つよつよ神竜イルクスさん (デュアン)
しおりを挟む

中央歴1641年
イルネティア沖海戦(前編)


初イルクスです


───今よりも遥か昔、神々の時代、神代と呼ばれる時代。この世界は、2つの強大な国家によって支配されていた。

 片や、その悪行が現代にまで伝わる国家、古代魔法帝国とも呼ばれる『ラヴァーナル帝国』。他の世界からの侵略者という説もあるかの国は、しかし世界の全てを支配することは長い間出来なかった。

 何故か。その理由は先に述べた2つの国家、そのもう1つにある。

 その国家は技術力もさることながら、()()()()()がその強さの根幹を支えていた。

 

 その存在の名は───

 

 

───────

────

 

 

〈中央歴1641年3月14日 第二文明圏外国 イルネティア王国〉

 

 

「戦う!」

「だ、駄目っ!」

 

 

 第二文明圏の西方に位置する北海道程の面積を持つ島、イルネティア島。そこには文明圏外国であるイルネティア王国が存在している。

 その王国の王都、キルクルスの郊外の家にて、2人の少女が()()()について言い争っていた。その背後では2人の騎士と1人の老婆が固唾を飲んで見守っている。

 

 言い争う少女の片方は17歳ながら何処か子供っぽい雰囲気を残した背の低い人間だ。名をライカといい、王国建国以来初めて()()を使役したとして話題となった少女である。

 彼女は今、もう片方の少女を必死に説得している最中だった。

 

 そして、そのもう片方の少女。

 背はライカはおろか来ている騎士達よりも高く、それでいて女性らしい、スタイルの良い少女だ。

 腰まである長い白銀の髪。アメジスト色の美しい瞳に、エルフの様な長い耳とエルフ顔負けの白い肌。ここまではまだ、普通のエルフと変わらない。

 違うのは、頭に髪をかき分けて生える2本の角、背に生える一対の翼、背中下部から尻、そこから伸びる1.5m程のこれまた美しい、白銀の鱗に覆われた尻尾。そして、今は髪に隠れている額に描かれた紋章。

 

 そんな、竜人族よりも竜に近い身体をした彼女の名はイルクス。今はライカをこれまた説得している所だった。方向性は正反対だが。

 

 さて、彼女らは一体何を言い争っているのか。それについて説明するにはまず現在の第二文明圏内外がおかれている状況から話さなければならない。

 

 

 数年前、この世界の5つの大国、通称『列強国』の末席、レイフォルが滅亡した。それを行ったのは突如現れた国家、グラ・バルカス帝国。

 帝国は第二文明圏全体に宣戦布告を行っており、毎日のように文明圏外国が1つ、また1つと滅亡していった。

 

 そして今年1月、帝国は王国にも植民地化を要求。その時はなんとか回答を先送りに出来たが、今日再び訪れたのだ。

 国王、イルティス13世は当然ながら拒否し、王国は戦争状態に突入した。しかし兵器の差は圧倒的であり、出撃したドイバ防衛艦隊はたった一隻を相手に全滅、王都に負けず劣らず活気に満ち溢れていた港湾都市ドイバも艦砲射撃を受けて灰燼に帰した。

 事態を重く見た軍は竜騎士隊に出撃を命令。そのような状況で、風竜という強力な戦力を見逃す訳もなく、こうして戦闘に参加するよう要請に来ているのだった。

 

 

「こうしてる間にもグラ・バルカスの飛行機械が近付いて来てるんだ! 他のワイバーンや竜騎士達が戦っているのに自分だけ隠れているだなんて、そんなこと絶対に出来ないよ!!」

「うっ……で、でも貴女はまだ子供なのよ!? そんな子が殺戮の世界に入っていくのを許す訳にはいかないわ! 戦うなら私だけで十分よ!!」

「そ、それだけはぜったいにダメ!!! 相手の飛行機械はワイバーンよりも圧倒的に速い! いくらライカが上手くても勝てないよ!!!」

 

 彼女は血相を変えてそう叫ぶ。

 実際、グラ・バルカスの飛行機械───アンタレス型艦上戦闘機は最高時速550km。対してワイバーンはどう頑張っても時速230km程度が限界だ。如何にワイバーンがホバリング出来るといっても、如何に上手く乗りこなしても到底勝てる相手ではない。

 

「うう……」

「こうしてる間にも……ほら、どんどん近付いて来てる!」

 

 イルクスが接近している敵機を()()()、言う。

 それに対しライカは反論材料が無くなったのか頭を抱える。

 

 やがて、我慢出来なくなったイルクスが言い放った。

 

「そんなに止めるんだったらもういい! 僕だけでも力づくで行くよ!」

「なっ!? ま、待って!! 待ちなさい!!!」

 

 押し通ろうとした彼女を慌てて止める。

 

「何!?」

「……空戦は二つの眼があった方が良いわ」

「そ、それじゃあ」

「ええ、私も行く! 装備を取ってくるから待ってて!!」

 

 

 

「まもなく王都キルクルスだ。万一にも落とされる事はないだろうが、火炎弾には当たるなよ? 塗装が溶けて整備士に怒鳴られたくなければな!」

『『『了解!』』』

 

 島の森、その上空を複数の影が飛ぶ。

 それはムー国などで見られる、基本的に航空戦力といえば飛竜であるこの世界では珍しい飛行機械であるが、今飛んでいるそれはムー国のそれよりも洗練された形をしており、翼には赤い丸に白の十字を刻んだマークが描かれている。

 

 グラ・バルカス帝国、イルネティア侵攻艦隊所属のペガスス級航空母艦より発艦したアンタレス型艦上戦闘機とシリウス型艦上爆撃機からなる飛行編隊は、王都キルクルスを奇襲すべく向かっていた。

 ここは敵地であり、本来ならば警戒すべき状況なのだが、この世界に転移してきてから軍は連戦連勝である為に皆気を抜いていた。

 

───だからこそ次の瞬間、隊長機の隣を飛んでいたアンタレスが謎の光線によって()()()()()()にされた衝撃は、これまでこの世界で受けたどれよりも大きな物となった。

 

 

「……は?」

 

 

 彼が眼を見開く中、真っ二つにされたアンタレスは血とオイルを撒き散らしながらそれぞれ左右に落ちていく。

 

 更に1機、また1機と何処からか放たれた光線によって貫かれ、切り裂かれ、落ちていく。

 そして、その光線が上空から放たれているのだと気付いた直後。

 

 

「あ……?」

 

 

 彼の視界は左右に分かれた。

 

 編隊長が乗っていたシリウスは、()()()()()()()()光線によって左右に切り裂かれ、次の瞬間には同じく切り裂かれた爆弾によって爆散した。

 

 

「ひっ、ひいいいい!!!?」

 

 後ろで飛んでいたアンタレスのパイロット。マーズという彼は、目の前で切り裂かれた隊長機を見て間抜けな悲鳴を上げる。

 

「な、な、な、何なんだよぉ!?」

 

 訳も分からずとにかく機体を蛇行させる。直後、元いた位置を光線が駆け抜けていく。

 彼は偶然一命を取り留め、その代わり股間が温かくなった。

 

 失禁した事で逆に冷静さを取り戻した彼は、敵の姿を探す。

 そして、上空を高速で飛ぶ白色の()()を見つける。

 

 

「鳥……いや、ワイバーン(トカゲ)!!?」

 

 

 なんとか捉えたそのシルエットは、事前に写真で見たワイバーンと色以外は似ていた。

 しかし、それは有り得ない筈だった。事前に知らされていたワイバーンの速度は230km、レイフォルで戦ったというそれの上位個体は350kmだ。

 だが、今見たそれは明らかにアンタレスを超えていた。

 

「かっ、簡単な任務じゃなかったのかよぉ!!!? あんなのっ、あんなの聞いてねぇぞ!!!」

『白いのが、白いのが追って───ギャアッ!!?』

『後ろに付かれた!! 助け』

『つっ、翼が! 翼がもがれた!!』

 

 無線から味方の悲痛な声が聞こえてくる。

 たった1騎。トカゲ1騎に栄光あるグラ・バルカス軍の航空機が翻弄され、撃墜されていく。

 時折機銃が放たれるが、それらは軒並み避けられて逆に背後を取られ、また撃墜される。

 

 

「───っ!!! ヒィッ!!?」

 

 

 そして、彼の機の背後にも。操縦桿を持つ彼の手は震え、股間からはとめどなく尿が流れていた。コックピットの中が濃いアンモニア臭で満たされる。

 

 彼は恐怖と臭いで気絶しかけ、意識を失う直前に半ば本能的に脱出した。

 

 

「そんな……」

 

 

 脱出し、我を取り戻してパラシュートを開いた彼が見たのは最後の1機───先程まで彼が乗っていたアンタレス───が縦に裂かれて撃墜される景色であった。

 

 かくして、グラ・バルカス帝国海軍、イルネティア侵攻艦隊の空母より発艦したキルクルス攻撃隊計36機は、撃墜直前で脱出した1人を除いて全滅した。

 

 

 

「はあ……はあ……」

『うっ……ライカ、大丈夫?』

「うん……ごめん、ちょっと……大丈夫じゃない……」

 

 攻撃隊を全機撃墜した白い竜───イルクスの背に乗るライカは、顔を蒼白にさせながら彼女の心配そうな()()()()()問いに答える。かくいうイルクスも、お世辞にもいい気分とは言い難い様子だった。

 

 イルクスの種族は竜である。それもワイバーンや風竜などではなく、最早神話の中のみの存在となってしまった神竜だ。

 流線型のシルエット、白銀の鱗に覆われた重厚感に満ちた肉体と不思議な形の翼、そして前肢。そんな形の竜。それが今のイルクスの姿だった。

 

 彼女はアンタレスの実に2倍近くにも及ぶ速度を出し、それに加えて風竜と同じ様に魔法で防御されたライカの巧みな操縦により、瞬く間に36機もの敵機を撃墜せしめたのだ。

 

 そして、そんな2人が気分を悪そうにしている理由だが……彼女の顔に付着している赤黒い液体を見ればなんとなく察するだろう。勿論、彼女らは一度たりとも被弾していない。これは敵の血だ。

 いくら敵であれ、自分達が人を殺したという事実はまだ幼い彼女らにはあまりにも重かった。

 

 

『よ、ようやく追いつきましたが……まさか、これ程とは……』

『す、すげぇ……』

『流石ライカさんだ! 俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ!!』

 

 

 と、その時、鞍に取り付けられた魔信機からそんな声が聞こえてくる。

 声の主は彼女よりも()()()離陸していた竜騎士隊である。彼女は彼らをあっという間に追い越し、彼らが到着する前に全滅させたのだった。

 

 

「……イルクス、まだいける?」

『い、いけるけど……ライカは大丈夫なの?』

 

 と、そこでライカがイルクスに尋ねる。それに彼女は逆に尋ねた。

 

「もう、大丈夫……」

 

 彼女は息を無理矢理整えながら地平線の先を見据える。その瞳には、意志の炎が宿っていた。

 

 こうして、後にグラ・バルカス帝国軍人達より“帝国臣民最大の敵”などと呼ばれるようになる、とある竜騎士の戦場伝説は始まったのだった。

 

 

 

〈イルネティア王国 港湾都市ドイバ沖〉

 

 イルネティア王国海軍の戦列艦18隻による猛攻撃を苦にもせず耐え切り、返り討ちにし、港湾都市ドイバをも艦砲射撃にて灰燼に帰したグラ・バルカス帝国海軍最大の戦艦『グレードアトラスター』。

 その艦橋にてレーダーを見つめていたレーダー員は、そこに映っている映像に呆気に取られていた。

 

「だ、第一次攻撃隊……全滅しました」

「……何?」

 

 ようやく絞り出したその声に、艦長のラクスタルが反応する。

 

「何かの間違いだろう。この国の航空戦力は通常種の飛竜のみの筈だ。シリウスで空戦しても勝てるだろう」

「し、しかし、飛び立った攻撃隊をレーダーで追っていたのですが、キルクルスに到着する前に突如陣形が乱れ、反応が次々と消えていったのです」

「敵飛竜の反応は?」

「キルクルス近郊より離陸したと思われる30個の反応がありましたが、それが到達する前に全て消えました。ですので、飛竜の仕業ではないと思われます……」

「……この世界特有の気象現象でもあったのか?」

 

 レーダー員の分析に、彼はその様な結論を出した。

 精鋭───とは言い切れないが、帝国の航空機36機が瞬く間に全滅したのだ。しかも敵機の姿はレーダーには映っていない。

 直前まで隊長機との通信は繋がっていたのだが、それも突然途切れていた。

 いくら何でも、熟練パイロットである隊長が何も反応出来ずに撃墜されるなどという事は有り得ない。よって、彼はこれを自然現象だと判断した。

 ここは異世界。自分達の常識は通じないという事を思い出したのだ。

 

 だが、この状況下であっても艦橋内はどこか楽観的な雰囲気が漂っていた。

 何故ならば、グレードアトラスターの上空には護衛としてアンタレス12機が旋回しており、30騎の飛竜など傷1つ無く全滅させられるだろうからだ。

 

「しかし、こんな気象現象が起こるとは思っていなかったな……」

「報告しておかなければ、第2第3の悲劇が起こってしまいますからね……」

「ああ……」

 

 そうして、彼は遠くの空を見上げた。

 

 

「……ん?」

 

 

 彼が、そんな空に違和感を感じた瞬間。

 

 

───アンタレス2機が、火達磨になって目の前を通り過ぎていった。

 

 

「……は?」

 

 

「ご、護衛のアンタレス2機ロスト、あ、あああ!!?」

 

 レーダー員の悲痛な声で我を取り戻す。

 

「───っ!!!」

「か、艦長!!?」

 

 彼は反射的に駆け出していた。

 今、空で何かが起こっている。レーダーには敵機は何も映っていなかった。

 先程は自然現象だと一蹴した何かが───もし、()()()()()()()()()()()()()()物だったとしたら。今、その何者かは空に居るはずだ。

 

 向かうは昼戦艦橋よりも上、グレードアトラスターの最上部に位置する、上空を見渡す事の出来る防空指揮所である。

 

 

「何だ!! 何が起こっている!!?」

「……か、艦長!? き、危険です!!」

「そんな事を言っている場合ではないだろう!! 状況はっ!!!?」

 

 防空指揮所に上った彼は、呆然と口を開けて空を見上げている見張り員達に喝を入れ、自らも上空を見上げる。

 

 そして、同じ様に呆然とした。

 

 何せ、空では白い竜が超高速で飛び、今正に最後の一機が撃墜されていたのだから。

 アンタレスだった物が、縦に2つに分かれて海へと落ちていく。彼にはそれが、ひどくゆっくりに見えた。

 

 護衛機を全て墜とした白い竜はグレードアトラスターに一瞬口を向けると、そこから何かを2つ発射する。

 それはサッカーボール大の光弾であり、15メートル測距儀上部に取り付けられた対空レーダーを破壊する。それを確認すると、白い竜は飛び去っていった。

 その速度は異常に速く、アンタレスを凌駕しているように見えた。

 

 

「───ッ!!!!」

 

 

 それから数秒経って、彼は再び我を取り戻す。

 

「不味いッ!! このままではッ!!!」

 

 そう叫ぶと、彼は昼戦艦橋へと駆け下りる。

 

 

「艦長! 対空レーダーが破壊されました!!」

「主砲、副砲対空砲弾装填!! 直前まで敵飛竜が映っていた方向へ向けろ!!」

 

 グレードアトラスターの装甲は硬い。戦艦の装甲は、自らの主砲に耐えられる様に造られているからだ。

 そして、この艦の主砲の口径は世界最大の46cm。事前に手に入れたミリシアルの戦艦の主砲口径が38.1cmであるから、魔法などの不確定要素さえなければバイタルパートが抜かれる事は無い。

 

 だが、高角砲や機銃は別だ。それらは装甲化など全くされておらず、装着されているシールドは銃弾の破片などを防ぐ為だけの物なのだ。

 そんな物が、如何に前時代的であるとはいえ大砲を受ければどうなるか。

 

 

───現在、グレードアトラスターの対空兵器は艦橋に装備されている13mm連装機銃2基のみであった。それ以外は全て戦列艦の苛烈な砲撃によってぐちゃぐちゃに破壊されていた。

 そして、飛竜は離陸にこそ距離が必要であるものの、着陸には全く距離を必要としない。

 

 

「このままでは敵飛竜に乗り込まれるぞ!!」

「レーダーが無い今、有効な対空攻撃は出来ません!! か、艦長、どうすればっ」

「狼狽えるなっ!! 飛竜には最大でも数人しか乗れん!! 動ける者に自動小銃を持たせろ!! 敵の攻撃ではグレードアトラスターは貫けん!! 後方の艦隊に護衛を要請しろ!! 敵の侵入を防ぎ、アンタレスが来るまで持ち堪えるのだ!!」

 

 と、そこまで言って彼は先程の白い竜が向かっていった方向を思い出す。

 

「艦隊に、そちらに敵飛竜が一騎向かったと伝えろ!! 決してこれ迄の飛竜と同一視するな、敵の速度はアンタレスを凌駕している、ともな!!」

「なっ!? アンタレスを!!?」

「復唱はどうした!!!」

「は、はい!!!」

 

 これで出来る事はやった。後は神に祈るだけだ。

 

 ……ここまでで、彼の中の楽観的な感情は全て消え、寧ろ前世界合わせても最大の危機感を持っていた。

 恐らく、先程の白い竜と増援のアンタレスは会敵するだろう。その時、一体何機が生き残り、こちらに来る事が出来るのか。

 1機でも抜ければこちらの勝利だ。敵の飛竜が何機居ようが、アンタレスを落とす事は出来ないだろう。

 

 だが、白い竜は先程までいた護衛を全て落とし、態々レーダーまで破壊するという徹底ぶりだ。そんな奴が、飛竜隊の脅威になるアンタレスを見逃すだろうか。

 

 因みに、水上機に関しても砲撃によってカタパルトとクレーンが破壊されている為に発進は不可能であった。

 

 

 嗚呼、なんという事だろう。軽い気持ちで迎えたこの戦闘で、ここまで死を覚悟する事になろうとは。

 彼は唾を飲み込み、遠くの空を見詰める。そこには、幾つかの黒い点が見えた。

 

 

「───対空戦闘、開始!!!」

 

 

 ここに、飛竜と巨大戦艦の戦いが始まったのだった。

 

 

 

〈ドイバ沖120km ヘラクレス級戦艦『マシム』〉

 

『た、助けてく』

『うわぁぁぁぁぁっ!!!!? ギャッ』

『は、速い!! 速すぎる!!!?』

 

「な、何だこれは!?」

「こちらマシム! 何が起こっている!! 応答せよ!!」

『白い竜と戦っている!! 恐ろしく速い奴だ!! 太刀打ち出来な』

「!? おい! 応答せよ!!……ダメです。通信、途絶しました」

「何が起こっているんだ……」

 

 『マシム』艦橋内に暗い雰囲気が漂う。

 

 つい先程、グレードアトラスターから艦隊へと救援要請があった。それは、アンタレスを寄越して欲しいという物。

 理由を問うと、なんと第1次攻撃隊及びグレードアトラスター護衛隊が全滅したのだという。こちらのレーダーの範囲外であった為に気付かなかったのだ。

 そんな訳で、急遽第2次攻撃隊に同行させるアンタレスを向かわせたのだが───

 

 

「何故っ!! 何故蛮族なんぞに10機のアンタレスが撃墜されるのだっ!!?」

 

 

───結果は全滅。帝国の誇るアンタレス、それが10機。本来ならばその10倍の数のワイバーンにも余裕で勝てる筈の戦力は、僅か5分で全滅した。

 因みに、レーダーには敵の姿は映っていなかった。これもまた彼───マシムに座乗している艦隊司令官を困惑させた。

 予め白い竜に関しては警告を受けていたのだが、彼は熱狂的な帝国信者であり、油断しないなど出来なかった。

 

 ……もっとも、油断せずとも結果が変わっていたとは思えないが。

 

 

「クソっ! 全艦対空戦闘用意!!」

「了解! 対空戦闘用意!! 主砲には時限信管、それ以外は近接信管を装填しろ!!」

 

 彼のその言葉で、各艦が主砲に対空砲弾を装填し、高角砲に弾を込め、機銃に弾倉を装着する。

 帝国で使われている対空砲弾は近接信管が付いており、敵に近付くと爆発する。これにより撃墜率は大幅に向上した。

 この世界でもそれは猛威を振るい、1海戦で40もの飛竜を撃墜した艦もあったという。

 

「敵はレーダーに映らん!! 目視による警戒を厳とせよ!!」

 

 彼の顔に冷や汗が伝る。

 ここまで不安に満ちた対空戦闘は初めてだった。なにせ、ユグドでもレーダー映らない敵などという物は無かったのだから。

 

 しかし今、この艦隊にそれが接近している。彼は恐怖を感じていた。

 

 そして。

 

 

『こちら防空指揮所!! 12時の方角に高速で接近する白い物体を確認!!』

「それが敵だ!! 対空戦闘開始!!」

 

 

 艦橋上部に設置された10メートル測距儀を使い、敵機との距離を測る。

 そこから送られてくるデータを元に、艦前方に設置された2基の45口径41cm連装砲が調整される。

 

「て、敵の速度が速すぎます!! 距離20……19!」

『主砲、発射準備完了!』

「よし、てぇッ!!!!」

 

 こうして、世界で2番目に巨大な砲が火を吹き、4発の対空砲弾が白い竜へと向かっていく。

 

 そして、遠い空の彼方で爆破、中に込められた大量のマグネシウム片が火を纏って放たれる。

 この世界の通常のワイバーンならばこれで死んでいただろう。が。

 

 

『敵機、撃墜ならず!! 距離7!!』

 

 

 しかし、敵機を撃墜するには至らなかった。それどころかどんどんと接近してくる。

 続けて12.7cm連装高角砲、25mm機銃が対空戦闘を始める。他の艦も同じく攻撃し、空は大量の黒煙と曳光弾で覆われる。

 

 たった1騎にこれだけの弾幕が張られている。ユグドでもこれだけ単機で弾薬を消費させた者は居ないだろう。

 

 そして、それでも尚撃墜報告が来ない事に彼は苛立ちを感じていた。

 

「何故だ!! 帝国の誇る対空戦闘で撃墜出来ない物などある訳がッ!!!!」

 

 彼は独り言というにはあまりにも大きすぎる叫びを上げる。

 

 未だに撃墜出来ていないのには勿論理由がある。単純に、速度が速すぎて近接信管の爆破が間に合っていないのだ。

 それを示すかのように、放たれた対空砲弾はその全てが白竜を追うようにして爆発していた。黒煙が、竜の通った跡を示しているのだ。

 

 

 続いて、白竜は海面スレスレまで降下する。それに合わせて対空砲火も海へと向けられる。

 海に大量の波が立つ中、竜は遂に艦隊内部へと侵入する。

 

「敵騎、艦隊内部へ侵入! あ、駆逐艦の陰に隠れました!!」

「何ィ!?」

 

 ここで彼は思い出す。敵は飛行機ではなく竜なのだと。

 飛竜はホバリングが出来る為、こういった芸当も可能なのだ。艦の陰に隠れられれば、我々はフレンドリーファイアを恐れて発砲出来なくなる。

 現に、今対空砲火は止んでいた。幾つか止めるのが遅れて駆逐艦に着弾していたが、流石に弾の破片や機銃弾程度ではいくら装甲の薄い駆逐艦でも大した被害は出ていなかった。

 

「何のつもりだ……?」

 

 彼は考える。

 態々単騎で突入してきたのだ。爆弾などを持っている様子は無かったが、もしかすると駆逐艦くらいならば沈められる攻撃が出来るのかもしれない。

 いや、もしくは魚雷に引火させるつもりなのかもしれない。そうすれば駆逐艦など木っ端微塵だ。

 駆逐艦であれどこの世界の戦列艦には十分脅威なのだ。1隻でも沈めておくに越した事は無いだろう。

 

 だが、駆逐艦が沈められようが戦艦は沈まない。彼はそう自信を持っていた───この時までは。

 

 

「く、駆逐艦が浮き上がりました!!!」

 

 

 その自信は、竜が盾にしていた駆逐艦がほのかな光に覆われて浮かび上がり、そのままペガスス級航空母艦『サダルバリ』に突き刺さるという光景によって、粉微塵に打ち砕かれたのだった。

 

 

 

〈キャニス・ミナー級駆逐艦『アスタルプ』〉

 

 時は少しだけ遡る。

 

「敵騎接近!!」

「撃ち落とせェ!!!」

 

 艦に装備された25mm3連装機銃、及び13mm単装機銃が火を噴く、が、当たらない。そもそも敵騎の速度が速すぎてまともに狙いを付けられないのだ。

 

 やがて白竜は艦の喫水線ギリギリに足を付け、滞空する。そこで同士討ちを恐れてあれだけ猛烈であった対空砲火はピタリと───少しだけアスタルプに着弾したが───止む。

 25mm機銃は動かせず、13mm機銃でも届かない。艦長は乗組員に自動小銃で対応する様に指示を出す───直前。

 

 

「うおおっ!!?」

「な、何だァッ!!?」

 

 

 突如艦橋が斜めに傾き、彼らはバランスを崩す。

 いや、艦橋だけではない。()()()が傾いていた。バランス崩した機銃要員が転び、止められずに海へと落ちていく。

 

 どんどんと傾きの角度は大きくなっていく。艦橋内部では最早床が床として機能せず、外にいた者達は必死に物に掴まり、それ以外は海へと落ちていくか、柵に引っかかってそこに物が落ちて潰れていた。

 

 そこでようやく気付く。

 窓から見える景色が、高くなっている事に。

 

 

「な、何が……うわっ!?」

 

 

 突如訪れる浮遊感。それが、彼らにはひどく長く感じられた。

 

 

 彼らが最後に見たのは、急激に近付いてくる『サダルバリ』の飛行甲板だった。

 

 

 直後、『アスタルプ』は『サダルバリ』の飛行甲板にほぼ垂直に突入した。

 艦首で飛び立とうとしていたアンタレスごと飛行甲板を貫き、サダルバリはくの字に折れ曲がる。艦首と艦尾が同時に浮かび上がり、飛行甲板にいた整備士や艦載機がまるで蟻地獄のように突き刺さったアスタルプの方へと滑り落ちていく。

 その過程で人が潰され、血液が甲板を染め上げる。

 

 次の瞬間、どちらの弾薬が引火したのかは分からない。が、そんな事は大した問題ではないだろう。

 

 サダルバリとアスタルプは大爆発を起こし、巨大な黒煙を残して折れ曲がった所から引きずり込まれる様に沈んでいった。

 

 

 

 その時、一瞬だけ艦隊に静寂が訪れた。

 人間という物は、有り得ない現場を見た時に冷静になる生き物なのだ。

 彼らにとって、今という状況が考えうる限り最も“有り得ない現場”であった。

 

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!???」」」

 

 

 そして、艦隊の乗組員全員がほぼ同時に我を取り戻し、ほぼ同時に悲鳴を上げた。

 機銃員は狂ったように弾を撃ち出し、弾が無くなったそれのトリガーを何度も何度も引く。

 高角砲員も同様に撃ち、中には対空砲弾と間違えて通常の榴弾を装填し、しかもそれが味方の駆逐艦に命中してしまうといった事まで起きる始末。

 拳銃を持っていた士官は焦点の合わない目で虚空に向けてそれを撃ち、しかも偶然甲板にいた兵士の頭に当たってしまう。

 

 とにかく、艦隊は大混乱に陥った。全く統制の取られていない対空砲火は先程よりも苛烈に見えるが、その実彼らの求めていた戦果を上げるには全くもって不十分であった。

 

 

 そんな中、再び駆逐艦が持ち上げられてもう片方の空母に投げられる。

 持ち上げられた時点で駆逐艦に向かって空母からかなり発砲され、その艦が空母に命中する頃にはボロボロになっていた。

 しかし、砲弾よりも遥かに重い質量攻撃は功をなし、空母は転覆、続けて駆逐艦の魚雷に引火して爆発、そして空母の弾薬庫に引火、先程と同じく大爆発を起こす。

 

 

 次も激しい対空砲火の中駆逐艦が持ち上げられる。そして投げられた先にあったのは艦隊旗艦のマシムであった。

 

 駆逐艦は、マシム後方のカタパルトのある場所にほぼ垂直に突き刺さる。

 そしてすぐ、そのほぼ直下に位置する第3主砲の弾薬庫に引火。

 

 マシムは巨大なキノコ雲を上げ、艦首を大きく持ち上げて艦隊司令官、艦長、及びその他のほぼ全ての乗組員を道連れに爆沈した。

 

 

 

 その後も攻撃は続けられ、旗艦轟沈より5分後、艦隊は降伏した。

 当初22隻いた艦隊は、イルクスによる攻撃や同士討ちによってタウルス級重巡洋艦2隻、キャニス・ミナー級駆逐艦3隻にまで減っていた。

 降伏した艦艇はイルクスに上空から見張られながらその場に留まり、駆け付けた南部方面隊の12隻の戦列艦に囲まれながらドイバへと向かった。

 

 

───余談だが、この残っていたタウルス級の内の1隻に偶然にもカメラを持っていた兵士がおり、彼はマシム轟沈の瞬間を写していた。

 立ち上る、赤と黒の混じったキノコ雲。高く上がる艦首。そして何よりも突き刺さる駆逐艦の艦尾。

 その写真は見た者に非常に大きなインパクトを与え、皮肉にもマシムはこの世界で最も有名なヘラクレス級戦艦になったのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小お願いします

あと、マシム轟沈の写真は、デンマーク海峡海戦のフッド轟沈の絵をイメージして下さい


追記:原作で、ドイバの艦砲射撃と飛行隊襲撃は1ヶ月くらい離れてる事に後から気付きましたが、こっちの世界線では同日に行われた、という事にしておいて下さい

追記2:前半部を大幅にリメイクしました。ストーリーには大した変更はありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イルネティア沖海戦(後編)

 時はまた少しだけ遡る───

 

 

〈ドイバ沖 グレードアトラスター〉

 

「───対空戦闘、開始!!!」

「主砲副砲、発射ァ!!!」

 

 その号令で、グレードアトラスターに設置された3基の45口径46cm3連装砲、及び2基の60口径15.5cm3連装砲が火を噴く。

 その轟音は凄まじく、艦橋のガラスが今にも割れそうな程に揺れていた。

 

 放たれた大小15個の砲弾はこちらに向かってくるワイバーン隊へと向かっていき、ある程度進んだ所で時限信管が作動、46cm砲弾からは火のついた大量のマグネシウム片が、15cm砲弾は弾の破片が撒き散らされ、空中に巨大な花を咲かせる。

 だが、レイフォル戦からの情報でその事を知っていた為に予めワイバーン同士の距離を開けていた上、放った直後にも回避行動をとったので、かなり広範囲に渡ってマグネシウム片が飛んだもののワイバーンは4騎しか落ちなかった。

 

 46cm砲は、その巨大さ故に装填が遅い。その為15.5cm砲が近付いてくるワイバーンに向けて放たれるが、それでも1度に落とせる数は精々1騎が限界だ。

 

 また、艦橋に装備された2基の13mm連装機銃が必死に応戦していたが、たったの4門では殆ど命中せず、逆に接近されて導力火炎弾を浴びてしまう。

 また、防空指揮所でも乗組員が自動小銃を乱射していたが、こちらも火炎弾によって焼き尽くされた。

 

 こうして、グレードアトラスターはあっという間に竜騎士達に取り付かれる。

 乗組員達は艦内に続く扉を固く閉ざし、籠城の構えを見せる。それに対し、外からマスケット銃などを撃つが全くという程効果が無い。

 

 

 更に。

 

 

ドォォォォン!!!!

 

 

 虚空に向かって46cm砲が放たれ、その時甲板に居た竜騎士達が衝撃波で吹き飛ばされる。

 この事から彼らは容易には動けなくなった。

 

 一方、防空指揮所から乗り込んだ竜騎士達の方も戦況は芳しくなかった。

 ワイバーンを防空指揮所に止まらせ、そこに乗り移ったまでは良かったのだが、そこからが中々進まない。

 なにせ敵には連射可能な銃がある。一々先端から弾を込めなければならないマスケットでは分が悪い。

 更に更に、防空指揮所には人が居たが、その下の第一、第二艦橋には誰も居なかった。これにより、外からのワイバーンによる火炎放射という攻撃も意味をなさなかったのだ。

 

 この時、ラクスタル達艦橋要員は司令塔などの艦内部へと移動していた。

 第一、二艦橋の装備は乗り移られて万が一にも敵に動かされない様にと勿体ないが叩き壊し、指揮は全て司令塔から行っていた。

 主艦橋は外から乗り移られる可能性が最も高かったが為にその殆どを事実上放棄していた。要は司令塔さえ残っていれば良いのだから。

 

 尤も、この戦法をとるにあたって最も難易度の高かったのは熱心な皇帝シンパであるダラスの説得であった。

 

 

「艦橋を放棄!!? 馬鹿な、それでも栄光ある帝国軍人か!?」

 

 

 彼は先程まで見せていた丁寧な態度は何処へやら、乱雑な口調でグチグチと抗議していたが最終的には屈強な軍人に連れて行かれた。

 そして最小限の人数を残し───ほぼ確実に死ぬ役目を与えるのは非常に心苦かったが───彼らは籠城戦に突入したのだった。

 

 

 

「増援はまだ来ないのかッ!!?」

「もうかれこれ1時間は経ったんじゃないのか……?」

「まだ20分弱しか経ってません……」

 

 司令塔にて、士官達は中々来ない増援に苛立ちを感じていた。唯一ラクスタルのみが目を閉じて考え込んでいる。

 

 彼は薄々勘づいていた。増援のアンタレスは来ないという事を。

 恐らくはあの白い竜と会敵し、敢え無く全滅したのだろうという事を。

 

 

 そして数分後、それは敵によって証明される事になる。

 

 

『グラ・バルカスの兵士達に告ぐ!! お前達の艦隊は降伏した!! 最早助けは来ない!! 直ちに降伏せよ!!』

 

 

 外を飛ぶ竜騎士の1人がイルクスから魔信を受け、積んでいた拡声器でそう叫ぶ。

 それを殆どの兵士達は笑い飛ばしたが、中々来ない増援に不安を覚えていた者達には効果的面であった。

 

 その動揺は人から人へと伝わり、降伏すべきだという意見が広まっていく。

 

「あんな物はデタラメだ!! 帝国海軍が蛮族なんぞに負ける筈がない!!」

「しかし! 現に無線は繋がらず、増援も来ないではないかッ!!」

「艦隊と合流すれば分かるだろう。少し落ち着け」

 

 今艦は、30ノットの速度で沖へと出ている。既にイルネティア島からはかなり離れていたが、竜騎士達は全く離れる様子を見せない。

 

 

「か、艦長……」

「……」

 

 ラクスタルは嫌な予感に苛まれていた。例えアンタレスをあっという間に撃墜出来るとしても、流石に艦隊をどうこうする事は出来ないだろう、そう考えていたのだ。精々機銃やレーダーを破壊する程度だろうと。

 しかし、艦が沖へと出るにつれてその考えはもしかすると甘かったのではないかと思い始める。

 

 繋がらない無線、来ない増援、艦隊に近付き、絶体絶命である筈の竜騎士達が何故か平然としている事実。

 

 もしも敵の言う通り艦隊が全滅しているのだとしたら、最早グレードアトラスターに為す術は無い。それは敵に、ヘラクレス級を含む艦隊を壊滅させられる戦力があるという事に他ならず、そうなればさしものグレードアトラスターとて勝てる訳がないからだ。

 そして彼は、その戦力というのがあの白い竜である事を殆ど確信していた。何故かそう、確信していた。

 

 

 そして、更に数十分後。彼らの精神がいよいよ追い詰められいた頃。司令塔に設置された小さな窓から覗いていた兵士が悲痛な声を上げた。

 

 

「て、敵艦隊接近……味方の艦5隻を囲んでいます……」

 

 

 それは、兵士達の戦意を挫くには十分過ぎた。

 

 

「……降伏だ」

「……はい」

 

 そこでラクスタルは口を開く。ダラスは俯き、光の灯らない目をしながら「有り得ない、有り得ない」と呟くのみであった。

 

 

 

 こうして、後にイルネティア沖海戦と名付けられるこの海戦は終わりを告げた。

 結果はまさかのイルネティア王国側の勝利であり、戦艦1、空母2、重巡洋艦4、駆逐艦10隻を撃沈し、戦艦1、重巡洋艦2、駆逐艦3隻を拿捕するという凄まじい戦果を上げた。更に、その内の殆どをたった1人の───正確には2人───少女が行ったというのだから恐ろしい。

 

 

───────

 

 

 今は瓦礫しか残っていない港湾都市ドイバ。そこに、生き残ったグラ・バルカス軍人達は上陸した。勝者としてではなく、敗者として。

 捕虜の扱いに関する説明───イルネティア王国では、捕虜の権利が保証されている───を受け、一先ず安心したラクスタルは、ボロボロの港に白い竜が降り立つのを見る。

 それを見た、艦隊から降りた兵士達が「ヒィィッ!?」という情けない声を上げてガタガタと震え出す。

 

 一体、あの竜にはどんな人物が乗っているのか、そして艦隊に何をしたのか、彼は気になった。

 

「……なっ!?」

 

 だが、その背から降りて来たのは彼の想像していた様な屈強な軍人ではなく、軽装の少女であった。

 思わぬ人物に、彼は目を見開いてその場に立ち尽くす。

 

「あの様な……少女が……艦隊を……アンタレスを……え?」

 

 だが、次の瞬間、彼は更に"有り得ない"事を目にする。

 

 

 少女が降りた直後に白い竜の身体が輝き始める。やがてその輝きが最高点に到達し、続いて弱くなっていく。

 そして輝きが収まったそこには、彼が先程まで見ていた白い竜は何処にも居なかった。代わりに。

 

 

「竜が……少女に……?」

 

 そこには、パイロットの少女よりもやや大人びた雰囲気の少女が立っていた。

 彼女は非常に美しく、帝国のどんな女優でも敵わないであろう。

 しかし、角や尻尾などがある事から明らかに人間とは違うのだと理解出来る。

 

 更に兵士達から聞くと、どうやらあの竜───イルクスというらしい───はまるで玩具の様に駆逐艦を持ち上げ、空母や戦艦に突き刺したらしい。

 それを聞いた瞬間、彼は目眩を覚える。なるほど、如何に重装甲を誇る戦艦であっても、数千トンにもなる駆逐艦を突き刺されては為す術もないだろう。兵士達があれ程怯えるのも納得だ。

 

 彼はここが異世界であり、自分達の常識が通じないのだという事を改めて理解するのだった。

 

 

───────

 

 

「……無様だな」

 

 敵艦隊降伏の報を受け、イルネティア王国国王であるイルティス13世はドイバ跡へと足を運んでいた。

 その港には、数多の砲撃を受けたとは思えない程の健在ぶりを見せる巨大戦艦、グレードアトラスター、及び戦艦(重巡洋艦)小型戦艦(駆逐艦)が繋留されていた。

 

 しかし、彼の目的はそれではない。彼は目の前に引っ張られてきたある人物を見下ろす。

 

 

「……こんな事が許されると思っているのか?」

 

 

 その人物とは、国王に対して高圧的な態度を取り続けた外交官、ダラスであった。

 拘束する際にかなりの抵抗を見せた彼の顔には、兵士達によって付けられたと思われる青アザがいくつか残っている。

 

 しかし、そんな状況下であるにも関わらず、彼は高圧的な態度を崩さない。

 

「私は栄光あるグラ・バルカス帝国の外交官だ。貴様ら蛮族なんぞが見下していい人間ではない」

「蛮族、蛮族か……」

 

 彼は心底軽蔑する様な目で目下の男を見る。

 そしてその首元を掴み、その目線を無理やり廃墟と化したドイバへと向けさせる。

 

 

「その腐った目によく焼き付けろ!! これが貴様らがした事だッ!!」

 

 

 ドイバは王国最大の港湾都市である。その為、そこには1万にも及ぶ民間人が暮らしていた。

 そんな都市は今、容赦ない艦砲射撃の雨に晒され、無惨な瓦礫と化している。それらの瓦礫や道には未だに血がこびり付き、片付けられていない炭化した人型の物があちらこちらに横たわっていた。

 

「こんな事をする者がッ!! 他人を蛮族だと何故言える!! 自らが蛮族でないと何故言えるッ!!!」

 

 王は激昂していた。それは護衛の兵士をたじろがせる程であった。

 

 だが、ダラスは王を睨みつけ、言い放った。

 

「蛮族など人間ではない!! 帝国人が幾ら殺した所でッ───」

 

 彼の言葉は途中で打ち切られた。王が固く握り締めた拳で彼の顔を勢いよく殴ったからだ。

 ダラスは地面に叩きつけられ、だがそれでも尚高圧的な態度を取り続ける。

 

「くそぉぉぉぉぉ!!!! このっ、蛮族がァァァァァァッ!!!! よくもッ、よくも殴ったなぁァァァァァッ!!!!!」

 

 喚き散らす。そこには品性といった物は1mmも残っていなかった。

 

「陛下! この様な下劣な者、万死に値します!! 即刻処刑しましょうッ!!!」

「いや、死など生温い!! 拷問を加え、嬲るべきです!!」

 

 その様子を見た周囲の者達が次々と言う。

 

 ……だが、王は息を吐き出すと、噛み殺した様な声で告げた。

 

「……我が国は、初代国王陛下によって外交官には手を出してはならないと決まっている」

「な!!?」

「そっ、そんなッ!!?」

 

 兵士達が困惑する。

 

「……私とて、この男を嬲り殺しにしたい。だが、それでは我々はこやつの言うような蛮族になってしまう。それだけは避けたい」

「陛下……」

「皆、すまない……この男を国外追放処分にせよ!」

 

 

───こうして、イルネティア王国は危機を一旦は脱する事に成功したのだった。

 だが、それはグラ・バルカス帝国に明確に『敵』だと認識される事に他ならず、王国は更なる戦乱に巻き込まれていく事になるのだ……。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小お願いします(FMNTMK)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

使節団の困惑

〈神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス〉

 

 イルネティア王国における外交のトップを勤める王侯貴族、ビーリー候、そして王子であるエイテスはムー国との交渉を終え、今度は神聖ミリシアル帝国へと訪れていた。

 彼らの祖国は今、あの列強レイフォルを下したグラ・バルカス帝国に従属を迫られている。

 戦えば絶対に勝つ事の出来ないこの状況をなんとか打開する為に彼らは各国を回っているのだ。

 

 列強第二位であり、付き合いの長いムー国には2ヶ月以内の援軍の派遣、来年開催される『先進11ヶ国会議』にて帝国に対する非難声明の表明、制裁処置、第2文明圏からの撤退要求を議題にのせる、という約束を取り付けることに成功した。

 更に、彼らはミリシアルに紹介までして貰えたのだ。この上ない成果であった。

 ミリシアルに迫る実力を持つムー国の紹介であれば、いかに文明圏外国であろうとも無下には出来なくなるからだ。

 

 しかし現在、彼らはホテルにて足止めを食らっていた。

 やはり世界最強の国。いかにムー国の紹介があろうとも、即会談、などという事にはならないらしい。

 足止めを食らっている間にかのパーパルディア皇国を下した日本国との会談を行ったが、結果はそこまで芳しい物ではなかった。

 

 

 だが、この日。状況が動く。

 

 

「ビーリー様! ビーリー様!!」

「どうした?」

「やっと打診がありました。神聖ミリシアル帝国側から、会談を5日後に行いたいと連絡がありました!!」

 

 慌てて彼らの泊まっている部屋に入ってきたビーリーの部下が、目を輝かせながらそう言った。

 それを聞いた皆も「おおおおお!!!」と声を上げて喜ぶ。

 会談の日程は決まった。後は我々が努力するだけだ。彼は決意を決める。

 

 

 ピポポポポ……

 

 

 と、その時、部屋に設置された魔信機が鳴り響く。それは王国の緊急連絡であった。

 

『グラ・バルカス帝国との交渉は決裂。帝国軍との間に発生した偶発的戦闘により、ドイバ防衛艦隊は全滅、ドイバ市街は灰燼に帰せり。繰り返す、ドイバ市街は灰燼に帰せり』

 

「……は?」

 

 彼らは、この魔信の意味を一瞬理解出来なかった。

 本来ならばドイバで3ヶ月は耐える予定だったのだ。しかし、これではキルクルスが3ヶ月で陥落してしまいかねない。

 室内は通夜ムードになる。

 

 だが、次に発せられた言葉で、彼らはまたも呆気に取られることになる。

 

 

『その後、王国竜騎士団が敵艦隊に攻撃を開始。敵艦17隻を撃沈、巨大戦艦を含む6隻を拿捕せり。

 我が国は、グラ・バルカス帝国艦隊を壊滅させた。繰り返す、グラ・バルカス帝国艦隊を壊滅させた』

 

 

「「「……は?」」」

 

 

『尚、敵艦17隻撃沈は全てライカ殿とイルクス殿による戦果である。繰り返す、ライカ殿とイルクス殿が、敵艦17隻を撃沈せり』

 

 彼らの思考は今度こそ止まる。泣きかけていた貴族も、皆を鼓舞しようとしていたエイテスも。

 

 彼らは、祖国が1年間耐えられるとは信じていたが、勝てるとは思っていなかった。

 なにせ相手はレイフォルを短い間で陥落させたあのグラ・バルカス帝国だ。到底勝てる相手ではない。

 

 だが、この魔信はそんな相手の艦隊を壊滅させたと告げる。予想だにしていなかった大戦果だ。

 しかも、巨大戦艦というのは恐らくあのグレードアトラスターだろう。列強を単艦で下した戦艦を、祖国が拿捕? 嘘でしょ?

 

「……て、敵の欺瞞通信では?」

「……いや、あのグラ・バルカスがわざわざそんな事をするとは考えづらい……」

 

 ビーリーは混乱していた。ミリシアルとの会談の事も忘れ、必死に冷静になろうとしていた。

 他の者も同様だ。皆が皆困惑し、罠ではないかと疑っていた。

 

 

「皆さん、落ち着いて下さい」

 

 

 ただ1人、エイテスを除いて。

 

「これが本当であれ、欺瞞であれ、我々がする事は変わりません。我々は神聖ミリシアル帝国との会談を行い、援軍の約束を取り付けるだけです」

「王子……」

「それに、恐らくこの魔信は本当でしょう。そもそも緊急連絡は王都からのみ発信出来るのです。ここまで早くキルクルスが落ちるとは考えられません」

 

 今日がグラ・バルカスの言い渡した期日なのだ。攻撃初日に内陸部にあるキルクルスを攻略するなど、物理的に不可能だ。

 

「それに、もしこれがグラ・バルカスの欺瞞情報であるならば、わざわざライカ殿とイルクス殿の名前を出す必要は無いはずです」

「た、確かに……」

「と、いう事は……!!」

 

 

「そう、祖国は一旦危機を脱したのです!」

 

 

 彼のその言葉に、通夜ムードであった室内は一気に盛り上がる。ビーリーは涙を流して部下の貴族と抱擁し合い、ある貴族は「イルネティア王国万歳!!」と叫ぶ。

 

「……しかし、あの2人(ライカとイルクス)は凄いですな。単騎で17隻を撃沈とは……一体どんな魔法を……」

「イルクス殿が神竜だというのはどうやら本当だった様ですね。あのラヴァーナル帝国と渡り合ったという伝説は伊達ではないという事です」

「インフィドラグーン、ですか……信じられませんな……」

 

 イルクスが神竜であるという噂は、貴族達の間で流れていた。

 当初はその特徴的な前肢から風竜だと思われていたのだが、その額の紋章、そして人の姿になれる、という事から風竜ではなく神竜ではないかと言われていたのだ。

 

 神竜は、今や伝説の中だけの存在である。

 

 神話の時代、この世界には2つの巨大な国があった。

 1つはこの世界の住民ならば誰しもが知っている古の魔法帝国『ラヴァーナル帝国』だ。かの国は強大な軍事力で他の国を屈伏させていた。

 そして、もう1つは古代竜の神々が治めていたという『インフィドラグーン』だ。かの国はラヴァーナル帝国と拮抗する程の力を持っていたが、『竜魔戦争』と呼ばれる大戦争によって首都を灰燼に帰され、滅亡した。

 その生き残りである竜人達が集まって建国されたのが、現在の列強第三位の国である『エモール王国』なのだ。

 

 そのインフィドラグーンは、今でも残る風竜に加え、神竜という種の竜も使役していた。

 いや、使役という表現は語弊があるかもしれない。伝承によれば、神竜とパイロットは、完全に対等な関係であったのだから。

 

 その神竜だが、なんと音よりも速く飛んでいたらしい。それでいて機動力も凄まじく、魔素含有量が少ない土地であっても離陸に距離を必要としない。

 その攻撃も凄まじい。

 種類に関わらず口から光線を放って敵騎を切り裂き、更に高威力の無誘導光弾を放てる。種類によっては誘導魔光弾をも撃てたらしい。

 力も強く、帝国の空中戦艦を掴んで引きずり下ろせる程だ。また、巨大な物を運ぶ時には対象物を魔力でコーティングし、壊す事なく持ち上げられたという。

 その他にも波長を操って遥か彼方に居る敵を発見したり、逆に敵のレーダーに映らなくしたり、果ては海の中でも飛べたりととにかくむちゃくちゃな存在、それが神竜だ。

 

 しかし、そんな神竜であったがラヴァーナル帝国の物量にはかてず、インフィドラグーンが滅亡した後に世界各地に散らばり、今は霊体化して世界各地を護っているのだという。

 もしかするとイルクスはイルネティア島の守護神竜が現出したものなのかもしれない……彼らは思った。

 

 

「まさか伝説がこんな近くに居たとは……それもあの様な……なんというか、軽い雰囲気で……」

 

 ライカとイルクスの仲の良さは、王都でも評判であった。

『誰も間に挟まってはいけない』……そう皆の間で共有される程度には。

 

「良いではないですか。その軽い伝説のお陰で、我々はこうして胸を撫で下ろせるのですから」

「……ですな!」

 

 

 彼らは顔を緩め、そしてミリシアルとの交渉の準備に乗り出すのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界のニュース(前編)

〈日本国 東京 防衛装備庁 旧技術研究本部〉

 

「お、岡本さん! これを見て下さい!」

「どうした、そんなに慌てて……これは、艦隊か? 大日本帝国のに似ているのを見るに、例のグラ・バルカスの物か」

「そうなんですが、ここ、この駆逐艦を見て下さい」

「ん……?」

 

 部下である小野が見せてくる写真───空母サダルバリ轟沈直前の衛星写真───の一部を凝視する。すると、僅かな違和感を感じた。

 彼が指した駆逐艦は、僅かに傾いていた。

 

「……傾いてるな」

「ええ、確かに傾いてるんですが、問題はその高度です」

「高度?」

 

 水上艦にはあまり相応しくない単語に、彼は眉をひそめる。

 

「分析した所この駆逐艦、なんと海面から約50mの高さに居るんですよ」

「……は?」

「つまり、この駆逐艦は浮いてるんです!」

 

 彼は言った。

 岡本は、その言葉を一瞬理解出来なかった。いや、水上艦が浮いていると言われて即座に理解出来る者の方が少ないだろう。

 

「ちょ、ちょっと待て。なんだ、つまりグラ・バルカスの艦には飛行能力があるという事か?」

 

 それならばかなりの脅威になる。対艦ミサイルを空中の目標にも当てられるように改造しなければいけなくなるし、水の抵抗が無いので速度も相当な物になるだろう。

 大和が飛んで空中から46cm砲を撃ってくるなど、それこそ悪夢だ。宇宙戦艦ヤ〇トなどと言っている場合ではない。

 

 しかし、彼のその言葉はすぐに否定される。

 

「いえ、もし飛べるのならそもそも水上艦の形にする必要は無いですし、飛ぶ為の機構が何処にも見えないので恐らくは違うかと」

「でも浮いてるんだろう?」

「この感じだと、浮いてると言うよりか寧ろ()()()()()()()様に感じます」

「いや、そっちの方が問題だろう。何トンあると思ってるんだ」

 

 彼はあまりにも非現実的な事を言う小野を窘める。が、そこで彼はここが異世界であると思い出す。

 

「……そういう魔法か何かがあるのかもしれない、か。とにかく、これは何処の写真だ?」

「ええと、第2文明圏外のイルネティア島沖120kmの海域です」

「すぐに調査してくれ。グラ・バルカスなんかよりも厄介な物があるのかもしれん」

「分かりました」

 

 彼はそう指示し、異世界は理解出来ない事が多いと頭を抱えるのだった。

 

 

───────

 

 

〈グラ・バルカス帝国領 レイフォリア〉

 

 かつて、世界に5カ国しかない列強国の末尾に位置していた国家、レイフォル。

 しかし今、その国はグラ・バルカスによって滅ぼされ、植民地となっていた。

 艦砲射撃によって破壊し尽くされた首都レイフォリアは今は植民地総督府が置かれた都市となり、また大規模な海軍基地が建設されるなどの発展を遂げていた。

 

 そんなレイフォリア海軍基地は、今大騒ぎとなっていた。

 イルネティア王国派遣艦隊に組み込まれていた戦艦、グレードアトラスターが「本艦隊は、イルネティア軍に敗北せり」という通信を最後に消息を絶ったのだ。

 それは、有り得ない事だった。事前のどんな調査でも多少苦戦するかもしれない、という慎重論こそ出ていたものの敗北など考えている者は誰一人としていなかったのだから。

 敵の欺瞞情報であるという線も考えられたが、それはつまり帝国軍の通信回線が解析されているという事に他ならず、否定された。

 

 そして、通信から3日後。

 

 

「シエリア課長! ダラスさんが帰ってきました!!」

「何、本当か!? 今行く!」

 

 レイフォリアにダラスが帰還した。彼はイルネティア王国派遣艦隊に乗っていた為、今回の真偽を確かめるにはもってこいなのだ。

 

「……」

「ダラス、大丈夫か? 何があった?」

「……」

「ダ、ダラス?」

 

 シエリア、そして上司であるゲスタが彼に尋ねるが、彼は俯いて何も言わない。

 

「……てない」

「?」

「我々は、負けていない! 蛮族なんぞに、負ける筈がない!!! あんなっ、蛮族にィ!!!!」

「!!?」

 

 ようやく口を開いたかと思えば、彼が発したのはその様な意味不明な言葉であった。

 2人は彼が錯乱しているのだと判断し、一先ず割り当てられた部屋へと帰したのだった。

 彼からの聞き取り調査は後日へと回された。

 

 

───だが、彼の口から聞く前に。

 

 

『次のニュースです。4日前、第2文明圏外国であるイルネティア王国が、侵攻してきたグラ・バルカス帝国艦隊を撃滅、レイフォルを滅ぼしたグレードアトラスター以下6隻を拿捕、その他17隻を撃沈していたとの情報が入りました。それでは、VTRをご覧下さい』

 

 

 流れて来た『世界のニュース』にて事実を知る事になるのだった。

 

 

───────

 

 

〈イルネティア王国 港湾都市ドイバ〉

 

「うう……緊張する……」

「遂に僕も世界のニュースデビューかぁ」

「イルクスは元気だね……私はもう緊張して緊張して……吐き気が……」

「だ、大丈夫?」

 

 竜人族に負けぬ程に顔を青白く染め、口を押さえるライカの背中をイルクスがさする。

 

 イルネティア沖海戦より2日が経ったこの日、国内外にこの勝利を喧伝する為に彼女達は魔導通信───魔信を魔石で強化し、映像を送受信出来るようにした物。要するにテレビ───に出演する事になった。

 ライカとて、魔導通信に出るのは最初ではない。過去にも王国で開催される飛竜レースで優勝した時に出ているのだ。

 

 だが、今回のプレッシャーはその時の比ではない。

 なにせ、この放送には王国の存亡がかかっているのだから。

 ついでに言うと、今回出演するのは第1、2、3文明圏内外全域に放送されている、世界で最も有名な番組である『世界のニュース』である。

 神聖ミリシアル帝国に本社を置く、巨大放送企業。その影響力は凄まじい。

 

 ライカ、齢17。そんな少女にはあまりにも荷が重かった。

 

 

 その後、王国の飛行場に1機の旅客機、ミリシアルの誇る旅客機『ゲルニカ35型』である。

 テーパー翼にタマゴ型のエンジンを2発装備したその天の浮舟は現在、この世界の国が持つ航空機の中では最大であり、その存在感はイルネティア人達を圧倒させていた。

 それの外壁には世界共通語で『世界のニュース』と書かれており、これ程の機を1企業が持つ事が出来る事に唖然とする。

 

 そんな機体の扉が開き、1人のエルフの女性が降りてくる。

 

 

「「「おおおおおっ!!!」」」

 

 

 彼らは、その女性に見覚えがあった。ありすぎた。

 

「イルネティア王国の皆さん、こんにちは。『世界のニュース』所属アナウンサー兼レポーターのウレリア・レフィシェメントです。今日はよろしくお願いします」

 

 滑らかで洗練された動作で頭を下げる。

 彼女は、世界のニュースではお馴染みのアナウンサーだ。非常に美しく、それでいて気品に溢れている彼女は毎年行われる女子アナウンサー人気投票でも毎回トップ3に入っている程で、彼女のファンは下手な国の人口よりも多いという。

 彼女の写真集は文明圏内外問わず注文が殺到し、手に入れられた者はそれだけで嫉妬と羨望の視線に当てられる。

 

 ライカと、ついでに王国将軍ニズエルも彼女の熱心なファンであった。

 

 そんな魔写の中でしか見た事のない人物が、今目の前に居る。興奮しない訳がなかった。

 隣で出迎えたニズエルなど、涙を流している程だ。

 

 そんな彼を放って、ライカは顔を青から赤に染め、目を輝かせながら彼女の元へと駆け寄った。

 

「あ、あのっ!」

「お嬢さんが、例のライカちゃんかしら?」

「は、はいっ!!」

 

 憧れの的に名を呼ばれ、興奮するライカ。そんな彼女を、後ろから微妙な表情で見つめるイルクス。未だ泣き続けるニズエル。

 

「今日はよろしくね」

「!! は、はいっ!!!!」

 

 差し出された手を握る。その手は白く、柔らかい。

 

 次に彼女は、何処から取り出したのか色紙とペンを持ち、彼女へと差し出す。

 

「あ、あのっ! さ、サインを頂けませんか!!」

「ええ、良いですよ」

 

 ライカが決死の覚悟で出したその提案に、ウレリアはいともあっけなく了承し、色紙を受け取るとサラサラと慣れた手つきでサインを書き、彼女へと渡す。

 

「はい、どうぞ」

「あっ、あっ、ありがとうございます!!!」

「どういたしまして。それでは、行きましょうか。他にサインが欲しい方はまた後程、撮影が終わってから()()()()()()受けましょう」

 

 次は自分が行こうとしていたニズエルは、その言葉でなんとか踏み止まる。

 その様子を、同じく来ていたイルティス13世は半ば呆れた表情で見ており、そしてそういえばエイテスもファンだった事を思い出し、後でサインを貰っておこうと考えるのだった。

 

 

 

「……? どうしたの、イルクス?」

「……」

 

 サインを貰い、ホクホクとした表情でイルクスの元へ帰ってきたライカは、彼女が頬を膨らませているのを見て疑問に思う。

 何故、彼女は少し不機嫌なのだろうか?

 

「わっ!? い、イルクス?」

「……」

「み、皆が見て……い、いてててて!!」

 

 首を傾げるライカに、イルクスが突然抱きついた。

 周囲の生暖かい視線を感じて少し恥ずかしくなっている所で、抱きつく彼女の手がどんどんと締まっていく。

 

 骨が悲鳴を上げ始めた頃に、ようやく手が離された。

 

「な、何を……」

「……」

「……」

 

 無言で見つめ合う2人。と、そこでようやく彼女はイルクスが何を言いたいのかに気付く。

 

 イルクスは、自分を蔑ろにしていた事を怒っているのではないか?

 

 それに気付いた彼女は、弁明を開始する。その結果、イルクスは何とか機嫌を直したのだった。

 

 

 ……その過程で彼女の好物を買った事は、ここではあまり触れないようにしておこう。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

美人アナウンサーは完全なオリキャラです。名前出てないからね、仕方ないね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界のニュース(中編)

日刊ランキング72位ありがとうございます!


「大きい……」

「これ程とは……」

 

 ゲルニカより降りた記者団は、早速ドイバの港へと来ていた。

 そこには拿捕した艦船が繋留されており、中でもグレードアトラスターは彼らがこれまで見たどんな船よりも大きかった。

 

───こんな物を造る様な相手に、勝てるのだろうか。

 

 船を見た者達の中に、その様な感情が生まれる。

 神聖ミリシアル帝国において最も大きな艦砲は、最新鋭艦であるミスリル級魔導戦艦が搭載する霊式38.1cm3連装魔導砲だ。その船にはそれが2基設置されており、この世界の如何なる戦艦であろうと敵わない───そう、思っていた。

 

 だが、目の前の戦艦はどうだ。

 全長、全高、全幅どれをとってもミスリル級より大きく、主砲も明らかに口径38.1cm以上の物の3連装砲が3基も搭載されている。

 今は戦列艦の攻撃によって全て破壊されているが、他にも数多くの対空兵器が搭載されていたという。

 

「よく……勝てましたね……」

「ええ。戦列艦隊の奮戦、竜騎士隊による決死の突撃、そしてライカ殿とイルクス殿による敵戦闘機の撃墜、そのどれか1つでも欠けていれば我々は今頃ここには居なかったでしょう」

「成程……」

 

 記者団はこれを見て「所詮は文明圏外国にやられるような戦艦」などと嘲笑する事は出来なかった。

 寧ろ、これを前にして1歩も引くことなく戦った王国軍の兵士達に尊敬を覚える程である。

 

 彼らの帝国民としてのプライド。それをこの空前絶後の超巨大戦艦はいとも容易く打ち砕いたのだった。

 

 

「……それでは、撮影を始めましょうか」

 

 

───────

 

 

〈グラ・バルカス帝国領 レイフォリア〉

 

『はい! こちらはレポーターのウレリアです。今、私は先日グラ・バルカス帝国による侵攻を受けた第2文明圏外国のイルネティア王国に来ています!』

 

 食堂にてシエリア達が見つめる中、画面の女はマイクを持って話し続ける。

 

『ご覧下さい! これがあの、美しい街として評判であったドイバ市街です!』

 

 女は背後に無惨な姿を晒すドイバ跡を手で指した。

 そこにはかつてあった美しい街並みは存在せず、代わりにあるのは瓦礫ばかりだ。

 

『これを行ったのは、現在第2文明圏を騒がせ、列強レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国の戦艦、グレードアトラスターです!』

 

 女の言葉にカメラが移動する。

 

 

「なっ!!?」

「そんなっ!?」

 

 

 そこで映った光景に、シエリア達は驚愕する。

 

 なにせ、そのドイバ港に繋留されていたのは、グラ・バルカス帝国が誇る最大最強の戦艦、グレードアトラスターそのものであったのだから。

 グレードアトラスターは対空兵器こそ破壊されていたものの、船体はほぼ無事であり、拿捕されたという言葉が本当であるという事を如実に示していた。

 

『それにしても大きいですね……それでは乗ってみましょう』

 

 女が取り付けられたタラップを上り、グレードアトラスターの甲板へと上がる。

 そして主砲へと近付き、これみよがしに手を開いて大きさを強調してみせる。

 

『今回、敵の主砲口径を計る為にメジャーを用意しています。早速計ってみましょう』

 

 そう言うと、女はメジャーを砲の開口部へと当て、伸ばしていく。

 メジャーはどんどんと伸びていき、遂にはミスリル級の38cmを超え、一般兵達に教えられている()()口径である41cmも超え、やがてある点で止まる。

 

 

『な、なんと!! この主砲の口径は46cm! 46cmです!!』

 

 

 帝国の機密が、よりにもよって世界全体に公開される。

 この事を知らなかった一般兵や下士官、外務職員達に動揺が走る。

 シエリアは目眩を覚えた。

 

『一体、この様な化け物をイルネティア王国軍の方々はどうやって攻略したのでしょうか? 解説役として、王国軍の将軍であるニズエルさんに来てもらっています』

『に、ニズエルです』

 

 ニズエル、と呼ばれた男は何処か緊張している様に見えた。それも放送による物ではなく、もっと別の事で緊張している様に彼女には見えた。

 

『ニズエルさん、一体あなた達はどうやってこの戦艦を下したのですか?』

『は、はい。まず、ドイバ防衛艦隊に所属していた戦列艦18隻がこの戦艦に対して魔導砲による猛攻撃を加えました。その後、我が国の誇る最強の竜騎士、ライカ殿が上空に居た敵戦闘機12機を全て撃墜、最後に竜騎士隊30騎が戦艦に乗り込み、戦闘開始より約1時間後、敵より降伏が示されました』

『凄まじいですね……戦列艦隊や竜騎士隊の活躍もさる事ながら、そのライカさんの功績が凄いですね』

『はい。また、敵戦闘機を全滅させた彼女はそのまま単独でドイバ沖120kmに居た敵艦隊に接近、これを壊滅させました』

『それがこの、敵艦17隻撃沈、ですね。一体どうやってこの様な戦果を上げたのか。実際に本人に聞いてみましょう。ライカさーん?』

 

 シエリア達は、撃沈された艦艇の全てがたった1騎によるものだという事に驚愕し、同時にそれを行った人物が見られるという事で、固唾を飲んで画面を見守る。

 一体どんな屈強な軍人が出てくるのか……

 

 

『は、はいっ! ら、ライカですっ!!』

 

 

 だか、そんな彼女らの予想に反し、出てきたのは1人の少女であった。

 

『ではライカさん。あなたはどの様にして艦隊を壊滅させたのですか?』

『ひゃ、ひゃい! え、ええとですね。それを言うにはまず最初に、私が共に戦う(乗る)竜について説明しないといけません。イルクスー!』

『はーい、僕がイルクスでーす!』

 

 そして、次に出てきたのはこれまた少女。こちらの頭には角が、背には翼が、尻には尻尾が生えているので人間ではないのだろう。

 

 だが、今の彼女らにはそんな事はどうでもよかった。

 彼女らの頭にあるのは、何故竜が紹介される筈の場面でこんな少女が出てくるのか、という事だ。……まあ、薄々勘づいてはいるが。頭が理解を拒んでいた。

 

『イルクスは、通常の飛竜とは異なるんです。音よりも速く飛べたり、力がとても強かったり……』

『お、音よりもですか。ちょっと信じられませんね……』

『でもなんと言っても、彼女はこうして人の姿を取る事が出来るんです』

『竜人形態のイルクスでーす!』

『それらを聞いていると、私としてはある伝説の存在を思い出してしまうんですが……』

『はい、概ねそれで合っています。イルクスは、あの神竜なんです』

『神竜!! まさかこんな所で神話の生物に出会えるとは思いませんでしたーーー』

 

 その後、神話に出てくる神竜とインフィドラグーンについての説明がされる。

 それらの話を、彼女らは半ば魂が抜けた様な顔で聞き入っていた。

 

 

 次に彼女らが反応を示したのは、艦隊を壊滅させた事を実際に行ってみる、という場面が始まった時であった。

 

『それでは、実際にやってもらいましょう! ライカさん、イルクスさん、お願いします!』

『はい!』

『はーい!』

 

 2人が元気に返事をすると、イルクスと名乗った少女の身体が眩い光に包まれ、それが収まるとそこには先程の有角の少女の姿は無く、代わりに大きな白い竜が鎮座していた。

 その竜はこの世界で見たどの飛竜よりも洗練された身体を持ち、これならば音を超える、というのも本当かもしれないと思わせるだけの雰囲気があった。

 

 その竜にもう1人の少女が乗り込み、竜が羽ばたく。

 

『な、なんと! 滑走は必要ないのですか?』

『はい。神竜はその場で垂直に飛ぶ事が出来るんです』

 

 そう言った直後、凄まじい風と共に白竜が浮き上がる。レポーターは飛ばされない様になんとか耐え、カメラはガタガタと揺れていた。

 

 そして白竜はある場所に向かって飛ぶ。その方向にあったのは───

 

 

「あ、あれはキャニス・ミナー級!!」

「た、確かに派遣艦隊に同行した『ハルナオン』だ……」

 

 それはグラ・バルカス帝国海軍のキャニス・ミナー級駆逐艦『ハルナオン』であった。

 その艦は確かに数日前に文明圏外の島国へ向かった物と同じであった。

 

『今回、2人には実際にあの小型艦を持ち上げてもらいます』

 

「も、持ち上げるだと!?」

「馬鹿な、一体何トンあると思っているんだ!! そんな事出来る筈がない!!」

 

 職員や兵士達が声を上げる。

 

 だが、そんな彼らを嘲笑うかの様に。

 

 

『おおおおお!!! ご覧下さい!! 全長100m超えの鉄の塊が、たった1頭の飛竜によって浮き上がっています!!』

 

 

 ハルナオンの船体に白竜の爪が食い込むと、一瞬で艦全体が仄かな光に包まれる。

 そして再び白竜が羽ばたくと、先程よりかは緩慢ながらに浮かび上がり、同時にハルナオンも港から離水したのであった。

 

 この世の景色とは思えない映像……それを見て、彼らは唖然とする。

 

 

「……」

 

 

 そんな中、シエリアの脳内には地獄の様な光景が広がっていた。

 

 このレイフォリアに突然現れる白竜。その竜は港に留められていた駆逐艦を掴むと、持ち上げて次々と投げていく。

 数千トンにも及ぶ質量攻撃。そんな物を防げる筈もなく、軍は為す術もなく壊滅、レイフォリアはたった1頭の竜に陥落する。

 

 ここより西方にあるグラ・バルカス帝国本土。夜の闇に紛れ、その沖合に1つの小舟が辿り着く。

 その後、帝都ラグナにて1頭の竜が出現し、帝国の誇る高層ビルを次々とちぎっては投げ、ちぎっては投げ……潰れる自動車、立ち上る炎。人々の悲鳴はとどまることを知らず、しかしやがては収まっていく。

 

 そして最終的には皇城であるニブリス城も───

 

 

「───っ!!!!」

 

 

 そこで彼女の意識は現実に戻される。画面では、持ち上げた駆逐艦を水上へと戻している最中であった。

 呼吸が苦しい。冷や汗が止まらない。

 

「か、課長、大丈夫ですか?」

「……少し、休む」

 

 彼女は自分の部屋へと戻り、あの白竜にどうやって対抗するかを考えるのだった。

 

 

 

 これを見たグラ・バルカス帝国の者達の反応は様々であった。

 あんな物は作り物だと言って信じない者、あまりの非現実さに呆然とする者、そしてこれはまずいと対策を考え始める者などだ。

 

 人型になれるという事を態々放送したのは、帝国にそういった危機感を抱かせ、下手に手出し出来なくさせる為で()あった為、そういう意味では今回の放送は大成功であったと言えるだろう。

 

 

 しかし、これの本当の目的は、列強のとある国を釣り上げる為であった。

 その国はかつて栄えた竜神の国の末裔であり、人口数百万人とかなりの少なさでありながらも列強第3位に位置する国である。

 

 

 その国の名は───




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto五つの小よろしくお願いします


とある国……一体何ール王国なんだ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界のニュース(後編)

───第1文明圏。中央世界とも呼ばれるそこには2つの列強国が存在する。

 1つは言わずもがな、自他ともに認める世界最強の国、神聖ミリシアル帝国である。

 かの国はラヴァーナル帝国の遺跡を解析、複製し、世界の如何なる国であっても追従を許さない技術力を手に入れた。グラ・バルカス帝国にも最も警戒すべき相手だと認定されている。

 

 そして、もう片方の列強国は中央世界の、更に中央に存在する。

 日本国の四国程の面積の国土に、竜人族のみで構成された人口およそ100万人程度の国。

 人口、国力共に下手な文明圏外国よりも少ないその国は、しかし世界の五大国、列強の第3位として数えられていた。

 

 その国の名は───

 

 

〈中央世界 エモール王国 竜都ドラグスマキラ〉

 

 船の走る砂漠を抜け、針葉樹の山脈も抜ける。

 北壁である霊峰アクセン山脈から湧き出て、神聖ミリシアル帝国の帝都ルーンポリスまで流れる大河の水源近くに、この王国の竜都ドラグスマキラは存在する。

 

 そのドラグスマキラ北部、王の座す城、ウィルマンズ城のとある部屋にて、彼───王国の外交担当貴族、モーリアウルは食事をとっていた。

 本日の食事は、大河に生息する巨魚エルジュラームを竜都近郊の森で採られた山菜と共に蒸した料理である。

 彼はそれを2m近い巨躯に見合う大きな手で食べながら、ミリシアルより輸入されたテレビを観る。

 普段は他種族を見下しがちな竜人族であったが、この様に画像を動かす技術は素直に感心せざるを得なかった。

 

 今は、制作した美容液の小瓶1つが金10gと同じ価値であるという魔導師の紹介が流れているが、正直彼には興味が無かった。

 そこで電源を切ろうとした時、新たなニュースが流れてくる。

 

 それは、イルネティア王国という文明圏外国が、グラ・バルカス帝国という同じく文明圏外国を返り討ちにしたという内容であった。

 所詮は文明圏外国同士の小競り合い。誇り高き竜人族である彼にとっては取るに足らない事であった。

 

 

『はーい! 僕がイルクスでーす!』

 

 

 だが、次の瞬間。1人の少女が画面に映った所で、彼のそんな思考は吹き飛んだ。

 彼は画面に見入るあまり食事の手を止め、それどころか掴んでいた魚の身を落としてしまう始末。

 口をぽかんと開け、微動だにしないその姿は、普段の彼を知る者が見れば思わず笑ってしまうであろう、そんな滑稽な物であった。

 

 腰まである長い白銀の髪。アメジスト色の美しい瞳に、エルフの様な長い耳とエルフ顔負けの白い肌。

 頭に髪をかき分けて生える2本の角、背に生える一対の翼、背中下部から尻、そこから伸びる1.5m程のこれまた美しい、白銀の鱗に覆われた尻尾。

 

 そのどれしもが、彼の心を刺激した。

 色恋沙汰には無縁であった長い生涯。それにうつつを抜かし、仕事に身が入らなくなる同僚も多く見てきた。

 そんな彼らを彼は全くもって理解出来なかった───この時までは。

 

 

「……美しい……」

 

 

 思わずそんな言葉が口から漏れてしまう。

 この瞬間、彼の視界に色が付いた。そんな気がした。

 

 

『イルクスは、あの神竜なんです』

 

「───!!? んぐっ、げほっ、げほっ!」

 

 

 しかし、次に人間の少女から放たれた言葉で、彼は思わずむせる。

 見入るあまり、食事中でしかもまだ食物が口の中に入っているのだという事を忘れてしまっていたのだ。

 

「し、神竜!!!?」

 

 彼は我に返ると勢いよく立ち上がり、テレビへと飛びつく。

 

 エモール王国は、かのインフィドラグーンの生き残りの竜人族達が集まって建国された国である。

 その為、インフィドラグーン時代に強力な戦力として君臨し、そして竜神の眷属でもある神竜は、エモール王国人にとっては言わば御神体の様な存在なのだ。

 

 そんな神竜が、今画面の向こうに居る。その事実は、彼を動揺させるには十分であった。

 

「そ、そんな、そんな馬鹿な!!?」

 

 彼には理解出来なかった。

 何故竜神の眷属である神竜がこのエモール王国でなく、文明圏外国なんぞに居るのか。

 欺瞞ではないかとも思ったが、今画面でやっている様な、船を単独で持ち上げるなど神竜にしか出来る筈がない。

 

「と、とにかく伝えねば!!」

 

 彼は食事もそのままに部屋を飛び出すと、竜王ワグドラーンの部屋へと向かったのだった。

 

 

 

 その後、彼よりその事を聞いたワグドラーンは即座にイルネティア王国へと使節を派遣する事を決定。

 その使節は本人の希望もあり、そもそも外交担当貴族であるモーリアウルが任命された。

 

 そして、任命された彼は早速王国へと向かう───事はせず、魔信機にてとある場所へと連絡を行う。

 

 

「おお、我だ。モーリアウルだ。早速だが、貴国もイルネティアへと使節を派遣するのだろう? ならば、その機に我らも同乗させてもらいたい」

 

 

───────

 

 

〈中央世界 神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス〉

 

 この日、帝都ルーンポリスにあるアルビオン城は大騒ぎであった。

 その理由はただ1つ。つい先程行われた放送の内容である。

 

 

───これまで一切姿を見せなかった神竜が、突然、それも文明圏外国に現れた。

 

 この事実に国の上層部は驚愕した。

 そこで件のイルネティア王国について調べてみると、興味深い記事が見つかった。

 

 

『王国初の風竜騎士、初参加の飛竜レースにて堂々たる優勝!!』

 

 

 過去に行われた飛竜レースについての新聞記事である。

 確かに、帝国でも文明圏外国にて風竜を従えた者がいる事は把握していた。しかし、特に疑問は感じなかった。同じく文明圏外国で風竜を使役している国は存在していたからである。

 

 だが、その新聞に載っていた写真を解析した所、どうも通常の風竜とは少々、いや全く違う。色も角の形も翼も。寧ろ、何故これまで気付かなかったのか、それが不思議でならなかった。

 

 音よりも速く飛び、魔帝の使用した様な魔導電磁レーダーの真似事が出来、更にそれを妨害する事も出来る。

 強力な光線を放ち、海中をも飛べ、果ては誘導魔光弾まで撃てる。

 その様な出鱈目な存在を放置しておける筈がなかった。もし解析する事が出来れば、帝国にとって大きなプラスとなる。

 特に魔導電磁レーダーと誘導魔光弾については帝国でも解析が難航しており、いつ魔帝が復活するか分からない現状、一早い解析が求められていた。

 

 この事実を知ったミリシアル8世は即座にイルネティアへと使節を送る様指示。

 そのメンバーには外務省外交官であるフィアーム、そしてその場で神竜についてある程度調べられるよう、魔帝対策課より大魔導士であるメテオス・ローグライダー、その他数人が選ばれ、いつもの如くゲルニカ35型にて向かう事となった。

 

 

「……全く、何故世界第1位の国たる神聖ミリシアル帝国が、わざわざ文明圏外国の小さな島国に赴かなければいけないんだ」

「フィアームさん、それ日本の時も言ってましたよね」

「うぐ……だ、だが今回は正真正銘、本当の文明圏外国なんだろう?」

「まあそうですけど……」

 

 フィアームとその部下が話す。彼女は、世界一の超大国である神聖ミリシアル帝国の外交官である自分が、わざわざ文明圏外国のイルネティア王国に行かなければいけない事に少々苛立っていた。

 彼女自身は優秀な外交官ではあるのだが、やはり文明圏外国に対してはかなりの偏見を持っているのだ。まあ、それは文明国全ての住民に言える事なのだが。

 

 そんな彼女だが、先日同じく文明圏外国である日本国に派遣された。

 あの列強4位のパーパルディア皇国を下した国である。

 

 そこで彼女はいつもの様に苛立ちながら向かい───そして圧倒された。

 音よりも速く飛ぶ戦闘機、ミリシアルのどんな建物よりも高い高層ビル、スマートフォンという超高性能端末、時速300kmで走る鉄道……そのどれもが、祖国を上回っていた。

 それで彼女のプライドは全て打ち砕かれたと思われたのだが、やはり染み付いた物というのはそう簡単には抜けないらしい。

 

 

 一方、彼女の反対側の窓際の席には白髪の中年の男が頬杖をついて外の景色を見ていた。

 彼は今回神竜解析の為に派遣された大魔導師、メテオス・ローグライダーである。

 普段は魔帝の遺跡、兵器を解析している彼は、その頭脳を評価されて今回の前代未聞の使節団に抜擢されたのだった。

 

「風竜……」

 

 そんな彼の視線の先の滑走路には、ワイバーンとは少し違う飛竜が座っていた。

 それに乗るのは、鱗の生えた青白い肌、赤い髪と瞳、そして頭に生える角が特徴的な種族、竜人族である。

 

 彼は何故風竜、それも恐らくはエモール王国の騎士団の者が、何故ここに居るのかを考えて───とはいっても殆ど予想はついていたが───いた。

 

 

「それにしてもまだ出発しないのか? もうかれこれ1時間は経ったぞ」

「さあ……機長に聞いてきましょうか」

「ああ、そうしてく───」

 

 

 と、部下が立ち上がろうとしたその時であった。

 

 

 

「ふむ、間に合ったな」

 

 

 

 豪華絢爛な装飾品を着けた竜人が機内へと入ってきたのは。

 竜人族は装飾品で身分を表す。分不相応な装飾品を着ければ罰せられる為、この者は相当に高い身分の者だという事が分かる。

 

 そして、彼女達には彼にとても見覚えがあった。

 

 

「「も、モーリアウル殿(様)!?」」

「……おお、やはりか」

 

 

 2人が驚く中、メテオスは予想が当たった事に少しだけ頭を痛くするのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

一応言っておくと、モーリアウル殿はガイアらないのでご安心ください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚めし竜人

※今話には深刻なキャラ崩壊があります。全国1000万のモーリアウルファンの方はブラウザバックをお勧めします


 機内に上がり込んできた男、その正体はエモール王国の外交担当貴族、モーリアウルその人であった。

 事前に何も知らされていなかったフィアームとその部下は驚愕で目を見開き、普段はこの様な場所に来る事のない風竜騎士がいる事で薄々察していたメテオスは苦々しい顔でこめかみを押さえる。

 

 そんな彼らを置き去りに、モーリアウルの部下達が次々と乗り込み座っていく。

 

 

『まもなく離陸致します。シートベルトの着用をお願い致します』

 

 そして、彼らが乗り切ったと同時にそんな機内放送が流れる。どうやら、機長達にはこの事は知らされていたらしい。

 そうだったのなら、先に教えてくれればいいのに、フィアームは心の中で愚痴る。

 

 

 そんな彼らを乗せ、ゲルニカと風竜騎士2騎は大空へと飛び立つのだった。

 

 

 

「……も、モーリアウル殿は何故この機に……?」

 

 意を決したフィアームがモーリアウルに話しかける。

 自分よりも体格も地位も遥かに高い人物。そんな人物を前にして、彼女のエルフ特有の長い耳は垂れ下がっていた。

 

「本来は便乗など我らのプライドが許さぬのだがな。今回は迅速に事を進める必要があった為に致し方なく、だ」

「な、なるほど」

 

 竜人族はかの光翼人に負けず劣らず、他種族への差別が酷い種族だ。奴隷にしようなどとしない分、光翼人よりかは多少はマシなのだが……。

 なので、竜人族をエモール王国以外で見る事は殆どない。その高いプライドが、他種族と混ざって住む事を許さないからだ。せいぜいトルキア王国に少数暮らしているのみである。

 

 そんな彼らの国には天の浮舟が無い。理由は単純で、領土の殆どが山か深い森であり、飛行場を造れるだけの用地が無いからだ。

 なので王国の外交官などが遠方へと向かう際には、必ずミリシアルの天の浮舟をチャーターする。

 だが、それにはどうしても時間がかかる。それならば、確かに便乗した方が速いだろう。

 

 

 しかし、神竜というのは霊峰よりも高い竜人族のプライドをも曲げさせる程の存在だというのか。

 そう考えると、彼女は少し興味が湧く。

 

 

「あの風竜は護衛ですか?」

「うむ。第2文明圏ではグラなんとかという蛮族が暴れていると聞く。念の為だ」

「まあ、風竜に勝てる訳が無いですからね……」

 

 風竜は、この世界最強の航空戦力である。

 最高時速は約500kmと、帝国の誇る最新戦闘機『エルペシオ3』の570kmにはやや劣るが、その機動力は凄まじく、過去に演習を行った際にも旋回能力に劣るエルペシオは風竜に翻弄され、次々と撃墜判定を食らっていた程である。

 

 たった2騎とはいえ、そんな風竜がいるのだ。護衛には十分な戦力であった。

 

 

───────

 

 

『まもなく、本機はイルネティア王国に到着致します───』

「ううーん! ようやくか……」

 

 フィアームは腕を伸ばし、長く座り続けた事により凝り固まった身体を解していく。

 

 燃料である魔石補給の為に道中何度か着陸し、2国の外交使節を乗せたゲルニカはようやくイルネティア王国へと到着しようとしていた。

 

 

『王国より連絡があり、飛竜が1騎、歓迎の為に本機の周囲を飛行する様です。襲撃ではないのでご安心下さい』

 

 

 機内放送。その内容に、フィアームは酷い既視感を覚えた。

 

「……前も同じ様な事があったような……」

「そうですね……」

 

 前は、確か飛行場への誘導だったか。

 そう、あの時も同じゲルニカに乗っていて、ふと窓の外を見たら───

 

 

───直後、窓の外を白い物が通った。

 

 

「「なっ!!?」」

「「やっぱり……」」

 

 何となく予想がついていた2人はため息をつき、これ程の速度の物を初めて見たメテオスとモーリアウルは驚愕する。

 

「す、素晴らしい!!」

「これが……神竜か」

 

 その次に、モーリアウルの方は目を輝かせながら言い、メテオスの方はうわ言の様に言う。

 

 ゲルニカは、神竜イルクスに歓迎されながら飛行場へと着陸するのだった。

 

 

 

「神聖ミリシアル帝国、そしてエモール王国の方々、ようこそいらっしゃいました。私がイルネティア王国国王、イルティス13世でございます」

「ふむ、御苦労」

「いやはや、国王直々に歓迎して頂けるとは。このフィアーム、感激でございます」

 

 ゲルニカより降りた使節達を待っていたのは、イルネティア王国国王その人であった。

 いくら相手が大国とはいえ、一外交官に対して国王が出迎える。それにモーリアウルはさも当然かの様に接し、フィアームは恐縮した様な反応を見せる……表面上は。

 

「(そうそう、これだよこれ! これぞ文明圏外国のあるべき姿だ!)」

 

 彼女はその姿を見て、前回日本へ行った時に粉々に打ち砕かれたプライドを治癒させる。

 

 

 彼女がそういう訳で悦に入っていると、隣の滑走路に白竜が着陸する。

 その動作は淀みなく滑らかで、それだけで竜騎士がかなりの技量を持っている事が分かる。

 

「おお!!!」

 

 その姿に、モーリアウルが歓声を上げる。

 

「そして、こちらが我が国の誇る竜騎士ライカと神竜イルクスで」

「神竜"様"であろう無礼者!」

「……神竜イルクス()でございます」

 

 彼女らを紹介しようとして、彼に怒鳴られたイルティス13世は表情を変えず───内心では彼を殴り倒して───呼び名を変える。

 相手は列強第3位。下手な事をすればグラ・バルカスが来る前に国が滅んでしまう。彼は込み上げる怒りをぐっと抑え込んだ。

 

 そんな彼を一瞥もせずに、イルクスの元へと駆けるモーリアウル。

 今イルクスからはライカが体を固定する為のベルトを外して降りている所だった。

 

 

 そして、そんなイルクスの元へと来た彼は、言った。

 

 

「こら!! さっさと神竜様から降りんか小娘!! この御方は貴様如きが乗って良い様な存在ではないのだぞ!!」

 

 

 次の瞬間には、彼は竜人形態になったイルクスによって殴り倒されていた。

 

 

「「「モーリアウル殿ぉぉぉぉぉ!!!!!???」」」

 

「ライカをバカにしないで!!」

 

 

 滑走路に倒れるモーリアウル、驚愕する使節団と国王達、そして鼻息を荒らげながら彼に言い放つイルクス。

 

「?????」

「ちょ、ちょっとイルクス!!」

 

 何故殴られたか分からない、といった様子で殴られた頬を触り困惑する彼を横目に、慌てて止めに入るライカ。

 その前方では、国王達が顔を蒼白に染めている。

 

「止めないでライカ!」

「わ、私は何も思ってないから! この人達はその……そういう種族なだけだから!!」

「じゃあ尚更叩き直した方が良いんじゃないの?」

「ブフッ」

「そうかもし、じゃなくて! た、例えそうでも人は殴ったらダメだよ!!」

 

 地に伏す竜人について口論を交わす2人。その途中にて的を得た言動が飛び出して思わず吹き出してしまうフィアーム。

 

「と、とにかく謝って。ほら、ごめんなさいって」

「むー……ごめんなさい」

 

 宥められ、一先ずは怒りを抑えたイルクスが非常に不機嫌そうな表情にて頭を下げる。

 

 そんな様子に、彼は列強国の、そして竜人族としてのプライドを背負い、怒り狂う───

 

 

「……素晴らしい……」

 

 

「「……え?」」

 

 

───事はなく、逆に空気に溶けてしまいそうな声でそう呟く。

 その目は今までに無い程に光を湛えており、まるでとてつもない財宝でも見つけたかの様であった。

 

「……()()()()様、ライカ殿。先程の無礼を謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした」

「分かれば良いんだよ」

「ちょっ、え、え?」

 

 突然態度を変えた彼にイルクスは満足し、ライカは困惑する。

 

「つきましてはイルクス様、我が国、エモール王国にお越し頂くことは出来ませんでしょうか」

「無理だよ。敵がイルネティアを狙ってるんだから」

「了解致しました。その様に本国へと伝えさせて頂きます」

 

 彼はあっさりと引き下がる。

 

 

───『神竜と会って』

   『様を付けろ無礼者』

   『神竜様と会って、どうするつもりですか?』

   『決まっておるだろう。我が国へとお招きするのだ。神竜様は人間の治める国、ましてや文明圏外国なんぞよりもインフィドラグーンの後を継ぐエモールの方が遥かに相応しい』

   『……もし、来ないと言ったら?』

   『その時は……』───

 

 

「(力ずくでも連れて来るんじゃなかったのか……?)」

 

 彼女は、ゲルニカに乗っている最中に交わされたそんな会話を思い出す。

 その時の言動と明らかに矛盾している今の言葉。それに彼女は呆然とした。

 

「も、モーリアウル様!!? よ、よろしいのですか!?」

 

 それは部下も同様だったらしく、慌てて止めに入る。

 

 だが。

 

「仕方あるまい。グラなんとかという蛮族はそれなりに強いと聞く。その様な輩が暴れている間に護るべき国から離れる訳にもいかんだろう」

「な……」

 

「(あまりにも理解があり過ぎる……!!)」

 

 普段の彼からは到底想像出来ない様なその姿。

 彼女も、彼の部下も、国王も、そしてライカも、それぞれが知っていた、もしくは伝えられていた人物像とはかけ離れたその姿に困惑するのだった。




この話が面白いなと思った人は高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


メテオス「なんだコイツら……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2カ国使節団

インフィドラグーンがどんどん強化されていく……


───カシャ、カシャ、カシャ。そんな魔写のシャッター音に似た音が何度も鳴る。が、その音はあまりにも小さく、辺りの物音によって掻き消されるが為に周囲の人間には気付かれない。

 神聖ミリシアル帝国、ルーンズヴァレッタ魔導学院にて開発されたこの最新モデルは、撮影の際に出る魔写機特有の音を可能な限り小さくし、画質、色合い共に従来の物よりも遥かに高まっている。また、撮った魔写はその場で現像される為、すぐに出来栄えを確認する事が可能だ。

 因みに値段は、ルーンポリスの一等地に小さな家が建てられる程度である。つまり、とても高い。

 

 

 さて、そんな高級品を惜しげも無く使っているこの男は一体誰だろうか。

 

 そう、エモール王国の外交担当貴族、モーリアウルだ。彼はあの後、飛行場にてこう言った。

 

『私めの事は道端の小石、いや埃程度に思っていただいて結構ですので、お2人は何も気にせずに自然体でお過ごしください』

 

 ライカもイルクスも、ついでにフィアームも引いた。

 あのプライドの塊である竜人族をここまでするとは、一体彼に何があったのだろうか。彼女達は考えたが、一向に思いつかなかった。

 当たり前だ。一体誰が、列強の外交トップが百合に目覚めているなどに思い至るのだろうか。

 ……因みにメテオスはそれについて薄々察していたが、理解は出来なかった。

 

 そうして今に至る訳だ。

 今、彼は街を案内している2人を撮っていた。一見するとストーカーの様な行為だが、勘違いしないで欲しいのはこの行為は本人達の許可を得ているという事だ。つまり、合法である。

 

 

 そんな訳で、彼はひたすらにエモール王国の品位を落とし続けるのだった。

 

 

───────

 

 

〈イルネティア王国 王都キルクルス ランパール城 〉

 

 ゲルニカより降りた使節団は、会談の前に少しだけ街の案内をされた。だが、特筆すべき事は何も無かった───エモールの品位が落とされただけ───のでここでは割愛する。

 文明圏外国にしては発展している、神聖ミリシアル帝国の使節達はそう感じた。

 

 それもその筈、ここイルネティア王国の魔法技術はかなりの発展を見せており、部分的にはかのパーパルディア皇国ですらも超えているのだ。

 その一例が魔導戦列艦であり、最大速力は20ノット、旗艦であればリミッターを外せば30ノットが可能だという、ミリシアルの魔導船にも匹敵する速度を出す事が出来るのだ。

 

 そんな、ガラパゴス的な発展を遂げた魔法技術によって造られた街並みにフィアーム達は感心し、竜人は激写していた。

 

 

 そして観光が終わり、使節達は城へと入ったのだった。

 

 

 

「───と、いう訳なんです」

「なるほど……」

 

 王城のある部屋にて、十数人の者達が机越しに並ぶ。

 そんな中、モーリアウルより求められた為にライカはイルクスと出会った経緯を説明していた。

 

 森にて、ぴいぴいと鳴く幼竜を見つけ、最終的に自分の家で育てる事になり、イルクスと名付けた事。

 どんどんと成長していき、やがて額に現れた紋章で神竜ではないかと勘づいた事。

 そして、ある日家に帰ってきたら───裸の竜人の少女が立っていた事。それがイルクスだという事を信じるには、少し時間を要した事。

 

 それらを聞き終わり、少し思考を巡らせると、やがてモーリアウルは口を開く。

 

「となると、イルクス様は『ヴェティル=ドレーキ』という種である可能性が高いでしょうな」

「ゔぇ……?」

「『ヴェティル=ドレーキ』。神話の時代、主に空戦で活躍していた種です。恐らくは、イルネティア島を守護していた方が現出したのでしょう」

「ははー……」

「僕ってそんな名前だったんだね」

 

 彼の口より、何やら複雑な名前が飛び出す。それが自分の種族名であると知ったイルクスの反応は薄かった。

 彼女にとってはイルクスこそが自分の名であり、今更種族名など知った所で何も変わらないのだ。

 

「インフィドラグーンには数多くの神竜様が所属しておられ、それぞれに得意分野がありました。運搬を得意とする種は、かのラヴァーナル帝国の海上要塞ですらも持ち上げられたと伝えられています」

「……」

 

 海上要塞の名を聞いたメテオスの眉が少し動く。

 

「い、イルクスのでも凄いのに、それ以上が居たんですか」

「ええ」

 

 それを聞いたライカが口をぽかんと開けて呆然とする。

 普通の飛竜は駆逐艦どころか小型のヨットすらも持ち上げられないのだ。海上要塞など、想像も出来ない。

 

 

 と、その時。メテオスが尋ねる。

 

「モーリアウル殿。貴方は先程、『ヴェティル=ドレーキ』は空戦で活躍していたと言われたが」

「何だ急に……そうだが」

「という事は、そこのイルクス()はもしや誘導魔光弾を放てるという事ですか?」

「……その通りだ。空戦において、古の神竜様は天の浮舟を誘導魔光弾にて撃ち落としたとの言い伝えが残っておる」

「───ッ!!!」

 

 その言葉に、彼は目をカッと見開く。

 彼は魔帝対策省の、それも古代兵器戦術運用対策部、運用課に所属している。

 運用課と名付けられてはいるものの、古代兵器がこれまで運用された事は1度も無く、普段は専ら分析に努めている。

 

 古代兵器、即ちラヴァーナル帝国の兵器は、神聖ミリシアル帝国の力の源だ。

 実際、現在ミリシアルで使用されている兵器の殆どが発掘、分析されコピーされた物であり、ここの働きはかなり重要だ。

 

 そんな彼らは今、かつてラヴァーナル帝国が使用していたと言われている『誘導魔光弾』と呼ばれる兵器の分析を行っている。

 音よりも速く飛び、目標を追う必中の矢。その解析は困難を極め、未だに完了の目処は立っていない。

 

 しかし今、彼の目の前に実際にそれを使えるかもしれない者が居る。

 場合によっては、これにより誘導魔光弾の実用化が可能になるかもしれない───そんな状況に、彼は技術者としてやや興奮していた。

 

「ちょっと待って!! ゆうどうまこうだん、っていうのなんて僕知らないよ!?」

「そ、そうですよ。そんなのが使えるんだったら前の戦いで使ってますし」

「見た所、貴女様はまだ成長過程のご様子。あと少しすれば自然と使える様になる筈です」

 

 どうやら、まだ使える訳ではないらしい。少し落胆したが、まだやるべき事はある。

 

 彼は鞄から注射器を取り出し、言った。

 

「イルクス殿、少し採血をしても宜しいか?」

 

 そう、採血である。これは元よりするつもりであった。

 

 インフィドラグーンは確かに魔帝と拮抗していた。それは技術力もさることながら、何よりも所属していた神竜達の能力が高かったからだ。

 転移してから数万年経った今でも、魔帝の作り出した兵器は残っている。だが生物に過ぎない神竜はその痕跡すら殆ど見つけられないのだ。

 

 そんな中、今回神竜が見つかった。()()()()戦術運用対策部としては解析しない手はない。

 しかし連れ出すのは恐らく不可能だと判断し、せめて血液や体の一部は持ち帰って来いと指示されていた。

 

「貴様! 神竜様に何という」

「別に良いけど」

「深く注意を払って行うのだぞ!!」

 

 目の前で繰り広げられる熱い掌返しを無視し、彼は注射針を消毒し、差し出されたイルクスの腕から血を採取する。

 その後、神竜形態の血も採り、更に鱗を2枚程取ってメテオスの用事は終了した。ついでに羨ましそうに見ていたモーリアウルにも彼女は鱗を渡した。モーリアウルは泣いた。

 

 

 それが終わり、場所をドイバへと移す事になった。目的は勿論、先日拿捕した超巨大戦艦、グレードアトラスターである。

 

 

「い、意外と快適なんですね……」

「神竜様の背に乗る事が出来るとはっ、このモーリアウル、感激ですッ!!」

「魔力による対風、対力フィールドか。だが風竜の物よりも出来が良いな」

 

 

 キルクルスからドイバはそこそこ離れている。

 その為、イルクスの背に乗せていく事になり、乗った面々はそれぞれがそれぞれの反応をするのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベルーノの受難

〈イルネティア王国 港湾都市ドイバ〉

 

「これは……」

 

 未だ艦砲射撃による破壊の痕が生々しく残る港湾都市ドイバ。その港にて、1人の男がプルプルと震えていた。

 彼の名はベルーノ。神聖ミリシアル帝国の技術研究開発局開発室長であり、今回、鹵獲された巨大戦艦を見る為に使節団に加わっていた。

 先の放送を彼は観ており、その大きさは概ね把握していたのだが……。

 

 

「お……大きすぎる……!」

 

 

 今、彼の目の前には繋留されているグレードアトラスターその物が鎮座している。

 その威容は、画面越しとは比べ物にならなかった。

 以前、彼は日本にてその軍事技術なども見てはいるが、それとはまた別ベクトルの、もっと分かりやすい"強さ"であった。

 これと真正面から戦える戦艦は、帝国には無い。エリア48にあるという古代兵器ならば別だろうが、あれらはまだ帝国には造れない物なのだ。

 

 グラ・バルカスはこの空前絶後の巨大戦艦を、科学技術のみで造り上げた。

 魔法と科学、違う分野ではあるから一概に比較は出来ないだろうが、少なくとも大口径砲を作るという技術において、ミリシアルはグラ・バルカスに負けている。

 

「この短期間で我が国を超える技術力を持つ国が2つも……それもどちらも科学文明国か……、どうせなら魔法文明国ならば良かったものを……」

 

 それならば、我が国も参考に出来るのに、彼は思った。

 

 神聖ミリシアル帝国は自他ともに認める"世界最強"だ。しかし、それはラヴァーナル帝国の技術を発掘し、それを複製したからである。その為、帝国は"自力で開発する"能力に欠けているのだ。

 その問題点はベルーノも理解している。だが、古代兵器はあまりにも高度な技術が用いられており、理解する前に複製が完了してしまうのだ。だから、理解されないまま次の技術へと進んでしまう。

 

 これまではそれで良かった。しかし、これからはどうだろうか。

 

「せめて、何か技術の新しい方向性でも示してくれる様な物があれば……」

 

 彼はため息をつく。

 

 

 次に乗ったのは、キャミス・ミナー級駆逐艦という名の小型艦だ。

 主砲は長砲身の10cm連装砲4基と、帝国の小型艦の標準口径である12.7cmよりかは小さいが、数が多く、また長砲身の為に射程も長そうだ。

 ミリシアルの、魔法技術によって造られた先進的なデザインではなく、科学技術によって造られたどこかごちゃごちゃとしたデザイン。ムーの船を進化させればこうなるのだろう、そう感じさせる。

 

「あの装飾は一体……」

 

 そんな中、まず彼の目を引いたのは艦橋後部のマストに取り付けられた鉄製の装飾だった。

 

「何かお困りですかな?」

「あ、ニズエル殿」

 

 と、頭を捻っていた所に、イルネティア王国の将軍であるニズエルがやってくる。

 彼はニズエルに、あの装飾は何かと尋ねてみる。

 

 すると、驚きの答えが返ってくる。

 

 

「ああ、あれですか。捕虜に聞いた所、電波なる物を飛ばし、遥か彼方の物体を察知する為の装置であるそうです」

「な……そ、それではまるで」

「ええ、我らも聞いた時は驚きました……」

 

 

 彼は絶句する。

 電波を利用し、遠方の物を察知する。それは完全に、かのラヴァーナル帝国が使用していたという、『魔導電磁レーダー』の記述と一致していたからだ。

 

「ま、魔導電磁レーダーを……実用化しているのか……」

 

 それも小型艦に設置出来る程、である。

 

 目眩が止まらない。

 科学技術によって作られた飛行機械は魔力を帯びていない為、現在帝国が使用している魔力探知レーダーでは探知しづらい。その為、魔力を帯びていない物質でも探知出来る魔導電磁レーダーの実用化が急務とされていた。

 つまり、もし仮にミリシアルとグラ・バルカスが戦う事になった場合、こちらの航空機は敵に早くから察知され、逆に敵の航空機はかなり接近するまで察知出来ないという事が起こってしまう。

 

「……つ、次に行こう……」

 

 彼は一旦レーダーの事を頭の隅に寄せ、艦後部へと歩いていく。

 

 科学技術艦特有の大型の煙突の脇を通り、設置された9メートル内火艇の上を歩き、口径25mmの連装機銃も見学して、彼はまたもや不可解な物を発見する。

 それは、鉄製の台形の箱の前部と後部から4本の筒が突き出している様な形の物だった。

 

「ニズエル殿、これは……」

「これですか。確か、魚雷という兵器を発射する装置……だったかと」

「ぎょ、ぎょらい?」

 

 妙な名前の兵器が飛び出してきた。

 しかし、魔導電磁レーダーを実用化している様な国が作る兵器だ。恐らくは強力な物なのだろう。正直、そうでない方が嬉しいのだが。

 

 そして、その予想は当たってしまった。

 

 

「ええ。捕虜によれば、発射された後の魚雷は水中を泳ぎ、敵艦の喫水線下に命中、爆発して大きな孔を空けるとか」

「───!!!」

「べ、ベルーノ殿!?」

 

 彼はショックの余り甲板に仰向けで倒れ込んだ。雲1つ無い空から降り注ぐ日光が彼の顔を焼く。

 

「な、なんという事だ……」

 

 彼は寝転がったまま、呟いた。

 

 神聖ミリシアル帝国において、小型艦は随伴艦以上の意味を持たない艦だ。

 12.7cm連装砲2基に、対空魔光砲数基……哨戒艦として造られた為、たったそれだけの武装しか装備されておらず、また装甲も紙同然だ。

 だが、ムーを除けばどの文明国の艦も全てが戦列艦。その砲の精度も射程も、そして威力もこの小口径砲に負けており、これでも問題無いとされてきた。実際、無かったのだ。

 

 だが、この魚雷という兵器は、小型艦に『戦う艦』としての意味を与えられる物だ。

 水中を進み、喫水線下に大穴を空ける……上手く行けば、()()()()()()()()()()()事すら可能になる。

 

「……幸運だった。我々は、本当に幸運だった」

「べ、ベルーノ殿?」

「ニズエル殿……この艦を拿捕して頂き、ありがとうございます」

「え、ええ……」

 

 もし何も知らないで戦っていたとしよう。

 帝国の艦隊はいつも通り戦艦を中心とし、砲撃戦に移ろうとするだろう。そんな中、グラ・バルカス側から小型艦が突出してくる。

 小型艦の小口径砲では戦艦にはさしたるダメージにはならない。艦隊司令官は小型艦を無視し、敵戦艦に砲撃を集中する様命令するだろう。

 

 そしてある時、小型艦が妙な位置で反転するのだ。司令官は首を傾げるだろう。

 そのまま砲撃戦は続けられ───ある時、不意に戦艦の傍らで巨大な水柱が立つ。

 司令官は困惑するだろう。攻撃を受けてもいないのに、何故か喫水線下に大きな孔が空いているのだから。

 

 

「───っ!!!」

 

 と、そこで彼は再び閃く。

 この兵器があれば、()()()()()()()()()()()事も可能になるのでは、という事に。

 

 航空機で戦艦は撃沈出来ない。それはこの世界の常識だ。

 だが、この魚雷を小型化した物を航空機の下部にでも取り付けて水面ギリギリを飛んで戦艦に接近、ある程度近付いた所で離せば、小型艦から発射するよりも高い命中率を誇ることだろう。

 

 そして、この程度の事をグラ・バルカスが思い付いていない筈がない。

 

「……これは、報告書を書くのが大変そうだ」

 

 彼は祖国の未来の為、何としてもこれを上層部に伝える事を決意するのだった。

 

 

「あ、魚雷といえば」

「な、何ですか……」

「忘れていましたが、グラ・バルカスにはその魚雷を使い、水中から攻撃する『潜水艦』なる兵器もあるそうで……ベルーノ殿?」

 

 ベルーノは気絶した。

 

 

「ベッ、ベルーノ殿ぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 その後、なんとか目を覚ましたベルーノは、対象物に接近しただけで爆発、砲弾の破片で航空機を撃墜する近接信管や、それを発射する高角砲を効果的に運用する為の高射装置なる物についての説明を受けた。

 終わった後の彼は、始まる前から10年分は老け込んでいた。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

「ミリシアルに魚雷と潜水艦と高射装置と近接信管がインストールされました」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導戦艦グレードアトラスター!?

