妖精さん 銀座にて、斯く戦えり (奥の手)
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妖精さん 銀座にて、斯く戦えり

その妖精さんの乗っている機体は、こう言われていました。

 

“全滅上等の機体”

“事実上の特攻機”

“とりあえず入れとくという選択肢はない”

 

そう言われてしまうほどに器用貧乏な性質で、それゆえ特殊なシーン以外、まず使われない。

“零式艦戦62型(爆戦)”は、そういう微妙な性能の機体でした。

 

250kgの爆弾を腹下に備え、そのうえ20mm機銃二挺、13.2mm機銃三挺を装備。

それはつまり、艦爆として攻撃もでき、戦闘機として制空権争いにも参加できる。

そんな夢のような働きが期待されていたこの機体は、その実のところ残念ながら、そういう戦い方はできませんでした。

 

全ては「器用貧乏」の一言で片付けられる、その中途半端な特性ゆえの弱さです。

 

()()()()()()()()

 

一航戦、正規空母「加賀」に装備されている、()()零式艦戦62型(爆戦)だけは、明らかに他の機体とは動きが違っていました。

 

加賀は報告します。

「あの子は、特に優秀な戦果を上げて帰ってきます。それも、必ず、何度でも」

そんな度重なる報告により、ついにその機体と妖精さんには名前がつけられました。

 

零戦62型「岩井さん」と。

 

 

と、いうわけで。

俺には名前がついたわけです。

「岩井」さんと。

 

偶然なのか運命なのか、俺の生前の苗字と全く同じ「岩井」の名前。

まぁ、いわゆるネームドというやつになれたので、喜びも喜び。

大喜びよ。

 

艦隊これくしょん。縮めて艦これ。

生前、俺が大好きだったゲームで、そしていま、俺はそのゲームのなかの「妖精さん」と言われる一員になっている。

 

生まれ変わりとか、輪廻転生とか、まぁ無理やり説明すればいくらでも口にできるようなことが、こんな俺にもやってきたということだろう。

前世の記憶を持って生まれ変わるという生き物は、いないわけじゃない。

 

生まれ変わる先が同じ人間か、あるいは違うものか。俺の場合は、違う生き物だった。それだけのことだ。

 

妖精に生まれ変わって嬉しいかって?

そりゃ嬉しいよ。正直めっちゃ嬉しい。

 

毎日加賀さんの腕の中に帰ってこれるんだもの。

加賀さんから出撃して、加賀さんに帰ってくる。

 

俺は加賀さんが大好きだ。

加賀さんのためなら一生懸命戦える。

そんな加賀さんのところへ、「今日も絶対に帰ってやる」という気持ちで頑張っていたら、いつの間にか「岩井さん」と呼ばれるようになったんだ。

 

いやぁ嬉しいよ。

そうです。俺が岩井です。

 

たぶんきっと、俺の生きていた日本の昔の戦争で、「岩井」というすごい人がいたんだろう。

艦これは、史実にいるすごい人の名前を「ネームド」として強い装備にすることがある。

 

俺が艦これをやっていた頃には確かもう実装されていたはず。

だから、この世界でもなにかの力が働いて「岩井」の名前をつけるに至ったんだろう。

 

と、いろいろ考えるのも楽しいのかもしれないが、正直そこはどうでもいい。

俺は「岩井さん」と毎日加賀さんに呼んでもらえる、それだけで幸せだ。

 

さて、今日もしっかり敵さんに爆弾を落として、きっちり防空して。

そして加賀さんの腕に! (かくのうこ)に! 

帰るぞ! 帰りたいぞ!!

 

 

今日も元気に出撃する。

主力を正規空母とした、一航戦率いる第一艦隊は、とある海域を順調に進んでいた。

 

『敵艦隊、見ゆ!』

 

先に索敵のため出撃した部隊から入電。

艦娘の面々が臨戦態勢に入る。

 

俺の出撃準備もオッケー。

いつでも行けますよ加賀さん!

 

「対空戦闘に入ります……みなさん、お願いします」

次々と戦闘機を発艦させる加賀さん。俺も、そのうちの一機として飛び立った。

任せてください。

 

発艦後は各自、妖精同士での連携に努める。

必要があれば母艦とも通信する。

でも敵、深海棲艦に無線を傍受される可能性があるため、乱用はできない。

 

必要最低限の無線と、己の腕、仲間の腕を信じて闘う。

 

『テキ、ゼンポウ。サンカイ!』

 

先に発艦した戦闘機が、敵の戦闘機との戦闘に入った。

間も無くして視認。俺は早めに高度を上げ、上空からの支援に徹する。

 

腹下に250kgの爆弾を抱えている。これを持っての格闘戦はできない。

上空から戦況を冷静に見極め、孤立している敵をさらに追い込む。

 

敵へのとどめはあくまで仲間の仕事。俺はそうして生き残ってきた。

俺の主任務は、腹下の250kg爆弾を敵艦に叩き込むことだからな。

制空権争いは、あくまでおまけ! それが、加賀さんのもとへ帰るためのコツよ!!

 

っと。

あそこ、一機孤立している。味方の烈風も、あとちょっとであいつを落とせそうだ。

 

「よし」

 

俺は一気に操縦桿を傾け、機首を下ろす。

孤立している敵戦闘機を追い込むように、13.2mm機銃を叩き込む。

 

ガガガガガガガガッ!

 

弾は真っ直ぐ、敵の進路を塞ぐ形で降り注ぐ。

敵が動揺し、わずかに、ほんのわずかに動きが鈍ったその瞬間。

 

味方の烈風が有効弾を叩き込んだ。煙を上げながら敵は高度を落とし、最後には海へと落ちた。

 

俺はそれを確認しつつ、味方烈風へ拳をあげながら高度を上げようとした。やったぜ。

その時だった。

 

『イワイ! マエ!』

 

烈風からの通信。

瞬発的に前を振り向く刹那、頭の中に状況が飛び込んでくる。

 

——最初は敵がいるのかと思った。

しかし、ここまで高度を落とす時、敵が近くにいない事は確認している。

むろん海の上。衝突するような障害物もない。

ではなぜ烈風から、たったいま敵を屠り、次の敵を探そうとしていた烈風から慌てるような通信が入ったのか。

 

俺は前を見た。

否、前は見えなかった。

 

“それ”は。

敵でも。

まして味方でもなく。

 

ただただ空間がにじみ、空が歪み、日の光がねじ曲がった、異質な空間だった。

 

「なッ——!」

 

口を開く前に操縦桿を動かすが、間に合わない。

高度を上げようとフルスロットルだった。加速中だった。そう簡単に曲がるわけもない。

 

俺は。

その明らかに普通ではない空間の歪み、いや、もうすでに、それは歪みというよりは。

 

——門、のようなものとなりつつあるものに、吸い込まれるようにして入ってしまった。

 

 

「くっっっっそ!」

 

全速力で訳のわからないところに突撃してしまった俺は、現在、1ミリも操縦桿が傾かないように全集中している。

 

せまい。

というか暗い。

上も下も漆黒で、何がどこまであるのかわからない俺は、本当に、ビタ1ミリも機体を傾けてはいけないと直感で悟った。

 

傾けた瞬間どこかに当たり、運が良ければ墜落、悪ければ機体ごとバラバラになって死ぬ。

いや、妖精の身であるこの体が死ぬとか、バラバラになるのかは知らないが——今はそんなことを考えている時ではない。

 

必死に操縦桿を握り、機体がぶれないよう細心の注意を払いながら減速させる。

手のひらに汗がにじみ出る。すべりそうだ。そんな事はあってはいけない。

 

「頼むぞ相棒……マジで頼むぞ……加賀さんのところへ……帰るんだぞ!」

 

愛機へ渾身の念を送りながら、永遠とも思えるほどの暗闇の中を突っ切っていった。

その先に。

 

光がみえた。

まるで四角く切り取られたような明るい枠の中へ。

暗闇の外へ。希望の外へ。

 

俺は無事、どこにもぶつかること無く、暗闇の世界を脱出した。

 

——そして目を見開いた。

 

飛び込んできた光景は、よく知っている、そして久しく見ていなかった景色だった。

 

ところせましと乱立するビル。

うごめく人。うごめく車。飛び回る鳥。

そして、赤と白のコントラストが映える東京タワー。

 

眼下に広がる光景は、生前よく知っている、東京の街だった。

 

「なん……で……?」

 

頭が混乱する。

どうなっている。

敵は? 味方は? 艦娘は? 深海棲艦は? 

いや、いや、そんなことよりも、まずここは海じゃない。(おか)だ。

不時着なんぞしようものなら街一帯が大事になる!

絶対に機体を落としてはならない!!

