アークナイツ.Sidestorys Day After Day (Thousand.Rex)
しおりを挟む

序章

12/6 修正しました


それは、ある日の出来事だった

 

「ストレイドー、遊ぼー?」

 

「嫌だ」

 

ロドス・アイランド、鉱石病から世界を救うべく世界各地を渡る方舟

より多くの人を救う為、けして命を見捨てぬために日々奔走する医療組織

 

「遊ぼうよー、ねえねえ」

 

「面倒だ」

 

その船の一室、本来なら客人を迎え入れるための部屋

応接室と呼称されるけして私室ではない場所、そこで

 

「遊んでよー」

 

「子供は子供同士で遊んでろ」

 

一人の傭兵と少女が戯れていた

 

「ダメ―?」

 

「駄目」

 

「どうしても?」

 

「どうしても」

 

傭兵の名前はストレイド、いつしかロドスに渡ってくるようになった男

応接室のソファに横になり、グラビア雑誌を読みふけっている

 

「もう、そんな本読んでないで遊んでよ」

 

「ほう、この叡智の結晶を馬鹿にするのか、リンクス」

 

リンクスと呼ばれた少女はストレイドの胸の上に跨り跳ねている

遊んでくれと催促しつつ的確に彼の肺にダメージを与えている

 

「裸の女の人が映ってるだけじゃん」

 

「それが結晶なんだよ、これを考えた奴は天才だ」

 

「意味わかんないよ」

 

「わからなくていい、お子ちゃまにはな」

 

正論ではある、だが子供の前でそんなものを眺めている方が悪い

 

何故こんな状況になっているか、理由は複雑

この傭兵、応接室を私物化しているのだ、許可なく占領している

とある事件を境にロドスに現れるようになったこの男はあろうことか部屋を勝手に改造しあらゆる場所に隠し棚を用意した

その中には酒や菓子、雑誌の類が隠されている、その内の一つにとても子供に見せられないものが含まれている

いま彼が読んでいるのがその問題の代物だ、何故誰も捨てない

 

「ほら、しまってしまって」

 

「おいこら、丁度見開きのタイミングなんだ。勝手に取るな」

 

「こんなの見なくていいでしょ。ここには綺麗な人沢山いるんだから」

 

「むう……そうは言うがな、リンクス」

 

リンクスが強引に奪いソファの隠し棚を開ける、外側、丁度手すりの下辺りのスイッチを押す

側面が開く、そこに雑誌を入れる

 

「……覚えましたよ、その位置」

 

「リンクス、こいつの前で開けるなと言ったろうに」

 

「でも収納には使えるよ?」

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ」

 

「後で中身を確認させていただきます」

 

そういって対面から恨めし気にストレイドを見るのはリスカム、BSWから派遣されているオペレーター、過去に彼と面識のある人物でもある、あまり人には話さないが

 

「やれやれ、また増やさないとか」

 

「やめなさい、ここの人が迷惑します」

 

「大丈夫大丈夫、俺とこいつぐらいしか位置は把握してないから」

 

「うん、わたしとストレイドぐらいしかわからないと思うよ」

 

「そうですか、ならリンクス、今度何かお菓子を買ってあげましょう」

 

「ホント!?」

 

「ええ、その代わり棚の位置を教えてください、全て」

 

「いいよ!」

 

「待てこら、物で釣るとは感心せんな」

 

「それよりもあくどい事をしてるのによくそんなことが言えますね」

 

ストレイドが抗議しながら身を起こす、一見真っ当に聞こえるがどう考えてもリスカムが正しい

彼が起きるのに合わせてリンクスが上から退く、そのまま彼の横に座る

 

「まったく、もっとこう優しい考えは出来んのかお前は」

 

「ここを立ち退かせていない分優しいと思いますが」

 

「一理ある、このソファを失くすのは惜しい」

 

「あなたのではありません、客人用です」

 

「客人だよ、俺は」

 

「誰がですか、勝手に来てるだけでしょう、もう」

 

プンスカしながら視線を手元に落とす、その手にはクリップボードがある

 

「で、なんの報告書だ?それ」

 

「別に、バニラの修練状況とジェシカとフランカの作戦報告書ですよ」

 

「なんだ、別れたのか、珍しい」

 

「いつも同じ組み合わせでは戦法が偏ります、その分臨機応変に動けません」

 

「馴れさせておきたいと、真面目だねえ」

 

「あなたが不真面目なんです」

 

紙をめくり内容に目を通していく、それを何も言わずにストレイドが見守る

 

「……なんです、じっと見て」

 

「別に、お前のしかめっ面を眺めてるだけだ」

 

それを聞いてさらにしかめる、よくあることだ

 

「ねえねえストレイド」

 

「お、どうした」

 

その様子を眺めていたリンクスが声をかける、彼を見上げ笑顔で話す

 

「座らせて?」

 

「いいぞ、ほら」

 

「わーい!」

 

催促され膝を叩く、それを見たリンクスが膝に座る

 

「~~~♪」

 

「何がいいのかわからんな、俺には」

 

そう言いながら口に煙草を咥える、火は点けない

はたから見たら仲のいい親子だろう、実質そのような関係の二人だ

随分と、平和な光景だ、こんな光景が続いてくれるならいいのに

 

「…………」

 

「なんだ、じっと見て」

 

「……なんでもないです」

 

二人のそんな姿をリスカムがじっと眺める、それに気づいたストレイドが声をかける

 

「用がなきゃ見ないと思うが」

 

「なんでもありません、気にしないでください」

 

「……ふむ」

 

何か考えた後、リンクスを横に少しずらす、膝が片方空く

 

「なんのつもりですか」

 

「見りゃわかるだろ、ほら、来いよ」

 

「……行きません」

 

膝を叩く、座れと促すように

 

「遠慮するな、来いよ」

 

「行きません」

 

「先輩に甘えられるチャンスだぞ」

 

「行きません」

 

「誰も見てないぞー」

 

「……行きません」

 

これはからかってるだけだ、けして本気ではない

いざ座ろうとすれば彼はリンクスを使って邪魔するだろう、そして笑うのだ、引っかかったなと

 

「リスカム、一緒に座ろう?」

 

「断ります」

 

「ほらほら、いまならなでなでが付いてくるぞ」

 

「あなたにされても嬉しくありません」

 

意味の解らない攻防が繰り返される、それを扉の隙間から覗く誰か

 

「……先輩、行きませんね」

 

「そうでしょうね。恥ずかしいのよ、多分」

 

「恥ずかしいからじゃないと思いますが」

 

ジェシカ、フランカ、バニラの三人がそっと見守っている

 

「先輩、これが家族愛というものですね」

 

「ええそうよジェシカ。娘二人とコミュニケーションをとろうとする父親、天真爛漫で彼を疑わない次女、反抗期で甘えるのが恥ずかしい長女、そんなところね」

 

「違うと思うなー……」

 

これはとある世界の物語

 

「先輩、頑張って……!」

 

「……フランカ先輩、この場合母親は誰に……あっ、フランカ先ぱ――――」

 

「死にたいのかしら」

 

「ナンデモアリマセン」

 

いつかきっとありえるかもしれない、そんな日常の一ページ

 

「カモン、リスカム」

 

「嫌です」

 

「こっちにおいでよー」

 

「嫌です!」

 

あたり前な小さな平和、いつかありえてほしい、そんな平穏

 

 




こんな感じの話です、基本アフターはこっちに来ます
平和なものから再びシリアスなものまで書くことになります

本当はそのまま繋げるつもりでしたがあっちはあっちで終わらせておいた方がいいかと思いましてこうなりました
設定はあちらから引き継ぎます

楽しんでいただけると幸いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やまねこのおかんがえ
早とちりはやめましょう


12/6 修正しました


ある日のロドス

 

「えーと……これで提出するものは終わり、と」

 

バニラは一人、報告書の整理をしていた

基本的には訓練課程の確認とその成果、あとは簡単な体力測定の結果など

特別困るようなものはない、せいぜい教官のしごきが辛いぐらいだ

今日は思ったより早く終わり、提出も終わってしまった

この後どうしようか、ペットの世話でもしようかと考えている所に事は起きた

 

「……ん?」

 

近くから何か聞こえる、誰かの話し声、どこかで聞いた馴染のあるもの

周りを見る、ここはどこだったか、そして気づく

 

「今日、あの人いるのかな」

 

そこは応接室の近くだった、今日はあそこの使用予定はない、ならあの人災がいるかもしれない

 

「一応、挨拶すべきかな……」

 

正直彼のことは苦手だ、どこか飄々としていてさらりと問題発言し、さも当然のように尻を触ってくる、ダメ男の典型例である、にも関わらず先輩二人は彼を信頼している、何故だろう

確かに腕は立つ、頭も回る、そして仲間の命を優先する、相手をすべて屠ることだけ見逃せばオペレーターとしては最高だ

ただ人間性がかみ合わない、あのセクハラに耐えられない、これが正規のオペレーターならドクターかアーミヤ辺りに言えばいい

だが問題がある、彼はロドスに雇われている訳ではない、勝手に来てるのだ

 

「どーして皆何も言わないんですかねー」

 

バニラは一応彼の後輩にあたる、もうBSWを辞めてる人だが

礼儀としてあいさつはしておこうと応接室の扉に近づき

 

「フランカ先輩?」

 

声の主に気づく、聞きなれた声が聞こえる、それと一緒にストレイドの声が小さく聞こえる

なんとなく耳を当て、二人の会話を聞いてみる

 

「――ちょっと――――むう――」

 

「休んでちゃ――――手を動か――」

 

「……?、何してるんだろ」

 

何やら言い合っている、その割には声が小さい、そのまま盗み聞く

 

「――あなたの――――大き――」

 

「悪い――――もうすこ――力をいれて――――」

 

「…………んん?」

 

怪しい気配がする、フランカの声も少し吐息が混じってる気がしなくもない

 

「……こう?」

 

「ぐっ! ……ああ、そんな感じで続けてくれ」

 

どこか困惑しているフランカの声と何かに悶えるストレイドの声

 

「これは、まさか……」

 

個室、男女、二人っきり

 

「せっ…………せっ…………セッ……!」

 

何も起きない、いや、彼が何もしないわけがなく

もしもの可能性が頭をよぎり、体が動く

 

バァン!

 

「センシティブ警察です!! 淫らな行為はお辞めてください!!」

 

「わあっ?!」

 

「あ?なんだそりゃ」

 

扉を思いっきり開く、ドアが派手にぶつかる

その音に驚いたのかフランカが叫ぶ

 

「何よバニラッ?!いきなり大声出して・・」

 

「ってあれ? どういう状況です? これ」

 

「こっちが聞きたい、どうした金ヴルちゃん」

 

だが中では不祥事など行われてはなく、それとはまた別の奇妙な状況だった

 

「いや、その……これは、どうしたんです?」

 

「どうしたって……なにがよ」

 

「先輩、どうしてストレイドさんの背中に乗ってるんですか?」

 

何故かフランカがストレイドの上に乗っていた

 

「見てわからんか、この由緒正しき肩揉まれの体制を」

 

「肩もみでは」

 

「俺は揉まれてる側だから揉まれが正しい」

 

ストレイドはソファの上で腕を組んでうつ伏せになり伸びている

その背にフランカが跨る形で乗っている、そして肩のあたりに手をあてている

 

「何故こんなことに?」

 

「別に、なんだか辛そうにしてたから揉んであげましょうかって言ったのよ」

 

「で、お言葉に甘えた」

 

言いながら手に力を籠める、体重を乗せて肩のツボに手のひらを押し付ける

 

「おー、これぐらいがいいなあ……」

 

「ふっ!……ぐぅ……んっ!」

 

「ぐお……むう…………ふぅ」

 

フランカの体が揺れる度ストレイドが悶えている、気持ちいいらしい

 

「あー……リンクスだと力が足りねえから新鮮だなー」

 

「ねえ、ちょっと凝り過ぎよ、あなた」

 

「仕方ねえだろ。ここにいない時は俺は一人なんだよ。肩もみはおろか肩叩きもしてもらえない」

 

「まったく、ならもう少し頻繁に来なさい」

 

「なんだ、会いたいか」

 

「そういうことじゃないわよ」

 

「仲のよろしい事で」

 

どうやら杞憂で済んだらしい、早とちりはよくない、なんとなく扉を閉める

何だか拍子抜けしてしまい空いてるソファに座る、そうしてなんとなく眺めている

 

「……ふう、これぐらいでいいでしょ」

 

「ああ、随分軽くなった。やはり持つべきは可愛い後輩か」

 

「気持ち悪いこと言わないで、寒気がする」

 

「照れるなよ、もっと可愛く見えちまうぜ」

 

「…………ホント、仲いいですね」

 

終わったらしく肩をぐるぐる回しながら立ち上がる、入れ替わるようにフランカが彼のいた所に座る

結構満足げな顔をしていた、和むようなそんな顔、この人でもそういう事があるのか

 

余談だが鳥は肩のあたりをマッサージされるのが意外と好きらしい、小鳥を飼っている人はくすぐるような感じで揉んであげよう、気持ちいいと軽く鳴いて知らせてくれる

 

「いやしかし、かなり楽になった、何か礼でもしてやるかね」

 

「いいわよ別に」

 

「まあまあ、一宿一飯の恩とかいうだろ。何かやらせてくれ」

 

「……別にやってもらうような事、ないのよね」

 

「む、そうか……ああならこうしよう」

 

そういってフランカの肩に触る

 

「なによ」

 

「別に、同じことをやり返してやるだけだ」

 

「……肩、揉んでくれるって事?」

 

「そ、ほら横になるといい」

 

手をワキワキさせながら言う

 

「……あなたに、体を預けろと」

 

「なんだ、不安か」

 

「そうに決まってるでしょ。肩をもむと見せかけて胸とか揉むつもりでしょ」

 

「しねえよ、純粋なお返しのつもりだ、これは」

 

変わらずワキワキさせながら言う、信用させる気ないだろ

だがまあわざわざ口で言ったということはホントなのだろう、彼女もそう考えたのか

 

「ホントにしない?」

 

「しないしない」

 

「乱暴しない?」

 

「ダイジョブダイジョブ」

 

「……急に盛ったりとか……しない?」

 

「しつけーな、平気だって」

 

何度か確認を取り

 

「そう、なら、えっと……ストレイド」

 

「ん?」

 

「その、優しく……して、ね?」

 

バァン!

 

「しゃっ! しゃんP!! 駄目!! 絶対!!」

 

「きゃあっ?!」

 

「またか」

 

「わたしを混ぜないでください」

 

今度はジェシカが扉をブチ破ってきた

 

「不誠実です!! ちゃんと心に決めた人と二人……きり……で……?」

 

「その? は俺のだよ、ジェシカ」

 

「あなたもどうしたの、そんな慌てて」

 

「ジェシカ先輩、その気持ち、お察しします」

 

反動が残った扉が戻っていく、綺麗に閉まる

どうやらバニラと同じ勘違いをしたらしい

 

「すいません、早とちりでした……」

 

「別に、怒るような事じゃない」

 

「逆に何と勘違いしたのよ」

 

「…………逆に何故勘違いした理由がわからないんですか」

 

「「?」」

 

二人そろって?を浮かべる、もういいや

 

さらに余談だが鴉は一度番いを決めた場合他の鴉に目を向けることはまずない、どこかの誰かと違って誠実です、ヤッタネ

 

「まあいいか、じゃ、そこに横になれ」

 

「はいはい、まあ見張りがいるし平気よね」

 

「あの、これは何をやろうとしてるの?バニラちゃん」

 

「肩もみです、ただの肩もみです、はい」

 

「肩もみ?」

 

「経緯を話すのが面倒なので聞かないでください」

 

「そう?ならまあ、いいや」

 

ジェシカがバニラの隣に座る、フランカは先ほどストレイドが座っていたように横になる

 

「……むう」

 

「どうした、微妙な顔して」

 

「いや、さっきまであなた、ここに寝てたなって思って」

 

「それがどうした」

 

「あなたの匂いと温もりが残っているのに気がついちゃって」

 

「やめろよ、興奮するだろ」

 

「私の妄言だったわ、忘れてちょうだい」

 

ストレイドが近くに立ち袖をまくる、そしてフランカの肩に手を伸ばす

 

「これぐらいでいいか、力加減」

 

「……ん、もう少し強くていい」

 

「あいよ、じゃあこうか」

 

「……ええ……それぐらいで」

 

フランカの声が少しくぐもってる、結構上手いのか

バニラとジェシカはその様子を二人で見守る

 

「んー、おらっ」

 

「……く、うん…………」

 

「「…………」」

 

何も言わずに見守る

 

「よいしょ」

 

「……はぁ……んく……あ……」

 

「「…………」」

 

とりあえず見守る

 

「ふんっ」

 

「……はぁ……ん……うぅん……はぅ…………」

 

「「…………」」

 

 

 

「てい」

 

「はぁ……んっ!」

 

「「!?」」

 

なんかエロい声でてきた

 

「ちょちょちょちょ!!ストレイドさん?!何をしておいでで?」

 

「ん?いや、肩揉んでるだけだが」

 

「へ?え?フランカ先輩?」

 

二人でストレイドを止めにかかる、だが彼は特別何もしてない、見ている限り本当に肩をもんでただけだ

意味が解らない、何があったのかフランカの様子を見る

 

「先輩、なにが――」

 

「……あ……もう、おわり……?」

 

「先、ぱい……?」

 

状況に気づいたのかフランカがこちらを向く、だがおかしい

 

「どうしたんです?」

「……ん、ストレイド……まって」

 

なにやら呂律が回ってない、それどころか動きが鈍い

 

「どうした、様子がおかしいが」

 

「……ストレイド、もっと……」

 

「あん?」

 

「もっとぉ……してぇ…………」

 

その目は恍惚としており表情は蕩けている

 

「え? え? 何したんです!?」

 

「いや、肩もみをだな」

 

「どうやって!?」

 

「こうやって」

 

そう言って揉んでいたであろう手を見せる

握りこぶし、親指だけ立てている

 

「指圧でグイッと」

 

「え、それだけ?」

 

「それだけ」

 

「まってぇ……もっと気持ちよくさせてぇ…………」

 

フランカがストレイドの腕を掴み縋りつく、ご執心らしい

 

「……これは、中断した方がいいな」

 

「え、あ、はい、そうですね」

 

「そしてベッドルームにゴーだ」

 

「駄目です!!」

 

状況がわからない、さすがに嘘をついてるようには見えない

どうすればいいのか慌てていると

 

「そういやあいつもこうなったな、腰が砕けて立てないとか言ってたっけ」

 

「え? 誰がです?」

 

「リスカム」

 

直後、ノックが響く

 

「ストレイドー」

 

「失礼します、ドクターが呼んでいました……ん?」

 

リンクスとリスカムが入ってくる

 

「おお、丁度いい、フランカを剥がしてくれ」

 

「あれ?フランカどうしたの?」

 

「いやその、なんだか変なことになってて・・・!」

 

「いかないでぇ……もんでよぅ……せつないの……」

 

「あわわわわ……!」

 

「…………これは」

 

状況を理解したのかリスカムがストレイドのもとに行く

 

「あなた、さっき何をしました」

 

「いや、肩もみをだな」

 

「……肩もみ、どうやって」

 

「こうやって」

 

先ほどのように指を立て、ひっついてるフランカの肩を押す

 

「あぁんっ!」

 

「こんな感じ」

 

「……なんてことです」

 

頭に手をあて困った顔をする、心当たりがあるらしい

 

「……私、前に言いましたよね」

 

「何を」

 

「マッサージの類をあなたはしていけないと」

 

「あ?…………ああ、言ってたな、そういや」

 

「え、どういうことです」

 

「リスカム先輩、何が起きているんですか?」

 

リスカムが未だ夢心地のフランカを剥がして肩に担ぐ

 

「彼女は医務室に連れていきます。ジェシカ、一応付いて来てください」

 

「え? は、はい」

 

「俺はどうする」

 

「あなたは何もせずドクターのもとに、呼ばれていました」

 

「……まあいいか。じゃ、フランカは頼んだ」

 

「頼まれました」

 

リスカム、フランカ、ジェシカ、ストレイドが消える

残されたのはバニラと、リンクス

 

「……え?」

 

「あっ、そういうことか」

 

「何が?」

 

一人事態を理解したリンクスに答えを聞いてみる

 

曰く、彼はリスカムからマッサージの類を禁止されていること

なんでも彼の特殊な体術の癖が影響して指圧など一点に集中する力の入れ方に特化してるらしく、そのせいで恐ろしい腕前になっているとか

過去にロドスでリスカムがやってもらった時、同じように動けなくなったとか

この御業に関してストレイドの知人からこう名付けられている

 

ゴッドフィンガー

 

それはあらゆる肉体を快楽に導く神を冠する秘術

これの持主は、大体自覚がない




『デトロ!!開けろイト市警だ!!』

本来の元ネタです、そしてそのまま早とちりを続けて毎度おなじみリスカムブローで終わらせるつもりでした、ですがその時とある声が私のPS4から流れてきたんです

『ゴオオォォォォッドオォォフィン○アァァァァァァァァ!!』


偶然って恐ろしい

ちなみに事実上の一発目かつサブタイトルがサブタイトルなのにリンクスが最後にしかいないという状況ですが

これはこんな感じのお話ばかりです、下ネタばかりじゃないことを祈ってください



どうでもいい話を一つ、私、BSWの面子で話を書いていますよね
なら、BSWのキャラが好き、という結論に至りますよね、ええ四人とも性格が面白いので好きです
じゃあ、どのキャラが一番好き?と聞かれてどう答えるか









ナイトメアです

グロリアではありません、ナイトメアです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ケオベのキノコ迷宮 ~Raven.s playground~

オリジムシレースに天啓を得た


あなたは道中、とあるキャンプ地へと訪れた

そこには大勢の人がいる、武装をしている所を見るに兵士のようだ

 

彼らはキャンプ地の中央付近に集まっている、皆々、大声で何かを叫んでいる

好奇心に負けたあなたは集団の一人に話しかける「ここで何をやっている?」

問われた者はこう言った 「ちょっとした賭け事をしているんだ、どうだ? お前も足を休めるついでに賭けてこいよ」

 

ちょいとばかり悪趣味だがな、彼はそう言って近くで首から簡易的な投票箱をぶら下げている少年を指さした

その箱にはこう書かれている、『AMIDA相撲開催中!! 賭け金は源石錐三つから』

 

土俵の上では何とも言えないフォルムの虫たちがお互いに体をぶつけあっている

 

 

1.源石錐三つを消費して賭けに挑む

 

2.「下らない」、そう吐き捨てて旅の疲れを癒す、耐久値を三回復する

 

 

1.源石錐三つを消費して賭けに挑む←

 

 

あなたが賭けた虫は鬼神のごとき勢いで他の虫を圧倒し、瞬く間に頂点へと登りつめた

源石錐を六つ獲得した

 

 

あなたは謎の中毒性を感じ、再び投票箱の前へと立った

 

1.もう一度賭ける、源石錐を三つ消費

 

2.これ以上は必要ないだろう、寝床を借りて休憩する

 

 

1.もう一度賭ける←

 

 

あなたが賭けた虫はやる気こそあったが最後に自爆してしまった

賭けに負けた

 

 

あなたは謎の中毒性を感じ、再び投票箱の前へと立った

 

1.もう一度賭ける、源石錐を三つ消費

 

2.これ以上は危険だ、無駄に浪費することになる

 

 

1.もう一度賭ける←

 

あなたが賭けた虫は途中まで順調に勝ち進んでいたが、突如として羽を羽ばたかせどこかへ消えてしまった。勿論、賭けは敗北だ

 

 

あなたは怪しい魅力を虫に感じてきてしまった、再び投票箱の前へと立った

 

1.もう一度賭ける、源石錐を三つ消費

 

2.「お前も好きだねぇ」苦笑しながら止めに来ている男のいう事を聞きおとなしく休む

 

 

1.もう一度賭ける←

 

 

あなたは賭けに参戦した、賭けた虫は次々と他の虫を蹴散らした

だが途中でこちらに視線を向けてきたかと思うと、バッタのように飛び跳ねて抱き着いてきた!

 

おたから、【AMIDAちゃん】を手に入れた

 

 

あなたの頭の中は虫に毒されてしまった、再び投票箱の前へと立った

 

1.もう一度賭ける、源石錐を三つ消費

 

2.先ほどの男の言葉を思い出し、賭けを辞めて休憩する

 

 

1.もう一度賭ける←

 

 

賭け事に参加し固唾を呑んで虫たちの雄姿を見守っていると、いきなり誰かの怒号が聞こえた

そこには金髪ツインテールの少女がいた、どうやら虫を見世物にされたことに憤りを感じているらしい

 

何度か遺憾の言葉を連ねると指を鳴らす

 

すると、どこからともなく虫の大群が現れ会場はパニックになった

 

1.騒動に紛れて幾分かの資金を頂いていく、源石錐を十二個獲得する

 

2.被害にあわぬうちにさっさと退散する

 

 

1.騒動に紛れて幾分かの資金を頂いていく←

 

 

あなたが資金を頂戴していると先ほど話しかけた男が近づいてきた

「面白い奴だな、こいつも持ってけ」男に何かを渡された

どうやら刀のようだ、鞘から引き抜いてみる、蒼く輝く刀身が印象的な一振りだった

 

おたから、【月明かりの名刀】を手に入れた

 

そろそろ頃合いか、あなたは折を見て逃げ出した

振り返るとさっきの男がひらひらと手を振っていた

 

 

…………………………………

 

「う~~~~……!」

 

「……どうしたんだよ、ずっとくっ付いて来て」

 

「ラヴァ、変な虫いない?」

 

「変な虫?」

 

「珍しいわね、ケーちゃんがあんな風に怯えてるなんて。何かあったの?」

 

「なんか、怖くはないけど怖い夢を見たらしくて」

 

「どんな夢よ、フェン、何か聞いてないの?」

 

「聞いてないですね、フランカさんも何か知ってたりは……」

 

「しないわねー……。強いて言うならバニラのペットぐらいだけど」

 

「どすぐろちゃんは変な虫じゃありません!」

 

「だって」

 

「あはは…………」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

【AMIDAちゃん】

ピョンピョンと飛び跳ねてじゃれついてくる姿は愛らしい

戦闘の際、特殊ユニットとしてAMIDAを配置できる、スキルゲージが溜まると自爆し敵味方問わずに大きな物理ダメージを与える

 

【月明かりの名刀】

蒼く輝く刀、名刀とは言われていないが確かな力を感じる

全オペレーターの術攻撃力を15%上昇させる




キノコ迷宮、クリアできませんでした!

ぽっと出で思いついたネタ、ケオベは持ってないので喋り方がわからない

金髪ツインテールって誰? あちらの本編の後日談をお読みください

最後に手を振ってた男って誰? オイラにはわかんないや♪


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『誰得なのよ、この話』

これはアーマードコアを知らない人の為の解説回になります
どうでもいいわ、って人は読まない方がいいですね


「えー、ゴホンッ」

 

「その、ストレイド」

 

「フランカ、何を言いたいかわかりますが少し待ってください」

 

「ストレイドー、何やるのー?」

 

「楽しいことだ。さて諸君、まずは点呼といこう」

 

「はーい!」

 

「……学校ではないのよ?」

 

「わかっています、そんなこと」

 

「はい、じゃあまず出席番号一番。リスカム君」

 

「はい」

 

「真面目に返事するのね」

 

「一応、講義ですから」

 

「二番、フランカ君」

 

「……君って付けないで、何だか鳥肌が立ってきた」

 

「なんだと、人がせっかく教師らしく振舞おうとしてるというに」

 

「似合わないのよ、昔から」

 

「まあいい、三番。リンクス君」

 

「はい!」

 

「いい返事だ、どこかの誰かさんも見習うように」

 

「えー…………」

 

「さて、最後。四番、堕天使ちゃん」

 

「はーい」

 

「……モスティマさん、何故ここにいるので?」

 

「彼が面白い話をしてくれるってことだから、聞きに来たのさ」

 

「自由参加だ、誰が来ても追い返すことはしないさ」

 

「講義室を一つ占拠してまでやることなの?」

 

「今日はここ使わないって話だからな、問題ない」

 

「ドクターもやっていいって言ってたからね、大丈夫だよ」

 

「そういう問題じゃないと思うのだけれど」

 

「さて、今日の講義の参加者はこの四人だな」

 

「何事もなかったように進めないでよ」

 

「何事もないだろ、では授業を始める」

 

「……何の授業です?」

 

「それは今から言うのさ、その名も……!」

 

「ストレイド先生のAC講座ー!」

 

「いえーい」

 

「イエーイパチパチ~」

 

「私が間違えてるのかしら」

 

「間違えてはいません、正常です」

 

「さて、ここではこの小説のタグに付いているアーマードコア、通称ACに関して話そうと思う」

 

「はい教諭」

 

「なんだリスカム」

 

「ナレーションの方が息してません」

 

「メタいメタい」

 

「今日はナレは休みだ、こんな下らん些事に呼びつけるほど俺も鬼畜じゃない」

 

「なら私達もこれで失礼してよろしいでしょうか」

 

「駄目です、生徒がいなきゃただの独り言を虚空にむけて話すことになる」

 

「傍から見たら変人だね」

 

「いいじゃない、それで」

 

「嫌だね、変態にさらに変人のレッテルを張られるのは御免被る」

 

「もう張られてますよ」

 

「マジかよ」

 

「大丈夫だよ、ここは変わった人ばかりだから」

 

「うん、クロージャさんとかミッドナイトさんとかバニラとか、変な人はいっぱいいるよ」

 

「バニラ……気の毒に」

 

「変人認定されていましたか」

 

「まあまあ、とりあえずは始めさせてくれ」

 

「……ホントにやるの?」

 

「やる」

 

「そのやる気、別の事に向けられない?」

 

「向けてるさ、十分」

 

「……もういいわ、さっさとやって終わらせて」

 

「オーケー、じゃ改めて始めよう、まずはアーマードコアとは何か、そこからいこうか」

 

「確か兵器の名前でしたっけ」

 

「そうだ、人型機動兵器、アーマード・コア。略称AC、幾通りもあるパーツの組み合わせから好みの機体を組み上げて戦うハイスピードメカアクション。フロムソフトウェアから発売されたPSのゲームだな」

 

「……あの、ストレイド」

 

「何かな」

 

「これ、ステマにならない?」

 

「大丈夫だろう、ここは収入など関係ない。あくまで個人が趣味で書いてる小説だ。直接自分に利益がでなければステルスマーケティングにはならない」

 

「いや、そうだけど、そうだけどね?」

 

「問題ない、こちらの話はやりたい放題できるように本編から外されている。たとえサイト側から苦情が来ようと消してしまえば難は逃れる」

 

「その後の評価は考えないので?」

 

「そんなもの、元から地に落ちてるだろうさ。今更気にすることじゃない、話に戻るぞ」

 

「どうなっても知りませんよ」

 

「さて、まずはシリーズがどれだけ出ているか、そこを話してやろう」

 

「1、2、3、とか、ナンバリングの事?」

 

「そう、無印から現時点での最新作、VDまでに幾つあるか、数えてみようか」

 

「……最新作?」

 

「うるさいぞ、そこに触れるな」

 

「未だに最新作が出るに繋げる儀式は続いてるらしいね」

 

「それ以上は駄目だ、よくない、話しを進めよう」

 

「はーい」

 

「ではプラットフォーム順にいってみよう。まずは初代プレステ、これには三つ出ている。

一つは無印、今も戦場に思いを馳せる漢たちを生み出した記念すべき一作目、アーマード・コア。

メダ☐ットと同時期に出てきたせいで同じようなゲームだろうと購入したプレイヤーの度肝を抜いたと有名だ」

 

「伏字、ちゃんと伏字つけて」

 

「ついてるだろ、☐がちゃんとついてる」

 

「えぇ…………」

 

「続けるぞ、次は二作目、アーマード・コア プロジェクトファンタズマ。

 前作からわずか五か月で出た続編だ。まあ物語に絡みはないが……そこは後でいいだろう」

 

「……五か月? それは本当ですか?」

 

「ああ、流石変態企業、狂ってやがる」

 

「最高の褒め言葉だろうね、あちらからすれば」

 

「次、三作目、アーマード・コア マスターオブアリーナ。

 これは小説版がでている。普通に面白いから見かけたら買って損はない」

 

「いまもあるんですか、随分古いですけど……」

 

