土佐さんは少々抜けている (さいどら)
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第1部 土佐さんとの出会い
土佐さん、現代社会にやってくる


「…なんだ貴様は」

 

「全く同じ言葉を返すぞ!?」

 

しがない会社員の俺は残業を終わらせ、マンションの自室の鍵を開け、玄関に足を踏み入れた。

 

俺は一人暮らしである。

 

この後カップ麺を食べ、シャワーを浴びて、少し動画サイトで動画でも見てから寝ようかと考えていたのだが…目の前にはグレーの髪色をした女性が立っていた。頭には青い狐面を付けているのも確認できる。

 

一瞬空き巣じゃないかと疑ったが、空き巣は家主と鉢合わせして「なんだ貴様は」なんて言わない。

服装もどうやら和服を着ているようだ。帯刀…までしているがそれに手を掛ける気はないらしい。

 

「空き巣…じゃなさそうだな」

 

「なっ!?誰が空き巣だ!私は加賀型戦艦二番艦・土佐だ!」

 

「か…加賀型戦艦、土佐?ちょっと待ってくれ、何が何だか…」

 

残業の疲れもあるのに、様々な情報が一気に脳を駆け巡る。

 

なぜ鍵を閉めたはずの俺の部屋に人がいる?

なぜ彼女は自分のことを戦艦と名乗る?

加賀型ってそもそもなんだ?

なぜ彼女は狐面を付けている?

和服を着ている理由も理解できない。

 

「勘弁、してくれ…」

 

耐えきれなくなった俺は、その場で倒れ込んでしまった。

 

_________________________

 

目が覚めると、俺は布団に寝かされていた。

 

「…!確か玄関で倒れたような…夢?なんか銀髪に狐面まで付けた…」

 

「それは私だ、悪いが夢じゃない」

 

寝室の扉を開けて入ってきたのは、昨夜玄関に立っていた女性だった。

 

「うわっ!びっくりさせるなよ!」

 

「うるさい!私だって右も左もわからないんだぞ!」

 

「はあ…」

 

どうやら、倒れた俺をわざわざ寝かせてくれたのは彼女らしい。

俺が混乱して卒倒してしまったことを彼女なりに申し訳なく思っているのかもしれない。

 

(まあ、間違いなく悪人ではなさそうだ。格好は変わってるけど…)

 

「…今日は休みだし、お互い現状を整理するためにもちょっと話さないか?」

 

俺の提案に対して、彼女も軽くうなずく。

 

「よし、じゃあリビングでゆっくりコーヒーでも飲みながら話そう。あ、そこに掛けて待っててくれ」

 

寝室となりのリビングにあるテーブルの椅子に座るように促す。

お湯を沸かしている間に、俺から名乗っておくことにした。

 

「俺は海斗。端島 海斗(はしま かいと)っていう。社会人3年とちょっとだけどようやくまともに仕事がこなせるようになってきたところだ」

 

「カイトとな、それが貴様の名か。私は加賀型戦艦…」

 

土佐だろ、と声を掛ける。彼女は覚えていたのか、という様子で俺を見ると、そのまま話を続ける。

 

「そう、土佐だ。私のことはそれで呼べばいい。セイレーンとの戦いで私は気を失い…気がついたらここにいた。外に出ようとしたら貴様が現れたわけだ」

 

「なるほどな、ですんなり頭に入るほど頭が柔らかくないんだよな俺。なあ土佐、戦いっていうけど戦えるのか?そんなタチには見えないけど」

 

「ふん、私を侮るなよ。(フネ)である私は仲間たちとともにセイレーンと戦い、母港を守っていた」

 

「艦、セイレーン…聞き慣れない言葉ばっかりだ。お、丁度湯が沸いたしコーヒーができるぞ。土佐、おまえの事情をゆっくり聞かせてほしい」

 

和服を着て狐面を付けて腰に帯刀までしているこの女性は素っ頓狂な話をしているわけで、信憑性のかけらもない。

だが彼女の目から嘘は感じられず、とりあえず最後まで話を聞きたくなったのだ。

 

「コーヒー、とな。ロイヤルの者がこぞってこれを飲んでいたが、私はあまり好きではないな」

 

土佐の目の前にコーヒーを出すと、彼女は苦笑いする。

 

「そうだったのか、ごめん…じゃあ何か別の飲み物を用意するよ」

 

「いや、いい。せっかく出してもらったのだからありがたく頂戴する」

 

そう言って土佐はマグカップの取っ手を掴み、一気に口に流し込む。

 

「待て待て待て!まだかなり熱いしそんなに急いで飲まな…」

 

「あ、熱っ!き、貴様!こんなに熱いなら先に言え!!」

 

「…なあ土佐、周りにおっちょこちょいだとか言われないか?」

 

「私がおっちょこちょいだと!?そんなことはありえん!どうして周りはこぞって私を…」

 

図星かよ。

 

それもそれだが、この猫舌土佐を見てもう一つ気づいたことがあった。

 

「それともう一つ。その耳は何だ?付け耳…じゃなさそうだ」

 

コーヒーの熱さで飛び上がった土佐の頭上には、2つの狐耳がピンと立っていた。

どうやらさっきまでは耳が垂れており気づかなかったらしい。

 

「これか?我が重桜の者達では当たり前のものだ。確かに他陣営の者たちはほとんど付いていなかったが」

 

土佐曰く、和服に隠れているが尻尾もあるらしい。

 

「重桜…ってのが土佐の仲間か。お前はその重桜の仲間とセイレーンってやつと戦っていたと」

 

「まあそれぐらいの理解でいいだろう。この世界は私の世界とは明らかに違うようだし、色々話しても貴様を混乱させるだけだしな」

 

明らかに本物の狐耳やこの格好に説明をつけるには異世界から来ました、という説明ぐらいしか説明できないだろう。

わからないことだらけだが、とりあえず納得するしかない。

 

(フネ)、って言ってたけど空母とか戦艦のことか?」

 

「ああ。そして私は戦艦だ。姉上も戦艦…空母の姉上もいるが」

 

どうやら彼女らの世界は空母や戦艦が人型になって戦う世界らしい。

 

「まだまだわからないことだらけだけど、何となくお前の事はわかったよ。で、これからどうするんだ?」

 

「私は戦うために生まれた存在。この世界にはおそらく居づらそうだし、戻れるなら戻りたいところだ。ここにずっと居ても貴様に迷惑をかける」

 

「しかし行くあてもないだろ。何か方法を見つけるまではここにいてもいいんじゃないか?ここは俺一人だし、別に迷惑がる必要は無いよ」

 

「…すまない。長居する気はないが、世話になる」

 

どこか抜けている土佐だが、ここは理性的だ。

何かの縁だが知り合った以上、俺も放っておくことはできない。

 

「じゃあそういう事で。少しの間よろしく、土佐」

 

「ああ、よろしく頼む…迷惑をかけるな」

 

こうして土佐との共同生活がスタートすることになった。

生真面目で少し高飛車な戦艦、土佐。しかし彼女は…

 

「コーヒー、感謝する。洗い物は私がやろう」

 

「ありがとう、洗剤はそこに…って待て!それは調理酒!」

 

「なっ!?貴様、ボトルの色が似ているのに洗剤の隣に置くんじゃない!」

 

…少々抜けているところがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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土佐さん、外を散策する

「ずっと家にいても暇だし、少し外に出てみるか?」

 

「まあいいだろう。私も退屈してきたところだ」

 

彼女に家の周辺がどのようになっているのか知ってもらっておいた方がいい。俺も仕事でいない日があるわけだし。

 

「…と言ったものの、だ」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「土佐の格好、目立ちすぎてなぁ…」

 

「私の格好はそんなに目立つか?私の周りはもっと奇抜な格好をした輩が多かったから気にしたことはなかったが…」

 

「土佐より奇抜ってどんな輩だよ…」

 

それはさておき、俺が住んでいるのは普通の住宅街に立つマンションの一室だが、狐面に和服、帯刀までしている銀髪で狐耳の女性は明らかに浮きすぎている。

 

(女性の私服なんて持ってないし、俺の服を貸すことにするか…)

 

落ち着いたら服屋にでも一緒に行くか、なんてことも考える。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

衣装ケースの服を漁る。とりあえず無難な長袖のシャツと長ズボンを引っ張り出す。今は春なので体感温度は大丈夫だろう。

 

「土佐、これに着替えられるか?あ、流石にここでは嫌だろうしあっちの部屋を使ってくれていいから」

 

寝室に土佐を入れてから俺はドアを閉めた。

土佐はかなり身長も高いし、細身なのでサイズは問題ないとは思うが…

 

ドアを背に向けて待っていると、寝室のドアが開かれる音が聞こえた。

 

「…少し大きい気がするが、これでいいか?」

 

無地のTシャツと長ズボンを着た土佐。

少しダボついてるけど和服で歩き回るよりは遥かにマシだろう。…胸がかなり膨らんでいるがそれはどうしようもない。

 

「悪いな、そんな服しかなくて。もう少し落ち着いたら一緒に服なんかも見に行けると…」

 

「貴様と…?ふん、服選びには自信があるんだろうな?私が1人で行った方がいいんじゃないのか?」

 

女性の服など選んだことはない。自信も何も無かった。

…まあ女性の服を選ぶにあたって最終手段がないこともないが、それはもう少ししてからでいいだろう。

 

「先の話先の話。あとは耳だな…そうだ、ちょうどいいのが…」

 

クローゼットから新品のニット帽を取り出す。

使おうと思って忘れており、ずっと眠っていたものだ。

 

試しに被ってもらうと、耳は綺麗に隠れていた。

 

「やれやれ、ようやく外に出れるのか。これだけでも一苦労だな。貴様、さっさと行くぞ」

 

やれやれなどといいながら結構嬉しそうで少しかわいい。

そんな土佐が俺の目の前を通り過ぎて玄関へと向かう。さあ俺も軽く準備を…

 

「っと待ったぁ!!」

 

「何だと?貴様!!まだ私の容姿に問題があるのか!?」

 

「尻尾!そのふさふさの尻尾を出したままはダメだ!!」

 

「はぁ?」

 

正面からしか見てなかったので全く気づかなかったが、ズボンから銀色の尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 

(穴なんて空いてなかったはずなのにあの尻尾どうなってんだよ…)

 

「これもいけないのか。全く…この世界は艦には合わんかもな。どれ、これでいいか?」

 

そういうと、土佐の尻尾が消えていく。

狐だからなのか、尻尾の具現は変幻自在らしい。本来は9本あるのだとか。

 

「…変幻自在の尻尾、なかなか便利そうだな」

 

寝る時には抱き枕のようにしているのだろうか。太い尻尾は気持ちよさそうである。

 

「貴様の言うことはよく分からん…ほれ、さっさと行くぞ」

 

土佐はどうやら早く外に行きたくてたまらないらしい。

彼女は勝手にドアを開け、外に出てしまった。

 

俺も財布と携帯だけ持つと、玄関から外に出る。

ドアを開けると、柵から下を見下ろす土佐の姿があった。

 

「高いんだな、ここは」

 

「3階だからな。階段はこっちだ、とりあえず周辺をぶらぶらしてみるか」

 

土佐と二人で階段を下りて、適当に散策する。

 

俺の家の周辺は都会ではないが、生活に困るほど田舎な訳でもない。

騒がしくないこの環境を俺は割と気に入っていた。

今日は休日だったが、たまに人とすれ違う程度である。

 

「静かなんだな、貴様の家の周辺は」

 

「土佐の家の周辺はどうだったんだ?」

 

「重桜は…そうだな。活気溢れるところだった。ここと比べたら尚更な。駆逐艦の子達は走り回っていたし、団子なんかを食べながら姉上や天城さんとも談笑もしたものだ」

 

「姉上…土佐のお姉さんってどんな人なんだ?やっぱり狐耳と尻尾があるのか?」

 

「姉上の名は加賀…貴様、さっきから耳と尻尾ばかり気にしていないか?さっきも言ったが重桜だとこれが普通だ。姉上は難しい人だ…私なんかよりも、ずっとな」

 

「加賀、か。仲良かったのか?」

 

「仲か…よく分からんな。空母の姉上に関してはあの腰巾着とずっと一緒にいるから話すことすらないしな」

 

「なんだ、土佐は2人お姉さんがいるのか」

 

「いや、加賀の姉上は1人だ。ただ戦艦の姉上と空母の姉上がいて、私は戦艦の姉上の方をよく知っている。空母の姉上は一緒にいるやつが気に食わんから、まともに話すことがない」

 

.「ええ!?それって加賀お姉さんが2人いるってことか?ほんと土佐の世界は難しいな…」

 

「メンタルキューブというものが複雑で謎に満ちているから仕方ない。なんなら私だって…いや、この話はいいか。貴様がまた倒れられても困る」

 

「もう倒れるかよ!昨日は色々重なりすぎただけだって!…ん?どうしたんだ?」

 

土佐がいきなり立ち止まった。

彼女の目の前には自動販売機。彼女の世界にはなかったのだろうか?

 

「母港で見かけた気もするが…確か飲み物が出てくるんだったか」

 

「ちょうど喉も渇いてきたし何か飲むのはいいかもな、土佐、何が飲みたい?」

 

「恩に着る。そうだな…コーラとな?これにするか。母港でも酸素コーラというものを飲んだことがあるからな」

 

「酸素コーラ…洗剤と調理酒を間違えるのにコーラはわかるんだな。じゃあ俺もコーラでいいか。今財布を…」

 

「あ、あれは貴様が近くに置いていたから悪い!何度もしつこいぞ!」

 

普通間違えねーよ、と心で呟く。

コーラを二本買って片方を顔を赤くしている土佐に渡した。

土佐の世界は色々不思議なのにコーラは分かるあたり本当に変わっている。

 

「なんだ、こちらのものは刺激が足らんな。もっと派手にやっても構わんのだが…」

 

フフフ、と不敵に笑いながらこちらを見てくる土佐。

たかがコーラでマウントをとるんじゃない。ほんと、高飛車だけどどこか抜けている。

 

「…まあもうちょっと歩くか。この先に行ったら商店街があるし」

 

「商店街とな。重桜のものと比較するのも楽しみだな」

 

ゴクゴクとコーラを飲み干した土佐。外を歩くことを楽しんでいるようで、俺も一安心である。

 

(俺が仕事の間に1人で来ることも出てくるだろうし、商店街はゆっくり案内したいな)

 

まずどこから連れていこうか、などと考えながら俺と土佐は商店街へと足を進めて行った。

 



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土佐さん、商店街を歩く

自動販売機から10分と少し歩き、俺たちは商店街までやってきた。

 

休日ということで、なかなか賑わっている。

 

「流石に人も多いな。土佐、はぐれるんじゃないぞ」

 

「私を子供扱いするな!仮にはぐれたとしても貴様の家にまっすぐ帰ればいいだけだ」

 

(帰れるか心配なんだよなぁ…)

 

彼女が方向音痴かどうかは定かではないが、何となく悪い予感はしている。

 

「私の母港と同じぐらいには賑わっているかもな。子供が走り回ったりはしていないが、ここにも活気がある」

 

「そりゃ良かった。ついでだし晩飯の材料でも買って帰ろうか…今日はどうしようか」

 

決して料理が得意という訳では無いが、せっかく人数が増えるならいいものを作りたい。まして今日は初日である。

 

「そうだ、餃子とかどうだ?土佐…っていない!?」

 

少し目を離した間に隣にいた土佐の姿が忽然と消えていた。

 

「本当にはぐれると思ってねえよ俺も…」

 

人混みに紛れてどこかに消えた土佐。興味のある店の前で立ち止まったりしたのだろうが、彼女が立ち止まるようなところはあっただろうか。

 

「あんまり大声で呼ぶのも恥ずかしいし、どうしたものか…ん?」

 

視線の先には、何かの展示を食い入るように見る土佐の姿があった。

 

「見つけた!…全く、子供扱いするなとか言ったそばから迷子に…」

 

「ふん、貴様が私を置いて先々歩いていくのが悪い!私は迷子になどなった覚えはないぞ!…少し心細かったが」

 

顔を逸らしているが安堵の表情が伺える。

意地を張ってはいるがやはり少々不安だったらしい。

 

「立ち止まる時はちゃんと一声かけてくれると助かる…で?何を見てたんだってここゲーム屋か」

 

土佐が見ていたのはゲームのデモプレイだった。

見るからに堅物の彼女がゲームに興味を示しているのには驚いた。

 

「いや、綾波…駆逐艦の子が夢中でやっていたことを思い出してな。私は特に触れる機会はなかったのだが…」

 

「へえ、土佐のところでもゲームはあったんだな」

 

「私たち戦艦だとあまり流行っている印象はなかったが、綾波を筆頭に駆逐艦の周辺では流行っていたのかもしれないな。私は姉上の付き合いで囲碁や将棋を嗜む程度だったから…」

 

ここで立ち止まったのはそういうことか。

 

「要するに、やってみたいってことだな?ん?」

 

少しからかうような口調で土佐に聞いてみる。

 

「わ…私は別にそういう訳で立ち止まった訳では無いぞ!単に仲間がやっていたのを思い出しただけであって…行くぞ!夕飯の買い物をするのだろう?」

 

慌てて踵を返して歩きだそうとする土佐だが、前に立って静止する。

本当にわかりやすい狐である。

 

「顔が赤くなってるぞ土佐。素直にやりたいですってい言えばいいのにさ」

 

「貴様…次に顔が赤いことでからかったら砲弾を喰らわせるぞ?」

 

「待て待て待て、そんな危険なこと言うんじゃない!このデモプレイでやってるやつがやりたいならウチに置いてるぞ。帰って落ち着いたらやってみるか?」

 

「最初からそう言え!…貴様がやりたいと言うなら付き合ってやらなくもない。いいだろう、帰ったらやってみるとしよう」

 

俺がやりたいなら仕方ないし付き合ってやるというが、ニット帽の下の耳が嬉しさを隠せないのかもぞもぞしているのが見える。

尻尾も隠していないならばブンブン振っていそうである。

 

…指摘するとまた怒られかねないので今回は黙っておくことにした。

 

「まあ、そうと決まればさっさと夕飯の材料買って帰ろう。で、さっき聞こうとしたんだけど晩飯なんだけど…餃子とかどうだ?」

 

「餃子とな。東煌の子が作って配っていたのを見たことがあったな。いいだろう、私も気になっていたしな」

 

「お、乗り気で良かった。そこのスーパーで材料調達だな」

 

土佐を連れてスーパーに入り、餃子の材料を集めていく。

 

「土佐は料理とかに興味はあるのか?」

 

「興味自体はある。挑戦したことも何度かあるが…何故か周りから止められてな。姉上からも私がやるから休んでいろ、と言われたか」

 

(めちゃくちゃ周りからも心配されているのが面白いな…)

 

「しばらく世話になるだろうから、手伝いくらいはさせてもらう。私に遅れをとるんじゃないぞ」

 

「…お手柔らかに頼む」

 

「模擬戦をする前みたいに言うんじゃない!私の腕がそんなに心配とな?」

 

「…心配だな」

 

「今に見ているんだな!貴様の手を煩わせるまでもない!」

 

声を張り上げる土佐。周りの視線が痛い。

 

「大声出すな出すな!めちゃくちゃ見られてるぞ…」

 

「ん…少々取り乱した、すまん…とにかく!さっさと買い物を終わらせて帰るぞ!」

 

レジで精算を済ませて歩き出す。

ゲーム屋で立ち止まったり、料理の話で取り乱したり…

どこか抜けた堅物だと思っていた節もあったが、年相応(いくつか知らないが、たぶん俺より少し下ぐらいだろう)の反応を見ることができた。

 

「買い物、楽しかったか?」

 

俺的には彼女を連れ出してよかった。

彼女の家にいるだけでは見えなかった一面を垣間見ることができたからだ。

 

「まずまず…といったところか。だが、いい暇潰しにはなったんじゃないか?」

 

ニット帽に隠れている耳が相変わらずぴこぴこと動いているのが見える。

彼女なりに楽しんでくれたらしい。…相変わらず素直じゃないが。

 

「帰ったら飯を作って…ゲームもやるのか?まだまだやることがたくさんあるからな!」

 

「ふん、上等だ…暴れさせてもらう!」

 

加賀型戦艦二番艦・土佐。

彼女といることは、一人暮らしの俺にとっていいアクセントになりそうだ。

 

 

 



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土佐さん、家事に挑戦する

感想でも、お気に入りの数でも、何かしらの反応が頂けるだけで本当に嬉しくなります…!

独断と偏見に支配されたこんなものを読んでいただいて本当に感謝です。


「ただいまー」

 

「任務完了、といったところか?風呂と食事はできているぞ」

 

「本当か、助かるよ。…今日の料理はトラブルなくできたのか土佐?大丈夫?」

 

「貴様、私を馬鹿にしすぎていないか!?前回は多少手元が狂ったとはいえ、同じ失態を繰り返すのは愚か者のすることだ!」

 

土佐との出会いから数日。

平日は当然、俺は仕事に行かないといけないし、土佐が家で1人で過ごさねばならない時間も出てくる。

 

初日の朝に留守番できるか?俺は心配なんだけど…と聞くと刀を抜かれそうになったが、彼女も何もせずにいるのは嫌らしく、様々な家事をこなしておいてくれる。

 

これは冗談抜きでありがたいことだ。…しばしば見られるポカがなければ最高なのだが。

 

まずは洗濯物。

 

「洗濯物わざわざ手洗いしたのか…洗濯機使い方教えとけば良かったな…」

 

「ボタンを触るだけで洗濯が終わるだと!?貴様、そんな便利なものを何故教えなかった!」

 

「いや知ってると思ったし…」

 

それはそれだ。

それと料理を作って待ってくれていたのは嬉しかった。

 

「おっ、味噌汁作ってくれたのか!なかなか美味そうだしちょっと味見を…なあ土佐、これ出汁入れたか?」

 

「出汁?味噌はちゃんと溶かしたが…」

 

「ウチに置いてるのは出汁入り味噌じゃないから出汁入れないと…飲んでみろ土佐、味見したか?」

 

「私に限って味見など必要ないだろう?私が手順を間違えるなど…」

 

「まあ飲め」

 

「そこまで言うのなら少し…何か味が薄い気がしないでも…」

 

「そういうことだ…出汁はここにあるから…」

 

「貴様、そういうことは先に言えと何度も言っているだろう!?」

 

土佐の顔は真っ赤になっており、こっちを見るのも恥ずかしいらしい。

 

「来てまもないし仕方ないって!何にせよ色々やって待っててくれることは凄くありがたいことなんだから!」

 

「くそっ!自惚れすぎたとでもいうのか…?」

 

いつもは凛々しい土佐だが、流石に今回は凹んだらしい。

まあこれも経験である。

 

そんなハチャメチャな初日からも数日経ち、土佐もある程度家事に慣れてきたらしい。初日ほどの大きなやらかしはほぼほぼ無くなっている

 

相変わらず天然を発揮してテレビをつけようとエアコンのリモコンを連打してつかないつかないと涙目になったりするが、それは良しとしよう。

 

「…何はともあれ、家に帰ったら誰かが待っててくれるのが凄くありがたいよ」

 

「貴様の任務の詳細は知らんが、楽なものではないだろうからな。ここに住まわせて貰う以上、この程度は当然だろう?」

 

得意げにドヤ顔をする土佐。ぶんぶん揺れる尻尾が背中からはみ出ており、気持ちが隠しきれていない。

 

狐だから当たり前だが、動物を見ているようで土佐は見てて飽きない。

 

「今日は…シチューなんかよく作れたな。土佐の故郷の重桜ってところの話を聞く限り、和食がメインなのかと思ってたけど」

 

「調理本があったから真似て作っただけだ。それに、和食ばかり食べていた訳でもないからな…」

 

「なんだ、そうなのか?」

 

「重桜の他にも大きな勢力がいくつかある。いがみ合うこともあれば、共に食卓を囲むこともある…考えれば奇妙な関係だな」

 

「この前言ってた土佐より奇抜な服装の人達か。土佐より奇抜って全く想像つかないけど…」

 

「私もそんなに詳しくはないが、ロイヤルの者でメイドと名乗っていた者は多かったな。メイドと、その目上のような存在だ」

 

「…:メイドが海で戦うなんて信じられないんだが」

 

「彼女らは強力だぞ。私たち重桜の艦船と比べても劣らない実力の持ち主だった」

 

「土佐の世界、謎に包まれてるなほんと…」

 

「ふん、それはこっちのセリフだ!それよりも早く食べたらどうだ?せっかく温めたのに冷えるぞ」

 

「あーすまん!頂きます!」

 

見た目よし、香りよし。

甘くてクリーミーなシチューが口の中に広がる…

 

はずだったのだが。

 

「なんかしょっぱい気がする…?土佐、今日こそは味見したんだろうな?」

 

土佐の顔を見ると、顔を咄嗟にずらす。

 

(…変なところでプライド高いなほんと)

 

仕返しに、少しからかってやっても良いだろうか?