 

頭が混乱する一方で、妖精として長く培ってきた経験が、心を落ち着かせていくのを自覚した。

 

慌てる時ではない。

今よりひどい状況だった時なんていくらでもある。

敵がいない今、なに、俺は前世の記憶を持って生まれた“妖精”だぞ。

今起きていることなんざ、騒ぎ立てるほど大したことじゃない。

 

——落ち着いてきた。

と、同時に今、自分がすべきことがわかってきた。

 

まずは周辺状況の確認。

ここがもし、万が一にでも“艦娘のいない世界”——つまり俺の生前の世界か、あるいは似て非なる別世界だったとしても。

なるべく穏便に着陸しなければならない。

よもや攻撃目的で、250kgの爆弾を抱えて日本の首都を飛びまわっていた、などと勘違いされてはいけない。

 

うん。

……うん。

 

無理がある。まず俺の姿形が人間じゃない。仮に何かの奇跡で実はさっきの暗闇の中で人の姿に戻っていたとしても“爆弾を持った零戦が現代日本の首都を飛んでいる”時点でやばい。

やばすぎる。

あとしっかり体は妖精の姿だ。手を見ればわかる。妖精の手だ。

全身から脂汗が滲み出す。いや、妖精なのでそんな汚いものは出てこないけどなんかそういうものが出てきてもおかしくない気持ちになっている。

 

「うーん」

 

やばすぎるが、しかしどうにもこうにも、どこかに着陸する必要がある。

燃料も無限にあるわけじゃない。

安全に着陸できるポイントを探そう。

 

そう思い、どこか広くて空いている道がないかと地上を凝視した。

その時だった。

 

なにか、おかしい。

いや状況そのものが何もかもおかしいんだが、そうではなくて。

 

 

——仮に。

仮にこの下に広がっている世界が現代日本——俺の生前の日本だったとしたら。

 

()姿()()()()()()()()()()()()()()

 

鎧姿の人間が、徒歩で、あるいは馬に乗って、あるいは……あれは、ドラゴン……? に乗って。

街の人を。

住民を、市民を、道ゆく人を襲うことはない。絶対にない。

そのはずだ。

だというのに、これはなんだ?

眼下に広がる、今まさに始まったと思われるこの光景は。

 

鎧姿の人間が、女の人を、切っている。男の人を、刺している。血が飛んでいる。周りの人が逃げ始めている。子供が一人、逃げ遅れている。

動けないでいる。

その、子供に、鎧の、男が、剣を、振り上げて——。

 

「——ッッッああああああああ!!!!」

 

考えるよりも先に手が動いた。

操縦桿を一気に傾け、機首を真下に下ろす。

機銃が地面に向いた瞬間、13.2mm機銃を発射する。

 

目標、鎧集団。子供には当てない。音を聞けば動きは止まるはずだ!!

 

——東京の空に、レシプロ機の急降下音と、機関銃の音が同時に響いた。

 

 

急降下爆撃。

これまで数百回と繰り返した攻撃の、その応用。

爆弾の代わりに機銃の雨を降らせ、即時に離脱する戦法。

 

愛機から放たれた数十発の13.2mm弾は、見事に鎧集団に命中した。同時に、子供を襲おうとしていた男が、近くにいた警察官に撃たれているのを確認した。

子供は、その警官が保護したようだ。

 

警察がちゃんと機能している。

きっと全員は守れていないだろうけど、それでも。

それでもあの子は救われた。

 

何が起きているのか断定はできない。

けれども。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのことだけは確かだった。そして俺は、生前も、今も、“日本の者”だ。

 

——誰を守るかなんて、この身(妖精)になった時から決めている!

 

保護された子供と警官のもとに、再び集団が近づいている。

とんぼ返りして、再度銃弾を叩き込む。なぎ倒し、そのまま道沿いに低空飛行する。

 

「よし……」

 

鎧兵士が上を見上げている。十分に注意が引けている。

だが。

 

少し高度を上げて辺りを見回す。

空に、ドラゴンがいる。零戦と同じくらいの大きさで、鎧姿の男が乗っている。こちらを見ていた。

地上の鎧兵も、立ち止まったのは少しの間で、どんどん進行している。数も増えている。

一体どこから……いやそんなことを考える前に、先にすべきことがある。

 

戦いは、制空権を取った陣営が圧倒的に有利になる。

これまで幾度となく繰り返した戦闘で、それは明らかだ。

空を取ったものが、勝利を取る。

 

きっとこれだけの騒動だ。警察だけじゃなくて自衛隊も動いてくれる。

もしここが、俺の知っている日本じゃなかったとしても、きっと、ここの、この国の軍隊が動いてくれる。

 

だったらやるしかない。

やってやる。

それまで守り抜いてやる。

この空の制空権、守り抜いてやるッ!

 

 

高度を上げ、一旦ドラゴンから距離を取る。

逃げたと思われたのか、ドラゴンはこちらから注意を逸らし、地上に接近し始めた。

空から街の人を襲う気だ。

 

「させるかよ!!」

 

反転、一気に高度を落とし、接近して機首をあげる。

 

ガガガガガガガガッッ!!!

 

出し惜しみはしない。威力の高い、20mm機銃で下から撃ち上げる。

見事に命中し、乗っていた鎧兵士もろともバラバラに霧散した。

 

火力は十分、相手に通用する。だが数が多い。今ので一匹。

 

確認しただけでも、交戦範囲内にまだ五匹はいる。

しかも奴ら、動きの小回りがだいぶ効く。こっちの機動力じゃ距離を取らないと弾が当たらない。

 

それでも。

だからと言って。

 

みすみす街の人たちを見殺しにはできない。

 

撃てるドラゴンには当たらずとも弾を撒いて牽制し。

地上の軍集団には、機銃の雨を降らせ数を減らす。

 

1秒でも長く敵の攻撃を遅らせる。

もう少し。あと少し。きっと、誰かが助けに来てくれるから——。

 

 

 

 

 

 

銀座無差別襲撃事件。

多くの民間人が犠牲となった凄惨な出来事から、数日後。

 

あの日、非番の自衛官が、多くの民間人を救い出したその功績として。

“銀座の英雄”は、人々の間で賞賛されました。

と、同時に。

 

——爆弾を装備した旧帝国海軍機が、銀座の人々を守るように飛んでいた。

——自衛隊が到着するや否や、すごい速度で“門”へ突っ込んでいった。

 

そんな、特秘情報とするにはあまりにも多くの目撃者がいた“謎の零戦”が。

後にGATEの向こう側の世界、通称「特地」でも目撃されるのは、そう遠くない先の話なのでした。

 

 



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妖精さん コダ村にて、斯く戦えり

銀座事件から数日後。

 

“銀座の英雄”こと伊丹 耀司(いたみ ようじ)の話が広がる一方で。

銀座の空を飛び回った“謎の零戦”の噂もまた、さまざまなところで持ち上がっていました。

 

特に、日本の空の平和を守る、航空自衛隊の皆さんの間では。

 

やれ、旧帝国海軍の亡霊が守護神になってやってきただとか。

やれ、あれだけの垂直降下射撃を繰り返せるのは頭のネジが外れているとか。

やれ、一対一のドッグファイトをしたら俺は勝てるとかお前は勝てないとか。

 

良くも悪くも噂は持ちきりでしたが、航空自衛隊上層部では、別の意味で“謎の零戦”の話に頭を悩ませていました。

 

それは大きく分けて二つ。

一つは、空自、海自両方の対空レーダーを掻い潜って、日本の首都に武装した航空兵力が現れたという「責任」の話。

そしてもう一つは、すでに特地へ送った斥候から、銀座を飛んでいたと思しき零戦を視認したという話。

 

前者は、謎の零戦が「特地」へと繋がる門から出現したという目撃情報から、責任を問うのは「なぜ帝国兵に銀座が攻められたのか」を問うのと同じレベルで不毛と判断され、早い段階で解決しました。

 

問題は後者です。

特地への調査、および「国土防衛と平和維持」のための特別派遣には、陸上自衛隊が主として向かうことになっています。

ところが。

 

その派遣先に、いくら日本国民を守るような立ち回りをしていたとはいえ、「所属不明の航空兵力」が存在しているとなれば、陸上自衛隊だけで対処できる話ではありません。

空自の機体を送り込むか否か。

送るとしてもGPSの使えない現地に、現行主力機を送って良いのかどうか。

 

答えは「乗り捨て前提の旧型機二機で、ベテランパイロット二名を乗せての運用」となりました。

 

こうして、陸上自衛隊が「特地」へと派遣されて数週間後。

航空自衛隊のF-4EJ——通称「ファントム」二機と、その乗組員、整備員が派遣されたのでした。

 

 

 

 

 

 

鎧の兵士が暴れ回っていた、銀座の空を飛んで数ヶ月後。

 

「はー……」

 

俺はひとつ、ため息をついた。

雲ひとつない空を眺めながら、緑豊かな森の中の、とてもきれいな湖のほとりで、釣り糸を垂らす。

すぐそばの開けた場所には、愛機も止まっている。

 

東京に現れたあの門をくぐって以来。

もとの世界、加賀さんの元へ帰るどころか、訳のわからない自然豊かな陸続きの世界に来てしまった。

 

通信機器は繋がらず。打電しても応答なし。

 

この世界に来てすぐに、村のような場所と、そこで生活する人を空から確認する事はできた。

生前の中世ヨーロッパにタイムスリップしたのかとも思ったが、明らかに地球のものではない生き物も見たので、きっとここは「異世界」なのだろう。

そりゃ通信しても繋がらないよなぁ。

 

