Fish that are called by different names as they grow larger (瓶ラムネ)
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序章
箱庭の空もまた青い


風鳴り音が聞こえる。

びゅうびゅうと、ごうごうと。

 

見渡す限り雲ひとつない大空。

眼下には澄み渡る大海。

上空数千メートルからの自由落下中ということを除けば観光には絶好のロケーションだ。

 

願わくば観光用セスナ機の中とかからみたいものだったが。

 

ちらと視線をずらすと自分と同じく自由落下中の男女3人。

女が2人に男が1人。

 

こんな自由落下フリーホールアトラクションに放り込まれるとは彼らはどんな悪行を前世で行ったのだろうか。

ふと興味が湧いた。

 

つらつらとそんなことを思いながらもどんどんと海面が近づいてくる。

 

我々を包み込み落下速度を落とすように中空に半透明な膜が現れるが、その前に自由落下に身を任せるのをやめる。

 

空中に立った俺に驚き、一緒に落ちていた男女がギョッとした目で一瞬見るが、そのまま彼らは水に叩き落とされた。

彼らの二の舞にはならないよう、そのまま空中を歩いて浜辺に立つ。

 

ゆっくりと階段を降りるように砂浜に足をつけたときには、ざぶざぶと水飛沫を飛ばしながら三人も浜辺にたどり着いていた。

 

「あー!もう!!折角しつらえて貰ったドレスが台無しよ!!」

 

真っ先に不平を述べるのは真紅のドレスを着たまだあどけなさの残る少女。

年の頃は15,16あたりだろうか。

 

「全くだクソッタレ!招待したやつは覚えてろってんだ!!」

 

釣られて不満を述べるのは学生服にヘッドホン、金髪の少年。

見るからに俺はヤンチャだぜ?とでも言いたげな顔をしている。

 

「ちょっと、許せない」

 

最後のは未来志向の服を着た少女だ。年の頃は14,15くらいか。

ドラ○もんで未来人がこんな感じの服を着ていたような気がする。

まぁ2020年ではどこかで見たことがある気がする服装だ、という説もあるが。

 

彼らの罵詈雑言に肩を竦め、招待してきた人間(人間とは言っていない)が身を潜めている場所に目を向ける。

随分と可愛らしいウサギさん、非捕食者としてはこの上ない獲物だ。

目の前の3人の餌としては最上だろう。

 

「招待者は一体何を考えてるのかしら。まさか問答無用に引きづり込んだ挙句、空に投げ出すなんて」

 

「激しく同意だぜクソッタレ。下手したら速攻でゲームセットじゃねぇか。これなら石の中に呼び出された方がまだ親切ってもんだ。」

 

イライラからか少年が砂辺の砂を蹴り上げる。

 

「石の中に呼び出されては動けないでしょう......」

 

「俺は大丈夫だ」

 

少年は随分と自信ありげだ。たとえここが無人島でも図太く生き残りそうな顔をしている。

 

「そう、随分丈夫な体をしているのね。羨ましいわ」

 

「そんなことより......ここ、一体どこなんだろう?」

 

「さぁな。まぁ落ちてくる途中に世界の果てみたいなものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねぇか?」

 

少年の粋なジョークは彼女たちには響かなかったようだ…

意気消沈する少年。

 

「そんなことは、何だっていいわ。亀だろうが象だろうが。……あなたたちにも変な手紙が届いたのかしら?」

 

「あ、あぁ。そうだが」

 

ジョークがすかったからか少年の反応は歯切れが悪い。

 

「あなたたちも?」

 

「うん。」

 

「あぁ。」

 

「そう。」

 

「ここでぐちゃぐちゃ言ってても仕方ない。まずは自己紹介としようぜ。俺は逆廻十六夜、お前たちは?」

 

「.......そう、ね。私は久遠飛鳥。あなたは?」

 

「ん。春日部耀。」

 

「そう。そこの1人だけ濡れてないあなたは?」

 

「アドリアーノ = ヴァニア = ロヴァッティ。アドルと呼んでくれ。と言うよりも、俺以外は全員日本人か?」

 

無視して自己紹介する。

 

「そのようだな。アドル、あんたは?」

 

「ミラノ生まれのイタリア人だ。」

 

「そう。ひとまずあなたが優雅に空中散歩をして私たちを助けなかったことには目を瞑るわ。それにしても随分と流暢な日本語ね」

 

飛鳥の視線は随分と鋭いが、面白がっている色も見える。

剛気な女性だ。

 

「くくっ。アドル、恩を売っておいた方がよかったな」

 

「そのようだ。まぁ次からこの教訓は活かすよ。ちなみに日本語はハワイで親父に習ってな」

 

嘘である。世界中の言語を使う程度のことは自分にとっては大したことではない。

が、ネタは逆迴にしか通じなかったらしい。

やはりこの3人は別の時間軸から来たのだろうか、アドルは思考を巡らせた。

 

「そうしてちょうだい」

 

「ハワイで親父にとか絶対嘘だろ......」

 

唯一ネタを理解した逆迴からツッコミが入る。

 

 

「(うわぁ。随分個性的な方々ばかりですね……)」

 

木陰から覗く瞳。

月のウサギこと黒ウサギは冷や汗を垂らしながら新たなる箱庭への来訪者たちを見ていた。

何を隠そう彼女こそ彼らを召喚した張本人なのだ。

まぁ召喚自体はもっと高位の存在が行ったのだが、彼女の依頼での召喚なのだから彼女が責任者だ。

 

「(もっと慌てふためいてくれないと黒ウサギが出るタイミングがないのですよ。こうなったら)」

 

「で?呼び出されたはいいけどなんで誰もいねぇんだよ。こういう場合テンプレだと招待状に書かれてた箱庭とかいうのを説明する奴が出てくるもんじゃねぇのか?」

 

ケッと苛立たしげに吐き捨てる十六夜。

アドルも遺憾ながら十六夜に同意だ。

ーーそこの月のウサギは観念してさっさと出てきて欲しいものだ。

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの。」

 

「この状況で落ち着きすぎているのもどうかと思うけど……」

 

「(全くです。私がマウントを取るための隙が……)」

 

黒ウサギは愚痴を溢した。

ーーこれからを考えれば、これくらい頑丈な精神力を持っていて欲しいと思うものの、今くらいは慌てふためいて欲しい。

黒ウサギは自分に都合の良い世界を所望していた。

 

「この程度で慌てふためいてはいられないだろう。」

 

「あらジェントル。異世界に飛ばされたというのにこの程度とは随分な言い草ね」

 

「全くだ。もっと慌てふためいて泣き叫んで当然の場面だぜ?」

 

十六夜は面白そうな奴を見つけたとでも言うようにアドルを見た。

ついとアドルは目を逸らした。面倒な人間に絡まれても嫌だ。

 

「お前らがいうのか?……とはいえこんな浜辺で時間を浪費してもなんだ。そこにいる案内人に話を聞くのがいいだろう。」

 

あんまりにも動きがないのでアドルはついに被捕食者を生贄として召喚することにした。

月の兎こと黒ウサギがいる茂みを指さす。

 

「(ゲ!?)」

 

「あら、気づいていたの?」

 

「あの程度の隠形で隠れてるつもりならお笑い種だな。姿隠しの宝器でも使ってから出直してもらいたい」

 

「へぇ?お前がいた世界にはそんな面白そうなもんがあったのか?」

 

「まぁな。この世界にもあるだろうよ。ハデスの兜とかな」

 

「そいつは楽しみだ。……ま、今はそれより。俺たちを不躾に呼び出した不審者に尋問と行きますか」

 

マフィアやヤクザもかくやという眼光が逆迴と久遠から放たれ、月のウサギに直撃する。

2人の怪光線のような視線のショックで、木陰から叩き出された月のうさぎは慌てて弁明を始めた。

 

「や、やだなぁお二方。そんなおどろおどろしい目で見ないでくださいよ。心臓の弱い黒ウサギをそんなに脅かしたら死んじゃいますよ?私、悪いウサギじゃないですよ〜☆」

 

飛鳥と十六夜には黒ウサギの猫撫で声いやさ、兎撫で声は効かなかった。

飛鳥はどう責任を取らせようかと思い、十六夜はどう黒ウサギの胸を揉むかと思いを馳せた。

 

「却下。本人同意も取らず勝手に呼びつけた輩に払う敬意なんて私は持ち合わせないわ」

 

「右に激しく同意だぜ。おら!ジャンプしろよ!!有り金持ってんだろオラ!姉御が早くしろと仰せだぞ!!」

 

「誰が姉御よ逆迴くん。ぶっ飛ばすわよ」

 

飛鳥は額に青筋を浮かべ十六夜を睨みつけた。その眼光はやはり鋭い。

 

「ヤハハ。まぁそう怒るなよお嬢様。……そんで?お前が俺たちの道先案内人か?」

 