 ドイバにてグラ・バルカス帝国の軍艦を見学した使節団は、再びキルクルスへと戻った。その際、解析用に駆逐艦より取り外した電探も一緒に持ち帰っていた。

 神聖ミリシアル帝国は魔法文明国だ。科学技術によって作られた電探は持ち帰っても意味の無いように思えるが、そこはベルーノが泣き付いた。

 

 

 そして、あっという間に時は過ぎ、飛行場にて。

 

「ライカ殿」

「……何ですか?」

 

 ゲルニカに乗る直前、モーリアウルが見送りに来ていたライカに呼びかけたのだ。それにライカは、少し低めの声で返した。

 これまでの出来事(半ストーカー行為)で、彼女のモーリアウルに対する印象は最悪であった。声が低くなるのも当然だろう。

 

 だが、次に続けられた言葉は、そんな彼女の気持ちを晴れさせるには十分だった。

 

 

「貴国は確か、グラなんとかという蛮族によって侵略を受けているとか。神竜様の住まう土地を護るはインフィドラグーンの末裔たる我々に課せられた使命。

 私が帰国した暁には本国に、ここに風竜騎士団を派遣する様掛け合いましょう」

「……えっ、ええっ!!?」

 

 

 彼はさも当たり前と言わんばかりの表情でそう言った。

 風竜騎士団は、この世界最強の航空戦力である。まず、ワイバーンは風竜に一睨みされただけでその首を差し出し、かのミリシアルの天の浮舟でさえも勝てなかったと聞く。

 

 そんな正に一騎当千の騎士団が、このイルネティアを防衛する為に派遣される?

 

「い、良いんですか?」

「当然です」

「は、は……あ、ありがとうございます」

 

 この人ただの変態じゃなかったんだ。彼女は彼の評価を改めた。

 元々、先日の放送でイルクスが神竜であるという事をバラしたのは、確かにエモール王国の気を引く為の行為だった。

 しかし、それで求めていたのはあくまでも「列強第3位がこの国に注目している」という事実であり、直接王国が支援してくれる事などは期待していなかったのだ。

 竜人族はプライドが高く、人間の治める国に自国の軍事力を派遣するなど、それこそ侵略でもない限りは絶対にしないと思っていた。

 

 要するに、イルティス13世も、ライカも、竜人族にとってどれだけ神竜という存在が特別な物であるかを過小評価していたのだ。

 何せエモールでは毎年の様に、神竜と竜人の異類婚姻譚が発売されている程であるというのに。モーリアウルの愛読書もそれである。ただしこれからは、異類と婚姻譚の間に"同性"がつく事になるだろう。

 

 

「……して、ライカ殿」

「は、はい」

「敵はあのレイフォルを滅ぼした国。当然、その航空戦力もワイバーンロード以上の物なのでしょう。

 そんな相手に、ワイバーンのみでは荷が重いとは思いませぬか?」

「た、確かに……」

 

 イルネティア王国の航空戦力は、イルクスを除けば全てが通常種のワイバーンである。荷物運搬用に大型火喰い鳥が使われる事もあるが、こちらはそのワイバーンよりも鈍足の為戦力にはならない。

 そして、主に中央世界の文明国で用いられているのが、そのワイバーンを強化した種、ワイバーンロードだ。

 最高時速は350kmと通常種よりも遥かに速く、撃墜する事は困難を極める。

 勿論列強たるレイフォルもワイバーンロードを配備しており、それを滅ぼしたという事は……つまりそういう事だ。

 事実、実際にグラ・バルカス帝国の戦闘機と戦った彼女も、明らかに飛竜レースで戦ったワイバーンロードよりも速かったと感じていた。

 

 そんな戦闘機に、通常種が敵う訳がない。それは彼女も感じていた。

 

「そこで、です。神竜であるイルクス様のお力ならば、我らエモールでさえも手懐ける事が叶わなかった()()()()()を戦力に出来るのではないか、と考えまして」

「とある竜種……?」

「ええ、その名も───」

 

 

───────

 

 

 雷竜。それは、この世界に住まう飛竜の一種である。

 風竜と同じ属性竜の一種で、翼とは別に前肢の付いている真竜種だ。生息地域は主に南方世界だが、中央世界にも相当数が生息している。

 

 雷竜の特徴は、まず飛行速度が速い。その最高時速はなんと650kmと、あの風竜を150kmも上回る。

 また攻撃方法が独特で、口から電撃を放ち、相手を感電死させるのだ。稲妻である為に放たれた後の回避は不可能で、その攻撃力は極めて高い。

 

 そんな雷竜だが、現状戦力にしている国は1つも無い。何故ならば、雷竜は気性が非常に荒く、人の騎乗を絶対に許さないからだ。

 風竜を手懐けられる竜人族が手懐けられないと言えば、その凄まじさが分かるだろうか。

 

 

 モーリアウルは、ワイバーンに代わる戦力としてこの雷竜を提案してきた。

 雷竜よりも圧倒的に格上の神竜ならば彼らを恫喝、もとい手懐けられるのではないかと。

 

 確かに出来そうだ。何せ、かのインフィドラグーンは神竜だけでなく、全ての属性竜も戦力にしていたのだから。

 しかし、それをする為にはイルクスを中央世界まで連れて行かなければならない。いつ侵略されるか分からないこの状況下で、それはあまりにもリスクが高い。

 だがその分メリットも多い。彼女はこの2つを天秤にかけ、うんうんと頭を悩ませるのだった。

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス〉

 

「は……今、何と……?」

 

 祖国を救うべく、援軍を求めにルーンポリスへと来ていたビーリー卿は、今言われた言葉を信じられずにそう言った。

 

 本来ならば3日前に行われる筈だった会談。だが直前になって延期が伝えられた。

 理由は「今王国に使節団が行っている為、それが帰って来てからにして欲しい」という物で、それならば……と、彼らも渋々納得したのだった。

 

 そして迎えた会談。始まった直後に提案されたとある事で、彼は今この様な反応をするに至ったのだ。

 他の者達も同じ様な反応で、殆どが呆然と、エイテスでさえも目を大きく見開いて固まっている。

 

 

「ですから、貴国が拿捕した巨大戦艦、グレードアトラスター、及び小型艦を改造させて頂きたい、そう言ったのです」

「は……」

 

 だが、そんな彼らの困惑など知らぬとばかりに、ミリシアル側の外交官───フィアームは繰り返す。

 

 何故こんな事になったのか、それは王国に派遣されていた使節団の中にいた、技術研究開発局開発室長のベルーノの働き掛けによる物だった。

 彼はなんと、上司であるシュミールパオを通り越して、なんと最高権力者である皇帝、ミリシアル8世に直談判したらしい。

 皇帝との間でどの様な会話がなされたのかは分からないが、結果的にこうして、グレードアトラスターの改造が決定した。

 

「(一体、ミリシアルは何を考えている……?)」

 

 ビーリーは考える。ミリシアルが何故その様な事をするのか、それをした場合、ミリシアルに一体どの様な利益があるのか。

 

 彼がホテルに滞在中、本国と何度か魔信で連絡を取っていた。

 あのエモールが援軍を寄越すかもしれないというのにはとても驚かされた。

 そして、そこで拿捕した敵艦の処遇についても話し合っていたのだ。

 

 現在のイルネティア王国にはまともな海上戦力が存在しない。いや、正確には戦列艦がまだ残っているのだが、前回のイルネティア沖海戦にて戦列艦による攻撃が全く通用しなかった事から最早戦力として数えられていなかった。

 

 そこで提案されたのが、拿捕したグラ・バルカス艦を利用する事だ。

 現在ドイバ港には6隻の船が繋留されている。その内、グレードアトラスターを除いた5隻は殆ど無傷であり、そして戦列艦よりも圧倒的に強力であった。

 今は捕虜から動かし方を聞き出している最中であり、またムー国の技術者も招く予定らしい。

 もしこれが叶えば、イルネティア王国海軍は遥かに強力になる事間違い無しであった。

 

 だが、そこで問題となるのがグレードアトラスターである。

 彼女は船体設備や主砲副砲、司令塔などは無事なのだが、肝心の第一、第二艦橋や対空砲群がボロボロであった。現状王国の設備ではそれを修理する事は叶わない。

 ムー国に頼むという手もあったのだが、そうなると次に問題になるのが費用だ。正直、考えたくも無い程の費用がかかる事になるだろう。

 

 だから、今回のミリシアルの提案は願ったり叶ったりであるのだが、その意図が読めない。

 

「勿論、費用はこちら持ちですよ。ご安心下さい」

 

 目の前のエルフの外交官はそんな事を言う。ビーリーは余計に不安になった。

 『タダより高い物は無い』、古来よりある言葉だ。

 確かに、グレードアトラスターや小型艦の兵器を解析する事は出来るだろう。しかし、彼女達は科学技術によって造られた艦。あまり意味がある様には思えなかった。

 

「(……逆に、改造を了承しなかった場合を考えよう)」

 

 もしミリシアルが手を出さなかった場合。我が国の海上戦力はボロボロのグレードアトラスター、無傷のその他の船5隻、そして戦列艦だ。これでは、圧倒的戦力を誇るグラ・バルカスには敵わない。

 イルクスがいる為に陥落する事は無いだろう。そして時間を稼いでいる間にムー国からの援軍が来る。そして祖国は救われる。

 しかし、ムー国でさえもグラ・バルカスに勝つ事は難しいだろうと彼は考えていた。その為、第2文明圏はムーとグラ・バルカスの2強になる。

 

 来年開かれる先進11ヶ国会議。そこでは恐らくグラ・バルカス帝国、そして先日パーパルディア皇国を下した日本国の列強入りが決まるだろう。

 そして、その2カ国は共に科学文明国だ。

 第2文明圏、第3文明圏の列強は共に科学文明国になり、魔法文明国の列強が残るのは第1文明圏だけ……。

 

 

「(……まさか、ミリシアルはイルネティアに()()()()()()()()()を務めさせようとしているのか?)」

 

 かつて第2文明圏には魔法文明国の列強であるレイフォルが居た。

 しかしレイフォルは滅ぼされ、その影はもう無い。

 

 もしグレードアトラスターが改造されたとすれば、かの船は本来の実力を発揮する事が出来る。

 周辺諸国であの船に敵う船は無い。その存在感は列強にも負けないだろう。

 その船が、魔法技術によって改造を施されていたとすれば、科学文明国に囲まれた中で灯台の様に魔導戦艦が輝く事になる。

 

 恐らくだが、グラ・バルカスはまた攻めてくる。その時にこの魔導戦艦が活躍したとなれば、魔法技術の株は上がる。

 科学への求心力が高まりつつある第2文明圏において、魔法への求心力を維持する事が出来るのだ。

 

 

 ……ここまで考えたが、これらはあくまでも仮定でしかない。真実は皇帝のみぞ知る。

 そして、例えそうだったとしてもイルネティア王国に損は無い。

 

 

「……その、改造された船は今後"我が国の船"として扱ってもよろしいのですよね?」

「ええ、勿論です」

「……分かりました。改造の件、貴国にお任せします」

 

 

 こうして、後の世の歴史書にその名を残す1隻の魔導戦艦が誕生する事が決定したのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいSOCIALDISTANCE三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミッション:インポッシブル(ガチ)

今回オリ設定多めです


〈イルネティア王国 王都キルクルス 郊外〉

 

 陽が落ち、空が一面黒く染まる。月は丁度新月で、輝くはか弱い星達ばかり。

 そんな星達の懸命な瞬きですら、風で流れる雲が覆い被さり、辺りは完全な闇に覆われる。

 

 風も、音も何も無い不気味な空間に溶け込むかの様な、気配の薄い人間が森の中のとある家に近付いていた。

 全身を黒い服で覆い、足音どころか服の擦れる音すら立てない男。昼間にいれば不審極まりない彼は、しかしこの夜に完全に溶け込むことに成功していた。

 

 

 男の名はマーク。ここイルネティアに潜伏しているグラ・バルカス帝国の諜報員であり、現在は本国からの命令で()()()()()を暗殺しようとしている所だった。

 彼は家の扉に近付き、その掛けられている鍵を開ける。技術力の低い文明の鍵。これまでケイン神王国で数々の重要施設に潜入してきた彼にとっては赤子の手をひねるよりも容易い。

 そうして音も無く扉を開け、予め調査していた対象の部屋へと歩く。

 

「……」

 

 対象の部屋。静寂と闇が支配するその空間において、彼は苛烈な訓練によって獲得した視力を発揮する。

 部屋に設置されている質素なベッド。そこには、対象である少女───神竜騎士であり、本国においては『悪魔』や『白き死神(ホワイト・キラー)』、『帝国臣民最大の敵』などと呼ばれているライカが、静かに寝息をたてていた。

 

 まだ若き少女。そんな彼女をその手で殺すのに、彼は少しの躊躇いも無い。元の世界ではもっと若い人間を数多く暗殺してきたのだ。

 

 

 彼は彼女の前でナイフを取り出し───

 

 

 

───何、してるの?───

 

 

 

「───っ!!!?」

 

 

 突如背後から、透き通る様な、それでいて禍々しさすら感じさせる声が聞こえる。

 彼が振り向くと、そこには扉を塞ぐ様にして美しい少女が立っていた。ただ人間と違うのは、頭に角が、背に羽根が、尻に尻尾が生えているという事だ。

 とても、とても美しく───そして、恐ろしい少女だった。闇に隠れたその顔は、しかし瞳だけが赤紫色に輝き、黒い空間に浮いていた。

 

ねぇ、何してるの?

 

「……」

 

 彼の頬を冷や汗が伝う。

 先程までは何も感じていなかったが、今はただ1つの感情のみが彼の心の中に渦巻いていた。

 

ねぇ、僕のライカに、何してるの?

 

 圧倒的、死の恐怖。元の世界でも、これ程までこの感情を感じた事は無かった。

 扉はこの少女に塞がれており、窓は鍵がかけられている。窓ガラスはそこそこ分厚く、無理やり出ようとすればその間にこの少女にやられるだろう。

 

 逃げられない。そう結論を下した彼の判断は、速かった。

 

 

 彼は再び振り向くとナイフをライカに振り下ろし───

 

 

───次の瞬間、ナイフを持っていた彼の右腕の二の腕から先が()()()()

 先程まで腕が付いていた筈のそこは、今は焼け焦げ、プスプスと黒煙が上っているだけだ。

 

「───!!!?」

 

 彼は一瞬、ほんの一瞬だけ思考が止まる。人間相手ならば、差程問題にはならない、そんな一瞬。

 

 だがそれは、隔絶した身体能力を持つ神竜相手には致命的であった。

 

「っ!!」

 

 ガン、という音と共に彼の頭が床に叩き付けられる。

 一瞬にして距離を詰めたイルクスによって、彼の後頭部は手で押さえられ、床に拘束されたのだ。

 彼はそれでも諦めず、靴の仕込み刃でイルクスを突こうとするが───失敗。猛烈な勢いで突っ込んで来た足は、呆気なく彼女の手によって掴まれ、握り潰される。

 グシャリ、と骨と肉が潰れる音がし、彼は最早逃げる事は不可能だと判断した。

 

 彼は口内に仕込んだ毒を飲み込もうと───する直前に、彼の口に彼女の手が突っ込まれ、喉を塞がれる。

 

「……本当は、お前をこの手で殺したい。この手でその喉を貫きたい、指を1つずつ潰したい、全身の皮を剥いで燃やしたい、痛めつけて、痛めつけて、痛めつけて痛めつけて痛めつけて───でも、僕がそれをやるとすぐに死んじゃいそうだから」

「───!!!」

 

 息が出来ず、彼の顔が徐々に青く染まっていく。

 意識が朦朧とし、視界が歪む。

 

 

「だから、今回はプロの人に任せるね」

 

 そこで、彼の意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 動かなくなった男をゴミを見る様な目で見下ろすイルクス。意識が完全に無くなったことを確認すると、彼女は腕に着けていたブレスレットのボタンを押す。

 

「……もしもし、終わったよ」

『やはり居たか……ご苦労だった』

 

 そこから聞こえてくるのは老いた男───ニズエルの声。

 

 彼女はニズエルより敵スパイが潜り込んでいる可能性を告げられていたのだ。

 そして、捕まえたら魔信で連絡する様に言われていた。

 

「まだ木の影から1人こっちを見てるけど、そっちもやっといた方が良い?」

『ああ、頼む』

「分かった」

 

 彼女はそう言うと窓を開け、気絶した男を抱えて飛び降りる。

 

 十数秒後、イルクスはその姿のまま両脇に2人の男を抱えて夜空を飛んでいたのだった。

 向かうは王都。その中央部にあるランパール城だ。

 

 

───────

 

 

〈ランパール城 地下拷問部屋〉

 

「う……」

 

 彼は、鼻にこびり付く様な鉄の臭いで目を覚ます。

 

「ここは……」

 

 まず行ったのは、状況の確認であった。

 自分は今、全裸で鉄製の椅子に両手両足───片方の腕は無いが───及び腹と首を拘束されている。

 石レンガで造られた壁に、ポツンとはめられた鉄扉。天井より吊り下げられたランタンが弱々しい光を放っている薄暗い不気味な部屋。

 だが、何よりも彼の目を引いたのは、床や壁に付着している赤黒い───つまり、血の痕であった。

 

 彼はすぐに理解した。ここが拷問部屋であり、自分はこれから拷問に掛けられるのだろうと。

 そしてすぐに決断した。舌を噛み切り、自決する事を。それはすぐに実行され、彼の口内に鉄の味が広がる。

 

 

「おやおや、気が早いですねぇ」

 

 

 しかし、その味はすぐに収まった。何者かが彼の口に手を突っ込み、噛み切った舌を()()()()()のだから。

 

「!!?」

「驚いていますねぇ。確か、貴方達の国は転移国家でしたか。その様子では、どうやら元の世界には魔法は存在しなかった様だ」

 

 彼は驚愕する。噛み切った舌をこの刹那の間に再生させるなど、彼の知っている医療では到底不可能であった。

 だが、目の前の白衣姿の老いた男は、それをいとも容易く行った。今は、白い手袋についた血を拭っている。

 

「私はこれでも魔力には自信があるのでね。幾らでも噛み切ればよろしい。その度に治して差し上げますよ」

「……」

 

 これが、"魔法"か。彼は唾を飲み込んだ。

 背に冷や汗が流れる。

 

「1つ、世間話でもしましょうか」

「……」

「貴方は知らないでしょうが、この世界の諜報員は大抵が女性です。その理由が分かりますか?」

「……」

 

 男は持ってきたトレイから銀色に輝く鋏を手に取り、それを手から出した火で炙る。

 必要の無い受け答えをするつもりは無い。彼は無口を貫いていた。

 

「無口ですねぇ。確かに、国家の高官には男性が多い。女性ならばハニートラップを仕掛けられる、というのもあります」

「……」

 

 彼は火で炙り、赤く熱した鋏をジャキジャキと数回動かしながら、言った。

 

「しかし何よりも───男性には、女性よりも1つだけ弱点が多いのですよ。ここまで言えば、流石の貴方でも分かるでしょう?」

「……痛みなど、これに就く過程で嫌という程受けている。蛮族如きに、この口が割れるなどと思うな」

 

 彼は、初めて応答した。それは今出来る最大の攻撃(強がり)であった。

 そして、聡い彼はこれから何が行われるかを察していた。察してしまっていた。

 

 エリートである彼は、これまで帝国で行われた如何なる拷問訓練にも耐えてきた。

 その内容は凄惨を極め、途中で死人が幾度となく出る程の、だ。だからこそ、彼は自分の耐久力に自信を持っていた。

 

 

───しかし、彼は先程自分の舌を治された。それを見た時、彼の心に不安が蔓延り始める。

 口内にあった舌は既に無くなっている。それはつまり、魔法とやらは欠損部位を生やせる程の物ではないという事だ。それが何か救いになるという訳では無いが。

 

 さしもの彼も、任務に支障が出る様な───それこそ、身体の部位を欠損させる様な訓練は受けていない。

 しかし、それに準ずる痛みは何度も受けてきた筈だ。そうだ。自分よ、安心しろ。あの訓練を思い出せ。

 

 

「魔法が無い世界では、人生で1度しか味わう事の出来ない痛み。……さて、貴方はどの位耐えられるでしょう?」

 

 

───この日、1人の諜報員が死んだ。その顔は苦痛に歪んでいた。

 

 

 さて、ここで1つ話でもしておこう。拷問官について。

 この世界の拷問官はエリートだ。何せ、その全てが大魔術師以上の魔法使いなのだから。

 

 その理由は至って単純。『切断』と『回復』を繰り返さなくてはいけないからである。

 切除した身体の部位を再び接着する程の回復魔法はそれなりに魔力を消費する。通常の、魔法を齧った程度の者であれば1回発動させただけで魔力切れを起こしてしまう。

 その為、魔力に優れた者が必要なのだ。

 

 

 そして、ここイルネティア王国にて今回グラ・バルカスの諜報員を拷問したのも、その様な厳しい基準をクリアした者だ。

 

「陛下。敵諜報員の拠点が判明致しました。既に騎士団を向かわせております」

「うむ、ご苦労であった」

「有り難き幸せ……」

 

 その男の名はラグウェル。今年で齢60になり、キルクルス魔導学院を主席で卒業した『大魔導師』である。

 拷問官になってから既に40年が経過する彼は、これまで行った全ての拷問において、敵から情報を引き出させている、ベテラン拷問官である。

 

「して、それ以外には何か手に入ったか?」

「ハッ。敵はこちらを侮っているのか、それなりに情報を持っておりました。それによりますと───」

 

 

「───3週間後、再びこちらに艦隊が差し向けられます」

「……そうか」

 

 告げられた言葉に、イルティス13世は苦々しく答える。

 

「しかし、諜報員からの応答が無ければ本国でも情報が漏洩した事を察するでしょうから、あまり時期については当てにしない方が宜しいかと」

「うむ。だが再度の侵攻計画があるという情報だけでも有益だ。下がってよいぞ」

「ハッ」

 

 そう言うと、彼は闇の中へと溶けていった。

 

「……やはり、()()()()を実行するしかない、か……」

 

 彼は先日ライカの口から告げられた、『モーリアウルより提案された計画』について、実行に移す事を検討するのだった。

 

 

───────

 

 

 捕縛した諜報員を城へと連れて行ったイルクスはライカの部屋へと戻って来ていた。

 ここ最近は諜報員への警戒であまり熟睡出来ていなかったので、久し振りにぐっすり眠れると思うと心が躍る。

 

 1人で眠るには少し大きいベッドの上で、今はライカだけがすやすやと寝息を立てている。

 

 実は、ライカには諜報員が居るかもしれないという事は伝えていなかった。

 彼女には、少しでもぐっすりと眠っていて欲しかったから。()()()()()()()姿()を、彼女にだけは見せたくなかったから。

 彼女が今更そんな事はしないと分かっている。しかし、もし。もし彼女に恐れられたら、私は一体誰を、誰を頼りに生きていけば良いのだろう。

 

 

 そんな思考を振り払い、彼女はライカの横に潜り込む。

 

「……ライカ……」

 

 彼女は自分の愛する少女の名を小さく呼び、そして意識を深い闇の底へと落としていくのだった。




他のグ帝スパイも全員ナニを切られて吐きました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊急クエスト! 雷竜を捕獲せよ!(前編)

どんどんエモールのサブカルチャーが充実していく……


〈中央歴1641年 4月6日 第1文明圏 トルキア王国北東部〉

 

 青い空を、白銀の竜が風を切りながら飛ぶ。その背に跨るは1人の少女であり、彼女は防寒具を着けていた。

 

「あれ……かな。霊峰アクセン山脈って」

『多分そうだと思うよ。聞いてた通り、凄く魔素を感じるもん』

 

 その彼女達が目指す先にあるのは、やや雪を被り、山頂付近を黒雲に覆われた巨大な山脈。

 その名を霊峰アクセン山脈といい、列強第3位であるエモール王国の北壁を務め、世界有数の巨大山脈である。

 アクセン山脈は霊峰の名に恥じず、常にその山肌から高濃度の魔素が吹き出ている。その為山脈は様々な竜種の生息地にもなっているのだ。

 

 そして今回、彼女達の目的はそんな竜種の中の1つ、かの竜人族でさえも手懐ける事が叶わなかった属性竜、雷竜である。

 

 ()()()()があり、近々グラ・バルカス帝国軍が再び侵攻してくる事が明らかとなった。

 しかし、現在の航空戦力では奴らには太刀打ち出来ない。無駄に竜騎士を殺す訳にもいかず、しかし1騎だけでは撃ち漏らしが出てしまう可能性がある。

 よって、以前モーリアウルよりされたこの提案を受ける事にしたのだった。

 

 

「さてと、門を探さなきゃ……イルクス、出来る?」

『ちょっと待ってね……』

 

 少女が竜に語りかけると、竜は目を閉じ口を開く。

 数十秒後。

 

『見つけた。2時の方向に25キロ離れた所に少し人が集まってるから、多分そこだと思う』

「ありがと。じゃあ行こうか」

 

 そう言うと、少女を乗せた竜は高度を落としながら飛ぶのだった。

 

 

───────

 

 

〈エモール王国 国境 第3番の門〉

 

 トルキア王国との国境、霊峰アクセンの南に位置する入国審査所『第3番の門』。

 同盟国であるトルキアと接しているとはいえ、地理的に田舎であるここは、今日も殆ど入国希望者は来ていなかった。

 

 

「はー、暇だ……」

 

 

 そんな場所に勤める竜人の男は、何もする事が無いのでいつもの様に遠い空を眺めていた。

 空に小さく飛竜が飛んでいる。恐らくは野良だろうが、1匹で飛んでいるのは珍しい。斥候か、もしくははぐれたか。まあ、そんな事はどうでもいいのだ。

 

 そんな竜をぼおっと眺めていると、ふと、ある事に気が付いた。

 

「……こっちに来てる……?」

 

 そう、その飛竜は何故かこちらへと来ていた。

 少し気になって望遠鏡を覗き込む。

 

 

 次の瞬間、彼の心臓は飛び上がった。

 

 

「───なっ、し、神竜!!?」

 

 

 そう、飛竜(ワイバーン)だと思っていたそれは、なんと白銀の身体を持つ神竜であったのだ。

 彼は例の放送は見ていなかったが、その姿が彼の愛読書───『神竜の嫁入り』───の表紙を飾る、ヒロインである白銀の神竜の神竜形態と瓜二つであった為に気付く事が出来たのだった。

 

 因みに例の放送だが、ここエモールでは幾度となく再放送や、特集番組が流された。が、ここにはラジオタイプの魔導通信機しか無かったが為に姿は知らなかったのだ。

 

 彼は『神竜の嫁入り』の大ファンであった。彼の持つ本には作者のサインが書かれているし、ヒロインの竜人形態は彼の初恋でもあった。

 そんな存在が、こちらに近付いてきている。何やら人間が乗っているがそんな事はどうでもいい。

 とにかく、迎える準備をしなければ。

 

 

「おい!! 今すぐに服装整えろ!!」

 

 

 と、その時だった。彼の居る部屋の扉が勢いよく開き、そんな声が聞こえてきたのは。

 彼は返す。

 

「先輩! そんな事よりも神竜がこっちに向かって来てます!! 早急に迎える準備をするべきです!!」

「は、神竜?……ああくそっ、そういう事かよ!!」

「先輩?」

「とにかく服装整えて降りて来い! 外交担当の貴族様が来てるぞ!!」

「え……ええっ!!?」

 

 彼は怒涛の展開に困惑しながらも、自らの乱れに乱れた服装を直し始めるのだった。

 

 

 

「こ、これはこれはモーリアウル様……今日は何用でこの様な地へ?」

 

 門の責任者が、風竜より降りてきた煌びやかな装飾を身につけた男に恐る恐る問いかける。

 王国の中でも高位に位置する者の、事前の通知無しの突然の訪問。責任者は何かやらかしたかと少し震えていた。

 

 その男───エモール王国、外交担当貴族モーリアウルはそんな彼を一瞥もせず、呟いた。

 

「まだイルクス様とライカ殿は来ていらっしゃらない様だな……」

「も、モーリアウル様?」

 

 責任者がもう一度尋ねると、ようやく彼は彼の方へと向く。

 

「我はここにお越しになるイルクス様とライカ殿をお迎えに参ったのだ。早急にお迎えする準備をするのだ!」

「は、はいぃっ!!」

 

 彼は何が何だか分からないまま、施設にあった赤絨毯などをひくように指示するのだった。

 

 

 

 門の前に、やや困惑気味の2人が降りる。

 

「え、えっとー……これは一体……」

「お城みたーい!」

 

 彼女達が困惑するのも無理は無いだろう。何故ならば、わざわざ石畳の道の上に上質な赤絨毯が敷かれているのだから。

 そして、ライカにはこんな事をしそうな人物に心当たりがあった。

 

 

「イルクス様、ライカ殿。よくぞいらっしゃいました」

「やっぱり……」

 

 絨毯の先で胸に手を当て、()()()()()モーリアウル。

 彼女は予想が当たり、微妙な表情をするのを何とか堪える。やり過ぎ感はあるが、まあもてなしてくれている事には変わりはない。流石に引くのは失礼だろうと彼女は考えたのだった。

 

「あ、ありがとうございます。あの、後ろの人達、凄い顔してますけど……」

 

 しかし、その彼の後ろで、まるで有り得ない物でも見たかのような表情をする部下達の姿は、流石に無視出来なかった。

 

「あの、やっぱり私に敬語は不味いんじゃ……」

「お気になさらず」

「は、はぁ……」

 

 部下への威厳とか、そういう物は大丈夫なのだろうか。いや、あの反応を見る限りきっと大丈夫じゃない。

 しかし、モーリアウルは、列強国の大貴族は頑なに敬語を直そうとしない。

 もう彼女は考えるのをやめた。この状況でも平然としていられるイルクスがちょっと羨ましくなった。

 

「では、早速竜都へと参りましょう」

「あ、はい」

 

 そうして促されるがまま、2人は竜都ドラグスマキラへと───

 

 

───向かう前に、竜人達に囲まれる事になった。

 

 

───────

 

 

「では、早速竜都へと参りましょう」

「あ、はい」

 

 2人が門の中へと入っていく。

 

「(……いいのか? 俺の、俺の夢がこんなに近くに居るのに。これを逃せば、きっともう二度と会えないぞ?)」

 

 そんな彼女達を───というか、イルクスを、男はじっと見つめていた。

 彼女は、理想よりは少し幼いがそれでもまるで本の中の登場人物がそのまま出てきたかの様だった。

 

「(俺の、俺の初恋はそんな物なのか? あんな腑抜けた外交貴族に恐れるような?)」

 

 めちゃくちゃ腰の低いモーリアウルを見て、正直彼は幻滅していた。これまで貴族に抱いていたイメージは一瞬で崩れ去った。

 今、自分が動いていないのはそんな貴族に整列して迎えろと言われているからだ。もしこの状況で動けば罰せられるだろう。

 

「……」

 

 そして、彼は決断した。

 

 

「すいません!! 握手して下さいッ!!!」

 

 

 彼は歩くイルクスの前に飛び出し、そう言い放ったのだ。

 前に立ち、手を伸ばして頭を下げる。

 ああ、やってしまった。これで俺が出世する事はもうないだろう。

 

 

「へ? まあ良いけど」

 

 

 だが、その差し出した手を握られる。ほんのりと暖かく、柔らかい手。それに自分のガサガサの手が包まれる。

 ああ、もう俺に悔いは無い。出世出来ない? そんな事はもうどうでもいい。

 

 俺は、夢を叶えたのだ。これ以上に価値のある物などこの世に存在しない。

 

 

「な……」

 

 その様子を見て絶句するモーリアウル。

 だが、そんな彼を差し置いて今度は他の者達がイルクスへと駆け込んでくる。

 

「じ、自分にも握手を!!」

「お言葉を!!」

「ファンでした!! 本(関係ない)読んでます!!」

「付き合って下さい!」

「罵って下さい!!!」

 

 1人の勇気ある者がいけたので、自分達もいけるとおもったのだろうか。その場にいた全員が詰め寄り、あっという間にイルクスは取り囲まれた。

 オロオロとするイルクス。はわわわわと狼狽えるライカ。

 

 そして。

 

 

「貴様らァ!!! 散れェ!!!!」

 

 

 二人の間に男が挟まった事に憤慨するモーリアウル(一般百合厨竜人)

 

 その後、男達は無事折檻されたらしい。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


百合に挟まる男を絶対に許さない一般百合厨外交担当貴族

この世界軸のエモールは日本と仲良く出来そう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊急クエスト! 雷竜を捕獲せよ!(中編)

〈エモール王国 竜都ドラグスマキラ ウィルマンズ城〉

 

 中央世界に存在する列強国、その城の王の間にて、ライカとイルクスは竜王ワグドラーンの到着を待っていた。

 2人はすぐにでも雷竜の捕獲に向かいたかったのだが……列強国の言う事を無碍に出来る訳もなく。彼女らはモーリアウルと共にこうして竜都へと来ているのだった。

 

 海抜約2500m。高く険しい山肌に沿うようにして造られた都市、竜都ドラグスマキラ。傾斜の激しいその都市の周辺の下部は森に、上部はポツポツと草が生えるのみの岩肌に囲まれている。

 その厳しい立地から観光客こそあまり訪れないが、列強で商売をしたい商人などが多数来る為にそれなりに賑わっていた。

 

 そんな都市の最も上部に位置するウィルマンズ城。そこに2人は案内されていた。

 

 

「いい? イルクス、今から会うのは竜王様なんだからね。敬語だよ、敬語」

「わ、分かってるよ」

「イルティス陛下みたいな感覚で話しかけちゃダメだよ?」

「ぼ、僕だってその位の分別はあるよっ!」

「でもモーリアウルさんは殴ってたじゃない」

「そ、それは……あれは例外だよ。だってライカの事バカにしたんだもん」

「同じ事竜王様が言ってもぜっっっったいに殴っちゃダメだよ。モーリアウルさんが許してくれたのはあの人が変t……か、寛容だったからなんだからね?」

「うう……分かった」

 

 煌びやかな装飾が施された広い部屋。壁にはエモールの、もといインフィドラグーンの紋章が描かれたタペストリーが数多く掛けられている。

 跪いてこそこそとそんな事を話す2人、そして彼女らを後ろから気持ちわr……生暖かい目で見守る変態(モーリアウル)、そんな彼から露骨に目を逸らす数人の兵士。

 

 本来荘厳である王の間は、かなりカオスな空間となっていた。

 

 

 

「よくぞ参られた、神竜様にその騎士よ……」

 

 入ってきた、この中で最も煌びやかな装飾を身に着けた竜人族は2人を見てそう言い、そして後ろに立つ男を見て絶句する。

 

「……ゴホン。我がエモール王国竜王、ワグドラーンである」

 

 少しの間固まっていた彼は、軽く咳払いをした後にそう告げる。

 

「わ、私はイルネティア王国軍竜騎士団所属、ライカ・ルーリンティアと申します」

「ぼ、じゃなくて……私は神竜のイルクスだ、です」

 

 跪きながら胸に手を当て、それぞれ自己紹介をする2人。ライカはともかく、イルクスはかなりぎこちない敬語ではあったが、ワグドラーンは特に気にしていない様子だった。

 

 それどころか、彼はイルクスに近付いていくとその前に跪いたのだ。

 

 

「神竜様の御来訪を心からお待ちしておりました。生きている間に神竜様にお会いできるとは感銘の至りであります」

「え、えー……ライカ、これ敬語使わなくても良いんじゃない?

ほ、本人から良いって言われるまでは一応……

 

 一国の王、それもプライドの高い竜人族が頭を下げる。そんな有り得ない───モーリアウルは別枠───に、2人は困惑するばかりであった。

 

「え、ええと、頭をお上げて下さい?」

 

 気が抜け、妙な敬語になってしまったイルクスが言う。

 

「無理して敬語を使われなくとも結構ですぞ。神竜様は、我ら竜人族にとってはそれこそ神に等しい存在、寧ろそちらが頭を上げて頂いて」

 

 そう言うワグドラーン。

 因みに2人も彼も跪いているので、今王の間では跪いている少女達に跪く巨体の男という謎の図が出来ていた。

 

「良いの? じゃあお言葉に甘えて」

ちょっとイルクス……ってこれ私も上げていいのかな……

「ライカも上げていい? 良いよね?」

「ええ、勿論」

 

 そう言われ、恐る恐る頭を上げるライカ。

 

「神竜様、今回の御来訪の目的は承知しております。雷竜を手懐けるとか」

「うん、そうだよ。案内してくれる? 僕達急いでるんだ」

「御意に」

 

 タメ口が許可されたのでズバズバと言うイルクス。顔を青くし、冷や汗が止まらないライカ。特に気にする様子の無いワグドラーンに、未だ生暖かい笑みを浮かべるモーリアウル。それで良いのか外交担当貴族。

 

 そんな事はともかく、このカオスな3人は、イルクスの背に乗って風竜騎士の護衛と共に霊峰アクセンの雷竜の生息地へと向かうのだった。

 

 

 

 どんよりとした雲が空を覆う中、腹に響く、そんな表現が似合う雷鳴の様な声が鳴り響く。

 

 ここは霊峰アクセンのとある土地。山脈より湧き、ミリシアルまで流れる大河の削り取ったV字谷。

 草木が僅かにしか生えていない閑散とした岩肌が目立つそんな谷に、"彼ら"は棲んでいる。

 

 ワイバーンと同じく1対2枚の翼を持ち、しかし前肢のある真竜種。

 全身は黒く硬質な鱗で覆われ、並大抵の攻撃は通さない。

 口より吐くは雷光であり、狙われた獲物は声を出す間もなく焼け焦げる。

 そして何よりもその飛ぶ速度。なんとかの風竜をも超える時速650kmであり、もし操れる者がいるとすればこの世界において敵う者はいないだろう(ライカは除く)。

 

 その名は雷竜。属性竜の1種であり、今回の2人の標的であった。

 

 

「あれが雷竜……」

『なんか調子に乗ったヤンキーみたいな感じがするね』

「そ、そうなの?」

 

 力強く羽ばたき、紫色に身体を発光させながら飛ぶ雷竜。

 そんな様子を、竜独特の感性で表現されたライカは少し拍子抜けしてしまう。

 当然だろう。人知の及ばない存在を、まさか若気の至りなどと表現されるとは普通思わない。

 

『だって見てよあの得意気な表情。絶対あれカッコイイと思って飛んでるよ。外から見たら凄くダサいのに』

「ひょ、表情」

『ここは魔素が溢れてるんだから必要も無いのに、わざわざあんなに羽ばたいてるんだよ。カッコつけたいから』

「へ、へぇ〜……」

 

 と、相槌を打ってはみるものの。ライカはイルクスの言う『カッコつけてる雷竜』がどの個体なのか、そもそも分かっていなかった。

 表情と言われても、イルクスの物ならともかく初対面の雷竜の表情など全くもって見分けがつかない。

 というか、そう言われるとなんだか飛び方がダサく感じてきてしまった。

 

 

『イルクス様、ライカ殿。奴らの攻撃は光の速度で迫ってきます。くれぐれもお気を付けて』

 

 と、そこで着けていたブレスレットに魔信が入る。

 聞こえてきたのは、後方で風竜に乗って待機しているモーリアウルの物であった。

 

 今回、ワグドラーンとモーリアウルは危険であるので生息地の外で待機していた。モーリアウルの方は間近で見るとゴネていたのだが、ややキレ気味のワグドラーンに小突かれて大人しく引き下がった。

 ワグドラーンが来たのは、単純な好奇心が主な理由だ。

 来れば、もしかすると歴史的瞬間が見られるかもしれない、というのが半分。そして神話の飛行が見たいというのが半分。

 因みに彼、最初のモーリアウルと同じ様に、神竜に人間が乗っているのに嫌悪感を抱いている。

 しかし、あの時モーリアウルについて行った付き人から()()()を聞いていた為、敢えて表に出さなかった。賢明な判断である。

 

「分かってます。イルクス曰く"調子に乗ってる"らしいので、少し"分からせて"あげます」

『分からせる分からせるー!』

『調子に乗ってる……ハッハッハ! 雷竜の事をその様に表現したのは貴女様が初めてです』

 

 モーリアウルが高らかに笑う。

 

『……しかしながら、これまでに幾人もの同族(竜人)が死んでいるのも事実です。どうか、油断なさらず』

「御忠告、感謝します」

 

 そう言って、彼女は魔信を切り、大きく深呼吸をする。そして谷を悠々と飛ぶ雷竜達を真っ直ぐと見据える。

 その目は、グラ・バルカスの兵士を恐れさせた『白き死神(ホワイト・キラー)』その物であった。

 

 

「さあ、イルクス。王国の未来の為に、1つ大芝居を打ってやろう!」

『うん。あの調子こいた雷竜のプライドをコテンパンにしてあげるんだから!』

 

 

 そして、2人は雷竜の住処へと飛んだのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

ライカさんまだ1回しか戦ってないんだよなぁ……
ライカさんの名字はオリ設定です。由来は特にありません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊急クエスト! 雷竜を捕獲せよ!(後編)

オスガキ雷竜をライカとイルクスが"分からせる"回


 イルクスが飛ぶ。一直線に、悠々と飛ぶ雷竜の中へと。

 そのスピードはあまりにも速く、700m程を僅か数秒で踏破した。

 雷竜達も何かが近くにいる事は気付いていたが、それが近付いて来るのに反応する前にイルクスは彼らの群れのど真ん中を通り過ぎ、その頭上へと位置取る。

 猛烈な風が起こり、雷竜達がバランスを崩す。そんな混乱の中、イルクスは念話を発した。

 

 

『僕は神竜イルクス!! 調子に乗った雷竜達よ、大人しく僕に着いて来い!!』

 

 

 挑発的な言葉。

 イルクスは、こういった輩には下に出るよりも高圧的に行った方が良いと、直感的に理解していた。

 だからこそわざわざ、自分が神竜であるという事を強調したのだ。

 

 これで従ってくれれば万々歳だが、イルクスもライカも、彼らがその程度の存在ではない事くらい分かっている。

 

 

『オォン!? 何だガキ共、突然現れてはンな事言いやがって! 馬鹿にしてんのかァ!?』

『舐めやがってェ……野郎ォぶっ殺してやらァ!!!』

 

 などと、怒りに燃える者達が大半であった。

 

『お、おい今神竜って』

『アイツヤバくね? めちゃ速くね?』

 

 と、冷静に状況を判断する竜も居るには居たが、かなりの少数派であった。

 

「駄目みたいだね……じゃあ、作戦通りにやるよ」

『おー!!』

 

 そんな様子に、しかしライカは冷静に作戦続行を決める。

 眼下には、如何にも怒り心頭といった様子で向かってくる無数の雷竜。その内の殆どは口を開き、何やら光を溜めていた。予想通りだ。

 

 ライカが手網を握り締め、そして力強く引く。

 それを合図に、イルクスは急降下する。それに伴い、溜められていた光がより一層強くなる。

 

 やがて、その口々から雷光が放たれた。その数、17本。通常の、いや手練の竜騎士であったとしても避けられず、相棒共々炭になるであろうその攻撃。

 

 

「3時16分に128cm、羽根は畳んで」

 

 

 だが、直前。ライカはそんな指示を込め、イルクスに繋がっている手網を引く。

 そして、イルクスはそれを正確に実行した。

 

 直後、彼女らのいた場所を雷光の束が通る。

 彼女らは光に包まれ、雷竜達は歓声を、望遠鏡を覗いていたモーリアウルとワグドラーンは悲鳴を上げる。

 

 

 だが。

 

『……なっ!!?』

『嘘だろ!?』

 

 ビュン、雷竜達の隙間を何かが通る。

 

 それは、たった今死んだ筈のイルクスであった。その背にはライカが乗っており、双方無傷である。

 

『な、何故生きている!?』

 

「貴方達の吐く雷光は直進しかしない。なら当たらなければどうということはないでしょう?」

『そ、そんな馬鹿な……ッ!!』

 

 自分達の渾身の一撃が避けられたという事実。それは雷竜達のプライドを著しく傷付けた。

 そして、それを補うかの様に彼らは一斉に2人へと飛びかかる───

 

 

───結果から言うと、雷竜達は惨敗した。ライカとイルクスはどちらも傷1つ負わず、逆に雷竜達のプライドは最早見る影もない程に傷だらけだ。

 

 イルクスは、ライカの正確な指示のもとに雷竜達の攻撃を全て捌いたのだ。

 1匹の小さな───イルクスは通常のワイバーンくらいのサイズ───神竜に追い縋る無数の雷竜。雷竜達が全力で、それこそ歯を食いしばる程に速度を上げるが、イルクスは涼しい顔でそれを超える速度を出す。

 放たれた攻撃は軒並み躱される。ライカの凄まじい空間把握能力により、四方より放たれた雷光でさえ僅かに身を捩らせるだけで全て避ける。

 

 やがて雷竜達の体力は尽き、飛ぶ者はイルクス以外に居なくなった。

 

 

『はァッ、はァッ、お、お前は一体何なんだ……!』

 

 岩場にとまり、苦しそうに息を吐きながら雷竜は未だ羽ばたくイルクスを、そしてライカを睨み付ける。

 

『僕? だから言ったじゃん、僕は神竜だって』

「私はただの人間族のライカだよ」

『人間……人間だと。嘘をつけ! ただの人間族が、あんな真似できる訳がない!!』

「知らないよ。それに凄いのは私じゃなくてイルクスだからね?」

『いや、ライカも十分凄いと思うけど……』

 

 ライカのその謙遜に、イルクスは呆れた様に返す。

 

『く……何が目的だ!!』

「貴方達に、竜騎士達を乗せて戦って欲しい」

『俺達に、この雷竜に人間を乗せろと言うのか!? ふざけるな!!』

「でもほら、空戦では目が多い方が有利なのよ? 貴方達だって竜騎士を乗せればきっとさっきみたいな機動も出来るわ」

『ぐ……』

 

 先程の機動。ほんの少し動くだけで雨の様な雷光を避け切ったあの動き。

 あれが出来るのならば、彼は少しだけ傾いた。

 

 恐らく、本国の竜騎士達は皆そろって「勘弁して下さい」と言うだろう。あんな機動、彼女にしか出来ないのだ。

 

 そもそもライカは竜騎士としてかなり優秀だ。何せ、同じワイバーン同士での模擬戦でさえ彼女は負け無しだったのだから。

 王国軍のプロ、中央世界で名を馳せた竜騎士、列強のエース、そのことごとくが負けたのだ。スカウトの声もかなり掛かっていたが、その全てを断っていた。

 

「貴方達の長い生涯、少しくらい、歴史に名を残したっていいんじゃない?」

『何の事だ……』

「雷竜は、インフィドラグーンが滅びてから1度も表舞台に出ていない。それが今出て、1つの国を滅亡から救ったとなれば、きっとその名が残るわ!」

『……』

「それに……貴方達だって、自分より強い存在が近くにいた方がより強く、より速くなれるんじゃない?」

 

 それは、とても甘い誘惑であった。

 歴史云々は正直どうでもよかったが、速さに関しては雷竜達は欲望があったのだ。

 

 思えば、確かに自分達は胡座をかいていたのかもしれない。

 神竜が居なくなった今、自分達に勝てる者はいないからと、この地位で満足してしまっていた。本来、雷竜とは速さを追求する種族である筈なのに。

 

 

 そして、彼は迷い───

 

 

───────

 

 

「よもや本当に雷竜を従えてしまうとは……」

 

 城のバルコニーで、彼───竜王、ワグドラーンは呟く。

 彼が見上げるは遠い西の空。大勢の黒き竜を従え、自らの王国へと神竜が飛び去って行った方角であった。

 

 あの後、雷竜達はライカの提案に乗る事にした。自分達は井の中の蛙では終わらない、終われないと。

 その数62匹。全てが戦える訳では無いが、これらを乗りこなす事が出来れば少なくともイルネティア王国竜騎士団───いや、()()()()()は世界最強の存在となるだろう。

 

 神竜が率いる雷竜の群れ。もし戦う事になれば……ゾッとする話だ。

 

「……だが、それでも良いのかもしれんな」

 

 エモールは、インフィドラグーンの末裔として、いずれ竜神の国を復活させる、それを胸に抱き続いてきた。

 しかし神竜が選んだのはそんなエモールではなく、遥か西方の小さな島国だ。

 神竜がいる以上、あの国はいずれ雷竜だけでなく他の属性竜をも従える様になるだろう。神竜の気に引き寄せられ、リヴァイアサンや他の生存している神竜達ですら集うかもしれない。

 そうなれば、あの国は最早()()()()()()()()()()()()になるのではないか?

 

 今や、インフィドラグーンの復活は急務だ。先日の『空間占い』にてラヴァーナル帝国が近い内に復活する事が判明したのだ。

 その時、鍵となるのは日本という国。魔力の弱い人間族の治める国が、対魔帝戦においての鍵となるのだという。

 だが、そう言われても未だ信じ切れていないのは事実。

 そしてもし、日本があまり役に立たなかったとして───魔帝と戦えるのは、かつて互角に戦ったインフィドラグーンのみなのだ。

 

 

「先日モーリアウルが言っていた風竜騎士団の派遣、現実的に考えておく必要があるやもしれぬな……」

 

 

 そう呟くと、彼は室内へと戻るのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

ライカさんはニュータイプ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2次イルネティア沖海戦(前編)

 中央歴1641年、4月。この日、1機の『ゲルニカ35型』がトルキア王国上空を飛行中、雷竜の群れと遭遇した。

 雷竜が自らの生息地より出る事は殆ど無く、機長は予想だにしない状況に冷や汗をかく。雷竜の気性が荒いのは有名で、もし攻撃されればこんな旅客機などひとたまりもない。

 

 だが、そんな彼の不安とは打って変わって、雷竜達は攻撃してこなかった。それどころか、()()()()()()()()()()

 通信を寄越したのはその群れを先導する神竜、それに乗る少女からだった。

 それによれば、なんとあの雷竜を手懐けたというではないか。

 

 その後、白銀の竜が先導する雷竜の群れはゲルニカを圧倒的に超える速度で西の彼方へと飛び立って行った。

 

 

───後日、彼は記者にこう話した。

 

 

 自分はあの時、神話の中に居た、と。

 

 

───────

 

 

〈中央歴1641年 4月7日 イルネティア島沖〉

 

 イルネティア島沖合120km。先の海戦において、グラ・バルカス帝国海軍の艦隊22隻が壊滅したこの海域にて、イルネティア王国海軍は訓練を行っていた。

 だが、海兵達の乗る船は、かつての戦列艦などではない。

 

 戦列艦、いやムー国のそれよりも洗練されたフォルムを持つ鋼鉄の艦───そう、まさにこの場所で拿捕されたグラ・バルカス帝国軍の艦である。

 タウルス級重巡洋艦2隻、キャニス・ミナー級駆逐艦2隻の計4隻は、いつ敵の襲撃を受けてもいい様にと連日厳しい訓練を行っていた。

 だが、これまでは戦列艦、それも魔法技術で造られた船を動かしていた海兵達だ。それがいきなり重巡洋艦やら駆逐艦やらを動かせる様にはやはりならず、訓練を始めて半月程経った今でさえまともに動かすのがやっと、というレベルであった。

 

 そんな中の1隻、現在は王国海軍旗艦として運用しているタウルス級重巡洋艦『レプシロン』の艦橋にて、艦隊司令のレイヴェル・ディーツはとある報告を通信士より受けていた。

 

 

「ディーツ司令、本部より通信……ライカ竜騎士、雷竜の調伏に成功した様です!」

「おお……!」

 

 彼は一先ず胸を撫で下ろす。

 これで、空でも王国軍は帝国軍に対抗する事が出来るようになる。竜騎士達が一方的に、無駄に死ぬことも避けられるのだ。

 

「あの様な少女がこれ程王国に尽くしてくれているのだ。我々も努力しなければな」

「ですね!」

 

 彼らがここで訓練を行っているのにはとある理由がある。

 先日拷問によって、近い内に再び帝国軍が侵攻してくる事が判明したからだ。

 本土防衛艦隊として戦列艦も居るには居るが、帝国軍に対抗出来る船はこの4隻しか居なかった。

 

 そして、彼が窓から訓練中の艦隊を見ようとした、まさにその瞬間。

 

 

「───ッ!! 水上レーダーに感!!」

「何ッ!? 帝国かッ!?」

「反応の大きさから恐らくはそうかと! 距離120、数21!!」

 

 21隻、こちらの5倍だ。同じ質の物であれば、数が多い方が勝つのが道理。

 だが、我々が負ければ、ライカとイルクスのいない王国はあっという間に蹂躙されてしまうだろう。

 

「(グレードアトラスターがあればな……)」

 

 彼は帽子を直しながら思った。

 グレードアトラスター、空前絶後の超巨大戦艦。捕虜からの情報で、あの戦艦は帝国でも最大、そして現在1隻しか存在していないらしい。

 あの戦艦があれば、例え5倍の敵だろうが一方的に負ける事はないだろう。

 

 だがタイミングの悪い事に、現在あの戦艦はミリシアルにある。あちらからの申し出により改造を受けているのだ。

 また、駆逐艦の内1隻は現在ムー国にて解析を進められている。

 

「……やるしかない、か。通信士、本部にこの事を。それと、ライカがいつ戻ってくるのかも聞いてくれ」

「りょ、了解!」

 

 こちらの勝利条件は、ライカが戻ってくるまで耐えきる事だ。悔しい事だが、現在の戦力では彼女無しには勝つ事は出来ない。

 

「返信来ました! 『現在全力で帰還中、数時間程で戻る』との事です! また、艦隊は後退しつつ反撃、帰還までの時間を稼げ、と!!」

「了解した。各艦に通達!! 本艦隊はこれより敵艦隊との戦闘に入る!! 新たな艦での初戦闘だ。各員一層奮起せよ!!」

 

 

───────

 

 

〈グラ・バルカス帝国海軍 第2次イルネティア侵攻艦隊〉

 

 帝国の面子の為、急遽編成された第2次イルネティア王国侵攻艦隊。

 軍本部は、イルクスが持ち上げられるのは駆逐艦が限界だ、と判断。その為、本艦隊は駆逐艦が1隻もいないという珍妙な編成となっていた。

 ヘラクレス級戦艦1、オリオン級戦艦2、タウルス級重巡洋艦8、レオ級軽巡洋艦8、ペガスス級航空母艦2の計21隻はイルネティア島の沖を進んでいた。

 

 そんな中、旗艦であるヘラクレス級戦艦『クヤム』艦橋にて、丁度『レプシロン』が察知したのと同じ頃、こちらのレーダーでも艦隊を察知する。

 

 艦隊司令はすぐに攻撃隊の発艦を指示。同時に島への爆撃隊も発進させた。リスク分散の為、3つの部隊に分けて。

 それぞれシリウス型爆撃機10機、アンタレス型戦闘機10機の20機、これが3部隊の計60機。それに艦隊への攻撃機としてリゲル型雷撃機20機、アンタレス型15機。残りは全てアンタレスであり、艦隊の直掩機だ。

 雷撃機の数が少ない様にも思えるが、これは蛮族には自国の船など使いこなせないだろうという思い込みからだった。

 それに例え沈めきれなくとも、たったの6隻。艦隊で捻り潰せるのだ。グレードアトラスターだけは別だが……。

 

 かくして、ペガスス級より飛び立った計95機は、各々の目標へと向かうのだった。

 

 

───────

 

 

「敵機接近!!」

「主砲、対空戦闘用意!!」

 

 『レプシロン』艦橋より、接近する敵機が確認される。

 それに対抗するべく、主砲である50口径20.3cm連装砲5基に対空砲弾が装填、空に浮かぶ無数の点へと向けられる。

 

「照準完了!!」

「撃ち方始めェ!!」

 

 そして、10門の砲が一斉に火を噴いた。

 

 回転し、空気を切りながら進む砲弾は攻撃機隊へと進み───しかし、そのどれもが爆発しない。

 敵機に接近しなければ爆発しない近接信管は、虚しく何もいない空を飛んでいく。

 

「ぜ、全弾外れました!」

「次弾装填!! 各高角砲、機銃も攻撃準備! 各砲の判断で射撃せよ!!」

 

 その号令によって各対空砲に砲弾が装填されるが、その動きは拙い。

 やはりまだ訓練が足りない。機銃弾はともかく、近接信管に関しては未だ量産の目処が全くたっていないので実弾を使った訓練はあまり出来ていなかったのだ。

 

 隣の駆逐艦の主砲が火を噴く。65口径という長砲身、そして速い旋回と装填───それでも本家より遅いが───により、次々と砲弾を放っていく。

 その殆どは外れるが、時折黒煙が空に現れ、砲弾の破片が命中したリゲルが煙を吐いて落ちていく。

 

 

 だが、それでも3機しか落とせず、リゲルが雷撃を行う為に低空飛行へと移る。それに対し、機銃が放たれた。

 

「ひっ!」

 

 転移してからグラ・バルカス軍の航空隊はまともな対空攻撃に晒されていなかった。精々がバリスタくらいであり、目をつぶっていても避けられるほどだ。というか、当たっても墜ちない。

 しかし、今彼らが狙っている重巡洋艦より放たれた対空攻撃は、彼らに"実戦"を思い起こさせるのに十分であった。

 こちらに向かってくる無数の曳光弾。それに彼は恐怖し、情けない悲鳴を上げてしまう。

 

 だが、それだけだ。優秀な彼らは、きちんと任務を遂行した。

 

 

「敵機、魚雷投下!!」

「回避運動!!」

 

 

 海中を進む白い泡。その恐ろしさは十分知っており、だからこそ彼らは回避しようと試みる。

 ゆっくりと動くレプシロン。幸運にも彼女は投下された3本の間をすり抜ける事に成功した。

 

 ほっとため息をつく一同。

 

 しかし、

 

 

「ああっ!! 『コウム』が!!」

「っ!!」

 

 幸運なのは彼女だけだった。

 同じくリゲルの向かっていた重巡洋艦『コウム』の側面に巨大な水柱が上がる。

 被雷数は2本。ダメージコントロールもまともに出来ず、みるみる内に速度が下がっていく。

 

 そして、そんな船を見逃す筈もなく。

 

「『コウム』、沈没!!」

「くっ……」

 

 必死の対空戦闘も虚しく、コウムは沈没した。脱出した乗組員達が水面をゆらゆらと揺れる。

 また、駆逐艦『トイヌーシェ』もその艦尾に雷撃を受け、撃沈する事こそ無かったものの舵とスクリューを破壊され航行が不可能になってしまう。

 

 そんなこんなで、攻撃隊が去った後に戦闘が可能な船は重巡洋艦『レプシロン』、及び駆逐艦『ムルシク』の2隻のみとなってしまった。

 残存艦2隻は『コウム』の生存者を救出した後、『トイヌーシェ』を曳航して後退するのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

レイヴェルさんはオリジナルで、原作でナレ死したドイバ沖群島防衛艦隊の司令官です。
あと、艦名はドイバ防衛艦隊からとりました


Q:なんで動かすのがやっとなのに対空攻撃出来るんですか?
A:火事場の馬鹿力です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2次イルネティア沖海戦(中編)

〈第2文明圏 ムー国〉

 

「「ぷはー!!」」

 

 

 ムー国北西部にある田舎町、チャワード。

 周囲を荒地に囲まれたこの小さな町にある酒場『宵の星』に、エモールからの帰りであるライカとイルクスは訪れていた。

 因みに、雷竜達はその荒地に残している。流石に共に入る事は出来ないからだ。彼らは今頃文字通り羽を伸ばして休んでいる所だろう。

 

 2人は入るやいなや、まずエールを頼んだ。今飲んでいるのはそれである。

 長時間飛行で疲れた2人の身体に、ムー国産の冷たいエールが染み渡る。飲酒年齢はクリアしているので安心して欲しい。

 

「イルネティアのよりも美味しいかも……これが列強の味……!」

「僕、こんな美味しいお酒初めてだよ〜!」

 

 2人は列強国の技術によって作られたエールに感嘆する。

 

 続いて届いたのは、巨大なプレートに乗せられた大量のスパゲッティだ。

 ソースはミートで、肉団子が混ぜられている。

 

「もーらいっ!」

「あっ、ちょっと!」

 

 それをイルクスが素早い動きで巻き取り、自分の皿に乗せる。ライカは反応するが少し遅く、一気に2/3が取られてしまった。

 彼女はしぶしぶといった様子で残りの1/3を巻き取り、自分の皿に乗せ、食べていく。

 

 

「いやーここまで長かったね……」

 

 スパゲッティを飲み込んだライカが言う。

 何を隠そう、彼女らはほぼ1日に及ぶ飛行の末にここにいるのだ。

 

「ふぉふふぁふぇ」

 

 それに対し、麺を頬張ったイルクスが返す。が、何を言っているのかさっぱり分からない。

 それを察したのか、彼女は返答の方法を切り替える。

 

『僕もうくたくただよ〜……帰ったら一日中家でゴロゴロしたいなぁ』

「私も……このまま、何も起きなければいいけどね……」

 

 わざわざ念話で返してきた彼女に、ライカは何事も無いように返す。慣れているからだ。

 だが、周囲の人々から見れば何も言っていないのに返答したヤバい少女の様に映ることだろう。幸い、辺りの客は皆それぞれの話題に夢中であり、気づく事はなかったが。

 

 

 だが、彼女の懸念の方は不幸にも当たってしまう。

 

「……ん? イルネティアからだ」

 

 2人が食べ終わり、追加のエールを頼もうとしていた頃、彼女の腕に着けたブレスレット型の魔信装置が鳴り始める。

 

「はい、ライカです」

『こちらランパール城軍本部!! 今どの辺りにいる!?』

 

 そこから聞こえてきたのは、先程までの雰囲気には到底似つかわしくない荒々しい声。

 それに彼女は困惑しながら───そして、薄々何が起こったのかを察しながら、返答した。

 

「私は今ムー国のチャワードに居ます……帝国軍ですか?」

『そうだ。それで……』

「到着まであと3時間程かかると思います……大丈夫ですか?」

『3時間か……どうにかもたせてみせる』

「分かりました。こちらも急いで向かいます」

『うむ』

 

 そうして魔信は切れる。

 

 やはりそうだった。またグラ・バルカス帝国が攻めてきたのだ。

 そもそも、この町に着いた時に雷竜を手懐けた旨の魔信は送っていた───それまでは忘れていた───ので、そんな状況で来る通信などろくな事ではないだろう事は分かっていたのだ。

 

 2人は素早く会計を済ませると、すぐさま雷竜達の元へと駆け、その僅か数分後には白銀の竜が率いる雷竜の群れがチャワードより飛び立ったのだった。

 

 

 

「……」

『……』

 

 時速620km。雷竜の群れが群れとして飛ぶ事のできる最高速度である。

 その最高速度でさえ、今の彼女にとっては頼りない物だった。チャワードはイルネティア島から約2000km程離れている。先程3時間と言った根拠はこれだった。

 

 しかし、3時間。自分の居ない王国がそれだけの時間を耐え切る事が果たして出来るのか。出来たとして、それまでに一体何人の死者が出てしまうのか。

 ああ、こんな事なら休憩など最小限に抑えておくのだった……彼女はひどい後悔に襲われる。

 

 彼女の名誉の為に言っておくと、あの休憩は必要な物であった。最小限に抑えていれば、きっと雷竜達がまともに飛べなかったであろう。

 

 

 そうして2人は胸を痛めながら無言でしばらく飛んでいた。

 

『……』

 

 そして、その様子をじっと見ている雷竜がいた。

 彼は憤怒した。そんな2人にではなく、イルクスに本来の速度を出させる事の出来ない自分の不甲斐なさに、だ。

 

 そうして彼は、念話で言った。

 

 

『姐さん!! 俺達は気にせず2人で向かってください!!』

「……でもそれじゃあ、貴方達が」

『方角さえ分かれば自力で向かえます!!』

 

 強く、まるで言い聞かせるかのように叫ぶ。

 

「……」

『……ライカ、行こう』

「……うん。方角はここから丁度東!! 言ったんだから、絶対に来てよ!!」

『分かってます!! 姐さん方、さあ早く!!』

「あと私姐さんって呼ばれる程の歳じゃないから!! まだ17だから!! 行くよイルクス!!」

『僕は……何歳だっけ……まあいいや。うん!!』

 

 そう言うと、イルクスは加速する。

 

 

 620kmから、雷竜の最高速度である650km、帝国の最新鋭機『グティマウン』の最高速度、780kmさえも超えていく。

 

「───っ!」

 

 凄まじい重力が彼女の身体にかかる。多少はイルクスの力によって軽減されているとはいえ、それでもかなりの物だ。

 眼下の景色は恐ろしい勢いで後方へと下がっていく。

 

 だが、それでも加速は止まらない。

 900、950、1000……やがて音をも超え、そこでようやく加速が止まる。

 

 最早今どのくらいのスピードで飛んでいるのかも分からない状況下においても、ライカは何とか耐え、現在の状況を把握しようとしていた。

 今はまだ体験した事のある速度だが……これを超えれば、次は未体験の速度になる。

 

 

「イルクスっ……もっと、速く出来る?」

『出来る、と思うけど……ライカは大丈夫?』

「私は大丈夫だから、もっと!!」

『分かっ、た!!』

 

 音をも置き去りにし、更に加速する。ライカの小さな身体が悲鳴をあげる。

 それに歯を食いしばって耐え続ける。

 

 

───実にこの時、イルクスは時速2200km、マッハ2弱の速度を出していた。

 これはこの世界においては自衛隊しか出しえぬ速度であり、竜騎士などは目で追う事すら出来ないだろう。

 恐ろしい事に、これでもまだヴェティル=ドレーキという種族本来の最高速度には達していないのだが、イルクスはまだ若いのでこれが精一杯であった。

 

 そんな速度で飛ぶ事、およそ1時間弱。

 

 

『見えた!!』

 

 

 2人は、イルネティア島上空へと到着するのだった。

 

 

───────

 

 

『……っクソ、速ぇなぁ』

 

 恐ろしい加速で空の彼方へと飛んで行った2人を見て、先程の雷竜はそう呟いた。

 自分達の出し得る最高の速度を呆気なく超え、更には音をも置き去りにする。神竜というのはこれ程なのかと思い知らされる。

 

『おいリーブス!! お前先頭に居るんだからもっと速度上げろ!』

『ああ?』

 

 念話が彼───リーブスの脳内に響く。

 

『馬鹿、んな事したら』

『はあ? お前あんな物見せられてじっとしてられんのか?』

『……そんな訳ないだろ!!』

 

 自分達は雷竜だ。常に速度を追い求める、誇り高き竜の種族だ。

 そんな竜が、あんな物を見せられて耐えられる訳が無い。

 

 

 こうして、残された雷竜達は出し得る最高の速度でイルネティア島へと向かうのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

アフターバーナーも焚かずに常時音速を出せるとかいうチート性能


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2次イルネティア沖海戦(後編)

〈イルネティア王国 王都キルクルス〉

 

「敵機接近!!!」

「対空攻撃用意!!」

 

 美しい街の中に、ムー国より輸入した空襲警報が鳴り響く。だが、それを聞いている者は殆どいない。皆、前回の襲撃の後に作られた防空壕へと逃げ込んでいるからだ。

 

 そんな民間人のいない街の至る所に設置された、これまたムー国より輸入した8mm単装機銃を陸軍兵士達が空へと向けて構える。

 その視線の先には、編隊を組んで飛来する20機のグラ・バルカス帝国軍機。

 それぞれ違う方向へと飛んだ3部隊の1つが、いち早く攻撃目標(王都)へと辿り着いたのだった。

 

 

 やがて、爆撃機隊が各機銃の射程内へと入る。

 今回、竜騎士の消耗を防ぐ為にも竜騎士隊の出撃は無しという事になっていた。最も、出撃した所で1機も落とせないだろうからこの判断は適切であろう。騎士達の感情はともかく。

 友軍騎がいないのでフレンドリーファイアの心配は無い。それは機銃を使っての初実戦である彼らにとっては不幸中の幸いであった。

 

「撃てェ!!!」

 

 破裂音が連続して鳴り響く。

 

 王都防衛隊の攻撃が始まったのだった。

 

 

───────

 

 

「なっ、蛮族が対空射撃を!?」

 

 イルネティア島上空を悠々と飛んでいた帝国軍王都攻撃隊第2部隊の隊長、ハルラムは、キルクルスに近付いた瞬間に光弾が飛来してくるのに驚いた。

 彼がこれまで出たこの世界においての実戦では、その全てが帆船であり対空攻撃といえばバリスタくらいの物だったのだ。

 

「……だが、密度は薄い。やはり蛮族には過ぎた物のようだな」

 

 飛んでくる機銃弾は、確かに当たれば脅威なのだろう。

 しかし、よく見ればその射撃密度は非常に低く、また明後日の方向に撃っている物もある。

 ケイン神王国のそれに比べれば無に等しい物だった。

 

「敵の攻撃は俺らにはかすりもしない!! 全機落ち着いて飛べ!! 目標はあの城だ!! アンタレスは敵の対空砲を殺れ!!」

『『『了解!!』』』

 

 そうして、各機はまばらに曳光弾が飛ぶ中を飛行し、都市中央部にあるランパール城へと向かう。

 また、護衛として付けられたアンタレスはその号令で一斉に散り、各対空砲の備えられた建物へと向かっていく。

 

 ドォォォン、という重い音と共に建物が崩れ落ちる。アンタレスの落とした80キロ爆弾が着弾したのだ。

 8mm機銃を操作する兵は殺されまいと必死に機銃を撃ちまくるが、悲しい程に当たらない。例え当たったとしても、当たり所が余程良くない限り、防御力の高いアンタレスを落とす事は出来なかった。

 そうして1つ、また1つと対空攻撃が止んでいく。

 

「……よし、全機投下準備!!!」

 

 やがて、シリウス隊の方も投下地点へと到達し始める。

 

「へへ……簡単な任務だこった」

 

 そして、彼が爆弾の投下スイッチに指をかけた───

 

 

───その瞬間であった。

 

「はーーー」

 

 彼は一瞬にして爆炎に包まれ、その意識を途絶えさせる。

 包まれる直前、彼の目には空から飛来する白銀の竜の姿が映っていた。

 

 

 

「イルクス! 次は!?」

『2時の方向!! こっちも20機だよ!!』

 

 

 

「チッ、わざわざこんな回り道をしなきゃなんねぇなんて。めんどくせぇなァ……」

「あの神竜とかいうトカゲ対策なんでしょうけど、正直怖がり過ぎにも感じますよね。艦隊も構成艦を全て巡洋艦以上にするなんて……」

「この世界に帝国軍以上の存在なんてある筈がねぇのにな」

 

 こちらは王都攻撃隊第1部隊。その隊長機であるシリウスの中で、隊長とその部下がはなしていた話していた。

 彼らはこれまでの実戦において危機に1度も直面しておらず、今回の任務も簡単に終わるだろうと信じていた。

 

 さて、ここで、彼らの認識があまりにも甘すぎると感じた人も多いだろう。

 それもその筈。帝国軍上層部は、例の神竜についての正確な情報を兵達に与えていないのだ。

 前回の侵攻が失敗したのは卑劣な奇襲によるものであり、正面から戦えば負ける相手ではない───そう、教え込んでいた。兵の士気を下げない為である。

 

 勿論、人の口に戸は立てられないという風に、真相を知っている者もいる。外務省職員などの例の放送をリアルタイムで観た者達と繋がりのある者達はこの事について把握していた。

 

 だが、不幸な事に今回の彼らは把握していない側であったのだ。

 同時に、それは幸運でもあった。彼らはいつ落とされるか分からない恐怖の中飛び続ける、という事をしなくて済んだのだから。

 

 

「……ん? なん───」

「え? どうしま───」

 

 

 そして、次の瞬間には彼らの意識は永遠に途絶える事となった。

 

 彼らはその恐怖の中を飛び続ける経験をせずに済んだのだった。

 

 

 その後、ライカとイルクスは反対方向より王都へと向かっていた20機も全て撃墜。

 王都攻撃隊3部隊、計60機が文字通り全滅するのにかかった時間は、僅かに30分であった。因みに移動時間がその殆どを占めている。

 

 

 

「さ、最後の機との通信、途絶しました……」

「……」

 

 一方こちらは艦隊旗艦『クヤム』艦橋。

 そこでは攻撃隊からの通信を逐一受け取っていたのだが、つい30分前、突然第2部隊との通信が途絶した。

 その後第1部隊、そして第3部隊と途絶し、結果的に王都攻撃隊全機が消息不明となった。恐らく撃墜されたのだろう。

 そして、そんな事が出来るのは神竜しかいない。彼自身、その存在に関しては半信半疑であったのだが、これにより気を引き締め直す事になった。

 

「全艦対空攻撃用意!! レーダー員はレーダーから目を離すな!! 少しでも妙な反応があればすぐに教えろ!!」

 

 しかし、ここで彼はミスをした。神竜とて、そこに存在しているのならばレーダーに映るだろうと思い込んでいたのだ。

 神竜がステルス性を持つという情報は帝国軍にそもそも入っていなかったので、注意しろという方が無理なのだが。

 

 

 

「こっ、降伏だッ!!!」

 

 その結果がこれである。

 

 帝国軍、第2次イルネティア侵攻艦隊は呆気なく降伏した。

 発進させた直掩機は全て撃墜。艦隊から打ち上げられる猛烈な対空砲火をものともせず、まずオリオン級戦艦『アルニタク』が増築された背の高い艦橋を蹴り飛ばされ、転覆。

 続いて軽巡洋艦が押し倒され、重巡洋艦は一瞬持ち上げられ、変な角度で落とされて沈没した。

 

 司令官の心は簡単に折れた。元々少し臆病であったのだ。

 しかし、それは兵達にとっては幸運であった。特に次に狙われていた空母の乗組員にとっては。

 

 

 だが、戦いはこれでは終わらなかった。

 気が動転していた司令官は、襲撃の直前に出撃させた第2次攻撃隊───先程イルネティア艦隊を攻撃したリゲルを爆装させた───の事を忘れていたのだ。

 

 そして、イルクスはそれを察知出来ていなかった。

 索敵は意図して行わなければならず、艦隊を攻撃している最中にそんな事をする余裕などなかったのだ。

 

 

 2人が気付いた時、攻撃隊は既にキルクルス付近にまで接近していた。

 彼女達は急いで向かったが、その心はそこまで焦ってはいなかった。

 

 

 何故なら、イルクスのレーダーには帝国軍機とは違う、もう1つの飛行集団が映っていたからだ。

 

 

───────

 

 

「おーい! 手を貸してくれ!」

 

 一方こちらは、ライカ達が間に合った事によりやや穏やかな雰囲気が漂っている王都キルクルス。

 念の為に民間人はまだ防空壕へとこもってはいるが、現在兵士達が、崩れた建物から機銃手達を救出している所であった。

 

 そんな中の1人である男、シャルパーム。彼は竜騎士であり、今回ライカ達が間に合った事に安心しつつ、同時に悔しさを噛み締めていた。

 自分達は、何も出来なかった。

 大人である自分達が、あの様な少女に頼っているという現状に憤りを感じていた。

 

 そんな彼は、しかし大人しく救助活動に勤しんでいた───

 

 

「ん……? ッ!! 敵機接近!!!」

 

 

 だが、そんな時。来る筈のない敵機隊が王都へと接近してくる。

 恐れていた事が起きてしまった。やはりいくら強かろうが、1騎では逃してしまう事もあるのだ。

 

 悲鳴が上がる中、彼は竜舎へと向かう。

 その間にも敵機はどんどんと接近し───

 

 

「───え?」

 

 

 一瞬、彼の頭上を黒い何かが通り過ぎる。

 

 そして、次の瞬間には敵機の半分が落ちていった。

 

「───っ!! まさか!!」

 

 彼にはそれが何か、心当たりがあった。

 歴史上、()()を配下に置いたのはかの竜神の治めるインフィドラグーンのみ。風竜を従えたエモールでさえ、彼らを手懐ける事は出来なかった。

 

 黒い巨体に、口から吐くは黄金の雷。

 そして、飛竜を圧倒的に超える速度で飛ぶアンタレスを、更に速い速度で追い越していくその圧倒的な速度。

 

 アンタレスを翻弄し、次々と落としていくその姿に、彼は希望を見出した。

 

 

『ヒャッハーーー!!!!! 落とせ落とせェ!!!』

『雷竜様のお通りだァーーー!!!!』

『無駄無駄無駄無駄ァ!!!!』

 

 

 ……念話が聞こえていなかったのは、彼にとって1番の幸運であっただろう。

 

 

 

 

 第2次イルネティア侵攻艦隊はこの日、イルネティア王国に対し降伏した。

 被害はオリオン級戦艦1、タウルス級重巡洋艦1、レオ級軽巡洋艦2隻、撃沈。航空機計140機、撃墜。

 そしてヘラクレス級戦艦1、オリオン級戦艦1、タウルス級重巡洋艦7、レオ級軽巡洋艦6、ペガスス級航空母艦2隻が拿捕された。

 

 この結果にイルネティア側は戦力が増し、ムーやミリシアルはサンプルが増えるので満足し、帝国側はその顔を青く染めた。

 流石にこの短期間で正規空母4隻を失ったのは相当な痛手であり、1年後の先進11ヶ国会議にて世界全体へと宣戦布告が決まっていた事もあったのでこれ以上の侵攻は一時的に不可能と判断された。

 その判断には、帝国の三将と呼ばれる海軍東方艦隊司令長官のカイザル・ローランド大将が大きく関わっていたという。

 

 

 結果として、イルネティア王国は1年間の仮初の平和を得る事が出来たのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

リヴァイアサンも神竜だという事に気が付いて、現実のリヴァイアサンについて調べたらどうやらメスしかいないようですね……閃いた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導技術の進む道

〈イルネティア王国 港湾都市ドイバ沖〉

 

「それでは始めます……3、2、1、発射!!」

 

 ムー国やエモール王国からの支援などにより、かつての瓦礫の山から立派な軍港として再建されつつある都市、ドイバ。

 そんなドイバ沖にてこの日、とある()()の試射が行われていた。

 

 その兵器は、イルネティア王国兵器開発局の開発者や責任者、ムー国やミリシアルの技術士官などまでが見つめる中、それなりの高速で()()を進んでいく。

 そして発射から10数分後。

 

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

 

 発車地点より20km離れた位置に浮かべられた、標的艦である旧式艦、アイアン級魔砲船の舷側に巨大な水柱が立ち、見る見るうちに水中へと引きずり込まれていった。

 その様子に見ていた者達は歓声を上げる。

 

「実験は成功だ!!」

 

 その中の1人、イルネティア王国の技術者であるメールリンスはこの兵器───()()()()の開発者だ。

 ここまで苦節約1年。敵の駆逐艦に搭載されていた53cm魚雷を解析し、どうにかして魔導技術で再現できないかと日夜研究に勤しんだ。

 

 そうして考え出されたのが、『風神の涙』を使う方法だ。

 『風神の涙』は圧力に作用する魔術だ。他の文明国などでは空気圧を変化させ、それによって発生する風を帆に当てるのだ。

 しかし、ここイルネティアでは別の方法で船を進めていた。

 

 それは、風神の涙を船上ではなく船尾下部に取り付けるという物であり、それによって水を押し出して船を進めるのだ。

 これが、今回の開発においてのヒントになった。

 

 そして長きに渡る開発の末、生み出されたのがこの魔導魚雷。

 これは主に炸薬、魚雷を浮かべる為の気室、風神の涙を起動させる為の液状魔石、そして雷尾に設置された風神の涙という構造になっている。

 単純に言えば、風神の涙によって水を押し出して魚雷を進めるのだ。科学風に言えばウォータージェットである。

 

 この方式はかなり効果的であった。

 まず、雷跡が出ない為、察知が難しい。グラ・バルカス帝国の魚雷は圧縮空気式であり、水に溶けにくい窒素が放出されてしまう為にどうしても雷跡が出てしまうのだ。

 次に、射程が長い。イルネティア王国の開発した風神の涙はパーパルディアのそれに匹敵する程の性能があり、燃費が良いのだ。

 そして、威力が高い。これは2つ目にも関連しており、燃費が良い為に液状魔石のエリアを狭く出来、炸薬の量を増やせたのだ。

 

 もし、グ帝の技術者がこの魚雷の性能を知ったら、こう言うだろう。

 

 

「蛮族が、酸素魚雷の実用化に成功した」と。

 

 

 この魚雷はメールリンス式魔導魚雷と名付けられ、イルネティア王国と神聖ミリシアル帝国で量産が進められる事となる。

 また、この魚雷の開発は、列強各国からのイルネティア王国の評価を『神竜がいるだけの文明圏外国』から『侮れない魔導技術を持ち、神竜もいる実質文明国』へと変える事になった。

 

 

 時に中央歴1642年2月6日。

 カルトアルパスにて、先進11ヶ国会議が開かれる2ヶ月前の事である。

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国 ルーンズヴァレッタ魔導学院〉

 

「「「おおおおお……」」」

 

 ここは列強第1位、神聖ミリシアル帝国の誇るルーンズヴァレッタ魔導学院、その天の浮舟部が保有する飛行実験場である。

 そこで今、技術者達が空を飛ぶ天の浮舟を見て唖然としていた。

 

「……まさか、これ程とは……」

 

 その理由は、今飛んでいる天の浮舟───帝国の最新制空戦闘機、エルペジオ3を日本の助言を受けて改造した物───の速度にある。

 

 つい先日、わざわざ皇帝陛下より直々に、「日本に助言を求めろ」との勅令が下った。

 日本とは、かつての列強パーパルディアを下した国だと聞いていた。確かにそれは凄いが、パーパルディア皇国は所詮、第3文明圏とかいう大した文明国もいない様な地域でお山の大将を気取っていた国だ。

 それに国そのものにも様々な問題を抱えていたので、正直少しつつけば簡単に壊れてしまう、そんな国だった。

 

 そもそも日本は科学文明国だ。何故そんな国に助言を求めなければいけないのか、技術者達が反感を覚えるのも無理は無い。

 しかし、これは勅令だ。無視する訳にはいかないので取り敢えず言う通りにした。

 

 

 その結果、エルペジオ3は時速630kmを記録した。何を言っているのか分からないと思うが、技術者達自身も何が起こったのか分からなかった。

 少しエンジンを弄っただけでこれである。

 その後日本の言う通りに翼の形やら何やらを弄り、もうこれエルペジオじゃないだろみたいな改造をした結果、最終的にエルペジオ3(仮)は時速730kmを出した。

 

「結局の所、科学も魔法も突き詰めればあまり変わりません。燃料が魔力か、石油かの違いのみです」

 

 技術研究開発局開発室長であるベルーノは、そう言ったという。

 

 その後技術者達は何故こうなるのか、という質問を日本にぶつけ、説明を受けた。

 それを何となく理解し、同じ様にマルチロール戦闘機のジグラント3も改造したら690km出た。技術者達は、自分達はこれまで何をやっていたのか、と頭を抱えたという。

 

 こうして、飛行力学やらなんやらに基づいて生まれ変わったこれらの2つの天の浮舟はそれぞれ『エルペジオ4』、『ジグラント4』と名付けられ、量産が開始されるのだった。

 

 

 時に中央歴1642年3月21日。

 カルトアルパスにて先進11ヶ国会議が開かれる1ヶ月前の事である。

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国 ルーンポリス魔導学院〉

 

 ドン、ドン、ドン。

 空に向けられた魔導砲より、連続で砲弾が発射される。

 その標的はムー国の旧式複葉戦闘機。時速280kmで、中には人間と同じ程度の魔力を放出するゴーレムが乗せられている。

 流石にゴーレムでは大した操縦も出来ないので戦闘機はただただ真っ直ぐに進むだけだった。

 よって、開発されたこの()()()でも撃ち落とす事が出来たのだ。

 

 放たれた砲弾が戦闘機の近辺を通るやいなや破裂、その破片が戦闘機を破壊し、火達磨になって落ちていく。

 そして、機が地面に猛烈な音を立てて落ちた瞬間。

 

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」

 

 

 それを見ていた技術者達が、大きな歓声を上げた。

 

 今回、この学院で開発されたのは対空高角砲、及びそれに装填する近接信管だ。

 グラ・バルカス帝国の艦に装備されていた近接信管を見た時、技術者達は唖然とした。

 敵に近付いただけで爆発する? なんだそのチート砲弾は、と。

 

 そんな彼らがそれを魔導技術で再現しようとするのは当然であった。

 

 帝国軍の近接信管を解析してみると、中に小さなレーダーが入っていた。よって、まずは魔導電磁レーダーの開発から始められた。

 これにはかなり難航───しなかった。それは何故か。

 ここでもやはり、先程のベルーノの言葉が効いてくる。帝国のレーダーを解析した所、魔法を使う所、要するに魔力を電気エネルギーにさえ変換すれば、そこから先は魔導技術でも十分再現可能である事が分かったのだ。

 ほぼコピー。コピーならばこれまで腐る程やってきた。

 

 そうして魔導電磁レーダーは無事再現された───のだが、ここで問題が発生した。

 構造も何も分からずに再現した結果、砲弾の中に入れる為の小型化が出来なかったのだ。

 結局、構造を理解するのにはかなりの時間がかかってしまった。

 

 

 そうして、開発スタートより約1年。魔力を殆ど放出しない相手に対しても通用する近接信管が完成した。

 それを発射する為の高角砲も開発され、これらは『1型魔導近接信管』、『霊式12.7cm連装高角魔導砲』と名付けられた。

 

 

 時に中央歴1642年4月12日。

 カルトアルパスにて、先進11ヶ国会議が開かれる僅か10日前の事である。

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス〉

 

 そしてこの日。中央歴1642年4月22日。

 カルトアルパスにて、先進11ヶ国会議が開かれる。

 

 ここに、この世界が初めて体験する世界大戦、その幕が上がったのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

作者はミリタリーにわかなんで、開発スピードが早すぎるッピ!とかそういう事は気にしないでください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中央歴1642年
先進11ヶ国会議(前編)


〈中央歴1642年4月22日 神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス〉

 

『トルキア王国軍、到着しました! 戦列艦7、使節船1!』

『アガルタ法国軍、到着。魔法船6、民間船2』

「……この辺りは変わり映えせんな」

 

 次々と到着し、港へと誘導されていく各国の船団を見て、港湾管理責任者のブロントはそう呟いた。

 今到着しているのは中央世界の文明国の船団だ。これでも文明国圏外国の国々にとっては圧倒的なのだが、普段神聖ミリシアル帝国の()を見ている彼にとっては物足りなかった。

 

 そして、アガルタ法国の船団が全て着岸した頃に、その国の艦は現れた。

 

 

『第二文明圏、イルネティア王国艦隊、到着! 戦艦1、空母1、重巡洋艦2、軽巡洋艦2!』

「おお、来たか……大きいな」

 

 戦列艦がひしめき合う港湾内に、一際巨大な艦隊が入ってくる。その艦には科学製特有の煙突があり、そこから黒い煙をもうもうと吐き出している。

 それを見た文明国の者達は唖然とする。何せ、最も小さな艦でさえ自分達の戦列艦よりも遥かに大きいのだから。

 

「しかし、まさか文明圏外国の小さな島国がなぁ……」

 

 ブロントの知るイルネティア王国とは、第2文明圏外にある小さな島国であった。ただし魔法技術はかなり進んでおり、戦列艦でムー国をも超える速度を出せるとか。

 まあ、戦列艦である事には変わりはなく、ムー国の艦と戦えば負ける事は確実である、そんな国だ。

 

 しかし、かの国───グラ・バルカス帝国が王国に攻め入った頃から何かが変わった。

 神竜が現れ、全ての者の予想を覆して帝国軍を蹴散らしたのだ。

 列強レイフォルを単艦で滅ぼした伝説的戦艦『グレードアトラスター』もその時に拿捕された。今は神聖ミリシアル帝国で改造を受けているらしい。

 その後も来た艦隊を蹴散らし、多くの艦を拿捕、戦力へと変えた。

 

 その結果が、これである。今、カルトアルパスにいる中でこの艦隊相手に戦えるのはミリシアルの防衛隊にムー国の艦隊、そして───

 

 

『な、なんだあの船は!?』

『あれは船……なのか?』

 

「……来たか」

 

 水平線の彼方より、灰色の艦が顔を出す。それだけ離れている筈なのに、少ししか離れていない様に見える。つまり、それ程の巨艦だという事だ。

 船体に載るは巨大な3連装砲3基。砲口径は46cm。世界最大の巨砲である。

 

「しかし、もう1隻あったのか……グラ・バルカス帝国、一体どれ程の国力を……」

 

 グレードアトラスター級戦艦、2番艦『マゼラン』。

 

 現在も尚世界最大の戦艦が今、カルトアルパス港へと到着した。

 

 

 その後、日本国の巡洋艦(巡視船)と客船が到着し、奇妙な構造をしている巡視船を見て首を傾げる事になる。

 

 

 こうして、今回の先進11ヶ国会議の出席国が集まったのだった。

 

 

───────

 

 

〈『マゼラン』艦橋〉

 

 カルトアルパス港に到着した『マゼラン』。その艦橋にて、外交官であるシエリアは港のある地点を睨み付けていた。

 

「我が国の艦……こう見ると、中々に屈辱的だな……」

「今すぐにでも沈めてやりたい程ですな」

「ああ。だが……どうせこの後沈むんだ。今はまだその時ではない」

 

 イルネティア王国海軍艦は、元々グラ・バルカス帝国の艦であった。

 祖国の物とは違う国旗を大きく掲げているその姿を見ると、艦が子供の玩具にされているかのようで不快であった。

 それに同調するのは、この『マゼラン』艦長のラートス大佐である。本来ならば、ここに来るのは『グレードアトラスター』であり、ラクスタル大佐であった。

 名誉な役が回ってきたのは素直に嬉しいが、同期の不幸を喜べる程も彼は性根が曲がってはいなかった。

 

 ……それはともかく、会議が終わればすぐに実戦だ。気を引き締めなければ。彼は1度同期の事は頭の隅へと追いやり、海を見すえる。

 

 戦闘まで、あと僅かだ。

 

 

───────

 

 

〈港町カルトアルパス 帝国文化館〉

 

「これが先進11ヶ国会議……凄まじいな」

「これ程の文明国の一堂に会するなど……」

 

 カルトアルパスにある豪華絢爛な建物、その1つであり、今回の会議の会場である帝国文化館の前にて、イルネティア王国の外交貴族であるビーリー侯とその部下は、ぽかんと口を開けて呆然としていた。

 周囲には、この会議に呼ばれた国々───列強国に次ぐ実力を持つ、準列強と呼ばれる国々の外交官達が歩いている。

 つい1年前までは圧倒的に格上であった者達と同じ位置に、自分達は今居るのだ。

 

 因みに、何故イルネティア王国が呼ばれたのかといえば、やはり神竜がいるからである。寧ろ呼ばれない方がおかしいのだ。

 

 

 その後、館内へと入った後には各文明国の者達に、さながら帰国したスポーツ選手の如く取り囲まれ、結局会場に着くまでにかなりの時間がかかってしまったのだった。

 

 この時、実は日本国も接触をはかろうと思っていたのだが、他の文明国に遮られて接触出来なかったらしい。

 

 

 

『これより、先進11ヶ国会議を行います』

 

 議長席が並ぶ舞台を中心としたホール状の部屋。そこに、そんなアナウンスが流れる。

 開催期間は1週間。この1週間で、今後の世界の行く末が決められるのだ。

 

 今回の参加国は、以下の11ヶ国である。

 

〈第1文明圏(中央世界)〉

・神聖ミリシアル帝国(列強国第1位)

・エモール王国(列強国第3位)

・アガルタ法国

・トルキア王国

 

〈第2文明圏〉

・ムー国(列強国第2位)

・マギカライヒ共同体

・グラ・バルカス帝国(文明圏外)

・イルネティア王国(文明圏外)

 

〈第3文明圏〉

・パンドーラ大魔法公国

・日本国(文明圏外)

 

〈南方世界〉

・アニュンリール皇国(文明圏外)

 

 先進11ヶ国会議に、列強国が2つ抜け、文明圏外国が4ヶ国も並ぶという異常事態。

 今年は何かがおかしい、そう各国に思わせるには十分であった。

 

 

 そして始まった直後、青白い肌をし、4本の角を持つ大柄の男が手を挙げる。

 それを議長が指名し、彼は起立して話し始めた。

 

 

『エモール王国のモーリアウルである。今回は何よりも先んじて、皆に伝えなければならない事がある。火急の件につき、心して聞いてもらいたい』

 

 エモール王国。竜人族の治める国家だ。

 かの国も去年までは雲の上の存在であったのだが、例の件以降は国同士の交流が盛んになり、一気に近い存在へと変わった。

 ビーリー侯も本国へと帰った際、観光客として竜人族が多く来ている事に驚いたのだ。

 

 しかし、それでも竜人族は竜人族。やはり話す言葉の一つ一つに威厳があり、重要だと思わせる程の重みがあった。

 これが列強の外交官。流石だ、と感嘆した。

 

 

……因みにモーリアウルは1年前より、暇さえあればイルネティア王国へと来ていた。そしてそこで共に歩くライカとイルクスを鑑賞───しかし絶対に気付かれないように───するのが趣味(生き甲斐)となっていた。

 ビーリー侯は幸運であった。

 何せ彼が帰国した頃には、彼には一時的に竜王直々に出国禁止令が出されていたのだから。

 

 彼の竜人族に対するイメージは、幸運な行き違いによって崩れずに済んだのだ。

 まあ、それも風前の灯ではあるが。何せ色々と一段落ついた暁には、モーリアウルは辞表を提出してイルネティア王国へと移住するという決心を固めていたのだから。

 ただしワグドラーンはそれを許すつもりはない……と、話が逸れてしまった。

 

 

 彼は、ライカが見れば驚くであろう真面目な顔をして、ただならぬ雰囲気を漂わせながら話す。

 

『……先日、我が国で行われた〈空間の占い〉にて、古の魔法帝国───即ち、忌々しきラヴァーナル帝国が近いうちに復活すると判明した』

 

 

「───え?」

 

 

 発せられたその言葉を、ビーリー侯は一瞬聞き間違えかどうかと疑ってしまう。

 

「そ、そんな……」

「なんて事だ……」

 

 だが、周囲の者達の反応で、それが間違いなどではないという事を思い知らされる。

 そして、空間に歪みが生じて正確な予想が出来なかった事。魔帝は4年から25年の間に復活する事などが告げられる。

 最長でも25年。あまりにも時間が無さすぎる。

 

 そうして、皆で協力すべきだという旨を伝えた時。

 

 

「くっ……クックックッ、ハーっハッハッハ!!!」

 

 

 突然、1人の女が笑い始める。

 20代前半の女外交官。その下のパネルには、『グラ・バルカス帝国』と書かれていた。

 

「ああいや失礼。何せ占いなどという非科学的な事を大の大人が真面目に話すものでね、あまりにも滑稽な姿に堪えきれなかった」

『魔法を理解せぬ蛮族が……静かに聞く事すら出来んのか』

「ふふ、そもそも魔帝……だったか? その様な過去の遺物を恐れるとは。この世界の程度が知れるというものだ」

『同じ初参加国でも、礼節を弁えている日本国とイルネティア王国とは大違いだな。第2文明圏を好き勝手荒らし回っている事といい、下品極まりない』

 

 アガルタ法国のマギが彼女───シエリアを皮肉る。

 だが、動じる様子を見せない彼女に、マギは追撃をかける。

 

『そもそもお前達はつい最近2個艦隊を失っているではないか。よくもまあそこまで高圧的に出られるものだな』

「……」

 

 痛い所を突かれたのか、彼女の眉がピクリと動く。

 そして、マギの方ではなく話題に上がったイルネティア王国のビーリー侯の方へと向き、言った。

 

「……聞けば、第2次海戦の折にはそちらの軍は我が軍に手も足も出なかったとか。所詮は神竜が居なければ何も出来ない蛮族ではないか」

「おやおや、それは心外ですね。あの戦いは、言わば教育を受け始めたばかりの幼児と学院の教授が知識比べをする様な物。そんな戦いにおいて、そちらは飛行機械を3機も落とされている。

 異世界に来て、少し弱くなっているのでは無いですか? とても精強な軍とは言えませんね」

「何を……」

 

 苦し紛れに嘲笑しようとするも、逆に煽り返される。それにより彼女の額には青筋が何本も浮いていた。

 

「それに神竜が居なければ何も出来ない……確かにそうでしょう。しかし、それは逆に自らが神竜には勝てないと白状している様なものでは?