ついでに海もなかった。

燃料も無限にあるわけではないので、余裕を持って飛べる範囲で探したが、川や湖こそあれど、海を見つける事はできなかった。

なのでこの世界は、おそらくだが艦娘のいる世界ではない。

そしてたぶん、残りの燃料全てを使い果たしても海までたどり着く事はできないだろう。

 

と、いうわけで。

いい感じに開けた森の、そこそこ大きな湖の近くに着陸して暇を持て余しているというわけだ。

 

妖精でよかった。

この体は腹も減らないし睡眠も必要ない。

趣味で何かを食べたり、睡眠をとっている仲間もいたが、俺は空を飛んで加賀さんの元に帰れればそれだけでいい。

それだけで……よかったんだけどなぁ……。

 

「はぁー……」

 

帰りたいなぁ。

また加賀さんに「岩井さん、あとはお願いします」と命令されたいなぁ。

どうやったら帰れるかとのんびり考えて、もう何日、何ヶ月も経っている。

 

ずっとこの湖で魚を釣っては逃して釣っては逃してを繰り返している。

そろそろ飽きたんだよなぁ……。

 

帰れそうな方法は、いくつか考えた。

 

まず一つは、もう一度あの門をくぐってみる事。

こっちに来て数日後にあの丘まで戻ってみたんだけど、自衛隊っぽい人が門の近くに隠れてたから、おそらくもうあの門の周りは自衛隊が守ってるだろう。

そりゃそうだ。

また東京の街に鎧兵士がでたら大事だもの。自衛隊も、大勢この世界に来るだろう。

 

んで。

自衛隊がこっちに来るという事は、あの門をもう一度くぐったところで、出る場所はきっと日本だろう。

くぐる意味がないので却下。

 

戻る方法二つ目は、自滅する事。

機体ごとどこかに突っ込めば、加賀さんが沈んでない限り、加賀さんの補給で装備として戻ってこれる。

でもそれは、艦娘のいる世界だからできる事。

ここは異世界で、その方法で加賀さんの元に戻れる確証がない。

自分の命で実験するのはごめんだ。なので却下。

 

三つ目。これが最後で、今考えている一番の有力説。

それは、この世界の神様的な存在に会ってお願いしてみること。

まぁ、いるのかどうかもわからないけど、現にこうして不思議なことが起きてるんだから、神様とか仏様とか、そういう感じのがいてもいいんじゃないかなと。

 

……最後のはもう投げやりかな。正直、打つ手がない。困り果てている。

全然有力説じゃない。

 

「どうしようかなぁ」

 

竿が動いたので上げてみる。

また釣れた。今日はよく釣れるなぁ。

 

針から外して、すぐに湖に戻してあげる。またおいで。

 

「…………」

 

三つ目の、この世界の神様的な存在に会うためには、まずどうやって会うのかを誰かに聞かないといけない。

それはつまり、この世界の住人とコンタクトを取るという事。

 

あの村、かな。

話が通じるかはわからない。一応木の枝を持って、地面に絵を描けるようにしよう。

よし。

久しぶりに飛ぼう。

 

 

 

 

森を飛び立ってしばらくして。

 

「……なんだあれ?」

 

遠くの方。森の一部が、まるで大火災に遭ったかのように焼け落ちている。

相当の火の手だったのか、木は真っ黒に焦げて、なにか、建物らしきものもある。

むろん、焼け焦げて原形すらわからない。

 

自然火災、にしては、燃え方がなんかおかしいような……。

いやでもここは異世界だから。

とりあえず、この前見つけた村まで行ってみよう。

 

 

 

 

村の近くに着陸する。

ドキドキしながら村まで歩くと、そこには誰もいなかった。

 

人っ子ひとり。動物一匹に至るまで、誰もいない。

それどころか、まるで家財一式ごっそり持ち去ったかのように、村はもぬけの殻だった。

 

うー……ん???

 

この前まで村人がいたはずだ。

家もある。現代日本ほどしっかりした家じゃないけど、遊牧民とか、流浪の民とか、そういう移動しながら暮らすような人たちの造りじゃない。

 

と、なると。

 

「あの森の焼け跡、もしかして何かの戦争だった?」

 

だとしたら、この村の人たちは戦火から逃げて何処かへ行ってしまったのだろうか。

それは困る。

唯一知っているこの世界の住人なんだから。

 

これは。

うん。

追いかけよう。

 

馬車かな。車輪の跡と人の足跡がこっちに続いているから、この道に沿って飛んでみよう。

 

 

もぬけの殻の村から飛び立ってしばらくすると、木々のない、岩場のような場所まで来た。

土肌もろだしの茶色い世界。

道に沿うために低空飛行を続けていたが、次第に切り立った山々が目立つ。

飛びにくい。

 

ちょっと高度を上げようか。

そう思い、機首をあげて地上の視野が広がった時。

 

「——ッ!!!!!!」

 

二つのものが同時に目に入った。

 

一つは、おそらく村から逃げてきたであろう人々の長蛇の列。

そしてもう一つは、東京で見たドラゴンより二回り以上大きな、真っ赤なドラゴンだった。

 

そして。

そのドラゴンは。

村の人たちと思われる列に、炎を吐いていた。

 

 

真っ赤なドラゴンは、地面すれすれを飛行していた。

村人の先頭から中程を追いかけるように、薙ぐように炎を吐いている。

馬車も、それを引く馬も、そして、その周りの人間も。

皆等しく、なすすべもなく一瞬にして燃える。

 

逃げ惑う人々。

子供もいる。老人も。女性も、男性も。

それを追いかけるようにして、ドラゴンは炎を吐きながら迫っていた。

 

「ッッッ!」

 

操縦桿を倒す。スロットルを全開にし、炎を吐き続けるドラゴンに向かって急接近する。

そして。

 

ガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!

 

13.2mm弾を叩き込む。接近しながらありったけぶち込んだ。

3秒以上命中。並の生き物なら肉片にすらなりうるその攻撃は、

 

「な……に……」

 

土煙の中、上空から確認したドラゴンは、肉片になるどころか穴一つ空いていなかった。

 

「東京を飛んでいたドラゴンより硬いのかッッ!!」

 

機体を翻し、高度を上げる。下の土煙が晴れてきた。

13.2mmがダメなら、20mmを叩き込むッ!

 

高度を確保しながら目下を確認。地面に降り立っているドラゴンを視認すると同時に。

 

「——!」

 

ドラゴンの周りを、緑色の車両が三両、まるでわざと注意を引いているかのように走っていた。

陸上自衛隊の車両だった。

 

ドラゴンはこちらを一瞬だけ見たが、敵とすら認識しなかったのか、あるいは自衛隊の攻撃が効いているのか。

再び飛び立つ様子はなく、自衛隊車両の方を睨んでいた。

 

とにかく今がチャンスだ。

俺はそのまま高度を上げ、垂直降下できる高さを確保すると、太陽を背にするように反転。

機首をドラゴンへと向け急降下する。

その瞬間だった。

 

「まず——!」

 

ドラゴンの口元が真っ赤に燃え上がる。

その先には、自衛隊の車両。

天を仰いだドラゴンが、業火を吐き出すまで、もう1秒の間も無かった。

 

「間に合えええええええええッッ!!」

 

20mm弾を叩き込む。

距離が開きすぎている。照準もブレブレ。

だが、射線上に自衛隊と村人はいない。

効かなくてもいい、一発でも当たれば!

動きが止まれば!!

 

果たして20mm機銃の弾幕は数発が命中し、ブレスを吐く寸前だったドラゴンは羽で顔を覆うようにその場に釘付けになった。

 

機首を上げ、再び高度を上げる。距離を取りながら後方眼下を視認する。

そのとき。

 

——ドラゴンの周りの乾いた地面に、なにか巨大な斧のようなものが突き刺さった。

閃光。稲妻が走り、大気を震わせながら地面が隆起する。

直後ドラゴンの左腕に何かがあたり、爆発した。

 

何が起きたのか、正確にはわからなかった。

ただドラゴンは何事か大声を上げて吠えた後、両翼を広げて俺の機体とは真反対へ飛び去った。

 

「……20mm機銃、全然効いてなかったなぁ」

 

運が良かった。

機動力も装甲も、明らかにドラゴンの方が上。

まともに戦ったら、たぶん勝てなかった。

 

とりあえず、うん。

うー……ん。

そうだな。

 

村人を訪ねるのは、今日はやめておこう。

湖へ帰ろう。

 

あああぁぁぁー…………。

加賀さんのところへ帰りたいぃぃ。

 

 

 

爆煙と土煙のなか、ふらふらと逃げ去る炎龍を、襲われた人々が茫然と見上げる一方で。

 

「今の子ぉ」

 

死と断罪の神、エムロイに仕える亜神——ロゥリィ・マーキュリーと、

 

「今の……零戦、か?」

 

陸上自衛隊、第三偵察隊隊長——伊丹 耀司(いたみ ようじ)だけが、炎龍の逃げた方角とは、真反対を見つめていました。

 

 

しばらくした後に。

“銀座の零戦が伊丹の隊を救った”