2人の眼光に怯みながらも逆にこちらを値踏みしていた黒ウサギに、分かっていながら問いかける逆迴。

 

「え、えぇ。......我々がこの箱庭の世界に御4人様を招待させていただきました。我々はあなたたちにギフトを与えられた者だけが参加できるゲーム —— 通称「ギフトゲーム」— —への参加資格をプレゼントいたします。」

 

「ギフトゲーム?」「箱庭の世界ねぇ」「我々とは誰のことかしら」「ふーん」

 

「色々ご質問もあるでしょうがまずはギフトゲームと我々の世界のことから説明しますね。まずあなた方自身もお気づきでしょうが、あなた方は普通の人間ではありません。」

 

「今更ね」「右に同じく」「同意」「普通の人間の定義をしてくれ」

 

「ハハハ。少なくとも普通の人間は空中を歩けませんよ。」

 

「全くね」

 

ーー 肩をすくめる

確かに普通の人間は空を飛べないだろうな。

アドルは納得した。

 

「ご納得いただけたようで何よりです。あなた方のような異能の力を持つ存在たちが互いに競い合うためのゲーム。それがギフトゲームです。そしてそんな強力な力を持つギフト保持者たちが面白おかしく生活するために作られたゲーム盤、それがこの箱庭の世界なのです。」

 

「......まず初歩的な質問からしていいかしら?」

 

飛鳥が手を上げる。その視線はまだまだ鋭い。

黒ウサギはビビりながらも先を促した。

 

「どうぞ。」

 

「ありがとう。ではあなたの言う”我々”とはどなたのことをいうのかしら?具体的には私たちを召喚した何者かのことなのだけど。道先案内人さん、あなたの仕業なのかしら?」

 

虚偽は許さないといわんばかりの眼光だ。

 

「すみません。そちらに関しては私にはお答えできません。」

 

「それはどうしてかしら?」

 

「私も知りうる立場にないからです。私はあくまで道先案内人。あなた方を召喚した存在は箱庭の上層部に位置する方々の意向と聞いています。」

 

見るからに3人が落胆した。

彼らの黒ウサギを見る視線に「使えない奴」という色が加わった。

 

「......そう。なら私たちを呼んだ存在を知るにはどうしたらいいのかしら?」

 

「それは上層部に問い合わせるしかないでしょう。問い合わせるには箱庭の世界で上に上がる必要があると思いますが」

 

「そう。わかったわ。」

 

「ご納得いただけたようで何よりです。」

 

今度は春日部嬢が手を挙げる。

 

「じゃぁ私からも一つ。」

 

「どうぞ。」

 

「ギフトゲームとは具体的にはどのようなものなの?そして勝ったらどうなるの?」

 

「ギフトゲームとは主催者側が用意したルールに則って参加者が勝利条件を達成するためにプレイするものです。ルールも勝利条件も様々でサイコロの出目を当てるようなものから命をかけた直接戦闘まで幅広く存在しています。勝利条件もまた同じくですね。勝者は主催者側が提示した宝物を得ることができます。内容もこれまた様々。金銀財宝からなんらかのギフトなど。危険度が高いほど見返りは大きくなる傾向にありますね。もちろんルールをきちんと読まないと思わぬ落とし穴などもあるかもしれません。」

 

「そう。参加には何を?」

 

「参加者側の条件も様々です。チップとして金貨や土地、権利などが条件として出されることもありますし自らのギフトをかけさせられることもあります。もちろん命、という場合もあります。

コミュニティ同士のギフトゲームでなければそれぞれの期日内に参加者登録をしていただければOKです。商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているので、よろしければ道案内がてら参加していってもらっても大丈夫ですよ」

 

「なるほど。……つまりギフトゲームとはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

「ほほう?なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の2割間違いです。箱庭の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか。そんな不逞な輩はことごとく処罰されます。......が、しかし。ギフトゲームの本質は全くの逆。一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手に入れることも可能だということですね」

 

「なかなかに野蛮なことね」

 

「えぇ。ですが主催者は全て自己責任でゲームを開催しています。つまり奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話なのでございます。」

 

黒ウサギはあらかたの説明を終えたのか一旦会話を区切る。

 

「さてさて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭世界におけるすべての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同志候補である皆さんをいつまでも野外に放り出しておくのは忍びないですし。ここから先は我らのコミュニティでお話しさせていただきたいのですが……よろしいですか?」

 

しれっと同志候補と言う黒ウサギ。

抜け目がないが、それは悪手だった。

黒ウサギは気づいていないようだが、十六夜と飛鳥の目が細まる。

アドルは目を伏せた。

 

「待てよ。まだ俺が質問していないだろ」

 

これまでアドルと同様に聞きに徹していた十六夜が、威圧的な声と共に一歩前に出る。

ずっと刻まれていた軽薄な笑みが消えていることに気づいた黒ウサギは身構えるように聞き返す。

 

「……どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

 

「そんなものはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ黒ウサギ。ここでお前に向けてルールを問いただしたところで、何かが変わるわけじゃねぇんだ。世界のルールを変えようとするのは革命者の仕事でプレイヤーの仕事じゃねぇ。俺が聞きたいのは……ただ一つ、手紙に書いてあったことだけだ。」

 

たっぷりのタメを置き、黒ウサギをその視線で射抜く十六夜。

 

「この世界は……面白いか?」

 

「———-YES. “ギフトゲーム”は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと黒ウサギは保証いたします」

 



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脱走者3名、うち1人は別行動

「ジン坊ちゃーん!我々の新しい同志を連れてきましたよー!」

 

あの絶望的な状況から問題児たちをやり込めて、ジンの元に戻ってこれた黒ウサギはホクホク顔だ。

コミュニティのリーダー、ジンも黒ウサギが無事に戻ってきてくれたことにほっと一息ついた。

 

ジンと呼ばれた少年はブカブカのローブに跳ねた緑色の髪が特徴的な人物だ。

黒ウサギの後ろに新たな同志がいることに気づいた彼は、居住まいを正しつつ柔和な笑みで彼女たちを迎えた。

 

「おかえり、黒ウサギ。そちらの女性が?」

 

「はいな!こちらの御4人様が————」

 

くるんと笑顔で振り向きそのまま固まる黒ウサギ。

 

「あ、あれ?黒ウサギの記憶が確かならもう御三方いらっしゃいませんでしたか?というかおかしいですよね!?耀さんだけですか!?」

 

「アドル君は街を見て来るって。飛鳥も同じく見に行きたいってついて行った。十六夜は世界の果てを見に行くってあっちに」

 

耀が指を向けるのは上空から見えた断崖絶壁。

口を開けて呆然となった黒ウサギはハッと我に帰って問いただす。

 

「な、ななんで止めてくれなかったんですか!?」

 

「言われなかったから」

 

「もっと主体性を持ちましょうよ!?というか面倒だったからですよね!?」

 

「うん」

 

「うんって言ったぁ!!!」

 

ちっとも悪びれない耀に、手を振り回して取り乱す黒ウサギ。

 

「そ、そんなことより黒ウサギ!世界の果てには箱庭中枢が放置して野放しになっている幻獣たちが跋扈してるんだよ!まずいんじゃ!?」

 

「そ、そうでした!!」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを宿した獣を指す言葉で、中でも世界の果てには強力なギフトを所持したものたちが数多くいます。万が一にも遭遇すれば最後、生身の人間ではとても敵いません。」

 

「ということは十六夜はゲームオーバー?」

 

「で、ですから!冗談を口にしている場合では……!」

 

ジンは事態の深刻さを訴えるが耀はさらりと受け流すだけだ。

そんなやりとりを横目で見つつ黒ウサギは盛大にため息を吐いて立ち上がった。

 

「はぁ……ジン坊ちゃん…誠に申し訳ないのですが、耀さんのご案内をお任せしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、うん。黒ウサギは?」

 

「十六夜さんを迎えに行ってきます。アドルさんと飛鳥さんは幸い街中ということなので十六夜さんを回収した足で探しに向かいます」

 

艶のある青髪を緋色に染めていく黒ウサギ。

完全に毛先まで変色させた黒ウサギは空中高く飛び上がると、外門の傍に置かれた彫像を次々と駆け抜けていく。

 

「一刻ほどで戻ります!耀さんはゆっくりとした箱庭ライフをご堪能ください!」

 



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今後の見通し、企む2人

十六夜を探しに出た黒ウサギ、噴水広場でジンとお茶している耀たちとは別に、アドルと飛鳥の一行は商店街を食べ歩きしながら今後の見通しについて会話していた。

 

ちなみに金はアドルが用意した。

この階層ではサウンザンドアイズ発行の金貨でほとんどの取引を行っているようだったが、アドルが持っていたドラクマ金貨も等価で利用できるようだった。

 

「それで、アドルくんはどう思う?彼女のこと」

 