 

「俺にはなんとなーく原因わかる気がするけど…当ててやろうか、土佐さん?」

 

「…き、貴様の舌が私の料理と合わんだけじゃないのか!?」

 

垂れ耳は忙しなく動くわ、目線は泳ぐわ…明らかにおろおろしはじめた。

どうやら思い当たる節があるらしい。

 

「おいおい、俺の舌を舐めてるぞ?とりあえず1口食べてみろ、ほら」

 

スプーンで1口分掬って土佐の口に持っていく。

土佐はスプーンをぶんどると、勢いよく口に突っ込んだ。

 

土佐の顔がどんどん赤くなっていく。

俺は刺激物には割と耐性があるためにまだ耐えれたが、実はこのシチュー、普通の人からすればとんでもないしょっぱさである。

 

敢えて土佐に言わない、ちょっとした意地悪である。

 

土佐が水をよこせ、というジェスチャーをしたので、ニヤニヤしながら水をコッブに注いで置いてやる。

彼女に激辛のラーメンなんかを食べさせた時の反応も見たいものである。

 

水を一気に飲み干した彼女がぜえぜえと息を漏らす。

 

「…砂糖と塩、間違えちゃったな?」

 

「同じ白い粉なんだから!見分けがつくように何か書いておくぐらいしておけ!この馬鹿ぁ!!」

 

顔を真っ赤にする土佐を見て、思わず吹き出してしまう。

 

凛々しく生真面目な彼女だが、どうしてこうもどこか抜けてしまっているのか?

このギャップこそが、彼女の真の魅力かもしれない。

 

「重桜」にいるであろう土佐の姉や仲間たちも、どこか放っておけない彼女が可愛くて仕方なかったのではないだろうか。

 

…土佐が家事をそつなくこなせるようになるのには時間がかかりそうだ。

だが、どこか不完全な土佐の方が、俺は好きかもしれない。

 

ハチャメチャだが、毎日退屈しないことは間違いないからである。

 

「きっと上手くできるようになるって。要領のいい土佐なら」

 

「あ、当たり前だ!今に見ていろ、貴様にまとめて謝罪させてやる!」

 

…艦船の家事修行はまだまだ続く。



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土佐さん、格闘ゲームに触れてみる

某あのお祭りゲーです。


「どうして私はこうも遊戯には勝てんのだ!!」

 

「まあまあ落ち着けって!慣れたらすぐできるようになるって!」

 

「囲碁でも将棋でも姉上には勝てん…私の何がいけないのだ…」

 

「な、涙目でこっちを見るな!お前は何でも覚えは早いし大丈夫だって!」

 

「うう…剣技の手合わせならば負けるはずは…」

 

「剣に手をかけるな!本物の剣なんか俺は振れねえよ!?」

 

どうしてこのような問答になっているかというと、先日土佐が商店街でデモプレイを見ていたゲームのことを思い出したからである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

土佐に前に商店街で見てたゲーム、やってみるか?と声をかけると案の定乗ってきた。

 

「ふん、貴様がやりたいのなら付き合ってやるさ。やるからには負けんぞ?」

 

「付き合ってくれる割には尻尾はえらく嬉しそうだな」

 

「…斬られたいか?」

 

「悪かった悪かった!剣を抜くのはやめてくれ!」

 

彼女をからかうのは面白いが、切り刻まれるのは困る。

冷静沈着な堅物に見える彼女だが、割と熱くなりやすいのである。

ことある事に剣を抜かれそうになるが、顔を赤くした土佐は何とも面白くてついついからかってしまうものだ。

 

「この格闘ゲーム…だったよな?土佐はどのキャラを使うことになるやら…」

 

彼女が興味を示していたのは格闘ゲーム。

大手ゲーム会社の様々な作品のキャラクターが文字通り乱闘して、相手をぶっ飛ばすというアレである。

 

とりあえずコンセントを繋いで電源を入れ、キャラ選択画面まで進める。

 

「やっぱり戦ってたってだけあって格闘ゲームに惹かれるんだな土佐。仲間がやってた、みたいな話してたけどそれもこういう…」

 

「私は遠目で見かけただけだったからよく覚えてはいないな…陣営すら超えて複数人で盛り上がっていたことは覚えている」

 

「…まあ集団で盛り上がってる所に初心者が入れてくれー!って言いに行くのは難しいか」

 

「戦場以外だと、母港での私はそこまで多くの子と交流があった訳では無いからな…」

 

土佐がため息をつく。

 

確かに、俺から見ても第一印象は「近寄りづらそうだな」というのが正しい。

少し打ち解けてくると彼女がただの堅物ではなく、少し(?)抜けているところや年相応の女性らしさもあって可愛らしいところも分かって来るのだが、彼女の世界でもそこまで理解してくれている仲間はひと握りだったのかもしれない。

 

「逆に、土佐はプライベートは誰と過ごしてたんだ?」

 

「プライベート?姉上…もといその近くにはいつも天城さんがいたか」

 

「天城…って人も結構名前聞くな。さん付けって言葉年上か?」

 

「カンレキで言えば私より長いだろうな。姉上が目標にし続けている人で、尊敬できる人だ。怒らせると怖いが…」

 

「姉妹共々尊敬してる人か…で、その人やお姉さんといつも何を?」

 

「囲碁や将棋が多いな。姉上が天城さんに挑んでは負け挑んでは負け…私も少々呆れながら見ていたものだ」

 

(姉妹でやっぱり似てるのか、負けず嫌いなところ…)

 

「まあ、私は姉上の練習相手になることがほとんどだな」

 

「お、となると結構強いんだな。お姉さんよりも勝率いいとか?」

 

「ま…まあな。それより!この目の前のゲームのことを忘れていないか?やるならさっさとするがいい」

 

何か適当にはぐらかされた気がするが、ゲームの準備も整ったので土佐の言われた通りそっちに目を向ける。

 

「とりあえず好きなキャラを選んで…あ、操作わかるか?ここのパッドを操作してカーソルが合ったらAボタンで決定だ」

 

「それくらいわかる、当然だろう?そうだな…私と同じく剣を振るう者がいい」

 

土佐はオーソドックスな剣士キャラを選択。

俺は…最初だし同じキャラを使って動かし方を説明するか。

 

「よし、スタートだ。土佐、とりあえず適当に動かしてみたらどうだ?」

 

「そうだな…ここのボタンで攻撃、移動がこれで、ジャンプがこうとな…」

 

土佐は画面に夢中になっている。

時折尻尾が揺れており、微笑みも見せる土佐。楽しんで貰えているようで何よりだ。

 

「なかなか様になってるな…そろそろ殴りにいってもいいか?」

 

「ふん、いいだろう!どちらが上か思い知らせてやる!!」

 

こうして、対戦が始まり…何度か対戦した末に最初の問答に至ったのである。

 

結論から言うと…土佐はあまりゲームが上手くないらしい。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ガードも駆使したほうがいいぞ、ダメージ抑えられるし…」

 

「守備など私の性に合わん。守備の時間があるならその時間は攻めた方が効率的だろう?」

 

(結構脳筋思考だなこいつ!?)

 

おしとやかな見た目をしてなかなかイケイケである。

 

「攻撃は最大の防御…って気持ちは勿論分かるけど、このゲームはその駆け引きをひっくるめて戦うゲームなんだ。土佐が防御しないから、どうしても動きが単調で読みやすくなって…」

 

「単調…だと?この私が?」

 

ムッとした顔でこっちを見てくる土佐。

あー、これまた変なツボに触れてしまっただろうか…

 

「単調…はちょっと言いすぎたかも、悪かったって!でも、相手に攻撃を悟られないようにすることは何においても大切だと思うけどな」

 

「攻撃を悟られない…とな。ゲームとて戦場と何ら変わらないのだな」

 

「そっちの世界はよく分からないけど、戦ってきた土佐なら分かるんじゃないかな」

 

「…コツが掴めた気がする。もう1戦だ!次は負けん!」

 

「おっ、いい目になったな!じゃあ俺も気合い入れるとするか。キャラクター変えるぞ?」

 

「好きにするがいい。今の私なら何が出てきてま負けん!」

 

すぐに調子に乗るんだから…そういうところだぞ?

 

「対戦開始だ…!?貴様!銃ばかり撃ってこちらに接近してこないとは卑怯だぞ!!」

 

「これも作戦なのさ、まあせいぜい頑張ってその自慢の剣を当ててくれよ」

 

「貴様ぁーーー!!!」

 

その後も数戦の間狙撃キャラを使っていると、だんだん土佐が涙目になってきたので流石に使うのを辞めた。

 

土佐が落ち着いたら俺も近接キャラに変えてもう数戦。

 

近接同士の殴り合いでは俺と直ぐに五分になるあたり、やはり飲み込みは早いのである。これからに期待だ。



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土佐さん、晩酌に付き合う

タイトル少し変えました。
前のままだと堅い小説に見えてしまいがちかなと思ってのことです。


仕事が終わり、俺は帰宅した。

今日は色々あってフラフラである。

 

「ああ〜残業凄まじく疲れた…」

 

「帰ったか、今日はえらく遅かったな」

 

「貯まってた仕事をまとめて消化しないといけなくて…流石に今日はこれが無いとやってらんねー…」

 

リビングの机に、コンビニ袋を投げ捨てるように置く。

カランカラン、という音が部屋に響いた。

 

「…酒か?」

 

「明日は休みだからたまにはいいだろ。土佐も飲むか?…って土佐って未成年?そもそも飲めるのかどうか心配だけど…」

 

「…晩酌とな。愚痴なら聞いてやる、姉上の時もそうしていたからな」

 

「それは助かる…!俺より先に潰れたりするんじゃないぞ?」

 

「私は貴様の方が心配だがな」

 

「俺が先に潰れる?まさかぁ!?」

 

普段からドジを踏みまくっているこの堅物は、酒が入るとどうなるのだろうか?饒舌になるのか、全く喋らなくなり眠ってしまうのか。

 

愚痴を聞いてくれるのはありがたいが、俺より先にへばることが安易に予想できる。

 

「シャワーだけ先に済ませてくる、終わったら乾杯だ!袋の中の好きな酒を選んでいていいからな!」

 

「…承知した」

 

…この会話までが、疲れに疲れて帰ってきた俺に残っている記憶である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「それでさー!じょーしが言ってくるわけよ!!お前が出すのもうちょい早ければ!!うるせーよ!!なぁ!?」

 

「…ああ、そうだな」

 

私の名は加賀型戦艦二番艦・土佐だ。

重桜の仲間と共にセイレーンと戦っていた身だが…今は訳あってここに居候している。

 

目の前にいるべろんべろんに酔っている男はここの家の主…端島 海斗(はしまかいと)という名だ。会って暫く経つが、名前で呼んだことはほとんどない。

 

なぜ目の前の男がこのような状態になっているのかというと、奴が仕事の愚痴を聞いて欲しいと晩酌をはじめたからだ。疲れていた奴が潰れるのは目に見えていた。

 

ちなみに私は酒だけは強く、誰かと酒を飲む時には酔った相手の話をひたすら聞くことがほとんどだ。

奴は「俺がお前より先に潰れる?まさかぁ!?」などと抜かしていたが、本当にため息しか出ない。

 

酔った相手の愚痴を聞くこの時間…「向こうの世界」のことを思い出す。

 

姉上も酒に弱く、酒が入ると奴のように話が止まらなかった。

あの腰巾着の愚痴、天城さんとの劣等感の悩み…よくもまあ普段は隠せていたものだ。

 

重桜の主力である姉上は常に強者であろうとしており、普段は周りに自分の弱さを見せることはない。しかし、姉上も心に何も抱えず生活している訳では無い。

 

たまりにたまったものを解放して気を少し楽にしてくれる…姉上にとっての酒はそういうものだったのかもしれない。

 

奴にとっての酒も、姉上と同じようなものなのだろうか?

そんなことを考えていると、顔が真っ赤になった奴がふと口走る。

 

「やっぱ、聞いてもらえる相手がいるのといないのではちげーわ…」

 

はっとする。そうだった、この男は…。

 

「…そうか、貴様は一人暮らしだったから貯まったものを吐き出す相手がいない、とな」

 

今までの奴の酒は、私が姉上と飲んでいた酒とは違っていたはずだ。

愚痴を発しても、それを受け止めてくれる者がいなかったのだ。

 

「土佐ぁ、ありがと…なー…」

 

奴が感謝の言葉を添えながら、テーブルに倒れ伏せる。

 

「なっ、貴様!!!潰れるなと言っておいて自分が…」

 

倒れ伏せた奴の口からはすう、すうという寝息が聞こえる。

どうやら眠っただけらしいが、こんなところで寝られては困る。

 

「普段は私に余計な口を聞いてばかりの癖に、全く世話の焼ける奴だ…」

 

飲み終わって空になった缶や、つまみの残飯を片付ける。

初日に散々馬鹿にされた洗い物も、もうミスをすることなど…

 

「…!やけにぬめりが取れんと思うったら洗剤ではなく油だと!?私はまた…」

 

油と洗剤を普通間違えるか!?これで何回目だよ土佐!ハハハ!!

 

そんな声が聞こえてきそうだったが、部屋は沈黙している。

 

(奴の余計な一言が無いのはいい事だが、本当に静かだな…)

 

今度は洗剤だとちゃんと確認し、黙々と洗い物を進める。

食器乾燥機に洗った皿やコップを入れてスイッチを押す。この食器乾燥機も最初は使い方が分からなくて笑われている。

 

(色々と言ってくる割には、こうして私が世話を焼いてやる必要があるのだから困ったものだ)

 

さて、あとはテーブルに突っ伏したこの男をどうするかだ。

このままにしておくのは流石に体にもよくない、ただでさえ疲れており、酒も入っているために尚更だ。

 

「何か体を温められるものは…布団をここまで持ってくるのも難しそうだが…」

 

少し考えると1つのアイデアが頭をよぎり、自分の背中を見る。

 

「…やむをえん、か」

 

私は自分の尻尾を彼の背中に包むように当ててやった。

重桜の子達は尻尾がある子も多いので、私が尻尾をこのような使い方をしたのは初めてであった。

 

(私がいつ向こうに戻るかはわからんが、せめてその時までは奴の愚痴ぐらいは聞いてやる。奴もまた、姉上のように貯め込んでいる。ここに居候している以上、それぐらいの世話は焼いてやろう)

 

奴は初対面の私にも臆せず接してくれ、生活する場所を提供してくれている。

そんな中でも、奴は上司や仕事…様々な苦難と戦っているのだ。

 

「弱者である貴様を、強者である私が。当然だろう?…()()()

 

…突如眠気がやってきた、私も少し酒が回ってきたのだろうか?

その後、私もテーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…!まずい、酒飲んで寝落ち…」

 

俺が目覚めると既に朝になっていた。どうやら、布団にも入らず眠ってしまったらしい。

 

「なんでこんなに暖かい…尻尾…って土佐ぁ!?」

 

「…ん、朝になってしまったか。全く、昨日の貴様には手を焼いたぞ?」

 

寝起きのジト目で俺を見てくる土佐。俺に手を焼いた…?

 

「私より先に酔いつぶれてよく喋ってべろんべろんになって…ふん、情けない。私が洗い物もして尻尾で寝かしつけることになるとは思わんかったぞ?」

 

「う…嘘だろ!?俺がお前より先に潰れるなんて…」

 

「私は酒には強い。貴様が潰れていないなら誰が洗い物をしたとな?」

 

土佐が悪い笑みを浮かべて顔を近づけてくる。どうやら本当にやらかしてしまったらしい。

 

「弱者は己を弁えるのが道理だ…違うか?()()()

 

「名前で急に呼ぶな!こんな時に限って昨日の記憶が飛びやがって!くそおおおお!!」

 

…ドジでも酒は強い土佐。俺はしてやられてしまったようだ。

 




土佐さん視点も、たまには書いていきたいですね。


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土佐さん、新たな出会いをする

あけましておめでとうございます。
正月イラストに土佐が!テンション爆上がりですねっ!

今年もどうぞよろしくお願いします。


「カイト、貴様に頼み事などあまりしたくないのだが…」

 

「何だ、急に改まって」

 

仕事が終わって帰宅して一息ついたところに土佐がもじもじとしながら声をかけてくる。

 

そういえばこの前の酔い潰れた一件から、どうしてか名前で俺の事を呼んでくれるようになった土佐である。

飛んだ記憶の詳細は一切話してくれない土佐だが、一体何があったというのか。

 

「その…だな…買い出しで私も外に出る機会も増えてきたんだ。そろそろ…が欲しい」

 

「…すまん、よく聞こえなかった」

 

「服だ!服っ!!…貴様が汗水垂らして働いた金銭で私の服を寄越せなど、おこがましいのは承知しているのだが…流石に毎度同じ格好をすると目立つ…」

 

ああ、そういう事か。

ここにきてもうしばらく経ち、俺が仕事をしている間に土佐が買い出しに行って夕食を作って待ってくれていることも少なくなくなった。

 

買い出しに行くと言い出した初日、土佐が道に迷わないか心配で仕方なかった。

念入りに印をつけた地図を渡したら怒られたのももう数週間前の話である。

 

(大して都会でもないここだとその辺の住民の人にも顔覚えられてきてる頃だろうしなぁ…)

 

獣耳と尻尾は隠して外に出てくれと強く釘は指しているのだが、変に目をつけられてバレると面倒なことになる。

それに、土佐は年頃の女性だ。

毎日同じ服を着て出歩くのもそれはつまらなくなってくるだろう。

 

「金銭面は気にしないでいいよ、家帰ってきて誰かいるってのはそれと比較にならない価値があるし…酒に付き合ってもらうこともあるしな。普段のお礼もこめて服…いいぞ、買いに行こう」

 

「…!すまん。では、次の休みにでも」

 

「ただ一つ問題がある」

 

「問題、とな?」

 

「土佐、お前服のセンスに自信はあるのか?」

 

「…貴様、私に服選びができないとでも考えているのか?」

 

「…悪いけど正直思うわ」

 

「どうやらまた斬らねばならんようだな、貴様?」

 

「待て待て落ち着け!服選びというか…お前の世界の服とこっちの世界の服って違うだろ!?ほら、商店街に着物着てる客がいっぱいいたか?」

 

「言われてみれば…郷に入っては郷に従え、とな?」

 

「まあ、そういえことだ。ただ、俺も女性の服選びなんて全く分からなくてさぁ…そこが問題なわけだ」

 

家に女性がいること自体、前の自分からは想像もできなかった。

仕事上で女性と話すことはあるけど、プライベートは別の話である。というか会社はみんなスーツだし。

 

「何か手はあるのか?」

 

「まあ、無いことは無いんだが…」

 

「と、いうと?」

 

「仕方ないか…いずれは頼ることになっただろうし、今がその時と思うしかないか。ちょっと待ってろ土佐」

 

俺はスマホを取り出して、()()()()に連絡する。

今日は夜遅いのですぐには返事は来ないだろうが、まあ次の休日までには返事は来るだろう。

 

「よっし、OK。あとは返事待つだけだな」

 

「何だ、貴様のような男にも力を貸してくれる異性がいるのだな」

 

ニヤニヤして尻尾を振るのはやめて欲しい。

ここ最近は土佐が悪い表情をすることも増えてきている。

 

「その言い方はないだろ…まるで俺が付き合いにくい人間みたいに」

 

「貴様の世話を焼くのは大変なんだぞ?せいぜい私のことをありがたく思うがいい」

 

ドヤ顔を決める土佐。

名前を呼んでくれるようにはなったが、あくまで上から目線のスタンスは変わらない。

 

「へいへいありがとうございます…ところで土佐さんよ、服を買いに行く時、いつも一人だったのか?」

 

「え…えっとだな…まあ、天城さんや姉上と共に買いに…こ、これは二人の買い物ついでに行っただけだからな!決して私が服選びができないなどと…」

 

(結局一人で行ったことなさそうじゃねーか!!)

 

心の中でツッコミを入れると、スマホの通知が鳴り響く。

差出人は…俺が連絡した人物。案外返事が早かった。

 

「あー土佐…OKだってさ。次の休み、服見に行くぞ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ここで待ち合わせか?」

 

「ああ、もうすぐ来ると思う」

 

今日はいつもの商店街ではなく、少し遠出して大きめのショッピングモールまで来ている。

 

「それにしても…気分が優れん…」

 

「海で戦ってるくせに車酔いするとはこっちも思ってねーよ…」

 

車を走らせて来たのだが、車酔いで既に体力が憔悴している土佐であった。

自分はフネだとか言ってたのになんで乗り物酔いするのかこの狐は。

 

そんなところへ、俺には久しく聞く声が響く。

 

「あ、いたいた!久しぶり!」

 

「ごめん、突然服選びに付き合ってくれとか言って…」

 

「びっくりしたよー、お兄ちゃんいつの間に彼女なんか作ってたの?一生できないと思ってたのにー!」

 

「彼女…じゃないんだ、事情あって同居してるだけで…」

 

「彼女か?協力者というのは…」

 

「そう、俺の妹の…」

 

「海美っていいます!お兄ちゃんが迷惑かけてませんか?ほんとお兄ちゃんダメダメで…」

 

「…全くだ。奴は本当に手がかかるぞ?」

 

妹に微笑む土佐。

その声と姿を見て、妹は一瞬硬直する。

 

「えっ、待ってこの人、アズールレーンの艦船…?」

 

「加賀型戦艦二番艦、土佐。今日は世話になる」

 

「お兄ちゃん、コスプレイヤーさんを彼女にしちゃってほんとどうしちゃったの!そんな趣味あるなんて全く聞いてないよ!?目覚めたなら私に早く教えてくれれば良かったのにちょっと!!」

 

「海美色々待った!!俺は別にそんな趣味に目覚めたわけでもないしこいつはコスプレイヤーでもないし彼女でもない!!」

 

「…この状況、私はどう振る舞うのが正解なのだ?」

 

俺の妹・端島 海美(はしまうみ)

元気で俺の自慢の妹であり、今は大学生である。

 

そんな彼女だが、サブカルに精通しており、その手の話題になるとかなりうるさい。

 

…土佐の見た目に反応してこうなることは安易に予想できたので、いつ引き合わせようか迷っていたのだが。

 

「というか…海美、アズールレーンって何か知ってるのか?俺は全くわからなかったんだけど…」

 

「ストップ!逆にお兄ちゃん、何も知らないでこの人と同居してたの!?」

 

「いや、本当に知らなかった…」

 

「お兄ちゃん、一周回って凄いよそれ…」

 

ハチャメチャな対面になったが、これが俺の妹の端島海美である。

服好きでもある海美のことだ。まあ、俺と土佐の二人で服選びするよりは遥かにいい服を選んでくれるはずである。

 




海斗の妹である海美ですが、ただのサブカル好きで土佐さんといる兄に嫉妬とか別にそんな方向には行きません。

この小説は本当に土佐と日常をほのぼの過ごすだけのものになるのでご了承ください。土佐が同性同世代の現代人と絡んだらどうなるかな、なんてことを考えながら見ていただけると幸いです。


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土佐さん、ショッピングを楽しむ

「えっと…土佐さん、でいいのかな?」

 

「ああ、私はそれで構わないが」

 

今はとりあえず海美を落ち着かせる目的もあって喫茶店で一服している。

 

「アズールレーンの土佐さん…本当にコスプレイヤーさんじゃなくて…?」

 

「こすぷれ…とな?私にはよく分からんが、貴様はわかるのかカイト?」

 

「なんだ、ゲームのキャラクターと同じ格好をしてなりきりを楽しむこと、かな?お前の場合本人だから当てはまない…と思う」

 

「はあ…こっちの世界の人間はよく分からんな…」

 

そりゃよくわからんだろうな。自分の耳とか尻尾まで真似た格好して楽しむ文化も、その世界から来た本人からしたら未知との遭遇だし。

 

「というわけだ海美。こいつはコスプレイヤーでもなんでもない。こっちの世界のことをまるで分かってないからそれが何よりの証明だな、食器洗剤の代わりに油を使ったり、コーラを飲みきっただけで得意げになったり…」

 

「貴様、帰ったら覚悟しておけよ?」

 

「おっと、剣があったら切られてたな…」

 

同居してからしばらく経つが、彼女の世界の信憑性がやっと持てたと言ったところか。実在のゲームの世界観のようだし。

 

まあ、ここ最近は彼女が何者かなど気にすることも忘れていたのだが。

 

「私、まーだ全然信じられないんだけど…帽子被ってるのも耳を隠すため、とかだったりするわけ?尻尾は見当たらないけど…」

 

その辺にはうるさい海美なので、なかなか信じ難いらしい。

俺は周囲に客がおらず、人にも見られずらい席なのを確認すると、土佐の帽子を取ってやる。

 

「当たり。流石にこれで外で歩くと不味いだろうしな…」

 

「なっ!?貴様、急に取るんじゃない!」

 

隠れていたグレーの垂れ耳を目にすると、海美の目が一気に変わる。

 

「本当の獣耳!?土佐さん土佐さん、ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから触ったりしてもいいですか!?」

 

「み、耳を触るのか!?それは──」

 

「土佐さん、ごめんなさいっ!!」

 

席を立った海美の手が土佐の耳へと伸びる。

…俺ですら土佐の耳には触ったことがないのだが、初対面でなんという妹だろうか。

 

「ちょっと待…ひゃうっ!」

 

土佐の耳、予想はしてたけどやっぱり敏感なんだな…

それはそうと土佐も流石に辛そうなので、妹を止めなければ。

 

「うーみ!ストップストップ!!」

 

「ご、ごめんなさい、私としたことが…」

 

「はぁ…触られたことはなかったが…結構辛いものだな」

 

「まさか本当に敏感だなんて…というか私、初対面の人になんてことしてるんだか…でも、これで確信できた、その土佐さんは本物に間違いないって。土佐さん、本当にごめんなさい!」

 

「ううっ…頼むから急に触ることだけは辞めてくれよ…?」

 

軽く涙目の土佐。

海美は初対面だからかキツく怒ったりはしていないらしい、優しいなおい。

 

「…見ての通りこいつはコスプレイヤーでもなんでもない。海美、落ち着いた?」

 

「うん、とりあえず。驚かせちゃったお詫びになるかわかんないけど、服選び全力で手伝うから!」

 

土佐の服選び、スタートである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ワンピースとか似合うんじゃないかなぁ?さっきのと合わせて…」

 

「ワンピースとな。向こうでは着る機会もなかったからな…興味はあるな」

 

服屋巡りをして2時間程度。

俺はこの辺りの話題にはついていけないので、試着した土佐を見るのと荷物を持つだけの役割になっていた。

 

(俺と土佐の二人じゃ土佐もこんなに長く服見れなかっただろうし、助かったな)

 

服を見て回る二人は、傍から見てもショッピングを楽しむ友人にしか見えない。二人の相性は割といいのかもしれない。

 

「お兄ちゃん、どっちの方が土佐さんに似合ってるかな?ピンクと水色なんだけど…」

 

「両方似合ってると思うけど…やっぱり水色かな。土佐の着物も青基調でよく似合ってるし、土佐には青っぽい色が合うと思う」

 

「そっか!あの着物もお兄ちゃんの家にあるんだ!土佐さん、今度お兄ちゃんの家に行く機会あったら見せて貰えない?」

 

「別に構わん。見せて嫌になるものでもないからな」

 

「やった!お兄ちゃんの家に行く日作らないとな〜!」

 

ふんふーん、と鼻歌を歌う海美に微笑む土佐。

二人を会わせて上手くいくかどうかは正直予想しきれていなかったところがある。しかし、この土佐の表情から分かる。

 

今日の買い物に海美を呼んで正解だった。

 

(どうなるかと思ったけど、もう心配ないな。何なら土佐のやつ、俺と話してる時より楽しそうじゃないか?)

