機動戦士ガンダムSEED effect (kia)
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機体紹介

『中立同盟軍』

 

形式番号  MVF-M13A

 

名称    ナガミツ

 

武装

 

近接防御火器×4

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

対空ミサイル×4

対艦バルカン砲×2

超高インパルス砲『アグニ』改×1

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

オーブ軍主力量産機の一機。

ムラサメは高い汎用性を機動性を併せ持つ完成度の高い機体であったが、ナガミツはそれに比べて火力、機動力をさらに強化した機体で、同時にモビルスーツ形態の戦闘力向上も図られている。

武装も対艦バルカン砲が装備され、アグニ改は扱いやすいよう、そしてバッテリー機も使用可能なように改良が加えられている。

 

 

形式番号  MBF-M1α

 

名称    アドヴァンスアストレイ

 

武装 

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部ブルートガング改×2

グレネード・ランチャー×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

オーブの量産型モビルスーツM1アストレイに改良強化したアドヴァンスアーマーを装備させた機体。

各勢力の次世代の量産機が次々開発される中、オーブ軍もまた主力量産機であるムラサメやナガミツを開発していたのだが全軍に配備させるには時間が掛かる為、繋ぎとして開発された。

元々性能自体は高かったアストレイに大戦のデータを基に改良したアドヴァンスアーマーを装着し、機動性を強化した事で次世代機とも互角に戦える性能を得た。

腕部に装備されたブルートガング改はイノセントのナーゲルリングのデータを基に強化されたものであり、ビームコーティングが標準で施されている。

ちなみに軍では略称でAA(ダブルエー)と呼ばれている。

 

[アドヴァンスアーマー]

 

前大戦においてオーブの研究者ローザ・クレウスが開発した追加装甲。

デュエルガンダムに装着されていたアサルトシュラウドを参考に開発されており、装着する機体の特性に合わせて装備が違うが名称は一貫して同じである。

 

 

形式番号  STA-S3

 

名称    ヘルヴォル

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部『ブルートガング』改×2

アンチビームシールド×1

 

追加武装

 

ミサイルポッド×2

腰部グレネード・ランチャー×2

バズーカ砲×1

ビームランチャー×1

 

機体説明

 

スカンジナビア新型主力量産機。

前大戦において多大な戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された機体。

背中に標準装備されている高出力スラスターにより高い機動性を持ち、空中戦も可能。

砲戦寄りの機体ではあるが近接戦闘も十分に対応できる。

 

 

形式番号  STA-S4

 

名称    アルヴィト   

 

パイロット イザーク・ジュール

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部『ブルートガング』改×2

腕部ビームガトリング砲×2

レール砲『タスラム』改×2

斬艦刀『リジル』×1

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

スカンジナビア新型主力量産機。

前大戦において多大な戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された機体。

各スラスターをヘルヴォルよりも強化されており、高い機動性を誇る機体である。

腕部のブルートガングはビームガトリング砲の邪魔にならないように従来の手の甲からではなく、手首の方から刃が出るようになっている。

近接戦を得意としているが、射撃戦も対応可能。同時にレーダー機能も強化されているため、指揮官機として使用される。

 

 

形式番号  SOA-X03

 

名称    ブリュンヒルデ

 

パイロット レティシア・ルティエンス

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

高出力ビーム砲×2

機関砲×2

斬艦刀『グラム』×1

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機。

基になっているのは前大戦においてレティシア・ルティエンスが搭乗していたアイテルであり、背中に装備されているリフターも専用装備だったセイレーンを改良したもの。その為か機体は核動力こそ装備されていないが破格の性能を持っている。リフターにはバッテリーが内蔵してあり、強力な火器を装備した上での稼働時間の延長も図られている。

 

 

形式番号  SOA-X04

 

名称    センジン

 

パイロット ムウ・ラ・フラガ

      トール・ケーニッヒ

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

高インパルスビーム砲『アータル』改×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機。ムラサメ、ナガミツ同様可変機構を持ち、全身は灰色。バッテリー機でありながらもかなりの性能を誇る。

本来は火力重視の装備が予定されていたが、テストパイロットであるムウ・ラ・フラガが機動性重視の調整を希望した為に基本装備以外の強力な火器は『アータル』改のみ。

『アータル』改はイレイズに装備されていた物を改良した事で、バッテリーの消費も格段に抑えられている。二機製造されたが、特にフラガ機の方は他の人間が操縦出来ないほど、加速性、機動性を重点的に強化されており、一撃離脱の戦法を得意とする。

 

 

形式番号  SAT-SX01 

 

名称    レギンレイヴ

 

武装

 

小型ビームライフル×2

腰部ビームガン×2

腕部ブルートガング改×2

ビームサーベル×2

レール砲『タスラム』改×2

ドラグーン×6

小型アンチビームシールド×2

 

追加兵装

 

高出力ビームランチャー×1

ミサイルポッド×2

 

機体説明

 

黒い装甲に覆われた機体。

やや大きめの機体でありながらその加速性、機動性共に非常に高い。

後付けのスラスターユニットを装着する事でさらに速度を出せるモビルアーマー形態に変形できる。

ただしこれは一度外すと戦闘終了まで再装着不能。

武装は各種ビーム兵装に背中にレール砲、腰にビーム砲、肩にはドラグーンを装備している。

ドラグーンは電力を多く消費するものの、それを補う為に改良した予備バッテリーを数基装着している。

 

 

形式番号 MBFーM3E

 

名称   カゲロウ

 

武装

 

イ―ゲルシュテルン×2

複合ビームライフル×1

腕部ブルートガング改×2

電磁アンカー×2

ビームサーベル×2

スモークディスチャージャー×2

 

機体説明

 

中立同盟が開発した隠密行動を得意とするモビルスーツ。全身が黒いアドヴァンスアーマーを装備しておりミラージュ・コロイド程ではないがある程度のステルス性を持ち、情報収集や偵察を主任務としているが強襲役もこなせる。

背部に装備されているのはX字の大出力スラスター。これにより複雑な軌道をとることもでき、大気圏内での飛行も可能。

武装はビームライフルとビームマシンガンを切り替える事が出来る、複合ビームライフルとビームサーベル、腕にブルートガング、電磁アンカー、そして肩にはチャフ入りスモークディスチャージャーが装備されている。

敵の懐に潜り込むなど危険な任務を担っている為、セカンドステージシリーズのような新型との戦闘になる可能性も視野に入れられており、無事に情報を持ち帰るために機動性を高めて極限まで小回りが効くように設計され、スモークディスチャージャーも実装されているため、生存率はかなり高い。

高い戦闘力を誇っているが、自身の装甲は決して厚くは無い。

 

 

『テタルトス月面連邦軍』

 

形式番号  LFA-01

 

名称    ジンⅡ

 

武装

 

ビームライフル×1

突撃銃×1

ビームクロウ×1

ミサイル×4  

小型アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

テタルトス主力量産型モビルスーツの一機でエース用の機体。

名の通りジンの設計を基にした後継機(この機体にジンの名をつけた事がプラントとの関係をさらに悪くした一因となっている)であり、非常に高性能でウィザードを装備していない状態のザクを上回る性能を持つ。さらにフローレスダガーと同じくコンバットシステムに対応している。

 

 

形式番号  LFA-02

 

名称    フローレスダガー

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

テタルトス主力量産型モビルスーツの一機で一般パイロット用の機体。

地球連合のストライクダガーを研究し発展させたもので性能は高く、さらにストライカーパックを参考にしたコンバットシステムを搭載している。コンバットシステムはナチュラルでもコントロール可能なように装備自体に制御AIが搭載されている事が特徴であり、ストライカーパックシステムに比べ扱いやすくなっている。

 

 

各コンバット

 

ウイングコンバット

 

武装

 

機関砲×2

対艦ミサイル×2

 

エールストライカーを改良した装備。

一番標準的な装備で大気圏内でも使用可能。

 

 

バーストコンバット

 

武装

 

ビームランチャー×1

グレネード・ランチャー×2

ミサイルポット×1

 

ランチャーストライカーを改良した装備。

火力だけでなく、ある程度の機動性も考慮されている。

 

 

ソードコンバット

 

武装

 

対艦刀『クラレント』×2

ビーム砲×2

 

ソードストライカーを改良した装備。

近接戦だけでなく、ビーム砲も備えているため射撃戦もこなせる。

 

 

形式番号  LFSA-X001

 

名称    ガーネット

 

パイロット アレックス・ディノ

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×4

アンチビームシールド(三連ビーム砲)×1

各コンバットシステム

 

機体説明

 

テタルトス試作モビルスーツ。

エースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体。

ベースとなったのは前大戦の最終決戦に投入されたイージスリバイバルを基にしており、非常に高い性能を誇る。武装は基本的なビーム兵装に加え、シールドの先端には三連ビーム砲が装着されている。コンバットシステムにも対応はしているが、装備しなくとも十分な火力と機動性を確保している。

 

 

形式番号  LFSA-X002

 

名称    シリウス

 

パイロット ユリウス・ヴァリス

 

武装

 

機関砲×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腹部複列位相砲『ヒュドラ』×1

アンチビームシールド×1

各コンバットシステム

 

機体説明

 

テタルトス試作モビルスーツ。

エースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体。

ベースとなったのは前大戦に投入された特務隊専用機であったシグルドである。この機体を正当に進化させたのがシリウスであり元々高性能だったシグルドをさらに上回る性能を獲得している。

 

 

テタルトス戦艦

 

プレイアデス級

 

名称 クレオストラトス

 

武装

 

CIWS×多数

主砲ビーム砲×4

ミサイル発射管×多数

上部レールガン×2

下部レールガン×2

陽電子砲×1

 

テタルトス軍戦艦の一つ。

テタルトスで運用されている戦艦であり、ナスカ級をベースにしているが前大戦において多大な戦果をあげたアークエンジェル級のデータを参考にされている。ナスカ級よりも火力を向上させ、さらにモビルスーツ搭載数を大幅に増加させている。しかしその反面コストが高くなっている為に量産化に支障が出てしまっている。

 

 

ヒアデス級

 

名称 エウクレイデス

 

CIWS×多数

主砲ビーム砲×2

ミサイル発射管×多数

両側面レールガン×2

 

テタルトス軍戦艦の一つ。

テタルトスで運用されている戦艦でありエターナルを参考にされた高速艦である。エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている為に火力はさほどでもない。

 

 

『ザフト軍』

 

形式番号  ZGMF-X51S

 

名称    エクリプスガンダム

 

パイロット アレン・セイファート

 

武装

 

頭部機関砲×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド×1

 

専用武装

 

対艦刀『エッケザックス』×1

高エネルギービーム砲『サーベラス』×1

レール砲『バロール』×1

ハイパーバスーカ砲×1

ビームガトリング砲×1

 

機体説明

 

インパルスのプロトタイプとして開発された機体。

デュートリオンビーム送電システムも対応しているが、合体機構は無い。

この機体は各シルエット開発のデータ収集を目的として開発された側面をもつ。

その為にインパルスの各シルエットも装備可能だが、通常は専用シルエットであるエクリプスシルエットを装備している。このシルエットは基本となっている高機動スラスター(フォースシルエットの原型)に装備ラックが二つ設けてありエクリプス用の武装を装備できるようになっている。ベースとなっているのは前大戦最強の一機と言われたイレイズ。この機体の戦闘データを参考にしており、この機体はいわばザフト版イレイズとも言える。

 

 

形式番号 ZGMFーK200 (量産型の番号はZGMF-200)

 

名称   イフリートシュタール

 

武装

 

二連装ビームガトリング×2

ビームライフル×1

ビームショットガン×1

高出力ビームサーベル×2

試作型対艦刀『ベリサルダ』×2

大型アンチビームシールド×2 

 

各ウィザード

フライトユニット

 

機体説明

 

ザフトが特務隊の専用機として開発したモビルスーツ。形状はザフト特有のモノアイ。ザクやグフを上回る性能を持ち、機体各部にスラスターが搭載され、高い機動性を誇る。

開発時は特務隊以外の運用は予定されていなかったが、その性能に目を付けた軍からの要請で一般パイロットでも操縦可能なように改良を加え量産化する事が決定している。

射撃武器は二連装ビームガトリング二挺かビームライフル&ビームショットガンのどちらかを選択して使用する。各種ウィザードも装備できるので遠距離戦も近接戦闘もこなせる。

試作型対艦刀『べリサルダ』は折りたたみ式となっており、両肩に装備された大型アンチビームシールド内に格納されている。

グフのフライトユニットも装備可能なので大気圏内での飛行も問題ない。

 

 

『地球軍』

 

形式番号  GAT-X141

 

名称    イレイズガンダムMK-Ⅱ

 

パイロット アオイ・ミナト

 

武装

 

イ―ゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部実剣『ブルートガング』×2

アンチビームシールド×1

各ストライカーパック装備

 

追加武装

 

バズーカ砲×1

ビームライフルショーティー×2

 

機体説明

 

ゼニス開発の際に試作された実験機の一号機。

元々はイレイズが抱えていた問題点の改善を目的として造られたために基本的な部分は変わっていないが所々細かい部分が変更され欠点もすべて改善済み。

前大戦が終結してしばらくは放置されていたがその後改修、強化されている。

背中の部分は前大戦時において専用装備を装着する予定であったが、装備開発が中断された為に何も装備されていなかった。

その為戦後に改修された際にストライカーパックが装備可能なように改良されている。

以前から高い性能を誇っていたイレイズを強化したものである為にセカンドシリーズにも引けを取らない。

 

[ストライカーパック]

 

『スカッドストライカー』

 

武装

 

ビームマシンガン×1

ビームブーメラン×2

対艦バルカン砲×2

 

装備説明

 

連合が高速機動戦闘用に開発した試作ストライカーパック。

エールストライカー以上の機動性を持っているが、操作性はお世辞にも良いとは言えない、明らかなエースパイロット用の装備。

武装は連射性の高いビームマシンガンに両肩に装備されたビームブーメラン、対艦バルカン砲を装備している。

 

『ゼニスストライカー』

 

武装

 

機関砲×2

対艦刀『ネイリング』×2

複合火線兵装『スヴァローグ改』×2

 

装備説明

 

スカッドストライカーのデータを基にして開発した試作ストライカーパック。

今まで以上の機動性を持たせると共に操作性や火力、近接戦闘力を強化した装備となっている。

スヴァローグ改はゼニスに装備されていたものと同様の威力を保ちながら、格段に軽量化されバッテリー消費もかなり抑えられている。スカッドストライカーに比べれば操作性も考慮はされているものの、それでも並のパイロットでは扱えない装備となっている。

 

 

形式番号  GAT-04b

 

名称    フェール・ウィンダム

 

武装

 

基本装備はウィンダムと同様

 

ビームマシンガン×1

腕部小型ビームガン×2

肩部三連ミサイル×2

 

各ストライカーパック

 

機体説明

 

オーブ離反者から得た技術によりウィンダムを強化、さらにこの機体用に改良を加えたフォルテストラを装備した機体。ウィンダム自体が連合内において高い性能を誇っていたが、これらの強化によりさらに性能が向上している。一部のエースや特殊部隊に配備される事になる。(フェールはフランス語の鉄の意)

 

 

『その他』

 

形式番号  ZGMF-F110

 

名称    シグルドカスタム

 

パイロット カース

 

武装

 

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド内蔵ビームクロウ×1

腹部複列位相エネルギー砲『ヒュドラ』×1

機関砲×2

ミサイルポッド×2

 

機体説明

 

仮面の男カースが搭乗する機体。

前大戦に投入されたシグルドに細かな改修を加え、背中には高機動スラスターを装着。

同時に機関砲や使用後に何時でも切り離し可能なミサイルポッドなどを装備してある。

核動力を使用している為に現行の最新鋭機以上の性能を誇っている。

 

 



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機体紹介2(29話以降ネタバレ注意)

『中立同盟軍』

 

形式番号  ZGMF-X21A

 

名称    リヴォルト・デスティニーガンダム

 

パイロット シン・アスカ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力エネルギービームライフル×1

シュぺールラケルタ・ビームサーベル×2

腕部スラッシュビームブーメラン×2

高出力エネルギー収束ライフル『ノートゥング』×1(銃身下部に小型ブルートガング改×1 銃口上部にロングビームサーベル×1)

斬艦刀『コールブランド』×2

背部『アラドヴァル・レール砲』×1

小型アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1)

ビームシールド×2

 

機体説明

 

中立同盟が激化していく戦いの中で次々と新型を投入してくる各勢力に対抗していくために開発された機体の一つ。この機体はローザ・クレウスが開発したSEEDシステムを試験的に搭載し、テストするために企画されていたもので、元々はフリーダムを基にする予定だったが、設計が遅れていた事や鹵獲したデスティニーインパルスが予想以上に性能が高かった事からデスティニーインパルスのデータを基に開発された。その為に形状に類似点が多く存在する。テストパイロットはラクス・クラインが務め、予想以上の性能に放置するのは惜しいとされていた。武装は高出力ビーム兵装を基本とし、小型化したレール砲、腕に装着しビームソードとしても使えるスラッシュビームブーメラン、エクスカリバーよりも扱いやすくなった斬艦刀『コールブランド』、ビームライフル程度の大きさに留められ銃身下部に小型化されたブルートガング改とロングビームサーベルによって近接戦闘用としても使える高出力エネルギー収束ライフル『ノートゥング』。さらにシールド内に装備されたビーム砲など強力な武装を装備している。

 

 

形式番号  ZGMF-X22A

  

 

名称    トワイライト・フリーダムガンダム

 

パイロット マユ・アスカ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力エネルギービームライフル×1

シュぺール・ラケルタビームサーベル×2

斬艦刀『シンフォニア』×2

腕部実体剣『ノクターン』×2(ビームカッター×2)

背部『ラジュール・ビームキャノン』×2

腰部『エレヴァート・レール砲』×2

小型アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1)

ビームシールド×2

アイギス・ドラグーン×10

 

機体説明

 

中立同盟が激化しいく戦いの中で次々と新型を投入してくる各勢力に対抗していくために開発された機体の一つ。リヴォルトデスティニーガンダムで得られたデータを参考に、フリーダムを基に開発された。この機体にはローザ・クレウスが開発したSEEDシステムであるC.S.システムが搭載され、最初からマユ・アスカを想定して開発が進められた。武装も高出力のビーム兵装に扱い易い中型斬艦刀、レール砲、腕部実体剣はイノセントに装備されたナーゲルリングⅡと同型。さらにストライクフリーダムに装備された物よりも小型化したアイギス・ドラグーンを装備している。このドラグーンは攻撃よりも防御を優先したものになっており、システムそのものも改良が加えてある為、高い空間認識力は必要ない(ただし一定以上の空間認識力は必要になる)。そしてアカツキ同様強力な防御フィールドを展開できる。非常に高い機動性、操作性、そして火力を誇り、まさに同盟軍最強の機体となっている。

 

『C.S.system』

 

『Convert Seed system』の略でローザ・クレウスが開発したSEED用のシステムであり、SEED発現を感知すると機体の一部装甲が拡張、格納されていたスラスターを解放する。さらに両翼から光の翼が放出され、通常とは比較にならない速度での高速戦闘を可能としている。

そして収集した戦闘データから機体制御や補助を行い、パイロットの力を100%発揮できるようにシステムがサポートするようになっている。ただし欠点として機体やパイロットの負荷が大きく、連続使用はできない。

 

 

形式番号  ZGMF-X17A

 

名称    クルセイド・イノセントガンダム

 

パイロット アスト・サガミ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力エネルギービームライフル×1

高出力エネルギー収束ライフル『アガートラム』×1(銃身下部小型ブルートガング改×1) 

シュペール・ラケルタビームサーベル×2

斬艦刀『バルムンク』×1

腕部『ナーゲルリングⅡ』×2(ビームカッター×2)

背部『ヴィルト・ビームキャノン』×2

背部高出力ビームソード『ワイバーンⅡ』×2

アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1 グレネード・ランチャー×2)

ビームシールド×2

 

機体説明

 

中立同盟が激化し、次々と新型を投入してくる各勢力に対抗していくために開発された機体の一つ。

前大戦でアスト・サガミが搭乗したイノセントのデータを基に現在の技術をつぎ込んで開発された機体。彼の力を十分に発揮できるよう、調整が加えられており、各部スラスターや火力も強化されている。武装は各高出力ビーム兵装、斬艦刀『バルムンク』、さらに強化された翼を広げたように展開される背部高出力ビームソード『ワイバーンⅡ』、ビームライフル状の大きさでありながら高い攻撃力を誇る高出力エネルギー収束ライフル『アガートラム』(銃身下部に小型化されたブルートガング改を装備)。腕部の『ナーゲルリングⅡ』はビームコーティング済みで、刀身中央が縦に開くとビームカッターが使用可能になる。さらにシールド内にもビーム砲とグレネードランチャーが装備されている。

 

 

追加武装

 

専用アドヴァンスアーマー

高機動ブースター

対艦ミサイルポッド×4

ビームガトリング砲×2

グレネードランチャー×4

バスーカ砲×2

ドラグーン式ビームフィールド発生装置『フリージア』

 

装備説明

 

前大戦で使用されたイノセントの追加武装。前大戦時よりも強化された武装に専用アドヴァンスアーマーを装着する。各々単体での装備も可能だが、すべての武装を装備した形態はフルウェポンと呼ばれる。その中でも新装備である『フリージア』はドラグーンシステムを使用したビームフィールド発生装置であり、防御として使用可能な他、ナーゲルリングⅡやワイバーンⅡと併用する事で強力なビーム刃も展開できる。さらにスラスターとしての使い方もあり、背中で連結させるとリヴォルトデスティニーの光の翼のようなフィールドを発生させ、高い機動性を得る事が可能となる。この装備はイノセントから指示を飛ばせば、戦闘中であっても他の機体の補助としても使用可能となっている。

 

 

形式番号  ZGMF-X18A

 

名称    ヴァナディスガンダム

 

パイロット レティシア・ルティエンス

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

斬艦刀『アインヘリヤル』×2

シュペール・ラケルタビームサーベル×2

腕部、腰部高出力ビームガン×4(腕部のビームガンはサーベルとしても使用可)

脚部ビームソード×2

スーパードラグーン×8

アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1 グレネード・ランチャー×2) 

ビームシールド×2

 

機体説明

 

中立同盟が激化し、次々と新型を投入してくる各勢力に対抗していくために開発された機体の一つ。前大戦で戦果を上げたアイテルとブリュンヒルデのデータを基に製作され、レティシア・ルティエンスの特性に合わせた調整が施されている。アイテルの特徴を引き継ぎ、背中には専用の装備を装着する事でどんな局面にも対応できる汎用性を持たせながらも、装備なしでも十分に戦えるように武装が配置されている。(名前のヴァナディスは北欧神話の女神フレイヤの別名ヴァナディースから)

 

専用装備

 

『セイレーン01』

 

武装

 

高出力ビーム砲×2

アラドヴァル・レール砲×2

ビームブーメラン×2

 

装備説明

 

前大戦で使用されたセイレーンの改良型。武装こそ減っているが、本体の火力が十分な為、あくまでも機動性の強化に重点が置かれており、前大戦で使用された装備よりも遥かに高い機動性を持たせることが出来る。

 

『リンドブルム01』

 

武装

 

ドラグーン×12(内6基はアイギス・ドラグーン)

高出力収束ビーム砲×2

 

前大戦で使用されたリンドブルムの改良型。こちらも火力よりも宇宙空間での機動性強化に重点が置かれ、さらにトワイライトフリーダムに搭載されているアイギス・ドラグーンが装備されている。

 

 

形式番号  SOA-X06 

 

名称    オウカ

 

パイロット トール・ケーニッヒ(1号機)

      フレイ・アルスター(2号機)

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギーロングビームサーベル×2

腕部『ブルートガング』改×2

アンチビームシールド×1

シールド内蔵ビームガトリング×1

超高インパルス砲『カテン』×1

ミサイルポッド×2

 

特殊装備

 

大型高機動ブースター

専用アドヴァンスアーマー

 

機体説明

 

次期主力機開発計画の新型。この機体は前大戦で予想以上の戦果を上げたSOA-X02『ターニングガンダム』を基にセンジンなど可変型の戦闘データを解析して開発された。火力や機動性を強化されつつも、効率よく飛行形態へ変形が可能になり、コックピット、システムも洗練され、扱いやすくなっている。武装もまた高エネルギービーム兵装を基本とし、アグニ改を改良した超高インパルス砲『カテン』を装備。さらに特殊装備も可能となっており、特殊作戦にも対応可能な汎用性も持っている。数機が試作され戦線に投入された。

 

 

形式番号  SOA-X07 

 

名称    シュバルトライテ

 

パイロット イザーク・ジュール

 

武装

 

近接防御機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

腕部『ブルートガング』改×2

高エネルギービームサーベル×2

斬艦刀『グラム』×2

高インパルスビーム砲『へファイストス』×2

アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1)

 

追加装備

 

高機動ブースター

アドヴァンスアーマー

 

機体説明

 

次期主力機開発計画の新型。レティシア・ルティエンスが搭乗していたブリュンヒルデのデータを解析、より洗練させ、さらにスウェアのデータを使って開発された機体。全身各所のスラスターによって高い機動性を誇り、ザフトの新型とも対等以上に戦う事が可能。背中には追加装備を取り付ける事が出来、高い汎用性を誇る。武装は高エネルギービーム兵装に斬艦刀、背中にはアータルを改良、強化した高インパルスビーム砲『へファイストス』を装備している。

 

 

形式番号  STA-S5(スカンジナビア)

      MBF-M3A(オーブ)

 

名称    ブリュンヒルデ(スカンジナビア)

      コウゲツ(オーブ)

 

武装

 

イーゲルシュテルン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

腕部ブルートガング改×2

腰部ビームガン×2

斬艦刀『リジル』×1

アンチビームシールド×1 

 

各タクティカル

 

機体説明

 

中立同盟の新型量産機。試作機でありながらザフトの最新型を撃破するという戦果をあげたブリュンヒルデの性能に目をつけた同盟が次期主力機として量産した。戦闘データを基に各所を改良、さらに背中の部分も改修、レティシア機とは違いタクティカルと呼ばれる武装の換装が可能になっている事。オーブとスカンジナビアで形式番号と名称に違いがあるのは、基本は同じ機体ではあるが各国防衛の特色に合わせ、各部に違いが存在し、厳密に同じ機体とは言えないからである。(そのためオーブ製とスカンジナビア製は形状に違いがある)

 

[タクティカルシステム]

 

アイテルのデータを基に同盟が実用化した装備換装システム。ストライカーパックやコンバットシステムとは違い、ある程度の火力を保持しながらも高い機動性を得る事が出来るのが特徴。現在は宇宙用と地上用の二種類が実戦に投入されているが、他の装備の開発も検討されている。

 

地上用機動戦闘装備『カラドリウス』

                            

武装

 

機関砲×2

高出力ビーム砲×2

対空ミサイル×2

 

装備説明

 

アイテルが装備していたセイレーンの量産型装備。大型スラスターによって高い機動性と空戦能力を得る事が出来る。

 

宇宙戦用装備『ヨルムンガンド』

                             

武装

 

レールガン×1

ビームランチャー×1

グレネード・ランチャー×2

電磁アンカー×2

 

装備説明

 

アイテルが装備していたリンドブルムの量産型装備。高機動スラスターと各武装に合わせ、電磁アンカーも装備している。

 

形式番号  MBF-M2B

 

名称    カザナミ

 

武装

 

頭部イ―ゲルシュテルン×2

腕部ブルートガング改×2

小型ビームライフル×2

ビームサーベル×2

肩部フォノンメーザー砲×2

対艦魚雷×4

 

機体説明

 

中立同盟が前大戦で投入したシラナミを基に発展させた機体。この機体は他の陣営の水中用モビルスーツに対抗する為に水陸両用の機体として開発された。シラナミの欠点であった、武装面を強化、ビームライフルやサーベルを装備した事で地上での戦闘も可能になった。さらに専用アドヴァンスアーマーにスケイルシステムを採用した事で非常に高い機動性を誇る。

 

[戦艦]

 

名称 ヘイムダルⅡ

 

艦長 ヨハン・レフティ

 

武装

 

対空バルカンシステム

ミサイル発射管

主砲エネルギー砲

リニアカノン

スモークディスチャージャー

 

戦艦説明

 

前大戦で特殊任務を担当したスカンジナビア戦艦ヘイムダルの改修艦。造形はそう変わってはいないが、細部に変化があり、中身は別物となっており、モビルスーツ搭載数も増え高い能力を持っている。さらに加速性、航続力、隠密性が強化されており、ミラージュ・コロイドも長時間散布可能になり、隠密任務も前以上にこなせるようになった。その反面武装面はスモークディスチャージャーを搭載した以外は前と変わっておらず、強力な火力を持った戦艦との撃ちあいは不利であり、あくまでも特殊任務用の戦艦である。

 

 

『テタルトス月面連邦軍』

 

形式番号  LFA-03

 

名称    リゲル

 

イーゲルシュテルン×2

腕部グレネードランチャー×2

ビームライフル×1(ロングビームサーベル×1)

ビームサーベル×2

メガビームランチャー×1

アンチビームシールド×1

 

各コンバット

 

機体説明

 

テタルトス最新型主力機。この機体最大の特徴は専用コンバットを装備する事で、モビルアーマーに変形が可能となる事である。それによって機動性のみならず、航続距離も飛躍的に伸びた。当然既存のコンバットも装備可能な万能機となっている。武装も近接戦、砲撃戦両方に対応できるバランスの良いものになっており、ビームライフルの銃口の下にはロングビームサーベルを搭載している。

 

フォーゲルコンバット

 

背部ビームキャノン×2

 

リゲル専用コンバット。

大型スラスターとビームキャノンが装備されている。

ビームキャノンはモビルスーツ形態でも使用可能。

 

 

形式番号  LFAーX04(量産機の番号はLFA-04)

 

名称    バイアラン・クエーサー

 

武装

 

頭部機関砲×2

腕部高出力ビームキャノン×2

高出力ビームサーベル×2

肩部スライド式小型シールド×2

 

各コンバット(ただしソードコンバットは除く)

 

機体説明

 

テタルトス軍が開発した機体。元々は地球上での戦闘を考え考案された試作機であり両肩に搭載している高出力スラスターによって空中での戦闘が可能。ザフトのバビやディンを遥かに上回る高い機動力を有している。地上だけでなく調整によって宇宙での高速機動戦も可能。性能自体は高いがその分武装の少なさが欠点である。防御力向上の為に肩部スライド式小型シールドを両肩に装着している。多数が量産され戦線に投入された。各コンバットも装備可能ではあるが、調整が難しく時間が掛る為、なにも装備させないで出撃するパイロットの方が多い。ただしソードコンバットはマニュピレーターの関係で装備不可。

 

 

形式番号  LFA-05

 

名称    シリウス

 

武装

 

ユリウス用のシリウスと同様。

 

機体説明

 

テタルトス新型量産機。ユリウス・ヴァリスが搭乗していた機体を改良し、エースパイロット用の機体として量産した。ユリウス専用の機体と比べて性能は落ちているものの、それでも十分すぎるほどの性能を持っている。

 

 

形式番号  LFSA-X003

 

名称    ノヴァ・エクィテスガンダム

 

パイロット アレックス・ディノ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

脚部高出力ビームサーベル×2

腰部ビームブーメラン×2

腹部複列位相砲『アドラメレク』×1

ビームシールド発生装置内蔵アンチビームシールド×1

シールド先端ビームカッター×1

 

背部大型リフター『シューティングスター』

高出力ビームウイング×2 

ビームシールド内蔵三連ビーム砲ドラグーン×4

 

機体説明

 

テタルトスの最新試作モビルスーツ。前大戦で投入されたイージスリバイバルをテタルトスの技術をもって発展させた機体。背中に装備されたリフター部分にイージスリバイバル同様ドラグーンでコントロールできる三連ビーム砲を搭載。火力を増しながらも小型化されている(それでも通常のドラグーンよりもかなり大きい)。さらにビームシールドを展開する事も可能。武装は高出力ビーム兵器を基本とし、アレックスの特性に合わせ、近接戦闘用の武器が多く搭載されている。(エクィテスはラテン語で騎士の意)

 

 

形式番号  LFSA-X004

 

名称    グロウ・ディザスター

 

パイロット ユリウス・ヴァリス 

 

武装

 

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

腹部複列位相砲『アドラメレク』×1

対艦刀『クラレントⅡ』×1

ビームシールド発生装置内蔵型アンチビームシールド×1

シールド内臓ビームカッター×1

ドラグーンシステム×8

 

機体説明

 

テタルトス最新試作型モビルスーツ。ザフト最強の機体であったディザスターをさらに強化、発展させた機体である。パイロットであるユリウスの技量を完全に発揮できるよう、そしてテタルトスの象徴的な機体として企画された。テタルトスの技術をつぎ込んで開発されただけあって、完璧にユリウスの操縦についていく事ができ、並みの機体を遥かに凌駕する性能を誇る。武装は強力なビームライフルとサーベルに腹部に装備された『ヒュドラ』の発展型である『アドラメレク』、対艦刀、さらに改良されたドラグーンシステムを装備している。

 

 

形式番号  LFSA-X005

 

名称    エリシュオンガンダム

 

パイロット セレネ・ディノ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高出力ビームサーベル×2

高出力ビームライフル一体型特殊対艦刀『イシュタル』×2

ビームシールド発生装置内蔵型アンチビームシールド×1(内蔵ビーム砲×1)

 

専用タキオンアーマー

 

肩部二連装ビーム砲

ミサイルポッド

小型高出力ビームキャノン×1

強化型レール砲×1

 

機体説明

 

テタルトスの最新型モビルスーツ。この機体はテタルトス軍のタキオンアーマーやその他の特殊装備の実証機として開発されたが本体も非常に高い性能を持つ。さらに専用のタキオンアーマーを装備する事でさらに性能は高まり、他の機体を凌駕する。武装は頭部機関砲、高出力ビームサーベル、ビームシールド発生装置内蔵型アンチビームシールド(内蔵ビーム砲)、そして特殊な武装である高出力ビームライフル一体型特殊対艦刀『イシュタル』。これは文字通りビームライフルと対艦刀を一体とした兵器であり、出力調整によっては収束ビーム砲並みの強力な一撃を放つ事も可能になっている。

 

[タキオンアーマー]

 

武装

 

ミサイルポッド

高出力ビームランチャー

グレネードランチャー

特殊ドラグーン兵装『エレメンタル』

 

装備説明

 

テタルトスが開発した特殊装備。各勢力の追加装甲は基本的に機体の防御力と機動性を高めるのが主な役目となっているが、このタキオンアーマーは機動性強化の方を優先している。その為どちらかと言えばコンバットシステムに分類される装備と言える。元々はSEEDを発現させたパイロットの動きに機体を追随させるために開発が企画されたもので、機動性強化に重点を置いたため一般パイロットでは扱いきることが出来ず、エース級、もしくは特殊部隊専用の装備となっている。特にドラグーン兵装であるエレメンタルはかなり特殊な装備であり、有線と無線を選択する事が出来る。有線は範囲が狭いものの扱いやすく、さらにバッテリー機でも長時間使う事ができる。

 

 

『ザフト軍』

 

 

形式番号  ZGMFーX26S

 

名称    ザルヴァートル

 

パイロット セリス・シャリエ

 

武装

 

CIWS×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

高エネルギービームランチャー×1

大型ドラグーン搭載ビーム砲×2

ビームウイング×2

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

ビームシールド発生装置内蔵アンチビームシールド×1(ロングビームサーベル×1)

 

機体説明

 

デスティニーやレジェンドと同時開発されたザフトの最新鋭モビルスーツ。二機同様にハイパーデュートリオンを実装しており非常に高い性能を誇る。セイバーや前大戦多大な戦果を上げたジュラメントのデータが色濃く反映されており、飛行形態に変形する事も出来る。その際の加速性能は他の機体を遥かに上回る。武装も強力な基本ビーム兵装と背中からつきだすようにドラグーン対応の大きなビーム砲を装備している。変形時にもこれらの火器は使用可能でさらにディサイドに装備されていたビームウイングを搭載している為に接近されても対応可能。さらにOSには今までの戦闘とI.S.システムから得たデータから制作された特殊なサブOSが搭載され、SEED発現に合わせ起動する事でパイロットの力を最大に引き出す事が出来るようになっている。

 

 

形式番号  ZGMFーX90S

 

名称    ベルゼビュート

 

パイロット リース・シベリウス

 

武装

 

近接防御機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギー腕部内蔵ビームソード×2

肩部大型ビームクロウ(内蔵高出力ビームキャノン)×2

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

追加武装

 

腰部中型ビームクロウ×2(内蔵ビーム砲×2)

高機動スラスター×1

対艦ミサイルポッド×2

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。改良されたI.S.システムを搭載している。大きな一対の翼を持ち、動力はハイパーデュートリオン、その出力から非常に高い性能を誇る。武装も強力な火器ばかりだが、最大の特徴は両肩に装備されている、大型のビームクロウ。アンチビームシールドとしても使用可能であり、大きなビームの刃が敵を挟むように斬り裂き、さらに中央には強力なビームキャノンが搭載されている。腕にマウントして、腕部のビームソードと同時併用する事で近接戦に絶大な威力を発揮する。さらに宇宙ではドラグーンシステムにより、分離させて使用も可能。

 

 

形式番号  ZGMFーX93S

 

名称    アルカンシェル

 

パイロット ステラ・ルーシェ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギー収束ビームガン×1

高エネルギービームサーベル×2

装甲内部高出力三連装ビーム砲×2

大型ビームクロウ×1(内蔵高出力ビームキャノン×1)

ビームシールド内蔵アンチビームシールド×1

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。改良されたI.S.システムを搭載している。デスティニーなどと同じく、動力はハイパーデュートリオンを搭載されており、圧倒的な性能を誇る機体。普段は装甲のようなもので覆われており、これが展開されると背後に移動して翼になる。その際全身に配置されたスラスターが解放され、非常に高い機動性を発揮、さらに翼や装甲の間から微量のミラージュ・コロイドを散布して、デスティニーほどでは無いにしろ、虹色の光学残像を残す事ができる。ただしパイロットにかかる負担は非常に大きく、元地球軍のエクステンデットであるステラ・ルーシェ専用の機体となっている。武装は強力な火力も高いものを多く装備している。装甲内部には三連装ビーム砲が内蔵されており翼状に展開された際に使用できる。これはアビスに装備されていた武装をさらに強化したもの。収束ビームガンは威力こそビーム砲より劣るが高い収束力と放射時間が長く、鞭のように複雑な軌道を取らせる事も可能になっている。

 

 

形式番号  ZGMF-X42S

 

名称    ヴァンクール

 

パイロット ハイネ・ヴェステンフルス

 

武装

 

デスティニーと同様

 

機体説明

 

形式番号の示す通り、デスティニーの同型機であり、パイロットであるハイネ・ヴェステンフルス専用の機体。同型機である事から性能も武装も同様であるが、ハイネ専用と言う事で彼の特性に合わせた調整が加えてある。

 

 

形式番号 ZGMFー120D

 

名称   シグーディバイド タイプⅢ

 

 

武装

 

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

対艦刀『ベリサルダ』×2

小型ビームガトリング砲×1

高出力ビームランチャー×1

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×1

 

機体説明

 

対SEED用の量産機として開発された機体。名前はシグーディバイドとなっているが基になっているのはシグルドであり、特務隊専用機として開発されていたが、予想以上の性能にヘレン・ラウニスが対SEED用の機体とした。標準でI.S.システムを搭載し、背中のウィングスラスターはデスティニーインパルスで得られたデータを基に改良を加えたものであり、量産化に伴い、やや性能が落としてあるが、それでも十分すぎるほどの加速性能を有している。武装は基本的なビーム兵装に対艦刀、さらにガトリング砲やビームランチャーを装備されている。

 

 

[戦艦]

 

名称 フォルトゥナ

 

武装

 

ミネルバと同一

 

陽電子リフレクタービット×数機

 

機体説明

 

ザフト軍の新造戦艦でミネルバ級二番艦。

形状はミネルバとほぼ同様ではあるが、これまでの戦闘データを基に改良が加えられており、実質ミネルバよりも戦闘力は上である。最大の違いはドラグーンシステムを応用した陽電子リフレクタービットを装備している事。周囲にビットを展開することで陽電子リフレクターを発生させる事が出来る。これにより防御性能も向上した。ただしこれは長時間の展開は出来ず、ビット自体も戦艦を守るという事で大型化してしまっている。

 

 

『地球軍』

 

 

形式番号  GAT-X000

 

名称    エレンシアガンダム

 

パイロット ネオ・ロアノーク

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

試作型高エネルギー収束ビーム砲×1

各ストライカーパック

ビームシールド内蔵アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

マクリーン派がオーブから奪取したSOA-X05を基に開発した機体。元々奪取されたSOA-X05は組み立て途中の未完成な機体であったが、グラント・マクリーンが集めた技術者達(コーディネイターを含む)によって完成した。ローザ・クレウスが開発に関わっていただけあって基本スペックは非常に高く、核動力を搭載している為にパワーダウンも起きない。背中の部分は連合の機体共通のストライカーパックが装備可能となっている。武装はオーブからの技術を得て、実用化した高エネルギービームライフルとサーベル、ビームシールド内蔵アンチビームシールド。そして奪取した際、機体に装備されていた試作型高エネルギー収束ビーム砲。これは通常のビーム砲以上の威力を持たせながらも、格段に小型化、軽量化されビームライフル並の大きさに留められている。

 

[ゼニスストライカー改]

 

対艦刀『ネイリングⅡ』×2

複合火線兵装『スヴァローグⅡ』×2

 

名の通りゼニスストライカーを改良したもの。

核動力を最大限利用するため、火力、機動力を強化されている。

 

 

形式番号  GAT-X001

 

名称    エクセリオンガンダム

 

パイロット アオイ・ミナト

 

武装

 

マシンキャノン×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

腕部実剣『ブルートガングⅡ』×2

高エネルギー収束ビーム砲『アンヘル』×2

ビームシールド内蔵アンチビームシールド×1(両側面にビームガン×2)

 

機体説明

 

地球連合がオーブから奪取したSOA-X5の実験データを基にして開発した機体。核動力を搭載し、背中には二基の高出力ウイングスラスターと同時に各部に設置されているスラスターによって非常に高い機動性を持っている。武装も高エネルギービームライフルやサーベルを装備。さらに最大の武器である高エネルギー収束ビーム砲『アンヘル』は非常に強力な武装であり、連結させると威力も大きく増し、最大出力の一撃でモビルスーツ数機程度ならば即座に消し飛ばす程の威力を持っている。大きさもビームライフルをやや大きくした程度で扱いやすくなっている。腕部のブルートガングⅡはビームコーティングを施し、防御としても使用可能。この機体にはSOA-X05にローザ・クレウスが搭載しようとしていた試作SEEDシステムが搭載されている。W.S.システムと呼ばれたこのシステムは連合が独自に発展させたものであり、搭乗したパイロットの戦場での戦闘情報を収集、特性に合わせて機体調整や補正、支援を行うシステムである。さらに学習プログラムも搭載されている。

 

 



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機体紹介3(46話以降ネタバレ注意)

『中立同盟』

 

高機動兵装『スレイプニル』

 

武装

 

大口径ビームキャノン×2

高エネルギービーム砲×2

対艦ミサイル発射管×多数

近接攻撃用ブレード×2

 

装備説明

 

前大戦で投入された中立同盟の開発した高機動兵装。モビルスーツの強化に重点が置かれた兵装で、最終決戦でも多大な戦果をあげた。ザフトの開発した『ミーティア』に比べるとかなり小型化され、小回りが利くがその分、火力は劣るも加速性はこちらの方がかなり上であり、使い勝手もよくモビルスーツ戦闘にも十分対応可能。

 

形式番号  ZGMF-X20Ab

 

名称    ストライクフリーダム・セーブル

 

パイロット キラ・ヤマト

 

武装

 

ストライクフリーダムと同様

 

追加武装

 

高出力ビームランチャー×1

腕部ブルートガング改×2

肩部高出力ビーム砲×2

対艦ミサイルポッド×2

グレネードランチャー×4

 

機体説明

 

ストライクフリーダムにレギンレイヴの装甲を装備させた高機動形態。レギンレイヴの高機動スラスターとアドヴァンスアーマーを装備した事で防御力、機動性、加速性が高められており、さらにストライクフリーダムの武装に干渉しないよう装甲も調整され、追加の高出力ビームランチャー、対艦ミサイルポッドなどによって火力も増している。

 

『ザフト』

 

形式番号  ZGMF-X51Sα

 

名称    シークェル・エクリプスガンダム

 

パイロット ルナマリア・ホーク

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

改良型高エネルギービーム砲『サーベラス』×1

改良型レール砲『バロール』×1

改良型対艦刀『エッケザックス』×2

改良型ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

テタルトスとの戦闘で中破したエクリプスガンダムをミネルバに残されていたインパルスのパーツで修復し、破損したデスティニーインパルスのパーツを組み込んで改修を施した機体。デスティニーインパルスで指摘されていたエネルギー問題を解決するためにバッテリーに改良を施し、背中にはデスティニーシルエットとエクリプスシルエットを混ぜ合わせたデスティニーシルエット02を装着している。当然従来のシルエットも装備可能。武装や高機動ウイングは改良、小型化され、光学残像を発生させる事はできなくなっているものの、従来の機体とは比較にならない加速性能を誇っている。(シークェルは英語で『続き』の意)

 

形式番号  ZGMFーX93Sb

 

名称    サタナキア

 

パイロット ヴィート・テスティ

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

中型高エネルギービームランチャー×1

中型対艦刀『アガリアレプト』×2(内蔵小型ビームブーメラン×2)

ビームシールド内蔵アンチビームシールド×1(内蔵ビームショットガン×1)

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。アルカンシェルと同型機であり、改良されたI.S.システムを搭載している。アルカンシェルと違い、武装も扱いやすいものに変更されており、展開される装甲も武装が排除された分、機動性強化に重点がおかれ、デスティニーほどではないにしろ光学残像も発生させる事が出来る。装備された中型ビームランチャーは通常の物と比べ小型化された分、威力は若干劣るが、扱いやすくなっている。中型対艦刀『アガリアレプト』は刀身がやや短くなり、持ち手の部分に小型のビームブーメランが搭載されている。そのまま分割せずビーム刃を発生させる事も出来、敵の意表を突く隠し武器としても使用可能。

 

 

形式番号  ZGMFーX94S

 

名称    アスタロス

 

パイロット デュルク・レアード

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

腹部複列位相砲『サルガタナス』×1

高出力大型近接ビーム兵装『ネビロス』×1

中型対艦刀『アガリアレプト』×2(内蔵小型ビームブーメラン×2)

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。今までの対SEEDモビルスーツのデータを収集して開発された機体だが、パイロットであるデュルクの希望でI.S.システムは搭載されていない。

代わりに特殊なOSが搭載されており、I.S.システムのデータから造られたこのOSが戦闘中に起動すると機体の反応が極端に上がり、アルカンシェルの装甲を改良した全身を包むマントのような外装が展開され、凄まじい機動性を発揮できる(ただしシステム起動無しでも外装展開は可能、この外装はアンチビームシールドと同じであり、防御力も高い)。

ただしこのOSの性能を引き出すにはパイロットの腕に依存し、並の技量では使いこなせず、負担も大きい為デュルク専用のシステムと言える。武装はこれまでの対SEEDモビルスーツ同様、高エネルギービーム兵器を装備、『ヒュドラ』を改良した腹部複列位相砲『サルガタナス』は拡散ビーム砲としても使え、最大の武器である高出力大型近接ビーム兵装『ネビロス』は連合のニーズへグと同じ大きな鎌のような形であり、高出力ビームにより非常に高い切断力を有し、アンチビームシールドごと切断できる程の威力を持つ。持ち手にはビームコーティングも施されビーム兵器を受け止めることも可能で、射撃兵装としても使える。

 

形式番号  ZGMF-X91S

 

名称    メフィストフェレス

 

パイロット カース

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームランチャー×1

高エネルギービームサーベル×4

試作型パルマフィオキーナ掌部ビーム砲×2

試作型腹部複列位相砲『サルガタナス』×1

背部大型ビーム兵装『ルキフグス』×2(先端ドラグーンシステム搭載ビームクロウ(内蔵三連装ビーム砲)×2 高出力大口径ビームキャノン×2) 

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。カース専用の調整が施され、I.S.システムも搭載している。セカンドシリーズや対SEEDモビルスーツに搭載された武装の試験機としての側面を持ち、試作型パルマフィオキーナ掌部ビーム砲や試作型の『サルガタナス』など高い火力を持っている。最大の特徴が大型ビーム兵装『ルキフグス』。高機動スラスター横に設置された砲身を伸縮アームによって稼働領域を大幅に広げ、ほぼすべての位置から攻撃出来る。さらに近接戦も可能なようにビームクロウも装備されている。これはベルゼビュートに装備されている物と同型で、切り離して腕部に装着する事も、ドラグーンシステムでコントロールする事も可能。

 

形式番号  ZGMF-X92S

 

名称    サタナエル

 

パイロット クロード・デュランダル

 

武装

 

頭部機関砲×2

高エネルギービームライフル×1

高エネルギービームサーベル×2

腹部複列位相砲『サルガタナス』×1

アンチビームシールド×1(内蔵ロングビームサーベル×1 グレネードランチャー×1)

ドラグーンシステム×6

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

追加武装

 

バズーカ砲×1(散弾搭載)

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。他の機体を違いモノアイタイプの頭部と、パイロットであるクロードの意向でI.S.システムは搭載しておらず、他の対SEED機とは違う異色の機体となっている。そしてアスタロスと同様にクロード用に調整された特殊OSが搭載され、彼の技量を最大限発揮できるようになっている。武装も強力な火器が揃っているが、他の対SEEDモビルスーツに比べれば非常にシンプル。全身の小型スラスターと背中に存在する二基のスラスターユニットによって非常に高い機動性を誇り、クロードの力量もあってザフトの中でも最上位に位置する機体となった。

 

形式番号  ZGMF-X95S

 

名称    レヴィアタン

 

パイロット ティア・クライン

 

武装

 

高エネルギーロングビームサーベル×2

腹部複列位相砲『サルガタナス』×1

肩部装甲内蔵高エネルギービーム砲×2

脚部高エネルギービーム砲×2

背部スラスターミサイルポッド×2

隠し腕×4(肩部装甲内と腰部装甲内×2、各腕部にビームサーベル内蔵)

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

特殊アンチビームシールド『オハン』(ビームシールド発生装置内蔵ビット×4 三連装ビーム砲×1)

ドラグーンシステム×多数

 

機体説明

 

ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。I.S.システムを搭載しているのは他と変わらないが、通常の機体よりもやや大きい。しかし全身とアビスに装備されていた両肩部シールドを改良した羽根のような装甲に設置されたスラスターによって見た目に反する高い機動性を持つ。武装は強力なものばかりであり、その火力は対SEEDモビルスーツの中で随一。腹部の『サルガタナス』に肩部と脚部に高エネルギービーム砲、さらにはミサイルポッドやドラグーンを搭載、防御面でも大きめの機体を守るため、オハンを装備している。さらに近接戦闘にも対応できるようビームサーベルやサーベルを内蔵した隠し腕を持つ。

 

形式番号 ZGMFー121D

 

名称   シグーディバイド タイプⅢ強化型

 

武装

 

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

量産型対艦刀『アガリアレプト』×2

腹部複列位相砲『ヒュドラⅡ』×1

両肩部ビームキャノン×2

ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

 

[ラナ機専用装備]

 

小型高出力ビームガン×2

小型アンチビームシールド内蔵ラーグルフ対装甲貫入弾×6

レール砲『バロール』×1

高機動スラスター×1

 

装備説明

 

ラナ機専用の追加装備。火力や機動性のさらなる向上が図られており、強化されたシグーディバイドの性能をさらに高める事に成功した。武装はラナが地球軍に所属していた頃に搭乗していたブルデュエルを意識したものになっている。これはラナの適正と地球軍から回収した戦闘データを参考にした結果である。

 

[追加武装]

 

特殊アンチビームシールド『オハン』(ビームシールド発生装置内蔵ビット×4 三連装ビーム砲×1)

 

装備説明

 

元々はシグーディバイド強化案の一つで、防御力向上の為に考案された装備であり、片手にしか装備されていなかったソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置を補うために開発された。

ビームシールド発生装置内蔵ビットを周囲に射出する事でそれまでよりも強力かつ、巨大なシールドを展開する事が可能。他のシグーディバイドと連携を取る事でさらに広大な範囲を防御できる。ただし展開していられる時間は長くはないのが欠点。

アビスに搭載されていた三連装ビーム砲も内蔵した事で、火力強化も図られている。強化型のみならず、通常のシグーディバイドタイプⅢにも配備された。

 

機体説明

 

中立同盟の新型機に脅威を感じたザフトがシグーディバイドタイプⅢを強化した機体。

片手にしか装備されていなかったソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置を両腕に装備、さらに両肩に装備されたビームキャノンや強化された複列位相砲『ヒュドラⅡ』など火力も強化されている。しかし一番の変更点は背中のウイングスラスター。これは量産化に伴い性能が落されていたが、それを高出力化した事で通常のシグーディバイド以上の速度を出す事が可能であり、他の量産機とは比較にならない性能を持っている。ただし、時間とコストの関係で製造された数はそう多くはない。

 

『地球軍』

 

形式番号 YMAG-X10D

 

名称   スカージ

 

武装

 

イーゲルシュテルン×4

高エネルギー砲『アウフプラール・ドライツェーン』×2

複列位相エネルギー砲 スーパースキュラ×1

大型ビームブレイド×2

中型ドラグーン×多数

対艦ミサイル×多数

 

機体説明

 

地球軍ロゴス派が開発した大型モビルアーマー。デストロイのデータを基にし、強力な火器を装備しながらも機体後方に装備された大型高出力ブースターにより驚異的な加速性能を誇る。

さらに側面に接近戦用の大型ビームブレイド、対艦ミサイルや中型のドラグーンを装備した死角の無い機体となっている。ただしその分並の人間に操縦できる機体ではなく、エクステンデット専用機となっている。ただこの機体に関しては、データベースにも設計データが確認できず、また開発チームも存在しないなど、連合内でも不気味な噂が流れている。

 

形式番号 GAT-05L  

 

名称   アルゲス

 

武装

 

トーデスシュレッケン×4

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

アンチビームシールド内蔵ビームクロウ×1

複列位相砲『スキュラ』×1

 

換装武装

ビームバスーカ×1

ビームマシンガン×1

長距離エネルギービーム砲『アイガイオン』×1

 

機体説明

 

ロゴス派がシグルドのデータを基に開発させた高性能量産機。ヴァールト・ロズベルクが入手してきたデータを参考に、ナチュラルでも操縦可能なように設計され、強力な火器を装備、それとは別にパイロットの意志で武装の変更も可能となっており、汎用性も高い。

背中の高機動スラスターによって地上での飛行も可能。しかしストライカーパックは装備できない。

 

 

形式番号 GAT-05M

 

名称   ヴィヒター

 

武装

 

トーデスシュレッケン×2

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

ビームライフルショーティー×2

腕部実剣ブルートガングⅡ×2

高インパルス砲『アータルⅡ』×2

ミサイルポッド×1

アンチビームシールド×1

 

機体説明

 

地球軍のマクリーン派が開発した連合初の可変型高性能量産モビルスーツ。オーブのムラサメから得た技術で簡略化された可変機構とシステムの改良でナチュラルでも操縦可能になっている。

ただストライカーパック装備は想定されていないため、装備不可。

 

 

形式番号  RGXー01E 

 

名称    カオスガンダム・ヴェロス

 

パイロット スティング・オークレー

 

武装

 

基本武装はカオスと同様

 

試作型ドラグーンユニット×4(各基ビーム砲、ビームカッター内蔵)

スラスター兼用ミサイルポッド×2

グレネードランチャー×2

 

機体説明

 

カオスガンダムを強化改修した機体。各部スラスターを強化、フェールウィンダムで培われ改良されたフォルテストラを一部に装備する事で防御、機動性も向上し、さらには活動時間延長の為の改良も施されている。武装は基本的に変更はないが、機動兵装ポッドの代わりに試作型ドラグーンユニットを装備。これは空間認識力とは関係なく使用可能な武装であり、同時にスラスター兼用ミサイルポッド、グレネードランチャーなど火力も上がっている。(ヴェロスはギリシャ語で『矢』の意)

 

 

形式番号  GAT-X105Eb 

 

名称    ストライクノワール・シュナイデン

 

パイロット スウェン・カル・バヤン

 

武装

 

トーデスシュレッケン×2

強化型バヨネット装備ビームライフルショーティー×2

高出力ビームライフル×1

高出力ビームサーベル×2

アンカーランチャー×2

小型アンチビームシールド×1

 

[ノワールストライカーⅡ]

武装

レール砲『タスラムⅡ』×2

フラガラッハ3ビームブレイドⅡ×2

上部ビームガン×2

アンカーランチャー×2

 

機体説明

 

中破したストライクノワールを強化改修した機体。各部スラスターを強化、フェールウィンダムで培われ改良されたフォルテストラを一部に装備する事で防御、機動性も向上し、さらには活動時間延長の為の改良も施されている。武装も改修に伴い高出力化され、ビームライフルショーティーの先端には小型のビーム発生装置を取りつけたバヨネットを装着、ノワールストライカーもタスラムやビームガンが追加されている。(シュナイデンはドイツ語で『切る』の意)

 

「ストライカーパック]

 

『サンクションストライカー』

 

武装

 

小型ドラグーンユニット×8

新型ガンバレル×2(各基ビーム砲、ミサイルポッド、ビームカッター内蔵)

ビーム砲×2

 

装備説明

 

前大戦で投入されたイレイズサンクションのガンバレル運用データとカオスガンダム・ヴェロスに装備されたドラグーンユニットを基に開発した連合のドラグーン装備。

ドラグーンユニットだけでなく、機動兵装ポッドを参考にした新型のガンバレルも装備されている。これは有線が切れても、無線に切り替える事が可能であり、ブースターユニットとしても使用できる。

 

『ガンバレルストライカーⅡ』

 

武装

 

ガンバレル×6(側面ビームカッター)

レール砲『タスラムⅡ』×2

 

装備説明

 

前大戦で投入されたイレイズサンクションに装備されていたガンバレルストライカー改を強化したもの。スラスターを高出力化し、ガンバレルもエグザスに搭載されていたものと同じく小型化され、引き続きガンバレル破損後も戦闘可能なようにレール砲も装備されている。

 

 



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キャラクター紹介

『主人公』

 

マユ・アスカ

16歳 

同盟軍のエースパイロット。

その技量は非常に高く、ヤキン・ドゥーエ戦役中はターニングガンダムに搭乗し多大な戦果を上げた。かつては表情豊かであったが、現在親しい人以外には極力表情を出さない冷静な少女。

プラントがあまり好きではない。

 

アオイ・ミナト

16歳

戦争で家族を亡くした少年。

しかしそんな事を微塵も感じさせない明るい性格。

引き取ってくれた義父や施設の子供達を養い守るために地球軍に志願したがコーディネイターに対する偏見などはなく、地球軍上層部の過激なやり方には反発している。

 

『ザフト』

 

セリス・シャリエ

18歳 

ザフト軍赤服のパイロット。

ルナマリア達とも仲の良い明るい少女。

戦争が原因で二年ほど昏睡状態であった過去がある。シンの恋人。

 

アレン・セイファート

19歳 

特務隊フェイス所属のパイロット

最高評議会議長付きの護衛も担当している優秀な人物だがバイザーのようなサングラスで顔を隠している。

 

デュルク・レアード

21歳

特務隊フェイスの隊長。

前大戦でも多大な戦果をあげた凄腕で、当時ザフト最強と言われたユリウス・ヴァリスとも戦えた数少ないパイロットだった。

 

ヴィート・テスティ

18歳

特務隊フェイス所属のパイロット。

デュルクに憧れ目標としている。技量も特務隊に選ばれるほどに優秀である。

 

リース・シべリウス

18歳

特務隊フェイス所属のパイロット。

クールで必要な事以外話さない寡黙な少女。それでも技量は高くデュルクも認める腕前。

 

ヘレン・ラウニス

 

常にデュランダルに付き従う秘書官。何かしらの訓練を受けているらしく護衛も兼ねている。

普段は感情を見せないがデュランダルに敵対する者には容赦がない。

 

エリアス・ビューラー

18歳

前大戦でクルーゼ隊に所属していたエースパイロット。

現在は隊を率いており、ディアッカ、ニコルと共にザフトの三英雄と呼ばれている。

 

ティア・クライン

16歳

かつてプラントの歌姫と呼ばれたラクス・クラインの妹。

かなりおとなしい性格。

 

ジェイル・オールディス

17歳

補充人員としてミネルバに配属された赤服のパイロット。

かつてインパルスのパイロット選考に選出された事もあるが、結局選ばれる事はなかった。

その為シンをライバル視している。

 

『中立同盟軍』

 

アイラ・アルムフェルト

28歳

スカンジナビア第2王女。

同盟軍の軍事総責任者であり、その優秀さは健在。

 

ショウ・ミヤマ

27歳

カガリ専属の補佐官。

若いながらも政治に関して精通していおり、下級氏族の出でありながらも他の閣僚に退く事無く毅然とした態度で接する人物。護衛も兼ねておりある程度の軍事訓練も受けている。

 

レティシア・ルティエンス

20歳 

前大戦英雄の一人で『戦女神』の異名を持つパイロット。

その美貌にさらに磨きがかかり、言い寄ってくる者が後を絶たないがすべて拒絶している。

 

アネット・ブルーフィールド

19歳

前大戦よりアークエンジェルに乗船していたメンバーの一人。

ヘリオポリスの学生だった頃と変わらず、面倒見のよい性格。

 

テレサ・アルミラ

32歳

中立同盟スカンジナビア軍所属の戦艦オーディンの艦長。階級は大佐。

軍人らしくないのは変わらないが、有能な指揮官。

 

ローザ・クレウス

32歳

オーブの研究者。

かなり多才な人物で医学や機械工学にも精通した優秀な人物。

現在同盟軍の機体は多かれ少なかれ彼女が関わっている。

 

 

『テタルトス月面連邦国』

 

セレネ・ディノ

17歳

アレックスの義妹であり婚約者でもある少女。

軍人としても優秀であり、パイロットとしても一流の腕を持つ。階級は少尉。

 

ユリウス・ヴァリス

21歳

かつて『仮面の懐刀』と言われたザフト最強のパイロット。階級は大佐。

その技量は健在でありその圧倒的な力は未だ他者を寄せ付けない。

 

エドガー・ブランデル

34歳

『宇宙の守護者』の異名を持った元ザフトの英雄。

現在はテタルトス軍の最高司令官。

 

『地球軍』

 

グラント・マクリーン

46歳

地球軍中将。

優れた判断力を持った軍人。軍のあり方を危惧している数少ない人物。

必要ならコーディネイターでも使う柔軟な思考の持ち主。

 

ヴァールト・ロズベルク

 

オーブに訪れた地球軍の交渉役。

柔和な顔立ちに似合わず、犠牲を厭わない過激な手法も躊躇わずに取る人物。

 

『その他』

 

カース

 

不気味な仮面をつけた男。

普段は冷静で感情を表に出さないが、その内心は押し殺された憎悪が存在する。

 

ラナ・二ーデル

14歳

アオイと一緒の施設にいた事のある少女。

別の地球軍士官の元に養子に引き取られたが、ザフトの攻撃で再び家族を失う。

 

 

 



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第1話   冷たい瞳

 

 

 

 

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』

 

 そう呼ばれた大戦から三年の時が流れていた。

 

 各陣営は未だに緊張状態であり揺れる天秤のように不安定。

 

 いつ均衡が崩れ、戦いが始まってもおかしくないほどであった。

 

 そんな情勢の中でも戦争の傷跡から立ち直り、復興していく国も多く存在していた。

 

 だが、それでも全く戦闘がなかった訳ではない。

 

 何故なら停戦条約は結ばれたとしても、世界は前大戦より大きく変化していた。

 

 そして各勢力の思惑が複雑に絡み合い、争いの火種は常に燻っているのだから。

 

 

 

 

 

 現在、世界は大まかに四つの勢力に別れている。

 

 地球の存在する多くの国が参加している『地球連合』

 

 遺伝子を調整され生まれてきたコーディネイター達が暮らす『プラント』

 

 オーブ、スカンジナビア、赤道連合の中立三か国による『中立同盟』

 

 そして最も新しい、ヤキン・ドゥーエ戦役時に各勢力から離脱した者達が作り上げた国家『テタルトス月面連邦国』

 

 この四つであった。

 

 これらの勢力がお互いを牽制しながら、睨み合っているのが現状である。

 

 そしてこの中でも常に戦場の只中であったのがテタルトスだった。

 

 停戦と共に誕生したテタルトス月面連邦国は地球、プラントからも認められていない。

 

 あくまでもテタルトスに関する認識はテロリストや裏切り者達が集まっているというものである。

 

 しかしテタルトスを潰そうとしても彼らは地球軍、ザフトを退けるほどの軍事力を有していた。

 

 さらに中立同盟からの支援も行われている為、簡単にはいかないのである。

 

 無論だからといってそんな危険な存在をただ放置しておく事はできない。

 

 その為、散発的とはいえこの三年間、戦闘が絶えず行われていた。

 

 そして今日もまた―――

 

 

 

 

 テタルトスの防衛圏内で巡回しながら戦いに備えていた戦艦に侵入者の報告が入ってくる。

 

 だが知らせを聞いて慌てている者は誰もおらず、警戒中であった月面連邦軍はすぐに迎撃態勢を取った。

 

 「ザフト軍、ナスカ級二隻接近してきます」

 

 報告を聞いたエターナル艦長アンドリュー・バルトフェルドはため息を付きつつ、即座に命令を下す。

 

 「ハァ、毎回毎回懲りないよねぇ。仕方無い、迎撃開始! モビルスーツ出撃させろ!」

 

 「「了解!」」

 

 艦のハッチが開くと次々とモビルスーツが出撃。

 

 宇宙に飛びたした機体はザフト軍を迎撃する為にポジションを取って展開する。

 

 「全機、月の裏切り者共がモビルスーツを展開した。ジンモドキとダガーモドキだ、油断すんなよ!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 攻撃を仕掛けようとしているザフト側の視界には二種類のモビルスーツが見えていた。

 

 その機体こそテタルトスの主力モビルスーツである。

 

 LFA-01『ジンⅡ』

 

 名の通りジンの設計を基に開発された後継機である。

 

 外見もジンを意識した形となっており、武装は基本的なビーム兵装に突撃銃、ミサイルも装備しているエースパイロット用の機体である。

 

 あれこそ彼らザフトの誇りを汚した、忌むべき機体であった。

 

 そしてすぐ傍には地球軍のダガー系を彷彿させる機体がもう一機存在している。

 

 LFA-02『フローレスダガー』

 

 ストライクダガーをテタルトスが独自に発展させた機体。

 

 こちらは一般のパイロット用として扱いやすいように調整されている。

 

 これら二種類の機体に共通しているのはストライカーパックシステムを参考にしたコンバットシステムが採用されている事だった。

 

 このシステムはユニウス条約によってモビルスーツ保有量を制限されたプラントが単一機で様々な局面に対応させる為に開発したウィザードと同じもの。

 

 新国家であるが故にモビルスーツ数が不足しているテタルトスもまた同じような装備換装システムを生み出していた。

 

 全機の展開を済ませたテタルトスとザフトのモビルスーツが激突する。

 

 「落ちろよ! 裏切り者共が!」

 

 「不細工なモドキは消えろ!」

 

 ゲイツRがスラスターを吹かしビームサーベルでジンⅡに斬りかかる。

 

 懐に飛び込み突撃してくるゲイツRに回避運動を取るジンⅡだが側面に回り込んだシグーがビームライフルを撃ちこんで行動を阻む。

 

 動きを鈍らせた敵にゲイツRのパイロットはニヤリと笑みを浮かべて、躊躇う事無く操縦桿を押し込んだ。

 

 「これでまず一機だ!」

 

 彼は自身の勝利を確信する。

 

 ゲイツRのパイロットは決して自惚れていた訳ではない。

 

 彼は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を生き延びた腕利きのパイロットである。

 

 だからこそあの後のプラントの実情を知っている。

 

 あの戦いを生き延び、混乱したプラント見て来たからこそ、逃げたテタルトスの者達が許せなかった。

 

 同胞だと信じていたが故に。

 

 「死ねぇぇ!!」

 

 しかし振り上げたビームサーベルがジンⅡを捉える事はなく、逆に別方向からの攻撃に晒されてしまう。

 

 横から割り込んできたウイングコンバットを装備したフローレスダガーである。

 

 上手くこちらの死角を突きビームライフルを連射してくる。

 

 「チッ、ナチュラルのおもちゃがぁ!」

 

 ゲイツRのパイロットは標的をフローレスダガーに変えて突撃する。

 

 だがこれは完全な彼のミスだった。

 

 彼は未だにダガー系の機体を甘く見ていた。

 

 それが彼自身の致命的な敗因であり、死因だった。

 

 次の瞬間、フローレスダガーはその機動性でゲイツRの攻撃を容易くかわす。

 

 そして逆に至近距離からビームライフルを叩きこむと敵機の胴体を撃ち抜き撃破した。

 

 「遅いです」

 

 「ば、馬鹿なァァ! 何であんな機体に!?」

 

 ウイングコンバットは機動性を高めるエールストライカーを強化したもの。

 

 ナチュラルでもコントロール可能なように装備自体に制御AIが搭載されているため扱いやすくなっている。

 

 このAIがどの装備にも搭載されているのがコンバットシステムの特徴であった。

 

 ゲイツRが撃墜されると同時に危機に瀕していたはずのジンⅡもウイングコンバットのスラスターを噴射。

 

 ビームクロウを展開して一気に肉薄すると援護のモビルスーツを斬り裂いた。

 

 「ぐあああ!」

 

 斬り裂かれ、爆散した機体を尻目に、テタルトス軍は次々とザフトのモビルスーツを撃破していった。

 

 フローレスダガーに搭乗していたセレネ・ディノは何の感情も見せない。

 

 彼女はとっくに初陣を経験し、多大な戦果をあげたパイロットなのだから。

 

 「三時方向の敵を叩きます。援護してください」

 

 「了解」

 

 現在この戦闘における不安要素はない。

 

 このまま何事もなく終わるだろう。

 

 確信するセレネは機体を加速させ、次の敵に向かっていく。

 

 終始テタルトスはザフトを圧倒し、セレネの予想通りこの戦闘は何事もなく終了した。

 

 そこには何の達成感もない。

 

 だがこれらの戦闘がテタルトスの戦力を底上げしていたのは間違いない事実だった。

 

 前大戦終結後、長引いた戦争によって戦力を失いすぎていた各陣営にとって戦力の増強は急務であった。

 

 だがそれとは別の問題も存在していた。

 

 それが経験豊富なパイロットの不足。

 

 経験豊富なパイロット達の多くは前大戦で死亡してしまい、現在いるのは戦場を知らない新兵が大半である。

 

 しかしテタルトスだけは例外であった。

 

 小競り合いや歴史に刻まれるほどの大きな戦闘など、常に戦場であり続けたテタルトスは実戦の機会が山ほどあったのだ。

 

 攻撃を仕掛けた地球軍やザフトにも同じ事が言えるかもしれないが、ほとんどは撃墜されてしまい生きて帰る者は稀である。

 

 そう考えればテタルトスこそが一番アドバンテージを持っていたといえるだろう。

 

 地球やプラントがテタルトスを排除しようと攻め込んだ事が逆に彼らの戦力を押し上げていたとは皮肉な話である。

 

 戦闘を終え、エターナルに帰還したフローレスダガーのコックピットの中で一息ついていたセレネにバルトフェルドからの通信が入る。

 

 《御苦労さん、お前さんが無事で良かったよ。でないとアレックスに何を言われるか分からないからな》

 

 相変わらずの物言いにセレネは苦笑しながらも釘を刺した。

 

 「バルトフェルド艦長、部下に聞かれますよ」

 

 「おっと」とおどけるように言う彼に思わず笑みがこぼれた。

 

 これが彼なりの労いである事をセレネは良く知っている。

 

 コーヒーをしつこく勧めてくるのが玉に瑕であるが、バルトフェルドのこういう所が部下に慕われる要因なのだろう。

 

 《それにしても今回はやけにあっさり引き揚げたな》

 

 「今回は完全に様子見だったのでは? もうすぐアーモリーワンでは新造戦艦の進水式が行われる筈でしょう」

 

 《そうだな。向こうもそろそろ本腰入れてくるかもしれん》

 

 「ええ」

 

 バルトフェルドの懸念はある意味で当たる事になる。

 

 

 

 そう―――ここから再び戦端が開かれることになるのだから。

 

 

 

 

 『アーモリーワン』

 

 ここは戦後に作られた工廠プラントである。

 

 今日この場所はいつもとは比較に成らないほどの喧噪と賑わいに満ちていた。

 

 新たに建造された新造戦艦の進水式が開催されるからである。

 

 その為にプラント内部はパレードのような騒ぎとなっており、VIPなどが招待されて人が多く溢れているのだ。

 

 そんな中で二人の女性がシャトルから降り、通路を歩いて行く。

 

 一人は普通に歩いているだけの筈がどこか気品を感じさせる美しい女性―――スカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトであった。

 

 彼女は中立同盟軍事最高責任者でありながら、今でも外交の最前線に立っている。

 

 彼女がアーモリーワンに訪れた理由はプラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルと会談を行う為。

 

 良好とは言い難いプラントと中立同盟の関係を改善する為の話し合いであった。

 

 中立同盟の中には現国家元首を含め、彼に対し多くの者が不信感を抱いている。

 

 もちろん理由はいくつかあるが、それを含め今回の会談ではその辺りを確かめる事が目的の一つとなっている。

 

 「流石に人が多いわね」

 

 「ええ、御注意ください。それだけ不審者も近づきやすいですから」

 

 本来ならば万全の警護態勢が整えられるプラント本国かスカンジナビアで開催するのが普通なのだろう。

 

 しかし今回デュランダルの希望により是非アーモリーワンにて開催したいと打診してきたのだ。

 

 プラント本国やスカンジナビアで行う事で地球軍を刺激したくはないという事なのだろうが―――

 

 そしてもう一人、アイラの後ろからついてくる少女がいた。

 

 こちらも彼女に引けをとらない美しい少女、今回の護衛役であるマユ・アスカ二尉である。

 

 長い髪を後ろで纏めて、隙のない佇まいは相当な訓練を積んでいる事が分かる。

 

 そして一番特徴的だったのが彼女の表情だった。

 

 完全な無表情。

 

 感情を感じさせない氷のような冷たい瞳だ。

 

 近寄りがたい雰囲気で周囲を見渡すマユの様子を見ていたアイラは苦笑しながら気遣うように声をかけた。

 

 「マユ、もう少し力を抜いたら?」

 

 「そういう訳にはいきません。何があるかも分かりませんから」

 

 その言葉に感情は無く、事務的に答える。

 

 言っておくがこれはアイラとの関係が悪い訳ではない。

 

 マユ自身の事情によるものだ。

 

 彼女は前大戦においてザフトの攻撃により家族を傷つけられ、多くのものを失った。

 

 そして戦場に身を浸し、前大戦からこれまでずっと戦い続けてきた。

 

 その結果なのだろうか、最近の彼女は親しい者達以外に表情を出すことをしなくなった。

 

 彼女からすればザフトこそ家族を傷つけた元凶。

 

 だが同時に重症であった彼女の兄を救ってくれたのはプラントである。

 

 その心中は実に複雑なものだろう。

 

 マユとしてもアイラに気を使わせるような事は避けたいのだが、至るところから漏れ聞こえてくる声が彼女の神経を逆撫でしていた。

 

 聞こえてくるのはナチュラルやテタルトスに対する罵詈雑言。

 

 「今度こそナチュラル共に見せつけてやる」

 

 「裏切り者共を這いつくばらせる」

 

 そんな周囲から漏れてくる声を聞いているだけでもストレスが溜まるというものだ。

 

 「もう、可愛い顔が台無しよ。男の子だって笑った顔の方に魅力を感じるものよ」

 

 「……そういう事には興味ありませんし」

 

 出来るだけ感情を込めずに言ったつもりだったのだが、アイラには逆効果だったらしく楽しそうに笑っていた。

 

 「『彼』だってきっとそうよ」

 

 「……別に、あの人はそんな―――」

 

 しまったと思った時は遅かった。

 

 より楽しそうにこちらを見ながら問い詰めてきた。

 

 「あら、誰の事を思い浮かべたのかしら?」

 

 「なっ、そ、そんな事はどうでもいいでしょう。それよりアイラ様、プラントの中には私達を良く思わない者達も多くいます。ご注意ください」

 

 流石にこれ以上からかう気も無かったのか、アイラは先程よりも表情を引き締めて頷いた。

 

 「ええ、ありがとう。でも大丈夫よ、マユも居てくれるから」

 

 喧噪が満ちる港の通路を慎重に進み、エレベーターに乗り込むとそのまま下降し始めた。

 

 「ふう、凄い人だったわね」

 

 「ええ、それだけ今回の進水式が注目されていると言う事でしょう」

 

 雑談に相槌を返し、椅子に座ったアイラの後ろに立ったマユはプラントの景色を眺めながらサングラスを掛けた。

 

 これは単純に自分の視線を隠すためだ。

 

 自分でもプラントに関する悪感情は認めている。

 

 だからどうしても視線が鋭くなってしまう。

 

 これから会う最高評議会議長にそんな視線を晒す訳にはいかない。

 

 アイラの立場を自分の所為で悪くする事はできないのだから。

 

 いつも以上に感情を抑え込むと何も考えずただ静かに周囲に気を配る事にした。

 

 二人がエレベーターから降りて、案内されるままに辿り着いた執務室に入ると穏やかな雰囲気の黒髪の男性が笑みを浮かべて迎え入れてくれた。

 

 「ようこそ、アイラ王女。遠路お越しいただき申し訳ありません」

 

 「こちらこそ、ご招待いただきありがとうございます」

 

 男性が差し出した手を握り返す。

 

 この男こそプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルである。

 

 笑みを浮かべるデュランダルに笑顔を返しながらアイラは内心「なるほど」と納得した。

 

 幼少の頃から公の場に出る機会の多かったアイラは様々な人間に会ってきた。

 

 中には欲深い者や危険な者、何を考えているか分からない者など色々いた。

 

 そんな経験からこの男もまた油断のならない相手であると察する事が出来た。

 

 彼が信用できないと言った『彼女』の気持ちが良く分かる。

 

 そんな態度をおくびにも出さずアイラは笑顔のまま会談を始めた。

 

 

 

 

 今回の進水式に合わせ、当然ではあるが軍もまた大忙しだった。

 

 ジンも式典用の装備となり、各部警備の為に誰もが忙しなく動き続けている。

 

 そんな中をルナマリア・ホークは同僚のヴィーノ・デュプレが運転するジープに乗り、妹のメイリン・ホークと共に自分達が乗る艦目指して走っていた。

 

 「それにしてもすごい騒ぎよね」

 

 「ホントだよね」

 

 ここには彼らのように実戦を知らない新兵も多く、ここまで大規模な催しは初めてなのである。

 

 「俺ら、噂じゃ月近辺の配置になるって話だけど」

 

 「月ってテタルトスを警戒してって事よね?」

 

 「多分ね。連中を牽制したいんじゃないの」

 

 あくまでも噂の範疇だ。

 

 それにこの進水式が終われば、嫌でも分かる事である。

 

 「それよりも私達も街に出たかったな」

 

 残念そうに言う妹にルナマリアは呆れながら答える。

 

 「しょうがないでしょ。私達は一昨日出たばかりじゃない。それにそうなったらあいつ等も一緒でしょ。傍にいたら胸やけ起こすわよ」

 

 「アハハハ、それは言えてるね」

 

 ヴィーノは呑気に笑っているが、実態を知っているメイリンの顔は引き攣っていた。

 

 気持ちは良く分かる。

 

 今、自分も全く同じ表情を浮かべているだろうから。

 

 「「ハァ~」」

 

 姉妹同時にため息をつくとヴィーノは訳が分からないとばかりに首を傾げた。

 

 

 

 

 アーモリワン内部は今回の進水式に招待された人達で満ち溢れ、まさにお祭り騒ぎであった。

 

 多くの人が道に溢れ歩きにくい事この上ない。

 

 そんな人が溢れる道をシン・アスカは友人のヨウランと共に歩いていた。

 

 「すごい人だよなぁ」

 

 「ホントだよ」

 

 時間があったので遊びに出たはいいが、この人ゴミでは逆に疲れてしまう。

 

 これなら部屋で休んでいた方が良かったかもしれない。

 

 「けどこの進水式が終わったら休む暇もないだろうしなぁ」

 

 「だな」

 

 だから貴重なこの機会にどこに連れて行ってやろうかと考えていたシンにヨウランはニヤリと笑って肘で突いてくる。

 

 「それよりさ、この後『彼女』とデートなんだろ?」

 

 「なっ! い、いや、ちがっ―――」

 

 「いや、周知の事実なんだから隠す事無いじゃんか」

 

 咄嗟に否定してしまったが、確かに隠すまでも無く彼女と恋人同士である事は皆が知っている。

 

 しかし正面から言われると思わず照れてしまうのだ。

 

 本人が居なくて良かった。

 

 もしも今の会話を聞かれていたら、数日は機嫌が悪くなっていただろう。

 

 「俺は先に戻るから楽しんで来いよ。明日からは忙しくなるだろうしな」

 

 「……そうだな」

 

 最近は進水式の準備ばかりで話す暇もなかったから、今日くらいはゆっくりするのもいいだろう。

 

 「じゃ、俺は先に戻るからな。ただし時間には遅れるなよ」

 

 「大丈夫だよ!」

 

 ヨウランを見送ったシンは待ち合わせ場所に急ぐ。

 

 話していたせいで少し遅れそうだ。

 

 ああ見えて結構時間とかにはうるさいので、少し急いだ方が良いかもしれない。

 

 しばらく走って辿り着いた場所にはもう待ち合わせ相手セリス・シャリエが待っていた。

 

 「マズッ!」

 

 走り寄るシンに待ち人である少女は不満そうな顔を向けてくる。

 

 しかしこう言ってはなんだが、元々可愛らしい顔つきの為か全く怖くない。

 

 「遅いよ、シン」

 

 「ごめん、ヨウランと話してた」

 

 「もう仕方ないなぁ。後でデザート奢って。それで許してあげる」

 

 「分かったよ。何でも奢るって」

 

 その言葉に満足したのか、セリスは笑顔で腕を組んでくる。

 

 それを見たシンも笑みを零して歩き出した。

 

 腕を組んでご機嫌なセリスの顔を覗き見る。

 

 贔屓目に見てもかなり可愛い。

 

 可愛らしい顔に背中まで伸びる金髪、何より明るく面倒見もいい。

 

 本当に自分などには勿体ない子だと思う。

 

 「どうしたの?」

 

 シンがセリスを見ていた事に気がついたのか、不思議そうに訊ねてくる。

 

 流石に見とれていたなんて言うのは恥ずかしいし、色々照れ臭かったので誤魔化すように別の話題を振った。

 

 「いや、この前もデザート食べ過ぎたーって騒いでたからさ。大丈夫かなって」

 

 「うっ、だ、大丈夫だよ。ルナ達と一緒に訓練もしてるし」

 

 「だといいけどな」

 

 「もう、シン!」

 

 「あははは」

 

 三年前の戦争ですべてを失ったシンにとって、セリスといる時間ははなにより癒される大切な瞬間だった。

 

 楽しそうに笑うシン達とすれ違う三人組がいた。

 

 少年が二人に少女が一人。

 

 どう見ても兄弟ではない。

 

 しかし今のアーモリーワンには彼らのような若者を溢れている為、周りからは外からの観光客とでも見えているだろう。

 

 その少女ステラ・ルーシェは周囲の騒ぎにあてられたのか、突然笑顔でくるくると回り始める。

 

 楽しそうに回る少女の姿を一緒に歩く少年達スティングとアウルは呆れながら眺めていた。

 

 「なに、あれ」

 

 「浮かれた馬鹿の演出って奴じゃないか」

 

 ますます呆れた顔になるアウルにスティングが言ってやる。

 

 「お前もやったらどうだ? 馬鹿の演出」

 

 「冗談だろ」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 自分達は遊びに来た訳ではないとアウルは肩を竦めながらスティングと共にステラを追った。

 

 もしVIPとぶつかりでもして騒ぎを起こされては困る。

 

 まだ仕事は始まってもいないのだから。

 

 「いい加減にしろよ、さっさと行くぞ」

 

 「え、うん」

 

 何時までも踊っているステラを捕まえ、所定の場所に辿り着くとそこにはザフトの制服を身につけた者達が待っていた。

 

 「騒ぎを起こしてないだろうな」

 

 「当たり前だろ」

 

 スティングの言葉に満足したのか、それから特に何も言う事無くある区画の倉庫の前に立つ。

 

 銃やナイフを渡されたスティング達はいつものように準備を開始した。

 

 倉庫のシャッターが開くと同時に目の前に広がるのはザフトの兵士達と横たわるモビルスーツ。

 

 振り返るザフト兵達が動き出す前にスティング達は走り出す。

 

 ―――そして惨劇が始まった。

 

 

 

 

 アイラとデュランダルの会談は順調に進み、彼の提案によりアーモリーワンの工廠を見て回る事になった。

 

 外では非常に活気があり、兵士達も忙しそうに動き回っている。

 

 進水式の準備の為か倉庫の周りにはモビルスーツが立ち並んでいた。

 

 ジンやシグー、ゲイツといった前大戦からマユにも見慣れた機体も見える。

 

 その中で見慣れぬ機体が立っている事に気がついた。

 

 あれは―――

 

 「ZGMF-1000ザクだよ」

 

 マユの視線に気がついたのか、デュランダルが説明してくれる。

 

 「ニューミレ二アムシリーズの一機でね。ザフトの最新型主力機さ」

 

 マユは説明してくれたデュランダルに一礼するが、同時に困惑していた。

 

 確かにザクを見たが護衛対象であるアイラから目を離した訳ではない。

 

 しかもサングラスをかけているのだ。

 

 にも関わらずデュランダルこちらの視線に気がついていた。

 

 つまり彼は話をしているアイラではなくマユを見ていた事になる。

 

 ただの護衛役であるマユを見る意味がデュランダルのどこにあるというのか?

 

 そんなマユの心情とは関係なくデュランダルはアイラとの話を続けていた。

 

 「それでお国の方はいかがですか、アイラ王女?」

 

 「そうですね、すべてが順調とはいきません。今でも地球軍とは戦争中ですから」

 

 「交渉はされているのでしょう?」

 

 「もちろんです。ただそう簡単にはいかないのですよ。今日の会談についても向こうは変に勘ぐっていましたから」

 

 それにデュランダルは肩を竦めた。

 

 「中立同盟が我々に軍事支援をおこなう為の交渉をするのではないかと?」

 

 「ええ」

 

 要するに地球軍は中立同盟とプラントが手を組むのではと警戒しているのだ。

 

 しかしそれは現状あり得ない。

 

 その理由の一つがテタルトスの存在である。

 

 中立同盟はテタルトスが中立の立場を表明してからこの三年間支援を行ってきた。

 

 しかし逆にプラントはテタルトスの存在を認めていない。

 

 いや、デュランダルは口にしないが明確に敵視している。

 

 だからその点において同盟とプラントは対立していた。

 

 それが両国の関係改善の壁になっているのだ。

 

 「そんな事実は無いというのにまったく。しかし同盟はこの情勢の中でもその中立の理念を貫き続けている事には感服します」

 

 三年前から地球軍と戦争状態を継続している中立同盟はその立場を変わらず主張し続けていた。

 

 それでも戦端が開かれていないのは地球軍の戦力増強を基本指針としている事とアイラ達の外交努力によるものである。

 

 「……中立を貫くためには力がいる。もちろん大きすぎる力が争いを生む事も、そして中立の理念だけで、綺麗事だけで世界が動かない事も十分理解しています」

 

 「ええ、それも仕方がない。我々が取るべき道は一つだけです。……そう、争いが無くならぬから、力が必要なのです」

 

 その時だった。

 

 とてつもない轟音が響くと同時に爆発が起き、マユは咄嗟にアイラを抱え込むように押し倒すと一瞬後に爆風が襲いかかる。

 

 「ぐっ、いったい何が!?」

 

 マユがアイラを助け起こしながら見えたのは見た事のない三機のモビルスーツ。

 

 しかしその造形はジンや先程デュランダルが言っていたザクなどとは全く違うものだった。

 

 それどころか自分達が慣れ親しんだものによく似ている。

 

 「……ガンダム」

 

 マユは思わず呟くと周囲にいたザフト兵が呆然とあの機体の名を口に出した。

 

 「カオス……ガイア……アビス」

 

 それがあの機体の名前なのだろう。

 

 全員が固まって動けないのを尻目に三機のモビルスーツが動き出す。

 

 取り押さえようとしたモビルスーツ達を一蹴すると三機はバラけて行動を開始した。

 

 それを見ていたデュランダルは兵士達に指示を飛ばす。

 

 「王女達をシェルターに! 何としても取り押さえるんだ、ミネルバにも応援を頼め!」

 

 「ハッ!」

 

 マユは兵士達に先導されアイラの手を引き走りだす。

 

 そんな彼女達を見送ったデュランダルの後ろにはいつの間にか赤服の兵士が立っていた。

 

 バイザーのようなサングラスを掛け表情が見えないが、彼を見たデュランダルは笑みを浮かべる。

 

 「アレン、いざとなったら君に出てもらう事になるかもしれない」

 

 「……了解しました」

 

 デュランダルの言葉にアレン・セイファートは静かに応じた。

 

 

 

 カオスに搭乗したスティングはビームライフルを構えて他の二人に指示を飛ばす。

 

 「モビルスーツが出てくる前にハンガーを潰しとけよ!」

 

 「ステラ、お前は左」

 

 「分かった」

 

 ステラの乗ったガイアが四足獣のような形態に変形する。

 

 ザフトのモビルスーツバクゥを連想させるの姿で背中のビームブレードを展開すると迎撃に出てきたディンを真っ二つにした。

 

 仲間がやられた事で正気に戻ったのかジンやシグーが襲いかかってくる。

 

 しかしステラにとってはあまりに遅い対応である。

 

 「邪魔!」

 

 即座に人型に変形するとビームライフルでジンを撃ち抜き、さらにビームサーベルでシグーを袈裟斬りに斬り裂いて撃墜する。

 

 ステラに続くようにアウルの搭乗したアビスが両肩の三連装ビーム砲と胸部のカリドゥス複相ビーム砲を同時に構えて一気に放った。

 

 撃ちだされたビームがアビスに群がるモビルスーツを次々と薙ぎ払っていく。

 

 「おらおら!」

 

 だが敵も黙ってはいない。

 

 当然のように反撃してくる訳だが全く手応えがない。

 

 アウルは敵の放ったビームをあっさり回避するとビームランスを突き出しコックピットを串刺しにして撃破した。

 

 そんな二人の暴れぶりに満足したように笑みを浮かべたスティングも動き出す。

 

 ビームライフルで次々と施設を破壊すると近づいてきた敵にはビームサーベルを叩きつける。

 

 操縦しながらもスティングはこの機体の性能に驚いていた。

 

 「大した性能じゃないか。こんな作戦立てるだけの意味があるって事かよ」

 

 ステラやアウルがはしゃぐのも無理はない。

 

 スティングでさえ高揚を抑えるのが大変だ。

 

 しかし目的を見失ってならない。

 

 あくまでこの機体を持ち帰るのが任務なのだから。

 

 

 

 

 

 マユとアイラは暴れまわる三機のガンダムから何とか離れようと走り回っていた。

 

 しかし三機の攻撃で建物は崩れ、道は塞がれている。

 

 さらに不味い事にシェルターまでの案内役は爆風に巻き込まれ、行方が分からなくなってしまった。

 

 それでもマユは表情を崩す事無く冷静にアイラに声をかけた。

 

 「アイラ様、大丈夫ですか?」

 

 「ええ。ありがとう、マユ」

 

 アイラは取り乱したりはしていない。

 

 それだけでも大助かりだ。

 

 ここで取り乱されるような事があれば命に関わる。

 

 素早く周囲に視線を走らせるが周りには瓦礫の山が積み上げられ逃げ場がない。

 

 「……どうする?」

 

 その時、爆風と共にマユの目に倒れ込んで来たのは一機のモビルスーツだった。

 

 「あれは―――」

 

 先程デュランダルが説明していた機体だった。

 

 そこで脳裏に一つの打開策が浮かぶ。

 

 この状況ではこれしかないと即座に判断するとアイラの手を取った。

 

 「アイラ様、こちらに」

 

 「ええ」

 

 信頼してくれているのかアイラは何も言わずにマユの後をついてきてくれる。

 

 その信頼には何としても答えなくてはならない。

 

 そのまま二人は倒れたザクのコックピットに乗り込んだ。

 

 この機体はザフトの最新鋭のモビルスーツである。

 

 他国の人間であるマユ達が最新鋭の機体に乗り込むなど本当ならば許されないのだが、今は非常時である。

 

 コックピットに座るとコンソールを操作し、機体を立ち上げていく。

 

 「マユ、動かせるの?」

 

 「はい。ザフト製だけあって少し勝手が違いますが―――いけます」

 

 起動したザクの計器を弄り、フットペダルを踏み込み立ち上がらせる。

 

 即座にスペックと武装を確認すると正面にガイアを確認する。

 

 「何?」

 

 立ち上がったザクに気がついたステラはビームライフルを構えた。

 

 どうせ先程まで落としていた奴と何も変わらない。

 

 そう判断したステラはトリガーを引く。

 

 しかしそれが誤りであった事を次の瞬間、痛感させられた。

 

 「くっ」

 

 放たれたビームを直前で回避したマユはそのままガイアに肉薄して肩のシールドで体当たりする。

 

 当然そんなザクの反応など予想もしていなかったステラに回避する術はない。

 

 「こいつ!」

 

 ザクの体当たりで体勢を崩されたガイアはビームライフルを吹き飛ばされてしまう。それがステラの頭に血を上らせた。

 

 「よくも私に!」

 

 ステラはビームサーベルを構えると怒りに任せてザクに突進する。

 

 「はああああ!!」

 

 ステラが放った斬撃を後退しながらかわしたマユはシールド内に収容されているビームトマホークを構えて迎え撃つ。

 

 放たれた斬撃をお互いにシールドで防御すると火花が飛び散った。

 

 このまま押し返そうとするザクをガイアが逆に吹き飛ばした。

 

 「……パワーは相手の方が上ですね!」

 

 この機体ザクも量産機ながらも高い性能を有している。

 

 しかしガンダムには及ばないらしい。

 

 正面から斬り合うのは分が悪い。

 

 幸いというべきかガイアは勢いに任せて正面から突撃してきた。

 

 「強い……けどこれならば十分に捌ける!」

 

 シールドを巧みに使いガイアの斬撃を流すと蹴りを叩き込み突き放した。

 

 「お前ぇぇぇ!!」

 

 怒りにまかせた特攻で斬りかかってくるガイアをマユは酷く冷たい視線で凝視する。

 

 完全に冷静さを失っているらしい。

 

 こちらとしてはさっさと後退したいのだが、こうも突っかかられては退く事も出来ない。

 

 「ステラ!!」

 

 そこに背後からカオスが斬り込んできた。

 

 マユは驚異的な反応で操縦桿を操作すると機体を逸らすように回避運動を取った。

 

 振り下ろされた斬撃がザクの装甲を浅く抉っていく。

 

 「まだ!」

 

 ビームサーベルを振り下ろし一瞬、無防備になったカオスをシールドで突き飛ばすと距離を取った。

 

 「こいつ!」

 

 「やるじゃないか! ザフトのエースかよ!」

 

 動きの違うザクを警戒するスティングとステラ。

 

 だが反面マユは内心焦っていた。

 

 慣れない機体で二機のガンダムを相手にできると思うほど自惚れていない。

 

 あまり激しい戦いになればアイラも厳しい筈だ。

 

 「どうする?」

 

 何とかこの状況を打開する方法を考えていたところに、上空から何かが飛来してくるのが見えた。

 

 目に映ったのは小型の戦闘機だった。

 

 「……何であんなものが?」

 

 戦闘機が放ったミサイルの一撃でバランスを崩した二機を見てさらに距離を取る。

 

 その間に戦闘機と共に飛来した三つの飛行物体が通過する。

 

 「あれは……モビルスーツの上半身と下半身?」

 

 戦闘機を挟むように上半身と下半身がドッキングするとモビルスーツとなり、さらに最後の飛来物である武装が背中に装着される。

 

 すると機体が白と赤に染まり、背中の剣を構えるとザクを庇うようにカオスに振り下ろした。

 

 その姿は敵対する機体と同じく―――

 

 「……ガンダム」

 

 剣を構えた機体を操るは紅き瞳の少年。

 

 鋭い視線で二機を睨みつけると憤るままに叫びを上げる。

 

 「なんでこんな事を! また戦争がしたいのか、アンタ達は!!」

 

 ここに互いが知らぬまま戦場にて兄と妹は邂逅した。

 

 再び戦乱の幕が上がる。




とりあえず一話だけ出来ていたので投稿しました。


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第2話   戦火の中のガンダム

 

 

 『ガンダム』

 

 ―――その名は各勢力にとって特別な意味を持つ機体だ。

 

 特に中立同盟とザフトにとって大きな影響を与えるものである。

 

 中立同盟にとって『ガンダム』とは前大戦の英雄達が搭乗した機体として名高い。

 

 『白い戦神』キラ・ヤマト。

 

 『消滅の魔神』アスト・サガミ。

 

 特に世界に轟くこの二人のエースが搭乗し驚異的な戦果を叩き出した同盟の象徴とでも言うべきものだ。

 

 そしてザフトにとっては全く逆。

 

 自分達を追い詰め、甚大な被害をもたらした仇敵達。

 

 だが同時に滅びかけたプラントを救った英雄とも言える複雑なものであった。

 

 前大戦時に最高評議会議長であったパトリック・ザラがZGMF-Xシリーズ所謂『ファーストステージシリーズ』を凍結。

 

 残ったデータも破棄して特務隊専用機『シグルド』を始めとしたFシリーズ(フューチャーシリーズ)を推し進めたのは『ガンダム』の影響を消し去り、対抗する為だったと言っていい。

 

 プラントではデータが消去され、関係者もパトリック・ザラによって排除された為に完全に失われた『ファーストステージシリーズ』の詳細。

 

 今では元々ザフトが企画していた物だとを知っている者すらいない。

 

 そんな『ファーストステージシリーズ』の戦闘データを基にデュランダルが企画、開発したものが現在アーモリーワンで暴れている『セカンドステージシリーズ』であった。

 

 「あれか!」

 

 戦場となったアーモリーワンの中に飛び出してきた『コアスプレンダー』と呼ばれる戦闘機のコックピットでシン・アスカはあまりの惨状に操縦桿を強く握り締めると素早くコンソールを操作する。

 

 するとその後方を飛んでいた物体チェストフライヤーとレッグフライヤーがコアスプレンダーを挟むように上下に移動しそのままドッキングする。

 

 そして大地に立つその機体は『セカンドステージシリーズ』の一機である―――ZGMF-X56S『インパルス』であった。

 

 この機体は上半身のチェストフライヤーと下半身のレッグフライヤー、コックピット部分となるコアスプレンダーの三つのパーツから成り立っている。

 

 さらに特徴としてシルエットシステムと呼ばれる武装換装システムを備えている。

 

 モニターを睨むシンの目の前にはガイアとカオスの姿があり、背後にはたった一機でガイアとカオスを相手にしていたザクがいた。

 

 「これ以上好きにさせるか!」

 

 背中に装備された『ソードシルエット』から対艦刀『エクスカリバー』を構えながら、横目で後ろを確認する。

 

 周りには破壊された工場区とモビルスーツの残骸が溢れ、敵と相対しているザクはいくつかの傷はあるものの、致命的な損傷は見当たらない。

 

 それだけであのパイロットの技量が高い事がわかる。

 

 「一体誰が……いや、今は戦闘中だろ!」

 

 疑問を振り払うように正面を見たシンの胸中に満ちていたのは怒り。

 

 再び争いを起こそうとする者達に対する許しがたい憤りであった。

 

 散乱する残骸と死の匂いに触発され、シンの脳裏に過去の光景がよぎったその瞬間、なにかノイズのようなものが一瞬走る。

 

 「……何だ、今のは? いや、そんな事よりも!!」

 

 首を振り、浮かんだ光景を振り捨てるように勢いよくフットペダルを踏み込む。

 

 「はああああ!!」

 

 対艦刀の柄を連結させてアンビデクストラスフォームにすると正面に佇むガイアに向って斬りかかった。

 

 「なんだこいつは!?」

 

 ステラは突然現れた機体に戸惑った影響で反応が一瞬遅れてしまう。

 

 「落ちろ!」

 

 「くっ!?」

 

 振るわれた斬撃を間一髪インパルスの背後に飛ぶ事で回避すると、機関砲で牽制しながらビームライフルを撃ち込んだ。

 

 多少性能が高かろうがこれで仕留めたと確信する。

 

 しかしそのステラの予想は外れ、インパルスは機体を半回転させ、放たれたビームをシールドで弾き飛ばす。

 

 そして連結したエクスカリバーを分割しその内の一本をガイアに投げつけた。

 

 「この!」

 

 投げつけられたエクスカリバーをシールドで何とか防御したガイアであるが、完全に態勢を崩されてしまった。

 

 その機を逃すシンでは無い。

 

 「落ちろ!」

 

 上段からエクスカリバーをガイアの眼前に向けて振り下ろす。

 

 しかし次の瞬間、シンは驚愕で固まってしまう。

 

 ガイアは対艦刀の一太刀をギリギリのタイミングで止めて見せたのである。

 

 「なっ、あのタイミングで止められた!?」

 

 「調子に乗るなァァ!!」

 

 態勢を崩したあの状態で受け止めるガイアの反応にシンは舌を巻く。

 

 今もミネルバのブリッジから「命令は捕獲だぞ」などと副長のアーサーが叫んでいるが構っていられない。

 

 隙を突いた完璧なタイミングでの攻撃を受け止めてくるような相手に加減などしても返り討ちにあうだけである。

 

 そしてそのシンの考えは敵対しているステラも同様に思った事だった。

 

 この機体も自分の乗る機体と同じくかなりの性能を持っている。

 

 油断すれば落されてしまう―――だがそんな冷静な考えも沸々と湧きあがってきた怒りで消えつつあった。

 

 「私をここまでェェ!」

 

 先程までとは比にならない怒りが湧き上がりステラは絶叫しながらインパルスに突撃した。

 

 「お前ェェェ!!」

 

 モビルアーマー形態に変形するとビームブレイドを展開して襲いかかる。

 

 「くそ!」

 

 シンはガイアが突撃しながら繰り出してくるビームブレイドをシールドを使って必死に流し続ける。

 

 彼にとってはこれが初めての実戦。

 

 演習しか経験のないシンにとって変形を駆使するガイアの変則的な戦い方は完全に想定外である。

 

 「演習じゃ、こんな事!」

 

 そう愚痴ったところで現状は変わらない。

 

 教官の言っていた「実践と演習は違う」という意味を身に染みて感じながら、反撃の糸口を探すべくガイアの動きを注視する。

 

 激突を繰り返す二機の攻防を脇から見ていたスティングは思わず舌打ちした。

 

 それはやや暴走気味のステラに対してではなく、突然現れた新型の方に対するものだ。

 

 「……どうなってる。あんな機体の情報はないぞ」

 

 敵を薙ぎ払いながら寄ってきたアウルも愚痴るように吐き捨てる。

 

 「新型は三機の筈だよな。どうなってんだよ、ネオの奴!」

 

 全く同意見だ。

 

 こんな話は聞いていない。

 

 しかしそんな事を言ったところで無意味だ。

 

 現実にあの機体は存在しているのだから。

 

 「どうすんの? もうすぐ来るだろ」

 

 「分かってる!」

 

 スティング自身も苛立ちを隠せないままガイアの援護に入った。

 

 このまま脱出するにしても、あの機体を放置できない。

 

 それが今出せる精一杯の結論だった。

 

 「カオスにアビスまで!?」

 

 ガイアの相手で手一杯だったインパルスはカオスとアビスが加わった事で完全に防戦一方になってしまった。

 

 背後からの斬撃。

 

 タイミングを合わせた正面から叩き込まれるビームの雨。

 

 高度な連携に翻弄されるザフトのガンダムをマユは静かに注視する。

 

 そして数瞬何かを考えた後でアイラに声を掛けた。

 

 「アイラ様、シートにしっかり掴まってください」

 

 「どうするつもり?」

 

 「今が離脱の好機です」

 

 そう呟くとマユはフットペダルを踏み込み、インパルスに止めを刺そうとするカオスの射線に割り込むとシールドでビームを受け止めた。

 

 「なんだと!?」

 

 「えっ」

 

 さらに動きを止めたガイアに対して突進。

 

 完全に虚を突かれたステラはザクのタックルを避け切れない。

 

 「きゃああ!」

 

 ガイアはザクの一撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

 「ステラ!!」

 

 アウルが援護の為にカリドゥス複相ビーム砲を叩きこむ。

 

 だが予め射線を予測していたマユはすぐに飛び退くと地面に突き刺さったエクスカリバーを掴んで投げつけた。

 

 「何!?」

 

 「遅い!」

 

 エクスカリバーを避ける事が出来すに直撃を受けたアビスは大きく吹き飛ばされ背後に倒れ込んだ。

 

 「ぐああ!」

 

 「こいつ!!」

 

 アビスとガイアが倒れ、完全に連携が崩れた事を確認すると同時にマユはインパルスに向けて叫ぶ。

 

 「そこのモビルスーツ! 今の内に!!」

 

 「あ、ああ!」

 

 シンは突然かけられた声に驚きながらも斬り込んできたカオスにエクスカリバーを振り抜いた。

 

 「こいつら!?」

 

 カオスはエクスカリバーをシールドで弾き飛ばすが、次の瞬間にザクがビームトマホークで斬り込む。

 

 「何!?」

 

 ビームトマホークを回避したスティングに今度はインパルスが迫る。

 

 インパルスとザクの見事な連携にカオスは手玉に取られてしまう。

 

 「くそォ!」

 

 堪らず後退したカオスに別方向からビームが撃ち込まれる。

 

 マユの視線の先にいたのは駆けつけてきたザフトの増援であった。

 

 「ここ!!」

 

 マユはカオスの後ろに回り込んで飛び上がり、踏み台にして相手の態勢を崩しながらスラスターを吹かして離脱した。

 

 ザクが離脱するのと入れ替わるように今度は白と赤のザクが駆けつけてくる。

 

 「シン!」

 

 「大丈夫!?」

 

 「レイ、ルナ!」

 

 同期のレイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークだ。 

 

 レイやルナとはアカデミー時代から良く組んでおり、他の者達より連携を取りやすい。

 

 二人の援護を受けたシンは連携を取りながら三機に攻撃を仕掛けていく。

 

 「これ以上好きにさせるかァァァ!!」

 

 ガイアに再びエクスカリバーを振り下ろし、アビスのビームを止めながら、シンは自分を助けて後退したザクの事を一瞬考える。

 

 「あの声、どこかで……」

 

 そこまで考えてシンは首を振ると目の前に敵に集中する。

 

 「何考えてるんだ、戦闘中だろ!」

 

 余計な事を振り払うと敵機に向かって前に出る。

 

 今のシンにこれ以上ザクのパイロットを気に掛ける余裕はなかった。

 

 

 

 

 三機のガンダムからなんとか離脱したマユはほっと息を吐く。

 

 今はアレが精一杯。

 

 新型を奪取した機体のパイロット達は間違いなく強敵だった。

 

 インパルスが居たとはいえ、あのまま戦っていたらいずれ追い込まれていただろう。

 

 「あなたがザフトを助けるなんてね」

 

 マユがプラント、いやザフトに対して良い感情を抱いていない事は良く知っている。

 

 だからアイラからしてみれば、ザフト機を助ける為に前に出たのは意外であった。

 

 「……別にザフトだから落されれば良いとは思っていませんよ。それに助けたのは、あくまで結果的にです」

 

 確かに見ていられなかったというのもある。

 

 あのままではインパルスは撃墜されていただろう。

 

 しかしマユが戦闘に割って入ったのはあくまでも離脱する為だ。

 

 インパルスの介入であの三機のガンダムの注意が散漫になっていたとはいえ、ただ離脱しようとしても阻まれていた可能性は非常に高い。

 

 かといって傍観してインパルスが落とされれば、慣れない機体で三機を相手にすることになる。

 

 今の状況でそれだけは避けたかった。

 

 だからインパルスが倒される前に介入し、三機のガンダムの態勢を崩す事で脱出の隙を作ろうとしたのだ。

 

 目論見は上手くいった。

 

 ガイアがインパルスに執着していた為にこちらに対する反応が遅れた事も幸運であった。

 

 「どこか降りられる場所に―――ッ!?」

 

 戦場から離れて安全な場所を探そうとした瞬間、大きく地面が揺れる。

 

 「これは……」

 

 「外から攻撃されている?」

 

 この推測は当たっていた。

 

 内部で激しい戦闘が行われているアーモリーワンの外では、港が襲撃を受けていた。

 

 今も出港しようとしたローラシア級が黒いモビルスーツにブリッジを撃ち抜かれ、港の中で爆散する。

 

 攻撃を加えたモビルスーツ『ダークダガーL』は次の獲物を求めて、すでに外で警戒にあたっていたナスカ級の背後に回り込みエンジンを損傷させる。

 

 そしてエンジンから煙を噴きナスカ級が傾いた瞬間、何もない空間から放たれた砲撃の直撃を受け撃沈されてしまった。

 

 それを管制室で見ていた者達は驚愕する。

 

 「いったい何が!?」

 

 だがすぐに疑問の答えが出た。

 

 今まで何も無かった場所から見た事もない戦艦が現れたからだ。

 

 「ミラージュコロイド!?」

 

 「テタルトス、いや地球軍か!?」

 

 そう疑うのは当然であった。

 

 ダガー系のモビルスーツを使用しているのは地球軍とテタルトスのみ。

 

 ならこの襲撃も彼らの仕業と考えるのは自然な事だ。

 

 驚き浮足立つザフトを尻目に、突然現れた戦艦ガーティ・ルーのブリッジで戦場を見つめる男がいた。

 

 いや、男かどうかも分からない。

 

 何故ならその者は顔全体を隠す仮面を被っていたからである。

 

 仮面の者ネオ・ロアノーク大佐は戦況を確認しながら、時間を見ると帰還する予定だった時間を過ぎていた。

 

 アーモリ―ワンの防衛戦力が浮足立っている事を考えれば機体強奪に成功してはいるらしいが、奪った機体が脱出できないなら意味はない。

 

 「失敗ですか……」

 

 ネオの隣に控えていたスウェン・カル・バヤン中尉は艦長イアン・リーの呟きに内心苦笑した。

 

 イアンがそう判断するのも当たり前。

 

 真っ当な軍人であるイアンのようなタイプは皆、生体CPUに対して懐疑的なのだ。

 

 前大戦においても生体CPUは前線に投入され、確かに一定の戦果を上げはした。

 

 だが命令には従わず、連携もほとんど取れず、挙げ句同士討ちにまで発展しかけた例すらあるという。

 

 指揮官としてはこんな厄介なものを使いたくはないだろう。

 

 「……失敗するようなら私もこんな作戦をやらせたりはしない」

 

 「しかし、アーモリーワンは軍事工廠です。時間が経つほどこちらが不利になりますよ」

 

 現状戦況が拮抗しているように見えるのはアーモリーワン内部の騒ぎに合わせ、奇襲を仕掛けた事でザフトが混乱しているからだ。

 

 だがこんな状況はいつまでも続く筈はなく、ザフトが混乱から立ち直るのも時間の問題だった。

 

 「……私が出て時間を稼ごう。スウェン、一緒に来い」

 

 「了解」

 

 ネオと共に格納庫に向かったスウェンは自分の機体ストライクEに乗り込んだ。

 

 この機体は前大戦で驚異的な戦果を上げ『白い戦神』と呼ばれ恐れられたパイロット、キラ・ヤマトが搭乗した機体の強化型である。

 

 「機体状態問題なし」

 

 スウェンは使い慣れたエールストライカーを選択し、機体を起動させていくとモニターにネオの機体『エグザス』が見えた。

 

 エグザスはモビルスーツではなく、モビルアーマーである。

 

 前大戦『エンデュミオンの鷹』と呼ばれたムウ・ラ・フラガも搭乗したメビウスゼロの後継機である。

 

 実弾だった武装のほとんどがビーム兵器に変更され、メビウスゼロと同じくガンバレルを搭載している。

 

 ただし使いこなすには高い空間認識力が必要となるが。

 

 ネオはこの装備を完全に使いこなせる数少ないパイロットであった。

 

 「いくぞ、スウェン」

 

 「了解」

 

 ガーティ・ル―から出撃した二機は時間を稼ぐために行動を開始した。

 

 出撃したエグザスは攻撃を仕掛けてきたジンの攻撃をたやすく回避する。

 

 その動きは明らかに普通ではない。

 

 だが、ジンやシグーのパイロット達はそれにも構わず攻撃を繰り返していく。

 

 ここまで多くの仲間が倒された事で冷静さを失っていたのだろう。

 

 「……迂闊な」

 

 ネオは表情一つ変えずに機体に接続されているガンバレルを展開。

 

 弾けるように外側に飛び出した砲台が素早く動き、四方からビームを撃ち込む。

 

 「なに!?」

 

 「どこから!?」

 

 ガンバレルの放ったビームを回避する事が出来ないジンやシグーはそのまま撃ち抜かれて爆散した。

 

 「歯応えのない連中だな」

 

 その方が時間稼ぎも楽であるが、軍事工廠であるアーモリーワンの防衛戦力としてはいささか拍子抜けである。

 

 しかしネオは油断はしない。

 

 すぐに気を引き締めるとゲイツRのビームを回避、リニアガンで狙い撃ちにして撃破した。

 

 さらに動きを止める事無く敵機を牽制、ガンバレルを巧みに操りながら次々と敵機を蹂躙していく。

 

 「くそォォ!」

 

 どうにか降り注ぐビームの雨から抜け出たゲイツRが接近戦を挑むためビームサーベルを展開、一気に距離を詰め、エグザスに斬りかかった。

 

 しかし斬りかかられたネオは何の反応も示さず、別方向にガンバレルを操作し続けている。

 

 「貰った!」

 

 ビームサーベルを袈裟懸けに振り抜こうとした瞬間、ゲイツRはスウェンの放ったビームライフルでコックピットを撃ち抜かれていた。

 

 スウェンもまたザフト機がついていく事の出来ない動きで翻弄するとビームライフルで次々と敵モビルスーツを撃ち抜いていく。

 

 「あれはストライク!?」

 

 「やっぱり地球軍か!?」

 

 スウェンの乗っているストライクEはやはり目立つ。

 

 ザフトにとってはGAT-X104『イレイズ』と並んで忌むべき機体だからだ。

 

 こちらの素性がバレた可能性もあるがダガーを使用している以上今更だ。

 

 「どけ」

 

 スウェンはビームライフルから腰に装備されている二丁のビームライフルショーティーに持ち替えビームを連射して敵に叩き込んだ。

 

 ビームライフルショーティーは銃身が拳銃サイズになっている接近戦を想定した装備である。

 

 その分射程は通常のビームライフルより劣るものの、連射性はこちらの方が勝っている。

 

 「……流石に数が多いな。大佐、スティング達は?」

 

 「まだのようだ。もう少し時間を稼ぐ」

 

 「了解」

 

 二機は増援目掛けて加速すると敵陣に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 アーモリーワン内部の戦闘は地上戦から空中戦に移行していた。

 

 現在はほとんどのモビルスーツが引き離され、追撃しているのはインパルスと二機のザクのみ。

 

 このままでは逃げられる可能性がある。

 

 その芳しくない現状は新造戦艦ミネルバの方でも確認が取れていた。

 

 このミネルバこそアーモリーワンで行われる予定であった進水式の主役であり、同時に今戦闘を続けているセカンドシリーズの母艦でもある。

 

 そんなミネルバの待機室で戦闘の様子をもどかしく見ていたセリスはそわそわしながら準備が整うのを待ち続けていた。

 

 「……シン」

 

 いつもの事ながらシンの無茶な戦い方を見ていると生きた心地がしない。

 

 これまでは演習だったからこそ後で文句を言う事はいくらでもできた。

 

 だが今行われているのは命懸けの実戦であり、無謀な行動は死に直結している。

 

 せめて傍にいられればフォローもできるというのに。

 

 しかし彼女の機体は一機だけ調整が遅れていた為に出撃できない状態である。

 

 今もミネルバの整備スタッフが急ピッチで調整を進めてくれているのだが―――

 

 焦れるセリスだったが、その時待ち望んでいた連絡がようやく入ってきた。

 

 《準備が整ったぞ!》

 

 「分かりました!」

 

 すでに赤いパイロットスーツに着替えていたセリスは格納庫に駆け込むと、そこには準備の出来た自身の乗機が佇んでいた。

 

 ZGMF-X23S『セイバー』

 

 セカンドステージシリーズの一機でありモビルアーマーへの変形機構を備えた機体である。

 

 セリスが急いで機体に乗り込もうと走り寄った時、セイバーの横に見た事もない機体があるのに気がついた。

 

 「あの機体は……」

 

 その造形は自分達の乗るセカンドステージシリーズによく似ている。

 

 「あれは特務隊の機体らしいよ。今議長と一緒に特務隊の人がミネルバに乗り込んでるから念の為に積んどけって」

 

 「え、デュランダル議長が!?」

 

 「うん。まあプラント内部は大混乱だからね。状況把握の為に乗り込んで来たんじゃないの?」

 

 同期のメカニックであるヴィーノ・デュプレがわざわざ説明してくれる。

 

 セリスは興味深そうに横に立つ機体を見ていたが、それどころではない事を思い出すと慌てて機体に乗り込んだ。

 

 《言っとくけど、調整が完全に済んだ訳じゃないからな。無理だけはするなよ》

 

 「うん、分かってる」

 

 ヨウランの忠告に頷きセイバーをカタパルトまで移動させるとミネルバのハッチが開く。

 

 「セリス・シャリエ、セイバー行きます!」

 

 セリスはフットペダルを踏み込むとセイバーはミネルバを飛び出し戦場に向かった。

 

 

 

 

 準備を整えたらセイバーが戦場に向け発進した頃、シン達の奮戦は未だ続いていた。

 

 「なんて奴らだ、奪った機体でここまで!」

 

 シンが毒づくのも無理はない。

 

 新型を奪った相手は初めてセカンドステージシリーズに搭乗した筈にも関わらず、その動きに違和感はない。

 

 カオスのパイロットは背中の機動兵装ポッド分離させて、的確に使用してくる。

 

 ガイア、アビスのパイロット達も完全に機体を使いこなしていた。

 

 シンに焦りが募っていく。

 

 しかしそれはスティング達も同じであった。

 

 さっさと追手を振り切って外にいる味方と合流しなくてはならない。

 

 だが―――

 

 「このォォ!!」

 

 ステラはビームサーベルを振りかぶると、インパルスに叩きつける。

 

 しかしその斬撃は掲げられたシールドに阻まれて届く事はない。

 

 それが余計に怒りを煽る。

 

 完全に冷静さを失ったステラは目的すら忘れて暴れまわっている。

 

 「やめろ! 後退だぞ、ステラ!」

 

 「私が、私がァァ!」

 

 熱くなりすぎだ。

 

 このままでは不味い。

 

 舌打ちしながら再びステラを制止しようとした時、アウルが余計な一言を口にした。

 

 「じゃ、お前はここで『死ね』よ!」

 

 それはステラにとって言ってはならない言葉であった。

 

 「あ、ああ」

 

 「アウル! お前!」

 

 「止まんないからさ、しょうがないじゃん」

 

 「余計な事を!」

 

 アウルの放った一言でステラの様子は一転し、その顔から怒りに満ちた表情は完全に消え、逆に恐怖と怯えに満ちていた。

 

 「あ、あああ、嫌ァァァァァァァ!!!!」

 

 様子を変えたステラに操られたガイアは反転するとプラント外壁に向って移動を始めた。

 

 「結果オーライだろ」

 

 「チッ」

 

 それを追うようにカオスとアビスも反転した。

 

 当然、黙って見ているようなシン達ではない。

 

 「逃げられたら終わりだぞ」

 

 「分かってる!」

 

 「これ以上好きにさせないわよ!」

 

 三機もスラスターを噴射させて後を追う。

 

 その時ルナマリアの乗っているザクのスラスターが爆発すると徐々に高度が落ちていく。

 

 「嘘でしょ!?  こんな時に!」

 

 ルナマリアの機体は三機のガンダムが暴れまわった際に瓦礫の下敷きになってしまっていた。

 

 おそらく機体が瓦礫の下敷きになった時にスラスターを損傷していたのだろう。

 

 「運がないね! さっさと落ちろよ!」

 

 降下していくザクを見たアウルはカリドゥス複相ビーム砲を構えた。

 

 シンはアビスの攻撃を阻止するために射線上に割り込もうと前に出る。

 

 しかしモビルアーマー形態に変形したカオスの突撃に阻まれてしまう。

 

 迎撃しようと対艦刀を振りかぶるが、逆にエクスカリバーを叩き折られてしまった。

 

 「くそ! この装備じゃ駄目だ!! ミネルバ、フォースシルエット!!」

 

 モニターのメイリン・ホークが戸惑い艦長であるタリア・グラディスの顔を見る。

 

 「許可します」

 

 タリアは躊躇う事無く許可を出した。

 

 もはや機密も何もない。

 

 インパルスまで失う訳にはいかないのだから。

 

 ミネルバからフォースシルエットが射出される。

 

 だがルナマリアの危機には間に合わない。

 

 シンは吹き飛ばされ、レイはカオスを抑えている為に援護する余裕がない。

 

 「ルナ!!」

 

 「くっ」

 

 アビスから放たれた閃光がザクを撃ち抜こうと迫る。

 

 だが直撃する直前に射線上に割り込む機体があった。

 

 赤き機体がシールドを掲げ、ビームを受け止めた。

 

 「ルナ、大丈夫!?」

 

 「セリス!?」

 

 割り込んで来たのはセリスの搭乗する機体セイバーであった。

 

 「そのままミネルバまで後退して!」

 

 「り、了解!」

 

 セリスの援護に驚くシン達だがさらに驚いていたのはスティング達だった。

 

 「さらに新型だと!?」

 

 「どうなってんだよ、これ!」

 

 もはや予想外どころではない。

 

 事前に与えられていた情報と違いすぎる。

 

 セリスはビームライフルでアビスを牽制しながらザクの後退を援護する。

 

 「この!」

 

 アビスは三連装ビーム砲をセイバーに撃ち込むが、セリスは潜り抜けるように回避するとビームライフルを叩き込む。

 

 「それじゃ私には当たらない!」

 

 セイバーの動きは卓越しており、さらに射撃も正確。

 

 それだけでセリスの技量も分かるというものだ。

 

 「舐めないで!」

 

 「こいつも厄介な奴だな! あれは……」

 

 スティングが戦場に飛来してきた物に気がついた。

 

 それはミネルバから射出されたインパルスの高機動戦闘用装備フォースシルエットである。

 

 インパルスはソードシルエットをパージ、背中にフォースシルエットを装備すると色が白と青を基調とした配色に変化した。

 

 「装備を換装!?」

 

 「チッ、さっさと退くぞ、アウル!」

 

 「分かってるよ!」

 

 手に持ったシールドがスライドして拡大すると同時に動き出したインパルスは先程までとはまったく違う速度でガイアに肉薄、ビームサーベルを抜いて斬りかかった。

 

 「逃がすかァァ!!」

 

 振り下ろされたビームサーベルをステラは半狂乱で回避する。

 

 「こっちに来ないでぇぇ!!」

 

 ガイアはビーム砲をインパルス撃ち込み、接近させないように後退していくが今のステラでは冷静な対処は無理だ。

 

 「やらせるかよ!」

 

 スティングはレイのザクを蹴り飛ばすとステラを援護するために全火器をインパルスを牽制するように叩き込んだ。

 

 「シン、後ろ!!」

 

 「ッ!?」

 

 シンはセリスの声に合わせて機体を旋回させるとカオスの攻撃をギリギリ回避する。

 

 「この!!」

 

 そこにセイバーを振り切ったアビスがプラント外壁に向けてカリドゥス複相ビーム砲と三連装ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 度重なる攻撃でついに限界を超えたのだろう。

 

 プラントの外壁に大きな穴が空き、空気が流出するとそこからカオス、アビス、ガイアが離脱していく。

 

 「ここまでやられてみすみす逃がすか!」

 

 そのままインパルスは外壁の穴に突入する。

 

 「ちょっと、シン!」

 

 「待つんだ! 闇雲に追っても!」

 

 ザクとセイバーも先に出たインパルスを追って外に飛び出すが、そこでレイは今まで感じた事のない感覚に襲われた。

 

 「なんだ、これは?」

 

 言い知れぬ不安感が全身を包む。

 

 だがこのままシンを放っておく事はできない。

 

 レイは不安を押し殺してインパルスの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 戦闘から離脱したマユとアイラはどうにかミネルバの格納庫に辿りついていた。

 

 何故ミネルバに入ったかといえば、ここにデュランダル議長が入っていくのを確認したからである。

 

 今さら言うまでもいないがアイラやマユは中立同盟の人間だ。

 

 デュランダルによって招かれたものの、両国間の関係を考えれば確実に安全とは言えない。

 

 この騒ぎに乗じて何かよからぬ事を考える者がいる可能性もあるからだ。

 

 ならば確実に安全を保障してくれる人物のいる場所に居た方が良いと判断したのだ。

 

 マユはコックピットから降りようとアイラの様子を確認すると難しい顔で考え込んでいた。

 

 彼女が何を考えているかは、大体分かる。

 

 「アイラ様はこの件をどう考えていますか?」

 

 「そうね、テタルトスではないでしょう。彼らがこの時期に世界を刺激するような行動を取るとは思えない」

 

 ならば考えられる可能性は一つしかない。

 

 「地球軍ですか」

 

 「そう考えるのが自然ね。厄介な事になりそう」

 

 今回の事は間違いなく争いの火種になるだろう。

 

 二人してため息をつきながらコックピットを降りていく。

 

 見慣れないこちらの姿に驚きながら銃を構えてくるザフトの兵士に告げる言葉を考えながらアイラが前に出るとマユもこれからどうするべきかを考える。

 

 いや、やる事は決まっているのだ。

 

 アイラを守りきりオーブに戻る。

 

 ここを切り抜けて地球に帰還しなければ、これから先の対策も練れないのだから。

 

 殺気立つザフト兵と対峙しながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 ミネルバのブリッジで一連の戦闘を見ていたタリアは頭を抱えた。

 

 追撃を行っていたインパルス、セイバー、ザクが宇宙に出た敵を追ってプラントの外に飛び出していったのだ。

 

 「あいつら何を勝手に!」

 

 アーサーが慌てるのも無理はない。

 

 タリアは視線だけを後ろに向ける。

 

 そこには現最高評議会議長であるデュランダルが座り、その後ろには補佐する秘書官と特務隊であり議長の護衛役であるアレン・セイファートが立っていた。

 

 彼らがここにいるだけでも正直な話、頭が痛い。

 

 議長は言うまでもないが、自分達よりも上の立場にあるアレンがいるのは非常にやりにくい。

 

 ―――とはいえこのままという訳にはいくまい。

 

 「……インパルスとセイバーまで失う訳にはいきません。ミネルバ、発進します! よろしいですね?」

 

 タリアの言葉にデュランダルは沈痛な面持ちで頷いた。

 

 「頼むよ、タリア」

 

 同時に傍に立つアレンを見るが特に何の反応も示さない。

 

 サングラスをかけている為に表情は見えないが何も言わないという事は異論はないらしい。

 

 タリアは正面を向くと同時に自分を叱咤する意味を込めて大きな声で叫んだ。

 

 「ミネルバ、発進!」

 

 ここから事態はさらに混迷を極めていく事になる。



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第3話   暗き道を辿って

 

 

 アーモリーワンで起こった新型機の強奪。

 

 奪われた新型であるカオス、ガイア、アビスはザフトの追撃を振り切りアーモリーワンから離脱に成功する。

 

 そして奪った新型に搭乗していたスティング達は母艦であるガーティ・ルーへと辿り着いた。

 

 この時点でほぼ作戦は成功と言える。

 

 しかしこれで終わりではない。

 

 ある意味でここからが本番であった。

 

 ここから追撃の手を伸ばしてくる相手から逃げ延びて、初めて作戦は無事成功で終わるのだ。

 

 離脱準備に入ろうしているガーティ・ルーに接近しているのは三機のモビルスーツ。

 

 その内の二機は奪い取った機体とよく似た造形の機体であった。

 

 それをプラントの陰から見ていたネオとスウェンはすぐにスティング達が手こずっていた理由を看破する。

 

 「なるほど。これは私のミスか」

 

 「……例の三機だけではなかったという事ですね」

 

 「予定外ではあるが、丁度良い。このまま奪取するか、破壊する」

 

 「了解」

 

 エグザスとストライクEがプラントの陰から飛び出すと母艦に迫るザフトの三機に突進、攻撃を開始しようと武器を構える。

 

 だがその時、ネオの全身に何かが駆け巡った。

 

 「……なんだ?」

 

 リニアガンで敵機の陣形を崩しながら三機のモビルスーツを注視する。

 

 「……どの機体だ?」

 

 この感覚に従ってその元を探し出す。

 

 ネオの感覚が告げたのは白い一つ目の機体ザクファントムだった。

 

 「あの機体か……スウェン、白い一つ目に注意しろ」

 

 「……了解」

 

 突然とも言える忠告にスウェンは特に異論を挟まなかった。

 

 ネオは時に以上ともいえる勘の鋭さを発揮する時がある。

 

 部隊に配属された当初こそ面食らったものだが、その勘は馬鹿に出来ない。

 

 だから今回もその勘が働いたのだろうと判断したスウェンはネオを援護する為、ビームライフルで敵機の動きを誘導していく。

 

 その攻撃に晒されたシン達も即座に応戦の構えを取った。

 

 「こいつら!」

 

 突撃してきたモビルアーマーの攻撃を飛び退いて回避するとビームライフルを構えて反撃する。

 

 だが正直なところシンは敵を所詮はモビルアーマーであると甘く見ていた。

 

 目的はあくまでも奪われた機体であり、こんな雑魚に構っている暇はないのだと。

 

 モビルアーマーといえばモビルスーツが普及し始めた現在において、すでに前時代の兵器である。

 

 それがザフトで大半の、少なくともシンの認識であった。

 

 しかしその認識はすぐに撃ち砕かれることになる。

 

 シンの放った一撃をエグザスは容易く回避すると機体側面にある砲台が外側に向けて弾け飛んだ。

 

 「な、なんだ!?」

 

 砲台が巧みに操られ、インパルス目掛けて四方からビームを叩きこんでくる。

 

 「くっ!」

 

 コーディネイター故の反応速度で正面からのビームを受け止めるものの、背後、左右からの攻撃に対応しきれず、回避したビームが一射が脚部に傷を刻んでいく。

 

 「シン!!」

 

 避け切れなかったビームの射線上に割り込んだセリスのセイバーがシールドを掲げて受け止めた。

 

 「セリス!?」

 

 そんなセイバーの援護も見透かしたようにエグザスは背後から攻撃を加えてくる。

 

 だがその攻撃を今度はザクが割り込んでシールドで弾いた。

 

 「シン、下がるんだ! こいつは……こいつは普通じゃない!!」

 

 レイはビーム突撃銃を放ちながらエグザスに肉薄する。

 

 だが放ったビームは敵機を貫く事無く空間を薙ぎ、逆に別方向からのビームに襲われた。

 

 「くっ」

 

 再びレイの全身を不可思議な感覚が駆け巡る。

 

 スラスターを使って背後からの攻撃を避け切るとすれ違いざまにビームを撃ち込んだ。

 

 「レイ!」

 

 「シン、下がって!」

 

 戦闘を開始したレイの援護の為に割って入ろうとしたシン達。

 

 しかし今度はスウェンのストライクEがビームライフルショーティーを構えインパルスとセイバーに連続で撃ち込んでくる。

 

 「くっ、この!」

 

 ストライクEが連続で撃ち込んで来たビームをインパルスとセイバーは左右に飛んで回避する。

 

 接近してくる敵機にシンはライフルからビームサーベルに持ち替えて斬り込んだ。

 

 だが袈裟懸けに振るわれた斬撃をスウェンはあえて懐に飛び込む事で避けると、スラスターを吹かしてインパルスを突き飛ばした。

 

 「……甘いな」

 

 「ぐあああ!」

 

 スウェンは動きを止めたインパルスにビームライフルショーティーで狙いをつける。

 

 しかしそれを阻止する為に横からセイバーがストライクEを攻撃してきた。

 

 「シンはやらせない!」

 

 正確な射撃でこちらを狙ってくるセイバーの動きに合わせスウェンもまたビームを撃ち込んだ。

 

 セリスはそれをやり過ごし肩に装備されたビームサーベルでストライクEを斬りつける。

 

 「こいつ、動きが違う」

 

 ストライクに似た機体のパイロットは動きを見ても実戦慣れをしていない新兵だろう。

 

 だがこの赤い機体は明らかに違った。

 

 「ザフトのエースか……」

 

 改めてスウェンは気を引き締めビームライフルショーティーを構え直す。

 

 敵はエース級。

 

 今までの認識を切り替えると即座に攻撃を開始する。

 

 「この敵、強い!」

 

 セリスもまたストライクEのパイロットであるスウェンが手強い相手であると認識した。

 

 油断せず、互いにライフルを撃ち込みながら高速ですれ違う。

 

 「セリス!」

 

 シンもセイバーを援護する為、ビームサーベルで攻撃を仕掛けようとするが、またもや予想外の攻撃に晒されることになった。

 

 レイと戦っている筈のエグザスから放たれたビームが背後から襲ってきたのだ。

 

 「くそ!! アイツ、レイと戦いながら俺にも攻撃を!?」

 

 降り注ぐ閃光にシンは後退しながらシールドで防いでいく。

 

 「アレはどうにでもなるか」

 

 防戦一方のインパルスを片手間に相手をしながらネオはザクファントムを観察する。

 

 敵の動きや殺気のようなものが伝わって敵機からの攻撃は十分に回避できる。

 

 しかしだから一方的に有利という訳ではない。

 

 相手も同じなのか的確に攻撃を回避してくる。

 

 「問題はこの白い奴か」

 

 「何だこいつは!?」

 

 レイは馴染みのない感覚に戸惑いながら四方から襲いかかるガンバレルを回避。

 

 小刻みに操縦桿を動かしながら奇妙な敵機にビーム突撃銃を撃ち込んだ。

 

 「厄介な」

 

 ネオはレイほど戸惑う事はなかったが、苛立たしげに呟いた。

 

 感覚に従って相手の動きに合わせ攻撃を加えていくが相手もこちらの動きを読み、背後を突かせたガンバレルを撃ち落としていく。

 

 この感覚は―――

 

 「……そういう事か」

 

 レイのザクファントムを凝視しながら納得したように頷く。

 

 「あの男の……負の遺産だな」

 

 ネオは忌々しい事を思い出したのか、操縦桿を強く握り締めて吐き捨てるとため息をつく。

 

 その時だった。

 

 アーモリ―ワンの下部分が展開され、そこから出てくる艦を確認した。

 

 それは当然ネオ達だけでなく、戦っていたシン達も気がついた。

 

 「ミネルバ!?」

 

 ザフトの新造戦艦ミネルバが宇宙に飛び出し、ガーティ・ル―に接近していく。

 

 これ以上の戦闘は厳しいと判断したネオは即座に決断した。

 

 「スウェン、撤退するぞ」

 

 「了解」

 

 エグザスとストライクEは相手をしていた敵機を振り払うとお互いをカバーしながら後退する。

 

 「逃がすかよ!」

 

 「シン、追っては駄目! 冷静になって!」

 

 「ッ!?」

 

 制止するセリスの声にシンは苛立ちを抑えながらも機体を止めた。

 

 気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をして冷静に思考する。

 

 そして気が付けばコックピットには警戒音が鳴り響き、インパルスのパワーが危険域に入っている事に気がついた。

 

 あのまま追撃しても返り討ちだ。

 

 敵に対する怒りや憤りは消えなかったがこれ以上セリスに心配はさせられない。

 

 「ありがと、セリス。もう大丈夫だ」

 

 「うん、ミネルバに戻りましょう」

 

 「ああ」

 

 インパルスとセイバーはレイのザクファントムを合流するとミネルバに向って移動していった。

 

 

 

 

 その頃、宇宙へと飛び出したミネルバでは、動き出そうとしている敵戦艦に攻撃を開始しようとしていた。

 

 「不明艦を今後『ボギーワン』と呼称する! アーサー、何やってるの! 早く席に座りなさい!」

 

 「あ、は、はい!」

 

 飛んだ叱責に戦況を呆然と見ていたアーサーは急いで自分の席に着くとタリアはすぐに指示を飛ばし始めた。

 

 「ボギーワンを撃つ! ブリッジ遮蔽、アンチビーム爆雷発射用意」

 

 新造戦艦であるミネルバは今までのザフト艦には無い新システムを多数採用されている。

 

 CICと一体化されている戦闘ブリッジもその一つだった。

 

 ブリッジが下降してCICに移行するとアーサーが声を上げる。

 

 「ランチャーエイト、一番から四番ナイトハルト装填! トリスタン一番、二番、イゾルデ起動! 照準『ボギーワン』!」

 

 ミネルバに装備されている武装が動き、砲身がせり上がる。

 

 準備が完了した事を確認したタリアが再び声を上げようとした時、後ろからその様子を見ていたデュランダルが口を挟んできた。

 

 「彼らを助ける方が先じゃないのか、艦長?」

 

 タリアは思わず顔を顰めそうになるのを必死で堪えた。

 

 これがデュランダルを乗せたくなかった最大の理由である。

 

 戦闘中に素人からいちいち口出しされるのは邪魔でしかない。

 

 うんざりしながらデュランダルに返答しようと振り返るが、そこに思わぬ所から助け船が出た。

 

 「……議長、グラディス艦長の判断は正しい。今の状況では母艦を撃ち、敵を引き離す方が早い。我々が口を挟むのは指揮系統の混乱を招きますから、ここは艦長に任せましょう」

 

 「そうか、分かった」

 

 アレンの回答に頷いたデュランダルはそのまま口を挟む事無く黙って正面に向き直った。

 

 正直な話、彼も口出ししてくると思っていただけに意外な対応だった。

 

 何であれデュランダルを諌めてくれたのはありがたい。

 

 彼に対する印象を改めながら、タリアは指示を飛ばした。

 

 「攻撃開始!」

 

 「ナイトハルト、撃て!!」

 

 アーサーの声が響くと同時にミネルバからミサイルが次々と発射され、ガーティ・ルー目掛けて撃ち込まれた。

 

 降り注ぐミサイルの姿にガーティ・ルーを任されたイアンは躊躇う事無く声を上げる。

 

 「迎撃!」

 

 ガーティ・ルーの艦底から近づいてくるミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とすが、接近を許していた為に爆発の震動が艦を激しく揺らした。

 

 さらにこちらのエンジンを狙って次々と砲撃が撃ち込まれてくる。

 

 ここらが潮時だろう。

 

 いくら作戦が上手くいっても、撃沈されては意味がない。

 

 「エグザス、ストライクE、着艦!」

 

 「よし、離脱する!」

 

 ガーティ・ルーはエンジンを噴射すると一気にこの宙域からの離脱を図ろうとする。

 

 だがそれを黙って見逃すミネルバではない。

 

 「ボギーワン、離脱していきます!」

 

 「インパルス、セイバー、ザクは?」

 

 「現在収容中です」

 

 「急がせて! このまま一気にボギーワンを撃つ!」

 

 ここで逃がす訳にはいかない。

 

 たとえ奪われた三機を破壊する事になったとしても。

 

 ミネルバの攻撃は止む事無くガーティ・ルーに叩き込まれていく。

 

 対応に追われるガーティ・ルーのブリッジにネオとスウェンが戻ってきた。

 

 「大佐」

 

 「遅くなった」

 

 「敵艦、尚も接近中です」

 

 撃ち込まれるミサイルを迎撃するたびに大きく艦が揺れるが、そんな中でもネオは冷静に声を上げた。

 

 「両舷推進予備タンクをアームごと分離、爆破。その隙に機関最大、急速離脱する」

 

 「り、了解」

 

 敵の足を止め、離脱を図るには有効な作戦だろう。

 

 ガーティ・ルーの両舷にある推進予備タンクが切り離される。

 

 「ボギーワンより船体の一部が分離!」

 

 なんだ?

 

 離脱するために船体を軽くした?

 

 いや、あれはまさか―――

 

 タリアが思考し正しい回答を得る数瞬前、背後から微かにアレンの声が聞こえた。

 

 「……なるほど」

 

 その声に振り向く前にタリアも正解に辿り着いた。

 

 だが思考していた一瞬の隙、それこそが致命的であった。

 

 「撃ち方待て! 面舵―――」

 

 タリアの指示は間に合う事無く、切り離された推進予備タンクがミネルバの眼前で大きな爆発を引き起こした。

 

 凄まじい震動が船体を襲い、同時に眩い閃光が視界を塞ぐ。

 

 「きゃあああ!」

 

 「わあああ!」

 

 メイリンの悲鳴とアーサーの叫びがブリッジに響き渡る。

 

 しかしタリアはしてやられた事を歯噛みしながらも冷静に指示を飛ばした。

 

 「CIWS起動! アンチビーム爆雷発射! 次は撃ってくるわよ!」

 

 だが、その予想は外れた。

 

 一向に反撃は訪れず爆煙から脱したミネルバが見たのは戦域から離脱していくガーティ・ルーの姿であった。

 

 こんな手で離脱するとは。

 

 完全に向うの方が一枚上手だったという事だ。

 

 デュランダルに追撃を進言しようと振り返ると、あの震動の中でも声一つ上げずにいる者が先に視界に入った。

 

 あの声はアレンのものだった。

 

 彼は最後に行ったボギーワンの目的に気がついていたのだろうか?

 

 だとすれば流石は特務隊といったところだろう。

 

 これからの事を考えれば彼がミネルバに乗り込んでいるのは幸運かもしれない。

 

 見ればメイリンにもあの声が聞こえていたらしく、驚いた様子でアレンを見ていた。

 

 デュランダルに声を掛けようとした時、レイがブリッジに飛び込んできた。

 

 「議長、アレン!?」

 

 流石にデュランダルが乗りこんでいるとは思っていなかったのだろう。

 

 しかし今はそんな事は後回しだ。

 

 このまま逃がせばそのツケは間違いなく自分達で払う事になる。

 

 「議長、今から下船していただく事は出来ませんが、私はこのままあの艦を追うべきだと考えていますが」

 

 「私の事は気にしないでくれ、艦長。この火種、放置すればどれほどの大火になって戻ってくるかと考えれば優先すべき事柄は決まっている。あれら機体の奪還及び破壊は最優先責務だよ」

 

 「ありがとうございます。トレースは?」

 

 「追えます!」

 

 緊張感を保ったまま全員表情を引き締める。

 

 「本艦はこれよりボギーワンの追撃戦を開始する!」

 

 アーサーが艦内に伝達するとタリアは警戒レベルを下げ、ブリッジの遮蔽を解除した。

 

 ミネルバは高速艦であるが敵艦もかなり速いらしく、追いつくにしても時間がかかるだろう。

 

 そこで今まで黙って議長の横に座っていた秘書官ヘレン・ラウニスが声を出した。

 

 「議長は部屋でお休みください。この現状すぐにどうという事にはならない筈ですから」

 

 「ああ。ありがとう、ヘレン」

 

 「ご案内します」

 

 レイに先導され部屋を出ようとした時、通信が入ってきた。

 

 モニターに映ったのはスラスターを損傷して帰還していたルナマリアだ。

 

 しかし彼女は非常に困惑したような表情でこちらを見ている。

 

 「どうしたの?」

 

 《申し訳ありません。戦闘中だった事もあり報告が遅れてしまいました。本艦発進時に格納庫にてザクに搭乗していた民間人二名を発見、拘束しました》

 

 民間人がザクに搭乗していた?

 

 機体を奪う事が目的?

 

 ボギーワンの関係者?

