、お家デートのためと言うのはあるのだが、その前にやっておくべきことがあるので、俺の親父に声を掛けていた。
「さぁて……いつもと同じ感じでいいんだよね?」
「はい。毛染めも同じで」
「りょーかいっ! 腕が鳴るねぇ」
「商売道具振り回すなよ。魂込めてんじゃねぇのかよ」
両手に持った鋏を高速で回転させるウチの親父。最高に危ない。あの鋏、本当によく切れるから。触れただけで指先が切れてしまう。
鋏を投げ飛ばしてしまうなどというヘマを親父がするとは思えないが。
さて、俺の親父は商店街の一角で美容室を営んでいる。全然オシャレな雰囲気のない、どちらかと言うと床屋と言った方がしっくりくる見た目の店を構えている。
幼馴染の皆は髪を切ったりする時は親父に頼んで切って貰っている。その縁で、俺は幼馴染達と仲良くなったというのもある。
今日は、蘭の髪が全体的に長くなってきたというのと、赤メッシュの根元が黒くなりつつあったので、それのカットと染め直しにウチの店に来ていた。
「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせますかねぇ。あんまり長いことやってると亮が拗ねるからなぁ」
「適当言ってんじゃねぇよ。その程度で拗ねねぇよ」
「……拗ねないの?」
「拗ねる拗ねる! もうすっげぇ拗ねるよ俺! じぅぇらっしぅぃー感じまくるから! 後で滅茶苦茶抱き締めるから!」
「やっぱりお前は俺の息子だなー。嫁さん恋人に死ぬほど弱い」
蘭に少し落ち込んだ様子で訊ねられては、もう拗ねない訳には行かない。
拗ねて欲しいんだろう、蘭は。俺に。
いやぁ、女心は難しい。特に蘭に関しては難しい。俺や蘭の親父さんですら分からないのだから、他の男達に理解出来るわけも無い。収録一発OK位分かんないよ。ブラッディはかっこいいと思うけれども。俺、男の子だもん。
「ふんふふふーん。ま、取り敢えずお前は部屋で待っとけ。お前が蘭ちゃんの親父さんと話してるように、俺もサシで蘭ちゃんと話すことがあるしな」
「へぃへぃ……んじゃ、終わったら呼んでくれや」
何故俺と蘭の親父さんが話している事を知っているのか気になったが、気にしてしまってはダメだ。
俺の親父に隠し事は出来ない。例えテスト用紙を隠したとしても、いつの間にやら奴の手の中。プライバシーもあったもんじゃない。
「んじゃ、蘭。可愛くして貰え。親父、可愛い蘭見せてくれ」
「……ん」
「了解っ!!」
俺はすっと立ち上がり、店の裏口から俺たちの居住スペースへと向かった。
余談だが、幼馴染みが髪を切るところに俺が居合わせたことは、ただの一度もない。
─一時間後─
数学死ね。
……失礼、少々口が悪かった。こんなの絶対正負の符号間違えるに決まっている。一個間違えるだけであとの符号全部逆になるから、何度も何度も見直しをしなければならない。
そんな訳で、俺は暇な時間を利用して学校の課題を進めていた。以前の定期テストでいい点取りすぎたせいで、先生及び両親の期待値が高くなってしまった(詳細は『暴走機関車赤メッシュ』参照)。
あの時は身の危険があったからこそあれだけの点が取れただけであって、普段は特段優等生と言う訳では無い。次のテストは程々にしておこう。
「……ん、メッセ来てる」
時間を確認しようとスマホを確認してみると、親父からの『終わったぴょん』と言うメッセージがやって来ていた。
中年のおっさんの『ぴょん』はキツい。ただ、親父は見ての通り変人で商店街でも通っているので、最早今更である。多分死ぬまで変人で押し通す気だ。
『ぴょんはやめろ』
一言だけメッセージを送信し、俺は店へと向かう。
歩いて二十秒弱。これがコンビニだったらどれだけ便利かと何度か考えた。一階がコンビニのマンションとか、駄目人間製造機な気がする。
「あいあーい。来たぜー」
「あいよ。今日はいつも通りに切った後、ちょっと遊んでみたぜー」
裏口の扉を開けて入ると、親父がドヤ顔でこちらに中指立てていた。コイツ本気でどうしてくれよう。
俺はそんな親父に首を振りつつ、椅子に座っている蘭を鏡越しに見る。
──鏡越しに、目が合う。
「……ど、どう?」
「……すっご」
単純に言うと、短い髪をポニーテールにしているだけ。
なのだが、もみあげ部分の残し方であったり、少し低い位置でまとめてあったりといった一つ一つが、言葉で表しにくい『丁度よさ』に収まっていた。
「いやぁ……親父って本当にプロの美容師なんだな」
「そりゃあな! 若い頃は切れたスキバサミって言われてたんだぜ!」
「……スキバサミが切れてる?」
「蘭、気にするな」
ビシッとポーズを決める親父を可哀想な目で見つめる。こんな親父の血が半分流れているのかと心配になってしまう。
俺がこんなのだったら、蘭はどう思うのだろうか。百年の恋も冷めるのでは。薄紅色の可愛い君の儚い夢ですら、三ヶ月で冷めてしまいそうだ。
俺はもう少し蘭のことを褒めようと近寄ろうとして、足元に切られた蘭の髪の毛が残っていることに気づく。
「あれ、掃除まだだったのか?」
「ああ、俺もついでに髪の毛切っちまおうかなって。ほれ」
そう言って自分の前髪を持ち上げる親父は、確かにだいぶ長くなっていた。掃除の手間を省く手段として、たまに親父がやっている方法だ。もっとも、よく知ってる仲のいい相手の後でしかやらないなどの気遣いはしているらしいが。なんで狂人なのに気遣いできるんだよ。
蘭をちらりと見ると、気にしてないよと言わんばかりに微笑みながら頷いていた。ちくしょう、髪型違うからか、いつもより余計にときめいちまった。ときめいているのは毎日だが。
「確かに長いなぁ。うっとおしいだろ?」
「いやー、髪切るの面倒くさくて」
「……美容師なのに?」
美容師が髪切るの面倒くさがるなよ。
「んじゃ、切るかぁ」
そう言いながら、蘭が座っている椅子の隣の椅子に腰掛け、カットケープを身に付ける。そのままキャスター付きの台に手を伸ばす。
手に取ったのは鋏……ではなく、バリカン。
……バリカン?
「よっと」
俺と蘭が固まっていると、ウィィンとバリカンを起動。そのまま右のもみあげから頂点へ向けてバリカンを進めていく。
根元から切られ、パラパラと床に落ちて行く親父の髪の毛。
「待て待て待て待て待て待て待て待てっ!?」
「お義父さん!? 何してるんですか!?」
目の前の異常な現象を脳がようやく理解できた俺と蘭は、思わず親父を取り押さえてバリカンを停止させる。
蘭の『お義父さん』については、突っ込まないでおこう。その内本当になる訳だし、今はそれどころでは無い。
「え? だって髪切るの面倒臭いしー、洗うの面倒臭いしー」
「だからっ! 美容師がそれを面倒くさがるなっての!」
「少なくとも、あたし達の前でいきなりしないで下さい!」
本当になんなんだこの父親は。
最早不快感を通り越して、恐怖すら感じてしまう。親父の狂気に慣れている俺ですらこの戦慄。
蘭、お前の親父さんはまだマシだよ。むしろお前のことよく考えてくれるいい親父さんだよ。
俺の親父やばいよ。こんなお義父さん嫌だろ? 俺が嫌だもん。
「んー、取り敢えずもうここまで切っちゃったしー、もう手遅れかな!」
「待てっ! まだツーブロックとか手はある!」
「──知ってるだろ、亮。俺の生え際が後退してること」
取り上げようとしていた手が止まる。
以前、部屋の整理をしている時に昔の写真を収めていたアルバムを発見し、それを眺めていた。
確かに、そこに写っていた親父は、今より明らかに髪の量が多かった。あの写真が十年前のものだったので、十年でここまで減ってしまったのだ。
まさか、この奇行は、それを隠すための開き直り──?
「はいドーン!!」
「「あああああああああああああああああああああああっ!!」」
二人して硬直してしまった。その瞬間を親父は見逃さず、まだ手の中に残っていたバリカンを起動。
そのまま頂点まで一気に刈り取ってしまった。
──もう、取り返しがつかない。
まさか、親父の先程のアンニュイな表情は、強行するための嘘……?
そんな事を考えたが、もうそんなことは些細なこと。
親父の坊主が確定した事実は、もう変わらない。
「「あああああああああああっ……」」
「よぉーし、丸めるぞー!」
絶望するカップルと、何故か坊主姿に前向きな美容師の姿が、そこにはあった。
その後親父が坊主にしたというニュースは商店街中に広まった。
ある人は一目見に、ある人は髪を切るついでに。
店を訪れる人が増えた結果、今月の店の売り上げがいつもの倍に増えたとのこと。嘘だろおい。
ご閲覧ありがとうございます。どこが実話か、分かったでしょうか? 答えは、『美容師の親父が自分の頭を坊主にした』でした。はいこれ、昨日起きました。いきなり写真送られてきて、腰抜かしました。面白すぎたので、急遽この話を書き上げました。本当は亮の親父はただの会社員の予定だったのに、ちくしょう。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、晩御飯に味噌汁が付きます。
それでは、また次回。
追記
新しいアンケートのご協力お願いします。
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お家デート派赤メッシュ
皆様、本当にありがとうございます。
「そういえば、蘭と亮君って、外でデートしたがらないよね? なんで?」
きっかけは、なんやかんやで恒例となってしまったファミレスでの勉強会の最中。蘭に数学の問題で使う公式の使い方を教えていた。正直、こんなもの使い方を覚えてもどこで使えるかがきちんと理解していなければどうしようもない。
そんな感じで若干どう教えたらいいものかと困っていた時に、対面に座っていたひまりからそんな質問が飛んできた。
「ひまり、急にどうしたの? 勉強がヤになった?」
「それはあるけど!」
「あるのかよ」
発案者であるひまりがそれを言ってはダメだろうと思わなくもない。というかガッツリ思う。
お前がこんなこと言い出さなければ、救えた命があったんだぞ。どうしてくれるんだほんと。
……と、思うだけに止めておく。そうしないと、割とマジめにひまり泣く。涙脆いし。
「でも! 普段からすっごく仲がいいのに、殆どデートしないじゃん! もったいなくないの?」
ひまりの指摘はごもっともで、俺と蘭は片手で数える程しか、どこかに出かけると言うデートをしたことが無い。基本的にどちらかの家でくつろいだり、近所の店(羽沢珈琲店)にお茶しに行く位。
普通のカップルの場合、そりゃあもう毎週末デート、デート、デート。あなたと私でランデブーを体現しながら、ピンクのオーラ周囲にまき散らしながら闊歩するのだろう。ああはなりたくない。
「つってもなぁ……俺がデートしない理由は、純粋に蘭がしたがらないからなんだけどな……」
「ちょっと! 言わないでよ!」
俺から言及されるとは思ってもいなかったのか、持っていたペンを落っことしてしまうほど動揺する蘭。使っていたペンは俺が愛用しているものと色違いの赤色のもの。
俺としても一度きちんと理由を聞こうとは思っていた内容なので、この際だから便上して聞いてしまおう、という結論になった。
だって、気にはなってたけど、聞きにくいじゃん。恋人がデートしたがらない理由とか。
これでもし「亮とのデートつまらないし」とか言われた日には、暫く立ち直れないだろう。そのままパッとフラッと消えてしまわないようにだけしなければ……もう少しだけこっちに居てくれても良かっただろ。
「へー? じゃあ蘭! なんでデートしないの?」
「いや……お互いの家でのんびりしてるし、それもデートでしょ?」
「言い方変えるね! なんで外に遊びに行くデートしたがらないの?」
グイっと身を乗り出して、蘭に詰め寄るひまり。相変わらず恋バナとスイーツの話題になったら食い付きが良い。スイーツに関しては本当に食らっている分、より迫力がある。北の侍のようにがっついてはいないが。
うぅ……と、助けを求めるようにこちらを見る蘭。知らぬ存ぜずでコーラを飲む俺。蘭には悪いが、俺も知りたい。
悲しいけど、これ、人間関係なのよね。
言わなきゃ、分かんない。
「うぅ……言わなきゃダメなの?」
「ダメ! 言わなかったら、蘭のあの写真亮に見せるよ!」
「まて、どんな写真だ」
「見たら二人が死んじゃう位の写真!」
「どんな写真だ!?」
とんでもない写真の存在を暴露するひまり。
見た俺も、見られた蘭も死んでしまうような写真ってなんだよ。ドッペル人形でも写ってるのか。ものまねのミニゲーム難しいんだよホント。なんでストーリー上必須なんだよ。面白かったけどさ。
そこまで言われると、逆に見てみたい。つまるところ、蘭が言おうが言わまいが、特段大きなダメージはない……はず。
「さぁ、蘭! 言う!? 言わない!?」
「ひまり、声が大きい……はぁ、わかったよ。言う」
余程件の写真を俺に見られたくないのか、蘭は観念したかのように言う。
さて、そうなると次に俺がすべきは心の準備。万一にも楽しくないなどと言われた日には、お金だけ置いて黙って立ち去る。彼女達の前で涙を流すところを見せる訳には行かない。猫が死ぬ直前に姿をくらますように、黙って家まで走ろう。
「あー……その、えっと……笑わない?」
「「笑わない」」
「なんでそういう所だけ息ピッタリなの……」
顔を赤くし、恐る恐るといった様子の質問を一刀両断。笑うか笑わないかは俺たちの自由だが、こうでも言い切らないと、蘭はいつまで経っても言わないだろう。
恥ずかしがり屋だもんな、蘭。お揃いのペンだって、中々中々渋って渋って、ようやく買ったお揃いの品だったし。
「はぁ……えっと、デートしたくない、理由だよね……それは……その……」
意図せずして高まる緊張感。もじもじと、恥ずかしがる蘭の横顔を覗き込みながら、俺とひまりは、ゴクリと生唾を飲み込む。
意を決したのか、蘭は重たい口を漸く開く。
「……外で、亮とくっつくのが……恥ずかしくって……でも、くっついてたくて……家の中なら、誰にも見られないから……」
ひまりが盛大にずっこける。
蘭が机に突っ伏す。
俺が固まる。
ツッコミ力の高い三人が、揃いも揃って行動不能。だけど、無理もない気がする。
「……ら、蘭……いつの間にそんな乙女に……」
真っ先に立ち直ったひまりが、上体を起こしながら呟く。最早軽く引いているんじゃないかというその口調。
無理もない。美竹蘭と言えば、『反骨の赤メッシュ』。女の子ではあるが、乙女ではないと言うのが皆の意見。それは、幼馴染たちの間でも共通認識だったようだ。
しかし、それが目の前でぶっ壊れた。恥ずかしいて、恥ずかしいて。
「うぅ……だから言いたくなかったのに……」
「恥ずかしいことじゃないよ! 好きな人とくっついてたいって、当然の事だもん! 恥ずかしいなら、仕方ないよ!」
アフグロ内でもっとも暴走するひまりがフォローに回らねばならないほど、今の蘭は弱気。その証拠に、チラリチラリと、俺の表情を伺っていた。
まぁ、その、なんだ、思考が追いついてない。
「……はーっ、可愛いかよ」
「へうっ!?」
思わず口から出たセリフは、言おうとしていたセリフと大きくかけ離れていた。確か、『そうそう、恥ずかしいなら仕方ない』とかだった気がする。
正直、今日は俺が暴走してる。暴走している自覚はあるが、止められる気がしない。
この道を行けばどうなることか、行けば分かるさ、迷わず行けよ。コースだけは外れないように。
「ごめん、ひまり、今日もうお開きでいいか? もうたっぷり蘭甘やかしたい。いっぱいぎゅーしていっぱいちゅーしていっぱい(自主規制)して、死ぬほど甘やかしたい」
「亮君! ここ! 昼間! ファミレス!」
普段の俺なら、絶対に幼馴染の前で口にしないようなワードすら飛び出てしまう。あーこれ、完全にブレーキ壊れてますわ。焼き切れてますわ。
しょうがないだろ? 恋人が俺とくっついていたいからって外でのデート嫌がってたんだぜ? 外でくっつくのが恥ずかしいんだぜ?
たっぷり甘やかしたい。
「蘭、今日はいっぱい甘やかしてやるからな。最近お互いにバンドやらバイトやらで忙しくて二人っきりの時間取れてなかったもんな。寂しかったろ? 何して欲しい?」
「待って! 私無視されてるよね!?」
なんか、ピンク髪が何か言ってる気がする。ごめん、今、余裕ない。今度コンビニで甘いもん買うから許して。
俺の頭の中は、もう蘭一色。ダブル役満でどうだと言った感じだ。
「……なんでもいい?」
「なんでも良いぞ! 子供以外なら!」
「ねぇ!? ホントにあの亮君!? 紳士だった亮君!? 」
「……じゃあ……」
蘭が少しだけ言葉を躊躇う。しかし、俺の満面の笑みを見たからか、おずおずと言った具合で口を開く。
「……ちゅーしたい」
その後のことは、よく覚えてない。気が付いたら、隣にふにゃっふにゃになった蘭が居た。服はきちんと着ていた。
一言言えることは、おっさんの妄想する暇すら無かった。
ご閲覧ありがとうございます。リハビリがてら書いてました。蘭ちゃん、亮くんの前だと乙女です。
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それでは、また次回。
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メロンパンな赤メッシュ
やまぶきベーカリー。
それは我らが商店街の一角に店を構える、街に人気のパン屋さん。
その人気に見合ったクオリティのパンは毎日売り切れ御免。我が家の朝食に出てくるトーストも、この店のものだ。
一番人気は……なんだろうか。チョココロネか? しかしあれは約一名が恐ろしい程買い占めていると言う方が正しいので、売り上げ数的には上位だが……兎に角、不明。だが、どれを買ってもハズレはないという事だけは言える。
そんなわけで休みの日の朝。蘭と共にやまぶきベーカリーを訪れていた。目的は、部屋で食べるための間食用のパン。
その中で俺が目を付けたのは、やはり大好物のメロンパン。
外のサクサク感の残るクッキー生地部分の確かな甘さに、パンそのもののふわふわ感。
はっきり言ってしまおう。この世で一番美味しいメロンパンは、やまぶきベーカリーのメロンパンだ。
「という訳でよぉ……青葉のとこの嬢ちゃんよ……そこをどいて貰おうか……」
「ふっふっふー……やまぶきベーカリーのメロンパンの美味しさに気付いたということは褒めてあげよー……だけど、ここは譲れないかなー」
残り一個のメロンパン。その前に立ちはだかる、幼馴染の一人、パン狂いこと青葉モカ。手には既に大量のパンが乗っているトレーとトング。
……いや、譲れよ常識的に考えて。
「……お前の手に乗っているパンの数を数えろ! どんだけ乗ってるんだよそれ!」
「りょーくんは今まで食べたパンの枚数を覚えてる?」
「数えりゃ分かるもんに対して使うセリフじゃねぇよ!」
「あたしは覚えてないよー?」
「そりゃそんだけ食ってたら把握出来ねぇだろうな!」
相変わらず掴みどころが無さすぎる幼馴染。パンに関しては強欲すぎる彼女にとって、このメロンパン一個すら食べたいと思っているのか。
……いや、面白がってるだけな気がする。
だって、モカだよ? ゴーマイウェイだよ? 流石にそこまで非常識ではないだろうし、からかっているだけなはずだ。
いや、既に食べようとしているパンの量が非常識だが。
「ちょっと、二人とも……沙綾困ってるでしょ」
「あ、あはは……相変わらず仲がいいね」
俺とモカの茶番劇を、呆れたように見つめる蘭と、やまぶきベーカリーの看板娘の山吹 沙綾。
蘭やモカのバンド仲間の一人で、ガールズバンド『Poppin’Party』のドラマー。
巴とは違う、頼れるお姉さんと言った感じの女の子だ。
余談だが、商店街の看板娘の女の子達には、全員つぐと同じような『守る会』が存在している。もし沙綾に何があろうものなら……考えただけでも恐ろしい。あのつぐをナンパしようとした大学生は無事なのだろうか。SNSのアカウントすら消えてたんだけど(『過保護の赤メッシュ』参照)。
「そうだよー。あたしとりょーくんは仲良しなのですー」
「あーはいはい。それでいいよ……メロンパンよこせ」
「やだ」
「コイツ……!」
普段の間延びした声ではなく、はっきりとした否定。
もしかして、本当にメロンパンが食べたくて食べたくて震えてるのか? 蘭が俺に会いたくて会いたくて震えるのと同じように。
パンはモカの恋人と言っても過言ではない。それ程までにパンの事を思っていてもおかしくは無い。
俺はチラリと、トレーの上にぽつんと一個だけ置いてある、メロンパンを見る。
「……なぁ、メロンパン……お前はどっちに食べられたい……?」
「おー、りょーくんえらーい。自分達じゃなくて、メロンパンにどっちに食べてもらうか決めてもらうんだねー?」
「何言ってるの……?」
メロンパンの声を聞こうと、耳をすませる俺とモカ。お互いにそれぞれ蘭と沙綾に、持っていたパン用のトレーを渡し、メロンパンに耳を近付ける。
傍から見たらかなりやばい状況だが、そもそも俺達の存在が既にやばいので、最早今更だろう。
さて、俺の愛しのメロンパンは、何を言っているのだろうか?
『二人とも、喧嘩はやめて!』
「「!?」」
突然、少年のような声が響く。周りを見ても、男の子の姿はどこにも無い。
まさか、本当に目の前のメロンパンが喋っているのか……?
俺とモカは顔を見合わし、目の前のメロンパンに再び目を向ける。
「め、メロンパン……? 今の声は……メロンパンなの……?」
『そうだよ! 君たちのボクを食べたいっていう強い思いのおかげで、ボクの声が届くようになったんだ!』
「おー……こんな体験、モカちゃんも初めてだよー」
どこか嬉しそうに微笑むモカ。もしかして、パンと話してみたいと思っていたほどパンのことが好きだったのか?
確かに、好きなものと触れ合えたり喋ったり出来たら嬉しいものだ。俺も蘭と触れ合ったり喋ってりすると嬉しい通り越して幸せだ。謎の島で栽培されている草を使わなくても『しあわせ』だ。あれ、ホントにCERO『A』なのか?
『二人とも! もう少ししたらボクの仲間が沢山応援に来てくれるんだ! そうしたら、焼きたてメロンパンがいっぱい食べれるよ!』
「! それは本当か!?」
『うん! だから、もう喧嘩しないで! ボクのために喧嘩なんて、嬉しくないよ!』
俺とモカに電流走る。ちなみに麻雀で好きな役は七対子。
今まで、パンの気持ちなど考えたことがなかった。確かに、自分のために争いを起こされても、嬉しいわけがない。
蘭だって、自分のために俺と誰かが戦っていたら……嬉々として俺のとこに来そう。
「そうか……そうだよな。ごめんなメロンパン。お前の気持ち、全然考えてなかったよ」
「そうだねー。ごめんね沙綾……」
「ううん、全然いいよ……あ」
茶番は終了だと言わんばかりに、棚の後ろにしゃがんでいた沙綾に声を掛けるモカ。
思わず素の声で返事をしてしまった沙綾は、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染める。意外とイタズラ好きの子だ。
「あはは……バレてた?」
「流石にねー。メロンパンが喋るわけないし……喋ったら面白そうだけど」
「あのさ……本当に邪魔になってない? 大丈夫?」
「大丈夫だよ蘭。そこまで忙しい訳じゃないし、暴れ回ってた訳でもないしさ」
呆れ切った蘭の声に、沙綾は笑いながら答えてくれる。
はぁ……と盛大なため息をしながら、俺達三人を見る蘭。若干不満そうなのは気のせいではないだろう。
すると、俺の隣に立っていたモカが、非常に悪そうな笑顔を浮かべる。
この笑顔は間違いない。なんか蘭を弄る気だ。後でなぐさめるの俺だから、程々にしといてください。
「あれれー? もしかして蘭、ほっとかれて寂しかったのー?」
モカの指摘に、蘭はピクっと、小さく肩を震えさせる。
あー、うん、そうだよね。蘭ちゃんが今のやり取りでほっとかれて、寂しがらないはずないもんね。
兎ちゃんだもんね蘭。寂しいと死んじゃうもんね。年中発情はしてないけれども。
「べ、別に……寂しくなんか……」
「それじゃあ、蘭ー? 蘭がメロンパンになって、どっちに食べてもらうか決めてよー?」
「は、はぁ!? なんでそんなことしなきゃいけないの!」
「……やらねーの?」
「……やるよ! やればいいんでしょ!」
ちょっと俺が不安そうに見れば、蘭はすぐに乗る。はいそこ、チョロインとか言わない。蘭がチョロいのはごく一部の親しい人間だけだ。
ちなみに、知り合いの人間ほぼ全員に対してチョロいのは内緒だ。身内に甘すぎる。
蘭は沙綾が隠れていた棚の後ろに移動し、スっとしゃがむ。俺とモカ、移動した沙綾からはその姿は見えない。
『……や、やぁ……め、メロンパンだよ……』
「少年声蘭可愛すぎない??」
「落ち着いて」
普段は聞かない蘭の男の子っぽい声に心臓が撃ち抜かれそうになる。あ、元々撃ち抜かれてたわ。
なんて馬鹿なことを考える。どんな声が気になる人は、眼帯とマントを付けた雷巡の声をもう少し低くした感じと思ってくれていい。
「それでー? メロンパンちゃんはどっちに食べて欲しいのー?」
モカがいきなり本題に入る。これ以上引っ張っても蘭が恥ずかしがってしまうだけだし、さっさと決めてもらおう。
もう少し蘭の少年声を楽しみたかったが、致し方ない。
『えっと……その……りょ、亮……』
「はいよ。ま、分かりきってたけどな」
俺とモカを天秤に掛けた時、どっちに傾くかは意外と五分五分。
今回の場合は、モカのトレーの上に置いてある大量のパンが決め手だったのだろう。公平なジャッジありがとう。タッチアップの誤審は許してないからな。
『あー……その……』
しかし、メロンパンをトレーに取ろうとトングに手を伸ばしたところで、蘭がまだ何か話そうとしていた。
俺はその手を止め、蘭の二の句に耳を傾ける。
『り、亮……ボクを、食べて?』
電流走った。股間に。
「……ごめん、持ち帰るわ」
トレーを置き、棚の後ろの蘭を抱き抱える。体育座りしていたので、そのまま膝に腕を通して、お姫様抱っこ。
そのまま、やまぶきベーカリーを後にし、蘭を俺の家まで持ち帰った。蘭はポケーっとしていて、気が付いたのは俺が思いっ切りぎゅーっとしている最中だった。
結論から言うと、味見する前に二人で昼寝しちゃった。食べるのはまた今度にしよう。
なお、後に商店街中&バンド仲間中に蘭のお姫様抱っこ姿の写真が出回ったのは、最早言うまでもない。よく撮る時間あったなモカ。
ご閲覧ありがとうございます。前回の話に引き続いて、亮君暴走回です。ちなみに、蘭の少年声のイメージは、言うまでもなく木曾です。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、ドンキーの練習します。
それでは、また次回。
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メトロノームと赤メッシュ
あ、こちらは今日投稿始めた、ポケモン二次創作です。良かったらどうぞ。
『ガラル同期組+αが他地方へ旅行に行くそうです』
https://syosetu.org/novel/244375/
俺と蘭の数少ないデート先、羽沢珈琲店。
今日も今日とて、二人で店を訪れ、パタパタと駆け回るつぐの姿を目で追っていた。
ここ最近は暴れまくっていたこともあり、反省の意も込めて、外でのんびりする事にした。二人っきりだと、蘭のこと無茶苦茶にしてしまいそうなので、仕方ない。最近は少し暴走気味だったので、戒めの意味を込めるという意味では、丁度いいだろう。
「……つぐってさ、意外と交友関係広いよな」
「急にどうしたの?」
「あぁ、いや……この店自体に色んな人が来るだろ? だからさ、バンド仲間全員と仲がいいんじゃないかなって」
事実、この店に居たらたくさんのガールズバンドの女の子達が来店してくる。やまぶきベーカリーにも来店するが、滞在時間は羽沢珈琲店の方が長い分、出会う人物も当然多くなる。
事実、俺も今をときめくガールズバンドの大体のメンバーと顔見知りにはなっていた。時々クラスのダチに「紹介してくれ!」と懇願されるが、綺麗に流す。彼女らには彼女らが望む青春を送らせてやろうという、俺の心意気だ。その内刺されそうだなうん。
「あーうん、そだね。つぐって聞き上手だから、どんな相手でも大体仲良くなれるからね」
俺の言わんとすることを汲んだ蘭は、どこか納得したように頷く。
今日も元気に接客を頑張るつぐ。その姿を見て二人して優しく微笑む。
この穏やかな時間も、言ってしまえば『いつも通り』。
──しかし、段々とつぐの様子が変わってきた。
接客しながら、何度か時計をちらちらと見たり、窓に映る自分の姿を確認して髪の毛を弄ったり、入り口や窓の外の景色を見ていた。
まるで、誰かを待っているようだった。ずっとそわそわしてる。
「……なぁ、蘭。つぐって今日何時までよ」
「パートのおばさんが来たから、多分二時で終わり」
「……あと十五分だけど……この後のつぐの予定は?」
「多分無いはず」
二人で声のトーンを落とし、顔を近づけてひそひそと会話をする。あっ、めっちゃいい匂いする。シャンプー変えたのかな。後で確認しよ。今シリアスっぽい雰囲気だからね、我慢しないとね。
一人理性と戦っているなんて気付いていない蘭は、心配そうにつぐの事を見る。以前の大学生のようにお近付きになろうとする不届き者が現れたのだろうか。
「……ん?」
すると、つぐが急にぱあっと顔を輝かせ、窓の外へと目を向ける。その目線の先を追って窓の外へと目を向けると、そこにはギターケースを背負った、水色の髪の女の人。
彼女はカランカランとドアベルを鳴らしながら、店の中へと入ってくる。
「あ! いらっしゃいませ、紗夜さん!」
「羽沢さん、こんにちは。今日もお店のお手伝い、お疲れ様です」
彼女はガールズバンド『Roselia』のギタリスト、『サッドネスメトロノーム』こと氷川 紗夜。そのギターの正確性には定評がある。双子の姉で、妹もギタリストなのだとか。
噂で聞く限りでは、規律に厳しく生真面目で冗談の通じない堅い人物と聞いていたが……つぐに笑顔を向ける彼女は、とてもそうとは思えなかった。
「……紗夜さんって、この店よく使うのか?」
「……そう言えば、つぐが最近紗夜さんが店に来るって話してたような……」
意外すぎる組み合わせ。接点欠片もないだろこの二人。
学校も違う、バンドも違う、楽器も違う、学年も違う……ほんとにどこで知り合ったし。
「今日も練習だったんですか?」
「ええ。午後から今井さんがバイトでしたので、午前中だけ」
「お疲れ様です! いつもの席でいいですか?」
「ありがとう、羽沢さん」
「……いつもの席って言ったな、つぐ」
「いつもの席で通じるくらい通ってるの……?」
二人の様子を眺めながら、関係性について考察を始める。蘭はいつの間にやら作曲ノートを開き、二人の会話をメモし始めている。ノートの端に書かれている『亮との子供の名前 華乃 咲希 咲久? 三人くらい欲しいなぁ』という文章にはスルーさせてもらおう。家族四人養うだけの稼ぎを手に入れないとなぁ。
「ご注文は……いつものでよろしいですか?」
「そうね……今日は少し疲れたので、カフェラテにしましょうかね。あと、ケーキセットを」
「かしこまりました!」
「……いつもので通じた、だと?」
「相当通ってるね……」
「つぐの笑顔、眩しすぎない……?」
「というか、つぐのあんな笑顔、見た事ないんだけど……」
さっきからつぐの笑顔が、柔らかすぎる。例えるなら、そう……二人っきりで俺のそばに居る時の蘭の笑顔に近い。
明らかに今のつぐはツグっている。しかし、普段とは様子が違いすぎる。普段は言語化するとしたら『張り切っている』が一番しっくりくるが、今のつぐは『ときめいている』が一番しっくりくる。
なんか、違う。あんなつぐ、見た事ない。
まるで、恋する女の子のような雰囲気のつぐは、初めて見た。
「お待たせしました! カフェラテとケーキセットです! あと、その……今日はこれで上がりなので、ご一緒してもよろしいですか……?」
「……既に羽沢さんの分のケーキを用意されたら、断れないじゃないですか」
「あっ、えっと! その……嫌でしたか?」
「ふふっ、そんな訳ないですよ。どうぞ」
「……! ありがとうございます!」
「……あれ、間違いなくね?」
「……あれ、間違いないね」
紗夜さんに少し呆れられた瞬間、一気に落ち込んでしまう様子。しかし、許された瞬間にぱあっと顔を輝かせ、うっきうきの様子で紗夜さんの対面の席に腰を下ろすつぐ。
その様子を見ていた俺と蘭は、二人で同じ結論を出す。最早俺と蘭の仲ならば、言葉にしなくても通ずることはいくつかある。
──つぐ、紗夜さんのこと好きなんじゃね?
確証は何も無いけれども、つぐの様子を見る限り、そうとしか思えなかった。
「どうする、蘭。『守る会』に報告する? 血祭り? 血祭り??」
「いや……今回はつぐが好意を寄せている形……紗夜さんが詰め寄っているって訳では無い。報告はするけど、手は出すな……ってとこじゃない?」
「了解」
スマホを取り出し、『羽沢さんとこの娘さんを守る会』のグループにメッセージを打ち込む。
『つぐが好意的に接している存在を確認。一つ上の女子の先輩。暫く様子見』
メッセージにはすぐさまメンバー全員の既読が着き、一様に『了解』のコメント。あんたら仕事中だろ。良いのかおい。
「……美味しいですよ、羽沢さん」
「!? えっと……分かったん、ですか?」
「えぇ……羽沢さんのお父様のカフェラテと比べて、少し酸味が強く出ていましたので」
「……蘭、お前違い分かる?」
「……ぜんっぜん分かんない……紗夜さん凄すぎない……?」
なんだかんだ言いながら基本ハイスペックな紗夜さん。どうやらコーヒーの違いすら感じ取れるらしい。それなりにこの店に通っていて、つぐの練習に付き合ってコーヒーを飲んできた俺たちですら分からない味の違いに、一瞬で気付いた。
──待て、それはおかしい。
つぐの親父さんはこの店のマスター。つぐのコーヒーについてはある程度認めつつも、まだお客さんには出せないな、と厳しく言っていた。
しかし、お客さんである紗夜さんに出したのは、つぐの淹れたカフェラテ。これはつまり、つぐの親父さんが許可したということで。
はたと気づいた俺は、『羽沢さんとこの娘さんを守る会』のグループを見てみる。
全員が『了解』と返している中、つぐの親父さんとつぐのお袋さんだけが返信していない。
ばっとカウンターを見てみる。いつも通り親父さんがカップを拭いていた……が、俺の視線に気づいたのか、こちらへと向き直る。
──ピロン、とスマホにメッセージが届く。
『彼女に淹れるコーヒーに関しては、お客さんに出せるレベルなんだ。不思議だよね』
「──っ!」
「どうしたの、亮……なっ!」
思わず動揺して机にスマホを落としてしまう。その画面を見た蘭も、同様に動揺してしまう。おっと、これは事故ね。
そのつぐの親父さんのメッセージで、先程の疑惑が確信に変わる。
──つぐ、紗夜さんのこと好きじゃん。
「……どうしよ、亮……紗夜さんを思いっ切り剣山で刺したい……!」
「蘭、落ち着け……! 俺だって今、紗夜さんのことを詰問したくて仕方ない……っ!」
『そうだね。俺も紗夜ちゃんに色々話を聞きたいかな』
俺たち三人の気持ちが、一つになっていた。何故かつぐの親父さんの声が聞こえた気がしたが、気にしてはダメなのだろう。
悩みに悩んだ結果、『暫くは三人で見守ろう』と言う結論になった。なお、俺たちがずっと怒りに肩を震わせている間、つぐと紗夜さんはずっと楽しそうに談笑していた。
その時のつぐは、正直今までで一番可愛かったと、断言出来る。
──後に、つぐ本人から恋愛相談を蘭と二人で聞くことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
ご閲覧ありがとうございます。この作品は頭空っぽで読むのが丁度いいです。内容が無いようですので。
……部屋が寒い。
感想、評価、お気に入り登録等してくれると、ちょっとはりきります。
それでは、また次回。
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方向音痴と赤メッシュ
「……巴」
「……なんだよ」
「……俺達はさ、街中で蘭と三人で歩いてたはずだよな?」
街中に佇む俺と巴。今日は蘭と二人で部屋でダラダラしていたのに、急にやってきた巴に無理やり外に連れ出されてしまった。
それ自体はまだいい。俺だって基本的には蘭を死ぬほど甘やかしたいが、たまには外で遊んでいる蘭を見たいと思うことはある。
ある、が……今日の場合は少し話が変わってくる。
本当に、本当にたまたまだったのだが……『ハロー!ハッピーワールド』というバンドのドラマー、松原 花音さんを見かけてしまった。
ゆるふわ系の優しく大人しい、常識を持ち合わせた良い先輩……なのだが、異常なほどの方向音痴という致命的な欠点がある。
どれくらいの方向音痴かと言うと、一年以上過ごしてきた校内ですら、たまに迷うレベル。どうやって今まで生きてきたんだろうか。
さて、そんな花音さんを見かけたのだが……どうやら道に迷っていたようで、どこか弱々しい雰囲気で歩いていた。
見かねた優しい女の子の蘭が、花音さんに声をかけて手を掴んだ瞬間、いきなり人通りが異常に増え、落ち着いたと思ったら、蘭と花音さんの姿が消え去っていた。
「なんで……蘭たちとはぐれてるの?」
「あたしが聞きてぇよ……なんであの瞬間だけ人通りが増えたんだよ……」
もはやファンタジーの域に入っている現在の状況。ここまで僅か五分。
どうしたものか、と暫し頭を悩ませる。
「とりあえず、蘭に電話してみる……」
「頼むわ……」
巴がスマホを取り出し、慣れた手つきでピポパと電話を掛ける。
ブブブブブ、と震える俺の右ポケット。
俺はおいおい、と言いながら右ポケットのスマホを取り出す。
「巴、今そんなにギャグ要らねぇぞ。なんで俺のスマホに……これ、蘭のスマホじゃん」
いつも右ポケットに入れているはずのスマホは俺のものではなく、何故か蘭のスマホが入っていた。
映し出された画面には、何故か俺の寝顔の写真が待ち受けとして設定されていた。いつの間に撮られたんだよ。というか、待ち受けにしないでくれよ。誰かに見られたらどうするんだよ。俺はともかく、お前絶対恥ずかしがって大変なことになるだろ。
墓穴掘るのはいつも蘭。ここ掘れワンワンと、掘り当てるのは宝ではなく墓穴。
「なんでお前が蘭のスマホ持ってんだよ!」
「入れ替わったのかなぁ……俺のスマホに電話掛けてみてくれ。蘭が持ってるかもしれん」
「分かったよ……持ってても、ロック解除できないんじゃ?」
「……知らね」
さすがに蘭と言えども、俺のスマホのロックは外せないはずだ。俺と蘭の誕生日を四桁にして足したものを二で割ったあと二万五千を足したものがパスワードだ。
流石に分かるはずがない、しかし、念には念をだ。
ため息をもうひとつ吐いた巴は、続けて俺のスマホへと電話をかける。
「……カバンの中で鳴ってねぇか?」
「……カバンの中で鳴ってるな」
肩から提げたショルダーバッグ。あまり中身のないそいつを開けてみると、蘭の寝顔が映し出された俺のスマホが、ブブブブブと鳴っていた。
相手は、巴だった。
ガッ、と俺の首にチョークスリーパーを掛ける巴。待って待って待って待って。本当に絞め殺しに来てるよね?