 

土佐もこちらの世界で少しでも友達を作った方がいいに決まっている。

海美は土佐のいい友人になってくれるはずだ───

 

「お兄ちゃん!土佐さんが呼んでるよー!….あと私、御手洗行ってくるね!」

 

「りょうかーい。土佐が俺を?…あーどうしたんだ土佐?」

 

「ふん、さっきから貴様が暇そうにしているものでな。海美殿の服選びに貴様程度では口を出せないだろう?」

 

「本当に海美様々だな…お前一人で服選びするよりよっぽど良かったんじゃないか?」

 

「…わ、私が服選びが全くできないような言い方をするな!…しかし、海美殿の力はもちろんあるな」

 

「なんだ、やけに素直だな?」

 

「私とて敬意を表したくなる時ぐらいある…って、そんなことを言うために貴様を呼んだのではない!貴様に選んで欲しい物が一つだけある」

 

「俺に?服選びに口出せないとか散々言っておいて急に何を選べって言うんだよ?」

 

「服選びではないからな、ここだ」

 

土佐が指さしたのは頭に被っている帽子だった。

今は季節に合わないニット帽を被っている土佐である。

 

「海美殿が帽子は貴様に選んでもらった方がいいと言ってきたのでな。仕方なく貴様に選ばせてやる」

 

やれやれと言った様子の土佐。

この狐、完全に海美の言うことを信頼しきってやがる…

 

俺に帽子選びのセンスがあるかだと?ある訳ないだろう!

おそらく、海美が「お兄ちゃんに最後ぐらい花を持たせてやろう!」などと考えたのだろう。…全く大きなお世話である。

 

「さあ、早く選べ!私を楽しませろ…!!」

 

(土佐の奴、ノリノリになって言っても聞きそうにないな…海美が戻ってくるまで待つか…)

 

そろそろ戻って来ないか、と振り向くと、海美が店の入口の影にさっと隠れたのが見えた。完全に目が合ったのだが…

 

どうやら、海美は意地でも俺に選ばせる気らしい。参った。

 

(土佐に似合う帽子、土佐に似合う…?あれ、これがいいんじゃないか?)

 

俺が手に取ったのは…青いリボンの付いたシンプルなデザインの麦わら帽子。

 

「俺はこれが一番お前に似合うと思う…。まあ気に入らないか、ハハ…」

 

やはり貴様の選択は所詮この程度か──そんな言葉が返ってくる…ことはなかった。土佐の顔は…ぽかーんとした今までにない顔だった。

 

「…土佐?」

 

「これで…いい。いや、これしかあるまいな」

 

「そ、そうか。…会計行ってくるぞ?」

 

こくりと頷く土佐。なんだ、あんな表情の土佐は初めてである。

とりあえず会計を済ませに、俺はレジへと向かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「今日はありがとうな、海美」

 

「ううん、私も楽しかった!お兄ちゃんの家、また遊びに行くね。土佐さんにも会いたいし!土佐さんも、またね!」

 

「今日は助かった。また機会があったらよろしく頼む、海美殿」

 

「もう、海美でいいよ!私、殿なんて付けられるほど偉くないから…対等な立場で話してくれると嬉しい、かも」

 

「…それは失礼した。世話になった、海美」

 

「うん!また買い物しよっ土佐さん!じゃ、私はこんな所で!またねっ!」

 

手を振りながら駆け出す海美を見送る。

本当に今日は助けられたな。

 

「さて、俺らも帰るか」

 

「カイト、一つだけいいか?さっき買った帽子なんだが、今被ってもいいか?」

 

「…?いいけど。ほらこれ」

 

麦わら帽子を土佐に渡す。

土佐はニット帽を脱ぐと、深々と麦わら帽子を被った。

 

「…似合うか?」

 

照れ気味に似合うかどうか聞いてくる土佐。

服の試着の時もこんな風に聞いこなかったのだが。

 

ただ、本当によく似合っていた。我ながらいいチョイスだったんじゃないか?

 

「…凄く似合ってる。気に入ってくれたなら良かった」

 

「…がとう」

 

今小声でありがとうって言ったか?…それを確認する前に、土佐は歩き出してしまう。

 

「ほら、帰るのだろう?夕飯の支度もある。急ぐぞ!」

 

「待て待て!そんな早足だとまた迷子になるぞ!駐車場のどこに停めたか覚えてもないくせにっ!」

 

「な、何故それを…」

 

「やっぱりどっか抜けてんだわ、土佐さんよ…」

 

土佐は土佐である。それは何も変わらない。

そして夜に、海美からのLINEが一通。

 

「お兄ちゃん、ぐっじょぶ!」

 

あの麦わら帽子は海美だったら選ばなかったかもしれない。それを見越してのあの行動なら、海美は大したものである。




麦わら帽子の土佐さん、見たくないですか?


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土佐さん、走りで魅せる

ある休日の朝。

 

食パンを頬張りながら、土佐が俺にやりたいことを言ってきた。

 

「体を動かしたい?」

 

「そうだ。いつまでものんびりとした生活をする訳にもいかない。いつ母港に戻るかわからないからな」

 

「流石に家の中で暴れられても困るんだが…」

 

「私をどこまで馬鹿だと思っているんだ貴様は…外に出るに決まっているだろう?」

 

「あーすみませんって…で、外でどうやって体動かすんだよ?」

 

「主砲で狙撃する訳にもいかぬだろうし、剣技の鍛錬をする訳にも…」

 

「物騒すぎるし頼むからやめてくれ…」

 

土佐の世界では砲弾をぶちかましたり剣をぶんぶん振ることが日常だったのかもしれないが、こちらでそんなことをされると警察のお世話になりかねない。

 

しかし、体を動かしたいという彼女の要望は叶えてやりたい。

彼女は心身共に武人であるし、のんびりし続けることにもそろそろ疲れてきたのかもしれない。

 

「ランニングとかどうだ?少し歩いたところに堤防がある。そこで毎朝ランニングしてる人も多いからな」

 

ランニングという言葉に土佐の耳がぴくりと動く。

どうやら乗り気らしい。

 

「ランニング…走り込み、とな。まあいいだろう。鈍った体を温めるのには丁度いいかもしれんな」

 

「いい機会だし俺も便乗しようかな。この前の健康診断でも運動してくださいねって言われてるし」

 

「ふん、勝手にしろ。ただし、私は貴様の鈍足な走りに合わせるつもりはないからな。精々私の後をのろのろと付いてくるといい」

 

ニヤニヤと俺を置いていく宣言をする土佐である。

全く、彼女は何でも勝負事にしたがる節があって困りものだ。

 

しかし、ここまで言われると俺も黙っていられない。

 

「言ってくれるな?じゃあ俺がお前を置いて先にゴールできたら、何でも言うことを聞いてもらうからな!」

 

「面白い、どちらが上か思い知らせてやる!私が勝ったら貴様にも相応の事をしてもらおうか!」

 

「望むところだ!」

 

こうして、俺と土佐の勝負になったわけだが…

ランニングをするだけなのに速さの勝負をするのはおかしい、というような話は禁句である。

 

しかし、この狐の体力はどれほどなのだろうか?

車酔いでダウンするような彼女だが、本来は戦うための存在だと豪語しているのだ。その真の実力を見ることができるかもしれない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…というわけで堤防に来たわけだが」

 

「私の準備運動はもう済んだぞ?貴様の方を待ってやっているのだ」

 

こちらを見ながら体を伸ばしている土佐。

今日の土佐はジャージ姿で、頭には俺が使っていなかったスポーツキャップを被っている。

垂れた耳が少しはみ出ているが、まあランニングをしていたら気にされることもないだろう。

 

俺の方もウォーミングアップは済んでいる。

ランニングコースは往復で3キロ程度。初日なのでまあこんなものでいいだろう。

 

「じゃあスタートするか!とりあえず自分のペースで、だな」

 

「その程度の心構えなら負ける気がせんな。じゃあ、先に行っているぞ」

 

そう言い残すと土佐はスタートから飛び出して行く。

序盤からかなりハイペースで、どうやら俺を置き去りにするつもりらしい。

 

不意をつかれてしまったが俺も土佐の後を追う。

俺もしばらくは運動はしてなかったとはいえ、全くの運動音痴という訳でもない。まずは土佐の後ろについて行くことにする。

 

数分走ると、土佐の背中が見えてきた。

序盤より少しペースダウンしているように見える(それにしても普通のランナーと比べるとかなり早いペースだが)。流石に最初のスピードを最後まで維持するのはキツいのか。そのあたりはリアリストな土佐である。

 

(あいつ、俺が後ろにいるの気づいてんのかな…?)

 

狐なのだから俺の足音には気づいていそうだが、俺との差を広げたりする気はないらしい。自分の走りに集中しているのだろうか。

 

そのまま土佐との距離の差はそのままで1キロ程度は走ったか…

俺の息も少しずつ上がり始める。土佐の方からは息切れの声も聞こえない。やはり戦艦の彼女のスタミナは無尽蔵なのか。

 

おっと、そんな中でそろそろ折り返し地点にやってきた。

目印となる建物は事前に土佐に教えてあるので、土佐が振り返って俺とすれ違うことになるだろう。

 

さて、どんな顔でこちらを見てくるのか。

不敵に笑って去っていくのか?それとも無表情なのか?

 

そんなことを考えているうちに土佐が目印の建物に到達。

ぐるっと回ってこちらの方へ向かって…

 

 

 

こない。

 

 

 

 

(おいおい、あいつ目印の所通り過ぎたぞ…まさか俺の体力切れを狙ってわざと!?)

 

いや、そんなことはないだろう。

負けず嫌いな彼女であるが、あくまでフェアな勝負で勝つことは非常に大切にしている。勝手にコースを変更するなどありえない話だ。

 

では考えられる可能性は…?

 

「土佐の奴、走るのに夢中で周り見えてねぇ!!」

 

まずい。このままでは彼女の方向音痴も相まって何処まで行くか分からない。

何とか追いついて彼女に一声かけなければ。

 

「うおおおお!土佐ァ!止まれェ!!」

 

自分でもどこから絞り出しているのかもわからない力で土佐を全力疾走で追う。あと20メートル…10メートル…5メートル…!

土佐の方はまだ気づかない。もう前しか見えていないらしい。

 

「一旦止まれ土佐!!もうとっくに折り返し地点過ぎてんだよ!!」

 

1メートルも無いところ…ようやく土佐が振り向いた。

 

「貴様、うるさいぞ!!こっちは走るのに集中して…」

 

ようやく土佐が足を止める。

彼女は息一つ切らせておらず、ストップをかけた俺にため息をつく。

 

「そんなに走れるならば最初からそのペースで私に並走すればいいんだ全く…で、何でわざわざ私にストップまでかけた?」

 

「マジで聞こえてなかったのかお前…とっくに折り返し地点は…あれ?やばい、急に止まったから目眩が…」

 

無理な力を出したために、体を止めた途端に筋肉が悲鳴を上げ始める。

まともにたっていられず、堤防の草むらに倒れ込んでしまった。

 

「所詮はこの程度か…今回の勝負は私の圧勝だな?」

 

「はあ…はあ…ルート無視はアンフェアじゃないか土佐…?」

 

「ルート無視とな?…しまった!折り返し地点…頭から抜けていたな…」

 

土佐は自分の手で自分の頭を軽く小突く。

俺から目をそらす土佐だが、全く息切れをしていないところを見ると真っ当に勝負しても俺が負けていただろう。

 

完敗だ。流石に戦艦はスタミナが違う。

 

「まあ、俺の負けでいいや。加賀型戦艦は伊達じゃない、か。勝負は勝負だし相応のことしなきゃダメだが…体が落ち着くまで待ってくれると助かる、暫く動けそうにないからな」

 

「…私が勝つことは目に見えていたが、熱が入ると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。…今はゆっくり休むがいい」

 

土佐からペットボトルに入った水を投げ渡される。

なんだ、いいところあるじゃないか。俺はペットボトルの水を頭からかけた後に一気飲みする。

 

「土佐がもし戦艦じゃなかったら、いいスポーツ選手になれるかもな」

 

「ふん、何事でも私は強者だからな。フネであろうがそれは変わらん」

 

やはり彼女はいろんな面で俺より強いのだろう。

抜けている彼女を見るのも面白いが、今日のような一面を見るとかっこよく見える。

 

太陽を背に立つ土佐は、まさしく「強者」であった。

 

 

 

 

相応のこと…の話を落ち着いてから持ち出すと、「今日は私にも非がある、水に流してやる」と言われたために不問になった。

 

何処までも正々堂々とした、勇ましい艦船である。

 



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土佐さん、顔に全部出てしまう

言い忘れてましたが、土佐さんが常設化しましたね。

お迎えできたら可愛がってやってください。
土佐さんはいいぞ…


「お兄ちゃーん!おはよー!」

 

「海美!?今日来るって言ってたか!?」

 

「言ってないけど来ちゃった!土佐さんに会いたくなっちゃって…」

 

突然の来客は妹・海美である。

そういえば前に買い物に付き合ってもらった時、お兄ちゃん家に行かなきゃ!なんて話をしていた気がする。

 

海美と土佐はたった数時間で意気投合していたし、全く凄いものである。

 

「土佐さんは今何してるの?」

 

「あー実はだな…」

 

ガラガラガラッ!バリーン!!

ガシャッ…ガシャッ…

 

「…何だか物凄い音がしたけど大丈夫?」

 

「多分大丈夫じゃない…だろうな…」

 

「貴様ッ!皿を割ったのは私が悪いが、こんな非常時に足元に躓くような物を置くな!!馬鹿っ!!…って、海美が来たのか!?はあ…なぜよりによって私が取り乱している時に…」

 

玄関まで飛び出してきた土佐。

朝から食器を割った土佐、どうやら躓いてさらに酷いことになったらしい。

 

「躓くようなものなんざ置いた覚えはないんだがな…それより怪我はないか?派手に転んだっぽいけど…」

 

「この程度で私が傷を負うものか!…しかし、海美の前でこんな失態とな、なんと恥ずべきことだ…」

 

海美と面向かって話せないと言った様子の土佐。

俺の前ではこんなことは無いんだが、同性の前だとこうなるのか土佐の奴。

 

「そんな、気にしないでよ土佐さん!怪我なくてほんと良かった!片付けは私も手伝うから、機嫌直して、ね?」

 

「ううっ…全く不甲斐ないにも程がある…」

 

海美の中での土佐のイメージがどのようなものだったか分からないが、今日の訪問ではっきりわかるだろう。

 

この狐がけっこう抜けているということを。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「躓いたというより滑ったな土佐?それも自分で使ってた雑巾で」

 

「…うるさいっ!そもそも貴様が普段やりもしないのに床掃除など提案するからだ!」

 

割れた食器を片付け終わり、俺・海美・土佐はテーブルでコーヒーを飲みながら一息ついていた。

 

「お兄ちゃん、土佐さんが慌ててる時に雑巾置きっぱなしは不味いよ!怪我するところだったじゃない!」

 

「海美もやはりそう思うだろう!?やはりカイト、貴様が…」

 

「でも、土佐さんも落ち着かなきゃダメだよ!こういう時こそ足元に気をつけないとダメ!」

 

「むぅ…」

 

「わかったわかった!今回の件はお互い悪かった!それでいいだろ?」

 

「ふん、いいだろう。今回は海美に免じて許してやる!」

 

「結局悪いの俺だけかよ!?…すまん海美、来てくれて早々やかましくて。土佐とはいつもこんな感じでだな」

 

俺と土佐のやり取りを見ていた海美は、くすくすと笑っていた。

俺も土佐も予想していなかった反応だったため、お互い顔を見合わせることになった。

 

「何だか新鮮だなって。お兄ちゃんと私は喧嘩なんて全然しないでしょ?熱くなるお兄ちゃん見ることもあんまりなかったし。土佐さん、お兄ちゃんの隠れた面を引き出してる」

 

「それは褒め言葉とな…?」

 

「何と言うか…二人はお似合いかもねってことだよ、ふふ!」

 

楽しそうに微笑む海美である。

何だか顔が熱くなってきた。ちらりと土佐の方を見ると土佐の顔も真っ赤になっている。お互い様である。

 

「…そんなところでいいだろ、海美?せっかく来てくれたんだし何かほら…やることとかないか?」

 

「そ…そうだな。海美が遊びに来たのだ。何か遊戯をやるのは…む、そこにトランプがあるな?どうだ、それで何かやるというのは」

 

どうやら俺と同じく土佐も話題を変えたいらしい。

たまたま置いてあったトランプに目をつけるとはたまには機転が効くらしい。

 

「トランプ?いいかもっ!もう何年も触ったことないし、やりたいやりたい!」

 

海美も乗り気で、ほっとする。おそらく土佐も同様にほっとしているだろう。

とにかく話題を変えることができて良かった。

 

「トランプ…と言っても色々できるぞ。ババ抜き、スピード、ポーカー、大富豪…というか土佐、トランプのルールはわかるんだな」

 

「重桜発祥のものでは無いが、他陣営の奴らがやっているのを見たことがするるからな。私も少しやったことがある。今の4つは全て理解はしている」

 

「えー!土佐さん、他の艦船とトランプやったりしたんだ!誰々?気になる!」

 

「ロイヤルの者とユニオンの者と鉄血の…正直艦船の名前まで覚えていないな」

 

「そっか〜、色んな陣営の人と交流あったんだね土佐さん!」

 

「あまり交友関係が広い方ではなかったがな…さて、まずはババ抜きでいいだろう」

 

「ババ抜きか、了解!じゃあ配るぞ」

 

トランプをよくシャッフルし、均等にカードを配っていく。

また、数字が同じカードを全て捨てるところまで進めてもらうことにした。

 

海美は次々とカードを捨てていき、残り枚数は3枚。

俺も残り4枚、まあまあといったところか。

 

土佐の方は…顔がひきつっている。どうやら全然捨てられないらしい。

 

「貴様…分配の時に仕込んだりしていないだろうな?」

 

「してねーよっ!まあ、そのうち減っていくって。じゃあ、時計回りでいくか…」

 

こうして、ババ抜き対決がスタートした。

ジョーカーは誰が持っているのだろう?やはり枚数の多い土佐だろうか?

 

なんだかんだで全員手持ちのカードが減っていき、とうとう上がりも現れる。

 

「やったあ!一番乗り!」

 

1抜けは海美。何となくそんな気はしていたが。

これで俺と土佐の一騎打ちになったわけだ。

 

そしてとうとう、残り枚数は俺が1枚、土佐が2枚になった。

やはり土佐がジョーカーを持っていたわけだが…

 

(これジョーカーが土佐から1回も抜かれてないんじゃないか?海美は上がってるし、俺の手元にジョーカーは回ってきてないし…)

 

1度もジョーカーを抜いて貰えないとは少し可哀想である。

だからといって、ここで土佐のジョーカーを抜くつもりはない。

 

「ふん、危ぶまれる戦いこそ面白い。2分の1だ、せいぜいよく考えて引くがいい」

 

手札を俺に突き出してくる土佐。

土佐の表情を見ながら慎重に選ぶとしよう。

 

「右か…?」

 

土佐の顔を少し見る。ニヤニヤ…してるけどこんなにわかりやすいのは流石にブラフでは?

 

「いや、やっぱり左か…」

 

土佐、急に無表情になる。

くそっ、表情の変化が露骨すぎて逆にわからん…

 

「いや、左っ!これだっ!」

 

抜いたカードはスペードの5。

俺の勝ちだ!よしっ!土佐の方は…テーブルに顔を伏せて倒れているのを海美に慰められていた。なんだこの図は…

 

「うう…やはり私は表情で相手を騙すことができん…」

 

「あはは…土佐さん、めちゃくちゃ分かりやすかったもん。トランプ向いてないかもね…」

 

倒れ伏した土佐の頭を肩を擦りながら苦笑いする海美。

時計回りの順番で土佐からカードを抜いていたのは海美だった。

なるほど、それでジョーカーが動かないわけである。

 

この狐、分かりやすすぎる。

 

「土佐さんって何でもそつなくこなす天才肌なのかって思ってたけど、ちょっと抜け…じゃない!人間味のあるところもあるんだね。あ、でも私はそういう所も含めて土佐さんのこと好きだからね!」

 

「海美、私のことを抜けているといいかけたな!?しかし…はあ…」

 

土佐も大きくため息をつく。流石に土佐も自覚してきたらしい。

 

「別にいいじゃない!ほら、もう1回やろうよ!さっきは最初の手札も多かったし、ジョーカーが土佐さんの手元にあったし!」

 

「くっ…次は負けん!」

 

「そうそう、その意気だ土佐!じゃあもう1回配るか…」

 

しかし、何度やっても土佐が先に抜けることはなかった。

表情については気をつけているつもりらしいが、こちらからはバレバレであった。

 

加賀型戦艦・土佐。本当に素直すぎる戦艦である。

 



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土佐さん、故郷が恋しい

「貴様、もし暇を持て余しているなら将棋でもどうだ?」

 

「将棋?これまた急だな…将棋なんてやるんだな土佐」

 

「姉上の相手を散々させられていたからな。とはいえ、頭を使って戦場を支配するあの手の遊戯は嫌いではなくてな。久しくやっていないと恋しくなるものだ」

 

ソファーにどかっと座って腕を組む土佐。

以前にトランプで酷い目(?)にあって以来はあまりゲームの類の話をしないようにしていたのだが、土佐の方から持ちかけてくるとは意外だった。

 

この狐、意地を張って普段はあまり言わないがこの手の遊びが結構好きなのだろう。

 

しかし、だ。

 

「将棋なんて俺の身内だと誰もやらないからなぁ…幸い俺はルールだけは分かるけど、将棋盤なんて家に置いてないぞ」

 

将棋をしよう、などという知り合いなどいなかったので、将棋をするセット一式など当然家に置いていない。知り合いにルールを教えてまでやろうとも思わなかったし。

 

「そうか…それなら仕方あるまいな」

 

土佐は仕方ないといいつつも、その目はどこか悲しげな表情であった。

…そういえば以前、姉や仲間と将棋をしていた話を聞いたことがあったことを思い出す。

 

こちらに来て数ヶ月経つが、彼女も故郷が恋しくなってくる頃なのかもしれない。それに、向こうの世界に戻る手がかりのようなものが突然降ってくるようなこともなかった。

 

「暫く会っていない母港のお姉さんや仲間が恋しくなってきたのか…?」

 

口に出してからしまった、と思った。

自分の弱さを見せる事が嫌いな土佐が、このような質問に大して気分を害してしまうかもしれないからだ。

 

そんな訳があるか、斬られたいか…そんな罵声が飛んでくるかもしれないと思ったが、帰ってきたのは苦笑いだった。

 

「ふふ…貴様にまでそう言われるならばそうなのかもしれんな。恋しくない、と言えば嘘になる。母港を離れて数ヶ月。戦線はどうなっているのか、仲間たちは無事なのか…彼女たちの実力は私が1番知っている。きっと何も起きていないとは思うが、長期間離れると多少心配にもなるさ」

 

自嘲するように母港への思いを語った戦艦。

普段俺の前では気高く振舞っている彼女も、やはり辛いのだ。

 

「…あっちでも仲間がお前を心配してると思うし、お前を探す努力をしているはずだ。きっと、何かしらのアプローチがあるはずだよ

 

「…そうだな。今こそ、仲間を信頼するしかあるまいな。すまない、しんみりとした話になってしまった」

 

顔をこちらから背け、俯く土佐。

いいじゃないか、たまに弱音を吐くぐらい。

 

「いつもお前は無理しすぎなんだって。たまには楽にしてもいいんだぞ?ここは戦場じゃないんだし」

 

「ふん、貴様が何もできぬから、私が無理をしているのだ」

 

「…そりゃどーも。憎まれ口を言えるぐらいなら大丈夫だな」

 

お互いに軽く笑って、この話は終わった。

 

土佐のこの世界への来訪は、正直言って俺にどうすることもできない。

やれることは、土佐のメンタル面のサポートぐらい。

向こうに帰るまでの面倒を見ることを決めたのだから、それだけでも全力でやりたい。

 

「…りがとう」

 

「…?今何か言ったか土佐?」

 

「…なっ!何も言ってなどいない!!」

 

「そうか、今日は早く寝ろよ。残りの家事は全部やっとくからさ」

 

「…すまん、貴様に残りは任せよう」

 

「おやすみ、土佐」

 

「ああ…また明日だ。カイト」

 

そうして土佐は自分の寝室へと入っていった。

土佐のやつ、今日ぐらいはぐっすりと寝て欲しいな。

 

(さて、片付けの方を…)

 

 

 

ピンポーン!