「古本屋巡りしてみろ、きっとあるさ。この三つが初代プレステに出てきた伝説の始まりだ。

 通称、無印シリーズ。またはACPSシリーズ、ここから始めた猛者は地球人と呼ばれる。真の意味でのレイヴンでもある」

 

「……レイヴン、ですか」

 

「ああ、レイヴン、このゲームのプレイヤーの分身。

機動兵器ACを駆り金の為、あるいは己の矜持の為に引き金を引き続ける傭兵。

けして終わることのない戦いに身を投じる渡り鳥だ」

 

「真の意味ってどういう事?」

 

「それは初代が関係してる、このゲーム、アクションなんだよ。

RPGみたいにコマンドを選択するものじゃない、自分で自分の機体を動かすんだ」

 

「そうなの? 楽しそうね」

 

「その分操作に癖がある。しかもゲーム自体普及しきっていないころだ、そのうえこれが初代。

 説明書こそあれど前例が存在しない、これがどういう意味か、わかるな?」

 

「……買った人のほとんどが慣れていない、と」

 

「そう、コントローラーを握ったのも初めての奴もいただろう。そこにこんなゲームを選んじまった、目利きは良いが正直初心者には向いてない。そして洗礼が襲い掛かった」

 

「洗礼?」

 

「レイヴン試験、数機の雑魚を倒すだけ、それだけの事だった」

 

「ゲームのチュートリアルでしょ?簡単なものだと思うけど……」

 

「フランカ、俺は言ったな、操作に癖があると」

 

「ええ、言ってたわね」

 

「率直に言おう。このゲーム、最初は赤ちゃんがハイハイを始めるところから始めるほど操作が難しい」

 

「え」

 

「ガッシャンガッシャンよたよた歩いて、今までにない視点移動とどうしてそこで歩かせようと思ったのかわからない横移動。ブースターを噴かして動けば歩行との速度差に慌てることになり、そしてサイトに入れることでようやく狙いが付けられるロックシステム。初心者にはボタン配列になれるだけでも一苦労、そこに奴が来た」

 

「奴?」

 

「シュトルヒ。初代プレイヤーにとってのトラウマ、ピョンピョン跳ねるバッタ野郎だ」

 

「……サイトとは、どういうものなんです」

 

「よく気づいたな、そうだ、そのサイトが問題なんだ」

 

「問題? どういうことよ」

 

「まずはサイトの説明を。基本的にはゲーム画面に表示された四角形の枠線をサイトと呼ぶ。その枠の中に敵を入れ、FCSによるロックが完了すれば弾が敵に飛んでいく、平たく言えばこんな感じだ」

 

「攻撃するには枠の中に捉え続ける必要があると。確かに初心者には難しいね」

 

「そうだ。思うように動けない中、上下移動でロックを切ってくるクソ鳥が現れた。凶鳥がコウノトリに鳥葬されるなど、笑い話にもならん」

 

「一方的に上から撃たれると、鳥葬とは上手いことを言うね」

 

「ああ、縛られてもいないのに縛られた状況になる、恐ろしいチュートリアルだ。

 ほとんどのプレイヤーが屠られたことだろう、心折れたものもいるかもしれない」

 

「だけど、その中にもいたんだよね? 常人の枠から外れた、イレギュラーが」

 

「そうだリンクス、規格外は確かに存在した、一握りの天才たちがいたのさ。

 彼らは誇っていい、レイヴンとしての力を証明したのだから」

 

「いい話をしてるみたいだけど本筋に戻ってくれるかしら。終わらないわこのままじゃ」

 

「おっと、そうだな。ここではシリーズの特徴を話すだけだった、続きに戻るとしようか」

 

「次はPS2かな。というとあの話も出てくるのかい?」

 

「勿論する、だがその前にナンバリングの紹介だ。

 前作から続けて四作目、アーマード・コア2、ここに来てようやく数字が出てくる

 ここからはパーツが一新され、ゲームシステムも詳細が変わるが……専門的な話になるからよしておこう」

 

「前作との大きな違いは何なんですか」

 

「そうだな、いくつかあるが……一番はこれだろう」

 

「なんです」

 

「この後に続く2の続編、五作目になるアーマード・コア2 アナザーエイジ。

 この二作にしかない素敵機能がある、もちろんデメリットもあるがそれに見合った性能だ」

 

「だからなんなんです」

 

「男のロマンをくすぐる魔法の言葉さ、その名も」

 

「その名も?」

 

「リミッター解除、痺れるだろう?」

 

「いえ、全然」

 

「冷めてるな、まあこれを説明する前にあることを言わねばならない」

 

「あること?」

 

「それはACシリーズ全般にいえる共有の設定だ。ACは基本ブースト移動を使った高機動戦闘が主な立ち回りになる。その際、現実と同じように減るものは減っていくんだ」

 

「燃料ですか?」

 

「そうだな、正確にはエネルギーといわれている。機体を動かすジェネレーターから供給されるプレイヤーの動きを制限するためのゲージだ。不死人たちからすればスタミナと言った方がわかりやすいだろう」

 

「あの、そんな自然にそっちの話題を出さないでください」

 

「安心しろ、あっちの話題には踏み込まん。さてこのゲージ、もちろん有限だ。使えば使うだけ減っていき、ゼロになればゲージが完全回復するまで歩くことしか出来なくなる。一応弾は撃てるがそれは後だな」

 

「あ、回復するんですね、ゲージ」

 

「その辺りは細かく設定されてるが、言葉で説明するには難しい。実際に機体を組ませてわからせるべきだろう。さて、いま言いたいのはエネルギーゲージの存在意義だ」

 

「ゲームとして作る以上ある程度の制限が必要になる。確か難易度の高いゲームで有名でしたね」

 

「ああ、高難易度を誇る理由の一つにこのゲージがある。そしてさっき言ったリミッター解除はこれに関係してる」

 

「というと?」

 

「このシステム、発動すると一定時間ゲージが減らなくなるんだ」

 

「……は?」

 

「そう、減らない。どれだけ走ろうが、どれだけ飛ぼうが、尽きることはない。それがリミッター解除」

 

「随分、バランスブレイカーね……」

 

「ああ、といっても相応のデメリットもある。効果が終わると強制的にオーバーヒートになるんだ。しかも通常よりも長い」

 

「無防備になると、それも長時間」

 

「正直、妥当なツケだ。自由に飛ぼうというんだ、見返りがないわけがない。だが困ったことにこの機能、この作品に非常にマッチしている」

 

「どうして?」

 

「それはとある代物が原因だ」

 

「あれだね? 確かに組み合わせとしては抜群だ。これ以上最適なものはないだろう」

 

「ああ、ここでまた話が逸れる。ACシリーズに出てくるある武器の話になる」

 

「シリーズ……ていうとあれ? ドラク○の☐トの剣とか、ファイナル○ァンタジーのエクスカリバーとか」

 

「フランカ、伏字が仕事していません」

 

「そうだ、シリーズ特例の武器がある。いくつかあるがACを代表するのはこれだ」

 

「あれか」

 

「そう、KARASAWA。そう名付けられた初心者救済武器、高出力のエネルギー兵器だ」

 

「エネルギー……ですか」

 

「そう、ここでエネルギー武器とは何か、簡単に説明する。

 これは文字通り、機体のエネルギーを消費して撃ちだす兵器になる、つまりゲージを消費する」

 

「……その、カラサワは、どういったものなんです」

 

「高威力、高弾速の高出力プラズマライフル。エネルギー馬鹿食い、重量過多に悩まされることになるエネルギー兵器」

 

「相応の負荷がある、と」

 

「ああ、だが専用で組んでしまえば大した痛手ではない。それどころか手に入れてしまえば最後まで寄り添ってくれる相棒になる」

 

「入手手段は?」

 

「だいたいいつも隠しパーツだが……中には引継ぎとか手段が違う時もある。それに関しては長くなるからいいだろう。問題はこいつの性能、そしてリミッター、この組み合わせだ」

 

「……無限に撃てると、そういうことですね」

 

「ああ、残弾と時間が許す限り撃ち続けられる。しかも上から撃ちおろすなんてこともしていい。

 こいつは着弾時に爆発するからな、この方が効率がいいだろう。しかも歴代を見て最高性能のKARASAWAだ、KARASAWA全盛期とも呼ばれていた」

 

「えぐいわね」

 

「ああ、そのせいで今でも思い出したようにコントローラーを握り飛び立つ者がいる。ある意味一番ヒロイックな状況だった。この魅力に惹かれた2系列プレイヤーを通称、火星人と呼ぶ」

 

「何故火星人?」

 

「物語の舞台が火星と呼ばれるところなんだ。ちなみに無印は地球とか言う青い星らしい」

 

「テラみたいね」

 

「こっちは少しづつ汚染されてるが……いまは忘れよう」

 

「そうね、で続きは?」

 

「お、気になるか」

 

「違うわ、退屈だから早く終わらせてほしいのよ」

 

「そうか、まあいい、続きだ。次は六作目、アーマード・コア3、ハードは引き続きPS2。

 ちなみにここから始めた者は地底人と呼ばれる、けして狩人のほうではない。

 ここでは再びパーツデザインが変わり、地球に舞台が戻る」

 

「火星はどうなったの。そもそもどうして火星にいたの?」

 

「それは、後でだ。さてこの3、ある意味での分岐点なんだ」

 

「なんの」

 

「あらゆる意味での」

 

「わからないわね、説明は?」

 

「これに関しては酷く長くなる。この講義以上に時間がかかるからする予定はない」

 

「せめて違いを言って」

 

「幾つもあるが……そうだな、ダブルトリガーの前進が現れた。これはこの先の作品に大きく影響する」

 

「ちなみに後幾つあるの?」

 

「まだ沢山、半分いってないぞ」

 

「げぇ……」

 

「まあまあ、どうせ逃げないんだから諦めろ。

 さて3の続編、アーマード・コア3 サイレントラインの話をしよう」

 

「3はいいんですか?」

 

「あれは話すべきことが多すぎる。後世に残された伝説が多すぎるんだ、先に話しやすいこっち」

 

「はあ……」

 

「さてこのサイレントライン、七作目、3の話の直後ぐらいの話だ。ここでACシリーズのある特徴を言わせてもらう」

 

「どんな特徴よ」

 

「ACシリーズ、一部を除いて物語が希薄なんだ。進むべき道こそ示してくれるが背景があやふや、足りない情報はプレイヤーが自身で保管する必要がある」

 

「どういうこと?」

 

「つまり、その時その時の世界情勢を見て判断する必要がある

 これもその類なんだが……多分、一番わかりやすい」

 

「何がよ」

 

「時系列が、一応ナンバリングごとに進んでるようなんだがどれもこれも数百年単位で時間が経過してる場合が多い。中には五年後とか、同時進行とかあるが」

 

「前作との繋がりがわからないって事? じゃあこれは?」

 

「これは恐らく、3の直後、本当にその後なんだ」

 

「そのまま続いてるって事?」

 

「明言はされてないが俺はそう考えてる。詳細は省くが3の時点で人類は地下に住んでいた」

 

「なんでー?」

 

「それは後だ。それで3の最後、彼らは地上へと進出した。造られた空から解放された彼らはいつかと同じように新資源の奪い合いを始めた」

 

「戦争ですか」

 

「ああ、ACを語る上で外せないのは戦争だ。これは人類同士の下らぬ喧嘩がいつまでも続いている。その中で一人の傭兵として戦い続ける、それがアーマードコア。世界観にどっぷり浸からせるための巧妙な罠さ」

 

「どういう話なの? サイレントラインって」

 

「別に、他に比べて存外平和だ。前作の残り香を片付けるのが主な話の流れだからな。だが考察に慣れていない人からすればこうもわかりやすい繋がりはないだろう」

 

「そう、で次は?」

 

「急かすな急かすな、まだあるぞ」

 

「だから急かしてるのよ」

 

「オーケーオーケー、じゃあ次、八作目、折り返し。

 アーマード・コア ネクサス、一番の問題作だ」

 

「問題?」

 

「ああ、だがまあここで言うつもりはない。制作過程で社内でいざこざが起きたらしいが……まあ人が集まればそれだけ問題も起こるだろうさ。責めてやるな、こんな筈はなかったと後悔しているだろうからな」

 

「ちなみに、どんな問題なんです?」

 

「そうだな、全貌は言わんがたとえ話をしよう。リスカム、ここにコップが二つあるとする」

 

「はい」

 

「中にはお湯、片方は20℃、片方は100℃。この二つ、混ぜたらどうなる?」

 

「……容器を無視すれば、60、でしょうか」

 

「そうだな、その辺りだろう、だがこいつは違う」

 

「どうなるんです?」

 

「120℃になる、恐ろしいな」

 

「え、なぜそうなるんです?」

 

「計算式の入力を間違えたんだろう、割って平均をだすはずが加算式にでもしちまったんだろう」

 

「……そのミスはいざこざが原因だと」

 

「そ、だからあまり触れてやるな、次行くぞ」

 

「はい」

 

「では次、九作目、アーマード・コア ナインブレイカー。

 タイトルの時点でワクワクした奴は多いだろう。タイトルの時点では、な」

 

「何を言いたいんだい?」

 

「別に、所詮は贋作(レプカ)だったかとガッカリしたのさ。気にするな」

 

「そうかい、なら聞かないよ」

 

「オーケー、では次、十作目、アーマード・コア フォーミュラフロント。

シリーズの中でも異色の作品だ、フロムソフトウェアが変態と呼ばれる所以の一つでもある」

 

「どうして?」

 

「これ、大会なんだ、設定上」

 

「つまり?」

 

「戦争なんて関係ない。アーキテクトと呼ばれる機械技師達が己の技術と知力を振り絞って競い合う、スポーツ」

 

「えっと、よくわからないのだけれど」

 

「これはプレイヤーが操作するのではなく、プレイヤーが組み上げた機体をAIが動かして戦うんだ」

 

「……AI?」

 

「そう、Artificial Intelligence。人の脳を模した作り物、それに戦わせる健全なモデラーたちの遊び場」

 

「面白そうじゃないか」

 

「ああ、実際面白い。相手の弱点を突ける様に組めばストーリーも難しくない、ある程度はAIに行動指針を立てさせることが出来る」

 

「つまり自分の機体が活躍する様を眺めていられると。いいね、見るのは好きだよ」

 

「そうだな、ただ変な機体を組むと秒で負けるがな。それがまた楽しいのさ、さて次にいこう」

 

「次は、あれだね」

 

「ああ、今までの集大成、屈指の高難易度、そして相応しい幕切れだろう」

 

「え、終わるの?」

 

「そうだ、ここで一つの時代が終わりを告げることになる。

アーマード・コア ラストレイヴン、誰もが生きるために戦っている。

最後の鴉を決める、矜持と信念のぶつかりあい、彼らの魂の場所だ」

 

「えっと……どういうこと?」

 

「そのままさ、これを機にレイヴンは過去のものになってしまう」

 

「……そうですか」

 

「だが伝説は残るがな、それだけ彼らは必要とされている。形を変えてもなお、彼らは戦い続けることになる」

 

「それで、どういう話なの?」

 

「その前に一つ、大事な話がある。これはネクサスの後の話だ」

 

「そうなの?」

 

「そう、大体半年後、ネクサスの最後に出てきた古代兵器の手によって人類は衰退の一途をたどっていた」

 

「ちょっと待って、古代兵器どっから出てきたの」

 

「これは話してない部分が関係してるが詳しいことはわかっていない。未だに考察の域を出ない。

 さてここで話してなかった部分に少し触れよう、リスカム、質問だ」

 

「なんです」

 

「世界情勢、俺はそう言ったな?」

 

「ええ、いいましたね」

 

「ならその情勢、どうなってると思う?」

 

「……やはり、膠着してるのかと思いますが」

 

「どこがだ?」

 

「え?」

 

「どこが、膠着してると思う」

 

「……国、だと、思います」

 

「そうだな、そう考えるのが普通だ。だがこのシリーズは違う」

 

「何がです」

 

「渡り鳥の世界に、国はなかった」

 

「……なかった、ですか」

 

「ああ、無印より前の時代、かつて起きた大破壊と呼ばれる大規模な国家間戦争で国は全て滅んだ。残ったのは当時の名残、破壊尽くされた地球だけだった」

 

「ねえ、じゃあどうやって経済を回していたの? 傭兵を雇うようなら資金が必要なはずよね」

 

「そうだな、最もだ、だから代わりが存在した。奴らは企業と呼ばれている」

 

「企業、え、会社?」

 

「そ、国に成り代わったものは己の利権を第一とする企業だったんだ」

 

「それは、いささか役不足かと思いますが」

 

「そうだ、一応各企業から攻撃対象にされないように下手な真似をしないようにしていたがな」

 

「各企業? 複数いるの?」

 

「複数ある、しかもさらに面倒なものも存在していた」

 

「何よ」

 

「詳しくは語らない、だが言うべきことは一つ、。あれは、一つの正解ではあった」

 

「……どういうことです」

 

「企業を裏で操り、地下に閉じ込められた人々を意のままに操る組織がいた。世界の均衡が乱れぬよう、とってつけた平和を維持させるようにと勤しむ組織」

 

「随分勝手ね、誰も何も言わないの?」

 

「言っても意味がないんだ。あの世界は金よりも力に天秤が傾くんだ。そして奴らは最高峰の力を持っていた」

 

「それも、詳しく言うつもりはないんだね?」

 

「ああ、ただ言えるのは一つ。奴らは恐れていた」

 

「何をです」

 

「世界の均衡を乱すもの、自分たちに仇なすもの」

 

「……イレギュラー、か」

 

「そう、規格外(イレギュラー)、不穏分子だ。圧倒的な暴力を誇る、黒い鳥」

 

「……どっかの誰かさんみたいね」

 

「そうだな、さてここで重要なのは3の話になる」

 

「2は? 火星はどうなったの?」

 

「よろしくやってんじゃね?」

 

「いや、ちょっと」

 

「仕方ないだろ、火星がどうなったか触れられてないんだから」

 

「えぇ……」

 

「戻るぞ。何故3が重要か、わかる奴はいるか?」

 

「じゃ、私が」

 

「よし、言ってみろ堕天使ちゃん」

 

「さっき地上に進出した、そう言ってたね」

 

「ああ、言った」

 

「それでその組織は地下の人を管理してた」

 

「ああ」

 

「つまり、3の時点で管理してる組織は崩壊した。そういうことだね?」

 

「正解。正確には無印の最後で崩壊してるが再世したらしい、厄介なこった」

 

「詰めが甘いね、渡り鳥も」

 

「言ってやるな、立ち向かうこと自体異例だったんだ。

 さてここまでくれば何を言いたいか、わかるだろう」

 

「わからないです」

 

「何を聞いてた、お前」

 

「何も、せいぜい久しぶりに教官してる姿を見たなぐらいしか考えてませんでした」

 

「どっちかっていうと講師だと思う、これ」

 

「そんなこといいから答えを言って」

 

「わかったわかった、では単刀直入に言おう。これはループしてる」

 

「何がです」

 

「結果がだ。ラストレイヴンは再び企業同士の戦争になる、国の代行者たちの戦争だ。

 といっても火蓋が切られる理由はあるんだがな、そこはいいだろう」

 

「また、ですか」

 

「一応、表向きは企業連合に対して犯行声明をあげたテロ組織への対抗になるが……どうせ滅ぶ、変わりはない」

 

「連合? 結託したの、企業は」

 

「表向きは。小さなイザコザは残ったまま、一時しのぎに過ぎないものだった」

 

「結託した理由は何なんです」

 

「さっき言った古代兵器さ。あれで地上に進出した企業の大半が壊滅した、手を取り合わざるを得なくなった」

 

「なら、戦争なんか起きないんじゃ」

 

「起きる、人の業は深いものだよ。深海よりも、深淵よりも深いんだ。

 人が手を取り合い続けるなど、机上の空論だ」

 

「……そうですか」

 

「まあ一応ストーリー中はテロ組織相手の戦闘になる。これは俺の推測に過ぎない」

 

「物騒ね、物語の中でぐらい平和でいられないのかしら」

 

「無理だな、闘争こそが人の可能性だ。さてここで一度世界は悲劇を繰り返すことになる。

 大破壊、そう呼ばれる戦争の再発だ」

 

「また地下に戻るの? 地底人からやり直し?」

 

「いや、ここでテロ組織のリーダーの企みが成功する。前回ほどの規模にはならなかった」

 

「じゃあ地上に人は残ったままなのね」

 

「そうだ、だがそれが問題だった。次の作品、十一作目のラストレイヴンに続く、

 もう一人のラストレイヴンの話だ」

 

「もう一人の、レイヴンですか」

 

「十二作目、アーマード・コア4、ハードはPS3。三度パーツは一新され、全てのシステムが移り変わってしまった物語。救いようのない、友情(裏切り)の話さ」

 

「どう変わったんです」

 

「まず、機体のUIの変化、ロックオンサイトの廃止、そして大幅な数値の上昇」

 

「数値の上昇? どういうこと?」

 

「9999、これがラストレイヴンまでの機体の最大耐久値だ。万はどうしても超えない」

 

「そうなの、それじゃ次は超えたとかそんな感じ?」

 

「ああ、超えた。ゆうに二万はいく」

 

「……まって、二倍に増えるの?」

 

「五万に到達する組み合わせもあるぞ」

 

「……増えすぎでしょ」

 

「そうできるだけの技術革新があったのさ」

 

「何があったの」

 

「人類は新しい動力を見つけた。コジマ粒子、そう呼ばれる禁忌の技術だ」

 

「……コジマ?」

 

「コジマ」

 

「コジマ……ですか」

 

「そ、コジマ」

 

「気の抜ける名前ね」

 

「そうだな、だがその実態は恐ろしい、鉱石病と同等か、その上をいくだろう」

 

「は? どういうことよ」

 

「この粒子、環境を破壊する」

 

「どうやって」

 

「さあ、明言はされていない。ただ確かなのは大地の砂漠化を促進させること」

 

「砂漠化……ですか」

 

「そして、人の生体機能を脅かすこと」

 

「……どんな風に?」

 

「まず、寿命だな。被爆すると短命になる」

 

「放射線か何かなの?」

 

「そういう類の代物だ。そして重度の患者になると、音が聞こえなくなる」

 

「耳がやられる、と」

 

「肌の触感もなくなる、味覚も消えているかもしれない」

 

「まあ、触感がないなら、味覚も消えるでしょうね」

 

「その後は」

 

「決まってる。物言わぬ肉塊が出来上がる」

 

「……そんなもの、何故使うんです」

 

「そうするだけの理由があるのさ。実際プレイヤーはこれにお世話になることになる」

 

「まさか……」

 

「アーマードコア・ネクスト、文字通りの次世代機。コジマ粒子の技術をふんだんに使った人類の黒歴史だ」

 

「……ふざけています、そうまでして戦争をする理由が――――」

 

「あるんだよ。ラストレイヴンの後、人は戦いを辞めなかった、破壊する事だけを選んだ。

これはその代償だろう。殺しやすくしてやる、かわりに相応の代価を払えと、そういうことさ」

 

「……納得できません」

 

「なら納得しろ。さてこのアーマードコア・ネクスト、通称ネクスト、搭乗者が変わる」

 

「それは、レイヴンでなくなるという事ね?」

 

「ああ、ネクストを駆るのは、リンクス。そう呼ばれる調整された人間になる」

 

「わたしー」

 

「そうだな、同じ名前だ。だが関係はない、気にするな」

 

「調整ってどういうことよ」

 

「いいだろう、まずはそこだな。ネクストに乗るには大前提として素質が必要となる」

 

「素質?」

 

「人類はとある技術を見出した。いや、前進こそ大破壊の時点であったがな。

 それはこう呼ばれる、AMS、Allegory Manipulate System(アレゴリーマニピュレートシステム)。詳しくは話さないが脳と脊髄を機体に直接つなげるシステムだ」

 

「え、グロ……」

 

「ああ、グロい。だがそうするだけの理由がネクストにはあった。あれは高性能すぎたんだ」

 

「機体が、ですか」

 

「そうだ、常人ではGに耐えられず、せっかくの高機動も活かせない」

 

「それで乗れるように調整する必要があったと」

 

「だがここで問題が起きる。このAMS、適性があるんだ。個人に定められた先天的な適性が」

 

「適正、ですか」

 

「それ即ち、絶対的な力を手に入れるということになる。だがもう一つ問題がある、それはネクストだ」

 

「……周囲を汚染する兵器、ですか」

 

「ああ、これがブースターとかなら許容はできたろう。しかし、コジマ技術は万能に過ぎたんだ」

 

「何が、あるんです」

 

「PA、プライマルアーマーと呼ばれるバリア。

コジマ粒子を球状に拡散する事で得られる絶対防護壁、ネクストはこれを展開しながら戦う」

 

「待ってください、そうなるとネクストが動くということは」

 

「放射線を濃密に纏う、環境破壊の化身を動かすということだ。砂漠化も進むわけだよ」

 

「何故そんなものを造ったんです、危険なものだとわかっていたんでしょう」

 

「そうだな、理解してた。だが造らざるを得なかった、量産せざるを得なかったんだ」

 

「何故です」

 

「少し、話を戻そう。ラストレイヴン後、二度目の大破壊、人類は再興した。企業は再び結託し、国を取り返した」

 

「あら、国家体制に戻ったの」

 

「そうだ、そこにある新兵器、ネクストが現れた。コジマ技術によるジェネレーター

尽きぬ動力、傷をつけられぬ体、防ぐことなど許されない大火力」

 

「……また、起きたんですね」

 

「ああ、国家解体戦争。三度目の、大破壊。国は再び消失し、世界の頂点には企業が降り立った」

 

「よく飽きないわね」

 

「そういうものさ、どこもな。さてこの戦争の時、もちろんレイヴンも参戦した」

 

「そうなの?」

 

「ああ、だが結果は悲惨、何も出来ずゴミのように鴉たちは散っていったよ」

 

「……ネクストは、そこまで高性能なんですか?」

 

「そうだ、それが企業がリンクスを増やした理由だ。

単騎で状況を一変させる最高兵器、それがネクスト。最初はそう思われていた」

 

「最初は、ですか」

 

「ああ、国家解体戦争を経て企業は気づいた。ネクストは最高戦力であると同時に最悪の欠陥兵器だということに」

 

「欠陥、それはリンクスという存在が関係してるんですね」

 

「そうだ、まずはその希少性。ネクストの数=リンクスの数と言ってもいい。国家解体戦争時、存在してたのは三十人だ」

 

「まって、たった三十人で国を潰したの?」

 

「そうだ、それがどれだけ異常か、わかったな」

 

「……圧倒的よ、いくらなんでも」

 

「そうだな、さてここで問題を説明しよう。ネクストは欠陥兵器、そういったのにはいくつも理由がある」

 

「その一つは、AMSですね」

 

「そうだ、AMSは脳と神経を繋ぐことでネクストの性能を最大まで引き上げるもの。だが同時に脳を傷つける可能性がある」

 

「希少性を考えると替えがきかない貴重な戦力、兵士としても兵器としても不安定だね」

 

「そうだ、メンテナンスに手間がかかり、維持費も高い。しかもいざ損失した時の被害もデカい」

 

「確かに欠陥ね」

 

「そして何よりも一番の問題は、これが個人だということだ」

 

「個人、それってつまり……」

 

「ああ、裏切りだ。代替不可能な戦力に頼った状態で、かつ首輪を着けられない。それが4の時点のリンクスたちの状況だ」

 

「……止められない最高戦力。敵になれば、逆に屠られる、恐ろしいですね」

 

「これを危惧した企業は4の物語の後、首輪を着けることにした……が、効果はなかったがな。せめてもの救いはリンクスがどいつもこいつも人格者だったことかね」

 

「じゃあ酷い結末にはならなかったの?」

 

「いいや、なった。二人のリンクスが起点となり、最悪の片鱗を見せつける、それが4の結末だ」

 

「……4の後は、どうなったんです」

 

「いいだろう、次だ。十三作目、アーマード・コア・for Answer。とあるリンクスの、四つの答えを巡る話だ」

 

「四つ……てことはマルチエンディング?」

 

「そうだ、四つの結末に分かれてる。といってもネタ晴らしはしないがな」

 

「そう、ちょっぴり残念ね」

 

「聞きたいなら後で来い、軽く話してやる」

 

「あらそう、気が向いたときにいこうかしら」

 

「その時点ではリンクスはどうなっているんです」

 

「そうだな、簡単に言えば企業同士の戦争の尖兵になってる」

 

「……制御できないんでしょ?どうやったの?」

 

「簡単だ、逃げたのさ、企業は。汚れた大地にリンクスを捨てて」

 

「……ふざけています。結末も、扱い方も」

 

「実際これは間違いだった、奴らは報いを受けることになる。まあそれはいつか話してやるさ」

 

「4系列はこれで終わりかい?」

 

「ああ、4シリーズは終わり。ちなみにここから始めた奴はリンクスと呼ばれることになる、妥当だな、さて次だ」

 

「まだあるの?」

 

「まあまあ、後二つで終わる。次は十四作目、アーマード・コア V。

世界は再び一新される。黒歴史は滅び地上の汚染は文字通り風化され、砂漠という名残が残った」

 

「……ネクストは、どうなったんです?」

 

「さあ、一応、答えは用意されている。正直考えたくないが、正しい選択をしたよ、人類は」

 

「機体はネクストじゃないの?」

 

「ああ、ここでデザインが大きく変わる。ずんぐりむっくりしたちっこい姿になる、車よりかはデカいがな。正式名称がないからプレイヤーから仮称が付けられている。通称VAC、見た目の割に馬火力を誇るやべ―奴だ」

 

「どういう意味でよ」

 

「そうだなVACから説明しよう。まずこいつら、コジマは積んでない」

 

「……よかったというべきなんでしょうか」

 

「よかったというべきさ。さてこいつを語る上で外せないのは性能だ」

 

「性能?」

 

「こいつらの装甲値、ネクストと変わらない」

 

「は?」

 

「万単位の耐久値、そして奴らをある意味凌駕する圧倒的な攻撃力、そしてコスパ」

 

「え、何? どういうこと?」

 

「詳しいことは後で話す。とりあえずはVACがこの時代でどうなっているか、そこからいこう。

 まず搭乗者、彼らはミグラントと呼ばれる傭兵だ、正確には武器商人を指すんだが自ら武器(商品)になるという点でミグラントとして扱われる」

 

「いいなー、ちょっとかっこいい」

 

「そうだな。さてこのミグラント、基本的にはただの商人だ。戦いがなければ生活用品を売って生活する」

 

「平和ね」

 

「ああ、ある意味平和に近い情勢だった。企業の在り方も変わった世界、行商団が都市を渡り歩く、少々危険な、それでも比較的平和な世紀末」

 

「あら、都市があるの」

 

「ある、Vの物語はその都市(シティ)が関係してるが……俺が語る資格はないな、続編にいこう」

 

「早いわね、いいの?」

 

「いいんだ、これはある意味人らしい戦争だ。いつかの地下都市に近い、だけどまだ有益な争い。それがVのストーリー、それさえ言えればいいさ」

 

「そう、ならいいわ、早く終わらせましょう」

 

「さて次だ、十五作目、現時点での最新作、アーマード・コア VERDICT DAY。これは、いつかの罪と向き合う話でもある」

 

「罪?」

 

「これは俺の推測だが、VACの起源が関係してる」

 

「後で話すっていうのはこれからいう事?」

 

「ああ、まずはVACに繋げられるある武装からいこう」

 

「武装、ですか」

 

「ああ、オーバードウエポン。通称OW、これはVから存在する、人の可能性だ」

 

「可能性?」

 

「OWがどういうものか簡潔に説明しよう。これはV、VD、この二つの時代を生きる人が開発したオーパーツだ」

 

「……つまり、どういうことです」

 

「これはな、ただ相手を殺す、それだけに特化した兵器だ。無理やりVACにくっつけて、無理やりシステムに割り込ませて使わせる、それがOW」

 

「既存品ではないんですか?」

 

「ああ、実際、この時代の人が開発したVACのパーツはこれだけ」

 

「……あの、そうなるとVACは開発してないと、そういう風に聞こえるんですが」

 

「その通り、VACは過去の遺物だ」

 

「……じゃあ、どうやって造ったんです?」

 

「発掘した」

 

「発掘?」

 

「そうして見よう見まねで複製した。それがV、VDにおけるVACという代物だ」

 

「えっと、つまり、偶然使えてるって事?」

 

「ああ、ラテラーノの奴らが銃火器を発掘して複製している様に、偶然見つけて、偶然使えてるだけ」

 

「……え?危なくない?それ」

 

「ところがどっこい、危なくない」

 

「いや、過去の遺物というなら、ネクストのように危険因子を持っている可能性が……」

 

「それが、ない」

 

「……これは、そういうことですか」

 

「そうだ。これは、ネクストに頼らなくていい新しい機動兵器だったんだよ」

 

「ああ、なるほど、成し遂げたんですね。昔の人たちは」

 

「そうだ、ネクストを捨てれるだけの理由が出来た」

 

「すごーい」

 

「そうだな、ぜひともこっちの奴らも見習ってほしいもんだ。ただこのVAC、こうなると生まれた理由が絞られてくる」

 

「生まれた理由?」

 

「ああ、生まれた、ということはそうする必要があった。当時の人が切羽詰まるだけの、危機が迫っていた」

 

「危機、ですか」

 

「そうだ、そしてそれが何か、VDのラストミッションで明らかになる」

 

「……それは、なんです」

 

「そうさな、文字通り、過去の異物、そういうべき代物だ」

 

「異物……」

 

「恐らく、VAC自体が一種のOWなんだ。あの悪魔に勝つための、人類種の天敵を殺すための」

 

「……天敵、それは一体」

 

「さあ、それを語るべきは俺じゃない。さて今日はこれで終いだ、解散していいぞ」

 

「いや、気になるとこで止めないでください」

 

「えー、だってもう疲れてきたしー」

 

「それはこっちのセリフよ。よくわからない話ばかり聞かされて、頭が痛くなってきたわ」

 

「私はそれなりに楽しめたよ。今度もやるのかい?」

 

「そうだなー……リスカム、続きは聞きたいか?」

 

「気にならないと言えば……嘘になります」

 

「じゃあ、いつかまた考えておくかね。今回は終わりだ」

 

「ストレイド―、もっと話してよー」

 

「また今度だ」

 

 




補足

4、fAにはKARASAWAが存在しません、代わりにもっとやべーのがある

 \θ
  〇\
  < \

ダブルトリガー 二挺拳銃、アキンボスタイル、そのACバージョン、ネクサスあたりから機能するようになった記憶があります

ラストレイヴンもマルチエンディング

内容に触れる必要があったので言ってませんがラストレイヴン出身はドミナントになります

ネクサス出身、確かこっちもドミナントだったような・・・間違えてたらすいません

アーマードコア ネッサァツ

私自身の考察が混ざってるので全て真に受けないようお願いします

プレイヤー側が使えるAIはサイレントラインが初出、フォーミュラフロントは二回目
三回目はVD、多分一番金掛けてる

強化人間はアスピナライン生命が揃ったらやります

ピーピーピーピーボボボボボー

ネクサスも面白いから悪く言わないように

ナインブレイカーはストレスが溜まりました、操作精度は上がるんですがね、ええ

初代、レイヴン試験、う、頭が・・・・

シュトルヒ、ドイツ語でコウノトリ

鳥葬、調べたいなら調べていいですが自己責任で、あと画像は誤っても探さないよう

私は地底人です 射突はまた今度な!