 

 一瞬だけ過った考えを即座に捨てる。

 

 それならばわざわざミネルバに乗り込んでくる必要はないのだから。

 

 《その者は中立同盟スカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトとその護衛役を名乗り、デュランダル議長との面会を希望しています》

 

 「は?」

 

 声が出ない。完全に絶句してしまった。

 

 これからボギーワン追撃もあるというのになんでこう厄介な事ばかり起こるのか。

 

 立て続けに起きる事態にタリアの心労は増えていく一方だった。

 

 

 

 

 どうにかミネルバから逃れたガーティ・ルーの格納庫では早速奪った機体の解析が行われていた。

 

 流石はザフトの最新機といったところだ。

 

 解析にあたった者たちは次々に驚嘆の声を上げている。

 

 そんな中でスウェンはモニター越しに眠る者達の顔を眺めていた。

 

 ベットの上で眠っているのはスティング、ステラ、アウルの三人である。

 

 彼らは現在特殊なベットに寝かされ精神を安定させる調整を受けていた。

 

 戦闘の度にこんな処置が必要になる兵士などイアンが渋い顔をするのも分かる。

 

 見ているだけのスウェンが言っても説得力も無いだろうがこんな光景は気分は良くない。

 

 どうやらそれは隣に立つネオも同様らしく若干嫌悪感がにじみ出ていた。

 

 「……彼らの『最適化』は概ね問題ないようですね」

 

 「ああ。ただアウルがステラにブロックワードを使ってしまったようだ。それが少し厄介らしい」

 

 彼らにはブロックワードと呼ばれる特殊な暗示が施されている。

 

 それぞれ違う言葉であるがこれを聞くだけで彼らは一種の恐慌状態に陥ってしまう。

 

 前大戦で投入された生体CPUは命令も聞かず暴走する事も多かった。

 

 この反省から現在のエクステンデットはブロックワードでそれを抑え、彼らを制御しようということらしい。

 

 「……色々思う事はあるだろうが」

 

 「分かっています。それよりザフトの追撃は―――」

 

 「あると想定して動く。予定通りに」

 

 「了解」

 

 このままザフトが見逃してくれるなどと考えるほど二人は楽観もしていなければ甘く見てもいなかった。

 

 

 

 

 案内されたミネルバの一室で、アイラとマユはようやくデュランダルと面会を果たしていた。

 

 後ろには艦長であるタリアと秘書官ヘレンが立ち、その席でデュランダルは沈痛な面持ちで頭を下げた。

 

 「本当に申し訳ない。王女までこんな事態に巻き込んでしまうとは。ですがどうかご理解いただきたい」

 

 「お気になさらずに……議長にとっても今回の事は不測の事態であったでしょうから。それにこのまま見過ごす事は出来ないというのも当然の事であると分かっています」

 

 仮に立場が逆であったならアイラはデュランダルと同じ選択をした筈だ。

 

 だからこそ彼を責める気など初めからなかった。

 

 「ありがとうございます。王女ならそう言っていただけると信じておりました」

 

 「あの部隊について何か分かった事は?」

 

 「今はまだ何も。船体に何を示すようなものをありませんでしたから。しかしだからこそ今回の事態を一刻も早く終わらせなくてはなりません」

 

 「ええ、もちろんです」

 

 あえてデュランダルは明言を避けていたが心当たりくらいはあるだろう。

 

 敵部隊が使っていたモビルスーツがダガー系であり、ストライクの姿も確認されている。

 

 さらにミラージュ・コロイドに加えあれほどの火器を揃えた戦艦となれば単純にテロリストであるとは考え辛い。

 

 話を聞いていただけのマユですら、すでにその結論に至っている。

 

 胸の中に湧きあがる感情を抑える為、軽く頭を横に振り顔を上げると、デュランダルとサングラス越しで目が合った。

 

 まただ。

 

 アーモリーワンでもそうだが彼は自分の事を見ていた。

 

 何かを観察するかの様に。

 

 その視線によって言い知れぬ不審感が膨らんでいく。

 

 そんなマユを尻目にデュランダルは立ち上がると笑顔でとんでもない事を口にした。

 

 「どうでしょう。時間のある内に艦内を見て回られては」

 

 「議長!?」

 

 艦長であるタリアが慌ててデュランダルを見た。

 

 しかし慌てたのは彼女だけではなく、マユ達もである。

 

 ミネルバにはザフトの最新技術が多く使用されて造られた最新鋭の艦であり、いわば機密の塊である。

 

 それを他国の人間に見せるなどあり得ない。

 

 だがデュランダルは気にした素振りもなく笑顔のままだ。

 

 「一時的とはいえ命を預けて頂く事になるのですから。この艦の事を知っていただくのは当然でしょう。それが盟友としての我が国が見せる誠意です」

 

 そう言われてしまえばタリアに反論する事は出来ない。

 

 「……ではご案内します。こちらへ」

 

 ヘレンの先導に従って全員が部屋から出るとミネルバ艦内を歩き始めた。

 

 

 

 

 ミネルバの格納庫では急ピッチで機体の整備が行われていた。

 

 戦闘は終わっていない。

 

 『ボギーワン』を追撃する以上必ず戦闘は起こる。

 

 だからこそ万全な状態にしておかねばならない。

 

 「作業、急げよ!!」

 

 整備班長の怒声が響きわたる中でシンはルナマリアを捕まえて話を聞いていた。

 

 内容はあのザクの事。

 

 単純にあの機体に乗っていたパイロットの事が知りたかったのだが、返ってきた答えは予想すらしていないものであった。

 

 「中立同盟!?」

 

 「そう、アイラ・アルムフェルト。驚いちゃった」

 

 シンにとって中立同盟の名は複雑な気分にさせるものなのだが、ルナマリアは気にした様子もなく話を続けていく。

 

 「でもさ、一番驚いたのはザクに乗ってたパイロットだよ」

 

 「パイロット?」

 

 「そう。私達と同い年か年下の女の子だったの! 顔はサングラスで見えなかったけどかなり美人だったわよ」

 

 「えっ」

 

 あれだけの技量をもったパイロットが年下かもしれない?

 

 シンの中に言いようのない憤りが湧いてくる。

 

 もちろんパイロットとしての矜持が傷ついたというのもある。

 

 しかしそれ以上に年下の女の子というのが引っ掛かった。

 

 当然ではあるがザフトにも自分より年下の女性はいる。

 

 口には出さないものの、シンはそれを良しとは思っていなかった。

 

 彼が思い出すのは決して忘れられない少女の事―――脳裏に再び過去の情景が思い起こされようとした時、

 

 「シン!」

 

 後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 振り返るとセリスが腰に手を当て非常に不満そうな顔で立っている。

 

 「えっと、どうかした?」

 

 「私、凄く怒ってるんだけど!」

 

 それは見れば分かる。

 

 顔立ちの為か全く迫力はない訳だが、怒らせたままなのは心情的にも良くない。

 

 恐る恐るセリスに声を掛けた。

 

 「えっと、なんでそんなに怒ってるんだ?」

 

 「当たり前でしょう! 何であんな無茶したの!」

 

 それでようやく分かった。

 

 どうやら前の戦闘で無茶な追撃した事を怒っているらしい。

 

 「演習じゃないんだよ! 何かあったらどうするつもり!」

 

 「ご、ごめん」

 

 シンは素直に謝ることにした。

 

 これが上から目線の教官とかなら苛立って反発したかもしれない。

 

 でもセリス相手にそんな事はない。

 

 むしろ心配させてしまったのが申し訳なかった。

 

 「……心配させないで」

 

 悲しそうな表情のセリスを見てシンの胸が痛む。

 

 こんな顔をさせたくないのに―――

 

 「本当にごめん」

 

 そのまま二人は見つめ合った。

 

 場所が場所ならセリスを慰めようと抱きしめていたかもしれない。

 

 そんな自分達だけの空間を生み出すシン達にルナマリアがうんざりした顔でため息をついた。

 

 「あ~はいはい。ごちそうさま。そういうのは誰もいない場所でやってくれない?」

 

 「「えっ」」

 

 そこでようやくここが格納庫である事を思い出した二人は顔を赤くして俯いてしまった。

 

 この二人はアカデミーにいた頃からこうなのだ。

 

 「見てたの、ルナ?」

 

 「当たり前でしょ。全く!」

 

 「居るなら居るって言ってよね、恥ずかしいなぁ」

 

 「初めから居たわよ!!」

 

 冗談抜きで一回殴ってやりたい。

 

 ルナマリアはそんな事を考えながら、呆れ半分でシン達を見ていると格納庫の一画が大きくざわついた。

 

 何かと思って視線を向けるとデュランダルと三人の女性が歩いていた。

 

 一人は議長付きの秘書官のようだが、後ろを歩く二人は先程まで話題に上っていた人物だった。

 

 「あれって、同盟の」

 

 「そうよってどうしたのセリス?」

 

 セリスは額に手を当てて考え込むように俯いていた。

 

 良く見れば顔色も良くない。

 

 「う、うん。何か―――やっぱり気のせいかな」

 

 「ハァ? ちょっと大丈夫?」

 

 「なんでもない。それより、シンは大丈夫?」

 

 セリスはある程度シンの過去を知っている。

 

 同盟に対する複雑な感情の事もだ。

 

 だからこそ何か騒ぎを起こさないか心配だったのだが、セリスが振り返った時、シンは意外にも冷静であった。

 

 いや、どこか様子が変である。

 

 彼は何かを呆然と見ていたのだ。

 

 「あれは……」

 

 「シン?」

 

 シンが見ていたのはデュランダルでもなければアイラでもない。

 

 後ろに立つサングラスを掛けた少女。

 

 どこかで見た事がある。

 

 誰かに似ている。

 

 最後に見たあの少女の顔を―――再び過去の情景が浮かぶと同時に頭にノイズが走った。

 

 「ぐっ」

 

 「どうしたの!?」

 

 「い、いや、何でもない。……部屋に戻ってる」

 

 片手を頭に置きながらシンは格納庫から出ていく。

 

 「シン!」

 

 心配そうな顔でセリスもまたシンの後を追っていった。

 

 その後ろ姿をアイラと共に歩いていたマユもまた目撃していた。

 

 とはいえ格納庫から出ていく後姿である為、自分の知っている人物と同じとははっきり言えない。

 

 しかし、まさか―――

 

 「どうかしたかな?」

 

 覗き込むようにマユの顔を見つめるデュランダルの問いかけに我に返る。

 

 今は考えるのを止めよう。

 

 「いえ、何でもありません」

 

 「そうか。では説明を続けよう」

 

 デュランダルの説明を聞きながらマユは警護に専念する。

 

 あえて何も考えないようにして―――

 

 

 

 

 ミネルバとガーティ・ルーの再戦が間近に迫っていた頃、テタルトス武力の象徴ともいえる巨大戦艦『アポカリプス』にはエターナルが接舷していた。

 

 アポカリプスは前大戦末期からテタルトスの前身ともいうべきブランデル派が建造していた戦艦であり『宇宙の守護者』と呼ばれるエドガー・ブランデルが用意したのものだ。

 

 その火力と大きさにより敵軍には畏怖の対象であり、テタルトスにおける武の象徴である。

 

 そんな巨大戦艦の司令室の前にバルトフェルドとセレネは立っていた。

 

 「アンドリュー・バルトフェルド中佐、セレネ・ディノ少尉、入ります」

 

 テタルトス軍は地球軍と同じく階級制が導入されている。

 

 プラント出身者からは戸惑う声も上がったものの、地球軍から参加した者達も多くいた事や軍内部を素早く統率する必要があった為に導入される事になったのである。

 

 二人が入った司令室にはテタルトス軍最高責任者であるエドガーが待っていた。

 

 「お呼びでしょうか」

 

 「ああ。実は例の調査を行っているわが軍の近くに所属不明の戦艦が接近しているという報告が来た。君達にはその支援に向かってもらいたい」

 

 「支援ですか?」

 

 調査部隊の指揮を執っているのは彼だ。

 

 支援が必要とはとても思えないが。

 

 「……二人はアーモリーワンでの事件については聞いているか?」

 

 「はい」

 

 アーモリーワンで起こったザフトの新型機強奪はすでに二人の耳にも入っていた。

 

 今回の事は間違いなく世界に何かしらの影響を与える事になるだろう。

 

 報告によればダガー系のモビルスーツも使用されていたらしく、テタルトスにも疑いの目があるとか。

 

 元々プラントとの関係は非常に悪いため、疑われるのも無理はない。

 

 しかしいきなり開戦というのも不味い。

 

 そのため御偉方はずいぶん頭を痛めているらしい。

 

 「……まさか接近している不明艦というのは」

 

 「おそらくザフトから新型機を強奪した部隊だろう。追って来たと思われるザフト艦も確認している」

 

 その強奪部隊がテタルトスの部隊であるとザフトに誤解されれば開戦のきっかけになりかねない。

 

 こちらの言い分など聞きもしないだろうし、遭遇戦で貴重な兵力を失うのも避けたい。

 

 さらに言うならばザフトの新型がどれほどのものかを見極める機会でもあるという事だ。

 

 「了解しました!」

 

 「頼むぞ」

 

 「ハッ!」

 

 バルトフェルドとセレネは敬礼すると司令室から退室する。

 

 「分かっていた事ではある。再び大きな戦いが始まるか」

 

 エドガーの呟きはこの先の世界の未来を暗示しているかの様に確信に満ちていた。



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第4話   紅き閃光

 

 

 

 

 

 

 ミネルバは奪われた新型機の奪還及び破壊の為、ボギーワンが逃げ込んだと思われるデブリが散乱する宙域に辿り着いていた。

 

 この付近で逃げてきた敵艦を捕捉できたのは良かったのだが、よりによってこんな場所とは。

 

 「さて、どうしようかしら」

 

 タリアが考えていたのはこの状況で発生するだろうリスクについてである。

 

 一つ目はデブリに紛れられるとセンサーでは捉えにくくなる事―――ミネルバのセンサーは優秀ではあるが単純にそれだけに頼るのは危険である。

 

 二つ目は視界の悪い場所である為に罠も張りやすい―――敵もこちらが近づいている事は重々承知の筈。

 

 この場所で何かしら仕掛けようと考えるのは指揮官ならば当然の戦略だろう。

 

 さらに悪いのはミネルバのクルー達の大半が経験の浅い新兵ばかりである事。

 

 引き換え敵部隊はアーモリーワンで行ったような作戦をこなす精鋭と言っても差し支えない部隊だ。

 

 油断はそれだけで死に直結するだろう。

 

 念のために保険は掛けておいたのだがそれも間に合うかどうか。

 

 「後は……」

 

 タリアは現状におけるもう一つの懸念事項を思い出してため息をついた。

 

 まあそれは戦闘に関する事ではなく自身の心情的な問題なのだが。

 

 チラリと後ろをのぞき見るとそこには中立同盟のアイラ王女とその護衛役の二人がデュランダル、ヘレンと共に座っているのだ。

 

 部外者である彼女達が何故ここにいるのかといえば、デュランダルがここに招き入れたからだった。

 

 「君も知っての通り中立同盟は前大戦においても多大な戦果を上げられた。アイラ王女はその軍事最高責任者でもある。そんな彼らの視点からミネルバの戦いぶりをご覧頂きたいと思ってね」

 

 最高責任者である議長にこう言われてしまっては否とはいえまい。

 

 デュランダルだけでも面倒だというのに、この上他国の人間までいるとなると本当にやりにくい事この上ない。

 

 だがそれでも優先すべきは目の前の戦闘であると認識している。

 

 だからあえて後ろの事を考えずに指揮に集中する事にした。

 

 「シンとセリス、ルナマリアを先行させます。準備はいいわね?」

 

 「はい!」

 

 メイリンが指示を伝えカタパルトからコアスプレンダーが出撃すると同時にチェストフライヤーとレッグフライヤーが飛び出してドッキングする。

 

 背中に装備された装備はブラストシルエット。

 

 これは対艦攻撃・火力支援を想定した装備である。

 

 武装は対艦・対要塞用のビーム砲『ケルベロス』。

 

 『ケルベロス』と一体となっている四連ミサイルランチャー、肩部に装備された超高初速レール砲、さらに近接専用のビームジャベリンを装備している。

 

 念の為にレイのザクファントムを直掩として残している。

 

 ブラストシルエットを装着したインパルス、セリスのセイバー、オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を装備したルナマリアのガナーザクウォーリア。

 

 そして一緒に出撃した二機のゲイツRとデブリの中に入っていく。

 

 あの部隊の手強さはアーモリーワンでの攻防により痛感しているタリアはデブリの中に入っていく機体を見つめながら、改めて気を引き締めるとモニターに注視した。

 

 その様子を眺めながら後ろに座っていたマユは激しく動揺していた。

 

 表情や態度に出なかったのは日頃の訓練の賜物と言えるだろう。

 

 理由は明白である。

 

 タリアが口にした名前―――

 

 「(シン……やっぱりさっき格納庫で見た後ろ姿は)」

 

 兄のシンはザフトにいる?

 

 あえて考えようとしなかった事が再びマユの中で渦巻いていた。

 

 その時アイラを挟んで座っていたデュランダルが意味深に呟いた。

 

 「あの艦『ボギーワン』の本当の名前は何なのだろうね?」

 

 「議長?」

 

 突然口を開いたデュランダルを思案に暮れていたマユはチラリと見る。

 

 「名はその存在を示すもの。その名が偽りならばその存在もまた偽りという事になる。どう思っているのかな―――アレンは」

 

 どういう意味なのだろうか。

 

 誰もがその意味を測りかねている中、デュランダルはそれ以上なにも言わず終始笑みを浮かべたままモニターを眺めていた。

 

 

 

 

 デブリの中に入って行ったシン達はボギーワンを追随する形で後を追っていた。

 

 鬱陶しいほどに数多く浮遊している残骸を避けながら周囲を警戒する。

 

 出撃前にも言われた事だがあまりに視界が悪く罠を張るには絶好の場所だ。

 

 注意しながら進まなければならない。

 

 デブリの陰に注意を払いつつ前方を警戒していたシンの耳に後ろにいるルナマリアの呟きが聞こえてきた。

 

 「あまり成績良くないんだよね、デブリ戦」

 

 「だから苦手な事は克服しておこうって言ったのに。ルナ、これ終わったら訓練ね」

 

 「えっ!? その、セリスの訓練は……シンと訓練すればいいんじゃないの?」

 

 「逃げようとしても駄目だよ」

 

 セリスはアカデミー時代から良くも悪くも真面目だった。

 

 その為か訓練となると教官よりも鬼になると有名なのだ。

 

 もちろんシン自身何度も体験済みなのは言うまでもない。

 

 女同士の会話の気まずさに合わせアカデミー時代の一種のトラウマを思い出していたシンは固く口を閉ざし、何も言わない事にした。

 

 余計な口を挟めば間違いなくこっちにとばっちりが来る。

 

 シンが意識的に二人の会話を聞かないようにすると、ふと格納庫で見た少女の事を思い出した。

 

 サングラスをかけ髪を後ろに束ねていた所為かよく顔が見えなかったが、もしかするとあれは―――

 

 「……いや、そんな訳ないだろ」

 

 妹が、あの優しかったマユがモビルスーツに乗って戦うなんてありえない。

 

 何より彼女はもうこの世にいないのだから。

 

 頭を振って変な考えを追い出すと正面に意識を向けたその瞬間―――誰もが予想すらしていなかった事が起きた。

 

 突然前方にて何かの爆発が起きたのである。

 

 「全機停止! 前方警戒!!」

 

 シンの声に反応してセリスとルナマリア、他二機も停止した。

 

 そして次の瞬間ボギーワンの反応が何もなかったかのようにかき消えた。

 

 「えっ、消えた!?」

 

 「どうなってるの?」

 

 「皆、油断しないで!!」

 

 全員警戒する中、前方から飛び出して来たのはシン達が追っていたカオス、ガイア、アビス、そしてもう何機かのモビルスーツ。

 

 あれは―――

 

 「テタルトスの!?」

 

 シン達の視線の先にいたのはテタルトス月面連邦所属のモビルスーツであるフローレスダガーとジンⅡであった。

 

 「何でこんな所いるのよ!?」

 

 ルナマリアが疑問に思うのも無理はない。

 

 本来月防衛を主としてきたテタルトスは滅多に月の外には出てこない。

 

 軍事侵攻と取られかねない為である。

 

 だからこそこんな場所で遭遇するなど、予想すらしていなかった。

 

 しかし、予想外だったのはシン達を待ち伏せていたスティング達も同様であった。

 

 「どうなってんだよ!? なんで月の連中が!?」

 

 アビスの胸部からカリドゥス複相ビーム砲をジンⅡに叩き込むが、敵は機体を半回転させて回避し対艦刀を振り抜いてくる。

 

 「チッ、対艦刀か!」

 

 ジンⅡが現在装備しているのがソードコンバットと言われる近接戦用装備であった。

 

 インパルスのソードシルエットと同じように背中には二本の対艦刀『クラレント』

 

 さらには射撃戦も可能なようにビーム砲も装備している。

 

 アビスは振り抜かれたクラレントをビームランスで受け止め、突き放す。

 

 同時にカオスの機動兵装ポッドからのミサイルが降り注ぐ。

 

 「知るかよ! 俺が聞きたいくらいだ!」

 

 彼らはあくまでもここでインパルスを含む敵機を待ち伏せろとしか言われておらず、こんな場所に月の連中がいるなど知る筈はない。

 

 今、分かっているのはこいつらが敵であり邪魔である事だけ。

 

 「どっちにしろ、こいつらもザフトもまとめて片付ければいいだけだ! ステラ!」

 

 「うん!」

 

 ガイアはモビルアーマー形態に変形するとデブリを踏み台に勢いをつけビームブレイドを展開、ジンⅡに斬り込んだ。

 

 「はああああ!!」

 

 しかしその突撃は横から割り込んで来たフローレスダガーの放った対艦ミサイルによって阻まれてしまう。

 

 「ぐっ、邪魔ァァァ!!!」

 

 ミサイルの直撃を物ともせず、ステラはそのまま突っ込んでいく。

 

 そんな風に目の前で繰り広げられ、見ている者を引きこむ苛烈な戦闘。

 

 それを呆然と眺めていたルナマリアが我に返って叫んだ。

 

 「ちょ、これ、どうするの!?」

 

 「それは……」

 

 とてもじゃないが乱入するなど無謀。

 

 ガイアのビームビームライフルを横に飛んで回避、側面から回り込んだフローレスダガーがビームサーベルを叩きつける。

 

 だが、割り込んで来たカオスがシールドで受け流すとアビスが援護の為にビーム砲を放った。

 

 強い。

 

 個々の強さにおいてはテタルトスのパイロット達はあの三機には劣る。

 

 だがそれを互いの高度な連携で補い合い互角の戦いに持ち込んでいた。

 

 「錬度が違うわね」

 

 「うん」

 

 しかし何時までも呆けてはいられない。

 

 ガイアがこっちに気がついたらしくビームライフルで狙ってくる。

 

 「全機散開、各個応戦!!」

 

 ガイアの攻撃を回避しながらシンはテタルトスの対応について決めかねていた。

 

 アカデミーでは彼らは敵で裏切り者であると教えられた。

 

 しかし現状彼らはこちらに対して一切攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 

 何よりも今のシンにあの三機以外に構っている余裕はないというのが正直なところだ。

 

 同じようにセリスやルナマリアも迷っているようだったが、ゲイツRのパイロットであるショーンとデイルは違ったらしい。

 

 「この裏切り者共!!」

 

 「落ちろ!」

 

 ゲイツRの放ったビームライフルとレールガン。

 

 それをフローレスダガーは背中に装備されたウイングコンバットのスラスターを吹かせギリギリで回避する。

 

 だが何度ショーン達が攻撃を加えてもジンⅡもフローレスダガーも反撃してこない。

 

 「二人共テタルトスの機体は無視して! これはボギーワンの罠よ!」

 

 セリスの指摘にシンもようやく冷静に状況を理解する。

 

 ボギーワンの反応が消え、カオス達の待ち伏せ。

 

 なら今頃あの艦がどうしているかなど簡単に予想できる。

 

 「ミネルバに急いで戻らないと!」

 

 「シンの言う通りよ。二人共―――」

 

 ルナマリアの言葉は最後まで続かなかった。

 

 二機のゲイツRはアビスの三連装ビーム砲で撃ち抜かれてあっさりと撃破されてしまったからだ。

 

 「ショーン! デイル!」

 

 ガイアのビームサーベルを回避しながら背中のケルベロスを跳ね上げると敵機をロックしてトリガーを引く。

 

 凄まじい閃光が銃口から発射されデブリを破壊しながらガイアに迫るがひらりとかわされ捉えるには至らない。

 

 「くそ!」

 

 そこで気がついた。

 

 先程までいたジンⅡとフローレスダガーの姿がいつの間にか見えなくなっていたのだ。

 

 「こっちに押し付けて撤退したってことかよ!」

 

 思わず悪態をついてしまうが、戦略として決して間違ってはいない。

 

 シン達も隙を見てそうするつもりだったからだ。

 

 「あ~もう邪魔よ!」

 

 「こんな事してる場合じゃないってのに!!」

 

 先程ボギーワンから攻撃を受けているとミネルバから帰還するように命令がきた。

 

 これが罠だった以上ここで戦い続けても、その間にミネルバが落とされる可能性がある。

 

 「落ちろ、合体野郎!」

 

 「落ちるかよ!」

 

 カオスの背中から機動兵装ポッドが飛び出すとインパルスを狙って四方から攻撃を加えてくる。

 

 スラスターを使い動き続けてビームを回避するとビームライフルでカオスを狙う。

 

 だが機動兵装ポッドによる攻撃で体勢が崩されていた為に正確な射線が取れない。

 

 「シン!」

 

 セリスがビームライフルでインパルスからカオスを引き離し、背中のアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲をアビスに叩き込んだ。

 

 「チッ、邪魔な奴だな!」

 

 セイバーから放たれた強力なビームをアウルはデブリを盾にして事なきを得る。

 

 「ありがと、セリス! 落ちなさい!」

 

 ルナマリアはこの場においては不得手な射撃を捨てビームトマホークでの接近戦を選択する。

 

 障害物も多い上に視界も悪い。

 

 さらにデブリを利用して縦横無尽に動き回るガイアに当てる事は出来ないと判断したからだ。

 

 「はああ!」

 

 「邪魔」

 

 振りかぶられたビームトマホークを忌々しそうに睨みつけたステラはモビルスーツ形態に戻りシールドで弾き飛ばした。

 

 今の戦況は何とか五分と言えるだろう。

 

 だが未だに三機を引き離しミネルバに向う事が出来ない。

 

 「これじゃ戻りたくても戻れない!」

 

 カオスの苛烈なまでの攻撃を流しながらミサイルを撃ち返して隙を窺う。

 

 それでも一向に好転しない状況にシンの焦りは募る一方であった。

 

 

 

 敵の策に乗せられたのはシン達だけではなく、ミネルバも同様である。

 

 こちらが気がつかないうちに背後に回り込み待ち構えていたガーティ・ルーの攻撃が容赦なく降り注ぐ。

 

 「後ろを取られるなんて、何とか回り込めないの!?」

 

 「無理です! 回避だけで精一杯です!」

 

 これではトリスタンやイゾルデの射線も取れず、近くの小惑星に隠れながら敵の攻撃をかわして行くのがやっとだった。

 

 だがこのままでは不味い事もタリアには分かっている。

 

 敵からの砲撃により小惑星が削られ徐々に岩盤の破片に囲まれつつあるからだ。

 

 このままでは―――

 

 撃沈されまいと粘るミネルバの姿はガーティ・ルーのブリッジからでも確認できた。

 

 「このまま鬼ごっこを続けるのですか?」

 

 「いや、もう何発か撃ち込んでやれば小惑星の破片に囲まれ動きが取れなくなる。後はモビルスーツで仕留めればいい」

 

 それで終わりだろう。

 

 だがネオはどうも嫌な予感がしていた。

 

 何かが起きる、そんな感覚が消えなかったのだ。

 

 「ダガ―L出撃。エグザスも準備させろ。ここで沈めるぞ」

 

 「私も出ます」

 

 「頼む。……スウェン、気をつけろ。何かあるかもしれない」

 

 そんなネオの言葉にイアンも表情を引き締めた。

 

 こういう時のネオの勘は良く当たるのだ。

 

 隣に立っていたスウェンと共にブリッジから格納庫に向かう。

 

 ここまで追い詰めておきながら自ら出撃しようとしていている理由は嫌な予感やミネルバとは別にもう一つだけ気になる事がある為だ。

 

 それは言うまでもなくテタルトスのモビルスーツがこの宙域にいた事であった。

 

 ジンⅡとフローレスダガーがいたという報告はスティング達からすでに報告を受けている。

 

 単純な遭遇戦にしても母艦も無しにこんな場所にいるとは考えづらい。

 

 「何かあるのか、ここに?」

 

 益々嫌な予感は増していく。

 

 

 ―――そしてそんなネオの直感は的中する事になる。

 

 

 

 

 誰も気が付いていないデブリの中。

 

 ミネルバとガーティ・ルーの戦っている小惑星からほど近い場所でその戦艦は戦闘を見守っていた。

 

 それは地球軍の戦艦の特色を持ちながらもザフトのナスカ級に似た艦であった。

 

 テタルトス軍プレイアデス級戦艦『クレオストラトス』

 

 テタルトスで制作されたプレイアデス級はザフトのナスカ級をベースにしながらもアークエンジェル級のデータを参考に開発された戦艦である。

 

 ナスカ級に比べてやや大型化しているが、モビルスーツ搭載数の大幅な増加と火力強化に成功している。

 

 そんなクレオストラトスの艦長はこの部隊の指揮官であるアレックス・ディノ少佐を見る。

 

 彼は何も言わずにモニターに映る戦闘を眺めていた。

 

 「どうなさいますか、少佐?」

 

 モニターを見ていたアレックスは特に表情を変えないまま視線だけをこちらに向けた。

 

 「データは収集は?」

 

 アレックスの言うデータとは新型艦であるミネルバ、そしてセカンドシリーズのモビルスーツ達のものだ。

 

 カオス達と戦っていたジンⅡとフローレスダガーは帰還済みであり、彼らからすでにデータを取得したと報告を受けていた。

 

 「はい、問題なく」

 

 本来の任務は中断する事になるが最低限の調査は終了しており、後は無事にこの宙域から離脱するだけである。

 

 支援の為の部隊が派遣されてくる予定らしいがそんな必要はないと少なくとも艦長はそう判断していた。

 

 「……ガーネットを用意してください。俺が出ます」

 

 「少佐自ら?」

 

 「いくら戦闘中とはいえ動き出せばクレオストラトスも気づかれるでしょう。艦が離脱する間、敵の追撃がないように俺が引きつけます……それにデータだけでなく実際戦った方が分かる事もある」

 

 そう言うとブリッジから出て格納庫に向かう。

 

 本来ならばこの戦闘に自分達から参戦するのはリスクがある。

 

 下手にザフトに攻撃を仕掛けると侵攻の口実にされかねないからだ。

 

 しかし今回に限ってはその心配はなくなった。

 

 先ほどの戦闘でこちらからは一切手を出していないにも関わらず、ザフト側から一方的に攻撃を受けた際の映像を記録出来た。

 

 やりすぎる訳にはいかないのは変わらないのだが、映像を提示すれば難癖をつけられる事だけは回避できるだろう。

 

 パイロットスーツに着替え格納庫に入ったアレックスの目の前には一機のモビルスーツが立っている。

 

 LFSA-X001 『ガーネット』

 

 テタルトスの試作モビルスーツの一機。

 

 前大戦最終決戦に投入されたイージスリバイバルを基にしている為か造形も良く似ている。

 

 武装も基本的な装備に加え、シールドに三連ビーム砲も搭載されている。

 

 アレックスは慣れた手付きで機体を起動させるとカタパルトまで機体を移動させる。

 

 「まずは奪取された機体からだな」

 

 機体全体が真紅に染まると同時にペダルを踏み込みスラスターを噴射させ外に飛び出した。

 

 「アレックス・ディノ、『ガーネット』出る!」

 

 

 

 

 ミネルバはガーティ・ルーから撃ち込まれる砲撃に絶えず晒され追い込まれていた。

 

 すでに周囲は岩盤の破片が散らばりこちらのミサイルも届かない有様だ。

 

 「このまま落とさせてもらう」

 

 出撃していたネオ達がガーティ・ルーの攻撃と合わせミネルバに止めを刺そうとした瞬間―――危険を察知した。

 

 「全機散開!!」

 

 「ッ!?」

 

 ネオは操縦桿を引きスラスターを逆噴射させる。

 

 だがスウェン以外の者たちは何が起きたのか分かっていない為に反応が遅れてしまった。

 

 それが彼らの明暗を分けた。

 

 「大佐、何―――」

 

 聞き返そうとしたダガーLのパイロットは言葉を言い切る前に上からのビームに撃ち抜かれ蒸発してしまった。

 

 それだけではない。

 

 連続で放たれたビームがミネルバに攻撃を仕掛けていたガーティ・ルーのゴットフリートに突き刺さり破壊された。

 

 同時にレール砲が撃ち込まれ動きを止められてしまう。

 

 「新手か」

 

 爆散したダガーLから離れると同時に攻撃が放たれた方向に視線を向ける。

 

 そこには奪取したザフトの新型とよく似た造形を持つ機体がライフルの銃口をこちらに向けて突き付けていた。

 

 「インパルス……いや、似ているが別の機体か」

 

 ZGMF-X51S 『エクリプス』

 

 インパルスのプロトタイプとして開発された機体。

 

 この機体は各シルエット開発のデータ収集を目的として開発された側面を持っており、合体機構こそ搭載していないがインパルス同様シルエットを装備できる事が特徴である。

 

 だが普段は専用のエクリプスシルエットを装着している。

 

 これは高機動用スラスターに装備ラックが二つ設置してあるもので、エクリプス用の武装を装着できる。

 

 現在はレール砲『バロール』とビームガトリング砲を装着していた。

 

 この機体に搭乗しているパイロット、アレン・セイファートはビームライフルを構えてネオ達と対峙する。

 

 彼はこの戦闘が始まる前からすでに出撃、機体の微調整を兼ねて先行していたのである。

 

 「思ったより調整に時間がかかった。だが、これ以上はやらせない」

 

 アレンはスラスターを吹かすと同時にビームライフルを構えるとダガーLを狙い撃つ。

 

 正確な射撃によりあっさりとダガーLが撃ち抜かれ、さらにビームサーベルでもう一機を斬り裂いた。

 

 「まだ新型があるとはな」

 

 「それにあの動きは只者じゃありません」

 

 エクリプスの動きを見ていた二人は即座にアレンの技量を見抜き、さらにネオはあの白い一つ目とは違う感覚を感じ取っていた。

 

 そしてそれはアレンも同じである。

 

 「あのモビルアーマーは……」

 

 アレンはネオを最優先に倒すと決め、機体を加速させるとビームサーベルで斬り込んだ。

 

 ネオは振り下ろされたビームサーベルを直前で回避、距離を取りガンバレルを展開してエクリプスを囲むようにビームを撃ち込む。

 

 「ガンバレルか!」

 

 しかしエクリプスはビームの軌道を読んでいたかのような動きで回避すると逆にライフルでガンバレルを撃ち落としてきた。

 

 「なっ!?」

 

 これにはネオも流石に驚いてしまう。

 

 あの白い一つ目も厄介ではあったがこいつはそれ以上かもしれない。

 

 「スウェン!」

 

 ネオに言われる前にスウェンは動いていた。

 

 エクリプスにビームライフルショーティーを連続で放ち、ガンバレルの射線に誘導しようとする。

 

 しかしアレンはそれを見透かしているかの様に上昇してやり過ごすと、ビームガトリング砲を構えてストライクEに撃ち込んだ。

 

 「チッ」

 

 こちらの狙いを外してきた敵機にネオは思わず舌打ちしてしまう。

 

 舌打ちしたいのはスウェンも同じであった。

 

 こちらが放ったビームは尽く何もない空間を薙いでいくだけで、一向に敵を捉えられない。

 

 しかも敵の攻撃はまさに正確無比とでもいえばいいのか、確実にこちらを仕留めにきている。

 

 スウェンは敵機のガトリング砲から放たれたビームの雨を正面に加速する事で回避すると、今度はビームサーベルを袈裟懸けに振るった。

 

 ストライクEのビームサーベルをシールドで受け止め、アレンとスウェンはお互いの技量に舌を巻く。

 

 「こいつ、やるな」

 

 「強い」

 

 二機が弾け飛ぶとエグザスがリニアガンを放ちながら戦闘に加わり、激しい攻防が繰り広げられる。

 

 そんな戦場を尻目にエクリプスの参戦した事で敵の攻撃の手が緩み余裕が出来たミネルバは何とか瓦礫に囲まれた状況から離脱しようと策を講じていた。

 

 だが簡単に妙案は出てこない。

 

 そんな中で声を発したのは部外者であるアイラ王女の護衛役であった。

 

 「……生き残っているスラスターはいくつですか?」

 

 物静かな印象である名前も知らない彼女から発言があったのは意外であったが部外者である彼女からの声に苛立ちが募る。

 

 正直邪魔であり、黙っていて貰いたい。

 

 しかしデュランダルの方へ目を向けると笑顔のまま頷いた。

 

 つまり教えろという事らしい。

 

 「六基よ。でもそんなのでのこのこの出ていっても―――」

 

 「同時に右舷の砲を一斉に撃つんです。小惑星に撃ち込んだ砲撃の爆発で瓦礫と一緒に船体も押し出すんです」

 

 彼女の提案に思わず言葉を失った。

 

 そんな無茶な提案を理解したアーサーが叫び声を上げる。

 

 「馬鹿言うな! そんなことしたらミネルバも―――」

 

 「それは分かっています。しかし他に有効な打開案はないのでしょう?」

 

 「うっ」

 

 確かにその通りだ。

 

 今はエクリプスによって敵の攻撃は止まっているが何時再開されるか分からない。

 

 つまり今が状況を変える最後で最大の好機となる。

 

 「……私が部外者である事は重々承知しています。しかしこのままではアイラ様の身にも危険が及びかねない。だからこそ提案しただけです。どうするかはあなた達が決める事ですから」

 

 それだけ言うと彼女は黙ってしまった。

 

 再びブリッジが沈黙する。

 

 タリアは数瞬だけ思考すると意を決したように指示を飛ばした。

 

 「右舷砲門一斉発射準備! スラスター全開と同時に一斉発射します!」

 

 「艦長!?」

 

 「確かに今はこれしかないわ。ここで沈む訳にはいかない。ここには議長もいるのよ」

 

 その言葉にアーサーも納得したのか前を向いた。

 

 「タイミングを合わせなさい、撃てぇ―――!!!」

 

 ミネルバから発せられた砲弾による爆発で周囲の瓦礫が吹き飛ばされていく。

 

 

 これが状況を好転させる号砲となる。

 

 

 飛び出したミネルバは動きを止めたガーティ・ルーに艦の先端に装備されている陽電子砲タンホイザーで狙いをつける。

 

 「タンホイザー発射準備、照準ボギーワン!!」

 

 「撃てぇ―――!!」

 

 ミネルバ先端の砲口から凄まじい閃光が放たれガーティ・ルーに襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 状況が変化したのはミネルバ方面だけではない。

 

 デブリの中で戦闘を行っていたシン達の状況も変わっていた。

 

 インパルスはカオスの機動兵装ポットを回避しながらデブリの陰に隠れ、ケルベロスを放つ。

 

 邪魔なデブリを薙ぎ払いルナマリアのザクに飛び込もうとしていたガイアを狙う。

 

 だが流石というべきだろうか。

 

 完全に死角からの一撃だったというのに掠める事無く回避して見せたのだ。

 

 「くっ」

 

 シンとしては今一撃で仕留めたかったのだが。

 

 だが不満だったのはガイアのパイロットであるステラも同様だった。

 

 いや彼女の場合は不満などと生易しいものではない。

 

 激しい怒りが今にも吹き出しそうだった。

 

 「お前はいつも、いつもォォォ!!」

 

 ガイアがインパルスに対して突撃しようとモビルアーマー形態に変形した瞬間、左のビームブレイドが吹き飛ばされた。

 

 完全に予想外の攻撃。

 

 誰が撃った?

 

 目の前の赤い一つ目はなにもしていないし、合体する奴も同様。

 

 赤い奴はアウルと戦っている。

 

 一体―――

 

 そうしてステラが周囲を見渡した瞬間、デブリの外から一機のモビルスーツが凄まじい速度で接近してきた。

 

 「何だあの機体は?」

 

 突っ込んでくるのは見た事もない紅い機体。

 

 いや、特徴としては自分達のセカンドシリーズと似ている部分はある。

 

 ガイアを撃ったのはビームライフルを構えたアレックスのガーネットであった。

 

 「お前も邪魔だァァ!!」

 

 ガイアは傷つきながらも再びモビルスーツ形態に変形し、ビーム砲でガーネットを牽制しながら、横薙ぎにビームサーベルを叩きつける。

 

 動かない敵機に勝利を確信するステラだったが、次の瞬間、彼女の思考は驚愕に染まった。

 

 横薙ぎに払ったビームサーベルは腕ごと一瞬でガーネットによって斬り飛ばされていたからである。

 

 「なっ!?」

 

 「遅い」

 

 アレックスは驚愕で動きを止めたガイアを容赦なく右足のビームサーベルで斬り払った。

 

 ステラは機体を後退させ斬撃を回避しようとするが避けきる事が出来ず、ガイアの胸部装甲は大きく破壊されてしまった。

 

 「きゃあああ!」

 

 「ステラ!!」

 

 「なんだよ、こいつは!!」

 

 インパルスとセイバーを引き離したカオスとアビスがガーネットに襲いかかる。

 

 だがアレックスからすればあまりに遅い。

 

 フットペダルを踏み込みガーネットを加速させるとカオスとアビスに迫る。

 

 「おらァァァ!」

 

 アビスがカリドゥス複相ビーム砲と三連装ビーム砲を一斉に発射する。

 

 しかしガーネットはすり抜けるかの様にあっさり避け切るとビームサーベルを振り抜いた。

 

 「くそ!」

 

 アウルはビームランスで受け止めるがガーネットはその動きをさらに上回る。

 

 動きを止めた瞬間を狙ったシールドによる殴打がアビスを大きく吹き飛ばした。

 

 「うあああああ!!!」

 

 「アウル!」

 

 カオスがモビルアーマー形態でカリドゥス改複相ビーム砲を撃ち込み、展開した機動兵装ポッドでガーネットを狙う。

 

 正面からの強力なビームに合わせ、機動兵装ポッドによる四方からの攻撃。

 

 これで仕留めたとスティングも笑みを浮かべた。

 

 だがガーネットは最小限の動きだけでカリドゥス改複相ビーム砲を避けると周囲の機動兵装ポッドをビームライフルで撃ち落とした。

 

 「こいつ!?」

 

 「何なんだよ!」

 

 そんな三機と乱入してきた紅い機体の戦いをシン達は呆然と見守る事しかできない。

 

 乱入してきた機体のパイロイットは自分達とは明らかに違う隔絶した技量を持っている。

 

 かろうじて戦えるのはセリスくらいであろう。

 

 シンやルナマリアはアレと戦う事になれば確実に殺される。

 

 だからと言って逃げられるとも思えなかった。

 

 しかしその時、ミネルバのいた方向から撤退信号が上がる。

 

 ガーティ・ルーからの帰還命令である。

 

 「ここまでかよ」

 

 「戻るぞ、ステラ」

 

 「うん」

 

 スティングはガーネットに機動兵装ポッドのミサイル撃ち込むとガイア、アビスと共にデブリに紛れて撤退した。

 

 ミサイルをイ―ゲルシュテルンで迎撃する、ガーネット。

 

 目的は達成した以上追う必要はない。

 

 後は―――

 

 「こちらの撤退まで時間を稼ぐだけか」

 

 アレックスはビームライフルを構えるインパルス達に視線を向ける。

 

 もうセカンドシリーズの力を把握した以上は彼らとここで戦う必要はない。

 

 アレックスはシン達を無視して今度はミネルバ方面に機体を加速させた。

 

 「あいつ、ミネルバに!?」

 

 「追うわよ!」

 

 「先に行く!」

 

 セイバーがモビルアーマー形態に変形するとガーネットを追撃する。

 

 追って勝てる見込みはない。

 

 それでもミネルバをやらせる訳にはいかないのだ。

 

 

 

 

 タンホイザーの一撃を受け、損傷したボギーワンは撤退信号を発射して後退していく。

 

 誰もが一息つき緊張感が和らいだその時、再びブリッジが凍りついた。

 

 「熱源急速接近! これはモビルスーツ!? 速い!! それにデブリの陰から戦艦です!!」

 

 「なっ!?」

 

 モニターに映ったのはどこかナスカ級の面影を持つ戦艦、テタルトスのプレイアデス級であった。

 

 デブリの影響とボギーワンとの戦闘でまったく気がつかなかった。

 

 「不味いわね」

 

 今のミネルバに戦闘ができるだけの余力は残っていない。

 

 しかし意外にもプレイアデス級は攻撃してくる事無く反転すると宙域から離れていく。

 

 そこに立ちふさがるようにアレックスのガーネットが迫ってきた。

 

 「迎撃!」

 

 「間に合いません!!」

 

 だがミネルバが攻撃に晒される事は無かった。

 

 アレンのエクリプスが割り込みガーネットと戦闘を開始した為だ。

 

 加速して突っ込んできたガーネットにアレンは躊躇わずにビームライフルを叩きこんだ。

 

 その正確な射撃にアレックスも機体を急制動させ、ビームを回避する。

 

 そしてビームサーベルを構えてエクリプスを横薙ぎに斬り払った。

 

 アレンはガーネットが振るってきたビームサーベルをシールドで流すと至近距離からバロールを撃ち込む。

 

 「ぐっ」

 

 だがアレックスもただではやられない。

 

 吹き飛ばされる直前に右足のビームサーベルを展開させエクリプスのビームライフルを斬り落した。

 

 二機は距離を取り、目の前の敵機を睨みつけた。

 

 「この動き……」

 

 「まさか……」

 

 再びビームサーベルを構えてお互いに斬り込もうとした時、ミネルバの直掩についていたレイのザクファントムから放たれたミサイルがガーネットを襲う。

 

 「ミネルバはやらせない!」

 

 「レイか!」

 

 「チッ、直掩のモビルスーツか」

 

 ガーネットはミサイルを撃ち落とすとビームライフルでザクファントムを牽制する。

 

 そこに追いついてきたセイバーがアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を撃ち込んできた。

 

 それを後退して回避するとセイバーの後ろから近づくインパルスとガナーザクウォーリアが見えた。

 

 「もう追いついてきたか」

 

 放たれるビーム砲をアレックスは余裕で回避するとクレオストラトスの位置を見る。

 

 距離は稼げた。

 

 さらにミネルバの損傷から考えると追撃してくる可能性も低い。

 

 「十分だな。離脱する」

 

 アレックスは躊躇わずに撤退を選択する。

 

 撃ち込まれるビームを潜り抜け母艦に向けて機体を加速させた。

 

 ガーネットとクレオストラトスの後退を確認したミネルバのブリッジでは皆が今度こそ一息ついた。

 

 「艦長、もういい。テタルトスもいた以上別の策を考えよう。それに私もこれ以上アイラ王女を振り回す訳にはいかん」

 

 「……申し訳ありません」

 

 完全にこちらの力不足である。

 

 予期せぬイレギュラーも確かにあった。

 

 だがそれが無くとも自分達だけでは沈められてしたかもしれない。

 

 少なくともあの状況を脱する事が出来たのは、思うところはあれど彼女のおかげである事は間違いない。

 

 だが視線を向けられたマユは何も言わず―――モニターに映っているエクリプスを見ているだけであった。

 

 

 

 

 クレオストラトスに帰還したアレックスはブリッジで調査報告を受けていた。

 

 本来の彼らの任務―――

 

 それはデブリ帯付近に潜伏していると思われる武装集団の手掛かりを掴む事。

 

 ただの海賊やジャンク屋であれば問題ではないのだが、以前月で大規模紛争を引き起こした連中の生き残りであったなら厄介な事になる。

 

 「この近辺に潜伏していたのは間違いないのですが……」

 

 「彼らの移動先についての予測は?」

 

 「もう少し調査の時間があれば良かったのですが、予測ではこの辺りかと」

 

 範囲がやや広い。

 

 ここから虱潰しとなると時間がかかり過ぎる。

 

 もうすぐエターナルとも合流する事になる。

 

 バルトフェルドの意見を聞からでもいいだろう。

 

 そう判断したアレックスに信じられない報告が上がってきた。

 

 「少佐、艦長!」

 

 「どうした?」

 

 「今報告が上がってきたのですが、その、ユニウスセブンが―――地球に向けて動いていると!」

 

 その報告に誰もが絶句してしまう。

 

 これが後に『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれる惨劇の始まりであった。




機体紹介も投稿しました。


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第5話   すれ違う再会

 

 

 

 

 

 『ユニウスセブン』

 

 宇宙に浮かぶその大地はかつて地球軍による核攻撃により破壊され、ヤキン・ドゥーエ戦役の切っ掛けになった惨劇の場所である。

 

 破壊された大地は宇宙を漂い、現在ではデブリベルトの中に紛れている。

 

 しかし今その悲劇の場所で異変が起きていた。

 

 百年単位で安定軌道にあると言われていた筈の大地が地球に向けて動き出したのである。

 

 無論、普通では考えられない事象が起こった事には原因が存在する。

 

 動き出したユニウスセブンの周りにはフレアモーターと呼ばれる太陽風を利用した推進器が取りつけられていた。

 

 これらの機能によってユニウスセブンは安定軌道から外れ、地球に向かって動き始めたのである。

 

 これは危機的な状況と言っても過言ではない。

 

 あれだけの質量を持つ物体が地球に落ちれば、甚大な被害が出る事は明白なのだから。

 

 そんな動き出した悲劇の大地を感慨深く、そして沈痛な面持ちで見つめる者たちがいた。

 

 前大戦ですべてを失い、憎しみだけを生きる糧としてきたザフトの脱走兵達である。

 

 モビルスーツに乗り込みユニウスセブンを見つめる彼らこそが、大地にフレアモーターを取りつけ、地球に落下させようと企てた張本人だった。

 

 彼らは決して今の世界を認めない。

 

 奪った者達に報いを。

 

 自分達の痛みを、悲しみを、そして憎しみを知らしめる事だけが彼らのすべて。

 

 そしてそんな彼らを率いていたのは誰よりも激しい憎しみを抱いている男。

 

 プラントの最高評議会議長を務めたパトリック・ザラであった。

 

 彼は決して揺らがない憎悪を抱き、指揮しているナスカ級のブリッジでモニターを鋭く睨み付けていた。

 

 前大戦終結後に裁判にかけられていた彼は思想を同じくする者達によって密かに助け出された。

 

 その後、隙ついてプラントから脱出。

 

 『月面紛争』と呼ばれる戦いを引き起こし、それでもなお追手から逃れ続けていた。

 

 ここまで逃れ続けれらたのは当時のプラントが混乱の極みにあり、臨時最高評議会は突然誕生したテタルトスの対処に重点をおいてしまった事が挙げられる。

 

 同時に混乱を避けるためにパトリックの逃亡を伏せた事も裏目に出てしまった。

 

 当時の議員達はパトリックが逃げたところで何もできないと判断してしまったのである。

 

 パトリックはこれまで味わった屈辱の数々を思い起こしながら憎悪を燃やし、拳を握り締めた。

 

 「……見ているがいい、我々から奪ったすべての者達。今日こそ貴様らに報いを与える」

 

 すべてを奪い去ったナチュラル共に裁きを下す。

 

 そして裏切った者達、特にエドガー・ブランデルを今度こそこの手で―――

 

 「ザラ議長閣下、ユニウスセブン移動開始いたしました」

 

 パトリックは視線だけを静かに声をかけてきた者に向ける。

 

 「皮肉か、貴様」

 

 「まさか。私にとって貴方こそ最高評議会議長ですから」

 

 何の感情を見せないまま「良く言う」と内心毒づきながらパトリックは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 その視線には信頼など微塵も無く、疑念に満ちていた。

 

 それもその筈、素性は誰も知らず、何も語らない。

 

 議長と呼んだその男はかつて仮面の男と呼ばれたラウ・ル・クルーゼと同じく不気味な仮面をつけ、素顔すら誰も知らないのだから。

 

 「心にもない事を言うな」

 

 「そのようなつもりはありませんが……では私はこれで失礼します」

 

 正直なところパトリックはこの仮面の男を全く信用していない。

 

 だが忌々しい事ながら彼がいなければここまで来る事は出来なかったのも事実。

 

 何故なら『月面紛争』にて幾つもの手札を失い、もはや成す術無しという状況にまで追い込まれたパトリックにモビルスーツやフレアモータ―などの戦力を提供してきたのは彼なのだから。

 

 ともかくこの仮面の男が何を考えているのか知らないが、利用できるものは使わせてもらうだけ。

 

 排除はいつでもできるのだ。

 

 「最後に一つ聞かせろ。貴様、何故我らに手を貸した?」

 

 不気味な仮面をつけた男はパトリックが出会ってから初めて感情を見せた。

 

 それは自分自身と同じく純粋なまでの敵意と憎悪。

 

 「あなたと同じですよ、ザラ議長閣下。私も目障りで仕方がないのです。だから手を貸しただけ。……なにより奴らが嘆く姿を想像するだけでも少しは溜飲が下がるというものですから」

 

 誰もが凍りつく憎悪の笑みを浮かべたまま仮面の男カースはブリッジから去っていった。

 

 皆が黙り込む中でパトリックだけは平然と目的遂行の為に思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 かつての惨劇の地が動き出した事実はテタルトスの戦艦クレオストラトスでも確認できていた。

 

 報告を聞きながらアレックスは拳を強く握りしめ、ブリッジにいた全員が憤りに歯噛みする。

 

 彼らには今回の件に関して心当たりがあった。

 

 これは間違いなく自分達の追っていた武装集団。

 

 一年以上前に行われた大規模紛争『月面紛争』を引き起こした連中の仕業であると。

 

 あの時に殆どの戦力を奪い、大半は全滅させた筈だった。

 

 だがその生き残りがいる可能性があるという不確かな情報は消える事が無かった。

 

 その真偽のほどを確かめる為に『月面紛争』終結後もテタルトスは一部の部隊に調査を継続させていた。

 

 しかし日々行われる地球軍やザフトからの攻撃を防衛するの為に十分な調査を行うことが出来なかった。

 

 「……本国からは何と?」

 

 「現在、緊急会議を開き対策を検討していると。中立同盟ともコンタクトを取っているそうですが……」

 

 予想通りの返答にため息が出る。

 

 しかし地球の危機に何を悠長なとはいえないのが実情だ。

 

 迂闊に動けばユニウスセブンを落下させたのはテタルトスだと決めつけられかねない。

 

 地球に落さないようにするためには完全に破壊するしかないのだが、あれだけの質量のものを破壊する術は多くは無く、時間的に間に合わないだろう。

 

 ならば細かく砕くというのが最も現実的な手段となるが、月からでは遠すぎる。

 

 「少佐。接近してくる艦あり、エターナルです」

 

 何にしろ今はやれる事をすべきだ。

 

 アレックスは己の無力さを痛感しながらエターナルとの通信回線を開くように指示を出した。

 

 

 

 

 ユニウスセブンの移動は当然プラントの方でも確認され、その知らせはガーティ・ルーとの死闘を生き延びたミネルバにも伝わっていた。

 

 デュランダルが宛がわれた部屋に通信が入り、仔細が報告されると仕事をこなしていたヘレンが振り返る。

 

 「議長、グラディス艦長から、ブリッジに上がってほしいそうです」

 

 「分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」

 

 「はい」

 

 この最悪ともいえる知らせ。

 

 それが部屋で休んでいた中立同盟の二人にも届いたのはそれからすぐの事だった。

 

 呼び出されたアイラとマユはユニウスセブンが地球に向けて動いているという事実に驚愕を隠せなかった。

 

 マユは思わず強く拳を握る。

 

 地球には目覚めぬ両親と彼女にとって何よりも大切な人達がいる。

 

 そんな人達の上にユニウスセブンが落ちたならば―――

 

 自分自身を抑えるマユを一瞥するとアイラは話の先を促す。

 

 「原因は判明していますか?」

 

 「いえ、ですが動いている事は間違いありません。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を」

 

 普段から余裕を崩さないデュランダルも焦りのようなものを滲ませて告げてくる。

 

 その様子が事態の深刻さを物語っていた。

 

 「隕石の衝突か、または他の要因なのかは不明です。しかし今もなお地球に向かっている事は間違いない」

 

 二人の背筋が凍りつく。

 

 あれだけの質量の物が地球に落ちたならばどうなるか、最悪地球が滅んでしまう事すら考えられる。

 

 普段から冷静なアイラでさえこの事態には焦燥を抑えるのが難しい。

 

 「またもアクシデントで申し訳ありませんが、私は修理が終わり次第、ミネルバにもユニウスセブンに向う様に命令を出しました。不幸中の幸いというべきでしょうか、位置も近いですから。どうかアイラ王女にもご了承いただきたい」

 

 「それはもちろんです、議長。これは私達にこそ重大である事ですから」

 

 アイラの返事にデュランダルは満足そうに薄く笑みを浮かべる。

 

 その姿にマユは何か胸騒ぎのようなものを覚えた。

 

 ここまでデュランダルの対応に不満はない。

 

 むしろ良くここまで迅速に対処できるものだと感心してしまうほどである。

 

 だからこそ疑問も出てくる。

 

 要するに完璧すぎるのだ。

 

 まるでこうなる事を知っていたかのように。

 

 マユは軽く首を振ってそんな考えを振り払った。

 

 「……いくらなんでも考え過ぎか」

 

 誰にも聞こえないようポツリと呟くと思考を打ち切る。

 

 そして話し合うアイラ達の姿を見ながら、自分が何をすべきかを考え始めた。

 

 

 

 

 

 当然のようにユニウスセブンの移動と地球落下の話はミネルバ艦内にも駆け巡り、誰もが動揺や困惑といった様子を見せていた。

 

 いきなり地球に隕石が落ちるから破砕作業に向かうと言われても信じられないのは当たり前かもしれない。

 

 ミネルバではそれがより顕著であった。

 

 何故なら経験の浅い若い新兵が多く乗船している為、事態の深刻さを本当に理解できている者は少なく、現実感を持つ事が出来なかったからだ。

 

 だからミネルバ艦内ではクルー達が集まって他人事のように緊張感も無く噂話に興じていた。

 

 「さっきの戦闘凄かったよね。流石フェイスって感じ」

 

 「うん! 最初にミネルバが出撃した時もね、敵艦の目的一人だけ見抜いてたみたいだし」

 

 ルナマリアとメイリンが話しているのは特務隊所属アレンの戦闘の事だった。

 

 シンからみてもあの紅い機体と互角以上に戦っていた技量は凄いものだと思う。

 

 でもアレは騒ぎすぎのような気もする。

 

 「確かに凄かったね。全然勝てる気がしないもの」

 

 セリスのその一言にムッとしてしまう。

 

 シンとしてはセリスがアレンをあのように褒めるのは正直いい気分はしない。

 

 ただその事を口に出すのはあまりに子供じみていると思ったシンは黙り込み、持っていた缶ジュースを煽った。

 

 「ていうか、今はそんな事話してる場合じゃないだろ」

 

 「そうそう」

 

 ヴィーノやヨウランの言う通り、今はユニウスセブンの話の方が重要というのは賛成だ。

 

 というかこれ以上、アレンの話は遠慮したかったシンは積極的に二人の話に耳を傾ける。

 

 「地球への衝突コースって本当なのか?」

 

 「うん、間違いないって」

 

 ヴィーノとヨウラン、メイリンは戸惑い気味に頷く。

 

 今でこそプラントに住んでいるシンもかつては地球に住んでいた。

 

 思い出したくない事もあるが、大切な思い出も当然存在する。

 

 そんな大地が災厄に見舞われる。

 

 シンの心境は複雑なものだった。

 

 「アーモリーワンの騒ぎに続いてだもんね。どうなってるのかな」

 

 セリスの言う通り確かにここまで続けて事件が起こってしまうと本当に偶然なのかを勘ぐってしまいそうになる。

 

 誰かがこれらの騒動を仕組んでいるとでもいうのだろうか。

 

 「でもあんなものどうすんのよ?」

 

 ルナマリアの疑問は最もであり、ユニウスセブンほどの質量を持つ物体が重力に引かれているとなるとすでに軌道を変更するのは不可能である。

 

 そんな疑問をレイがいつも通り冷静な声で答えた。

 

 「衝突を避けたいなら、細かく砕くしかないだろうな」

 

 「でもあれってかなりデカイぜ。ほぼ半分になってるとはいえ……」

 

 「だがやらなければ地球が滅ぶ」

 

 呆れたようにヨウランがぼやきに皆が頷く中、レイの指摘に全員が息を呑んで黙り込んだ。

 

 それはあまりに現実感のない話であり、それこそフィクションの世界で起こるような事だ。

 

 それが自分達の目の前で起こると言われても実感が湧かないというのが本音だった。

 

 「地球滅亡って奴?」

 

 「だな」

 

 口に出してもやはり実感が湧かない。

 

 自分達にどのような影響があるかきちんと理解できない。

 

 だからこそ彼らはその失言を口にしてしまった。

 

 「ん、でもさ、それもしょうがないっちゃしょうがなくないか? 不可抗力って奴でしょ?」

 

 無神経ともいえる言葉にシンは驚いて顔を上げた。

 

 今の現状で言うにはあまりに不謹慎な発言である。

 

 しかしヨウランは今の暗い空気を何とかしようとしたのか構わず続けた。

 

 「その方が色んなゴタゴタが一気に片付いて楽だろ。俺達プラントにはさ―――」

 

 「やめて!!」

 

 ヨウランの言葉を遮るように怒鳴り声を上げたのはセリスだった。

 

 「ヨウラン、いくら何でも言っていい事と悪い事がある!」

 

 「じょ、冗談だよ、怒るなって……」

 

 セリスの剣幕に驚いたのか慌ててヨウランは訂正すると気まずいのか頭を掻きながら視線を逸らした。

 

 その様子を見ながらシンは正直なところホッとしていた。

 

 幾らなんでもあれは言い過ぎだとは思っていたからだ。

 

 でもならどうして自分で否定しなかったのだろうか?

 

 それはどこかで自分には関係ないなんて気持ちがあったからだろう。

 

 すべてを失ってしまった自分に地球を助ける理由はないと心のどこかで感じていたからだ。

 

 そんな微妙な空気だったからか、シンは気付いていなかった。

 

 彼らが集まっていた部屋の外で漏れてくる声をデュランダルとの話を終えたアイラとマユが聞いていた事に。

 

 

 

 

 部屋の外から聞こえてきた声にマユは自身の中に湧き上がってくる怒りを抑える事で精一杯だった。

 

 抑えなければそんな無責任な事を言った者に殴りかかっていたかもしれない。

 

 彼らの発言はマユが今まで必死で守ってきたものに唾を吐いたも同然の事。

 

 前大戦でジェネシスから地球を守ろうと死んでいった人達に対する侮辱以外の何ものでもなかった。

 

 そしてもう一つ、理解した。

 

 やはりこれがプラントに住む大半の人間達の考えなのだと。

 

 「……マユ、彼はあなたの―――」

 

 「行きましょう、アイラ様。私は大丈夫ですから」

 

 マユは感情を抑えつけそのまま歩き出す。

 

 何よりも彼女を憤らせていたのは兄であるシン・アスカもあの中にいた事であった。

 

 前回の戦闘である程度予想はしていたが、ショックが無かったといえば嘘になる。

 

 何故ザフトに兄がいるのか疑問は尽きない。

 

 でも一つだけ言える事があるとすれば彼はもう自分の知っている兄ではないという事だ。

 

 自分の知っている兄ならばあんな事を言わせたままにはしなかった筈だし、何よりもあの少女が止める前にシンに止めて欲しかった。

 

 マユは悔しさと悲しさのあまりいつしか自分の瞳から涙が零れかけている事に気がつく。

 

 「マユ?」

 

 「いえ、行きましょう」

 

 アイラに悟らせないように涙を必死に堪えるといつものように平静を装ったまま部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 そこは実に煌びやかな屋敷であった。

 

 良く手入れをされた部屋に高級な美術品。

 

 明らかに上流階級の人間が住まうような場所。

 

 そこに集まった者達は高級なワインを片手にビリアードに興じていた。

 

 普段ならばただの上流階級の人間達が娯楽に興じているだけで何ら不思議はない。

 

 だが今は状況が違う。

 

 もうすぐ地球では未曾有の大災害が起きる。

 

 しかも確実にである。

 

 そんな状況だというのに彼らの顔には危機感も何もなく、それどころか自分達は関係ないとばかりに話込んでいた。

 

 「さて、とんでもない事態じゃのう」

 

 年配の男がさも緊張感もない声で呟いた。

 

 「地球滅亡のシナリオですな」

 

 「書いたものがいるのかね?」

 

 今回の件は情報不足ではっきりした事は何一つ分かっていないというのが実情である。

 

 単純に隕石などによる自然災害の可能性も指摘されているくらいだ。

 

 「それはファントムペインに調査を命じましたよ。一応ね」

 

 答えたのはこの中でも一番若い男、ロード・ジブリールであった。

 

 彼こそ先の大戦の影響で大きく衰退した反コーディネイターを掲げる組織ブルーコスモスを纏め上げ、かつてと同じように巨大な勢力に立て直した現盟主である。

 

 もしも彼がいなければブルーコスモスは弱体化したまま、消え去っていたかもしれない。

 

 笑みを浮かべながら報告するジブリールに不審げに目を向けた男が質問する。

 

 「今更そんな物を調べて役に立つのかね?」

 

 「それを調べるんですよ」

 

 「しかしこの招集は何なのだ、ジブリール? 各国があれを黙って落させるとも思っていないがな……こちらも避難指示や対策に忙しいのだ」

 

 ワイン片手に何を言おうが説得力などありはしない。

 

 はっきり言ってしまえば彼らにとっては完全に他人事でしかないのだ。

 

 今も必死に対策や避難をしている者達から見れば殴られても文句は言えないような光景である。

 

 しかしここにいる者達すべてが何一つ疑問を持ってすらいない。

 

 これが彼らの本質を表わしていると言えるだろう。

 

 ジブリールは全員の顔を見渡すと芝居がかった口調で語り出した。

 

 「今回の件に関しましては私も大変にショックを受けましてね。ユニウスセブンが? いったい何故? 考えていたのはそんな事ばかりでしたよ」

 

 「前置きはいいよ、ジブリール」

 

 うんざりした様子で先を促す男にジブリールはあえて強く言葉をかぶせた。

 

 「いえ、ここからが肝心なのですよ! やがて世界中の誰もがそう考えるでしょう。ならば答えを示してやらねばならない」

 

 ジブリールの言葉にようやく話の本題が見えてきたのか、その場に居た全員が納得したように頷く。

 

 「もうそんな先の話かね」

 

 「もちろんです。プラントのデュランダルは地球各国に警告を発して回避、対応に自分達も全力を尽くすとメッセージを送ってきました」

 

 「早い対応だったな。奴らも慌てておった」

 

 「となればこれは自然現象という事になるのかの。しかしそれでは……」

 

 彼らは皆プラントのいち早い対応と混乱を知っていた。

 

 その様子を知っているからこそ、先のファントムペインを調査に送るという件についていささか疑問に思ったのだ。

 

 「そんな事はもうどうでも良いのですよ! 原因が何であれ、あの無様で馬鹿な塊が我らの頭上に落ちてくる事だけは確かなんです! どういう事なんです、これは!! 何故我々までもがあんな物の為に顔色を変えて逃げ回らねばならないとは!!」

 

 ジブリールの口調に熱が帯びていく。

 

 その口調の端々からは怒りと憎しみが籠っている事が窺える。

 

 「この屈辱はどうあっても晴らさなくてはならないでしょう! 誰に? もちろん、あんなものを宇宙にドカドカ造ったコーディネイター共にですよ!!」

 

 言いたい事はわかった。

 

 つまりジブリールは今回の事を利用して再び戦端を開こうと主張しているのだ。

 

 だがそれには大きな問題もある。

 

 「それはいいがな。このままでは戦争をする体力も残るかどうか」

 

 本当に最悪の事態ともなれば地球はこのまま滅ぶかもしれないのだから。

 

 「だから今日皆さんにお集りいただいたのですよ。避難も脱出も良いですが、その後に我々は一気に討って出ます。例のプランでね。皆さまにはその事をご承知いただきたいのです」

 

 「強気だな、ジブリール」

 

 「コーディネイター憎しで力も湧きますかな、民衆も」

 

 「残っていればね」

 

 「残りを纏めるんでしょう、憎しみという名の愛で」

 

 誰も反対意見を述べる事はない。

 

 つまりこれが結論だった。

 

 「では、次は事態の後じゃな。君はそれまでに詳細な具体案を」

 

 「はい!」

 

 話が一段落ついたところで今回はお開きとなった。

 

 帰路につく者達を窓から見届けた後、ジブリールは苛立ちをぶつける様に机を殴りつけた。

 

 「愚鈍な屑共め!」

 

 あんな連中にいちいち頭を下げなければならないなど屈辱以外の何物でもない。

 

 奴らの頭にあるのはいかに自分達の利益になるかという損得のみ。

 

 そんな連中に宇宙にいる化け物を駆逐するという崇高な目的など理解できる筈もない。

 

 「だがまあいいさ。ここからすべては始まるのだ!!」

 

 瞳に燃え盛る憎しみを宿し、ジブリ―ルは空から落ちてくる大地の先を睨みつけた。

 

 

 

 

 マユは一人で宇宙を眺めていた。

 

 アイラは議長に話があるという事でブリッジに向かっている。

 

 マユもついていこうとしたのだが、先程の事を気にしてくれたようで「休んでいなさい」と言われてしまった。

 

 こうしていても考えてしまう事はこれから地球を襲う災害の事だけだ。

 

 皆は大丈夫だろうか。

 

 子供達は泣いていないだろうか。

 

 そんな事だけが脳裏に浮かび、何もできない現状に焦りだけ募る。

 

 そこにミーティングを終えたらしいミネルバのクルー達が歩いてくるのが見えた。

 

 その中にはシンもいる。

 

 どうやら先程話をしていたメンバーのパイロット達が格納庫に向かっているらしい。

 

 マユはあえて彼らを無視した。

 

 話しかけられるとは思っていなかったし、話したくもなかった。

 

 しかし向うはそう思わなかったらしい。

 

 「おい、なんでお前みたいなのがこんな所にいるんだよ。用がないなら、部屋に入って―――」

 

 声をかけてきたのはシンだった。

 

 だが刺のある言葉が途中から、なにか気になる様な歯切れの悪い言い方に変わっている。

 

 「シン、そんな言い方は良くないよ。ごめんなさい、貴方の事は聞いてます。ミネルバを救ってくれてありがとう。私はセリス・シャリエと言います。貴方は?」

 

 マユとしては彼らと関わりたくなかったのだが、ここまで丁寧に礼を言われ、自己紹介までされて無視というのはあまりに失礼だ。

 

 自分の無礼はアイラに恥をかかす事でもある。

 

 掛けていたサングラスを外して差し出されたセリスの手を握ると出来るだけ感情を込めずに名前を名乗った。

 

 「……マユ・アスカです」

 

 「えっ、アスカって……」

 

 誰もが予想すらしていなかった名前に絶句する。

 

 だが誰より衝撃を受けたのはシンだった。

 

 格納庫で姿を見た時は顔もよく見えなかったし、別人だと思っていた。

 

 でも目の前にいるのは間違いなく、死に別れた筈のシンの妹マユ・アスカだった。

 

 フラッシュバックするように思い起こされるのは戦いの音。

 

 それらから逃げようと走る自分と家族。

 

 そして凄まじい衝撃と共に―――

 

 そんな忌まわしい記憶が蘇り、憤りが胸を焦がす。

 

 シンはそれを振り払い何とか声を振り絞った。

 

 「マ、マユ、なのか? お前、生きていたのか……俺、お前はオーブ戦役で死んだって―――」

 

 突然の事で戸惑っていたシンもようやく実感が湧き話かけようとした瞬間、言葉が止まる。

 

 マユのシンを見る視線があまりに冷たいもの。

 

 その表情も思い起こされるかつての笑顔とはまるで正反対。

 

 ほとんど感情が感じ取れない無表情であり、記憶にあるマユとはまるで別人のような錯覚すら覚える。

 

 「……お前がザクに乗ってたのか? まさか同盟軍に?」

 

 ミネルバに着艦してきたザクを操縦していたのは護衛役の方だと聞いていた。

 

 つまり動かしていたのはマユと言う事になる。

 

 「……だったら?」

 

 「じゃあ、パイロットになったのか? なんでだよ! あいつらの、中立同盟の所為で俺達家族は! 何も分かってない奴らの為に!」

 

 そう、何も分かっていない連中の所為なのだ。

 

 自分達家族があんな目にあったのはすべて同盟と地球軍の所為なのだから。

 

 憤りのままに声を上げようとした瞬間、マユの平手打ちが容赦なくシンの頬を張っていた。

 

 「え」

 

 「……なにも分かっていないのは貴方でしょう」

 

 マユの表情は明らかに先程までとは違う、明確な怒りが見て取れる。

 

 「貴方が何を勘違いしているか知りませんが、私達家族を傷つけたのは―――ザフトですよ」

 

 マユが何を言ったのかシンには理解できなかった。

 

 「何言って……」

 

 「オーブ戦役終盤にマスドライバー破壊の為にザフト軍が奇襲をかけてきたんです。ZGMF-F100『シグルド』―――この機体が避難しようとしていた私達を撃ったんです」

 

 「……な」

 

 じゃあザフトが俺の家族を撃った?

 

 そんな馬鹿な―――

 

 呆然としているシンをとその後ろでうろたえているヨウランやヴィーノ達をマユは冷たく見つめる。

 

 その視線には背筋に寒気が走るほど、冷たさだけが伝わってくる。

 

 彼らにも理解できたのだろう。

 

 眼の前にいるシンの妹は自分達を敵視していると。

 

 「どうしたのかしら?」

 

 「アイラ様」

 

 気まずい沈黙だけがその場を支配する中、声を掛けてきたのはブリッジに行っていたアイラだった。

 

 「アイラ様、もうお話は良いのですか?」

 

 アイラはシン達を一瞥するとマユに向き直る。

 

 「ええ。今デュランダル議長と話してきたわ。マユ、ユニウスセブンの破砕作業支援の為にモビルスーツを借りる許可を得てきたわ」

 

 「それって」

 

 「ええ、この艦に乗船してきた際に搭乗したモビルスーツザクを貸してもらえるそうよ」

 

 つまりマユにもできる事があるという事だ。

 

 しかし他国の人間である自分に最新型の機体を貸すとは、かなり無理をさせてしまったのではないだろうか?

 

 「大丈夫よ。特に何かあった訳じゃないから」

 

 思わず笑みを浮かべるとアイラに思いっきり頭を下げた。

 

 「ありがとうございます、アイラ様!」

 

 「議長にも機会があれば礼を言っておきなさい」

 

 「はい」

 

 そのままマユは格納庫に向かっていく。

 

 呆然と話を聞いていたシンは我に返るとマユを止める為に後を追おうとするが途中で呼び止められてしまう。

 

 「待ちなさい、彼女を止めても無駄よ」

 

 「何で!」

 

 「地球にはマユの大切なものがたくさんあるからよ。それを守る為に彼女は行くわ」

 

 その言葉にハッとするとシンは唇を噛みながら俯いた。

 

 言いたい事は分かる。

 

 シンも地球に大切な者がいるとなればどんな事があろうと出撃しただろう。

 

 でも、妹がモビルスーツのパイロットになっているという現実は絶対に受け入れられなかった。

 

 「何で? 何でマユが!?」

 

 吐き捨てるように言うシンにアイラは背を向けて静かに呟く。

 

 出来るだけ感情は込めずに事実だけを。

 

 「……知りたければ本人に教えてもらいなさい。ただ、そうね。これだけは言っておきましょう。貴方のご両親は無事とは言えないけれど生きているわ」

 

 「えっ、父さんと母さんが!?」

 

 「……ええ、ただずっと眠った状態だけどね」

 

 それでも生きている知らせはシンにとっては喜んでもいい知らせだろう。

 

 しかし次の言葉で再び衝撃を受けた。

 

 「……先程の貴方達の話マユも聞いていたわよ。地球が滅んでも仕方ないって話」

 

 驚いたようにシンはアイラの顔を見る。

 

 あれを聞かれていた?

 

 「あ、あれはヨウランの冗談で―――」

 

 「だとしても自分の大切な人達が住んでいる場所が滅んでも仕方がないって言われて良い気分はしないでしょう。特にマユは」

 

 今さらながら自分の失態に気がついた。

 

 あの話を聞いていたマユの心境はどのようなものだったのだろう。

 

 もし仮に自分がマユの立場だったなら、地球にいる家族が死んでも仕方がないなどと冗談だろうと言われたら平静でいられる自信はない。

 

 「貴方が直接言った訳ではないにしろ、貴方の態度はマユは酷く傷つけた。その事だけは知っておきなさい」

 

 アイラはそれ以上は何も言わずに去って行った。

 

 傍で見ていたセリス達も同様に気まずく顔を伏せ黙っている。

 

 というか何も言う事が出来ない。

 

 シンは知らなかったとはいえ自分の失態を後悔する事しかできなかった。

 

 

 

 

 地球にほど近い場所に浮かぶ物体。

 

 スカンジナビア宇宙ステーション『ヴァルハラ』

 

 前大戦時このヴァルハラは様々な事情のために未完成の状態であった。

 

 大戦が終結したのと同時に軍備強化に重点を置いた同盟の方針に従い、マスドライバー『ユグドラシル』と共に開発が急がれ最近ようやく完成に至っていた。

 

 そのヴァルハラでも今回の事件に関する事で対応に追われ誰もが忙しく動いている。

 

 そんな中会議室に呼ばれたテレサ・アルミラ大佐は上層部からザフトのユニウスセブン破砕作業を支援せよという正式な命令を受けていた。

 

 「命令が来るだろうとは思っていたから驚きはしないが」

 

 ザフトを支援せよとは、前大戦の事を考えると複雑な気分である。

 

 自分の祖国も地球にあるのだから、破砕作業を支援しろと言われれば望むところだ。

 

 しかしザフトと折り合いの悪いテタルトスの件はどうなっているのだろうか?

 

 「……いや、テタルトスについても後で通達が来る筈か」

 

 テレサは自分達がするべき事は変わらないと自分の艦に戻り、出撃準備を開始した。

 

 

 

 

 シンは準備の整ったコアスプレンダーのコックピットに座りながらため息をついていた。

 

 もうじき目的地であるユニウスセブンに到着する。

 

 こんな事では駄目だと思いながらもシンの心は晴れない。

 

 原因はもちろん再会した妹マユの事である。

 

 マユや両親の生存はシンにとって非常に喜ばしい事だ。

 

 だが迂闊な自分の態度がマユを酷く傷つけてしまった。

 

 一刻も早く謝りたいのだが出撃準備で結局話も出来なかった。

 

 「それに……」

 

 もう一つ気になる事があった。

 

 それは自分の記憶の齟齬である。

 

 シンはオーブ戦役に関する記憶がなく、思い出そうとすればノイズのようなものが走り頭痛が起きるのだ。

 

 今までは怪我の影響と嫌な記憶を無意識に封じ込めているのだと思っていた。

 

 しかし突きつけられた事実は自分の思っているものとは明らかに違っていたのだ。

 

 「どうなってるんだ?」

 

 シンが再び考え込もうとした時、セリスから通信が入る。

 

 「シン、今良い?」

 

 「ああ、大丈夫」

 

 セリスは一瞬迷ったように俯くと意を決して顔を上げた。

 

 「良かったね、シン。家族が生きてて」

 

 セリスの言葉がシンの心に沁み渡る。

 

 ああ、そうか―――自分の大切な家族は生きていたのだ。

 

 「今はちょっと気まずくなっちゃったけど、話せばすぐに仲直りできるから」

 

 「ありがと、セリス」

 

 セリスが自分の恋人で良かったとシンは心からそう思った。

 

 そして同じ格納庫に立っているザクのコックピットではマユが念入りに機体を確認していた。

 

 破砕作業の支援とはいえ何が起きるか分からない以上、入念にチェックする事に越したことはない。

 

 マユはチェックを終え顔を上げると視界に入ったのは、デブリで見た機体『エクリプス』であった。

 

 あの機体に乗り込む赤のパイロットスーツ。

 

 何だかんだ言っても兄であるシンの事は気がかりであったが、マユがもう一つ気になっていたのがあの機体である。

 

 一瞬ではあったが戦場であの機体が見せた動きは―――

 

 デブリでの戦闘をもう一度思い起こそうとした瞬間、突如格納庫に警報が鳴り響く。

 

 《発進停止、状況変化! 先行した部隊がアンノウンと交戦中! 各機対モビルスーツ戦闘用に装備を変更してください》

 

 「交戦中!? いったい誰と?」

 

 《さらにボギーワンも確認しました!》

 

 ボギーワンまで!?

 

 ユニウスセブンで一体何が起きている?

 

 マユは少しでも情報を得ようと管制官であるメイリンに問いかけた。

 

 「どういう事ですか?」

 

 《わかりません。ですが本艦の任務が先行部隊の支援である事に変わりなし、各機発進願います》

 

 ミネルバのハッチが開くと最初にエクリプスが発進するとレイ、ルナマリア、セリス、シンが続く。

 

 そしてマユの搭乗するザクの背中にブレイズウィザードが装備されるとそのままカタパルトに運ばれる。

 

 状況ははっきりしないがユニウスセブンでは不味い状況になっている事だけは確かだ。

 

 マユは気を引き締めると前を見据えてフットペダルを踏み込んだ。

 

 「マユ・アスカ、出ます!」



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第6話   死を呼ぶ流星

 

 

 

 ミネルバがユニウスセブンに辿り着く少し前まで時間を遡る。

 

 誰にも阻まれる事無く悠然と地球に向けて移動するユニウスセブンに対し、破砕作業を進める為に先行していたザフトの部隊があった。

 

 エルスマン隊とアルマフィ隊である。

 

 この二つの部隊はザフトの中でも非常に有名な部隊だった。

 

 名の通り前大戦を戦い抜いた歴戦の英雄であるディアッカ・エルスマンとニコル・アルマフィが率いる部隊であるという事が理由の一つ。

 

 もう一つの理由、それは彼らが前大戦における若き英雄と呼ばれているからだ。

 

 前大戦後エドガー・ブランデルを筆頭にプラントから英雄と呼ばれた者達の多くが出奔してしまった。

 

 その事に焦った当時の臨時最高評議会は少しでもプラント市民の不安を和らげる為、プロパガンダとして彼らを新たな若き英雄であると大々的に報じたのである。

 

 正直なところディアッカ、ニコル共に勘弁して欲しかった訳だが、当時の状況を考えると嫌とは言えなかったのだ。

 

 ナスカ級のブリッジからユニウスセブンの眺めていたディアッカはその大きさに思わず呟く。

 

 「改めて見ると、デカイな」

 

 モニターで話をしていたニコルは思わず苦笑した。

 

 《……ディアッカ、僕達同じ様な場所に住んでるんですから当たり前ですよ》

 

 「それは分かってるよ。ただ今回あれを砕けって命令がどれだけ大変か改めて認識したってだけだ」

 

 《気持ちは分かりますけどね。とにかく任務を開始しましょう。僕の部隊が先行します》

 

 「了解」

 

 ナスカ級から数機のゲイツRと近接格闘戦用のスラッシュウィザードと呼ばれる装備を装着したニコルのザクファントムが『メテオブレーカー』と共にユニウスセブンに向かう。

 

 『メテオブレーカー』とは元々資源衛星として運ばれてきた小惑星などを砕くために使用されていたものだ。

 

 無重力下においてドリルで隕石中に潜り込み,爆薬で内部から破砕する事が出来る。

 

 これを数基使用してユニウスセブンを細かく砕くというのが今回の大まかな作戦であった。

 

 確かにディアッカの言う通りかなりの大きさを誇るユニウスセブンを砕く作業は大変だろう。

 

 しかし誰もが無理だとは思っていなかった。

 

 このままメテオブレーカーを使用すればユニウスセブンを破砕する事は問題無い。

 

 少なくともこの段階までは皆が疑ってもいなかったのは間違いない事であった。

 

 

 予想しえないイレギュラーが起こるまでは―――

 

 

 ニコルの部隊が地面に降り立ちメテオブレーカーを設置し、起動させようと操作を進める。

 

 しかしゲイツRのパイロットがスイッチを入た瞬間、いきなり放たれた閃光に貫かれ、メテオブレーカーも破壊されてしまう。

 

 「なッ!?」

 

 さらに部隊に向けビームが連続で撃ち込まれ、次々と味方のモビルスーツが撃墜されていく。

 

 「くっ、いったい何が!?」

 

 ニコルは想定外の自体に驚きながらも攻撃を仕掛けてきた者達を見てさらに驚愕した。

 

 ライフルを構えて攻撃を加えて来たモビルスーツは自分達にとって馴染み深い機体―――黒く塗装されたジンだったのだ。

 

 「一体どこの機体!?」

 

 ニコルは襲いかかってくるジンに向け肩のガトリング砲で牽制しながら、ビームアックスを構えた。

 

 スラッシュウィザードの主武装であるビームアックスは柄が折り畳み式になっており、柄が伸びるとハルバードのような形態になる武器である。

 

 ニコルは柄の伸びたビームアックスを構え、ゲイツRに襲いかかるジンを斬り払いながら部隊に指示を飛ばす。

 

 「全機、一旦下がって!」

 

 現在ゲイツはRは破砕作業の為に武器を所持しておらず、今襲われたら一巻の終わりである。

 

 《ニコル、ゲイツのライフルを射出するぞ! メテオブレーカーをやらせるなよ。すぐ俺も出る!》

 

 「出来るだけ急いでください。僕一機だけでは……」

 

 敵に対して対応可能なのはニコルのみであり、しかもジンに搭乗しているパイロット達は全員がかなりの手錬れ。

 

 これではいつまでも持ち堪える事は難しい。

 

 二コルは募る焦りを抑えながら、味方の増援が駆けつけてくるまでの時間を稼ぐ為、敵に向けてビームアックスを振るい続けた。

 

 

 

 

 奮闘を続けるザフトの部隊。

 

 しかし現状は襲撃者であるジンによって押されている。

 

 そんな彼らの現状は襲撃してきたパイロット達も理解できていた。

 

 機体を思い通りに操りゲイツを蹂躙していくサトーはあまりの手応えの無さに侮蔑したように吐き捨てる。

 

 「ヒヨッコ共が消えろ!!」

 

 ナスカ級から射出されたライフルを受けとったゲイツRがこちらに狙いを定めてビームライフルを連射してくる。

 

 しかしそんなものは当たらないとビームをいともたやすく回避、日本刀のような形状の斬機刀を引き抜きゲイツRの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 サトー達が搭乗しているジンハイマニューバ2型はスラスターを強化。

 

 バーニアを増設して機動性を高め、さらにその機動性を活かす為に近接戦闘に有利なビームカービンや刀状の斬機刀を装備している。

 

 これによりパイロットの技量次第ではゲイツやザクといった次世代機とも互角に戦う事が出来る機体として仕上がっていた。

 

 サトーを含めこの機体に搭乗している者達は全員が前大戦時、最前線で、そして昨今起こった『月面紛争』を戦い抜いた猛者ばかりだ。

 

 未熟な新兵になど後れ取る事などあり得ない。

 

 ジンハイマニューバ2型の性能を完全に引き出し、迎撃してくるゲイツ達を宇宙の残骸に変えながらサトーは叫ぶ。

 

 「我らの悲願を邪魔などさせんわ!!」

 

 彼の言葉に答える様にジンの振るう横なぎの一撃がゲイツを斬り裂いていく。

 

 当然敵もまた黙っている訳ではなかったが、サトー達にとっては甘すぎる。

 

 このような連中に、今の偽善の世界に浸る腑抜け共に自分達は止められない。

 

 「このままでは破砕作業に移れない!」

 

 ニコルは袈裟懸けに振るわれたジンの斬機刀をアックスの柄で止め上に弾き、下から刃を振り上げ、敵を撃破する。

 

 しかし数の違いは歴然。

 

 一機で奮戦しているニコルだけではあまりに不利である。

 

 しかもメテオブレーカーを守りながらでは―――

 

 そこにようやく増援のモビルスーツが駆けつけてきた。

 

 ディアッカの乗るガナーウィザード装備のザクファントムがオルトロスを構えてジン達を牽制しながら接近してくる。

 

 「ニコル、待たせたな」

 

 「助かりました」

 

 「エリアスが来てれば多少は楽なんだけどな」

 

 「仕方ないですよ。こんな事になるとは思ってませんでしたから。それにもうすぐミネルバも来ます」

 

 それまでは自分達だけでこの局面を乗り切らねばならない。

 

 「まあ、やるしかないか!」

 

 オルトロスの一撃でジンを薙ぎ払ったディアッカは気合いを入れる。

 

 ここで好きにさせる訳にはいかないのだから。

 

 しかしそんなディアッカの決意をあざ笑うかのように事態はさらに悪い方向に進んでいく。

 

 所属不明のジン達を迎撃するゲイツが別方向から現れた敵に薙ぎ払われた。

 

 「なんだ!?」

 

 「敵の増援!?」

 

 ニコルの答えは半分正解で半分外れであった。

 

 確かに攻撃を仕掛けてきた以上、敵である事は変わらないだろう。

 

 間違いがあるとすれば敵の所属だった。

 

 何故ならゲイツだけでなくジンもまた撃破されていたからである。

 

 攻撃を仕掛けてきた敵機を照合するとその結果に思わず頭を抱えそうになった。

 

 「カオスにアビスか!?」

 

 別方向から戦域に近づいてくるのはミネルバが追っていたカオスとアビス、そして襲撃してきたストライクEだった。

 

 「アーモリーワンで強奪された機体が何故こんな場所に? それにストライクまで……」

 

 何故あの機体がここにいるのか?

 

 いや、たとえどのような理由で現れたにせよ、状況としては最悪である。

 

 このまま戦闘が続けばユニウスセブンの破砕作業が間に合わない可能性が出てくる。

 

 「くそ!!」

 

 ディアッカはアックスを振るいジンを斬り裂くニコルをオルトロスで援護しながら苛立ちを抑える様に吐き捨てた。

 

 そんなザフトの機体同士が戦うある意味で奇妙な戦場に辿り着いたスウェンは後ろから付いてくるカオスとアビスに視線を向けた。

 

 「ステラはお留守番かよ。僕らの仕事が増えるじゃんか」

 

 「ぼやくなよ」

 

 「……スティング、アウル、気を抜くな」

 

 「分かってるって」

 

 前回のデブリ戦で大きく傷ついたガイアは戦闘を行うにはリスクが高いと判断され出撃を見送られた。

 

 さらにカオスも万全な状態とは言いがたく、機動兵装ポッドの一つは撃破され損失している。

 

 つまり現在万全な状態で戦える機体はアビスのみという事になる。

 

 こんな状態で戦闘とは無茶ともいえるかもしれないが、今回はあくまでも情報収集がメインである。

 

 無理さえしなければ問題ないだろう。

 

 「行くぞ」

 

 「「了解」」

 

 スウェンはビームライフルショーティ―を構えると戦闘を行っているジンとゲイツRに対して攻撃を開始した。

 

 放ったビームはゲイツRに直撃して撃破するものの、ジンは回避して反撃してくる。

 

 その動きをみるだけでもゲイツRとジンのパイロットの錬度の差は明らかだった。

 

 「……厄介なのはジンの方だな。二人ともジンの方が技量も高い。注意しろ」

 

 スティングとアウルに注意を促しながら再びビームライフルショーティーを撃ち込みジンの進路を誘導する。

 

 そして反対方向から回り込んだカオスのビームサーベルが敵機を横薙ぎに斬り裂いた。

 

 「分かってるって」

 

 「こんな奴らに負けるかよ」

 

 アウルはジンからの反撃をいともたやすく回避するとお返しとばかりに三連装ビーム砲を撃ち込み、それに続くようにスティングもまたモビルアーマー形態に変形するとカリドゥス改複相ビーム砲でゲイツを薙ぎ払う。

 

 まさに捕食者の蹂躙。

 

 三機の圧倒的な力の晒された機体は成す術も無く撃破され、ただ無残な残骸を晒してゆく。

 

 「弱い、弱い!!」

 

 「あまり調子に乗るなよ、アウル」

 

 スティングもアウルも笑みを浮かべると小気味良く機体を加速させ、次の標的を狙おうと銃口を向けた。

 

 だがターゲットであるゲイツRをロックしトリガーを引こうとした時、思いもかけない方向からの攻撃に晒される。

 

 「なんだよ!?」

 

 「新手か!?」

 

 カオス、アビスは連続で撃ち込まれるビームをスラスターで振り切ろうとする。

 

 だがこちらの思考を読んでいるのではと錯覚するほどの正確な射撃に翻弄されてしまう。

 

 これほどの技量、並のパイロットではない。

 

 スウェンの知る限りにおいてこれだけの力を持った相手は一機のみ。

 

 「……奴か」

 

 スウェンが確信した通り、視線の先にいたのはデブリで刃を交えた相手エクリプス。

 

 「デブリにいたストライクか」

 

 アレンは状況をすばやく確認する為、ミネルバのメンバー達よりも急ぎ先行してユニウスセブンに到達していた。

 

 こいつらの暴れぶりからするとどうやらその判断は間違っていなかったらしい。

 

 「これ以上好きにはさせない」

 

 アレンは現在装備している武装のチェックを素早く済ませる。

 

 エクリプスは前回と背中の武装が違っており、現在装備しているのは高エネルギービーム砲『サーベラス』と対艦刀『エッケザックス』である。

 

 アレンは強奪された機体とストライクの姿を鋭い視線で睨みつけ、そして同時に展開しているジン達にも視線をむける。

 

 普段は冷静な彼とは違い、確かな怒りが込められていた。

 

 「悪いが今お前達に用はない。他にやるべき事があるんだよ」

 

 アレンはエッケザックスを構えるとスラスターを吹かして一気に斬り込む。

 

 そんなエクリプスの動きに一瞬虚を突かれたアウルは反応が遅れた。

 

 一瞬出来た隙に振り抜かれた斬撃がアビスの左足をたやすく斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、こいつ!」

 

 堪らず距離を取りながら胸部のカリドゥス複相ビーム砲をエクリプスに叩き込む。

 

 だが射線を見切られ、掠める事もできない。

 

 「この野郎!!」

 

 見かねたスティングが機動兵装ポッドのミサイルを放ちアビスを援護する。

 

 しかし背中に装備『サーベラス』の砲口から凄まじい閃光が放たれミサイルごと消し飛ばした。

 

 「甘い!」

 

 アレンはミサイルの爆煙に紛れて肉薄、エッケザックスを横薙ぎに振り抜いてカオスの右腕をビームライフルごと叩き斬った。

 

 「何だと!?」

 

 「やはり、強い」

 

 スウェンはビームライフルショーティーを撃ち込みながらエクリプスとカオス達の間に立ちふさがる。

 

 「やっぱりこいつだけは別格か」

 

 アレンも前回の戦闘でスウェンが手強い相手である事は重々承知している。

 

 スウェンだけではない。

 

 損傷を与えたとはいえ残り二機も戦闘継続は可能であり、さらに強力な火力も持っている。

 

 だからこそ破砕作業を進める上で脅威となる彼らをここで討ち倒す事が重要になるのだ。

 

 そして何よりも―――

 

 「……テロって嫌いなんだよ」

 

 アレンは冷たい口調で呟くと目の前に立つストライクEとの戦闘に突入した。

 

 

 

 

 ミネルバから発進したマユ達はアレンより幾ばくか遅れてようやくユニウスセブン付近にまで辿り着いていた。

 

 出撃前から先行した部隊と正体不明の相手が交戦状態である事は聞いている。

 

 しかしそれでもシン達は思わず驚愕してしまった。

 

 交戦していた相手は自分達にも馴染みのある機体だったからだ。

 

 「ジン!? いったいどこの!?」

 

 「不明だ。だがやる事は変わらない」

 

 レイはいつもと変わらない冷静な口調で事実だけを言うと誘導ミサイルとビーム突撃銃で攻撃を仕掛けてきた敵機を撃墜する。

 

 「レイの言う通りだよ。シン、ルナ、私達も破砕作業を邪魔させないように援護を。……それからマユ、ちゃん、こんな事になっちゃったけどこっちでも援護するから」

 

 セリスの気遣う声にマユは自然と笑みが零れる。

 

 あの部屋での失言の際も彼女だけは怒っていた。

 

 ザフトにもこんな人がいるのだと、どこかで安堵しながらマユは返事を返した。

 

 「お気づかいありがとうございます。私は大丈夫です」

 

 「……うん。じゃあ行きましょう」

 

 レイの後を追うようにシン達もまた戦闘に参戦する。

 

 シンはセリスと連携を組みゲイツを狙うジンを引き離すように牽制、狙いをつけたルナマリアがオルトロスで撃ち落とした。

 

 「ナイス、ルナ!」

 

 「調子いいな!」

 

 「あんた達ねぇ! 私だっていつまでも射撃が苦手って訳じゃないんだからね!!」

 

 完璧な連携でジンを撃破していく。

 

 そんな彼らを尻目にマユはビームトマホークを抜き、すれ違い様にジンの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 さらに背後から狙っていた敵機をビーム突撃銃で撃ち抜く。

 

 その鮮やかとも言える腕前にシン達も驚愕を隠せない。

 

 アーモリーワンの戦闘からもマユの技量の高さは認識していたが目の前で見せ付けられると実力の違いは歴然としていた。

 

 「シンの妹ちゃん、凄いじゃない」

 

 「うん、デブリで戦った紅い機体のパイロットと比べても遜色ないよね」

 

 これだけの技量を身につけるまでにどれ程の修羅場を潜ってきたのだろうか。

 

 どこかやるせない気分でザクの動きを見ていたシンにレイからの檄が飛ぶ。

 

 「シン、呆けている場合じゃないぞ」

 

 「あ、ああ。分かってる!」

 

 そう、自分はもう失わない為に力を得た。

 

 インパルスは、自分が求めた力はその為のものの筈だ。

 

 マユが戦場で身を晒し命を掛けて戦っているのなら自分が守る。

 

 シンはレイの言葉に我に返るとマユを援護する為にインパルスを加速させザクの方に向かわせた。

 

 

 

 

 

 戦闘が開始されたユニウスセブンの様子はミネルバでも確認されていた。

 

 ボギーワン出現も頭の痛い話だがそれ以上に不味いのはあのジン達である。

 

 「状況から察するに彼らがこの騒ぎの元凶でしょうね」

 

 「えぇぇ!?」

 

 アイラの発言にアーサーが声を上げるが、彼女の言う事は正しい。

 

 現状においてはそう判断するしかない。

 

 ジンはザフトが作り上げた機体である事は誰もが知るところ。

 

 この事が露見すれば連合が追求してくる事は避けられず、再び戦争の火種ともなりかねない。

 

 だからこそユニウスセブンを落とさせる訳にはいかないのだ。

 

 今はカオスとアビスはアレンのエクリプスが抑えている。

 

 だが先行部隊は他のジン達に押されている状態であり、破砕作業も思うように進んでいない。

 

 その戦闘を確認しながらタリアは後ろに座るデュランダルに問いかけた。

 

 「議長は現時点でボギーワンをどう判断されていますか? ただの海賊と? それとも地球軍?」

 

 その問いに対する答えは誰もがある程度予測しながらもあえてこれまで出してこなかったものだ。

 

 「難しいな……私は地球軍とはしたくなかったのだが」

 

 「どんな火種になるか分かりませんものね」

 

 機体が奪取された時点で断定してしまえばそれこそ戦争になっていた可能性は高い。

 

 だからこそ議長も、そして他の皆が考えながらも口にしなかったのだ。

 

 「しかしこの状況ではそうも言ってられんな」

 

 「彼らが地球軍、もしくはそれに準ずる部隊であるならこの場での戦闘はなんの意味もありません」

 

 彼らが撤退してくれるならばこの混乱した状況を少しでも好転させられるだろう。

 

 最悪の想定として考えるならば―――

 

 「我々があのジン部隊を庇っていると受け止められかねないか」

 

 「そんな!?」

 

 「仕方がないわ、アーサー。もしもあの機体がダガーなら、あなたも地球軍の関与を疑うでしょう?」

 

 その通り。

 

 そしてあの機体がジンであるという事実こそが今最も懸念される事だった。

 

 「ボギーワンとコンタクトが取れるか?」

 

 「国際救難チャンネルを使えば」

 

 「頼む。我々はユニウスセブン落下阻止の為に破砕作業を行っているのだと」

 

 「はい」

 

 自分達の立場を明確にしておく。

 

 そして協力はできないまでも、戦闘を停止してくれるなら少しは状況も良くなるだろう。

 

 しかしそんな彼らの考えも虚しくさらに状況は混乱していくことになる。

 

 

 

 

 ユニウスセブンの動きに合わせて母艦と共に動いていたパトリックはその戦闘を忌々しそうに見ながら指示を飛ばした。

 

 「愚か者共が。これ以上邪魔などさせるか! 第二部隊を動かせ!」

 

 「了解!」

 

 ナスカ級のブリッジでパトリックが憎悪の笑みを浮かべる。

 

 同じ頃ユニウスセブンに先行していた部隊がメテオブレーカーを地表に設置し、起動作業に掛かろうとしていた。

 

 しかし再び放たれたビームが作業に入ろうとしたゲイツを吹き飛ばした。

 

 「なんだ!?」

 

 「さらに増援!?」

 

 部隊の指揮を執っていたディアッカ達の視界に映っていたのは数機のモビルスーツ達。

 

 この期に及んでさらなる増援と奇襲に全員が歯噛みする。

 

 しかしそんな憤りも機体を見た瞬間に驚愕に変わった。

 

 その機体を見たマユは自分でも気がつかないうちに操縦桿を強く握りしめていた。

 

 一つ目を持つ特徴的な造形。

 

 忘れられる筈も無い。

 

 「……シグルド」

 

 それはマユにとって最も忌まわしい機体。

 

 特務隊専用機ZGMF-F100『シグルド』であった。

 

 シグルドを見たザフトの兵士達は息を飲む。

 

 誰も今回はどこの部隊かなどとは言わない。

 

 何故ならシグルドは今現在どの部隊にも配備されていない機体だからだ。

 

 シグルドだけではない。

 

 前大戦において使用されていたFシリーズは例外なくすべてのデータが凍結されている。

 

 理由は簡単でFシリーズ自体がパトリック・ザラが推し進めた計画であり、象徴ともいえるからである。

 

 評議会はようやく落ち着きを取り戻したザフトにおいてパトリックの影響が残っているFシリーズを使用したくなかったのだ。

 

 それがこんな形で、しかも敵として現れるとは皮肉な話であった。

 

 同時に疑問も出る。

 

 どこからあんなものを用意したのか?

 

 そしてシグルドはその性能の高さゆえに、特務隊に選出されるような優秀なパイロットでなければ扱いきれる機体ではない。

 

 高性能故にあまり量産機としては適さない機体でもあるのだ。

 

 だが襲撃してきたパイロット達は苦も無く機体を操っている。

 

 それはつまり扱いやすいように機体に改修が施されている可能性が高い事を示していた。

 

 シグルドは迎撃に向かって来たゲイツをいとも簡単にビームクロウで斬り裂き、腹部の複列位相砲エネルギー砲『ヒュドラ』で薙ぎ払っていく。

 

 「これ以上はやらせません!!」

 

 シグルドの猛攻を見たマユはすかさず前に出るとビーム突撃銃で牽制しながらビームトマホークで斬り込む。

 

 上段から袈裟懸け振るった斬撃をシグルドはシールドで受け止め、ビームクロウで斬り返してきた。

 

 マユは光爪を肩に装備されたシールドで止め、相手と同時に弾け飛ぶ。

 

 流石にシグルドの性能は高く、ザクにも引けを取らないらしい。

 

 しかし今の攻防で分かった事もある。

 

 「このパワーはバッテリー機?」

 

 以前特務隊が搭乗していた機体は核動力が使用されていた。

 

 だが目の前で相対している機体はそこまでのパワーはない。

 

 もし核動力機ならばいかに最新型のザクといえども簡単に押し返されてしまった筈だ。

 

 「マユ!!」

 

 駆けつけてきたインパルスがビームライフルを放ちながらシグルドを引き離すとザクと背中合わせに周囲を警戒する。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「ええ、ありがとうございます」

 

 まだお互いに話して無い事も多くあり、わだかまりは残っているが今は戦闘中だ。

 

 これ以上破砕作業を邪魔させる訳にもいかない。

 

 「行きます!」

 

 「ああ!」

 

 インパルスとザクは向ってくるシグルドを迎え撃つために武器を構えた。

 

 

 

 

 ディアッカは動き回る味方機には当てないよう気を配りながら、戦場の様子を見渡す。

 

 別方向からの思わぬ奇襲に混乱していた戦場も各機の奮戦により何とか立て直そうとしている。

 

 反面作業の方は遅々として進まず、タイムリミットが徐々に迫っていた。

 

 「くそ!」

 

 「不味いですね。このままでは!」

 

 息のあった連携でディアッカのビームを避けたジンをニコルがビームアックスで袈裟懸けに斬り裂きながら、作業部隊の方に気を配る。

 

 だが敵の襲撃の為かメテオブレーカーの設置にすら手間取っているというのが実情だった。

 

 せめてもう少し戦力があれば違ってくるのだが―――

 

 そんな二人の願いが届いたのか、状況を好転させるべく援軍が駆けつけてきた。

 

 白亜の戦艦。

 

 中立同盟所属の戦艦『オーディン』がユニウスセブンにようやく到着したのである。

 

 横にはオーブ軍の戦艦『イザナギ』

 

 さらに後方にはテタルトスの戦艦クレオストラトスとエターナルが追随していた。

 

 「思ったよりも時間がかかったな」

 

 テタルトス軍と合流する為に迂回した所為で時間がかかってしまった。

 

 だが現地で合流という選択ではザフトとの関係を考えると余計に事態を混乱させかねない為にやむ負えない。

 

 艦長であるテレサ・アルミラ大佐はミネルバに通信を開く。

 

 「こちらは中立同盟軍所属の戦艦オーディン。艦長のテレサ・アルミラ大佐です。これよりわが軍はザフト軍のユニウスセブン破砕作業の支援に入ります」

 

 《ミネルバ艦長タリア・グラディスです。援護感謝いたします》

 

 同時にミネルバから自軍の識別情報が送られてくる。

 

 これは敵が使っているモビルスーツの中にはザフトが使用している機体も存在する為に誤射しないようにという配慮だった。

 

 「それから後方のテタルトス軍も破砕作業の支援に来ています。貴国との関係は分かっていますがこういう事態ですので―――」

 

 《それについても了解しています》

 

 「助かります」

 

 《それからもう一つ。現在我が艦にアイラ・アルムフェルト王女がご乗船されています》

 

 「は?」

 

 思わぬ事を聞かされたテレサは思わず変な声を出してしまった。

 

 彼女が何故ザフトの艦にいるのか?

 

 そんな疑問に答える様にアイラがモニター前に現れた。

 

 《アルミラ大佐、詳しい話をしている暇はありません。急ぎザフトの支援を開始しなさい。私の事は心配いりません》

 

 「……了解しました!」

 

 通信が切れると同時にホッとため息をついた。

 

 正直話の分かる艦長で助かった。

 

 もしもテタルトスとの関係で揉める事になったなら破砕作業どころではない。

 

 そもそもテタルトスとプラントの関係は知っているだろうに。

 

 事前の根回しくらいはして欲しいものである。

 

 テレサは合同作戦など面倒な命令を寄こした上の連中を軽く恨みながら指示を飛ばした。

 

 「ジュール隊出撃! 各機ザフトを支援せよ!」

 

 オーディンのハッチが開くと格納庫からカタパルトに運ばれたモビルスーツが次々と出撃してゆく。

 

 飛び出して行った機体はスカンジナビアの新型主力量産機だった。

 

 STA-S3『ヘルヴォル』

 

 前大戦において戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された機体である。

 

 武装は基本的なビーム兵装とミサイルポッドやバズーカ砲、ビームランチャー。

 

 砲撃戦寄りの武器を装備しているが近接戦も十分対応できる機体であり、高い性能を有している。

 

 そしてもう一機、ヘルヴォルとは違う機体が出撃しようとしていた。

 

 《ジュール、頼むぞ》

 

 「了解。イザーク・ジュール、『アルヴィト』出るぞ!」

 

 イザークが搭乗している機体はスカンジナビアの新型量産機。

 

 STA-S4『アルヴィト』であった。

 

 この機体とヘルヴォルの違いは、近接戦闘を主眼においた装備をしている事だが、射撃戦も十分にこなせる。

 

 武装は腰にはグラムを改良した量産型の斬艦刀『リジル』、腕にはビームガトリング砲に背中にレール砲『タスラム』を装備、さらにはレーダー機能を強化されている。

 

 主に指揮官機として使用される事を前提に開発された機体である。

 

 オーディンから出撃したモビルスーツ達に後れを取らないようにイザナギからもモビルスーツが発進していった。

 

 出撃した機体は従来のアストレイとムラサメだけではない。

 

 明らかに違う二種類のモビルスーツも戦場に姿を見せていた。

 

 MBF-M1α『アドヴァンスアストレイ』

 

 MVF-M13A『ナガミツ』の二機である。

 

 アドヴァンスアストレイはAA(ダブルエー)の略称で呼ばれ、その名の通りM1アストレイに改良されたアドヴァンスアーマーを装備させた機体である。

 

 そしてもう一機の『ナガミツ』はムラサメに比べ、火力、機動力を強化した機体だった。

 

 「全機、ザフト軍を援護せよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 イザークの指示に従い各機が連携を取りながら破砕作業を妨害するモビルスーツに攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 「指揮しているのはイザークか。流石だな」

 

 クレオストラトスのブリッジでかつての同僚の手並みを感心したように見つめるアレックス。

 

 そこで戦場の全体図を見て若干の違和感を覚えた。

 

 「少佐、我々は?」

 

 自分の迷いが味方を殺す事すらあり得るのだ。

 

 言いようの無い違和感を覚えながら、黙っていても仕方が無いとアレックスはすぐさま決断する。

 

 「……俺が出ます。他の機体も出してください。ただエターナルの部隊は念の為に待機を」

 

 アレックスの指示にバルトフェルドは怪訝そうに問いを投げた。

 

 《どうした?》

 

 「……バルトフェルド中佐には敵の母艦が近くにないか探って欲しいのです」

 

 彼らをこれまで追って来たアレックスには気になっている事があった。

 

 それは襲撃者達の移動速度である。

 

 デブリからここまで辿り着き、この騒ぎを起こすには明らかに速度が速すぎる。

 

 という事は彼らを運んだ母艦がある筈だ。

 

 《確かにそれは気になっていたが、てっきりセレネが心配だからかと思ったけどね》

 

 軽い口調で言うバルトフェルドにアレックスは思わず苦笑した。

 

 こんな時まで軽口が聞ける彼は大した大物である。

 

 だがおかげで肩の力は抜けた。

 

 もしかすると気遣ってくれたのかもしれないとバルトフェルドに感謝しながら返事を返した。

 

 「公私混同はしませんよ。後は頼みます」

 

 《了解だ》

 

 アレックスのガーネットに率いられテタルトスもまた混沌の戦場に突入していった。

 

 

 

 

 

 メテオブレーカーを使用したザフトのユニウスセブン破砕作業は佳境に入っていた。

 

 戦況も味方の増援と共に戦況を立て直したザフト、同盟、テタルトスの方が優勢になっている。

 

 そんな様子をモビルスーツのコックピットで眺めていたカースはつまらなそうに呟いた。

 

 「……予定調和か」

 

 ほとんど予定通りだった。

 

 もうじきメテオブレーカーによって破壊されたユニウスセブンは分断されていくだろう。

 

 いかにパトリック達が妨害しようともあれだけの戦力が集まってはどうしようもあるまい。

 

 そして彼らの母艦が発見されるのも時間の問題。

 

 そうなれば今度こそ逃げきれず、パトリック・ザラも終わりだ。

 

 この時点でカースの目的は達している。

 

 ここまでユニウスセブンが地球に近づいた以上どれだけ砕こうが大なり小なり確実に被害は出る。

 

 もはや避ける術は無いのだ。

 

 だが、それでも若干味気ない気もする。

 

 カースは戦場を眺めるとニヤリと不吉な笑みを浮かべた。

 

 「そうだな……もう少し楽しませてもらおうか」

 

 カースが指示を出すと同時に背後にいたモビルスーツ達が動き出した。

 

 それを見届けると自分もまた戦場に向かうためにスラスターを使って機体を加速させる。

 

 

 ユニウスセブンを巡る戦いは最終局面に突入しようとしていた。




機体紹介更新しました。


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第7話   空を流れる破滅の星

 

 

 

 地球に向けて移動しているユニウスセブンの周囲では各勢力の機体が入り乱れて戦闘を繰り広げている。

 

 ジンⅡがビーム砲を発射しながら接近し対艦刀でジンを斬り捨てる。

 

 その背後から援護に立つフローレスダガーのビームランチャーから凄まじい閃光が放たれた。

 

 後方支援を任されたフローレスダガーが装備しているのがバーストコンバットと言われる装備だ。

 

 強力なビームを放つビームランチャーとミサイルポッド、さらにグレネード・ランチャーを搭載した砲撃戦用の武装である。

 

 これらの火力を一斉に発射されれば、そう簡単には近づけない。

 

 その高い火力をフルに使いフローレスダガーの猛攻がジン部隊に襲いかかる。

 

 一緒に駆けつけた同盟軍の機体も負けてはいない。

 

 アドヴァンスアストレイがビームライフルでジンを牽制。

 

 回避先に飛行形態で先回りしたナガミツがアグニ改で敵機をまとめて薙ぎ払う。

 

 ナガミツの強力なビーム砲を警戒したジン部隊をヘルヴォルが強襲。

 

 ミサイルポッドは放出すると一か所に誘導されていた敵部隊は大きく隊列を乱した。

 

 そこにつけいるようにアドヴァンスアストレイがビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 「チィ、邪魔をするか!!」

 

 サトーは憤怒に顔を歪めながら叫ぶと放たれたミサイルを迎撃、アドヴァンスアストレイの放った斬撃を回避した。

 

 ジン部隊は先程までのように敵を翻弄する事が出来ない。

 

 駆けつけてきた同盟軍とテタルトス軍の存在は非常に大きく、数の上で劣るサトー達にとって不利な状況になっていたのだ。

 

 「我らの思いはやらせんぞ!!」

 

 それでもサトー達の戦意は全く落ちる事は無い。

 

 無謀ともいえる動きで敵部隊と果敢に戦闘を行っていく。

 

 彼らは退かない。

 

 どれほど自分達が追い込まれようとも、自分達の思いを遂げるまでは。

 

 失うものはもう何も無いのだから。

 

 

 

 

 思わぬ形で妨害される事になったユニウスセブン破砕作業。

 

 ミネルバや先行部隊の奮戦。

 

 駆け付けてきた同盟軍、テタルトス軍の支援によってようやくまともな作業が開始された。

 

 ゲイツRが設置したメテオブレーカーが作動しドリルが地面へと潜っていく。

 

 すると内部から眩いばかりの閃光が迸り、同時に縦に罅が入るとユニウスセブンが真っ二つに割れていく。

 

 「やった!」

 

 「よし!!」

 

 作業を行っていたパイロット達から歓声が上がる。

 

 特に初期から作業に従事していた者達にとってはようやくという思いがあるのだろう。

 

 そして同じく割れていく大地を見ていたディアッカやニコルも思わず声を上げた。

 

 「グレイト!」

 

 「やりましたね!」

 

 作業を行っていた者の中で隊を率いていた彼らが一番この状況に対して焦りを感じていたのだ。

 

 これで少しは状況も好転するだろうと安堵した二人の耳に通信機から懐かしい声が響いた。

 

 「まだだ。もっと細かく砕かないと」

 

 「最後まで気を抜くな!」

 

 声が聞こえたと同時に同盟軍のアルヴィトとテタルトスのガーネットが近づいてきた。

 

 「その声、イザークにアス―――」

 

 「今はアレックスだよ、ニコル」

 

 ニコルの声を遮るようにアレックスが口を挟むと事情を察したように口を噤んだ。

 

 彼の立場からすれば本名を名乗るのはリスクがあるのはディアッカ達も分かっていたからだ。

 

 「……元気そうだな、ディアッカ、ニコル」

 

 イザークはやや気まずそうに声を掛けてくる。

 

 理由があったとはいえ自軍を裏切るような形になってしまった事を未だに気にしているのだろう。

 

 アカデミーから付き合いがあり、彼の性格をよく理解していたディアッカはあえて明るく返答した。

 

 「そっちもな、イザーク」

 

 「壮健で何よりですよ、二人とも」

 

 「ニコルも」

 

 ここに集ったメンバーはかつてザフトのエリート部隊と言われたクルーゼ隊所属し、共に戦った仲間である。

 

 前大戦中、経験した出来事を切っ掛けにそれぞれが別の道を歩む事になった彼らであったが、お互いわだかまりを持つ事もなく今でも仲間意識は消えていない。

 

 だからだろうか。

 

 集まった四機はいつの間にか自然と編隊を組み、メテオブレーカーの護衛についていた。

 

 敵からはさぞおかしな光景に見えた事だろう。

 

 それぞれの勢力の機体が完璧な編隊を組んでいるのだから。

 

 だがそれで怯むような者は襲撃者にはいなかった。

 

 「こけおどしが通じるかよ!!」

 

 「これ以上は!!」

 

 ジンが連携をとりつつメテオブレーカー破壊に動く。

 

 彼らの実力が高いのは事実である。

 

 しかし今回に限っては迂闊だったと言わざる得ないだろう。

 

 「やらせないぞ!!」

 

 ジンはビームカービンを構えると護衛の機体ごとメテオブレーカーを破壊する為に狙いをつける。

 

 しかしビームが放たれるより早く彼らは動いていた。

 

 「イザーク!」

 

 「いちいち命令するな!」

 

 アレックスとイザークは同時ジンに回り込む。

 

 ジンのパイロットは二機の素早い反応に対応しきれないのか動きを止めてしまった。

 

 その隙を逃す二人ではない。

 

 アルヴィトが上段から振り下ろした斬艦刀の一撃がジンのシールドごと左腕を叩き落とす。

 

 そしてガーネットの三連ビーム砲によりコックピットを貫かれ爆散した。

 

 「相変わらずだな、イザーク」

 

 「貴様もだ」

 

 「本当に変わらないですね」

 

 「やれやれ」

 

 こんな時でも昔と変わらず言い争う二人に苦笑しながらニコルの青いザクが飛び出すとガトリング砲で牽制。

 

 距離を詰めてビームアックスでジンの両足を斬り飛ばした。

 

 「ディアッカ!」

 

 「おう!」

 

 さらに蹴りを入れて下方へと叩き落とすと、ディアッカの黒いザクがオルトロスで狙いをつけて待ち構えていた。

 

 なす術無く落下していくジンはディアッカの放った一撃によって消し飛ばされた。

 

 「良し! じゃ、このままいきますか!!」

 

 「ええ」

 

 ガーネットがビームサーベルを構えて斬り込んだと同時にニコルがガトリング砲で牽制する。

 

 ザフトに所属していた時も組んで行動する事が多かった二人は相手の事を良く理解していた。

 

 その動作には躊躇も乱れも無い。

 

 ニコルの的確な牽制に動きを完全に阻害されてしまったジンは次の瞬間、接近してきたガーネットのビームサーベルにより袈裟懸けに斬り裂かれた。

 

 さらにその近くではディアッカの放った砲撃に合わせ、斬艦刀を振るったイザークが敵機を撃破していた。

 

 連携ならばこちらの二人も負けてはいない。

 

 相手の事を完璧に把握した動きで敵機を撃破していく姿は見事と言うしかないだろう。

 

 四機の高度な連携と技量によりジン達は完全に押され翻弄されていった。

 

 実力者揃いの襲撃者を圧倒していたのはディアッカ達ばかりではない。

 

 ミネルバから出撃したマユもまた敵機を順調に撃退していた。

 

 「そこをどいてください!!」

 

 ビームクロウを展開して襲いかかってくるシグルドの斬撃をたやすく回避。

 

 逆にビームトマホークで胴を真っ二つに両断する。

 

 爆散したシグルドの閃光に紛れ、メテオブレーカーを狙ってきたジン達をビーム突撃銃で次々撃ち落としていく。

 

 「ユニウスセブンを地球に落させる訳にはいきません!」

 

 マユは鋭く目の前の敵機を睨みつけると強く操縦桿を握る。

 

 彼女の内にあったのは自分の大切な人達を守るという強い決意であった。

 

 「貴方達がなんであろうと好きにはさせない!」

 

 獅子奮迅の戦いぶりでマユは敵を蹂躙していく。

 

 そんなマユのそばでシンもまたシグルドを相手に奮戦していた。

 

 「落ちろ!!」

 

 振りかぶられたビームクロウを後退する事で避け、今度は逆に懐に飛びこむとビームサーベルでコックピットを貫き撃破する。

 

 「ハァ、ハァ、くそ! こいつら、しつこい!!」

 

 敵はシグルドの性能とパイロットの技量が合わさりかなり厄介であった。

 

 しかもこの場所、ユニウスセブンは徐々に地球に近づきつつある。

 

 確実に迫るタイムリミット。

 

 それがシンの神経を予想以上にすり減らしていた。

 

 正直マユのフォローに回る余裕も無い。

 

 そんなシンの隙を突くようにシグルドがヒュドラを撃ち込んできた。

 

 「くっ!」

 

 不意を突かれたシンは咄嗟にシールドを掲げてヒュドラを受け止める事に成功する。

 

 だが動きを止めてしまい、背後から攻撃してきたジンに対する反応が遅れてしまった。

 

 「落ちろ!」

 

 「しまっ―――」

 

 「シン!!」

 

 インパルスを落とそうとビームカービンを構える敵機にセイバーのビーム砲がジンを貫き閃光へ変える。

 

 さらに別方向から撃ち込まれたビームの射線にレイがシールドで防御するとルナマリアのオルトロスの砲撃で敵を牽制しながら引き離す。

 

 「シン、無事か?」

 

 「大丈夫?」

 

 「ああ。ありがとう、レイ、ルナ」

 

 正直危なかった。

 

 皆が来てくれなかったら落とされていたかもしれない。

 

 「俺が出る。ルナマリア、援護を頼む」

 

 「了解!」

 

 レイのザクファントムが前に出るとルナマリアもオルトロスを構えた。

 

 「ハァ、良し、俺も!」

 

 シンは息を整えながらマユが戦っている場所に向かおうとするも、レイ達の迎撃を潜り抜けた敵が襲いかかってくる。

 

 「邪魔だぁぁ!!」

 

 「シン、無茶したら駄目だよ!  援護するから!」

 

 「頼む!」

 

 ビームサーベルを構えて敵機に突っ込んでいくシンをセリスが援護する。

 

 白と赤のガンダムが連携を取りながら、戦場の中を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 迫るタイムリミットに呼応するように激しさを増していく戦場の中、エターナルは襲撃者達の母艦を探索していた。

 

 アレックスの推測が正しければ、敵の母艦は戦場の近くにいる事になる。

 

 そして艦長であるバルトフェルドも同じように考えていた。

 

 元々予測でしかなかった。

 

 しかし今では間違いないと確信している。

 

 その理由はシグルドが奇襲を仕掛けてきたタイミングであった。

 

 同盟軍経由で識別情報と一緒に受け取った戦場の情報を分析していた際に気がついた。

 

 もしもあのタイミングで奇襲を仕掛けなければメテオブレーカーはもっと早くに作動して状況はずいぶん変わっていた筈。

 

 つまりそれを阻止するという意味ではアレは絶好のタイミングであったと言える。

 

 しかも戦場の中で戦っていた者にあのタイミングで指示を出す事は難しい。

 

 つまりシグルドに奇襲を指示した人物がいて、さらにその状況を戦場の近くで見ていたのだ。

 

 「さて鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 考えを纏めながら戦場の様子を観察していた時、周囲を探索していたセレネのフローレスダガーから通信が入ってきた。

 

 《バルトフェルド艦長、二時方向の瓦礫の陰にナスカ級を確認しました》

 

 「ザフトから受け取った識別情報で確認しろ」

 

 《……識別完了。該当艦ありません》

 

 「当たりだな」

 

 間違いなく奴らの母艦だろう。

 

 「良し、残りのモビルスーツを出撃させろ! ナスカ級を落とせ! 全軍に情報伝達も忘れるなよ!」

 

 「了解!」

 

 エターナルが発見したナスカ級の情報は即座に戦場全体に伝わり、当然それはディアッカ達と編隊を組み動いていたアレックスにも届いていた。

 

 「見つけたか」

 

 ビームサーベルで容易くジンを斬り伏せ、怒りを抑えながら呟く。

 

 「……やはりこの近辺に潜んでいたか」

 

 アレックスは固く操縦桿を握りしめた。

 

 元々自分達が任された任務、だからこそこんな事態を引き起こした首謀者はこの手で―――

 

 「ディアッカ、ニコル、イザーク、後は頼む」

 

 「ふん、任せておけ」

 

 「おう、そっちもしっかりな」

 

 「気をつけてください」

 

 「ありがとう」

 

 ガーネットは反転するとナスカ級を発見したポイントへと急行した。

 

 

 

 

 テタルトスによって母艦が発見されてしまったパトリック達は完全に追い込まれていた。

 

 周囲にはエターナルから出撃したフローレスダガーとジンⅡがナスカ級を囲むように攻撃を仕掛けてくる。

 

 機関砲がミサイルを撃ち落とすと爆発の衝撃がブリッジにまで伝わり、艦を大きく揺らした。

 

 「おのれぇ!」

 

 憤怒の表情でジンⅡを睨みつけるパトリック。

 

 しかし迎撃しようにも護衛のシグルドは他のテタルトスの機体と交戦中であり、艦の護衛に回れるほど余裕はない。

 

 元々数が違うのだ。

 

 それに現在ユニウスセブン破砕作業妨害に数を割いている分こちらが不利なのは自明の理。

 

 このままでは艦が落とされるのも時間の問題だ。

 

 誰もがそう思い始めたその時、彼らに手を差し出す者がいた。

 

 「仕留める!」

 

 ブリッジを破壊しようとフローレスダガーがビームライフルを構える。

 

 しかし突然ジンⅡの右腕がビームライフルごと吹き飛ばされ、さらに追撃するように攻撃が迫る。

 

 「何だと!?」

 

 回避しきれず直撃する瞬間、セレネのフローレスダガーが射線上に割り込みシールドで受け止めるとビームが弾けた。

 

 「大丈夫!? エターナルまで後退して!」

 

 「す、すまない」

 

 後退していくジンⅡを守るように立ちふさがるセレネは攻撃を仕掛けてきた敵を警戒するが、正面に見えた機体に思わず目を見開いた。

 

 「あれは、ザク!?」

 

 ビーム突撃銃を構えこちらを狙っているのは紛れも無くザフトの新型モビルスーツ『ザク』であった。

 

 「どうしてザフトが攻撃を?」

 

 確かにプラントとは険悪な関係ではあるが、今回はユニウスセブン破砕作業支援の為に協力する事になっていた筈だ。

 

 すぐさま識別コードを確認するが、映し出された情報には所属は表示されない。

 

 つまりこのザクもジンやシグルドの仲間ということか?

 

 戸惑うセレネにザクが一気に距離を詰めるとビームトマホークを構えて襲いかかってきた。

 

 「くっ、こんなところでやられる訳にはいかない!」

 

 振りかぶられたビームトマホークを後退する事で回避し、ビームライフルで狙い撃つ。

 

 だが放たれたビームをザクはたやすく回避するとさらに反撃してきた。

 

 「セレネ!」

 

 見かねた僚機であるフローレスダガーがフォローに入るが、奇妙な事にザクは深追いする事無くビーム突撃銃で牽制しながら徐々に後退していく。

 

 「ザフトめ! 逃がさん!」

 

 「待って、迂闊に追っては―――」

 

 罠の可能性があると言い掛けたが最後まで言葉にならなかった。

 

 ザクを追っていたフローレスダガーは瓦礫の陰から現れた灰色のシグルドが展開したビームクロウにより串刺しにされていたからである。

 

 「まだシグルドがいたの?」

 

 セレネはビームライフルを灰色のシグルドに向け、動く気配のない敵機をロックしてトリガーを引く。

 

 だが放たれたビームはシグルドに直撃する事はなく、無造作に振るったシールドで弾かれてしまった。

 

 「なっ」

 

 避ける素振りすら見せずに、弾き飛ばすとは。

 

 こちらの射線を見切っていた事といい、あの機体のパイロットは並みの腕ではない。

 

 驚くセレネを尻目に後退していたはずのザクが背後から回り込んでビームトマホークで斬り込んでくる。

 

 「くっ、まだ!」

 

 ビームトマホークの斬撃をシールドで流すとビームサーベルで斬り結んだ。

 

 ザクとフローレスダガーの戦いを灰色をしたシグルドのコックピットで見ていたカースはニヤリと笑った。

 

 何故なら今まで協力していたはずのザフトとテタルトスが戦闘を開始して、戦場はさらに混乱していたからだ。

 

 原因は言うまでもないだろう。

 

 今カースの前で行われている事が他の場所でも起こっているからだ。

 

 識別情報が無くとも最新鋭機であるザクに襲撃されればザフトの関与を疑うのは当然である。

 

 二国間の根底に存在する不信感は簡単に消える事はない。

 

 火種は彼ら自身の中にあるのだから、後はそれを煽ってやればよいのだ。

 

 それを満足そうに見た後、パトリックが乗船しているナスカ級に通信を入れた。

 

 「大丈夫ですか、ザラ議長閣下」

 

 《貴様、どういうつもりだ!》

 

 パトリックは退いたと思っていたカースがここにいる事が気に入らないらしい。

 

 常人ならば竦み上がってしまうほどの声で怒鳴られているにも関わらずカースは少しも動揺した様子も無く、笑みを浮かべていた。

 

 「閣下のお手伝いをしようかと」

 

 《余計な事をするな!》

 

 「そう仰られずに……それにしても閣下。何故この場にいる者達に教えてやらないのですか? ユニウスセブンを地球に落す。これは今必要な事であるのだと」

 

 カースの言葉にパトリックはさらに視線を鋭くした。

 

 「この場にいる者達の多くはコーディネイターです。閣下が声を上げるだけで、今の世界の真実に気が付く者もいるでしょう」

 

 パトリックは気に入らないとばかりに鼻を鳴らす。

 

 「どういうつもりか知らんが、良いだろう。乗ってやる」

 

 彼自身カースの言うようになるとは思っていない。

 

 忌々しい事にカースもまたそうなるとは微塵も思っていない筈である。

 

 しかしこの状況をさらに混乱させる事は出来るだろう。

 

 すでにザフトの作業部隊がいくつかメテオブレーカーを作動させユニウスセブンはずいぶん砕かれてしまった。

 

 これ以上やらせはしない。

 

 もう少し時間を稼げばこちらの勝ちなのだから。

 

 

 

 

 各勢力のモビルスーツが入り乱れ、激闘をくり広げる中、それは何の前触れも無く戦場にいた全員の耳に届いた。

 

 《この宙域にいるすべての者達に告げる。私はパトリック・ザラだ》

 

 突然の流れてきた声に戦場にいた者達が驚愕し、皆一様に動きを止めた。

 

 だが一番衝撃を受けていたのは間違いなくアレックスであっただろう。

 

 「……父上!?」

 

 《この宙域にいるザフトの兵士達に、いやこの場にいるすべてのコーディネイターに問う。何故貴様らはナチュラルなどを守ろうとするのか? 奴らが我々にしてきた事を忘れたのか! 核を撃ち込みこのユニウスセブンを破壊し、大事な者達を奪い去った奴らの蛮行を!!》

 

 響く声に耳を傾けながら動きを止めず戦闘を継続していたアレンのエクリプスは三機のガンダムと激闘を繰り広げていた。

 

 カオスが放ったミサイルを迎撃し、アビスのビーム砲を回避する。

 

 同時にビームサーベルで斬り込んで来たストライクEの斬撃を流しながらアレンは侮蔑するように吐き捨てた。

 

 「……自分がした事を棚に上げて良く言う」

 

 憤りに任せエッケザックスでストライクEの掲げたシールドごと吹き飛ばし、接近してきたカオスを盾で殴りつける。

 

 「ぐっ!」

 

 「チッ、こいつだけはやはり別格か!」

 

 あれだけの斬撃を受けても致命傷にならないのはスウェンの高い技量故だろう。

 

 吹き飛ばされたストライクEは態勢を立て直すとエクリプスにビームライフルショーティーを向ける。

 

 それを囮にアビスが攻撃を仕掛けた。

 

 「このぉ! 落ちろよ!!」

 

 カリドゥス複相ビーム砲を放ちながら、ビームランスを突きを叩きこむ。

 

 しかしエクリプスを捉える事は出来ず、逆袈裟から突き上げられたエッケザックスに胸部を破壊されてしまう。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「アウル!? この!!」

 

 「待て、スティング。撤退命令だ」

 

 スウェンの言う通りガーティ・ルーから撤退信号が発射されていた。

 

 「くそ! アウル!」

 

 「無事だよ、わかってる!」

 

 アウルは思わずコンソールを殴りつけ、カオス、ストライクEと一緒に後退していく。

 

 「撤退したか」

 

 あの艦の指揮官はかなり冷静らしい。

 

 アビスとカオスの損傷が激しい事も退いた理由なのだろうが、一番大きな理由はおそらく高度であろう。

 

 すでにかなり地球に近づいている為、このままでは艦ごと重力に引かれ、地球に落ちる事になると判断したのだ。

 

 敵の手ごわさを再確認しながら退いていく敵機をアレンは黙って見届けると、今もなお続くパトリックの声に顔を顰め機体をナスカ級の方に機体を向けた。

 

 アレンはパトリックをここで倒しておくべきだと判断したのだ。

 

 これ以上彼は放置できない。

 

 「……ここまでだ、パトリック・ザラ」

 

 途中でザフトに攻撃を仕掛けようとしているフローレスダガーの右腕をビームライフルで撃ち落とす。

 

 「なっ」

 

 「気持ちは分かるが撃たせる訳にはいかない。そこのゲイツ、後退だ。向かってくる奴以外は無視しろ」

 

 「り、了解」

 

 テタルトスがザクの襲撃を受けた事で疑心暗鬼に陥るのも分かる。

 

 背後から撃たれてはたまらないからだ。

 

 だがもう少し慎重に動いてもよさそうなものだが。

 

 それはテタルトスに攻撃しているザフトにも言える事ではある。

 

 「所詮水と油か」

 

 ミネルバからはテタルトスとは極力戦闘は避けろと命令が出ている。

 

 議長も今回の件をこれ以上大きな問題にしたくは無いのだろう。

 

 こちらも後で問題にされたくはない。

 

 攻撃してくる相手以外は無視。

 

 出来るだけ撃墜しないようにビームサーベルとライフルを使い分けて武装とメインカメラだけを破壊していく。

 

 「そこをどけ!」

 

 「な!?」

 

 「つ、強い」

 

 幾つかの機体を戦えないように戦闘不能にすると見覚えのある紅い機体がザフトの機体を攻撃しているのを発見した。

 

 向こうもどうやら同じく撃墜はせず、武装とメインカメラのみを狙って攻撃しているようだ。

 

 「……殺す気はないようだが、放っておく事もできないか」

 

 ビームライフルで撃墜しないように武装のみを狙ってガーネットを狙撃する。

 

 しかしガーネットは余裕でビームを回避するとエクリプスにビームサーベルで斬り込んできた。

 

 「こいつは!」

 

 アレックスも立ちふさがったエクリプスの姿に奇しくもアレンと同じ結論に達していた。

 

 味方が退くまでこいつを放っておけないと。

 

 さらに早くパトリックのいる場所に行かなければならないという焦りもあり、容赦なく攻撃を加えていく。

 

 「どけぇぇ!!」

 

 ガーネットの袈裟懸けの一撃をシールドで受け止めたエクリプスは即座に反撃としてビームサーベルを横薙ぎに叩きつけた。

 

 「はあああ!!」

 

 「舐めるな!」

 

 エクリプスが振るったビームサーベルをガーネットもシールドを掲げて受け止め、同時に弾け飛ぶ。

 

 「この手応え、やはり!!」

 

 アレックスは目の前の機体を睨みつけるとフットペダルを踏み込んで一気に距離を詰めた。

 

 当然アレンもそんなガーネットを迎え撃つ。

 

 再び激突する二機。

 

 まるでこちらの動きを知っているかのような絶妙のタイミングでエクリプスはビームサーベルを斬り払ってくる。

 

 ガーネットの装甲を掠めるギリギリの位置でサーベルを回避したアレックスは相手の動きを見て確信をもった。

 

 斬り込んだお互いのビームサーベルがシールドに阻まれ火花を散らす中、アレックスは思わず叫ぶ。

 

 「何故、何故お前がザフトにいる!!」

 

 デブリで初めて戦った時からある種の確信があったのだ。

 

 こいつの動きは―――

 

 「……お前に答える義務はない」

 

 「何!!」

 

 エクリプスはガーネットに蹴りを叩き込むと距離を取った。

 

 「……それに今はやるべき事が他にあるだろう。まずは倒さなくてはならない男がいるはずだ」

 

 「くっ」

 

 確かにその通り。

 

 今はこんな事をしている場合ではない。

 

 「悪いが先に行かせてもらう」

 

 エクリプスはガーネットを無視するようにナスカ級に向かう。

 

 「待て! くそ!」

 

 先行するエクリプスを追うようにガーネットもスラスターを噴射させた。

 

 

 

 

 《よく考えるがいい。あの大戦が終わった後もナチュラル共は何も変わってなどいない!》

 

 別の場所でパトリックの声を聞いていたマユの脳裏に浮かんでいたのはヤキン・ドゥーエで見たジェネシスから放たれた死の閃光。

 

 かつての惨劇を引き起こし、尚もこんな事態を引き起こす男パトリック・ザラに対する怒りが湧いてくる。

 

 《だからこそ今世界に示さなければならんのだ! 我々の受けた痛みを!!》

 

 パトリックの言葉にザフトの兵士達は明らかに動きを鈍らせた。

 

 まさにパトリックの思惑通りである。

 

 ミネルバでもそれは確認していた。

 

 タリアはあまりに続くイレギュラーに思わず頭を抱えたくなる。

 

 それは近くに座るデュランダルやアイラもまた同様で明らかに暗い表情で演説に耳を傾ける。

 

 パトリック・ザラの生存とそれによるテロ行為。

 

 破砕作業を妨害したジンやシグルドとさらには最新型であるザクを使用することで引き起こされた混乱。

 

 どれも厄介極まりない。

 

 現在はどの陣営も奇襲に備えて動きを止めている。

 

 せめてもの救いはボギーワンが退いてくれて事くらいだろう。

 

 しかしずいぶん小さくなったとはいえユニウスセブンは健在だ。

 

 あれが落ちるだけでも地球は甚大な被害が出る。

 

 だがこれ以上の作業は不可能。

 

 このままではモビルスーツ隊もユニウスセブン落下に巻き込まれてしまう。

 

 かなり危険ではあるが、残された手立てはもう一つしかない。

 

 「……議長、このような状況で申し訳ありませんが、王女と共に他の艦に移動していただけますか?」

 

 「タリア?」

 

 「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界まで艦首砲によるユニウスセブンの破砕作業を行いたいと思います」

 

 「か、艦長!?」

 

 驚いたのはアーサーだけではない。

 

 ブリッジにいたクルー全員が驚いた表情でこちらを見るが、タリアは考えを変える気はなかった。

 

 現状ではこれが最善の方法。

 

 今回の事件はあまりにプラントに対して不利な事象が多すぎる。

 

 命懸けになるが、これくらいはしなければ今後さらに不利な立場になりかねない。

 

 あくまでザフトは彼らとは無関係であり、最後まで破砕作業を行ったのだという事実が必要になる。

 

 「どこまでできるかは分かりませんが、やれるだけの力がありながら何もしないのは後味も悪いですから」

 

 「しかし、あの大きさをミネルバだけでは―――」

 

 《ならば我が艦も参加させてもらおう》

 

 「アルミラ大佐!?」

 

 モニターに映ったテレサが笑みを浮かべて頷いた。

 

 確かにユニウスセブンは予定よりも破砕作業は進んでおらずミネルバの艦首砲でもどこまで破壊できるかは微妙なところだ。

 

 しかしそこにもう一隻、オーディンが加われば破壊できる可能性はずっと高くなる。

 

 「……分かりました。お願いします」

 

 《了解した。オーディンはそちらの側面につく》

 

 タリアとテレサは頷くと各々準備を開始した。

 

 「私は残らさせて貰えませんか? オーディンとミネルバが地球の為に命を懸けるというなら私もそれを見届けたいのです。それにマユはまだあそこで戦っているのですから」

 

 「王女がそう言われるならば止めはしません……すまない、タリア。あとは頼むよ」

 

 「ええ。大丈夫です。私は運の強い女ですから」

 

 「議長、こちらに」

 

 秘書官であるヘレンに連れられデュランダルがブリッジを出ていくのを見届けたタリアは気合いを入れて正面を見据えた。

 

 「各機に打電。本艦はこれより同盟軍戦艦オーディンと共に艦首砲による破砕作業を行う!」

 

 ブリッジから伝えられた指示を受けレイとルナマリアが帰還してくる。

 

 同時に他の機体もユニウスセブンから離れ撤退していった。

 

 その姿とは対照的にミネルバとオーディンはユニウスセブンに向けて加速し、距離を保ちながら並ぶように追随していく。

 

 「回収が間に合わないモビルスーツはジュールの指示に従い、イザナギに向かえと伝えろ」

 

 二隻の艦による破砕作業の移行するため、ミネルバとオーディンは降下準備に入るが、ここで最後の妨害が入る。

 

 「了か―――っ!? 上方からナスカ級接近!!」

 

 「何!?」

 

 ミネルバとオーディンに接近していたのはパトリック・ザラが乗船していたナスカ級であった。

 

 「これ以上はやらせんぞ! あの二隻を叩き落とせ!!」

 

 ナスカ級より主砲が発射され二隻に襲いかかった。

 

 さらにカースの搭乗する灰色のシグルドも足止めしようとサトー達数機のジンを引き連れ、最後の攻撃を仕掛けてきた。

 

 「ここまで見届ける必要も無いが、折角だ。最後まで見せてもらおうか」

 

 撃ち込まれたビームが船体を掠めて、艦を大きく揺らす。

 

 「迎撃!」

 

 「降下準備に入っていて、間に合いません!!」

 

 ビームカービンを構えてブリッジを狙うジンだが、別方向から撃ち込まれたビームがジンの胴体を撃ち抜いた。

 

 「まだモビルスーツがいたか!」

 

 サトーの視線の先にいたのはビームライフルを構えるエクリプスとガーネットであった。

 

 「ここで沈めさせてもらう」

 アレンはエッケザックスを構えジンに向かって斬り込んだ。

 

 速度が乗った斬撃に全く反応出来なかったジンはあっさりと縦に両断されてしまう。

 

 「チッ、どこまでも忌々しい奴だ」

 

 カースが不気味な仮面の下からエクリプスを睨みつけ同時にユニウスセブンを見ると数機のモビルスーツが張りついていたのが見えた。

 

 あちらでまだ足掻いている奴がいるようだ。

 

 再び口元に笑みを浮かべると、血気に逸るサトー達へ教えてやる。

 

 「サトー、聞こえているか? まだユニウスセブンで頑張っている奴らがいるようだぞ」

 

 「何!?」

 

 アレンと相対していたサトーは憤怒の表情でモニターを見た。

 

 「ここはザラ議長に任せてユニウスセブンに向かうべきではないかな」

 

 確かにあれが破壊されては意味がない。

 

 「チッ、やらせるものかよ!」

 

 サトーは反転するとユニウスセブンに向かう。

 

 カースは戦闘しているエクリプスを一瞬だけ見るとサトー達を追っていった。

 

 そして敵機をアレンに任せたアレックスは主砲やエンジンにビームライフルを叩き込む。

 

 船体を破壊されたナスカ級は各所から大きく火を噴いた。

 

 「おのれ!!」

 

 パトリックは邪魔をする紅い機体を睨みつけると、敵機からブリッジに通信が入る。

 

 その顔を見た瞬間パトリックは驚愕した。

 

 「アスラン!?」

 

 《お久ぶりです。一応聞きますが、投降してもらえませんか?」

 

 その瞬間、驚愕に染まっていた表情は再び憤怒に変わりモニターに向かって叫び出した。

 

 「ふざけるなァァァ!! この裏切りものがァァ!! よくも顔を見せられたものだな!!」

 

 パトリックの罵倒にもアレックスは何一つ表情を変える事無く淡々と告げる。

 

 《投降しないのであれば撃沈するのみ。これが最後の警告です、武装解除してもらえませんか?》

 

 彼らはテロリスト、本当のところ彼らに未来などない。

 

 仮に投降しようともこれだけの騒ぎを起こした彼らにはそれ相応の結末が待っている。

 

 そしてこんな事をした者達をアレックスも決して許さない。

 

 それでも投降を呼びかけたのは肉親に対する最後の情けとでもいうべきものだった。

 

 「誰が! 何故、お前も分からんのだ!! これこそ我らコーディネイターの取るべき道で―――」

 

 アレックスは一瞬目を伏せるとシールド三連ビーム砲をブリッジに向ける。

 

 「……何を言っても無駄か」

 

 そんな事は前大戦の頃から分かっていた筈だ。

 

 だからこれ以上躊躇いはない。

 

 そのままトリガーを引こうとした瞬間―――側面から放たれたビームがナスカ級のブリッジを貫いた。

 

 「父う―――」

 

 「我らの、世界を、奪った報い―――」

 

 通信機から漏れ聞こえた最後の声はやはり恨みの言葉。

 

 パトリックはその体が消滅する最後の瞬間まで奪った者達に対する憎しみを抱いたままだった。

 

 アレックスは思わず操縦桿を殴りつけた。

 

 覚悟はしていた事は偽りではない。

 

 それでも一瞬思ってしまった。

 

 どうしてこうなってしまったのか?

 

 何か出来たのではないか?