「彼女?あぁ、黒ウサギのことか?……まぁ特には。」

 

「特にってあなたねぇ。彼女の事情とかあなたは検討がついているのではなくて?」

 

黒ウサギに毛ほども興味を示さないアドルに呆れる飛鳥。

 

「検討はついてるよ。でも興味はないかな。彼女は別に僕に何か頼んだわけでもなければ僕に危害を加えたわけでもなし」

 

「そう。彼女があなたを騙そうとしているとしても?」

 

苛立たしげに道の小石を蹴る飛鳥。

せっかく異世界に来たというのに自分のことを騙そうとする人間がいきなり現れればげんなりとするのもわかる。

見るからに高位の立場にあった彼女からすれば見飽きている挙句、唾棄すべき相手なのかもしれない。

 

とはいえ自分からすれば正直どうでもいいというのが本音のところだ。

月のウサギは初めて見た、こんな見た目なのか、くらいの感想だ。

別に月の兎が強制でコミュニティに入れと言ってきているわけでなし。一応は自由に決めて良いと言うような言葉使いをしていた。

そこら辺は流石に彼女の良心が咎めたのだろう。

 

甘いなと思う反面、だからこそ怒る気にはなれなかった。

 

「騙すって言ってもね。あの程度の演技じゃ騙すも何も。彼女は分かり易すぎて怒る気にもならんね」

 

僕の言い分に得心がいったのか何度も頷く彼女。

彼女もなんだかんだ年相応にわかりやすい人だ。喜怒哀楽がはっきりしていると言うべきか。

 

「まぁ、それはそうね。じゃぁあなたは彼女に協力して挙げるつもりかしら?」

 

「彼女が所属しているコミュニティに所属するつもりか?という質問であればNo。彼女が困っている問題の解決に力を貸してあげるか?という質問であれば限定的にYesといったところかな。」

 

「なるほどね。あなた、これからどうするつもり?」

 

「コミュニティを立ち上げる」

 

即答する。こんな面白そうな世界に来たのだ。

誰かの褌を巻いて土俵に上がるより自分の褌を用意して土俵に上がる方が楽しいに決まっている。

この僕をわざわざ選んで召喚したのだ。

黒ウサギはともかくその上にはなんらかの意図があるだろうと思ったし、であれば自分の戦力は自分で用意するべきだ。

今までだってそうしてきた。

 

「そう。たった1人でコミュニティを立ち上げるとはご苦労なことね。よっぽど自信があるのかしら?」

 

「まぁそれなりにはね。何?君も僕のコミュニティに入る?」

 

「待遇しだいね。提示条件によっては乗ってあげなくもなくてよ?」

 

飛鳥は挑戦的な笑みを浮かべ、アドルに視線を投げた。

年相応のあどけなさと高貴さ、そして悪戯心が反映された魅力的な笑みだ。

 

「悪い人だ。黒ウサギへの義理とかないのかな?」

 

どの口でいうのかと思ったが、先に義理を放棄したのは黒ウサギだ。

別に心は痛くもなかった。

 

「こちらを騙そうとしなければ義理を感じていたかもしれないわね。まぁそもそも彼女が私たちを召喚したわけでもなければこの世界に来るのに彼女のコミュニティに入ることへの同意もしていないけどね」

 

確かにそうだ。そして世の中にはクーリング・オフと言うものもある。

我々が黒ウサギに感じる義理なんて言うのは大したものでもない。

 

「それはごもっとも。今なら副長の椅子でどう?黒ウサギのコミュニティならせいぜいが幹部の椅子だと思うけど」

 

「もう一声ね。3食おやつ付きに風呂付き、そして文明的な生活」

 

「3食おやつ付きお風呂付きは確約しよう。ベットも固い土ではなくレベルはともかくベットくらいは用意しよう。そして文明的な生活は自分の手で掴み取ってくれ」

 

文明的な生活ってなんだよと、心の中のソクラテスが叫んだための適当な回答だったが、何が気に入ったのかコロコロと笑う飛鳥。

彼女的には悪くない回答だったらしい。

 

「私好みの良い回答よ、契約成立ね。コミュニティの名前は?」

 

「何も考えてない。旗には、鷲とか雷とか雄牛とか剣は入れたいとは思ってるけど。何か案ある?」

 

「そういきなり言われてもね。まぁコミュニティ名は後ででいいんじゃないかしら。今日中にはなんかそれぞれ考えましょう。それより今日寝泊まりするところよ。」

 

「それはギフトゲームで手に入れるしかないね。最悪は宿屋で凌ぐというのもありだけど。」

 

アドルは懐から金貨を取り出し、飛鳥に見せた。

 



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マイホームと夢はでっかい方が良いと昔の人は言った

それから少しして。

手分けして不動産を扱っている店を見つけて話を聞く。

コミュニティの立ち上げならホームの用意は最低限必須だからだ。

 

「お客さん、今日が箱庭初日かい?珍しいね」

 

不動産屋で我々の応対に出てきたのは犬耳を生やした獣人だった。

商店街では何度も見てきた存在だから既に見慣れたものだ。

ちなみにこの不動産屋は2件目だ。1件目は目に叶わなかったため出てきた。

 

「そうなのかしら?確かに私たちは今日来たばかりだけれど、外界から箱庭に来る人は珍しいのかしら?」

 

「数としてはそこそこ多いらしいけど、そういう人たちは大概が箱庭上層の人たちが呼んだり外界から界渡りのギフトとかで渡ってくる人たちだから、こんな最下層に初日から現れる外界の人ってのは少ないんだ」

 

「そう。まぁ私たちも箱庭上層の人に召喚されたわけだしそういうものなのかもしれないわね。」

 

「へぇ!ちなみに誰に召喚さされたか……いや、おっかないから聞くのはやめておくぜ」

 

顔を見合わせて頷く。

1件目とは違い、期待が持てそうだ。

 

「利口ね。アドルくん、ここは当たりの店のようね」

 

「あぁ、そのようだね」

 

「お褒めに預かりありがたいことです。それで?本日はどういった条件で?」

 

店主も満更ではなさそうだ。こう言う素直な性格が繁盛の理由だろうか。

 

「この度コミュニティを立ち上げようと思ってね。この店で扱っている物件で、コミュニティ本拠として使えそうな広大な土地を持った物件はあるかな?」

 

「コミュニティ立ち上げですか!そりゃめでたい話だ!!……とはいえお二方がお気に召す物件があるかどうか……」

 

初日からコミュニティの立ち上げと聞いて店主は仰天している。

やはり初日からコミュニティ立ち上げというのは珍しいのだろう。

コミュニケーションの一環としても出せる予算の上限の金貨を出す。

その金貨の多さに店主はこちらが舐めてかかってはいけない上客だと即座に理解したのか、より真剣さが目に宿る。

 

「扱ってる物件のリストを見せてくれ」

 

「は、はい。ただいま」

 

大慌てで裏に引っ込んだ店主がガサゴソ物件のリストを探し出してくる。

思った以上には安いが、しかし。

 

「......ふむ。どれも一軒家としては悪くないがコミュニティのホームとしては微妙だな」

 

「値段も絶妙に微妙ね。値段だけ見れば安いのだけれど......利便性、コミュニティとしての拡充性を見るともう一声欲しいところね」

 

「あぁ、出張所のような使い方は出来るだろうが、ホームとしてはちょっとな......」

 

やはりホームとなるのだから広大な土地が欲しいところだ。

 

「……ってあら?これ、すごく良いじゃない」

 

飛鳥が一つの物件を指差す。

森に湖、そして一つの邸宅がついた物件だ。

 

「おお、良いなそれ。」

 

その広さなんと直径20km。敷地の大半が森で、森の中心には直径5kmほどの湖が存在している。

立地もここから距離もそうなく、総合的に見ても悪くない条件だ。

しかもコミュニティのホームとして超広い邸宅、それも湖の畔に作られている風光明媚さまであるという贅沢仕様。

それがなんとお値段金貨200枚程度で良いときた。これは召喚当時のレートで11万ユーロ程度だ。日本円にして1400万くらい。

破格どころの話ではない。何か理由があるのだろう。

 

「うん、これはいいな。値段もありえないくらい安い。……店主、何か問題でもあるのか?この物件は」

 

「は、はい。こちらの物件は幻獣種、それもタチの悪いことに強力なサンダーバードが住み着いてまして……」

 

「サンダーバードというと新大陸に伝わる神鳥のことか?」

 

「そうですそうです。サンダーバードは単体で5層レベルの幻獣です。ですが奴はあの土地に味を占めたのか住み着きやがりましてね」

 

自分のところの物件に住み着かれているのだ、イライラも募るというもの。

店主としても泣く泣くの値段設定なのだろう。

北米大陸の神鳥が住み着いてるとなれば最下層の住人では手も足も出ないだろうから誰も買わないらしい。

 