 

 

 

玄関のチャイムが鳴り響く。

誰だこんな時間に?もう夜の10時なんだが…

この時間の訪問者には流石に俺も用心する。

ドアを開けたらいきなり家に押し入ってくる強盗とか…だったら困るからだ。

 

静かに玄関へと向かい、小さな覗き窓から外の様子を確認する。

人気はある…怪奇現象の類じゃなさそうだ。

 

会話も聞こえてくる。…2人いるのか?

 

「明石、本当にここで間違いないのだろうな?」

 

「大丈夫にゃ!明石の作り上げたこの異次元ジャンプマシーンに死角はないにゃ!」

 

(語尾に「にゃ」とか付けてるぞ…やっばり不審者か?出ない方がいいのでは…)

 

「土佐、いるなら返事をしろ!時間がかかってすまなかったが、お前を連れ帰る!」

 

こいつら、土佐を知っている!?

連れ帰るってまさか…()()()から?

 

ドキドキしながら、俺はドアを開ける。

ドアの前には白髪で長身の女性と、緑髪で小柄な女の子?が立っていた。

 

そして2人とも()()()()を持っていた。そう、獣耳である。

間違いない、土佐の仲間だろう。

 

「なんだ貴様は!?土佐はどこにいる!?」

 

白髪の方が俺を睨む。

なんだ貴様は…土佐と会った時と全く同じことを言われるとは。

 

「待った待った!土佐の仲間…なんだろう?とりあえず外だとアンタ達は目立つから中に入ってくれないか?土佐も中にいるからさ…」

 

獣耳少女が夜に外に立っているといやでも目立つ。

白髪の方はまだ警戒しているようだか、小さい方はとことこと部屋の中に入ってくる。

 

「土佐は無事なのかにゃ?もしかして貴方が土佐の世話をしてくれていたのかにゃ?」

 

小さい方がどうやら俺と土佐の関係を察してくれたらしい。

それなら、話が早くて助かる。

 

「まあそんなところ。…土佐はここに急に飛ばされて来てだな。数ヶ月経って、そろそろホームシックになっていたところだった。アンタたちは最高のタイミングで来てくれたよ。土佐なんだけど…疲れてたから先に寝たんだ。そこのドアの先で寝てる。もうぐっすりかもしれないし、無理に起こさないようにしてくれよ」

 

土佐、迎えが来たぞ…

小声で呟きつつ、静かにドアを開ける。

電気は消えており、静かだ。

ベッドには、すやすやと寝息を立てて寝ている土佐の姿があった。

 

土佐の寝顔を見るのは、実は初めてだったりする。

何はともあれ、ぐっすり眠れているようで良かった。

 

「…土佐がこんな顔で寝ている所は初めて見たな。これもお前が土佐の面倒を見ていてくれたお陰…か」

 

白髪の方が安心した眼差しで眠っている土佐を見つめる。

口調といい、土佐への心配といい…どことなく土佐の話に出てきた「ある人物」ではないのか、と思い始める。

 

「間違ってたら悪いけど、あんたが土佐のお姉さん…加賀か?」

 

「…!よく分かったな。私が加賀型一番艦の加賀だ」

 

やはり。姉妹だけあって雰囲気も似てるなぁと感じる。

土佐はグレーの狐だが、姉である加賀は真っ白な狐だった。

 

「で、そっちの小さい子は?」

 

「小さい子って言うんじゃないにゃ!工作艦の明石にゃ!!」

 

工作艦…聞き慣れない名前である。

名前の通り何かを作ることが得意なのだろうか。

 

…よく見たら彼女の袖からはスパナなどの工具がたくさん顔を出している。体どうなってんだこの子?

 

「加賀と明石…だな。土佐を迎えに来てくれてありがとう…だが土佐が起きるまで待っててくれないか?こんなにぐっすりの眠っているのを起こすのは少し…その間に、アンタたちのことを聞かせて欲しい。俺は端島 海斗、海斗でいい。」

 

「カイト、か。さっきは敵対した目を向けて済まなかった。土佐の寝顔を見ればわかる。お前が私の妹を大切にしてくれていたことをな」

 

加賀が申し訳なさそうに呟く。

筋は通す、か。とても真面目で、できた姉である。

 

「加賀も落ち着いたかにゃ?なら、カイト!土佐や明石達がどうやってここに来たか、それを聞いて欲しいにゃ」

 

明石は垂れた袖を振り上げて今回の事情を説明し始めた。




結局、一部の土佐さん以外の艦船も。

小説の方向性はブレません。
土佐さんとほのぼのするだけです。


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土佐さん、母港へ帰る①

お久しぶりです。
中の人が就活中だったのですが、ようやく落ち着きました。
また、なにか思いついたら文字起こししていきますので、どうぞ宜しくお願いします。


「土佐がこっちに飛ばされた理由は、正直なところまだよくわかっていないにゃ…セイレーンの未知の技術が原因だとは思うけどにゃ」

 

土佐はどうやら単騎での戦闘を行っており、凄まじい轟音を聞きつけた仲間が集まった時には、土佐の姿はすでになかったという。

 

「私の妹は…そんなにヤワではないことは私が1番よく知っている。弱き者は淘汰される運命、しかし土佐は違う。やられたのではないか…という噂まで立っていたが、私は信じていた。どこかで必ず生きていると。そして、私たちに再び会おうとしていると」

 

加賀は真剣な眼差しで妹への信頼を語る。

姿が見えなくなっても生存を信じ続ける…この姉妹の絆はそうとう深いものだとわかる。

 

「対セイレーンについてはみんなの奮戦もあって今は落ち着いているにゃ。そこで、土佐の行方がわからなくなった地点にもう一度調査に言ったんだにゃ。そこで、武装の破片が見つかったんだにゃ!その破片を解析したら…土佐は生存はしてるけどこの世界にはいないってデータが出たんだにゃ!」

 

「破片1つからそこまで分かるのか…重桜、だっけ?それはもう凄い技術を持ってるんだな…」

 

「明石の技術の賜物にゃ!もっと褒めてもいいにゃ!!」

 

胸を張る明石。工作艦…って言ってたし見た目に反してメカニック担当の天才肌…なのだろう。多分。

 

「しかし、別世界となるとそこからの解析に時間がかかった。こちらの世界に別世界からやってきた連中の事例もあったが、こちらから別世界に赴いたことはなかったからな…数ヶ月も足踏みをしてしまったというわけだ」

 

加賀がバツが悪そうにこちらを見る。

時間がかかりすぎてしまった…とばかりである。

 

「いや、数ヶ月で別世界にたどり着く手段見つけただけでも相当なことだぞ!?」

 

こういうのは数年で成功すればめちゃくちゃスゲー!ってなるようなイメージなんだけど…

 

「…というわけだ。妹が世話になったな」

 

加賀が改めて俺に頭を下げる。

真っ白な狐耳も、ぺたりと倒れていた。

 

「顔を上げてくれ!そんな頭を下げられるようなことはしてないし…なんなら俺の方が土佐に助けられてた数ヶ月だったというか…」

 

仕事から帰ってきて誰かが待っていてくれる。

休日は常に遊びに行く相手がいる。

俺の何も変化のない生活に彩りを与えてくれる。

 

それが、俺にとっての加賀型戦艦二番艦・土佐だった。

支えられていたのは俺の方だったろうに。加賀に頭を下げられるようなことは俺はしていないのだ。

 

「全く、騒がしいな。まだ朝になっていないだろうに…」

 

突然寝室のドアが開かれ、グレーの狐が姿を現す。

土佐は寝起きのため髪も尻尾ボサボサである。

 

「…悪い、土佐。起こしちゃったか。でも喜べ、お前の仲間が…」

 

「土佐!!」

 

「あ…姉上!?」

 

加賀は一目散に土佐の元へ駆け寄る。

そして…最愛の妹を抱きしめた。

 

「良かった、私は信じていた…お前がセイレーンなどに負けるはずないと…!」

 

「あ、姉上!離して!!恥ずかし…」

 

寝起きでの突然のサプライズに土佐は動転しているらしい。

だが、数分すると赤らめた顔にも笑顔が浮かぶ。

 

「心配をかけてすまなかった、姉上…」

 

「本当に再会できてめでたしめでたし、にゃ!」

 

明石も2人の抱擁をニコニコしながら眺めている。

俺も2人の再会を喜びたい。土佐はやっと故郷に帰れるのだ…良かったじゃないか。

 

(これが…ベストだもんな…)

 

本当に良かった。しかし素直には喜べない…この複雑な感情をどうにかする術を、俺は持っていなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「そうか…対セイレーンは上手くいっているんだな。それで私を…」

 

着替えて髪も尻尾も整えた土佐は、加賀たちから改めてここまでの状況を聞かされていた。俺と違って、彼女はすんなりと状況を理解したらしい。

 

「そうだ。母港が…重桜がお前を待っている。帰ったら天城さんにも顔を見せてやらないとな」

 

「天城さんも変わりないのか?」

 

「もちろんだ。最近は体調がいいみたいで…」

 

狐の姉妹は久々の会話に花を咲かせている。

邪魔をするのは申し訳ない。俺は家の中を探検という名目で動き回っていた明石に声をかけた。

 

「なあ明石。お前らはその…重桜ってところに帰るんだよな。もう会えないのか?」

 

「土佐に会えなくなるのが寂しいのかにゃ?」

 

無垢な顔で、ストレートに言われてしまった。

…俺は言い返すこともできず、俯いて黙ってしまった。

 

「正直、なんとも言えないにゃ。今日ここに来れたのも上手く研究が進めれたからにゃ。マシンにも今は帰るためのエネルギーしか残ってないにゃ」

 

明るい明石も少し気まずそうに話す。

 

「で、でも!土佐と過ごした思い出とかは消えないにゃ!それは土佐も同じ、カイトと過ごした日々は大事なものになってるはずにゃ!!」

 

「…土佐が俺との日々を?」

 

「嘘じゃないにゃ!土佐、母港にいた時と変わったにゃ!どこか柔らかくなったというか…土佐は怖いイメージがあったけど、今はそんなことはないにゃ!カイトと生活して少し変わったんじゃないかにゃ?」

 

土佐は、母港にいた時から変わっていたのか。

…ここにきて良かったと、土佐が1つでも思ってくれていたら俺はそれで嬉しい。

 

「すまない、話し込んでしまった…そろそろ失礼するとしよう」

 

加賀が俺と明石の方へとやってくる。加賀の後ろには土佐が立っている。…こちらも少し気まずそうである。

 

「どうやって帰るんだ?なんかワープゾーン的な…」

 

「わーぷぞーん…はよく分からないけど、これを使うにゃ!」

 

明石が懐から取り出したのは、透き通った立方体。

 

「このキューブに、重桜の座標が登録されてるにゃ!」

 

すると、キューブと呼ばれた立方体が光出して加賀、明石、そして土佐を包み込む。

 

「…明石、少し時間はあるか?」

 

「あんまり時間はないけど、少しにゃら!!」

 

土佐が、光の中から俺の方へとやってくる。

 

「…世話になったな、カイト」

 

「こちらこそ世話になったよ、土佐」

 

「なんというか…こういう時に何を話せばいいのか分からないな」

 

「奇遇だな、実は俺もなんだよ」

 

俺と土佐は向かい合ったまま、何も言えずにいた。

この時間が、無限に続きそうな感覚…

 

「土佐!もう時間が無いにゃ!戻ってくるにゃ!!」

 

明石が土佐を呼ぶ。その声でお互いが我に返る。

 

「カイト!!」

 

「な、なんだ?」

 

「時間が無い、一言だけだ!“ありがとう“!!」

 

「…!俺も一言だ!“ありがとう“!!」

 

土佐は…俺に微笑むと、光の中へと駆けていく。

 

俺も笑顔で土佐を見送る。拳を前に突き出して。

 

 

 

 

そうして『重桜の艦船たち』は…光とともに消えていった。

 




再開後開幕シリアスめでしたね。
②は土佐さん視点の予定です。


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土佐さん、母港へ帰る②

お待たせしました。今回は土佐さん視点です。


「弱さ」を他人に見せたのは、初めてだった。

 

母港では戦いに明け暮れ、重桜を代表する艦船の妹として気高く振る舞い続けていた。弱者であることは恥ずかしいことだと考えていたし、自分はそうであるまいと確信していたのだ。

 

しかし、母港から離れてみて分かった。

 

「私にも、弱さがあるのではないか」と。

 

『暫く会っていない母港のお姉さんや仲間が恋しくなってきたのか…?』

 

弱さなど持ち合わせていないと確信していたあの頃の自分なら、一笑して済んでいただろうが、そんなことはできなかった。

 

「ふふ…貴様にまでそう言われるならばそうなのかもしれんな。恋しくない、と言えば嘘になる。母港を離れて数ヶ月。戦線はどうなっているのか、仲間たちは無事なのか…彼女たちの実力は私が1番知っている。きっと何も起きていないとは思うが、長期間離れると多少心配にもなるさ」

 

戦うための存在であった私にとって、共に戦う仲間が身近にいないことにはやはり慣れないのだった。

この世界に来てからは砲撃の音は聞いていないし、海すら見ていない。

 

もし、ずっとこのままであれば私の存在意義は何になるというのか。

 

「戦うため存在」である私が、戦うことを縛られるなど。

 

「いつもお前は無理しすぎなんだって。たまには楽にしてもいいんだぞ?ここは戦場じゃないんだし」

 

(ここが戦場ではないのに、なぜ無理をしている…とな?)

 

心配そうにこちらを見つめるカイトの発言には、そのような意図を感じ取ることができた。

彼が私のことを気にかけてくれていることは、もはや「この世界で生きる私」の数少ない支えと言えるかもしれない。

 

彼と過ごしている時間は決して嫌ではない。

ただ、自分の存在意義と矛盾したことを続けている私が、まだこの世界に適応しきれていない部分があるのではないだろうか。

 

(しかし、奴となら少しずつでも前に進めるかもしれない。戦場ではできない体験も、母港へ帰還した時に役立つはずだ)

 

まだ完全にすっきりした訳では無いが、少し気持ちが楽になったように感じる。

 

「ふん、貴様が何もできぬから、私が無理をしているのだ」

 

「…そりゃどーも。憎まれ口を言えるぐらいなら大丈夫だな」

 

私もカイトも軽く笑って、この話は終わった。

今日の一件で、仕事で忙しくしながらでも、彼は彼なりに私のことを心配してくれていることが改めてわかった。

 

カイトは、私を助けようと努力してくれている。

 

「…ありがとう」

 

無意識に言葉が零れたが、恥ずかしさから慌てて口を抑える。

 

「…?今何か言ったか土佐?」

 

「…なっ!何も言ってなどいない!!」

 

幸い、聞こえていなかったらしい。

素直になれない自分に心の中で苦笑いした。

 

「そうか、今日は早く寝ろよ。残りの家事は全部やっとくからさ」

 

「…すまん、貴様に残りは任せよう」

 

「おやすみ、土佐」

 

「ああ…また明日だ。カイト」

 

色々考えたせいか、カイトに背を向けた途端に疲れがどっと出てきた。

彼には悟られないように寝室へ向かう。

 

(決してここの生活は嫌ではない。今は私にできることをやるだけ、だな)

 

私はいつか帰る場所である母港、また母港の仲間たちに思いを馳せながら布団を被った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(…?やけに騒がしいな…?カイトはまだ寝ていないのか?)

 

リビングから何やら話し声が聞こえ、目が覚めてしまった。

深夜だと言うのに、来客だろうか。

 

「全く、騒がしいな。まだ朝になっていないだろうに…」

 

リビングのドアを開け、様子を見に行く。

まだ眠気が抜けていないし、髪も尻尾も整っていなかったが、こんな時間に来る来客の方が気がかりである。

 

「…悪い、土佐。起こしちゃったか。でも喜べ、お前の仲間が…」

 

「土佐!!」

 

声をかけて胸へと飛び込んできたのは…この世界にいるはずのない姉であった。

 

「あ…姉上!?」

 

「良かった、私は信じていた…お前がセイレーンなどに負けるはずないと…!」

 

「あ、姉上!離して!!恥ずかし…」

 

何が何だかわからないまま姉に抱きつかれ、顔が赤くなる。

私の尊敬する姉上・加賀は…常に冷静沈着な艦船である。それがこんなにも感情を露わにしているところなど、生を受けてから初めてであった。

 

しばらくすると姉上も落ち着いたのか、抱きしめた腕が緩んでいく。

私もそれで冷静さを取り戻すも共に、姉との再会に目が潤んで来る。

 

「心配をかけてすまなかった、姉上…」

 

「本当に再会できてめでたしめでたし、にゃ!」

 

奥にははしゃぐ明石もいた。

おそらく、彼女の技術でここをつきとめてやってきたといったところだろうか。彼女の顔も久々に見れて嬉しい。

その隣には、笑顔で抱擁を見ていたカイトの姿があった。

しかしその笑顔は満面のものではなく、寂しさも混じった笑顔であることを私は見逃さなかった。

 

「姉上…再会早々すまないが、身嗜みを整えてきてもいいだろうか?姉上と話すのにこんなにもだらしない格好のままでは…」

 

「…!すまない、私も気持ちがはやってしまった。突然で驚いているだろうし、身嗜みを整えつつ心も落ち着かせるといい」

 

「ああ…少し待たせる」

 

加賀に許可を取って寝室に戻り、着替えを済ませて髪・尻尾を整える。

 

(カイトとあんな話をした途端、姉上たちに会えるとは、な)

 

もちろん嬉しい。

明石のことだから、母港へ帰還する用意までしてここまでやってきたはずである。久しぶりに、母港の仲間と会えるだろう。

 

御狐様や天城さんをはじめ、多くの仲間たちとまた海に出れる。

私はまた、戦える。

 

「戦うための存在」である私の血が騒いだ。

 

身支度を済ませ、リビングに戻る。

 

リビングに戻ると、姉上が私がなぜここに飛ばされたかについてや、対セイレーンの近況、母港の様子などを教えてくれた。

 

戦線は現在は安定しており、母港も変わりないようだ。

「あちらの世界」の話を聞くのは久しぶりだったので、懐かしさで心も踊った。しかし、楽しそうに話す姉上越しに見えるカイトの顔がどうしても気になってしまった。

 

カイトは明石と何かを話しており、話が終わると更に表情は曇っていた。

直接聞こえてはいないが、何となく察しはつく。

 

私と、二度と会えなくなってしまうのではないかということだろう。

 

彼は、私と何の関係もないにも関わらず私に居場所を提供してくれた。

何もこの世界について知らない私を助けてくれた。

私の弱さも受け入れてくれた。

彼と生活していたからこそ、この世界でも頑張っていこうと思えた。

 

先程は伝えられなかったが、今度はちゃんと伝えたい。

 

「すまない、話し込んでしまった…そろそろ失礼するとしよう」

 

姉上が帰るぞ、という合図をする。

 

「このキューブに、重桜の座標が登録されてるにゃ!」

 

明石が掲げたキューブが発光し、私たちを包み込んでいく。

 

別れは一瞬…カイトにはまだ何も言えていなかった。

 

 

 

絞りだせ。

 

絞りだせ。

 

伝えなければ。

 

 

 

 

「…明石、少し時間はあるか?」

 

「あんまり時間はないけど、少しにゃら!!」

 

私は、光の外にいるカイトの方へ足を踏み出すを

 

「…世話になったな、カイト」

 

「こちらこそ世話になったよ、土佐」

 

「なんというか…こういう時に何を話せばいいのか分からないな」

 

「奇遇だな、実は俺もなんだよ」

 

何を話せばいいのか分からない、とな?

土佐よ、一つしかないだろう。

 

向き合って沈黙して数秒…この時は永遠にも思えた。

 

「土佐!もう時間が無いにゃ!戻ってくるにゃ!!」

 

明石が私を呼ぶ。その声で我に返った。

 

「カイト!!」

 

「な、なんだ?」

 

「時間が無い、一言だけだ!“ありがとう“!!」

 

「…!俺も一言だ!“ありがとう“!!」

 

伝えられた。

一言しか伝えられなかったが、これが全てだ。

 

ここに来た意味はあった。

「戦うための存在」だけの私でなくても、受け入れてくれる人に出会えたから。

 

それだけで、十分だ。

 

拳を突き出す恩人(カイト)に見送られながら、私は「この世界」を後にした。

 




最終回…みたいだけど全くそんなことは無いので大丈夫です。

このような展開にしたのにも理由はあるので、次回以降のあとがきで触れたいなと思います。


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土佐さん、取り乱す

ピピッ!ピピッ!

 

朝7時、目覚まし時計の音が鳴る。

今日からまた平日、憂鬱だが仕事に行かなければならない。

 

重たい身体を起こし、リビングへと向かう。

 

「…なんだ、流石に起きるのが早いな」

 

リビングには既に食事が並べられていた。

俺は一人暮らし…だったが、最近は心強い同居人が食事を作ってくれたり、家事を手伝ったりしてくれているのだ。

 

「仕事の前日にあれだけ飲酒してよくけろっと起きれる…酔った貴様の世話には手を焼くんだぞ?」

 

声の主は、キッチンで片付けをしていた。

今時は見かけないであろう着物を羽織り、淡々と洗い物をするグレーの髪をした女性(いや、狐か)は大きくため息をつく。

 

「もう貴様は私ありきの生活しかできない体とな?一人暮らししていた時の覇気どこに行ったのだ」

 

「いや、元々覇気なんてなかったぞ!?」

 

加賀型戦艦二番艦・土佐。

重桜という別世界から紆余曲折を経てここにたどり着いたこの狐が、再びやってきた…いや、正確には「戻ってきてくれた」だろうか。

 

数日前に彼女は故郷へ帰還し、それが永遠の別れになるだろうと俺は確信していた。しかし、彼女は割とすぐにここへ戻ってきたのだ。

 

土佐曰く重桜に戻ってから色々とあり、なんとこちらと向こうの世界を往復する許可が出たらしい(明石とかいう子がエネルギーは1回分とか言っていたのはなんだったのか…)。

 

誰もいないであろう自宅に仕事から帰ってくると、土佐が食事を並べて待っていたから俺も腰が抜けてしまった。

 

また、お互いに別れの際の(今考えたらかなり恥ずかしい)やり取りが糸を引いており、なんとも気恥しい空気がここ数日間流れていたのであった。

 

それも、ようやく落ち着いてきたところである。

 

「それで…まだ話してくれないのか?故郷であった諸々の詳しい部分は」

 

朝食を頬張りながら土佐に尋ねる。

実は、まだ彼女の故郷でどのような紆余曲折があって今に至ったのかを詳しく聞き出せていなかった、

 

「…上の命令だ、それ以上それ以下でもない」

 

「またそれかよ!?…物好きな上司なもんだよ全く…」

 

聞き出せない理由は、土佐が「上の命令」の一点張りで何も話してくれないことが原因であった。

向こうではおそらく「戦い」が行われているはずなのに、未知の世界での生活を許す上司とは全く物好きなで上司である…

 

「それについては私が回答しよう」

 

突然響く第三者の声に俺も土佐も驚いてしまった。

 

玄関の方からリビングへ入ってきたのは白い狐の女性。

 

「加賀…だったよな?」

 

「そうだ。覚えていてもらって良かった」

 

「姉上!?どうしてこっちに…」

 

「お前が家事をするところなど見たこともなかったのでな…今日は暇もあったので明石の奴に頼んで様子を見に来たんだ。しかし、まだカイトに事情を話していなかったとはな…らしくないぞ土佐?」

 

加賀は土佐の方を見て微笑む。

そんな姉の笑顔を見て土佐は慌てふためいていた。

 

「こ…こいつが私が戻ってきた途端に酒を飲み出したから悪いんだ!姉上はこいつの酒癖の悪さを知らないから…そのままタイミングを見失って数日間ずるずると…」

 

(まあ実際、それはあるんだよな…嬉しさで結構飲んじゃったし…)

 

酒は好きだが、あまり強い訳では無い。

正直、これに関しては土佐にも迷惑をかけている自覚はある。

 

「なんだ、カイトも酒が好きなのか…またの機会私とも一杯やらないか?重桜の話をたくさん聞かせてやる」

 

「あ、ああ頼む…話がズレたけど…結局、お前たちの故郷で何があったんだ?土佐どうして戻ってきたのか…」

 

「単刀直入に言うと、土佐がカイトに恩を返しきれていない、と言い出したからで…」

 

「あ、姉上えええ!!!」

 

土佐が顔を真っ赤にして叫ぶ。

こんな表情で取り乱す土佐は初めて見た。天然を披露して顔を赤くするのは何度も見てきたが、堅物の彼女がここまで叫ぶのは珍しい。

 

「対セイレーンも現状は落ち着いていてな。ちょうど明石の奴が往復できるキューブが完成した!と走ってきたものだから、長門も定期的に戻ってくるなら、と許可を出したのだ。もちろん戦線が激しくなってきたらこちらに戻ってきてもらうが…しかし驚いたぞ?あの堅物だった土佐があんな感情的に…な?」

 

「もういいだろう姉上!!たとえ姉上だろうとそれ以上は…!!」

 

気付けば土佐は加賀にすごい勢いで詰め寄っていた。

加賀も流石にこれ以上はまずいと思ったらしい。

 

「まあ、そういうことだ。これ以上言うと妹が爆発しかねない」

 

(もう爆発事後じゃないか…?)