 ……我々は無駄な殺生は好みません。今! ここで!! 停戦を受け入れて下さい!!」

 

 ビーリー侯は畳み掛ける様に言い放った。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

こんなに真面目なモーリアウルさんが、少女にストーカー紛いの行為なんてする筈がないよなぁ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先進11ヶ国会議(中編)

今回は会議の続きと第零式魔導艦隊VSグ帝艦隊の前半戦です。
原作では第零式魔導艦隊(笑)だった艦隊の勇姿、ぜひご覧下さい


「停戦……停戦だと?」

「……」

 

 ビーリー侯の言葉に、彼女はすんと冷静になる。

 もしや、受け入れるつもりなのか……? そんな思いが沸き起こる。

 

 

「ふざけるな」

 

 

 しかし、そんな淡い期待とは裏腹に、返ってきたのはそんな言葉であった。

 

「そもそも、今回我々は"会議"などという子供の遊びをしに来たのではない!!」

 

「蛮族どもよ!! 我がグラ・バルカス帝国に従え!!」

 

 彼女は、各国の代表達が見つめる中そう叫ぶ。

 

「従った者には永遠の繁栄を約束しよう。だが、従わぬ者に待っているのは滅びのみだ!!」

 

 世界全てを敵に回す、この発言。

 そんな言葉に、各国の代表達は一瞬静まり返る。

 

「沈黙は反抗と見なすが、どうなのだ?」

『……正気ですか?』

 

 マギが言う。

 

『貴女方は本当に、全世界を相手にして勝てるとでも? たった一柱の神竜にも勝てぬ、そんな国が?』

 

 それは誰が聞いても嘲笑にしか聞こえないであろう。勿論、シエリアもそう捉え、彼女は怒りが噴き出すのを堪えるのに必死であった。

 だが、それと同時に「まあ、こうなるだろうな」とも思っていた。何せ、ここまで連戦連勝であったならば───本来の予定ではそうだった───ともかく、我々は2度負けているのだ。それも、この世界においては"文明圏外国"として蔑まれている国に。その国に住む、たった一頭の竜に。

 

「帝王様は寛大なお方だ。我らの真の力を知り、慌てて泣きついてきたとしても受け入れて下さるであろう」

 

 結局、その言葉には何も返さずに彼女はそう言い捨てると、足早に会場より出ていってしまった。

 そして、『マゼラン』に乗り込み、カルトアルパスからも去った為、残りの会議は10ヶ国で行う事になってしまうのだった。

 

 

───────

 

 

〈中央歴1642年 4月23日 神聖ミリシアル帝国 マグドラ群島付近〉

 

 神聖ミリシアル帝国海軍に所属する『第零式魔導艦隊』は、この日マグドラ群島近海にて訓練を行っていた。

 『第零式魔導艦隊』、この艦隊は別名『試験艦隊』とも呼ばれており、最新鋭の兵器が配備されている。

 少し前まではそれはミスリル級魔導戦艦であった。しかし今は新開発されたメールリンス式魔導魚雷であり、魔導電磁レーダーである。

 優秀な艦隊の海兵達は、この新兵器に慣れる為に日夜訓練を行っていた。

 

 

「レーダーに感! 9時の方向より速度27ノットで艦隊が接近中!! 距離32.4NM(約60km)、戦艦2、重巡洋艦3、軽巡洋艦2、小型艦5、計12隻!! あっ、速度が29ノットに上がりました!!

 反応より、機械動力船と思われます!!」

「何!? ムー国の船は……なるほど、グラ・バルカス帝国か」

 

 彼───第零式魔導艦隊司令官のバッティスタは、すぐにその結論に至る。何せ、今この世界の機械動力船でそれだけの速度を出せるのはグラ・バルカス帝国艦かイルネティア王国艦のみであり、王国には戦艦は今カルトアルパスにいる元ヘラクレス級戦艦『トワイライト』のみなのだ。

 因みに、第2次海戦にて鹵獲したオリオン級戦艦1隻はムー国に貸与されている為、現時点で王国が運用出来る戦艦は『トワイライト』1隻だけなのだ。まだグレードアトラスターの改修は終わっていなかった。もうじき終わるらしいが。

 

「総員、第1種戦闘配置。正体不明の艦隊は敵である可能性が高い」

 

 そして、彼はそう告げた。同じ内容の放送が全艦に流される。

 各艦上では警報が鳴り響き、海兵達が慌ただしく走り回る。

 

「近くに航空戦力はどの位ある?」

「群島の海軍基地にジグラント2が25機です」

「ううむ……例のジグラント4があれば良かったのだがな……」

 

 この第零式魔導艦隊には空母がいない。その為、航空支援が欲しければ近くの基地から貰うしかないのだ。

 

「例の空母……確か、マカライト級でしたか、あれがもう少し早く完成していれば良かったのですが……」

 

 部下が呟いたそれに、彼も頷く。

 

 『マカライト級航空魔導母艦』、それは新たに開発された『エルペシオ4』『ジグラント4』を運用する為に建造中の新型空母である。

 完成した暁には、まずこの艦隊に配備される予定であったのだ。

 

 だが、それは間に合わなかった。いずれ来ると思われていたグラ・バルカス帝国との初戦は、空母抜きで行う事になってしまった。

 

 

 少し時間が経過する。既に艦隊同士の距離は50kmにまで近付いていた。

 そんな時、グラ・バルカス艦隊にジグラント2の部隊が襲いかかる。

 

 しかし、対イルクス用に対空兵器を増設、強化していた為に次々と機は落とされていき、結局1発も命中させる事なく航空隊は12機まで数を減らして撤退した。

 

「なんという苛烈な対空砲火だ……」

 

 その様子を見ていたパッティスタは、ミリシアルのそれよりも遥かに苛烈な対空砲火に驚きを隠せない。

 

「……やはり、いち早く天の浮舟用魚雷を量産する必要があるな。急降下爆撃はリスクの割に効果が低すぎる」

 

 一応、航空機用の魚雷も開発されているのだが、それもつい最近でありまだまだ配備は進んでいなかった。

 

 

 と、その時。グラ・バルカス帝国艦隊の陣形が変化し、小型艦を前に出してくる。

 そして、それをする理由について彼は心当たりがあった。

 

「敵艦隊との距離が16.2NM(約30km)になり次第、主砲を一斉射せよ。目標は敵小型艦だ」

 

 以前の自分ならば、この様な命令は下さなかっただろう。しかし、今は小型艦でも魚雷で戦艦を撃沈させられる事が分かっている。

 

 距離32kmになった時、敵戦艦が発砲する。しかし、これも分かっていた事だ。

 敵戦艦───オリオン級戦艦の最大射程は35.5km。こちらの主砲よりも射程が長い事に慌てる兵士達に、彼は慌てずに指示を出す。

 

「水属性魔力障壁展開。総員、衝撃に備えよ」

「は……は、はい! 装甲に魔力注入!」

 

 ミスリル級魔導戦艦の装甲は、鉄とミスリルの合金である。ミスリルは魔力導率に優れており、魔力注入による装甲強化の効果が高いのだ。

 そんな装甲が淡く光り、装甲が強化される。水属性は対衝撃用、対物理衝撃用の土属性でないのは、敵砲弾には爆薬が封入されており、その場合水属性ならば軽減出来るからである。

 

 艦より100m程離れた位置に着弾、水柱が立つ。その巨大さが威力の高さを知らしめる。

 そうしている間に、距離が30kmにまでなっていた。

 

「よし。魔力障壁解除! 主砲一斉射!!」

「了解! 主砲発射ァ!!!」

 

 腹に響く音がし、次の瞬間には艦隊の3隻の戦艦から砲弾が発射される。魔導技術によって作られたこの砲より発射された砲弾は青白い尾を牽きながら飛翔し、敵小型艦の周囲に着弾する。

 

「敵艦への命中弾無し!」

「誤差修正プラス2度! 次弾魔力充填完了、主砲撃発回路への魔力充填90%、100%! 次弾発射用意完了!」

「次弾命中率48%まで上昇、発射まで5、4、3、2、1、発射!」

 

 こちらの方が装填速度は速く、敵艦隊よりも先に第2射を放つ事に成功する。

 

「敵艦、主砲発射!」

 

 が、それが着弾するよりも早くに敵艦隊より第2射が放たれる。

 それに呼応する様に再び魔力障壁が展開され、艦体が淡い光に包まれる。

 当たるなよ……パッティスタはそう祈る。

 

 

「主砲着弾! 敵小型艦2隻撃沈!!」

「「「おおおおおっ!!!」」」

 

 こちらが放った砲弾が敵艦隊へと到達する。

 再び上がる大きな水柱の中に、赤い光が2つ見えた。敵小型艦に命中したのだ。

 紙装甲の駆逐艦が38.1cm砲弾の直撃に耐えられる訳もなく、艦は真っ二つになって沈んでいった。

 

 そしてその直後、並走していたゴールド級魔導戦艦『ガラティーン』付近に大きな水柱が上がる。

 

「『ガラティーン』被弾! 喫水線付近に命中した模様!」

 

 『ガラティーン』の船体に穴が空き、そこから水が流れ込む。が、対魚雷防御用としてバルジを追加していた為にそこまで被害が拡大する事は無かった。

 

「敵艦隊、巡洋艦の射程に入りました!」

「よし、敵小型艦は巡洋艦に任せ、戦艦はこれより敵戦艦への攻撃に移る!」

 

 戦艦に続き、シルバー級重巡洋艦の20.3cm連装魔導砲やブロンズ級軽巡洋艦の14cm連装魔導砲が火を噴く。

 口径が小さい分、戦艦のそれよりも装填速度は速い。それらが全て敵駆逐艦に向けて放たれる。

 魚雷発射の為に突出していた駆逐艦は多数の水柱に囲まれ、堪らず投下予定地点より遥かに前方で魚雷を投下し、その直後には最後の1隻が撃沈された。

 

 また、戦艦の方も善戦していた。口径が大きく、装填が速い。対艦戦闘においてこれ以上に有利な点は無い。

 

 そして───

 

 

「小型艦部隊、魚雷投下!!」

 

 

 距離12kmにまで接近した時に、第零式魔導艦隊に所属し、今に至るまで生き残っていたリード級魔導小型艦6隻が速度を上げ、艦隊前方へと飛び出して新兵器、メールリンス式魔導魚雷を投下し、再び反転する。

 この魔導魚雷の射程は49ノットで約17km、39ノットでは驚異の32kmにまでなる。グ帝の53cm魚雷が45ノットで約6km、36ノットで約11kmだという事を考えると、その高性能ぶりが理解出来るだろう。

 因みに第2次大戦中に日本で開発された九三式酸素魚雷が49ノットで19.8km、36ノットで39.4kmである。酸素魚雷つおい。

 

 そんなこんなで、投下された魚雷は海中を進んでいく。

 グ帝軍人達は、その小型艦の動きから魚雷を発射したと判断、海面に注意する様伝える……が、それは恐らく徒労に終わるだろう。何せこの魔導魚雷は、雷跡を一切残さないのだから。

 

 そんな、偽青白き殺人者(ロングランス)が海中を進んでいく中、砲撃戦は続けられる。

 やがて、戦艦の猛攻を受けたオリオン級戦艦『プロキオン』が沈んだ頃、不利を悟ったのかグ帝艦隊は反転を開始した。

 

 

 それがいけなかった。

 反転を開始し、ミリシアル側に腹を見せたのが駄目だった。航跡は無く、魚雷は明後日の方向に行ったのだろうと油断していたのだ。

 

 

 オリオン級戦艦『ペテルギウス』の右舷に、巨大な水柱が4本立った。

 

「な、な、何が起こったッ!!?」

「右舷に破孔発生! お、恐らく魚雷かと思われますッ!!!」

「ば、馬鹿なッ!! 雷跡は無かった筈だぞッ!!?」

 

 艦橋にて、艦隊司令のアルカイドは柄にもなく狼狽える。

 そんな、有り得ない。彼は目の前の現状を認める事が出来なかった。

 雷跡を出さない魚雷、それに彼は心当たりがあったからだ。そして、それはグラ・バルカス帝国でさえ開発を諦めた代物。それが、こんな。

 だが、今艦がダメージを受けたのは事実。彼は何とか対応する。

 

「ダメージコントロール!!」

「だ、駄目です!! 破孔が大きすぎて塞げません!!」

「そ、そんな……」

「『ソーラ』、『ゾネス』に魚雷と思われる兵器、命中! 両艦共に沈没!!」

「な……」

 

 タウルス級重巡洋艦『ソーラ』、レオ級軽巡洋艦『ゾネス』の右舷にも同じ様に水柱が立ち、恐ろしい勢いで両艦は海中へと引きずり込まれていく。

 そして、『ペテルギウス』も同じ運命を辿ろうとしていた。

 

「傾斜復元、出来ません!!」

「司令! 退艦命令を!!」

 

 参謀が悲痛な声を上げる。既に艦はかなり傾いていた。

 

「ぐ……総員退艦!! 急げ!!」

 

 その命令で、乗員達が次々と海へ飛び込んでいく。が、時既に遅し。

 次の瞬間には艦は転覆。殆どの乗員、そしてグラ・バルカス帝国海軍東征艦隊司令アルカイドを道連れに沈んでいった。

 

 

 

「敵戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、それぞれ1隻ずつ撃沈!!」

「「「うぉぉぉぉぉっ!!!!」」」

 

 ミスリル級魔導戦艦『コールブランド』の艦橋内が歓声で沸き起こる。

 まあ、それも仕方ないだろう。実戦での使用は初めての兵器、魔導魚雷。これまではその効果に懐疑的な者が多かったのだ。

 しかし今、本来主に戦列艦相手に使われる小型艦4隻───2隻は発射前に沈められた───から放たれた計24本の魔導魚雷は、小型艦では太刀打ち出来ない戦艦や重巡洋艦を沈めた。これはとんでもない快挙であった。

 

「これが……魚雷か……」

 

 その様子を見ていたパッティスタは声も出なかった。一応、先にベルーノより色々と聞いてはいたのだが……

 

「まさかこれ程とは……」

 

 素晴らしい兵器だ。そう感心すると共に、もし魚雷の存在を知らず、敵小型艦を放置していれば自分達にあれが襲いかかっていたという事実に恐怖する。

 

 しかし、海戦に勝利したのは事実だ。

 今海戦の両艦隊の被害は、

 

〈神聖ミリシアル帝国〉

・沈没 小型艦4

・大破 戦艦1 重巡洋艦1 軽巡洋艦1

・中破 軽巡洋艦2 小型艦1

 

〈グラ・バルカス帝国〉

・沈没 戦艦2 重巡洋艦2 軽巡洋艦2 駆逐艦5

・大破 重巡洋艦1

 

 結局、グ帝側で最後まで生き残り撤退に成功したのは重巡洋艦1隻のみである。対して、こちらの沈没は小型艦4隻に留まった。誰が見ても勝利である。

 しかし、最新兵器を集めた艦隊で、しかも数の差もかなりあったのにも関わらず、こちらの戦艦が大破している。それに、パッティスタのプライドは傷付いていた。

 

「グラ・バルカス帝国……侮り難し」

 

 彼は改めてそう思うのだった。

 

 

 と、その時。

 

 

「対空魔導電磁レーダーに感あり!! 敵機大編隊接近!! 距離55NM(約101km)、数……に、200!!?」

「なっ!!? くっ、これが本命か!! 全艦対空戦闘用意!!」

 

 レーダー員が悲痛な報告を上げる。

 

 

 ここに、マグドラ群島海戦の後半戦が始まったのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがい三密GoTO5つの小よろしくお願いします

実は第零式魔導艦隊の被害も原作より増えてたり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先進11ヶ国会議(後編)

 後半戦から会議の続きまで。


「そんな……栄えある帝国艦隊が……」

 

 グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊所属の空母より飛び立った攻撃機隊の隊長、ハーガスは、眼下を行くボロボロの重巡洋艦を見て呟いた。

 

 敵は数でこちらを上回っていると聞いた。しかし、敵は神竜はともかくそれ以外は大した事がないと思っていたのだ。実際、これまで戦ったのは全て骨董品(戦列艦)ばかりであった。

 そんな世界で最強だなんだと言われている神聖ミリシアル帝国も、結局は弱いだろう、そう思い込んでいたのだ。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 敵の艦隊に襲いかかったこちらの艦隊は壊滅し、大破した重巡洋艦1隻を残すのみとなっている。

 

 

 敵は、強い。彼は認識を改めざるを得なかった。

 

「……だが、エアカバーも無い状態で200機だ。耐えられる筈がない」

 

 今頃敵艦隊では必死に対空戦闘の用意をしているのだろう。しかし、戦闘機も無しに対空砲のみでは流石に200機の猛攻は耐えられない。

 先程12機のプロペラの無い奇妙な航空機が襲ってきたが、そちらは大した性能ではなく、全機が護衛機に撃墜された。

 彼は冷静さを取り戻し、艦隊へと向き直る。敵艦隊まで残り25kmだ。

 

 

 ふと、敵戦艦が光る。

 

「は? ……ま、まさか!! 全機散開!! いそ───」

 

 次の瞬間には、彼の乗るシリウス爆撃機は他の爆撃機2機と共に、『コールブランド』の主砲より放たれた時限式対空砲弾の爆発に巻き込まれて撃墜された。

 

 戦いは、始まった。

 

 

───────

 

 

「敵機3機撃墜!!」

「次弾装填、急げ!!」

 

 魔導電磁レーダーより送られたデータを基に、主砲にて対空戦闘が行われる。

 

 近接信管は開発までに1年かかったのだが、時限信管は開発に大した時間も技術も必要ではなかった。その為、霊式12.7cm連装魔導高角砲と共に早い段階での実用化に成功していた。

 そして、戦艦や重巡洋艦などに順次設置されていたのだ。

 また、航空機による攻撃によって戦艦が沈む事が判明してから、対空魔光砲の強化、増設なども行われており、その防空能力は以前とは比べ物にならない程強化されていた。

 

 敵機が対空砲の射程に入り、各艦の高角砲も火を噴き始める。『コールブランド』も例外ではなく、艦体各所に設置された4基8門の12.7cm魔導砲が、新開発された高射装置から送られたデータを基にして照準され、発射する。

 艦隊上空は一瞬にして黒煙に覆われ、運悪く巻き込まれた敵機が落ちていく。

 

「敵機直上!!」

「対空魔光砲、発射ァ!!」

 

 シリウス爆撃機が『コールブランド』の上空に回り、急降下爆撃を試みる。

 それに対し、艦体より突き出たアクタイオン25mm連装魔光砲、第三世代イクシオン40mm8()()()魔光砲の砲口部に光が灯り、次の瞬間には無数の光弾が放たれる。

 高射装置の誘導に沿った射撃は、次々と敵機を叩き落としていく。

 対空魔光砲の砲弾には、その全てに爆裂魔法が付与されている。全てが薄殻榴弾の様な物なのだ。

 掠っただけでも爆発するそれは、シリウスの翼やらをへし折って撃墜率を高めていた。

 

 しかし、それでも全てを撃墜する事は出来ない。

 

「敵機、爆弾投下!!」

「面舵一杯!!」

 

 艦長であるクロムウェルが出したその指示で、『コールブランド』はゆっくりと方向を変える。

 それにより一発目は避ける事が出来たが、次に落とされた爆弾は避ける事が出来なかった。

 

「ぐぅぅ!! 被害報告!!」

「左舷高角砲大破、使用不能!!」

「ちぃっ!!」

「敵機撃墜12!!」

 

 投下された爆弾によって、左舷の高角砲一基が破壊される。しかし、敵機もそれなりに撃墜出来ている、それだけが救いであった。

 

 

「戦艦『クレラント』被弾、火災発生!!」

「重巡洋艦『ロンゴミアンド』被弾、被害甚大!!」

 

 次々と上げられる味方の被害報告。また、『コールブランド』の甲板もまたも被弾し、炎上している。

 だが、敵機もかなり撃墜出来ている。今のところ分かっているだけで艦隊全体で30機は落としている。

 これならば……! そう、彼が薄らと思い始めた。

 

 その時だった。

 

 

「レーダーが低空で飛ぶ敵機を察知!! 数85!!」

「なっ……い、いかん!!」

 

 低空で飛ぶ。この期に及んで水平爆撃などと判断するつもりは無い。

 

「魚雷かァッ!!!」

 

 対空砲が低空飛行する敵機に向けられる。

 無数の黒煙や光弾がリゲル雷撃機を絡め取り、海上へと叩き落としていく。

 

 だが。

 

「敵機、魚雷投下!!」

「回避運動!! 右舷に魔力注入、装甲強化!!」

 

 落としきれなかったリゲルより、無数の魚雷が投下される。

 それらは白い航跡を引きながら、ゆっくりと旋回する『コールブランド』へと向かっていき、やがて淡く光る右舷に2つの水柱が上がる。

 艦は激しい揺れに襲われ、破孔より大量の水が流れ込む。

 

「ぐっ……被害状況は!!」

「右舷3箇所に破孔発生!!」

「左舷注水開始!!」

 

 左舷に注水され、艦の傾きが治っていく。

 『コールブランド』が初めて体験する魚雷の威力は、乗員を不安にさせるのに十分だった。

 

 

 結論から言うと、第零式魔導艦隊は壊滅した。ただし『コールブランド』、及びシルバー級重巡洋艦『レフィリー』はボロボロになりながらも生き残り、数少ない生存者を救出してマグドラ群島海軍基地へと帰投した。

 また、艦隊全体でグラ・バルカス機を計59機は落としており、圧倒的戦力差の中これを成し遂げたのは快挙と言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、その後海軍基地は爆撃を受け、壊滅した。ただし両艦共に被弾しつつも沈没には至らなかった。この事から、彼女らは幸運艦と呼ばれる事になる。

 

 だが、最強たる第零式魔導艦隊、及び海軍基地が壊滅した事には変わりない。

 この事はすぐにルーンポリスへと伝えられ、一先ず外交団には避難を呼びかける事が決定された。

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス〉

 

『これより、先進11ヶ国会議実務者協議を再開します』

 

 そう告げる議長のリアージュは、ひどく顔色が悪かった。この事から、何かとんでもない事が起こったのだろうとビーリー候は察する。

 

『本日は朝から欠席しており申し訳ありません。議長国の神聖ミリシアル帝国より皆様に連絡がございます。

 先日、グラ・バルカス帝国の艦隊がマグドラ群島に奇襲を仕掛け、この事で地方隊が被害を受けました』

 

 第零式魔導艦隊が壊滅した、というのは伏せ、あくまでも被害を受けたのは地方隊であるという事にしておく。

 

『カルトアルパスには魔導重巡洋艦8隻、及び天の浮舟も警備に付きますので問題はありませんが、万が一という事もございます。

 よって各国の皆様には全艦隊を引き揚げて頂き、会議場をここより東のカン・ブリッドに移したいと思います。事前に通告していた場所とは異なりますが、ご理解頂きたい』

 

 彼がそう言うと、会場は一瞬の沈黙に包まれる。

 神聖ミリシアル帝国は自他ともに認める世界最強だ。そんな国がここまで言うのだから、と文明国は危機感を覚える。

 

 

 だが、ここで1人の男が立ち上がり、言った。

 

『あの無礼な輩が襲って来るからといって、世界の強国たる我々が尻尾を巻いて逃げるというのですか? その様な事、我らが許しても世論が許してくれませんよ。

 ここにいる皆様はそれぞれが最新鋭の艦隊を連れて来ているのです。たかが文明圏外国が1国、捻り潰せる筈です。我々は堂々と会議を続け、こちらの艦隊が哀れなグラ・バルカス帝国艦隊を撃滅するのを紅茶でも飲みながら見ていれば良いのですよ』

 

 その男とは、アガルタ法国のマギであった。

 なんて馬鹿な事を、と思うかもしれないが、実はグ帝の脅威はミリシアルとムー以外にはイマイチ伝わっていないのだ。つまり、未だここにいる多くの者達のグ帝へのイメージは、『列強最下位を潰していい気になってる文明圏外国』のままなのだ。

 そんな国が攻撃してくるからといって、最新の艦隊を随伴させた自分達が逃げる訳にはいかず、もし逃げたとすれば国内外からの非難に晒されるだろう。

 

 その後、彼の意見にマギカライヒ、トルキア、パンドーラ、そしてエモールが賛成し、移動は取りやめという空気が流れ始める。

 ビーリー候は反対したが、所詮元は文明圏外国、意見が通る事はなかった。

 

 

 結果として、このままここで会議を続ける事となったのだった。ただ、アニュンリールのみは『戦力にならない』として帰国した。

 そして、誰もそれを咎める事はなかった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがい三密GoTO5つの小よろしくお願いします

8連装40mm機銃……ポンポンポンポン鳴りながら発射してそう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(前編)

新年初投稿です


〈中央歴1642年4月25日 神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス〉

 

『マギカライヒ共同体機甲戦列艦隊、出港!!』

『アガルタ法国魔法船団、出港!』

 

 世界の中心たる神聖ミリシアル帝国、その港より、無数の船が出港していく。それらは全てが(この世界基準では)強力な船であり、勝てる者などいないだろう。

 

『ムー国機動部隊、出港!!』

 

 この世界では珍しい、完全な科学技術によって造られた艦隊が煙突より黒煙をもうもうと吐き出しながら出港する。

 空母や装甲巡洋艦を有したその強力な艦隊の先頭を走るは、ムー国最新鋭の戦艦、『ラ・カサミ』だ。その外見は、日本人が見ればあの『三笠』であると思うだろう。実際は、対空兵装など違う部分もあるのだが。

 

『イルネティア王国艦隊、出港!!』

 

 次に出港したのは、今回が初参加となるイルネティア王国の艦隊だ。完全科学製であり、ムーと同じく煙突より煙を吐き出している。

 だが、その外見は大きく違い、重巡洋艦でさえ『ラ・カサミ』よりも大きい。

 また、その先頭を進む戦艦『トワイライト』はこの中のどの艦よりも力強く、また巨大な砲を装備している。

 

『日本国巡視船、出港!』

 

 最後は日本国の船だ。戦場に似つかわしくない白い船。

 甲板上にも目立つ砲は見えず、一体どうやって戦うのかすら判断出来ない。

 しかし、あの列強パーパルディアを下した国の船である。恐らくは凄いのだろう、殆どの人間はそう考えていた。

 

 

 そんな船『しきしま』の船長、瀬戸は、先行する各国艦隊の後ろ姿を見つめていた。

 

「まさか巡視船で大和と戦う事になるとは……こうなる前に、勝手に逃げておけばよかったな」

「そういう訳にもいかないでしょう。日本国という看板を背負っている以上、外交官殿達の顔に泥を塗れば懲戒処分ものですよ」

 

 部下はそう、皮肉げに返す。

 

「しかし、他の船は殆どが戦列艦か……」

「相手は第二次世界大戦レベルの艦艇です。戦力になるのは神聖ミリシアル帝国の重巡洋艦、ムー国艦隊、あとはイルネティアの艦隊くらいでしょうか」

「だろうな。特にあの長門擬きと翔鶴擬きは心強い……積んでるのがワイバーンとかでなければ」

「ははは、有り得そうで怖いです」

 

 彼らは恐怖を笑って誤魔化す。しかしながら、この状況において長門を見、かなりの心の支えになっているのも事実であった。

 昔の軍人達もこんな気持ちだったんだろうな、と。

 

 今回の臨時連合艦隊の戦力は、以下の通りだ。

 

・日本国(第3文明圏外)

 巡視船1隻

・パンドーラ大魔法公国(第3文明圏)

 魔法船8隻

・ムー国(第2文明圏列強)

 戦艦2隻、装甲巡洋艦4隻、巡洋艦8隻、空母2隻

・マギカライヒ共同体(第2文明圏)

 機甲戦列艦7隻

・イルネティア王国(第2文明圏外)

 戦艦1隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、正規空母1隻

・トルキア王国(中央世界)

 戦列艦7隻

・アガルタ法国(中央世界)

 魔法船6隻

 

 あとここに、神聖ミリシアル帝国の魔導重巡洋艦8隻と航空隊、そしてエモール王国の風竜騎士22騎が加わる。

 計59隻にもなる大艦隊。技術の差はあれど、下手な文明国であればこれだけで滅ぼせる程の戦力だ。

 また、エアカバーも世界最強たる風竜騎士団、及び列強第1位のミリシアルの天の浮舟が行う為、各国の者達は安心し切っていた。

 

 

 

 一方その頃、カルトアルパス近郊にある神聖ミリシアル帝国海軍飛行隊基地にて。

 ここでは、接近していると思われる敵機に対抗する為に戦闘機の発進準備が進められていた。

 

「これが『エルペシオ4』か……全然違うな」

 

 基地司令が、目の前にて準備が進められている新型戦闘機───改良しただけなので純粋にそうとは言い難いが───である『エルペシオ4』を見て、そう呟く。

 その見た目は、()()()()()()()が見ればちぐはぐな物であった『エルペシオ3』とは大きく違い、それなりに力学に沿ったデザインとなっている。この世界の住民にとってはどちらも"先進的なデザイン"であるのだが。

 

「ええ、3から最高速度は200kmも上昇しました。その分機動力は落ちましたが、そこは速度でカバー出来るかと。

 第零式魔導艦隊の生存者からの情報によれば敵爆撃機は『ジグラント2』では追い付けていなかった様ですが、3ならばともかく、4ならば大丈夫でしょう……ただ1つ懸念があるとすれば、数が少ない事ですね」

「3が16機、3の第1次改装型(エンジンを少し弄った物。最高時速630km。通称エルペシオ3改)が26機、4が5機か……確か、艦隊を襲った敵機は200機だったな?」

「はい。60機程撃墜したそうですが……」

「それでも100機は来るだろう。あとは風竜が22騎に雷竜が15騎か。確かムー国の新型機もいるんだったか」

「『スカイ』ですね。見た目はグ帝の物とあまり変わりませんが、どちらの方が性能は高いのでしょうか」

 

 この1年間で軍事技術が向上したのは何も魔法文明のみではない。ムー国も、イルネティア王国より貸与されたオリオン級戦艦や、ペガスス級空母に積んであった補用の航空機などを解析していたのだ。

 寧ろ、同じ技術系統によって作られている為、ミリシアルよりも解析は容易であった。

 

 そして作られたのが、新型戦闘機『スカイ』だ。これはムー国初の単葉機であり、最高時速は430km/h。『アンタレス』より遅いが、マリンで戦うよりかはマシだろう。

 

「うむ、まあこれだけあれば大丈夫か……」

 

 戦力になるであろう航空戦力が、合わせて100機以上いる。これならば……そう、彼が思ったその時であった。

 

 

『敵機確認!! 距離70.2NM(130km)、数200!!』

「な、そんな馬鹿な!!?」

 

 敵の規模が判明した。その数は、第零式魔導艦隊を襲ったのと同じ200。こちらの2倍だった。

 

「て……敵は一体、何隻の空母を持ってきているんだ……」

 

 彼は唖然とした。200機中60機が落とされたのにも関わらず、またも200機を出してきたのだ。

 これで全戦力だと仮定するならば、敵は少なくとも260機を連れてきている事になる。

 

 

 今回、グラ・バルカス帝国は計6隻もの空母を連れてきていた。正規空母であり、搭載機数84機のペガスス級2隻、そして新たに建造された、搭載機数35機の護衛空母、『イーグル級護衛空母』が4隻である。

 搭載機数は計308機。補用を除いても284機である。

 帝国は、転移した直後から駆逐艦、及び小型空母を大量に造船所に発注していた。戦列艦相手に戦艦や大型空母は過剰戦力であり、燃料の無駄だと判断されたのだ。

 両者共に、余りの建艦スピードからそれぞれ"日刊駆逐艦"、"週刊空母"などと呼ばれ、既にその"週刊空母"こと『イーグル級護衛空母』は30隻が就航していた。圧倒的な国力を誇るグラ・バルカス帝国だからこそ出来る所業(グ帝プレイ)である。

 

 そして、その護衛空母は本来の目的───対ワイバーン用に小艦隊に随伴させる───ではなく、失った4隻の正規空母を補う為に使われる事となったのだった。

 

 

 

「発艦準備急げーー!!」

 

 敵機接近との報告がミリシアルより寄せられた各国艦隊は、その空母より次々と航空機や飛竜を発艦させていく。

 ムー国空母からは最新戦闘機『スカイ』、そして型落ちとなってしまった『マリン』が。

 地上基地からは天の浮舟『エルペシオ4』や『エルペシオ3』、()世界最強たる風竜騎士が。

 

 そして、イルネティア王国空母からは、今回が正式には初戦闘となる雷竜騎士団が発進していた。

 

 

「あ、あれは!!!」

「知っているのか、船長?」

 

 その様子を見たアガルタ法国船の船長は、飛び立った黒い竜に目を剥いた。

 

「あれは竜人族でさえ調教が叶わなかった属性竜、雷竜ではないか!! な、何故その様な種族をイルネティア王国が!!?」

「な!!? ……やはり、神竜か」

「ぐうぅっ……我が国にも神竜がいれば……」

 

 彼らは有り得ない仮定を話しながら、敵へと向かっていく航空隊を見つめるのだった。

 

 

「ワイバーン……じゃないな。何だあの竜」

「ガハラにいた風竜とも違いますね。何なんでしょう」

 

 『しきしま』にて、瀬戸と部下が雷竜を見て首を傾げる。

 

「ただ、普通のワイバーンよりも強力そうです。これはもしかしたら、もしかするかもしれませんよ」

「そうなら良いんだがな……」

 

 2人はあまり抱いていなかった期待を、少しだけ膨らませるのだった。

 

 

 飛び立った飛行戦力は、『エルペシオ3』16機、『エルペシオ3改』26機、『エルペシオ4』5機、『スカイ』10機、『マリン』10機、風竜22騎、雷竜15騎だ。

 計104機の大編隊。しかし、これでもなお敵の半分しかいない。

 

 空を飛ぶ彼らは、迫り来る恐怖を堪えながら、カルトアルパスを襲おうとする200機へと向かうのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがい三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(中編①)

長らくお待たせ致しました。まだ受験は終わっていませんが、一先ずフォーク海峡海戦が一通り書き終わったので5話毎日更新します


 フォーク海峡上空を、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊の第1次攻撃隊が飛ぶ。一糸乱れぬその飛行からは彼らがよく訓練された精鋭だという事が分かる。

 アンタレス型艦上戦闘機100機、リゲル型艦上雷撃機50機、シリウス型艦上爆撃機50機の計200機。その内、アンタレス30機は残り170機の上空を飛び、来たる戦闘に備えていた。

 

 その30機の先頭のアンタレスに乗る、第1次攻撃隊護衛隊隊長のアークウェストは、戦闘直前であるというのにも関わらず気を緩ませていた。

 どうせ今回の敵も雑魚だろう、彼はそう思っていた。いや、この攻撃隊の全員がそう思っている事だろう。

 

「敵艦の対空攻撃は脅威だが、敵機は雑魚ばかりだ」

 

 あの第零式魔導艦隊とかいう大層な名前の敵艦隊を攻撃した者達は、皆口を揃えてそう言う。

 かくいう彼も、あの時護衛のアンタレスに乗り、迎撃に来たミリシアル機を返り討ちにしていたのだ。

 

 あの時彼らが戦ったのは『ジグラント2』で、最高速度は510km/h。

 なるほど、確かにアンタレスにとっては雑魚だろう。速度もそうだが、何よりも天の浮舟はジェット機であり機動力が弱いのだ。速度でも機動力でも負けて、ジグラント2がアンタレスに勝てる訳がない。

 

 だが、そもそもジグラント2はマルチロール機、要するに爆撃機である。

 それに対し、今回彼らの元へ来ているのは制空戦闘機。最高速度530km/hの『エルペシオ3』だけならば何とかなっただろう。

 しかし、今回向かってきているのはその大半が最高速度630km/hの『エルペシオ3改』。更に、最高速度730km/hの『エルペシオ4』が5機いるのだ。到底油断していい相手ではない。

 

 更に更に、敵はミリシアルのみではない。速度でも機動性でも勝る雷竜騎士が15騎存在する。まともにぶつかれば敗北を喫してしまう敵がいるのだ。

 

 

 今、彼の眼下には雷竜とエルペシオ3、そしてエルペシオ3改の計3()7()機が飛んでいる。

 と、ここで彼は致命的なミスをした。

 

トカゲ(ワイバーン)ロケット花火(天の浮舟)が40機弱か。えらく数が少ないな、俺達を舐めてるのか?」

 

 そう、雷竜をワイバーンだと勘違いしてしまったのだ。何故か体が紫色に光っていたり、速度がかなり速かったりとすぐに分かる違いがあるというのに。

 

「よし、じゃあ全機……ん?」

 

 そんな事は露知らず、彼は率いる全機に急降下しての攻撃を命じようとする。

 

 が、その時。ふと上から殺気を感じた。

 

 

「なん……っ!!! 上だァっ!!!」

 

 

 彼が空を見上げたその時、護衛隊の隙間を何かが高速で通り過ぎていく。

 次の瞬間には、激しい爆発音と共に5機のアンタレスが墜ちていった。

 

「なっ、く、クソッ!!」

 

 奇襲を仕掛けようとした側が、逆に仕掛けられる。

 仲間を殺された怒り、栄えあるグラ・バルカス帝国の戦闘機が上を取られたという事に対しての屈辱。それらが一度に込み上げてくる。

 彼の顔が表現し難い表情に歪む。

 攻撃隊の方にも敵機は行っていたが、数も少なく、しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼はそう判断し、スロットルを上げて奇襲を仕掛けてきた敵機を追った。

 

 後の世で、フォーク海峡海戦と呼ばれるこの海戦は、まず神聖ミリシアル帝国軍の『エルペシオ3改』20機、『エルペシオ4』5機の計25機による奇襲から始まった。

 

 

───────

 

 

「作戦は成功だ!! 全騎俺に続け!!」

『『『おおおお!!!』』』

 

 上空に居た敵機に、ミリシアル機が攻撃を仕掛ける。それを見たイルネティア王国軍雷竜騎士団団長のグラーフ・アンティリーズは魔信にそう叫び、眼下を飛ぶ敵攻撃隊へと降下する。

 それに他の雷竜騎士、そして『エルペシオ3』16機と『エルペシオ3改』6機も続く。

 

「よしッ……テェ!!!」

 

 彼のその号令で、雷竜達が一斉に雷光を放つ。それに呼応してエルペシオからも光弾が放たれる。

 15本の雷に、22機分の12.7mm魔光弾。それらは飛行していた攻撃隊を貫いた。

 魔光弾が命中したリゲルの翼はもげ、アンタレスの機尾は弾け飛ぶ。

 雷光が命中したシリウスは、機体からプスプスと煙を上げ、静かに墜ちていく。機体に目立った損傷は無いが、コックピットの中の人間はその高電圧に耐えきれず一瞬で絶命していた。

 

「全騎突撃ィィィィ!!!」

「雷竜に負けるな!! 攻撃開始ィィッ!!!」

 

 墜ちていく10数機。それを尻目に雷竜とエルペシオが攻撃隊の中へと突撃する。それを迎え撃つは、世界連合に先手を取られた形となった護衛のアンタレス70機だ。

 

 

 雷竜の巨体を絞らせ、速度を上げる。

 

「リーブス、気を付けろッ!!」

『分かってる!! 馬鹿にすんなッ!!!』

 

 そして、前方より向かってくるアンタレスの機銃弾を躱していく。数発は掠っていたが、雷竜の硬い鱗の前には無意味であった。

 

「テェ!!」

 

 そんな1騎と1機がすれ違う───直前、彼の乗騎であるリーブスの口より雷光が放たれ、直後にすれ違う。放たれた雷光は、正確に敵を捉えていた。

 高圧電流が機体の中を駆け巡り、パイロットを絶命、炭化させる。操り手の居なくなった機体は制御を失い、墜落した。

 

「墜とせる……墜とせるッ!!!」

 

 この日の為にやってきた数々の訓練、それが報われた瞬間であった。光弾と雷の飛び交う中彼は一瞬だけ歓喜し、次の瞬間には味方を追っていた機体(次の標的)へと目を向けていた。

 

「よしッ!!! 次だッ!!!」

 

 

 

『後ろに付かれた!! 誰か助け』

『は、速い!! 追い付けねェ!!!』

「クソッ!! コイツら、今までの奴とは違う!!!」

 

 一方その頃、パイロットのレマークは自らが操るアンタレスの中でそう毒づいていた。

 目の前に広がる景色は、彼が戦闘直前まで思い浮かべていた物とは大きく異なっていたからだ。

 

「帝国はッ、アンタレスは最強の筈だッ!!!」

 

 出しうる最高速度でプロペラの無い妙な機体(エルペシオ3改)を追う。が、一向に追い付けないばかりか逆に離されていく。

 と、そこでゾクリと悪寒が走り、彼は無我夢中で操縦桿を傾ける。その隣を無数の光弾、そして敵機が通っていった。

 

「クッ、ソがァァァァ!!!!」

 

 彼はその機体を追い、背後に付く。今度は何とか追い付く事が出来た。

 すかさず、機銃を発射する。放たれた7.7mm弾はその機体に命中する。

 

「は、ははは!!! やはり帝国は最強だァ!!!! ハハハハハハ!!!!」

 

 黒煙を吹いて墜落していくエルペシオ3(引退直前の最新鋭機)を見ながら、彼は狂った様に嗤う。

 

 次の瞬間には、上空より降ってきた魔光弾がコックピットを破壊、貫き彼に命中した。

 

 

 

「クソっ、クソっ、クソォっ!!!」

 

 リゲルを操縦するアーディスは今、恐怖に駆られていた。操縦桿を握る手がプルプルと震える。

 後ろには怯えた顔をした機銃手が7.7mm機銃を連射している。隣では同じく飛んでいたリゲルが今まさに()()()()()に切り裂かれ、墜落していった。

 

 そう、今彼らは遅れて来た風竜騎士団に襲撃されていた。

 生物でありながら500km/hもの速度で縦横無尽に飛ぶ風竜は、最高でも380km/h程でしか飛べないリゲル型艦上攻撃機には正に天敵であった。

 護衛のアンタレスは雷竜とエルペシオに妨害され、また数機が振り切って来るものの、圧倒的な機動力に翻弄されて撃墜される。多数対少数ならば分からないが、極小数対少数ならば負ける筈もない。

 

 今、風竜騎士団を阻む者は誰もいない。

 こうして彼らは次々と風の刃に切り裂かれ、撃墜されていった。

 

「あ……」

 

 そしてアーディスも、他のパイロットと同じ運命を辿ったのだった。

 

 

 

「くっ、まさかこんな事に……」

 

 シリウス型艦上爆撃機に乗るコールスは、味方の惨状に顔を歪ませる。

 鈍足のリゲルとは違い、最高時速550kmのシリウスはなんとか風竜の襲撃から逃れる事に成功していた。

 

「何とか爆弾を当てなければ……ヘラクレスを狙うぞ!! 俺に続け!!」

 

 まさか蛮族───自分を保つ為に言っている───相手におめおめと逃げ帰る訳にもいかない。せめて一矢報いたい。

 そんな彼が見つけたのは、1年前の海戦でイルネティアに奪われたヘラクレス級戦艦であった。

 

 その号令に、彼に従う20機のシリウスは件の戦艦『トワイライト』へと接近するのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

次の更新は2/5の夜6時です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(中編②)

今回はあの魔法が活躍します


〈ヘラクレス級戦艦『トワイライト』〉

 

「敵機の一部が迎撃隊を抜けました!! 0時の方向、数20!!」

「来たか……主砲対空砲弾装填!! 全艦、対空戦闘用意!!」

 

 イルネティア王国艦隊旗艦『トワイライト』。その艦橋にて、本艦隊司令のレイヴェル・ディーツはそう指示を出す。

 

「ムー国航空隊、迎撃に向かいます……突破されました」

「……」

「主砲装填完了!!」

 

 エルペシオ、雷竜騎士団や風竜騎士団、それらを振り切ったシリウス型艦上爆撃機20機。その性能や外見は旧大日本帝国海軍の使用していた爆撃機『彗星』に酷似しており、最高速度は驚異の552km/hである。

 それに対し、ムー国の最新鋭機『スカイ』は固定脚の単葉機で、最高速度は432km/h。マリンよりはマシだが、振り切られるのも当然であった。

 今もレーダー上で追い付こうとしているが、その距離はどんどん離されており、やがて諦めて他の攻撃機の方へと向かっていった。

 

 そしてそれは賢明な判断だ。あのまま追っていれば、各艦の対空砲火に巻き込まれていたであろう。

 

「照準ヨシ!」

 

 やがて、艦前方の2基の41cm連装砲が敵機への照準を完了する。

 

 

 「撃ち方始めェ!!!」

 

 

 現状、世界で2番目に巨大な砲が火を吹いた───

 

 

───────

 

 

「ぐっ、ぐうぅっ……!」

 

 ガタガタ、と揺れる機体。感じる浮遊感。周囲を取り囲む濃密な曳光弾に、視界を埋め尽くす程の黒煙。今もその爆発に巻き込まれて1機が墜ちていった。

 そんな中を、シリウスに乗るコールスは飛ぶ(落ちる)

 目指すは敵に奪われたヘラクレス級戦艦。帝国の威信にかけて撃沈しなければならない、本作戦における最重要目標。

 そんな艦に、抱える500kg爆弾を当てる為に彼は急降下していた。

 

「蛮族の癖に、使いこなすのが随分と早いなァ!」

 

 たった1年、1年だ。その僅かな期間で、敵は帝国の兵器を完璧に使いこなし、これ程の対空砲火を実現している。

 恐らく、元から練度が高かったのだろう。これ程の兵士を戦列艦に乗っている内に倒せなかったのは残念としか言い様が無い。

 

 次々と撃ち上げられる機銃弾。周囲の艦からも撃たれ続け、既に生き残っているのは彼の乗る1機のみとなっていた。

 そんな彼の機も所々を弾が掠り、ボロボロとなっている。

 

「……だが、まだ飛べる。爆弾は無事だ」

 

 何としても当ててやる。彼は操縦桿を握り締める。

 高度計の針が動く。高度900、800……500。通常であれば投弾する高度。だが、まだだ。

 

「……今だッ!!!」

 

 そして、投弾。高度は300。通常よりも圧倒的に近い距離で爆弾を投下する。

 

「ぐっ、ぐううぅっ!!!」

 

 操縦桿を引き、機体を引き起こす。が、無数の弾が掠り、既に満身創痍であった機体だ。

 耐えきれずに右翼が折れ、動きが乱れた所を『トワイライト』の25mm機銃が捉えた。

 

 撃ち抜かれ、空中に放り出されるコールス。そんな彼の視界に、

 

 

「……よし」

 

 

 自らが投下した500kg爆弾が、『トワイライト』に命中する瞬間が映る。

 彼は満足げに笑い、次の瞬間には海に叩き付けられた。

 

 

 シリウス型艦上爆撃機20機による攻撃は、『トワイライト』に対して500kg爆弾1発を命中させるという戦果を上げ、代わりに20機全てが撃墜されるという結果に終わった。

 高性能爆撃機20機による攻撃にしてはかなり軽微な損害であった。

 

 

 

「ダメだ! 少数でやっても撃墜される!!」

 

 一方こちらは、漸く迎撃隊から逃れる事に成功したシリウスに乗るハリス。彼はイルネティア王国艦隊に攻撃を仕掛けた爆撃機隊の惨状を見てそう結論付ける。

 そもそも、シリウスによる爆撃ではどうやっても戦艦を仕留める事は出来ないのだ。艦載機での戦艦撃沈が可能になったのは雷撃機が開発されたからなのだから。

 しかし、肝心のリゲルはその鈍足さ故に旧式の単葉機(スカイ)にすら撃墜されており、全滅も間近である。

 

「……」

 

 どうする、どうすれば。どうすれば爆撃機でこの世界の列強(ミリシアル)の面子を潰せる。彼は頭を回し続けた。

 

 そして、体感1時間、現実では数秒にも満たない時間で、彼はある方法を思いつく。

 

 

「生き残った機は俺に続け!! 攻撃目標を戦列艦に変更する!!」

 

 

 そう、近代艦ではなく、旧時代の戦列艦への攻撃である。

 

 この世界は技術格差が凄まじく、未来的なデザインの艦が進む隣に、側面にズラズラと砲を並べた戦列艦が帆を張って進んでいるのだ。

 これはこれで中々に良い景色ではあるが、今はただの的にしか見えなかった。

 何せ、戦列艦である。情報によれば、このレベルの国の対空兵器といえば弓かマスケットを空に向かって放つ程度らしい。そんな物にシリウスが撃墜される筈がない。

 彼はそう考え、機首をイルネティア王国艦隊やミリシアル艦隊から離れた場所にいた戦列艦隊、アガルタ法国艦隊へと向けた。

 

 

 ……だが、この時、彼はここが異世界である事を失念していた。

 ここは異世界であり、魔法という物が存在する。魔法とは、魔力というインクを使って世界という小説に書き加える、所謂現実改変能力だ。

 

 そんな魔法を使えば、時に科学世界では想像もつかない様な事を起こす事が出来るのである。そう、例えば───

 

 

 

「ミリシアルより通信、敵機8機が此方に向かってきている様です!!」

「そうか……」

「どう、しますか?」

 

 アガルタ法国艦隊旗艦『アールヴ』。その通信士が、艦隊司令である()()に声を掛ける。

 その女性───アガルタ法国艦隊司令であり、大魔導師であるエルフのシルフィ・ショート・バクタールは少し考え、そして告げる。

 

「……艦隊級極大閃光魔法を使う。全艦、六芒星隊形に移行!」

「了解! 全艦、六芒星隊形へ移行!!」

 

 通信士が魔信機にそう叫ぶと、法国の魔法船が移動し、艦で正六角形を作り出す。その間に彼女は自らが持つ特殊な杖を甲板に突き立て、詠唱を開始する。

 まるで歌の様なその詠唱が始まるやいなや、無数の魔法陣が彼女を取り囲む様に浮かび上がる。

 続いて魔法船自体が浮かぶ海面にも巨大な五芒星魔法陣が現れる。それは6隻全ての魔法船下部にあり、それらが現れると同時に魔法船同士が線で繋がり、六芒星魔法陣が形成される。

 六芒星は悪魔を呼び、五芒星は悪魔を祓う。簡易型六芒星魔法陣によって異次元より召喚された擬似悪魔は周囲の五芒星魔法陣によって圧縮される。

 

 その圧縮された悪魔は逃げ場を求める。だが、周囲を抑えられている今、逃げる場所は何処にもない。

 やがて───

 

 

「薙ぎ払え!!!」

 

 

───限界を迎えた悪魔は、死ぬ。

 悪魔は、死ぬ時に膨大なエネルギーを放出するのだが、それに指向性を与える事に成功したのがこの"艦隊級極大閃光魔法"である。

 

 擬似悪魔の成れの果て、極太の閃光が今、接近する敵機へと放たれた。

 

 

───────

 

 

「敵機がアガルタ法国艦隊へ向かった!?」

 

 時は少し遡り、数分前。敵戦闘機隊を殆ど殲滅し、続いて爆撃機へと攻撃を仕掛けていたグラーフの元にそんな魔信が届く。

 

「ま、マズイ!!!」

 

 それを受け取った彼は顔を蒼白にし、急いでアガルタ法国艦隊へと騎首を向ける。

 もし狙われていたのがミリシアルやイルネティアの艦隊であったならば、ここまで焦る事もなかっただろう。何せ彼らの対空能力は随一であり、下手に近付けば逆に巻き込まれかねないからだ。

 

 が、他の文明国は別だ。

 彼らの対空兵器は未だにマスケットやルーンアローであり、そんな物では万が一にも敵機を墜とす事は出来ないであろう。近付かれれば、確実に撃沈される。

 先を見据えれば、ミリシアルの膝元で文明国の船が撃沈される、なんて事は無い方が良い。

 

 そんなこんなで彼は雷竜を駆り、敵機へと向かった。

 

 

『こちらアガルタ法国艦隊。只今より"艦隊級極大閃光魔法"を使用する。友軍機は直ちに退避されたし。繰り返す……』

 

「か、艦隊級極大閃光魔法?」

 

 そんな時、魔信機から告げられたその言葉。艦隊級極大閃光魔法、聞き慣れない単語に彼は首を傾げる。

 だが、退避しろと言われたのは事実だ。彼らある程度の距離をとってホバリングする。

 

 

「なっ!?」

『これは……凄まじいな』

 

 

 次の瞬間、戦場の空を巨大な閃光が薙ぎ払った。禍々しくも美しい、そんな光が駆け巡り、射線上にいた敵機は粉砕される。

 そんな様子を見て、彼とリーブスは呆然とする。が、

 

 

「あっ、ま、マズイ!!」

 

 

 光は永遠には続かず、寧ろ短い間で尽きてしまった。勿論敵機は殆ど墜とせたが、1機だけ、破壊を逃れて艦隊へと向かっていた。

 それに我を取り戻した彼はすぐにリーブスに指示を出して加速する。

 

 

 

「……っ、はぁ、はぁ……」

 

 魔法を撃ち終えたシルフィ以下魔導師達はその場にへたり込む。

 法国の魔法船には魔導機関が装備されているが、そこから生み出される魔力を制御するのは彼女ら魔導師なのだ。そして、それにはかなりの体力を要する。

 そもそもこの魔法は未だ試験段階である。完成すれば少しはマシになるのだろうが……

 

「し、司令!! 敵機が!!」

「なっ!?」

 

 その声に、彼女が空を見上げる。

 そこには、今まさに爆弾を投下せんとする爆撃機がいた。

 

 仕留め損なった。ああ、死ぬのか───時の流れが遅くなる中、彼女は呆然と機を見つめ続ける。

 

 

───ふと、光が走った。

 

 

「……っきゃあ!?」

 

 

 突然爆撃機がフラフラとする様になったかと思えば、その直後にその機を隣から突っ込んで来た黒竜が蹴り飛ばす。その際に生まれた風に押され、変な声を出してしまう。

 蹴り飛ばされた敵機は『アールヴ』のすぐ脇の海に突っ込んで行った。

 

「な、何が……」

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには所々が紫色に光る黒竜が居た。それには男が乗っており、彼らが件の雷竜騎士だという事が分かる。

 余程急いで来たのか、2人とも肩で息をする。が、それを詳しく見つめる暇もなく、彼らはすぐに元の戦場へと飛び去っていく。

 

「あれが……雷竜……」

 

 彼女のそんな呟きは、吹いてきた風に溶けて消えていった。

 

 

 

───中央歴1642年。神聖ミリシアル帝国、フォーク海峡にて勃発したフォーク海峡海戦。

 その第1段階目である、グラ・バルカス帝国軍第1次攻撃隊200機と臨時世界連合艦隊迎撃機計104機の戦闘は世界連合側の勝利に終わった。

 グラ・バルカス帝国側は200機中183機が撃墜、または未帰還となり、また世界連合側も、『エルペシオ3』『マリン』は全機、『エルペシオ3改』は20、『エルペシオ4』は2、『スカイ』は5、雷竜は4、風竜は8騎が撃墜されるという少なくない被害を受ける。

 

 だが、この初戦において艦隊が負った被害は『トワイライト』が受けた500kg爆弾1発だけであり、それによって起こった火災もすぐに消し止められたのもまた事実。

 

 帝国の作戦は、初戦から躓く事になったのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

次の更新は2/6の夜6時です

アガルタ法国は魔法第一主義なんで、性別に関係なく魔法を扱う技術が高い人が上にのし上がれます(オリ設定)

この世界線でのバクタール艦隊司令の勝手なイメージ(下描きなのは許して)
【挿絵表示】


艦隊級極大閃光魔法の設定は妄想です。魔法ガチ勢の方は生暖かい目で見守っておいて下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(後編①)

〈グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊〉

 

「なっ、何ィ!? 壊滅だと!?」

「は、はい……通信によれば、敵艦隊に損害を与える事も出来なかったと……」

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 ペガスス級航空母艦『エニフ』艦橋にて、本艦隊の司令代理を務めるバリタスは思わずよろける。

 それも仕方がない。何せ200機もの大編隊が出撃し、生き残ったのは僅か17機で、更には敵艦隊に少しの損害すらも与えられなかったというのだから。

 

 ……正確には、イルネティア王国の『トワイライト』に1発だけ500kg爆弾を命中させているのだが、それを確認出来る者もおらず、またすぐに火災も消火された為に気付かれなかったのだ。

 

「こ、これでは第2次攻撃隊は……」

「不可能でしょう……無念ですが」

 

 本来の作戦であれば、第1次攻撃隊はもう少し帰還してくる筈だった。神竜は来ていない───本国が睨みを効かせている為、来れる筈がない───と推測されており、アレさえ居なければ蛮族なんぞに遅れをとる筈もない!と、思われていた。

 第零式魔導艦隊との交戦時に対応してきた『ジグラント2』が弱かったのもその認識に拍車をかけていた。

 

 だが、結果として帰ってきたのはシリウス型艦上爆撃機5機と、リゲル型艦上攻撃機12機のみ。これらが全て使える訳でもない為、今第2次攻撃隊として発艦出来るのは40機程度、しかもその中にアンタレスはいない。

 敵にどれ程の戦力が残っているのかは分からないが、これでは発進させても第1次攻撃隊の二の舞になるだけだろう。護衛のいない攻撃機などただの的にしかならないのだから。

 

 

「『マゼラン』より通信。"我、敵編隊と接触せり"」

「ぐっ……」

 

 そんな折、海峡封鎖を目的として航行していた『マゼラン』よりそんな通信が入る。

 『マゼラン』には直掩機としてアンタレスが20機ついている。だが、アンタレス100機を含む200機を壊滅させた相手では……

 

「耐えてくれよ……マゼラン……」

 

 彼は着艦していく艦載機を横目に、不安げにそう呟く。

 

 

───────

 

 

「撃てっ、撃てっ、撃てェェェェェッ!!!」

 

 破裂音、爆発音、また破裂音。グラ・バルカス帝国最大の戦艦『マゼラン』は今、そんな騒音に包まれていた。

 空は黒煙に覆われ、光弾がその隙間を埋め尽くす。時折それに絡め取られた機体が炎上して墜ちていく。

 

 今、『マゼラン』、タウルス級重巡洋艦2隻、キャキス・ミナー級駆逐艦3隻からなる小艦隊は、カルトアルパス近郊の海軍基地より飛び立った神聖ミリシアル帝国の攻撃隊に襲撃されていた。

 直掩機は既に生き残りのエルペシオや雷竜、風竜などによって全滅している。

 マルチロール機である『ジグラント2』38機、そして最新鋭機である『ジグラント4』4機の計42機。特に『ジグラント4』は新開発された試製航空魔導魚雷を装備しており、数さえあれば戦艦ですら撃沈する事も出来る画期的な機体だ。

 速度もかなり上がっており、最高時速は690km。これはグラ・バルカス帝国のどの機よりも高速であり、魚雷を捨てれば例え相手がアンタレスであろうが空戦をする事が出来るのだ。

 

「左舷高角砲被弾!! 火災発生!!」

「消火急げ!!」

 

 今も撃ち漏らされた機体より投下された520kg魔導爆弾がマゼランに命中する。

 その巨体にしてみればさしたる損傷でも無いのだが、その爆発は確実に高角砲を破壊し、機銃要員を焼いている。兵士達の精神をすり減らすには十分であった。

 更に、先程から急降下爆撃は左舷を集中的に狙ってきており、今の爆弾で左舷中央部の対空兵器は殆どが破壊されてしまっており、もしも今───

 

 

「左舷、敵機低空より接近!!」

 

「ぐうっ、やはりこれが狙いかァっ!! 回避運動、面舵一杯!!!」

 

 ラートス艦長のその指示で、艦がゆっくりと右に旋回していく。

 そんな中、彼は所々にヒビが入った艦橋の窓から、プロペラの無い奇妙な形の機体が4機、高速で接近するのを見た。

 その機───『ジグラント4』4機は周囲の艦からの猛烈な対空砲火の中を飛び続け、2機が途中で墜ちるも腹に抱えた試製800kg航空魔導魚雷を投下し、上昇していく。

 

「ら、雷跡ありません!!」

「構うな!! このまま旋回し続けろ!!」

 

 敵魚雷の進行方向も分からないまま、合っているかも分からない回避運動を行う。こうなれば、敵機の侵入角度から予測するしかない。

 第零式魔導艦隊との戦闘で生き残った重巡洋艦の乗組員から「敵が酸素魚雷を実用化している可能性」については聞いていたが……実際に相対してみると、雷跡が見えない事がここまで恐ろしい物だったとは……。

 

 

ドォォォン!!!

 

 

「うわぁぁっ!!?」

「ぐううぅッ!! 被害状況を知らせろ!!」

 

 やがて、激しい揺れが起こり艦左舷後方に大きな水柱が立つ。

 

「左舷艦尾付近に浸水発生!!」

「ダメージコントロール!」

 

 来た報告はそれだけだった。どうやら3発は避けられたらしい。

 だが、明らかに帝国のそれよりも大きな先程の水柱。どうやら、乗組員の話は本当だった様だ。

 ……実際には魔導魚雷と酸素魚雷は全くの別物であるのだが、コストと構造以外は殆ど同じである為、今回の場合はさしたる問題でもないだろう。

 

 

 結果として、今回の航空攻撃によって『マゼラン』は520kg魔導爆弾3発、試製800kg航空魔導魚雷1発を被弾する事となり、これによって左舷対空砲がほぼ全滅してしまう。

 また、その他にキャニス・ミナー級駆逐艦1隻が魔導爆弾の直撃を貰い、運悪く弾薬庫に引火して爆沈。

 

 彼女らは当初の6隻から5隻に数を減らし、海戦へと臨む事になったのだった。

 

 

 

『こちら攻撃隊、敵駆逐艦1隻を撃沈、また敵超巨大戦艦に爆弾3発、及び魔導魚雷1発を命中せり!! 敵艦隊は煙を吐けど、尚も進行中!!』

「こ、これは……!」

 

 『しきしま』に取り付けられた魔信機にそんな通信が入り、クルー達は皆驚きの声を上げる。

 

 海戦が始まる直前まで、正直な所彼らは生還を諦めかけていた。

 何せ敵は200機に対し、こちらは計100機だ。2倍というのは何とも覆し難い差であった。

 更に例え航空攻撃を切り抜けられたとしても、恐らく敵はあの狭い海峡を封鎖してくるだろう。そして、そこに鎮座しているのはあの大和擬き。こんな巡視船で勝てる筈もない。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 200機の攻撃隊はその殆どが迎撃機によって撃墜され、僅かに突破してきた機も長門擬きかあの極太レーザーによって撃墜され、被害は殆ど無い。

 また、敵艦隊もミリシアルの航空攻撃によって駆逐艦1隻が撃沈され、大和擬きも少なくない被害を負っている。

 現在の所、なんとこちらは優勢ではないか。

 

「はは……この世界に前世界の常識が通用しないというのは理解しているつもり、だったんだがな……」

「正直、魔法舐めてました……」

 

 瀬戸とその部下はぼやく。

 アガルタ法国艦隊が彗星擬きに狙われた時、遂に味方から沈没が出ると思った。

 何せ法国艦はその全てが木造の戦列艦。そんな船が第二次世界大戦時レベルの航空攻撃に耐えられる筈がない。

 

 だが、なんという事だろう。あろう事か法国艦隊は全くもって仕組みが理解出来ない極太レーザーを発射し、敵機を薙ぎ払ったのだ。1機撃ち漏らしていたが、それも駆け付けた黒竜によって撃墜され、事なきを得た。

 

 これが魔法。これが、この世界の力なのだ。我々がこれまで見てきたのはほんの一部に過ぎなかったのだ。

 

「……」

「船長、我々はどうしますか?」

 

 既に分かりきっているであろう事を部下が聞く。

 

「……決まっているだろう。敵航空機のいない今、しきしまに出来る事は何も無い。我々はミリシアル、イルネティア両国の艦隊が海峡を封鎖する敵艦隊を()()()()()に現海域より脱出する」

「了解!!」

 

 彼は明るい顔でそう復唱するのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

(補足)2度の敗北を受けて、流石のグ帝上層部でもグレードアトラスター単艦での突入はさせられませんでした。
 本来ならば第零式魔導艦隊との艦隊戦で生き残った艦も随伴する予定でしたが、大破した重巡1隻しか残らなかった為に艦隊戦に参加していなかった8隻の中のこの5隻しか随伴出来ませんでした。
 ちなみに残りの駆逐艦3隻は空母護衛の為に残ってます

グ帝が新型機を出してこなかった理由は後ほど判明します

次回投稿は2/7の朝7時半です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(後編②)

───未だ戦禍の真っ只中にあるフォーク海峡、その入口付近。その海を、1隻の巨大な戦艦が旋回する。

 船体が旋回する中、その甲板上に取り付けられた4基の連装砲塔、及び左舷副砲9基が()()()()に向かってゆっくりと旋回する。

 

「敵艦隊までの距離、残り30km!」

「全主砲徹甲弾装填、全艦、対艦戦闘準備! 砲雷撃戦用意!!」

 

 レイヴェルが言い放つ。

 それに応えるかの様に、彼女の周囲にいた重巡洋艦2隻は同じ様に旋回し、軽巡洋艦2隻は前進する。

 その先に居るのは、5隻の敵艦だ。駆逐艦2隻、重巡洋艦2隻、そして……グレードアトラスター級戦艦、空前絶後の超巨大戦艦、『マゼラン』。

 

「目標、敵超巨大戦艦!」

 

 旋回し終わった主砲が、続いてその角度を調整する。

 

 そして───

 

 

「全主砲、撃ち方始めェッ!!!!」

 

 

 世界で2番目に巨大な砲が今、世界最大の戦艦に対して火を吹いた───

 

 

───────

 

 

〈神聖ミリシアル帝国艦隊〉

 

「うっ、うおぉ……」

「す、凄まじい音ですな」

 

 神聖ミリシアル帝国、南方地方隊8隻。その旗艦であるシルバー級魔導重巡洋艦『ゲイジャルグ』艦橋にて、艦隊司令であるパテスは背後より聞こえてきた轟音に思わずよろける。

 最新戦艦であるミスリル級、その主砲である霊式38.1cm3連装魔導砲2基の斉射よりも遥かに大きなその音は、恐らく艦隊の全員を驚かせただろう。

 だが、今自分達はそれよりも更に巨大な砲を持つ艦へと突撃しているのだ。その事に改めて恐怖心が込み上げてくる。

 

 現在、シルバー級魔導重巡洋艦8隻は最大速度で敵艦隊へと突撃していた。

 艦の主砲である霊式20.3cm連装魔導砲の有効射程に入る為でもあるが、本命はやはり……

 

「……我らがあの巨大戦艦を沈めるには、なんとしても魚雷を当てねばならんのだ」

「こっ、これが雷撃戦ですか……恐ろしい……」

 

 艦長が怯え、体を震わせる。

 既に敵の主砲の射程内に入っているだろう。いつ撃たれるか分からない、そんな危険な"賭け"、それが雷撃戦だ。しかし、成功すれば小型艦でさえ戦艦を沈める事が可能なのだ。

 後ろからは同じく賭けに出るイルネティアの軽巡洋艦がついてくる。

 

 と、その時。

 

 

「敵戦艦発砲!!」

「っ!! 衝撃に備えよ!!」

 

 

 『マゼラン』の46cm3連装砲が発射される。もし、あれが当たれば重巡洋艦など一瞬で消し飛んでしまうだろう。

 

 それが発射された直後、『マゼラン』後方に水柱が多数立つ。先程『トワイライト』から放たれた砲が着弾したのだ。命中は無かったが、初弾にしては良い精度であった。練度が高い証拠である。

 

「敵艦隊との距離、23km!!」

「こちらも負けてはおれんな……」

 

 そう呟くと、彼はかっと目を見開いた。

 

 

「イルネティアに負けるな!! 対艦戦闘開始!! 目標、敵小型艦及び重巡洋艦だ!! 各艦の判断で全力砲撃せよ!! 敵艦に魚雷を投下させるな!!」

「了解!! 主砲、発射用意!! 目標、最前列小型艦!!」

 

 前部甲板に設置された霊式20.3cm連装魔導砲が小さく旋回し、砲身を動かす。

 

「主砲、魔力充填開始!」

「属性土55%、水23%、風22%、砲弾の魔術回路起動……砲弾、魔力充填完了!」

「主砲撃発回路、魔力充填開始……70、80、90、100%。主砲、魔力充填完了!」

「敵艦との相対速度計算中……左舷5度、仰角43度、調整完了!」

「艦長!! 主砲、発射用意完了しました!!」

 

「よし……第1、第2主砲発射ァ!!!」

 

 こうして、この主砲も発射された。先程の物よりかは遥かに小さい物。しかし、それでも力強い音だ。

 

「敵重巡洋艦、攻撃開始しました!!」

「今度は我々を狙ってくるぞ!! 総員、衝撃に備え!!」

 

 艦橋内の皆が顔を引き攣らせる。暫く実戦を経験してこなかった者達だ、無理もない。

 だが、それでも彼らが敵から目を離すことはない。皆冷や汗を垂らしながら、足を震えさせながらも、戦闘から目を逸らす事はしない。

 

 彼らは、"世界最強"たる誇り高き神聖ミリシアル帝国の軍人なのだから。

 

 

 

「主砲次弾装填!! 仰角調整!!」

 

 2射目を終え、休む間もなく次射の準備に移る。

 既に敵艦隊との距離は23kmにまで縮んでおり、重巡洋艦2隻も砲撃を開始していた。

 

 動きながらの砲撃。だが、それでも側面を見せている事に変わりはなく、艦橋内部にはこれまでに無い程の緊張感が漂っている。

 戦艦側面、最も火力が高くなり、同時に被弾確率も最も高くなる面。更に敵の主砲はこちらの物よりも大きい46cm、緊張しない方がおかしいというものだ。

 

「敵駆逐艦撃沈!!」

「よし!」

 

 神聖ミリシアル帝国艦隊の猛攻撃で、敵駆逐艦が2隻とも沈没する。

 また、これまでに重巡洋艦も1隻が被弾し、現在も炎上している。

 対して、こちらはミリシアルの重巡洋艦が3隻、こちらの軽巡洋艦が1隻被弾していた。だが、何れも航行に支障はない。

 

 現状、こちらが優勢であった───

 

 

───と、その時。

 

 

「うおおっ!!?」

 

 

 猛烈な揺れ、そして爆発音が彼を襲う。

 

「な、なんだ!!」

「左舷に被弾!!」

「何っ!?」

 

 それは、彼が1番聞きたくなかった報告であった。

 

「ぐ……損害の程度は!!」

「現在確認中……左舷後部副砲に被弾した様です! 航行に支障無し!!」

 

 その言葉に、彼は少し安心する。

 もしこれが弾薬庫にでも直撃していれば、彼らは今頃この世に居なかったであろう。

 

「敵艦に命中!!」

「「「おおお!!!」」」

 

 と、そこで別の、それも今1番聞きたかった報告が入る。

 

「損害は!?」

「……確認出来る限りでは、あまり与えられている様には見えません」

「ううむ……だが、分かっていた事だ」

 

 そう、戦艦とは建造当時最大の主砲───即ち、自身の主砲に耐えられる装甲を施される。この『トワイライト』ならば41cmに、そして『グレードアトラスター』ならば46cmに。

 つまり、こちらの攻撃では相手の装甲は貫けないが、逆に相手の攻撃ではこちらの装甲はいとも容易く貫く事が出来るのだ。

 

「しかし、今の我々にこれ以上出来る事はない。ただ撃つだけだ!!」

 

 ただし、戦艦とは何も全面に装甲が施されている訳でもない。

 沈める事は出来なくとも、戦闘不能には出来るのだ。

 

 

「主砲、発射用意完了!!」

「よし、主砲発射ァ!!!」

 

 

 それに、我々は何も1人ではない。

 

 

 

「全艦旋回!! 魔導魚雷一斉射!!」

 

 ドン、とその場にあった台を叩きパテスが言い放つ。その号令に合わせ、現在まで生き残っていた7隻の魔導重巡洋艦が、遅れて1隻の軽巡洋艦が一斉に旋回し始める。

 敵との距離は約13km。魔導魚雷の射程であれば、距離を詰めるのはこの位で十分だ。

 

 8隻が敵艦隊に側面を向け、それぞれの53cm4連装魔導魚雷発射管が小さく旋回する。

 そして、艦尾方向から続けて発射された。

 

 

 戦艦をも沈め得るその計64本もの姿無き死神は、静かにその鎌を敵艦隊への下に伸ばしていき───




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォーク海峡海戦(後編③)

───結果として、グラ・バルカス帝国の艦で帰投する事が出来たのは、『マゼラン』及び空母6隻とその護衛として残っていた駆逐艦数隻であった。

 航空機はその殆どを失い、艦隊は半壊、『マゼラン』もかなりの損傷を負った。

 

 グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊は、臨時世界連合艦隊に完全に敗北したのだった。

 

 

 ただし、こちらも無傷という訳ではない。

 まず、相当数の航空機が撃墜されているし、ミリシアルの重巡洋艦は4隻、イルネティアの軽巡洋艦が2隻沈没した。

 

 また、『トワイライト』が大破した。が、寧ろ沈まなかった事が奇跡に近い。

 何せ、彼女は戦闘中ずっと『マゼラン』の砲撃を引き受け、実に10発もの46cm砲弾を被弾しているのだから。

 その代わりに『マゼラン』にもかなりの数の41cm砲弾を当てた。残念ながらバイタルパートを貫く事は出来なかったが、上部構造物や非バイタルパートにはかなりの損傷を与えた。

 

 そして───魚雷だが、『マゼラン』には3発が命中した。

 本来ならば10発程が命中する()()()()。狭い海峡内で、被弾のせいで推力も低下している。そんな状況の中64本もの魚雷が接近してくるのだ。

 さしものグレードアトラスター級とて、10発もの魔導魚雷が命中れば沈むだろう、艦隊の兵士達は皆が勝利を確信した。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 何と、彼女の前に唯一動けた重巡洋艦が立ち塞がり、10発中7発をその身に受けたのだ。

 元々砲撃で中破していた所にその数の魚雷である。水柱が彼女の身を覆い尽くし、次の瞬間には大爆発を起こして轟沈した。

 3発しか命中しなかった『マゼラン』は、その後ヨタヨタと脱出していった。

 勿論、世界連合側も追撃しようとはしたのだが、46cm砲の正確な射撃で追加で3隻が撃沈され、また魚雷も既に撃ち尽くしていた───元々搭載数が少なかった───為に撃沈を不可能と判断、生存者の救出に向かったのだった。

 

 

 こうして、ミリシアルとグラ・バルカスの初の戦闘となるフォーク海峡海戦は幕を下ろした。

 

 双方の被害は、

 

 

〈臨時世界連合艦隊〉

・神聖ミリシアル帝国

 シルバー級魔導重巡洋艦 4隻沈没、3隻中破、1隻小破

 『エルペシオ3』16機被撃墜

 『エルペシオ3改』24機被撃墜

 『エルペシオ4』3機被撃墜

 『ジグラント2』29機被撃墜

 『ジグラント4』2機被撃墜

 

・イルネティア王国

 ヘラクレス級戦艦『トワイライト』 大破

 タウルス級重巡洋艦 2隻損傷

 レオ級軽巡洋艦 2隻沈没

 雷竜騎士団 7騎被撃墜

 

・ムー国

 『マリン』10機被撃墜

 『スカイ』5機被撃墜

 

・エモール王国

 風竜騎士団 12騎被撃墜

 

 

〈グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊〉

 グレードアトラスター級戦艦『マゼラン』 大破

 タウルス級重巡洋艦 2隻沈没

 キャニス・ミナー級駆逐艦 3隻沈没

 『アンタレス型艦上戦闘機』120機被撃墜

 『シリウス型艦上爆撃機』45機被撃墜

 『リゲル型艦上攻撃機』38機被撃墜

 

 

 空戦が多かった為に、航空隊にかなりの損害が出ている。

 特に『エルペシオ3』は全機が撃墜されており、これは未だにグラ・バルカス帝国を蛮族と侮っていた者達の認識を改める結果となった。

 

 だが、勝利したのもまた事実。これは世界各国の士気を大いに高め、またグラ・バルカス帝国側の士気を大きく下げる事となる。

 「蛮族に負けたのは神竜とかいうチートがいたからだ」としてプライドを保っていた様な者達はそれが特に顕著であった。

 

 

 そして、翌日。遅れて到着した神聖ミリシアル帝国の第1、第2、第3魔導艦隊が警備につき、先進1()0()カ国会議は続行される事となった。

 この会議で、まず日本国が列強各国の賛成を得て列強国と承認される。また、列強、そして各文明国らが全て賛成し、イルネティア王国は"文明圏外国"から晴れて"文明国"となった。

 会議の参加国からは、「何故()()()()パカンダ王国が文明国で、それよりも遥かに高い技術力を持っていたイルネティア王国が文明圏外国だったのか」という意見も見られたが、真相は闇の中である。

 

 ……滅びてしまい、最早確認する術は無いが、まあ恐らくレイフォルが何か関わっていたのだろう。

 

 

───────

 

 

〈グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ〉

 

「……そうか」

 

 帝都ラグナにあるとある部屋で、初老の男───帝国東方艦隊司令長官のカイザル・ローランド大将は、部下からの報告を聞いてそう呟く。

 報告を上げてきた部下は内心怯えていたが、あまりにも反応が素っ気ない事に拍子抜けしていた。

 

「下がっていいぞ」

「はっ、はい!!」

 

 しかし、それでも恐ろしい事には変わりない。彼はそそくさと出ていった。

 

 

「……異世界、か」

 

 誰もいなくなったその薄暗い部屋で、彼はぼそりと言う。

 

「何処で間違った……?」

 

 帝国は、何の前触れも無くこの世界に転移した。

 世界征服完遂の直前。幸いにも世界各国に散らばっていた戦力を本土に集中させていた為、戦力の殆どは無事であった。

 だが、得ていた膨大な植民地を失った。そこに居た多くの人員と、そして資源、食料源と共に。

 

 食料はまだ本土だけでも何とかなる。だが、資源は別だ。既に本土の鉱山はその殆どを掘り尽くし、資源は植民地に依存していた。

 中でも石油、それが無ければ電力を供給する事が出来ず、生活に大きすぎる影響が出てしまう。

 

 だからこそ、転移した周囲を侵略するのは当然であった。

 備蓄も少なく、悠長に外交などやっている暇が無かったのだ。軍艦とて、動かさずともエネルギーを消費するのだから時期が遅れれば遅れる程動かすのが困難になる。

 更に言えば、周辺の国家が使用しているのは木造の帆船で、大砲すら持っていなかった。唯一航空戦力としてワイバーンとかいう空飛ぶ蜥蜴を所持していたが、それもアンタレスに比べれば雑魚も雑魚であったのだ。

 

 そして侵略を続け、資源にもようやく余裕が出てきた頃、この世界に"文明圏"なる物が存在する事を知る。

 それを知った当時、穏健派として有名であった皇族のハイラスが慎重論を唱え始め、それに同調する者らと共に文明国へと向かった。

 彼らは木造の帆船で向かった。現地住民を威嚇しない様に、との事だったが、それにはかなりの反対意見が出る。当然だろう、彼は皇族であり、もし何かが起こっては困るのだ。

 しかし、彼は頑固であった。結局は周囲が押し負ける形で帆船で向かってしまった……いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 何の調査もしていない様な国家に皇族を向かわせる筈がない。

 事前の調査で、彼がたらい回しにされ、最終的にはパカンダ王国に向かう事になる事くらいは分かっており、その王国が腐敗しており、木造帆船で来た様な外交官には必ず莫大な賄賂を請求する事も判明していた。

 

 結果として、全てが軍部の思惑通りに進んだ。

 ハイラスは処刑され、穏健派は力を失った。パカンダとレイフォルは滅ぼされ、我々は第2文明圏への橋頭堡を手に入れた。

 

 全ては帝国の為だ。肥大し切った軍を養うには、あの様なちっぽけな植民地では最早足りず、更なる侵略が必須であった。

 それが悪循環である事は分かっている。だが、前世界でも今世界でも連戦連勝を繰り返し、完全に継戦ムードになっていた帝国ではそうするしかなかったのだ。

 もしもあの時穏健派の言う通り、宥和政策をとっていれば……今頃、上層部に疑問を抱いた軍の末端によるクーデターが発生していた事だろう。それだけは何としても避けなければならない。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが、ユグドの歴史上クーデターで軍事政権に移行した国が長続きした例は存在しないのだから。

 今、ここで国体が崩壊してしまえば我々は滅ぶ。内戦ですり減らした後の戦力で、全世界を相手に戦える筈がない。だが、クーデター政権はそれでもやろうとするだろう。そして、逆に攻め込まれてグラ・バルカスは亡国になる。

 

 

 そんな思惑もあり、レイフォルを滅ぼした後はまた再び文明圏外国を侵略した。

 相手は小さな島国、イルネティア王国。これまで戦ったこの世界の国の中では最も高い技術力を持ってはいるものの、所詮は蜥蜴と戦列艦、負ける筈がない。

 駄目押しに外務省がグレードアトラスターを捩じ込み、戦力は万全、寧ろ過剰であった。過剰である、筈だった。

 

「……そう、そこだ」

 

 その筈だったのに、結果として我々は2度の敗北を喫した。神竜という規格外の生物によって。

 2度の海戦において、我々は神竜にかすり傷1つ負わせていない。

 

「神竜……」

 

 神竜、我々の敗北はそこから始まった。今や反帝国の旗印で、侵略を受けている国々にとっては希望の星にして、帝国臣民最大の敵。

 

「それしか……ないのか」

 

 放置していれば、例え大戦力をもってして世界征服を成し遂げられたとしてもその神竜を希望として各地で反乱が頻発するだろう。

 だからこそ、奴は何としても倒さねばならない。

 

 

「全ては帝国の為に」

 

 

 帝国の安定した統治の為に。

 既に()()()()()。あとは奴を倒すのみ。

 

 

 この日、彼はイルネティア王国を、神竜を、帝国の全力をもってして滅する事を決意した。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTO5つの小よろしくお願いします

地味にラ・カサミ改フラグと日本参戦フラグが消滅しました

追記:間違えて次の次の話を投稿してしまいました。読んでしまった方は見なかった事にして下さい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイザルの孤闘

〈中央歴1642年1月15日 グラ・バルカス帝国〉

 

 フォーク海峡海戦のおよそ3ヶ月前。この日、帝国を揺るがす大事件が発覚した。

 なんと、あの軍需系大企業であるカルスライン社と帝王府副長官オルダイカの癒着が発覚したのだ。

 更に、社の利益の為に技術者が提案した新型機の案を全て揉み消していた事も判明。カルスライン社は、敢えて新型機を出さない事によって軍の被害を拡大させ、社への発注を多くしていたのだ。