「なるほど。サンダーバードが邪魔でまともな買い手がつかなくこの値段だということか?」

 

「はい。我々としてもこの物件は立地も広さも申し分のない良物件でして売りに出したいところなのですが.......。お客様がこの値段で買ってくれるというのであれば諸手をあげてお売りする所存なのですがね……」

 

「へぇ。アドリアーノくん、いいんじゃないかしら?」

 

「......は?」

 

飛鳥の言葉に素っ頓狂な声を上げる店主。

 

「あぁ。店主。こちらの物件を買おう。土地の利権書と家の鍵を。代金はこれでいいか?」

 

持ってきていた金貨をドシャっと卓上に出す。

買うにしても一括で払うとは思っていなかったのだろう。店主の目は飛び出る寸前だ。

 

「も、問題ないです、お客様。ですが、相手はあのサンダーバードですよ……?」

 

「問題ない。たかだかサンダーバード程度に手こずるわけもない。」

 

「あら、それは本当かしら?」

 

ニヤニヤとこちらを見る飛鳥。どっちの味方なんだか。

 

「まぁ見てな。まぁさっさと家を整理したいし早速このまま向かおう。」

 

「は、はぁ。.......ではこちらが鍵と利権書です。」

 

渡された利権書を読み、問題ないことを確認する。

 

「確かに。ではまた。」

 

「良い買い物だったわ。」

 

「はい、ありがとうございました。サンダーバードが退治できたら教えてください!お祝いしに行きますので!」

 

いい取引だった。

街中に店を構える時にはまたこの不動産屋で物件を購入することにしよう。

 



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その鳥は害な鳥か、神な鳥か

「じゃぁ早速神鳥退治と行きますか。」

 

店を出て伸びをする。

来たのは何時だったのか忘れたが、もう太陽が頂点を通り過ぎ、夕方が近いことを示している。

ここから近いとはいえ、それでも3,40kmはある。

さっさと済ませるのに越したことはないだろう。

 

「えぇ。今日のところは任せるわ。私は戦闘向きのギフトを保持していないし」

 

「オーケー。今日のところは僕がやろう。とはいえ飛鳥の戦闘向きのギフトを手に入れに今度ギフトゲームに参加しにいくのもありかもな」

 

「えぇ。私のギフトは命令系だから効く的にはめっぽう強いのだけど、効かない相手には全く意味がないもの。例えばアドルくん、あなたとかね」

 

「人で実験しないでもらいたいがね。とはいえ君のギフトが命令系というのは疑問が残る。もう少し色々試してみるのをお勧めするよ。」

 

「......このギフトはあまり好きではないけど、長年付き添ってきたギフトだもの。あっちでは試せなかったことも試してみたいわね」

 

“威光”と書かれたギフトカードを見る飛鳥。

威光という単語から色々と力の使い方が思い浮かぶ。

 

「そうそう。その威光のギフトを使いこなせればもっと強くなれると思うよ。」

 

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風に乗るかのように、上空数百メートルを飛んでこれからの本拠地に向かう。

時速1000kmを優に越すスピードで飛んでいながら体にはなんの衝撃もこないという現象に飛鳥が疑問を呈する。

 

「不思議なものよね、この力ってなんなのかしら?」

 

「何、大した力でもない。生まれた時から身についていた力さ。」

 

アドルの濁すような口ぶりに飛鳥はご不満のようだ。

 

「あら、秘密主義の男性は女性から嫌われるらしいわよ?」

 

「そうかな?ミステリアスな男性というのも良いと思うけど」

 

答えを言わないと思ったのか肩を竦める飛鳥。

 

「まぁ、父親から授かった力とだけ言っておくよ。最初からわかったら面白くないだろう?」

 

「まぁ、それもそうね。私の威光もよくわかっていないのだし。アドルくんはその力のルーツを知っているのね」

 

「そうだね。飛鳥の力も多分自分の家系や周囲の人間とかにその力の秘密があるんじゃない?」

 

「家系.....」

 

「まぁ今考えても仕方がない。こういうのは追々わかっていくからこそ楽しいものだろう?」

 

「それもそうね。まだ時間はあるもの」

 

会話しているうちに目的地の森と湖が見えてくる。

遠目から見てもやはり広大な土地だ。

森を切り開いて農業をしてよし、湖で漁やら養殖やらしてよし。もちろん林業にしてもよしだ。

 

可能性の宝庫だ。

 

ーーと、突如。我々の接近に気づいたのか、雷が落ちるような威嚇の咆哮が上がる。

湖の中心にある浮島からサンダーバードがこちらを睥睨し、その雄大な翼をはためかせる。

 

翼を広げると優に15mはあるだろう。

周囲に雷をバチバチと帯電させながら翼をはためかせる度に暴風が吹き荒れ、中洲周辺の水が盛大に巻き上げられる。

 

「おや、見つかったね」

 

「......そのようね。アドル君、本当に勝てるのかしら?」

 

サンダーバードの威容を見て、飛鳥は少しビビったようだ。

こちらの視線とぶつかり、言い訳を始める。

 

「うんうん、わかってるわかってる。飛鳥は俺が守るからそう怯えないで大丈夫さ」

 

グッと親指を立ててウィンクする。

飛鳥は苦りきった顔をした。

 

「ち、ちが......あなたを心配しているのよ」

 

あなたを心配している、と切り替えてくるあたり、頭の回転はやはり良い。

思ったよりは冷静さを保てているようだ。

 

「飛鳥お嬢様に心配されてしまうとは汗顔の至り。心配いらないと証明して見せましょう」

 

慇懃もとい丁寧に礼をする。

 

「ぐ.......負けたら承知しないわよ」

 

ぐぅの音が出るのは根性で抑える飛鳥。

麗しのレディにハッパをかけられてやる気を出さない男はいない。

 

飛鳥を湖の畔の屋敷に飛ばし、自分はサンダーバードの元へ。

空を飛ぶ人間を初めて見たのだろう。

直ぐに襲撃をかけてくると思ったが案外慎重だった。

 

ーーだが。

 

「慎重に様子見などせず襲撃をかけてくるべきだったな。それならまだ一撃くらいは食らわせることができたかもしれないというのに」

 

サンダーバードを見下すように空中に立つ。

 

こちらに落雷を落とそうとサンダーバードが力を振るうが、こちらの力の方が上だ。

落ちてくる落雷が全て避けるように落ちていく。

まるで雷自体がアドルを害することを忌避しているかのような様相だ。

サンダーバードが起こす落雷も、暴風も全てがアドルまで届かない。

 

自分の力が通じないことなど今までなかったのだろう。

サンダーバードが驚愕に目を見開くが、もう遅い。

 

「俺は天空神ゼウスが子、アドリアーノ。頭が高いぞ、害鳥如きが!!」

 

アドルの喝破と同時、天を割るほどの落雷がサンダーバードに落ちる。

その一撃でサンダーバードは沈黙した。

 



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正論パンチは暴行罪が適用されないバグ

———-箱庭2105380外門。

ペリペッド通り・噴水広場。

 

日は完全に暮れ落ちて、箱庭の都市にはすでに夜の帷が降りていた。

街中を道ゆく住民の姿もまばらになり、家屋の窓にはポツポツと灯りがつき始めている。

 

この外門は世界の果てと向かい合っているため、他の地域と比べてもあまり栄えているとは言い難い。

昼時ですら閑散としていることが多く、夜にもなれば自然と静まり返ることがほとんどだ。

しかしこの日だけは、普段とは少々違った装いを呈していた。

 

「居ない!居ない!居ない!!!!アドルさんと飛鳥さんが居ない!!!!」

 

我らが箱庭の貴族が1人、黒ウサギが取り乱してそこら中のゴミ箱を漁る。

町中を探してもいないからと言ってゴミ箱の中にはいるわけがないだろう。

 

「どうどうどう、黒ウサギ。近所迷惑だよ近所迷惑。」

 

「で、ですがジン坊ちゃん!どこを探しても居ないんですよ!?お二人に何かあれば……!?」

 

と、突如。黒ウサギの視線の先にアドルと飛鳥が現れる。

 

「あら、私たちがどうかしたのかしら?」

 

「悪い、色々やってたら遅れた」

 

随分と遅い登場だが、問題児の残り2人は頓着しない。

 

「おう、お二人さん。俺が寂しく世界の果てなんかに行っていたってのにお二人さんはデートかよ?」

 

「あら、悪いかしら?世界の果てに黙って勝手に行った逆迴十六夜くん」

 

「先に抜けたのはお前の方が先だったと思うがな、十六夜。」

 

「おっと、やぶを突ついたか」

 

ガリガリと頭をかく十六夜。お互い様でしかなかった。

 

「さ。この後良いところに向かうのでしょう?さっさと行きましょう」

 

「時間は有限だ。」

 

新しいホームからここまでくるのにまた時間がかかった。

ホームの掃除もしていたこともあってもう大分日が傾いている。

しれっと2人は全員を促した。

 