「お前な! なんで二つともスマホ持ってんだよ! なんで蘭は一つもスマホ持ってねぇんだよ!」
「ぐえぇ……んなごど言われでも……じらねゑっで……」
喉から出てくる声は、ひしゃげたヒキガエルのように潰れた声。多分声帯が潰れてる。
俺はボーカル組のように声帯が強くない。こんなに乱暴にされたらどうなるか分からない。彼女らも物理打撃に強くしているとは思えないが。
ある程度締めあげられたところで、ようやく解放される。
「ゲホッ、ゴホッ……死ぬかと思った……」
「ったく、仕方ない……花音さんに電話しよう……花音さんのスマホは持ってないよな?」
「カバンの中、スマホと財布しか入ってなかったから大丈夫……」
その場にうずくまって喉を抑える俺を後目に、巴はこの五分間で三回目の電話。花音さんまで電話が繋がらなかったら、正しく八方塞がり。
都会で方向音痴がスマホを持っていない。それ即ち、死。
言い過ぎでは? と思われるかもしれないが、実際問題恋人とはぐれてしまうというのは些か心許ない。
もしかしたら今頃、ここはどこだと泣いているかもしれない。魂がここだよと叫んでも、あいにく俺達はテレパシーが使えない。
「……あっ! もしもし花音さん! 今どこに居るんですか!?」
どうやら電話が繋がったようで、巴が大変焦った様子で声を荒らげる。
俺が目配せすると、巴は通話モードをスピーカーモードに切り替え、周囲に通話内容が聞こえるようにする。
──スピーカーから聞こえてきたのは、女の子二人がすすり泣く声だった。
「蘭っ!? 花音さんっ!? どうしたんですか!?」
普段から目に涙を浮かべていると言っても過言ではない花音さんは兎も角、蘭まで泣いているというのは明らかに異常事態だ。
普段俺の前以外では余程のことがない限り涙を流すことの無い蘭。何か余程の事態が起こってしまっているのだろう。
『り……りょう……助けて……どこか分かんない……』
電話から聞こえてくる蘭の声に、俺と巴は険しい顔のまま首を傾げる。はて、蘭が方向音痴だったという話は聞いたことがない……というより、どちらかと言うと方向感覚は良い方の人間だったはず。
幼馴染五人で出掛けに行った時も、なんだかんだでナビゲーションしている。
そんな彼女が、今どこか分からない?
涙を流している蘭を思いっ切り抱きしめてやりたいと考えていたが、何かがおかしい、と冷静になり始める。
「おい……蘭……周りに何か目立つものとかは?」
『そ、それが……全く来たことの無いところで……これ……駅?』
「「駅?」」
周りを見渡す。しかし、この周囲で駅と言ったら暫く歩いたところにある程度で、とてもでは無いが五分やそこらでたどり着けるとは、到底思えない。
何かの間違いではないか、と蘭に聞き返そうとする。
『──三番のりばに、列車が参ります──』
「「駅だ!!」」
うっすらと聞こえてきた構内放送。思わず巴と二人で叫んでしまう。間違いなく、彼女達は、どこかの駅にいる。
どこにいるか判明してほっとしたのもつかの間、『一体どうやって彼女らは駅まで移動したのか』という謎が残り、背筋が凍る。
もはやファンタジーの出来事に巻き込まれてしまっている感覚。常識離れした経験をしたので、SANチェックした方が良いのだろうか?
\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!……はい。落ち着こう。
個人的見解だが、あの作品は作品としては非常に面白かった。が……クトゥルフ神話と認めるのは、何か違う気がした。
『ふえぇ……ごめんね蘭ちゃん……巻き込んじゃって』
『仕方ありませんよ……花音さんが悪いわけじゃありません』
蘭の隣から聞こえる、花音さんの声。
まさかとは思うが、彼女の方向音痴は、他人にも影響を与えるほどの強力なものなのか……?
身体中を悪寒が走る。もしそれが正しければ、彼女達を早く見つけ出さなければならない。
もしかしたら、何か変な呪いでもあるのではないだろうか?受けたダメージの半分他のキャラクターに受け流す防具のような。
「二人とも、そこから動く──」
『あ! 看板あった! えっと……よこ、はま?』
嫌な予感は、すぐさま回収された。
よこはま、YOKOHAMA、ヨコハマ、I☆YOKOHAMA。
四文字のひらがなを何とか漢字に変換しようと、俺と巴の灰色の脳細胞が躍動する。そして、ようやくひとつの単語が頭の中に出てくる。
『横浜』
「「はあああああああああああああああああああああああっ!?」」
都会の喧騒のど真ん中。俺と巴の怒号が、ビルの群れに吸い込まれて行った。
余談だが、二人と合流したのは、何故か山梨県だった。富士山は冗談抜きででかかった。
ご閲覧ありがとうございます。実際自分もかなり方向音痴なので、他人のこと笑えません。学校内でたまに迷います。普段行かない場所に行ったりすると、どうしてもね。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、小指詰めます。
それでは、また次回。
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だる絡みと赤メッシュ
月が綺麗ですねという謳い文句は、いつの間に一般的なものになってしまったのかと、夜空に浮かぶ丸くて憎いあん畜生を眺める。
言ってしまえば、あんなものはただの衛星、鉱物の塊、無数の星の一つに過ぎない。ただただ、俺たちが住む地球に、一番近かっただけの存在。
――でも、俺たちは奴に魅了されてしまう。
理論的に言ってしまえば面白みも何ともないはずなのに、古来より俺たち人類はあいつに対して特別な感情を抱き、ことあるごとにその美しさを褒め称えたり、手が届かないことを嘆いたり、ついにはその地に降り立つにまでなってしまった。
望月が欠けることはない位の天下だぜと言い切った偉人や、偉大な一歩を踏み出した船長、親指で月を隠してみたりするもじゃ毛のあんちゃんに、薬を飲んでまで月まで飛ぼうとした兎。
みんなみんな……あいつの虜だ。
「……兎がほんとに住んでたら、面白かったのになぁ」
「……なんの話?」
ぼそりと呟いた独り言に、反応する疑問の声。
後ろを振り返ってみると、若干髪の毛を濡らしたままの姿の恋人。風呂上がりのせいか、その肌は全体的に火照っていた。今日は、蘭が俺の家に泊まりに来ていた。親父さんには、モカの家に泊まると言ってきたらしい。
……いかんいかん、今はセンチメンタルに決めるとき。風呂上がりの彼女に欲情することなど、言語道断。浴場で欲情するくらい言語道断。
「あぁ、いや……あれ」
「あぁ、お月様……今日は満月だったっけ」
床に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた俺の隣に、いつもより高い体温。いつもより弱い彼女特有の匂い。いつもより強いシャンプーの香り。
もっとクラクラクラクラさせてよと叫びたくなるが、揺らぐわけにもいかない。今日の俺は、センチメンタルに、めんどくさく行くのだ。
たまには、ね。
「そそ。んでさ、確かにお月さんはすっげぇ綺麗なんだよ。間違いなく。ちょっと心に余裕のあるやつなら、足を止めて見るくらいには」
逆に言えば、月を見て綺麗だと思えない、もしくはそもそも見る余裕すらない人間は、一回休んだほうがいい。上を向いて歩こう。涙がこぼれないようにではなく、涙を流すために。
俺の言葉を黙って聞いている蘭。何やら俺の雰囲気がいつもと違うことを察知したのか、いつもなら返ってくる相槌すらない。
しばらく、俺の独白という名の戯言に付き合ってもらおう。
「なんであんなに綺麗なのかなって、考えてたんだよ。見た目、形、輝き、とかな。だけど、もしかしたら、手が届かないからこそ、綺麗なんじゃねぇかなって」
身近にある月。地球から最も近く、しかし遠い存在。
本来であれば、誰か一人のものになるはずのない、かといって皆のものとも言えない物質。
世界一の大泥棒である優しいおっさんですら、結局は諦めたもの。俺はあの物語で、やっぱり月はかくあるべきだと思ってみていた。
誰かのものの月より、誰のものでもない月がいい。
恐らく、そんな感想を抱いたのは、俺くらいだろう。
「……誰のものでもない、だから綺麗……分かる気がする。誰にとっても綺麗だと感じられるのも、それが原因かもね」
「あぁ……寒くないか?」
「ううん。続けていいよ」
相変わらず優しな彼女の言葉に感謝しつつ、それでも彼女が湯冷めしてしまっては大変なので、脇にあるベッドの上から掛け布団を一枚。並んだ二人で、一つの布団。
「……子供の時みたい」
なんて笑う彼女は、やはり──
毒されてるなぁ、と苦笑い。
「じゃあさ、もう散っちゃったけど、桜はどうだ? って話になっちゃうのよねぇ……これが」
「桜も、綺麗だもんね……誰かのものではあるけど」
桜が綺麗、花が綺麗、人が綺麗、生き方が綺麗。
俺たちが『綺麗だ』と感じるものは其れこそ大量に存在するが、結局それらは『誰かのもの』であったり、『自分自身のもの』であったりする。
月くらいなのだ。本当に『誰のものでもないもの』は。
でも、綺麗なんだ。
「結局さ、何が綺麗かなんて、人によるんだよ。あたしは、月も桜も、すごく綺麗だと思う。感情に定義なんて、あったほうがつまらないし」
答えは、結局それなんだ。いや、そうやって誤魔化すしかない。
白黒つけないカフェオレが、この世の中にもっと普及すべきなのと同じように、答えを出してはいけないものが山ほどある。
綺麗さの定義も、そのうちの一つだろう。
数値化はできる、でもやらない。
それが結局、丸く収まるところなのだ。
「……つまり、蘭は綺麗」
「……まさか、それが言いたいがためのこの前振り?」
「おう」
「ばっかじゃないの? 上手くもなんともないし」
満を持して言い放ったセリフに返ってきたのは、想像以上の罵倒。
センチメンタルモードなんてただの言い訳。本当は蘭のことをいい雰囲気の中でくっさいくっさいセリフを言いまくって撃沈させるための布石。
しかし、話している内容が若干支離滅裂だったからか、蘭に途中から話の結論を言われてしまったし、結局締まらなくなって、苦し紛れの一言。言っとけば照れるだろうと考えていたが……。
見事に返り討ち。これが『反骨の赤メッシュ』の本領なのか。違うね。うん。
「全く……綺麗綺麗言いすぎて、何が何だか分かんない。きっと亮は詩人にはなれないね 」
「なる気もねぇよ……なりたいものもねぇけど」
茶番は終わり。俺はすっと立ち上がり、ベットに向けてボフンとダイブ。天井のシミを一つ二つと数える。
なんとなく、今は蘭の顔を見るのが怖い。きっと、見抜かれているから。
普段はバカばっかりやっている俺の様子が、少しおかしいのだ。気付かない訳がない。
誘い受け……というのだろうか? なんとも女々しい。女々しいのが俺の本質なのだと、言ってしまえばそれまでだが、蘭の前では『かっこいい俺』でありたかった。
まぁ……無理な話なのだが。
「……不安、なんだね」
ほら、思った通り。
蘭は俺の様子がおかしいことに、やはり気付いた。まさか「なぜ」まで言い当てられるとは思っていなかったが……そこは流石としか言いようがないだろう。
ベットが、普段より沈む。蘭の体重の分だけ。
仰向けになっている俺の上に、覆いかぶさるように四つん這い。普段なら蘭はもっと顔を赤くしているだろうし、俺はそんな蘭を見てにやにやしている。
今の蘭は、羞恥に顔を染めることなく、ただただ『俺』を見つめていた。
「……そりゃ、俺には何もないから」
幼馴染たちはすごい。
目的、目標、やりたいこと、成し遂げたいこと。それらを持って普段の生活を送っているのだから。
彼女らと俺を比べた時、恥ずかしながらそんなもの何一つない。
何になりたい? 何をやりたい? 何を成し遂げたい?
何もない。
勉強も、やったほうがいいだろうという妥協で渋々。バイトは遊ぶ金のため。部活に明け暮れることも趣味に没頭することもない。
いいのだろうか。俺が蘭たちと共に居ても。
最近、そんなことばかり考えていた。
「……確かに、亮は器用貧乏だし、夢もないし、かといってお義父さんの跡は継ぎたくなさそうだし。意外とわがままだよね。一人っ子だから?」
「……お前も一人っ子だろ」
そうだった、と蘭は笑う。こういう時の蘭は、でろっでろに甘えてくるようなことはなく、いつもの『反骨の赤メッシュ』。
可愛い様子は鳴りを潜め、どちらかというと男の俺ですら惚れてしまいそうなイケメン女子。
全く、俺にはもったいない。
「……あたしが居る。それじゃ、ダメ?」
そう言いながら、蘭は俺の体に覆いかぶさるように抱きつく。距離はゼロ。ドクドクドクドク。蘭の心臓の鼓動がうるさすぎる。
いつもだって、俺がちょっと頭を撫でたり褒めたりするだけででろっでろになるのだ。今だって、相当無茶している。
でも、それに茶々を入れるほど、俺は無神経ではない。
「……ありがとな」
答えにはなっていないけど、そう答えるだけで、精一杯だった。
「で? 何分抱きつく気ですか美竹さん」
「……四百八十分」
「八時間かー」
ご閲覧ありがとうございます。ぶっちゃけ、亮くんは目標ない系男子です。蘭が生活の中心すぎて、たまにぶれます。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、食べます。
それでは、また次回。
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落書きと赤メッシュ
皆様、たくさんの閲覧等、ありがとうございます。
「……すぅ……すぅ……」
「パン……パン……」
その寝息はどうなんだよ。
今の状況が全く理解できない俺は、とりあえずスマホを取り出して、目の前の光景を激写。幼馴染たちに転送。
一仕事終えた俺は、手に持っていたコンビニのレジ袋を俺の学習机の上に置く。がさり、という音程度では、二人が起きることはないだろう。
……そう、俺のベットの上では、『反骨の赤メッシュ』と『ゴーマイウェイ』の二人が、仲良くお昼寝していた。
じゃんけんで負けた俺が二人の分のジュースやらパンやらパンやらパンやらを買いに出ている間に、夢の世界へと旅だったのだろう。
それはいい。別に、羨ましいとか、モカそこ退けとか思っていない。ただ、彼女らの体勢が気になっただけだ。
「……モカが抱きしめられる側か」
蘭が、モカのことを胸に抱いて、モカも蘭の胸に顔を埋めるようにして寝ていた。気のせいか、モカの蘭を抱きしめる腕に、力が入っているように見える。
正直、蘭はメンバー内屈指の甘えたがり。人肌の温かさが恋しい人間で、俺と共に寝る時も、基本的に蘭が抱きしめられる形。
そもそも、蘭は恥ずかしがり屋。俺相手でないと、そもそも同性相手ですら添い寝しない。
そんな蘭が、モカのことを抱きしめている。
……これでも、彼女らとは十年来の付き合いだ。『何かあった』のだろう。
「……んー、今日モカバイトだったよな……それまで寝かしてやるか」
「……パン食べるほうがゆうせーん」
もぞり、と動いたモカが、眠そうな目をこすりながら起き上がる。目元が若干赤い気がするのは、寝起きだからだろうか?
「わりぃ、起こしちまったか」
「そーだねー。モカちゃんが半径二メートル以内に侵入してきたメロンパンとクリームパンといちごジャムパンに気付かない訳ないのですよー」
「……なんでドンピシャで当てられるんだよ」
パンを買って来るとき、モカからの指示は「りょーくんが選んだてきとーなパン三つでー」だった。だから、モカに俺が買ってくるパンが分かるはずないのだが……パンに関してのみ、モカはファンタジーだ。気にしてしまっては負けだ。
俺は苦笑しながら、レジ袋の中からメロンパンを取り出し、モカに投げて寄越す。器用に片手で取り、ピッと袋を開け、かぶりつこうとする。ベッドの上で食うな。
駄々をこねるモカを無理やりベッドから下ろし、二人でいまだに寝ている蘭の顔を見つめる。
「ぐっすり寝てるねー。疲れてたのかな?」
「……頑張ってるからな」
「プロレス?」
「……クリームパン没収な」
にやにやと笑っているモカの横で、買ってきたクリームパンの袋を開けて、むしゃりと一口。モカの悲鳴が聞こえたが、無視だ無視。
うっせえ悪いかよ。一か月ぶりで抑え効かなかったんだよ。お前が急に家くるとか言い出したから本気で焦ったんだぞこちとら。
大きく溜め息。再び二人で蘭の寝顔を見る。
それにしても、ぐっすり寝ている。警戒心の欠片もなく、モカという抱き枕が無くなったからか、もぞもぞと動いていた。
「……なんかさ、悪戯したくなーい?」
「……分かる」
ここまでぐっすりだと、何しても起きない気がする。因みに、寝ている間にナニしたことはないが、ナニされたことはあった。意外と積極的なのよ、この子。
俺は床に置いてある鞄の中から、筆箱を取り出す。やはり、寝てるやつへの悪戯と言えば、これだろう。
「てれててっててー。くーろーペーンー」
蘭に小一時間ほど爆笑された激似モノマネで取り出したるは、黒いペン。きっちり水性だ。今の子、このモノマネしても通じないんだろうなぁ。白黒クマの声というイメージのほうが強くなってしまっているのだろうか?
今日は蘭も用事がないとのことだし、何なら家までバイクの後ろに乗せて走らせればいい。
隣でツボに入って動けなくなっているモカを尻目に、蘭の顔にきゅっきゅと筆を走らせる。
「ぶっ!」
書き終えた蘭の顔を見て、モカが床に崩れ落ちる。ここまで爆笑しているモカは、久しぶりに見たかもしれない。
蘭の顔には、さっきのネコ型ロボットよろしく、六本のヒゲ。ここに『狂い咲く紫炎の薔薇』が居たら、悶え死んでいるのではないだろうか。あの人、道に段ボール箱が落ちていたら確実に中を覗き込んでいた。蛇のおっさんが居たらどうするんだよ。
「はぁ……はぁあ……りょーくん、ずるいよそれはー……」
「モカも描くか?」
「もちー」
俺からペンを受け取ったモカは、しばし何かを考えるようなそぶりを見せた後、何かを閃いた。そのまま蘭のおでこに、きゅっきゅとペンを走らせる。
「書けたー」
「待てこら」
にやりと悪戯っぽく笑うモカの頭をポカリ。家庭内DVだー、とのたまうモカを睨みつける。DVが家庭外で起きてたまるかよ。それただの暴行事件だよ。
「これはなんだ?」
「将来の蘭の名前ー」
「だろうよ!」
蘭のおでこには、可愛らしい丸文字で『はかせらん♡』と書かれたいた。おい蘭、歌詞ノート他人に見られてんじゃねぇか。俺以外の誰にも見せないんじゃなかったのかよ。俺の独占欲返せ。
地味に、ひらがなで書いてあるのがポイント高い。プリクラで頭の悪そうなバカップルが描いてそうだ。
蘭はそいつらの上を行っている。肌に直接だもん。
「でもー。否定しなかってことはー、そうしたいとは思ってるんだよねー?」
「あたぼうよ」
「蘭は幸せ者だなぁ。こんなに思ってくれる恋人がいてー」
「……彼女の顔に落書きする彼氏ってやばくないか?」
「やばいよー?」
惚気ている途中でふと冷静になり、まじまじと蘭の顔を見る。
……これは怒られる。口きいてもらえなくなる。しばらくぎゅーしなきゃ許してもらえない気がする。
……ぎゅーすれば、許してもらえるだろう、という考えが間違いじゃないのが恐ろしい話だ。因みに、蘭はチョロインではない。俺とモカとひまりとつぐと巴にチョロいだけだ。多いなおい。
「はぁ……蘭が起きない内に消すか……タオル濡らしてくる」
「そだねー」
「おめぇも動けよ……」
いつの間にやらメロンパンとジャムパンを食べ終えたモカが、パンのゴミをゴミ箱に捨てていた。きちんと捨てて偉い……が、お前もやったんだからどうにかしろよ。
『むげーんだーいなーゆーめのーあとのー』
突如鳴り響く、蘭のスマホ。大音量であったというのもあり、三人してビクッと跳ねる。
どうやら、電話らしい。こんなSNS全盛期に蘭のスマホに電話をかけてくる人など、一人しか心当たりがない。
「もう……なんなの……はい、もしもし……え……それって、今日だっけ!?」
着メロに驚いて起きた蘭が、実に不機嫌そうな顔で電話に出る。しかし、その表情はさぁっと青ざめていき、最終的には冷や汗が出るほどだった。
何度か返事をしたかと思うと、そのまま電話を切って俺に向き直る……恐ろしいほどシリアスな顔で、恐ろしいほど締まらない落書きのままで。
「ごめん亮! 今日家に父さんの友達の華道家が来る日だった! 挨拶する約束だった!」
「「えっ」」
「すぐ帰るね! ホントごめん! 今日の埋め合わせは絶対するから!」
「「ちょっ」」
「じゃあね! 大好きだよ! 亮! モカ!」
やたらとイケメンな捨て台詞を残しつつ、やたらとだらしない様子の顔を見せながら、ドタバタと立ち去る蘭。お邪魔しましたー! という声が、俺以外誰も居ない家に響く。
しばしの静寂。取り残された俺とモカ。お互いに顔を合わせ、頷く。
「「待ってらあああああああああああああああああああああんっ!!」」
急いで立ち上がり、家の鍵だけ閉め、既にはるか彼方を走っている蘭の背中を追いかけた。道行く人が何度見かしていたのは、気のせいではないはずだ。
その後、三人揃って蘭の親父さんから大説教を食らった。元はと言えば蘭が悪いが、俺も褒められた事はしていないので、何も反論出来なかった。
ご閲覧ありがとうございます。ちなみに自分がやられた落書きは、シンプルに『う○ち』でした。しっかり油性で書かれました。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、なんか倍になります。
それでは、また次回。
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地球温暖化と赤メッシュ
さ、書くぜ書くぜ書くぜー。
という訳で、リハビリ作品です。
「……暑っついな」
「……暑ついね」
ゴールデンウィークは、一昔前はそれなりに過ごしやすい気温で、ボーナスステージのような休みであったと認識していたのだが、いつの間にこんなにも気温が上昇してしまったのだろうか。
地球温暖化は、もしかしたら深刻なのか。この前クラスメイトの友人が『地球自体が温暖なターンに入っただけじゃね?』って言っていたが、頭の良い奴の考えていることはわからん。
窓の外で腹立つくらい輝いている太陽を睨みつけながら、この暑さをどうしてくれようかと考える。
クーラー? 三十度超えてないから使うなと親父に厳禁令が出されている。
水風呂? 下手すりゃ死ぬし、蘭が一緒に入りたがるからノー。
親父ギャグ? 布団が吹っ飛んだなんて、希望の花のリズムでも言いたくない。
うんうんと悩みながら、蘭の頭をふわりふわりと撫でる。汗をかいているからか、普段より少しだけ髪がしっとりしている気がした。
……汗かいてる蘭、ちょっと、えっちぃ。
これだから男子は女子から「これだから男は……」と言われてしまうのだろう。男の子だもん。言わないから許して。
「そうかそうか。それならアタシにいい考えがあるぞ?」
そんな俺達を眺めながら、今にもため息を付くのではないのかと言うほど呆れ顔の巴。
なんで巴が呆れているのかは、もう言わなくても分かる。長い付き合い云々ではなく、この状況が目の前にあったら、俺でも呆れるし、突っ込む。
当事者だから突っ込まないけど。
「何……巴……」
「お前が亮から離れれば解決なんだよ!」
そうだよね、そうに決まってるよね。
現在、場所は俺の部屋。巴が少し前髪を切りたいということで、蘭とふたりでやって来た。お客さんが居たので、終わるまで俺の部屋で待っている、という話になった。
で、何だかんだでお互い忙しかったこともあり、一週間ぶりの再会となった俺と蘭。お互いにね、ちょー寂しかった。
蘭なんて涙目だったもん。部屋に入るなり後ろから抱きつかれた。
その後、俺も寂しくって仕方なかったので、ベッドの上であぐらをかいて待機。そこに蘭が真正面から抱きついてきて、今に至る。
そりゃあずっと抱き合ってるんだもん。暑いに決まってるし、汗をかくに決まってる。
「やだ」
「だとよ、巴。残念だったな」
「いや、お前が離しても万事解決だからな? 亮も絶対蘭を離さないだろ」
「離すわけないだろ? 蘭は俺の伴侶となる女性だからな」
「…………」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりの冷たい目。事実を述べただけでここまで絶対零度の目線を向けられるとは思ってなかった。ちなみに俺は一撃必殺技が嫌いだ。三割で勝ち筋を作れると言えばよく聞こえるが、それに頼らなければならない状況に陥る腕を恥じてしまいたい。
ま、あのゲーム最終的には対人ではなく対ゲームだから、運ゲーなどと言われ続けてるんだろう。どんなに読み切っても、麻痺ったり怯んだり急所食らったりしたら負けだもん。
「蘭? 亮から離れるのと、亮にお前の全裸写真見られるの、どっちがいい?」
「もうとっくに全部見られてるから、見せてもいいよ?」
「なんでそんな写真持ってんだよ」
蘭から思わぬカウンターを貰った巴は、珍しくその顔を真っ赤にしてフリーズし、蘭は俺の胸にすりすりと頭を擦り付け、俺は二人が本気で心配になった。
後で巴のその写真は、見せてもらった上で消してもらおう。
ようやく動けるようになった巴が、覚悟を決めたようにスマホを取り出す。
「い、言ったな? ホントに見せるからな?」
「見せられたら余計熱くなるから止めてくれ」
主に俺の亮くんが、とは口にしない。流石に俺だって幼馴染の女の子に下ネタ言う気は無い。
言ったら、なんかダメな気がする。関係が変わる気がする。
俺は右手にスマホを持って近付いて来ていた巴にチョップをかます。
友達売るな。
「じゃあ、どうやって涼しくすれば良いんだよ」
「涼しくなること半分諦めてるからな!」
「胸張って言うんじゃねぇ!」
「亮、巴、うるさい」
こうなった蘭が俺から離れることは早々無い。二時間くらい甘やかさないとダメだ。
俺だって蘭とぎゅーするのは、幸せ。
二人して、幸せ>>>(越えられない壁)暑い、なのだ。皆だって、幸せになりたいでしょ?幸福は義務ですよ?
つまり、そういう事さ。
「ま、そういうわけだ。巴。お前だって、あことぎゅーしたら嬉しいだろ?」
「幸せ」
「目がやべぇぞシスコン」
一瞬だけ、巴の目が完全に逝っていた。巴だって妹の事が大好きなのだ。この線で行けば巴を言いくるめることは容易だ。
伊達に十年幼馴染していない。
「じゃあさ、巴は暑っつい暑っつい部屋の中で、あこが抱きついてきたら、ひっぺがすか?」
「そもそも今そんなに暑くないだろ?」
コイツそういや暑いの強かったわ。
本人自体が暑苦しい、というのもあるかもしれないが、巴は何故か暑いのに滅法強い。
なのにクーラー付ける時はガン冷え。なんなんだろうかこの矛盾は。
「まぁ、無下にすることはないな。二人ほど密着はしないけど」
「……亮。そろそろ服邪魔じゃない?」
「巴。クーラー付けて。蘭が壊れた」
「あいよっ!」
ピッ。ピッピッピッピッ。
机の上に置いてあったエアコンのリモコンを手に取った巴が、手馴れた手つきでエアコンを起動。
駆動音が聞こえたかと思うと、そのままゴォォォォという音と共に冷気が俺たちの体を冷やす。
「……さむい……亮、もっとぎゅーってして?」
「逆効果じゃないか!」
「はいはい。ぎゅーーーーーーーー」
冷えてきた身体を温めるには、暖を取るものが無い部屋ではくっ付くのが一番。
先程よりもより密着度を上げてみる。
……。
…………。
………………。
「さっっっっっっっむっ!!」
「ちょっと巴! 何度にしてるの!」
あまりの寒さに二人してベッドから飛び降り、巴の手に握られていたエアコンのリモコンをひったくり、液晶パネルに表示されている数字を見てみる。
『冷房 風量:五 十八度』
「まだ! 五月だ!」
「えー? だって暑いんだろ? 仕方ない仕方ない」
「真夏でも使わないってこんな設定……」
「え?」
「ん?」
「あ?」
蘭の最もすぎる突っ込みに対し、巴が示した反応は疑問。
その瞬間、俺と蘭は今まで感じていた寒気とは違う寒気を感じた。
まさか、巴はこんな設定を常に使っているのか?
巴の親父さんに合掌。夏の月々の電気代を想像するだけでも震えてしまう。貧乏だからね。仕方ないね。
「兎に角! エアコン消せ! もう暑くない! むしろ寒い!」
「はいはい。ま、アタシとしても二人が離れたから良いんだけどな」
にやり、と笑う巴の顔を見て、二人してハッとする。
嵌められた……巴なんかに。
そう気づいた瞬間。無性に悔しさがこの身を焦がす。男の子だもん。負けず嫌いここに極まれりな生態だもん。
まあ、それは俺の恋人も同じだったようで。
「……じゃあ巴にくっつく」
そう口にした蘭は、巴に思いっ切りタックルするように抱き着く。それでも倒れない巴の体幹が恐ろしい。下手したら俺より運動神経が……やめとこう。これ以上は虚しくなるだけだ。
いきなり蘭に抱きつかれた巴は、ピシッと固まっていた。
すかさず、その様子をスマホで激写、連写、念写。
「な!? ちょ、蘭!? いきなりどうした!? あと亮! 撮るな!」
「「巴、うるさい」」
「ハモるな!!」
ぎゅぅぅぅぅ、っと思いっきり巴に抱きつく蘭。普段は俺以外に気軽に抱きつかない蘭の珍しい光景に、思わず写真を撮りまくっている俺。顔を赤くしてこちらに手を向ける巴。
俺の親父が巴を呼びにやって来るまで、このカオスは続いたのであった。
なお、その写真がバンド仲間で(ry。
蘭よ。なぜ学ばん。
ご閲覧ありがとうございます。書きながら「あれ? こんな感じで書いてたっけ?」と頭が新宿駅構内になってました。やりたい放題やってた、という記憶しか無かったよ。
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それでは、また次回。
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クリスマスイブイブと赤メッシュ
……はい。どうも、イブです。まぁーこんな日にこんな小説投稿サイト使ってる人なんて居ないでしょ!はっはっは! え? ボク?
はっはっはっは。○すよ?
という訳で、クリスマス回です。季節めっちゃ飛ぶけど、気にしたら負けです。
クリスマスって、ぶっちゃけなんなのだと言う気持ちが大半だったりする。
宗教に疎い日本人が、何故イエスさんの誕生日だったかの記念日を盛大に祝うのか。お前らの神は八百万の神様だろう?