という話が、特地派遣隊内で広がるのと。

 

炎龍の襲撃を逃れた人々が、各地で“緑の人”と“緑の天竜”の噂を垂れ流すのは、もうすぐ後のお話でした。

 

 

 



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妖精さんと神官さん

アルヌスの丘。

自衛隊のもとへ、炎龍に襲われた避難民がやってきて数日が経ちました。

 

「難民受け入れ」として現地住民を迎えた自衛隊は、衣食住、つまり衣服、食べ物、住むところを、コダ村避難民へ提供しました。

現地住民との関係は良好。

また、避難民の自活のために、翼竜の鱗をイタリカという近くの街へ売買する話も出てきました。

 

せっせと翼竜の鱗を集めたり、お風呂に入ったり、ご飯を食べる生活を送る平穏な毎日。

平和で変わりない、そんな何も変哲のないある日のことです。

 

「ちょっとぉ、でかけてくるわねぇ」

 

明日の夜までには帰るからぁ、と。

ロゥリィ・マーキュリー。

——死を司る神の使徒、神官としての“死神ロゥリィ”が、たった一人でアルヌスを出発しました。

よく晴れた、雲ひとつない日のことでした。

 

 

 

 

湖のほとり。

日も暮れかけ、あたりは鮮やかなオレンジ色に照らされている。

夕日がキラキラと反射する湖に、俺は今日も、食べもしない魚を釣ってヒマをもてあそぶ。

 

最近は針に餌をつけなくても魚が釣れる。

釣れるというよりは引っ掛けているだけだが、そろそろこの遊びももう数ヶ月経つ。

いい加減飽きてきた。

 

真っ赤なドラゴンと一戦を交えてから数日。

俺はあれから一度も飛んでいない。

 

理由は二つだ。

 

一つ目は単純に、残りの燃料がもう半分を切っているからだ。

あの丘まで行って帰ってきたらギリギリ残るか残らないか。それくらいしかない。

なので、もう他の村の住人を探すために飛び回る事もできない。

 

二つ目は、あの集団を率いていたのが自衛隊だから。

おそらく、いや、もうほぼ確実に、あの村の住人は自衛隊に連れられて門の辺りまで行っているだろう。

そうなるともうこちらから接触するのは難しい。

 

自衛隊とて、所属不明の機体が武装して近づいてきたら攻撃せざるを得ないだろう。

警告くらいはしてくれるだろうけど……。

 

「こっちの通信が届くかどうか怪しいしなぁ」

 

そう。

あれから何度か、通信をオープン回線で飛ばしてみた。

 

“ワレ、ニホンコクノミカタナリ。キュウエンヲホッス”

 

と。

結果は反応なし。

あの炎龍と戦っていた自衛隊車両には届いてもおかしくない距離だった。

にもかかわらず応答なし。ダメ元でモールス信号の打電もしてみたが、こちらも応答はなかった。

 

詰み、の一歩手前まで来ている。

残された手段は撃墜覚悟で門のある丘まで飛ぶか、いっそのこと墜落して加賀さんの補給で帰る方法に賭けてみるか。

 

「はぁー……」

 

数日悩んでいるが、決められないでいる。

どちらにしても死ぬかもしれないのだ。

 

妖精に“死”という概念があるのかはわからない。

艦これの世界では、一応ある。

“死”というよりは、役目を終えるという表現に近いが。

いわゆる装備解体だ。艦娘の装備として生まれたならば、その装備としての役目を終えた時、妖精である俺たちは役目を終える。

 

終えた先に何があるのかは俺も知らない。

別の装備妖精として生まれ変わるのかもしれないし、あるいはどこかで待機して別の何かに取り憑き、艦娘が使えるようにするのかもしれない。

 

俺たちのことは、俺たち(妖精)自身もよくわからない。わからないし、考えようともしてこなかった。

その必要がなかったからだ。

 

——当たり前のように、加賀さんの元へ帰る事が出来たあの日々が懐かしい。

 

あの落ち着いた、いつも冷静で、それでいて勇気を与えてくれるような。

加賀さんの声をもう一度聞きたい。

もう一度、加賀さんの腕へ帰還したい。

 

不意に竿を持つ手の視界がゆがんだ。

湖に移る自分の姿を見る。

涙を流していた。目元が熱くなる。次から次へと、涙が出ては手元の袖を濡らしていく。

構うものか。どうせ誰もいない。誰も聞いていない。だれも、助けになんてきてくれない。

だれも、だれも。

 

「あらぁ、やっぱりここにいたのねぇ。どぉして泣いているのかしらぁ?」

 

甘ったるい声と共に突然現れたのは、赤と黒のゴスロリ服を身に纏い、どこかで見覚えのある巨大な戦斧(ハルバード)を携えた少女だった。

 

 

突然の来訪者に、俺は驚くと同時に竿を放り出して後ろに飛び退いた。

飛び退いたところで何かができるわけではないが、あまりにもいきなり現れたので、身構えざるを得なかった。

 

「あらぁ、驚かすつもりは少ししかなかったのぉ。そんなに警戒しなくて大丈夫よぉ?」

「……どちら様です?」

 

つい今ほどぽろぽろ涙を流していたので、自分の声は震えていたが、謎の来訪者はあまり気に留めていない様子だった。

 

「私はロゥリィ・マーキュリー。死と断罪の神、エムロイの使徒よぉ」

 

 

自らを“神の使い”と名乗ったゴスロリ少女は、不敵な笑みを終始浮かべたまま、自己紹介と、ここへ来た理由を一方的に告げた。

 

曰く、“緑の人”こと自衛隊が炎龍の左腕を吹き飛ばした際、その隙を作り出した謎の飛行物体が気になったこと。

 

曰く、ただ一瞬すれ違ったその瞬間に“この世界にいてはいけないもの”と、自分の体を通して死を司る神・エムロイが認識し、その素性を確認する旨の命令を受けたこと。

 

曰く、居場所はエムロイから聞き出した。自衛隊もあなたの素性を知りたがっていたが、世界のバランスが悪くなるのでここでした会話は他言しない。

 

「つまりぃ、私の質問に答えてくれたら、あなたの質問にも答えてあげるってことよぉ」

 

甘ったるい声でそういう少女——ロゥリィは、じっとこちらを見つめている。

 

全然“つまり”になっていない。

突っ込みどころがありすぎてもはやどこから聞いたらいいのかわからない。

わからないが、とりあえず俺は喜んだ。

やったぜ。

やったぞ、なんて幸運だ。

 

“この世界の神様的存在”が、まさか向こうからやってきてくれるなんて。

この機を逃してはいけない。帰還の方法が得られるかもしれない。

 

この少女、ロゥリィは言った。俺のことを“この世界にいてはいけない存在”だと。

だとしたら、悠長にお話なんてせず、あの大きな戦斧で殺すはずだ。

 

なぜそうしなかったか。

それはたぶん、俺を殺せないからだ。

物理的になのか理論的になのか、とにかく俺は、この世界における“死”を迎えられないんだろう。

だから「この世界にいてはいけない」と、死を司る神が決めたにもかかわらず“死”を与えないんだろう。

だったら。

“死”以外に、この世界から(はい)する方法があるはず。

 

「わかりました、ロゥリィさん。俺に答えられることは全て答えます。その代わり、俺を元の世界に返してください」

「そうねぇ。その前に、まずあなたは“ニホン”から来たわけじゃないのねぇ?」

「……わかりません。ただ、門の周りにいる自衛隊の人たちとは違う世界から来ました」

「そう、なのねぇ」

 

すこしだけ。

ずっと甘い笑顔を浮かべていたロゥリィの表情が、何かを憂うようなものになった。

なった気がした。

今はもう、またさっきの笑顔を浮かべていた。

 

「あなたぁ、なんていう種族なのぉ?」

「妖精とか、装備妖精と呼ばれています」

 

ロゥリィの視線が、俺の頭から爪先まで、全身を舐めるように()ったのがわかった。

まぁ、そりゃそうだ。

 

大きさこそ生前の俺、人間と同じ大きさだが、姿形はデフォルメされている。

手も、足も、顔も、とてもじゃないがヒト種と同じではない。だからこその質問だろう。

 

「そう、妖精ねぇ。つまり——死ねないのね」

「…………らしい、ですね。俺自身はよくわかりませんし、この世界で俺がどういう存在なのかもわかりません」

「この世界に、あなたと同じ境遇の存在はいないわよぉ。居たら困るの。だからエムロイは、あなたをこの世界から追い出そうとしているのよぉ」

「それは俺としてもありがたいです。ただ、ちゃんと元の世界に返してくれればそれで」

「残念だけれどぉ、それは無理よ」

 

ロゥリィはそう言い放った。

一羽の鳥が、もう日も落ちる寸前という森を、飛び立つ音が聞こえた。

 

 

無理、と。

今、目の前にいる、神の使いを名乗る少女は、言った。

元の世界へ帰ることは、無理だと。

 

目の前が暗くなる。

日が落ちているからじゃない。

絶望感。無力感。望郷の念が身体を襲い、力が抜ける。

ぺたりと、その場に崩れ落ちた。

 

「そんなに落ち込まないでよぉ」

「もう——」

 