 

 そんな疑問と後悔がアレックスに押し寄せた。

 

 そんな考えを振り払いビームが撃ち込まれた方向に視線を向けるとエクリプスがサーベラスを構えていた。

 

 「……余計な事を」

 

 アレックスは一様に表現できない複雑な感情を抱きながら三連ビーム砲を撃ち込んでナスカ級を完全に撃沈させた。

 

 

 

 

 崩れ行く大地が地球の重力に引きずられ徐々に高度を下げて行く中、インパルスは未だこの場に留まっていた。

 

 シンはミネルバからの撤退命令に従いユニウスセブンから離れようとしながらも、どうしても気になる事があり、離脱できずにいたのだ。

 

 「シン、撤退だよ。レイやルナはとっくに退いてる」

 

 「分かってるけど」

 

 同じく撤退せずにいたセリスに急かされながらも探しているのはもちろん妹であるマユである。

 

 彼女の機体は見失わないようにしていたつもりだったのだが、シグルドとの戦闘で姿を見失っていた。

 

 帰還したという報告も聞いていない以上、マユはまだここに留まっている筈なのだ。

 

 「どこに……」

 

 視線をさまよわせたシンが見つけたのは置き去りにされたメテオブレーカーを一人で操作しようとしているザクの姿だった。

 

 「いた!」

 

 「ちょっと、シン!?」

 

 ザクに近づくインパルスにそれを追うセイバー。

 

 メテオブレーカーを操作しようとしているザクにシンは思わず怒鳴りつけた。

 

 「マユ、何やってるんだ! 聞こえていただろ、撤退だぞ! もうすぐミネルバの砲撃が始まるんだ!」

 

 「そうだよ! ここにいたら巻き込まれる!」

 

 怒鳴りつけてくる二人に対してマユは変わらず冷静な声で答える。

 

 「ええ、分かってます。ですがミネルバの艦首砲といっても外からの攻撃では確実とは言えません。これだけでも起動させて少しでも細かくしないと」

 

 シンは妹の言葉を失った。

 

 自分を顧みず無茶をするマユを再び怒鳴りつけようと瞬間、ミネルバで言われたアイラの言葉が思い出される。

 

 ≪地球にはマユの大切なものがたくさんある≫と。

 

 もしも自分がマユの立場なら多少の無茶もしただろう。

 

 そう考えた時、シンは自然と動いていた。

 

 インパルスで近づくとメテオブレーカーを掴む。

 

 「えっ」

 

 「手伝う。さっさと終わらせて撤退するぞ」

 

 それを見ていたセリスも同様にメテオブレーカーを支える様に取りついた。

 

 「しょうがないね。ホント、無茶するところは兄妹そっくりなんだから」

 

 苦笑しながらセリスもまた人の事は言えないなぁと思っていた。

 

 しかしメテオブレーカーを支える三機の前に数機のジンと灰色のシグルドが攻撃を仕掛けてきた。

 

 「こいつらまだ!」

 

 「しつこい!」

 

 インパルスとセイバーはビームサーベルを抜き、襲いかかってくるジンに応戦する。

 

 振りかぶられた斬機刀を掻い潜りシンの放ったビームサーベルがジンの胴体を斬り裂く。

 

 そして側面に回り込んだセイバーがビームライフルでジンを撃ち抜いた。

 

 「え」

 

 「動きが鈍い?」

 

 あまりにも手ごたえが無さ過ぎた。

 

 それも当然。

 

 彼らの機体は激戦を繰り返してきた影響で各部が損傷し、すでにまともな戦闘すら出来ない状態に追い込まれていた。

 

 だが、それでも彼らは止まらない。

 

 《娘の墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!!》

 

 再び向かってきたジンが叫んだ言葉にシンとセリスは凍りつく。

 

 「娘!?」

 

 動揺した二人に代わりに前に出たマユがビーム突撃銃でジンを撃ち落とす。

 

 まさか彼らは―――

 

 シンとセリス、そしてマユも彼らの正体に思い至った。

 

 《ここで散った命の嘆き忘れ、何故撃った者らと偽りの世界で笑うか貴様らは!!》

 

 彼らは血のバレンタインで大切な者を失ったのだ。

 

 動けないシン達を無視して重力に引かれながらもサトーは残ったメテオブレーカー破壊に動く。

 

 ビームカービンを構えるとトリガーを引く。

 

 これで終わりだと笑みを浮かべたサトー達の前に再びマユのザクが立ちふさがった。

 

 メテオブレーカーを守るようにシールドを掲げてビームを弾くとジンを睨みつける。

 

 「やらせない!」

 

 そんな立ちふさがるザクの姿にサトーは心の底から溢れ出る憤怒に身を焦がす。

 

 《まだわからんのか! パトリック・ザラのあの言葉を聞いてなお、貴様は邪魔立てするかァァァ!!》

 

 斬機刀を引き抜きザクに襲いかかる。

 

 しかし怒りを感じていたのはサトーだけではなく、相手取るマユも同様だった。

 

 「……貴方達こそ、ふざけないでください!!」

 

 

 マユのSEEDが弾けた。

 

 

 全身に広がる研ぎ澄まされた感覚。

 

 その感覚に身を任せジンの斬機刀をたやすく流し、ビームトマホークで右腕を斬り落とした。

 

 「大切な人を失ってきたのは貴方達だけじゃない! 皆、悲しみに耐えているのに!!」

 

 迫るジンを正確な射撃で撃ち落とし、さらにもう一機を上段から振り下ろしたトマホークが両断する。

 

 圧倒的。

 

 彼らのジンが傷ついている事実を差し引いても、その動きは明らかに並みのパイロットを凌駕した動きだった。

 

 「す、凄い」

 

 思わずセリスが呟く。

 

 このまま決着かと思われたその時、黙って様子を伺っていたカースのシグルドがビームクロウを展開してマユに斬りかかってきた。

 

 「この!!」

 

 シグルドの振るった斬撃をシールドで受け止め、そのまま押し返そうとしたその瞬間、異変に気がついた。

 

 力任せに押し返してもビクともしないのである。

 

 これはまさか―――

 

 「核動力機!?」

 

 そして動揺するマユにシグルドから通信が入る。

 

 モニターに映っていたのは不気味な仮面をつけたパイロットであった。

 

 「……聞こえているか」

 

 「貴方は」

 

 「一つだけ言っておく―――必ず殺してやる」

 

 仮面の内からでも伝わる憎悪を滾らせながら吐き捨てたカースはザクを蹴りを入れて引き離し、ヒュドラを叩きこんだ。

 

 マユは驚異的な反応でシールドを掲げて防ぐものの、大きく離されてしまった。

 

 「マユ!!!」

 

 シンは全身に怒りと恐怖が満ちるのを感じた。

 

 マユを傷つけようとする者に対する怒りと失うかもしれないという恐怖。

 

 今なお体勢を崩したマユのザクに攻撃を仕掛けようとする敵。

 

 俺はもう失いたくない!

 

 絶対に―――!!!

 

 

 「守るんだァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 シンのSEEDが弾けた。

 

 

 

 視界がクリアになり鋭い感覚が全身を包む。

 

 「今度こそ俺は守る!」

 

 マユのザクに追撃を掛けようとするシグルドにビームサーベルで斬りかかる。

 

 「はああああああ!!!」

 

 「何!?」

 

 振りかぶられたインパルスのビームサーベルをカースはギリギリで受け止めるが、シールドで突き飛ばされる。

 

 「チッ、計算違いか」

 

 普通の場所であれば態勢を立て直し反撃すればよいがここは大気圏。

 

 これ以上危険を冒す必要はない。

 

 そう判断したカースは機体を反転させユニウスセブンから距離を取り、地球へと降下した。

 

 退いたシグルドに構わずシンは残ったジンを撃墜していく。

 

 だが最後まで残ったサトーはインパルスの攻撃を受け左手を吹き飛ばされながらも、怨嗟の声を張り上げてメテオブレーカーに特攻する。

 

 《我らのこの想い、今度こそナチュラル共にィィィィィィ!!!!》

 

 ジンの突撃を受けたメテオブレーカーは傾き、そのまま作動すると残った破片を砕いていく。

 

 しかし傾いた状態だったのがまずかったのだろう。

 

 思った以上に破片を砕くには至らない。

 

 セリスは無念を抱えながらも、時間を確認するとミネルバとオーディンの砲撃が始まる頃合になっていた。

 

 このままここに留まっていては巻き込まれる。

 

 「シン、マユちゃん、撤退を―――」

 

 セリスの声に合わせ撤退しようとした三機を地球の重力が襲いかかる。

 

 二隻の戦艦から放たれた閃光。

 

 始まった砲撃の爆発を背に三機はそのまま灼熱の大気圏に落ちていった。

 

 

 

 

 世界は落ちてくるユニウスセブンに大騒ぎになっていた。

 

 例外はない。

 

 何故なら落ちてくる破片の数があまりに多い事から、落下場所を予測する事が出来ないからだ。

 

 その為、現在すべての国に避難勧告が出ており、それは海に面する中立同盟の一国であるオーブも同じだ。

 

 国民全員が軍に誘導されシェルターへ避難する中、海の近くにある孤児たちの住む場所でも大騒ぎになっていた。

 

 「みんな、遊ぶのは後にしてくださいな。さ、行きましょう」

 

 「は~い!!」

 

 長いピンクの髪をした女性ラクス・クラインが子供達を連れてシェルターにつれていこうと手を引いて歩いて行く。

 

 外に出たラクスは空を見上げている金髪の美しい女性に声をかけた。

 

 「レティシア、私達も行きましょう」

 

 「……ごめんなさい。今、行きますから」

 

 レティシア・ルティエンスは長く綺麗な髪をなびかせて子供達の手を引きながらシェルターに向う。

 

 歩いていく彼女達の頭上には砕かれて落ちてくるユニウスセブンの姿が克明に見えていた。

 



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第8話   立ち上がる力

 

 

 すべてを燃やし尽くす灼熱の大気圏。

 

 周りには砕かれ細かい破片となったユニウスセブンが地球に向けて落ちていく。

 

 しかしその中には未だに巨大な大地を維持したまま落ちていく物体も存在していた。

 

 メテオブレーカーによって砕ききれなかったユニウスセブンの残骸である。

 

 そして今、地球に向けて落ちていく巨大な大地に二隻の戦艦が艦首砲を用いた最後の破砕作業を行おうとしていた。

 

 タリアは各部に指示を飛ばしつつもメイリンに問いただす。

 

 「インパルス、セイバー、彼女のザクの位置は!?」

 

 「破片が多くて特定できません!」

 

 《こちらの方でもだ。確認できない》

 

 タリアは強く拳を握り込んだ。

 

 いくらミネルバが最新鋭の戦艦であろうとも、この状況で何時までも持ち堪える事は出来ない。

 

 砲を撃つにも限界がある以上、もはや猶予はない。

 

 三人の位置を確認できないとしても、タリアは艦長としてここで決断しなければならなかった。

 

 「……タンホイザー起動! 目標ユニウスセブン!」

 

 誰もが息を飲む。

 

 インパルス、セイバー、ザクの位置が分からないという事は下手をすればタンホイザーの砲撃に巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 

 「……ユニウスセブン落下阻止は何としてもやり遂げなければならない任務だわ」

 

 それこそが自分達が任された任務。

 

 ここで躊躇ってしまえばさらに多くの命が失われる。

 

 タリアは後ろに座っているアイラに視線を向けると、彼女は何も言わずにただ頷いた。

 

 「アルミラ艦長!」

 

 《了解している。ミネルバの砲撃に続いてオーディンも砲撃を開始する》

 

 「お願いします。照準右舷前方構造体!」

 

 「了解!」

 

 ミネルバが目標に船首を向けると内部に格納されていた砲口が姿を現す。

 

 「撃てぇ―――!!」

 

 タリアの掛け声と同時に閃光が発射されると地球に降下していた構造物に直撃して破壊していく。

 

 だがそれでもまだすべてを破壊しきれない。

 

 タンホイザーの一撃を受けた構造物は二つに割れた。

 

 一方はさらに細かい物体となって砕け、もう一方は依然大きさを保ったまま落ちていく。

 

 そこにミネルバに並ぶように降下していたオーディンが艦中央に位置する特装砲を起動させて残った目標を狙い照準をつけた。

 

 「ローエングリン、撃てぇ―――!!

 

 オーディンから目標に向けて閃光が迸ると周囲の破片を薙ぎ払い、残った大地を粉々に打ち砕いた。

 

 構造物は陽電子砲によって砕かれると同時に大きな爆発が起き、散らばった破片が炎を纏って地球に落下していった。

 

 

 

 

 地上からは無数の流れ星が空を一面に流れている。

 

 このまま何も起こらず流れ星が燃え尽きるならば、さぞ綺麗な景色だっただろう。

 

 しかしそうではない。

 

 流れ星は燃え尽きる事無く地上にそのまま落下するのである。

 

 落ちた場所には何も残らず、消える事の無い大きな被害と地面が抉られたクレーターが残るのみ。

 

 さらに海に破片が落ちればその衝撃によって津波が起きる。

 

 その高さは尋常なものではあるまい。

 

 そんな災害が各地で起きるのだ。

 

 地球はまさに阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 

 

 

 砕かれた破片落下に紛れ地球に落下していくインパルスのコックピットの中でシンはキーボードを叩いていた。

 

 「突入角度調整、排熱システムオールグリーン」

 

 機体を調整し終わったシンはシールドを掲げて降下姿勢を取ると急いで周囲に視線を走らせた。

 

 「マユとセリスは!?」

 

 セリスの搭乗しているセイバーはVPS装甲である為に余程の事がない限りは無事であろう。

 

 しかしマユのザクは違う。

 

 一応シールドは健在だった為、大気圏を突破する事はできるかもしれない。

 

 それでも確実にという保証がある訳ではない。

 

 「くそ! マユ、どこにいるんだよ!」

 

 シンの眼前には引き込まれるように広がる蒼い海と散らばって落ちていく破片しか見えない。

 

 それでも諦めてたまるかと目を凝らした瞬間、探し求めていた機体が見えた。

 

 「アレか!!」

 

 モニターを拡大した映像の中ではシールドを掲げて降下していくザクの姿がある。

 

 どうやら何とか無事だったらしい。

 

 「ハァ、良かった。セリスは……」

 

 ホッと息を吐くと同時に今度はセイバーを探すが姿が見えない。

 

 破片に紛れて見えないのか、それとも離されてしまったのか。

 

 「くっ、セリスなら大丈夫だと思うけど……」

 

 信じるしかない。

 

 無理やり自分に言い聞かせマユのザクに視線を戻した。

 

 このままならどうにか無事に大気圏を突破出来るかもしれない。

 

 思った通りザクは何とか大気圏を突破する。

 

 だが同時に機体を守っていたシールドは限界を迎えたのか、バラバラに分解してしまった。

 

 「マユ!!!」

 

 さらに背中のブレイズウィザードまで機体から分離し、大きく爆散する。

 

 その衝撃に晒されたのか機体はバランスを大きく崩して海面に向かって落下していく。

 

 シンは失う恐怖に突き動かされる様に叫んだ。

 

 「待ってろ、今行くから!!」

 

 絶対に死なせるものか!!

 

 後先など考えずスラスターを全開にしかけたその時、飛行形態に変形したセイバーが落ちていくザクの先に回りこみ、どうにか背中で受け止めた。

 

 「ぐっぅぅ、マユ、ちゃん。大丈夫!?」

 

 「セリスさん!? なんて無茶を!!」

 

 大気圏から落下してくるモビルスーツを受け止めるなんて、無茶もいいところだ。

 

 スラスターを噴射させるタイミングが僅かでもずれていたら、二機とも損傷して爆散していたかもしれない。

 

 セリスの高度な技術があってこその芸当だった。

 

 何とかザクを受け止めたセイバーであったが相当の衝撃だったのだろう。

 

 そのまま勢いは止まらず二機もろとも降下していく。

 

 「ぐっ、止まらない!!」

 

 「セリス、マユ!!」

 

 シンは今度こそ二機に追い付こうと機体を加速させる。

 

 「絶対に追いつく!!」

 

 フォースシルエットの出力を限界まで上げ、落下していく二機に追いつくと機体を抱え込むように掴みスラスターを逆噴射させた。

 

 「シン!」

 

 「無茶です! いくらインパルスでも!」

 

 「だから何だ! 見捨てるなんて出来るかよ!! 」

 

 シンは力一杯操縦桿を引く。

 

 ここで守れなきゃ俺は何の為に力を欲したんだ!

 

 「止まれェェェェェ!!!」

 

 「くっ!!」

 

 シンは力いっぱい操縦桿を引き、セリスもインパルスに合わせてスラスターを全開にして落下を阻止しようと歯を食いしばる。

 

 そして二機が必死にスラスターを噴射し続けたおかげか徐々に速度が落ち、どうにか落下を食い止めた。

 

 「ハァ、大丈夫か二人とも!?」

 

 「……うん、私は無事。マユちゃんは?」

 

 「……私も大丈夫です。でも、なんて無茶な事をするんですか」

 

 マユはいつも通り冷静な声で呟いた。

 

 一見何の感情も籠められていないようにも思えるが、そこには全員が無事であった事の安堵があった。

 

 「それ、マユちゃんにだけは言われたくないんだけどね」

 

 「ホントだよ」

 

 呆れた二人の声にマユも言い返せない。

 

 今回は流石に無茶をした自覚があったからだ。

 

 「……その、二人とも、助けてくれてありがとうございました」

 

 マユは気まずそうに礼を言う。

 

 自分の無茶にシンとセリスを巻き込んでしまった事は事実。

 

 ここで何も言わないのは流石に礼儀知らずであろう。

 

 そんなマユの様子を見た二人は思わず苦笑した。

 

 「俺がマユを助けるのは当たり前だろ」

 

 「うん、無事で良かった。……それにシンの妹さんなら私の妹でもあるもんね」

 

 「は?」

 

 今、なんか聞き流してはいけない事を言われた気がする。

 

 「お、おい、セリス」

 

 シンは狼狽しながらセリスの言葉を遮ろうとするも遅い。

 

 マユはその意味を把握する前に思わず聞き返していた。

 

 「あの、それってどういう……」

 

 「え、私シンの彼女だし」

 

 聞き返したのはマユであるにも関わらず固まってしまった。

 

 兄の彼女?

 

 「え、ええ、ええええええ!!!」

 

 空中でマユの声が大きく響いた。

 

 「そんなに驚く事かな。ねえ、シン?」

 

 「あ~いや」

 

 シンは何も言えず、苦笑いするのみだ。

 

 仮に―――万に一つの可能性の話ではあるが、もしマユに恋人など出来ていようものならば冷静でいられる自信はない。

 

 もしいたら―――

 

 いや、マユに彼氏などいる筈もない。

 

 きっぱりと結論付けるとシンは自分の中に湧いてきた変な考えを振り払うとその間にマユも冷静さを取り戻したようだ。

 

 「す、すいません。少し、いえ、かなり驚いてしまいました」

 

 「あ、あのさ、マユ、その」

 

 なんか言い訳みたいで嫌だがセリスとの事を説明しようとした時、二隻の艦が近づいてきているのが見えた。

 

 ミネルバとオーディンである。

 

 どうやら向こうも無事降下していたらしい。

 

 《三人とも無事!?》

 

 メイリンの慌てた声が通信機から聞こえてくる。

 

 先程の話は後回しだなとシンはミネルバに通信を入れた。

 

 

 

 

 ユニウスセブンはメテオブレーカーによって大きく削られ、ミネルバ、オーディンの砲撃によって破壊された。

 

 しかし砕かれた破片が消えた訳ではない。

 

 燃え尽きる事の無かった破片は各地に落下していき、大きな被害をもたらしていた。

 

 ある場所では大地が抉られ、ある場所では巨大な津波が起こる。

 

 もちろん避難勧告が出ていた事でシェルターに逃げ延びた人々もいるが、大半の人々は逃げ場も無く、死の恐怖と助かる見込みも無い絶望に晒されていた。

 

 

 

 後に『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれる様になるこの事件をきっかけに世界は再び大きく変容していく。

 

 

 

 そしてもう一つの運命が動き出す。

 

 

 

 南アメリカ旧ブラジル地区フォルタレザ市。

 

 現在この都市ではユニウスセブン落下の影響で異常豪雨に見舞われており、それに伴って地球連合軍及び国軍による災害出動が実施されていた。

 

 降り止む気配のない大雨によって水没したビルの間をヘリが行きかい、避難民に対する救助活動が実施されている。

 

 そんな中で一人の少年が家族の手を引いて歩いていた。

 

 アオイ・ミナト。

 

 彼は自分の家族である子供達を引き連れながら避難場所を探していた。

 

 「ハァ、ハァ、みんな居るか?」

 

 「うん、大丈夫だよ。アオイ兄ちゃん」

 

 「私も!」

 

 無邪気な笑顔に癒されながらアオイも笑みを浮かべた。

 

 しかし悠長な事はしていられない。

 

 今もアオイ達のいるショッピングモールのような場所は比較的高地に建設された建物である為、水害の影響は少なかった。

 

 だが未だに水位は上がり続け、ここにも水害は迫っている。

 

 しかも周りは他の場所から逃げてきた人で溢れ、身動きが取りづらいという不味い状況に陥っていた。

 

 自分達は家族に会いにきただけであるというのに、どうしてこんな事になったのだろう。

 

 だがそれは世界中の人達が思っている事だ。

 

 誰もこんな事になるだなんて知らなかったのだから。

 

 「アオイ、こっちだ!」

 

 思案に暮れていたアオイが顔を上げると、地球軍の制服を着た中年の男が数人の同僚を連れ、ショッピングモールの入り口に立っていた。

 

 「義父さん!」

 

 その男を見た瞬間、子供達が笑みを浮かべて駆け出し飛びついていく。

 

 子供達を撫でながら笑っている男はアオイの義父であるマサキ・ミナト中尉であった。

 

 「みんな、良く無事だったな。ここも危ない、こっちだ」

 

 ショッピングモールの人々は他の軍人に任せ、アオイたちがマサキに連れて行かれた場所はさらに高地にある球場のような所だった。

 

 中央に広がるグラウンドや観客席に所狭しと避難してきた人達であふれている。

 

 そこで地球軍と思われる士官が動き回り、医者と思われる白衣を着た人間が怪我をした人達に手当を行っていた。

 

 「ミナト中尉」

 

 「大佐!」

 

 マサキが敬礼した先では見るだけでも威厳が溢れた壮年の男が立っていた。

 

 どうやら上官というかこの場の指揮官らしい。

 

 顔が怖かったのか子供達もやや怯えながらアオイの後ろにしがみついている。

 

 思わず笑いが込み上げてくるがマサキはそれどころではないらしい。

 

 「彼らは?」

 

 「私の家族であります!」

 

 鋭い視線でマサキを見るとハァとため息をついた。

 

 「そういえば貴様、たしか孤児を引き取っているんだったな。何故ここに?」

 

 マサキは戦争によって親を失った孤児を見つけては自分が引き取ったり、保護したりしている。

 

 もっと正確に言うなら孤児院に寄付などの援助を行っているのだ。

 

 アオイも戦争で親を亡くしマサキに保護された内の一人だった。

 

 「はい、その、近々休暇を頂く予定だったので家族が会いに来てくれていたのです」

 

 「なるほど、それは災難だった。いや、まだそばにいられるだけ運が良かったのか」

 

 「はい。そういえば義息子を紹介しておきます。アオイ」

 

 マサキはアオイを指揮官の前に呼ぶ。

 

 「義息子は……地球軍に志願しまして現在訓練を受けております」

 

 「アオイ・ミナトです!」

 

 アオイが敬礼をすると指揮官も敬礼を返した。

 

 指揮官はアオイに何かしら声をかけようとしたがマサキが複雑な表情で見ている事に気がついた。

 

 気持ちが分からなくもない。

 

 自分の子供を軍人にしたい親などそうはいないだろう。

 

 その気持ちを汲み取ったのか指揮官は余計な事は言わず「頑張れよ」と軽く肩を叩くだけで済まし、士官に指示を出す為にその場を離れていった。

 

 去っていく指揮官を見送るとちらりとマサキの方を見る。

 

 アオイもマサキが地球軍に志願した事に関してあまり快く思っていない事は知っている。

 

 というか志願の話をした時は大喧嘩になった。

 

 他の子供達には泣かれたし、マサキには殴られたし、あまり思い出したくない。

 

 アオイ自身戦場に出たいとか親を奪った連中に復讐したいなどという考えは持っていない。

 

 家族を戦争で亡くしたがコーディネイターを恨んでいる訳ではないのだ。

 

 それでも志願した理由は家族を養う為。

 

 そして戦争ですべてを無くして傷ついた自分を救ってくれた彼らを守りたいと思ったのだ。

 

 それを話して納得はしていなかったようだが、しぶしぶマサキも許してくれた。

 

 「ふぅ。とにかくここに居れば少しは安全だから落ち着くまで休んで―――」

 

 「キャアアア!!」

 

 「うわあああ!!」

 

 マサキのその言葉は大きな悲鳴と振動、そして爆発音によって遮られてしまった。

 

 「な、なんだ!?」

 

 アオイは咄嗟に子供達を庇う様に抱え込むと視線だけを回りに向ける。

 

 球状内はパニックのような状態となり、外から軍人が駆け込んできた。

 

 一体何が?

 

 「何があった!?」

 

 「モビルスーツです! 外で三機のモビルスーツが暴れています!!」

 

 「なんだと!?」

 

 水害に襲われているフォルタレザ市では高さを持たない建造物や高いビルも下の部分は完全に水没してしまっている。

 

 そんな中を一つ目の巨人が武器を掲げて歩いていた。

 

 ザフトのモビルスーツ『ジン』である。

 

 どこから現れたのか分からないジンの目的は水没した都市から人を救う事ではない。

 

 その逆である。

 

 ジンは持っていた突撃銃を構えるとビルに向かって躊躇う事無くトリガーを引く。

 

 突撃銃の攻撃がビルに避難している人達を巻き込み周囲を破壊。

 

 さらにバスーカやミサイルなど次々と発射して建造物を薙ぎ払い、逃げる術のない人々が虐殺されていく。

 

 当然ここに派遣されていた軍が何もしない訳ではない。

 

 ヘリやリニアガンを装備した戦車などが応戦に出る。

 

 発射されたリニアガンやミサイルがジンを襲う。

 

 しかし別のジンによって迎撃されるとバズーカでヘリは撃ち落とされてしまう。

 

 さらに動きを止めた戦車に突撃銃でハチの巣にしていく。

 

 これが戦場での現実。

 

 そしてモビルスーツが急速に普及していった大きな要因であった。

 

 要するにかつて地球軍の主力であったモビルアーマーやヘリ、戦車ではモビルスーツに対抗しきれないのだ。

 

 たとえそれが旧型のジンであっても脅威は何一つ変わらない。

 

 その光景を端末の映像で見ていた指揮官が叫んだ。

 

 「このままではここも持たないぞ! 軍本部は何と言っている!?」

 

 「駄目です! 通信繋がりません!!」

 

 このままでは被害は増える一方であり、さらに避難している者たちまでやられてしまう。

 

 「モビルスーツはないのか!?」

 

 「ありません。今はどこも手一杯で、モビルスーツも余っては―――あ」

 

 部下の下士官が歯切れ悪く言葉を切ると、それを見た指揮官は苛立たしげに問い返した。

 

 「どうした!?」

 

 「その、一機だけ残っている機体がありますが……」

 

 「ならばそれを出撃させろ!!」

 

 「しかしあの機体はテストもまだです! それにパイロットがいません」

 

 「くっ」

 

 先程部下が言った通り、今はどこも人命救助の為に出撃しており人手が足りないのだ。

 

 余っている正規のパイロットなどいない。

 

 ここに居るのはモビルスーツの操縦訓練など受けた事のない者ばかりだ。

 

 さらに戦車やヘリのパイロット達もすでにジン迎撃の為に出撃しているのだ。

 

 どうしようもない状況に拳を机に叩きつけた。

 

 その時、彼の頭にこの現状を打開できるかもしれない考えが浮かんだ。

 

 だがそれは―――

 

 一瞬躊躇ったその時、この近辺に砲弾が直撃したのか大きな振動が建物を揺らした。

 

 「……これしかないか」

 

 もはや選択の余地はない。

 

 避難民からの悲鳴が響き渡る中、彼は残酷な決断を下した。

 

 その選択は一人の少年の人生を無残に破壊してしまう。

 

 それを分かっていながら。

 

 

 

 

 揺れる球場で振動に耐え悲鳴が響き渡る中、アオイも子供達を抱きしめ歯を食いしばっていた。

 

 「お兄ちゃん!!」

 

 「怖いよぉ!」

 

 「大丈夫だ、絶対大丈夫だからな!」

 

 こんな気休めしか言えない自分の無力が情けなかった。

 

 でも何時までもこうしてはいられない。

 

 近くで起きた爆発の影響で球場の天井が崩れる可能性もある。

 

 ここに居るとまずいかもしれないと脱出する事を考え始めたアオイの前にあの指揮官が走ってきた。

 

 「……義父さんに用でもあるのか?」

 

 しかし予想とは違いアオイの前に立つと神妙な顔で話を切り出した。

 

 「……アオイ君、君はモビルスーツの操縦訓練を受けているかね?」

 

 「え、は、はい。シミュレーターと実機、両方で」

 

 連れて来た部下と頷き合うと真剣な顔で告げた。

 

 「突然で申し訳ないが緊急事態だ。君にモビルスーツで出撃してもらいたい」

 

 「なっ」

 

 どういう事か問う前に近くにいたマサキが声を上げた。

 

 「待ってください、アオイはまだ訓練兵で―――」

 

 マサキが口出しする事もちゃんと分かっていたのだろう。

 

 手を前に出して制するとすぐに状況を説明し始めた。

 

 所属不明のモビルスーツによる襲撃。

 

 迎撃したいが味方のモビルスーツパイロットは救援活動の為に不足している事。

 

 このままでは多くの避難民が巻き込まれる可能性があり、現状モビルスーツを動かせるのは自分しかいないという事をだ。

 

 自分が出撃する?

 

 あまりに急な話に呆然とするしかない。

 

 何時かはそういう時も来るかもしれないとは思っていた。

 

 しかしこれはあまりにも突然すぎる。

 

 だがアオイの困惑をあざ笑うかのように今も絶えず震動は伝わってくる。

 

 このままでは皆が死ぬ。

 

 アオイのそばには不安げにこちらを見てくる子供達。

 

 そして縋る様に見つめてくる避難してきた人々。

 

 もう選択の余地はなかった。

 

 「……分かりました」

 

 アオイが返事をするとマサキが固く拳を握りしめて俯いた。

 

 「……すまない。機体は少し離れた場所にある。すぐについて来てくれ」

 

 「はい。皆、行ってくるから。いい子で待ってるんだぞ」

 

 不安げにこちらを見てくる子供達を抱きしめると案内してくれる士官の後をついていった。

 

 外ではいまだにジンが暴れ回り周囲を破壊している。

 

 それでも皆がいる場所が無事なのはヘリや戦車が奮戦しジンを足止めしているからだ。

 

 「急げ!」

 

 「はい!」

 

 案内されるまま水没したビルの合間に残っている陸地を走る。

 

 降り注ぐ雨に濡れることも構わず走り続け、止めてあったボートに乗り換えて辿り着いたのは開けた広場のような場所であった。

 

 そこにはテントやトレーラーなど軍の備品と思われる物がそこら中に置いてある。

 

 簡易的な地球軍の駐屯地のような場所なのだろう。

 

 その内の一つ。

 

 巨大なトレーラーにそれは積んであった。

 

 GAT-X141『イレイズガンダムMk-Ⅱ』

 

 ゼニス開発の際に試作された実験機の一号機であり、前大戦が終結してしばらくは放置されていた物を改修、強化した機体である。

 

 背中には専用の武装が用意される予定だったが中止され、後にストライカーパックを装備可能なように改良されている。

 

 武装はイ―ゲルシュテルン、ビームライフルとビームサーベルといった基本装備に腕部ブルートガングに各ストライカーパックとなっている。

 

 「なんでこの機体は使って無いんですか?」

 

 イレイズといえば地球軍だけでなくザフトにとっても有名な機体である。

 

 前大戦において驚異的な戦果を叩きだしたパイロットであり『消滅の魔神』と呼ばれたアスト・サガミが搭乗していた事で知られている。

 

 しかも今ではテタルトスのSEED思想が広まったおかげで『白い戦神』キラ・ヤマトと共に余計に有名になっていた。

 

 まあ地球軍ではそれを頑なに認めようとしない訳だが。

 

 アスト・サガミがコーディネイターである以上、今の軍部が認めたくないのは仕方ない事だろう。

 

 「この機体はずっと放置されていてね。改修が完了したのはつい最近。だからテストもまだなんだ」

 

 テストもしてないって―――

 

 アオイの顔が思わず引きつった。

 

 「この騒ぎが無ければ今頃テストも終わっていたんだけどね。ともかく君にはこれで出てもらう」

 

 「は、はい」

 

 渡されたパイロットスーツに着替えてコックピットに座ると機体を起動させていく。

 

 スイッチを入れるとモニターが映りOSが立ち上がり、文字が浮かび上がってくる。

 

 その頭文字を見た瞬間、アオイは思わず呟いていた。

 

 「……ガンダム」

 

 操縦桿を握り、フットペダルを力一杯、踏み込むと機体を立ち上がらせた。

 

 現状は背中には何の装備もされていない。

 

 武装も基本的な装備だけだ。

 

 機体が立ち上がると正面のモニターに煙が上がったのが見える。

 

 未だに戦闘は続いているのだ。

 

 《アオイ君、聞こえているな。機体に異常はあるか?》

 

 声を掛けられて咄嗟に計器を確認するが異常は確認出来ない。

 

 「大丈夫です」

 

 《そうか。今回は背中の装備は用意できない。武装も近接戦用の装備だけだ。きついとは思うがジンを撃破するには十分なはずだ。頼むぞ》

 

 「はい!」

 

 ビームライフルすら無しとは。

 

 いや、街中で使って周囲の被害を広げるよりはいいだろう。

 

 無理やり納得するとアオイは正面を見据え深呼吸する。

 

 「……基本は訓練と変わらない筈だよな」

 

 そう思っても恐怖で手が震えた。

 

 これから赴くのは訓練ではない、本物の実戦である。

 

 下手をすれば死ぬかもしれない。

 

 それでも守らなければならないものがある。

 

 脳裏に浮かぶのは家族の顔。

 

 彼らの為に俺は―――

 

 アオイの震えはいつの間にか止まっていた。

 

 PS装甲のスイッチを入れると機体が色づく。

 

 「アオイ・ミナト、イレイズガンダムMk-Ⅱ行きます!!」

 

 ぺダルを踏みスラスターを噴射させると機体が飛び正面に向けて一気に加速した。

 

 「ぐっ」

 

 機体の加速で体がシートに押しつけられる。

 

 訓練で使っていたダガーとはまるで違うらしい。

 

 「思った以上の加速だ、この機体!……敵は?」

 

 イレイズの速度に歯を食いしばって耐えつつ操敵機の居る方向に機体を向ける。

 

 アオイの目に飛び込んで来たのは銃を乱射しながら周囲を破壊していくジンの姿だった。

 

 あの辺りにだって人はいたはずだ。

 

 しかし倒れていく建物がそこにいた人たちがどうなったかを雄弁に物語っていた。

 

 さらに建物を破壊しようと突撃銃を構えるジン。

 

 「やめろォォォ!!!」

 

 スラスターを全開にして銃を構えるジンに突っ込んでいく。

 

 ジンからすれば敵モビルスーツが現れた事は完全に予想外だったのだろう。

 

 碌に反応する事も出来ずにイレイズの体当たりをまともに受け、吹き飛ばされてしまった。

 

 しかし吹き飛ばされ倒れ込みながらもジンはバスーカを構えてこちらを狙ってくる。

 

 アオイは咄嗟に回避しようとするが途中で気がついた。

 

 「避けたら建物に当たる!?」

 

 避けては駄目だ。

 

 その躊躇いがアオイの反応を遅らせてしまった。

 

 ジンの放った砲弾がイレイズに撃ち込まれていく。

 

 「うああああ!」

 

 凄まじい衝撃が機体を襲う。

 

 しかし爆煙から現れたイレイズは破壊される事無く完全な無傷であった。

 

 「……PS装甲のおかげか」

 

 実体弾を無効化できるPS装甲のおかげで直撃を受けても大丈夫だったようだ。

 

 その姿に立ちあがったジンもたじろいだのか動きが鈍い。

 

 「今だ!」

 

 アオイは腰に装備されたビームサーベルを引き抜くとジンに向かって突撃する。

 

 「はあああ!!」

 

 振り抜いたビームサーベルを袈裟懸けに振う。

 

 ビームサーベルは容易く敵機の装甲を斬り裂いた。

 

 ジンは倒れ込み爆発した余波で大きな水柱が立った。

 

 「ハァ、ハァ、やった?」

 

 初めての戦闘で敵機を撃破した。

 

 その事でアオイは一瞬気を抜いてしまった。

 

 致命的な隙である。

 

 だがそれも初めての実戦であれば仕方無い事なのかもしれない。

 

 しかしここは戦場。

 

 その隙が命取りである事をアオイはすぐに知る事になる。

 

 「これで―――うわぁぁ!!」

 

 気を抜いた瞬間に背後からミサイルの直撃を受けたイレイズは正面に倒れ込んでしまった。

 

 すぐにでも立ち上がろうとするが今度は反対方向からの攻撃にさらされてしまう。

 

 咄嗟にシールドを構えるがすべての攻撃を防げる訳ではない。

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 どうすれば?

 

 いくらPS装甲でも無限ではなく、バッテリーも何時までも持たない筈だ。

 

 「止まったら駄目だ! 動け!!」

 

 アオイは砲弾が絶えず襲いかかるのをあえて無視してシールドを掲げたまま正面の敵に突進した。

 

 イレイズが止まらない事に焦ったのかジンは横っ跳びで回避するがそれこそアオイの狙い通りであった。

 

 「ここだ!」

 

 構えていたシールドを投げつけ、たたらを踏んだジンにイーゲルシュテルンを撃ち込んだ。

 

 そして動きを止めた隙にビームサーベルで右腕を斬り落とした。

 

 腕を落とされて倒れ込むジンを援護するつもりなのか、残った敵機が背後からミサイルを撃ち込んでくる。

 

 「ぐあああ!」

 

 イレイズが背後に倒れ込むとジンは突撃砲を構えてくる。

 

 「くそ、満足に動けない!!」

 

 アオイは非常に戦いにくいこの状況に歯噛みする。

 

 迂闊な反撃や敵機の攻撃を避けると周囲を巻き込む恐れがある。

 

 別の場所に誘導しようにも、敵の狙いは無差別に民間人を殺す事らしくこちらを追ってくる保証は無い。

 

 つまりここで一気に決着をつけるしかない訳だ。

 

 しかしたまたま見たモニターにボートで移動する人影が見えた。

 

 「人!? こんな時に何で!?」

 

 ジンはまだ気がついていない。

 

 「気が付く前に、確実に仕留める!」

 

 アオイはイレイズの足元のスラスターを全開にして周囲の水を噴き上げてジンの視界を塞ぐ。

 

 同時に左腕のブルートガングを展開、思いっきりフットペダルを踏み込んだ。

 

 「はああああ!!」

 

 水飛沫の中を突っ切り右手のビームサーベルをジンに投げつけると肩部に直撃する。

 

 「ここ!!」

 

 左手のブルートガングを叩きつけてジンの右腕を落とし、コックピットを貫くと激しい火花が散りジンの動きが完全に止まった。

 

 「ハァ、ハァ、ハァ、何とかなった」

 

 モニターを見るとあのボートの姿はもうどこにも無い。

 

 上手く逃げられたらしい。

 

 しばらくして呼吸が落ち着いてくるともう一機、腕を落とされて倒れ込んだジンが突撃銃を構えているのが見えた。

 

 「まだやる気なのか!」

 

 《そこのモビルスーツ離れろ!》

 

 再びブルートガングを構えるが、ヘリから聞こえた声に反応して飛び退くと投下された焼夷弾でジンは激しい炎に包まれた。

 

 あれではパイロットは―――

 

 そこまで考えた瞬間アオイに吐き気が襲ってきた。

 

 「うっ、ううう」

 

 『俺も今人を殺した』

 

 その事実に気が付いたアオイは更なる吐き気に襲われ、それがしばらく止まる事はなかった。

 

 しかしこの後にアオイは更なる衝撃に襲われる事になる。

 

 この時、ジンに搭乗していたのは年端もいかない三人の子供だったのだから。

 

 

 ロード・ジブリールは非常に機嫌が良かった。

 

 世界は混乱の極みにあり、どれほどの人達が犠牲となり、今なお苦しんでいるかなど彼には関係のない事。

 

 テレビではプラントの最高評議会議長であるデュランダルが演説を行っていた。

 

 《信じ難い各地の惨状に私もまた言葉もありません。受けた傷は深く、また悲しみは果てないものだとは思いますが、でもどうか、地球の友人達よ、この絶望の今日から立ち上がってください》

 

 デュランダルの演説も普段であれば彼の神経を逆撫でするだけであっただろう。

 

 しかし今の彼は余裕を態度を崩す事はない。

 

 何故ならば彼の手元にはファントムペインから送られてきた映像記録が映し出されていた。

 

 それはジンやシグルドによるテロの映像であり、さらにはパトリック・ザラの演説まで記録されている。

 

 これは思った以上の収穫だった。

 

 すでにあの老人達には映像を送ってある。

 

 これで予定通り事を進める事が出来るだろう。

 

 そしてもう一つ。

 

 フォルタレザ市で起こったモビルスーツによるテロ事件。

 

 これを鎮圧したのが最近まで放置されていたイレイズであり、パイロットも実戦経験のない素人であるという。

 

 思わぬカードが手に入った。

 

 ジブリールからすればあんな骨董品の旧型など役に立たないと思っていただけに予想外の幸運であった。

 

 「なんとでも吠えるがいい、デュランダル。もうすぐ消してやる」

 

 すべては青き清浄なる世界の為に。

 

 ジブリールはワインを傾けながら上機嫌に笑みを浮かべた。




機体紹介更新しました。


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第9話   離別の言葉

 

 

 

 

 

 地球に降下したミネルバとオーディンはオーブに向かって航行していた。

 

 本来であればミネルバはザフト軍の拠点であるカーペンタリアに向かうべきなのだろう。

 

 アイラやマユはオーディンに移乗してもらえばわざわざオーブに行く必要はない。

 

 だがそれは万全な状態であればの話である。

 

 ミネルバはこれまでの戦闘により損傷を受け過ぎていた。

 

 デブリでの戦闘で負った損傷も完璧な修復が行われた訳ではない。

 

 あくまで応急処置である事に加え、ユニウスセブン破壊作業の無理がたたり、カーペンタリアまでもたない可能性が高いと報告が上がっている。

 

 そこでアイラが提案したのがオーブに向かい最低限の修復を行った上でカーペンタリアに向かうという案だった。

 

 若干躊躇わない訳ではなかったが、確かに現実的な提案としてはそれしかない。

 

 クルー達も初めての実戦からここまでの連戦で疲れ切っている。

 

 そろそろ休息も必要であった。

 

 とはいえ艦長であるタリアの心情からすればオーブに行くのは避けたいという思いもあった。

 

 同盟の中でもオーブとプラントはお世辞にも良い関係とは言えない。

 

 前大戦の傷跡は未だにお互いに遺恨を残している。

 

 だからこそアイラもそれを解消する道筋を探す為、アーモリーワンを訪れ、会談に臨んだのだから。

 

 もちろん今回はアイラが仲介として間に入ってくれるという事だが、それでもタリアの気は晴れなかった。

 

 仮にこれが逆の立場―――オーディンがプラントに入港するとなれば歓迎はされないだろう。

 

 「……全く、こうも次から次へと良くも面倒事が起こるものね」

 

 タリアは憂鬱な気分を抱えながら、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 連日緊迫した情勢から一時的にも脱する事が出来たクルー達は生き抜きも兼ねて交代で休息を取っていた。

 

 休む者達は皆が一様にグッタリとした様子で座り込んでいる。

 

 それもその筈。

 

 彼らにとってミネルバに乗り込んでの初めての実戦。

 

 さらに予想外の任務であるユニウスセブンの落下事件まで発生したとなれば、疲れが出てしまうのも無理はない。

 

 「あ~疲れたわね」

 

 「うん、ホント大変だったね、お姉ちゃん」

 

 ルナマリアはメイリンとレクリエーションルームで飲み物片手に椅子に座り込んでいた。

 

 思いっきり背筋を伸ばしながら、背もたれに遠慮なく背中を預ける。

 

 傍から見たらだらしがない姿にも見えるのだが、今日だけは別だ。

 

 「ルナ、お行儀が悪いよ」

 

 だがそんな姿が気に入らなかったのか近くに座るセリスから苦言が飛んできた。

 

 横からの小言にルナマリアは何も言わずにジト目で視線を向ける。

 

 そこにはシンの髪を梳き膝枕しながら、機嫌よさそうに微笑んでいる姿があった。

 

 「……アンタ達ねぇ」

 

 「何、ルナ?」

 

 「ッ!……ハァ、何でもない。多分言っても無駄だろうし」

 

 こいつらは本当に相変わらず場所を考えずに。

 

 見ているこっちが疲れてくる。

 

 現にレクリエーションルームにいる大半の人間はルナマリア同様ジト目でセリス達に非難の目を、残りは嫉妬の視線を向けている。

 

 シンと仲が良いヨウランやヴィーノでさえやや呆れたように苦笑しているのだから、部屋の空気は察すべしといったところなのだが。

 

 「……アンタって本当に神経が図太いというか」

 

 「え、何が?」

 

 どうやらセリスにはこの程度の空気はなんとも無いらしく、完全に無視である。

 

 「い~え、別に何でもないですよ」

 

 心底疲れたため息をつきながら飲み物を口に含むとレクリエーションルームを横切る人影に気が付いた。

 

 「ん? アレって妹ちゃんじゃない?」

 

 「えっ」

 

 セリスの膝に頭を預けていたシンが飛び起きる。

 

 命がけで大気圏を突破しミネルバに帰還してから、検査やら報告やらで結局マユとゆっくり話しをする時間が取れなかった。

 

 話をするにはいい機会と思いマユの後を追おう立ち上がると、ヨウランとヴィーノが近づいてくる。

 

 「えっと、彼女ってさシンの妹なんだよな?」

 

 「そうだけど」

 

 「美人だけど、その、ちょっと怖いよな」

 

 「あれで明るかったらヨウランの好みど真ん中なのにね。スタイルもいいし」

 

 「だよなぁ」

 

 隣の会話を聞きながら、シンは鋭い視線を二人に向ける。

 

 「シ、シン?」

 

 「ど、どうした?」

 

 「……二人とも、マユに手を出したら、分かってるよな?」

 

 声色からもシンが本気だと分かった二人は息を呑み、顔を引きつらせながら手を振った。

 

 「そ、そんな事する訳ないだろ」

 

 「そうそう」

 

 「……ならいいけど。それで、何なんだよ?」

 

 シンが訝しげに問いかけると二人は気まずそうに顔を見合わせると意を決したように口を開いた。

 

 「その、さ。ユニウスセブンが落ちる前に……その、色々あったろ? それでさ、謝りたいんだけど、シンの方から言っておいてくれないか?」

 

 「いや。自分達で言うのが筋なのは分かっているけど、彼女こっちを随分嫌ってたみたいだからさ」

 

 どうやらヨウランもあの時の事を気にしていたらしい。

 

 「……分かった。俺から言っとく」

 

 「頼むよ」

 

 「あ、それから、さっき言った事は本気だぞ」

 

 シンは固まるヨウラン達を尻目にセリスに断ってレクリエーションルームから出て行く。

 

 その後ろ姿を見ながらルナマリアがポツリと呟いた。

 

 「……アイツ、シスコンだったのね」

 

 「お姉ちゃん、それは言わない方が……」

 

 歯を着せない姉の言い分にメイリンは苦笑しながらシンに聞こえてなくて良かったとホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 マユを追い、甲板までたどり着いたシンは外の光景に思わず顔を顰めてしまった。

 

 空はどこまでも厚い雲に覆われ、何時雨が降り出してもおかしくない。

 

 遠くに目を向ければユニウスセブンの破片が落下した影響で大きな噴煙が巻き上がっているのが見える。

 

 破片の直撃を受けた所の被害は計り知れない筈だ。

 

 マユはそんな周囲の様子が見える甲板に立っていた。

 

 その背中はシンが見ていない二年の間にまるで別人のように変わってしまっている。

 

 一瞬だけ近づくのを躊躇ってしまったシンだったが、すぐに気を取り直すと一歩足を踏み出した。

 

 「マユ」

 

 振り返った妹はやはり別人のように冷たい表情をしていた。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「いや、その、ちょっと話しがしたくてさ。あ、その、宇宙での事だけど、悪かった。あんな迂闊な事を……言ってた、ヨウランも謝っておいてくれってさ」

 

 「……そうですか」

 

 隣に並び、外の光景を眺めると意外にもマユの方からシンに話しかけてきた。

 

 「……あのオーブに到着したら少し時間を戴く事はできますか?」

 

 「え。あ、ああ、許可が下りたら時間を作ることは出来ると思うけど」

 

 「では少しで構いません、付き合ってください」

 

 「どこに行くか聞いてもいいか?」

 

 その問いにマユは一瞬だけ泣きそうな表情で言葉を詰まらせるが、すぐに何時も通り感情を見せない無表情で淡々と告げた。

 

 「……病院です。お父さんとお母さんがいる」

 

 

 

 

 どうにかトラブルも無く、オーブにたどり着いたミネルバとオーディン。

 

 オノゴロ島に入港してきた二隻の艦の出迎えに来た者達の大半はタリアの予想通りミネルバを冷たい表情で見ている。

 

 歓迎していないのは誰の目から見ても明らか。

 

 だがその中には少数ではあれど、悪意の感情を向ける事無く真剣に見つめている者達もいた。

 

 金色の髪をなびかせた少女カガリ・ユラ・アスハもその一人だ。

 

 かつては同盟軍の指揮を取り、自身もモビルスーツに搭乗して戦った彼女は現在オーブ代表首長となっていた。

 

 もちろん経験の浅い彼女に政治を取り仕切るのは厳しいだろうという指摘もある。

 

 それは正しく、同時に彼女自身が一番理解している事だ。

 

 だから現状は政界から身を引いたウズミやホムラの助言を受け、なおかつ政治に精通した補佐官がついていた。

 

 それが隣に立つ男ショウ・ミヤマである。

 

 補佐官としても優秀であり、カガリがアスハ家の人間であろうと媚び諂う事も委縮する事もない。

 

 常に遠慮なく発言してくれる、カガリにとっては得難い人物であった。

 

 「アイラ王女がまさかザフトの艦を連れて戻ってこられるとはな」

 

 「仕方がありませんよ、父上。アイラ王女もこうなると分かっていた訳ではありませんからね」

 

 宰相であるウナト・エマ・セイランの呟きに息子のユウナ・ロマ・セイランが肩をすくめて答えた。

 

 明らかな皮肉であるが二人の言いたい事も分かる。

 

 正直な話、現状オーブは国内の事だけでも精一杯の状態。

 

 いや、オーブだけでなく世界中がそうだ。

 

 ユニウスセブンの破片落下により各地で大きな被害が出ていた。

 

 身も蓋も無い言い方をしてしまえば今ザフト艦に構っている余裕などないのだ。

 

 しかしカガリ個人としては地球を救う為に尽力してくれた彼らに対して感謝と畏敬の念を持っている。

 

 彼らがいなければもっと悲惨な状況になっていた筈だからだ。

 

 「その辺にしておけ。アイラ王女を送り届けてくれたのだ。失礼のないようにな」

 

 「「はっ」」

 

 ミネルバが停泊すると一人女性が艦から降りてくる。

 

 カガリが見慣れた姿そのままで歩いてくる彼女に内心安堵すると、急ぎ歩み寄った。

 

 「アイラ王女、ご無事で何よりです」

 

 「ありがとう、カガリ。心配をかけてしまって申し訳ないわ。同盟国の状況はどう?」

 

 「はい、オーブやスカンジナビアは破片が落下してくる事もありませんでしたが、赤道連合は津波による大きな被害が出ているようです。わが国の沿岸部も高波による被害が出ています。現在はこれらの救助活動や支援に全力を上げています」

 

 アイラは直接的な被害がなかった事にホッとするが、同時に深刻な状況である事も理解できた。

 

 「分かりました。詳しい話は後で聞かせて貰います。こちらも会談での話をしないといけませんから」

 

 「はい」

 

 カガリはアイラの後ろに並ぶミネルバのクルー達の前に立つ。

 

 真っ直ぐな視線でこちらを見てくるカガリに好感を持ちながらタリアも一歩前に出る。

 

 「ザフト軍ミネルバ艦長タリア・グラディスであります」

 

 「同じく副長のアーサー・トラインであります」

 

 周りにいる閣僚は努めて感情を出さないようにしているが、歓迎していない事はタリアにもすぐ分かった。

 

 だが目の前にいるカガリや一部の者は本当に感謝しているようで穏やかな表情を浮かべている。

 

 「中立同盟オーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハだ。このたびはアイラ王女を無事送り届けていただき感謝する」

 

 「いえ、不測の事態とはいえアイラ王女には多大なご迷惑をおかけし大変遺憾に思っております。また今回の災害についても御見舞い申し上げます」

 

 「お気づかい感謝する。ここまでの事でさぞ疲れている事と思う。ゆっくり休んでほしい」

 

 タリアは掛けられた気遣いの言葉を素直に受け取った。

 

 ミネルバクルーから視線を外したカガリはタリア達よりもさらに後方に立っていた護衛の少女であるマユ・アスカに歩み寄った。

 

 メイリンから聞いたのだが彼女がシンの妹であると知った時は驚いたものだ。

 

 「マユ、今回の任務ご苦労だった。よくアイラ王女を守ってくれた」

 

 「いえ、至らぬ事ばかりで逆にご迷惑をかけてしまいました」

 

 真面目なマユにカガリの傍に立っていたアイラは思わず苦笑した。

 

 「そんな事はないわ。あなたがいなければ私もきっと戻ってこれなかった。ありがとう、マユ」

 

 「はい!」

 

 そして今度はオーディンの艦長であるテレサに向き直る。

 

 「アルミラ大佐、話は聞いている。大気圏での危険な破砕作業を良くやってくれた」

 

 「ありがとうございます」

 

 「オーディンの修復が終わるまでは大佐も休んでくれ」

 

 「了解しました!」

 

 一通りの挨拶と説明が済むと、アイラはタリア達に一礼してカガリ達と共に歩いて行く。

 

 それを見届けるとテレサはタリアに向き合い笑みを浮かべた。

 

 「ではグラディス艦長、私も指示を出さねばならないので失礼させてもらう」

 

 「はい。ご協力感謝します」

 

 「こちらもな」

 

 お互いに敬礼をするとテレサはオーディンに向かって歩いて行く。

 

 大気圏での作業が上手く行ったのはオーディンの協力あればこそ。

 

 ミネルバ単艦であればどこまでやれたか分からない。

 

 感謝を込めてその後ろ姿を見送ったタリアに今度はマユが向き直ると頭を下げた。

 

 「グラディス艦長、色々ご迷惑をおかけしました」

 

 律儀に頭を下げるマユにタリアは笑みを浮かべた。

 

 「いいのよ。アイラ王女も言っていたけど貴方に助けられた事もあったもの。だから私からもお礼を言っておくわ、ありがとう」

 

 彼女の協力のおかげでデブリ帯での危機も救われ、ユニウスセブンの破砕作業もあの程度の被害で済んだのだ。

 

 「いえ、では私はこれで失礼します」

 

 「シンには何も言わなくていいの?」

 

 「……艦を降りる前に言うべき事は言っておきましたから」

 

 マユは一度だけミネルバを見上げると足早に港を離れた。

 

 

 

 

 

 アイラがそれを見た瞬間、感じたものは紛れも無く呆れであった。

 

 よくもまあこんな物を送りつけてこられるものだと逆に感心してしまう。

 

 案内された部屋で見せられた書類は正直ため息をつきたくなる類のものだった。

 

 書かれていたのは大西洋連邦からの同盟案。

 

 そういえば聞こえはいいが、要するに中立同盟に対する降伏勧告にも等しいものだ。

 

 「……この期に及んでまた戦争を仕掛けるつもりのようね、大西洋連邦は」

 

 「ええ、こんな時だというのに」

 

 同盟の条約の中には被災地の援助や救援なども盛り込んではある。

 

 だがそんなものは建前で要は戦力を集結させプラントに対して戦争を仕掛けようという魂胆である事は明白だった。

 

 そして前大戦において高い戦果を残した中立同盟の戦力を引きこめば盤石とでも考えたのだろう。

 

 しかも動機は十分であると、とある映像が世界中に流されている。

 

 その映像とはユニウスセブン破砕作業で交戦したジンやシグルドの戦闘映像だった。

 

 さらに御丁寧な事に主犯格と目されているパトリック・ザラの演説まで一緒に流しているのだから用意がいい。

 

 この映像はどこから持ってきたのかという疑問はアイラにはすぐに分かった。

 

 「……やはりボギーワンは地球軍に所属する部隊だったのね」

 

 あの戦いの中でこの映像を持ちかえり、連合に渡した存在などあの部隊しかいない。

 

 だがそれにしても早すぎる。

 

 あらかじめ用意されていたのではないかと思えるほどの用意周到さであった。

 

 いや、何時でも始められるように用意していたのだろう。

 

 これではプラントが何を言おうと無駄だ。

 

 要は連合は初めからプラント側が何を言っても無視して開戦をするつもりなのだ。

 

 「お姉さま、問題はそれだけではありません。オーブの氏族の中にも連合側に同調するような動きもあるのです」

 

 「本当に?」

 

 アイラの問いかけに後ろに控えていたショウが口を開いた。

 

 「同調しているのは主にセイラン家を中心とした勢力です」

 

 セイラン家は前大戦のおり職を辞した閣僚と入れ換わる様に入閣し急速に台頭してきた。

 

 政治家としては優秀なのは間違いない。

 

 だからこそ宰相を任されているのだから。

 

 ただ、同時に油断のならない男だともアイラは思っていた。

 

 「彼らの具体的な動きについては?」

 

 「調査中ですが、外部から来た者と何かしらのコンタクトを取っているという話もあります」

 

 それだけでは動く事もできず、調査を継続しながら様子を見て状況に合わせて対応するしかない。

 

 外と内、両方に目を向け続けなければならないという事だ。

 

 どちらにせよ気は抜けないと結論を出すと一段落した所でカガリは立ち上がった。

 

 「今日はこの辺に。お姉さまもお疲れでしょう」

 

 「そうね。確かに今回は疲れたわ」

 

 アーモリーワンの騒ぎに始まりユニウスセブンの破片落下。

 

 これからの事を考えればため息の一つも出るだろう。

 

 「……なんであれ出来る事はしておかないとね」

 

 「そうですね」

 

 カガリ達が退室するとアイラはソファーに身を沈め目を閉じて再び考えをまとめ始めた。

 

 

 

 

 急いで港を離れたマユは急いで自分の住んでいる家に車で向かっていた。

 

 オーブに破片は直接落ちてはいないと聞いてはいるが、それでも自分の目で確かめるまでは心配で仕方が無かった。

 

 マユは不安を押し殺すものの、自分でも気がつかない内に自然とアクセルを踏みスピードを出していく。

 

 「……皆、怪我とかなければいいけど」

 

 やがて見えた海岸線で見慣れたピンクの髪をした女性と金髪の女性が子供達と共に遊んでいるのが見える。

 

 マユは自然と笑顔になり道の端に車を止める。

 

 子供達も気がついたのだろう。

 

 全員が笑顔でこちらに走ってきた。

 

 「マユ姉ちゃんだ!」

 

 「お姉ちゃん!」

 

 「みんな、大丈夫だった!?」

 

 マユは駆け寄ってきた子供達を抱きしめ、一人一人の無事を確認すると歩み寄ってきた二人の女性に声をかけた。

 

 「ラクスさん、レティシアさん、今戻りました」

 

 「お帰りなさい」

 

 「無事でよかったです、マユ」

 

 ラクスとレティシア、そして子供達も皆無事だった。

 

 それだけでここまでの苦労も吹き飛ぶというものだ。

 

 「本当に良かった」

 

 「家に戻りましょう」

 

 「はい」

 

 レティシア達と一緒に家に戻ると久しぶりにみんなと食事を取りながら子供達からの話に耳を傾けた。

 

 彼らの話によるとものすごく怖くて泣きだす子もいたらしいが、その間ずっとラクスが歌を歌ってくれたらしい。

 

 子供達は皆ラクスの歌が大好きだ。

 

 良く彼女の歌を聴きながら昼寝をしている子もいるくらい。

 

 かつてはプラントの歌姫と呼ばれた彼女の歌を子守唄しているなんてプラント市民が知ったら「なんて贅沢な」と言われるかもしれない。

 

 まあラクスは「こちらの方が良いです」と笑っていたのだが。

 

 二人との穏やかな会話と出迎えてくれる子供達。

 

 やはりここが自分の家なのだとマユは再確認した。

 

 皆との楽しい食事を済ませるとほっとしながら食後のお茶を飲む。

 

 こんな気分になったのは久しぶりな気がする。

 

 それだけあのミネルバで過ごした日々が精神的にきつかったのかもしれない。

 

 子供達が部屋に戻り寝静まった頃にラクス達にプラントから起こった一連の事件を話した。

 

 もちろん話の中には兄であるシンがザフトに入隊していた事も含まれている。

 

 「そう、そんな事が」

 

 「今回の件で再び地球側と戦争になるかもしれません」

 

 いや、今の状況では確実に起こるだろう。

 

 また前大戦のような悲惨な戦争が繰り返されるのだ。

 

 「中立同盟も無関係とはいかないでしょうね」

 

 「ええ、おそらくは」

 

 現状地球軍と敵対関係にある同盟も間違いなく巻き込まれる。

 

 マユはため息をつくともう一つ、すでに日課になってしまった事を聞く。

 

 「あの、アストさんとキラさんは?」

 

 二人は一様に暗い顔で首を振った。

 

 予想はしていた。

 

 それでも落胆してしまう。

 

 アスト・サガミとキラ・ヤマトは今オーブにはいない。

 

 ユニウス条約が地球軍とプラントで締結された少し後から二人は突然姿を消した。

 

 何度も探したのだが手がかりも無く、未だにどこにいるかすら分からない。

 

 今では死んでいるのではなんて噂も出てくるくらいだ。

 

 それでもレティシアとラクスそしてマユも何時か二人が帰ってくると信じていた。

 

 だが今回の一件でマユは気になっていた事が一つだけあった。

 

 あの機体、エクリプスといっただろうか。

 

 デブリ戦やユニウスセブン破砕作業で見た機体の動きは―――

 

 いや、確証がある訳ではない。

 

 マユは余計な事を言わず話を変えた。

 

 

 

 

 ミネルバがオーブのドック入りしてから、一番タリアの頭を抱えさせたのはミネルバの状態であった。

 

 はっきり言って酷い。

 

 この一言に尽きるだろう。

 

 アーモリーワンを出港してからボギーワンの追撃、デブリでの戦闘に加え、大気圏に突入しながらのユニウスセブン破砕作業。

 

 まったくこんな状態で良くここまでもってくれたと言える。

 

 こんな状態ではオーブの外に出る事も出来ず、せめてスラスターと火器だけでもここで修復しておきたかった。

 

 いくらオーブとプラントの関係が悪くともここで襲撃を受ける事はないとは思っている。

 

 だが流石に戦えないままというのは艦長として不安が残るのだ。

 

 しかしモビルスーツの補修や艦の装甲も出来得る限り何とかしておきたい。

 

 そんな余裕は今のミネルバには無かったのだが、意外な所から助け舟が出た。

 

 マリア・べルネスという女性がモルゲンレーテと掛けあい様々な都合をつけてくれたのだ。

 

 正直ありがたい話だ。

 

 これでカーペンタリアにたどり着くまで何とかなるだろう。

 

 タリアは修復されていくミネルバの姿を見つめているとマリアが苦笑しながら歩みよってきた。

 

 「ミネルバは進水式前だと聞いていましたけど、何と言うか歴戦の艦になってしまいましたわね」

 

 「ええ、残念ながら」

 

 本当にその通り。

 

 本来ミネルバは就航もまだ先になるはずだったの。

 

 それが今では激戦を潜り抜けた歴戦の戦艦に変貌していた。

 

 全く何と言えばいいのか、実に複雑な気分である。

 

 「こんな事になるなんて思っていなかったけど、仕方ないわよね。いつだってそうだけど先の事なんて分からないし。特に今はね」

 

 「そうですわね」

 

 お互い暗い顔で見詰め合う。

 

 これからの事を考えれば明日には彼女とも敵同士になっているかもしれない。

 

 「本当は同盟もザフト艦の修復に手を貸している余裕はないんじゃない?」

 

 「かもしれませんわね。でも同じでしょう。先の事は分かりませんから、私達も今思って信じた事をするだけです。後で間違いだとわかったら……その時は泣いて怒って、それから次を考えます」

 

 タリアはマリアの言葉に不思議と重みを感じた。

 

 もしかすると彼女もまた何かしらの修羅場を潜ってきたのかもしれない。

 

 二人の女性はお互いに苦笑しあいながら修復されていくミネルバを見つめていた。

 

 

 

 

 オーブに入港してきたミネルバは現在修復中であり、その間クルー達には現在上陸許可が下りていた。

 

 要するに艦の修復作業が行われている為に他のクルーたちにやる事がないのである。

 

 ならばとここまでの激戦を労う意味で短いながら休暇の許可が出たのだ。

 

 シンは私服に着替えを済ませ部屋を出ると上陸の前にセリスの顔を見ておこうと彼女の部屋を訪れる。

 

 「セリス」

 

 「あ、シン。どうしたの?」

 

 セリスは着替える事無く、軍服のままだ。

 

 彼女は今回の休暇は艦で過ごす事になっている。

 

 それにはもちろん理由がある。

 

 セリスは前大戦で被災してしばらくは昏睡状態が続き、家族も失い、記憶もほとんど残っていないらしい。

 

 その為今でも定期的に健診を受けていた。

 

 今回はこの休暇中に済ませてしまうとの事で彼女は艦に残る事になったのだ。

 

 セリスは残念そうにしていたが体に関する事、仕方が無いだろう。

 

 「えっと、出かける前にセリスの様子を見ておこうと思って」

 

 「子供じゃないんだから大丈夫。それよりマユちゃんときちんと話をしてきて」

 

 セリスはずいぶんシンとマユの関係を気にしているらしく、やたらと話をしてこいと言ってくる。

 

 もしかすると家族を亡くしているだけにこっちを気にしてくれているのかもしれない。

 

 「ああ」

 

 シンはこれから両親がいる病院にマユと二人で行く事になっている。

 

 おおよそ三年ぶりの故郷だ。

 

 「じゃ、行ってくるから」

 

 「うん、行ってらっしゃい」

 

 セリスに見送られながらシンはミネルバを後にした。

 

 

 

 

 ミネルバを降り、街を歩くシンは複雑な心情で周囲の様子を見渡していた。

 

 「……なんか変な感じだな」

 

 街の様子は変わっている所もあればそうでない所もある。

 

 故郷である筈なのに異邦人のような気分だ。

 

 そんな風にしばらく街の様子を見ながら歩いていると待ち合わせ場所に車に乗って待つ妹の姿が見えた。

 

 「マユ!」

 

 こちらに気がついたのかマユはミネルバに乗っていた頃と変わらぬ無感情でシンを出迎えた。

 

 「乗って下さい。距離はさほどありませんからすぐにつきます」

 

 「あ、ああ」

 

 シンは助手席に乗り込むと車は走り出した。

 

 マユの運転する車に乗るだなんて、益々変な気分だった。

 

 だがそれはそれだけの時間を離れて過ごしていたという事の証かもしれない。

 

 若干暗い気分になりながら、外の風景を眺めているとすぐに病院は見えてきた。

 

 「あそこです」

 

 碌に話す事も無く病院についてしまった。

 

 車を止め病院の中に入るとマユの後をついて歩く。

 

 途中で医師や看護師といった人達とすれ違う度に挨拶を交わしていくところを見るとマユはこの病院に通いなれているらしい。

 

 定期的に様子を見に来ているという事だろう。

 

 しばらく歩きある病室の前でマユは立ち止まる。

 

 病室のネームプレートには見慣れた両親の名前が書かれていた。

 

 ここにいるのだ。

 

 シンは思わず息を飲む。

 

 マユはそんなシンを尻目に扉を開け部屋に入るとベットに横たわっている人が見えた。

 

 そこにいたのは紛れも無く三年前に別れた両親の姿だった。

 

 「……父さん、母さん」

 

 シンの視界が涙で滲んできた。

 

 死んだと思っていた両親が目の前にいる。

 

 もちろん目の覚めない状態でいる事にはある種の憤りを覚えはする。

 

 だが家族を亡くしたと思っていた時に味わった喪失感に比べればずいぶんマシだ。

 

 そんなシンの姿にマユは何も言わずに窓を開けると穏やかな風が病室に入り込んできた。

 

 シンは若干落ち着くと目元を擦り零れそうになっていた涙を拭い、意を決して話を切り出した。

 

 「……マユ、ずっと聞きたかったけど、なんでお前がモビルスーツに乗ってるんだ? 一体前大戦で何があったんだ?」

 

 「……そうですね。少し話をしましょうか」

 

 マユ自身も話そうと思っていた。

 

 少なくともシンには知る権利があるのだから。

 

 マユの口から語られた事はシンにとってかなりの衝撃だった。

 

 オーブ戦役で避難しようとしていた自分達を撃ったのはザフトの特務隊であり、あのアスト・サガミが自分達を救ってくれた事。

 

 当時危険な状態だった自分を救うためにマユはリスクを承知で敵対していたプラントに潜入。

 

 脱出時に初めてモビルスーツに搭乗した事。

 

 それから特務隊との決着とジェネシス破壊までの激戦。

 

 「これが私がモビルスーツに乗った経緯です」

 

 シンは何も言えなかった。

 

 何故ならマユが戦いに出た切っ掛けを作ったのはシン自身だったのだから。

 

 だが同時に再び疑問が湧いてくる。

 

 シンの記憶とはやはり大きな齟齬があるのだ。

 

 かと言ってマユが嘘をつく理由はない。

 

 これは一体どういう事なのだろうか?

 

 自分の記憶をたどろうとするが再びノイズが走ったように上手く思い出せない。

 

 これ以上考えるとまた頭痛が起きそうだ。

 

 考えるのをやめ、疑問を抱えたままシンはマユと共に病院を出るともう一つだけ言っておきたい事を口にする。

 

 「マユ、少しいいか?」

 

 「なんですか?」

 

 シンはマユと共に海岸線を歩いて行く。

 

 でも―――

 

 近くにいる筈なのに物凄く遠い。

 

 一緒に歩いているはずなのに別々に歩いているかの様に距離がある。

 

 そんな感覚を寂しく思いながらシンはマユに切り出した。

 

 「マユ、モビルスーツを降りてくれないか? 俺はもうお前が危険な目に遭うのは嫌なんだ」

 

 それは危険な事はして欲しくないというシンの願いだった。

 

 しかし、それが届かない無いことも心のどこかで理解していた。

 

 「……断ります。私にも守りたい物がありますから……逆に聞きますけど私がモビルスーツから降りて欲しいといえば降りるんですか?」

 

 シンは言葉を詰まらせる。

 

 マユが守りたいと言ったようにシンにも守りたい物はある。

 

 脳裏に浮かんだのはセリスの事だった。

 

 彼女を戦場で一人には出来ない。

 

 「私からも聞きたい事がありました」

 

 「えっ」

 

 「これから貴方はザフトとして戦場に出ていく事になる。これから世界がどうなるかは分かりませんが……もし仮に中立同盟が敵になれば貴方はどうするんです?」

 

 中立同盟が敵になったら、自分はどうするのだろうか?

 

 マユや両親がいるこの国を撃つのか?

 

 かつて家族が死んだと思っていた頃の自分なら怒りと憤りに任せ、引き金を引いていただろう。

 

 だが今はどうだろうか?

 

 マユが戦う理由も知ったし、当時の状況も分かった。

 

 かつてほど中立同盟に憤りは感じていない。

 

 いや、ここにきて歩いてみて分かった。

 

 自分はオーブを嫌いにはなれないと。

 

 だがそれでも譲れないものがある。

 

 今のシンに言える事は結局マユと同じだった。

 

 「……俺にも守りたい人がいる。もしも中立同盟がそれを傷つけるなら、俺は……」

 

 「そうですか。私も同じです。私の大切な人達をザフトが再び傷つけるなら―――躊躇いません」

 

 お互いが視線を外す事無く見つめ合う。

 

 二人の距離はどうしようもなく離れている。

 

 離れていた三年の間にお互いに譲ることのできない大切なものが出来ていたのだ。

 

 この距離を縮める事は出来ないとそう悟ったシンとマユはお互いに背を向ける。

 

 これで最後だと悟り、様々な思いを呑み込んで歩き出そうとしたシンの背中に声が掛けられた。

 

 「……最後に一つだけ言っておきます」

 

 「……何?」

 

 「……死なないで」

 

 囁いたような小さな声だったが確かに聞こえた。

 

 咄嗟に振り返るとマユはすでに歩きだしていた。

 

 そんな妹の背中にシンも叫ぶ。

 

 「マユも絶対死ぬな!!」

 

 その声に僅かに振り返ったマユの顔は夕日に照らされてはっきりと分からなかったが、確かにシンには微笑んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 『ブレイク・ザ・ワールド』によって地球は多大な被害を受けた。

 

 これにより大西洋連邦を中心とした地球連合はプラントを激しく糾弾した。

 

 今回の事件はプラント側の自作自演であると。

 

 当然のごとくプラントは関与を否定した。

 

 あれはテロリストの仕業であり、プラントは無関係だと。

 

 だが今回はいささか状況が悪い。

 

 使用されていた機体がジンやシグルドであり、途中からはザクまで現れた。

 

 さらに死んだとされていたパトリック・ザラが生存していたという事実もプラントの立場をさらに悪くしていた。

 

 地球側の要求であるテロリストを引き渡しも、ほぼ全員が死亡している為に引き渡したくとも不可能。

 

 生き残っているだろう乱入してきた灰色のシグルドの行方も不明となればどうしようもない。

 

 デュランダル達は粘り強く交渉は続けているがそれも限界に近づいていた。

 

 現在地球から遠くない位置に存在する地球軍の宇宙要塞の一つ『ウラノス』には着々と戦力が集められているのが確認されている。

 

 彼らの目標は明白。

 

 このままプラントに攻め込むつもりなのだ。

 

 そして地球軍が攻めてくるならばザフトも当然応戦の構えを取らざる得ない。

 

 そんな緊迫した情勢の中でデュランダルは一人執務室でデータをチェックしていた。

 

 だがその顔には緊迫感はなく、余裕さえ感じられる。

 

 「失礼します」

 

 執務室に入ってきたのはバイザーのようなサングラスをかけた男。

 

 特務隊のアレン・セイファートであった。

 

 顔を上げたデュランダルは笑顔でアレンを迎え入れる。

 

 「やあ、よく戻ったね。ユニウスセブンではご苦労だった。いや、流石だよ」

 

 アレンはデュランダルの賛辞にも表情を変えなる事無く淡々と答えた。

 

 「いえ。任務を果たしただけですから」

 

 「そうか。それよりここではそのサングラスを外したらどうかな? 私以外には誰もいないんだ、アレン、いや―――アスト・サガミ」

 

 「……議長、私は名前はアレンですよ。それよりも状況はどうなのです?」

 

 デュランダルは肩を竦めると端末を操作して情報を映し出す。

 

 それを見たアレンは身を固くした。

 

 思った以上に状況は進んでおり、開戦まで猶予はない。

 

 「見ての通りだ。時間は無い。アレンにも出てもらう事になるだろう。その時は頼むよ」

 

 「了解しました」

 

 アレンはそのまま退室しようと背を向ける。

 

 そんな彼の背中にデュランダルは声をかけた。

 

 「彼女に―――マユ・アスカに会わなくて良かったのかな?」

 

 「……なんの事か分かりかねます。準備がありますので失礼します、議長」

 

 部屋を出ていくアレンの背中をデュランダルは終始笑顔で眺めていた。



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第10話  黒き翼が羽ばたく時

 

 

 

 

 アオイは自分の座席の窓から景色を眺めながらため息をついた。

 

 「……何でこうなるんだ?」

 

 戸惑い気味に呟いた彼の視界。

 

 窓の外から見えるのは美しく綺麗な地球だった。

 

 彼が今乗っているのはモビルスーツを運搬する輸送艦。

 

 そう、アオイは地球ではなく宇宙に居るのである。

 

 「ハァ」

 

 正直、気が晴れないとでも言えばいいのか。

 

 重い気分のまま思わずため息が出てしまった。

 

 はっきり言うと流れる様に進む状況に付いて行く事が出来なくなっていたのだ。

 

 事の始まりであるフォルタレザ市で起こったモビルスーツテロ事件。

 

 これをモビルスーツに搭乗して鎮圧したアオイはそのまま正規軍の中に組み込まれる事になった。

 

 訓練の途中で不味いのではとも思った。

 

 しかしこの手の事には前例があるらしく、イレイズもそのままアオイの乗機となり、階級も少尉が与えられた。

 

 その時は、お咎めなしなら問題はないと呑気に構えていたのが不味かったのだろう。

 

 いきなり機体ごと宇宙に飛ばされるとは思ってもいなかった。

 

 急に宇宙に上がった所為で、家族と話もできずじまい。

 

 義父さんがついていてくれたから大丈夫だとは思うのだが。

 

 「……しかも行き先が宇宙要塞とはね」

 

 アオイの気が晴れない大元の理由。

 

 宇宙に上がる事になった要因こそ、アオイの気分を沈み込ませる直接的な要因となっていた。

 

 「……いきなり開戦だなんて」

 

 今回の事件『ブレイク・ザ・ワールド』が起きた事を切っ掛けに地球側はとうとうプラントに対して宣戦布告したのである。

 

 噛み砕いて言うと『地球側の要求に答えることなく、さらに前大戦における重要事項を隠匿したプラントを地球に対する重大なる脅威とみなしたから』という事であった。

 

 政治に疎いアオイが聞いても単なる言いがかりにしか聞こえない。

 

 今回プラントはどこよりも早く支援の手を差し伸べてきた国家であり、彼らのおかげで救われた者達もいた筈である。

 

 にも関わらず相手の言い分も聞かないままに決めつけるなんて、恩知らずとしか言いようが無い。

 

 なによりも今地球は悲惨な状況であり、戦争なんてしている余裕はどこにもないのだ。

 

 「ハァ、全く。ん、もしかしてあれが『ウラノス』かな?」

 

 アオイが覗き込んでいた窓に重々しい雰囲気に包まれた菱形の小惑星のような物体が見えてくる。

 

 どうやらアレが今回の目的地である宇宙要塞『ウラノス』であろう。

 

 『ウラノス』は戦後に地球軍が宇宙の拠点として建設した宇宙要塞の一つである。

 

 元々は月を宇宙の拠点としていた地球軍ではあったがテタルトスが建国された為に拠点を失ってしまった。

 

 これでは宇宙にいるザフトやテタルトスに対抗する事が出来ない。

 

 そこで彼らは月基地に代わる宇宙の拠点建設を戦力充実と共に急務とした。

 

 そうして建設されたのが『ウラノス』である。

 

 要塞にはかなりの戦力が集められ、宇宙の拠点に相応しい装いとなっている。

 

 そして今もプラント侵攻の準備が進められているようでストライクダガーなどの機体とすれ違っていく。

 

 輸送艦がウラノスのドックに停泊すると座席から立ち上がる。

 

 「さっさと降りよう」

 

 荷物を持って降りようとしたアオイに艦長から即座に別の命令が下る。

 

 「ミナト少尉、悪いがすぐに隣の艦に移動してくれ」

 

 「え?」

 

 「機体の方もすぐに移動させるからよ。急いでな!」

 

 「は、はい」

 

 まったく息つく暇もないとはこの事か。

 

 荷物を片手に輸送艦を降り、入った要塞内部を見渡すと兵士達が慌ただしく走り回っている。

 

 どこも戦闘の準備で忙しいのだろう。

 

 アオイは動き回る人の邪魔をしないように指示された艦に乗り込んだ。

 

 「確か配属される部隊の人がいる筈だけど―――」

 

 運び込まれるイレイズの姿を見ながら格納庫に入るとこちらを見ていた男と目が合った。

 

 表情も見えず寡黙でクールそうな印象を受ける。

 

 「アオイ・ミナト少尉か?」

 

 「は、はい」

 

 「スウェン・カル・バヤン中尉だ。よろしく頼む」

 

 「ハッ!」

 

 「戦場では俺と共に来てもらう事になる」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 戦場。

 

 その言葉が戦争が始まるという現実をアオイに否が応にも突きつけてくる。

 

 フォルタレザ市でも実戦を経験はしたが正直思い出したくはない。

 

 あれの顛末は後味が悪すぎたからだ。

 

 だがそんなアオイの気持ちを汲み取ってくれるほど現実は甘くない。

 

 スウェンから告げられた言葉に再び戦場に出る前の緊張感が高まってくる。

 

 そんなアオイの様子に気がついたのかスウェンは軽く肩を叩いた。

 

 「戦場では俺の後ろについてくるだけでいい。生き延びる事だけ考えろ」

 

 「は、はい!」

 

 気遣ってくれたのは意外だったが少しは緊張感も薄いだ。

 

 「……そうだ、落ち着いていかないと」

 

 こんなところで死ねない。自分には守らなければならない人達がいるのだから。

 

 

 

 

 アオイにとって最初の激戦が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 地球軍とザフトの開戦が秒読みになった頃、その影響は月のテタルトス月面連邦にも及んでいた。

 

 本来ならばテタルトスには関係ない話だ。

 

 もちろん無関心でいて良いという事ではない。

 

 しかし進んで関わる必要がないのは事実である。

 

 だがそれでもテタルトス軍は慌ただしく出撃の準備に追われていた。

 

 何故ならテタルトスの防衛圏内を目指して地球軍が接近してきているのを確認した為である。

 

 数自体は多くは無く、罠である可能性も否定できない。

 

 しかしだからと言って放置するという選択もあり得なかった。

 

 アレックスは母艦であるクレオストラトスに乗船する前にセレネに声をかけようと探していた。

 

 彼女はモビルスーツの搬入を手伝っていたらしくパイロットスーツを着こんでいた。

 

 「セレネ!」

 

 「アレックス、どうしたの?」

 

 彼が見た先にはジンⅡが佇んでいた。

 

 セレネは操縦に追いつかなくなったフローレスダガーからジンⅡに乗り換える事になっている。

 

 元々才能はあると思っていた。

 

 それがまさかフローレスダガーでは実力を発揮できないほどの技量を身につけるとは思っていなかった。

 

 セレネは益々強くなるだろう。

 

 しかしアレックスからすれば複雑な心境である。

 

 彼はセレネを戦場に出すつもりなど全くなかった。

 

 知り合った時から戦争を嫌っていた事を知っていたからだ。

 

 だから正直な話、軍の仕事に関わる事すらやめさせたかったのだ。

 

 だが彼女はアレックスの反対を押し切ってパイロット訓練を受け、任官してしまった。

 

 どうしてそんな事をしたのかと聞けば、「貴方を守りたいから」と。

 

 自分の為にと真剣な顔で言われたら強く反対もできない。

 

 それでもどうにか戦場から引き離そうと試みたのだが、すべてが徒労に終わってしまった。

 

 「まだ気にしてるの、私がパイロットになった事」

 

 「当たり前だ。君は俺の義妹であり、婚約者だぞ。そんな君を危険な目に合わせたくはないさ」

 

 これはもう何度もした議論であるが、最後はいつもアレックスが折れる事になる。

 

 まったく本当に女性に対してどうしてこうなのだろう。

 

 「ありがとう、でも大丈夫だから」

 

 こう見えて彼女は意外と頑固だ。

 

 仕方ない。

 

 いざという時は自分が守ればいいだけだ。

 

 誰であろうと彼女を撃たせるつもりはないのだから。

 

 アレックスは改めて決意すると苦笑しながらセレネと抱き寄せ口づけを交わした。

 

 

 

 

 外では地球軍の部隊を迎え撃つ為、テタルトスの部隊が建設された軍事ステーションから次々と発進していく。

 

 出撃した艦が配置につくとエターナルの艦長席に座るアンドリュー・バルトフェルド中佐は艦橋から表情を固くして地球軍を見つめていた。

 

 「隊長、どうなさいました?」

 

 未だにザフト時代の名残で隊長と呼ぶ副官のダコスタにバルトフェルドは鋭いままの視線を向ける。

 

 「……いや、地球軍もこんな時に攻めてくるとはってね」

 

 とはいえ理由はだいたい予想できる。

 

 おそらくプラントに攻撃を仕掛ける際に背後を突かれる事を嫌ったのだろう。

 

 でなければあんな数で攻めてくる理由がない。

 

 しかし今回ばかりは彼らの不運を憐れまずにはいられない。

 

 バルトフェルドはモニターに視線を向けるとそこには一隻の戦艦が映っていた。

 

 テタルトス軍ヒアデス級戦艦『エウクレイデス』

 

 テタルトスの新型戦艦でありエターナルを参考にされた高速艦である。

 

 エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている為に火力はプレイアデス級には及ばない。

 

 しかしその速度はプレイアデス級に比べ圧倒的に上である。

 

 この戦艦『エウクレイデス』の指揮官こそかつてザフト最強と言われた男ユリウス・ヴァリス大佐だった。

 

 「大佐、もうすぐ敵艦が射程距離に入ります」

 

 「警告は?」

 

 「すでに発していますが応答ありません」

 

 「ならば遠慮はいらない。防衛圏に入り次第攻撃開始せよ。アデス艦長、後を頼みます。私も出る」

 

 「了解」

 

 艦橋から出たユリウスは格納庫に鎮座している自分の機体に乗り込んだ。

 

 LFSA-X002『シリウス』

 

 アレックスのガーネットと同時期に開発された機体で前大戦において特務隊専用機シグルドをさらに進化させたものである。

 

 武装は機関砲とビームライフル、ビームサーベル、腹部にヒュドラを装備している。

 

 エウクレイデスのハッチが開くと同時に青紫に染まったシリウスがスラスターを吹かせる。

 

 「ユリウス・ヴァリス、『シリウス』出るぞ」

 

 カタパルトから飛び出すと一気に敵戦艦に向かって加速する。

 

 地球軍もシリウスに対して当然迎撃を開始するが今回は相手が悪すぎた。

 

 「甘いな」

 

 ユリウスは操縦桿を軽々と操作、発射されたビーム砲を紙一重で回避する。

 

 そしてビームライフルから放った一射が、砲台を正確に捉え吹き飛ばした。

 

 「な、何だと!? くそ、怯むなァァァ! 落とせェェェ!!」

 

 艦長の怒声と共にドレイク級の戦艦から発射されたビームやミサイルがシリウスに容赦なく降り注ぐ。

 

 だがそれも当てる事は出来ず悉く迎撃されるか、回避されてしまう。

 

 動きが速過ぎて捉える事が出来ないのだ。

 

 「な、なんだ、あれは……」

 

 「速過ぎる!?」

 

 「当たらない!?」

 

 すると心当たりがあるパイロットが叫んだ。

 

 「あれは、ま、まさか、ユ、ユリウス・ヴァリスだ!」

 

 叫んだパイロットはシリウスのビームサーベルでコックピットを貫かれて蒸発した。

 

 ユリウス・ヴァリスといえば元ザフトのエースで最強と言われたパイロットである。

 

 出会えば確実に死が待つ戦場の死神。

 

 ここにいる誰にも勝ち目はない。

 

 だが彼らは怯えながらも退くこともせずにライフルを構える。

 

 それは彼らの残った最後の意地。

 

 パイロットとして矜持であった。

 

 「そう簡単にはやらせない!」

 

 地球軍の新型であるウィンダムが前に出る。

 

 ウィンダムはダガーLに次ぐ汎用主力機であり、その性能はかつてザフトを恐怖に陥れた機体ストライクガンダムと同等と言われている。

 

 「うおおおお!!」

 

 ウィンダムはシリウスに対して接近戦を挑んだ。

 

 彼はシリウスの動きを見てビームライフルでは捉える事が出来ないと判断したのだ。

 

 それは普通の相手であればまだ違った結果になったかもしれない。

 

 しかし今回に限っていえば完全な悪手。

 

 振りかぶったビームサーベルをシリウスに振り下すが、一瞬で腕ごと斬り飛ばされていた。

 

 「えっ?」

 

 シリウスが何をしたのか、全く分からなかった。

 

 「向かってきた勇気は買うがな、戦場で動きと止めるなど愚の骨頂だ」

 

 動揺のあまり動きを止めたウィンダムにユリウスは容赦なくビームライフルを撃ち込んだ。

 

 爆散するウィンダム。

 

 その影からドレイク級にヒュドラとライフルを叩きこんだ。

 

 ビームを撃ち込まれた戦艦は装甲を抉られ、砲台を破壊され、さらにブリッジも潰されて撃沈してしまった。

 

 圧倒的な力量の差。

 

 それを地球軍のパイロット達は痛感していた。

 

 だがユリウスは手を緩めない。

 

 「残念だが警告はした筈だ。それを無視したそちらが悪い」

 

 もはや打つ手はない。

 

 シリウスと正面から戦った事が、いや、出会った事自体が不幸だったのだろう。

 

 しかし彼ら地球軍の不運はユリウスと対峙した事だけではなかった。

 

 もう一機彼らには止める事の出来ない存在がいた。

 

 それは紅い装甲を身に纏った機体、アレックスの搭乗するガーネットである。

 

 「これ以上の侵攻は許さない」

 

 ガーネットはイーゲルシュテルンでミサイルを撃ち落とし、ネルソン級の戦艦を襲撃する。

 

 迎撃に出撃したウィンダムがネルソン級を守る為に前に出るが、アレックスの前には無謀な行動でしかない。

 

 「迂闊な! 無駄死にしたいのか!!」

 

 スラスターを使ってウィンダムの攻撃を回避、背後に回り込みシールドに内蔵された三連ビーム砲を放った。

 

 ガーネットの反応についていけないウィンダムはあっけなく胴体に穴を空けられ爆散、アレックスはそのままネルソン級に突撃する。

 

 「援護します!」

 

 「頼む、セレネ!」

 

 突っ込むガーネットの背後からセレネの搭乗するジンⅡがビームライフルを撃ち込んでネルソン級の砲台を次々と沈黙させる。

 

 その隙にアレックスは容赦せずにビームライフルでブリッジを潰した。

 

 「良し、このまま残りを叩くぞ」

 

 「了解!」

 

 ジンⅡと共にガーネットは次の敵に向かっていく。

 

 テタルトスに攻撃を仕掛けた地球軍は終始圧倒されていった。

 

 しかし一向に撤退する気配を見せない。

 

 完全に劣勢に立たされてなお防戦に徹して戦闘を継続している。

 

 だがこれで良いのだ。

 

 彼らの目的はバルトフェルドの予想通りであった為である。

 

 今回の戦闘はあくまでも背後を突かれない為の足止めであり、あくまで本命は別の場所なのだから。

 

 

 

 

 宇宙に浮かぶ砂時計。

 

 コーディネイター達の暮らすプラント内は緊迫した空気が漂っていた。

 

 再び自分達の住む場所が戦火に晒されようとしているからである。

 

 そしてもう一つ、彼らには拭いきれない不安があった。

 

 それは地球軍が再び核を撃ち込んでくるのではないかという懸念である。

 

 これはプラントに住む誰もが感じている事であった。

 

 ギリギリまで地球側と交渉を続けていた最高評議会もすでに地球軍の艦隊が近づいている事は承知している。

 

 だからこそプラント防衛の為にザフトの部隊を次々と出撃させ、地球軍を迎え撃つ為に全軍が展開されていた。

 

 もはや開戦は時間の問題である。

 

 それに備えてデュランダルが次々と指示を飛ばす中、三人の若者が執務室に入ってきた。

 

 長髪をした白服の男と赤服の男女。

 

 いずれも胸元にザフトでは知らぬ者のいない徽章をつけた特務隊フェイスのメンバーである。

 

 「議長お呼びでしょうか?」

 

 白服の男デュルク・レアードが前に出る。

 

 「ああ、よく来てくれた。デュルク、状況は理解していると思う。君達にはもしもの時に備えて貰いたい」

 

 デュランダルの指示を訝しげに聞いていた赤服の少年ヴィート・テスティが今度は前に出た。

 

 「私達は前線に出ないのですか?」

 

 「……ヴィート、議長の命令が不服かしら?」

 

 ヴィートの発言に後ろに控えていた赤服の少女リース・シベリウスが静かに呟いた。

 

 彼女は普段はほとんど話さない癖にこんな時ばかり声を上げるところがヴィートは気に入らなかった。

 

 「なっ、何言ってんだよリース! 俺はただ前線の事が気になっただけで……」

 

 「二人とも議長の前だ」

 

 「し、失礼しました」

 

 そんな彼らを咎める事無くデュランダルは柔和な笑みを浮かべる。

 

 「いや、ヴィートが気にするのも分かる。ただもしもの場合に備えて信頼できる君達にあれを守って貰いたいのだよ」

 

 「は、はい!」

 

 感激したようにヴィートは勢いよく返事をした。

 

 そんな調子の良い彼にリースはやや呆れたようにため息をつく。

 

 幸い彼の耳には届かなかったようだが。

 

 「それに正面にはアレンに出てもらうからね。彼がいれば大丈夫だろう」

 

 今度はヴィートの顔がやや不服そうに表情を変えた。

 

 ヴィートはデュランダルが常にそばに置いているアレンにライバル心を持っている。

 

 しかも尊敬しているデュルクも彼を認めているのがさらに鼻につくらしい。

 

 何というか忙しい奴だと呆れながら再びため息をつくリース。

 

 そんな二人に苦笑しながら、デュルクは再びモニターに目を向ける。

 

 確かに気に掛かることはある。

 

 地球軍の艦隊は正面から進撃してきているのだが、あまりに単純すぎた。

 

 物量に任せた力押しでどうにかするつもりとは思えない。

 

 となれば、議長の懸念が当たる可能性があるという事である。

 

 「任務了解しました。議長、あれの配置はこちらに任せて貰っても構わないでしょうか?」

 

 「頼むよ、デュルク」

 

 「はっ」

 

 三人は敬礼すると準備を進める為にデュランダルの執務室から退出した。

 

 

 

 

 プラント防衛の為に前面に展開されたザフト軍の後方にひと際目立つ存在が見える。

 

 超大型空母『ゴンドワナ』

 

 通常の艦とは比較にならないその巨体はナスカ級やローラシア級を丸ごと収容でき、修復も可能なドック艦でもある。

 

 当然その巨体さゆえに動きは鈍重であり、艦艇というより移動基地とでも呼ぶべきものであった。

 

 そんなゴンドワナの中でディアッカ、ニコル、そしてエリアスの三人が待機室で機体のチェックが完了するのを待っていた。

 

 そんな彼らの顔は一様に暗い。

 

 数多の犠牲の果てに終わったヤキン・ドゥーエ戦役。

 

 仲間が命を懸けて守り、ようやく終結した戦い。

 

 しかし再び目の前に新たな戦争が迫っている。

 

 悪い夢ならば覚めて欲しいと切実に願う。

 

 しかし現実は地球軍と開戦したという事実のみが目の前にある。

 

 《隊長、機体チェック完了しました》

 

 「……分かった、今行く」

 

 ディアッカは二人の顔を見ると頷いた。

 

 やる事は前と何も変わらない。

 

 プラントを守る。

 

 それこそが先に逝った仲間に託された願いだと信じているから。

 

 ゴンドワナから三人のザクが飛び出すと続くように出撃してきたモビルスーツが編隊を組みと向かってくる地球軍を迎え撃った。

 

 「全機、油断するなよ!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 先制攻撃とばかりにディアッカの黒いザクファントムが射程内に入った敵機を狙ってビームを放った。

 

 ディアッカの正確な射撃によって放たれた砲撃は数機のダガーLを纏めて撃墜する。

 

 続くようにニコルの青色のスラッシュザクファントムがガトリング砲を放ちながらビームアックスで上段からウィンダムを両断。

 

 さらに背後から飛び出したエリアスの藍色のブレイズザクファントムが援護としてビーム突撃銃を撃ち込んでいった。

 

 「はあああ!!」

 

 「やらせませんよ!!」

 

 「落ちろ!!」

 

 連携を組んだ三機のザクに地球軍は近づく事も出来ない。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を生き延びた彼らの技量は他のパイロット達の比ではない。

 

 錬度を高め、戦場に身を置き続けてきた彼らを突破できる者はこの場に誰も存在しなかった。

 

 「落ちろ!!」

 

 振るわれる斬撃と発射される砲撃。

 

 次々とモビルスーツを落とす三機だったが、群がるように襲いかかってくる敵は一向に減らない。

 

 だがザフトの士気は一向に衰える気配はなく、むしろ炎のように燃え上がっていく。

 

 「数は多いけど!」

 

 「雑魚が何人居たって!!」

 

 ゲイツRのビームライフルに撃ち抜かれたダガーLは爆散、その煙に紛れエースの証とも言える色付きザクのビームが別の敵機を撃ち抜く。

 

 オレンジ色のブレイズザクファントムが前方に突撃、一か所に留まっているダガーLに斬り込んだ。

 

 「どうした、地球軍! それじゃ俺は落とせないぜ!!」

 

 パイロットであるハイネ・ヴェステンフルスがダガーLを斬り刻み、囲もうとする他の敵機をビーム突撃銃を放って撃破していく。

 

 それを見ていたディアッカ達も感心したように声を上げた。

 

 「やるねぇ!」

 

 「ええ、噂に違わぬ腕ですね!」

 

 「あっちは任せても大丈夫そうです!」

 

 ハイネの戦いを感心したように賞賛しながらも三人も動きを止める事はない。

 

 ディアッカの砲撃に合わせてニコル、エリアスが動く。

 

 ニコルはガトリング砲で数機のウィンダムをハチの巣にし、バラけた敵機にエリアスが誘導ミサイルを放って一網打尽にしていった。

 

 ザフトが一見有利に進めているように見えるが地球軍とて負けてはいない。

 

 力で劣るなら数で当たれというのは前大戦でも用いられた戦法であった。

 

 それは依然としてザフトに対して有効な戦法である。

 

 数機のウィンダムがビームサーベルを構えてザクを囲み串刺しにして撃破。

 

 連携を崩した残りの機体をビームライフルで狙い撃ちにしてゆく。

 

 戦況は一進一退であり五分の状況に見えた。

 

 しかしこの現状を支えているのはエース達の奮闘があればこそ。

 

 やはり数というのはそれだけで驚異であった。

 

 

 

 そんな状況下に二機のモビルスーツが戦場に到着する。

 

 

 

 アオイの搭乗するエールストライカーを装着したイレイズガンダムMK-Ⅱ。

 

 そして黒いストライク、スウェンの搭乗するストライクノワールだった。

 

 ストライクノワールはストライクEにI.W.S.P.を改良した専用ストライカー『ノワールストライカー』を装備させた機体である。

 

 ノワールストライカーは小振りの対艦刀フラガラッハ二振りと威力の高いレールガンが二門ずつ装備されている戦闘力の高い装備となっている。

 

 「少尉、俺の後ろにつけ」

 

 「り、了解」

 

 先に進軍している味方部隊の合間を縫う形で前に出ると、すぐに敵モビルスーツと接敵する。

 

 スウェンがイレイズより先行し、引き抜いたフラガラッハを突撃銃を向けてきたザクに叩きつけた。

 

 ザクのパイロットはシールドを構えようとする。

 

 そこにアオイが放ったビームライフルによる援護が入り、動きを阻害されたザクはフラガラッハにより、真っ二つに斬り裂かれた。

 

 「その調子だ」

 

 「はい!」

 

 スウェンがビームライフルショーティーを敵部隊に連続で叩きこむと連携を崩したゲイツRにアオイがビームライフルで狙い撃つ。

 

 「そこだ!」

 

 放たれたビームがゲイツの腕を吹き飛ばし、さらに続けて撃ち込まれた攻撃により撃墜する。

 

 小気味良く次の敵をスウェンの動きに合わせてトリガーを引く。

 

 「良し俺もやれる」

 

 思わぬ二機の参戦により地球軍の勢いは増し、ザフトを押し返していった。

 

 そんな明らかに普通とは違う二機のモビルスーツの姿を迎撃していたディアッカ達も発見する。

 

 「よりによってストライクとイレイズかよ」

 

 本当に嫌になる。

 

 完全に前大戦の再現だった。

 

 あの二機はディアッカ達には因縁のある機体であり、前大戦では何度も辛酸を舐めさせられたのだ。

 

 「ニコル、エリアス、俺達でいくぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 三機のザクが二機のガンダムに向かっていく。

 

 攻撃を仕掛けて来たディアッカ達にスウェン達も黙っている訳はなく迎撃の構えを取った。

 

 「隊長機だ。気をつけろ」

 

 「はい!」

 

 ディアッカはガンダムに向かって砲撃を開始する。

 

 ザクから放たれたビームがイレイズとストライクに襲いかかる。

 

 アオイはシールドを構えながら咄嗟に後退。

 

 側面から回り込んできたエリアスの放ったビームトマホークをギリギリで受け止めた。

 

 「くっ!?」

 

 敵の攻撃を何とかシールドによって防御する。

 

 しかしそんな安堵も束の間、ザクの放った蹴りをまともに受けて吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐあああ!」

 

 「これで!」

 

 エリアスは体勢を崩したイレイズにすかさずビーム突撃銃を撃ち込んだ。

 

 「ッ!? まだだ!」

 

 眼の端で捉えた閃光を咄嗟に操縦桿を押し込み、何とか上昇して回避に成功する。

 

 「この!」

 

 お返しとばかりにビームライフルを発射するが、狙いが甘くザクを捉えることはできない。

 

 イレイズの動きを見たエリアスは即座に相手の事を看破した。

 

 「こいつ新兵か」

 

 「ハァ、ハァ、やられてたまるか」

 

 ザクが放ったビーム突撃銃をシールドを掲げて避けつつ、アオイも隙を見て撃ち返していく。

 

 しかしやはり経験の差は大きい。

 

 アオイが放つビームはザクを掠める事も出来ず空間を薙ぐだけだ。

 

 引き換えエリアスはあくまで余裕である。

 

 ここまでアオイが持ちこたえられるのは防戦に徹している事に加え、スウェンの援護されているのが大きい。

 

 スウェンはディアッカ、ニコルの二人と戦いながらきちんとアオイのフォローも行っていた。

 

 「こいつ、強い!」

 

 「ええ、油断していたらこちらがやられてしまいすよ」

 

 自分達二人を同時に相手にしながら、イレイズの援護も行うとは並みの技量ではない。

 

 ニコルが放った斬撃を回避したスウェンはビームライフルショーティーを構えるが、ディアッカの射撃に邪魔されて上手く射線が取れない。

 

 しかし今度は背中のレールガンで張り付いてくるニコルを吹き飛ばし、同時にディアッカにビームを放った。

 

 「チッ、ホントにやりやがるな!」

 

 正確にこちらを狙ってくるビームライフルショーティーにディアッカは舌打ちしながら回避運動を取った。

 

 

 

 ディアッカ、ニコル、エリアスの三人が地球軍のガンダムを抑えた事で確かに味方の損害を減らす事はできた。

 

 しかしそれで危機が回避された訳ではない。

 

 戦線を維持し五分の状況に持っていけたのは紛れもなくディアッカ達の奮戦のお陰だったのだ。

 

 だが今はイレイズ、ストライクを相手にしている。

 

 彼らが抜けた穴は非常に大きく、出来た隙を突くように幾つかの敵部隊がザフトの防衛網を抜けていく。

 

 「くそ! あっちには新人しかいないぞ!!」

 

 「あれだけの数は新人だけじゃ迎撃できませんよ!!」

 

 「でも、こっちもこいつらを放っておけないですよ!」

 

 何とか敵部隊を追おうとするがガンダムに阻まれては間に合わない。

 

 ディアッカ達が味方の撃墜を覚悟した瞬間、上方から放たれたビーム砲によって敵部隊の先方が撃破される。

 

 突撃してきた機体の斬撃によって全機がバラバラにされてしまった。

 

 駆けつけて来たのはビームサーベルを構え、レール砲『バロール』とビーム砲『サーベラス』を装備したエクリプスである。

 

 その動きは歴戦の勇士であるディアッカ達も驚く、凄まじいまでの技量だった。

 

 「あれは特務隊の……」

 

 「確かアレン・セイファートでしたよね?」

 

 「ああ、しかし……」

 

 あれだけの技量、特務隊に選ばれるだけある。

 

 だがその動きにはどこか見覚えがあった。

 

 「この先には行かせない」

 

 アレンはエクリプスシルエットのスラスターを全開にして敵に向かって斬り込む。

 

 「舐めるなよ!」

 

 突っ込んできたエクリプスにビームライフルを構えるウィンダム隊。

 

 「いくら強かろうと!」

 

 「これだけの数ならば!!」

 

 この数で囲めば落とせる筈だと確信する。

 

 しかし彼らは知らない。

 

 エクリプスに搭乗しているパイロットが誰かと言う事を。

 

 「何!?」

 

 攻撃を仕掛けた敵パイロット達は思わず絶句した。

 

 エクリプスは最低限の動きだけで放たれたビームすべてを避け切って見せた。

 

 そして袈裟懸けに振ったビームサーベルによって一番前に居た機体が斬り裂かれてしまった。

 

 「遅い!」

 

 爆散したウィンダムを尻目に動きを止めた他の敵機をビーム砲で敵機を次々に撃ち落していく。

 

 さらにディアッカ達と戦っていたストライクノワールにレール砲を撃ち込んで引き離した。

 

 「奴は!?」

 

 ストライクノワールはビームライフルショーティーでディアッカ達の動きを阻害しながらエクリプスに対艦刀を叩きつける。

 

 「くっ!」

 

 「流石にやるな」

 

 斬りつけてきた対艦刀をシールドで受け止めながらアレンはザクに通信を入れた。

 

 「戦線を立て直せ、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アルマフィ」

 

 「……お前って」

 

 思わぬ声にディアッカが問い詰めようとするとニコルが横から制止する。

 

 「ディアッカ、ここは任せましょう」

 

 「……わかった。エリアス行くぞ!」

 

 「了解!」

 

 エリアスはイレイズを引き離すとディアッカ達と合流して味方の援護に向かった。

 

 「中尉、敵が!?」

 

 「チッ」

 

 アレが前線に向かえば、また友軍が押し返される。

 

 スウェンは反転しようとするが、ライフルを放ちながら割り込んできたエクリプスに邪魔されてしまう。

 

 「またこいつか」

 

 左右から何度も対艦刀を叩き込み、相手と斬り結びながらスウェンはエクリプスを睨みつける。

 

 こいつは今まで戦ってきた敵の中でも、別格の腕を持っている。

 

 エクリプスと本気で戦えばアオイに構っている余裕はなくなるだろう。

 

 「少尉、今すぐ後退しろ」

 

 「えっ、でも中尉は!?」

 

 「こいつと戦いながらお前を気にする余裕はない。死にたくないなら急いで後退しろ」

 

 つまり足手まといという事だ。

 

 確かに経験の浅いアオイにも目の前の敵が圧倒的な技量を持っている事は分かる。

 

 それでも最後まで戦えない事は悔しかった。

 

 「……了解しました」

 

 ストライクノワールから離れていくイレイズ。

 

 アレンはあえてそれを追おうとはせずに、目の前の敵に集中する。

 

 彼自身ストライクノワールが強敵である事を理解していたからだ。

 

 睨みあう両者は同時に動く。

 

 ビームサーベルとフラガラッハ。

 

 敵を狙って放たれた斬撃が相手を斬り裂こうと装甲を掠め、さらに振るった一撃がシールドに弾かれ火花を散らす。

 

 二機は互いに一歩も退かず、光刃を振りかざし激突を繰り返した。

 

 

 

 

 

 地球軍とザフトの戦況はほぼ互角。

 

 一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 一時ストライクノワールとイレイズMk-Ⅱの参戦により形勢が地球軍寄りになったものの、ザフト側もエクリプスが戦線に加わった事で五分の状態にまで押し返している。

 

 だがこれは地球軍側の思惑通りであった。

 

 彼らは元々正面からの攻撃でプラントを破壊できるなどとは思っていない。

 

 確実にプラントを撃滅する本命の攻撃部隊を戦場から離れた場所に伏せ、奇襲の機会を狙っていた。

 

 それが暗礁宙域に待機させていたアガメムノン級ネタニヤフを旗艦とした奇襲攻撃艦隊「クルセイダーズ」だった。

 

 当然ただの攻撃部隊ではない。

 

 クルセイダーズには確実にコーディネイターを葬り去れるように虎の子とも言える多数の核ミサイルが配備されていたのである。

 

 これをウィンダムに装備させ、直上からプラントに向かって放つ事で一気に殲滅する事こそ地球軍の本当の作戦であった。

 

 このまま作戦が続けば結果はともかくとして、彼らの思い描いた通りに事は進んだかもしれない。

 

 

 

 しかしここで思いもよらないイレギュラーが発生する。

 

 

 

 ネタニヤフの艦長は作戦の推移を確認する為、戦域図を見上げるといい具合に敵主力を引きつけているのが見て取れた。

 

 「……ふん、そろそろ頃合いか」

 

 これでこちらの勝ちは揺るがない。

 

 連中の息の根を止めるために号令を出そうとした瞬間、オペレーターが驚愕に顔を歪め叫んだ。

 

 「後方から熱源、急速接近!」

 

 「何だと!?」

 

 レーダーにはクルセイダースが待機していた場所に向けて急速に接近してくる物の光が映し出されている。

 

 「ザフトに発見されたか!?」

 

 ここでやられれば、すべてが水の泡となる。

 

 それだけは避けねばならないと艦長は出撃していたモビルスーツに迎撃の命令を下す。

 

 「防衛部隊迎撃!! それから核攻撃隊を出撃させろ! 何としても敵を撃ち落とせェェ!!」

 

 「了解!」

 

 迎撃に出たウィンダムは隊列を組み、敵が射程距離に入ると同時にビームライフルを発射できるよう銃口を向けて待ち受ける。

 

 そんなトリガーに指を置くパイロット達が敵を視界に捉えた瞬間、眼を見開いた。

 

 「なんだあれは!?」

 

 「モビルアーマーか?」

 

 それは全身が黒い装甲に覆われた鳥のような機体だった。

 

 その不気味さと不吉さはまるでカラスを彷彿させる。

 

 《どうした迎撃開始しろ!》

 

 「り、了解」

 

 雰囲気に呑まれ一瞬呆けたしまったが、旗艦からの迎撃命令に我に返ったパイロット達は皆一様に攻撃を開始する。

 

 同時に艦隊から放たれるビーム砲とミサイルが同時に黒いモビルアーマーに襲いかかった。

 

 ここまでの火力に晒されればどんな機体であれ撃墜した筈。

 

 ウィンダムのパイロットはそう判断した。

 

 だがすぐにそう判断した自分の甘さに痛感する事になる。

 

 「仕留めたか?」

 

 「いや、まだだ!!」

 

 一気に加速した黒い機体は放たれたビームを旋回しながら次々と回避、迫るミサイルをビームランチャーで薙ぎ払う。

 

 その爆煙に紛れ、飛び出してきた黒い機体は背中のレール砲でウィンダムを撃ち抜いた。

 

 「ぐああ!!」

 

 「くそ!! 囲んで仕留めろ!」

 

 味方が撃墜されていく姿に焦りを募らせたウィンダムは黒い機体を囲んでビームを撃ち込んでいく。

 

 だが黒い機体はさらに加速。

 

 ビームをバレルロールしながら回避すると今度は側面から何かが放出される。

 

 次の瞬間、ウィンダムはまったく予期しなかった方向からの攻撃でコックピットを撃ち抜かれていた。

 

 「なにが起き―――」

 

 落とされたのはそのウィンダムだけではなく、周りにいた機体も次々に撃破されていく。

 

 「な、何が……何が起きているんだ!?」

 

 すると黒い機体に何かが戻っていくのが見える。

 

 「ま、まさか」

 

 そこで見ていた者達はようやく何が起きたのかようやく理解できた。

 

 ドラグーンである。

 

 黒い機体から放出されたドラグーンがウィンダムを攻撃したのだ。

 

 ウィンダムの部隊を振り切った黒い機体は艦隊を攻撃するのかと思いきや、プラントに向かった核攻撃部隊を追っていく。

 

 しかし他の機体に構っていた間にかなり距離を稼いでいた為、あの機体がいかに速くとも間に合うかどうかは微妙である。

 

 

 だが再びイレギュラーは発生した。

 

 

 プラントに迫った核部隊は別方向から連続で放たれたビームによって撃ち抜かれ、核爆発を起こした機体が宇宙を照らした。

 

 「何があった!?」

 

 ウィンダムを撃ち落としたのはあの黒い機体ではない。

 

 ネタニヤフの艦橋から見えたのは三つの機影。

 

 スラッシュ装備とブレイズ装備を装着したザクであった。

 

 これらの機体に搭乗していたのはデュルク率いる特務隊である。

 

 デュルクは奇襲があるだろう位置を予測して待機していたのだ。

 

 「ヴィート、リース、行くぞ。あれの準備が整うまで時間を稼ぐ」

 

 「了解です!」

 

 「……あの黒い機体は?」

 

 「あれは後だ。まず狙うは核を装備したウィンダムだ」

 

 「了解」

 

 三機のザクが迎撃の為に動き出す。

 

 「行くぞ、リース!」

 

 「……ハァ、あんまり熱くならないで」

 

 ヴィートは核を装備して動きが鈍いウィンダムを狙い、ビーム突撃銃で核ミサイルごと破壊する。

 

 その閃光に紛れ接近したリースが護衛の機体をビームトマホークで斬り裂いた。

 

 二機のザクの動きにウィンダムはまったくついていけない。

 

 二人は特務隊に選ばれた精鋭。

 

 並みのパイロットでは相手にならないのも当然である。

 

 「私も遅れをとる訳にはいかないな」

 

 その様子をどこか誇らしげに見ていたデュルクも二人を上回る機動を見せながらビームアックスを振り下ろし敵機を撃破していく。

 

 「こいつら!」

 

 「そんなものが当たると思うか?」

 

 ウィンダムのビームを軽々避け、ガトリング砲でライフルを吹き飛ばすとアックスを横薙ぎに振るい胴体を一刀両断した。

 

 敵も果敢に迎撃していくのだが誰一人彼らの動きについていけない。

 

 せめて核攻撃だけでも成功させようと生き残った者達が前に出る。

 

 そこで後方から来た黒い機体がビームランチャーで残りの核攻撃隊もすべて撃墜した。

 

 「くそ!」

 

 ネタニヤフの艦長は座席の手すりを殴りつける。

 

 「だがまだだ! クルセイダースにはまだ核ミサイルが残っている!」

 

 まだ終わりではないと再び核攻撃隊を出撃させようとした時、正面にナスカ級が現れた。

 

 「今頃になってナスカ級が一隻増えた程度で!!」

 

 だがそのナスカ級は通常のものとは明らかに違っている。

 

 アンテナとでも言えばいいのか、普通のナスカ級には装備されていない物が装着されているのだ。

 

 アレは一体?

 

 そんな疑問を解消するように異変が起きる。

 

 アンテナ部分が光り出し、そのままネタニヤフの方へ眩いばかりの閃光が放たれたのだ。

 

 放たれた光は一直線に進みクルセイダースを巻き込むと艦内で所持していた核ミサイルが一斉に起爆し、宇宙を照らす光と変わった。

 

 その光景を真近で見ていたヴィートは思わず息を飲む。

 

 「あれがニュートロンスタンピーダー」

 

 ナスカ級に設置されているのがザフトの切り札『ニュートロンスタンピーダー』である。

 

 これは中性子の運動を暴走させ強制的に核分裂を引き起こし、有効範囲に存在する核兵器をその場で起爆させる事が出来るという兵器である。

 

 ただしニュートロンスタンピーダーは連発出来ず、さらにこの一発しか使えない。

 

 だがそんな事は連合には分からない。

 

 故にこれで十分だった。

 

 何故ならこれで彼らは迂闊に核を使用する事が出来なくなったからだ。

 

 敵に撃つ前に爆発する核など戦場に持ち込みたがる者はいないだろう。

 

 即ち『ニュートロンスタンピーダー』の存在こそが連合の核に対する抑止力になるのだ。

 

 これで今回地球軍は退き上げる以外にない。

 

 油断は禁物だが戦闘はもうすぐ終了する。

 

 だがまだ一つ問題が残っていた。

 

 デュルクは周囲を警戒しながら、黒い機体へ通信を入れた。

 

 「こちらはザフト軍特務隊デュルク・レアードだ。そこの機体、所属を明らかにせよ。返答がない場合は不本意ではあるが拘束させてもらう」

 

 黒い機体からの返答は無く、反転して離脱しようとする。

 

 だがそうはさせないとヴィートが立ちはだかった。

 

 「行かせるかよ!」

 

 ヴィートは相手の動きを止める為にビーム突撃銃で背中のスラスター部分を狙う。

 

 しかし黒い機体には当たらない。

 

 「なっ、こいつ速い!」

 

 ヴィートが放ったビームを素早く回避すると黒い機体はザクを無視して離脱を計る。

 

 だが今度はそこにリースが待ち構えていた。

 

 「……行かせない」

 

 進路を阻むように誘導ミサイルを撃ち込むが、黒い機体はスラスターを逆噴射させ距離を取るとレール砲で降り注ぐミサイルを迎撃する。

 

 その隙に距離を詰めたデュルクがガトリング砲で牽制を行いながら、ビームアックスで斬り込んだ。

 

 「逃がさん!」

 

 上段から振り下ろされたビームアックスを機体を傾け回避する。

 

しかし進路を阻まれた黒い機体は今までのような速度を出す事は出来ない。

 

 一度態勢を立て直し、再び三機は連携を取ると変わらずスラスター狙いの行動に出る。

 

 ヴィートとリースが距離を取って援護を行い、技量に最も優れるデュルクが斬り込む。

 

 ここでスラスターを損傷させれば逃げられない。

 

 それは黒い機体のパイロットも理解しているらしく、動きを止めずに動き続けていた。

 

 しかしエース三機を相手にしては部が悪かったのか、ついに完全に動きが止まった。

 

 「チャンスです、隊長!」

 

 声を上げるヴィートであるがデュルクは好機とは捉えなかった。

 

 彼のパイロットとしての勘が告げていた。

 

 ここからが本番であると。

 

 その勘は正しかった。

 

 動きを止めた次の瞬間―――

 

 背中のスラスターユニットを分離させた黒い機体はモビルアーマーからモビルスーツに変化したのだ。

 

 「背中のスラスターを排除した!?」

 

 モビルスーツになった黒い機体は肩部分からドラグーンを発射すると三機のザクを囲むようにビームを撃ちこんでくる。

 

 ヴィートとリースがドラグーンを回避する為に動いたその隙に黒い機体は右手にビームサーベルを構えてデュルクに斬り込んできた。

 

 「速いな」

 

 放たれた斬撃を後退して回避すると負けじとビームアックスを下から振り上げる。

 

 しかし相手は横に機体を逸らし最低限の動きだけでビームアックスを避け、もう片方の手でビームサーベルを抜き上段から振り下ろしてきた。

 

 「二刀か。厄介な」

 

 二本のビームサーベルから放たれる斬撃は確実にこちらを捉えてくる。

 

 デュルクはそんな相手の技量に舌を巻く。

 

 「やるな。だが私も特務隊だ。舐めないで貰おう」

 

 振り下ろされた斬撃に合わせるようにビームアックスの柄を相手の腕に当て攻撃を逸らす。

 

 すかさず蹴りを入れ態勢を崩し、再びビームアックスを横薙ぎに叩きつけた。

 

 捉えた!

 

 デュルクがそう判断する完璧なタイミング。

 

 しかしこの黒い機体はさらに予想を上回る動きを見せた。

 

 横薙ぎに振るわれた斬撃を両腕にマウントしてある小型のシールドで流すと、ビームサーベルで柄ごとアックスを叩き折ったのだ。

 

 「なっ、だがまだだ!」

 

 しかし当然デュルクもただではやられない。

 

 背中に装備されていたガトリング砲を分離させると黒い機体に叩きつけた。

 

 敵がそれを避けた隙に態勢を立て直しビームアックスを構え直す。

 

 柄が折られた為に扱いにくくなったが使えない訳ではない。

 

 「そろそろ決着を着けさせてもらうぞ」

 

 距離を取った二機であったが戦いは唐突に幕を閉じる。

 

 黒い機体はドラグーンを戻し、レール砲で排除したスラスターユニットを狙い砲弾を発射する。

 

 「な、隊長!?」

 

 レール砲によって破壊されたスラスターユニットの爆発に紛れるように黒い機体は離脱していった。

 

 「チッ」

 

 黒い機体とデュルク達の位置は何時の間にか入れ替わり、黒い機体が離脱できるような配置になっていた。

 

 今までの攻防もここまで見据えていたとすれば、完全にしてやられた事になる。

 

 「大丈夫ですか、デュルク隊長」

 

 黒い機体の離脱を確認したヴィートとリースはデュルクの傍に寄ってくる。

 

 「ああ、問題ない」

 

 デュルクは黒い機体が離脱した方向を見る。

 

 強かった。

 

 黒い機体のパイロットの技量は並みではない。

 

 あのまま戦っていたらどうなっていたか。

 

 「だが次は勝つ」

 

 デュルク達は敵の襲撃を警戒しつつ退き上げた。

 

 

 

 

 目的を達成した黒い機体『レギンレイヴ』は母艦に向け後退していた。

 

 そのパイロットであるキラ・ヤマトはため息をつく。

 

 「ふぅ、何とか上手くいったな」

 

 予想外の戦闘する羽目になったが、プラントに対する核攻撃は阻止できた。

 

 プラントが撃たれなくて良かったと安堵するとそこに通信が入って来る。

 

 《成功したようだな》

 

 「ええ、何とか」

 

 《では早く戻れ。ザフトに見つかる前に離脱して、本来の任務に戻るぞ》

 

 「了解」

 

 レギンレイヴの行く先には母艦であるドミニオンが待っていた。

 

 機体を回収したドミニオンは移動を開始すると、その宙域には初めからいなかったように掻き消えた。

 

 

 

 

 今回の戦いは地球軍側の実質的な敗北で終わった。

 

 この戦闘によりプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、プラントの安全保障のため積極的自衛権の行使を宣言。

 

 再び世界を巻き込む戦争が始まる。




機体紹介更新、キャラクター紹介投稿しました。


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第11話  悪意の影

 

 

 

 

 『フォックスノット・ノベンバー』

 

 そう呼ばれた地球軍によるプラント侵攻は客観的な視点から見ても明らかな敗北だった。

 

 満を持して臨んだ戦いは返り討ちに遭い、虎の子のクルセイダースも自身が持ち込んだ核の爆発に巻き込まれ全滅。

 

 まったく冗談ではない。

 

 こんな結末は決して許容できない。

 

 だが結果は結果である。

 

 どう言い繕ったとしても現実は変わらない。

 

 《ずいぶんな醜態をさらしたものだな、ジブリール?》

 

 モニターに映った老人が嫌みを吐き捨てるとそれに続くように他の者達も次々と文句を口にし始めた。

 

 《ものの見事に返り討ちか》

 

 《あんな兵器をザフトが開発していたとはね》

 

 誰もが何も知らずに好き勝手な事を言っている。

 

 本当に気に入らない。

 

 こんな無能共に見下されるなど。

 

 だが彼らがその気になれば自分を消すことくらい簡単な事であり、それだけの力を彼らが有しているのも事実なのだ。

 

 だからこそジブリールは内に秘めた怒りと屈辱を抑え込み何も言わずに堪えていた。

 

 《さてどうしたものかな?》

 

 《我らは誰に、どう手を打つべきかな? ジブリール、君にかね?》

 

 「ふざけた事をおっしゃいますな!! この戦争ますます勝たねばならなくなったというのに!!」

 

 そう、奴らこそ消さねばならない害悪。

 

 あんな兵器を持ちだしてくる奴らこそが元凶なのだから。

 

 「我らの核を一瞬にして消し去ったあんな兵器を持ったバケモノが宇宙にはいるのですよ!! 一体何故安心できるというのですか!!」

 

 力強く叫ぶジブリールを冷めた目で見つめる老人達に再び怒りが込みえげてくる。

 

 「戦いは続けます!! 以前のプランをより強化して!! 今度こそ奴らを叩きのめし、力を完全に奪い去るまでね!!」

 

 《……今度こそ失望させないでくれよ、ジブリール》

 

 老人共は冷やかな視線のまま通信を切った。

 

 ジブリールは思いっきり机を殴りつけた。

 

 あんな無能者達に下に見られた事もそうだが、自身の計画をここまで狂わしたあのバケモノ共は決して許せる事ではない。

 

 「おのれぇ! バケモノ共が!」

 

 きつく拳を握りしめ虚空を睨む。

 

 ジブリールは怒りを無理やり抑え込むと、自分を納得させるように呟いた。

 

 「これで終わった訳ではない。むしろこれからだ!」

 

 一度振り上げた拳はそう易々とは下せない。

 

 まあ元々ジブリールに下すつもりはない訳だが、何にしても今度こそ奴らを叩きつぶす。

 

 より明確な憎悪を滾らせながら、ジブリールは決意を新たにした。

 

 

 

 

 『フォックスノット・ノベンバー』の影響は世界各地に大きな動揺と影響を与えた。

 

 しかし最も大きな影響を受けたのは紛れも無くプラントである。

 

 再び彼らの頭上に撃ち込まれた核の閃光。

 

 プラントに到達する前に防がれたとはいえ、血のバレンタインや前大戦で受けた恐怖と怒りはそう簡単に消えはしない。

 

 当然のようにプラント内部は混乱と怒りに包まれていた。

 

 「また核を使われたらどうするんだよ!」

 

 「やっぱりナチュラルなんて!!」

 

 「そんな事より撃たれないために防備を固めて!」

 

 「何言ってんだ! こっちから攻めるんだよ!」

 

 喧騒がプラント全体に広がっていく。

 

 このままではパニックになり、下手をすれば暴動にまで発展する可能性もある。

 

 だがその時プラントに住む者達には馴染みのある、いや懐かしい歌声が聞こえてきた。

 

 透通る声に、心を和ませる歌。

 

 「これって……」

 

 「まさか」

 

 彼らの正面にあるモニターの前に見覚えのあるピンク色の髪をした少女が顔を見せた。

 

 それは紛れも無くかつてプラントに存在した歌姫ラクス・クラインだった。

 

 《プラントの皆さん、落ち着いてください》

 

 誰もがありえない人物の登場に呆然と画面に見入る。

 

 そう、彼女が存在する筈はないのだ。

 

 何故なら彼女はすでに死んでいる筈なのだから。

 

 「ラ、ラクス様?」

 

 「いや、だって、事故で亡くなった筈じゃ……」

 

 三年前、ラクス・クラインは港に停泊していた貨物船の事故に巻き込まれ、父親であるシーゲル・クライン、護衛役であったレティシア・ルティエンスと共に死亡した。

 

 それが少なくともプラントに住む者達の共通の認識である。

 

 ただ戦争終結直後には戦場でラクス・クラインの声が聞こえたなど、オカルトのような話も噂にはなったが誰も本気にはしていなかった。

 

 でもまさか生きていたのだろうか?

 

 そんな彼らの疑問に答えるように画面に映る少女が口を開いた。

 

 《私の名はティア・クライン。ラクス・クラインの妹です。皆さんどうか私の声に耳を傾けてください》

 

 突然告げられた告白に誰もが動揺する。

 

 彼女に妹がいたなんて聞いた事も無いと。

 

 しかし彼女の容姿とその言葉に徐々に皆が引きこまれ耳を傾けていく。

 

 気がつけばパニック寸前だった騒動は収まり、誰もが彼女の言葉に聞き入っていた。

 

 

 

 

 ティア・クラインの声に耳を傾け、プラント内の動揺が収まってゆく様子をアレンはデュランダルの執務室のモニターで眺めていた。

 

 サングラスをかけている為に表情は見えないが、拳は強く握られており、それが彼の心情を表していた。

 

 そんなアレンの姿をデュランダルソファーに座りいつも通り柔和な笑顔で眺めている。

 

 「どうしたのかな、アレン?」

 

 「……プラントの混乱を抑える為にミーア・キャンベルに協力を依頼したと聞いていましたが?」

 

 ミ―ア・キャンベルとはプラントの歌姫と呼ばれたラクス・クラインの歌声を持つと言われたアイドルだ。

 

 容姿はまったく異なるがその歌声は良く似ていた。

 

 ラクス・クライン死後デビューした彼女はその歌声からプラントでもかなりの人気を博している。

 

 「もちろん彼女の力も借りるさ。だがティアの事は早めに伝えた方が良いと思ってね」

 

 アレンはモニターからデュランダルの方に向き直る。

 

 「そしてラクス・クラインの代わりとして利用すると?」

 

 「……もちろん私とて不本意ではある。だがアレンも知っているだろう。彼女の影響力は私などより遥かに大きい事を。この事態を収拾するには必要な事だったのだよ」

 

 確かにプラント内で未だに死亡したとされた筈のラクス・クラインの影響は強い。

 

 いや、死亡したからこそより影響力が強まったともいえる。

 

 彼女の平和を望む歌姫というイメージが強く定着したのだ。

 

 デュランダルはそれを利用しようというのだろう。

 

 アレンは踵を返しそのまま出口に向かう。

 

 「どこに?」

 

 「ここで私がする事は無いでしょうから」

 

 「そうか。気が向いたらティアに会ってやって欲しい。君に会いたがっていたからね」

 

 「……了解しました」

 

 そのまま執務室を退室したアレンは足早に歩いて行くと、前から同僚が歩いてくる。

 

 正面から歩いてきたのはデュルク、ヴィート、リースの三人だった。

 

 普段からデュランダルの傍にいる事の多いアレンは彼らと会話した回数はそう多くはない。

 

 だが一応は同僚である以上は無視する訳にもいかないだろう。

 

 近寄ってくるデュルクに敬礼すると向こうも敬礼を返してくる。

 

 「久しぶりだな、アレン」

 

 「お久しぶりです、デュルク隊長」

 

 デュルクは何時も通り軽く笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

 彼はアレンの事を評価しているらしく会う度に声を掛けてくる少々苦手な人物であった。

 

 だがもっと苦手というか面倒なのが、デュルクの後ろに控え刺すような視線で睨んでくるヴィートだった。

 

 よほどこちらが気に入らないらしい。

 

 もう一人の少女リースと言えば面倒臭そうにため息をついている。

 

 ヴィートが面倒な事を言い出すとでも思っているのだろう。

 

 ため息はこちらがつきたいくらいだった。

 

 「先の戦闘は見事だった」

 

 「いえ、隊長達もプラントへの核攻撃を阻止されたとか」

 

 「まあイレギュラーはあったがな。あの黒い機体の事も気にかかるが……」

 

 アレンも正体不明の機体については報告を受けている。

 

 特務隊三人がかりで止める事ができなかったという事実は上層部に相当な危機感を抱かせているらしい。

 

 一応デュルクがどう考えているのか聞いてみようとするとヴィートが限界に達したのか、不機嫌そうな表情を隠さず前に出た。

 

 「隊長、お話も結構ですが議長にその黒い機体に関する報告書を提出しないといけないですから、そろそろ」

 

 「ああ、そうだな。アレン、今度ゆっくり話そう」

 

 「はい」

 

 デュルクはそのまま歩いて行くがヴィートは動かずこちらを睨んだままだ。

 

 ちなみにリースも同様にこちらを見ている。

 

 「……行かなくていいのか?」

 

 「行くさ。でもその前にお前に言っておくぞ。あんまり調子に乗るな。いつか隊長にも議長にもお前なんかより俺の方が上だって証明してやる!」

 

 「……私はそう嫌いじゃないですけどね。貴方と違ってうるさくないし。仕事するならアレンみたいな人がいいです」

 

 「お前もこんな時だけ喋るな!」

 

 「ハァ」

 

 そのままヴィートとリースはデュルクの後を追っていく。

 

 アレンは再びため息をついた。

 

 「……面倒事はごめんなんだがな」

 

 ヴィートは自分を嫌ってはいるが、敵視はしていないようで、かつての特務隊連中に比べれば遥かにマシではある。

 

 無理やりそう結論付けると目的の場所に急いで歩き出した。

 

 

 

 

 軍司令部に顔を出し、仕事を終えたアレンは車でとあるホテルに向かっていた。

 

 ホテルの駐車場に車を止め、様子を伺うとそこら中に黒服を着た屈強な男達が立っている。

 

 明らかに何かしらのVIPがこのホテルには泊っているという事が丸分かりである。

 

 「あんなあからさまな連中を配置するなんて。今度議長に進言した方がいいかもしれないな」

 

 デュランダルが彼女を重要視しているのだろうが、もっと目立たない方がいいと思う。

 

 普通の人であれば臆してしまう雰囲気をアレンはまったく気にする事無くホテルに入る。

 

 護衛役である彼らもアレンを承知しているらしく、止められる事もなく中を進んでいく。

 

 事前に聞いていた部屋をノックすると「……はい」と小さな声が聞こえてきた。

 

 「失礼します」

 

 部屋にはピンクの髪をした少女ティア・クラインが座って本を読んでいた。

 

 「アレン様!」

 

 やはり良く似てはいる。

 

 しかし彼女を良く知る者が見れば違いも解るだろう。

 

 たとえば背丈はラクスよりも僅かに低いが身体つきはティアの方が豊かだ。

 

 極めつけは表情。

 

 穏やかな印象は同じだがティアは自分に自信がないのか、大人しく自己主張する事は少ない。

 

 その為か自信がなさそうな表情が特徴的だった。

 

 「あの、アレン様、その、どうだったでしょうか? 私はお姉さまのようにやれたでしょうか?」

 

 「ええ、ティア様のおかげでプラントの混乱は収まりました」

 

 「そうですか。良かった。もっと皆さんの役に立てるように頑張ります」

 

 今までずっと不安だったのか安心したように笑みをこぼす。

 

 アレンはそんな彼女を複雑そうに見つめる。

 

 「……今日はお疲れでしょうから。お早くお休みください」

 

 「もう行かれるのですか、アレン様?」

 

 「はい。この後も行く場所がありますから。それからティア様、一つだけ言っておく事があります」

 

 「な、何でしょうか」

 

 不安げな彼女に苦笑すると出来るだけ優しい声色を心がけながら声を掛ける。

 

 「貴方はティア・クラインです。ラクス・クラインではない。例え何をしようともそれは変わらない。周りが何を言おうとも自分を決して見失わないようにしてください」

 

 「アレン様、それは―――」

 

 「では失礼します」

 

 アレンはティアの返事を待たずに退室するとすぐさま別のホテルに向かう。

 

 これから会う連中は流石にティア達のホテルでは目立ちすぎる。

 

 向ったのはティアが泊まっていた所とは異なる宇宙港の近くに建てられた観光客などが多く泊まるホテルである。

 

 そのホテルの一室で待っていた仏頂面と困惑顔の三名の男。

 

 目の前で話を聞いているのはディアッカ、ニコル、エリアスの三名だった。

 

 戦場でアレンの声と動きなどで正体に気がついたらしく呼び出されていたのだ。

 

 アレンとしても彼らに話があった為に丁度良かった。

 

 「待たせてすまない」

 

 「いや、それより話を聞かせてもらいたいんだが。なんでお前がプラントに?」

 

 「ああ」

 

 椅子に座り、自身の要件と合わせて話を始めた。

 

 「―――という訳だ」

 

 アレンの話を聞いても三人の顔は晴れない。

 

 いきなりこんな話を聞かされれば困惑するのは当然であろう。

 

 沈黙する三人が口を開くのを辛抱強く待っているとディアッカがポツリと呟く。

 

 「……一応お前の話は分かったよ。けど全面的に信用する訳にはいかない」

 

 「当然だな」

 

 そう簡単に信用される筈も無い。

 

 昔からの因縁を考えれば当たり前だった。

 

 「ですから貴方の話ももう少し様子を見てからでいいでしょうか?」

 

 「もちろんだ。詳細が分かったらそちらにも知らせる」

 

 とりあえず話は終わった。

 

 すべて承服してもらった訳ではないが騒ぎにならないならとりあえず十分である。

 

 これ以上彼らといた事を見られて在らぬ疑いを掛けられても面倒だと立ち上がったアレンにエリアスは意を決したように前に出る。

 

 「はっきり言っておくと俺はあんたが嫌いだ。あんたはカールの仇なんだからな」

 

 「……だから俺を殺すか?」

 

 「そんな事しないさ。カールがあんたにした事も許される事じゃないだろうし、俺達だってあんたを責められる立場じゃない事は分かってる」

 

 「何がいいたんだ?」

 

 「あんたがザフトやプラントを嫌っているのは知ってる。それでも俺たちにとってはカールやシリルが守った場所なんだ。それだけは覚えていて欲しい」

 

 「……忘れる事なんてないさ」

 

 それは当然の事。

 

 自分の犯した罪も忘れがたい憎しみも、仲間との絆も、そこにはあるのだから。

 

 アレンは振り返らずにそのまま部屋を出ると様々な感情を込めて息を吐いた。

 

 正直エリアスの言葉には驚いた。

 

 もっと感情的に罵倒されても仕方ないと思っていたからだ。

 

 これ以上感傷に浸っている訳にはいかないとアレンは足早にホテルを出ると車に乗り込み急いでその場から離れた。

 

 

 

 

 地球連合とプラントの開戦。

 

 この事実は中立同盟にも大きな波紋を呼んだ。

 

 特にここオーブにおいてはそれがより顕著である。

 

 何故なら少数派とはいえ、地球軍に同調しようとする動きがあったからだ。

 

 その代表ともいえるウナト・エマ・セイラン、ユウナ・ロマ・セイランとカガリは会議室において、何度目になるか分からない議論を交わしていた。

 

 地球連合の提示してきた同盟案に乗るべきだとウナトやユウナはしつこいくらい進言してくる。

 

 しかしカガリにそんな気は全くなかった。

 

 そもそも中立同盟に連合と組むメリットなど欠片も無いのだ。

 

 「くどいぞ。 我らの立場は変わらない」

 

 「では代表は傷ついた地球に住む者達を見殺しにしようと言うのですか!」

 

 「支援は今まで通り行うさ。だが連合と手を組む必要はない。なにより中立同盟は地球軍とは三年前から戦争中だぞ」

 

 「だからこそ、ここでその戦争を終結させ、連合との関係を修復すれば―――」

 

 「その為にあんな馬鹿な降伏案にも等しい条件を飲めと?」

 

 連合の提示してきた同盟締結はあくまでも名目上の話。

 

 要約すれば今まで敵対していた事は許してやるから、対価としてプラントを潰す為の戦力と技術を無償で寄越せと言っているのである。

 

 カガリとて連合との和平の為の努力をしないと言っている訳ではないが、こんな条件では交渉しようがない。

 

 会議は完全に平行線をたどっている。

 

 正確に言うならばすでに結論は出ているにも関わらずセイラン親子がカガリに食い下がっているだけなのだが。

 

 「ともかく結論は出ている。連合の同盟案など飲む気事は無い」

 

 「くっ」

 

 結局そのまま議会は終了となり、足早に自室に戻ったウナトとユウナは苛立ちを抑えながらも吐き捨てた。

 

 「まったく小娘め」

 

 「仕方がないよ、父さん。今回の件は根回しが足りなかった。なによりミヤマが何度も邪魔してきたしね」

 

 確かに今回の件はカガリのお目付け役の妨害もあったが、本当の問題はそこではない。

 

 カガリは政治には疎いというのは周知の事実であり、彼女自身も認めていた事。

 

 だが最近はお目付け役であるミヤマの教育の所為か判断も的確で、逆にこちらがやり込められる事も多くなった。

 

 忌々しい話ではある。

 

 だがカガリが政治家として力をつけていない今こそが彼らがオーブを手にする最後の好機だった。

 

 「だがこれ以上の打開策も無い」

 

 元々今回の地球軍の同盟もウナトに賛同者達を集める事も難しかった。

 

 中立同盟のプラントに対する感情は確かに悪い。

 

 前大戦時のオーブ戦役の最中に起こったザフト奇襲攻撃。

 

 マスドライバー『カグヤ』の破壊と避難民達に対する攻撃で現在オーブに在住しているコーディネイターでさえプラントに対して良い感情を抱いていないのが実情である。

 

 だが同じぐらい地球軍に対する評判も悪いのだ。

 

 そもそもオーブ戦役の原因は地球軍が攻めてきた事で起こったのだから。

 

 「お困りですか?」

 

 「なっ」

 

 声が聞こえた方を振り返るとスーツを着た男が立っていた。

 

 ヴァールト・ロズベルク。

 

 今回の話をウナト達に持ちかけた張本人である。

 

 「貴様いつの間に……」

 

 「失礼いたしました。ノックをしてもお返事が無かったもので。さて、例のお返事をお聞きしたいのですが?」

 

 ウナトとユウナは声を詰まらせた。

 

 たった今会議で結論は出たのだが、口にすることが出来ない。

 

 その反応でおおよそ見当はついたのだろう。

 

 「なるほど」と呟くといつも通りの穏やかな笑顔で頷いた。

 

 「それでお二人はどうなさるおつもりで?」

 

 「……どうも何もないよ。うちの代表が絶対受け入れないからね。どうしようもない」

 

 「では―――消えていただけば良いのでは?」

 

 不穏な発言にウナトもユウナも思わず立ち上がった。

 

 だがヴァールトの顔は真剣そのもの。

 

 つまり本気であるという事だ。

 

 二人は思わず息を飲む。

 

 確かにカガリが消えればその隙にオーブを掌握する事が出来るかもしれない。

 

 しかし、今の状況でカガリに何かあれば疑われるのは間違いなくセイラン親子である。

 

 「最初に言っておきますが、お二人は何もなさらなくて結構です。すべてこちらで処理いたしますので。ただこの件に関しましてはお二人も同意を頂きませんと。どうなさいますか?」

 

 これは彼らにとって運命の選択であり、そして悪魔と契約するに等しい行為である。

 

 そう簡単に答えは出せない。

 

 しかしヴァールトは二人に悩む余地を与えない。

 

 「もう時間もありませんよ。これ以上返事をいただけないとなると、連合上層部も動かざる得ません。それに巻き込まれてもいいのですか?」

 

 「それは……」

 

 「先程も申し上げました通り、貴方達は何もしなくとも良いのです。ただ同意してくだされば良い。後は貴方達の決断しだいですよ」

 

 二人に選択は残されていなかった。

 

 そしてこの日悪魔の契約書に二人はサインすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 アレンは再びデュランダルに執務室に呼び出されると新たな任務を告げられた。

 

 これからミネルバに配属になるという事に加え、タリア・グラディス艦長をフェイスに任命するという辞令を預かったのだ。

 

 「これらをグラディス艦長に渡してくれ。ミネルバに合流後は君の判断に任せる」

 

 「……了解しました」

 

 「アレン、私はあの艦に期待していてね。かつてのアークエンジェルのような役割を果たして欲しいと思っているんだよ。君だからこそ彼らの力になれると思っている」

 

 「そこまで期待されるほどの力は私にはありませんよ」

 

 「不沈艦と呼ばれる要因の一つだった君がそれを言うかね」

 

 「……何の事でしょうか? では準備がありますので失礼します」

 

 デュランダルに敬礼するとこれ以上余計な事を言われる前に踵を返し、執務室を後にした。

 

 必要な手続きをすべて終えたアレンはエクリプスの調整の為に工廠に向う。

 

 車を止め、工廠の中に足を踏み入れると整備士達が忙しなく動きまわっている。

 

 そんな中でアレンの姿を見つけた馴染みの整備士が話しかけてきた。

 

 「おう、どうした? 任務か? 機体は万全だぞ」

 

 「ありがとうございます。今回任務で地上に降りる事になったのでコックピットの調整と挨拶に」

 

 「そうか。流石特務隊は大変だな。地上で特別な作戦でもあるのかね」

 

 「特別な作戦?」

 

 コックピットに乗り込もうとしたアレンは振り返る。

 

 「どういう事です?」

 

 「ん、いやな。少し前に予定にはない機体が地球に輸送されたみたいなんだよ」

 

 「予定にない?」

 

 「ああ、俺はたまたま工廠でデータを整理していた時に気がついたんだけどな。ただすぐにデータに規制がかかったみたいだから特殊な作戦でもあるのかなってさ」

 

 アレンは少し考え込む。

 

 確かに開戦した事で極秘作戦が展開されるというのは考えられるが―――

 

 「その機体はなんだか分かりますか?」

 

 「確かアッシュだったかな」

 

 アッシュとはザフトの最新鋭水陸両用MSである。

 

 この機体は特殊戦闘支援MSに属するもの。

 

 だが少なくともアレンは現状そんな特殊作戦の話を聞いた覚えはない。

 

 もちろんこの先の戦闘に備えてという事かもしれないが。

 

 予定になかった機体の輸送とデータの規制は気にかかる。

 

 「この話、他の誰かにしましたか?」

 

 「いや」

 

 「ではこれ以降誰にも話さないようにしてください。いいですね」

 

 「お、おう、わかった」

 

 アレンはエクリプスには乗り込まず再び工廠の外に歩いて行った。

 

 

 

 

 フォックスノット・ノベンバーの敗北によって出鼻を挫かれた地球軍。

 

 それを迎え撃つザフト。

 

 両軍は小競り合いこそ頻発していたが本格的な大規模戦闘には至っておらず、現状睨み合いの状態であった。

 

 それによって助かっていたのはテタルトスである。

 

 いかに戦争と直接関係ないとはいえ近くで戦闘が起これば警戒せざる得なくなる。

 

 しかしこうして睨み合っているだけならばこちらも準備をする為の余裕が出来るからだ。

 

 そんな中アレックスはアポカリプスの司令室まで呼び出された。

 

 「アレックス・ディノ少佐、入ります」

 

 司令室には司令官であるエドガー、ユリウス、バルトフェルドがいた。

 

 「済まないな、呼び出してしまって」

 

 「いえ、何かあったのですか?」

 

 エドガーに代わってユリウスが説明する。

 

 「例の件の調査について中間報告が入った」

 

 その言葉にアレックスも表情を変えた。

 

 デブリに潜伏していた武装集団とは別件の現在テタルトスにおける重要案件の一つ。

 

 アレックスは改めて気を引き締めると鋭い目で話の先を促す。

 

 「結果はこららの予想通りだった。この件で中立同盟も動いているらしい」

 

 「……そうですか」

 

 「中間報告とはいえこういう結果が出た以上私達も黙っている訳にはいかない。我々も調査に動くぞ」

 

 「了解です」

 

 再び始まった戦争と今回の調査。

 

 やはり自分達も無関係である事はできないか。

 

 アレックスは改めて覚悟を決めると詳しく話を詰める為に話し合いに耳を傾けた。

 

 

 

 

 オーブに停泊しているミネルバは急ピッチで修復作業が進んでいた。

 

 短いといえ休暇を取った皆の表情は明るく、艦内の空気も緊迫もしていなかった。

 

 もちろんすでに開戦した事実は皆が知っている。

 

 しかし未だオーブにいる彼らには詳しい情報も入ってこない為、実感が湧いていないというのが実情であった。

 

 そんな中でシンは一人だけ我武者羅に訓練を続けていた。

 

 「この!!」

 

 敵から放たれたビームを上昇して回避。

 

 ビームサーベルを叩きつけ、胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

 

 さらにビームライフルで次の敵機を撃ち抜いていく。

 

 「俺はもっと!!」

 

 モニターに表示される敵を次々に屠っていくと何時の間にかシミュレーターは終了し、結果が表示される。

 

 それはまさにザフトの赤服に選ばれる事はある成績だ。

 

 しかし―――

 

 「これじゃ駄目だろ」

 

 シンは満足などしていなかった。

 

 アーモリーワンからの戦いでシンは自分よりも遥かに高い技量を持つパイロット達を見てきた。

 

 特務隊のアレン・セイファート。

 

 デブリで戦った月の紅い新型モビルスーツ。

 

 そして妹のマユでさえあれだけの強さを目の前で見せたのだ。

 

 自分ももっと強くならないと強敵が現れたらミネルバを―――セリスを守る事が出来ない。

 

 「俺は……」

 

 汗を拭いもう一度シミュレーターを開始しようと手を伸ばした時、横から怒った顔をしたセリスが覗き込んできた。

 

 「シン、いつまでやってるの! 少しは休んで!!」

 

 「うっ、いや、その、俺は大丈夫だし」

 

 「いいからこっち」

 

 腕を引かれたシンはセリスを振り払うことも出来ず、ついて行くしかない。

 

 セリスに引っ張って行かれたのは誰もいない甲板。

 

 というかドックの中である為に何も見えないから、外に出てくる物好きはいないというだけだ。

 

 「で、何があったの?」

 

 「え、何が?」

 

 「誤魔化さないの。シンが悩んでる事は分かってるし。なら悩みはマユちゃんの事しかないでしょう」

 

 なんというか驚いた。

 

 セリスにはお見通しらしい。

 

 それともそこまで自分は分かりやすいのだろうか。

 

 「……分かったよ、話す」

 

 シンは休暇中の事をセリスに話した。

 

 このまま抱え込んでいても仕方ないし、セリスはマユとの関係を常に気にしてくれていたのだ。

 

 話をしておいた方が良いと思ったのである。

 

 マユの戦う理由やそしてもしも敵対する事になったらどうするのかという問いかけとシンの答え。

 

 黙って聞いていたセリスは暗い表情で俯いた。

 

 「シンはそれでいいの? 下手したらマユちゃんと―――」

 

 「分かってるよ。でもだからってマユに皆を討たせる事は出来ない」

 

 もう決めた事だ。

 

 もちろんそうなると決まった訳ではないが、もしもの時は―――

 

 そう考えたシンの手はいつの間にか震えていた。

 

 手だけではなく、何時の間にか体も震え始めた。

 

 決意もしたし、覚悟も決めたつもりだった。

 

 だがいざそうなった時、まともに戦えるのか?