実際問題、俺だって子供の頃はクリスマスめちゃんこ楽しみだった。普段は食べない豪華な料理が机に並び、ケーキに顔を埋める勢いで食らいつく。サンタとの寝る寝ない起きてる起きていないの駆け引きを一晩した後には、枕元に新作ゲーム。
最の高に決まっている。一年間いい子で過ごす気にもなる。
じゃあ、最近はどうなのだ? と言われてしまえば、実は返答に困る。
『これそもそもキリスト教における重要な日なんだよなー』という感覚に陥った瞬間、手放しで楽しめなくなった感が否めない。
ここぞとばかりにクリスマス商戦に挑む親御さんや、稼ぎ時と言わんばかりに馬車馬の如く働くつぐの親父さんに涙がほろり。
つまるところ、俺は大人になってしまったのだ。クリスマスを無邪気に楽しむことが、もう既にできない。なんとも寂しい話だ。
「という訳で蘭サンタさん。早くその紙袋の中のサンタ服着ような? すっげぇ際どいの持ってきてるってのは知ってるからな」
「いや、楽しむ気満々じゃん。ってか、なんでバレてるの……」
クリスマスイブイブインマイルーム。
クリスマス当日はなんか違う、イブはボロクソCiRCLEでクリスマスライブとの事で、俺と蘭はひと足早いクリスマスイベントを終わらせようと集まっていた。
めちゃくちゃノリノリで俺の部屋にクリスマス料理を用意し、そのまま出かけて行った両親に最敬礼。
俺の部屋で一通り料理を楽しんだので、クリスマスのメインイベントとしゃれこもうと、俺はキメ顔でそう言った。
「そりゃあ、その衣装を用意してくれた奴らから」
手に持ったスマホをひらひらと振る。映し出された画面には、とある人物とのチャット。報酬にやまぶきベーカリーのパンを二十個ほど買わされたが、その甲斐はあっただろう。
それを見た蘭は、それはそれは盛大なため息。ついで冷めた目。
おっと、折角のクリスマスにその顔は宜しくないんじゃないかお嬢様。いやクリスマスじゃないし、なんならイブでもない。当然、若宮でもない。この前のグラビアめっちゃ良かったですハイ。蘭には内緒だが、個人的にイヴちゃんの大ファンですハイ。羽沢珈琲店に入り浸ってる理由の内の一つだったりする。
「……亮さ、去年はクリスマスそんなに楽しみじゃないって言ってたよね? なんで今年はそんなにテンション高いの……」
「蘭と二人っきり。街がなんかソワソワしてる。俺もソワソワ。QCD」
「QEDね」
普段は脳内で済ませる小ボケも、今日は口からするする出てしまう。あまり過ぎると、蘭がうんざりするので程々に。
ちなみにQCDというのは、Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)の頭文字を取ったもの。製造業に置ける重要な三本柱らしい。ソースは親父。
製造業だけに関わらず重要だから、心のノートにメモっといてくれ。頭のノートじゃないから注意しな。
それはさておき、しっかり持ってきているということは、蘭だって楽しもうとしているのは明白。と言うか、この話を持ち出した時は明らかに喜んでいた。
それが今日は、どことなく上の空。話も若干噛み合わない。なんとも歯痒いが、こーゆー時は蘭が頭の中でグルグルグルグル考えを巡らせている時。
その内素直に話してくれると確信しているので、あえて触れない。
「……今年はさ、こ、こっここここここ、恋人同士じゃない?」
「……お、おう」
『ニワトリかっ!』と突っ込まなかった俺を褒めて欲しい。付き合い始めてからもうすぐ一年だと言うのに、未だに『恋人』だとか『彼女』だとか『彼氏』だとか言う単語を口にする時、決まってニワトリになる。
顔赤くしながら恋人と恥ずかしそうに言う蘭。天使だよ。俺に天使が舞い降りたんだよ。き○ら系かと思ったら想像以上にガチでビビったとは、俺のお袋談だ。深夜百合アニメ見てる母親ってヤバいな。
「だ、だから……どうすればいいか分かんなくって……恋人同士のクリスマスって、なんだろう?」
「あー……分かる」
どことなく、空回り感があったのは俺も同じ。
だって、これまで何回も『蘭と二人っきりでクリスマス過ごしたい』と思っていた。
それが急に叶ってしまったのだから、頭の中はずっとエマージェンシー。人の夢は儚かったんじゃ無かったのかよ、とイケメン先輩が脳裏に過ぎる。
叶えた夢は夢じゃないから、儚くないってか? はっはっは、千聖先輩連れてくるぞ
コノヤロウ。
「恋人……恋人……ちゅーする?」
「とぶねー」
ちゅーする? と言っておきながら身体はばっとすしざんまい。身体はぎゅーを求めている。いやまぁ、するけど。するけども。
苦笑いを一つ。そのまま蘭の近くに座ったまま寄り、腕を引いてそのまま抱き留める。
「うりうりー。蘭は可愛いなぁー」
「ちょっと、髪乱れる……」
口では憎まれ口、表情は満更でもなさそう。
誤解されがちだが、(俺の前では)表情豊かだから考えていることは実に分かりやすい。今なら、『もっと』だ。
ほっぺぷにぷに。背中さすさす。心臓とくとく。
最初の頃のように心臓ばっくんばっくんにはならない。今のこの関係が、蘭の言うところの『いつも通り』になってきたのだろう。
まだまだ時間が足りてないけど、心地いいことに変わりはない。
「……亮だって、かっこいいのに、あたしばっかりずるい」
「そりゃあ、恋人の前ではかっこいい俺で居たいし」
なんて、口先だけ。実際俺が蘭と話す時は、決まって素で話している。
飾った俺でなくとも、蘭なら好いてくれる。
そんな根拠の無い自信が、勘違いなんかでなく事実であるのだと、この一年で確認してきたのだ。
だから、信じられる。蘭のことを、心のずっと奥の方、蘭のような真っ赤なバラを一輪刺した花瓶に誓って。
情熱的だろう? それでこそ蘭に相応しい男になれると、勝手に思っている。
「……でも、かっこいい亮には慣れてきた……かな。まだドキドキするけど」
そう言いながら俺の胸に顔を埋めてくる。呼吸がくすぐったくて、心地いい。
俺が悪意を持っていれば、今ここで蘭の嫌なこと、傷付くことを平気で出来てしまう。
俺がそんなことをするわけが無い。
そう信じられている。だからこそ、俺に身も心も捧げてくれている。
「あー……そっか、俺もうプレゼント貰ってたんだな」
「……? どういうこと?」
これ以上の存在が絶対に現れないと、冗談抜きで言いきれる相手と特別な日を二人で過ごすことができる。
これがプレゼントでないと、誰が言えようものか。
これ以上は、何も要らないだろう。
最も、蘭には言ってやらないが。だって、さすがにクサすぎると思うもん。
「……よく分からないけど、折角準備したんだから受け取って欲しいな」
「んあ……まぁ、そうだな」
この日のために、お互いに必死こいてプレゼント探しに奔走したのだ。俺のそんなセンチメンタルモードなんて直ぐに放棄。
名残惜しいが蘭から離れ、引き出しの中から小さな箱を取り出す。わざわざラッピングしてもらった小さな箱。込めた気持ちが大きすぎて、入り切っているか怪しいところだ。
しかし、それは蘭も同じだったようで、小さな箱から溢れんばかりのものが込められているのが見て取れた。
「ほい。二日早いけど、メリークリスマス」
「うん。メリーくりしゅましゅ」
「なんて???」
噛みましたよね今。普段はあんなに滑舌良いのになんでこんな時だけ噛むんですかあなた。
締まらない。実に締まらない。
完全にやらかした蘭ちゃん、恥ずかしさのあまり撃沈。もっと恥ずかしいこといっぱいしてるはずなのに、本当に可愛いヤツめ。
「……見ないで……」
「いやー……いいオチついたな。うん」
「メリークルシミマスってとこ? いい趣味してるね、怒るよ?」
「アンタコロースってか? 物騒だなおい、愛してるぜ?」
クリスマスなはずなのに、甘さの欠けらも無いけど。
まぁ、甘いのはケーキだけでいいかと、どこかギクシャクした恋人としての初めてのクリスマスイブイブは、緩くのんびり過ぎていった。
ま、それはそれとしてヤることヤったんですけどね皆々様。
サンタコス蘭、めっちゃ可愛かった。でかしたモカとひまり。
ご閲覧ありがとうございます。サンタコス蘭は、皆様のパッションで想像して下さい。ってか、誰かイラスト描いて(こら)。
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それでは、また次回。
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大晦日と赤メッシュ
もういくつ寝るとお正月。そんな童謡を鼻歌で歌いつつ、愛しい愛しい我が家へと歩を進める。
実際は寝ずに年越しの瞬間を迎えるわけなので、もう寝なくともお正月。帰って蘭が顔を歪める前で笑ってはいけないを見るか、最近実は二人で食事をするほどの仲になっているとの噂の、孤高で無くなった青薔薇達が出る赤と白の番組を見るか。
俺としてはゲラゲラ笑って年越ししたいのだが、蘭はやはり知り合いの出る番組を見たいらしい。
この軽い小付き合いも、最近ではすっかり押し負けてばかり。この前モカに、『しっかり尻に引かれてますなー』とからかわれてしまった。
可愛い婚約者に尻に引かれるのなら、それもまた行幸。
駅から降りて五分。中々の物件を確保出来たと、当時は胸を張っていた。今では五分も歩かなければ蘭の待つ自宅に帰れないのかと思うあたり、相当毒されている。
真剣に車の購入は検討中。相棒のバイクは、最近少しエンジンのかかりが悪いが、まだまだ現役。しかし、蘭以外にも小さな命を載せて走る時が来る。その時のために買わなければならないだろう。
なんて、もう暫くは先の話を想像して、クスリと笑う。まだ挙式も挙げてないのだから。
でも、許してはくれないだろうか。ここまで来るのに、中々時間がかかったのだから。
たどり着いた、一軒のマンション。蘭の親父さんに、『せきゅりてぃだけは万全な場所にしてくれ』と言われたので、割高だが、せきゅりてぃ万全のマンション。
カードキーを通し、すっと建物内。そのままエレベーターに乗り込み、自分達の階層を指定。
早く早く、と急かしてもエレベーターは一定の速度でしか移動しない。ガキじゃないんだからと苦笑い。
ぽーん、と音が鳴ったかと思うと、扉がスッと開く。俺は一つ深呼吸をして、カツカツと靴を鳴らし、目標となる部屋へ。
チャイムを一つ。鍵は持っているが、出迎えられるあの感覚が好きなのだ。
ガチャり、とドアが開く。
「おかえり、亮。寒かったでしょ」
幸せそうに微笑む彼女の右手。その薬指には、銀色のシンプルな輪が輝いていた。
──────
「今年は色々と大変だったよね」
ようやく元の生活様式に戻ってきた矢先にスタートした、蘭との同棲生活。
お互いの気持ちが揺れることが無いことは分かりきっているが、俺たちの社会人としての立場は未だゆらゆら。
それを確立するまで、二人で乗り切ろうとし始めた社会人一年目。本当の意味で人生を共にし始めた。
うん、凄い喧嘩した。沢山沢山喧嘩した。
これまでのように見えていなかった、相手の嫌なところ、譲れないところ、気になって仕方ないところ。
それらがお互いに見えて見えて仕方ない。それで大変な大喧嘩。一時はどうなるかと思ったものだ。
「まぁ、本当に色々とな」
「まぁ、本当に色々ね」
それでも、お互いにお互いの癖が少しずつ移ってるあたり、もう来る所まで来ていた。
譲れなくっても、嫌でも、気になって仕方なくても。
共に人生を過ごすとは、そういうことなのだろう。
「おー、アイツらから連絡すげぇ来てるぞ」
「アタシの所にも」
ふとスマホを見てみると、幼馴染から大量のメッセージ。
モカ、ひまり、つぐ、巴。
それぞれから、それぞれらしいメッセージ。
マイペースに、騒がしく、健気に、情熱的に。
二十年変わらない彼女らに、今年も多大なる感謝。つまりはこれからもどうかよろしくね。
フレンドと言うにはあまりにも深い関わりの彼女らのメッセージに一つずつ返信。その他にも様々な人から、良いお年をとメッセージ。
「そーだそーだ。蕎麦買ってきたぞ。インスタントだけど」
「流石に蕎麦は打てないからね」
赤い狐のカップ麺を取り出し、そのまま机の上でペリペリと蓋を剥がす。そうだ、今度蘭に狐耳付けてもらおうか。
なんだかんだ蘭もノリノリになるから、口車に乗せてしまえばこっちのもの。
来年が楽しみだ。除夜の鐘に煩悩として消されないようにしなければ。
「……お、やっぱり見てた」
ふとテレビに目を向ける。そこには、三年連続の出場になっている、Roseliaの面々。
以前は街中でよく見かけていた彼女らも、今では遠いテレビの向こうの住人……という訳でもなく、羽沢珈琲店やファミレスに行けば割と見かける。
うち一人は羽沢珈琲店が住処のようなものだし、特段遠くなった気がしない。
でも、やはり知り合いのアルバムがヒットチャートのトップをひた走っているのは少しソワソワする。ちなみにだが、我が家にはRoselia専用の棚が用意されていて、かなり綺麗に飾り付けられていた。あれだけライバル視していた蘭が……大きくなって。
「つぐがちょっとだけ寂しそうだったけどね。すごく嬉しいけど、って」
昔ならここで怒り狂って守る会としての職務を全うしていたものだ。
今でこそテレビに映る、より精度をましたメトロノームのことは信用しているが、当時だったら無理な話だろう。
幸せにしなかったら〇スのは変わらないが。
「幸せならOKですってね……お、BLACK SHOUT」
「Roseliaだからね」
そういう蘭はどこか満足そうで。
心の底から彼女らの活躍を応援していた。それこそ、自分の事のように。
──ふと、彼女の髪に目が行く。
「随分伸びたな。切りに行くか?」
隣に座った蘭の髪の毛をひと房持ち上げる。高校時代はショートボブだった彼女の髪はどんどん伸び、今では腰まで伸びていた。今でも赤メッシュは健在だが、親父が「蘭ちゃんが赤メッシュを染めることと前髪切ることしかさせてくれないんだよねぇ」と嘆いていた。
親父の売り上げが伸びないのは最悪俺が稼げば問題ないのだが、それにしては蘭が髪を伸ばし続けている理由はどうも解せない。
可愛いんだけどな、綺麗なんだけどな!
「うーん……まだいいかな。ウェディングドレス着るまで伸ばそうかな」
──本当にズルくなった。
ちょっと前までなら、こういうのは俺の専売特許だったのに、最近の蘭はふとした瞬間に俺の心を揺さぶってくる。
ウェディングドレスて。和装の方が似合うかなぁとかこの前言ってたくせに。
癪だ。やはり。ニヤリといたずらっぽく笑う蘭を見て、完全にスイッチが入った。
「そうか……なぁ、蘭。ちょっと書いてもらいたい書類があるんだけどさ」
俺はそう言いながら、カバンの中に入っていた一枚の紙を取り出し、机の上に置く。
髪の毛を耳に掛けながら、俺が置いた書類をまじまじと見て──顕になった耳まで真っ赤にした。
口をパクパクとさせながら、俺とその紙を交互に見る。
「こっ、こここここここ、これ……」
「あぁ、見ての通り、婚姻届。そろそろ準備しとかないとな。サインして、使う時まで額にでも入れて飾っとこうか」
本当に……本当にたまたまの話なのだが、帰り道にばったり出会ったモカが手渡してきたのだ。「モカちゃんにはまだ必要無いからー、りょーくんにあげるねー」と、押し付けられたのだ。
手に握られていた結婚情報誌は、一体なんのためだったのだろうか。その時が楽しみだ。
「なっ、なんで……」
「ん? そりゃあ……婚約してるのに、婚姻届の一つも書いてないのはおかしいよなぁと」
出来上がったカップそばにかき揚げを入れ、手を合わせて頂きます。これを食べ切り、蘭と共に婚姻届を書けば、今年やるべきことは全てやり終えたことになる。
「……なんで、亮が書くとこ全部書ききってるのっ! し、しかも……ハンコまで押して!」
「だって……結婚するんだろ? 俺たち」
そばに手を付けようとしたが、蘭が俺をグワングワン揺らすので、一旦箸を置いて蘭に向き直る。
ここでちょっと俺が真剣な顔をしてみれば、もう蘭は大人しい。
高校時代から、恋人になってから、婚約者になっても。
責められると、弱くなってしまう。
「そ、そうだけど……うん、そうだね……うん、そう、そう……ちょっとまってて! ハンコ持ってくる!」
漫画だったら、目の中にグルグル渦巻きだろうなぁ、と思っていると、蘭が急に立ち上がり、ドタドタと奥の部屋に引っ込んだ行った。
今の隙、と言わんばかりにテレビのリモコンをピッと変える。何年経っても、おでん芸が面白いということだけは、世界の摂理だなと思いながら、机の上の婚姻届に目を通す。
十二月号辺りの付録なのか、仲良く手を繋いだ雪だるまが、実に可愛かった。
──良いお年を。
ご閲覧ありがとうございます。これにて、今年の投稿は終了です。ここまでこの作品を見て下さった方々、大変ありがとうございました。また来年も、この作品をよろしくお願いいたします。
それでは、また来年。
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わんことにゃーんちゃんと赤メッシュ
忙しさ極まってた上に、捻出した時間を全てオリジナル作品書くために使ったため、暫く書けてませんでした。てへ。
言い訳も程々にしておいて、今年も何卒よろしくお願いいたします。
一つだけはっきりさせておきたいことがあるが、俺は蘭のことが本当に大好きだ。それに関しては胸を張って高らかに宣言することができる。
暇があればでろっでろに甘やかしたいし、甘えられたいし、(自主規制)したいしその(自主規制)で(自主規制)してほしいし、もっと二人で(自主規制)したい。
しかし、人間誰だって譲れないものがある。蘭がいつも通りを譲れないのと同じように、俺にだって譲れないものがある。
これに関しては、例え蘭相手であっても譲れない。ましてや、頂点に狂い咲く人達になど以ての外。
「……あなたのことは、個人的に気に入っていたの……それも、今日までのようね」
「えぇ……俺も、あなたなら理解してくれると思っていたんですけどね……」
「そうね。私も……あなたなら、理解してくれると思っていたわ。それも、思い違いだったようね」
毎度お馴染み、CiRCLE前のカフェテリア。
普段なら心地いい雰囲気のはずのその場所は、とある一席が醸し出す殺気や邪気のせいで重たい雰囲気に包まれていた。いやまあ俺達の事なんですけども。
俺の目の前に座る、腰まで伸ばした銀髪の少女……実力派ガールズバンド『Roselia』のボーカル、湊 友希那さんは、角砂糖をいくつも入れたコーヒーカップを優雅に持ち上げながら、俺の顔を冷ややかに見つめてくる。
彼女が持つ近寄りがたい雰囲気も相まって、非常に威圧感を感じてやまない。しかし、ここで怖気てしまっては男が廃る。
ぐっと息を飲み、腹に力を入れて目の前の彼女をキッと睨む。一つ年上の先輩であっても、ここは譲れない。
「……本当は、無意味な論争だってことは理解しているんです。だけど……どうしても、譲れない。譲る訳にはいかないんです」
「……そう。そこに関しては同意するわ。私も……これは譲れない、譲る訳にはいかないのよ」
湊さんだって、譲れない。俺だって、譲れない。
ならもう、戦争だろうが・・・!
頭の中で、やけに顎の長いギャンブル中毒者の顔が浮かんだ気がした。
「絶対、わんこ……犬のほうが可愛いです!」
「にゃーんちゃ……猫のほうが可愛いわ」
俺たちは至って真面目だ。
単純な話である。俺は犬派、彼女は猫派。
たったそれだけ。されど重大。
人類は古代より犬派猫派の論争を繰り広げてきたと、古事記にも書いてある。本当に正しい使い方をされている『古事記にも書いてある』を、いつか聞いてみたいものだ。
ぐぬぬぬぬ、と二人で睨み合う。机の上のコーヒーカップが、触れている訳でもないのにカタカタ揺れる。
「分かってないですね湊さん! わんこの従順な姿勢! 撫でてあげれば嬉しそうにもっとと頭を差し出す素直さ! しっぽを振って近寄ってくる可愛さ! 猫にはない良さです! 犬の方が可愛い!」
「分かってないのは葉加瀬君の方よ。にゃーんちゃんの素直じゃない態度。餌やおもちゃで誘っても、中々寄ってこない態度。かと思えば急に甘えてくる気まぐれさ。もっともっと振り回して欲しいわ」
二人して阿呆。二人して脳みそが溶けきっている。好きなものに対して必死になるのは、当たり前だから許して欲しい。
お前は何を言っているのだと言われてしまえばそれまでだが、どうかスルーして欲しい。話が進まない。いや、勝手に進めるのだが。
一回落ち着くために、コーヒーひと口。うん、つぐが淹れたコーヒーの方が美味いと失礼なことを考える。わ
「じゃあそうね……葉加瀬くん。あなたは美竹さんとお付き合いしているのよね?」
「話の繋がりが見えませんが、まぁそうですね」
突如として振られた恋人の話。特段隠している訳でもないので素直に首肯するが、やはり解せないのは解せない。
犬猫論争に蘭が関係するとは思えないし、大人しく話を聞く。この人は怒らせたりすると、割と面倒なのだ。
「美竹さんは、どちらかというと猫っぽいわよね?」
「蘭はネコってタチじゃないでしょう? まぁ、俺に対しては間違いなくネコですけどね」
「……ボケのつもりかしら?」
「あ、分かったんですね」
「色々な意味でややこしいからやめて頂戴」
「はいはい」
傍目から見たら、俺は百合の間に挟まる男なのだろうか、とぼんやり考える。今の小ボケが通じたそこの貴方。俺は違いますよ? 百合の間には挟まってないですよ?
詳しくは『百合 ネコ タチ』で、検索検索。
「でも……蘭は間違いなく犬ですよ? ちょっと撫でたらしっぽを振って喜びますし、もっとって甘えてきますし、なんなら暇さえあれば隣に来ますよ?」
「……それ、今更かもしれないけれど、聞いても大丈夫なのかしら?」
「…………今更でしょう?」
本当は良くない。蘭に散々言い聞かされてる。
やはり俺の弱点は蘭だ。彼女が絡むとどこまでも強くなれる気がするが、その分余計なボロが出てしまう。
蘭は俺やAfterglowの面々以外が居る場では、きちんと反骨の赤メッシュしている。 俺と蘭が恋人同士であるということは周知の事実だし、蘭が俺にでろっでろに甘えている様子を写した動画や写真は既に出回っている。
……が、蘭は未だにプライドやら羞恥心やらが邪魔して素直になれていない。当たり前と言えば当たり前だが。
「……私から見れば、美竹さんは間違いなく猫なのよね……素直ではないし、気まぐれでデレるし、威嚇するし」
「……うーん、そう言われるとそうなんですよね……」
いつの間にやら、話は『犬と猫どちらが可愛いか』から、『蘭が犬なのか猫なのか』に置き換わっていたが、この時の俺たちは全く気にしていなかった。
うーん、と腕を組み悩む美男美女。自分で言うな、と脳内一人ノリツッコミという高等テクニック。虚しくなんかないもん。
「……そうね、では、こう考えたらどうかしら? 『美竹さんが犬耳と猫耳付けた場合、どちらが似合うか』」
「犬」
即答。
蘭は絶対、ぜっっっったい犬耳の方が似合う。垂れた茶色の耳とか付けたら絶対俺襲うもん。
誰かそんな感じの写真かイラスト頂戴。俺は絵心ないから無理だ。
描いてくれたものには感謝の言葉を届けよう。
「……あっでも待って、猫耳も捨てがたい……なんならバニーも狐も……へへへへへっ……」
「……男の人って、みんなこんな感じなのかしら」
「俺がこうなるのは蘭にだけですから安心して下さい」
他の男共の沽券に関わる勘違いをしている女子高出身の女の子。その誤解は俺が解いておいたので安心して妄想に励んでくれ、世の男子諸君。我々は基本的には股間と脳みそが直列だからな。
あっ、彼女恋人妻子持ちはその相手だけにしときなさい。話がややこしくなるから。
個人的見解且つ余談だが、浮気不倫N〇R系作品が好きな人の気持ちがわからない。以前そんな感じの作品を見て、蘭が居るのに裏切る俺、もしくは蘭に裏切られた俺を想像して、蘭の前で吐くほど泣いたのは秘密だ。
「……なら、美竹さんで実際に試してみたらどうかしら? リサや燐子に頼めば、それらのコスプレグッズは多分持っているでしょうし」
「ナイスアイデア湊さん!」
なんかとんでもないセリフを聞いた気がするが、あえてスルーしておこう。何故持ってる、何に使ってる、どこで買った。
しかし、これは正しく僥倖。これで蘭が何が似合うのか、その真理に辿り着くことが出来る。ジャングルの奥地へ向かう必要は無さそうだ。
「お待たせ亮……って、湊さんと一緒だったんだ」
そして、それこそナイスタイミングでやってきたネコ……じゃない、恋人。
俺は席をガタリと立ち、バッと後ろを向く。これからバンド練習だろうか、ギターケースを背負って物珍しそうに俺たちを見ている蘭。確かに、俺と湊さんと言う組み合わせは珍しいだろう。
俺はそんな蘭に返事の一つも返さず、その小さく白い両手を取り、胸の前でしかと握りしめる。そのまま告白した時のような本気のトーンで蘭に語りかける。
「蘭! 俺のために猫耳と犬耳着けてくれ!」
「……うわぁ」
「私は関係無いわ」
めっちゃ引かれた。結構ダメージ食らった俺を横目に、湊さんは我関せずと言った感じで、甘ったるいであろうコーヒーを口にしていた。
それでもキチンと全種類着けてくれる蘭ちゃん。スキ、ダイスキ、セカイイチアナタガスキ。
Roseliaの皆さん、ご協力ありがとうございました。結論から言うと、蘭は何着けても可愛いです。対戦ありがとうございました。
ご閲覧ありがとうございます。ちなみに自分は猫派です。異教徒は燃やす。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、次投稿する話がR-18になるかもしれません。
それでは、また次回。
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ネコミミカチューシャと赤メッシュ
あと、後書きに少しお知らせがあります。そちらも是非。
オリ作
ボクは『神様』が大嫌いだけど、『神様』はボクが大好きらしい
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=248236
「…………」
「…………」
…………。
「「……………………」」
前にもあったなこんなこと。
何度目か数えることも諦めている美竹家。俺の前には何度目かの神妙な顔の蘭の親父さん。
以前のように彼に呼び出され、挨拶もほどほどにこの沈黙。俺はいったいどうすればいいのだ。
前回から、蘭の親父さんの前で緊張するなどということは無くなった。というのも、なんか、怖くなくなっちゃった。
娘に似て、どこか抜けてるもん。
「……時に、亮君」
「何ですか?」
「蘭の部屋に入ったとき、蘭が何やら犬の耳を模したものを頭に着けていたのだが、何があったか知らないかね?」
「ぶひゅっ」
変な音が口から洩れた。
蘭、何で部屋で着けてんすか。なんで鍵閉めてないんすか。なんで持ってるんすか。
言いたいことや気になることが山のよう。大好きだよだとか愛してるだとか結婚しようとか。
いやほんと、何してはるんですか。
「そ、っれは……あれですよ、そういう歳頃なんですよ」
「そういう歳頃?」
「若い女の子は、一回ぐらいあんな感じの動物の耳を付けてみたくなる時があるらしいんですよ……あ、これ本人達には言ってはダメですよ? すっっっっっっっっごくデリケートな問題なので」
「そ、そうか……遂に蘭が壊れてしまったのかと、少し不安になっていたんだ……分かった。肝に銘じておくよ」
ごめん蘭、変なこと親父さんに吹き込んだ。
ごめん親父さん、騙しました。
何をどう説明したものか非常に悩ましかったが、口からでまかせで何とか乗り切る。あとからめんどくさい事になりそうな予感はプンプンしているが、ここは知らんぷりしておこう。
部屋でそんなもん着けてた蘭が悪い。覗き見した親父さんが悪い。括弧付けて言わせてもらうと、『僕は悪くない』。
俺は嫌われ者でも憎まれっ子でもやられ役でも主役でも無いけど、俺はあのキャラクターが滅茶苦茶好きです。括弧良すぎでしょあの大嘘憑き。
……いやまぁ、今回のはカッコ付けなくても括弧付けなくても俺は悪くねぇけど。どっちかと言うと、生まれた意味を知るRPGの主人公だ。
「それはそうとして……詰まるところ、若い女の子の間では、あのような装飾品は流行っているのかね?」
「どうなんでしょうか……そこは俺もよく知りませんね」
まだ続けんのかよこの話題。
どう考えてもこんなしょーもない話を延々としたくない。一週間以上待った結果がこんな話で、挙句の果てには、新作のオリジナル作品のURL張られる人間の気持ちにもなってみろ。
何とか逃げようとする必死の一手。よく知らないは魔法の言葉だ。知っていても知らんぷりできる。見えないものを見ようとしても見えないのと同じだ。いや、関係ないか。
この目の前の人は、それで前回大暴走を起こしてとんでもない目にあったのだ。いい加減学習して欲しい。
「実はだね……恥ずかしながら流行っているのかと勘違いしてね……通販サイトでこれを買ったんだ」
そう言って親父さんは、その和服の胸元からにゅっと何かを取り出す。
黒色の、可愛らしいネコミミカチューシャだった。
「なんちゅーもんをなんちゅーとこから出してんですか! え? 買ったんですか!? 親父さんが? ネコミミカチューシャを!?」
「Amaz〇nで」
「想像出来ねぇ!」
「お届け先はコンビニにしておいた」
「賢い!!」
想像してみよう。和服を着た華道家が、スマホかパソコンでAmaz〇nのサイトを開き、ネコミミカチューシャをポチってるその様子を。
面白すぎるでしょホント。
いつもいつもお世話になっております運送業の皆様。こんな辛い状況ですが、お互い頑張っていきましょう。
「……で? それをどうするんですか?」
「いや、蘭にプレゼントしようかと」
「間違いなく絶縁言い渡されますって」
どこの世界に、高校生の娘にネコミミカチューシャプレゼントする父親が居るんだ。とんでもねー絵面だなおい。
胃が痛い。なんでこの親子は揃いも揃って少し思考がぶっ飛んでるんだ。
これが将来の『お義父さん』かぁ……と苦笑い。中々に笑えないぞこれ。
「そうか……では、これはどうしようか? 捨てるのも勿体ないし……」
「……いや、返品すればいいのでは?」
「せっかく買ったのだから、誰かに使ってもらいたいのだけどな……」
いらないいらないいらないいらない。そんな気遣い、いらないいらない。
もう既に嫌な予感がする。
こんな感じで変に渋り始めた親父さんは、本当に怖い。恋人の父親への萎縮というより、神話生物に感じる恐怖に似た何かを感じる。
「……そうだ」
こういう時の嫌な予感は大体当たる。
親父さんは、さも妙案を思いついたと言わんばかりの晴れ晴れとした表情。
いい人なんだよ? 娘のことを本気で考えていて、選んだ道を全力で応援しているいい親父さんだ。
ただ、ちょぉっと考えがぶっ飛んでるだけだ。
「亮君が付ければ解決じゃないか!」
「誰得だ! 誰が! それ見て! 得すんだ!!」
一体何をどうしたらそんなところに落ち着くんだ。
なんで俺なんだよ。想像しただけでゾッとする。
野郎のケモ耳とか、夢の国の中だけにしてくれ。俺はノーセンキューだ、ははっ。
……夢の国チキンレースに挑戦するのは程々に。時々大変な事になるからマジで。
「蘭とペアルックじゃないか。名案だとは思わないかね?」
「もっとマシなペアルックにしますよ……ネコミミカチューシャペアルックとか、拷問じゃないすか」
お揃いのパーカーとか、そこまで行かなくてもシャーペンとかなら分かるよ。
ネコミミカチューシャて。ネコミミカチューシャて。
そんなカップル見たくねぇ。ファンタジー世界でくらいだろう。そんなカップルが存在するのは。あいつら産まれた時から生えてるから、種族ルックだけど。
「……ちょっとだけ着けてみない?」
「みません!」
「じゃあ誰が着ければ良いんだ!」
「俺じゃねぇ誰かだ!」
「じゃあ誰が着ければ良いんだ!!」
「だから俺じゃねぇ誰かだ!!」
畳をバシンと叩きながら膝立ちになる親父さん。売り言葉に買い言葉で俺も膝立ち。
問答ほとんど変わってないけど。
ぐぬぬぬぬ、と二人して睨み合う。このままじゃ埒が明かない。何か打開策を──。
──閃いた。
「そうだ! じゃあ親父さんが着ければいいじゃないですが! 親子でペアルック、いいじゃないですか!」
この時ばかりは、俺の中の悪魔に全力で敬礼。
俺以外の誰か。
居るじゃあないか、居るじゃあないか。
最近の流行り廃りに滅法弱い、将来の何かの間違いで壺買わされないか心配な父親が一人。
「おお、それは名案だ!」
勝った。
これで俺がネコミミカチューシャを着けるなどという羞恥プレイに晒されることは無い。残念だったなどこの誰とも知らない貴方!
例え神様だろうがそのお仲間だろうが、この俺を陥れる事など不可能なのだ! ざまぁみやがれこんちくしょう!!
「では早速……どうだい?」
「…………うおえっぷ」
恨むぞ神様。
あまりに見れたもんじゃないので詳しい描写は控えさせていただくが、控えめに言って吐きそうになった。
思わずえずいていると、後ろでどさっと何かが床に落ちる音。
片手で口元を押さえながら振り返ってみると……いつかと同じように、なんというバッドタイミングで帰ってきた我らが美竹 蘭。
俺と同じように口元押さえていた。両手で可愛らしく、その表情は明らかにドン引き。
「……ごめん、父さん。これから亮の家にお世話になるから」
結局、蘭が美竹家に帰ったのは、一週間後の事だった。
なお、初日にうちの親父が蘭の親父さんをからかいに日本酒片手に美竹家へ向かった。その時に『酔っ払い親父共のネコミミカチューシャペアルック』と言う生物兵器の写真が送られてきたのだが、それはまた別のお話し。
ご閲覧ありがとうございます。お知らせですが、この作品の投稿を週一程度にさせて頂きたいと考えています。いやもうやってるんですけど。何故かと言うと、私生活が忙しいというのもあるんですが、少しオリジナルの作品に力を入れようと考えたからです。勝手な判断、申し訳ないです。それでも、この作品にも全力で取り組ませて頂きますので、今後ともよろしくお願いします。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、頑張れます。
それでは、また次回。
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親父ーズと赤メッシュ
今回は、前々から設置していたアンケートより、『亮くんと蘭ちゃんの二人の馴れ初め』です。まぁ、二人は出ませんが。
ちなみに、今回初めて亮くん以外が語り手です。
「私だってさぁ! もっとこう蘭のしてやることを認めてあげたいの! でもさぁ……女の子が何考えてるなんて分からない!」
「おー、いーぞー。そのままどんどん飲め飲めー」
蘭ちゃんが我が家に泊まり始めた初日。俺、葉加瀬 亮の親父は美竹家を日本酒片手に直撃。落ち込みまくってる美竹さんをからかい……もとい、弄り……もとい、励ましに来た。
朝美竹家に出掛けた亮が、帰ってきた時には蘭ちゃんを連れて帰ってきた時は、遂に駆け落ちかとワクワクしたものだが、事の顛末を聞いて爆笑したのは内緒だ。
で、娘に明らかに引かれた美竹さんは、見ての通り酒が入りまくっていた。普段の取っ付き難い印象は、もうどこにも無い。
お互いに年頃の娘息子を持つ、面倒臭い親父共だ。
「うぅ……こんなこと話せるの葉加瀬さん位ですよ……そう言えば、二人で飲むのも、随分久しぶりですな」
「そう言えば……前は二人の入学祝いの時でしたかな」
お互いに亮達二人が付き合い始めてから、何となく飲もう、会おう、話そうという雰囲気にならなかった。
思う所も当然あったし、気を使うところも多少あった。
酒の力は偉大だ。腹を割って話せる。深夜のホテルで語り尽くそうじゃあないか。僕は一生美容師します。
「そんなに前に……いやぁ、時の流れは早いですなぁ」
「そりゃあ……美竹さんがうちの店に蘭ちゃんを初めて連れて来たのも、もう十年くらい前ですよ」
「そんなに……長い付き合いになりましたねぇ」
十年。
言葉にしたら二文字のそれも、実際に味わってみると、二文字には収まりきらない密度だった。
あの時、人見知りで恥ずかしがり屋だった息子が、今では恋人を侍らせているんだぞと言ったら、あの時の俺はどう思うだろうか。
辛口の日本酒を口に運びながら、俺は十年前……店に蘭ちゃんが初めて来た日に思いを馳せた。
──十年前──
「おぉ、美竹さんいらっしゃい。その子が……」
「えぇ、娘の蘭です。ほら蘭。葉加瀬さんに挨拶しなさい」
「えっと……あうぅ……」
恥ずかしがり屋なんだな、と言うのがいちばん最初の感想だった。
しゃがみこんで目線を合わせようとするが、蘭ちゃんは少し不安そうにしながら美竹さんの後ろに隠れてしまう。ぎゅうっと美竹さんの袴を握りしめる。
その様子に、二人揃って苦笑してしまう。
「すいません、ちょっと人見知りする節がありまして……蘭。今日はこの人に髪切って貰うんだぞ?」
「……み、みたけらんです。よ、よろしくおねがいします……」
「うん、よろしくね蘭ちゃん」
おずおずと言った様子で、たどたどしくもしっかりと挨拶来てくれたので、いつも以上の笑顔で応えて見せた。
……が、また美竹さんの後ろにかくれんぼ。あいさつしてくれただけでも良しとしておこう。
「さてと、どっちから切ろうかねぇ……」
少し頭を悩ませる。美竹さん曰く、自分が切るついでに蘭ちゃんの髪も切ってもらいたいという話だったのだが、今日は家に妻は居ない。
普段子連れのお客が来た時は、妻に子供の面倒を見てもらうのだが、どうしたものか……と考えていた。
がちゃり、と裏口のドアが開く。
「おとうさん……ハサミわすれてるよ……あ、みたけさん。いらっしゃいませ」
「おぉ、亮くん。お邪魔させてもらってるよ」
「……いいのが居た」
家に唯一俺以外にいる存在。忘れていた。こーゆー風に親が目を離した隙に子供が悪さする、と言うのがテンプレだが、今のところ俺の息子にそんな事故は起こっていない。ありがたい話だ。次から店に一緒に居てもらおうか。
亮は俺の枕元に置きっぱなしだったであろうハサミを握りしめていた。昨日、珍しく部屋の中でマネキン相手に練習した時に置きっぱなしだったのだろう。ありがたい。
「ありがとな、亮。で、そんないい子なお前にお仕事の手伝いをして欲しいんだけど」
「……お手伝い?」
「そうそう。美竹さんの娘さんと家で遊んでいてくれないか? 三十分位だからさ」
しゃがみこんで亮と話していると、亮が俺の背中越しに美竹さんたちを見る。
ぱちり、と亮と蘭ちゃんの目が合う。
「……あぅ」
「……うぅ」
二人して気まずそうに目を逸らす。蘭ちゃんも人見知りだという話だが、うちの亮もそれに負けず劣らずの人見知り。この前羽沢さんとこの店に遊びに連れていったら、マスター見た瞬間ギャン泣きしてた。今のところ、商店街オヤジーズ全敗中だ。
下手したら、今回も泣くんじゃねぇかな、と思っていたが、そこまでではなかった模様。
ぽんぽん、と亮の頭を撫でてやる。頼んだぞ、と想いを込めてみる。
「……」
こくり、小さく頷いたかと思うと、亮は俺の影から出て、てくてくと蘭ちゃんに歩み寄る。
足取りは、やけにしっかりしていた。
「こ、こんにちはっ……はかせ りょうです」
「ひっ……み、みたけ らん……です……」
おぉ、と親父二人の口から感嘆の声が漏れる。
あまり幼稚園でも話し相手が居ないと心配がられていた息子が、女の子と喋っている。
とんでもない進歩だ。人類が月に降り立つくらいの進歩。ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング船長に敬礼。完成度高ぇなオイ。
亮は、ん、と蘭ちゃんに向けて手を伸ばす。小さいながらもしっかりと開かれた手は、少しだけ震えていた。
──頑張れ。
これまで幾度となく息子に投げかけてきた言葉は、今回ばかりは口に出さなかった。
「……らんちゃん。ちょっとだけいっしょにあそぼ?」
……小さくても、世界を知らなくても。コイツはちゃんと男という生き物なんだ。
その時、勇気をふり絞って手を差し伸べた息子に、俺はなぜだか誇らしさを感じた。
蘭ちゃんは、目を見開いて亮の顔を見つめていた。
──八秒、経った。
「……うん」
ゆっくり、だが明確な意思を持って伸ばされた手と手は、確かに取り合った。
これが、俺の息子、葉加瀬 亮と美竹 蘭の、馴れ初めだった。
帰る頃には、お別れが嫌だと二人でぐずるほど、仲良くなっていた。
────────
「あの時は驚きましたよ。人見知りの激しい蘭が、あんなにすぐに仲良くなるなんて」
「……思えば、あの時から、こうなることは決まっていたのかもしれませんねぇ」
触れにくかった話題に切り込む。
子供ながらに、お互いに感じるものはあったのではないだろうか。そうでなければ、やはりあの二人が見ず知らずの子供と一瞬で仲良くなるなんて考えにくい。
オカルトだ、と笑い飛ばされるかもしれないが、この世には確かにある。そんな人智を超えた何かが。
「……私も、蘭に彼氏ができたと聞いたときは、狼狽もしましたよ」
美竹さんは、赤みが差した顔のまま姿勢をただす。ピンと伸びた背筋に、思わずこちらも身構える。
情けない姿も何度も見てきたが、やはりこの人は由緒正しき人だ。風格がまるで違う。
彼は、いつもいつでも、娘のことを本気で考えている立派な『父親』だ。
「でも、相手が亮くんだって聞いたら、もう納得するしかありませんでしたよ……普通なら、娘の父親は最後まで反発するのが様式美なんでしょうがね……流石は葉加瀬さんの息子さんだ。自分の大切なものをしっかり愛せる男に成っている」
だからこそ、美竹さんのその言葉に、不覚にも歳を取って緩んだ涙腺が刺激される。息子を持つ父親として、これ以上の褒め言葉はない。
頭のおかしい父親を、十六年。
まだまだアイツが俺たちの手から離れる日は遠いが、それでも思わずにはいられなかった。
「……今後とも、どうか末永く」
「勿論。さぁ! もっと飲みましょうや!」
あふれ出そうなものを誤魔化しつつ、俺は新たに酒を注ぐ。
美竹さんは、してやったりといった笑顔だった。
──三時間後──
「がっはっはっは! 葉加瀬さん似合ってますよ! まだまだお若いですなぁ!」
「そーゆー美竹さんも! そうだ! 折角だから亮たちにも見せてやりましょうや!」
「おぉ、そりゃあ名案だ! ちょっと待っててください! この前買った自撮り棒がありますから!」
「いよっ! 女子高生の父親っ! 日本一!!」
──かくして、後に亮が『生物兵器』と揶揄し、二度と表社会に出してはならないと言わしめたほどの威力を持った写真、『酔っ払い親父共のネコミミカチューシャペアルック』が誕生したのだった。
二人して、息子娘に二週間無視された。こんなに悲しいことは無い。美竹さんは、奥さんから一か月Amaz〇n使用禁止令が出たとか何とか。
ただ、俺と美竹さんの飲み会の頻度は上がった。
ご閲覧ありがとうございます。いい親父さんだと思うんですよね、頑固だったりするだけで。どうしてこうもネタキャラになってしまったのか()。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けるとメンタル回復します(しました)。
それでは、また次回。
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『いつも通り』と赤メッシュ
という訳で、アンケート回その二。二人の告白シーンです。
「さぁて、二人の告白のシチュエーションを洗いざらい吐いて貰おうかしら!」
「蘭、諦めてくれ。こうなったお袋は止められん」
「二人とも、何言ってるの!?」
蘭が我が家に泊まり初めて、早三日。最近は蘭の親父さんからの電話が一日に三回は来る生活だ。ちなみに、蘭は着信拒否してるらしい。
で、今。学校から帰る途中に蘭を拾い、二人で帰ってきた所で、お袋に拘束。
二人して手首を後ろで一括りにされ、背中合わせに身体をぐるぐる巻き。早すぎて何が起きたか分からなかった。どこで手に入れたんだよそのスキル。
「亮はいいの!? 自分の告白の時のシチュエーション話しても!」
「良かないけどさ……目的のためなら親父すら半殺しにしても良いって言い切れる奴だぜ? 抵抗するだけ無駄だよ」
好きなアニメはカードキャ〇ターさくら、最近の趣味は深夜の百合アニメ鑑賞、大好物は恋愛漫画という、最早ただのモンスターな俺のお袋。
実の息子の恋人とのイチャコラなど、堪能したいに決まってる。オマケに相手は、昔からよぉく知ってて散々可愛がってきた蘭。むしろ、今まで聞かれなかったことが不思議なくらいだ。
なんで俺の両親はどっちもやべーんだよ。おかしいだろほんと。
「……蘭ちゃん。あなたは亮の奥さんになる気なのよね?」
「おっ!? …………まぁ、そうですけど」
「なんで俺らの肉親はこんなに応援してくれるんだよ」
割とマジでありがたい話だけど、本気でプレッシャーヤバい。別れるなんてことに(まず有り得ない話だが)なったとしたら、多分俺、この街で俺と蘭を知る全ての人間から殺される。
蘭の顔は背中合わせなので見れないが、恐らく顔を赤くしているのだろう。最近このネタで弄られるのにちょっと慣れたと豪語してたが、全然そんなこと無さそうだ。可愛いヤツめ。
「つまり、私と蘭ちゃんは、家族になるの。家族よ? 家族。他人なんかじゃなく家族。あなたは私の可愛い可愛い娘になるのよ? 隠し事なんて、そんなの無しにしましょうよ」
「……お義母様……」
「おい。俺の彼女洗脳すんな」
大体、息子達にだって家族にすら内緒にしたい秘密が山ほどあるんだ。隠させてやれよ。
この前だってこの両親、俺の部屋の机の上に学生モノのエロ本置くというしょーもないイタズラしてくれた。なんで俺が制服好きって知ってんだよ。そんで若干蘭の面影があるのをチョイスすんじゃねぇよ。すぐ捨てたわ。
大体蘭。お前は親父さんに隠し事いっぱいだろ。なんでそれで納得するんだよ。
「じゃあ、話してくれるよね?」
「はい、お義母様! あれは……中三の冬でした……」
「……まぁ、どーせこうなるって分かってたけどさぁ……」
女子二人に呆れながら、俺達が恋人という関係になった日のことを思い返す。
──半年前──
……過去一で緊張している自信がある。
受験の時よりも、授業中にみんなの前で発表する時よりも。今までの短い人生で、これほどまでに緊張したことはまず無いと言いきれるほどの震えが俺を襲う。
日が少しずつ長くなってきたとは言え、すっかり暗くなった午後六時。俺は近所の公園のブランコに座っていた。三年ぶりくらいに乗った気がする。
夕方頃まで聞こえる子供の遊び声はもう無く、遠くを走る車の音がたまに聞こえる程度。
「……さみぃなぁ」
「……一回家に帰れば良かったじゃん」
独り言で済ませるはずだった愚痴は、俺の待ち人に拾われてしまった。
顔を上げると、若干……いや、かなり真剣な面持ちで俺を見下ろす蘭。
素っ気ない態度。いつも通り。
三年前のクリスマスにプレゼントしたマフラー。いつも通り。
漂う雰囲気。いつも通り……じゃない。
登場人物は何一人として変わっていない放課後。しかし、とてもじゃないけど、いつもみたいな中身のない会話は出来そうにない。
蘭も、俺も。全然『いつも通り』なんかじゃ無かった。
「いやぁ……帰ったら色んなものが鈍りそうでさ。ほら、思い立ったが吉日って言うじゃん」
「……そう」
素っ気なく返事したかと思うと、空いていた隣のブランコに腰掛ける蘭。ギィ、と軋む音が聞こえてくる。
……心臓の音が、聞こえる。周りの音が、遠くなる。
喉が震える。手が震える。
俺が感じているのは、ハッキリとした『恐怖』。目が眩むし、呼吸が速くなる。誤魔化しきれない感情の起伏に、完全に振り回されていた。
──『いつも通り』。
蘭が何よりも誰よりも大事にするもの。幼なじみとのそれを守るために、『Afterglow』というバンドまで結成するほど。
これから俺がするのは、そんな『いつも通り』をぶち壊す行為。
はっきり言って、めちゃくちゃ怖い。蘭に拒絶される可能性だって十二分にあるし、どう転ぼうがその先にあるのは、『いつも通り』なんかじゃない日々。
彼女の大切なものを傷付ける。これほど怖いことは無い。それだけ、俺は彼女の事が大好きだし、それ以上に彼女の事が大切で大切で仕方ない。彼女の幸せが、俺の幸せだと言いきれる自信もある。
けど、だけど。
『私達に気を使って成り立つ『いつも通り』なんか、そんなの嫌だよ!』
誰よりも頑張り屋で、誰よりも優しい女の子の叫び声が耳に残っている。俺達を思って流してくれた涙を覚えている。
あそこまで言われて、想われて、応援されて。
もう、動かない訳にはいかない。うだうだ逃げる事なんて、理由をつけて後回しになんて、もう出来ない。
進まなければ、歩かなければ、何も変わらない。
これに関しては、『いつも通り』じゃダメなんだ。
──新しい日々をつなぐのは、新しい君と僕なのさ。
「……なぁ、蘭。俺とお前のこの関係をさ……『男女の幼馴染』から変えたいんだけど、良いよな?」
「……!」
一言一言事に、身体全体を襲いかかる恐怖が際限無しに増えていく。細く細く息を吸う。覚悟を決めたのなら、もう突っ走るしかない。
──心の声をつなぐのが、これ程怖いモノだとは。
「すっげぇ悩んだんだぜ? 『いつも通り』じゃ無くなるんじゃないかだとか、この関係が終わるのは怖ぇとか……でもさ、それじゃあダメなんだ……何より、お前が俺に会う度に、寂しそうな顔をするのを見るのがさ……もう耐えられねぇんだ」
大事な話は顔を見て。俺は立ち上がり、ブランコに座る蘭の目線に合わせようにしゃがみ、彼女の顔を覗き込む。
最初は、驚愕に、段々理解が追い付いてきて、溢れ出た感情が雫に変わる。
涙を綺麗だと感じたのは、これが初めてだった。
「そ、れって……」
「……待たせてごめんな、蘭。知ってたのに、知らないフリして……結局、俺が、怖かっただけだ。でも……もう、逃げない」
着けていた手袋を外して、素手で彼女の顔を包む。流れ出る涙を指で拭ってやり、未だに涙がこぼれ続ける目を見て。
──新しい日々を作るのは、いじらしい程の愛なのさ。
「……美竹 蘭さん。あなたの事が、大好きです……結婚を前提に、お付き合い、してくれませんか?」
「…………う、ん…………うん…………うんっ! あたしも……亮の事が、すき……好き………好き! 大好きっ!!」
大好きな人と気持ちを確かめるように抱き締め合うのが、これ程幸せなことなのだと、初めて知った。
大好きな人の体温が、これ程気持ちいいのだと、初めて知った。
──世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。
昔親父が歌っていた歌の意味を、俺は今、漸く理解した。
────────
「じゃーその流れでファーストキスの感想を」
「いい加減にしやがれこの恋愛厨!!」
「きっきききききききき…………きゅう」
感傷に浸る間もなく、さらに踏み込んだ内容を聞いてこようとするお袋。
背中から感じる蘭の体温がえげつない。多分、もう限界ギリギリだ。と言うか、たった今、聞こえちゃダメな声が聞こえてきた。どうやら、洗脳は解けたらしい。意識が飛んだら、そりゃあ解ける。
「大体、そろそろ塾の時間だろ。さっさと行けやこら」
「あら本当。じゃ、私は出かけるからねー。あ、ちゃんと爪切った? お父さんは美竹さん家に行ってるらしいから、気にする必要は無いわよ? 私もちょっと迂回して帰るから!」
「いいからさっさと行けやゴルァ!!」
「はいはい。あ、ご飯は作ってるから、温めて食べなさいね? それじゃ、行ってきまーす」
イタズラっぽく笑いながら、お袋は荷物を持って出かけて行った。
漸く開放されたことに、安堵ため息を一つ。
柄でもないが、やはりかなり恥ずかしかった。いつか覚えとけよホント。
「……待て、これどうやって解けばいいんだ?」
未だ拘束されたままの身体に気付き、途方に暮れてしまったのはまた別の話。
ご閲覧ありがとうございます。ちなみに、亮のお袋さんの趣味は、自分のお袋を参考にしました。高校生の息子とゆ〇キャンやカードキャプターさ〇らやけもの〇レンズ見てキャッキャ言ってます。怖ぇ。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、トビます。
2月7日追記
今更ガイドラインの件知りました(えぇ……)。
暫くは更新を様子見しつつ、自作を見直していきたいと思います。その間は公開のまま、何かあればすぐさま対応したいと思います。
それでは、また次回。
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ファーストキスと赤メッシュ ─前編─
さて、今回は時間を遡り、二人が付き合いたての頃のお話です。
さて、蘭と付き合い始めてから、かれこれ二ヶ月が経過した。
二ヶ月だ、二ヶ月。二ヶ月という事はつまり約六十日ということであり、約六十日という事はつまり、二ヶ月ということだ。
二ヶ月もあれば、それはさぞ進展したと思うだろう。あぁ、俺だってそう思ってたよ。元男子中学生、現男子高校生。股間と脳みそが直列接続している連中だ。やましい妄想の一つや二つ。蘭とあんなことやこんなことする妄想したさ、あぁ。
長い間ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染と結ばれたのが二か月前。お互いずっとずっと想い続けてきて、ようやく恋人同士になれたのだ。
そりゃあ、進展が無いほうがおかしいと思うでしょうねぇ、初見さん。
「え!? 亮君蘭とちゅーすらしてないの!?」
「ひまり、うるせぇ」
はい、二人してヘタレまくってちゅーまで行ってないです。ぎゅーまでしか行ってないです。
いや、タイミングがなかった訳では無いのだ。四人が気を使って俺と蘭を二人っきりにしてくれる事は何度かあった。
実際、ちゅーは無くてもぎゅーは何回もした。小さい時から数えれば軽く三桁超えてる。こちとら、十年来の幼馴染。そんじょそこらのカップルとは格が違う。ぎゅーの熟練度はかなり高い。
ちゅーの熟練度はゼロだけど。ひとっつも成長して無いけど。
「あんなにらっぶらぶで、私たちにすっごく見せ付けてくる半バカップルの二人が、ちゅーも!? ちゅーも!!?」
「煽ってるだろ? 絶対煽ってるだろお前」
「えへへ……」
「照れるな。褒めてないんだよ」
日曜日の、午前十時。ひまりに呼び出されて羽沢珈琲店にやってきてみれば、ひまりとつぐ、あとパスパレの若宮イヴが居た。ビックリした。マジでビックリした。ホントにビックリした。
彼女が載っている雑誌は全部コンプリートしているくらいには彼女のファン。そりゃあもう、震えた。喜びと、どこかで見ているかもしれない彼女のファンから襲われるのではという、恐怖で。まぁ、しっかりとサインを貰い、握手までさせて頂いた。これって浮気になるのかな。
若宮さんとはコンゴトモヨロシク……ときちんと挨拶を済ませ、ひまりと二人で席に着いた。
そしたら、このザマ。マジで帰っていいかなホント。
先ほどまでテンションがモカチャッカファイヤーしていたのに、今では悲しいほど儚くなっていた。意味わからないかもしれないが、それくらい高低差があった、ということだけ分かってほしい。
「亮サン! 据え膳食わぬは、男の恥デス!」
「若宮さん? 合ってるけど合ってないことわざ言うのは止めようね?」
据え膳だけど。食ってないけど。恥だけど。
この状況で言わんといてつかぁさい。いい? イヴ。あなた、アイドルなのよ?