「お二人が今までどこかをほっつき歩いていたのが悪いのですよ!?急に戻ってきてなんです!!?」

 

「まぁまぁまぁ。そう怒らないで。」

 

「怒りますよ!アドルさん、もっと我々のコミュニティの一員という自覚をですね」

 

「あら。私たちはいつあなたたちのコミュニティに入ったのかしら?」

 

しれっとコミュニティの一員扱いする黒ウサギに待ったをかける飛鳥。

肩を竦める。こういう態度で来られるとやはりイラっとはするものだ。

 

「うぐ。」

 

「忘れないでちょうだい。私たちはあなたたちの仲間になったつもりはないわ」

 

「そ、それは…そうですが……」

 

どうせお前ら行くところないやんけ、と言わんばかりの顔をする黒ウサギ。

その顔を見て飛鳥は額に青筋を浮かべた。

 

「……なるほどな。おいアドル、飛鳥。お前たち今まで何やってた?」

 

やはり十六夜はカンが良い。

まさかこうも早く見抜かれるとは思っていなかったアドルと飛鳥は顔を見合わせた。

 

「勘が良い奴だな。」

 

「全くね。十六夜くん、恐らくあなたの想像通りよ」

 

「あーお嬢はともかくアドルはなんだかんだ言って入ってくれると思ってたんだがな........こっちの事情は?」

 

「まぁ大体想像はついてるわ。どうせあれでしょう?黒ウサギのところはコミュニティが崩壊して火の車ってとこかしら?」

 

「それで復興を手伝えってことじゃないか?多分ノーネーム復興には相当の敵がいるとも見ているけど.........俺たちの予想、何点?」

 

ちなみに彼らが魔王に攻め滅ぼされたというのは不動産屋のおっさんから聞いている。

なんとなく予想しましたよ、全部はわかってませんよとアピールする。ちなみに飛鳥発案だ。

 

「90点というところだぜ。どうやって知ったんだか。チッ......最初から難易度ハードモードかよ」

 

舌打ちを打つ十六夜。勝手に戦力に組み込むんじゃないよ。

 

「あら、そもそも黒ウサギのコミュニティは元々ハードモードではなくて?」

 

「ヤハハ。そりゃ確かにそうだ。だが、お前たちが進む道もだいぶハードじゃないか?」

 

「そうかしら。少なくとも勝手に呼びつけておいて騙そうとする輩がいないだけマシだと思うけれど?」

 

飛鳥の舌鋒や鋭く、黒ウサギとついでにジン坊ちゃんとかいう男の子を刺し殺す。

 

「だとよ、黒ウサギ。やっぱ騙そうとしたのは悪手だったな」

 

「……話についていけてないですが。お二人はコミュニティを立ち上げると理解して良いですか」

 

「そうね」「そうだね」

 

「そんな!!それじゃなんのために僕たちが……!」

 

「ジン坊ちゃん!」

 

ジン少年の身勝手な言い分を黒ウサギがインタラプトする。

飛鳥が今にもキレそうな顔をしているからあまり刺激しないで欲しいものだ。

アドルはそう思いながら懐の短剣から手を離した。

 

「すみません、大声を出してしまって。そしてお二人、いえ、皆さんを騙そうとしたこと、誠に申し訳ございませんでした。」

 

「全くね。少なくとも黒ウサギ、あなたが私たちを騙そうとしなければ私はあなたたちのコミュニティに入ろうと思っていたわよ。......次からは正直でいるべきね。」

 

「だが、別に何も君たちに敵対するわけではない。そして君たちの目的達成のための手伝いをしないというわけでもない。魔王だろうが神だろうが戦うというのであれば轡を並べて一緒に戦う用意はあるよ。筋の通った話である必要があるがね」

 

「そ!……それは本気ですか?」

 

魔王だろうと神だろうと、と啖呵を切るアドルに驚きの声を上げる黒ウサギ。

ノーネームと一緒に戦ってくれる人間は愚か、ましてや相手は魔王。轡を並べて戦えるコミュニティが居るとは思っていなかったのだ。

 

「もちろんよ。言ったでしょう?私たちはあなたたちが騙そうとしなければコミュニティに属してあげても良かったと。」

 

「......魔王、ですよ?」

 

「知っているよ。だいぶやばい存在に目をつけられたらしいね君たちは。さっきサンダーバードをいてこましてきたけどあんなのとは格が違うんだろうね、楽しみだ。」

 

「は!?サンダーバード!!?」

 

「まさか水源荒らしの害鳥のことですか!?馬鹿な、サンダーバードは単体5層上位レベルの神鳥ですよ!?」

 

そんなに有名な害鳥だったのか。

まぁ確かにその神格は相当なものではあったが......所詮元は精霊種だぞ。

 

「アドルくんがワンパンだったけどね」

 

「とはいえ、能足りんの害鳥とはいえ神格は随分なものだったけどね。さすがは新大陸では神の鳥と言われているだけはあった。」

 

嘘である。

相性が良かったというのもあるだろうが、まぁこんなもんかレベルだ。

あのレベルなら元の世界にも結構な数がいた。

 

「ヤハハ、北米大陸の神鳥をワンパンかよ。随分と楽しそうなことをしてたんだなおい!俺も会ってみたかったぜ」

 

「うちに来れば見れるわよ。殺してはいないから」

 

「それこそ馬鹿な!神鳥を手懐けたっていうんですか?」

 

「別にそうおかしなことでもないと思うが。上位の存在が下位の存在に格を示して恭順させる。普通のことだと思うけど?」

 

「下位の存在ってそんな……。サンダーバードは黒ウサギより全然高位なんですが……。」

 

「え?そりゃ帝釈天のお情けで力を与えてもらった種族と地方とはいえ一つの信仰として成り立っているサンダーバードでは格が違うのは当然のことでは?」

 

アドルの舌鋒が黒ウサギに突き刺さる。もはや満身創痍だ。

 

「うぐっ。そりゃそうですけど……」

 

「というか君は僕たちのことをコミュニティ再建の切り札として召喚したんじゃないの?なんで君が上みたいな感じになってるの?平伏して奉れとは言わないけど、それ相応の態度ではあるべきだと思うんだけど、俺の感覚って間違ってる?」

 

「確かに。」「道理すぎて泣ける」「全くね」

 

「そ!そ、それは確かに、そう、ですね……」

 

「箱庭の貴族と言われて増長してたんじゃないかしら?」

 

飛鳥投手、黒ウサギの急所を突く球を放り、無事死球となる。

 

「ぐさっ」

 

「人を騙そうとするわナチュラルに見下してくるわ月の兎というのはこんなのばかりなのかしら?」

 

2投目、以下略。

 

「ぐさっ」

 

「そ、そこまでにしていただけませんか?」

 

「あら、あなたがリーダーのジン少年ね?」

 

「え、えぇ。そうです」

 

「言い直すわ。あなたが黒ウサギを矢面に立たせて全ての責任を黒ウサギになすりつけているリーダーね?」

 

3投目、以下略。

 

「うぐっ」

 

「うぐっ。じゃなくて私たちに何かいうことがあるのではなくて?」

 

「飛鳥、楽しそう」

 

「完全にS気質だな。アドル、あれの手綱を握るのは大変だぞ?」

 

「彼女は頭が良い。わざわざ手綱を握らなくてもなんとでもなるだろう。ダメだったらその時だ」

 

ダメだったらまた別のコミュニティを作るなりなんなりする。カンではそうならないとは思っているが。

俺のカンは当たるんだ。

 

「「す、すいませんでした!!!!!」」

 

黒ウサギとジン少年見事な土下座をきめた。

 

 



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千の目をもつコミュニティ

「さて、ではそろそろ先に進むとしようか。サウンザンド・アイズに向かうのだろう?そろそろ店が閉まる」

 

「そ、そうでした!ジン坊ちゃん、申し訳ないですが」

 

「うん。僕はコミュニティに戻ってみんなに話をつけてくるよ」

 

「あら」

 

リーダーが案内するのではないのか普通は?と自分としても思うが、飛鳥を止める。

これ以上は時間がもったいないし、何より久遠飛鳥という女の株を下げるだけだ。

 

「飛鳥、そろそろ店が閉まる」

 

飛鳥と視線がぶつかる。大人しく引き下がったのは飛鳥だった。

 

「……確かにそうね。まぁ他所のコミュニティには他所のコミュニティのやり方があるものね」

 

「それに細かいことにまで口を出していると自分の格が下がる。久遠飛鳥の株を下げるのはやめた方がいいと思うが?」

 

「……そうね。心しておくわリーダー」

 

怒られた子供みたいにしゅんとする飛鳥。

ちょっと可哀想になったがしかし、組織のリーダーとして部下を嗜める必要はある。

 

「意外、アドルがリーダーしてる」

 

「手綱握れてて笑うわ」

 