 

 消えない不安を払拭したくてシンはここ最近、訓練漬けの毎日を送っていた。

 

 そんな震える体を暖かいものが包む。

 

 セリスが抱きしめて来たのだ。

 

 「大丈夫だよ、シン。私が一緒にいるからね」

 

 「……セリス」

 

 シンはセリスを強く抱きしめ返す。

 

 この温もりを絶対に失わないように。




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第12話  蒼き翼は夜空を舞う

 

 

 カガリは執務室で先程まで行われていた会議の事を考えていた。

 

 別に問題が起こった訳ではない。

 

 会議自体は順調に終わった。

 

 いや、順調すぎたと言えば良いのか。

 

 正直、今回もウナトやユウナが地球軍への同盟を再び口にしてくると思っていたのだ。

 

 しかし意外なほどスムーズに会議は進み、彼らは結局何も発言しないまま終了したのだ。

 

 何の問題も無い筈なのだが、何故か不気味な気がしてならない。

 

 セイランは仮にも宰相を任されているほどの有能な政治家。

 

 無論、カガリも信頼している。

 

 故に意見は対立していても彼らの存在を疎んだ事はない。

 

 だからこんな風に考えるのは嫌なのだが。

 

 「……ミヤマ、今日のウナト達の事をお前はどう思った?」

 

 後ろに控えていたショウは顎に手を当てると考え込むように俯いた。

 

 「……そうですね。先日の件で諦めたとも取れますが、それにしては静かすぎました。何か別の方策でもあるのか、もしくは―――何かしらの強硬策に出ようとしているのか」

 

 「強硬策?」

 

 「ええ。彼らがそこまで短絡的な手段に出ると考えたくはありませんが、可能性としてはありえます。たとえば暗殺など」

 

 「まさか」

 

 ショウの発言に思わずカガリも身を固くする。

 

 それは個人的にも流石にないと思いたい。

 

 だが、それとこれとは別の話。

 

 最悪の状況は想定しておいた方が良いかもしれない。

 

 「ともかくしばらくは警戒しておいた方が良いかと」

 

 「そうだな」

 

 へばりつく不安は消えなかったが、確信のある話ではない。

 

 あくまでも仮定の話だ。

 

 カガリは余計な事を考えるのをやめると残った仕事に集中する事にした。

 

 

 

 

 暖かい午後。

 

 食事を終えたマユはレティシア、ラクスと紅茶を飲んでいた。

 

 今日は珍しく三人共軍に呼び出される事無く、静かに過ごしている。

 

 世界は再び連合とプラントとの間で戦争状態に陥っている。

 

 だがオーブは今のところ平和であった。

 

 しかしこの前のカガリの話を聞けばそれも仮初であると実感する。

 

 地球軍からの同盟案とそれに伴うオーブ内の混乱。

 

 近いうちに何かが起こるのは確実。

 

 「いつまでもこうしてはいられませんね」

 

 「ええ」

 

 ラクスやレティシアの声に明るさは無く、どこか沈んでいた。

 

 今のままでは再び戦場に出る日も近い。

 

 軍人である以上それは覚悟しているが、脳裏に蘇る前大戦の光景が三人の表情を曇らせていた。

 

 「……今でも準備はしています。私達も工廠に顔を出しましょう」

 

 「そうですね」

 

 マユは窓から楽しそうに遊ぶ子供たちを見つめながら内心ため息をつく。

 

 確かに覚悟はしている。

 

 だが、この穏やかな日々が少しでも長く続く事を願わずにはいられない。

 

 戦場に出れば無慈悲な現実だけがそこにある事を知っているから。

 

 しかしそんな願いとは裏腹に戦いの足音はすぐそこまで迫っていた事に彼女達はまだ気が付いていなかった。

 

 

 

 

 その日はいつも通りの穏やかな夜だった。

 

 いつも通り子供達が楽しそうに騒ぎ、それに混じってマユ達も笑顔で笑う。

 

 本当に何も変わらない、普通の日常であるとそう思っていた。

 

 

 しかしこの日は違った。

 

 

 近場の海から彼女達の家に近づいてくる人影がある。

 

 岩陰に隠れながら潜水具を脱ぎ捨て、暗視スコープを装着すると持ちこんだ火器を確認する。

 

 その動きには無駄がない。

 

 見る者から見れば普通の者ではない事が分かるだろう。

 

 その淀みない動きは彼らが軍事訓練を受けている証拠だった。

 

 先頭に立つ男が共にここまでたどり着いた部下達を見渡すと口を開いた。

 

 「良いな、ターゲットAの死の痕跡は残すな。そしてターゲットBとCは極力怪我を負わせず無力化し捕獲する事」

 

 誰も声には出さないがそのまま頷く。

 

 「第二部隊も動いている。遅れる訳にはいかない。行くぞ」

 

 黒い影はマユ達がいる家に向かって素早く動き出す。

 

 

 

 

 影が迫っていたのはマユ達のいる場所だけではない。

 

 マユ達が住む家からさほど離れていない場所に存在するアスハ邸。

 

 すなわちカガリがウズミと共に住まう邸宅にも黒い影は迫っていた。

 

 一番最初に不吉な影が近づいているのに気がついたのはショウであった。

 

 事前の情報とセイラン親子のいかなる策にも対応する為に警戒していたのが幸いし、邸宅に仕掛けていたセンサーに反応があったのである。

 

 操作していた端末が異常を検知していた。

 

 端末を素早く叩きながら、状況を確認する。

 

 「何者だ? センサーの一部が解除されている所から見ても、まともな連中とも思えんか」

 

 手元に置いていた銃を掴み、端末から部下達に指示を飛ばすとショウは部屋を飛び出す。

 

 部下の配置を確認しながらカガリの部屋までたどり着くと軽くドアをノックした。

 

 「カガリ様、起きて頂けますか?」

 

 「……どうした?」

 

 「侵入者です」

 

 「何!?」

 

 ショウの報告にカガリはすぐさま銃を構えて飛び出してきた。

 

 服も動きやすいものを着込んでいる事から、事前に準備をしていたのだろう。

 

 「お父様は?」

 

 「すでに部下達が保護しています。私達も早く―――ッ!?」

 

 ショウは咄嗟にカガリに覆いかぶさると、次の瞬間、無数の銃弾により防弾の窓に大きな罅が入る。

 

 「結構な人数に入り込まれているようですね。ここも長くは持ちません、シェルターに急ぎましょう」

 

 「ああ!」

 

 万が一に備えカガリを庇う様に立ち上がると走り出した。

 

 だが途中で侵入者と思われる者が銃を構えてくる。

 

 「カガリ様、下がって!」

 

 動くのが早かったのはショウの方であった。

 

 懐に持っていたボールペンを投げつけ相手の狙いを逸らすと素早く懐に飛び込み、引き金を引く。

 

 数発の銃弾が侵入者を撃ち抜き、血を撒き散らしながら倒れこんだ。

 

 「ミヤマ、新手だ!」

 

 「ッ!?」

 

 ショウは侵入者の死体から銃を奪うと襲いかかってくる者に向ける。

 

 しかし相手も相当の訓練を積んでいるのか簡単に射線を取らせない。

 

 横から斬りつけてきたナイフを銃で受け止めるともう片方の手に握った銃で躊躇う事無く射殺した。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「ええ、問題ありません」

 

 ショウは駆け寄ってくるカガリに無事を知らせつつ、倒れた侵入者がつけていたイヤホンのついた通信機らしきものを奪って立ちあがる。

 

 「カガリ様、こちらに」

 

 「ああ」

 

 しかしどうやら結構な数の侵入者がいるらしく、逃げる途中で銃撃に阻まれてしまう。

 

 「全く何人いるんだ?」

 

 「ええ、しかも全員何かしら訓練を受けているようです」

 

 通路に隠れ銃撃をやり過ごしながら隙を窺うが激しい銃撃の為に前に進めない。

 

 どうするか?

 

 ショウが突破口を見つけようと視線を通路の先に向けた瞬間、侵入者のいる方向から銃声と共に誰かが倒れる音が聞こえ、同時に激しい銃撃も止んだ。

 

 誰かが侵入者を倒したらしいが―――

 

 近づいてくる影は二つ。

 

 「無事か!」

 

 「大丈夫!?」

 

 「フラガ一佐、ラミアス艦長!!」

 

 先程侵入者を倒したのはムウ・ラ・フラガとマリュー・ラミアスであった。

 

 マリューは現在マリア・ベルネスという偽名を名乗り、モルゲンレーテのエンジニアとして勤めている。

 

 そしてムウは前大戦で重傷を負い、ずっとリハビリ中であったが一年前にようやく軍に復帰していた。

 

 どうやら今回はカガリの護衛を務めてくれていたらしい。

 

 「無事で良かったわ、カガリさん」

 

 「助かった、ラミアス艦長」

 

 「話は後だ、マリュー、お嬢ちゃん!」

 

 この男は相変わらず、カガリに対する敬意のかけらもない。

 

 本来なら叱責しなければいけないのだろう。

 

 だが彼はこういう男だと知っているカガリは苦笑するだけだ。

 

 ショウも思わず眉を潜めているが、今は話をしている暇はない。

 

 「カガリ様、今のうちに抜けましょう」

 

 「私達が先導します。行くわよ、ムウ!」

 

 「こっちは苦手なんだが、まあそうも言っていられないか!」

 

 襲撃者を撃退しながら全力で走る。

 

 数回の銃撃戦の後、何とか怪我もなく安全なシェルターがある通路まで辿りついた。

 

 「ここです。少しお待ちを」

 

 ショウは素早く暗証番号を入力して、扉を開くと三人はそのまま中へと飛び込んだ。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「全員無事?」

 

 「何とかな」

 

 切れる息を整えながら、シェルター内部を見渡す。

 

 そこにはショウの部下達と共にウズミが待っていた。

 

 「カガリ、無事か!」

 

 「お父様も!」

 

 ウズミが無事だった事でカガリはホッと安堵する。

 

 皆の無事が確認され、空気が緩む。

 

 その中でショウだけは依然として厳しい表情を浮かべていた。

 

 「どうした、ミヤマ?」

 

 ショウは侵入者から奪った通信機から聞こえてくる会話を聞いていた。

 

 「どうやら襲撃されたのはここだけではなかったようです」

 

 「何!?」

 

 ショウが聞いているイヤホンの一つを耳に当てると通信機から漏れてくる襲撃者達の声が聞こえてくる。

 

 《ターゲットAは……子供と共に逃走中……》

 

 「子供だと!?」

 

 現在オーブ内で子供と共にいて尚且つ命を狙われそうな人物は一人だけ。

 

 敵の狙いはラクスに間違いない。

 

 「救援は?」

 

 「こちらの侵入者に対する鎮圧と合わせると、時間が……」

 

 「くっ、急がせろ! 向こうには我々のような装備も人員もないんだ」

 

 「了解」

 

 カガリは何も出来ない現状に焦れながら拳を握り締める。

 

 向こうには実戦経験の豊富なレティシアや訓練を受けたラクスとマユもいる。

 

 だがいかに彼女達であろとも多勢に無勢。

 

 万が一の備えはしてあるが、非常に危険である事に変わりはない。

 

 カガリは皆の無事を祈りながらショウの報告を待つ事しかできなかった。

 

 

 

 

 カガリ達が無事にシェルターに辿り着いた頃、マユ達も銃撃の雨に晒されていた。

 

 鳴り響く銃声に壁や窓を打ち砕く銃弾。

 

 その音が響くたびに子供達の悲鳴が上がる。

 

 子供達の怯えた声を聞くたびにマユは怒りで強く拳を握りしめた。

 

 何が狙いなのかは知らないが、子供達まで巻き込むなど絶対に許せない。

 

 マユは手に持った銃のセーフティーを外すと子供達と一緒にいたラクスに叫ぶ。

 

 「ラクスさん、レティシアさん、急いでシェルターに!!」

 

 「ええ、行きましょう。皆大丈夫ですからね!」

 

 「う、うん」

 

 怯える子供達を宥めながら、レティシアが先頭に立つ。

 

 この中で白兵戦の経験が豊富なのはレティシアのみ。

 

 マユやラクスは訓練は受けていても経験不足。

 

 皆を守りながらシェルターに向かうにはレティシアが先頭に立つしかない。

 

 「私が先行します。マユとラクスは後から来て下さい」

 

 「レティシアさん、私も!」

 

 「マユは皆をお願いします」

 

 レティシアは銃を構えて先行する。

 

 撃ち込まれる銃弾に注意しながら壁を背に進むと曲がり角で待ち伏せしていた襲撃者が銃を構えて襲いかかってきた。

 

 だがレティシアの姿を確認した瞬間、狙いが極端に甘くなる。

 

 何故か知らないが好機だ。

 

 レティシアは蹴りを放ち襲撃者の銃を叩き落とす。

 

 そして体勢を崩した敵に自分の銃を顎に付きつけ躊躇う事無く引き金を引いた。

 

 飛び散った鮮血を浴びないように注意して射殺した相手から武器を奪い、さらに向ってくる敵に銃弾を撃ち込んでいく。

 

 だが敵は怯む事はない。

 

 数人を倒したレティシアにさらにナイフを持って襲いかかってくる。

 

 「しつこいですね」

 

 ナイフを横っ跳びで回避すると体を沈めて襲撃者の足を払い、倒れ込んだ敵に銃弾を放った。

 

 息の根を止めた敵には目もくれず、残った敵にも銃を構える。

 

 だがレティシアが引き金を引く前に、別方向から放たれた銃弾によって敵が撃ち倒された。

 

 「レティシアさん!」

 

 「マユ、ラクスも」

 

 銃を構えたマユがラクス達と飛び込んでくる。

 

 その姿に安堵しながら、全員の様子を見渡す。

 

 どうやら怪我をした者はいないようだ。

 

 レティシアは皆の無事な姿に確認すると即座に周囲を警戒する。

 

 いつまでも同じ場所に留まるのは危険。

 

 狙いが分からない以上、急いでシェルターに向かうべきだ。

 

 「急ぎましょう」

 

 「はい」

 

 外にいる敵からの銃撃を身を低くしてやり過ごし襲いかかってきた敵を撃ち倒しながら走っていく。

 

 何度か襲撃してきた敵を撃退し目的のシェルターに辿りつくとパスワードを入力し扉を開けた。

 

 「皆、早く入って!」

 

 子供達が中に入り、周りを確認しながらマユもシェルターに入ろうとした時、何かが光った事に気がついた。

 

 「ッ!?」

 

 通気ダクトの中に潜む敵が銃を構えている姿が見えた。

 

 狙いは―――

 

 「ラクスさん、危ない!」

 

 マユは咄嗟にラクスを抱え込み床に押し倒すと同時に銃弾が弾けた。

 

 ギリギリではあったがラクスに当たる事無く事無きを得た。

 

 そして即座にレティシアとマユが通気ダクトに向けて銃を発砲し、襲撃者を射殺した。

 

 「今の内です!」

 

 レティシアの掛け声にシェルターに飛び込むと扉を閉めてロックした。

 

 この場所は爆薬などで破壊する事は出来ないし、外からも開ける事は出来ない。

 

 とりあえずはこれで大丈夫だろう。

 

 しかし―――

 

 「コーディネイターですね」

 

 シェルターの扉を見つめながらレティシアが呟いた。

 

 「しかも彼らはきちんとした訓練を受けています」

 

 「つまりザフト軍……」

 

 「ええ」

 

 確かに襲撃者の動きは明らかに普通の者ではなく、相当の訓練を積んでいた。

 

 拳を固く握るマユの気遣うようにラクスが肩を叩くと呟いた。

 

 「狙われたのは……私なのですね」

 

 彼らは何かを探していたし、先程ダクトから攻撃してきた敵は明らかにラクスを狙っていた。

 

 一瞬でも気がつくのが遅れていたらラクスは射殺されていたに違いない。

 

 しかし浮かんでくるのは強い疑問であった。

 

 そもそもラクスを狙う意味が分からない。

 

 プラントでは彼女はすでに死んでいる人間である。

 

 かつての立場や生まれを考えて彼女が生きている事は限られた人間しか知らない筈なのだ。

 

 だがそんな考えも突然起こった大きな轟音と振動によって中断された。

 

 子供達の悲鳴と共にシェルターが大きく揺れる。

 

 「こ、これって」

 

 「どうやらまだ諦めていないようですね」

 

 ここまで派手な事をやったのだ。

 

 彼らの目的がラクスの命ならば、それを達成するまで退いたりはしないだろう。

 

 「もっとシェルターの奥まで行きましょう!」

 

 子供達を連れさらにシェルターの奥まで走り込み、扉を閉める。

 

 間一髪だったのか、その数瞬後先ほど以上に大きな爆発の振動が伝わってきた。

 

 これほどの振動と爆発は明らかに対人兵器ではない。

 

 「まさかモビルスーツ!?」

 

 「おそらくは。何機いるかは分かりませんが、火力を集中されるとここも長くは持ちません」

 

 数機のモビルスーツの火力で攻められれば確かにここも持たない。

 

 だが、今のマユ達に対抗策など―――

 

 その時、自分達がどこにいるのか思い至り対抗策の存在に気がついた。

 

 今いるシェルターの奥にはある物が保管されている。

 

 それを使えばこの状況でも打開できる。

 

 問題は誰がやるかだ。

 

 狙われている可能性が高いラクスは論外。

 

 対人戦闘技術の優れたレティシアも万が一に備えていた方が良いだろう。

 

 ならば答えは決まっている。

 

 「ラクスさん、アレを使いましょう」

 

 「マユ!?」

 

 「このままでは皆やられます。誰かがやるしかありません。私が行きます」

 

 ラクスが若干躊躇うように俯く。

 

 しかし彼女も他に打開策が無い事も理解しているのだろう。

 

 手に持っていたハロの口に入っていた二本の鍵を取り出すと片方をレティシアに手渡し奥に存在する扉に歩み寄る。

 

 「ラクス、いきますよ」

 

 「はい。お願いします」

 

 二人は頷くと横に設置してあるパネルに鍵を差し込み同時に回した。

 

 

 扉がゆっくり左右に開くとその奥には翼を持った鋼鉄の巨人が静かに佇んでいた。

 

 

 ZGMF-X10A『フリーダムガンダム』

 

 

 前大戦では最強の機体とされた四機のモビルスーツが存在する。

 

 その四機は非常に高い性能とパイロット達の技量によって圧倒的な戦果を叩きだした同盟軍の象徴ともいえる機体だった。

 

 それが『アイテル』『ジャスティス』『イノセント』そして『フリーダム』である。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において大破に近い損傷を受けたフリーダムは修復され、ここに保管されていたのだ。

 

 万が一の事態に備えて。

 

 マユは一度だけフリーダムを見上げるとこの機体に乗るべきパイロットに思いを馳せる。

 

 本当ならば本来のパイロットであるキラが乗るべきなのだろう。

 

 だが今はここにはいない。

 

 だから―――

 

 「キラさん、今は皆を守る為に使わせて貰います」

 

 マユは静かに呟くと機体に乗り込む為に歩き出した。

 

 

 

 

 その頃、シェルターの外側では異様な形のグリーンを基調としたモビルスーツが岩盤目掛けてビームを撃ち込み続けていた。

 

 UMF/SSOー3『アッシュ』

 

 脚部が細長くショルダーアーマーを畳んだMA形態への可変機構を持つ水陸両用の機体である。

 

 水中でも高い機動性を誇りながらも同時に陸上での戦闘能力を有している。

 

 両腕部の格闘用ビームクローやビーム砲、機関砲と胴体部のフォノンメーザー砲などを装備した火力もある機体となっている。

 

 コックピットの中で襲撃者を指揮していたのはヨップ・フォン・アラファス。

 

 ザフト軍の特殊部隊に所属する男である。

 

 「火力を集中させろ! 隔壁を突破すればそれで終わりだ!」

 

 ヨップは焦っていた。

 

 今回の任務についてここまで手こずるとは思っておらず、さらに第二部隊の方も失敗。

 

 しかも使用予定のなかったアッシュを引っ張りだし、攻撃を繰り返しているが未だに目的を達成できない。

 

 このままではまずい。

 

 もしこの機体をオーブ軍に見つかればプラント側の関与が露呈してしまう。

 

 なんとしても目的を達成しなければ―――

 

 ヨップは焦りを押し殺し、再び声を張り上げようとしたその時、空に向けて閃光が飛び出してきた。

 

 夜の闇を斬り裂くように撃ちこまれたビームに誰もが目を奪われる。

 

 「な、何だ!?」

 

 舞い上がる爆煙の中を突っ切るように一機のモビルスーツが上空に飛び出してきた。

 

 夜空に飛び上がるその機体はあまりに特徴的。

 

 

 白い四肢に黒い胸部、そして最大の特徴といえる蒼き翼。

 

 

 あれは―――

 

 

 「まさか、フリーダム!?」

 

 「え、えええええっ!?」

 

 当然ザフトに所属するヨップもフリーダムの事は知っている。

 

 圧倒的な戦果を叩きだした中立同盟軍最強の一機。

 

 それが何故こんな場所にいる!?

 

 しかしヨップ達にそんな事を考えている暇などなかった。

 

 フリーダムは翼を広げ、腰からビームサーベルを抜くと一気にアッシュに向けて斬り込んできた。

 

 あまりの速さにヨップ達はまったく反応できない。

 

 気がつけば左に展開していた二機が斬り裂かれ撃破されてしまった。

 

 「速い!?」

 

 それだけではない。

 

 一瞬で二機を撃破するパイロットの技量も尋常ではない。

 

 だからと言ってヨップ達に退くという選択肢は無かった。

 

 残ったアッシュが振り返り両腕を掲げビーム砲をフリーダムに向けて叩き込む。

 

 「撃ち落とせ!!」

 

 アッシュの両腕から放たれたビームが動き回るフリーダム目掛けて襲いかかる。

 

 だが当たらない。

 

 蒼い翼を広げて、舞うような動きに翻弄され、全く捉える事が出来ない。

 

 まるでビームの方がフリーダムを避けているのではと錯覚するほどだ。

 

 ならばとミサイルを撃ち込んでも同じ事。

 

 ミサイルを機関砲で撃ち落としながら近くにいたアッシュの両足を容易く切断していく。

 

 「くっそぉぉぉ!!!」

 

 撃ちこまれるビームを避けながら正面から突っ込んできたフリーダムはすれ違い様にさらに二機のアッシュを斬り捨てた。

 

 「ば、馬鹿なぁぁ!」

 

 強すぎる。

 

 あまりに信じがたい状況にヨップ達は叫ぶ事しかできない。

 

 フリーダムはビームライフルを構え、空中で逆さに宙返りしてバラエーナプラズマ収束ビーム砲、クスィフィアスレール砲を展開すると一斉に撃ち出した。

 

 フルバーストモードの圧倒的な火力を前に成す術無く次々とアッシュが破壊されていく。

 

 正確な射撃と鋭い斬撃。

 

 撃ちこまれた攻撃をすべてかわしきる操縦技術。

 

 まさに最強と言われるにふさわしい力だった。

 

 「あ、ああ」

 

 最後に残ったのはヨップのみ。

 

 フリーダムはそのまま速度を緩める事無く突っ込んでくる。

 

 「く、舐めるなァァァァ!!!」

 

 ビームクローを展開して正面から斬り込んでくるフリーダムに突き出すように叩きつけた。

 

 しかしそんなヨップの反撃すらあっさりと回避したフリーダムは機体を回転させビームサーベルでアッシュの両腕を斬り落とす。

 

 さらに動きを止める事無く両足も斬り飛ばされたアッシュは無様にも背中から倒れこんだ。

 

 ここに勝敗は決した。

 

 全機が倒された以上、もはやどうする事も出来ない。

 

 だが妙だった。

 

 これだけの力を持ちながらフリーダムによって撃破されていないアッシュが存在したのだ。

 

 あれだけの力を持っているなら撃破するなど容易い筈。

 

 なのに何故撃破しないのか?

 

 疑念と憤りを抱え倒れこむアッシュのコックピットからにらみ付けるヨップを、フリーダムのコックピットでマユが表情一つ変えずに見下ろしていた。

 

 彼らを撃墜しなかったのは情けを掛けた訳ではない。

 

 単純に襲撃者が誰の命令で動いていたのかなど手掛かりや証拠をすべてを消してしまう必要はないと思ったに過ぎない。

 

 ともかくこれで終わりだろうと一息つきかけた。

 

 だがそこで驚くべき事が起きる。

 

 動けないとはいえコックピットが無事であったアッシュが次々と爆発していくのだ。

 

 つまりは自爆である。

 

 「証拠隠滅ということですか」

 

 どうやら彼らは任務達成が出来ないと判断した際はそう選択するつもりだったらしい。

 

 しかし逆をいえば彼らの情報が漏れるとまずいという事の証明でもある。

 

 マユは大きく息を吐くと周囲を警戒しつつフリーダムを地上に下ろす。

 

 そしていつの間にか昇っていた朝日を眺めながら目を細めた。

 

 

 

 

 

 襲撃を受けたマユ達の家から若干離れている孤島。

 

 そこからフリーダムとアッシュの戦闘を眺めていた男がいた。

 

 彼が搭乗しているモビルスーツのコックピットのモニターにはフリーダムに圧倒されるアッシュの姿が見えていた。

 

 戦闘の結果は考えるまでもない。

 

 予想通りフリーダムによって全機が撃破及び戦闘不能にされてしまった。

 

 そして生き残った者達も機体を自爆させた事で襲撃部隊は全滅した。

 

 「……失敗か」

 

 失敗する事も想定はしていたのだが、まさかフリーダムが出てくるとは予想外だった。

 

 しかも動きを見る限りパイロットはキラ・ヤマトではないらしい。

 

 一応控えとしていた第三部隊もここにいる。

 

 作戦が上手くいった際にはこのまま第三部隊にオーブの研究施設を襲撃させる予定だった。

 

 だがパイロットが違うとはいえあのフリーダムを前にしては意味もなだろう。

 

 仮に第三部隊を送り込んで戦いを仕掛けても返り討ちにされてしまうだけだ。

 

 「まあ最低限の目的は達成できた」

 

 そう呟くとそこにいた男達も即座に撤退を開始した。

 

 

 

 

 地球軍宇宙要塞『ウラノス』

 

 地球軍は先の戦いで敗戦し、ここに退却してきていた。

 

 クルセイダースを失ったとはいえ、地球軍の本隊は健在である。

 

 現在は睨み合いが続いているが、またいつ戦いが始まってもおかしくは無い。

 

 それはウラノスに無事帰還を果たしたアオイも痛感している事だった。

 

 だから何時出撃になっても良いように、今はシミュレーターでの訓練に勤しんでいた。

 

 「この!」

 

 ビームライフルで狙いをつけて発射するが、敵を掠める事すらできずに空を切る。

 

 「当たらない!?」

 

 現在、シミュレーターの対戦相手は上官であるスウェンである。

 

 アオイは前回の戦い以降、スウェンに頼み込み訓練ばかりの日々を送っていた。

 

 理由は単純なもの。

 

 前の戦闘は碌に戦うことも出来ず結局スウェンの足を引っ張るだけだった。

 

 もし仮に自分だけであれらの敵に遭遇していたらどうなっていたかは明白。

 

 間違いなく撃墜されていた筈だ。

 

 「このままじゃ駄目だ」

 

 強くならないと自分の大切な人達を守る事はできない。

 

 アオイは再びビームライフルを構え斬り込んできたストライクノワールを狙う。

 

 しかし放たれたビームがストライクノワールを捉える事は無く、またもや宇宙の闇へと消えていく。

 

 「くっ、速い」

 

 「違う、反応が遅すぎるだけだ」

 

 いつの間にか懐に飛び込んできたスウェンに対してアオイは咄嗟に操縦桿引くがそれでも遅かった。

 

 振り抜かれたフラガラッハに構えていたビームライフルが斬り裂かれてしまう。

 

 「くそぉ!」

 

 壊れたビームライフルを投げ捨てビームサーベルでストライクノワールに斬り込んだ。

 

 だがそれはあまりに軽率な判断だった。

 

 「甘いぞ」

 

 横薙ぎに斬り払われたビームサーベルをスウェンは機体を沈み込ませて軽々回避するとイレイズの胴に蹴りを入れ吹き飛ばした。

 

 「ぐあああああ!!」

 

 アオイはフットペダルを踏みスラスターを使用、立て直しを計るがすでにストライクノワールは目の前に迫っていた。

 

 「しまっ―――」

 

 シールドを掲げるが、その前にフラガラッハの斬撃は左腕を斬り飛ばしていた。

 

 アオイは咄嗟にスラスターを使って後退しようと試みる。

 

 しかしスウェンは態勢を立て直す暇を与えず、即座にもう一方のフラガラッハでイレイズを袈裟掛けに斬り裂いた。

 

 目の前が真っ赤に染まり、甲高い音と共にシミュレーターが終了する。

 

 「……全然駄目だ」

 

 アオイは未だにスウェンに一矢報いる事も出来ていない。

 

 だがそれは当然である。

 

 そもそもアオイとスウェンでは経験も戦歴も操縦技術の錬度も違いすぎる。

 

 今のままでは万に一つの可能性も無い。

 

 もちろんアオイ自身も勝てるなんて自惚れてはいなかった。

 

 だがそれでも強すぎる。

 

 あまりの技量の差に自分がまったく成長していないような錯覚すら覚えてしまった。

 

 「少尉、今日はここまでだ。これから呼び出されていてな」

 

 「了解です。ありがとうございました!」

 

 去っていくスウェンを見送ると再びシミュレーターに座る。

 

 これで満足などしていない。

 

 もっと強くならなくてはならない。

 

 アオイはシミュレーターを起動させ、訓練を開始する。

 

 モニターに映った敵機に目を向けると操縦桿をひたすら動かす。

 

 敵機をロックしてトリガーを引き、敵機の胴体を撃ち抜いた。

 

 スウェンに比べれば敵の動きは明らかに遅い。

 

 「これくらいなら!」

 

 さらにアオイはスラスターを吹かしビームサーベルで斬り込む。

 

 逆袈裟から斬り払って敵機の装甲を斬り裂くと撃破した。

 

 「次!」

 

 襲いかかってくる敵機を限界まで迎撃を続けていく。

 

 甲高いシミュレーターの終了音と共に息を吐いた。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 スコアは訓練の成果が出たのか前より格段に良くなっていた。

 

 それを見たアオイはシートに座り込み目を閉じる。

 

 するともう一つ気にかかる事が頭に浮かんできた。

 

 プラントに撃ち込まれた核ミサイルだ。

 

 結果的に阻止されたとはいえ、あれが撃ち込まれていたらどうなっていたか。

 

 あんな事を平気で命令できる者がいるなんて、アオイの感性からは信じられなかった。

 

 考えても仕方ないとは分かっているとはいえ、どうしても頭に浮かんでくるのだ。

 

 息を吐き出し、余計な考えを振り払おうとしたアオイの元のスウェンが足早に戻ってきた。

 

 「少尉」

 

 「どうしたんですか、中尉?」

 

 呼び出しはもういいのだろうか?

 

 「次の命令が来た」

 

 「えっ、次ですか?」

 

 どうやら呼び出された理由はそれだったらしい。

 

 「次の作戦が始まる。すぐという訳じゃないが準備をしておけ」

 

 「は、はい。えっと次はどこに?」

 

 「次はオーブだ」

 

 オーブは中立同盟の一国だ。

 

 確かに同盟とは戦争状態であるが、ザフトと戦うと思っていただけにやや困惑してしまう。

 

 よりによって地球での戦闘。

 

 ブレイク・ザ・ワールドの復興もまだまだ進んでいないのに、戦いをしている余裕があるのだろうか?

 

 そんなアオイの思いなど無視し、戦争の主戦場は地球に移行していく事になる。

 



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第13話  迫る戦火

 

 

 ザフト軍と思われる部隊からの襲撃。

 

 アスハ邸にはこの件に巻き込まれた全員が集まっていた。

 

 一様に皆、表情が暗い。

 

 命を失いかけたのだから元気というのも当然なのだが、理由はそれだけではない。

 

 今回の一件はあまりに根が深いのだ。

 

 確定したという訳ではないにしろザフト軍と思われる部隊からの襲撃に加え、公には死亡しているはずのラクスの命を狙った事。

 

 それだけではなく中立同盟オーブ代表首長であるカガリにまでその襲撃は及んでいた。

 

 もしもザフトだとしたら何故カガリの命を狙う?

 

 そしてそれはラクスについても同様だ。

 

 すでに死亡した事になっている者を狙う理由は一体何なのか?

 

 疑問は尽きない。

 

 だがこうして黙り込んでいても仕方がないとカガリは先の戦闘映像が記録された携帯端末を見る。

 

 「見た事のない機体だが……」

 

 端末に映っていた敵モビルスーツはカガリの記憶には無かった。

 

 「それはアッシュと呼ばれるザフト最新鋭の機体です。私も実物を見たのは初めてですが」

 

 レティシアの捕捉に納得すると同時により事態の深刻さが浮き彫りになる。

 

 使用されていたモビルスーツが最新鋭機となればテロリストの可能性は低い。

 

 もちろんブレイク・ザ・ワールドを発生させた連中がザクを使用していたという前例もある為に断言はできない。

 

 しかしアーモリーワンの強奪騒ぎもあった事で最新機に関するザフトの兵器管理は厳重になっている筈であり、そこから新型を奪えるとは考えにくい。

 

 「ここで考えていても埒が明かないか」

 

 「はい。今回の件にセイラン家が関わっている可能性もあります。早急に調査の必要があるかと」

 

 だがそう言ったショウは釈然としないものを感じていた。

 

 カガリが狙われた事に関しては確かにセイランが疑わしいだろう。

 

 だがあくまでも今回の襲撃犯はコーディネイターであり、ザフトである。

 

 彼らが組みたがっているのはあくまで地球軍の筈だ。

 

 では何故ザフトが襲撃して来たのか?

 

 疑問は募るばかりだが、ショウはすぐさまセイラン家の調査を部下に命じるとカガリに向き直る。

 

 「カガリ様、あの艦ミネルバはどうなさいますか?」

 

 現在オーブにはザフトの最新鋭の戦艦であるミネルバが入港している。

 

 この件に関して彼らが何かを知っているとは思えない。

 

 でも話はしなければならないだろう。

 

 「彼らとは私が話をしよう。ミヤマ、フラガ一佐、一緒に来て欲しい」

 

 「「了解」」

 

 「ラミアス艦長はアークエンジェル出撃準備を。レティシア、ラクス、マユも一緒にな」

 

 「アークエンジェルを?」

 

 「……警備は厳重にするが、再び襲撃が無いとも限らない。アークエンジェルの中ならば外より安全だ。それに―――」

 

 カガリの言葉を遮るようにショウの端末から呼び出し音が響く。

 

 ショウは「失礼」と通話ボタンを押して耳元に当てる。

 

 二、三度言葉を交わした後で通話を終えるとカガリに耳打ちした。

 

 話を聞いたカガリの表情が変わる。

 

 その顔で良くない知らせであった事は想像に難くない。

 

 「ラミアス艦長、急いで準備を頼む……詳しい事は後で」

 

 あえてカガリは言葉を濁したが、誰もがその先何を言おうとしたのかなんとなく理解していた。

 

 もうじき戦いが起こる、そういう事だろう。

 

 だから誰も聞き返す事無く即座に動きだした。

 

 

 

 

 

 ミネルバはようやく修復も終わり、いつでもオーブを出航できる状態にまで復旧していた。

 

 本来ならば今すぐにでも地上の拠点であるカーペンタリアに向かいたい所なのだが。

 

 未だにミネルバはオーブに滞在していた。

 

 単純にこちらへの命令が来ない為である。

 

 ミネルバは地上に降下した際、オーブへ向かう許可を取る為にカーペンタリアに連絡は入れてあった。

 

 しかしその後は何の音沙汰も無い。

 

 その為準備が整ったにも関わらず、タリア達はオーブに留まる事を余儀なくされているのである。

 

 開戦した以上いつまでもここにいる訳にはいかないが、独断では動けない。

 

 そんなタリアの焦燥や葛藤をよそに事態は予想外の方向に動き出す事になる。

 

 「艦長、アスハ代表がこちらに話があるとの事ですが」

 

 「アスハ代表が?」

 

 「一体何の用でしょうか?」

 

 「さあね」

 

 不安そうに聞いてくるアーサーを尻目にタリアは内心警戒を強くする。

 

 まさか出ていけなどとわざわざ代表首長が言いに来る訳ではないだろう。

 

 面倒事の可能性にタリアはため息をつきながら、すぐにブリッジに通すように伝える。

 

 するとブリッジに護衛役と思われる二人と共にカガリが入ってきた。

 

 その表情は非常に硬く、後ろにいる補佐官や軍人と思われる男も同様に緊張感を纏っている。

 

 ますます警戒しながらタリアは口を開いた。

 

 「アスハ代表、一体何のお話でしょうか?」

 

 「まずはこれを見て欲しい」

 

 渡されたのは携帯端末。

 

 そこに映し出されたのは両腕のビーム砲を構えたグリーンを基調とした機体だった。

 

 「これは……」

 

 「艦長、この機体はザフト軍最新鋭モビルスーツ『アッシュ』に間違い無いか?」

 

 確かにこの端末に映っているのはアッシュに間違いない。

 

 しかしこの機体が何なのか?

 

 タリアの疑問に答えるようにショウが前に出ると驚くべき事を口にした。

 

 「昨夜、我が軍の施設がこの機体と武装集団によって襲撃を受けました」

 

 「えええええ!!」

 

 「襲撃を受けた!?」

 

 驚いているのはアーサーだけではない。

 

 完全に予想外の話に驚きを隠せないのは一緒に話を聞いていたブリッジのメンバーも同様である。

 

 「襲撃してきた者達はすべて撃退しましたが、一部の施設が破壊されてしまいました。襲撃者の死体や破壊されたモビルスーツを調査したところ、襲撃した者はコーディネイターであり、機体はザフト製である事が判明しました」

 

 タリア達が全員息を飲む。

 

 これはつまり自分達の仕業ではないのかと疑われているのだ。

 

 事態の深刻さを理解したタリアが慎重に口を開きかけた所でカガリが手で制した。

 

 「誤解しないでほしい、艦長。私達はミネルバを、ザフトを疑っている訳ではない。私達は今回の件はテロリストの仕業と考えている。ユニウスセブンの事もあるしな」

 

 するとカガリは後ろに立っていたショウからディスクを受け取るとタリアに手渡した。

 

 「これは?」

 

 「先の襲撃者と思われる者達のデータだ。必要なら回収した死体もそちらに引き渡そう。今回の件は我々だけではなく、そちらでも調査をお願いしたい」

 

 どういう事だろうか?

 

 これだけの状況証拠とデータがあるのだ。

 

 これを元に本国に抗議してもおかしくはない。

 

 タリアの訝しむような視線を受けてカガリも苦笑しながら肩をすくめた。

 

 「この件は貴方達にとっても無関係な話ではないだろう?」

 

 確かにそうだ。

 

 ユニウスセブンの件でテロリストがザクを使用していたという事実は軍に衝撃を与えた。

 

 何故ならテロリストは新型機を手に入れる手段を持っているという事に他ならないからである。

 

 その手段は今なお判明せず調査中。

 

 今回の件がテロリストの仕業であるならば彼らは未だに新型を手に入れる手段を持っているという事であり、軍にとっては由々しき事態である。

 

 「それに正直な話、今のオーブにこの件に関して詳しい調査をしている時間が無い……そしてもう一つ。ここからが本題だ。艦長達に知らせねばならない事がある」

 

 「それは?」

 

 「現在地球軍の艦隊が南下してるという情報が入ってきた」

 

 「なっ!?」

 

 これは先程ショウから聞いた情報であり、カガリはこの話をするためにミネルバに来たのだ。

 

 タリアは俯きながら即座に思考を巡らせる。

 

 地球軍が艦隊を率いて南下しているという事は目的は―――

 

 「彼らの目的はオーブに攻め込む事だろう。連合とは戦争中なのだから不思議ではない。こちらも迎撃の為の準備を開始しているが、君達はどうする?」

 

 カガリの問いの意味は分かっている。

 

 同盟軍と共に戦うか、それともこのままオノゴロのドック内で待機するかという問いだ。

 

 ドックに留まるなど論外である。

 

 何故なら同盟が確実に勝てる保証など何処にもないからだ。

 

 そして脱出も難しい。

 

 今すぐオーブを出たとしても途中で鉢合わせになるのが関の山である。

 

 そうなればミネルバ単艦で地球軍艦隊を相手にする事になる。

 

 流石にオーブに攻め込もうとする戦力相手に単艦での突破は厳しい。

 

 タリア達に残された選択は同盟軍と共に迎撃に出て、敵艦隊を突破する事だけ。

 

 結局独断になってしまうが、ここまで状況が進んでいるのなら決断するしかないだろう。

 

 「……私達も戦闘に参加します」

 

 「分かった。軍部の方には伝えておこう。私達に君達への命令権はないが、出来れば連携を取りながら動いて欲しい。こちらの情報は君達にも送らせるように手配しよう」

 

 「了解です」

 

 カガリ達がブリッジから退出するとアーサーが駆け寄ってくる。

 

 「艦長、良いんですか?」

 

 「いいも何もそれしか選択肢はないわ」

 

 「……オーブが地球軍に関する情報をわざと渡さなかったというのは考えられませんか?」

 

 確かにタリアも自分達を引き入れるために情報を隠匿していたという可能性を考えたが、それはない。

 

 「そんな事してオーブに得なんてないわよ。ギリギリまで情報を隠匿していたとしたら私達に悟られないよう自軍の展開すらできないという事でしょう。同盟軍はオーブ防衛の為に出撃しなくてはならないのは変わらないわ。軍の展開が遅れるほど不利な状況に追い込まれていくのはあちら側なんだから」

 

 「ああ、そうですね」

 

 アーサーは納得したように頷いた。

 

 修理も補給も終わり、地球軍艦隊との戦闘は問題ない。

 

 それに開戦した以上、遅かれ早かれ地球軍とは戦う事になるのだ。

 

 だがそれよりも問題はオーブを襲撃したという武装集団の方だろう。

 

 カガリはテロリストの仕業と言っていたが、アッシュのような最新機を使っていたというならザフトを疑うのは当然。

 

 オーブも内心では疑いを持っている筈だ。

 

 タリアでさえそう考えたのだから。

 

 これが両国の何かしらの影響を与える事は間違いない。

 

 しかし一体なんの目的で誰が襲撃など行ったのか。

 

 とにかくこれは放置できないとタリアはアーモリーワンから続く事態に頭痛を感じながら出撃準備を開始した。

 

 

 

 

 ミネルバから降りたカガリはため息をついた。

 

 結果的にとはいえ彼らを利用するのは気が引ける。

 

 カガリがタリアに調査を依頼した事はあくまでも建て前に過ぎないのだから。

 

 「お嬢ちゃ―――あ、いや、アスハ代表。何でミネルバに依頼したんです?」

 

 ショウの鋭い視線にムウは慌てて言い換えた。

 

 そんな二人の様子に笑みを浮かべながらカガリが答える。

 

 「別に依頼した訳じゃないさ」

 

 「では?」

 

 「単純にミネルバを敵に回したくなかっただけだ」

 

 今回の件を公にしてしまえば間違いなくプラントとの関係は壊れる。

 

 向こうが特殊部隊と最新機でオーブを、アスハ邸を襲撃したなんて事を認める筈はない。

 

 プラントにデータをつきつけても反発され、下手をすれば開戦となるだろう。

 

 この先連合とも戦火を交える事になり、そしてオーブ内部が纏まっていない以上プラントのと間には溝を作りたくないというのが本音だ。

 

 少なくとも今はまだ。

 

 さらに今回の事を公にすれば当然ミネルバも敵に回る。

 

 今はオーブの腹の中にいるも同然。

 

 タリアはそんな判断はしないだろうし、ザフトもそんな無謀な事はさせないとは思うが、仮に暴れられたなら軍や施設は相当なダメージを負う事になる。

 

 そうなればこれからの地球軍との戦闘にも支障が出た筈だ。

 

 だからあえて公表を避け、今回の防衛戦に引っ張り込んだのだ。

 

 「では何も言わずに伏せておいても良かったのでは?」

 

 余計な事を言わずともあの艦長ならこちらに合わせて動いてくれただろう。

 

 ムウの判断は正しい。

 

 当然カガリもそう考えていた。

 

 「ああ、確かに。だがミネルバから情報が伝わる事でザフトがどう動くかというのも見たかったしな」

 

 情報が少ない以上、リスクを負ってでも動かなければ取り返しのつかない事になりかねない。

 

 とはいえ今回の件がザフトの仕業だとすればオーブの正式な公表でもない、ましてや個人的にグラディス艦長に渡したデータなど揉み消されるか、適当な報告を上げてくるだけだろう。

 

 だがそうなればミネルバや一部の兵士達からの不信を買う。

 

 万に一つの可能性だろうともつけ入る隙が得られるかもしれない。

 

 「ミヤマ、セイランの方はどうだ?」

 

 「現在部下に命じて監視させています」

 

 「何かあれば報告しろ」

 

 「はい」

 

 セイラン親子が連合の使者と思われる者と秘密裏に会っていると報告が入ったのはこの後すぐだった。

 

 

 その部屋に突然何かが割れるような音が響き渡り、中身の液体が床を濡らす。

 

 床にグラスを叩きつけ、歯を食いしばっているのはユウナ・ロマ・セイランであった。

 

 普段の軽い表情は憤怒に染まり、椅子に座っているウナト・エマ・セイランも同様に何かを堪えるように拳を握っている。

 

 しかしこちらはまだ冷静さを保っているのかユウナに比べれば余裕があるように見える。

 

 それでも怒りに震えている事は間違いない。

 

 「どういう事だよ、これは! 結局失敗だったじゃないか!!」

 

 彼が怒っている理由。

 

 それは現代表首長カガリ暗殺に失敗したと報告を受けたからだ。

 

 成功していれば今頃混乱したオーブ内を纏め、オノゴロにいるザフト艦ミネルバを餌に地球軍と同盟を結んでいる筈だったのだ。

 

 そんなウナト達の視線に晒されている男、ヴァールト・ロズベルクはいつも通り涼しげな顔で立っている。

 

 それが余計にウナト達の神経を逆撫でしていた。

 

 「落ちついてください、御二人共。証拠はありませんし、襲撃を掛けたのはザフトの部隊です」

 

 「ふざけるな! それでも僕らが疑われるのは避けられない! こうしてお前に会ってる事だって向うも知ってる筈だ!」

 

 「でしょうね。ここも監視されていましたから」

 

 一応この部屋は防音になっており外に声は漏れないし、盗聴器も仕掛けられてはいない。

 

 それでも今連合の使者と会うなど向うからすればあやしい事この上ないだろう。

 

 ユウナが逆の立場ならば確実に疑念を持つ。

 

 それでもこの男から訪ねてくれば追い返す事もできないのがユウナ達の立場であった。

 

 「すでに地球軍艦隊がオーブに迫っている事は分かっておる。貴様何を考えている?」

 

 「まあ色々ですよ。ではこういうのはどうでしょうか? 御二人ともこちら側に来ませんか?」

 

 「なっ、僕らにオーブを捨てろって言うのか!」

 

 「ええ。こんな国にいても御二人の力を発揮する事は出来ません。私は御二人の力を惜しいと思っているのですよ。今回の失敗のお詫びも兼ねてそれなりの地位も用意しましょう。どうです?」

 

 この男にそんな力があるのだろうか?

 

 だがこの男には弱みを握られているも同然である。

 

 ユウナが返事に窮していると座っていたウナトが問いかけた。

 

 「条件は? 当然その話に乗るには条件があるのだろう」

 

 「話が早くて助かります」

 

 彼らに拒否権など初めから存在しない。

 

 それが例え悪魔の条件であろうとも。

 

 穏やかな顔でヴァールトが告げた条件はウナト達の未来を決定する事になる。

 

 

 

 

 太平洋を南下する地球軍の艦隊。

 

 その艦隊を指揮する旗艦では指揮官が不機嫌そうに艦長席に座っていた。

 

 グラント・マクリーン中将。

 

 優れた判断力を持った軍人であり、現在の軍のあり方を危惧している数少ない人物である。

 

 普段から厳しい人物ではあるがこのように不機嫌なのは珍しい。

 

 そう、グラントの機嫌はすこぶる悪かった。

 

 同じブリッジにいるクルー達はビクビクしながら委縮している。

 

 そんな状況を変えようと副官が声を掛けた。

 

 「何故そこまで不機嫌なのですか、中将?」

 

 「……不機嫌にもなるだろうよ。こんな状況で開戦したあげく、今度はオーブを攻めろときた」

 

 本来なら各地の復興が先だろうに。

 

 開戦してしまった事は遺憾ではあるが、仕方がない。

 

 中立同盟とも前大戦より戦争継続中である。

 

 だから攻める事は不思議なことではない。

 

 しかし少なくとも今はザフトを警戒すべき状況だろう。

 

 中立同盟は向うから仕掛けてくる事はないのだ。

 

 ならばこんな戦闘で戦力を無駄に消耗させる必要など何処にあろうか。

 

 「仕方がありませんよ。上からの命令ですから」

 

 「分かっている」

 

 彼に出来る事は指揮官としての役目を果たし、いかに犠牲を少なく戦闘を終了させるかだ。

 

 「全艦、戦闘態勢、各モビルスーツを出撃させろ」

 

 「了解!」

 

 遠目に見えてきた敵軍に目を細め、出撃命令を出した。

 

 

 

 

 オーブを守る為の戦いが開始される直前、どこも戦闘開始直前である為に誰もが忙しなく動いている。

 

 オノゴロも司令部もモルゲンレーテも。

 

 だが一か所ほど場違いな場所。

 

 オーブの研究施設の一画に銃を持ち、武装した数人の兵士が集まっていた。

 

 服装からして間違いなくオーブ軍の人間である。

 

 人数こそ多くはないが戦闘開始直前にこんな場所に集まる意味はあまりない。

 

 そして彼らの足元には施設の警備をしていた者達が胸や頭に致命傷を受け血を流して倒れている。

 

 だが誰も気にしていないのか、そのまま施設の中に入って行った。

 

 

 

 

 地球軍の艦隊が見えて来た頃、オーブも防衛戦力の展開を終了させていた。

 

 その中で目立つのは二隻の艦。

 

 一隻は展開した部隊の中でも異色ともいえるザフト艦ミネルバ。

 

 そしてもう一隻は不沈艦と呼ばれたアークエンジェルである。

 

 アークエンジェルの艦長席に座るのは前大戦より変わらずマリューが務め、ブリッジのCICメンバーも殆ど変わらず、サイとミリアリア、そしてアネットが座っていた。

 

 唯一変わっているとすればラクスが彼女らの近くに座っている事だろう。

 

 狙われている彼女は非常時以外は戦場には出ないようにレティシアからきつく言われた為、ブリッジでCICに座る事になったのだ。

 

 「各員戦闘配置につきました!」

 

 「各モビルスーツ、出撃準備完了です!」

 

 初めて艦に乗った頃に比べ皆戸惑いも無くスムーズに進んでいく。

 

 そんな彼らを頼もしく思いながらマリューは指示を飛ばす。

 

 「対艦、対モビルスーツ戦闘用意! イーゲルシュテルン、バリアント起動、ミサイル発射管、ウォンバット装填!」

 

 アークエンジェルの武装が起動し、戦闘準備が整うとハッチが解放されモビルスーツが発進する。

 

 最初に出てきたのは二機の戦闘機らしき機体。

 

 だがそれはオーブ軍のムラサメでもナガミツでもなかった。

 

 

 SOA-X04『センジン』

 

 

 オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機である。

 

 コックピットにいるのはエンデュミオンの鷹と呼ばれた男ムウ・ラ・フラガだった。

 

 この機体は加速性、機動性を重視した機体となっており、武装も基本装備以外の火器は背中に装備された『アータル』改のみであり、一撃離脱を得意としている。

 

 「良し、行ける」

 

 今回の戦いはようやくリハビリを終えたムウにとっては久しぶりの実戦、即ち彼にとっては復帰戦である。

 

 気合も入るというものだ。

 

 ムウは緊張も無くいつも通り軽い口調でモニターに映るマリューに言った。

 

 「さて、じゃあ行きますか! ムウ・ラ・フラガ、『センジン』出るぞ!」

 

 加速をつけてセンジンが空へと飛び出すと続けてもう一機が出撃する。

 

 コックピットに座っていたのはすっかり一人前の顔つきになったトール・ケーニッヒである。

 

 彼もまた前大戦よりずっと大切な者達を守る為にパイロットを続ける選択をしていた。

 

 《トール、気をつけてね》

 

 もはや年中行事となったミリアリアの言葉にトールは思わず苦笑する。

 

 でもそれはそれだけ自分を思ってくれている証拠だ。

 

 だからトールはいつも通り笑顔でそれに応えた。

 

 「ああ、行ってくる! トール・ケーニッヒ、『センジン』出る!」

 

 二機のセンジンが出撃すると次に見た事も無い機体がカタパルトへ運ばれてきた。

 

 

 SOA-X03『ブリュンヒルデ』

 

 

 センジンと同様オーブ、スカンジナビア次期主力機開発計画の試作機である。

 

 基になっているのは前大戦においてレティシアが搭乗していたアイテルガンダム。

 

 背中にはセイレーンを改良したリフターが装備されている。

 

 その為かアイテルの面影を持つこの機体は核動力こそ装備されていないが破格の性能を持っていた。

 

 背中のリフターには稼働時間の延長を図るためバッテリーを内蔵、同時に強力な火器を使用しても長時間戦闘に耐えうるように配慮されていた。

 

 ブリュンヒルデのコックピットに座り調整を行っていたレティシアはフリーダムに搭乗しているマユに声をかける。

 

 「マユ、私が援護します。無茶はしないようしてください」

 

 「それはレティシアさんもですよ」

 

 お互いに苦笑しながら二人は外へと飛び出した。

 

 「マユ・アスカ、フリーダムガンダム、行きます!」

 

 「レティシア・ルティエンス、ブリュンヒルデ出ます!」

 

 二機のモビルスーツが戦場に飛び出した。

 

 

 

 

 オーブ防衛の戦列に加わったミネルバのブリッジでアークエンジェルを見たアーサーは興奮したように立ち上がる。

 

 「あの不沈艦ですよ、艦長!」

 

 「落ちつきなさい、アーサー」

 

 まあ気持ちは分からなくも無い。

 

 アークエンジェルといえば地球軍に所属し、ザフトと死闘を繰り広げ、さらに同盟軍に所属を変えた後も多大な戦果を上げた艦である。

 

 しかもどれだけ追い詰められようとも沈む事がなかった故に『不沈艦』という名で呼ばれているのだ。

 

 タリアも艦を預かる身としては見習いたいものである。

 

 「今は正面の戦いに集中して」

 

 「は、はい!」

 

 これから正面に控える地球軍艦隊を突破しなければミネルバはカーペンタリアに到達できないのだ。

 

 「ブリッジ遮蔽、全砲門発射準備!」

 

 「了解! CIWS起動! パルジファル装填! トリスタン一番、二番、イゾルデ起動!」

 

 ミネルバのブリッジが戦闘態勢に移行する。

 

 全員が前方の敵を突破せんと決意を込めて前方を注視した。

 

 気合いが入っているのはブリッジだけではない。

 

 格納庫で待機していたパイロット達もやる気充分といった様子で各機のコックピットで待機している。

 

 特にコアスプレンダーで待機していたシンは必要以上に気合いが籠っていた。

 

 この戦いはミネルバからすればオーブから離脱する為の戦いだが、シンにとっては祖国を守る為の戦いでもある。

 

 「……マユもきっと出撃するよな」

 

 守りたい物があると、そう言った彼女の決意は固かった。

 

 ならばこんな危機を見過ごす筈はなく、必ず戦場に出るだろう。

 

 シンは顔を顰めながら複雑な気分を吹き飛ばすように首を振る。

 

 「いや、今は目の前に集中しなきゃな」

 

 そこにセリスから通信が入る。

 

 《シン、大丈夫?》

 

 心配そうな彼女に暖かな気持ちになりながら安心させる為に笑顔を浮かべた。

 

 「俺は大丈夫だよ。気合いも入ってるしさ」

 

 嘘ではない。

 

 三年前は何もできなかった。

 

 だが今は違う。

 

 俺はもう失わない。

 

 必ず守り抜いてみせる!

 

 「セリスは絶対俺が守るから」

 

 シンの真剣な表情に顔を赤くしたセリスは俯いて「う、うん」と呟いた。

 

 《私もね、シンを守るよ》

 

 「ありがと」

 

 そんな二人の会話に辟易したようにルナマリアが通信してくる。

 

 《アンタ達ねぇ、そういうのは機体に乗る前に済ませておいてよ。まったく、聞いてるこっちが恥ずかしい》

 

 《別にいいじゃない。ルナには関係ないし、ね、シン》

 

 「そ、そうだな」

 

 ルナマリアの視線がやたらと怖くて直視できない。

 

 どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。

 

 《……その辺にしておけ。もう出撃だぞ》

 

 《レイももっと早くこいつらを止めてよね》

 

 《……別に戦闘に支障がなければ二人がどういう会話をしようが関係ない》

 

 レイは相変わらずらしい。

 

 こんな時であるが、変わらない仲間達の姿に肩に入っていた力も抜けた。

 

 そんな雑談をしている間に来るべき時は来る。

 

 《正面に地球軍艦隊を確認。各モビルスーツは発進してください!》

 

 メイリンの官制し従いながら、事前に準備を整えていた機体から発進していく。

 

 シンはゆっくり開くハッチの先を見ながら、息を吐き出す。

 

 必ず守る。

 

 その決意を胸にフットペダルを踏み込んだ。

 

 「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」

 

 シンは激戦が待ちうける戦場に飛びだしていく。

 

 

 

 この戦場で彼はもう一つの運命と対峙する事になる。




機体紹介更新しました。


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第14話  激闘の果てに

 

 

 

 ウラノスから出撃したアオイとスウェンは地球降下の準備を終え、大気圏に待機している戦艦の中でその時が来るのを待っていた。

 

 格納庫で搭乗機であるイレイズとストライクノワールのコックピットに座る二人の前には青い地球が映っている。

 

 あの綺麗な場所で戦争が起こっているなど到底信じられない。

 

 だが自分達はこれからその地球での戦争に赴くことになる。

 

 《少尉、戦闘が開始されたと報告が入ってきた。時間になったら降下するぞ》

 

 「り、了解」

 

 いよいよである。

 

 これからアオイ達はオーブに降下し、オーブに攻撃を仕掛けている艦隊の援護に向かうことになる。

 

 個人的としては思うところもあるのだが、軍属である以上は命令に従わなくてはならない。

 

 《少尉、シミュレーター通りにやれ。それで問題ない》

 

 「は、はい。中尉」

 

 初めての降下作戦。

 

 かなりの緊張に晒されたアオイはそれを紛らわす為に、ここに来るまで何度もシミュレーターで訓練も積んでいた。

 

 「……落ち着けよ。大丈夫な筈だ」

 

 そう言い聞かせアオイは開いていくハッチの先に視線を向けた。

 

 

 

 

 防衛の為に出撃したオーブ艦隊からナガミツ、ムラサメ、シュライク装備のアドヴァンスアストレイなどが次々と飛び立っていく。

 

 そんなオーブ艦隊に平行するように航行するミネルバ。

 

 コアスプレンダーで出撃したシンはいつも通りにドッキングしてインパルスとなると、飛び出したシルエットグライダーから装備を受け取って装着した。

 

 今回選んだ装備はフォースシルエット。

 

 地球軍のモビルスーツの数も多い。

 

 ソードやブラストでは対応しきれない可能性が高いと判断し、一番機動性が高く、扱いやすいフォースシルエットを選択したのだ。

 

 その判断は間違っていなかったようだ。

 

 シンの目の前には艦隊から出撃してきたウィンダムやダガーLが所狭しと展開していたからだ。

 

 「数が多いな」

 

 インパルスとセイバーがミネルバを守るように前に出る。

 

 そして飛行能力が無いレイのザクファントムとルナマリアのザクウォーリアは甲板に上がって敵機の迎撃を開始した。

 

 二機が甲板上から動けない為、砲撃に集中せざる得ない以上、自由に動けるシンとセリスの働きが今回の戦闘における要となる。

 

 「シン、一人で突っ走らないでね!」

 

 「分かってるさ!」

 

 ミネルバの艦尾両舷にあるビーム砲『トリスタン』の砲撃が敵部隊を狙って放たれ、インパルスとセイバーがビームライフルを撃ち込んだ。

 

 「落ちろ!」

 

 「そこ!」

 

 ビームライフルの一撃がウィンダムの胴体を撃ち抜くと炎を纏い海面に落ちていく。

 

 「そんな密集した状態じゃ狙ってくれって言ってるのと同じだよ!!」

 

 セリスがアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を構えて、敵機を撃墜するとウィンダムが編隊を崩す。

 

 シンはその隙を見逃さずビームサーベルで斬り込んだ。

 

 「好きにやらせるかぁ!!」

 

 敵部隊に突っ込んでいくシンをレイとルナマリアが援護する。

 

 二人の攻撃がインパルスを迎撃しようとする敵機の動きを阻む。

 

 シンはザクの援護を受けながら思いっきり突っ込むとビームサーベルでウィンダムを袈裟懸けに切り捨てた。

 

 「はあああああ!!!」

 

 敵機を落とした勢いに任せたインパルスは振り返り、そばにいるウィンダムにビームサーベルを横薙ぎに叩きつけ撃墜する。

 

 動きを止めずにビームサーベルを次々振るっていく、シン。

 

 そんなシンに近づけまいとセリスは的確な射撃で敵機を撃ち落とし、レイやルナマリアもミネルバに群がってくるダガーLを撃破していく。

 

 「落ちなさい!!」

 

 「邪魔をするなァァァ!!!」

 

 敵味方が入り乱れ、激しい攻防が続けられていく。

 

 それでもミネルバは圧倒的な数の差をものともしない。

 

 彼らはアーモリーワンから始まった激戦を潜り抜けた事で格段に成長していたのである。

 

 そして奮戦を続けていたのはミネルバだけではない。

 

 すでに海上では同盟軍と地球軍が交戦を開始しており、その中でもアークエンジェルがひと際激しい攻防を繰り広げていた。

 

 ミネルバ以上に群がってくる敵モビルスーツ。

 

 地球軍からすればアークエンジェルは脱走艦であり裏切り者である。

 

 彼らが前大戦より続く借りを返したいという想いがあるのだろう。

 

 しかしそれは無謀極まりない行為であったと言わざる得ない。

 

 何故アークエンジェルが不沈艦などと呼ばれているのか。

 

 その理由を彼らが冷静に考えていたならば―――

 

 もう少し慎重に行動すべきだったのだ。

 

 「囲め! 不沈艦といえども、数で押せば落とせる!!」

 

 アークエンジェルに向かってビームライフルを構えるウィンダム。

 

 「沈め!」

 

 ウィンダムのパイロットがビームライフルのトリガーを引こうと指を置いた瞬間、彼の意識は掻き消えた。

 

 何故ならば前方から一瞬で懐に飛び込んできたフリーダムによって機体ごと斬り裂かれていたからである。

 

 「アークエンジェルはやらせません」

 

 マユは蒼い翼を広げ、こちらを狙ってくるダガーLを目にも止まらぬ速度で斬り捨て続ける。

 

 「は、速い!」

 

 「くっ、怯むな! 包囲しろ!」

 

 動き回るフリーダムを抑えようとウィンダムが数に任せて包囲した。

 

 「いかに速くともこれだけの数で囲めば落とせる!」

 

 ウィンダムのパロットはビームサーベルを構えフリーダムの背後から突きを放った。

 

 「終わりだ、フリーダム!!」

 

 確かに普通のパイロットであればこれで仕留めたに違いない。

 

 だが今回は仕掛けた相手が悪かった。

 

 フリーダムは背後からの突きをシールドで流すと次の瞬間、すれ違いざまにウィンダムを真っ二つに切り裂いた。

 

 「なっ!?」

 

 彼らが驚愕するのも無理はない。

 

 それだけ今の攻撃で撃破を確信していたのだ。

 

 他のウィンダムは完璧なタイミングによる攻撃をあっさりいなしたフリーダムに呆気にとられ動きを止めてしまった。

 

 「戦場で動きを止めるなんて」

 

 致命的な隙。

 

 マユはそれを見逃すほど甘くは無い。

 

 すべての武装を展開、一斉にロックしてトリガーを引く。

 

 フルバーストモード。

 

 フリーダムより撃ち出された砲撃がアークエンジェルに群がる敵機を一掃した。

 

 そんな蒼い翼の天使の背後を守るように共に出撃したレティシアのブリュンヒルデも動く。

 

 「遅いですよ」

 

 ビームサーベルを振るってきたウィンダムの斬撃を容易く避けるとその勢いに任せグラムを抜くと逆袈裟に斬って捨てる。

 

 さらに機関砲で牽制しつつ、ビーム砲で敵機を薙ぎ払った。

 

 「くそ!」

 

 「フリーダムだけじゃなく、こいつも強い!?」

 

 二機の猛攻に二の足を踏む地球軍。

 

 フリーダムとブリュンヒルデだけでも厄介だというのに、他にも彼らを翻弄する者達がいた。

 

 飛行形態で飛び回る機体はムウとトールのセンジンである。

 

 「良し、行くぞ!」

 

 「了解!」

 

 前大戦より組んで戦う事の多かった二人は息の合った連携で動き出す。

 

 進路を阻むウィンダムを即座に撃ち落とす。

 

 そして二機は一気に加速し上昇、太陽を背にして今度は一気に降下する。

 

 太陽の光の中から特攻してくるムウに反応する事が出来ないウィンダムとダガーLはセンジンから放たれた一撃で肩部を破壊されてしまう。

 

 「おのれぇ!」

 

 「くそ!」

 

 残った腕でムウを狙い撃とうとビームライフルを構えた。

 

 だが光の中から突っ込んできたのは一機だけではなかった。

 

 トールのセンジンが加速をつけながらモビルスーツ形態となりビームサーベルでウィンダムを斬り捨てる。

 

 そして振り向きざまにアータルを構えダガーLを撃ち落とした。

 

 「よっしゃ!」

 

 「よし、このまま行くぞ」

 

 「了解!」

 

 どれだけ数で圧倒しようとも、彼らがいる限りアークエンジェルには近づけない。

 

 何故ならば彼らはこれ以上の激戦を潜り抜けてきた歴戦の勇士なのだから。

 

 

 

 

 そんなアークエンジェルの戦いを憎悪に満ちた視線で見つめている男がいた。

 

 仮面の男カースである。

 

 誰もいない小島に身を隠していた彼は湧きあがる感情を抑える事もなくモニターを見つめている。

 

 彼が特に強烈な憎悪を向けているのがフリーダムとブリュンヒルデであった。

 

 「……フリーダム、ドレッドノート、いやアイテルだったか」

 

 忌々しい屑共。

 

 そして他の戦場にも目を向けると、同盟軍の奮戦により地球軍は本土に向け進撃する事も出来ていない。

 

 完全に足止めされ押さえ込まれていた。

 

 彼を苛立たせていたもう一つの理由がこれである。

 

 これでは前大戦で起こったオーブ戦役と何も変わらないではないか。

 

 オーブに視線を向け、予定よりも遅れているのを確認すると口元を歪め、憎むべき者達を睨みつける。

 

 「……いいだろう。大気圏では碌に挨拶も出来なかったからな」

 

 カースは機体を浮上させると戦場に向けて動きだした。

 

 

 

 

 オーブ侵攻を指揮していたグラント・マクリーン中将はモニターを見ながら感心するように、ポツリと呟いた。

 

 「流石中立同盟といったところか」

 

 物量は勝っているにも関わらず、戦況はやや不利。

 

 攻め込んだは良いが、押し返されつつあった。

 

 その中核を成しているのがアークエンジェルとミネルバである。

 

 あの二隻に攻撃を仕掛けている連中は尽くが返り討ち。

 

 その勢いに押されてかナガミツ、ムラサメといった機体を中心にウィンダム部隊を圧倒していた。

 

 「アークエンジェルとフリーダムはともかく、あのザフトの新造戦艦もここまでやるとはな。ロアノーク大佐から聞いて通りか」

 

 ミネルバに関する情報は何度か交戦経験のあるファントムペインから報告が上がっている。

 

 当然グラント自身もそのデータは確認済みであった。

 

 ザフト所属である筈の新造艦が何故こんな場所で、しかも中立同盟と一緒になって戦っているのか知らないしグラントにとってはどうでも良い事である。

 

 どんな理由であれど敵である事に変わりは無いからだ。

 

 「それにしてもアークエンジェルか……」

 

 かつて自軍に所属していた、いまや伝説と化した浮沈艦と呼ばれる戦艦だ。

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』終結後、同盟に対して返還要求を行ったらしい。

 

 しかし交渉によって多大な資金と一部の技術提供を引き換えに譲渡する形で決着したと聞いている。

 

 一部のモビルスーツに転用されているVPS装甲などはその恩恵である。

 

 加えてフリーダムだ。

 

 核動力で動いているアレの戦闘力は通常の機体を上回る。

 

 「同盟をユニウス条約に参加させていれば……いや、元々無理な話か。何にしろアレを落とすとなると相当の被害を覚悟しなければならないか」

 

 冷静に戦局を分析していたグラントの元に兵士が一人近づいてきた。

 

 「中将、ザムザザーの準備完了しました」

 

 「……そうか。出撃させろ」

 

 「了解」

 

 艦の甲板には緑色の大きな機体が鎮座していた。

 

 

 YMAF-X6BD『ザムザザー』

 

 

 甲殻類を思い起こすような外見であり、巨体ながら大出力のホバースラスターによって高い空戦能力を備えている。

 

 さらに強力な火器を多数装備しており、脚部のかぎ爪状の超振動クラッシャーを使用して格闘戦にも対応出来る機体である。

 

 しかしその分制御が複雑化したため、操縦には機長・操縦手・砲手の計3名を必要としており、この機体には最大の特徴ともいえる装備があった。

 

 それが上面に3基の陽電子リフレクター発生装置を装備している事だった。

 

 この陽電子リフレクターは戦艦の陽電子砲すら完全に無力化する事が出来、無類の防御力を誇っている。

 

 ブリッジにいる誰もが目を輝かせ、期待を寄せた視線を送っている。

 

 逆にそんな彼らをグラントは非常に冷めた視線で見つめていた。

 

 彼ははっきり言ってしまえばあんな物が役に立つとは思っていなかったからだ。

 

 一部の者など「これからの主力ははああいった大型のモビルアーマーになる」などと寝言をほざいているらしい。

 

 実にくだらない。

 

 精々盾代わりにしか使えないのが関の山であろう。

 

 前大戦の開戦当時からモビルスーツの力を見せつけられてきたグラントにはあれがとてもザフトに対抗できる物にはとても思えなかったのだ。

 

 グラントは自分の腕につけている年代物の時計を見た。

 

 もうじき降下部隊も来る筈。

 

 それで少しは戦況も変わるだろうと視線を戻した。

 

 彼が考えていた事は一つ。

 

 こんなくだらない戦いを一刻も早く切り上げたいという事だけだった。

 

 

 ウィンダムを順調に撃破していくシンやセリス。

 

 周囲を見渡すと他の同盟軍機も順調に地球軍を押し返している様子が見て取れる。

 

 「いける!」

 

 確かな手ごたえと共に操縦桿を強く握りインパルスを操っていくシン。

 

 しかしそんな気分も吹き飛ぶ機影が視界に入ってきた。

 

 「な、なんだよ、あれは!」

 

 「モビルアーマー!?」

 

 明らかに通常のモビルスーツなどとは比べ物にならない巨体。

 

 ミネルバのブリッジでザムザザーの姿を確認したタリアは即座に指示を飛ばした。

 

 「アーサー、タンホイザー発射用意!! あれと共に左前方の敵艦隊を薙ぎ払う! 同盟軍にも打電!」

 

 「ええっ! か、艦長!?」

 

 「あんな物に取り付かれたら終わりだわ! 急いで!」

 

 「り、了解!」

 

 どんな武装を備えているかは知らないが、使われる前に吹き飛ばせば問題は無い。

 

 状況が好転している今、あの機体ごと吹き飛ばし一気に押し込む!

 

 ミネルバの艦首ハッチが開き、タンホイザーの巨大な砲門がせり出される。

 

 「照準、敵モビルアーマー!」

 

 射線上にいた同盟軍機の退避を確認したと同時にタリアが叫んだ。

 

 「撃てぇぇ――!!」

 

 砲身にから迸った閃光が敵モビルアーマーに一直線に向かっていく。

 

 ザムザザーの後方にいた艦も巻き込まれ吹き飛ばされたのが確認できた。

 

 これであの機体も落とせた筈である。

 

 敵の艦隊に空いた穴から一気に押し込むように指示を出そうとした瞬間、予想外の出来事にタリアは我が目を疑った。

 

 「ま、まさか!?」

 

 薙ぎ払った艦共々撃破したはずのモビルアーマーの姿が再び視界に入ったのだ。

 

 「あれで倒せないなんて……」

 

 「取り舵20! 機関最大! トリスタン照準!!」

 

 指示を飛ばしながらタリアは内心焦りを感じていた。

 

 タンホイザーを跳ね返した敵をどう倒すのか、打開策が思いつかない。

 

 周囲の同盟軍に援護を求めようにも、向うも余裕がある訳ではないのだ。

 

 そんな彼らの状況をさらに悪くするように上空から飛来する物体をレーダーが捉えた。

 

 降下してくる幾つかの物体。

 

 それは地球軍の降下部隊。

 

 その中の数機は鳥のように大きな翼を持っていた。

 

 

 GAT-333『レイダー制式仕様』

 

 

 前大戦にて投入されたX370『レイダー』よりも先に開発されていた機体である。

 

 X370に実装されていた武装の大半が排除され、実弾武装がメインとなっている。

 

 さらにモビルアーマー形態においては他のモビルスーツも搭乗させる事が可能。

 

 そのレイダーの後ろにはアオイとスウェンが搭乗するイレイズMk-Ⅱとストライクノワールの姿もあった。

 

 「少尉、機体に問題はあるか?」

 

 「いえ、大丈夫です!」

 

 「では行くぞ。目標はあの艦、ミネルバだ」

 

 「了解」

 

 ミネルバの近くに降下した二人は機体の状態を確認すると作戦行動に移る。

 

 攻撃を仕掛けようとしてすぐに見慣れない巨体が目標である戦艦に向かっているのが見えた。

 

 「あれって……」

 

 「……ザムザザーか。あれの火力は強力だ。迂闊に近づくな。巻き込まれるぞ」

 

 「はい!」

 

 艦に攻撃を仕掛けようとするザムザザー。

 

 それを阻もうとインパルスがビームサーベルを構えて斬りかかった。

 

 しかしザムザザーは巨大な見た目に反し、機敏な動作でビームサーベルを回避すると逆に脚部のかぎ爪をインパルスに叩きつけた。

 

 振るわれた攻撃を回避するインパルス。

 

 アオイはその隙を突くようにビームライフルで攻撃を仕掛けた。

 

 「くっ」

 

 シンは咄嗟に振り返りシールドを掲げてビームを弾くと、攻撃してきたイレイズを睨む。

 

 「こいつ! 邪魔だぁぁ!!」

 

 イレイズが放つビームをシールドで防御しながらスラスター吹かせサーベルで斬り込んだ。

 

 素早く懐に飛び込んでくるインパルスに合わせアオイもまたシールドで防御体勢を取る。

 

 「舐めるな! これまで俺だって訓練を積んできたんだ!!」

 

 横薙ぎに振るわれたビームサーベルをシールドで受け止め、同時にこちらもサーベルを叩きつけた。

 

 「速いけど、中尉ほどじゃない!」

 

 アオイもまた『フォックスノット・ノベンバー』から訓練を積み続けてきた。

 

 そう簡単にはやられはしない。

 

 インパルスを突き放すとビームサーベルを構えて突っ込んだ。

 

 「はあああ!」

 

 「この!」

 

 互いに繰り出した斬撃をシールドが弾き飛ばし、激突を繰り返す二機。

 

 そんな二機の近くでスウェンはザムザザーと共にセイバーを攻撃する。

 

 連続で発射されたビームライフルショーティーの閃光がセイバーの行く手を阻み、その隙をついてザムザザーがミネルバに取りつこうと迫る。

 

 「やらせない!」

 

 ストライクノワールの攻撃を回避しながらビームライフルをザムザザーに撃ち込んだ。

 

 しかし攻撃が命中する直前に陽電子リフレクターを展開、ビームが完全に無力化されてしまう。

 

 「……遠距離からの攻撃じゃ、焼け石に水か」

 

 タンホイザーの一撃さえ防ぐ代物、ビームライフルの攻撃などなんの意味も無いだろう。

 

 「ミネルバには近づけさせないわよ!」

 

 迫るザムザザーにルナマリアのオルトロスが撃ち込まれるが、それも意味を為さず陽電子リフレクターに弾かれるだけだ。

 

 「ならば近接戦闘で倒すしかない!」

 

 そう判断したセリスはストライクノワールのフラガラッハ対艦刀をシールドで流し、ビームサーベルを構えてザムザザーに突進した。

 

 もちろんそれをさせるスウェンではない。

 

 背後から攻撃しようとビームライフルを構えるが、甲板上にいるレイのザクファントムが的確な射撃でスウェンの行動を邪魔してくる。

 

 「セリスはやらせない」

 

 「……大佐の言った通り、厄介な奴だ」

 

 ザクファントムの射撃を避けつつ反撃を加えていくスウェン。

 

 ミネルバを取り巻く戦況は完全に膠着状態に陥っていた。

 

 

 

 

 巨大モビルアーマーザムザザーと降下部隊によって追い詰められていくミネルバの様子はアークエンジェルを守るマユからも確認できていた。

 

 このままでは彼らはジリ貧だ。

 

 かと言って他の部隊に援護を頼んでもあのモビルアーマー相手では対抗できないだろう。

 

 シンには敵対すれば躊躇わないと宣言したものの、マユは決して彼らが落とされれば良いと思っていた訳ではない。

 

 むしろ別れ際の言葉こそ彼女の本音だ。

 

 援護に行くべきかもしれない。

 

 幸いアークエンジェルの周囲は変わらず多くの敵が寄ってきているが、レティシアが抑えてくれているので問題はない。

 

 だがここでマユにとって完全に想定外の事態が起こる。

 

 ミネルバの援護をレティシアに申し出ようとした瞬間、フリーダムに向かって強力なビームが撃ち込まれたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 驚異的な反応でフリーダムを後退させビームをやり過ごす。

 

 攻撃が放たれた方角に視線を向けるとそこにいたのはユニウスセブンで交戦した灰色のシグルドがライフルを向けていた。

 

 

 ZGMF-F110『シグルドカスタム』

 

 

 前大戦で使用されたシグルドに細かい改修を加え、背中には高機動スラスターを装備、機関砲やミサイルポッドなどを装備している機体である。

 

 マユは鋭い視線でシグルドを睨む。

 

 抑えがたい怒りがわき上がってくる。

 

 目の前にいるのはあの『ブレイク・ザ・ワールド』を引き起こした元凶の一人。」

 

 感情的になるのも無理はない。

 

 「レティシアさん、あのシグルドは核動力を使ってます。あれは私が抑えますからアークエンジェルを頼みます!」

 

 「無茶はしないようにしてください!」

 

 「はい!」

 

 マユはビームライフルを構えると躊躇う事無くシグルドに叩き込む。

 

 あの機体については嫌な思いでしかない。

 

 いや、マユにとってはすべての元凶ともいえる存在だ。

 

 撃墜するつもりで放ったビームがシグルドに迫る。

 

 だがシグルドは放たれたビームをいとも容易く弾き飛ばすと、ビームサーベルで斬り込んで来た。

 

 袈裟斬りに振るわれたビームサーベルをシールドで受け止め、こちらもサーベルに持ち替えて斬り返した。

 

 お互いに斬撃を受け止た膠着状態。

 

 そこでシグルドから通信が入る。

 

 《……パイロットは誰だ》

 

 「貴方は―――」

 

 モニターに映っているのは大気圏で対峙した仮面の男。

 

 前と同様に相変わらずくぐもった声で、男か女かすら分からない。

 

 だがこちらに込められた激しい憎悪は感じ取る事が出来る。

 

 彼は一体?

 

 《そうか。お前が今のフリーダムのパイロットか》

 

 どこか歓喜に満ちた声で呟く。

 

 マユは相手の不気味さにひやりとした悪寒が背中に走る。

 

 「貴方は誰ですか?」

 

 《……カース》

 

 カース?

 

 それがこの男の名前なのだろうか?

 

 「……お前を、いや、お前達を未来永劫呪い―――そして殺す者だ」

 

 カースはビームサーベルを引くと同時にビームクロウを展開して下から斬り上げてくる。

 

 下から迫るビームクロウを後退してやり過ごすとクスィフィアスレール砲を撃ち出した。

 

 だがシグルドは受け止める事無くビームクロウを斬り上げた勢いのまま機体を上昇させレール砲をやり過ごすと、フリーダムに回し蹴りを叩き込んだ。

 

 マユは蹴りをシールドで受け、ビームサーベルで上段から振り下ろすとカースもまたそれを受け止めて見せた。

 

 上手い。

 

 カースは技量は間違いなくエース級である。

 

 さらにシグルドのような高性能の機体に搭乗している為に余計に厄介であった。

 

 アークエンジェルには変わらずレティシアのブリュンヒルデが防衛についている。

 

 だがフリーダムがシグルドと戦い始めた為に一機で他の敵機を抑えている為にあれでは迂闊に動けないだろう。

 

 ムウとトールのセンジンは降下してきたレイダー制式仕様と交戦している。

 

 飛行形態になったセンジンとモビルアーマー形態のレイダーがすれ違う。

 

 ムウは撃ちかけられた機関砲を旋回して回避するとビームライフルを撃ち込んだ。

 

 「甘いぞ!」

 

 ムウはレイダーの副翼を破壊しバランスを崩した瞬間にモビルスーツ形態になり、ビームサーベルで胴体ごと真っ二つに斬り裂く。

 

 だが背後からもう一機のレイダーが放った対空ミサイルが迫ってきた。

 

 シールドで防ごうとしたムウをトールがビームライフルでミサイルを撃ち落とした。

 

 「大丈夫ですか、フラガ一佐」

 

 「ああ」

 

 だが数が多い。

 

 レイダーだけでなくウィンダムも攻撃を仕掛けてくる。

 

 ムウとトールは邪魔をしてくるウィンダムを撃退しながら空を飛び回るレイダーを追って機体を上昇させた。

 

 

 

 

 同盟軍オーブ司令部ではカガリが難しい顔でモニターを見つめていた。

 

 先程まではこちらがやや有利な状況だった。

 

 しかし地球軍の降下部隊に巨大モビルアーマー。

 

 そしてユニウスセブンを落下させた実行犯の一人が乗るシグルド。

 

 これらの参入により、戦況は五分の状態にまで押し返されていた。

 

 だが、カガリはこの状況にどこか違和感を覚えていた。

 

 地球軍の勢いがどこか弱い気がするのだ。

 

 より正確に言えば戦場を広げてはいるが、積極的に本土に進撃しようとしていないような印象を受ける。

 

 「妙だな。何故地球軍は積極的に攻めてこない?」

 

 カガリが地球軍の動きに疑問を持ち始めた時、それは起きた。

 

 状況を観測していたオペレーターが振り返って叫んだ。

 

 「大変です! 研究施設の一部が爆発! 火災発生!」

 

 「奇襲か!?」

 

 かつてオーブ戦役において地球軍との戦闘中にまったく別方向から奇襲を受けた事があった。

 

 その時の教訓は今も生かされ警戒していたのだが、それが地球軍の狙いなのだろうか?

 

 「いえ、周囲に敵の機影は一切ありません!」

 

 訝しむカガリにシュウが珍しく焦ったように駆け寄ってくる。

 

 「カガリ様」

 

 「どうした?」

 

 「申し訳ありません。セイランを監視していた者から彼らを見失ったと連絡が入りました」

 

 ショウの報告にカガリは顔を顰めた。

 

 まさかとは思うが先程の爆発は―――

 

 そこでさらに悪い知らせが入ってきた。

 

 「これは……護衛艦の一部離脱していきます!」

 「何!?」

 

 出撃していた護衛艦が離脱し地球軍側に向かっていく。

 

 当然搭載機であったムラサメも一緒にである。

 

 離脱していく護衛艦に乗っていたのは言うまでもなくセイラン親子と彼らに賛同する者たちであった。

 

 オーブから離脱していく彼らはヴァールト・ロズベルクからの条件をすでに満たしている。

 

 セイラン親子が提示された条件。

 

 それはオーブの新型のモビルスーツを奪取してくる事だった。

 

 彼らの乗る護衛艦の格納庫には次期主力機開発計画の試作機が乗せられていた。

 

 「……護衛艦を止めろ。撃沈させる事も許可する」

 

 「り、了解」

 

 カガリは強く拳を握りしめ、激しい憤りを抑えながら厳しい表情でモニターを睨んでいた。

 

 

 

 

 イレイズが振るってきたビームサーベルを受け止めながらシンは焦りを抑えられずにいた。

 

 このパイロットの技量はそこらのウィンダムよりは上だが、十分に対応可能である。

 

 シンが焦っていたのは別の理由だ。

 

 それはコックピットに鳴り響く警戒音だった。

 

 バッテリー残量が残り僅かになっているのだ。

 

 セカンドステージシリーズがいかに最新型で従来の機体よりもバッテリーの消費が抑えられているとはいえ限界はある。

 

 ここまでの激戦でインパルスのバッテリーは限界に近付いていたのだ。

 

 「くっそぉぉ!!!」

 

 その前にケリをつけてやる!

 

 シンの焦りを感じ取ったアオイは機体を僅かに沈めインパルスの斬撃をやり過ごす。

 

 「ここだぁぁ!!」

 

 「しまっ―――」

 

 イレイズのビームサーベルがインパルスの左足を切断した。

 

 チャンスである。

 

 しかしアオイはあえてそこで踏み込まず、バランスを崩したインパルスをシールドで殴りつけ海面に向け叩き落とした。

 

 叩き落とされたシンを待ち受けていたのは海面ではなく、セイバーと交戦していた巨大なモビルアーマーだった。

 

 ザムザザーのかぎ爪がインパルス残った右足を掴み振り、力一杯振り回す。

 

 「ぐあああああああ!!!」

 

 「シン!!!!」

 

 セリスがシンを助けようとするがイレイズの放ったビームが進路を阻んだ。

 

 「く、このォォォ!!」

 

 シンは必死に逃れようとするがかぎ爪は外す事が出来ない。

 

 こうなればレッグフライヤーを切り離す他ない。

 

 そう判断した瞬間、最悪のタイミングでそれは起こった。

 

 インパルスの装甲から色が消え失せたのである。

 

 バッテリーが切れた事により起こった、フェイズシフトダウン。

 

 装甲が落ちた事により、かぎ爪が容赦なく右足をちぎり捨て機体ごと海上へと叩き落とした。

 

 それを見ていたセリスは凍りつく。

 

 このままではシンが死ぬ。

 

 そんなのは―――

 

 そしてシンもまた死を意識した。

 

 「……ここで俺は……終わり……なのか?」

 

 何にも出来ずに。

 

 シンは無意識に視線をオーブに向けた。

 

 マユは今頃どうしているのだろうか。

 

 考えるまでもない。

 

 今も戦っている筈。

 

 ならば俺も―――

 

 

 

 「「こんなところで―――」」

 

 

 

 「やられてたまるかァァァァ!!!!」

 

 

 

 「死なせない!!!!」

 

 

 

 シンと―――セリスのSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 シンに再び大気圏での感じた鋭い感覚が全身に駆け巡る。

 

 フットペダルを思いっきり踏み込み、機体を回転させザムザザーが放った止めの一撃を避けると同時にミネルバに思いっきり叫ぶ。

 

 「メイリン、デュートリオンビームを!! その後レッグフライヤー、ソードシルエットを射出!!」

 

 《は、はい!》

 

 インパルスを追うようにザムザザーが迫ってくる。

 

 だがそこにセイバーが突進してきた。

 

 「やらせない!!!」

 

 セリスはイレイズの放つビームを次々と回避。

 

 ザムザザーにビームサーベルで斬り込んだ。

 

 突っ込んできたセイバーに大型ビーム砲を構えて迎撃する。

 

 しかしセリスは一切怯まない。

 

 「はあああああああ!!!!!」

 

 今までに感じた事のない感覚に身を任せ迫る閃光をすり抜ける。

 

 そして飛行形態に変形してザムザザーの下から回り込みビームサーベルを一閃した。

 

 セイバーの放ったビームサーベルの斬撃により背後に装備されたかぎ爪ごと脚部を斬り落とした。

 

 その間にインパルスはミネルバから発射されたデュートリオンビームによるエネルギー補給を受けていた。

 

 デュートリオンビーム送電システム。

 

 これは対象となる機体の受信装置にデュートリオンビームと呼ばれる粒子線を照射することで、母艦に着艦することなくエネルギーの補給を行うことが可能なシステムである。

 

 バッテリーを補給したインパルスは再び装甲を展開し鮮やかな色に染まった。

 

 シンは傷ついたレッグフライヤーとフォースシルエットをパージ。

 

 さらにミネルバより射出された新たなレッグフライヤーとソードシルエットを装着したインパルスはスラスターを全開にして敵に向かっていく。

 

 「うおおおおおお!!!!!」

 

 セイバーの一撃でバランスを崩したザムザザーに上段からエクスカリバーを叩きつけた。

 

 エクスカリバーの斬撃で陽電子リフレクター発生装置を完全に破壊したインパルスが飛び退くと同時にセイバーが上からビームサーベルを突き刺した。

 

 セイバーのビームサーベルが機体を切断していくと、斬り裂かれたザムザザーは火を吹き海面で爆散した。

 

 シンとせりスの二人はそれで止まらない。

 

 ミネルバの進路を阻む艦に降り立つとエクスカリバーを一閃、艦橋を斬り崩す。

 

 さらに隣の艦に飛び移り、同盟軍機を狙う砲台を斬り裂いた。

 

 インパルスにより次々と炎に包まれていく戦艦。

 

 そこにデュートリオンビームによって補給を終えたセイバーも駆けつける。

 

 「これでぇぇ!!」

 

 戦艦から放たれるビームを回避し、ビームライフルで砲台を次々と破壊するとアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲で甲板を撃ち抜いた。

 

 まさに圧倒的。

 

 二機の猛攻を誰も止められない。

 

 それを艦橋で見つめていたグラントは即座に撤退指示を出した。

 

 「撤退信号を出せ」

 

 「中将!? しかし―――」

 

 「これ以上の戦闘は無意味だ。それに最低限の目的は達成した。急げ」

 

 「り、了解」

 

 そう最低限の目的は達成している。

 

 これ以上無駄な犠牲を出す必要などない。

 

 旗艦から射出される撤退信号によって戦闘は終了した。

 

 「少尉、退くぞ」

 

 「……了解」

 

 アオイは悔しさを噛みしめていた。

 

 隙をついてインパルスを叩き落としたまでは良かった。

 

 後はザムザザーの攻撃で撃墜されるだけだと、そう思ったのだ。

 

 だがその考えは甘かった。

 

 その後インパルスとセイバーは明らかに動きを変えたのだ。

 

 つまり彼らは今まで本気で戦ってなどいなかったのである。

 

 「ちくしょう」

 

 圧倒的な戦闘力でザムザザーを落とし、戦艦を次々と沈めていった。

 

 アオイは敵の戦闘に圧倒されてしまった。

 

 仮に動きの変わった二機と戦ったらあっさりと返り討ちにされていただろう。

 

 要するにアオイは二機の戦闘を見て一瞬怯んでしまったのだ。

 

 それが悔しかった。

 

 「いつか俺が……」

 

 アオイは目の前で猛威を振るう二機の姿を目に焼き付けるとストライクノワールの後について後退していった。

 

 

 

 

 地球軍が撤退し始めるとカースは舌打ちした。

 

 「チッ、今回はここまでか」

 

 カースはフリーダムを突き放すと後退を開始する。

 

 「逃がしません!」

 

 カースは危険だ。

 

 マユは彼の憎悪を感じ取った瞬間、そう直感した。

 

 彼がこれ以上何か起こす前にここで倒すべきだと判断したのだ。

 

 シグルドを追撃すべくビームサーベルを構えて前に出る。

 

 「安心しろ、お前は必ず殺す」

 

 カースはフリーダム目掛けてミサイルを一斉に撃ちこんだ。

 

 機関砲で迎撃し、爆煙が周囲に満ちる中シグルドは反転するがそこにブリュンヒルデが立ちはだかる。

 

 「行かせない!」

 

 「邪魔を」

 

 カースは立ちはだかる機体に殺意を込めて睨みつけ、ヒュドラを海面に撃ちこんでブリュンヒルデの視界を閉ざした。

 

 そこでレティシアの耳にもまたカースの声が届く。

 

 「お前もだ。殺してやる、レティシア」

 

 視界が晴れた時にはシグルドの姿はなかった。

 

 「レティシアさん、大丈夫ですか?」

 

 「ええ、私は無事です」

 

 何故あのシグルドがここにいただろうか?

 

 疑問はあるがどうにか戦闘は終了した。

 

 それでもマユ達が素直に喜べなかったのは間違いなくカースの憎悪の触れた所為だろう。

 

 なんとも言えない不安が消えない中で、マユはオーブを離脱していくミネルバの姿を見つめていた。




機体紹介、キャラクター紹介更新しました。


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第15話  英雄達の邂逅

 

 

 

 

 

 戦闘を終えたシンはミネルバの格納庫へ帰還を果たした。

 

 着こんでいるパイロットスーツは汗だくであり、ベタベタして非常に気持ち悪い。

 

 「……すぐシャワーを浴びよ」

 

 シンはそんな事を考えながらコックピットを降りていくと同じく帰還していたセリスが心配そうな顔で駆け寄ってきた。

 

 撃墜寸前にまで追い詰められたのだから、彼女が心配するのも無理はない。

 

 「シン、大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

 

 「だ、大丈夫だって」

 

 ペタペタと体を触るセリスに微笑みかけるとようやく彼女も安心したのか笑みを浮かべた。

 

 そんな二人を囲むようにルナマリアやヴィーノ、ヨウランと言った仲の良いメンバーが集まってくる。

 

 「やったな、シン、セリス!」

 

 「凄かったわね! どうしちゃったのよ、二人とも!」

 

 「えっと―――」

 

 シンが答える前に他のメンバーが肩や背中を遠慮なく叩いてくる。

 

 「良くやってくれた!」

 

 「助かったぜ、二人とも!」

 

 手加減なく叩いてくるから正直背中が痛い。

 

 もう少し力加減を考えて欲しいのだが、悪くない気分だった。

 

 ふと見るとレイも外側でしかも笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

 

 はっきり言って驚いた。

 

 アカデミーからの付き合いだが、シンは少なくともレイが笑顔を浮かべる所など見たことがなかったのだ。

 

 それはセリス達も同じだったようで、かなり驚いている。

 

 「ほら、お前らいい加減にしろ! さっさと仕事に戻れ!」

 

 整備長の怒声にようやく囲んでいた皆が散り二人も解放されると思わずほっと安堵のため息が出た。

 

 全員が解散して残ったのはルナマリアとレイだけ、つまりパイロット組だけだ。

 

 「二人ともホントどうしちゃったの? いきなりスーパーエース級の活躍じゃない!!」

 

 興奮したようにルナマリアが問い詰めてくる。

 

 とはいえシンにもセリスにもよく分からないとしか言えないのだが。

 

 「よく分からないけど、急に何かが弾けたと思ったら視界が開けて」

 

 「俺も同じような感じだと思う」

 

 だがそれはシンにとっては初めてではなく、大気圏の戦闘においても似た感覚に襲われた覚えがある。

 

 あれはいったい何なのだろうか?

 

 その時セリスがぽつりと呟いた。

 

 「……SEED」

 

 「えっ、それってテタルトスの……」

 

 「あ、ごめんなさい。他に言いようがなかったから」

 

 セリスは気まずそうに視線を逸らした。

 

 テタルトスより広まったSEED思想はもう世界中で認知されている。

 

 前大戦終結直後にオーブにて研究されていたアスト・サガミ、キラ・ヤマトの情報が月から流失した為である。

 

 ただ本当の意味を意味を理解している者がいるのか疑わしいが、受け入れられてはいた。

 

 しかしプラントだけは例外である。

 

 コーディネイターが在住するプラントにおいて、自分達こそが進化した人類であると自負している者達が未だに多い。

 

 これはパトリック・ザラが前大戦中に公言していた事も大きかったのだろう。

 

 そんなプラント内において、SEED思想など完全にタブーであった。

 

 「私は別にそこまで気にならないけど、人によってはかなり過剰に反応するから気をつけた方がいいよ」

 

 「うん」

 

 一瞬、暗くなった雰囲気。

 

 それを振り払う為に声を上げようとしたシンだったが、その前に話しかけてきたのは意外にもレイだった。

 

 「なんであれお前達がミネルバを守った。生きているという事はそれだけで価値がある。明日があるという事だからな」

 

 レイはシンの肩を軽く叩き、そのまま去っていく。

 

 なんというか普段から想像できない意外過ぎるレイの言葉に思わず呆然としてしまう。

 

 「あはは、レイ、似合わない!」

 

 「ホントにね!」

 

 くすくす笑い出す女子二人につられシンも笑みをこぼした。

 

 自分達は生き延びた。

 

 レイの言う通りそれは価値のある事だろう。

 

 それに皆が無事だったのだ。

 

 戦場で戦っていた妹もきっと大丈夫な筈だ。

 

 マユはあれだけ強いのだから。

 

 シンは軽やかな足取りで、セリス達と談笑しながら歩き始めた。

 

 

 

 

 『第二次オーブ戦役』

 

 そう呼ばれた戦いは地球軍の撤退。

 

 つまりは同盟軍の勝利で幕を閉じた。

 

 だがそれはあくまでも表向きの事であり、何も知らない者達からの視点の話である。

 

 地球軍の鮮やかな退き際を見るに本当の目的が新型モビルスーツの奪取であった事は想像に難くない。

 

 つまり同盟は完全にしてやられたという事になる。

 

 会議室に集まった閣僚とアイラを交えてカガリは暗い雰囲気を引きずりながら、淡々と今後の対策を練っていた。

 

 実質的なセイラン家の裏切りと新型モビルスーツの奪取。

 

 モビルスーツが奪われた事も衝撃ではあったが、それ以上にセイラン家の裏切りは閣僚全員に大きなショックを与えていた。

 

 それを考えてかショウはあえて感情を出さず淡々と報告を上げていく。

 

 「今回の戦闘で軍の損害自体は想定内です。これはアークエンジェルとミネルバが参戦した事が大きかったようです。しかしモビルスーツ研究施設の被害は甚大です。施設は爆破され、スタッフと研究者の何人かに犠牲が出てしまいました」

 

 「研究データとクレウス博士は?」

 

 ローザ・クレウス博士は同盟軍にとって非常に重要な存在である。

 

 本人は嫌がっているが、彼女のモビルスーツ開発における功績は非常に大きい。

 

 アドヴァンスアーマーの開発に加え、他の機体にも少なからず彼女が関わっている。

 

 仮に彼女が誘拐、もしくは殺害されていたらどうなっていた事か。

 

 「データは無事です。ハッキングを試みたようですがセキュリティを突破出来なかったようです。ローザ・クレウス博士も同様に無事でした。所用でモルゲンレーテに赴かれていた事が幸いしたようです。ただ……」

 

 「どうした?」

 

 「……クレウス博士が開発に関わっていた機体『SOA-X05』が奪取されました」

 

 カガリは強く手を握り締め、アイラも同様に厳しい表情をしている。

 

 SOA-Xシリーズはスカンジナビア、オーブの次期主力機開発計画の試作モビルスーツ群の事である。

 

 これは前大戦から存在する開発計画であり、同盟に存在する最新の技術を使って開発される事から非常に高性能なモビルスーツを誕生させてきた。

 

 それが外部に持ち出されたとなると―――

 

 「……X05はどの程度完成していた?」

 

 「それは私から説明しよう」

 

 会議室に入ってきたのは白衣を纏った女性ローザ・クレウスであった。

 

 「X05の完成度はせいぜい40%くらいだ。ただこの機体には少し細工を施そうと思っていた」

 

 「細工?」

 

 「ああ、SEEDに関するものを少しな。まあ、その細工も中途半端だった。仮に地球軍の連中が目をつけても完成はさせられないだろう」

 

 とても代表首長に対する言葉使いではないが誰も気にした様子はない。

 

 彼女は誰にでもこうだからだ。

 

 「技術の流失は痛いが、今からではどうにもならない。軍の再編を急がせろ。再び地球軍が攻めてくる可能性もある」

 

 「はっ」

 

 「あのシグルドの事は?」

 

 アイラの質問に誰もが顔を顰めた。

 

 フリーダムと交戦していたシグルドはマユの報告からユニウスセブンを落下させた実行犯の一人であると分かっている。

 

 そんな者がオーブ近海に潜んでいたなど愉快な話ではない。

 

 「シグルドが潜伏していたと思われる場所を調査したところ、長期に渡って潜伏していた形跡は発見できませんでした」

 

 「ではあのシグルドはオーブ近辺にいた訳ではなかったという事かしら?」

 

 「おそらくは」

 

 ではシグルドは何故あんな場所にいたのだろうか?

 

 疑問は尽きないが今集まっている情報ではまだはっきりした事は分からない。

 

 だが万が一の事を考えると悠長にはしていられないだろう。

 

 「カガリ、あのシグルドの件は―――」

 

 「分かっています。ミヤマ、引き続き情報を集めろ」

 

 「はっ」

 

 「それから国内でも十分な警戒を。再び襲撃される可能性もある。後、クレウス博士に護衛をつけさせてもらう」

 

 ローザはやや不満そうな顔をしているが、状況は理解しているようで何も言わずに、ため息をついていた。

 

 彼女には窮屈だろうが我慢してもらうしかない。

 

 「カガリ様、アイラ様、もう一つ報告があります」

 

 「どうした?」

 

 「テタルトスの方から会談の申し入れが来ています。どうやら彼らも例の件に気がついたようです」

 

 次から次へと厄介なことばかり起こる。

 

 「分かった。向うへ返事をしておいてくれ」

 

 「了解しました」

 

 カガリは厄介な事ばかりに頭を抱えたくなる衝動を抑えながら次の議題について話し合った。

 

 

 

 

 アレンは自身の乗機であるエクリプスの調整を行う為にコックピットでキーボードを叩いていた。

 

 しかし彼の表情は優れない。

 

 その理由は現在乗り込んでいるナスカ級の目的地にあった。

 

 もうすぐ着く目的地は地球ではなくL3宙域である。

 

 本来ならばミネルバと合流する為に地球に向かっている筈だった。

 

 だが直前に『フォックスノット・ノベンバー』で介入してきた黒い機体をL3で発見したと報告が入ってきた。

 

 さらにその宙域にはテタルトスの戦艦の姿もあると報告を受けていた。

 

 特務隊三機と互角以上に戦った黒い機体に加えテタルトスもいる。

 

 他の部隊では厳しいという判断が下され、急遽特務隊が派遣される事になったのだ。

 

 議長としてはプラント防衛の為に余計な戦力を割きたくなかったのだろう。

 

 「……それにしても準備の良い事だな」

 

 アレンはコックピットの調整を終えると嘆息しながら正面を見るとそこには見慣れぬ機体が二機ほど待機していた。

 

 ZGMF-X2000『グフイグナイテッド』

 

 ニューミレニアムシリーズに属する新型機である。

 

 背中に装備されたフライトユニットで宇宙だけでなく地球でも十分な飛行能力を有し、武装も接近戦主体の武器を多く装備している。

 

 今回配備された二機のグフに搭乗しているのは隊長であるデュルクと新たにフェイスに任命されたハイネ・ヴェステンフルスである。

 

 彼は先の『フォックスノット・ノベンバー』において多大な戦果を上げた事でフェイスに選ばれていた。

 

 ハイネに最新機が与えられた事に先任であるヴィートなど不満そうな顔をしていた訳だが、声に出さなかったのはフェイスとしての矜持だったのだろう。

 

 「アレン、こっちは機体の関係上そう無茶は出来ないんでな。頼むぜ」

 

 ハイネはこの後アレンと共にミネルバに配属される事になっており、そこでグフの地上での戦闘データを収集する事になっているのだ。

 

 「ああ。分かった」

 

 ハイネは気さくな男であり、あまり深入りするような人付き合いを避けていたアレンも話やすかった。

 

 この雰囲気はどこか懐かしく、どこかアークエンジェルにいた頃を思い出す。

 

 そんな感傷に浸っていると隊長であるデュルクからの通信が入ってきた。

 

 「全員もうすぐ作戦宙域に到着する。目的は黒いモビルスーツ、コードネーム『レイヴン』を捕獲する事。そしてテタルトスがいるならば警告、受け入れない場合は排除に当たる」

 

 「テタルトスに警告がいるんですか?」

 

 モニターに映るヴィートが不満そうに声を上げた。

 

 プラントにとってはテタルトスはあくまで脱走者達であり、国家ではない。

 

 そんな彼らにわざわざ警告する意味は無いとヴィートは思っているのだろう。

 

 「テタルトスがここで何をしていたのか調べるのも必要な事だろう。向うが警告に従うならば撃つ必要はない。だからと言って躊躇う必要もないが」

 

 「了解です」

 

 「……隊長、もう一つ良いですか? 何故その『レイヴン』に拘るのですか? 確かに所属不明ではありますが、以前プラントを救ったのはあの機体です。まあ別にだから味方だとは思いませんけど」

 

 珍しくリースが質問の声を上げた。

 

 普段ならここでヴィートと口論が始まるのだが彼も同様の疑問を持っていたらしく何も言わずデュルクの言葉を待っている。

 

 ハイネも同じように黙って話に耳を傾けていた。

 

 彼も不思議には思っていたのだろう。

 

 危険ではあれどわざわざ特務隊が出張ってくる程の事態なのだろうかと。

 

 無論ハイネも以前の戦闘映像を見ている為にあの機体の手強さは良く理解出来てはいる。

 

 しかし今相手にすべきは地球軍の筈なのだ。

 

 「……詳しくは極秘事項であるが、レイヴンは現在プラントの研究施設に対して諜報活動のような事をしていると報告が上がっている」

 

 「なるほど。つまりアーモリーワンみたいな事になる前に捕獲してどこの勢力の者かはっきりさせたいという事か」

 

 「そうだ。最悪撃墜する事も許可する。ただし『レイヴン』は強敵だ。十分に注意しろ。いいな!」

 

 「「「了解!」」」

 

 「この近辺で確認されているが、正確な位置は掴めない。別動隊も動いているから、そちらで掴んでいれば―――ッ!?」

 

 デュルクの言葉は続かず、途中で大きな振動が声を遮る。

 

 「ブリッジ、何があった!!」

 

 《戦闘です! 前方で別動隊とテタルトスが戦闘しています!!》

 

 デュルクは思わず舌打ちする。

 

 彼にとってあくまでも今回の本命は『レイヴン』の方であり、テタルトスはついでだった。

 

 しかし『レイヴン』を発見する前に別動隊がテタルトスと戦闘を始めてしまうとは―――

 

 とはいえ味方を見捨てる訳にはいかない。

 

 デュルクは気持ちを切り替えると即座に命令を下した。

 

 「全機出撃するぞ!」

 

 「「「了解」」」

 

 ナスカ級のハッチが開くと各機が発進していく。

 

 アレンの正面にあるハッチが解放され機体を発進させようとしたその瞬間、嫌な感覚が全身に駆け巡った。

 

 「ッ!? これは、まさか……」

 

 覚えのあるこの感覚は間違いない。

 

 この先の戦場には奴がいる。

 

 「……ユリウス・ヴァリス」

 

 アレンが今まで戦ってきた中でも紛れも無く最強の男。

 

 自分でも知らないうちに操縦桿を握り締めていたアレンは落ち着く為に息を吐き出すと先に出撃した味方を追うようにフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 ザフトにとってテタルトスとの戦闘が予定はしていても本来の目的ではなかった。

 

 だがそれはテタルトスにとっても同様である。

 

 彼らにとって戦闘は二の次。

 

 そもそも別の目的があってここに来たのだから。

 

 それでも攻撃を仕掛けられたならば、黙っている訳にもいかない。

 

 アレックスは仲間を守る為にガーネットで戦場を縦横無尽に動きまわっていた。

 

 オルトロスの砲撃を掻い潜りながらザクに向けビームサーベルを一閃、胴体を真っ二つに斬り裂いて撃破する。

 

 「なっ、速いぞ!」

 

 「くそ! 落とせ!!」

 

 動き回るガーネットを狙いビーム突撃銃を構えるザク。

 

 だが撃ち込まれるビームは尽く何もない空間を薙ぐのみに終わった。

 

 しかしこれは彼らの落ち度ではない。

 

 敵対する相手が規格外というだけの事である。

 

 「迂闊な!」

 

 アレックスは動きを止める事無く、ビームライフルを構えるとこちらを狙う敵機を次々と撃ち抜いていった。

 

 そして別方向にも彼らの止める事の出来ない存在がいた。

 

 青紫の閃光が次々と敵を屠っていく。

 

 「うああああ!!」

 

 「くそおおお!」

 

 その光景はある意味でザフトには見覚えのあるものだった。

 

 「ま、まさか……ユリウス・ヴァリス」

 

 その名はかつてザフトにとっては紛れも無い英雄の名であって自分達を勝利に導く存在だった。

 

 しかし今はまったく逆。

 

 迫りくるその姿は死を宣告する死神そのものであった。

 

 「かつての同胞であろうが、今は敵だ。落とさせてもらうぞ」

 

 シリウスはザクの攻撃をいとも容易く回避するとすれ違いざまにビームサーベルで斬り捨てる。

 

 さらに高速で動き回りながら、ビームライフルの正確な射撃で次々とザフト機を撃ち抜いていく。

 

 シリウスのあまりの速さに敵対する者たちは全く対応できていなかった。

 

 「歯ごたえが無さすぎる」

 

 ザフトのあまりの手応えの無さに失望を通り超え呆れ返るユリウス。

 

 そこに覚えのある感覚が走るとユリウスはここに来て初めての笑みを浮かべる。

 

 「ふっ、やはりザフトにいたのか―――アスト・サガミ」

 

 ユリウスにとって彼がザフトにいるのは不思議な事ではない。

 

 むしろ必ずいると確信さえしていた。

 

 近づいてくる敵の方に機体を向け、通信機のスイッチを入れた。

 

 「全機、別方向から敵が来るぞ……アレックス」

 

 「何でしょうか、大佐」

 

 「奴が、アスト・サガミが来るぞ」

 

 「ッ!?」

 

 アレックスは強く操縦桿を握りしめる。

 

 何故奴がザフトにいるのかは知らない。だが―――

 

 「大佐には悪いが、お前の相手をするのは俺だ」

 

 アレックスはビームトマホークを振りかぶるザクを一蹴すると部隊を率いユリウスの後を追うようにスラスターを全開にした。

 

 

 

 ザフトとテタルトスの戦闘。

 

 それを静観しつつも観察していた一隻の艦がいた。

 

 プラントから離脱し、L3で調査を行っていたドミニオンである。

 

 この所動きまわっていた為にザフトに補足される可能性もあるとは思っていたのだ。

 

 しかしここまで早いとは流石だと褒めるべきだろうか。

 

 さらにテタルトスとの鉢合せとなると状況は切迫している。

 

 艦長であるナタル・バジルールは難しい顔でモニターを睨みながら、どう動くべきか思案していた。

 

 「さて、どうするか」

 

 ドミニオンの課せられている任務を考えればここでザフトに見つかるのは上手くない。

 

 このままやり過ごせれば良いのだが、発見されるのも時間の問題であろう。

 

 テタルトスと戦闘状態になってくれたのはこちらとしては幸運と捉えるべきか。

 

 「僕が行きますよ」

 

 一緒にモニターを見ていたキラが前に出た。

 

 「今ドミニオンが見つかる訳にはいかないでしょう?」

 

 キラの言う通りだ。

 

 今、ドミニオンは外付けの装置によってミラージュ・コロイドを展開している為に見つかっていない。

 

 だが当然限界時間が存在する。

 

 戦闘が長引きこちらにまで飛び火してくれば見つかる可能性も俄然高くなるだろう。

 

 離脱するためには迂回するしかないのだが、それでも戦闘宙域ギリギリの位置を移動する事になる。

 

 何もせずに移動するにはあまりにリスクのある位置だった。

 

 「……そうだな。また無茶をさせてしまうが、出てもらおう。その間にドミニオンはこの宙域より離脱する」

 

 「了解です」

 

 キラはパイロットスーツに着替え、格納庫に向かうとそこには自分の乗る黒い機体が立っていた。

 

 SAT-SX01 『レギンレイヴ』

 

 全身が黒い装甲に覆われたやや大きめの機体でありながらその加速性、機動性共に非常に高い。

 

 武装は各種ビーム兵装に背中にレール砲、腰にビーム砲、肩にはドラグーンを装備している。

 

 ドラグーンは電力を多く消費するものの、それを補う為に改良した予備バッテリーを数基装着していた。

 

 キラはキーボードを叩き調整を終えると、ハッチが開くと同時にフットペダルを踏み込んだ。

 

 「キラ・ヤマト、行きます!」

 

 ドミニオンから黒い機体が飛び出すと同時にスラスターを全開にしてザフトの部隊が展開している場所まで一気に加速した。

 

 

 

 

 敵味方が入り乱れる戦場を駆けるアレンはすぐに近づいてくる敵の存在に気がついた。

 

 一度戦った経験から奴に対して後手に回れば致命的だと理解していたアレンはビームライフルを構える。

 

 「どうした、アレン?」

 

 グフの状態を動かしながら確認していたハイネが訝しげに問う。

 

 まだ敵の姿は見えないにも関わらずエクリプスは戦闘体勢に入っている。

 

 流石にデュルク達も口を出そうとした瞬間、アレンが呟いた。

 

 「敵が来るぞ」

 

 「何―――ッ!?」

 

 ハイネが再びアレンに問いを返そうとした時、正面から来る機体が見えた。

 

 テタルトスの機体が二機、凄まじい加速で突っ込んでくる。

 

 アレンは即座にビームライフルで敵機に向けて射撃した。

 

 放たれたビームを敵機は軽々と回避する。

 

 その隙に全機が弾ける様に四方へ飛び、突っ込んで来た二機をやり過ごした。

 

 「こいつら!?」

 

 「あの青紫の機体は―――」

 

 デュルクには見覚えがあった。

 

 あの機体の色はかつて自分よりも上にいたパイロットが好んだ物だ。

 

 「……ユリウス・ヴァリスだ」

 

 アレンの淡々とした声が全員に伝わる。

 

 「え、ユリウスって」

 

 「……『仮面の懐刀』ね」

 

 「元ザフトのトップエースが相手とはな」

 

 思わぬ敵に警戒を露にする特務隊の面々。

 

 それらの機体と対峙していたユリウスもまた自身の目標である目当ての機体を見つけていた。

 

 報告あったザフトの新型。

 

 その造詣はユリウスにとっても思うところのある機体であった。

 

 「……ガンダムか。お前はよほどそれらの機体に縁があるらしいな、アスト」

 

 ユリウスはエクリプスに向かってビームサーベルで斬り込むとアレンも迎え撃つ。

 

 お互いの斬撃がシールドによって弾かれ火花を散らした。

 

 「ユリウス!」

 

 「どれだけ腕を上げたか見せて貰おうか」

 

 二機が睨み合い再びぶつかろうとした瞬間、思わぬところから邪魔が入る。

 

 赤に塗装されたグフがスレイヤーウイップを放ってきたのだ。

 

 絡みつくように変則的な動きでシリウスを捉えようと迫る。

 

 だが―――

 

 「子供騙しだな」

 

 ユリウスは鞭の軌道を見切り、軽々と回避するとグフに向けてビームサーベルを振り抜いた。

 

 振り抜かれた光刃がグフを斬り裂こうと迫る。

 

 しかし今回驚いたのはユリウスの方だった。

 

 グフはビームサーベルをシールドで流し、テンペストビームソードで逆にシリウスに斬りかかった。

 

 「やるな」

 

 シリウスは繰り出されるビームソードを機体を逸らして回避する。

 

 しかしグフは動きを止める事無く連続でビームソードを叩きつけてきた。

 

 「聞こえているか、ユリウス」

 

 「お前は―――デュルクか」

 

 対峙する機体に搭乗する相手を思い出したようにユリウスは目を細める。

 

 デュルクはザフトにいた頃、彼とまともに戦う事のできた数少ないパイロットだ。

 

 その技量はユリウスが認める確かなものだった。

 

 「こんな形でお前に再会とは残念だよ、ユリウス」

 

 「なるほど。お前が相手とはな。だがデュルク、お前の技量は認めているが私に一度でも勝てた事があったか?」

 

 「昔と同じだと思うな」

 

 「生憎私には興味がない。なにより狙いはお前ではない」

 

 グフのビームソードを回避しつつ、ビームライフルで狙い撃つ。

 

 通常のパイロットであればそれだけで終わっていただろう。

 

 だがデュルクは特務隊の隊長を任されたほどの男である。

 

 そう簡単にはやられない。

 

 むしろユリウスとここまで互角に戦える事こそ、彼の技量の高さを物語っていた。

 

 ユリウスの放ったビームを回避しつつ、グフは四連装ビームガンで反撃していく。

 

 デュルクからすればザフト時代からの雪辱を晴らす時、負ける訳にはいかない。

 

 だがユリウスにとっては違う。

 

 確かにデュルクの腕前は認めている。

 

 だがそれでもユリウスにとってはその程度の認識でしかない。

 

 その二人の温度差が絶妙な攻防を生みだしていた。

 

 二機の攻防を見たヴィートのスラッシュザクファントムが援護の為に前に出る。

 

 「隊長、援護を―――」

 

 しかし駆けつけたガーネットが放ったビームがヴィートの進路を阻んだ。

 

 正確かつ連続で放たれるビームにヴィートは防御する事しかできない。

 

 「くそ! こいつ!」

 

 肩に装備されたガトリング砲でガーネットを狙い攻撃するが、全く捉える事ができない。

 

 「ならば!」

 

 焦ったヴィートはビームアックスを構えてガーネットに斬り込んでいく。

 

 だがそれは誰の目から見てもあまりに無謀な行動であった。

 

 「待て、ヴィート! そいつは―――」

 

 ハイネの制止の声も届かない。

 

 そのままヴィートはビームアックスを敵機に向けて振り下ろした。

 

 「はあああ!」

 

 殺った!!

 

 紛れも無く自分の方が速かったと確信するヴィート。

 

 だが―――

 

 「邪魔だ!」

 

 ガーネットもビームサーベルを展開して斬り払う。

 

 すれ違う二機。

 

 次の瞬間ヴィートのザクは片腕ごとガーネットのサーベルで斬り飛ばされていた。

 

 「な、何!?」

 

 間違いなく自分の方が速かったはずなのに、相手がそれを上回った!?

 

 「腕は悪くないが、焦り過ぎだ!」

 

 さらにアレックスはサーベルを叩き込むがヴィートもまた特務隊に選ばれる技量を持ったパイロットである。

 

 損傷したショックからすぐに立ち直るとガーネットの斬撃をシールドで防ぐ。

 

 だがそこから胴に向けて蹴りを入れられ体勢を大きく崩されてしまった。

 

 「うあああ!」

 

 「悪いが落させてもらう」

 

 そのまま動きを止めたザクに三連ビーム砲を向け撃ち込んだ。

 

 「やられる!?」

 

 ヴィートは撃墜される事を予想し目を瞑った。

 

 しかし撃墜されたと思ったヴィート機の射線上にリースのブレイズザクファントムが割り込むとビーム砲を受け止める。

 

 そして上方からハイネが四連装ビームガンでガーネットを引き離し、その隙に踏み込んだエクリプスがエッケザックスをガーネットに叩きつけた。

 

 「……世話の焼ける」

 

 「リ、リース」

 

 「無事か?」

 

 ハイネにアレンにまで助けられた醜態にヴィートは思わず歯噛みした。

 

 だが助けられた事に変わりはない。

 

 ここで礼を言わないほどヴィートも礼儀知らずではなかった。

 

 「……助かった」

 

 「素直じゃないか」

 

 「いつもこのくらい素直ならいいのにね」

 

 「お前はいつも一言余計なんだよ!」

 

 変わらぬ様子で憎まれ口をたたき合う二人にハイネは苦笑しながらも安心した。

 

 「ハイネ、ヴィートと共に一旦帰還してくれ」

 

 「な、待てよ。俺はまだ―――」

 

 「……そんな機体状態で騒がないの。隊長がいつも言ってるでしょ、冷静な判断をしろって」

 

 流石にデュルクを引き合いに出されるとヴィートも黙るしかない。

 

 彼も自分の状態が分からないほど愚かではなく、少なくとも今の状態でガーネットと戦えるとは思っていなかった。

 

 「良し、俺達は戻るぞ」

 

 「……了解」

 

 損傷したザクを護衛しながらハイネのグフが母艦へと戻っていく。

 

 一応二機が狙撃されないように射線上にリースが割り込んでいるのだが、ガーネットはそれを狙う素振りはない。

 

 あくまで狙いはエクリプスであり、下がる者達に興味はなかった。

 

 互いに武器を構えると再び激突する。

 

 ガーネットのビームサーベルがエクリプスを斬り裂こうと袈裟懸けに叩きつける。

 

 「はああああ!」

 

 エクリプスは素早くシールドを構えて光刃を弾くとエッケザックスを横薙ぎに斬り払う。

 

 「この程度で!」

 

 アレックスもまた盾をかざして対艦刀を受け流し、敵機に向けて斬撃を繰り出した。

 

 彼らはお互い何度も刃を交えた間柄であり、相手の動きが手に取るように分かっていた。

 

 「聞こえているか!」

 

 「……何の用だ」

 

 ガーネットが蹴り上げた右足のビームサーベルをシールドで逸らすと逆袈裟にエッケザックスを振り下ろす。

 

 「何故お前がザフトにいるんだ!!」

 

 「お前には関係ないだろう」

 

 「ふざけるな! あれだけ俺達の邪魔をして来たお前が! それに彼女はどうした!!」

 

 答えないアレンにアレックスは怒りにまかせビームサーベルを次々と斬りつけていく。

 

 「貴様!!」

 

 「敵に答える義務はない!」

 

 次々と繰り出される光刃の一撃をアレンは正確に見切り、捌いてゆく。

 

 互いに振るう刃が弾かれる度に光が伴い周囲を照らす。

 

 「アレン!」

 

 援護に割り込んだリースの掛け声と共に飛び退くエクリプス。

 

 それに合わせて背中のミサイルをガーネットに撃ち込んだ。

 

 「邪魔だ!」

 

 アレックスは機関砲でミサイルを撃ち落とすと機体の周りを爆煙が包み込む。

 

 その爆煙に紛れたアレンは背中にマウントされているビームガトリング砲をガーネットに向けて撃ち込んだ。

 

 絶え間なく降り注ぐガトリング砲をアレックスはスラスターを使って回避していく。

 

 その隙に動いたのはリースだった。

 

 「そこ!」

 

 エクリプスが放つガトリング砲の攻撃に合わせ、ビームトマホークで斬り込む。

 

 「はあああ!」

 

 「こいつもエース級か」

 

 リースの放つビームトマホークの斬撃は正確で鋭い。

 

 先程のザクのように簡単に斬り返せない。

 

 いや、先程損傷を受けたヴィートにせよ焦りがなければ、いかにアレックスといえどもああも簡単に斬り返せはしなかっただろう。

 

 しかもガーネットの回避先を狙ってガトリング砲を撃ち込んでくるアレンの援護も厄介だった。

 

 ザクの斬撃を受け止めながらアレックスは叫ぶ。

 

 「そこを退け! 俺の相手は奴―――アスト・サガミだ!」

 

 「えっ!?」

 

 アスト・サガミ?

 

 その言葉はリースの思考を一瞬止めた。

 

 「そこだ!」

 

 ガーネットは隙を見せたザクにビームサーベルを振り下ろし、左胸部を斬り飛ばした

 

 「くっ」

 

 咄嗟に後退していなければやられていた。

 

 止めを刺すべく敵機が距離を詰めてくるが、そこにエクリプスが割り込んできた。

 

 「リース、下がれ」

 

 「う、うん」

 

 再びお互いに武器を構える二機。

 

 リースはエクリプスを見ながら先程敵の言った言葉を考えていた。

 

 あの敵はアスト・サガミと言った。

 

 「……さっきのってまさかアレンの事?」

 

 二機の激突を黙って見つめながらリースは先ほどの敵の言葉を反芻する。

 

 「今日こそ貴様を!」

 

 「お前にやられるつもりはない!!」

 

 エクリプスとガーネット。

 

 繰り出される斬撃が機体を掠め、傷を作っていく。

 

 

 二機の戦闘に感化されたように戦いは激化し、両軍共に一歩も引かない。

 

 

 だがその時、その場にいた誰もが予想していなかったことが起きる。

 

 

 まず気がついたのはデュルクと対峙していたユリウスであった。

 

 再び馴染み深い感覚が走るとそちらの方に視線を向ける。

 

 これは―――

 

 「なるほど。お前もいたのか―――キラ」

 

 ユリウスがそう呟いた瞬間、暗い空間を薙ぐ一条の閃光が駆け抜ける。

 

  宇宙を走る光が向う先にいたのは―――

 

 「まさか別動隊の母艦か!?」

 

 デュルクが気がついた通り、狙いは別動隊の母艦であったナスカ級。

 

 迫る閃光が右舷のスラスターに直撃する。

 

 ナスカ級から大きな爆発が起こると同時に炎が噴き出した。

 

 閃光を放ったのはザフトの狙っていたターゲット。

 

 凄まじい速度で戦場に突っ込んできた黒い機体に気がついたデュルクは思わず声を上げる。

 

 「『レイヴン』だと!?」

 

 突然の事態に誰もが固まって動けず、加速して戦場に突っ込んでくるレギンレイヴに対処できない。

 

 平静を取り戻した者達も迂闊には動けず、どこも手一杯である。

 

 しかも母艦を撃たれた為か別動隊は完全に浮足立っていた。

 

 このままでは不味い。

 

 現状を素早く判断したリースは最も合理的な決断を下した。

 

 「アレン、ここは私が抑える。あの黒い機体を追って」

 

 「……大丈夫なのか?」

 

 「問題ない。さっきみたいにはやられないから」

 

 アレンは僅かに躊躇う様子を見せたがすぐに頷くと反転して『レイヴン』の後を追う。

 

 「待て!」

 

 アレックスもそれを追おうとするがリースのザクが立ちはだかる。

 

 「行かせない」

 

 機体の状態は確認済み。

 

 装甲は抉られたが戦闘には支障はない。

 

 リースはガーネットに向かって再び斬り込んだ。

 

 

 

 

 レギンレイヴを操るキラは一直線にドミニオンの進路に一番近い敵母艦に向かった。

 

 ザフトをすべて迎撃する必要はない。

 

 あくまでドミニオンが離脱するまで時間を稼げばよいのである。

 

 邪魔をしてくる敵以外はすべて無視して、先端に装備されているビームランチャーでナスカ級を狙う。

 

 「当たれぇぇ!!」

 

 キラがトリガーを引くと同時に凄まじい閃光が放たれ、ナスカ級の右舷に直撃した。

 

 破壊された右舷からは火を噴き大きな爆発が起きていた。

 

 あれだけの損傷ならドミニオンに気がつく余裕も無いだろう。

 

 ザフトも黙って見ている事はせず、レギンレイヴの進路を塞ぐように二機のザクがビーム突撃銃を構えて撃ち込んできた。

 

 「邪魔をするなら落とす!」

 

 放たれたビームを旋回しながら回避するとレール砲を放って迎撃した。

 

 正確に放たれたレール砲に回避する事も出来ず、砲撃の直撃を受けたザクはあっさり撃破されてしまった。

 

 さらにキラは背中に装備されているミサイルポッドを発射して、群がってくる敵機を薙ぎ払うと離脱する為の進路を取る。

 

 「良し、このまま離脱を―――なッ!?」

 

 その瞬間、キラは何かを感じ取った。

 

 感じた感覚に任せてフットペダルを踏み込みレギンレイヴが急加速した次の瞬間、今までいた空間をビームが薙ぎ払う。

 

 「これは!?」

 

 連続で撃ち込まれてくる、ビームはあまりに正確。

 

 しかもキラの動きを読んでいるかのように、進路上に次々と撃ち込まれてきた。

 

 機体をバレルロールさせビームの直撃を避けるため、スラスターを噴射する。

 

 だが次に撃ちこまれた、ガトリング砲がレギンレイヴに降り注ぐ。

 

 キラは操縦桿を操作して撃ち込まれるビームをギリギリ回避していくが、ついに一条のビームがレギンレイヴのウイングを撃ち抜いた。

 

 「ぐっ!」

 

 キラは即座に撃ち抜かれたウイング諸共スラスターユニットをパージする。

 

 今回損傷したのが後付けのパーツであったのが幸いした。

 

 これが機体のスラスターであったらこの宙域から逃げられなかったかもしれない。

 

 そしてキラの前に立ちふさがったのは―――

 

 「ガンダムか。それにこれは……」

 

 キラの感覚が告げていた。

 

 目の前にいる機体のパイロットの事を。

 

 そしてそれはエクリプスのコックピットにいるアレンにも当然分かっていた。

 

 「……覚悟はしていた。こうなった以上、手は抜けない」

 

 アレンはエッケザックスを構えるとスラスターを吹かせ一気に斬り込んだ。

 

 下から斬り上げるように振るわれる対艦刀。

 

 それをキラは左腕のシールドで弾くと同時に右手でビームサーベルを展開して斬り返す。

 

 互いの斬撃を受け止めると同時に弾け合った。

 

 「くっ!」

 

 「ッ! 流石だな!」

 

 二機は互いに斬撃を繰り出しながら激突を繰り返す。

 

 キラの斬撃を前にアレンはあえてスラスター出力を上げて懐に飛び込むと体当たりで吹き飛ばす。

 

 態勢を崩したレギンレイヴにエッケザックスを叩きつける。

 

 「まだァァ!!」

 

 キラは驚異的な反応でスラスターを使い、対艦刀が掠めていくギリギリの位置での回避に成功する。

 

 もちろん装甲に浅く傷をつけれてしまったが、先の一撃は確実に損傷を受けてもおかしくない斬撃だった。

 

 この程度の傷で済んだのはまさに僥倖といえるだろう。

 

 だがこれ以上時間は掛けていられないが、彼が相手では離脱する事も難しい。

 

 油断していたらすぐにでもやられてしまうだろう。

 

 「ならば!!」

 

 キラは肩に装備されたドラグーンを放出し、エクリプスに対して四方から攻撃を加えた。

 

 「ドラグーンか!?」

 

 ビームが放たれるたびにスラスターを使いアレンは回避していく。

 

 この手の武器は前大戦から馴染み深く、十分対処できる。

 

 アレンはビームライフルを構えるとドラグーンを目がけてトリガーを引いた。

 

 「そこ!」

 

 撃ち出されたビームは動きまわるドラグーンを正確に撃ち抜き撃墜していく。

 

 普通のパイロットが見れば驚愕するだろう。

 

 高速で動き回るドラグーンを正確に狙い、撃ち落としているのだから。

 

 だがキラにとってはそれは驚くべき事ではない。

 

 彼の力を一番知っているのは自分なのだから。

 

 ドラグーンを掻い潜り対艦刀を横薙ぎに叩きつけてくる。

 

 「ここだ!」

 

 正面から斬り込んできたエクリプスに合わせキラは機体を宙返りさせ斬撃を回避。

 

 背中に装着されていた予備バッテリーを排除、レール砲で撃ち抜いた。

 

 破壊されたバッテリーが大爆発を起こし二機を大きく引き離すと、その隙に戦域から離脱する。

 

 「はぁ~何とか無事に離脱出来た。まさかここで君と戦う事になるなんてね―――アスト」

 

 キラは苦笑しながらフットペダルを踏み機体をさらに加速させた。

 

 

 

 

 レギンレイヴの離脱を見たユリウスはグフの四連装ビームガンを回避しながら、アレックスに通信を入れた。

 

 「アレックス、退くぞ。これ以上の戦闘は無意味だ。全軍に撤退命令を出せ」

 

 「……了解」

 

 ザクの一撃をシールドで弾き飛ばすと同時にアレックスは反転すると他の部隊に撤退命令を出した。

 

 アレックスの命令でテタルトス軍は撤退を開始する。

 

 それを見ていたユリウスもグフのスレイヤーウィップを回避、ビームライフルで牽制しながら後退を開始した。

 

 「待て!」

 

 「……お前の相手は今度してやる」

 

 斬りかかってきたグフに蹴りを入れ、引き離すとシリウスはガーネットと共に後退していく。

 

 そのコックピットの中でユリウスは冷たく呟いた。

 

 「茶番だな。アスト、キラ、今のお前達をラウが見たらどう思うかな」

 

 いや、彼がどうするかなど考えるまでもない。

 

 きっと愉快そうに笑うのだろう。

 

 そんな無意味な事を考えながらユリウスは母艦に帰還した。

 

 

 

 

 そこは実に質素な部屋だった。

 

 家具などもほとんどなく最低限の物のみで、あまりに生活感のない。

 

 その一室で外を眺めている男がいた。

 

 不気味な仮面を付けた男カースである。

 

 さらにそこにノックと共に部屋へと入ってきたのはヴァ―ルト・ロズべルクであった。

 

 「待たせたか、カース?」

 

 「……いや」

 

 カースの気のない返事を気にすることなくヴァ―ルトは椅子に座った。

 

 「先の戦闘はご苦労だったと言いたいが、勝手な真似をされては困るな。お前には地球軍の戦艦を襲うように言ってあった筈だが」

 

 何も答えないカースにため息をつく。

 

 本来であればシグルドで地球軍の戦艦を攻撃させ、テロリストをオーブが匿っていたという情報を流す筈だったのだ。

 

 しかしカースはよりによってフリーダムに攻撃を仕掛けてしまった。

 

 それでも撤退の際に地球軍の艦隊に攻撃を仕掛けてはいた為、疑いを掛ける事は出来る。

 

 しかし今後は彼のフリーダムに対する憎悪も考慮しなくてはならないだろう。

 

 「まあ、それはもういい。次の時にはこちらの要望通りに動いて貰いたい。機体の事に関してあればまた連絡を」

 

 そう言って退室しようとしたヴァールトの背中に今まで黙っていたカースがようやく口を開いた。

 

 「……一つだけ言っておく。私はお前達の狗になった覚えは無い。目的はあくまでも奴らを殺す事のみ」

 

 「分かっている」

 

 それ以上何も言うことなくヴァールトは退室した。

 

 

 

 オーブでの戦闘から帰還したアオイは空母に設置してあるシミュレーターに連日のように没頭していた。

 

 原因はオーブでの戦いだ。

 

 このまま再びミネルバと戦う事になれば間違いなく自分はインパルスやセイバーに負ける。

 

 それだけの力の差を感じ取っていた。

 

 いや、それだけではない。

 

 自分よりも格上の相手は山ほどいるのだ。

 

 もっと強くならなくては。

 

 「少尉、気持ちは分かるが少し休め」

 

 「しかし!」

 

 食い下がろうとするアオイにスウェンは手で制する。

 

 「……それよりも少尉に会いたいという者が来ているのだが」

 

 「え?」

 

 一体誰だろうか?

 

 シミュレーターから降りたアオイを待っていたのは、義父であるマサキだった。

 

 「義父さん!?」

 

 「アオイ、無事で何よりだ!」

 

 「何で義父さんこの艦に?」

 

 「補給部隊と一緒にきたら、お前がいるって聞いてな。顔を見にきた」

 

 スウェンは気を使ったのかマサキに敬礼するとそのまま離れていく。

 

 久しぶりと言うほど離れていた訳ではないが、それでも懐かしさを覚える。

 

 それでだけこれまでの戦いは激しく厳しいものだった。

 

 「ずいぶん熱心にシミュレーターに乗っていたが、何かあったのか?」

 

 「それは……」

 

 なんとなく自分の情けなさを口にするようで憚られたが、隠す事でもない。

 

 プラントやオーブでの戦闘についてマサキにかいつまんで話す。

 

 「なるほどな」

 

 「ごめん、偉そうに守りたいなんて言って志願した癖にこんな事」

 

 「何を言ってる。お前はよくやってるさ。大丈夫だ、お前はもっと強くなれるよ」

 

 マサキはニヤリと笑うとアオイの肩を叩いた。

 

 「それから今の気持ちを忘れるな。敵を憎み殺すためではなく、誰かを―――自分の守りたいものの為に戦うってことをな」

 

 「義父さん。うん、分かってるよ」

 

 「まあ、お前なら大丈夫だろう。それにお前は俺の誇りだ。胸を張れ」

 

 「ありがとう、義父さん」

 

 お互いに笑い合うとアオイの中にあった不安や情けなさが自然と消えていた。

 

 ここでマサキに出会えて本当に良かった。

 

 「さて俺も次の任務地に行かないとな」

 

 「次はどこに?」

 

 「インド洋に設置されている前線基地の手伝いだよ。あそこは中立同盟である赤道連合との境界線近くでなかなか作業が進んでないらしくてな」

 

 「義父さんも気をつけて」

 

 「俺は大丈夫だ。次帰った時に子供達と一緒に食事でもしよう」

 

 「分かったよ」

 

 マサキは笑みを浮かべてそのまま歩いていく。

 

 そんな義父の背を見ながらアオイは次に会える時を楽しみに再びシミュレーターに乗り込んだ。



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第16話  動く世界

 

 

 

 地球連合とプラントの開戦。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の再来とも言えるこの事態に世界は大きな戦いの渦に巻き込まれた。

 

 そして時同じくしてもう一つ、戦火を拡大させるであろう出来事が起きる。

 

 きっかけは中立同盟とテタルトス月面連邦の緊急会談だった。

 

 それに対して連合、プラントは反発を表明。

 

 これは元々テタルトスを敵視している両国からすれば当然の反応であり、別段驚く事でもない。

 

 それだけならば何時ものように誰もが気にせず流していただろう。

 

 しかし今回は違う。

 

 突然連合がユニウスセブン落下を企てたテロリストの一人が搭乗しているシグルドをオーブが匿っていたという情報を公開したのである。

 

 もちろん事実無根の言いがかりだと先の戦闘映像を公開しそんな事実は無いと同盟側は発表したのだが、連合が聞き入れる事はなかった。

 

 ある意味で予想通りであった訳だが、ここでプラント側もこの発表に関しては積極的に追及してきたのである。

 

 まるで同盟が仕組んでいたのではないかと疑うように。

 

 もちろん彼らの立場も理解してはいる。

 

 だが連合側と同様に頭ごなしに決めつけてくるとは思ってもいなかった。

 

 元々前大戦からの因縁やオーブの襲撃。

 

 そしてテタルトスの件などで不信感が高まっていた事も要因の一つだったのだろう。

 

 お互いの主張に反発。

 

 ついにはプラントとの間にも大きな蟠りを残し、開催された会談も物別れに終わった。

 

 結果、ついにプラントと中立同盟も事実上の開戦となったのである。

 

 

 

 戦火は治まる気配もなく、様々なものを巻き込みながら激化していく事になる。

 

 

 

 

 オーブでの戦いからカーペンタリアに辿りついたミネルバはドックで戦闘で負った損傷の修復を行っていた。

 

 ついこの前修復を終えたばかりだというのに、またかと思わなくも無い。

 

 それだけの戦闘を潜り抜けてきたという証明だろう。

 

 以前と同じくクルー達は修復作業中に何もするべき事も無い為、現在休暇が出されていた。

 

 ルナマリアやメイリンなどは買い物に行くなどある程度自由に過ごす中、シンはセリスと二人で久しぶりに外出していた。

 

 「うふふふ」

 

 目新しいことは無いにしろ二人で出掛けられた事がよほど嬉しかったのかセリスは先ほどから上機嫌である。

 

 笑顔で鼻歌を歌うその姿を見るだけでシンも自然と笑みがこぼれるというものだ。

 

 「久しぶりだよね、二人で出かけるの」

 

 「ああ。アーモリーワンから色々ありすぎたよ」

 

 本当に色々と思い出してしまう。

 

 アーモリーワンのミネルバ進水式前に二人で歩いていた時はこんな事になるなんて想像もしていなかった。

 

 死んだと思っていたマユとの再会。

 

 戦場での共闘。

 

 二度と戻る事はないと思っていたオーブへの帰還。

 

 そして最後の別れ。

 

 このまま俺達は―――

 

 思わず暗くなったシンの顔を見たセリスが思いっきり腕に抱きついてきた。

 

 「えい!」

 

 「セ、セリス!?」

 

 「どうしたの、そんなに慌てて? 腕なんていつも組んでるじゃない」

 

 セリスはニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。

 

 すべて見透かされている気がするが、何も言わないともっと面倒な事になる気がする。

 

 「そ、そうだけど、くっつきすぎというか」

 

 その色々と不味いというか、柔らかい感触が困るというか。

 

 それに前も平気だった訳ではなく―――

 

 「シンのエッチ」

 

 「違―――」

 

 「あはは、冗談、冗談」

 

 「勘弁してくれよ」

 

 こちらをからかうように笑うセリス。

 

 オーブの件があって考え込みがちなシンを彼女なりに励まそうとしてくれたのだろう。

 

 気持ちはものすごく嬉しいのだが、やり方は考えて貰いたいものである。

 

 シンはこれ以上変な気分になる前に話題を変えようとすると兵士達の噂話が耳に飛び込んでくる。

 

 その内容は考えまいとしていたオーブ、中立同盟に関する事だった。

 

 同盟との事実上の開戦。

 

 聞こえてくるのは同盟に対する疑念と失望の声。

 

 中には同盟がテロリストを匿い、しかも例のユニウスセブン落下を仕組んだのではないかと言う者達すらいる。

 

 「……そんな訳ないのに」

 

 「ああ」

 

 無責任な噂話にシンもセリスも不機嫌そうに顔を顰めた。

 

 ミネルバに乗船していた彼らは例のシグルドと同盟軍が戦闘しているのを確認している。

 

 先のユニウスセブン破砕作業においても矢面に立ち戦っていた。

 

 そんな同盟がブレイク・ザ・ワールド発生までのすべてを仕組み、あのシグルドを匿うとはどうしても思えなかった。

 

 「……でも」

 

 「え?」

 

 「これで俺達、敵同士……なんだよな」

 

 「シン」

 

 事実上の開戦という事でマユと戦う可能性が現実味を帯びてきた。

 

 あの日の別れの言葉が現実となるなど考えたくもない。

 

 「あ~もう!」

 

 シンは憂鬱な気分を吹き飛ばそうとガシガシ頭を掻くとあえて明るくセリスに話しかけようと横を向いた。

 

 しかしセリスはこちらではなく、驚きながらも別の場所を見つめていた。

 

 「セリス?」

 

 「シン、あれ」

 

 セリスの指差した先には空から降りて来た輸送機が到着し、中から見たことのある機体が降りて来た。

 

 「あれって!?」

 

 忘れる筈もない。

 

 降りて来たのは特務隊『フェイス』アレン・セイファートが搭乗していた機体である『エクリプス』だったのだ。

 

 「なんであの機体が?」

 

 「わからないけど」

 

 さらにその後ろから見たことが無い機体が二機、一緒に降りてくる。

 

 ザクに似た造形ではあるが、少なくともシン達は見たことがない。

 

 「新型機?」

 

 驚きながらも三機に視線を向けていると、そろってミネルバの方へと移動していく。

 

 「ミネルバに行くのか?」

 

 「シン、一旦戻りましょう」

 

 「ああ!」

 

 二人でミネルバの格納庫に飛び込むとヴィーノやヨウラン、ルナマリアなど多くの人間がすでに集まっていた。

 

 そんなシン達に気がついたのかルナマリアが近づいてきた。

 

 「二人共、もう戻ってきたの?」

 

 「ルナ、あの機体って」

 

 「エクリプスよね。向こうの機体は新型らしいけど」

 

 シン達が近づいたと同時にパイロットが機体から降りてくる。

 

 赤い軍服のまま降りてきた三人の内、一人は皆が知る人物であるアレン・セイファートだった。

 

 相変わらずサングラスで顔が見えない為、どのような表情をしているのかも分からない。

 

 もう一人はオレンジ色の髪をした人物はアレンとは対照的に笑顔を浮かべ、最後の一人は不機嫌そうに眉をひそめている。

 

 何というか見るからに不満そうという表情を隠していない。

 

 「……なんだアイツ」

 

 その態度に気分を害しながら、シンは格納庫に先に降り立ったアレン達の方に意識を向けた。

 

 二人は揃って近づいてくるとオレンジ色の髪をした青年が明るい笑みを浮かべて手を上げた。

 

 「よう。アレンの事は知ってるんだよな。今回一緒にミネルバに配属された『フェイス』のハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな」

 

 ハイネの襟にはアレンと同じ徽章が光っていた。

 

 それを聞いたルナマリアがこの場にいる全員を代表して問いを返す。

 

 「えっと、フェイスのお二人が今後ミネルバにですか?」

 

 「そうだ。議長からの命令でな」

 

 「まあ、思うところはあるだろうが、仲良くやろうぜ」

 

 「あ、はい」

 

 気さくな雰囲気のハイネに周りの空気も弛緩したらしい。

 

 「名前は知っていると思うが、一応挨拶しておく。特務隊のアレン・セイファートだ。ハイネ同様よろしく頼む」

 

 「堅いぜ、アレン。こういう時は明るくな」

 

 気さくに肩を叩いてくるハイネにアレンも微笑んだ。

 

 誰にでもこうして気さくに接する事ができるのかハイネの明るい雰囲気にアレンも笑みを浮かべている。

 

 それを見たルナマリア達も面食らったように茫然としてしまった。

 

 「……笑っているとこ初めて見たかも」

 

 「うん……って私たち殆ど話をした事ないでしょ」

 

 以前はほとんど関わる事もなかったので、厳格なイメージがついていたのかも知れない。

 

 「んで、後は」

 

 ハイネが後ろにいる同い年くらいの赤服の少年に目を向けると全員がそちらに注目する。

 

 彼も『フェイス』なのかと思いきや、襟には何もついておらず、どうやら補充人員という事らしい。

 

 「お前も挨拶くらいしたらどうだ?」

 

 ハイネに促されるといかにも不服そうに前に出てくる。

 

 その態度にシンは若干苛立ちを覚えた。

 

 「……何だよ、あの態度は!」

 

 「シン」

 

 「分かってるって」

 

 いきなり喧嘩腰になりそうなシンをせりスが押し留めると、赤服の少年もため息をつきながら自己紹介を始めた。

 

 「ジェイル・オールディスだ。よろしく」

 

 明らかによろしくという感じではなく、けんか腰ともとれる態度である。

 

 そんな彼の態度にミネルバのメンバーも明らかに不機嫌そうに顔を顰めている。

 

 「たく、着任早々揉め事を起こすなよな」

 

 「全くだ」

 

 アレンとハイネは内心ため息をついた。

 

 ジェイルとは大気圏突入前に合流したのだが、その時もこのような態度を崩さなかった。

 

 ミネルバに配属されて大丈夫なのかとかなり不安だったのだが、その不安が的中してしまったらしい。

 

 睨み合う彼らの雰囲気を変える為にアレンはハイネに声を掛けた。

 

 「ハイネ、まずグラディス艦長の所にいくぞ」

 

 「そうだな。後で改めて挨拶するからパイロット全員格納庫に集めといてくれ。ジェイル、お前もこれから一緒に戦うんだから整備班とかにも挨拶くらいしておけよ」

 

 「……分かりました」

 

 「あ、私が艦長室まで案内しますよ」

 

 「頼む」

 

 ルナマリアの案内でアレンとハイネは格納庫から出ていくと二人の背中を見つめながらセリスが呟いた。

 

 「フェイスの二人に補充人員って事はまたきつい戦いになりそう」

 

 「そうだな」

 

 その相手が何であれやる事は変わらない。

 

 自分がセリスを―――ミネルバを守るのだ。

 

 シンは歩み去る二人の後ろ姿を見つめながら、改めてそう決意する。

 

 そんなシンの前にジェイルが近づいてきた。

 

 その眼は仲良くしようなんて気はまったく感じられず、自然とシンの視線も鋭くなる。

 

 「何だよ」

 

 明らかなけんか腰のジェイルにシンも険のある言い方になってしまう。

 

 しかしジェイルは怯む事無く、睨みつけるとシンに向かって吐き捨てた。

 

 「俺はお前には負けない。絶対にな!」

 

 その言うとこちらの言葉は聞かないとばかりにジェイルは自身の機体へと歩いていった。

 

 「何なんだよ、あれ」

 

 「シン、彼のあの態度は良くないと思うけど揉め事は駄目だよ。これから一緒に戦うんだし」

 

 「分かってるって」

 

 シンは若干不貞腐れながらも嫌な気分を振り払うように、セリスに別の話題を振ることにした。

 

 

 

 艦長室で二人を出迎えたタリアは思わずため息をついてしまった。

 

 渡された命令書もそうだが、一番の理由は手元に置いてあるケース。

 

 そこには目の前にいる二人と同様にフェイスの徽章が入っている。

 

 「ハァ、あなた達をミネルバ所属にした上に私までフェイスとはね。議長は何を考えているのかしら」

 

 フェイスが三人。

 

 これだけで十分にやりにくい。

 

 下手をすれば命令系統の混乱を招きかねないからだ。

 

 もちろん戦力増強はありがたい話なのだが、素直に喜ぶ事ができない。

 

 渡された命令書に記載されている事を見る限り、今後かなり厳しい戦いになる事は間違いない。

 

 それだけに彼らの存在は非常に助かるのだが―――

 

 「お気持はお察しします、グラディス艦長。議長のお考えは分かりませんが、私は艦長の命令に従いますので。ハイネもそれで構わないか?」

 

 「ああ、わざわざ混乱させる事もないからな」

 

 「助かるわね。ではモビルスーツ隊の方は貴方達に任せます」

 

 「「了解」」

 

 これから益々厳しい戦いになる。

 

 それを潜り抜ける為にも彼らの存在はミネルバにとって得難い味方になる筈だとタリアは好意的に捉える事にした。

 

 

 

 

 艦長であるタリアとの話が終わったアレンとハイネはミネルバ艦内を見て回りながら格納庫に向かっていた。

 

 ミネルバはナスカ級やローラシア級とは全く違う造りになっている為、案内なしでは区画の把握も難しい。

 

 いざという時に迷ってましたでは済まないという事で二人で散策がてら艦内を回っているという訳だ。

 

 「しかしナスカ級とは全然違うな」

 

 「最新鋭の戦艦だからな。従来の艦とは色々と違う面も多い筈だ」

 

 「アレンは初めてじゃないんだろ?」

 

 「俺も初めてみたいなものさ。前はゆっくり見て回る暇もなかったからな」。

 

 「じゃあモビルスーツ隊の連中とも初めてなのか?」

 

 「ああ、碌に話をした事も無い。面識があるのはレイくらいだ」

 

 「ブレイズザクファントムの奴だったか? じゃあ、格納庫での顔合わせは丁度いいな。けどジェイルに関しては予想通りか」

 

 あの様子では他の連中と仲良くという気は無いのは明らかだった。

 

 この先、仲間との連携や戦闘にも影響が出るかもしれない。

 

 「まあ、あいつの場合はな」

 

 「何か知ってるのか?」

 

 「一度データで閲覧した事がある」

 

 ジェイル・オールディスの両親は共にザフトに所属しており、彼はそんな両親を誰よりも尊敬していた。

 

 しかしヤキン・ドゥーエ戦役終盤、両親はボアズの核攻撃に巻き込まれ戦死。

 

 彼は家族の仇を討つ為、そしてプラントを守る為にザフトに志願。

 

 優秀な成績を残してアカデミーを卒業し赤服を与えられた。

 

 その後、彼もセカンドステージシリーズのパイロット候補に選出されるが、結局選ばれる事は無かった。

 

 彼はそれが悔しかったのだろう。

 

 今まで他の隊に配属されていたらしいが上官とぶつかってばかりで揉め事を常に起こしていたらしい。

 

 「つまりあいつはセカンドステージシリーズを使ってる連中に嫉妬してるってことか?」

 

 「嫉妬しているというよりかは、対抗心じゃないか? 負けてたまるかってところだろう。その所為かは知らないが他の部隊でも問題を起こしていたらしいからな」

 

 「やれやれだ」

 

 そんな彼に何故最新機であるグフが与えられたのか甚だ疑問である。

 

 「じゃそろそろ戻ろうぜ。向こうも待ってるだろうしな」

 

 「ああ」

 

 艦を見ながら二人が格納庫に向かっているのは自己紹介ともう一つやるべき事があるからだ。

 

 格納庫に入るとパイロット達が待っていた。

 

 全員が二人に敬礼する。

 

 それに合わせて敬礼を返すとハイネがニヤリと笑いながら全員を見渡した。

 

 「良し、全員いるな。改めて自己紹介した後でシミュレーターで摸擬戦やるぞ」

 

 「摸擬戦ですか?」

 

 「全員の技量を把握させてもらう。相手は俺とハイネだ」

 

 「特務隊の二人を相手に……」

 

 普通なら怯むところなのだろうが、シン達にそれはない。

 

 ここまでの実戦で彼らもずいぶん鍛えられた。

 

 その成果を試すには絶好の機会。

 

 意気込むシンはいつの間にか横にいたジェイルの視線に気がついた。

 

 鋭い視線で睨みつけてるジェイルに、シンも負けじと睨み返した。

 

 『いきなり突っかかってきた気に入らない奴』

 

 それがジェイルに対するシンの偽らざる本音だ。

 

 セリスには揉め事は駄目だと言われたが、向こうから突っかかってくるのだから仕方ない。

 

 こいつには負けない!