ほら、つぐが顔真っ赤にしてるもん。お盆で顔隠しちゃってるもん。そんな目で俺を見るな。俺が卑猥なものになっちゃったみたいだろ。
いや食うよ? いつかは食うけどさ。メインの前には前菜があるでしょう? 今は前菜を楽しんでるんだよ。次は……スープだっけか。いや、蘭は頭の天辺から足の先まで全部メインだ。勘違いするなよ葉加瀬 亮。
……なんで自分の例え話に自分で突っ込んでるんだ俺は。一回落ち着け。
頼んでおいたレモンケーキを一口。甘さの中にさっぱりとした酸味があり、かなり美味しい。最近のお気に入りだ。
「このままじゃ、蘭が寂しくて死んじゃうよ!」
「うさぎかよ……」
「この前だって、蘭のノートに亮とのキスシーンの描写が事細かに書かれてたよ? だから、てっきりキス済みなのかと……」
「うさぎかよっ!」
年中発情してる的な意味で。
なんで恋人のとんでもない秘密を幼馴染の女の子から聞いてんだよ。
拷問かよ。拷問だな? 拷問なんだよな? 不甲斐ない俺への当てつけなんだよな?
もやもやと溜まった感情を、空気の塊にして吐き捨てる。少し心情的にマシになったところで、コーヒーひと口。先ほどのレモンケーキを食べて残っていた甘味や酸味を、コーヒーの香ばしい香りと苦味で押し流す。相変わらず、ここのコーヒーは美味い。
……蘭にうさ耳って、似合うだろうか。まあ、蘭は何着ても可愛いから、問題ないだろう。
「で、でも……蘭ちゃん、寂しそうだったよ?」
「……そうか」
未だに顔が赤いつぐに、恐る恐ると言った様子で告げられる。そんなもの、俺が一番分かっている。以前ほど合わなくなった分、会ったときは比喩抜きでずっとくっついている。あの『反骨の赤メッシュ』が黙ってもたれかかっているんだぜ? 襲っていないだけ褒めてほしい。
まぁ、襲うどころかちゅーすらしていないんですけどね。だって、唇と唇だぜ? 神様は何も禁止なんかしてないかもしれないけどさ、こう、ね? ハードル高すぎやしませんか。
「亮君! 今から蘭と会うんだよね?」
「なんで知ってるんだよ……」
「今すぐ蘭とちゅーしてくること! しなかったら、暫くこの店立ち入り禁止だから!」
お前に何の権利があるんだよ、と立ち上がりながら宣言するひまりに言いたくなったが、その後ろで顔を赤くしながら頷くつぐと、どこからか取り出した竹刀を構える若宮さん。俺を殺す気かよ。
しかし、これについて素直に首を縦に振るわけにはいかない。
「いや……ちゅーって、誰かに強制されるもんじゃないだろ? もっとこう、夕焼け空を学校の屋上から眺めながら、お互いの愛を確かめつつ、こう、惹かれ合うように……」
「亮君……」
「す、凄くロマンチストだね!」
「あれ? お二人は別の学校では……」
呆れるひまり、慌ててフォローするつぐ、マジレスする若宮さん。
少なくとも、俺の味方は居ないようだ。そんな可哀想なモノを見る目で俺を見るなよ。割と真面目にこんなこと考えてるんだぞ俺は。
彼女と、どんな状況で、ちゅーするか。
ここ最近の、俺の悩みだった。登下校中や授業中。飯食ってるときや風呂入っているとき、寝る直前等々……気を抜いたら、ずっと蘭の唇が脳裏をよぎる。ハイそこ。欲求不満言わない。
「真面目にさ、お前らに彼氏彼女ができたとする……初めてのちゅーが、クッソ狭くて薄暗い路地の中だったら、どうよ?」
「「「……」」」
俺の例え話に、女の子三人は完全に押し黙る。あ、『彼氏彼女』には突っ込まないのね。
それはともかく、一回想像してみよう。薄暗い路地。目の前には、自分の恋人……便宜上、蘭としよう。
狭い路地の壁に押し付けるように彼女に迫る。ただでさえスペースがない場所が、更に狭く感じる。物理的な近さだけでなく、心と心の距離すらも近くなっているような錯覚を覚える。
大通り側に何度か目線を向ける蘭の頬にそっと手を添え、自分に向き直るように仕向ける。俺の事を、見てくれよ。こんなに想っているんだから、さ?
熱に揺れる彼女の瞳。そこに映る俺の顔もまた、熱に侵されていた。
『ちょ、亮……ここ、そと……』
『……そんなこと気にならないようにしてやるよ』
怖気付く彼女を黙らせるため、その可愛らしい唇に……。
「……アリだな」
「亮君!? なんで自分で納得してるの!?」
自分で例えておきながら、自分で否定。だって、周りにばれないように声を押し殺す蘭とか、絶対可愛い。多分、その内もっとと言って、自分から俺の首に抱き着いてくる。間違いなく可愛い。
……と、いかんいかん。これじゃあ本来の目的からかなり逸れてしまう。
何かいい例えは、と思考を巡らせる。
「例えば……大勢が見ている、街のど真ん中とか」
「『蘭は俺のモノだ!』って、他の人に見せつけるようにキスするのデハ?」
「……アリだな」
「もう何でもアリじゃない!」
脳みそやられている。恋とはこれほどまでに盲目なのか。それとも、そうさせるだけの魅力が蘭にあるのか、はたまた両方か。
絶賛恋の病発病中の俺を女の子三人(うち一名現役アイドル)は、なんとも言えない表情で眺めているのであった。
その後、つぐの親父さんに『他にお客さん居ないけどさ……もう少し静かに、ね?』と注意された。ごめんなさい。
ご閲覧ありがとうございます。亮くんこんなんだったっけ(おい)。後編は、できる限り早いうちに。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、はねます。
それでは、また次回。
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ファーストキスと赤メッシュ ─後編─
後編です。
「……あれ、亮」
「よっす」
結局、ひまり達に煽られてから更に一週間。進展も何も無いまま、残酷にも日時は過ぎ去って行った。
流石に、流石にこれ以上進展がないのは不味い。下手したら、蘭に呆れられてそのまま……なんて、最悪の妄想が頭を何度も過った。
取り敢えず、何か動こう。
そう考えた俺は、蘭達が通う羽丘女子学園の前までやって来ていた。男子が女子校の前で佇むの、中々目立って辛かったぜ。もうちょっとで警備員さんのオデマシだったろう。黄色のリングからポポポポーンって。
「あれれー? りょーくん、珍しいねー」
「なんだ? あたし達に用事か?」
モカと巴はそんな俺を見て、少しだけ笑顔になっていた。そう言えば、モカや巴は会うのが少し久しぶりだった気がする。またコイツらとも遊びたいな。
「……んっ!」
「……ふふっ!」
しかし、ひまりとつぐは、そんな俺の顔を見て、黙って親指を立てて笑って見せていた。
分かってくれてるようだ。この二人。エール、なのだろう。
俺は二人に軽く微笑んでみせると、つかつかと蘭に近寄り、その右手を取る。
「……へ、ちょ」
「悪い、お前らのギタボ、借りてくぞ」
「「「「どーぞどーぞ」」」」
呆気に取られたままの彼女の手を引く。四人はまるで示し合わせたかのように俺たちを見送ってくれた。
また今度遊ぼうな。
「んじゃ、行くぞ」
「…………ん」
最近、蘭と会う度の話なのだが、俺が話しかけるとやけに大人しくなる。
なにか失礼でもしたのだろうかと、ヒヤヒヤしてしまう。普段から比較的口数が多い方ではないが、ここまで無口になると、少し怖い。
「…………」
「…………」
背中に皆からの生暖かい視線を受けつつ、歩いていく。夕陽によって作り出された影が、俺たちより先の道を歩いていた。二人の影は、平行線。
蘭からの目線が痛い。睨み付けられている訳では無いのだけど。
「……何処に行くの?」
痺れを切らした蘭が、小さく呟く。車の音で掻き消えてしまうのではないかという程の、小さな声。
……ここでなんにも考えてないなんて言ったら、流石に不味いよなぁ。
その程度の思考は、寝不足の頭でもできた。
「あの公園」
「……何しに?」
「蘭とキスしに」
間。
間。
かなり間。
立ち止まった蘭。振り返る俺。キョトンとしてる蘭。顔が熱くなる俺。
「はぁ!? なっ、何言ってるの亮!!」
「いやぁ、そうなるよねうん」
おおよそ予想通りの反応に、腕を組んでうんうんと頷く。
この『反骨の赤メッシュ』、二つ名の割にかなりの恥ずかしがり屋であるという事は十年弱の付き合いの中でよく知っていた。最初は(俺も)あの幼馴染四人相手にすら人見知りして話せなかったほどだ。
年取って、俺は比較的マシになり、蘭も表向きはマシになった。が、蘭の本質はやはり変わってない。
顔を真っ赤にして喚く蘭。もうちょいボリューム落とそう。
「いやほらね? 俺たち付き合ってもう二ヶ月ですよ? おててにぎにぎもぎゅーも十年で凄い数やってきた俺たちが付き合って、早二ヶ月だ。なのにまだちゅーできてない。これは深刻な問題だ」
「……そ、そうなの……?」
何処ぞの司令が机の上で手を組んでる感じのテンションで語る。あの人、司令としては有能かもしれんが、父親としては失格も良いとこだよな。完結おめでとう。まだ見てないからネタバレしないでね。
蘭はそんな俺に困惑しているのか、完全に戸惑ってしまっていた。
「で、でも……ち、ちゅーって、あたしと亮の顔が、すぐ近くってことでしょ?」
「そりゃちゅーだからな」
「唇と唇くっつけるってことでしょ?」
「そりゃちゅーだからな」
「恋愛漫画でやる感じのやつでしょ?」
「そりゃちゅーだからな」
「……恥ずかしくて、死んじゃいそう」
確認するように指折り質問する蘭、同じ回答をする俺。
一通り終えると、蘭はふにゃふにゃとその場に埋まる。背中に背負ったギターケースが、蘭を覆い隠していた。
……何だこの可愛い生き物。
何度も何度も蘭のことを可愛いと思ってきたが、これは確実に上位に入る。今のところの一位は、告白した時の蘭だ。
「……まさか、そのために羽丘の前で待ってたの?」
「おう」
「……亮って、そこまで行動力高かったっけ?」
「そりゃ、蘭が絡んだらなぁ」
蘭は知らない。俺が最近蘭と如何にちゅーするかで悩んで、少し寝不足気味だということを。
蘭は知らない。今の俺が、割と暴走気味だということを。
そして、それを止めるヤツも突っ込むヤツも居ないということを。
ツッコミ役は、いつの時代も本当に大事だ。
「……ちゅー、したいの?」
「蘭がしたくないなら、しない」
顔を伏せたまま呟いた蘭に、即答する。大切な人の嫌がる事はしない。小さな時にした親父との約束だ。
「そうじゃなくて……亮は、したいの?」
「…………したい」
顔を上げ、真っ赤な顔のままこちらを見つめてくる蘭。はっきりと、見透かしてくるかのように聞いてくる。
やはり、蘭に隠し事はできない。俺は素直に答える。
これ以上無い程シンプルに、これ以上無い程分かりやすく。
「……なんで?」
「……蘭と、全てにおいてもっと近づきたい」
蘭と俺の距離は、普通の男女と比べて圧倒的に近い。幼い時から隙さえあればずっとくっついてた程。
しかし、それでもやはり『仲のいい男女』レベル。
俺と蘭は『恋人』。そのような距離感に、なりたい。
わがままだ。俺の単なる。
「……分かった」
それだけ聞いた蘭は、意を決したかのように立ち上がった。
思わず、彼女の顔を見る。相変わらず顔は赤い。
「……いいのか?」
「亮のしたいことは、あたしのしたいことだから」
そう言って笑う蘭は、不覚にもかっこよかった。
──公園──
夕焼けに染められた遊具が立ち並ぶ公園。先程まで子供達が遊んでいたのか、人が居た気配がある。
しかし、今は俺と蘭の二人だけ。
人々の喧騒が、遠い。
「……ここ、なんだね」
「まぁ、ここからだからな」
俺と蘭の関係が進んだ場所。
半ば、願掛けのようなものだ。ここなら、きっと上手くいくのではという、少しばかりの期待。
神はいる。そう思ってる。
「……やり方、分かる?」
「……大丈夫。蘭は目を閉じてくれてれば、いい」
わがまま言ってる自覚はあったので、蘭の負担は可能な限り無くそう。
そう考えて蘭に告げると、蘭はどこかホッとしたように肩を落としていた。
「……それじゃ、蘭。いいか?」
「……うん」
蘭はそう言うと、目を閉じて、口を軽くすぼめる。
所謂、キス待ち顔。
……うっわ、すっげ、やっべ。
語彙が完全に飛んでしまった。それくらい、今の蘭は破壊力が高すぎる。写真撮りたい。待ち受けにしたい。
しかし、スマホを取り出したい衝動をぐっと堪え、意を決して彼女の肩に優しく手を置く。
彼女の唇に、目がいく。形の整った、淡いピンクの綺麗な唇。
どくん、どくんと鼓動が高鳴る。
ごくりと息を飲み蘭に顔を近付ける。お互いの息が、かかる。熱が、届く。
影が、重なる。
「……ぷはっ」
「…………」
息を止めて居たのか、蘭は大きく息を吐く。
肩で息をする蘭。目はとろんと蕩け、頬は完全に上気していた。
「……ど、どう、だった?」
「……わ、分かんないって……! ち、ちゅーなんて、は、初めてだし……っ、」
ぼーっとしていた蘭に問いかけてみると、蘭の回答は要領を得ない。
そりゃそうだ。初めてなのだ。良いとかどうとか、分かる訳が無い。
「で、でも……なんだろ、凄い、しあわせ、かな」
──そう言って、唇を軽く抑える蘭。
抑えていた何かが、少し壊れた。
「……蘭、もっかい」
「なに、りょ……っ!?」
蘭の唇に噛み付くようにキスをする。先程より、強く。
二人の距離が、これまでに無いほど近付く。彼女がこれまで何人たりとも許したことが無い領域へ、初めて入り込む。
俺が、俺だけが、俺のみが。
「……はぁ……はぁ……り、りょう……も、もっと……」
「……蘭」
もう一度。
もう一度。
もう一度。
──こんなに幸せな事がこの世にあっていいのか。
そんな事が脳裏に過ぎりながら、くっついた影が闇に溶けるまで、二人きりで過ごした。
この後、お互いに一週間ほど、恥ずかしくってまともに顔を合わせられなくなるのは、また別の話。
ご閲覧ありがとうございます。今回の話を書くにあたり、様々な作品のキスシーンを読み漁るという行為をしておりました。親の前でやる行動ではないですねほんと。
感想、評価、お気に入り登録等して頂くと、怪文書が捗ります。
それでは、また次回。
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誕生日と赤メッシュ
という訳で、誕生日回です。
さて、四月十日は何の日だ。
瀬戸大橋の開通? 合ってるが違う。
百の日? 確かに四月十日は一月一日から数えてちょうど百日だけど、違う。
ラビット〇ウスのピンクの子の誕生日? 誕生日ってことは合ってる。声も似てるが。
そう、誕生日だ。
誰の?
「「「「「ハッピーバースデー!!!」」」」」
「…………んぁ?」
綺麗に爆睡している蘭の部屋に突入する俺とモカ、つぐにひまりに巴。
現在時刻、朝の四時十分。普通に近所迷惑である。許可してくれた蘭の親父さんとお袋さん、本当にありがとうございます。
そう。本日四月十日は俺の恋人、反骨の赤メッシュこと美竹 蘭の誕生日である。全人類、宴じゃ宴。
「蘭〜。誕生日おめでと〜。これはモカちゃんがプロデュースしたやまぶきベーカリーの極上のメロンパンだよ〜。朝ごはんにどぞ〜」
「ん……頂きます……」
ついさっき山吹ベーカリーに寄っていたと思えば、そんなものを取っていたのか。後で沙綾にお礼言っとかなければ。
蘭、未だに目が覚めていないのか、素直にそのメロンパンが入った紙袋を手に取る。
「蘭ー! これは私から! 最近マニキュア探してるって言ってたよねー!」
「ん……美味しそう……」
それはメロンパンに対しての感想では?
明らかに寝ぼけている蘭は、マニキュアの匂いをスンスンと嗅いでいた。危なっかしいので取り上げておいた。寝起きの蘭は、確かに昔っから子供っぽい。
「蘭ちゃん。これは私から。この前一緒に見て興味あるって言ってくれたバスボム! リラックスできると思うよ!」
「ん……美味しそう……」
「食うなよ?」
思わず突っ込んでしまった。同時に、マニキュア同様バスボムを取り上げる。
瞼がまだ持ち上がっていない模様。しょうがないよね。朝四時だもん。
「蘭! これはアタシからだ!」
「美味しそう……」
「蘭、起きてるだろ?」
夏に向けてということで、巴が選んだのは時期的には少し早いが制汗剤。
それすら美味しそうと言う蘭。俺は心配だよ。そのうち俺見て美味しそうとか言い出さないよな? 食われないよな?
彼氏としては非常に心配である。本当に大丈夫だろうな蘭。
「で、これは俺から……」
「……あ、りょうだ」
満を持して、約二週間掛けて選び抜いたプレゼントを手渡そうと蘭に近寄ると、何を思ったのか蘭が布団から身を乗り出し、俺にぎゅっと抱き着いてくる。
背後から湧き上がる黄色い悲鳴。
「お、おおおおおおおお? ら、蘭さん……?」
「んー……いいにおい……」
舌っ足らず蘭可愛いなぁこんちくしょう。
完全無防備な恋人に急に抱きつかれ、俺の心臓はオーバーヒート一歩手前。とくこう二段階下がってしまいそう。いや、混乱してるから「おだてる」か? あれって一段階だっけ。
カシャカシャカシャカシャ。
何やらシャッター音が激しいな、と思い後ろを見てみると、モカとひまりがカメラを構え、一心不乱に俺と蘭を激写していた。モカに至っては床に寝転がって、下からのあおり写真を取っていた。迫力欲しいか? この構図。
巴はそんなモカひまを見て苦笑い、つぐは俺蘭を見て顔を真っ赤にしていた。つぐはどうかそのままでいてくれ。
「あのー……助けていただけませんかね?」
「あ、お構いなく〜」
「ふっふっふ……『誕生日を口実に寝ぼけ蘭を激写しよう大作戦』、大成功!」
「……後で蘭に殺されそうだなぁ……」
「はわぁ……蘭ちゃん、すっごく幸せそう……」
楽しんでるなおい。
確かに、元々誕生日の朝早くに蘭の家に突撃しようと言い出した時から少し嫌な予感はしていたが、ここまでモカ達の思い通りになるとは思わなかった。
しかし、もっといい作戦名は無かったのかよ。まんますぎるだろ。
「りょう……頭なでて……」
「…………はい……」
若干潤んだ瞳で恋人におねだりされて。断れる男が何処にいるんだよ。
この場に男は俺しかいないが、俺は無理だ。絶対無理だ。
大人しく蘭の頭を軽く撫でてやる。寝起きだからか、いつもと違って髪型が乱れているので、それを直すように手ぐしを通す。
女の子の髪の毛すっげ。指が凄くすんなり通る。これはずっと撫でていたい。
「……ねぇ。それ本当に蘭? なんか……いつもの威厳が無いんだけど」
「まるでいつもなら威厳があったみたいな言い方だなぁ……」
確かに普段の蘭は無口かつ一本通った赤メッシュと、ビジュアル的にはかなり厳つい。
だが、俺たちは知っている。蘭が意外と乙女であるということ。意外と恥ずかしがり屋であるということ。意外と仲間思いであるということ。
そして、俺だけが知っている。蘭が世界で誰よりも可愛いということ。
「……無いね〜」
「……無いな」
「……無いね」
「……無いよ」
「仲良いなお前ら」
五人の意見が完全一致。この辺りは流石十年来の付き合いだ。
そんな俺らに目もくれず、すりすりすりすりと頭を俺の胸に擦り付けてくる美竹の蘭。
「ん……りょう……ちゅーして」
「いい加減目ェ覚まして下さいお願いします」
未だに夢の中だとでも思っているのだろうか。蘭はそれはそれはでろっでろに甘えてきていた。
ちゅーて。前々から思ってたけど、ちゅーて。高校生にもなって、ちゅーて。
可愛いよ? 可愛くって可愛くってどうしてくれようかって思ってるけどね? ここは蘭の家だし後ろには幼馴染が四人いるしひとつ屋根の下には蘭の両親まで居るし。
そんな状況で、ちゅーて。
「亮くん! 男は度胸だよ!」
「巴。ひまり黙らせといて」
「亮! ガツンといってやれ!」
「お前がひまりにガツンと言ってやれ!」
恐らく、この状況下で唯一俺の味方になってくれそうな巴すら熱い声援。モカは顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいたつぐを介抱している。つぐ、いくらなんでも耐性無さすぎね?
これだけ騒いでいるのに、蘭はキス待ち顔。
「……蘭?」
「んっ」
「……らーん?」
「んーーーーーーっ……」
埒があかねぇ。
しかし、幼馴染の前で不埒な真似をするほど俺は飢えていないし、時と場合を弁える事が出来る。
さて、どうやってこの可愛い可愛い恋人の目を覚ましてやろうか。
「……はぁ……目ェ閉じとけよ」
俺は蘭に一言そう言って、左手を彼女の後頭部に回し、右手の人差し指と中指を揃え、蘭の唇に優しく触れる。
これは、つい先日教えて貰った誰得知識、「目を閉じた相手に人差し指と中指の腹を揃えて唇にくっつけると、キスしていると錯覚する」と言うもの。
蘭さん、物の見事に顔が緩み始めてる。いっつもこんなに惚けてるのか。今度からちゅーするときは薄ら目を開けよ。
「んちゅ……れろっ……ん?」
「おいこら待てや寝坊助」
この寝坊助、俺の指とディープキスしようとしてやがった。
思いっきりれろって行きましたよ。そんなに俺の指は気持ちよかったか。妬くぞコラ。
「……これ、指……え、ん、え?」
「……おう、やっと目ェ覚めたか」
先程までのどこか遠くに焦点の合っていた目ではなく、しっかりと俺を視認している目。どうやら、夢の時間は終わりらしい。
これから始まるのは、俺と蘭にとっての地獄の時間だ。
「……えっと……さっきのは、夢……?」
「じゃねぇぞ。蘭、お前俺の指にちゅーしてたぞ」
「……〜っ! って、なんで亮があたしの部屋にいるの!」
「そりゃあ、今日は蘭の誕生日だからな。皆でお祝いしに来た」
きょとんとしたり、恥ずかしがって顔を真っ赤にしたり、嬉しそうにはにかんだり。
ころころ表情を変えていた蘭だが、最後。「皆でお祝いしに来た」の所でぴしり、と固まった。
寝起きの頭でも、何が起きているのか理解出来た模様。
油の刺していないロボットのように、ギギギと顔を俺の後ろへと向ける。
「……蘭ってば、だいた〜ん」
「蘭……良かったね……」
「……ソイヤソイヤソイヤソイヤッ!」
「きゅう……」
薄ら笑いでからかうモカ。
ほろりと涙を流すひまり。
忘れようとソイヤする巴。
顔を真っ赤にして撃沈するつぐ。
皆、本当に「いつも通り」だった。
俺はこの後起こるであろう惨劇に備え、両手で耳を塞いだ。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その後、悲鳴を聞き付けてやってきた親父さんに、六人揃ってこっぴどく叱られた。
蘭はその後、ずっと不機嫌だったが俺のプレゼントを見て、少しだけ機嫌を直してくれた。
次のライブ。蘭の首元にはシンプルなデザインのチョーカーが巻かれていた。
ご閲覧ありがとうございます。指のくだりは、どこかで見た気がするんだけど、どこで見たか完全に忘れました。教えてエロい人。
感想、評価、お気に入り登録等して頂くと、部屋の掃除が進みます。
それでは、また次回。
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甘えさせたい赤メッシュ
とりあえず、ただいま。
考えてもみてほしい。俺が蘭のことを心の底から愛しているというのは誰の目から見ても間違いないし、蘭も俺に対しては『え? お前マジで誰?』って言わしめるくらいには俺にでろっでろである。
根本から溶けちゃってるもの。俺と一対一で話すときなんて、すすすって近づいたかと思うと腕にぎゅーっと抱きついてくるのはまだマシで。思い切り抱きついてきたり、俺が座っていたら膝枕。ちゅーも頻繁に要求してくるし、頭なんて何回撫でたか分からない。もしこの世界がゲームだったら、多分今頃称号獲得してる。『頭なでなでマイスター』とか、『ぎゅーの探究者』とか。
もう言うまでもない。蘭は俺に大してわちゃもちゃぺったんに甘えてくる。反骨の赤メッシュなんかどこにもいない。散々に煮詰められていい出汁出ちゃった後の出汁ガラ状態。柔らかくなってんね。
以前の誕生日だったかの後。寝ぼけて幼馴染たちが居るにも関わらず俺にちゅーを迫ってきた事から、『ポンコツの赤メッシュ』なんてひどいあだ名を付けられている彼女(名付け親はひまり)。それはそれは汚名返上を成し遂げたいらしい……というのが、今この場がなかなかなカオスになっている前提条件。
「ほら亮。甘えて」
「人間がなんで喋るか知ってるか? コミュニケーション取るためなんだぜ?」
「リョウさん! 据え膳食わぬは──」
「それはもういいから」
「……帰っていいか?」
「むしろなんで居るんすか」
最早何度目の登場か分からない、準レギュラー美竹家客室。イカれたキャストは、床の上に正座し、ぽんぽんと膝を叩く蘭、その目の前にいる俺、何故か和服姿で鎮座する若宮さんと、マジで俺とは殆ど接点が無い市ヶ谷 有咲さん。
……イヤホント、なんで居るんですか。星形の髪型のギタボはどこ行った。今頃探し回っている頃じゃないか?