 

加賀も土佐に負けず劣らず天然なところがあるのかもしれない。

このようなところはやはり姉妹である。

 

「…貴様はさっさと仕事に行け!!間に合わなくなるだろう!?」

 

「あーもうこんな時間か…行くって行くって。じゃあ行ってきま…加賀、忙しいところありがとう、土佐の姉貴なんだ、いつでも遊びに来てくれ」

 

「そうさせてもらう!私もこっちの世界に少し興味が湧いてきたのでな」

 

「じゃあ、またの機会に!行ってくるぞ土佐…」

 

笑顔で手を振る加賀の後ろでは、刀を抜きそうなぐらいの剣幕立っている土佐。

加賀の奴、気づいた上でスルーしてるのかそれとも全く気づいていないのか…(なんとなく後者な気がするが…)

 

とにかく、楽しい日常が戻ってきた。

家に帰れば、楽しみがある。それだけで十分である。

 

さて、仕事頑張るか…

朝の1件で色々土佐を弄ってやりたいので、どうやって弄ろうかなどと考えながら、俺は仕事へ向かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「カイトは仕事へ行ったか…なるほど、お前はいつも彼のために朝食を作っているわけだな…」

 

「姉上!!なんの脈絡もなくやってきて私に恥をかかせないでくれ!!」

 

朝から酷い目にあった。

まさか、姉上の口から母港での一件を暴露されてしまうとは…

 

「恥、だと?」

 

真っ赤になった私の怒声をひらりと交わし、姉上は私に微笑んだ。

 

「何も恥じることはないじゃないか。世話になった人に恩を返す…私はいい妹を持てて光栄だ」

 

そして、私の頭を軽く撫でる姉上。

恥ずかしいから辞めて欲しい。

 

「撫でるのは…辞めてくれ…くっ…」

 

姉上に撫でられていると、母港での一件を暴露した姉上への怒りよりもカイトの前で大きく取り乱した自分が今更になって恥ずかしくなってきた。

 

(奴が帰ってきたら何を言われるかわからん…加賀型戦艦ニ番艦・土佐とあろう者があんなに取り乱すとは…)

 

姉上は撫でる手をそっと離すと、それにだ、と続ける。

 

「土佐。感情を表にしっかりと出してくれるようになって私は嬉しい。今取り乱したことも、母港に帰って恩を返しきれていない、と口に出したこともだ」

 

「…堅物で悪かったな」

 

「私もよく言われることだ。それに関してはお前を見習わないとな」

 

「姉上は堅物というか…周りが見えていないだけな気もするが…」

 

「…?何か言ったか?」

 

「いや、何でもない…」

 

とにかく、奴への恩返しという気持ち自体には偽りはない。

それを完遂してさっさと母港に戻るとしよう。

 

「それと。キューブのことだが…明石が量産に成功したらしい。それを使って私もこっちに来たわけだ。明石にはあまり広めるなとは言ってあるが…私たち以外でもこちらにやってくるものが現れるかもしれん」

 

「なっ!?明石の奴、余計なことを!!」

 

 

 

 

端島海斗の家が土佐を通して様々な艦船の憩いの場になるのは、まだ少し先の話である。




さて、一旦シリアスを挟んだ理由ですが…
他の艦船を後々出していこうと考えていたのですが、その理由付けをしっかりしたいなと考えたからです。
また、一旦区切りを挟むことで海斗と土佐の関係性も整理できるかなーと。

それだけです。
この後からは、今のところそんなにシリアスを書く予定はないです。
他の艦船もちょくちょく出てくると思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。


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第2部 土佐さんと愉快な仲間たち
土佐さん、酒の席では苦労する①


第二部と銘打ってますが、他の艦船がぼちぼち出てくるだけなのでスタンスは今まで通りです。


「再会を祝しての晩酌…とな?」

 

「そうだ。久しくお前とも飲んでいないし、カイトとも色々な話をしてみたいと考えてな」

 

私が母港を離れて帰還し、再びこちらへと戻ってきて1週間が経った。

セイレーンとの戦いが落ち着いていることもあり、姉である加賀は結構な頻度でこちらの世界へとやってきていた。

 

姉上も私の家事を手伝ったり、私の案内で外を散歩したりしてこちらの世界の空気にも慣れてきたようである。

 

「姉上は知らないと思うが…奴は酒が入ると少々厄介だぞ?余計なこともよく喋る。それに…」

 

(それに姉上だって酒に関しては…)

 

母港でも、姉上の酒に付き合わされたことは少なくなかった。

しかし姉上の酒が入ってから、というと…

 

「姉上こそどうなるか読めないから心配だが?」

 

「安心しろ、私も弁えるさ。今回は「奴」もいないからな。それ以上に、話がより弾む場でカイトと話をしたいと思う」

 

「奴の何がそんなに気になるのだ?あのようなつまらん男のことなど…」

 

姉上はそうだな…と腕を組んで考えた後、真顔で「聞きたいこと」を答えた。

 

「そのつまらん男がどんな手段をもってお前に恩を返しきれていない、と言わせたか…なんていうのはどうだ?」

 

それを聞いて私のまた顔が熱くなった。

 

「その話はもういいだろう!!」

 

「とにかく、晩酌は了承してくれるな?いくらお前が変わったとはいえ、方向音痴までは治っていなかったからな…散歩に出てしばらく帰れなかった分のツケということで手を打ってくれ」

 

「あ…姉上がよりによって私の管轄外ばかりに行きたがるから…!!」

 

先日、姉上を連れて外を歩いた時に帰宅に時間をかけすぎてしまったことがあった。幸い、(カイト)が帰宅する前には帰ることができたため、奴がこのことを知る由はないが。

 

「カイトからはこの周辺については全て伝えてあると聞いたが…?」

 

そこを突かれるともう何も言えなくなってしまう。

悪気を持たず、純粋無垢な顔で粗を付いてくるのは辞めて欲しい。

 

「くっ…奴にその事を伝えないことだけは了承しろ…姉上」

 

「承知した、夜が楽しみになってきたな」

 

急遽決まった晩酌。

奴はまだ仕事から帰ってきていないが、明日は休日のため間違いなく了承するだろう。

 

私は晩酌の要望を(カイト)に伝えるメッセージを打ち込みつつ、夜はどうなることやら、とため息をついた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ただいま〜、酒は買ってきたぞ!」

 

土佐から携帯電話にメッセージが入っており、酒を買ってこいとのことであった。

 

「カイト、帰ってきたか。前に言ったな?いつか共に1杯やりたいと。私も楽しみにしていた」

 

「なんだ、加賀のアイデアだったのか。土佐が自分から酒を買ってこいなんて言うことはなかったから驚いたけど、これで納得だな」

 

土佐の方を見やると、どうやらあまり嬉しくなさそうな表情であった。

 

「…なんだ土佐?表情が冴えないけど…体調でも悪いのか?」

 

「体調とな?これから起こることを予想すれば、良いとは言えない…かもな」

 

深くため息をつく土佐。加賀によれば、飲みを提案した時点からずっとこうらしい。

 

「気が乗らないなら今日はやめとくか?別に俺はいつでも…」

 

「いや、今日でなければ姉上の時間の都合に合わせることが難しくなるからな。それと、姉上に1つ貸しを作っているのもあ…」

 

土佐が慌てて口を抑える。どうやら失言だったらしい。

貸しを作ったというのは、まさかまた何かやったのかこの狐は。

 

「貸し?土佐、もしかしてまた何かしら…」

 

「カイト、もう辞めておけ。私は酒が飲みたいんだ。晩酌が中止になったら困る」

 

「はは…流石は土佐の姉貴だ、土佐のことをよく分かってる…そうだな。じゃあ…飲むか!!」

 

こうして、「加賀土佐姉妹再会を祝して!」」という題目の晩酌がスタートした。

 

俺はビールの缶、加賀と土佐は日本酒の入った湯呑みで乾杯し、酒を口に運ぶ。

 

「土佐が日本酒を飲んでたから加賀もそうかと思って日本酒にしたけど…他の方が良かったか?」

 

「いいや構わん。まあ、私は酒なら何でも飲むが…やはり日本酒が好きだな」

 

「それなら良かったよ。ビールとかが飲みたくなったらあるし、変えたくなったら言ってくれ」

 

酒の席の話題…

土佐と2人で飲む時はだいたい俺の仕事の愚痴になりがちだが、今日は3人である。どんな話題に発展するのか…正直俺にも予想がつかなかった。

 

加賀はどんな話題を振ってくるのか…そんなことを考えていたら、当人が口を開く。

 

「そうだな…カイトも土佐も、お互いのことをどう思っているのかを聞こう」

 

「いきなり直球だな!?」

 

「これを聞くために酒を飲んでいるようなものだからな」

 

加賀は酒の入った湯呑みをゆらゆらと揺らしながら笑う。

あまりぐびぐびと飲むタイプでは無いらしい。

 

「いきなりそんな質問が飛んでくるとは思わなかったから何とも…なあ土佐?」

 

土佐の方を見ると、無言で酒をぐびぐびと飲んでいる。彼女は酒が強く酔いつぶれることはないだろうが、こんなに勢いよく飲むタイプではない。どうやら加賀の質問に答える気は無いらしい。

 

聞かれたからには何かしら答えないといけない…がなんと答えればいいのやら。その時、聞いたことがない声がリビングへ響く。

 

「あら〜加賀?私がいないと酔ってなくても随分と饒舌じゃない?」

 

「…貴様、どこから沸いた?」

 

「夏の虫みたいに言わなくていいじゃない、重桜と鉄血の仲でしょう?」

 

声の主は、テーブルの後方にあるソファーに寝転びながら酒を飲んでいた(既に顔が赤い)。

銀を基調をした髪に赤のメッシュが見える。また、加賀や土佐のような獣耳といった特徴は見当たらなかった。

 

「…加賀の知り合いか?」

 

「あなたが噂の土佐の保護者さんね?話は聞いてるわ〜」

 

「誰が保護者だ!!こんな男など!!」

 

土佐の怒号が飛ぶ。どうやら土佐も彼女のことは知っているらしい。

 

「あー…悪いが自己紹介してくれ…ここ最近はこんなことばっかりで慣れてきたとはいえ、気づいたら家に入っててかつソファで酒を飲んでる奴は初めてだし…」

 

「プリンツ・オイゲン。加賀と土佐の再会を鉄血を代表してお祝いに来たのよ」

 

「鉄血…?重桜…とはまた違うのか?」

 

以前、土佐が重桜以外の勢力の存在についても軽く話していたのを思い出した。彼女はその別勢力出身ということだろうか。

 

「鉄血は重桜の同盟勢力だ。そして酒の入った彼女は…姉上の天敵だな」

 

土佐が俺の疑問に冷静に答える。

 

「その辺の説明は後回し!お酒を飲むんでしょ?加賀は…全然飲んでないじゃない!ほらほらもっと飲みなさいよ〜!」

 

「貴様、何がお祝いだ!!酒が飲みたいだけだろう!?それに無理に飲ませるのは辞めろと何度も…うぷっ…」

 

プリンツ・オイゲンと名乗った彼女は加賀に近づくと、酒の入った湯呑みを加賀の口にぐいっ、と押し付ける。

 

「おい!いくらなんでも無理やり飲ませるのは…」

 

「無駄だ。酒が入った(オイゲン)は誰にも止められん」

 

土佐はこういう場面には何度も出くわしているのか、ああまたか、といった表情で加賀とオイゲンを見つめる。

 

「しかし…オイゲン、どうやってここを知ったとな?転送技術の件も鉄血には伝わっていないはずだが?」

 

「お酒を飲みいったら加賀がいないじゃない。近くにあの子猫ちゃんがいたけど逃げちゃって。落し物のキューブを拾い上げたらここに着いたって訳」

 

(転送技術のセキュリティゆるすぎないか明石!?)

 

心の中で突っ込んだ俺だったが、土佐も同様だったはずである。

 

「そんなことより、姉妹の再会を祝いたいのは本・当。今日は楽しみましょう、夜はこれからよ?」

 

既にできあがっているオイゲンは、俺と土佐に向かってウインクした。

 




今後他の艦船を出すにあたってキャラクター理解が乏しい部分が散見されるかもしれませんが、独自解釈ということでどうかお許しを…

本小説は中の人が「あったらいいなぁ」と勝手に思ったことを文章化しているだけなので、ご理解頂けると幸いです。


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土佐さん、酒の席では苦労する②

加賀とオイゲンの酒の席の腐れ縁感がとても好きです。


突然の予期せぬ来客に面をくらった俺だったが、プリンツ・オイゲンと名乗る彼女も敵意があってやってきた訳では無いことは間違いない。

土佐の方も呆れ顔ながらもこの状況に慌てていないし、大事には至らないことを承知しているのだろう、多分。そんなに土佐を見て、俺も割り切ってこの晩酌を楽しむことにした。

 

「…プリンツ・オイゲンさん、だったか?加賀と土佐の再会を祝う、ってところは同じみたいだし、晩酌に関しては楽しむといいけど…加賀に無理はさせないでやってくれ。というか加賀はさっきから伏せたまま起きないけど本当に大丈夫なのか…?」

 

しこたまオイゲンに飲まされた加賀は、机に突っ伏したまま動かなくなっていた。普通に心配である。

 

「私のことはオイゲンでいいわ。なぁに保護者さん、大丈夫よー?いつもはもっと飲んでるもんね加賀〜?」

 

オイゲンが突っ伏したままの加賀の背中を笑顔でゆっくりとさする。

 

すると、加賀が勢いよく顔を上げて一言。

 

「カイト!!土佐!!わたし、は!まださっきの質問の答えを聞いていない!!」

 

加賀が突然大声を張り上げて驚く。さっきの質問とは、俺と土佐の関係性についてだろうか?本当に答えかねる質問である。そんな中。隣の土佐をちらりと見ると、やれやれと言った様子で顔が真っ赤に染った加賀を見つめている。

 

加賀、もしかしてお酒をがぶ飲みしたらうるさくなるタイプか…?

 

俺が土佐を見返すと、彼女はそんな俺の脳内メッセージを受け取ったらしい。

 

「酒を飲まされた姉上の相手は難しいぞ、せいぜい普段の私のことをありがたく思うがいい」

 

(これ、悪酔いした加賀の対処に慣れてるベテランの貫禄だ!?)

 

この慣れっぷりを見るに、加賀と土佐の晩酌にオイゲンが乱入してくるまでが彼女たちのデフォルトだったのかもしれない。

 

「土佐と保護者さんとの関係の話?あら、それは私も気になるわ〜、どうやって保護者さんがこのお堅い妹君を更生させたのか…」

 

オイゲンは泥酔加賀の話題に便乗してくる。勘弁して欲しい。

 

「奴のことを保護者と呼ぶのはいい加減は辞めろ!私はこいつに対して頼ったことなど1度も…」

 

「あらあら、お別れの時にはなかなか熱いシュチュエーションだったって聞いてるけど?」

 

俺の顔が一気に熱くなる。土佐の方も酒が入りまくった加賀やオイゲンよりも真っ赤になっている。あの時の一件に関しては、俺も土佐も振り返らないのが暗黙の了解と化していてた。いや、だってあんな何処ぞのドラマみたいな…思い出すだけで恥ずかしい。

 

「オイゲン、俺も土佐もその話題に触れたくないんだ…悪いけど勘弁してくれ…」

 

土佐も無言で酒をグビっと飲む。察しろと言わんばかりである。

 

「私はカイトと土佐がお互いに…想いあっているように見ているが?」

 

「加賀!!」「姉上!!」

 

全く同じタイミングで俺と土佐がたまらず立ち上がった。

タイミングがぴたりと重なったことに気づいて、また恥ずかしくなる。

 

「息ピッタリじゃない。どう、加賀〜?お姉さん的にはこの2人、くっついてもいいと思う?」

 

「私は悪くない組み合わせだと思うが。互いに信頼し合い、影響を与え合う関係…実際に土佐は変わったわけだからな。男との関係で顔が真っ赤な土佐など見たことがないし愉快なものだ」

 

加賀のやつ、酒を飲ませるとフリーダムさに拍車がかかってやがる…

オイゲンが現れた時には怪訝そう顔をしていたものの、今となっては2人の距離も近い。土佐の言う通り、酒の入りまくったこの2人を止めることはできないだろう。…フリーダムなのはいいがこれ以上土佐と俺の距離についての話題には触れてほしくない。そのうちこっちが墓穴まで掘りそうだ。

 

そんな中、土佐が静かに立ち上がりベランダへと向かう。

この場を離れたい気持ちは俺と同じらしい。

 

「土佐、どこへ行くんだ?まだお前の口から何も…」

 

「まあ加賀、いいじゃない?ちょっと夜風に当たってくるんでしょ?」

 

外へと逃げる土佐を引き止めようとした加賀だが、何故かオイゲンがこれを止める。彼女も流石に空気が悪いことを察したのだろうか?

 

「…そうだ、すぐに戻る。少し飲みすぎたかもな」

 

そう言い残し、土佐は湯呑みを持って外へと出ていった。

さて、俺はどうしようか。加賀とオイゲンの相手を今度は俺が引き受けるのか…そんなことを考えていると、オイゲンから意外な言葉をかけられる。

 

「貴方も少し外に出た方がいいんじゃない?さっきから顔色良くないわよ?」

 

プリンツ・オイゲン、気が利くのか利かないのか…

酔いながらも、周りの状況は見えているらしい。

加賀の方はというと目が細くなりつつあり、オイゲンの肩に寄りかかっていた。急に飲まされた彼女の体力も限界といったところだろうか。

 

俺が加賀へ視線を向けていることに気づいたらしいオイゲンは、「やっておくから」と言わんばかりにウインクした。

こいつ…悪酔いしたフリして実は理性を残して楽しんでたな?

 

…まあ加賀もダウンしたし、オイゲンの暴走は済んだことだ。お言葉に甘えて俺も夜風に当たってくることにしよう。

 

ベランダへ向かうと、土佐は無言で深夜の街を見下ろしながら、ゆっくりと酒を口に運んでいた。自室のベランダは割と高い階なこともあって風はよくあたる。街の灯りに関しては深夜なこともあってほとんど消灯されており、美しい夜景とは言えないが。

 

「…なぜ貴様が来る?」

 

「オイゲンにが貴方も風に当たってくればー?って言われたからお言葉に甘えて」

 

「姉上は?」

 

「今頃オイゲンに膝枕でもしてもらってるんじゃないか?」

 

土佐は今日何度目かわからないため息をつくと、再び酒を口へと運ぶ。

 

「姉上とオイゲンは酒の席だととんでもないコンビネーションを発揮する。タチが悪いのはオイゲンの方はわかってこれをやっていること、とな」

 

「オイゲン、やっぱりか。…ちなみに、俺も飲みすぎた日はあんな感じになってるのか?」

 

「ああ。貴様の場合は次の日には何も覚えていないから、オイゲンより悪質だろうな?ん?」

 

横目で睨んでくる土佐。

こればかりは反論の余地はない。酒の席の介護役というのは毎度苦労するもので、今日は身をもってそれを学ぶことができた。俺も酒を飲む時は気をつけると土佐に頭を下げる。申し訳なかったよホント。

 

その後は俺も土佐も何も話さず、ただただ空を眺めて酒を飲む。

…正直少し気まずい。

 

空には満天の星と月が煌めいていた。

夜風に当たりながらこれを眺めているだけで、時間は溶けるように過ぎていく。気づけば外に出てから20分程度は経ったらしい。

 

そろそろ中へ戻るか…土佐の肩を叩いて合図をした時だ。

 

「ああ、それともう1つ」

 

「…なんだ、そろそろ戻らないと風邪ひくぞ」

 

「わかっている、だから少しだけだ。…そうだな」

 

何故か言葉選びに迷っているらしい土佐。暗くて顔はよく見えないが、どんな表情をしているのだろうか。

 

「先程、貴様に頼ったことがないと言ったが…アレは訂正しておきたい。姉上たちが来る直前は貴様に頼っていたところもあったからな。それだけ…謝っておく」

 

土佐が…俺に謝った?

俺が酔いすぎて聞き間違えたのか…?

 

「貴様、なんだその顔は!私も筋は通す。それだけだ!!」

 

「…別にそんなに気にしてなかったのに。謝ってくるからただただ驚いた」

 

「なっ!?くそっ…また私は1人空回りしたとな!?」

 

「あー何だ…頼る頼らないとか気にしないからさ。いつも通りの土佐でいてくれ」

 

これは素直な気持ちである。

意地っ張りで自信家な土佐、それは彼女のいい点であり、悪い点でもある。

人に頼る頼らないといった細かいところなど本当に気にしなくていいのだ。どんな自信家でも苦しい時は人に頼ればいいし、悩みを乗り越えたならばそれが新たな自信になるだろう。

 

土佐は数秒間沈黙した後。「…善処するさ」とだけ言い残して屋内へと入っていった。

 

善処するって何だよ…土佐の最後の言葉を心の中にしまいつつ、俺も部屋へと戻る。

 

寝て起きた時にはリビングで加賀がオイゲンに詰め寄る一幕。

俺も土佐も横目で見ながら朝の作業をしていたが、オイゲンの「外に出てからラブラブだったじゃない?全部聞いてたわよ」という衝撃の一言。

 

「オイゲン、まさかお前…その一幕を見るためにわざと俺を外に…?」

 

「なんの事かしらね?」

 

その瞬間に土佐は剣を抜き、俺も剣を抜いた土佐にやっちまえと煽る。絶対に許さんぞこいつ…

 

その瞬間、オイゲンはキューブを使って光の中へ。

こうして、加賀・土佐姉妹の再会の祝杯は怒りの熱が篭ったまま終了…

 

結局、本来の目的であった「再会の祝杯」だったのかは謎である。

 



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土佐さん、苦手を認めたくない①

「なっ…うわあああ!!」

 

そろそろ暑くなり始めた季節。

リビングで、土佐の絶叫が部屋へと響き渡る。

 

「土佐、どうしたんだ!?お前がそんな悲鳴って…」

 

怯えた表情の土佐。こんなに怯えた彼女は見たことがなかった。

その視線の先には一体何が…

 

「うわっ、ゴキブリだ…去年は見かけなかったのにな…」

 

黒光りする、みんなが嫌いなアレがそこにいた。

壁に張り付いてじっとしているが、いつも動き出すかわからない。

 

「殺虫剤殺虫剤…おい土佐、いくら何でも剣は危ないから辞めろ!!」

 

怯えきった土佐は腰の剣に手をかけて震えていた。

しかし、壁に視線を向けようとはしない。どうやら絶対に目に入れたくないらしい。

 

「…殺虫剤あった!土佐、下がってろ!」

 

スプレー式の殺虫剤を壁に吹き付けると、対象は素早い逃げ足で移動する。

しかもあろうことか、こちらへ向かってくるではないか。

 

「ああああ!さっさと処理しろ貴様!でなければ私が斬る!!」

 

「だから剣は辞めろって!早まるな土佐!!…あっ、止まったか?」

 

ゴキブリは俺と土佐の元へたどり着く前に仰向けになって動かなくなった。

殺虫剤はちゃんと命中していたらしい。

割り箸とティッシュ、ビニール袋で事後処理をして、ほっと一息をつく。

 

「休日早々、見たくないもの見ちゃったな…最近見なかったのに。1匹いれば30匹いる、なんて言われてるだけに先が思いやられるよ」

 

(ゴキブリ)の繁殖力は脅威だ。1匹見かけてしまうと見えないところに潜んでいるのでは?という疑心暗鬼に囚われ、数日は安心して寝れなくなったりする。マンションの一室ような狭い空間だとなおさらである。

 

「おい土佐、終わったぞ?とにかく剣の柄から手を離してくれ、危ないし…」

 

土佐はまだその場から動けないらしい。

しかし以外である。彼女が虫を見てあんな悲鳴をあげるなど予想外だった。戦場で揉まれた戦艦らしいし、怖いもの知らずだと思っていたのだが。

 

「土佐、虫苦手なんだな?何というか…久しぶりに抜けたお前を見た気がするな」

 

土佐が帰ってきてから、(主に異世界からの)来客の頻度が増えたために2人きりの休日も久しぶりである。

彼女自身も家事でポカををやらかす頻度も減ってきており、来客中は土佐も気を引き締めるのかあまり問題は起きないのだ(来客のキャラが濃いために、土佐がツッコミに回らざるをえないところはある…のかもしれない)。

 

今回のような、堅物の彼女とのギャップを微笑ましく感じたのもいつぶりだろうか。

 

「貴様が掃除を怠るからだろう!?それに私が虫けら程度に苦手意識などあるわけ…」

 

「うわっ、またゴキブリだ!さっきよりデカくないか!?」

 

「何だと!?どこだ!ううっ…早く処理を…」

 

「…やっぱり虫ダメそうじゃないか土佐。ああ、2匹目のゴキブリはいないから安心しろ、今のは嘘だから」

 

悪戯心が働いて土佐にカマをかけてみたが、虫嫌いは本当らしい。

 

「貴様…最近は特に怒るようなこともなかったが、久しぶりに斬られたいらしい」

 

「悪かったって!!近頃はこうやってからかうことも減ってたからさ…それと、ゴキブリを見て笑顔になるやつなんていないし、お前に限った話じゃないから気にしなくていいんじゃないか?」

 

ゴキブリが好きな奴なんてそうそういないとは思う。

逆にゴキブリが現れたときに喜ぶ奴の方が珍しいし、異質だろう。

 

「貴様に私の情けない声を聞かれたのがどうにも癪に障る…。ゴキブリだろうが虫けらは虫けらだ。私がその程度で悲鳴をあげたなど…」

 

耳と尻尾が垂れて落ち込む土佐。そこまで落ち込まなくてもいいと思うが…

苦手なものなど誰にでもあって当然なんだし。…ちなみにだが、土佐は他の虫への苦手意識はあるのだろうか?