 

 お互いにそう考え、自己紹介を済ませると摸擬戦が開始された。

 

 

 

 シン達は意気揚々と特務隊に挑んでいったのだが―――

 

 結果は言わずもがな。

 

 結局全員があっさり撃破されてしまう事になる。

 

 

 

 整備班の面々も注目していた模擬戦が終わり、全員が暗い表情で整列するとシミュレーターから降りてきたハイネとアレンが総評を口にする。

 

 「ま、こんなもんか」

 

 「ああ。各々の特性は把握できた。まずはシンとジェイル。お前達は単機で突出しすぎだ。だから各個撃破されてしまった。もう少し周りを見ろ」

 

 「ぐっ」

 

 「チッ」

 

 シンに返す言葉も無い。

 

 まったくもってその通りだったからだ。

 

 一緒に注意されたジェイルも舌打ちしながら固く拳を握り、俯いたままである。

 

 「レイ、逆にお前は慎重すぎる。状況を見極めて時にもっと大胆に動け。ルナマリア、無駄弾を撃ち過ぎだ。相手をよく見ろ」

 

 「はい」

 

 「すいません」

 

 次々とアレンが問題点を指摘していくが、最後のセリスの所で止まった。

 

 アレンは何も言わずジッとセリスを見つめている。

 

 「あの」

 

 あまりにアレンが黙ったままだったのでそこにハイネが声をかけた。

 

 「おい、アレン。見惚れるのもいいがちゃんと批評を伝えろよ」

 

 ややからかい気味に言ったハイネの言葉にルナマリアやセリスが騒ぎ出した。

 

 「アレン隊長、セリスはすでにシンと付き合ってますから無理ですよ!」

 

 「ちょっと、ルナ!」

 

 セリスとルナマリアが騒ぎ出した為、割って入ろうと思っていたシンは出鼻を挫かれてしまった。

 

 でもアレンは何故セリスを見つめていたのだろう?

 

 そんなシンの疑問もすぐに答えが出た。

 

 アレンがため息を付きながら呆れた様子で答えたのだ。

 

 「何を勘違いしているんだ。俺はただ何と伝えるか迷っていただけだ。シンと恋人なら別に構わないか……」

 

 「どういう事です?」

 

 「セリス、お前はシンの行動にいちいち気を取られ過ぎだ。その所為で集中力を欠いている。個人的な感情からだろうと思っていたのでどう切り出そうかと迷っていたんだ」

 

 「す、すいません」

 

 セリスの技量は高い。

 

 それは間違いないのだが、彼女は周りを気にしすぎる。

 

 特にシンの動きを気にしすぎて、集中力が散漫になりやすい。

 

 戦場ではそれ致命的な隙になる。

 

 アレンのいつも通りの声に騒いでいたセリス達も静かになると批評が終わり、ハイネが締める為に前に出た。

 

 「ともかく全員今回指摘された問題点を意識しておけよ!」

 

 「「「「了解」」」」

 

 「良し、堅苦しいのはここまでだ。そういえばお前らさっきアレンの事を隊長と呼んでたが、呼ぶ時は名前でいいからな」

 

 「え、しかし」

 

 「ザフトのパイロットはみんなそうだろうが。戦場に出たらみんな同じだしな」

 

 普通は戸惑うだろう。

 

 確かにザフトには階級は存在しない。

 

 しかしどの部隊だろうと隊を率いる者は隊長や艦長と呼ばれるのが当たり前になっているのだから。

 

 「なあ、アレンもそれでいいだろう?」

 

 アレンは僅かに考え込むとすぐに頷いた。

 

 元々階級や役職で呼ばれる事には慣れていないし、拘ってもいない。

 

 それで彼らの固さが和らぐならばその方がいいだろう。

 

 「そうだな。俺の方もそれで問題はない」

 

 「って事だ。いいな?」

 

 「はぁ、わかりました」

 

 皆いきなりの事で困惑気味である。

 

 確かに自分達よりも上の立場にいる人間に名前で呼べと言われたなら困惑するのも当然だ。

 

 しかしこれがハイネのやり方なのだろう。

 

 少なくともアレンには真似できない事だ。

 

 そんな彼を好ましく思っていると、再びハイネが考え込むように手を顎に添えてこちらを見てきた。

 

 「なんだ?」

 

 「アレン、お前そのサングラス外してこいつらに素顔を見せてやれよ」

 

 「は?」

 

 「いつもそのサングラス掛けてるだろ。素顔知らないからこいつらも警戒してんだよ。だから一回顔見せてやれ」

 

 そういうものだろうか?

 

 アレンにとって顔を晒す事はややリスクがある。

 

 だが顔を知っている者はあまりいないから問題はないだろう。

 

 それに今の雰囲気で外さないというのも、変な疑いを掛けられる可能性もある。

 

 アレンはサングラスを外し素顔を見せると、ルナマリア達や周りで見ていた整備班から声が上がる。

 

 「へぇ~」

 

 「結構カッコいいかも」

 

 「どっちかと言うと可愛いじゃない?」

 

 シン達はアレンの顔を興味深そうに見つめている。

 

 ルナマリアとセリスの声は敢えて無視するとアレンは再びサングラスをかけ直した。

 

 「そのままでいいじゃないか」

 

 「俺は目立つのは嫌いなんだよ」

 

 「そのサングラスを掛けたままの方が目立つと思うけどな」

 

 ハイネの軽口に皆一斉に笑いだした。

 

 言いたい事はあるが、これで隊の雰囲気が良くなるなら安いものだ。

 

 皆が穏やかな雰囲気で笑う中、ジェイルは何も言わず静かに格納庫を後にしていた。

 

 「くそ!!」

 

 拳を壁に叩きつける。

 

 負けた。

 

 全く歯が立たなかった。

 

 ジェイルとて特務隊相手に簡単に勝てるとは思っていた訳ではない。

 

 それでもある程度拮抗出来ると思っていた。

 

 しかし今回の模擬戦で二人の実力は明らかにこちらよりも格上である事が判明した。

 

 特にアレン・セイファートの実力は完全に別次元のものだった。

 

 「ここまでの差があるなんて」

 

 それだけではない。

 

 決して負けないと思っていたシン・アスカも自分よりも上の技量を持っていた。

 

 今のままでは駄目だ。

 

 せっかく議長が認めてくれて最新機を与えてくれたというのに!

 

 自分はもっと強くなる。

 

 そして両親の仇を討たなくてはならないのだ

 

 改めて決意したジェイルは胸の内で黒い炎を燃やしながらもう一度シミュレーターに乗り込むため格納庫に引き返した。

 

 

 

 

 オーブの戦闘から移動を繰り返しアオイはようやく所属すべき部隊へと合流を果たしていた。

 

 第81独立機動軍ファントムペイン

 

 そこがアオイが所属する事になった部隊。

 

 だが些か問題がある。

 

 ファントムペインの言えば地球軍内部でも悪い意味で有名な部隊だった。

 

 目的の為には手段を選ばないと。

 

 その所為で宇宙に上がった時もスウェン以外誰もアオイに近づいてこなかった。

 

 よりによってこんな部隊に配属になるなんて、運がないというか。

 

 しかし何故自分がこの部隊に配属されたのだろう?

 

 アオイは別にブルーコスモスという訳ではない。

 

 そんな言動も態度も見せたことは無かったはずだ。

 

 だがそんなアオイの思考も目の前に立った指揮官を見た瞬間に吹き飛んだ。

 

 何せ目の前に立った上官は変な仮面をつけているのだから。

 

 「アオイ・ミナト少尉、私が君の上官となるネオ・ロアノーク大佐だ。よろしく頼む」

 

 「ハッ、アオイ・ミナト少尉です! よろしくお願いします!」

 

 アオイは自身の動揺を必死に隠しながら敬礼する。

 

 なんであんな仮面をつけているんだ? 

 

 何故仮面をつけているのかは知らないが周りが何も言わない以上気にしても仕方ない事なのだろう。

 

 まあそれについてはいい。

 

 良くはないけど、気にしても仕方がない。

 

 アオイの視線はネオの後ろにいる三人に向いていた。

 

 自分と同い年くらいの少年と少女だ。

 

 二人はニヤリと笑いながらこちらを見て、もう一人の少女は興味なさそうに外を見ている。

 

 彼らが話に聞いたエクステンデットという奴だろう。

 

 戦うためだけの作りだされた人間。

 

 考えるだけで反吐が出そうになる。

 

 とはいえ彼らが悪い訳ではない。

 

 彼らが自分から望んでそうなった訳ではないのだから。

 

 それに何より、自分はこんなメンバーに囲まれてやっていけるのだろうか?

 

 そんな不安がアオイの胸中に渦巻いていた。

 

 自己紹介を終えたアオイは母艦であるJ.P.ジョーンズの甲板に出て海を眺めていた。

 

 「綺麗だな。ハァ、今まで移動続きだったし、なんというか癒されるよ」

 

 宇宙から見た地球も綺麗だったが、ここから見る海もいい景色だ。

 

 ここまで気を張り詰めていたため余計に気が抜ける。

 

 「……海好きなの?」

 

 「えっ」

 

 余計な事を考えずただ景色だけを眺めていた為、横に誰か来た事に気がつかなかった。

 

 アオイの隣にはいつの間にかネオの後ろにいた金髪の少女が座っていた。

 

 名前は確かステラ・ルーシェだった筈。

 

 「海、好き?」

 

 「あ、ああ、そうだね。好きかな。綺麗だもんね」

 

 「うん。私も好き」

 

 笑顔の彼女を見ているとモビルスーツに乗って戦うようには見えない。

 

 施設にいる子供達を思い出させる無邪気な笑顔である。

 

 だがこんな彼女がエクステンデットと呼ばれ、兵器として扱われているのだ。

 

 アオイは嫌な考えを振り払いステラに話掛けようとした時、今度は後ろから声が掛けられた。

 

 「こんな所にいたのかよ、ステラ。新入りと一緒に海を見てたのか?」

 

 「うん」

 

 話掛けてきたのはスティング・オークレーだった。

 

 その後ろにはアウル・二ーダも一緒にいる。

 

 「新入り、お前も来い。お呼びがかかったぜ」

 

 「えっ、という事は戦闘?」

 

 「そうだよ。ていうかそれが僕達の仕事じゃんか」

 

 アウルは楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 スティングやステラも同様だ。

 

 「新入りの実力も見せて貰うぜ」

 

 「ま、負けないけどね。今度は何機落とせるかなぁ」

 

 「うん!」

 

 無邪気に笑いながら歩いて行く三人。

 

 そんな会話を聞きながらアオイは凍りついていた。

 

 なんでそんなゲームでもするみたいに楽しそうなのだろう?

 

 これからするのはゲームではなく戦争であり、敵であれ味方であれ人が死ぬ事になる。

 

 アオイは戦うと決めた以上躊躇う気は無い。

 

 しかしだからと言って戦闘が楽しいと思った事など一度もない。

 

 それを彼らは―――

 

 アオイは彼らがあまりに悲しい存在に思えて仕方なかった。

 

 しかし彼らにそれを伝えてもきっと理解などできないだろう。

 

 それが余計に悲しく、彼らをこんな風にした者達に対する怒りは膨れ上がる一方だった。

 

 

 

 

 L3での戦闘を終えた特務隊は地球に降りる予定のアレン、ハイネと別れプラントまで帰還していた。

 

 機体に損傷を受けたとはいえ怪我もなく無事に帰還を果たしたリースは端末である事を調べていた。

 

 内容はアスト・サガミについて。

 

 『アスト・サガミ』

 

 前大戦中にGAT-X104『イレイズガンダム』に搭乗。

 

 GAT-X105『ストライクガンダム』に搭乗し『白い戦神』と呼ばれたキラ・ヤマトと共に数多のザフトのエース達を撃破したパイロット。

 

 その強さにザフトは『消滅の魔神』と呼んで恐れ、当時エリート部隊と呼ばれたクルーゼ隊すら彼らの前には歯が立たなかったという。

 

 叩きだした戦果はまさに驚異としか言いようがない。

 

 「……凄い」

 

 リースは素直に驚嘆した。

 

 話には聞いていたがここまでとは驚きである。

 

 何故こんな事を調べているかといえば、先の戦闘に敵パイロットの発言にある。

 

 確かに言ったのだ「俺の相手はアスト・サガミだ」と。

 

 あの場面においてあの言葉に該当するのはアレンしかいない。

 

 とはいえそれを確かめてどうにかしようという気はリースには無かった。

 

 調べていたのはあくまでも純粋な興味からである。

 

 「ちょっといいか?」

 

 キーボードを叩く手を止めて振り替えるとヴィートが立っていた。

 

 また何か突っかかってくる気なのだろうか?

 

 面倒だなと思いながらもリースは問い返した。

 

 「何?」

 

 「いや、あの、L3での戦闘の事だけど」

 

 いつもの彼らしくない。

 

 普段はもっと遠慮なく話してくるというのに、どうしたのだろう。

 

 「その、助けてくれてありがとな」

 

 先の戦闘でも思った事だが、素直に感謝されるとは思っていなかった。

 

 「……別に気にしなくていいから。前にも聞いたし」

 

 「そ、そうか」

 

 リースはそのまま調べ物を再開する。

 

 すると気になったのかヴィートがのぞき込んできた。

 

 「なに調べてんだ?」

 

 「勝手に見ないで」

 

 そんな批判も無視して画面を見たヴィートは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 「アスト・サガミってなんでこんな奴調べてんだよ」

 

 「……貴方には関係ないでしょ」

 

 どうやらこれ以上調べるのは無理らしい。

 

 突っかかられても面倒だ。

 

 リースは端末を閉じると同時に立ち上がるとさっさと立ち去る事にした。

 

 「あ、おい。相変わらず可愛げの無い女だな」

 

 余計なお世話だと思いながらリースはその場を後にした。

 

 

 暗がりの執務室でデュランダルはヘレンからオーブの戦闘に関するデータを眺めながら満足気に頷いた。

 

 「どうやらシン・アスカ、セリス・シャリエ共に覚醒したようですね」

 

 「ああ。覚醒した彼らならばこの程度はやれるだろう」

 

 むしろこのくらいはやってくれなければ困るというものだ。

 

 「地上の方はミネルバに任せておけばいい。アレンもいる」

 

 アレンの名を出した瞬間、ヘレンの眉がぴくりと動く。

 

 「議長、彼は信用できるのですか?」

 

 ヘレンも当然彼の素性も知っており、故にアレンの事など欠片も信用してなどいない。

 

 「彼なら問題ないさ」

 

 「……議長がそう仰るならば。それよりも『レイヴン』の件ですが、どうやら『アトリエ』の場所を探していたようです」

 

 「ふむ、やはりか」

 

 「今後は警戒をさらに厳重するように指示を出しておきました。……それからあのシステムの試作型が完成いたしました」

 

 デュランダルは端末を操作するとデータを映し出す。

 

 それを見ると珍しく表情を曇らせた。

 

 そんなデュランダルを気にする事無くヘレンは言葉を続ける。

 

 「つきましては……そうですね『X23S』に搭載したいのですが?」

 

 返事をしないデュランダル。

 

 肯定と受け取ったのかヘレンは一礼するとそのまま部屋を退室していく。

 

 デュランダルはそのまま椅子に座り込むと何かを考え込むように眼を閉じた。



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第17話  鮮血の海

 

 

 

 『第二次オーブ戦役』からしばらく後。

 

 オーブは『ブレイク・ザ・ワールド』や戦闘による被害からの復興に全力を注いでいた。

 

 元々ブレイク・ザ・ワールドの被害も軽微だった事も幸いして、あまり時間はかからないだろうと試算されている。

 

 もちろん再び地球軍が攻めてくる事も考えられる為、油断はできない状態ではある。

 

 そんな中、カガリ達はオノゴロ島のドック内に待機しているアークエンジェル内に集まり、全員が渋い顔でモニターを見つめていた。

 

 その理由はモニターに映ったピンクの髪をした少女にある。

 

 《皆さん、ティア・クラインです》

 

 モニターの中でティアと名乗った少女が笑顔で歌を歌っている。

 

 その姿はまさにかつてプラントの歌姫と言われたラクス・クラインそのものと言って良いほど良く似ていた。

 

 歌う彼女の姿に酔いしれるプラント国民の歓声を聞きながらカガリはため息をつくとラクスに問いかけた。

 

 「ラクス、一応聞いておくが妹がいたのか?」

 

 カガリの問いにラクスは何の迷いもなく首を横に振る。

 

 「いいえ」

 

 「レティシアはどうだ?」

 

 「私もシーゲル様から聞いた事もありません」

 

 二人が知らないとなるとあの少女の正体を知る事は現時点では無理だ。

 

 しかしこの件で彼らの前からあった疑念はほぼ確信に変わっていた。

 

 先の武装集団の襲撃。

 

 これはプラント側の思惑であったという事で間違いないだろう。

 

 この状況ではそう考えざるえない。

 

 すべての疑問が解消された訳ではないが、デュランダル議長が何かをしようとしている事だけはハッキリしていた。

 

 「でも本当に似てますね」

 

 マユがそう思うのも無理はない。

 

 外見や声も本当に良く似ているのである。

 

 「確かに外見は似てます。これでは姉妹と言われても誰も不思議に思わないですね」

 

 この中で一番付き合いの長いレティシアでさえそう思うのならプラントにいる者たちは疑いすら持っていないだろう。

 

 だが全く同一という訳ではない。

 

 雰囲気などは明らかに違うし、スタイルにも違いがある。

 

 心なしかラクスの視線が鋭いのは気のせいだと思いたい。

 

 「えっと、それで私達はこれからどうするんですか?」

 

 マユの問いにカガリは表情を固くした。

 

 現状中立同盟の状況はそう良くは無い。

 

 先の地球軍からの発表により世界から疑惑の目を向けられ、明確な敵対関係にあった国々からは糾弾の的だった。

 

 とはいえこれまでの外交努力の結果か、あの発表を信じているのがごく少数であった事は不幸中の幸いであっただろう。

 

 プラントの関与が濃厚とはいえ、それを訴えた所で今は戦争中。

 

 敵国からの言葉など届くはずも無く、容易に捻じ曲げられてしまうのみだ。

 

 「今は情報収集を最優先に。アークエンジェルも有事に備えてもらう」

 

 オーブより奪取及び離脱したモビルスーツの奪還または破壊。

 

 アークエンジェルにはそれを成してもらう事になる。

 

 これ以上連合に利用される前にこれを為さねばならないのだから。

 

 

 

 

 現在地球連合軍の航空母艦J・P・ジョーンズは、ミネルバが出港したという情報を得た為、急遽南下していた。

 

 目的はミネルバに対して攻撃を仕掛ける為である。

 

 各モビルスーツが出撃準備の取りかかっている中、アオイはとあるトラブルに巻き込まれていた。

 

 トラブルといっても見ている分には微笑ましい出来事だったのだが。

 

 「いいな~みんな……ステラだけお留守番」

 

 「しょうがないじゃんか。ガイアは飛べないし、泳げないしさ」

 

 不満そうなステラの頭を、スティングが優しく撫でる。

 

 「海でも見ながら良い子で待ってろよ。好きなんだろ?」

 

 「……うん」

 

 ステラがこんな風に不貞腐れているのは今回の作戦では彼女には待機が命じられた事が発端である。

 

 今回の主戦場は海上だ。

 

 飛行が可能なカオスや水中戦用に作られたアビスは問題ない。

 

 しかし陸戦用の機体であるガイアでは海上の戦いは無理な為に今回は建設途中の基地防衛に置かれる事になったのである。

 

 一応は頷くステラだが内心は納得していないのかまだ俯いている。

 

 何か言うべきなのだろうか?

 

 いや、そもそもなんて言えばいいんだ?

 

 迷いながらもアオイは頭をかきながら、ステラに声をかけた。

 

 「えっと、ステラ」

 

 「アオイ」

 

 「これが終わったらまた海を見よう」

 

 アオイの言葉を聞いたステラは笑顔を浮かべて頷いた。

 

 「うん!」

 

 どうやら少しは元気が出たらしい。

 

 アオイがほっとしている所にネオとスウェンが歩いて来るのが見えた。

 

 「私もステラと出られないのは残念けどね」

 

 「ネオ!」

 

 ネオの姿を確認したステラが駆け寄っていく。

 

 「とはいえ仕方ない。ステラ、後は頼む」

 

 「……うん」

 

 ずいぶん懐いているんだなぁなんてアオイが他人事のように眺めているとスウェンが肩を叩いてくる。

 

 「少尉、今回も厳しい戦いになる。だが気負う必要はない。いつも通りにやればいい」

 

 「はい!」

 

 あのミネルバ相手の戦闘でガイアが抜けるのは戦力的にも厳しい。

 

 しかしアオイとてあの時刻まれた恐怖を払拭する為に必死に訓練を積んできたのだ。

 

 それにこちらも何も手を打っていない訳ではない。

 

 オーブでのミネルバの戦いぶりはすでにファントムペインでも把握している。

 

 それを警戒しネオは建設中の基地に連絡を取って防衛戦力として駐留していたウィンダム30機をこちらに回して貰うように手配していた。

 

 基地司令はずいぶん反発していたらしいが。

 

 そしてアオイにとっても負けられない理由がある。

 

 その基地にはアオイの義父であるマサキも現在配属されているからだ。

 

 負ければその基地は丸裸同然。

 

 見つかればその時点で終わり。

 

 だがそんな事はさせない。

 

 必ず守る。

 

 決意を新たにアオイはイレイズガンダムのコックピットへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 修理を終えたミネルバはカーペンタリアを出港してインド洋方面に向かっていた。

 

 今回命じられた任務は地球軍スエズ基地攻略を行っている部隊の支援である。

 

 あの辺りはユーラシア連邦からの独立を訴える地域が多く、さらに強硬姿勢に出ている地球軍に対して反発が強い。

 

 ザフトは現在それらの地域の独立を手助けする形で軍を派遣しているのだが、どうやら苦戦しているらしい。

 

 「しかしカーペンタリアにいるミネルバにわざわざそこまで行けとはね」

 

 報告書を眺めながら、タリアが呟くとアーサーも頭を掻きながらぼやいてくる。

 

 「確かに。戦力が増えたとはいえ、ほぼ地球を半周ですよ」

 

 確かに初期に比べればミネルバの戦力もずいぶん整っている。

 

 今までの搭載機とエクリプス。

 

 そして新型機であるグフが二機と潜水母艦のボズゴロフ級ニーラゴンゴ。

 

 搭載機であるグーン。

 

 これだけの戦力があればよほど手強い部隊でもない限りは問題なく進めるだろう。

 

 少なくともタリアはそう考えていた。

 

 だが、すぐに事態は急変する。

 

 ミネルバのレーダーが多数の機影を捉えたのだ。

 

 「これは!?」

 

 「どうしたの?」

 

 「多数の機影が接近! これは……ウィンダムです! 数は30!」

 

 偶然という訳ではないだろう。

 

 待ち伏せされていたと考えた方が自然だ。

 

 タリアが指示を出そうした瞬間、また悪い報告が入ってくる。

 

 「敵機の中にカオスを確認!」

 

 「ええっ!? アーモリーワンで強奪された機体がこんな場所に!?」

 

 その機体がここにいるという事は相手はあの厄介な部隊に間違いない。

 

 あの部隊の手強さはミネルバに乗船している全員が身を持って体験済みである。

 

 「付近に母艦は?」

 

 これだけのモビルスーツが単体で飛んでくるなどあり得ない。

 

 どこかに母艦がある筈だ。

 

 「確認できません!」

 

 「ミラージュ・コロイドか!?」

 

 「地上でそれは無いでしょう」

 

 アーサーが疑いたくなるのも理解できなくはないが、地上でのミラージュ・コロイド運用はリスクがある。

 

 ミラージュ・コロイドは足跡や航跡など外部への影響や、それに伴って発生する音まで消去する事が出来ない。

 

 その為、ミラージュ・コロイドは地上での運用には向かないのだ。

 

 「議論は後よ。ブリッジ遮蔽、対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定!!」

 

 今は考えるよりも敵の迎撃が最優先。

 

 敵があの部隊であるならば後手に回るのは危険だと判断したからだ。

 

 タリアの命令に従って戦闘態勢に移行するミネルバ。

 

 そしてハッチが開くと同時に各機が次々と発進していく。

 

 最初に出撃したインパルスに続きセイバー、エクリプス、二機のグフが出撃する。

 

 レイとルナマリアのザクは空中戦は無理な為に艦内待機となった。

 

 「良いか、ミネルバから離れるなよ!」

 

 正面に立ち指揮を執っているのはハイネのグフだ。

 

 彼は戦場に出れば皆同じと言っていたが、それでも戦う以上指揮官は必要である。

 

 そこで戦場の指揮はハイネに任せる事になった。

 

 ハイネはフェイスとしての先任であるアレンが執るべきと主張していた。

 

 それをアレン自身が辞退したのだ。

 

 少なくともアレンよりも集団戦での経験が豊富なハイネの方が指揮力は高いだろうとの判断ためである。

 

 「よし、全機。行くぞ!」

 

 「「「了解!!」」

 

 接近するウィンダムを視認すると同時にハイネの指示に従ってそれぞれが迎撃体勢に移った。

 

 

 

 

 当然攻撃を仕掛ける地球軍側にもザフトが展開する様子は確認できた。

 

 正面に見えるのは見た事も無いオレンジ色に塗装された機体。

 

 造形はザクに似てはいるが、形状が違う。

 

 新型に間違いないだろう。

 

 「また新型とは。ザフトは大したものだな」

 

 次から次に新型機を投入してくるザフトの技術力には感心してしまう。

 

 敵に回すネオ達からすれば厄介極まりない訳だが。

 

 その時、ネオに妙な感覚が走った。

 

 あの白い一つ目ではない。

 

 これは―――

 

 「あいつがいるぞ!」

 

 スティングの殺気立った声にネオは視線をそちらに向ける。

 

 するとそこにいたのは彼らが宇宙で辛酸を舐めさせられた機体エクリプスの姿があった。

 

 「なるほど」

 

 「大佐、奴が一番厄介かと」

 

 この中でアレとの戦闘経験を多く持つスウェンの意見を聞くまでもない。

 

 ネオ自身厄介な相手である事は承知済みである。

 

 「アレの相手は私がする」

 

 「ええっ!」

 

 スティングが不満そうに声を上げる気持ちも分かる。

 

 宇宙で味わった屈辱を晴らしたいというのだろう。

 

 しかしアレが相手ではいかにエクステデットであろうとも返り討ちにされる可能性もある。

 

 「スティング、お前はあの二機の新型を相手にしろ」

 

 「チッ、分かったよ」

 

 カオスがモビルアーマー形態に変形すると正面のグフに突撃していく。

 

 「スウェン、お前は少尉と取り逃がした二機を頼む」

 

 「「了解」」

 

 地球軍とザフト、両軍が散開して攻撃を開始する。

 

 まず動いたのはカオスを相手にする二機のグフだった。

 

 高速で突っ込んでくるカオスにジェイルのグフが四連装ビームガンで迎撃する。

 

 「カオスか!?」

 

 アーモリーワンより奪われた機体であり、対峙するジェイルにとってもいい思い出はない。

 

 むしろ屈辱の象徴だった。

 

 「落ちろぉ!!」

 

 グフから放たれたビームが次々とカオスを狙って撃ち出した。

 

 だが甘いとばかりにスティングはくるりとカオスを回転させるとビームを回避。

 

 逆にグフを狙い撃ちにしていく。

 

 「どうした! この程度かよ、新型!!」

 

 連続で撃ち込まれるカオスのビームをシールドを使って防ぐグフを見たスティングはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「こいつらをさっさと落としてアイツに借りを返してやるぜ!」

 

 スティングは誘導したグフに止めとしてビームサーベルを振りかぶる。

 

 しかし次の瞬間、グフは絶対的に不利な体勢からビームサーベルを回避、テンペストビームソードで斬り返してきた。

 

 「なに!?」

 

 エクステンデット特有の反射神経で機体を掠めるギリギリの位置で躱す事に成功したスティングは背中に冷や汗をかきながらグフを睨みつける。

 

 今のは明らかに狙ってやったもの。

 

 つまり―――

 

 「こいつも新型任されるだけはあるって事かよ!」

 

 距離を取ったカオスにジェイルは舌打ちしながらビームガンを放っていく。

 

 途中までは上手くいっていたのだが、相手の反応が予想外に速かった事が誤算だった。

 

 「もう少しで仕留められたってのによ!」

 

 ジェイルは歯噛みしながらもカオスに追撃を掛ける。

 

 「次こそ落す!」

 

 だがそれが悪かったのか、背後からのウィンダムに対する反応が遅れてしまった。

 

 「くっ」

 

 ビームライフルを向けてくるウィンダムにシールドで防ごうとするグフ。

 

 そこにオレンジ色の機影、ハイネのグフが割り込んできた。

 

 即座にウィンダムの懐に飛び込むとテンペストビームソードを一閃、ライフルごと機体を斬り捨てる。

 

 さらに別方向にいたウィンダムをスレイヤーウィップで撃破すると小気味良く叫んだ。

 

 「遅い! ザクとは違うんだよ! ザクとは!!」

 

 ハイネはその調子で周囲にいるウィンダムを蹴散らすとジェイルに通信を入れる。

 

 「何やってる! もっと周囲に気を配れって模擬戦の後も言われただろう!」

 

 「ッ! 言われなくても分かってる!!」

 

 むきになったようにジェイルはウィンダム隊に突っ込んでいく。

 

 「おい、待て!」

 

 ジェイルのグフを追いかけようとしたハイネだったがその行く手を阻むようにビームが撃ち込まれてくる。

 

 ビームライフルを撃ち込んでくるのは緑色の機体カオスだった。

 

 「落ちやがれ!」

 

 「チッ、邪魔な奴だな!」

 

 カオスが囲むように発射された誘導ミサイルをギリギリまで引き付け、四連装ビームガンで迎撃するとビームソードを構えて斬り込んだ。

 

 互いが振るった斬撃を防いだ二機は弾け飛ぶ。

 

 「こいつ!」

 

 「流石、セカンドステージシリーズの機体だな! 厄介だぜ!」

 

 スティングと切り結びながらハイネがチラリとジェイルの方を確認する。

 

 単機でウィンダム相手に奮戦しているのが確認できた。

 

 とはいえ危なっかしい事に変わりない。

 

 ハイネはいち早くジェイルを援護する為にカオスに対して斬りかかった。

 

 

 

 ハイネとジェイルが激闘を繰り広げていた頃、反対方向にいたアレンは真っ直ぐに色違いのウィンダムに向かっていた。

 

 直感的にあの機体のパイロットの技量を見抜いたアレンはシン達では荷が重いと判断したからだ。

 

 「それにこの感覚は……試すか」

 

 一気に加速してきたウィンダムをロックすると即座にトリガーを引いた。

 

 ビームライフルから撃ち出されたビームがウィンダム目掛けて一直線に向かっていく。

 

 しかしウィンダムは背中に装備されたジェットストライカーを噴射させ、すり抜けるようにビームを回避。

 

 逆にエクリプス目がけて反撃を加えてくる。

 

 「……この動き、普通のウィンダムよりも速い」

 

 正確な射撃で次々とビームを撃ちこんでウィンダムを狙っていく。

 

 だが撃ち込まれる攻撃を巧みにかわし、隙を見て撃ち返すウィンダム。

 

 「やはりこいつが一番厄介か」

 

 ウィンダムは雲を使って姿を隠すと背後に回り込みエクリプスを急襲する。

 

 「もらった」

 

 背後からの奇襲だ。

 

 いかにこいつが手強くともこれで仕留めた筈。

 

 だがそんなネオの思惑あっさり外れる事になる。

 

 エクリプスは神懸かり的な反応で急上昇し、ウィンダムの放った攻撃を見事に回避して見せたのだ。

 

 「なっ!? 背後からの奇襲を避けただと!?」

 

 これには流石のネオも驚愕する。

 

 今のタイミングで完璧に回避してくるとは、尋常な腕前ではない。

 

 「……こいつは一体何なんだ?」

 

 ネオが一瞬呆けている間にエクリプスは宙返りすると背中のハイパーバスーカ砲を撃ちだしてくる。

 

 持前の直感で回避したネオは再びビームライフルを発射した。

 

 だがエクリプスは先程の意趣返しに雲に隠れてビームをやり過ごし、すかさずビーム砲を発射する。

 

 「強い!」

 

 「これは……このパイロットはまさか―――クルーゼ?」

 

 雲の中から発射された閃光をウィンダムはジェットストライカーを使って尽く回避していく。

 

 「……いや、違う。クルーゼじゃない」

 

 似てはいるが奴は対峙しているだけで滲み出てくるような殺意と憎悪を持っていた。

 

 だがこの機体のパイロットからそれらを感じ取ることができなかった。

 

 「何であれ、面倒な敵という事か」

 

 アレンは雲から飛び出すとビームサーベルで斬りかかる。

 

 それを見たネオもまたサーベルに持ち替えエクリプスと斬り結んだ。

 

 「望むところ」

 

 二機は高速ですれ違い、互いを狙って激突する。

 

 

 

 

 アレン達とはまた違う場所にてインパルスとセイバーは群がるウィンダムの迎撃行動に移っていた。

 

 周囲を飛び回りながらビームライフルを放ってくるウィンダム。

 

 その攻撃をシールドで防ぎながらシンは叫ぶ。

 

 「こんな奴らにやられてたまるかぁぁ!!」

 

 インパルスが放ったビームがウィンダムの胴体を撃ち抜き、さらに連射して側面の敵も撃破する。

 

 狙ってくる敵機を持ち前の機動性をもって回り込んだセイバーがフォローするようにビームサーベルで斬り裂いていった。

 

 「シンはやらせない!」

 

 セリスはモビルアーマー形態に変形、その機動性をフルに使い敵の背後へ周り込む。

 

 そしてウィンダムにスーパーフォルティスビーム砲を撃ち込んだ。

 

 元々の機動性に差がある為、敵機は二機のガンダムを追い切れない。

 

 対応できないウィンダムは次々と撃ち落とされていく。

 

 このまま問題無く撃退できると思った二人だったが、その前に因縁の機体が現れた。

 

 ストライクノワールとイレイズMk-Ⅱである。

 

 「あいつは!」

 

 シンは怒りを込めて迫る敵機を睨みつけた。

 

 イレイズには借りがあるからだ。

 

 あの機体によってオーブ戦では撃破寸前にまで追い詰められた。

 

 しかし今度はそうはいかないと、フットペダルを踏み込んだ。

 

 「今度こそ落としてやる!」

 

 インパルスは背中のフォースシルエットからビームサーベルを引き抜き、イレイズに襲いかかる。

 

 「インパルス!?」

 

 当然、相対していたアオイも応戦の構えを取る。

 

 オーブでの戦闘ではインパルスの鬼気迫る戦いぶりに圧倒されてしまった。

 

 何もできないまま、味方がやられていくのを黙って見ている事しかできなかった。

 

 それも今日まで。

 

 あの光景を振り払う為に訓練を積んできた成果を見せる時だ。

 

 「俺が皆を守る!」

 

 イレイズは腰に装備してあるビームライフルショーティーを構え、突っ込んでくるインパルスに連続で撃ち込んだ。

 

 しかしインパルスには当たらない。

 

 スラスターを的確に使いイレイズの射撃を次々と回避して懐に飛び込むとビームサーベルを振り抜く。

 

 迫るビームサーベルをシールドを掲げて防いぐイレイズ。

 

 そのままインパルスを突き放し、攻撃をやり過ごすと再びビームライフルショーティーを放った。

 

 「そんなものが当たるかぁぁ!!」

 

 「くそ、速い!?」

 

 速度を上げ攻撃を次々に避けるインパルスに焦るアオイだったが、そこでスウェンとの訓練を思い出す。

 

 「そうだ。ただ狙うだけでは当たらない。ならば!」

 

 アオイは再びインパルスにビームを撃ち出した。

 

 撃ちだされたビームは回避行動を取ろうとしたインパルス目掛けて一直線に向っていく。

 

 「な!? いきなりイレイズの射撃精度が良くなった!?」

 

 まるで動きを読んでいるかのようにインパルスの移動先にビームを撃ちこんでくる。

 

 「こいつ!」

 

 「良し、やれる!!」

 

 アオイにはネオのように優れた直感がある訳ではない。

 

 単純にスウェンに教え込まれた技術だ。

 

 相手の動きを観察して動きを読む。

 

 ただそれだけ。

 

 これは現在インパルスとセイバーにのみ有効な戦い方だった。

 

 アオイはオーブでの戦闘以降この二機相手に戦う事を想定して訓練を積み、何度もデータを見て解析してきた。

 

 だからこそ動きを読む事が出来るのである。

 

 「調子に乗るな!!」

 

 「今日は負けない!」

 

 アオイはライフルからビームサーベルに持ち替えインパルスに斬り込み、シンもまた向かってくるイレイズに向けて光刃を振り下ろした。

 

 

 刃を振りかぶるシンとアオイが激しい空中戦を繰り広げている傍らでセリスにもストライクノワールが襲いかかる。

 

 「シン!」

 

 「行かせない」

 

 インパルスの援護に行かせないようスウェンは対艦刀を構えてセイバーに斬りかかる。

 

 斬撃をシールドで受け止めたセリスにスウェンは蹴りを叩きこんで吹き飛ばす。

 

 「シンから引き離すつもり!?」

 

 「お前を行かせる訳にはいかない」

 

 何とかストライクノワールを引き離そうとするセイバー。

 

 しかしそれをさせるほどスウェンは甘くない。

 

 リニアガンとビームライフルショーティーを巧みに使いセイバーを牽制していく。

 

 「この敵はやっぱり強い!」

 

 セリスもモビルスーツ形態とモビルアーマー形態を使い分けストライクノワールを撹乱しながらビームサーベルをすれ違い様に振り抜く。

 

 しかしそれを容易く捌いたスウェンは逆にセイバーを捉え対艦刀を叩きつけた。

 

 「ぐっ」

 

 どうにかシールドを掲げて防御に成功するセリス。

 

 だがさらにインパルスから引き離されてしまった。

 

 完全に相手のペースに乗せられてしまっている。

 

 セリスは焦りを抑えながらストライクノワールを振り切る為に攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 地球軍のウィンダムは現在のところミネルバに近づく事無くモビルスーツ隊によって阻まれている。

 

 それはありがたいのだが、疑問は何一つ解決していない。

 

 要するにあれだけのモビルスーツがどこから来たのかという疑問である。

 

 今も母艦などは全く確認できない。

 

 それはニーラゴンゴの方でも同じようで、苛立ちからかこちらの言い分に全く耳を貸そうともしない。

 

 思わず頭を抱えたくなるのを堪えながらタリアが再び情報の整理をしようとしたその時、悲鳴にも似た報告が耳に飛び込んできた。

 

 「水中に機影を三つ確認! その内の一機はアビスです!!」

 

 「なっ」

 

 なんて迂闊。

 

 カオスがいる以上奪われた他の機体もいて当然である。

 

 そして奪われたアビスは水中用の機体。

 

 この状況で使用してこない筈は無い。

 

 「レイとルナマリアを水中戦用の準備をさせて出撃を!」

 

 「は、はい!」

 

 レイとルナマリアには酷な役目をしてもらう事になるが仕方がない。

 

 アビス相手にグーンでは対抗しきれないだろう。

 

 だがそれはザクでも同じ事。

 

 しかし他に出せる機体は無い以上は無理にでもやってもらうしかなかった。

 

 

 

 

 

 アビスでニーラゴンゴに奇襲を仕掛けたアウルは向ってくる敵を見て落胆を隠せなかった。

 

 その特徴的な造形は忘れる筈も無い。

 

 ザフトの水中戦用モビルスーツグーンである。

 

 「なんだよ、雑魚じゃんか。あれはお前らにやるよ」

 

 アビスの後方から追随する二機のモビルスーツがアウルの声に合わせて動き出す。

 

 GAT-707E『フォビドゥンヴォーテクス』

 

 連合が開発した水中戦用モビルスーツ『フォビドゥンブルー』の直系の量産機である。

 

 装甲はTP装甲。

 

 胴体周辺にはチタニウム耐圧殻を採用し、潜行深度の向上及び潜水時間の延長が図られている。

 

 二機のフォビドゥンヴォーテクスがグーンに向けて加速、魚雷で牽制するとトライデントで串刺しにして撃破した。

 

 そこにアビスも加わり出撃してきたグーンを次々と屠り、さらにニーラゴンゴに向けて魚雷を発射する。

 

 撃ち出された魚雷にニーラゴンゴは成す術無く直撃を受けた。

 

 「あはは、ごめんね! 強くてさぁ!」

 

 残ったグーンが距離を取って魚雷を発射しようと構えるが、アビスを捉える事が出来ない。

 

 その隙をついて回り込んだフォビドゥンヴォーテクスのフォノンメーザー砲によって撃ち抜かれてしまった。

 

 グーンは確かに前大戦時には海中での圧倒的な機動性をもって他を圧倒していた。

 

 しかし今は連合も水中用の機体を投入していた。

 

 もうグーンではアビスはおろかフォビドゥンヴォーテクスにもついていく事が出来ないのだ。

 

 アウルは敵機の脆さを嘲りながら、次々と撃ち落としていく。

 

 そんな彼の前に見覚えのある機体が近づいてきた。

 

 赤と白のザクである。

 

 どうやら頑張って援護に来たらしい。

 

 「わざわざやられにくるなんてご苦労さん!」

 

 速度を上げて迫るアビスにザクは構えたバスーカを構えて撃ち出しくる。

 

 「当たる訳ないでしょ、そんなもの!」

 

 バスーカの砲弾をアビスは旋回、あっさりと回避していく。

 

 「くっ、速い! こっちは慣れない水中戦なのに!」

 

 「ルナマリア、後ろだ!」

 

 レイの声に咄嗟に反応するものの、ザクは水中では上手く動けない。

 

 撃ち込まれた魚雷を避け切れずルナマリアのザクの右腕を吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃあああ!」

 

 倒れ込むルナマリア機のフォローに回りたくともレイ自身も手一杯だ。

 

 「さっさとやられちゃえよ!!」

 

 獰猛な捕食者のごとくアビスは二機のザクを仕留める為に一直線に突進した。

 

 

 

 

 海中の死闘を物語るように大きな爆発音の後、高い水柱がそそり立つ。

 

 ネオのウィンダムから発射されたビームライフルを旋回してやり過ごしたアレンはビーム砲で反撃する。

 

 「不味いな」

 

 空中戦の方はこちらが有利になりつつある。

 

 しかし海中は完全に劣勢である。

 

 このままでは全滅しかねないと判断したアレンは即座に決断を下す。

 

 「ハイネ、俺が降りる!」

 

 「なに!?」

 

 兵装ポッドを巧みに使いビームサーベルで斬り込んでくるカオスに応戦するハイネはアレンの提案にすぐ様思考を巡らせる。

 

 確かにアレンの言う通り、海中は不味い状況にある。

 

 誰かが援護に行くしかない。

 

 だが援護に行くなら海中で行動可能な汎用性の高い機体でなければならない。

 

 最有力の候補はインパルスだが、現在はイレイズとの交戦とても援護にいける余裕はないだろう。

 

 となればアレンのエクリプスが一番妥当な選択だった。

 

 しかし問題は隊長機の相手を誰がするかだ。

 

 本来ならハイネがするのが筋だろうが、こっちもカオスの相手がある。

 

 どうすべきか判断に迷っていると、隊長機に他の敵機を落としたジェイルが向かっていく。

 

 「こいつは俺がやる!」

 

 「なっ、ジェイル、無茶するな!」

 

 色違いのウィンダムにジェイルがスレイヤーウィップを叩きつけるとネオはビームライフルを絡め取られる前に距離を取る。

 

 「邪魔を」

 

 「こいつを落とせば!」

 

 ジェイルは迷わずビームソードを引き抜いてウィンダムに斬りかかっていく。

 

 「ジェイル!? くっ……」

 

 アレンは一瞬判断に迷う。

 

 あの隊長機は明らかにジェイルよりも格上だからだ。

 

 「行け! こっちは俺がフォローする!」

 

 「……頼む、ハイネ! ミネルバ、ソードシルエットを!」

 

 その場をハイネに任せエクリプスをミネルバに向かって反転させたアレンはメイリンに通信を入れる。

 

 《えっ?》

 

 「メイリン、急げ!」

 

 《は、はい!》

 

 「聞こえるか、レイ! 敵機のデータを送れ!」」

 

 《了解!》

 

 アレンはキーボードを取り出して機体に調整を加えると海中に向けてバスーカ砲を連続で撃ち込んだ。

 

 海中に撃ち込まれたバスーカによってフォビドゥンヴォーテクスは動きを鈍らせ海上に浮かんでくる。

 

 アレンはそれを見逃さず、見えた機影に容赦なくビーム砲を叩きこんだ。

 

 放たれた閃光によって撃ち抜かれた機体が大きな爆発と共に水飛沫を撒き散らす。

 

 さらにもう一機にも同じようにバズーカ砲を撃ち込んだ後にビーム砲で吹き飛ばした。

 

 「これで海中にいるのはアビスだけ!」

 

 その時ミネルバから射出されたソードシルエットが近づいてくる。

 

 アレンは背中の装備をパージ。

 

 ソードシルエットを装着すると機体の色が白から赤へと変化、エクスカリバーを構えて水中に飛び込んだ。

 

 海中ではアビスによって追い詰められていたザクが見える。

 

 スラスターを吹かせアビスの放った魚雷の射線上に割り込むとルナマリアのザクを庇うようにシールドで防御した。

 

 「無事か! レイ、ルナマリア!」

 

 「助かりました、アレン!」

 

 「こちらは問題ありません。戦闘継続可能です」

 

 レイのザクは損傷は見られないがルナマリアの機体は腕が吹き飛ばされている。

 

 アビス相手に撃破されていなかった事は僥倖といえるだろう。

 

 だがこの状況が面白くないのはアウルの方だった。

 

 僚機のフォビドゥンヴォーテクスは撃破され、損傷したザクの止めを邪魔された。

 

 さらにこいつは宇宙で散々やられたアイツだ。

 

 アウルが怒りを抑えられないのも仕方がない。

 

 「お前ぇ! 宇宙での借りを返してやる!!」

 

 水中での機動性に物を言わせ一気に懐に飛び込んだアビスはビームランスをエクリプスに振り抜いた。

 

 振り抜かれたランスにエクスカリバーを横薙ぎに振り抜き鍔ぜり合う。

 

 しかしやはり海中ではアビスが有利。

 

 エクリプスは蹴りを入れられ突き飛ばされてしまう。

 

 「チッ、機動性は向こうが圧倒的に上か。ならば!」

 

 動きを止めたエクリプスに突っ込んでいくアビス。

 

 ここでアウルが冷静であったならば勝負の行方はまだ分からなかったのだ。

 

 彼はいつの間にか失念していた。

 

 敵機はエクリプスだけではなかった事に。

 

 敵機目掛けて上段からランスを振り下ろした瞬間、アレンは叫んだ。

 

 「レイ、ルナマリア!!」

 

 待ち構えていたように左右からザクが飛び出すと至近距離からバズーカ砲を叩きこんだ。

 

 「ぐううう、雑魚が邪魔を!」

 

 「今だ!」

 

 バズーカ砲の直撃を受けた衝撃で動きを鈍らせたアビスに今度はエクリプスが突進する。

 

 「うおおおお!!」

 

 体当たりでぶつかったままアビスを掴むとそのまま海上まで押し上げた。

 

 「まさか、こいつの狙いは!?」

 

 「海中での戦闘は不利すぎるからな!」

 

 初めからアレンの狙いはこれだった。

 

 元々水中で勝てるとは思っていない。

 

 水中はアビスの土俵だからだ。

 

 ならばこちらの土俵に引っ張り出せばいいだけの話である。

 

 水しぶきを上げながら海上に飛び出す二機。

 

 「海上に出たからって調子に乗るな!」

 

 アビスは確かに水中で高い戦闘力を誇る。

 

 しかし同時に陸上でも問題なく戦闘可能な機動性と火力を持っている機体なのだ。

 

 水中から出た所で遅れはとらない。

 

 アウルはエクリプスを引き離すとカリドゥス複相ビーム砲と三連装ビーム砲を構えて一斉に撃ち出した。

 

 態勢を崩し、高機動スラスターをパージした奴に回避する術はない。

 

 「これで倒した!」

 

 確信するアウル。

 

 

 だが次の瞬間―――アレンのSEEDが発動した。

 

 

 アレンは撃ち込まれたビームを最低限の動きのみで回避。

 

 シールドを投げ捨て加速するとアビスにエクスカリバーを上段から振り下ろした。

 

 完全に予想外の動きに対応出来なかったアビスは右肩シールドを深く抉られ、さらにエクリプスはビームサーベルを横薙ぎに叩きつけた。

 

 「ぐああああ!」」

 

 「これで!」

 

 ビームサーベルの一撃によりアビスは両足を切断されてしまった。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 苦し紛れに背中のバラエーナ改二連装ビーム砲を撃ちこむが、それすらあっさり回避されてしまう。

 

 《アウル、退け》

 

 「でも、まだ!」

 

 《命令だ。その機体ではどうにもならない》

 

 「わかったよ!」

 

 止めを刺そうと迫るエクリプスにアビスはビームランスを投げつけると海中に飛び込む。

 

 ビームランスをエクスカリバーで弾き飛ばしたアレンは後退するアビスを見届けた。

 

 というのもそろそろバッテリーが限界だったからだ。

 

 「どうにか海中の敵は排除できたな。一度戻ろう」

 

 アレンはデュートリオンビームによる補給を受ける為に一旦ミネルバに引き返した。

 

 

 

 

 

 イレイズと激しい攻防を繰り広げていたシンはいつの間にか陸地の方へと流されている事に気がついた。

 

 良く見れば完全に味方から引き離され、一番近くにいた筈のセイバーは離れた位置でストライクノワールと斬り結んでいる。

 

 すでに近くにいるのは隊長機と思われるウィンダムと戦闘しているジェイルのグフだけ。

 

 見る限りかなり苦戦しているらしい。

 

 ハイネも援護してはいるがカオスを相手にしている事とあの隊長機に技量の高さに翻弄されている。

 

 とはいえ戦闘開始当初に比べれば他のウィンダムの姿はほとんどない。

 

 もはやこちらの勝利は動かないだろう。

 

 「なら後はこいつらを落とせば終わりだ! いい加減に落ちろ!!」

 

 イレイズにビームサーベルを袈裟斬りに叩きつける。

 

 「くっ」

 

 「そこ!」

 

 シールドを掲げて防ぐイレイズにシンは胴目掛けて蹴りつけた。

 

 咄嗟に後退しようとしたアオイだったが間に合わず態勢を崩されてしまう。

 

 「これで終わりだぁ!」

 

 止めとばかりにビームサーベルを構えてイレイズに突っ込んでいく。

 

 だが、そこで予想外の横やりが入る。

 

 横から飛び出してきた黒い影がインパルスに体当たりを仕掛けてきたのだ。

 

 「何っ!? ぐあああ!!」

 

 インパルスは吹き飛ばされ、海面に落ちてしまう。

 

 シンは頭を振って視線を上げるとそこにいたのは黒い機体ガイアだった。

 

 「ステラ!?」

 

 態勢を立て直したアオイはその黒い機体を見て驚いた。

 

 ガイアは基地防衛に置かれていた筈なのにどうしてここにいるのか?

 

 「アオイ、下がって!」

 

 ガイアはビームサーベルを引き抜きインパルスに向かって斬りかかる。

 

 「こんな所にガイアまで! クソォォ!!」

 

 シンは上段からサーベルを振り下ろすとガイアは後退する。

 

 ビームの熱が海面を掠めると水蒸気を発生させ、二機の視界を塞ぐ。

 

 「ステラに手は出させないぞ!」

 

 斬り合う二機の戦いに割って入ったイレイズのビームサーベルがインパルスの装甲を掠めていく。

 

 「チッ!」

 

 インパルスはシールドでサーベルを弾き、ガイアとイレイズの剣舞から逃れるように空中に飛び上がった。

 

 流石にあの二機を同時に相手にするのはきついと判断したからだ。

 

 しかし次の瞬間、別方向からのビームに機体の態勢を崩されてしまう。

 

 「なにが!?」

 

 シンの視線の先にはジェイルのグフを相手にしながらビームライフルを構えているウィンダムが見える。

 

 おそらく奴がグフと戦いながらこちらを狙撃してきたのだ。

 

 「何だよアイツ!? ジェイルを相手にしながら、味方を援護してきたって言うのかよ!!」

 

 ジェイルの技量は決して低くない。

 

 癪に障るが、あいつの実力はそこらのパイロットよりも上である。

 

 にも関わらずあのウィンダムはそれの相手をしながらこちらにも攻撃してくるとは並みも腕ではない。

 

 シンが一瞬だけウィンダムに注意を向けた瞬間、下から飛び上がってきたイレイズのビームサーベルがインパルスのビームライフルを斬り裂いた。

 

 「チッ、こいつ―――なっ!?」

 

 そこにウィンダムに蹴りを入れられたグフが吹き飛ばされてくる。

 

 避け切れない!?

 

 「ぐあああ!」

 

 「ぐううう!」

 

 インパルスとグフはそのまま激突して落下していく。

 

 「少尉、ステラ、撤退だ」

 

 「大佐、でも基地の方は!」

 

 「すでに基地には退避命令は出してある。これ以上の戦闘は無理だ。退くぞ」

 

 確かにウィンダムはすべて撃破され、アビスは中破の損傷を受けている。

 

 イレイズのバッテリー残量も残りわずかであり、これ以上の戦闘続行は物理的にも不可能だった。

 

 「ステラ、行こう」

 

 「うん」

 

 アオイは一度だけ基地の方を見るとガイアを連れて後退した。

 

 

 

 吹き飛ばされたインパルスとグフは体勢を立て直す事もできないまま陸地に叩き落とされてしまった。

 

 「くっ、何やってんだよ!」

 

 「お前こそ、あんなナチュラルに良いようにやられて恥ずかしくないのか!」

 

 「ハァ!? お前だってあの隊長機にやられてたじゃないか!」

 

 戦場でありながら言い争いを初めてしまう二人。

 

 そこにいきなり衝撃が襲いかかる。

 

 「なんだ!?」

 

 「あれって」

 

 二人に視界に入ったのは地面からそびえ立つ砲台と格納庫や司令部らしき建物。

 

 そこにあったのは地球軍の基地だった。

 

 所々作りかけの建造物があるところを見ると、どうやらまだ建設途中らしい。

 

 「こんなカーペンタリアの近くに!」

 

 完全な盲点だった。ここは中立同盟である赤道連合の目と鼻の先だ。

 

 そんな場所に基地を建設していたとは予想外だった。

 

 「おい、ここで潰すぞ!」

 

 「えっ、いや、ちょっと待て」

 

 ジェイルは躊躇う事なく四連装ビームガンを放って次々と建造物を破壊していく。

 

 「おい――ッ!?」

 

 戸惑うシンはそこで見た。

 

 金網と鉄条網に仕切られた基地施設の一画に明らかに通常の軍人とは違う者達がいる。

 

 「あれはまさか!?」

 

 そこでシンは気がついた。

 

 地球軍はこの基地建設の為に現地の者たちを使っていたのだ。

 

 グフの攻撃に怯えたのか現地の人間達は四方に散って逃げ始めた。

 

 そんな彼らに銃を突きつける兵士達。

 

 それを見た瞬間シンの頭は沸騰したように熱くなる。

 

 「やめろぉぉ!!」

 

 シンは叫びながら頭部のCIWSを発射して施設を破壊していく。

 

 完全に頭に血が上っていたシンは気がつかない。

 

 現地の者たちを撃とうとした兵士を制止した者がいた事に。

 

 

 

 

 二機のモビルスーツはその力を容赦なく振るい蹂躙していく。

 

 逃げる者にも容赦は無い。

 

 地上はまさに地獄と化していた。

 

 「た、助けて!」

 

 「うぁあああ!」

 

 倒れ込み動けなくなった兵士の青年の視界に映るザフトの機体。

 

 このまま死ぬのか。

 

 そう思った瞬間、誰かが手を引き起こしてくれた。

 

 「立て! 死にたいのか!」

 

 「ミナト中尉殿!?」

 

 助けてくれたのは最近配属されてきた変わり者マサキ・ミナト中尉だった。

 

 来たばかりだというのに現地の人間にも対等に接することで彼らからの信頼も厚かった。

 

 先程も銃を構えた兵士を制止して退避させたのもこの男だった。

 

 「早く!」

 

 「は、はい」

 

 マサキと共に走り出す。

 

 だが次の瞬間、背後で起こった爆発に吹き飛ばされてしまう。

 

 「うあああ!」

 

 爆風に吹き飛ばされ倒れ込む。

 

 全身を打ち付けられ一瞬意識が飛び掛けるが何とか顔を上げる。

 

 だが近くにいた筈のマサキの姿が見えない。

 

 「……中尉殿?」

 

 視線を彷徨わす彼が見たのは物言わぬ死体となり果てたマサキの姿だった。

 

 思わず口を抑え視線を上げると暴れまわるモビルスーツの姿が見える。

 

 青と白を基調とした悪魔の姿が――――

 

 「あ、悪、魔どもめ!」

 

 結局その破壊は基地が完全に沈黙するまで続けられた。

 

 

 

 

 戦闘は終了した。

 

 地球軍のウィンダムはほぼ全機撃墜に成功し、建設中の基地も破壊された。

 

 一見ザフトの勝利に見える。

 

 だが襲撃を受けたミネルバは損傷こそ軽微だったが、ニーラゴンゴはアビスの攻撃で大きな損傷を受け、カーペンタリアに引き返す事になってしまった。

 

 そして全機が無事帰還してきたミネルバの格納庫に二発の乾いた音が響く。

 

 アレンがシンを、そしてハイネがジェイルを平手打ちした音だった。

 

 「なんで殴られなきゃいけないんですか!?」

 

 「そうだ! 俺達は敵の基地を破壊しただけだ! それだけじゃない! あそこにいたナチュラルも助かったんじゃないか!」

 

 続けてジェイルの頬をアレンの平手打ちがお見舞いされた。

 

 シンとジェイルはアレンを睨みつける。

 

 自分達は間違ってないとばかりに。

 

 だがアレンも退く気はなかった。

 

 「シン、ジェイル、お前達のやった事はただの暴力。虐殺だ」

 

 「なっ」

 

 そんなアレンの言葉に続くようにハイネも鋭い視線で口を開いた。

 

 「お前らはもっと自分達が大きな力を持っているって事をちゃんと自覚しとけ。でなきゃ力に飲まれた挙句、痛いしっぺ返しを食らう事になるぜ」

 

 アレンとハイネはそのまま去っていく。

 

 二人はそんな彼らの背中を睨む事しかできなかった。

 



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第18話  正しき行い

 

 

 

 

  地球軍の襲撃を辛くも撃退したミネルバはペルシャ湾沿岸に存在するマハムール基地に辿り着いていた。

 

  随伴のニーラゴンゴこそ損傷を受けカーペンタリアに引き返す事になったが、ミネルバ自体は無事である。

 

 あの部隊相手にこの程度の被害で済んだのはまさに僥倖と言えるだろう。

 

 モビルスーツ隊の奮戦が無ければニーラゴンゴは沈められていたとしてもおかしくはなかった。

 

 だが、それで安心とはいかない。

 

 ミネルバが辿りついたマハムール基地においてザフト軍は地球軍中東最大の拠点スエズ基地と睨みあっている。

 

 だが現在ザフトの状況は良くない。

 

 地球軍にとってスエズ基地は中東で最も大きな拠点。

 

 物資流通ルートになっている為、守りは非常に固い。

 

 それは地球軍にとってスエズが重要な拠点である証明だった。

 

 だからこそザフトはここを落とそうと躍起になっているのだ。

 

 しかし作戦はいずれも上手くいく事無く阻まれている状態であった。

 

 そんなマハムール基地の港に到着したミネルバの格納庫でシンは面白くなさそうなジッととある人物を見つめていた。

 

 外に向かって歩いていくアレンとハイネである。

 

 タリア、アーサーと一緒に基地司令に会いに行くのだろう。

 

 二人を見て思い出すのはやはり前回での戦闘の事。

 

 ジェイルはどうか知らないが少なくともシンはあそこで殺されそうになっていた人達を助けたかっただけだ。

 

 殴られるいわれはなかった。

 

 だが――

 

 ≪お前達のやった事はただの暴力。虐殺だ≫

 

 ≪もっと自分達が大きな力を持っているって事をちゃんと自覚しとけ≫

 

 その二人に言われた事がシンの中で未だに引っ掛かっている。

 

 外に向かって歩いていく二人に声を掛けることなく背中を見ているシンの姿にセリスとルナマリアは大きくため息をついた。

 

 「ホント、シンってばガキくさいんだから。言いたい事あるなら話しかければいいのに」

 

 「ルナ、言いすぎ。でも、このままじゃ良くないよね」

 

 シンとジェイルはあれ以降二人とは口を聞こうともしない。

 

 そこまで深刻に考える必要はないかもしれない。

 

 でもいつ戦闘になるか分からないのだから早めに今の状態を解決するに越したことは無い。

 

 「でもさ、やっぱりアレンは凄いよね! もちろんハイネも凄いけどアレンは別格っていうか!!」

 

 またかと思わずセリスは眉を顰めた。

 

 戦場から帰還した後、メイリンと一緒に興奮気味なルナマリアからしつこいくらいこの話を聞かされた。

 

 ルナマリアは前回アレンの戦闘を目の前で見ていたらしく、圧倒されてしまったらしい。

 

 セリスも映像を確認したが、確かに凄かった。

 

 しかしこう何度も聞かされれば、流石にうんざりしてくる。

 

 「その話はもう何度も聞いた。それより私、シンの所に行ってくる」

 

 「あ、ちょっと」

 

 セリスがルナマリアから逃げるようにシンの傍に駆け寄って行った。

 

 

 シンはアレン達の背中が見えなくなっても未だに考え込んでいた。

 

 なんのつもりであんな事を言ったのだろうか?

 

 あの二人は自分の立場や権力を振りかざすようなタイプではない。

 

 それくらいはシンにも分かるつもりだ。

 

 もしそんな奴らならばもっと強く反発している。

 

 「シンってば」

 

 だからと言って殴られた事に関して納得できる訳ではない。

 

 「シン!!!」

 

 「うわぁ!?」

 

 耳元で叫ばれたシンは驚いてその場から飛び退くと、傍に来ていたセリスが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。

 

 「えっと、セリス?」

 

 「何度も呼んだのに無視するなんて酷くない?」

 

 「ご、ごめん! 色々と考えごとをしていたから気がつかなかった」

 

 しばらく半目でシンを睨んでいたセリスだったが、すぐに呆れたかのようにため息をついた。

 

 「そんなに言いたい事があるのなら二人に直接言ってきたらどう?」

 

 「別に……」

 

 不満は確かにあるのだが正直な話、自分でも何と言えば良いのか分からない。

 

 そんなシンの様子にセリスはいつもの様に穏やかな表情で話を切り出した。

 

 「シンはあそこに捕まってた人達を助けたかったんだよね」

 

 「……うん」

 

 「それは間違っていないと私も思う。たぶんそれについてはあの二人も同じだと思うよ」

 

 「だったらなんで……」

 

 「たぶんシン達を殴ったのは、それ以外の理由からじゃないかな」

 

 それがどういう事なのか、今のシンには良く分からならなかった。

 

 「それが知りたいならちゃんと話さなきゃね」

 

 セリスの笑顔を見てシンも肩の力を抜くようにして自然と笑みを浮かべる。

 

 今までモヤモヤしていた気分がいつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 アレンは艦長であるタリア、副長のアーサー、そしてハイネと共にマハムール基地司令の下を訪れ、近況を聞かされていた。

 

 しかし聞けば聞くほど状況はよくない。

 

 いかにザフトが精鋭をそろえようと地球軍の重要拠点であるスエズには地球軍の大部隊が配置され簡単には落とせない。

 

 司令が口にしていたがそれこそ大規模な降下作戦でも行わない限り正面から攻略するのは難しい。

 

 とはいえそれも今のザフトの方針から許可は下りないだろう。

 

 プラントが領土拡大を狙っていると思われるのは不味いからだ。

 

 そして現状一番の問題はザフトの狙いが完全に外されている事だった。

 

 ザフトとしてはスエズと大陸間に繋がるルートを分断し、基地を孤立させ打撃を与えたい。

 

 だがこちらがそう出てくる事はむこうも承知済みだった。

 

 地球軍はスエズと大陸間の安定したルートの確保するため、基地を建設。

 

 かなり強引に占拠して築き上げたガルナハン基地にあるものを用意していた。

 

 ガルナハン基地に対して唯一ザフトがアプローチ可能な渓谷に陽電子砲と陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーを設置したのだ。

 

 これによってザフトの進撃は尽く失敗に終わっていた。

 

 「なるほどね。つまりそこを突破しなくちゃ俺らはすんなりジブラルタルに行く事も出来ない訳だ」

 

 「そういう事です」

 

 納得したハイネの言葉に基地司令は神妙な顔で頷いた。

 

 話を聞いていたアレンも理解する。

 

 デュランダルがミネルバがここに行くよう命令された事に加え、自分やハイネも配属させた理由を。

 

 「これまでは突破できなかった要所だが、ミネルバの戦力を合わせればあるいは……」

 

 基地司令は状況説明をそうまとめた。

 

 「私達にこんな道造りをさせようなんて、どこの狸が考えたのかしらね」

 

 どうやらタリアも気がついたらしい。

 

 言いたい事は分かるのだが、彼女の言い回しにアレンとハイネは苦笑した。

 

 振り回される立場である彼女には言いたい事もあるのだろう。

 

 「まあ仕事といえば仕事ですからね。やりましょう」

 

 今回も激戦となるだろうが、自分達もまたそんな戦いを乗り越えてきた自負がある。

 

 だから今回も同じように結果を出すだけだ。

 

 タリア言葉にアレンもハイネも頷いた。

 

 

 

 地球連合軍の航空母艦J・P・ジョーンズ。

 

 ファントムペインの母艦であるこの艦は先日ミネルバに対する奇襲作戦を行った。

 

 結果は酷いもので惨敗。

 

 建設中の基地から半ば強引に引っ張ってきたウィンダムもすべて撃墜されてしまった。

 

 海中から奇襲を仕掛けたフォビドゥンヴォーテクスは二機とも撃破され、アビスは中破。

 

 おまけに建設途中の基地も壊滅させられ人的被害も多く出てしまった。

 

 これは完全に指揮官であるネオの責任である。

 

 そんなネオの下にグラント・マクリーン中将が訪れていた。

 

 「ずいぶん派手にやられたな、ロアノーク」

 

 「返す言葉もありません」

 

 律儀に頭を下げるネオにグラントは苦笑しながら手で制した。

 

 「私も人の事は言えんさ。オーブでは見事にしてやられた。上のお気に入りだったザムザザーも落とされてしまったからな」

 

 あれでグラントも散々嫌味を言われたのだ。

 

 嫌みで済んだのはある程度成果を上げたからだろう。

 

 オーブの新型モビルスーツの奪取に成功し、ムラサメも手にできたのだから。

 

 「それでそのミネルバは現在どこに?」

 

 「進路ではペルシャ湾に向かったようです」

 

 「となると行先はマハムール基地。狙いはスエズか」

 

 あの辺りでザフトが目標としそうな重要拠点はスエズくらいだろう。

 

 だがネオの意見は違うらしく首を横に振った。

 

 「……いかにミネルバの戦力が精強といえど、彼らが加わっただけでスエズを落とせるとは思えません。狙うとすればガルナハンの方が現実的では」

 

 確かにザフトが大規模作戦を発動させる可能性もあるがそんな報告は入ってきていない。

 

 となればネオの指摘通り、ガルナハン基地が狙われる可能性の方が高い。

 

 「うむ……あそこを落とせばスエズを孤立させる事もできるか」

 

 「あの辺りは昔からこちらに対する風当たりが強い上に最近のいき過ぎた強硬姿勢で反発も強い。反抗勢力もザフトに協力的でしょうから、付け入る隙もある」

 

 「やれやれ。どの道こちらはまだ動けん。向こうの健闘を祈らせて貰おう」

 

 近況の話が終わった所で改めてネオが話を切り出した。

 

 「それで? そんな事を話にいらした訳ではないでしょう」

 

 「……あの話だ。まずこれを見てくれ」

 

 グラントの持っていた端末をネオに差し出した。

 

 映し出されたのは、開発中の機体データ。

 

 GFASーX1『デストロイ』

 

 通常のモビルスーツ約倍近い体躯と多彩な重火器を持つ大型可変機である。

 

 この機体こそ地球連合の切り札となる秘密兵器であった。

 

 しかしネオにとってもそしてグラントにとってもこの機体については懐疑的だった。

 

 要するにザムザザーと同じである。

 

 火力も防御力もある。

 

 だがこの巨体さでは懐に飛び込まれたならそれだけで何もできなくなってしまう。

 

 それだけではない。

 

 目立つ為に敵に発見されやすく、小回りが利きかない。

 

 この機体を使っての作戦は限られてくる。

 

 こんな物で本当に状況を覆せると思っているのだろうか?

 

 「この機体はエクステンデットにしか扱えない。この意味は分かるな」

 

 それはつまりあの三人の中からパイロットが選出される可能性があるという事だった。

 

 「上層部はエクステンデットをただの兵器としか認識していない。いずれは使い潰されて終わりだ」

 

 忌々しげに吐き捨てるグラント。

 

 ネオもそれは十分に理解している。 

 

 「時間はそう残されてはいないぞ」

 

 「分かっています」

 

 「……そうか。とりあえずデータは置いていくから目を通しておいてくれ」

 

 「了解です」

 

 グラントは部屋を退室しようと立ち上がると外に向けて歩き出した。

 

 「そういえば、アレは元気かな」

 

 ここに来て初めて見せる穏やかな表情にネオもまた口元に笑みを浮かべる。

 

 「ええ、宇宙でも上手くやったようですからね」

 

 「そうか。また時間ができたら来る。それまでに―――」

 

 「分かっています」

 

 去っていくグラントの背を見届けるとネオは考え込むように外に視線を移した。

 

 

 

 すでに日は暮れ周りが暗くなった甲板でアオイは海を眺めていた。

 

 その目からは涙が絶えず流れている。

 

 「……義父さん」

 

 今でも信じられなかった。

 

 ――義父が死んだなどと。

 

 先の戦闘に巻き込まれ義父のマサキが死亡したと建設中の基地を脱出してきた兵士達から聞かされたのだ。

 

 退避しようとしたところをザフトのモビルスーツによって襲撃を受け、それに巻き込まれたらしい。

 

 しかも義父さんが死んだ後も攻撃は止まず、すでに抵抗できる力も無かった無力な兵士達が虐殺されたと報告を受けた。

 

 「何で、何で義父さんが、死ななければならない! あんなに優しかった義父さんが! どうして!?」

 

 戦う力もない兵士達の虐殺を行ったのが敵の新型と―――

 

 「インパルスッ!!」

 

 アオイは思わず甲板を殴りつけた。

 

 奴が義父さんを殺した! 

 

 絶対に許せない!

 

 アオイの中にあったの激しい怒りと憎しみだった。

 

 「……次は、次こそは奴を倒す」 

 

 必ず仇を―――

 

 「アオイ?」

 

 そんな結論に達しかけた時、いつの間にかステラが傍に立っていた。

 

 いつもの無邪気な笑顔で隣に座ってくる。

 

 「泣いてる。嫌な事あった?」

 

 「えっ」

 

 アオイは一瞬躊躇するが、隠しても意味がない。

 

 それにステラは悪意を持って聞いている訳ではないのだから。

 

 「……その、実は義父さんが―――」

 

 アオイは涙を拭い、そこまで言いかけてある事に気がついた。

 

 彼女達エクステンデットにはブロックワードと呼ばれる物があると聞かされた。

 

 もしも制御を失った場合など、それを使って彼女達を止める事になるのだと。

 

 そして彼女のブロックワードは『死』だったはず。

 

 危なかった。

 

 アオイは迂闊にもその言葉を口にしないように呑み込むと何とか言い直した。

 

 「えっと……家族が物凄い遠くに行ってしまったんだ」

 

 「そうなの?」

 

 無邪気な笑みが消え表情が曇る。

 

 何とかステラに悲しい顔をさせないように話を変える事にした。

 

 「ステラはどうしてここに?」

 

 「約束したから。一緒に海を見ようって」

 

 そう言えば戦闘前に一人待機になったステラを励まそうとそんな約束をしていた。

 

 それを守ってくれたらしい。

 

 「どんな人なの? 遠くに行った人?」

 

 「えっ、ああ。俺の家族だよ。俺を助けてくれて、いつも笑っていて、俺達の為に頑張って、そして―――」

 

 そこでアオイは前にマサキに会った時の事を思い出した。

 

 ≪忘れるな。敵を憎み殺すためではなく、誰かを―――自分の守りたいものの為に戦うってことをな≫

 

 そう言っていた。

 

 再びアオイの目に涙が浮かぶが制服の袖でゴシゴシと拭った。

 

 「アオイ?」

 

 「い、いや、俺の大切な家族だよ。俺に大切な者を守れって教えてくれた」

 

 そうだ。

 

 大切な事を忘れるところだった。

 

 インパルスは許せない。

 

 奴を倒すという決意は変わってない。

 

 でもそれは憎しみからではなく、奴によってこれ以上犠牲を生まない為に、仲間を守る為に成すのだ。

 

 「ありがとう、ステラ」

 

 「ん?」  

 

 「おかげで大切な事を思い出せたよ。そうだ、俺は守る為に戦うんだ」

 

 アオイとステラはお互いに頬笑み合うと海を眺める。

 

 それまで渦巻いていた怒りと憎しみは何時の間にか静まっていた。

 

 アオイの胸中にあったのはただインパルスを倒すという決意。

 

 ただそれだけが強く焼き付いていた。

 

 

 

 シンは顔を顰めていた。

 

 セリスに言われたものの、そう簡単に話せるほど納得した訳じゃない。

 

 しかしこのままというのも気分が悪い。

 

 そこで気分を変えようとシミュレーターに来たのが間違いだった。

 

 出来れれば会いたくない嫌な奴が先客としていたのだ。

 

 「なんだよ」

 

 「別に何も言ってないだろ」

 

 先客であるジェイルの棘のある言葉にシンもまた突っ掛かるような言い方になる。

 

 やっぱりこいつの事は気に入らないと睨み合う二人。

 

 そこにタイミング悪くハイネが歩いてきた。

 

 「丁度良い所にいたな。話がある。少し付き合えよ」

 

 二人とも嫌な顔を隠す事も忘れてハイネを見る。

 

 先日の事を思えば当然だった。

 

 「まだ前言った事が分かってないみたいだな」

 

 明らかに不服そうにシンもジェイルも顔を逸らした。

 

 それを見たハイネもため息をつく。

 

 「本当に仕方ない奴らだな。俺やアレンはな、別にお前らがあそこにいた人達を助けた事を咎めてる訳じゃないんだよ」

 

 「えっ」

 

 ハイネの意外な言葉に二人とも驚いている。

 

 そんな彼らに再度ため息をつきながら言葉を続けた。

 

 「助けようとした事は良い。だが抵抗する力を持たない者を撃つ必要な無かった。軍人として言うなら、降伏勧告もしなかっただろう?」

 

 確かにシンもジェイルも降伏勧告などしていない。

 

 だがそんな事をしている余裕などなかった。

 

 あのままではあそこにいた人たちは撃ち殺されていただろう。

 

 「で、でもそれじゃ間に合わなかった―――」

 

 「だが基地のすべてを破壊する必要はなかったよな? 現地の人間を攻撃しようとした兵士を排除した後でもそれはできた筈だ。あの基地を調べれば敵の情報だって手に入ったかもしれないし、降伏して捕縛した兵士達からも情報は手に入ったかもな。結果、それが仲間の危機を救う事に繋がったかもしれないぜ」

 

 ハイネの言葉に言い返す事もできない。

 

 「お前らは自分のやった事の意味をもう少し考えてみな……それから、アレンとも話してみろよ。今甲板にいたから」

 

 去っていくハイネの背中に何も声を掛けられず、シンとジェイルは思わず顔を見合わせる。

 

 「……お前はどうするんだ?」

 

 「……行くよ」

 

 セリスにも言われていたし、ここで行かなかったら逃げるみたいで癪だったからだ。

 

 シンは未だ不服そうなジェイルを置いて甲板に向かって歩き出した。

 

 

 甲板にはハイネの言う通りアレンがいた。

 

 いつもと違う所があるとすれば珍しくサングラスを外している事だろうか。

 

 「シンか」

 

 言われた通りに来たはいいが何を話せばいいんだろうと迷っているとアレンの方から話しかけてきた。

 

 「その様子だとハイネから何か言われたようだな」

 

 「うっ」

 

 シンはアレンに言い当てられて思わずたじろいでしまう。

 

 「ならば俺から言うべき事は一つ、自覚を持てということくらいだ」

 

 「力を持つという事のですか……」

 

 「もちろんそれもあるが……そうだな、少し昔の話でもするか」

 

 そう言うとアレンは過去を思い出すように外に視線を向ける。

 

 シンとアレンが話をしている甲板の入口にはジェイルが立っていた。

 

 ジェイルもなんだかんだと一応気にはなっていたのだが、まさかこいつらまでついてくるとは思わなかった。

 

 その傍にはセリスやルナマリア、メイリンもいる。

 

 「お前らな、立ち聞きとか趣味が悪いぞ」

 

 呆れたようにいうジェイルにルナマリアは抗議するように睨む。

 

 「あんたも人の事言えないでしょうが」

 

 そう言われたらジェイルも黙らざる得ない。

 

 「お姉ちゃん、声が大きい」

 

 「静かにしてよ。聞こえない」

 

 皆が黙ると外から声が聞こえてくる。

 

 それはアレンという人物の過去の断片だった。

 

 

 スカンジナビアで起こったテロ。

 

 

 目の前で失った者。

 

 

 そして引き起こした元凶達。

 

 

 「それからも色々とあってな。俺は戦場で仇の一人と再会して……殺した」

 

 

 シンは思わず身震いした。

 

 その時のアレンの目は寒気が走るほど冷たいものだったからだ。

 

 だが別段不思議な話ではない。

 

 仮にシンがアレンの立場でも間違いなく復讐に走ったに違いない。

 

 シンも味わった事があるからだ。

 

 大切なものを失った時の怒りと悲しみを。

 

 「だが仇を討っても俺の中に残ったのは虚無感みたいなものだけ。失ったものは戻らず、今度は俺が恨まれる立場になった」

 

 「な、なんで!? 悪いのはそいつらでアレンじゃないでしょう!」

 

 真っ直ぐに言い返してくるシンにアレンは薄く笑みを浮かべた。

 

 「それは俺の視点からだったらな。俺が殺した奴にだって仲間はいた。仲間からはずいぶん信頼されていたみたいだからな。その仲間の中でも特にあいつは俺を憎悪していた」

 

 オーブ沖で起きた決戦。

 

 あの時の奴が叫んだ怨嗟の声が思い出される。

 

 アスラン・ザラは今でもアレンを憎悪している。

 

 彼はカールを殺したアレンを決して許さないだろう。

 

 それはこれからも変わらない、アレン自身が背負わなくてはならない十字架だった。

 

 「前置きが長くなったな。つまり俺が言いたいのは俺達はすでに撃たれた者ではなく撃った者だって事だ。銃を持って引き金を引いた時点でな」

 

 シンは思わず息を飲んだ。

 

 「お前が何故軍に入ったか俺には分かる。『あの時、力があったなら』とそう思ったんだろう? それを否定する事は俺にはできない。だがお前はすでに銃を持って誰かを撃った。その時点で誰かの大事な人間を奪った事になる」

 

 アレンは今までで一番鋭い視線でシンを見つめる。

 

 大切な事を伝えようと真剣に。

 

 「今回お前は地球軍の基地で労働させられていた人達を助けようとした。それは良い。だが基地を破壊して撃つ必要のない人達までお前達は撃った。もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?」

 

 「それは……」

 

 「仇を討つ為に銃を向けてきたらそいつを撃つか? 敵だからと……たとえ相手が子供でもお前は撃つのか?」

 

 シンは答えられなかった。

 

 考えた事もなかった事だったからだ。

 

 自分が撃った事で誰かが悲しんでいるなどと。

 

 「自覚を持てというのはそういう事だ。手にした力を振るった結果何が起こるのか、それを考えろ。……まあいきなり理解しろとは言わない。だが忘れるな」

 

 考え込むシンを置いてアレンは甲板から立ち去ろうと歩き出す。

 

 だがすぐに立ち止まると声を上げた。

 

 「ところで何時まで立ち聞きしているつもりだ?」

 

 「は? 立ち聞き?」

 

 不思議そうにシンが振り返ると少し開いている甲板の扉から何か騒がしい声が聞こえてくる。

 

 アレンが苦笑しながら扉を開くとそこにはジェイルやセリス、ルナマリア、メイリンがいた。

 

 どうやら今の話を聞いていたらしく全員が気まずそうに視線を逸らしている。

 

 「え~と、いつから気がついていたんですか?」

 

 「最初からだ」

 

 「あはは」

 

 苦笑いを浮かべながら誤魔化すセリス達。

 

 だがジェイルだけは難しい顔でアレンの顔を一瞥するとそのまま歩いて行く。

 

 彼なりに考える事もあるのだろうアレンはあえてジェイルを呼び止めなかった。

 

 「ほら、丁度良い時間だ。全員で食堂にでも行くぞ。話はそこでな」

 

 アレンはセリス達と歩きだす。

 

 その背を見ながらシンは先ほどの言葉が思い出されていた。

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 その言葉がまるで未来を暗示するかの様にシンの中で刺のように突き刺さっている。

 

 「シン!」

 

 セリスの声にハッと正面を見ると皆が待っている。

 

 シンは頭を振ると走り出した。

 

 胸の内に湧いた不安を振り払うように。

 



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第19話  真実の光景

 

 

 

 

 透き通るような美しい海面の上を蒼き翼を広げて舞う機体があった。

 

 マユの乗るフリーダムである。

 

 彼女の眼下にあるのは再びオーブに攻撃を仕掛けてきた地球軍の艦隊だった。

 

 数こそ多くはない。

 

 だがマユに油断は微塵もなかった。

 

 「目標捕捉! 地球軍艦隊!」

 

 戦艦の甲板に設置されている砲台から放たれたビームの閃光がフリーダムを撃ち落とそうと迫る。

 

 だが放たれた閃光はフリーダムを捉える事は無かった。

 

 マユは鮮やかともいえる動きでビームを避け、砲台を狙ってトリガーを引いた。

 

 ビームライフルの一射が砲台を射抜くと大きな炎を上げて爆発する。

 

 さらに動きを止める事無く、腰のレール砲、収束ビーム砲を使い分け次々と戦艦を撃沈していく。

 

 もちろん地球軍側も黙ってはいない。

 

 戦艦がミサイルを撃ちこむと出撃していたウィンダムがフリーダム目掛けて突撃する。

 

 彼らとて実戦を重ねてきた実力者だ。

 

 ここまで来て怯むなどあり得ない。

 

 たとえフリーダムが相手だとしても。

 

 「全機、フォーメーション!!」

 

 「了解!」

 

 連携を組みながらビームサーベルをフリーダム目掛けて上段から振り下ろすウィンダム。

 

 しかし―――

 

 「遅いです」

 

 マユは余裕でウィンダムの腕を掴み、そのまま下に引いて機体ごと投げつけた。

 

 投げつけられたウィンダムは別の機体と衝突、動きを止めた所に纏めてバラエーナプラズマ収束ビーム砲で薙ぎ払う。

 

 「くそぉ!」

 

 「落とせぇ!!」

 

 残ったウィンダムがフリーダムの背後から襲いかかる。

 

 「いくら強くともこの数であれば!!」

 

 だが何故かフリーダムは動かず、正面の敵のみを相手にしていく。

 

 「殺ったぞ! フリーダム!!」

 

 こちらを気に掛けないフリーダムにウィンダムはビームサーベルで突きを放つ。

 

 だがウィンダムの刃は届かない。

 

 何故ならフリーダムとの間に割り込んできたレティシアのブリュンヒルデによって腕を斬り裂かれていたからである。

 

 「なっ!?」

 

 驚きで動きを止めてしまうウィンダム。

 

 「迂闊でしたね」

 

 レティシアは躊躇う事無く斬艦刀を叩きつけ、敵機を真っ二つにしていく。

 

 「お嬢ちゃん達ばかりに良いカッコさせられないでしょ!!」

 

 敵艦より放たれる砲撃を掻い潜って、ムウのセンジンが放ったビーム砲が甲板を大きく抉ると爆発、撃沈させる。

 

 「あ、ああ」

 

 奇跡的に残ったウィンダムのパイロットは固まった。

 

 いかに前回の戦闘に比べ数が少ないとはいえ、ここまで追い詰められるなんて思っていなかったのだ。

 

 周囲には同盟軍のムラサメやアドヴァンスアストレイの攻撃で撃ち落とされていく味方機の姿が見えた。

 

 そこでようやく自分達の迂闊さに気がついた。

 

 なんの策も無く同盟に挑む事自体が無謀だったのだ。

 

 フリーダムは残った艦目掛けてバラエーナプラズマ収束ビーム砲、クスィフィアスレール砲を展開すると一斉に撃ち出した。

 

 ウィンダムを巻き込みながら放たれた砲撃が残った敵艦に残らず突き刺さり、貫いた。

 

 爆発と共に炎が上がり、艦が揺らいで撃沈した。

 

 ここに勝敗は決した。

 

 残った敵はすべて後退していく。

 

 マユはほっと息を吐くとフリーダムをオノゴロ島のドックに向ける。

 

 今回の戦闘は敵の数自体もそう多くは無かった為、大した被害も無かったのは幸いだった。

 

 オノゴロに帰還したマユは一緒に戻ったブリュンヒルデの近くで端末を弄っているレティシアが珍しく疲れた表情なのに気がついた。

 

 そんな彼女の傍には見覚えの無い男性がいるのが見える。

 

 「誰?」

 

 何かしつこく話をしているらしいが肝心のレティシアは迷惑そうにしているだけだ。

 

 しばらくそんな風に話していたが無駄だとわかったのか肩を落として男性は去っていった。

 

 不思議に思いながら男性の姿が見えなくなるのを見計らってレティシアに話掛ける。

 

 「レティシアさん、あれ誰ですか?」

 

 「さあ、よくは知りません。確かモルゲンレーテの社員さんだったでしょうか?」

 

 「モルゲンレーテの人が何の用事だったんです?」

 

 「今度食事に行きませんかという事でした」

 

 そっけない様子のレティシアを見てなるほどとマユは納得した。

 

 同じ女性であるマユから見てもレティシアは物凄い美人だ。

 

 スタイルも良い。

 

 確かに男が放っておかないだろう。

 

 だがそれをレティシアが受ける事はないとマユは知っている。

 

 「最近はしつこくて困ります」

 

 「あはは。仕方無いですよ、レティシアさんは美人ですからね」

 

 それは偽りのない本音だ。

 

 マユも彼女のようになりたいと憧れすらある。

 

 「何を言っているんですか。マユだって十分美人ですよ。恋人とかは作らないのですか?」

 

 「恋人!?」

 

 マユは一瞬脳裏に浮かんだ顔を振り払うと歯切れ悪く答えた。

 

 「そういうのは……別に」

 

 なんだか変な話になってしまった。

 

 別の話題を振ろうとした時、ラクスが前から歩いてくる。

 

 「二人とも、カガリさんから話があるそうです」

 

 なんの話だろうか。

 

 マユとレティシアは顔を見合わせるとラクスの後をついて歩き出した。

 

 このすぐ後アークエンジェルに出撃の命令が下る事になる。

 

 邂逅の時が確実に近づきつつあった。

 

 

 

 

 マハムール基地を出撃したミネルバはとある渓谷に向かっていた。

 

 ザフトとしては中東最大の拠点であるスエズ基地を叩きたい。

 

 だが正攻法では難しい。

 

 そこで今回スエズと大陸間をつなぐ地域に存在するガルナハン基地を潰し、孤立させ打撃を与えようという作戦が実行に移される事になった。

 

 だがそう思惑通りに運ばないのが現実である。

 

 ガルナハン基地は山岳内部を穿って建設され、強固な防衛力を持っている。

 

 さらに内部には火力プラントを有しており、そこからエネルギー供給されるローエングリン砲台とそれを守るモビルアーマーが配備されていた。

 

 この『ローエングリンゲート』と呼ばれる場所こそ、ザフトがこの基地を攻め落とせなかった理由である。

 

 だが今回は違う。

 

 三人のフェイスと数多の激戦を潜り抜けてきたミネルバがいる。

 

 それが行軍するザフトの士気を高めていた。

 

 そんな期待を背負ったミネルバのブリーフィングルームではシンやセリスといったパイロット達が集められている。

 

 正面にはハイネとアレン、副長であるアーサーと見知らぬ少女が立っていた。

 

 あの中で小柄なアレンよりも背丈が低い。

 

 その容姿から自分達よりも年下である事が分かる。

 

 軍服でないところを見ると彼女が作戦に協力してくれる民間人なのだろう。

 

 今回は地球軍に反抗する抵抗勢力の力を借りる事になっていた。

 

 いかにミネルバが精強とはいえ一隻の艦が加わった程度でこれまで侵攻を尽く防いできた拠点を攻略できるとはザフトも思っていない。

 

 少しでも作戦成功の確率を上げる為に彼らと協力する事になったのだ。

 

 「抵抗勢力って?」

 

 「この近辺にいるゲリラだろうな」

 

 「ふ~ん。それがあの子なんだ」

 

 ルナマリアとレイの会話を聞きながら、シンは僅かに顔を顰めながら少女の顔を見つめる。

 

 協力者の話は前に聞いていたがマユよりも年下の少女とは思っていなかった。

 

 アーサーが前に出ると口を開いた。

 

 「これより、ラドル隊と合同で行う『ローエングリンゲート突破作戦』のブリーフィングを開始する」

 

 モニターに周辺の地図が表示され説明が開始された。

 

 今回の目標であるガルナハン基地にアプローチ可能なのは現在ミネルバが向かっている渓谷のみだという。

 

 しかしこの渓谷すべてをカバーする位置に陽電子砲台が設置されているのだ。

 

 これをどうにかしない限りこちらに勝機は無い。

 

 だが―――

 

 「この砲台を長距離射撃などで攻撃しようとして無駄だ。地球軍の新型が持ってる陽電子リフレクターですべて防がれ、その間に砲台自体は格納されるらしい」

 

 アーサーに代わって説明を引き継いだハイネの言葉にシン達もオーブ沖の戦いを思い出す。

 

 あの敵は確かに厄介だった。

 

 シンとセリスの活躍が無ければ突破は難しかっただろう。

 

 「つまり正攻法は難しいって事だな。だから今回は別の手を使う。ミスコニール」

 

 突然声を掛けられて驚いたのかびくりと肩を振るわせる。

 

 ハイネはなるべく驚かせないように優しく声を掛けた。

 

 「彼がそのパイロットだ。データを」

 

 「こいつが……」

 

 コニールが躊躇うようにシンを見た。

 

 もしかして頼りないとでも思われているのだろうか。

 

 少しむっとするシンをハラハラしながらセリスが見ている。

 

 だが割って入ったのはそれまで黙っていたアレンだった。

 

 「ミスコニール。不安は分かるが信じて欲しい。彼は大丈夫ですよ」

 

 アレンの言葉を受けたコニールがシンの前にディスクを差し出した。

 

 シンがそれを受け取ろうとするがコニールの表情を見て手が止まる。

 

 彼女の目には涙が溜まっていたのだ。

 

 「お前……」

 

 「前に砲台を攻めた時……町は大変だったんだ。それと同時に、町でも抵抗運動が起こったから。でも逆らった人達は、滅茶苦茶ひどい目にあわされた! 殺された人だってたくさんいる! 今度だって失敗すればどんな事になるか判らない!」

 

 少女の訴えにシンは目を見開いた。

 

 こんな女の子がこんな必死になってザフトの戦艦に来る。

 

 それがどれだけの勇気が必要だったのだろうか。

 

 間違いなく命懸けだった筈だ。

 

 シンの脳裏に幼いマユの顔が浮ぶ。

 

 「だから絶対にあの砲台を!」

 

 「……分かった」

 

 シンがディスクを受け取るとアレンがコニールの頭を撫でながら外に連れていった。

 

 何と言うかアレンは意外と面倒見もいいらしい。

 

 本当にミネルバに配属されてから彼の印象は覆ってばかりだ。

 

 アレンが戻ると同時にブリーフィングが再開される。

 

 「さて作戦を詰めるぞ」

 

 コニールが持ってきたディスクには昔の坑道跡の詳細な通路のデータが入っている。

 

 ここはすでに地元の人間ですら知らない場所であり、坑道はローエングリン砲台の真下あたりまで繋がっているという事だ。

 

 通常のモビルスーツが抜けるのは無理だが、分離させたインパルスならば可能。

 

 だから砲台から敵を出来るだけ引き離し、インパルスがこの坑道を使って奇襲を仕掛け砲台を破壊する。

 

 「つまり今回の作戦の要はシンという事だ。頼むぞ」

 

 何も言わずモニターを見つめるシンに怖気づいたとでも思ったのかジェイルが嘲るように声を上げた。

 

 「なんだよ、ビビってんのか。じゃあ変われよ。俺がやる」

 

 「何だと!」

 

 激昂して立ち上がったシンと睨み合うジェイル。

 

 「相変わらず仲が悪いなぁ」

 

 「ハァ」

 

 ルナマリアは手で頭を押さえ、レイも呆れたように視線を逸らした。

 

 「二人とも作戦前だよ! いい加減にして!!」

 

 セリスに言われて気まずそうに二人は睨み合いをやめて席に戻る。

 

 そんな様子を見てハイネとアレンがため息をつく。

 

 「お前達は揉め事を起こさないと気が済まないのか?」

 

 「そんな訳じゃ」

 

 「……シン、そう気負うな。今回の作戦は確かに厳しいものになる。だがお前ならば普段通りにやれば大丈夫だ」

 

 「えっ、あ、はい」

 

 アレンの言葉に驚きながらも頷くシン。

 

 もしかして気を使ってくれたのだろうか。

 

 「ジェイル、お前にもきちんと働いて貰う。頼むぞ」

 

 「……了解」

 

 アレンが宥めてくれたおかげでやりやすくなった。

 

 ハイネがニヤリと笑うと話の締めに入る。

 

 「配置は正面に俺とセリス、レイだ。ルナマリア、ジェイルはアレンとシンが奇襲を仕掛ける反対の位置から攻撃してくれ。インパルスはシルエット無しだからな。敵をいかに引き離すかがカギになる」

 

 「「「了解」」」

 

 シンとジェイルは顔も合わせず部屋から退室した。

 

 「やっぱりあいつとは合わないな」

 

 「シン!」

 

 「分かってるよ。作戦はちゃんとやるさ」

 

 あの少女コニールの顔を思い浮かべると自然と力が入る。

 

 必ずやり遂げて見せる。

 

 ローエングリンゲート突破作戦が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 近づいてくるザフトの動きは当然ガルナハン基地の指令室でも確認していた。

 

 しかし彼らに焦りは見えない。

 

 たとえミネルバの姿を確認しようともだ。

 

 指令室のモニターからはすでに発射態勢に入った陽電子砲が見える。

 

 そして彼ら絶対に揺らぐ事の無い自信の根拠も出撃態勢に入った。

 

 YMAGーX7F『ゲルズゲー』

 

 ダガー系の上半身がせり出した半人半虫のような外観を持ったモビルアーマーである。

 

 火力は従来のモビルスーツと大差ない。

 

 しかし両肩部装甲上にある陽電子リフレクタ―によって鉄壁の防御力を誇っている。

 

 だから地球軍の面々はこの機体に絶対の自信をもっていた。

 

 この機体に装備されたリフレクターと陽電子砲台がある限り、ここが陥落する事などあり得ない。

 

 そんな自信漲る彼らを心底見下すように見ている男がいた。

 

 仮面の男カースである。

 

 彼は現在ヴァールト・ロズベルクからの使者という形でこの基地に留まっていた。

 

 「こんな連中が指揮官とは人選ミスだな……どこまでも愚かだ」

 

 この基地の末路も見えた。

 

 だがそれで良い。

 

 カースにはこんな場所がどうなろうと知った事ではない。

 

 あくまでも目的は奴だ。

 

 カースは格納庫に向かい与えられたウィンダムに搭乗する。

 

 本当ならばもう少しマシな機体に搭乗したい所だが今回は我慢しよう。

 

 「さあ、久しぶりのまともな戦場だ。遊ばしてもらおうか」

 

 悪意の笑みを浮かべながらカースも戦場に飛び出した。

 

 

 

 

 シンはミネルバからコアスプレンダーで発進するとチェストフライヤー、レッグフライヤーを引き連れコニールが持って来たデータに示されている場所に向っていた。

 

 「あれか?」

 

 見えたのはギリギリコアスプレンダーで入れそうな岩の切れ目だった。

 

 正直本当に大丈夫かという不安が過るが躊躇っている時間は無い。

 

 シンはフットペダルを踏み込むと切れ目に飛び込んだ。

 

 「なんだよ、これ!」

 

 シンが毒づくのも当然だった。

 

 コアスプレンダーが進む先は何も見えない暗闇なのだ。

 

 機体の翼部が岩盤に掠める度にひやひやする。

 

 操縦を誤れば即激突。

 

 コニールのデータがなければ飛ぶこともできない。

 

 再び毒づきかけたシンの脳裏にジェイルの嫌みな言葉が浮かんでくる。

 

 あいつの事だ。

 

 もしシンのタイミングが遅れでもしたなら、また嫌みを言ってくるに違いない。

 

 「冗談じゃない! やってやるさ!」

 

 シンは怯む事無く正面を見据えると操縦に集中する。

 

 

 

 

 インパルスが情報にあった通路を抜けている頃、ミネルバの方でも戦闘が開始されようとしていた。

 

 各機が順次発進するとハイネのグフが正面に立つ。

 

 「各機、作戦通りに! セリス、レイ、ついて来いよ!」

 

 「「了解」」

 

 グフとザクファントムそしてセイバーが動き出した。

 

 それに合わせアレンも指示を飛ばす。

 

 「ジェイル、ルナマリア、こちらも行くぞ」

 

 「「了解」」

 

 エクリプスとグフ、ガナーザクウォーリアが側面に回る。

 

 もちろん敵も黙ってはいない。

 

 迎撃の為にモビルスーツが展開され、姿を見せたダガーLが迎撃体勢を取った。

 

 現在の地球軍の最新型であるウィンダムは数機しか確認できない。

 

 ガルナハンよりは重要拠点のスエズ防衛を優先しているのかもしれない。

 

 だがこれはこちらにとっては好都合である。

 

 つまり厄介なのは正面に目立つ異形のモビルアーマーのみ。

 

 あいつを落とし、砲台を破壊すれば基地自体の防衛力は恐れるほどではない。

 

 「タンホイザー、照準! 撃てぇ――!!」

 

 正面にいるモビルアーマーゲルズゲーに向かってミネルバの艦首が開きタンホイザ―が発射される。

 

 凄まじい閃光がゲルズゲー目掛けて撃ち出された。

 

 しかしゲルズゲーは退くどころか前に出ると陽電子リフレクタ―を展開。

 

 タンホイザーの一撃を受け止め、激しい光と共に衝撃が周囲に襲いかかる。

 

 想定通りタンホイザーを受け止めたゲルズゲーは健在だ。

 

 そして次の瞬間、基地に設置されたローエングリン砲台からお返しとばかりに陽電子砲が撃ち出された。

 

 あれの直撃を受ければ、今までと変わらない敗走が待っている。

 

 しかもミネルバは沈むだろう。

 

 当たる訳にはいかない。

 

 ミネルバは急速に降下、迸る閃光の射線から外れると地面すれすれを移動する。

 

 「チッ、厄介だな。各機、敵モビルスーツを引き離せ!」

 

 ハイネの声に合わせて全員が動き出した。

 

 グフがテンペストビームソードを構えると一直線にダガー部隊に斬り込んだ。

 

 袈裟懸けに振るわれたビームソードがダガーLを容易く両断。

 

 続けてドラウプニル四連装ビームガンを撃ちこんで撃破していく。

 

 「これで!」

 

 ハイネが動くと同時にモビルアーマー形態になったセイバーが回り込みスーパーフォルティスビーム砲でダガーLを牽制する。

 

 そして即座にモビルスーツ形態に戻りビームサーベルで斬り捨てた。

 

 縦横無尽に動くグフ、セイバーにダガーLはまったくついていく事が出来ない。

 

 「ハイネ、セリス、援護する」

 

 レイは二機が動きやすいようにビーム突撃銃と誘導ミサイルをダガーLに叩きこむ。

 

 「ハイネ達に遅れるなよ」

 

 正面のハイネ達が獅子奮迅の動きで地球軍を圧倒していた時、別方向でもアレン達が同じく敵機を撃破していた。

 

 エクリプスがバロールレール砲で敵部隊を撃ち抜く。

 

 それに合わせたジェイルのグフがスレイヤーウィップを叩きつけダガーLを破壊する。

 

 「これでぇ!」

 

 勢いに乗ってさらにテンペストビームソードを振るっていくジェイル。

 

 そこを援護するようにルナマリアがオルトロスを構えて敵機に撃ち出した。

 

 「落ちなさいよ!」

 

 オルトロスのビームが数機の敵機を巻き込んで薙ぎ払っていく。

 

 形勢はこちらが有利。

 

 完全にザフト側が押していた。

 

 作戦は順調と言っていいだろう。

 

 厄介なゲルズゲーは陽電子砲防御の為に正面から動けない。

 

 「このままあの機体も引き離すぞ」

 

 アレンはビームガトリング砲でウィンダムをハチの巣にするとゲルズゲーにバロールを構える。

 

 しかしその邪魔をするかの様に一機のウィンダムが割り込んできた。

 

 「ウィンダムか?」

 

 バロールの標的をウィンダムに変更してターゲットをロックするとトリガーを引く。

 

 だが予想外にもウィンダムは速度を上げ、放たれた砲弾を回避。

 

 ビームサーベルを構えて突撃してきた。

 

 「こいつだけ動きが違う!?」

 

 あのインド洋で戦った隊長機も手強かったがこいつもかなりの腕前らしい。

 

 上段から振り下ろされたビームサーベルをシールドで止めエクリプスもサーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 だがウィンダムは驚くべき反応で斬撃を流すと蹴りを放ってきた。

 

 シールドで攻撃を捌きアレンはジェイル達に叫んだ。

 

 「チッ、ジェイル、ルナマリア、二人は作戦を継続しろ。こいつは俺が引きつける」

 

 「了解」

 

 ダガーLを斬り飛ばしながらジェイルは敵部隊を引きつけるために直進していく。

 

 だがウィンダムはそれを追う様子は無い。

 

 それどころかしつこいほどエクリプスに攻撃を仕掛けてくる。

 

 だがそれはアレンにとっては好都合だ。

 

 このウィンダムが邪魔をすれば間違いなく作戦に支障をきたすだろう。

 

 だからこそこいつを引きつける意味がある。

 

 「アレン、援護します!」

 

 ルナマリアは前進しながらアレンを援護するためにオルトロスを撃ち出した。

 

 放たれたビームがウィンダム目掛けて迫る。

 

 だがウィンダムはスラスターを使って機体をバレルロールするとオルトロスのビームを回避して見せた。

 

 「なっ、避けた!?」

 

 いくらルナマリアが射撃を苦手としているとはいえ、あっさり回避するとは。

 

 ガナーザクウォーリアを引き離す為にビームライフルで牽制したウィンダムは再びエクリプスにビームサーベルを叩きつけてくる。

 

 袈裟懸けに振るわれたビームサーベルを避け、反撃に移ろうとしたアレンの耳に敵機のパイロットの声が聞こえてきた。

 

《聞こえているか?》

 

 誰だ?

 

 くぐもった声である為に男女の区別もつかない。

 

 だがこちらに対する憎悪だけは嫌というほど伝わってくる。

 

 まるでクルーゼのように。

 

 「お前は誰だ?」

 

 《ククク、誰でもいいだろう。あえて名乗るならばカースだ》

 

 苛烈なまでに左右からビームサーベルを叩きつけてくるカース。

 

 アレンはそんなウィンダムを突き放し、ビームガトリング砲を叩きこんだ。

 

 だが降り注ぐビームの雨を潜り抜けるようにウィンダムはジェットストライカーを吹かして回避すると、逆にビームライフルを撃ちこんでくる。

 

 正確な射撃に舌を巻く。

 

 《しかしお前は相変わらずだな。愚か過ぎて物が言えない》

 

 「なに?」

 

 《ここで引導を渡してやる! 死ね、アスト!》

 

 「なっ!?」

 

 こちらの素性を知っている!?

 

 「貴様は……」

 

 《今度こそ消えろ!》

 

 ビームライフルを撃ちこみながら突撃してくるウィンダムを睨みつけアレンもサーベルを構えて応戦した。

 

 

 

 

 アレンとカースが激しい攻防を繰り広げていた頃、戦局は変わらずザフトが優勢だった。

 

 防衛の為に動けないゲルズゲーを除いた敵部隊はかなり引き離され、同時に撃破されている。

 

 とはいえ地球軍側は焦ってはいない。

 

 手こずった事は認めよう。

 

 だが次のローエングリンの一撃で決着をつければ良いだけの事。

 

 確かにその戦略は間違ってはいない。

 

 現にこれまでもそれでザフトを撃退してきたのだから。

 

 彼らの失態があるとすればザフトがなんの策もなく向かってきたと思いこんでいた事だろう。

 

 

 それが彼らの思惑を外してしまう事になる。

 

 

 発射準備に入る砲台。

 

 

 この一射で終わりであると誰もが確信していた時、地球軍にとって予想外の事が起きる。

 

 

 砲台の真下で大きな爆発が起きると同時に何かが飛び出してきたのだ。

 

 「何だ!?」

 

 幾つかの飛行物体が合体すると一機のモビルスーツとなる。

 

 「アレは……」

 

 「インパルスだと!?」

 

 飛び出してきたのはミネルバ所属のモビルスーツであるインパルスであった。

 

 坑道を抜け外に飛び出したシンは周囲を見て一瞬で状況を把握する。

 

 「作戦は上手くいっているみたいだな!」

 

 ならば後はこっちの役目。

 

 砲台までにいるダガーLは数機のみ。

 

 やれる!

 

 「はあああ!!」

 

 ビームライフルを構えてダガーLを撃破すると砲台目掛けて動きだす。

 

 スラスターを噴射させ砲台まで一気に距離を詰めるが、上空からこちらに駆けつけて来たダガーLが迫ってくる。

 

 「時間が無いってのに!」

 

 シンが応戦の構えを取りライフルを構えた瞬間、ダガーLが撃ち落とされた。

 

 攻撃したのは四連装ビームガンを構えたジェイルのグフだった。

 

 「ジェイル!?」

 

 「何やってんだ! さっさと行け、シン!!」

 

 反射的に言い返そうとしたシンだったが、今はそれでどころではない。

 

 上空の敵は無視して砲台に向かう。

 

 「そこをどけよ!」

 

 ライフルを捨てフォールディングレイザー対装甲ナイフを抜くと立ちふさがるダガーLのコックピットに叩きつける。

 

 コックピットを貫かれたダガーLを置き去りにさらに上を目指して飛び上がる。

 

 「良し、このまま―――ッ!?」

 

 シンが砲台を破壊しようとした時、危機的状況を察した砲台が内部に格納を開始した。

 

 「不味い!」

 

 格納されたらどうしようもない。

 

 シンの脳裏にコニールや信頼してくれたアレンの顔が思い浮かぶ。

 

 「まだだぁぁぁぁ!!!!」

 

 残ったフォールディングレイザー対装甲ナイフで近くのダガーLを撃破すると抱え上げハッチの中に投げ込んだ。

 

 さらにCIWSをダガーLに叩きこみ同時に砲台が完全に格納される。

 

 撃ち抜かれたダガーLが内部で大きく爆発を起こすと、巻き込まれ砲台もまた破壊された。

 

 

 砲台の破壊は戦場のどこからでも確認できた。

 

 ハイネはニヤリと笑うと指示を飛ばす。

 

 「良し、後はあのモビルアーマーだけだ!」

 

 「了解!」

 

 セリスは動きを止めたゲルズゲーにビームサーベル構えて突撃する。

 

 セイバーが振るったサーベルが瞬く間に両腕を斬り落とす。

 

 さらに別方向にいるルナマリアのオルトロスがゲルズゲーの脚部を消し飛ばした。

 

 「ルナ、ナイス!」

 

 セリスが敵機の下腹部にビームサーベルを叩きこみ、ハイネのグフがゲルズゲーの上半身であるダガー部分にビームソードを突き刺した。

 

 「これでぇ!」

 

 ハイネが飛び退くと同時にセリスはアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を撃ち出す。

 

 強力なビームに撃ち抜かれたゲルズゲーはいともたやすく破壊され、残った敵機はレイやルナマリア達によって撃破されていった。

 

 「チッ、役立たず共が」

 

 撃ちこまれたレール砲を回避したカースは苛立たしげに吐き捨てた。

 

 元々期待などしていなかったが、ここまでとは。

 

 「よそ見している暇があるのか!」

 

 「くっ」

 

 突っ込んでくるエクリプスに回避行動を取るが、反応が遅れた所為かシールドを構える前に左腕が斬り落とされてしまった。

 

 機体の反応が遅すぎる。

 

 「ここまでか。また会おう、アスト」

 

 「待て!」

 

 カースは残った右腕でスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を抜き、エクリプスに向けて投げつける。

 

 アレンはシールドで防御するも、突き刺さった対装甲貫入弾が爆発してシールドを破壊されてしまった。

 

 「ぐっ」

 

 爆発の煙幕に紛れ、エクリプスを一瞥するとカースは反転、後退する。

 

 

 ここにガルナハン基地は陥落した。

 

 

 町の人々は歓喜に満ちていた。

 

 今まで地球軍によって支配されていた彼らはついに解放されたのだ。

 

 喜びはしゃぐのも無理は無い。

 

 インパルスのコックピットでその様子を見ていたシンもまた達成感に浸っていた。

 

 自分のやった事は無駄ではない。

 

 あんなに皆が笑っているのだから。

 

 下ではグフから降りたハイネやジェイルが民衆から揉みくちゃにされている。

 

 普段から不機嫌そうなジェイルでさえ笑みを浮かべていた。

 

 シンもまたコックピットから降りようとした時、エクリプスが動かない事に気がついた。

 

 アレンは降りないのだろうか?

 

 《シン、左を見てみろ》

 

 「は?」

 

 暗い声で呟くアレンにシンは訝しげに左を見る。

 

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 広場のような場所に一列に膝をついて並ばされた地球軍兵士がゲリラ兵士によって頭を撃ち抜かれていたのだ。  

 

 もう抵抗も出来ない人間に対してなんの躊躇いも見られない。

 

 「止め――」

 

 シンの声など届く筈もないが思わず口に出していた。

 

 彼らを止める事など出来ない事も分かっている。

 

 コニールも言っていたがこのあたりで地球軍はやりたい放題していたらしい。

 

 中には大切な人を殺された人達もいるだろう。

 

 つまり彼らは正当な復讐をしているのだ。

 

 理解できる。

 

 それでも真下で笑っている皆と広場で抵抗できない者を平然と殺していくゲリラ達。

 

 そのギャップに強烈な気持ち悪さを覚えてしまう。

 

 シンは初めて戦争の現実を垣間見た気がした。

 

 《昔、とある男に聞かれた事がある》

 

 「えっ」

 

 《『戦争には制限時間も得点もない。ならどうやって勝ち負けを決める? どうやって終わりにするのかな? すべての敵を滅ぼしてか?』とな》

 

 「……どう答えたんですか?」

 

 《……碌な答えじゃなかったよ。お前はどう思う、シン?》

 

 シンは何も言えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 皆が笑顔で喜び合う中、なんとも言えない苦い思いを抱えながらシンはただその光景を見続けていた。



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第20話  手にした断片

 

 

 

 ガルナハン基地を攻略したミネルバ。

 

 今、彼らは黒海沿岸の南岸側に存在するディオキア基地に辿り着いていた。

 

 美しい海に穏やかな町並み。

 

 山やら基地やらばかりだったミネルバクルー達にはそれだけで穏やかな気分にさせられる。

 

 だがそれ以上に彼らが癒される事が現在行われていた。

 

 シン達が眺めているモニターには多くのザフト兵が食い入るように群がっている。

 

 中心にいるのはピンクの髪の毛をした美しい少女が穏やかな笑みを浮かべて手を振っている。

 

《みなさん、こんにちは。ティア・クラインです》

 

 今やプラントで知らぬものなしと言われるティア・クラインがピンクに塗装されたザクの上で歌を歌っていた。

 

 ヨウランやヴィーノは興奮した様子でモニターを見ているがシンは些か引き気味だ。

 

 シンはオーブからの移住者である為か皆とラクス・クラインに対する認識が違う。

 

 要するに皆が大騒ぎするほどの事なのかいまいちよくわからないのだ。

 

 もちろん良い歌だとは思うのだが。

 

 「二人とも好きだよね」

 

 セリスも二人の様子に苦笑気味だ。

 

 「セリスはティア・クライン好きじゃないのか?」

 

 「よく分からないしね。ラクス・クラインの事も……」

 

 どこか様子のおかしいセリス。

 

 頭に手を当てて何かを考え込んでいる。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「え、あ、何でも無いよ。勘違いみたい」

 

 「そうか。調子が悪いなら休んでた方がいい」

 

 「うん、ありがと、シン」

 

 セリスの様子を気にかけながら周りを見ると、もう一人だけ浮かない様子の人物に気がついた。

 

 アレンだ。

 

 いつも通りサングラスを掛けている為か表情は分からない。

 

 だがあのティア・クラインを見てから様子がおかしい事は分かる。

 

 「アレン、どうしたんですか?」

 

 ルナマリアもアレンの様子がおかしいと思ったのか顔を覗き込んでいる。

 

 「いや、何でもない」

 

 そう言いながらもアレンの視線は画面から離れない。

 

 アレンがアイドル好きというのも想像できないし、そんな雰囲気でもない。

 

 結局アレンが口を開く事はなかった。

 

 ミネルバは港に寄港すると全員でステージ近くまで降りていく。

 

 周りは凄い人ごみであり、ステージに近づく事はおろか、見る事も難しい。

 

 その熱気にシンは思わず顔を顰めた。

 

 「凄いな、これ」

 

 「ホントだ。ティア・クラインって人気なんだね」

 

 確かセリスの言う通り、凄い人気である。

 

 ティア・クラインの歌は癒されるようなもので本来騒ぐようなものではない。

 

 もちろん彼女が歌っている時はギャラリーもおとなしいが一度歌が終わると大きな歓声が沸き起こった。

 

 それだけで彼女がどれだけの人気を誇っているかが良く分かるというものだ。

 

 歓声に煽られてヴィーノやヨウランも喜び勇んであの人ごみの中に突っ込んでいく。

 

 ヨウランなど前はミーア・キャンベルの方が好きだとか言ってた癖に調子のいい。

 

 しかし何と言うか凄い勇気だ。

 

 シンにはとても真似出来る物ではない。

 

 戦場に出るより度胸があるかもしれない。

 

 そんなシン達の後ろではアレンが変わらず難しい顔でティアを見つめている。

 

 「アレン?」

 

 彼はそのまま別の場所に歩いて行く。

 

 「見なくていいんですか?」

 

 「……俺は十分見たよ。それにこの熱気に当てられていたら疲れるしな」

 

 それは確かに。

 

 こんな状況を見ているだけでも疲れてくる。

 

 シンはセリスと顔を見合わせルナマリア、メイリンと一緒にアレンとその場を離れる事にした。

 

 

 ティア・クラインのコンサートは最高潮に盛り上がっている。

 

 別段ディオキア基地は壁に囲まれている訳ではない。

 

 その様子は外側からでも観覧できる。

 

 兵士達の歓声に呼び寄せられるように集まってきた市民達に混じって基地の外からその様子を眺めている者達がいた。

 

 明らかにティアのコンサートを楽しんでいるという様子ではない。

 

 そういう意味で彼らは明らかに浮いた存在であった。

 

 「楽しそうだよねぇ、ザフト」

 

 助手席に座ったアウルがあくび混じりに呟いた。

 

 「まったくな」

 

 運転席に座ったスティングもため息をつく。

 

 元々彼らがここに来た理由はディオキアに辿りついたミネルバの調査の為だった。

 

 それが何でかこんなコンサートを見る羽目になるなど拍子抜けもいいところだ。

 

 後部座席に座っているアオイもモビルスーツの手の上で歌っている女性を見る。

 

 確かに良い歌だと思う。

 

 美人だし、プラントに住んでいる人達がファンになるのも無理ないと思う。

 

 「でさ、まだ追うの、あの艦?」

 

 やる気無さそうにミネルバを見るアウルはつまらなそうにぼやく。

 

 アウルは正直あんな艦に興味などなかった。

 

 むしろ面倒ですらある。

 

 とはいえ彼らの立場で命令に対する拒否権は無い訳だが。

 

 「ネオはそのつもりらしいぜ」

 

 「はぁ、めんどくさ」

 

 アウルの言いたい事も分からなくはないが、アオイとしては好都合だ。

 

 奴は―――インパルスだけはこの手で倒す。

 

 憎しみからではなく、これ以上仲間を殺させない為、守る為にだ。

 

 「そ~いやさ、アオイの機体、新しい装備が来るんだろ!」

 

 新しいおもちゃが手に入ったかのような無邪気さでアウルが助手席から乗り出してくる。

 

 もう慣れはしたがこういう所は未だに悲しい気分になってくる。

 

 それをおくびにも出さずに笑顔で答えた。

 

 「みたいだね。まあテストもまだらしいけど」

 

 「良いよなぁ。新しいの」

 

 「アウル達の機体だって新型じゃないか」

 

 ザフトから奪ってきた機体だけど、新型には違いない。

 

 「それはそれだって」

 

 無駄話を始めた二人を尻目にスティングは車のエンジンを掛けるとその場を後にした。

 

 「とにかく俺達にとって重要なのはこの戦争の行く末じゃない。殺るか、殺られるかだけだからな」

 

 「まあね」

 

 そんな風にスティングとアウルが話している時にも後部座席に座っているステラは関係無いとばかりに海を見てはしゃいでいる。

 

 「アオイ、アオイ、海」

 

 「綺麗だね」

 

 「うん!」

 

 ティア・クラインの歌も確かに良かったが、アオイにとってはステラの笑顔の方が癒される。

 

 アオイは海からの風を受けながらステラの横顔を見つめ続けていた。

 

 

 タリアは呆れていた。

 

 目の前で柔和な笑顔を向けている男、最高評議会議長ギルバート・デュランダルに対してだ。

 

 ティアの慰問に合わせてこちらに来ていたらしい。

 

 本来こんな場所に来ている暇もない筈。

 

 「驚いたかな、タリア」

 

 「ええ。今に始まった事ではありませんけど」

 

 言いたい事はあるが今はよそう。

 

 お互いに笑みを向け合うとデュランダルはタリアの背後に控えているレイに向き直った。

 

 「元気そうで何よりだ、レイ。活躍は聞いているよ」

 

 「ギル!」

 

 レイはそのままデュランダルに飛びつく。

 

 そこにいたのはいつもの冷静な彼ではなく年相応の笑顔を浮かべる少年だった。

 

 一通りの話を終えるとテラスに用意されたテーブルにヘレンがお茶が用意していく。

 

 タリアはすぐにテーブルに着くとすぐに切り出した。

 

 「何かあったのですか? そうでなければわざわざ地球においでになったりはしないでしょう?」

 

 「そう思うかね。まあもう少し待ってくれ。もうすぐ彼らも来る」

 

 その頃、ホテルの前には一台の車が止ろうとしていた。

 

 車に乗っていたのはデュランダルに呼び出されたアレン達である。

 

 ティアのコンサートを抜け出した彼らはシミュレーターで訓練をするというアレンに付き合って訓練に勤しんでいたのだ。

 

 「それにしてもルナがやるに気なってるなんて珍しいよね」

 

 「確かに」

 

 ルナマリアはアカデミーから決して不真面目という訳ではなかったが、進んで訓練するタイプでもなかった。

 

 良くも悪くも最近の女の子というのがシンの印象だ。

 

 それが先程は自分からアレンに訓練を見て欲しいと言いだすなんてセリスが珍しがるのも当然だった。

 

 「あんた達、失礼ね。私だってやる気になる時くらいあるわよ」

 

 「でもさ」

 

 騒ぎ出すシン達にジェイルは呆れたように口を出した。

 

 「お前ら静かにしろよ。早く降りるぞ」

 

 本来ならここで口論でも始まりそうなものだが、待たせているのがデュランダルという事もあり全員が素直に車から降りる。

 

 ホテルの前には一人の少女が待っていた。

 

 胸にはアレン達と同じく徽章が光っている。

 

 彼女も特務隊なのだろうか。

 

 シン達が不思議に思っているとハイネが笑って声を掛けた。

 

 「リースじゃないか。 久しぶりだな!」

 

 リース・シべリウスは薄く笑うと敬礼する。

 

 「……久しぶり、ハイネ」

 

 久しぶりというほど離れていた訳ではないが、ここまで色々あり過ぎた所為で懐かしい気がするのだろう。

 

 「えっと、ハイネ」

 

 「ああ、彼女は俺達と同じく特務隊所属の―――」

 

 「リース・シベリウス。よろしく」

 

 敬礼するシン達に自己紹介を済ませると、最後に残ったアレンに向き合う。

 

 「アレン、久しぶり」

 

 「えっ、あ、ああ。そうだな。何故リースがここにいるんだ?」

 

 「議長とティア様の護衛……アレンは私が来たら迷惑?」

 

 「い、いやそんな事はない」

 

 「良かった」

 

 リースはそのまま踵を返して歩き出した。

 

 「おい、アレン。お前リースに何かしたのか?」

 

 「……いや」

 

 ハイネが不思議に思うのも当然であった。

 

 二人の認識ではリースは必要なこと以外は話さない物静かな少女であるという認識だった。

 

 同期のヴィートに対しては辛辣な発言が目立ったが、それでも一言二言のみで表情を変化させる事など稀である。

 

 しかし先程アレンに見せた表情は今まで見た事無い笑顔だったのだ。

 

 正直あんな表情を向けられる覚えは全くない。

 

 「どうしたの?」

 

 振り返ったリースの表情はいつも通りだ。

 

 それが余計に不気味というか。

 

 考えすぎなのか。

 

 アレンはすぐに頭を切り替えると彼女についていく事にした。

 

 案内されたテラスには先に来ていたらしいタリアとレイ、そしてデュランダルとヘレンが待っていた。

 

 その背後には見た事も無い機体が佇んでいる。

 

 また新型のモビルスーツだろうか。

 

 「やあ、良く来てくれたね」

 

 デュランダルが笑みを浮かべながら立ちあがった。

 

 「アレン、久しぶりだね。話は聞いている。よくやってくれた」

 

 「いえ、私は何も。称賛を受けるべきはハイネやシン達です」

 

 「君は相変わらずだ」

 

 デュランダルは苦笑しながらアレンの手を握る。

 

 「ハイネもご苦労だった」

 

 「ありがとうございます。アレンが居たおかげで助かりましたよ」

 

 ハイネの手を握ったデュランダルはさらにシン達に向かって笑顔を向けた。

 

 「それから―――」

 

 「ジェイル・オールディスです」

 

 「ルナマリア・ホークであります」

 

 「セリス・シャリエです!」

 

 「シ、シン・アスカです!」

 

 全員の手を握るとシンとセリスに向き直った。

 

 「君達二人は大活躍だったそうだね。叙勲の申請もきていた。結果は今夜にも届くだろう」

 

 二人は顔を見合わせると顔を綻ばせる。

 

 「「ありがとうございます!」」

 

 自分達のこれまでの戦いが最高評議会議長であるデュランダルに認められたのだ。

  

 シンやセリスが誇らしい気分になるのは当然であった。

 

 そんな気分も彼らを横でジェイルが睨んでいたので、水を差されてしまった訳だが。

 

 全員の顔合わせが終わり、席に付くと手元にお茶が運ばれる。

 

 一見気軽なお茶会に見えるかもしれない。

 

 しかし正面にいるのは最高評議会議長だ。

 

 話題も自然に世界情勢の事になる。

 

 「宇宙は今どうなっているのですか? 地球軍やテタルトスは?」

 

 「……懸念事項はあるが、ほとんどが散発的な戦闘に留まっているよ」

 

 懸念事項というのが気になるが宇宙の方は膠着状態といっても問題ない状態のようだ。

 

 とはいえ連合側との和平交渉は一向に進んでいない。

 

 こちらの方が問題だろう。

 

 話にある程度の区切りがつくとデュランダルは立ち上がりテラスの端まで歩いていく。

 

 「……何故こうも人は戦い続けるのか。戦争は無くならず、今なお戦い続けている」

 

 突然別の話を始めたデュランダルに誰もが訝しげに視線を送る。

 

 「何時の時代も誰もが嫌だと叫び続けている筈なのにね。君達はどう思うかね?」

 

 デュランダルの問いかけに答えたのは以外にもジェイルだった。

 

 「それは状況が見えないナチュ―――いえ大西洋連邦やブルーコスモスみたいな勝手な連中がいるからでしょう」

 

 遠慮のない物言いにヘレンの眉がピクリと動くがデュランダルは気にした様子もない。

 

 確かにジェイルの言う事は分かる。

 

 シンも少し前まではそう答えていたに違いない。

 

 だが―――

 

 「うん、確かにそれもあるだろう。何かが欲しい。自分達とは違う。憎い、怖い、間違っている。そんな理由で戦い続けているのも確かだ。だがもっとどうしようもない理由もあるのだよ」

 

 デュランダルは見た事も無いモビルスーツに視線を向けた。

 

 「例えばあの機体ZGMFーK200『イフリート・シュタール』。最近ロールアウトしたばかりの新型モビルスーツだが今は戦争中だからああいった機体は次々と作られている」

 

 先程の問いかけ以上に皆が戸惑った表情をしている。

 

 今までの話とどういう繋がりがあるのかよく分からない。

 

 「戦場ではミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれ、様々な物が破壊される。だから工場では様々な物を作り戦場へと送り込まれる。工場の生産ラインは追いつけない程だよ」

 

 「それは……」

 

 「そう仕方ない事だ。戦争中だからね。しかし逆に考える者もいる」

 

 逆?

 

 どういう事なのだろうか?

 

 「これらを一つの産業としてみればこれほど効率良く利益の上がる物はない。しかし戦争が終わればそんな利益も消え儲からない。だからそんな彼らにとって戦争は是非とも続けて欲しいものではないかな?」

 

 「な!?」

 

 

 考えた事も無い。

 

 戦争で金儲けを考える人間がいるなんて。

 

 では今までの犠牲もすべてはそんな連中の思惑通りだったという事なのだろうか。

 

 シンはテーブルの下で拳を強く握る。

 

 「これまでの人類の歴史には『あれは敵だ、戦おう。撃たれた、許せない、戦おう』そう言って人々を煽り、戦争を産業として捉え、作ってきた者達がいるのだよ」

 

 つまり今回の戦争にも―――

 

 「彼らこそ『ロゴス』。今の戦争の裏にも必ず彼らがいるだろう。彼らこそあのブルーコスモスの母体なのだ。彼等に踊らされている限りプラントと地球はこれからも戦い続けて行くだろう。それを何とかしたいのだがね。それこそが何より本当に難しいのだよ」

 

 考えた事もない現実を突き付けられ、誰もが言葉を発せない。

 

 結局そのままお開きとなり各自このホテルに泊まって行く事になった。

 

 「さて、アレン。君にはもう少しだけ話があるのだがいいかね?」

 

 「分かりました」

 

 デュランダルと共に中庭にでも移動しようとした時、正面から歩いてくる人影に気がついた。

 

 その特徴的なピンクの髪は間違えようがない。

 

 歩いてきたティアもこちらに気がついたのだろう。

 

 笑みを浮かべると近づいてきた。

 

 「これはティア様、コンサート御苦労様でした。素晴らしかったですよ」

 

 「ありがとうございます、議長」

 

 ティアがはにかむように笑みを浮かべる。

 

 そしてこちらに向き直るとアレンに歩み寄ってきた。

 

 「お久しぶりです。アレン様」

 

 「お元気そうでなによりです、ティア様」

 

 アレンとティアが知り合いだった事が意外だったのか全員驚いている。

 

 「あの、コンサートの方は見ていただけましたか?」

 

 「ええ。良い歌でした」

 

 アレンの賛辞にティアも嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 そこにリースが割り込んでくる。

 

 いつも通りの表情に見えるがどこか不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 「……ティア様、申し訳ありませんが、アレンは先に議長とお話しがあるのです」

 

 「そ、そうですか」

 

 落ち込むように顔を伏せるティアにデュランダルは苦笑する。

 

 「話といってもそう長く時間は掛かりません。その後でアレンと一緒に食事でも行かれると良いですよ」

 

 「はい!」

 

 アレンは内心ため息をつくとそのままデュランダルと中庭に向かった。

 

 中庭には暗く人の気配はない。

 

 ここならば内緒話も問題ないという事か。

 

 「それでお話というのは」

 

 「そんなに固くならないでくれ。彼女の事を伝えておこうと思ってね」

 

 一緒についてきたリースが前に出る。

 

 「実は彼女がアレンの素性について知ってしまったのだよ。宇宙での戦闘中に君の事を知っているパイロットの声を聞いたらしくてね」

 

 素性を知られた!?

 

 リースを見ると笑みを浮かべて頷いた。

 

 宇宙での戦闘といえば、地球に降下する前のテタルトスとの戦闘だろう。

 

 テタルトスでこちらの素性を知った敵は二人、アスランとユリウスのみ。

 

 リースと接触した敵はアスランだったから奴から漏れたのだろう。

 

 アスランも余計な事を言ってくれたものである。

 

 ホテル前の笑みはこれを意味していたらしい。

 

 アレンは何時でも動けるように構えを取った。

 

 「アレン、そう警戒しなくてもいい。彼女には口止めしてあるし、君の素性の知った者が傍にいた方が何かと協力して動きやすいだろう」

 

 「そういう事、これからよろしくアレン―――いえ、アスト」

 

 アレンはデュランダルが言うほど楽観視してはいなかった。

 

 つまりリースは新しい監視役という事に他ならない。

 

 「もう一つ、君に確認したい事があってね」

 

 「何でしょうか?」

 

 「コードネーム『レイヴン』について、何か知っている事は無いかな。宇宙では今でも彼らが動き回っているんだよ」

 

 サングラス越しにしばらくデュランダルを見つめると首を横に振った。

 

 「私は何も知りません」

 

 「……そうか。いや、ありがとう。前回の戦闘でレイヴンと接触したと聞いていたからね。何か気がついたことでもあればと思ったのだが」

 

 「では私はティア様を待たせていますので」

 

 アレンは踵を返すとティアと約束したホテルのレストランに向かうために歩きだした。

 

 その途中で振り返るとデュランダルに問う。

 

 「……中立同盟の件ですが、何故開戦なさったのですか?」

 

 「私もあのような形で開戦する事になるとは残念だと思っているよ。未だに信じ難い話ではある」

 

 よくもまあ抜け抜けと言えるものだ。

 

 詳しく話す気はないという事だろう。

 

 アレンはデュランダルに一礼すると振り返る事無く歩み去った。

 

 

 デュランダルの言う通り、宇宙では大規模戦闘は行われず散発的な戦闘に留まっていた。

 

 とはいえ誰も動いていなかった訳ではない。

 

 各軍共に防衛圏内を常に巡回、警戒しており、いつまた戦闘が起こってもおかしくない状態であった。

 

 そんな一触即発の宇宙で残骸が漂う暗礁宙域に一隻の戦艦が近づいていた。

 

 不沈艦と呼ばれたアークエンジェルとよく似た形状を持つ戦艦ドミニオンである。

 

 ザフトとテタルトスの戦闘を逃れたドミニオンは姿を隠しながら、今尚目的の為に動いていた。

 

 そして情報収集の結果、このあたりに目的の場所があると当たりを付け調査にきていたのだが―――

 

 「ようやく見つけたと思えばあれか」

 

 モニターに映っていたのは明らかに廃棄されたコロニーだった。

 

 レーダーの方にも何の反応もない。

 

 「今回も外れか」

 

 「いえ、艦長、コロニーの調査を行いましょう。何かの情報が手に入るかもしれない」

 

 同じくモニターを見ていたキラがそう進言してくる。

 

 確かに少しでも情報は欲しい所だ。

 

 だがコロニーが廃棄されているならば何らかの痕跡が残っているとは思えない.

 

 それでも何もしないよりは良いだろうと考え直すとナタルは指示を飛ばした。

 

 「良し、『カゲロウ』を出せ」

 

 「僕も行きますよ」

 

 「頼む」

 

 ドミニオンのハッチが開きレギンレイヴが飛び出すと同時に黒い機体も発進した。

 

 MBFーM3E 『カゲロウ』

 

 全身を黒く塗装された装甲によりミラージュ・コロイド程ではないがステルス性を持った機体であり、情報収集や偵察を主任務としている。

 

 背部に装備されたX字の大出力スラスターにより高い性能を持つ。

 

 武装はビームライフル、ビームマシンガンを切り替える事が出来る複合ビームライフルとビームサーベル、腕にブルートガング、電磁アンカー、そして肩にはチャフ入りスモークディスチャージャーが装備されている。

 

 キラはコロニーに先行するカゲロウの後に警戒しながらついて行く。

 

 モニターに映るコロニーは外見上はボロボロでとっくに廃棄されているようにしか見えない。

 

 「先にコロニー内に潜入します」

 

 「了解」

 

 カゲロウがこのまま何事も無くコロニー内に侵入出来るかと思われた。

 

 しかしこういう時の悪い予感程、良く当たる。

 

 侵入しようとしたカゲロウ目掛けて強力なビームが撃ち込まれたのだ。

 

 「危ない!」

 

 キラはカゲロウに迫る閃光に両腕のシールドを掲げて割り込んだ。

 

 シールドに防がれた閃光が弾けるように飛び散るとモニターを照らす。

 

 ビームが撃ち込まれた先に居たのはデータで見た事がある機体だった。

 

 「インパルス?」

 

 だが背中に装備されているのは見た事も無い装備だ。

 

 ZGMFーX56S/Θ『デスティニーインパルス』

 

 フォース、ソード、ブラストの全シルエットの特性を備えた万能型モジュール「デスティニーシルエット」を装備した機体である。

 

 各強力なビーム兵器を装備している事もそうだが一番の特徴は翼型の高機動スラスターユニットだろう。

 

 この翼の内部にはヴォワチュール・リュミエールと呼ばれる惑星間航行システムを転用した高推力スラスターが搭載されている。

 

 「新型か……」

 

 デスティニーインパルスの背後には母艦らしきナスカ級が一隻と数機のザクがいる。

 

 だがそれ以外に敵を確認できないことから、どうやら彼らは待ち伏せしていた訳ではないようだ。

 

 ならば―――

 

 「援軍を呼ばれる訳にはいかない。カゲロウはザクとナスカ級を頼みます! 新型は僕が!」

 

 「「了解!」」

 

 カゲロウが分散してザクに向かっていく。

 

 加速して接近してきたカゲロウにザクはオルトロスを撃ちこんだ。

 

 カゲロウは背中のX字の大出力スラスターを使ってビームを避け、ビームサーベルを一閃する。

 

 カゲロウの速度についていけなかったザクは胴を斬り裂かれ撃墜された。

 

 さらに腕から電磁アンカーを飛ばし、別のザクに巻きつけて電流を流した。

 

 名の通り電磁アンカーは強力な電流を流す事で機体のみならずパイロットにもダメージを与える事が出来る武装である。

 

 強力な電流によって動きを止めたザクをビームマシンガンで撃ち落とした。

 

 あっちは任せても大丈夫だろう。

 

 それを確認したキラはデスティニーインパルスに攻撃を開始する。

 

 レギンレイヴは小型のビームライフルを構えるとデスティニーインパルスに撃ちこんだ。

 

 キラの正確な射撃は狂い無く敵機に向かっていく。

 

 だがそれは思わぬ形で防がれてしまった。

 

 デスティニーインパルスは左腕を前に出すと発生させた光の盾がビームいとも容易く受け止めたのだ。

 

 「なんだ、今のは!?」

 

 もう一度ビームライフルを撃ちこむ。

 

 しかし何度撃ちこんでも完全に防がれてしまう。

 

 背中のレール砲も一緒に撃ち込むが、それらもすべて通用しない。

 

 デスティニーインパルスの腕に装備されているのはソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置と呼ばれる装備である。

 

 ビーム兵器・実体弾を問わず遮断可能で対ビームコーティングを施した従来のシールドを凌駕する防御力を持っているのだ。

 

 キラは即座に遠距離戦は不利と判断すると、ビームサーベルを構え一気に懐に飛び込んだ。

 

 近接戦闘ならばまだ戦いようもある。

 

 しかしデスティニーインパルスも黙っている訳ではない。

 

 背中の翼が開き光の翼を形成すると凄まじいまでの加速で旋回。

 

 レギンレイヴを振り切るように距離を取り、背中のテレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔を展開して撃ちこんできたのだ。

 

 「くっ」

 

 キラは操縦桿を動かし回避行動をとると、装甲を掠めるようにビームが通り過ぎていく。

 

 「速い!」

 

 強力な火力も面倒だがあの速度は驚異的だ。

 

 デスティニーインパルスはレギンレイヴが撃ちこんだビームを回避しながら対艦刀エクスカリバーを構えると今度は接近戦を挑んできた。

 

 対艦刀の一撃をまともに受ければいくらシールドで防御しても斬り裂かれてしまう。

 

 キラは驚異的な速度で肉薄してきた敵機が叩きつけてくるエクスカリバーをシールドを構えて受け流す。

 

 そして同時に下段からビームサーベルで斬り上げた。

 

 ややカウンター気味に放たれた斬撃だったがデスティニーインパルスはビームシールドでサーベルを受け止めるとレギンレイヴを突き放し距離を取る。

 

 その隙に腕部に装備されたビームブーメランを構えるとレギンレイヴに投げつけた。

 

 キラはスラスターを吹かせて上昇、レール砲でビームブーメランを撃ち落とす。

 

 その隙に距離を詰めたデスティニーインパルスが両腕に構えたエクスカリバーを振り下ろしてきた。

 

 「まだだ!」

 

 キラのSEEDが発動した。

 

 研ぎ澄まされた感覚が全身に広がる。

 

 キラは振り下ろされるエクスカリバーを回避せず、背中のレール砲を至近距離で撃ちこんで炸裂させた。

 

 態勢を崩し吹き飛ばされる二機。

 

 普通ならばこのまま仕切り直しという形になるのだろう。

 

 だがデスティニーインパルスのパイロットにとって想定外だったのは、敵は想像以上の相手であった事だ。

 

 完全に敵と自身との技量の差を見誤っていたのだ。

 

 レギンレイヴは爆煙に紛れ、ドラグーンを展開するとデスティニーインパルスに差し向けた。

 

 撃ち掛けられた別方向からのビームにデスティニーインパルスはシールドを展開して後退する。

 

 それこそがキラの狙いだった。

 

 レギンレイヴは小型アンチビームシールドを投げつけ、驚いたようにデスティニーインパルスは機体を横に流す。

 

 なんとかシールドの激突を避ける事に成功したが完全に態勢を崩されてしまった。

 

 そんなデスティニーインパルスの背後にはビームサーベルを構えたレギンレイヴが待ち構えていた。

 

 捉えた!