「亮。恋人っていうのは、甘えたり甘えられたりする間柄なの」
「……そうなの?」
「ハイ! アヤさんがそう言ってました!」
「……いや、知らねぇ」
開幕早々暴走気味の蘭。飛ばしてる。滅茶苦茶飛ばしてる。数ヶ月ぶりの出演だからか知らないけど、滅茶苦茶飛ばしてる。
語尾は決して強くない。圧が強い。めちゃんこ強い。今なら蘭は親父さん相手にも一歩も引かずに渡り合えそうだ。
はいそこ。『最近は蘭の圧勝じゃね?』とか言わない。あれは親父さんが隙を晒してるだけだから。
「しっかし、甘えるって言ってもなぁ……」
もういい加減高校生にもなった男だ。親にも甘えることが恥ずかしくなってきたお年頃、ましてや同年代の女の子がいる眼の前。
見えてる核地雷だよ。絶対今回のオチもバンド仲間に恥ずかしい写真が出回る奴だって。
「リョウさん! ここは一つ、アリサさんにお手本を見せてもらうと言うのはどうでしょうか?」
「はぁ!? 何言ってんだよ!」
我関せずといった様子でどこか遠くを見つめていた市ヶ谷さん。災難すぎる。何も悪い事してないはずなのに。
当然、市ヶ谷さんも激しく反発する。しかし、若宮さんの目はどこからどう見ても本気のそれだった。
……いやまぁ、若宮さんが冗談の類を言う人間では無いことは最近良く分かった。彼女はいつでも全身全霊だった。
「だって、アリサさんはいつもカスミさんを甘やかしています! きっと甘やかしのプロです!」
「……そうなのか? 蘭」
「…………」
「否定してくれよぉ!」
市ヶ谷さんの悲痛な叫びが和室に響く。今日は親父さんもお袋さんも居ないから、誰かが来るなんてことは無いはずだ。
勘弁してくれといった様子の市ヶ谷さん。真剣な眼差しの若宮さん。俺に熱視線の蘭、それを見て見ぬ振りする俺。
中々収拾が付かなくなってきそうだった。
「分かりました……」
しかし、根負けした若宮さんがすっと佇まいを直す。分かってくれたのか、また何か突拍子も無いことを言い出すつもりなのか。
一人警戒していると、若宮さんはすすすっと市ヶ谷さんの隣にまで移動する。何をするつもりだ、と若宮さんを見ていると……突然市ヶ谷さんの身体を自分の方に勢いよく倒し、正座した太腿の上に市ヶ谷さんの頭を乗せる。
でぃすいず、じゃぱにーず、HI ZA MA KU RA。
「ちょまま!? 何してるんだよ!」
「アリサさんが出来ないのなら仕方ありません……私がお手本を見せマス!」
はい、ちょまま、頂きました。全国一億三千万人の市ヶ谷有咲ファンの皆さん、おまたせいたしました。こちらの映像は只今から私、葉加瀬 亮が責任を持って録画いたします。
さっとスマホを構えた俺と蘭。息ピッタシだ。さすが十年来の幼馴染にして恋人である。
顔を真っ赤にした市ヶ谷さんは、しかし起き上がることが出来ない。
先日高校のダチが議論していた、『付き合ってみたら意外と彼氏を甘やかしそうなパスパレメンバー選手権』で(俺の完璧なプレゼンで)一位になった若宮さん。その考えは間違いではなかったらしく、走る西◯屋かと勘違いしてしまいそうな慈愛に満ちた笑みを浮かべる若宮さん。
すごいよなあのゲーム。競馬知ってる人でないと知らない小ネタがいっぱいだよ。
「い、イヴ……?」
「アリサさんは凄いです。苦手だった学校にも行くようになって……バンドも生徒会も頑張ってます」
若宮さんは膝の上の市ヶ谷さんの頭を優しく撫でる。くすぐったそうに身を捩らせる市ヶ谷さんだが、その手を振り払うことはしなかった。
膝の上の市ヶ谷さんは、その若宮さんの言葉に虚を突かれたのか、大きく目を見開いていた。だめだ市ヶ谷有咲。耳を傾けては駄目だ。
「い、イヴ……」
「アリサさんの頑張りは、私はよく知っています。だから……今くらいは、ゆっくりしても、いいんじゃないでショウカ?」
高校生が出せるとは思えない母性を全身から滲み出している彼女。今だけは若宮さんが子を持つ親だと言われても納得してしまいそうなほど。
流石は現役アイドルにして人気モデル。ファンになれてよかった。
ところで、彼女持ちがアイドルのファンになるというのは、浮気になるのだろうか。最近、そこがかなり心配なお年頃です。
「……イヴ……じゃ、じゃあ……もう少しだけ、このままでいいか……?」
「勿論デス!」
ツンデレ少女、ここに敗れる。
市ヶ谷さんの心を動かしたのは何かは知らない。あの素直になれず周りに少しきつく当たってしまうことを気にしている女の子が、なぜこうも甘えているのか、そうさせる何かが若宮さんにはあるのか。
恐るべしブシドー。便利だなブシドー。正体は未だ不明だが。
「さ、ランさん! こうやってするんですよ!」
「……どうやって」
「……そうか」
「え? 亮はどういうことか分かったの?」
困惑する蘭。納得する俺。厳密に言えば、俺だって若宮さんの甘えさせ技術は理解できていない。というか、理解したくない。理解しちゃ駄目だろ多分。
じゃあ、俺は何に納得したのか。
「蘭」
「なに…………わっ!?」
俺は蘭の隣にすすすと移動し、彼女の身体を倒す。頭を正座した膝の上にパイルダーオン。
膝枕蘭の完成。なんだかんだで久しぶりな気がする。
蘭オン俺の膝。分かりやすく顔を真っ赤にしていた。俺の恋人が可愛すぎる。もうむちゃくちゃにしたい。でろっでろに甘やかしたい。てかする。
それが、今俺が閃いた、今の状況の解決策なのだから。
「蘭……今週も頑張ったな……前みたいに毎日会えなくなってから、寂しい思いさせてるよな……」
「りょ、亮……?」
俺は若宮さんと同じように……いや、若宮さんが込めた以上の感情を持って彼女の頭を撫でる。
今俺が口に出したことは、紛れもない本心。普段から何度か口にも出している。
畳みかけろ。具体的には、蘭の頭が蕩けきるくらいまで。
「一週間学校にバンドに華道……普通そんなに頑張る高校生なんていない。お前は本当に凄い。自慢の恋人だよ。嫁に貰いたいくらいだ」
「……リョウさん? ランさんとは婚約しているのではないのデスカ?」
「まだまだガキなのにそんな無責任なこと言えねぇよ」
きちんと就職して、家族ができても養えるくらいまでになったらプロポーズする。
それは蘭との約束だった。下手に学生結婚なんてしたら、お互いに不幸になってしまうかも知れないから。
でも、彼女に対する気持ちは間違いなく本物だ。
「それはいつか絶対叶えるとして……蘭、普段は色んな所で気を張ってるだろ? 折角の休みなんだからさ……今日くらいは甘えて……」
「そ、それは駄目!」
しかし、俺の思惑は蘭の大声によってかき消される。
膝の上の蘭は、勢いよく身体を起こして俺に迫る。相変わらず綺麗な女の子だ。
いつにも増して、必死な表情がった。
「あたしが大変なら、亮だって大変で……でも、あたしはいつも色々してもらってるのに、亮には何も返せてない……亮はあたしのこと大切かも知れないけど、あたしだって……亮のことが、たっ、大切なんだよ……!」
必死だった。普段どちらかというと口下手で、自分の気持ちを出すのが苦手な蘭。なのに、必死に訴えてくる。
どれほど思い詰めていたのだろう。だから、俺を甘やかさそうとか言い出したのだろう。
うん、無理。
俺は蘭の膝の後ろと背中に手を回し、よっこいせと立ち上がる。所謂お姫様抱っこ。女の子は皆シンデレラだから問題ない。
「若宮さん、市ヶ谷さん。俺今から蘭とイチャイチャしてくるから。適当にくつろぐなりしてくれ。あ、親父さんが夕方の飯前には帰ってくるからそんじゃ」
「おぉ! 遂に据え膳に手を出すのですね! 頑張ってください!」
「……いや、帰ったほうがいいだろ……」
「アリサさんは私が甘やかすんです!」
俺は若宮さんと市ヶ谷さんに一言告げ、蘭の部屋へと直行する。蘭も俺の様子に気づいたのか、段々と顔を赤くしていた。
しかし、もう遅い。こんなに可愛い彼女、可愛がりたいに決まっている。
「りょ、亮……?」
「……お互いにお互いへ甘えれば、それで万事解決だろ?」
「へ…………~っ!?」
俺の言わんとする事に気づいた蘭は、恥ずかしさに悶て押し黙ってしまった。
しかし、俺を振り払うことはしなかった。
その後、バンド仲間たちに市ヶ谷さんの膝枕写真と蘭のお姫様抱っこ写真が出回った。
蘭、市ヶ谷さん、強く生きろ。
ご閲覧ありがとうございます。久しぶりに書きすぎてこの作品の書き方を完全に忘れていました。中々に難産だったぜ……これからも程々に書いていくので、よろしければぜひ。
感想、評価、お気に入り登録等していただけると、まだまだ面白く出来ます。
それでは、また次回。
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夜の通話と赤メッシュ
夜が怖いと思っていたのは何歳の時までだっただろうかと、勉強もそこそこにベッドに五体投地した俺はぼんやりと考えていた。
ガキの頃は段々と沈んでいく太陽を眺めながら、蘭とさよならまた明日をしなければならないことを嫌がり、夜の帳に怯えていた。
バカみたいに騒がしいウチの両親を持ってしても、俺の夜嫌いは中々解消しなかった。
しかし、今ではどうだ? 全く持って怖く……夜道を歩くのは怖い……が、昔ほどは怯えなくなった。
見えないものに怯えていた当時の無知な俺。色々と知ってしまったからこそ、見えた先に恐怖の対象が無いことを理解してからは全く怖くなくなった。お化けなんてないさ、お化けなんてないさ……居てくれたほうが、面白くはあるんだろうけど。
しかし、今の俺は恐怖こそ感じなくなっていたが……寂しさというのは今でも健在のようだ。
普段は蘭に、やれうさぎかよだの甘えさせたいだのグダグダ言っているが、俺だって蘭ともっと触れ合いたいと常々考えている。
……女々しいな。辛くは無いけど。
最近おかしいのだ。合う度にいちゃいちゃしてるし、休日になったら確実に二人で過ごしている。回数こそ多くないがデートだってするし、お互いに何度も好きだ好きだと言い合っている。
なのに、何故だろう。
「もっと蘭と話してぇなぁ……一緒に居てぇなぁ……」
漸く想いが通じたところでの、別の学校への進学。バンド活動の充実化に華道の修行。
会う時間は、中学の時までの何分の一だろうか。寂しく感じるのも当然で、それはどうやら蘭も同じ。
だからこそ、蘭は普段中々会えない分会ったときにこれでもかと甘えてくるのだろう。
可愛い奴め。もっと可愛がりたいんだけど、なんでここに居ないんだよ。
頭の中が蘭のことでいっぱいになってきた所で、俺の我慢が限界を迎えた。おもむろにスマホを手に取り、普段使いの通話アプリを立ち上げる。通話相手は、当然愛しの恋人。
一コール、ニコール、三コール、ガチャッ。
『もしもし? 亮、どうしたの?』
「すまん蘭、寝るとこだったか?」
声色が普段よりも舌っ足らずでふわふわしていた蘭。もう眠たいのかな、なんて推察してしまう。
最近頑張っている彼女のことだ。夜は疲れて眠たくなってしまっても当然だ。まだ十時なんだけどな。
蘭は俺の質問に、んーん、と子供っぽく答えてみせた。
『眠たいけど……亮の声聞いたら、もう少し起きてられそう』
「はぁ……相変わらず可愛いな、蘭」
『か、可愛くなんて無いし……っ』
なんて、可愛い反応を見せてくれる蘭。スマホ越しではあるが、彼女はやはり『いつも通り』。変わってしまったものこそあれド、大事なところは何にも変わらない、大切な幼馴染の一人で、大事な恋人。
先程まで感じていた寂しさも、彼女の声を聞いたらすっかり薄れてしまった。
『それで、何の用?』
「いやぁ……特に用があるわけじゃ無いんだよ」
『……?』
美竹家の彼女の部屋。そのベッドの上で彼女がこてん、と首を傾げた様子が思い浮かぶ。意味が分からない、といった感じか?
まぁ、それもそうか。普段は用もないのに電話をするということがお互いに無いし、連絡だって最小限。友人に話すと『ホントに付き合いたてホヤホヤのカップルか?』と散々言われた。まだ付き合い始めて五ヶ月程度。
「ほら……あれだよ。声が聞きたくなったってやつ」
若干恥ずかしさを覚えながら、俺は小さな声で呟く。
格好悪いだろうか、びっくりしただろうか、なんて考えてしまう。蘭の前では常に格好いい恋人で居たいんだけどな。
暫く、二人の間に沈黙が流れる。ただでさえ夜は音が少ない。より沈黙が痛い。
『……ふふっ』
「……笑うなよ……こっちだって恥ずかしいんだから」
『いや、ごめんごめん……昔は、こんなことしたくても出来なかったのになぁって』
途端に機嫌が良くなった蘭。声色も心做しか弾んでいた。
……確かに、子供のときはスマホなんてものは持っていなかったし、夜遅くに電話するなんてことも出来なかった。
大人になるって、悪いことばかりじゃないぞピーターパン。許されることがだんだん増えるからな。その分責任も増えるのだろうけど。
「あぁ……そうだな。小学校の時だっけ? 公園で遊んでて帰りたくないっつって遊具の中に二人で隠れたのって」
『懐かしいね……今じゃあ、また明日って言っても我慢できちゃうもんね』
「……我慢できなかった男がここに居るんだけど?」
『そ、そんなつもりで言ってないって……』
あ、今の俺めんどくさいやつだ、と察知。
定期的に情緒や気持ちが落ち込み傾向に向かってしまう状態。やる気アップスイーツ食べても、調子は上向きにならない。
これは程々にして電話切り上げて寝るかな……と考える。こういうときは、寝るのが一番。
皆も騙されたと思って早く寝てみてくれ。次の日世界が晴れてるよ。
「ごめんごめん……所でさ、次の休みはどうする? 親父とお袋はデートするから家に居ないけど」
『相変わらず仲いいよねお義理父さまとお義理母さま』
「いま明らかにおかしかったのはスルーしとくわ」
気が早い。付き合い的には十年来だが、関係が変わってからは五ヶ月だ五ヶ月。五ヶ月でできることなんて、五ヶ月分の歳を取ることしか出来ない。
式場選びを初めているというお互いの両親を見たときはちょっと引いた。あと十年は待っていて欲しい。その頃には色々と覚悟もきちんとできるだろうし。
『……久しぶりにさ、どっか行く? その日はモカと巴とひまりがバイトだから、バンド練習無いんだよね』
「あらら……皆忙しそうだなぁ」
『亮だって……バイトしてるし、最近父さんによく呼び出されてるじゃん』
「そりゃあ……まぁ、色々とな。ほら、蘭だって俺の親父との会話聞かれたくないだろ?」
言えない。親父さんが定期的にAmaz◯nで買う商品の処理に付き合ったりしている。本題はそこではないが、それについてもまだ言わないほうがいいだろう。
俺が親父との会話の話を出すと、蘭は『確かに……』と納得してくれたようだった。
お互いに、隠したいことの一つや二つはある。そこまでズカズカ行くのもなにか違うだろう。
「っと、どっか行くって話だったな……そうだ、ちょっと遠いけど、水族館行ってみないか?」
『へぇ……割とちゃんとしたデートするつもりなんだね?』
「まーな。たまにはいいだろ?」
『たまには、でいいけどね』
俺たちの『いつも通り』は、少しずつ少しずつ変わっていた。
これからも本質はそのままに、俺達が何もしなくても変わっていってしまうのだろう。だけど、この半年ほどで俺たちは学んだ。
本当に変わってほしくないなら、そのために一歩を踏み出さなければならないことを。
ゆっくりでいい。だけど、この『いつも通り』を守るために。
大げさに聞こえるかも知れないけど、俺達にはそれが何よりも大事だから。
「ははっ、そうだな……なぁ、蘭。好きだ」
何度も何度も口にしてきた、単純な、だけど何年も伝えられなかった三文字。
ふとした時に、大切なときに、想いが溢れたときに……こんな感じに、気楽に、だけど真剣にこの気持ちを伝えられる関係。
それが、俺の望む『いつも通り』。
これを生涯を通じて叶うのならば……俺はどんな努力だってできるだろう。
大切な人が居るのなら、きちんとその想いは伝えておいたほうがいい。報われようが報われなかろうが、その感情はきっと人生の財産になりうるから。
『……あたしも、亮が好き』
幸せな響きだった。
この言葉を聞くことより幸せな事を、俺はまだ知らない。下手したら、死ぬまで現れないかも知れない。
ぽかぽか、ふわふわ。
形容するのも難しい、くすぐったい、だけど嫌じゃない雰囲気に包まれる。
「好きだ。大好きだ」
「好き。亮が好き。すき」
「好きだ、好きだっ……!」
「大好き、すきっ……!」
お互い、溜まっていたものを吐き出すように、うわ言のように熱の籠もった言葉を届ける。
もっと、もっと、もっと。
今は目の前に居ない、少し歩かないと会えない距離。もどかしい、煩わしい物理的な距離。
しかし、今の俺と蘭は、間違いなく抱き合っていた。
馬鹿な話に聞こえるかも知れないが、本当にそう思っていた。
その後、お互いに夜中の三時頃まで通話を続け、二人揃って寝坊した。
こんなに幸せな寝坊は、生まれて初めてで、寝る前に感じていた不安や寂しさは、すっかり消えていた。
ご閲覧ありがとうございます。ちなみにボクが一番幸せを感じるのは、マクドナルドのポテトを頬張っているときです。あれ食べるために一ヶ月頑張ってる。
感想、評価、お気に入り登録等お待ちしております。
それでは、また次回。
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猫カフェと赤メッシュ 前編
猫カフェに行くお話、前編です。
さて、人助けと言うのは実に尊い行為であるという大前提を頭の片隅に置いた状態で、大人になれない僕らのワガママを一つ聞いてくれ。
人助け。いろいろな作品で主題になるような行為で、赤い二本角の帽子を被った男子高校生が主人公の学園モノや、野球のポジションみたいな名前の職業が出てくる名作RPGとか、濁点忘れると大変なことになっちゃう万事屋の皆さんとか。
俺もどちらかというと困っている人が居たら手を差し伸べたい側の人間。人助けをするのは苦ではない。
さて、その上で一つ言わせてくれ。
「猫カフェに行ってこいだぁ!? 何言ってるんですか湊さん!」
この宿敵のお願いを聞くのも、人助けに入るのだろうか。
「私は本気よ。初めていく猫カフェの調査を、貴方にお願いしたいの」
いつもどおり、必要以上に馴れ合うつもりは無いと思われてしまうような雰囲気を醸し出している湊さんは、想像するだけで口の中が甘さに覆われてしまうようなほどのゲロ甘コーヒーを啜っていた。
机の上に置かれたチラシ。ポップな雰囲気がひしひしと伝わってくるそれには、ここから二駅先にある新しく出来た猫カフェの内容が記されていた。
忘れている人も何人かいるかも知れないので説明すると、湊さんは猫派、俺は犬派ということで度々激闘を繰り広げていたのだ。いつものようにカフェテリアで蘭の事を待っていたら、俺になんの許可もなしに目の前に湊さんが座ってきたのが数分前。
そんな敵からの、ある意味ダイレクトアタック。完全に俺を陥れるための罠にしか見えなかった。
「なんでまた俺に……自分で行けばいいじゃないですか」
「調査を頼みたいと行ったでしょう? ここにその猫カフェの割引券があるのだけど……使用期限までに私が行けないのよね」
「……それはまぁ、勿体ないですけど……それでも、他にも候補は居るでしょう? バンド仲間とか」
「何でもこの猫カフェ、カップル割なるものがあるらしいのよ」
理由をつけて断ってしまおう。
そう考えていた俺を、その一言が引き止めた。
カップル割。カップルで行くと割引でサービスが受けられるシステム。色んな作品で使われている、なんか便利なあれ。
カップル割を本当のカップルで使っている人間の方が希少なんじゃ無いかと思うんだよね、俺。
明らかに俺の動揺を目の当たりにした湊さんは、含み笑いを浮かべながら何やらチケットのようなものを手渡してくる。先程口にしていた割引券だろう。三割引き、という中々太っ腹な割引を用意しているらしい。
「……それで、俺ですか……身近にカップルなんて俺と蘭位しか居ないから」
「えぇ。それに……もういい加減、この戦いに終止符を打とうと思っているのよ」
「……!」
机の上のチラシに伸ばしていた手を引っ込め、目の前に狂い咲く青薔薇を睨みつける。にゃーんちゃんに狂って咲いていた。あんまり怖くない。
「私たちは知り合ってから、もうずっと争ってきた。もうそんな不毛な争いはお終い……貴方のにゃーんちゃん堕ちによって」
にゃーんちゃん堕ち。
聞く人が聞いたら鼻で笑った後に罵倒の一つや二つ出てきそうなほど酷いネーミングのそれは、俺からしたらこの世で二番目に恐れている現象だ(一番目は蘭との破局)。
断固たるわんこ派である俺が、その誓いを裏切りにゃーんちゃん派へと変身を遂げる事を意味する。
それだけは、それだけは何としても阻止せねばならない。全国一億三千万のわんこ派の皆様の為にも、俺が負けるわけにはいかない。
「ふっ……この俺が、にゃーんちゃん堕ちすると? ありえないですね……そんな馬鹿な男に割引券使うくらいなら、もっと他の人にあげたらどうですか? 俺、その日蘭と水族館に行く予定なんですよね」
嘘である。水族館へはもう一週間前に行ったばかりだ。色んな魚やかなり人懐っこい子ペンギンのペンちゃんに癒される蘭の姿に癒されたものだ。あの子だけやけに人に慣れてたな。
兎に角、俺は猫カフェなんて行かない。カップル割に惹かれたけど。にゃーんちゃんと戯れる蘭に興味はあるけど。
「あら……まさか、怖いの? 自分がにゃーんちゃん堕ちするのが」
「…………まさか、そんな訳あるワケ無いじゃないですか。俺は今も、昔も、これからも。僕は一生わんこ派します」
「ふふっ……饒舌になってきたわね」
俺の心の奥底を目の当たりにしたかのような彼女の声。カリスマの塊のような彼女がそんな雰囲気を出すと、思わず身体に悪寒が走る。
無論、俺は怖がっているわけでは無い。行く意味が無いからこそ、断ろうとしているだけ。蘭と堂島の龍に誓って、俺はビビってない。死にてぇ奴だけかかってこい! かっこいいよね、憧れちゃうよね。
「まさか、そんなワケ無いじゃないですか……」
「二回目よ、その言葉。動揺しているのかしら?」
「…………」
「沈黙は肯定と捉えてもいいのかしら? わんこ派というのも情けないのね。こんな相手が私達にゃーんちゃん派の最大の敵だなんて……失望したわ」
こちらを完全に煽る目的の彼女の捲し立てよう。あんたコミュニケーション苦手じゃなかったのかよ。アフグロとの衝突もそれで起きたんじゃなかったのかよ。何計算高く煽ってんだよ。
何故だ、何故俺が追い詰められているんだ。彼女にレスバで負けるなんて、あっていいはずがない。
「これはもう、にゃーんちゃん派の勝ちでいいわね……ふふっ、今日は祝杯ね」
「…………て…………こ………う」
ステイ・クールだ。ここは一旦落ち着かなければならない。何事もどんな状況でも冷静沈着に。
俺は深呼吸することすらせず、腹の底からの咆哮を上げる。
「やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」
無理でした。
基本的に女の子に対しては真摯に生きていきたいと考えている俺だが、ここまで煽られては男が廃る。
周りのお客さんが何だ何だと俺達に目を向け、あぁ何時もの事かと目を反らす。慣れられてるってのも悲しいぜ。
俺は机の上に置かれていたチケット二枚とチラシを手に取り、持っていたカバンの中にしまう。完全に勢いだけで動いちゃってるけど、もう仕方ない。このまま行けるとこまで行っちゃおう。
「この俺がにゃーんちゃん堕ち? する訳ないじゃあ無いですか! 今に見ててください! 猫カフェのレビューも込みで完璧に行って見せようじゃありませんか!」
「……やはり、貴方は乗ってくると思ったわ。それでこそ私の見込んだ宿敵よ」
これ、猫カフェ行く行かないの話なんだぜ?
何故か俺達の頭身が二頭身位になっている気がする。成程? 今日から二、三話くらいそんな予定な気がするよ?
冷静な頭が疑問を呈していたが、あえてフル無視。今日はそんな感じのテンションで大丈夫。
「お、お待たせ……二人とも、何大声出してるの……」
こんな俺達に話しかけてくるのは、およそ二十人くらいしか居ない。この声を聞き間違えるなどありえない。
俺は勢いよく立ち上がり、テーブルの近くにやって来ていたギターケースを背負った我が恋人、美竹の蘭さんの手を掴む。
「蘭っ! 俺と一緒に猫カフェに行ってくれ!」
「……友希那さん? 一体何吹き込んだんですか?」
「私は悪くないわよ」
次回。
美竹 蘭、堕ちる。
ご閲覧ありがとうございます。今回のためだけに猫カフェについて滅茶苦茶調べました。行ってみたいけど、このご時世だと行けないのが悲しい。
感想、評価、お気に入り登録等お待ちしております。
それでは、また次回。
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猫カフェと赤メッシュ 中編
猫カフェ、中編です。
猫カフェ。
それはお店の中に居る猫たちと触れ合うことが出来る店。保護団体や保護活動を行う個人が迷子になった猫や捨て猫などを保護し、里親を見つける活動を行う場合もある。 一般的には、通常のカフェに数匹の猫が放し飼いにされており、利用者はそこで飲食したり猫とふれあって時間を過ごす。
店によっては男性客のみでの入店を断っている所もあるらしく、これは出会い目的の客の入店を防ぐ目的のため……というのは、ネットの情報。いいよねネット。例えるなら深さ十センチ、広さ太平洋といった感じだ。伝わってくれ。
今回俺と蘭が向かう猫カフェは、オープンしたばかりということもあって中々繁盛しているようだ。
「何回でも言うんだけどさ、亮って時々暴走するよね。今回なんて友希那さんの口車に完全に乗せられちゃってるじゃん」
「それはもう大変申し訳ないと思っているが、蘭には言われたくない」
「あたし、そんなに暴走してる?」
「してるしてる。ついこの前も市ヶ谷さんや若宮さんの前で……」
「……してるね」
これまでの俺と蘭の日常を知っている人ならば、俺と蘭がどれだけ暴走してきたかを嫌という程見てきただろう。
ファミレスで蘭が覚醒し、やまぶきベーカリーでメロンパン蘭に萌え、顔面落書き状態で街を爆走し、一瞬の内に横浜にワープし、親父さんは猫耳カチューシャ。
凡そ暴走していないとは、とてもでは無いが言えないだろう。
そうかなぁ、と腕組みをして考え始める美竹さん。猫カフェに行くということを伝えていたからか、普段はショートパンツなどを好んで履く彼女が、スリムジーンズにTシャツという格好。まだまだ暑いからか、以前親父にやってもらったようなショートポニテで涼しげな雰囲気を醸し出していた。
「ま、今回は外だからあんまり迷惑かけられないけどな」
「いきなり甘やかしたりしないでよ? あたし溶けるよ」
「お前は雪だるまか。ってか、どんな脅しだ……心配しなくても、お前を甘やかすのは二人っきりの時か、身近な人の前でだけだ」
どろっどろに溶かしてやろうかコノヤロウ。俺は世界で一番蘭を溶かすの上手いぞ。だって、蘭を溶かせるのは俺だけだからな。
なんて、色々な意味であまりにも酷すぎる事を考えたが、グッと飲み込む。これから二人で仲良く猫カフェを楽しむのだ。ギスギスしたくなどない。
俺はポケットに入れていたチケットを取り出す。使用期限内であることを確認。
「んじゃ、行くか。いいか? 蘭隊員。今回の目的はあくまでこの猫カフェの調査だ。間違っても猫たちに骨抜きになどされないように。それでは、ミッションを開始する!」
「……いえっさー」
あまりにも冷たい蘭の返事を聞き遂げ、俺は扉のドアノブに手を掛けた。
──一時間後──
「もー、ノイくんってば、くすぐったいって……」
溶けてた。
俺にしか溶かせない存在であるはずの反骨の赤メッシュが、既に溶けていた。
地べたに座った彼女の膝の上には、真っ白でふわふわの毛を持ったにゃーんちゃんが鎮座しており、蘭のお腹に頬ずりしていた。更に、右脚には黒い細身のにゃーんちゃんが、左脚には三毛猫がそれぞれ擦り寄っており、見事ににゃーんちゃんにまみれていた。
頬が緩み、完全ににゃーんちゃんにでれっでれの美竹さん。おいこら反骨の赤メッシュ。俺のなけなしの独占欲返せよ。
「……蘭、お前……そんなにあっさり堕ちるなんて……!」
「いや、亮に言われたくないんだけど。あたしより猫寄ってるじゃん。地の文もにゃーんちゃんになってるし」
「俺は堕ちてない! ってか、地の文言うな!」
にゃーんちゃんがビックリしないよう、小声で叫ぶ。
入店して料金を支払って、腰を下ろした瞬間、いきなりにゃーんちゃん達が襲いかかってきた。
完全に虚をつかれた俺は、そのまま床に仰向けに倒れ込むこととなり、それからまる一時間、にゃーんちゃん達の尻に敷かれ続ける羽目になった。入れ代わり立ち代わり、総勢二十匹。
他のお客さんたち、並びに店員さんたちも爆笑する始末。床が全面カーペットであるとはいえ、そろそろ腰やら背中やらが痛くなってきた。にゃーんちゃんって結構重いのね。
これがわんこに包まれていたのなら、それはもう昇天ものだっただろう。しかし、相手は俺の宿敵にゃーんちゃん。
「堕ちては無いけどさ、負けてるよね。間違いなく猫たちに」
「ぐっ……蘭が冷たい……!」
ごろごろ、と気持ちよさそうに喉を鳴らすにゃーんちゃんを撫でながら冷たく言い放つ蘭は、どこかの悪役のトップに見えた。
なんで悪の組織のトップって、膝ににゃーんちゃん乗っけてるイメージがあるんだろ。サ〇キ様位しか見たことない気がするんだけど。
「ここまで猫に好かれるお客さんは、そうそう居ませんよ? 凄いですね彼氏さん」
蘭が注文していたアイスコーヒーを持ってきた店員さんが、俺の方を見て素直に感心した様子で口にしていた。
「あ、ありがとうございます……そうですね、自慢の彼氏です」
「もうちょっと別の場面で使ってくれんかその台詞。俺が居ない場所とかさ、猫に拘束されていない所でとかさぁ」
尊厳踏みにじられてるんだけど。にゃーんちゃんに。自慢の彼氏。
あ、物理的にも踏みにじられてましたね。いやーはっはっは……泣くぞこら。
なんで敵対宗教の信仰対象に踏みつけられてるんですかね。これちょっとした宗教戦争が勃発するぞ。きのこたけのこ戦争位の規模のが勃発するぞ。
「ふふっ……あ、そうだ。この後ウチにテレビ局が来るんですよ。お昼の情報番組なんですって。写してもらったらどうですか?」
「この姿を全国放映しろと??」
普段はあまり使わない?二連打を決めてしまった。芸術点に加算点だなこれは。
……いやほんと待ってよ。こんな姿芸能人に見られた挙句それを弄られ、その様子がお茶の間に届くんですよね? 絶対ネットの玩具じゃん俺。猫まみれ男参戦! みたいな。
ってか、よくよく考えたら隣にいる女は反骨の赤メッシュじゃん。パスパレやRoseliaほどではないにしろ、かなり有名なガールズバンドのギタボじゃん。
そんなのと休日に二人で出かけてる男? はっはっは、俺死んだなこれ。
「蘭。今すぐこの猫たちを俺の上からどかしてくれ! 生き恥を晒したくない! ってか、美竹蘭に彼氏がいるなんて話になったら、かなりめんどくさい!」
「おじゃましまーす……」
「彩さん、ちゃんと静かにするんですよ? 猫ちゃん達をびっくりさせないように」
急いで俺の上からにゃーんちゃん達を下ろそうとする蘭だったが、どうやらテレビ局の人たちがやって来たようだった。
気のせいだと思いたいのだが、何やらよく聞きなれた女の子の声が聞こえてきた気がする。具体的には、ピンク髪のドジっ娘ボーカルと、普段は眼鏡の機材オタクドラマーの声が。
……あぁ、来るタレントって、あなた達だったんですね……。
段々と近付いてくる足音を聞きながら、この後待ち受けているであろう地獄に向けて覚悟を決め始める。お父さんお母さん、ごめんなさい。あなたの息子は、これからネットの玩具になります。
「それでは、失礼します……あれ、蘭ちゃん? 来てたんだ!」
「……あぁ、彩さんと麻弥さん……こんにちは」
「こんにちはっす! 今日はこのお店の取材に来て……って、その猫の塊はなんなんですか!?」
まんまるお山に彩を、丸山彩。
上から読んでも下から読んでも大和麻弥。
最近人気を博してきたアイドルガールズバンド、Pastel✽Palettesのボーカルとドラムが、俺たちが居るブースへとやって来た。
蘭たちは普段からよく利用しているCiRCLEで会うことも多い。俺はそこまで話したことは無い。
本来であれば、大ファンである若宮イヴが所属しているバンドのメンバーと遭遇したのだ。嬉しいはずなんだ本来は。
「どーも、丸山さん、大和さん。いつぞやお会いした葉加瀬です」
「葉加瀬くん!? どうしてそんなに猫まみれなの!?」
こんな猫まみれ且つ、恋人(それなりの有名人且つ男性ファンも居るバンドのギタボ)と一緒でなければ、の話だが。
次回。
俺、胃に穴が開く。
ご閲覧ありがとうございます。冷静に考えて、亮君ファンに刺されてもおかしくない状況ですよね。人気ガールズバンドのメンバーと知り合いで、しかもそのうちの一人と交際中。厄介拗らせオタクに刺されそう。
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猫カフェと赤メッシュ 後編
猫カフェ編、最終話です。
追記
そういえば、三十話&十万字突破しました。今後ともこの作品をよろしくお願いいたします。
「えっと、こちらの赤メッシュの彼女は、私の友達の美竹蘭ちゃん! ガールズバンドAfterglowのギターボーカルの子なの! 皆よろしくね!」
「……あの、可能であれば俺のことは触れずにいてくれますか?」
「? 君はAfterglowの専属マネージャーでしょ? 関係者だしセーフ!」
「うーん、違いますね。確かにAfterglowのライブには欠かさず行ってますけども」
やはり微妙にズレた認識をしているトチり丸山。俺のことを微妙にずれた目で見ていた。ちらり、とアイドル二人の背後に目を向けると、カメラマンさんや音響さん等のテレビスタッフがそれはもう山ほど。
あの、本当に勘弁してくださいね? 「猫カフェに居た猫まみれの男」程度の扱われ方ならまだいい。「Afterglowのギタボの彼氏」なんて扱われ方したら、俺今後表参道歩けなくなってしまう。俺はまだお天道様の下を大手を振って歩いていたいんだ。
今、俺がどんな表情をしているのかは分からないが、それでもきちんと伝わっていたらしく、やたら甘いものの早食いが得意そうな、髭を蓄え眼鏡を掛けた小太りのディレクター三は笑いながらも頷いてくれた。
「それじゃぁねぇ丸山くんに大和くん。そこの彼はただのマタタビ人間だとでも思って接してくれよ」
「失礼だな? テレビマンおい」
「分かりました! よろしくお願いしますマタタビ人間さん!」
「おうおうピンクツインテールぅ。君は今後も俺と会うことあるんだからねぇ? 言動には気をつけてくださいよぅ」
ただでさえこちとら中々中々のピンチで気が立ってるんだ。あんまりふざけたこと言ってたら俺の至高のボヤキが出るかも知れないぞ。
もうね、セリフの後に拗音付けまくっちゃうよ? そこのアイドル二人より目立っちゃうよ? 今ちょうど頭に居るの凄いくせ毛の黒猫だ、まるであの人みたいな天パに見えるだろう?
「亮さん、本当にすいません……ジブン、精一杯フォローしますから!」
「麻弥さん……! 本当にありがとうございます……!」
「あたし、少し離れたところに居るね」
「蘭、マジでありがとう……後で目一杯甘やかすからな!」
「頑張ってね……ぷふっ、マタタビ人間、さん……っ、くふっ」
「今から俺泣くぞ? 高校生の男が大泣きするところ見せてやるからな?」
笑いをこらえながら話そうとする蘭可愛い。
……じゃねぇんだよ。なにマタタビ人間にツボってるんだよ。あれか? 自分にとって俺がマタタビみたいな存在だから納得しちゃったみたいな感じか? 自分で言っててキモイなこれ。
おろおろと、困惑した様子で俺から離れていく蘭と、寝転がる俺と、やけに張り切っている彩さんとをかわりばんこに見る麻弥さん。これは彼女の心労が心配だ。今度若宮さんに麻弥さんを癒してもらおう言っておこう。
「それじゃあ、入るところからやり直そっか。丸山くん、大和くん、頼むよ? 絶対にマタタビ人間くんのことは美竹さんの彼氏とか言っちゃだめだからね? 絶対言うなよ? ほんとに言うなよ?」
「分かりました!」
「頑張るっス!」
とくせい:はりきり
じぶんの こうげきが たかくなるが めいちゅうりつが さがる。
とくせい:ぶきよう
もっている どうぐを つかうことが できない。
とくせい:こんじょう
じょうたい いじょうに なると こんじょうを だして こうげきが あがる。
嫌な予感しかしないんだけど。はりきりキッスとはりきりパッチラゴンとか、はりきりアイアントとか、出てくるだけで蕁麻疹ものだ。
今俺の目の前には、とくせいはりきり、ぶきよう、夢特性こんじょうの丸山彩が居る。絶対なんかやる。確実にやらかす。もう想像が容易だもん。ってか、丸山彩(アイドルポケモン)、さては攻撃高いな?