「確かに意外です」

 

失敬なことをいう三人。

少なくとも詐欺で仲間を増やそうとしていた奴には言われたくない、アドルはそう思った。

 

「さて、ジン殿はコミュニティに戻るようだし我々はさっさとサウザンド・アイズに向かうとしようか。」

 

「......いいので?確かに私たちはサウザンド・アイズに用がありますが。」

 

「俺たちもサウザンド・アイズには買い物に行くつもりだったからね。ホームの家具を買ったりとか。ここいらでは1番大きい店だし、それにサウンザンド・アイズはノーネームお断りじゃなかったかな?」

 

言外に俺たちがいなければ店に入れねぇだろと言う。

まぁ黒ウサギには黒ウサギなりの根拠があってサウザンド・アイズに行こうとしているのだろうけど。

 

「ぐっ。確かにそうです……」

 

「やれやれ名無しコミュニティは大変だなおい。店で買い物すらできないのかよ」

 

「十六夜くん、私たちはノーネーム相手でも取引をしようと思っているわよ?」

 

「それは助かるが、適正価格で頼むぜお嬢様?」

 

「それはもちろん。損はさせないと約束するわ」

 

なお全くなんの商品も仕入れていない模様。店舗すら用意してない。

そこらは追々だな。

 

「うちは堂々と取引できる店ができてラッキー。そっちは固定客がついてラッキー。win-winだな」

 

「まぁね。ノーネームと取引する奴ら、と見下してくれるコミュニティが増えればよりラッキーというところだな。足元を根こそぎ刈り取って儲けれるし」

 

最下層とはいえ、ここは異世界。

最初から本気でかかる。やりすぎたところで異世界だという説もあるし。

とはいえ、けつの毛くらいは残しておいてやろう。

 

「おっかねぇなぁおい。」

 

「箱庭は弱肉強食の世界ゆえ致し方ないのですよ……」

 

「さすが食べられたコミュニティが言うと説得力が違う」

 

耀選手、火の玉ストレートを習得する。

 

「それは言わないでください耀さん…」

 

「そんなことはいいからそろそろ行きましょう?いつまでも路上で騒いでると不審者の仲間入りよ」

 

「そうでした。では、参りましょうか」

 

==========================================

 

サウザンド・アイズでオーナーの白夜叉と黒ウサギの漫才的なやりとりと店員の塩対応をくぐり抜けて我々はオーナー白夜叉の私室に招かれていた。

 

「白夜叉殿。我々はノーネームではないのだが?」

 

「いいのかしら?私たちがいても」

 

白夜叉こと太陽の化身殿は何か勘違いしてやしないかと確認する。

流れでここまで来てしまったが、勘違いされたままなのはそれはそれで面倒だ。

 

「ん?......んんん!?おんしらノーネームに入らなかったのか!?」

 

やはり我々がノーネームに入ったと思い込んでいたようだ。

 

「私たちは確かに彼らと一緒に召喚されたけどノーネームには入らなかったわよ」

 

「まぁ彼らの目的である魔王退治くらいは手伝ってあげようと思っているけど」

 

ーーそうか......

と何か納得の頷きをし、こちらを見た白夜叉の顔はニヤニヤとした物だった。

嫌な予感がする、と思ったが彼女の方が一手早かった。

 

「魔王退治程度ってまた剛毅なものじゃのう。流石は現代ギリシャ最強の守護神様と言うところかの?」

 

白夜叉はどうやらこちらのことを知っているようだ。

せっかく飛鳥にクイズとして出題していたというのに。

思った以上に一つネタバレされて面白くない。

飛鳥は額に青筋を浮かべた。

 

「......へぇ?それはアドルのことか?」

 

目を細め、こちらを見る十六夜。

面白そうな獲物を見つけた、とでも言わんばかりの顔だ。

舌打ちを打つが十六夜はコロコロと笑うばかりだ。

 

「無論。ノーネーム再建計画はそこのアドリアーノ殿のお力を前提にしたものだったのだがな……」

 

「勝手なことだ。どこの誰だかわからんがその計画を立てたやつは僕に斬り殺される覚悟はできているんだろうなぁ。......というよりも、勝手にこちらの素性をぺらぺらと言わないで頂きたい物だな、白夜王。」

 

「そうよ、せっかくアドル君の素性当てゲームをしていたというのに。エンターテイナーとしては最低ね」

 

「それは、すまんことをしたの......」

 

しゅんとした幼女と見ればこれ以上責める気にもなれないが、こいつの中身は普通に成人女性のはずだ。

飛鳥は口をへの字に曲げた。

 

「にしてもアドルはなんで箱庭に呼ばれたの?ピンポイントでご指名みたいだけど」

 

「俺の召喚はゼウスのはげとオーディンのじじいが関わっているようだ。」

 

先ほどから、サウンザンド・アイズに来てからというもの、見られている感覚がある。

この神威は親父と北欧のハゲのものだ。

オリュンポスの玉座とフリズスキャールヴからこちらを眺めているのだろう。睨み返すとさらに神威は強くなった。

くそかよ。

 

「天空の神王と北欧の神王とはまた大ごとだな。アドルとはどういう関係なんだ?」

 

「アドリアーノ殿はゼウス神の息子だ」

 

「え゛!?」

 

黒ウサギがぽかんとした顔でアドルを見る。

店員をはじめ全員も同じ顔だ。

しれっとまたのネタバレをする白夜王。もうこれほとんど全部言ってるようなものだ。

 

「あー、なるほどな。随分と大きな魚を逃したんじゃないか?黒ウサギ」

 

「アドリアーノ殿どころか久遠飛鳥まで取り逃すとはのう、黒ウサギ。下手を打ったな」

 

「はい……。彼らに不誠実なことをしてしまいました。」

 

「大体のことは予想できるが……何したんじゃ黒ウサギ」

 

被害者の前で自分の罪状を吐かされるという責め苦を与えるとは白夜王もなかなかのSだ。

訥々と語る黒ウサギ。

 

「うむ、黒ウサギたちが悪いな!」

 

話を聴き終わった白夜叉はにべもなく一刀両断した。

サウザンド・アイズの店員の視線も厳しい。

呼ばれた我々は肩を竦めあった。

 

「返す言葉もありません!!」

 

「まぁ彼ら同じコミュニティではないが手伝ってくれるというし、切り替えるしかあるまい。それにそこの逆迴十六夜と春日部耀は入ってくれるのだろう?」

 

「は、はい。そうです。」

 

「彼らに愛想を尽かされんようにな」

 

「はい!」

 

白夜王が黒ウサギを慰める手は少しイヤらしかったが黒ウサギは気づかなかった。

 

「今からノーネームやめるって言ったら黒ウサギどんな顔すると思う?」

 

十六夜が悪巧みするような顔をして耀に視線を向ける。

 

「絶対面白い顔すると思う」

 

「やめてください死んでしまいます……」

 

「じゃぁそれなりの立場を要求するぜ!」「する」

 

「ぐ、具体的には?」

 

「それはお前が考えるんだな。俺は自分で自分に値段をつけるのは嫌いなんだ」

 

「十六夜、絶対他人につけられるのも嫌いだよね」

 

「そういう説もあるな!ヤハハ!!」

 

「詰んでるじゃないですか!!」

 

黒ウサギは地団駄を踏んだ。

 

「十六夜くんは部下には持ちたくない人種の人間ね」

 

「全く。まぁ友達にはいいんじゃない?」

 

「さぁ、それもどうかしらね?」

 

「おいおい酷いな、こんな聖人を捕まえて」

 

全員が肩を竦めた。

言うに事欠いて聖人とはお笑い種だった。

 

 

 



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ネタバレは重罪、飛鳥投手敬遠球を投げる

「さて、そろそろ前置きは良いとしてさっさと話を進めようではないか。黒ウサギたちとアドル殿たちの用件は別なのだろう?」

 

「え、えぇ。アドルさんから用件をすませますか?」

 

「俺たちはサウザンドアイズにはただの買い物をしに来たんだよ。」

 

「主に家具とかね。他にも何かあれば買っていこうとは思うのだけれど。サウザンドアイズは色々売っているのでしょう?」

 

「お客様、こちらお飲み物です。長旅でお疲れでしょう、どうぞ」

 

こちらが真っ当な客だと見て接客し始める店員。

黒ウサギはワナワナと震えた。

 

「あら、どうもありがとう」

 

「いただこう」

 

煎れてくれたのは最高級玉露抹茶。

ぬるくもなく熱くもなく、ちょうど飲みやすい温度で非常に美味であった。

 

「ヤハハ。ノーネームってのはキッツイなぁおい」

 

「うん、悔しい」

 

「す、すみません....ですが、多分これからもこういうことは何度もあるかと......」

 

「ま、君たちはうちで買い物しなよ。お友達価格で提供するともさ」

 