なんでこんな話書いたか?ナレーション無くしたらどうなるか試してみたかったのと
アークナイツタグで来た人がある程度わかるようにの簡単な説明を兼ねて書きました

気が向いたらまた書くかもしれないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストレイドのオナやみ相談室
一羽、果物大好きフェン隊長


12/6 修正しました


「……んー」

 

「えっと、ストレイドさん」

 

「ああ、どうした」

 

「……いえ、やっぱりなんでもないです」

 

「そうか」

 

応接室、来客者用のソファの上、フェンとストレイドは一緒に座っていた

 

「その……」

 

「なんだ、聞きたいことでもあるのか」

 

「いや、そういうわけじゃないというか、でも聞くべきなのかなーと」

 

「言ってみろ」

 

一緒に、座っている

 

「……やっぱいいです」

 

「そうか」

 

一つのソファに、一緒に座っている

応接室のソファは三つ、対面に二つ、その間に一つ

三つの真ん中にはテーブル、主な内装はこうだ、後はティーポッドなど、客人に対して応対できるような設備が置いてある

 

「…………」

 

「しかしまあ、クセ毛の割にサラサラしてるな、お嬢さん」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

三つあるのに一緒に座る必要はない、しかもよくわからない状況になっている

いまストレイドはソファの片側に詰めて、胡坐をかいて座っている

その前に背中を向けるようにフェンが座っている、人のいない方に足を投げ出した状態で

 

「……手慣れてますね」

 

「ああ、リンクスの髪をとかすことが多かったんでな、そのせいだろ」

 

そして何故か、ストレイドがフェンの髪をといている

 

「……どうしよ」

 

「何が」

 

何故こうなったのか、少し前に遡る

 

…………………………

 

「ストレイドー、もっとやってー」

 

「はいはい、好きだなお前」

 

「休日のパパですね」

 

用事で偶然応接室の近くを通り、声がしたので覗いてみたのだ

そうしたら二人がいた、ストレイドとリンクスが仲良く座っていた

 

「おいおい、こんなやんちゃな娘、俺は欲しくない」

 

「む、ストレイドがお父さん……」

 

「意外と前向き?」

 

「……いいかも。でもなぁ、お父さんに申し訳ないし」

 

ストレイドが胡坐をかいて座り、足の上にリンクスが背を向けて乗っかる

 

「こんな奴、父親なんぞに仕立てあげるな、人間性が疑われるぞ」

「ははは・・・」

 

そうして櫛を取りリンクスの髪をとかしている姿はどうみても親子に見える

そんな平和な様子を対面に座り眺めていた

 

「ほら、もういいだろ」

 

「えー、もっとー」

 

「断る、それにあんまりやると毛が抜けるぞ」

 

「大丈夫、すぐ生える」

 

動こうとしないリンクスを退かそうとストレイドが苦戦している

手伝おうか、そう考え近づいたとき事件は起きた

 

「ん、フェンの髪、ぼさぼさしてる」

 

「え? ああ、クセ毛なんだよ」

 

「そうなの?」

 

ふーん、といいながらフェンの髪を凝視する

そして何か思いついたのか、にっこりと笑顔を浮かべ

 

「ねえフェン」

 

「なあに?」

 

「ストレイドにといてもらおう」

 

「「は?」」

 

そう言ってフェンの腕をがっつり掴む、そして引っ張る

 

「え、いや、ちょっ」

 

「リンクス、あまり強引に誘うな。迷惑だぞ」

 

「えーでも気になるでしょ?ストレイドも」

 

「お嬢さんのクセ毛か。まあ気にはなるがどうにかなるものじゃないからな」

 

「そ、そうだよリンクス、私は大丈夫だから」

 

「やってみなきゃわからないよ」

 

男らしいセリフを言われてしまった

リンクスが位置を動きつつストレイドの前に座らせようとする、子供の力だ、抵抗は簡単にできる

だが無理に振りほどくとリンクスが怪我をするかもしれない、仕方なく引っ張られるままに引っ張られる

そしてたどり着く、ストレイドの前に背を向けて座らされる

 

「リンクス、お前はもう少し節操というものをだな」

 

「でも直るかもしれないよ」

 

「直らねえよ。一時はマシになっても元に戻るのがクセ毛なんだ。寝癖と同じにするな」

 

「すいません、すぐ退きます」

 

「駄目」

 

退こうとして押さえつけられる、何がこの子をそうさせる

 

「……仕方ないな、悪いお嬢さん、少しでいいから付き合ってくれ」

 

「ええ、そうですね……じゃあ、お願いします」

 

このまま抵抗しても時間ばかりがかかって意味はなさそうだ、だったらやってもらって結果を見せた方が早いかもしれない

ストレイドも同じ考えだろう、お互い同意の上で始めることにした、すると

 

「ストレイド、ちょっといいかしら」

 

「あ? なんだフランカ」

 

フランカがやってくる、扉を少し開け、顔を軽く覗かせる

 

「あら、珍しい光景ね」

 

「そうだな、こんなことになるとは微塵も思わなかった」

 

「そう、あなたの事だから喜んでると思ったのだけど」

 

確かに珍しい光景だ、彼がリンクス以外の人の髪をといている、見る人によっては誤解するだろう

 

「で、なんだ」

 

「いえね、リンクスに用があるってドーベルマン教官が言っててね」

 

「へえ、だそうだ、行って来い」

 

「えー……」

 

不満そうな顔でこちらを見る

 

「ほら、あまり人を待たせるな」

 

「……わたしがいなくなったらやめるでしょ」

 

「さあな、わかってるのはお前が結果を見れないという事だけだ」

 

言いながら櫛を仕舞おうとする、それを見て

 

「ダメ、ちゃんとやって」

 

「いやいや、やらんでいいだろ」

 

「やって」

 

「まあまあ落ち着け」

 

「やって」

 

「……最近、変な方向でわがままになったな」

 

「そうですね……」

 

彼女がロドスに迷い込んできた時のことを思い出す、どこか呆然として自我が薄い子、そんな印象だった

何がここまで彼女を変えたかは知らないがいい傾向であるのは間違いない

 

「ちゃんとやって、戻ってきたら聞くからね」

 

「えー……チェックが入るのかよ」

 

「やってね。わたしはすぐ戻るから、やっててね」

 

「わかったわかった、お前は早く行け」

 

そう言ってフランカと共に応接室を後にする

 

「……はあ、今度フランカとリスカムに叱っとけって言っておくかね」

 

「ご自分では言わないので?」

 

「言ったろ、さっき、結果がこれじゃあ他に任せた方がいい」

 

「そうですか」

 

他愛のない事を言いながら退こうとして

 

「…………」

 

サクッ

 

「え?」

 

櫛が髪に刺さる音がした

 

「えっと……ストレイドさん?」

 

「気にするな」

 

「いや、気にします」

 

何故か再開された

 

「どうしてまた始めるんです?」

 

「別に、せめて既成事実だけでも作っておくかと思ってな」

 

「はあ……」

 

黙々と髪をとき始める

 

「あの……」

 

「まあゆっくりしろ、取って食いはしねえから」

 

「そう、ですか……」

 

ゆっくり、髪をとき続ける

 

「えっと」

 

完全に退くタイミングを失ってしまった

 

「……どうしよ」

 

――――――――――――

 

そして現状に至る

 

「…………」

 

「んー、やはり直らんな」

 

慣れた手つきでとき続ける、なんだか真剣にやっている

 

「……あの」

 

「おう、どうした」

 

何故始めたんですか?、そう聞こうとして

 

「いえ、いいです」

 

「そうか」

 

口を閉じる、先ほどからこれの繰り返しだ

聞きたいなら聞けばいいのに、なぜ聞かない

 

「……どうする」

 

「ん?なんか言ったか」

 

「いえ、なんでも」

 

いや、聞けないのだ

彼はこのロドスで一番不明瞭な位置にいる

 

「……これ、形状記憶合金じゃねえだろうな」

 

彼は元々怪しい人物だった、ある日龍門内でいきなり現れ、とんでもない言動をかまし、そして検閲で対処のしようのない恐怖を見せつけた、正確には片鱗をだが

その後ロドスに忍び込んだらしく、艦内を走り回っていたとか、その時フェンは違うとこにいたから詳細は知らないが

その後の強襲作戦で見せたあの屍の山、それは彼の危険性を如実に表していた

 

「……駄目だな、こりゃ」

 

「……ですよね」

 

作戦終了後、リンクスを置いてどこかに消えたと思ったらある噂が流れてきた

例の黒い男が応接室を根城にしたと

 

「いや、まだだ、まだ終わらんよ」

 

「結構、負けず嫌いなんですか?」

 

「違う、すっきりしないのが嫌いなんだ」

 

見に行って、本当に居たから驚いた、さもそれが当然であるように寛いでいたから余計に驚いた

何故ここに来るようになったか未だ明らかになっていない

本人は面白そうだからで通しているらしいが

 

「しかし、どうしてこう女ってのは髪を伸ばすんだ?」

 

「それは、ほら、オシャレとか、そういうのに合わせるためにですね」

 

「それはわかるがな、何も腰に届くまで伸ばさなくていいだろ、リンクスといい君といい」

 

「…………君?」

 

君、という単語が何故か耳に残った

 

「ああ、気にするな」

 

「……そうですか」

 

彼は人を呼ぶとき、だいたいお前さんとか、お嬢さんとか、そんな風に呼んでいたはず

もしくは名前か、バニラやドクター相手にするように適当な呼び名をつけて呼ぶか

少なくとも君などとは呼ばない、女性を誘う時とかには呼んでいるが今はそんな状況じゃない

 

「…………」

 

「……あと一回、これで駄目なら諦めるか」

 

何故だろう、髪をとき始めたことよりもそっちが気になる

 

「…………」

 

聞いてみようか

 

「あのっ」

 

「お、どうした、緊張して。押し倒したりはしないから安心しろ」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「なんだ」

 

「どうして、その、君、って呼んだんですか」

 

聞いてしまった、逆に何故言えた、髪の方は聞けなかったのに

 

「……ロドスの奴らは、どいつも勘がいいな」

 

「えっと、お答えできないなら、それでいいんですが……」

 

何故だろうか、気配が変わった

 

「そうだな、聞かせることじゃない、やめておけ」

 

「……そうですか」

 

いつもの飄々とした感じではなく、どこか重い、悲しい雰囲気を醸し出している

振り向けば泣いていそうな、そんな感じ

 

「すいません、いきなり」

 

「いい、俺の落ち度だな、これは」

 

二人、無言になる、櫛を滑らせる音だけが小さく聞こえる

 

「……あの」

 

「なんだ」

 

質問をしてみる

 

「ストレイドさんって、昔BSWにいたんですよね」

 

「ああ、いた、というか無理やり縛られてた」

 

「どうしてですか?」

 

「そうする理由があったんだとよ、ふざけてやがる」

 

意外と正直に答えてくれた、だが聞きたいのはそこではない

 

「それで、その前は何を……」

 

そう言って、失策だと気づいた

 

「……あの、ストレイドさん」

 

「……なんだ」

 

あからさまに気配が変わった

 

「やっぱり、聞きません」

 

「そうかい」

 

とても重く、ドロドロとした感情、まるで何か、深淵でも覗かされているような、そんな気配

 

「……すいません」

 

「別に、お嬢さんが謝ることじゃない」

 

死を感じさせる、敵意に近い何か

 

「忘れてください……」

 

「安心しろ、大抵のことは忘れるようにしてる」

 

それは、フェンに向けて向けられたものではない、彼が、彼自身に向けたもの

 

「……ごめんなさい」

 

「謝るな、頼むから」

 

どうやら地雷を踏んだのか、やってしまった

昔のことなどうかつに掘り起こすべきではない。そんなの理解していたろうに

 

「……ごめんなさい、ストレイドさん」

 

「だから、謝らないでくれ、お嬢さんは悪くない」

 

また無言になる、気まずい空気が流れる

櫛が髪をとく音がする、いやにはっきりと聞こえる

 

「…オーケーだ、もういいぞ、退いても」

 

「…………」

 

終わったらしい、クセ毛は消えていないだろうが

 

「ほら、いつまでもそこいると押し倒すぞ」

 

軽く脅してくる、多分、本当にやる気はない

こちらに気を使っているんだろう、変に尾を引かないよう

 

「……ごめんなさい」

 

「責任感が強いって、言われたこと、あるだろ」

 

「…………はい、一応、部隊長ですので」

 

「そうなのか、若いのに立派じゃないか」

 

こちらが話しやすい話題に切り替えようとする

 

「なんだ、じゃああの細目の嬢ちゃんとビクついてる嬢ちゃんは隊員か」

 

「はい、そうです」

 

「いいな、互いに理解してる、いいチームだ」

 

これは彼の優しさだろう、変に落ち込んでしまっていることに気づかれている

 

「ほら、別に俺は気にしてない。大丈夫だ」

 

「……はい」

 

大丈夫なら、そんな気丈は振る舞いはしない

動くに動けない、顔に出てる、それを見られたら流石に彼も平気なふりはしないかもしれない

そのまましばらく座ったままでいる

 

「……まったく、俺はいつまでたっても変わらんな」

 

後ろで動く音がする、ソファが軋む、ソファの背にもたれかかったのか

 

「…………?」

 

背中をつつかれる、それになんとなく反応して

 

「ぐむっ!」

 

「ふ、引っかかったな、お嬢さん」

 

振り向きざまにほっぺに指が当たる

どうやら悪戯を仕掛けられたらしい

 

「……むー」

 

「ほう、睨んでくるか。いい心意気だ、若者はそうでなくちゃな」

 

気を紛らわせようとしたんだろう、よくもそこまで人を気に掛けられる

 

「ほら、座ったらどうだ、ずっとそんな体制じゃ疲れるだろう」

 

「あ、……はい」

 

指を退き、そのまま頭に伸ばしてくる

前髪をかきあげながら優しくなでてくる

 

「ありがとう、ございます」

 

「礼などいらん、勝手に撫でてるだけだ」

 

言われるまま彼の隣で姿勢を正して座る、彼は変わらず撫でてくる

随分暖かい、どこか、誰かに似たような、酷く安心できる感じがする

 

「さっきの事、気にしなくていい、お嬢さんが気に病む必要はない」

 

「……ですが、迂闊に聞いたのは私です」

 

「そうだが、まあ気にするな、これは俺の問題なんだ」

 

「…………」

 

「俺が、割り切るべきことなんだ。だから気にするな」

 

「……はい」

 

強襲作戦の日、ドクターから聞かされた

この男は、ロドスに警告に来たのだと、そしてそれは、今も続いていると

 

「なんだ、納得してないな」

 

「……悪いのは私です、せめて謝罪を通させてください」

 

「断る。悪いのは俺だ、なのに謝らせる必要はない」

 

「それでも、私が悪いんです。一言許すと、そう言ってください」

 

「駄目だ、この件は全て俺が悪い」

 

彼はロドスに敵対する可能性が、いまもあると

そんな男がこんな顔をするのか

 

「なら、何か代替案を」

 

「というと?」

 

「何かこう、これをやれば許すとか、そんな感じのことを」

 

「それ、操を寄越せって言ってもいいのか?」

 

「――っ!?……はい、それで許されるなら」

 

「マジか、思い切るな」

 

こんな、善人としか言えない顔をするのか

 

「……しますか?」

 

「しないしない。そんな理由じゃやる気は起きん」

 

言いながら手を離される、なんだか名残惜しい

 

「なら、どうすれば」

 

「あー、そうだな、それで気が済むなら……ああそうだ」

 

「?」

 

こちらを見る、不敵に笑いながら

 

「お前さんがどうして戦ってるか、教えてくれ」

 

「戦う理由、ですか」

 

「ああ、お前さんがここに来た理由でもいい。話してくれないか」

 

「……わかりました、じゃあ、その、ちょっとした身の上話から」

 

そうして話した、カジミエーシュの出身だとか、クルビアの辺境に住んでいたとか

誰かを護りたくて、警備隊にいたとか、クルースとビーグルと会った経緯とか

天災で、感染したこととか、感染者への差別とか、心折れてしまった、あの日の事とか

 

なにもかもを、話してしまった

 

「……そうか」

 

「こういう、感じです」

 

「なるほど、それでここに来て、またいつかのように誰かの為に戦いたいと」

 

「はい」

 

「それで目標はあの教官殿か、なるほど、青春してるじゃないか」

 

「そう、でしょうか、はは……」

 

「ああ、随分人らしい目標だ」

 

そういっていつの間にか煙草を口に咥えている

火もつけず、軽く上下に揺らしている

 

「ここにはまっすぐな奴が多いな、羨ましい限りだ」

 

「……えっと」

 

「ん? どうした」

 

なんとなく、気になった

 

「ストレイドさんは、どうして戦うんですか?」

 

「……ふむ、知りたいか」

 

「え、あ、言いたくないなら、それで」

 

「いいだろう、俺は今気分がいい。教えてやる」

 

「へ?」

 

意外とすんなりオーケーが出た

 

「別に、つまらん話さ」

 

「というと」

 

「俺はただ、戦うことしか知らないだけだ」

 

「……その、つまり」

 

「俺は、最初から兵士だった」

 

「…………」

 

衝撃的な事を言われてしまった、軽く、言われてしまった

 

「まあそれで、他に道がなかった」

 

「……その」

 

「謝るな、逆に誇れ。俺にこの話をさせたのはお嬢さんが二人目だ」

 

二人、となると一人目は誰だろうか

 

「昔、なんかの拍子に傭兵団に拾われて、少年兵として鍛えられた」

 

「……少年兵」

 

「ああ、使い捨てのゴミだ。よくも生き残ったものだよ」

 

「その、じゃあ家族は……」

 

「さあ、生きてるかもしれんし、とっくに殺されてるかもしれん」

 

「それは、その」

 

「酷い話か、そう聞こえるだろうさ、だが俺には関係ない」

 

「…………関係大ありです」

 

「ないよ、家族の絆など、もとよりなかった。そんな奴に悲しめなどといっても意味はない」

 

そう言う彼の顔は、決意に満ちていた

 

「そんなもの、俺にはいらない、足でまといになるだけだ、なら捨てる、捨てていく」

 

「…それは、酷く寂しい事だと、思うんです」

 

「そうだな、それが当たり前の反応だ。否定はしない」

 

「そうするだけの理由が、あるんですか?」

 

「ああ、そうなるだけの理由が、俺にはある」

 

これが彼の本性なのか、けして振り向くことをしない、そう宣言するのが、そうして成し遂げるのがこの傭兵なのか

 

「きっと、辛い道だと、そう思うんです」

 

「ああ、もう、言われた、それでも行くのさ、進む道はそれしかないんでな」

 

「……強い、ですね、あなたは」

 

「そうでもない。強いなら、きっと割り切れている」

 

もう、割り切っているだろうに、こんなに芯が強い人だとは思わなかった

 

「あの、一つ、謝らせてください」

 

「あ? 謝るなって言ったろ」

 

「いえ、許しは請いません、ただ一度、あなたに謝りたいんです」

 

「……何を」

 

「私は、あなたを誤解してました。きっと、その、もっと非情な人だと、そう思っていたので……」

 

「非情だと思うが」

 

「いや…いえ、とりあえず、謝罪だけどうか、させてもらえれば」

 

「……ほら、早くしろ」

 

「すいませんでした」

 

立ち上がり、彼に向けて頭を下げる

 

「……綺麗なお辞儀だな、誰に仕込まれた」

 

「あ、その…教官に」

 

「なるほど、厳しくされてるクチだな。確かに期待するだけの器はある」

 

「へ?」

 

頭を上げようとして抑えられる、両手で

 

「いいだろう、ちょっとした激励だ」

 

「いやあの、なにを――」

 

するのか、そう聞こうとした瞬間、視界がぶれた

 

「あばばばばばば!」

 

「おら、あの聞かん坊も納得する最高級のなでなでだ。光栄に思うといい」

 

頭が揺れる、髪がぐちゃぐちゃになる

まるで犬を撫でるようにわしゃわしゃされる

 

「ちょ、髪が……」

 

「あっと、これじゃといた意味がないな」

 

「ああ、さっきより酷い……」

 

「あー、これじゃあリンクスにどやされるな」

 

「ですね」

 

手招きしてくる、ソファの上で胡坐をかく、さっきと同じように

何をするのか、察して同じように前に座る

 

「さて、手早くやるか」

 

「はい、お願いします」

 

櫛が流れる音がする

 

「あの、そういえばさっき、どうして始めたんですか」

 

「ん?何を」

 

「これ、さっきはやる必要なかったじゃないですか」

 

「ああ、そうだな」

 

「どうしてやったんですか?」

 

さっき、既成事実とはいっていた、その割には長くやってた

随分真剣に、何かと向き合うように

 

「……そうだな、まあ、いいか」

 

「はあ」

 

少し考え、答えてくれる

 

「昔、ちょうどお嬢さんぐらいの頃か」

 

「はい」

 

「よく話してた奴らがいたんだ。今のお嬢さんぐらいの背丈で、よく会ってた」

 

 

「……会ってた」

 

「そいつの片割れがな、たまにせがんできたんだ、髪をといてくれって」

 

それは、いつのことだろうか

BSWにいたときか、それともずっと前の日常か

 

「その後姿がな、重なっちまった」

 

「……そう、ですか」

 

「そうだ、ただ、それだけだよ」

 

髪をすく音が響く、こするような、そんな音

 

「気にするな、昔のことに思いふけってただけだ」

 

「……はい」

 

「ほら、あいつが戻ってくる前に済ませちまうぞ」

 

慣れた手つきで櫛を流す

 

「……ストレイドさん、聞いてもらっていいですか」

 

「何を」

 

「ちょっとした意思表明です」

 

「あ?」

 

多分、意味はわからないだろう、突拍子に過ぎて

 

「私、決めました」

 

「何をだ」

 

きっと、笑われるだろう

 

「戦います、私は」

 

だけど言っておきたい

 

「最後まで、私は戦います」

 

「……そうか」

 

これは、ちょっとした決意だ、さっきの激励に報いるための、ちょっとした意思表示

 

「いつか、この病に打ち勝つまで、戦います」

 

この人の優しさに誇れるように

 

「きっといつか、終わりに導く為、私は戦います」

 

「そうか、いい顔だ、フェン」

 

「はい、私は成します、成し遂げます」

 

「ああ、いい調子だ」

 

「そうしていつか、叶えられたら。また、撫でてもらって、いいですか」

 

「……さっきのか?」

 

「はい」

 

いつかきっと、平和を取り戻す為

 

「ま、いいだろう」

 

「はいっ!ありがとうございますっ!」

 

「何が嬉しいのかね。どいつもこいつも」

 

そうしていつか、皆で笑うために

 

 

 

 




え、これなんの話?

まあそう思うでしょう、こんなんいきなり見せられたら私もそう思います
これ、いわゆる没案です、鵬程万里の
あれホントはフェンと組ませるつもりだったんですよ、ストレイド
だけどまあ、話が軽くなるしどうしようかなって思ってやめました
それでこれはミニマム版です、没の話の
せっかく考えたんだし形を変えて出そうと思いましてこうなりました
楽しんでくれたなら幸いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二羽  \CEO!!/  \CEO!!/

12/6 修正しました


それは、よく晴れた日の出来事だった

 

「……」

 

「……」

 

雲一つない快晴、ピクニック日和ともいえるほど気持ちのいい天気

 

「…その、なんだ」

 

「はい、なんでしょう」

 

とても素晴らしい、淀みのない日差しが降り注ぐ

この世界が石に覆われていることを感じさせないほど平和な日

暖かな日差しがすべてを優しく包みこむ、黒い鳥が思わず居眠りするほどの優しい日常

 

「えー、あー、うん、用件は」

 

「よく聞いてくれました、流石は敏腕傭兵、このロドスに無断で出入りするほどの人材、頭が回りますね」

 

「まあまて、話が突拍子に過ぎる、あと褒めてないだろ、どっちかって言うと怒ってるだろ」

 

そんな中、太陽万歳とでもいえてしまいそうな雰囲気の中

応接室は微妙な空気に満ちていた

何故か、この異常な状況を説明すればお分かりだろう

 

「いえ、貶しておりません。貶めてもおりません。けして、いちゃもんをつけている訳でもありません」

 

「いやに強調するな。絶対怒ってるだろ」

 

「大丈夫です、私はそんなあなただからこそ話をしに来たのですから」

 

「…なんだってんだ」

 

毎度おなじみ応接室のソファ、一つにストレイドが座り、その対面にはアーミヤがいる

 

アーミヤがいる

 

CEOが、なぜかいる

 

この状況、ストレイドにとってはよくはない、恐らくは立ち退き要請をしに来た

彼はそう考えている、いや、考えていた

だが入室してからいままで何も言葉を彼女は発さなかった

それが怪しくてストレイドも迂闊に動けなかった、何を考えてるのかまったくわからなくて

敵対している割には睨みもしない、なら友好的かと言えばそうでもない、彼女の表情は随分真剣だ

真面目な顔でストレイドを見ている

 

「ストレイドさん、あなたはロドスにおいてかなり不安定な立場にあります」

 

「そうだな」

 

「応接室の占拠、むやみやたらなセクハラ、不法侵入」

 

「そうだな」

 

「そして、無駄に高い信頼」

 

「最後、いらんだろ」

 

「要ります、これが一番重要なのです」

 

「なんで」

 

「わかりませんか、スケベイドさん」

 

「やべー、新しい名前が出てきた。自重しよ」

 

自重など知らないくせによく言える

 

「ナレーション、お前たまに冷たいな」

 

皆の総意を代弁しているだけにございます

 

「まあそれはいい。で、何を言いたい、キラーラビット」

 

「特段、ややこしい話ではございません」

 

「ほう」

 

「あなたのその頭脳をもってすればいとも容易く解決へと導ける問題です」

 

「うん、前フリが長い、さっさと言え」

 

「わかりました。言わせていただきます」

 

アーミヤが立ち上がり、声を張り上げて答えた

 

「私に!! 男を落とすテクニックを教えてください!!」

 

「うるせぇ、自重しろ」

 

しかしてそれは、CEOたる立場の者が口に出していい言葉ではなかった

 

「お願い、できますか」

 

「マジか、恐ろしいほどに真剣に見てくる」

 

「ええ、私は真剣に頼んでいます」

 

このCEO、ドクターにお熱なのである

どれくらいかというと、夜な夜なドクターのベッドに忍び込もうとしたり、ドクターの衣服でゲフンゲフンしたり

毎夜ドクターで妄想して〔自主規制〕したり、隙あらば発情して襲い掛かろうとしたり

 

何故CEOなどやれているのか不安なぐらいお熱である

 

「……わからんな、何故俺なんだ、その手の事はあのにゃんこ先生に教えてもらえばいいのに」

 

「ケルシー先生は賛同してくれていません」

 

「なんでだ、人の恋路に口を出すような奴には見えんが」

 

「理由はわかりません、教えてはくれませんでした」

 

「……ほう、なるほど、わかったぜ、あの二人、デキてるな」

 

「……いま、なんと」

 

「鉄仮面も男だったか、あのにゃんこと夜な夜なプロレスをしているに違いない」

 

「まさか、そんな……!」

 

「いいやきっとそうだ、毎晩お前さんが寝静まった後にベッドに誘ってにゃんにゃんしてるのさ」

 

「ああ……ああああああ…………」

 

「いやはや喜ばしいことじゃないか、子供相手に盛るよりも健全だ、理性が足りなそうな面してたから結構心配して……悪い、言い過ぎた、戻って来いキラーラビット」

 

「ほあぁぁぁぁ……ふぁぁぁぁぁ……!!」

 

CEO、オーバーヒート中、ラジエーターの性能が足りていない、熱殺できそう

いや、足りてないのは処理能力か、顔を真っ赤にし鼻血が出ている、何を想像しているのか

 

「ふへ……ぐへへへへぇ」

 

「……お前は盗られたくないのか盗られていいのかどっちなんだ」

 

「NTR……いいかもしれない……」

 

「誰か鎮静剤持ってきてくれ。エロい人が大変なことになってる」

 

流石のストレイドもこんな規格外相手にしたくはない

だがこの場に助けは来ない、近くに人はいない、現実とは無情である

 

「はっ!? 私は一体何を?」

 

「思い出すな、せめて部屋に戻ってから思いふけってくれ。頼む」

 

とりあえず正気に戻ったアーミヤを確認し相談に戻る

 

「で、具体的にどうしたい」

 

「ドクターから私に覆いかぶさってくれるようなシチュエーションになる方法はないですか」

 

「お前が襲った方が早いと思う」

 

「まさか、私のような純情な少女にそんなことが出来るとお思いで?」

 

「……純情、卑しいの間違いだろう」

 

ある意味ストレイドを超えるポテンシャルは持っている、その割には変に疎いが

 

「そもそも俺に聞くなよ、俺はあくまで誘い方を知ってるだけで誘わせる方法など知ってはいない」

 

「そうなんですか?」

 

「そうだよ、そもそも同意の上でなければやらん、無理やりは駄目だ、無理やりは」

 

「意外ですね、色んな人に手を出して回ってるのに……」

 

「その言い方、誤解されるからやめろ」

 

「正解だと思いますが」

 

正解です

 

「まったく、いいか。俺は紳士だ、変態の類ではない」

 

「このまえ、メランサさんがしっぽを触られたと」

 

「けして破廉恥な事をしている訳ではない」

 

「このまえ、アンセルさんが胸を触られたと言ってました」

 