「それじゃ……ハイ、キュー!」
ディレクターさん、手がカメラに被ってまっせ。
なんてツッコミ入れようかとも思ったが、本番中なので静かに様子を伺う。一旦部屋の外に出ていたアイドル二人が、キャッキャうふふと中に入ってくる。
「わぁ! 可愛らしい猫さんが沢山います!」
「彩さん、猫カフェ内では静かに……って、なんなんすかあの猫の山は!?」
まるで初めて俺の今の惨状を見たかのようなリアクション。流石腐っても芸能人(超失礼)。その辺確かに鍛えられてる。千聖さんの苦労が身を結んでる。
盛大、しかしにゃーんちゃん達がびっくりしないギリギリの音量で叫び、俺の方を見る麻弥さん。つられて彩さんも俺……というか猫の山を見る。
「あ! Afterglowの専属マネージャーでギタボの美竹 蘭ちゃんの幼稚園からの幼馴染で彼氏さんの葉加瀬 亮さんだ!」
「丸山ぁ!!」
思わず今までにない音量で叫んでしまう。それでも退かないにゃーんちゃん達。君たち誰かに指示されてやってるな? さては。
遠くで蘭が爆笑している笑い声が聞こえ、ディレクターさんが絶対カメラが音拾ってるよねってくらい大声で笑い、麻弥さんがありえないものを見るような目で彩さんを見て、等の本人はきょとんと首を傾げていた。
「え? さっきのディレクターさんのあれって、そういうフリだよね? 三回繰り返した訳だし」
「ダチョウさんたちじゃあ無いんだからさぁ! 一般人相手なんだから考えろよこの脳内までピンクちゃん! ってか、情報の半分が間違ってるんだよ! 情報番組なんだからせめて情報くらいは正しく伝えやがれ!」
「いやぁ、やっぱり期待を裏切らないねぇ、丸山くんは! どぅおははははは!」
「あんたは笑うんじゃねぇ! お昼の情報番組なんだろ?これ。 どこぞのローカル深夜番組じゃねぇんだからさぁ!」
ブチギレである。もう大人相手とかにゃーんちゃんいるとか関係ない。これが横暴だと噂のテレビ局のやり方か。
蘭は、ローテーブルに突っ伏して笑っている。あんなに爆笑している蘭は久しぶりに見たかもしれない。それだけだ今のこの状況で良かったことなんて。
「とにかく! 俺はたまたま猫カフェにいたただの一般マタタビ! いいな!?」
「わ、分かりました、マタタビさん!」
「ついに人間であることを諦めた!?」
ちなみに余談だが、俺はこの日の出来事を「人生最悪クラスに酷い目に合った」と評価するのだった。
──一週間後──
「あの番組見たわよ。リサが教えてくれた」
「」
人って、本気で驚くと喋れなくなるんだね。
いつも通りのCiRCLE。何故か勝ち誇った様子の湊さん。嫌な予感がしながらも促されるままに席に付いたところ、彼女が見せてきたスマホ画面。
そこには、直撮りされたテレビの画面が映っており、そこには先日オンエアされた例の情報番組。
彩さんと、麻弥さんと、マタタビ人間と、遠くに蘭。
『えっと……あなたは?』
『マタタビです』
『……ね、猫に好かれやすいんですね!』
『そうですね。友人に見せてやりたいくらいですよ』
度重なるリテイクに付き合わされ、完全にメンタルがぶっ壊れた俺が壊れたラジオのように同じ言葉をうわごとのように呟いていた。
オンエア当日は恐怖のあまり一切の情報を遮断し、そのまましばらくSNSを目にしなかった俺。目を逸らし続けてきた代償がやって来た瞬間だった。
「……昨日トレンド入りしていた『マタタビ人間』ってあなたのことだったのね……その、気を落とさないで?」
「……俺は大丈夫です……致命傷で済みましたから……」
「死んでるわよねそれ」
即死してないからセーフだ。まだ一番の飛んでも情報である蘭との関係は一切ノータッチだ。それが唯一の救いだ。
ちなみに、ちゃっかり出演した蘭はしっかりとコメントを残していた。自分たちのライブの宣伝をしないあたりが解釈一致だ。
普段は俺のことを敵役と認定し、煽りまくってくる湊さんも、この時ばかりは慰めてくれるようだった。泣けるぜ。
「……で、どうやったら私もマタタビ人間になれるのかしら?」
「知らねぇよ……知らねぇよぉ……!」
涙返せ。
結局、湊さんはどこまで行っても俺の敵役だと思い知らされた俺は、がっくりと項垂れるしかなかった。
その後、二週連続で蘭に慰めてもらうために美竹家へと足を運んだ。あんなに俺のことを慰めてくれる蘭は、この十年で初めてでした。
ご閲覧ありがとうございます。多分蘭ちゃんは自分から積極的に宣伝とかはしないと思うんですよね。
感想、評価、お気に入り登録等してくれると、資格試験の勉強頑張れます。
それでは、また次回。
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ファンの鏡と凄くない俺と赤メッシュ
今までとはちょっとテイストの違う回です。
追記
今見たら、謎に「前編」って付いてました。前編でないです。ごめんなさい。
さて、Afterglowと言えば知る人ぞ知るガールズバンド。幼馴染五人組のコンビネーションは非常にレベルが高く、最近は個々の技術もついてきたこともあり、着実に人気が付いてきた。
当然、CiRCLEでのライブには毎回沢山のお客さんが入る。グッズもかなりの個数販売されており、お客さんはそのグッズを身に着けライブに参戦する。
そんな中、俺はというとライブ会場の最後方……入り口のドアの側で、腕組みして立っている。後方腕組み彼氏面、ってやつだ。
今のところ、彼女らのライブは全通を記録している。チケットに関しては、蘭を始め幼馴染の皆が融通しようとしてくれたが、きちんと自分の金で払うと断ってきた。グッズもしっかり買っており、親父の店にポスターまで張る始末。
つまるところ、俺はAfterglowの大ファンと言っても差支えないだろう。好きな曲はON YOUR MARK。
「なるほど。今度のライブのために最近練習が増えたAfterglowの皆さんと会えていないと!」
「俺が一人で羽沢珈琲店に来ている理由を大声で言わなくていい」
一人寂しく休日にコーヒーを嗜んでいると、その様子だけ見たバイト中の若宮さんが的確に当ててきた。いい洞察力してんね。いやぁ、眼福眼福。
若宮さんの言う通り、今日Afterglowの面々は音合わせ。厳密には部外者である俺が彼女らの練習に居合わせてもいいことなんてない。後三時間くらいしたら差し入れでも持っていこうかな、という感じで羽沢珈琲店で勉強しながら暇つぶししていた。机の上には最近苦戦中の英語の参考書が開かれていた。あいわなびー。
フィンランドの公用語ってスウェーデン語だっけ? 英語得意だったりしないかな若宮さん。もしそうならアイドルの手も借りたい。
「しかし、ちょっと意外デス。リョウさん、ランさんの事大好きですから、てっきりAfterglowの付き人をやっているものと!」
「あぁ……よく言われる。ただまぁ……Afterglowはあいつらの五人の看板だしな。あまり活動の根本に関わるようなことはしないって決めてるんだ」
あいつら五人なら、大抵のことは乗り越えられるであろう、という信頼から来るこの行動。差し入れくらいはするが、彼女らの守りたい『いつも通り』は彼女ら自身で守るべきだろう。
あの場所は、蘭たちが必死に守り抜こうと必死になって作り上げたものだ。俺がそう易々と関わっていいものではない。
「なるほど……ブシドーですね!」
「ごめん、若宮さん。俺あなたのファンやってそこそこ経つけど、未だにブシドーの意味分かんないんだ」
「ブシドーは、ブシドーです!」
「……あ、はい」
諦めます、理解するの。
これはどれだけ聞いても無駄だな、と理解したところで、からんころん、とドアベルが鳴る。
ちらりと入口の方を見てみると、ガテン系のあんちゃんが二人。方や見てわかるほど落ち込んでいる茶髪の天パ、方やそんなあんちゃんを心配そうな目で見つめている金髪さん。
なにやら、ただ事ではないらしい。
……というか、この人たちどっかで見たことがあるような。
「いらっしゃいませー! 御二方ですか?」
「あぁ……うん、そだよ……」
茶髪のあんちゃん、イカつい見た目からは想像も出来ないような小さな声。これは失恋か、はたまたクビが。なんにせよ、人生における重大な出来事が起きた時のような面立ちだ。
若宮さんはそんな彼らに対して、少し表情を暗くしながらも席に案内する。ちょうど俺の後ろの二人がけの席だ。
これだけ近いと、当然二人の会話も聞こえてくる。
「……なぁ、ホントに良かったのか?」
「……いいんだ」
哀愁漂う店内。人がほぼ居ないため、彼らのただならぬ雰囲気が、店中に広がる。
お昼前のカフェで漂っていい雰囲気ではない。夜のバーとかの方が似合うやつだ多分。行ったことないけど。
彼らに悟られぬよう、勉強しているふりをしながら彼らの話に耳を傾ける。
「俺達は、もう何回もAfterglowのライブを見てきた。まだ人があまり入ってない時から、最近の満員御礼まで全部知ってる。だけど……あの子にとっては初めてのライブだ。俺達大人が、夢壊すなんて出来ねぇよ」
思い出したわ。
この人たち、ほぼ毎回と言っていいほどAfterglowのライブに来る古参ファンの二人だ。
俺のような男子高校生はともかく、彼らのような成人済みの男性の客というのは中々おらず、その見た目もあってAfterglowファンの中では割と有名人。Afterglow内で不和が起きていた時も、遠くで行われたライブにも必ず来て、必ずグッズを買っていた。
どうやら、茶髪のあんちゃんが次回のライブチケットを誰かに譲った模様。カッコつけたが、きっちりとダメージは受けていたらしい。
そんな茶髪のあんちゃんを見ていた金髪のあんちゃんは、一つため息。
「……俺も、今回のチケットは誰かに譲るわ」
「三上……お前……」
「お前ばっかり良いカッコさせんのは癪だからな。それより、Afterglowの良さを広める方が良いっしょ」
「……すまない」
「謝るこたないさ。今回の俺たちは、きっとそーゆー役回りだったんだよ」
口では笑って見せているものの、確か伝わる未練。それを必死に押し殺し、友情を大切にした金髪のあんちゃん。
毎回心の底から楽しみにしていたライブチケットを、初めてライブに参加するという人に譲って見せた茶髪のあんちゃん。
あまりにも人間ができている。自分さえよければそれでいい、という人間が数多くいる中、他人の事を考えて自己犠牲出来る彼らは、どれほど人間として上等か。
それこそ、俺なんかより、もっと、ずっと。
なのに、このままでは彼らが報われないというのは、あまりにも可哀想じゃないか。
居てもたってもいられなくなった俺は、気がついたら椅子から立ち上がり、彼らのテーブルの前に立っていた。
「君は……もしかして、Afterglowのライブには必ず参加し、毎回最後方で壁に持たれながら腕組みしている『後方腕組み彼氏』くん!?」
「分かりやすい説明口調ありがとうございます。まぁ、そうですよ」
「そうか……坊主が俺達になんのようだ? 参加できなくなった俺達を笑いに来たのか?」
「……これあげます。お金はいりません。若宮さん、お会計お願い」
俺は机の上に財布に入れてあった次回のAfterglowのライブのチケットを置き、そのまま若宮さんに声をかける。
俺の有無を言わせぬ雰囲気に若宮さんは面食らいながらも、俺の意図を察してくれたのかそのまま伝票を受け取ってくれた。
いつも通りコーヒーとケーキのセット商品、いつも通りの金額をトレーの上に置いて立ち去ろうとしたところ、慌てて席から立った二人が俺の前に立ちはだかる。
「坊主、待てって! 受け取れねぇよこんなもん! 坊主だって次のライブ楽しみにしてたんだろ?」
「それは御二方もでしょう? ……アイツらのすげぇ所、色んな人に見て欲しいんですよ」
Afterglowが凄いってことは、俺はよく知っている。なんてったって十年以上の付き合いだからだ。
彼女らが凄いってことを、必死に頑張ってるってことを沢山の人に知って欲しい。それが俺の願いだ。
そんな俺の願いを、正しく叶えてくれたのが応援してくれるファンの人達。そんな彼らに対して、俺ができるのはこの程度。
あいつらみたいに、
「じゃ、ライブは来週の日曜ですから。楽しんで下さいね」
俺はそう言い残して、立ちはだかった二人の間を抜けて店内から逃げるように立ち去る。
いいことした、という自己満足による気持ちよさは欠片もなく、ただただ自己嫌悪に苛まれている俺は、そこから脇目も振らずに自宅へと帰るのだった。
ご閲覧ありがとうございます。自分の周りに凄いやつがいっぱい居ると、自己嫌悪にも陥りますよね。
感想、評価、お気に入り登録等してくれると、スマブラ参戦キャラが2Bになります。
それでは、また次回。
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へにゃへにゃになってる赤メッシュ
頑張れ、明日からのボク。
あ、前回間違えて「前編」ってつけちゃったけど、間違いでした。間際らしいことしちゃってごめんなさい。
Afterglowの作詞は、基本的に蘭が担当している。新曲の話がバンド内で出た時だけでなく、日常的にノートを広げてうんうん頭を悩ませている。噂によれば、授業をサボって屋上で考えることもあるとか。そんなんだから不良少女って言われるんだぞ。
蘭が作詞している姿は、傍から見ていて非常に面白い。アイデアが出なくなると部屋中をウロウロしだしたり、突然和服に着替えて花を生け始めたり、突然ギターをかき鳴らし始めたり。
俺はよく分からないが、やはり無から一を生み出すのは大変なのだろう。みんなもオリジナルの作品を生み出している人間は褒めてあげような。
そう。褒めてあげような。
「亮……あたしやっぱりダメかも……」
「だーいじょうぶだって。お前がダメじゃないのは俺がよぉーく知ってるから」
さもないと、こんな感じでへにゃへにゃになってしまう。
次のライブへ向けた新曲制作の真っ只中。蘭ちゃん、いつも以上に苦戦していると幼馴染たちから聞いてはいたものの、どうやら俺の想像以上に追い詰められていたらしく、部屋に入った時、蘭はベットの上で三転倒立していた。写真を撮るのは忘れなかった。こんな姿、Afterglowファンが見たら発狂モノだろうな。
今蘭は、いつも通り胡坐した俺の上でだいしゅきホールド。彼女の背中をぽんぽんと撫でつつ、ゆらゆら揺れす。
どうでもいいけど、『だいしゅきホールド』って名前を一番最初に発明した人は天才だと思うんだよね。天才は居る。悔しいが。
「しかし、あれだろ? 今回は普段みたいに感情のぐわぁって奴が無い状態での作曲なんだろ? それで苦しんでる……と」
「そう……なんか、書けないんだよね……」
蘭はどちらかというとその時々の感情を書き殴るタイプの作詞スタイル。つまるところ、感情の起伏が無いとびっくりするくらい筆が動かない。
皆も『Y.O.L.O!!!!!』は聴いただろう? あれがマジでいい例。蘭の感情が正にしろ負にしろ、振り切れていた方がいい曲が書ける。今現在、蘭はそんなに振り切れてない。むしろ幸せと青春謳歌中。精神衛生上は良いが、クリエイターとしては死活問題。
ひまりから『感情ぐちゃぐちゃにしてきて!』と言われたが、どうやってぐちゃぐちゃにすればいいのか。
「なぁ、蘭。お前ちゃんとインプットしてるか? 曲聞くなり映画見るなり……アウトプットしすぎてなんかが不足してないか?」
昔どこかで聞いたことがある。クリエイターの方々はアウトプットする量をはるかに上回るほどのインプットをしていると。若かりし頃はただひたすらにアウトプットし続けて、枯れて、スランプにまで陥ってしまったとそのクリエイターは語っていた。
最近、蘭が何かの作品に触れている所をあまり見ない。かなり枯渇しているのでは無いだろうか? 何かは知らないけど。
「……確かに、最近上がった曲しか聞いてない……」
「ほらぁ」
俺の肩に顎を乗せていた蘭が、顔を上げる。その表情は腑に落ちたのか、先程までのしわくちゃピカチュウみたいな顔から一変。天啓を受けたかのような明るい表情。
しかめっ面も可愛いが、やはり蘭には暗い表情よりも明るい表情の方が可愛い。
よし、とりあえず第一段階突破。スランプに陥り始めている人間って、大体負のスパイラルに入っちゃってるからな。一発好転させる方向に持っていくことができれば、かなりやりやすい。
後は蘭に色んな曲聞かせたり、映画見たりすればどうとでもなるだろう。
勝ったぜ。
「それじゃ、手始めになんか他のバンドの曲聞こうぜ? AtoZあたりどうだ?」
「それ、完全に亮の趣味じゃん……」
スマホの音楽アプリでも購入し、初回限定版CDに通常版も三枚購入済み。俺の部屋の若宮イヴゾーンは着実に拡大していた。それの三倍以上のAfterglowゾーンもあるよ。
蘭にばれたら殺されるんじゃないかと、最初はこそこそと隠れてグッズを集めていたが、あっさりとバレた。
が、『その程度いいじゃない。むしろ隠されてる方がやだ』と言われてしまったので、しっかり飾ることにした。毎日恋人と推しの顔を見て目が覚める一日は中々素晴らしいぞ?
「こんなこと言うのもあれだけどさ、AtoZ聞いて何かアイデア浮かぶと思う? アフグロと曲調全く違うじゃん」
「それもそうだなぁ……」
蘭が電波系ソングを歌う世界線。もしかしたらどこかには存在するのかもしれない。見てみたくない? 蘭が曖昧三センチとかノリノリで歌う姿。
さて、却下されたとなると何がいいだろうか。ルミナス? きゅ~まい? ゼッタイ? しゅわりん? TITLE IDOL? ぎゅっDAYS?
どれを掛けようかとプレイリストを眺めていると、こんこん優しくノックされる扉。
一瞬でセパレートした俺と蘭は、ローテーブルを挟んで二人で正座。机の上に広げっぱなしになっていた勉強道具に向かう。
その状態で、蘭は入室を許可する。この間僅か二秒。
「おお、蘭。それに亮君。ちょっと息抜きしないか? レンタルビデオ屋で映画借りてきたんだが」
「親父さん……プライ〇会員ならまずはプラ〇ムビデオ見ましょうよ……」
入ってきたのは、最早淳レギュラーと言っても過言ではない、蘭の親父さん。手には大手のレンタルビデオ屋のレジ袋。
この親父さん、最近Amaz〇nの月額会員になった親父さん。未だに使いこなせてない模様だった。
最初は怪訝そうに親父さんを見ていた蘭だったが、いいタイミングだったことに変わりはない。
「……分かった。丁度いいとこまで進んだし」
「……! そ、そうか! それじゃあ、先に行ってるな!」
久しぶりに蘭と映画を見れて嬉しい親父さん、まるでお預けされていた餌を与えられた子犬のように表情を明るくさせていた。
最近、親父さんが蘭との距離を詰める努力をしている。涙ぐましいものがあるが、そのどれもが若干斜め上だったりしてきた。しかし今回は、タイミングが良かったこともあり、上手くいきそうだった。
うっきうきで部屋から出て行った親父さんを見送った後、生暖かい目で蘭を見つめる。
「……何」
「いやぁ、何も?」
蘭から若干冷たい目で見られたが、親父さんと蘭が仲いいと、俺も嬉しい。ゆくゆくは二人とも幼かったころのように素直に話せるようになれればいいなぁ、と思いながら、親父さんが待っているであろう部屋に向かうため立ち上がった。
────三十分後────
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「なああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「ぐえぇ……ぶだりども、ぐるじい……っ!!」
画面一杯に映し出される、アイスホッケーの面を被り右手に斧を持った大男。最早説明不要のホラー映画界のカリスマ、ジャイソンさんである。
そう、このくそざこ親父が借りてきた映画というのが、あの有名な『十二日の木曜日』。何作もシリーズが公開されている名作だ。
なんでこの人はそんな映画借りてきたんだよ。せめて今話題の無限列車にしとけよ。色んな意味で丸く収まったろうが。俺の心の中の彼もよもやよもや言ってるよ。
蘭と親父さんに挟まれた俺は、二人から飛びつかれて腹やら胸やら首やらが完全に締め付けられていた。蘭はいい、親父さんはガチでやめろ。
まだ三十分だぞ。こんな調子で持つのか。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
「だあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」
「うごぉ……っ! じ、じぬ……! じぬっで……!!」
かくして、三人にとって色々な意味での地獄が、あと一時間続くことになった。
余談だが、今回の顛末と後の『6番目のAfterglow』騒動、その二つの経験から生み出された曲があの『Hey-day
ご閲覧ありがとうございます。カプリチオ好きな人かなり多いと思うんですよ。それだけです、今回の話の作成秘話。
感想、評価、お気に入り登録してくれると、資格試験を八割で突破します(応援してください)。
それでは、また次回。
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ハロウィンと親父と赤メッシュ
無いっすね。ごめん。
あと、親父さんファンの皆様。本当にごめんなさい。
「……」
「……」
「……」
「……」
…………。
「「……………………………………」」
この始まり方ということは、ここは美竹家客間。相も変わらず目の前には正座した蘭の親父さん。二回連続出演である。
ここ最近、蘭への絡みが積極的になってきている。蘭もそこはひしひしと感じているのか、『前とは別の意味で話しにくい』と愚痴をこぼしていた。親父さん、やっぱり思春期の女の子相手は厳しいですって。
どーせ今回もろくでもないこと考えてんだろうなぁ……なんてことを考えながら、先ほどから俯いている親父さんの頭のつむじを見つめる。うちの親父と比べて、まだまだ毛量しっかりだ。
「……時に、亮君。明日は何日だ?」
「え? 明日は……十月三十一日ですね」
「……なんの日だい?」
「……なんかのソシャゲのガチャ更新日で、スマ〇ラ大規模オフ大会のDAY2、ですね」
みんなも一回でいいからeスポーツの試合を観戦して見てほしい。なにかに真剣に打ち込む人はめちゃくちゃかっこいいよ。今日の試合もめちゃくちゃ面白かった。
無論、そんな話を親父さんが聞いている訳では無い事は理解している。親父さんは溜まって首を横に振る。
「いや……明日は、ハロウィンとかいうものらしいじゃないか」
「あぁ……帰りますね」
立ち上がろうとする俺。そんな俺の肩をガッと掴み、逃がさない親父さん。
意外と力強い親父さんに掴まれては、俺はどうしようもない。大人しく正座し直す。
もうね、やな予感しかしないのよ。絶対勘違いしてんだよこの人。先に言っとくけど、ハロウィンはコスプレイベントじゃねぇからな?
「で、だ。ハロウィンと言うのは、何やら奇抜な格好をして街に繰り出し善良な市民から金銭を巻き上げる行事だと聞いたのだが」
「ンなもんが流行ってたまりますか」
想像以上に酷い勘違いしてた。ただの蛮族じゃねぇかそれ。確かに中には蛮族と変わらない行動している輩も居るけども。
俺はため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪え、親父さんにきちんとハロウィンの説明をする。あれって本来は豊穣を祝い先祖の霊を迎えて悪霊を追い払う、日本で言う盆みたいなもんなんだぜ?
「なるほど……それは重要な行事だ」
「まぁ、盆ですからね」
「では、本来はコスプレイベントではないと?」
「違いますね。日本ではコスプレイベントになっちゃってますけど」
いやまぁ良いんだけどね? 蘭のコスプレ姿見れるのであれば、俺は全てを賭けられる。多分してくれないけどさ。この前のネコミミイヌミミカチューシャが例外だっただけで。
親父さんは納得した様子で頷いていたが、どこか残念そうというか、失望した様子でため息を吐く。
「そうか……せっかくコスプレセット用意したのだがな……」
「親父さん……ネコミミカチューシャペアルック事件、忘れたわけじゃないですよね?」
「もちろん。今回は反省して、きちんと私に似合うコスプレグッズを買ってきた」
「そういうことじゃないんですってば!」
コスプレをやめろと言っているのだコスプレを。なんだ、最近のマイブーム? 彼女の父親のマイブームコスプレ? ホントにヤなんだけど。
ちょっと待ってなさい、言い残したかと思うと、親父さんは立ち上がって何処かへと立ち去ってしまった。
一人残された、俺。今日蘭はバンド練習、お袋さんは買い物。この家に、俺が助けを求められる人間は誰も居ない。
「……帰って良いかなぁ」
愚痴をこぼしてみるものの、拾ってくれる人はどこにも居ない。これで親父さんが帰ってきて誰も居なかったら、あの人しょげちゃうんだろうな。
ただでさえ娘の蘭に冷たくされてるんだ。将来の義息子の俺くらいは優しくしてあげよう……って事にしておこう。
「コスプレ、ねぇ……今度はなんだ? 親父さん割とガタイいいし、吸血鬼とか似合いそうだな……フランケンシュタインは、流石にサイズが足りないか」
待ってる間暇なので、俺は親父さんのコスプレ予想を始めた。脳内親父さんに、様々なコスプレ衣装を着せていく。
……これ、中年男性相手で想像するもんじゃないな。なんで蘭でやってねぇんだ俺。
『亮くん、待たせたね』
馬鹿な妄想をして顔を顰めていると、閉められた襖の向こうから親父さんのくぐもった声が聞こえてきた。襖越しだから、という訳ではなく、どうやら何かしらの被り物をしているようだ。
…………ハロウィンコスプレで、被り物?
物凄く嫌な予感がする。しかし、相手は最近漸くインターネットに触れ始めた華道家。
そんな訳ないだろう、と願う俺をよそに、彼は襖を勢いよく開けて入ってきた。
『亮くん、どうかな? 最近若い子達の間で流行していると聞いたのだが』
「…………」
絶句する俺と、得意げな親父さん。顔見えないけど。
自信満々に仁王立ちするのは、ハロウィン定番と言っても過言でもない顔の形に穴が空いたカボチャのお面を付け、真っ黒の全身タイツに身を包んだ不審者。
若者に人気なんちゃう。オタクに人気なだけや。
「親父さん……まさかと思いますけど、それでダンスとか踊りませんよね?」
『え? 一応練習したが?』
「今すぐ全部忘れて下さい!」
本当に、本当になんなんだこの親父。間違いなくインターネットの間違った使い方をしている。
想像してみ? コスプレした父親が連邦に反省を促すダンス踊ってるとこ。少なくとも俺なら縁を切る。
ってか、全身タイツにカボチャの面だけでも絶交ものだよ。どっからどう見てもただの変質者だよ。
「とにかく! それはハロウィンのコスプレとしてはあまりにも相応しくないので今すぐ着替えてください! 初心者の親父さんにはカボチャのお面だけでも十分ですから、せめて全身タイツは脱げ!」
『そ、そうか……簡単そうだから、良いかと思ったのだがな……』
俺の形相に気圧された親父さんは、少ししょんぼりとしながら着替えに戻ろうとした。
しかし、そのタイミングで開かれる入口の扉。
「亮? 父さん? 今度は何変なこと、し、て……」
「親父さん、おじゃまし、ま、す……」
デジャブ、とはこの事だろう。開かれた廊下側の襖から客間を覗き込む、蘭と巴。
さて、状況を確認しよう。現在部屋の中には、正座した俺と、全身タイツにカボチャの面の親父さん。
誰がどう見たって、事件だよね。
「っ、亮!」
「おい強盗! 亮から離れろっ!!」
どこからか剣山を取り出し、俺を庇うように近寄る蘭。
バチを両手にそれぞれ一本ずつ構え、俺と強盗(親父さん)の間に立ふさがる巴。
俺嬉しいよ。幼馴染達が逞しく成長してくれて。
俺悲しいよ。親父さんに初孫見せることが出来なくて。
『ま、待て二人とも! 私だ! 蘭の父だ!』
「父さんはそんな奇抜な格好しない!」
「蘭の親父さんはもっと真面目で、そんなふざけた格好しない!」
『落ち着け! 証拠を見せ……あれ、脱げない!? くっ、これどうやって取るんだ!?』
必死にかぼちゃのお面を外そうとするが、なかなか外れず焦る親父さん。呪われた装備かな、あのお面。
目の前で慌ただしく変化していく状況を、俺はのんびりと見守る。
『りょ、亮くん! 蘭たちに説明してくれ!』
「…………さーて、俺ちょっとトイレ。かれこれ一時間くらい我慢してたんだよね」
『亮くん!?』
「行ってきていいぞ! ここはあたし達が何とかするから!」
「アタシ達にかかれば、強盗の一人や二人なんてことないさ!」
もうなんか全部面倒くさくなった俺は、勢いよく立ち上がりその部屋を後にする。蘭と巴の声を背に受け、俺は軽い足取りでトイレへと向かう。
きっと親父さん、お面の下ですっごい絶望した顔してるんだろうなぁ。
『りょ、りょうくうううううううううううううううううううううう…………』
親父さんの断末魔が、美竹家に響いた。
次の日、俺は蘭達とハロウィンを心の底から楽しんだ。しかし、そこに親父さんの姿は無かった。
後に、親父さんにはありとあらゆるSNSと動画投稿サイトの使用が禁止され、俺主催のインターネット講座が開催されることとなった。なんでまた俺巻き込まれてるんだ?
ご閲覧ありがとうございます。一度見たら忘れられないものランキング第一位、連邦に反省を促すダンス。忘れられないままこの話書いてました。そろそろ親父さんファンに殺される気がする。
感想、評価、お気に入り登録等して下さると、部屋の片付けが捗ります。
それでは、また次回。
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一周年記念日と赤メッシュ
それでは、二年目もどうぞよろしくお願いします。
諸君、私は美竹蘭が好きだ。
諸君、私は美竹蘭が好きだ。
諸君、私は美竹蘭が大好きだ。
仕草が好きだ。
性格だ好きだ。
顔が好きだ。
センスが好きだ。
歌声が好きだ。
笑顔が好きだ。
怒り顔が好きだ。
泣き顔が好きだ。
キス顔が好きだ。
街中で、自室で、蘭の部屋で、CiRCLEで、羽沢珈琲店で、やまぶきベーカリーで、カフェテリアで、ショッピングモールで、江戸川楽器店で、流星堂で。
この地上で見ることが出来るありとあらゆる美竹蘭が大好きだ。
……とまぁ、どこぞの少佐の演説みたいにもっと長々と語っても誰にも文句は言わせないが、話が進まないのでこの辺りで。いつかフルで言ってみたいが。
もう誰にとっても当たり前すぎてスルーされがちなのだが、俺は美竹蘭のことが世界中の誰よりも大好きであり、将来的には同じ墓に入ることまで考えている仲だ。結婚なんて序の口、この人生全てをあいつの隣で生きていくつもりだ。
そんな俺と蘭が恋人としての付き合いを始めたのが、今からちょうど一年前。日付の前後も時間の前後もなんにもない、正しくちょうど一年前。
そう。今日は蘭との一周年記念日である。
そんな一周年記念。何故か知っていた(いやホントなんでだよ)俺たちの両親が、今日は祝いだ! とか何とか言い出して、あれよあれよという間に俺と蘭のお泊まり会が決行された。
唯一難色を示していた蘭の親父さんだったが、うちの親父の「なんかあったらうちの息子を生け花にしていいですから」という一言で、渋々頷いていた。いや、人間を生け花にしようとするんじゃないよ。美竹家ではそんなことも学ぶんすか。
さて、そんなこんなのお泊まり会 in 葉加瀬家。
うん、ごめん。めちゃくちゃ期待してたし、滅茶苦茶舞い上がってた。いや、俺、男の子。男子高校生。股間と脳みそが直列接続してるなんて巷で噂の男子高校生だ。そりゃあ色々と揃えるもん揃えたし、爪も三日前ほどから切って馴染ませておいたし、部屋の掃除もこれ以上ないほど完璧に仕上げ、前々からひまりが推していた恋愛映画も準備しておいた。
そんな、一周年。
「……すぅ……すぅ……」
「……寝てますねぇ」
一周年記念日。お泊まり会。恋人同士。何も起きないってことある??
そうです。反骨の赤メッシュ、彼氏のベッドの上でおやすみグッナイである。スヤスヤで草、てこんな時に使えばいいのだろうか。いや笑えないけどね? なるほど、これが生殺しとかいうやつですか。確かにこれは非常に、辛い。風呂に入っている間脳内におっさんオールスターを召喚してステテコダンス踊って貰ったのに意味がない。
そういえば、次のライブも近いとか言ってたっけ。最近勉強も頑張ってるって言ってたし、疲れが溜まってたんだろうな。
俺は持っていた飲み物が入ったペットボトルを学習机に置き、そっとベッドに腰かけて愛しの彼女の寝顔を覗き込む。
無防備、という他ないだろう。まるで自分の部屋で寝ているかのように安心しきった表情を浮かべている彼女。うつ伏せになって俺の枕に顔を埋めており、ほっぺがぷにっと潰れていた。明らかに新品のそれであるネグリジェは、少しだけ胸元がはだけているようにも見えた。
「……いやいやいやいや。無いから」
一瞬湧いた劣情を頭を振って追い払う。流石にそれは男として、人として駄目だろう。例え蘭が許しても、俺が俺を許さない自信がある。
こんなにも無邪気な寝顔を浮かべている恋人を襲うなんて、俺にはムリだよできないよ。
ちらりと壁にかけてある時計に目を向ける。九時半、寝るには少し早い気がするが、つぐあたりはこの時間には寝てるイメージがある。あの子夜更かし苦手だし。
「……なぁ、蘭。俺のベッドはそんなに寝心地がいいのか?」
返事が返ってくることは無いと理解しながら、俺は蘭の頭を撫でる。風呂上がりの彼女の髪は少しだけ湿気が残っていた。どうやら、眠たさに負けてドライヤーが雑になってしまっていたらしい。
まるで小さい子みたいだ、なんて微笑みながら、独り言を続ける。
「その様子だと、寝心地いいらしいな……ホント安心しちゃってさ。知ってるか? 男って皆狼なんだぜ? そんな無防備だったら、襲われちゃうかも知れないぞ? ……しないけどさ」
大切な蘭を傷つけるのは、例え俺でも許さん、なんて言ってみる。いつもなら何言ってんのみたいなツッコミが入るが、聞こえてくるのは規則的な寝息のみ。
なのに、寂しさを感じないのはなんでなんだろうか。
「……俺さ、蘭の支えになりたいんだよ」
目の前で愛しの恋人が寝ている。今なら誰も聞いていない。
そんな状況が、俺をほんの少しだけおかしくした。元々蘭が絡むとすぐおかしくなってる、とは言わないでくれ。
「蘭はさ、色んな壁にぶつかって、跳ね返されて、悩んでさ。心が折れそうになったこともきっとあったと思うし、実際そんなとこも見てきた。逃げたこともあったと思う。親父さんの事とかな。不器用だよな、ホント」
モカみたいに、のらりくらりと躱す事が苦手。
ひまりみたいに素直に感情を出すことが苦手。
巴みたいに、強気に前に出ることが苦手。
つぐみたいに、柔らかくコミュニケーションを取る事が苦手。
苦手だらけ、不得意だらけ。器用に生きるなんてことが根本からできる人間なんかではない。
それが、美竹蘭という人間。
「でもさ……お前はそれでも前に進むんだ。不器用なりに頭使って、不器用なりに答え出そうとして、不器用なりに必死に努力してさ……出来ないぜ? それ」
逃げっぱなしにすることが、どれほど楽か。嫌な物から目を逸らしていることが、どれほど楽なか。思考停止でいることが、どれほど楽なことか。
でも、蘭は楽になろうとしなかった。
俺にそれができるか? 無理だ。楽できるならどこまでも楽するし、見なくていいなら目を逸らす。
凄いよ。俺の彼女は。
「俺は、蘭が疲れてたら癒したい、泣いてたら慰めたい、悩んでたら一緒に考えたい……そんな風に、蘭を支えていきたいんだ……頑張るよ、俺」
きっとこれは、世界で俺だけができること。親父さんにもお袋さんにも、幼馴染たちにもできないこと。
そして、俺が一番やりたいことだ。なら、やらない理由なんてどこにも無い。
俺は眠っている蘭の額に、祈りを込めながらそっと口づけをする。
「……おやすみ、蘭。これからもよろしくな」
二年目への決意を新たに、俺は電気を消そうとベッドから腰を上げた。
「……口には、してくれないの?」
急に腕を掴まれ、俺はベッドに再び腰を下ろす。
ちらり、と目を向けてみると、うっすらと目を開けている蘭の姿。まだ眠たいのか、表情は完全に緩み切っており、いつもの引き締まった様子はどこにも無かった。
「……おはよう、蘭。ごめん、起こしちゃったか?」
「ん……大丈夫……ふふっ、キスで目が覚めるなんて、お姫さまみたい」
どうやら、先ほどの独り言は聞かれていないようだ。ぽやぽやと、まるで夢見る少女のような事を口にしながら、座った俺にもぞもぞと近付いてくる。腰に抱きつき、すりすりと頬擦りする彼女。はっきり言って心臓に悪すぎる。
相変わらず、寝起きだと精神年齢が七つか八つ下になる娘だ。きっと、これが蘭の素なんだろうな。
「はぁ……もう眠たいだろ? 俺も寝るから、ちょっと寄ってくれ」
……今の蘭は俺を離してくれそうにないな、これ。
観念した俺は、お袋が用意してくれた布団には入らず、蘭が既に入っている自分のベッドに身を潜らせる。既に蘭が長いこと入っていたのか、布団は心地よい暖かさになっていた。
そのまま蘭のことを胸に抱き、ポンポンと背中を撫でる。予想通り、彼女は湯たんぽのようにぽかぽかだった。
「……ん……亮、暖かい」
「それは蘭もだよ。人間湯たんぽだ」
「ふふっ、なにそれ……ねぇ、おやすみのちゅーして?」
「……はいよ、お姫様」
俺は目を瞑った蘭の唇に、そっと口づけする。啄むような、優しいキス。荒れ狂う熱愛ではなく、慈しむ情愛のキス。
俺の気持ちが伝わったのか、ゆっくりと離れた蘭は、本当に幸せそうに頬を緩めていた。
「……おやすみ、蘭。また明日も一緒に居ような」
「うん。おやすみ亮。大好きだよ」
心地よい感覚に包まれながら、俺と蘭はそろって目を閉じた。
翌朝、朝一番に親父が「息子よ。本当なら『昨夜はお楽しみでしたね』とお前をからかうつもりだったが、どうやらその必要は無さそうだな」と、お袋が「お赤飯、気が早かったかしら」と言ってきた。更には蘭の親父さんからは、「やはり君に蘭を任せて正解だった。これからも蘭のことをよろしく頼む」とメッセージが送られてきた。
なんなんだ。俺たちの両親たちは。
ご閲覧ありがとうございます。どこかで少佐演説はフルで上げたいですね。需要があればですが。
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それでは、また次回。
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体重とお菓子と赤メッシュ
今回は、ガルパピコ次元の話とでも思っといてください。いやいっつもそうじゃん、ってツッコミは無しで。
「……あのさ、ひまり」
「ん? なに亮君? あ、これ食べる?」
「あ、うん、食べるけどさ……」
「ねぇ、ひまり……」
「あ、蘭にはこれ! あんまり甘くないからおすすめだよー?」
「あ、ありがと……」
「いや、それ俺が持ってきたやつ……」
何やら恒例となってきている勉強会。本日は美竹家での開催であり、各自お菓子など持参、という話になっていた。
というわけで、ビター系のお菓子が好きな蘭と普段からダイエット頑張らなきゃと息まいているひまりが食べやすいようなお菓子を選び、蘭の家へとやって来た。
……勉強会は、つつがなく進んでいた。年内最後の期末試験に向け、皆勉強に気合いが入っていた。
ただ、異常な事態が発生していた。
「……ひまり、お前……食いすぎじゃね?」
大前提、ひまりはかなり甘いものが好きだ。時代が時代だったら、甘いもの早食い対決で天下を取れたであろう逸材だ。そんな時代が存在しないのが唯一の難点だが。
そして、食べたものがそのまま肉体に現れやすい女の子でもある。だからこそ普段から甘いものはセーブしているし、食べちゃった数日後にはダイエットにも励んでいる。
そんなひまりが、ちょっと引くぐらいお菓子を食べている。
俺が持ってきたノンシュガーのチョコやゼリーは勿論、自前で持ってきたお菓子──これもリュックにパンパン入っていてびっくりした──も、半分ほど消費されていた。
おかしい。本当に彼女はひまりなのだろうか。同じピンク髪のキャンプ好きの女の子辺りと入れ替わってないだろうか。ピンクで食いしん坊とか、お前ら星の戦士かよ。
「ん? そうかなぁ……いつも通りだと思うんだけど」
「「ないないないないそれはない」」
二人そろって右手をぶんぶんぶん。もしこれがいつも通りなんだとしたら、その若さで糖尿病すらあり得るレベルだ。
俺ヤだよ? 幼馴染が高校生にして糖尿病なんて。
ちなみに、中には普通の食生活なのに突発的になってしまうⅠ型糖尿病が存在するので注意が必要である。今回俺が言っているのは世間一般で生活習慣病の意味合いで使われている、Ⅱ型糖尿病の方である。また一つ賢くなったね。
「えー? ……普通に晩御飯も食べれてるんだけどなぁ」
「いや、それは流石に本当にまずいって!」
「またダイエット生活だよ!? あたしを巻き込まないでよ!?」
「いやそれはそれで酷い!」
これ、ひまり本格的におでぶちゃんへの道を進み始めているのではないか? いや、確かに成長期なんだから沢山食えよとはいつも言ってはいるが。それは健康で文化的な最低限の生活を送れる範囲だ。
今のひまりは、明らかに食いすぎである。正直、健康的なんかでは全然ない。
お互いに顔を見合った俺と蘭は、一つ頷き行動に入る。これは勉強どころではない。
「俺、ちょっと風呂場から体重計取ってくる。蘭、『上原ひまり体重推移管理ノート』出しといてくれ」
「了解。ひまり、亮が居ないうちにウエスト測るよ」
「待って!? 何そのノート!? というか、なんで蘭はメジャー常備してるの!?」
背後から聞こえてくる悲鳴を背中で受け止めつつ、俺は廊下を早歩き。途中でウマ耳を付けていた親父さんから耳をもぎ取り、風呂場の体重計を入手。
そのまま蘭の部屋へとまた早歩き。途中で鍵の形をした剣のようなものを持っていた親父さんから剣を奪い取り、蘭の部屋をノック。
「蘭、帰って来たぞ。ほれ、体重計とウマ耳とキー〇レード」
「はいはい、そこ置いといて」
「なにそのコスプレグッズ!? なんで二人は慣れてるの!?」
もう最近将来のお義父さまのことが分からなくなってきました(十六歳)。
見つけるたびに没収してはいるせいで、最近アフグロスペースと若宮イヴスペースとは別に親父さんのコスプレグッズスペースができ始めている。なんなんだ、アフグロ祭壇、若宮イヴ祭壇の横にある親父さん祭壇。早急に対処したい。
一旦ウマ耳とキーブ〇ードを壁に立てかけておく。俺、キーブレー〇マスターじゃないし。
「で、ウエストはどうだった?」
「前回からプラマイゼロ……妙ね」
「妙なのはこの家だよ!」
「いやいや……これだけ食べてプラマイゼロはおかしい。ただでさえ太りやすいひまりだし」
「女の子に太りやすいって言わないで! いくら亮君でも怒るよ!?」
俺だってひまり以外に言わねぇよ。と一言吐き捨てて、地面に体重計を置いて起動。その後、後ろを向く。
「ほれ、これで心置きなく乗れるだろ?」
「乗れるけど……蘭!? もし体重口にしたら本当に怒るからね!?」
「分かってるよ。ほら、乗って」
「言ったからね!? 絶対だよ? フリじゃないからね!!」
俺が扉側を向き、何回も念押しをしながら漸く、ひまりは体重計に乗る。軽く体重計が軋む音がする。
「……どうだ、蘭。プラスいくらよ」
「太ってる前提!?」
「……嘘、でしょ……マイナス五百グラム……!?」
蘭の声が震え、俺も思わず両目を見開く。そんなわけないだろう、と蘭は何度も体重計の表示部を見直しているが、結果は変わっていないらしい。
呆然としている俺と蘭を他所に、ひまりは腰に手を当てぷりぷり怒る。
「もうっ、だから言ってるじゃん! 私は食べ過ぎてなんかない! こんなに太りやすい私が太ってないんだから、間違いないよ!」
「自分で言ってんじゃねぇか……」
「……でも、やっぱりおかしい」
謎の徒労感に襲われた俺と蘭は、思わずその場に座り込んでしまう。が、それでもやはりおかしいと感じるのはお互い同じだ。
何か原因があるのだろうか。しかし、最近バンド練習はいつも通りのペースだし、テニス部での運動以外をやっているという話は聞かない。
何なのだろうか、と頭を捻っていると鳴り響く誰かのスマホ。この着メロは蘭だ。
「……ごめん、モカからだ。もしもし……モカ? なんか元気なくない?」
何やら気になることを口にし始めた蘭。声だけで分かるほど落ち込んでいるのか、と蘭を見やると、蘭はスマホをスピーカーモードにして机の上に置く。
「もしもし、モカ? 亮だけど……」
『あー……りょーくん……ははは、そーいえば今日は勉強会だったねー……』
「モカ? すっごく元気ないけど、どうしたの?」
スピーカー越しに聞こえてくるモカの声色は、確かに聞いただけでテンションがそんなに高くないことが伺える。ここまで元気が無いのは、買ったパンを落としてしまった時以来だろうか。
なんだかんだ、基本的にはマイペースなモカがこの調子だとこちらとしても心配となる。そんな様子での電話だ。ごくりと生唾を飲み、モカの言葉を待つ。
『……久しぶりに体重測ったら……五キロ、太ってた……』
「「「……へ?」」」
完全に想定外だった。あまりの深刻さからとんでもないことが起こっているのではと警戒していたところだ。
まぁ、女の子にとっては体重の増加は地球滅亡とどっちってレベルの大事件だから仕方がない……とは、これまたひまり談。
しかし、これまたタイムリーな話題だな。
「五キロって……太りすぎじゃない? 食べる量増やした?」
『ううん……むしろ最近減ってきてるんだよねー……』
「……どれくらい?」
「パンが三個しか食べられない……」
「「「減りすぎだっ!?」」」
パン魔人のモカが、三個しかパンを食べられないとなると、それはもうハルマゲドンだ……いや、アルマゲドンだったか?