声がかすれてかき消える。

乾いて間もない涙が、また再び流れ出す。手の平が熱くなる。視界が、目の前が、もう何も見えなくなるほどにゆがみ、涙が続け様に落ちていく。

 

「元の世界……加賀さんには、もう、二度と、会えないんですか…………」

 

かすれて、声にもならないような声で尋ねる。顔を上げる。

ロゥリィは、先ほど一瞬見せた、何かを憂う表情をしていた。

哀れなものを見るような目だった。

 

俺の元まで近づいてきて、目線を合わせるようにしゃがむと、

 

「話は最後まで聞きなさい、妖精さん」

 

そう言った。

哀れなものを見る目をしていたが、声音は、ずいぶんと優しいものだった。

 

 

「元の世界への帰り方は、きっとあるわ。ただそれは“門”を通さないとどうにもできないの。そして、門を開閉できる神はエムロイではないの」

 

そう言うとロゥリィは立ち上がり、背を向けて歩き出した。

 

「門を開閉できるのは、ハーディよぉ。その神の使徒、ジゼルという者を尋ねなさい」

 

ハーディ、という神様の名前を口にするときだけ、まるでその名を酷く嫌っているかのような声だったが、ともかくロゥリィはそう教えてくれた。

遠ざかっていく少女は、付け加えてこうも教えてくれた。

 

「あの緑の天竜。自衛隊のものと同じ材料で動くのよねぇ? 持ってきてあげるから、ここで待ってなさぁい」

 

そう言って。

死を司る神に使えるという、優しい少女は、暗闇の森の向こうへと消えていった。

去り際に、私にできる仕事はここまでよ、と。

まるで誰かに報告するかのように言っていたのは、気のせいだろうか。

 

数日後。

いつの間にここへ来て置いていったのか、愛機の燃料タンクが満タンになってもまだ余るほどの燃料が、湖のすぐ側に置かれていた。

 

“デグチハ、ジブンデ、ミツケナサイ”という、まるで妖精が使うような、日本語のメモと共に。

 

 

 

 

ここはアルヌスの丘。自衛隊と避難民の集う居住地区にて。

約束通り、出発して翌日の夜には帰ってきたロゥリィに、周りのものは「どこで何をしていたのか?」と聞きましたが。

いくら聞いても「仕事よ、仕事」と言って、はぐらかされたのでした。

 




〜人物詳細〜

原作アニメにも全然出ていない存在がいるので、Wikiを要約してちょっと解説。

「ハーディ」
冥府の神。特地で死んだ者の魂は大体この神のところに集まる。
一部、戦場で死んだ者や戦功甚だしい者は、ハーディではなく「エムロイ」のもとへ行く。
銀座と特地を結ぶ「門」を作ったのもこの神様。
ロゥリィのことが大好き。
使徒はジゼル。
なかなかに倫理観がぶっ壊れていて面白いので詳細はググるとよし。

「エムロイ」
死と断罪と狂気と戦いを司る神。戦地で死んだ者は大体この神のもとに召される。
使徒はロゥリィ。
教義がかなりかっこいいのでこちらもググるとよし。


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妖精さん エルベ藩王国にて、斯く戦えり

誤字報告ありがとうございます。
助かります。


 

時は流れて数ヶ月。

特地、日本の双方で様々な出来事が起こりました。

それはもう大変な有様です。

 

盗賊に襲われているイタリカの街を、自衛隊がヘリボーン作戦で救ったり。

 

イタリカの町と和平協定を結んだその日に、行き違いとはいえ帝国騎士団が自衛隊員である伊丹をボコボコにしちゃって皇女殿下が青ざめたり。

 

日本の国会に招致された伊丹率いる特地重要参考人が「あなたぁ、おバカかぁ???」と叫んじゃったり。ついでに他国の工作員を皆殺し(かえりうち)にしたり。

 

「故郷を炎龍に滅ぼされた。緑の人なら助けてくれるという噂を聞いた」というダークエルフがアルヌスを訪れたり。

 

「特地における戦略資源探査」の名目、その実際は仲間のために国境を超えてドラゴン退治へ行く伊丹(バカ)がいたり。

 

バカとはいえ日本国民、そのバカを死なせないために空自、陸自双方が全力で資源探査(ドラゴン退治)の支援を決めたりと。

 

政治的にも軍事的にも。

それはそれはもう、いろいろなことがありました。

 

いろいろなこと、というならば。

特地の空。伊丹の資源探査のための「偵察」を命じられた航空自衛隊員にも、不思議なことが起きたそうです。

 

それは、エルベ藩王国上空。「炎龍の被害が多発している」と噂される、まさにその空での出来事でした。

索敵を開始して三日が経った日のことです。

 

「現在、高度11000フィート。国境まであと10分。速度280ノット。進度190。ターンヘディング、ナウ」

 

航空自衛隊機、通称「ファントム」二機が、そろって降下します。

お互いに通信しながら飛んでいました。

 

「今日で三日目。いい加減見つけたいねぇ」

「見つけてもいきなり攻撃するなよ。目的は戦力評価なんだからな」

「わーかってるって」

「どうだか。それに報告では、相手は戦車並みの装甲でセブンエフ(空対空ミサイル)や20mm弾じゃ効かないそうだ」

「アクティブレーダーも乱反射しちまうんだったか? マジでバケモンだな」

「だからこその戦力評価なんだろう」

「あいよ——ん?」

 

ファントム内に、ピピピと音が響きます。

 

「いたぞ」

「特地甲種害獣と確認——っと、ありゃなんだ?」

 

ファントム前方。視認できる位置で、炎龍が激しく飛び回っていました。

その周りを、炎龍より二回りほど小さな何かが旋回しています。

 

「おい、ありゃぁ」

「識別不明機体“(ゼロ)”——間違いない、銀座を飛んでいた“謎の零戦”さんだ」

「襲われてんのか?」

「だろうな。敵さんの機動力の方が上だ。回り込まれているらしい」

「おいおいおいおい冗談じゃねぇぞ。あの零戦の武装は?」

「13.2mmと20mm機銃、それから250kg艦上攻撃用爆弾だ。対抗手段の“た”の字もないね」

 

やべぇな、と。

額に嫌な汗が流れます。

 

「どうする。あのままじゃ零戦さん、トカゲ野郎に落とされちまうぞ」

「そうは言っても、俺たちの任務は偵察。許可されているのはあくまで特地甲種害獣の戦力評価であって、撃墜じゃない」

「ふざけんじゃねぇ! 目の前で日の丸つけた機体が落ちんのを見てろってのか!!」

 

通信機越しに思わず声を荒立てます。あくまで冷静な方のパイロットも、悔しそうに口元を結んでいました。

そして。

 

「……わかった」

「何がわかったってんだ!」

「俺たちの任務は“戦力評価”だ。敵に対して各種武装での攻撃、その回避能力から危険数値を割り出す」

「!!」

 

へへ、と。

ファントム二機のパイロットは、操縦桿を握る手に力を込めました。

 

「報告は俺がしておく。評価項目だけはきっちり埋めて、あとは好きにするぞ」

「おうよ! 待たせたな零戦さんよ! 銀座の借りはここで返すぜぇ!!」

 

——航空自衛隊、ファントム二機が、零戦を襲う炎龍へと急接近しました。

 

 

 

 

ドラゴンに襲われている。

どうしてこうなったのか俺にはわからない。

13.2mm機銃で牽制しながら、急旋回。目の前の赤い鱗のドラゴンはもうすでに、13.2mmは効かないと学習したのか、庇うそぶりすらしなくなった。

 

ロゥリィからありったけの燃料を譲り受けた俺は「この世界の出口」を探すために各地を飛んでいた。

ロゥリィの言っていた「ハーディ」という神。その神が、俺を元の世界へと返してくれるかもしれないと。

だからその使徒である「ジゼル」という者を探すために飛んでいた。

 

なのに!

なんで、なんでこうなった!!

 

右へ、なるべく小回りで旋回するが先回りされる。機首を下げ、急激な重力移動に耐えながら今度は機首を一気に上げる。

もうかれこれ数十分戦っている。

装甲力も機動力も明らかにドラゴンの方が格上。そのうえかなりの射程で火炎ブレスを出してくる。

 

こいつ、どうやら俺を覚えていたらしい。

お互いにその姿を視認するや否や、向こうから襲ってきた。

ちくしょう。

ちくしょう!!

 

こんなところで落とされるわけにはいかないんだ。

ロゥリィは俺のことを“死ねない存在”といっていた。だがそれはあくまで俺の体のことであって、この機体のことじゃない。

 

機体が落とされたら身動きが取れなくなる。

というかそもそも、加賀さんのいない世界で機体を失ってみろ!

“役目を失う”のは事実上の死だ! 加賀さんの補給がない今、絶対にこの機体は落としちゃダメなんだ!!

それなのに!!!

 

「もう逃してくれよ! なんなんだよ!!」

 

ドラゴンと共に急上昇。逃げようとしてもしつこく追いかけてきて、ブレスを吐いてくる。

自分より弱い存在だと認識されているんだろう。弱いくせに、左腕を吹き飛ばした連中(自衛隊)の仲間だと勘違いしている。

 

“今ここでコイツを落としておけば今後の生活が安全だ”とでも思っているんだろうか。

ちくしょう!