 

 「これでぇぇ!!」

 

 キラはそのままデスティニーインパルスの胴目掛けてビームサーベルを突き刺す。

 

 ビームサーベルはコックピットに直撃。

 

 パイロットを蒸発させ、機体は機能停止、同時に装甲から色が消えた。

 

 「ハァ、面倒な装備だった」

 

 コックピット以外に損傷は見られない為、爆発の心配もない。

 

 キラは息を吐き出すとカゲロウの方を見る。

 

 カゲロウは迎撃の為に出撃したザクをすべて撃破すると、ナスカ級のエンジンにビームライフルを叩きこんで撃沈させていた。

 

 これでしばらくは大丈夫だろう。

 

 しかしキラの目の前に浮かぶ機体は間違いなくザフトの最新機だ。

 

 こんな場所にいた理由は機体のテストか何かだろう。

 

 だがこれらが戻らないとなるとザフトも動き出す。

 

 早めに調査を終わらすべきだ。

 

 「誰かこの機体をドミニオンに回収してください。残りの機体は僕と一緒にコロニーの調査を」

 

 「「了解」」

 

 デスティニーインパルスを回収する機体を残し、他はコロニーの中に入っていく。

 

 レギンレイヴを港に置くと、キラは銃を持って外に出る。

 

 このコロニー内には誰も居ないとは思うが念の為だ。

 

 キラは港に併設されていた端末を操作して内部の施設を確認する。

 

 コロニーの施設はすべて何かしらの研究施設だったらしい。

 

 とりあえず一番大きな施設に侵入する。

 

 残されていた施設の端末を操作してデータが残っているかどうかを確認する。

 

 やはりというか何の痕跡も残っていない。

 

 「まあ、初めから期待していなかったけど」

 

 それにしても気分が悪い。

 

 キラをそんな気分にさせているのは、この場所の空気だった。

 

 ここはあそこに良く似ていた。

 

 キラにとって忌むべき場所コロニーメンデルに。

 

 しばらく施設内を探索するが、何も見つからない。

 

 一緒に潜入したカゲロウのパイロット達からも何も見つからないと通信が入ってくる。

 

 「潮時か」

 

 これ以上は何も見つからないだろう。

 

 急いで機体に戻ろうとしたキラは何かの紙らしきものが机の下に落ちている事に気がついた。

 

 しゃがみ込み紙が破れないように慎重に机の下から取る。

 

 「これは何かのリストか」

 

 どうやら人の名前らしい。

 

 所属と人物名が書かれていた。

 

 すべてを見ている暇は無いがともかくリストの上に書かれている数人の名前をだけでも確認するとキラは顔をしかめた。

 

 「どうやらここに来た事もあながち無駄じゃなかったみたいだ」

 

 そのリストを手に急いで機体に戻っていく。

 

 リストの上に書かれていた数人の中にはとある名前が記載されていた。

 

 『セリス・ブラッスール』という名が。

 




機体紹介更新しました。

イフリートシュタールとカゲロウは刹那さんのアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございました。


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第21話  交わる運命

なかなか時間が無く、急いで書いたのでどこかおかしいところがあるかも。


 

 

 

 

 

 朝というのは出来るだけ穏やかに迎えたい物だとアレンは思っている。

 

 ましてや昨日のように色々あった後ならば誰でもそう思うだろう。

 

 しかしこの日の朝はそうはいかなかった。

 

 昨夜はティアとの食事を終え、もう少し話がしたいという彼女を部屋に帰した後に色々考えていたから良く眠れなかった。

 

 アレンはベットから降りると、制服に着替えてレストランに向かった。

 

 しかしどうやら起き出してくるのが些か遅かったらしい。

 

 レストランには結構な数の兵士達が集まっていた。

 

 どうしたものかと思っていると、人ごみの中から声がかかった。

 

 「アレン、こっちです!」

 

 声の掛かった方向にルナマリアが手を振っているのが見える。

 

 テーブルにはシンやセリス、ルナマリア、レイ、ハイネが座っていた。

 

 しかしジェイルの姿が見えない。

 

 彼の性格から考えると一緒に食事という事も無いだろうからすでに済ませてしまったのかもしれない。

 

 「おはよう」

 

 「「「おはよう御座います」」」

 

 「みんな早いな」

 

 シン達はすでに食事を始めており、半分くらいは食べ終わっている。

 

 アレンもすぐに注文すると空いている席に座った。

 

 「どうした? あんまり休めなかったのか?」

 

 「……なんでもない。少し考え事をしていただけだ」

 

 「ふ~ん。まっ、あんまり考え過ぎるなよ」

 

 「ああ」

 

 こういう所がハイネが皆から慕われる理由なのだろう。

 

 他の部隊にも彼を慕う兵士達は多いと聞いた事がある。

 

 ハイネの気遣いに感謝しながら笑みを浮かべると運ばれてきた食事を食べ始めた。

 

 しばらく雑談をしていたのだが、ルナマリアが何かを聞きたそうにこちらを見ている。

 

 「何だ、ルナマリア? 俺の顔に何かついているか?」

 

 「あ、いえ、その」

 

 普段のルナマリアらしくなく歯切れが悪い。

 

 そんな彼女の言葉を引き継ぐようにセリスが口を開いた。

 

 「アレンはティア様とは親しいのですか?」

  

 「は?」

 

 あまりに予想外の質問に食事をしていた手も止まる。

 

 「その、昨日……」

 

 セリスが言葉を濁した事でアレンもようやく気がついた。

 

 というか今まで考えなかった自分の迂闊さに頭を抱えたくなった。

 

 確かにティアと食事をしたらどうかとデュランダルが勧めた時にも皆も傍にいたのだ。

 

 あれでは現在プラントで一番有名と言って良いティアとの関係を邪推されても仕方がない。

 

 変な誤解をされないようにアレンは食事をしていた手を置き全員に向き合った。

 

 「誤解されないように言っておくが、ティア様とはお前達が思っているような関係じゃない」

 

 「そうなのか? 結構、親しそうだったじゃないか」

 

 ハイネも面白そうな顔で話に食いついてきた上、シンも興味がありそうにこちらをちらちらと見ている。

 

 「彼女と初めて会ったのは俺がフェイスに任命されたすぐ後だ。議長付きの護衛役になる前は彼女の護衛役だったんだよ。それに彼女は関しては少し特殊な事情がある」

 

 「特殊な事情って……」

 

 「……詳しくは言えないが彼女はずっと最低限の人間にしかその存在を知られていなかった。前大戦終盤に至っては人目に触れないように監禁状態でな、特に同年代の人間と接した経験が無い。だから初めてできた同年代の知り合いである俺に懐いているんだよ」

 

 「なるほど。確かに前大戦時の評議会はクライン派に対してかなりきつかったからな」

 

 ハイネはあえて言葉を濁したが、当時のクライン派に対する対応は苛烈といえるものだった。

 

 だからこそ当時を知るハイネにはやや疑問が残る。

 

 パトリック・ザラはクライン派に容赦などしなかった。

 

 そんな彼がシーゲル・クラインの遺児となるティア・クラインを何故そのまま生かしておいたのだろうか?

 

 それもアレンの言う特殊な事情とやらに関係あるのか。

 

 そこまで考えてやめた。

 

 軍人である自分が考える事ではない。

 

 何よりもすでに終わった事なのだ。

 

 これ以上の詮索に意味はないだろうとハイネは何も言わずに食後の紅茶を口に運んだ。

 

 皆も納得したようにアレンから視線を外すと同時に周囲が大きくざわついた。

 

 どうやら今話題に上がった人物がレストランの中に入って来たらしい。

 

 ティアとリースである。

 

 二人は目ざとくこちらを見つけると躊躇う事無く歩み寄ってくる。

 

 アレンはこれから起こるだろう面倒事に頭を抱え、それを見た全員が笑いを堪えた。

 

 

 

 

 アオイとステラは未だにディオキアに留まり、街を散策していた。

 

 理由は簡単である。

 

 ネオからの命令が一向に届かず、動く事が出来ないからだ。

 

 さらにザフトの基地も近い。

 

 仮にアオイ達の立場が露呈すればただでは済むまい。

 

 つまり正体がばれるような迂闊な行動は取れない訳だ。

 

 その為、アウルは相当イライラしている。

 

 スティングがなだめてはいるのだが、部屋に留まっていても余計にストレスが溜まるだけ。

 

 という事でアオイはステラと一緒に街の散策を行っていた。

 

 ステラと共に海が見える位置をゆっくり歩く。

 

 一見退屈に見えるかもしれないが、アオイは十分楽しい。

 

 ステラも海が見えるのが余程嬉しいのか子供のようにはしゃいで笑っていた。

 

 「アオイ、海!」

 

 「うん、ここの海は綺麗だね」

 

 きっと子供達もここ見たら喜ぶだろう。

 

 そんな事を考えながらはぐれない様にステラと手を繋ぎながら歩く。

 

 ステラは楽しそうに手を引かれながら海を眺め、アオイがそれを微笑ましく見ていると後ろから声を掛けられた。

 

 「アオイ兄さん?」

 

 振り返った先には荷物を持った少女。

 

 それはアオイの知っている人物だった。

 

 「ラナ……ラナじゃないか!」

 

 彼女はラナ・ニーデル。

 

 かつてアオイと一緒の施設にいた事のある少女である。

 

 施設にいたころから大人しい性格ではあったが面倒見もよく、子供達と遊んでいたし、アオイの事も慕ってくれていた。

 

 確か彼女はアオイがマサキに引き取られる前に、地球軍の士官に引き取られた筈だ。

 

 何故こんな所にいるのだろうか?

 

 笑顔で近寄ってくるラナにアオイはそのまま疑問をぶつけた。

 

 「なんでラナがここにいるんだ?」

 

 「えっと、色々あって……」

 

 ラナは周囲を確認しながら言葉を濁らせる。

 

 よほど話し難いらしい。

 

 だがそれはアオイ達も同じ。

 

 迂闊な事は言えない。

 

 アオイは誤魔化すようにステラにラナの事を紹介する。

 

 「ステラ、こっちは施設に一緒に居た事があるラナだよ」

 

 「ステラ・ルーシェ」

 

 「ラナです。よろしくお願いします」

 

 ステラの事は今一緒に仕事をしていると説明して、出来るだけ人がいない方へ移動する。

 

 ラナの雰囲気からあまり愉快な話ではない事を察したアオイはステラに海を見ているように言うと少し離れた。

 

 近くのベンチに座り、彼女の口から語られたのは、予想通りの良くない類の話だった。

 

 「……養父が戦死しました」

 

 「ッ!?」

 

 なんとなく彼女の様子から予想はしていた。

 

 でも実際聞かされると堪える。

 

 彼女の養父はガルナハンにいたらしい。

 

 あそこはかなり強引に軍が占拠して作り上げた基地だ。

 

 その為か現地の人たちにもかなり恨まれ、結果それがミネルバを含めたザフトを呼び込む事に繋がり、陥落させられた。

 

 もちろん彼女の養父がそれに加担していたかは定かではない。

 

 だがそれに巻き込まれたことだけは間違いなかった。

 

 その件は家族を亡くした彼女には言えないし、言ったところで納得できる筈も無い。

 

 大切な人を亡くしたという事実こそ彼女にとって一番重要な事の筈だからだ。

 

 「じゃあディオキアには来たのは?」

 

 「養父の知り合いを頼って……」

 

 それ以上はラナの様子を見ていたら聞けなかった。

 

 深く詮索しようにもアオイもまたファントムペインの一員だ。

 

 変にボロが出ないように黙るしかなかった。

 

 「そういえば、マサキおじさんも亡くなったって聞きました」

 

 「……ああ、ザフトの―――インパルスの攻撃で」

 

 「……そう、ですか……うっ、うう」

 

 俯いたまま涙ぐむラナを少しでも慰めようと頭を撫でた。

 

 ラナもまた義父さんの事を慕っていた。

 

 ましや自分の養父も亡くしたとなれば、内心相当堪えているに違いない。

 

 「ご、ごめんなさい、アオイ兄さんもつらい筈なのに」

 

 「……俺は大丈夫だよ。区切りもつけた」

 

 それもステラのおかげだ。

 

 彼女がいてくれなかったら、義父さんの言葉も忘れ、憎しみに捉われていたに違いない。

 

 「……そうですか。私も大丈夫です。やる事もありますから」

 

 その時のラナの眼はかつての彼女からは想像できない程、深い悲しみと黒い憎しみに染まっていた。

 

 「ラナ……」

 

 彼女にはそんなものに囚われて欲しくなかった。

 

 でも何と言えばいい?

 

 しばらく海をみてはしゃぐステラの姿を見ながら二人で黙り込む。

 

 アオイは意を決して立ち上がるとラナに向き合った。

 

 「途中まで送っていくよ」

 

 「……兄さん、ありがとう」

 

 ラナの悲しげな、そして若干の暗さを残した笑みが気になった。

 

 でもあえて何も言わずに立ち上がるとステラを呼んで歩きだした。

 

 

 

 

 ディオキアの街は活気に満ちていた。

 

 人々が笑い、多くの人が行きかっている。

 

 そんな中をシンは一人で歩いていた。

 

 本来ならばセリスと来る予定だった。

 

 しかし彼女は定期健診で来られず、他のメンバーはそれぞれに休暇を過ごすらしい。

 

 そんな事情もありシンは一人で街を見ている訳だが、物足りない。

 

 ヨウラン達でも誘えば良かっただろうか。

 

 それに一人だと余計な事を思い出してしまう。

 

 議長から聞いた、戦争を生みだしてきた者たち。

 

 ロゴス。

 

 思わず表情が強張り、拳を強く握ろうとして、直前で何とか自制する。

 

 こんな街中で目立った事をして、問題を起こせばまたアレンやハイネに殴られる。

 

 それだけはごめんだ。

 

 それにしてもアレンに関しては思わず笑いがこみあげてくる。

 

 結局あの後ティアとリースの二人も同じテーブルに座って、気まずそうに食事をとっていた。

 

 ティアは終始嬉しそうだったし、リースもいつも通りだったそうなので、気まずそうにしていたのはアレン一人だったが。

 

 当然そんな様子は周囲も興味津々だった訳であり、そこら中の視線を集めていた。

 

 あれはしばらく兵士達の間でも噂になるに違いない。

 

 アレンに関しては尊敬もしているし、凄いとも思っている。

 

 でもどこか隙もなく完璧なイメージもあったのでこういう所を見ると親近感が持てた。

 

 そんな朝の出来事を気分良く思い出していたシンの前にある意味で最悪の相手が現れた。

 

 それは相手も同じだったらしく、不機嫌そうにこちらを見てくる。

 

 「……なんでお前がここにいるんだよ、ジェイル」

 

 「……休暇の間どこにいようが俺の勝手だろ」

 

 よりにもよって何で休暇中にこいつと出会わなくてはならないのか。

 

 自分の不運を嘆きながら、場所も忘れて睨みあう二人。

 

 

 丁度その時、ラナを送るためにアオイ達もここを歩いていた。

 

 本来ならば接点など持たない筈の彼らはついに出会う。

 

 

 二組がすれ違いかけた瞬間、どこからか悲鳴が上がった。

 

 「な、なんだ!?」

 

 誰もが悲鳴の上がった方を見ると二人組の男が鞄を抱えてこちらに全力で走ってきた。

 

 「どけぇ!」

 

 「きゃ!」

 

 「ステラ!?」

 

 男達がアオイのそばにいたステラを突き飛ばすとそのまま走り去っていく。

 

 倒れそうになったステラを抱え込むよう傍にいたジェイルが受け止めた。

 

 「おい、大丈夫―――」

 

 「ステラ、大丈夫!?」

 

 「うん」

 

 駆け寄ったアオイに笑みを返すステラに怪我がない事を確認すると逃げた男達の方を見る。

 

 そこにはシンによって取り押さえられた男達の姿があった。

 

 正確には足を掛けられて転ばされたというのが正しい。

 

「このガキがぁ!」

 

 立ち上がりながらシンを睨みつけると即座に殴りかかる。

 

 しかし、シンにとっては遅すぎた。

 

 軍人として訓練を受け、実戦を経験した彼にとって素人に毛が生えた程度のパンチなどいくらでも捌ける。

 

 シンはたやすく男の腕を掴んで捻りながら背後に回ると男は情けない悲鳴を上げた。

 

 「いててて!」

 

 「このガキ!」

 

 仲間が簡単に抑えられて激昂したのか、もう一人の男がシン目掛けて殴りかかってきた。

 

 シンは掴んだ男の腹にひざ蹴りを入れて突き飛ばすと殴りかかってきた相手に向き合う。

 

 しかし―――

 

 「危ない!」

 

 そこに走り込んできたアオイの蹴りが思いっきり男の顔面を捉え後ろに吹き飛ばした。

 

 カウンター気味に決まったのか、男は完全に昏倒して動かない。

 

 倒れ込んだ男たちは周りにいた人達に取り押さえられる。

 

 アオイは無茶な体勢で蹴りを放ったのが良くなかったらしく、バランスを崩し尻もちをつくように倒れた。

 

 「おい、大丈夫かよ」

 

 倒れたアオイにシンは手を差し出した。

 

 「いてて、あ、うん、大丈夫」

 

 アオイは差し出されたシンの手を掴む。

 

 

 シン・アスカとアオイ・ミナト。

 

 

 ここに運命の二人は出会った。

 

 

 

 

 男達は地元の警察に任せてシン達は海の見える海岸に移動していた。

 

 というのも思った以上に大きな騒ぎになってしまい、目立ちたくなかったからだ。

 

 「ステラを助けてくれてありがとう、俺はアオイ・ミナト」

 

 「ラナ・ニーデルです」

 

 穏やかな笑みを浮かべるアオイとかつてのマユを思い出させる年頃のラナにシンも特に警戒する事無く自己紹介を始めた。

 

 「シン・アスカだ。彼女を助けたのは俺じゃなくてあいつ―――ジェイルだし」

 

 肝心のジェイルは意外にもシン達についてきただけでなく、楽しそうに波と戯れるステラを近くで眺めている。

 

 「シンは強いな、護身術でも習ってるのか?」

 

 シンはビクッと体を震わせた。

 

 あんな風に男達を押さえ込んだのだから、気になるのも当たり前かもしれない。

 

 だがザフトの兵士だとバレると面倒な事になる。

 

 「えっ、え~と、まあ、そんなところかな。アオイだってあの蹴りは凄かったじゃないか」

 

 「俺のは見よう見真似だって。たまたま上手く決まったけどさ」

 

 アオイは照れくさそうに頭をかいて苦笑いを浮かべた。

 

 穏やかな雰囲気のままお互いの事を話し、雑談を交わしていく。

 

 不思議な気分だった。

 

 戦争が始まってから、仲間以外とこんな会話をするなんて思ってもいなかった。

 

 ましてや彼らとは今さっき会ったばかりなのだ。

 

 この感じはヨウランやヴィーノ達と話している時に似ている気がする。

 

 それもアオイの人柄というか、話しやすい雰囲気も大きかったのだろう。

 

 そしてラナとステラ。

 

 彼女達は昔のマユの姿を思い出させた。

 

 ラナは年齢に合わずしっかりしており、逆にステラは無邪気で微笑ましい。

 

 まるで昔と今のマユ両方を見ているようだった。

 

 だから余計に親近感が湧いたのだろう。

 

 なんであれアオイはいい奴という事だけは短い間にも理解できた。

 

 シンがそんな不思議な気分になっている頃、ジェイルもまた同じような感覚を味わっていた。

 

 彼の前にはステラが嬉しそうに浅瀬ではしゃいでいる。

 

 何と言うか癒される光景である。

 

 前大戦で家族を亡くした後はひたすら力だけを求めて訓練に勤しみ、他の人間などに構わなかった。

 

 だからこうして誰かの姿をただ見ているなんて、本当にらしくない。

 

 そんな普段とは違う気分だったからか、自分から彼女に話しかけていた。

 

 「なあ、そんなに海が好きなのか?」

 

 「うん!」

 

 迷いも何もない笑顔に思わずジェイルは見とれてしまった。

 

 「……何を見とれているんだ、俺は。相手はナチュラルなんだぞ」

 

 あまりに自分らしくない。

 

 ジェイルは頭を振って余計な考えを追い出そうとするが、黙ってステラの笑顔を見ているとそんな事もどうでも良くなった。

 

 ただずっと見ていたいような、不思議な気分だった。

 

 そんな彼の様子に気がつく事無く、ステラは再び海を駆け回り始めた。

 

 そうして穏やかに時間は過ぎていく。

 

 だがそんな時間も長くは続かず、終わりが近づいていた。

 

 「シン達は旅行者なのか? 地元の人間には見えないけど」

 

 「ああ、まあね。アオイ達は?」

 

 「俺とステラは仲間達と仕事の関系でディオキアに来たんだ。ラナは―――」

 

 アオイは一瞬言葉を詰まらせるものの、すぐに言いなおそうとしたがその前にラナが暗い声で口を開いた。

 

 「……私の養父が戦争で亡くなったので、知り合いを頼ってここに」

 

 ラナの冷たさすら持った言葉にシンの表情は凍りついた。

 

 家族が戦争で亡くなった?

 

 「……ザフト攻撃で。この街の人達はザフトに友好的みたいですけど私は」

 

 それだけで彼女がザフトに対してどういう感情を抱いているかよく分かる。

 

 ラナは膝の上においた両手を強く握りしめ、体は震えていた。

 

 「私は彼らを決して許しません」

 

 アオイやシンも何も言えず黙っているとラナは勢いよく立ちあがった。

 

 「……ごめんなさい。私そろそろ行かないと。アオイ兄さん、久ぶりに会えて嬉しかったです。シンさんもお元気で」

 

 「ラ、ラナ!」

 

 立ちあがったラナはそのまま走って行ってしまう。

 

 シンは何の反応もできない。

 

 昨日とはまるで逆の気分だ。

 

 デュランダルに認められ、誇らしかったものが一瞬で冷たくなった気がした。

 

 「ごめんな、シン。ラナの事、悪く思わないでくれ」

 

 「え、ああ、いや」

 

 声が震えないようにするのがやっとだ。

 

 それでもあの子の事だけは聞いておきたかった。

 

 「……アオイはあの子―――ラナとはどういう関係か聞いてもいいか?」

 

 「う~ん、そうだな。やっぱり家族というのが一番しっくりくる言い方かな。血の繋がりはないけど」

 

 「えっ」

 

 「俺達は戦争で家族を亡くした孤児で一緒の施設で育ったんだよ。でさ、施設でいつも面倒見てくれた地球軍の士官の人―――俺の義父さんなんだけど、その人が亡くなったって話をしたばかりで……ラナは感情的になってたんだ」

 

 シンはそれ以上は何も聞けなかった。

 

 ただあの子、ラナが自分達を憎んでいるだろう事だけは分かる。

 

 自分もかつてはそうだったから。

 

 だから一瞬だけ見えた彼女の表情に悲しみと憎しみが満ちていた事にすぐ気がついたのだ。

 

 場が暗くなり誰も口を開かない。

 

 どれだけそうしていたのか、太陽は傾き夕日が周囲を照らしている。

 

 その時、道路から車のクラクションが鳴り響く。

 

 アオイが振り向くとスティングとアウルが軽く手を振っているのが見えた。

 

 どうやら迎えに来てくれたらしい。

 

 「シン、どうやら俺達の迎えみたいだ。お~い、帰るよ、ステラ!」

 

 砂浜にしゃがみ込んでいたステラが顔を上げ、ジェイルと一緒に歩いてくる。

 

 そしてジェイルとシンに手に持っていたものを差し出した。

 

 「これあげる」

 

 「お、おう」

 

 「え、ありがとう」

 

 差し出されたのは小さな貝殻だ。

 

 もしかすると助けた事に対する彼女なりのお礼なのかもしれない。

 

 どこまでも無邪気な彼女らしいお礼だった。

 

 「アオイ、戻ろう」

 

 「うん。じゃあ、シン、ジェイル、ステラの事ありがとう。またどこかで会おうな」

 

 アオイが笑みを浮かべるとジェイルはいつも通りの不機嫌顔で鼻を鳴らして横を向く。

 

 「ふん、機会があればな」

 

 そんなジェイルに苦笑しながらアオイはシンに向き合う。

 

 「シン、またな」

 

 「……ああ」

 

 シンは差し出された手を握り、声の震えを抑えながら答えるので精一杯だった。

 

 去っていくアオイ達の背中を見ながら思い出されるのはかつてアレンに言われた言葉だ。

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 あの時の言葉が何度も脳裏に響く。

 

 ザフトの攻撃で大切な人達を失った彼ら。

 

 シン達の正体を知ったら彼らはどうするのだろうか?

 

 罵倒するか。

 

 それとも仇を討とうと銃を向けてくるのか。

 

 なんであれシン達が何を言おうとも、奪われた彼らにこちらの言葉など通じない事だけは確かだろう。

 

 もしも、仮に彼らが仇を討とうと銃を向けてきたらその時、シンはどうするのだろうか?

 

 だがいくら考えても明確な答えなど出る事はなかった。

 

 

 

 

 アオイは車のシートにもたれかかると、ラナの事を考えていた。

 

 知り合いを頼ると言っていたけど、どういう人なのだろうか?

 

 その辺だけでも確認するべきだったかもしれない。

 

 考え込むアオイにスティングが聞いてきた。

 

 「アオイ、あいつらはなんだ?」

 

 「旅行客だってさ。騒ぎに巻き込まれたところを助けてくれたんだよ」

 

 「ふ~ん」

 

 スティングとアウルはその話だけで興味を無くしたのか、それ以上は聞いてこなかった。

 

 アオイは再びシートに身を任せて座り込むとステラが笑みを浮かべて手を差し出してくる。

 

 「アオイ、これあげる」

 

 「えっ」

 

 ステラの手にあったのは先程二人に上げた物と同じ綺麗な貝殻だった。

 

 「これ」

 

 「アオイには一番綺麗なのをあげるね」

 

 「ありがとう、ステラ。今日は楽しかった?」

 

 「うん!」

 

 色々あったけど、今日は出かけて正解だった。

 

 シンやジェイルにも会えたし、ラナにも再会できた。

 

 疲れた事もあったけど、ステラの笑顔だけで十分に癒される。

 

 ラナの事は気になるが、今のアオイにはどうしようもない。

 

 出来る事があるとすれば、せめてこれから先の幸せを願う事だけだった。

 

 

 

 

 部屋の窓からディオキアの夜景を眺めながらデュランダルは端末を操作していた。

 

 こんな時でも彼は休まず仕事を続けている。

 

 もはや職業病といえるかもしれないが、性分なのだから仕方がない。

 

 そこに飲み物を持ったヘレンが入ってきた。

 

 「少し休まれてはいかがですか?」

 

 「ああ、そうだね。ありがとう、ヘレン」

 

 デュランダルは作業の手を止めると、ヘレンが入れてくれた紅茶を飲む。

 

 ヘレンはそのまま報告を開始する。

 

 「宇宙でテストを行っていた『X56S/Θ』が母艦ごと消息を絶ちました。探索を行ったところ暗礁宙域にて戦闘の後らしき痕跡を確認。おそらく何者かによって破壊されたか奪取されたかと」

 

 「テタルトスか、あるいはレイヴンか。他には何か?」

 

 「例のシステムを『X23S』に搭載完了いたしました」

 

 デュランダルはわずかに顔を顰めるがヘレンは構わず報告を続ける。

 

 「それからミネルバに補給として運び込ませた予備のコアスプレンダーにも同じくシステムを搭載しておきました」

 

 紅茶のカップを置くと鋭い視線でヘレンを見据える。

 

 しかし彼女は涼しい顔だ。

 

 「セリスの健診も異常はありませんでしたから、機体の最終調整が終わり次第、データの収集を開始します。近々丁度良い相手も現れるでしょうから」

 

 「アークエンジェルか」

 

 「はい。オーブから出港した事を確認しています。ただ『X23S』、コアスプレンダー共にシステム最終調整に時間がかかっておりますのでアークエンジェルと相対する時までに間に合うかどうかは分かりませんが」

 

 ヘレンの報告が終わると同時に再び端末のスイッチを入れると残った仕事に手をつける。

 

 そんなデュランダルを眺めながらヘレンはそばに立ち続けていた。



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第21.5話  親睦

 

 

 

 セリス・シャリエはすこぶる不満だった。

 

 折角の朝食の席だというのに、機嫌が良くない。

 

 というのも最近シンと過ごす時間が少ないというのがその理由だった。

 

 もちろんセリスも検診やらで忙しかったというのもある。

 

 シンも訓練とか色々あるのは分かる。

 

 だがそれでももっと一緒にいたいというのが彼女の本音である。

 

 「そういう訳なんだけど。どう思う、ルナ、メイリン?」

 

 朝食時にいきなり相談を持ちかけられた二人は呆れたように冷たい視線をセリスに向けた。

 

 「な、何、その目は?」

 

 「アンタね、あれだけ周囲の目を気にせずイチャついてるくせにまだ足りないとかいうわけ?」

 

 「え~、そんなにイチャついてなんてないよ、ねぇメイリン」

 

 「……えっと、自覚なし?」

 

 「何でよ!? 全然イチャついてなんていないってば!」

 

 『気が付いて無いのか』なんて揃って同じ事を考える二人。

 

 それも仕方ないというか、セリスの性格の問題なのかもしれない。

 

 セリスは昔から世話焼きであり、面倒見も良い。

 

 現にルナマリアもメイリンもアカデミー時代は良く彼女に助けてもらった(主に課題など)。

 

 だがそれと同じくらい地獄も見せられた。

 

 彼女は真面目な性格ゆえに訓練など決して手は抜かず、鬼のように厳しかった。

 

 それはシンやルナマリアの間では思い出したくない出来事であり、決して口にはしないと暗黙の了解となっている。

 

 ともかくセリスはアカデミー時代から色々問題があったシンに関しても同じように世話を焼き、いつの間にか付き合っていたという経緯がある(ちなみにシンはセリスに好意を持っていた男達から目の敵にされたとか)

 

 そのおかげでツンツンしていたシンが皆と打ち解ける事が出来たのも確かな訳だが。

 

 そんなセリスだ。

 

 日頃から当たり前みたいにやっている事がどれだけ目の毒か分かってないのだろう。

 

 「アンタは人前で腕組んだりするのは当たり前だし、膝枕とか平気でしてるし」

 

 「うん、人目とか全然気にしてないし」

 

 「えっ、でもそれくらい全然普通だよね?」

 

 ルナマリアは怒鳴りそうになるのを何とか堪えると額に手を当てた。

 

 「……こいつ全然分かってない」

 

 メイリンを見ると諦めたように苦笑しているだけだ。

 

 「とにかく、こっちからしたら十分でしょって言いたいのよ」

 

 「そんな事無いよ」

 

 「まったくアンタらときたら」

 

 ルナマリアとメイリンがそろってため息をついていると話題の彼氏であるシンがアレンと一緒に食堂に入ってきた。

 

 丁度よいタイミングである。

 

 ここで一緒に食事でも取ればセリスの機嫌も良くなるだろう。

 

 そんな風に考えて席を立とうとした時、ふとルナマリアは閃いた。

 

 ただ食事を一緒にするだけでは面白くない。

 

 そう言えばハイネと違ってアレンとは訓練ばかりで他の事を話した事があまり無い。

 

 ハイネは非常に社交的で何度も話をしている。

 

 しかしアレンはどことなくこちらと距離を置いているように感じている。

 

 ならこの機会にアレンと親睦を深めるのも良いだろう。

 

 前から彼には興味があったし、ついでにセリスの機嫌も直るし一石二鳥という奴だ。

 

 「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

 「……セリス」

 

 「何?」

 

 「アンタとシンを二人きりにはできないけど、一緒の時間くらいは作れるかも」

 

 「ホント!?」

 

 ルナマリアは頷くと立ち上がってシン達のテーブルに近づいた。

 

 

 

 

 アレンはシンと朝食を取りながら、今日の訓練について話をしていた。

 

 だが、妙にニヤついたルナマリアやセリスの顔を見た瞬間、悪寒を感じた。

 

 あれは不味い。

 

 訳も無くそんな気がする。

 

 何と言うか今日は朝からなんとなく嫌な予感がしていた。

 

 だから訓練の後は部屋で読書でもしようかと思っていたのだが―――

 

 「アレン、どうしたんです?」

 

 「いや、ただ逃げ遅れたと思っただけだ」

 

 「は?」

 

 シンが「何言っているんだ、この人」みたいな表情でこちらを見ている。

 

 まあ彼は背を向けているから気がつかないのも当然である。

 

 しかし、もう少し上官に敬意くらいもってほしいものだ。

 

 「アレン、シン」

 

 ニヤリと笑いながらルナマリアとセリスが近づいてきた。

 

 その後ろからはメイリンがどこか申し訳なさそうにしている。

 

 とてつもなく疲れそうな予感がする。

 

 ルナマリアが口を開こうとした瞬間、セリスが何かに気がついたように前に出る。

 

 「あ、シン。口元にパンが付いてるよ、取ってあげる」

 

 「えっ、ああ、ありがと」

 

 「ふふ、しょうがないなぁ、シンは」

 

 微笑むセリスに照れくさそうなシン。

 

 そして周りは何かに耐える様に視線を逸らした。

 

 中には露骨な舌打ちをする奴までいる。

 

 そういうのは二人だけの時にして欲しい。

 

 ルナマリアがため息をつきながら、仕切り直すように口を開いた。

 

 「今日私達と一緒に出かけませんか?」

 

 「え、出かけるって街にだよな?」

 

 「そ、まだミネルバの出港は先だし、ほらアレン達と親睦を深める為にもいいじゃない」

 

 この前の休暇は色々あって休んだ気にはならなかった。

 

 今回はセリスもいるみたいだし、いいかもしれない。

 

 シンに異論はなかったので頷いたのだが、アレンはどこか顔色が良くない。

 

 何かあったのだろうか?

 

 「どうしたんですか?」

 

 「あ、ああ、いや、その、昔を少し思い出しただけだ……」

 

 「アレン?」

 

 「ともかくミネルバを留守には出来ないだろう。シン、今日の訓練はいいから皆で出掛けてくるといい」

 

 どこか様子が変だった。

 

 「いいじゃないか、一緒に出かけて来いよ」

 

 話を聞いていたのか後ろから歩いてきたハイネが笑いながら近づいてくる。

 

 「ハイネ、そういう訳には―――」

 

 「仲間と親睦を深めるのも大切な事だぜ。それにリースはミネルバに乗船したばかりなんだ、一緒に連れてってやれよ。艦には俺が残るからさ」

 

 そう言われると断りづらい。

 

 仕方無い。

 

 昔みたいにはならないだろう。

 

 あくまでも仲間との親睦を深めるだけ。

 

 そんな風に無理やり納得すると頷いた。

 

 「わ、分かった」

 

 結局そう答えるしかなかったアレンは私服に着替えてディオキアの街に行く事になった。

 

 

 

 

 「で、なんで俺まで来なきゃならないんだよ」

 

 あからさまに不機嫌そうにしているのはジェイルだ。

 

 親睦なのだから彼が来るのはおかしなことじゃない。

 

 普段からあまり話そうとしないジェイルにルナマリアが気を利かせたのだろう。

 

 だがシンはあからさまに嫌な顔をしている。

 

 セリスが機嫌が良いせいか、面と向って文句は言っていないが、不満が顔に出ていた。

 

 「……本当に仲が悪いな、こいつらは」

 

 ちなみにここにいるのはシン、セリス、ルナマリア、メイリン、ジェイル、リース、アレンだ。

 

 レイも誘ったらしいが、ハイネ一人では不味いだろうと断られたらしい。

 

 「いいじゃない。今回は親睦の為なんだし、アンタどうせ訓練してるだけだったんでしょ? 彼女とかいないだろうし」

 

 「ぐっ、確かにそうだが」

 

 「じゃ、問題ないわよね。さて行きましょうか」

 

 ルナマリアに強制的に黙らされたジェイルは不服そうにしながらも後ろについて行く。

 

 シンとセリスだけは腕を組んでいて、あそこだけは別の空間が形成されていた。

 

 ルナマリア達は慣れているのか、あえて無視しているがジェイルなど慣れていない者はその空気にどん引きしている。

 

 アレンも(シン達を極力視界に入れないようにして)全員の後ろ姿を追っていく。

 

 流石に港町だけあって人通りが多い。

 

 かなりの人ごみだ。

 

 人を掻き分けながら一緒のついてきたリースが視界に入る。

 

 表情はいつも通りだが、なんとなく楽しそうにルナマリアやメイリンと話をしている。

 

 正直彼女がついてきたのは意外だった。

 

 てっきり断ると思っていたのだが―――

 

 これからの事を考えて仲良くなるのは良い事だろう。

 

 女性陣の後ろ姿を見ながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 リース・シベリウスにとってアレン・セイファート―――いや、アスト・サガミはまさに憧れの存在であった。

 

 プラント市民でいうところのラクス・クラインみたいなものである。

 

 彼が前大戦でザフトにもたらした被害を考えれば、憎むのが当然かもしれない。

 

 ヴィートなどはあからさまに嫌っていたし、それが普通だろう。

 

 しかしリースはそんな風には思わなかった。

 

 戦争だったのだし、ザフトもまた地球や他の場所にも大きな被害を出したのだからお互い様である。

 

 もちろんそんな事をプラントでは口が裂けても言えない。

 

 ともかく彼の素性を知って、残っていた映像データなど出来るだけ調べ上げ、その時の感じた高揚は今でも思い出せる。

 

 彼の動きは凄かった。

 

 とても綺麗な機体の挙動に無駄のない動き。

 

 まさにリースの理想を具現化したものだ。

 

 そして人柄も話している分には信用できると思うし、少なくともヴィートの奴よりも好感が持てる。

 

 だからそんな憧れの存在が今プラントの有名人であるティアなどと話しているのを見ると面白くないのも仕方ない事だった。

 

 そして今回、彼と任務につけるばかりか一緒に出かけられるなんて―――実にいい日である。

 

 「リースさん、嬉しそうですね」

 

 隣を歩いていたメイリンが話しかけてくる。

 

 「……分かる?」

 

 「はい、なんとなくですけど」

 

 「こうやって出かけるのは久しぶりだからかも」

 

 なんとなく本当の事を話すには気恥ずかしかったのでそう言って誤魔化した。

 

 振り返った先にはアレンが人を掻き分けてついて来ている。

 

 それだけでリースはどこか嬉しくて仕方無かった。

 

 

 

 

 皆で適当に店を見て回り、幾つかの買い物をする。

 

 女性陣の買う物はやはり服である。

 

 クールなリースでさえ真剣に服を見ているのだが、いつまで経ってもこういうのは慣れない。

 

 それはシンやジェイルも同じらしく、所在無さげに店内の端に立っている。

 

 「あ。あれ……」

 

 シンが何かを見つけたように一着の服の所に歩いていった。

 

 アレンとジェイルも暇なのでシンを追うようについて行く。

 

 この女性服の店の中で取り残されるのはかなり厳しい。

 

 というか絶対に嫌だ。

 

 「その服がどうしたんだよ」

 

 「いや、マユに似合うかなって」

 

 「マユ?」

 

 そういえばジェイルはマユを知らないんだったと気がついたシンは仕方無く教えてやる事にする。

 

 「妹だよ」

 

 その服を見たアレンはつい口を挟んでしまった。

 

 「それは少々子供っぽいだろう。彼女にはこちらの方が似合うと思うが」

 

 アレンが手に取ったのはシンが選んだ服よりも、やや大人びた服だった。

 

 しかもシンが選んだ物よりも、今のマユに良く似合った服だ。

 

 自然とシンの視線が鋭くなる。

 

 「……何でアレンがマユを知っているんです?」

 

 「えっ、ああ、彼女がミネルバに乗り込んでいた時に姿を見た事がある。その時の印象から選んだだけだ」

 

 やや慌てたようにアレンが捲くし立てる。

 

 あやしいとばかりにシンはアレンを睨みつけるときっぱりと言った。

 

 「アレン、ジェイルもだけどマユに手を出したら―――絶対許さないぞ」

 

 シンの目はマジだ。

 

 流石のジェイルも引き気味に答える。

 

 「会った事も無いのに手なんか出せるか。アレンだってそうだろ?」

 

 「えっ、あ、ああ。も、もちろんだ」

 

 シンはまだ納得してないようだが、それ以上は何も言わない。

 

 そんなシンをからかうようにジェイルが呟いた。

 

 「たく、シスコンかよ」

 

 「シスコンじゃねーよ! 俺はただマユが大切なだけだ!!」

 

 シンの大声が店内に響き渡る。

 

 「それをシスコンって言うんだよ。じゃあ、お前、もしも妹に彼氏とかできたらどうするんだよ」

 

 「マユに彼氏!? 出来る訳ないだろ、そんなの!! いくらなんでも早すぎる!!!」

 

 シンが興奮気味に詰めよってくる。

 

 「少し落ちつけ。店内にいる他の客の視線が痛いだろ」

 

 会話の内容が聞こえていたのか、セリス達もどこか冷めた目でこちらを見ている。

 

 というかセリスにはシンを宥めてに来て欲しいのだが。

 

 「けどな、そのうち好きな相手くらいは―――」

 

 「だからマユにはまだ早い! 彼氏なんて絶対に認めないぞ!!」

 

 誰も彼氏とか言ってない。

 

 もうこちらの声も聞こえていないらしい。

 

 「い、いや、その、まあ、そうかもな、うん」

 

 完全にどん引きしたジェイルは何も言わずに折れた。

 

 それが正しい選択だろう。

 

 そんなシン達の後ろでアレンが背中に若干の冷や汗をかいていた事には誰も気がつかなかった。

 

 買い物を終えて店を後にするがシンは未だ「まだ早い」などとぶつぶつ言っている。

 

 呆れたようにジェイルはため息をつくとルナマリアやメイリンが買った荷物を自分から持った。

 

 「あら、持ってくれるの? へぇ~いいとこもあるじゃない」

 

 「ありがとう」

 

 「チッ、感違いすんなよ。別にたまたま目についたからだ。ほら行くぞ」

 

 「素直じゃない奴」

 

 シンはセリスの荷物を持ち、アレンは苦笑しながらジェイルに倣ってリースの荷物を手に取った。

 

 驚いたようにりースが反応する。

 

 「え、アレン? 私は大丈夫だけど」

 

 「そう言うな。リースにだけ荷物を持たせるなんて心苦しいからな」

 

 リースはしばらく呆然としながらも、徐々に顔を赤くして俯き、囁くように礼を言った。

 

 「……ありがとう」

 

 「気にするな」

 

 そのまま買い物を続け、終わった頃には夕方になっていた。

 

 親睦は一応できたとは思う。

 

 全員の顔は明るく楽しそうだ。

 

 そんな様子を後ろから見ていたジェイルは不思議な気分になっていた。

 

 大切な家族を失って以降、ただひたすら力を求めてきた。

 

 奪った者達に報いを。

 

 そしてもう自分の前で誰も奪わせない為の力が必要だったのだ。

 

 それ以外はすべて無視したし、どうでも良かった。

 

 でも―――

 

 「何やってんだよ、早く来いよ、ジェイル!」

 

 シンが大声で名前を呼んでくる。

 

 「声がでかいんだよ!」

 

 ムカつくし、気に入らない奴だ。

 

 それでも不快感を覚えていないのが不思議だった。

 

 「そういえば、あの子―――ステラの時もこんな気分になったな」

 

 脳裏によぎる海辺で戯れる金髪の少女の姿。

 

 思い出すだけで穏やかな気分になれた。

 

 無理やり連れて来られた時は流石に腹が立ったが、今日みたいな日があっても良いのかもしれない。

 

 「おい、早く来いよ」

 

 「うるさいんだよ、お前は!」

 

 怒鳴りながらも、シン達に追いつこうと走り出すジェイルの口元は微かに笑みを浮かべていた。

 

 



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第22話  覚悟の戦場

 

 

 

 中東での地球軍の情勢はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

 大陸間を繋いでいたガルナハン基地が陥落。

 

 これによりスエズ基地は陸路のルートを断たれ、それに呼応するように各地で地球軍に対する抵抗勢力も活発に動き出していた。

 

 だがこれは戦争ばかりに気を取られ、周辺地域に強硬姿勢を貫いてきたツケともいえる。

 

 そもそも『ブレイク・ザ・ワールド』の被害すら完全に癒えていない現状、戦争をしたがる者などいる筈は無いのだ。

 

 そんな状況下でファントムペインの母艦であるJ.P.ジョーンズのネオの部屋には次の命令が届いていた。

 

 内容はザフトの新造戦艦ミネルバの撃沈。

 

 それはネオにとっては命令されるまでも無く、やるつもりだった。

 

 しかし相手はすでに激戦を潜り抜けたザフト最強と呼び声の高い戦艦である。

 

 正面からただ攻めるだけでは返り討ちに遭う可能性も十分にある。

 

 上もそれを危惧したのか、今回は増援という形でとある部隊がこちらと合流する事になっていた。

 

 それが―――

 

 「……オーブからの離反者とはな」

 

 ネオは資料を見ながら一人呟いた。

 

 合流する事になっているのは『第二次オーブ戦役』時に離反した者達が集まった部隊だった。

 

 彼らが同盟軍の機体を持って離反した事で連合の技術は向上し、それを基にして新型の開発が行われている。

 

 しかしだから彼らが使えるかどうかは完全に別問題だ。

 

 ネオからすれば逆に足を引っ張られないかという懸念の方が強かった。

 

 そしてもう一人、面倒な人物も部隊と一緒にこちらに向かっているらしい。

 

 問題の山積みにネオも頭を抱えたくなってくる。

 

 それにこの先、ネオ自身が動かざる得ない状況が多くなってくる筈。

 

 となれば―――

 

 「……仕方ないか」

 

 ネオは手元の端末を操作すると幾分の間もなく通信が繋がる。

 

 《……何か?》

 

 「……詳しい事は後で話すが、お前に地球に降りて来て貰いたい」

 

 《地球の状況はどうなのです?》

 

 「良くは無いな。私が動かなくてはならない状況もある。だからお前にはこっちに来てもらいたい」

 

 端末に映った人物はため息をつくと頷いた。

 

 《分かりました。では近々地球に降ります》

 

 「頼む」

 

 通信が切れると同時に部屋の扉がノックされる。

 

 「大佐、合流する部隊が到着しました」

 

 「分かった、すぐに行こう」

 

 ネオは呼びに来たスウェンと共にJ.P.ジョーンズの艦橋に移動する。

 

 そこにはすでに部隊の指揮官は待っていたらしく、敬礼してくる。

 

 「お待たせして申し訳ない。ネオ・ノアローク大佐です」

 

 「スウェン・カル・バヤン中尉です」

 

 敬礼を返すと同時にネオは仮面に下から視線を滑らせた。

 

 なんとも奇妙な連中である。

 

 仮面で顔を隠しているネオに言えた事ではないのだが、相手も余程だろう。

 

 目の前に居る部隊の指揮官らしき男は戦場にはあまりに場違いな軽薄な男だった。

 

 「いえいえ、ユウナ・ロマ・セイラン准将です。よろしく、大佐」

 

 なんというか見ているだけでも苛立ちが募る笑みである。

 

 しかし階級はこの中の誰よりも上だ。

 

 つまり今回の作戦の指揮官は彼という事になる。

 

 素人丸出しのユウナに周囲の兵士達は不安を隠せないようだ。

 

 気持ちは分かる。

 

 しかし彼らも兵士である以上、迂闊な事は言わない。

 

 ネオもスウェンも表情を変えず一緒に来た士官にも名乗っていくと、最後の人物に視線を向けた。

 

 不気味な仮面を付けた人物はこちらの視線に気がついたのか、自分の名だけを口にする。

 

 「……カース」

 

 「聞いておきたいのだが、君もセイラン准将の部下か?」

 

 その言葉にカースが一瞬殺気立つがすぐに自分を諌めたのか、殺意を抑えネオに向き直る。

 

 「……ここに来る予定だったヴァールト・ロズベルクの代理だ」

 

 「一応聞いておくが、そのヴァールト・ロズベルクはどうした?」

 

 「……宇宙に所用が出来たらしい。後の事は知らない」

 

 内心納得すると同時にカースに対する警戒心が強くなる。

 

 ヴァールト・ロズベルクといえば連合内では悪い噂の絶えない男だった。

 

 上層部に繋がりを持ち、彼の査察如何ではたとえ誰であっても消されてしまうという物騒な噂は兵士達の間では有名である。

 

 実際そうなのかは知らないが、彼が上層部、ひいてはロード・ジブリールと繋がっている事だけは間違いのない事実だ。

 

 そんな油断のならない男な訳だが、危険な噂が絶えない人物が寄こしたのがカースである。

 

 警戒しておくに越したことはない。

 

 「とりあえず君の事はわかった。セイラン准将、作戦会議を行いたいのですが?」

 

 「ああ、分かったよ」

 

 軽い口調で呑気に答えるユウナに失笑を禁じえないネオとスウェン。

 

 何度見ても戦闘経験があるとは思えない。

 

 こんなド素人が指揮を執ってあのミネルバ相手にどこまでやれるか、不安ではある。

 

 自分に与えられた権限の中でどうにかするしかないとネオは作戦会議を開始した。

 

 

 

 オーブを離れたアークエンジェルは同盟の一国であるスカンジナビア近辺で待機していた。

 

 そこで情報を集めていたのだが、最近地球軍が動き始めたという情報が入ってきた。

 

 しかもその中にはムラサメやアストレイの姿もあったという。

 

 さらにそれを指揮しているのはユウナ・ロマ・セイランであるらしい事も掴んでいる。

 

 強引な同盟と開戦、そして西ユーラシアの強硬なやり方により前大戦以上に連合に不満を持つ各国家から情報を得るのは容易かった。

 

 それに合わせアークエンジェルの艦橋に集まった主要メンバーは今後の事を話し合っていた。

 

 ブリッジに集まっているのはヴァルハラやアメノミハシラなど別の場所で任務についている者達を除き前大戦からブリッジクルー達。

 

 そして艦長であるマリュー、ムウ、マユ、レティシア、ラクスだ。

 

 「それで私達はどうするんですか?」

 

 「俺達の目的を考えれば行くしかないがね」

 

 アークエンジェルがオーブを離れたのにはもちろん理由がある。

 

 現在中立同盟は重要視している事が幾つかあった。

 

 その一つが特殊部隊襲撃に関する真相解明である。

 

 あの時の襲撃は色々と不可解な点が多く、その件に関する情報収集はプラントとの開戦もあり上手く進んでいなかった。

 

 だからと言って放置はできない。

 

 襲撃を受けたオーブの防衛網は見直され、強化もされた。

 

 しかしこちらが気がつかない穴がないとは限らないのだから。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、第二次オーブ戦役で離反したセイラン家である。

 

 あの襲撃に関して何らかの形で関わっていたと推測されるセイラン親子を押えれば、何らかの情報が得られると同盟上層部は考えたのだ。

 

 もちろんリスクはある。

 

 同盟軍最強戦力と言っても過言ではないアークエンジェルが抜ける事で本国防衛に支障をきたす恐れがある。

 

 さらに地球軍の圧倒的な物量を前に彼らだけで目的を達成できるのかという疑問。

 

 万に一つアークエンジェルがやられる事があれば、同盟軍に与える影響は計り知れない。

 

 そしてもう一つ彼らが派遣された理由があった。

 

 それは強奪された新型『SOA-X05』とムラサメ、アストレイである。

 

 技術流失は奪われた時点でどうしようもないが、あれらの機体を悪用させる訳にはいかない。

 

 ただでさえ『ブレイク・ザ・ワールド』を引き起こしたテロリストを匿ったのではないかと疑いを掛けられたのだ。

 

 これ以上余計な疑いを掛けられる前にすべて撃破する。

 

 だからこそカガリもリスクを承知でアークエンジェル派遣を了承したのである。

 

 彼らが抜けた穴埋めの防衛には『ブレイク・ザ・ワールド』の被害も比較的少なかったスカンジナビア軍が戦力を回してくれることになっている。

 

 「オーブの方はトールが残ってくれてるから大丈夫だと思うが……」

 

 戦力を回してくれるとはいえ、スカンジナビア側のエース級のパイロットすべてをこちらに派遣するのは無理だ。

 

 故に恋人のミリアリアと共にトールが本土防衛の為に残っていた。

 

 「それにしても連日殺伐としたニュースばかりで気が滅入りそうになるわ」

 

 ムウの言葉に頷きながらマリューが見上げたモニターに映っているニュースは西ユーラシアの情勢が流されていた。

 

 この辺りは連合とザフトの協力を得た反抗勢力との凄惨な戦いが行われており、連日そんな報道ばかりである。

 

 「もっと景気の良いニュースはないもんかね」

 

 「例えば『水族館でシロイルカの赤ちゃんが生まれた』とか?」

 

 「そこまではいわないけどな」

 

 マリューの冗談にムウも苦笑しながら応じた。

 

 「ザフトはザフトでこのような感じですからね」

 

 ラクスの指摘に皆が別のモニターに目を向ける。

 

 そこには先日ディアキアで行われたティア・クラインのコンサート映像が流されている。

 

 ザフトの兵士達は歌い終わったティアに歓声を送って大盛り上がりだ。

 

 しかしティア・クラインは何度見ても良く似ている。

 

 マユがラクスの方を見ると真剣にモニターを見つめていた。

 

 よほど彼女の事が気になるのだろう。

 

 そんなラクスにレティシアが気遣うように肩に手を置いた。

 

 「ラクス、彼女の事は―――」

 

 「分かっています、大丈夫ですよ。ありがとう、レティシア」

 

 ラクスの返事に頷くと仕切りなおすようにレティシアが告げた。

 

 「何であれアークエンジェルは戦闘に参加せざる得ないということですね」

 

 「そうなるわ」

 

 マユはオーブでのシンとの別れを思い出す。

 

 戦闘に介入すればザフトとも戦う事になるだろう。

 

 そこにはあの艦ミネルバもいる筈だ。

 

 

 そうなれば兄であるシンとも――――

 

 

 周囲を見渡し皆の顔を見る。

 

 皆、自分にとって譲れない大切な人達である。

 

 必ず彼らを守る!

 

 敵が誰が相手であろうとも!

 

 マユは自身の覚悟を改めて確認すると心配そうにこちらを見ているラクスやレティシアに頷いた。

 

 

 ディオキア基地の港に停泊するミネルバは出港の準備で皆が大忙しだった。

 

 というのも本来の出港時間から大幅に遅れている為である。

 

 補給で運び込まれた予備のコアスプレンダー。

 

 セイバーに搭載されたシステムの調整にも手間取っている。

 

 さらにもう一つ。

 

 それが特務隊であるリースが何故かミネルバに乗船した為、その乗機であるイフリート・シュタールの搬入に時間を取った為である。

 

 アレンは搬入されてきた新型を見ながら考え込んでいた。

 

 何故この期に及んでリースまでミネルバに乗船させる必要がある?

 

 アレンとハイネ、タリアに合わせて四人の特務隊員を一か所に集めるなどデュランダルは何を考えているのか?

 

 「アレン、どうしたんですか?」

 

 エクリプスのコックピットに座っているルナマリアが不思議そうにこちらを見てきた。

 

 今アレンはルナマリアにせがまれてエクリプスのコックピットに座らせている。

 

 ここ最近は彼女はやる気になっている。

 

 頻繁に訓練を申し出てくる為、アレンがそれを見る事が多くなっているのだ。

 

 その為、実力も向上し苦手な射撃もずいぶん良くなっている。 

 

 非常に良い事だ。

 

 「いや、あれを見ていただけだ」

 

 「ああ、新型ですか。リース……さんもミネルバに乗られるんですよね。特務隊が四人なんて」

 

 ルナマリアも同じことを思ったらしい。

 

 「……私がミネルバに乗船するのは一時的にだけ」

 

 「えっ」

 

 声がした方に視線を向けるとリースがコックピットを覗き込んでいた。

 

 心なしか視線が鋭い気がする。

 

 あえてそれには突っ込む事無くリースに先を促した。

 

 「どういう事だ?」

 

 「……あの機体イフリート・シュタールは量産化も予定されてて、少しでも実戦データが欲しいって言われているの。だからミネルバは打って付けって訳」

 

 確かにミネルバは実践データを収集するには丁度良いのかもしれない。

 

 だが本当にそれだけなのだろうか。

 

 それにセイバーに搭載されたシステム。

 

 話によれば新型のOSらしいが、どうも気にかかる。

 

 セイバーの隣には予備として運び込まれたコアスプレンダーもある。

 

 あちらはさらに調整が遅れているらしい。

 

 パイロットもまだ決まっていないし、あれはまだ使う事は出来ないだろう。

 

 「……リース、セイバーに搭載されたシステムはどんなシステムなのか知っているか?」

 

 「説明された通り新型のOS、それだけ……ねえアレン、少し話がしたい」

 

 アレンは思わずため息をついた。

 

 最近やたらとリースが声を掛けてくる。

 

 これも監視の為なのだろうが、ご苦労な事だ。

 

 「済まないが今はルナマリアの訓練を見ている途中だ」

 

 リースはそれが気に入らなかったのかチラリと鋭い視線でルナマリアを見る。

 

 ただの女性ならばそれだけで竦み上がったのかもしれない。

 

 しかしルナマリアもまた普通の女性ではない。

 

 「そういう事なのでご遠慮してもらえますか?」

 

 ルナマリアの挑発的な発言にリースの視線がさらに鋭くなる。

 

 アレンの事はそっちのけで二人で睨みう。

 

 これではもう訓練は無理だろうと判断したアレンは調整が続くセイバーを見る。

 

 搭載されるシステムを調べたい所だが、監視役のリースが傍にいる以上は迂闊に動けない。

 

 「……隙を見て調べるしかないか」

 

 結論付けたアレンは睨みあう二人をどう諌めるか、考え始めた。

 

 結局ミネルバが出港したのはそれからしばらく後の事だった。

 

 

 ダーダネルス海峡。

 

 地中海に繋がるエーゲ海と黒海に繋がるマルマラ海を結ぶ海峡の事である。

 

 ここは地球軍にとってもザフトにとっても重要な場所だった。

 

 地球軍にとってここは敵艦を攻撃する為の最良の迎撃ポイントだ。

 

 そしてザフトにとってはディオキア防衛の為に重要な場所である。

 

 地球軍は防衛の為に南下してくるザフトの戦艦を待ち構えるように展開を済ませていた。

 

 ザフトもスエズから地球軍艦隊が出撃し、北上している事は掴んでいるだろう。

 

 ならば必ず防衛の為にザフトは来る。

 

 ユウナ達は先方を務める部隊の後方で待機していた。

 

 現在この部隊の中で最も階級が上であるユウナが後方から指揮を執るというのは別段おかしな事ではない。

 

 だが彼らに関しては事情が違う。

 

 ネオ達は余計な事を口には出さず指揮に集中してほしいと言っていた。

 

 しかし本音ではあくまで彼らはオーブから離反してきた裏切り者。

 

 そんな連中は信用できないという事だ。

 

 それは分かっていた。

 

 ヴァールト・ロズベルクの言った通り、オーブから離反した彼らはそれなりの地位で迎え入れられた。

 

 しかし周囲から完全に信用された訳ではない。

 

 あのカースはおそらく監視役だ。

 

 だからこそ戦果をあげ、信用を得れば今の立場も少しは好転する筈である。

 

 そう考えたユウナの脳裏にこれで良かったのかという考えが心の片隅に引っ掛かった。

 

 ユウナは迷いを振り切るように始まる戦闘に備え艦橋の正面を見据えた。

 

 同じ頃、アオイ達も出撃準備を進めていた。

 

 空母の格納庫では各機の最終調整の為、整備兵達が忙しなく動き回っている。

 

 そんな中アオイはスウェンと共に新装備の調整を行っていた。

 

 現在イレイズの背中に装備されているのは『スカッドストライカー』

 

 エールストライカー以上の機動性を持たせた装備ではあるが、操作性は良くない。

 

 そこはパイロットの腕でカバーしなければならない。

 

 武装はビームマシンガンとビームブーメラン、対艦バルカン砲となっている。

 

 最近のアオイは配備されたこの装備を使いこなす為の訓練の時間を割いていた。

 

 休憩がてらスティング達とバスケをやったりステラと海を眺めたりもしていたが。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「すいぶん動けるようになったな、少尉」

 

 「ハァ、ハァ、ありがとうございます、中尉」

 

 訓練に付き合ってくれたスウェンに礼を言いつつ、鋭い視線を機体に向ける。

 

 もうじきミネルバがくる筈だ。

 

 「今度こそあいつを、インパルスを倒す。必ず!」

 

 

 

 そしてその時は来た。

 

 

 

 

 展開された地球軍のモビルスーツの視界にザフト最強の戦艦が姿を見せた。

 

 向こうもインパルス、セイバー、エクリプス、グフといった機体がすでに出撃している。

 

 中でも目を引くのは見た事も無い新型『イフリート・シュタール』だろう。

 

 特務隊専用機として開発されたこの機体はザクやグフを上回る性能を持ち、背中にはウィザードも装備可能。

 

 武装は二連装ビームガトリングかビームライフル、ビームショットガンのどれかを出撃の際に選択。

 

 近接武装は高出力ビームサーベル、試作対艦刀『ベリサルダ』と言った物を装備している。

 

 「全機、向かって来る敵を排除しろ!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ハイネの指示に従ってまずはインパルスがビームサーベルを構えて斬り込んでいく。

 

 シンは向かってくるダガーLにビームサーベルで撃破する。

 

 袈裟斬りに斬り裂かれたダガーLは撃破され海面に落下した。

 

 調子は良い。

 

 しかしシンの表情は暗い。

 

 撃破された敵モビルスーツを見ると苦い思いが湧いてくる。

 

 「くそぉぉぉ!!」

 

 脳裏に浮かぶのはディオキアで出会ったザフトの攻撃で家族を亡くした少年達の事だ。

 

 「しっかりしろ! 戦闘中だぞ!」

 

 集中しなければこちらがやられるのだ。

 

 頭を振って余計な考えを振り払いビームライフルのトリガーを引いた。

 

 突っ込むシンに対してセリスもまた何時も通りに援護に回る。

 

 操縦桿を巧みに動かし、インパルスが動きやすいようビームライフルを撃ちこんでいく。

 

 「機体はいつも通りに動く」

 

 新しいシステムという事だったのでどういうものかと思いきや変わった様子は無い。

 

 ウィンダムが放ってきたビームを余裕で回避しながら、敵機の胴体をビームサーベルで斬り払った。

 

 動きまわるセイバーを囲もうとしてくるウィンダム。

 

 しかしミネルバの甲板からルナマリアのガナーザクウォーリアの放ったオルトロスの一撃が次々にウィンダムを撃ち落とした。

 

 「やるじゃない、ルナ!」

 

 「あんた達ばかりに良い恰好はさせないわよ!」

 

 周りの奴らはルナマリアに任せ、セリスは正面に集中する。

 

 別方向ではジェイルのグフがテンペストビームソードを抜いてウィンダムを斬り飛ばしていく。

 

 「おらぁ!」

 

 背後に回り込みウィンダムを串刺しにすると、周りにいる敵機に投げつけドラウプニル四連装ビームガンを撃ち込み撃破する。

 

 ジェイルの動きに全くついていけないウィンダム。

 

 毎日行っている訓練の成果か彼の技量の向上は目を見張るものがある。

 

 すでにミネルバに合流した時とは別人だった。

 

 そんなジェイルを援護するようにハイネはスレイヤーウイップを放ちダガーLを破壊する。

 

 するとハイネとジェイルの進路を確保するようにビームが飛んでくる。

 

 レイのザクファントムだ。

 

 こちらの動きを的確に読み援護してくるレイの技量も並ではない。

 

 ハイネはそんな彼らを頼もしく思いながらもビームソードを展開してジェイルに続く。

 

 そしてエクリプスと新型であるイフリートシュタールも獅子奮迅の働きを見せていた。

 

 アレンがガトリング砲でダガーLをハチの巣にすると、ビームサーベルを振り上げてきたウィンダムを蹴りあげる。

 

 エクリプスの蹴りを至近距離で受けたウィンダムは装甲が拉げ、同時にバランスを崩す。

 

 そこを見逃す事無くシールドで殴りつけ海面に叩き落とした。

 

 アレンはチラリと傍で戦うリースを見た。

 

 イフリートは撃ち込まれるビームをものともせず、二連装ビームガトリング砲を撃ち込みウィンダムを薙ぎ払う。

 

 さらに肩のシールド内に格納されている試作対艦刀『ベリサルダ』を展開させ、周囲に敵機を斬り裂いた。

 

 強い。

 

 特務隊に選ばれるだけの事はある。

 

 宇宙で戦った時から分かっていたが、彼女も相当な腕前だ。

 

 アレンも負けじとばかりにサーベラスで敵機を薙ぎ払っていく。

 

 物量においては地球軍が圧倒している。

 

 だがミネルバのモビルスーツ隊はそれをものともしない。

 

 「皆、上手くやってくれるわね」

 

 「タンホイザ―が使えればもっと楽だったんですけどね」

 

 タリアの作戦では先方の部隊をある程度片付けた後で、タンホイザーで一掃する予定だった。

 

 しかし地球軍も馬鹿ではない。

 

 艦隊を守る様に陽電子リフレクターを装備した巨大モビルアーマーが配置されているのが確認できる。

 

 あれを排除しないとタンホイザーを撃っても防がれるだけだ。

 

 「まずはデカブツモビルアーマーを優先して叩け!」

 

 「「「了解!」」」

 

 ハイネの指示に従いミネルバのモビルスーツが群がる敵機を薙ぎ払っていく。

 

 だがそれも地球軍にとっては想定通りだった。

 

 「良し、予定通り出撃させろ」

 

 「了解しました!」

 

 指示が飛ぶとアオイ達に出撃命令が出される。

 

 カオス、アビス、ガイアが出撃するとスウェンがアオイに声を掛けた。

 

 「よし、行くぞ、少尉」

 

 「はい、中尉!」

 

 ストライクノワールの出撃に続いてアオイも機体を立ち上げる。

 

 背中の装備は初めてのものだがあれだけ訓練を積んで来たのだ。

 

 ここでその成果を出す。

 

 「アオイ・ミナト、イレイズガンダムMk-Ⅱ出ます!」

 

 機体のPS装甲が起動して色付くとスラスターを吹かせて戦場に飛び出した。

 

 「ぐっ!」

 

 急激なGに体がシートに押しつけられる。

 

 スカッドストライカーの加速はシミュレーターで経験した以上のものだ。

 

 アオイはシートに押し付けられながら歯を食いしばり、計器を操作すると目標の機体を探す。

 

 目標はすぐに見つかった。

 

 一番目立つ最前線にいたからだ。

 

 「いたな、インパルス! これ以上やらせないぞ!!」

 

 アオイは思いっきり機体を加速させるビームマシンガンを構えてトリガーを引いた。

 

 連続で撃ち込まれたビームがインパルス目掛けて襲いかかる。

 

 「イレイズ!? またお前かよ!! 邪魔するなぁぁぁ!!」

 

 シンは苛立ちの任せて絶叫しながらビームを回避するとイレイズを迎え撃つ。

 

 ビームライフルを構えて連続でイレイズに叩き込んでいく。

 

 しかしイレイズはスラスターとシールドを巧みに使って攻撃をすべて防御する。

 

 そしてシンの思った以上の速度で接近、ビームマシンガンを撃ち込んで来た。

 

 「はあああ!!」

 

 「チッ」

 

 前回の戦闘以上に正確な射撃。

 

 撃ち込まれるビームマシンガンをシールドを構えて防ぐと思わず舌打ちした。

 

 確実にこのパイロットは腕を上げている。

 

 「だからって!」

 

 訓練を積み、実戦を重ねてきたのはシンもまた同じだ。

 

 「負けられない!」

 

 ビームサーベルを構えてイレイズに突っ込んでいくシン。

 

 「望むところだ!!」

 

 そしてアオイもまたサーベルを構えるとインパルスに向かって突撃する。

 

 インパルスが袈裟懸けにビームサーベルを振り抜くが、イレイズもまた横薙ぎにサーベルを叩きつけた。

 

 お互いがサーベルをシールドで防ぎ、同時にビームが弾けて火花が散る。

 

 「こいつ!」

 

 「まだまだ!」

 

 弾け飛ぶ二機。

 

 アオイは対艦バルカン砲で牽制しつつ、再び上段からサーベルを叩き込む。

 

 だが流石はインパルスというべきなのだろう。

 

 最小限度の動きで回避されてしまう。

 

 だがそれもアオイの計算通りだ。

 

 インパルスが反撃とばかりに叩きつけてきたサーベルを横に流すとカウンター気味に下から斬り上げた。

 

 「ッ!?」

 

 シンは咄嗟に機体を後方へ下げるとイレイズの振るった斬撃が機体の装甲を掠めていいった。

 

 サーベルの軌跡に冷や汗をかきながら、シンは驚愕していた。

 

 もはや疑うべくも無くイレイズは強い。

 

 ナチュラルとかそんな事は全く関係なく、油断すれば倒されるのはこちらだ。

 

 だけど、

 

 「負けてたまるかよ!!」

 

 「今日こそは!!」

 

 二機のガンダムが加速しながら激突し、互いのビームサーベルをシールドで受け止めた。

 

 激しい戦いを繰り広げる二機に当てられるように他の機体もまた激闘を繰り広げていく。

 

 だからそんな中心にいたシンとアオイがそれに気がついたのはまさに僥倖と言えるだろう。

 

 激突を繰り返しサーベルがシールドに阻まれ弾け合う。

 

 睨み合い再び激突しようとした時、戦場を斬り裂く数条の光が撃ち込まれた。

 

 撃ち込まれた閃光は正確に数機のウィンダムを撃ち落としていく。

 

 「なんだ!?」

 

 「今のって!?」

 

 完全に別方向からの攻撃にシンとアオイはその場から飛び退くとそちらに視線を向ける。

 

 そこにはあまりに特徴的な機体と戦艦が佇んでいた。

 

 白亜の戦艦に蒼き翼を持ったモビルスーツ。

 

 「アークエンジェル―――フリーダム」

 

 彼らの介入によりダーダネルス海峡の戦いはより激しさを増していく事になる。




機体紹介更新しました。
スカッドストライカーは刹那さんのアイディアを若干変更して使わせてもらいました。
ありがとうございました。


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第23話  刃の先に

 

 

 

 

 アークエンジェルとフリーダム。

 

 中立同盟最強戦力である彼らが戦場に現れた事は地球軍、ザフト共に少なからず動揺させた。

 

 しかし旗艦の艦橋に限って言うならば一番の衝撃を受けていたのはユウナ・ロマ・セイランであっただろう。

 

 「な、なんで、アレがここに現れるんだ……」

 

 ユウナは思わず立ち上がり、呟いた。

 

 まさか自分を追ってきたのだろうか。

 

 あり得ないと思いながらも、疑念は沸々と湧きあがってくる。

 

 セイラン家が中立同盟にもたらした損害は大きい。

 

 それをユウナはきちんと理解できていた。

 

 はっきり言って殺されても文句は言えない。

 

 恐怖で立ち竦むユウナを正気に戻したのは、意外にもカースの声だった。

 

 「……来たか。丁度良い」

 

 カースの言葉にユウナは思わず声を荒げた。

 

 「丁度良いだって!? どこがだよ! お前だって知っているだろう! アークエンジェルとフリーダムだぞ! アレは―――」

 

 ユウナの言葉は最後まで続かなかった。

 

 仮面の下から感じるカースの視線に射竦められてしまったからだ。

 

 別段殺気が込められている訳でもない。

 

 ただ感じ取れるのは憎悪のみ。

 

 ユウナは黙り込んで息を飲む。

 

 「知っているかだと? 当然知っているさ。だから丁度良いと言った。ここで奴らを倒せば何の問題も無い。俺にとっても、お前にとってもな」

 

 「うっ」

 

 カースの迫力に思わず後ずさる。

 

 「幸いな事に今お前には力がある……命じればいい。そして奴らを消せばお前に付きまとうすべての不安も恐怖も消えるだろう」

 

 不気味な仮面の言葉がゆっくりとユウナの頭の中に染みわたっていく。

 

 そうだ。

 

 どこに怯える必要がある。

 

 すでに選んだ道なのだから、もはや引き返す事はできない。

 

 ならば―――

 

 そう決意すると同時にユウナは叫んでいた。

 

 「な、なにを止まってる! アレは敵だ! 落すんだよ!!」

 

 「は、はっ!」

 

 ユウナの叫びに周りの兵士達も正気に戻ったように動き出す。

 

 「それでいいんだよ!」

 

 ユウナが満足そうに頷いているその後ろではカースが軽蔑の視線を送りながら踵を返していた。

 

 「……本当に愚かだな。まあいい、今回は様子見といこうか。……ザフトのお前がどんな顔をしているのか見れないのは残念だがな」

 

 愉悦の笑みを浮かべながらカースは艦橋から立ち去った。

 

 そして全軍に行き渡ったユウナの指示をネオは自身の機体の中で聞いていた。

 

 「……言われるまでも無く出るがな」

 

 今回の指揮官はユウナだ。

 

 たとえ彼が素人であり、個人的に思う事があろうとも勝たせる事がネオの仕事である。

 

 しかしあんなものが出てくるとは予想していなかった。

 

 中立同盟の力は周知の事実。

 

 ミネルバに加え、彼らまで相手にする事になると相当の被害を覚悟しなければならない。

 

 出撃しようとしたネオにあの感覚が走った。

 

 「これは……」

 

 エクリプスともあの白い一つ目とも違う。

 

 となれば―――

 

 「……彼までここにいるのか」

 

 なんとも言えない複雑な感情を滲ませながら、ネオはウィンダムを出撃させた。

 

 

 

 

 アークエンジェルの介入により戦闘は一時中断したものの、すぐに命令が下ったのか戦闘は再開された。

 

 地球軍、ザフト、両軍が敵を撃たんと動き出す。

 

 それは予期せぬ介入者であるアークエンジェルも例外ではない。

 

 次々に地球軍の機体が襲いかかってきた。

 

 それは別に構わない。

 

 元々戦闘の中を突っ切るつもりだったのだから。

 

 「予定通り私が先行します!」

 

 「了解。私も後ろからついて行きますから」

 

 「はい!」

 

 レティシアに返事を返すとマユはフットペダルを踏み込む。

 

 フリーダムは蒼い翼が広げて加速すると邪魔な敵機をサーベルで斬り捨てながら戦場に突撃して行った。

 

 単機での突撃。

 

 普通ならばあまりに無謀な行動なのだろう。

 

 しかしフリーダムとマユならば―――

 

 そう信頼しているからこそ、レティシアも何も言わずに追随する。

 

 「フラガ一佐、アークエンジェルをお願いします」

 

 「こっちは大丈夫だ。任せろ」

 

 ムウの頼もしい返事に笑みを浮かべるとレティシアもフリーダムを追ってブリュンヒルデを先に進ませた。

 

 目標は一番後ろの旗艦。

 

 そこにアストレイやムラサメが集まっている。

 

 マユはウィンダム部隊に突っ込むとビームサーベルで瞬時に前方に居た二機の敵機を撃破する。

 

 仲間をやられた他の敵機がビームライフルを撃ちこんでくるが、舞うように動くフリーダムを捉える事が出来ない。

 

 回避運動をこなしながらマユはビームライフルで敵機を正確に射抜いていく。

 

 「は、速い!?」

 

 あまりの早技に呆気にとられる他のウィンダム。

 

 同盟軍最強の一機と呼ばれるのも納得の力だった。

 

 ウィンダムのパイロットはすぐに正気に戻り、動きまわるフリーダムにビームライフルで狙いをつけた。

 

 彼はここで致命的なミスを犯した。

 

 フリーダムの強さを警戒するあまり他の敵の存在を失念してしまったのだ。

 

 コックピットに警戒音が鳴り響き、敵機が迫っている事に気がつく。

 

 しかしそれは遅すぎた。

 

 「しまっ―――」

 

 「迂闊ですよ!」

 

 接近してきたブリュンヒルデは斬艦刀グラムを振り抜くとウィンダムの胴を横薙ぎに叩きつけた。

 

 胴を斬り裂かれ爆散したウィンダムを尻目にビーム砲を撃ち込んで周囲の敵機を薙ぎ払っていく。

 

 まさに戦女神と呼ばれるにふさわしい戦いぶりである。

 

 縦横無尽に動き回り、ウィンダムを排除していくフリーダムとブリュンヒルデ。

 

 そんな二機に下から攻撃を加える機体があった。

 

 海中を動き回るアビスだ。

 

 「調子に乗るなっての!!」

 

 アビスは海面から背部を出すとフリーダムとブリュンヒルデ目掛けて、バラエーナ改二連装ビーム砲を撃ち放つ。

 

 空中の二機に襲いかかる閃光。

 

 それを回避したマユとレティシアはチラリとお互いを見ると同時に動き出した。

 

 「レティシアさん!」

 

 「先にお願いします! 後は私が!!」

 

 マユは立ちふさがるダガーLを撃破すると腰のクスフィアスレール砲を展開、海中のアビスに連続で叩き込んだ。

 

 撃ち込まれる砲弾が大きな水柱を作っていく。

 

 上からの砲弾の雨に晒されたアウルはその衝撃に思わず呻いた。

 

 エクステンデットとして強化されていてもこれだけの衝撃に連続で晒されれば平気ではいられない。

 

 「ぐぅぅ! このぉ!!」

 

 絶え間なく続く攻撃と反撃が出来ない状況にアウルは苛立ち、焦れた。

 

 「こんな奴らに良いようにやられて堪るかよ!!」

 

 レール砲の攻撃に苛立ちを募らせたアウルはフリーダムにビーム砲を叩き込もうと海中から飛び出した。

 

 「これでぇ―――ッ!?」

 

 意気揚々と攻撃を仕掛けようとしたアウルは完全に固まってしまった。

 

 飛び出したアビスの前には斬艦刀を構えたブリュンヒルデが待ち構えていたからだ。

 

 振り抜かれた斬撃に機体を後退させるが遅い。

 

 グラムがアビスの左腕を捉えると、抵抗も無く斬り裂かれてしまった。

 

 「てめぇぇぇ!!」

 

 激昂しながらトリガーを引き、カリドゥス複相ビーム砲をブリュンヒルデに叩き込む。

 

 しかし胸部から放たれた閃光は相手の機体を捉える事無く、海面を貫いただけだった。

 

 「なっ!?」

 

 「甘いです!」

 

 驚愕するアウルに今度は背後に迫っていたフリーダムがビームサーベルで斬りつけてきた。

 

 「不味い!?」

 

 咄嗟に右手のビームランスを盾にしてコックピットを守る事に成功した。

 

 だが振るわれたビームサーベルによってアビスは右肩ごと腕を破壊されてしまう。

 

 そしてバランスを崩したアビスはブリュンヒルデによって頭部を斬り飛ばされ、海に蹴り落とされてしまった。

 

 「ぐああああ!」

 

 「次に行きます」

 

 「了解」

 

 群がる敵機を圧倒していく、同盟軍の機体。

 

 それはリースと共に地球軍を迎撃していたアレンにも見えていた。

 

 「流石だな」

 

 フリーダムとアイテルの量産機。

 

 アレは地球軍では止められないだろう。

 

 パイロットはおそらく――――

 

 「……マユとレティシアか」

 

 「アレン?」

 

 スウェンのストライクノワールと交戦していたリースに耳に聞きなれない名前が聞こえてきた。

 

 「誰の名前?」

 

 リースはアレンを気にしながらもビームライフルショーティーを回避、二連装ガトリング砲をストライクノワールに撃ちこんだ。

 

 「この様子ならば問題ないだろう」

 

 イフリートの戦いぶりを横目で確認したアレンはここをリースに任せる事にする。

 

 「リース、ここを頼む」

 

 「え、ちょっとアレン!?」

 

 ダガーLをガトリング砲で蜂の巣にしたエクリプスは反転してフリーダムの方へ移動を開始した。

 

 リースは両肩に格納されているベリサルダを展開、両手に構えるとストライクノワールに振り抜く。

 

 スウェンは機体を逸らしながら後退して、回避しながら舌打ちする。

 

 「新型は伊達ではないという事か」

 

 新型の機体性能を確認する為にイフリートに攻撃を仕掛けたが、思った以上の性能である。

 

 さらに両手の対艦刀を苦も無く扱うパイロットの技量も相当に高い。

 

 「やっかいだな」

 

 スウェンは対艦刀の切っ先を見極めながら、距離を取りビームを放った。

 

 撃ちこまれたビームを肩のシールドで弾きながら、リースがストライクノワールに攻撃を繰り出す。

 

 しかしスウェンと戦いながらもリースの関心はそんな所にはなかった。

 

 先程のアレンが呟いた名前は女のものだった。

 

 「……マユとレティシア」

 

 自身の中に湧きあがってくる暗い感情。

 

 ドロドロとした気持ちを抱えながらリースは戦闘に没頭する。

 

 その感情を叩きつけるかのように。

 

 

 

 

 ジェイルのグフと相対していたスティングにもアビスが倒された事は確認できた。

 

 「アウル!?」

 

 コックピットは無事だったからアウルは生きている。

 

 だがそれでもやられたという事実は変わらない。

 

 スティングは奥歯を強く噛みしめた。

 

 自分達は勝つからこそ意味ある存在である。

 

 少なくともスティングはそう認識していた。

 

 自分達に敗北は許されないのだ。

 

 だからこそあの蒼い翼を持つ死天使が許せない。

 

 「戦闘中によそ見かよ!」

 

 「チッ」

 

 スティングはグフのスレイヤーウィップを回避しながら、向かってくる蒼い翼のモビルスーツを睨みつけた。

 

 「いきなりしゃしゃり出てきて邪魔な連中だ!」

 

 スティングは苛立ちに任せ、斬りかかってくるジェイルを無視するとフリーダムに向かってビームライフルを向けた。

 

 「なっ、こっちは無視かよ!」

 

 「お前の相手は後でしてやる! 先にアイツだ!!」

 

 フリーダムにビームライフルを連続で撃ち込んむ、カオス。

 

 しかしフリーダムは迫る閃光をバレルロールして避け同時に肉薄、あっさりとライフルごとカオスの右腕を斬り捨てた。

 

 速すぎる。

 

 機体だけではない。

 

 あの一瞬で腕を落としたパイロットも隔絶した技量をもっている。

 

 「だからって!!」

 

 機動兵装ポッドを操作すると、背後からフリーダムを強襲、残った左腕でビームサーベルを振り上げた。

 

 「邪魔です」

 

 マユは淡々と操縦桿を操り、サーベルの斬撃と機動兵装ポッドの攻撃を僅かに機体を逸らすのみで回避。

 

 逆に下段に構えていた剣で逆袈裟にカオスを斬り裂いた。

 

 「ぐああああ!」

 

 カオスは機体を斜めに斬り裂かれ、落下していく。

 

 その光景にジェイルは息を飲むと同時に激しい屈辱が彼自身の中に渦巻いた。

 

 カオスのパイロットはまぎれもない強敵である。

 

 アーモリーワンから新型強奪を成功させた事に加え、ジェイル自身が刃を交えた経験からも良く分かる。

 

 そんな敵をあのパイロットはいとも容易く倒したのだ。

 

 フリーダムのパイロットはこちらの技量を圧倒しているという事実。

 

 それが彼の矜持を大きく傷つけた。

 

 さらにフリーダムともう一機は向ってこない敵はすべて無視していた。

 

 つまりこっちは歯牙にもかけないという事。

 

 眼中にないという訳だ。

 

 それが余計に彼の怒りを煽る。

 

 「ふざけるなぁぁ!!」

 

 ジェイルは背を向けていくフリーダムにドラウプニル四連装ビームガンを構えた。

 

 彼らは同盟軍。

 

 つまりはザフトの敵である。

 

 引き金を引く事になんの問題も無い。

 

 何のためらいも無くトリガーを引き、連続で発射されたビームが一斉にフリーダムに襲いかかる。

 

 「ザフトの新型?」

 

 マユは思わず顔を顰めた。

 

 目的はあくまでもセイランやオーブより離脱した機体群だ。

 

 ザフトに構っている暇はない。

 

 次々と撃ち込まれる閃光を翼を広げ、スラスターを巧みに使って避けるとビームサーベルを持ちグフに斬り込んだ。

 

 「くそ、 当たらないだと!」

 

 ジェイルは闇雲に撃っている訳ではない。

 

 すべて狙いを付けている。

 

 しかしフリーダムがこちらの射撃を尽くかわしていくのだ。

 

 「この野郎がァァァ!!!」

 

 「ッ!」

 

 お互いの機体がすれ違う瞬間、閃光が綺麗な軌跡を描くと同時にグフの右腕が宙に舞っていた。

 

 ジェイルは戦慄する。

 

 フリーダムのサーベルが腕を捉え斬り飛ばすのに、回避の反応もできなかった。

 

 それがジェイルのプライドを余計に傷つける。

 

 「うおおおお!!」

 

 激情に任せ残った左腕でテンペストビームソードを構えて振り向きざまに斬りかかった。

 

 しかしフリーダムはそれより早くビームサーベルを横薙ぎに払い、腕ごとグフの下腹部を両断、斬り捨てた。

 

 「ぐあああ!!」

 

 落下し、意識が途切れる一瞬の時間の中でジェイルはフリーダムの姿を目に焼き付けた。

 

 あの死天使は―――必ず落とす。

 

 必ず!

 

 憎悪を抱きながらジェイルの意識は消えた。

 

 マユがグフの撃墜を確認すると先行したレティシアを追うために踵を返す。

 

 だが息つく暇も無く、次の敵が襲いかかってきた。

 

 それは見覚えのある赤い機体。

 

 マユ自身も助けてもらった事があるセイバーである。

 

 「セリスさん」

 

 あれには兄であるシンの恋人が乗っている。

 

 できれば戦いたくない相手だ。

 

 それに彼女の事は嫌いではない。

 

 ミネルバに乗った時も彼女にだけは好感を持った。

 

 それをこれから―――

 

 「覚悟はした筈」

 

 一瞬の躊躇いを振り払うと攻撃してくるセイバーに応戦の構えを取った。

 

 セイバーは変形してモビルスーツ形態になるとアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を跳ね上げ撃ち放つ。

 

 それをすり抜ける様に回避するフリーダム。

 

 「嘘!?」

 

 狙いをつけて撃ちこんだビームをあっさりと避けるフリーダムにセリスは驚嘆してしまった。

 

 「流石ジェイルをあそこまであっさり倒すだけはある」

 

 コックピットの中でセリスは目の前の機体に脅威を感じていた。

 

 ジェイルのパイロットとしての技量は高い。

 

 訓練を積み、実戦も経験していた彼の力はその辺のパイロットでは相手にならないだろう。

 

 それをああも容易く倒すとは。

 

 だからこそこの脅威を放置できない。

 

 砲弾のように突撃してきたフリーダムは腰のレール砲展開して撃ちこんでくる。

 

 セリスは咄嗟に反応でシールドを掲げて防御に成功した。

 

 撃ちこまれた砲撃の震動に歯を食いしばって耐え、敵機にビームサーベルを振り抜く。

 

 「この!」

 

 あれだけの技量を持つパイロット相手に接近戦を挑むなど無謀かもしれない。

 

 しかし遠距離からの攻撃でフリーダムは捉えられないし、バッテリーの問題もある。

 

 だからセリスはあえて接近戦を選択したのだ。

 

 セイバーとフリーダムの激突。

 

 互いのビームサーベルがシールドに阻まれ火花を散らした。

 

 

 

 

 セイバーとフリーダムの戦い。

 

 セリスにとって無謀ともいえる戦いはイレイズと交戦していたシンにも見えた。

 

 「セリス!?」

 

 あの機体と一対一だなんて危険すぎる。

 

 オーブの戦いでもフリーダムは凄まじいまでの戦いぶりで地球軍を圧倒していた。

 

 いかにセリスの技量が高くともあの機体相手では流石に危ない。

 

 今すぐにでも援護に行きたいが、簡単にはいかない。

 

 反転しよう試みるが、その度にイレイズが尽く邪魔をしてくるのだ。

 

 インパルスの進路を先読みするかの様にビームマシンガンを撃ち込んでくる。

 

 そんなイレイズにビームライフルを撃ち返しながら怒りを募らせ歯を食いしばった。

 

 「こんな奴に構ってはいられないというのに!」

 

 「インパルス! ここで倒す!」

 

 しくこいまでに食い下がってくる敵機を睨みつけるとシンの怒りが爆発した。

 

 「邪魔なんだよ、お前はァァァァ!!」

 

 シンのSEEDが弾ける。

 

 同時に全身が研ぎ澄まされ視界が一気にクリアになった。

 

 オーブでの戦闘で感じたあの感覚だ。

 

 「はああああああ!!」

 

 怒りの任せ咆哮しながらビームサーベルを構えイレイズに斬り込んだ。

 

 「これは!?」

 

 アオイは振り下ろされるビームサーベルを何とかシールドで受け止める事に成功した。

 

 ほとんど偶然だった。

 

 今の攻撃を受け止められたのはまさに僥倖といえるだろう。

 

 アオイはインパルスの動きが変化した事に気がついた。

 

 オーブ戦で見せたあの動きだ。 

 

 「しっかりしろよ、アオイ・ミナト! これまで訓練を積んで来たのはこいつに勝つためだろう!」

 

 先程までとはまるで違う動きに食らいつこうとアオイは操縦桿を必死に動かしていく。

 

 だがそれを遥かに上回る動きで攻撃を繰り返してくるインパルス。

 

 左右から叩きつけられる激しい斬撃をシールドを使って、流しながら対艦バルカン砲を放つ。

 

 だがそれすらも取るに足らないと敵機は突っ込んできた。

 

 叩きつけられた剣の切っ先がイレイズの装甲を抉っていく。

 

 多少なりとも食らいついていけたのは間違いなく訓練の成果だ。

 

 しかしやはり実戦は違う。

 

 アオイはインパルスの想定以上の動きに徐々に追い詰められていった。

 

 「落ちろォォォォ!!」

 

 「くぅ、まだ!」

 

 何とかしようともがくアオイ。

 

 このままでは駄目だ。

 

 何とか対応策を考えないと撃墜される。

 

 しかしインパルスはアオイの態勢が整うのを待ってくれはしない。

 

 シンは腰のフォールディングレイザー対装甲ナイフを引き抜くとイレイズ目掛けて投げつけた。

 

 「ぐっ」

 

 アオイは投げつけられたフォールディングレイザー対装甲ナイフをシールドで弾く。

 

 だがその隙に接近してきたインパルスのサーベルによってビームマシンガンを破壊されてしまった。

 

 「くそ!」

 

 破壊されたビームマシンガンを投げ捨てる。

 

 反撃に移ろうとするアオイだったが、インパルスはイレイズに蹴りを叩きこみ距離を取って反転した。

 

 「がはっ……逃がすか―――ッ!?」

 

 蹴りを受けた衝撃で吐きそうになりながらも離脱するインパルスを追おうとする。

 

 だがその時、視界に入ったのはザフトの機体と戦っているガイアの姿だった。

 

 敵が放った鞭のような武器にライフルを絡め取られ追いつめられている。

 

 「ステラァ!!」

 

 インパルスの事は後だ。

 

 スカッドストライカーを吹かせ、ステラの急ぐ。

 

 新装備のおかげか思ったよりも早く交戦区域に辿りつくとオレンジのグフに対艦バルカン砲を撃ちこんだ。

 

 グフは突然撃ちこまれたバルカン砲を見事なまでの反応で後退してやり過ごす。

 

 どうやらかなりのパイロットらしい。

 

 「ステラ、大丈夫か!?」

 

 「アオイ!!」

 

 援護に来たアオイの姿にステラは満面の笑みを浮かべた。

 

 見るとガイアには目立った損傷は無い。

 

 どうやら間に合ったようだ。

 

 安堵するアオイとは対照的にガイアと相対していたハイネは援護に来たモビルスーツに舌打ちする。

 

 「イレイズか! 今はあのモビルアーマーを落とすのが先だってのに」

 

 アークエンジェルやフリーダムの介入で戦場は想像以上の混戦となっている。

 

 モビルアーマーを落とし、タンホイザ―による砲撃で状況を打開したいハイネにとってイレイズの存在は邪魔以外の何者でもな。

 

 ガイアを蹴りで突き放し、四連装ビームガンをイレイズに向けて放つ。

 

 連続で叩きこまれたビームガンをシールドを構えて防御、ビームサーベルで接近戦を挑んだ。

 

 「ステラはやらせない!」

 

 「何時までも好きにさせると思うなよ!」

 

 袈裟懸けに振るわれたイレイズの斬撃をシールドで逸らして、テンペストビームソードで反撃を開始した。

 

 アオイは咄嗟に回避行動を取るとビームソードは装甲を掠めていく程度に留まる。

 

 「こいつ、強い」

 

 「やるな、シンが手こずる訳だ」

 

 地球軍のパイロットの中ではかなりの腕前だ。

 

 流石にガンダムを任されるだけはあるという事だろう。

 

 スラスターを使ってイレイズの攻撃をすり抜け、旋回しながらハイネはスレイヤーウィップを巧みに使いライフルを絡め取ろうとする。

 

 アオイは思わず舌打ちした。

 

 あの鞭の動きは面倒だ。

 

 油断すれば絡め取られて終わり。

 

 「ならば!」

 

 フットペダルを踏み込みスラスターを吹かせ、シールドを構えあえて前に出る。

 

 下手に避けようとしても駄目。

 

 ならば一気に懐に飛び込む方が良いと判断したのだ。

 

 スレイヤーウィップは弾きながら突っ込んでくるという敵機の行動に驚くハイネ。

 

 そのままサーベルを横薙ぎに斬り払ってくる。

 

 「へぇ~本当にやるな。けど、甘いぜ!」

 

 だが彼は取り乱す事無く冷静に動きを把握すると、斬撃を避けながらイレイズの後ろに回り込み蹴りを叩きつける。

 

 「ぐっ」

 

 蹴りを入れられイレイズはバランスを崩しかける。

 

 アオイはスラスターを使って態勢を立て直そうとするが、黙って見ているハイネではない。

 

 「これでどうだ、イレイズ!」

 

 「くそ!」

 

 スレイヤーウィップの攻撃によってシールドを弾き飛ばされてしまう。

 

 これで隙だらけだ。

 

 「アオイ!!」

 

 グフの攻撃からイレイズを守ろうとガイアが前に出た。

 

 ビーム砲を撃ちながら、グフにサーベルを叩きつける。

 

 ハイネはあえてガイアの剣を受けずに空中に飛び上がり、四連装ビームガンを撃ち放った。

 

 ガイアに空中での戦闘は無理だ。

 

 ハイネはそれをよく理解している。

 

 ガイアはビームガンをやり過ごし、背中のビーム砲で反撃するしかない。

 

 アレではなぶり殺しにされる。

 

 「ステラッ!!」

 

 何もできないのか。

 

 守りたいと言いながら、結局何も。

 

 インパルスも倒せないまま、ステラを危険にさらして―――

 

 「いや、まだだ! まだ戦える!! 俺は今度こそ!!!!」

 

 その時、アオイのSEEDが弾けた。

 

 研ぎ澄まされた感覚が全身に広がっていき、視界が開ける。

 

 「やめろぉぉ!!」

 

 スラスターを全開にしてグフに突進する。

 

 ガイアに迫るスレイヤーウィップをビームサーベルで斬り捨て、肩のビームブーメランをグフに向かって投げつける。

 

 「チッ、こいつ、いきなり!」

 

 投げつけられたビームブーメランを直前で回避するハイネ。

 

 その隙に肉薄してきたイレイズはビームサーベルを上段から振り下ろしてきた。

 

 「舐めるなよ!」

 

 受け流してカウンターで仕留める。

 

 そう決断したハイネは素早くシールドを掲げた。

 

 だがここに誤算が生じる。

 

 イレイズの反応は彼の予測を上回っていたのだ。

 

 「はあああ!!」

 

 アオイは即座にビームサーベルを逆手に抜きそのまま斬り上げる。

 

 ハイネの予想を上回る速度で放たれた斬撃がグフの右腕を捉え斬り飛ばした。

 

 「な、なんだと!?」

 

 失った右腕を見ながらハイネは驚愕で固まってしまった。

 

 イレイズの攻撃に全く反応できなかった。

 

 「何なんだ、こいつは!?」

 

 さらに敵機は動きを止めず、左足で蹴りを叩き込んでくる。

 

 防御の構えすら取れず、動きに全くついていけない。

 

 たたらを踏むグフに右腕のサーベルを振り下ろし、シールドを掲げた左腕を斬り捨てる。

 

 「ぐぅ!?」

 

 「これで止めだぁ!」

 

 両腕を失い、バランスを崩して隙だらけのグフ。

 

 アオイはブルートガングを抜きグフのコックピット目掛けて突きを放つ。

 

 「完全に捉えた!」

 

 だがその瞬間、アオイの全身に行きわたっていた鋭い感覚が突然消え失せた。

 

 「えっ」

 

 何が起こった?

 

 アオイの戸惑いによってブルートガングの狙いがずれてしまう。

 

 刃はコックピットから逸れてグフの左脇に突き刺さり、凄まじいまでの火花が散る。

 

 アオイは敵機に蹴りを入れて吹き飛ばし、倒れ込んだグフは損傷した部分から、小規模の爆発を起こす。

 

 コックピットは外したが、あれではパイロットもただでは済まないはず。

 

 しばらく警戒していたが、動く気配は無い。

 

 とりあえず倒したと思っていいだろう。

 

 「ハァ、ハァ、倒した。でも、何だったんだ、今のは?」

 

 変な感覚だった―――いや、そんな事は後だ。

 

 「ステラ、大丈夫! 怪我とか!」

 

 「うん、大丈夫」

 

 モニターで笑顔を浮かべるステラの姿にホッと安堵の息を吐くと計器をチェックする。

 

 バッテリーはギリギリ。

 

 これ以上の戦闘は厳しいだろう。

 

 それはガイアも同じはずだ。

 

 「ステラ、戻ろう」

 

 「うん」

 

 アオイは戦場に後ろ髪を引かれながらもガイアを連れJ.P.ジョーンズに帰還した。

 

 

 

 

 セイバーと交戦に入ったフリーダムよりも先行していたレティシアは立ちふさがる敵機を撃破しながら先を急いでいた。

 

 やはり物量の違いというのは大きい。

 

 その点でいえば紛れも無く不利なのはアークエンジェルだ。

 

 いかにムウがそこらのパイロット以上の技量を持っていたとしても、一機では厳しいだろう。

 

 ならば最速で目的を達成して撤退する。

 

 それが一番被害が少ない。

 

 ダガーLの胴体にビームサーベルを叩き込み、接近してきたウィンダムを機関砲でハチの巣にする。

 

 地球軍は思った以上にこちらに対する攻め手が甘い。

 

 どうやら大半の戦力はザフトのモビルスーツの迎撃に向かっているらしい。

 

 そしてもう一つ。

 

 あの艦隊の前に配置してある巨大なモビルアーマーの守護にも戦力を割いているようだ。

 

 レティシアも第二次オーブ戦役であの機体の事は知っている。

 

 陽電子砲を防ぐ防御力と強力な火器を装備した機体だ。

 

 それを今回は前面には出さずに、ミネルバからの陽電子砲に対する防御に使っている。

 

 攻撃に加わらせないのはおそらく前回の戦闘でインパルスやセイバーに落とされてしまった為だ。

 

 もし仮にあれが落とされたならミネルバの陽電子砲で地球軍は大きな打撃を受ける事になる。

 

 それだけは避けたいのだろう。

 

 ならば今がチャンスだ。

 

 今の内に艦隊を突破して、オーブ機を破壊する。

 

 戦艦からの迎撃ミサイルを機関砲で迎撃しながら、砲台をビームライフルで次々と撃ち落とす。

 

 その時、レティシアの前にザフトの機体がいる事に気がついた。

 

 アレンのエクリプスである。

 

 「ガンダム……インパルスに似ているけど」

 

 ザフトは現在敵。

 

 こちらの進路を阻むならば、倒していくしかない。

 

 だが何故だろうか。

 

 レティシアにはあれが敵には思えなかった。

 

 「何を考えているの。集中しないと」

 

 ビームライフルで牽制しつつ、即座にグラムに持ち替えて斬りかかった。

 

 エクリプスは機体を傾けビームを回避。

 

 上段からのグラムの斬撃を受け流し、ビームサーベルをブリュンヒルデに横薙ぎに振るう。

 

 叩きつけられたサーベルをシールドで受け止めるブリュンヒルデ。

 

 ニ機は高速で動きまわり、激突を繰り返す。

 

 何度目かのエクリプスの攻撃を受けとめたところでレティシアは気がついた。

 

 「ま、まさか……」

 

 自分はこの動きを知っているのだ。

 

 だがそれは―――

 

 一瞬の困惑の隙。

 

 その瞬間にエクリプスはブリュンヒルデの懐に飛び込むと、サーベルを一閃し斬艦刀を半ばから叩き折った。

 

 「ぐっ、まだです!」

 

 レティシアは折れたグラムを投げ捨てビームサーベルを構える。

 

 しかしエクリプスは構わず正面から突っ込んできた。

 

 お互いがサーベルをシールドで受け止め、膠着状態になる。

 

 この動きは間違いない。

 

 確信を持ったレティシアは通信機のスイッチを入れて叫んだ。

 

 「アスト君! その機体に乗っているのはアスト君でしょう!?」

 

 レティシアの声に反応して通信機から聞こえてきた声は紛れも無く待ち望んでいた少年の声だった。

 

 《……アークエンジェルまで後退して下さい。その機体はバッテリー機の筈です。単機での突破は危険すぎる》

 

 「アスト君、どうして―――」

 

 《いいですね。後退してください》

 

 前と変わらない優しい声色で呟くとエクリプスはブリュンヒルデを突き飛ばして反転した。

 

 「待って!」

 

 しかしエクリプスは止まる事無くそのまま行ってしまう。

 

 レティシアは追いかける事も出来ず、混乱したままエクリプスの去っていった方向を見続けるだけだった。

 

 

 

 

 ザフトと地球軍の戦いは激しさを増していた。

 

 それはアークエンジェルも同様だ。

 

 地球軍はザフトを標的としている為かこちらにはあまり攻撃仕掛けてこない。

 

 それでも正面から地球軍を相手にしているミネルバよりはマシという程度だ。

 

 そんな中アークエンジェルを落とそうと迫ってくる敵機をたった一機でこの艦を守り抜いていたのはムウのセンジンである。

 

 飛行形態とモビルスーツ形態を巧みに使い分け、迫る地球軍の機体を圧倒していた。

 

 「やらせるか!」

 

 ビームライフルでダガーLを撃ち、背中のビーム砲で突っ込んでくるウィンダムに発射した。

 

 強力なビームによってウィンダムは為す術無く破壊されていく。

 

 ムウはエンデュミオンの鷹と呼ばれた程の猛者。

 

 そこらにいるパイロットでは太刀打ちできないだろう。

 

 小気味良く、敵機を撃破していたムウに久ぶりな感覚が走った。

 

 前大戦終結からずいぶんご無沙汰していたあの感覚である。

 

 「誰だ?」

 

 感覚に従って視線を動かした先にいたのは、通常のウィンダムとは色違いの機体だった。

 

 他の機体とは色だけではなく明らかに動きが違う。

 

 おそらく隊長機だろう。

 

 「この感覚は……ラウ・ル・クルーゼか?」

 

 いや、似ているがどこか違う。

 

 一体誰なのか?

 

 当然ムウが感じ取ったようにネオもまたその存在を感知していた。

 

 「私が君を感じる様に、君もまた私を感じ取るか。不幸な宿縁とでもいえばいいのかな、ムウ・ラ・フラガ」

 

 ネオはビームライフルを向ってくるセンジンに撃ち込んだ。

 

 しかしセンジンはこちらの攻撃を読んでいたかのような反応で上昇し回避すると、ライフルを撃ち返してくる。

 

 上手い。

 

 敵の正確な射撃に感嘆する、ネオ。

 

 「流石エンデュミオンの鷹だな。しかし甘い」

 

 動きを読めるのはこちらも同じ事だ。

 

 ネオはジェットストライカーの推力を使い、旋回して撃ち込まれたビームをやり過ごす。

 

 「今のをかわす!?」

 

 ウィンダムはセンジンをビームライフルで誘導しながら距離を詰めるビームサーベルを袈裟懸けに叩きつけた。

 

 センジンは斬撃をシールドで攻撃を流そうとするも、ネオの動きはそのさらに上をいった。

 

 ムウが斬撃を受け止めた瞬間、ウィンダムはシールドでセンジンを殴りつけ、態勢を崩したところにビームライフルを撃ちこんできたのだ。

 

 「チッ、この!」

 

 ギリギリで機体を逸らして直撃は避けたが、閃光が装甲を抉り掠めていく。

 

 「こいつ強い!」

 

 「この程度か、ムウ」

 

 やや失望したような声で呟くネオ。

 

 「まだだ!!」

 

 飛行形態に変形してウィンダムの背後に回り込む。

 

 諦めない敵機の姿にニヤリと笑みを浮かべると、ネオはセンジンを迎え撃った。

 

 

 

 

 戦況が変化していく中、フリーダムと交戦していたセリスは完全に追い込まれていた。

 

 フリーダムの速く強力な斬撃をなんとかシールドで防いでいく。

 

 「くっ!」

 

 完全に防戦一方である。

 

 攻勢に出れたのはあくまで最初だけ。

 

 その後セリスはずっと防御一辺倒になっていた。

 

 フリーダムと交戦して分かったのは、相手の技量は確実にセリスよりも上だという事。

 

 それをすぐに理解したセリスは無理に攻勢に出ずフリーダムの攻撃に合わせシールドで防ぐという戦法を取っていた。

 

 そうしなければ一瞬で倒されていたに違いない。

 

 だがそんな戦いも限界に近付いていた。

 

 セイバーの装甲はサーベルによって所々傷がついている。

 

 むしろここまで持ちこたえられた事が僥倖といえるだろう。

 

 フリーダムの蹴りを受けて態勢を崩すセイバー。

 

 マユはその隙を見逃さない。

 

 このまま決着かと思われた時―――

 

 「やめろぉぉぉぉ!!」

 

 ビームライフルを放ちながらインパルスが突っ込んで来た。

 

 「ッ!?」

 

 マユは撃ちこまれたビームを宙返りして回避すると思わず唇を噛んだ。

 

 やはりシンと戦う事は避けられないらしい。

 

 「セリス、大丈夫か!?」

 

 シンは目の前に機体を警戒しながら、通信を入れセリスに声を掛けた。

 

 「シン! 私は大丈夫!」

 

 安堵すると同時に蒼い翼を持つ機体に対する怒りが湧き上がってくる。

 

 「フリーダム!! よくも、よくもセリスをやったなぁぁ!!」

 

 ビームサーベルを構えるとフリーダム目掛けて斬りかかった。

 

 同時にマユも動く。

 

 二つの斬撃が敵機を狙い繰り出されるが、掲げたシールドに阻まれ弾け飛ぶ。

 

 二人の実力を比較するなら未だにマユの方がまだまだ上である。

 

 だからすぐに決着がつくかといえばそうではない。

 

 現在シンはSEEDを発動させている。

 

 それ故に動きや反応は通常時とは比較にならない程に研ぎ澄まされていた。

 

 煌めくように振るわれる剣閃を潜り抜けるようにやり過ごすと、即座に反撃する。

 

 ついて行くことができる。

 

 フリーダムを相手にしても。

 

 「はああああ!!」

 

 インパルスの攻撃を弾き飛ばし、後退するマユ。

 

 彼女は以前とはまるで違う兄の技量に驚いていた。

 

 強い。

 

 前とは比べ物にならないほど腕を上げている。

 

 「……それでも!!」

 

 インパルスが上段から振り上げたサーベルに合わせ、マユもまた斬撃を繰り出した。

 

 二つの光刃がお互いに迫ると同時にフリーダムとインパルスがすれ違う。

 

 一瞬の攻防。

 

 結果―――斬り裂かれ、宙に舞っていたのはインパルスの右腕であった。

 

 シンは驚愕する。

 

 間違いなく勝ったと思ったのだ。

 

 そんなシンの反応をフリーダムのパイロットは完全に上回った。

 

 このままでは不味い。

 

 フリーダム相手に片手で勝てるとは思わない。

 

 ミネルバにチェストフライヤーを射出するように呼びかけようとした瞬間、通信機から声が聞こえてきた。

 

 《これ以上は無理です。後退してください》

 

 「えっ」

 

 それはある意味シンにとって最悪の声。

 

 決して戦場で聞きたくない声だった。

 

 「ま、まさか……フリーダムの……パイロットは―――マユ?」

 

 今までの憤りは消え、手が震え、息が荒くなる。

 

 「……俺は、今、マユを、本気で、殺そうとしたのか?」

 

 完全に動きを止めたインパルス。

 

 それを見て悲鳴を上げたのはセリスだ。

 

 「シン!!」

 

 あれではやられてしまう。

 

 セリスはフリーダムを睨みつける。

 

 駄目だ。

 

 シンを殺させない。

 

 あれを倒せる力があれば。

 

 セリスの力の渇望に反応したようにソレは動きだす。

 

 

 

 その瞬間、秘めたるシステムが起動した。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 システムが動き出した瞬間、セリスの視界はクリアになり、感覚が研ぎ澄まされる。

 

 それはオーブで感じたあの感覚に良く似ていた。

 

 ただ違う所があるとすれば、セリスの感情と思考だった。

 

 余計な考えは一切浮かばず、敵意だけが大きく膨れ上がっていく。

 

 「うああああああ、フリーダム!!!!」

 

 あれが敵だ。

 

 殺さなければ、殺される。

 

 だから殺す。

 

 殺してやる。

 

 「死ね!」

 

 セイバーはスラスターを全開にするとビームサーベルを構えて襲いかかった。

 

 「なっ」

 

 斬りかかってきたセイバーにフリーダムもビームサーベルを構える。

 

 だがセイバーは先程までとは動きがまるで違う。

 

 攻撃には異常なまでに殺意に満ちて、躊躇いなど何もない。

 

 乗っているパイロットが別人なのではないかと錯覚するほどだ。

 

 振るわれる斬撃がフリーダムを捉えようと迫ってくる。

 

 「くっ」

 

 機体を上手く逸らしながら、マユはシールドでセイバーを突き飛ばす。

 

 「落ちろ、フリーダム!!」

 

 「いったい何が、セリスさん!」

 

 二機の戦いを呆然と見ていたシンだったが、すぐに正気に戻るとセリスを制止しようと叫んだ。

 

 「セリス、やめてくれ! フリーダムに乗ってるのは―――」

 

 「うるさい! 邪魔するな!」

 

 「なっ」

 

 セリスの今まで一度も聞いた事が無い殺意に満ちた声にシンは驚きを隠せない。

 

 「一体何が起きたんだ?」

 

 サーベルが弾け合い、激突と離脱を繰り返す二機。

 

 「死ねェ、死ねェェ!」

 

 セリスはフリーダムの背後に回り込んで斬りかかった。

 

 「まだです!!」

 

 背後から迫る光刃を前にマユのSEEDが弾けた。

 

 逆袈裟から振り下ろされる剣を機体を半回転させて避けたマユは同時にセイバーの背後からサーベルを斬り払う。

 

 フリーダムの予想以上の反応に、回避しきれない。

 

 セイバーの背中に装備されているビーム砲の砲身の片方が半ばから切断されてしまった。

 

 さらに回し蹴りの要領で背中から蹴りを叩きこみ、セイバーを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ」

 

 「セリス、もういいやめろ!」

 

 フリーダムにやられた衝撃なのかセリスの呻き声が聞こえてくる。

 

 「セリス!」

 

 「ハァ、ハァ、シ、シン?」

 

 「そうだ、俺だ! シンだ!」

 

 苦しそうだが普段のセリスの声が聞こえてくる。

 

 だが今にも意識を失いそうなほどか細い声。

 

 これ以上の戦闘は危険だ。

 

 「早く撤退しないと。でも……」

 

 フリーダム―――マユの事は。

 

 「シン、どうした!?」

 

 通信機から聞こえてきたのはアレンの声だった。

 

 別方向からエクリプスが近づいてくる。

 

 シンは切羽詰まったように通信機に叫んだ。

 

 「アレン、セリスの様子が……」

 

 「ッ!? セリスを連れてすぐに後退しろ!」

 

 「り、了解!」

 

 駆けつけてきたエクリプスに任せてセイバーを掴むと撤退を開始する。

 

 シンは一度だけフリーダムを見ると、顔を顰める。

 

 知らなかったとはいえ、マユを―――

 

 それ以上余計な事は考えず、シンはインパルスをミネルバに向けた。

 

 マユは退いて行くインパルスとセイバーを見届ける事無く、目の前にいる機体を見つめていた。

 

 エクリプス。

 

 ミネルバに乗船した時からあの機体の動きには見覚えがあった。

 

 でもまさか―――

 

 そう考えて、否定しようとする。

 

 だが通信機から聞こえてきたのはマユの考えていた通りの懐かしい声だった。

 

 《……マユ、戦闘はもう終わりだ。早く後退するんだ》

 

 「……そんな、やっぱり」

 

 マユが待ちわび、そして会いたいとずっと思い続けていた人。

 

 アスト・サガミの声だった。

 

 「アストさん、なんで……」

 

 《……アークエンジェルまで戻るんだ。いいね》

 

 質問に答える事無く、マユの記憶通りの優しい声で後退を促すとエクリプスはそのままミネルバに向かっていく。

 

 「アストさん!!」

 

 追いかけようとするも、各勢力は撤退を開始している。

 

 大勢は決した。

 

 地球軍は想定以上の損害を受けた事で撤退を選択した。

 

 退くというならこれ以上の戦闘に意味はない。

 

 ブリュンヒルデもアークエンジェルに戻ったようだ。

 

 マユはミネルバに戻るエクリプスを見ると、後ろ髪を引かれながらもアークエンジェルの方へ機体を向けた。

 

 

 

 

 ダーダネルス海峡での戦いはどこの勢力も勝利を手にする事無く幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 ミネルバの戦闘を監視させていた者からの報告を受けたヘレン・ラウニスは笑みを浮かべた。

 

 どうやら上手くいったらしい。

 

 部屋で仕事をこなすデュランダルに上機嫌で声を掛けた。

 

 「議長、例のシステム上手く起動したようです」

 

 「そうか……」

 

 デュランダルはそっけなく返事をするだけだ。

 

 「そんなに気に入りませんか?」

 

 それは当然だった。

 

 デュランダルは内心あのシステムを使いたいとは思っていなかった。

 

 『Imitation Seed system』

 

 特殊な催眠処置と投薬を用いてSEED発現状態を擬似的に再現する事が出来るシステムである。

 

 このシステムは確かに有効な面もある。

 

 SEEDの因子を持たない者も同じように力を使う事ができるのだ。

 

 しかし当然リスクも存在する。

 

 「お言葉ですが、力は必要です」

 

 「……分かっている」

 

 「詳しい事はミネルバからデータを回収してからですね」

 

 ヘレンが部屋から退出するとデュランダルは表情も変えず、ただミネルバが戦闘を行っていた方向を見ていた。

 




すいません、今回急いで書いたのでどこかおかしい部分があるかも知れません。



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第24話  傷痕

 

 

 ダーダネルス海峡での戦いを潜り抜けたミネルバはマルマラ海にある港に停泊していた。

 

 あれだけの激戦だったにも関わらず、ミネルバに大きな被害は無い。

 

 艦長であるタリアとしては喜ぶべきことなのだろう。

 

 しかしとてもそんな気分にはなれなかった。

 

 その理由は彼女の視線の先にあるモビルスーツの残骸にあった。

 

 真っ二つにされたグフがクレーンで宙吊りにされて運ばれていく。

 

 「二機のグフは完全に大破、インパルスは右腕損傷、セイバーは背中の武装を破壊されています」

 

 整備班長の報告を聞き、タリアはため息をつきたくなる。

 

 今回の戦闘でハイネはかなりの重傷を負ってしまい本国に移送される事になった。

 

 あの状態で生還できただけでも良しとすべきなのかもしれない。

 

 さらに同じく撃墜されたジェイルもそれなりの怪我を負った為、今は治療中である。

 

 だが一番問題なのはセイバーに搭乗していたセリスであった。

 

 彼女はミネルバに帰還後、意識を失い未だに目覚めていない。

 

 原因は不明という事らしいが―――

 

 ともかく今満足に戦えるのはエクリプスに換装可能なインパルス、新型のイフリートに二機のザクのみという事になる。

 

 戦力としてはそう懸念するほどではないと思う。

 

 だがこの先もあのアークエンジェルとフリーダムが介入してくる可能性がある以上、

出来るだけ万全にしておきたいというのがタリアの本音だった。

 

 「モビルスーツの修理と補給をお願い」

 

 「了解しました」

 

 敬礼して作業にかかる班長にいつも無理難題を押しつけて申し訳ない気持ちになりながらもう一度船体を見上げた。

 

 負けた訳ではないというのに、沈んだ気分なのはアークエンジェルが介入してきた所為だろうか。

 

 今回の戦闘ではあの艦と直接相対する事はなかったが、次はどうなるか分からない。

 

 一度は味方として戦った艦を撃たねばならない葛藤を胸にタリアは歩き出した。

 

 

 

 

 タリア達が補給作業を行っていた頃、シンは艦の医務室のベットの上で眠り続けているセリスを見つめていた。

 

 外見上目立った傷も無い。

 

 ただ穏やかに眠っているように見える。

 

 「セリス、なんで目が覚めないんだ。それに……」

 

 ≪死ね!≫

 

 ≪うるさい! 邪魔するな!≫

 

 今まで聞いた事のないセリスの声。

 

 あの時のセリスは明らかに様子がおかしかった。

 

 その後に格納庫の戻るなりいきなり意識を失ったし、分からないことだらけだ。

 

 考えられる要因はセイバーに搭載されたという新しいシステムくらい。

 

 どんなシステムなのか詳細が分からない以上、断言はできない。

 

 でもそれくらいしか思い当たる節がない。

 

 そしてシンを憂鬱にしている理由がもう一つあった。

 

 フリーダム―――そのパイロットであるマユの事である。

 

 アークエンジェルが何故あの戦闘に介入して来たのかはシンには分からない。

 

 一つだけ確実に分かっているのは、再び戦場で邂逅した時、フリーダムとの戦闘は避けられないという事だ。

 

 「またマユが来たら俺は……」

 

 戦えるのか?

 

 今回もマユが乗っていると分かっただけで、動きを止めてしまったというのに。

 

 そんな事を考えながらシンは穏やかに眠るセリスの寝顔を見ていた。

 

 

 

 

 

 暗がりの部屋でリースは一人端末を弄っていた。

 

 その表情はいつも以上に無表情―――いや、どこか怒りを堪えているようにも感じられる。

 

 今リースが弄っている端末の中には特務隊の任務に関する情報が入っている。

 

 さっさとデータを纏める為に素早くキーを叩く。

 

 やはり苛立っているのか、キーを叩く音がいつも以上に大きく部屋に響き渡る。

 

 端末の情報を整理し終わると、今度は別の端末を持ちだしてスイッチを入れた。

 

 こちらは仕事用の端末ではなく、個人用のもの。

 

 端末に映し出された映像にリースの顔が今までのような無表情ではなく、どこか熱に浮かされたような表情に変っていた。

 

 「……アレン」

 

 画面に映っているのはアレン―――アスト・サガミに関するデータと彼の画像である。

 

 議長の秘書官であるヘレンから彼女に与えられた任務。

 

 アレン・セイファートの監視はリースにとっては不服であると同時に幸運であった。

 

 アレンが裏切るなどあり得ない。

 

 信頼している彼を監視などしたくは無い。

 

 しかし不謹慎であろうともこの任務のお陰で彼の傍にいられるのだ。

 

 それが嬉しい。

 

 リースは宇宙でアレンに救われ素性を知って以降、彼に対して特別な感情を抱いていた。

 

 ディオキアで再会して、アレンと話し、再び共に戦ってその思いはより一層強くなっている。

 

 だが、

 

 「……マユとレティシア。女の名前」

 

 それがリースの心に暗い影を落としていた。

 

 どす黒い感情が湧きあがる。

 

 「……アレンのあんな声、聞いた事無い」

 

 とても優しい声だった。

 

 本当に大切にしているかのような、そんな声。

 

 少なくともリースはあんな声で話しかけられた事は無い。

 

 「フリーダムと……もう一機は同盟軍の機体」

 

 リースは自分でも気がつかない内に拳を強く握り締めていた。

 

 激しいまでの嫉妬の感情に気がつかないまま。

 

 

 

 

 ミネルバの格納庫に傷ついたセイバーが運び込まれる。

 

 修復に取りかかろうとした整備班を制して、ディオキアから乗り込んできた連中が機体に取りついた。

 

 彼らは新システムをセイバーに搭載した専属の研究者らしい。

 

 当然整備班にとっては機体の修理の邪魔でしかない為、酷く険悪な表情で彼らを睨みつけている。

 

 その後ろでアレンも観察するようにセイバーを見ていた。

 

 セリスの異常は間違いなく搭載された新システムによるものだろう。

 

 すぐにでも調べたいところだが、あの様子では近づく事もままならない。

 

 それにリースの事もある。

 

 姿は見えないがどこかでアレンを監視している筈だ。

 

 とはいえこれ以上静観していたら事態がさらに悪い方へ進む可能性がある。

 

 セリスの意識不明はその兆候ともいえるだろう。

 

 リスクはあるが、動かざる得ない。

 

 「……もう少し慎重に動きたかったが仕方ない」

 

 緊張感漂う格納庫を出て、アレンが向った場所は艦長室だった。

 

 コンコンとノックすると中から「どうぞ」というタリアの声が聞こえてきた。

 

 「失礼します」

 

 「アレン、なにか用かしら」

 

 タリアは自分の席に座りなにかの作業をしていたのか、手元には端末が置いてある。

 

 アレンはサングラスの下から素早く部屋の中に視線を滑らせると、他に誰もいない事を確認してタリアの前に立つ。

 

 「艦長、少しお話があるのですが、よろしければ私と外でお茶でもどうですか?」

 

 いきなりのアレンの言葉に呆然とする、タリア。

 

 この忙しい時に何を言っているのかと苛立ちに任せて声を荒げようとして思いとどまった。

 

 タリアはアレンの人となりを理解している。

 

 彼は冗談でこんな事は言わないし、状況が見えないほど視野が狭い訳でもない。

 

 「……何を―――ッ!?」

 

 アレンは一枚の紙をタリアの前に差し出す。

 

 それを見たタリアは途端に表情を固くするとアレンを見返した。

 

 表情を変える事無く頷くアレンにタリアは意を決したように立ち上がった。

 

 二人はそのまま私服に着替えてミネルバを出ると町にあるカフェに腰を落ち着ける。

 

 小さな港町とはいえ、周囲は人が行き交い、喧騒が途絶える事は無い。

 

 ここでなら監視はされていても、盗聴までされる可能性は低いだろう。

 

 アレンは席に着くと近寄ってきたウェイターに紅茶を注文すると正面に座る女性を見た。

 

 タリアの表情は曇ったままである。

 

 あんなものを見せられた以上は当然かもしれない。

 

 「それでどういう事なのか説明してもらえるのかしら?」

 

 「ええ、もちろん」

 

 正直な話未だ信じがたい部分もある。

 

 だがアレンはそういう嘘は言わないだろう。

 

 タリアが艦長室で見せられた紙には『ここは監視されている』と書かれていたのだ。

 

 「……色々とお話する前に私の事を話しておきましょうか。まずアレン・セイファートというのは偽名で本名は―――アスト・サガミです」

 

 「なっ!?」

 

 アスト・サガミ!?

 

 突然の告白に絶句するタリア。

 

 アスト・サガミは中立同盟を代表する最強のパイロット一人だ。

 

 それが何故ザフトにいるのか。

 

 「最初に言っておきますが、私は正規の手続きでプラントに入国して、ザフトに入隊しています。もちろん議長もこちらの素性を知っていますよ」

 

 タリアは頭痛がして手で額を抑えた。

 

 デュランダルはまったく何を考えているのだろうか。

 

 「それで同盟の英雄が何故ザフトに? スパイかしら?」

 

 タリアの率直な言い分に苦笑しながら運ばれてきた紅茶を口に含んだ。

 

 「そう思われても仕方ありませんね。先に言っておきますが私が外部へ情報などを持ちだした事はありません。私がザフトに入った理由を強いて言うなら……芽を摘む為でしょうか」

 

 「芽を摘む?」

 

 「……とにかく私がここに居るのはスパイではない。しかし先程の件も合わせて無関係ではありません。そして艦長に今回素性を明かしたのは協力してもらいたいからですよ」

 

 「私が貴方に協力を?」

 

 疑惑の視線でこちらを見てくるタリア。

 

 「協力をお願いしたいのはあくまでも情報収集です。降りかかる火の粉を払うために……そうですね、艦長も気になっているのではないですか? 例えばユニウスセブン落下させたテロリスト達がどうやってザクを手に入れたのかとかね」

 

 確かにそうだ。

 

 あの件についても未だに調査中ということでこちらに報告が上がってこない。

 

 上層部のほうでも調べてはいるのだろうが、何の報告も無いのはおかしい。

 

 さらに言うならオーブの件も同様である。

 

 あれも一応報告書を作って提出はしたが、それについての返答も無い。

 

 新型機がテロリストに渡るという可能性があるというのにだ。

 

 「気になるのはそれだけではない。今回セイバーに搭載された新システム。システムの詳細は不明ですし、機体に搭乗したパイロットは未だ昏睡状態です」

 

 タリアは顎に手を当てて考え込んだ。

 

 それも気になっている事の一つだ。

 

 報告には新型のOSとしか記載されていなかったのだから。

 

 だが単純なOSで意識不明になるとも思えない。

 

 「貴方はそれを知っているの?」

 

 「まさか。だからこそ、こうして調べようとしているんですよ。もちろんリスクはある。ですが何も知らないままでは背後から撃たれる可能性がある」

 

 タリアは落ち着く為か初めて紅茶を口に含んだ。

 

 だがその表情は今なお固いままだ。

 

 いきなりこんな事を言われて迂闊に「はい」といえない事は分かる。

 

 逆の立場でも即答などできないだろう。

 

 「返事を今すぐにというのは難しいでしょうから、決心がついたらで構いません」

 

 そう言ってアレンは紅茶をすべて飲み終わると立ち上がる。

 

 そんなアレンを制止するようにタリアは口を開いた。

 

 「一つだけ聞かせて。艦長室が監視されていると言っていたけど―――」

 

 誰が?

 

 何の為に?

 

 そう聞こうとしたタリアの言葉にかぶせる様にアレンが答える。

 

 「誰がというのは艦長の想像通りだと思いますよ。理由は……これはあくまでも私の想像です。艦長がご存じかどうかは分かりませんがミネルバのクルーは何らかの理由で議長自ら選出しています、インパルスのパイロットにシンが選ばれたように」

 

 「何らかの理由?」

 

 「ええ、その理由までは知らされていませんが、監視されているのもそれが要因の一つではないかと。監視の為というよりか、観察の為と言った方が良いかもしれません」

 

 タリアは一度目を閉じると疲れたようにため息をついた。

 

 「……いいわ、協力しましょう。ただし貴方がザフトに不利益をもたらす様なら―――」

 

 「それで十分です」

 

 アレンは再び席につくと、タリアとの話を再開した。

 

 

 

 

 

 ダーダネルスの戦いを切り抜けたアークエンジェルは連合、ザフトの追手に見つからぬように海中に潜航し、再び情報収集に努めていた。

 

 アークエンジェルは大戦終了後に改修を受けた事で潜水機能が追加され、武装も魚雷発射管が増設されている。

 

 これにより水中での行動、潜伏、戦闘が可能になっていた。

 

 そんな中、クルー達の表情は芳しくない。

 

 先刻の作戦において結局目的を達成させる事が出来なかった事もあるが、それだけではない。

 

 「まさか、坊主がザフトにいたとはな」

 

 マリューのそばにコーヒーを持ってきたムウが立っていた。

 

 差し出されたカップを手に取る。

 

 彼らがショックを受けているのは、行方が分からなかったアストがザフトにいたという事にだ。

 

 もちろん何らかの事情があるというのは察する事は出来る。

 

 しかしアストは前大戦時にキラと共にアークエンジェル出港時からこの艦を守り抜いてきた存在だ。

 

 それがザフトに入って敵対しているとなれば、クルーが動揺するのも仕方無い。

 

 特に彼と親しい現在の主力であるマユとレティシアの受けた精神的な影響はかなりのものだろう。

 

 「今後の戦闘に影響が出なきゃいいがね。まあ、それは俺も同じなんだが……」

 

 「戦闘中に感じたというあの?」

 

 「ああ」

 

 あれはクルーゼやユリウスと同じ様な感覚。

 

 さらにあの艦、ミネルバの方からも同じ様な感覚があった。

 

 「どうなっているんだ、全く」

 

 片手で頭を掻き毟る。

 

 ともかくあの敵がクルーゼ並の強敵である事だけは間違いない。

 

 アストにあの敵。

 

 この先も厳しい戦いになるのは間違いなさそうだった。

 

 「嬢ちゃん達も切り替えられりゃいいが」

 

 「そうね」

 

 ムウとマリューがブリッジで話をしていた頃、マユ達はアークエンジェル内のとある施設を利用していた。

 

 アークエンジェルは改修を受けた際に娯楽施設など、戦闘に関係ないものも改良を加えられている。

 

 その一つが「天使湯」と呼ばれるもの、いわゆる共同浴場が設置されている。

 

 今その浴場にマユ達が入っていた。

 

 「はぁ~気持ちいいわね」

 

 「本当に」

 

 ラクスとアネット・ブルーフィールドが心底気持ちよさそうに呟いた。

 

 アネットは前大戦時、アスト達と共にヘリオポリスのカレッジに通っていた学生で、初期からアークエンジェルに乗り込んでいたメンバーである。

 

 彼女は非常に面倒見がよく、ヘリオポリスメンバーからは母親みたいだなどと言われている(本人は非常に不服らしい)

 

 ともかくそんな彼女が天使湯に浸かっているのは、別に気持ちいいからだけではない。

 

 目の前にいるマユやレティシアの気分転換になればと強制的に連れて来たのだが―――

 

 「……相当ショックだったみたいね」

 

 「そうですわね」

 

 アネット達の前には膝を抱えて肩より深く浸っているマユと、まったく違う方向を見ているレティシアの姿があった。

 

 気持ちは分かるがいつまでも落ち込んでもらっても困るのだ。

 

 これは荒療治が必要かもしれない。

 

 アネットはマユに気がつかれないように、背後から近寄ると思いっきり胸を掴み上げた。

 

 「へ?」

 

 「うわぁ……マユちゃん、大きいわね」

 

 ようやく何をされてされたのか気がついたマユはみるみる顔を赤くすると甲高い悲鳴を上げた。

 

 「キャアアアアアアアアア!!!!」

 

 アネットを振り払い胸を守るように後ずさると、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 「な、何するんですか、アネットさん!!」

 

 しかしアネットはマユの叫びに答える事無く、自分の胸と掴んだ手を何度も見ている。

 

 心なしかラクスの視線も鋭い気がした。

 

 さらに今度はラクスが後ろからレティシアに掴みかかる。

 

 「ち、ちょっと! ラクスいきなり何をするんですか!」

 

 「……流石ですわね」

 

 「うん、見てるだけでわかるもんね」

 

 圧倒的だった。

 

 アネットとラクスはそろってため息をつく。

 

 無情としか言いようがない。

 

 「あ、あの~」

 

 「はぁ、もういい。惨めになるだけだし。それより―――」

 

 今までのふざけた様子から一転してアネットが真面目な顔になる。

 

 「二人とも、ショックなのは分かるけど落ち込んでいても仕方ないでしょう。いい加減しっかりして」

 

 「でも……」

 

 「あいつが何でザフトにいるかは知らないけど、何か事情があるんでしょ。大丈夫、あいつは戻ってくるわ」

 

 自信満々に言う、アネット。

 

 それはもちろんマユやレティシアも同じように思っているが……

 

 「そんな顔しないの。アストの馬鹿はよく自分の中に抱え込んでいたからね。たぶん今回も厄介な事でも抱え込んでるんでしょ、キラも似たようなもんだったけどね。帰ってきたら一発殴った後で説教してやらなくちゃ」

 

 腕を組んで頷くアネットに自然とマユ達も笑みがこぼれた。

 

 確かにそうだ。

 

 彼らはきっと戻ってくる。

 

 むしろどこにいるのか分かった事は収穫だ。

 

 彼らは死んでなどいなかったのだから。

 

 「それにしてもアネットさんはアストさんの事に詳しいですね。もしかして……」

 

 マユの勘ぐるような言葉に動揺したのか、後ずさるアネット。

 

 「ち、ちょっと変な誤解しないでよ! 好きか嫌いかと聞かれればもちろん好きだけど、 あいつはなんというか、手のかかる弟みたいなものよ!」 

 

 あまりの慌て具合に皆が一斉に笑い出す。

 

 そこでようやくアネットもからかわれた事に気がついたらしい。

 

 ムッとしながらも、穏やかに笑う二人にアネットも安心したように笑顔になる。

 

 二人の気分転換は上手く行ったようだ。

 

 こちらを見たラクスと頷き合うとようやくアネットも気分よく湯船に浸かる事ができた。

 

 

 

 

 今回の戦闘において一番大きな打撃を受けた勢力はどこかといえば間違いなく地球軍であった。

 

 先方に差し向けた部隊は全滅。

 

 途中から介入してきたアークエンジェルとフリーダムによってカオスやアビスも大きな損傷を受けている。

 

 彼らを迎撃しようとした機体もすべてが返り討ちにあってしまった。

 

 現在地球軍は体勢を立て直しを図っている。

 

 損傷を受けた機体や船舶が集まりその被害状況を確認しようと皆が動き回っている。

 

 そんな中アオイはいつも通りにシミュレーターに座り、訓練に勤しんでいた。

 

 アオイの乗機イレイズに大きな損傷はなかった。

 

 だが新装備であるスカッドストライカーを使用した所為で調整が必要になっている。

 

 その調整を手伝おうと待機していたのだが、その前に整備をしなければならないという事で、今はすることがないのだ。

 

 それに今の内にあの時の感覚を掴んでおきたかったというのもある。

 

 アレを使いこなせればインパルスも倒す事が出来る筈だと考えたのだ。

 

 アオイは操縦桿を動かし、画面に映った敵機にビームライフルのトリガーを引く。

 

 対戦相手は当然インパルスであり、しかもあの動きの変わった状態に設定してある。

 

 これに勝てなくては意味がないからだ。

 

 イレイズの構えた銃口から発射された光が敵機目掛けて撃ちだされた。

 

 しかし正確に放たれたビームをインパルスは余裕で回避、ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。

 

「来い、インパルス!」

 

 袈裟懸けに振るわれた斬撃を掻い潜り、逆にビームサーベルを構えて斬りかかった。

 

 「はああああ!!」

 

 インパルスの胴目掛けてサーベルを叩きつける。

 

 だがそこでインパルスは避けるのではなく、左足を振り上げて蹴りを入れてきた。

 

 「くっ」

 

 咄嗟にシールドを掲げて防御するも吹き飛ばされ体勢を崩されてしまう。

 

 そこを見逃す敵ではない。

 

 止めを刺そうと斬り込んで来た。

 

 振るわれる剣閃が体勢を崩したイレイズ目掛けて振り下ろされる。

 

 やられる!?