「あの顔で男とか、信じられないだろ」

 

「このまえ、ジェシカさんがお尻を撫でまわされたと言っていました」

 

「ジェシカはなー、大きくなったら美人になるよなー」

 

「先ほど、リスカムさんが被害報告をきいてバチバチしてました」

 

「さて、アドバイスをしてやろう、心して聞くといい」

 

「はい」

 

ストレイドは姿勢を正し、アーミヤは座りなおす

二人して真面目な顔で話し出す、片方は野望の為、もう片方は保身の為

 

「いいか、まずはお前が女だと奴に意識させろ」

 

「というと」

 

「そうだな、効果的なのは裸になることだが……お前さんには早い」

 

「……やはり、胸ですか」

 

「気にするな、別の方法はある。まずは接触だ」

 

「接触、ボディタッチですか」

 

「そうだ、日常において常に奴に触る機会を見つけるんだ。書類を渡すとき然り、奴が物を落としたときに率先して拾いに行ってわざと指を触らせる」

 

「それ、なんだか中学生のしがない妄想みたいなんですが」

 

「そうだな、だが効果的だ。いいか、重要なのは近くにいると思わせることだ」

 

「近く……つまり、恋愛対象が近くいると気づかせろと」

 

「そう、そしてその内奴はドギマギし始める、そうなったら次のステップだ」

 

「次……はっ!(ピーーーー)ですね!?」

 

「飛躍するな、それは最後だ、最後の仕上げだ」

 

「む、恋愛。奥深いですね」

 

「……恋愛?」

 

これは恋愛相談だったらしい、どう聞いても襲う算段を立てているだけなのだが

だがこの不可思議な空気にも慣れたのかスルーして続ける

 

「まあいい、そしたらだ。そっと寄りかかるんだ」

 

「どうやって?」

 

「別に、口実などなんでもいい。疲れたとか、眠くなったとか、最悪肌寒くなったとかでもいい。

 あいつと触れてる面積を増やすんだ」

 

「なるほど、そうしてさらに意識を高めさせると」

 

「いい理解力だ、お飾りの王ではないらしい」

 

こんなことで王の素質を問うべきではない

 

「そうして奴がお前を見るようになったなら、今度は見せるんだ」

 

「……肌をですか」

 

「ああ、いままで布越しに触れていたものを見せつけろ。その価値をわからせろ」

 

「はい」

 

「そうなれば奴も歯止めが利かなくなるはずだ。目の前に劣情をぶつけられるものがあると、理解するはずだ」

 

二人、真剣に話している、内容は酷いものだというに

 

「いいか、キラーラビット」

 

「はい」

 

「ここまでくれば、何をすべきかわかるな」

 

「はい」

 

「頭には叩き込んだな」

 

「はい」

 

「道は示した。後は歩み方を間違えなければいい」

 

「恐れるな、そう言いたいんですね」

 

「そうだ、アーミヤ。お前なら行けるはずだ」

 

「ええ、行きます、私はいってみせます」

 

「そうだ、それでいい。その先に望むものがあるはずだ」

 

「正妻ですね、わかります」

 

「……うん、そうだな」

 

「何か問題でも」

 

問題しかない

 

「……まあ、なんだ、とりあえずはこれでいいだろう」

 

「はい、ご鞭撻ありがとうございます」

 

「何、先立ちとしての領分を果たしたまでの事。これ以上言うことはない、後はお前次第だ」

 

「わかっています、私はやります、あの人と既成事実を作ってみせます」

 

「よし、その意気だ、健闘を祈る」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

二人は立ち上がり固い握手を交わす、これがもっとまともな内容ならいい話だったのに

だがまあ、これはある意味制裁されるべき悪行なわけで

 

「っ!?」

 

「誰だっ!」

 

制裁する側が、見逃している訳がなく

 

「そこまでです!」

 

「ちっ……リスカムか」

 

「あ……あなたは!?」

 

野望とは、潰えるものである

 

応接室の扉を開き姿を見せた二つの人影

片方はリスカム、そしてはもう片方は

 

「あとにゃんこ先せ「マスクド・ケルシー!!」……誰?」

 

どこかで見た白衣を纏った金髪の美女

その顔にはウサギを模ったお面、表面には、こう書かれている

 

I kill you

 

その殺意は真っ当な相手に向けられていた

 

聞きなれない名を聞いたことに戸惑ったストレイドにリスカムが近づく

拳を構え一直線に向かって行く

 

「リスカム、そんな動きじゃ捕らえられんぞ」

 

「ええ、わかっています」

 

それに反応して避けようとしたストレイドにもう一つ、影が猛追する

 

「なっ! 速い――!」

 

「さすがのあなたも避けられないでしょう」

 

リスカムと同時に動いたのはマスクド・ケルシー

ストレイドの逃げ場を断つように左右から肉薄し

 

「「はぁっ!!」」

 

「アストラッ!!」

 

二人同時に拳を入れる

リスカムブロー、ケルシーパンチ

この二つを同時に受けて生き延びた者は、存在しない

ストレイドが崩れ落ちる、それを確認したマスクド・ケルシーはさらに動く

 

「へ?」

 

標的はアーミヤ、正確には、先ほど叩き込まれた知識

 

素早くアーミヤの後ろに回る

 

「へぶっ!?」

 

そして恐ろしく速い手刀を繰り出す、アーミヤが力なく倒れる

それを優しく受け止める

 

「ミッションコンプリート。ご協力ありがとうございます」

 

「(フルフル)」

 

大したことはない、そういうように首を振りマスクド・ケルシーはアーミヤを連れて去っていった

 

「さて、この男、どうしてくれましょう」

 

残ったのは、沈黙した傭兵、それを見下ろすリスカム

 

ここに第一回ドクター陥落作戦は幕を閉じた




私の小説のCEOは他に類を見ない気がする、いや、どこもこんな感じだろうか

勿論これはオリジナルとは別物です、こんなヒロインいてたまるか
二次小説で、あっちの話とは分けたアフター、ということで大目に見てもらえればと
まああっちにもいるんですがね、ボケてみたかっただけなんですよ、あれもこれも

ホントはやまねこにぶち込むべきなんですがね、こっちでいいや、ということでこっちにあります

もっとこう、健全なネタは出てきてくれないのか・・・
シリアスに頭使い過ぎておバカになったのでしょうか、一度休むべきか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おめでた系
Lost Angels


「……まーたお前か」

 

「ああ、また私だ」

 

暗い荒野、月明かりだけが頼みの世界

 

「なんだ、見かける度に声をかける意義があるのか」

 

「あるよ、少なくとも私には」

 

「あれか、特典か。あいつらにでも頼まれたか」

 

「いいや、そういうわけじゃない」

 

その中で、赤く、揺らめく光があった

 

簡易的なキャンプキット、いつか誰かが誰かに譲った品

焚火を焚いているのはストレイド

その火に気づいてきたのはモスティマ

 

「いいじゃないか、交友があるのはいいことだよ」

 

「よくもまあ変われたものだ。鉄仮面め、きっと何人もの女を食ってるに違いない」

 

「そうだね、一部の派閥はアーミヤと争ってるよ」

 

「卑しい女どもだ、どうせなら仲良く分ければいいのに」

 

「ドクターがもたないね。後、流石に最高位の立場の人が何股もするのはどうかと思うよ」

 

「据え膳ぐらいは食わせてやれよ」

 

この二人がこうして会うのはよくあることだ

リンクスが彼のもとを離れてからも、モスティマは彼と会っている

偶然、全て偶然会っているだけ、二人とも狙ってるわけではない

 

「お前も争奪戦に参加したらどうだ」

 

「残念、そこまで入れこんではいないよ」

 

「そうかい」

 

これが、縁、そう呼ばれるものだろうか

ストレイドは否定するだろうが、モスティマは、妖しく笑うだけだろうが

 

それでもこれは、この二人には必要なものだ

 

「で、立ちっぱでいるつもりなら構わんが」

 

「まさか、椅子、借りるよ」

 

「もとはお前のだろう」

 

いつかのように彼の荷台から椅子を取り出す

火にあたっているストレイドの隣に座る

 

「一人旅は楽しいかい」

 

「こっちから同じ言葉を吐いていいんだぞ」

 

お互い、どこか達観してしまった同士

気が合ったのは、そのせいだろう

 

これはリスカムにもリンクスにも出来ない、あのドクターでさえ溶かすことの出来ない氷

 

同じ純度の氷だからできたこと

 

「たまには彼らと一緒に動けばいいのに」

 

「断る、離れてて丁度いいんだよ。ネストも、あいつらも」

 

「困ったリーダーさんだ」

 

適当に、適当な事を話し合う

モスティマは何だかんだで人と話すことに意義は感じている

ストレイドは意義こそないが意味はあると理解している

似た者同士だ

 

「君はもう少し人気者だって自覚したらどうだい」

 

「する理由がない。野郎にモテてどうしろってんだ」

 

「いいじゃないか、男同士も悪くはない」

 

「悪い、衛生に悪い、精神衛生に酷く良くない」

 

「だろうね」

 

ストレイドが煙草を口に咥える、火は点けず、弄び始める

それを横から見ていたモスティマがそっと手を動かす

 

「えい」

 

「あん?」

 

頬をつつく、一度、二度

もう何度か、彼が不審に思い顔を引きつらせるまで続ける

 

「どうした、不思議なことを初めて」

 

「何、前みたいな子供っぽい顔を見てみたいのさ」

 

「……なんでだよ」

 

「可愛いから」

 

「……二度と言われないよう、努めるとしよう」

 

「こら、拗ねないで、冗談だから」

 

「嘘こけ、冗談ならそんな楽しそうには……いや、なんでもない」

 

「おや、抵抗しないのかい?」

 

「……ま、今日ぐらいは許してやる」

 

されるがままにされる

ぷにぷにぷにぷに、いじられ続ける

 

「ホントにどうしたんだい、普段はやめろっていうのに」

 

「別に、たまにはいいかと思っただけさ」

 

なすがままにされる彼に何か感じたのか悪戯をやめる

その代わり、椅子を彼に近づける

 

「どうした、随分近いが」

 

「何、君の顔をしっかり見たことないと思ってね」

 

「そうか?」

 

「そうだよ、いつも何かやりながらだからさ、顔を向けてくれたことほとんどないだろう?」

 

「……そうかぁ?」

 

いつものように笑いながら言う

そして気づく

 

「おや、それなんだい」

 

「ああ、これか」

 

ストレイドの足元、椅子の足の横

小さな箱がある、持ち手の付いた紙製の箱

 

「少し前、知り合いがな、休暇で遊びに行った先で買ったそうだ」

 

「へえ、なんだい」

 

「そこそこいい物」

 

そう言って開封し中身を見せる

 

「ああ、知ってるよ、ヴィクトリアの方の有名なお菓子じゃないか」

 

「そ、ドーナツだ。並んだって言ってたな」

 

「いいね、甘い物は好きだよ」

 

「女はどいつもこいつもそう言うな」

 

「君は嫌いかい?」

 

「……まあ、嫌いじゃない」

 

箱をモスティマに寄せる、というか渡す

 

「いいのかい」

 

「いい、なんなら全部食え、丁度いい」

 

「丁度いい?」

 

その言葉がどういう意味を持つか、少し考える

そうして笑う、さっきまでとは違う、ある感情を乗せた笑み

 

「なるほど、ドクターから聞いたのかい?」

 

「いや、チビがな、勝手に教えてきた」

 

「そうか、彼女らしい」

 

一つ、箱から菓子を取り出す

輪っかの形状の菓子、中心に穴が開いた、独特な甘味

一口齧る、二口、三口、続けて齧る

 

「……上機嫌だな」

 

「ん? そうかな」

 

口元に欠片を付けたまま、どこか無邪気に頬張り続ける

 

「そんなに美味いか」

 

「ああ、美味しいね。グルメ誌にも載ってた店の物だから」

 

「ほう、長く並んでたわけだ」

 

「長く?」

 

彼の溢した言葉は、ある意味彼の大きなミスだ

そんな感想、実際に見てなければ出てこない

 

「へー」

 

「……なんだ」

 

「別に、そうだ、君も一つどうだい?」

 

「いい、いらん」

 

「まあまあ」

 

そう言って無理やり一つ取り出して渡す

押し付けるように渡す

 

「……いいって」

 

「まあまあ、ほら、ぐぐいっと」

 

「もがっ!」

 

受け取らないことに業を煮やしたのか、今度は口に突っ込む

ジャストミート、綺麗に彼の口に入る

 

「……むぐ、甘ったるい」

 

「それはそうさ、これは甘い物だからね」

 

「よくも食えるな、まったく……」

 

そのまま一口齧り、手で持つ

続きを頬張らずに輪っかに指を通して回し始める

 

「全部食べたらどうだい」

 

「俺の口に何があるか、よく見ろよ」

 

ドーナツの欠片が付いた折れた煙草が咥えられている

無理矢理突っ込めばこうもなる、不純物に塗れた煙草はどこか泣いてるように見える

 

「アクティブなのは結構だが、遠慮を覚えろ」

 

「君に言われるのか、少しは考えようかな」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

潰れた煙草を取り、火に投げ入れる

炎に晒された紙筒はそのまま燃え朽ちる、灰になって消えてゆく

 

そのままモスティマはドーナツを頬張り続ける

ストレイドはそれを眺めながら菓子で遊び続ける

 

そうして箱の中身が空になる、平らげたらしい

 

「ごちそうさま、いやはや噂に違わない銘菓だった」

 

「そうか」

 

彼は変わらず回し続けている

 

「食べないのかい」

 

「今食う気がない、そのうち食べる」

 

ストレイドには甘すぎたのだ、彼の味覚には合わなかった

これは元々誰かに全て食わせるつもりだった、自分が食うことなど考えていなかった

 

「ふーん」

 

それを見ていた彼女は、何か企んだ風に笑いながら

 

「じゃあ、私がもらおう」

 

「あ?」

 

立ち上がる

 

「おい」

 

彼の前に立ち、彼の手から強奪していく

 

「よいしょっと」

 

「……なに?」

 

そうして、座る

 

「うん、いいね」

 

「何がだ」

 

ストレイドの膝に

 

「これも、噂に違わない心地よさだ」

 

「どこの噂だ」

 

「決まってる、ここを占拠してるのどこのお嬢様かな?」

 

「……チビめ、厄介な情報を」

 

彼の膝に座る、意外とスッポリはまっている

 

「いいじゃないか、君としては役得じゃないか?」

 

「違う、こういうのはな、もっとこう柔らかい女の子をな」

 

「ゲスだね、相変わらず」

 

小さな悪態をつきながらドーナツを頬張り始める

体重をストレイドに預け、リラックスしている

 

「……これは、チャンスか」

 

「違うよ、同意はしない。無理矢理はしないんだろ」

 

「クソ、言わなきゃよかった」

 

「後悔後先立たず、こういうことだね」

 

彼女のリングに軽く突かれながら、落ちないように調整する

羽に当たらぬよう、腕を前に回す

 

「どうしたんだい?」

 

「いや、ずり落ちそうだと思ってな、固定すべきかと」

 

「……卑しい考えじゃないのが驚きだ」

 

特別振り払うことはせず腰に落ち着ける

残ったドーナツを平らげ、彼の手に手を重ねる

 

「なんだ、どうした」

 

「何、子供が落ち着く理由がわかった気がしてね」

 

「そうか」

 

そのまま目を閉じる

何かを感じるように、体を沈める

 

「温もりか、理解できるかな」

 

「そうさな、気になるなら鉄仮面辺りに聞くといい。奴はこの手のスペシャリストだろう」

 

「そうだね、今頃誰かと語り合ってるかもしれない」

 

「ピロートークであることを祈ってやるか」

 

「血の海が出来そうだ」

 

奇妙な友人たちの夜が更けていく

 

不思議な交友は、この先も続いていく

 




イチャイチャ、カケナイ

トテモ、ムズカシ

ミンナ、ドウヤテルノ

サイバーパンク、タノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Fortunately

それは年末のある忙しい時期だった

ドクターの執務室、書類の山が重なった地獄絵図、クリスマスすら休めなかった理性をなくした男の部屋

そこにはいつも通り死んだ顔でペンを動かす男がいた

 

「……………………」

 

「あの、ドクター」

 

本来ならその隣にはアーミヤがいる、だが彼女はCEO、けして秘書で落ち着いていられる立場ではない、表のリーダーとしての務めがある、彼女はいない

代わりにリスカムが秘書を務めていた、BSW関連の報告は終わり後は年を越すだけ

胡坐をかいて休んでてもいい状況なのだ、だが彼女は秘書に立候補した

何故か、このフルフェイスの男の惨状を見ればまるわかりだ

 

「ドクター、仕事はまだ残ってますよ」

 

「……いやだ、みたくない」

 

意気消沈している、これは理性がマイナスに傾いている、手だけは動いているのが救いか

だがこのままでは終わらない、心の中で謝りながらアーミヤから託されたものを取り出す

 

「ドクター、失礼」

 

「……あ?――――っ!?」

 

後ろに回り何かを突き刺す、中身を注入する

ドクターが震えだす、バイザーの奥の目が赤く光る

 

「おおぉぉぉぉぉ!!」

 

「成分、なんなんですかね、コレ」

 

陸にあげられた魚のように震えながら咆哮をあげる、打たなければよかったような気がする

だがこれで正気に戻る、それは確信できている、何故ならこれで十本目だから

 

「はっ!? 私は何を?」

 

「書類のサインをしていました、どうか続きをお願いします」

 

「ああ、わかった」

 

正気には戻るのだがなんというか失ってはいけないものを失っている気がする、気のせいだろうか

そのまま仕事に戻ろうとして、あることに気づく

 

「…………?」

 

「どうしたリスカム? 急に辺りを見回して」

 

「いえ、こう、振動音がするといいますか、なにか音がするんです」

 

先ほどから微かに音が聞こえる、何かが震えているような、そんな音

聞き違いではないと思い周囲を見回す、だが何もない

するとドクターが

 

「ああ、多分これだな」

 

「それは、携帯端末ですか」

 

「そうだ。預かってくれと頼まれた」

 

「誰にです?」

 

「ストレイドに」

 

机から見覚えのある端末を取り出した、それは画面が光り震えている

受け取って画面をみてみる

 

「……マギー、ファットマン、フォグシャドウ、ジナイーダ、ジノーヴィ、フラジール、ワイルドキャット、シンカイ、ウォルコット、ピスケス、アップルボーイ――」

 

「多いな、随分」

 

そこには着信履歴、おびただしい数の人の名が映されていた

 

「――スティンガー、グッドラック、ネオニダス、興(弱王)……最後、どういう意味です?」

 

「さあ、わからん」

 

とりあえず電源を切りドクターに返す

しかしどうしてあんなに着信があるのか、そもそもドクターがなぜ彼の端末を持っている

 

「どうして預かっていたんです、何かあったんですか?」

 

「いや、特別何も言われていない、強いていうなら出なくていいぐらいしか言われてない」

 

「出なくていい? こんなに沢山かかってきてるのに?」

 

「なんでもそれが嫌だと、返答に時間がかかるから今日が終わるまで預かってくれと言われた」

 

「今日?」

 

今日だけ限定で預かれ、ということは今日なにかあるのか

思考を巡らせる、そうして

 

「あっ、そうでした」

 

「? 何かわかったのか」

 

今日の日付はなんだったか

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

「どうしたの、いきなり溜息なんか吐いて」

 

「別に、なんでもない」

 

応接室、そこにはいつも通りストレイドがソファに寝そべっていた

その様子を対面のソファに座り眺めるフランカ

 

「珍しいわね、人目も気にせずそんな事するなんて」

 

「そうでもない、お前が気づかないだけだ」

 

どこか疲れた様子を隠さないストレイドと会話を交わす

普段飄々としているこの男がこうしているのは珍しい

いつもは適当に口説いてくるのに今日はそれもなかった

何かあったのだろうか

 

「どうしたの、あなたらしくないわよ」

 

「そうだな、だからこうしてらしくあろうと振る舞っている」

 

「……何が言いたいの?」

 

「別に、非情であろうとしてるだけさ」

 

ホントにおかしい、確かに非情な面が目立つ男だがこうも表に出すようなことは普段しない

そもそも彼のそういう面が出てくるのは戦場と一部の状況下だけ

こんな日常の最中でそんなことはしない

 

「悩み事でもあるの?」

 

聞いてみる、いつもと変わった様子の彼を見て放っておくのが少し心配になった

これで一応先輩なのだ、どれだけ無情で女癖が悪くて皮肉が過ぎる男だろうと放置するほど嫌ってはいない

 

それに

 

「こんな日にそんな暗い顔しなくていいでしょ?」

 

「……こんな日、ねえ」

 

今日は確か、彼女の誕生日だったはず

 

「リンクスが張り切ってたわよ、一緒にお祝いするんだって」

 

「なら、お前らとすればいい」

 

「あなたもお祝いされる側の一人じゃない」

 

「どうでもいい」

 

「勝手ね、もう……」

 

彼女の誕生日なら彼もその筈

ずっと前からリンクスが言いふらしていた、ロドスの人々に誕生日だと

 

「失礼するよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

そのせいか、今日はいつもより応接室に人が来る

誰も彼も一言、こう言いに来るのだ

 

「やあ迷子君、誕生日なんだって?」

 

「……………………」

 

「凄い顔だ、祝言がそんなに嫌いかい?」

 

入ってきたのはペンギン急便のトランスポーター、モスティマ

リンクス曰く、彼と友人らしい

 

「モスティマさん、何かいる?」

 

最近部屋の主と化してきている誰かの代わりに何か淹れようと立ち上がる

 

「いや、すぐにお暇するから大丈夫」

 

「あらそう」

 

長くはいないらしい、そのままモスティマがストレイドに近づいていく

 

「なんだ、堕天使ちゃん」

 

「何、どんな顔をするのかと思ってきただけだよ」

 

「そうかい、で、ご要望には応えられたか?」

 

「そうだね、悪い意味で応えてくれた」

 

いつもと変わらぬ笑みを浮かべて、ストレイドに手を伸ばす

 

「…………どうした」

 

「別に、随分酷い顔をしてると思って」

 

何故か彼の頭に手を置く

そうして撫で始める

 

「……………………」

 

険しい顔をさらに険しくしてストレイドがモスティマを見つめている

それもそうだろう、撫でられる理由がわからないのだ

 

「……どうしたの? いきなり」

 

何も言わず、何も聞かずの二人の代わりに聞いてみる

 

「そうだね、なんでもないよ」

 

だがその一言で終わってしまう

そのまま二人、見つめ合い始める

 

「その、私、席外した方がいいかしら」

 

もしや何かの合図だろうか、こう、イエスノー的なものかと思って焦ってしまう

この二人、結構怪しいのだ

何が怪しいか、誰に対しても知人で通すストレイドが友人と明言する

あの男が、友人だと認めている

 

「大丈夫だよ、そんな関係じゃないから」

 

「なら、いいけれど……」

 

基本一人で居たがる彼が傍にいることを許す、そんな人物

しかも彼女のどこか希薄な人間性を考えるとどんな関係でも正直おかしくない

不釣り合いなくせして合点がいきそうな二人組、そんな組み合わせ

自分だって知人の枠から出ているのか正直わからない

リンクスのことも一応特別扱いしているようだが友人とは言われていない

実際あの子は勝手にここに来て勝手にくっ付いているだけ

強引にでも組み付かねばずっと一人で居る、それがストレイド

 

「大丈夫だよフランカ、彼は私よりも君の方が好みだろうし」

 

「よくわかるな、確かにお前ら二人ならフランカに軍配が上がる」

 

「聞きたくなかったわ、そんな事……」

 

恋人とかではない、先ほど言われたがそれを抜きにしても怪しい

そも一体いつ知り合ったのか、聞けばロドスにコンタクトをとる前からの関係とか

BSWから消えた後の彼と会っている、とか

 

「ほら、いい加減満足したろ、手を退けろ」

 

「ああごめん、これ位でいいね」

 

「何が」

 

「ちょっとした嫌がらせ」

 

多分、彼の噂も知っているのだろう

もしかしたら見たのかもしれない、何より彼女は彼の扱い方に馴れている

只の友人、そう言うには親しい

 

「……嫌がらせ、か」

 

「ああ、普段とはまったく逆の立場になるね。どうだい、人に戻れといわれる気分は」

 

「最悪だ」

 

「どういうこと?」

 

「フランカには関係ないよ」

 

最後の発言の意味に頭をかしげつつモスティマの動向を見守る

撫でていた手を引き、どこか優しく笑う

 

「ストレイド、とりあえずはおめでとうとか、そういう事は言わないでおくよ」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「だから代わりに、こう言っておく」

 

ストレイドから離れ、出口に向かう

扉を開けて去り際に言い残す

 

「君がいつか、人に戻れたなら、誘いに応じてあげるよ」

 

「へっ?!」

 

そこそこ大きな爆弾を残して

 

「ちょっと、あの人とどういう関係なの?」

 

「いや、奇妙な友人だが」

 

少し動揺してしまう、あれだけ怪しい雰囲気を出してる二人があんな事を言うのだ

慌てるなという方が無理だ

 

「何? やっぱりそういう関係?」

 

「そうならなー、気軽にパイタッチとか、膝枕とかさせてくれるのになー」

 

「うわ、サイテー……」

 

言い残した本人はとうに消えている

言われた当人は適当に流していく

答えが開示されない、仕方なく悶々とした疑問を内にしまう

 

「……まったく、言ってくれる小娘だ」

 

「……………………」

 

代わりにもう一つの疑問を聞いてみる

 

「ねえ、人に戻るって?」

 

「別に、お前には関係ない」

 

だが同じように流される

 

正直、これがどういう事か見当はつかない

人間性の事を指しているのだろうが人なのに人に戻れという理由がわからない

何か、この二人でなければわからない事象なのだろうか

 

「……偶には教えてくれていいんじゃないかしら」

 

「教えられるようなことじゃない、それだけだ」

 

「彼女には教えるのに」

 

彼女とはリスカムの事

恐らく一番彼を理解している、彼にとっての例外

 

「あいつは、ほら、しつこく聞いてくるから仕方なく」

 

「ならここで私が同じように聞いたら答えてくれるの?」

 

けして特別でなく、規格外などという劣化品でなく

文字通りの例外、イレギュラー

 

「ないな、お前には聞かせることが出来ない」

 

「…………どこが違うの、私と彼女」

 

「どこも変わらない、リスカムは只、運に恵まれただけだ」

 

運、とは昔の関係の事だろうか

教官として彼女についたストレイド、普段とは違う二人組の関係

相棒(パートナー)、そう呼ばれる今の自分たちと同じ状態

 

「確かに、恵まれていたわね……」

 

話す機会は幾らでもあったのだろう、実際彼の隣にはいつも彼女がいた

訓練中も、彼が他の職員にちょっかいかけている時も

鉄と火薬が支配する、彼の戦場の中でも

 

「お堅く見えて結構詮索好きだったぞ、何か質問してくる度人の顔色伺って、奥底の感情を見抜こうとする」

 

「あなたの事、信用したかったのよ」

 

「上の評判を聞けば信用ならない類のモノだと理解出来たろうに」

 

そこに在ったのは、一種の羨望と殺しすぎる男への不信と

 

きっと、時折見せる空っぽな表情への心配があったのだろう

 

「……………………」

 

「なんだ、お前まで人の顔覗き込みやがって」

 

こんな日ぐらい、訝しむようなことはしたくない

どれだけ悪評が目立とうと彼が誰かの為に生きる人だということは変わりない

ただ、どうにも真意がわからないのだ、どうしてそんな風に生きることにしたのか、発端がわからない

 

じっと彼を見つめる、それに気づいた彼は何も言わず、目を閉じる

 

すると

 

「あの、ストレイドさん、いますか?」

 

「ん? クランタのお嬢さんか」

 

今度はフェンがやってきた

 

「失礼します、あ、フランカさん」

 

「どうしたの、ストレイドに何か御用?」

 

「ええ、その、ちょっと……」

 

その手には小さな紙袋がある、まあ用件はわかっている

他の人と変わらない、祝いに来たのだろう

 

「ストレイドさん、その、今日は誕生日と聞きまして」

 

そう言って彼に近づく、袋の中身を渡す為だろうか

緊張してるのか声が上ずっている、彼は寝そべったままそんな彼女を見つめる

 

「こちらを、僭越ながら用意させていただきまして……」

 

「自分の為に金を使え、こんなのにかまける必要はない」

 

「いやでも、普段お世話になってますし」

 

どうやら見ていないところでコンタクトをとっているらしい

そういえば彼女の事も彼は気に入っている

 

「お世話か、ならお返しに『私がプレゼントです♡』ぐらいはやってほしいな」

 

「ひゃっ、そ、それは、その、えっと……」

 

こうして彼女を狙うぐらいには

 

「この変態」

 

「なんだ、まだ序の口だろうに」

 

顔を赤くしながら狼狽する彼女の代わりにぶつけるべき言葉をぶつけておく

この下品な嗜好は昔から変わらない、どれぐらい手を出したのだろうか

というかフェンも恥ずかしがってないで反論すればいいだろうに、だからこの男が調子に乗るのだ

 

「ほうら、今なら俺の腕は空いてるぞ」

 

こんな風に

 

「へ、その……ああ、ああああああ……」

 

「フェン、正気に戻って」

 

思考がオーバーフローを起こしたのか、正常な判断が出来ずに腕を広げる彼に近づいていく

煙を噴き出しながら傍にいく、それを確認した彼は起き上がり

 

「捕まえた」

 

「ひゃい!」

 

彼女を引っ張り腕に納める

 

「こら、流石に黙認するほど甘くはないわよ」

 

「大丈夫大丈夫、性的な悪戯はしない」

 

そう言いながら紙袋をそっと回収してテーブルに置く

そして膝に乗せて抱きしめる

 

「うむ、睨んだ通りの抱き心地だ」

 

「いやらしい」

 

「失礼だな、言葉通りだぞ」

 

「あわわわわわわわ…………!」

 

特に何をするでもなく、抵抗をしないまま抱き留められている

赤くなった顔は紅蓮の領域に到達しようとしている

その様が面白かったのか

 

「ほれ」

 

「ひんっ!」

 

指を動かし首筋にそっと触れる、それに反応したフェンがビクンと跳ねる

更に軽く突く、脇に手を入れくすぐったり軽く耳に息を吹きかけたり

ギリギリどころか完全にアウトな行為に勤しみ始める

 

「あっ、んん……やぁ…………ひぁっ!……あ……ん…………!」

 

彼が弄る度フェンが小さな悲鳴を上げる

カチコチだったその顔も段々柔らかくなっていき、終いには蕩け切った表情へと変わっていく

その反応に怪しく笑いながら更に攻め手を増やすストレイド

 

「ひぃっ…………らっめ……しゅとれいど……さん、このままじゃ……わたひ……!」

 

「はいストップ!!」

 

「ふえ?!」

 

色々危ない領域に到達する前に無理やり剥がす

 

「なんだよ、せっかく盛り上がってたのに」

 

「盛り上がってたのはあなただけ」

 

「はあっはあ…………はあっ……!」

 

息を荒げるフェンを背に回し護るように不服そうな顔をするストレイドの前に立つ

あのまま放っておいたらどうなっていたか、子供には見せられない惨劇が広がっていた所だろう

腰が砕けたのかフェンが座り込んでいる、どうしてこういらない技を極めているのか

 

「フェン、立てる?」

 

「はい、一応……」

 

よろよろと立ち上がる、まだ顔が赤いが大丈夫だろうか

 

「やれやれ、ちょっと遊ぶだけでも駄目なのか」

 

「そうに決まってるでしょ、あまりここの人達に悪影響を与えないで」

 

「えー、同意の上でも駄目なのか?」

 

「同意って……あなたの誘いに乗る人なんていないでしょ」

 

「ほう、つまり了承してれば問題ないと」

 

「いやそうは言ってない」

 

「…………はふぅ」

 

ようやく呼吸を整えたフェンを尻目に牽制する

油断も隙もあったものではない、この男は性欲の権化ではなかろうか

 

「ほらフェン、用が済んだなら早く避難しなさい」

 

「え、あ、はい」

 

そのまま背中を押し強制的に部屋から退場させる

どこか名残惜しそうにストレイドを見ていたがきっと気のせいだろう

 

「なんだよ、後五回位楽しめたのに」

 

「楽しみ過ぎよ、そういう所、いい加減にして」

 

「はあ、これだからガードが堅い奴は……」

 