兎に角それくらいの大事件。
「なんか体調悪いの? びょ、病院? 病院??」
「お、落ち着け……そ、そうだモカ! ひまりへのカロリー転送は? 上手くいってないのか?」
「……え、亮君、本当に信じてるの?」
「んなわきゃねーだろ。冗談だよ冗談」
普段からモカは、食べたもののカロリーをひまりに送っているという冗談を口にしていた。そのおかげでいくら食べても大丈夫、だということも。
まぁいつものモカの冗談だ。気が紛れたらそれでいい。
『……おー、そー言えば、最近送ってなかったやー』
しかし、俺のそんな冗談を真に受けてしまった人間が一人。電話相手のモカである。
は? と俺たち三人がスマホを凝視していると、むむむむむー、と急にうなり始めるモカ。
『……えい、えい、むんっ!』
どこのタンホイザだ、と突っ込みそうになったがぐっとこらえる。先程までの真剣な雰囲気が嘘のようなモカの立ち振る舞い。
なんなんだよ、と溜め息を付こうとした、その時だった。
「……ちょ!? 亮、ヤバイ!」
「なした!」
「ひまりの……ひまりの体重が!!」
突如として叫びだした蘭に呼ばれ、俺は思わず散々見るなと言われていた体重計の表示を見る。
表示部分の赤い針が、前回測定より五キロ重たい部分を指していた。
「……はぁ!?」
『よーし、てんそーかんりょー。あーでも、もうちょっと送っとこうかなー……えい、えい、むんっ!』
もう一度モカが息む。針がまた五キロ分重くなる。
目の前で起こっている現象が、まるで理解できない。
『もういっちょー、えい、えい、むんっ!』
また体重が増える。ひまりのウエストラインが、目に見えて太くなっているのが分かる。
『えい、えい、むんっ!』
また増える。
『えい、えい、むんっ!』
また増える。
『えい、えい、むんっ!』
また増える。
『えい、えい、むんっ!』
また増える。
──電話の向こうから、モカの声が聞こえなくなった。
「……モカ? おい、モカ!?」
突如として反応の消えたモカ。急にブクブクと太り始めたひまり。
これが意味するものは……。
「えい、えい、むんっ!」
ひまりのお腹から、聞きなれた声が聞こえてきた。
「……はっ」
「亮、起きた?」
「うなされてたけど、大丈夫?」
体を起こすと、目の前には蘭とひまりが座っていた。いけないいけない、どうやら居眠りしてしまったらしい。
「あぁ、すまんすまん。なんか夢見てた気がするんだけど……どんな夢だったかな……忘れちゃった」
「そう? はい、お茶」
「サンキュー」
何やら良からぬ夢を見ていた、という覚えはあるのだが、完全に忘れていた。まぁ、悪夢なんて覚えていたって良いことないし、気にしない方がいいだろう。
うーんっ、と軽く伸びをし、凝り固まっていた身体を伸ばし、蘭が渡してくれたお茶を一口。だいぶ目が覚めた気がする。
と、ここでひまりに目を向けると、相変わらず美味そうにお菓子を頬張るひまりの姿。全く、また太るぞお前。
一口、二口、三口。食べ終わったかと思うと、次の袋へ……。
……おかしい。
「……あのさ、ひまり」
「ん? なに亮君? あ、これ食べる?」
「あ、うん、食べるけどさ……」
「ねぇ、ひまり……」
「あ、蘭にはこれ! あんまり甘くないからおすすめだよー?」
「あ、ありがと……」
「いや、それ俺が持ってきたやつ……」
何やら恒例となってきている勉強会。本日は美竹家での開催であり、各自お菓子など持参、という話になっていた。
というわけで、ビター系のお菓子が好きな蘭と普段からダイエット頑張らなきゃと息まいているひまりが食べやすいようなお菓子を選び、蘭の家へとやって来た。
……勉強会は、つつがなく進んでいた。年内最後の期末試験に向け、皆勉強に気合いが入っていた。
ただ、異常な事態が発生していた。
「……ひまり、お前……食いすぎじゃね?」
ご閲覧ありがとうございます。信じられっか? 今回の話、前回の一周年より文字数多いんだぜ?(前回……3474文字、今回……4471文字)
いやー、ギャグ回は筆が進む進む。なんでなんでしょうねホント。
感想、評価、お気に入り登録等していただけると、痩せます。
それでは、また次回。
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メロンパン早食い対決と赤メッシュ
『超光速のプリンセスは、緋色の女王に夢を見る』
https://syosetu.org/novel/275954/
メロンパン早食い対決します。
※早食いは非常に危険です。彼らは特殊な訓練を積んでいます。常人がやった場合、最悪死に至る可能性があります。良い子悪い子普通の子、紳士淑女の方々、全員絶対にマネしないでください。作者との約束だよ。
「モカ、お前パン食べんの早いよな」
「ん-? そうかなぁ」
「早いよ。少なくともあたしはメロンパン一つを一分で食べきれない」
毎度毎度大量のパンを食べているモカ。今回は事前に沙綾に頼んでいたというらしく、机の上にはこれでもかというほどのメロンパンが山積みになっていた。話によると、数日分のバイト代が丸々吹き飛んだらしい。
いや、多すぎね? 蘭の部屋のローテーブル全部メロンパンナんだけど。今日俺蘭とイチャイチャできるって思ってうっきうきでここまで来たのに、扉を開けてみればなんかモカ居るし、メロンパン山積みだし。
そのメロンパンを、モカはとんでもないスピードで食べていく。ここまで美味しそうに食べられて、メロンパン君も嬉しいだろう。メロンパン、もう一回喋んないかなぁ。
「言っとくけど、もうメロンパンはやらないからね」
「ちぇー」
「すごい会話してるねぇ」
俺の心を完璧に呼んだ蘭が、若干げんなりした様子で俺を見る。あれは仕方ないじゃん。あんなもん反応しない彼氏いないって。
僕を食べてだよ? そりゃあ仕方ないよ、うん(『メロンパンな赤メッシュ』参照)。
まぁ、それはさておき。
「なぁモカ。一個頂戴?」
「百三十えーん」
「あいあい」
言われるがまま、俺は財布の中から百円玉一枚と十円玉三枚をモカに手渡す。それをモカが受け取ったことを確認し、メロンパンの山から一番食べてほしそうにこちらを見ていたメロンパンを手に取る。フワフワ、ぼく、悪いメロンパンじゃないよ。
俺は一回大きく深呼吸を一つ吸って、吐いて、勢いよくメロンパンにかぶりつく。
本来であれば、もう少し味わってじっくり食べる俺。しかし、あれほどのポテンシャルの高い食いっぷりを見せつけられると、俺としてもちょっと奮い立つものがある。
ひとくち、ふたくち、みくち。食べた端から咀嚼もそこそこに、無理やり飲み込んでいく。一定のペースで減っていくメロンパン、段々と引いていく蘭の目付き、ほほうと段々と上がっていくモカの口角。
むぎゅむぎゅ、ごっくん。
「あい……どうだ、モカ」
「……四十二秒……中々やるねー」
「急に何始めてるの……? 下手したら詰まらせて死んじゃうよ……?」
メロンパンの早食いとしては、中々のスピードだろう。しかし、モカは俺の渾身のパフォーマンスを見ても驚く様子はなく、むしろ「りょーくんならそれくらいやるよねー」という確信から来る態度。
なるほど、確かに本気を出したモカにはまだまだ遠く及ばないスピードだろう。しかし、言わばこれはアップ。俺の本来の力はこんなものでは無い。
困惑しきった蘭のことをスルーしつつ、俺はモカに向けてクイクイっと手招きをする。
かかってこい──俺の挑発に、モカは嬉しそうだった。
「……らんー。ストップウォッチおねがーい」
「……え、このしょうもない対決の審判しなきゃいけないの?」
「やってくれたら、後で無限なでなで編な」
「準備はできてる? あたしはできてるよ」
ホントにさ、可愛いんだけどさ、ちょっと心配になるんだけど。いやね? 俺の前だけだって知ってるよ? 知ってるけどさ、ホント心配なんだよ。なに? 俺が守ってやったらいいって? はっはっは、言うじゃないかコノヤロウ。
俺が自分の恋人のチョロさに心配になっていると、モカは着ていた厚手のパーカーを脱いで臨戦態勢を取る。
「準備はいい? レディー……ゴっ!」
蘭の掛け声が部屋に響き渡ると同時に、モカはメロンパンを口の中に一気に半分ほど詰め込む。
甘いもの早食いのファイトスタイルには、大まかに分けて二種類のタイプが存在する。俺のように限界一杯まで頬張らず、一定のペースで食べ進めるタイプと、モカのようにいっぺんに頬張れるだけ頬張るタイプ。
優劣は付けにくいが、食べ応えがあり飲み込むのが辛いものは前者、口の中で溶けやすく、飲み込みやすいものは後者、といった感じの先方が一般的である。
そういう意味では、メロンパンという種目において、一気に食べるというスタイルはあまりにも向いていない。口の中の水分は枯れ、無理に飲み込もうとすると最悪死に至る。
しかし、目の前にいる少女は、この世の全てを愛する少女、青葉モカ。メロンパンを飼いならすことなど造作でもない。
「ごぎゅん、むぐむぐ……あむっ、んふっ……ぐぎゅん、はい」
異常なペースで飲み込んでいくモカ。食堂のパンの塊を無理矢理胃袋に落とし込むように、上半身を伸ばしたり縮めたり。見た目は完全に中国に居る鉄の球を飲むおじさんである。
はい、その合図とともに蘭はストップウオッチを停止する。その表示されたタイムに、俺たちは目を見開いた。
三十二秒三。
競走馬の上がり三ハロンか、ってくらいの超高速タイムである。常人ではない。
「……モカ、お前一回Yo〇Tubeに動画上げろよ。美少女ギタリスト、渾身のメロンパン早食いってタイトルでさ」
「ふっふっふ……ま、あたしに掛かればこんなもんですよー……で、りょーくーん。次は、一緒に、本気でやろうよ」
す、と俺にメロンパンを手渡してくるモカ。未だ全力ではない──その事実に、俺はただただ打ちのめされるしかなかった。
今のハイペースは、確実に俺が限界を出したところで到達できるかどうか分からない速さ。それよりも更なる上がある……こんな勝敗が見えている負け戦、普通に考えたら『降り』一択だ。
しかし──そんなこと、恋人の前でできるだろうか。
「……やってやるよ」
「亮っ!? ダメだよ、絶対勝てないよ!」
「……蘭」
メロンパンに手を伸ばそうとした所で、蘭が俺に抱きついて止めてくる。その表情は俺が風邪を引いて寝込んでしまった時みたいな、不安に押しつぶされてしまいそうな顔。あぁ、そうだよな、心配だよな、そりゃあな。
でも、男には絶対に引けない戦いってのがあるんだよ。
俺は蘭に向かって向き直ると、蘭を正面から胸に抱く。心配ない、と優しく頭を撫でる。
「大丈夫だ。俺は絶対に勝つ。俺が蘭に嘘ついたことなんてないだろ?」
「……でもっ! 相手はモカだよ!? モカに勝とうとしたら……し、死んじゃうかも……んむっ!?」
弱気になり、眼に涙を溜めて俺を引き留めようとしていた蘭の顎を持ち上げ、その唇を唇で塞ぐ。
強く、たっぷり十秒ほど掛けて蘭とキスを交わし、そっと離れる。蘭は腰が抜けたのかペタンとその場に座り込み、もう動けそうもなかった。
俺はそんな蘭からそっと離れる。
「……生きて帰ったら、イチャイチャしような」
「ふっふっふ……蘭とのお別れの挨拶は済んだー?」
「お別れの挨拶なんかじゃないさ……お前に勝ち、必ず帰るという約束だ!」
再びメロンパンの山を挟んで向こう側にいるモカに向き直る。モカは先程の俺と蘭のやり取りを見たからか、頬を若干赤くしていたが、魔王ムーブは継続していた。可愛いなこの幼馴染。
俺はそれに茶々を入れることなく、目の前のメロンパンを一つ、無作為にとる。モカも同じように手に取ったことを確認し、財布の中から百円玉を一枚取り出す。
「こいつを投げて、地面に落ちた瞬間にスタートだ……準備はいいか?」
「モチのロンだよー」
「それじゃあ……蘭! 愛してるぜ!」
一瞬だけ振り向き、俺は蘭へ向けてありったけの愛を叫ぶ。
百円玉が、キィン……という甲高い音とともに宙を舞う。
「いや……だめええええええええええええええええええええええええええっ!」
蘭の悲鳴は虚しく、百円玉はゆっくりと回転しながら落下していき……地面に、ポトリと落ちた。
「ねぇ? 二人して喉に詰まらせかけて引き分けとか、バカなの? あの寸劇何なの? バカなんだよね? 二人ともバカなんでしょ?」
「はい。バカです。俺たちはバカです。紛れもないバカです」
「もう二度としませーん……」
その後、二人揃って喉に詰まらせてしまい、危うく死にかけそうになったところを蘭が手渡してくれたお茶により一命を取り留めた。
二人してしょうもない戦いを繰り返したことに激怒した蘭による説教が、丸一日続いた。蘭だってノリノリだったじゃねぇか。
ご閲覧ありがとうございます。久しぶりに自分で書いてて『なんじゃこれ』って冷静になりかけました。二次創作は勢いと鮮度が大事。
感想、評価、お気に入り登録等して下さると、素直に嬉しいです。隣のボタン押してみてね(設置するのめんどくさかった)。
それでは、また次回。
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バレンタインと赤メッシュ
去年書いてなかったバレンタイン回です。
「はい、亮これ。ハッピーバレンタイン」
「……問題。今何時?」
「四時」
「朝のな?」
真っ暗じゃねぇか外。花は暗くて見えないし、小鳥もさえずってねぇし。いや、確かに前蘭の誕生日に寝起きドッキリしたけども。
ベッドのそばに立っているのは、間違いなく俺の最愛の恋人である美竹蘭。部屋が暗いから、いつもの赤メッシュもかなり見づらい。
蘭は綺麗にラッピングされた箱を俺に差し出してくる。いや、嬉しいよ? 本来なら滅茶苦茶嬉しいし今日の事が楽しみで楽しみで仕方なかったよ? 明日、蘭からチョコ貰えるんだろうなぁ、どんなチョコくれるのかなぁって、心待ちにしてたよ。
何故朝。最早深夜。こんな時間に女子高生が外を歩くなよ。
「大丈夫。亮のお父さんに迎えに来て貰ったから。うちの父さんも了承済み。バレンタインの恋する乙女は無敵」
「……あぁ、なら大丈夫……には、ならねぇぞ?」
これ度々言ってるけどさ、なんで俺たちの両親は息子娘の交際に対してここまで積極的なんですかね? 絶対普通の高校生カップルの親の立ち振る舞いではないよ。いや、他のカップルの事情なんて何も知らないけどさ。恋する乙女が無敵なのは……まあ、認めるけど。
まだしょぼしょぼする目を擦りながら、一旦上体を起こす。しっかりと制服を着こみ、手袋マフラー完備。今から学校にすら行けそうである。
「……ふぁあ……」
「眠そうだね、亮。あんまり寝られなかった?」
「……それはツッコミ待ちか? ガチか?」
「ツッコミ待ち」
「蘭が起こしたんだろうがぁ……ふぁああぁ……ねっむ……」
容赦なくツッコミぶちかましたろうと思ったが、欠伸が止まらずなんとも腑抜けたツッコミになってしまう。
しょうがないじゃん。昨日の夜だって寝たの日付が変わる前後ぐらいだし。睡眠時間推定四時間だし。
絶対、俺は悪くない。ん? じゃあ蘭が悪いのかって? おいこら、表出やがれ。俺は出ねぇけど。寒いし。眠いし。蘭居るし。
「とりあえず、一旦受け取ってくれる?」
「あ、はい……こんな朝早くにわざわざ、ありがとうございました……今年も一番最初にくれたのは蘭だったな……過去最速だけど」
バレンタイン。蘭と出会ってから毎年、幼馴染五人プラスいくつかを毎年貰ってきたが、毎年毎年一番最初にくれたのは蘭だった。
ざっくり十年、毎年だ。平日でも休みの日でも、朝になったら家の前に蘭が居て、その手にはラッピングされたチョコ。
今思えば、どう考えたって俺に好意を寄せているからこその行動だったな、と思う。やっぱり、恋する乙女は無敵だ。
「今までは、他の人より早く渡すんだ! って変な意地でやって来たけど……今年は、他の誰にも出来ないような渡し方がしたかったんだ。あたしにしか出来ない渡し方を、ね」
「それがこんな朝っぱらの手渡しか……いや、確かに蘭にしか出来ないや」
モカにもひまりにもつぐにも巴にも、ついでに世界中の女性にも出来ない渡し方。唯一出来るのはうちのお袋くらいだが……親父ーズが一枚噛んでるんだ。今頃リビングで親父とパ〇プロでもしてるんだろ。
もうほんと、理解がありすぎてマジで怖い。マジでそろそろ親父たちから『婚約まだ?』とか聞かれそうで怖い。ってか、目が言ってる。
「さてと……これからどうしよう」
「……流石に帰れ、とは言わねぇよ俺は。まぁ、親父たちがなんていうかは知らんが……」
恐らくこの後のことを何も考えていなかったであろう蘭。今から帰れ、なんて事は流石に言えないし、親父たちに送ってもらうというのも気が引ける。
さてどうしたものか……と考えていたら、突然鳴り響く俺のスマホ。
画面がつき、メッセージアプリの通知。相手は親父。
『蘭ちゃんともう一寝入りしたら?』
「すまん、蘭。ちょっと待っててくれ」
俺はベッドから出て、愛用の半纏を羽織る。これで俺はどんな寒さにも立ち向かえる。
部屋を出て、向かうはリビング。案の定、明かりがついていた。
「おいこらクソ親父。いちいちタイミングが良すぎるんだって、って……」
「ん、どうした亮。蘭ちゃんのチョコ、美味かったか?」
「いや、まだ食ってないけど……そうじゃなくて……なんでサカ〇くなんだよ……」
「私たちの思考を読もうだなんて、十年早いんだよ!」
寧ろ何かゲームしているんだろうってところまで予測した俺を褒めてほしい。そこまで当てれたら、もう野球かサッカーかなんて誤差だろ誤差。
しかし、この両親なら俺の行動を分単位で言い当てることができると考えると、俺もまだまだ未熟……いや、認めちゃだめだなこれは。
自然と溜め息が零れる。この二人に今何を言っても無駄だな、うん。
「んじゃ、俺もう一寝入りしてくるわ……客用の布団出すぞー?」
「んなもん、羽沢さんとこに預けてきた! 蘭ちゃんが風邪拗らせたらいけないからな、しっかり抱きしめて寝るんだぞ!」
「蘭ちゃん用のパジャマ、あんたの部屋に置いてるからね!」
「俺、大学生になったら絶対に一人暮らしするからな」
そう言い残し、俺はリビングから足早に立ち去る。決めた、家から通えないような大学に行こう。敵なんだか味方なんだか分かんない存在の多いこの商店街から一回離れよう。
なんだろう、このままじゃ俺、駄目な気がする……そんな気がした俺は、一人決意を抱いた。
────────────────
「……亮、暖かい」
「蘭は逆に冷てぇなぁ。寒かったろ、今日」
「うん……しかも眠たい」
「一体何時に起きたんだよ……」
「三時半……」
「うわぁ……頑張ったな、蘭」
「ん、もっと褒めて」
「でもさ、亮があたし達以外からチョコ貰ってるところ見たことないんだけど」
「あー……それ、おんなじこと中学の時に言われたんだけどさ、そん時の同級生が、『あんなに可愛い幼馴染五人と毎日一緒に居て、毎年五人から貰ってるところ見たら、誰だって諦めるに決まってる』って言ってたな」
「あー……やっかみ多かった?」
「そりゃそうだろ……いつか刺されるんじゃないかって思ってたんだからな……」
「さてと、俺もホワイトデーのお返し考えないとな……蘭、何がいい? 男子高校生にできる範囲で頼むぞ?」
「んー……子供、とか?」
「落ち着いてくれ蘭。確かに俺はお前のことを愛しているしゆくゆくはお前との子供だってほしいと考えている。愛する女にそう言われて嬉しくない男なんていないさ、あぁ。だけどな? 俺たちはまだ高校生、一人の子供を育てる事なんてできる訳もないしそんな責任なんて持つこともできない訳で……」
「もう……冗談に決まってるじゃん。あたしだって、その辺はきちんと理解してるよ。でも……そこまで考えてくれてるんだね」
「……蘭、今度覚えとけよ?」
「そういえば、亮って貰ったチョコ直ぐに食べないよね。なんで?」
「いやだって、七年前に一回直ぐに食おうとしたら、蘭が駄目って……」
「あ、あれは……! あんまり出来に自信が無くって、恥ずかしかっただけで……」
「そうか……まあ、あの時は蘭が初めて作ったチョコだもんな。自信が無いのも当然か」
「今年のは……うん、上手に出来てると思う」
「おう、楽しみにしてる」
「……すぅ……すぅ…………」
「……亮…………大好きだよ…………おやすみ…………」
────────翌日────────
「だああああああああああああああああ寝坊したああああああああああああああっ!」
「嘘っ、十時半!?」
「親父! お袋! なんで起こしてくれなかったんだ!!」
「朝からうるせぇぞぉ……美容師の貴重な月曜日を邪魔するな……いや、どうせ昨晩はお楽しみだったんだろ? 邪魔しちゃ悪いかなって……」
「お楽しみじゃ無かった! それだけは言っとく! しっかり休み満喫しとけクソ親父! いろいろとありがとうなこん畜生!」
「お義父さん、ありがとうございました! 行ってきます!」
「……罵倒するのか感謝するのかどっちかにして欲しかったなぁ……」
ご閲覧ありがとうございます。今回はちょっと雰囲気違いましたね。ボクも色々と勉強中ということで……。
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それでは、また次回。
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惚気と赤メッシュ
いつもと趣向を変えて、一人称が違います。それではどうぞ。
「なあつぐ。蘭が本当に可愛すぎて困るんだよ」
「……あぁ……もうそんな時期かぁ……」
こんにちは、羽沢つぐみです。羽沢珈琲店の一人娘で、時々お店の手伝いをしている高校一年生です。
私には五人の幼馴染が居ます。その中の美竹蘭ちゃんと葉加瀬亮くんは、中学三年生のころから恋人同士です。
普段はクールな蘭ちゃんも、亮くんと一緒だと別人のように甘えています。本人は隠しているらしいけど、皆にバレています。亮くんは蘭ちゃんの事を好きだ大好きだ愛していると口にもするし行動でも示しています。傍から見たら本当にラブラブな二人。
そして、亮くんは蘭ちゃんへの大好きという気持ちが溢れかえる頃になると、こうして一人で羽沢珈琲店にやってきて、それはそれはとんでもない惚気をしてくるのです。大体、二か月に一回くらい。
ついこの前まではそれこそ語りだしたら止まらない。凄い時は朝の十時からお昼の三時まで。たっぷり五時間、お昼ご飯も一緒に食べながら、もう黙々と。
「いやぁ。ホントもう……なんなんだろうね、美竹蘭って存在は。俺のことを幸せにするためにこの世に居るんじゃないかって錯覚しちゃいそうになるよね。実際は蘭自身が幸せになるために生まれたのが俺なんだけどさ。世界は蘭を中心に回ってるし」
「あ、はは……それはちょっと分かんないかなぁ」
「昨日の話なんだけどさ……珍しく二人で出かけてたんだけどさ」
あぁ、これ長くなる……そう感じた私は、ちらりとカウンターの中でこちらの様子を伺っていたお父さんにアイコンタクト。呆れたように笑いながらも、こくりと小さく頷いてくれた。
私は大人しく亮くんの席の前に座る。この時間帯はお客さんがあまり居ないし、ちょっとなら問題もない……筈だ。
「一休みするかって話になった時に、自販機で缶コーヒー買ったんだよ。その自販機が当たり付きでな? あんなもん当たるわけねぇって思ってたんだけど、蘭が買ったら当たってさ。缶コーヒーがもう一本出てきたんだよ。ラッキーだったなって言ったら蘭が『ハイこれ。幸運のおすそ分け』って言いながら渡してくれたんだよ。なんだよ幸運のおすそ分けって可愛すぎね? おすそ分けって、おすそ分けって! 言い方可愛いかよぉ……これ以上俺を惚れさせるつもりかよぉ……」
ごめん。本当にごめん。本当にどう反応すればいいの?
ひまりちゃんの愚痴に付き合うことは何度もあったし、紗夜さんの相談に乗ったことも何度かある。相談しやすい人だよね、なんて言われたこともある。
だけど、惚気に対してどうすればいいのかは、いつまでたっても分からない。何か言ってあげた方がいいのか、黙って聞いてあげればいいのか。
ただただ笑顔を浮かべてみるしかない。引き攣っている自覚はあるけど、それでも何とか笑って見せる。
「それにさぁ……蘭ってば案外おっちょこちょいでさぁ……昨日午後から雨が降って来ただろ? いつもなら蘭もカバンの中に折りたたみ傘持ち歩いてるのに、昨日に限って忘れちゃっててさ。仕方がないから狭い折り畳み傘で相合傘よ。久しぶりにやったよね、相合傘。確か中二の時以来だったかな?」
それ、犯人私たちです。折り畳み傘を持っていかなかったら亮くんと合法的に相合傘できるよって言ったの、私たちです。まさか本当に実践するとは思いませんでした。確かに、蘭ちゃん可愛い。本当にちゃんと、恋する乙女してる。
それは勿論うれしい。嬉しい、けど……なんだろう、この徒労感。
「そんでさ、二人で並んで歩いてたらさ……濡れないようにって、蘭が凄いくっついてくるんだよな。蘭ってあんまり外じゃくっついてこないからさ……ちょっと、いやかなり嬉しかったんだよな。そしたら蘭がさ? 『ホントは……これがしたかったから、わざと忘れてきた……』って言うんだよ? はぁー……もう……抱き締めるのを我慢した俺を褒めてほしいよね」
あ、蘭ちゃん、言っちゃったんだ。確かに、蘭ちゃんって隠し事とか嘘とか嫌いだもんね。それが亮くん相手だったら余計に。
そんなところが蘭ちゃんのすごくいいところだとは思う。基本的に彼女は、不器用だけど真っ直ぐなんだ。
そんなところが、私たちは大好きなんだ。
「ただまぁ、外だし抱き締める訳にも行かなかったから、可愛い……て言うくらいにしといたんだよ。そしたらありがと、ってマフラーで顔隠しながら言うんだけどさもう耳まで真っ赤なんだよね……蘭って顔赤くするとき耳まで赤くなっちゃうんだよね。全く隠せてないの可愛いよなぁ……もうほんと、俺に見せてるくらいの素直さの十分の一でいいから周りに見せるだけでもうちょっと生きやすくなると思うんだけど……まぁ、それも蘭の個性だからな。俺たちはそれをちゃんと知ってる」
そして、私たちが亮くんの事を大好きな理由は、これなんだ。ぶっきらぼうに見えて、物凄く優しいんだ。
相手が一番してもらって嬉しいことは何かってずっと頭の中で考えてくれる。なんだかんだ言いながらもひまりちゃんとの勉強会もずっと続けてるし、部屋の中に勝手に上がってくるモカちゃんもスルーしてくれる。巴ちゃんとは商店街の手伝いで一緒に頑張ってるし、私の相談にも乗ってくれる。
この優しさに、私たちはずっと支えられてきた。
このいつも通りは、きっとずっと変わらないんだろうな、なんて考えてみる。
「でもさ……マジでこれ最近の悩みなんだけど、蘭の親父さんをどうにかしたいんだよなぁ……何とか蘭との距離感を詰めようと必死なんだけど、その行動の一つ一つがぜつみょーに噛み合わねぇんだよ……この前なんか、クレーンゲームに熱中しすぎて二千円溶かした挙句、取って来たのが蘭が何の興味も示してない男性アイドルグループの缶バッチ……手渡されたときの蘭の顔、マジで冷えてたよ。それでも一応捨てたり譲ったりしないあたりは蘭もまぁ優しいよな」
「あはは……そういえば、この前蘭ちゃんのお父さん、うちに来てたよ? 若い高校生が飲むようなのを頼むって言われちゃって、どうしようか本当に困っちゃったんだよね……とりあえずカフェラテにしてみたけど……」
「蘭が飲むのはブラックコーヒー……なんだよなぁ……」
二人とも、分かりやすいのにまどろっこしい。その二人に振り回されている亮くん。これは、今後の亮くんの惚気には、愚痴も含まれるんだろうなぁ……なんて考えて、ちょっとだけ笑ってしまう。
そんな光景も、きっと私たちの新しい『いつも通り』になっていくんだろうなぁ……そうなったら、きっともうちょっとだけ、いつもの生活は楽しくなるんだろうか。
「ハァ……つぐ、おかわりお願いしてもいいか?」
「ふふっ、かしこまりましたっ」
少しだけ未来が楽しみになった私は、亮くんから手渡されたカップを手に取る。ホットコーヒーが入っていたそれは、未だに少しだけ暖かかった。
ご閲覧ありがとうございます。結論から言うと、幼馴染たちの絆は生半可な物ではないです。一生仲良くしててほしい。
感想、評価、お気に入り登録していただくと、最終面接うまく行きます。
それでは、また次回。
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春の陽気と赤メッシュ
なんか少し肌寒さが戻って来ちゃったけど、春の陽気のお話です。
「……春ですなぁ」
「……春だねぇ」
「……春だなぁ」
「すっかり冬じゃ無くなったなぁ……」
「グッバイ冬……」
「フォーエバー冬……」
美竹家にある縁側。そこに並ぶ三人の人間。
一人は、当然俺。一人は、当然蘭。一人は、たまたま来ていた巴。
蘭は俺の膝に頭を乗せて完全に寝転んでいるし、巴も巴で蘭の部屋から拝借してきていたクッションを枕代わりに日向ぼっこ。俺は蘭の頭を撫でつつ、うつらうつら。今すぐにでも瞼が本日の営業を終了させ、シャッターを下ろしてしまいそうだった。
すっかり春の陽気に包まれている縁側で、俺たち三人はのんびりとしていた。普段が激動の日常生活を送っているんだ。たまにはこんなのんびりした日があってもいいだろう。太陽もこんなにぽかぽかなんだ、きっとその方が良いって言ってくれるさ。
「いやぁ……もうこれ春だろ。今年は一気に暖かくなったよなぁ」
「ホント……ポカポカする……」
「蘭……中々尊厳のない姿になってるぞ……」
「巴が言うなよ……ふわぁ……ねっむ……クッション一個貸して……俺も横になる……」
「あいよー……」
昼下がりにこんなポカポカした場所に身を置いて、眠たくなるな、という方が無理だ。今日は特に用事も無いし課題も終わらせたし、このまま昼寝しても誰も何も文句は言わないだろう。
昼寝、最高だ。取り敢えず世界中の企業学校その他諸々は、早く昼休憩の昼寝を義務付けするべきだ。その方が午後からの作業効率も上がるに決まってる。
巴から貰った犬のクッションを頭の下に置き、ゴロンと寝転がる。さぁ、蘭と巴と共にレッツラお昼寝……。
「んー……りょう……あたまなでて……」
「おっと? これ話変わってきたな?」
レッツラ起き上がり。勢いよく体を起こした俺は、俺のシャツの裾を掴み引っ張るねぼすけ蘭ちゃんを見下ろす。
もう瞼ほとんど落ちちゃってるじゃん。お休み中って言われても全然普通に信じるくらいすやすやだよ。
相変わらず、俺の恋人は眠気に弱い。いつぞやの寝起きハピバ然り。今回もそのパターンですな?
「あーはいはい、おーよしよし……おいこら巴。タイマーセットするフリしてスマホ向けるな。無音カメラ起動するな」
「宇田川巴は寝てます。スマホも寝てます」
「寝かしつけれるもんなら寝かしつけてみやがれ」
なんか昔あったよね。ケータイ〇事。うろ覚えだけど、あいつらも寝るのかな?
巴はしっかりスマホをこちらに向けていた。しかし、一切起き上がることも顔を向けることも無い。なんだろう、Afterglowの面々、隠し撮りのスキル上がってないか? 頼むから身内の間だけにしといてくれよ? 俺やだよ、幼馴染が盗撮で捕まるとか。
さて、自分の痴態(爆)を激写されているとは露知らず。俺の太ももにぐりぐりと頭を押し付ける蘭。くすぐってぇ。
「あのー蘭さん? 亮くんもなかなかに眠たいんすけど……寝転んでもよかでしょうか?」
「んー……添い寝……」
「巴。これ以上はさすがにダメだぞ」
「……すー……すー……」
「こいつ……! いつの間に……!?」
蘭だけでなく俺にも危険が及びそうになったことを察知した俺は、巴の撮影を止めようとする。
しかし、その巴は完全に夢の世界へと旅立っていた。赤色の長い髪が廊下に広がっていた。海藻みたい……って言ったらバチで横スマだろうな。イソギンチャク位にしておこう。
しかし、巴が寝ているならなんの問題もないな。どーせ普段から昼寝する時は添い寝してんだし。
「分かったから……一回頭どけるぞ」
「ん……」
俺は蘭の頭をどかして、一旦着陸させる。そのまま彼女のそばに寝転がる。
床にそのまま寝かせるのもアレなので、俺が使っていたクッションを……。
「うでまくら」
「アイ」
……頭の下に置こうとしたが、お姫様から直々に命令が来たのであれば仕方ない。
俺は彼女の頭の下に自分の腕を入れ込み、クッションは自分で使う。さて、これで添い寝フォーメーションの完成だ。
すりすりと、俺の腕に頬擦りするお姫様。ほんと、これ世間では『反骨の赤メッシュ』なんて言われてるんですよ? 信じられないですよね、ホントなんですよ。
……あかん、眠たくなってきた……やっぱり横になると一気に来るなぁ……。
「……りょう……ねむたいの……?」
「んー、まぁな……ちょっとひるねするか……」
「わかった……おやすみ……」
「ん……おやすみ……」
最愛の人に一言告げて、俺はゆっくりと目を閉じた。
将来的には、こんな事を毎日言い合う生活が来るのかなぁ、なんて考えながら、俺は眠りについた。
────一時間後────
「……ぐるじぃ」
お腹に何やら圧力を感じ、思わず目を覚ました。
お腹の上に、ボウリングの玉くらいの大きさの何かが乗っている感じがした。いや、大体なんとなくは分かるけどね?