ちくしょう!! だからこんなにしつこいのか!!!

 

何十回目の急旋回か、ホバリングするドラゴンの後ろへ回り込もうとした、その時だった。

 

稲妻のように物凄い速度で何かが上から飛んできた。ドラゴンのすぐそばを通り抜け、地上で爆発する。

直後。

 

ブブブブブブブブブォォォォォ——。

 

まるで大きな羽虫が飛んでいるような音が立て続けに響き、ドラゴンの鱗に弾丸の雨が降り注ぐ。

弾かれているようだが、ドラゴンは身動きが取れなくなったのか、もがきながら高度を落としていく。

 

なんだ。

何が起きた。

あまりに急のことで何が起きたのか一瞬わからなかったが。

空を見上げた直後、鈍色の機体が豪速で通過していった。

 

—————航空、自衛隊…………!

 

もがきながらも墜落はしなかったドラゴンへ、追い討ちをかけるように弾丸の雨を降らす。

二機は恐ろしく連携の取れた動きで急降下、地面すれすれを旋回、炎龍を超低空に釘付けにしてくれている。

 

な、なんで助けてくれたんだ?

いや、いやそんなことを考えるのは後回しだ。

今なら、脱出できる。

航空自衛隊の、あの戦闘力と速力なら、ドラゴン相手でも逃げられるだろう。

それどころか、退治もできるかもしれない。

 

今はなぜか機関銃しか使っていないみたいだけど、離脱するなら今しかない。

 

通じるかわからないが、俺は二機の救世主へ向けて。

『アリガトウ』と、モールス打電を送って逃げた。

 

 

 

 

炎龍を20mmバルカン砲で釘付けにし、動きを封じているファントム二機の機内に、通信が入りました。

それは、とても古典的で、もはや現代の航空機で使っているものなどいないような信号でしたが。

 

「へっへへ」

「ア、リ、ガ、ト、ウ、だとよ」

「やっぱ帝国海軍の亡霊なんじゃねぇか? 直接拝見願いたいぜ!」

「今は戦力評価に集中しろ————ちゃんと、離脱できたみたいだな」

 

どんどんと小さくなっていく緑の機影に向かって、ファントムパイロットたちは、一瞬だけ敬礼したのでした。

 

 

その日の夜。

アルヌスの丘、アルヌス共同生活組合の酒場で「空自の連中が例の零戦を助けた」「銀座のお返しができた」という土産話が自衛隊員たちの間で持ちきりになったのは、言うまでもないことなのでした。

 



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提督さんと加賀さん

世界は広く、未知と既知の混沌であふれているということを私たちはよく知っています。

 

銀座の街中に異世界へと繋がる門が出現する世界もあり。

海底より現れた謎の勢力により制海権を失う世界もあり。

 

ここはその後者。

人のものであった海を、人のものでなくした謎の勢力を深海棲艦と呼びだしてからはや数年。

敵へ対抗するための“力”として、これもまた正体不明な人類の味方、艦娘を指揮する場所でのお話です。

 

横須賀鎮守府。

多くの者は「横チン」と呼ぶその執務室にて、二人の人物が対話していました。

 

一人は連合艦隊総司令部、指揮官、通称「提督」と呼ばれる男。

若いです。若いですがそれなりに苦労してきたのでしょう。「若造」などと呼ぶには躊躇われる、そんな鎮静した雰囲気の人物は、よく整理された執務机に着いていました。

 

その提督の前に立つのは、青色映える和装に身を包んだ一航戦、正規空母「加賀」です。

加賀の報告に、提督は眉をひそめました。

 

————艦載機補給ができないのに、手元の艦載機の数が合わない。

 

より詳しい報告では、これまで幾度となく帰還を果たしたネームド艦載機「岩井」の失踪、というものでした。

 

しかもただの未帰還ではありません。

加賀の報告によると、自分の中に格納している妖精とその機体の有無は感じ取ることができ、零戦62型岩井機は、間違いなく「生きている」と。

生きているのに帰ってきていない。ボーキサイトによる補充もできない。

 

これまでに一度も、このようなことはありませんでした。

直ちに鎮守府内の全艦娘、可能なら艦載機妖精へも聞き取り調査をするよう、加賀へ命じました。

 

その翌日。

 

加賀と同じ艦隊で出撃していた一航戦、赤城の艦載機妖精から、有力な情報を聞き出すことができました。

 

曰く、岩井機から攻撃支援を受け、感謝の意を伝えようと岩井機の方を見た瞬間、突如としてその前方の空間がゆがむのが見えた、と。

岩井機はそのゆがんだ空間を避けることができず、そのまま消え、あとには一瞬だけ“門”のようなものが見えたと。

 

直感的に「追いかけなければ」と思い自機を反転、その“門”まで急上昇したが間に合わず、目の前で消えた。

一連の出来事に深海棲艦の気配を感じず、また敵機撃墜直後で周囲への警戒を優先していたため注視はできておらず、自分の気のせいだと思い報告しなかった。申し訳ない、と烈風の妖精さんは伝えたそうです。

 

そうか、と。

一言呟いたのち、提督は(ひたい)に手を当て、少しの時間なにごとか思案しているようでした。

そして顔を上げると、加賀へと伝えます。

 

————全艦隊に通達。出撃海域にて空間のゆがんだ“門”と思しきものを見つけ次第、持ちうる艦載機の全てを派遣せよ。航空母艦以外で対空戦闘に自信のあるものは各自、高角砲や三式弾を装備。対空警戒を(げん)とせよ。

 

命じた提督は、口元を綻ばせながら、

 

「きっと、岩井は困っているであろう。積極的に岩井の探索、支援、救助に志願する妖精がいたら、その者たちを優先的に訓練。しかるのちに“付岩井小隊”のネームドとせよ」

「て、提督? いいんですか……そんな、私の艦載機のためだけに、そこまでして……」

「お前の艦載機だからなのだよ。大事な大事な私の艦娘と、その装備妖精だ。お前にとって大切な者は、私にとっても大切なのだよ」

 

レア度5だしな……。

という提督の呟きは、加賀には聞こえませんでした。

 

「連合艦隊総司令部、横須賀鎮守府総督として命じる。装備妖精、零戦62型爆戦“岩井”を捜索し、連れて帰れ。帰還困難な状況にあれば全力で支援せよ。以上!」

 



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妖精さん 彼の地にて。

命ある者には、その長短こそあれ必ず終わりが訪れます。

 

十数年で死ぬヒトもいれば。

数百年で死ぬエルフもいれば。

数千年で死ぬドラゴンもいます。

 

ところが、現実はそう単純ではありません。

自らの天寿を全うするよりはるかに早く、終わりを迎えることもあります。

戦場(いくさば)にて命を絶つ者。

そうでなくて命を絶つ者。

 

どのような形であれ、どのような者であれ、命に終わりは来るのです。たとえそれがこの世の命ある者の中でも、頂点に立つ存在だったとしても。

 

たとえ、炎龍だったとしても。

数人のヒトと、エルフと、ダークエルフのそれだけの勢力に、負けて死ぬこともあるのです。

 

とはいえ。

ある神様にとって、そんな瑣末なことはどうでもいいことなのでした。

愛しのロゥリィ・マーキュリーさえ手に入れば、その他のことは本当に、ただの微塵も気にかけないことなのでした。

 

ロゥリィさえ手に入れば。それ以外はどうでもいい。

炎龍を起こし、水龍と(つが)わせ子を作らせ、その子を手懐け戦わせる。力尽くでも手に入れる。

 

そういう計画でした。なんせその神様の使徒だけでは、ロゥリィに勝ち目がなかったからです。

炎龍と水龍の子供が二匹。それと自らの使徒ジゼルを以って、これでロゥリィは手に入る。そういう勝算でした。

 

ところが。

神様でも予期しないことが、この世界には起こるみたいです。

 

“自衛隊”という、恐ろしく強い兵士たちが、虎の子の新生龍二匹を瞬殺してしまいました。

なるほど圧巻。この世の生殺与奪はかくも思い通りにならないのかと。

悠長にそんなことを思いましたが。

 

————妻と子供を殺された父親(水龍)が、怒り狂って世に飛び出した時。

 

あぁ、これは。

これはまずいことになったと。

この世界の“命ある者”全てが絶滅してしまうと。

その時初めて神様は、動き出しました。

“命ある者”でない者を求めて。

 

 

 

 

きれいな森の中の湖のほとり。

今日も今日とて俺は魚釣り、ではなくて。今日は出撃の準備を整えていた。

機体に燃料を補給し、爆弾と機銃に異常がないことを確認。機銃の残弾も確かめる。

あんまり残ってねぇ……。

まぁそれはしょうがない。結構撃ったからなぁ。

 

ドラゴンに襲われているところを航空自衛隊に助けられてから数日。

特にどこを飛ぶでもなく、俺は湖のほとりに釣り糸を垂らしながら考え事をしていた。

この世界から脱出し、加賀さんの元へ帰還するために何ができるのかと。

 