 

 その時、再びあの感覚がアオイを襲った。

 

 SEEDが弾けたのだ。

 

 鋭い感覚が全身を駆け抜け、視界が急激に広がった。

 

 インパルスのサーベルの軌跡が眼前にまで迫っている。

 

 だがアオイは焦る事無く操縦桿を動かすと一瞬の閃光がイレイズの横を通り過ぎた。

 

 「今度こそ!!」

 

 サーベルを逆袈裟から斬り上げ、インパルスに叩きつけると装甲を軽く抉る。

 

 後退するインパルスに追撃を掛けるようにサーベルを叩きつけ、お互いの剣がシールドの阻まれて弾け飛んだ。

 

 「ここで終わったんじゃ今までと同じだろう!!」

 

 アオイは思いっきりフットペダルを踏み込むと、インパルスに体当たりして吹き飛ばした。

 

 「インパルス―――ッ!?」

 

 体勢を崩した敵機に止めを刺そうとした瞬間、あの感覚が唐突に消え去った。

 

 「何で?」

 

 呆然とするアオイの隙をついてインパルスの放った突きにでコックピットを破壊されたイレイズは撃墜されてしまった。

 

 「くそ!! 何でだ!」

 

 苛立つようにシミュレーターの操縦桿を殴りつけた。

 

 あの弾けたような感覚。

 

 アレが何なのかは分からない。

 

 でもインパルスやセイバーが急激に動きが良くなるのはニ機のパイロットも同じ現象に襲われているからに違いない。

 

 つまりこれを使いこなせば奴らと対等に戦える。

 

 しかし何度やっても途中であの感覚は消えてしまうのだ。

 

 ダーダネルスから帰還した後、何度か訓練をしている時にあの感覚に襲われたのだが、約二十秒から三十秒程度で消えてしまう。

 

 長く持続できて一分くらいである。

 

 こんな短い時間ではインパルスもセイバーも倒せない。

 

 「くそ!」

 

 もう一度操縦桿を殴りつける。

 

 「俺じゃ駄目なのか……」

 

 「ずいぶん荒れているな、少尉」

 

 「中尉」

 

 シミュレーターのそばにはいつの間にかスウェンが立っていた。

 

 それだけ集中していたという事なのかもしれないが、変なところを見られてしまったようで気まずい。

 

 「……何故荒れているかは、聞かなくとも分かるがな」

 

 「すいません」

 

 ネオやスウェンにはあの感覚については話してある。

 

 もしかすると二人ならば知っているかとも思ったのだ。

 

 答えは分からないという事だったが。

 

 調べておくとも言われたので、その報告を待つしかないだろう。

 

 「少尉、俺から一つだけ言っておくことがある」

 

 「はい」

 

 「お前にどんな力があるのかは知らないが、そんなものに頼るな」

 

 アオイはスウェンの意外な発言に言葉を失った。

 

 アレが使えればインパルスにだって勝てるかもしれないのに。

 

 「いいか、確かに敵は強い。ミネルバのパイロット達は一筋縄ではいかない者達ばかりだ。だがそんな者達とも少尉は自身の技量で互角に戦ってきた。訳の分からない力に頼る事無くな」

 

 「それは……」

 

 「先の戦いでもインパルスと互角以上に渡り合えたのは、間違いなく少尉自身が訓練を怠らず鍛え上げてきたからだろう? いざという時に自分を支え、力になるのは鍛え上げた技量であり、戦い、生き延びてきた経験だ。いきなり手に入った力などではない」

 

 スウェンの言葉にアオイは目が覚めた思いだった。

 

 あの手強い相手を倒したから、いつの間にかあの力にすがっていたのかも知れない。

 

 あれなら勝てる、あれならやれると。

 

 だがそうじゃない。

 

 今までスウェンに教えられてきた事や訓練で鍛えてきた技術で敵と渡り合う事はできた。

 

 ならこれまで通り、それをさらに積み上げていけばいい。

 

 「少尉、お前は強い。今まで通りでいいんだ」

 

 「……ありがとうございます、中尉」

 

 あの力については多少気にはなるが、最後の奥の手くらいにでも考えておけばいい。

 

 やる事は変わらない。

 

 仲間を守る。

 

 その為にインパルスを倒す。

 

 アオイは一旦深呼吸すると再びシミュレーターに座った。

 

 今度はいつも通り、自身を鍛え上げる為に。

 

 

 

 

 豪華な部屋で椅子に座り、ワイン傾けながら端末を見ていたジブリールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

 はっきり言って面白くはない状況だった。

 

 特に中東あたりの戦況は芳しくない。

 

 さらに目障りなのがあのミネルバだ。

 

 各地を転戦して尽く、こちらの邪魔ばかりしてくる。

 

 本当に忌々しい。

 

 「……だがそれもこれが完成するまでだ」

 

 端末を切り替えるととある機体が映し出された。

 

 それはGFASーX1『デストロイ』のデータであった。

 

 これが完成すれば戦局を一気に引っくりかえし、調子に乗っている連中を片っ端から始末してやる。

 

 そこに通信が入ってきた。

 

 どうやらヴァールト・ルズベルクからのようだ。

 

 《ジブリール様、お久しぶりです》

 

 「前置きはいい、どうした?」

 

 《……ロドニアのラボで反乱が起きたようです》

 

 ジブリールは驚愕しながら立ち上がった。

 

 《しかも現在近くにはあのミネルバもおります。あそこを発見されると不味いのでは?》

 

 拳を机に叩きつける。

 

 不味いどころではない。

 

 「即刻ラボを破棄させろ!」

 

 《もちろんそう指示しましたが、上手くいかなかったようで》

 

 「役立たず共が!」

 

 ジブリールはしばらく考え込むように目を閉じると妙案でも浮かんだようにニヤリを笑みを浮かべた。

 

 「アレに行かせよう。最近手に入ったのだがテストがまだだったからな」

 

 《了解しました》

 

 通信が切れると同時にジブリールは椅子に座ってワインを傾ける。

 

 「せいぜい調子に乗っているがいい、デュランダル! 必ず叩き潰してやる!」

 

 憎悪の籠った声で、遥か遠くにいるだろう仇敵に吐き捨てた。

 



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第25話  ロドニアの戦い

 

 

 

 

 シンは憂鬱な表情でミネルバの甲板から外を眺めていた。

 

 港町というだけあって、海風が気持ちいい。

 

 ディオキアのいい場所だったが、ここもきれいな所だった。

 

 しかしそんな光景を見てもシンの心は晴れない。

 

 未だにセリスが目覚める様子がないからだ。

 

 その為に最近はずっと医療室に通い詰めだった。

 

 しかし長居していたのが不味かったのか、邪魔だと医務室から追い出されてしまったのだ。

 

 出来れば目覚めるまで付いていたかったのだが、邪魔であると医者から言われてしまったのでは反論する事は出来ない。

 

 手すりに肘をおいて外を眺めてため息をついていると、背後の扉が開いた。

 

 振り返った視線の先にいたのは、頭に包帯を巻いたジェイルだった。

 

 先の戦いで撃墜され、怪我を負ったジェイルはずっと医務室で治療を受けていた。

 

 ここにいるという事はもう良いという事なのだろう。

 

 「ジェイル、お前、目が覚めたのか」

 

 「……ふん」

 

 ジェイルは不機嫌そうに鼻を鳴らすとそっぽを向いた。

 

 相変わらず態度が悪い。

 

 苛立ちを抑えながら、シンもまた視線を外す。

 

 というかジェイルは普段からこんな感じだが、今日は一層機嫌が悪いらしい。

 

 ダーダネルスの戦いで乗機を落とされた事が余程ジェイルのプライドを傷つけたのだろう。

 

 だからと言ってこちらに苛立ちを向けてくるのは筋違いというものだ。

 

 八つ当たりされるこちらはいい迷惑である。

 

 「……はぁ」

 

 顔を突き合わせていても気分が悪くなるだけ。

 

 シンはそのまま艦内に戻ろうと歩きだした。

 

 「待てよ」

 

 甲板を出ようとしたシンの背中に声が掛けられた。

 

 声色からしても友好的な話だとは思えない。

 

 「なんだよ」

 

 「……予備で運び込まれたコアスプレンダー、今度から俺がアレに乗る事になった」

 

「コアスプレンダーに!?」

 

 あれはまだ調整中とか聞いていたけど、使えるようになったのだろう。

 

 となるとジェイルもインパルスに搭乗する事になる。

 

 「最初に会った時に言ったな。お前には負けない。必ずお前以上にインパルスを使いこなして見せる!」

 

 挑戦的な視線で見つめてくるジェイルにシンは苛立ちを隠す事無く睨みつけた。

 

 「お前達はこんな所でまた喧嘩か」

 

 一触即発の雰囲気の中で水を差すようにどこか呆れたような様子のレイが顔を出した。

 

 正直助かったかもしれない。

 

 あのままでは売り言葉に買い言葉。

 

 そのままでは殴り合いに発展していたかもしれなかったからだ。

 

 シンとジェイルに近づくといつも通りの表情で淡々と告げた。

 

 「シン、任務だ」

 

 「任務?」

 

 「ああ、すぐにブリーフィングルームに来るようにとの事だ」

 

 一体何の任務なのだろうか。

 

 ミネルバの出港にはまだしばらく時間が掛かる筈だ。

 

 詳しい話はそれこそ向うで聞けばいいとシンはあえてジェイルを無視して、レイと一緒にブリーフィングルームに向かう。

 

 ブリーフィングルームは閑散としており、中で待っていたのは副長であるアーサーのみだった。

 

 「来たな。早速任務の説明に入るぞ」

 

 席についたシンとレイにアーサーが周辺の地図を表示して説明を始めた。

 

 アーサーの話によればここからそう遠くないロドニアに地球軍の研究施設らしき場所があるらしい。

 

 最近まで何らかの動きがあったようだが、破棄されたと情報が入った。

 

 だが詳しい事情も分からず、確かめもせずに迂闊な判断はできない。

 

 未だに抵抗勢力が存在している、または何らかの兵器が残されている可能性もあるのだから。

 

 「調査任務かぁ」

 

 「そんな嫌そうな声出すなよ。今説明しただろ。もし何かあったら不味いんだからさ」

 

 アーサーが宥めるように言ってくる。

 

 理屈では分かっているのだが、乗り気がしない。

 

 というか自分に調査任務など向いていないのに。

 

 「シン、なんであれ任務だ」

 

 「……分かってるよ」

 

 立ち上がったレイに続くようにシンも立ち上がる。

 

 「そういえば、アレンやルナ達は?」

 

 「彼らにはミネルバの護衛に残ってもらう。ないとは思うが万が一にも襲撃があるかもしれないからな」

 

 「まあ、確かに」

 

 いくらなんでも全機で行く必要は確かにないだろう。

 

 あくまでもただの調査なのだから。

 

 気を抜くのは不味いかもしれないが、難しく考える事はない。

 

 そう結論づけると格納庫に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 ロドニアラボの件は当然ファントムペインの母艦であるJ.P.ジョーンズにも伝わっていた。

 

 施設で研究されていたのはエクステンデット関する事だ。

 

 ファントムペインにとっても無視できるものではない。

 

 しかし彼らは動く事が出来ないでいた。

 

 一番階級が上のユウナは部隊の再編成で手一杯。

 

 しかも軍の重要事項に関わる事を彼が任されるとも思えない。

 

 ならば判断を下すのはネオなのだが、彼は現在J.P.ジョーンズにはいない。

 

 彼はグラント・マクリーン中将に呼び出されているからだ。

 

 ロドニアの件に関して命令が来たわけではない。

 

 その話を小耳にはさんだスウェンにしても独断で動く気はなかった。

 

 「中尉、どうしたんですか?」

 

 シミュレーターに座るアオイが不思議そうにこちらを見ていた。

 

 訓練の途中に考え事をしていたのが、珍しかったのかもしれない。

 

 「なんでもない。それよりもずいぶん良くなってきた」

 

 「ありがとうございます」

 

 実際にアオイの動きは格段に良くなっている。

 

 それはスウェンの指導によるものではない。

 

 アオイ自身が訓練によって鍛え上げてきた結果だ。

 

 スウェンが最初からアオイに教えていたのは、一つだけ。

 

 相手の動きを読むという事だけだ。

 

 敵は黙って、動かない訳ではない。

 

 思考し、行動し、攻撃してくる。

 

 それを考慮しながら、先読みできれば相手がどれほど強敵でも互角以上に戦える事は前大戦においてスウェンが実証済みだった。

 

 実践できればアオイにとっても大きな力になる。

 

 そして最近これらの努力の結果がシミュレーターの数値にも表れてきたのだ。

 

 だが、これ以上の訓練はオーバーワークになってしまうだろう。

 

 休めと言いかけたところに、スティング達が歩いてきた。

 

 「アオイ、いつまで訓練やってんだよ。もういいからバスケでもしようぜ」

 

 アウルがボールを持って手を振っている。

 

 珍しい事にステラも一緒だ。

 

 また海でも見ようというのかもしれない。

 

 「行ってこい、少尉。これ以上訓練しても身につかないだろう」

 

 「……分かりました」

 

 アオイはシミュレーターから降りるとアウル達と甲板に向かって歩いて行く。

 

 丁度その時、上空から空母に下りてくる輸送機が見えた。

 

 輸送機が格納庫に入ってきて着陸する。

 

 扉が開いて中から下りてきたのはグラントと会っているはずのネオであった。

 

 「大佐!?」

 

 少し早すぎるような気がする。

 

 ネオが戻ってくるのはもう少し先のはず。

 

 「大佐、ずいぶん早いのですね」

 

 「……話事態は大した事ではなかった。それよりも何かあったのか?」

 

 「ロドニアラボの方でトラブルがあったそうです」

 

 「……それについてはすでに上の方で別部隊を送っているようだ」

 

 戻ってきたネオとスウェンが話をしている所を遠目で見ていたアオイは何か違和感のようなものを抱いた。

 

 ただそれが何かが良く分からない。

 

 「何やってるんだ、行こうぜ」

 

 「え、ああ」

 

 先に歩きだしたスティング達に追いつくようにアオイも歩き出す。

 

 もう一度だけネオ達の方を見る。

 

 でも艦橋に向かう二人の姿が見えるだけで、違和感の正体は未だに分からなかった。

 

 「アオイ、いこ」

 

 ステラがアオイの手を握って先を急かしてくる。

 

 そこでようやく違和感の正体に気がついた。

 

 ステラだ。

 

 いつもならステラがネオに駆け寄っていくはず。

 

 何度も見て来たが今回はそれが無かったのだ。

 

 「えっと、ステラ、大佐の所にはいかなくてよかったの?」

 

 「ん?」

 

 「何時もなら大佐の所に走って行くじゃない? 今日は行かなかったからさ」

 

 「いいの。いこ、アオイ」

 

 本人が良いなら別にアオイが言うべき事はないのだが、調子が狂うというか―――

 

 「はぁ、考えても仕方ないか」

 

 ステラに手を引かれながらアオイは甲板に向かった。

 

 

 

 

 ミネルバから発進したインパルスとザクファントムの二機は先が見えないほど深い森の中を慎重に進んでいた。

 

 周囲は静かで、レーダーにはなんの反応も無い。

 

 敵など危険なものはいないと思うが、奇襲を受ける可能性もある。

 

 周りを警戒しながら視線を動かしていく。

 

 「シン、見えたぞ」

 

 正面に大きめの施設が見えてくる。

 

 何の研究をしていたのかは知らないが、こんな場所で行う物など碌な研究では無いだろう。

 

 「施設周辺に危険が無い事を確認しだい中に入るぞ」

 

 「了解」

 

 ここまでおかしな事は無かった。

 

 シンが大丈夫だろうと判断しかけた瞬間、突然コックピット内に甲高い警戒音が鳴り響いた。

 

 「レイ!」

 

 「右方向だ!」

 

 インパルスとザクファントムが左右に飛び退くと砲弾が大きく地面を抉った。

 

 スラスターを吹かしながら、回避行動を取り、シンはモニターを注視する。

 

 そこには青い装甲を身に纏った機体が立っていた。

 

 GAT-X1022『ブルデュエル』

 

 エースパイロット用カスタマイズモビルスーツ開発計画。

 

 通称「アクタイオン・プロジェクト」に基づき、再製造されたデュエルを改修した機体である。

 

 武装はトーデスシュレッケンにスティレット投擲噴進対装甲貫入弾、スコルピオン機動レールガン、リトラクタブルビームガン、ビームサーベルとなっている。

 

 さらにブルデュエルの周りには数機ほど見た事のない機体が佇んでいた。

 

 形状はウィンダムに良く似ている。

 

 GAT-04b『フェール・ウィンダム』

 

 オーブ離反者から得た技術によりウィンダムを強化。

 

 さらにこの機体用に改良を加えたフォルテストラを装備した機体である。

 

 武装は基本的にウィンダムと同様だが、ビームマシンガンや腕部小型ビームガン、肩部三連ミサイルなど火力も強化されている。

 

 「新型かよ」

 

 何の妨害も無かったから、このまま終わるかと思ったけどそう上手くはいかないという事だろう。

 

 思わず舌打ちする、シン。

 

 「油断するなよ、シン」

 

 「分かってる!」

 

 敵機が弾けるように周囲に飛び、持っているビームマシンガンを構えて撃ちこんできた。

 

 インパルスとザクを囲むようにビームの雨が降り注ぐ。

 

 シンはシールドでビームを弾くと、ビームライフルでフェール・ウィンダムに狙いを付けた。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 トリガーを引こうとした瞬間、ブルデュエルが割り込んでくる。

 

 右肩に装備されたスコルピオン機動レールガンを放ちながら、ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。

 

 「こいつが隊長機かよ!」

 

 レールガンを避けながらターゲットを変更。

 

 ブルデュエルに狙いを付け、トリガーを引いた。

 

 完璧なタイミング。

 

 撃破は出来なくても、動きは鈍ったはず。

 

 そこにサーベルで斬り込んで、勝負をつける。

 

 だがそんなシンの思惑はあっさりと外れてしまう。

 

 ブルデュエルはシンが放ったビームを容易く回避すると、ビームサーベルを振りかぶった。

 

 「なっ、くそ!」

 

 敵機の予想外の動きにシンは驚きながらもシールドでサーベルを受け止めた。

 

 「このまま押し返す!」

 

 インパルスがシールドごと押し返そうとした瞬間、ブルデュエルは剣を引ひいた。

 

 「何!?」

 

 バランスを崩したインパルスに対しブルデュエルはリトラクタブルビームガンを至近距離から発砲してきた。

 

 「ぐっ、この!」

 

 機体をしゃがみ込ませ、ギリギリビームをやり過ごし後退しながらビームライフルで牽制する。

 

 しかし放たれたビームが敵機を捉える事無く、空中を薙いでいく。

 

 「流石は隊長機って事か!」

 

 舐めてたら、やられるのはこちらになる。

 

 視線をレイのザクの方に向けると、あちらもフェール・ウィンダムに手こずっているようだ。

 

 それにザクには飛行能力がない。

 

 エールストライカーを装備して空中を飛びまわるフェール・ウィンダムの方が有利だ。

 

 ここが足場のない海上よりは遥かにマシなのだろうが、やりづらいのは間違いない。

 

 フェール・ウィンダムは空中で旋回しながら、ザクのビーム突撃銃の射撃を回避すると、肩のミサイルを叩きこんでくる。

 

 「面倒な」

 

 レイは舌打ちしながらスラスターを吹かし、迎撃しながら後退するとブレイズウィザードの誘導ミサイルを撃ち込んだ。

 

 囲むように放たれたミサイルがフェール・ウィンダムに襲いかかる。

 

 しかし敵機は余裕を持って腕部小型ビームガンでミサイルを撃ち落とす。

 

 そして爆煙に紛れ、別方向からザクへと肉薄してきたフェール・ウィンダムがサーベルで突きを放った。

 

 視界が遮られた状態からの不意打ち。

 

 普通のパイロットであればそれで終わっていたかもしれない。

 

 だがレイは普通のパイロットではない。

 

 「舐めるな!」

 

 突き出されたサーベルを彼の直感に任せて機体を操作。

 

 肩のシールドで弾き飛ばすと、ビームトマホークを横薙ぎに斬り払った。

 

 相手はかわしきれないはず。

 

 だがビームトマホークはフェール・ウィンダムの腰部分を抉るのみに留まり、撃破するには至らない。

 

 「落とせなかったか」

 

 相手の反応が思った以上に速い。

 

 「雑魚ではないという事か」

 

 息つく暇も無く背後から回り込んだもう一機がビームマシンガンを撃ちこんでくる。

 

 連携も上手い。

 

 ザクが数機のフェール・ウィンダム相手に激闘を繰り広げていたすぐそばで、インパルスもまたブルデュエルと激突を繰り返していた。

 

 リトラクタブルビームガンの射撃を受け止めると、ビームライフルを撃ち返す。

 

 「このぉ! 落ちろ!!」

 

 こいつも強い。

 

 もしかするとカオスやガイア、アビスのパイロット達以上かもしれない。

 

 ブルデュエルのサーベルをシールドで弾きながらこちらもビームサーベルを叩きつける。

 

 互いの剣閃が火花を散らす。

 

 弾け合った瞬間にレールガンで牽制してくるブルデュエル。

 

 撃ち込まれたレールガンをやり過ごしながら歯噛みする。

 

 何とかレイの方に援護に向かいたいが、こいつが邪魔だ。

 

 「どけぇぇぇ!!」

 

 向かってくるブルデュエルに再び剣を向けた瞬間―――

 

 上空から撃ち込まれたミサイルがザクを囲んでいたフェール・ウィンダムの陣形を崩した。

 

 「なんだ!? 地球軍を撃ったという事は援軍?」

 

 シンの視界に入ったのは、自分でも良く知る機体、コアスプレンダーだった。

 

 その背後にはチェストフライヤー、レッグフライヤー、そしてフォースシルエットが追随している。

 

 「な、なんで!?」

 

 そこで出撃前にミネルバで話した事を思い出した。

 

 あれが来たという事は―――

 

 「下がってろよ、シン!」

 

 「やっぱり、ジェイルかよ」

 

 コアスプレンダーに乗っているジェイルは眼下に広がる光景を見てすぐに状況を把握すると、チェストフライヤー、レッグフライヤーを合体させる。

 

 そして一緒に飛んできたフォースシルエットを装備すると、VPS装甲が展開されて機体が色付く。

 

 紛れもない自分が乗っている機体インパルスだった。

 

 シンの機体とは違いダークブルーに染まっている。

 

 シン達が出撃した後でミネルバでもこのあたりでの戦闘を確認した。

 

 しかしミネルバはそう簡単に出港する事は出来ない。

 

 だから誰かが援軍に行く事になったのだが、ジェイルが無理やり志願した。

 

 何時までも怪我人扱いされるのは御免だし、早く機体に慣れたかったというのもある。

 

 ジェイルは即座に機体のチェックを済ませ、異常が無い事を確認するとフェール・ウィンダムの懐に飛び込んだ。

 

 即座に抜いたビームサーベルを上段から振り下ろす。

 

 一瞬の閃光がフェール・ウィンダムの右腕を斬り落とした。

 

 問題ない。

 

 思いのままに動く。

 

 出撃前にあの研究者達がまだ調整が済んでないなんて言っていたが、十分戦える。

 

 「新システムなんて必要無いんだよ!!」

 

 撃ち込まれたビームガンを回避しながら、袈裟懸けにビームサーベルを叩きこむ。

 

 横っ跳びで回避するフェール・ウィンダムにレイのザクファントムが回り込みビーム突撃銃で狙撃した。

 

 「施設を巻き込む訳にはいかないか」

 

 胴に直撃を受けたフェール・ウィンダムにレイはスラスターを吹かせシールドごと体当たりして弾き飛ばした。

 

 吹き飛ばされたフェール・ウィンダムは施設から離れた場所で爆発した。

 

 「シン、ジェイル、出来るだけ施設から引き離せ。爆発に巻き込まない様にな」

 

 「ああ!」

 

 「分かってるよ!」

 

 ジェイルはビームライフルを構えながら敵機を睨みつける。

 

 エールストライカーを噴射させ、空中を動きまわるフェール・ウィンダム。

 

 確かにシンやレイが手こずる訳だ。

 

 こいつらはかなりの強敵である。

 

 「……だからなんだ」

 

 脳裏に浮かぶのはダーダネルス戦における屈辱的な敗北の記憶。

 

 舞うように蒼い翼を広げて、こちらを圧倒するあの姿。

 

 思い起こす、それだけで湧きおこってくる、激しい怒りと憎悪。

 

 もう絶対に負けない。

 

 もう二度と!!

 

 そしてあの死天使を必ず落とす!!

 

 「俺がぁぁ!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾けた。

 

 今までに感じた事が無い感覚が全身に広がり、フェール・ウィンダムの動きが手に取るように分かる。

 

 撃ちだされた肩部ミサイルをCIWSで撃ち落とすと、爆煙の中からビームライフルで敵機を狙撃した。

 

 正確に放たれたビームがフェール・ウィンダムの右肩部を撃ち抜くと、腕ごと破壊する。

 

 「ここだぁ!!」

 

 バランスを崩したフェール・ウィンダムの胴体目掛けてビームサーベルを叩きこむ。

 

 突き出された剣がフェール・ウィンダムのコックピットを直撃するとジェイルはそのまま横に斬り払う。

 

 真っ二つされた敵機が森の中に落ちて爆発した。

 

 二機のフェール・ウィンダムが落とされた事で一気に形勢が有利になった。

 

 「今がチャンスだ!」

 

 ジェイルに負けるかとシンはフットペダルを踏み込んで、ブルデュエルに斬りかかる。

 

 逆袈裟から振るわれた剣閃がブルデュエルに迫る。

 

 だがブルデュエルはそれには応じず、後ろに飛んでサーベルをやる過ごす。

 

 そして肩部に装備してあるスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を引き抜きインパルスに向けて投げつけた。

 

 あの武装の事はデータで見た事がある。

 

 「受けては駄目だ!」

 

 操縦桿を引き、後退して回避するシン。

 

 だがさらにレールガンを撃ちこんでスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を爆発させるとそれに紛れてブルデュエルは反転した。

 

 それに合わせて後退していくフェール・ウィンダム。

 

 「逃げたのか?」

 

 不利だと悟ったのかもしれない。

 

 「くそ!」

 

 相手が手強かったとはいえ、結局倒せなかった。

 

 それにあのジェイルの動きはもしかすると―――

 

 「シン、油断するなよ。まだ敵がいるかもしれない」

 

 「あ、ああ」

 

 シンは切り替えるように頭を振ると、周囲を警戒し始めた。

 

 

 

 

 後退するブルデュエルに残ったフェール・ウィンダムから通信が入る。

 

 《後退してもいいのか?》

 

 明らかに不服そうな物言いである。

 

 しかし今回彼に指揮権は与えられていない。

 

 指揮を執っていたパイロットは後から来たもう一機のインパルスによってすでに死亡してしまった。

 

 戦力の低下に、指揮官の撃墜。

 

 不利と見たブルデュエルのパイロットは即座に撤退という判断をしたのだが、彼はそれが気に入らないらしい。

 

 フェール・ウィンダムのパイロットの質問に幼い声で返答があった。

 

 「……はい。命令である重要情報すべて破棄は完了しています。それにあれ以上の戦闘は無意味でした」

 

 ブルデュエルのパイロットは驚く事に少女だった。

 

 彼女が年端もいかない少女であるという事が余計にフェール・ウィンダムのパイロットの機嫌を損ねているようだ。

 

 だがそれは本人にはどうにもならない。

 

 なんであれ自分はあの判断が間違っていたとは思っていない。

 

 ミネルバが近くにいる事は聞いていた。

 

 だから別にザフトのモビルスーツが施設に来ても驚きは無い。

 

 奇襲をいう形で不意は付けたし、有利な状況のままなら戦い続ける事も可能ではあった。

 

 しかしそんな時こそ想定外というのは起こるものである

 

 それがもう一機のインパルスの存在だった。

 

 援軍として駆けつけて来たあの機体の戦闘力はもう一機と同様に厄介だった。

 

 最低限の目的は達成している以上、被害が大きくなる前に撤退すべきと判断したのだ。

 

 《確かに最低限の任務は果たしている。だが施設の破壊が出来なかった事は失態だ。そこは分かっているんだろうな、ラナ・ニーデル》

 

 ブルデュエルのコックピットの中で表情一つ変えず、ラナ・ニーデルは頷いた。

 

 「はい」

 

 《まあいい。最初にしては良くやった方だろう》

 

 「ありがとうございます」

 

 通信が途切れると同時にラナは表情を変えないまま、チラリと施設があった方角を見る。

 

 あれがインパルス―――マサキおじさんの仇だ。

 

 ラナの中に怒りと殺意が湧きおこる。

 

 今回はやむえず退いた。

 

 だが次は必ずこの手で止めを刺してやる。

 

 そしてザフトのすべてを叩きつぶす。

 

 その為に私は力を求めたのだから。

 

 静かに殺意を迸らせながらブルデュエルとフェール・ウィンダムは夜の暗闇に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 宇宙のシャトルの中でヘレンはセリスの戦闘データを閲覧していた。

 

 笑みを浮かべながら満足そうに頷く。

 

 予想以上の成果だった。

 

 しかも想定はしていたが、こんなにも早くフリーダムとの交戦データが手に入るとは幸運だった。

 

 今回I.S.システムの負荷が大きかった為か、彼女は意識が戻っていないらしい。

 

 「この辺の改良が必要ね」

 

 一度の戦闘で意識を失ってしまうのでは兵器として使えない。

 

 I.S.システムには幾つかのリスクが存在する。

 

 その一つがパイロットに対する負荷だ。

 

 特殊な催眠処置と投薬によってSEED発現状態を擬似的に再現する事が出来るこのシステムだがそれによってパイロットに多大な負荷を掛けてしまう。

 

 システムを使い過ぎればパイロットはあっという間に廃人になってしまうのだ。

 

 少なくともセリスはもう二、三回システムを使うだけでもう二度と目を覚まさなくなるだろう。

 

 そしてもう一つがシステムの不安定さである。

 

 システムを使用する為に催眠処置を施す際、ある程度パイロットの思考を操作する事ができる。

 

 今回セリスには命を脅かす敵機に対して異常な敵意を抱くように操作していたのだが、思わぬ形で戦闘中にI.S.システムが強制終了している。

 

 それによってどれ程の時間システムを作動させ続けられるのかという持続時間を計測する事が出来なかった。

 

 どうやらシン・アスカの声に反応したからのようだ。

 

 「これについても考えないといけないかしらね」

 

 彼の存在がセリスにとってマイナスになるようならば引き離す事も考えないといけない。

 

 予備として運び込まれたコアスプレンダーの方はもう少し改良を加えて情報を集める必要がある。

 

 「ジェイル・オールディスに処置は施したと報告もきているし」

 

 まだまだ改良を加えていかなければならないだろう。

 

 端末をさらに操作すると戦艦とモビルスーツのデータが表示される。

 

 これらの完成も近い。

 

 すべてが順調、焦る事は無いとデュランダルへの報告書をまとめ始めた。

 




フェール・ウィンダムは刹那さんのアイディアを参考にさせてもらいました。
ありがとうございました。

機体紹介更新しました。


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第26話  因果の場所へ

 

 

 

 

 

 ロード・ジブリールはいつも通りにワインを傾けながらモニターを眺め、報告を待っていた。

 

 どこか落ち着きがない素振りでグラスを傾けている。

 

 それにはもちろん理由があった。

 

 彼は最近手に入れた新しい駒に下した任務の成果を早く知りたかったのだ。

 

 あの駒の優秀さを事前に知らされていた事が余計に期待を抱かせたのである。

 

 何度目かのワインを口にすると端末から大きな音が聞こえてきた。

 

 待ちに待った瞬間にジブリールはニヤリと笑うと端末のスイッチを入れる。

 

 端末に映ったのはいかにも研究者と思われる白衣を着た男だった。

 

 《ジブリール様、ラナ・ニーデルが帰還いたしました》

 

 「報告しろ」

 

 白衣の男はつっかえながらも報告を開始する。

 

 報告はジブリールの満足するものではなかったが、及第点と言える内容だった。

 

 事前に期待を抱いていた事が彼に軽い失望を抱かせたのである。

 

 ジブリールの機嫌が悪くなった事を察したのか白衣の男はどこかおどおどしながら視線をさまよわす。

 

 それが余計に苛立ちを煽るのだが。

 

 「任務の報告はもういい。で、ラナ・ニーデルはどうなのだ?」

 

 《素晴らしいですよ、彼女は。最低限の強化処理だけで通常のエクステンデット以上の力を発揮しました》

 

 「ほう」

 

 通信が入って初めて笑みを浮かべるジブリール。

 

 それを見て白衣の男も安心したように息を吐いた。

 

 「それでその『彼女の量産』はどうなっている?」

 

 《……現在彼女のクローンを何体か作成しておりますが、本当に良いのですか?」

 

 ぎろりと睨むジブリールの視線に竦んだように後ずさる。

 

 だが研究者としての彼の立場がそのまま口を閉ざす事を拒む。

 

 《ク、クローンは、じゅ、寿命も含め色々と問題が―――》

 

 「それらの問題解決を含めて研究しろと言っているのだ! さっさと実戦で使えるようにしろ!!」

 

 《は、はい》

 

 怯える様にスイッチを切る研究者にジブリールは侮蔑するように吐き捨てる。

 

 「愚図めが。まあいい。これで仮にロアノークのエクステンデットが使えなくともデストロイに乗せる者は確保できた」

 

 予定では彼らを使うつもりだが、腹立たしい事に戦場で撃墜される可能性も無くはない。

 

 予備はいくらあっても良い

 

 いや、ラナの量産が完了すればそれだけで戦力は十分整う。

 

 後は「デストロイ」が完成しさえすれば、一気に戦局を押し返せる。

 

 「くくく、アハハハハ!!」

 

 その事を想像しながら、ジブリールは声を出して笑った。

 

 屈辱に歪む仇敵の顔を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 深い森の中に佇む施設は不気味なほど静まりかえっている。

 

 夜の暗闇が施設の不気味さを際立出せ、何かしらの怪談話で出てきそうな雰囲気である。

 

 ロドニアでの予想外の戦闘を切り抜けたシン達はこちらに向かっているミネルバが到着する前に内部調査を行う事にした。

 

 再び敵機が襲ってくる事も考えて外ではジェイルが警戒している。

 

 後は内部に何もなければ、調査もスムーズに進むはずだ。

 

 「何があるかわからない、注意しろ」

 

 「ああ」

 

 銃のセーフティーを外して周囲を窺いながらレイと共に施設の中に入っていく。

 

 どれほど歩こうと人がいるような気配は全くなく、足音だけが響くのみ。

 

 施設は完全に放棄された後のようだ。

 

 「やっぱり誰もいないよな。さっきの敵はここで何をしてたんだ?」

 

 「さあ。だがあの退き際から見て、すでに重要な情報は破棄されているのかもしれないな」

 

 「じゃあ、一歩遅かったって事か?」

 

 「あくまで可能性の話だ」

 

 ある程度見て回っても何もなく、聞こえてくるのは二人の足音のみ。

 

 「なんの施設だったんだ、ここは?」

 

 思案していたシンにレイから声がかかる。

 

 「シン、こっちだ」

 

 レイが見つけた通路を進んで、施設のさら奥へと足を踏み入れていく。

 

 まったく何でこんな気味の悪い場所に来ないといけないのか。

 

 思わず愚痴りそうになるのを堪えて通路を進んでいくと、比較的広い部屋に出た。

 

 普通なら暗くて何も見えないのだろうが、もう目が慣れてしまった。

 

 部屋の中に机やモニター、円筒状の水槽が所狭しと並んでいるのが確認できる。

 

 「ここって研究室か?」

 

 周囲に視線を走らせて見るが、散乱している実験器具なのだろうか。

 

 物を見てもどう使うのかすらさっぱり分からない。

 

 「まだ奥があるみたいだけど、どうす―――」

 

 シンの言葉は最後まで続かなかった。

 

 振り返った先にはレイが何時もとは違う、どこか怯えたような表情で立ちすくんでいるのが見える。

 

 「レイ、どうした?」

 

 「あ、あああ」

 

 そのままレイは呼吸も荒く床に蹲ってしまう。

 

 「お、おい、レイ! どうしたんだよ!?」

 

 慌てて駆け寄ってレイの肩を揺さぶるが反応がない。

 

 こちらに対する返答はなく、別の場所を怯えたように見つめているだけだ。

 

 「一体どうしたんだよ!?」

 

 もしかしてここには何かあるのか?

 

 だとしたら自分も不味い。

 

 シンはレイを担ぐと急いで施設を飛び出した。

 

 外に待機していたジェイルが驚いたようインパルスのコックピットから顔を出す。

 

 「どうした!?」

 

 「分からない! レイが急に様子がおかしくなった! ジェイル、ミネルバに連絡を入れてくれ!!」

 

 焦ったシンの様子にジェイルも茶化す事無くコックピットからミネルバに連絡を入れた。

 

 幸いだったのは戦闘を確認していたミネルバもすでに近くまで来ていた事だっただろう。

 

 「もうすぐ来るそうだ。レイの様子はどうだ?」

 

 シンはザクの足元に座らせたレイの表情を見る。

 

 顔色は悪く、未だに苦しそうである。

 

 「そうか。とにかく施設に入らず外で待機していろとの事だ。そういやお前はどうなんだよ」

 

 「俺は別に」

 

 シンの体には今のところ不調があるわけでもなく、息苦しさもない。

 

 では何故レイはこうなったのか。

 

 これ以上考えても答えが出る事はなく、出来る事はミネルバの到着を待つ事だけだ。

 

 そう結論を出したシンとジェイルは軽口も叩けない気まずさの中、早く来てほしいと祈りながらミネルバを待ち続けた。

 

 

 

 

 ミネルバが到着すると、すぐに施設内の危険なウィルスやガスが充満していないかの調査が行われた。

 

 突然苦しみ出したレイの様子から、施設内に危険な物質が散布されているのではないかと疑われたのである。

 

 結果―――

 

 施設の中に危険なウィルスなどは一切確認される事はなかった。

 

 安全と判断したタリアはそのままアレン、リース、アーサーを連れて施設内の調査を行う事にした。

 

 無論タリア達以外にも調査する者達は派遣されており、この施設全体を把握するのにそう時間はかからないだろう。

 

 タリアを先頭に先ほどシン達が見つけた通路の奥に進んでいく。

 

 不気味さが漂う施設内を誰もが口を開く事無く歩き続けていると扉の奥から嫌な臭いが漂ってくる。

 

 異臭とでもいえば良いのだろうか。

 

 とにかく酷い臭いである。

 

 「うっ、何ですかこの臭いは」

 

 アーサーは臭いにあてられたのか、顔を真っ青にしている。

 

 普段表情を見せないリースでさえも、顔を顰めていた。

 

 湧きあがってくる吐き気と戦いながら、先に進んでいくとそれは突然現れた。

 

 重なる様に倒れ込む死体。

 

 しかもその内の一つは子供の遺体だった。

 

 周囲を持って来た明かりで照らすと似たような死体がごろごろと転がっている。

 

 「一体何があったのかしら?」

 

 タリアの呟きに答えられる者は誰もいない。

 

 さらに調べを進めようとした時、突然後ろにいたアーサーが叫び声を上げる。

 

 「うわああああ!!」

 

 「副長!?」

 

 咄嗟に反応したアレンとリースがアーサーに駆け寄るとそこにはガラスケースに収められた子供の死体が見えた。

 

 「なんなんですか、ここは!?」

 

 アーサーがそう叫びたくなるのも無理はない。

 

 ここは真っ当な施設ではない。

 

 いくらなんでも常軌を逸している。

 

 「なんらかの実験施設でしょうね。おそらくエクステンデットの。この惨状は反乱でも起きたと言ったところでは」

 

 アレンは傍に落ちていた拳銃を拾ってアーサーに見せる。

 

 おそらくアレンの言う通りだろう。

 

 そこら中に落ちている拳銃やナイフ、そして壁に残されている銃創などがここで何があったのかを物語っている。

 

 なにか他に手がかりがないか、机の引き出しなどを確認するが何も出てこない。

 

 「情報なんかもすべて破棄された後みたい」

 

 リースはすばやく端末を操作しながら、報告してくる。

 

 これ以上ここにいても何も出てこないようだ。

 

 ならばさっさとこんな場所から出たい。

 

 下手をすれば夢に出てきそうなほど、酷い場所である。

 

 「これ以上ここにいても仕方ないわ。ミネルバに戻って他の調査隊の報告を待ちましょう」

 

 「は、はい」

 

 口元を押さえながらアーサーは急ぎ外に向かって歩き出す。

 

 タリアもそれに続き、リースも立ち去ろうとした時、アレンだけが今だ部屋の中に佇んでいる事に気がついた。

 

 「アレン?」

 

 リースが近寄ると、アレンは倒れている子供の死体の前で拳を強く握りしめている。

 

 必死に怒りを抑えるように。

 

 リースは握りしめられたアレンの手を包み込むように握るとこの場に似つかわしくないほど優しげな笑みを浮かべた。

 

 「アレンは優しい。彼らの事でそんなに怒るなんて」

 

 「……優しい訳じゃない。ただ少し昔を思い出しただけだ。俺達も戻るぞ」

 

 アレンはリースの手を振りほどくと外に向かって歩きだす。

 

 その背中をリースはどこか熱に浮かされたような表情で見つめていた。

 

 不気味なほどの笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 施設から戻ったシンは検査が終わると、ため息をつきながら赤い制服を羽織る。

 

 危険な可能性があったというのは分かるが、こちらは何とも無いのだからもう少し早めに終わってもいいような気がする。

 

 仕切られたカーテンを除けると、ちょうど隣のベットから降りてきたレイと鉢合せした。

 

 「レイ、もう大丈夫なのか?」

 

 「ああ、迷惑をかけたな」

 

 レイの顔色は施設にいた時よりもだいぶ良いようだ。

 

 でも何でレイだけがあんな事になったのだろう?

 

 重ねて質問しようとした時、アレンが入ってきた。

 

 サングラスの下からでも表情が固い事が分かる。

 

 「レイ、体の調子はどうだ?」

 

 「ええ、もう大丈夫です。施設の調査の方はどうなっていますか?」

 

 「もうすぐ終わるだろう。ただ重要な情報などはすべて処分されているようだがな」

 

 おそらく攻撃を仕掛けてきた連中の仕業だろう。

 

 もう少し早く駆けつけていれば、情報も手に入ったかもしれないが。

 

 「それよりもアレンは平気だったのですね。施設に入っても」

 

 どういう意味だ?

 

 レイが探るような鋭い視線でアレンを見ている。

 

 そういえばこの二人は前からの知り合いだとか言っていたが―――

 

 「……平気ではなかったさ。それより、もう此処には用はない。ミネルバはこのままジブラルタルに向う事になる。準備をしておけ」

 

 どうやら自分達の様子を見にきただけだったようで、アレンはそのまま出ていってしまった。

 

 「準備って、つまり」

 

 「敵が来るという事だ」

 

 敵、つまり地球軍。

 

 そして彼らも来るに違いない。

 

 アークエンジェルとフリーダム。

 

 再び彼らとまみえた時、どうするのか決められないまま、シンは立ち上がった。

 

 

 

 

 地上での戦いはさまざまな要因から物量で勝る筈の地球軍が劣勢に追い込まれていた。

 

 そして宇宙でもまた同様に散発的な戦闘のみとはいえ、ザフトが優勢であった。

 

 テタルトスは完全に防衛のみに集中している為に戦闘行動自体ほどんど行っていない。

 

 その期を逃さないよう宇宙での動きを鈍らせた地球軍を牽制する為、ザフトは活発に動いている。

 

 そんな宇宙での動きを観察しながらドミニオンのブリッジでは今後の事を話し合っていた。

 

 「さてどうするか……」

 

 「前回の調査での収穫もリストのみでしたし、さらに宇宙で地球軍が押されている所為でこちらも動き難くなりましたからね」

 

 キラがこの辺りの宙域図をみながら呟いた。

 

 ザフトが動いている理由は地球軍の事だけでなく、ドミニオンの動きを探る目的もあるのだろう。

 

 「何かの手がかりがあるかもしれないメンデルはザフトに張られているでしょうしね」

 

 現最高評議会議長ギルバート・デュランダルが遺伝子学者である事は調べがついている。

 

 遺伝子といえば放棄されたコロニーメンデルが思い浮かぶ訳だが、それは向うも承知済みだろう。

 

 あそこを調査するのは他に手がかりが得られない時の最後の手段である。

 

 「あの、この前指摘された件はどうでしょうか?」

 

 オペレーターの一人が宙域図になにかの航路を表示した。

 

 「この話か……」

 

 ドミニオンが調査を行っている際に指摘されていた事がある。

 

 それがドミニオンの目的である場所の出入りについてだった。

 

 いかに極秘の場所であろうとも必ず人の行き来は行われているはずである。

 

 それが指摘され調査が開始された時からずっとプラントから出ていく輸送艦などを張っていたのだが、最近ようやくその成果が出た。

 

 つまりどこに行くのか行方がつかめない艦を見つけたのだ。

 

 「確かに手がかりではあるかもしれないが……」

 

 「罠の可能性もありますね」

 

 罠の場合多数の敵が待ち構えている事になる。

 

 そんな中に飛び込むのは危険だ。

 

 しかし他に手がかりがないのも事実。

 

 「ドミニオンはここで待機していてください。カゲロウはドミニオンの護衛を。調査には僕が行きます」

 

 「待て、今までとは違う。これが当たりでも罠でもそれ相応の防衛戦力がいるはずだぞ」

 

 「しかし今は他に手がかりはありません。それに次の機会を待っている余裕もない」

 

 ナタルにも他の代案はない。

 

 リスクはあるがいつも通りキラを信じるしかないだろう。

 

 彼ならば大丈夫だという強い信頼もある。

 

 キラとアストはたった二機で前大戦の激戦の中、アークエンジェルを守り抜いてきたのだから。

 

 「分かった、頼むぞ」

 

 「了解」

 

 ドミニオンから発進したレギンレイヴは目的の輸送艦の航路付近に向かって移動する。

 

 途中でザフトに見つからないように慎重に。

 

 こちらはお尋ね者なのだから。

 

 航路近くのデブリに紛れ、機体を隠しながら輸送艦が来るまで待機する。

 

 「上手くいくといいけどね」

 

 キラとしても隠れながらの探索にそろそろ決着をつけたい。

 

 戦線は拡大され続け、戦争は激化している。

 

 いい加減にしないとアネットあたりに説教されそうだ。

 

 そしてラクスからも―――いや、怖い事を考えるのはやめておこう。

 

 無駄な事を考えていた丁度その時だった。

 

 コックピットの甲高い音が鳴り響く。

 

 「来た」

 

 モニターに何隻かの輸送艦が見えた。

 

 防衛にザクやグフといった最新機もついている。

 

 後は見つからないように追跡すればいい。

 

 キラは距離を保ちながら追跡を開始した。

 

 「それにしても結構な規模だな。もしかすると本当に当たりかもしれない」

 

 だが同時に懸念も生じる。

 

 輸送戦にこれだけの部隊をつけているという事は目的地にはこれ以上の戦力がいてもおかしくない。

 

 それをドミニオンだけで攻めるのは厳しいだろう。

 

 しばらく移動する輸送艦を追尾していると、突然キラは何かを感じ取った。

 

 何か殺意のようなもの。

 

 それを感じ取った途端、思いっきりフットペダルを踏み込んだ。

 

 レギンレイヴのスラスターが全力で噴射され機体が前方に加速する。

 

 次の瞬間、レギンレイヴのいた空間をビームの閃光が薙いでいった。

 

 だがそれで終わりではない。

 

 次々と撃ち込まれてくるビーム。

 

 どれも正確にこちらを狙ってくる。

 

 機体をさらに加速させて振り切るとキラはビームを撃ち込んだ敵機を探す。

 

 「あれは……」

 

 見ればザフトの機体ザクに良く似ている。

 

 それだけならば、ただ新型であると流せていたのかもしれない。

 

 だがあの機体を見た瞬間、キラは全身が強張るのを感じた。

 

 忘れた事などない。

 

 彼の嘲笑は未だに耳に残っている。

 

 レギンレイヴの前に立ちはだかる機体は背中のバックパックがあまりにも特徴的だった。

 

 ZGMF-X3000Q『プロヴィデンスザク』

 

 新型ドラグーンシステム性能実証の為に製造された機体である。

 

 武装は高エネルギービームライフルと背中のバックパックに突撃ビーム機動砲、つまりドラグーンシステムを装備している。

 

 その造形はザクの面影を残しているものの、見ればやはりあの機体プロヴィデンスを思い出す。

 

 キラは苦い記憶を押し殺し、応戦に出ようとする。

 

 だがレギンレイヴに気がついた輸送艦の護衛であるザクやグフが襲いかかってくる。

 

 「チッ!」

 

 囲むように攻撃を加えてくるザクやグフにミサイルポッドからミサイルを放出する。

 

 撃ち出されたミサイルが一斉に敵機に襲いかかり、大きな爆発を引き起こした。

 

 その隙に機体を操作してスラスターユニットを排除すると、両手に小型ビームライフルを構えてトリガーを引いた。

 

 撃ち出されたビームが敵機のコックピットを撃ち抜いていく。

 

 さらにブルートガングを展開してザクのコックピットを突き刺し、腰のビームガンでグフの頭を潰した。

 

 それを見ていたグフはある程度の距離を置いてスレイヤーウィップをレギンレイヴに放ってくる。

 

 不規則な軌道で迫る鞭をバレルロールしながら回避して懐に飛び込むとブル―トガングで腕を斬り裂き、背中のレール砲で吹き飛ばした。

 

 キラが敵機に構っている間に輸送艦が離脱していく。

 

 「くそ、逃がす訳には―――ッ!?」

 

 全身に駆け抜ける感覚。

 

 それに従って操縦桿を操ると四方から撃ち込まれてきたビームを回避する。

 

 どこからなど考えるまでも無い。

 

 あの機体のドラグーンだ。

 

 正確に操られたドラグーンがレギンレイヴを狙い撃とうと次々とビームの雨を降らせてきた。

 

 スラスターを巧みに使い、ビームをすべて紙一重で避けていく。

 

 装甲にビームを掠め、浅く傷がついていくがキラの表情は変わらない。

 

 この程度は前大戦で経験済みだったからだ。

 

 冷静にビームライフルで動きまわるドラグーンを狙い撃つ。

 

 ライフルから放たれたビームが機動砲を撃ち落としていく。

 

 そのまま機体を半回転させ背中のレール砲を構えて、プロヴィデンスザクを牽制しながら距離を取った。

 

 「このまま敵機を振り切って輸送艦を追う!」

 

 距離を取ったまま、キラは機体を反転させ離脱を図る。

 

 しかしそう上手くはいかない。

 

 急速に接近してきたプロヴィデンスザクが撃破されたグフからテンペストビームソードをもぎ取るとレギンレイヴに振りかぶってきたのだ。

 

 「速い!?」 

 

 キラは咄嗟に後退すると振りかぶられたビームソードをやり過ごした。

 

 だが今度は返す刀で下段から逆袈裟に振り上げてくる。

 

 その斬撃が左手に持っていた小型ビームライフルを斬り裂いた。

 

 「この!」

 

 破壊されたライフルを投げ捨てるとビームサーベルで斬り込んでいく。

 

 横薙ぎに叩きつけられた剣をプロヴィデンスザクは肩部に装着されているシールドで受け止め、弾けあった二機が再び剣閃を迸らせた。

 

 スラスターを吹かし、高速で二機がすれ違う。

 

 機体性能は間違いなくプロヴィデンスザクの方が上だ。

 

 この力は核動力に間違いない。

 

 「まともに受ければそれだけで押し切られる!」

 

 キラは巧みにシールドを使って敵の攻撃を流していくが、敵機はそれすら見越しているかのようにドラグーンを使ってこちらの動きを誘導してきた。

 

 誘導された先にはザクやグフが待ち構えて、攻撃を加えてくる。

 

 迫るのはオルトロスやドラウプニル四連装ビームガン。

 

 並みいる砲撃を避けつつ敵機に肉薄するとサーベルで砲身や腕を斬り飛ばしながら、思わずキラは舌打ちした。

 

 完全にあの機体に誘導されている。

 

 このままでは駄目だとビームトマホークで斬りかかってきたザクを一蹴。

 

 機体をプロヴィデンスザクの方に向き直らせライフルで狙撃するが軽々とかわされてしまう。

 

 「厄介な!」

 

 そこで違和感に気がついた。

 

 この敵の戦い方をキラは知っている。

 

 ドラグーンを掻い潜り、プロヴィデンスザクにサーベルで突きを放つ。

 

 渾身の突きを読んでいたかのようなタイミングでシールドを掲げて防ぐプロヴィデンスザク。

 

 そこで敵機のパイロットの声が聞こえてきた。

 

 「聞こえているかな、キラ君」

 

 「貴方は……クロード!?」

 

 プロヴィデンスザクに搭乗していたのは前大戦の最終決戦においてキラと死闘を繰り広げたクロードだった。

 

 あの時は何とも思わなかったが彼の声はあのデュランダルに良く似ている。

 

 一体何者なのだろうか?

 

 何故クロードがザフトの機体に乗っているのか?

 

 疑問が脳裏を駈け巡る。

 

 「久しぶりだね、キラ君。相変わらずの腕前だ、素晴らしい。その様子だとあの時言った私の言葉を聞いてくれたようだね」

 

 「くっ」

 

 巧みに操られたドラグーンによってレギンレイヴの装甲が傷つけられていく。

 

 「輸送艦を追尾していたという事は目的は『アトリエ』か。なるほど」

 

 「『アトリエ』?」

 

 「君の探し物の名前さ」

 

 「なんでそんな事を!?」

 

 「まあ色々思う所もあってね。すべてあの女狐の思惑通りに事が運ぶのも面白くない。たまには良い薬だよ」

 

 愉快そうに笑うクロードの言葉にキラの視線も鋭くなる。

 

 「ではやはりセリス・ブラッスールを誘拐したのは、貴方達か!?」

 

 キラの質問には答えず、、クロードはレギンレイヴにビームソードを叩きつけてくる。

 

 それを流しながら逆にサーベルを斬り上げる、キラ。

 

 二つの光刃が機体の装甲を傷つけていく。

 

 昔戦った時と同じだ。

 

 押しきれない。

 

 ビームライフルによる攻撃をシールドで弾きながら、ドラグーンを回避する。

 

 しかしキラは徐々に追い込まれていた。

 

 クロードだけでも厄介だというのに、他の敵機も相手にしなければならない。

 

 このままではやられてしまうだけだ。

 

 バッテリーを消費しないレール砲とブルートガングを駆使して、何とか打開策を模索しようとする。

 

 しかし背後からブレード状の機動砲が脚部に叩きつけられバランスを崩してしまった。

 

 「くっ」

 

 プロヴィデンスザクがビームライフルを構えてこちらを狙っていた。

 

 「不味い!?」

 

 バランスを崩しながらもキラはシールドを掲げて防御態勢に入った瞬間―――別方向から放たれたビームにドラグーンが撃ち落とされた。

 

 「なんだ!?」

 

 「あれは……」

 

 二人が振り返った先にいたのはイージスの面影を持つ、紅き機体ガーネットだった。

 

 「テタルトスか?」

 

 「なんでこの場所に?」

 

 ガーネットの背後からはテタルトスの戦艦クレオストラトスが見える。

 

 ハッチが開きジンⅡとフローレスダガーが出撃してくると輸送艦の護衛部隊と戦闘に入った。

 

 ジンⅡの構えたビームクロウと斬り結ぶザク。

 

 その背後からはバーストコンバットを装備したフローレスダガーの一撃が敵を薙ぎ払っていく。

 

 当然ザフトもやられっ放しではない。

 

 ライフルや剣を構えて応戦していくがレギンレイヴとの戦闘で数を減らしていたザフトはじわじわとテタルトスに押されていく。

 

 「いくぞ!」

 

 他の機体に指示を飛ばしていたアレックスは自身もまた戦闘を開始する。

 

 フッポペダルを踏み込み背中のウイングコンバットを吹かすとプロヴィデンスザクに斬り込んだ。

 

 袈裟懸けに迸る剣閃。

 

 クロードはその斬撃を紙一重でやりすごすと、お返しとばかりにテンペストビームソードを下段から振り上げた。

 

 「まだ!」

 

 下からの斬撃を機体を横に流してやり過ごしたアレックスは右足のサーベルを展開すると、そのまま蹴りを放つ。

 

 クロードはガーネットの蹴りを後退して回避するとビームライフルで誘導しながら囲むようにドラグーンを配置する。

 

 「ドラグーンか!? こんなもので!」

 

 前大戦ではこの兵器に手酷くやられた。

 

 しかし今の自分は昔とは違う。

 

 アレックスはシールドでビームを弾きながら、ライフルで動き回るをドラグーンを破壊、プロヴィデンスザク目がけて両足のサーベルを蹴りあげた。

 

 クロードはガーネットから繰り出されるサーベルをスラスターを使って流しながら、素早く周囲を見渡した。

 

 テタルトスの機体に落とされていくザクやグフ。

 

 残った機体が落とされるのも時間の問題だろう。

 

 最低限の仕事はこなしたのだから、後退したところで文句は言われまい。

 

 クロードはレギンレイヴにドラグーンを差し向け、持っていたテンペストビームソードをガーネットに向けて投げつけるとビームライフルで撃ち抜いた。

 

 「くっ」

 

 至近距離で破壊されたビームソードの爆発に視界を塞がれたアレックスは咄嗟に後退して爆煙から離脱を図る。

 

 爆煙が晴れた先にプロヴィデンスザクの姿は無い。

 

 敵の後退を確認したキラは輸送艦が向かった方向をチラリと見ると、紅い機体に向き直る。

 

 何でここにテタルトスがいるのかは分からない。

 

 出来れば彼らと事を構えたくはないが―――

 

 バッテリー残量を確認しながら、ゆっくり近づいてくるガーネットに警告のつもりでライフルを構えた。

 

 トリガーに指を掛けた時、ガーネットから通信が入ってくる。

 

 《その黒い機体に乗っているのは、キラ・ヤマトだな?》

 

 その声を忘れる筈はない。

 

 幼いころからの友人であった者の声なのだから。

 

 「……アスラン・ザラ」

 

 キラの声に一瞬だけ躊躇うように、声を詰まらすと切り替える様に咳払いする。

 

 その様子が容易に想像できたキラはこんな時にも関わらず微笑ましくなった。

 

 どうやら彼はあまり変わっていないらしい。

 

 《こちらはテタルトス月面連邦軍、アレックス・ディノ少佐だ。君達に話がある》

 

 「話?」

 

 《君達にプラント極秘施設に対する作戦の共同戦線を申し込みたい》

 

 「なっ」

 

 アレックスの言葉に驚愕すると同時にキラは操縦桿を強く握る。

 

 宇宙もまた大きな戦いが始まろうとしていた。

 

 



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第27話  嵐の前触れ

 

 

 

 

 デブリの陰に隠れながらドミニオンはテタルトスから指定されたポイントに移動していた。

 

 アレックスからの提案を聞いたキラはドミニオンに帰還、共同戦線の件をナタル達に話した。

 

 話し合いの結果、ドミニオンはテタルトスの提案を受ける事にした。

 

 もちろん理由はいくつかある。

 

 その一つが先の輸送艦の件である。

 

 クロードの発言や防衛部隊の規模を考えるとあれが『アトリエ』に向っていたのは間違いなかった。

 

 だが今回襲撃を受けた事でプラント側が警戒を強くしたのもまた事実である。

 

 当然輸送艦のルートは変更され、護衛の部隊もさらに増強されただろう。

 

 同じように追跡しようとしても、向うもさせないように防備を敷くはず。

 

 つまり同じ手は使えない。

 

 しかもある程度の位置が絞れたとはいえこちらは『アトリエ』の正確な場所を特定できた訳ではない。

 

 それに引き換えテタルトスの方は何かしらの情報を握っているのは確か。

 

 でなければ共同戦線の提案などしてこないだろう。

 

 そしてもう一つの理由が敵の戦力である。

 

 輸送艦の防衛部隊でさえもかなりの数が確認されていた。

 

 となれば重要施設である『アトリエ』にはそれ以上の戦力が配置されている可能性が高い。

 

 仮にドミニオンが『アトリエ』の場所を掴んだとしても単艦で戦うのは自殺行為である。

 

 いくらキラが卓越した技量を持っていたとしても単機では限度がある。

 

 しかもクロードがいるとなればなおさら厳しいのは考えるまでも無い。

 

 だからあえてナタルは賭けに出た。

 

 ある程度のリスクは承知の上でテタルトスの申し出を受ける事にしたのだ。

 

 「もうすぐ指定されたポイントです」

 

 「前方に戦艦四隻を確認、テタルトス軍プレイアデス級一、ヒアデス級二、そしてエターナルです」

 

 ブリッジのオペレーターが息をのんだ。

 

 気持ちは分かる。

 

 あれだけの戦力を用意しているとは、それだけテタルトスが本気という事だ。

 

 「プレイアデス級の横につけろ」

 

 「了解」

 

 ナタルは息を吐き出すと気を引き締めて艦長席から立ち上がった。

 

 キラと数名の部下と共にクレオストラトスに乗り込むと、出迎えにアレックスが待っていた。

 

 ナタルやキラ達が敬礼すると向うも敬礼を返してくる。

 

 「ドミニオン艦長、ナタル・バジルールです」

 

 「この部隊を指揮しているアレックス・ディノ少佐です」

 

 一緒についてきた部下達が目の前にいる若者が指揮官である事に驚いている。

 

 ナタルは事前に話を聞いていた事もあり驚きも無く、差し出された手を握った。

 

 キラは極力感情を押し殺しアレックスの姿を見ていたが、彼の後ろに立っている男に驚愕してしまった。

 

 何故ならキラが知っている、死んだはずの男だったからだ。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 キラ、そしてアストと砂漠で死闘を繰り広げた男だ。

 

 彼は初めから気が付いていたのかウインクしながら笑みを浮かべている。

 

 生きていたのか―――

 

 どこかホッとしたような気分になりながら、それを悟られないように視線を外す。

 

 お互いの自己紹介を済ませるとブリーフィングルームに案内されたナタル達が席につくと作戦に関する話し合いが始まる。

 

 アレックスがモニターの前に立つと席に座った全員を見据えた。

 

 「さて早速今回の作戦についてのブリーフィングを行いたいと思います。質問等は最後に纏めてお願いします。作戦目的はプラント極秘重要施設の制圧、最悪破壊すること。場所はすでに判明しています」

 

 設置されているモニターに宙域図が表示される。

 

 示された場所はキラ達が追尾していた艦が向っていたさらに先―――L3とL5の境目だった。

 

 「この場所にある無数のデブリの中に―――普段はミラージュ・コロイドで姿を隠しているようですがコロニー状の施設が存在し、ザフトの輸送艦や護衛部隊が入っていくのを確認しています。当然それ相応の防衛部隊が配置されている事も把握済みです」

 

 モニターにデータが表示されると、キラ達は僅かに顔を顰めた。

 

 予想通り結構な敵の数。

 

 これを突破するのは容易ではない。

 

 テタルトスの部隊がいかに精強でも、苦戦は免れないだろう。

 

 「そこで今回は部隊を二つに分け、正面から攻める部隊が敵を引きつけ、そして反対方向から別部隊が奇襲を仕掛ける。そしてドミニオンには奇襲部隊に加わってもらいたい」

 

 「了解しました」

 

 「ただこの施設は新型の開発を行っているようですので、その辺も注意してください。それからこちらも試作型を投入する事になる。該当するパイロットは後でマニュアルなどよく確認しておく事。何か質問は?」

 

 話を聞いていたナタルは質問の為に手を挙げる。

 

 「よろしいでしょうか?」

 

 「どうぞ」

 

 「今回の作戦目的ですが、施設の制圧はともかく破壊するのは我々としては―――」

 

 アレックスは分かっていると言わんばかりにナタルの言葉を手で制した。

 

 「そちらの事情は承知しています。こちらも目的自体は同じなのですから。あくまでも破壊するのは最悪の場合のみです。ドミニオンを奇襲部隊に加わって貰ったのはコロニー内に突入してもらう事も考慮した結果です」

 

 「なるほど」

 

 つまりこの作戦ではテタルトスの方でもコロニー内の侵入を考えているという事だ。

 

 「では作戦内容は以上です。詳しい概要はデータで送っておきますので、作戦前にもう一度確認しておいてください」

 

 アレックスが話しを纏めると会議は解散になった。

 

 ナタル達がもう少し話を詰める為、テタルトスの士官達と会話している間にキラはブリーフィングルームを出た。

 

 今回は厳しい戦いになる。

 

 しかも敵にはあのクロードがいるのだ。

 

 気を引き締めなければと思いながら通路を歩いていると声を掛けられた。

 

 「キラ」

 

 振り返った先にはアレックスが立っていた。

 

 二人で顔を合わせるのはいつ以来だろうか。

 

 ヘリオポリスで再会してから碌に話す暇も無く敵として戦ってきた。

 

 こうして正面から向き合うと何を言っていいのか分からない。

 

 気まずい雰囲気ではあるが、今はもう敵同士ではなのだ。

 

 少なくとも今回は一緒に戦う事になる。

 

 気まずいままでは良くないかとキラは笑みを浮かべ、努めていつも通りに話しかける事にした。

 

 「久しぶりだね。アス―――いやアレックス」

 

 その意図を汲み取ったのかアレックスもいつも通りに話をする事にした。

 

 「ああ。お前も元気そうだな、キラ」

 

 メンデルで別れて以来、もうこんな風に話事などないと思っていただけに再び会話を交わしているのがなんとも不思議な感じである。

 

 「少し聞きたい事がある」

 

 「答えられることなら」

 

 「奴は―――アスト・サガミは何故ザフトにいる?」

 

 その質問にキラは何も答えない。

 

 重ねて質問をしようとしたアレックスに別の人物が近づいてきた。

 

 「アレックス」

 

 「セレネ、どうした?」

 

 アレックスの傍に来たのはマユと同じくらいの長い黒い髪が特徴的な美しい少女だった。

 

 セレネと呼ばれた少女はキラに気がつくと、笑みを浮かべて手を差し出した。

 

 「セレネ・ディノです」

 

 「えっ、ああ、キラ・ヤマトです。よろしく」

 

 セレネの手を握りながら、彼女の姓がアレックスと同じ事に気が付く。

 

 そんなキラの困惑を察したのか、セレネが笑顔で驚愕の事実を口にした。

 

 「ここにいるアレックスの妻です。キラさんの事は夫から聞いてますよ」

 

 「えっ、はぁ、どうも?」

 

 「お、おい、セレネ」

 

 慌てたアレックスを気にかける事無くキラは混乱の極みにあった。

 

 今、夫や妻って言った?

 

 どういう事?

 

 「えっと、アスラ、いや、アレックス、君、結婚したの?」

 

 「いや、その」

 

 歯切れの悪いアレックスにセレネが機嫌悪そうに睨む。

 

 それを誤魔化すように咳払いしながらキラに向き直る。

 

 「彼女は俺の義妹で、その、婚約者なんだ。だから、まあ、妻というのも間違ってはいない」

 

 やや不満そうではあるが、彼女もアレックスの性格を知っているのか、それ以上は何も言わなかった。

 

 何と言うかこういう所はあまり変わっていないらしい。

 

 キラは吹き出しそうになるのを堪えると、そばに寄ってきたもう一人に気がついた。

 

 「よう、久しぶりだなぁ、少年」

 

 砂漠の虎と呼ばれたザフトの名将、かつて刃を交えた相手が目の前にいた。

 

 「……生きていたんですね」

 

 なんというか、本当に今日は変な日だ。

 

 もう話す機会はないと思っていた相手と話をしたり、死んだと思っていた相手が生きていたり。

 

 アストが知ったらどう思うだろうか。

 

 きっと微妙な表情を浮かべるんだろう。

 

 「まあな。当たり所が良かったみたいでね。そういえばもう一人の少年は元気かな」

 

 もう一人とはアストの事だ。

 

 キラは笑みを浮かべて何の躊躇いも無く頷いた。

 

 「ええ、間違いなく、元気ですよ。彼は」

 

 

 

 

 

 とある場所にある作戦会議室。

 

 そこに地球軍の制服を着込んだ将校達が集まっていた。

 

 一見なんの変哲もないただの会議に見えるかもしれない。

 

 だが見る者が見ればそこにいる者達の特徴に気がついただろう。

 

 彼らは地球軍の中でもブルーコスモスの思想に染まっていない軍人たちばかりだった。

 

 その中心にいるのはグラント・マクリーン中将である。

 

 グラントは端に座った黒い制服の者を一瞥する。

 

 全員がそろった事を確認して、立ち上がり口を開いた。

 

 「皆、忙しいところを良く集まってくれた。各地域の詳しい報告を聞かせて欲しい」

 

 手元に配られた資料を手に持って会議が始まった。

 

 グラントの一声に各地域にいる将校たちより報告が上がってくる。

 

 各地域の状況はやはり厳しい。

 

 そもそも『ブレイク・ザ・ワールド』の復興も完全に行われていない。

 

 そこに来てあの強硬姿勢。

 

 支持を失っていくのも当然である。

 

 最初こそ連合からの発表に同調していた人々の中にさえ厭戦気分になっている者がいるくらいだ。

 

 「中将、このまま戦争など続けている時ではありません」

 

 「その通りですよ。しかも現在はザフトに押され戦力を無駄に消耗しています。犠牲も増える一方です」

 

 「ふむ」

 

 それはグラントも分かっている。

 

 だからと言って今の上層部が戦争をやめるとも思えない。

 

 彼らはコーディネイターを殲滅するのが目的なのだから。

 

 そしてそのさらに上にいる存在『ロゴス』も同様だ。

 

 「中将、これ以上は!」

 

 「ええ。今こそ―――」

 

 「待て、焦るな」

 

 口を開き掛けた将校たちを手で制する。

 

 彼らの気持ちは良く分かるが、焦りは禁物だ。

 

 押されているとはいえ、地球軍には状況打開の手札が残されている。

 

 迂闊な行動はこちらの首を絞める事になりかねない。

 

 「クレタ沖の戦いの行方次第か」

 

 「中将、では」

 

 「……皆、準備だけはしておいてくれ。私の方でも進めておく」

 

 「「「はっ」」」

 

 全員が立ち上がり敬礼する。

 

 グラントが敬礼を返すと同時に皆が動き出した。

 

 

 

 

 

 補給を受け再編成を終えた地球軍は急ぎ行動を開始しようとしていた。

 

 ミネルバがジブラルタルに向かって動き始めたと報告が上がってきたためだ。

 

 布陣を敷き迎え撃つべき場所はクレタ沖。

 

 ここが勝負どころである。

 

 もしも再び敗れるような事があれば、連合はさらなる劣勢に立たされるだろう。

 

 敗北する訳にはいかない。

 

 だから今回地球軍は最近では例を見ないほどの大部隊を編成していた。

 

 これだけの戦力をもってすれば倒せない相手はいないだろう。

 

 しかし誰一人として余裕をもっている者はいない。

 

 何せ相手はザフト最強の戦艦ミネルバである。

 

 ダーダネルスの戦いでその力をまざまざと見せつけられた地球軍の兵士達の中には戦々恐々としている者すら存在している。

 

 だがもちろん例外も存在する。

 

 緊張感漂う空母の甲板ではアオイがスティング達とバスケで気分転換を図っていた。

 

 今の状況からして場違い極まりない訳だが、彼らに文句をいう兵士は誰もいない。

 

 好き好んでファントムペインのエクステンデット達に話し掛ける物好きなどいないのだ。

 

 「ほらよっと」

 

 ゴール下を守るアオイをフェイントで抜こうとするアウル。

 

 「速い、だけど!」

 

 しかし、甘いとばかりにアウルが抜こうとする際に後ろからボールを弾いた。

 

 「げ!」

 

 弾かれたボールを取ると同時にシュートを放つ。

 

 ボールは綺麗なループを描いてゴールの中に吸い込まれた。

 

 「あーくそ! またやられた!」

 

 「やるじゃないか、アオイ!」

 

 「もう一回、もう一回、勝負だ!」

 

 悔しがるアウルと感心したように称賛してくるスティング。

 

 それは嬉しいしのだが、流石に限界だった。

 

 「ハァ、ハァ、ちょっと休憩させて」

 

 「だらしねーぞ、アオイ」

 

 「無茶、言わないでよ」

 

 何というか二人とも体力が半端じゃない。

 

 はっきり言って訓練並に疲れた。

 

 「しょうがね~な。スティング、勝負だ」

 

 「いいぜ。来いよ、アウル」

  

 そのまま勝負を始める二人。

 

 「元気だなぁ」

 

 こっちはもう無理だ。

 

 フラフラになりながらステラの下に歩いて行くとそのまま座り込む。

 

 「大丈夫?」

 

 「うん、休めば、大丈夫」

 

 心配そうなステラに微笑み返しバスケに興じているスティング達を観察する。

 

 「なんとか上手くできた」

 

 アオイは単純に気分転換の為にバスケに興じていた訳ではない。

 

 先程スティングはアオイを称賛していたが、身体能力の差は歴然だ。

 

 普通にやっても絶対に勝てない。

 

 だから最初に二人の動きを観察して、積極的には攻めず、ずっとカウンター狙いで動いていた。

 

 要するにスウェンに教えてもらった動きを読むというのを実践したのだ。

 

 それでも身体能力の差は大きく、負けた方が多かった訳だが。

 

 だが訓練自体は確実にアオイの力になっている。

 

 後は実戦でやれるかどうかだけだ。

 

 「はぁ」

 

 それはともかく疲れた事に変わりない。

 

 アオイはバスケをしている二人から今度は海の方に視線を移動させた。

 

 「綺麗だなぁ」

 

 「うん」

 

 同じく海を眺めていたステラも嬉しそうに呟いた。

 

 これからまた戦いが起こるなんて信じられないほど海は穏やかだ。

 

 「ねぇ、アオイ」

 

 「え、どうしたの、ステラ?」

 

 ステラは笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 

 「戦いが終わったら、また海見ようね」

 

 「えっ、うん。もちろん。でも何でそんな事を?」

 

 「ん~なんとなく?」

 

 重ねて問いかけようとしたアオイにアウルが後ろから大声で呼んでくる。

 

 「アオイ!! もういいだろ、早く来いよ!!」

 

 もう少し休みたかったんだけど、仕方ない。

 

 「ステラ、少し行ってくる」

 

 「うん」

 

 ステラに一声かけて立ち上がるとアウル達の所に歩いていった。

 

 

 

 

 海上を進むミネルバの格納庫。

 

 そこでジェイルは一人黙々とシミュレーターに向かっていた。

 

 映像に映し出されているのは蒼き翼を持つモビルスーツ『フリーダム』だ。

 

 フリーダムを必ず倒して見せると決意したジェイルはこうして毎日、シミュレーターに向かうのが日課になっていた。

 

 並みいる地球軍のモビルスーツを薙ぎ払い、宿敵がジェイルの元へ向かってきている。

 

 「今度こそ!」

 

 圧倒的な機動性を誇るフリーダムに対して接近戦での真っ向勝負に出る。

 

 「うおおおお!!」

 

 しかし抜いたサーベルがフリーダムを捉える事はない。

 

 逆に斬りかかったインパルスの腕が斬りおとされていた。

 

 「ッ!?」

 

 何とか態勢を立て直そうとするが、その前にコックピットを潰され訓練は終了した。

 

 「くそ!」

 

 ジェイルはシミュレーターを殴りつける。

 

 これで何回目だろうか。

 

 全く対応できないまま撃墜されてしまった。

 

 横目で別のシミュレーターを見るとそこではシンやルナマリアが同じ様に訓練をこなしている。

 

 その中でシンは格段に腕を上げつつあった。

 

 「負けるかよ」

 

 シンにも。

 

 そして憎きフリーダムにも。

 

 ジェイルは気を取り直し、再びシミュレーターを起動させる。

 

 その日の訓練は夜遅くまで続いていた。

 

 

 

 

 戦いの時は来た。

 

 布陣した地球軍の大部隊は各モビルスーツを出撃させ、万全の状態でミネルバを待ち構えていた。

 

 陽電子砲対策にザムザザーも配置済み。

 

 新型のフェール・ウィンダムも何機か配備された。

 

 物量は前回と変わらず地球軍が圧倒し、なおかつ新型も投入している。

 

 引き換えミネルバは変わらずの単艦での戦闘だ。

 

 それでも敵ながら恐ろしい事に勝てるという保証はどこにもなかった。

 

 イレイズのコックピットの中で計器の調整しながら、アオイは静かに出撃命令を待っていた。

 

 やれるだけの訓練は積んだ。

 

 「今度こそインパルスと決着をつけてやる!」

 

 そこに珍しい事にアウルから通信が入ってくる。

 

 「アオイ、戻ったら勝負の続きな。今度は勝つ」

 

 バスケで負けた事が余程悔しかったらしい。

 

 アオイが勝てたのはあくまで数回で、通算で言えばアウルの方が勝利数は上だったのだが。

 

 負けず嫌いなアウルに張りつめた気分が吹き飛び、笑みが浮かんだ。

 

 「うん、分かった」

 

 「なら俺とも勝負だ、アオイ」

 

 「なんだよ、割り込むなよ、スティング!」

 

 「……私も」

 

 「ステラはバスケとかしないだろ」

 

 通信機から騒がしい声が聞こえてくるが、まったく不快に感じないのはスティング達だからだろうか。

 

 出撃前の緊張感が薄らぎ、リラックスした気持ちで通信機から聞こえてくる声に耳を傾けていると、今度はスウェンから通信が入ってきた。

 

 流石に騒ぎすぎたかと思ったが、通信機から聞こえてきたのはスウェンからの叱責ではなくアオイ達が待っていた出撃命令だった。

 

 「全員、ミネルバを視認した。出撃だ」

 

 「「「「了解!」」」」

 

 艦のハッチが開くと青い空が見えた。

 

 「じゃ、先に行くぜ!」

 

 「後でな!」

 

 カオスとアビスが戦場に飛び出し、それに続いてガイアも甲板に降り立つ。

 

 それを見届けたアオイもフットペダルを踏み込む。

 

 「アオイ・ミナト、イレイズガンダムMk-Ⅱ行きます!」

 

 背中に装備したスカッドストライカーが噴射して、弾丸のように空中に飛び出した。

 

 

 

 

 ミネルバの方でも待ち構えていた地球軍の大部隊に気がついた。

 

 レーダーに反応があると同時に報告が上がる。

 

 「前方に地球軍の大部隊です!!」

 

 「なにぃ!!」

 

 アーサーの叫びにタリアはいい加減に動揺するなと言ってやりたかったが、それを呑み込んで指示を飛ばす。

 

 「アーサー、早く座って! ブリッジ遮蔽、コンディションレッド発令!! 各機発進!!」

 

 ロドニアから出発した時点である程度予想はしていたがやはり地球軍は来た。

 

 だが正直状況は良くない。

 

 未だセリスは目覚めない為にセイバーは出撃出来ず、ハイネは重傷を負った為戦線を離脱した。

 

 ただジェイルが予備のコアスプレンダーで出撃できるようになったのが不幸中の幸いだろう。

 

 しかし戦力的には低下している事に変わりは無い。

 

 目の前には空を埋め尽くすほどのモビルスーツにその後ろには艦隊が控えている。

 

 タンホイザーで一掃しようにもあの巨大モビルアーマーの姿がある。

 

 さらに言ってしまえば、『彼ら』が来る可能性すらあるのだ。

 

 これであの大部隊を突破しなければならない。

 

 だが泣き事を言っている暇は無い。

 

 突破できなければこちらが沈む事になるのだから。

 

 「敵艦からの砲撃です!!」

 

 展開していたモビルスーツ部隊が綺麗に割れると、そこから砲撃が飛んできた。

 

 「迎撃!!」

 

 降り注ぐミサイルを撃ち落とそうとCIWSが放たれる。

 

 しかし、ミサイルは破壊される前にミネルバ上空で弾け飛び、無数の断片となってミネルバの装甲に次々と穴を開けていく。

 

 「上面装甲、二層まで貫通されました!!」

 

 タリアは思わず舌打ちする。

 

 今頃ミネルバ上階の艦橋は穴だらけにされているだろう。

 

 この戦闘艦橋は装甲に覆われている為被害はないが艦体などには相当な被害が出たはずだ。

 

 「ダメージコントロール! 面舵―――」

 

 「九時の方向から、モビルスーツ急速接近してきます!!」

 

 不味い。

 

 このままでは囲まれて終わりだ。

 

 「モビルスーツ隊急速発進! トリスタン照準! パルジファル、発射、目標敵モビルスーツ!!」

 

 「了解!」

 

 近づいてくるモビルスーツ部隊を迎撃する為にミネルバから二機のインパルス、エクリプス、イフリートが出撃する。

 

 シンはブラストシルエット、ジェイルはフォースシルエットで外に飛び出した。

 

 「全機、ミネルバに敵を近づけるな!」

 

 アレンの指示が飛ぶと同時にシンは目の前の敵に向かって迎撃を開始する。

 

 「ミネルバはやらせない!」

 

 ブラストでは飛行する事は出来ないが、ホバー推進を使用する事で海上を進む事ができる。

 

 海上を滑るように疾走すると背中に装備した2基のケルベロスを跳ね上げダガーLを撃ち落とした。

 

 このままいけるかと思いきや、シンの背後から何かが飛び出すように水飛沫が舞う。

 

 アビスだ。

 

 「今度こそ落とすぜ、合体野郎!!」

 

 アウルはインパルスの背後から両肩シールド裏面に搭載された三連装ビーム砲を展開して一斉に撃ち出した。

 

 「チィ」

 

 シンはスラスターを使い機体を回転、ビームをやり過ごすがアビスは逃さないとばかりにそのままビームランスを振り下ろしてくる。

 

 「このぉ!」

 

 ケルベロスの砲身に沿う様にして収納されているデファイアントビームジャベリンを引き抜き、アビスのビームランスを受け止めた。

 

 鍔ぜり合うように睨み合う二機。

 

 だがアビスはそのまま力勝負には出ず、弾け飛ぶと同時に水中に潜った。

 

 海中に逃げられてしまってはインパルスに追撃する手段はない。

 

 シンはミネルバの方を気にする余裕も無くアビスの攻撃を何とか凌ぎながら、突破口を見出そうと相手に集中し始めた。

 

 そして空中でダガーL部隊を相手にジェイルが圧倒していた。

 

 「落ちろ!」

 

 敵機が放ってくる攻撃を動き回りながらやり過ごし、ビームライフルを構えてトリガーを引く。

 

 銃口から発射された閃光が、容赦なくダガーLのコックピットを破壊する。

 

 かといって接近戦を挑んでも状況は変わらない。

 

 ビームサーベルを振りかぶったウィンダムの斬撃を容易く流す、ジェイル。

 

 思いっきり胴に蹴りを叩き込み、態勢を崩した所に至近距離からライフルを撃ちこんだ。

 

 「訓練の成果は出てるみたいだな!」

 

 墜落していく敵機に構わず、ジェイルは次々と地球軍の機体を屠っていった。

 

 そこに駆けつけてくるように、一機のモビルスーツがジェイルの視界に入ってくる。

 

 「イレイズか!?」

 

 「インパルス!? でもあっちもインパルスだよな。二機もいるのか」

 

 だがアオイはすぐに見抜いた。

 

 目の前の機体は今までのパイロットではない。

 

 色の違いもあるが、これまで戦ってきた奴とは動きが違う。

 

 おそらくアウルと戦っているのが今まで自分が戦ってきたパイロットだろう。

 

 いや、そんな事は関係ない。

 

 二機とも倒せばいいだけなのだから。

 

 「行くぞ!!」

 

 スカッドストライカーの出力を上げ、ビームマシンガンを構えてインパルスに突っ込んでいく。

 

 当然それを無視するジェイルではない。

 

 向かってくるイレイズにライフルを向け、こちらも突撃した。

 

 「お前も落としてやる! 俺がな!」

 

 お互いにトリガーを引くと同時に銃口から発射されたビームが敵機を狙って撃ち出された。

 

 高速動き回り、すれ違い様にビームを放つ。

 

 ここで驚かされたのはジェイルの方だった。

 

 最初は小気味よく攻撃を加えていた彼だったが徐々にイレイズはこちらを動きを読むように攻撃を繰り出してくる。

 

 イレイズのビームマシンガンがインパルスの装甲を掠めていく。

 

 「このぉ! こんなナチュラルに手こずるなんて!」

 

 ジェイルが怒りに任せ、サーベルに持ち替えようとした瞬間―――それは来た。

 

 それはまさにダーダネルスでの戦いの再現だった。

 

 ミネルバに襲いかからんとしていた部隊に別方向からの攻撃が襲いかかる。

 

 正確な射撃により、次々とダガーLやウィンダムが撃ち落とされていく。

 

 誰もが振り返った先にいたのも、また前回と同じ機体であった。

 

 そこには上空から蒼い翼を広げ、ビームライフルを構えたフリーダムが悠然と佇んでいた。

 

 天使を彷彿させるその機体を見たジェイルの中に落とされた屈辱と激しいまでの憎悪が湧きあがる。

 

 

 

 「来たかよ! 死天使がぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ジェイルの叫びと同時に再びそれは起動した。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 




今週は珍しく仕事の休みが取れたので、投稿出来ていますがいつまでこのペースが続くか……



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第28話  消えゆく命

 

 

 

 

 

 蒼き翼を広げたモビルスーツが悠然と舞い降りる。

 

 一見美しさすら感じる光景かもしれない。

 

 だがこの戦場において彼らの介入を喜ぶ者など誰もいないだろう。

 

 少なくとも旗艦のブリッジから見ていたユウナはそうだ。

 

 どこの世界に自分の邪魔をする厄介者を好きになる者などいようか。

 

 ただでさえ勝てるかどうかも分からないというのにフリーダムとアークエンジェルまで介入してきたら余計に勝率が下がってしまう。

 

 「くそぉ! 全軍迎撃だよ! あれを落とすんだ!!」

 

 叫ぶユウナの言葉に従うように周りの通信士達が指示を出し始める。

 

 そしてこの場にはただ一人、彼らの介入を喜んでいた者がいた。

 

 仮面の男、カースだ。

 

 彼だけは愉快そうにフリーダムを見ている。

 

 「来たか。前回は様子見だったが今回は私も参加させてもらおうか」

 

 誰もがフリーダムに視線を集める中、カースは誰にも何も言わずに艦橋を後にする。

 

 とびきり深い憎悪の笑みを浮かべながら。

 

 そしてネオもまた艦橋から戦場の様子を観察していた。

 

 ネオの全身に何かが駆け抜ける。

 

 「……これは。なるほど、ムウ・ラ・フラガ。そして白い一つ目に―――エクリプスか」

 

 さてどうしたものかと思案していたネオの視界に黒いフェール・ウィンダムが出撃していく。

 

 あれは仮面をつけたあの男だろう。

 

 「お手並み拝見といったところか」

 

 ネオはそのまま静かに戦場を見つめていた。

 

 

 アークエンジェルの介入で一瞬だけ動きが止まった戦場もすぐさま激戦が再開される。

 

 敵モビルスーツが上空を飛び、ミネルバに向ってミサイル攻撃が撃ち込まれた。

 

 「トリスタン、撃てぇー!!」

 

 アーサーの掛け声と共に艦尾両舷に設置されている主砲が火を噴いた。

 

 トリスタンの閃光が敵モビルスーツを薙ぎ払っていく。

 

 それでも取りつこうとするダガーLをCIWSがハチの巣にして撃破する。

 

 タリアは思わず拳を握り締めた。

 

 やはり物量が違う。

 

 さらに戦力低下も響き、上手く敵を捌けていない。

 

 「回避! 取り舵!!」

 

 せめてセイバーがいれば違うのだろうが―――

 

 いや、無いものねだりをしても状況は変わらない。

 

 ただ今は突破するために全力を尽くすしかないのだ。

 

 タリアの指示が絶えず艦橋に響き渡る。

 

 そして艦の外でも無数に群がってくる敵部隊を迎撃する為、レイのザクファントムがルナマリアのガナーザクウォーリアと共に奮戦していた。

 

 撃ちこまれたミサイルをレイが迎撃し、ルナマリアがモビルスーツを撃破する。

 

 だが、敵機の数はまるで減らない。

 

 アレンのエクリプスがビーム砲で敵機を薙ぎ払い、リースのイフリートが両手に構えた対艦刀リベサルダを振るいウィンダムを両断する。

 

 しかしそれでもミネルバに襲いかかってくる敵の数が多く手が回らない。

 

 「くっ、ルナマリア、左だ!」

 

 「あ~もう、しつこいのよ!」

 

 ガナーザクウォーリアのオルトロスから閃光が放たれ、敵機を撃ち抜く。

 

 だが撃ち込まれたミサイルが容赦なくミネルバ装甲を抉っていった。

 

 ミサイルの爆発に巻き込まれるミネルバの姿をアビスと交戦しながらシンは歯噛みする。

 

 「ミネルバ! くっ、邪魔だ!」

 

 シンは敵機が海中から飛び出した瞬間を狙いビーム砲を撃ち出すが、アビスには当たらず空中を薙いでいくのみ。

 

 「当たるかよ!」

 

 アウルはお返しとばかりにカリドゥス複相ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 シンは咄嗟に機体を横の移動させる事で、直撃を避けた。

 

 だが海面の撃ち込まれたビームが大きな水蒸気を発生させ、視界を塞ぐ。

 

 それを見たアウルはチャンスとばかりに再び海中に飛び込むとインパルスの背後から強襲する。

 

 「このぉ!」

 

 アビスが海上に飛び出してすれ違いざまに撃ち込まれた連装砲をインパルスはホバーで後退しながら回避した。

 

 「チッ」

 

 「このままじゃ!」

 

 流石にこれまで自分達が倒しきれなかった手強い相手である。

 

 しかもここはアビスの独壇場とも言える海だ。

 

 こちらが圧倒的に不利である。

 

 海中から飛び出して来る瞬間を狙い、デファイアントビームジャベリンを横薙ぎに振るう。

 

 だがアビスを捉える事は出来ず、水飛沫を斬るのみ。

 

 そのまま背を向けたアビスからバラエーナ改二連装ビーム砲が撃ち込まれる。

 

 「くっそぉ!!!」

 

 スラスターを逆噴射させ、何とか攻撃をやり過ごし反撃に移ろうとするもアビスはすでに海の中だ。

 

 完全に追い込まれていた。

 

 このままでは敵の攻撃を受けているミネルバの援護に向かう事も出来ない。

 

 焦りは消えず、視線をフリーダムの方へ向ける。

 

 地球軍の機体を薙ぎ払い、突き進んでいく力はまさに圧倒的だった。

 

 それを苦い思いで見つめる、シン。

 

 やっぱり彼らは―――マユは来た。

 

 「俺は……」

 

 シンは思わず唇を噛んだ。

 

 だがここは戦場。

 

 そんなシンの躊躇いが一瞬の隙を生む。

 

 こちらとの戦闘に集中していないインパルスにアウルは苛立ちを募らせた。

 

 「どこ見てんだよ。コラァ!!」

 

 今戦ってるのはこっちだというのに無視された事が屈辱だった。

 

 「無視してんじゃねーよ!!」

 

 海中から飛び出すと、背後からインパルスに三連装ビーム砲を展開して一斉に撃ち出した。

 

 完璧なタイミングで撃ちこまれた、砲撃。

 

 「これで仕留めた、合体野郎!」

 

 アウルはそう確信する。

 

 攻撃を受けたシンもまたアビスからの攻撃に損傷を覚悟した。

 

 やられる!?

 

 その瞬間、シンのSEEDが弾けた。

 

 視界が広がり、鋭い感覚が全身を包む。

 

 迫る閃光がインパルスを貫く直前、シンはコンソールを操作すると背中のブラストシルエットをパージする。

 

 パージしたと同時にブラストシルエットが貫かれ、インパルスに激しい爆発の衝撃が襲いかかった。

 

 シンは歯を食いしばってソレに堪える。

 

 そしてフットペダルを踏み込み機体を回転させ、アビスに突撃。

 

 デファイアントビームジャベリンを叩き込んだ。

 

 「はあああああああ!!!」

 

 「何!?」

 

 アウルは爆煙の中から飛び出してきたインパルスに虚をつかれ完全に反応が遅れた。

 

 仕留めたと思い気を抜いた事も反応が遅れた要因だろう。

 

 それは先ほどのシン同様、一瞬の隙だった。

 

 避ける間もなくデファイアントビームジャベリンがアビスの胸部に突き刺さる。

 

 激しい火花を散らし動きが止まったアビスにインパルスの蹴りが入り、海中に叩き落とした。

 

 凄まじい衝撃が襲われたアウルは朦朧とする意識の中、脳裏に色々な事が浮かぶ。

 

 「……母、さん、スティ、ング、ス、テラ……アオ、イ」

 

 そのまま彼の意識は暗い闇に包まれた。

 

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 それが起動した瞬間、ジェイルの視界が急激に開けた。

 

 ロドニアで感じた感覚と同じだ。

 

 違いがあるとすれば、滾るような激しい怒りと憎悪だろう。

 

 いや、正確には胸に抱えていた感情が解放されたとでもいえば良いのか。

 

 ジェイルは解放された感情に従い、視線を憎むべき相手に向けた。

 

 蒼い翼を翻し、縦横無尽に敵機を駆逐していくフリーダム。

 

 腰から引き抜かれた光の刃が軌跡を描くと立ちふさがるダガーL、ウィンダムの腕や足、胴体を瞬時にバラバラに斬り裂いた。

 

 その鮮やかな早業が余計にジェイルの怒りに火をつける。

 

 「今日、俺がお前を落す!」

 

 相変わらずこちらの事は歯牙にもかけないらしく、完全に無視して艦隊の方へと向かっていく。

 

 「舐めやがって、テメェェェ!!!!」

 

 フォースシルエットのスラスターを吹かし、フリーダムに向かって突撃しようとする。

 

 それを遮るようにイレイズが立ちふさがった。

 

 「どこに行く気だ! お前の相手は俺だ!!」

 

 インパルスにビームマシンガンを撃ちこむアオイ。

 

 立ちふさがる邪魔者にジェイルは咆哮しながら、撃ちこまれた攻撃を回避するとビームサーベルを抜き放った。

 

 「邪魔だァァァ!!!」

 

 迸る閃光がイレイズ目掛けて袈裟懸けに振るわれる。

 

 アオイはその剣閃を見ただけで、冷静に相手の状態を看破した。

 

 間違いない。

 

 この機体のパイロットはあの状態になっている。

 

 「ならば、それに合わせて動くだけだ!」

 

 アオイは機体を横に逸らして、インパルスの剣閃をやり過ごす。

 

 そしてこちらもサーベルを引き抜き、インパルスに斬りかかった。

 

 逆袈裟から振り上げられた斬撃をジェイルは容易く回避するとイレイズ目掛けてサーベルを振りかぶる。

 

 光の剣閃がシールドに阻まれて火花を散らす。

 

 「くっ、強い」

 

 「さっさと落ちろぉ!!」

 

 しつこいまでに食い下がってくるイレイズを突き放すとビームライフルを構えて連射する。

 

 「ぐぅ」

 

 吹き飛ばされたアオイは衝撃を噛み殺し、シールドを掲げて撃ちこまれたビームを弾く。

 

 反撃を試みようとするが、その隙にインパルスは介入してきたフリーダムの方に突撃していった。

 

 「逃がすか!」

 

 アオイはインパルスを追う為にフットペダルを踏み込もうとした瞬間、それが見えた。

 

 下で戦っていたアビスとインパルスだ。

 

 アビスの三連装ビーム砲に撃ち込まれ、装備をパージするインパルス。

 

 そのままアビスに突撃、ビームジャベリンを胸部に突き刺し海中に叩き落とした。

 

 そして爆発と同時に大きな水柱が立つ。

 

 「え?」

 

 何が起きた?

 

 目の前で起こった事が信じられない。

 

 コックピットのレーダーからアビスの反応が消えた。

 

 それが意味する事はただ一つだった。

 

 「アウル? 嘘だろ……アウルゥゥゥ!!!!」

 

 アウルが死んだ?

 

 アオイの脳裏に先ほどまで一緒にいたアウルの姿が思い出される。

 

 一緒にバスケをやって悔しがる姿。

 

 どこか子供っぽい笑顔。

 

 出撃前にも、もう一度勝負しようって約束したのに―――

 

 それももうできないのだ。

 

 「う、うう、ああああああああああああああああああ!!!」

 

 アオイは思わず操縦桿を殴りつけた。

 

 目から涙が零れる。

 

 あいつが殺した!

 

 また!

 

 また、あいつが!!

 

 アオイは涙を流しながら、インパルスの姿を睨みつけ激情に任せて攻撃を仕掛けようと、ビームサーベルを構えた。

 

 だが次の瞬間、コックピットに甲高い警戒音が鳴り響く。

 

 それに気がついた時にはこちらを狙い斬り払われた光刃がイレイズに迫っていた。

 

 アレンのエクリプスである。

 

 動きを止めていたイレイズを狙ってビームサーベルで斬り込んだのだ。

 

 「イレイズか……」

 

 かつての愛機と同型の機体を落とす事になるとは、皮肉ではあるが躊躇う気はない。

 

 アレンはそのままビームサーベルを振り抜いた。

 

 落したと確信するほど完璧な一撃である。

 

 しかしアレンは驚愕して固まった。

 

 「なっ!?」

 

 エクリプスの斬撃はイレイズを捉える事はなかった。

 

 敵は斬り裂こう放たれた光刃をスラスターを使って機体を傾け、回避したのだ。

 

 相手は虚をつかれていた筈。

 

 にもかかわらずあのタイミングで避けるなど尋常な腕ではない。

 

 「まさか避けるとはな」

 

 「こいつ!!」

 

 アオイは激情を宿した瞳でクリプスを睨みつける。

 

 完全に隙をつかれた形となったアオイだったが、彼の鍛え抜かれた技量は考える間もなく反応し機体に回避運動を取らせたのだ。

 

 一瞬、睨みあうように滑空する二機。

 

 「うおおおお!!」

 

 アオイは怒りに任せて、ビームサーベルを迸らせた。

 

 光の軌跡がエクリプス目掛けて襲いかかる。

 

 「ッ!?」

 

 アレンは咄嗟に機体を引くと同時にエクリプスの装甲を掠める様に敵の斬撃が通り過ぎた。

 

 背中に冷や汗が流れる。

 

 反応が少しでも遅れていたならこちらが返り討ちだった。

 

 「こいつは……」

 

 これだけの腕を持ったパイロットが地球軍にいたとは思わなかった。

 

 シンを手こずらせ、ハイネを撃墜したというのも頷ける。

 

 距離を取りサーベラスを構えてトリガーを引こうとした瞬間、カオスがビームライフルを乱射しながら突っ込んできた。

 

 「スティング!?」

 

 「こいつをやるぞ!!」

 

 カオスはサーベルを構えてエクリプスに斬り込むとそれに合わせるようにアオイも動く。

 

 スティングが動きやすいようにビームマシンガンと対艦バルカン砲を使いエクリプスを誘導。

 

 カオスの機動兵装ポッドが左右から挟むようにビームを放つ。

 

 「二機同時か」

 

 敵ながら良い連携だった。

 

 アレンはスラスターを使いビームマシンガンの射線を外しながら、エッケザックスを構えると動き回る機動兵装ポッドを上段から斬り払った。

 

 エッケザックスが機動兵装ポッドを両断すると、バレルロールしてイレイズにサーベラスを撃ち込む。

 

 「ッ!?」

 

 アオイは目一杯操縦桿を押し込み機体を旋回させ、ギリギリビームを回避した。

 

 やっぱりこいつは強い。

 

 すぐに連携を崩されてしまった。

 

 「だからって!!」

 

 「お前に構ってる暇なんてないんだよ!!」

 

 イレイズとカオスは再び連携を取りながらエクリプスに向かって攻撃を仕掛けた。

 

 アオイは対艦バルカン砲を放ちながら横薙ぎにビームサーベルを叩きつける。

 

 「これで!」

 

 エクリプスはバルカン砲を避けつつ、横薙ぎに叩きつけられたサーベルの切っ先をシールドで弾く。

 

 同時に突き放すが、背後からカオスの機動兵装ポッドのミサイルが撃ちだされた。

 

 即座に反応してサーベラスで薙ぎ払うと破壊されたミサイルが爆煙を上げてアレンの視界を塞いだ。

 

 「チャンスだ!」

 

 スティングはそのまま爆煙を突っ切って、エクリプス目掛けてサーベルで突きを放つ。

 

 しかしアレンにとっては迂闊としか言えない。

 

 こちらと拮抗出来ていたのは間違いなく二機が連携を取っていたから。

 

 それを単機で突っ込んでくるなど―――

 

 「これで終わりだ」

 

 アレンはカオスの放った突きを機体を逸らすのみで避けると、下に構えたエッケザックスを振り上げた。

 

 仕留めたと思っていたスティングは当然その攻撃に反応できない。

 

 対艦刀の一撃がカオスの右手を斬り裂くとアレンはさらに返す刀でそのまま振り下ろした。

 

 その攻撃が左手を破壊、カオスはそのまま海面に墜落していった。

 

 「うあああああ!」

 

 「スティングゥゥ!!! 貴様ァァァァ!!」

 

 スカッドストライカーを吹かしてエクリプスに突撃する。

 

 アレンはイレイズの放った剣撃を機体を沈み込ませてやり過ごし、対艦刀を構えて応戦した。

 

 

 

 

 艦隊からの砲撃が飛び交う中、マユはレティシアと予定通りに旗艦目掛けて突き進んでいた。

 

 立ちふさがる敵機の攻撃を避けながら、ライフル、サーベル、レール砲など巧みに使い分け、ダガーLを落としていく。

 

 それはブリュンヒルデも同じだ。

 

 斬艦刀が敵機の砲身を斬り裂き、ビームライフルで胴体を撃ち抜いていく。

 

 「もう少しです、マユ」

 

 「はい!」

 

 この場を抜ければ旗艦に辿りつける。

 

 そして任務を果たした後は―――アストの下に向かう。

 

 彼の話を聞かせてもらうのだ。

 

 ウィンダムが放ったミサイルを機関砲で迎撃、すれ違いざまにビームサーベルで斬り裂く。

 

 このままいけるかと思いきや、マユの背後から急速に接近してくる機体に気がついた。

 

 こちらを正確に狙ってくるビームを避けながら、ライフルを構える。

 

 マユの視線の先には、ある意味馴染み深い機体がいた。

 

 「インパルス!?」

 

 兄のシンか?

 

 いや、機体色や動きも違いがある。

 

 おそらく別人だ。

 

 「落ちろ! 死天使!!」

 

 ジェイルはようやく追いついたフリーダムの姿に更なる憎悪を燃やしながらライフルのトリガーを引いた。

 

 彼の感情を吐き出すようにライフルから発射される閃光。

 

 それをフリーダムはたやすく回避すると、逆にライフルを構えて撃ち返してくる。

 

 それが余計に彼の感情を逆撫でする。

 

 「はああああ!!!」

 

 フリーダムの射撃をシールドで弾きながら、サーベルを構えて肉薄すると躊躇う事無く振り抜いた。

 

 「今度こそ!!」

 

 蒼い翼を斬り裂く為に振るわれた剣閃が、フリーダムに迫る。

 

 だがマユは決して焦る事無く、シールドを使っていなすと、逆に下から斬り上げた。

 

 普通のパイロットであればこれで終わっていたに違いない、

 

 だが今のジェイルは普通ではなかった。

 

 斬り上げられたビームサーベルの斬撃が見える。

 

 ジェイルは操縦桿を引くと、インパルスの装甲を掠めるようにサーベルが流れた。

 

 それに驚いたのはマユである。

 

 「避けた!?」

 

 「前と同じだと思ってんじゃねぇぇぇ!!!」

 

 咆哮を上げて斬りかかるジェイル。

 

 「くっ」

 

 フリーダムを斬り裂こうとする剣撃を流しながら、マユもまた反撃に転じた。

 

 「マユ、援護を―――ッ!?」

 

 フリーダムとインパルスの戦いに割って入ろうとしたレティシアの進路を阻むようにビームライフルが撃ち込まれる。

 

 ブリュンヒルデの前に立ちはだかったのはイフリートだった。

 

 「ザフトの新型!?」

 

 レティシアは機関砲で牽制を行いながらも、斬艦刀を抜く。

 

 イフリートはスラスターを使って回避運動を取りながら、両手に対艦刀を構え突っ込んで来た。

 

 左右から振り降ろされた対艦刀ベリサルダをレティシアは機体を逸らしてやり過ごすと、斬艦刀グラムを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 だがイフリートは肩のシールドで斬艦刀を弾くと左手の対艦刀を横薙ぎに叩きつけてくる。

 

 「……やりますね」

 

 レティシアは機体を後退させ、ベリサルダの斬撃をいなすと相手の技量に舌を巻く。

 

 強い。

 

 流石に新型を任されるだけの技量を持っている。

 

 右手の対艦刀をシールドで受け止めると意外な事に敵機から若い女の子の声が聞こえてきた。

 

 《……貴方がレティシア?》

 

 こちらの名前を知っている?

 

 だがこの声に覚えはない。

 

 「誰ですか?」

 

 《そう、貴方がレティシアなんだ……じゃあフリーダムの子がマユ》

 

 マユの事まで知っている。

 

 このパイロットは一体。

 

 イフリートの斬撃を弾き、ビーム砲を撃ち込んで距離を取る。

 

 しかし敵機はビーム砲をすり抜ける様に潜り抜けて、再び対艦刀を振るってきた。

 

 左右から振り抜かれる斬撃をシールドで弾きながら、こちらもまた斬艦刀を逆袈裟に振り下ろす。

 

 イフリートがシールドで受け止めると同時に通信機から不気味なほど感情の籠らない声が聞こえてくる。

 

 《じゃあフリーダムは後回し……まず貴方から―――死んで》

 

 「なっ」

 

 下から掬いあげる様に振り上げられた対艦刀がブリュンヒルデを斬り裂こうと迫ってくる。

 

 レティシアは機体を横へと流し、イフリートをシールドで殴りつけて体勢を崩した所に斬艦刀を叩きつけた。

 

 この敵は危険だ。

 

 少なくともマユの所へは行かせられない。

 

 「ここで倒す!」

 

 そう決めたレティシアはスラスターを吹かし、イフリートに突っ込んだ。

 

 

 イフリートとの戦いに集中し始めたブリュンヒルデの傍ではフリーダムの戦いが続いている。

 

 「落ちろぉ!!!」

 

 インパルスの射撃を避けながら、こちらも撃ち返していく。

 

 だがジェイルはそれらをたやすく回避すると、今度はビームサーベルを構えて突っ込んできた。

 

 「強い」

 

 兄のシンにも劣らない技量だ。

 

 さらにこちらに対する殺気も異常なほど伝わってくる。

 

 まるで前回のセリスのように。

 

 インパルスの放ったサーベルの切っ先がフリーダムの肩部を掠めていく。

 

 「くっ」

 

 確かに強いがそれでも負けられない。

 

 両機が弾け飛び、距離を取る。

 

 「これ以上時間は掛けられない。次で決着をつけます」

 

 インパルスが突っ込んでくるのに合わせ、マユもまた前に出る。

 

 再び激突する二機。

 

 そしてマユのSEEDが弾けた。

 

 上段から振り下ろしてくるインパルスの斬撃をシールドで掬いあげる様に弾き飛ばすと蹴りを叩き込む。

 

 「ぐっ」

 

 腰のレール砲を展開してインパルスを吹き飛ばすと、懐に飛び込みビームサーベルで背中のフォースシルエットを斬り裂いた。

 

 この戦いはマユの勝ちだった。

 

 しかしインパルスのシルエットを破壊したマユの表情は曇っている。

 

 やはり強い。

 

 今ので撃墜するつもりだったのだが、あのパイロットは回避運動を取って機体への損傷を避けた。

 

 あのパイロットはきっとこれからも強くなる。

 

 今度戦う時があるとするならこうも簡単にはいかないだろう。

 

 マユは背中に冷たいものを感じながら、落下していくインパルスを尻目に接近していた旗艦に向けて攻撃を開始した。

 

 すべての砲身を展開してフルバーストモードになると一斉に砲撃を開始する。

 

 凄まじい閃光が発射され、アストレイやムラサメを撃ち落としていく。

 

 それを阻止しようとしてくる敵機を返り討ちにしながらマユはひたすらアストレイやムラサメを狙って攻撃を加えていった。

 

 

 

 

 

 フォースシルエットを破壊されたジェイルはスラスターを逆噴射させ墜落だけは免れようと操縦桿を動かしていた。

 

 「くそぉぉぉ!!」

 

 負けた。

 

 またあの死天使に負けた。

 

 耐えがたい屈辱がジェイルの中に渦巻いていく。

 

 インパルスは何とか海面に降り立つ。

 

 再びフォースシルエットを射出するように通信機のスイッチを入れた。

 

 「このまま逃がして堪るか!」

 

 今度こそあいつを落としてやる!

 

 そう考えたジェイルに意外な相手が近づいてくるのが見えた。

 

 黒い機体、ガイアだ。

 

 モビルアーマー形態で戦艦の甲板を飛び移りながらこちらに迫ってくる。

 

 どうやらやる気らしい。

 

 さらに言えば戦艦からの砲撃が逐一降り注いでくるのも、鬱陶しかった。

 

 フリーダムとの戦いには邪魔なだけだ。

 

 ならまずは―――

 

 「ミネルバ、ソードシルエットを射出!!」

 

 《は、はい》

 

 ジェイルは破壊されたフォースシルエットをパージして飛び上がる。

 

 そしてシルエットグライダーの進路を邪魔する敵をライフルで撃ち落としながら、ソードシルエットを装着した。

 

 「残らず俺が落してやる!!」

 

 敵艦の甲板上に降り立ち、対艦刀エクスカリバーを構えてガイアに向けて上段から振り下ろした。

 

 「はああああ!!」

 

 「くぅ」

 

 インパルスが叩きつけたエクスカリバーの一撃をステラはシールドを掲げて受け止める。

 

 斬り返そうとするがインパルスの動きはステラの反応をさらに上回っていた。

 

 サーベルを振り上げる直前にインパルスは膝蹴りをガイアの胴体に直撃させる。

 

 直撃を受けたステラに凄まじい衝撃が襲う。

 

 吹き飛ばされ甲板から落とされそうになるが、ギリギリで踏ん張る。

 

 そして歯を食いしばって衝撃に耐えるとインパルスを睨みつけた。

 

 エクステンデットとして強化されていなければ、今ので意識を失っていたかもしれない。

 

 「こいつ!!!」

 

 ステラは怒りで我を忘れ、ビームサーベルを構えて突撃した。

 

 「遅いんだよ!!」

 

 ジェイルにその刃は届かない。

 

 ガイアの放ったビームサーベルを機体を沈めて回避すると、左手のエクスカリバーを下から斬り上げて右腕を斬り落とす。

 

 「な!?」

 

 「これで終わりだぁ!!」

 

 ジェイルは上段に構えた右手のエクスカリバーを振り下ろした。

 

 ステラは機体を後退させるが、一瞬インパルスの斬撃の方が速い。

 

 袈裟懸けに斬り裂かれガイアは甲板の上に背中から倒れ込んだ。

 

 同時にVPS装甲が落ちて色を失う。

 

 「浅かったか」

 

 ガイアが爆発しなかったのはパイロットが咄嗟に機体後退させた為だろう。

 

 おそらくまだパイロットは生きている筈だ。

 

 ジェイルは止めを刺すためにガイアに近づき、エクスカリバーを振り上げる。

 

 その時、彼の目にパイロットの姿が見えた。

 

 「えっ、ま、まさか」

 

 ヘルメットの間から見えたのは綺麗な金髪。

 

 その顔にも覚えがあった。

 

 「……ステ、ラ」

 

 その瞬間、システムが停止すると今までの過負荷がジェイルに襲いかかる。

 

 「ぐぅぅぅ、な、なんで」

 

 意識を失いそうなほどの頭痛。

 

 そんな痛みと纏まらない思考の中でジェイルはただ呆然と倒れ込んだガイアの姿を見つめていた。

 

 

 

 

 ミネルバは依然として窮地に立たされていた。

 

 群がる敵機は減らず、絶えず砲弾が降り注ぐ。

 

 「くそ!!」

 

 フォースシルエットに換装したシンは襲いかかってくるウィンダムをビームライフルで次々と撃ち落としていく。

 

 しかしそれでも捌ききれない。

 

 先ほどまでジェイルとフリーダムが交戦しているのが見えた。

 

 その光景を見るだけでも、忸怩たる思いが湧き上がる。

 

 だがミネルバを見捨てる訳にはいかなかった。

 

 インパルス目掛けて撃ち込まれたミサイルをCIWSで撃ち落とし、ビームライフルで狙撃する。

 

 その爆煙に紛れてインパルスを突破していく機体があった。

 

 スウェンのストライクノワールである。

 

 「今行かせたらミネルバは!?」

 

 追おうとするもウィンダムやダガーLがそれを阻むようにビームサーベルを振るってくる。

 

 「邪魔だぁ!!」

 

 ウィンダムの振りかぶられたビームサーベルが機体に届く前に蹴りを入れ、態勢を崩した隙にビームライフルで撃ち落とす。

 

 SEEDを発動させているシンはまさに鬼神の如き戦いぶりで、敵機を薙ぎ払っていった。

 

 そんなインパルスを尻目にスウェンはミネルバに直接攻撃を掛ける。

 

 もちろんそれを黙って見ているレイやルナマリアではない。

 

 「やらせないわよ!」

 

 ストライクノワール目掛けてオルトロスを放つ。

 

 迸る様に撃ち出された閃光が黒い機体目掛けて迫る。

 

 「正確な射撃だ」

 

 流石ミネルバのパイロットといったところだろうか。

 

 スウェンは焦る事無く海面スレスレの位置から一気に上昇してオルトロスの一撃を回避する。

 

 そしてビームライフルショーティーを構え、ルナマリアのザクを狙って撃ち込んだ。

 

 甲板の上で身動きがとれないザクはビームライフルショーティーの攻撃を避ける事が出来ない。

 

 撃ち込まれたビームによってオルトロスの砲身は破壊され、生じた爆発で吹き飛ばされた。

 

 「キャアアア!」

 

 「ルナマリア!?」

 

 レイの視界を遮る爆煙が晴れた後にはルナマリアのザクが無残に破壊され、倒れ込んでいるのが見える。

 

 アレでは完全に戦闘不能だ。

 

 レイはこちらを狙うストライクノワールに照準を合わせてトリガーを引く。

 

 ザクファントムのビーム突撃銃がストライクノワールに襲いかかる。

 

 スウェンはビームを掻い潜る様に肉薄すると、フラガラッハ対艦刀をザクファントムに叩きつけた。

 

 「お前もいい加減に邪魔だ」

 

 「やらせるか」

 

 フラガラッハをシールドで弾き、ブレイズウィザードのミサイルを撃ち出す。

 

 スウェンはそれらを迎撃しながら、ミネルバに取りつこうと再び攻勢に出る。

 

 「やめろぉぉ!!」

 

 その時、妨害していた敵機を薙ぎ払ったシンが背後からストライクノワールに突っ込んで来たのだ。

 

 「チッ」

 

 スウェンは機体を引くと逆袈裟から振るわれたサーベルの斬撃を回避する。

 

 しかしシンの攻撃はそれで終わらない。

 

 持っていたサーベルを後退するストライクノワールに投げつける。

 

 スウェンは驚異的な反応でサーベルを弾くが、その隙に懐に飛び込んできたインパルスはもう一本のサーベルを袈裟懸けに叩きつけてくる。

 

 それでもなお回避行動を取るが機体が付いてこない。

 

 インパルスの斬撃がストライクノワールの右腕を斬り落とした。

 

 「くっ、ここまでか」

 

 後退しようとするスウェン。

 

 だがレイは逃がさないとばかりにビーム突撃銃で狙撃してくる。

 

 「相変わらず邪魔な奴だ」

 

 スウェンはビームライフルショーティーでザクの左腕を撃ち落とし、フラガラッハを投げつけて頭部を斬り飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「レイ!?」

 

 シンは後退するストライクノワールを睨みつけるが、艦隊からの砲弾の雨が降り注ぎインパルスの進路を阻んだ。

 

 「追わせないつもりかよ!」

 

 このままではミネルバが持たない。

 

 「くっそぉぉ!! ミネルバ、ソードシルエットを!! 邪魔な艦を排除する!!」

 

 《はい》

 

 ミネルバから射出されたソードシルエットに換装したシンは対艦刀を構えると地球軍の艦に飛び移り、砲台やブリッジを斬り裂いていく。

 

 邪魔な砲台を優先してエクスカリバーを一閃。

 

 斬り裂き撃沈させた艦から別の艦に飛び移ると艦橋を叩き斬っていった。

 

 

 エクリプスと交戦していたアオイの視界に炎を上げて沈んでいく味方の艦が見えた。

 

 それを行っているのは宿敵のインパルスだった。

 

 二振りの対艦刀を自在に振り、艦を斬り裂いて行く。

 

 今すぐにでも駆けつけたいところだが、強敵であるこいつを野放しにする事はできない。

 

 でも、このままでは艦隊は全滅するかもしれない。

 

 高速ですれ違いながら、互いにサーベルを一閃する。

 

 何度も繰り出し、敵を斬り裂こうと振るわれる剣閃はエクリプスを捉えられない。

 

 倒せない目の前の敵に対してアオイの焦りは募る一方であった。

 

 その時、黒い影が戦闘に割り込んでくる。

 

 フェール・ウィンダムだ。

 

 大佐のではない。

 

 一体誰の機体だ?

 

 突然の乱入に驚くアオイに通信が入ってきた。

 

 モニターに映っていたのは、不気味な仮面をつけた者。

 

 遠目でしか見た事がなかったが、確か名前は―――

 

 「邪魔だ。さっさと下がれ。こいつは昔から私の獲物だ」

 

 「いきなり何なんだ」

 

 突然割って入ってきた相手の物言いに腹が立つが下がれというならこちらは行くべき場所に行かせてもらうだけだ。

 

 自分が戦うべき相手、インパルスの所に。

 

 アオイは何も言わずに反転すると暴れまわっているインパルスの下に向かった。

 

 「さてこれで邪魔者はいなくなったな。なあ、アスト」

 

 「……カースか」

 

 ガルナハン基地で交戦したこちらの素性を知る仮面の男。

 

 分かっているのはこちらに対して激しい憎悪を持っているという事だけ。

 

 「この前のダーダネルスにも居たんだがな。あの時は様子見をさせてもらった。それでどうだった? レティシアやマユ・アスカと敵として対峙した気分は」

 

 「貴様」

 

 「その時のお前の顔を真近で見られなかったのは非常に残念だった。今回も同じ様に傍観するか、フリーダムの相手をしても良かったが、いい加減あの坊ちゃんのお守りも飽きてきたからな」

 

 これ以上カースの言葉を聞く必要はない。

 

 アレンは即座に操縦桿を押し込み、フェール・ウィンダムをサーベルで斬り払った。

 

 しかしカースはエクリプスの斬撃を機体を上昇させて避けると同時に三連ミサイルを撃ち込んでくる。

 

 後退しながらミサイルを頭部機関砲で撃ち落とした。

 

 だがそれはカースも織り込み済みである。

 

 即座に爆煙を避ける様に機体を旋回させ、ビームマシンガンを撃ち込んでくる。

 

 アレンはシールドを掲げてビームを弾くと同時にサーベラスのトリガーを引いた。

 

 強力な閃光が発射され、フェール・ウィンダムを穿とうと迫っていく。

 

 カースは機体を半回転させビームをやり過ごし、同時にサーベルを横薙ぎに斬り払ってきた。

 

 フェール・ウィンダムの剣閃をシールドを掲げて受け止めるとエクリプスの装甲を火花が照らした。

 

 「……カース、お前は、まさか」

 

 「そんな事はどうでもいい。死ね! アスト!!」

 

 エクリプスとフェール・ウィンダムは互いに弾け飛ぶと、激突を繰り返した。

 

 

 シンのインパルスがまた一つ地球軍の戦艦を斬り裂き、撃沈させた。

 

 これで何隻目だろうか。

 

 戦闘はすでに終息しようとしている。

 

 シンはチラリとミネルバに視線を向けると残った武装を使って敵を迎撃しながら近づいてくるのが見えた。

 

 艦全体が酷い有様ではあるが何とか無事のようだ。

 

 もう少しで地球軍も撤退するだろう。

 

 後一息だ。

 

 シンは次の戦艦にスラスターを吹かして飛び移ろうとした。

 

 その時―――

 

 SEEDによって研ぎ澄まされたシンの視界に急速に迫ってくるものを捉える。

 

 「なっ!?」

 

 それが投げつけられたブーメランであると気がついた瞬間、シールドを横に振るい弾き飛ばした。

 

 そしてコックピットに敵機接近の警戒音が鳴り響く。

 

 「イレイズか!?」

 

 凄まじい加速で突っ込んで来たのはシンにとって忌々しく邪魔な敵であるイレイズであった。

 

 対艦バルカン砲を放ちながらビームサーベルを構えて突っ込んでくる。

 

 丁度良い。

 

 いい加減に鬱陶しいと思っていたところだ。

 

 「ここで決着をつけてやる!! 今日こそ落とす! イレイズ!!」

 

 イレイズが攻撃してくるタイミングを合わせてカウンター気味にエクスカリバーを振り抜いた。

 

 これで損傷させる事はできなくとも勢いを殺す事はできたはず。

 

 しかし次の瞬間、シンはそれが甘かったと知ることになる。

 

 インパルスの放った斬撃をイレイズは機体をバレルロールさせ回避する。

 

 そしてビームサーベルを叩きつけ、エクスカリバーを刀身半ばから叩き折ってきたのだ。

 

 「なに!?」

 

 さらに懐に飛び込んできたイレイズが振るったサーベルが眼前に迫る。

 

 驚きながらもシンはシールドを掲げて剣閃を直前で受け止めた。

 

 そこでイレイズのパイロットの声が聞こえてくる。

 

 《インパルス!!》

 

 これがイレイズのパイロットの声?

 

 同い年くらいの少年の声だ。

 

 それにこの声はどこかで聞いた事がある気がする―――

 

 余計な雑念を振り払い、シンは操縦桿を押し込んだ。

 

 「このぉ!!」

 

 シールドでサーベルを押し返し、残った左手のエクスカリバーを叩きつける。

 

 しかしイレイズは信じがたい反応速度で致命傷を避け、逆に反撃に転じてきた。

 

 シンはイレイズに対して脅威を感じつつ、対艦刀を振り続ける。

 

 「うおおおおおお!!!」

 

 エクスカリバーとビームサーベルの切っ先がお互いの機体を傷つけていく。

 

 刃が掠め、装甲が抉られた。

 

 シンはビームサーベルの斬撃を流しながら、思わず歯噛みした。

 

 前から分かっていた事だけど本当に強い。

 

 前回よりもまた技量が向上しているのではないだろうか。

 

 「何なんだこいつは!」

 

 その技量は自分と互角。

 

 普通のコーディネイターパイロットの力を確実に上回っている。

 

 もはやナチュラルとは信じがたい力量と反応速度だ。

 

 シンは知るよしもないがアオイはこの時、SEEDを発動させていた。

 

 確実にインパルスを葬る為にここで切り札の使用を決断したのである。

 

 SEED同士の戦いは高レベルの攻防となって周囲の機体を寄せ付けない。

 

 「だとしても負けてたまるか!!」

 

 意気込む、シン。

 

 しかし次の瞬間、聞こえてきた声にシンは動きを鈍らせてしまう。

 

 《許さない!! よくもアウルを! 父さんを! 全部お前がぁぁ―――!!》

 

 「なっ」

 

 動きを鈍らせたインパルスにイレイズの放った斬撃がコックピットハッチを吹き飛ばした。

 

 シンの眼前に広がるのは倒すべき敵機の姿。

 

 「ぐぅ、うおおお!!」

 

 シンはエクスカリバーを捨て、背中のフラッシュエッジビーメランを逆手で引く抜くとイレイズ目掛けて叩きつけた。

 

 ブーメランの刃がイレイズを逆袈裟に斬りつける。

 

 その一撃がイレイズのコックピットハッチを傷つけた。

 

 「えっ?」

 

 「あっ?」

 

 お互いの機体を斬り裂こうと接近していたからか、へルメット越しに互いの顔がはっきり見えた。

 

 それはつい最近、紛れも無く偶然の出会いだった。

 

 もう二度と出会う事など無いとそう思っていたのに―――

 

 

 「アオイ?」

 

 

 「シン?」

 

 

 

 シン・アスカとアオイ・ミナト。

 

 

 

 運命に選ばれた二人の少年は再び戦場にて邂逅した。

 



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第29話  宇宙を漂う星の中で

 

 

 

 

 

 

 何もない宙域に漂う無数のデブリ。

 

 通常であれば避けるようなその場所を数隻の艦が航行していた。

 

 これらはプラントから出航した輸送艦である。

 

 そして輸送艦に追随するように数機のモビルスーツが護衛についていた。

 

 その護衛の中に特務隊に所属するデュルク・レアードとヴィート・テスティの二人も参加していた。

 

 二人が搭乗しているのは配備されたイフリート・シュタールである。

 

 彼らもまたリース同様イフリートの試験運用を行っているのだ。

 

 特務隊である彼らが輸送艦の護衛についている理由。

 

 それは先に『レイヴン』の襲撃を受けた為だ。

 

 しかもそこにテタルトスまで現れたと報告が上がってきていた。

 

 となれば再びの襲撃もありうる。

 

 そこで特務隊の二人に任務が下ったという訳だ。

 

 輸送艦に追随するイフリートのコックピットでヴィートは顔を顰めながら周囲を見渡していた。

 

 「ヴィート、何か不満でもあるのか?」

 

 デュルクの声にビクッとなったヴィートは咎められた訳でもないのに気を引き締め背筋を伸ばす。

 

 「いえ、不満という訳ではなくて。こんな場所に、その、極秘施設があるとは思わなかったもので。隊長はご存じだったのですか?」

 

 「一応はな。とは言っても詳しい事は知らない。知っているのはこれから行く施設で新型機の開発などが行われているという程度だ」

 

 「プラントの工廠では無く、ここで新型機開発ですか?」

 

 「おそらくアーモリーワンの件があったからだろうな」

 

 それでヴィートも納得する。

 

 アーモリーワンの強奪事件の後、すぐ開戦してしまった為に有耶無耶になってしまったが未だどこから新型機の情報が漏れたのかは不明なまま。

 

 どこから情報が漏れるか分からないのなら、味方にさえもその存在を隠してしまえばリスクは極力抑えられるという事だろう。

 

 「とにかくレイヴンやテタルトスの件もある。リースもいないんだ。気を抜くな」

 

 「別にあいつがいなくても大丈夫ですよ。いちいち嫌味を言う奴がいなくてやり易いくらいです」

 

 相変わらずのヴィートの物言いにデュルクは苦笑する。

 

 「そうか。リースの方も上手くやっているだろう。彼女は優秀だし向かったミネルバにはアレンもいるしな」

 

 デュルクがアレンの名を口にするとヴィートの機嫌はさらに悪くなった。

 

 ヴィートはどうもアレンという奴が前から気に入らなかった。

 

 優秀なのは認めているのだが。

 

 そんな事を考えている内に前方にある大きなデブリの陰にコロニー状の施設が見えて来た。

 

 「あれが……」

 

 「そうだ。あれが目的地だ」

 

 デブリの中に存在するプラント極秘施設『アトリエ』

 

 二人は知る由もないが此処こそが彼らの標的『レイヴン』が探し求めている場所である。

 

 港のハッチが開くと輸送艦が接舷。

 

 それを見届けた護衛部隊も内部に入って行った。

 

 ヴィート達が辿り着いたこの場所で大きな戦いが始まる事になる。

 

 

 

 

 

 極秘施設である『アトリエ』の警戒レベルは最大にまで上がっていた。

 

 度重なるレイヴンの襲撃と散発しているテタルトスとの戦闘により、ここも決して安全ではないと判断されたからである。

 

 輸送艦の護衛に特務隊を付けたのもその表れであった。

 

 だからこれだけ警戒していればどんな事にも対応できる筈であると、『アトリエ』にいる誰もが考えていた。

 

 だがそれは突然訪れた。

 

 『アトリエ』に大きな爆発による振動が襲いかかったのである。

 

 丁度この場に訪れていたヘレンは状況確認の為に管制室に飛び込むと大きな声を張り上げる。

 

 「何が起こったの!?」

 

 「戦艦による攻撃です! 『アトリエ』に向けて撃ち込まれました!!」

 

 「戦艦の攻撃? 一体どこの?」

 

 ヘレンが正体を確かめようとオペレーターに索敵を命じようとする前にその答えが手に入った。

 

 「プレイアデス級一、ヒアデス級二、テタルトス軍です!!」

 

 ヘレンは拳を強く握りしめる。

 

 レイヴンかテタルトスのどちらかがここに来ることは予想の範囲内である。

 

 しかし思った以上にここを嗅ぎつけられるのが早かった。

 

 まだここを落とされる訳にはいかない。

 

 「モビルスーツ部隊を出撃させなさい!」

 

 「了解!」

 

 アトリエを防衛するためにかなりの戦力がここには配備されている。

 

 大丈夫だとは思うが、万に一つの事も考えておかないといけない。

 

 ヘレンは指示を出し終えると、固い表情のまま管制室を後にした。

 

 

 

 

 『アトリエ』の正面にプレイアデス級クレオストラトスが二隻のヒアデス級を従えて、作戦を開始しようとしていた。

 

 「全砲門開け! 合図と同時に一斉射撃!! その後モビルスーツ隊発進!!」

 

 クレオストラトスの艦長が指示を飛ばし、戦艦の全砲門が開くと一斉に砲撃が開始される。

 

 ビームとミサイルがクレオストラトスの前に立ちふさがる障害物を薙ぎ払っていった。

 

 それを確認した艦長は格納庫に通信を入れる。

 

 「少佐、予定通りです」

 

 《分かりました。艦の指揮は一任しますのでお願します》

 

 「はっ」

 

 アレックスは自分の機体のチェックを済ませると、先に出撃しようとしている新型に目を向けた。

 

 LFA-03 『リゲル』

 

 テタルトス最新型主力機である。

 

 この機体最大の特徴は専用コンバットを装備する事で、モビルアーマーに変形が可能となる事である。

 

 それによって機動性のみならず、航続距離も飛躍的に伸び、既存のコンバットも装備可能な万能機となっている。

 

 武装は基本装備にメガビームランチャーを装備している。

 

 リゲルは背中に装備された専用コンバット『フォーゲルコンバット』のスラスターを吹かし、宇宙へ飛び出すと飛行形態に変形。

 

 『アトリエ』目掛けて一直線に進んでいく。

 

 それに続くようにアレックスもカタパルトに移動するとフットペダルを踏み込んだ。

 

 「アレックス・ディノ、ガーネット出る!」

 

 視線の先にはすでにザフトがモビルスーツを展開していた。

 

 予測よりも数が多い。

 

 「全機、作戦通りに敵を引きつけろ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 先行していたリゲルがフォーゲルコンバットに装備されているビームキャノンで攻撃を開始する。

 

 リゲルの加速のついた動きに翻弄されたザクはビーム砲に反応する前に撃破されてしまった。

 

 さらにテンペストビームソードで近接戦闘を挑もうとしたグフにビームライフルの銃口下に装備されているロングビームサーベルで斬りかかる。

 

 テンペストビームソードごと上段から袈裟懸けに振り抜いた。

 

 ビームソード諸共に斬り裂かれたグフは爆散、それを尻目に連携を取りながら圧倒していくリゲル。

 

 「リゲルは良い感じのようだ。ならばこちらも」

 

 アレックスはビームライフルで立ちふさがる敵機を狙撃しながら撃ち落す。

 

 あくまでも自分達の役目は陽動だ。

 

 ならばそれらしく派手にやらせてもらう。

 

 アレックスはスラスターを全開にして敵陣の中に突っ込んだ。

 

 「いくぞ!」

 

 ビームサーベルを展開、グフの腕や頭部を斬り飛ばして撃破するとさらにザクを三連ビーム砲で撃ち抜いた。

 

 ザクの爆発に紛れ、援護に向かってきたグフの懐に飛び込むとビームサーベルを一閃。

 

 逆袈裟から叩き込まれたサーベルにグフはなす術無く斬り裂かれ、撃破された。

 

 「良し、このまま―――ッ!?」

 

 次の敵に向かおうとしたガーネットの進路を阻むようにビームが撃ち込まれる。

 

 「増援か!?」

 

 アレックスは機体を逸らして避けると、攻撃してきた相手の姿を確認する。

 

 「あれはザフトの新型」

 

 ビームライフルを構えているのはデュルクのイフリートだった。

 

 そのイフリートのコックピットにいるデュルクは目の前にいる紅い機体に見覚えがあった。

 

 「あいつは前に遭遇したテタルトスのエースか」

 

 レイヴン追撃作戦の時に戦った相手である。

 

 その腕前もヴィートからの報告で聞いていた。

 

 「相手にとって不足なし。ヴィートには悪いが落させてもらうぞ!」

 

 「隊長機か」

 

 イフリートは対艦刀を抜き、ガーネットへ斬りかかってくる。

 

 アレックスは斬撃をシールドで弾きながら、ビームサーベルを上段から振り下ろした。

 

 「甘いぞ!」

 

 イフリートは機体を逸らし、サーベルを回避。

 

 機体を回転させ、ベリサルダを横薙ぎに斬り払ってくる。

 

 「強い!?」

 

 アレックスはベリサルダを後退してやり過ごすとビームライフルを構えて撃ち出した。

 

 正確な射撃。

 

 敵は紙一重で避けているものの、イフリートの装甲はビームが掠めて傷を作っていく。

 

 しかし距離を詰める速度を緩めない。

 

 彼は刃を交えてアレックスの実力をすぐに見抜いた。

 

 これだけの技量の持ち主を相手にして距離をとって戦っても決着はつかない。

 

 だからこそデュルクは接近戦を選択した。

 

 確実に敵を仕留めるために。

 

 左右から連続で叩き込まれる斬撃を流しながら、アレックスも相手の技量に舌を巻いていた。

 

 「流石に隊長機だな。でもだからと言って退く事は出来ない!!」

 

 こちらがいかに敵を引きつけておけるかで作戦の成否は決まると言って良い。

 

 この機体を落とせば敵の士気を下げる事が出来、こちらがさらに有利になる。

 

 「はあああ!!」

 

 「来い!!」

 

 二機は自身の刃を構えて、斬り込んでいった。

 

 

 

 

 戦闘はほぼ拮抗状態になっていた

 

 物量自体はザフトが大きく勝っている。

 

 これは事前に敵襲来を警戒し、防衛戦力を増強していた事が功を奏したと言って良いだろう。

 

 しかしそれでもなおザフトはテタルトスを押し返せずにいた。

 

 その大きな要因の一つが新型機であるリゲルの存在である。

 

 リゲルの想像以上の性能にザクやグフは翻弄され、上手く押し返せなかったのだ。

 

 そしてさらにザフトにとって悪いニュースが飛び込んできた。

 

 最初に気がついたのは『アトリエ』の管制室のオペレーターだった。

 

 「レーダーに反応! 反対方向からテタルトス軍戦艦エターナルとアークエンジェル級です!!」

 

 その報告を受けたヘレンは拳を握って壁に叩きつける。

 

 新型に続いて伏兵まで用意していたとは。

 

 これはもう躊躇っている場合ではない。

 

 ヘレンが決断すると背後から近づいてくる男がいた。

 

 「お困りかな、ヘレン・ラウニス」

 

 「貴方は―――クロード」

 

 いつも通りの笑みを浮かべながら話し掛けてくるクロードにヘレンは苛立ちを募らせる。

 

 「しかし、流石テタルトス。あれほどの新型を用意していたとは」

 

 わざとらしい物言いがさらに苛立つ。

 

 「……そんな事はどうでもいいわ。さっさと出撃しなさい」

 

 「ふ、言われずとも行かせてもらう。それよりもアレを出すという事は―――」

 

 「ええ、そうなるでしょう。しばらく時間を稼ぎなさい」

 

 「了解した」

 

 クロードは乗機であるプロヴィデンスザクに乗り込み機体をチェックする。

 

 こちらの要望通り腰の部分にビームサーベルが追加されているのが確認できた。

 

 これで近接戦闘も可能。

 

 これから戦う相手を考えれば選択肢は多い方が良い。

 

 何せ相手は最高のコーディネイターなのだから。

 

 「これで少しはマシに戦える。さて、行かせてもらおう」

 

 アトリエのハッチが開くとクロードは戦場に向かって飛び出した。

 

 

 

 

 正面から攻撃を仕掛けたアレックス率いる部隊は奮戦していた。

 

 ガーネットが敵隊長機を引きつけ、リゲルが防衛部隊を撹乱する。

 

 これにより作戦の下地は十分に整っていた。

 

 その戦場とは反対側。

 

 『アトリエ』の背後から接近してくるのはエターナルとドミニオンである。

 

 戦場の状況を把握したバルトフェルドはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 流石アレックス。

 

 敵の多くは正面に引きつけられていた。

 

 「良し、こちらも作戦開始! 各機出撃させろ!!」

 

 「了解!」

 

 バルトフェルドに従い、ダコスタ達が各部に指示を出すと出撃準備を整えていたモビルスーツ部隊がエターナルより出撃していく。

 

 セレネは先に出撃したリゲルの姿を確認すると、自身の機体を再チェックする。

 

 LFAーX04 『バイアラン・クエーサー』

 

 テタルトス軍が開発した新型機。

 

 元々は地球上での戦闘を考え考案された試作機である。

 

 両肩に搭載している高出力スラスターによって何の装備も無く空中での戦闘が可能で地上だけでなく調整によって宇宙での高速機動戦も出来る。

 

 《セレネ、そいつは試作機だ。無茶はしないようにな》

 

 「了解です。セレネ・ディノ、バイアラン・クエーサー行きます!」

 

 フットペダルを踏み込むと高出力スラスターを噴射させ、出撃する。

 

 凄まじいGにセレネの体がシートに押し付けられる。

 

 想像以上の加速に歯を食いしばり、操縦桿を握って機体を操作すると向ってくる敵機が見えた。

 

 どうやらザフトもこちらに気がついたらしい。

 

 数が少ないのはアレックスが上手く引きつけてくれたおかげだろう。

 

 セレネはどこか嬉しくなり、場違いにも笑みを浮かべた。

 

 「いきます!」

 

 ザクから放たれたミサイルに向け両腕に装備されているビームキャノンのトリガーを引いた。

 

 凄まじい閃光が撃ち出され、ミサイル諸共ザクを撃ち抜くと大きな爆発を引き起こす。

 

 セレネは腕部に格納されているビームサーベルを引き抜き、すれ違いざまにグフをたやすく両断する。

 

 バイアランの機動性に驚いていたザクだったが、すぐさまオルトロス構えて撃ち出してくる。

 

 放たれたビームを機体を傾けて回避したセレネは懐に飛び込むとビームサーベルで砲身ごと叩き斬った。

 

 「良し、いい調子」

 

 セレネは進路を邪魔するデブリをビームキャノンで吹き飛ばし、アトリエに向かって突っ込んで行くと一機のモビルスーツが立ちふさがる。

 

 ヴィートのイフリートだ。

 

 「流石デュルク隊長! 敵の動きを読んで、こっちにも戦力を配置させるなんて」

 

 ヴィートの背後から輸送機を護衛する為に付いてきた機体が次々と出撃していく。

 

 「この新型は俺がやる。他の機体は任せたぞ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 セレネは操縦桿を強く握りしめた。

 

 「まだこれだけの戦力が残っていたなんて」

 

 だとしてもやることは変わらない。

 

 「ここを突破する!」

 

 バイアランはイフリートに向かってビームサーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 だがヴィートは甘いとばかりにシールドでサーベルを受け止めると、至近距離からビームショットガンを撃ち込んだ。

 

 「これでぇ!」

 

 セレネはスラスターを全開にして上昇、ビームをやり過ごすと上段から斬りつける。

 

 しかしイフリートは容易く斬撃を捌き、逆に斬り返してきた。

 

 「ッ!」

 

 迫る斬撃に肩部のスライドシールドを展開して受け止める。

 

 そして距離を取ってビームキャノンを撃ち込んだ。

 

 「なかなかやるじゃないか!」

 

 強力なビームをすり抜けるようにかわしたヴィートは敵パイロットの力量に素直に関心する。

 

 そして同時に闘志がわき上がってくるのも感じていた。

 

 彼もエースとしての矜持がある。

 

 故に強敵であろうとも後れは取らない。

 

 「お前はここで仕留めさせてもらうぜ!」

 

 「この敵、強い!」

 

 セレネは敵の力に脅威を感じつつも再び斬り込んできた敵機にビームサーベルを振った。

 

 

 

 

 テタルトス軍の出撃と合わせレギンレイヴの調整を終えたキラは戦場に飛び交うビームの光を見つめながら操縦桿を強く握る。

 

 この戦闘、間違いなく彼が―――クロードが来る。

 

 彼の強さは前大戦から経験済みだ。

 

 さらに今回は機体性能の差もある。

 

 「だけど、やるしかない。キラ・ヤマト、行きます!!」

 

 キラはレギンレイヴを戦場に向けて出撃させる。

 

 レギンレイヴと共にカゲロウも一緒に出撃していく。

 

 彼らにはドミニオンの護衛以外にもやってもらう事がある。

 

 その為にもここを突破しなければならない。

 

 キラは道を開く為、敵部隊に向けてビームランチャーを撃ち込んだ。

 

 モビルアーマーの先端から放たれた光が敵を薙ぎ払うと、アトリエに向かって一直線に向かっていく。

 

 「道は僕が作る! カゲロウ隊はアトリエに! ニーナ、頼む!」

 

 「了解!」

 

 カゲロウを援護する為、派手の動きまわるレギンレイヴに突如四方からのビームが襲いかかる。

 

 「来たか!?」

 

 キラは攻撃を振り切るため機体を加速、バレルロールしながらビームを回避する。

 

 そして背中のスラスターユニットを排除し、両手にもったビームライフルで周囲に展開されたドラグーンを狙ってトリガーを引いた。

 

 連続で撃ち込まれた正確な射撃により、動き回るドラグーンを撃ち落としていく。

 

 しかしそこにビームサーベルを構えたプロヴィデンスザクが懐に飛び込んできた。

 

 「接近戦装備!?」

 

 前の戦闘では確認できなかった武装だ。

 

 ギリギリ斬撃を避けたキラは肩からドラグーンを射出する。

 

 普段ならバッテリーの事を考えるが、今回は出し惜しみは無しだ。

 

 囲むようにドラグーンを配置するとプロヴィデンスザクにビームを撃ち込んだ。

 

 だがクロードは撃ち込まれたビームを容易く回避する。

 

 「君がドラグーンとはね。しかし甘い」

 

 しばらく観察するように動き回っていたプロヴィデンスザクだったが、突然反転すると発射しらビームライフルでドラグーンを破壊する。

 

 「まさか……もう対応してきた!?」

 

 キラは即座にドラグーンを回収するとレール砲を展開して散弾砲を放った。

 

 これ以上ドラグーンは使えない。

 

 あっさり見切られた今、もう意味がないからだ。

 

 いかに予備バッテリーを装備しているとはいえ、余裕がある訳でもない。

 

 プロヴィデンスザクが左右から叩きつけてくる斬撃を小型シールドを構えて受け止める。

 

 「どうした、キラ君。そんなものかな?」

 

 「まだ!」

 

 振るわれたビームサーベルをシールドで弾き、ビームライフルでプロヴィデンスザクを狙う。

 

 しかし上手く操作されたドラグーンが装甲を抉り、体勢を崩されたキラは狙いを外してしまう。

 

 「相変わらず誘導兵器の扱いが上手い!」

 

 さらに肉薄してきたプロヴィデンスザクが振るったビームサーベルが胸部の装甲を斬りつけた。

 

 大きく傷つけられたレギンレイヴは蹴りを入れられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「ぐぅ、まだだ!!」

 

 不利な体勢から狙いをつけたビームライフルの一射がプロヴィデンスザクの左肩部装甲をシールドごと吹き飛ばした。

 

 「ふふふ、ははは!! 流石だよ、そうこなくてはな!!」

 

 ドラグーンを展開して四方からビームの雨をレギンレイヴに撃ち込んでいく。

 

 キラはたまらず後退する。

 

 しかしプロヴィデンスザクが配置していたドラグーンはレギンレイヴの行動を読んでいたかのように先回りして攻撃を撃ち込んで来た。

 

 容赦なく次々に撃ち込まれていく閃光が黒い装甲を抉っていった。

 

 

 

 

 アトリエの内部は大混乱に陥っていた。

 

 ヘレンの命令により緊急退避が命じられたからである。

 

 皆が必要な資料や機材を持って格納庫に集まっていった。

 

 そこにはザフトの人間ならば誰もが知っているであろう戦艦が鎮座していた。

 

 ミネルバ級二番艦『フォルトゥナ』

 

 この戦艦はアトリエで最終調整が行われていたのだが、この状況を不利と見たヘレンが脱出の為に使用することを決めたのである。

 

 ヘレンが艦長席に座り、管制室のオペレーター達をブリッジに入れて出港準備を進めていた。

 

 「状況は?」

 

 「はい。人員の退避は完了。機材やデータの移動も八割ほど完了しました」

 

 ヘレンの表情は曇ったままだ。

 

 今の状況ではいつ突破されてもおかしくない。

 

 「ッ!? 外部からハッキングを受けています!!」

 

 コロニーの外壁にモビルスーツが取りついているのが確認できる。

 

 ヘレンは即座に決断した。

 

 「施設の自爆装置作動! 同時にフォルトゥナ発進する! 全機に打電!!」

 

 「し、しかし!?」

 

 「データを奪われては意味がない! 急げ!!」

 

 「り、了解!」

 

 アトリエの自爆装置が作動すると同時に準備の整ったフォルトゥナの前にあるハッチが開いて行く。

 

 「フォルトゥナ発進!!」

 

 

 

 レギンレイヴとプロヴィデンスザクの戦いは続いていた。

 

 煌くビームサーベルがお互いを斬り裂こうと繰り出される。

 

 すれ違う二機が一閃すると、機体の装甲を抉った。

 

 「速い!」

 

 「君もね」

 

 キラは機体の状態を確認する。

 

 殆どの武装を破壊され、スラスターも一部損傷。

 

 引き換え相手の機体は傷ついてはいるが、損傷具合はこちらほどではない。

 

 その時、回り込むように配置されたドラグーンが至近距離からレギンレイヴへビームを撃ち込んだ。

 

 「ッ!」

 

 咄嗟に回避しようとするが間に合わず、撃ちだされたビームが肩の装甲を吹き飛ばした。

 

 コックピットに警報が鳴り響く。

 

 外部装甲はすでに限界だった。

 

 こうなれば仕方無い。

 

 「ドミニオン!!」

 

 《どうした?》

 

 「オオトリ装備を射出してください!!」

 

 《何?》

 

 「急いで!」

 

 キラは両手のビームライフルを使ってプロヴィデンスザクを引き離すとコンソールを操作する。

 

 するとレギンレイヴを覆っていた黒い装甲が一斉にパージ。

 

 中から現れた機体が近づいてくるオオトリ装備を装着すると全身がトリコロールに染まった。

 

 背中に装着されたオオトリがX状の翼を広げるその姿を見たクロードは呟いた。

 

 「イレイズ? いやストライクか?」

 

 キラが乗っている機体は両方の特徴を持っていた。

 

 それも当然。

 

 この機体は前大戦中に破壊されたオリジナルのイレイズにアドヴァンスストライクのパーツを組み込んだものだからだ。

 

 とは言ってもオリジナルのイレイズは多くの問題があった為、大半がストライクのパーツに入れ替えられている。

 

 背中の部分もストライカーパックを装備可能なようにしてある為、もはや原形を留めていない。

 

 特性からイレイズというよりもストライクと言った方が正しいだろう。

 

 キラはオオトリのミサイルをプロヴィデンスザクに撃ち込み、斬艦刀を構えて斬り込んだ。

 

 突っ込んでくるストライクの姿にクロードはニヤリを笑みを浮かべた。

 

 「ふっ、まだまだやれるという訳だ」

 

 クロードは後退しながらドラグーンでミサイルを撃ち落とすと振りかぶられた斬艦刀を右のシールドで弾き、サーベルを叩きつける。

 

 キラは咄嗟に機体を引き、オオトリに装備されているビームランチャーを撃ち放った。

 

 放たれた砲撃をすり抜けるように回避したクロードは動き回るストライクを囲むようにドラグーンを配置して攻撃を加えていく。

 

 「やっぱり上手い!」

 

 キラはオオトリのスラスターを吹かし、ドラグーンをやり過ごしながらコロニー外壁近くを駆け抜ける。

 

 そんなストライクを逃がさないとばかりにビームの雨が降り注いでいった。

 

 「コロニーの損傷も関係無しか!?」

 

 ドラグーンの攻撃が容赦なくコロニーの外壁を破壊し、抉る。

 

 飛び散った破片がストライクの進路を阻み、爆発の衝撃で動きを鈍らせてしまう。

 

 それでもシールドを使って何とか攻撃を受け止めると機体を反転させ、ビームライフルのトリガーを引いた。

 

 ビームライフルの射撃が数機のドラグーンを撃ち落とす。

 

 だがこの数には焼け石に水だ。

 

 降り注ぐビームは全く減る気配がない。

 

 「このままじゃ追い込まれる!」

 

 キラは決死の覚悟で接近すると斬艦刀を横薙ぎに振り抜いた。

 

 振り抜かれた渾身の剣撃。

 

 それがプロヴィデンスザクのビームライフルを斬り裂いて破壊する。

 

 もちろんクロードもやられっ放しではない。

 

 ドラグーンを囮に使い、一瞬キラの視界から機体を隠す。

 

 そして破壊されたコロニーの破片に紛れ、ビームサーベルを構えてストライクの懐に飛び込んだ。

 

 迸る剣閃がストライクに迫る。

 

 キラはスラスターを逆噴射させてに機体を引き、斬撃を回避しようとするが間に合わない。

 

 プロヴィデンスザクのビームサーベルが上段から振り下ろされストライクの左腕を斬り飛ばした。

 

 「ぐぁぁ、このぉ!!」

 

 キラのSEEDが発動する。

 

 クロードはバランスを崩したストライクに止めを刺さんとビームサーベルを突き出した。

 

 しかしストライクは直撃する前にビームサーベルを持った腕に蹴りを叩き込み、剣閃を逸らす。

 

 そして斬艦刀を横薙ぎに振るい、プロヴィデンスザクの右腕を半ばから斬り落とした。

 

 「やる! だが!!」

 

 クロードはストライクを体当たりで吹き飛ばすと四方からドラグーンを撃ち込んだ。

 

 キラは次々と撃ち込まれたビームをスラスターを使って避け、ライフルでドラグーンを撃ち落とす。

 

 しかしやはり数の違いは大きい。

 

 徐々に機体がキラの操縦について行く事が出来ず、反応が遅れ始めた。

 

 「くっ、動きが鈍い」

 

 そしてついにバランスを崩したストライクに群がるようにドラグーンが集まってきた。

 

 キラは咄嗟に機体を逸らすが、反応しきれず右足とオオトリの左翼を破壊されてしまった。

 

 今ので体勢が崩れてしまった。

 

 このままではただの的になるだけ。

 

 一瞬の判断でドラグーンを薙ぎ払おうとレール砲を構えた。

 

 その時、コロニーの港のハッチが解放され一隻の戦艦が発進していく。

 

 「あれは、ミネルバ!?」

 

 キラが驚くのも無理はない。

 

 その形状は現在地上で活躍している戦艦に良く似た形状だったからだ。

 

 クロードは飛び出してきたフォルトゥナを一瞥すると距離を取る。

 

 「……どうやらここまでか」

 

 そしてフォルトゥナのブリッジから戦況を確認したヘレンは即座に指示を飛ばす。

 

 やはりかなり状況は悪い。

 

 あと一歩遅かったら手遅れになっていたかもしれない。

 

 「残ったモビルスーツに帰還信号! 正面のプレイアデス級に向かってタンホイザー発射! 陣形を崩すと同時にアトリエの爆発に紛れて離脱する!」

 

 「了解!」

 

 フォルトゥナから撃ちだされた信号。

 

 それは撤退信号であった。

 

 それを見た各機が退き、フォルトゥナの艦首から閃光が迸ると同時にクレオストラトス目掛けて発射された。

 

 デュルクと交戦しながらその光を目撃したアレックスが叫ぶ。

 

 「クレオストラトス、スラスター全開!! 緊急回避しろ!」

 

 クレオストラトスのクルー達はアレックスの命令を即座に実行した。

 

 右舷スラスターを全力で噴射して、タンホイザーの射線からギリギリで逃れる。

 

 その一瞬後に凄まじい閃光が艦の横を通り過ぎて行った。

 

 何とか直撃だけは避けられたが代償も大きかった。

 

 クレオストラトスが回避運動を取った事で完全に陣形を崩されたテタルトス軍の穴を抜けようとフォルトゥナが移動開始する。

 

 そして次の瞬間、アトリエから大きな爆発が起き周囲のものを吹き飛ばした。

 

 「まさか、自爆!?」

 

 爆発に巻き込まれないようにオオトリをスラスターを全開で噴射させ、何とか退避しようとフットペダルを踏み込む。

 

 しかし爆発の範囲が大きく、爆風に巻き込まれたストライクは吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐああああ!」

 

 キラは機体を操作しスラスターを使って体勢を立て直す。

 

 何とか爆発範囲から逃れると状況を確認するため視線を走らせる。

 

 そこで再びコックピットから警戒音が鳴り響き、プロヴィデンスザクが近寄ってきた。

 

 この損傷では厳しいかもしれないが―――

 

 キラはまだ使えるオオトリのビームランチャーを構えたがその前に意外にも敵機から通信が入ってくる。

 

 「キラ君、決着はまた今度だ」

 

 「なっ、どういう―――」

 

 「そんなモビルスーツに乗っている君とこれ以上戦う気はない。次の時はもう少しマシな機体に乗ってきてもらいたいな」

 

 それだけ言うとクロードは機体を反転させフォルトゥナを追った。

 

 デブリの間からチラリと見えた地球に視線を向けると静かに呟く。

 

 「……さて、そろそろ戻らないとな」

 

 プロヴィデンスザクは先行した戦艦を追って離脱して行った。

 

 キラは退いて行く敵機の姿に息を吐き出すとシートにもたれ掛かる。

 

 危なかった。

 

 もし敵が退かずあのまま戦っていたらどうなっていたかは考えなくても分かる。

 

 次、戦うとしたらこの機体では彼の相手は難しい。

 

 「……ともかく一旦戻ろう」

 

 キラは思考を打ち切ると周囲を警戒しながら帰還するためにドミニオンの方へ機体を向けた。

 

 




時間が無かったので後で加筆するかもしれません。

今回登場したリゲルの基はガンダムUCに登場したリゼルです。
そしてバイアラン、両方ともunnownさんのアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございました。


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第30話  両者の道

 

 

 

 

 

 多くの犠牲が出たクレタ沖の決戦もようやく決着がつこうとしていた。

 

 インパルスによって斬り裂かれた戦艦から炎が垂直に噴き上がると大きな爆発が起きた。

 

 蒼い翼を羽ばたかせ縦横無尽にフリーダムを操るマユはビームサーベルでムラサメの両手、両足を瞬時に斬り飛ばす。

 

 マユは数機のみだが、あえてコックピットを狙わずに武装やメインカメラだけを破壊していた。

 

 あくまで目的はオーブ離反者が持ち出した機体の破壊と情報を握っているだろうセイランの確保である。

 

 そのついでという訳ではないがムラサメやアストレイのパイロット達も何か知っている可能性がある判断し、彼らも確保する事にしたのだ。

 

 「ムウさん!」

 

 「こっちは任せろ、お嬢ちゃん!」

 

 ムウのセンジンが飛行形態で戦場を突っ切ってくると、斬り倒されたムラサメを回収する。

 

 今回もアークエンジェルの守りに徹していたムウだったが状況を見る限り地球軍、ザフト共にこちらに構っている余裕も無い。

 

 あれならば艦の武装だけでもしばらくは大丈夫だろうと判断し二人の援護に駆け付けたのだ。

 

 アストレイやムラサメを抱えて少し離れた地球軍の戦艦の方を探る様に見る。

 

 間違いなく居る。

 

 今回もあのパイロットはこの戦場に存在していた。

 

 「何故出てこない?」

 

 それに―――

 

 「ダーダネルスで交戦した奴とは―――」

 

 「ムウさん、どうしたんですか?」

 

 「……いや、何でもない。先に戻るぞ」

 

 ムウはそれ以上は考えないようにするとアークエンジェルに帰還する進路を取った。

 

 後退していくムウを確認したマユは周囲を見渡すとオーブから奪取された機体はもういない。

 

 どうやらこの戦場に存在するオーブ機は破壊出来たようだ。

 

 「あ、ああ、あああ」

 

 その光景を見ていたユウナは思わず後ずさった。

 

 まさかここまで突破してきた上にオーブから持って来た機体をすべて破壊されるとは思ってもみなかった。

 

 彼はあくまでも政治家。

 

 戦場を駆ける軍人ではない。

 

 それ故にフリーダムとアークエンジェルの正確な戦力評価が出来ていなかった。

 

 「ユ、ユウナ様」

 

 怯えたようにこちらを見てくる士官達。

 

 皆ユウナ達と共にオーブから離脱してきた者達ばかりだ。

 

 彼らもまた想像もしていなかったのだろう。

 

 まさかここまで追い詰められるなど。

 

 「ま、まだだ! 戦力は残ってるんだ! 残った機体にフリーダムを落とせと命令を出せよ!」

 

 「し、しかし、もう後退した方が……」

 

 「僕らにそんな選択があるもんか!」

 

 信用されていない自分達がここで退くという選択など取れる筈はない。

 

 退いた先で待っているのは転落のみ。

 

 前に進む為には勝つしかないのだ。

 

 「早く命令を出せ!」

 

 「は、はっ」

 

 ユウナの声に士官たちが動き出す。

 

 その様子を気にも止めず、ユウナは蒼い翼の天使を怯えの含んだ瞳で見つめていた。

 

 そして外ではユウナの命令に従って動き出したモビルスーツ隊がフリーダムを包囲するとビームサーベルを腰だめに構え、突っ込んでいく。

 

 それらをいつも通り冷静に捌く、マユ。

 

 サーベルで正面の敵を返り討ちにすると、即座に振り返り背後の敵を斬り捨てる。

 

 「は、反応が速すぎる!」

 

 「ひ、怯むな!」

 

 今度は左右から挟むように剣を振るってくる。

 

 しかしそれすらもマユには通用しない。

 

 片側の斬撃をシールドで流し、機体を回転させると、もう片方の剣閃がフリーダムに届く前にサーベルで腕を切断した。

 

 「そ、そんな」

 

 「ば、馬鹿なぁ!」

 

 動揺して動きを鈍らせたダガーLにフリーダムは容赦なく斬撃を叩き込んで来た。

 

 コックピットを斬り裂かれ、何もできないままパイロット達の意識はかき消えた。

 

 

 

 

 マユは息を吐き出すと旗艦を見た。

 

 セイランの確保が出来ればよいのだが、流石にそこまでさせるほど地球軍も甘くない。

 

 フリーダムを通さないとばかりにウィンダムの部隊が立ちはだかっている。

 

 「時間がない」

 

 マユは敵の攻撃を避けつつ、ビーム砲とレール砲を駆使して撃墜していく。

 

 為す術なく胴を穿たれたウィンダムはそのまま墜落して戦艦に衝突、諸共に爆散した。

 

 「邪魔です! 貴方達に構ってる暇はないんです!」

 

 やはり守りが厚い。

 

 このまま押し切る事は可能だろう。

 

 だがそうなればレティシアを孤立させる事になる。

 

 マユはチラリとザフトの新型と交戦しているブリュンヒルデを見た。

 

 お互いに対艦刀と斬艦刀を振るい、上下左右から相手の機体を斬り裂かんと叩きつけている。

 

 確かに強い。

 

 イフリートのパイロットはマユの目から見ても一流のパイロットである。

 

 間違いなくエース級だろう。

 

 だが―――それだけだ。

 

 あれではレティシアには及ばない。

 

 「いい加減に死んで」

 

 リースはビームライフルで敵機を牽制しながら、体勢を崩す。

 

 そのままスラスターを吹かせ、一気に懐に飛び込むとベリサルダをブリュンヒルデ目掛けて上段から叩きつける。

 

 これで決まった。

 

 リースはそう確信する。

 

 だがここで彼女は目の前にいる相手がどれほどのパイロットなのかを知る事になる。

 

 対艦刀を紙一重で機体を逸らす事で避けたレティシアは左手のシールドをイフリートに向けて投げつけた。

 

 「な!?」

 

 虚をつかれたリースはシールドが当たる前に上昇する。

 

 しかしレティシアの目的は別にシールドを当てる事ではなかった。

 

 リースが上昇するのを見越していたレティシアは空いた手でビームサーベルを引き抜き、イフリートに叩きつけた。

 

 「はああ!」

 

 敵機の攻撃に驚愕しながらも回避運動を取ろうとする、リース。

 

 その行動は彼女の技量の高さを物語っていると言えるだろう。

 

 だが今回は相手が悪かった。

 

 『戦女神』が相手だったのだから。

 

 交錯する一瞬の攻防。

 

 煌く剣閃がイフリートのベリサルダ諸共右腕を叩き斬った。

 

 「ぐぅ……殺してやる」

 

 リースはこいつを絶対に許さないと強烈な視線で睨みつける。 

 

 「ああああああああ!!!」

 

 残った左手のベリサルダを下から斬り上げるがそれすらもレティシアは読んでいた。

 

 リースが対艦刀がブリュンヒルデに届くより前に、斬艦刀を振り下しイフリートの左腕を切断した。

 

 両腕と武装を失い呆然とするリース。

 

 さらに背後から蒼い翼を広げたフリーダムが凄まじい速度で突っ込んで来る。

 

 「フリーダム!?」

 

 フリーダムはリースが反応するより速く腰の剣を一閃するとイフリートを真っ二つに斬り裂いた。

 

 コックピットを避ける事が出来たのはリースのパイロットとしての技量が一流であるという確かな証拠である。

 

 だがそんな事は彼女にはどうでもよい事だった。

 

 ここで敵パイロット達の聞こえてきたから。

 

 

 

 

 墜ちていくイフリートを一瞥したマユは敵を警戒しながらレティシアに声をかけた。

 

 「レティシアさん、大丈夫ですか?」

 

 「ええ、私の方は問題ありません」

 

 「良かった。ではアストさんのところに―――」

 

 そうマユが言いかけた時、通信機から笑い声が聞こえてきた。

 

 不気味なほどの歓喜の声が。

 

 《フフフ、アハハハ、そう、やっぱり貴方達なんだ。見つけたよ。アレンに群がる害虫を》

 

 声が聞こえてくるのは落下していくイフリートからだ。

 

 「貴方は一体……」

 

 《リース・シベリウス。私の名前覚えていて。貴方達を殺す人間の名前だから。マユとレティシア。私も貴方達の事を忘れない―――絶対に》

 

 凍りつくほど冷たい声にマユもレティシアも背筋が寒くなる。

 

 この相手は何を言っている?