「……なんか、巴がこれやってんの久しぶりに見たな……」
ちらりと目線を下にずらすと、俺の腹を枕にするようにして眠る巴の姿。
昔から、巴は俺と昼寝する時いつも俺の腹を枕に眠っていた。理由を聞くと、毎回毎回「亮の腹いい高さなんだよなー」なんて口にしている。苦しいけど、少しだけ懐かしい。
俺の隣には、相も変わらず蘭の姿。眠りについた時よりもより俺にピッタリとくっついていた。
完全に廊下を占拠している形になってしまってるが……今日は俺たち以外誰も居ないし、まぁいいか。
「ふぁあ……もう一寝入りするか……」
巴の頭を腹に乗せた状態で寝れるかな……なんて考えながら、俺は再び目を閉じる。まだまだ全然眠たいし。
……。
…………。
………………。
……………………パシャッ。
「……!? なにっ!?」
「ひぎっ……いってぇ~!!」
「おっ!? りょ、亮くん……起きていたのか……」
突然鳴り響いたシャッター音に思わず飛び起きる。ゴトッ、と床に何が固いものが落ちた音が響いたが、恐らく巴の頭だろう。実際、巴の悲鳴が聞こえてきた。
そんな俺たちに、最近買い換えたという新品のスマホを向けるのは、出かけていたはずの蘭の親父さん。
「えっと……撮りました?」
「い、いやぁ……昔はこんな感じでよくウチで昼寝してたなぁって思ってだね……すまないね」
「あー……俺は大丈夫ですよ、俺は……」
「痛たたた……あたしも大丈夫ですよ……ただ……」
頭を擦りながらも起き上がる巴。その視線の先は、俺の隣でゆっくりと起き上がっている存在へと向いていた。
俺は、隣に目を向けない。だって、絶対鬼の形相なんだもん。目の前にいる親父さんの顔を見てたらわかるもん。完全にビビりきっちゃってるもん。
「亮……家族でも、盗撮で訴えれるっけ」
寝起きの少し掠れた声ということもあり、その声は俺と親父さんと巴を震え上がらせるのに十分な破壊力を持っていた。
もうオチをいちいち言うまでも無いとは思うが、その後、俺と巴の必死の説得により、何とか蘭による警察への被害届の提出は免れた。
しかし、親父さんは暫く蘭と一言も会話が出来なかったらしい。今回に関しては正直蘭の親父さんも可哀そうだなぁと思ってしまう。だって娘の微笑ましい姿だもん。獲りたいに決まってるけど……そんなこと、思春期ペタマックスの蘭には通用しないのだった。
ご閲覧ありがとうございました。遅れましたが、バンドリ五周年おめでとうございます。こんな素敵なコンテンツに出会えて、幸せです。今後も全力で応援したいと思います。
感想、評価、お気に入り登録等していただけると、内定が出ます。就活しんどい。
それでは、また次回。
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相合傘と赤メッシュ
リハビリも兼ねてとりあえず一話。梅雨、相合傘、いいですよね。
梅雨。
それは日本が日本たる最たる理由にして、日本人の中でも数多くの人間が頭を悩ませる時期。梅雨前線が日本の近くに停滞し、雨の日が増える厄介な時期。雨って嫌だよね。濡れるし肌寒いし湿気がうざいし。
今日だって、朝起きて歯を磨いて、蘭を出迎えるまではまだ雨は降って居なかった。しかし、今はゴリラゲイウ、じゃなかったゲリラ豪雨。今日もまた洗濯物は乾きにくそうだ。
やっぱり、俺は青空の方が好きだ。灰色の空を見たって明るい気分にはなれない。どうしても気分ってのは落ち込んでしまうものだ。
「まぁ、そんな時でも世界で一番可愛い俺の彼女を抱き締めちゃえばどうってことないんですけどねー」
「どんな時でもぎゅってして欲しいんだけど……」
「二十四時間三百六十五日、俺の胸は蘭のために存在しているよ。蘭がぎゅーってしたくなったら例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中ひまりの胃袋の中、どこにでも駆けつけるさ!」
「……それ、あたしひまりに食べられてるよね?」
ひまり、ピンクだしぷにぷに(モカ談)だし、実質桃色ピンク玉みたいなものでしょう。だったら人くらい丸のみにできる気がする。コピーしたらあのピンク髪に赤メッシュが入るのだろうか。
なんてクッソどうでもいいことを考える土曜日の午後二時。晴れの日だろうが雨の日だろうが雪の日だろうが関係なく、休みの日は家でのんびりすることが多い俺たちは、いつものように俺の部屋でのんびりとしていた。
違うことがあるとすれば、梅雨であるということだけだ。それ以外は俺たちが大好きな『いつも通り』だ。
「ところで……蘭、傘持ってきたのか? 今日この後家で用事あるとか言ってなかったか?」
「あー……持ってないや。亮、今すぐ車の免許を……」
「無免許でいいなら今すぐでも運転できるが? 基本的な動作はバイクと変わんねぇし」
「それは絶対駄目。悪いことは悪いんだよ?」
「……哲学かよ」
この子、見た目の派手さに反して中身がひたすらいい子過ぎる。見た目だけならヤニ吸って酒飲んで遊び歩いていても何も文句は出ないだろう。いや駄目なんだけどさ。
実際の美竹蘭は根っこからにじみ出るほどのいい子。いい子過ぎてこの前親父さんの誕生日を忘れかけてて泣きそうになっていた。
そんな蘭だ。無免許運転なんて絶対にさせてくれないだろう。
「というわけで、亮傘貸してほしいんだけど……」
「んー……別にいいけど、俺もちょっと外出る用事あるんだよなぁ……送ってくぞ」
「え? でも今日亮のお父さん、『今日傘一本しかないんだよねぇ』って言ってたけど?」
「なんで家にある傘の数が日によって違うんだよ……」
大方、俺と蘭に相合傘させるための策略だろう。今頃、うちの両親は俺が慌てふためいていると思っているのだろう。
だが、俺も今までの俺ではない。むしろ親父とお袋には感謝している。外ではくっつきたがらない蘭を合法的にくっつかせる効率的な方法だ。
さて、あとはスマートに立ち上がって蘭を誘うのみである、が……俺の思春期マインドは8ビートから16ビートにテンポアップ。今更相合傘程度でドキリンコするこの心臓が恨めしい。ドキリンコって名前の人、居そうだよね。土岐 凛子みたいな。
「んー……ま、いっか。亮、相合傘しよ」
「…………ん?」
俺が脳内で様々な思考を巡らせていた時にそんなセリフを聞いたものだから、俺の脳みそは蘭の言葉を把握するのに時間が掛かってしまった。
────────────────
「亮、もっと寄って。濡れちゃうでしょ?」
「あ、うん……」
ざあざあと、二人で入るには少し小さめの傘を雨が叩く。大雨、というほどではないけど傘なしで歩くなんて論外な降水量。
そんな中、俺と蘭は一つの傘に身を寄せ合って歩いていた。肩と肩とは完全に密着。ただでさえお互い薄着なこともあり、彼女の体温が伝わってくる。
……何度でも言うけどさ、別に彼女と触れ合うのが初めてって訳じゃない。実際問題ついさっきまで俺の部屋で抱き合ってた訳だし、ちゅーもぎゅーもやって来たよ。
ただ、蘭は外ではいつもの『反骨の赤メッシュ』。くっついてくるどころか、手を繋いだことすら少ない。そんな彼女が、ゼロ距離密着。
マジで親父お袋ありがとう……帰ったら風呂掃除と洗濯やっておくから……!
「しっかし、梅雨ってのは嫌なもんだな……湿気凄いし、濡れるし」
「そうだね……でも、あたし結構梅雨好きだよ?」
──蘭は、傘を持っている俺の手に自分の手を重ねた。
再び心臓が高鳴る。やはり、慣れない。普段と少し違う彼女の行動に、どうにも翻弄されてしまう。
「そ……うなのか?」
「うん。だって……傘のおかげで、周りから見られにくいから」
「……あー、なるほど」
恥ずかしがり屋な蘭らしい。付き合い始めてからそれなりに長くなってきたのに、傘で顔を隠されてないと恥ずかしい。
逆に、これさえあれば蘭は外でも(室内に比べて控え目とはいえ)寄り添ってくれる。
これは、ちょっと、いやかなり嬉しい。
「……そういうことなら、俺も梅雨大好きだな」
「……やっぱり、亮はあたしに外でもくっついて欲しいの?」
「んー……本音を言えばそうだけど、外でくっつかない分部屋でいっぱいぎゅーってしてるからな。蘭が苦手なら、無理には言わないさ」
「……そっか」
道を行く人が少ない昼下がり。俺と蘭は、言葉少なに歩みを進める。
その空気が、これ以上ないほど心地よかった。
「あれー? 蘭とりょーくんだー。おいっすー」
「ちょ、モカ! 邪魔しちゃダメだよ!」
「亮。今すぐコンビニ行って傘買ってこよう。お金は出すからさ」
「そんなに相合傘してるとこ見られたくないのかよ!?」
──そんな雰囲気は、偶然たまたま遭遇したモカとひまりの声により霧散してしまった。
俺と蘭が、 なんの気兼ねなく相合傘できるようになるまで、ここから三年の年月を必要となるとは、この時誰も知らなかったのであった。
「ところで亮よ。相合傘はどうだった?」
「……傘が一本から二本になったよ」
「……えっと、酒飲む?」
「俺は未成年だ……」
「亮……今日はあなたの好きな唐揚げにしましょうか」
「あざっす……」
その後、中々に落ち込みまくった俺を励まそうとする親父とお袋の姿が、葉加瀬家にはあった。
ご閲覧ありがとうございました。まじで、どうやって書いてたか分かんなくなっちゃってました。ちょっとずつ感覚戻してかないとなぁ。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、バイト頑張れます。
それでは、また次回。
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ドッグカフェと青薔薇とメトロノームと赤メッシュ
「いや、不公平なんですよ」
「急ね。あなたが急なのは今に始まった話ではないけれど」
何度目かのCiRCLE前のカフェテリア。今回もいつものように蘭の練習が終わるのを待つ俺と、メンバーが揃うのを待つ湊さんがばったり出会い、二人で相席していた。
俺と彼女が相席となったのなら、会話の内容なんて一つしかない。むしろそれ以外なんて話すことほとんど無い。しょうがないよね、学校も趣味も趣向も全部違うもんね。
まぁ、その趣向が百八十度逆だからこそ、俺と湊さんは会話するのだが。
「俺は猫カフェに行きました。蘭を引き連れて色々と一悶着ありましたけど、それでも楽しんできました」
「あら。それではようやく猫派の方が犬派よりも優れていると認めてくれるの?」
「──でも、その理論で言ったら湊さんもわんこカフェに行くべきだと思うんですよ」
俺の指摘に、湊さんはふむ? と顔を傾げると、テーブルの上のコーヒー(砂糖飽和済み)を一口。そんなに甘いもの好きならいっその事ジュース頼めばいいのに、と思いながらも話を続ける。
「俺はにゃーんちゃんカフェに行った。湊さんは行ってない……この不平等のまま話を進める訳には行かないんですよ。お互いに敵を知った上で語る方が、よっぽど建設的では無いでしょうか?」
「ふむ……一理あるわね。確かに今の現状が釣り合っていない、というのは事実ね」
納得したのか、湊さんは俺の言葉を肯定しつつ、更にコーヒーに角砂糖を追加していた。それ以上はもう溶けずに形が崩れてそこに溜まるだけでは?
ほらもう、スプーンで混ぜる時じゃりじゃり音鳴っちゃってるもん。およそコーヒーカップから聞こえていい音じゃないよ。
リサさん、どうにか彼女とモカの食生活を見守ってあげて下さい。このまま行けば二人は糖尿病一直線です……いや、モカは大丈夫か。モカだし。
「では、私もわんこカフェに出向くとしましょうか。それで? どこのわんこカフェに行けばいいのかしら? 駅近のmohumohu? それとも三丁目のわんちゃん探究伝?」
「あぁ、それは今度オープンする新店舗のですよ。オープンセールってことで半額セールしてるんですよ」
ほらこれ、と俺は用意していたスマホの画面を見せる。つい三日前に開店したばかりのそこは、オープンからしばらくは半額セールを実施していた。俺も既に四回お世話になっていた。三連休毎日行ったけど、天国とはあそこの事を言うんだろうね。
しかし、と俺は先程抱いた違和感に首を捻りつつ、俺のスマホを見てる湊さんに目を向けた。
「ああ、ここね……」
「……知ってるんですか? というか、やけにこの辺のわんこカフェに詳しくないですか?」
「……そうかも、しれないわね」
抱いた違和感は、どうやら間違いではないらしい。
意外というどころの話ではない。彼女はあれほどにゃーんちゃんこそ至高、そのためなら私は狂い咲けるとまで豪語していた我が宿敵、湊 友希那。
そんな彼女が、敵の本拠地と言っても過言でもないわんこカフェに詳しい……これはとんでもない一大事である。どれくらい一大事かと言うと、俺がにゃーんちゃんカフェに行くぐらいの一大事である。
「湊さん……そんなにわんこカフェに行きたかったなら、早く言ってくださいよ。そしてさっさと堕ちてしまえ」
「本音が漏れてるわよ……別に、私の知り合いにやたら詳しい人が居るのよ……あなたもよく知ってる人よ」
はて、そんな人居ただろうか。
腕組みして交友関係を思い出す。俺と湊さんの共通の知り合いで、俺と同じわんこ好きの人。
そもそも、俺と湊さんの共通の知り合いという時点でほぼ確定でガールズバンド組なのだが、そんな人が居ただろうか。
「お待たせしました、湊さん。あら? 珍しいですね、葉加瀬さんが湊さんと一緒に居るなんて」
「噂をすればなんとやら……お疲れ、紗夜」
「こんにちは、紗夜さん」
なんとも図ったようなタイミングで、俺と湊さんの共通の知り合いにして俺と同じわんこ好き……『サッドネスメトロノーム』氷川紗夜。
最近さらに羽沢珈琲店への来店回数が増えてきたともっぱらの噂である。いい加減さっさとくっついちまえ、と片思い歴十年だった俺が偉そうに言ってやります。
それはさておき、この湊さんの反応を見る限り、湊さんの言っていたわんこ好きは紗夜さんということなのだろうか。
しかし、彼女がわんこに狂ってるところ、見たいといえば見たいが見たくないといえば見たくない。
彼女は律儀に俺と湊さんに頭を下げ──湊さんが手にしていた俺のスマホの画面に目を向けていた。
「あら? ここは……このまえ開店したばかりのドッグカフェじゃないですか。珍しいですね。湊さんがドッグカフェを調べてるなんて」
「これは彼のスマホよ。彼が自分だけにゃー……猫カフェに行っているのは不公平だというので、今度ここに行こうかと検討している所よ」
「……なるほど。では私もお供しましょうか? 知らない店に一人で出向くというのは不安でしょう。日程さえ合わせていただければ、いつでも行けますよ」
──あ、この人自分のわんこ好きを周囲に隠してるつもりになってるタイプのわんこ好きだ。
さりげなく、といった感じで自らもついていくという提案をするあたり、どうやらなかなかのやり手らしい。頭のキレは相変わらず素晴らしいの一言だが。
「あら、それは助かるわ。では、今週……は、少し忙しかったわね。来週の土曜日はどうですか?」
「分かりました。予定を開けておきますね」
「……え、来週の、土曜日? 湊さん、スマホ返してもらっていいですか?」
湊さんが提案した日時に、俺は思わず聞き返し、そして湊さんの手に握られていたスマホを返してもらってカレンダーアプリを起動。
俺の記憶が間違いでなければ、その日は……。
「あー……その日、俺と蘭がそこにデートしに行く日ですね」
偶然というのはかくも恐ろしいものだ。どうやって蘭へ言い訳しようか、それとも当日まで黙ってて偶然を装うか。
うんうんと頭を悩ませる俺が『デートの場所を変えればいい』という至極単純で全てを解決する一手に気付いたのは、デート終了後の夜、風呂に浸かっている時なのであった。
──次回。
美竹 蘭、キレる。
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ドッグカフェと青薔薇とメトロノームと赤メッシュ その二
「おはよう、亮」
「…………蘭さん? 集合駅前ですよね?」
来たる土曜日。結局蘭に「デートに行く店にあなたのライバルが御来店されますよ」と伝えることが出来ず、当日を迎えていた。
本来であれば集合時間は午前十時に駅前の広場と、たまにはデートらしい待ち合わせをしてみようと話し合ってみたものだ。
しかしどうだ。現在時刻朝九時半。時間も本来の時間から比べても三十分早い。おかしいな、俺のスマホ壊れちまったのかな。
「……別にいいじゃん。会いたくなったんだから」
「んっ……そ、そうか……そりゃあ俺も嬉しいよ……ははは……」
あーはいはい。今日滅茶苦茶甘えたい日なのね。おーけーおーけー、大体わかった。
本来であれば、これは俺にとっては嬉しい話のはずなのだ。あまり外へのデートに行きたがらない蘭がこうも乗り気で、しかも甘えたモード。ここが新国立競技場なら膝で芝の上を滑ってゴールパフォーマンスしてるところだ。ついでにユニフォームも脱いじゃうもんね。
しかし、しかしだ。この後確定で訪れる修羅場のことを考えると、どうしても手放しで喜べない。というか、喜べるわけがねぇ。
「と、とりあえず行くか? 俺としてはもう少しゆっくりしても大丈夫なんだが……」
「んー……でも、亮早く行きたいでしょ? 大好きだもんね、犬」
「お、おう! そりゃあもちろん!」
マジで、俺の恋人天使過ぎるんだけど。
今回に限って言えばその優しさが痛いんだけどね。確かに俺の『愛してる』と俺の『大好き』とが一緒に見れるとか、もう最高に決まってるんだよ。
だけど、今回はもうそれどころじゃない。
「んじゃあ、行くか!」
「……ん」
「……ん?」
何とか気合いを入れて出発しようとすると、何故か蘭が俺に向けて左手を差し出してきた。
思わずしげしげと手を眺めていると、蘭がそっぽを向きながらその手で俺の右手を指差してきた。
「…………手、握って」
ごめん、もう今日この子どちゃくそに甘やかしたいんだけど。いやいつもでろっでろになるまで甘やかしてるんだけどさ?
なんなの今日。なんで今日に限ってそんなに可愛いことするの美竹さん。俺お前の事好きになっちゃうだろ。いやもう戻れないくらい大好きなんだけどさ。
今日じゃなかったらもうでれっでれで蘭の事をエスコートしていたのだろう。なんで今日なんだ。どでかい心配事がある今日に限って外でも普通にくっつこうとしているんだよ。
「……おう。そりゃあ勿論」
精一杯絞り出した言葉は、実にシンプル。俺にとっては、今更手を繋ぐことぐらいなんて事ない。
差し出された手を指を絡めるように握る。女の子らしい柔らかさと指先の硬さが、なんだかとてもちぐはぐだった。
──駅前──
「ごめん亮。ちょっとお花生けてくる」
「……一瞬マジかと思ったじゃねぇか」
常日頃から剣山を持ち歩いている蘭(良い子のみんなは絶対に真似しないように)だから信じかけたが、普通にトイレに行くだけだった。
蘭を見送り、トイレの前の壁に背を預け、一つため息。折角のデートなのに余計なことを考えているせいで気分が上がらない。
はてさて、この状態の蘭にどう切り出せば良いのやら……と、目を閉じ思考を巡らせt瞬間だった。
「あら、奇遇ね。こんなところで出会うなんて」
「こんにちは、葉加瀬さん。絶好のドッグカフェ日和ですね」
「…………へぁ」
気の抜けたウルトラヒーローみたいな声出しちゃった。
顔を上げてみると、まるでこれからライブの本番だと言わんばかりに臨戦態勢の雰囲気の湊さんと、既に体中から幸せオーラを醸し出している紗夜さん。
心の準備なんて出来ていない状態での悩みの種との遭遇。思考は完全に鈍り始めていた。
「こ……んにちは。奇遇……って言っても目的地同じなんだから会いもしますよね……」
「それもそうね。美竹さんは?」
「あー……その、花を生けに」
「こんなところで……?」
「お手洗いでしょう?」
湊さんには通じなかったようで、真面目に腕を組み首を捻らせていた。紗夜さんは流石……というか、トイレの前に居るのだから察して欲しかったものだ。
さて、どうしたものか。内心冷や汗が止まらない。問題の先延ばしだと言われてしまえばそれまでだが、今ここで蘭と彼女たちを遭遇させたくない。
「そうですそうです……多分時間かかるでしょうし、先に行っといていいですよ」
「あら、別に目的地が一緒なのだから待ってても良いじゃない。ね、紗夜?」
「え、ええ……折角お会いしたのに、置いていくというのも心苦しいですし」
──あなたは寧ろ今すぐにでも行きたいでしょうが。今ここに立ち止まってることの方が心苦しいでしょうが。
先程からそわそわしっぱなしの紗夜さん。分かるよ紗夜さん。わんこ、早く会いたいよね。俺だってそうだよ。
しかし、(全く隠せてないが)わんこ好きを隠している紗夜さん。あまり露骨に助け船を出すわけにも行くまい。
どうにかして紗夜さんを誘導しなければ。
「いえいえ、お気になさらず。早く行かないと席無くなっちゃいますよ? 割と人気店みたいですし」
「! そ、そうですね……それでは……」
「紗夜、予約取っていたじゃない。時間まではまだ余裕があるわよ」
「ぐっ……そ、そういえば! あのお店その日の先着十組までに限定ドリンクを提供してるらしいですよ!」
「それは楽しみですね!」
「今もう十時よ。調べてみたら人気店みたいだし、とっくに十組入店済みじゃ無いかしら?」
「え、っと……今蘭腹壊してるから、時間かかりますよ!」
「そ、それは大変ですね!」
「じゃあ今すぐ暖かい物……ココアでも買ってきなさい。それくらい気を回してやりなさい。その方がモテるわよ」
「蘭一筋ですが?」
何なんだよ。なんでそんなにこの場所に固執するんだよ。察せよ。いい加減察してくれよ。俺が先に行ってて欲しいって思ってることにも、紗夜さんが早く行きたいことにも。そんなんだから蘭とよく衝突するんでしょうが。
何気に怒られちゃったし俺。口から出まかせだったとはいえ、正論言われてしまってはどうしようもない。
頼む、まだ出てこないでくれ……そう願って財布を取り出そうとショルダーバッグに手を突っ込んだ。
「そう、ありがとう亮……随分楽しそうだね」
世界の時が止まった。
ゆっくりと振り返ったその先。貼り付けたような笑顔を浮かべる最愛の人の姿が、そこにはあった。
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さよつぐデート尾行シリーズ
尾行作戦と赤メッシュ─その1─
「…………」
「皆、準備はいい?」
「できてる……」
「……失敗はー、許されないよー?」
「気合い入れていかないとな……」
この作品が始まって以来、最も参加メンバーが多い話になるな……と、何故かよく分からない考えが頭に浮かぶ。もっと言えば、初のシリーズ物になるだろうな、とも。
休日。普段なら蘭と過ごしたり幼馴染と遊んだりして過ごしている。今日も、いつも通り幼馴染と遊ぶ……のでは無い。
俺、蘭、モカ、ひまり、巴。
つぐを除く全員が、羽沢珈琲店の入口が見える路地に隠れていた。全員例外なく、とある富豪が雇っている黒服さん達のサングラスを掛けており、気合いの入りようが伺える。
「……さて、貴様がつぐに見合う人物なのか、しっかり見届けさせてもらうからな……! 『サッドネスメトロノーム』……!」
忌々しそうに、目線を向けた先。
そこには、余所行きの服を着たつぐと談笑している、氷川 紗夜の姿があった──。
─尾行作戦と赤メッシュ─
事の発端は一週間前。
いつものようにつぐを見て癒されるためにやってきた羽沢珈琲店。蘭と共にコーヒーを飲みつつ、談笑を楽しんでいた。
……のだが、段々とつぐの様子がおかしい事に気付く。
大きなミス等がある訳では無いのだが、どこか上の空と言った様子で、ぼーっとしてしまってお袋さんに突っつかれる、といった事が何度かあった。
「……何があったんだろうな」
「……何かあったんだろうね」
言ったセリフはほぼ同じ、なのにニュアンスは質問と回答。
十年来の付き合いを感じる機会が多くて申し訳ないが、その程度を感じ取ることは容易だった。
暫く談笑をしつつ、つぐを見守る。やってることは普段と変わらないけれども。
「あの、二人ともちょっといいかな? 今日はもう終わりだから……相談に乗ってもらってもいいかな?」
なんやかんやで、いつの間にやらつぐのお手伝い終了時間。つぐが後ろに引っ込んだかと思えば、エプロンを脱いだ状態で俺と蘭の元へやってきた。
どこか申し訳なさそうなことが気がかりだったが、別になんとも思っていないので了承。
「それで、相談って?」
ひと口つぐがカフェラテを飲んだ事を確認し、労いのセリフも程々に本題に入る。
つぐはぴくっ、と肩を震わせたかと思うと……頬を赤く染め、もじもじと身体を揺らす。
この瞬間、俺と蘭は非常に嫌な予感がした。そう、以前もこんな様子のつぐを見たことがあったからだ。
具体的には、『あの女』と会う直前。
「その……蘭ちゃんは分かると思うんだけど……氷川 紗夜さんって、亮くん分かる?」
「……Roseliaのギタリストの?」
「うん」
身構える。机の下で握っている拳が震える。ちらり、と蘭の様子を見ても、その表情が少し強ばっている様子が伺えた。
気分は娘が恋人を連れてきた時のそれ。蘭の親父の気苦労がよく分かった気がする……本当に分かる日が来るのは、恐らく二十年後位だろう。
つぐは先程よりも恥ずかしがっている様子で、おずおずと言った様子で口を開く。
「その……今度その紗夜さんと、二人でお出かけするんだけど……どんな服装で行ったらいいかな?」
ガシャン。
カウンターの中で、拭いていた皿を落としてしまうつぐの親父さん。明らかな動揺が空気を伝う。
俺と蘭もかなり動揺していた。それはもう、蘭が角砂糖を五個コーヒーに突っ込むくらい。
「そっ……それって、でっ、でででで、デートってやつなのかぁい?」
声裏返った。なんか頭おかしいピエロみたいな声になった気がする。
つぐの様子は、明らかに恋する乙女。知り合いの中でもトップクラスに少女漫画のヒロインみたいな展開が似合うと勝手に思っている。
純粋すぎてたまに不安になる。それこそ、とんでもない悪人に騙されてしまわないかどうか。
「でっ、でででで、デート!? そ、そんな訳ないよ! ただ一緒にお出かけするだけだよ!」
「それをデートって言うんだよ……別に『恋人』同士でなくとも、ね?」
あぅ……と口をつむぐつぐ。つむぐつぐ。ツムグツグ。ポケモンに居そうだなツムグツグ。寡黙ポケモン、ってとこかな?
つぐは両手で大事そうに持っているカフェラテのカップに視線を落とす。
どこか彼女が不安そうなのは、気の所為なのでは無いのだろう。
「……それで? 相談って、何よ? デートプランなら聞いても無駄だぜ? 俺と蘭はあんまりデートしないからな!」
「……その、えっと……変じゃ、無いかな?」
「「何が?」」
言わんとすることは分からないでもない。
同性。
その壁がデカすぎることは重々承知している。その価値観が、残念ながら俺の中には無いということも、世間的には少数派なことも。
それだけだ。つぐが好きになったのだから、外野がとやかく言うものでは無い。『好き』を止めることも、咎めることも、誰にもできない。
それはそれとして、お兄さんは許しませんよ! つぐちゃんに色恋沙汰はまだ早いわよ! 紗夜ちゃんはあなたを幸せにしてあげられるの!?
……なんて言わないのは、つぐには優しい世界で生きて欲しいから。
「……ありがとう、亮くん、蘭ちゃん」
その声が震えていたのは、気のせいだったのだろう。
──────
「それはそれとして、お兄さんは許しませんよ! つぐちゃんに色恋沙汰はまだ早いわよ! 紗夜ちゃんはあなたを幸せにしてあげられるの!?」
「あ、やっと言った」
つぐと紗夜さん。二人で並んで歩く二十メートル後ろを、五人でコソコソと尾行する。
つぐが紗夜さんに恋してしまったのは、仕方ない。応援する。その恋が実りますように。
それはそれとして、紗夜さんがつぐに相応しい人物かどうか、それを見極める必要が、俺達にはある。
もしつぐに悲しみの涙を流させようものなら……どうしよう。こういう時のマニュアルは用意していなかった。
とりあえず……あの後つぐからの恋愛相談に乗って、しっかりと『紗夜さんが好き』という事を聞いた。その瞬間つぐの親父さんがコーヒー豆の入った袋を床に落としそうになったのは、流石に笑いそうになった。笑えないが。
で、今度の土曜……つまり今日。紗夜さんと二人で出かける話になったとのこと。行き先は楽器店だったり、雑貨屋だったり。
それらにちぐはぐながらもアドバイスを送り、一週間の間に何度か相談に乗り、念には念を、服装も確認し、今日に至った。
うん、ごめんつぐ。不安すぎて幼馴染一同着いてきちゃった。バレないし邪魔しないから安心して?
「しっかし、つぐについに好きな人がかぁ……なんか嬉しいなぁ」
「巴……同い年だよ?」
やけに遠い場所を見つめている巴に、蘭は思わず呆れ顔。俺がつぐに好きな人が出来たと伝えた瞬間、泣き崩れたのは流石に笑ってしまった。相変わらず情に熱い。
お互いの幸せをきちんと願えるあたり、本当にいい奴らだな……と実感する。いい幼馴染をもって、俺は幸せ者だ。
……同級生から見たら、五対一ハーレムに見えるらしい。そいつのことは殺してバラして並べて揃えて晒してやった。
「よーし! それじゃあつぐと紗夜さんのデートの尾行、頑張ろー! えい、えい、おーっ!」
「「「「……」」」」
「こんな時ぐらいやってくれてもいいじゃん!!」
半ば強引に入れこまれた『不発の大号令』をしっかりとシカトできるあたりも、本当に仲がいいなと感じる、今日この頃。
幼馴染五人による、デート尾行作戦が、決行されるのであった。
あ、今回はオチはないです。
ご閲覧ありがとうございます。実は前書き後書き書く内容って毎度毎度悩んでるんですよね。今までも色んなか前書き後書き書いてますけど、それについて言及し始めたら、『あ、今日はネタ浮かばなかったんだな』とでも思っといて下さい。
感想、評価、お気に入り等して頂けると、ぐっすり寝られます。
それでは、また次回。
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尾行作戦と赤メッシュ─その2─
ってな訳で、約一年ぶりの更新です。
可愛らしい雰囲気の雑貨屋の店内。そもそものターゲットが若い女性なのだろう、店内の商品も女の子が好んで使いそうな可愛らしい小物やコスメ商品が所狭しと並べられており、男性客の姿は見たところ俺しかいない。
普通なら、少しだけ居心地の悪さを感じていたのだろう。というかそもそも、蘭とのデートは基本的に家だし、外に出たとしてもこんな店には蘭はあまり近付かない。
にもかかわらず、蘭や俺が店内に入っているのは、気になる商品を探しているから……ではない。
「羽沢さん。これ、羽沢さんが使われているハンドクリームでしたよね?」
「は、はいっ! よく分かりましたね?」
「ふふっ、以前たまたまつぐみさんが使っているところを見ただけです」
「そ、そうでしたか……私、普段から水回りの作業とかするので、ハンドクリームが手放せないんですよ。今はこれがお気に入りですね」
あそこでイチャイチャしやがっている大切な幼馴染と、彼女が想いを寄せている相手の女子のデートを尾行するためだ。
二手に分かれて物陰からちらり、と二人の様子を眺める俺と四人の幼馴染。皆が皆何時ぞやの感染症騒動の時のようにマスクを付け、蘭と巴はサングラスを、モカとひまりは目立つ髪色を隠すために帽子を深くかぶり、俺は蘭の眼鏡を借りていた。
彩さんみたいなド下手くそな変装ではない、中々自然な変装だ。今なら心の怪盗団になれそうだ。
……いや待て、心を奪っているのは、あそこにいるメトロノームではないか? つぐみの心を奪っているという意味では、彼女は紛れもなく心の怪盗……!
「紗夜さんは、心の怪盗団だった……?」
「何変なこと言ってるの」
名探偵並みの俺の推理は、恋人に華麗に一蹴されてしまった。相変わらず厳しいところはとことん厳しいっすね美竹さん。そんなところも大好きだけどさ。
しかし、そんな俺と蘭の距離位すぐ側に立っている氷川紗夜。前々から思ってたんだけど、あなたうちのつぐの前ではあんまりとげとげしないですよね? なんかもう少女漫画の王子様キャラみたいなキラキラ見えるんだけど。
その証拠に、うちのつぐはそんな雰囲気を醸し出している紗夜さんに完全に目を奪われていた。完全に少女漫画だあれ。
「……さ、紗夜さんはどんなハンドクリームを使ってるんですか?」
見惚れていた彼女が、止まっていた会話を転がそうと口を開く。今日の彼女は俺と蘭、更にはリサさんの力も借りて完璧に仕上げてきた。肌寒くなってきたので黒いセーターに、店の制服を連想させる配色がなされたチェック柄のジャンスカと割とシンプルにまとめた。親父に頼み込んで早朝に髪を軽くセットしてもらい、ほんのりとメイクも施してくれた。親父そんなことも出来たのね。
つぐは自分のことをやれ普通だの特徴が無いとか言うが、つぐは十二分に可愛いし、ちょっと着飾れば十人中十人振り返らせるようなポテンシャルを持っている。事実、ここに来るまで道行く人が何人かつぐの事を目で追っていた。
しかし、今日のつぐは目の前の彼女のために、頑張っておしゃれをしたのだ。
恋する女の子は、誰だってシンデレラだ。
「特にこれといったこだわりも無いのですが……羽沢さんのおすすめですし、これにしましょうか」
「へっ……」
そして、彼女はつぐにとっては王子様のようなものだろう。
先程から、紗夜さんの立ち回りはつぐを喜ばせるためにやっているのではないかと疑うほどで、事実つぐは傍から見ても頬が上気し、確かな喜びを感じていることは明らかだった。
この女、できる。後で教えてもらお。
「っ!!」
「蘭っ、落ち着け! 剣山は不味いって!」
「だって! あんな事されたら女の子は誰でも落ちちゃうものなんだって! あたしも亮からお揃いのペンもらったのすっごい嬉しかったから分かる!!」
「お前が俺のこと大好きなのは分かったから一回落ち着けっ!今刺したら捕まるって!」
惚けたつぐを見て、アフグロ内でもトップクラスにつぐを過保護に守っている蘭が剣山片手に飛び出ようとした。俺は背後から蘭のことを抱きとめ、必死の説得を試みる。あ、今日の蘭いいにおいする。久しぶりに皆と出かけるから、気合入れたのかな?
なんて下心丸だしな事を考えながらでも、蘭の事を押さえるのは実は容易。やはり男女の体力差というのはかなりの差がある。ん? 弦巻こころ? 北沢はぐみ? 奥沢美咲? ……あの曲芸集団のことは忘れてくれ。
「っ!!」
「巴、落ち着いて! バチは不味いって!」
別の場所からつぐのことを眺めていた巴も、今のはかなり堪えたらしい。必死に止めるひまりの声が聞こえてきた。落ち着けおまいら、バレるぞ。
「……えっと、ほ、他のハンドクリームも見てみませんか? ほ、ほら! これなんてクラスの女の子たちもよく使ってるものですし!」
しかし、つぐには俺たちの声は聞こえていないようで、必死に紗夜さんにほかのハンドクリームを勧めようと、棚に陳列されているハンドクリームの棚に手を伸ばす。
……大方、『紗夜さんとお揃いなんて恐れ多い』とか思ってるんだろうな。つぐの奴、自分に対する評価がかわいそうなほど低い。そのせいで普段からツグっちゃう癖がついてしまい、何回かそれでひどい目にも遭ってきたにも拘らず。
さぁどう出る氷川紗夜。返答如何によっては、貴様の墓場はここである。
「……正直に申し上げますと、私は、つぐみさんと同じものがいいと、思っています。もちろん、羽沢さんが嫌でなければ、ですが」
先ほどまでと比べて、言葉をひとつひとつ丁寧に選んでいるのだろうか。はきはきとした物言いは鳴りを潜め、眉を下げ目を細め、自身が無さそうにつぐの顔を覗き込む。
──怖いよな。相手の深いところに入り込むのは。相手の真意を問おうとするのは。相手と心を繋ぐのは。
半年前、厳しい寒さの公園で蘭に想いを告げた時のことを思い出す。あれより怖かったことなんて、蘭の親父さんに交際の報告をしたときぐらいしかない。
今、彼女はそんな恐怖の一端を味わっているのだろう。どんな感情から来た行動であれ、つぐに近付きたい、という想いに違いない。
既視感を覚えた俺は、落ち着いてきた蘭を宥めつつ二人の行く末を見守る。つぐ。紗夜さんはきちんと伝えたぞ。
「……嫌じゃ、ないです。でも……本当に、いいんですか?」
「勿論」
つぐも、一歩踏み出して見せた。物理的にも一歩、精神的にも一歩。
幼馴染の俺たちですら、家族相手にすら自分の気持ちを押し殺してしまい、蘭とは違う意味で素直になれないつぐが。
あんなに必死そうに、あんなに不安そうに。
あんなに──嬉しそうに、笑って。
「……なぁ、蘭、ちょっと泣く」
「……あたしも、ごめん」
メガネを取り、上を見上げる俺。サングラスを外し、黙って俯く蘭。
喜びなのだろう。長い付き合いの親友の成長を間近で見たことによる嬉しさ。
寂しさなのだろう。それのきっかけが俺たちではなかったことによる悲しさ。
本当に、本当に紗夜さんのことが好きなんだな、つぐ。
大切な幼馴染の成長を目の当たりにした俺達……この時、別の場所で見ていた残りの三人。
合わせて五人、そんなつぐの様子を見て感極まってしまい、店員や他のお客さんから怪訝な目で見られる羽目になるのであっま。
「…………」
「紗夜さん? どうされました?」
「いえ、なんでもありませんよ」
だから、紗夜さんが俺たちの方に目を向けていることに、全く気づかなかった。
ご閲覧ありがとうございます。こんな世の中だからどこかに遊びに行くなんてことも無く、デートってなんだっけと思いながら書きました。次は大丈夫かなぁ。
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それでは、また次回。
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