結論から言うと、あの赤いドラゴンを倒すしかない。

 

ロゥリィに教えてもらった「ジゼル」という人物。この人物が帰還のカギなので、まずは情報を集める必要がある。

んで、この数ヶ月間、折を見ては周辺の村や街を探していたが、実は誰一人とも接触できていない。

村も、街も、もぬけの殻だった。中には焼け落ちているところもあった。

それはなぜか。どう考えてもあのドラゴン、まぁ火を吐いていたから炎龍と呼ぶことにしよう。

炎龍のせいだろう。

 

俺は困った。これでは「ジゼル」を探すどころか、またこの前みたいに襲われかねないと。

一瞬、自衛隊が守っているであろう“門”のところまで行ってみることも考えた。

あそこには確実にこの世界の住人がいる。

 

が、やめておいた。

いくら空自が俺を守るように立ち回っていたとはいえ、それは炎龍が近くにいたからだ。優先目標があくまで炎龍だっただけで、俺が離脱できたのは偶然だったということもあり得る。

自衛隊が俺を危険視している可能性は捨てきれない。なんせ首都上空で機関銃撃ちまくっちゃったんだからな……。

なので自衛隊は頼れない。自力で「ジゼル」を見つけるしかない。

 

そして俺はちょっと考えた。炎龍の気持ちを。

もし。

もしもの話だ。

 

自分の枕元を蚊が飛んでいたらどうする?

俺なら追いかけて潰す。

 

自分より弱く、たやすく仕留められるのに、放っておくと害をなす存在。

あいつにとって、人間や俺のような存在はそういう存在なのだろう。だから追いかけ、探し、見つけ、殺す。

このまま放っておくと俺は情報が集められないし、飛ぶたびに狙われるのは嫌過ぎる。

 

だから炎龍を討伐する。加賀さんの元へ帰るためには、まずそれが第一だろう。

さて、ではどうやって討伐するかだが。

 

「…………」

 

俺は愛機が大事に抱えている、250kg艦上攻撃爆弾をもう一度よく確認した。

俺にはこれがある。これさえ当たれば、流石の炎龍も————と考えるのは慢心なので、まぁ「俺を襲うと痛い目見るぞ」とビビらせるぐらいはできるだろう。

相手は強い。機銃が一切効かない以上、念入りに作戦を練る必要がある。

慢心するなとよく言っていたのは赤城さんだったかな。

 

問題はこれをどうやってあいつに当てるか。だが、それはもう決めてある。

卑怯かもしれないが、夜戦を仕掛ける。悪く思うなよドラゴンさん。この世界でどうかは知らないが、夜襲や奇襲は俺たちの世界じゃ常套手段なんでね。

今回もうまくやってやる。

 

かくして俺は自由に空を飛ぶために、はたまたその先は加賀さんのもとへ帰るために。

俺は日暮れを待った。

 

 

操縦桿を軽く握りながら、眼下を確認する。

太陽はとっくに沈んでおり、夜のとばりが下りている。

 

俺は加賀さんと提督に、改めて心から感謝した。

夜間飛行の訓練を受けさせてくれてありがとう。一部の艦載機妖精しか適性がないらしいが、喜ばしいことに俺は夜間でも飛べるし、攻撃もいける。

ありがとう加賀さん、訓練してくれて。

ありがとう提督さん。めっちゃ訓練キツかったです。

 

下に広がるのは切り立った岩場と渓谷。緑が少しだけあるようだが、とても険しい地形である。

 

炎龍が昼行性なのか夜行性なのかで迷ったが、今回は昼行性の可能性が高いと判断した。

これまで遭遇したどのタイミングも昼間だったからだ。

 

炎龍が住んでいるのはこの辺りだろうか。

襲われたのも確かこの辺りだ。住処……寝床……。

 

うーん。

ドラゴンってどこに住んでいるのかな?

やっぱりこういう険しい渓谷とか。

あるいは山の頂上とか。

 

さっきから下を偵察しているが、炎龍どころか小さなドラゴンすらいない。

まぁ小さなドラゴンがいないのはそりゃそうか。生態系ってやつだ。

自分を食べるような存在のすぐそばに家を作るやつはいないだろう。

 

ということは、やっぱりこの周辺にいるのだろうか。

渓谷じゃないとしたら山かな? 山いっぱいあるぞこれ。

燃料はまだまだ残っているから大丈夫だけど、早いこと見つけなきゃ朝が来る。

 

 

夜の空を飛ぶこと数時間。

俺はしらみつぶしに山の頂上を見て回った。

 

その際、音が響かないようちゃんと山の麓まで下降してから一気に上昇し、頂上を見て回っている。

 

時間はかかるが、音で気づかれたらこっちがやばくなる。

夜襲は相手にバレないのが肝心だからな。

 

「とは言ってもなぁ……」

 

さすがに時間がかかる。そして未だ見つけられず。

一応チェックした山はメモしたし、また後日あらためて残りの山を探————。

 

遠くの方で、山の頂上から一筋の光が走った。尾を弾きながら、天上の雲を貫く。

え、なに? と思った次の瞬間、目も開けていられないほどの閃光とともに雷が降り注いだ。

遅れて大気がビリビリと震え、轟音が俺の機体を襲う。

 

「な、なんだ!?」

 

なに??

今の何!?

何が起きてんだ???

 

ブワッと背中に嫌な汗が流れたような気がした。

行ってみるか、どうするか。

いやでも万が一何かと何かが戦っていて、片方が雷使いとかだったら俺も危ない。

 

「うわぁぁぁ、どうしよ……」

 

でもあの威力の雷は脅威だろう。

この世界特有の自然現象とかだったらもうこのエリアには近づけない。

 

危険だけど、こっそり、超低空飛行で、一瞬だけ。

うん。一瞬だけでいいからこっそり覗きに行こう。

 

もうすぐ夜が明ける。

どのみち時間切れだ。ちょっとだけ見て、とっとと湖へ引き換えそう。

 

 

「…………まずい」

 

下を見ながら俺は、ゆっくりと旋回しつつそう呟かずにはいられなかった。

口を動かしながら手も動かす。モールス信号を送り続ける。

 

『ワレ、ニホンコクノ、ミカタナリ』

 

眼下では山の中腹が今まさに爆ぜている。何か砲弾のようなものが次から次へと降り注いでいる。

すぐ近くには航空自衛隊のジェット機が二機、そろって飛んでいた。明らかに俺を視認できる距離で。

 

まずい。

マズすぎる。

とりあえず通じるかわからないが、敵意はない旨の識別信号と、それから機体を左右に振って味方である意思を伝える。

頼む。頼むから俺を落とさないでくれと、心から願いながら飛んでいた。

次の瞬間だった。

 

ごう、と。

 

目の前に、白い線が走った。右上から左下へ、ものすごい速さの一筋だった。

操縦席のガラスに、パタパタと水のようなものが散ってくる。どんどんと近づいてくる。

俺は。

 

「っ!」

 

瞬発的に操縦桿を倒し、機体を横滑りさせながらその“線”を回避する。

回避行動は間に合った。白い線がだんだんと薄れていく。その出どころを探ろうと見上げる。

 

視界に飛び込んできたものに、俺は息を呑むしかなかった。

自衛隊の、航空自衛隊のジェット機が一機、黒煙を吹いていた。みるみる高度が落ちている。

地面スレスレのところで、パイロットがパラシュートを開いて脱出するのが見えた。

 

首筋に何か、チリチリと焼けるような感覚がした。

手のひらが熱くなる。戦場で、戦闘空域で、味方や自分が不利になるといつも、この、こういう怖気が全身を走った。

モールス通信をやめる。

両手で操縦桿を握り、一気に機体を振り上げた。

 

上空。もう朝日も登ろうかという紫色をした綺麗な空に。

————蒼い鱗のドラゴンがいた。

 

 

 

 

巨大なドラゴンは、俺の方を見下ろしていた。

やつの目が、怒りと怨嗟に満ちている。

怒り狂っていた。何に対して怒っているのか、周囲を見回し、山の中腹に目が止まった時。

俺は全てを理解した。

 

あぁ、お前。

お前、大事な者を殺されたんだな。

 

山の中ほど。大きくえぐれ、くぼんだそこには、炎龍より二回り以上小さなドラゴンが二匹、死んでいた。

赤い鱗と青い鱗が、朝日に照らし出されていた。少し離れたところに、一人の自衛隊員と、数人の人影があった。

自衛隊の攻撃はこのドラゴンを仕留めていたのだろう。

きっと自衛隊は、あそこにいる数人の命を救うために。

 

そうか、そうか。

そうだよな。自分の子供を殺されて、黙っている親はいないよな。

 

炎龍はきっと、こいつの(つが)いだろうか。炎龍よりこいつの方が大きいから、そうか。

お前、父親か。

子供を殺された父親は、こうも怨嗟に満ちた目をするんだな。

 

口元に水飛沫をあげ始めた蒼いドラゴンは、一度俺から目を離すと、もう一機の航空自衛隊機へブレスを吐いた。

 