アドルは鴨を見つけたような顔でグッと親指を立てた。

 

「やれやれ、お前ら相手だと毟られそうだぜ」

 

「あら、じゃぁうちもノーネームお断りにしようかしら」

 

「飛鳥お嬢様、こちら当店自慢の黒ウサギでございます。」

 

「ちょっ!?」

 

「良い心がけね。買うわ」

 

「いやいやいやいや!?ちょっと待ってください十六夜さん!?」

 

「そうだぞ!黒ウサギを売却するならウチに売却するのが良いぞ!?言い値で買うとも!!」

 

「そうじゃありません!!!ふざけてないで話を進めましょう!!」

 

黒ウサギのハリセンがとび、場がリセットされる。

 

「さて、黒ウサギを苛めていてはいつまで経っても話が進まん。となるとどうする?アドル殿たちは店を見て回るとするかの?」

 

「そうですね。そういえば黒ウサギたちは何しに来たんだ?」

 

店を見て回ろうと思うがふと思い立って黒ウサギに話を振る。

 

「あ、私たちはギフトの鑑定をしてもらおうかと」

 

「あ?ギフトの鑑定?」

 

「えぇ、十六夜さんも気になりませんか?自分のギフトについて」

 

「別に。他人の鑑定を受けるなんて俺はイヤだね」

 

「私も。別に困ってないし」

 

十六夜と耀は心底嫌そうな顔をした。

 

「ちょ!?今後自分のギフトを知っておくというのは重要なことですよ!?」

 

「別に自分のギフトで出来ることは大体知ってるし」

 

「他人に貼られたレッテルで自分を知るとか底が浅いと思う」

 

十六夜と耀はにべもない。ガンとして譲らない構えだ。

 

「ううむ。ギフト鑑定か......私の苦手な分野の話じゃの......おんしは」

 

「私に出来るとお思いで?」

 

「だろうの。となると.....アレに頼るのが一番なんじゃが......」

 

「マスター、自店の利益を度外視にした商品供与は社内規則に反します。」

 

「いうと思ったわい。......ううむ、どうするか」

 

「ほら、白夜叉も困ってるみたいだし、良いんじゃない?」

 

白夜叉たちのやりとりを槍玉に上げて言い訳を重ねる耀。

 

「そうだぜ、さっさと帰って飯にしようぜ飯に」

 

さっさと切り上げようと十六夜が立ち上がろうとするが、アドルは一つ思いついた。

 

「それなら俺が出そうか?その金」

 

「おい、アドル。余計なことしなくて良いぞ、おい」

 

「そうそう」

 

心底嫌そうな顔をする十六夜達。

しょっぱなにネタバレを食らうなど嫌に決まってるが、こちとらもうすでにネタバレをされた身。

死なば諸共である。

 

「いやいや、多分君たちにとっても必要なものだと思うよ。箱庭では広く流通しているようだし、ギフトカードは」

 

「ギフトカード?」

 

「お中元かなんかか?」

 

「こういうのさ、こういうの」

 

アドルがギフトカードを取り出す。

セルリアンブルーに輝き、雲と雷と星、そして一本の剣が描かれた一枚のカードだ。

 

「あん?そんなカードがどうしたってんだ?」

 

「これは言わば四次元ポケットみたいなものだ。物置として重宝する。」

 

アドルのあまりにもあまりな言い草に黒ウサギはツッコミを入れた。

 

「ギフトカードを物置扱いって......」

 

「ほう。そりゃ随分と便利だな。」

 

「便利だよ。これで飛鳥のギフトの名前も判明したし」

 

飛鳥も自分のギフトカードを取り出す。

ワインレッドカラーのギフトカードだ。

 

「ふぅん。お嬢様のは威光か。で?アドルのは?」

 

ーーー■■■■■■■■

ーーー■■■■■■■■

ーーー■■■■■■■■

ーーー■■■■■■■■

ーーー■■■■■■■■

ーーールーン魔術

ーーークレソベリアル・ガラティーン

ーーークリスベリアの剣

ーーーサイネリアの靴

ーーー黄金: 9812gg

ーーードラクマ金貨4千枚

ーーー葉擦れ森の権利書

ーーー黄若葉の湖の権利書

ーーー■■■の家の権利書

ーーーサンダーバード隷属の証

 

「ほとんど読みとれねぇじゃねぇか!!」

 

「所詮はこの程度の性能ってことさ。朝の情報番組の正座占いとでも思えば良いよ」

 

「ギフトカードは全知の一端、ラプラスの紙片を星座占いごときと同列には語れんじゃろて......」

 

「全知ねぇ。今まで全知とか言ってる奴が驚愕に慌てふためく姿を何度も見たけどね」

 

「ぐぅ。......アドル殿ほどの高位存在ともなれば彼らの知識を上回ることが出来ることもある......」

 

「それを全知と言って良いのかしら?全てを知ってるから全知と言うのではなくて?」

 

飛鳥は訝しんだ。

 

「この話は止めよう!わしが方々から怒られる。」

 

「逃げた」

 

「さて、ギフトカードをアドル殿が建て替えるということで良いのか?」

 

「俺としては黒ウサギたちへの手向けとして送らせてもらおうかと思うけど?君たちもこれから下層を抜け出し魔王とやらに復讐しに行くんだろう?使える物はなんでも使わないとじゃないか?」

 

「えー面白くねぇなぁ」

 

「うん、施しを受けてるようで嫌」

 

面白さ重点の十六夜となんか嫌精神で嫌がる耀。アドルは呆れた。

 

「プライド高いなぁ......」

 

「ではこうしたらどうかしら?」

 

「ん?」

 

白夜叉が用意していたギフトカード2枚を取り上げ、代金を勝手に支払う飛鳥。

ギフトカードを黒ウサギに渡す。

十六夜と耀が止める暇すらも与えない早業だった。

 

「十六夜くん、春日部さん、ノーネームという底辺コミュニティが可哀想で可哀想で仕方がないから、このギフトカードを恵んで上げるわ。悔しかったらアドル君が払った代金を耳揃えて1週間以内に払いに来なさい。まぁ、あなた達に出来るとは思わないけれどね...勿論出来なくても良いわよ?私たち、優しいから」

 

飛鳥は座布団に座る十六夜と耀を上から見下ろした。

顔には嘲の笑みが浮かんでいる。

 

「ざっけんなこらー!」

 

「すっぞこらー!」

 

見え見えの挑発に乗る十六夜と耀。

瞳には闘志が宿っていた。

 

「これでやる気出すのか、おんしらも随分と傾奇者じゃのう」

 

白夜叉は自分を棚にあげた。

 

「さて、一件落着ね。アドル君、さっさと買い物しましょう。日が暮れたわ」

 

窓を指差す飛鳥。

既にとっぷりと日が暮れていた。

 



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名前のないゲーム

「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」

 

サウザンド・アイズで買い物を済ませ、深く頭を下げる店員から見送りされながら外に出る。

最初の態度とは真反対だ。

黒ウサギは額に青筋をたて、問題児たちは爆笑していた。

 

夜の帳が落ち、空に瞬く星空を見上げる。

世界は違えど、夜の星空はやはり美しい。

 

十六夜と耀からの、あれの方がいいんじゃないか?これの方がいいと思う、と言うチャチャ入れを躱しながらの買い物だったからか、思った以上に時間がかかった。

 

これから住むことになるホームは、数年以上も放置されていたにしては思った以上に綺麗だったがやはり、ベッドや食器、風呂用具などはガタが来ていたため必要な買い物だった。

 

ギフトカードを見ると、ポケットマネーとして持ってきた金は大きく目減りしている。

こんなことならもっと持ってくれば良かったと思う反面、最初から金が大量にあっても面白くはないとも思った。

資本金としては丁度良い具合の金額だろう。

 

これから街中に出店する店とバイトと品物の仕入れをしたらそれですっからかんになりそうだが、ここは箱庭。

足りないところはギフトゲームで強奪もとい、仕入れることにしよう。

 

ただでさえホームを格安で手に入れることができたのだ。

あまり強欲なことを言っているとろくなことにならない。

 

月光が照らす中、ノーネームの面々と別れる。

 

「じゃ、またな」

 

「またね、十六夜くん、春日部さん」

 

黒ウサギはちょっと涙目だ。

今生の別れでもあるまいに大袈裟な子だ。

十六夜と耀はちっとも寂しそうにしていない。黒ウサギは多少は彼らを見習うべきだ。

彼らに染まりすぎるとよろしくないので塩梅が難しいのだが。

 

「おう、じゃぁな。お前らんところにもそのうち行くからな」

 

「覚悟しとくといい」

 

「ふふっ。覚悟しておくわ。」

 

「あぁ、覚悟しておこう。......ま、どうちらも今は最底辺。どっちがより早く上位に上がれるか競争と行こうじゃないか」

 

「言ったな?負けたらどうする?」

 