残念そうに言いながらフェンから渡された紙袋を手に取る

口を開き中を覗く

 

「……むう」

 

「何が入ってたの?」

 

何故か呻いた

彼の反応が気になり隣に座って覗き込んでみる、そこには

 

「あら、クッキー?」

 

ロドスの購買部で売り出されているクッキーが入っていた

 

「よかったじゃない、いつも品切れになってる人気の商品よ?」

 

クロージャの購買で入荷されるたび秒で消えると噂のクッキー

特別高価という訳でもない、その割には絶品と評判の生産者不明の菓子

売り切れの札が出るとき、必ず黒い猫の影があるといわれている

 

ちなみに生み出された過程に不穏な噂が漂う代物でもある

なんでも、理性回復剤の制作過程で偶然生まれたとか

 

「……クッキーねえ」

 

「なんだか不服そうね」

 

彼はロドスに関する情報はあらかた知っている

ということはこれが人気商品で入手が難しい物だとも知ってるだろう

その割にはなんだか浮かない顔をしている

喜んでいないわけではないだろうが曇った顔をし始めた、どうかしたのだろうか

 

「女の子からの贈り物よ、喜んだら?」

 

「……まあ、喜ぶべきなんだがな」

 

釈然としない顔を向けてくる、一度袋とこっちを交互に見る

そして

 

「フランカ、お前、甘いものは好きだったな」

 

「? ええ、嫌いではないけど」

 

「そうか」

 

そう言って無言で袋を突きつけてくる

 

「……えっと?」

 

「やる」

 

「は?」

 

どうやらこちらに明け渡そうというつもりらしい

 

「やる」

 

「いや、どうして?」

 

「いいから、やる」

 

「いらないわよ」

 

「まあまあ、とりあえず受け取ってくれ」

 

「なんで」

 

どういうわけか押し付けようとしてくる

正直レアな代物だ、食べてみたいという気持ちはある

これがただの気まぐれや偶然で手に入れた物なら受け取っていただろう

だが、これは違う

 

「受け取れないわ、これはフェンがあなたの為に用意したものよ」

 

このプレゼントは彼の誕生日を祝う為の物

受け取ることは出来ない、そうすれば彼女の誠意を無下にすることになる

 

「大丈夫だ、お前が黙っていれば問題はない」

 

「あるわよ」

 

第一彼はそんなことはしない

何をするにしても相手の感情を理解した上で動く、そこに善意があるなら尚更無駄にはしない筈

なのにどうして手放そうとしているのか

 

「お気に召さなかったの?」

 

「まあ、そんなところだな」

 

グイグイと押し付けてくる

これは気に入らなかった、というより嫌がっている

 

「クッキー、嫌いなの?」

 

「んー……何というか、甘いものは嫌いなんだ」

 

「意外、あなた嫌いなものあったのね」

 

「逆になんでないと思った」

 

「だって、前にハイビスの料理食べて平気だったから」

 

「……あれは、ほら、一応健康面に特化したものだったし」

 

「……どうしてああなったのかしら」

 

「さあな」

 

どうやら彼の中ではあの暗黒物質よりこっちの方が敬遠する物らしい

先ほどと変わらずにこちらに差し向けてくる

 

「ほら、俺は食えないから、代わりに食ってくれ」

 

「でも、私が貰うわけにもいかないし……」

 

口に合わなかったのなら嫌がるのはわかる

だからといって受け取るのも違う気がする、どうしたものか

 

「いいじゃないか、ここで食っちまえばクランタのお嬢さんにはバレないぞ」

 

「だけどねえ……」

 

「ならこう考えろ」

 

「?」

 

袋の中身を取り出し手渡しながら言ってくる

 

「ここでコイツを消費すれば誰かが食った、という結果が出来上がる」

 

「そうね、ええ」

 

「そして過程を有耶無耶にすれば、結果だけに目が向けられる」

 

「……………………」

 

「碌に情報がなければ人は都合のいいように解釈する、それはあのお嬢さんとて例外ではない」

 

「つまり?」

 

「お前がここで食えば、少なくともお嬢さんは悲しまない」

 

言いたいことはわかる、ここで彼が食べたことにして自分が食べてしまえばフェンには真実は伝わらない

彼女のことを想えば正解ではあるだろう、ただ

 

「……………………」

 

「いいだろ、お前が損するわけじゃなし」

 

少し考え、可愛らしい封に包まれたクッキーを受け取る

その対応に満足したのか、ストレイドはソファに背中を預け寛ぎだす

 

「ねえ、ストレイド」

 

「……どうした?」

 

そんな彼に寄りかかる

 

「お願いがあるのだけど」

 

「なんだ、いやにしおらしいな」

 

特別何をするでなく警戒した目つきで見てくる

 

「ちょっと、ちょっとの間だけでいいの」

 

わざと顔を近づける、お互いの息が吹きかかるほど近く

彼が少し動けば簡単に唇を塞げそうな距離、かなり危険な行為をしている

その様子に何かを察したのか

 

「……なんだよ」

 

どこか観念したように言ってくる

 

「あら、素直なのね」

 

「何をしようとしてるか、なんとなく理解した」

 

「そう、なら、目を閉じてくれるかしら」

 

優しく、彼の耳元で囁く

彼は言われた通り目をつむる

 

「じゃあ、はい♪」

 

「……………………」

 

そして軽く口を開ける

その中に封から出しておいたクッキーを放り込む

 

「……あまい」

 

「そういうものだから」

 

意外と抵抗せずに受け入れる

 

「あなた、結局女の子には甘いのね」

 

「まあ、男なんてそんなもんさ」

 

さっきはああ言っていたが彼も気は進まなかったのだろう

普段からよく話している間柄の様だった、彼が彼女を気に入っているのは真面目な姿勢が可愛いから

 

「どう? 年下の子からのプレゼントの味は」

 

「己の甘さが体現したかのようだ、気分が悪い」

 

「そ、なら教訓にしなさい」

 

「へいへい」

 

彼がフェンにちょっかいを出すのは彼女があまり詰めすぎないように、といった所か

やり方はともかくとして面倒見がいいのは昔から変わらない

自覚はしているのだろう、しかめっ面で口に放られるクッキーを平らげていく

 

「お前はそういう所、アイツよりちゃっかりしてるな」

 

「そう、ありがとう」

 

「まったく……」

 

クッキーの袋が空になる

これで誰も負い目はないだろう、贈り物は収まるところに収まった

彼が吐きださずに完食したのを確認し隣に座り直す

 

「……喉乾くな、これ」

 

「自分でいれなさい」

 

「面倒くせえ」

 

口元を手で拭い今度こそ寛ぎだす

その顔は少し、柔らかい

 

「なんだかんだ美味しかったのね」

 

「そうでもない」

 

「ふーん」

 

甘いのが嫌いなのは事実だろう、でなければあんな策は考えない

だけど、多少機嫌が良くなったのは

 

「誕生日を祝ってくれる、意外と悪くないんじゃない?」

 

「……そうだな」

 

善意を向けられていることに気が付いたから

普段から人との関わりを彼は避けている

それは、彼の立場が原因だろう、ドクターが呻いていた

 

どうにも味方と断言してくれない、と

 

彼はここにはただの傭兵としてきている

ロドスに雇われたのではなく、個人として

そこに在るのは黒い鳥としての彼が彼自身に課した役割

本来、馴れあうつもりはない

リスカム曰く、そんな感じとの事

 

「本当、大きく出たわね……」

 

「何の事か、わからんな」

 

世界の敵になる、それが彼の目指す道

その結果に次いで生まれる可能性を見出すために彼が見つけた外道

 

「辛いわね」

 

「お前には関係ない」

 

いつか、彼に起きた出来事が関係しているという

その全貌は、誰にも話していない

彼女も少ししか聞かされていない

わかっているのは、不条理に見舞われた、たったそれだけ

 

隣で寛ぐ男を見る

黒い髪に、紅い目、耳も羽も、輪っかもない

どの人種か判別できない男

その表情は、どこか虚しく見える

 

「ここは、あなたのお眼鏡に適ってるかしら」

 

「さあな、少なくとも、判決の日( VERDICT DAY)は当分先だ」

 

「そう、それはよかった」

 

どうせならそのまま居ついてくれればいいのに

だけどその気はないのだろう、渡り続ける事こそ彼の在り方だと聞かされた

邪魔はしてはいけない、自由に飛んでもらわなければいけない

それが、かつて彼の隣に立っていた少女の答えだった

 

「…………フフ」

 

「なんだ、気味が悪い」

 

よく思いきれたものだ、彼も、彼女も

いつかここからいなくなる、それがはっきりしていても尚、未練を残そうとしない

強い繋がりがそうさせるのか、それとも、もっと大事な、二人にしか見えない物があるのか

 

「ねえ、ストレイド」

 

返事はない、だが視線は向けてくる

何を言い出すのか、待っているんだろう

なら、言わせてもらおう

 

スカートのポケットからあるものを取り出す

 

「お誕生日、おめでとう」

 

「……ふん」

 

彼の手を取り強引に握らせる

 

「どいつもこいつも無駄な金を使いやがって、自分の為に使えよ」

 

渡されたそれを眺め始める

そこにはライターがあった

 

「いいじゃない、誰かを想って贈る為なら出せるものは出すものよ」

 

「わからんな、俺には」

 

ライターにはとある彫刻が彫られている

 

「ほら、あなたにピッタリ」

 

「そうだな」

 

黒い翼を広げる大柄な鳥

渡り鴉、そう呼ばれる生き物

 

「ま、アリじゃないか」

 

「素直にお礼を言ったらどう?」

 

受け取ったそれを上着のポケットに仕舞う

日の目を見ることはあるだろうか、彼が使ってくれることを祈ろう

 

立ち上がる、そのまま出口に向かって歩く

 

「なんだ、もうお暇か」

 

「ええ、この後バニラ達と一緒にロドスの年越しパーティに参加しようって約束してるの」

 

「そうか、楽しんで来い」

 

「あなたも来ていいのよ」

 

「遠慮する」

 

「そう、だと思った」

 

扉を開いて部屋を出る

 

「……ストレイド」

 

「なんだ」

 

「一つ、我儘を言っていいかしら」

 

「言ってみろ」

 

最後に、言い残していく

 

「お願いだから、長生きしてね」

 

 

………………………………

 

 

「ストレイドー!!」

 

「飛びこむな、危ないだろ」

 

応接室の扉を開ける、ソファに転がる彼に飛びつく

 

「えへへー」

 

「まったく、少しは遠慮を覚えろ」

 

「はーい!」

 

「返事だけはいっちょ前だな」

 

そのまま彼の胸に顔をこすりつける

特別意味はない、ただ落ち付くのだ

まだここに彼がいるという現実を認識できて

 

「ほら、剥がれろ、邪魔だ」

 

「はーい」

 

彼が自分を退かして起き上がる

そのまま膝に座ってみる

 

「どうした、上機嫌だな」

 

「そりゃそうだよ、今日が何の日か覚えてるでしょ?」

 

「まあ、一応」

 

彼に体重を預ける、その体は暖かい

 

「わたしたちの誕生日!」

 

「正確には、違う」

 

「いいのー、今日は、リンクスの、誕生日なのー」

 

「そうかい」

 

彼は自分の頭に手を置き、軽く撫でてくる

その感触が気持ちよくて、つい目を細めてしまう

 

「相変わらず猫みたいだな」

 

「いいの、これで」

 

そのまま何も言わず撫で続けてくれる

このまま彼の膝の上で寝こけても構わないが今日は大事な話がある

彼の手を掴み退かす

 

「どうした、珍しい」

 

「あのね、渡したいものがあるの」

 

「まあ、だろうな」

 

そうしてずっと握っていたものを渡す

 

「お前もか、物好きどもめ」

 

「いいでしょ、これはわたしがしたいからしてるんだから」

 

「はいはい」

 

少し前、彼の為に買ってきたちょっとした贈り物

 

「懐中時計か、御洒落だな」

 

「でしょー、色々考えたんだ」

 

「ふーん」

 

懐中時計、蓋には月の印象が彫られている

 

「満月か、俺は月光なぞ持ってはないぞ」

 

「知ってるよ、でも月に由来するものはあるでしょ?」

 

「まあ、アナザーがあるが、あれはどっちかって言うと新月だ」

 

「でも月だよ」

 

「黒く塗りつぶせってか?」

 

「ダメ―、そのままー」

 

彼が時計を眺める様子を見ながら抱き着いてみる

 

「随分甘えるな」

 

「いいのー」

 

「よくない、邪魔だ」

 

口ではそう言うが無理やり退かしにはかからない

いつも通り、彼は優しく接してくれる

いつかの日常に近い暖かさを流し込んでくれる

 

「ぎゅ~」

 

「誰だ、お前をここまで甘やかすのは」

 

「リスカムとフランカ―」

 

「だろうさ」

 

そうして時計を仕舞いこむ、受け取ってくれたという事は気に入ってくれたらしい

その内、彼らに指摘されるんだろう、見慣れない時計を覗く彼を見て、誰から贈られた、とか

それで適当にはぐらかすのだ、お前達には関係ないと、そう言って

 

「楽しみだなー」

 

「何が」

 

「みんなが時計の事に反応するの」

 

「意地悪だな、勘違いさせるのが狙いか」

 

「うん」

 

「……誰に似たんだ、この意地悪な趣向」

 

いったい誰だろうか、きっと近くで嘆息してる人だと思う

 

「まあいい、で、用件は終わりか?」

 

「うん、わたしからは、おわり」

 

「ほう、お前からは、か」

 

「そう、わたしから、は」

 

少しあくどく笑ってみる、彼がいつもしている様に

ちょっと圧をかけつつ、だけど凄まぬように

 

「いいね、やるようになった」

 

「ふふん、でしょ?」

 

彼は満足した笑みを浮かべる、そして

 

「だがお前へのプレゼントはない」

 

「だよねー……」

 

ある意味期待通りの発言を返してくれた

 

「悪いな、元より今日は来るつもりはなかったんだ」

 

「知ってる、今日はガレージにローチないもんね」

 

彼は普段、車で移動する

それはここに来るときも変わらない、基本はローチを乗り回す

理由は

 

『エンジン音が心地いい』

 

とのこと

車が好きと、いつか言っていた気がする、ネーミングセンスが死んでいるが

なんでも都合がいいとか、愛着も湧いてくるとか

 

「はあ、これで結構、期待してたのに……」

 

「誕生日二つあるんだ、片っぽは放っとかれても仕方ないだろ」

 

「そうだけどさー」

 

そんな彼だ、あの車を放置することはあまりない

多分、今日もどこかに隠しているだろう、もしかしたらネストの誰かが見張ってるのかもしれない

そこまで考えて思い出す

 

「ネストのみんなはいいの?」

 

今日は彼の誕生日、それは彼らも知っている

特に彼と親交のある初期の面子は連絡しているだろう、あとはリンゴ少年とか、その辺りが

 

「いいんだよ、あいつらの相手してたら一日無駄にしちまう」

 

どうやら事前に策をとったらしい、ということは単純に逃げてきたのだろう

いつかのように飛んでここに来たのだ、緊急避難先ぐらいにはロドスを気に入っているらしい

なら、まだ彼とは会えるだろう

 

「そっかー」

 

「そうだ、ま、気にするな」

 

そのまましばらくくっ付いている

 

「……ねえ、ストレイド」

 

「おう、なんだ」

 

「いつか、いつかだよ」

 

「ああ」

 

「あなたの名前が取り戻せたら、その時はどうするの?」

 

「名前?」

 

「そう、あなたの、本当の名前」

 

こちらの質問に少し考え込む

彼の名前、いつか、誰かが名付けたはずの、彼の本名

それが何か、誰にもわかっていない

自分も、ネストも、フランカも、リスカムも

彼の名を知る者は、今のところ存在していない

 

「別に、いまさら気にしなくていいだろ」

 

彼は特別気にしてはいない、だけど正直、残酷だと思う

 

親は子に名をつけるとき、必ず願いを託すのだと、そう言っていた

それは彼とて例外ではない、彼には託された願いがあるはずなのだ

今はいない誰かが、彼を想って付けた名が

 

「特別俺の名前がわからなくて困ってる奴はいない」

 

「困るよ、少なくともわたしが」

 

多分、ほとんど諦めているんだろう

彼だって一度は疑問に思ったはずだ、自分がどこで生まれたか

自分がどうして、独りになってしまったか

 

「いいじゃないか、そもそも名前なんか必要ないぐらいには考えてたんだし」

 

「だけど、だけどさ、怖くない?」

 

「何が」

 

きっと、厳しい現実がそこにはあるんだろう

いつかの自分に起きたように、けして優しくはない結果があるはずだ

 

「自分がどうしてここにいる、とか、そういうことがわからないと怖いと思うの」

 

彼は恐らく、調べはしたのだろう

すっきりしないのが嫌だ、そう言うぐらいには几帳面な節がある

解決できない事象を解決できないからで放っておくほど杜撰ではない

だけどそれでも、はっきりしなかったのかもしれない

 

「恐ろしいと、思うんだ……」

 

彼は自分で決めた名がある、だからまだ耐えられるのかもしれない

 

だけど、これは怯えていい事象なのだ

いつかの自分のように、誰とも、なんの繋がりのないという現実がはっきりしている

それが無名という、一種の病状

そこにあるのは酷く暗く、寒くて、空っぽな心象

温もりなど感じる余裕のない、周りから隔絶された状態

 

彼は今、そういう状況なのだ

 

「……ねえ、ストレイド」

 

「なんだ」

 

「ストレイドは、怖くないの?」

 

彼はいつか、名をくれた

そこにあったのは同情ではなく、哀れみでもなく

確かな善意が存在した

 

「なんのことはない、名無しなど、今に始まったことじゃないからな」

 

そしてそれは、同じような状況だから気づけたはずなのだ

名を持たぬ者同士だから、一時的な治療薬を用意できた、対策を知っていた

その薬は、前例を知らなければ作ることすらままならない

 

「……だけど、さ、今は平気でも、いつか壊れちゃうと思うの」

 

「そうだな」

 

彼は理解している、これがどれだけの問題か

きっと鉱石病より恐ろしい、より無残な死に近づく病気だと

 

「無理は、してないんだよ、ね?」

 

「していない」

 

「ホントに?」

 

「ああ、ホントだ」

 

彼は普段と変わらぬ顔をしている

その奥底に何があるかは、今の自分では見切れない

 

「……そう」

 

見切ることなど、できはしないだろう

 

「……わかった」

 

「? 何を」

 

彼は弱音を吐くつもりはない、そんなことはわかっている

こんな問答、最初から無意味だったことを忘れていた

 

「ねえストレイド」

 

「なんだよ、改まって」

 

彼に対してできることはいつも一つしかないではないか

ならば、そうすればいい、いつかと同じように示せばいい

 

「わたしね、夢があるの」

 

「ほう、どんな」

 

「いつか叶えたい、そんな夢」

 

答えを示す、それが彼とわたしの、ただ一つの関係だ

 

「いつか、あなたの名前を取り戻す」

 

「そうか」

 

「それで、呼んであげるの」

 

これから先、けして変わらない彼との関係

あの日から繋いでくれている、小さな繋がり

 

「きっといつか、呼んであげる」

 

「そうかい、期待してる」

 

少し変わった、親子関係、わたしが追い縋るかぎりは切れない絆

 

「うん、だから、待っててね」

 

いつかきっと、本物に迫れるように

 

………………………………

 

「さて、彼はいますかね」

 

いつの間にか暗くなった甲板に出る

艦内は既に年越しモードに入っている、まだ数時間はあるというのに

 

「寒いですね、ここは」

 

独り言を呟きながら周りを見渡す

先ほど応接室を見た時は誰もいなかった、もう消えてしまったのかと思ったが恐らくそれはないだろう

 

手に握っている端末を見る、そこには変わらず通知が来ている

 

朝からずっと鳴りっぱなしだった、なんだかんだで必要な人脈は作っているらしい

効率とか仕事の都合だろうが悪いことではない、特に彼にとっては

 

人影が見当たらぬ甲板を見て周る、すると

 

「何やってんだ、リスカム」

 

「あ」

 

ガードレールに寄りかかっている男がいた

 

「捜しましたよ、まったく」

 

「それは悪かったな、ここの奴らが意外とうるさかったもんでね」

 

うるさかった、とは今日の日付の事だろう

彼の事は結構な人数が知っている、それもそうだ、初日にあんな追いかけっこしたんだから

あれのせいでロドス内での知名度はそこそこある、顔を見て名前が思いつくぐらいには

 

「それで誰が来ました?」

 

彼の隣に同じように寄りかかる、金属が軽くきしむ音がする

いつかのように同じ景色を眺め始める

 

「色々」

 

「例えば?」

 

「フランカ」

 

「後は」

 

「チビ」

 

「他」

 

「ジェシカと金ヴルちゃん」

 

「何を貰ったんです?」

 

「ジェシカからは銃のアタッチメント、金ヴルちゃんはよくわからんムシのプロマイド」

 

「プロマイド?」

 

「らしいぞ、金ヴルちゃん曰く」

 

応接室に現れた客人を並べていく

その中には身近な人物も交じっている

 

「他には、あの猫のお嬢さん、とか」

 

「アーミヤさんも行ってきた、と話していましたね」

 

「ああ、どいつもこいつも変わってるな、ここの奴らは」

 

そう言って煙草を咥える、懐からライターを取り出す

鳥の彫刻の入ったライター、誰かが真剣な目で選んでいた気がする

 

「何か悩み事ですか?」

 

「いや、こいつらの使い心地を確かめてみようと思ってね」

 

今度は懐中時計を取り出す、蓋を開き時刻を確かめる

年明けまではまだ時間がある、ロドスの人々はパーティに夢中だろうか

 

「それで、使った感じは」

 

「悪くはない、使ってやるさ」

 

「上から目線ですね、貰った側なのに」

 

「寄越せなどとは一度も言っていない」

 

時計を仕舞い煙草をふかし始める

その様子をなんとなく眺めている

 

「なあ、リスカム」

 

「なんです」

 

「これ、後で渡しといてくれ」

 

すると、菓子を一つ取り出し手渡してくる

どこかの会社の製品だったか、チョコバーの類だったはず

 

「誰に渡すんです?」

 

「チビ、お返しがないことにご立腹だったんでな」

 

「自分で渡せばいいのに」

 

「んな事したらそのまま件のパーティに持ってかれちまう」

 

「でしょうね」

 

了承して菓子を受け取る

お返しとはプレゼントの事だろう、彼女も一応誕生日なのだ

リンクスとして、彼と共に祝えるようにと決めたもう一つの誕生日

 

「まったく、わざわざ祝う理由などないだろうに」

 

煙を吐きだしながら不満げに言う

その割には、口元は笑っている

 

「いいじゃないですか、大切な人の大切な日なんです、祝って当然ですよ」

 

「ほう、つまりはフランカとクランタのお嬢さんは脈アリという事か」

 

「そういうことではありません」

 

これで結構、嬉しかったのかもしれない

そうでなければこうも口が軽いわけがない

 

「しかし驚きました、あなた、誕生日あったんですね」

 

ついでに聞いてみる

昔、彼がBSWにいた時、今日が誕生日などとは聞かされたことがなかった

 

「一応、適当に決めといたんだ」

 

「決めた、ですか」

 

「ああ、不便だろ、いつ年を食ったかわからないと」

 

「そうですか……」

 

正しい日付ではないのだろう、そもそも彼自身の出生がはっきりしてないのかもしれない

恐らくの出生地はアタリがついてるが情報があまりなかったのか

それでとりあえずの日付は決めた、といった所か

 

「まあ、無いよりはいいですが」

 

「ああ、ただちょっとした弊害が起きてるがな」

 

「弊害、ですか」

 

そう言う彼に手に持っていたものを突きつける

 

「なんだ、あいつらまだ連絡をあきらめないのか」

 

その画面は発光し、小さく振動を続けている

 

「出てあげればいいじゃないですか、知り合いなんでしょう?」

 

「まあ、そうなんだが」

 

それを受け取り画面を見つめる

そこには五十を超える人の名が表示されている

 

「正直、ここまで掛かってくるとは思ってませんでした」

 

「そうだな、こうも多くの馬鹿どもを抱えることになるとは思わなかった」

 

端末の電源を切る、出るつもりはないらしい

そのまま煙草を吸い潰しにかかる

その様子に何も言わずに傍に居ることにする

 

「……まったく、今日は厄日だ」

 

「そうですか」

 

お互い無言で景色を眺め続ける

 

「…………はあ」

 

そして、その内彼が何かに観念する

 

「わかったよ、行きゃあいいんだろ」

 

「ええ、そうしてください」

 

煙草を投げ捨て艦内へと向かって行く

その後ろについていく

 

「こんな寒空の下で珍妙な抗議をしやがって」

 

「いいじゃないですか、皆さん喜びますよ」

 

「せめて一言言ったらどうだ、中の騒ぎに混ざらないかって」

 

「言うよりはこうした方が効果的かと思いまして」

 

「悪い育ち方しやがって、どいつもこいつも……」

 

一人文句を言いながら歩く彼を見て、あることを思い出す

 

「そうだ、一ついいでしょうか」

 

「ん、なんだ」

 

小さな小包を取り出し、彼に握らせる

 

「誕生日、おめでとうございます」




ナイトメア が 公開堕ち しましたね

引け(威圧)

タグは 術師 遠距離 火力 減速 治療

二重人格のちょっと情緒不安定な可愛い女子高生女子大生。普段は専属の医師にかかっているヴィクトリア出身のフェリーンの女の子。表はおとなしい性格の殺生が苦手なオペレーター、裏は不穏な言葉が目立つドクター殺しにかかってるある意味ツンデレ。そんな彼女はロドスのオリジウムを狙ってるけどなんだかんだで阻止されているっぽい。諦めてはいないようだが何度もトライしてる姿を想像すると中々萌える。彼女は一部のドクターを暗く優しく温かい深淵に包んで安眠させてくれる。彼女は我らの闇であり――

『次回以降、本文に関係ない事項を記すことへの制限を掛けさせていただきます。理由は、お分かりですね? 今度は客観的、かつ簡略的に本文に関する内容を後書きに書いてください』

ナイトメア、引こ?







アークナイツの勢力診断、ロドスしか出てこねえ……(何度もやり直した馬鹿者)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

にゃん にゃん にゃん

にゃんにゃんはしない


「~~~~♪」

 

ロドス・アイランド、訓練室

 

「「…………」」

 

鼻歌交じりに的に向かって乱射する一匹の猫

 

それを眺める二人の人影

 

「あの、あの子、どうしたんですか?」

「いえ、私に聞かれても……」

 

アドナキエルとジェシカが、声を小さくして話していた

 

特段なんという日ではない、普段通りの日常

強いて言うなら彼女の誕生日という事ぐらいしか二人の脳裏には浮かんでいない

それで機嫌が良いのか、説明こそつく、出来るのだ

 

「プレゼント渡したんですか?」

「はい、お菓子ですけど……」

 

だが、それではどうにも説明がつかない

彼女は既に数人からプレゼントを貰っている

親しい者からその手の祝い事を忘れぬ者まであらゆる人から貰っている

そして彼らも皆、同じように首を傾げた

 

機嫌が良すぎる、と

 

「あの、渡す前からああ、なんですよね?」

「はい……朝からずっと、あんな感じなんです」

 

祝ってもらえたから機嫌が良い、という現金な思想は彼女にはない

ならば誕生日を迎えたからご機嫌なのか? という疑問も出るが恐らく違う

そうであるならいつかのように言いふらしているはずなのだ、自分の誕生日だと

あの日の彼女もご機嫌の高みにいっていた

だが今回は違う、どうにも違和感がある、先日のような事象なら同じように言いふらしているはず

なのに今回はしていないのだ、誕生日だとは一言も話していない

同じような日に同じ行動をしていない、にも関わらずあの日以上に機嫌が良い

 

「……何があったんでしょうか」

「さあ……」

 

噂の主は今、スピンコックの応用で五連射に勤しんでいる、もはや人にできる限界を超えている気がする

 

「失礼します……おや?」

「あ、先輩」

「リスカムさん、どうもこんにちは」

「こんにちは、二人共どうしたんですか?」

 

超人的な技を二人で眺めているとリスカムが訓練室にやってきた

入るなりこそこそ話している二人に気づき話しかける

 

「何を見てるんです?」

「いや、リンクスちゃんが、ですね……」

「なにやら機嫌が良いんですよ」

 

言われて彼女も気づいたらしく、いつ弾込めしてるのかわからない勢いで連射しているリンクスに視線を向ける、持っている銃はハンドスピナーよろしく高速回転している

 

「まあ、確かにいつもより多く回ってますが」

「何か心当たりはありませんか?」

「……気にすることですか?」

「そうですけど……ほら、気になりませんか?」

「気にはしますが、なら聞けばいいでしょう」

「その、わざわざ聞くのもあれかな~って――」

「それもそうですね」

「え? ちょ、アドナキエルさん?」

 

リスカムの提案に躊躇うジェシカを余所に一人聞きに行くアドナキエル

特別失礼な行為ではない、ただジェシカには少々苦手な事だったのかもしれない

それとは対照的に動いたアドナキエル、その行動原理は興味か好機か、彼のみぞ知る

 

「やあ、リンクスちゃん」

「ん? アドナキエル、どうしたの?」

「いえ、少し気になることがありまして」

「わたし?」

「ええ、今日は随分、調子がいいようなので」

 

アドナキエルが彼女が使用していた的に目を向ける

人の形を模したそれには弾痕が残されていた、頭部に一か所だけ

 

「どうしたんです? 何かありましたか?」

 

彼女の腕前を考えると何故そんな痕跡なのか、疑う理由はないだろう

特別触れずに議題を口にする、それに対しリンクスは

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

満面の笑みで答えてくる

 

「そうですか、それは良かった」

「うん!」

 

その返答を受け、特に追及することなく会話を終えてジェシカ達の元に戻ってくるアドナキエル

果たして彼が得た答えとは

 

「これはお手上げですね」

「「…………」」

 

諦めだった

 

「あの、もう少し聞こうとはしないので?」

「流石に根掘り葉掘り聞くのはどうかと思いまして。それに理由は何であれ、あんな笑顔を見せてくれるならきっといいことなんでしょう」

「……そう、なんですかね」

「間違いではないですが……」

 

そのままアドナキエルは自分の使っていた的へと戻っていく

どうやら彼の中では解決したらしい

 

「……サンクタの人達って、何を考えてるかわからないです」

「同意はしますが、誰も彼もああではないでしょう」

「……エクシアさんは?」

「戦闘中にアップルパイと叫ぶ以外は、楽しい人です」

「エグゼキュターさん」

「彼は至って真面目な人です。暗い雰囲気こそありますが」

「アンブリエルさん」

「多少フワフワしてますが、年相応の無邪気な人です」

「モスティマさん」

「…………ノーコメント」

「ストレイドさん」

「いつか神罰が下ればいい」

「…………」

 

辛辣な一言の後、角を明滅させる先輩を見て押し黙るジェシカ

恨みはまだ募ったままらしい

そしてふと、ひらめきがジェシカに訪れる

 

「あ、もしかしてストレイドさんがらみじゃありませんか?」

「何がです」

「リンクスちゃんの機嫌が良いのって」

 

ストレイドの名を出しようやく可能性に行きつく

確かに彼女が機嫌が良い時は彼が大体関与している

先日もなにやらチョコをくれたとかで大喜びしていた

ならば今回も同じ理由だろうか、例えば彼からプレゼントを貰った、とか

 

「リンクスちゃん、ホントにストレイドさんのこと好きですよね~」

 

頬に手をあて我が子を見守るように微笑むジェシカ、慈愛とはこれを言うのだろう

 

「…………」

 

だがそれとは逆に押し黙るリスカム

 

「どうしたんですか?」

 

それに気づき、問いてみる

 

「……今日、応接室は使用予定があるんです」

「はい」

「確かであれば、午前午後の両方で」

「はい」

「そういう時は、彼は決まって訪れません」

「はい」

「……なら、プレゼント自体は贈られている可能性は低い」

「……はい……?」

「…………リンクスは、知らない、かも……」

「…………?」

「……あー、うん、えー……」

 

何かの答えに行きついたのか、一人、苦い顔をするリスカム

 

「ジェシカ、私はこれで失礼します」

「?…………はい、お疲れ様です」

 