 

「ゴキブリは仕方ないとして…他の虫は大丈夫なのか?ほら、カブトムシとかカマキリとか色々いるだろ?」

 

「あ、当たり前だろう!さっきのは奇襲を受けたようなものだ!!他の虫けらは私の相手にもならん!!」

 

どこか焦っているようにも見える。こいつ、やはり虫が全体的に無理なのでは?仮にも狐なんだから、虫は自分たちの…いや、彼女は戦艦だから狐では無いのか。ちゃんとした耳と尻尾があるし、俺は狐だと思ってるけど。

 

「…なんだその目は!信用していないな!?いいだろう、ならば証明してやる!先程の悪質な冗談のツケだ、財布を借りていくぞ!!あとは夜の予定も空けておけ!!」

 

「待て待て待て、何を買いに行く気だよ!?おい土佐!!」

 

土佐は俺の制止も聞かずに、机に置いていた俺の財布を手に出ていってしまった。一体何を買ってくるつもりだろうか。

彼女はここに来てしばらく経ち、俺が仕事の日には1人で買い物に出ることも当たり前になった。勝手な散財をするような奴では無いことはわかっているが、今回ばかりはわからない。しかも夜の予定も空けろって…

 

こうなったからには、土佐の帰りを待つしかない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ガチャッ!

 

どうやら土佐が帰ってきたらしい。一体何を買ってきたのやら。

 

「やっと帰ってきた、何を買いに…ぷっ!!」

 

「何故笑う!?何もおかしくなどないだろう!?」

 

思わず笑ってしまったのは、土佐の買い物の品が予想外だったことと、買い物の品と彼女自身の立ち姿との親和性がありすぎたためである。

 

外出の時にはいつぞや購入した麦わら帽子を好んで被っていく土佐。今日も勢いで外に出ていった割にはしっかりと身につけていったらしい。

そして、その両腕に今握られているのは「虫網」と「虫かご」であった。

 

ふと笑いが出てしまったのは、その格好が似合っていないからではなくむしろ逆。

 

似合いすぎである。

 

帽子を被って、網とカゴを装備したやる気満々の狐。しかし、この狐はゴキブリに悲鳴を上げていたわけだから、そのギャップもまた面白いところだ。

 

夜の予定を空けておけ、と言われた理由も何となくわかった。

 

「夜の予定は…昆虫採集ってところか、土佐さんよ?」

 

「貴様に…私が虫けら程度で怖気づかないところを見せてやる必要があるからな!」

 

虫嫌いを認めたくないとはいえ、実際に虫取りに赴こうとするあたりがこの狐の面白いところである。俺の家の周辺に虫取りに適したポイントがなかったらどうしたのだろうか。幸いこの辺りは大した都会でもないので、少し車を走らせればそれらしいポイントには行けるはずだが。

 

「虫取りなんていつぶりだろうな…いいぞ、面白そうだし付き合うよ」

 

土佐の勢いだけの行動はともかく、夜に虫を取りに行くなど小学生の時以来だろうか。カブトムシやクワガタを捕まえる…多くの少年男子達が1度は通る道、ロマンである。

 

今は夏のはじめぐらいで、季節としてもピッタリだ。懐かしさに加え、奥底に眠っていた童心を擽られて今からワクワクしてくる。

 

「行くからにはやっぱり、カブトムシとかクワガタあたりのかっこいいのを見つけたいところだな。気合い入ってきた!」

 

「…何故貴様がそこまでやる気に満ち溢れているのか知らんが、まあいいだろう」

 

どうやら、俺の気合いの入りようは土佐からすれば予想外だったらしい。

まあ、土佐に少年男子の頃のロマンは少し伝わらないかもしれない。

 

「じゃあ、俺も夜に向けて準備するか…!」

 

虫嫌いを認めたくない狐と、童心が蘇ってきた俺が赴く昆虫採集。

面白いことになりそうである。

 



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土佐さん、苦手を認めたくない②

「さて、カブトムシやクワガタを狙えそうなポイントに来たけど…」

 

自宅から少し離れたのところにある雑木林。

 

もちろん人気はない。近くの田んぼからカエルの合唱が聞こえてきたり、雑木林からは虫の鳴き声も聞こえる。

 

街の喧騒からは程遠いこのような空間もたまにはいいものだ。空気も美味しい。

 

目的は土佐の虫嫌いが嘘であることの証明(という名目での苦手克服の訓練)。肝心の彼女はというと…

 

「やはり車は慣れん…貴様の運転が荒いんじゃないか…?」

 

虫取りをスタートする以前に、車の助手席でぐったりだった。

 

そう、この狐は車酔いしやすい。以前にショッピングモールへ向かうために車に乗せたこともあったが、その時もダウンしていた。

 

「戦艦なのに酔うのか」などとからかえば刀で一刀両断にされるから言わないが、自分の運転のせいにされるのは心外である。

 

「サラっと俺の運転のせいにしないでくれ!山道だったから仕方ないだろ…とりあえず外に出たらどうだ?外の空気を吸えば体調も良くなるだろうし」

 

トランクから虫かごや虫網を出しながら、土佐に外へ出るように促した。

やはり外の空気を吸うのが一番手っ取り早いだろう。

 

「…海ならば慣れた場所だが、同じ自然でも森はなかなか慣れないな…だが、都会の喧騒よりは私好みかもしれん」

 

ドアを開けて降りてきた土佐は、まず伸びをすると、深く深呼吸をする。

耳と尻尾も行動に合わせて立ったり、リラックスしたり。こうしてみると、彼女は森の中でリラックスをする狐そのものである。

 

「どうだ、空気が美味いだろ?車酔いも治るといいけど…」

 

「…空気が綺麗で助かったな。でなければ貴様の運転には付き合えん…よし、気分も良くなってきた」

 

「まーた俺の運転のせいにする…まあ体調が治ったならよしとするか。じゃあ、探索と行きますか」

 

懐中電灯を持った俺を先頭に、虫網と虫かごを持った土佐が後ろをついてくる形である。…土佐が荷物持ちなのはよく考えたらどこかおかしい気がするが。

 

「暗いのは平気なのか土佐?足元気をつけろよ」

 

「海で夜戦の経験もある、暗さなど私の敵ではない。弱者の貴様はどうか知らんが、私の足を引っ張るんじゃないぞ?」

 

「あー、はいはいっと…」

 

振り返って確認することはしないが、おそらくドヤ顔を決めていることだろう。全く、この狐はどこか調子に乗りやすいのだ。それが面白いところでもあるのだが。

 

「’む?甘い匂いが漂っているが…貴様、灯りを寄越せ」

 

土佐に懐中電灯を強奪され、虫網と虫かごと交換する形になる。

男女で虫取りに来れば普通こうなるはずなので、どこかモヤモヤしていたところがスッキリした。

土佐は、懐中電灯を持って周囲を見回していた。何かの匂いを感じ取ったらしいが…樹液の匂いだろうか?土佐は狐なだけあって鼻が効くらしい。

 

「この辺りだな?幹のあたりだが…!?」

 

土佐は一瞬だけ懐中電灯を右に当てたが、直ぐに電気を消して俺の裾を無言で掴んできた。

 

「…なんで灯り消して俺の裾掴んでるんだ?」

 

「う…うるさい!なら貴様が照らしてみるがいい!!」

 

今度は懐中電灯を押し付けられた。一体何を見てしまったのだろうか?今までの経緯から推察するに、土佐が見たであろう光景は何となく想像はできるが。

 

俺も土佐が光を当てた方向に光を向けると…やはり、樹液に多くの虫たちが群がっている。種類もたくさんいるらしい。

 

「カブトムシとクワガタに…カナブンが数匹、カミキリムシもいるか?あとはスズメバチと…デカいムカデがいるな」

 

くじ引きを引いて、当たりとハズレを全て引いたようなラインナップの昆虫酒場である。

 

光を当ててデカいムカデが目に飛び込んできたら、懐中電灯消したくなる気持ちもわからなくはない。デカすぎんだろあのムカデ。

 

スズメバチも危険な昆虫筆頭である。しかもアレはスズメバチの中でも特に凶暴なやつだったと記憶している。これまたデカいし。

 

「…別のところを探そう。流石に危ないし、土佐も寄りたくないだろ?」

 

無言で頷く土佐。こればかりは怖いとかそういう問題ではないので仕方ない。

 

「しかし、鼻が効くんだな土佐?やっぱり狐の鼻だからか?…これなら別の樹液探しも頼れるな」

 

「私はただの戦艦だ…今は緊張も最高潮だから索敵能力が上がっているのかもな」

 

「夜の雑木林もお前にとっては戦場、ってことか。…待て、緊張が最高潮ってことはやっぱりこの場にいることが楽じゃないってことだよな?」

 

「…緊張の話は聞き流せ。次の場所が見つかりそうだ、正面の木を照らしてみろ」

 

大事なところをはぐらかされた気もするが、どうやら土佐のセンサーに反応があったらしい。

言われた通りに正面の木の幹を照らしてみると、そこにも多くの虫たちが集まっていた。

今回はカブトムシ・クワガタムシはいるが、ハチやムカデのような危険な虫は見当たらない。これはチャンスである。

 

「ここなら安全に捕まえにいけるんじゃないか?さて、どっちが取りに行くかだが…」

 

「…なんだその目は!?私に行けというのか!?」

 

「だって今日の名目は…お前の苦手克服だろ?」

 

土佐さん、どうやら自分に振られるとは思っていなかったらしい。

かなりあたふたしており、表情も困惑顔でなかなか面白い。

 

「お前を信頼して言ってるのもあるさ。俺が行ったら物音で逃げられるかもしれないし、隠密行動の経験もあるならお前が適任と思ったんだ」

 

「ふん…よくわかっているな?虫けらの1匹や2匹、相手にもならんことを見せてやろう」

 

この狐、やはりちょろい。

 

少し持ち上げたらこうである。まあ嘘を言っている訳では無いが。

 

土佐はゆっくりと光の先へと足を進めていく。

足音はほとんど聞こえないし、やはり彼女に任せたのは正解だったのではないだろうか。目的の虫たちは動かずに樹液を囲っていた。

 

そして、無事に土佐は虫たちに手の届く範囲へと辿り着いた。

あとは手で掴むだけ…なのだが。

 

土佐は持っていた虫網を刀を振る勢いで振り下ろす。

木が倒れんばかりの勢いである。

 

(いや手掴みしないのか…あと虫網を振り下ろすのに力入れすぎだろ!?)

 

そして、振り下ろした網をぎゅっと抑えた土佐はこっちを振り向く。

 

「カイト、網で手が塞がっていて掴めん…癪だが貴様が捕まえろ」

 

「その距離なら直接掴めたんじゃないか?まあいいや、そっち行く」

 

後方で待機していた俺も土佐の方へ合流する。

虫網の中を見ると、カナブンが飛び回っていたり、クワガタムシが網を登ってきたりとハチャメチャなことになっていた。

 

土佐は…あまり虫網の中を見たくないらしく、目を背けていた。

虫網を持つ手も、よく見たら震えているらしい。

 

「ホント虫、無理なんだな…よく頑張ったよ土佐」

 

彼女にもプライドがあるし、聞こえないよう小声で言っておく。

 

虫網の中で暴れている虫たちをみると、虫網を被せてから捕まえにいった土佐の判断は正解だった。

掴みにいって飛ばれたりしたら逃げられた可能性もある(何より土佐の精神がもたなかったかも)。

 

俺は虫網の上からカブトムシの上角を掴み、虫かごに入れる。

 

「ほら、土佐の手柄だ。こうしてみると可愛いもんだぞ?」

 

カブトムシの入った虫かごを土佐に近づける。

カブトムシはのそのそと這い回っているが、こういうのを見てて飽きないのは少年だけなのか?

 

「可愛い、とな…?虫けらのどこが…いや、可愛くはないが、見ていて飽きないのはあるか…」

 

どうやら戦艦も、カブトムシが動いているのを見ていて飽きないらしい。

 

さて、飼うために昆虫ゼリーと昆虫マットも買いに行かないとな…と零すと、土佐に「この虫けらの世話をするのはどこの誰だと思っている!」と言われ、これには反論の余地もなくカブトムシは逃がして帰ることになった。

 

帰り道の車中、土佐はすやすやと眠ってしまった。

雑木林も彼女にとっては戦場、1つの海戦を終えたような感覚かもしれない。

 

土佐よ、苦手な相手とよく真っ向から戦った。

どこまでも真っ直ぐなこの戦艦は、苦手に対しても背中を見せないのである。

 




第2部と大々的に言ってますが、今回のように海斗土佐の2人で完結する回も書いていく予定です。


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土佐さん、新たな来客を連れてくる①

「えー!?お兄ちゃん、ここ最近連絡くれないと思ったらそんなドタバタしてたの!?」

 

「仕事はともかく、ここ最近の土佐関連は激動だったな…」

 

今日は大学の定期テストを終えたという海美が久しくやって来た。

海美の方から「久々に行ってもいいか」という連絡を受け取った時に、彼女への連絡をすっかり忘れていたことに気づいた。

…しかし、土佐との別れの一幕などを妹に見られでもしたらしばらくは顔も合わせられなくなっていただろうし、彼女があの場にいなくて良かった、と胸を撫で下ろすような気持ちではあるが。

 

「じゃあ今土佐さんは…」

 

「母港に帰ってるな。演習だ、とか言ってたか」

 

「久しぶりに土佐さんと喋りたかったのに〜!残念…」

 

土佐は現在、母港へ帰還中である。

何でも合同軍事演習とやらで忙しいらしい。「軍事」というワードを聞くと、彼女は本当に戦艦なのだと実感する。

 

「もうそろそろ帰ってくるんじゃないか?夜には戻ってくることがほとんどだし…」

 

「うわっ、もう7時過ぎちゃってるの?今から帰るのもめんどくさいしなぁ…ねえお兄ちゃん、今日泊まってもいい?」

 

「土佐が帰ってくるまで待つ気か?」

 

「正解!あと、土佐さんにご飯作ってあげようかなって。演習で疲れてるだろうし、喜んでくれるんじゃないかな」

 

「流石に気が利くなぁ、海美は…」

 

「もちろん、お兄ちゃんも手伝ってくれるよね?」

 

「…まあ、そうだな。土佐に作ってもらってばっかりだし」

 

「そう来なくちゃ!冷蔵庫、見てみるね!」

 

何があるかなと呟きながら、海美が台所へと向かう。

演習明けの土佐を気遣うことができるあたり、流石は自慢の妹といったところだろうか。

 

土佐がやってきてから自分で料理をする機会もめっきり減り、「家に帰れば料理が出てくる」ことがもはや当たり前となりつつあった。

しかし、家に帰れば料理が出てくることは当たり前ではないということを肝に銘じなければならない。

彼女は母港での仕事をこなした後に、こちらへ戻ってきて食事の用意をしてくれていることも多いのである。きっと彼女も疲労があるだろうに。

 

(…土佐が料理を作ってくれることが当たり前になりつつあったのは良くないよな)

 

こうして自分が彼女よりも早く家にいる場合は、恩返しをするいい機会である。海美の機転が大切なことを再確認するきっかけになった。

 

そういうことなら、気合い入れて何か作ってやろう。

 

心の中で気合いを入れながら台所に向かうと、困惑した様子の海美の姿があった。冷蔵庫をゴソゴソとしながら顔をしかめている。

 

「お兄ちゃん、冷蔵庫の中身が寂しいね…あまり気合いの入ったご飯は作れないかもね」

 

冷蔵庫は調味料と、余った少量の野菜が残っているのみ。メインディッシュになるような代物はどうやら残っていないらしい。

 

「俺が買い物行く機会も減ったからなぁ。土佐が買い物もこなしてくれるようになってからは特に…」

 

「お兄ちゃん、土佐さんに負担かけすぎ!!そんなんじゃ愛想つかされちゃうよ!!」

 

「うっ…全くもってその通りだと思う…」

 

彼女だって忙しい合間を見つけてまでこちらに来ているのだ。

彼女への感謝を忘れた日はないと自負しているが、行動で示す日も必要であることは間違いないだろう。

 

「あっ、開けてないパスタ…これならいけるかも」

 

ダメな兄を叱りながら冷蔵庫以外も漁るデキる妹。

どうやら未開封のパスタを発見したらしい。そういえばいつか買って放置してたような気がする。

 

「それで行こう!今から買い物行ってる時間もないしな。日頃の行いは…よく反省するさ。今からの料理がその第一歩ってことでだな」

 

「頼むよ、お兄ちゃん!2人ともせっかくお似合いなんだから!!」

 

「だから俺と土佐(あいつ)はそういう関係じゃないから!!」

 

というわけで、俺と海美は土佐の帰還までにパスタの準備に取り掛かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…できたはいいけど」

 

なんとか土佐が帰宅するまでに準備は完了…したのだが。

 

「量が多すぎないかこれ!?」

 

「あはは…ちょっと気合い入れすぎたかも…」

 

大皿には山盛りのミートソースパスタ。

3人で取り分けるにしてもなかなかの量になってしまった。

 

「別に残り物のパスタを全部使う必要はなかったんじゃないか?」

 

「賞味期限ギリギリだったから、勿体ないなと思って全部茹でちゃった…」

 

海美は陽気でお洒落な女子大生だが、実に倹約家な一面も兼ね備えている。

「勿体ない」ことは避けているので、賞味期限を逃して食材を廃棄するなど彼女にとってもってのほかである。

 

そんなわけであったパスタを全部茹でたら、予想以上の量になってしまった。

 

「…まあ、残れば明日食えばいいだけだって」

 

「えー!?パスタはやっぱりできたてじゃないと!」

 

「気持ちはわかるけど、この量を3人で食べ切れるかと言われるとなぁ…」

 

山盛りのパスタを見て、土佐はどれぐらい食べるのかと考えていたその時、リビングのドアが開かれる。

 

「…すまん、今帰った。演習後の会合が長引いてな…悪いが今日の夕飯は楽なものに…なっ!?この麺は…」

 

土佐がちょうど帰ってきた。

声色から疲れが感じられる。演習とやらはかなり過酷なものだったのだろう。

 

「土佐、お疲れ様。今日は俺…いや、俺たちが用意しといたから。…量が多いのは気にしないでくれ」

 

「なっ!?貴様が…待て、貴様が気を利かせるなどありえるのか?誰かが入れ知恵をしたのか!?」

 

到底信じられないといった様子の土佐。

…まあ、最近は彼女に気を利かせたことなどなかった気がするし、この反応も致し方ないか。

 

「実は今日来客があって…」

 

「そんなことないよ土佐さん!お兄ちゃんが日頃の感謝を伝えたいって…」

 

「「海美!?」」

 

俺も土佐も、海美の突然の登場で腰が抜けそうになる(土佐側からすれば久しぶりの海美との邂逅なのでそれもあるだろうが)。

 

「土佐さん、久しぶり!アズールレーンの世界に帰れるようになったんだって?本当に良かった!!それでもお兄ちゃんに会いに来てくれて…本当にありがとう!!」

 

「あ、ああ…こんなことは大したことではないさ。今は戦況も落ち着いているからな…しかし、海美とこのタイミングで再会するとは、な」

 

土佐も久々の海美との再会に興奮が隠しきれていないらしく、尻尾がゆらゆらと揺れているのがわかる。が、どこか困った様子である。

 

「…土佐さん、どうかした?」

 

「海美は、私の母港の同志とは会ったことはない、よな?」

 

「同志…?同志って仲間ってことだよね?そりゃ土佐さんと会えてるだけで奇跡みたいなものだけど、まさか?」

 

この土佐の口ぶり、どうやら今日は向こうからの来客がいるらしい。

 

…そうか。海美は土佐以外では向こうの世界の存在にはまだ会っていないんだった。土佐からすれば、初対面で耳を引っ張られたりした記憶がまだ残っているのかもしれない。

 

演習後、ということは土佐に近しい者だろう。

となると来客はおそらく…

 

「加賀が来てるのか」

 

「嘘っ!加賀さんもこっちに来ることあるの!?しかもその口ぶりだとお兄ちゃんはもう会ってる!?」

 

「…一応、な」

 

海美のテンションがどんどん上がっていく。

海美は俺と違って土佐たちの世界の知識をある程度持っているので、土佐の世界の他の住民と触れ合うことは俺以上に喜ばしいことだろう。

 

「海美、あんまり羽目を外すなよ…相手もまた人だから…」

 

「はっ、私はまた…反省反省」

 

とりあえず予防線は張っておく。

いきなり耳を触りだしたりされたら加賀も困るだろうし。

 

「実は、姉上ではなく…」

 

「ふふふ、皆さんお元気ですね」

 

微笑みながらリビングのドアの奥から現れたのは、土佐や加賀と同じく狐の耳と尻尾を持つ女性。しかし色が土佐や加賀とは異なり、毛並みは黒みのかかった茶色ものだ。

 

「じ…巡洋戦艦天城さん!?本物だっ!!凄い凄い!!」

 

「…?おや、私のことをご存知で?」

 

「知ってます知ってます!!頭も切れて、戦いも強い…加賀さんにも認められている凄い艦船だもん!!」

 

「別世界では、私は有名人なのでしょうか…?こういうの、嫌では無いですね。ふふふ」

 

優雅に微笑む、天城と呼ばれた狐。

俺は当然のごとく彼女のことをよく知らないが、「強者」だということは彼女の放つオーラで何となく伝わった。

 

土佐や加賀もオーラはあるが、彼女らが放つものとはまた別物。

隙を見せれば一瞬でやられてしまいそうな…そんな威圧感が彼女にはあった。

 

「そんなわけで、天城さんがこちらの世界に興味を持ったらしく…まあ、失礼のないようにしてくれ」

 

土佐がこの場をとりあえず締める。

 

そういえば、土佐の話にも「天城さん」というワードは度々出てきたような…?俺は海美が大興奮する隣で過去の記憶を掘り返しながら、天城を見つめるしか無かった。

 



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土佐さん、新たな来客を連れてくる②

イベントに土佐さんの姿が…!
新規のロード絵も貰えた…!!
新しい着せ替えもきっと…!!

そして、お気に入り100人超えありがとうございますっ!
これからも頑張って自給自足していきたいと思います。


「天城さん…ってのは土佐の話によく出てきた人で合ってるのか?」

 

「ふふ、土佐ったら私のいない所でどんな話をしていたのかしら?」

 

「あ、あなたに世話になった話を少ししただけだ!…もう済んだことはいいだろう貴様!?」

 

土佐にとって天城は尊敬すべき年長者…といったところだろうか。

天城から感じるオーラは圧があるのはわかるし、気品も感じられる。例えるならば頭がキレて、育ちも良い貴族のお嬢様といったところか。

 

今こうして笑顔の天城と対面している中でも、彼女はこちらをどのような人間か見極めているようにも見える。隙を見せたらやられそうな…(土佐風に言えば喰われる、といったところか)。

 

そんな空気もよそに1人で興奮しているのは海美であった。

 

「天城さん!私、重桜艦隊の戦艦は天城さんって決めてて、いつもお世話になってるの!!握手、してもらってもいいですか!?」

 

「握手は構いませんが…先程私のことを知っていたことといい、こちらで私が認知されているのはなぜでしょう…?」

 

握手に応じながらも疑問符を頭に浮かべる天城。

当然だろう。自分は何も知らない別世界にやって来れば自分の熱狂的ファンに握手を求められているのだから、状況はよく分からない構図だし。

 

「私たちの世界ではね、天城さんや土佐さん…もちろん赤城さんや加賀さんもゲームの世界で活躍してるの!」

 

困惑気味の天城にも海美は目を輝かせながら、この世界のことを伝える。

 

「奇妙な話だがそういうことらしい。この世界では私たちは空想の存在…といったところか。私もまだ完全に理解したわけではないのだが。…おい海美、今腰巾着の名も呼んだか?」

 

海美の説明に補足をする土佐。彼女も海美から「アズールレーン」というゲームについて聞かされた時には驚いていたが、ようやくこの感じにも慣れたようである。

 

まあ、別世界を何度も行来していればそうなるか。飛行機で別の国に行くような感覚なのかもしれない。最後の腰巾着というのはよく分からないが…

 

天城はとりあえず納得したと言った表情を浮かべた。やはり頭の回転が早いらしく、状況を掴む能力が高そうである。

 

その後、「腰巾着…」とため息をつく天城。

 

「はあ…土佐、赤城のことを悪く言わないでくださいと何度も…加賀にもあなたにも、赤城を頼みますと言ったではないですか」

 

今までの話から推測するに、土佐の言う「腰巾着」とは「赤城」という人物だろうか?海美なら赤城という人物のことも知っているだろうし、後で聞いておくか。

 

「ふん…概ね実力は認めているさ。だが、まだ重桜を背負うには早い。そのためにも姉上や私が努力せねばならん」

 

「ふふ、それなら良いのです。赤城と加賀、そして土佐…あなたにも、重桜を背負って立ってもらわねばなりません。だからこそ、ここ数ヶ月のあなたの変化は嬉しいのです」

 

「私は何も変わってなど…!」

 

別世界からの来訪者が口を揃えて言う土佐の変化と、指摘される度に赤面する土佐。

 

土佐の尊敬する人物である天城の口からもこれが聞けたということは、彼女の変化はとてつもなく大きいものかもしれない。それも、ポジティブな意味で。

 

「すみません海斗様、海美様。押しかけておいてこちらが話すばかりで…」

 

「いやいや、気にしないでくれ!あとは…丁度いいや。今から晩飯の予定なんだけど…天城さんもどうだ?」

 

「あら、本当ですか?軍議の後ですしお腹も空いて…それでは、お言葉に甘えましょうか」

 

「私たちの作ったご飯が天城さんに食べてもらえるの!?明日私…死んじゃう…?」

 

海美よ、死ぬんじゃないと心の中でツッコミを入れつつ、作りすぎた夕飯と来客が奇跡的なタイミングの噛み合ったことに安堵する。

4人で食べるにしても量は多いが、俺が多めに食べれば何とか食べ切れるだろう。

 

(よし、じゃあテーブルに…)

 

3人をテーブルに促そうと背後を振り向いたその時、ちょんちょんと肩を叩かれる。振り向くと、肩を叩いた主である土佐が苦笑いをしていた。

 

そして、俺の耳元に小声で呟く。

 

「…ないと思え」

 

「えっ?」

 

土佐はそのまま配膳の手伝いに行ってしまったため、最初の部分を聞き返すことができなかった。ないと思え…一体どういう意味なのだろうか?