「勝者は負けた方を1日好きにできるってのは?」

 

「乗った!!」

 

十六夜は手をワキワキとさせた。

 

「卑猥なことはなしね」

 

飛鳥は身の危険を感じたので先手を打つことにした。

勝つから良いとかそう言う次元での話では無い。体が拒否したのだ。

 

「えー......そりゃないぜお嬢」

 

十六夜はゴネたが、逆効果でしか無かった。

エッチなことをすると言っているような物だ。

 

「ま、公序良俗に反しない程度にってことでいいじゃないか。どうせ俺らが勝つし」

 

「確かにそれもそうね」

 

「言ったな?」

 

「......後悔しても遅い」

 

アドルと飛鳥のあまりにも安い挑発は十六夜と耀には効いたようだ。

 

「いやいやみなさん何言ってるんですか!?」

 

「黒ウサギは黙ってな!これは俺たちのプライドを掛けた勝負だからな」

 

「そう、これは私たちの勝負。黒ウサギには関係ない」

 

「いやいやいや......」

 

どうせ負けるやろと思ったが、一日くらいなら良いかと思い直す。

というよりもこれは説得は無理そうだと悟り、黒ウサギは諦めたのだった。

 

「勝利条件は先に最下層を脱出することってのでどうだい?期限は無期限で」

 

「乗った!」

 

「負けない」

 

名無しの権兵衛相手に吹っかけるのにはだいぶ厳しい勝利条件だが、彼らは天元突破した問題児。

彼らの辞書に逃げると言う文字は無かった。

 

両者が合意した瞬間、ギフトゲームの誓約書が天から降ってくる。

箱庭がギフトゲームの成立を認めたのだ。

 



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第一章「箱庭最下層のチートコミュニティ」
最下層のトンチキなコミュニティ


第一章開幕


喝采が上がる。

 

大通りの一角。

角地という最高の立地に居を構えた店、「久遠(くおん)の雷鳴」に大量の客と()()が群がる。

 

最近最下層で旗揚げした2人組みの振興コミュニティ「ヴェルトルエノ」、彼らが構えた店だ。

 

居並ぶ観客は彼ら"久遠の遠雷"が販売する西側の特産品に群がり、その品質が良く中々手に入らない品々を手にとっては購入していく。

 

そして何より、それらの値段が安いのだ。

 

通常、西側の品を購入しようとしたら、輸送量の問題が発生して値段が高くなってしまいがちなのだ。

 

商人がどれだけ頑張り、大量に買い込んでもゲートの行き帰りの使用料金が大きな足かせとなり、また購入の手間、倉庫への搬入、在庫管理などなど、その他を考えればどんどんと値段が高騰していく。

それが、多少西側で購入するよりかは割高とはいえべらぼうに高騰しているわけではない、妥当な範囲の値段設定。

 

それこそが彼ら"久遠の遠雷"の最大の強みだ。

 

しかし、彼らの強みはそれだけにあらず。

 

なんと言ってもここは箱庭世界。

ギフトとギフトをぶつけ合わせたギフトゲームこそが華とも言える世界だ。

 

なればこそ、彼らはギフトゲームをより楽しめるよう、購入しない冷やかしの客をも巻き込めるよう、大々的にギフトゲームを受けて立つ。

 

久遠の雷鳴で常時開催されているゲームが3つある。

 

1つ、腕っぷしと腕っぷしのガチンコバトル。鍛え上げられた腕力対決。

2つ、頭脳VS頭脳。客と店員がクイズを出し合っての頭脳対決。

3つ、総合競技、有効判定は平手で相手に触れること。ガチンコ鬼ごっこバトル。

 

この3つだ。

専用のリングを用意し、腕相撲と頭脳対決を受けて立つ。

そして、この東の街全てをフィールドとした鬼ごっこバトル。

 

このどれか一つででも彼らに勝てれば店の商品をどれでも1つ、タダで手に入れることが出来る。

 

負けたら何かしら絶対に購入しないといけないというペナルティがありつつも、そもそも欲しいものがあって店に来ている客が大半だ。

そう思えば、ほとんどペナルティのないギフトゲーム。

 

参加者は日に1回まで参加可能という大盤振る舞いっぷりに連日並んでは勝負を挑んでいく人間が後をたたない。

 

そして、町中でアドルに飛鳥、サンダーバードを必死に客が追いかけ、それを余裕綽綽で逃げ回る彼らの光景に周囲で見ていた人間が気になって店に寄ってしまう。

 

そして店で売っている商品の安さと品質の良さにリピーターになり、また店に群がる人だかりが大きくなる。

 

そういう循環が出来上がりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西側で商品を仕入れる?」

 

何それ面白そう!と顔を輝かせる飛鳥。

隣ではバサバサと羽を羽ばたかせ、湖上を吹き抜ける清涼な風を気持ちよく受けてあくびを漏らすサンダーバード改め小鳥ちゃん。

 

場所は湖の中心に出来た半径百mにも満たない小さい島。

 

鬱蒼と木が生えていたそこをバッサリと伐採して景観を整え、屋外テラスのように魔改造したその場所。

 

周囲を湖に囲まれ、ザブザブと波音を聴きながらサウザンドアイズで購入したテラス用の真鍮製の椅子に座り、東側特産の紅茶を飲むという贅沢。

 

遠くには東側と北側を分断するように連なる大山脈が雪を被りながら雄大に横たわり、湖には多くの水棲生物が自由に泳ぎ回って時折水音を奏でる。

 

まさしく、絶景。

 

これだけ景観に優れ、足元の湖にも森にも食糧が大量に眠ってるとあれば、このサンダーバードもここから離れようとは思わないわけだ。

そう思わせられる。

 

まぁどっちが上でどっちが下かバチコりその身に叩き込み、今ではしっかり我々の仲間になっているわけだが。

 

それはそれとして閑話休題。

 

我々がこれから出店する店で取り扱う品の話である。

 

これから我々はコミュニティを運営するのだ。

どこかからギフトゲームで品々を奪うばかりではなく、我々も我々のやり方で箱庭の経済活動に参加したいではないか。

 

そんな俺と飛鳥の共通の思考から導き出された結論は出店だった。

自分たちで店を構え、商品を売り捌き、その儲けで美味しいものを食べる。

もちろん、自分たちの力を試すためにもギフトゲームには当然参加する。

 

だが、やはり自分の考えで店を出店して商売をしてみたいという欲求は強かった。

 

せっかく異世界に来たのだ。元の世界で出来なかったことにどんどんチャレンジしてみたい、そう思うわけだ。

 

「そうとも。今、東側で売られている商品は大概が既に市場独占されてる。この紅茶とかな。ここに今から新規参入しても勝負は厳しい」

 

「それはそうね。フォレス・ガロとか言ったかしら?彼ら、随分阿漕(あこぎ)な商売をしているらしいし。……そこで西側ってことね?」

 

東側最大のコミュニティ。フォレス・ガロ。

東側の外門の多くを保持し、大量のコミュニティを傘下に置く、巨大コミュニティ。

彼らの元締めには上層の魔王がいるとかいないとかいう噂も聞く。目下、彼らが追い抜く対象として目をつけているコミュニティだ。

 

「その通り。東側と真反対に位置する西側の特産品はこっちではとんでもない価格でしか手に入らない高級品。でも西側ではそう高くないわけだ」

 

「輸送費の問題ね。……でもそうなると私たちも仕入れるには同じく輸送費の問題が発生するわよ?」

 

「おいおい馬鹿言っちゃいけないぜ。こういうのもなんだけど俺は天空神の息子なんだぞ?空間転移くらいお手の物さ」

 

「ん……確かにそれはそうね。」

 

「何?何か不満でも?」

 

「…だって面白くないじゃない? アドル君ばかり活躍して」

 

机をトントンと叩き、面白くないと(のたま)う飛鳥。

せっかく初めて商売をするのだから、もっと苦労を重ね、創意工夫を凝らして市場で戦い、そして完膚なきまでに勝ちたい。そうありありと顔に書いてある。

それに何よりアドルばかりが活躍して、自分の出番がないのが最も面白くなかった。

 

「えぇ…いや、輸送問題を解決しないと厳しいぞ?他に勝ち目のある商売もなくはないが、全部ハードルが高いし。」

 

例えば上層の品や喫茶店などの飲食店経営ならばまだ勝ち目がなくもない。どちらも別の意味でハードルが高いわけだが。

アドルの言葉に理解を示しつつも、それでも飛鳥は面白くなかった。

子供のように頬を膨らませたりはしない。しかし、目が納得いかないと雄弁に語っていた。

 

結局、商品を仕入れる時の交渉の一部と店のレイアウトの決定権を飛鳥に委ねることで合意し、その場は収まった。

 

そして、彼らは動き出し、わずか3日で東側の市場を揺るがすほどの店を出店まで漕ぎ着けたのだった。

 



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