そのまま早足で訓練室から出ていくリスカム

先ほど来たばかりで出ていった事に多少の疑問を覚えつつも思考をリンクスに戻す

現時点で彼女の有頂天に疑問を持つのはジェシカ一人になってしまった

別に必要性のあることではないが気になることは気になる

 

「ねえねえリンクスちゃん」

「なあに? ジェシカ?」

 

好機に負けて聞いてみる

 

「今日、何か良いことでもあったの?」

「ううん、無いよ!」

「それにしては、絶好調だけど」

「ん? 気のせいだよ」

「そう? ああそうだ」

 

そして確信を得ることになる

 

「ストレイドさんからは、何を貰ったの?」

「まだ貰ってないよ」

 

………………

 

「と、いう事で」

 

「第一回! リンクスを悲しませないでどうやったら真実を隠したまま喜ばせられるか作戦会議を始めます!!」

 

「長い長い」

 

リスカムの長い開始宣言のもと始まった作戦会議

この場に集まっているのは五人

リスカム、フランカ、ジェシカ、ブレイズ、ドクターである

 

「まあ誕生日を祝ってもらえないのは悲しいよねー。わかるよー私」

「ブレイズは立場が立場だからな、仕方がないさ」

「エリート同士じゃないとダメって制約厳しすぎない?」

「私に言われても困る。決めたのは――」

「ケルシー先生と、昔のドクター君だね」

「……すまない」

 

ちなみにCEOはこの状況には気づいていない

一つの部屋に男一人女性四人、ドクターの明日はどうなるのか

それは置いといて

 

「リスカム、ストレイドは来てないのよね」

「はい、現時点では来訪は確認できていません」

「……そう、すでに時計は三時を回っているわ。厳しいわね……」

「ああ……リンクスちゃん、可哀想に……」

「ドクター君、この様子を見てどう思う?」

「とても微笑ましい、一人の少女の為にここまで動けるとは……感動した」

「そうだよねー、リンクスちゃんは愛されてるなー」

 

かくして集った戦士たちは状況の確認を始める

 

一、時刻は絶対、彼が来訪する可能性に縋ることは許されぬ

 

二、笑顔は絶対、命を賭して守り、輝きを曇らせぬ事に魂を燃やせ

 

三、秘密は絶対、一時の羞恥はよい、だが手段を選ばず必ず秘匿せよ

 

「以上です」

「ええ、とても大切よ」

「はい! 特に二つめが大事です!」

「だそうだ、ブレイズ」

「うんうん、良い心掛けだね!」

「まったくだ」

 

この作戦行動における重点は、いかに彼女に悟られずに騙すかの一点に尽きる

元々リンクスは聡い、とても幼い子供とは思えないほど頭が回る

それは即ち、この作戦の成功率の低さを同時に表していることになる

 

「騙して悪いがは好きではありませんが、これも全て彼女の為……」

「ええ、あの子の笑顔、踏みにじらせはしないわ!」

「ストレイドさん、あなたの名を騙ること、卑怯とは言いませんね」

「これで失敗して、結局何も出来なかった―、ってことにならなきゃいいけどねー」

「だが、この熱意が、善意が、彼女を活かす……」

 

だがそれは彼女達には関係ないのかもしれない、各々が闘志に燃えている

これはそれだけ愛情を向けられているという証拠でもあるのだが

 

「ではまず、大体の目標から考えましょう」

「ええ、といっても答えは簡単、彼に代わって贈り物をするだけよ」

「はい、そしてストレイドさんからという名目で渡す、実にシンプルです」

「で、事の経緯を後で話して、ストレイド君に口裏を合わせてもらう、と」

「ああ、それで解決はするだろう。口に出すだけなら簡単だ、問題は……」

「あの子の、周囲への洞察力です」

 

リスカムの言葉に全員が頭を抱えだす

そう、リンクスは元々周りをよく見ている

狙撃手として育てられたのもある、もとよりその手の素質が高かったのもある

彼女は周囲の細かい変化を見逃さない、それはこれまでの関わりではっきりしている

ならばそれにどう対応するか、それが一番の問題である

 

「こうして動き出している以上、我々は自然体で彼女に接することは出来ません」

「そうね、あの子の事だから不自然に思って聞いてくるわ」

「答えにこそ行きつくことはないでしょうが、勘繰られることは確かです」

「……難しいな」

 

この場にいる面子は‘彼女を騙す‘という前提で動くことになる

その思想がある以上、必ず行動に微かな齟齬が出るだろう、それは一流のペテン師でさえも完全に消しきることの出来ない小さなミス

本来なら気にも留めずにスルーするだろう、だが彼女は違う、気づくのだ

このロドスで一二を争う無邪気さを見せつけてきながら獰猛な獣のように視線を配る

それがリンクスという少女、この戦いは最初から下り坂なのだ

 

「まず私達、あの子が何を欲しいか知らないよ?」

 

そしてもう一つの問題、リンクスが何を欲しがっているか

この場にいるものは皆、思い思いの物を渡した後の人物だ

そんな人がいきなり対象に何が欲しいか聞けばまず気づかれる

 

『どうしてそんな事を聞くの?』

 

きょとんとした顔で聞いてくる様が各自の脳裏に浮かぶ、そんな顔を見せられて平気な表情は決してできないだろう

 

だがここで自慢げにリスカムが動く

 

「その点に関しては問題ありません、手は打ちました」

 

お~! という歓声が周りで上がる

そしてリスカムは指を鳴らしとある人物を呼びつける

 

「バニラ! 出番です!」

 

ガチャ

 

「あの、これは何の集まりで?」

 

一人のヴイーヴルが入ってくる

手段とは彼女の事、バニラに聞きに行ってもらうという事だ

 

「ええ、これなら行けるわ」

「リンクスも流石にバニラに警戒はしないでしょう」

「そうですね、もう変な人認定されてますから」

「……傷つくなー」

 

バニラに碌に事情説明はせず、ただ聞きに行ってもらうという事

事前に自分たちの存在は伏せろと言い聞かせたうえでやれば怪しまれることはない

何よりリンクスの中ではバニラはもう『変なペットを飼ってるおかしな人』状態なのだ

仮に怪しまれても、まあいいか、で済む可能性が大きい

 

「ではバニラ、報告を」

 

そして行動は、すでに終わっている

 

「……リンクスちゃんの、欲しいものですよね?」

「はい、何と言われましたか」

「…………」

「バニラ? どうしたの?」

「難しい物だったの?」

 

周囲の熱い視線に何とも言えない困り顔で接するバニラ

一言、彼女が漏らす

 

「……って」

「え?」

「…いって」

「はい?」

「無いって、言われましたが」

「……なんと?」

「いや、だから、無いって」

 

「「「…………」」」

 

「……無い、そうです」

 

「「「はああああああああああ!?」」」

 

「うわ、うるさい……」

「うーん……これは想定外だね」

「これでは動くに動けないな」

 

だがその報告はもれなく希望を打ち砕いたのだった

 

「バニラ! ちゃんと聞いたのよね!」

「聞きましたよ」

「そんな……そんな訳が……」

「え? でもまだ貰ってないって言ってましたし……」

 

あまりの予想外な展開に動揺を隠せない三人

そこに、来訪者が訪れる

 

「あれ? みんな、なにしてるの?」

「「「ギクゥ!!」」」

 

リンクス本人がやってくる

 

「どうしたのリンクスちゃん、ここは今会議中だよ?」

 

ブレイズが適当な言い訳で対応する

 

「あ、ごめんなさい。バニラが変な事を聞いてきたから気になっちゃって……後をつけてきたの」

「ああ、うん、そうだよね」

「「「…………」」」

「策士、策に溺れるとはこういう事か」

 

一人上手いことを言っているドクター

その男にリンクスが視線を向ける

 

「あ、ドクタードクター、ちょっといい?」

「ん? ああ、なんだ?」

 

「レッドさんって、いま会える?」

 

………………………………

 

「こんにちはー! ケルシーせんせー!」

「ああ、リンクスか」

「「「…………」」」

「すまないな、いきなり大所帯で押しかけて」

「……君もいるのか」

 

 

一同はリンクスに続いてケルシーのラボに来ていた

そこには自身のデスクで何かの書類と睨めっこしているケルシーと

 

「……ん」

 

近くの椅子で足をブラブラしながら暇を持て余している狼がいた

 

「レッドさん、こんにちはー!」

「リンクス、こんにちは」

 

特段警戒することもなくレッドに近づき抱き着くリンクス

 

「……親しいの?」

「ううん? あんまし話さないよ?」

「リンクス、滅多にここ来ない」

 

尻尾を立てながらレッドに抱き着いているリンクスに疑問を抱きつつ用件を聞く

 

「それで、どうしてここに?」

「あ、それはね?」

 

するとリンクスが離れ、レッドが布に包まれた何かを上着から取り出す

 

「包み、ですか?」

「中身は何です?」

「武器」

「何?」

「凶器」

「いや、言い換えろって事じゃないから」

「……じゃあ、危ない物?」

「……まあ、いいかな、それで」

 

取り出した包みを持ち、リンクスの前でレッドがしゃがむ

 

「リンクス、受け取れ」

「うん」

「でも、ちゃんと聞く、カラス、言ってた。取り回しは、注意」

「はーい」

「……うん、受け取れ」

 

彼女にしては珍しい体制で話すさまを見ながら事の成り行きを見守る

リンクスは受け取るやいなや包みを剥がし中身を取り出す

 

「……ナイフ?」

「そーだよ?」

 

それは専用の鞘に入った、サバイバルナイフだった

 

「……綺麗、ですね」

 

ただその刀身は、碧く輝いている

 

「リンクス、許可は出たから調べさせては貰った」

 

刀身を抜きとり輝きを楽しんでいるリンクスにケルシーが話しかける

 

「とりあえずそれは、ただの源石剣だ。それ以上の何かではない」

「うん、知ってるよ」

「なら、それがどれだけ危険な物かはわかっているな」

「わかってるよ」

「くれぐれもそれで自分を傷つけるようなことはしない事、誤って自身を切ってしまったならすぐに言う事。それは強力な武器であると同時に感染源だ、取り扱いには注意しなさい」

「はーい!」

 

ケルシー曰く、ただの源石剣

碧く輝く短剣は、少々希少な源石を用いただけの剣なのだ

 

「レッドさんに会いに来た理由は、これですか?」

「うん、そーだよー」

 

なぜここに来たのか、その理由はコレらしい

レッドとあまり関わりのないリンクスが急に彼女に会いたいと言った時は驚いた

用件こそわかったがもう一つわからないことがある

 

「あの、そのナイフは何ですか?」

 

これは、何の為の物なのか

 

「えっとね、ストレイドに頼んだプレゼント」

「……彼に、頼んだ、ですか?」

「うん、あんまり話せないんだけどね、これはストレイド経由でしか貰えない物だったの。

本当はもっと長いんだけど……わたしが振るには重いからって言ってサイズを調整したのを用意してくれたの」

「なら、どうしてそれをレッドさんが?」

「当日ここに来れないからって、レッドさんに預けておくから誕生日になったら取りに行けって」

「「「…………」」」

「アフターケアはバッチリ、って事だね」

「ふむ、私も何か、アーミヤに用意すべきか……」

「そうだな、他の女性にうつつを抜かしていないでもっと彼女に注力すべきだ」

「……ケルシー? どうして私の足を踏み抜いているんだ?」

「フン…………」

「あの、結構痛い……」

 

彼が思ったよりもしたたかだったこと、予想外の人脈で手を回していたこと

他にもあるだろう、彼女たちは今、何とも言えない疲労と脱力感に襲われていた

 

「リンクス、ハッピーバースデイ」

「うん、ありがとうレッドさん!」

「……いい子」

「えへへへ……」

 

かくして奇妙な作戦行動は終わりを告げる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう訳だ」

 

「わかった、やっておく」

 

「悪いな、赤ずきん」

 

「問題ない、お前が助けた子、待てばいい」

 

「ああ、それで結構。アイツは言われたことは愚直に守るからな、不必要な接触はしないだろうさ」

 

「それは、それで、寂しい」

 

「なんだ、人肌は存外好きか」

 

「うん、リンクス、モフモフしたい」

 

「そうさな……尻尾は毛並みは綺麗だが、触り心地は滑らかな方だった」

 

「……むう」

 

「だがまあ、頭を撫でてみろ、思った以上にモフってる」

 

「楽しみ」

 

「そうかい」

 

「……なあ、カラス」

 

「ん?」

 

「カラス、どうして、リンクスを助けた」

 

「別に、ただの偶然だよ。不条理が重なった結果さ」

 

「そうか」

 

「ああ、偶然だ。俺はそう思っている」

 

「そうか」

 

「だが……そうだな、あの日、俺はきっと見たんだろう」

 

「…………」

 

「酷くか細い、切れてしまいそうなモノだった。

手繰り寄せてしまえばプツリと千切れてしまいそうな、光の糸」

 

「リンクスは、それに、値する」

 

「そうだ、同時にあれは、繋ぐことの出来る糸だった。人によってはよすがにするような、淡く、妖しい光だ」

 

「リンクスは、何者にでもなれた?」

 

「ああ、導き手によってはきっと、聖職者にも、人殺しにもなれただろう。

そして繋いでいただろう、あらゆる者との邂逅を」

 

「それは、可能性の話。今は、違う」

 

「確かにな、赤ずきんの言う通りだ。アイツは正しい位置に座している。その糸を繋げるべきとこに立っている」

 

「お前の、おかげ」

 

「違う、俺じゃない。お前達がやったのさ、お前達、方舟の連中がやったんだ」

 

「…………」

 

「謙遜ではない、俺では正しく導くことは出来なかった。いつかの様に殺していただろう」

 

「だけど、ここに来たのは、お前の意思」

 

「いいや、それも偶然だ。あのタイミングで大騒ぎに巻き込まれてくれたお前達がいたからこうなった」

 

「チェルノボーグ」

 

「よくわかったな、あれがなきゃ、今もアイツは俺の傍にいただろうさ」

 

「……カラス」

 

「なんだ」

 

「SWEEP、来い」

 

「嫌だ」

 

「……そうか」

 

「勘違いはするな。俺は人を大切に思うようなことはしない、今更それは許されない」

 

「なら、どうして助けた」

 

「……なんてことはない、眩しかったのさ」

 

「…………」

 

「あの淡い光が、あの夜、輝いて見えた。ただ一人残ったアイツが」

 

「生き残り、だから」

 

「そうだな、それもあるんだろう。ただ、それだけでは説明できないな、困った困った」

 

「……暖かい、光、だったか?」

 

「……いや、随分寂しい光だった」

 

「…………」

 

「とても細く、儚い、それでも、暗い荒野で月明かりよりも眩しく光っていた」

 

「その光が、何者だとしても?」

 

「その光が、たとえ未熟なモノだとしても」

 

 

 

「あれは正しく、月光だった」

 

 

 




ブレイズさんの第二スキルを特化三にしました

うん、それだけです、はい

ところでハーメルンの機能なんですけど
いつの間にゆかりさんが音読する機能が付いたんで?
懐かしのCOMボイスが頭をよぎる、良い声です

後ブルアカやったんですよ、ちょっぴり
思った以上にDivisionしてた
そして盾持ちのキャラがいつかの私を彷彿させる(D3-FNCで遊んでた人)
2だと脆くなったからなぁ……盾
でもリスカムみたいに盾と銃火器の人を見るたびまた盾を持ちたくなる


ホシノがほしいの


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

貴方と私の関係性

割と急ピッチ(三日)だったせいで誤字脱字と変な文が目立つかもしれないです


『リスカムさんって、ストレイドさんと恋人なの?』

 

ロドスの職員の方にそう言われたことがある

もちろん否定で返した、己はあのろくでなしの番いなどではない

 

『じゃあどんな関係なんですか?』

 

だがそうしたら、そんな返しをされてしまった

 

どんな関係、正直言うだけなら案外簡単なのだ

昔の先輩で散々な目にあわされた、これにつきる

 

しかし

 

『それにしては…… 随分と仲がいいな』

 

どうやら勘繰られているらしい

だが掘ったところで掘り出せるモノは何もない、埋蔵金探し張りに発掘物が存在しないのが彼と私の関係だ

 

『でもでも、ストレイドさんの傍にいる人ってリスカムさんしか見たことないんですよ!』

 

彼女の言いたいことはわかる、確かに彼は基本一人で居る

応接室を占拠してぐうたらして来客でもなければ彼はずっとソファに寝っぱなし

時折リンクスやフランカが訪れるだけで他の人物との付き合いはほとんどない、せいぜいドクターやアーミヤと応接室の取り扱いに関して口論しているぐらいだろう

 

『……ど~して~、あの変態の普段の生活の様子を~、そこまで細かく知ってるの~?』

 

……それは、まあ

 

『『『それは?』』』

 

その、なんというか

 

『『『なんというか?』』』

 

……なんというか

 

 

 

…………………………

 

 

「おい、紙落ちたぞ」

「あ、すいません」

 

こういうわけで

 

場所はいつもの応接室、本来なら使用予定のないある日の事

私はなんとなく、いくつかの書類仕事を集めて彼のもとに訪れていた

 

「ほう、金ヴルちゃんの身体測定か。さてさて~お胸はどれだけ大きくなったかなーと……」

「個人情報です、返しなさい」

「へいへい、お堅いねぇ」

 

別にどうという事はない、いつもの事だ

 

「お、身長は変わらんがチョイと体重が増えてるな……、別に腹が出てるわけでもない。筋肉が増えた証拠だな」

「本人、太ったって気にしていたので触れないように」

「いいじゃないか、成長期の証拠だぞ。増やせる数字は増やせる時に、前に教えたろ」

「確かに教わりましたが……」

「まあお前の場合身長は伸びなかったが」

「黙りなさい」

 

うん、これはいつも通りの会話だ

昔と何も変わらぬ、減らず口の叩き合い

この風景に色恋沙汰を感じる者は極少数だろう、フランカ達もそういうことは言わないし自身も彼に恋慕を抱いているとは思わない

やはり若者が集まっている都合上、ロドス職員はその手の話は気になるのだろう

あれだ、お年頃と言う奴だ

 

「なんだ、気にしてたか」

「あなたにはわかりませんよ、陰でチビチビ言われる者の辛さは」

「ああ、そういや俺も最初はチビだと思ったな。身長は第一印象の一つになる、お前らみたいな役職なら更に重要だ。主に頼れるかどうかの指標にな」

「むぅ……」

「だが安心しろ、出るとこは出たじゃないか」

「……どこの事を言ってるんです」

「揉みごたえのなさそうだった部位の事を言っている」

「この変態紳士」

「おっと、その名は返上したぜ」

 

尚、目の前にいる男は返せと言った書類をひらひら弄びながら眺め続けている。バニラの身体数値は彼に筒抜けになってしまった

 

「ほら、いい加減にこちらに渡してください。社内機密の漏洩で罰せられかねません」

「そうかい、相変わらずなスタンスで結構結構。だからこんな紙切れにいつまでも頼ってるのか」

「紙切れではありません、これは事務書類です」

「ハッ、事務なんかパソコンなりなんなりの機械でもできるだろうに」

「何かの拍子にバチっていったらどうするんです」

「そんな事起こるわけないだろ、基本的にケーブルへの耐電処理をされてる前提が今日のパソコン……おい、お前まさか……」

「バ、バチっていったら、どうするんです」

「……やったか」

「…………バチって、言って、ウンともスンとも、言わなくなって……」

「まあ、機械本体への強化は難しいからな。そもそも耐電処理なんて気休めだ、事故は起こるさ、うん」

 

そんな風に無駄口を叩きながら作業を進めていく

 

 

そして、数刻経過した頃合だろうか

 

「……む」

 

時折適当に話しながら横になっていた彼が上体だけ起こして応接室の扉に目を向けた

 

「どうしたんです?」

 

何かを探るように見つめる視線が気になり聞いてみる、すると彼は口元に人差し指を立ててみせてくる

これは、静かにしろという事だろう

意図はわからないが言われた通りに黙ってみる、すると

 

『……何も、聞こえませんね』

『おかしいわね、今日は確実に何かしらのアクションが起きてると思ったんだけど』

『私もそう思っていましたけど……先輩、いないんですかね?』

『いない筈はないわ、ストレイドが来てる日は絶対にここにいる』

 

「……フランカ?」

「と、クッキーモンスターだ」

 

聞き覚えのある声が聞こえてきた、フランカとジェシカの声だ

先程の会話から察するにこちらの様子を探りに来たらしい、ドア越しに聞き耳を立てているのだろう

 

「何を企んでいるんでしょうか」

「さあ、言い当てるには情報が足りんなぁ」

 

あちらに聞こえぬように小さめの声で相談してみる

フランカ達はこちらが気づいていることに気づかずに小声で話している

 

『フランカ先輩、そもそもどうして私達は隠れてるんですか?』

『決まってるでしょ? 面白イベントを見逃さない為よ』

 

「「面白イベント?」」

 

フランカの一言に二人そろって首をかしげる、はて何かあっただろうか

彼の方を向いてみる、肩をすくめ心当たりはないと伝えてくる

私にもこれといって思い当たる節はない

 

「なんだなんだ、お前なにかやったのか」

「していませんよ。そういうあなたこそ何かしたのでは」

「ん~…… 最近だと、あのモデルの嬢ちゃんと一本交わしたぐらいかね」

「一本?」

「おうさ、あれだけの使い手は中々いないぞ。ついでに眼福だった」

「…………」

「おいおい、まぐわいに至ったわけじゃないぞ。ゴミを見るような視線を向けるな」

 

モデル、といえば恐らくはエフイーターの事だろう

確か彼女は彼と同じ類の拳法を使ったはず、であれば手合わせしたという事か。そういえば騒々しい日がこの前あった

トトカルチョで大儲けできたとクロージャが喜んでいた、どちらが勝ったのだろうか? 少し気になる、聞いたところで有耶無耶にされそうだが

 

『あっ、声がしました』

『じゃあやっぱりいるのね。嫌に静かだったのは勘付かれたってところかしら。どうせストレイドね、勘のイイ男は大嫌いよ』

 

「鈍い方がお好きらしいな」

「苛めやすいからでしょうね」

 

するとフランカ達がこちらの存在に気づく、流石にここまで喋っていれば聞こえるだろう。さてどう動いてくるか

 

『仕方ない、こうなったら作戦(プラン)Tよ』

『プ、プランT? 初耳ですけど……』

『心配ないわ、いたって簡単よ』

 

バァン!!

 

「突撃ィィィッ!!!」

 

「ええぇぇ!?」

「突撃のTだったかー」

「安直ですね」

「やかましい!」

 

ドアを蹴破り入ってきたテンション高めのフランカ、その後に続いて入ってくるジェシカ

チラチラとこちらの顔を見ているのは気のせいじゃないだろう、私に何か用…… と言うよりは私が関係しているのか

とりあえず出方をうかがってみる、意気込んで入ってきたのだ、何もアクションを起こさないでいるとは考えられない

予想通りにフランカが何事かを言い出した

 

「おはよう二人共! さて今日は一体何の日だったかしら?」

「「……今日?」」

 

今日、5月18日、何か大事な日だったろうか

 

「わかったぜ、子日と見せかけて仏滅ってパターンだ」

「大安です」

「マジか」

 

いつかしたような気がするやりとりをする、あの時は艦内放送で言っていた。今思えばあれが私達が親しいと思われた要因の一つだ

碌に知らない男の声が流れた時はさぞ驚いたことだろう、それに対して馴れた調子で返す知り合いの声にも

いや、今はそんな事はどうでもいい。まずはフランカが言わんとしていることについて考えよう

だがこれといって心当たりは浮かばない、今日の日付で何があっただろうか。少なくともフランカとジェシカがいそいそとやってくるような日だ。

 

「ほら、思い出して! ていうかリスカム、あなたはわかるでしょ?」

「え、私ですか?」

「はい、リスカム先輩に関係してるんですよ?」

「お、やっぱり何かしでかしたか」

 

 

何も思い当っていないこちらを信じられない物を見るような目で見るフランカ

おどおどしながら様子を見てくるジェシカ

楽しそうにニヤつきながら見てくる男

ふむ、まったく遺憾である。なんだか一方的に責められている気がする

というかもしや彼は気づいているのではなかろうか、フランカ達が訪問してきた理由に

 

表情を見てみる、憎たらしい顔でこちらの顔を眺めてきている

これは知っているのだ、それで困惑する様を見て楽しんでいる。嫌らしい男だ、本当に嫌らしい

 

しかし不満ばかりを募らせていては話は進まない

とりあえずフランカの方を見て答えを促してみる

それを察してくれたのか、軽くため息を吐きながら教えてくれる

 

「……あなた、真面目なのはいいけれどもう少し自分の事も気にしなさいよ」

「?、体調管理なら気を付けていますが」

「そうじゃない、そうじゃないのよ。いい、リスカム。今日は、あ・な・た・の、誕生日なの」

「……それが、何か?」

「お祝い、するでしょう? 誕生日なら」

「そうですね、最近だとジェシカとバニラの誕生日を祝った記憶があります」

「そうね、なら流れ的にどうなるか予想もついたでしょう?」

 

むっつり顔を近づけて指を突きつけてくるフランカ

別に忘れていたわけではないのだ、今日は私の誕生日

だが正直、それがひと際特別な事かと言えばそうではない。大切な日ではあるのだがわざわざ人を集めて言いふらしたり祝ってくれと強制するようなことではないと思う

 

それにこういう日は友人がささやかに祝ってくれればいい、私としてはそれが良い

言っていいならこうして自分の生誕日を忘れずにいてくれる友人がいる、それだけで結構十分なのだが

 

そんな自信の持論を心の中で呟いておく、口頭で伝えたら茶化されそうだ

 

「まあ気持ちだけで今は十分です」

「ハァ~…… これだから真面目ちゃんは」

「先輩らしいといえばらしいですね」

 

こちらの反応に大袈裟に息を吐かれる、別にいい、別にいいのだ

どうせ彼女たちの事、プレゼントなりケーキなり、後で自室にぶち込んでくるに違いない

 

そのまま適当に話を終えようとしてとあることに気づく

 

「そういえば、面白イベントとか言っていましたね」

 

フランカは何かを見るためにここに来た風な口ぶりだった。まるで何か彼女を満足させるような何かが起こるような事を

 

「ええ、言ったわね」

 

答えるフランカの表情は随分ニコニコしている、一体何を楽しみに来たのか

 

ソファで寝っ転がっている男を見てみる、俺は関係ないというようにのんびり寛いでいる

 

「フッフッフッ、私の目はごまかせないのよストレイド」

 

そこで彼女が動き出す、ウキウキを隠さない笑みを今度は彼に向ける

 

「誤魔化すって何をだ」

「決まっているでしょう? 私は知っているわよ、あなたがリスカム用にプレゼントを用意していることを!」

 

高らかにそう宣言する、その姿は自信に満ちている。どうやら確信しているらしい

だが……

 

「……プレゼント、ですか」

「そう! どうせ用意してるんでしょ~? あなたは昔から年下には甘いからね~。あるんでしょ、渡すつもりだったんでしょ?」

「面倒なテンションだなー……」

 

プレゼント。ふむ、プレゼント

この男から、プレゼント

 

「フランカ、大丈夫ですか?」

「へ、何が?」

「いえ、頭でも打ったのかと。この男が私に贈り物を用意するだなんて妄想に駆られるとは…… 余程打ち所が悪かったのでしょうね、可哀想に」

「あなた、どれだけ彼を信用してないの……」

「大丈夫です、今すぐにケルシーさんを呼んできます。あの人は名医です、きっと何とかしてくれます」

 

割と本気で心配する、この男が私に物を贈るなどありえない。なのにそんな幻想を見てしまうとは…… きっと不幸な目にあったのだろう

だが幸いにもここは製薬会社ロドス・アイランド、彼女の身から病魔を取り除いてくれるに違いない

 

まあ冗談はここらあたりにしておこう、とりあえずはその馬鹿げた期待に終止符を打ってあげなければいけない

 

「フランカ、いいですか? よく聞いてください」

 

諭すように問いかける、フランカは若干不機嫌な顔で静かに聞いてくれる

 

「まずこの男が私へ贈り物を用意しているという考えに至った理由は聞きません」

「いや、至るも何も用意してると思うのが自然でしょう」

「ふむ、そうですね、まずはそこからいきましょうか。何故、用意されていることが当然だと思ったのですか」

 

そう聞くとフランカは少し唸り答えてくる

 

「ほら、この前にリンクス用にプレゼントを用意してたでしょう?」

「そうですね、あの碧い短剣。正直彼女には不要かと思いますが贈っていました」

「で、ジェシカが続けてプレゼント貰ったでしょ?」

「え、貰ったんですか?」

「あ、はい、頂きました」

 

初耳だった、まさかジェシカにまでプレゼントしているとは

あの男、随分気前のいいことをする。あれか、猫耳の女の子が好きなのか、変態め

 

「な、なんだ、寒気がした」

「気のせいです」

 

こちらの悪態に地味に反応する男、変態紳士という名前は存外心に響いているらしい

 

さて思考を戻そう、どうやらジェシカとリンクスが続けて貰っていたらしい。確かにこの二人は誕生日がそこそこ近い、ついでに用意したという可能性で考えれば用意してもおかしくはない

ただ気になるのは、私の記憶の限りは彼女は何も貰っていないはず

 

「ちなみにバニラは」

「なーんも渡してない」

 

そう、バニラは

 

「そういえばそうね、どうして渡さなかったの?」

 

バニラも他の二人と日にちは近い、なのに貰っていない

 

「いやな、何を渡したらいいか思いつかなかった」

「あらそう、意外ね。いつも不気味なほど人の心を読むくせして」

「読んじゃいねえよ、予想してるだけだ」

「それを読心と言うのよ」

 

それはつまり日にちが近いから、ついでだからで用意したわけではないという事

 

「そういやジェシカ、アレは使ってみたのか?」

「……撃てませんでした。私のアーツ適正じゃあの細かいギミックは作動できません」

「ま、連射式だからな。おとなしく火薬に変えるこった」

「ちなみに渡された銃ってなんなの?」

「カメレオンです!」

「カメ…… え、銃よね?」

「銃だぞ、ヴェクターモデルの光学迷彩搭載の珍銃だ。ちなみに銃身がカラフルに変色するだけの機能で実用性はない」

「ですが、浪漫はあります」

「よく言ったジェシカ」

「銃馬鹿共、その熱意は別の事に回せないの?」

 

この男は基本正当な理由がなければ行事に参加したがらない、昔、まだBSWにいた頃、頑なに定例会議に出なかった記憶がある

後進の育成状況や部隊の訓練日程、派遣期間の調整などの書類整理だなんだかが面倒だと言って逃げていた

面倒だからで逃げるとは上司の風上にも置けない、その割には重要書類の提出期間は守っていたが

 

「丁度いいから聞くんだが…… 金ヴルちゃんの趣味嗜好を教えてくれないか」

「どすぐろちゃん」

「ん?」

「ツヨシ」

「は?」

「マルコくんです」

「…………」

「トゲオ」

「……お前達は一体何を言っているんだ」

 

要するに何が言いたいかと言うと、この男は必要がない以上、絶対に、確実に、確定的に

私に、プレゼントを用意しないという事

 

尚、件の馬鹿は二人から端末の画面を見せられて困惑している

 

「……フランカ、別に説教をするつもりはありません」

「へ? あ、ああ、ごめんなさい、話の途中だって忘れてたわ。だけどいきなりどうして説教?」

「あのですね、この男が優しくする相手はこいつの好みの女性だけです」

「随分と手が広いわね、ストレイド。あなた、ロドス中の女の子を食うつもり?」

「悪いな、俺はジゴロじゃない。俺が食うのは食われることを良しとする優しい子だけさ」

「そんな甘い子、ここにはいないわよ」

「悲しいねぇ」

「話を逸らさない」

 

正直、この二人が揃ってしまうと私一人では抑えられない、どうして私の相棒は私個人と相性が悪い人しかいないのか

 

もういい、このまま間違いを正そうとしたところで彼女相手では意味はないだろう

期待させるだけさせておく、裏切られたところで私の良心が痛むわけではないのだ

 

溜息を吐き話は終わりだと意思表示する、それを見たフランカは部屋に入ってきた時のようにニコニコ顔に戻り尻尾をパタパタ振り始める、どれだけ楽しみにしてるのか

 

そして、当の本人であるクソ野郎は

 

「……さて、と」

 

ゆっくりと、ソファから立ち上がった

 

「お、お?」

 

なんだか、嫌な予感がする

 

「こら、別にこいつに渡すようなモノはねえよ」

「え~~~~~~~? な~んでよ~~……」

 

立ち上がった彼は特別何かを取り出すわけでもなく歩き出す

 

「あれ、お出かけですか?」

 

何故か、扉の方に

 

「ああ、そんなところだ」

「珍しい、いつもこの部屋から外にいかないのに」

「そうですよね、普段はここにいて、ずっと横になってるのに」

 

珍しい、その言葉が脳内で無駄に強調される

 

何か、こう…… 酷く悪い予感がする

その予感を払拭したいがために聞いてみる

 

「……どこに、行く気で?」

 

聞かれた彼は、不敵な笑みを浮かべて言った

 

「何、探検さ」

 

…………うん

 

「フランカ、すいませんが私は急用が出来ました」

「うん? あらそう」

「申し訳ございませんがこの書類を代わりにお願いします」

「へ、いや流石にこれはちょっと……」

「ありがとうございます、では失礼」

「待って、引き受けるとは一言も――」

「あ、終わったら私の部屋に置いといて……ッ! 待ちなさい!」

「フハハハッ! さらばだー!」

 

半ば強引にフランカに仕事を押し付ける、一瞬彼女の顔が絶望に染まった気がするが気にしない

 

「リスカム先輩、どうしたんですか?」

 

未だに事態を飲み込めていないジェシカが聞いてくる

まあまだ付き合いの短い彼女にはわからないのだろう、あの男のあの笑みにどんな意味があるのか

 

「あの、余程緊急の案件なんですか?」

「そうですね、極めて重要です」

 

奴がああして笑う時、必ずと言っていいほど悪いことが起こる

 

「どういった事なのでしょうか? お手伝いできるならぜひ――」

「大丈夫、私一人で事足ります」

「……ちなみに、何をするの?」

 

なれば答えは一つ

 

「決まっているでしょう、奴の監視です」

 

そのまま先に出て行ってしまった男を追いかける、放っておいたら奴がロドスに訪れた初日のようなことになりかねない

 

そうしない為にも誰かが監視していなければ……!