 これらにより、帝王府とカルスライン社には大規模な査察が入る事となり、オルダイカは収賄罪で逮捕、帝王府長官カーツは責任をとって辞任し、またカルスライン社の上層部も同じく責任をとって辞任した。

 

 因みにこの事件は、新型機の案が中々提出されない事を疑問に思い、自ら秘密裏に社の工場へと出向いたカイザル・ローランド大将へ、以前から新型機の設計図を提出しては却下され続けていた技術者が彼へその設計図を手渡した事によって発覚したらしい。

 

 これら一連の事件の解決によって、カルスライン社では新型機の開発、量産がスタートする事となった。

 そのカイザルへと渡された設計図も勿論採用された。

 翼とエンジン、そしてプロペラが後方に配置した『エンテ式』と呼ばれる特異な形状を持つ航空機であり、どうやら元々は局地戦闘機として設計した物のようだ。

 しかし今回、新たな艦上戦闘機を軍部が求めていると知り、急遽これを艦上機として設計し直したのが、これらしい。それなりにミリタリーに詳しい日本人が見れば、史実では未完成に終わった局地戦闘機『震電』と酷似していると思うだろう。

 幸か不幸か、時間が余っていた事もあってかこの震電擬き、なんとカタログスペック上では最高時速740kmという高速に、アンタレスと同等の機動力を持っている。

 

 流石にそれは盛り過ぎでは、と当初軍部は笑ったのだが……

 

 

「「「おおおおお……」」」

 

 

 今、空を飛ぶ試作機を見て、その笑いを引っ込めざるを得ない事となった。

 3次元空間を縦横無尽に高速で飛ぶ奇妙な形の航空機。素人目に見ても、それがアンタレスを上回る物だという事は明らかであった。

 唯一負けている点としてはコストだが、低性能機を量産して全滅させる位なら、高性能機を量産して敵に勝つ方が圧倒的に良いに決まっているのだ。

 

 こうして、この震電擬きは採用される事となり、『カノープス型艦上戦闘機』と名付けられて早速量産に入る事となる。

 

 

 また、同じ様にカルスライン上層部に握り潰されていた新型機の案として、リゲル型艦上攻撃機の後継機もあった。日本人が見れば『天山』と見間違うであろうその新型機も採用された。

 最高時速480kmで、800kg魚雷を搭載可能なこの攻撃機は『アークトゥルス型艦上攻撃機』と名付けられ、こちらも量産に入る事となったのだった。

 

 

 

〈中央歴1642年4月26日〉

 

「こちらが新型の対空砲弾になります」

「ふむ」

 

 ド・デカテオン社の工場にて、砲弾開発の技術者が目の前の新型砲弾をカイザルに解説する。

 

「見た目は以前の物とさして変わらん様だが……」

「あくまでも見た目だけです。中身は全くの別物ですよ」

「ほう」

「こちらをご覧下さい」

 

 そう言うと、彼は縦に切られた砲弾を見せる。

 

 従来の主砲対空砲弾は、内部にマグネシウム片が入っており、着火されたそれが空中に飛び散るという物だった。

 だが、今回のこれはマグネシウム片の代わりに……

 

「これは……爆弾か?」

「その通りです。発射されたこの砲弾は時限信管によって炸裂、内蔵された小型爆弾が辺り一面に散乱し、遅れて爆破。範囲内にいるありとあらゆる敵を排除します。

 私はこれを、『Z式散乱弾』と名付けました」

「何故Zなのだ?」

「決まっているでしょう。カッコイイからです」

「そうか」

 

 カイザルは特に突っ込む事もせず、そのまま流すのだった。

 

 

 一方の造船部門。休む間もなく日夜増産改装を続けているここにも、カイザルは視察へと来ていた。

 あの事件から、彼は自ら視察に赴く様になっていた。

 

「どうだ、改装は順調か?」

「どうにか……」

「苦労をかけるな」

 

 対応した技術者の目の下には分厚い隈が出来ており、その疲労の程が窺える。

 彼はそれを労い、そして目の前の改装中のヘラクレス級戦艦を見上げる。

 

「全ての艦の対空兵器の見直し……従来の40口径12.7cm連装高角砲から、グレードアトラスター級戦艦から採用された65口径10cm3連装高角砲への換装……25mm3連装機銃から、40mm4連装機銃、20mm4連装機銃へ……やる事が多すぎて休む暇もありません……」

「本当に苦労をかけるな……だが、これも全ては帝国の勝利の為なのだ」

「理解しております……」

 

 今、ド・デカテオン社ではカイザルの指示で海軍艦艇の対空兵器の換装が行われていた。理由は勿論、神竜だ。

 神竜が現れるまでは従来の対空兵器でもオーバーキル気味であった為に、旧式化していた40口径12.7cm連装砲や25mm機銃でも問題なかったのだが、現れてからはこれが問題視される様になった。というか、カイザル自身が問題視した。

 グレードアトラスター級戦艦やキャニス・ミナー級駆逐艦は比較的新型の艦である。よって、その対空兵器も新型の物───65口径10cm高角砲や、40mm機銃など───だ。

 それに対し、随分前に建造されたヘラクレス級戦艦やタウルス級重巡洋艦などはその兵器も勿論旧式の物だった。ユグドではそれでも良かったので放置されていたのだが、これからはそうもいかない。

 よって、こうして順次換装が行われているのだった。帝国の艦は如何せん数が多く、全ての艦を換装するのにはかなりの時間がかかっていた。

 

「……だが、これでもまだ足りん」

「へ?」

「いや、何でもない」

 

 ぼそりと呟いたその言葉は、疲れ切っていた技術者には聞こえていなかった。元々彼に言った言葉でもないので問題はないのだが。

 

 

───────

 

 

「現場の見立てでは、恐らく修理に半年はかかるかと……」

「そうか……」

 

 少し経って、『マゼラン』がレイフォルへと帰還する。大破していた彼女は、帰るやいなやドッグ入りした。

 そこで損傷を見た技術者は、戦場に復帰出来るようになるには半年はかかると結論付けたのだった。

 

「……ならば、次の海戦は───」

 

 彼は決意を固める。

 

 後の世で、『第3次イルネティア沖大海戦』と呼ばれる空前絶後の大海戦。

 敵味方双方合わせて約1200隻もの艦艇が戦い、歴史学者達に「グラ・バルカス帝国滅亡の原因」と言われる事になるその戦いの時期が決定した瞬間であった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク(中略)5つの小よろしくお願いします

仮にも富嶽作れる技術力があるんだから震電くらい作れるよね、という事で最新機は震電と天山になりました
何故震電なのかというと、作者が好きだからです

そういえば、竜魔戦争って本編で書かれるんですかね……ちょっと書いてみたい気もします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨大軍港ドイバ

〈中央歴1642年6月20日 第2文明圏 イルネティア王国〉

 

「ここも随分と変わったものだな」

 

 晴れて第2文明圏の仲間入りをしたイルネティア王国。その将軍であるニズエルは、変貌した港湾都市ドイバの姿を見てそう呟く。

 

 かつて美しい街、として名を馳せたドイバ。グレードアトラスターの艦砲射撃によって灰燼と化した後は、神聖ミリシアル帝国やムー国、エモール王国といった列強諸国の介入もあって信じられないスピードでの復興、発展を遂げていた。

 エモールは神竜が居るから、ミリシアルは"科学の勢力が強い第2文明圏において魔法文明の勢力を拡大させたい"、ムー国はそれを阻止したい、それぞれの思惑もありながらドイバはこうして立派な軍港として発展していった。

 始まってから1年が経った今も尚それは衰える事なく続いており、つい先程到着したミリシアルのモリオン級魔導重輸送艦が荷揚げを行っている。

 

 コンクリートで固められた近代的な軍港に、大量の倉庫や整備用ドッグ。真新しいクレーンに運搬用トロッコ。

 元々文明圏外国だったとは思えない様なその港には自国軍艦艇だけでなく、多数の外国軍までもが駐留していた。

 

 まず、いち早く来たのはエモール王国だ。

 エモール王国は地図を見る通り内陸国である。だが、仮にも列強だ。一応竜母は持っており、普段は同盟国のトルキア王国の港で埃を被っていた。

 アクセン級魔導竜母『アクセン』『ゴスニア』。エモールの保有する2隻の竜母がドイバに留まり、竜母による運用に慣れる為日夜訓練を続けていた。

 

 続いてミリシアル。現在でも港の拡張を続け、続々と軍艦を呼び寄せているかの国だが、6月に入ってからは遂に主力艦隊までここに来ていた。

 普段は東方の防衛を任されている第一、第二、第三魔導艦隊。3艦隊全てがここドイバ軍港に駐留しており、港を圧迫していた。

 

「しかし、やはりミリシアルの艦は圧倒的だな。イルネティアもいずれはあの様な巨艦を建造出来るようになるのだろうか……」

 

 彼は目の前に浮く巨艦を見上げる。

 

 神聖ミリシアル帝国の最新鋭艦、『アダマン級魔導戦艦』。その1番艦『アダマンタイト』がここに駐留している第一魔導艦隊の旗艦をしているのだ。

 

 全長240m、全幅40mで、基準排水量は41,000トン。

 主砲は、前方に雛壇状に積み上げられた3基の霊式41cm3連装魔導砲で、帝国最高の火力を誇る。副砲は後方に1基設置された霊式20.3cm3連装魔導砲で、こちらも副砲としてはかなりの火力だ。

 また、高角砲として霊式12.7cm連装高角魔導砲を左右に計6基装備。

 機銃も、

    ・第三世代イクシオン40mm8連装対空魔光砲を計8基

    ・アクタイオン25mm3連装対空魔光砲を12基

    ・フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲を20基

 装備しており、対空火力も高い。

 装甲はアダマンタイト-鋼合金が採用された。アダマンタイトはミスリルよりも更に魔力伝導率が高く、その為魔力を流した際にはミスリル級の2倍相当の装甲へと変貌する。

 更に、艦体前後4箇所に『人魚の唄声』(風神の涙式ウォータージェット)を取り付け、これによって急激な方向転換などが可能になった。この装備は画期的かつ有用な物であり、今後帝国の建造する艦の殆どで標準装備となるだろう。

 因みにこのアダマン級、元は魔帝の遺跡にあった物を解析した物だ。不明な点が多々あり複製に成功していなかったのだが、今回グレードアトラスターの解析にあたってそれらが解消。晴れて複製、改良に成功したのだった。

 

 

「で、こちらが空母か」

 

 次に、こちらも最新鋭艦である『マカライト級航空魔導母艦』である。これも第一魔導艦隊に2隻、『マカライト』『ローレライ』が配備されている。

 

 全長262m、全幅は80.2mで、基準排水量は70,100トン。

 前級のロデオス級と同じく複胴艦で、中央に艦橋が1つに、その両サイドに大型の空母が2隻繋がった様な形状を持つ大型空母だ。

 2隻の空母は着艦側、発艦側と分けられており、着艦側で降りた航空機が補給を済ませて発艦側へ移動する。艦橋後部で2つの飛行甲板は繋がっており、その際はそこを通る。

 また、損傷した機は発艦側に格納され、修理を受けて今度は艦橋下部の連絡路を通って発艦側へと移動、発艦する。

 緊急時にはどちらの飛行甲板からも発艦、着艦が可能となっており、単胴式よりも単純に2倍の速度でそれらが可能となる。

 

 主砲は艦橋前部、後部に設置された霊式20.3cm連装魔導砲で、重巡洋艦並の火力を持つ。

 対空兵器としては、

   ・霊式12.7cm連装高角魔導砲を6基

   ・第三世代イクシオン40mm8連装対空魔光砲を8基

   ・アクタイオン25mm3連装対空魔光砲を16基装備。

 

 そして、肝心の搭載機数だが───なんと、前級の3倍弱となる142機となっている。

 ただ、これはそもそもロデオス級が少なすぎたというのもある。読者の皆様には、旧軍の翔鶴2隻分とでも思っていただければいい。そう考えるとやや少ないが。

 搭載機は勿論『エルペシオ4』及び『ジグラント4』だ。寧ろこの艦はこれの為に作られたのだから当然だ。

 これらの機は性能の分滑走距離も伸びているのだが、飛行甲板には『風神の涙』が取り付けられ、制御された暴風によって非常に短い距離での発艦が可能となっている。

 この仕掛けはロデオス級にも組み込まれ、一応そちらでも新型機を運用する事は出来るのだが……まずロデオス級その物が欠陥だらけである為に全てがマカライト級に置き換わる事が決定している。

 また、技術の進歩によって艦その物の最高速度も31ノットにまで向上した。この点においては日本をも上回っているのでミリシアル人は誇っていい。

 

……余談だが、現在『エルペシオ4』の後継機が開発中である。それが完成した暁には、この艦に配備される事になるだろう。

 

 

「……で、これが」

 

 

 そして最後。こちらはミリシアル所属ではなくイルネティア王国所属の戦艦だ。彼の知る限り、これよりも巨大な艦はいない。

 

「こんな物が王国所属など……少し前ならとてもではないが信じられなかっただろうな」

 

 その戦艦が建造されたのはここではない。ミリシアルでもない。そもそもこの世界ではない。

 

 

 グレードアトラスター改装戦艦、魔導戦艦『イルネティア』。

 敵国出身の鹵獲戦艦が、世界一の国による改修を受けて戻って来ていた。

 

 全長263m、全幅39m、基準排水量は約63,000トン。

 主砲は前方に2基、後方に1基設置された45口径46cm3連装砲だ。これは現在のミリシアルではこれを超える物は制作不可能と判断され、建造当時の物がそのまま残されている、誰もが認める"世界最強の艦砲"である。

 副砲は前方、後方にそれぞれ1基ずつ設置された霊式20.3cm3連装魔導砲。これの装甲はアダマンタイト-鋼合金であり、魔力を通す事によってそれなりの装甲へと変化する。

 これを換装したのは、改造する際にこの戦艦の弱点となっている事が判明したからだ。何せ元の副砲である15.5cm3連装砲はそれ相応の装甲しか施されておらず、もしここに砲撃が直撃した場合その直下すぐ隣にある46cm砲の弾薬庫にまで被害が及び、一瞬で轟沈してしまうだろう。

 それを避ける為、46cm砲を防ぐとまではいかずともそれなりの攻撃には耐えられる様に、アダマン級に搭載する為に作られたこの砲を採用したのだった。

 

 続けて、対空兵器だ。

 こちらは霊式12.7cm連装高角魔導砲を12基装備。奇しくも『大和』と同じ配置になっていた。

 また、・第三世代イクシオン40mm8連装対空魔光砲を10基

    ・アクタイオン25mm3連装対空魔光砲を22基

    ・アクタイオン25mm単装対空魔光砲を26基

    ・フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲を艦橋に4基

装備しており、対空魔光砲の門数はミリシアルのどの艦よりも多い。

 

 装甲は取り替えられ、アダマンタイト-オリハルコン-鋼合金。オリハルコンは、アダマン級の次級として建造が予定されているオリハルコン級に使用される予定の金属であり、アダマンタイトよりも更に魔力伝導率が高い。

 オリハルコン級を作るにあたり、まず実際に運用してみて効果がどれ程のものか、それを確認する為にこうして試験的に『イルネティア』に使用されたのだった。

 装甲厚は元よりもやや薄くなったものの、魔力を供給すれば実に甲板で280mm、舷側ではなんと540mm相当の装甲へと変化する。元がそれぞれ230mm、410mmであるからかなりの物だ。

 勿論、その分コストもかなりかかっているのだが……これに乗るのはミリシアルの兵士ではなくイルネティアの兵士だ。実戦というどんな試験よりも優れた試験に自国の兵を使わずに済むのだ。安いくらいだ、との事らしい。

 また、アダマン級と同じ様にこちらにも『人魚の唄声』を艦体前後4箇所に装備し、機動性を確保。

 

 主機として元々配備されていたプロミネンス式蒸気機関を、副機としては高出力魔導機関を採用。前者は推力と46cm砲に、後者は装甲強化と対空兵器、レーダーや『人魚の唄声』に使用される。

 

 自他ともに認める、まさしく"最強の戦艦"。これがあるというだけで安心感が違う。

 

 

「……まあ、その分燃料も食うのだがな……うう、頭が痛い……」

 

 

 唯一の救いは、この世界のスタンダードが魔法文明である為に石油の値段が安い事だろうか。近くにムーという科学文明国がある故に採掘施設も整っている。

 

 彼はイルネティアの未来(国庫)を憂うのだった。




大胆な名付けは魔法文明の特権

この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク(中略)5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

南方世界の主

実に13話ぶりの主人公ズです


〈中央歴1642年6月25日 第1文明圏外南西部〉

 

 第1文明圏外南西部、南方世界の大陸、ブランシェル大陸北方約4 000km地点。

 そんな、普段は誰も居ない様な海域にこの日、小規模な艦隊が航行していた。

 

「まもなく作戦開始時刻です」

「うむ」

 

 一面が飛行甲板の艦───即ち空母が1隻。その護衛であろうか、小口径の連装砲が2基、そして()()()()()()()()()()()4()()()()()()が2基搭載されている中型艦4隻がその周囲を囲んでいる。

 その中の空母、その艦橋にてそんな言葉が交わされる。

 

「この作戦の結果次第で、我が国の戦略その物が変化する。どうにか成功して欲しい物だが……」

「御安心下さい……と、言いたい所ですが……」

「相手は神話だ。失敗も十分に考えられる。その為にわざわざこの様な場所まで艦隊を引っ張ってきたのだからな」

 

 会話していた内の片方、恐らくは艦隊司令であろう男が、窓から飛行甲板を見下ろす。そこでは、発艦準備を進めている最中の艦載機がいた。

 その艦載機は、恐らくこの世界の住人が見ればかなり異形な、そして先進的な物と感じるだろう。あのミリシアルの物を見ていても、だ。

 

 まず、それはワイバーンではない。そもそも生物ですらない。

 本来飛ぶ為には必要である筈のプロペラは何処にもなく、その代わりに機尾に噴射口が設置されている。

 そして、流線的な胴体の左右には、()()()()()()()()()()()が取り付けられている。その翼の下には、槍の様な物が4本付いていた。

 

 

「攻撃隊、発艦準備完了しました」

「うむ。攻撃隊、発艦せよ!!」

 

 

 数十分後、準備が整った機体が噴射口から火を吹き、次の瞬間には何かに引っ張られているかの様に急加速し、発艦する。他の機体も次々と同じ様に発艦していき、最終的には30機が発艦した。

 30機は編隊を組みながら飛行していく。そのスピードはミリシアルのそれよりも速い。

 

 彼らは西方へと向かっていき───

 

 

───────

 

 

〈中央歴1642年6月25日 第1文明圏外南西部 グレント王国〉

 

 第1文明圏外南西部。アニュンリール皇国の治める南方世界にはギリギリ入らない程度の地域。そこには、幾つもの小島以上大陸未満の島々が存在する。

 そこにある国の1つ、グレント王国にライカとイルクスはいた。

 

「本当にありがとうございますじゃ。我らの力ではどうしようも出来ず困っていた所なのですじゃ」

「ええ、こちらこそ危険を冒してまで案内して下さりありがとうございます」

 

 グレント王国、ペルキア村。そこの村長の老人が2人に感謝を伝える。

 その2人の後ろには、大人しく座る数騎の雷竜の姿があった。

 

「それにしても……儂が生きている間に神竜様の御姿を見る事が叶うとは。ありがたやありがたや……」

「えへへ、なんか照れるなぁ」

 

 拝む村長に、照れるイルクス。

 

 さて、何故2人がこんな場所にいるかと言うと、それは雷竜を集める為だ。

 現在のイルネティア王国には43人の雷竜騎士が存在する。彼ら彼女らはその全てが元竜騎士であり、訓練を受けて雷竜に乗っている。

 だが、元々イルネティア王国には80人の竜騎士が所属しており、現在でも30人がワイバーンに乗らざるを得ない状況となっているのだ。

 それではいざ実戦となった時に役に立たないという事で、こうしてわざわざ南の島まで雷竜を捕まえ、もとい勧誘しに来ているのだった。

 

 さて、この王国では8騎───度々村を襲っていた───を勧誘出来た。後は前の様に連れて帰るだけだ。

 イルクスが竜形態に変化する。それを見た村長がまた拝む中、ライカは彼女に乗って離陸する。

 

『あとちょっとだけいれば良かったのにね』

「そうだね。あと7騎……」

 

 今回の目標は30騎であった。一度15騎を連れて帰っている為、あと15騎いれば良かったのだが……このグレント王国には8騎しかいなかった。

 既に周辺国は周り尽くしてしまっており、ここが最後の希望だったのだが……と、そこでイルクスが思い出す。

 

 

『雷竜の住処は南方世界ってあの人(モーリアウル)言ってたよね。ここよりも南って確か……そう、アニュ』

「駄目」

『ンリール……? ど、どうして?』

 

 食い気味に否定してきたライカに、困惑しながら彼女は尋ねる。

 

「アニュンリールだけは絶対に行かない」

『?』

「それがお母さんとの約束だから……ごめんね」

『そ、そう……ま、まああと7騎だしそのうち見つかるよ。うん』

 

 その時の彼女の声は、今まで聞いたどの声よりも冷たかった。この話題にはこれ以上踏み込んではいけない、そう察したイルクスは話を止める。

 

 だが、同時に考えずにはいられない。

 

『(確か、ライカのお母さんって……)』

 

 彼女は昔ライカに聞いた話を思い出す。

 

 ライカの母親───リリィと言うらしい───とイルクスは会った事がない。というのも、イルクスが拾われる前───つまり、ライカが7歳になる前、5歳の時にどうやら亡くなってしまったらしいからだ。

 何故亡くなってしまったのか、その詳しい理由は未だに彼女は話してくれていない。共に住んでいるお婆さんも知らない様だった。

 

 

『(……まあ、いっか)』

 

 母親が何であれ、他ならぬライカ自身が言いたくないと意思表示しているのだ。それに、言わないという事は言わなくても大して問題ではないという事だろう。ならば、あまり気にする事もない。

 

 それに……ライカが何者であったとしても、僕とライカの関係は変わらない。

 

 

 そう、何者でも……

 

 

 

 結局、その日は残り7騎が見つかる事はなかった。

 このまま漂っていてもしょうがないので、取り敢えずその8騎を連れてイルネティアへと騎首を向ける。

 

 そうして、1時間程飛んでいた時、()()は起こった。

 

『……ん?』

「どうしたの?」

 

 ふと、何かに気付いた様な声をイルクスが上げる。

 

『西から何かがこっちに近付いてくる……しかもかなり速い……』

「……速いって、どのくらい?」

 

 恐る恐る、どこか確信を持った様な声色で尋ねる。

 

 

『話に聞いてたミリシアルのやつよりも……僕の最高速度よりも速いかも……!?』

「───っ!!!」

 

 

 イルクスの最高速度、以前エモールからの帰路で出したマッハ2弱の事だ。それよりも速い……即ち、少なくともその接近してくる物体は音速の2倍で飛んでいる事になる。この世界では有り得ない……その、筈だった。

 だが、ライカには1つだけそんな芸当が可能な者に心当たりがあった。

 

 そこからの判断は速かった。

 

 

「出し得る最高速度で海に潜りなさい!!!」

『『『!!!?』』』

 

 

 その言葉を聞いた雷竜達、そしてイルクスが驚愕する。その命令は、雷竜達にとっては自殺行為にも等しい物だったからだ。

 雷竜達は海から飛び立つ事は出来ず、またそもそも海中ではまともに動く事すらままならないのだ。その為、海に入ってしまえば後は海魔の餌となるだけである……これは飛竜全般に言える事だが。

 

「早く!!!」

『わ、分かった』

 

 だが、彼女が急かすと、それが何故かを理解するよりも早く体が動き、皆が下降を始める。

 イルクスも、そのあまりの気迫に押され、取り敢えず下降を始めていた。

 

「イルクス!! それは今どの辺りにいる!?」

『え、えっと、西の方角、距離は21……20キロ!』

「っ!! 急いで!!」

 

 イルクスが、ライカが死なない程度に急加速する。が、それでもかなりのGが身体にかかり、彼女は歯を食いしばって手網を握り締める。

 既に音速を超え、もう雷竜達とはかなりの距離が開いていた。

 急激に接近する海面。海面にこの速度のままで激突したら流石に肉塊と化してしまうので、加速を止めて徐々に速度を落としつつ降下していく。

 

 そして、海面に激突する直前───イルクスは、ある事に気付く。

 

 

『(……()()()()()()()()()()……!?)』

 

 

 次の瞬間、2人は海へと突入した。

 

 

 

「……ぷはっ」

『ぷはぁ……』

 

 数十分後、いかにも具合の悪そうな顔色をしたライカ、そしてそんな彼女を乗せたイルクスは海面から顔を出す。

 彼女らは、イルクスの感知していた()()()()がどこかへと去っていくのを水中でずっと待っていたのだった。

 

『ライカ、大丈夫?』

「大丈夫……じゃ、ないかも……」

 

 彼女は、水中に入った時の急ブレーキによるGでこの様な状態になっていた。いかに軽減されていようが、彼女の未だ幼い身体には急加速からの急ブレーキは流石に辛い物があったのだ。

 

 それはともかく、2人は海上を見渡す。

 ある方向を見てみると、赤く染まった海面に黒い肉片がいくつも浮かび、それを目当てに海魔が群がっていた。

 

『雷竜達が……』

「……」

 

 それは、明らかに雷竜の死骸であった。

 

「……取り敢えず、帰ろうか。詳しい事は……あくまでも私の予想になるけど、飛んでる最中に教えるから」

『分かった……でも、大丈夫?』

「うん。なんとか……あ、でも見つかる可能性を出来るだけ抑えたいから、海面スレスレを飛んでね」

 

 それは、レーダーを解析したミリシアルの技術者から教えてもらった、"レーダーに映りにくい飛行方法"であった。

 イルクスはそれを忠実に守り、海面から1m程の位置を飛ぶ。

 

 それから、ライカは話し始める。

 

「……まず、さっき襲ってきた物は、今私達も訓練してる『誘導魔光弾』、その対空型だと思う」

『あれが……』

 

 イルクスが驚きの声を上げる。アンタレスを圧倒した雷竜達が手も足も出ずに殲滅され、自分でさえ回避が精一杯だったのだ。

 敵を自動で追尾する……話には聞いていたが、恐ろしい性能だ。

 

「うん。で、それを撃った奴らだけど……」

 

 ライカは、1度唾を飲み込む。

 

「……この事は、誰にも言わない様にしてね」

『ど、どうして?』

「例えばこれがモーリアウルさんとかの耳に入ったら、きっと"その国"に軍を差し向けようとすると思う。でも、今はグラ・バルカスとの戦いで精一杯。今敵を増やすのは絶対に駄目だし、そもそも戦っても勝てないよ」

『確かに……あの竜人の人なら、絶対()()するよね……』

 

 竜人の国の、外交担当貴族のイメージは2人とも共通だった。

 

「一応、この事は私から陛下にだけ伝えておくわ。きっと分かってくれるから」

『分かった』

 

 イルクスが、飛びながら頷く。

 それを見たライカは、意を決して()()()を言った。

 

「その国の名前は───」

 

 

───────

 

 

「編隊より報告……作戦は、失敗です」

「そうか……」

 

 通信士よりそれを聞いた艦隊司令は、無念そうに目を閉じる。

 

「同行していた雷竜7騎は全て撃墜しましたが、海上に神竜の物らしき死骸は浮いていなかった、と……」

「恐らくは海に潜って対処したのだろう……勘のいい奴だ」

「どうなされますか?」

「今から行っても追い付けまい。それに、元より失敗する可能性も考慮されていた作戦だ」

 

 例え、天の浮舟の姿を見られていたとしても翼下の国旗は消されておりその機が我が国の物だとは夢にも思わないだろう。来た方角も、我が国のある()ではなく西なのだ。

 もしこれがミリシアルなどに伝わったとしても、かの国は現在グラ・バルカス帝国などという大層な名前のついた人間族の国との戦争の真っ最中。

 例え調査船を送ってきたとしても、我が国の技術ならば事故に見せかけて撃沈する事など容易い。南方世界と第1文明圏外との境界は航行不可能領域だ、という噂がより強くなるだけだ。

 

「よし、それでは編隊を回収した後に帰投する」

「了解しました」

 

 そうして、司令は艦載機隊が飛行していった空を見上げる。

 その彼の───いや、艦橋にいる全員の背中には、2枚の翼がついていた。その特徴がある種族は、この世界には1つだけ。

 

 

 有翼人達の国に所属するアルストロメリア級航空魔導母艦『シェパーズポーズ』、そしてペチュニア級魔導巡洋艦4隻からなる艦隊は、艦載機隊を回収した後に、母国であるアニュンリール皇国の港へと帰投するのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク(中略)5つの小よろしくお願いします

はい、という訳でアニュ皇の登場です。でも物語の本筋にはまだ関わってはきません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誘導魔光弾

「───報告は以上です」

「アニュンリールか……ううむ」

 

 王都キルクルスの中心部、ランパール城にある王の間。薄暗いそこでイルティス13世はライカより事の顛末について報告を受けていた。

 そして、全てを聞いた彼の顔はかなり渋い物となっていた。

 当然だろう。雷竜を捕獲しに行った神竜騎士(国最高戦力)が神話の存在である誘導魔光弾による攻撃を受け、その犯人が文明国以下の技術しか持たない筈のアニュンリール皇国だと言うのだから。

 

 しかし、どうやら彼の狼狽はそこまでではないようで。

 

 

「……しかし、そなたらが無事で何よりだ。元より雷竜とて、対グラ・バルカス戦だけならば有力な戦力だが、対()()()()()()()()まで見通した時には力不足。

 かつてのインフィドラグーンの様に多くの神竜を揃えられる訳でもない以上、いつかは工学による航空機に移行していかねばならないのだ」

 

 

 彼は冷静に、そう言った。

 この言葉は正しい。音の数倍で飛行する事が可能である神竜。かつてのインフィドラグーンはこれを数多く保有しており、竜魔戦争でその殆どが死に絶えた。生存した僅かな者達もその多くはイルクスの様に眠りについている。要するに、数は全くもって増えていないのだ。

 イルネティア王国ではインフィドラグーンの真似事は不可能。彼はそう理解していた。だからこそ工学によって造られた航空機───つまり、『天の浮舟』や『飛行機械』などに移行しなければならない時期が必ず来る、そう考えているのだった。

 

「幸いにして、昨夜ミリシアルから返答が来た」

「……! まさか」

「うむ。この戦争が一段落つけば、だが旧式の魔光呪発式空気圧縮放射エンジンについての技術、そしてそれの技術者を派遣する、との事らしい。最もこれは我が国に限った話ではなく、中央世界の友好国殆どに、らしいが」

 

 先進11ヶ国会議後、神聖ミリシアル帝国は1つの決断を下した。それは、"技術提供制限の緩和"。

 『空間の占い』によって判明したタイムリミット。早くて4年、遅くとも25年以内にはラヴァーナル帝国が復活するという。かの国に対抗するには最早帝国のみでの技術開発は間に合わないと判断したのだ。

 そこで、帝国はこれまで他国に提供してこなかった天の浮舟や高性能魔導機関についての技術を各魔法文明国にも提供する事を決めたのだった。その中にイルネティアも入れたという訳だ。

 

「何はともあれ、皇国が今すぐに攻めて来る事はないのだな?」

「はい、その筈です。かの国は圧倒的な技術力を誇りますが、全世界を相手にする事は出来ないと判断してこれまで鎖国政策をとってきました。

 ですので、正体が発覚する筈のない作戦が失敗したからといって行動を起こす事はないと考えられます」

「うむ。我々の中で()()()()()()()()()()()()そなたが言うのだ。信頼しておるぞ」

「……ありがとうございます」

 

 ライカは、彼にのみ自分の秘密を明かしていた。それは彼が誰にも言わない()()()()()立場であり、誰にも言わないと思える人間であるからだった。特に、イルクスにだけは知られたくなかった。

 

 

「……ああ、そういえば例の件だが」

「!! 何か分かったのですか?」

「パーパルディア皇国からベスタル大陸西部の港町、ファルハールへと向かう船での目撃情報があったそうだ。詳しい行先などはまたおいおい判明した時に伝えよう」

「ありがとうございます!」

 

 彼女は深く頭を下げ、足早に王の間を出ていくのだった。

 

 

───────

 

 

〈中央歴1642年 6月26日 イルネティア島北方沖〉

 

 少し多めに雲が浮かぶ空。無限に広がるそんな空間にて2つの影が舞っていた。

 

「今!」

 

 その片方、イルクスに乗るライカがそう言う。瞬間、イルクスの開かれた口に魔法陣が形成され、そこから白く輝く光弾が発射された。

 それはもう一つの影───小型の魔石が取り付けられた気球に向かっていき……命中せず、そのまま海へと突っ込んで行った。

 

『あぁー……またダメかぁ』

「うーん、少しは曲がってるんだけど……」

 

 2人は気球を掴み、降下しながら会話する。

 彼女らの言う通り、確かに明後日の方向へと発射された光弾は飛翔中に向きを変え、気球へと向かっていた。だが、結果的にはそれよりそれなりに離れた場所を通り、海面に衝突した。

 静止目標でこれだ。実戦では到底使い物にはならないだろう。

 

 

「お疲れ様です〜」

 

 陸地に降り立った彼女らをそんな言葉と共に出迎えたのは、大きな黒三角帽に黒マントを着けたいかにも魔女といった風貌の少女だった。

 

「またダメだったー……なんとなく感覚は掴め始めてる気がするんだけどなー……」

「そうですね〜、少なくとも始めた時よりかは確実に誘導されてると思いますよ〜」

 

 竜人形態になったイルクスと彼女がそんな話をする。

 

 こののんびりとした口調の少女───アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラーは、胸元に輝く十字架を象ったブローチが示す通りれっきとした大魔導師、その中でも神聖ミリシアル帝国のそれと同位と言われる中央法王国の、だ。

 中央法王国にて大魔導師に認められた者のみがこのブローチを身に着ける事が出来るのだ。因みにミリシアルは三日月である。

 

 会話の内容からも分かる通り、今彼女らは『誘導魔光弾』の再現をしようとしていた。

 以前にモーリアウルも言っていたが、イルクスの種族、『ヴェティル=ドレーキ』は誘導魔光弾の様な物を発射する事が出来るのだ。もしこれが実現出来ればこれから起こり得る戦闘で有利となる事は間違いない。

 神代の魔法、誘導魔光弾。当初はミリシアルが魔導師を派遣する予定だったのだが、こちらは魔帝の様に魔導技術によって生み出される"兵器"ではなく、あくまでも個人によって使用される"魔法"であるが為に古くから古代魔法を研究していた中央法王国より大魔導師が派遣される事になったのだ。ライカと大して歳の変わらないアルデナなのは法王国なりの配慮である。

 

「貴女には必ず素質がありますから〜続けていれば必ず扱えるようになりますよ〜」

 

 彼女はそう励ます。

 

 彼女の所属する中央法王国では、魔法は大まかに4つに分類される。習得難易度が低い順に、初級、中級、上級、そして特級魔法だ。

 初級から上級は、魔力さえあれば訓練すれば必ず使える様になる魔法。

 例えば、法王国海軍提督ファンタスの扱う『イクシオンレーザー』、これは上級魔法に分類される。その為、使おうと思えばイルクスでもライカでも使う事が出来る。尤も、アレはラ・バーン家の門外不出の魔法である為に使える時は永遠に来ないだろうが。

 だが、特級魔法。これだけは別だ。

 ここに分類される魔法は、その全てが"素質が無ければ扱えない"魔法なのだ。神竜の扱う誘導魔光弾もこれに含まれ、なのでライカが幾ら訓練しようが、扱えるだけの魔力があろうが使える事はない。というよりも、人類でこれの素質がある者はいない。神話に謳われる大魔導師、ルーサなどであればあるいは出来るのかもしれないが。

 だが、逆に神竜にはあったのだ。その証拠に、今こうして訓練すればある程度誘導出来るようになってきているのだから。

 

「魔法に重要なのは魔法式(詠唱)への理解とイメージです〜。イメージを高めるには何度も何度も使う事が1番の近道なので〜諦めずに頑張りましょう〜」

「……うん! 僕なら出来る!」

「はい〜出来ます〜」

 

 激(?)励を受け、彼女らは再び空へと飛び立つ。

 

 しかし結局、その日は気球に当たる事はなかった。

 

 

───────

 

 

「はぁー……疲れたー……」

「あ、握力が……」

「頑張りましたね〜」

 

 日が落ちてきた頃、その日の訓練は終了した。2人はアルデナから渡された水を飲みつつ、ライカは手網の握りすぎで感覚の無い手を見つめていた。

 

「当たりはしませんでしたが〜、確実に精度は上がっています〜。この調子でいけば〜あと少しで止まっている相手には当てられる様になると思いますよ〜」

「そうかな……」

「はい〜」

 

 しゅん、と落ち込み気味のイルクスをそう励ましているアルデナだったが、ふと思い出す。

 

「そういえば〜本国から貴女にやって欲しい事があると言われてたんでした〜」

「やって欲しい事?」

「新しく開発された魔法なんですけど〜」

 

 そう言いながら、彼女は自らのポーチから1枚の紙を取り出し、イルクスへと渡す。

 そこには手書きの古代エルフ語の詠唱文がずらりと書かれていた。

 

「何これ?」

「それは『変身魔法』といって〜、その名の通り対象の姿を変身させる魔法です〜」

「「!!?」」

 

 2人は目を丸くする。彼女の言う事が本当だとすればスパイの歴史が変わってしまう。

 何せ魔法だ。どんな変装よりも正確だろう。それでスパイが国内でしっかりとした立場の人間に変身すれば疑われる事なく諜報活動を行えるし、いや、そもそもそれで何か重要なポストについている者を殺し、成り代わるといった事も可能になってしまう。

 

「そ、そんな魔法、私達に教えてもいいんですか!?」

「というよりかは〜その魔法はイルクスさんが使う事によって完成するんです〜」

「僕が?」

「はい〜。その魔法はあまりにも魔力消費が激しくて〜、今の竜人族やハイエルフでさえ感知出来ない程度の時間しか変身出来ないんです〜」

「で、でも……」

「あ、分かった! もしかして、僕に実験して欲しいんだ!」

 

 ポン、とイルクスが手を叩く。実験なら本国でやればいいのでは、とライカは一瞬思ったが、すぐに中央法王国が魔信すら使えない程魔法工学を軽視している事に思い至る。

 

「その通りです〜。不甲斐ない事に〜、本国ではそれを満足に使用するだけの魔力を得る事が出来ないので〜」

「なるほどー、うん、それなら任せてよ!」

 

 そう言うと、彼女はすぐに詠唱を始める。

 それを見るアルデナはくすりと微笑ましい物を見るように笑みを浮かべ、

 

「まあそれは上級魔法なので〜、今日は疲れているでしょうしまた空き時間にでも練習を」

「『まことのせいよしばしのいとまを……へんしんまほう!』」

 

 

 ぽうん。

 

 

「すれば……いい……」

「……え?」

「ほんとに変わった! すごーい!!」

 

 アルデナは言葉の途中で硬直した。ライカは何が起こったのか分からず、唯一イルクスだけがはしゃいでいた。

 

 詠唱が終わり、一瞬煙に包まれたのはイルクス───ではなく、ライカであった。そして煙が晴れると、そこにいたのは18歳にしては小柄の少女ではなく、2本の角と翼、白銀の尻尾を持つ、竜人を一目惚れさせる大柄の少女───つまり、イルクスであった。

 

「……」

「何が……というか、目線が高い……」

「僕がもう1人いる! すごい、いつも鏡で見てるのと全く変わらないよ!」

「……私、神話舐めてましたー……」

 

 衝撃、困惑、歓喜。それぞれ別の感情を抱く事となったこの実験は申し分ない程に成功したとアルデナは判断した。

 そして、記録を残す為に2人のイルクスを魔写───ミリシアルで購入した───で撮り、その日の訓練は終了したのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがい三密Goto5つの小よろしくお願いします

『異世界各国が最善の選択をしていたら』みたいなif物になってきた……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦準備①

〈中央歴1642年8月26日 神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス〉

 

 世界一発展していると言われる、"眠らない魔都"ルーンポリス。その中心部に鎮座するアルビオン城より5km程離れた位置にある六芒星の建築物。

 神聖ミリシアル帝国、国防省。その一室にてとある作戦会議が行われていた。

 

 

「それではご報告致します。昨日、レイフォルにて活動中の諜報員より魔信が入りました。お手元の資料をご覧下さい」

 

 上質な木材で作られた机を囲む面々の前にて、帝国情報局局長のアルネウス・フリーマンが告げる。

 

「大規模な攻勢の兆しあり、か……ううむ……」

 

 手元の資料を読み、重々しい唸り声を上げたのは国防省長官のアグラ・ブリンストンだ。

 彼は書いてある内容に渋い顔を隠せないでいる。

 

「はい。書いてある通り、グラ・バルカスは本気でイルネティアを攻略するつもりです。イルネティア島は我が国が帝国へと攻勢をかける際に重要な拠点となる島、奪われる訳にはまいりません」

「しかし、この数は……」

 

 彼が不安になるのも当然の数値が、そこには書いてあった。

 

 

「計679隻だと……我が国の全戦力をも超える数ではないかっ!?」

「し、しかもその内戦艦が17隻、空母に至っては40隻!?」

「一体奴らはどれ程の戦力を有しているのだ……」

 

 その圧倒的な数に室内は騒然となる。

 何せ、ミリシアルの空母は20隻、現在建造中の物を合わせても22隻しかないのだ。40隻の内の大半が軽空母だとしても、展開可能機数はこちらを遥かに上回る事だろう。

 

「現在、イルネティアに駐留しているのは第一から第三魔導艦隊の計109隻、それに加えてイルネティア王国艦隊が20隻、エモール王国竜母が2隻です。あまりにも戦力が足りません」

「神竜がいるのでは?」

「いかに強力とはいえ1騎しかいないのです。敵の数は圧倒的、艦隊を分散させてくるでしょう。そうなった時、どれかの艦隊を潰している間に他の艦隊は本島に辿り着いてしまいます。それでは意味がありません」

「ううむ……」

 

 そう、神竜は1騎しかいないのである。

 神竜を正面から打ち破れないのであれば、()()()()を使えばいい。要するに人質だ。

 島そのものを人質とし、神竜に降伏を迫る。これがミリシアルで考えられている"対神竜戦術"であった。そして、それは敵も分かっているだろう。

 

「また、ありえないとは思いますが偶然に偶然が重なった結果神竜が戦闘不能になる、という事も考えられます。あまり当てにしすぎるのは良くないかと」

「そうだな……他国はどうだ? 我が国が呼びかければ招集に応じるだろう?」

 

 この場合の他国、とは主にムー国とアガルタ法国、そして日本の事である。日本とムー国は言わずもがな、アガルタ法国にはかなりの技術提供をしており、それなりに期待していた。それ以外は弾除け程度にしか思っていないが。

 

「はい。ムー国ではイルネティアより貸与されていたオリオン級戦艦を解析、複製したラ・ゴンコ級戦艦、そして新たに設計されたラ・エルベン級戦艦がそれぞれ就役しています。この2つは共に我が国のミスリル級程度の性能があり、それなりの戦力となるでしょう。

 また、ムー国初の駆逐艦、ラ・ハルハツ級駆逐艦も既に7隻が就役済み、3隻が来月に就役予定であり、こちらも期待出来ます」

 

 情報局が集めてきた情報を告げる。

 第2次イルネティア沖海戦の際に鹵獲されたオリオン級戦艦は最近までムー国に貸与されていたのだ。それにより、ムー国の兵器は格段にパワーアップした。

 ラ・ゴンコ級は金剛型、ラ・エルベン級は主砲を35.6cm連装砲、高角砲を12.7cmに変えたクイーン・エリザベス級、ラ・ハルハツ級は初春型にそれぞれ酷似している。

 

「また、アガルタ法国ですが先日売却したアイアン級魔砲艦6隻を魔導艦に改造し、結果としてカルトアルパスで見せた『艦隊級極大閃光魔法』の連射に成功した様です。射程の関係上対艦攻撃は無理でしょうが、対空では活躍が期待できるでしょう。

 造船設備の方は来月にも完成する見込みですが……」

「法国の方はあまり当てにならんか……」

 

 はぁ、とアグラがため息をつく。

 技術提供制限の緩和が決定された時、アガルタ法国はミリシアルの魔導艦の提供を求めてきた。高出力の魔導機関と、それを載せられる船が欲しかったらしい。

 そこで、ミリシアルは旧式で既に使われていないアイアン級魔砲艦を安価で6隻売却した。何故6隻なのかは先程アルネウスが言った通り、艦隊級極大閃光魔法を使いたかったからだ。

 

「その他の国家は……あまり変わっていません。パンドーラがルーンアローを改造したり、マギカライヒがムー国より砲を輸入したりはしている様ですがどれも付け焼き刃にしか過ぎませんので。戦闘では精々弾除けになってくれれば良い方でしょう。尤も、敵にすら無視されるかもしれませんが。

 そして……日本ですが、現状、参戦は難しいとしか言いようがありません」

「うむ……」

「彼らの本国は第3文明圏の更に果て、資料にも記載されている通り、敵の作戦は1月上旬との事ですので4ヶ月では準備は難しいでしょう」

「そうか……致し方あるまい」

 

 空気が沈む。

 彼らは皆日本の技術力をある程度知っている。エルペシオ改造の際、日本の力を借りる事に踏み切ったのは大して信じていなかった外交官フィアームの報告書を思い出したからなのだ。

 音速を超える戦闘機。仮にそれが魔帝の使う物も同じであればグラ・バルカスなど鎧袖一触であるのだが……如何せん、時間がなかった。

 

「一応要請はしておきますが、第3文明圏の国家は作戦には入れない方がいいでしょう」

「そうだな……となると、実質的な戦力は我が国とムー国、イルネティアに次席でエモール、アガルタと言った所か。西部防衛艦隊からも戦力を捻出するべきだろうか……」

「お、お待ち下さい! 敵の全戦力が未知数である以上、今西の防衛に穴を開けるのは危険です!」

 

 西部方面艦隊提督のクリングが慌てて止める。

 

「ならばどうしろと言うのだ! 中途半端な戦力では兵を無駄死にさせてしまうのみなのだぞ!?」

「しかし提督の言う事にも一理あります。ここに来て我が国の予想を遥かに上回る戦力を出してきたのです。この数を全戦力だと決めるつけるのは危険かと。この情報とて欺瞞の可能性すらあるのです」

「ぐうぅ……」

 

 アグラが唸る。

 そう、イルネティア島を死守したとして、その時本国が無くなっていれば本末転倒なのだ。

 西部防衛艦隊は4艦隊の計144隻。この半分を引き抜いたとして、もし敵が100隻でもこちらに寄越せば簡単に押し切られてしまうだろう。

 ルーンポリスは沿岸部にある。艦砲射撃を受けてしまえば短時間で灰燼と帰してしまう。

 

「地方隊を掻き集めて向かわせましょう。それしかありません」

「それで足りるのか? 集められても精々40隻かそこらだろう? それも全て旧式だ!」

「しかし!」

 

 

「パル・キマイラを出す」

 

 

 硬直した会議の流れを断ち切ったのは、腹に響くその様な重い声だった。

 

「……は、今、何と」

「聞こえなかったのか? パル・キマイラを出すのだ」

 

 その声の主は、これまで沈黙を保っていた皇帝、ミリシアル8世その人であった。

 彼は聞き返したアグラにそう告げる。

 

「ぱ、パル・キマイラ……」

「あの、古代兵器でありますか?」

「そうだ。通常戦力では力不足である以上、これを出すしかあるまい」

 

 パル・キマイラ。ここにいる面々も存在だけならば知っていた。

 かつてラヴァーナル帝国が使用していたという()()戦艦。神話では神竜に物理的に引き摺り下ろされたりという話は有名だが、それは彼らが規格外過ぎるだけ。その様な技術の無いグラ・バルカスでは墜とす事は不可能だろう。

 

「2隻出す。敵が艦隊を分けてくれば寧ろ好都合だ。各艦隊を1隻ずつで対処し、残った艦隊を通常戦力で相手どれば良い。それを可能とする力が、アレにはある」

「な、成程……それならば……!」

「十分に勝機はありますな!」

 

 沈んでいた空気が一気に持ち上がる。古代兵器の力はそれだけ絶大であった。

 

 その後も神竜の運用───開戦直後に単独で敵艦隊の中枢に侵入させ、空母を叩かせる───などが考え出されるなど、夜が耽けるまで会議は続いたのだった。

 

 

 運命の海戦まで、あと137日。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいSOCIALDISTANCE三密Goto5つの小よろしくお願いします

戦力は概ね原作と同じ。でもかなり質は上がってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦準備②

〈中央歴1642年8月17日 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ〉

 

 ミリシアルに情報が流れる少し前の事。西方世界にその名を轟かせるグラ・バルカス帝国の帝都にて、前代未聞の大規模侵攻作戦の概要が詰められていた。

 

「全員、集まったか」

 

 軍幹部達が集う会議室の前に立った"帝国の3将"が1人、帝国海軍東部方面艦隊司令長官のカイザル・ローランドが言う。

 

「集まったか、じゃないわよ」

 

 そんな彼に食い掛かったのは、同じく"帝国の3将"が1人、帝国海軍特務軍司令長官のミレケネス・スウィーチカだ。

 彼女は予め渡されていた資料を握りしめ、彼を睨みつけていた。

 

「何なのこのふざけた内容は!? あなた、何を書いてるのか分かってるの!?」

「ああ。儂は正気だ」

「っ! ……戦艦17隻に空母が40隻ですって!? それに巡洋艦や駆逐艦合わせて計679隻!? こっ、こんな大艦隊、たかが1つの島にぶつけるにはあまりにも過剰戦力よ!!」

「その"たかが1つの島"に既に我々は2度敗北しているのだ」

「で、でも!!」

「あの島……イルネティア島を奪取する事は帝国が世界を統べる上で絶対に必要な事なのだ。分かってくれ」

「そ、それでも」

 

 未だ食い下がる彼女に、カイザルは向ける視線を鋭くする。

 

「そういえば、カルトアルパスの折に『敵の艦船の性能を知りたい』と言って中途半端な戦力を送る様に指示したのはお前だったな……」

「!! そ、それは」

「もしあの時儂が戦力を追加しなければマゼランも沈んでいたかもしれんな」

「───っ!!……」

 

 痛い所を突かれた彼女は手を握り締め、プルプルと震えながら口を閉ざした。

 

 

「ろ、ローランド。艦艇数はまだいいんだが、この『超重爆撃連隊も出す』という記述は……」

 

 普段にも増して冷徹な眼をするカイザルに、恐る恐る同じく"帝国の3将"たる帝都防衛隊長のジークス・テイラーが尋ねる。

 

「確かこれは帝王陛下の裁可が下らなければ出撃させられない筈だが」

「既に裁可は下りている。儂が直接伺って、な」

「な……そ、そうか」

 

 さらりと言われたその言葉に思わず絶句する彼。その様な話は何も聞いていなかった。まさか誰も通さずに直接出向いたのだろうか。

 如何に軍部のトップとはいえ所詮一軍人でしかない彼が何も通さずに帝王の元へ行くなど正気の沙汰ではない。不敬罪で処罰されてもおかしくない程だ。

 

「しかしアレをどうするつもりだ? 神竜には効かないだろう?」

 

 浮かんだ疑問を口に出す。彼は、今回の作戦が明らかに神竜を意識した物だという事を理解していた。

 

 超重爆撃連隊とはグラ・バルカス帝国特殊殲滅作戦部に所属しており、『グティマウン型爆撃機』のみで構成される爆撃機隊だ。

 最新鋭機であり、その機密性から軍幹部であっても詳細を知る者は少なく、また運用するには帝王の裁可が必要になる。

 これは爆撃機だ。広い範囲を殲滅するにはいいかもしれないが、神竜の様に素早い物には無力である筈なのだ。

 

「その通りだ。これは神竜を意識した訳ではない」

「では何故だ? 敵の艦隊だけならばこちらの艦隊で十分だろう?」

「……神竜は、この世界でもかなりイレギュラーな存在らしい。第1次イルネティア沖海戦で表舞台に出るまでは、神話の中のみの存在だったようだ」

「そ、そうか」

 

 放たれる冷たい気迫に狼狽えつつ、話を聞く。

 

「だから儂は神話を調べた。情報部は全くこれに手を付けていなかったのでな」

「そうだろうな。神話なんてものは大抵……作り話だ」

「ユグドではな。だが、この世界ではどうも違うらしい」

 

 彼は1枚の写真を取り出し、ボードに貼る。それはとある壁画の写真だった。

 

「神竜はかつて、インフィドラグーンという国家に数多く所属していたらしい。そして戦い、ある戦争でインフィドラグーンは滅びた」

「ほ、滅びた? あんな常識外の存在が複数集まったのにか?」

「ああ。その敵の名は……ラヴァーナル帝国。先進11ヶ国会議で復活が告げられ、参加国の面々が揃って戦慄していたという、その国だ」

 

 彼はあの時あの場にいた外交官シエリアの報告書も読んでいた。彼女はその時「所詮占いだ」と笑い飛ばしたらしいが……

 

「もしこれが本当だとすれば、外交官達がその様な反応をしたのにも納得がいく。この壁画を見てくれ」

「それは……車輪、か?」

 

 彼が貼った写真の壁画。そこには何やら車輪のような物が横向きに描かれていた。

 

「これは『空中戦艦パル・キマイラ』。その名の通り、ラヴァーナルで運用されていた空中戦艦だ」

「空中……戦艦? まさか、そんな車輪が空を飛ぶのか?」

「らしい。グティマウンはそれの対処の為だ」

 

 彼がそう言った直後、バン、と机が叩かれる。

 

「あ、あなたはそんな無為滑稽な存在の為だけに、帝国の秘密兵器を動かすというの!?」

「無為滑稽ではない。神聖ミリシアル帝国があれ程の発展を遂げたのはこのラヴァーナル帝国の遺跡を解析した結果らしいからな。古代兵器を秘密裏に保有していてもおかしくは無い。

 そして、スパイのもたらした情報の中に、『内陸部の荒野に立ち入り禁止区域がある』という物があった。他にも古代兵器はいくつかある様だが、"少ない数で戦局をひっくり返す"事が出来、水上戦闘艦ではない兵器はこれだけだ。

 実際、神話の通りの性能であればこれが出てきた場合艦隊と艦載機のみでは対処はほぼ不可能だろう」

 

 彼は神話を調べていく中でいくつかの兵器の存在を知った。

 誘導魔光弾、対空魔船、天の浮舟、海上要塞パルカオン……そして、空中戦艦パル・キマイラ。

 まず、彼は誘導魔光弾を想定から外した。実戦投入していないという事はつまり解析が終わっていないという事だろう。そんな貴重な兵器を例えあったとしても投入はしない、そう判断した。

 そして、その時点で音速越えの天の浮舟も候補から消えた。こんな物を投入しても、精々艦載機に無双出来るだけで艦隊戦になれば大した脅威にはならないからだ。

 更に、内陸部の基地である為に対空魔船やパルカオンも可能性から消した───沿岸部の秘密基地も存在するのだが、そちらはスパイは把握出来なかった───。

 そうなった時、残るのはパル・キマイラのみなのだ。

 

「これは比較的低空を飛行する物らしい。魔力によって障壁を張り、航空機の機銃は全くの無意味、そこから恐らく高角砲も阻まれるだろう。

 そして、空中を移動するという事はそれなりの速度だと予想できる。そんな相手に艦砲は当たらん」

「成程、そこでグティマウンか」

「うむ。どうやら恐ろしい精度の対空砲もあるらしいが、グティマウンであればそれの射程外から攻撃を加える事が出来る」

 

 ジークスが納得した、という風な顔をする。だが、ミレケネスはまだ納得出来ないらしい。

 

「狂ってるわ……そんな、未確定情報で貴重な兵器を動かすなんて……」

「何とでも言え。既に決定した事だ」

 

 彼は彼女を突き放すと、作戦の詳細を詰め始める。

 

「作戦を話そう。艦隊は4つに分ける。それぞれ第一先遣艦隊118隻をイルネティア島南部、第二先遣艦隊115隻を南西部、第三先遣艦隊115隻を南東部より同時に接近させる。

 我々が注意すべき国家はミリシアル、イルネティア、ムーの3国のみだ。だが、それらが動かせる戦力は全て合わせても精々200隻程度だろう」

 

 黒板に簡単な地図を書き出し、島の各方角より接近する帝国艦隊として白い磁石を、敵艦隊として黒い磁石を貼り付ける。

 そして、その黒磁石を南部の艦隊()()に接近させる。

 

「ミリシアルはともかく、ムー国の艦艇はその大半が冬戦争レベルの性能しかない。鹵獲した船を解析してはいるだろうが艦艇というのはそう簡単に増やせる物でもない。

 敵も馬鹿ではない。戦力分散の愚は犯さないだろう。よって、艦隊はこのどれかに集中させると考えられる」

「そして、残りの2つの艦隊は先程言っていた空中戦艦で叩く、か。で、現れた所をグティマウンでやるという訳だ」

「その通りだ。その後2艦隊は敵のいない海域を抜け、イルネティア島へと直進、沿岸部を艦砲射撃、その後爆撃する」

 

 白磁石を島に接近させ、次に4個目の白磁石を南部の艦隊の元へ動かす。

 

「そして、最後に戦闘中の艦隊の元へ『マゼラン』率いる本隊331隻が向かい、敵艦隊を鏖殺。これにてイルネティア島攻略作戦は終了となる」

「神竜はどうする。奴をどうやって撃墜するつもりだ?」

「神竜は恐らく単独で行動し、後方に待機しているこちらの空母を狙って来るだろう。カノープスで撃墜出来ればいいが、それが不可能であった場合の新型砲弾も用意してある。それで対処する」

「Z弾か。確かにあれの攻撃範囲と威力であればあるかもしれないな」

 

 Z式散乱弾。以前開発された新型の対空砲弾であり、マグネシウム片の代わりに小型爆弾を数多く内蔵している。

 その特性上口径41cmの砲でなければ扱えず、その為に各先遣艦隊の旗艦は41cm砲を装備している戦艦となっている。

 

 キャンサー級戦艦。第二、第三先遣艦隊の旗艦を務める新型戦艦だ。

 これは航空機の有効性が認められて建造が中断されていた艦だ。今回、対神竜用に戦艦が必要となった為に建造が再開、就役したのだった。

 主砲は45口径41cm3連装砲3基。偶然なのか、かつてこの世界に派遣された『紀伊型戦艦』に酷似している。

 

「例え撃墜出来ずとも神竜とて乗る者は少女! 1つでも艦隊が辿り着き、島を人質にとる事が出来れば降伏に応じるだろう、という訳だな!」

「ああ。その通りだ」

 

 ジークスのその言葉に頷くカイザル。

 

「この大規模侵攻作戦の情報はある程度敵に流す。これだけの艦隊を動かしておいても敵がいなければ意味が無いのでな」

「ああ。新世界全ての戦力を神話ごと正面から打ち破る! これにより帝国の支配は磐石となるというものだ!」

「帝国万歳!! 帝王陛下万歳!!!」

「「「帝国万歳!! 帝王陛下万歳!!!」」」

 

 誰かが言ったそれに、会議室内の面々も続く。ただ1人、カイザルを除いては。

 

 

 会議中、彼の瞳の奥に常に暗い光が灯っている事に気付いた者は誰もいなかった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいSOCIALDISTANCE三密Goto5つの小よろしくお願いします

全てを読み切るカイザルさん。3将とか大層な名前がついてるくらいだし、多少はね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中央歴1643年
艦艇・航空機など


レイアウトなどはzero零様の物を参考にさせていただきました。

オリジナル艦艇、兵器等があります。
公式とは違う部分が多々ありますので注意してください。


※情報は中央歴1643年以降の物

 

【目次】

 

〈イルネティア王国〉

 ・魔導戦艦イルネティア

 ・雷竜

 ・神竜(イルクス)

 

〈神聖ミリシアル帝国〉

[海上戦力]

 ・オリハルコン級魔導戦艦

 ・アダマン級魔導戦艦

 ・イシルディン級魔導戦艦

 ・ミスリル級魔導戦艦

 ・ゴールド級魔導戦艦

 ・マーキュリー級魔導戦艦

 ・シルバー級魔導重巡洋艦

 ・ブロンズ級魔導軽巡洋艦

 ・アイアン級小型魔導艦(二代目)

 ・リード級小型魔導艦

 ・マカライト級航空魔導母艦

 ・ロデオス級航空魔導母艦

 ・スティール級戦車揚陸型魔導艦

 ・エタン級強襲揚陸型魔導艦

 ・モリオン級魔導重輸送艦

 ・ラーヴァ級魔導輸送艦

 ・トネリコ級魔導掃海艇

[航空戦力]

 ・エルペシオ5

 ・エルペシオ4

 ・エルペシオ3改

 ・ジグラント4

 ・ジグラント2改

[陸上戦力]

 ・ミノタウロス重戦車

 ・フェンリル中戦車

 ・ケンタウロス軽戦車

 ・イフリート魔導兵

 ・スパルトイ魔導兵

 

〈ムー国〉

[海上戦力]

 ・ラ・ルンソン級戦艦

 ・ラ・エルベン級戦艦

 ・ラ・ゴンコ級戦艦

 ・ラ・ソウフ級戦艦

 ・ラ・カサミ級戦艦

 ・ラ・キーヴォン級重巡洋艦

 ・ラ・デルタ級装甲巡洋艦

 ・ラ・グリスタ級防護巡洋艦

 ・ラ・ホトス級防護巡洋艦

 ・ラ・リアシリュー級軽巡洋艦

 ・ラ・シキべ級軽巡洋艦

 ・ラ・ハルハツ級駆逐艦

 ・ラ・アリスタ級航空母艦

 ・ラ・ヴァニア級航空母艦

 ・ラ・コスタ級航空母艦

 ・ラ・リーヴィス級戦車揚陸艦

 ・ラ・カイラス級重輸送艦

 ・ラ・ヴェイリア級輸送艦

[航空戦力]

 ・ゲイル型艦上戦闘機

 ・ウィンド型艦上戦闘機

 ・スカイ型艦上戦闘機

 ・テンペスト型艦上攻撃機

[陸上戦力]

 ・ラ・チュリオン巡航戦車

 ・ラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車

 ・ラ・ヴィクトルⅠ歩兵戦車

 

〈エモール王国〉

 ・アクセン級魔導竜母

 ・風竜

 

〈アガルタ法国〉

 ・ディバイン級魔導艦

 

〈中央法王国〉

 ・大魔導艦

 

〈グラ・バルカス帝国〉

 ・グレードアトラスター級戦艦

 ・キャンサー級戦艦

 ・ヘルクレス級戦艦

 ・アリエス級戦艦

 ・オリオン級戦艦

 ・タウルス級重巡洋艦

 ・ライブラ級重巡洋艦

 ・カプリコーン級軽巡洋艦

 ・レオ級軽巡洋艦

 ・キャニス・メジャー級軽巡洋艦

 ・キャニス・ミナー級駆逐艦

 ・エクレウス級駆逐艦

 ・スコルピウス級駆逐艦

 ・ペガスス級航空母艦

 ・サジタリウス級航空母艦

 ・イーグル級航空母艦

 ・カノープス型艦上戦闘機

 ・アークトゥルス型艦上攻撃機

 

 

 

〈イルネティア王国〉

 

・魔導戦艦イルネティア

 基準排水量:63,000トン

 全   長:263m

 全   幅:39m

 最 高 速:32.5ノット

 巡 航 速:16ノット/14,800浬

 兵   装:45口径46cm三連装砲 3基

       霊式20.3cm三連装魔導砲 2基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 12基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 10基

       アクタイオン25mm三連装対空魔光砲 22基

       アクタイオン25㎜単装対空魔光砲 26基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 4基

 同 型 艦:『イルネティア』

 概   要:第一次イルネティア沖海戦において鹵獲したグレードアトラスターを神聖ミリシアル帝国が改造したもの。新技術がふんだんに取り入れられており、喫水線下の前後部には計4つの風神の涙式ウォータージェット『人魚の唄声』を装備し、通常では有り得ない機動性を発揮する事が出来る。

 

・雷竜

 体   長:平均約31m

 最 高 速:650km/h

 武   装:導力電光撃

 概   要:属性竜の一種。気性が荒く、竜人族ですら調伏が不可能である為、世界でも運用しているのはイルネティア王国のみ。

 

・神竜(イルクス)

 体   長:9.12m/170cm(神竜形態/竜人形態)

 最 高 速:???km/h

 武   装:イルクスレーザー

       導力爆裂弾

       誘導魔光弾(未完成)

 概   要:神竜の一種『ヴェティル=ドレーキ』の幼竜。竜人形態にフォルムチェンジする事もできる。

 

 

〈神聖ミリシアル帝国〉

 

・オリハルコン級魔導戦艦

 基準排水量:61,000トン

 全   長:260m

 全   幅:45m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:16ノット/14,000浬

 兵   装:四連装対艦誘導魔光弾発射管 4基

       霊式46cm三連装魔導砲 3基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 8基

       第四世代イクシオン40mm四連装対空魔光砲 10基

       レフュリシアン20㎜連装対空魔光砲 16基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 14基

 同 型 艦:『コスモ』

 概   要:神聖ミリシアル帝国初となる46cm砲を装備した最新鋭艦。しかしその最たる特徴は四基装備された対艦誘導魔光弾発射管である。

 

・アダマン級魔導戦艦

 基準排水量:41,000トン

 全   長:240m

 全   幅:40m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:16ノット/12,000浬

 兵   装:霊式41cm三連装魔導砲 3基

       霊式20.3cm三連装魔導砲 1基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 8基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 8基

       アクタイオン25mm三連装対空魔光砲 18基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 24基

 同 型 艦:『アダマンタイト』『グングニル』『カラドボルグ』

 概   要:神聖ミリシアル帝国初となる、41㎝砲を装備した最新鋭艦。かねてより解析、建造が進んでいたのだが、肝心の魔導砲や機関の解析が終わっておらず建造は難航していた。しかし、中央歴1641年に起こった第1次イルネティア沖海戦においてグレードアトラスターが鹵獲され、ミスリル級を遥かに超えるその性能が明らかになると、魔法と科学、技術系統は違えど何らかの手掛かりになると見込んだ軍は修理という名目でグレードアトラスターを解析。その効果は凄まじく、あれ程までに難航していた41㎝砲、そして魔導機関の解析があっさりと終わり、晴れて本格的な建造に入ることになった。この件があり、上層部に蔓延していた科学軽視思考が弱まった、とも言われている。

 喫水線下の両舷前後に『人魚の唄声』を各部1基、計4基装備。装甲は艦級名の通りアダマンタイト‐鋼合金。

 

・イシルディン級魔導戦艦

 基準排水量:31,000トン

 全   長:215.2m

 全   幅:37m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:16ノット/11,000浬

 兵   装:霊式41cm三連装魔導砲 2基

       霊式12.7㎝連装高角魔導砲 5基

       第四世代イクシオン40mm四連装対空魔光砲 6基

       レフュリシアン20㎜連装対空魔光砲 10基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 22基

 同 型 艦:『クトネシリカ』

 概   要:小型の船体にどれだけの火力を搭載できるか、というコンセプトで設計された戦艦。『人魚の唄声』を装備し、装甲はイシルディン-鋼合金。イシルディンはミスリルに特殊な加工を施した金属であり、ミスリルよりも魔力伝導率が高い。

 

・ミスリル級魔導戦艦

 基準排水量:30,000トン

 全   長:210m

 全   幅:36m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:16ノット/11,200浬

 兵   装:霊式38.1cm三連装魔導砲 2基

       霊式15.2㎝三連装魔導砲 1基

       霊式12.7㎝連装高角魔導砲 4基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 6基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 10基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 20基

 同 型 艦:『コールブランド』『カレドウルフ』『エクス』『カリバー』他

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する魔導戦艦。

 

・ゴールド級魔導戦艦

 基準排水量:23,000トン

 全   長:198m

 全   幅:32m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:16ノット/10,800浬

 兵   装:霊式38.1cm連装魔導砲 3基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 4基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 4基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 10基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 16基

 同 型 艦:『ガーンデンヴァ』『ジョワイユーズ』他

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する魔導戦艦。元々の主砲口径はマーキュリー級同様の34.3cmであったのだが、船体に余裕があったため数年前より一部の艦で38.1㎝に試験的に換装していた。結果は良好であり、現在では全ての艦が38.1cmに換装されている。ただし、新型艦にリソースをつぎ込むためすでに生産は終了した。

 

・マーキュリー級魔導戦艦

 基準排水量:21,000トン

 全   長:180m

 全   幅:30m

 最 高 速:25ノット

 巡 航 速:14ノット/9,800浬

 兵   装:霊式34.3cm連装魔導砲 4基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 4基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 10基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 14基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する魔導戦艦。

 

・シルバー級魔導重巡洋艦

 基準排水量:8,700トン

 全   長:180m

 全   幅:19m

 最 高 速:33ノット

 巡 航 速:14ノット/8,900浬

 兵   装:霊式20.3cm連装魔導砲 3基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       53cm四連装魔導魚雷発射管 4基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 6基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 8基

 同 型 艦:『ゲイジャルグ』『レフィリー』他

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する魔導重巡洋艦。

 

・ブロンズ級魔導軽巡洋艦

 基準排水量:5,100トン

 全   長:150m

 全   幅:15m

 最 高 速:35ノット

 巡 航 速:14ノット/5,000浬

 兵   装:霊式14cm連装魔導砲 3基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 1基

       53cm四連装魔導魚雷発射管 2基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 4基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 6基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する魔導軽巡洋艦。

 

・アイアン級小型魔導艦(二代目)

 基準排水量:2,400トン

 全   長:135m

 全   幅:13m

 最 高 速:39.5ノット

 巡 航 速:15ノット/6,000浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 3基

       53cm四連装魔導魚雷発射管 2基

       第四世代イクシオン40mm四連装対空魔光砲 2基

       レフュリシアン20mm連装対空魔光砲 2基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 6基

       25連装対潜迫撃魔導砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国が開発した新型小型艦

 

・リード級小型魔導艦

 基準排水量:2,200トン

 全   長:130m

 全   幅:12m

 最 高 速:40.2ノット

 巡 航 速:14ノット/4,800浬

 兵   装:霊式12.7cm連装魔導砲 2基

       53cm三連装魔導魚雷発射管 2基

       アクタイオン25mm3連装対空魔光砲 2基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 6基

       25連装対潜迫撃魔導砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する小型艦。

 

・マカライト級航空魔導母艦

 基準排水量:70,100トン

 全   長:262m

 全   幅:80.2m

 最 高 速:31ノット

 巡 航 速:15ノット/9,000浬

 兵   装:霊式20.3cm連装魔導砲 2基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 6基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 8基

       アクタイオン25mm三連装対空魔光砲 24基

 搭 載 機:142機

 同 型 艦:『マカライト』『ローレライ』『ミストルティン』『ティルフォング』『ヴァルトラウテ』『ピナーカ』

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する最新鋭航空母艦。

 

・ロデオス級航空魔導母艦

 基準排水量:39,000トン

 全   長:235m

 全   幅:68m

 最 高 速:25ノット

 巡 航 速:13ノット/6,800浬

 兵   装:霊式20.3cm連装魔導砲 1基

       霊式12.7cm連装高角魔導砲 5基

       第三世代イクシオン40mm八連装対空魔光砲 6基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 14基

 搭 載 機:56機

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する航空母艦。

 

・スティール級戦車揚陸型魔導艦

 基準排水量:2,100トン

 全   長:121m

 全   幅:18.2m

 最 高 速:17ノット

 巡 航 速:10ノット/9,000浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       第二世代イクシオン20mm連装対空魔光砲 4基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する揚陸艦。フェンリル中戦車を12両搭載可能。

 

・エタン級強襲揚陸型魔導艦

 基準排水量:4,900トン

 全   長:142m

 全   幅:24m

 最 高 速:15.5ノット

 巡 航 速:10ノット/9,000浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       第二世代イクシオン20mm連装対空魔光砲 4基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 4基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する揚陸艦。ウェルドックを装備しており、上陸用舟艇を3隻搭載可能。

 

・モリオン級魔導重輸送艦

 基準排水量:10,500トン

 満載排水量:29,000トン

 全   長:200m

 全   幅:30m

 最 高 速:18ノット

 巡 航 速:13ノット/9,000浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       アクタイオン25mm三連装対空魔光砲 2基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 6基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する輸送艦。

 

・ラーヴァ級魔導輸送艦

 基準排水量:15,200トン

 満載排水量:34,000トン

 全   長:210m

 全   幅:25.4m

 最 高 速:18ノット

 巡 航 速:13ノット/9,000浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       第二世代イクシオン20mm連装対空魔光砲 4基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 10基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する輸送艦。船体はブロック工法で徹底的な効率化が図られ、短期間の間に多くの艦が建造された。イルネティア王国や他の主要魔法国家にも供与されている。

 

・トネリコ級魔導掃海艇

 基準排水量:680トン

 全   長:75m

 全   幅:8.3m

 最 高 速:22ノット

 巡 航 速:12ノット/2.800浬

 兵   装:霊式12.7cm単装高角魔導砲 2基

       アクタイオン25mm連装対空魔光砲 1基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 4基

       25連装対潜迫撃魔導砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国初の掃海艇。船体は魔力伝導率が比較的高いトネリコの木で作られ、推進方式は騒音の少ない『人魚の唄声』によるものとなった。

 

[航空戦力]

 

・エルペシオ5

 全   長:13.5m

 全   幅:11.4m

 最 高 速:940km/h

 兵   装:レフュリシアン20mm魔光砲 4基

       250㎏魔導爆弾 2発

 概   要:エルペシオ4、ジグラント4の経験を活かし、新規開発した双発制空戦闘機。見た目はイギリスのミーティアにやや似ている。本来であればエルペシオ4同様フィルリーナ12.7㎜が搭載される予定だったのだが、機体が完成間近という段階でレフュリシアン20㎜魔光砲が開発されたため、急遽そちらに付け替えられた。

 

・エルペシオ4

 全   長:10.9m

 全   幅:9.8m

 最 高 速:730km/h

 兵   装:フィルリーナ12.7㎜魔光砲 2基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する制空戦闘機。日本国の技術者から密かに受けた助言をもとにエルペシオ3を原型が無くなるまで改造した物。

 

・エルペシオ3改

 全   長:10.7m

 全   幅:12.1m

 最 高 速:630km/h

 兵   装:第二世代イクシオン20mm魔光砲 2基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有する制空戦闘機。日本国の技術者から密かに受けた助言をもとにエルペシオ3のエンジンを改造した物。見た目はそこまで3と変わらない。中央歴1642年の先進11カ国会議前から一斉改造が始まり、第三次イルネティア沖大海戦時には全てのエルペシオ3の改造が完了した。

 

・ジグラント4

 全   長:13.8m

 全   幅:12.4m

 最 高 速:690km/h

 兵   装:フィルリーナ12.7mm魔光砲 2基

       800㎏魔導魚雷/800kg魔導爆弾 1発

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有するマルチロール機。当時開発されたばかりであったジグラント3をエルペシオ4同様に改造した物。これのせいでジグラント3は量産が開始される前に旧式機となってしまった。

 

・ジグラント2改

 全   長:12.2m

 全   幅:14.0m

 最 高 速:590km/h

 兵   装:第二世代イクシオン20mm魔光砲 2基

       800㎏魔導魚雷/800kg魔導爆弾 1発

 概   要:神聖ミリシアル帝国の保有するマルチロール機。ジグラント2をエルペシオ3改同様に改造した物。ジグラント3よりも性能が良い。

 

[陸上戦力]

 

・ミノタウロス重戦車

 全   長:10.12m

 全   幅:4.2m

 最 高 速:35km/h

 兵   装:85mm魔導砲 2基

       レフュリシアン20mm魔光砲 2基

       フィルリーナ12.7mm単装魔光砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の最新鋭戦車。珍しい連装砲を採用している。

 

・フェンリル中戦車

 全   長:7.51m

 全   幅:2.7m

 最 高 速:40km/h

 兵   装:60mm魔導砲 1基

       第二世代イクシオン20mm魔光砲 2基

       フィルリーナ12.7mm単装魔光砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の最新鋭戦車。堅実な設計をしている。

 

・ケンタウロス軽戦車

 全   長:4.5m

 全   幅:1.8m

 最 高 速:55km/h

 兵   装:30mm魔導砲 1基

       フィルリーナ12.7mm単装魔光砲 1基

 概   要:神聖ミリシアル帝国の最新鋭戦車。

 

・イフリート魔導兵

 全   長:2.5m

 全   幅:0.75m

 最 高 速:25km/h

 兵   装:レフュリシアン20mm魔光砲+ミスリルシールド(or)80mm無反動魔導砲

 概   要:神聖ミリシアル帝国の最新鋭魔導兵。機関出力が上がり、実弾を持つ必要が無いレフュリシアン魔光砲を使用可能になった。

 

・スパルトイ魔導兵

 全   長:2.5m

 全   幅:0.70m

 最 高 速:20km/h

 兵   装:アクタイオン25mm魔光砲+ミスリルシールド(or)80mm無反動魔導砲

 概   要:神聖ミリシアル帝国の魔導兵。

 

 

〈ムー国〉

 

・ラ・ルンソン級戦艦

 基準排水量:34,000トン

 全   長:216.4m

 全   幅:32.3m

 最 高 速:27ノット

 巡 航 速:16ノット/10,000浬

 兵   装:45口径41cm三連装砲 3基

       40口径12.7cm連装高角砲 6基

       40口径12.7cm単装高角砲 6基

       40mm四連装機銃 10基

       25mm連装機銃 10基

       25mm単装機銃 25基

 同 型 艦:『ラ・ルンソン』

 概   要:ムー国の最新鋭戦艦。ネルソン級に似ている。アダマン級に倣って前方にひな壇状に三基の三連装砲を搭載しようとしたが、復元性の問題で再現出来ずやむなくピラミッド状になったという経緯がある。

 

・ラ・エルベン級戦艦

 基準排水量:30,120トン

 全   長:196.8m

 全   幅:31.7m

 最 高 速:27ノット

 巡 航 速:15ノット/8,000浬

 兵   装:45口径35.6cm連装砲 4基

       40口径12.7cm連装高角砲 10基

       53.3cm水中魚雷発射管 4基

       40mm四連装機銃 4基

       25mm連装機銃 20基

       25mm単装機銃 14基

 概   要:ムー国の最新鋭戦艦。英海軍のクイーン・エリザベス級戦艦に似ている。

 

・ラ・ゴンコ級戦艦

 基準排水量:32,000トン

 全   長:222m

 全   幅:31m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:18ノット/9,000浬

 兵   装:45口径35.6cm連装砲 4基

       50口径15.2cm単装砲 8基

       40口径12.7cm連装高角砲 4基

       40口径7.6cm単装高角砲 8基

       25mm連装機銃 10基

 概   要:ムー国の最新鋭戦艦。イルネティアから貸与されたオリオン級戦艦をコピー建造した物。

 

・ラ・ソウフ級戦艦

 基準排水量:34,500トン

 全   長:212.8m

 全   幅:33.1m

 最 高 速:25ノット

 巡 航 速:16ノット/12,000浬

 兵   装:45口径35.6㎝連装砲 6基

       50口径14㎝単装砲 14基

       65口径10㎝連装高角砲 4基

       40㎜四連装機銃 4基

       20㎜四連装機銃 20基

       20㎜単装機銃 30基

 同 型 艦:『ラ・ソウフ』

 概   要:鹵獲したグ帝のアリエス級をそのまま使っている。

 

・ラ・カサミ級戦艦

 基準排水量:15,540トン

 全   長:131.7m

 全   幅:23.2m

 最 高 速:18ノット

 巡 航 速:10ノット/7,000浬

 兵   装:50口径30.5cm連装砲 2基

       45口径15.2cm単装砲 12基

       45口径12cm単装高角砲 4基

       53.3㎝連装魔導魚雷発射管 2基

       25mm連装機銃 4基

       25mm単装機銃 8基

 概   要:ムー国の"元"最新戦艦。旧軍の敷島型戦艦に似ている。2隻の新型戦艦のお陰で一気に旧式化した。その2隻にリソースを回した為に機関の換装などは行われなかったが、その代わりに主砲、副砲の砲身長が延伸され、また副砲を左右1基ずつ取り外して魚雷発射管を増設、その他にも対空兵器を増設するなどの改装が行われた。

 

・ラ・キーヴォン級重巡洋艦

 基準排水量:9,800トン

 全   長:172m

 全   幅:20m

 最 高 速:31ノット

 巡 航 速:14ノット/5,500浬

 兵   装:45口径20.3cm単装速射砲 7基

       40口径12.7cm連装高角砲 8基

       40mm四連装機銃 2基

       25mm単装機銃 12基

       53.3cm三連装魚雷発射管 2基

 概   要:ムー国の最新鋭重巡洋艦。ホーキンス級。

 

・ラ・デルタ級装甲巡洋艦

 基準排水量:7,900トン

 全   長:111.8m

 全   幅:18.71m

 最 高 速:20.0ノット

 巡 航 速:10ノット/5,500浬

 兵   装:45口径25.4cm単装砲 1基

       45口径20.3cm連装速射砲 1基

       45口径15.2cm単装速射砲 8基

       45口径12㎝単装高角砲 4基

       53.3cm連装魔導魚雷発射管 2基

       25㎜連装機銃 4基

       25㎜単装機銃 6基

 概   要:ムー国の装甲巡洋艦。旧軍の春日型装甲巡洋艦に似ている。対グラ・バルカス帝国軍として主砲、副砲の砲身長延伸、魚雷発射管、対空兵器の増設などが行われた。

 

・ラ・グリスタ級防護巡洋艦

 基準排水量:3,400トン

 全   長:102.01m

 全   幅:13.44m

 最 高 速:20.0ノット

 巡 航 速:10ノット/4,000浬

 兵   装:45口径15.2cm単装速射砲 6基

       45口径12㎝単装高角砲 2基

       53.3cm連装魔導魚雷発射管 2基

       25㎜連装機銃 2基

       25㎜単装機銃 6基

 概   要:ムー国の防護巡洋艦。旧軍の新高型防護巡洋艦に似ている。

 

・ラ・ホトス級防護巡洋艦

 基準排水量:4,250トン

 全   長:109.73m

 全   幅:14.17m

 最 高 速:23.0ノット

 巡 航 速:10ノット/4,000浬

 兵   装:45口径20.3cm単装速射砲 2基

       45口径12㎝単装高角砲 4基

       53.3cm連装魔導魚雷発射管 2基

       25㎜連装機銃 4基

       25㎜単装機銃 8基

 概   要:ムー国の防護巡洋艦。旧軍の吉野型防護巡洋艦に似ている。

 

・ラ・リアシリュー級軽巡洋艦

 基準排水量:5,200トン

 全   長:154m

 全   幅:15.5m

 最 高 速:32.3ノット

 巡 航 速:10ノット/10,000浬

 兵   装:50口径15.2cm連装砲 3基

       40口径12.7cm連装高角砲 4基

       25mm三連装機銃 2基

       25mm単装機銃 4基

       53.3cm三連装魚雷発射管 2基

 概   要:ムー国の最新鋭軽巡洋艦。アリシューザ級(二代目)。

 

・ラ・シキべ級軽巡洋艦

 基準排水量:5,000トン

 全   長:145m

 全   幅:14.2m

 最 高 速:26.0ノット

 巡 航 速:12ノット/3,900浬

 兵   装:45口径15.2cm単装砲 8基

       40口径7.6cm単装高角砲 4基

       53.3cm連装魔導魚雷発射管 2基

       25mm単装機銃 8基

 概   要:ムー国の軽巡洋艦。旧軍の筑摩型防護巡洋艦に似ている。比較的新型の艦。

 

・ラ・ハルハツ級駆逐艦

 基準排水量:1,400トン

 全   長:109.5m

 全   幅:10m

 最 高 速:36.5ノット

 巡 航 速:14ノット/4,000浬

 兵   装:50口径12.7㎝連装砲 2基

       53.3cm三連装魔導魚雷発射管 2基

       25mm三連装機銃 4基

       25㎜単装機銃 8基

       爆雷投射機 1基

       爆雷投下台 6基

 概   要:ムー国初の駆逐艦。旧軍の初春型駆逐艦に似ている。

 

・ラ・アリスタ級航空母艦

 基準排水量:23,000トン

 全   長:227m

 全   幅:30m

 最 高 速:27ノット

 巡 航 速:15ノット/10,000浬

 兵   装:40口径12.7cm連装高角砲 8基

       40mm四連装機銃 8基

       25mm連装機銃 18基

       25mm単装機銃 14基

 搭 載 機:60機

 概   要:ムー国初の大型空母。イラストリアス。

 

・ラ・ヴァニア級航空母艦

 基準排水量:11,190トン

 全   長:190m

 全   幅:22m

 最 高 速:20ノット

 巡 航 速:12ノット/6,000浬

 兵   装:40口径12.7㎝連装高角砲 4基

       25㎜三連装機銃 10基

 搭 載 機:30機

 概   要:ムー国の保有する航空母艦。旧軍の千歳型航空母艦に見た目だけは酷似している。

 

・ラ・コスタ級航空母艦

 基準排水量:10,210トン

 全   長:185m

 全   幅:20m

 最 高 速:20ノット

 巡 航 速:12ノット/5,800浬

 兵   装:40口径12.7㎝連装高角砲 4基

       25㎜連装機銃 8基

 搭 載 機:25機

 概   要:ムー国の保有する航空母艦。

 

・ラ・リーヴィス級戦車揚陸艦

 基準排水量:

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:

 巡 航 速:

 兵   装:

 概   要:

 

・ラ・カイラス級重輸送艦

 基準排水量:

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:

 巡 航 速:

 兵   装:

 概   要:

 

・ラ・ヴェイリア級輸送艦

 基準排水量:

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:

 巡 航 速:

 兵   装:

 概   要:

 

[航空戦力]

 

・ゲイル型艦上戦闘機

 全   長:10.6m

 全   幅:11.7m

 最 高 速:740km/h

 兵   装:20mm機銃 4基

       76mmロケット弾12発(or)爆弾900kg

 概   要:ムー国の最新鋭艦上戦闘機。

 

・ウィンド型艦上戦闘機

 全   長:9.06m

 全   幅:12m

 最 高 速:550km/h

 兵   装:20mm機銃 2基

       7.7㎜機銃 2基

 概   要:ムー国の保有する最新鋭艦上戦闘機。イルネティア王国が第二次イルネティア沖海戦時に鹵獲、売却したアンタレス型艦上戦闘機を解析し、ようやく複製に漕ぎ着けた物。

 

・スカイ型艦上戦闘機

 全   長:7.71m

 全   幅:11.0m

 最 高 速:432km/h

 兵   装:7.7mm機銃 2基

 概   要:ムー国の保有する艦上戦闘機。旧軍の九六式四号艦上戦闘機に酷似している。イルネティア王国が第二次イルネティア沖海戦時に鹵獲、売却したアンタレス型艦上戦闘機を解析し開発したムー国初の全金属製単葉機。

 

・テンペスト型艦上攻撃機

 全   長:10.3m

 全   幅:15.52m

 最 高 速:378km/h

 兵   装:7.7mm機銃 1基

       800㎏爆弾/800㎏魚雷 1発

 概   要:ムー国の保有する艦上攻撃機。イルネティア王国が第二次イルネティア沖海戦時に鹵獲、売却したリゲル型艦上攻撃機を解析、複製した物。設計が古く、比較的早い段階で複製まで漕ぎ着ける事ができた。

 

[陸上戦力]

 

・ラ・チュリオン巡航戦車

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:

 兵   装:

 概   要:

 

・ラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:24km/h

 兵   装:47mm単装砲 1基

 概   要:

 

・ラ・ヴィクトルⅠ歩兵戦車

 全   長:

 全   幅:

 最 高 速:57km/h

 兵   装:25mm連装機銃 1基

 概   要:

 

 

〈エモール王国〉

 

・アクセン級魔導竜母

 基準排水量:15,800トン

 全   長:211m

 全   幅:24m

 最 高 速:28.5ノット

 巡 航 速:14ノット/9,800浬

 兵   装:霊式12.7cm単装高角魔導砲 4基

       第二世代イクシオン20㎜連装対空魔光砲 6基

 搭 載 機:20騎

 同 型 艦:『アクセン』『ゴスニア』

 概   要:エモール王国が保有する唯一の海上戦力。かつて神聖ミリシアル帝国に発注された。(ミリシアルの考えでは)複胴艦の方が優れているのだが、デメリットとして燃費が悪いということがあり、それは国力が低いエモールには負担になるということで比較的燃費の良い単胴艦が採用された。

 

・風竜

 体   長:平均約29m

 最 高 速:500km/h

 武   装:圧縮空気弾

 概   要:属性竜の一種。世界でも運用している国はエモール王国かガハラ神国位しか存在しない。

 

 

〈アガルタ法国〉

 

・ディバイン級魔導艦

 基準排水量:1,900トン

 全   長:118m

 全   幅:11.2m

 最 高 速:37.5ノット

 巡 航 速:14ノット/3,800浬

 兵   装:霊式12.7cm連装高角魔導砲 2基

       第二世代イクシオン20mm連装対空魔光砲 4基

       フィルリーナ12.7mm単装対空魔光砲 10基

 同 型 艦:『ディバイン』『シェヘラザード』『エルーブルー』『グルギーヴ』『フィレモスフィア』『ウェインガルド』

 概   要:アガルタ法国がミリシアルより購入した6隻のアイアン級小型魔導艦を改造した艦。自動詠唱機、魔導増幅装置が装備されている。魔導機関の出力が大幅にアップした為、『艦隊級極大閃光魔法』の連射が可能となった。

 

 

〈中央法王国〉

 

・大魔導艦

 基準排水量:1,750トン

 全   長:70m

 全   幅:18m

 最 高 速:20ノット

 兵   装:無し

 概   要:中央法王国が保有する魔導帆船。火器等は搭載しておらず、乗船している魔導師達の魔法のみで攻撃を行う。メインマストが魔力増幅装置になっている。その特性上船体に見合わない強力な魔法を使用するため、各部を対魔弾鉄鋼式装甲で補強しているので防御力は意外と高い。

 

 

〈グラ・バルカス帝国〉《link:#ue》△

 

・グレードアトラスター級戦艦

 基準排水量:72,800トン

 全   長:263.4m

 全   幅:38.9m

 最 高 速:32.5ノット

 巡 航 速:18ノット/10,200浬

 兵   装:45口径46㎝三連装砲 3基

       60口径15.5㎝三連装砲 2基

       65口径10㎝三連装高角砲 12基

       40㎜四連装機銃 8基

       20㎜四連装機銃 42基

       20㎜単装機銃 26基

       13㎜連装機銃 4基

 同 型 艦:『マゼラン』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する戦艦。旧軍の『大和型戦艦』に酷似している。

 

・キャンサー級戦艦

 基準排水量:42,600トン

 全   長:252m

 全   幅:33m

 最 高 速:29.75ノット

 巡 航 速:16ノット/10,850浬

 兵   装:45口径41cm三連装砲 3基

       50口径14㎝単装砲 12基

       65口径10㎝連装高角砲 10基

       40㎜四連装機銃 8基

       20㎜四連装機銃 40基

       20㎜単装機銃 40基

       13㎜連装機銃 4基

 同 型 艦:『キャンサー』『アクベンス』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する戦艦。旧軍が極秘裏に建造、解体した『紀伊型戦艦』に酷似している。元々ユグドにて転移する前まで建造が進められていた戦艦であり、転移後は戦艦不要論が唱えられた為に一時建造が中止されていた。しかし、第1次イルネティア沖海戦にて強力な対空兵器を大量に搭載可能、かつ持ち上げられない重量のある戦艦の価値が高まり、建造が再開された。その関係で、計画よりも対空能力が強化されている。

 

・ヘルクレス級戦艦

 基準排水量:39,130トン

 全   長:224.9m

 全   幅:34.6m

 最 高 速:25.8ノット

 巡 航 速:16ノット/10,600浬

 兵   装:45口径41㎝連装砲 4基

       50口径14㎝単装砲 16基

       65口径10㎝連装高角砲 4基

       40㎜四連装機銃 6基

       20㎜四連装機銃 10基

       20㎜単装機銃 30基

 同 型 艦:『ラス・アゲルティ』『サリン』『イレーナ』『トーガーナ』『コルネフォロス』『ヘルクレス』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する戦艦。旧軍の『長門型戦艦』に似ている。

 

・アリエス級戦艦

 基準排水量:34,500トン

 全   長:212.8m

 全   幅:33.1m

 最 高 速:25ノット

 巡 航 速:16ノット/12,000浬

 兵   装:45口径35.6㎝連装砲 6基

       50口径14㎝単装砲 14基

       65口径10㎝連装高角砲 4基

       40㎜四連装機銃 4基

       20㎜四連装機銃 20基

       20㎜単装機銃 30基

 同 型 艦:『アリエス』『メサルティム』『シェラタン』『バラニー』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する戦艦。旧軍の『扶桑型戦艦』に酷似している。旧式戦艦であり欠陥もあったが、前述のキャンサー級と同じ理由で引っ張り出されてきた。対空能力が大幅に強化されている。

 

・オリオン級戦艦

 基準排水量:32,000トン

 全   長:222m

 全   幅:31m

 最 高 速:30ノット

 巡 航 速:18ノット/9,800浬

 兵   装:45口径35.6㎝連装砲 4基

       50口径15.2㎝単装砲 8基

       65口径10㎝連装高角砲 6基

       40㎜四連装機銃 6基

       20㎜四連装機銃 16基

       20㎜単装機銃 30基

 同 型 艦:『オリオン』『タビト』『アルニラム』『ミンタカ』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する戦艦。旧軍の『金剛型戦艦』に似ている。

 

・タウルス級重巡洋艦

 基準排水量:11,300トン

 全   長:192.4m

 全   幅:19.0m

 最 高 速:35.5ノット

 巡 航 速:14ノット/7,000浬

 兵   装:50口径20.3㎝連装砲 5基

       65口径10㎝連装高角砲 4基

       53.3㎝四連装魚雷発射管 4基

       20㎜連装機銃 8基

       20㎜単装機銃 8基

 同 型 艦:『タウルス』『アルデバラン』『アルキオネ』他

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する重巡洋艦。旧軍の『妙高型重巡洋艦』に似ている。

 

・ライブラ級重巡洋艦

 基準排水量:11,213トン

 全   長:201.6m

 全   幅:19.4m

 最 高 速:35.6ノット

 巡 航 速:18ノット/8,000浬

 兵   装:50口径20.3㎝連装砲 4基

       65口径10㎝連装高角砲 4基

       53.3㎝三連装魚雷発射管 4基

       20㎜連装機銃 6基

       20㎜単装機銃 8基

 同 型 艦:『ブラキウム』『ズベン・エル・ゲヌビ』『ズベン・エル・カマリ』『ズベンエルハクラビ』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する重巡洋艦。旧軍の『利根型重巡洋艦』に酷似している。

 