 

モヤモヤしたまま配膳が終わり、4人がテーブルを囲んだ。

テーブルには山盛りのミートソースパスタと、取り皿が4人分。

 

「これはパスタ…でしたか?あまり重桜では出てきませんね」

 

天城は態度を少し軟化させ、目を輝かせていた。興奮しているのか耳もぴこぴこ動いていて可愛らしい。

重桜は聞いている感じ和食が主流っぽいし、ミートソースパスタはお目にかからないのかもしれない。別世界での食事ということで、ご当地グルメのような感覚で楽しんでもらえると嬉しい。

 

「でも見ての通り作りすぎちゃったから…まあ、みんな自分のペースで食べてくれ。各自好きな量をよそってくれたらいいし」

 

ここで、天城の視線が真っ直ぐとこちらを捉えた。

 

「海斗様…今好きな量をと、申されましたか?」

 

「えっ?そうだけど…この量だから無理しなくてもいいんだぞ?」

 

「無理?とんでもないですよ…それでは、頂きますね」

 

天城は2つあるトングの片方を手に取ると、いきなり大量のパスタをよそる。

もう片方のトングで少しずつパスタをよそっていた俺と、待っている海美の目が点になった。

 

「うん、美味しいですね…しかもこんなに食べられるなんて、私は幸せな(フネ)ですわ」

 

何とも上品に、美味しそうにパスタを頬張る天城。

それだけなら良いのだが、スピードが尋常ではない。凄まじいスピードで消えていくパスタを見て、彼女の口はブラックホールか何かかと錯覚してしまいそうである。

 

「…?海斗様も海美様も…食べないのでしょうか?もしかして体調が優れないとか…」

 

最初によそったパスタを速攻で食べ終えて次をよそおうとする天城が、固まった俺と海美を心配そうに見つめる。

 

「いや…天城さん、めちゃくちゃ食べるんだなってびっくりしちゃった、あはは…」

 

海美が、俺の気持ちも代弁してくれた。天城のことを知っていた海美も、彼女がよく食べることは知らなかったらしい。

 

「ふふ、海斗様と海美様のお料理の腕があってこそですわ。次、頂きますね」

 

パスタで山盛りだった皿は、瞬く間に綺麗になっていく。

俺も海美も食べはしたが、天城の食べっぷりに気を取られてまともに食べることができなかった。同志の暴走には慣れっこの土佐は、相変わらず済ました顔で適量を食べていた。…心の中では目が点になった俺と海美を見て笑っていたのかもしれないが。

 

そしてついに、真ん中の大皿が空っぽとなる。

 

「ふう、ご馳走様でした…こんなに素晴らしいお料理をたくさん頂けるなんて…これだけで、こちらに来た甲斐があったというものですわ」

 

パスタの4分の3は1人で食べたであろう天城だが、食べすぎたというような表情でもない。まだ腹八分目といった様子である。

 

「美味しく食べてもらえて良かったけど…天城さん、めちゃくちゃ食べるんだな…」

 

「ふふ、今日は演習もあって頭を使いましたからね。頭を使ったあとはこうやって食事で補うことは大切だと思いませんか、海斗様?」

 

土佐の尊敬する戦艦・天城。

完璧超人にも見える彼女だが、それを可能にしているのは大量に摂取している食事…なのかもしれない。

 

土佐が食事前に苦笑いをしながら呟いたが聞き取れなかった言葉…今なら推測できる。おそらくこうだったはずだ。

 

「カイト、今日の晩飯はないと思え」

 




天城さんはよく食べるタイプだと勝手に思っています。


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土佐さん、体調管理にはうるさい

お久しぶりです。中の人、論文に追われております。

後書きの方にちょっとしたお知らせのようなものがあるので是非。


社会人たるもの、寝起きの瞬間からその日のコンディションは何となくわかる。

 

朝7時、煩わしい目覚まし時計を止めて布団から起き上がる。

 

(あー…やべぇ、体調最悪だ…)

 

今日は体が重い。

今は季節の変わり目ということで体調を崩しやすい時期で、土佐からも体調管理には気をつけろと言われているがこのザマである。

 

しかし、動けないことも無い。無理をすれば仕事も何とかこなせるだろうし、頑張ってみるかとリビングへと向かう。

 

リビングのテーブルにはパンとサラダが並んでおり、土佐は既に椅子について食べ始めている。

 

この狐、俺が仕事の日はこのように必ず早起きして朝食の準備をして待ってくれている。ポカはするが、俺より遅く起きてきたことはない。

 

「おはよー、土佐…いつも早くて助かるよホント」

 

「ふん、寝坊する貴様を叩き起さねばならん可能性もあるから当然だ。全く世話の焼け…貴様、顔色が悪いぞ?」

 

土佐のすました顔が少し歪んだようにも見える。

体調管理には抜かりない土佐なので、俺の顔色の悪さも見逃さないらしい。

 

「あー、実はあんまり体調良くなくてさ…仕事はできそうだし普段通り出社するつもりだ…うっ…」

 

急な立ちくらみで足元がおぼつかない。

寝起きすぐなのもあるからだろう、顔でも洗えば治るか…そんなことを考えながら洗面所に向かおうとすると、土佐に肩を掴まれる。

 

「…?どうした土佐?」

 

無言で俺の額に手を当ててくる土佐。

彼女は艦船だからか手はひんやりとしており、火照った顔には心地よく感じる。

 

「…凄い熱だ。こんな状態で仕事などと、弱者の貴様に務まるはずがないだろう!?」

 

語気を強める土佐。

弱者呼ばわりされることにはもうすっかり慣れたが、この状態だと仕事が全くできないような言われようである。

 

今までもこれぐらいの体調なら出社して仕事をこなして帰ってきているので、自分の中ではあまり心配していないのだが。

それよりも、会社を休むことで上司にグチグチ言われたり仕事が溜まってしまうことの方が、俺にとっては嫌なのだ。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、動けるなら出社しないといけないのがこっちの世界の労働者ってもんなのさ…理不尽なんだよ、『社会人』ってのは」

 

それに、と俺は続ける。

 

「休むとなると色々と面倒なんだ。上司に休みの連絡して文句を言われなきゃいけないし、次の出社日の業務が増える。結局ストレスが溜まるなら、多少無理してでも仕事した方がいいだろう?…そんなところだ、顔洗ってくる」

 

土佐に背を向け、再び洗面所へと歩き出そうとしたが、肩に置かれた土佐の手はそのままであった。それもとても力強い。

 

「手負いの戦艦が戦場へ赴くか?否だ。それと同じこと…今の貴様にとっての最優先事項は、休息をとって体調を万全にすることだ」

 

「いやしかしだな…」

 

「うるさい!でももしかしもあるかっ!!さっさと自室で寝ていろこの弱者が!!!体調管理には気をつけろとあれほど言っていたのにこの間抜け!!」

 

「うおっ!?」

 

「上官への連絡とその時の小言が面倒だと?手負いの者を働かせる上官など放っておけ!そんな奴は上官として相応しくない!!」

 

携帯電話を貸せ、とすごい剣幕で迫られる。

俺は鬼気迫る表情の土佐に何も言えず、ポケットに入っていたスマホを手渡すしか無かった。

 

何をするのかと思いきや、電話帳を開いて誰かの名前を探し始めた。俺の愚痴を聞いてもらっている時に上司の名前を口に出したことはあるが…まさか、土佐から上司に連絡するつもりなのか!?

 

「待て待て待て!!それはまずいって、俺がやるから!!」

 

「貴様は黙って寝室で寝ているがいい!!上官の小言で更に体調を崩されても困るからな?」

 

「おい土佐…!!落ち着…」

 

俺の静止も追いつかず、土佐は上司の電話番号を発見し、電話を発信してしまう。

 

プルルルル…プルルルル…プルルルル…

 

コール音だけ鳴り響く。上司よ、今は出なくていい…今電話に出たら土佐の罵声が飛んでくるぞ…とにかく今は出るんじゃないと俺は祈っていた。

 

更に数秒の沈黙の後…

 

『ただいま、電話に出ることができません。ピーっと鳴りましたら、お名前とご要件を…』

 

上司は電話には出なかった。

こんな朝っぱらである。重役出勤する上司なので、まだ寝ているのかもしれない。

 

俺はほっと胸を撫で下ろす。

土佐の罵声が上司の耳に入ってみろ、次の出勤の時を考えたく無くなる。それに、会社には土佐のことは黙っているので、色々とややこしい事にもなるし。

 

「あー、土佐…出なかったしほら…電話返してくれないか?仕事は休んで寝とくから、な?」

 

しかし、土佐はまだ止まらなかった。

留守電に、大声でメッセージを残す。

 

「端島海斗は体調不良で休みだ!!貴様は手負いの兵を戦場へ特攻させるような上官なのか!?上官に相応しい行動をよく考えておけ!!」

 

ツー…ツー…

 

やってしまった。

 

次の出社の時、会社にどんな顔を行けばいいのだろうか。

考えただけでもう目眩が………

 

体調不良と相まって、もう俺は立っていられなくなり、その場に倒れ込んでしまった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うっ、頭痛ぇ…あれ、ベッド…そうか、土佐が…」

 

俺は丁寧にベッドに寝かされていた。

ベッドの傍にあるミニテーブルには皿に乗せられたリンゴがある。

 

すると、丁度いいタイミングで土佐が入ってくる。

流石にもう落ち着いたらしい。起き上がった俺を見ると軽く微笑んだ。

 

「起きたか…よく眠っていたな。ここ数日はあまり寝ていなかっただろう?寝不足もあったかもな」

 

ベッドに座ると、持ってきた刃物でリンゴの皮を剥いていく土佐。

彼女が果物の皮を剥くことはあまりないので、慣れない包丁さばきである。…ん?包丁…?

 

「土佐、それステーキとか食べる時に使うナイフじゃないか?包丁とかピーラーとか…もっと使いやすいの持ってくれば良かったのに…」

 

「う…うるさい!皮が剥ければ何でもいいだろう!?」

 

…なんというか、久しぶりに抜けた土佐を見た気がする。

 

たまには体調不良で土佐に看病してもらうのもいいかもしれない。

ここ最近の土佐はポカのない日々だったため、イレギュラーな自体でもないとこういった微笑ましい土佐は見られないのかも。

 

それと気になることがもう1つ。

 

「土佐、体調管理には人一倍気を使ってるというか…何か理由でもあるのか?」

 

正直、朝の土佐の剣幕は予想していなかった。

むしろ体調不良を理由に会社休もうとすれば、この程度で動けなくなるとは情けない…などと言われると考えていたからである。

 

土佐は普段から体調管理にはうるさいの理由が気になる。朝に体調管理できなかった俺は間抜け呼ばわりされたし。

 

「…天城さんだ」

 

「天城さん?」

 

「天城さんは優れた才を持っているが、体が弱くて本調子を出せない日々がずっと続いていた。そんなあの人をずっと見ていたら、体の調子には敏感にもなる。それに…」

 

「…それに?」

 

「私もこうして万全な体でいられることは…奇跡に近い。些細なことでこの万全な状態を崩したくない。今こうして動けていることを感謝している。無論、貴様もそう考えるべきだ。体は1つしかないのだから」

 

どこか含みを持たせる土佐。

 

「…お前も、天城さんみたいに体が弱かったのか?」

 

「ふん、私にも色々あるのさ。…剥き終わった、これを口に入れたらまた寝ていろ、いいな」

 

深いことを聞く前に、土佐は部屋を出ていった。

 

後日に海美から聞かされた話なのだが、歴史の中の戦艦・土佐はかなり不遇な立場であり、ろくに戦場に立つことすらできなかったそうだ。

 

艦船の力を持つ彼女は、そんな辛さを身をもって知っているからこそ、体調管理にはぬかりないのだろう。

 

明くる朝、体調も万全になった俺は思い出した。

土佐の留守電に対して、上司はどのようなリアクションを起こしているか…

 

ポジティブな結果は期待できないだろう。

びくびくしながら出社すると、珍しく俺より先に来ていた上司が、体調は大丈夫かと聞いてきた。

 

俺は本当にすみませんでしたと頭を下げたが、上司は「端島、パワーのある彼女さんがいるんだな」と苦笑いしながら去っていった。

 

この後、社内で『端島の彼女はパワー系』という噂が広まってしまった。

うーん、この…

 




お知らせというのは、今後に登場させるアズレンキャラ達についてです。

土佐さんとこのキャラの絡みが見てみたいな、というキャラがいれば、感想に書き込んで貰えるととても喜びます。
キャラ理解の疎さ、独自解釈が見受けられるとは思いますが、それでも良ければ今後登場させるかもしれません。どうぞお待ちしています。


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土佐さんと一航戦①

もはや異世界からの来客が日常とかしている端島家。

奇抜な格好をした艦船の力を持つ女性たちが来訪しても、何度も来ている人物ならば「また来たか」で済むぐらいにはなってしまった。

 

リビングでくつろいでいると、玄関側から足音が聞こえる。また誰かが来たのか…今日は誰だろうか?新顔か、常連か。

 

「失礼する」

 

入ってきたのは白髪の狐…加賀であった。

 

「なんだ加賀か〜、新顔かと思ったよ。土佐なら今寝室にいるぞ…あれ?」

 

加賀の雰囲気がいつもと違う気がする。

見た目は加賀なのだが、普段よりも落ち着いた感じというか、激しさのような雰囲気をあまり感じない。

 

身にまとっている和服も若干違う気がする。イメチェンだろうか?

 

「加賀、なんというかいつもと雰囲気違うな…?」

 

しかし、この発言に対しての加賀の返答は予想していなかったものであった。

 

「私とお前は初対面のはずだが…なぜ異世界からの来訪者に対してそんなに冷静なのだ?」

 

「…はあ?」

 

素っ頓狂な声を出してしまった。

初対面?加賀は頭でも打ったのだろうか。あ、後者の異世界からの来訪者に慣れてる点に関しては自分でもよく分からない。

 

「…また来客か?誰だ?」

 

ちょうどいい所に、寝室から土佐が出てくる。

加賀の記憶がすっぽ抜けることが、実はよくあることだったりするかもしれない。…流石にないか。

 

「加賀が来たんだけどさ…なんかいつもと様子が違うくて。土佐、原因わかるか?」

 

「…!貴方は…」

 

「久しいな、土佐。母港に戻ってきたという話は聞いていたが…顔を出せなくて悪かった。公務の方が忙しくてな…」

 

久しい…?

土佐と加賀は俺の部屋で何度も会ってるし、母港に帰ってる時にも会ってるはずである。どこか話が噛み合わない。

 

そしてなんだこの気まずい空気は。

姉妹仲がこんなにも急に悪くなることあるか?

 

「…貴方がいるということは、奴も来ているのか?」

 

「ああ。赤城がこちらに興味を持ったらしいから視察だ。…そう嫌な顔をするな」

 

「そうそう、貴方がこの興味深い世界への扉を開いてくれたんじゃない、土佐?」

 

奥から聞いたことの無い声が響く。

妖艶な…そしてどこか厄介な気がする声。

 

「初めまして。カイト様、でしたわね?お話は聞いていますわ。この赤城、重桜を代表して、土佐がお世話になっていることのお礼申し上げますわ」

 

入ってきたのは、加賀とは対象的な黒の毛並みを持つ狐であった。

土佐はその黒狐を見て、複雑そうな表情を浮かべている。苦手な相手なのだろうか?

 

「お礼なんてそりゃどうも。しかし赤城ってどっかで聞いたような…確か、天城さんの話に出てきていた気が…」

 

「あら、天城姉様が私より先にこちらへ?私も呼んでくだされば良かったのに〜もう〜」

 

赤城が口をとがらせる。

天城姉様…というと、天城さんの妹か。

あの天城さんの妹だ。できた妹さんで間違いないだろう。

 

「天城さんの妹さん…赤城だな。加賀の様子がいつもと違う気がするんだけど、何かあったのか?」

 

「それはきっと、『違う加賀』ですわ。こちらの加賀は『空母』加賀…私、赤城と共に一航戦を名乗る重桜の顔、といってもいいかしら」

 

「『空母』加賀…そうか、いつも来てるのは『戦艦』だったか…?」

 

だいぶ前に土佐が「姉上が二人いる」とか言ってた時があったようななかったような。それの片割れ、ということか。

まさかここまで瓜二つとは思わなかったが。

 

「なるほど、お前は戦艦の私を知っていたのだな。ようやく話が繋がったぞ」

 

『空母』加賀も、状況を把握したらしい。

 

「俺も何となく事情はわかった。だが、もう一つだけ質問が…」

 

「あら、何ですの?」

 

赤城が興味深そうに距離を詰めてくる。顔が近い近い!

 

「そんな事よりもカイト様…想像していたよりも私の好みのヒト。一目惚れしてしまいましたわ…私とゆっくりお話しませんこと?」

 

接近してきた赤城に肩を掴まれ、さらに9本の尻尾に体を包まれる。

 

「ちょ…待ってくれ!まだ会って5分も経って…!?」

 

「運命の出会いに経過など必要ありませんもの…さあ、力を抜いて…」

 

あの天城さんの妹だということで無警戒になっていたが、何となく察した。

この黒狐、俗に言う『ヤバいやつ』かもしれない。

 

「そこまでにしろ、腰巾着!!」

 

「あら、いい所だったのに」

 

土佐が赤城をひっぺがしてくれた。…助かった、ありがとう土佐。

 

「姉さ…赤城、流石にいきなり抱きつくのはよせ。彼も困るだろう」

 

加賀も困った顔で赤城を見つめているが、止めに入る様子はなかった。

いや、注意するなら止めに入ってくれよ…

 

赤城の突然の暴挙で質問するタイミングを逃してしまった。

そんな俺の顔を見た土佐は、不機嫌そうに呟く。

 

「ふん…貴様が聞きたいのは、なぜ姉上が来ただけなのにこの場の空気がこんなにも悪いか、だろう!?」

 

「おー、大正解。流石土佐だ」

 

「簡単だ…私がこの『腰巾着』を嫌っているから、それに尽きる!」

 

土佐が指差したのは、赤城であった。

加賀の方は気まずそうにしている。土佐とも久しいとか言ってたし、おそらく彼女はこの赤城といる時間の方が長いのだろう。

 

何となくこの面子の関係性がわかってきた。

この加賀と土佐も紛れもなく姉妹だが、土佐の苦手(嫌い?)な赤城といつも一緒にいるものだから気まずくなっている…そんなところか?

 

1人で納得していると、ひっぺがされた赤城の鋭い目線が土佐を見据える。

 

「いつもは天城姉様に免じて許してあげてるけど…カイト様と至福の時間を邪魔しないでくれるかしら?」

 

至福っておいおい…

俺は心の中でツッコミを入れたが、土佐が赤城に反論する。

 

「至福だと!?初対面の人間とよく至福の時間を過ごせるものだ…それも一方的な!!」

 

「一方的ですって!?貴方だってずっとカイト様にべったりじゃない!!いつものお堅い土佐さんはどこに行ったのかしらねぇ?」

 

「べったりではない!ただ借りを返しているだけで貴様とは違うんだぞ腰巾着!!」

 

「さっきから言わせておけば腰巾着腰巾着って…あなたの方が腰巾着じゃないかしら?いつも天城さん天城さんって…いや、今はカイト様の腰巾着の方が正解かしら?」

 

「黙れ腰巾着!腰巾着は腰巾着だ!!無論、私は違うがな!」

 

「あーうるさいうるさい!!この灰色狐!!」

 

…口喧嘩が始まってしまった。

 

「喧嘩はやめろ!!ここ、マンションの一室なのわかってるか!?」

 

静止の一言も彼女たちには届いておらず、罵声の嵐は止まらない。

ふと加賀をみやると、ため息をつきながら戦況を見つめている。

 

「私も昔は、こうだったということか…」

 

1人でぶつぶつ言っているが、俺にはその発言の真意はわからない。

そんな事よりも、口喧嘩を止めることを手伝って欲しい。

 

「加賀、見てないで止めるの手伝ってくれないか?」

 

「悪いが無理だ。私に赤城を止める資格はないし、昔は当事者だったから土佐の気持ちも分かるからな。落ち着くまでやらせてやれ。…私は天城さんのようにゲンコツで止めることはしたくない」

 

天城さん、あの優しそうな顔でゲンコツしたりするのか…怒らせたら怖いタイプなんだろう。

…というか、加賀に止める気がないのは俺としては困るんだが。ゲンコツしたら口喧嘩は止まるのか?いや、俺もそんなことしたくないし。

 

そんな所へ、新たな人物が現れる。

口喧嘩で足音が聞こえなかったが、あれは…

 

「「「「天城さん!?」」」」

 

4人とも、突然現れた意外な人物に驚きを隠せない。

天城はこちらを一瞥もせず、赤城と土佐の所へ行き…

 

笑顔でグーを振り下ろした。

 




土佐と赤城は絶対仲悪い(偏見)


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土佐さんと一航戦②

「カイト様…我が重桜の者たちが大変なご迷惑を…」

 

天城は、両隣の黒狐と銀狐の頭を両手で押さえつけながら頭を下げる。

これには、流石の赤城も土佐も無抵抗であった。

 

「だ、大丈夫大丈夫!!こういう場面は会社で仕事しててもあるし…あはは…」

 

怒り心頭の天城と、それにひれ伏す狐たちを前に「迷惑だった」などと言えるはずもなかった。…まあ、彼女たちにとってはこの喧嘩も日常茶飯事っぽいし、あまり怒る気もなかったが。

向こうの世界での土佐の日常の一部を垣間見れたと考えれば、あながち悪いことでもない気がする。

 

「赤城と土佐にはよく言っておきますので…あちらの部屋をお借りしても宜しくて?」

 

「あ…ああ、いいですよ」

 

「申し訳ありません…少し時間を頂きますね」

 

天城は、項垂れる赤城と土佐を引っ張るように別室へと連れていく。

刑務所へ連行される囚人のような2人の頭には、大きなたんこぶができていた。

 

ドアが静かに閉じると、残された俺と加賀は一息つく。

 

「…2人が喧嘩したらいつもこうやって止まるのか?」

 

イスに腰掛けた加賀にお茶を出しながら尋ねると、加賀は軽く笑いつつ、「大体な」と答える。

 

「重桜は情報が回るのが早くてな。喧嘩を見かけた駆逐艦の子達が天城さんのところまで走る。天城さんがどこからともなく飛んでくるという構図だ。まさかここまでやってくるとは思わなかったが…」

 

喧嘩の開始を天城に知らせる術などなかったのにも関わらず、天城はなぜ最高のタイミングでやってきたのか気になるところである。

 

「しかし、凄まじい威力のげんこつだったな…漫画で見るようなたんこぶをはじめて見たよ」

 

「私も何度か喰らったことがある。数日は痛みがひかない…セイレーンの攻撃の直撃と同等かもしれん」

 

「天城さん、見た目からは想像できないほどの剛腕なんだな…ん?加賀も喰らったことあるのか?」

 

「なんなら土佐より回数は多いだろうな…土佐の立ち位置は、少し前までは私だったのだから」

 

なんと、それは驚きである。

赤城とこちらの加賀の仲は良好そうに見えるし、喧嘩などするようには思えなかったからだ。

 

「喧嘩の内容は?」

 

嫌なところを突くなという顔をする加賀だったが、苦笑いしつつ答えてくれる。

 

「土佐と同じ…私も、姉さまを腰巾着と呼んでいた時期もあったのさ」

 

「それがこうも関係性が良くなるもんなんだな…って今、赤城のこと姉さまって言ったか?」

 

しまった、という感じの加賀。

どこか抜けているのは姉妹共々ってところだろうか。

 

「血は繋がっていないさ。だが尊敬の意味を込め、2人だけの時はこうやって呼んでいる。だが、私たちは重桜の前に立つ一航戦だ。公の場では赤城と呼ぶように努めている」

 

腰巾着と呼んでいた女を姉と慕うまでに変わった赤城と加賀の間には何があったのかも気になるところだが、土佐がこちらの加賀と気まずくなる理由もはっきりしてきた。

 

「土佐とはなかなか会えていないのか?さっきも久々だなーって言ってたけど」

 