 

 

「……ええ」

「行っちゃいましたね……」

「コレ、私一人でやるのぉ……?」

「て、手伝います……」

「一山私の顔の三つ分ぐらいはあるのよ?」

「……はい」

「それが、それがよ?」

「…………はい」

「五山はあるの……」

「……が、頑張りましょう!」

「い~~や~~だ~~~!!」

 

 

 

……………………………………

 

「さーて、今日はどこに行こうかなー」

「待ちなさい、ロドスの方々に迷惑をかけることは許しませんよ」

 

ということで始まってしまった第二回ロドスお散歩珍道中、意気揚々と歩く男の隣についていく

どうか誰にも出くわさないことを祈りたい、いや無理なのだろうが、何故なら

 

「……で、どこに行く予定で」

「あっちじゃー」

 

この男、恐らく行先はもう決めている

何故わかったか、大した理由じゃない。単純にこの男が外に出てから一度も立ち止まっていない、それだけだ。別に適当に歩いているだけかもしれないとは考えた、だが私は知っている、彼は基本無意味なことはしないと、良くも悪くもだが

 

前回の珍道中の事を考える、前は前でとある理由で歩きまわっていた。彼の個人的な目的の為だったが多分あの時も最初からどこに行くかは決めていたはずだ

あの時は時間の流れ方が異様だった、時間を操っているとかそういう訳ではなく、丁度歩き終わった後に好きな景色が見れるようにという感じ

 

思えば連日で夕方ごろに甲板に出てたのは彼が誘導していたからかもしれない

 

「なんだ、しかめっ面で見てくるな」

「理由などわかっているでしょうに」

 

どうせ気づいているくせに知らないフリをしてくる、憎らしい、殴ってみようか

 

「……ん、また寒気が……」

「気のせいです」

 

いや、やめておこう。まだ悪さをしたわけじゃない、流石にこの時点で殴ってはただ暴力を働いただけだ。諫めるための拳というにそれを抑圧に使ってはいけない

それに、もしかしたら単純に歩き回りたい気分なのかもしれない、様子を見よう

 

そのまま二人で一緒に歩いていく、ロドスの廊下を渡っていく

すると内装が少しづつ変わっていく、清潔さを感じさせる白を基調とした壁から、どこか機械的な内壁へと見た目が変わっていく

私の記憶が正しければここは

 

「……研究開発区間、ですか」

 

確かロドスのオペレーターのアーツユニットやロボット、ドローンなどの整備をしている区間だったはず

こんな所に何の用なのか

 

彼を見てみる、まるで誰かを捜すように辺りを見回している

 

「誰をお捜しで?」

 

もしかしたら知っている人かもしれない、一緒に捜そうと思い聞いてみる

 

「エッチなスカートの子を捜してる」

 

止めるのが正解かもしれない

 

「おっと、怒るな怒るな。わざとじゃないんだ」

「怒ります、あなたはここに何をしに来たんです」

「人捜しだ」

 

また何かやらかすつもりかと思い注意をする、だが何か違う

言動こそあれだったが彼はこちらに返答しながらも割と真面目に周囲を見ている、どうやら純粋に捜しているだけのようだ

そうなると先ほど言ったスカートは対象の恰好の事だろうか? しかし彼のお眼鏡にかなうスカートの持ち主がこの場所にいるとは到底思えな――

 

「あれ、リスカム? 珍しいわね、ここに来るなんて」

 

いた、ウン、いた

 

作業員が各々機械と向き合っている中、こちらに気づいて近づいてくる一人の人物

ロドスの科学者や技師の方が良く着ているタイプの制服に身を包むエーギルの少女

 

「どうも、ウィーディさん」

「こんにちは、何か御用かしら」

 

ロドスのオペレーターであり最先端のバイオテクノロジーの専門家であるウィーディだ

 

「よう、調子はどうだいお嬢ちゃん」

「そうね、あなたがいなければ気分は爽快だったわ」

 

彼女を見るなり挨拶をする彼、それに少しきつい口調で返すウィーディ、彼の捜し人は彼女だろう

 

なんとなく彼女の服を注視する

 

「それで、お二人は何しに来たの」

 

まあ、その、中々特徴的なスカートではある、これに近い物を着ているのはケルシー医師ぐらいだろうか

 

「なんだ、忘れたか? 前に言ったろ、今日寄っていくって」

「ああ、そう言えば今日だったわね」

 

しかしこのスカート、中身が見えたりしないのだろうか。透明な素材の生地でギリギリのラインまで透過させてるせいで健康的な太ももが半分以上見えている。あともう少しずれたら布地が見えてしまう

 

「忙しいなら後にするが」

「大丈夫よ、逆に時間に余裕があるかはこっちが聞くわ。私の講義は長いわよ?」

「いいさ、聞くのは俺じゃない」

「そ、でも同席はするんでしょ?」

 

しかもこれ、ロドス公認のデザインだったはず、どうしてこれをオーケーしたのか

周りの視線は気にならないのだろうか、階段とか。彼女は潔癖症だったはず、舐め回されるような視線も嫌うタイプだろうに。だけどそんな彼女が着ていることを考えるともしかしたら割と優秀な機能がついてるのかもしれない。抗菌機能付きとかそんな感じの

 

「で、もう始めるの?」

「おうさ、おい、リスカム」

「ん、あ、はい、なんでしょうか」

 

しまった、物思いにふけっていたせいで何も聞いてなかった

とりあえず生返事で返す、内容は今から聞けばいいか

 

声をかけられ彼の顔を見る、すると彼は軽く笑いながらウィーディを指さす

 

「?、ウィーディさんがどうかしましたか」

 

はて、何かあるだろうか。今度は彼女の方を向いてみる。そこには両手を腰につけ仁王立ちをしているウィーディがいた

 

「さーてリスカム、話は聞かせてもらったわ」

「えっと、何の話ですか?」

「あ、説明はしないって言ってたわね、唐突に初めていいって」

「ああ、こいつに理解させる間もなくやってくれ」

「何をです」

「オッケー、それじゃリスカム、改めて始めるわよ」

「だから何を――」

 

一体何が始まるのかと言おうとする、だがそれを遮るように彼女が宣言した

 

「チキチキ! ウィーディさんのアーツ工学教室ー!!」

「イエーイ」

「……い、いえーい?」

 

そう宣言した

 

「てことでこっちに来てー、あっちに空きスペースがあるから」

「あの、話が見えないんですが」

「まあまあ、いいだろ、お前勉強とか好きだろ」

「嫌いではないですが好きという訳でも」

「四の五の言ってないで早く来て、グダればグダるだけ時間の損よ」

 

何も理解できないまま何かが始まってしまった

 

 

 

……………………………

 

「リスカム先輩はいるかー!!」

 

「かー!!」

 

「……イナイワヨ」

 

「あ、いないんですか? せっかくプレゼント持ってきたのに」

 

「いないね、ストレイドさんとどっか行っちゃったの」

 

「ストレイドとー?」

 

「うん、なんだか散歩って言って行っちゃったの」

 

「むー…… 美味しいお菓子持ってきたのに」

 

「先輩、いつもいつもストレイドさんにくっ付いてますね。いったい何が楽しいんでしょうか」

 

「バニラ―、ストレイドは楽しいよー?」

 

「リンクスちゃん、それだとストレイドさんが楽しいってことになっちゃうよ?」

 

「え、違うの?」

 

「……り、リンクスちゃんの中で間違ってないなら、いいかな」

 

「ジェシカ先輩、何故諦めたんです……」

 

「いや、本人にとって正しいならって思って……」

 

「イインジャナイカシラ」

 

「ですけど、流石に誕生日の日までずっと一緒ってのは違うと思いますがねー。あ、そうだ。ストレイドさん、リスカム先輩に何か渡してました?」

 

「ううん、何も渡してないよ」

 

「あ、じゃあこれから渡すのかな?」

 

「んー? ストレイドはリスカムに渡す物はないって言ってたよ?」

 

「じゃあ、バニラちゃんの時みたいに何もなしって感じなのかな……?」

 

「ソウナンジャナイ」

 

「え~? 薄情な人だなー……」

 

「あ、だけどね、サプライズは用意してたはず」

 

「「サプライズ?」」

 

 

………………………………

 

「……ふむ、アーツユニットの小型化と、それを利用した武器への内臓。さらにはカートリッジ式による長期戦への対応と汎用性の拡張……」

「また、銃器の銃弾に対しての試験的な導入。まあ大半がアーツで撃ってるんだ、ねじ込もうと思えばねじ込めるさ」

 

あれから数時間後

 

私はメモを片手に研究区画を後にしていた

 

「カートリッジに関してはすでに実用化の範囲に入っている。お前の盾みたいに充電式の物とかな、割と戦場で見るぞ」

「それ、どういう種類のものがありましたか」

 

あの後一体何があったか、説明事態は結構簡単な事が起きた

 

チキチキ、ウィーディさんのアーツ工学教室、これである

 

うん、ホントに工学教室が開かれてしまった

 

「そうだな、例えば剣とかだが、剣の刃自体を取り換え式にしたものとかがあった。事前に個々のアーツ特性を記憶させた機器を内蔵した刃を用意して柄だけ使い回しのヤツ」

「例えるならばどんな感じでしたか」

「銃のマガジンに近い、使い切ったら別のに切り替える。中々面倒だったぞ、対策されたなら別のアーツで攻めるって感じで向かってきた」

「ちなみに、どうやって下したので?」

「武器を撃ち落として脳天にズガン」

「あ、はい」

 

内容は近年の工学の進化、それとアーツの関係性

あとはそれがどれだけ民間技術に転用されているか、軍事技術から流れた物はどういった技術か、そんな感じ

中には医療に関する物もあった、主に薬物学だったがそれらが病人や怪我人にどう使われているのかなど

 

私が特に興味が出たのは銃弾を一つの力場と仮定して、遠隔でアーツを起動するという技術

実現すれば着弾地点から放電する、なんてことが出来るらしい

 

「これは中々勉強になりました」

「そうだろうな、後でフランカ達にも教えてやれよ」

「そうですね、後は本部に性能試験の打診を持ちかけてみるのはどうかの報告もできます」

「いいな、BSWは軍事介入で有名なんだ。それにかこつけて自分たちの技術力が優れていると表明するチャンスだ。乗っかる企業もいるだろう」

 

ウィーディの講義の感想を二人で話し合う、こうしていると昔の訓練生時代を思い出す

あの時は戦術の話ばかり聞かされた、私のようなチビにはゴリ押しは無理だと言われて攻撃を防ぐ方法ばかりやらされた

攻撃技術よりも防御技術、自分は馬鹿みたいに弾を乱射するくせして人には慎重に撃てと言う。なら己も慎重に戦ってくれればいいものを

 

「て、そうじゃなくてっ!」

 

ここでいったん会話の流れを変える、感想よりも、得た知識の活用法よりも先にまず聞かなければいけない事がある

 

そう、先ほどの突然始まった抗議の事だ

 

「さっきのは一体何ですか? 説明も何もなしに始まりましたけど……」

 

講義が始まる前に二人が何か話していたのは聞こえてはいた、内容こそ聞いていなかったが

だが、あれは恐らく講義に関する話だったのだろう。あの講義に唯一驚いていたのは私だけだったのだ

この男はまるで始まること知っていたかのように何食わぬ顔で話を聞いていた

 

ならば原因も知っているはず、説明を求めてみる

 

「さあな、俺は何も知らん」

 

しかし何も言ってくれない、でも一枚かんでいたのは確かだ。抗議の終わった後にウィーディに礼を言っていた気がする。「今日は時間を取らせて悪かった」的な事を言っていた

ついでにその後お茶に誘っていた、見事に玉砕していたが

 

この調子では彼は教えてはくれないだろう、仕方なく会話を終わらせる

 

「それで、探検はこれで終わりですか」

 

軽い溜息を吐きながら周囲を見渡す、講義の内容の反復をしながら歩いていたせいでここがどこかは詳しく見てなかった。隣を歩く彼に付いて行っていたせいでどこに来ているのかはわからない

 

そしてとんでもないことに気づく

 

「……あの、ここって」

「おう、金持ち共の客室だ」

 

他の階層に比べて来客を意識した豪華な造り、丁重さを意識した品のある壁づくりのあまり来た覚えのない所

間違いない、ここはセレブ御用達のVIP区画だ

 

「ちょ、なんてとこに来てるんですか!?」

「いや、ちょっと道に迷ってな。適当に歩いてたらこんなとこに来ちまったぜ♪」

 

ここは駄目だ、大変よろしくない

いや別にこの区画に問題があるわけではないのだ、だが違う問題が発生している

 

「ま、いいだろ。散策しようぜ」

「駄目です! あなたは駄目です!」

 

この男がここにいるという大問題が

 

この階層にはロドスの運営に関係している人物が大勢いる、主に業務提携における人材派遣の手配をしてくれている仲介会社

中には生命線ともいえる物資の配送をしてくれている企業などのトップの方が宿泊している

そんな所に誰に対しても無礼を働くこの男を置いておくわけにはいかない、すぐに移動しなくては

 

「おっと、あっちから面白そうな気配がするなぁ」

「あ、待って! ホントに待って!」

 

しかし彼はそんなこちらの焦りを知ってか知らずか、勝手に奥へと歩いてしまう

 

よくない、これは非常によくない。アレが誰かの機嫌を損ねてしまえばロドスの運営に悪影響がでてしまう

というか普段ここは許可のない者は立ち入り禁止なのにどうやって入れたのだ、何故私は道中に気づかなかった……!

とにかく誰かに出くわす前にこいつを追い出さなければ――

 

「ほう、こんな所で会うとは奇遇だな、鴉の」

 

出くわしちゃった

 

「何、ただの探検さ、銀灰」

「そうか、探検か。このロドス・アイランドは広大だ、お前を楽しませる物は多いだろう、彼らが許すなら存分に見て回るといい」

「もうしてるさ、許可なんざ取った覚えはないがな」

「え、あ、ど、どうも、シルバーアッシュさん」

 

曲がり角でばったり出会ってしまったのは、ロドスとの関係性が深いカランド貿易の代表であるシルバーアッシュ

詳しくは知らないがロドスがカランド貿易に何かしらの手助けをしたらしく、それを恩義と言ってロドスの盟友として共に歩むと契約しているらしい

 

「ほう、リスカム嬢も連れてきているのか。刻限通りだ」

「まあな、言い出しっぺは俺だしな」

 

そんな大物と彼が出会ってしまった、これ、詰みなのでは?

 

「となると初めても構わないという事か」

「ああ、せっかちなどとは思うなよ? 時間指定したのはお前だ。それとも何か、一企業のリーダーが契約通りに準備をしていないとでもいうつもりか」

「まさか、我々カランド貿易は誠実さと確かな業績が売りだ。それに鴉の、お前が思うほど私のスケジュールは詰め込まれたものではない」

 

いやまて、諦めるにはまだ早い。シルバーアッシュは堅物な印象こそ最初は受けるが気さくな人だ。娯楽も冗談も人並みには受け入れる寛大な人物だ

きっと彼の皮肉にも笑って答えてくれるはず

 

「へえ、その割にはしょっちゅうお付きのあんちゃんに叱られてるじゃないか」

「それを言うならお前もだ。常からリスカム嬢の事を怒らせているではないか」

 

ほら、いまもこうして軽い調子で返してくれている。すぐに立ち去れば事は起きずに済むはず……

 

「さて、時にリスカム嬢、時間に余裕はあるだろうか」

 

……ん? 私?

 

「ほら、返事はどうした」

「え、はい、なんでしょうか」

 

何故かいきなりこちらに矛先が向いてきた、何か粗相でもしただろうか? した覚えはないが

出方をうかがう、話しかけてきたという事は話す内容があるのだろう

 

「ああ、そんなに固くなるな。別に畏まるような話ではない」

 

シルバーアッシュはそんな私を見て緊張していると思ったのかそう言ってくる

だが正直緊張するなと言うのが無理な話だ、相手が相手、何か失礼な事をすれば責任問題が出てくる

そうなれば私一人の問題ではない、BSWの信用もかかってしまう。どうか慎重に立ち回らねば

 

「なるほど、お前がここまで目をかける訳だ。彼女は随分と実直な性格のようだな」

「おっと、何のことかわからんな」

 

なんだ、この二人は何を言っているのだ

二人共こちらを見て楽しそうに微笑んでいる、というか随分親しげだなこの二人、以前にどこかで交流でもあったのか

 

「ほら、いい加減に本題に入れ、真面目ちゃんの神経が切れる前にな」

「そうだな、女性を待たせるのは紳士のマナーとしては最悪だ。話を戻そう、リスカム嬢」

「あの、話、とは?」

 

なにやら不可思議な会話をしていたシルバーアッシュが用件をついに言ってくる

 

「特段大した話ではない、小話程度に聞いてくれればいい」

「小話?」

「ああ、ここで立ち話をするのも疲れるだろう。私の客室に来てくれ」

「……はい?」

 

……はい?

 

「クーリエにも話してある、資料のセッティングはしてくれている。茶菓子もマッターホルンが用意してくれている、自室だと思って寛いでくれればいい」

「あの、話の流れが良くわからないのですが……」

「それは部屋で話そう、さあ行こうか」

「お、エンヤちゃんはフリーなんだな? じゃあ俺はあの子と親睦を深めに――」

 

ヒュンッ! バシュッ!

 

「そうはさせないよ!」

「ぐぬおぉッ! お前は市中引きずり回し隊の一角! クリフハート!」

「よし、見事だエンシア。そのままこの男も部屋に連れてきてくれ」

「ハーイ」

「……いったい、何が起こっているんです?」

 

何が何だかわからないままシルバーアッシュの客室へと向かうことになってしまった

 

 

 

…………………………………

 

 

 

「サプライズって、あの人がリスカム先輩に?」

 

「うん、下手に物を渡すよりも身になるだろうって」

 

「……それは、何かをあげるって事じゃない、そういう事?」

 

「そうだよ、リスカムが気づかないようにやるって言ってた」

 

「何を?」

 

「わたしも知らなーい」

 

「リンクスちゃんに何も言ってないって事はストレイドさんとしても秘密裏にやりたいって事なのかな……」

 

「ううん、わたしじゃ何もできないからーって言われたー」

 

「何も出来ない? どういう事です?」

 

「さあ…… 見当もつかない」

 

「ねーねーフランカー、さっきから紙と睨めっこしてるけどどうしたのー?」

 

「ベツニ、ドウモ」

 

「り、リンクスちゃん、今は触れないで上げて、ね?」

 

「珍しいですね、それっていつもリスカム先輩が処理してるヤツじゃないですか」

 

「…………」

 

「バニラちゃん、いまフランカ先輩は孤独な戦いをしているの、邪魔したら駄目だよ?」

 

「孤独と言う割にはジェシカ先輩の膝にも書類がありますが」

 

「ほら、お手伝いは必要だから……」

 

「ダレカ、ストレイド、ツレテキテ」

 

「何故?」

 

「……あの男ならこれぐらいはサクッと片づけるわ」

 

「え、書類仕事するんですかあの人」

 

「昔はしてたのよ、これぐらいの山が一時間で無くなるぐらいには効率よくやるわ」

 

「でも、多分お散歩ツアーの最中ですよ?」

 

「……ハァ、普段リスカムに押し付けてるから罰が当たったのかしら」

 

 

 

………………………………

 

数時間後

 

「?????????」

 

私は何冊かのノートと疑問を抱えてVIP区間を後にしていた

 

「クソ、結局お目通りは叶わなかったな……。銀灰にもカードで負けるし、派閥イェラグってなんだよ、ガッチガチの軍事国家をイメージしたっていってもガチガチすぎるわ」

 

尚、この男はよくわからないカードゲームでシルバーアッシュと対戦してた。クーリエが時折怖い笑顔でシルバーアッシュを見ていたことを考えるとあまりよろしくない代物だったのだろうか

 

両手で抱えているノートに目を落とす、この中には先ほど客室で聞かされた知識が書き込まれている

 

どんなものかと言うと、ざっくり言えば経営学だ

細かく分ければ帝王学や流通知識、会社の経営に必要不可欠な知識だった

興味深い物ばかりでついノートをとってしまった、事前に用意してくれていたクーリエに感謝しなければ

 

シルバーアッシュの授業もかなりわかり易かった、流石は大きな会社を率いる若頭とういべきか。要点がまとめられていてかつ雑学を挟むことによって飽きさせない工夫がされていた

豪華な客室に不似合いなホワイトボードが置いてあった時は思わず笑ってしまったが

 

だが感謝と同時にいくつかの謎が出てきてしまった、どうしてこんな授業を彼は開いたのだろうか

一応聞いてはみたのだ、シルバーアッシュはこう言った

 

『風の噂で君が将来起業を考えていると聞いた』

 

『先立ちの役目は後進の旅路を輝かしい未来にすること、であればシルバーアッシュ家の当主たる私も恥じぬ行いをすべきだ。そうだろう?』

 

「…………」

 

起業を考えている、そう言われた時は驚いた

それは私の周囲のごく少数の人しか知らない話だ

フランカやジェシカのような親しい人にしか話していない、私がそっと抱いたまだ遠い将来の夢

いつか自分で警備会社を立ち上げたい、そんな理想

 

「……やはりカジミエーシュは駄目だな、古風な騎士道がそのままデッキに表れてるせいで手が読まれる。やはり運営委員会にウチの派閥を作ってくれと申請するか? だがなー…… 国規模じゃないしなー。でもロドス・アイランドとレム・ビリトンはあるんだよなー……」

 

BSW以外の面子で知っているとすれば、ドクターやアーミヤ、他は……

 

「そういえばカランドもないな、どういう基準で認証してるんだ? ……マギーに探らせるか、いや怒りそうだな、くだらない事を頼むなって」

 

隣にいる、”元”BSWだろうか

 

「リスカム、お前はどう思う? 最初は知名度で派閥を作ってると思ったんだが…… どうやらそういう訳でもないらしい」

「……急に何の話ですか」

 

彼は先ほどのカードゲームについて熟考している、娯楽に関しての尽きぬ探求はクロージャと並ぶだろうか

シルバーアッシュがあの件を知っていたのはこの男が関連してそうだ、それにウィーディも言っていた、”話は聞かせてもらった”と

ただ狙いがわからない、どうして伝える必要があったのか

 

「待てよ、もしかしてただの気まぐれか? まさか、割と規模の大きいカードゲームの勢力をそんな理由で決めるわけが…… ありえるな、天才とはいつも制御がきかんしな、全ては気分次第か」

 

恐らくこの一連の事象には関係しているのだろう、だが彼が言いふらした理由がわからない

それに、そもそも彼は無意味に動かない。これは揺らぐことのない彼の中のルールのはずだ

では意味があったか? そう、答えへの道中がこじれてる一番の原因がそれなのだ

 

光が見えないわけじゃない、手掛かりはいつかのように点在しているはずなのだ

あの少女の時のようにきっかけも存在しているはず、だがそれがわからない

 

「……むう、戦場以外でこうも悩む日が来るとはな。これだから世界は侮れん」

「…………」

 

彼は人の気も知らずに違う事で迷想している

なんだかこちらも悩んでいるのが馬鹿みたいに思えてきた、別にあの日のように必要に駆られている訳ではない

何を考えているにせよ、彼に協力したであろう人物たちを見るに悪事ではないだろう

 

そこまで考えて周りを見る、考え事に夢中になっていたせいでどこに来ているか確認していなかった。今日はこれで二度目だ

 

「で、今度はここに何の用で?」

「ん? ああ、ここには……てあれ?」

 

場所はロドスの医療エリア、源石病の患者や運び込まれた怪我人の治療をしている階層だ

こんな所に何の用か、まだ何かあるのかと思い聞いてみると何か反応が怪しい

 

「あー…… ここは医療関係だったな?」

「そうですね、それで誰に会いに行くんですか」

 

もう一度確認してみる、だが彼は立ち止まり辺りを見渡した

 

立ち止まって、見渡した。通路の最中でだ、目的地まで止まらない男が

それが何を意味するか、なんとなくわかった

 

「ヤッベ、適当に歩いちまった……」

 

どうやら何も考えていなかったらしい、正確には別の事で頭がいっぱいでどこにいるか認識していなかったというべきか

……こんな所をフランカに見られたら笑われそうだ、仮にも教官と教え子が同じ理由で道を間違えたというのだから

 

「すまん、道を戻ろう。目的地はここじゃない」

「そうですか」

 

間違えたものは仕方ない、おとなしく別の階層に移動しようと来た通路を戻る

 

その時だった

 

「――――ッ!」

 

一瞬、彼の姿がブレた

何事かと思い視線を向ける、だが隣に彼はおらず代わりに何かの扉が閉じられる音がする

音の方を向く、そこには掃除用具を入れている縦長のロッカーがあった

 

近づいてみる、ロッカーは微塵も動かない

 

……ふむ

 

「あ、あんな所に綺麗なお姉さんが」

 

ガタンッ!

 

目の前のロッカーが一度大きく揺れた、がそれだけで動きは止まってしまった

このロッカー、中を敷き詰めれば大人が一人は入れるだろうか、となるとこの中に彼がいる

ということは、これは隠れているのか? だがいったい何から……

 

「イーヤーッ!!!」

 

だがその考察は突如響いた大声で中断されてしまった

いったい何事か、こちらは相棒の不審な動きに困惑しているというに

声の方を向く、そちらから少女と女性が走ってきていた

 

「注射は嫌いだーッ!」

 

ケオベと

 

「待ちなさい! 痛くしませんから!」

 

フォリニックだ、状況を見るにこれは、追いかけっこだろうか

 

「はい、どうどうですよ。ケオベさん」

「わふぅ!」

 

とりあえず一度ノートを床に置き、すれ違おうとしたケオベを捕まえる。ここは医療フロア、安静が必要な人もいるのだ、騒々しくしてはいけない

捕まえたケオベは私の腕の中で拘束から逃れようともがいている、よほど必死らしい

その後からフォリニックがやってくる

 

「ありがとうございます、リスカムさん」

「いえ、それでこれは何事ですか」

 

予想はついているが

 

「見ての通り、ケオベさんが抑制剤の注射を嫌がって逃げ出したんです」

 

言われて彼女が注射器をもっていることを確認する、やはりそういう事だったか

 

「離してー! オイラ、注射は嫌いだー!」

「大体の人が嫌いだと思いますよ」

 

以前として暴れるケオベを押さえつけながら現状確認する

まあこれぐらいの子供なら皆注射を怖がるだろう、大人だって嫌いな人はずっと苦手意識を持ったままだ。フランカも定期検診の時はげんなりしている

だがだからといって逃げていいかというとそうでもない、子供にはまだ納得は出来ないだろう

 

「さあケオベさん、おとなしく注射を受けてもらいましょうか」

「イーヤーッ!」

 

ロドス全体に響かんばかりの悲鳴をあげるケオベ、そんな彼女の腕をとるフォリニック

そのまま腕をまくって打つのだろう、そう思っていた

だが彼女は予想外の動きをしてきた

 

「フンッ!」

「グエェェッ!」

 

いきなり腕を引っ張ったと思ったらケオベの体を回転させながら自身に引き寄せる、そのまま背後からヘッドロックを決める

 

「ハァッ!」

「イタイッ!」

 

そしてその体制のまま、首に注射器を打ち込んだ

 

……あれ、私の知ってる薬剤投与とは違う光景が流れた気がする

 

「あの、一応聞きますけど、どうしてそんなやり方を?」

 

まるで暴れる獣に予防注射を打ち込むかの如く動いていた

まさかとは思うが、フォリニックは全ての患者にこの投与法をしているのではなかろうか

だとしたらフランカが嫌がっているのもなんとなくわかる

 

「まさか、ケオベさんを含んだ逃げ回る極少数だけですよ。暴れられると手元が狂いますからね、ならどれだけ動き回っても位置がぶれない首に打つのが正解です」

 

そうかなぁ……?

 

「うぅ…… フォリニックが苛めるー……」

「さ、戻りますよ。注射以外にも処置が残っています、アルコール消毒もしなきゃいけませんからね」

 

凄惨な注射現場を残した二人を見送る、だが途中で何かを思い出したようにフォリニックはこちらに振り返った

 

「そうだ、リスカムさん。今日は彼は来てますか?」

「……彼ですか」

 

なんだろう、隠れてる理由がわかってしまった

 

「ええ、ストレイドさんです。彼はいつもいつも逃げ回る、しかもタチが悪いことに現時点で一度も投与に成功していないという現状、これでは医者の名折れです。もしもいるなら場所を教えてくれると助かるのですが」

 

場所、場所かぁ……

 

視線を横のロッカーに向ける、この中にいるはずだが

 

「今回こそは必ず捕まえます、彼には普段からしてやられていますからね、リサにも手伝ってもらって今度こそ……!」

 

激情している、どれだけ逃げ回っているのだ彼は

そういえばスズランとフォリニックとハイビスカスの三人で彼を追いかけている現場を見た

あの時はスズランがアーツを使って動きを止めている隙に打ちこもうとしていたか

まあその後、減速がかかるならそれを打ち消す勢いで加速すればいいとかいう馬鹿げた理論で逃げ切っていたが

 

さてどうしたものか、一度協力したなら最後まで協力するのが筋だろう

なら横のロッカーを開けて突きだせばいい、逃げようとしたなら殴り飛ばして動きを止めよう

逃げ出すときの動きの癖はある程度わかる、初撃が入ればフォリニックが捕らえる時間もできる

 

「…………」

「どうしました?」

 

首を縦に振ろうとする、だが止まってしまった

何故か今日の出来事が脳裏をよぎったのだ

 

「……いえ、なんでもありません。残念ながら今日は彼は来ていませんよ」

「そうですか…… まあリベンジは次の機会ですね。では私はこれで」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

こちらの返答を聞くとフォリニックはケオベの首根っこを掴んで引きずりながら帰っていった

少女の悲痛な叫びが耳から離れない、同情はするがだからと言って逃がすわけにもいかなった。尊重したくとも患者の心を尊重できない、医療の難しい所である

 

「……ほら、もう行きましたよ」

 

降ろしたノートを持ち上げながら彼女が行ったことを教える、そうすると案の定ロッカーの扉が開く

 

「はー…… とんだイレギュラーだったぜ。ケー坊め、逃げるならもう少し方向を考えてだな」

「子供に何を望んでいるんですか、緊張下で周りを常に注視しろなんて大人でも難しいですよ?」

「チビは出来たぞ?」

「リンクスは…… 普通の子に比べて慣れが以上ですから、他と比べない」

「まあ、だよな」

 

彼は肩をぐるぐる回しながら元々行こうとしていた道へと歩いていく、その隣に並んで私もついていく

次はどこへ行くのか、というかまだあるのか。これ以上ノートが増えたら持ちきれない気がする

 

「しかしあなた、何度彼女から逃げているんですか? 彼女があそこまで怒るのはドクターぐらいしかいないんですが」

「そうだなー、これで28回目。恐れるな、怒号が飛び交う時間がまた来るだけさ」

「他に患者がいるんです、騒ぎを起こすのはやめてください」

「騒ぎを起こすなっつってもマングースが一番うるさいぞ? あいつ、この前なんか自分のアーツユニットで直接打ち込もうとしてきやがった」

「……どれだけ怒らせてるんですか」

 

話ながら歩いていく、その時だ

彼はおもむろに上着の内ポケットへと手を入れる、そして自然な動きで煙草を一本取り出した

 

「…………」

 

それを口に咥え固定する、そして鳥のレリーフが刻まれたライターを取り出し火を点けようとする

 

「ストップ、ここは艦内です。全面禁煙です」

 

そこで声をかけて止める

 

「あっと…… 危ない危ない、流石にここで吸うのはマズイな」

「変わりませんね、その癖」

 

彼はバツが悪そうな顔でライターを仕舞う

例の癖は相変わらずのようだ、何か考え事をするときに煙草を吸う。確か考えすぎないように時間制限を掛けるためだったはず

それを行おうとした、ということが考え事があるという事だが……

 

「どうか、したんですか?」

 

煙草を口に咥えたままの彼に聞く、そうする原因があっただろうか、記憶にない

 

「いやな、ちょっと気になって」

「何がですか?」

「さっきの事」

「さっきの事?」

 

というと、フォリニックとの一件か? だが彼を悩ませる要素はあったか?