・カプリコーン級防空巡洋艦

 基準排水量:5,170トン

 全   長:162m

 全   幅:14.17m

 最 高 速:36ノット

 巡 航 速:14ノット/5,000浬

 兵   装:65口径10㎝三連装高角砲 3基

       53.3㎝四連装魚雷発射管 2基

       40㎜四連装機銃 2基

       20㎜四連装機銃 9基

       20㎜単装機銃 14基

 同 型 艦:『カプリコーン』『ナシラ』『アルシャト』『ダビー』『アルゲディ』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する防空巡洋艦。旧軍の『五十鈴』に似ている。イルクスの出現によって急遽設計、建造された。

 

・レオ級軽巡洋艦

 基準排水量:6,652トン

 全   長:174.5m

 全   幅:15.2m

 最 高 速:35.0ノット

 巡 航 速:18ノット/6,000浬

 兵   装:50口径15.2㎝連装砲 3基

       65口径10㎝連装高角砲 2基

       53.3㎝四連装魚雷発射管 2基

       20㎜四連装機銃 2基

       20㎜単装機銃 14基

 同 型 艦:『レグルス』『デネボラ』他

 概   要:グラ・バルカス帝国軍の保有する軽巡洋艦。旧軍の『阿賀野型軽巡洋艦』に似ている。

 

・キャニス・メジャー級軽巡洋艦

 基準排水量:5,195トン

 全   長:152.4m

 全   幅:14.2m

 最 高 速:35.3ノット

 巡 航 速:14ノット/5,000浬

 兵   装:50口径14㎝単装砲 7基

       40口径7.6㎝単装高角砲 2基

       53.3㎝連装魚雷発射管 4基

       20㎜連装機銃 2基

       20㎜単装機銃 12基

 同 型 艦:『ミルザム』『ムリフェイン』他

 概   要:グラ・バルカス帝国軍の保有する軽巡洋艦。旧軍の『川内型軽巡洋艦』に似ている。

 

・キャニス・ミナー級駆逐艦

 基準排水量:2,701トン

 全   長:134.2m

 全   幅:11.6m

 最 高 速:33ノット

 巡 航 速:18ノット/8,000浬

 兵   装:65口径10㎝連装高角砲 4基

       53.3㎝四連装魚雷発射管 1基

       20㎜四連装機銃 2基

       20㎜単装機銃 10基

       爆雷投射機 2基

       爆雷投下台 6基

 同 型 艦:『キャニス・ミナー』『ルイテン』他

 概   要:グラ・バルカス帝国軍の保有する駆逐艦。旧軍の『秋月型駆逐艦』に似ている。転移後初期、主な戦闘相手が戦列艦になったことから魚雷の必要性が薄れ、対ワイバーン用に防空能力が求められたことから優先的に量産された。その後、イルクスの出現によって更に防空能力が求められるようになると駆逐艦はこれのみが建造されることになった。そのあまりの建造速度から、『日刊駆逐艦』とも呼ばれた。

 

・エクレウス級駆逐艦

 基準排水量:2,000トン

 全   長:118.5m

 全   幅:10.8m

 最 高 速:35.0ノット

 巡 航 速:18ノット/5,000浬

 兵   装:50口径12.7㎝連装砲 2基

       53.3㎝四連装魚雷発射管 2基

       20㎜四連装機銃 4基

       20㎜単装機銃 10基

       爆雷投射機 1基

       爆雷投下台 6基

 同 型 艦:『キタルファ』他

 概   要:グラ・バルカス帝国軍の保有する駆逐艦。旧軍の『陽炎型駆逐艦』に酷似している。

 

・スコルピウス級駆逐艦

 基準排水量:1,680トン

 全   長:118.5m

 全   幅:10.36m

 最 高 速:38.0ノット

 巡 航 速:14ノット/4,500浬

 兵   装:50口径12.7㎝連装砲 2基

       53.3㎝三連装魚雷発射管 3基

       20㎜四連装機銃 4基

       20㎜単装機銃 14基

       爆雷投射機 2基

       爆雷投下台 6基

 同 型 艦:『シュバ』他

 概   要:グラ・バルカス帝国軍の保有する駆逐艦。旧軍の『吹雪型駆逐艦』に似ている。

 

・ペガスス級航空母艦

 基準排水量:25,675トン

 全   長:257.5m

 全   幅:26.0m

 最 高 速:34.2ノット

 巡 航 速:18ノット/9,700浬

 兵   装:65口径10㎝連装高角砲 8基

       40㎜四連装機銃 8基

       20㎜四連装機銃 12基

       20㎜単装機銃 36基

       28連装12㎝噴進砲 8基

 搭 載 機:84機

 同 型 艦:『ペガスス』『シェアト』他

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する航空母艦。旧軍の『翔鶴型航空母艦』に酷似している。

 

・サジタリウス級航空母艦

 基準排水量:38,200トン

 全   長:248m

 全   幅:32.5m

 最 高 速:28.3ノット

 巡 航 速:16ノット/10,000浬

 兵   装:50口径20㎝単装砲 10基

       65口径10㎝連装高角砲 8基

       40㎜四連装機銃 6基

       20㎜四連装機銃 12基

       20㎜単装機銃 28基

 搭 載 機:75機

 同 型 艦:『ルクバド』『アルナスル』『アスケラ』『カウス・メディア』『アルガブ・プリオル』

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する航空母艦。旧軍の『加賀型航空母艦』に酷似している。

 

・イーグル級航空母艦

 基準排水量:10,520トン

 全   長:162m

 全   幅:31m

 最 高 速:25ノット

 巡 航 速:14ノット/10,200浬

 兵   装:65口径10㎝連装高角砲 4基

       20㎜四連装機銃 8基

       20㎜単装機銃 20基

 搭 載 機:35機

 同 型 艦:『イーグル』『アルタイル』『アルシャイン』『タラゼド』他

 概   要:グラ・バルカス帝国の保有する航空母艦。転移後、ワイバーンなどの低脅威な航空戦力から輸送船団などを護衛する為に建造された護衛空母。あまりの建造スピードから“週刊空母”などと呼ばれた。

 

・カノープス型艦上戦闘機

 全   長:9.76m

 全   幅:11.114m

 最 高 速:740km/h

 兵   装:30㎜機銃 4基

       60㎏航空爆弾/30㎏航空爆弾 4発

 概   要:グラ・バルカス帝国が神竜という脅威を認識し、帝王府との癒着事件が発覚、解決した後に開発が始まった新型制空戦闘機。元々はカルスラインに所属していた若き技術者が局地戦闘機として設計した物であり、海軍が艦上戦闘機を求めていると知って急遽空母でも運用出来るようにと手直しした。旧軍が開発を進めていた『震電』と酷似している。

 

・アークトゥルス型艦上攻撃機

 全   長:10.87m

 全   幅:14.894m

 最 高 速:480km/h

 兵   装:7.92㎜機銃 1基

       500㎏航空爆弾/800㎏航空魚雷 1発

 概   要:グラ・バルカス帝国が新たに開発した艦上攻撃機。旧軍の『天山』と酷似している。




追記:イシルディン級魔導戦艦とアイアン級魔導小型艦(二代目)を追加しました
追記2:オリハルコン級魔導戦艦、スティール級戦車揚陸型、エタン級強襲揚陸型魔導艦、ラーヴァ級魔導輸送艦、トネリコ級魔導掃海艇、ミノタウロス重戦車、フェンリル中戦車、ケンタウロス軽戦車、イフリート魔導兵、スパルトイ魔導兵を追加しました。
追記3:ラ・ルンソン級戦艦、ラ・ソウフ級戦艦、ラ・キーヴォン級重巡洋艦、ラ・リアシリュー級軽巡洋艦、ラ・アリスタ級航空母艦、ラ・リーヴィス級戦車揚陸艦、ラ・カイラス級重輸送艦、ラ・ヴェイリア級輸送艦、ゲイル型艦上戦闘機、ラ・チュリオン巡航戦車、ラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車、ラ・ヴィクトルⅠ歩兵戦車を追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦前夜①

前夜(前夜とは言ってない)


〈中央歴1642年12月10日 神聖ミリシアル帝国 カルトアルパス〉

 

『アガルタ法国艦隊、到着! 魔導艦6、魔法船48!』

『トルキア王国艦隊、到着! 魔導戦列艦82!』

 

 あの前代未聞の襲撃から早くも8ヶ月が経ったこの日、カルトアルパスには中央世界各国の艦隊が続々と到着していた。それも前回の様な小規模艦隊ではない、正真正銘の主力艦隊である。

 

「いやあ、壮観だなあ」

「そうですね。まさか生きている間にこんな光景が見られるなんて……それこそ、魔帝が復活でもしない限り見られないと思ってましたよ」

 

 港湾管理局局長のブロントとその部下が話す。

 長年先進11ヶ国会議の艦隊を見てきた彼らでさえ思わずため息が出てしまう、それ程の規模の艦隊であった。

 

「あの魔導艦、アイアン級か……そういえば売却されたんだったな」

「その内ここに帆船が並ばなくなる日も来るんでしょうか」

「発展の証拠だが……それはそれで寂しいな」

「ですね。戦列艦には戦列艦なりにカッコイイですし」

 

 2人はアガルタ法国所属の6隻の魔導艦を見て、そんな言葉を交わす。

 

 ディバイン級魔導艦、それが彼女らの艦級である。神聖ミリシアル帝国より売却されたアイアン級魔砲艦を改造した艦であるが、見た目は大して変化しておらず、周囲の魔法船は未だ前時代的な帆船である為にかなり浮いている。

 しかし、その内装は法国なりにかなり改造されており、魔導師の能力を最大限に引き出す事が可能だ。搭載されている魔導機関も法国基準ではずば抜けた能力であり、多量の魔力を消費する『艦隊級極大閃光魔法』の連射も可能となった。

 

「ここに帝国の主力艦隊3つと地方艦隊、そして第2文明圏の艦隊も加わるのでしょう? 総艦艇数は600を超えるとか。これ程の数が集まればあの様な不躾な者達(グラ・バルカス)など鎧袖一触ですよ!」

「そうだな。遂に奴らに神罰を下す時が来たという訳だ」

 

 帝国が670隻もの数を用意してくるという事は一般人には知らされていない。よって、彼らは勝利を疑っていなかった。

 カルトアルパスでは勝った。その事実が、彼らに不安を抱かせないでいた。

 

 

『出港ーーーっ!!!』

 

 

 中央世界各国、そして第3文明圏の間に合った一部の国々の艦隊が集結し終わった。

 彼ら彼女らはミリシアルの地方艦隊40隻に率いられ、道中で第2文明圏の艦隊と合流し、北回りの航路でイルネティア島を目指す。

 

 

 決戦の刻は近い。

 

 

───────

 

 

〈中央歴1642年12月29日 ムー国 首都オタハイト〉

 

 海岸は、この日の為に集結した大艦隊を一目見ようとする多くの人々で賑わっていた。

 軍人の家族であろうか、不安で涙を流す者達もいる。

 

 ラ・エルベン級戦艦『ラ・エルベン』

 ラ・ゴンコ級戦艦『ラ・ゴンコ』

 ラ・カサミ級戦艦『ラ・カサミ』以下4隻

 ラ・デルタ級装甲巡洋艦 8隻

 ラ・グリスタ級巡洋艦 4隻

 ラ・ホトス級巡洋艦 8隻

 ラ・シキべ級軽巡洋艦 16隻

 ラ・ハルハツ級駆逐艦 10隻

 ラ・ヴァニア級航空母艦 2隻

 ラ・コスタ級航空母艦 3隻

 ラ・モーグ級補給艦 7隻

 

 航空母艦の甲板上には以前開発された主力戦闘機『スカイ』、新型攻撃機『テンペスト』、そして新たに開発された最新鋭戦闘機『ウィンド』などがずらりと並んでいる。その中に複葉機の姿は無い。

 全てが、単葉機。また、並ぶ艦艇も巨大な物となっている。

 ムー国艦隊旗艦『ラ・エルベン』、そして新型戦艦『ラ・ゴンコ』。全長196.8m、222mものその巨体達の前では、最新艦の筈である『ラ・カサミ』がまるで小舟の様であった。

 

 以前とは比べ物にならない程に強力となった機動艦隊計64隻は第2文明圏艦隊、そして中央世界各国の艦隊と合流すべく出港するのだった。

 

 

───────

 

 

〈中央歴1643年1月9日 イルネティア王国 港湾都市ドイバ〉

 

 激動の年が終わり、そして始まろうとしている。

 冬だというのにも関わらずギラギラと太陽が照り付けるこの日、ドイバには世界各国の艦隊が集結していた。

 

・神聖ミリシアル帝国

[第一魔導艦隊]

 アダマン級魔導戦艦『アダマンタイト』(旗艦)

 ミスリル級魔導戦艦『カレドヴルフ』『エクス』

 シルバー級魔導重巡洋艦『レフィリー』以下4隻

 ブロンズ級魔導軽巡洋艦 8隻

 リード級魔導小型艦 20隻

 マカライト級航空魔導母艦 2隻

 『エルペシオ5』20機

 『エルペシオ4』100機

 『ジグラント4』160機

 

 [第二魔導艦隊][第三魔導艦隊](合計)

 ミスリル級魔導戦艦『コールブランド』(第二魔導艦隊旗艦)『カリバー』(第三魔導艦隊旗艦)

 ゴールド級魔導戦艦 2隻

 シルバー級魔導重巡洋艦 8隻

 ブロンズ級魔導軽巡洋艦 16隻

 リード級魔導小型艦 40隻

 ロデオス級航空魔導母艦 4隻

 『エルペシオ4』58機

 『エルペシオ3改』30機

 『ジグラント4』72機

 『ジグラント2改』50機

 

 [地方艦隊](合計)

 ゴールド級魔導戦艦『ガーンデンヴァ』

 マーキュリー級魔導戦艦 3隻

 シルバー級魔導重巡洋艦 4隻

 ブロンズ級魔導軽巡洋艦 10隻

 リード級魔導小型艦 20隻

 ロデオス級航空魔導母艦 1隻

 『エルペシオ3改』23機

 『ジグラント2改』33機

 

・ムー国

 機動艦隊 計64隻

 『ウィンド』10機

 『スカイ』50機

 『テンペスト』45機

 

・エモール王国

 アクセン級魔導竜母『アクセン』『ゴスニア』

 風竜騎士 40騎

 

・アガルタ法国

 ディバイン級魔導艦『ディバイン』以下6隻

 魔法船 48隻

 

・トルキア王国

 魔導戦列艦 82隻

 

・ギリスエイラ公国

 魔導戦列艦 98隻

 

・中央法王国

 大魔導艦 2隻

 

・マギカライヒ共同体

 機甲戦列艦 28隻

 竜騎士 50騎

 

・ニグラート連合

 クトゥール級竜母 3隻

 魔導戦列艦 27隻

 竜騎士 60騎

 

・バミール王国

 轟速小型魔導砲艦 115隻

 

・イルネティア王国

 魔導戦艦『イルネティア』

 ヘルクレス級戦艦『トワイライト』

 オリオン級戦艦『クレセント』

 タウルス級重巡洋艦『レプシロン』以下7隻

 レオ級軽巡洋艦 4隻

 キャニス・ミナー級駆逐艦『トイヌーシェ』『ムルシク』『ハルケン』

 ペガスス級航空母艦『エクリプス』『エディフィス』

 雷竜騎士 58騎

 神竜騎士 1騎

 

 総勢641隻、820機もの大艦隊。当然ドイバには入り切らない為、沖にかなりの数が待機している。

 大半が戦列艦とはいえ、この数は驚異的だ。海は海面が見えない程に埋め尽くされている。

 

 

「凄い……」

「こんなに沢山の船、見たの初めてだよ……」

 

 そんな壮大な光景を、連合軍総合本部の設置された建物より圧倒されながら見るライカとイルクス。

 

「……敵は、一体どれ位の数で攻めてくるんだろう」

「それも後でされる作戦会議で言われるのかな」

 

 今日、彼女らがここにいるのはその作戦会議の為である。2人は作戦上重要な役割を与えられるらしいのだ。

 それは彼女ら自身も理解していた。神竜というのはあまりにも強力な切り札だ。

 

 

「ライカ〜、イルクス〜、お久しぶりです〜」

 

 

「アルデナさん!」

「アルデナ!」

 

 と、そこにやって来たのはのんびりとした口調の少女、アルデナであった。彼女の背後には同じくローブを着た屈強な中年の男が立っている。

 

「どうしてここに?」

「こう見えても私〜、大魔導艦1番艦の副艦長なんですよ〜? 艦長の体調が優れないらしいので〜、その代理で〜」

「作戦会議に呼ばれたって訳だね、僕達と同じで!」

「その通りです〜」

 

 ライカは、彼女が大魔導師である事を改めて実感した。

 

「ノイエンミュラー、彼女らが?」

 

 その時、背後に立っていた男が口を開く。

 

「はい〜。そちらの大きい方がイルクスで〜、小さい方がライカですよ〜」

「小さい方……」

「そうか。お初にお目にかかる。私は中央法王国海軍で提督を務めているファルタス・ラ・バーンだ。神話に会えて光栄だよ」

 

 小さい方、と呼ばれて静かにショックを受けているライカを他所に、背後の男───ファルタス提督が言う。

 彼女は、提督、と言われて途端に緊張を取り戻す。

 

「わ、私はイルネティア王国雷竜騎士団副団長のライカ・ルーリンティアです。そ、そしてこちらが」

「イルクスだよー」

 

 中央世界の国の要人を前にしてガチガチのライカと、マイペースのイルクス。初めて会った時もそんなだったな、と思い出したアルデナがくすりと笑う。

 

「ははは、そこまで緊張しなくてもいい。私達の魔法など、君達の前ではそよ風も同然だろうからね」

「い、いえいえそんな……」

 

 謙遜する彼女に、また彼ははははと笑う。

 

「実績に反して謙虚な事だ。君はもう少し自らに自信を持っても良いと思うがね。おっと、もうこんな時間か」

 

 壁に掛けられた時計に気付く。

 針は、会議開始5分前を示していた。

 

「それではまた後ほど。ノイエンミュラー、行くとしよう」

「はい〜。2人ともまた後で会いましょう〜」

 

 そう言って、2人は歩き去っていった。

 しばらくその場にいた彼女らだったが、よく考えてみれば自分達も作戦会議に行かなければいけないのだったと思い出し、すぐにその跡を追うのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいSOCIALDISTANCE三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦前夜②

〈港湾都市ドイバ 連合軍作戦司令本部〉

 

「私が今回世界連合艦隊の指揮を執らせてもらう、神聖ミリシアル帝国第一魔導艦隊司令、レッタル・カウランだ。よろしく頼む」

 

 ミリシアルの技術によって建てられた煌びやかな建築物、その中の一室、大会議室にてよく鍛え上げられた中年の男───レッタル・カウランは言った。

 彼の前には今海戦に参加する艦隊の要人達が揃っている。

 

「早速だが、今回の戦闘に参加する敵の数を伝えよう。

 

 敵の数は……約670隻だ」

 

「なっ!?」

「そんな……」

「ま、まさか!?」

 

 告げられた衝撃の事実に、要人達は驚愕する。

 何せ、今回集まった艦艇は全てで641隻。まさかこの数を敵が超えてくるとはこの中の誰も予想していなかったのだ。

 

 

「……で、勝算は?」

 

 そんな中、アガルタ法国艦隊司令のシルフィ・ショート・バクタールが尋ねる。彼女はカルトアルパスで1度死にかけたからこそ、ある程度現実は見えていた。

 こう尋ねたのも、このままでは勝つ事は出来ないと感じているからだった。

 

「勝算は……ある。そろそろ……」

 

 と、彼が何かを言いかけた時。扉が開き、彼の部下らしき者が耳元で何かを囁いた。

 それを聞いた彼はニヤリと笑う。

 

「どうやら到着した様だ。さて、皆さん。少し窓の外を見て頂きましょうか」

「……? 何だ、この音は……」

 

 ゴゴゴゴゴ、と低い音が腹に響く。窓はガタガタと震え、建物はギシギシと悲鳴をあげていた。

 急いで、要人達が窓の外を見る。

 

 

「な、何だ、アレは……!!」

 

 

 誰かが言う。それは、その場にいたミリシアル軍人以外全員の総意であった。

 

 そこには、にわかには信じられない光景が広がっていた。

 

「紹介しよう。アレは『空中戦艦パル・キマイラ』。かつて古代魔法帝国が使用していたと言われている、その名の通り空を飛ぶ戦艦だ」

 

 全長がグレードアトラスター程もある巨大な物体が2機、共にゆっくりと動き、航空機用の滑走路に着陸しつつあったのだ。

 その圧倒的な、非現実的な見た目にその場の殆どが言葉を失う。見た目は完全に横向きの車輪であったが、その様な事を口に出来る者は誰もいなかった。

 

 

「何あれ、車輪?」

「ちょっ!? イルクス、そんな事言っちゃダメだって!

 

 

 ……"殆ど"、いなかった。慌ててライカが口を塞ぐも時既に遅し。

 シン、と静まり返った室内に「ぷっ」という音が響く。ある者は口に手を当てて笑いを堪え、またある者は明後日の方向を向いて体を震わせている。

 そして、ドヤ顔で窓を見ていたレッタルは頬をヒクヒクと引き攣らせていた。

 

 

「……さて、それでは会議を続けようか」

「ブフッ、は、はい」

「え、ええ。そうね……ぷっ」

 

 そんな締まらない雰囲気の中、会議は再開された。

 

「今回の戦いでは、敵は確実にいくつかの艦隊に分かれて来るだろう。そこで、だ。敵艦隊を察知した時点で、その内2つには空中戦艦を1隻ずつ向かわせる事となる……」

 

 彼の作戦を要約するとこうだ。

 

 まず、敵艦隊は確実に3つ以上に分かれて来る。670隻もいるのだから、それくらい分けなければ意味が無い。

 それらを察知した時点で、まずパル・キマイラをその内2つに向かわせる。空中戦艦の性能は素晴らしく、1隻でも1艦隊を殲滅するくらいは楽勝なのだという。

 そして、残った艦隊にはこちらも艦隊で迎えうつ。ただし、空母は護衛と共に後方に待機させておく。世界連合側の勝利条件は『イルネティア島を守り抜く』事だ。わざわざ空母を前線に出す必要は無い。

 

 以上、単純な作戦だが合理的だろう。あまりにも空中戦艦に対する期待が高すぎる事に少し懐疑的な者はいたが、異議を唱える者は誰もいなかった。

 何せかつて世界全てを支配していたラヴァーナル帝国の古代兵器だ。きっとそれ程の性能があるのだろう……そう自分を納得させていた。

 

 

 

「それでは、ご説明いたします」

 

 灰色のコートに身を包み、謎の仮面で顔を隠したエルフの少女が一行に向かって言う。

 

 会議が終わった各国軍要人達は、レッタルに連れられてマカライト級航空魔導母艦『タスラム』へとやってきていた。理由は新型制空戦闘機『エルペシオ5』を見学するためである。

 この少女はルーンズヴァレッタ魔導学院にて開発に携わった対魔帝対策省の技術者の1人であり、今回説明のためにわざわざ駆り出されたというわけだ。

 

「随分と形が変わったな」

 

 そんな彼女にレッタルが尋ねる。彼自身新型機を見るのは初めてであり、だからこそ以前までのそれとは全く異なるその形状に疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「はい。今回は単発であった前級までとは打って変わって双発式を採用しました」

「双発機など大型機でしか見なかったが……まさか戦闘機に採用されるとは」

 

 そう。『エルペシオ5』は双発機なのだ。

 両翼に取り付けられたエンジン、機首の4基の機銃など、その外観は地球における第二次世界大戦時にイギリスで開発されたミーティアと若干似ている。おそらくは偶然だろうが。

 

「双発式にしたことにより出力は大幅に向上、最高速度は910km/hを記録しました」

「きゅ、900だと!?」

「通常のワイバーンの約3倍か……」

「す、スカイの2倍以上……」

「僕の半分くら「シッ!」モゴ」

 

 薄い胸を張りながら語る彼女。そんな中、飛び出した数字に一同は騒然となる。因みに本当の最高速度は940km/hである。

 そんな彼ら彼女らの反応に満足しつつ、解説を続ける。

 

「そしてそして、今回最も注目していただきたい点がこの魔光砲です」

「……? 見た目は普通の魔光砲だが……?」

「見た目だけです。中身は全くの別物ですよ。

 この魔光砲の名は『レフュリシアン20mm魔光砲』。発射の際に()()()()()()()()()実に画期的な、メテオスせんp、ローグライダー大魔導師の血と汗の結晶なのです!!」

「なっ!?」

 

 それを聞いた瞬間、レッタルの脳内にある1つの記憶が蘇る。それは、とある噂。軍高官になった頃に伝わってきたある()()()()の情報。

 曰く、毎分3,000発の魔光弾を発射する。曰く、魔導電磁レーダーと連動して動き、自動で敵を捕捉して撃墜する。曰く、()()()()()()()()、一瞬で装填が完了する。轟音式対空魔光砲、通称『アトラタテス砲』の性能だった。

 そんな夢のような代物。まさか、解析に成功したのだろうか……彼は唖然となった。

 

 そして、その予想は半分正解である。かねてより解析が進められていたアトラタテス砲だが、遂に先日、対魔帝対策省、古代兵器分析戦術運用部に所属する大魔導師のメテオス・ローグライダーの手によって───本来ならば部署違いだが、そもそも古代兵器を運用することなどほぼ無いので解析もやっていた───光弾発射機構の解析が完了したのだ。

 それに伴い、一旦レーダー連動機能などはおいておき、一先ず“実弾を必要としない魔光砲”が実用化された。それがこの『レフュリシアン20mm魔光砲』である。発掘こそされていなかったが、遺跡の記述によれば魔帝も全く同じ物を作っていたらしく名前はそこから付けられた。

 エルペシオ5は本来であれば4と同じくフィルリーナ12.7mm魔光砲が取り付けられる予定だったのだが急遽こちらに付け替えられた。幸いにも双発式であるためにその出力は高く、供給しなければならない魔力なども十分に確保できたのだ。

 

「これの採用によってこの機体の発射可能弾数は格段に大きくなり、余程の超長距離飛行などを行わない1回の戦闘で少なくとも4,000発は発射可能です」

「す、すさまじいな……」

「また、上昇可能高度も向上し、高度12,000mでも戦闘が可能です」

 

 因みに本当はそれぞれ5,000発と14,000mだ。まあ、どちらにせよ反応は大して変わらなかっただろうが。

 

「し、しかし……少し過剰性能ではないか?」

「確かにグラ・バルカス相手ならば過剰でしょう。しかし、その先、対魔帝戦までを見据えれば過剰でもなんでもありません。寧ろ全然足りませんよ」

「っ!……」

 

 自分の甘い考えを窘められたレッタルは息を飲んで黙り込んだ。

 

「以上で解説を終わります。続いては実際に飛行している所を見ていただきましょう」

 

 そうして言葉による解説は終わり、次にその機体は一同が見守る中離陸していった。

 

 そのあまりの性能に、一同(2人除く)の顎が外れそうになったのは言うまでもない。

 

 

 

 そして、その1週間後。時に中央歴1643年1月16日。哨戒機よりある通信が入った。

 

 

『敵艦隊、発見』と───




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(前編①)

バルチスタ沖大海戦の代わり海戦です


〈中央歴1643年1月16日 第2文明圏 イルネティア島近海〉

 

 肌に吹き付ける冷たい風。空は厚い雲に覆われ、朝だというのに日光は届かず辺りは薄暗い。

 そんな中で荒れ始めた海を、100隻を超える軍艦が波を切り裂いて進んでいた。神聖ミリシアル帝国の主力艦隊とイルネティア王国海軍艦隊である。

 艦隊はそれぞれの旗艦を中心に据えた輪形陣を組み、艦隊の先鋒には数隻のレーダー・ピケット艦も配置し、敵の航空攻撃に備えていた。

 

 さて、旗艦の内の1隻である、イルネティア王国海軍艦隊旗艦『イルネティア』。その第一艦橋にて、1人の男が水平線の彼方を見据えていた。

 

 

「……勇敢なる兵士諸君、私はイルネティア王国海軍艦隊司令、レイヴェル・ディーツだ」

 

 彼は魔信機を手に取り、話し始める。

 

「敵の数は凡そ670隻、予想される総艦載機数は約1,500機以上。我々がここで退けなければイルネティア王国だけに留まらず、第2文明圏そのものが蹂躙される事だろう」

 

 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む。

 

「私は、元々ドイバ沖群島防衛艦隊の司令だった。第1次イルネティア沖海戦の折、本部からの指令を受けて我々は敵艦隊へと向かっていた。戦列艦で、だ。もしももう少し早く到着していれば私は今頃この海の底だっただろう」

 

 この艦橋の中にも当時同じ艦隊に所属していた者は多くいる。彼らも、彼の言う事は十分に理解していた。

 『イルネティア』に乗っているからこそより痛感する。あの戦列艦では、どう足掻いても勝ち目は無いのだと。

 

「だが、そうはならなかった。それは何故か? 神が我等に力を与えたのか? それとも神が鉄槌を下したのか?

 違う! 私が生き残ったのはライカとイルクス(あの2人)が先に敵を下したからだ! 全ては必然であり、そこには必ず理由がある!」

 

 彼は拳を握り締め、高く掲げる。

 

「神は我等を導きこそすれ、力は与えない! 勝利は我等が自らの手で手繰り寄せなければ得る事は出来ない!!

 世界の興廃はこの一戦にかかっている! 各員一層奮励努力せよ!!」

 

 以上だ、と告げ、魔信機を置く。次に帽子を整え、再び水平線を見据える。その先にいるのはこれまで相対した事のない規模の敵艦隊だ。

 

 

 そして、次の瞬間。

 

 

「ルーリンティア竜騎士より通信! 『我、敵攻撃機隊と遭遇せり』!!」

「始まったか……総員、戦闘配置につけェ!!!」

 

 

 後世にて"史上最大の作戦"と呼ばれる様になる『第3次イルネティア沖大海戦』の始まりの鐘が打ち鳴らされたのだった───

 

 

───────

────

 

 

 イルネティア島南方の海域、そこを118隻もの艦隊が悠々と進んでいた。陣形は連合国軍と同じく輪形陣。その中央にいるのは旧式の大型空母、サジタリアス級航空母艦が1隻。その周囲は無数の巡洋艦や駆逐艦、そして5隻の護衛空母に4隻の戦艦が取り囲んでいる。

 その戦艦の内の1隻、ヘルクレス級戦艦『ラス・アゲルティ』の艦橋にて1人の男───艦隊司令であるカオニアが水平線の彼方を見つめていた。

 

「第2部隊、通信途絶しました」

「来たか……」

 

 通信士が、発艦させた第1次攻撃隊の1部隊が壊滅した、という旨を───確定はしていないがほぼ確実───伝える。

 そして、その第2部隊とは北へと向かわせた部隊だ。間違いなく、神竜は最短距離を駆けてきている。

 

 第1次攻撃隊、計150機。過去の戦訓からそれぞれを50機ずつに分けて敵艦隊へと向かわせた。これで、もしも1部隊が神竜と遭遇したとしても100機は敵艦隊へと辿り着き、更に大体の方角も分かるという寸法だ。

 更に後方に控えている本隊より追加戦力が送られてくる。敵艦隊には恐ろしい数の大編隊が襲い掛かることだろう。

 

 今回参加した艦艇は全てで679隻。帝国史上これ程の大艦隊が出撃した例は無い。それが今回、"帝国の3将"カイザル・ローランド大将の手によって実現した。

 だが、流石にこれでは数が多すぎる為艦隊を4つに分ける事となった。

 島の南より接近する第1先遣艦隊118隻、南西部より接近する第2先遣艦隊115隻、南東部の第3先遣艦隊115隻、そして南部後方より接近する本隊331隻だ。

 撃墜されてしまった偵察機からの情報によれば、敵艦隊は3つに艦隊を分けているらしい。しかし、それはあくまでも数だけだ。

 どうやら、敵はこの南部艦隊に対して主力を向けてきているようだ。何せ、進行速度から見てミリシアルとイルネティアの艦隊がこの艦隊に向けて進行してきているらしいのだから。

 

 と、なると……

 

 

「第2先遣艦隊より通信! 『天使の翼を得た』!」

「第3先遣艦隊より、同じく!!」

 

 

 両艦隊より暗号が伝えられる。それの意味が成す所は───

 

 

「全艦対空戦闘用意!! 目視での警戒を厳とせよ!! 直掩機はすぐに北方へ向かえ!! 加えて全主砲にZ弾装填!! 神竜が来るぞ!!」

 

 

 今日、我々は悪魔となる。天使を殺す悪魔へと。

 第2先遣艦隊、及び第3先遣艦隊はこの時、比較的高速で接近してくる巨大な物体を察知、報告した。

 それを受けてカイザルは待機していた超重爆撃連隊へと出撃命令を出す。

 

 "超空の要塞"が今、天使───古代兵器、空中戦艦パル・キマイラを地に堕とさんと出撃する。

 彼らはまだ、その事を知らない。

 

 

 第2部隊との通信が途絶した数分後、北方へと向かったカノープス型艦上戦闘機20機が神竜と接触、交戦を開始した。

 

 

「クソっ、これでも、これでもまだ届かないのか!!?」

 

 カノープスに乗るパイロット、カリムは次々と墜とされていく僚機を見てそう嘆く。

 最高速度740km/hにして機動力は据え置きという凄まじい性能の最新鋭機が、まるで赤子の手を捻るかの如く翻弄され、切り裂かれていく。

 

『後ろに付かれた! 誰かたs』

『マルタスが殺られた!! クソがァァァ!!ブツ』

 

「まさか……まさか……」

 

 次々と通信が切れていく。この新型機に乗る事を許された精鋭達がいとも呆気なく死んでいく。

 

「奴にとって……アンタレスだろうがカノープスだろうが大して関係がないというのか……ッ!!」

 

 と、そこで彼は半ば本能的に操縦桿を右へと動かす───次の瞬間、彼が元いた空間を一筋の光が貫き、そして白く美しい竜が通り過ぎて行った。

 

 その一瞬、彼と、そして神竜に乗る少女と視線が交錯する。

 

「諦められるか……俺は帝国軍人だッ!!」

 

 操縦桿を握り締める。いつの間にか、その場にいるのは彼の機のみになっていた。

 それは最早意地であった。機動力でも、速度でも負けている現状、彼に勝利の道は無い。だが、あんな少女に負ける事が、1人の大人として悔しかった。

 

 最大まで出力を上げ、神竜を追う。が、当然その程度で追い付ける筈もなく。

 圧倒的な速度で突き放されると、次には神竜の姿は消え失せて───彼はまた、機体を動かした。次は上に。その選択は正しく、すぐ下を光線が横薙ぎに払っていた。

 

 

 その後、彼の機体は最大出力で上昇する。それに神竜も追い縋る様に上昇し、光線の狙いを定めていた。

 

 そして、放とうとした瞬間───機体の後部が爆発した。カノープスには、脱出の際に後部のプロペラに当たらない様にする為の自爆装置が付いているのだ。

 神竜は千切れて落ちてきた機尾のプロペラを避ける事に夢中となり……爆煙の中、キャノピーを開けて振り向き、拳銃を向けるパイロットの姿に気付くのに遅れてしまった。

 

「───っ!!?」

 

 その瞬間、竜騎士───ライカは見た。後部が弾け飛んだ機体の中、煙の切れ目からこちらに向く銃口を。

 イルクスもそれに気付き、大急ぎで口を向けるものの、あちらの方が速かった。

 

 

「帝国、万歳!!!」

 

 

 タァン、と乾いた音がその空間に響き渡り、次の瞬間には機体は縦に切り裂かれる。

 

 そして、放たれた銃弾は───

 

 

「……っ」

『……よ、よかった……』

 

 

───彼女の目の前で止まっていた。常に張っていた結界が功を奏したのだった。

 

 

 

「アンタレス隊も全機撃墜されました!!」

「第1、第2主砲発射用意!! 目標、敵神竜!!」

 

 一方のラス・アゲルティ艦橋。

 カノープス隊が全機撃墜された直後に到着したアンタレス隊もすぐさま全滅し、カオニアはすぐにZ弾の使用を決断した。

 

「距離18、17、16」

「照準補正、+2度!」

「時限信管セットよし!」

「発射準備完了!!」

「Z弾、発射ァ!!!」

 

 瞬間、轟音が鳴り響く。

 ラス・アゲルティ前部の4門の41cm砲より発射された4発の『Z式散乱弾』は音を置き去りに飛翔する。目標は勿論、こちらに向かってきている神竜だ。

 だが、発射した直後、それに気付いた神竜が急上昇する。

 

 次の瞬間、時限信管が作動した。

 

 信管が作動したZ弾はまず外殻が剥がれる。そして、中に詰め込まれた大量の子弾が露わになる。

 発射される際、砲身内部のライフリングによって砲弾は回転している。外殻が無くなった今、自由となった子弾は遠心力によって外側へと投げ出され、砲弾中心部と信管とを繋ぐワイヤーが引っ張られる。

 そしてある点を超えるとワイヤーが抜けて子弾の信管が作動する。信管には遅延がかけられており、作動してから少しの間をおいて爆発する。

 僅かな間だが、超高速で動く子弾には十分だ。

 

 

 爆音と共に、空中の広い範囲が爆炎に包まれる。その範囲はこれまで開発されたどの対空砲弾よりも広く───

 

 

「……ッ、足りんか」

 

 

───そして、伝説を墜とすには狭すぎた。

 

 爆発が収まると共に駆逐艦が持ち上げられ、サジタリアス級航空母艦『ルクバド』に突き立てられる。

 圧倒的な質量爆弾を食らった彼女は一瞬で折れ曲がり、全ての乗組員を道連れに轟沈した。

 

 その後、残りのイーグル級護衛空母5隻も同様に撃沈され、これにより第1先遣艦隊の航空戦力は完全に失われたのだった。

 

 

「神竜、南方に向かいます!」

「本隊に通信!」

 

 彼らは急いで通信を入れ、それに合わせて本隊では直掩機が発艦していく。

 

 だが、神竜は本隊へは行かなかった。何故ならば───

 

 

『こちら司令本部! ルーリンティア竜騎士、ただちに南東方面へと向かい、パル・キマイラ2号機の救援に向かえ!』

 

 

───向かう直前に、その様な指令が下ったからだ。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがい三密Gotoソーシャルディスタンス5つの小よろしくお願いします

サジタリアス級は加賀です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(前編②)

 時は少し遡り───

 

 

〈第2文明圏 イルネティア島近海〉

 

 第一先遣艦隊よりも西、かつては第2文明圏外国であり、今はグラ・バルカス帝国領となっている島の付近。そんな海域をこれまた100隻以上の艦艇が輪形陣を組んで進んでいる。

 その中心部にて守られている空母達から次々と艦載機が発艦していく中、旗艦であるキャンサー級戦艦『キャンサー』の第一艦橋にて1人の女が苦虫を嚙み潰したような顔で爪を噛みながら水平線を見つめていた。

 

「超重爆撃連隊への攻撃要請、完了しました。あと20分程で敵空中戦艦と接触します」

「……そう」

 

 通信士の報告に、彼女───この艦隊、第二先遣艦隊司令、ミレケネス・スウィーチカはそんな押し殺したような返事を返すのみだった。()()()()()()()明らかに荒唐無稽であったあのカイザル(糞爺)の方が正しかったという事実。逆恨みにも等しいが、これが彼女を苛立たせていた。

 だが、彼女も職業軍人だ。与えられた指令はこなさなければならない。予め決められていた“空中戦艦が現れた”場合の暗号を送り、高高度で待機している超重爆撃連隊に攻撃を要請した。これであとは撃沈の報告を待つだけだ。

 

 彼女の内面をよそに戦いは進んでいく。その結末を知る者はまだ、誰もいない。

 

 

───────

────

 

 

 イルネティア島南西のとある空、高度200m付近を巨大な物体が飛んでいる。横向きにした半径130m程度の車輪、ミリシアルの保有する超兵器の1つである、“空中戦艦”パル・キマイラだ。その見た目とは裏腹に強大な破壊力をもつ、まさしく“戦艦”に相応しい艦である。

 皇帝の命により、この戦いには二隻が投入された。今飛んでいるのはその片方、1号機だ。神聖ミリシアル帝国、魔帝対策省古代兵器分析戦術運用部に所属する大魔導師、ワールマン・カレドストンを艦長に据える彼女は南西より接近中の敵艦隊115隻を殲滅すべく向かっていた。

 

「艦長、敵艦隊より攻撃隊と思われる航空機隊が発艦しています……が、その進路が少しおかしいのです」

「おかしい?」

「はい」

 

 そんな時、レーダーを眺めていた魔導師が言う。

 

「敵航空機隊は本艦へと向かってくるどころか、逆にきれいに避けているようなのです」

「ふむ……」

 

 予め立てていた予測では、パル・キマイラの存在に気付いた敵は後方の艦隊よりもまず()()()()()()()()()()に航空機隊を差し向けるだろうと思われていた。

 突如“対空”レーダーに映った直径260mの時速200kmで向かってくる謎の物体だ。差し向けないほうがおかしいというものだ。少なくとも、1機も向かわせないというのはないだろう。だが、今の敵はこちらに1機も向かわせていない。

 

 この状況を、彼はこう判断した。

 

 

「恐らく、敵はこの超兵器に恐怖しているのだ。確認してしまえばこの艦が敵だと確定してしまう。フフ、敵はどうやら現実逃避が得意らしい」

 

 

 この判断が、運命を分けた。

 

 彼はこの戦艦に絶大な自信をもっていた。ミリシアルの通常兵器ですらこの世界の如何なる兵器をも凌駕し、パル・キマイラはそれを更に凌駕する。過剰な自信をもつのも仕方のないことなのだが……今回は相手が悪かった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、誰が予測できようか。実際、神竜という神話の超兵器が、“帝国の三将”たるカイザルにこの世界を脅威だと感じさせていなければありえなかった事である。それがなければ、主砲のまぐれ当たりでも期待するほか無かっただろう。

 

 何はともあれ、彼はこう判断してしまった。だからこそ、

 

 

「レーダーに感。8時の方向より接近してくる物体あり。()()5(),()0()0()0()、速度760、距離130NM(ノーティカル・マイル)、数100」

「ふむ、現実逃避したわけではなかったと。しかしこの艦にかかれば航空機など鎧袖一触。本艦はこのまま敵艦隊に突撃する!」

 

 

 彼は、何も気に留めなかった。

 

 

 

 超重爆撃連隊、それは超重爆撃機グティ・マウンで構成されるグラ・バルカス帝国の虎の子の部隊である。前世界においてはその圧倒的な上昇能力から、敵国であったケイン神王国の戦闘機では迎撃が出来ずその機体にかすり傷1つも負うことが無かったと言われる程の部隊。今回、カイザルはそれに目を付けた。

 彼がパル・キマイラを調べるにあたって、最も注目したのはその対空能力だった。

 

 その弓は常に我等を追い続ける───神話の一文である。文脈から考えるにこの“弓”は件の空中戦艦の対空兵器の事だと考えられる。何せ、これを遺したのは竜人族の竜騎士なのだから。カイザルはこれを、神竜を擁していた国家、インフィドラグーンについて調べていた時に見つけたのだ。

 さて、ここで重要なのは、追ってくるのが“矢”ではなく“弓”である点だ。もしもこの対空兵器が誘導弾であるならば、追ってくるのは“矢”だと表現する筈なのだ。そのため、彼はこの兵器を“標的を自動で追尾する()()()()”であると判断した。

 グラ・バルカス帝国では、40mm機銃の約7,000mが機銃の射程としては最長である。そこで、敵の機銃の射程もその程度だと予測し、他の文献から比較的低高度を飛行する事を判っていた事も合わせてグティ・マウンによる高高度爆撃が効果的だと判断したのだ。

 

 そして今、その作戦は実行直前に至っていた。

 

 

「敵艦、捕捉!」

「まさか本当にいるとはな……流石は“帝国の三将”と呼ばれるだけはある、というわけか」

 

 超重爆撃連隊第一攻撃隊の隊長であるアーリ・トリガーは、部下からの報告を受けてそう呟く。グティ・マウンがその巨体と装甲から空中戦艦と揶揄されることはあるが、まさか文字通りの空中“戦艦”が敵にいるなど誰が鵜呑みにできようか。

 だが、現実として眼前の対空レーダーには全長260mはあろうかという物体が映っているのだ。老将の推理力には感嘆せざるを得なかった。

 

「敵艦は現在、高度300を速度200で進行中」

「付近に敵機は?」

「11時の方向に36機の集団が速度550で、それを追う様に60機の集団が速度300でそれぞれ味方艦隊へと接近中です」

「ミリシアルとムーだな。こちらには来ないか?」

「その様子はありません。空中戦艦が何とかすると信じているのでしょう」

「……まあ、この技術を前にすればそう信じたいのも分かるがな」

 

 この時、世界連合側は3つに艦隊を分けていた。

 南西部より接近してくる艦隊に対してはにはムー国艦隊とミリシアル地方艦隊を、南東部へは中央法王国やトルキアなどの文明国艦隊を、そして南部へはミリシアル主力艦隊、そしてイルネティア王国艦隊をとそれぞれ割り振っていた。

 南部と比較してその他が貧弱である気もするが、それはあくまでもパル・キマイラを信頼しての事だ。実際、やってくれなければほほ確実に南東部は抜かれてしまう。戦列艦など帝国軍艦艇の前では只の案山子も同然なのだ。

 

 今、捕捉した航空機は彼の言う通りミリシアルとムーの物だ。

 艦隊でもグティ・マウンは捕捉していたが、空中戦艦ならば大丈夫だと安心し、予定通り第1次攻撃隊を敵艦隊へと向かわせていた。

 まあ、そもそも迎撃に向かわせたとしても届かないのだが。

 

「よし、全機高度9,000まで上昇。敵艦の正確な進路と速度、高度は逐一報告しろ」

「りょ、了解!」

 

 いよいよ実戦が近付いている事もあり、通信士の返答がやや強ばっている。

 この時まで、超重爆撃連隊は偽装の為に高度約5,000mを飛行していた。そうしなければ敵にこちらの目的が勘づかれてしまうかもしれないからだ。

 敢えて低高度を飛ぶ事により、この超重爆撃機を()()()()()()()()()()()()()と誤認させる。これも作戦の範疇である。

 

「思い出せ、あの訓練の日々を。血の滲む様な努力を!」

 

 超重爆撃連隊はカイザルの指示でこの約5ヶ月間、日夜訓練を続けていた。

 動く対象への高高度水平爆撃、ユグドでも類を見ないこの無茶苦茶な作戦を何としても成功させる為に日々感覚を養い続けたのだ。

 

 その努力の成果を今、試されている。

 

 

「敵艦との距離30,000!」

「先手を打つぞ! 第3、第4小隊、投下準備!」

「第3、第4小隊爆弾投下準備!!」

 

 

 両小隊所属の計50機が空中を移動し、陣形を組んでいく。対空中戦艦用に考案された、各機の間隔を縦横それぞれ200mにし、広い範囲をカバーするという単純な物だ。

 例え何千発を海に落とす事になろうが、1発でも当たればよい……そういった発想を基に、この陣形は編み出された。とはいえ、これをするのも簡単ではない。

 何しろ目標との距離は9,000m。それを爆弾が自然落下する間に目標はかなりの距離を移動してしまう為、やはり緻密な計算、そしてそれに応えられるだけの巧みな操縦技術が必要になる。これまでの訓練はその為だ。

 

 かくして、準備の整った各機の爆弾槽の蓋が開き、1機40発、計2,000発もの500kg爆弾が顔を出す。

 

 そして───

 

 

『投下開始!!!』

 

 

───────

 

 

「敵機が高度を上げました。現在高度9,000」

「ほう……ん? 9,000?」

「はい。間違いありません」

「ほ、ほう……中々敵も高い技術を持っているようだな」

 

 レーダー員の無感情な言葉に、ワールマンの背筋に冷たい物が伝った。何しろ、この時点で高度を上げる意味が分からなかったからだ。

 敵の高度を5,000mだと聞いた時は通常の爆撃機だと思っていた。それならば、水平爆撃だろうが急降下爆撃だろうが関係ない。アトラタテス砲で撃墜出来る。

 

 だが、もしも。この高度から爆撃された場合、相手から一方的に攻撃されてしまうという状況に陥ってしまう。アトラタテス砲の射程はそこまで長くはないのだ。

 

「(……いや、そんな事はありえない。そのような高高度からの爆撃など当たる筈がない。たかが1()0()0()()()()()()など……)」

 

 彼はそう自分に言い聞かせる。

 

 ……この時、彼はある致命的な誤認をしていた。それは、今向かってきている敵機が未だに()()()()()だと思っていたという事だ。レーダー上では大きさが判りづらかったのだ。

 パル・キマイラには遥か彼方の光景を見る事が出来る『超望遠魔導波検出装置』という装置が付いている。忘れていた、という訳ではないのだが、この時の彼は敵を侮っていたので確認を怠ったのだ。

 もし、この装置を使用してグティ・マウンの姿を視認していれば、或いはこの結果は変わったのかもしれない。

 

 

 果たして、その時はやって来た。

 

 

「敵機爆弾投下。数……に、2,000!?」

「なっ、何ィ!?」

「内22発、命中の可能性あり!」

 

 思いもよらぬ投射量に艦橋内は騒然となる。そして、次に伝えられたのは被弾の可能性。彼は混乱する頭を何とか働かせて指示を出す。

 

「かっ、回避しろ!!」

「投下範囲が広く、今から移動してもあまり効果はありません!」

 

 パル・キマイラは、実は横方向への移動能力が低い。今回はその穴を突かれた形となった。

 更に、この様な事態を想定していなかった為に艦内に超大型爆弾『ジビル』を積めるだけ積んでおり、急ブレーキなどは極めて危険だ。

 

 これらの最悪の条件の下、彼は恐らく取り得る最善の行動───といっても、実質的にこれ一択なのだが───を選択した。

 

 

「な、ならば……あ、アトラタテス砲で爆弾を迎撃しろ!」

「あ、アトラタテス砲で、ですか!?」

「そうだ! 神代では誘導魔光弾を撃墜していたんだ、爆弾でも撃墜出来る筈だ!! い、急げ!!」

「りょ、了解しました! 上部アトラタテス砲発射用意!!」

 

 彼の指示から少し遅れ、艦上部に設置されている3基のアトラタテス砲へと魔力が供給され、それぞれの魔導電磁レーダーが起動する。

 そうして、こちらへと向かってきている標的───今で言えば爆弾を自動で追尾し、砲身を向ける。

 

 そして最初の1発が射程内に入った瞬間───凄まじい弾幕が展開された。

 

 アトラタテス砲の別名は、『轟連式対空魔光砲』と言う。その名に恥じぬ轟音が今、戦場となった空域に鳴り響いている。

 1基につき毎分3,000発、それが3基設置されている為毎分9,000発にも及ぶ魔光弾が落下してくる爆弾へと向けて発射される。

 

 迎撃は順調に進んでいた。既に十数発を撃墜し、今も1発が爆発している。

 空は黒煙に染まり、それを掻き分けて落下する爆弾が光弾に貫かれ、爆発、黒煙の一部となる。

 

 だが、問題もあった。

 アトラタテス砲はそれ単体で独立したシステムとなっており、魔力さえ供給すれば全自動で敵を迎撃する。

 その為、()()()()()()()()までも迎撃対象に含めてしまっており、弾幕がバラけてしまっているのだ。

 

 そして───

 

 

「うわっ」

「なっ」

 

 

───光弾の網を潜り抜け、1発の爆弾が命中した。本来これ程の質量の物を防御する事を考えられていないシールドはいとも容易く食い破られ、薄い装甲は貫かれた。

 そして、貫かれた先は……艦橋だった。

 

 (ワールマン)は一瞬、眼前に落下してきた黒い物体を視認し、次の瞬間には永遠に意識を失った。

 

 

 中央歴1643年1月16日。イルネティア島沖合上空にてパル・キマイラ1号機は爆弾の直撃を受け、内部に満載していた高純度液体魔石、及び超大型魔導爆弾『ジビル』に引火、誘爆し爆沈した。

 

 

───────

 

 

「て、敵空中戦艦、爆沈!!」

 

 残った第1、第2小隊が続けて爆撃の準備を進める中、目標を見ていた観測士がそう叫ぶ。瞬間、その場は静まり返った。

 

「……なんというか、呆気なかったな」

「……そうですね。喜びというか、それよりも先に落胆が来ます」

 

 これまで恐れていた空中戦艦。それがたった一度の爆撃で呆気なく爆沈したのだ。声を上げるよりも、寧ろ"もう少し粘って欲しかった"という落胆の方が強かった。

 何せ、休日を返上してまで訓練を続けてきたのだ。確かにあの圧倒的な弾幕には驚いたし、爆弾を撃墜していたのには目を疑ったが、それでも爆沈したのは事実である。

 

 とはいえ、この様な事態を想定していなかったといえば嘘になる。

 もしも爆撃機が余った場合、ドイバへの高高度爆撃を行う事が作戦に盛り込まれているのだ。

 

「よし、第3、第4小隊はただちに帰投。第1、第2小隊はこのまま前進し、港湾都市ドイバを爆撃する」

「了解。各機に告ぐ……」

 

 こうして、超重爆撃機と空中戦艦との第一回目の対決は爆撃機の勝利に終わったのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします

日本国召喚三大萌えキャラ
①ルミエス
②エルヤ
③メテオス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(前編③)

 時は再び遡り、ライカとイルクスが敵航空母艦を撃沈したのと同時刻。イルネティア島沖南東部の空を1隻のパル・キマイラが飛行していた。目標は勿論、その方角より接近中の敵艦隊である。

 これをその艦隊───第三先遣艦隊は発見。第二先遣艦隊と同じく航空機隊には接近しないよう指示し、超重爆撃連隊への攻撃要請を出した。

 

「敵艦隊より発艦した航空機隊、本艦を避けるような進路を取っています」

「何?」

 

 そして、1号機と同じ様にそれを察知する。

 それを受け、艦の操作、技術監督を務めるコルメドは同じ様な事を言った。

 

「きっと本艦を恐れているのでしょう。気にする必要はありません。時代遅れの帆船が沈むだけです」

 

 彼はやや侮蔑にも似た口調で言う。

 後方にいる艦隊は各文明国の艦隊であり、その全てが戦列艦だ。そんな艦隊が帝国の航空機隊に襲われて耐えられる訳がないのだ。

 

 だが、そんな彼に対し、艦長を務めるメテオス・ローグライダーは言う。

 

「……おかしいねぇ」

「……? 何がですか?」

「この状況が、だよ、コルメド君。本艦は未だ、()()()()()()()()()()()

「は、はぁ」

 

 彼は顎に手を当て、俯いて考え込む様な素振りをしながら話し続ける。

 

「人は未知の物を恐れる。が、同時にその未知を()()()()()()()()()()()()()生物なのだよ」

「だから、1機も寄越さないのはおかしい、と?」

「そもそもここは戦場だ。この戦艦に神竜の様なレーダー遮断機能は付いていないからねぇ。敵の対空レーダーにはくっきりと直径260m分の未知の反応が現れているだろう。

 そんな状況で何も知ろうとしないのは余程の愚か者か、もしくは……」

 

 そこまで言い終わった時、対空魔導電磁レーダーを眺めていた魔導師が無感情な声で告げる。

 

「レーダーに感。10時の方向より接近してくる物体あり。高度5,000、速度760、距離130NM、数100」

 

 彼はその報告に顔を上げ、モニターを睨み付ける。

 

「……それが()()()()()()()()である場合のみだよ。超望遠魔導波検出装置を作動させ、その敵機を映したまえ」

「了解しました」

 

 その指示で、向かってきている航空機隊の姿が映し出される。

 遥か百数十km先もの物体をも鮮明に映し出す神代の技術は、天使(飛行戦艦)を喰らわんとする悪魔(グティ・マウン)の姿をくっきりと投影した。

 

 6基のエンジンを翼下に提げる巨大な機は、明らかに高度5,000m程度に収まる様な機体では無いように思えた。

 

「な……」

「こ、これ程の……」

 

 映像を見た艦橋の面々は口々に驚きの声を発する。

 

 現在、神聖ミリシアル帝国で運用されている天の浮舟の中で最大の機体は、旅客機である『ゲルニカ35型』の23m。テスト飛行が終わり、量産体制に入っている新型大型爆撃機『L-14』でさえ32mである。それに対し、グティ・マウンの全長は46m。約1.5倍である。

 

「ふむ、どこから存在が漏れたかは分からないが、どうやら対策を練ってきた様だねぇ」

「た、対策? 本艦は無敵の筈では?」

「馬鹿は程々にしたまえ。こちらの対空兵器はアトラタテス砲だけなのだよ? 敵機が高度10,000mから爆撃を行うとして、それを防ぐ力はこちらには無いよ」

「そ、それ程の高高度爆撃など当たる筈が」

「あれ程の巨体ならば、500kg爆弾ならば30から40発は入るだろう。それが100機。少なく見積っても3,000発もの爆弾の雨が降る訳だ。それ程投下すれば10発くらいなら当たるだろう。そして、1発でも当たれば液体魔石とジビルを満載している本艦はボカン、だ。パル・キマイラのシールドが想定しているのはあくまでも対空兵器だからねぇ」

「───っ!!?」

 

 メテオスは、長い研究で培った観察眼で敵機を分析する。

 そして、窘められたコルメドは目を見開き、続けて顔を青ざめさせる。それは他の乗員も同じだった。

 

「で、では一体どうすれば」

「コルメド君、落ち着きたまえ。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「パル・キマイラ2号機、ローグライダー艦長より通信! 『本艦は敵大型爆撃機に狙われている、至急神竜による救援を求む!』です!」

 

 

 

『こちら司令本部! ルーリンティア竜騎士、ただちに南東方面へと向かい、パル・キマイラ2号機の救援に向かえ!』

 

 

 

「了解しました、直ちに向かいます。行くよ、イルクス!」

 

 

 

 この判断が、運命を分けた。

 

 

───────

 

 

 かつて列強として名を馳せ、現在ではグラ・バルカス帝国の植民地と成り下がったムー大陸、レイフォル。

 それより西方のとある空域を、100機もの編隊が飛んでいる。勿論全機が帝国の誇る───機密である為一般には知られていないが───超重爆撃機、グティ・マウンだ。

 

「敵艦との距離60,000!」

「いよいよか……」

 

 超重爆撃連隊第二攻撃隊の隊長であるクルスフは呟く。だが、彼はそれ程緊張はしていなかった。何せ、つい先程第一攻撃隊より空中戦艦撃沈の報告が届いたからだ。

 我々の刃は敵に届く、それだけで随分と緊張が和らいだ。

 第三先遣艦隊に接近中の敵艦隊より多数の航空機(飛竜)が飛んではいたが、その何れもが速度300km/h程度であり、恐れる必要は何も無かった。

 何せ、今我々は高度11,000を飛んでいるのだ。先に片方が撃沈された事もあり、敵が迎撃機を向かわせてくるかもしれないという懸念から高度を予定より上げていた。

 高度11,000m。これ程の高度を飛べる戦闘機は、帝国海軍においてはカノープスしかいない。

 唯一気がかりな神竜も、第一先遣艦隊より本隊へと向かったとの報告があった。

 

 ……因みにだが、この時、1号機が撃沈した事は司令部には伝わっていなかった。

 第二先遣艦隊へと向かっていたミリシアル地方艦隊、及びムー国艦隊のレーダーからは消えていたのだが、戦艦の詳細を知る者が誰もおらず、レーダーから消失したのも()()()()()だと思い込んでしまっていたのだ。

 ()()魔法帝国の超兵器なのだ。その位は出来るのだろう、と。

 その為、撃沈を知るのはムー国航空隊が海面に浮かぶ残骸を発見してからになる。

 

 

「よし、訓練の成果を見せる時が来たぞ!!」

「「「おおおお!!!」」」

 

 そんな事はさておき、厳しい訓練の日々が、ようやく報われるのだ。乗員は一層奮起し、敵空中戦艦との対峙に備えていた。

 

 

……対空砲手が叫ぶまでは。

 

 

「後方上空に敵機!!!」

「はあ?」

 

 その声に、クルスフは間抜けな声を上げる。

 

「とぼけるな。俺達は今高度10,000を飛んでいるんだぞ」

「し、しかし隊長!」

「しかしもヘチマもあるか。俺達よりも高く飛べる敵機なんてある筈がない!」

 

 慌てる彼を窘めながら、窓より空を見上げるクルスフ。だが、次の瞬間。その表情は驚愕へと変わった。

 

 何故ならば、太陽を背にして白銀の竜がこちらへと急降下してきていたからだ。

 そして、その竜と目があったと思った瞬間、彼の意識は永久に途絶えたのだった。

 

 

 猛烈な対空砲火が打ち上げられる。目標はたったの1騎だけ。しかし、その1騎に既に5機もの超重爆撃機が墜とされていた。

 綺麗な編隊を組んでいるのも不味かった。

 神竜が光線を放ちながら首を上げる。瞬間、その先にいた3機の機首とその後方が断ち切られ、爆発した。

 

 艦隊の全力の対空攻撃すら無傷で凌いできた彼女らにこの程度の攻撃が通じる筈もなく、100機もの超重爆撃機は神竜に傷1つ与える事も出来ずに全滅した。

 

 

 その後、特に妨害を受ける事もなく進行を続けた2号機によって、第三先遣艦隊は全滅した。

 

 そして、その直後。司令本部より通信が入る。

 

 

「は……今、何を……」

『ムー国航空隊が海上に浮かぶ1号機の残骸らしき物を発見した……よって、これよりムー国艦隊及びミリシアル地方艦隊は敵艦隊との交戦に入る。それにより、2号機は……』

「そ、そんな……」

「パル・キマイラが沈むなど!!?」

 

 その言葉に、艦橋は騒然となる。

 中でも、メテオスの狼狽える様は他と比べても歴然であった。

 

「お、おおおおお、おおおおおおおお……おおおおお」

 

 狼狽は2分間たっぷりと続いた。

 

「そ、そんな、私は、私は皇帝陛下に何とご報告すれば……」

 

 彼はワールマンの愚かさが信じられなかった。慢心によって貴重な艦を潰した彼の行動が、思考が、その全てが信じられなかった。

 

 そして、この時点でパル・キマイラの作戦は終了となる。もし1隻でも沈む様な事があれば即帰投せよ、との命令が下っていたからだ。

 

 怒りと絶望の混ざり合った表情をした彼を乗せ、パル・キマイラ2号機はミリシエント大陸へと舵を切るのだった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GOTO5つの小よろしくお願いします

ノーン!イルネティアノシンガタキダ!


ライカ&イルクスによる超重爆撃連隊の料理はバッサリカットです。どうせ一方的に斬られていくだけなので……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

堕ちた軍神

大学に入ったら遊びまくれる、そう思っていた時期が私にもありました


『前方40km、高度3000に航空機、数100。多分敵の攻撃隊だ』

「5000まで上昇。艦隊に辿り着く敵機を少しでも減らすわよ」

『了解!』

 

 パル・キマイラ2号機を襲撃した超重爆撃連隊第二攻撃隊が全滅してから少し経った頃。イルネティア島南方のとある空域を白銀の竜が少女を背に乗せ飛んでいた。イルクスとライカである。

 2人は2号機からの救援を受け、予め受けていた指令を中断してそちらに向かっていたのだが、それが完了した為その本来の指令───敵本隊の主力艦の撃沈を遂行するべく、イルクスレーダーで先程感知していた反応の方角へと向かっているのだ。

 その道中、イルクスが新たに感知した敵のものと思しき反応を受け、それを迎撃すべく今、高度を上げた。

 

 かくして、グラ・バルカス帝国イルネティア侵攻艦隊本隊より発進した第1次攻撃隊100機は、不幸な事に神竜と会敵した。

 

 

「…………今!」

 

 その声で、これまで乱層雲の中を飛んでいたイルクスは急降下する。その眼下にあるのは、編隊を組んで飛行している敵攻撃隊だ。

 今日の天気は曇りである。そのお陰でイルクスは隠れやすく、攻撃隊からは見つけにくかった。

 

「撃て!」

 

 掛け声に合わせ、急降下している中彼女の口から光線が放たれる。

 そしてそのまま首を少し動かした。光線は飛行していた5機を両断し、空に黒煙の花を咲かせる。

 2人はそのまま編隊の下部に回り、回頭して混乱している敵に再び光線を放つ。3機が鉄片となって墜ちていく中再び編隊を突き抜けて上空に回り込む。そこでようやく、状況を把握した護衛機が彼女らへと追い縋ってきた。

 その敵戦闘機の姿を見て、彼女は思った。

 

「(……アンタレスしかいない? 新型機は全て艦隊防空に回っているの?)」

 

 そう、この攻撃隊を護衛しているのはカノープスではなく全てアンタレスなのだ。

 殆どの文明国にとっては未だ強敵であるアンタレスだが、彼女にとってはもう戦い慣れた相手(カモ)である。そもそも後継機であるカノープスですら相手にならなかったのだ。

 

 放たれる機銃を躱し、その場で垂直上昇させ通り過ぎたアンタレスを両断する。

 続けて上部より向かってきていた敵機を少しの動きで躱し、両断。急降下しつつ通りざまにリゲルを切断する。

 

 そんな事を繰り返し、10分もしない内に最後の1機を撃墜した。

 

『何か、弱かったね』

「うん……多分これ、警戒も兼ねた部隊だったんだと思うわ」

『?』

「無事に敵艦隊へ辿り着けば良し。途中で撃破されても、神竜が来ている事が分かれば良し、ってね」

 

 明らかに本気の攻撃隊ではなかった。全てが旧式機で、練度も低かったのだ。

 とはいえ100機をそんな事に使えるなど、圧倒的な物量を誇る帝国にしか不可能な事であった。

 

『つまり、僕達が来てる事が敵にバレたってこと?』

「そういうこと。とにかく急ごう」

 

 元々大して隠してはいない。超重爆撃連隊が全滅した時間から計算すればある程度予測は出来るのだ。

 そうして、イルクスは艦隊へと騎首を向ける。

 

 敵艦隊まで、あと少しだ。

 

 

 

「第1次攻撃隊、全滅しました」

「来たか……!」

 

 イルネティア侵攻艦隊旗艦『マゼラン』。その第1艦橋にて、通信士より報告を受けた艦長のラートスはゴクリ、と唾を飲み込む。

 旧式機かつ低練度とはえい100機もの編隊がたった1機にあっさりと全滅させられる。いざ直面するとその異常さが身を貫き、寒気を呼ぶ。

 そこで、チラリ、と隣を見る。

 

「作戦に支障なし。全艦、対空警戒を厳とせよ」

 

 そこに立つ艦隊司令のカイザルの表情は、少しも動いていなかった。

 その様子に彼は素直に尊敬すると共に、何か違和感も感じた。

 

 そう、まるで今から何か、恐ろしい事をする覚悟の様な───

 

 

『こちら警戒機036! 神竜を視認!』

 

 

───と、その通信で彼の思考は中断される。

 

『こ、こっちに来る! 速すぎる! 逃げられな』

「036、応答しろ! ……撃墜されたようです」

 

 艦隊周辺を警戒していた偵察機が撃墜される。その生々しい悲鳴は艦橋内の空気を沈めるには十分だった。

 

「敵は3時の方向より来る可能性が高い。そちらに砲塔を向けろ」

 

 が、カイザルの表情は変わらない。

 彼は少しも狼狽える事無く黙々と各方面へ指示を出していく。

 

「直掩機を向かわせますか?」

「いや……まだいい。そのまま滞空を続けさせろ」

「……? 了解しました」

 

 今向かわせず、一体いつ向かわせるつもりなのだろうか。通信士は不審に思うものの、素直に従い直掩機へと指示を出した。

 

 

 

 敵の偵察機を撃墜した2人。既に敵艦隊は目と鼻の先であった。

 

『おっと、危ない』

 

 2人が先程までいた場所に黒煙が生まれる。

 眼下を航行していた敵駆逐艦からの砲撃であった。

 

「イルクス、そろそろ高度を下げて」

『了解!』

 

 彼女の指示に、イルクスは急降下していく。

 その間にも黒煙は増えていき、光弾も追加されるがたった1隻の対空砲火、彼女らには何の障害にもならなかった。

 

 そうして水面ギリギリまで辿り着くと、未だに撃ち続ける駆逐艦を無視して艦隊へと向かった。

 

 

 

『こちらルイテン! 神竜がそちらへ向かいました!』

 

 艦橋へと、神竜と会敵したレーダー・ピケット艦として突出させていた駆逐艦より報告が入る。

 いよいよである。いよいよ、決戦の時が来たのだ。

 艦橋の各員は手を固く握り締め、緊張に身を震わせる。

 

「各艦は各々の判断で対空戦闘を」

 

「対空戦闘は禁ずる」

 

……だからこそカイザルの放ったその言葉に、自らの耳を疑わざるを得なかった。

 

「……は、今、なんと」

「各艦の対空戦闘は禁ずる。それと直掩機隊に通信を入れ、神竜を上空へ誘き出す様に伝えろ。本艦の主砲はZ弾を装填して待機だ」

「は……りょ、了解しました」

 

 直掩機を向かわせる為、対空戦闘を禁ずる。確かに筋は通っている。

 しかし、それならば先程向かわせておけば良かったのではないのか? 上空に誘き出すにしても、味方機が居る状況ではZ弾は───

 

 

「───まさか」

 

 

 

『……? 全然撃ってこない……』

「……攻撃してこないなら好都合……なんだけど」

 

 艦と艦の間を飛びながら、2人はそんな会話をする。

 艦隊に入る前はどんな激しい対空砲火の中を飛ばなければいけないのだろうかと思っていたのだが……現実は、その真逆であった。

 艦隊は全く撃って来ず、恐ろしい程の静寂が辺りを支配している。

 

『こっちに敵機が来てる!』

「それが目的……? 突っ切って───無理そうね」

 

 と、そこで直掩機のカノープスが突撃してくる。無視して突っ切ろうとするも進行方向からも向かってくる為それは叶わず、そうこうしている間に周囲を包囲されていた。

 どうやら、逃がすつもりはないらしい。

 

 カノープス戦闘機との空戦が始まった。ライカにとっては既に1度戦った相手、負ける道理はない。

 しかし、それはそれとして無茶とも言える肉薄戦法を繰り返してくる敵機の為にその戦場は徐々に高度を上げていっていた。

 

 そうして、いつの間にか2人は艦隊上空で戦っていた。既に20機は墜としているというのに、敵の戦意は衰える所か寧ろ増しているようにも感じていた。

 更に、こちらに向く艦隊の対空砲群。しかし、そちらは大丈夫である筈だ。味方がいる内は敵は撃てない。

 全滅させられたら即撃つ、などと考えているのだろうが、そんな状況になる前にある程度まで数を減らしたらイルクスの速力で無理やりにでも突っ切るつもりだからだ。そう、自分を安心させた。

 

「(……大丈夫、よね……)」

 

 ふと、マゼランの砲口と目が合った。

 

 

 

「提督、何を、なさる、おつもり、ですか」

「……」

「提督ッ!!!」

 

 震える喉を何とかして抑えながらカイザルに尋ねるラートス。しかし、当の彼は高度を上げながら戦闘を続けている神竜を無言で見つめているのみだ。

 

「あなたはッ、まさか!!」

 

 相手が帝国の三将である事も忘れ、語気を強めて問い詰める。

 

「艦長」

 

 そんな彼に、カイザルは言った。

 

 

「主砲発射だ」

 

 

 一瞬、その場が静まり返る。皆、彼の言葉が信じられなかったのだ。

 

「───ッ!!!」

 

 ラートスが勢いよく立ち上がり、彼に掴みかかる。その光景を、その場にいる皆はただ呆然と見ているしかなかった。

 

「今ッ、あなたはッ!! 何をしようとしているのか分かっているのかッ!!!」

「艦長、復唱はどうした」

「承服しかねるッ!!! 部下を、未来ある若者を、殺させる訳にはいかないッ!!!」

 

 襟を掴み、ドン、と壁に彼をぶつける。

 そこで、ようやく皆が我に返ってきた。

 

「か、艦長! お止め下さい!」

 

 副艦長や通信士が無理やり彼を引き剥がす。だが、2人の顔も困惑した様子だった。ラートスにではなく、カイザルに。

 

「……艦長。君の言い分は尤もだ。儂は今、帝国の未来を殺そうとしている」

 

 壁にもたれ、項垂れたまま話し始める。

 その表情は誰も見る事が出来なかったが、その声色は隠しきる事の出来ない悔しさが滲み出ていた。

 

「帝国の為、などと綺麗事を言うつもりは無い。だが……」

 

 顔を上げ、腰の拳銃を抜き、彼に向けた。

 

「今は従ってもらおう」

「ッ……」

「もう一度言う、主砲発射。これは命令だ!!」

 

 しん、とまたも静まり返る。

 

 その静寂を破ったのは……ラートスだった。

 

「……主砲発射。目標、神竜」

「な、し、しかし」

「発射だ!!」

「ッ!! は、りょ、了解しました……」

 

 そうして、主砲が放たれる。

 

 

───寸前、呟いた。

 

 

「……すまない」

 

 

 

「───ッ!!!?」

 

 ゾクリ。突如ライカの背筋にえも知れぬ悪寒が走る。

 

『どうしたの───』

「イルクス!!! 上がって!!!!!」

 

 グイ、と勢いよく手網を引く。それは急上昇の合図であり、困惑しつつもイルクスはそれに従った───

 

 

───この時の判断を、イルクスは一生後悔する事になる。

 

 

 無理やりな急上昇。結界でも緩和しきれない程の強烈なGが彼女にかかる。

 更に、周囲の状況を顧みないその動きは、彼女らに致命的な()を与える事となった。

 

 そして、その僅かな隙を、精鋭ばかりの直掩機隊が見逃す筈もなく。

 

 一瞬。

 

 

 

「─────────ぁ」

 

 

 

 何かが貫く感覚。直後、左の感覚が無くなった。

 

 

───前方から突撃してきたカノープス型艦上戦闘機の放った機銃弾は張られていた結界を容易く貫き、ライカの左の二の腕と左太腿に直撃した。

 対航空機を目的として作られた機銃は彼女の肉を巻き込み、抉り、骨を砕き、貫通する。

 イルクスによって両断されるカノープスのパイロットの目には、確かに千切れ飛んだ少女の左腕と左足が映っていた。

 

 

 

 瞬間、その場は爆炎に包まれた。




つよイルはハッピーエンドです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いの幕開け

『あ……そんな……ライカ……やだよ……』

 

 悲痛な声でイルクスが呼びかける。が、それに対する言葉は返ってこない。代わりに血の滴る左腕の断面を押さえて痛みに耐えるくぐもった声が聞こえてくるのみだった。

 

 ライカの超人的な危機察知能力によって、"Z弾の直撃"という最悪の事態は免れる事が出来た。

 そう、最悪の事態は()()()()()()()。今、ここにあるのは"二肢を失ったライカ"という現実だけだ。

 

「と……んで……」

『え……』

「は……や、く……て……きが……う……つ……」

『そ、そんな……っ』

 

 と、そこで思い出す。ここはまだ敵地のど真ん中だという事を。

 今は何故か撃ってこないが、もし撃たれたらライカの指揮が期待出来ない今、避け続ける事は困難を極めるという事を。

 

『っ!!!』

 

 だから、飛んだ。1秒でも速く治療を行う為に。

 

「……ぁ、っ……」

『ライカ、ライカ、頑張って。すぐに医務室に連れて行くから!!』

「『わがみを……いやせ……』」

 

 そんな最中、ライカは痛みに耐えながら詠唱を行う。すると、腕が仄かな光に包まれ───何も起こらなかった。

 血は止めどなく流れ続け、彼女の命をすり減らし続ける。

 

「……『ひのせいれい……』……」

 

 詠唱さえ覚えていれば誰でも使える最下級回復魔法。それが修復出来る傷の規模を超えていると理解した彼女は、次の魔法を唱え始める。

 

「『わがみを……こがせ』……」

 

 瞬間、断面が燃え上がる。

 

「───っ!!!」

『ら、ライカっ!!?』

 

 肉の焦げる臭い、ライカの押し殺した様な悲鳴。イルクスが驚き声を上げるが、彼女はそのまま足にも手を当てて同じ魔法を使い、傷口を焼いた。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。これまでで感じた事の無い痛みが彼女を貫く。

 いかに国の救世主などと持て囃されても、いかに竜騎士として優れていたとしても、所詮彼女は1人の少女でしかない。

 何とか気力だけで保っていた意識も急速に沈んでいき、そして───

 

 

『え……あ……』

 

 

 彼女の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 その後、ようやく我に返った艦隊によって対空戦闘が始まったが、未だ混乱の中統制のとれた射撃が出来るはずもなく。

 が、それでも騎手を失ったイルクスでは避け続ける事が出来ずに数発の機銃を被弾した。しかしそれは足を止めるまでには至らず、彼女は何とか撤退に成功した。

 

 それでも帝国が、神竜を退()()()という事実は変わらない。

 

 

 かくして、グラ・バルカス帝国はここに初めて神竜に勝利したのであった……多くの物と引き換えに。

 

 

───────

────

 

 

「神竜、逃亡した模様……」

「……」

 

 『マゼラン』艦橋。双眼鏡を覗いていた観測士が告げる。"作戦失敗"という報告を。

 それを聞いたカイザルは、ただ目を伏せて沈黙を保っているのみだった。

 

「『イレーナ』より通信が入っています」

「繋げろ」

 

 と、そこで僚艦の戦艦イレーナから通信が入る。内容は大体予想がついていたが、ラートスは繋げるよう指示をした。

 

『こちらイレーナ! 旗艦! どういうつもりだ!? まだ味方が残っていたんだぞ!?』

 

 予想通り、艦橋内部に怒声が響き渡る。

 だが、当のカイザルは眉一つ動かさず、

 

「へ、返答は……」

「作戦通りだ、と伝えろ」

「りょ、了解しました」

 

 とだけ指示をする。

 

『作戦通り……だと? 巫山戯るな!! 味方ごと殺るなど作戦と呼べるか!!』

 

 彼がそれに返答する事は無かった。

 しかし、その表情は……彼がそれを一番理解している、そう言っている様に見えた。

 

 

「神竜はどちらの方角へ逃げた?」

「12時の方向、丁度真北です」

 

 通信が閉じられ、彼は観測士へと尋ねる。

 

「それならば向かう先は……」

 

 12時の方向から向かってきているのは敵の本隊───ミリシアル主力艦隊とイルネティア艦隊である。

 それと対峙するはカオニア率いる第一先遣艦隊。空母は失ったが、既に発進した攻撃隊は今頃襲いかかっている筈だった。

 

「……現在飛行中の本隊所属の攻撃隊に通信を入れろ。"北へ向かい、敵主力艦隊の後方にいると思われる敵空母を攻撃せよ"とな。第2次攻撃隊も即座に発艦させ、同じ指令を伝えろ」

「了解しました……主力艦隊は攻撃せずによろしいのですか?」

「ただの艦隊など本隊で潰せる。今すべきは本作戦の最重要目標を殺す事だ」

 

 わざわざ砲撃戦に空母を連れて行く必要は無い。よって、空母は艦隊よりも後方にいる、そう予想し、そしてそれは正しかった。

 彼は制帽を整える。

 

「先程の我々の攻撃によって、敵竜騎士が恐らく重大な傷を負ったと考えられる。そうでなければ撤退する必要が無い。そして、神竜と竜騎士の少女は非常に仲が良い。ならば、神竜は必ず彼女を医務室へと連れて行く筈だ。1秒でも速く、な。

 だが、最も近い主力艦隊は戦闘中、すぐに治療を受けられる状態にあるとは考えづらい。ならば……」

「後方にいて、未だ攻撃を受けていない空母へと連れて行く、と?」

「そうだ。ペガスス級がいればそれを必ず沈めろとも伝えろ。神竜は騎手(パイロット)を失った。その力はこれまでよりも遥かに劣る。恐れる必要は無い」

 

 神竜が航空機やワイバーンとは違い、意思疎通ができ自ら考え行動出来る事は彼も知っている。だが、それが騎手無しでも良いという理由にはならないのだ。

 もしいなくても良いのならば、もしくは誰でも良いのならば、いかに操るのが上手かろうとあの様な少女をずっと乗せている必要が無い。必ずどこかで批判が上がる。少女兵などまともな軍隊がやる事ではない。

 それでもなお乗り続けているのは、騎手が彼女でなければならない理由があるからだ。

 神竜は自らが認めた者しか乗せないという。神話の記述だがこれは現代においても変わらないのだろう。

 

 彼は顔を上げ、静かに、しかし重く言い放つ。

 

 

「神竜は必ずここで殺す」

 

 

 例え何を、いくら犠牲にしようとも。

 

 

 

「……は?」

 

 ふら、と目眩を起こして体がぐらつき、隣に立っていた参謀が彼───イルネティア艦隊司令のレイヴェルを慌てて支える。

 

「う、嘘だろう……?」

『本当です……ライカが、負傷しました……イルクスも数発を被弾しています……』

 

 イルネティア王国艦隊旗艦『イルネティア』の第一艦橋にいる全ての者が言葉を失う。それ程までに、その衝撃は強かった。

 先程敵攻撃隊の攻撃をなんとか凌ぎきり安心していた矢先のこの通信である。衝撃は増幅され、彼らの身体を貫いた。

 

 今、繋がっている魔信の先にいるのは後方に控えている航空母艦『エディフィス』の通信士である。

 彼自身も、こちらと同じく未だに信じきれていない様子が声色を通して伝わってきていた。"ルーリンティア竜騎士"ではなく"ライカ"と呼んでいる事から、どれだけ焦っているかが窺える。

 

「そ、それで二人の具合は!?」

『さ、幸いどちらも命に別状はありません……しかし、ライカは血を流し過ぎているようで意識は未だ覚めず、いつ目覚めるかも分からない状況です』

「そうか……とにかく、助かったのであれば良かった。引き続き治療を続けてくれ。あと、そちらにも敵編隊が向かう可能性もある。対空警戒は万全にしておけ」

『了解しました』

 

 魔信が切れ、直後にバン、という音が響き渡る。彼が壁に拳を叩き付けた音だった。

 

「し、司令……」

「……私は悪魔だ。幼き少女を戦場に出し、その手足を奪ったのだからな」

「……」

 

 彼の顔は後悔で歪んでいた。

 

「どこか心の底で安心していたのだ。"彼女らならば大丈夫"だと。そうでなければ、少女を単騎で敵艦隊の中枢に送り込むなどする訳がない!!」

 

 自責の念が身体を突き刺す。

 自分が憎くて仕方が無い。この作戦を承認したのは自分だ。これが最善の策だと思い書類に判を押し、彼女らに命じた。その結果が、これだ。

 

「私は軍人……大人失格だ……」

 

 彼は頭の制帽をグシャリと握り締め、その場に立ち尽くすのだった。

 

 

 かくして、第3次イルネティア沖大海戦(史上最大の海戦)の第二幕が今ここに幕を上げる。

 知略と軍事力だけが正義となる戦いの鐘が2年越しに再び、打ち鳴らされた。

 

 

 英雄はもう、いない。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録手洗いうがい三密GoToソーシャルディスタンス五つの小よろしくお願いします


最後の文は原作5巻の帯のオマージュです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(中編①)

〈イルネティア島沖 機械竜母『エディフィス』〉

 

「危ない所でした……もう少し対処が遅れていれば、出血多量で」

「やめて! 言わないで!」

「す、すいません」

 

 主力艦隊の後方に控えている空母艦隊。その中心部付近を航行しているイルネティア王国艦隊所属の竜母───元ペガスス級航空母艦の『エディフィス』に、傷ついたライカを抱えたイルクスは着艦していた。

 彼女は降り立つやいなや竜人形態になると気絶したライカを両腕に抱え、人1人を抱えているとは思えない速さで走って医務室へと連れて行った。

 自らもボロボロのイルクスが、更にボロボロでかつ左手足が無く断面が焼け爛れているライカを連れて来たのだ。軍医の驚愕はとんでもない物だった。

 

「あの傷では『ヒール』は効きません。しかし、それを理解してすぐに傷口を焼く判断を出来るとは……」

 

 イルネティア王国軍人では、ある程度の魔法が扱える事が最低条件となる。回復魔法の『ヒール』、水生成魔法『クリエイトウォーター』、そして着火魔法の『ファイアー』だ。

 その何れもが中央法王国の基準で言うならば初級魔法───魔力があり、詠唱さえ覚えていれば誰でも扱える魔法である。ライカも軍に身を置いてから全て覚えていた。

 

 まず『ヒール』で癒し、それが無理ならば『ファイアー』で焼く。傷付いた時の対処法として教えられている物だ。だが、それを実際に自分で行える者はあまりいない。

 何せ、傷を焼くのはとてつもない痛みを伴う。大抵はその場にいる他の兵士が行うのだ。

 

 それ程の行為を僅か19の少女が行った。とても信じ難い事だった。

 

「……ライカ、治るの……?」

 

 イルクスが落ち込んだ様子で尋ねてくる。

 今、ライカは別室で魔導師による治療を受けている。魔導師がより速く、より正確に魔法を使う為の専用の部屋があるのだ。

 

「傷その物は治ります。しかし、失った手足は……」

「っ……」

 

 彼女の顔から少しでも目を逸らしたくて、彼は静かに目を伏せる。

 

 いかに高位な回復魔法であっても、失った物を繋げる事は出来ても生み出す事は出来ないのだ。もう少し速く気付き、千切れた二肢を拾えていればあるいは……最早後の祭であるが。

 魔導技術による義肢もミリシアルで開発中らしいが、それでも尚完全に元の感覚を取り戻せる訳では無い。そもそも手に入れる手段も無い。

 

 ライカの手足はもう戻らない。その事実は、彼女の心を深く、深く抉るのだった。

 

 

 そして、その直後。艦隊へ接近する多数の光点がレーダーに映る。

 

 戦いはまだまだ続いているのだ。

 

 

 

『全騎発艦せよ、繰り返す……』

「急げー! 敵が来るぞー!!」

 

 200機もの敵機来襲。それを迎撃する為、『エディフィス』及び同型艦の『エクリプス』、そして共に航行中のロデオス級二隻では雷竜及びエルペシオの発艦が進められていた。だが、その動きはどこか緩慢で……諦めにも似た空気が漂っていた。

 今も、持っていく物資を甲板に落としている整備士がいる。

 

「おい! 何してんだ!!」

「すいません……」

 

 先輩整備士から叱責され、謝罪する彼。だが、その直後彼ははぁ、とため息をついた。

 

「おい!!」

「……もう無理ですよ。終わりなんですよ、俺達は……」

「な……な、何を言っているかァ!!」

 

 突如投げかけられた諦観の言葉に彼は一瞬呆然とするが、すぐに持ち直し再び叱責する。

 だが、

 

「だってそうでしょう!? ライカさんがやられて……空中戦艦も神竜も無しにどうやって勝つっていうんです!!?」

「ぐ……」

 

 その悲鳴にも似た言葉に、彼は咄嗟に反論出来なかった。心の中では彼自身も同じことを思っていたからだ。

 

「う……と、とにかく今は準備に集中しろ!!」

「……はい」

 

 渋々といった様子で準備を再開する。

 

 神竜敗北は、戦力という観点以上に連合軍に暗い影を落としていた。

 

 

 

「うっ、うおぉぉぉ!!!」

 

 放たれた雷光が眼前のアンタレスに命中、プスプスと煙を上げてコントロールを失い墜ちていく。

 

『団長! 後ろです!!』

「あ……? っ!?」

 

 僚騎から入ったその魔信に、彼は一瞬反応が遅れる。

 そしてすぐに我に返り振り向くと、そこには今にも機銃を放たんとするアンタレスが付いていた。

 

 

 死ぬ───そう、思った瞬間。

 

 

「ぐっ!?」

 

 突如強烈なGに襲われる。

 

『アンティリーズ、しっかりしろ!』

「す、すまない」

 

 彼の脳内にそんな声が響いてくる。それは、彼の乗騎───雷竜のリーブスの声であった。

 彼は魔信を聞き、騎士───雷竜騎士団団長であるグラーフ・アンティリーズがどこか浮足立っていると理解するやいなや自分の判断で上昇し敵機の機銃を躱したのだった。

 

『神竜がやられて動揺するのは分かるが今は戦闘中だぞ! 目の前の事に集中しろ!!』

「ああ分かってる、分かってるよ……分かってるんだが……」

 

 かつて、飛竜レースでライカが優勝した後、彼はライカに模擬戦を申し込んだ。

 我ながら、中々に狂った判断だったと今でも思う。如何に飛竜レースを二位と圧倒的な差をつけて優勝したとはいえ、相手はまだ15の少女だったのだ。同僚からもからかわれた。

 しかし、まるで何かに誘われる様に……俺は模擬戦を申し込み、実施されることになった。

 

 いやはや、今思えばなんとも無謀な挑戦だったことか。

 

 一度目は、彼女は自らの相棒───イルクスに乗り込んだ。結果は無論俺の惨敗である。

 グラ・バルカス帝国の鉄竜ですら鎧袖一触なのだ。原種ワイバーンでは少しも歯が立たなかった。

 

 問題は次だ。

 俺は、互いに条件を合わせて戦うことを提案した。要するに、2人とも初見の原種ワイバーンに乗る、ということだ。

 少し疑問を感じ始めていたものの、ライカが勝ったのは乗騎の性能差のおかげであると思っていた同僚達は俺を大人げない、と口々に批判した。

 だが、俺はその時すでに確信していた。

 彼女が勝利したのは、乗騎の性能だけが要因ではない事を。

 

 そして、俺と彼女は共にワイバーンに乗り込み、戦った。

 

 数分後、その場は静まり返っていた。

 審判が被弾判定を与えたのは、飛竜レースで優勝しただけの一般人ではなく、厳しい訓練を受けた竜騎士であったからである。

 大人げないと言っていた同僚達、何か面白い事をしていると見に来た先輩や教官、たまたま通りかかっただけの将軍。その全てが、この有り得ない結果に言葉を失い、その場ではしゃいでいるのは少し離れた場所で待機していた───当時はまだ人になれなかった───イルクスのみであった。

 

 それからである。軍でライカ・ルーリンティアという少女が有名になったのは。

 竜騎士団は何度も何度も彼女らにスカウトをかけ、その都度敢え無く撃沈していた。

 

 そして、運命のあの日───彼女らは救国の英雄となり、なし崩し的に軍属となった。

 それから彼女らはこれまでの戦闘で一度たりとも傷を負っていない。英雄、伝説、化物……彼女らを表す言葉は数多くあれど、弱いと揶揄する物は一つも無かった。

 

 

 それ程の人間が、被弾して手足を失った?

 

 

「……片手足を失ってしまっては、どれ程優秀な竜騎士であれ二度と飛ぶことは出来ない。そして失った手足を繋げる事は出来ても生やす事は出来ない。これが今の医療の限界だ」

『……』

 

 言葉の一つ一つから悔しさが滲み出る。リーブス自身も押し黙る。彼もまた、ショックを受けている内の一人だったのだ。

 

『……とにかく、今は敵に集中するんだ。まだ彼女は生きているのだろう?』

「……ああ。やろう」

 

 そうして、2人はまた戦闘を開始する。

 

 戦況は、悪かった。やはり全体の士気が落ちている。

 性能差のお陰か被撃墜はまだ少ないが、それでも翻弄されていた。少なくとも、フォーク海峡海戦の時の様な戦いぶりは見せていない。

 

 

「てぇッ!!」

 

 バチィ、とまたも雷光がアンタレスに直撃する。

 ここまでの戦いで、既に彼は4機を墜としていた。隊全体で見ても相当数を墜としている。ただし、アンタレスを、だが。

 本来であればさっさと護衛機を突破して攻撃隊の方に向かわなければならないのに、未だに我々は護衛機に取り付かれていた。

 攻撃隊の方はなんとか突破できたらしい数少ないエルペシオが迎撃していたが、彼らの動きも精彩を欠け、後部機銃に命中している機すら出ていた。

 

 このままでは───

 

 

『団長!! 攻撃隊に突破されました!!』

「クソっ!!!」

 

 

 十数程の爆撃機が空母へと向かっていく。その先にいるのは『エディフィス』だ。

 

「ダメだ、あそこには!!」

『ぐ……急ぐぞ!!』

 

 リーブスが力の限り羽ばたき、大気中の魔素をその翼に受けて速度を出す。

 速度的には十分追い付ける筈なのだが……

 

「っ!!」

 

 その行く末をアンタレスが遮る。他の騎も同じ様に妨げられ、交戦を余儀なくされていた。

 肉薄してくる敵を相手にモタモタと戦っている間にも、爆撃機はどんどん艦隊に近づいて行く。

 

 その内、空に黒煙がポツポツと現れる。高角砲による攻撃だ。

 しかしそれは散発的で、精度も悪い物だった。

 比較的速度の速い爆撃機を相手に、未だ数機しか墜とせていない。

 

───その時、俺は幻視した。爆撃機の落とした爆弾が飛行甲板を貫く光景を。

 

「ああ、待ってくれ、そんな……」

 

 視界の端で、次々と爆撃機が急降下体勢へと移っていく。

 黒煙、光弾が絡めとっていくがその数は少ない。

 

 

 やがて、敵は爆弾を投下し───

 

 

 

───瞬間、空に光の樹が咲いた。

 

 

「───え?」

 

 

 数多の樹の枝が敵機を貫き、翼を折り、砕く。

 その瞬間に何が起こったのかを理解出来た爆撃機のパイロットは誰一人としていなかったであろう。

 皆、空母に夢中で───その周囲で魔法陣を光らせている6()()()()()()に意識が向いていなかった。

 

 そして、いざ先頭の機が爆弾を投下しようとした瞬間───『エディフィス』の上部に巨大な魔法陣が現れ、一瞬困惑した次に見えたのは自らに向かって来る光線のみだった。

 そしてそれは、急降下していた全ての機に当てはまった。

 

 

 

『諦めるなッ!!!!!』

 

 

 

 その場にいる、いや、連合軍の全ての魔信機から怒声にも似た色の声が響いてくる。

 それは、彼も少し知っている女性の声だった。

 

『戦闘で戦えずして何が軍人か!!!!!』

 

 魔信の発信元は、『エディフィス』を正六角形に取り囲むようにして航行している6隻の艦艇、その先頭の艦だ。

 

『お前達は国を守り敵を貫く矛!!! その矛が戦わずして折れて許されると思うな!!!!

 我々にはまだ艦がある!! 武器がある!!! この身体がある!!!!』

 

 ディバイン級魔導艦『ディバイン』、その艦橋。

 古い設計である為に露出しているそこで、1人のエルフが魔信機に向かって怒鳴っていた。

 

『だから諦めるな!! 身を奮い、武器を取れ!!!』

 

 アガルタ法国艦隊司令、シルフィ・ショート・バクタール。

 フォーク海峡で一度死にかけ、そして生き残った彼女だからこそ、諦めない事の重要性をよく理解していた。

 

 

「最後に勝つのは、我々だ」

 

 

 彼女は震える身体を無理やり押さえ込み、最後にそう締め括った。




さ"あ"、う"ち"と"や"ろ"う"や"!!