水なのだろう。

高圧縮された水が一瞬で天を裂き、回避行動を取ろうとした自衛隊機の翼を()()()

まるでバターでも切るかのように、いとも容易く切り落とした。

 

片翼を落とされた自衛隊機は、空に黒煙を残しながら地面へと落下した。

火の手が上がる。

パイロットは————。

 

「…………このやろう」

 

俺は。

自らの機体を翻し、照準器に、たった今ブレスを吐き終わったドラゴンの全像を捉えた。

 

やりやがったな。

やりやがったなこのやろう。

 

 

13.2mm弾と20mm弾を同時に叩き込む。

だが、やはり炎龍同様に硬いのか、あるいはそれ以上なのか。

蒼いドラゴンは自らを庇う素振りすらせずに、ずっとこちらを睨んでいる。

 

カチン、と。機銃弾を打ち出していたトリガーが軽くなった。弾切れだ。13.2mmも20mmも、もう一発も残っていない。

 

奴とすれ違う。すぐ間近を飛び、俺は機体をもう一度翻す。

機首を向ける。同じ高さ。同じ目線。俺も、お前も、お互いが見えている。

 

————ごめんなさい、加賀さん。

 

こんな。

こんな戦い方したら、こんなやり方したら、きっと怒るだろうけど。

俺は。

俺はこいつが許せない。

 

今ここで、こいつは、こいつだけは地面に落とさないといけない。

煮えたぎる脳内で、しかしどこか冷静に、俺は状況を捉えていた。

 

ここでこいつを逃せば、こいつは自衛隊を、人を、俺を、世界を、全てが消えるまで殺し続けるだろう。

ここで落とさないといけない。今落とさなければいけない。1秒でも早く落とさなければ。

落として、動きを封じ、自衛隊の砲火で。

効力射によって、こいつを殺さなければならない。

 

落とせるのは誰か。

もう俺しかいない。今、目の前に、こいつを照準器に捉え、250kgの爆弾と残った機体燃料を叩きつけられる、俺しか。

俺しかいない。

 

蒼いドラゴンの姿が迫ってくる。

鱗の一片一片が視界に飛び込む。

怨嗟に歪む、黄色い目が、その形がはっきりと俺の網膜に映る。

 

ごめんなさい加賀さん。こんな戦い方して。

絶対にやるなって言われた、こんな戦い方しかできなくて。

 

あぁ、ちくしょう。ちくしょう。

ちくしょう。

 

帰りたかったなぁ。

 

 

 

 



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妖精さん 彼の地にて、斯く戦えり

神様は、動き出しました。

“命ある者”でない者を求めて。

 

この世界の者ではない()()を求めて。

それは人でも、エルフでも、なんでもない()()でしたが。

 

ありし日の武士(もののふ)を思わせる、彼らの力を信じることにしました。

世界の扉が開かれます。

 

 

蒼い鱗の一枚一枚も、怨嗟にゆがむその瞳もはっきりと見える。

もうあと一瞬で、もうあと少しで、俺は、俺自身の役目を終える。

250kgの爆弾を抱えて、まるで、かつてこの機体が()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

あわよくば。

俺を助けてくれた日本の人たちに。自衛隊に。

カミカゼの吹かんことを————。

 

『イワイキ、ハッケン!』

『オソワレテル! ウテ、ウテ、ウテッ!』

 

瞬間的だった。

後から思い返せば、それは1秒にも満たない出来事だったと思う。

俺は握っていた操縦桿が折れんばかりに左へ倒し、機体を真横へ貫いた。自機の右翼とドラゴンの右翼の間には、数センチの間も空いてなかったように思う。

 

なにが。

なんで。

どうして。

 

俺の()()()()、ドラゴンへ向かって無数の曳航弾と徹甲弾が降っている。

絶え間なく降り続く雨のように。スコールのように。

重く、一直線に、蒼い鱗のドラゴンの頭上へ降り注ぐ。

 

天を仰ぐ。

まだ水滴も乾いていないガラス越しに、彼らの姿を捉えられた。

俺がよく知っている()()は。

空を覆い尽くさんばかりに飛び回っている、十数機の()()は。

深緑色の機体に、真っ赤な日の丸を描いた彼らは。

 

『イワイショウタイ、タダイマスイサン!』

『テキノ、ジョウホウヲ、モトム!!』

『デカイ! ナニアレ、スゲェデカイ!』

 

よく知っている、俺たち妖精が使う日本語(ひのもとことば)でそう通信してきた。

 

彼らの機体よりさらに上。

雲の切れ間。天上へと続くその切れ間には、もうずいぶん昔に見た“ゆがみ”があった。

瞬く間にそれは形を成し、囲いができ、もうそこには一つの“門”が現れていた。

そして。

 

『第一次航空隊、状況を知らせてください』

「あ……」

 

その声は。

その、落ち着いた、凛々しく、そして俺たち妖精をいつも勇気付けてくれるその声は。

あれほど再び聴きたいと願い、そして寸刻前までもう二度と聞けないと諦めていた、その声に。

俺は、震えないよう、必死に取り繕って返信した。

 

「こちら“岩井”……現在、敵航空戦力と交戦中!」

『了解です。第二次航空隊を派遣します。————岩井さん、必ず生きて帰りなさい』

 

加賀さんの、その、たったそれだけの一言に。

“必ず生きて帰りなさい”の一言に。

 

「……了解であります」

 

俺は心から救われた。その時だけは、震える声で返信した。

目元をぐしりと、強引に拭う。

もう、もう大丈夫だ。大丈夫だ!

操縦桿を手前に引いて高度を上げつつ、通信機を取った。

 

「全航空隊に通達。敵は青い鱗の“ドラゴン”なり。装甲は硬し。口から吐き出される高圧の水に注意!」

『リョウカイ! アタマ、ネラウ!』

『イワイ、ホカノ、トンデルヤツラハ?』

「“自衛隊”のヘリだ。味方だ。絶対に撃つな!」

『リョウカイ!』

 

一度通信を切る。

一目見て、彼ら零戦の編隊がとんでもない熟練度であることが窺えた。

 

三機で一つ。離れず、遅れず、死角を作らず、常に敵より優位な位置にいようと心がけているのがよくわかった。

 

“岩井小隊”か。いつの間にそんなすごいことになってんだか。

これは絶対に生きて帰らなきゃな。間違っても、さっきみたいな戦い方はしないようにしなきゃな。

 

「我、機銃弾なし。残る兵装は爆撃のみ。支援を求む」

『リョウカイ! アイツノウゴキ、トメル。バクゲキ、マカセタ!』

 

通信の合間にも休むことなく撃ち続けている。

20mm弾だろう。貫通こそしてはいないが、頭に向かって降り続ける銃弾を奴は相当嫌がっている。

ドラゴンはもがき、徐々に高度が落ち、逃げるように移動する。

だが逃がさない。

 

先回りするかのように、逃げるドラゴンの頭上に弾丸が降り注ぐ。

三機一組で交代しながら恐ろしく精度の高い弾幕を浴びせ続けている。いったいどんな訓練をしたらこんな射撃ができるようになるのだろうか。

 

俺も自機の高度を十分に稼ぎ、ドラゴン対して角度をつけて急降下できる位置に着いた。

しかし。

ドラゴンの暴れようも半端じゃない。

弾を弾きながら横へ横へ逃げている。これじゃ投下しても当たらないぞ……!

 

そう、思った直後だった。

ドラゴンと同じ高度を飛んでいた自衛隊のヘリから、無数の機銃弾が発射される。ちょうど、横へ逃げようとするドラゴンを追い止めるように。

 

俺たちをちゃんと味方と認識してくれているみたいだ。

ありがとう、自衛隊さん。

 

ドラゴンの動きが止まる。座標が固定される。

————やるなら、今だ。

いつの間にか、首筋をチリチリと焦がしていた、あの怖気は無くなっていた。

操縦桿を握る手に力を込める。

俺は、機体を傾け、急降下し。

 

250kg爆弾を、愛機から解き放った。

 

 

 

 

神様は思いました。

この世の生殺与奪はかくも思い通りにいかないのだぞ、と。

 

たとえ、怒り狂った水龍とて。

異界の、仲間想いの武士(もののふ)共には勝てないのだと。

 

空中で爆発し、地面に追い落とされ、次から次へと降り注ぐ砲弾を見て、神様は思いました。

 

————これは勝てないわ、と。

力技でどうにかするのが間違っているのかもしれないと。

ロゥリィ以外の存在など毛程も気にしない神様でしたが、手段は慎重に選ぼうと、そう思い直したのでした。

 

かくして。

“命ある者”でないものが、“門”の向こうの世界へと。

元いた世界へと全て去るのを確認して、神様は空に造った“門”を閉じたのでした。

 

神様でも予期できないことが、この世には起こりうるのです。

“命ある者”でないものを、ロゥリィが「妖精」と呼んでいたのを知った時。

神様はこう呟きました。

 

妖精さん 彼の地にて、斯く戦えり。

 

 

 

 

〜完〜




あとがき

GATE二期のOPの歌詞をよくよく聴いていたら涙が止まりませんでした。
書いていて楽しかったです。またお会いしましょう。


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