 

「わかってないな、その顔は」

「わかりませんね、無事に逃げおおせたのなら悩む理由がありますか?」

「それだ」

「は?」

「だからそれだよ、どうして俺は逃げられた?」

 

どうして、それは私が正直に言わなかっただけで、この男が近くにいると教えなかったからだが

 

「まだわからんか、丁度いい、聞こうじゃないか」

「何をです」

「お前、どうして俺を逃がした?」

 

……どうして逃がした、か

 

私が聞きたい、どうして私は逃がした?

 

「……わからないです」

「……お前、わからないで逃がしたのか」

「はい、そうなります」

 

はて、何故だろう。心当たりがあるとするなら一瞬よぎった今日の出来事ぐらいだが

 

「ふむ、考えれば考えるほど答えが出ません。何故でしょう」

「……まったく、なんでだろうな」

「…………? 何故笑うのです」

「いいや、お前って意外と感情的だよなーって思ってな。戦場じゃもう少し冷静に動けよ?」

 

失礼な、私は十分冷静だ

たださっきは、何か違和感に近いモノに襲われて、それで

 

そうだ、違和感の正体を見定めようと思ったのだ

これがきっと、今日の彼の不審な行動の答えに必要な足がかりをくれると、そう直感したのだ

 

「……そうですね、気を付けます」

 

なんてことだ、これでは確かに感情的に動いたことになる。彼に言われた通りではないか、同じことを言われないように気を付けなければ

 

ただまあ、これはある意味良かったのかもしれない。自身の行動の謎を解けば彼が何を企んでいるのかわかる

いいだろう、たまには見返してやろう。フォリニックではないがリベンジだ。今日ぐらいは彼の目的が完遂される前に暴いてみせようじゃないか

 

「なんだ、珍しく悪い顔して」

「いいえ、気のせいです」

 

隣で歩く男を見る、煙草を上下に振っている。あれが口でなく背中で、更に臀部の付近にあったなら尻尾を連想しそうな動きだ。いや、そんな所に煙草があるなどとは思えないが

馬鹿な事は考えてないで思考を戻す、まず何よりも重要なのは件の二人の行動だ

ウィーディとシルバーアッシュ、この二人がなぜ、どうして私の為に時間を割いたか、そしてどうして私が将来起業したいと知って動いたのか

最初にひも解くべきはここだ、どうして知っていたかは彼が吹き込んだと仮定しておこう

 

先に簡単な方からいこう、シルバーアッシュの方だ

彼に関しては答えを聞いたから理由はわかる、後進の為だと言っていた

誰かの為に時間を割ける、実に立派な人物だと思う。カランド貿易への揺るがぬ信頼は彼の人物像からきていると言っても過言ではないだろう

 

彼に関してわかっていないのはどうして動いたかだ、好意的にとらえるならば先ほどと同じ考えでいいのだろう

だがこれがもし、誰かに頼まれた、と考えるなら若干話は変わる

別に彼が優しい人だという事に変わりはない、逆にそうして人の頼みに答えてくれるという点で株はさらに上がる

ただ、この場合”誰に”というのが肝になる、早い話がシルバーアッシュはその誰かの代理人という事になる

 

”誰か”が私に彼経由で経済学を教えるように頼んだ、何とも奇妙な図式だ

少し気になるのはこの”誰か”がシルバーアッシュに物を頼み込める人物だという事だが……

 

……なんだか前にも似たような話を聞いた気がする、なんだっただろうか

確かドクターから聞いた話だ、例のテロ事件の時にモスティマ経由で伝えられた事実があったと

 

「……ん?」

「ん? どした、竜が雷食らったような顔してるぞ」

 

遠回しな連絡方法で、実際に対面するまで正体を明かさなかった男がいた。今横にいるこの男だ

……まさか、いやそう考えるには早い、判断材料はもう一人いるのだ

 

一度シルバーアッシュは置いておいてウィーディについて考えよう

 

ウィーディの場合は両方の点が不明のままだ、何故協力したか、誰に頼まれたかが

ここは個人の人物像である程度絞り込める協力した理由からいこう

 

さてそうなるとウィーディがどんな人物かだが…… 正直、潔癖症であること以外は大して知らない

後はあの一風変わったユニットにシードラゴンと名付けていること、そのシードラゴンと一人で喋っているとかいう噂

他には……いざ着るとなると抵抗がありそうな制服を着てることだろうか、というかこれが一番脳内を支配している

そもそも普段から接点はあまりないのだ、強いて言うなら戦闘中によくペアで動くことが多いだけ

ドクターがリスカム電池とか名付けていた戦法だ

それ以外に接触することはない、何度かショートさせた機械の弁償に関して謝罪しに言ったぐらい

 

だが、今日彼女の講義を受けてわかった事がある、彼女はまわりに汚れている物がなければ快活な女性だという事だ

お喋りも結構好きなようで割と自分の事も話してくれた、逆に聞かれることもあったが

 

ああ、そういえば彼との関係性も尋ねられた、古い友人だといったら残念そうな顔をしていたが

やはり彼女も若者なのだ、親しく見える男女の関係は気になるらしい

だがそうは問屋が卸さないというのが世の常、色恋沙汰でキャーキャー言いたくとも言えないのが現状だ

 

後は……そうだ、いつも厳しい言動が多いと言われているがそんな事はなかった

よくわからなかった講義の内容も聞き返したら優しく根気よく教えてくれた

家学を継いだと聞いたがその知識量はかなりのものだった、あれで専門はアーツ工学でなくバイオテクノロジーだというのだから驚きだ

 

となると、今日彼女が講義を引き受けたのは単純に優しさからだろうか、それとも知識は共有すべきという学者独自の意見だろうか

何はともあれこれで動機を二つに絞れた、ここで一度切ってもう一つの方にいってもいいだろう

こちらがわかれば二つの内のどちらかはわかる、それで次は”誰が”頼んだかだ

 

この誰か、恐らくはシルバーアッシュと同一人物のはず

であれば謎も解ける……

 

「…………」

 

解ける……

 

「…………」

 

……いや、解けるのか? 仮に同一人物として、今現在候補に挙がっているのは彼だけだ

まあ彼女と彼の会話を聞くに割と親しげだった、少なくとも今日初めて会ったという関係ではないだろう

となると別件で会ったことになる、更には講義が終わった後の別れ際のあの会話

今日は時間をとって悪かった、そう言っていた

抗議があることも知っていた風だった

 

「……んん?」

「お? どした、燃え殻をさらに燃やしたら効果てきめんだったような顔をしてるぞ」

 

なんてことだ、あらゆる状況証拠が彼が犯人だと言っている

困った、いや悪いことをしている訳ではないが困った

 

別に彼があの二人に頼んだことが悪いのではない

問題は、どうしてこんなことをしているのかだ

 

正直、意味がわからない。今の状況は彼が別の人物を経由して専門的な知識を私に教え込んでいる状況になる

当人が隣にいるのにだ、ここまで訳のわからない状況、この男でなければ作り出せないだろう

 

「…………」

「あ? どした、四人の王様に会いに行ったら大体八人位だったような顔してるぞ」

 

仮に、この行動に意味があるとする

 

「……いいえ、何も」

「そうかい」

 

だとすれば、彼は一体私に何を伝えようとしているのだろうか

 

 

………………

 

 

しばらく艦内を歩いた後、足を止めて三度周囲を見渡す

 

「ここは、普通の職員の方の階層ではないですね」

 

階段をいくつか移動してフロアを移った、今度もあまりこない階層だ

特徴としては通路の壁に龍の紋が刻まれている、となるとここは

 

「正解、例の事件以降ロドスとお近づきになった国のお偉いさんがいるフロアだ」

 

どうやら今度はここに会わせる人物がいるらしい、となるとかなり絞られる

それに、すぐ目の前の部屋には見覚えもある

 

「あなた、どうやって約束を取り付けたんですか」

「約束ぅ? 何の事だかなぁ」

 

しらばっくれる男、そのまま何食わぬ顔でノックもせずに扉を開ける

 

「よう、邪魔するぜ、龍の嬢ちゃん」

「…………」

「失礼します」

「ええ、ようこそ、龍門臨時オフィスへ。歓迎いたします」

 

中には暖かく迎えてくれるホシグマと、それとは対照的に睨み殺さんとばかりの視線を彼に送るチェンがいた

 

「あの、前より仲が悪くなってませんか?」

 

おかしい、最初から険悪な関係だったとはいえそれでも挨拶はしていた

だがいまは友好的な返事は何も返さない、代わりに今すぐ出て行けという気配を漂わせている

私の知らないところで何かあったのか。ホシグマに聞いてみる

 

「その、少し前に色々ありまして…… 誰が悪いという訳ではないのですが、そうですね…… これはもう、人間的な相性の話です」

 

なるほど、粗相は既にしていたか

 

「さて、それじゃ俺は外で待ってるぞ」

「え? 同席はしないのですか?」

「しない、してほしくもないだろう」

「そうですね、居座ろうとしたなら追い出せと言う命令も受けています。申し訳ありませんがあなたは外でお待ちいただくことになります」

 

彼は言うだけ言ってすぐに外に行ってしまった、ホシグマが追いかけるように部屋を出ていく

 

「あ、あの、これは……」

 

私とチェン、二人だけになってしまった

なんてことだ、これは予想外だ

先の二回と同じ様に彼がいると思っていた、あまり話さない人物ばかりで彼の饒舌さを割と頼みにしていたのだが

 

うん、ここは一度挨拶をしよう。挨拶は世界共通言語、会話の始まりであり終わりを占める重要な単語である

 

「ど、どうも、お疲れ様です、チェンさん」

「………………」

 

何も、返ってこない…… 静寂だけが襲ってくる

気まずい、非常に気まずい。私はどうすればいい

彼女は黙って腕を組んだままじっと扉の方を見ている、そんなに彼にご立腹か、奴は一体何をしたのだ

 

そのまま重苦しい空気が流れ始める、何か、何か手はないか……!

 

「……フンッ」

 

内心かなり慌てながら状況を打破しようとしていたらチェンが一度不機嫌そうに鼻を鳴らした

扉に向けていた視線をこちらに移す、だが残念ながら苛立ちは抜けきっていないらしい。蛇…… いや、龍に睨まれた蛙とはこういう状態だろうか

いや、負けるなリスカム、紛い物と言えども私も竜、迫力はなくとも精神力で負けはしない!

とりあえず平静を装い勝機をうかがうのだ

 

チェンの出方を静かに待つ、一応ここに入れられたという事は例の謎の講義ツアーの続きなのだろう

ということは前例通り、龍門警察のトップからありがたい教鞭が振るわれる、ということだ

 

……ちょっと怖いな、一言間違えたら拳が飛んできそう

 

「……リスカム」

「は、はい!」

 

長い沈黙の経てようやくチェンが声を出した、だがその声どこか疲れたような印象を受ける

彼女は私に座れと手振りで示してくる

 

私はそれに静かに首を振って答える、理由はわからない、ただ座るのはどこか失礼だと思っただけだ

 

「……なるほど、真面目ちゃんと言っていた理由がわかった」

 

あの男、私に関して何を話しているのだ? 着席を拒否しただけでどうしたらこんな評価を出される

気を取り直してチェンの顔を見る、彼女は腕を組み同じようにこちらの顔を見てきている

ただ、それはまるで探るような視線だった。己にわからぬ答えを求めているような感じ、一体何を見ているのだ

 

しばらく見ていると彼女がようやく話し出した

 

「リスカム、君は警察と警備隊の相違点を知っているか」

「……相違点、ですか? 警察と…… 警備隊の」

「ああ、この似て非なる存在の決定的に違う点だ。わかるだろうか」

 

ふむ、相違点

まあこれは意外とわかる、警察官と警備員、この二者の立場の事を言っているのだろう

 

「法の番人、国の守護者。そういう事でしょうか」

「概ねアタリだ、細かく追求するならばまた違った形になるが…… それはいい、奴には君にかつて教えたことをもう一度思い出せるような言われただけだからな」

「……教えた事?」

 

いったい何の事だ? 教えた事は彼に教えられた内容の事だろうか。そうなると結構多くて心当たりがでてこないのだが

それに、それが二者の立場にどう関係しているかもわからない、もっと話を聞くべきだろう

 

「では次だ、傭兵と軍人の違いは」

「金銭における契約のもとに動く兵士と、国旗と戒律と愛国心を胸に戦う戦士、でしょうか」

「次、医者と処刑人」

「死の淵に追いやられた人をもう一度立ち上がれるように支える者と、後戻りのできなくなった罪人の苦しみを解き放つ者」

「教科書通りの答えだ、座学の点数はさぞ高かったことだろう」

「いえ、そんな事はありません」

「謙遜するな、君は実際堅実な戦い方をする」

 

問いの意味がわからない、これは比較しているのか。だが何のために

 

「この質問の意義は、まあわからないだろうな」

「はい、確信を得るには材料が足りません」

「わかっている、では次の質問だ」

 

一呼吸おいて彼女が質問してくる

 

「戦場において生かすことと殺すこと、どちらが正しい」

「……それは」

 

その質問は、知っている

あの男に、彼に言われたことだ

 

「答えられないか」

「……いえ、答えます。生かすことです」

「ほう、何故だ」

「それが正しいからです」

 

あの日、あの男は私に護るという行為について説いてきた

それはとても難しいことだと、それでも成し遂げなければいけない事だと

 

「正しい、ああ正しいだろう。例え殺戮の場であったとしても命とは尊重されるものだ。だがもし、そうして生かした者がいつか君を殺す日が来るかもしれないとすれば、君はどうする」

「それでも、私は生かします」

「仮に親しい者が殺されてもか」

「はい」

「その人物がいつか、世界を破壊するような者だとしてもか」

「はい」

 

彼は、酷く遠い目をしながら話していた。彼にとって護るとは二度と叶わぬ事だとも

それはいつかの出来事が原因だろう、彼が抱いた優しい理想を砕いた事件、一生彼が忘れることのない殺戮の事

 

「……正しく在れる自信が、君にはあるか」

「はい、あります」

 

正義とは、人が都合のいいように決めた如何様にも形を変える鎖だ。彼からはそう教わった

だからせめて多くの人が縛られ過ぎないようにと、無闇に殺さぬようにと、己自身が万人にあてがわれる鎖になれと、そう言われた

 

「正しいから、ただそれだけで生きていける世界ではない。それが今のテラだ、よく理解はしているな」

「ええ、BSWで、このロドスで多くの戦場を見てきました。痛感しております」

 

……今考えても難しい、厳しい願いを課せられたものだ

 

「……そうか、ならばいい。時間を取らせて悪かったな、私からはこれで終わりだ」

「え? これで、ですか?」

 

幾つかの質問の後、いきなり終了宣言を言い渡された

これでいいのか? 他の二人は何時間とやっていた

 

「いいんだ、最初に言っただろう。私はただ、君に奴の教えを思い出させるだけでいいと」

「しかし、なんというか……」

「肩透かしだったかな、君には物足りなかったか」

「いえ、そういう訳では」

 

苦笑しながら申し訳なさそうに言ってくる、いつの間にか眉間の皺が消えている

私と話してるうちに怒りは治まってくれたらしい

 

「まあ仕方ないさ、私はあくまで警察のトップと言うだけだ。何かの専門家という訳ではないし大企業の代表取締役という訳でもない。さらに言えば教官でもない、人に物を教えられるような立場ではないんだ」

 

軽くため息を吐いて言うチェン、馴れないことをして疲れたのだろうか

どうやら事の成り行きは全て知っているらしい、当然か、彼に直接頼まれているのだから

 

そうなると、もしかしたら聞けるかもしれない。どうして彼がこんなことを企んだのか

聞いてみようと口を開く、が

 

「リスカム、二つほど聞いていいだろうか」

 

先にあちらに質問されてしまった

仕方ない、こちらの質問は彼女のに答えてからにしよう、承諾する旨を首肯で伝える

 

彼女はそれを見ると、また眉間にしわを寄せてしまった。難しいことなのだろうか

 

「……まずは一つ目だ、君には奴が何に見える」

「奴、ですか」

「そうだ、傭兵の事だ」

 

傭兵、とは彼の事だ。チェンはいつも彼の事を傭兵と呼ぶ

間違えてはいないからいいのだが、どうしてこの二人は基本互いに名前を呼ばないのだろうか

まあそれは今はいい、話の続きだ

 

「何に見えるとはどういうことですか?」

「そうだな、君にはあれが、人に見えるか」

 

……ああ、これはそういう事か

どうやら、結構な事態に遭遇したらしい。もしかしてどこかで一戦交えたのだろうか

多分、彼の異常な人間性を垣間見てしまったのだろう、元々常人とは比べ物にならない精神の持ち主なのだ

それで、何者かわからなくなったのだ。前にロドスにしたように一種の警告を食らったのだろう

 

「何か、言われましたか」

「……ああ、言われたよ。身の毛のよだつことをな」

 

あのチェンにこう言わせるか、彼女の根幹にかかわる何かでも知ってからかったのか

あまりいい趣味ではない、この後注意しておこう

いまは質問に答えるのが先だ

 

「チェンさん、先ほどの事ですが、よろしいですか」

「構わない、言ってくれ」

「ありがとうございます、では失礼して…… ええ、そうですね。チェンさんには悪いですが、私には彼は人に見えます」

「……何故だ」

「決まっています、人だからです。在り方こそ大きく外れていますが彼はまだ、人の心を捨てきれていません」

「根拠は」

「ありません」

 

一気にしかめっ面になった、言葉をもう少し選ぶべきだった

だがこれは本当の事だ。彼は別に化け物になったわけではない、心はまだある、捨てたと本人は言ったが捨てているなら彼は……

 

「……恐ろしいな、あれでまだ、先があるのか」

「…………」

 

……もし捨てたなら、彼はきっと……

いや、そんな事にはならないはずだ。普段から人に甘い彼がそんなぽいっと捨てれるわけがない

この事について考えるのはよしておこう

 

「それで、二つ目は?」

「む、そうだな、長引かせる必要はないか。ではもう一つ、似たような質問だ、気さくに答えてくれ」

「はい」

 

 

………………………

 

「うがーーーーーー!!」

 

「ああっ! フランカ先輩が弾けた!」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「すー……すー……」

 

「もう限界! やってられないわこんなの!」

 

「あ、どこいくんですか先輩!」

 

「リスカムとストレイドを見つけてくる! リスカムを見つければアイツもいるわ! それでもって奴にやらせるのよ!」

 

「……行っちゃった」

 

「すやー……にゃ~ん……」

 

「サボりましたね、フランカ先輩」

 

「でもほら、半分は終わったから」

 

「……半分」

 

「……うん、半分」

 

「ふへへへへぇ……」

 

「……休憩しましょう」

 

「そうだね……」

 

「はあ~、しかしまあ、なんだかんだでフランカ先輩もストレイドさんの所にしょっちゅう行きますよね」

 

「だね、一応先輩だからね、多分甘えたいんだよ」

 

「……あの人にですかー、私はヤだなー」

 

「でもリスカム先輩もそうだけど普段から甘えられる側の人達だから、頼れる人がいるのが嬉しいんだよ」

 

「……その言い方だと、ジェシカ先輩もそうでは?」

 

「いや、私は…… あんまり頼られたことなくて……」

 

「ジェシカ先輩! 泣かないで!」

 

「……バニラちゃん、私達も二人を捜そうか」

 

「え、何故です」

 

「ほら、今日はリスカム先輩の誕生日だから。一緒にお祝いしたいでしょ?」

 

「そうですけど…… どうやって見つけるんです?」

 

「簡単だよ、フランカ先輩を捜すの」

 

「どうしてですか?」

 

「フランカ先輩の傍にはリスカム先輩がいるから、だね」

 

「……なんか、納得できました」

 

「うん、じゃ、行こっか」

 

「はーい」

 

「……うにゅぅ…………」

 

 

………………………

 

「あ、ここにいましたか」

「お、よくわかったな」

 

龍門警察のオフィスを後にして数分後、私は甲板にやってきていた

 

「ああ、今日は随分綺麗ですね」

「そうだろう、違いがわかるようになったか」

「ええ、誰のせいでしょうか」

「さあな」

 

一足先に来ていたのだろう、いつかのようにガードフェンスに体を預ける彼がいる

その隣に同じようにフェンスに体を預けて上を見る

前に教えられた金色が広がっていた

 

「ノートどうした?」

「ホシグマさんが預かってくれています」

「あ、さてはハンドスピナーから俺の場所を聞いたな?」

「その呼びかた、本人の前でしたら怒られますよ」

「もう追っかけられたさ」

「懲りないですね……」

 

横の男はどこか満足げに煙草を咥えている、口元から折れている所を見るに医療エリアの時からずっと咥えたままだったのか

 

「それで、隊長様からのありがたい話はどうだった」

「ええ、大変参考になりましたよ」

「そりゃよかった、流石は最年少の隊長様だ」

 

こうして振ってくるあたり隠す気はあまりないようだ、ならもう聞いてもいいだろう。いやチェンから話は聞けたのだが

 

「それで、どうしてこんなことを?」

「なんだ、気づいてないのか?」

「いえ、知っています。ですが理由がなかったもので」

「あるさ、下らない理由がな」

「そうですか、なら、下らないというなら聞く必要はないですね?」

「ないな、それとも無駄に疲れたいか?」

「まさか、今日はもう頭を使いたくありません」

「お前がそう言うか、どうやらうまくいったみたいだな」

 

まったく、わざわざこんな日にそんな事を企てなくてもよかったのに

 

「それで、どうしてこんなプレゼントを考えたんですか?」

「決まってる、面白そうだったからだ」

 

今日の出来事の発端、チェンから全部言聞かせてもらった

そう、誕生日プレゼントだそうだ

誕生日、プレゼント

 

「……まあ、いいですか」

 

なんとまあ、こんな事をよく思いついたものだ

この男の事だ、ホントに面白そうだからでこれを選んだのだろう

今日彼から贈られた物、それは知識と知恵だ

といっても大それたものではない、私の抱いた夢に役立てられるようなささやかな知識

いつか起業するときに慌ててしまうようなことがないようにと勉強をさせられた、という事

 

別にそんな事、やってくれなくてもよかったのに

 

「どうやって協力してもらったんです?」

「おっと、違うな。協力させたのさ」

「はいはい、それで何かやったんですか?」

「別に、ちょいと各々のお仕事に手助けしただけさ」

 

恐らく最初は適当に自分で調べて齧らせる程度で済ませるつもりだったんだろう

だが準備しているうちに楽しくなったのかもしれない、それでいっそのこと専門的な分野まで叩き込んでしまおうと考えたのか

それからは専門家がいないか捜して頼んで、また捜してとそういう事だろう。変なところで努力を惜しまない、それを少しは礼節に向ければいいのに

 

「気持ちはありがたいですが、今日だけであんなには覚えられませんよ。せめて日にちを分けるぐらいはしてほしかったですね」

「おいおい、そんな事したら驚かせられないだろう?」

「驚かせる意味がわかりません」

「フン、お前にはわからんさ」

 

どうしてこう一手間加えようとするのだ

まあ、いい機会だったのだろう。いつかは学ばなければいけない事だった

それが今になっただけの事、逆に場所と時間を用意してくれたことを感謝すべきなのかもしれない

 

ただ一つ、この男は大事な事を忘れている

 

「さて、それであなたは何もしないのですか?」

「あ? 俺?」

「ええ、まさか規格の発案者が何もせずに終わるだなんてこと、ありませんよね」

 

そう、今日のは確かに彼が用意した機会、だが教えたのあの三人

これでは彼からは何も贈られていないのと同じだ、そんな細かいことで追及するつもりはないがちょっとした仕返しだ、これぐらいは許される

 

「ね、何もないんですか?」

「……あ~、いや、なんだ」

「まさか、まさかあなたが、大抵のことは先読みして対策してるあなたが、私がこうして反論して来ることを予想せずにのんべんだらりとしていた―、なんてこと、ありえませんよね?」

「お、おう、俺がそんな初歩的なミスをするわけないだろう。ハッハッハッ!」

「ほう」

「……すまん、何も考えてない」

「でしょうね、チェンさんの所に行った時点で隠す気なかったみたいですから」

 

バツが悪い顔をして必死にポケットをまさぐっている、何か渡せる物でも探してるんだろう

でもまあ、珍しい顔が見れたからいいから

 

「いいですよ、別に。最初から期待はしていませんでしたから」

「む、そう言われるのは癪だな。待ってろ、今すぐいい感じの物を探り当てる」

 

そうしてしばらくの間ガサゴソと上着の中を捜索する

そして一度、動きが止まる

 

「あ、何かありましたか?」

 

聞いてみるが答えてくれない、代わりに不敵な笑みを浮かべてきた

 

「いいや、特になかった」

「そうですか、ならもう大丈夫ですよ」

「ああ、だから別の物をくれてやる」

「別の物?」

 

そう言うと彼は腕をポケットから出して近づいてきた

一瞬身構える、でもこのタイミングで何を仕掛けるつもりなのか

 

彼がすっと近づいてくる、そして何も言わずに出を伸ばしてきた

 

「……へ?」

 

私の頭の上に

 

「よーしよし、リスカムちゃんはいい子だなー」

「??????」

 

わしゃわしゃと犬を撫でるように撫でられる、顔がすごく熱くなる

まるでお湯でも沸かしたかのように湯気が出る、これはまさか

 

撫でられているのか? 私が? この男に?

 

「ち、ちょ!? なんですか急に!」

「お、割と反応が遅れてたな」

 

急いで離れる、慌てて自分の頭に手を伸ばす

前に似たようなことをやられた、あの時は下らない玩具を付けられてしまった

ならば今回も同じことをされたか

だが何もない

 

「安心しろ、奇妙なものは付けてないさ」

「……ホントでしょうね」

「ホントホント」

 

あいも変わらず不敵な笑みを浮かべる男、信用ならない

だがまあ、流石にもう何もないだろう

少し警戒しながら隣に戻る

 

「……それで、これで終わりですか?」

「ああ、終わりさ」

 

どうやら今ので終わりらしい

まあ変に続けられてもかえって困惑するだけ、ここで終わった方がいい身のためだ

安堵の溜息をつく、今日だけで何回嘆息しているのか

 

「お、リスカム」

 

すると、彼がそっと艦内に続く扉を指さした

 

「フランカがそろそろ来るぞ」

「へ?」

 

そう言われて思わず扉を見る

丁度扉が開いてフランカが顔をのぞかせてきた

 

「……む、リスカム、ようやく見つけたわよ~……!」

「ああ、どうも、捜してたんですか?」

「そりゃそうよ! あんな面倒な書類の山を押し付けて…… 酷い目にあったわ」

「あれぐらい、普通でしょうに」

 

別れ際に渡したあの書類、ずっと代わりにやってくれていたらしい

変なところで真面目な相棒だ、なら普段から手伝ってくれればいいのに

 

「で、ストレイドどこ?」

 

だけど限界に達して彼に手伝ってもらおうと思ったんだろう、わかりやすい

だけどまあ、別にいいか。丁度隣にいることだし

 

「彼ならここに――てあれ?」

 

横にいる彼に声をかける、が

 

「どこよ、ここには居ないわよ?」

「あれ、今さっきまでここにいたのに……」

 

彼は突然、跡形もなく消えてしまっていた

 

「あ、あ~…… 逃げたわね」

 

そのようだ、今の一瞬でいったいどこに行ったのか

フランカはどこか遠くの空の方を見ている、そっちの方にいるのだろうか?

 

同じ方を見ようとする、だがその前にフランカの視線が不自然に変わる

そして同時に不思議そうな顔もする

 

「あら、リスカム、角になんかついてるわね」

「え、な、何が付いてますか?」

 

しまった、どうやらまた何か仕掛けられたらしい。とっさに両方の角に手を伸ばす

左側の角の先っぽに何かの感触がした

 

「何それ、輪投げの輪にしては小さいわね」

 

取ってみる、それは指輪だった

特に装飾が細工されたものではない、銀製の簡素な物

 

「…………」

「なに? 誰かに貰ったの?」

 

これは、まあそういう事か

 

「ちょっと、笑ってないで教えてよ。気になるでしょ」

 

多分、何かのメッセージか、回りくどい

 

さて、左側に付いていた、という事はこれはこっち側のものだろうか

取った指輪を左手の指にあてがってみる

 

「そうですね、貰いました」

「へぇ、しかも左手って事は何? そういう事?」

「いいえ、違いますよ」

 

人差し指、入らない

 

「でも左手でしょ? なら薬指に~とかそんな感じじゃないの?」

「はい、違います」

 

中指、入らない

 

「じゃあどこよ」

 

薬指、やはり入らない

 

「ここですよ」

 

小指にゆっくり差し込んでみる

 

綺麗にはまった

 

「小指? 変な位置ね」

「ええ、そうですね。珍しい位置です」

「どういう意味なの?」

「さあ、今度調べてみましょうか」

 

どうやら、結構真面目に応援してくれているらしい

素直じゃない、素直だったらそれはそれで気持ち悪いが

 

「さて、戻りましょうか」

「あ、ちょっと、知ってるなら教えてよ」

「自分で調べなさい」

「ブーブー、ケチンボ―」

 

隣でぶつくさ言ってるフランカと一緒に艦内へと戻っていく

 

一瞬、後ろを振り返る

 

「……ま、いいでしょう。大目に見てあげますよ」

 

見えたのは相も変わらず美しく光る金色の空と

 

その中を自由に飛ぶ黒い軌跡

 

渡り鳥が楽しそうに羽ばたいていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リスカム、君にとって奴は何者だ

 

『何者とは』

 

『友人か、先輩か、それとももっと別の何かなのか?』

 

『……そうですね、言葉で表すのは簡単です。昔の先輩で、散々な目にあわされた、これですね』

 

『それにしては随分入れこむな、君も、奴も。互いに互いを見ている、恋人や友人としてではなく、もっと別の感覚だ』

 

『どうしてそんな事を聞くんですか?』

 

『……特に理由はない、ただ私の中の疑問を払拭したいんだ』

 

『そう、ですか…… わかりました、ある程度正直に言いましょう』

 

『ありがとう』

 

『と言っても結局答えは変わりませんよ』

 

『私にとって彼は、古い友人です』

 

『昔から続く切りたくても切れない腐れ縁』

 

『相棒、それだけです。フランカに対して抱いている気持と何も変わらない、信頼できる戦友です』

 

『ええ、そうです。それが答えです』

 

『それが、彼と私の関係性ですから』

 

 

 

 




今回、割と色んなゲームの小ネタが入ってます
後書きで解説しようと思いましたがそんな時間はなかったので解説無しです

どうしても気になったネタがあったならコメントで聞いてください
答えられる範囲で答えます



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。