「一航戦として公務が忙しいのは本当だ。だからなかなか会えなかった…しかし、土佐が行方不明となったと聞いた時は何にも手がつかなかった。妹を無事に保護、そして一回り成長させてくれたお前には感謝しなければいけないな」

 

対面に座る加賀が軽く頭を下げる。

戦艦の加賀にも同じようなことを何度言われたか分からない。妹への思いは空母も戦艦も変わらない、か。

 

「私も、妹とは奇妙な距離感を生み出してしまって申し訳ないと思っている…だが、姉さまも土佐と同じぐらい大切。お前も知っているように、土佐ももう子供ではないし、彼女のそばには戦艦の私もいる。私は、遠くからしっかりと妹を見ているさ」

 

そう語る加賀は、どこか寂しげであった。

彼女も彼女でまた、土佐との距離感に悩んでいるらしい。

 

いい機会だ。この場なら、加賀と土佐の関係性に少し改善のヒントを提供できるのではないだろうか。

 

「…なあ加賀。それ、ちゃんと土佐に伝えてるか?」

 

「…何?」

 

「土佐だって子供じゃないし、そばには別のお前がいるかもしれない…けど、お前だって土佐の姉さんなんだろ?土佐視点だと、急に家族が遠い存在になってしまったような感じでモヤモヤしてると思う。赤城の存在が大切なのもわかる。だけど、もうちょっと土佐と話さないとさ」

 

加賀は俺がこんな話をするとは思っていなかったらしく、少々驚いているらしい。だが、話は真剣に聞いてくれている。

 

「ここはお前たちの母港じゃないし、重桜を引っ張るからって周りに気を使う必要も無い。ナイスタイミングだ、自分が土佐をどう思ってるか、伝えてみたらどうだ?」

 

「見ず知らずの男にそこまで言われるとは思っていなかったな。全く、お前と言う奴は…」

 

やられた、と言わんばかりの加賀。

しかし、表情はどこかすっきりしているようにも見える。

 

「お前の言う通りかもしれんな」

 

加賀がぽつりとこぼすと、ちょうど説教が終わったらしい。

こってり絞られた赤城と土佐が出てくる。次いで天城。

 

…天城さん、どうして満面の笑みなのだろうか。怖い。

 

加賀は立ち上がると、赤城を通り過ぎて土佐の目の前に立った。

赤城も天城も、突然の加賀の行動に驚いていた。

 

「…どうしたんだ?」

 

まあ、一番困惑しているのは目の前に立たれた当人である土佐だろう。

 

加賀は、いきなり土佐を抱き寄せる。

土佐も、姉の予想外の行動に一歩も動けない。

 

あれ…この光景、前にどこかで見たような…

空母だろうが戦艦だろうが、加賀は加賀ということか。

 

「土佐、本当にすまなかった…実の妹であるお前を、見てやれていなくて」

 

「なっ、姉上…!?何を急に…」

 

「行方不明になったと聞かされた時には、気が動転して何もできなくなった。こうして、今抱きしめられていることが本当に嬉しいんだ。でも、お前にそれを伝える努力を私はできていなかった…馬鹿だな、私は」

 

加賀(空母)は押し込めていたであろう感情が次々と出てくるようで、目に涙を浮かべている。

 

「これからも加賀(戦艦)が、そばでお前を支えるだろう。だから、私が嫌いでも構わん。だが、そばにいられなくても私はお前をずっと見守っている…それを伝えたかった。そして、こんな重要なことを今まで伝えられず、本当にすまなかった…」

 

土佐は、加賀を抱きしめ返すと爽やかに微笑む。

 

「姉上、ありがとう…空母の加賀も戦艦の加賀も、私にとっては大切な姉上だ。嫌いになどなったりするものか」

 

良かった。

加賀と土佐の距離も、これで少しは改善されると嬉しいのだが。

 

「ふん、あの灰色狐ったら私の加賀を泣かせて…」

 

「赤城、あなたも言えばいいじゃないですか。土佐が行方不明になった時は心配していたと。土佐の捜索の指揮を執ったり、キューブも開発を急がせたのは何を隠そう、あなたなんですから…」

 

「あ、天城姉さま!あれは加賀のためにやっただけでして…」

 

「重桜を背負う一航戦として頼もしくなりましたね、赤城。この天城、嬉しかったですよ」

 

「うう…天城姉さまぁ…」

 

天城が、赤城にとってはバラされたくなかったであろう情報を暴露し、膝から崩れる赤城であった。

この場面でこの情報を出す天城さん、やはり流石といったところか。

 

そんな赤城を尻目に、天城がこちらへやって来た。

 

「カイト様。また1つ、恩を作ってしまったようですね」

 

「加賀の行動力の賜物だと思いますよ、あそこまで直球にやるとは思ってなかったし…」

 

「でも、キッカケを作ったのはカイト様でしょう?また、お礼させてくださいね?」

 

「お礼なんてとんでもない!それより、天城さんはなぜこちらへ?」

 

「駆逐艦の子達が私のところへ来てですね。一航戦が土佐のところへ行ったよって聞きまして…念には念を、ということお邪魔させて頂きました。駆逐艦の子達の危機察知能力は目を見張るものがあります」

 

ふふふ、と笑う天城。あなたのげんこつだって目を見張るものがあると思う…などと言ったら俺も意識を失うかもしれない。

 

心の内に留めておくこととしよう。

 

 




天城が元気にしてるので、一航戦も平和です。
よって重桜も平和。平和が一番!


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土佐さん、手合わせに心燃やす①

あけましておめでとうございます。
今年も土佐さんをどうぞよろしくお願い致します。
今年はきっと新規着せ替え、あるよね?


「昂ってきたな…今度こそ暴れさせてもらう!」

 

「そう来なくっちゃ!私だって遠慮しない…さあ、来なさい!!」

 

俺は一体何を見せられているんだろう。

 

武士の一騎打ちも盛んに行われていたであろう戦国時代にタイムスリップしてしまったのか?いや、そんなことは断じてないはずだ。

今は科学技術の進んだ令和の時代。武士の一騎打ちは愚か、剣を持って歩くことすらできない時代である。

だが、目の前の光景はおよそ現代では考えられない。

和装を身にまとった2人の女性が、己の磨き上げてきた剣技を披露せんとしているのだ。

 

「これだから猪突猛進型は…ご迷惑をおかけします、カイト殿」

 

俺の隣では、山羊を思わせる角を生やした軍服の女性がバツが悪そうにしている。…見えてる景色も隣も状況が混沌としている。

 

「家が破壊されるよりは全然いい…ただ誰も来ないことを祈るよ…」

 

何故こんなことになっているのか。

時は数時間前まで遡る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ただいまー、帰ったぞ」

 

俺は普段通りに仕事を終えて帰宅した。

今日は土佐が料理を並べて待ってくれているのか、はたまた母港から帰ってきていないのか…そんなことを考えながらリビングへ向かうと、初めて聞く声が耳へ飛び込んでくる。

 

「お、あなたがカイトさんね!初めまして、私は戦艦・紀伊、よろしく!!」

 

黒髪に、もはや来客には当たり前のように付いている獣耳。ただ常連である加賀や天城とはまた雰囲気の違う、快活で元気のいい印象を受ける。

 

「おっと…あっちからの来客も慣れてきたとはいえ、初対面でいきなり大きい声で挨拶されたのは初めてかもしれないな。紀伊、だな。見ての通り何もないところだけどゆっくりしてくれ。土佐の仲間…見たところ重桜の艦船、だよな?」

 

「当たり!カイトさん、凄いね!所属はまだ名乗ってないのに当てちゃうなんてさ!!」

 

「あはは…土佐繋がりでの訪問客は重桜の関係者が多いからな。最近は格好とか名前でも何となく察しがつくようになってきたよ」

 

動物の特徴に加えて日本っぽい名前、和装と来れば大方は重桜の人物だろうなと予想がついた。今となっては、以前に別勢力のプリンツ・オイゲンがやってきたのがかなりレアなケースだったなと感じる。

 

「ようやく貴様も、私の同志の判別が少しばかりはできるようになってきたという訳だ」

 

「お、土佐。彼女はお前が連れて来たのか?」

 

「紀伊と互いに意見が一致したからな。久しく()()をやりたいと。そして、折角だから貴様にもそれを見せてやろうと思った。貴様は何かと私を軽んじているからな。私が強者だということを改めて教えてやる」

 

腕を組んで、不敵な笑みを浮かべながら俺を見据える土佐。

別に俺は土佐を軽んじて見ている気は無いのだが。彼女がどこか抜けているのを心配しているだけである。まあ、上から目線なのはいつもの事だ。

 

「そりゃ楽しみだ…で、()()って何なんだ?そういえば、家具が全体的に端に寄せられてるがするけど…何か関係ある?」

 

紀伊の快活な挨拶で家の変化にまで目が回っていなかった。

何故かテーブルや家具の位置が移動している。一体何が始まるというのだ。

 

「当たり前だ。場所はある程度広くないと面白くない」

 

「だね。派手に動くにはそうでなくっちゃ。じゃあはじめよっか土佐!負けないからね!!」

 

「ふん、暴れさせてもらう!!」

 

向かい合う2人は…腰の剣を抜いて構える。

 

「「でやああああああッ!」」

 

ギィィィインッ!!

 

叫び声と共に距離を詰めた2人の剣が激突、なんて激しい鍔迫り合いだ…

 

「って室内でそんな危ない物振り回すなこのバカ!!やめろ!!!」

 

あれ、とはどうやら「剣の手合わせ」の事だったらしい。

 

俺の悲鳴も、戦闘モードに入った2人の耳には全く届いていないらしい。

このままではマンションを追い出されかねない。でもどうやって止めれば?

止めに入れば間違いなく切り刻まれるし、放置しても、家具と家を借りる権利が破壊される…

 

頭を抱えたその時だった。

鍔迫り合いに飛び込んできた、第3の人物。第3の剣が土佐と紀伊の鍔迫り合いを引き離した。

 

「この脳筋があ!!!何やってるの!!!!!」

 

「「駿河!?」」

 

「2人っきりでこっちに向かったって聞いて嫌な予感したから来てみればこのザマ!!こんな狭いところで剣の手合わせなんてバカなの!?いや、バカよ!!あーもうついてない!!なんで私はいつもこんなのに立ち会うハメに…」

 

駿河と呼ばれた新たな来訪者。

むちゃくちゃな剣の手合わせを止めてくれたし、土佐と紀伊をバカ呼ばわりしているので常識人…のはず。とにかく助かった…

 

「私たちならこの程度の空間があれば十分だ。家や家具を傷つけないように配慮もしたぞ?外でやる方がこちらでは迷惑…そうだろう、カイト?」

 

「そうそう!家具動かすの結構大変だったんだからやらせてよ駿河〜!何なら駿河も一緒にやってもいいよ!!」

 

土佐と紀伊も、どうやら彼女たちなりに気を使ってはいたらしい。

…明らかに気遣いのベクトルがおかしいが。

 

「いや剣の腕前も配慮も何も無いんだよ!!マンションの一室で剣を振るな!!あと、ここ俺の部屋!せめて許可取れ!!絶対OK出さないけど!!!」

 

「全くその通りよ、外でやりなさい外で!あと、私はやりませんから!!すみません、ウチのバカがご迷惑を…」

 

駿河は、俺の方へ向き直ると頭を深深と下げる。

彼女が謝ることではない。今回に関しては何かのネジが抜けている土佐と紀伊に非がある。

 

「頭下げないで!!むしろ俺が頭下げないと…家がめちゃくちゃになるところを止めてくれたんだし、感謝するよ。俺はこの部屋の持ち主の海斗。土佐には世話になってるけど…今日のはどうしようもなかったな」

 

どうしようもなかったとはなんだ、と土佐の声が飛んできたがスルーする。

だって本当にどうしようもなかったし。

 

「感謝なんてとんでも…名乗るのが遅れました、戦艦・駿河です。お見知り置きを」

 

どことなく苦労人の匂いが漂う駿河。

立ち振る舞いから見ても生真面目な彼女だ。おそらく破天荒な仲間たちにいつも振り回されているのではないだろうか。

…これは少し同情してしまうな。

 

「土佐、どうしよ?私はこのまま何もせずに帰るなんてやだな〜、土佐もカイトさんにかっこいいところ見せたいでしょ?」

 

「か、かっこいいところを見せたい訳では無いが…!剣は振りたい、こちらでは機会に恵まれないのでな」

 

紀伊がサラッと土佐の言って欲しくなさそうなところを悪意なく言ってのけ、土佐も少し慌てたらしい。顔が赤い。

 

しかし、剣を振り回して許される場所などあるのだろうか。子供のチャンバラならともかく、彼女たちの振るう物はれっきとした本物である。…それが許されるような場所はないだろう。

だが、紀伊はこのまますんなり帰るとは思えない表情だ。何なら「バレないように外でやるしかないか」と言って道路で剣を振りかねない。どう考えてもバレる。どうしたものか。

 

「あの…人気がない静かな場所とかありませんか?とても言いづらいのですが、あの脳筋(バカ)たちはもう模擬戦をしなければ連れて帰れないかと…」

 

深くため息をつく駿河。

彼女たちとの付き合いも長いであろう駿河が言うのだから、「すんなり帰りそうにない」という俺の推測も当たっているようだ。

 

「…ないことも、ないか?」

 

剣を振っていいという許可が降りている場所ではないが人気はない場所、誰にも見られないであろう場所が一つだけ思い当たった。

いつぞや虫取りに向かった山である。子供の夏休みの期間も終わっているし、ましてや明日は平日である。観戦側が周りに注意していればセーフ…かもしれない。

 

「…1回やったら気は済むか?」

 

「いい場所あるんだ!それなら早く言ってくれれば良かったのに、ありがとうカイトさん、1回全力でやれればいいから!そうと決まったらここ元に戻して出発しよう!!土佐も駿河もほら手伝って!!」

 

そうだな、と手伝う土佐となんで私までと肩を落とす駿河。

…駿河に関しては本当に申し訳ない。

 

率先して家具を元に戻そうとする紀伊。この子は本当に体を動かすのが好きなのだろう。家具をすぐに戻そうとしてくれているあたり悪い子ではないんだよな、間違いなく…

 

俺も手伝いに加わり、すぐに家を元に戻す作業は終わった。

俺は周りに人がいないことを確認した後、3人を車に乗せて例の山へと向かった。

車中では母港での3人の関係性や土佐の天然エピソード、駿河の苦労話などで話が盛り上がった。なかなか楽しい時間である。

 

こうして、夜の山中で土佐と紀伊の模擬戦が行われることとなった。

周りへの警戒は怠らないが、折角の機会なので2人の剣さばきに注目するとしよう。



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番外編
土佐さんと12月18日


#土佐生誕祭2021


12月18日。

 

クリスマスの直前で慌ただしくする者もいれば、今年ももう終わりか、と1年を振り返る者もいるかもしれない。

 

しかし、世間の大半すれば、何の変哲もない日であることに変わりないだろう。

 

「…起きたか。貴様、休みだというのにえらく早起きだな」

 

起きてリビングに向かうと、土佐が今から朝食の準備をするところだった。

 

俺は休日は起きるのが遅く、普段休日の朝食は各自で済ませることがほとんどである。

 

ちなみに、土佐は毎朝早起きだ。健康に気を使う土佐らしい。

 

寝ていたい気持ちもあったが、早く起きたことにはもちろん理由がある。

 

「おはよう土佐、今日は大事な日だから早く起きたんだ」

 

「大事な日?貴様、何か用事でも?」

 

前日に何か言っていたわけではなかったので、土佐は不思議そうな顔をする。

 

パンッ!

 

「土佐、誕生日おめでとう!!!」

 

「な…うわっ!?貴様、驚かせるんじゃない!!」

 

「ははは!サプライズ一発目ってところだ!!今日が誕生日だって海美から聞いてたんだ」

 

俺はポケットにしのばせていたクラッカーを土佐の目の前で発射してやった。サプライズの言葉に加え、クラッカーの大きい音に流石の土佐も驚いたらしい。

 

「進水日…(フネ)と無縁のこちらの世界ではそういう言い方になるか。海美のやつ、余計なことをカイトに吹き込んだな…」

 

口から出る言葉とは裏腹に、土佐も表情を緩めているので満更嫌ではなさそうだ。相変わらず素直じゃない。

 

「いつも世話になってるし、今日ぐらいは祝わせて欲しくて。早起きしたのは買い物に行くためだな」

 

「買い物?一体何を…」

 

「決まってるだろ、誕生日ケーキだ!!」

 

12月18日。俺たちにとっては少し特別な日。

なぜなら、加賀型戦艦弐番艦・土佐の進水日だからだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「お兄ちゃん、土佐さん!おはよ!!それと土佐さん…誕生日おめでとう!!」

 

「海美!?あ、ありがとう…今日は海美もいるのか、賑やかになりそうだな」

 

誕生日ケーキの買い物には海美も呼んでおいた。

誕生日を教えてくれたからには呼ばない理由はない。本人も誕生日に土佐と会いたそうにしていたのもあるし、パーティは賑やかな方がいい。

 

「二次元の推しの誕生日を本人を目の前にして祝えるなんて…私ったら恵まれすぎ…」

 

明後日の方向を向いてうっとりする海美。

…海美の趣味からすると祝われている土佐以上に喜んでいる可能性すらある。

 

「…カイト、二次元の推しというのはどういう意味だ?」

 

「…別にわからなくてもいい。海美、ケーキ屋も混むかもしれないしもう行くぞ」

 

「はっ、また私としたことが…ごめんね、2人とも。私嬉しすぎるとすぐこうなっちゃうんだから…じゃあ行こっか、ケーキ屋!」

 

正気を取り戻した海美も引き連れて、商店街のケーキ屋を目指す。

商店街はクリスマス直前の土日ということで、かなりの賑わいを見せていた。今向かっているケーキ屋も、クリスマスケーキの予約などで混雑する可能性がある。

 

その予想は当たっていた。

 

目的地であるケーキ屋は、テーマパークのアトラクション待ちのような行列。この店は地元では有名な店で、ちょくちょくテレビの取材が来るほどだから当然といえば当然か。

 

「朝早く来たってのにこの行列かぁ…流石の人気店…」

 

まあ並んでるものは仕方ない。せっかくなら美味しいケーキを食べたいし、頑張って並ぶこととしよう。

 

ふと自分の後方にいる土佐と海美を見ると、何やら海美がスマートフォンを土佐に見せていた。土佐は興味深そうにスマートフォンの画面を覗き込んでいる。

 

「2人とも、何見てるんだ?」

 

気になって声をかけると、海美は画面を俺にも見せてくれた。

映っているのは、Twitterのタイムラインに載っているたくさんの土佐のイラスト。ハッシュタグには「土佐生誕祭」と書かれていた。

 

「せっかくだから土佐さんの誕生日を祝ってくれる人がたくさんいるんだよーって伝えたくて!向こうの世界じゃたくさんのファンを認識することなんてできないだろうし…」

 

サブカルの情報通である海美らしい。

土佐も自分のイラストがたくさん流れているTwitterには興味津々である。

 

「土佐生誕祭、とな。まさか私を描いた絵がこんなに出回っているとは驚いたぞ」

 

誕生日ケーキのロウソクを吹き消すイラスト、剣を振るうイラスト、加賀や天城と共に描かれたイラスト…種類は様々である。ただ、多くの数を占めているイラストに土佐は着目した。

 

「ただ、少し気になるのは…なぜ私の水着姿が多いんだ!?よもや、邪な発想に取り憑かれている者が多いのではあるまいな?」

 

「あ、あはは…多分、この人たちも土佐さんをお祝いする気持ちは変わらないから、ね?」

 

これには海美も苦笑いする。

俺はイラストを通して土佐の水着姿をここで初めて見たが(当然である)、なかなかに攻めた水着姿で驚いた。この狐、こんな水着着るのか…

 

「一時の気まぐれで命取りになる…貴様、そろそろ目線を変えたらどうだ?」

 

土佐のドスの効いた声で我に返る。しまった、まじまじと見てしまった…

 

「悪かったって!!ほら、もう順番が来るぞ、何にするか決めとけよ土佐!」

 

後ろからお兄ちゃんのヘンターイ!という海美の声が聞こえた気がするが気のせいのはずだ。というかこんな人混みでそんなこと言わないでくれ頼むから。

 

ようやくレジまでやってきたが、ケーキの注文自体はあっさり終わった。土佐のチョイスはオーソドックスなホールケーキである。土佐曰く、「洋菓子はあまり口にしないから無難なものにした」らしい。

 

受け取りまでの間は誕生日プレゼントを兼ねて土佐の洋服を買ったり、商店街をぶらぶらした。振り返ると、こうして一緒に商店街を歩くのは初日以来か。初日と違うのは、海美が一緒なことと、土佐の表情が明るいことだ。

 

どちらもポジティブな変化であり、俺も嬉しくなった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ケーキや洋服などたくさんの持ち物を抱えて、俺たちはマンションへ帰還する。

 

「土佐悪い!両手が塞がってて鍵が開けれないから開けてくれないか?」

 

「…仕方の無いやつだ。貸せ、開けてやる」

 

鍵を土佐に渡し、解錠を待つ。

 

ガチャっと音がし、土佐が扉を開いて中に入ると…

 

パンッ!パンッ!

クラッカーの音が2回鳴り響く。

 

「なっ!?誰だ、なぜ家の中に…空き巣か!?」

 

「進水おめでとう、土佐」「ふふ、驚いてくれましたね…空き巣じゃありませんよ?」

 

「姉上、天城さん!?」

 

クラッカーを発射したのは戦艦・加賀と天城。

この2人も、俺が土佐へサプライズしたいということを事前に話しておいたので来てくれている。

 

「俺が呼んだんだ。クラッカーの奇襲はまた成功、ってところか?」

 

「くっ、してやられたというわけか…貴様程度にこの私が二度も…」

 

悔しそうに自分の頭を小突く土佐。

貴様程度って…相変わらず舐められてるなぁ俺。

 

「カイト様も粋なことをお考えになりますね。この天城、感服いたしましたわ。カイト様はきっと指揮の才もあるのでしょう」

 

笑顔で俺のサプライズを肯定してくれる天城さん。全く、土佐と違って本当に優しい人である。…指揮の才は言い過ぎな気がするけど。

 

「妹の進水日を大々的に祝う…母港でもやっていたことだが、ここまで大規模にやると、より楽しくなるものだな。呼ばれた者は全員揃ったんだ、中に入って宴を始めたらどうだ?」

 

付き合ってやっているんだから早くしろと言わんばかりの加賀。

少々面倒くさそうな態度の割には尻尾がゆらゆらと揺れている。この姉妹は揃いも揃って素直じゃないのである。

 

「よし、買ってきた物を片付けたら土佐の誕生日会本番といこう!」

 

買った洋服を整理し、手分けしてケーキを食べる準備をしていく。

5人もいればすぐに準備は完了し、テーブルの中心にはケーキ、そして皿とフォークも並ぶ。

 

そして、ケーキに刺されたロウソクにチャッカマンで火を灯していく。

土佐の年齢(彼女達風にいえばカンレキ、というのか?)はわからないので、とりあえず付属していた5本を刺した。

 

この様子を加賀、土佐は不思議そうに眺めている。

 

「これは…何をしているんだ?火がついていては食べるのに危険では?」

 

「この火を土佐、あなたが吹き消すんですよ。重桜以外ではよくある慣習…吹き消す際には願いを念じるのです」

 

流石天城さん、博識である。

土佐は言われた通り、ロウソクの火を吹き消す構えに…待て、構え?

 

「土佐、そんなに張り切って吹き消さなくていいから!軽く吹きかけるだけでいいから!!」

 

俺の制止も、集中状態に入った土佐の耳には入らない。

土佐は風船を膨らませるような勢いで息を吹きつける。凄まじい風量に火はもちろん消え、あろう事か立てていたロウソクそのものが四方に吹っ飛んでいく。

 

「…これでいいのか?5本とも吹き飛ばしてやったぞ」

 

済ました顔で…いや、やってやったぞ感が隠せていない土佐。

どうやら、ロウソクを全て吹き飛ばしたことを自慢したいらしい。

 

「なるほど、こちらの祝い事では火をつけたロウソクを息を吹きつけて処理してから食べるのか…興味深いな」

 

何か納得してる加賀。

 

「いや違うだろ!!!」

 

俺のツッコミに笑う海美と天城、間違いに気づき遅れて笑う加賀。

吹き飛ばした張本人…土佐はただ赤面するばかりであった。

 

機嫌直しに、と天城は何枚かの手紙を取り出して土佐に渡す。

それは土佐の友人たちからの祝辞。横から見た海美曰く、陣営問わずたくさんの艦船からメッセージが来ているらしい。

 

「凄い凄い!!この人も、あの人も!!」

 

静かに微笑んで喜ぶ土佐より、脇にいる海美の方が喜んでいるように見えてしまう。海美、ちょっと落ち着け。

 

「…カイト」

 

喜びまくる海美を傍目に、土佐が口を開く。

 

「…なんだ?」

 

「それに海美、姉上、天城さん。そして伝言をくれた友人たちに感謝したい。…悪くない気分だ」

 

「そりゃ良かった。いつまでこっちにいてくれるか分からないけど…今後もよろしくな、土佐」

 

「ふん、仕方ないからまた世話を焼いてやるさ」

 

こうして、俺たちの12月18日は楽しく、平和に過ぎていった。

 




土佐さんの誕生日に何かしたいと思って一筆。
本篇にしても良かったのですが、あまりにも本篇の季節感をすっ飛ばすのも良くないと考えて番外編としました。

土佐さん、誕生日おめでとう!!


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