もしかしたらバクタール司令がオリジナルキャラだと思っている方がいるかもしれないので補足しておきますが、バクタール司令はちゃんと原作にいます。性別も性格も見た目も不明ですが。
原作で大した描写も無い既に戦死したキャラなので女体化させました。なので正確には"ほぼ"オリキャラです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(中編②)

テストが終わったので初投稿です


「敵攻撃隊再度接近! 12時の方向、数15!!」

「全艦、再度六芒星隊形へ移行。艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)、発射用意!」

「了解、全艦六芒星隊形へ移行! 魔力充填開始!!」

 

 イルネティア島近海。

 イルネティア海軍竜母『エディフィス』の周囲を取り囲むようにして航行しているアガルタ法国艦6隻、その旗艦『ディバイン』の露天艦橋で魔導師達が慌ただしく動く。

 直掩機隊を抜けたグラ・バルカス機が多数向かってきているのだ。生き残る為に迎撃の準備を進めなければならない。

 『ディバイン』以下ディバイン級魔導艦6隻はミリシアルの旧式艦であるアイアン級魔砲艦を改造した物である。その為、対空魔光砲などの対空兵器は装備されているのだが、あれだけの量の敵機を墜とすには力不足だ。

 

「全艦六芒星隊形への移行完了。続けて五芒星魔法陣の展開を行います」

安全装置(セーフティ・ロック)解除。詠唱、開始……!」

 

 その言葉と共に、艦隊司令であり大魔導師でもあるシルフィ・ショート・バクタールが自らの持つ愛用の特殊な杖を床の少し盛り上がった台座に空けてある穴に突き立て、詠唱を唄い始める。

 すると無数の輝く魔法陣が彼女を取り囲む様に浮かび上がり、直後に六芒星を構成する各艦直下の海面にも巨大な五芒星魔法陣が輝き始める。

 それらの魔法陣はそれぞれが線で繋がり、やがて『エディフィス』を中心に据える巨大な六芒星魔法陣が現れる。

 

 1年前、シルフィ率いる法国魔法開発局第1課はある1つの魔法を生み出した。その名は、『艦隊級極大閃光魔法』。

 これは本来対艦攻撃用として作られた物だったのだが、1642年のフォーク海峡海戦にて対空攻撃魔法としての有効性が認められた為、その後は対空攻撃魔法として改造していた。

 

 そうして完成したのが、この艦隊級対空閃光魔法───『アルケイン・スペイズカノン』である。

 この魔法は後述の理由から魔力消費量が元のそれよりも多く、従来の魔法船(帆船)では使用出来ない。事実上のディバイン級専用魔法となっていた。ミリシアル様様である。

 

 では、何故魔力消費量が多いのか。それは───

 

 

「90、95、100……魔力充填率、120%!! 魔法陣作動開始! 擬似悪魔召喚!!」

「五芒星結界作動を確認。結界内圧力上昇!!」

「発射方向12-C!」

「発射10秒前! 総員対ショック防御!!」

 

 細かな電子音───圧縮されている擬似悪魔の悲鳴がカウントダウンと共に大きくなっていく。

 

「3、2、1……」

 

 カウントダウンが終わる。

 瞬間、悲鳴はピタリと止み、その場に一瞬の静寂が訪れる───かと思えば、次にはこれまた一瞬にして巨大な魔法陣が今度は『エディフィス』の前面を覆う様に現れる。

 

 

「アルケイン・スペイズカノン、発射ァ!!!!!」

 

 

 そして、その声と共に、巨大な稲妻の如き轟音が響き渡り───

 

 

───極太の閃光が、グラ・バルカス機へと向かっていった。

 その閃光を避けようと、各機がバラバラに散開していく。

 確かに、それ1本だけを避けるのならばそれで良かっただろう。

 だが、その魔法はそれだけには留まらなかった。

 

 

 向かった閃光は編隊の直前で一瞬輝きを増し、その次の瞬間───拡散した。

 太い閃光は無数の細い光線へと変化し、それらは一斉に編隊へと襲いかかる。

 視界を覆い尽くす程の光線の束を避けられる筈もなく、15機はその全てが破壊され、海の染みとなった。

 

 これが、魔力消費量の多い理由である。

 無数の光線へと拡散させなければいけない以上、元の閃光がそれなりに太くなければ1本1本の光線の威力が航空機を墜とすに足りないのだ。

 しかしながら、それ程消費量が増えたのにも関わらず、ミリシアルの魔導機関はそれの連射を可能とする性能を誇っていた。やはりミリシアル様様である。

 

 かくして、アガルタ法国は遂にグラ・バルカス帝国へと対抗し得る攻撃力を手に入れたのであった。

 

 

───────

────

 

 

「れ、連射だとっ!?」

 

 グラ・バルカス帝国イルネティア侵攻艦隊本隊より発進した第1次攻撃隊のシリウスパイロットのノルジオは、先程突出した味方編隊を殲滅した攻撃が再び放たれた事に驚愕する。

 それは、後部座席に座るクルオズも同じだった。

 

「あの威力の攻撃を連続発射するとは……信じられない」

 

 先程から2度放たれた拡散する光線は、既に20機以上を屠っている。たった2度の攻撃でそれ程の数を墜とすなど帝国でも不可能だ。

 彼は魔法という力の理不尽さを思い知らされる。

 

「状況的にあの空母と周囲の6隻による攻撃か……? 一体どんな仕組みで……いや、よそう」

「考えるだけ無駄だぞノルジオ。天才方が転移してからずっと解析を続けてもまだ大した事が分かってない分野だからな」

「そうだな。だが、かならず何らかの限界はある筈だ……」

 

 そうだ、そうに違いない。帝国を苦しめるのはあの神竜だけで十分だ。そして、その神竜は帝国に敗れた。もう帝国の前に敵は要らないのだ。

 そんな、傲慢とも取れる思考で彼は響き渡る警鐘を無理矢理かき消す。

 

「とにかく……第一小隊は右翼に回れ! その他は俺に続け! 左翼から攻撃するぞ!」

 

 回線を開き、何とか直掩機を突破した他の機に指示を飛ばす。

 それか一方向にしか放てない、そんな希望的観測から生まれた発想だった。

 

 二つに分かれた攻撃機隊が艦隊へと向かう。その途中、片方が同じ魔法で壊滅する。

 果たして、彼のその発想は間違ってはいなかった。艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)はその原型である艦隊級極大閃光魔法に比べれば連射速度は速いものの、やはり発射後の隙は大きいのだ。

 よって、彼らは艦隊への攻撃を成功させられる……ここにいるのが、アガルタの6隻だけだったならば。

 

 

ドン

 

 

「なっ、あ、し、しまっ」

 

 突如、彼の乗る機体のバランスが崩れ、まともに操縦できなくなる。見れば、片翼が折れ、断面から黒煙を吐き出していた。

 そのまま機は落ちていき、やがて海に激突した。

 

 そう、彼はあの規格外の魔法に目を奪われすぎ、周囲の艦隊の対空攻撃への対処を怠っていたのだ。

 

 

「撃てぇぇっ!!!」

「アガルタに負けるなァッ!!!」

 

 

 そんな叫び声と共に次々と砲弾を撃ち出していく。空は魔導近接信管が破裂した黒煙で黒く染まり、その間を対空魔光砲や曳光弾が隙間無く埋め尽くす。

 未だ生き残っていた攻撃隊は突如精度の上がったその対空攻撃に対処出来ず、翼を折られ、コックピットを撃ち抜かれ、次々と撃墜され、海の染みとなっていった。

 

 更に。

 

 

「な、なんだこいつら!! 動きが急に良くっ!?」

後ろ(ケツ)に付かれた!! 誰かっ!!」

 

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 バチィッ、と電撃がアンタレスに命中する。その機がふらふらと墜ちていくのを一瞥した後、騎を横に移動させて背後より放たれた機銃弾を避け、ブレーキをかけてアンタレスを追い越させその背に再び電撃を放つ。またも一機、海の藻屑と化した。

 

「……俺は自分が恥ずかしい。不甲斐なくて仕方がない!!」

『……』

 

 誰に話すでもなく、グラーフは言った。それを、乗騎のリーブスは黙って聞いていた。

 

 俺は、俺達は、いつの間にか“驕り”を持っていた。それが今回の、自分達の今の事態を引き起こした。驕りの基となっていた“自信”が崩れた時、その者の戦意も簡単に崩れ去る。

 ミリシアルもイルネティア(俺達)も、そのせいでガタガタと崩れていた。

 

 だが、彼女らはまだ折れていない。諦めていない。彼女らにあるのは、如何に強力な対空攻撃魔法を扱えるとはいえたった六隻の旧式艦だけだというのに!!

 フォーク海峡で、たった一発撃っただけで魔力不足に陥り、俺が助けた艦隊はもうどこにもいない。

 

「っーーー!!!」

『……叫ぶのが、報いる事になるのか?』

「……ああ、そうだな」

 

 彼はパン、と頬を叩き、手綱を引いた。

 

「今は戦うだけだ!!! すまないな、リーブス!! 行くぞぉ!!!」

『……ああ!!』

 

 そうして、二人は再び戦場を駆けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(中編③)

「いや~、いい演説をしますね~」

「ああ。一時はどうなる事かと思ったが……これで戦意も少しは戻るだろう」

「そうですね~……でもやっぱり、心配ですー……」

 

 シルフィによる演説が終わった頃、場所はイルネティア島南東部沖合。

 先程ライカとイルクスによって超重爆撃連隊が撃墜され、パル・キマイラ2号機が第三先遣艦隊を全滅させた場所の付近である。

 そこでは今、戦力外通告を受けた国々───彼ら自身は知らないが───の艦隊が、グラ・バルカス帝国艦隊の本隊を目指して南下を続けていた。

 

 そんな中、文明国各国が数多くの船を向かわせた中でたった二隻しか送らなかった国があった。

 

 中央法王国艦隊旗艦、大魔導艦1番艦『ラグズ』。その甲板にて、艦隊司令のファルタスと『ラグズ』副艦長のアルデナが話していた。

 2人にしてみれば、南下していたらパル・キマイラが敵艦隊を全滅させ、喜んでいる所にライカが負傷したとの魔信が入り、困惑、絶望していた所に先程の演説が入ったのである。

 報告を聞いていた者達の数は少なくなく、彼らの戦意は落ちていた。もし、そのままの状態で戦闘に入っていれば後方の空母艦隊よりも悲惨なこととなっていただろう。

 

 そして今、こちらには全滅する前に敵艦隊より出撃した攻撃隊が接近している───パル・キマイラ2号機が一応伝えていた───所だった。彼らはこの演説によって救われたのである。

 

 アルデナは、二人とそれなりに長い時間を過ごしていた。だからこそあの報告にはより一層驚かされたものだが……それはそれとして、取り敢えず生きていることにまず安心していた。

 自分と大して歳が変わらないのに、戦場に出て戦果を上げ続けていたライカ。

 凄いことだ。単独で敵艦隊に向かうなんて私にはとても出来ない。戦場に出るのだってこれが初めてなのに。

 私も頑張らなければ。彼女はここでリタイアしてもいい。これまでに十分すぎるほど戦果を上げている。

 それに……生きている限り、可能性は無限大なのだから。

 

 

「竜騎士団、突破されました!! まもなく敵編隊と会敵します!!」

 

 そんな報告が入る。どうやら、文明国がかき集めたワイバーンでは止めることは出来なかったらしい……正直、予想はしていたが。

 二人からも、原種ワイバーンやワイバーンロード程度では敵機には敵わないと聞いていたのだ。それにしても、まさか数百騎もの連合竜騎士団がこんなにも早く突破されるとはさすがに思っていなかったが。

 

「いよいよか……!」

「頑張りましょう~!」

 

 二人は杖を構え、敵の攻撃に備えるのだった。

 

 

───────

────

 

 

「おお、見えた見えた」

『ホントに帆船ばっかですね。お、あっちには外輪船が。教科書で見たことある形だ』

 

 カノープス型艦上戦闘機に乗るガルダは、通信で同僚と話していた。その視線の先にあるのは攻撃目標の戦列艦隊だ。

 

 第三先遣艦隊より出撃した3部隊は、敵航空機隊に会敵する前に合流し、連合竜騎士団計110騎をいとも容易く突破した。数でも性能でも勝っているのだ。負ける要素が無い。

 そして今、彼らはいよいよ艦隊へと攻撃を仕掛けようとしている。第三先遣艦隊は全滅してしまったが、ここから本隊へと戻る程度の燃料はあるのだ。ここは、一隻でも多くの敵艦を沈めて戦果と共に帰投すべきだろう。尤も、たかだか帆船で戦果と呼べるかは微妙だが。

 

「それにしても多いな。数的には本隊と同じくらいか」

『本国が滅ぼした文明圏外国の中には千隻を超える帆船を保有していた所もあったらしいですからね。数だけは無駄にあるんでしょう。まあ、数で押せるのはある程度質が近い場合だけで、それ以上離れると数の暴力は通用しなくなるんですが』

「そうだな。ここで多少撃ち漏らしても本隊には近付くことすら出来ずに全滅するだろう。まあ、気楽に行こう」

 

 そう言うと、彼は操縦桿を持ち直す。

 彼はアンタレスに乗っていた頃、機銃掃射で戦列艦を沈めたことが何度もある。装甲は皆無で、それでいて爆薬(魔石)を大量に積んでいる戦列艦には少し機銃を撃つだけで滑稽な程カラフルに爆発するのだ。まさか戦闘機乗りの自分が撃沈スコアを得る事になるとは夢にも思っていなかった。

 そして、今回の目標も戦列艦。またも自分は撃沈スコアを稼ぐ事が出来る。神竜は撤退したというし、もう自分を阻めるものは何も無い!

 ふと、彼の視界に一際大きな帆船が見えた。全長は70m程だろうか。ファンタジーっぽい意匠が施されていて、どこか幻想的とも言える船。戦力としてよりも、芸術的価値の方が高そうだ。

 少し勿体ない気もするが、ここは戦場。大人しく自分の糧となってもらおう。大きいから狙いやすいし。

 

「おれはあのでかいのをやる! 邪魔するなよ!!」

 

 通信機に向かってそう叫び、彼は急降下を開始した。

 

「甲板からぶち抜いてやる!」

 

 そうして、機首の30㎜機銃のトリガーに指をかける。

 眼下の甲板では、足まであるローブを身に纏った魔法使い達がこちらを見上げて指を向けていた。あのような動きづらさ全開の恰好で戦場に出るとは、やはり異世界というのは度し難い。

 

「まず一隻!!」

 

 そうして、彼はトリガーを引いた───

 

 

「『プロテクション』!!」

 

 

───瞬間、眼前が淡い光に包まれた。

 放った機銃弾はその光に当たる。しかし、圧倒的な破壊力を誇る30㎜弾は、その光の膜の表面を波立たせるのみだった。

 

「……は?」

 

 彼は何が起こったのか理解出来ず、操縦桿を動かすのを止めてしまった。そして、それが彼にとって致命的なミスであった。

 

 

「アシュリー!! 今です!!」

「はい先輩!! 食らえ!! 『フレイムレーザー』!!」

 

 自らの杖をマストに刺しているアルデナの隣で、片膝を着いて狙いを定めていたライカよりも若い少女の構えている杖の先端から紅い光線が放たれる。

 その光線は光の膜を通り抜け、真っすぐに進んでいき───

 

 

「な、なん───」

 

 

───ボン。こちらも真っすぐに進んでいたカノープスに正面から直撃した。

 高熱のその光線を食らった機は、内部にあった弾薬と燃料に引火。爆発四散したのだった。

 

 

「「やった!!」」

 

 それを見て、『ラグズ』甲板にて二人の少女が手を合わせて喜び合う。

 今、アルデナが使った魔法は『プロテクション』。文字通り、魔力障壁を作り出す魔法である。彼女はこれに長けており、先程の様に30㎜機銃をも防げる程だ。

 そして、その直後にアシュリー───アルデナの後輩魔術師───が使ったのは『フレイムレーザー』。高温の光線を放つ単純だが高火力の魔法だ。とはいっても、ファルタスが扱う『イクシオンレーザー』に比べればかなり劣るが。

 予めアシュリーは詠唱を済ませておき、アルデナがプロテクションによって敵機の攻撃を防いで敵が困惑した隙を狙って放つ。それが作戦だった。まさか敵も帆船に攻撃を防がれるとは思っていないだろうし、それで防がれれば困惑して回避運動をするのを忘れるだろう。真っすぐ急降下してくる敵機など止まっているも同然だ。

 この作戦の大半は、その止まっている敵を撃ち抜けるかというアシュリーの狙撃力にかかっていたが、無事に彼女はそれをやり遂げ、かくしてこれが戦力外文明国初の撃墜機となったのである。

 

「さすが私の自慢の後輩です~! っと、右舷から敵機が低空で接近してきてます! 提督!!」

「ああ! 任せろ!!」

 

 と、喜ぶ間も無くリゲル型艦上攻撃機が数機、『ラグズ』右舷から接近する。

 カノープスを撃墜した彼女を脅威と認識したのだ。

 

 既に詠唱を終え、発動待機状態であったファルタスが自らの杖をアルデナと同じ様にメインマストに突き立てる。

 大魔導艦のメインマストは魔力増幅装置となっており、魔術師達は自らの杖をそこに突き立てる事によって生身で使うよりも遥かに高い効果を発揮する事が出来るのだ。

 

「『ライトニングテンペスト』!!」

 

 彼がそう叫ぶ。

 

 その時、グラ・バルカス帝国軍のパイロット達は驚くべき光景を目にする事となった。

 

 

「……ん? なんだ? 急に暗く……っ!!?」

「突然曇って……っはァ!!?」

 

 『ラグズ』に向けて飛行していた攻撃隊。そんな彼らの上空が突如黒雲に覆われ───

 

 

───瞬間、巨大な竜巻が海面に出現した。それは無数の雷を纏っており、近くで見た者ならば終末を幻視した事だろう。

 『ライトニング・テンペスト』。遥か東方の地、トーパ王国では10人が力を合わせて扱う魔法を、世界最高位の大魔導師たるファルタスは1人で使うことが出来る。彼の得意とするのは先述した『イクシオンレーザー』だが、航空機に対してはこちらの方が良いとして予め準備していたのだった。

 

 突如荒れた気流に彼らは翻弄され、避けるどころかまともに操縦桿を動かす事すらままならず、そのまま巨大な竜巻に突入してしまい、ある機はバラバラに引き裂かれ、ある機は雷に打たれ、ある機は海面に叩きつけられ、そうして『ラグズ』を狙った敵機は全滅した。

 中央法王国の派遣した大魔導艦は、この時点で4機撃墜という誰も予想だにしなかった大戦果を上げたのであった。

 

 

「よし、次だ!!」

「はい~!」

 

 

 戦いは、まだまだ続く。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTo5つの小よろしくお願いします

コミカライズのライトニングテンペストが思った以上に強かった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(中編④)

〈中央歴1643年1月16日 イルネティア島南部沖合海上〉

 

「カウラン司令。第2次攻撃隊、出撃準備完了致しました」

「ああ。分かった」

 

 未だ厚い雲が空を覆う海上。そこを進む大艦隊、その中央を進む戦艦の艦橋にてよく鍛え上げられたエルフの男がそんな報告を受ける。

 彼───神聖ミリシアル帝国魔導連合艦隊司令、レッタル・カウラン海軍中将は水平線の彼方のしばらく未だ見えぬ敵を睨みつけ、そして指示を出す。

 

「第2次攻撃隊、出撃せよ! 目標は敵本隊。航空母艦及び旗艦と思われるグレードアトラスター級戦艦だ!!」

「了解しました! 第2次攻撃隊出撃せよ!!」

 

 魔信士が後方の空母へと指示を伝える。それに伴い、幾つもの空母から『エルペシオ4』や『ジグラント4』そして『エルペシオ5』が飛び立っていく。

 戦闘の最初に出撃していた第1次攻撃隊もライカが伝えた本隊へと攻撃していた。ただ、その効果はあまり芳しい物ではなかった。最初だからという事で数も少なく、敵の直掩機隊に阻まれてマトモに近付く事すらままならず帰投する事となってしまったのだ。

 なので、次は本腰を入れて攻撃を加える。

 

 かくして、『エルペシオ5』10機、『エルペシオ4』60機、『エルペシオ3改』20機、『ジグラント4』100機、『ジグラント2改』30機の計220機にもなる第2次攻撃隊は敵本隊へと向かったのだった……のだが。

 

 

「司令本部より緊急通信!! 敵高高度爆撃機50機がドイバへ接近中。ただちに救援求む、との事です!!」

「何ィ? ……高高度とは、どの程度だ」

「はい、ええと……や、約12,000mとの事です!!」

 

 それを聞いて彼は目眩がした。何せ、その高度だと迎撃に向かえるのは『エルペシオ5』のみなのだ。

 そして、それはこの艦隊には20機しか配備されていない。50機を迎え撃つにはそれら全てを向かわせなければいけないだろう。

 

「ぐ……直掩機に残しておきたかったが……仕方がない。第2次攻撃隊所属及び待機中のエルペシオ5はただちに敵高高度爆撃機の迎撃に向かえと伝えろ!!」

「了解しました!」

「司令、イルネティアより、第2次攻撃隊に雷竜20騎が同行する許可を求めてきています」

「おお! 許可しろ!」

 

 様々な情報が錯綜する。

 第2次攻撃隊は『エルペシオ5』10機が抜け、代わりに雷竜騎士20騎が入り計230機で敵本隊へ向かう事に。『エルペシオ5』20機はドイバを襲撃せんとする敵高高度爆撃機を迎撃に。

 戦力が圧倒的に足りない。彼は苦虫を噛み潰したような表情をする。改めて、今自分達が戦っている敵の国力の高さを思い知らされた。

 

敵前衛艦隊(第一先遣艦隊)との距離、30NM(ノーティカル・マイル)

「まもなくか……全艦攻撃準備、砲雷撃戦用意!!」

 

 そんな事をしている内にも、水上レーダーに映る光点は近付いている。

 砲撃戦が始まる。それも、我々がこれまで体験した事の無い規模の。しかも、それですら前衛艦隊との物に過ぎないのだ。本番はまだ、更に奥に待っている。

 

 彼はちらりと左舷の奥を見る。近未来的な巡洋艦や小型艦が並ぶその更に奥に、一際目立つ巨艦が鎮座している。

 魔導戦艦イルネティア。鹵獲したグレードアトラスターを改造した、空前絶後の巨大戦艦。現在好調に解析が進められているオリハルコン級魔導戦艦とほぼ同クラスの大きさらしい。

 視線を艦前方に向ける。そこにあるのは雛壇状に積み上げられた三基の三連装砲。その口径は41cmであり、過去最大だ。だが、あの戦艦はそれをも超える主砲を持っている。

 46cm砲。この連合艦隊で魚雷を除けば唯一敵のグレードアトラスター級にダメージを与えられるであろう砲。これがある事が唯一の救いであろうか。

 

 給弾室から重い魔導砲弾が揚げられ、砲身内へと送り込まれる。旋盤が動き、敵艦隊の方角へと向けられる。砲身が上がり、遠距離へと放つ準備がされる。

 砲弾の魔術回路が起動され、土、水、風の魔力がそれぞれ定められた配合で充填される。

 主砲の撃発回路にも魔力充填が開始される。

 

 

───ドドーン

 

 

「イルネティア発砲!」

「やはり早いな……」

 

 と、そこで重い音が空気を震わせる。それは、『イルネティア』が主砲を放った音だった。

 

「敵艦隊との距離、21.5NM(ノーティカル・マイル)! まもなく本艦も射程圏内に入ります!」

「よし。目標、敵戦艦」

「了解。目標との相対速度計算開始。レーダー連動開始!」

 

 魔導電磁レーダーでの反応を基に戦艦が選別され、その中の1隻に照準が合わせられる。

 レーダー連動射撃の技術が開発されてから、最大射程での発砲は珍しい物ではなくなっていた。こうして敵の姿が未だ水平線に隠れている状況であっても射撃準備を進める事が出来る様になったのだ。

 

「距離21NM(ノーティカル・マイル)!」

「主砲発射準備完了!!」

 

 マグドラ沖海戦の報告書で「敵の方が射程が長い」という物があった。ムー国で行われたオリオン級主砲発射実験でもその射程は35.5mと、こちらでもミスリル級に装備された38.1cm砲の34kmより長い……要するに、同じ結果が出た。

 射程の長さは重要だ。本来の41cm魔導砲の射程は37kmであったのだが、イルネティア王国から共有されたヘルクレスの41cm砲の最大射程は38.43km。

 これは不味いとなり、急遽撃発回路に改造を施した。正確には、撃発回路に込められる魔力を増やしたのだ。よって、この魔導砲の射程は38.9kmまで延伸された。

 

 何が言いたいのかといえば───つまり、もう主砲は撃てるという訳だ。

 

「よし!! 主砲発射ァ!!!」

 

 ミリシアル最大の主砲が今、敵艦へ向けて火を吹いた。

 

 

───────

────

 

 

 第一先遣艦隊と連合艦隊が交戦を始めた頃、イルネティア島南西部沖合でも同じく砲撃戦が始まろうとしていた。

 南下するミリシアル地方艦隊及びムー国機動艦隊。対するは北上するグラ・バルカス第二先遣艦隊だ。

 

 こちらも最初は双方共に定石通り第1次攻撃隊を出撃させた。ここで違ったのは、ムー・ミリシアルの編隊は全て集まっていたが、グラ・バルカスは神竜対策に50機ずつ3部隊に分かれていたという事である。

 わざわざ迂回した2部隊は何も無かったものの、素直に真っ直ぐ北上した部隊は運悪く連合国側の攻撃隊と出会い、交戦する事となってしまった。

 連合国側は100機近いのに対し、帝国側は50機。2倍近い差があり、予想通り帝国側の編隊は敗北した。艦隊に辿り着けたのは100機のみであり、結果的に攻撃隊の数は同じ位になっていた。

 

 その攻撃によって、連合国側はムー国のラ・コスタ級航空母艦が大破してしまうなどの被害を受け、逆に帝国側は直掩機隊と強力な対空砲火に阻まれ大した被害は受けなかった。

 航空機による攻撃の第1陣は、帝国側の勝利に終わったのである。

 

 そして今、双方がまたも定石通りに第2次攻撃隊を出撃させている。それと共に、砲撃戦の準備も進められていた。

 

 

「対空レーダーに感! 10時の方向、数130、距離100! 敵第2次攻撃隊と思われます!!」

「迎撃機を出撃させろ!! 全艦対空戦闘用意!!」

 

 ムー国機動艦隊の輪形陣の中央部、旗艦である『ラ・エルベン』艦橋にて、艦隊司令のレイダー・ケルニードがそう指示を出す。

 それに呼応し、付近を航行中の各航空母艦から次々と戦闘機が発艦していく。その中には最早複葉機の姿は何処にもなく、その全てが洗練された、全金属製単葉機であった。

 また、各艦の対空兵器も空を向いていく。幾つかは先程の攻撃で壊れているが、致命的という程では無い。まだ戦える。

 

 ムー国はグラ・バルカスの物を解析し、水上・対空レーダーの量産に成功、主要艦艇に装備している。その為、三笠(ラ・カサミ)にレーダーが装備されているという何ともちぐはぐな光景が誕生していた。

 また、駆逐艦や巡洋艦、果ては戦艦に至るまで殆どの艦艇に魚雷発射管が装備されている。ただし、こちらは()()()()()()()だ。

 何故科学製の物でないかというと、単純にコストの問題である。安価かつ強力で射程の長いメールリンス式魔導魚雷はコストパフォーマンスが強過ぎるのだ。

 ムー国でも科学製魚雷の開発は進めていたのだが、これが開発されてからは早々にうち止めてライセンス生産に切り替えた。純酸素を扱う魚雷の構想もあったが、例え開発出来たとして性能は魔導魚雷と大して変わらず、コストは遥かに高いとなると作る気も失せるという物だ。

 

 さて、話が逸れてしまった。

 

 ムー国艦隊、及びミリシアル艦隊から飛び立った戦闘機が敵攻撃隊を迎撃する。

 ミリシアル地方艦隊に配備されている制空戦闘機は『エルペシオ3改』のみである。アンタレス相手ならば優位に戦いを進められたが、カノープスが出てきてからは圧倒されるばかりであった。

 速度でも機動力でも負けているのだ。勝てる要素が無い。

 ムー国側の戦闘機は『ウィンド』そして『スカイ』である。『ウィンド』はムー国最新鋭戦闘機であり、イルネティア王国から売却されたアンタレスを解析、複製した物だ。よって、その性能は従来のムー国の物と隔絶している。

 しかし、今回は場が悪かった。まだ開発されたばかりであり数も少ない。性能が同じであれば数が多い方が勝つのが戦場の道理である。

 

 そうして、迎撃機隊は突破され、攻撃隊は艦隊へと接近した。

 

 

「仰角修正+2度、方角修正+1度……主砲発射準備完了!!」

「主砲対空戦闘開始!!!」

「了解。主砲発射!!!」

 

 その攻撃隊へ向け、ラ・エルベンやラ・ゴンコの45口径35.6cm砲が火を吹く。

 発射された砲弾は時限信管によって破裂、内部に充填されたマグネシウム片が火を纏って辺り一面にばら撒かれ、それをマトモに浴びた数機が煙を吐いて落ちていく。

 続けて、高角砲が発射される。

 新型の高角砲である40口径12.7cm高角砲や、現役の45口径12cm高角砲、旧式の40口径7.6cm高角砲などがそれぞれ高射装置から送られてきた情報を基に動かされ、次々と発射され、空は一転して黒煙に覆われる。

 ムー国はレーダーの開発後近接信管の実用化にも成功しており、やはり撃墜率は格段に上がっていた。それを示す様に次々と爆煙に絡め取られた機が墜ち、海を油で染めていく。

 25mm機銃も同じ様に発射され、空に曳光弾の雨を降らせる。

 

 

 結果として、第2次攻撃隊の攻撃でも航空母艦を傷付けられた。ミリシアルのロデオス級が1隻、飛行甲板に爆弾が直撃し使い物にならなくなり、そしてムーのラ・ヴァニア級が1隻、魚雷を3本受けて沈んでしまった。

 しかしながら、グラ・バルカス側も無傷という訳にはいかなかった。

 イーグル級が1隻魚雷で沈み、1隻が甲板に爆弾を受けたのだ。

 航空機による第2陣は痛み分けに終わったのである。

 

 そして、レイダーは戦艦を艦隊前方へと動かした。敵艦隊との距離はかなり縮まっている。

 

 

 こうして、こちらでも砲撃戦が始まった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Goto5つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(中編⑤)

前回までのあらすじ
 遂に始まったグラ・バルカス帝国によるイルネティア王国への大規模侵攻作戦。艦艇総数は脅威の679隻。それに対抗すべく、ミリシアルが中心となって世界連合艦隊を結成。ここに、史上最大の作戦と呼ばれる『第三次イルネティア沖大海戦』が始まった。
 帝国側は艦隊を四つに分け、それぞれ南より第一先遣艦隊、南西より第二先遣艦隊、南東より第三先遣艦隊、そして更に南より本隊が進行する。
 それらに対し、世界連合はまずパル・キマイラを二基動員し、第二、第三先遣艦隊へと向かわせる。それにより第三先遣艦隊は全滅させることができたものの、第二先遣艦隊へと向かった機は超重爆撃連隊からの高高度爆撃によって撃墜。これによりパル・キマイラは撤退してしまう。
 一方、第一先遣艦隊へはまず神竜が向かい、空母を撃沈。続けて超重爆撃連隊を撃退し、本体へと向かう。

 だが、彼女らは任務を達成する事は出来なかった。二人はカイザルの張った罠に嵌まり、ライカが左手足を失う重症を負ってしまったのだ。
 イルクスはすぐに帰還するも、わずかな間ではあったが血を流しすぎたライカは目覚める事はなく、世界連合は神竜騎士無しでの戦闘を余儀なくされるのであった。


「現在高度8000、9000、10000……」

 

 グルグルと猛烈な勢いで高度計の針が回る。

 

「11000、12000……13000!」

 

 分厚い雲を抜け、青空の見えるほどの高度まで上昇するとそこで機首を下げる。彼らが飛んだ跡には20本の長い飛行機雲が出来ていた。

 機体を水平に保ち、各機が順調に上がってきた事を確認した隊長のカノンは、続けて新兵器の確認を行う。

 

「各機に告ぐ! 魔光砲の試射を行え!」

『ヨーソロー』

 

 ドドドドド、と光弾が機首から連続発射される。

 

 新兵器、それはこの魔光砲の事である。

 レフュリシアン20㎜魔光砲。従来の魔光砲とは根本的に構造が違い、従来型は実弾に爆裂魔法を付与していたのに対してこちらはそもそも実弾を使用せず、魔力で形成された魔光弾を発射するのだ。所謂アトラタテス砲と同じ部類に入る。尤も、照準は人力だが。

 

「ひゅう、凝りがほぐれるぜ」

 

 撃った衝撃が身体に伝わり、そんな風にふざけてみせる彼。だが、次に視界に映ったものですぐにその表情を真剣なものに変える。

 

 

『居たぞ!』

 

 

「! ヨーソロー!」

 

 僚機からのその言葉で彼は機体を傾ける。その先にいたのは今回の目標───グティ・マウン型爆撃機であった。

 

『……でけェ。まるでシーサーペントだぜ』

『なんだあの数は……ゴブリンかよ』

 

 その数、50。今まで自分たちが見たことも無いような大型機がそれだけの数飛んでいるというこの光景に、部下達は圧倒される。

 

「……情けないことを言うな! 奴らがシーサーペントなら、俺達は水龍と思え!!」

『は、はい!!』

「いいか、奴らの一匹もドイバに入れてはいかん! 行くぞ!!!」

 

 

 

「機長! 後方上空に敵機!!」

「とぼけるな。俺達は今高度10000を飛んでるんだぞ」

「し、しかし、機長!」

「しかしもヘチマもあるか! 神竜無き今、俺達より高く飛べる敵機などある筈がない!!」

 

 

 

「ノーン! ミリシアルの新型機だ!!!」

 

 

 次の瞬間には、撃ち下ろされた無数の光弾が一斉に部隊に降り注いだ。

 

 

───────

────

 

 

 ガタガタ、ガタガタ。

 

 途切れることなく鳴り続ける轟音が船体を揺らす。背後から来るものもあれば、前方からの物もある。

 35.6cm砲、38.1cm砲、41cm砲、そして46cm砲。双方の誇る戦艦の巨砲が次々と火を噴き、互いの艦を沈めんと巨弾を撃ち放っている。

 そして、そんな砲弾が飛び交う中を彼女───シルバー級魔導重巡洋艦『レフィリー』は航行していた。彼女の後には無数のリード級小型魔導艦が付き従っている。

 

「敵艦隊までの距離、16NM(30Km)!」

 

 レーダー員が叫ぶ。次の瞬間、艦の右舷へ100m程離れた場所に巨大な水柱が立つ。船体は大きく揺さぶられ、しかし乗員は誰も慌てる事はない。

 数年前、死線をくぐり抜けた精鋭達はこの程度の事では精神を揺さぶられる事はなかった。そもそも彼らはまだまだ艦隊に接近しなければならないのだ。この程度で動揺していては肉薄雷撃など不可能だ。

 

 そう、彼女らが今行おうとしているのは敵艦隊への肉薄雷撃。『レフィリー』を旗艦とした水雷戦隊は艦隊から突出し、砲撃戦の中を航行していた。

 

 『レフィリー』はあの第零式魔導艦隊の二隻の生き残りの内の一隻である。

 マグドラ沖海戦で損傷しながらも生存した彼女は、修理と共に大改装を施された。艦側面に穴を空け、そこに魔導魚雷発射管を片側5基、両舷計10基40門搭載したのだ。要するに重雷装艦である。水雷戦隊の旗艦としては正にふさわしい艦となっていた。

 

「距離15NM!」

「よし……行け……」

 

 徐々に距離が縮まっていく。艦長は弾が当たらない様に祈り、それが通じているのか今のところ被弾した艦は無い。そもそもこの距離で回避運動をし続ける小型艦に大口径砲の精度と連射速度で当てろという方が難しいのだが。

 

 

 それを理解しているからこそ、グラ・バルカス側の焦りは大きかった。

 

「ッ……不味いな」

「エエイ! 何としても当てろ! 敵を近づけるな!!」

 

 第一先遣艦隊旗艦『ラス・アゲルティ』艦橋では、艦長がそんな罵声にも似た声を砲術士に浴びせ、司令のカオニアは冷や汗を垂らしている。

 敵が保有している無気泡魚雷。マグドラ沖海戦、フォーク海峡海戦とそれには散々苦しめられたそうだ。何しろ軌跡が見えず、その上威力はこちらのそれよりも高いのである。敵が酸素魚雷を開発したという話は今の我々にとっては笑い事では済まなかった。

 

「(何か……何か手は無いのか……)」

 

 と、彼が考え込む、そんな時だった。

 

「司令、旗艦より通信です」

「ん……? 繋げ」

 

 

「距離14NM!」

「よおし!! このまま進め!!」

 

 水雷戦隊は爆走していた。未だに弾は当たらない。矢避けの加護でもついているかの様だ。彼は思った。

 

「敵戦艦発砲!!」

 

 と、そこでまたも敵のヘルクレス級戦艦が発砲する。

 

「我等には神の加護がついている!! 当たる筈がない!!」

 

 彼は乗員を鼓舞する意図をもって、そして本心も交えて言う。

 そして、それは正しい筈だった。

 

 

 コツン。

 

 

「───ん?」

 

 

 次の瞬間、彼の意識はプツンと途切れた。

 

 

 

「……れい、司令!!」

「───っ……」

「よ、良かった……目を覚まされましたか」

 

 彼は部下───艦長のそんな声で目を覚ます。まず襲ってくるのは、痛みだった。

 

「あまりご無理はなされないでください。応急処置はしましたが……」

「……」

 

 自らの手を痛みの元───額に当てる。するとまたも痛みが彼を襲い、手には赤黒い液体が付着した。

 下に落ちていたガラスの破片に反射していた自分の頭には包帯が巻かれていた。今手についた血はそれに染みた物なのだろう……

 

「……破片? 何故破片が……っ!!?」

 

 と、そこで彼は床にガラスの破片が落ちている事に違和感を感じ、顔を上げて前を見る。

 そこには、驚くべき光景が広がっていた。

 

「な、何が起こった」

「わ、分かりません。突然視界が爆炎に覆われ……」

 

 意識を失う直前までは無傷だった艦橋のガラスはボロボロに割れ、フレームはぐちゃぐちゃにひしゃげている。焦げているのはその爆炎のせいだろう。自分のこの傷は飛来したガラスの破片で出来た物なのだろうか。

 周囲には彼と同じく傷ついた部下達が手当てを受けており、同じくボロボロになった機器には焦げと共に彼らの赤黒い血がべっとりと付いている。

 

「ま、まさか直撃したのか」

「それはあり得ません。もしそうならば今頃我々は海の底です」

「では何が」

 

「敵戦艦またも発砲!」

 

 と、そこで先程と同じ艦が発砲する。

 

「っ!! い、いかん! 回避運動! 取り舵いっぱい!! “唄声”も使え!!」

「了解! 取り舵いっぱい!! 右舷“唄声”始動!!」

 

 操舵手が操作すると、艦が勢いよく曲がっていく。

 “唄声”というのは“人魚の唄声”の略称であり、艦前後計四か所に装備された風神の涙式ウォータージェットの事だ。これを操作する事で通常ではありえない程の方向転換が可能となる。

 

 果たして、飛来した砲弾はレフィリー───ではなく、後方の小型艦より少し逸れた()()で爆発した。

 

「……は?」

 

 その光景に彼はそんな呆気ない声を出してしまう。

 まさか、砲弾を間違えたのか? そんな考えが脳をよぎる───だが、次の瞬間、それが間違いである事を思い知らされることとなる。

 

 

「───ぐっ、うおおッ!!?」

 

 

 砲弾が破裂した直後、彼の優れた目はそこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()光景を視認した。

 そして、次の瞬間には───辺り一面が大爆発に包まれた。そばにいた小型艦もその爆発に巻き込まれ、その直後に大爆発を起こし、艦体中央から真っ二つに折れてみるみるうちに水中に引き摺りこまれていった。

 

「な、何が」

「……まさか、まさか!!」

 

 狼狽える艦長を他所に、彼は自らの脳を総動員し、ある一つの結論に辿り着いた。

 

「て、敵の新型対空砲弾か!!」

 

 帰還したイルクスはひどく憔悴しながらも軍人としての責務をこなしていた。

 彼女の報告の一つにあった、“敵の新型対空砲弾”。彼女の動体視力はその詳細を捉えていた。

 従来の対空砲弾といえば破裂した砲弾の破片か内部に充填されたマグネシウム片を命中させて迎撃するのが一般的である。だが、その新型砲弾に充填されていたのはマグネシウム片ではなく大量の小型爆弾であったというのだ。砲弾が破裂した後その爆弾が空中の広い空間にばらまかれ、一斉に爆発する。範囲内の機体などは木端微塵であるだろう。

 

「───ッ!! いかん!!」

「『ケルシー』『ミュース』轟沈!!」

 

 そうこうしている間に次弾が発射され、その爆発に巻き込まれた二隻の小型艦が轟沈する。

 

「小型艦は全艦直ちに魚雷を敵艦隊へ向けて投射、反転し帰投せよ!!!」

「な!! し、司令、何を!?」

「説明している暇は無い! 行けェ!!」

 

 驚愕する艦長を振り切り、魔信へとそう叫ぶ。優秀な部下達は命令を忠実に守り、全ての魚雷を投射して味方の艦隊へと舵を切る。

 

「ああっ!! 『リースル』が!!」

 

 しかし、再び砲弾が飛来、爆発し雷撃直後の小型艦を爆炎で覆う。

 

 だが───

 

「……り、リースル、健在なり……」

「な、何故……!! まさか」

「そうだ。魚雷だ」

 

 小型艦は爆発せず、艦体のあちらこちらから煙を吐きながらもよろよろと動き、帰投していく。

 

「さしもの小型艦であっても、あのような小型爆弾程度の威力では表面はともかく内部まで深刻な被害を負う事はない。だが、それが魚雷を持っているとなると話は別だ」

「魚雷本体は被弾する事など全く考えられていない……そんな物があのような爆発を受ければ……!!」

「その通りだ。小型艦の艦体は魚雷の爆発に耐えられるようには出来ておらん。轟沈するのも当然だ。そして、このまま突撃を続けていては辿り着くまでに全艦が撃沈されてしまうだろう。あの攻撃範囲では多少蛇行したところで焼け石に水だ」

「で、では本艦は」

「この艦の魚雷発射管は艦体内部に収まっている。初弾で判明した通り、本艦には敵の対空砲弾は通じん!! よって、本艦は当初の作戦通り敵艦隊への肉薄雷撃を敢行する!!」

「りょ、了解!!」

 

 そうして、僚艦が次々と反転していく中『レフィリー』のみが単艦で艦隊へと向かっていく。

 そんな彼女を見逃す訳もなく、敵戦艦の主砲が火を噴く。

 

「面舵いっぱい!! 加えて暴風魔法発動!! 爆弾を艦橋内部に入れるな!!」

「了解!! 面舵いっぱい!! 暴風魔法発動!!」

「暴風魔法、外部へ向けて発動します!! 発動まで五秒!!」

 

 司令から艦長へ、艦長から操舵手と魔導師へ。命令が伝わり、艦体は傾き魔導師は詠唱を始める。

 個人の魔法から魔導機械へと移行したミリシアルではあるが、未だに艦橋などにはこうして魔導師がいる事が大半であった。

 彼らの本来の任務は初級回復魔法では治癒不可能の負傷を治癒する事であるが、そもそも優れた魔導師である為かなりの種類の魔法を使用する事が出来る。暴風魔法に関しては艦橋前部の煙を吹き飛ばす為に使用される事がごくまれにある程度だったが、このような使い方をされるのは今回が初めてだろう。

 

「発動します!!」

 

 瞬間、ゴウ、という音と共に暴風が吹き荒れる。バタバタと軍服がたなびく中───

 

 

「───ッ、被害報告!!」

「か、艦橋要員、全員無事です!!」

「よし!!」

「敵艦隊までの距離、11NM!!」

 

 魔法の甲斐あって、爆弾は一発も艦橋内部には入らなかった。

 既に機銃や高角砲、レーダーなどは使い物にならない程破壊されつくしていたが、未だ主砲や機関、そして魚雷は健在───つまり、交戦は可能であった。

 

「一番二番、発射用意完了!!」

「よし、前部主砲発射ァ!!」

 

 艦前部に搭載された二基の霊式20.3cm連装魔導砲が敵艦隊に向けられ、発射される。

 それに呼応するようにグラ・バルカス帝国艦隊の重巡洋艦も主砲を発射する。

 

「9NM!!」

 

 距離が近付くにつれ、弾幕が濃密になる。戦艦、重巡洋艦だけでなく軽巡洋艦、駆逐艦も主砲を放つ。

 

「左舷上部に被弾!!」

「一番砲塔損傷!!」

 

 この距離まで接近すると被弾も増えてくる。しかし、そのどれもが致命的な物にはならなかった。

 

 そして───

 

 

「距離3NM!!」

「面舵いっぱい!! “唄声”使用せよ!! 左舷魚雷一斉射!!!」

「了解!! 左舷前方、右舷後方“唄声”始動、面舵いっぱい!!」

「左舷魔導魚雷発射管、全基投射用意!!」

 

 操舵手がその操作をした瞬間、凄まじい傾斜が彼らを襲う。

 ウォータージェットで無理矢理方向を変えた彼女はあり得ない程艦体を傾かせながら急激に左舷側面を敵艦隊へと向ける。

 転舵の瞬間は艦にとってあまりにも大きな隙である。雷撃をする為には必ず必要である筈のその隙。そこを狙おうとしていたグラ・バルカスの砲手は完全に呆気にとられていた。

 何せ、重巡洋艦があり得ない機動をして一瞬のうちに側面をこちらに向けていたのだ。

 

「雷撃始めェ!!!」

「左舷魚雷全弾投射!!」

 

 5基20門の魚雷発射管、その艦尾側から次々と魚雷が吐き出される。

 海へ投下された魚雷は軌跡を一切残さずに進み、扇形に広がりながら敵艦隊へと向かっていく。

 

「次!! 回頭急げ!!」

 

 続けて右舷の魚雷も発射する為に今度は右舷前方と左舷後方の“人魚の唄声”が作動し、急激に回頭する。

 その間にも雨の様に砲撃が浴びせられるが、予想外の挙動をする彼女に混乱しているのか中々当たらない。

 

「回頭完了!!」

「魔導魚雷発射管、投射準備完了!!」

「よし、右舷雷撃始め!!!」

 

 続けて右舷の魚雷も全弾が発射される。

 40発の魔導魚雷(青白き殺人者)が静かに、しかし確実に艦隊へと向かっていく。

 

「投射完了!!」

「よォし!!! 反転180度!! 直ちに離だ───」

 

 だが、その言葉の続きが放たれる事は無かった。

 

 シルバー級魔導重巡洋艦『レフィリー』は両舷の魚雷を投射後、ヘルクレス級戦艦『ラス・アゲルティ』が発射した41㎝砲弾が右舷中央部に直撃。

 その圧倒的ば破壊力を持った砲弾はいともあっさりと装甲を貫き、内部で爆発。艦内部の魔石に誘爆し、色鮮やかな大爆発を伴って海の中に引き摺りこまれていった。

 

 

 しかし、これにて一件落着───とはならない。

 

 

「海面を注視せよ!! 敵の無気泡魚雷が来るぞ!!」

 

 カオニアが焦りを顔に滲ませながら命令する。

 そう、魚雷は既に発射されてしまったのだ。艦を沈めてもそれらが消えてなくなる訳ではない。

 先程離脱する前に小型艦が放った魚雷は、たまたま駆逐艦にクリーンヒットした一発を除けば全てあらぬ方向に消えてしまった。しかし、今放たれた物はあまりにも距離が近い。それと同じ事を期待は出来なかった。

 

 乗組員が甲板に上がり海面を睨みつける。

 そして、ある一人が声を上げる。

 

「魚雷接近!!」

「回避しろ!!」

 

 四万トン近い鋼鉄の巨体がゆっくりと動く。そうして、向かってきた魚雷は回避した───()()()()

 

 

「『タビト』『サリン』被雷!!」

「『ケーニレス』『キルアーズ』『ウェニストラ』被雷……轟沈!!」

「『ビーストラ』浸水発生!!」

「ぐッ……」

 

 彼の元に次々と被害報告がもたらされる。彼女が避けられたのは幸運であったのだ。

 

 結果として、『レフィリー』が放った40本の魚雷は重巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を沈め、戦艦2隻、重巡洋艦1隻を損傷させた。

 敵艦隊と戦っている途中だというのにも関わらずその主力たる戦艦の半数が喫水線下に大孔を空けている。

 カオニアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、敵の重巡洋艦が沈んだ海面を見つめるのだった。




第三次イルネティア沖大海戦が全話書き終わったので、大海戦が終わるまで毎日夜九時に投稿します。

大学に入れば楽になる。そう考えていた時期が私にもありました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(後編①)

前書きキャラ紹介〈中央法王国編〉

アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラー
 中央法王国の大魔導師。19歳。大魔導艦一番艦『ラグズ』副艦長。初登場は31話『誘導魔光弾』にて。
 防御魔法を得意とし、中央法王国史上最年少で大魔導師と認められた天才少女。おっとりとした性格。ライカ達とも交流があり、誘導魔光弾の再現を共に行っている。
 同じく中央法王国の大魔導師であるファルタスを尊敬している。

ファルタス・ラ・バーン
 中央法王国の大魔導師。41歳。中央法王国艦隊司令。原作キャラ。
 法王国随一の魔法技術を持ち、国一番の魔導師との呼び声も高い。
 また、魔導師としては珍しく身体も鍛え上げている。

アシュリー・オーストン
 中央法王国の魔術師。17歳。大魔導艦一番艦『ラグズ』に乗艦。初登場は44話『第三次イルネティア沖大海戦(中編③)』にて。
 アルデナの後輩であり、目をかけて鍛えていた。


〈イルネティア島南東部沖合 文明国連合艦隊〉

 

「『プロテクション』!」

 

 アルデナの『プロテクション』によって大魔導艦の上部が淡い光の膜で覆われ、またも敵機の機銃弾を防ぐ。そして、動揺した隙に隣に立つ後輩───アシュリーが魔法で仕留める。もう何度目かも分からない、決死の作業を彼女らは繰り返していた。

 そのまた付近ではファルタスが『ライトニング・テンペスト』を使用し、敵編隊を翻弄する。

 魔法、というユグドには無かった未知の力。それを使いこなし、実質的な戦力外通告を受けた中央法王国の艦隊は既に13機を墜としていた。他の文明国の艦隊は精々パンドーラ大魔法公国が新型ルーンアロー───推進機構の改良によって弾速を上げ、射程も従来の2kmから2.5kmまで延びた───によってまぐれで1機撃墜した程度である。

 艦隊は壊滅状態にあり、海面では血の匂いを嗅ぎつけた大小様々な海魔が水兵達を貪り食っていた。

 そんな中で、彼らは正に“中央”法王国の名に恥じぬ活躍をしていたのである。

 

「ふう……中々疲れますね~……」

「そ、そうですね。さっきからいくつも墜としてる筈なのに数は減るどころかむしろ増えてるような……」

 

 アシュリーの言った事は半分間違っていて、そして半分正しかった。

 撃墜した13機分、確かに敵の総数は減っているのだ。更には戦闘の長期化によって燃料が不安になった機も帰投しているので、その実ここにいるのは当初の半分以下なのである。

 では、何故彼女は「敵の数が増えている」と感じたのか。

 

……この艦隊を見て、彼ら───グラ・バルカス帝国のパイロット達はこう思った事だろう。帆船しかいない艦隊など楽勝だ。一機も墜とされる筈がない、と。

 しかし、実際は魔法という未知の力によって既に二桁の味方が撃墜されている。

 あり得ない、あり得てはいけない話だ。認めるわけにはいかない。拒絶したい。排除したい。しなければならない。

 そんな彼らの牙が、それを引き起こしている一隻の帆船に集中的に向かうのは当然の摂理であった。

 

 彼女らの乗る大魔導艦は今、攻撃隊による集中攻撃を受けていた。

 

 そして、如何に強力な魔法を持っていようとも所詮彼女らは一人の人間なのだ。

 

 

「グギャ!!?」

「ッ!! アシュリー!!」

 

 最早敵の目標が大魔導艦のみになった頃、少し離れた場所で戦闘を続けていたアシュリーがそんな声を出しその場に倒れる。

 攻撃が激化し、彼女の魔力も尽きてきた。守れる範囲も狭くなり、彼女には劣るものの防御魔法を扱えるアシュリーは別の場所でその魔法を振るっていた。そんな時に起こった出来事であった。

 彼女はどうやら弾を受けた様で、()を両手で押さえてその場でのたうち回っている。

 

……冷静に考えれば既に手遅れである事は理解出来たであろうが、不幸にも今の彼女は疲労で正確な判断が難しくなっていた。

 

 アルデナは倒れた彼女のもとに駆け寄る。

 

「少し待って下さいね、すぐに治癒魔法を───」

 

 ぴく、ぴく、と動く(痙攣する)彼女に対し、治癒魔法を使おうと杖を向ける。

 

「───ひぃッ!!?」

 

 そして、見た。

 

 首を押さえた両手の指の間からはとめどなく血が流れ出て、その場に赤黒い水溜りを広げている。

 口からは血の混じった泡を垂れ流し、噎せ返るような鉄の臭いが鼻腔を刺す。

 いつの間にか僅かにあった動きも無くなり、そこに残ったのはピクリとも動かないただの肉塊のみであった。

 

「あ……アシュ……」

 

 小さく、そう名前を吐き出す。ふと、彼女と眼が合った。

 見開かれた眼からは止める物の無くなった涙が零れ落ち、その瞳は白く濁って何も映さない。光の消えたその瞳の奥の暗闇は、目の前にある()()がもう人によく似た何かであるという事を無理矢理彼女の脳に理解させていた。

 

「うっ、ぶ、おえぇぇ……」

 

 その事実は彼女には重すぎた。

 彼女はその場に倒れ込み、血の滲む甲板に嘔吐する。

 頭が痛い。気持ち悪い。視界が揺れる。息苦しい。

 彼女はこれが初めての実戦であった。

 人の死を見るのはこれが初めてという訳でもない。戦闘による死体を見た経験も何度かある。流石に実際に戦場に出ている者にはかなわないがそれなりに慣れているつもりであった。実戦でも動揺せず戦い抜く自信があった。

 その成果も実際に出ていた。他の国の兵達の死体を見ても確かに動揺はしたが手を止めるには至らなかった。だから、大丈夫だと思っていた。赤の他人と実際に話し、触れ合った者では感じ方が全く違うという事も忘れて。

 覚悟していたといえば嘘になるかもしれない。私は全て守り抜ける。若さ故の驕りか、はたまた戦闘の高揚感か、彼女はそんな事を心のどこかで思っていた。

 

 だから、実際にこうして身近な人物の死を目の当たりにしてこうなるのは必然だったのかもしれない。

 

「───ッ、ノイエンミュラー!!!」

 

 そんな彼女に、ファルタスが気付く。彼は彼女の前にある()()を見て何が起きたか理解するが、今はそれを気にしている余裕は無かった。

 

「ノイエンミュラー!!! 上だ!!!」

「う……ぁ……」

 

 彼の叫びで虚ろな目を空に向ける。

 そこには、爆弾を落とさんと急降下するアンタレスの姿があった。

 

「ぁ……『プロテ……クション』……っ」

 

 微かに残った理性を総動員し、震える声で詠唱を絞り出す。

 ぐらり、視界が揺れる。魔力が少ない。体が発動を拒絶する。それでも彼女はその魔法を使うことに成功した。それだけだった。

 

 

「あ」

 

 

 パキン。

 

 

「きゃあああああっ!!!」

 

 血だまりに機銃弾が突き刺さる。

 アンタレスの放った20㎜弾は容易く魔力防壁を突き破り、木材で出来た甲板や死体をも貫いてその下部にいた乗員達を砕いていった。

 自らの周囲に銃弾の雨が降り注ぎ悲鳴を上げる。幸いにも致命傷は免れたが左耳を弾が掠り消し飛んでいた。

 

 自分の魔法が破られた。何にも負けない筈なのに。私は国一番の防御魔法の使い手で、国の盾にならなきゃ駄目なのに。

 なんで、なんで、なんで。足が竦んで動けない。これじゃあ誰もまもれない。

 左耳が痛い。血が止まらない。頭が痛い。苦しい。怖い。怖い。怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわ

 

 

「ッ、アルデナァッ!!!!!」

 

 

 駆けて来た彼が茫然自失した彼女を抱きかかえ船がら飛び降りる。

 

 その直前、落とされた80㎏爆弾が甲板に着弾した。

 爆風が船を砕き、二人の背を押し飛ばす中、何とか彼らは着水した。

 

「ッ……! アルデナ!! 無事か……!?」

「…………てい……とく……」

「お前、目が……」

「……?」

 

 最後の爆風で破片でも食らったのだろうか、胸の中にいた彼女の右目周辺は潰れ、抉れ、黒い血に塗れていた。

 彼女はそんな自分の状況を理解出来ていないのか、残った左目を微かに開け呆然としているのみだった。

 彼はまだ若い少女をこの様な状態に陥れてしまったという事実に胸を刺されつつ、周囲を見渡して他に生存者がいないかを探していた。

 

 だが、“海”は九死に一生を得たこんな二人にも容赦なく襲い掛かる。

 

 

「ぐゥッ!!?」

 

 彼の足に激痛が走る。見下ろせば、海中で一匹の小さな海魔が噛みついていた。

 彼はそれをもう片方の足で蹴り放す。幸いにもブーツを貫かれた訳ではなく、血を流す事は無かった……が。

 

「ぎゃああああっ!!!」

「ひっ、た、たすけ───」

「わ、私の手が、あ、や、やめっ、きゃあああああっ!!!!?」

 

 その場が悲鳴に支配される。死体や負傷者の流した血の臭いを嗅ぎつけた海魔が次々と生存者を襲っていた。

 巨大な海魔に丸吞みにされる者、下半身を食い千切られる者、無数の小型海魔に群がられ、貪られる者。その形は様々だったが一つだけ言える事は、今この場には絶望しか無い、という事だった。

 

 

 トン。

 

 

「え……」

 

 

 いつの間にか抜け出したアルデナが彼をその場から突き飛ばす。

 その顔と伸ばされた手は蒼白で、死体にも見間違えるかの如き様相だったが───

 

「───」

「な───」

 

 彼女を覆う様に、黒い影が海面に映る。

 

「アルデ───」

 

 

「───よかった」

 

 

───瞬間、彼女の真下から大きく口を開けた海魔が現れ、そして口を閉じる。僅かに口の範囲から飛び出ていた指が歯に挟まれ、ギロチンの如く切り離される。

 そのまま海魔は海に再び潜り、その場には無傷の彼と数本の小さな指のみが残された。

 

 

「……ッ!!!!」

 

 彼は顔を歪ませ、頭を搔きむしる。

 

「何が大魔導師ファルタスだ……何が英雄……何が……提督だ……ッ!!!」

 

 背後では大魔導艦“だったもの”が真っ二つに折れ、炎上しながら沈んでいく。

 

「俺は……部下の……少女の命一つ……救えない……」

 

 その呟きは、悲鳴に溶けて沈んでいった。

 

 

 中央歴1643年1月16日。イルネティア島南東部沖合を進んでいた文明国連合艦隊は、グラ・バルカス帝国第三先遣艦隊より発進した第一次攻撃隊による攻撃を受け、壊滅した。

 

 

───────

────

 

 

 海戦は続く。魔導戦艦の砲から放たれた弾が青い尾を引きながら飛来し、戦艦の砲が火を噴く。

 戦闘は一見すると世界連合側が有利に進んでいる様に見えるだろう。何せ神竜によってあらかじめ空母は全て撃沈され、先程の雷撃で戦艦の半数が手負いになっているのである。

 だが、実際はそれ程世界連合側が攻めきれている訳ではなかった。

 

 グラ・バルカス帝国艦隊───第一先遣艦隊は巧みな陣形変更、艦隊運動によって攻撃を()()()()ていた。そして、それを理解しているからこそ世界連合側の司令は焦っていた。

 そもそも第一先遣艦隊の目的は時間稼ぎである。彼らは要するに、本隊が到着するまで耐えていれば勝ちなのだ。

 

 艦隊は必死に攻撃するも結局は殲滅する事は出来ず───艦隊は、後方から到着した本隊と合流した。

 

 

 こうして、魔導戦艦イルネティアにとって最初で───そして、最後の戦闘が幕を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(後編②)

前書きキャラ紹介〈イルネティア王国編①〉

レイヴェル・ディーツ
 元イルネティア王国ドイバ沖群島防衛艦隊の司令であり、今は王国艦隊総司令を務める。38歳。初登場は15話『第2次イルネティア沖海戦(前編)』にて。
 正義感が強く、ライカとイルクスという若い少女達を戦場に出している事に後悔と罪悪感を感じている。
 乗艦はタウルス級重巡洋艦『レプシロン』→魔導戦艦『イルネティア』


主役は必ず活躍します。具体的に言えばこの海戦は世界連合側の勝利で終わります


「第一主砲、第一、第二副砲左舷へ! 両副砲対大(対大型重装甲艦)魔力充填開始!!」

「了解、第一主砲、第一、第二副砲旋回開始!」

「両副砲対大魔力充填開始! 属性比率土55%、水23%、風22%。 砲弾の魔術回路起動!」

「砲弾の呪発回路への注入開始。比率雷58、炎42! 魔力充填率80、90、100。砲弾への魔力充填完了!!」

「副砲撃発回路、同じく充填完了!」

「副砲旋回完了。第一、第二副砲、発射準備完了!」

「第一主砲、発射準備完了!!」

「よし!! 第一主砲、両副砲発射!!」

 

 複雑な発射シークエンスを経て、計九門の砲から砲弾が発射される。巨砲からは爆炎、副砲からはカラフルな煙と共に。

 まず着弾したのは副砲であった。

 発射された六発の20.3㎝魔導成型砲弾は青白い尾を曳きながら目標であるオリオン級戦艦へと飛翔していき───

 

「命中弾2、敵艦に火災発生!」

 

 通常よりも炎の魔力を多く込められた砲弾は、着弾と同時に多量の火を撒き散らし、敵艦に火災を発生させる。フォーク海峡海戦において、シルバー級の霊式20.3cm魔導砲はグレードアトラスター相手に一切通用しなかった。そこで編み出されたのがこの方式である。

 その効果は十分に発揮され、戦艦の左舷甲板を火の海に変えた。

 

 続けて、46cm砲弾が着弾する。こちらは純科学製の砲である為弾道は見えなかった。

 

「命中弾1!!」

 

 三発の内、一発が命中する。近距離であるので初弾から命中を狙っていき、見事その目論見が成功した形となった。

 1トンを超える巨弾は戦艦の装甲を易々と貫いた。

 ぽっかりと空いた孔から一斉に水が入り込む。ダメージコントロールによって沈没は免れたものの速度を大幅に遅くする結果となった。

 

「第二、第三主砲発射用意完了!!」

 

 次に、右舷へと指向していた主砲の装填が完了する。

 

「目標変わらず、右舷敵戦艦!!」

「仰角修正、マイナス0.5!!」

 

 と、そこでぐらり、と艦体が揺れる。

 

「左舷に至近弾! 損傷認められず!」

 

 敵戦艦の放った砲弾が左舷の海面に着弾する。

 巨大な水柱が立ち、甲板に大量に海水が降り注ぐ。

 

 巨大な重い艦体はすぐに揺れを収める。

 再び水平に戻った直後、六門の砲から轟音と共に巨大な爆炎が吐き出される。

 

「命中弾無し!!」

 

「左舷に被弾! 損害軽微!」

 

「主砲発射!! 命中弾2!!」

 

「右舷に被弾! 火災発生!!」

 

「副砲発射!! 命中弾3、敵艦撃沈!!」

 

 戦闘は続く。

 

「『レプシロン』被弾!!」

 

「『トイヌーシェ』轟沈!!」

 

「『ムルシク』被弾、戦列を離れます!!」

 

 放った砲弾が敵を抉り、敵の砲弾がこちらを焼く。

 圧倒的な数の差。次々と味方艦は被弾、落伍していく。そうして、いつの間にか彼女───イルネティアは敵艦隊の中で孤立していた。

 最早十字砲火というのも生温い程の攻撃。そんな中でもなお攻撃の手は緩めない。

 

 祖国を護る為、彼女は一人戦場を突き進んでいた。

 

 

───────

────

 

 

「『ルテイーン』『ミンタカ』轟沈!」

「『マリンデン』被弾! 戦列を離れる!」

「敵グレードアトラスター、進行止まりません!!」

「ッ……!!」

 

 艦隊後方、ヘルクレス級戦艦『イレーナ』艦橋にて、その悲痛な報告を受けた艦長は焦りに顔を歪ませる。

 まさか、これ程とは。既に戦艦を含め10を超える艦艇が奴に沈められている。

 

 帝国が建造した最も巨大な戦艦、グレードアトラスター。残念な事に敵に拿捕されてしまったが、上層部はそこまで深刻には考えてはいなかった。

 確かに帝国最強の戦艦が鹵獲される事による士気の低下などはあるが、()()は一隻の戦艦だ。

 

「所詮一隻の戦艦、所詮一匹の竜、か……」

 

 一体我々は“所詮”にどれだけ苦しめばいいのだろうか。

 

「……いや、違う」

 

 竜は倒した。()()()()は今でも憎らしいが、それでも無力化出来たのは事実だ。

 そして今、目の前にはもう一つの“所詮”がある。作戦によって味方艦隊から切り離され、孤軍奮闘する戦艦が。

 

 ここで倒すのだ。ここで倒し、帝国の覇道を阻む者達を消し去るのだ。

 

 グレードアトラスターが目視出来る距離まで接近する。数多の水柱を従えて、艦全体を淡い光で包んで突き進んでくる。

 接近した駆逐艦を高角砲で撃ち抜き、巡洋艦を副砲で砕き、戦艦を主砲で貫く。今この世界で、一騎当千、その言葉が最も似合う戦艦であろう。

 まるで御伽噺に出てくる英雄だ。だが、それは敵にとっての話。帝国にとっては我々こそが英雄なのだ。

 

「『イレーナ』最大船速! 敵艦左舷へ回り込め!!」

「りょ、了解。面舵いっぱい!」

 

 200メートルを超える巨体が加速し、接近してくる『イルネティア』の左舷へと向かう。

 

「全主砲右舷へ! 一斉射で敵を仕留める!!」

 

 今、敵艦の主砲は他の戦艦に向いている。今がチャンスだ。

 

 そうして、艦は無傷で左舷へと回り込んだ。今更こちらに主砲を向けようと旋回を始めているがもう遅い。距離は5km。冬戦争並みの、現代戦とは思えない交戦距離だが……これならば初弾で多くの命中弾を出せるだろう。

 

「第一主砲、発射準備完了!」

「第二、第三主砲、発射準備完了!!」

「第四主砲、同じく発射準備完了!」

 

「よし、砲撃開始ィ!!!」

 

 ドォン!!!

 

 四基八門の41㎝砲が火を噴く。

 そうして放たれた砲弾はイルネティアへ向け高速で飛翔し───命中した。

 

「敵艦に命中!!」

「よォし!!!」

 

 巨大な爆炎が発生し、艦体が爆煙で覆い隠される。その大きさから、かなりの数が命中したのは明らかだった。

 

 戦闘で傷ついた艦体にこの距離で複数の41㎝砲弾がもろに命中した。

 

 その場にいた誰しもが撃沈を確信した。

 

 

───イルネティアの乗組員以外は。

 

 

「なっ!?」

 

 彼の背筋に冷や汗が流れた。

 

 白煙の中、何かがゆっくりと動いている。

 黒い影。四角い何かに、棒状の物が3つ付いている。

 そして、その棒が点に変わった。

 

「ば───」

 

 次の瞬間。

 

 

「───化け物め!!!」

 

 

 煙が一瞬、何かに吹き飛ばされたかの様に円形に晴れ、そこから新たな爆炎が噴き出てくる。

 彼の目に黒い点が六つ見えた。それは一瞬の内に巨大化する。

 

 ガゴン。艦全体が大きく揺れる。

 

 彼の眼前にも、巨大な点───砲弾が迫っていた。

 

 

 ドゴオォン!!!

 

 

 轟音がその場に響き渡り、巨大なキノコ雲が海上に立ち昇る。その衝撃は凄まじく、すぐ脇にいた駆逐艦が転覆してしまう程だった。

 

 イルネティアから放たれた六発の46cm砲弾は四発が見事に命中した。

 対41cm砲防御しかされていないイレーナにそれが耐えられる筈もなく、易々と側面装甲を貫いた砲弾はそれぞれが第一、第三主砲弾薬庫、前檣楼基部、そして昼戦艦橋に直撃、爆発し大誘爆を起こした。

 鋼鉄の城は爆発した場所からへし折れ、全乗員と共に一瞬の内に海の底へと引き摺り込まれていった。

 

 一瞬、戦場が静寂に包まれる。

 鋼鉄の海上の城が、長きにわたり帝国のシンボルであった戦艦が、たったの一斉射で沈んだのだ。その衝撃は凄まじい物だった。

 周囲の艦でその光景を見ていた者達は皆呆然と燃え上がる海面を見るしかなかった。

 

 

 だが、イルネティアの乗員には呆然や歓喜している暇など無い。

 

「『マゼラン』発砲!!」

「急速回避!!」

「了解! 『唄声』使用します!」

 

 前方より接近していたグレードアトラスター級戦艦───『マゼラン』がその主砲を発砲したのだ。

 さしもの『イルネティア』でも、46㎝砲弾を受ければどうなるか分からない。レイヴェルは回避の為『人魚の唄声』の使用を決断する。

 艦が傾く。前方と後方の喫水線下に装備された風神の涙が発動し、水を押し流して現実離れした機動力で動いていく。

 

「敵弾回避!!」

 

 それは見事に成功し、発射された砲弾は彼女がいた位置に大きな水柱を立てるに終わった。

 世界一の艦砲だ。装填には時間がかなりのかかる。もしかすれば、こちらが先に当てられるかもしれない。そうすれば───

 

 

「第一主砲、旋回出来ません!! 先程の被弾でターレットリングが損傷したようです!!」

 

「チィッ!! 第二主砲は動くんだな!?」

「はい、そちらは大丈夫です!」

「ならそれだけでもいい、とにかく敵に砲を向けろ!!」

 

 彼は歯ぎしりをする。

 如何に対46㎝砲防御が施されているとはいえ、それはあくまでもバイタルパートだけの話だ。ここまでの戦闘でそこだけ被弾する、などという事はあり得ず、結果として今艦の速度は22ノットにまで低下している。それに加えての第一主砲使用不能だ。もう殆ど弾は使っていたとはいえ、勝てる見込みは薄い。

 彼は一度目を閉じ、深く呼吸する。落ち着かなくては。冷静にならなくては勝てる物も勝てない。

 

「主砲、発射準備完了!」

「……よし、発射ァ!」

 

 正面へ向けられた主砲が火を噴く。

 

「続けて副砲、装填完了次第発射せよ!」

「了解!」

 

 直後、副砲も放たれる。

 最初に放った主砲は外れていた。だが、至近弾だ。次は命中する可能性が高い。

 

「このまま回避しつつ敵旗艦に突撃する!! 刺し違えてでも撃沈するぞ!!」

 

 彼は叫び、皆もそれに頷く。誰しもが同じ考えだった。

 

「敵艦との距離、およそ10NM(18.5km)!」

「仰角調整、マイナス1.3」

「敵艦発砲!」

 

 またもマゼランが、今度は第一、第二両主砲を一斉に発射する。それを回避する為、再び急速回避を実行する。

 

 だが───

 

「───ッ!! 被害状況!!」

「前部甲板に直撃!! 航行に支障無し!」

「散布界を広げてきたか……」

 

 水柱はかなり広い範囲に立っていた。どうやら敵は回避される事を見越して撃ってきた様だ。

 

「発射準備完了!」

「第二射、てェッ!!」

 

 轟音が響き渡り、主砲が再び発射される。

 放たれた砲弾は回転しながら飛翔していき───

 

「敵艦に命中!!」

「よし!!」

 

───命中する。放った内の一発が艦橋右方の甲板に直撃し、高角砲群を破壊する。

 

「距離、9NM(16.7km)

 

 徐々に距離も縮まり、命中確率も高まっていく。が、それは同時に被弾率も上がるという訳だ。

 

「取り舵30! 敵艦右舷へ入りこめ!」

「了解! 取り舵30、第一船速!」

 

 速度を落とし旋回する。先程の急速回避に比べればかなり穏やかな機動だった。

 

「砲塔連動、仰角調整マイナス0.5!」

 

 艦の動きに合わせ砲塔も動く。そして、また発砲する。敵もそれに合わせて発砲し、海面に巨大な水柱を立てていく。

 そんな殴り合いが延々と続いていた。

 

「敵第二主砲に直撃! 誘爆認められず!」

 

「後部甲板に直撃弾! 火災発生!」

 

「敵左舷甲板に命中! 高角砲群破壊!」

 

「第一副砲に被弾! 隔壁閉鎖します!」

 

「敵右舷に命中弾!」

 

「右舷喫水線下に直撃弾! 破孔発生、左舷注水開始!」

 

 お互いに撃ち合い傷つき合っていく。血を吐きながらの殴り合いは、しかし確実にマゼランの方へと勝利は近付いていた。敵の第二主砲を破壊したは良いが、こちらはここまで抜かれる事の無かったバイタルパートが遂に貫かれたのだ。

 46㎝の破壊力はそれほどまでに凄まじく、空いた孔から勢いよく水が流れ込む。塞ぐ事は不可能だった。左舷への注水で何とかバランスを保つが速度はかなり低下した。

 

「第一副砲に直撃弾!」

「ぐっ……」

 

 この場にいるのはマゼランだけではない。

 他の艦からの砲撃が命中し副砲が破損する。垂直に被弾した訳ではないので隣の第二主砲弾薬庫への誘爆だけは避けられたのが不幸中の幸いであった。

 

「副砲向けますか!?」

「ッ、捨て置け! 全砲門をマゼランに集中させろ!! 第二主砲発射ァ!!」

 

 轟音、そして爆炎。放たれた砲弾は一発がマゼランのバイタルパートを貫いた。しかし、誘爆はしない。

 その直後、今度はあちらが主砲を撃ち放つ。

 

「ぐゥッ!! ひ、被害報告!!」

 

 その弾は、同じ様にこちらの装甲を貫いた。

 

「右舷前方に被弾! 火災発生!」

「右舷前方……ッ」

 

 先程とは別の場所だ。またも左舷への注水が行われる。だが、いくら経っても傾斜が回復しない。

 

「傾斜復元出来ません!」

 

 その言葉は、事実上の敗北宣告であった。

 

「司令……」

「ッ……ここまでか……」

 

 艦長の眼に、彼は手を強く、強く握り締める。爪で裂けた肌から血がポタポタと流れ落ちる。

 そして彼は窓から見えるマゼランへ手を伸ばし、またも握り締めた。

 

「あと少し……あと少しだというのに……!!」

「……」

 

 傾きが増す艦橋。その場にいる全員が静まり、涙を流す者さえいた。

 

「……艦長」

「……はい」

「総員……退艦だ」

「……了解しました。全管に告ぐ、総員退艦!! 繰り返す、総員退艦!!!」

 

 艦長が叫び、それを通信士が艦内全体に伝える。その声は未だかつてない程の悔しさを孕んでいた。

 

「お前達も───」

 

 と、彼が脱出を促そうとした、その時であった。

 

 

「───ッ」

 

 彼は一人、そこで目覚める。周囲は地獄絵図であった。

 どうやら、艦橋に敵の砲撃が命中したらしい。46㎝ならば偶然でもこうして自分が生きているわけがないので副砲だろうか。

 艦橋内部はボロボロで、あちらこちらがまだチリチリと燃え、煙を吹いている。

 前方には炭化した人型の物があちらこちらに倒れており、隣では焼け爛れた艦長が鉄パイプに胸を貫かれて息絶えている。そして自分も身体の半分が爛れ、何かの部品に脇腹を貫かれ血を流し続けていた。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 息をする度に身体を痛みが貫く───事はなく、最早何の感覚もなくなっていた。……どうやら、ここまでらしい。

 傾斜が酷くなり、開放的になった壁から室内の物が次々と落下していく。自分も、もう生きているだけで身体を支える事さえ出来ていない。彼はずるずると滑り落ちていく。

 

「……すま……ない……」

 

 その言葉は一体、誰に向けて呟いたのだろうか。もう彼自身にも分からなかった。

 

 

「イルネティア王国……万歳……ッ……!!」

 

 

 その言葉は、冷たい海に消えていった。

 

 

 

 

「艦橋に命中! グレードアトラスター、完全に沈黙しました!!」

「傾斜も回復していません……我々の勝利です!!!」

 

 マゼラン艦橋。そこでは今、乗組員達が歓喜に打ち震えていた。

 いや、彼等だけではない。周囲にいたどの艦のどの兵も皆諸手を上げて喜んでいた。

 

……ただ一人、カイザルを除いて。

 

「……」

 

 彼は一人、沈みゆくイルネティアを見つめていた。

 

 やがて、イルネティアは右に倒れ、そして艦首を大きく持ち上げた。弾は殆ど使い果たしていた為、大した爆発は起こらなかった。

 空へ向けて、その特徴的なバルバスバウを高くつき上げる。所々に空いた破孔から海水を流し続け、高い、しかし悲しげな汽笛の音が鳴り響く。

 

 その様子は、今まで歓喜していた者達でさえ黙らせてしまう程、衝撃的で、そして印象的な物だった。

 

「……!」

 

 と、そこでラートスが気付く。

 彼の隣で、カイザルが彼女へと敬礼している事に。

 

 彼も、また敬礼する。それに周囲も気付き、その場にいる全員が彼らにならう。他の艦でもそれは同じであり、皆が、立場は違えど国の為に戦った戦艦(戦士)の最期を静かに見送っていた。

 

 

───中央歴1643年1月16日、午後4時13分。魔導戦艦イルネティアは、王国の名を冠した初の戦艦は、第三次イルネティア沖大海戦にて姉妹艦であるマゼランとの激しい砲撃戦の上沈没した。

 この海戦にて彼女は戦艦3隻、巡洋艦8隻、駆逐艦18隻の計29隻を撃沈し、また13隻を損傷させた。

 この艦が戦ったのはこの海戦のみであるが、その凄まじい戦果によってこの先も長く、長く語り継がれることとなる。

 

 

 だが、いくら単艦が撃沈していようがそれだけで戦況は変わらない。

 この時点で連合側は神聖ミリシアル帝国艦隊総旗艦『アダマンタイト』など戦艦が七隻中四隻が撃沈され、またイルネティア王国艦隊はオリオン級戦艦『クレセント』など九隻を失っている。両国は合計で既に50隻以上を喪失しており、実に戦力の半分を失っていた。

 一方のグラ・バルカス帝国側も『ラス・アゲルティ』が撃沈されるなど同じく計50隻余りを喪失していたが、未だ400隻以上の艦艇が健在であった。最早連合国側にこれを止める手段は無く、帝国艦隊は瀕死の艦隊を駆逐しつつ悠々と島へ向かうのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三次イルネティア沖大海戦(後編③)

前書きキャラ紹介〈アガルタ法国編〉

シルフィ・ショート・バクタール
 アガルタ法国艦隊司令であり、同国大魔導師。98歳の町エルフ。(一応)原作キャラ。初登場は24話『フォーク海峡海戦(中編②)』にて。
 法国魔法開発局第一課課長であり、そこで『艦隊級極大閃光魔法』の開発を主導。しかしフォーク海峡海戦にてそれがグラ・バルカス帝国機に対しあまり効果が無かった為改良を重ね、放った後暫く進み、やがて無数の小さな光線へと拡散する『艦隊級対空閃光魔法』を開発した。


 場所は変わり、世界連合艦隊後方を航行中の空母部隊。今、彼等はかつてない程の攻撃にさらされていた。

 

「敵機8機撃墜!」

「2時、5時、10時それぞれの方向より3機接近!」

「次弾充填急げ!!」

 

 既に二隻いたロデオス級航空魔導母艦とアクセン級魔導竜母の両方、そして同じく二隻いたペガスス級竜母の内一隻は撃沈され、残るはライカの眠る『エディフィス』のみとなっていた。

 その彼女の周囲を六隻の魔導艦───アガルタ法国魔法艦隊が取り囲み、決死の対空防御を行っている。ミリシアル製の高性能魔導機関から生み出される膨大な魔力を総動員し艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)を敵編隊の中へ次々と打ち込み、艦の周囲は絶え間なく魔法陣が輝き続ける。各艦も個別に対空砲を乱射し、空を光弾と黒煙で埋め尽くす。

 また、少し離れた場所では未だ雷竜や風竜、エルペシオ、そしてイルクスが敵機と戦い続けている。イルクスには誰も騎乗していない為これまでの様な機動は出来ていないが、それでもなお強力な戦力であり他の騎との連携で多数を撃墜していた。

 

 だが、減らない。いつまで経っても敵の数は減るどころか寧ろ増えている様にさえ感じる。そして、それは実際正しかった。

 何せ、帝国はほぼ全ての航空戦力をここに向けているのだ。本隊の空母からは絶えず攻撃機が発艦し、次々とここに送り込まれている。

 アンタレスであってもこれ程の数がいれば苦戦は必至である。しかし今回はその中にカノープスも混じっているのだ。機動力で勝る雷竜はともかく、速度でも機動力でも負けているエルペシオ4や3改などは勝つことなど到底不可能であり、まるでアンタレスに軽くあしらわれるワイバーンの様であった。

 既に彼等の母艦は残っていない。唯一残っているエディフィスは竜母としての改造を受けている為戦闘機は着艦する事が出来ないのだ。着艦したければ前方の艦隊にいる()の空母に向かうか、もしくはムー国機動艦隊と行動を共にする地方艦隊の空母に向かうしかない。そうして弾を撃ち尽くした機の中には何とかそれらの艦へ向かう者もいれば死なば諸共と敵機に体当たりする者もいる。

 雷竜や風竜には弾切れという概念は無いものの、やはり生物である為疲労が溜まってくる。そうして動きの鈍った騎から機銃の餌食にされていた。

 

 そして───

 

 

 極太の光線が発射され、それが接近する敵編隊の直前で無数の光の矢へと拡散する。無造作に散布されたそれらは当たらない物が殆どだが、いくつかは機体に命中し爆散させていた。

 艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)───法国史上最大規模にして最強の対空魔法。それはグラ・バルカス帝国機に対し凄まじい効果を上げていたが、しかしこう何度も使われていては次第に対策も取られるというものだ。

 攻撃機隊はその魔法の効果範囲よりも更に散開し、一度の攻撃で撃墜される数を減らしていた。少数の犠牲は厭わない、正に圧倒的な数が可能とする戦法である。

 

「敵機5機撃墜!」

「左舷より敵雷撃機6機接近」

「次弾充填そのまま、通常兵器で迎撃しろ!」

 

 詠唱を並行しつつバクタールがそう指示を出す。それに応え、艦に装備された高角砲や対空魔光砲を左舷へと向けて撃ち放っていく。

 如何せんこういった最新兵器───法国基準───には未だ慣れていない部分が多い為操作はおぼつかないが、それでも何とか1機は墜とす。

 

「魚雷投下!」

「回避運動、防壁展開!」

「了解。回避運動、面舵一杯」

「7時から8時、防壁展開!」

 

 艦が旋回し、それと同時に手の空いていた魔導師が短文詠唱を行う。すると艦の左舷後方に薄い光の膜が現れる。そこはちょうど避けきれないであろう魚雷の進路上であった。

 魚雷がその膜───魔力障壁に当たり、信管が作動、爆発する。砲弾には速度がある為弱い防壁では貫かれるだけで終わるが、魚雷にはそれが殆ど無い為進路上に障害物を置くだけで防ぐ事が出来るのだ。

 

「敵魚雷排除!」

艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)、発射まで残り10秒!」

「よし、総員対ショック防───」

 

 と、そう言いかけたその時だった。

 

 

「───ぎょふッ」

 

 バクタールの口から鮮血が吐き出される。

 気付けば、空にあった光が、そして艦同士を繋ぐ六芒星がいつの間にか消えていた。

 

「し、司令!?」

「かはッ、がッ、ゲホッ」

「し、司令!! 衛生兵!!」

 

 彼女はその場に蹲り、喉を押さえ口や鼻、目からさえも血を流し出す。ドロドロと甲板や彼女の軍服が血に汚れていく。

 この時、一隻の魔導艦が沈められていた。その艦は艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)の魔法陣を構成している内の一つであり、それが突然破壊され、中断された事によって本来魔法の発動と共に空気中へ逃がされる筈の負荷が彼女に降りかかったのだ。

 身体全体を引き裂かれるかの様な痛み、それが彼女に降りかかる。

 

「……ッ、不要、だ……」

「し、しかし」

「ぐ……各艦に通達…個艦防御に移行せよ……ッ」

 

 並みの人間、いやエルフであればショック死していてもおかしくないその痛み。しかし、彼女は衛生兵を呼ぼうとした部下を静止し、杖を支えにふらふらと立ち上がる。

 

「被害…報告……!」

「は、はい。三番を担当していた『ウェインガルド』が沈没しました」

「ッ……陣形を五芒星へ変更、対空防御に穴を作るな……!」

「了解しました!」

 

 そんな状態であっても、彼女は的確に指示を出す。

 

 しかし、悪い事というのは続くもので。

 

「前方の艦隊より通信! あ、『アダマンタイト』、ち、沈没!!」

「な!?」

「み、ミリシアル最新鋭の戦艦が!?」

「……」

 

 魔信より送られてきたその報告。それに示した反応は皆同じだった。何も言わなかったバクタールですら、動揺を隠しきれていなかったのだ。

 ちなみにこの時既に『イルネティア』も撃沈されているのだが付近に友軍艦がいなかった為知られる事はなかった。もし、それも知らされていれば彼女の精神はここで折れてしまっていただろう。

 

「も……もう駄目だ……」

「ミリシアルでも勝てないのか……我々なんて……」

 

 そしてこの時、その事を知らせなかったのがグラ・バルカス帝国最大の誤ちとなった。

 

 

「───ッ、狼狽えるなァッ!!」

 

 

 彼女は血を吐きながらそう叫ぶ。

 

「ッ……」

「し、しかし……」

 

 一喝。しかし、部下達の士気は上がらない。

 

「勝利の女神はいない!! だが、我々には“希望”が()()!!」

「希望……!」

 

 だが、その言葉を聞くやいなや皆は顔を上げ、少し表情を明るくする。その様子に、彼女は少し複雑な思いを抱いていた。

 ああ、情けない。自分はあの傷ついた少女を利用する事でしかもう部下の士気を上げる事は出来ないのだ。そして、自分自身も。

 結局の所、今こうして命がけであの竜母を守っているのは心のどこかで彼女が目覚めてくれると信じているからだ。皆、奇跡が起こると信じている。信じなければ立っている事など出来ないのだ。

 

「右舷より敵機!」

「チッ!!」

 

 そんな事情などつゆ知らず、一隻沈んだのを好機と見た敵が攻撃を仕掛けてくる。

 そんな相手に、彼女はポケットから数十粒の小さな魔石を取り出し、続けて杖の先で空中に魔法陣を描き、最後にその魔石を魔法陣に向けて投げる。するとそれらは赤いオーラを纏いながら勢いを増し、敵の進路上で静止する。

 そして、それらのある場所を敵が通った瞬間。

 

点火(イグニッション)!!」

 

 そう、叫ぶ。

 

 瞬間、静止していた魔石が一斉に爆発し、その場を通りかかっていた攻撃機を粉々に砕いた。

 高威力爆裂魔法を付与させた魔石を空中に静止、こちらの合図で一斉に爆発させる魔法。彼女が個人で扱える魔法としては最大の威力を誇る。しかし欠点として魔力の消費が激しい事、高純度の魔石を一回で複数個消費する事、そして身体への負担が大きい事があった。

 

「ぐッ……」

 

 激しい苦痛に顔を歪め、ぐしゃりと胸を押さえる。鼻からポタリと垂れる血を拭う。

 

「敵機直上!」

「右舷より再度接近!」

「左舷からも三機来ます!!」

「ッ! 上部は私がやる、一番主砲は右舷、二番は左舷を対処しろ!!」

 

 一隻沈み、“あの光線”が飛んでこなくなった。当然帝国側の士気は上がり、彼等は一気に残りの艦を沈めるべく攻勢を強める。

 それらに対し艦各所から光弾や青い光線───高角魔導砲───が放たれる中、彼女は残りの魔石を全て取り出し先程の要領で今度は空へと放ち、一斉に爆破、爆撃機を一網打尽にする。

 だが、それもここまでだ。もう発動に必要な魔石は残っていない。そもそもこの魔法は奥の手の中でも更に奥の手扱いであり、ここまで多用するとは想定していなかった。まあ、仮に想定していたとしても大して変化は無かっただろうが。

 ディバイン級魔導艦を六隻導入し、それらの改造、兵員の訓練、液状魔石の購入……それらを経て法国の軍事費はかなり圧迫されていた。今使った魔石とて彼女が念の為にとポケットマネーで可能な限り購入していた物なのだ。

 

「想定が甘かった……というよりも地力の差か……」

 

 ぱらぱらと降り注ぐ破片を横目にそう呟く。見れば、先程撃墜した数倍の量の爆撃機がこちらに向かってきていた。

 左後方では二番艦『シェヘラザード』が炎上しながら中央より真っ二つに折れ沈んでいる。反対では六番艦『フィレモスフィア』が、その後方では五番艦『グルギーヴ』が、それぞれ喫水線下に大孔を空けて転覆している。残っているのはこの艦と四番艦の『エルーブルー』のみとなっていた。

 彼女は自らの杖を握り締め空を睨みつける。光弾と黒煙が埋め尽くすその中で、無数の飛行機械がその銃口をこちらに向けていた。

 

 瞬間、左脇腹を銃弾が抉り取る。彼女だけではない。甲板は焦げた孔だらけになり、その場にいた多くの魔導師達がその身体を貫かれ、抉られ、砕かれていた。

 彼女は倒れ伏す前に杖で身体を支え、続けて詠唱し眼前に魔法陣を投影、そこから無数の光弾を放つ。それは機銃掃射を終え上昇しようとしていた一機のアンタレスに当たり、炎上させた。

 

 震える両足で身体を支え、何とか杖を構え直す。

 

 魔法陣を杖の先端に発現させ、そこから赤紫の光線を放つ。それはしばらく進むと三つに拡散し、偶然にも一機に命中する。ある方向では魔法陣を空中に投影し、そこから無造作に光弾を吐き出し続ける。殆どは外れるが、ごくまれに命中し墜落していく。

 しかし、敵もただやられているだけではない。カノープスの30㎜機銃が、アンタレスの20㎜機銃が、7.7㎜機銃が、それぞれ『ディバイン』に向け放たれる。銃弾の雨が彼女らを襲う。

 杖を持つ腕を千切られた。エルフの誇りである長い耳を削られた。自慢だった翡翠色の瞳を砕かれた。魔導師の命たる杖を折られた。足を、腹を、頬を抉られた。それでもなお、反撃の手は緩めない。口から血を吐きながら、目から血涙を垂れ流しながら、それでもなお魔法を放ち続ける。最早痛みなど感じていなかった。

 いつの間にか、甲板で動いているのは彼女一人となっていた。高角魔導砲は青い灯を吹かず、対空魔光砲からは一発の光弾も撃ち上げられない。それらには例外なく冷たい肉塊が寄りかかり、紅黒い血を染み込ませているのみだった。

 

 そして、そんな彼女も。

 

 

「……」

 

 

 彼女の身体を支える足はもう無い。片方は離れた場所に無造作に放り出され、もう片方は膝を半ばから抉り取られあり得ない方向へと曲がっている。

 片手も無く、唯一残った右手で只の金属棒となった杖を握り、呆然と爆撃機が降下してくる空を見つめていた。

 全身の感覚が無い。どの部位が取れ、どの部位が残っているのかさえ分からない。分かるのはただ視界の半分が黒く、もう半分もぽつぽつと紅く染まっている事のみだ。

 

「……あ、とは……」

 

 爆撃機が爆弾を落とす。

 

「まか……せ…………た…………」

 

 紅い斑点が浮かぶ翡翠色の瞳から光が消える。

 

 次の瞬間には、落とされた爆弾が甲板を貫いた。

 

 

 アガルタ法国、空母護衛魔法艦隊は全滅した。最新艦であるディバイン級魔導艦六隻が、最後の一隻である一番艦『ディバイン』が沈むまでに撃墜した敵機の数、235。これはこの作戦に参加した帝国軍機の一割強にも及んだ。

 それ程までに艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)は強力であり、魔法の強さを知らしめる結果となった。

 

 だが、敵が全滅した訳ではない。彼女らの活躍は、『エディフィス』が撃沈されるまでの時間を数分延ばすだけに留まった。護衛艦を失い殆ど無防備となった『エディフィス』は攻撃機にとって恰好の的となり、投下された無数の魚雷を舷側に受けた。

 発生した破孔から流れ込む海水は、最早注水で抑えられる量を遥かに超えていた。艦は急激に傾いていき、数多の乗員と共に海へと沈んでいく。

 

 そして、眠っていたライカも。

 イルクスは必死に飛んだが、無数の戦闘機に阻まれる。軍医が背負い海に飛び込んだものの沈没の際に生まれた渦に巻き込まれ、救命ボートに乗ることも出来ず暗い海の底に引き摺り込まれていったのだった。

 

 

「ライカぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」

 

 

 戦場に、一匹の竜の悲痛な慟哭が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライカ・ルーリンティア

───────

────

 

 コツン。

 

「ああライカ、ごめんなさい。今ここから離れるから……」

 

 ポタリ、ポタリ。

 頭に何かがぶつかった痛み、悲しげな女性の声、頬に垂れる紅い水滴。それが、私の中にある一番古い記憶。

 

 子供とは、時にどんな大人よりも残酷になれる生き物だ。そこに住む彼等も例にもれず、外から来た根無し草の私達を厭い、排斥し、石を投げた。

 彼女は私を守りその身に礫を受け、しかし防ぎきれずに私の頭に当たってしまった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 彼女は子供に怒る事もせず、ただ私に対して謝り続けていた。

 

 ただただ涙を流し、謝るだけだった。

 

 

───────

 

 

 リリー。それが私の母親の名前。私と同じ黒い髪、私と同じ白い肌、私とは違う一般的な背丈、私とは違う垂れ気味の茶色い眼。私のやや釣り気味の眼は父親譲りの物らしい。

 苗字は無く、頼れる人も物も無い状態で女手一つで私を育ててくれた人。今でも深く尊敬している。

 

 遠く南方にある大国、アニュンリール皇国。母はそこで生まれ───いや、()()()()()()

 かの国がラヴァーナル帝国の優れた生体技術を再現するべく作りだされた先進生物研究所。ある日、そこで一つの計画が立案される。

 その名も、『ナンバーズ計画』。かの“魔王ノスグーラ”を簡易的に再現しようという物であり、中央歴1603年頃から随時開始され、生体技術により16年間で9体の検体が作られた。様々な生物の遺伝子を組み込まれ作られた彼等は、しかし性別こそバラバラであったもののその見た目は人間と全く同じであった。

 そして、彼等は皆等しく“念動波”と呼ばれる、魔物を使役する事の出来る魔力波を放つことが出来た。これはノスグーラと同じ能力であり、しかしそれよりも遥かに弱い物であった。結局の所大した研究結果を得られる事はなく、彼等は皆処分される───筈だった。

 

 事の始まりは中央歴1619年、ある一人の研究員だった。老いた彼は自らが設計し、作り上げたナンバーズ達に名を与え、実の子の様に思っていた。

 当然処分にも反対したが、所詮は一研究員の意見である。そもそも皇国自体があまり裕福ではなく、研究所に割り当てられる予算も少なくなっていた事から賛成多数で処分が決定した。

 

 だから彼は、ナンバーズ達にその事を教え、逃走の手助けをした。鍵を開け、セキュリティシステムを破壊し、魔物達を檻から出した。ナンバーズ達はその魔物を操り、研究所を破壊し、混乱に乗じて脱出した。それを見送った後、彼は懺悔の言葉を口にし銃で自らの頭を撃ち抜いた。

 誇り高き光翼人の末裔たる有翼人が下等生物の姿を模した実験体に情を抱き、あまつさえ脱走の手助けをしたという事実など公開出来る筈もなく隠蔽され、世間には彼の()()()によって脱走したと報じられた。

 

 さて、脱出した九人は追手を分散させる為にそれぞれ別方向へと逃げる事となった。

 検体No.11518B、アデムとNo.11529C、リリィは中でも若かった為にペアを組み逃亡した。

 うまく身を潜め追手を振り切り、文明圏外国で日銭を稼ぐ日々。そんな時間はしかし彼等には新鮮で楽しかった。

 そして五年の月日が流れ、二人の間には子が生まれた。

 

 それが歪みを生み出した。

 

 

「やめて!!! お願い!!!」

「あああああああああああああああああああ!!!!!!!! そんなァァァァァァ!!!! あり得ない、あり得ない、ありえないありえないありえない!!!!!」

 

 生まれた子供は双子だった。

 片方は二人の特徴を受け継いだ女の子()。そしてもう一人は───

 

「こんなァァァァァァァァァァァ!!! この、この私からァァァァァァァァァ!!!!!」

「やめ、きゃあっ!!」

 

───到底人間の物とは思えぬ青紫色の肌。片目は羽毛の様な物で隠され、額からは角が生えている。片耳はエルフの様に長く、もう片方は魚人の様なヒレ耳。右手足は竜のカギ爪の様に肥大化し、左手足のある筈の部分には黒い触手が蠢いている。

 形容しがたき異形、それがリリィの腹から生まれてきた。

 

 研究所では精神面での差異が能力に影響を及ぼすかも実験されており、リリィには「底無しの優しさ」が、そしてアデムには「亜人への嫌悪感」が植え付けられていた。

 そんな彼の子供がこの様な異形であればどうなるか。

 

「きゃあああああ!!!!」

 

 彼は発狂し、ナイフを生まれたばかりの赤子に突き立てる。何度も何度も、赤子が泣き叫び、やがて動きを完全に止めるまで。

 母は必死に止めるが彼はそんな彼女を突き飛ばし、赤子を青い血に塗れた肉塊へと変えた。

 そして、次に彼が狙ったのは私、そして彼女だった。こちらにも異形の血が混じっているかもしれない、そうに違いない。自分に穢れた血が入っている筈がない。そうだ、お前がわるいんだ。おまえがけがれているからだ。

 

 彼女は私を抱えて逃げ出した。子を産んだばかりの母体で逃げ切れる筈もなかったが、しかし彼女が捕まる事はなかった。

 アデムはあの後、あまりのショックで気を失っていたのだ。そして目覚めた時には記憶を失っていたのだが、そんな事を彼女が知る由もなく、彼女は船に乗り、国外へと脱出した。

 

 そこからが地獄の始まりだった。

 

 身寄りの無い、女一人子供一人の二人組。そんな二人が生きていける程この世界は甘くない。

 彼女らは疎まれ、排斥され、まともな職もつけず、碌な食事にもありつけず。虐められても植え付けられた“心”が反撃を許さない。いつもリリーは私に自分の分まで与えていたが、それでもなお十分な量には到底足りなかった。劣悪な環境下で育った私はは同年代と比べてもかなりの小柄に育ってしまっていた。

 

 そうして何度も何度も場所を転々とし───やがて、一つの島に辿り着く。

 そこは第二文明圏の西の果て。金も尽き、船の貨物室で密航した二人は船から降りて町に面した森へと入っていく。だが、この時既に二人の体力は限界を迎えつつあった。

 露を啜り、葉を齧り、しかし彼女らは森の奥で力尽き倒れてしまう。

 そんな二人に近付く一つの影があった。

 

 

 結論から言えば、私達は助かった。助けたのは王都キルクルス郊外に住む老夫婦だ。猟師をしている夫が倒れている私達を見つけ、連れ帰ったのだ。

 二人は私達の境遇───皇国関係の事抜きで───を知ると、少しの逡巡も無く「この家で暮らさないか」と提案してきた。

 無論警戒したが、しばらくここで暮らす内にこの国───イルネティア王国の国民性が優しいものだと気付く。そして、結局はその提案を受け入れ、その日私達はルーリンティア家に入ったのだった。

 

 

 それから数年後、私が五歳になった頃。事件は起こった。

 人を食べたのだろうか。凶暴化したルアキューレ───ライオンの様な体躯から三つの顔、尾が伸びている魔獣───がキルクルス郊外を襲ったのだ。

 付近の森には通常生息していないその魔獣に対し、警備隊はマスケットで応戦したもののさしたる効果は無く撤退を余儀なくされていた。

 

 そんな魔獣に対し、立ち向かったのが母であった。いや、立ち向かう事を余儀なくされた、という方が正しいだろう。私達が避難している所に運悪く丁度現れたのだから。

 母はやむを得ず『ナンバーズ』としての権能を振るう。しかし、"心"が邪魔をして満足に使う事が出来ない。激しい頭痛が彼女を襲う。先進生物研究所が施した精神操作は失敗である事が図らずもここで実証された。

 それでもなお念動波を放ち続ける。鼻血が垂れ、苦痛に顔が歪む。その甲斐あってか、ほんの一瞬だけ動きが止まる。だが、すぐに動きを取り戻し襲いかかった。

 母は私を抱き締め、目を閉じる───

 

 

───何時まで経っても、その牙が彼女に突き立てられる事はなかった。代わりに聞こえてくるのはけたたましい鳴き声とグチャグチャという咀嚼音だけだ。

 彼女が振り返ると、何故かその三つの首が別の首をそれぞれ噛み、それぞれが悲鳴を上げながら咀嚼していた。それはまるで自分の意思ではないように。

 彼女ははっとして下を見る。そこには、無表情で手を突き出す私の姿があった。

 

 その時の母の哀しげな顔は今でも脳裏に焼き付いている。

 

 ズシン、と倒れるルアキューレ。母は私を無言で抱き締めた。

 

 

 その後、母は無理に精神操作に逆らったのが祟ったのか寝たきりになってしまう。

 ある日の夜、彼女は私だけを呼び出した。

 

「……今から教える事は、絶対に誰にも言わないこと。特に大切な人には……これは、それ位重い、重い秘密だから。もし言うのなら、それは絶対に誰にも言わないと確信出来る相手じゃないと駄目」

 

 そうして、彼女は自分の境遇を話した。

 アニュンリール皇国という国の事。自分が作られた存在であるという事。自分の力の事。双子の弟、そして父親───アデムという男の事。

 

「彼の事は許してあげて。彼も……被害者だから」

 

 母はそう言った。彼自身も抗えぬ精神操作の被害者に過ぎない。そう言って怒る私を宥めていた。

 

 

 次の日、母は死んだ。

 

 あの時、私は母の言葉───誰にも言ってはいけない、重い秘密、という物の意味がよく分かっていなかった。ただ言われたからと盲信的に守っていたが、今ならその意味がよく分かる。

 

 魔法帝国への憎悪。それは皆が思っているよりも深く、深く心に染み付いているのだ。

 

 

 そして、何よりも私は恐れている。

 

 

───本当は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と……

 

 

───────

────

 

 

「行ってきまーす!」

 

 七歳になったある日の昼下がり。私はそう言って家を出る。

 何となく、その日は森に出かけたかった。私は籠を持ち、森の中を歩いていく。

 

「……?」

 

 ぴい、ぴい。私の耳にそんな何かの泣き声の様な音が聴こえてくる。

 

「何だろう……」

 

 音を頼りに奥へと進む。草むらを掻き分け、やがて小さな崖の麓へと辿り着いた。

 

 

「───え」

 

 

 そこにあったのは誰かの後ろ姿。

 私には似ても似つかない高身長。腰まである白銀の絹の如き美しく髪。エルフの様な長い耳に、エルフ顔負けの白く美しい肌。

 頭からは髪をかき分けて二本の角が、背からは一対の翼が、背中下部から尻、そこから伸びる鱗に覆われた白銀の長い尻尾。

 人間離れしたそんな姿。()()()()()()女性……見た事の……ない……

 

 

『ライカ』

 

 

 どこからか、自分の名前が聞こえてくる。凛とした、まるで歌声の様な声。

 

 

『ライカ』

 

 

 ズキリ。頭が痛くなる。

 

 

『ライカ』

 

 

 知らない筈だ。こんな人……私は知らない……

 

 

「ライカ……」

 

 

 いつの間にか、その声は肉声になっていた。

 目の前の女性……彼女がゆっくりと振り向いてくる。

 

 

「ライカ……!」

 

 

 知らない……しら……いや、知っている……? そうだ、私は彼女を知っている……!!

 

 

「ライカ!!!!」

 

 

 そうだ、彼女は───

 

 

 

 

 

 

 

───ぱちり。目を開ける。私がいるのは暗い海の中。周囲には金属片や肉片が私と共に今もゆっくりと沈んでいる。

 目の前には今にも私を食べようと口を大きく開けた海魔が近付いてきていた。

 “力”の使い方。あの時、私はどうやって使ったのだったか。無我夢中の事で今まで分からなかったが、今は何故か手に取る様に分かる。

 

 

 そして私は、海魔に手を突き出した。




※今作品は二次創作です。オリジナル解釈、設定を含んでいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終幕

前書きキャラ紹介〈イルネティア王国編②〉

ライカ・ルーリンティア
 イルネティア王国雷竜騎士団副団長。19歳。原作キャラで、初登場は1話『イルネティア沖海戦(前編)』
 神竜であるイルクスの能力を唯一最大限引き出す事のできる竜騎士。人間離れした空間把握能力と動体視力を持つ。
 イルクスとは固い絆で結ばれている。

イルクス
 イルネティア王国雷竜騎士団特務騎士。原作キャラで、初登場は1話『イルネティア沖海戦(前編)』
 神竜の一瞬『ヴェティル=ドレーキ』の生き残り。ただし神話の時代の記憶は無い。
 白銀の竜形態と竜人形態を使い分ける事が出来る。また、本人のみではその力を完全に発揮する事は出来ない(高速で飛行する、など単純な動きは出来る)
 ライカとは固い絆で結ばれている。


『そんなっ、ライカ、ライカ……どこ、どこに行ったの……』

 

 ライカの乗る竜母が沈んだ。海面では生存者達が身を寄せ合い襲いかかる海魔に対して抵抗を続けている。だが、その中に彼女の探す少女の姿は無かった。

 となれば、あるのは船から脱出出来ずに沈んだか、脱出は出来たが渦に巻き込まれて沈んだか、もしくは……

 

『ッ!! 違う! そんな、そんな事ある訳ない!!!』

 

 最悪の光景を想像し、それを頭を振って振り払う。

 

 敵戦闘機をようやく突破出来たはいいが、会えなければ結局意味が無い。もっと近くで戦っていればよかった。彼女は深く後悔する。

 また、彼女自身にも時間が無い。空母を撃沈した今、帝国軍にとっての最重要目標は彼女なのだ。現に今も殆どの戦闘機が彼女を追って向かってきている。

 

 

「───っ」

 

 

 と、その時。彼女は()()()を感じ取る。

 

「これは……!!」

 

 それは、()()()彼女から感じていた物だった。

 

 

 

「──────ぶはっ」

 

 ようやく彼女は海面へと顔を出すことができ、胸を上下させて大きく息を吸う。水棲生物特有のヌルヌルとした感覚を肌で感じながら、彼女は再び手を高く掲げる。直前まで彼女を食べようとしていた海魔は、今や彼女の忠実な従僕であった。

 そうして海魔の背に乗っている彼女は、掲げた手を固く握りしめた。

 

 効果はすぐに現れる。

 

「助けて……へ?」

「うわああああ……あ?」

 

 海面に漂う生存者達。彼等はこれまで自分達を襲っていた海魔が突如動きを止めたのに困惑する。

 更に、それらは彼等の下に潜り込むや否や浮上し、その背に載せてくるではないか。体力的にも限界であった負傷者などは助けられた形となるが、やはり感謝よりも恐怖、その恐怖よりも困惑が先に来る。

 

 だが、その疑問はすぐ後に解消されることとなる。

 

 

「───ッ!!」

 

 だが、当のライカはそれどころではなかった。

 彼女は海面に向けて魔物を操る念動波を放ち、()()()()を呼び出す。それらはすぐに浮上してくる。

 ()()()()()()()をしたウツボの様な細長い海魔。血を流す負傷者に群がり食らいつく、痛みという点で大型海魔よりも恐れられているそれを彼女は掴み、あろうことか口を左腕の断面に近づけ、食らいつかせた。当然激しい痛みが彼女を貫き顔がぐしゃりと歪む。

 だが、それでも彼女は止まらず、もう一匹を左足にも食らいつかせる。

 

「ぎゃ……ッ」

 

 歯を噛みしめ、溢れそうになった悲鳴を無理矢理止める。

 左手、左足がある筈の場所に()()()黒い触手(海魔)。その姿はまるで御伽噺に出てくる悪魔の様で……奇しくも、彼女の今は亡き双子の弟と同じであった。

 

「ライっ……カ……?」

「……ああ、イルクス。無事でよかった……」

 

 と、そこへイルクスが飛来し、竜人形態となって海魔の背に降り立つ。ライカが海魔を操っている事には日頃から漏れ出していた───本人は気付いていないが───念動波があった為今更驚く事もないが、自身に海魔を食わせている光景には流石に絶句する。

 そんな彼女を慮ってか、ライカは浮かべられる最高の笑みを表情に貼り付ける。だが、身体が弱り切り顔は蒼白、呼吸はやや荒く、食らいつかれている場所からは血が流れ落ちている。そんな状況で浮かべる笑みが満面の物である筈もなく、身体の状態も相まって死の直前の病人のそれになっていた。

 

「それ……何を……」

「これは……腕と足代わり……これでまだ、戦える……」

「……っ」

 

 告げられたその言葉に、彼女は再び絶句する。

 

「なんで、なんでそんなに戦おうとするの……!! もう、もうライカは戦わなくていい!! そんな怪我まで負って、痛みを背負って!! どうして、どうしてっ!!」

「……」

 

 彼女は耐えられず本音を吐き出す。腕と足を失って、それでもなお戦おうとする彼女に最早狂気すら感じていた。

 

「……恩人、だから」

「……」

「王国は、受け入れてくれた……居場所をくれた……どこも受け入れてくれなかった私達を……」

 

 彼女の語気は徐々に強くなっていく。

 

「ここで私が戦わなきゃ……王国が……っ。おばあ様が、陛下が、お母さんが愛した、この島が……!!」

「……」

 

 イルクスは彼女の詳しい事情を知らない。彼女がどこで生まれ、どんな人生を送ってきたのかも。ただ、ぼろぼろで森に倒れていたのを保護した、という事だけはお婆さんから聞いていた。それに加えて今の彼女の言葉だ。ここで彼女はイルネティアに辿り着くまでにどんな仕打ちを受けて来たのかを察してしまった。

 だから彼女には、今のライカを否定する事は出来なかった。ここで否定しても彼女は戦うだろう。どんなに傷ついても、どんな姿になろうとも。

 

「……分かったよ」

「!!」

「ただし!! この戦いが終わったら絶対に!! ベッドに縛り付けてでも!! 休んでもらうからねっ!!! あと! 色々と僕の隠してる事もぜーんぶ言ってもらうから!!!」

 

 そう言い放つと、彼女はライカを背負う。そして飛び立ちまばゆい光に包まれ、それが消えた後にそこにいたのは白銀の竜とそれに乗る少女であった。

 

 

『……皆さん、今あなた達を助けた海魔は安全です。彼等はあなた達を無事島まで送ってくれるでしょう。それらに続いて残存艦隊や航空隊も撤退してください』

 

「? な、なんだこれ。撤退?」

「あ、頭の中に直接……この声って」

「ラ、ライカ!?」

 

 困惑していた生存者、未だ浮いている船に乗る兵士達、空で戦う竜騎士やパイロット、そして今まさに彼女らを攻撃せんと向かっている帝国軍のパイロット達の脳内に、突如そんな声が聞こえてくる。

 それは、イルクスの念話魔法によってここにいる()()へと送られたライカの物だった。

 

 

 

『あとは……私達がやります』

 

 

───────

────

 

 

「……!? おい、どうした、応答しろ!!」

 

 同じ頃、グラ・バルカス帝国艦隊。損傷を負いながらも航行に支障の無かった『マゼラン』は艦隊後方で進軍を続けていた。

 その艦橋にて、突然通信士がそんな動揺した声を上げる。

 

「どうした」

「そ、それが……いえ、通信機の故障だとは思うのですが……」

「御託はいい。何が起こった」

 

 そんな彼に艦長のラートスが詰め寄る。

 彼は額に冷や汗を浮かべながら恐る恐る答えた。

 

「て、敵空母部隊を攻撃していた……全機との通信が一斉に途絶えました」

「……何? 一斉に、何の前触れもなく、か?」

「は、はい。流石にこんな事は」

 

 ありえない、そう彼は続ける。ラートスも流石に全機一斉に、というのでは彼の言う通り通信機の故障を疑わざるをえなかった。

 

 

「……直前に、何か言っていたか?」

 

 

 しかし、彼───カイザルだけは違った。

 

「は、ええ……ああ、確か何機かが『神竜が動きを止めた、これよりトドメを刺す』と」

「神竜でもこれは不可能だろう。パイロットがいなければ尚更だ。やはり故障か……提督?」

 

 と、そこで彼はカイザルが目を見開いて硬直しているのに気付いた。

 

「て、提督? 一体」

「……直ちに残存する全戦闘機を上げ、北に向かわせろ。今上がっている直掩機もだ」

「き、北?」

「それと全艦に通達」

 

 困惑するラートスを置き去りに、彼は指令を出す。

 

「神竜が来る。対空警戒を厳とせよ……!!!」

「……なっ!?」

 

 彼はその言葉に更に困惑した。

 

「ま、まさかあなたはこれが故障ではなく神竜がやったというのですか!?」

「……分からん」

「分からん!?」

「ただ一つ。嫌な予感がする、それだけだ」

「そ、それだけって……!?」

 

 そこで彼は見た。カイザルが、この作戦開始初めて“冷や汗”をかいているのを。

 

 皆の思考を置き去りに、指令通り直掩機は一足先に北へと向かっていった。

 

 

 

『ライカ、前から戦闘機がたくさんきてる。気付かれたみたい。どうする?』

「このまま直進して。それで───」

 

 

『前方に白い……神竜です!!』

「なっ、あ、あの攻撃隊の網を抜けてきたのか!?」

『わ、分かりません……!?』

「どうした!!」

『ぱ、パイロットがいます!!』

「な……」

 

 パイロットは復帰は絶望的な負傷を負ったのではなかったのか。直掩機隊の隊長を務める彼は驚愕する。

 

「ぐ……だ、だがこれ程の数の差があるんだ!! 連戦で神竜も疲弊している筈。勝てるぞ!!」

『は、はい!!』

 

 冷静に考えてみればこの戦いは既に決着がついている様なものだ。敵は自分の身を守るので精一杯でこちらに攻撃機を向ける余裕はなく、それを覆してくるとすればそれは神竜しかない。

 そして、神竜は一騎しかおらず、少なくとも空母部隊を攻撃中の友軍機と戦い続けていたのは紛れもない事実。何発か弾も命中させていたようだし、今の神竜は手負いである筈なのだ。

 手負いの(トカゲ)一騎に対し、こちらは帝国最新のカノープスが30機。多少の出血は強いられるだろうが勝てない相手ではない。

 

「全機行けェ!!」

 

 と、近付く神竜を睨みつけながら彼は叫んだ───

 

 

「───なっ!!?」

 

 

───瞬間、神竜が視界から消えた。まさかと思い背後を見れば、後方に白い影が見える。

 

「は、速い!!」

 

 目で追えなかった。パイロットとしての厳しい訓練に耐え、部隊随一の動体視力とまで言われたこの俺が!?

 

「く、くそっ、追え───あれ」

 

 すぐに機体を反転させようとする。だが、動かない。それどころか

 

「なんで景色が」

 

 ズレて。

 

 そこでようやく気付く。

 

 

 自分が既に切り裂かれている事に。

 

 

 イルクスは急加速し編隊の中を直進、その際にレーザーを放ちながら錐揉み回転し的確に戦闘機を全て切り裂いた。イルクスの能力とライカの超人的な空間把握能力が組み合わさって可能とした攻撃である。

 彼率いる『カノープス型艦上戦闘機』30機は彼女らに対し一秒ももつ事が出来ず全滅したのだった。

 

 そしてこれは『マゼラン』でも確認していた。

 

「全機反応消失!!」

「今の一瞬でか!?」

「故障でなければ!!」

 

 レーダー員の思考は既に停止していた。なにせ、先程まであった30個の反応が一瞬で全て消えたのだ。それはよく見れば北の機から順に消えており、それが意味する事実はただ一つだけだった。

 

「神竜が来るぞ!! 全艦備えろォ!!!」

 

 カイザルは叫んだ。

 

 

 

「敵艦隊が……見えた……っ!!」

『対空砲が上がってくるよ!!』

 

 海を埋め尽くすほどの大艦隊。ただ、最初に見た時よりかは減っている様にも感じた。味方の艦隊が頑張ってくれたのだろう。

 そんな艦隊から一斉に光弾が彼女らに向け放たれる。しかし、その密度は低い。

 兵達の士気は高まっている。しかし、戦闘による疲労は確実にあった。

 それでも数は多い。近接信管の爆煙が空を黒く染め上げ、光弾が空間を埋め尽くす。だが、彼女らはそれのどれにも掠りすらしていなかった。それどころか。

 

「撃って!」

『了解!』

 

 遠い空に伸びるレーザーが艦隊に振り下ろされ、その下にいた駆逐艦三隻に当たる。彼女らは不幸にも魚雷を撃っておらず、ライカが狙ったのもまたそこだった。

 他の乗組員はさぞ恐怖した事だろう。たった一発の光線で三隻の駆逐艦が爆沈したのだから。

 それだけでは終わらない。彼女らは対空砲火を避けつつレーザーを振り下ろし無数の駆逐艦や巡洋艦を屠っていく。先程の戦闘が混戦となったが為に魚雷を撃たなかった艦が多いのも災いした。

 そんな事を続けながら彼女らは前進する。

 

 無数の爆炎を引き連れて飛来する彼女ら。無論、『マゼラン』側も黙って見ている訳ではない。

 

「第一、第三主砲発射準備完了!」

「よし、全砲門開け!! 神竜を仕留めろ!!!」

「了解、Z弾発射ァ!!」

 

 轟音。

 マゼランの主砲が火を噴く。第二主砲は『イルネティア』との交戦で破壊されていた為に計六門ではあったが、それでもなお凄まじい音であった。

 そして、これに二人は不意をつかれた形となる。艦隊への攻撃で意識を削がれていた。気付いた時には既に発射され、回避は不可能だった。

 だが、ライカもイルクスも全く動じていない。

 

「イルクス、()()やるわよ!!」

『オッケー!!』

 

 そう言うと、イルクスの開かれた口の前方に複雑怪奇な魔法陣が無数に重複して現れ、そして。

 

 

『「誘導魔光弾、発射!!!!」』

 

 

 彼女らの叫びと共に、白の一際大きな光弾がそこから勢いよく発射され───

 

 

───空に巨大な爆炎が現れた。

 

「やったか!?」

「……いや、爆発が早い!!」

 

 カイザルが目を見開き言う。

 

 その瞬間、煙の中から何かの影が現れる。

 

「あ───」

「なっ───」

 

 それは、イルクスによって振り上げられた駆逐艦であった。

 ひどくゆっくりと振り下ろされる駆逐艦。艦橋要員は呆気にとられ、悲鳴一つ上げることすら出来なかった。

 ラートスでさえ、何が起こったのかを理解出来ずに口を小さく開けただけだったのだ。

 

 そして、ただ一人だけ。

 

 駆逐艦が主砲天盤を貫通する直前、カイザルだけがそう小さく呟いた。

 

 

 

「───すまん」

 

 

 その言葉は、一体誰に向けて発したのだろう。

 

 

───────

 

 

「……ま、マゼラン、轟沈……」

「「「……っ」」」

 

 アリエス級戦艦『シェラタン』艦橋。マゼランのすぐ脇に控えていた彼女は、マゼランの巨大な艦体の中央に駆逐艦が突き刺さるのを間近で見ていた。

 これまで体験した事のない程の轟音が響き渡り、艦に衝撃波が叩きつけられる。窓は全て割れ乗員がガラス片で傷を負う。だが、その痛みがまるで気にならない程目の前の光景は衝撃的な物だった。

 その場にいる艦橋要員、いや艦隊を操る全員が絶句し呆然とする。これまで喧騒に包まれていた海は一瞬で静寂に包まれる。

 

「……か、艦長、どう、しますか」

「ッ……どう、する……?」

 

 艦長である老年の男は何も言えなかった。いや、考えられなかったのだ。

 今するべき事、それは勿論神竜を撃墜する事に決まっている。だが……

 

「それが出来れば……苦労はしない……!」

 

 と、そこで現状最高位の将校が座乗しているヘルクレス級戦艦『ヘルクレス』から通信が入る。

 

『私はガレット准将だ。艦隊司令部の戦死により私が臨時に指揮を執る。命令はただ一つだ。神竜を墜とし帝国に勝利を』

 

 しかし、その言葉が続けられる事は無かった。

 

「ぬうッ!!?」

「うわあぁっ!!?」

 

 再び轟音が耳を貫く。慌てて外を見れば、『ヘルクレス』がいた場所に巨大なキノコ雲が上がっていた。

 

「へ……ヘルクレス、轟沈……」

「見れば分かる!!」

「か、艦長。ガレット准将が戦死された今、艦隊で最も階級の高い軍人は艦長です。艦隊指揮権は艦長に移ります……」

「な!?」

 

 もう自分にそんな順番が回ってきてしまったのか。彼は再び唖然とする。

 『ヘルクレス』は例外だが、帝国では戦艦の艦長は通常大佐が務める。彼も例に漏れず大佐であった。現状、この艦隊には複数の戦艦が残っており、それらの艦長は皆大佐である。

 しかし帝国ではこういった場合、指揮系統の混乱を避ける為年功序列が適用される。彼は生き残っている大佐の中で不幸にも最も年老いていたのだ。

 

「ッ……は、反撃を」

 

 と、その時だった。

 

 

『……本海域にいるグラ・バルカス帝国全軍人に告ぐ』

 

 

「な!?」

 

 突如、彼等の脳内にそんな声が響き渡る。それはどうやら少女の物で、しかし冷たく、刺す様な声だった。

 

 

『直ちに投降せよ。さもなくば撃沈する』

 

 

 それは降伏勧告であった。一体どういう仕組みで声を送っているのかは分からないが、言っている事が本当である事は『ヘルクレス』がその身をもって証明していた。

 どうやら撤退を許してくれる様な雰囲気でもない。もし変な動きを少しでも見せればその瞬間この艦にも駆逐艦が降ってくる事だろう。

 

「ここまで、か……」

 

 そうして、彼は賢明で不名誉な判断を行った。

 

 

 かくして、史上最大の海上作戦と語り継がれる事となる第三次イルネティア沖大海戦は世界連合側の戦略的・戦術的勝利に終わる。

 神竜より突きつけられた降伏勧告を『シェラタン』艦長であるワーシガット大佐は受理、その場で全艦に武装解除を命じた。

 また、イルネティア島南西部にてムー国機動艦隊及びミリシアル地方艦隊と戦闘し、辛くも勝利を収め島へと向かっていたミレケネス率いる第二先遣艦隊は一時撤退を目論むも、結局直後に現れた神竜によって戦艦が撃沈され、こちらもすぐに降伏を選択した。

 

 イルネティア王国侵攻艦隊679隻は、遂に一隻も戻ってくる事は無かったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

万年の時を経て

〈中央歴1643年1月17日 第二文明圏 イルネティア王国〉

 

 史上最大の作戦、第三次イルネティア沖大海戦が終結し一晩が経過した。

 市民は危機が去った事に歓喜し、軍人達はある者は互いに生き残った事を喜び、そしてある者は仲間の死を悲しんでいる、そんな時間。

 

 

「オーエス! オーエス!」

 

 イルネティア島南西部に広がる砂浜に、そんな男達の声が響き渡る。

 と、そこに一騎の黒い竜が降り立ってくる。

 

「いやあ、すげえ事になってんなー」

「アンティリーズさん! どうしたんですか?」

「いや何、コイツが飛ばせってうるさくてな」

『……フン』

 

 その竜───雷竜の背から一人の男が降りる。イルネティア王国雷竜騎士団団長、グラーフ・アンティリーズであった。

 彼はその場にいた男にそう問われると、にやけながら自分の愛騎───リーブスを指差す。指されたリーブスは何も言わず顔を背けた。

 

「昨日あんだけ飛んだのによ。疲れるぜ~」

『嘘をつけ。お前も飛びたくて飛びたくて仕方がなかったのだろう?』

「……ああ。当然だろ」

()()()()を見せられてはな』

 

 そう言うと、彼等の頭に昨日見せつけられた光景が浮かび上がる。

 

───先程まで自分達があれ程苦戦していた敵、圧倒的な性能、そして数。彼女らは、それらを物ともせず瞬きする間に一瞬で()()叩き墜としていた。

 やはり神竜は凄い、格が違う、敵わない。そう思い知らされた。だからこそ休んでなどいられなかった。

 

「なるほど。流石ライカとイルクスですね」

「ああ。……ところで、これが例の?」

「はい。今も数えていますが一体何体いるのやら……」

 

 男は砂浜を見つめる。

 そこには、無数の海魔の死体が打ち上げられていた。大中小大きさや種類は様々であったが、そもそも海魔は高い知能を持つ生物である為こういった事は珍しく、異様な光景であった。

 今、男達はその中の一体を引き摺っている。巨大で水を含んだ海魔は重く、力に優れる獣人が複数加わってもゆっくりと動かすので精一杯だった。

 

 何故ここまで海魔が打ち上げられているのか、それには理由がある。

 昨日の海戦の折、ライカはその権能を使用して海魔に生存者を島へと送らせた。命令を受けた海魔は生存者達をその背に乗せ、しかし受けた命令があまりにも単純であった為海魔は浅瀬にその身を乗り上げてもなお命令を果たそうとし、結果としてその多くがそのまま力尽きてしまったのだ。

 少々残酷に思えるかもしれないが、そもそもここにある以上の数の海棲生物が水中弾の爆発などで死んでいる。それに、これらには相当数の兵が食い殺されている。同情の念はあまり湧かなかった。

 

「それで、これどうするんだ? 食うのか?」

「まさか。食べたら魔素中毒になってしまいますよ。いくら治るとはいえわざわざリスクを負ってまで食べたくないです」

「それもそうか」

 

 ははは、と笑う。

 変性魔素中毒症。かつて神話の時代に勇者達の命を奪ったこの病は、現代においてはさほど恐れる物でもなくなっていた。

 しかし、血清があるからといって毒キノコを食べる物好きはいないだろう。それと同じだ。

 因みに、同じ魔物である雷竜やワイバーンは食べる事が出来る。が、ワイバーンはともかく雷竜とは主従関係を結んでいる訳ではなくあくまでも対等な関係なのだ。ゴミ処理などさせられなかった。

 

「……ああでも、確か最近魔素を取り出して魔物も食べられる様にする技術が開発されたって聞いたような」

「ええ……わざわざ?」

「はい。どこだったかな……ああ、思い出しました。日本です」

「えぇ……よくわからない国だな」

 

 彼は遠く東方の島国に対し本気で困惑するのだった。

 しかし、こんな物はまだ序の口である事を彼は知らない……

 

 

「ま、これは取り敢えず焼却ですかね」

「ま、それが安パイだな。浄化はかけるんだろうが一応風向きには気をつけろよ」

「了解です」

 

 一部の魔物は焼くと毒性のガスを出す場合がある。それに対する浄化魔法も存在し、魔物を焼く時には必ずかける事が義務化されていた。

 そうこうしている間にある程度内陸まで運ばれていた。彼らは次に運ぶ死体の元へと行こう───として、意外な者に引き留められる。

 

『待て』

「? リーブスさん、でしたっけ。どうかしましたか?」

「どうしたんだ?」

 

 突然声を発した雷竜に彼らは少し困惑する。

 

『この死体の中から微かだが魔力を感じるぞ』

「魔力? そりゃあ魔物だし魔力ぐらい……」

『いや、違う。これは……魔法を発動した時に感じる類の物だ』

「な!?」

「す、すぐに開けます!」

 

 そういうと、彼は短剣と取り出し海魔の腹に突き立て、皮を横に裂いていく。

 酸味と不快な甘味の混じった独特の汚臭が辺りに立ち込め、切り裂いた腹から細かな骨や髪の混じった胃酸が流れ出す。そして───

 

 

───────

────

 

 

 港湾都市ドイバ。つい昨日までは友軍艦艇で埋め尽くされていたその港は、今は敵軍の艦艇で覆われている。

 とは言っても、何もイルネティアが降伏した訳ではない。寧ろその逆で、降伏したグラ・バルカス帝国軍艦艇が取り敢えずここに留め置かれているだけだ。総数は約400隻。これだけでも今ミリシアルにある全海軍艦艇よりも多い。

 圧倒的な戦力。これに世界は勝利したのだ……

 

「……いや、敗北だ。勝ったのは我々ではない。神竜だ」

 

 町に建てられた一際大きな病棟。その一室にて男が呟く。

 彼はレッタル・カウラン。今作戦に参加したミリシアル艦隊の司令である。彼は戦闘によって乗艦であった『アダマンタイト』が沈められ別の艦に移り、何とか一命を取り留めていた。

 『アダマンタイト』は帝国最新鋭の戦艦、アダマン級魔導戦艦である。それが沈められるという事態に直面し、彼の自尊心は完全に崩れていた。

 結果として、今回参加した11隻の魔導戦艦は5隻しか残っていなかった。空母に至っては9隻中6隻が沈んでいる。これを敗北と言わずして何と言うのか。

 

 そして、神竜は一度は敗北したもののこれだけの敵を相手にほぼ単独で勝利した。今回艦隊が沈めたのよりも多く───艦種の違いはあれど───沈めたのだという。

 神聖ミリシアル帝国が倒そうとしているラヴァーナル帝国はこの神竜を数多く保有していたインフィドラグーンと戦い、勝利したのだ。

 

「今のままでは……確実に……」

 

 今、彼の脳内には鮮明に映し出されていた。近付く事はおろかその姿を見る事すらも叶わず一方的に沈められていく艦隊の姿が。

 音よりも速く飛来する光弾はまるで意志を持っているかのように艦艇に吸い込まれていき、空から攻撃しようとした航空機も同じく飛来した光弾に追いかけられ、敢え無く撃墜されていく。そこに誇りなど存在しない。あるのは敗者にすらなれない弱者と勝者ですらない絶対的な強者のみだ。

 彼は拳を握り締める。

 

「必ずや、帝国をそこまで引き上げてみせる……そうしなければならないのだ……!」

 

 未来を、自由を掴み取る為に。彼は決意を新たにするのだった。

 

 

 

「ぶえっくしょん!!」

「うわあ!? って、くしゃみか……風邪?」

「うーん……どこかで僕の話でもしてるのかも?」

「そりゃあ今は無限に話されてると思うけど……所で、大丈夫? やっぱり私が剥こうか?」

「い、いいもん! これは僕がライカの為に剥くって決めたんだから!」

 

 一方その頃、同じ棟の別の部屋にて。二人の少女がそんな会話をしている。

 片方の小さい人間の少女が病衣を纏いベッドに横たわっている。義肢にしていた海魔は既に死に、今彼女は片手足が無い状態である。

 その隣で丸椅子に腰かけた美しい竜人の少女が覚束ない手つきでリンゴの皮を剥いている。震えるナイフで剥かれているそれの下にある皿の上には分厚く短い皮が積み重なり、肝心のリンゴは既に最初の半分程の質量になっていた。

 

「あっ」

 

 間抜けな声。

 見れば、表面を削り取る筈のナイフが実の半ばまで差し込まれていた。

 

「あああああああ!!」

「ふふふ、もう……ちょっと貸してみて」

 

 全く剥く事が出来ずそんな声を上げるイルクスに、ライカは苦笑してナイフを持ち、イルクスにリンゴを持たせるとするすると片手で器用に皮を剥いていく。

 それを見て再び奮起したイルクスがまたも挑戦し、先程よりかは少しだけ上手く剥いてみせる。

 そして、最後は切り分けた欠片を二人で食べる。そんな、昨日までのぴりついた雰囲気とは打って変わって穏やかな空気が漂っていた。

 

 

 戦いが終わった後、ライカは約束通りイルクスに全てを話した。

 自らの出自の事、母親の事、能力の事……そして、何故それをこれまで話さなかったのかを。

 

 彼女は恐れていた。もしかしたら自分は気が付かないうちに能力を使っているのではないか。

 この、今自分がいる景色は全て自分が作り出したものなのではないか。

 その疑念をより深めたのはあの、南方世界近辺から雷竜を連れ帰る道中アニュンリール皇国に襲われた時に起きた出来事である。

 誘導魔光弾が接近し、このままでは撃ち落されて全滅してしまう。そんな状況で彼女は「海へ潜れ」と叫んだ。

 神竜であるイルクスはともかく、雷竜は一度海に入ってしまえばそこから再び飛び立つのはほぼ不可能だ。しかし、自分が急かすと素直に従った。そう、不自然なまでに。これは、自分の念動波が影響した結果ではないのか。彼女はそう思ったのだ。

 実際、それは正しかった。叫んだ際に僅かながら常に発していた念動波が強まり、それが雷竜達に作用したのだ。まあ、最終的には全騎撃墜されるという結果に終わったのだが。

 

 彼女は吐露する。

 彼女は怖かった。自分が今こうして享受している様々な感情が、実は全て自分が作り出した偽物なのではないかという事を。そして、もしそうならば───自分は、彼女と共にはいられない。いてはいけない。彼女は彼女自身の人生を送るべき───そこまで言った所でパァン、という乾いた音が辺りに響いた。

 

「……馬鹿に……するな……!!」

「っ……」

 

 それは、イルクスが彼女の頬を叩いた音だった。

 驚き、頬を押さえるライカに、彼女は心底怒った様な、それでいて悲しそうな表情を浮かべている。

 

「……ずっと、ずっと知ってた。ライカから何か不思議な魔力波が出てる事なんて! 神竜の僕が分からないとでも思ったの!?」

「な、ならなんで」

「あと!! 『自分が作り出した』って何!? もしかして僕が影響を受けてるとでも思ってたの!? 随分とナメられたものだね!!」

 

 彼女は動けないライカの両頬に手を当て、顔を近づける。

 

()()()()。僕は自分の意志で()と共にいる。その意志を、()()()を! 否定するなんてライカでも絶対に許さないよ!!」

「う……」

 

 顔を背けたくても背けられない。

 

「僕は君が好き! 大好きだ!!」

「なっ!?」

 

 突然真正面からぶつけられたその言葉に彼女は赤面しながら驚く。

 

「だから!! 世界が敵に回っても……いや、僕が()()()()()()()()()!! 君を世界の敵になんて絶対にさせない!!!」

「───っ!!」

 

 視界がぼやける。

 いつの間にか、彼女の顔から手は離されていた。代わりに、イルクスの大きな手がライカの小さな手を包み込む。

 険しい表情は柔らかな物に、強い声は穏やかな物へ。今、二人はそこに居た。

 

「僕が必ず君を守ってみせる。だから、君が僕を導いてくれないか」

「……ええ、ええ……ええ!!」

 

 もう、彼女の眼に迷いは無い。

 

 魔王の成り損ないと龍神の眷属が今、真の契りを交わしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生還

 彼が来たのは、あったリンゴを食べ終わり二人で談笑していた時だった。

 

 コンコン、と扉が叩かれ開かれる。

 

「あなたは……確か」

「えーっと……」

 

 入ってきた男は二人が見たことのある人物であった。ライカはすぐに思い出し、イルクスは思い出せなかった。まあ仕方のない事だろう。何せ会ったのは一週間前の一回だけなのだ。

 

「突然の訪問、謝罪する」

「い、いえいえ……ファルタスさん」

「あ、そうそうそんな名前だった」

「イルクス……」

 

 彼はファルタス・ラ・バーン。中央法王国の大魔導師であり、今回の作戦に法王国艦隊司令として参加した人物である。彼は細かい傷こそ負っていたものの五体満足で、しかしやつれている様子だった。

 

「今回の勝利、君達の貢献が非常に大きかったと聞いている。本当に感謝してもしきれない」

「は、ははは、ありがとうございます」

「ああ……」

 

 彼は頭を下げると少しの間そのままにしていた。

 と、そこでライカは気付く。

 

「……あ、所でアルデナは……」

 

 そう言った直後、彼女はそれを後悔する。

 アルデナ、という言葉を聞いた直後、彼の身体がびくりと震えたのだ。それだけで彼女は全てを察してしまった。

 

「あ……その」

「───っ、すまない!!!」

 

 彼はその体勢のまま懺悔する。

 

「俺は……俺は……大層な肩書を持ちながら部下一人救う事も出来なかった……!!」

「そんな……アルデナが……?」

「っ……」

 

 と、そこで状況を把握したイルクスが声をこぼす。ライカは唇を固く結び目を伏せる。

 これは戦争だ。人はいくらでも死んでいく。今回はたまたまそれが友人だっただけだ。そう、頭では理解していても身体は拒絶していた。

 

「すまない、すまない……俺のせいだ……」

「……ち、違います。あなたのせいじゃない……戦いですから……」

 

 眼に涙が満ち、零れ落ちる。ポタリ、ポタリとシーツに染みが出来ていく。覚悟はしていたつもりだった。つもりになっていただけだったらしい。

 また、イルクスも自分がぽつりと無神経に零した言葉が彼をひどく追い詰めたと知り、何とか励まそうとあたふたとする。そうでもしないと自死を選んでしまいそうな雰囲気が今の彼にはあった。

 

「俺のせいだ……もう……嫌なんだ…自分が……俺を殺してくれ……」

「あ、あなたのせいじゃないですってば!」

「そ、そうだよ」

「そうですよ~、提督のせいじゃありません~」

「ほら、本人もそう言ってるし」

 

 

「「「え?」」」

 

 

「あはは~。魔導師アルデナ~不肖ながら帰ってまいりました~」

 

 のんびりとした声。それはよく聞き覚えのある物で───二度と聞くことの出来ない物の筈だった。

 薄紫色の短い髪、薄紅色の瞳、白い肌。ただしその右目は痛々しい傷で塞がれており、片手の指は無く、髪の間からは右耳しか見えない。

 そんな戦傷を負い、病衣を纏った少女───アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラーが病室の扉、彼の背後に立っていた。

 

「「ア───」」

 

 ルデナ! と彼女らが口を揃えて叫ぼうとした。

 

「ア゛ル゛デ゛ナ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛!゛」

 

「ひゃああああ!?」

 

───その直前。

 彼がそんな声を発しながら彼女に抱き着いた。

 

「よ゛く゛無゛事゛だ゛っ゛た゛な゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」

 

「てっ、提督ー、は、恥ずかしいですーー!」

 

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

「ファルタス提督ーー!! ちょっ、苦しい、せ゛ぼ゛ね゛が゛お゛れ゛る゛う゛う゛う゛う゛!゛!゛

 

 ミシミシと彼女の華奢な身体が悲鳴を上げる。

 魔導師にしては珍しく鍛え上げている彼の抱擁は確実に少女の身体にダメージを与えていた。

 抱き着いた瞬間は驚き、その後少し赤面しつつもどこかその表情には歓喜が混じっていたアルデナ。それを見た二人は温かい目で見守っていたが、今まさに彼女が死にかけているという事態に直面し慌てて対処しようとする。

 

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

「ぎ゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

「「アッ、アルデナああああああ!!!!?」」

 

 病棟に、そんな騒がしい声が響いたのだった。

 

 

───────

 

 

「実はですね〜」

 

 イルクスの怪力で無理やり引き剥がされたファルタスがしゅんと正座している隣で彼女が経緯を話し始める。

 ライカは大男が縮こまっている様子に目を取られつつ、何とか彼女の話に集中する。

 

 海戦の折、彼女はファルタスを庇って巨大な海魔に丸呑みにされた。

 ぼちゃり、と胃液の海に落ちる。周囲には溶けかかった死体。暗闇の中、シュウシュウという溶ける音と不快な汚臭のみが彼女を包む。

 このまま溶けてしまってもいいかもしれない……そう思った。だが───

 

「……『プロテクション』」

 

 ぽつり、と呟く。彼女の体表が淡く光り、肌の融解が止まる。

 彼女の得意とする魔法『プロテクション』は胃液に対してもその効果を遺憾なく発揮した。

 

 ここで諦めるのは簡単だ。胃酸に身を任せ、じわじわと溶けていくのを目をつぶって感じていればいい。

 だが、それでは助けてくれようとした()のした事が無駄になってしまう。それに、まだイルクスが誘導魔光弾を使える様にもなっていない。……まあ、彼女達ならば何やかんやで使える様になっていてもおかしくはないが。

 だから彼女は魔法を使う。死ぬ為ではなく、生きる為に目を閉じ身体を縮こませ、出来るだけ魔法の発動領域を少ない体勢になる。

 正直な所、これで生還出来る可能性は無に等しい。結局の所この海魔から外部の手によって助け出されなければ魔力が尽きて死ぬだけなのだから。

 

 

「ライカは私の命の恩人なんですよ~」

「え? でも私何も……」

「貴女が操って海岸に打ち上げさせた海魔~、その中に私が居たんです~」

「打ち上げさせた?」

「え~?」

 

 話が嚙み合わない。二人はお互いに首を傾げ合う。

 実は、ライカは海魔が海岸にある事を知らない。戦闘が終わり、療養中の彼女に余計な心労をかけたくないと誰も伝えなかったのだ。なので、彼女はここで初めてその事を知った事になる。

 

「そ、そんな事になってるなんて……」

「……もしかしてこれ~言わなかった方がよかったですかねー……」

 

 やはりと言うべきか、ライカはショックを受けた。自分の放った命令のせいで余計な負担がかかっているのだ。

 

「でも~、貴女のお陰で生き残れた人が沢山いるんですよ~。そこは誇っていいと思います~」

「そうだよ!」

「うむ、その通りだ」

 

 アルデナがフォローし、それに便乗する様にイルクスとついでにファルタスもフォローに回る。それにライカは少し勇気付けられたのだった。

 

 

───────

────

 

 

〈中央歴1643年2月10日 第二文明圏 ムー大陸上空〉

 

『見えてきたよ。あれがマギカライヒ共同体だね。何気に来るのは初めてだよ』

「いやあ~発展してますね~」

 

 第三次イルネティア沖大海戦より一か月程経ったこの日。雲の上を白銀の竜が飛んでいた。その背に跨るのは同世代と比べて身体の小さな少女ではなく、穏やかな顔立ちと口調の少女である。

 彼女らは今、第二文明圏の準列強、マギカライヒ共同体へと向かっていた。理由はとある場所で魔帝の遺跡が見つかったからだ。

 イルクスは初めて見るそれに内心ワクワクし、アルデナは課せられた使命に奮起する。

 

 だが、その先で待っている物を彼女らはまだ知らない。

 

 果たして()()を出会った時何が起こるのか、それはまだ誰にも分からない……




やめて! インフィドラグーンの力で、ゴブリンやゴーレムを焼き払われたら、MGZ型魔導アーマーに乗ってるリョノスの身体まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでリョノス! あんたが今ここで倒れたら、魔帝やノスグーラとの約束はどうなっちゃうの? 命はまだ残ってる。ここを耐えれば、イルクスに勝てるんだから!

次回、『リョノス死す』。デュエルスタンバイ!


ファルタス提督がセクハラをしている!というツッコミはご遠慮下さい。中央法王国ではハグはセクハラじゃありません! え? 恥ずかしがってる? アルデナさんは元々ファルタス提督のヒロイン枠として生み出されたキャラなので問題ありません!

ちなみにアルデナさんを生還させるかは最後まで悩みました。元々の構想ではここで死ぬ予定だったので……


この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録コメントブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTo五つの小よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある量産魔王の災難(前編)

「久しぶりだね、イルネティアの神竜騎士君」

「お久しぶりです、ローグライダー大魔導師……で、今日は一体どんな用事で……?」

「ふむ、今日はイルクス君は居ないようだねぇ。珍しい」

 

 イルクスがアルデナと共にマギカライヒ共同体へと向かった頃、ベッドで寝ていたライカの元に客が訪れる。

 来訪者は二人。一人は神聖ミリシアル帝国、魔帝対策省古代兵器戦術運用対策部運用課に所属する大魔導師、メテオス・ローグライダー。

 彼はいつもの様に謎の仮面を被り、寧ろその姿を目立たせながらここに来ていた。

 

 そして、もう一人は。

 

「あ、メールリンスさん」

「やあライカ。怪我の調子はどうだい?」

「傷自体はとっくの昔に完治してますよ……何だか謎な組み合わせですね。面識とかありましたっけ?」

「いいや、さっき初めて会った所さ」

 

 ライカと親しげに話す彼はユーリス・フォル・メールリンス。イルネティア王国の魔導工学技術者である。

 比較的若い彼はこの戦争初期、彼女が頭角を現し始めた頃から積極的に質問などをしに行っていた為それなりに面識があったのだ。

 そんな彼と、列強第一位のエリートが共に居る。あまり理解出来ない組み合わせであった。

 

「今日は君にとある提案があってねぇ……と、まずは謝罪をしないとねぇ」

「?」

「いや何、先日の戦闘の事だよ。まさか敵に空中戦艦を撃沈し得る兵器があるとは想定していなかったのだよ。とは言ってもこんな物は言い訳にはならない。一足先に撤退してしまった事、謝罪する。……君達には無理をさせてしまったねぇ」

 

 彼は頭を下げる。

 先の海戦の折、彼の乗るパル・キマイラ2号機は1号機がグティ・マウンに撃沈された事によって敵の第三先遣艦隊を全滅させた後に撤退した。

 もしあのまま戦い続けていればここまでライカ達が無理をする事もなかっただろう。それを理解して、彼は頭を下げていた。

 

「いえ。戦闘には想定外が付き物です。私がこんな事になったのは私自身の不手際ですし……」

「そうか。君は優しいねぇ……」

「それで、提案とは?」

「詫びという訳ではないのだが……君に義肢を作ろうと思っていてね」

「義肢……ですか」

 

 彼女はちらりと自分の左腕を見る。

 もし、ここに元の様に動かせる腕が出来るのなら……彼女はイルクスに聞かれたら怒られそうな事(戦線復帰)を想像する。しかし。

 

「ですが今の技術では」

「君が欲しがっている様な代物は出来ない……そこで彼さ」

 

 彼は隣にボーッと立っていたメールリンスを指す。

 

「彼はあの魔導魚雷を開発した。あれは我々には……いや、古の魔法帝国ですら考え付かなかった代物だ」

「いやまあ、それ程でも……」

「謙遜はよくないねぇ。確か風神の涙を海中に装備する方式を考案したのも君なのだろう? その発想力は尊敬に値する」

 

 メールリンス式魔導魚雷。魚雷の後尾に風神の涙を取り付け、軌跡を発生させない"魔法版酸素魚雷"だ。しかも酸素魚雷よりもずっと取り扱いは簡単で構造も簡易、コストも低い。フォーク海峡海戦で世界連合側がグラ・バルカス帝国艦隊に勝てたのはこの魚雷の功績が大きい。

 実は魔帝の遺跡からも魚雷は発見されていた。しかし、それが兵器である、という事が判明したのはイルネティア王国がグラ・バルカス帝国の艦艇を鹵獲し、魚雷という概念がミリシアルにもたらされた時だった。

 しかし、その魚雷の構造は非常に複雑で、結局解析が完了する前に魔導魚雷が開発されてしまったのだ。

 そして、魔帝製魚雷の推進方法は風神の涙ではなくスクリュー式であった。どうやら魔帝製の物は追尾式である様だったが、魔導魚雷の構造を応用すればもっと単純かつ安価に作れそうだった。

 つまり、彼の発想力は魔帝を超えていたのだ。

 これにメテオスは歓喜した。これまで自分達は魔帝の後追いしかしてこなかった。魔帝の技術を再現する事は出来ても、それを超える事は出来ない、そう思っていた。

 人類は神話を超える事が出来ない。そんな彼の固定観念をメールリンスという男は打ち砕いたのだ。嫉妬すら覚える程だった。

 

「君の発想力と我々の技術。それを組み合わせればきっと今は想像もつかない物が創り出せる。そう思ったのだよ」

「買い被りすぎだと思いますけどね……」

「全く、君はネガティブだねぇ……まあ、勿論それだけではないよ。本国は勝利に喜んでいるが、上層部はそうでは無い。今回の損害は非常に大きかった。焦っているのだよ」

 

 今回の海戦、最終的には世界連合側が勝利したものの艦隊の被害は非常に大きかった。最後にライカが復活しなければ確実に負けていた事だろう。その事実を帝国軍の上層部は重く受け止めていた。

 

「つまり、メールリンスさんの発想力で新しい兵器を作り出したい、という事ですか」

「そういう事になるね。尤も、ただ借りていくだけではそちらに利が無さ過ぎるだろう。そこで君の義肢さ」

「要するにミリシアルはライカの戦線復帰を望んでるのさ。全く、負傷したばかりだってのにな」

「いえ……」

 

 メールリンスが呆れた様に言う中、彼女は内心喜んでいた。

 

「……さて、少し君に聞きたい事がある」

「何ですか?」

「あの時の空母艦隊の生存者達が皆口を揃えて言うのだよ。君が、海魔を操っていた、とね」

「……」

 

 彼のその言葉で、彼女の心は一転して凍り付く。

 あの時の自分はどこかフワフワとしていた。皆の目の前で、隠す素振りすら見せずに海魔を使役してしまったのだ。こうして彼の様な人物の耳に入るのも当然だろう。

 

「海魔は魔物、対話が出来る様な頭脳は持っていない。となると神竜による物でもない」

「……」

「魔物を使役する。そんな話を何処かで聞いた事があると思ってね……」

 

 

「そう、魔王さ」

 

 

 彼は言った。

 その瞬間、その場の空気が一気に冷えつく。ライカは真顔でメテオスを睨み、彼は薄く笑みを浮かべている。そんな二人の外でメールリンスは無言で目を伏せていた。

 

「……で、私をどうするつもりですか。殺しますか?」

「まさか。君を殺すなど世界の損失だろう。例え神が命じても私は実行しないだろうね」

「では、何を?」

「重要なのは、君が魔物を操る能力を持っているという点だ。それを応用すれば意のままに動かせる義肢を作れるかもしれない……と、彼が言ってね」

 

 彼女はメールリンスを見る。彼は申し訳なさそうに目を逸らす。

 

「いやはや。私の目に狂いは無かった。私は魔導工学によって作る事ばかり考えていたが、まさか生物学の方面から考える事によって可能性を高めるとは!」

「ただ、これで作れるのはあくまでもライカ()()の義肢。まだ()()の義肢を作る事は出来ないんですけどね」

「今はまだそれでいい。そこから汎用性を高めていくのが魔導工学の仕事さ」

 

 彼は目を輝かせる。

 彼は歳柄にもなく興奮していた。これまで構想段階にすら無かった"本当の手足の様に動かせる義肢"を作り出せるかもしれないのだ。技術者としての血が騒いでいた。

 

「まあ、それとは別に君が魔王かもしれないというのにも興味はあるんだが……」

「別に私は魔王の血をひいてる訳じゃありませんよ。詳しくは言いませんけど」

「えーっ、そうなのかい!? なんだ、つまらないな」

 

 彼は何故か肩を落とし、続けての様々な測定に移るのだった。

 

 神話以来となる、高性能義肢の誕生はもうすぐだ。

 

 

───────

────

 

 

〈第二文明圏 マギカライヒ共同体 バルーン平野〉

 

 第二文明圏、ムー大陸南東部に存在する国家、マギカライヒ共同体。そこにあるとある平野に()()はいた。

 

「百田さん、今から来るっていう神竜ってどんな感じなんですかね。凄く強いって事だけは知ってるんですけど」

「城島、俺に聞くな……何か変身出来る、とは聞いた事があるが」

「変身?」

「ああ。どうやら人間になれるらしい」

「そんな漫画じゃないですから……」

「俺に言うな」

 

 陸上自衛隊、第二文明圏派遣団。

 グラ・バルカス帝国との戦争が本格化してから、ムー国やマギカライヒからの『自衛隊を派遣して欲しい』という要望がかなり出されていた。

 それは戦力としてではない。科学文明国である彼らは自衛隊という自分達よりも遥か先にある技術の塊を一目見ておきたかったのだ。今回の派遣はそれに応えた形となる。

 つまり、今ここに彼らがいるのは完全に偶然なのだ。しかし、彼らには余裕があった。

 先程言った通り、彼らは技術力を見せに来たのだ。なのでここには高機動車や軽装甲機動車の他に90式戦車が一輛いる。余程の敵でも来ない限りは大丈夫だろう、そんな戦力だった。

 

「おおい、まだその神竜の反応は無いのか?」

「まだ確認出来ません」

「遅いな……」

 

 百田は高機動車に向けてそんな事を尋ねる。

 ワイバーンなど敵に飛行戦力が居た場合に備え、ここにいる高機動車のうち一台には対空レーダーが装備されている。そこに、まもなく到着するであろう神竜の反応が無いかを尋ねたのだが……画面上には()()()()()()()()()()

 

「まあいい。幸いまだ敵さんは出てきていない。それにあちらさんもやる気みたいだしな」

 

 彼はマギカライヒ共同体が派遣している軍へと目を向ける。

 そこにいる兵隊が装備しているのは古き良きマスケット銃───ではなく、銃剣を装着したボルトアクション式のライフル銃だ。大砲も近代的なカノン砲であり、その様相は第二次大戦時の軍を思わせる。

 マギカライヒはムー国の技術進歩の恩恵を最も受けている国だった。

 ムーでは旧式となった銃や砲を買い取り、自国の技術力をこの数年で大きく伸ばしている。ほんの数年前までは軍の装備は前装式のマスケット銃とナポレオン砲だったのだ。

 

 ともかく、あれならばまあ大丈夫だろう。それにもし抜かれたとしても我々がいるのだ。

 そう思い、彼が安心しているとマギカライヒ共同体首都防衛部陸上隊将官のルイジルが近付いてくる。

 

「モモタ殿、まもなく神竜様が到着されるそうです」

「そうですか……え?」

「え?」

 

 彼は耳を疑った。

 

「おい! 反応は!?」

「え? まだありませんが……」

「何!?」

 

 慌てて振り向き、レーダー員へと尋ねる。だが、返ってきた答えは先程と全く変わらない物だった。

 

「あ! 見えましたぞ!」

「へ!? ど、どの方角ですか」

「あちらですな」

 

 彼はルイジルが指さした方向を見る為に双眼鏡を取り出し───その必要はすぐに無くなった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 彼がその方向を向いた瞬間、頭上を何か大きな物が通り過ぎていく。

 ()()はバサバサと羽ばたき、しかし音の割には少ない風を起こして彼らの隣の開けた地面へと降り立った。

 

 驚愕する彼を置き去りに、降り立った白銀の竜は眩い光に包まれる。数秒経ちそれが収まった場所に居たのは、右目に眼帯を着けた少女、それを両手で抱える頭に角、背に翼、そして尻尾の生えた背の高い少女の姿だった。

 竜人(?)の少女は抱えた少女をそっと地面に降ろすと口を開いた。

 

「イルネティア王国、雷竜騎士団所属大尉のイルクスです!」

「中央法王国所属大魔導師の〜、アルデナ・ウィレ・ノイエンミュラーです〜。今日は〜、よろしくお願いします〜」

「イルクス様にアルデナ様、ようこそいらっしゃいました。私はマギカライヒ共同体首都防衛部陸上隊将官、ルイジル・ヴィルゴーニュと申します」

 

 二人とルイジルが挨拶を交わす中、百田は硬直していた。

 

「た、隊長」

「……」

「は、反応は……ありませんでした」

「……」

 

 そう、レーダーには()()()()()()()()()()。ここまで近付けばいかに高速であろうが何かしらは映るはずだというのに。あの形状にそこまでのステルス性能があるとは思えず、そもそもステルス機は完全に探知を遮断出来る訳ではなく、ここまで近付けば何かしらの反応はある筈なのだ。

 更に、今その竜は()()()()。人になったのだ。角や翼といった特徴こそあるものの、それはこの異世界ではありふれた物である。

 変身するという事自体は知ってはいたものの、どこか信じていない自分がいたのも事実。

 しかし、こうして目の前で見せつけられては信じる他無い。

 

「……」

「……と、取り敢えず挨拶はしておいた方がいいんじゃ……」

「……そうだな」

 

 彼は一旦思考を止め、彼女らの元へと歩いていくのだった。




イルクスは大尉、ライカは中佐で副団長。

この小説が面白いなと思ったら高評価低評価チャンネル登録コメントブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密Go To五つの小よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある量産魔王の災難(後編)

〈マギカライヒ共同体 バルーン平野〉

 

「第2砲兵大隊、配置準備完了!」

「第13歩兵大隊、配置完了!」

 

 伝令兵達の報告を聞き、ルイジルは満足気に頷く。

 

「砲兵による砲撃で中にいる化け物ごとあの塔を完全に破壊します!」

 

 無数の75mm野戦砲が目標の塔へと向く。

 目標の塔。それは首都から約50km程離れた森の中に突如現れた正体不明の塔であり、現状は魔帝の遺跡と推測されている。

 その塔は、更に離れた場所に発見されたこれまた魔帝の遺跡から侵攻してきた()()()達が到着した際に現れたのだ。何かしら関係があるのは明確であった。

 

「全隊、発射準備完了しました」

「よし。では皆様、我が国の力とくと御覧あれ。……撃てェーッ!!!!」

「全門斉射!!!」

 

 次の瞬間、地を揺るがす程の音が辺りに鳴り響く。部隊に配備された無数の砲が一斉に発射されたのだ。

 発射されたこれまた無数の弾は塔へと正確に向かっていき───着弾する。塔は激しい爆発に隠され見えなくなる。

 

「次弾装填急げ!!」

「発射!!」

 

 前装式の物と比べ、後装式は装填が速い。この75mm野戦砲は一分間に15発撃つ事が出来る程だ。

 次々と着弾し、その度に爆発音が空気を震わせる。

 

 

「……? どうしたの……?」

「…………」

 

 そんな裏で、ぼぉっと爆発を見ていたイルクスの手がギュッと握られる。振り向くと、目を閉じて体を小さく震わせているアルデナがいた。よく見ると顔色も悪い。

 そこで、彼女は気が付いた。

 

 

「砲撃止め!!」

「流石にこれだけの数があると迫力が凄いな……」

「ですね……」

 

 百田と城島は感嘆する。普段から訓練で砲撃には慣れているが、ここまでの数をこれ程連続して撃つ事は無かった。

 ともかく、効果測定の為に砲撃が中断され、煙が晴れていく。

 

「し……信じられん!!」

 

 そこには、彼らが想像した物とは全く異なる景色が広がっていた。

 周辺の木々は軒並み薙ぎ倒されている。しかし、粉々になっている筈の塔は、寧ろ表面の土や蔦が取り除かれて当初よりも綺麗な姿になっていた。

 

「隊長、あれは……」

「ああ。前大戦レベルとはいえあれ程の砲撃を食らってもなお無傷となると……90式の120mmでも効くか分からんぞ」

 

 彼らの額に冷や汗が垂れる。余裕だと思っていた任務に陰りが生じてきてしまった。

 

 戦場に一瞬、静寂が訪れる。しかし、すぐに我を取り戻したルイジルが再び砲撃を命じ───ようとした時。

 

 

「塔から魔物が多数出現!!」

 

 監視していた兵が報告する。

 

「あれは……ゴブリンです!」

 

 ルイジルも双眼鏡を向け、その姿を確認した。

 皮膚の色が通常の物とやや異なるゴブリンが、鎧と剣、盾を装備して奇声を発しながら走り出てきている。

 その姿を見たルイジルは、しかし恐れはしなかった。

 

「ふ、ふ、ふ。ただのゴブリンであれば問題は無い。歩兵隊、銃を構え───」

 

「ちょっと待って」

 

「───? ど、どうかされましたか?」

 

 歩兵隊に対し、銃を発射する様に命じようとした彼をイルクスが制止する。

 彼は口を大きく開けたまま彼女へと顔を向け、困惑した。

 

「ここは僕がやってもいい……ですか?」

「え……」

 

 そして、発せられたその言葉に硬直する。

 今日、彼らは奮起していた。神に等しい存在である神竜や強大な相手である中央法王国の大魔導師、そして日本国の軍人の前で少しでも良い所を見せたい、そう思っていたのだ。

 

「し、しかし……」

「お願い……します」

「なっ」

 

 だが、頭を下げたイルクスを前にしてそんな事は言えなくなった。

 

「あ、頭をお上げ下さい!! そ、そこまで仰るのであれば御自由になされて下さい!!」

「ありがとう!」

 

 彼は慌てて彼女の申し出を承諾する。それに彼女は笑顔になり、配置した軍の前に歩み出た。

 

「……? 彼女、何をする気だ?」

「さあ……でも、神竜っていうからには何かしら攻撃法があるんじゃないですか?」

 

 その姿に自衛隊員達は困惑する。

 当然だろう。少女が武装した魔物の前に一人出る。ただの自殺行為にしか見えなかった。

 

「取り敢えず、何時でも撃てるようにしておけ」

「了解しました」

 

 彼は車両や戦車へとそう命じる。ルイジルも同じ事を歩兵隊に命じていた。

 だが、それらはすぐに無駄になる。

 

 ふと、イルクスが右手の人差し指を立て、そのまま手を振りかぶり、横薙ぎに払う。

 

 一瞬、何かが光った様な気がした。

 

 

───瞬間、進んでいたゴブリン達、その後ろに居たゴーレムまでもが上下に両断され、遅れてズルズルと上半身がずり落ちていく。

 後に残されたのは絶妙なバランスで立ったままの無数の下半身、倒れた下半身、そして地面に伏せた大量の上半身のみだった。そこに血は一滴も流れていない。

 

 

「───は?」

 

 

 そこに居た誰しもが目を疑った。

 

 イルクスは普段、レーザーに含む魔力をセーブしている。あまり過剰に送った所で意味は無く、またそうしてしまうと空戦に支障をきたしてしまう。

 だが、今回は奥にいる岩製のゴーレムも攻撃する必要があった。その為、魔力を普段よりも多く使用してレーザーを生成した。

 その結果、今まさに攻撃をしようとしていた数千のゴブリンや硬いストーンゴーレムなどは一瞬のうちに両断され、全滅してしまうという現実味の無い光景を作り出してしまったのだった。

 

「……まだいる」

 

 そんな驚く彼らを置き去りにイルクスは浮かび上がり、死体の山へと飛んでいく。

 

「イルクス……ありがとうございます」

 

 ただ一人、アルデナだけは驚く事なく彼女へと感謝していた。

 

 

───────

 

 

「───ッ、何ッが、起こった……ッ!?」

 

 驚いていたのは何も軍人達だけではない。

 汎用人型陸戦補助兵器「MGZ型魔導アーマー」に乗り、今まさに塔から飛び出して攻撃を仕掛けようとしていた化け物───量産型ノスグーラの一体、リョノスはその場に硬直していた。

 一人の竜人の女が出てきたのは分かっていた。()()()()()()()()()()()()が為に気に留めなかったのだ。

 そして、その女が手を一閃させた瞬間───配下の魔物が全滅した。先行していたゴーレムでさえ両断された。

 

「あ、有り得ない。そんな、そんな事が出来るなど───ッ!!」

 

 女は、飛んでいた。その翼をはためかせ、空を飛んでこちらに向かってきていた。

 そして、竜人族には()()()()()()()

 彼はもう一度魔力数を測定する。今度は標的をその女のみに絞った精密測定を。

 

 そして、見てしまった。

 

 

「ま、魔力数、5億だと!!? ばっ、馬鹿な!!」

 

 その数値は、ラヴァーナル帝国の誇る魔導戦艦の装備する魔導機関が生み出す物とほぼ同等であった。

 そして、それ程の魔力を保持する種族など一つしかない。

 

 

「な、何故神竜が生きている!!?」

 

 

 彼がそう叫び、その場から飛び退く。次の瞬間、彼が居た場所にイルクスの拳が突き刺さった。

 土煙が立ち上りお互いの姿を隠す。その隙に彼は距離を取り魔光砲の発射準備を進める。

 だが、彼女がそれを待つ道理はない。すぐに魔力弾が土煙を突き破って向かってくる。それを身体を動かして避け、間を空けずに再び飛び退く。またもその場に拳が突き刺さる。

 

───正面からでは勝てない───

 

 彼はそう確信していた。彼にインプットされた神竜の情報がそう告げているのだ。

 しかし、どうやっても勝てないという訳ではない。

 

 

「動くな!! 動けばお仲間が死ぬぞ!!」

 

 

 彼は魔光砲の発射装置を展開している軍の方向へと向けてそう叫ぶ。それを聞き、彼女の動きが止まる。

 

「……」

「ふ、ふ。如何に強大な力を持つ神竜といえどもこの距離から放つ魔光弾からあの下等種族どもを守るのは不可能だろう。こ、これまでの不敬は許してやる。今すぐに首を垂れ───ッ!!?」

 

 だが、止まったのはその一瞬のみだった。

 彼女はすぐに地面を蹴り、彼へと近付く。

 

「の、望み通りにしてやる!!」

 

 それに彼は驚愕し、魔光砲の引き金を引く。

 戦車砲並みの威力を誇る魔光弾が放たれ、音速を超える速度で軍へと向かう。

 

 だが───イルクスは、笑っていた。

 

 

「『プロテクション』!!」

 

 

 瞬間、凄まじい爆発が起こり、軍の姿は爆煙に覆われて見えなくなる。その様子を見て彼は笑い───しかし、すぐに目を見開いて驚愕する。

 

 煙が晴れたそこには無残な姿となった軍は無く、彼等の眼前を巨大な光る障壁が覆っていた。

 

「なっ!? あ、あれを防ぐだと!?」

「見たか!! アルデナは凄いんだ!!」

「くっ───」

 

 だが、今の彼には驚いている暇など無い。必死に魔導アーマーを操り、彼女に正面を向けたまま何とか距離を保ち続ける。

 しかし、所詮は陸戦兵器。音速の世界で戦う神竜から逃げられる筈もなく、いずれ捕まるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 逃げる最中、彼はその脳をフル稼働させて思考していた。

 まさか神竜がもう一体いたのか。あり得ない話ではあるまい。何せ現実に目の前にこうして存在するのだから。生き残っている個体が一体だけとは考えづらい。そして、そうならばいよいよ勝ち目どころか生存が絶望的になってくる。

 

 神竜。龍神の眷属にして力の化身。一部の例外を除いてその飛行速度は音速を遥かに超え、無限に近い魔力を用いて誘導魔光弾や熱線を放ってくる。

 また、神竜が張る事の出来る結界は空間を湾曲させて内外を隔てている。魔導電磁レーダーから放たれた電波は湾曲された空間をそれに沿って通る。なので、電波は反射してこない。つまり、魔導電磁レーダーは完全に無効化されてしまう。

 その為ラヴァーナル帝国はそれまで漁業位にしか使用されていなかった魔力探知レーダーを戦闘用に改造して使用した。結界も結局は魔法で張っている訳で多かれ少なかれ魔力を放出する。その為、魔力探知レーダーであれば神竜に対しても効果があった。

 尤も、インフィドラグーンも何もしなかった訳ではなく放出される魔力を限りなく少なくする技術を開発した。今のイルクスはそれが未熟である為、かつてアニュンリール皇国に遠方から捕捉された時や今魔導アーマーに搭載されている魔力測定器に反応した様になってしまうが、本来であればあまりにも小さい反応しか示さないのだ。

 なので竜魔戦争の際帝国はそれまでの装備にそぐわない近距離戦闘を余儀なくされ、時代錯誤な巨艦、巨砲、そして重装甲を復活させる羽目になってしまった。それまでの帝国の艦といえば装甲皆無で兵装は誘導魔光弾中心の、砲といえば小口径の単装砲一基程度しか装備していない中型艦だったのだ。

 結局、最後は開発されたばかりのコア魔法を大型爆撃機による特攻じみた攻撃によってミリシエント大陸に投下、龍神は消息不明となりインフィドラグーンは滅亡。その後の周到な残党狩りで神竜も絶滅した───筈だった。

 

「(だが! 現にこうして目の前に現れている!!)」

 

 彼は自らの運命を呪う。

 ラヴァーナル帝国が舞い戻るまでの残り十数年、それで国の一つでも占領して献上しよう、そう思っていたというのに。その計画は予想だにしていなかった者の手によって妨げられ、あまつさえ自分も倒されようとしている。

 こうなれば、自分のやるべき事はただ一つ。

 

 彼は再び魔光砲へと先程よりも多く魔力を送り、自らの位置を調整する。

 チャンスは一度だけ。放った際の衝撃は大きい。外せば彼は間違いなく捕まるだろう。

 

 彼は立ち止まり、砲口を向けた。

 

 

「……!!」

 

 

 イルクスは気付く。自分が罠に嵌められた事に。

 魔光砲の砲口の先には自分、そしてアルデナ達が居た。感じる魔力は先程よりも多く、前は防ぐ事も出来たアルデナも今度は分からない。

 追いかけているうちに、彼女は()()()()()()()()()()()()()に追い込まれていた。

 

「(今気づいてももう遅い!!)」

 

 今更気付いたのだろう、少し驚いた様な神竜の表情を前に彼はほくそ笑み、引き金を引いた。

 

 当たれば只では済まないであろう威力の魔光弾。躱せば背後の軍に、アルデナに命中してしまう。

 この絶体絶命の状況で───しかし彼女は焦っていなかった。

 

 

 命中するまでの僅かな時間。

 彼女はその右手に魔力を集中させそこに空間湾曲結界を展開する。その強度は過去最高で可視化する程であり、淡い光が右手を包み込む。

 そして、その右掌を開き、魔光弾へと突き出した。

 魔力から生成されたエネルギーのみで形成された魔光弾は結界に沿って滑っていく。その滑り方を右手を動かして誘導し、最終的に彼女に前方───つまり、リョノスの方向へと向かっていった。

 

 

「───は? ぐうゥッ!!!??」

 

 

 これら一連の動きはほんの一瞬の間に行われた。音速の世界で戦う神竜の思考速度と動体視力だからこそ追えた物であり、それ以外の者の目にはまるで彼女が魔光弾を受け止め、彼の方へと投げ返した様に見えただろう。彼もその中の一人だった。

 彼はマトモに反応する事も出来ず()()()()()()魔光弾を正面に食らう。

 激しい衝撃が彼を襲い、アーマーは正面装甲をぐちゃぐちゃにし煙を吐きながら倒れ込む。

 

 すかさず彼女はそれに飛び込み、結界を張ったままの右手を握り締めて頭部を殴りつける。既にボロボロだった装甲は簡単に剥がれ、おぞましい角の生えた怪物の頭部が露出する。

 傷だらけの頭部、しかしその目は彼女を睨みつける。

 

「こ……こんな所で……!!」

 

 彼は諦めず、すぐに瞳に刻まれた魔法陣を起動する。目から光線が発射され───しかし、彼女は少し顔を動かすだけでそれを回避し、お返しとばかりに拳を振り上げる。

 

「(ま……魔帝様……)」

 

 振り下ろされる彼女の拳がひどく遅く見える。

 しかし、自分の身体は動かない。

 

 

「(何故私に……この様な試練を与えたもうたのです……!!)」

 

 

 彼は脳内で自らを生み出した者達へと叫び、次の瞬間には激しい衝撃と共に意識を失った。

 

 

───────

────

 

 

「いやー、凄かったですねー百田さん……百田さん?」

 

 戦闘は終わった。

 敵の怪物───量産型ノスグーラはイルクスによって打ち倒され、その身柄は神聖ミリシアル帝国へと輸送される事になった。運ぶ道中に妙な事をされては困る為、イルクスが載せて運び、アルデナがそれに同行する事となった。

 こうなればいよいよ彼が逃げ出す事は不可能であり、これから魔法帝国の情報を引き出す為に長く壮絶な生を強いられる事になるだろう。

 

 さて、全てが終わり皆が帰投の準備をしている時、城島は百田に話しかけていた。

 彼らはまるで物語の様な光景を見た。城島はある種の感動を覚えていたのだ。彼もそうだろうと話しかけたのだが、それに対する反応は返ってこなかった。

 百田の視線は平原に大量に落ちている両断されたゴブリンの死体に釘付けになっていた。

 

「中々に壮絶な光景ですよね。あれを一人の女の子がやったんですから驚きですよ」

「……城島」

「はい?」

 

 そこで、ようやく彼が口を開く。

 

「俺は怖いんだ」

「え? まあ確かに怖いですね。あんなのが地上で襲ってきたら僕らじゃどうしようも」

「そうじゃない。そうじゃないんだ」

「……?」

 

 夕日が沈む。マギカライヒの軍人達が死体を処分する為に油を撒いている。

 

「俺にはこの戦闘の詳細を報告する義務がある。レーダーが効かない事、一撃で数千の敵を倒した事、仮にも魔王の名を付く魔物を圧倒した事、全てだ」

「はあ」

 

 それの何が怖いのだろう。報告は軍人の義務だ。

 

「政府はそこまで大々的には動かないだろうが、自衛隊は違う。この世界にはレーダーを完全に無効化する技術が存在している。実在が確実視され、将来的に戦う事がほぼ確定している魔法帝国がその技術を持っていないと何故確信出来る? 恐らく自衛隊は近距離戦闘を重視した艦を建造する。魔法も従来より研究が進められるだろう」

「それの何が怖いんです?」

「日本には魔法が無い。今の景色はそれを前提として作られている。だが、これから魔法の研究が本格化すれば……日本の風景は大きく変わるだろう。それがいよいよ日本が()()()()()()()になってしまう気がして……地球と本格的に切り離されてしまう気がしてな……」

「……」

 

 それを聞き、城島も口を閉ざす。

 日本がこの世界へと転移して数年。この世界で生まれた子供たちは別だが、大多数の国民にとっては故郷は地球であり、未だにこの世界には慣れられていない者も数多くいる。百田もその一人だった。

 日本の風景は転移前と大して変わっていない。それだけが心の拠り所となっているのに、それまでも変わってしまったら自分はどうなってしまうのだろう。

 

「……まあ、俺が何もしなくても日本は絶対に変わるんだけどな。すまん。年寄りの戯言と聞き流してくれ」

「分かりますよ」

 

 彼は言った。

 

「分かります。俺も……」

「……ありがとう」

 

 帰路につく彼等を、燃え盛る炎が照らしている。

 立ち上る黒煙は、星降る雲に混ざり合い溶けていった。




この小説が面白いなと思ったら高評価低評価コメントチャンネル登録ブックマーク手洗いうがいソーシャルディスタンス三密GoTo五つの小よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦場を駆ける"時代遅れ"(前編)

キタちゃんを天井したので初投稿です


〈中央歴1643年3月7日 パカンダ島〉

 

 第二文明圏の西端、パカンダ島。北海道程度の面積を持つこの島は、かつて文明国の端くれであったパカンダ王国があり、そして今はグラ・バルカス帝国の領土となっていた。

 数年前、軍部の謀略によってここを訪れた帝国の皇族の一人を公開処刑した事から帝国の本格的な侵略は始まった。その為、他国からは蜥蜴の如く嫌われているこの国だが今となってはその国民は誰一人として生きておらず、その憎悪を受け止める者は誰もいない。

 

『……オリオン級が1隻、タウルス級が2隻、キャニス・ミナー級が……』

 

 そんな島の遥か上空を、一騎の白銀の竜が飛んでいる。

 グラ・バルカスの使用しているレーダーに映らない彼女は悠々と飛翔し、偵察を続けていた。

 彼女は島を防衛している艦の数、種類、地上戦力の配置などを事細かに調べ、鞍上の竜騎士に伝える。今回記録要員として彼女に乗った彼は念話によって伝えられたそれを正確に手帳に書いていく。

 戦争において何よりも重要である“情報”。それを諜報員などによる間接的な物ではなくこうして安全に現地に赴き得られる彼等はこの時点で帝国に対し優位に立っていた。

 

「これで全てですかね」

『そうだね。後は最後の()()()だけ……今回の任務はこれで終わりかあ。早いね』

「仕方ないですよ。ライカさんがあんな状態である以上、イルクスさんの身を危険には晒せませんから」

 

 数年前程ではないにしろ、神竜であるイルクスはイルネティア王国における最大の戦力であり、最大の安全保障要素なのだ。

 先日の海戦において、ライカの乗っていないイルクスが帝国の航空機に対して苦戦していたのを上層部は重く見ていた。その後彼女が騎乗した状態で瞬殺していたのも相まっていた。

 また、現在イルネティア島にはミリシアル海軍が居ない。撤退したという訳ではなく、帝国が行おうとしている一大反攻作戦の為に一時的に島を離れているのだ。現状、この世界でグラ・バルカス帝国の超重爆撃機に対抗出来るのは『エルペシオ5』と彼女だけである。その為、あまり長い時間島を離れる訳にはいかなかった。

 よって今回の作戦においては彼女は戦力から外されていた。なので、今作戦において彼女がするのは後一つだけである。

 

 彼女は目を閉じ、集中力を高める。魔力が高まり、身体が淡い光の粒子に包まれる。

 まず一つ、すぐ前方にサッカーボール大の光弾が現れる。それはその場に静止し、動く気配は見られない。一瞬経ってもう一つが右方に現れる。更に一つ、二つ、三つ……次々と光弾が現れ、彼女の周囲に静止している。

 数が300になった所で出現は止まる。彼女を中心として平面上に現れたそれは地上から見れば星空か何かと勘違いする事だろう。

 光弾はその一つ一つがかなりの破壊力───貫通力に欠ける上、弾速が比較的遅い為対艦攻撃には向かないが───を持っている。人間の魔導師ならば連続生成は3個、エルフならば10個が限度であるそれを文字通り桁違いの数出現させ、あまつさえそれを静止させる───つまり、同時に制御してみせるという行為をしてもなお、彼女は少しも疲弊していなかった。

 下にあった雲が切れ、それに隠されていた物が見えてくる。

 無数の建物、コンクリートで整備された長大な滑走路、そして大量の航空機。グラ・バルカス帝国軍パカンダ島航空隊基地である。艦砲射撃を警戒し内陸部に造られたこれは、しかし今まさに破壊されようとしていた。

 

 次の瞬間、漂っていた光弾が一斉に落ちていく。

 誰も気づく事は出来なかった。尤も、気付いた所で何か出来るわけでもないのだが。

 

 かくして、戦史に名高い『パカンダ島攻略作戦』は巨大な爆発と共に幕を開けた。

 

 

───────

────

 

 

〈同刻 パカンダ島北方海上〉

 

「水探に感! 11時の方向、距離35,000、数10!」

「通信、応答無し!」

「遂に来たか……全艦戦闘配備、偵察機発進せよ!!」

 

 一方その頃、パカンダ島北方海上。

 イルネティア島から最も近いここには対イルネティア、もとい対神竜としてパカンダ守備艦隊の主力───オリオン級戦艦1、タウルス級重巡洋艦2、キャニス・メジャー級軽巡洋艦2、キャニス・ミナー級駆逐艦15───が配備されている。尤も、神竜にはとっくの昔に突破されており艦隊の位置、数、艦種まで把握されているのだが。

 その旗艦であるオリオン級戦艦『サイフ』艦橋にて、艦隊司令の男が指示を出す。水上レーダーに謎の艦隊が映り込んだのだ。

 通信士が通信を試みるも応答はなく、彼はこれを敵艦隊と判断した。

 

「航空隊にも援軍を要請しろ!」

「そ、それが……」

 

 そして、兵法通り航空戦力も呼び出そうとしたのだが、どうにも通信士の顔色が悪い。

 

「どうした?」

「先程から何度も通信を試みてはいるのですが全く繋がらず……」

「何?」

 

 それを聞き、まず考えたのは電波障害だ。この世界では原因不明の大規模電波障害が稀に発生する。研究によればこの世界特有の電離層による物である可能性が高いらしいが、それは今はどうでもいい。

 

「くそ、こんな時に……」

「しかし司令、周囲の艦との通信は可能です。レーダーも正常に機能しています。電波障害ではないのでは?」

 

 艦長が言う。

 これまで電波障害が起こった際は遠距離通信やレーダーはおろか、すぐ隣の艦との通信すらも不可能となり、手旗信号や発光信号でやり取りをする羽目になっていたのだ。

 

「では何だというのだ? まさか既に基地が───」

 

 と、そこまで言った所で彼の背筋にぞくりとした悪寒が走る。

 まさか、そうなのか? 我らの警戒網をすり抜けて先に基地を叩き潰したというのか? 通信する暇も与えずに?

 いや、不可能だそんな事。不可能の、筈だ。

 

「……偵察機をもう一機出せ。目的地は航空隊基地だ。向かい、援軍を要請しろ」

「了解しました」

 

 先程と続けてもう一機の偵察機がカタパルトから射出され、島へと飛び立っていく。

 彼は自らの不安が杞憂で終わる事を祈りながら水平線を見つめていた。

 

 一方その頃、最初に発進した偵察機は目標付近まで辿り着いていた。乗組員は任務を果たすべく双眼鏡を覗き込む。

 

「あれは、グレードアトラスター……か?」

 

 そこで見えたのは彼もよく知る艦の姿。

 巨大な塔、巨大な三連装砲、針鼠の如く林立する対空砲群。帝国海軍の象徴たる巨艦、グレードアトラスターだ。

 

「……ん? 少し、違う……か?」

 

 彼は目をこらす。よく見ると副砲が無く、代わりに謎の単装砲が付いていた。

 グレードアトラスター級に酷似したシルエット、だが副砲が違う……記憶のどこかにそれに該当する様な艦があった様な気がするのだが思い出せない。まあ、仕方のないことだろう。眼前の戦艦───キャンサー級が完成したのはつい最近の事であり、初の実戦で二隻中一隻は沈み、一隻は拿捕されたのだから。

 彼は思考をそこで打ち切る。

 あの艦には帝国の物ではない旗がはためいていた。あれが何であろうが帝国の敵には変わりないのだ。

 

「こちら一号! 旗艦、聞こえるか!?」

 

 ただ一つ懸念があるとすれば───

 

「敵にはグレードアトラスタークラスの巨大艦が居る!!」

 

───こちらの艦隊では、あれ程の戦艦に対抗するのはほぼ不可能だという事だろうか。

 

 

 その後の展開は語るまでもないだろう。

 イルネティア側のキャンサー級の主砲は45口径41cm砲、対して帝国側の最大艦であるオリオン級は45口径35.6cm砲だ。その威力も射程も、門数でさえ王国が勝っている。

 また、航空隊基地へと向かった機は不幸にも帰投途中のイルクスレーダーに引っかかってしまい、彼女の姿も基地の惨状も見る前に誘導魔光弾で撃墜されてしまった。

 守備艦隊は報告を受ける事もなく、圧倒的な射程と威力に翻弄され全滅した。

 

 

ドオオオオオン!!!!

 

 

 大小様々な轟音が響き続ける。

 艦隊を撃破し、悠々と島まで接近したイルネティア王国艦隊は島沿岸部へ向け艦砲射撃を実施していた。戦艦は弾薬庫に残っていた特殊対空砲弾『Z式散乱弾』を発射する。発射された砲弾はしばらく進むとその遠心力で内部に充填された子弾を撒き散らし、広範囲を爆撃する。本来は対空用であるが、従来のマグネシウム式対空砲弾でも対地攻撃に使われた例は多々あり、この弾も同じ使い方をされるのは必然であった。また、駆逐艦や巡洋艦もその優秀な発射速度を利用して榴弾を広範囲に散布する。

 やがてそれが一段落すると今度は揚陸艦隊が到着する。だが、到着した艦はどれも古臭い木造船ばかりだ。

 そもそも王国が拿捕出来た帝国艦艇はどれも戦闘用ばかりでありこういった補助艦艇は従来の帆船ばかりなのだ。神聖ミリシアル帝国から借りようとも考えたが、あちらはあちらで別の作戦を行うらしく断られてしまった。

 かくして、王国は保有していた揚陸艦のマストを全て切り、完全に動力源を艦下部の『風神の涙』のみに切り替え搭載能力を強化した木造船を使い揚陸作戦を行う羽目になったわけである。

 

 果たして、作戦は成功した。上陸した王国軍陸上戦力は一路王都へと向かうのだった。

 

 

───────

 

 

〈パカンダ島北部 グレンド平野〉

 

 張り巡らされた塹壕、半ば埋め込まれる形で設置された野戦砲、各種戦闘車両、そしてせわしなく動き回る兵士達……島北部沿岸部より広がる森林に隣接するグレンド平野、そこの少し小高い丘に連なる様にグラ・バルカス帝国軍パカンダ守備隊は防御陣地を構えていた。

 イルネティアが攻撃してくる可能性は以前から考慮されており、その場合であれば島北部からの上陸となる。その際、総督府が設置されている王都へと攻め込む為には確実に通らねばならない場所、それがこの平野であった。よって帝国はここに前々から防御陣地を構えており、今回上陸したのに伴ってここの戦力はより増強されていた。

 

「……敵はいつ来ますかな」

「さあな。だが、用心は必要だが恐れる事は無い」

 

 彼は知っていた。敵の陸上戦力が海上戦力程も発展していないことを。

 敵の海上戦力というのはその全てが帝国軍から拿捕した物である。そして、これまで王国に陸軍の輸送艦が拿捕されたという話は聞かない。潜伏させている諜報員からも戦車などがあるといった話は来ていない。唯一気がかりなのは神竜だが、この付近には持ち上げられそうな物体はあまり無い。港からはるばるここまで駆逐艦を運んでこれるというのなら話は別だが、その時はその時だ。

 水上艦と違い、陸では“撃沈する”という事が出来ない。いかに航空戦力として優れていようが航空攻撃では陸上戦力を全滅させる事は出来ないのだ。神竜が陸に降りても強いというのならもうどうしようもないが。

 ともかく、陸戦ならば勝ち目はある。彼はそう信じていた。

 

 因みにだが、この陣地もイルクスに発見されていた。つまり、いつでも攻撃し、壊滅させる事は可能だったのだ。だが、軍はそうさせずに航空基地への攻撃のみとさせたのだ。

 今回の作戦はイルネティア王国単独で行っている。そして、王国の航空戦力である雷竜よりも帝国の最新鋭戦闘機の方が優れていた。

 イルクスが今作戦で攻撃出来る目標は事実上一つだけだ。最初に述べた時間の問題もあるが、一つ攻撃すれば神竜がいるという情報はすぐに伝わり───実際はそこまで上手くはいかなかったが───警戒を強めるだろう。そうなれば二つ目の目標を攻撃する際に傷付く可能性が高くなってしまう。

 なので先述の理由から、航空基地のみを攻撃させこの防御陣地は軍のみで攻略する事になっていた。

 

「総員、空への警戒を怠るな!」

 

 そんな事はつゆ知らず、司令であるメーガスは対空砲群へと指示を出す。無数の機銃や高射砲が空を向き、多くの兵が肉眼での索敵を行う。

 勿論、地上への警戒も怠らない。塹壕からはこれまた無数の機関銃が顔を出し、戦車砲は火を噴く瞬間を今か今かと待ちわびる。

 

 “その時”は、不意に訪れた。

 

 

「!!?」

 

 ボン、ボン、ボン。

 防御陣地の最前列、第一塹壕の周辺に爆音と共に巨大な煙が上がる。

 

「敵襲ーーーーッ!!!」

「来たか!! 何処からの砲撃だ!?」

「恐らくはあの森からかと。しかしご安心下さい、奴らの砲には音と煙だけで力はありませんし、今届いていないのですからここまでも届きませんよ」

 

 双眼鏡を覗いていた兵はそう彼に告げる。

 実際、着弾している場所では煙こそ大きいがそこまで地面が抉り取られている様には感じなかった。

 

「それもそうだな。よし、あの森に向かって砲撃───」

 

 ボン!

 

「!?」

 

 野戦砲群へとそう命じようとした瞬間、その周辺が煙に包まれる。

 

「な!?」

「チッ、煙は気にするな!! とにかく砲撃しろ!!」

「は、はい!!」

 

 伝令兵が彼の指令を伝えるべく振り向く。

 だが、それが伝えられる事はなかった。

 

 その瞬間、彼の素晴らしい動体視力は捉えていた。

 

「がッ」

 

 伝令兵がそんな声を上げる。

 

 彼は目を見開く。

 何しろ、その兵の額には正真正銘の()が突き立っており、その紫色をした鏃には何か魔法陣の様な物が描かれていたのだから。

 

 そして───彼の視界は白い煙に包まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦場を駆ける"時代遅れ"(後編)

「何も見えねえ。砲兵(後ろの奴ら)は何やってんだ? 撃たれっぱなしじゃねえか」

 

 一方その頃、第一塹壕のとある場所。そこで重機関銃を構えている兵士がそんな愚痴を吐いていた。

 周囲は敵からの砲撃と思われる物が着弾し続け、それで起こった煙で囲まれている。地響きを殆ど感じないので力が無いのは分かるのだが、この状況では撃つことはおろか構える事すら難しく煩わしい事この上なかった。

 

「まあいいだろ。この砲撃の中なら敵も来れない。俺達は警戒してるだけでいいのさ」

「それもそうだが……ん?」

「どうした?」

「何だこの音……」

「音?」

 

 彼は耳を澄ませてみる。だが、聴こえてくるのは敵の砲撃が着弾する音のみ───

 

「……? 確かに何か……これは……」

 

 ガスッ、ガスッ、ガスッ。地面を蹴りつける様な音が小さくだが彼の耳にも聴こえてくる。

 それは徐々に大きくなり、また小さくだが砲撃とは違う種類の地響きも感じ取れていた。

 

 それが、何かの集団が近付いてきている音だと気付いた時にはもう遅かった。

 

「なっ───」

 

 白煙の中に大量の影が現れる。それを敵だと判断し、即座に機関銃を向けるも間に合わない。

 白煙の中から飛び出したそれ───大量の騎兵は彼らの頭上を飛び越え、走り去っていく。

 

「くそっ!!? 騎兵だと!?」

「野蛮人共め!! 根絶やしに……ん? 何だこ───」

 

 機関銃を後方に向けようとして、気付く。足元に何かがある事に。

 それが手榴弾だと認識した瞬間、彼らの意識は途絶えた。

 

 

───────

────

 

 

「突撃ィィィィィィ!!!!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」

 

 かつて文明国が存在し、現在はグラ・バルカス帝国が治める島、パカンダ島。

 帝国は地球でいう所のWW2末期程度の技術力を持つ国であり、そんな彼らがこのグレンド平野に築いた防御陣地もそれ相応の、野戦砲や塹壕、トーチカに戦車などが無数に存在する現代的な物である。

 

 そこは今イルネティア側の攻撃によって白煙に包まれているのだが……そんな中を、明らかに時代錯誤な兵達が駆け抜けていた。

 頑強な馬、それに跨る軽装な兵。そう、騎兵である。

 周囲の光景に似合わぬ騎兵隊は混乱する塹壕を飛び越え、その際に手榴弾を投げ込んで破壊していく。

 視界の悪い中、フレンドリーファイアの可能性のある帝国兵達は無闇に発砲する事は出来ず、唖然としている間に次々と破壊されていく。

 

「次弾、放てぇッ!!!」

 

 そんな彼らの先頭でロングソードを掲げる老兵がそう叫ぶ。それに呼応し、周囲の兵が手に持っていたクロスボウを構え、放つ。

 放たれた矢は異常な加速を見せ、通常では有り得ない程遠方に突き刺さり、発破。周囲に白煙と爆音を撒き散らす。

 この矢の名は『ルーンアロー』。パンドーラ大魔法公国がかつて発明した兵器である。鏃が魔石で出来ており、発射された後に仕込まれた風神の涙が発動、空気を噴射して推進する。

 そして、着弾した後には本来であれば爆裂魔法が作動するのだが今回のこれには音響魔法と発煙魔法が仕込まれており、これによって敵の目と耳を奪うのだ。

 反動も少なく軽く、騎乗した状態でも扱える。また、今回ルーンアローを扱っている兵は全員が屈強な獣人であり、通常は足を使わなければならない再装填を手で行う事が出来る。これにより、ルーンアローは持ち運び式の煙幕弾として使用する事が出来る様になったのだ。

 

 彼らは進む。道中の敵を薙ぎ倒し、斬り捨て、爆破して。

 野戦砲に接近すれば鞄を投げ入れる。それからは煙が吹き出しており、砲兵が気付いた瞬間に爆発する。

 そうして帝国の砲は次々と破壊されていく。この突撃の目的はこれなのだ。

 

 また───

 

 

「敵戦車発見!!」

「破壊せよ!!」

 

 右往左往する敵兵の中、どうすればいいか分からず動けない戦車を発見する。

 その瞬間、ある一人の兵が背負っていたそれ───先端に膨らみのある棒───を構え、狙いを定めてトリガーを押す。

 すると、先端の膨らみが勢いよく発射される。それは真っ直ぐに戦車へと向かっていき───着弾。ユグドでは無敵を謳われたハウンド中戦車はいとも簡単に撃破された。

 

 彼が今使用したのは『パンツァーファウスト』。かつてナチス・ドイツが使用していた対戦車無反動砲である。

 その威力は絶大で、今使用した物は140mmもの装甲を貫通する事が出来る。命中した、ハウンド中戦車の側面装甲は25mm。耐えられる筈もない。

 イルネティア王国軍がこれを使用している理由は単純で、対戦車兵器が無かったからだ。流石に機銃では歯が立たず、野戦砲は命中率が低い。

 そこで開発されたのがこれだ。これは日本で情報収集をしていた諜報員伝いに知った物で、構造も単純である為この作戦をするにあたり製造されたのだ。射程は短いが今回では接近する為問題は無い。

 

 そうして対戦車兵器を保有するに至った王国軍騎兵隊は破竹の勢いで防御陣地を突破していく。

 対して帝国軍は煙の中どうする事も出来ず、また騎兵は速度がある為散発的な攻撃は大して当たらず、結果として最奥部まで侵入される事になったのだった。

 

 

 

「ッ……何が起こっているのだ……」

 

 煙、爆音、悲鳴。視界が塞がれ、今や戦況すらも把握する事は出来ない。

 司令官のメーガスは唖然とし、その場に立ち尽くしていた。

 

 だが、そんな彼の我を無理やり引き戻す事態が起こる。

 

「ん……? ───ッ!!!?」

 

 目の前の白煙に何か黒い影が現れ───次の瞬間には、剣を構えた騎兵が飛び出してくる。

 彼は咄嗟に腰の軍刀を引き抜き、自らを切り裂かんとする斬撃を防ぐ。その衝撃で転倒するが、すぐに起き上がり敵へと向き直る。

 その騎兵は彼の視線の先で静止していた。そこで気付く。その騎兵が自分と同じ程度老いており、その美麗な軍服には勲章が多数着いている事に。

 

「……その勲章の数々、さぞ数々の功績を上げた士官であるとお見受けするが、名は何と?」

 

 彼は軍刀を構え直し、聞く。

 

「私はイルネティア王国陸軍西部方面軍団長にして上級大将、ニズエル・クランツフォード。貴殿の名は」

「私はグラ・バルカス帝国陸軍パカンダ守備隊司令にして同じく上級大将大将、メーガス・アルバート。貴軍の作戦、実に見事。我々は何も出来ぬまま、今こうして壊滅しようとしている」

「敵の大将にそう言われるとは光栄だ。降伏するならば命は保証するが、如何に?」

「断る。帝王陛下より賜りし軍をみすみす壊滅させておきながらどうして降伏など出来ようか」

「そうか……では、参る!」

 

 会話が終わり、ニズエルが彼に向かって突撃する。

 ドドドドド、と蹄が地面を蹴り飛ばす音が向かって来る中、メーガスは軍刀を片手で持ち、もう片方の手を腰へと伸ばす。

 そこにあるのはホルスター。そこから拳銃を取り出し、彼へと向ける。

 

 鳴り響く銃声。二人はすれ違い、少し進んだ所でニズエルが止まる。

 

 

「……見事」

 

 

 果たして、この一騎打ちを勝利したのはニズエルであった。

 ドサリ、と操り紐が切れた人形の様にメーガスが倒れる。彼の首は半ばまで斬られており、血管から血が溢れ出る。

 

「……貴殿が腰の拳銃に意識を集中させていたのは分かっていた。撃たれると分かっていれば避けるのは容易だ」

 

 彼はそう言い、踵を返して周囲を見渡す。既に煙は晴れ始めていた。

 野戦砲やトーチカ、戦車などはその殆どが破壊されており、今抵抗を続けているのは残った歩兵のみ。だが、それもすぐに制圧されるだろう。

 

 うぉぉぉぉ、という声が響いてくる。森から大勢の歩兵が飛び出してきたのだ。

 騎兵はあくまでも前座。騎兵隊が砲を破壊し、生き残った歩兵は歩兵で倒す。それが今回の作戦の全貌だ。……まさかこうして敵の大将までも討ち取る事が出来るとは正直予想外だったのである。

 

 

 かくして、騎兵が現代軍に対して勝利した最初で最後の戦闘であるグレンド平野会戦は幕を閉じた。

 その後王国軍は破竹の勢いで進軍し、上陸から僅か1ヶ月後の4月3日にはパカンダ島全域を占領する事に成功した。

 これによりレイフォルと帝国本土は完全に遮断される事となり、それは同時に連合国軍によるレイフォル攻撃を容易にする事となったのである。




この陸戦の元ネタは分かる人には分かると思います

因みにですが、これまで描写する機会がなかっただけでニズエルさんはめっちゃ強いです。文中で言ってた拳銃避け理論もその身体能力があってこそなので普通の人はほぼ不可能です。具体的にいえば京極さんです。っていうか強くないと先陣きったりしません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイフォル解放作戦 -落日のレイフォリア(前編)-

あまりにも遅くなってしまい申し訳ありません
鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します


「……そこのあなた。私と少し……飲みませんか?」

 

 第二文明圏、ムー大陸西部。かつて列強として栄華を誇ったレイフォルという王国があったその土地は、しかし今は異界からの訪問者───グラ・バルカス帝国によって侵略され、レイフォル領として支配されている。

 職人が一つ一つ丹精込めて建てていたゴシック様式の街並みは軒並み破壊され、機械で効率的に建てられる鉄筋コンクリートのモダニズム建築がずらりと並べられた無機質で近代的な街並みへと変化した。

 レイフォル人達は自らの伝統と尊厳の破壊と引き換えに、その近代生活を享受していた。

 

 そんな街───レイフォリアの一角。そこは昼は人気があまり無く、夜になるとネオンサインが煌々と輝く歓楽街へと作り替えられた。

 無論そんな場所を使用出来るのはグラ・バルカス帝国人か一部の金を持つレイフォル人の有力者に限られており、そして彼───ガリア・ローウェンもその一人であった。

 彼は旧レイフォル国で商会を営んでおり、侵攻の折にはいち早く祖国を見限り帝国への恭順を示したという過去がある。そのお陰か、彼は今でも有力者の一人で居続ける事が出来ており、こうして歓楽街を愉しむ余裕もあるのだった。

 

 そんな彼を呼び止める声が一つ。

 声の方向を向くと、そこには薄い布地のドレスを身にまとった美女が立っていた。その肌は白く、耳は長く尖っており彼女がエルフである事が分かる。

 彼女はその豊満な肢体をこれみよがしに動かし、彼を誘惑する。三大欲求の一つに耐えられる筈もなく、彼は蝋燭に引き寄せられる羽虫の如くフラフラとその誘いに乗るのだった。

 

 

「ガリア・ローウェンさんって言うのね。ローウェンってもしかして……あの大商会の?」

「ああそうだとも! この私こそレイフォル1の有力者、ガリア・ローウェン!!」

「まあ凄い!!」

 

 付近の酒場。そこで彼は彼女を抱き寄せ、次々と注がれる酒をあおっていく。

 飲み始めてから5分経った頃には、既に彼は出来上がっていた。

 

「フフフ……ところでローウェンさん」

「ん〜? 何だ?」

「この後……お時間、あるかしら?」

 

 彼女は彼の耳元に口を寄せ、そう呟く。

 熱い吐息と共に放たれたその言葉は、彼の最後の理性のタガを完全に外す事となった。

 彼は息を荒くし、彼女を連れて酒場を後にする。

 

 その日、彼は一人の美しい愛人を手に入れた。

 

 

───────

────

 

 

〈中央歴1643年4月5日〉

 

「これが……例の?」

「ええ。『ペルレウス式魔導通信投影機』ミリシアルで開発された最新の投影機。その特徴は小型で省魔力……」

 

 レイフォリア、とある民家の地下。

 ワインを保存する為という名目で造られたその地下室は、今はレイフォル解放運動家の潜伏場所となっている。

 そんな場所の机に置かれた一つの魔導機械。彼らは伝聞でしか知らなかった魔導通信を白いシートへ投影する物である。

 それは彼らが手に入れた物ではなく、目の前に立つ女が持ってきた物だった。

 

「決行は明後日の14時。広場の使用許可は既に出てるわ」

「あ……アンタ一体……」

「男って脆いものね。ちょっと身体を重ねた位ですぐに信用しちゃうんだから……はいこれ。無くしちゃダメよ?」

 

 その女───ガリア・ローウェンの愛人は、自らを寵愛する肥えた男の事を嘲り、数枚の上質な紙を運動家の青年に渡す。それはレイフォルの中心部にある広場の使用許可証、そしてレイフォル統合軍事基地、ラルス・フィルマイナの構造図であった。

 

 彼女は神聖ミリシアル帝国が放ったスパイである。その目的は───懐柔と反乱。

 レイフォル人の有力者に近付き、自らの傀儡とする。帝国人を選ばないのは単なる保険だった。

 先の大海戦の折にグラ・バルカス帝国本土へ数多くの帝国軍人が補充の為に引き抜かれたのも大きい。そこにパカンダ陥落があり、レイフォル領は現地人との関わりを深くせざるを得なくなっていたのだ。

 

 彼は差し出された紙を震える手で受け取る。

 広場の使用許可などレイフォル人には絶対に出されない物だ。そんな物をこうもあっさりと……彼の額に汗が垂れる。

 

「あとこれもね」

「っ……!!?」

 

 彼女は持ってきていた箱を開ける。

 そこには大量の銃、爆薬、そしてグラ・バルカス帝国軍人の制服が入っていた。これもガリアの権力を使って密かに横流しした武器である。

 

「使い方は分かるかしら?」

「あ、ああ……」

「言っとくけど、今更止めたいだなんて言わないでよ。もしこれに失敗すれば……」

「わ、分かってる! これに失敗したらレイフォル()の未来は無い……!!」

 

 彼女は彼らにとある忠告をしていた。

 実の所、彼らの力など借りずとも世界連合の戦力ならばレイフォルを攻略する事は可能なのだ。だが、その場合戦後この土地は"レイフォル国"ではなく"ムー国レイフォル領"になっているだろう、そう告げた。

 それに彼らは焦った。それでは結局の所支配する者が変わるだけだ。グラ・バルカス帝国とムー国。民度や文化の差はあれど彼らにとってしてみれば同じだった。それにムー国相手には過去に散々嫌がらせを繰り返している。扱いが良くなるとは思えなかった。

 だからこそ、彼女は彼らに立ち上がる事を提案したのである。

 彼らレイフォル人が立ち上がり、国土を解放したという"事実"があれば戦後レイフォル人の発言力は高まり、国として独立する事も可能だろう、そう言ったのだ。

 

「(……尤も、確実に()()()()なんて一言も言ってないのだけれど……)」

 

 彼女は内心呟く。

 ミリシアルからしてみれば、イルネティアが台頭した中レイフォルに独立される利点は何も無い。これが成功しようがしまいが、レイフォルが独立する未来はもう、無い。

 そしてこの組織も。既に彼女の手引きでメンバーの半数はミリシアルの息がかかった者になっており本来の目的で動いている組織ではなくなりかけている。

 

「……ああ、そうだ。これも持っていきなさい」

「……これは?」

「発信機よ。それさえあれば連合軍は基地内部に侵入したあなた達を見つける事が出来るわ。内部に侵入したらこのスイッチをいれなさい。絶対に肌身離さず持っておくこと……いいわね?」

「ああ。分かった」

 

 彼らは大国の掌で踊らされているとも知らず、着々と計画を進めるのだった。

 

 

 

 4月7日。その日、レイフォリア中央広場ではローウェン商会主催の()()()が開かれようとしていた。その財力でレイフォル各地から集めた凄腕の曲芸師達が各々様々な芸を披露するのである。

 この前日、商会長であるガリア・ローウェンが()()()()()してしまった為に一時は開催が危ぶまれていたものの、残されていた遺書によって後継者に指名されていたカルミア・ブラダーチェリーが後を引き継ぎ、無事に開催される事となった。

 ガリアには愛人は多く居たが妻は居なかった。カルミアも愛人の一人であり、最も新顔で、そして最も寵愛されていたらしい。

 

 それはともかく、会は始まる。普段は娯楽など飲食くらいしか無いレイフォル人はこぞって見学し、大いに笑い、驚き、手を叩いていた。

 監視していた帝国軍人も、異界の曲芸には驚かされていた。

 

 そして、子供のリンドヴルムが玉乗りをしていた所で、()()は起こる。

 

 

「……!!?」

「な、なんだこの音!!」

 

 突然、何処からか爆発音が聞こえてくる。

 皆が顔を回すと、街の一角───ラルス・フィルマイナがある方角から黒煙が立ち上っていた。

 

『こちらラルス・フィルマイナ! 第一火薬庫と第三燃料庫で爆発が発生! 現在消火作業中!』

「何だと!? 原因は!!」

『犯人らしき者達を現在追跡中です!』

 

 馬鹿な、軍人の男は思う。誇り高き帝国軍人がそんな事をする筈がない以上犯人は敵国人ということになるのだが、ラルス・フィルマイナの厳重な警備を掻い潜ってそんな事が出来るとは到底思えない。

 それこそ、内部図面や警備配置などを知っていない限り……そして、それを知らされているのは帝国人以外はごく限られたレイフォル人しかいない。そう、例えば目の前に居る───

 

「……まさか」

 

 彼はそこまで勘づき、しかし少し遅かった。

 

 

「……そろそろ、ね」

 

 新たに商会長に就任したカルミアが手元の懐中時計を開き、時刻を確認する。それと同時に小さなモニターの様な物を取り出す。そこには白点が表示されていた。

 彼女は襟元に隠されていたインカム───小型魔信機のスイッチを入れる。

 

「こちら066、()()()()()()()は正常に作動中」

 

 そしてそう呟き、彼女は突然の爆音で曲芸をストップさせていた壇上に上がる。

 それに気付いたスタッフは曲芸師を退かせ、壇に仕込まれていたある魔導機械を取り出し、それに付けられているレンズを背後の白い天幕に向ける。

 彼女は両手を大きく広げ、言った。

 

『レイフォルの民達よ! 抑圧の時は終わる!!』

 

 突如として言い放たれたその言葉に、観衆の視線は一気に檀上へと引き戻される。

 

「その女を殺せェ!!」

 

 そう叫びながら帝国軍人が腰の拳銃を引き抜き、照準もそこそこに引き金を引く。

 だが、放たれた鉛玉が彼女に届く事はなかった。

 

「『プロテクション』」

「なっ!?」

「感謝します、ノイエンミュラー大魔導師」

「早く終わらせて下さいよ~」

 

 その弾は半透明の膜の様な物に阻まれ、空中で静止していた。彼は額から汗を垂らしつつもパン、パンと続けて撃ち出す。しかしその全てが防がれ、やがてマガジンが空になった事でやれる事は無くなってしまう。

 カルミアは天幕の裏から出て来た、右目の部分を伸ばした髪で隠した少女───中央法王国の大魔導師、アルデナ・ノイエンミュラーに感謝を告げる。この作戦にあたり、ミリシアルは中央法王国へ応援を頼んでいたのだ。

 かつての海戦においては航空機の機銃掃射をも防いでみせたこの防壁が拳銃如きで破れる筈もなく、光の膜は依然としてカルミアを覆っている。

 

『我等はグラ・バルカス帝国の圧政より民を解放するべく遣わされた!! 諸君らが苦しむ事はもう無いのだ!!』

「……でもここには帝国軍が居るんだぞ!! それはどうすればいいんだ!!」

 

 民衆に仕込ませた工作員が彼女に尋ねる。

 

『安堵せよ!! まもなく奴らには神の怒りが降り注ぐ事であろう!!』

「神の怒り……だと!?」

『さあ……あの黒煙の方を向くのだ!!』

 

 と、彼女がそう言った瞬間だった。

 

 

「う、うわ!?」

「なっ、なんだぁっ!!?」

「今何かが───」

 

 

 西の空から()()が轟音と共に猛烈なスピードで飛来し───

 

 

───それがラルス・フィルマイナの元に辿り着いた瞬間、強烈な光が発生し、皆が目を開けたそこには巨大なキノコ雲が上がっていた。

 

「な……」

 

 民衆が、帝国軍が、その場に居た者達全てが唖然とする。予め知らされていたカルミアですらもその圧倒的な"力"の権化に一瞬脳が恐怖に埋め尽くされた程だ。

 

「っ……こちら066、天の火の正常な起爆を確認」

 

 だが、そこですぐに我を取り戻せるのが諜報員という物である。彼女はすぐにインカムに触れ、自らに課せられた任務───着弾報告を行う。

 

 これは試製ウルティマ式空対地誘導魔光弾、通称"天の火"。神聖ミリシアル帝国が開発した誘導魔光弾の一種であり、射程は約100km。その特徴は何といっても()()である事であり、これの為だけに開発された新型大型爆撃機、ゲルニカ37型『トライデント』からしか発射する事は出来ない。

 では何故大型なのか。それはこれまでパル・キマイラからしか投下不能であった魔導爆弾『ジビル』を弾頭として採用しているからだ。このジビルをある程度まで小型化した物を搭載している訳だが、それでもなお通常の攻撃機からでは到底発射出来ない代物になってしまった。

 そしてこの誘導魔光弾。まだ試作品という事もあり本来ではこの様な市街地に誤射する可能性がある状況では使えない物だ。何しろ神聖ミリシアル帝国にとって初となる誘導魔光弾である。

 だが、そこは現地協力者に基地内部へ発信機───ガイドビーコンを設置させる事で解決させた。基地に向かわせた人間は全てレイフォル独立を目論む者達であり、その様な戦後の不安要素も排除出来て一石二鳥、という訳だ。

 

『さあ、レイフォル人達よ!! 戦う時が来た!!』

 

 そんな不幸な勇者達の事など忘れたかの様に、彼女は演説を続ける。

 

『このレイフォルに帝国の援軍はもう来ない!! 奴等は必死に隠蔽しようとしている様だが……中継地点たるパカンダ島は既に墜ち、帝国の主力艦隊は我等世界連合艦隊の前に敗れ去ったのだ!!』

 

 そこで背後の天幕に映像が投影される。そこからは彼等も聴いた事のある声が聞こえて来た。

 

『皆様こんにちは! 毎度おなじみ、レポーターのウレリアです!』

 

 映し出されたのは『世界のニュース』。その名に恥じず世界で最も知名度のあるニュースであり、レイフォル人もかつては酒場にある魔導通信機(ラジオ)でよく聞いたものだ。

 そして、今喋るエルフの女性が発する声は、その世界のニュースでも最も人気の高いレポーターの物であった。声だけでファンになっていた者などはその姿を見る事が出来たという事実に状況を忘れて感動する。

 

『今私は、つい先日我等が同胞、イルネティア王国が攻略したパカンダ島に来ています! ここはその中で最も激しい合戦が行われたグレンド平野です! ご覧下さい! 破壊されたグラ・バルカス帝国軍戦車にイルネティア国旗が掲げられています!』

 

 激しい戦闘の跡が残る平野。そこに残された鉄屑となった戦車に掲げられているのは間違いなくイルネティア王国の国旗であった……一部変更され、竜をあしらった様な紋様が追加されてはいるが。

 この映像を見せられた帝国軍兵士は苦い顔で歯軋りをし、レイフォル人は驚愕で口が閉じない。帝国軍の戦車という兵器はとても恐ろしく、魔帝でなければ絶対に立ち向かえないであろう、そうとまで考えていたのだから。

 それを文明圏外国であるイルネティア王国───未だにレイフォル人の中ではそういう認識であった───が破壊し、尚且つ島を攻略した?

 

『これを見ているレイフォルの方々!』

「「「!!!」」」

『決して諦めないでください! 我々には神が───神竜がついています!!』

 

 その言葉を聞いた観衆の目にギラりとした光が灯る。久しく忘れていた、誇りの火が。

 

 

───その日、ミリシアルの考案した一大反攻作戦である"レイフォル解放作戦"が本格的に開始された。




イルクスのイメージはこんな感じです

【挿絵表示】


ドラゴン形態は……原作で出ることを祈ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイフォル解放作戦 -落日のレイフォリア(後編)-

〈中央歴1643年4月1日〉

 

 ラルス・フィルマイナが炎上する一週間前。

 レイフォル領西部沖合、雲一つない青空の下。波もあまりない穏やかな海にて作業を行う艦隊の姿があった。

 その艦隊は凹凸の少ない艦体をもっており、()()()が見ればステルス艦だと勘違いしてしまうだろうその艦隊は、神聖ミリシアル帝国から派遣された物である。

 

「浮上してきました!」

「爆破せよ」

 

 その中の一隻が通った跡に謎の物体が浮かび上がってくる。それは球体に無数の棘が付いた様な形状をしている───即ち、機雷であった。

 それはその姿を現した直後にその艦から放たれた光弾に貫かれ、爆発し巨大な水柱を残して消滅する。そんな光景があちらこちらで行われていた。

 

 そう、現在この海域で行われているのは神聖ミリシアル帝国による大規模な掃海作戦である。

 第一次イルネティア沖海戦時の捕虜からの情報によって"機雷"という兵器の存在を知った帝国はその対策法も考案してきたのだ。そして、このタイミング───帝国によるレイフォル解放作戦の為に開発された掃海の為の新兵器が初めて投入されたのである。

 トネリコ級魔導掃海艇。磁気機雷を作動させない為に艦体を比較的魔力伝導率の高いトネリコの木材で造られ、また音響機雷を作動させない為にスクリューではなく『人魚の唄声』によるウォータージェット推進方式が採用された全長75mの小型艦である。

 この艦は機雷除去の為にパラべーンという防雷具を使用する。パラベーンは魚雷に似た形状をしており、それにワイヤーを繋げて海中に投下、牽引する。

 グラ・バルカス帝国が主に使用している機雷は繋維機雷という種類の物であり、これはワイヤーによって機雷本体を海中に留めているのだが、パラベーンはそのワイヤーを切るのだ。そして浮かび上がってきた機雷を機銃によって爆破処理する。これが掃海の手順である。

 

 また、この場にいる掃海艦隊の役割は機雷除去だけではない。

 

「魔探に感あり! 前方11時の方向、距離9NM(ノーティカル・マイル)!」

「直ちに向かえ!」

 

 機雷除去が完了した海域をゆっくりと航行するリード級小型魔導艦。その艦橋にてレーダー員が何かを感知する。

 彼が見ていたのは帝国が実用化した魔導電磁レーダー……ではなく、従来の魔力探知レーダーだ。しかし、その対象は海上や空中ではなく海中である。

 海中に感じたその目標に彼女は向かい、そこでとある新兵器を使用する。

 

「対潜攻撃、用意!」

「対潜迫撃魔導砲発射用意。左32度、仰角35度、距離240(フタヨンマル)、撃てぇ!!」

 

 彼のその言葉と共に、艦首に装備された新兵器───25連装対潜迫撃魔導砲が旋回し次々と発射される。発射された弾道は目標の位置に着水し───

 

ドォン!!

 

───巨大な水柱が上がる。続けて黒煙と共に水面に破片と油が浮かび上がり、そこに何か人工物があった事が分かる。

 

 この兵器はかつて地球でも使用されていた対潜兵器『ヘッジホッグ』とよく似た物であり、迫撃砲を無数に発射して海中の潜水艦を撃破する兵器である。

 これの利点は命中しなければ爆発しない事であり、余計な水柱で対潜行動を阻害されないのだ。

 ソナーよりも遥かに広い範囲を探索出来る水中への魔力探知レーダー、爆雷よりも命中率が高く効率的な対潜迫撃砲、これらも第一次イルネティア沖海戦時の捕虜からの情報によって潜水艦の存在を知った帝国が開発した───日本の資料も活用したが───物であり、この2つの画期的な新兵器により、ミリシアルは水を得た魚の様に潜水艦を狩り続けていたのである。

 

 

「もうすぐ作戦開始か」

()()()()がしっかりと作動する事を祈りましょう」

 

 今、彼等が居るのはレイフォルより西に約150km程離れた海域である。

 パカンダは墜ち、近付いたグラ・バルカス帝国艦船は全て撃沈するか拿捕している為、ここに彼等が居る事は帝国には知られていない。尤も、知ったとして迎撃に出せる程今の帝国に余裕は無いのだが。

 この海域の機雷を除去する事は軍事的に重要であった。ここは北回りでレイフォリアへ向かう際に通る海域であり、大規模反攻作戦発動の為には除去は必須であったのだ。

 

 その作戦開始は4月7日、今日の日付である。

 この海域にはミリシアル・ムー連合艦隊が集結している。その数、80。機雷で失われた艦は存在しない。初の掃海作戦ながら上出来であった。

 

 そんな彼等の頭上を巨大な機体が飛んでいく。

 全長45m、全幅52mにもなるその巨大な機体の名はゲルニカ37型『トライデント』。これより使用される()()()()()の為だけに開発された新型大型爆撃機である。

 

『こちら066、ガイドビーコンは正常に作動中』

「こちらトライデント。こちらからも確認した」

 

 機体のコックピットではレイフォリアに潜入中の工作員からの通信を受け取る。

 

「"天の火"、射程まであと5km」

 

 内部の兵士が操作する。

 この機体の兵装ポッドに配備されたたった一発の兵器、それを発射する為に。

 

「5、4、3、2、1……発射!」

 

 そうして、爆撃機からそれ───誘導魔光弾が放出され、一瞬自由落下した後に後部から火を噴き、急加速してレイフォリアへと一直線に飛んでいく。

 試製ウルティマ式空対地誘導魔光弾、通称"天の火"。弾頭に魔導爆弾"ジビル"を採用した帝国初の空対地誘導魔光弾である。

 それはレイフォリア沖に居た守備艦隊の対空砲火をかいくぐり、レイフォリアの街の頭上を飛び越え、その先にあったラルス・フィルマイナに着弾する。

 ジビルは強力な爆弾である。その一発で基地は半壊し、レーダーは全て破壊され軍事基地としての役割は完全に果たせなくなっていた。

 

 

『っ……こちら066、天の火の正常な起爆を確認』

「了解した……!」

 

 工作員から、作戦成功の報せが届く。

 その瞬間、旗艦たるミスリル級魔導戦艦『コールブランド』の艦橋は湧いた。何しろ、栄えあるミリシアルが世界で初めて(諸説あり)誘導魔光弾の実戦での使用に成功したのである。

 神話の時代の究極兵器。それの再現に遂に成功したのだ。

 

「総員静粛に!! まだ作戦は始まったばかりなのだぞ!!」

 

 そんな歓声を艦隊司令のバッティスタは一喝する。だが、彼も表には出していないだけで内心では偉大なるミリシアルを讃え続けていた。

 

「これより本艦隊は戦闘に移行する! 第一次攻撃隊の準備は」

「既に完了しています」

「よし。第一次攻撃隊出撃せよ! 目標はレイフォリア守備艦隊だ!!」

 

 その号令で、艦隊に所属する七隻の空母から一斉に艦載機が飛び立っていく。

 この艦隊には新たに建造された二隻のマカライト級を含んでおり、その総保有機数は500機にも及ぶ。

 一方で標的にされていた守備艦隊でも艦載機を発進させていたが、この艦隊は本来ラルス・フィルマイナからの支援を受ける前提であり、それが吹き飛んでしまった為に彼等は僅か二隻のペガスス級に頼らざるを得なくなった。

 

 果たして、世界連合側の攻撃隊は守備艦隊へ到達した。

 先日の第三次イルネティア沖大海戦の折に新型機であるカノープスはその殆どが取られており、更に残った機体も殆どがラルス・フィルマイナに配備されていた為に今この艦隊に居る戦闘機は殆どがアンタレスであったのだ。

 対する世界連合側は、ミリシアルが増産に増産を重ねた結果70機のエルペシオ5、100機のエルペシオ4が配備されており、戦力差は絶望的であった。

 この攻撃により旗艦のヘルクレス級『マルゼラン』を含む10隻が撃沈、その他の艦艇も多くが損傷する。そんな凄惨たる状況を見たバッティスタは第二次攻撃隊の出撃を不要と判断し、残りの敵は艦隊戦で掃討する事とした。

 

 結果は語るまでもないだろう。

 守備艦隊は殆ど一方的に嬲られ続け、連合側の被害はほぼゼロであった。

 連合艦隊には新造艦が多く含まれていた。

 ミリシアルの開発したイシルディン級魔導戦艦『クトネシリカ』は小型の船体にどれだけの火力を搭載できるか、というコンセプトで開発されており、ミスリル級とほぼ同程度の船体に41cm三連装砲を二基搭載している強力な艦だ。

 また、その他にもリード級よりも火力を増大させたアイアン級小型魔導艦*1などもおり、現ミリシアルでは最強であろう艦隊なのだ。守備艦隊など相手になる筈が無かったのである。

 

 こうして、レイフォル周辺の制海権は完全に失われ、戦場は陸へと移っていく───

*1
二代目



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイフォル解放作戦 -山岳要塞ダイジェネラ-

〈中央歴1643年4月27日〉

 

「ほ、本国より返信……"死守せよ"、以上です」

「戦闘機の一つも寄越さんという訳か……」

 

 室内の空気が冷え込む。その通信から分かるのは、要するに彼ら───レイフォル領駐留軍は見捨てられたという事実であった。

 

 ここはレイフォリア南部に位置する山、ダイジェネラ山。海抜高度429mのこの小柄な山は、グラ・バルカス軍によって要塞化されている。

 ラルス・フィルマイナからの通信が途絶えた今、この基地が事実上のレイフォル領駐留軍総司令部であった。

 

「ローフヴィリア基地、通信途絶」

「カリフィア駐屯地より我降伏せりとの通信が入りました」

「ガイテローン基地より援軍の要請が入っています」

「……」

 

 そんな部屋の中で今、基地司令でありレイフォルにおけるグラ・バルカス軍人の最高位、ロヴァート・エイラート陸軍中将は各地から寄せられる絶望的な報告の数々を前に呆然としていた。

 

 現在、レイフォル領は東西両方から攻め込まれている。

 西からは上陸したミリシアル・ムー連合軍が、東からは陸から第二文明圏連合軍に、だ。

 如何に兵器の質で勝っていたとしても圧倒的な数で攻められれば為す術はない。それが移動できない基地ならば尚更だ。多くの基地は数千騎にも及ぶワイバーンの火球に焼かれ、または恐れて降伏していた。

 ミリシアルの最新鋭機によって既に制空権を奪われている今の帝国軍にとっては、トカゲと馬鹿にしていた原種ワイバーンですらも脅威となっていた。

 援軍を出す事は出来ない。下手に地上を走っていれば敵戦闘機に補足され鉛玉をプレゼントされる事になるだろう。

 

「司令、このままではジリ貧です! 打って出るべきかと」

「……駄目だ。今の戦力では例え初戦で勝てたとしてもその先には続かん。ここに籠城し」

「籠城というのは援軍の存在があってこそ意味があるのです! 援軍が来ない事が確定している以上、我々がここに篭っている意味はありません!」

「ううむ……」

 

 参謀が言う。彼の言っている事も理解出来るからこそ、彼は言葉を濁らせるしかなかった。

 現在、ダイジェネラ要塞には4万の兵士、10両のハウンド中戦車、24両のシェイファー軽戦車、20門の155mm牽引式榴弾砲、50門の105mm牽引式榴弾砲、その他固定された対空砲などが存在する。以前ならば異世界の蛮族など鎧袖一触である筈の戦力は、今はとても心細く見えた。

 幸いにも食料や水は豊富にある。篭城すれば一年はもつだろう。だが、それだけだ。

 

「……」

 

 降伏、その二文字が彼の脳裏に浮かび上がってきたその時、けたたましい音を立てて司令室の扉が開かれる。

 

「おい! この軍の体たらくは何だっ! それでも精鋭の帝国兵か!」

「げ、ゲスタ部長」

「貴様ら分かっているのか? レイフォルは帝国の生命線、何としても奪われてはならんのだ!!」

 

 入ってきた男は外務省東部方面異界担当部長のゲスタ。彼ともう一人の外務省職員は、レイフォリア陥落の際偶然ラルス・フィルマイナから離れていたお陰で生き延びたのだ。その他に基地に居た者達は皆蒸発していた。

 徒歩で逃れ、ボロボロになりながらも助けられた時は感謝を述べていた彼は今、唾を飛ばしながら軍人に向かって罵声を浴びせていた。

 

「し、しかし……レイフォル駐留軍は既に半壊、制空権、制海権は無く、基地同士の連絡すらままならない状況です」

「ぬうぅん、と、兎に角我らだけでも本土に送れ!」

「な……そ、それは不可能です! 本基地には偵察用の機体が数機あるのみ、地上を動いていては敵機に補足されますし」

「それを何とかするのが貴様らだろうが!!」

「っ……」

 

 ロヴァートの額に青筋が浮かぶ。彼は右手を握り締めた。

 それに気付く事無く、ゲスタは叫ぶ。

 

「分かっているのか!? 私は帝王陛下より任ぜられブゲラッ!!?」

「───あ」

 

 無意識だった。彼の拳は正確にゲスタの右頬を貫く。

 前線に出る事はなくとも現役軍人の拳である。彼は少し吹き飛び、その場に倒れ伏せた。

 

「ガ……あ……ひ、ひさふぁ(きさま)あッ!!!」

「もっ、申し訳ありませんゲスタ部長」

ふぉんふぁふぉふぉをひ(こんなことをし)

 

 パン。

 

 我に返ったロヴァートが慌てて彼を助け起こそうとしたその時、乾いた音がその場に響く。瞬間、ゲスタの額に穴が空き、彼は目を見開いたまま動かなくなる。死体はずるずると外へ引き摺られていった。

 

「な、何を……」

「……ゲスタ部長殿は戦闘によって殉職なされました」

 

 彼を撃ったのは一人の兵士だった。

 

「私が証人になります」

「じ、自分はシエリア殿にその事を伝えてきましょう」

「お、お前達……」

 

 次々と室内の兵達が同調していく。

 皆ストレスが溜まっていたのだ。苦しい状況にありながら兵に罵声を浴びせ、糧食を貪る彼に対して。

 

「司令、どうか我々に死に場所を下さい!」

「このまま飢えて死ぬよりかは戦って死んだ方がマシです!!」

「司令!!」

 

 そして、そんな事を口々に言う。

 それに対し、彼が口を開こうと───

 

 

「レーダーに感!! 正体不明の大編隊接近中!!」

「何!? 数は!」

「東西より100、200……数え切れません!! 到達まで最短であと10分程度だと思われます」

 

 

───その時、レーダー員が叫んだ。

 そしてそれが敵の襲撃である事は火を見るよりも明らかだった。

 

「来たか……!! 全管戦闘配備、対空砲は対空戦闘準備!!」

「外部で作業中の兵士に告ぐ、直ちに基地内へと退避せよ、繰り返す、直ちに退避せよ!!」

 

 慌ただしく戦闘準備が整えられる。

 基地のあちらこちらに空いた細かな穴から対空砲口が出され、そこに弾を込めていく。屋外の兵士達が退避すると同時に三重の防火扉が閉められ、山岳基地は完全防備の体勢をとった。

 

 それと同時に彼は一度敵の姿を直に見ようと上部監視塔へと向かう。

 サイレンが鳴り響き、兵士達が慌ただしく動き回る廊下を歩いている時、ある人物に出会った。

 

「エイラート司令、な、何があったのですか」

「……シエリア課長。貴女は自室に居て下さい」

「先程ゲスタ部長が戦死なされたと聞きました。一体何が」

 

 彼女は不安げな表情を見せる。少なくとも腰が低い事は彼にとって好印象だった。

 

「敵襲です。私は状況を確認しなければならないので。それでは」

「は、はい」

 

 そう言い、立ち去ろうとする。

 

「……ああ、少し待って下さい」

「はい?」

「これを。念の為です」

「こ、これは……そこまで戦況は酷いのですか……?」

 

 彼がそれに答える事はなく、その場には渡された物───拳銃を持たされたシエリアただ一人だけが残された。

 

 

「敵は……凄まじい数だな」

「西からは航空機、東からは飛竜がそれぞれ大群で来ています。また、あちらを見て下さい」

「何だ……くっ、同時攻撃か」

 

 山の頂上にある監視塔で彼が見たのは、この世の終焉かと思う程の光景であった。

 東西それぞれの空には埋め尽くさんばかりの影があり、また西からはミリシアルとムーの物と思われる陸軍が向かってきている。どうやら敵は、本気でこのダイジェネラ要塞を獲りに来たらしい。

 

 各砲台が攻撃を開始する。ボン、ボンと音が鳴り続け、空に無数の黒煙や光弾が飛んでいく。

 

「この監視塔は危険です。司令は中へ」

「うむ。お前達も無理はするなよ」

「分かっています」

 

 そうして、彼は要塞内部へと戻る。

 彼が司令室へと戻っている最中、大きな揺れが彼を襲った。それは要塞全体を襲っている様で、コンクリート打放しの天井からパラパラと埃が落ちる。

 

「な、何だこの衝撃は……」

 

 彼は山その物を揺らす程の攻撃を行う事が出来る敵に恐怖を覚えた。

 

 

 

 このダイジェネラ要塞攻略に際し、世界連合側はかなり大規模な戦力を動員した。

 しかし、正面から攻めて攻略出来る代物でもないという判断から、その上で何段階にも分けた作戦が立案される。その第一段階が『トライデント』によるジビル投下であった。小型化に成功し、ラルス・フィルマイナを一撃で消滅させた戦果を見てから、ミリシアルはジビルの魔力に取り憑かれていた。

 要するに"取り敢えずジビル"状態である。

 

 投下は高高度から行われる。"天の火"は未だ試作段階であり、またコストも高い為量産には至っていないが、それを開発する途中で生まれたこの"誘導滑空魔導爆弾"は比較的コストが安く済み、それなりに数も作られていた。

 それの弾頭をジビルにした物が高高度から投下、正確にダイジェネラ山に着弾する。瞬間、激しい光と共に巨大なキノコ雲が立ち上る。木や監視塔は瞬時に蒸発し、また爆心地付近にあった対空砲も激しい熱で破壊される。

 だが、それでも要塞そのものを破壊する事は叶わない。ジビルは範囲攻撃力は高いが貫通力に欠けるのだ。だが、これでいい。まだ作戦は始まったばかりだ。

 

「何だあの威力は……」

『竜騎士団、攻撃開始せよ』

「りょ、了解! 全竜騎士、急降下!!」

 

 ジビルの爆発を見て唖然としていた竜騎士団に攻撃の指令が出される。それに従い、1000騎ものワイバーンが要塞へ向けて降下していく。

 要塞側はジビルの反動でマトモに迎撃出来ず、ほぼ全てのワイバーンが降下に成功する。そして、

 

「てェっ!!」

 

 隊長のその号令で、一斉に火球が放たれる。

 ワイバーンが放つ導力火炎弾は粘性が高く、一度着弾すると中々火が消えないという厄介な特性を持っている。それが満遍なく撒き散らされ、ダイジェネラ山は一面火に包まれる。これが、第二段階。

 大火災で対空砲を外に向ける事の出来ない要塞は今、空からの攻撃に無力だ。

 

 そこで作戦の第三段階が発動される。

 

「降下、降下、降下!!」

 

 遅れて到着した無数の輸送機から空挺部隊が一斉に投下される。とはいっても、降下方法はパラシュートではない。

 

「自分、箒に乗るなんて初めてですよ!」

「無駄口叩かないでさっさと魔石を撒いて!」

 

 輸送機から飛び出した兵達は皆、藁帚に乗っていた。

 中央世界にはアガルタ法国という国家がある。先の海戦ではシルフィ・ショート・バクタール司令率いる艦隊が艦隊級対空閃光魔法(アルケイン・スペイズカノン)を駆使してイルネティア竜母を守った逸話などが有名なこの国だが、個人で扱う魔法を得意とする事でも知られている。

 特に、熟練した魔導師は箒で空を飛ぶ、という物語の様な芸当が可能なのだ。魔力効率は悪いが、ワイバーンよりも小回りが利く。

 今回、ミリシアルはこれに目を付けたのだ。輸送機から一斉に飛び出した箒にはそれを操る魔導師の他に兵士が二名乗っており、彼ら彼女らは火災巻き起こる山へと降下していく。

 

「魔石撒きました!」

「よし! 『氷の精霊よ、我の……』」

 

 ある箒では、箒に乗って興奮した若い兵士をエルフの魔導師が叱責し、そして兵士が慌てて腰に付けた袋の中身───魔石をばら撒くという光景が見られた。

 そんな光景は全ての箒で行われ、無数の紫色の結晶が山へと落ちていく。

 そんな魔石へと向かって、魔導師達が詠唱を開始する。それが終わった瞬間、一斉に魔石が青く輝き出す。

 

 そして次の瞬間には、あれ程激しく燃えていた山は一瞬で鎮火されていた。

 これは魔石を核とした大規模冷却魔法である。山一面を覆う火災など通常は個人が扱うレベルの魔法では消火不可能だが、冷却魔法を付与させた魔石を大量に散布、それを魔導師の合図で一斉に起動させる事でそれを可能としたのだ。

 この技術を開発したのは今は亡きバクタール司令であり、彼女が先の海戦でこれの爆裂魔法版を使用した事から実戦での使用も可能であるという事は確認されていた。

 

「よし今! しっかり掴まってなさいよ!!」

「はい!!」

 

 冷却魔法により辺りの気温が一気に下げられ、それは消火するだけに留まらず辺り一面に濃霧を発生させる。

 これにより敵は空挺部隊の姿を確認出来ない。彼等は一斉に急降下し要塞へと接近する。

 

 果たして、空挺部隊800名は着陸に成功した。彼等は火災で閉じる事の出来なかった砲口部から侵入していく。

 まさか火災を一瞬で鎮火されるとは思っていなかった帝国軍は大混乱し、空挺部隊は要塞内部への侵入に成功した。

 

 熟練魔導師の魔法、ミリシアル製の魔導銃などを組み合わせた白兵戦はグラ・バルカス帝国にとっては未知の代物だった。平原などではあまり関係ないのだが、こういった狭い場所ならば魔法は有効活用しやすいのである。

 彼等の目的は敵司令部の占拠。位置は分かっていないがそこまで問題ではない。「要塞内部に侵入されている」という事実が重要なのだ。

 

 要塞のあちらこちらで激しい銃撃戦が繰り広げられ、部隊は要塞の奥へと進行していく。

 

 

「何なの、この音……」

 

 自室に籠っていたシエリアは、外から聞こえる怒声や破裂音に興味を惹かれる。

 そうして、彼女は扉に近付く。出るべきではない、彼女の理性が警鐘を鳴らすが、しかし彼女は鍵を開けて外に出た。出てしまった。

 彼女には、現在この要塞で何の役にも立てていないという罪悪感があったのだ。結局自分達外交官はただ異世界の国々を威圧し、やたらと敵愾心を煽っただけ。その結果、帝国は敗北への道を突き進んでいる。

 

 だからこそ彼女は、渡された拳銃を構えて外に飛び出し───

 

 

 パン。

 

 

「───あ」

 

 

 外に居た空挺部隊の兵士に発見された。

 シエリアは一目見てそれが敵だと判断し、拳銃を向けようとする。だが、元より自動小銃を構えていた兵士の方が撃つのは速い。

 

 胸部を撃ち抜かれ、彼女はその場に倒れ込む。

 胸を中心に紅い水溜まりが広がっていく。急速に身体が冷えていき、四肢の感覚から徐々に消えていく。

 

 

「……ご……めん……な…………さ……………」

 

 

 視界が完全に暗闇に覆われる直前、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 この日、ダイジェネラ要塞は陥落した。

 内部に侵入され、要塞表面の兵器はほぼ無力化、そんな状況で敵の大軍に接近されたのだ。空挺部隊の工作により陸軍主力部隊は内部に招き入れられ、こうして無敵と謳われた山岳要塞は呆気なく陥ちたのである。

 ここに居た帝国軍人は反撃し、その殆どが玉砕した。

 

 後に作られた戦死者リストの中には『シエリア・オウドウィン』の名もあったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイフォル解放作戦 -地下要塞ラテ・アルマイ-

〈中央歴1643年6月2日〉

 

 グラ・バルカス帝国領レイフォル。

 

 ラルス・フィルマイナ、ベルディー、ローフヴィリア、デズデモーナ、そしてダイジェネラ。帝国によって設置された幾つもの頑強な基地はその殆どが陥落し、開戦から僅か二か月で帝国はムー大陸に持つ領土のうち実に八割を失っていた。

 かつてのレイフォルの属国であり、自らその首を差し出した隣国、ヒノマワリ王国も既に連合国側に墜ち、残っているのは最早レイフォル第二の都市、レイリング周辺のみとなっていた。

 

 レイリングは先述した通りレイフォリアに次ぐ規模を持つ都市である。それは国家の名がレイフォルからグラ・バルカスに変わっても同じであり、重要な拠点と化している。

 位置としては、レイフォリアから東に450km程離れた位置にある。ここは北から東にかけてファンダー山脈という険しい山脈があり、南には巨大な川、北西にはアールの森、南西には森に囲まれたグレシダ山という山があり天然の要塞となっている。

 ここに向かうには南の川を越えるかアールの森とグレシダ山の間にあるアルマイ平野を通るしかなく、当然帝国はそれに対応し、この位置に地下要塞を建設した。

 地下要塞ラテ・アルマイ。多数の回転砲塔を持ち、要塞本体は地下深くに隠匿されたこの要塞は空から発見する事は困難を極める。非常事態を想定して作られただけあって制空権を奪われた状態であっても耐えうる構造をしており、現に今も健在でレイリングを防衛していた。

 

 

「……こんな所に要塞があったのか」

「厄介ですね。空軍に応援を求めましょう」

「どうせまたジビルを撃つんだろうが……見る限り本体は地下だ。空からでは攻略は厳しそうだな」

 

 レイフォル解放作戦完遂の為、最後の都市レイリングに向かっていたミリシアル・ムー連合軍は偵察兵からの報告で自分達の進行方向に要塞がある事を知り、緊急で会議を開いていた。

 そんな会議の中、司令官であるミリシアルの老将、アルバート・ヴィレム・ノーズリフィア陸軍大将はその対策に頭を悩ませ険しい表情を浮かべる。

 

「要塞攻略は入念な準備こそ最も重要なのだ」

 

 以前ダイジェネラで使った戦法───空挺作戦は使えない。あれは特殊な加工を施した魔石、そして竜騎士団の支援があって初めて可能になる物だ。

 そしてそれには事前の根回しが必要になる。電話一本で軽く行える物ではないのだ。

 また、森を迂回するという選択肢も取れない。この軍は複数の車両、戦車を有しており、とてもではないが森を抜ける事は出来そうになかった。木々を薙ぎ倒せる程巨大な戦車でもいれば話は別だが、そんな代物はミリシアルにもムーにも存在しない。

 あるいは魔法帝国の遺物ならば可能かもしれないが、それが出来そうな古代兵器───『陸上戦艦パルゲルド』はパルカオンよりも解析が進んでいなかった。

 

 要するに、彼らは今ここにある兵力をもって要塞を攻略しなければならないという訳だ。

 

「我が軍の戦力は如何程だったか?」

「はっ。神聖ミリシアル帝国はフェンリル中戦車30両、ケンタウロス軽戦車75両、155mm牽引式魔導砲120門、127mm牽引式魔導砲180門、76mm牽引式魔導砲50門、スパルトイ魔導兵200体。ムーはラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車10両、ラ・ヴィクトルⅠ歩兵戦車55両、イレール120mm牽引式カノン砲90門、イレール105mm牽引式カノン砲120門、ガエタン70mm歩兵砲150門。総兵力は20万であります」

「多いが……さて、敵要塞の戦力が分からん以上迂闊な行動には出れんな」

 

 参謀が連合軍の戦力を述べる。

 ミリシアルやムーは、第一次イルネティア沖海戦時の捕虜からグラ・バルカスの陸上戦力についての情報を得ており、そこから自軍の陸上戦力の増強、研究を続けていた。

 ムーは技術レベル的に、ミリシアルはそもそも戦車という発想すら無かったのである。魔帝の遺跡から出てくるのは魔導兵───大き目のパワードスーツ───か、あまりにも高度過ぎる古代兵器しか出てこなかったのだ。

 

 さて、ここらで兵器の軽い紹介に移ろう。

 フェンリル中戦車。主砲に60㎜魔導砲を、装甲にアイアン=シルバー合金を採用したミリシアル初の中戦車である。最高速度は整地で40km/hであり、それなりに優秀な性能を有している。

 ケンタウロス軽戦車。主砲は30mm魔導砲、副武装としてフィルリーナ12.7mm魔光砲を装備し、最高速は整地で55km/hだ。

 スパルトイ魔導兵はミリシアルがこれまで使っていた陸上戦力の一つであり、その見た目は全身を覆うタイプのパワードスーツだ。本体の装甲は精々ピストルを防げる程度だがミスリル合金の盾を持つ事が出来、それを用いれば20㎜魔光砲までならば防ぐ事が出来る。

 また、本体の武装として持ち運べる様に改造されたアクタイオン25mm魔光砲があり、平地での戦いではあまり役に立たないが市街戦などではその力を発揮できるだろう。

 ムーの戦力は、まずラ・ヴィクトルⅡ巡航戦車。主砲は47mm砲で最高速は24km/h。ラ・ヴィクトル歩兵戦車は25mm連装機銃を装備した軽戦車で、最高速は57km/hである。

 その他にも牽引式のカノン砲などがあるが、こちらは説明しなくてもいいだろう。

 

「援軍は?」

「パルド少将の第10師団、オリヴィア少将の第12師団が30時間後に到着予定です。また、第3重爆撃連隊が2時間後に到着します」

「ならばまず爆撃で様子見だな」

 

 

 2時間後、予定通り爆撃連隊が到着、爆撃を行う。

 高高度からジビルが投下され、巨大なキノコ雲がアルマイ平野に立ち上る。

 

「……ふむ、やはりか」

「ジビルは貫通力に欠けますからね。お、通常爆撃が始まりますよ」

 

 だがその見た目の派手さとは裏腹に、爆発した場所は土が抉れている程度で要塞にそこまで損害を与えられている様には見えなかった。

 それを確認した連隊が続けて通常の爆弾による爆撃に移る。

 要塞からの対空射撃は無い。爆撃機は高度を落とし、爆弾槽を開けて次々と魔導爆弾を投下していく。

 ドン、ドン、と何度も地響きと重音が轟く。通常の基地ならば三つは蒸発しているであろうその攻撃は───しかし、厚い地盤に守られた地下要塞には通用しなかった。

 

「地中の目標に対する攻撃能力の獲得が急務だな、これは」

 

 その様子を見てアルバートは呟く。

 これが、ミリシアルが後に地中貫通爆弾を開発する要因となるのだが、今はそんな物は存在しない。

 

「やはり陸から攻撃するしかないですね」

「うむ……」

 

 ラテ・アルマイは平野の少し小高い部分を中心として建設されている。

 今は無数の爆撃のせいで土が剥がれ、分厚いコンクリート壁が剥き出しになっているが、しかし要塞そのものには全く問題は無い。

 その小高い部分に要塞内部への進入口が幾つか設けられ、それを中心として幾つものトーチカや隠遁式回転砲塔が設置されている。

 無防備に突撃していけば、それらから一斉に攻撃され殲滅されるだろう。

 

 それから身を守る為に存在するのが"塹壕"である。

 これは地面に掘った深い溝であり、機関銃の銃撃などから兵が身を隠す為に作られる物だ。

 今、連合軍は工兵にそれを掘らせている。中々の長期戦になりそうだった。

 

「進捗は?」

「現在敵要塞の1km手前まで進んでいます」

 

 発見から5日。その間工兵は塹壕を掘り進めている。

 途中一度部隊を突撃させた事があったが、その結果は凄惨たる物だった。

 遠方から砲撃を行い、その間に戦車隊と歩兵を突撃させる。しかし、敵の砲撃の的となり結果として戦車20両と歩兵1万を喪失する事となったのだ。

 それを受けて、連合軍は慎重にせざるをえなくなる。同格相手の要塞攻略戦の経験が浅いのも今回の苦戦の要因だった。

 

「閣下、本国より通信が」

「どうした」

「陛下の裁可が下りました。パル・キマイラが来ます。到着は3日後との事です」

「なにっ!? そうか……ならば光明が見えてくるな」

 

 と、そこで通信兵が司令部にそう報告する。それを聞いたアルバートは表情を明るくする。

 

 かねてより、パル・キマイラの出撃要請はかけていた。しかしながら先の海戦で一機を喪失した本国はそれを渋っていたのだが、皇帝の鶴の一声で出す事になったのだ。

 既に制空権は確保しており、地上からの攻撃は大した痛手ではない。出撃させても問題は無かった。

 

 

 

「まさかこのパル・キマイラをモグラ叩きに駆り出すとはねえ。恨むよ、アルバート君」

『ははは……では、予定通り』

「分かっているよ。君達こそちゃんとやっておくれよ」

『分かっています』

 

 3日後、パル・キマイラ2号機艦橋内部。

 そこでは艦長のメテオスとアルバートが通信で会話していた。事前に決めた作戦の最終確認を行ったのだ。

 

「ふむ……下部魔導砲及びアトラタテス砲発射準備」

「了解。魔導砲及びアトラタテス砲への魔力回路オープン、魔力充填開始」

 

 艦橋内部でそんな無機質な会話が交わされる中、要塞は大騒ぎだった。

 何しろ直径200m程もある円盤が空を飛んでやってきたのだ。各対空砲は慌てて撃ち始めるも、砲弾の破片や機銃程度ではパル・キマイラ表面に展開されている防壁を揺らすのみだった。

 不幸にも、カイザルが空中戦艦を倒した事実は軍全体には共有されていなかったのだ。そもそもあれに参加した軍人が殆ど戻っていないというのもあるが、何よりも"空を飛ぶ直径200mの車輪"などという物が存在する事が大多数の者には信じられなかったのである。

 

「充填完了」

「所定の位置に向けて発射せよ」

 

 やがて充填が終わり、下部に取り付けられた三連装魔導砲やアトラタテス砲から攻撃が開始される。

 その標的は、トーチカや砲台だ。古代兵器であるパル・キマイラにはそこへ寸分違わず攻撃出来るオーバーテクノロジーが装備されていた。

 とはいえ、先程の爆撃で破壊出来なかった物を破壊出来る訳ではない。この魔導砲にはそこまで威力はなく、アトラタテス砲に至っては狙いが正確なだけの単なる魔光砲なのだから。

 

 

「今だ! 全軍突撃ィ!!!」

「恐れるな! 空中戦艦の攻撃は我らには絶対に当たらん!!」

 

 この攻撃の目的は、陽動と目くらまし。

 パル・キマイラが正確無比な攻撃で各砲台を抑えている間に陸軍が要塞に肉薄するのだ。

 

 塹壕から歩兵が飛び出し、後方から走ってきた戦車や魔導兵が彼らを追い抜いていく。それに気付いた要塞側から銃撃が来るが、すぐにそこへ空からの攻撃が届き無力化される。

 

「回転砲塔が動き出した、射線をよく見ろ!!」

 

 ただし、これで抑えられるのはあくまでもトーチカのみ。

 頑丈な装甲で守られた回転砲塔は如何に砲撃しようとも旋回し、発射してくる。それが一両の戦車に命中し、破壊される。

 だが、それだけだ。再装填にはそれなりに時間がかかるし、この回転砲塔は他のトーチカからの攻撃との連携で最高のパフォーマンスを発揮する。

 逆にいえば、それが無ければこれらはそれ程脅威ではない。

 

 回転砲塔からの攻撃を掻い潜り、一機の魔導兵が辿り着く。そして発射したばかりの砲口へ大口径無反動砲を差し込み、発射する。

 次の瞬間、砲塔そのものが持ち上がる程の爆発を起こし、ここは無力化された。そんな光景が全ての回転砲塔で見られ、連合軍は進入口へと突き進んでいく。

 彼らが進むすぐ隣では空中からの攻撃が今でも着弾している。これ程の至近距離の空中支援を行うのにはミリシアルの古代兵器への信頼の厚さが感じ取れるだろう。

 

 進入口から内部へ手榴弾が投げられ、爆発すると同時にまずは魔導兵が盾を構えながら侵入する。それに続いて他の歩兵も入っていく。

 そこからは一方的だった。要塞内部で使える程度の武装では魔導兵の盾を破る事は出来ず、よしんば破れたとしても完全に多勢に無勢なのだ。

 逆に魔導兵からは大口径無反動砲や25mm魔光砲が放たれ、隔壁や人体を紙の様に引きちぎっていく。

 

 

 中央暦1643年6月10日。この日、地下要塞ラテ・アルマイは陥落し、ミリシアル・ムー連合軍は一路レイリングへと向かっていく───




ヒノマワリ「こんな事が……こんな事が許されていいのか(ナレ死)」

追記:方角間違えてたので修正しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイフォル解放作戦 -最後の都市レイリング-

〈中央暦1643年6月12日〉

 

「前方左の建物の中に敵兵! リーリャさん気を付けて下さい!」

「分かってるわよ! そっちこそ撃ち漏らさないでよ!?」

「分かってます……よッ!」

 

 レイフォリアより東方に行くこと450km。西を森、南を川、北と東を山脈に囲まれたこの地にはレイリングというレイフォル第二の規模を誇る都市が存在する。

 西にある森と森の間にはアルマイ平野があり、グラ・バルカス帝国はそこに要塞を設置する事でこの都市そのものを基地と化した。

 だが、その地下要塞ラテ・アルマイは陥落した。最早障害は消えたミリシアル・ムー連合軍は一路レイリングへと向かい、現在に至る。

 

 今、この街には帝国軍が立て篭もっている。レイリング駐屯地は既に空からの攻撃で破壊され、生き延びた兵達が市街戦へと持ち込む為に逃げ込んだのだ。

 連合軍とて純軍事施設である要塞や基地などは容赦なく空爆出来るが、流石に都市に対して攻撃は出来ない。

 その結果、帝国軍人の思惑通り市街戦が発生したのである。尤もその形態は彼らの想定していた物とは違うだろうが。

 

「今っ!!」

「はい!!」

 

 青年が窓へ向かって銃撃し、そこに潜んでいた帝国兵士の身体を撃ち抜きそのままの勢いで内部に突入する。

 

 現在、この街では()()()()()()()が建物の間を縫う様にして()()()()()()()

 この2人───アガルタ法国に所属する魔導師のリーリャと神聖ミリシアル帝国軍の兵士であるヴィリアスもその中の一つであり、彼らは今、箒で飛んで建物内部に居る敵を掃討していた。

 ワイバーンよりも魔力効率は悪いが小回りが聞き、尚且つ小さい箒はこうして市街戦で役立っていた。

 

「なっ!? ほ、ほうぐぇッ!!?」

「な───がっ」

 

 突然箒に跨った男女が突入してくるという非現実的な光景に、内部に更に潜んでいた帝国兵は一瞬怯んでしまう。

 その一瞬を見逃す筈もなく、リーリャが箒の先端で兵士の喉を突き、ヴィリアスが拳銃でもう片方の兵の頭を撃ち抜く。次に喉を押さえて藻掻く兵に発砲してトドメを刺し、一先ずその部屋の制圧を終える。

 

「目ェ瞑りなさい! 『光の精霊よ、我に応えよ』!」

 

 窓ガラスが割れる派手な音を聞き、帝国兵がドタドタと廊下を駆けてくる。それを察知し、リーリャは箒を両手に持ち詠唱を始める。

 そして、ヴィリアスが目を閉じ、けたたましい音を立てて扉が開かれた瞬間───

 

「『閃光(フラッシュ)』!!」

「お───がっ!?」

「ぐぁっ!!?」

 

───箒の先端から激しい閃光が放たれ、帝国兵の目を潰す。

 堪らず目元を押さえたその隙を見逃さず、ヴィリアスはナイフを抜き彼らの喉元を斬る。彼らはその場に崩れ落ち、暫く痙攣した後に動かなくなった。

 

 そして、2人は部屋を出て別の部屋へと行く。そこで何度か同じ様に戦闘を行い、2人はとある部屋に辿り着く。

 その部屋の扉を挟み、2人は何度かアイコンタクトを交わす。そして扉をまず少し開け様子を窺う。

 

「「っ!!」」

 

 次の瞬間、けたたましい発砲音と共に扉に幾つもの孔が空く。安易に扉を開いていれば即死だっただろう。

 それを見た彼女は彼へ耳を塞ぐ様合図を送り、自らは小声で詠唱を行いそして甲高い音を発生させる。

 耳を塞いでも尚聞こえるその音が起こり、内部からくぐもった呻き声がしたと同時に彼は内部に突入、そこで耳を押さえる数人の帝国兵を撃ち抜き絶命させる。

 

「くっ……テメェ……!!」

「っ!! しまっ───」

 

 だが、彼は1人を見逃してしまった。偶然扉のすぐ隣に居て凶弾を免れた兵士が彼に向かって銃口を向け───

 

「ガッ」

「あ……」

 

───次の瞬間、彼の喉から剣先が飛び出した。兵士は目を見開き何度か口を動かした後、その場に崩れ落ちてぐったりと動かなくなる。

 

「全く……あんたはもう少し周囲を見なさい」

「り、リーリャさん……」

「でも……よくやったわ」

「! ありがとうございます!!」

 

 それを行った者───リーリャは、はあ、とため息をつき剣に着いた血を拭う。

 助けて貰った事に意気消沈し、しかし直後に柔らかな笑みで褒められた彼は喜びから思わず彼女へ抱き着いてしまう。

 年端もいかぬ少女に抱き着く青年。見た目はアウトだが彼女はエルフであり人間のヴィリアスよりも実年齢は上なのでセーフである……本人が良いとは限らないが。

 

「ちょっ、近い……近いわよ!!」

「ぐえっ」

「あっ、やば、箒で殴っちゃった。先に一言くらい言いなさい! 全くもう……だ、大丈夫? ちょっ、ひ、『治療(ヒール)』! 『治療(ヒール)』!!」

 

 

 

『こちら司令部。飛行魔導師戦隊は一度集結し、合図と共にレイリング中央にある町役場へと突入せよ』

「了解。こちらリーリャ。全機に通達、病院屋上に一度集結!」

『こちらレックス小隊、了解!』

『こちらリアフィス小隊、了解』

 

 彼女が魔信に話しかけ、それに応える様に他の隊長達から通信が入る。

 

「ヴィリアス! あんた今の話聞いたわよね、突入するわよ!」

「了解ですリーリャさん! 任せて下さいよ!」

 

 頭にタンコブを作ったヴィリアスが彼女の声に応えサムズアップする。

 

 その後、病院の屋上に箒の部隊───飛行魔導師戦隊は集結した。

 眼下の道路では連合軍の戦車や魔導兵が、敵兵が集まっていると思われる町役場へ向かって進んでいる。あれが突入した後に彼女らも上階の窓から侵入するのだ。

 やがて陸軍が突入を開始し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。

 

『こちら司令部。突入を開始せよ』

「了解。全員気張りなさい!!」

「「「了解!!」」」

 

 そうして、皆が浮かび上がり町役場へと飛んでいく。

 

 

 窓に向かって突撃していき、それに気付いたらしい帝国兵が慌てた様子で自動小銃で迎撃してくる。

 

「ぎゃあっ!?」

「くっ……」

 

 リーリャの隣で飛んでいた魔導師が胸を撃ち抜かれ、制御を失った箒は後ろに乗っていた兵士の悲鳴と共に地面へ墜落していった。

 それを苦々しく見つめる彼女の後ろで、ヴィリアスは拳銃で狙いを定め、迎撃してくる敵兵に向かって発砲する。4発撃った所で命中し兵士はその場に倒れる。迎撃が弱まった事で進行が速まり、数機数を減らしつつも飛行魔導師戦隊は町役場に突入した。

 

 彼女らは箒に乗ったまま廊下を爆走していく。道中発見した敵は撃ち殺すか箒で体当たりして倒していき、そうして内部を制圧していった。

 一方、下層でも魔導兵による攻略が進められ、上部と下部からの同時攻撃により呆気なく町役場は制圧される。これによりレイリングは完全に連合軍の手に落ちた事になる。

 

 

 そして、レイリングが陥落した事により、中央歴1643年6月12日。この日、長らくグラ・バルカス帝国の占領下にあったレイフォルは解放された。

 圧政に苦しんでいた旧レイフォル国民達は歓喜に沸き、逆に生き残ったグラ・バルカス帝国人はその大多数が迫害を恐れて国外逃亡を選ぶ事になる。

 

 ともかく、ここに第二文明圏内の帝国勢力は完全に駆逐されたのである。




この2人は多分もう出てきません

つよイルのキービジュアル的なアレです(背景は未定)

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大戦の残滓

〈中央歴1643年6月29日〉

 

「まもなくですぞ、ライカ様、イルクス様」

「おおー、久しぶりだね」

「2年ぶり……くらいかな」

 

 中央世界、ミリシエント大陸上空。

 雲も少なく穏やかな気候のこの日、そこを一機の旅客型天の浮舟が飛んでいた。

 その窓から大陸を見ているのは、イルネティアの英雄、ライカ・ルーリンティアとイルクスであり、そんな2人を生暖かい目で見守るのは青い肌をした大男、エモール王国の外交担当貴族、モーリアウル。

 彼は(良く言えば)穏やかな笑顔で見守るものの、"中身の無い左腕と左足"が視界に入る度に口内で歯を噛み締める。それは彼女───ライカをそんな姿にしてしまった悔しさであり、下手人たるグラ・バルカスへの怒りでもある。

 そして、彼女のそんな状態こそが今二人がこうして態々天の浮舟に乗っている理由でもあった。

 

 第三次イルネティア沖大海戦。それはグラ・バルカスと世界連合軍双方に深い傷を負わせ、その傷の中にはライカの左手足も含まれていた。

 現在ミリシアルにて専用の義肢が開発中であるものの、それが完成するまでは彼女は車椅子を使わなければ移動もままならない様な状態であり、当然飛竜に乗るなど以ての外なのだ。

 ライカは表面こそ笑顔を浮かべたりしているものの、それにはやはりどこか翳りが含まれていた。

 

 そんな状態にモーリアウルは当然心を痛め、二人にある提案をした。

 

「そういえば、これから行く『ヴァルムト温泉』ってどんな所なんですか?」

「ああ、そういえば説明しておりませんでしたな」

 

 そう、湯治である。

 彼女らが向かっているエモールのその温泉についての概要をあまり知らないライカは、モーリアウルに尋ねた。

 

「ヴァルムト温泉は霊峰アクセンの一角にある地、ヴァルムトに湧き出ている温泉です。ドラグスマキラからそう遠くないその温泉は、神代に神竜バハムート様がその御力をもってして創られた、と伝えられております」

「ええ!? 温泉を!?」

「はー、そのバハムートさんって凄いんだね」

「ええ。バハムート様はインフィドラグーンで最も優れた三柱の竜に与えられる称号───"三竜"の一角であられた御方。竜魔戦争の際には衰えから後進の方にその座を譲っておられた様ですが、それでもなおラヴァーナル帝国の大軍相手に勇敢に戦われ、その大半を撃破した、という逸話まで残っている程です」

 

 彼は得意げに祖先の逸話を語る。

 ヴァルムト温泉。彼の言った通り"三竜"バハムートがその権能をもってして作り出した温泉であり、そのエメラルドグリーンの湯は魔素を豊富に含んでおり入った生物の自己治癒能力を高めると言われている。

 その効能は中央世界には広く伝わっており、一国の王族なども湯治に訪れる事もあるらしい。かつてミリシアル八世も訪れた事があるとかないとか……

 ともかく、エモールが誇るその温泉に、モーリアウルは二人を招待したのである。

 

 

 エモールに空港は無い。その為、天の浮舟を使ってエモールに向かうには一度ミリシアルの空港で降り、そこから陸路で向かう必要がある。

 この一行も例外ではなく、彼女らを乗せた機体はミリシアル北部のエモール国境にほど近い位置にあるグンダカール空港に着陸し、そこから魔動車に乗り換えてエモールへと入国した。

 

 道中休憩を挟みつつ、車で約10時間。

 彼女らはエモールの首都、竜都ドラグスマキラに到着する。そしてまずは竜王ワグドラーンに謁見する事になるのだった。

 

 

「神竜様にライカ殿、よくぞ参られました。お二方は一刻も早く温泉へ向かわれたいとお思いでしょうが……」

「い、いえ、私達はご招待を受けた側ですので、当然の事です」

「そう言っていただけると幸いですな……して、そちらのモーリアウルは何か粗相などはしていないでしょうか?」

「…………いえ、大丈夫です」

「ちょっと距離感が気持ち悪いけどまあ大丈夫だよ」

「……そうですか。よく言い含めておきましょう」

 

 ウィルマンズ城、王の間。そこで二人は竜王ワグドラーンに謁見していた。

 とはいえ、その実情は何故かライカ、イルクス、ワグドラーンの三人が跪いているという何とも不思議な物なのだが。

 ライカとイルクスは相手が国王だから、ワグドラーンは相手が神竜だから。それぞれが考えてみれば当然の理由で跪いているのだが、それはそれとして何とも滑稽な光景である。

 

 そんな状態でまず軽い会話が交わされ、モーリアウルについて聞かれたライカが結構長い間言葉に詰まり、建前を知らないイルクスが本音を言い、それを聞いたワグドラーンによる外交担当貴族に対する説教が確定するなどの事はあったものの、基本穏やかな雰囲気で進んでいった。

 

「さて、お二方には温泉へ向かう前に……お会いして頂きたい方がいるのです」

「お会いして頂きたい()、ですか?」

 

 ライカは首を傾げる。それは会って欲しいという事実ではなく、国王がその人物に対して()という敬語を使っている事についてだった。

 国王であるからして、イルクスという例外を除けばここエモールでは彼が最も位の高い人物である筈なのだ。

 

「はい。その方もヴァルムトの近くにおられるのでそう手間はかかりません」

「どんな人なの?」

 

 イルクスが聞く。ライカは未だに彼女が彼に対して敬語を使わない度に冷や汗をかいていた。

 そんな彼女の内心はさておき、彼は言う。

 

 

「その方は人ではありません。その御方は───竜なのです」

 

 

───────

 

 

 ヴァルムトからそう遠くない場所、霊峰アクセン第二の海抜を誇るアドヴェント山の麓にその洞窟の入り口は存在する。

 内部は暫く竜人族が一人ギリギリ通れる程度の道が続き、やがて広い空間に出る。

 そこは幻想的な空間だった。あちらこちらの岩肌から色とりどりの魔石の結晶が突き出し、そこから漏れ出た魔素が空気中を漂う事で空間そのものが淡く輝いている。足元には薄らと水が流れており、触ってみると仄かに温かい。どうやら温泉らしかった。

 

「……これって」

「イルクス、どうかしたの?」

「この気配……」

「流石は神竜様、矢張りお分かりになるのですね」

 

 洞窟に入った瞬間、イルクスが何かを感じる。それにワグドラーンが反応し、ライカは何が何だか分からず戸惑う。

 

「ここはエモールの中でも歴代の竜王のみが存在を知る場所です。本来ならば国外の者など近付かせる事すら許されぬ場所……しかし神竜様ならば、いや寧ろ私などよりも貴女様の方が知るべき場所なのかもしれません」

「そ、そんな場所に私がついて来ても良かったんですか」

「本来ならば許されざる事です。ですが……」

 

 ライカの問いに、彼はイルクスの方を向いて答える。

 

「……神竜様の騎士ならば問題は無いでしょう。その背に乗る竜騎士は竜と一心同体である身、インフィドラグーンの世からそうですからな」

「そうだね、もし僕だけが連れてこられてても絶対ライカに教えてたと思うし」

「イルクス……」

 

 彼女は、出来れば軍人としては秘密は守って欲しいという思いと嬉しさが混じった声を漏らす。

 

「で、ワグドラーンさん。この先に居る"竜"ってもしかして僕と同じ?」

「正確には少し違います。貴女様は神竜、この先におられるのは()神竜と分類される御方です」

「ふーん、よく分かんないや」

「……まもなく見えてくるかと」

 

 歩く事十数分。広い空間の更に奥に、また更に広くなった空間があった。

 

「……!! こ、これが……!?」

「おお、すっごい大きい」

 

 ライカは驚愕し、何となく気配で分かっていたイルクスですらも軽く驚く。

 

「ご紹介致します。この方が───極みの雷炎龍、ヴァルロード様です」

 

 

 しかしそれも仕方ないだろう。何しろ、そこに居たのは───全長1kmはありそうな巨体を持つ"龍"だったのだから。

 

 

「極みの雷炎龍……?」

「亜神竜の一種であらせられ、かつてインフィドラグーンには数千もの雷炎龍様が所属されていたと聞いております」

「こ、こんな龍が数千……?」

 

 あまりの巨大さにその全貌を未だ把握できていない、そんな巨大龍が数千体も居たという事実にまたも驚愕する。

 一方のイルクスはといえば、別の事に気が行っていた。

 

「このヒト、凄く弱ってるみたいだけど大丈夫なの?」

「それは……」

 

 

『……その先は、私から言いましょう』

 

 

 と、その時だった。突然その場に居る者全員の脳内に直接声が届けられる。

 そしてそれは、ライカにとってはよく慣れた物───テレパシーだった。彼女らはその身体の端に付いている巨大な顔へと視線を向ける。

 瞼は半分程開かれ紅い瞳を覗かせている。口角は少し上がり、その表情は穏やかだったが覇気は全く感じられない。

 

「あなたは……」

『私は雷炎竜ヴァルロードと申す者。貴女方の話はワグドラーンから聞いております』

 

 彼は話す。

 彼───雷炎竜ヴァルロードはかのインフィドラグーンに所属していたという。だが、竜魔戦争の折に負傷しこの洞窟に逃げ込み、それから実に一万年以上も身体の回復に務めているらしい。

 竜形態になり体表面積を増やして魔素の吸収効率を高めても尚身体は回復し切っていない。それどころか飛び立つ事すらままならない様な状態なのだと彼は言う。げに恐ろしきは究極魔法───コア魔法の威力である、彼女らは思い知らされる。

 

『まさか神竜様が生きておられるとは……このヴァルロード、生きていた甲斐があったというもので御座います』

「そんなものなの?」

『貴女様はまだお若いご様子。いずれお分かりになる時が来る事でしょう』

「ふーん……」

 

 イルクスは結局あまり理解していない様子だった。

 とはいえ、特段気にしていない様で彼は次にライカへ視線を移す。

 

『ライカとやら……フフ、妙な因果もあるものだな』

「……」

 

 彼はどうやら、一目見ただけで彼女の秘密を見抜いたらしい。

 そしてライカも、彼が何を言いたいかを理解した。

 

「安心して下さい。私が必ずイルクスを護ります」

『その身体でか?』

 

 彼の視線は彼女の左手足があった場所に向けられていた。確かに、車椅子に乗せられているこんな状態ではどうする事も出来ないかもしれない。

 しかし、彼女は真っ直ぐに彼の目を見つめ、言う。

 

「まだ命はあります」

『フ……クク、ハッハッハ!! 矮小な小娘が大層な事を言うものだ。しかし気に入った……これで安心して眠りにつけるというものよ』

 

 どうやら、彼女は認められたらしい。彼は快活な笑いを上げる。

 

「ねえ、勝手に話を進めないでよ」

 

 と、そこにイルクスが割り込む。

 

「ライカを守るのは僕! 僕の魔力と力でどんな敵も打ち倒すよ!」

「ちょ、今そんな話してな」

 

 ライカの静止も聞かず、イルクスは彼女を持ち上げて言う。

 

「あとライカは"矮小な小娘"なんかじゃないから!」

「貴女の前に置かれると別の意味に聞こえるんですけど!?」

 

 他愛のない会話が繰り広げられる。ワグドラーンは苦笑し、モーリアウルは生暖かい視線を送る。

 そんな様子を見て、ヴァルロードは一言呟いた。

 

『……大丈夫そうだな』

 

 

───────

 

 

「温泉だー!!」

「広いなあ……」

 

 ヴァルロードの一件が終わったライカとイルクスはかねてからの予定であったヴァルムト温泉へとやってきていた。

 山の中腹に湧き出る温泉。巨大な浴槽が幾つも段々と積み重なっている様な構造をしたそこに黄金色の湯が溢れんばかりに張られ、白い湯気がもうもうと昇っている。

 そして、何といってもその最たる特徴は景色である。アクセン山脈の中腹にあるここは海抜2300mであり、遠方にあるドラグスマキラなどを一望する事が出来る。

 ただ一つ欠点を挙げるとすればアクセスが悪い事だろうか。インフィドラグーン時代にここを使っていたのは空を飛べる竜達ばかりだったので仕方のない事ではあるのだが。

 

 普段は利用者が数多くいるここには今、彼女ら以外には全く人が居ない。態々二人の為にエモール王国で貸し切ったのだ。

 そこまでしなくても、とライカは思いつつ、しかし警備上の観点からするならばこうするのが最善なのだという事も分かっているので何も言わない。

 

「はあ~気持ち良い……」

 

 イルクスが表情を蕩けさせる。

 

「んーっ、効きそうな感じがする……」

 

 ライカは右手を伸ばし、そんな事を言う。

 ジワリ、ジワリと切断部に成分が染みていく様な感覚。プラシーボかもしれないが、多分無いよりはマシだろう。

 

「……」

「……」

 

 二人が顔を上げれば、そこに広がるのは絶景だ。

 刻は夕暮れ。白と灰の雲海が広がり、その海に紅い太陽が沈んでいく。

 風が二人の顔を撫でる。熱い湯と冷たい風、ベストな組み合わせだ。

 

 そして、隣には()()が居る。

 

 

 静寂に包まれる時間。独特の金属臭が漂い、水と風の音だけが流れていく。鳥はおろか、虫すら居ない。

 

 

 二人だけの世界が、ただ、ずっと過ぎていった。




雷炎竜さんは原作よりも傷が深いご様子


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大戦末期

──中央暦1643年9月15日。

 この日、第二文明圏以西、現グラ・バルカス帝国領解放(侵攻)の為の世界連合軍がイルネティア島より出撃する。参加国数は第一、二、三文明圏合わせ14ヶ国。総艦艇数800隻以上という大艦隊であった。

 無論その中にはイルネティア王国艦隊57隻も含まれ、当然イルクスとライカも参加している。

 

 だが、この戦力は最早今の帝国に対しては明らかな過剰戦力であった。

 

 先の大海戦において外洋戦力の大半──人材も含む──を失っていた帝国海軍は海外領土防衛艦隊を最低限の戦力を残し招集。本土防衛に備えていた。

 結果として世界連合艦隊は海戦らしい海戦をする事なく、戦闘は残された治安維持用の陸軍相手の物のみとなったのである。

 

 さて、先述した通り帝王グラルークスは本土決戦を見越していたのだが……

 

 

「……もう一度言え」

「は……こ、皇太子殿下が……前線に……ひいっ!」

 

 ドン。帝王が拳を机に叩き付ける。それに報告しにきた男は恐怖し声を上げる。

 見ると、彼の額には青筋が立ち──同時に冷や汗もかいていた。

 

「今すぐ呼び戻せ!!」

「何度も呼び掛けていますが応答がなく……アンタレスに追い掛けさせましたが追い付けるかどうか……」

「クソッ!! あの馬鹿息子が!!」

 

 彼は焦り、同時に息子のあまりの無思慮さに絶望していた。

 皇太子グラ・カバルとは次期皇帝である。その為の帝王学もこれまで叩き込み、国民からの支持も高い。素晴らしき指導者となる……筈だったというのに。

 現在の戦況は伝えていた。前線を捨て、本土防衛のみに注力する事も。だが、妙な正義感を持つ彼は言うのだ。

 

「それでは前線の兵士を見捨てろと仰るのですか!? そんな事私には出来ません!!」

「時間稼ぎの為だと言っておろうが!! 国家の指導者とは時に大を生かす為小を犠牲にする覚悟を持たねばならんのだ!!」

「それは逃げです父上! 私は全てを生かす道を選びます!!」

「それが出来るのは本の中だけだ! ええい、お前には謹慎を申し付ける!! 自室で頭を冷やせ!!」

 

 だが、その晩彼は抜け出し、夜明けと共に出発した。

 厳重な警備がされていたにも関わらず抜け出せた理由としては、どうやら協力者が居たらしい。それが完全な皇太子派なのか、国内の不穏分子か、はたまた敵国のスパイかどうかは分からない。そんな事は最早些細な事であった。

 

 前線の兵士を鼓舞し勝利に導く──そんな夢物語を彼は描いていた。自らこそ勇者であると思い込んでいた。

 最早グラルークスは彼の無事を祈る事しか出来ず──

 

「し、失礼致します……」

「次はどうした!!」

「皇太子殿下の機より緊急通信が……"神竜に襲われている"と言った所で途絶しました」

 

──それは今、無駄となった。

 

 

 

「殿下、本国より通信が入っていますが……」

「どうせ父上だろう。無視しろ」

「か、かしこまりました」

 

 時は少し遡り、第二文明圏外上空。当のグラ・バルカス帝国皇太子グラ・カバルはスタークラウドに乗り最前線へと向かっていた。

 周囲には護衛のアンタレス──カノープスは航続距離が短い──が数機飛ぶ。彼らは皆、カバルの思想に賛同した者達──と、彼は思い込んでいるが実際には皇太子に逆らえないだけ──だ。彼は満足し、この先で待っているであろう大歓待に思いを馳せる。

 

「どうだ? 基地と連絡はついたか?」

「いえ、まだです」

「今日は一段と通信状況が悪い様だな。これでは兵も不安だろう」

「……」

 

 パイロットは言わなかった。恐らく通信状況が悪いのではなく、そもそも()()()()()()()()()()()()という予想を。

 例えそれを言ったところで彼は止まらないだろうし、不安にさせるなと叱責されるかもしれない。皇太子から叱責されるなど物理的に首が飛んでもおかしくないのだ。

 

「……ん?」

 

 と、そこでパイロットは()()に気付く。

 

「何だあの白いの──」

 

 

──次の瞬間、隣で飛んでいたアンタレスが()()()()()。隣だけではない。上下左右、護衛していた全ての機体が一瞬の内にバラバラになったのだ。

 パイロットは一瞬硬直し、次には反射的に通信機に向け叫んでいた。

 

「メーデー、メーデー、メーデー!! こちらスタークラウド!! 本機は現在神竜に襲われている!!」

「お、おい。どうした、何なのだ一体!」

「至急応援を求む!!」

 

 突如叫び出したパイロットに対し、カバルは理解が追い付かない。一瞬の内にバラバラになるアンタレス。アンタレスは長年にわたり世界最強の名をほしいままにしていた帝国が誇る戦闘機である。それが何の抵抗もさせてもらえないまま全滅したというのが彼には信じられなかったのだ。

 実際には多くの戦場で数多く撃墜されているのだが、これまで彼は被害に関してはあまり興味が無かった。

 

「殿下!! 脱出の準備を!!」

「だ、脱出!? 逃げきれないのか、この機体は700キロ出るのだろう!?」

「アレは神竜です!! 絶対に逃げ──」

 

 と、そこで彼の声は途切れた。

 カバルは目を見開く。彼は見てしまった。謎の光線がパイロットの身体を前後に断つ様に通り抜けていったのを。

 それはパイロットだけではない。機体そのものが前後に両断されていた。彼は外に放り出され、そこでようやく"敵"の姿を視認する。

 

「あ……」

 

 そこに居たのは白銀の鱗を持つ小さな竜、そしてそれを操る少女の姿。

 

 その姿。彼を殺そうとする死神の姿を見て、彼は。

 

 

「──美しい」

 

 

 そんな感情を抱きながら、彼は雲の中に消えていった。

 

 

──────

───

 

 

「こちらライカ、ライノ島沖合上空にて敵飛行小隊と遭遇、全機撃墜しました」

『こちら司令部。了解した、引き続き任務を遂行せよ』

「了解」

 

 イルクスに乗るライカは、敵が全滅したのを見ると司令部に通信を送る。特に追加指令などは無く、彼女は本来の目的──ここより南部にあるカイエス島への移動を続ける事になった。

 

『何だったんだろうね』

「ここの制空権がもう無いって事くらい知ってる筈なのだけれど……まあ、あまり考えてても仕方ないわよね」

『そうだね』

 

 まさか皇太子の暴走であり、そしてその本人がたった今撃墜した機体に乗っていたなどと彼女は知る由もない。

 

『所で、義肢の調子はどう? 痛くない?』

「ん? ええ、全然大丈夫よ」

『……そう』

 

 彼女は自らの"左手"をぐるぐると動かしてみせる。そのやや()()()()()動きを見てイルクスは顔を曇らせる。

 

 先の大海戦にて、ライカの左手足は失われた。本来であれば竜騎士どころか軍人すら退役する程の負傷でありながら、しかしメテオスとメールリンスというミリシアル・イルネティアが誇る魔導師の手によって生み出された義肢によりこうして再び竜騎士として復帰する事になったのだ。

 ミスリル製の本体、そして内部には魔物の細胞が含まれている。ライカには魔物を操る能力が備わっており、それを応用する事でまるで本物の手足の様に動かせる──まさに人類の夢である義肢が完成したのだ。

 ただし、その精度は日常生活ならば全く問題無い物なのだが、緻密な動作を要求される竜騎士にとってはやや不足していた。

 結果的には連合国側の勝利であった大海戦だったが、その被害は数字で表せる物だけではなかったのだ。

 

 それはともかく、二人はカイエス島に到着する。

 この島は直径20km程の島であり、かつてカイエス王国という文明圏外国が存在していた。だが、現在はグラ・バルカスにより侵略を受け王族は全員処刑、荘厳な宮殿は取り壊され牧歌的な雰囲気であった町はコンクリートジャングルに作り替えられたという過去を持つ。

 そんなこの場所には軍事基地が一つ設置され、文明圏外基準では鬼神の如く強力な兵器が多数配備されていた。

 

「撃てッ、撃てッ、撃てぇっ!」

「あ、当たりません!」

「いいから撃ちまくれ!」

 

 パン、パン、パン。連続する破裂音と空に舞う光弾に黒煙。

 ここは旧カイエス王国王都グラドーナ。そこに配備された高射砲や偶々居た装甲車から次々と光弾が撃ちあげられる。その目標は、勿論突如襲撃してきた神竜──ライカとイルクスである。

 

『結構人が居るね』

「人質代わりなのかもしれないけど……イルクス」

『分かってる』

 

 高射砲を誘導魔光弾で破壊しつつ装甲車を見下ろす。その周囲には野次馬めいた民間人が多数おり、もし同じ様に攻撃すれば多数の被害が出てしまうだろう。

 コラテラル・ダメージと割り切っても文句は言われないが、戦後の事を考えれば出来るだけ犠牲は避けたい所だ。通常の航空機ならば不可能だが二人ならばそれが可能である。

 

 イルクスが光線を放つ。それは正確に装甲車を貫き、中に居る乗員、上部で機銃を放つ兵士を切り裂いていく。それだけではない、生身で立ち無謀にも小銃で迎撃しようとしている兵士すらも正確に撃ち抜く。

 そうしてグラドーナから敵兵が居なくなった頃、イルクスは皆に呼びかけた。

 

『カイエスの民よ! ぼ……我が名はイルクス! 旧き龍の神より遣わされた神竜である!』

 

 突然脳内に声が流れ出したグラドーナ市民は驚き騒めき、やがてそれが上空に滞空する白銀の竜からの物だと理解するとそちらに視線を移しじっと耳を傾ける。ある者はぽかんと口を開け、ある者は泣き、ある者は膝をついて崇めだす。

 自分達が慕っていた王が謎の侵略者に殺され、文化は完全に塗り替えられた。そんな尊厳の欠片も無い屈辱に塗れた環境から救われたのだ。しかも、それをやったのは神話でしか見たことのない美しい神竜だという。

 

「神竜様、万歳!!」

 

 ふと、誰かが叫ぶ。それをきっかけに周囲の者達も次々と同調し、拳を突き上げ言う。

 

「神竜様万歳!!」

「インフィドラグーンばんざーい!!」

 

 やがて、グラドーナの街はイルクスを讃える大歓声に包まれる事となった──

 

 

──さて、ここで今回二人に与えられていた任務を確認しよう。

 まず、今回の連合国によるグラ・バルカス帝国領解放作戦において二人は主力から外されていた。

 先の大海戦は公的には"連合国"の勝利とされているが、実質的には"神竜"の勝利だとするメディアも少なくない。実際あの場に居た兵士も多くがそう考えており、それが上層部にとっては面白くなかった。

 だからこそ、この末期戦闘においては神竜の力に頼る事なく通常兵器のみで決着を付けようと考えたのである。

 だが、神竜程の戦力をただ遊ばせておく訳にはいかない。そこで二人、及びニグラート連合やトルキア王国などの文明国(足手まとい)には連合国軍の進行ルートから外れている地域の平定を任せたのだ。

 この世界における神竜の影響力は凄まじい。戦後統治を考えればその信仰心を利用しない手はなかった。

 

 以上が()()()二人に与えられた任務である。

 

「イルクス、どう?」

『ここは……あんまりだね。だけどあっちから結構な物を感じるよ』

「カイエス王国は当たり、と……」

 

 一方、二人にはイルネティア上層部から直々に与えられた任務もあった。

 イルクスが大地の何かを感じ取り、逐一それをライカがメモしていく。

 

「ああ、そうだ報告しとかないと。こちらライカ……」

 

 それが終わると、彼女は総司令部へカイエス平定の報を送る。後はここに暗に戦力外通告された部隊が到着、上陸するのを待つだけだ。

 その小さな身に余る大量の歓声と信望を受けながら、二人は容易い任務をこなしていった。

 

 

──────

───

 

 

〈中央暦1643年12月2日〉

 

「レクサス、コルジエラが陥落しましたか……」

「ええ。残る防衛拠点はバーナーとラウムのみ、特にラウムが落とされればあとは本土まで一直線です。そこから爆撃機でも飛ばされれば我々にそれを防ぐ術はない。だから何としてでもラウムは守らねばならない」

「それでこんな老兵の元まで来たわけですな、ジークス・テイラー大将」

「今は元帥です。もうミレケネスもカイザルもおりませんので……」

 

 グラ・バルカス帝国帝都ラグナ郊外。そこにある館の一室で、二人の男が対面している。

 片方は漆黒の軍服に仰々しい勲章を付けた中年の男──かつて帝都防衛隊長であり"帝国の三将"と呼ばれ、現在では事実上の帝国軍最高指揮官となっているジークス・テイラー陸軍元帥だ。これまでの戦いで優秀な人材を多く失った帝国では今やジークスに匹敵する程の人材は殆ど残っておらず、その分責も多くのしかかり未だ40代前半だというのにも関わらず白髪が増え、見るからにやつれている。

 そんな彼と相対するのはゆったりとした私服を纏った白髪の老人である。彼はジークスの言葉が終わると隣の机に置いてあった紅茶を一口飲む。

 

 彼はかつてユグドにて発生した大戦争にてとある大海戦を見事勝利に導き、帝国の勝利を決定づけた海軍提督だ。その功績を称えられ最終的には元帥になり、現在は退役し妻と共に長閑な生活を送っていた。齢90に達しようとする彼は最早足も満足に動かせない様になっているが、そんな彼ですらも動かなければならない程に帝国は窮地に立たされているらしい。

 彼の妻が目を伏せたまま軍服を持ってくる。埃こそ被ってはいるもののシワ一つ無い糊のきかされた美しい軍服だ。彼女は、彼がこの依頼を断らないと察していた。

 

「……分かりました。このビュゴート、老いた身でどこまでやれるかは分かりませんが……最後の悪あがき、何とか為してみせましょうぞ」

 

 立ち上がり、言う。その目にはかつての覇気が宿っていた。

 

 彼の名はビュゴート・オイゲン・アレクサンドラ。かつての大戦争を勝利に導いた彼の事を、皆は敬意を込めてこう呼ぶ──"冬戦争の英雄"、と。

 

 

 それから23日後、中央暦1643年12月25日。

 後の世で"()()()世界大戦"と呼ばれる事となるこの戦争の、最後の海戦が始まった。




唐突に出てきた冬戦争の英雄。まあこうでもしないと最終決戦が非常に味気ない物になるから仕方ない仕方ない本当に仕方ない


所でこれは全く関係ない話なんですが、銀英伝で好きなキャラはビュコックさんです


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。