 

 イフリートが海に落ちると声は途切れ、何も聞こえなくなる。

 

 しかし不気味な悪寒は消える事無く二人の体にへばりついていた。

 

 「レティシアさん」

 

 「……最低限の目的は達成しました。アークエンジェルに帰還しましょう」

 

 できればアストの下まで行きたかったが、今回は無理だ。

 

 二人は落ちていった機体を一瞬だけ見ると、アークエンジェルまで後退した。

 

 

 

 

 空中で交差するエクリプスとフェール・ウィンダム。

 

 互いに構えた剣を一閃する。

 

 アレンは敵機の斬撃を流しながら、エッケザックスを横薙ぎに叩きつけた。

 

 対艦刀がフェール・ウィンダムを斬り裂こうと迫る。

 

 しかしカースは機体を下降させて、対艦刀を潜り抜けビームマシンガンを撃ち込んでくる。

 

 「この動き、やはり貴様は!?」

 

 「ふっ、そんな事はどうでもいいと言っただろう!」

  

 フェ―ル・ウィンダムはビームマシンガンを撃ち込みエクリプスを牽制、距離を詰めた。

 

 同時に撃ち込むミサイル。

 

 それを難なく撃ち落とした敵に対し、爆煙越しにスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を投げつけた。

 

 アレンは咄嗟にエッケザックスを盾にするが、スティレット投擲噴進対装甲貫入弾が炸裂してエクリプスを吹き飛ばす。

 

 それを見たカースは口元を歪めるとビームサーベルを構えて突撃した。

 

 「終わりだ! アストォォ!!」

 

 体勢を崩したエクリプスに迫る斬撃。

 

 「まだだ! カース!!」

 

 フェール・ウィンダムが止めとばかりに放った一閃。

 

 しかしカースが見たのは捉えた筈の斬撃を、容易く回避するエクリプスの姿だった。

 

 「なんだと!?」

 

 アレンは破壊された対艦刀を捨て、腰のサーベルを逆手に抜く。

 

 カースが反応する前の一瞬の煌きがフェール・ウィンダムの腕を斬り落としていた。

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 激昂するカース。

 

 だがアレンは反応する事無くシールドを叩きつけ、体勢を崩したフェール・ウィンダムにサーベラスを撃ち込んだ。

 

 砲撃をギリギリシールドを構えて受け止める。

 

 だが機体がカースの反応についていけず、完全に防ぎきれなかったシールドを腕ごと破壊されてしまった。

 

 「チィ、強化されても、所詮はナチュラルの機体か! ここまでだな」

 

 カースは不利と見たのか反転する。

 

 しかしそのまま逃がすほどアレンはお人好しではない。

 

 「逃がすと思うか!!」

 

 追撃しようとするエクリプスにミサイルを放ち、起爆させた際の爆煙に紛れ離脱を図る。

 

 「忌々しい!!」

 

 カースは屈辱を噛み締め、旗艦を目指す。

 

 その仮面の下で渦巻く激しい憎悪を押し殺しながら。

 

 

 

 

 インパルスとイレイズは睨みあうように傾く甲板の上に佇んでいた。

 

 海面に機体が落下すると同時に爆発が起きる。

 

 爆発の衝撃にさらに艦が揺れて傾いていくが、シンもアオイも動けない。

 

 戦場にいる筈の二人の考えは全く同じ。

 

 何故?

 

 そんな疑問だった。

 

 しばらく固まっていた二人だったが、再び爆発がお互いの機体を揺らすとどちらともなく口を開く。

 

 「アオイ、お前がずっとイレイズに乗っていたのかよ」

 

 「……ああ」

 

 今までずっと邪魔な敵だと思っていた。

 

 撃墜されかかった事すらあった。

 

 ハイネを落としたのもイレイズなのだ。

 

 憎むのも当然―――

 

 それなのにシンの胸中には憎しみは無く、ただただやり切れない痛みのようなものが広がっていた。

 

 彼も分かってはいるのだ。

 

 アオイの生い立ちを考えれば地球軍に加わっているというのは不思議ではないと。

 

 それでも燻ぶる憤りを吐き出すようにコックピットから乗り出すと思わず叫んだ。

 

 「何でだよ! 何でお前みたいな奴が、地球軍なんかに入って!」

 

 シンの脳裏に浮かんだのは地球軍が行っていたガルナハンを含む西ユーラシアの酷い状況やロドニアラボで行われていた非道な実験の光景。

 

 シンは短いながらの交流でアオイの人となりを知っていた。

 

 もちろんすべてを知っている訳ではない。

 

 でも少なくともあんな非道に参加するような奴じゃない。

 

 それなのに―――

 

 「何で俺の敵になってるんだよ!」

 

 必死に叫ぶシンの問いかけにアオイは逆に冷静になりつつあった。

 

 シンは義父の仇だ。

 

 アウルの仇だ。

 

 許せないし、殺したいとも思った。

 

 正直、憎しみがないと言ったら嘘になる。

 

 でもアオイは自分の中に渦巻いている、感情を押し殺した。

 

 ここで感情を吐き出すのは簡単だ。

 

 ただ叫ぶだけでいい。

 

 でもそうじゃないだろう。

 

 お互い様なのだ。

 

 アオイもまた銃を取って引き金を引き、誰かを殺してきた。

 

 自分もまた奪った者。

 

 ダーダネルスで落とした機体のパイロットもシンにとって大切な誰かだったのかもしれない。

 

 そんな自分がどうしてシンだけを責められるだろうか。

 

 「……守るためだ」

 

 シンの問いかけに対する答え。

 

 それは最初に戦うと決めた理由。

 

 アオイは自分の中に満ちていた怒りや憎しみを振り払うよう首を振る。

 

 憎しみに捉われてはいけない。

 

 ステラと話したあの日の事を思い出す。

 

 アオイはあえてシンと同じ様にコックピットから乗り出して大きな声を出した。

 

 「家族やみんなを守りたいからだ!」

 

 「ッ!?」

 

 「お前がどう考えているか知らないけど、地球軍にいる人にだって皆が皆非道な事をしてる訳じゃない。守りたいから戦う人だってちゃんといる。俺だってそうだ! シンは違うのか!?」

 

 確かにそうだ。

 

 シンにも守りたい物がある。

 

 だからこうして戦ってきたのだ。

 

 そこでアオイはどこか悲しそうに苦笑する。

 

 「……でもまさかインパルスのパイロットがお前だったなんてな」

 

 あまりにもつらそうなアオイの顔にシンも俯いた。

 

 何でこうなるんだろうか。

 

 そんなやり場のない憤りだけが募っていく。

 

 その時、地球軍の艦から信号弾が上がった。

 

 撤退信号だ。

 

 それを見たアオイはコックピットに戻る。

 

 「アオイ!」

 

 アオイは一瞬だけシンの顔を見る。

 

 何かを呑み込むように目を閉じると呟いた。

 

 「……シン、お前とは決着をつける。俺が戦う理由はさっき言った通りだ。だからその時はお前も遠慮しなくていい」

 

 「えっ」

 

 「守りたい物があるんだろ。だから次も全力でこいよ。まあ、俺も負けないけどな」

 

 「アオイ、待て!」

 

 イレイズはインパルスから距離を取りゆっくり離れていく。

 

 シンは追撃する事も出来ず、ただ見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 クレタ沖での戦いは多くの犠牲を出しながらも、実質ザフトの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 今回の戦闘も切り抜ける事ができた、ミネルバ。

 

 しかしタリアの表情曇ったままだ。

 

 その理由。

 

 それは前回とは違い被害が大きい事だった。

 

 現在ミネルバの船体は敵からの攻撃を受け続けた事によりボロボロ。

 

 今にも沈みそうな雰囲気である。

 

 さらに艦載機の被害も大きい。

 

 ザクウォーリア大破。

 

 ザクファントム中破。

 

 最新機であるイフリートもフリーダムによって大破。

 

 パイロットのリースも軽傷ではあるが今戦える状態ではなく治療を受けている。

 

 インパルス、エクリプスは無事であるがパイロットのジェイルは戦闘後に体調不良を訴え医務室に運び込まれてしまった。

 

 セリスと同じ様にだ。

 

 つまり現在戦えるのはアレンのエクリプスとシンのインパルスの二機だけという事になる。

 

 仮にこんな所を襲撃されればミネルバに抗う術はない。

 

 「あの、艦長?」

 

 考え事をしていたタリアにアーサーが恐る恐る声を掛けてくる。

 

 「……何、アーサー?」

 

 「セリスに続いてジェイルまで、やっぱりおかしいですよね?」

 

 アーサーがそう思うのも無理はない。

 

 いくらなんでも立て続けに新システムを導入した機体のパイロット達が倒れるなど明らかにおかしい。

 

 「……そうね。でも今は早く艦の修理をしないと。その話は後よ」

 

 「はい」

 

 タリアはあえてこの話題を打ち切った。

 

 彼女自身が答えられないというのもあるが、この件に足を踏み入れるのは相当の覚悟がいる。

 

 監視されているのならば尚の事だ。

 

 タリアはアーサーから視線を外すと余計な事は考えず正面だけを見た。

 

 だがミネルバ艦内では誰かが止める訳でもなく、皆口々にその話題の噂をしている。

 

 「やっぱりおかしいだろ、どう考えてもさ」

 

 「まあね。あいつら全然機体を触らせないし」

 

 ヨウランがヴィーノやメイリン、ルナマリアと搭載されたシステムの噂をしていた。

 

 ディオキアで乗り込んできた技術者達は機体に全く触らせない。

 

 パイロットが運び込まれた医務室にまで入り浸っている。

 

 そしてセリスに続きジェイルまで同じ様な事になったのだから良くない噂が広がるのも当然であった。

 

 「でもジェイルは目が覚めたんでしょ」

 

 「そうみたい。だけど今も医務室から出られないらしいよ」

 

 「……セリスは今も眠ったままみたいだけどさ」

 

 セリスの名前が出た途端皆の雰囲気が暗くなる。

 

 ここにいるメンバーは皆セリスと同期の者達ばかりだ。

 

 だから全員が彼女を心配して医務室に様子を見に行ったりしている。

 

 しかし今日まで彼女が目覚める気配はない。

 

 それが余計に不安を煽り、変な噂が気になるのだ。

 

 皆が暗くなっている中、部屋にシンが俯きながら入ってきた。

 

 「シン、大丈夫か?」

 

 ヴィーノが気遣うようにシンに声をかける。

 

 シンは前回の戦いの後、どこか上の空で常に何か考え込んでいた。

 

 「……ああ、俺は大丈夫だ。ルナ、怪我は?」

 

 「うん、大した事無いよ」

 

 乗機を破壊されたルナマリアはコックピットで起きた爆発で軽傷を負った。

 

 今は頭と腕に包帯が巻かれている。

 

 暗くなった雰囲気を変えるようにヨウランが別の話題を振る。

 

 流石にシンの前でセリスの話をするほど、迂闊ではない。

 

 ルナマリアやメイリンが睨みつけたのもあるが。

 

 「そういやガイアのパイロットはどうなったんだ?」

 

 その話にシンはビクッと体を震わせる。

 

 ヨウラン達は知る由も無いが、その事もシンを考え込ませていた要因だった。

 

 クレタ沖でジェイルによって中破させられたガイアはミネルバに収容された。

 

 元々奪われた機体であり、こちらに奪還するのは当然の事である。

 

 しかし問題はパイロットだった。

 

 ガイアのコックピットから引きずりだされたのは、同い年くらいの少女。

 

 あの時アオイと一緒にいたステラだったのだ。

 

 「怪我してるらしいけど、暴れられたら困るから拘束されて医務室に収容されたってさ」

 

 「結構可愛い女の子だったよな」

 

 「ヨウラン」

 

 睨むルナマリアに「冗談、冗談」と笑ってごまかすヨウラン達の話を聞き流しながら、シンは立ち上がった。

 

 「シン?」

 

 「俺、もう一度医務室に行ってくる」

 

 ヨウラン達の返事を待つ事無く、部屋を出ると医務室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 『アトリエ』から脱出したフォルトゥナはプラント本国に辿り着いていた。 

 

 ここまで敵の襲撃を受ける事無く辿り着けたのは運が良かったとしか言いようがない。

 

 先の戦闘により防衛部隊の半数以上が撃墜され、無事に艦に収容できた機体も損傷のない機体を探す方が難しいほどである。

 

 さらに言うならば現在この艦を動かしているのは半分以上が訓練を受けていない素人だった。

 

 ヘレンは艦長席に座り、今後の事を考えていた。

 

 この状況で『アトリエ』を失ったのはかなりの痛手である。

 

 そしてこの艦フォルトゥナは本来であればもう少し後に公表される筈だったもの。

 

 さらに言うなら新型の開発もまだ途中だった。

 

 「……ともかく議長に報告するしかないわね」

 

 フォルトゥナが港に接舷すると、指示を出してヘレンはデュランダルの執務室へ歩きだした。

 

 手続きを済ませ部屋に入ると、デュランダルが仕事をしながら出迎えた。

 

 「やあ、ご苦労だったね、ヘレン」

 

 「申し訳ありません、議長。『アトリエ』を落とされてしまいました」

 

 ヘレンが頭を下げるとデュランダルは変わらず柔和な笑みを浮かべる。

 

 「それについては気にしなくてもいい。確かに『アトリエ』を失ったのは痛いが、新型の開発や研究は別の場所で行えばいいだけだ。それよりも丁度良かったよ」

 

 デュランダルの物言いに不思議そうに首を傾げる、ヘレン。

 

 それを気にせず、端末を操作すると情報を呼び出した。

 

 「これは……クレタ沖での戦いの結果ですね」

 

 「ああ、今回の件でミネルバは相当な深手を負ったようだが、地球軍の損失はそれ以上だろう」

 

 さらにガイアとそのパイロットの確保したというのも良い知らせだ。

 

 デュランダルは続けて端末を操作する。

 

 そこの表示されたのはとある人物からの通信記録であった。

 

 「これは……」

 

 「これで例の宣言を早められる。ロドニアで得られなかった情報も彼らから提供してもらったからね。後は準備が整い次第『大天使』に消えてもらえば次に進める」

 

 これなら先に進めても問題はないかもしれない。

 

 ただ同時に懸念事項もある。

 

 「議長、気になる事がいくつかありますが」

 

 「何かな?」

 

 「ミネルバです。どうやらタリア・グラディスとアレン・セイファートが色々探っていると報告が入っています。さらにシン・アスカ。彼にフリーダムを撃てるとは思えません」

 

 技量的な話ではない。

 

 シンは予定通り、パイロットとしての技量を高めている。

 

 その腕前はアーモリーワンから出港した頃とは比較にならないほどだ。

 

 だが、それでも不安要素が大きすぎた。

 

 フリーダムのパイロット、マユ・アスカ。

 

 彼が妹を撃つなどあり得ない。

 

 I.S.システムを使えば別だろうが。

 

 「それにセリスに対しても悪影響が出る可能性がありますし」

 

 「ふむ」

 

 顎に手を当て考え込む、デュランダル。

 

 「それらについてはもうしばらく様子を見よう。ヘレン、フォルトゥナはどうかな?」

 

 「『アトリエ』から抜き出したデータを移し替え、艦の最終調整が終わり次第、何時でも発進できます」

 

 「そうか。では準備を急がせてくれ」

 

 「了解いたしました」

 

 ヘレンが頭を下げて部屋を退室する。

 

 デュランダルは端末を操作すると提供されたデータを呼び出した。

 

 しばらくそれを眺めていたデュランダルであったが、とある人物のデータを見た瞬間、珍しく表情を変えた。

 

 先程までとは明らかに違う、何か気にいらないという表情である。

 

 端末に映し出されていたのは、地球軍のパイロットのデータだった。

 

 「……アオイ・ミナト」

 

 しばらくそのデータを睨むように見ていたデュランダルであったがすぐに端末のスイッチを切る。

 

 そのまま椅子にもたれ掛かる様に座り込むと目を閉じた。

 



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第31話  変革の始まり

 

 

 

 

 ジェイルが初めに感じたのは、激しい頭痛だった。

 

 体もだるく、気持ちが悪い。

 

 「一体何が起きた?」

 

 朦朧とする意識をはっきりさせる為に体を起こしながら頭を振って、周囲を見渡す。

 

 見覚えがあった。

 

 ここはミネルバの医務室のようだ。

 

 起き上がったジェイルに気がついたのか、白衣を着た男が近づいてくる。

 

 「気分はどうかな?」

 

 「……最悪だよ。あんたは誰だ?」

 

 「ただの研究員だよ。それよりこちらの質問に答えて欲しい」

 

 男は感情も見せず淡々と質問にしてくる。

 

 まるでモルモットを観察しているかのように男からは何の情も感じられない。

 

 それに一種の気持ち悪さのようなものを感じながら、質問に答えると研究者の男はカルテかなにかに書き込んでいく。

 

 そうしている内にようやく意識がはっきりしてきた。

 

 そして思い出す。

 

 クレタ沖での戦いの事を。

 

 そう、ジェイルはあの戦いで死天使に再び敗北したのだ。

 

 屈辱のあまりシーツを強く握り締める。

 

 そしてその後で―――

 

 「ふむ、こんなものかな。君はしばらく医務室で休む事。明日も検査を行わせてもらう」

 

 偉そうに言ってくる男を睨みつけた。

 

 ジェイルが一言文句を言おうとした瞬間、横から大きな奇声が聞こえてくる。

 

 「ここはどこ!! 離せぇぇ!!」

 

 「この声は!?」

 

 ジェイルはそのままベットから起き出すとカーテンを押しのけた。

 

 そこに居たのはベットの上に縛り付けられていたステラの姿だった。

 

 「ステラ、なんで……」

 

 そこまで言って唐突に記憶がよみがえってくる。

 

 あの戦いでガイアを撃破したまでは良かった。

 

 だが露出したコックピットの中に見えた人影がジェイルの意識を奪ってしまった。

 

 コックピットにいたのはかつて出会った少女ステラだったのだから。

 

 ジェイルは意を決して話しかける。

 

 「ステラ、なんでお前がガイアに―――」

 

 「うるさい! 誰だ! 離せぇぇ!!」

 

 拘束されていてもなお暴れる、ステラ。

 

 ジェイルはそんな彼女を抑え込むように肩を掴んだ。

 

 「俺が分からないのか! ジェイルだ!」

 

 「知らない! あ、ああ、ネオ、アオイ! どこ、アオイィィ!!」

 

 ジェイルは思わず後ずさる。

 

 何が起こっている?

 

 混乱するジェイルに白衣の男が近づいてくるとそのままベットの方へ連れ戻されてしまう。

 

 「おい、離せ! 俺は彼女に―――」

 

 「あれは捕虜だ。君が気にする必要はない」

 

 「ふざけるな!」

 

 その言いように思わずカチンとくる。

 

 白衣の男を睨みつけ、暴れ出さんばかりだったが、再び頭がふらつくと景色が歪んで見える。

 

 そのまま力が入らずベットに座り込んでしまった。

 

 「君は無理できる状態ではない。大人しくしなさい」

 

 「くっ」

 

 ジェイルはそのまま寝かされてしまう。

 

 再び意識が朦朧としてきた。

 

 眠りに落ちる直前ジェイルの脳裏に浮かんでいたのはステラと共にディオキアで出会った少年の事だった。

 

 アオイ・ミナト。

 

 ステラがガイアのパイロットという事は一緒にいた奴も地球軍の関係者だったのか。

 

 たぶん間違いないだろう。

 

 もしかすると奴も戦場にいたのかもしれない。

 

 ならば―――

 

 ジェイルは考えの纏まらないままいつの間にか眠りについていた。

 

 

 

 

 多くの傷を負いながらもミネルバはようやくジブラルタルに辿り着いた。

 

 もはや撃沈寸前と言ってもよいほど酷い損傷。

 

 よくここまで持ったものだと感心すらしてしまう有様だ。

 

 無残にも破壊された船体を修復する者達は感心半分呆れ半分でそれを見ると、ため息をつきながら破損個所に取りつき作業を開始していく。

 

 そんな中、シンはもはや日課になったと言っても良いセリスの顔を見る為に医務室に向かって歩いていた。

 

 今回もあの白衣の研究員につまみ出されてしまうかもしれない。

 

 しかし艦の修復で動けない以上は任務も無く、はっきり言ってシン達にやるべき事はない。

 

 ヨウラン達は忙しそうに動いていたが、今シンにできることがあるとすれば精々訓練くらいだろう。

 

 その訓練もすでに終わっている。

 

 部屋にいてもただ余計な事を考えてしまうだけだ。

 

 だからいつも通りセリスの顔を見に行こうとしている訳だが、今回はもう一つ目的があった。

 

 ステラの事だ。

 

 今回は彼女の様子も見ようと決めていた。

 

 クレタ沖で収容されたステラは意識を失い怪我をしていた為、医務室に運ばれた。

 

 当然動けないように拘束された状態でだが。

 

 尋問しようともしたらしい。

 

 しかし目が覚めた彼女はただ暴れようとするだけでどうにもならなかったようだ。

 

 自分が行った所で話が出来るかは分からないが、それでも―――

 

 「……アオイの事もある」

 

 だから話を聞きたかった。

 

 医務室についたシンは扉をくぐり中へと入る。

 

 だが意外にも誰もシンの姿を見ても咎める事無く、慌てながら部屋を行き来していた。

 

 何かあったのだろうか?

 

 入口で困惑するシンの耳に大きな声が飛び込んできた。

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような奇声だった。

 

 「離せぇぇ!! 私は、私はァァァァ!!」

 

 シンが見たのは拘束されながらもベットの上で暴れるステラの姿だった。

 

 それを白衣を着た研究員が抑え込んでいる。

 

 「ステラ!」

 

 それを見て駆け寄る、シン。

 

 しかし返ってきたきたのは予想もしていない答えだった。

 

 「誰だ、お前は! 何故私の名を知っている!?」

 

 「え、覚えていないのか?」

 

 確かに彼女とはそう話をした訳ではない。

 

 でもあれからそう時間は経っていないというのにどういう事なのだろうか。

 

 シンはステラに駆け寄ろうとして白衣の男に制止される。

 

 「……ここは今立入り禁止だと言っていなかったかな」

 

 相変わらず嫌な言い方だった。

 

 しかもこちらに対してなんの感情も見られないこの目がシンは嫌いだった。

 

 「……別に様子を見に来るくらい―――」

 

 「我々の邪魔をしないでもらいたいな。ジェイル・オールディスもやたら捕虜にこだわっていたが、これ以上手間を取らさないでもらいたい」

 

 「ちょっ、待てよ!」

 

 有無言わせず医務室を追い出されたシンは憤りに任せて壁に拳を叩きつける。

 

 「くそ!!」

 

 ヨウラン達も言ってたけど、胡散臭い連中だった。

 

 「態度も悪いし、なんなんだよ、あいつらは!」

 

 無理にでももう一度中に入ってやろうかと思ったその時、廊下からルナマリアとメイリンが歩いてくるのが見えた。

 

 「何やってるの?」

 

 出来れば口にしたくは無いが、たぶんルナマリア達も同じ目的の筈。

 

 嫌な思いをさせる事も無いとシンはそっぽを向きながら、呟いた。

 

 「……医務室に入ったら、邪魔だとか言われて追い出された」

 

 「やっぱり駄目かぁ」

 

 思った通り彼女達もセリスの様子を見に来たらしい。

 

 彼女達は昔から仲も良かったし、こうして気にしてくれている。

 

 そんな二人にシンは思わず顔を綻ばせた。

 

 しかしルナマリアやメイリンを巻き込んでまで無理やり医務室に入る訳にはいかないし、ここは出直すしかないだろう。

 

 そう結論を出して二人に話掛けようとした時、メイリンが何かに気がついたように声を出した。

 

 「お姉ちゃん、あれ」

 

 メイリンの指差した先にいたのはアレンだった。

 

 いつも通りにサングラスを掛けていて表情は見えないが、どこか雰囲気が違う。

 

 なんというか周囲を警戒しているような感じだ。

 

 「どこに行くんだろ?」

 

 「さあ」

 

 声をかける間もなくアレンは廊下を角を曲がって見えなくなった。

 

 

 

 

 アレンは周囲を警戒しながらとある部屋に向かっていた。

 

 目的の部屋の扉を開き、入った部屋は何もなく閑散としている。

 

 アレンが入ったここは誰も使っていない空き部屋である。

 

 机に設置してある端末を立ち上げると、素早くキーボードを叩き出す。

 

 彼の目的はセイバーとインパルスに搭載された新システムの詳細を知る事だった。

 

 もちろんこちらが監視されている事は百も承知である。

 

 だが今はリースも怪我の為医務室から動けず、監視の目も緩んでいる。

 

 チャンスは今しかないのだ。

 

 着々とデータを呼び出し、進めていくがアレンは不満そうに顔を顰めた。

 

 「もっと早ければ文句はないんだけどな」

 

 キラくらいのスキルがあればもっとスムーズにいくのだろう。

 

 だがアレンにはこれが限界である。

 

 しばらくの間、画面とにらめっこをしているとようやく目的のデータを発見する事が出来た。

 

 「これだな」

 

 『I.S.system』

 

 キーボードを叩き詳細を確認する。

 

 その内容はアレンを驚愕させるには十分なものだった。

 

 「『Imitation Seed system』特殊な催眠処置と投薬によって、SEED状態を擬似的に再現する!?」

 

 つまりセリス達はこのシステムの影響であんな状態になったという事だ。

 

 パイロットに対しても相当な負荷が掛かるらしい。

 

 まさかザフトがこんな物まで開発していたとは思わなかった。

 

 しかもSEEDに関するシステム。

 

 プラントではSEEDに関する事は完全に御法度である。

 

 コーディネイターとしての力に自負をもっている彼らにとって決して認められないものだからだ。

 

 だがデュランダルは違うという事だろう。

 

 「思った以上に猶予が無いかもしれないな」

 

 デュランダルが何をしようとしているのか、早く掴む必要がある。

 

 アレンは必要な情報を集めてディスクに落すと端末を閉じる。

 

 そして足早に部屋を出た。

 

 それから数日後、とある放送が世界に向けて発信された。

 

 これが再び大きな変化をもたらす事になる。

 

 

 

 

 それは何の前触れも無い、突然の出来事であった。

 

 プラントや地球のあらゆる都市に例外無くその放送は流された。

 

 その内容―――

 

 それはプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが全世界に向けてとある事に関する発表を行ったのである。

 

 《全世界の皆さん。私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです。今戦争中にも関わらず、このような放送を発信する事をどうかお許しいただきたい》

 

 『一体なんだと言うのか?』

 

 皆がそう思ったに違いない。

 

 そしてこの放送を見ていたロード・ジブリ―ルも同様だった。

 

 流れる放送を忌々しげに見つめている。

 

 しかし彼はこの後、これまでの人生の中で一番と言えるほどの衝撃に襲われる事になる。

 

 《我々プラントは連合のやり方に異を唱え、不本意とはいえこれまで戦いを繰り広げてきました。同時にユーラシアから分離、独立を果たそうとする人々を支援してきました》

 

 《こんな得る物の無い、ただ戦うばかりの日々に終わりを告げ、自分達の平和な暮らしを取り戻したい。戦場など行かず、ただ愛する者達と共にありたい。そう願う人達を支援してきました》

 

 映像が切り替わると連合の非道を証明するような、見ているだけで気分を害するような光景が映し出されていく。

 

 《にも関わらず私達の和平を望む手をはねのけ、我々と手を取り合い、対話による平和への道を選ぼうとした人々を、連合は力を持って弾圧し、時には排除してきたのです》

 

 《何故でしょうか! 平和など許さぬと、戦わねばならぬと、誰が、何故言うのです!? 何故、我々は手を取り合ってはいけないのですか!?》

 

 デュランダルの演技染みた物言いにいい加減、苛立ち始めるジブリ―ル。

 

 しかし画面の中ではピンクの髪をした少女がただ悲しそうに画面の前で言葉を紡いでいた。

 

 それもまた胡散臭げに鼻をならすジブリ―ル。

 

 「何をする気だ、デュランダルめ!」

 

 《今回の戦争のきっかけとなった惨劇、それによって生まれてしまった数多の悲劇を、私達は忘れません。被災された人々の悲しみと苦しみは深く果てない事であると思います》

 

 《それによって新たな争いが起こってしまうのも仕方ない事なのかもしれません。しかし皆さんが本当に望むのはそんな憎しみに満ちた世界ではない筈です》

 

 ティア・クラインが俯きながら必死に訴えるその姿は演技とは思えない真摯さが伝わってくる。

 

 彼女はプラントを支持する者達からは『希望の歌姫』と呼ばれているらしい。

 

 ジブリ―ルでなければ簡単に騙されているだろう。

 

 「ふん、そんな子供だましに引っ掛かると思うか!」

 

 ティアの言葉を引く継ぐようにデュランダルが再び口を開いた。

 

 《そう、皆が望んでいるのは優しさと光溢れる世界である筈です。しかし皆さん、この世界にはそれを邪魔しようとする者がいるのです》

 

 《遥か昔から自分達の利益の為に常に武器を持たせ、敵を作り上げて、撃て、と煽ってきた者達。平和な世界にだけはするまいとする者達が》

 

 それを聞いた途端ジブリ―ルは目を見開き思わず立ち上がった。

 

 あり得ないと思いながらも、まさかという疑念が消えない。

 

 《あのコーディネイターを忌み嫌う組織『ブルーコスモス』ですら、彼等によって作り上げられたものにすぎない事を皆さんはご存知でしょうか?》 

 

 《そう、常に敵を創り上げ、常に世界に戦争をもたらそうとする軍事産業複合体、死の商人、名を『ロゴス』! 彼らこそが平和を望む私達全て真の敵!!》

 

 次の瞬間、画面に写真がいくつも映し出された。

 

 いずれもロゴスを構成する幹部達の写真である。

 

 その中にはジブリールの写真もあった。

 

 手元の端末に他のロゴスのメンバーから通信がひっきりなしに入ってくるがそれを繋ぐ余裕が無い。

 

 《私は今ここに彼ら『ロゴス』と戦う事を宣言します!!》

 

 歯が砕けるのではないかと思えるほど力一杯噛みしめる。

 

 ジブリ―ルの中に渦巻いていたのは今までとは比較にならないほど激しい怒りだった。

 

 まさかこちらの存在を暴露してくるとは思ってもいなかった。

 

 しかしここでさらに驚愕する事実が公表される。

 

 《そして皆さん、ここで私の声を聞き、協力してくれる方を紹介いたします》

 

 次に画面に現れたのは一人の男。

 

 だがその男がその場にいるのは明らかに場違いだった。

 

 その理由は簡単である。

 

 男が身に纏っていたのは地球軍の制服だったからだ。

 

 そして当然ジブリ―ルはその男の事を知っていた。

 

 《私は地球連合軍グラント・マクリーン中将であります。私を含めた同志達は今回デュランダル議長と話し合い休戦、協調していく事を決断いたしました》

 

 それを聞いた途端ジブリールはワイングラスを床に叩きつけた。

 

 「おのれぇ、裏切りものがぁぁ!!」

 

 モニターに映った人物達を殺意の籠った視線で睨みつけると手元の端末を引きよせ操作する。

 

 他のメンバーからの通信は後回しだ。

 

 端末に映ったのは以前に通信した、研究者の男だった。

 

 またこいつかと苛立ちを募らせながらも怒鳴りつける。

 

 「『デストロイ』と『ラナシリーズ』はどうなっている!」

 

 いきなり怒鳴りつけるように通信してきたジブリールに研究員は怯えながら答える。

 

 《は、はい。『デストロイ』は現在最終チェック中、です。『ラナシリーズ』はいくつか失敗作もありますが、何体かはすでに実戦投入も可能です》

 

 研究者の答えにジブリールは歯を噛みしめる。

 

 デストロイのパイロットとして予定されていたエクステンデットの内、二体はクレタ沖の戦いで戦死が確認されている。

 

 残った一体は適性の問題で時間がかかる。

 

 何よりもネオ・ノアロークはグラント・マクリーンとも近しい関係なのは知っている。

 

 おそらくは奴もこの宣言に同調する筈だ。

 

 ならばパイロットはもう決まっている。

 

 「調整を急がせろ!!」

 

 《は、はい!》

 

 『デストロイ』の調整が終わり次第攻勢に出る。

 

 この下らない宣言諸共奴らを消し去ればどうとでもなる。

 

 ジブリールは未だモニターの中で話し続けているデュランダルの姿を睨みつけると踵を返し部屋から出て行った。

 

 

 

 

 放送を終えたデュランダルの傍に立っていたグラントは息を吐く。

 

 彼が最初にデュランダルと接触したのはダーダネルス戦後だった。

 

 これまでブルーコスモスの思想に染まっている上層部を危惧し、自分と同じ考えを持つ者達を集め、対策を話し合ってきた。

 

 中にはもっと過激な手法を取るべきという意見もあった。

 

 だがそれは最終手段として控え、現場などでは自分達に与えられた権限の中で対策を講じてきたのだ。

 

 しかし今回の戦争での西ユーラシアの強硬姿勢による信頼失墜とクレタ沖での戦いで多くの犠牲が出た事により地球軍に余裕は無くなってしまった。

 

 このままではブレイク・ザ・ワールドの復興にも大きな影響が出てしまう。

 

 元々戦争をする余裕などなかったのだから。

 

 かと言ってロゴスが休戦などする筈はない。

 

 そこでグラントは最終的な手段に出たのだ。

 

 できれば反乱という形は取りたくなかったのだが、仕方がない。

 

 そう割り切りながらも苦い思いを噛みしめていた彼にデュランダルは手を差し出してきた。

 

 「ありがとうございました、マクリーン中将。これで我々の意思は世界に伝わった。ここからです」

 

 「ええ。宣言でも申し上げましたが、よろしくお願いします」

 

 グラントは笑みを浮かべながらデュランダルの手を取る。

 

 だが失礼な話ではあるが、グラントは内心で彼の事をどこか信用しきれてはいなかった。

 

 彼が争いを望まず、平和を求めている事に疑いの余地はない。

 

 しかし、どこか彼の事は心から信用できないという気持ちが消えなかったのだ。

 

 今までブルーコスモスの思想に染まった連中と接してきたから、疑心暗鬼に捉われているだけというのも否定できないのだが。

 

 「では中将、まずは―――」

 

 「……ええ、『デストロイ』を破壊しましょう」

 

 自身の余計な考えを押し殺すと今後の事に集中するためにデュランダルと話を詰めていく。

 

 それでも最終的に彼は敵になる―――何故かそんな予感が消えなかった。

 

 

 

 デュランダルが発した宣言は世界に大きな混乱を招く事になった。

 

 しかし一番混乱していたのは間違いなく地球軍であったのは間違いない。

 

 誰もが動揺し、どうするのかを迷った。

 

 グラント・マクリーンを裏切り者とし、バケモノ共の戯言だと吐き捨てる者もいれば、今までのやり方がおかしかったと賛同する者もいる。

 

 自然と連合は割れていき、ロゴス派と反ロゴス派(マクリーン派とも呼ばれる)に別れていった。

 

 しかし大した混乱もなかった部隊もある。

 

 その一つが地上で活動していたノアローク隊である。

 

 元々ネオはグラントとも親交が深かったことで、事前に準備が進められていたからだ。

 

 もちろんジブリールに気がつかれないよう、慎重に。

 

 そんな連合の混乱が収まらない中アオイはスウェンと共にスティングのメンテナンスを眺めていた。

 

 アオイの表情は暗く、拳は何かに耐える様に振るえ、強く握られている。

 

 その理由は目の前の光景にあった。

 

 眠っているのはスティングだけで、他のベットは空席になっている。

 

 アウルとステラはクレタ沖の戦闘から帰還する事がなかった。

 

 大きな被害を受けた地球軍は捜索もできず、そのまま二人は戦死と認定されてしまったのだ。

 

 当然アオイはかなり動揺してしまい、しばらくコックピットから出る事ができなかった。

 

 「……あの、中尉。本当にスティングの記憶を―――」

 

 「ああ、アウルとステラの記憶は消去する。そうしなければスティングは暴走する可能性がある」

 

 スティングは日頃から二人の面倒をよく見ていた。

 

 その二人が戦死したとなれば間違いなく動揺するし、戦闘になれば暴走すると判断されたのだ。

 

 正直な話、納得できなかった。

 

 あんなに仲の良かった二人の記憶を奪うなんて―――

 

 だが、彼がエクステンデットである事も分かっている。

 

 こういう処置が必要になる事も。

 

 だからアオイはこうして見ている事しかできない自分が許せないのだ。

 

 「……少尉、例の宣言については良かったのか? 別にこちら側にいる事を強制はしないが」

 

 「ああ、構いません。正直な話、初めから今までの上層部の考えにはついていけなかったっていうか―――ステラ達をただの兵器として使い捨てるような考えは許せなかったし」

 

 大した混乱はなかったノアローク隊にも例外がいくつかあった。

 

 途中から入隊してきたアオイのような者たちである。

 

 話を全く知らなかったアオイ達はもちろん大混乱に陥ってしまった。

 

 反乱が起きたも同然であるからだ。

 

 その後スウェンから話を聞かされ、落ちついたアオイは迷い無くこちらにつく事に決めた。

 

 しかし何人かはロゴスを支持する部隊に移動してしまった。

 

 だがそれは仕方無い事であろう。

 

 強制することでもない。

 

 ともかく後悔などは一切ないのだが、少し気になる事もある。

 

 「これからはザフトと行動するんですか?」

 

 今まで敵として戦ってきたのだ。

 

 簡単には割り切れない。

 

 もちろん休戦する事で戦争をしなくて良いならそれが一番に良いのは分かっている。

 

 しかしアウル達の事を考えると、複雑な思いは消えなかった。

 

 「さあ、どうかな。特に我々は任務とはいえファントムペインとして活動してきたからな。詳しい事は大佐に話でも聞いてくればいい」

 

 確かに大佐に話を聞いた方が良いかもしれない。

 

 何よりここで自己嫌悪に浸っていても仕方ないのだ。

 

 「少し大佐に話を聞いてみます」

 

 「そうした方が良いだろう」

 

 アオイは眠るスティングの方を一瞬見てからその場を離れると大佐の部屋に向かって歩き出した。

 

 歩きながらアオイが考えていたのはインパルス―――シンの事だった。

 

 決着をつけるとは言ったが、このままでは戦う機会もなさそうだ。

 

 ホッとすると同時に何か虚無感のようなものに襲われる。

 

 今までシンに勝つ為に頑張ってきた分、何と言うか力が抜けてしまった。

 

 こんなままでは駄目だろうと気合いを入れる為に頬を叩くと、いつの間にか着いていた大佐の部屋の扉をノックした。

 

 「大佐、アオイです。少しよろしいでしょうか?」

 

 だが良く閉まっていなかったのか、ノックした事で扉が開いてしまった。

 

 開いた扉から見えた部屋の中は端末などが置いてあるが、何と言うか余計な物は置かれていない殺風景な印象を受ける。

 

 「何も無い部屋だな」

 

 外からとはいえ他人の部屋を覗くなんて良くないが、本当に何もないのだ。

 

 アオイ自身、私物が多くある訳ではないがいくらなんでも無さ過ぎる気がする。

 

 何でと考える前にアオイはネオについて何も知らないという事に気がついた。

 

 そういえばこの部隊に所属してからネオとゆっくり話した記憶があまりない。

 

 スウェンやスティング達とはよく話したり、訓練していたのだが、ネオとは訓練すらした事が無いのだ。

 

 初めて会った時にあんな変な仮面をつけていたから、無意識に避けていたのかもしれない。

 

 もしかしたら事情があるのかもしれないのに。

 

 例えば顔に大きな傷があるとか。

 

 それを考えずに避けていたなんて、本当に勝手だ。

 

 アオイは再び自己嫌悪に陥りながらもため息をつくと、ある物に気がついた。

 

 「あれって」

 

 視界に入ってきたのはいつもネオがつけている仮面だった。

 

 無造作に置いてある仮面を見ながら重要な事に気がつく。

 

 「あれがあそこにあるという事は大佐は仮面をしていないって事だよな」

 

 つまり今は素顔ということだ。

 

 アオイが若干興味を引かれたその時、物音が聞こえてくる。

 

 音が聞こえてくるのは部屋に備えつけてあるシャワー室からだ。

 

 そこでようやく仮面を外している理由に気がついた。

 

 不味い。

 

 そう思って部屋の扉を閉めようとしたのだが、一歩遅かった。

 

 アオイがドアノブを掴んだ瞬間、シャワー室の扉が開いてしまったのだ。

 

 そこから出て来た人物はアオイの予想と大きく違っていた。

 

 髪の毛は金の髪、傷があるかと思った顔は―――美しい端整な顔立ち。

 

 間違いなく美人だ。

 

 そして体にはタオルを巻いているが、その大きく膨らんだ胸は隠し切れていない。

 

 スタイルも良いようだ。

 

 つまり―――

 

 「えっと、女性?」

 

 アオイは驚きのあまり目を逸らす事も忘れ、ただ呆然としてしまった。

 



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第32話  狂気の欠片

 

 

 

 

 

 

 アオイ・ミナトはこの部隊に配属されて最大の危機に瀕していた。

 

 部屋の床に正座しながら、不機嫌そうに椅子に座る人物を恐る恐る見上げる。

 

 凛々しく綺麗で整った顔立ち。

 

 仮面を外したネオの素顔は良く見てもやっぱり美人だった。

 

 まさかあの仮面の下の素顔が女性なんて予想外にも程があるだろう。

 

 「何か、少尉?」

 

 「い、いえ、何でもないです!」

 

 何でこんな事になったのだろう。

 

 やっぱり部屋のドアをすぐに閉めなかったのが不味かったのか。

 

 まさか大佐が女性だなんて思わなかった。

 

 いや、確かに驚きのあまりシャワー室から出てきたタオル一枚の大佐をじっと見てしまったのは悪かったとは思う。

 

 だが誓って言うが決して覗きをする気はなかった。

 

 そんな風に内心どうにもならない言い訳をしているアオイをしばらくジト目でこちらを見ていたネオだったが、「はぁ」と息を吐く。

 

 「まさかこんな事で性別がばれるなんて、例の宣言が終わって少し気を抜いていたのかもしれない」

 

 自分に呆れたように自嘲する、ネオ。

 

 「少尉、もういい。立ちなさい」

 

 「は、はい」

 

 許してもらえるのだろうか?

 

 アオイは痺れた足でネオの対面に用意された椅子に座る。

 

 「知られてしまった以上は仕方がない。アオイ・ミナト少尉、君には私の事を教えておく……その前に言葉使いを崩させてもらうわね。貴方にはこれから色々協力してもらうから」

 

 「協力ですか?」

 

 脳裏に浮かぶ良くない考えに支配され、思わず生唾を飲み込む。

 

 そんな風に内心不安に思っていると、アオイの心情を察したかのようにネオが笑みを浮かべた。

 

 「そんなに不安そうな顔をしなくていい。仕事を手伝ってもらうだけだし」

 

 そう言われても秘密にしていた以上は何か理由がある筈だ。

 

 それを知ってしまったのだから不安になるのも当然だと思う。

 

 この際開き直ったアオイはもう一つ気になっていた事を聞く事にした。

 

 「あの、大佐の性別の事を知っている人は他に誰がいるんでしょうか?」

 

 「知ってるのは貴方だけよ」

 

 「え、俺だけなんですか!? 中尉も知らない?」

 

 「ええ」

 

 まさかスウェンも知らないとは思わなかった。

 

 ネオはスウェンの事をずいぶん信頼していたように見えたので意外だ。

 

 「その辺も含めて話をしましょうか。ただし聞いても気持ちの良い話じゃないわ。聞きたくないなら無理に話す気も無いけど、どうする?」

 

 ここまできて何も聞かないよりは、聞いた方がすっきりする。

 

 アオイは躊躇わずに頷くとネオは静かに話始めた。

 

 「まずは私の名前はルシア・フラガ。とある男の生み出した狂気の欠片よ」

 

 「狂気の欠片?」

 

 それだけでルシアの言った通り嫌な話であるのを察する事ができる。

 

 だがアオイはそれを遮る事無く、耳を傾けた。

 

 

 

 

 アル・ダ・フラガという男がいた。

 

 優秀な弟であるロイ・ダ・フラガに強烈な劣等感を持った事で、歪み、徐々に狂気に染まっていった男だった。

 

 彼は自身の後継者を求め、コロニーメンデルの研究者であるユーレン・ヒビキの協力の元とある人物と自分の遺伝子を使って子供を生み出した。

 

 その人物というのが自分の子供として育てていたロイの娘、アリアという少女だった。

 

 二人の遺伝子を使って生み出された子供は非常に優秀な素養を持っていた。

 

 それこそアルが狂気の笑みを浮かべるほどに。

 

 名をラルス。

 

 だが彼にも欠点があった。

 

 近親者同士の子供であるが故に体が弱かった。

 

 せっかく生まれた後継者を死なせる訳にはいかない。

 

 そこで彼はさらに狂気に手を染める。

 

 彼は子供のクローンを生み出し、様々な臨床試験を行った。

 

 なにがあっても良いように、そしていざという時のスペアとするために。

 

 それがその後に災厄をもたらす事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 確かにアルは子供を生き延びさせる為の対策を取ってきた。

 

 だが確実に大丈夫と過信もしておらず、万が一なんて事も当然想定していた。

 

 そう―――アルは保険を掛けていた。

 

 自分とアリアの遺伝子を使った子供をもう一人生み出していたのだ。

 

 それがルシアである。

 

 アルもまさか女子が生まれるとは思っていなかった。

 

 破棄しようとも思ったが何かに使えるだろうとルシアを処分する事はしなかった。

 

 そしてさらに予備の子供を生みだそうとしたのだが、それもアルのやり方に反対していたロイの手によって水泡に帰す事になる。

 

 ロイは生まれた子供をアルから引き離し、当時友好関係にあったマクリーン家に預け、その存在が見つからない様に匿って貰った。

 

 アルは子供を探すも結局見つけ出す事が出来ず、ロイを謀殺した後、残ったクローン達に手を出した。

 

 臨床試験という名の人体実験を行い、その中で優秀な者を後継者にする事にしたのである。

 

 結局その後、アルも死亡した事で事態は収束、生み出された子供達の事はそのまま忘れ去られた。

 

 

 

 

 

 話終えたネオ―――いや、ルシアは極力表情を見せる事無く淡々と話を進めていく。

 

 彼女の言葉に感情が籠っていないのは、すでに割り切っているからか。

 

 それとも感情を出さず堪えているのか。

 

 どちらにせよアオイが想像もできないほどの葛藤があったに違いない。

 

 それにしてもアルという男は話の通りまともな人間ではない。

 

 拳を握りしめる。

 

 「……それでもう一人のラルスという人は、どうなったんですか?」

 

 最悪な答えも想像しながらルシアに問いかけた。

 

 するとルシアは今までのような無表情ではなく、どこか可笑しそうに笑い出した。

 

 「ふふ、貴方はもう会った事があるわ」

 

 「え、会った事がある?」

 

 「ええ、しかもつい最近まで一緒にいたわ」

 

 会った事があって、さらについ最近まで一緒にいた?

 

 そこまで言われてアオイは気がついた。

 

 「まさか、今まで一緒にいた大佐は―――」

 

 「そう、ラルス・フラガよ」

 

 どうやら入れ替わっていたという事らしい。

 

 そういえば思い当たることがあった。

 

 マクリーン中将に呼び出されて、当初の予定より早く帰ってきたあの時だ。

 

 あの時、いつもなら大佐に駆け寄っていくステラがあの時からネオの傍には行かなくなった。

 

 本人に聞いても「別にいい」と言っていたのを見てどこか違和感を覚えたのだ。

 

 もしかするとステラは何となく別人である事に気が付いていたのかもしれない。

 

 という事は入れ替わっていたのは、ダーダネルス戦後という事になる。

 

 「何でそんな事を?」

 

 「情報収集と裏で動きやすくする為かしら。顔が知られていると動きにくいからね。彼らの目を誤魔化すためにも丁度良かったの」

 

 彼らというのはおそらくロゴス派の事だろう。

 

 「では入れ替わる前は情報収集していたんですか?」

 

 「ええ。宇宙でマクリーン中将の手伝いをしながらね。普段は中将の副官という立場になっているから」

 

 「なるほど」

 

 スウェンに明かさなかったのも出来るだけ、正体がばれないようにリスクを抑える為。

 

 でもスウェンはそれほどお喋りという訳ではないし、話して協力してもらうというのも悪くないと思うが。

 

 「もう一つの理由は……先程話したと思うけど他にも私達には兄弟がいるの」

 

 「ラルスさんのクローンですか……」

 

 「ええ。まあ彼ら以外にも二人ほど兄弟と言える存在はいるのだけれど。ともかく彼らに見つかるのは避けたかったというのがある」

 

 「どうしてですか?」

 

 ルシアはどこか辛そうに俯いた。

 

 不味い事を聞いてしまったかもしれない。

 

 「……彼らは私達を憎んでいるだろうから」

 

 「憎む……」

 

 どうしてなんて口が裂けてもいえない。

 

 すべて想像ではあるが、彼らの心情を察する事は出来る。

 

 彼らがどういう道筋を辿ったにせよ、自分達をこんな目に遭わせた者達に対して恨みを募らせていった事はたやすく想像できる。

 

 その憎しみがオリジナルであるラルスやルシアに向かう事もあるかもしれない。

 

 そうなればマクリーン中将などにも矛先が向く可能性すらある。

 

 ルシア達はそれを恐れたのだろう。

 

 アオイが納得していると今度はルシア質問してくる。

 

 「それで、貴方は何の用で来たのかしら。まさか覗きに来た訳ではないでしょう?」

 

 「あ、当たり前ですよ!」

 

 思わず腰を浮かせながら、反論する。

 

 そもそも女性だなんて知らなかったのだから、覗きなんてする訳が無い。

 

 いや、もちろん女性と知っていても覗きなんてしないけど。

 

 「冗談よ。それで?」

 

 「これからの事ですよ。あの宣言で俺達はどうなるんですか?」

 

 アオイの意図はルシアにも汲み取れる。

 

 つまりザフトと共同で動くのかと聞きたいのだろう。

 

 先日会ったばかりのルシアにもアオイの事は分かっている。

 

 アウルやステラとも普通の仲間として接していた彼からすれば複雑な心境なのだろう。

 

 ルシアは気を引き締めたように、アオイを見返す。

 

 「今言えるのは状況によって変わってくると言う事だけよ。……ただすぐに次の作戦が開始される。それには参加する事になるでしょう」

 

 「次の作戦?」

 

 「GFASーX1『デストロイ』を破壊する。それが次の作戦よ」

 

 

 

 

 クレタ沖での戦いを終えたアークエンジェルはスカンジナビア近辺の海中に潜伏していた。

 

 艦内では不測の事態に備えて、機体の整備などが急ぎ行われている。

 

 戦闘から帰還したマユ達は再びブリッジに集まって得られた情報の整理をしていた。

 

 今回の戦闘でムラサメやアストレイを撃破して、オーブ離反者を捕縛し、いくつかの情報を得た。

 

 といっても得られた情報など微々たるものであったが。

 

 「今回の戦闘でオーブから離脱した機体はほとんど破壊できた訳だが……」

 

 「捕虜から幾つか情報は手に入ったけどね」

 

 彼らが知っていたのはセイランにオーブを見限るように唆したのはヴァールト・ロズベルクである事。

 

 そして第二次オーブ戦役で奪取されたSOA-X05は宇宙に運ばれた事だけだった。

 

 一番重要なアスハ邸襲撃とラクス暗殺の真相については彼らは何も知らなかった。

 

 「最低限の任務は果たしたんだが、これからどうする?」

 

 任務を果たした以上はオーブに戻るべきなのだろう。

 

 だが地球軍とザフトの戦いの行方やこの辺りで情報収集を続けるのも手だ。

 

 何よりも例のデュランダルの宣言もある。

 

 マリューは考え込むよう俯く。

 

 「オーブからの連絡はある?」

 

 「いえなにも。今回の戦闘報告はしましたけど」

 

 今はオーブ本国も例の宣言の事で混乱しているのかもしれない。

 

 「なら命令があるまでは待機しましょう。引き続き情報収集を」

 

 「わかった」

 

 今後の方針が決まり、マユはあの声の事を考えていた。

 

 《見つけたよ。アレンに群がる害虫を》

 

 《私も貴方達の事を忘れない―――絶対に》

 

 名前は確かリース・シベリウス。

 

 レティシアにも聞いてみたが、心当たりは無いという。

 

 なら何故自分達を狙うのだろうか。

 

 それに彼女が口にしていたアレンというのはおそらくアストの事だろう。

 

 ミネルバに乗船した際に名前を聞いた覚えがある。

 

 「どうしたのですか、マユ?」

 

 ラクスが心配そうにこちらを覗き込んできた。

 

 よほど深刻そうな顔をしていたのだろうか。

 

 マユは努めて笑顔を作るとラクスに笑みを返した。

 

 「いえ、何でもありません」

 

 「そうですか。ではラミアス艦長、一つよろしいでしょうか?」

 

 「なにかしら?」

 

 「私をスカンジナビアで降ろしてもらえませんか?」

 

 ラクスの発言に皆が驚いたように振り向いた。

 

 「ユグドラシルでヴァルハラに上がります。例の機体の調整を手伝いたいのです」

 

 レティシアは思わずラクスに詰め寄った。

 

 「しかし、ラクス、貴方は狙われているんですよ!」

 

 「ヴァルハラなら大丈夫ですよ。アイラ様も事情をご存じですから」

 

 確かにヴァルハラに上がってしまえばある程度は安全だろうが。

 

 それでもレティシアが心配するのも分かる。

 

 どこに敵がいるかも分からない状況では尚の事だろう。

 

 「あれらの機体が近いうちに必要になるかもしれません。ならば出来るだけ早く使えるようにしておくに越した事はないでしょう」

 

 確かにザフトは次々と新型を投入してきている。

 

 このままではフリーダムでも危ういかもしれない。

 

 「レティシアはこのままアークエンジェルの守りに残ってください」

 

 レティシアはラクスに反論しようとするが、諦めたようにため息をつく。

 

 「……はぁ、仕方ありませんね。一度言い出したら聞かないんですから」

 

 皆が苦笑しながら二人のやり取りを見ているとマリューはそのまま指示を出した。

 

 「分かりました。ではスカンジナビアに連絡を取りましょう」

 

 マリューの指示を受け、アネットはスカンジナビアに通信を入れる。

 

 「ラクスさん、本当に気をつけて下さいね」

 

 「ええ。マユもですよ。決して無茶をしない事」

 

 「はい」

 

 ラクスに心配をかけないようマユは力強く頷く。

 

 自分が艦を守って見せるのだと示すように。

 

 

 

 

 デュランダルの宣言以降、ザフトはどの場所でも慌ただしく動いていた。

 

 ロゴスと戦うという事に加え、地球軍の反ロゴス派との協調。

 

 混乱しない方がおかしい。

 

 そんな中、ミネルバはさらなる混乱が起こっていた。

 

 艦長室にはタリア、アーサー、アレンの三人が集まり、司令部の使者からとある事を聞かされていた。

 

 それは修復されたミネルバの次なる作戦の参加要請。

 

 そしてミネルバ所属のパイロット達の転属だった。

 

 「どういう事です! 次の作戦の参加はともかくパイロット達の転属というのは!!」

 

 「……言葉通りです。セリス・シャリエ、ジェイル・オールディスの両名は治療が必要、リース・シベリウスは別の任務があると聞いています」

 

 タリアの剣幕に怯えながらもアーサーも口を開いた。

 

 「え、え~と、でもなんでレイまで転属なのでしょう?」

 

 乗機は中破したが彼自身に怪我はない。

 

 「……彼は新造戦艦の方へ配属されます」

 

 「新造戦艦!?」

 

 アーサーが驚愕の声を出すが気持ちはよく分かる。

 

 ミネルバもこの前就航したばかりの新造戦艦である。

 

 すでに歴戦の艦と言えるほどの激戦を潜り抜けてきたのは事実。

 

 しかしまさかもう新たな戦艦が建造されていたなんて思いもしなかった。

 

 タリアの言葉を遮り、今度はアレンが口を挟んだ。

 

 「そして私にも任務ですか」

 

 「はい。アレン・セイファート、貴方にも議長からの特別な任務が入っています」

 

 デュランダルは何を考えている?

 

 これでは現在ミネルバで戦闘可能なのはシンのインパルスのみという事になってしまう。

 

 ルナマリアに機体が配備されたとしても、二機でミネルバが守りきれるとは思えない。

 

 「ミネルバが参加する作戦というのは?」

 

 「それは命令書をご覧ください。ミネルバ単艦での戦闘という事はありませんからそこはご安心ください。ただ今回の作戦は急がなければならないと聞いています。それが戦力不足のミネルバを作戦に参加させる理由でしょう」

 

 作戦を急ぐ?

 

 なにか理由があるのだろうか?

 

 いや、それよりも重要なのは今後の戦力の方が重要だろう。

 

 「今後の補充人員は?」

 

 「もちろん配属されるでしょう。ただ何時になるかは未定です。決まり次第通達があると思います。以上ですのでよろしくお願いします」

 

 そのまま使者が退室していくとアーサーがオロオロしながらタリアの方を見た。

 

 「か、艦長」

 

 「……命令なのだから仕方ないでしょう。作戦に参加するのが私達だけで無いのがせめてもの救いね」

 

 タリアは送られてきた命令書を開き、作戦を確認する。

 

 内容は『敵巨大機動兵器GFASーX1『デストロイ』を動き出す前に破壊する』というのが次の任務だった。

 

 やたら詳細なデータが付属されているのは反ロゴス派からの情報提供があったからだ。

 

 確かにこれが暴れるとなると相当の被害がでる可能性もある。

 

 しかもこの機体はロゴス派の切り札的な存在らしい。

 

 ならこれを落とせば連中の士気を削ぐ事も出来る。

 

 上が早急に動こうとするのも頷けるのだが。

 

 「これは確かに急ぎたくなるのも当然かもしれませんけど」

 

 それでもミネルバが戦力不足なのは変わらない。

 

 それだけシンに上層部が期待を寄せているという事か。

 

 「泣き言言っても始まらないわ。出撃準備をさせて」

 

 「了解」

 

 アーサーが準備の為に艦長室から退出する。

 

 「それでアレン、貴方の任務を聞いても構わないかしら」

 

 アレンは送られてきた命令書を確認する。

 

 「『テタルトス軍新型機の調査』」

 

 どうやら宇宙で行われているテタルトス新型機の運用試験を調査しろという事らしい。

 

 必要ならば新型を破壊する事も任務に含まれる。

 

 しかし、これは宇宙にいるデュルク達でも可能な任務の筈。

 

 話にあった新造戦艦が関係しているのか。

 

 「艦長、任務を終え次第急ぎ帰還するつもりですが、それまでは―――」

 

 「分かっているわ。貴方も気をつけなさい」

 

 「了解です」

 

 アレンは敬礼を取って艦長室から退室するとその足で格納庫に向かう。

 

 今回の件であの研究者達も捕虜になったガイアのパイロットと一緒にミネルバから降りるらしい。

 

 という事はI.S.システムのデータ収集も終わったということだろう。

 

 「アレン」

 

 考えを纏めていたアレンの前にリースが立っていた。

 

 怪我自体は大した事無いらしく、外見上は包帯なども巻かれていない。

 

 それは良いのだが、アレンは目の前に立つ彼女にどこか危うさのようなものを感じていた。

 

 「怪我はもういいのか?」

 

 「心配してくれたの? 嬉しい」

 

 「……仲間だからな。当然だろう」

 

 しかしリースはこちらの声など聞こえていないのかそのまま近づいてくるとアレンに向かって囁いた。

 

 「ねえ、アレン。私、見つけたんだぁ。貴方に群がる害虫を。次会うまでに―――それを駆除してくるね」

 

 「何を言って―――」

 

 「またね、アレン」

 

 こちらの言い分など聞く気も無いのかリースはそのまま背を向けて去っていく。

 

 最初に会った頃とはずいぶん様子が違う。

 

 何か言うべきか?

 

 「……いや、時間がない」

 

 どこか嫌な予感を覚えながら、アレンはリースの背中を見つめていた。

 

 

 

 

 その頃ミネルバの格納庫ではセイバーやジェイルのコアスプレンダーを含むインパルスのパーツが外へ運び出されていくのをシンは黙って見つめていた。

 

 「シン、そんな顔してもしょうがないでしょ」

 

 「……分かってるよ」

 

 あのデュランダルの宣言を聞いた時は驚いた。

 

 でも正直な話、ホッとしたというのが本音だった。

 

 これでロゴス派を倒せばこの戦争も終わる。

 

 同盟はあくまで専守防衛を主としているから、ロゴス派を倒した後にでも話し合えば戦う必要も無い筈だ。

 

 そうすればマユやアオイとも―――

 

 だが結局セリスは目を覚まさないまま。

 

 これ以上はミネルバではどうしようも無いという事で本国に運ばれる事になったらしい。

 

 あの胡散臭い連中が言った事だからどこまで信用出来るか分からないが。

 

 「それにしてもレイまで転属となるとパイロットは私にシンとアレンしかいないよね。どうするんだろ」

 

 「うん」

 

 これから新しい作戦が始まるというと聞いている。

 

 その作戦にはミネルバも参加する事になる。

 

 ルナマリアの怪我も完全に治った訳でもないのに―――

 

 二人でそんな事を話しているとアレンが格納庫に入ってきた。

 

 「二人とも話がある」

 

 「何ですか?」

 

 「俺は今回の作戦には参加できなくなった」

 

 「な!? どういう事ですか!?」

 

 「議長からの任務が来た。そちらを優先しろと命令もな」

 

 アレンは顔を曇らせた二人の肩を叩く。

 

 「俺は任務が終わればすぐにミネルバに戻る。それまでは二人とも頼むぞ。シン、ミネルバの守りの要はお前だ。いつも通りにやれば問題ない」

 

 「は、はい!」

 

 「ルナマリア、お前も初陣の頃とは比較にならないほど腕を上げている。だから訓練通りにやれば大丈夫だ。ただ怪我はまだ治っていない。無理はするなよ」

 

 「はい!」

 

 そこに格納庫にいたレイもまた近づいてくる。

 

 「アレン、今までお世話になりました」

 

 「いや、こちらも色々助けられた」

 

 やはりどこかこちらを探るような視線だ。

 

 分かってはいたが、レイもこちらを疑っている。

 

 「シン、ルナマリア、後は頼む」

 

 「レイもまたな」

 

 「こっちは任せなさい!」

 

 「ああ」

 

 同期だけに仲の良い。

 

 整備班のヨウランやヴィーノも別れを惜しんでいたようだし。

 

 レイは終始淡々としていたけど。

 

 伝えたいことは伝えたしこれ以上邪魔をするつもりも無い。

 

 アレンはそのままエクリプスに乗り込むとミネルバから発進した。

 

 

 

 

 苛立ちながら机を指で叩くジブリールは、報告を待っていた。

 

 現在世界はあの宣言の後、混乱に陥りロゴス派と反ロゴス派に分かれてしまった。

 

 勢力図ははっきり言ってロゴス派が不利な状況であると言わざる得なかった。

 

 これは今まで小賢しくもプラント側が行ってきた支援の結果ともいえる。

 

 しかもロゴスの幹部達の顔も晒されてしまい、今では迂闊に外も歩けない状況に陥っていた。

 

 その為今までいた屋敷から別の場所へ移り、重要な連絡を待っているのだ。

 

 そんなジブリールの下に待ちに待った通信が入ってきた。

 

 《ジブリール様、『デストロイ』最終調整が終わりました。パイロットには№Ⅱを使います》

 

 「オリジナルではなくか?」

 

 《彼女よりも№Ⅱの方が適正があったので。それから№Ⅲも念の為に護衛につけました》

 

 「くくく、良し、すぐに出撃させろ!!」

 

 《はっ!》

 

 通信が切れると同時にジブリールは久しく感じていなかった歓喜に包まれていた。

 

 これで奴らを、デュランダルや裏切り者のマクリーンを消せる。

 

 多少予定は狂ったが、これですべては元通りだ。

 

 「見ていろよ、デュランダル、裏切り者共が! すべてはここからだ!」

 

 暗がりの部屋でジブリールは笑い続ける。

 

 自身の勝利を全く疑う事無く。

 

 

 

 

 ―――そして破壊の巨人が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 地球で大きな戦いが始まろうとしていた頃、プラントの港から一隻の艦が発進した。

 

 ミネルバ級二番艦『フォルトゥナ』である。

 

 その艦長室ではヘレンがデュランダルと打ち合わせを行っていた。

 

 「ほぼ準備は完了しています。後はジブラルタルでセリス達を回収すれば……」

 

 「うむ、作戦が上手くいけば『大天使』に消えてもらえばいい」

 

 「ところでミネルバの件はあれで良かったのですか?」

 

 「彼らならば問題ないさ。それよりも―――」

 

 見極めなければならない。

 

 アオイ・ミナトを。

 

 何にせよ―――

 

 「君にかかっているんだ。頑張ってくれよ、ジブリール」

 

 デュランダルは最大限の声援を送りながら、笑みを深くした。

 




なかなか書く時間が取れず、今回淡々としているかも。
後で時間ができたら修正します。


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第33話  破壊の化身

 

 

 

 

 

 地球軍大型陸上用戦艦ハンニバル級。

 

 連合がザフトのレセップス級の対抗艦として開発した戦艦である。

 

 搭載されたモビルスーツは艦内みならず、艦外にも露天係留が可能となっている。

 

 そして現在、数隻のハンニバル級が目的地に向け夜の平原を駆けていた。

 

 その内の一隻。

 

 中央ドームに何か黒い物を格納している戦艦の格納庫では急ぎ作戦準備に追われ、所狭しと各機が出撃する為に並んでいた。

 

 彼らはこれからとある作戦を実行に移そうとしているのである。

 

 戦艦の中央部に存在するものを使い、敵や裏切った者達をすべて薙ぎ払うのだ。

 

 普通ならば何かしらの嫌悪感や躊躇いを持つのが普通なのだろう。

 

 これから攻撃する場所はザフトが駐留しているとはいえ、普通の市民達が多く暮らしているだけの場所なのだから。

 

 しかし彼らの中にこの作戦に疑問を持つ者は誰もいない。

 

 彼らはブルーコスモスの思想に染まった者達ばかりだからだ。

 

 そう、コーディネイターに死を!

 

 裏切り者には死を!

 

 奴らに味方するからそうなるのだ!

 

 それこそが彼らの思考であった。

 

 そんな狂気が充満している中で、三人の少女が格納庫に立っていた。

 

 年齢的にも明らかに場違いであるにも関わらず、誰一人として不審に思う者も話しかける者もいない。

 

 傍にいるのは白衣を着た男たちだけ。

 

 それだけでもおかしいのだが、この場の異常さを示している事がもう一つあった。

 

 三人の少女は全く同じ顔をしていたのである。

 

 「№Ⅱ、調子はどうか?」

 

 「問題ありません」

 

 「№Ⅲ、お前は?」

 

 「こちらも正常です」

 

 研究者達の質問に淡々と答える少女達。

 

 それをもう一人の少女ラナ・ニーデルは何の感情も見せず眺めていた。

 

 昔の彼女であればこの光景に不審や憤りなどを持っていたかもしれない。

 

 しかしもうすでに彼女は変わっていた。

 

 強化処理を受けた際に必要ない記憶や感情の消去や改変が施されている。

 

 もう覚えているのは自分の大切な人が殺された事とザフトがそれを行ったという事だけだ。

 

 冷たい憎しみと怒りだけが彼女を動かす、すべてになっている。

 

 ラナは冷めた視線を中央に格納されている機体を見上げた。

 

 GFASーX1『デストロイ』

 

 機体全身に多数の砲門を装備しており艦隊や多数の敵機を消滅させる絶大な火力を持っている。

 

 武装はそれぞれ強力な火器が装備されており、強固な装甲と陽電子リフレクターを備え、ビーム・実体弾兵器を防ぐ鉄壁の防御力を有していた。

 

 この機体こそ戦局を変える為のロゴス派の切り札である。

 

 本来はラナが搭乗する予定だったようだが、適性検査の結果№Ⅱが適任と判断された。

 

 ラナ本人は正直それで良かったと思っている。

 

 はっきり言えば通常のモビルスーツを操縦している方が自分には合っている気がしていたからだ。

 

 何でもいい。

 

 連中をすべて排除できるならば。

 

 その時、戦艦全体が立っていられないほど大きく揺れる。

 

 「何が起きた!?」

 

 「これは……敵の攻撃です!」

 

 「チッ、各機準備が出来次第、発進だ!」

 

 作戦前の敵襲に周囲が騒ぎ出す。

 

 しかしラナ達は表情一つ変えず、自分の機体に歩き出した。

 

 騒ぐ事でも慌てる事でもない。

 

 ただ排除すべき者達が向うから来てくれたというだけ。

 

 家族を、マサキを、殺した奴に報いを与えられる。

 

 それだけで十分だった。

 

 だが彼女は気がつかない。

 

 自分が家族の顔を思い出せない事に。

 

 そしてマサキとはどんな人物だったのか分からない事に。

 

 ラナは機体を立ち上げると、即座にフットペダルを踏み込んだ。

 

 「ラナ・ニーデル、ブルデュエル出ます」

 

 装甲が青く染まるとラナは戦場へと飛び出した。

 

 

 

 

 ロゴス派のハンニバル級と先に接敵したのはザフトではなく反ロゴス派の地球軍部隊であった。

 

 ウィンダムを中心とした部隊がビームライフルを構えて敵艦をロックする。

 

 今攻撃しようとしているのは、ついこの間まで仲間として接してきた者達だ。

 

 考え方が違えど、いきなり銃を構えて平気な兵士はいないだろう。

 

 それでも皆それを覚悟してこちら側についたのだ。

 

 何よりも彼らがこれから行おうとしている蛮行を見過ごす事はできない。

 

 味方であったからこそ止めねばならないのだ。

 

 だからこそ指揮官は味方を叱咤するつもりで叫ぶ。

 

 「全機出撃! あれをこれ以上近づけるな!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ダガーLやウィンダムが夜空を駆けていく。

 

 当然、敵もそのまま何もしない筈はない。

 

 同じくウィンダムやダガーLが出撃し、応戦の構えを取る。

 

 「全機、散開!」

 

 「「了解!」」

 

 反ロゴスの機体には肩や腕に白い線が塗装されている。

 

 これは誤射しないようにと施されたものだ。

 

 目的は中央の戦艦。

 

 アレの中に格納してある機体が出てくる前に撃破する。

 

 そうしなければ甚大な被害が出る事になるだろう。

 

 「油断するなよ! 中央を突破する!」

 

 隊長機のウィンダムがビームライフルで牽制。

 

 同時に僚機のダガーLがビームサーベルを構えて斬り込んだ。

 

 敵のウィンダムはビームを回避、サーベルで斬りかかってきたダガーLを返り討ちにしようとライフルのトリガーを引く。

 

 しかし銃口からビームが放たれる事は無い。

 

 いつの間にか側面に回り込んでいた隊長機によって撃ち抜かれていたからである。

 

 「良し! 次だ!」

 

 「了解!」

 

 周りと連携を取りながら順調に敵機を突破していくウィンダム隊。

 

 このまま行けるかと思い始めた指揮官だったが、その認識は甘かったと痛感させられる。

 

 中央の戦艦から飛び出してきた青い機体が彼らの進路を阻んだのである。

 

 ウィンダムのコックピットには立ちはだかる敵機体のデータが正確に表示された。

 

 「ブルデュエルか!」

 

 ブルデュエルはリトラクタブルビームガンを撃ち込みながら、こちら目掛けて突っ込んできた。

 

 全機、回避運動を取るがブルデュエルの素早く正確な射撃により、瞬く間に二機のモビルスーツを撃破されてしまった。

 

 「強い!」

 

 今の動きを見ただけでも相当の腕前である事が分かる。

 

 「全機油断するなよ! 囲んで仕留めろ!」

 

 ウィンダムはブルデュエルを囲むように連携を取り、一斉にビームライフルを放つ。

 

 しかしブルデュエルは驚く事に最低限の回避行動でビームをかわし、避け切れなかったものは上手くシールドを使って捌いてみせたのだ。

 

 「何だと!?」

 

 あり得ない。

 

 とても人間業ではない。

 

 あまりの事に動きを止めてしまったウィンダム隊を尻目にブルデュエルはスラスターを使って飛び上がる。

 

 そしてスコルピオン機動レールガンでダガーLをハチの巣にして撃破した。

 

 そのまま動きを止めずウィンダムを蹴り落とすように踏み台にすると、即座にビームサーベルで近くのダガーLを斬り裂いた。

 

 さらにブルデュエルはリトラクタブルビームガンを連続で撃ち込み、味方は為す術無く落とされていく。

 

 「くっ」

 

 あっという間に味方機の大半を落とされてしまった。

 

 「なんて奴だ!」

 

 このままでは突破するどころか、返り討ちに遭ってしまう。

 

 指揮官機は唇を噛みながら、残った僚機と態勢を立て直そうと後退を図る。

 

 それを阻むように別方向から強力な閃光が傍にいたウィンダムを消し飛ばした。

 

 「なんだ!?」

 

 視線の先にいたのは両手に大型火器を持った緑色が特徴的な機体だった。

 

 GATーX103AP『ヴェルデバスター』

 

 ブルデュエルと同じくエースパイロット用カスタマイズモビルスーツ開発計画、通称「アクタイオン・プロジェクト」に基づき、再製造されたバスターを改修した機体である。

 

 艦上の佇むヴェルデバスターは即座にこちらをロック、放った強力な砲撃が味方機に次々と襲いかかる。

 

 その強力な砲撃になす術無く、破壊される味方機。

 

 指揮官機はビームライフルでまずヴェルデバスターを狙う。

 

 あれが存在する限り接近すらできないからだ。

 

 「くそ! まずはお前から―――ッ!?」

 

 指揮官は突然の衝撃に驚愕する。

 

 トリガーを引こうとした瞬間、乗機であるウィンダムの腕が肘から先が無くなっていたからだ。

 

 指揮官が視線を向けた先にはブルデュエルがリトラクタブルビームガンを構えていた。

 

 ブルデュエルが放った一射が腕を吹き飛ばしていたのである。

 

 腕を破壊された衝撃から立ち直る間もなく、蹴りを入れられ地面に叩き落とされてしまう。

 

 「ぐあああ!」

 

 凄まじい衝撃がパイロットの全身を襲った。

 

 意識を失う直前、視界に飛び込んできたのは視界を埋める巨大な黒い存在。

 

 ハンニバル級から出て来たそれはあまりにも大きな物体であった。

 

 「デ、デス、トロイ」

 

 通常のモビルスーツに比べ約二倍はあるだろうその巨体はその場にいる兵士達を驚愕させ、恐怖を煽るには十分過ぎた。

 

 背面の円盤型バックパックを上半身に被り、脚部を鳥脚状に変化させたモビルアーマーが動き出す。

 

 何とか止めなければ―――

 

 しかし動こうとした者達は次の瞬間、跡形も残さず消え失せた。

 

 デストロイバックパックの円周上から放たれた熱プラズマ複合砲ネフェルテム503の攻撃により一斉に撃破されてしまったのである。

 

 円周上に放たれたビーム砲が抵抗する間も与えず、反ロゴス派の機体を残らず消し去っていく。

 

 その勢いが止まる事は無く、ネフェルテム503が平面全方位に存在するあらゆる敵機や建造物を薙ぎ払った。

 

 ラナはブルデュエルのコックピットからその惨状を表情を変える事無く見つめていた。

 

 《お姉さま、これで良いですか?》

 

 「ええ、このまま行きましょうか、№Ⅱ。№Ⅲ、援護しなさい。デストロイに近づく物をすべて叩き落として」

 

 《はい、お姉さま》

 

 進撃していくデストロイ。

 

 その光景を別の場所から見ていたジブリ―ルは歓喜の笑みを浮かべていた。

 

 「あはははは!! どうですか、デストロイは圧倒的でしょう!!」

 

 圧倒的な火力で裏切り者共の部隊を一掃した光景は胸がすく思いだった。

 

 これまでの屈辱をすべて晴らすように暴れるデストロイを見るだけで笑みが浮かぶ。

 

 狂ったように笑うジブリ―ルを他のロゴスメンバーは感情を込めずに淡々と呟く。

 

 《確かにな。しかしこのままではすべてが消え何も残らんが、どこまでする気かね?》

 

 「ザフトが、裏切り者どもがいる限り、どこまでもですよ! 愚かな連中に教えてやらなくてはね! バケモノどもに従うとどういう事になるのか、はっきりとね!!」

 

 そう、これでいい。

 

 あんなバケモノどもが好き勝手にしている事自体がおかしいのだ。

 

 一度すべてを更地に変え、その上で世界を正しい道に戻す。

 

 「すべては青き正常なる世界の為にね!!」

 

 ジブリ―ルはデストロイが進んでいく姿を眺めながら狂ったように笑っていた。

 

 

 

 

 暴れまわるデストロイの姿を離れた場所からただ見つめている機体がいた。

 

 仮面の男カースが搭乗している黒いフェール・ウィンダムである。

 

 反ロゴス派の機体を蹂躙していくデストロイの姿をカースはつまらなそうに眺めていた。

 

 「……くだらん。あんなおもちゃのお守をしなくてはならんとはな」

 

 ようやくあのお坊ちゃんから解放されたと思ったらこれだ。

 

 はっきり言えば興味が無い。

 

 目の前で起こっているのはあくまでナチュラル同士がただ殺し合っているというだけの事。

 

 愚かなナチュラル共らしいとでも言えば良いのか。

 

 しかも暴れているデストロイもあんな巨体ではいかに火力があろうとも小回りが利かない筈だ。

 

 あれでは懐に飛び込まれた時点で終わりだろう。

 

 あんな物が切り札とは。

 

 巨大モビルアーマーを見た時も思ったが、ナチュラルというのはどこまでも愚かな存在である。

 

 「ん? あれは……」

 

 カースの目に映ったのは、駆けつけて来たザフトの部隊だった。

 

 バクゥやザクがデストロイに攻撃を開始する。

 

 ミサイルやオルトロスのビームがデストロイに向け放たれた。

 

 しかしすべて陽電子リフレクターで弾かれ、ネフェルテム503によって反ロゴス派の機体同様に薙ぎ払われていく。

 

 「今のザフトも無能だな」

 

 失望のため息をつくと同時に今後の事を考える。

 

 今回は積極的に何かする気は起きない。

 

 ミネルバでも来れば多少の暇つぶしくらいにはなるかも知れないが。

 

 その時は、お相手してもらうとしよう。

 

 どこかつまらなそうに目の前の惨状をカースは眺めていた。

 

 

 

 

 アオイはスウェン、スティングと共に母艦に先立って戦場に駆けつけていた。

 

 反ロゴス派からの救援を求める連絡が入ったからだ。

 

 破壊された反ロゴス派の機体。

 

 そして同じくザフトの迎撃部隊もやられている。

 

 戦場に駆けつけたアオイが見たのは蹂躙された仲間やザフト機の残骸であり、それを行った巨大なモビルアーマーであった。

 

 無残に蹂躙された残骸を見ながらアオイは唇を噛む。

 

 胸の中に湧き上がる怒りを堪えながら黒い巨体を睨みつけた。

 

 「あれが……」

 

 「そう、デストロイだ」

 

 「アレを倒せってのかよ」

 

 スティングがぼやくのも分かる。

 

 情報通りならば火力は相当なものだ。

 

 しかも陽電子リフレクターも装備されている為、遠距離からの攻撃では意味をなさない。

 

 ならば懐に飛び込んで近接戦に持ち込むのが基本的な戦術になるだろう。

 

 これまで地球軍が開発してきた巨大モビルアーマーと同じだ。

 

 しかしそれは向うも承知しているのだろう。

 

 デストロイを守る様にかなりの数モビルスーツが防衛についていた。

 

 懐に飛び込むにはまずはあれらの機体を突破しなくてはならない。

 

 「アレをこれ以上都市部に行かせるな」

 

 「はい!」

 

 未だ都市部に入り込んでいないのは今まで仲間達が奮闘していたおかげだ。

 

 それに報いるためにもこれ以上好きにさせる訳にはいかない。

 

 「それから少尉、今回は新しい装備だ。問題はないと思うが注意しておけ」

 

 「はい!」

 

 今回イレイズの背中に装着されていたのは二対の羽根を持つ装備だった。

 

 『ゼニスストライカー』

 

 スカッドストライカーのデータを基にして開発された試作ストライカーパックである。

 

 今まで以上の機動性を持たせると共に火力や近接戦闘力を強化した装備であり、武装は機関砲、対艦刀『ネイリング』、複合火線兵装『スヴァローグ改』となっている。

 

 「まずは周りの機体を片づける!」

 

 「「了解!」」

 

 三機が連携を取りつつ防衛部隊に攻撃を開始する。

 

 カオスがモビルアーマー形態に変形してカリドゥス改複相ビーム砲を敵機に叩き込み、それに合わせてストライクノワールとイレイズが同時に動いた。

 

 二機はスラスターを吹かして対艦刀を構えると、ウィンダムに斬り込んだ。

 

 カオスのビーム砲の直撃を受けた機体は破壊され、それに紛れて接近したスウェンはフラガラッハを袈裟懸け振ってウィンダムを斬り裂く。

 

 そしてアオイはダガーLの側面に回り込み、ネイリングを横薙ぎに叩きつけて両断した。

 

 さらに背後に振り向くと後ろから襲いかかろうとしている敵に逆袈裟に剣を振り抜いた。

 

 今のところ問題なく進めている。

 

 しかし雨のように降り注ぐ敵機の放ったビームは正直鬱陶しかった。

 

 それらを加速をつけて振り切りながら、スティングは思わず吐き捨てる。

 

 「数が多い! こんな時にネオはサボりかよ!!」

 

 「仕方ないよ、スティング。大佐は部隊を指揮しなければならないんだし。大佐の分まで、俺達がやろう!」

 

 カオスの機動兵装ポットがら放たれた誘導ミサイルが敵に向かって放たれ、敵機が散開した所をアオイがビームライフルで狙撃する。

 

 「アオイ、何時からそんなにネオと仲良くなったんだよ?」

 

 アオイがネオをフォローしたのが不思議だったのかスティングが突っ込んできた。

 

 まさか素顔や素性を知って警戒心が薄らいだとは言えない。

 

 「い、いや別にそんな事は無いよ」

 

 「ホントかよ?」

 

 若干返事を詰まらせながらも返答する。

 

 秘密にするのは心苦しいが勝手に大佐の素性をばらす訳にもいかない。

 

 「二人とも戦闘に集中しろ」

 

 「「了解」」

 

 ストライクノワールが敵機を誘導するように放ったビームライフルショーティーの射撃に合わせてアオイも背中のスヴァローグ改を跳ね上げる。

 

 スヴァローグから強烈な閃光が撃ち出され、一か所に集められたウィンダムを一網打尽に消し飛ばした。

 

 順調に敵部隊の防備を突破していく三機。

 

 だが敵もこのまま易々と行かせるほど甘くはない。

 

 デストロイまでもうすぐという所まで迫った所で、妨害するように一機のモビルスーツが立ちはだかった。

 

 「ブルデュエル……」

 

 「気をつけろ。かなりの腕だ」

 

 「こんな奴に負けるかよ!」

 

 両手に構えたリトラクタブルビームガンを連続で撃ち込みながら、連携を崩してくる。

 

 三機は四方に散るとビームを回避した。

 

 それに対し敵機は即座に対応し、スコルピオン機動レールガンとリトラクタブルビームガンを巧みに使い三機の動きを誘導してくる。

 

 向うは飛べないにも関わらず的確に動き。

 

 なによりも速い。

 

 ブルデュエルはビームサーベルを引き抜きながら、イレイズ目掛けて斬りつけてくる。

 

 「こいつ!」

 

 アオイはシールドで斬撃を弾き飛ばしながら、横薙ぎにネイリングを叩きつけた。

 

 だがブルデュエルは驚異的な反応の速さで機体を後退させて対艦刀をやり過ごし、再び剣を振るってくる。

 

 お互いの放った斬撃をシールドを受け止め、睨み合う。

 

 「アオイ!」

 

 「厄介だな」

 

 周りの敵機を屠りながら、アオイを援護しようとスウェンとスティングが動いた。

 

 激突しているイレイズとブルデュエルに接近するが、同時に突然ミサイルとビーム、レールガンが二機に襲いかかる。

 

 デストロイ近くにいる、機体を見つけたスウェンが呟いた。

 

 「あれはヴェルデバスターか……」

 

 両腕に複合バヨネット装備型ビームライフルを構え、二機を連携させないように的確な射撃で妨害してきた。

 

 それだけではない。

 

 今も隙を見せればそれだけで撃墜しようと攻撃を仕掛けてくる。

 

 ヴェルデバスターの砲撃に晒されるストライクノワールとカオスを一瞬横目で見ながら、アオイは正面のブルデュエルを睨みつけた。

 

 「まずはこいつを突破する!」

 

 スラスターを吹かしシールドで受け止めたビームサーベルを押し返そうとした瞬間、声が聞こえた。

 

 《地球軍でありながらザフトの連中に加担するなんて……裏切り者共め。貴方達は邪魔です》

 

 「えっ」

 

 今の声は―――

 

 ブルデュエルは動きを止めたイレイズに蹴りを入れて突き放す。

 

 その衝撃に呻きながら、アオイは必死に動揺を押し殺した。

 

 今の声は間違いない。

 

 「ラナ?」

 

 何で彼女の声が敵機の中から聞こえてくる?

 

 混乱しながらもアオイは思わず通信機に向かって叫んだ。

 

 「ラナ! ラナなのか!?」

 

 《……馴れ馴れしいですね。貴方は何者ですか?》

 

 「俺だ! アオイ・ミナトだ!!」

 

 しばらく何の返答も無い。

 

 焦れるように再び問いかけようとした時、また通信機から声が聞こえてきた。

 

 《……知りませんね、誰ですか?》

 

 俺の事が分からない?

 

 一体何故?

 

 「ラナ、俺は―――ッ!?」

 

 そこでアオイに思い当たる現象がある事に気がついた。

 

 何も知らずベットに横たわる三人の姿。

 

 目覚めれば余計なすべては忘れている。

 

 そんな姿をアオイは何度も見てきた。

 

 「まさかエクステンデットの強化処理を……」

 

 《貴方が何者か知りませんがどうでも良いです。それよりも良い頃合いですね。№Ⅱ、やりなさい》

 

 《分かりました、お姉さま》

 

 お姉さま?

 

 通信機から聞こえてきたのは、ラナとまったく同じ声。

 

 ラナに他に姉妹なんていない筈だ。

 

 しかしアオイの疑問も次の瞬間、消しとんだ。

 

 デストロイがホバーして上昇すると上半身に被っていた円盤型のものを背中に移動。

 

 下半身を180回転させ、手足が現れると人型に変形したのだ。

 

 アオイはその巨体と迫力に圧倒されてしまう。

 

 デストロイの姿は自分達が乗る機体によく似た造形をしている。

 

 しかし全身の装備された砲口がこの機体の禍々しさを表していた。

 

 《撃ちなさい、№Ⅱ》

 

 《はい》

 

 デストロイの胸部から光が迸るとイレイズ目掛けて強力な閃光が撃ち出された。

 

 複列位相エネルギー砲スーパースキュラである。

 

 「くっ」

 

 凄まじいビームを前にアオイは即座にフットペダルを踏み込むとスラスターを全開にして加速する。

 

 次の瞬間、イレイズのいた空間が薙ぎ払われ、直撃した地面が大きな爆発を引き起こした。

 

 空まで煙が舞い上がり、地面には大きなクレーターが出来ている。

 

 「なんて威力だよ。あんなの食らったらそれで終わりだ……」

 

 あれだけの威力ではシールドで防ぐ事も不可能。

 

 となれば防御に回ればそれだけ不利になる。

 

 予定通り何とか攻撃を潜り抜けて、懐に飛び込まないと。

 

 それを見ていたスウェンがヴェルデバスターの攻撃を避けながら指示を飛ばした。

 

 「少尉、連携でいく」

 

 「は、はい!」

 

 「先に行くぜ!」

 

 カオスが先行してヴェルデバスターを引きつけるようにビームライフルで牽制。

 

 それに続く形でストライクノワールがビームライフルショーティーでブルデュエルを攻撃する。

 

 その隙にアオイはデストロイに突撃する。

 

 上手い具合に二機はアオイの進路上からは消えた。

 

 「今がチャンスだ!」

 

 ラナの事は気にかかるが、今はあれを止める方が先だ。

 

 邪魔するように群がる敵機をネイリングで斬り捨てながら、スラスターを吹かす。

 

 しかしここでデストロイは攻撃を仕掛けようしたイレイズに向けて、両腕が飛ばしてくる。

 

 シュトゥルムファウストと呼ばれる遠隔操作が可能な攻盾システムである。

 

 両手の指先には五連装スプリットビームガンが、そして腕に陽電子リフレクター発生器シュナイドシュッツが装備されている。

 

 これらの装備によってそう簡単には迎撃できなようになっているのだ。

 

 シュトゥルムファウストの指先から幾重にも放たれる閃光にアオイは舌打ちしながら紙一重で回避していく。

 

 細かい傷がイレイズに刻まれていくが気にしてはいられない。

 

 「まだだ!」

 

 右腕の五連装スプリットビームガンのビームを掻い潜り隙を見てビームライフルを撃ちこむ。

 

 しかし回り込むように飛んで来た左腕の陽電子リフレクターですべて弾かれてしまった。

 

 降り注ぐビームを回避しながら、何とか接近しようと試みるが、別方向からの砲撃に晒される。

 

 ヴァルデバスターだ。

 

 カオスと戦いながら、肩のビーム砲でこちらを狙ってきたのだ。

 

 そこにデストロイの腕が迫る。

 

 「くっ」

 

 こちらを狙ってくる指先のビームを上昇して回避する。

 

 だが今度は背中の装備されている二つの砲身が輝き出した。

 

 「あれは不味い!?」

 

 スラスターを吹かして横に移動すると高エネルギー砲アウフプラール・ドライツェーンが火を噴いた。

 

 どうにかギリギリのタイミングで回避に成功したイレイズ。

 

 先ほどのスーパースキュラを凌ぐのではないかと思われるほどの強力なビームが上空に撃ち込まれ、夜の暗闇を明るく照らす。

 

 「あんな物がまた都市に向けて撃たれたら―――」

 

 さらに甚大な被害が出る。

 

 アオイは歯をかみしめながら、デストロイを睨みつけた。

 

 体勢を立て直そうとしたアオイに今度はストライクノワールを振り切ったブルデュエルが襲いかかる。

 

 リトラクタブルビームガンをシールドで弾きながらスウェンの方を見るとシュトゥルムファウストの相手でこちらに気を配る余裕はないようだ。

 

 「なら俺がこいつを倒す!」

 

 ブルデュエルのスコルピオン機動レールガンの攻撃がイレイズに容赦なく降り注ぐ。

 

 それをシールドで防ぎながらアオイはブルデュエルに話しかける。

 

 「やめろ! ラナァ!」

 

 《……裏切り者がいちいちうるさいですね。馴れ馴れしいですよ》

 

 ブルデュエルが袈裟懸けに振るってきたビームサーベルをアオイはシールドを掲げて受け止めた。

 

 アオイは横目にデストロイを見る。

 

 こちらを無視して都市に向かおうとしているのが確認できた。

 

 「あれを行かせる訳には……邪魔しないでくれ、ラナ!」

 

 《馴れ馴れしいと言った筈ですよ》

 

 連続で振るわれたビームサーベルがシールドに阻まれ火花が散り、装甲を照らす。

 

 このままでは―――

 

 しかしラナを突破しなくてはデストロイまで辿り着けない。

 

 アオイが焦れたその時、一条のビームがデストロイに向け撃ちこまれた。

 

 そのままビームがデストロイに直撃するかと思われたが、戻された右腕の陽電子リフレクターで防がれる。

 

 しかしデストロイの進行を止める事はできた。

 

 アオイが安堵しながら振り返った視線の先にはある意味、馴染み深い戦艦と機体がそこにいた。

 

 「ミネルバ―――それにインパルス」

 

 

 

 

 戦場に駆けつけたシン達は目の前の状況に息を飲んだ。

 

 先に接敵していたらしい反ロゴス派と先行したザフトの部隊は無残に破壊され全滅していた。

 

 現在戦っているのは三機のみ。

 

 しかもこちらとは因縁深い機体ばかりだった。

 

 「まさかあいつらが先に戦ってるとはね」

 

 ルナマリアが複雑そうに呟く。

 

 気持ちはわかる。

 

 これまで殺し合いをしてきた間柄なのだ。

 

 でもシンはどこかホッとしていた。

 

 アオイがこんな惨状を作り出した連中に加担している訳ではないと分かって。

 

 「今はあのデカブツを落とす方に集中するんだ。ルナ、その機体は初めてだろ。怪我も完全に治って無いんだから無理するなよ」

 

 ルナマリアが搭乗しているのはハイネやジェイルが搭乗していたグフである。

 

 違いがあるとすれば全身のカラーが青色だという事くらいだろうか。

 

 シンの心配をルナマリアは不敵な笑みで返してきた。

 

 「慣れてない機体だけど大丈夫よ。これでもシン達と一緒にアレンの訓練を毎日受けてたんだからね」

 

 彼女の勝気な発言にシンは笑みを浮かべる。

 

 確かにそうだ。

 

 彼女なら心配いらないだろう。

 

 「じゃあ行くぞ!」

 

 「ええ!」

 

 インパルスとグフはフットペダルを踏み込みスラスターを全開にしてデストロイに向かっていく。

 

 それを阻もうとウィンダムやダガーLといった機体が襲いかかってくる。

 

 「邪魔だぁぁ!!」

 

 「どきなさい!!」

 

 インパルスがビームライフルでウィンダムを撃ち落とし、ルナマリアがビームソードでダガーLを斬り伏せる。

 

 周囲に群がる敵を撃破していく二機に右腕のシュトゥルムファウストが迫る。

 

 五連装スプリットビームガンがインパルスとグフを囲むようにビームを放った。

 

 「このぉ!!」

 

 「シン、こいつは私が! アンタはデカブツをやりなさい!」

 

 「分かった!!」

 

 ルナマリアにシュトゥルムファウストを任せ、シンはそのまま機体を加速させる。

 

 無論デストロイからのビームが降り注ぐが、それらをすべて回避するとビームサーベルで斬り込んだ。

 

 「はああああああ!!!」

 

 加速のついた状態で懐に飛び込むと躊躇う事無くビームサーベルを横薙ぎに一閃する。

 

 凄まじい閃光が弾け、火花が飛び散るとデストロイの装甲を深く抉った。

 

 「良し、このまま―――ッ!?」

 

 それを見た瞬間、シンは思わず動きを止めてしまった。

 

 インパルスのサーベルはデストロイの装甲を斬り裂き、コックピットを露出させていた。

 

 当然パイロットの姿も確認できる。

 

 そこから見えた顔はシンが知っている少女の顔だったのだ。

 

 「まさか―――ラナ」

 

 ディオキアで一度出会い、ザフトの攻撃で家族を失った少女がそこにいた。

 

 「な、なんで……」

 

 完全に呆けたシンに横から攻撃が加えられる。

 

 咄嗟の反応で操縦桿を引き、その場から飛び退く。

 

 だがその退避行動を読んだように、インパルスの動きに合わせ連続でビームが撃ち込まれる。

 

 「くっ」

 

 正確な射撃にシールドを掲げて弾く。

 

 反撃を試みようとしたシンの視線の先に居たのは黒いフェール・ウィンダムだった。

 

 さらにビームサーベルを叩きつけてくるフェール・ウィンダム。

 

 スラスターを使い後退してやり過ごすと今度は一気に前に出てサーベルを上段から振り下ろした。

 

 しかし剣閃が敵機を掠める事無く、ただ空を切るに終わる。

 

 「こいつ、強い!」

 

 敵機から振り抜かれた斬撃を潜り抜け、お返しとばかりに下から斬り上げた。

 

 しかしそれもシールドで弾くように横に払われてしまう。

 

 歯噛みするシンに敵機か声が聞こえてきた。

 

 《……お前がシン・アスカか?》

 

 「誰だ!」

 

 《そうだな……お前の妹に恨みを持つ者だ》

 

 「妹って、マユの事か!」

 

 フェール・ウィンダムの突きを機体を逸らして避けると、今度は逆袈裟から叩きつける。

 

 「マユに恨みだと? お前は―――」

 

 《一応お前にも因縁はあるが、私自身お前には興味が無い。今日もただの暇つぶしみたいなものだ》

 

 「暇つぶしだと……この惨状を見て何とも思わないのか!!」

 

 《別に何も。それが気に入らないなら早くデストロイを破壊したらどうだ? できればの話だがな》

 

 「このぉぉ!!」

 

 シンは怒りにまかせてフェール・ウィンダムに斬りかかる。

 

 だが同時に下からリトラクタブルビームガンを構えたブルデュエルが襲いかかる。

 

 《インパルス!!》

 

 「くっ」

 

 シールドでビームを弾きながら、ライフルを構えるが正面からフェール・ウィンダムに蹴りを入れられて態勢を崩されてしまう。

 

 《私の家族を、マサキおじさんを、大切な人達を殺したお前達を絶対に許さない!!》

 

 飛び上がったブルデュエルがリトラクタブルビームガンを両手で構えて連続で撃ちこんでくる。

 

 「ラ、ラナ!?」

 

 だがシンは動揺していた。

 

 聞こえてきたその声と言葉に。

 

 それが一瞬の隙を生む。

 

 リトラクタブルビームガンの一射がインパルスに迫る。

 

 「しまっ―――」

 

 避け切れない!

 

 何とか回避運動を取ろうとするシン。

 

 だが間に合わない。

 

 そのまま直撃する!

 

 被弾を覚悟したシンの前に、意外な者が割ってはいった。

 

 シールドを掲げたイレイズである。

 

 リトラクタブルビームガンを受け止め、引き離すようにビームライフルで牽制する。

 

 「アオイ!?」

 

 「無事か、 シン!」

 

 《本当に邪魔ですね、貴方は》

 

 「やめろ、ラナ!」

 

 「えっ、やっぱりラナなのか?」

 

 思わずデストロイのコックピットに座る少女とブルデュエルを見比べる。

 

 「一体どうなっているんだ?」

 

 シンがアオイに疑問をぶつけようとした瞬間、動きを止めていたデストロイの胸部と背中の砲口が輝き出した。

 

 「ッ!? 不味い、シン下がれ!!」

 

 「くっ」

 

 二機は飛び上がるように上昇するとデストロイから凄まじい閃光が撃ち出される。

 

 何とか回避に成功した二機だったが、問題はその射線だった。

 

 アオイやシンが気がついた時にはもう遅い。

 

 放たれた眩いほどのビームは二機の背後に存在する都市部に向かって直進すると凄まじいばかりの爆発を引き起こした。

 

 大きな衝撃と爆煙が上がる。

 

 「くっ!!」

 

 「くそぉ!」

 

 アオイは操縦桿を殴りつけ、シンは叫びを上げる。

 

 あれだけのビームが直撃したのだ。

 

 避難勧告が出ているとはいえどれだけの被害が出ている事か。

 

 一体何人の人が犠牲になっただろう。

 

 想像するだけでも怒りでどうにかなりそうだった。

 

 これ以上撃たせてはならない。

 

 それはシンもアオイも共通した思いだった。

 

 しかし―――

 

 「なんで……ラナが二人いるんだよ」

 

 「俺にも分からない……だけど止めないと」

 

 シンの脳裏にブルデュエルの言葉が思い起こされる。

 

 《私の家族を、マサキおじさんを、大切な人達を殺したお前達を絶対に許さない!!》

 

 シンは操縦桿を強く握る。

 

 やはり彼女は俺達を憎んでいた。

 

 だから彼女は地球軍に加わったのだろうか。

 

 シンにも分かる。

 

 自分もまた同じような理由でザフトに入隊したからだ。

 

 でもだからといって―――

 

 シンは破壊された街を見る。

 

 これを、こんな事を見過ごす事などできない。

 

 「……シン、行くぞ」

 

 アオイの声にシンは聞かなくてはならない事を口にする。

 

 見て見ぬ振りだけはできないからだ。

 

 「アオイ、だけど分かってるのか? 相手は―――」

 

 「分かってる! だから、だから止めなくちゃいけないんだよ! 俺はこれ以上ラナにこんな事をさせたくない!」

 

 血を吐くように言うアオイにシンは俯いた。

 つらいのはアオイも同じだ。

 

 いや、シン以上につらいに決まっている。

 

 彼らは家族なのだから。

 

 だからこそ―――シンも覚悟を決めた。

 

 「……分かった」

 

 「行くぞ!!」

 

 これ以上の攻撃が行われる前にデストロイを撃破する!

 

 二機が一気に加速をつけ、デストロイに向けて突撃した。

 

 「シン! 目標はあくまでもデストロイ本体のみ、邪魔する奴以外他は無視しろ!!」

 

 「分かってる!!」

 

 黒い巨体から放たれるビームの嵐をスラスターを吹かせて潜り抜ける。

 

 機体に襲いかかる閃光を最小限、速度を落とさないギリギリの機動でかわしていく。

 

 「うおおおお!!」

 

 「そこをどけぇぇ―――!!」

 

 インパルスがビームライフルで狙撃し、止まった敵機をイレイズがブルートガングで串刺しにして撃破する。

 

 さらにイレイズは機関砲で周囲の敵を牽制すると、突撃したインパルスによって斬り刻まれた。

 

 その猛攻は誰にも止められない。

 

 行く手を阻む機体を一蹴しながら、デストロイ向って一直線に突き進む。

 

 そんな二機の目の前にフェール・ウィンダムとブルデュエルが立ちふさがる。

 

 「……行かせる訳にはいかんな」

 

 「貴方達はここで倒す!」

 

 「ラナ!」

 

 「くそぉぉ!!」

 

 構ってられないというのに。

 

 しかしそんなブルデュエルにカオスが体当たりで吹き飛ばし、ストライクノワールがビームライフルショーティーでフェール・ウィンダムを引き離す。

 

 「中尉、スティング!?」

 

 「少尉は先に」

 

 「こいつは俺がやる! アオイ、行け!!」

 

 「……頼む!!」

 

 ビームライフルを撃ち込んでくるカオスを忌々しげに睨みつける、ラナ。

 

 スコルピオン機動レールガンで攻撃しながらビームサーベルで斬り込んだ。

 

 「邪魔です!」

 

 「行かせるかよぉぉ!!」

 

 機動兵装ポッドを巧みに使い、ブルデュエルを誘導しながらスティングもまた右手の剣を叩きつけた。

 

 そしてカースもまたフラガラッハを振るい迫ってくるストライクノワールを睨みつけた。

 

 「チッ、まあ今回はそれほどやる気も無いしな。お前で我慢してやる」

 

 「こいつもやるな」

 

 右のフラガラッハの斬撃を潜り抜け、ビームサーベルで斬りつけてくるカース。

 

 それを機体を逸らしながらやり過ごすと、同時に左のフラガラッハを横薙ぎに振りきった。

 

 それをカースは機体を一瞬上昇させ回避、そのまま回転させ蹴りを叩き込んでくる。

 

 舌打ちしながらスウェンもまた機体を傾け、蹴りを捌く。

 

 そして距離を取りフェール・ウィンダムと再び交戦を開始した。

 

 

 

 

 厄介な二機を任せたシンとアオイはデストロイ目掛けてさらに機体を加速させる。

 

 撃ち放たれるビームの嵐はヴェルデバスターの攻撃が加わった事で一層激しさを増していく。

 

 スラスターを限界まで吹かし、苛烈なビームを掻い潜り、デストロイに近づこうと試みる。

 

 だが絶妙のタイミングでヴェルデバスターの射撃が進路を阻んできた。

 

 「ちくしょう!」

 

 「まずはアイツをどうにかしないと!」

 

 ヴェルデバスターが両手の複合バヨネット装備型ビームライフルを平行に連結させ、連想キャノンモード変更、さらに強力なビームを放とうと構えてきた。

 

 「撃たせないわよ!」

 

 そこにルナマリアのグフがドラウプニル四連装ビームガンを放ちながら、ヴェルデバスターの前に立ちふさがる。

 

 ビームソードで左の複合バヨネット装備型ビームライフルを斬り裂き、さらに返す刀で下段から振り上げた斬撃が右肩のガンランチャーを破壊する。

 

 見事な攻撃だった。

 

 ヴェルデバスターがこちらに意識を向けていたとはいえ、ああも見事に損傷させるとはルナマリアも相当な腕前に成長している。

 

 彼女もまたアーモリーワンから出撃した頃に比べて格段に腕を上げていた。

 

 惜しむらくは彼女の怪我が完治していた訳ではなかったという事。

 

 敵は損傷はしたが戦闘不能になった訳ではないのだから。

 

 ヴェルデバスターは傾きながらもグフに向けて肩のビーム砲を撃ち出した。

 

 ルナマリアは咄嗟に回避しようとするも、怪我の影響で反応が一瞬遅れてしまった。

 

 撃ち出されたビームがグフの左腕を消し飛ばした。

 

 「きゃああああ!」

 

 「ルナ!」

 

 「……私は大丈夫だから、行きなさい!」

 

 ルナマリアは何とか機体を立て直すと残った右腕のビームガンでヴェルデバスターを攻撃する。

 

 シンは歯を食いしばり、ビームを振り切るように操縦桿を押し込んだ。

 

 デストロイの放った閃光がインパルスとイレイズを掠め次々と傷を刻んでいく。

 

 だがシンもアオイも構わない。

 

 このまま一気に懐に飛び込む!

 

 その時、再び胸部が輝き出した。

 

 「またあれを撃つ気か!」

 

 「……やらせるかぁぁ!!」

 

 突撃する二機に両腕のシュトゥルムファウストが迫ってくる。

 

 「鬱陶しい!」

 

 迎撃しようとしたインパルスより先にイレイズが前に出た。

 

 「あれは俺がやる!!」

 

 アオイは左右から迫る巨大な腕を睨みつける。

 

 動き回る腕と、指先から放たれるビームの動きを見極め、ネイリングを構えた。

 

 「……これ以上は撃たせない!」

 

 アオイのSEEDが弾ける。

 

 視界が広がり、鋭い感覚に包まれる。

 

 正直使う気は全くなかった。

 

 アオイにとってSEEDは本当に最後の切り札だ。

 

 ましてや時間が限られているのならなおの事。

 

 しかし今はそんな事を言っている時ではない。

 

 指先から放たれるビームを避け、機体をバレルロールさせシュトゥルムファウストの行き先に先回りするとネイリングを振り抜いた。

 

 横薙ぎに斬り裂かれていくシュトゥルムファウスト。

 

 さらにインパルスを襲おうとするもう一方の腕にネイリングを投げつけ、自機も加速させる。

 

 シュトゥルムファウストはネイリングを陽電子リフレクターで弾き飛ばすが、それはすでに予測していた事。

 

 回り込んだアオイは背中のスヴァローグ改を跳ね上げ、至近距離から撃ちこんだ。

 

 スヴァローグ改の一撃で貫かれたシュトゥルムファウストはそのまま落下し大きく爆散する。

 

 これで守りはすべて破壊した。

 

 後は本体のみ。

 

 シンは一瞬だけコックピットに座る少女に目を向ける。

 

 脳裏に浮かぶのはディオキアで見た悲しそうな表情。

 

 「ッ、躊躇うな!」

 

 迷いを振り切るようにシンはあえて叫ぶ。

 

 「撃たせるかァァァ!!!」

 

 シンのSEEDが弾ける。

 

 インパルス目掛けて撃ち込まれるビームの雨をすべて紙一重で避け切る。

 

 そして再びデストロイの懐に飛び込み、光を発している胸部目掛けてビームサーベルを一閃。

 

 シンは手を止める事無くさらにもう一本胸部にビームサーベルを突き刺した。

 

 ビームサーベルが突き刺さった部分から激しい火花が散ると今度は口部のツォーンmk2が光を放ち始める。

 

 「やらせないぞ!」

 

 そこに上方から飛び上ってきたアオイのイレイズがネイリングを振り下ろした。

 

 対艦刀の斬撃がデストロイの頭部を真っ二つに斬り裂き、完全に破壊する。

 

 インパルスとイレイズが飛び退くと、デストロイは背中から倒れ込み、大きな爆発を引き起こした。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「ハァ、ハァ、やったのか?」

 

 破壊されたデストロイを見たカースはつまらなそうにストライクノワールを引き離し反転した。

 

 「今回は幕引きまでつまらなかったな」

 

 そしてカオスと交戦していたラナもまた苛立ちを押し殺しながら撤退を選択した。

 

 「……№Ⅲ、退きましょう」

 

 《はい、お姉さま》

 

 カオスの機動兵装ポッドを踏み台にして、地面にスコルピオン機動レールガンを撃ち込んで煙幕代りに使うとヴェルデバスターと共に後退する。

 

 一瞬だけデストロイの方を見て静かにつぶやいた。

 

 「お休みなさい、№Ⅱ。あなたの仇も必ず取る」

 

 ラナはロゴス派の機体と共に撤退していった。

 

 その姿を確認するとシンはホッと息を吐きだす。

 

 しかし都市部にもかなりの被害が出た筈だ。

 

 現在の状況ではロゴス派を追撃する事も出来ず、破壊されたデストロイを見ながら凄惨な惨状の大地にインパルスは降り立つ。

 

 「……ラナ」

 

 アオイの辛そうな声を聞きながら、撤退していくブルデュエルを見つめる。

 

 何とも言え無い苦々しい思いを抱え、シンはそれを晴らすように操縦桿を殴りつけた。

 

 だが、少しも気が晴れる事はなかった。

 

 

 

 

 プラントから出港したフォルトゥナは地球に降り立ち、ジブラルタルに辿りついていた。

 

 一緒にジブラルタルに降下してきたデュランダルは入ってきた報告を見ながら頷く。

 

 「どうしましたか、議長?」

 

 「どうやら上手くいったようだ」

 

 「デストロイの破壊に成功しましたか。その割に嬉しそうではありませんね」

 

 ヘレンの質問にデュランダルは端末を操作してデータを呼び出した。

 

 そこに映っていたのはアオイ・ミナトのデータだった。

 

 「彼がそんなに気に入りませんか?」

 

 デュランダルはその質問には答えない。

 

 それこそが彼の回答だった。

 

 彼の存在はデュランダルにとって目障り以外の何者でもない。

 

 デュランダルは独自の情報網を使い、アオイのデータを手に入れていた。

 

 解析の結果はこんなものかと―――取るに足らない存在であると結論を下した。

 

 特に気にせずとも、いずれ倒される筈だと。

 

 何故なら彼は普通の者より多少は優れているがそれだけだったからだ。

 

 潜在的能力はシンやジェイルとは比べるべくもない。

 

 SEEDの素養も持ってはいたが、シン達に比べれば明らかに劣っていたのである。

 

 しかしそんなデュランダルの予想に反し、彼は戦場を生き延び続け、シン達と互角に戦い挙句ハイネまで倒したのだ。

 

 それはあってはならないイレギュラーである。

 

 デュランダルは先の戦闘のデータを確認する。

 

 その動きはシン達と比べても遜色ないように見えた。

 

 やはり彼は捨ておけない。

 

 「ヘレン、予定通り消えて貰おう、『大天使』に。そしてもう一つ、彼もまた不要な存在だ。故に消えてもらう―――アオイ・ミナトにも」

 

 「了解しました」

 

 準備はすでに整っている。

 

 ヘレンは出撃の為に艦長室から艦橋に向かった。

 




機体紹介を更新しました。


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第34話  天使、堕ちる

 

 

 デストロイによる進撃が始まる少し前。

 

 宇宙に上がったアレンは輸送艦と共にプラントに向かっていた。

 

 今回彼が宇宙に上がったのはデュランダルからの勅命であるテタルトス新型機運用試験を調査するためだ。

 

 資料によれば偶発的な戦闘で接触したテタルトスの新型はかなりの高性能だったらしい。

 

 その報告が確かならば、調査も必要にはなるだろう。

 

 しかし疑問も残る。

 

 この任務は宇宙にいる他の特務隊員でも可能な筈。

 

 余裕が無いミネルバに増員もせず、アレンに任務を通達してくるとはデュランダルは何を考えているのだろうか?

 

 真意は分からない。

 

 だがこの状況ではもしもの事を考えていた方が良いかもしれない。

 

 エクリプスのコックピットで端末を操作していると、コンコンと叩く音が聞こえた。

 

 「アレン隊長、少しよろしいですか?」

 

 彼らの立場からすれば仕方がないというのは分かってはいる。

 

 元々階級での呼ばれるのに慣れていなかった事もあるが、どうもそう呼ばれるのはしっくりこない。

 

 苦笑しながらもコックピットを開け、外に出ると兵士が敬礼して待っていた。

 

 「何だ?」

 

 「実はブリッジから報告がありまして、前方にモビルスーツの残骸らしきものが浮遊していると」

 

 「このあたりで戦闘があったのか?」

 

 「いえ、そのような報告は入っていません」

 

 テタルトスだろうか。

 

 しかし渡された資料では別の場所で運用試験が行われているらしいと記載されていた。

 

 だがこのあたりでも奴らは動いているのかもしれない。

 

 だとしたら不味い。

 

 この艦には戦力と呼ばれるものはエクリプスと数機の護衛のみ。

 

 襲われればひとたまりも無い。

 

 厳密にいえばもう一機、戦力はある。

 

 だが搭乗できるパイロットがいないのでは無いのと同じだ。

 

 アレンは輸送艦の格納庫に佇む機体を見上げた。

 

 そこに立っていたのはクレタ沖で回収したガイアだった。

 

 輸送艦は回収したガイアをプラントに向けて運んでいるのであり、アレンはあくまでもついでに乗せてもらったに過ぎない。

 

 とにかくここを進むのは危険。

 

 進路を変更すべきだ。

 

 アレンが進路変更を指示しようとした瞬間、輸送艦に大きな爆発音と共に激しい震動が起きる。

 

 「な、なんだ!?」

 

 動揺する兵士を尻目に、エクリプスのコックピットに飛び込むと通信機のスイッチを入れた。

 

 「何があった!?」

 

 《敵襲、テタルトスです!!》

 

 「……遅かったか」

 

 アレンはパイロットスーツを着ると出撃の為にエクリプスを起動させる。

 

 「俺が敵を引きつける。その間に輸送艦は離脱しろ!」 

 

 《しかし、それではアレン隊長が……》

 

 「命令だ!」

 

 格納庫にいる者達を退避させ、ハッチを開くと宇宙に飛び出す。

 

 宇宙に出たアレンの前にはジンⅡやフローレスダガーといった機体が待ち構えていた。

 

 だがそれだけではない。

 

 新型であるリゲルと見覚えのある機体が数機。

 

 「あれは―――」

 

 色は違うが前にユリウスが搭乗していた機体、シリウスだった。

 

 どうやらあの機体を量産したらしい。

 

 周囲に視線を走らせる。

 

 「数も多いが、輸送艦をやらせる訳にはいかない!」

 

 エクリプスシルエットのスラスターを吹かし、敵部隊に向かっていく。

 

 ジンⅡやフローレスダガーの射撃をかわしながら、ライフルのトリガーを引いた。

 

 ビームが正確にジンⅡの胴体を撃ち抜き、背中のエッケザックスをフローレスダガーに袈裟懸けに叩きつけた。

 

 対艦刀の刃が機体の装甲を裂き、致命的な損傷を受けたフローレスダガーは大きく爆散した。

 

 同時にビームライフルを連続で撃ち込んで敵部隊を牽制していく。

 

 だが敵は怯まずエクリプスに向けてビームやミサイルで攻撃を仕掛けてきた。

 

 アレンはフットペダルを踏み込み、機関砲でミサイルを迎撃しながら攻撃を捌いていく。

 

 「鬱陶しい砲撃だな!」

 

 機体を加速させ、敵機の懐に飛び込むとエッケザックスを振り下ろし、バーストコンバットを構えるジンⅡを両断した。

 

 砲撃能力の高い機体を狙って撃墜していくアレンだったが表情は険しい。

 

 連続で撃ち込まれる砲撃や敵の数の事もあるが、それだけではない。

 

 この状況に違和感のようなものを覚えていたのだ。

 

 偶然遭遇したにしては明らかに数が多い。

 

 これは―――

 

 隙を見て背後に回り込んだシリウスのビーム砲を上手く潜り抜けサーベラスを跳ね上げてトリガーを引く。

 

 激しい閃光が砲口から発射され、シリウスの胴を貫くとと大きな光の輪となった。

 

 「迂闊なんだよ」

 

 アレンは敵機の迂闊さに苛立ちながら吐き捨てる。

 

 しかしそこに別方向の爆発による閃光を確認する。

 

 「輸送艦が向かった方……別動隊か!?」

 

 アレンは輸送艦の方を睨みつけた。

 

 やはり間違いない。

 

 テタルトスはここで輸送艦を待ち伏せをしていたのだ。

 

 誰かが情報を漏らした?

 

 一体誰が、何の為に?

 

 「ッ!?」

 

 考え込むアレンにロングビームサーベルを構えて斬りかかってくるのは新型のリゲルだ。

 

 「確かに情報通り速い!」

 

 リゲルが上段から振り下ろしてきたロングビームサーベルを機体を逸らして回避、エッケザックスを振り上げ腕ごと斬り落とす。

 

 さらにモビルアーマー形態でビームキャノンを放ちながら突っ込んできたリゲルの背後に回り込む。

 

 「いくら速かろうと!」

 

 ビームライフルでウイングを破壊、バランスを崩した所を踏み台にして、輸送艦の方へ向おうと反転する。

 

 あの爆発では撃沈されてしまったかもしれないが―――

 

 「放ってはおけない」

 

 邪魔する機体を一蹴すると、フットペダルを踏み込んで機体を加速させた。

 

 しかしそんなエクリプスの進路を阻むように一機のモビルスーツが立ちふさがる。

 

 イージス似た造形を持つ機体、ガーネットだった。

 

 「また、お前か。アスラン・ザラ」

 

 「……アスト・サガミ」

 

 アレックスはエクリプスを睨みつける。

 

 テタルトスは前の戦闘で『アトリエ』の襲撃しデータの一部を入手した。

 

 ただし爆発の影響か一部損傷があり、解析には時間が掛かると報告を受けた。

 

 ならば時間は無駄にできないと解析が終わるまでの間『アトリエ』と同じようなザフトの施設を探索し始めたのである。

 

 あのような施設が一つしかないとは思えなかったからだ。

 

 そんな彼らの元に匿名でザフトの輸送艦に関する情報が入ってきたのである。

 

 もちろん罠の可能性が高いのは承知の上。

 

 何かしら手掛かりくらいは得られるかもしれないと考えたのだ。

 

 それがまさかアスト・サガミの機体を遭遇するとは思っていなかった。

 

 「丁度良い。ここで決着をつけてやる! 聞きたい事もあったしな!!」

 

 「チッ」

 

 アレンはシールド三連ビーム砲を上昇して回避するとビームライフルを撃ち込んだ。

 

 アレックスはシールドを使ってビームを弾くと移動するエクリプス目掛けてライフルを発射する。

 

 「今日こそは!」

 

 「お前に構っている暇はない!」

 

 お互いのビームが機体を掠め、装甲に傷を作っていく。

 

 そして二人は接近するとほぼ同時にビームサーベルを敵に向けて叩きつけた。

 

 サーベルの光刃が煌き、敵機を斬り裂こうと軌跡を描く。

 

 エクリプスが袈裟懸けに振るった一撃を受け止め、ガーネットはサーベルを横薙ぎに振るう。

 

 アレンはそれを後退してやり過ごすと、サーベラスを放った。

 

 「お前が何でザフトにいる!?」

 

 サーベラスのビームを潜り抜け、ガーネットが懐に飛び込むと下段からサーベルを斬り上げる。

 

 「またそれか……お前に何の関係がある?」

 

 アレンは下からの斬撃をシールドを使って弾き、逆に上段からビームサーベルを振り下ろした。

 

 「……答える気はないか。なら質問を変えてやる。『アトリエ』と呼ばれるザフトの研究施設。それと同じ様な施設はどこにある?」

 

 『アトリエ』?

 

 確かデュランダルの研究施設の名前だった筈。

 

 アレンは名前は知っているが、詳細は知らない。

 

 もちろん同じ様な研究施設など知る筈も無い。

 

 だがそれをわざわざ目の前にいる奴に答えてやる義理はない。

 

 「敵であるお前に答えると思うか?」

 

 「……そうか。ならば彼女達には悪いが、ここで終わりにするだけだ!!」

 

 エクリプスの一撃をシールドで逸らしながら、アレックスは決着を着ける為に勝負に出た。

 

 スラスターを吹かせ、両足のビームサーベルを構えて斬りかかる。

 

 「はあああああ!!」

 

 縦横無尽の斬撃がエクリプスに向けて襲いかかった。

 

 アレンはシールドを構えて、左右からの剣撃を何とか捌くが、アレックスは動きを止めない。

 

 「このまま一気に押し切る!」

 

 しかしここでアレンは意外な行動に出た。

 

 ガーネットをシールドで突き放し距離を取ると、反転したのである。

 

 「どこに?」

 

 そこで気がついた。

 

 エクリプスが向ったのは輸送艦がいた方向だった。

 

 「援護に向かう気か! 行かせると思うか!」

 

 あの方向には彼女がいる。

 

 奴を行かせる訳にはいかない。

 

 シールドの先端をエクリプスに向けて三連ビーム砲を撃ち出す。

 

 撃ち出されたビームがエクリプスに迫る中、アレンは背を向けたまま操縦桿を動かし、機体を旋回させて攻撃を回避する。

 

 「チッ!」

 

 ターゲットをロックしてトリガーを引くとシールドの先端から何条もの閃光が撃ち出される。

 

 だが、捉えられない。

 

 何度撃とうが、完璧に回避され、掠める事もできない。

 

 歯を食いしばるアレックスだったが、エクリプスの正面から別の機体が近づいてきた。

 

 セレネのバイアラン・クェーサーである。

 

 彼女の部隊は例の輸送艦の方へ向かわせていた。

 

 アレックスが一気に決着をつけようとしたのは、アレンを彼女に近づけたくなかったからだ。

 

 「アレックス!」

 

 「セレネ!? 離れろ! こいつは―――」

 

 「大丈夫です!」

 

 左腕のビーム砲を撃ちながら、ビームサーベルを抜くとセレネはエクリプスの正面から斬り込んだ。

 

 「また新型か!?」

 

 しかもかなり速い。

 

 アレンは逆袈裟に振るわれるビームサーベルを機体を逸らして避ける。

 

 だがバイアランは逃がさないとばかりにもう一方の腕からビームサーベルを抜き今度は逆方向から横薙ぎに振るってきた。

 

 「くっ、こいつもかなりの腕前か」

 

 エース級と言って差し支えない動き。

 

 アレンは繰り返し振るわれる斬撃を潜り抜け、バイアランに体当たりして体勢を崩すとエッケザックスで左腕を斬り飛ばした。

 

 「きぁあああ!!」

 

 「セレネ!!」

 

 腕を斬り落とされたバイアランの姿を見たアレックスの脳裏に過去の情景が思い浮かぶ。

 

 オーブ沖の決戦においてカールが殺された時の事を。

 

 また同じように守れないのか?

 

 また奴に奪われるのか?

 

 ふざけるな!

 

 俺はもう負けない!!

 

 もう絶対に――――

 

 

 「奪わせるかァァァァァァ!!!!」

 

 

 アレックスのSEEDが弾けた。

 

 全身を包む感覚に身を委ね、アレックスは咆哮する。

 

 

 「おおおおおおおお!!!」

 

 

 エクリプスに向け左足を蹴り上げた。

 

 完璧なタイミングでの奇襲である。

 

 だがアレンは驚異的な反応で左足の一撃をシールドを使って受け流し、エッケザックスを横薙ぎに振るい反撃を試みる。

 

 しかし今回はアレックスの方が速かった。

 

 ガーネットが上段から叩きつけた斬撃がエッケザックスを半ばから叩き折り、さらに蹴り上げた右足がエクリプスの左胸部を大きく抉る。

 

 アレンはその衝撃を呻くように噛み殺す。

 

 「ぐっ、この動きはSEEDか」

 

 体勢を崩したエクリプスにさらにビームサーベルが迫る。

 

 アレンはガーネットに折られたエッケザックスを投げつけ、その隙に逆手で抜いたサーベルを敵の攻撃タイミングに合わせて斬り上げた。

 

 「ッ!?」

 

 煌く一瞬の斬撃。

 

 だがアレックスは機体を横に流して回避して見せた。

 

 エクリプスの斬撃はガーネットの装甲を傷つけながらも致命傷には至らない。

 

 しかしアレンもそのまま当たるとは思っていなかった。

 

 今のはあくまでも体勢を崩すための一撃である。

 

 そのまま背中のサーベラスを跳ね上げガーネットに向けて狙いをつけた。

 

 おそらくこれでも奴はかわしてみせるだろう。

 

 アレンも敵の技量をきちんと理解していたからこそ分かる。

 

 それでもこちらの体勢を立て直す時間くらいは取れる。

 

 だがここでアレンの予想を上回る出来事が起こった。

 

 左腕を失ったバイアランである。

 

 セレネの目からでも敵の技量が尋常でない事はよく分かった。

 

 もしかするとその力はアレックスを上回っているかもしれない。

 

 このままでは多くの味方が倒され、彼は再び傷つくだろう。

 

 セレネは知っている。

 

 人一倍優しい彼はいつも失ってしまった仲間達の事で涙しているのを。

 

 もう彼にあんな思いはさせたくない。

 

 彼を守りたくて―――力を手にしたのだから。

 

 だから―――

 

 

 

 「私が―――守ります!!」

 

 

 

 決意と共にセレネのSEEDが弾けた。

 

 今まで感じた事のない感覚が全身に駆け廻る。

 

 その勢いに任せ、ビームサーベルを抜いて斬りかかる。

 

 サーベラスを構えていたアレンは虚を突かれ、反応が遅れてしまった。

 

 これが普通のパイロット相手ならどうにでもなっただろう。

 

 だが相手がSEEDを発動させていた事は完全な誤算であった。

 

 エクリプスは機体を傾けて回避運動を取るが、遅かった。

 

 バイアランの放った斬撃がサーベラスの砲身を捉えると斬り裂かれ破壊されてしまう。

 

 「何!?」

 

 「これで!!」

 

 さらにバイアランはエクリプスの胴目掛けて蹴りを叩き込む。

 

 アレンはシールドで蹴りを防御するが衝撃を防ぐ事は出来ず、バランスを崩されてしまう。

 

 何とか体勢を立て直そうとするが、そこにガーネットがビームサーベルを構えて迫ってきた。

 

 「落ちろぉぉ!! アスト・サガミィィ!!」

 

 アレンは思わぬ状況に舌打ちする。

 

 まさかあバイアランのパイロットまで『SEED』を使ってくるとは予想外だった。

 

 「だからと言ってやられる訳にはいかない!」

 

 アレンも『SEED』を発動させる。

 

 「はあああああ!!」

 

 「これで倒します!!」

 

 両側から挟むようにビームサーベルでエクリプスを攻撃する二機だったが、今度は先ほどのようにはいかなかった。

 

 剣閃はエクリプスによって容易く捌かれた。

 

 同時にバイアランはシールドで殴りつけられ、ガーネットは回し蹴りで吹き飛ばされる。

 

 「何!?」

 

 「くぅぅ!?」

 

 二機の体勢を崩したアレンは即座にビームサーベルをガーネットに振り抜いた。

 

 もちろんアレックスも黙っていない。

 

 体勢を崩しながも、応戦する。

 

 右腕のサーベルをエクリプスに振り上げた。

 

 交差する両機。

 

 すれ違い様にサーベルが煌き、軌跡を作ると同時に一方の腕が飛んだ。

 

 腕が無くなっていたのはガーネットの方。

 

 右腕が半ばから斬り飛ばされていた。

 

 さらにエクリプスはガーネットの背後からビームサーベルを横薙ぎに振るい、スラスターを深く斬りつけ破壊する。

 

 「ぐぅぅ、まだぁぁぁ!!」

 

 アレックスはスラスターを破壊された衝撃に耐えるとシールドを捨て、左手でサーベルをエクリプス目掛けて振り抜く。

 

 その一撃がエクリプスの腹部を裂いた。

 

 「流石だな、アスラン―――ッ!?」

 

 「まだです!」

 

 側面からバイアランが突撃してくる。

 

 横薙ぎに振るった斬撃がエクリプスのシールドを弾き飛ばした。

 

 これでエクリプスはこちらの攻撃を防御できない。

 

 あの機体を倒すチャンスだ。

 

 セレネはエクリプス目掛け、連続で左右からビームサーベルを叩きつける。

 

 SEEDを発動させた彼女の一撃は鋭く速い。

 

 だがまだだ。

 

 アレンは冷静に機体を沈み込ませて回避、バイアランの腕を右手で弾くと頭部にサーベルを突き刺した。

 

 「きゃああ!」

 

 「くそ、セレネェェ!!!」

 

 ガーネットはスラスターを破壊され殆ど動かない。

 

 バイアランもメインカメラを破壊されてしまいどうにもならない。

 

 このままでは―――

 

 しかし余裕がないのはアレンも同じであった。

 

 コックピットでは今も警報が鳴り続けている。

 

 バッテリー残量が少なくなってきたのだ。

 

 武装も消耗した上に、これ以上の戦闘は厳しい。

 

 「退くしかないか」

 

 後退する為に動こうとした、その時だった。

 

 アレンにあの感覚が駈け巡る。

 

 「これは―――」

 

 全身が強張った。

 

 間違いない、奴が来る。

 

 アレンがその方向を見た瞬間、青紫の機体が凄まじい速度で突っ込んできた。

 

 「くっ、速い!」

 

 とても今の状態では逃げきれない。

 

 つまり迎撃以外の選択は残っていなかった。

 

 奴を相手に今の機体でどこまでやれるか。

 

 そう考えていたアレンの前に突っ込んで来た機体が停止する。

 

 「新型か」

 

 目の前の見た事も無い機体を睨みつける。

 

 「……あの機体は」

 

 アレンは目の前の機体と似た機体を見た覚えがある事に気がついた。

 

 造形に違いはあるが、前大戦の最終決戦で奴が搭乗していたものに良く似ていた。

 

 LFSA-X004『グロウ・ディザスター』

 

 名の通りザフト最強の機体であったディザスターをさらに強化、発展させた機体。

 

 その性能は通常の機体を遥かに凌駕しており、当然ユリウス以外は操縦できないほどである。

 

 「久ぶりだな、アスト」

 

 「……ユリウス・ヴァリス」

 

 聞こえてきたのはやはり奴、ユリウス・ヴァリスの声だった。

 

 アレンは最強であり、兄のような存在でもある男が搭乗している機体を睨みつけた。

 

 この損傷とバッテリー残量では、圧倒的に不利。

 

 何とか打開策を見出さなければ。

 

 「戦場では一度お前を見かけていたが、中々話す機会も無くてな」

 

 グロウ・ディザスターはビームライフルをゆっくりエクリプスに向けて構えるとトリガーを引いた。

 

 アレンは機体を上昇させビームを何とかやり過ごす。

 

 こちらもビームライフルを撃ち込むがグロウ・ディザスターは余裕で避けてみせた。

 

 「くそ!」

 

 エクリプスはビームライフルで牽制しながらスラスターを使って後退を始める。

 

 しかし距離を離すどころかすぐに追いつかれてしまった。

 

 グロウ・ディザスターは余裕すら感じる優雅な動きでビームサーベルを振り下ろしてきた。

 

 「ザフトに入ったという事はあの時の忠告を素直に聞いたらしいな」

 

 「くっ」

 

 アレンはアレックスが捨てたガーネットのシールドを拾うと、グロウ・ディザスターの斬撃を受け止める。

 

 だが、押し込まれ受け止めきれない。

 

 「防御しきれないのか!?」

 

 グロウ・ディザスターのビームサーベルがシールドごとエクリプスを押し込み、左腕があっさり破壊されてしまう。

 

 「礼くらい言ったらどうだ?」

 

 「ぐっ、黙れ!」

 

 アレンが―――いや、アストがザフトに入隊した理由の一つ。

 

 それはユリウス・ヴァリスの忠告があったからだ。

 

 前大戦の最終決戦の地、宇宙要塞ヤキン・ドゥーエ。

 

 あの場で最後にユリウスはアストにこう言ったのである。

 

 ≪一つだけ教えておいてやる。これで終わりではない。むしろこれを切っ掛けに始まると言っていい≫

 

 ≪どういう意味だ?≫

 

 ≪知りたければプラントを―――ギルバート・デュランダルを調べてみるんだな。奴はこの戦争を切っ掛けに何かをするつもりらしいからな≫

 

 ≪ギルバート・デュランダル≫

 

 ≪そしてもう一つ。プラントには俺達と同じような存在がいる≫

 

 ≪なっ!?≫

 

 ≪その気があるなら迎えにいってやるといい≫

 

 アレンは過去の情景を振り払うようにビームライフルでグロウ・ディザスターを狙うが回避されてしまう。

 

 敵機の攻撃をどうにか避けながら、デブリの浮かんでいる方向を目指して移動する。

 

 あそこまでたどり着ければ。

 

 そんなアレンをユリウスはどこか楽しそうに見つめながらビームライフルを構え、エクリプスの回避先を読んで狙撃する。

 

 「ぐっ」

 

 思いっきりペダルを踏み込み、急下降すると今までエクリプスがいた空間をビームが薙ぐように通過した。

 

 「流石だな、アスト」

 

 「何故俺にあんな事を教えた?」

 

 「さあ。単にデュランダルが嫌いだからかな」

 

 グロウ・ディザスターのビームが連続で撃ち込まれ、機体に傷を作っていく。

 

 こんな状態で撃墜されていないのは、ユリウスが全く本気を出していないからだ。

 

 「ふざけるな!」

 

 「ふざけてはいない。本心だ」

 

 ユリウスは背中のドラグーンを一基射出すると側面からエクリプスを狙撃して右足を吹き飛ばす。

 

 「反応が鈍い! これでは……」

 

 操縦桿を動かすが機体の挙動が鈍い。

 

 今までの損傷が響いているのだろう。

 

 とてもではないがユリウスの相手をしながらドラグーンを処理する余裕はない。

 

 だがユリウスはそんなこちらの事情など考慮する筈もなかった。

 

 「そんなもので!」

 

 ディザスターは一気に距離を詰めビームサーベルを一閃、エクリプスシルエットの羽根を斬り飛ばし、蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 「ぐああ! くそ―――ッ!?」

 

 アレンの目に入ったのはグロウ・ディザスターの近くに浮いているデブリだった。

 

 「あれしかない!」

 

 背後から迫るドラグーンにエクリプスシルエットの一部を破壊され、体勢を崩されながらもアレンは近くのデブリに向けビームライフルを撃ち込んだ。

 

 撃ち抜かれたデブリは砕け、周囲の飛び散るとグロウ・ディザスターの進路を阻んだ。

 

 アレンはその隙に生きているスラスターを使い、他のデブリに紛れて後退する。

 

 それを見たユリウスはあえて追わず、エクリプスを見送った。

 

 「ふっ、今日はここまでだな。新型のテストにもなったし、十分だろう」

 

 「大佐!」

 

 「無事か、アレックス、セレネ?」

 

 「はい」

 

 「大佐、奴を―――」

 

 「退くぞ。特にガーネットはかなり酷い状態のようだ」

 

 ガーネットは装甲も落ちてメタリックグレーに戻ってしまっている。

 

 特に背中のスラスターはかなりの損傷だ。

 

 動くこともままならないだろう。

 

 「セレネ、お前の機体は?」

 

 「はい、戦闘は無理ですが、動かすくらいなら問題ありません」

 

 「良し、ガーネットを連れて帰還しろ。輸送艦の方は?」

 

 「確保しています」

 

 「なら他の部隊にも撤退命令を出せ」

 

 「了解」

 

 セレネの返事に頷くと一瞬エクリプス逃げた方を見て笑みを浮かべユリウスもまた母艦のエウクレイデスに帰還した。

 

 

 

 

 デブリの間を縫うように移動するアレンはため息をつく。

 

 機体は酷い状態だった。

 

 VPS装甲は落ち、武装もほとんど失ってしまった。

 

 コックピットには今も異常を知らせる警告音が鳴り響いている。

 

 「上手く逃げられたというか、逃がしてくれたって事か」

 

 少々腹立たしいが、見逃してもらえたのならば今は良しとしよう。

 

 撃沈された輸送艦のクルー達には申し訳ないが、このままプラントに辿り着くのは無理である。

 

 少し早かったが、連絡を入れていたのは丁度良かったかもしれない。

 

 しばらくデブリの間を移動していくと、エクリプスのレーダーに反応がある。

 

 そこには懐かしい形状をした戦艦が待機していた。

 

 どうやら向うもこちらを見つけたらしく、通信が入ってくる。

 

 《久しぶりだね》

 

 茶髪と優しげな笑みは変わっていない。

 

 「久ぶりというか、前に戦場で会っただろう」

 

 《こうして話のは久ぶりじゃないか》

 

 懐かしい会話に思わず笑みが零れる。

 

 アレンは―――いや、アストはヘルメットを取るとモニターに向けて笑みを浮かべた。

 

 「久しぶりだな、キラ」

 

 《うん、お帰り、アスト》

 

 

 

 

 

 現在アークエンジェルは敵部隊の奇襲を受けていた。

 

 スカンジナビアでラクスを降ろしたアークエンジェルはそこでオーブからの帰還命令を受けていた。

 

 本国も例の宣言の為にバタバタしていたらしいが、アークエンジェルを帰還させて情報を集約したいらしい。

 

 命令を受けたアークエンジェルはオーブに向けて発進した。

 

 しかし航行していた所に待ち伏せしていた敵による襲撃を受けたのである。

 

 「くっ、こんな場所で襲撃なんて」

 

 「ムウさんはアークエンジェルの方を!」

 

 「分かった!」

 

 エンジンを吹かせ移動していくアークエンジェル。

 

 その上空からのミサイルが連続で叩き込まれ、艦全体が大きく揺れた。

 

 空中を動き周り、攻撃してきているのはバビと呼ばれる機体である。

 

 AMA-953『バビ』

 

 ディンの後継機として開発された空戦用モビルスーツ。

 

 ディンに比べると重武装、重装甲であるが、強力な推力で同等の機動性を持っている機体である。

 

 そう―――つまり襲撃してきているのはザフトであった。

 

 別にザフトが攻撃を仕掛けてくる事は不思議なことではない。

 

 交渉は続けているらしいが、未だ同盟とプラントは戦争状態なのだから。

 

 ザフト迎撃の為、出撃していたマユは飛び回り攻撃を加えてくるバビをビームサーベルで斬り捨てる。

 

 そんなフリーダムを援護する為、レティシアは背後に回り込んだバビを機関砲で牽制しながら、対艦刀を振り抜き両断。

 

 ビームライフルを撃ち込み、サーベルや斬艦刀で斬り伏せていく。

 

 しかし敵の数は減らずアークエンジェルの進路上に次々とミサイルが撃ち込まれていく。

 

 「くっ、数が多い!」

 

 「ミサイルは俺に任せて敵機の迎撃に集中するんだ!」

 

 「「了解!」」

 

 ムウのセンジンが背中のアータルでミサイルを撃ち落としていく。

 

 だが数が多い為かすべて迎撃はしきれていない。

 

 ならばまずは敵機の数を減らす方が先。

 

 マユはバビを一斉にロック。

 

 全砲門を構え、フルバーストモードで一気に敵を薙ぎ払う。

 

 放たれた何条もの砲撃が正確にバビに突き刺さり、次々と撃ち落としてしていく。

 

 奮戦するマユ達と同じ様にアークエンジェルのブリッジでも同じように対応に追わていた。

 

 「海岸まで持たせて、海中に潜れば逃げられるわ!」

 

 「了解!」

 

 「コリントス撃てぇ!!」

 

 アークエンジェルから発射されたミサイルがバビに直撃する。

 

 だが休む間もなくすぐさま別のバビにより放たれたビームが艦を大きく揺らした。

 

 もう少しで海岸だ。

 

 そこまで行けば―――

 

 しかしそこでアークエンジェルのCICが新たな敵影を確認する。

 

 「あれは……ミネルバ? いえ、同型艦?」

 

 

 

 アークエンジェルを捕捉したフォルトゥナのブリッジではヘレンが指揮を執っていた。

 

 手元の端末を操作するとパイロット達が待機している部屋へ繋ぐ。

 

 「貴方達、準備はいいわね?」

 

 《こっちは問題ないぜ》

 

 《大丈夫です》

 

 部屋に待機していたのはジェイルとセリスである。

 

 二人はI.S.システムの影響を受け、心身に異常が発生していた。

 

 それが適切な処置を受けたおかげで元の状態にまで回復していた。

 

 そしてもう一人。

 

 「リース・シベリウス。貴方の機体はもう少し調整に時間が掛かります」

 

 《……何時出撃できるのですか?》

 

 「調整と言っても大した事はありません。いつでも出られるようにしておいてください」

 

 《……了解》

 

 パイロット達に指示を出し終えたヘレンはブリッジでも戦闘準備を開始する。

 

 「ブリッジ遮蔽。対艦、対モビルスーツ戦闘用意」

 

 ミネルバと全く同じように戦闘体勢に移行していく、フォルトゥナ。

 

 そしてモビルスーツが発進する為にハッチが開く。

 

 「セリス、お前は病み上がりなんだから、無茶するなよ」

 

 「大丈夫。何としてもフリーダムを倒さないと……でないと大切な人達が殺されてしまう」

 

 大切な人と言うのはシンの事だろう。

 

 若干様子がおかしいような気がしたが、彼女は相変わらずだったようだ。

 

 その様子に安堵するとモニターに映った蒼い翼を広げる機体を睨みつける。

 

 フリーダムを落とすというのに一切異論はない。

 

 今までの借りを返す時。

 

 今日こそあの死天使を落とすのだ。

 

 「ジェイル・オールディス、コアスプレンダー出るぞ!!」

 

 コアスプレンダーが発進すると同時に別のハッチが開く。

 

 セリスは久しぶりの操縦桿を強く握った。

 

 「私が倒す。そして守る―――」

 

 守る?

 

 誰を?

 

 一瞬何かが見えたような気がするが、セリスは頭を振って余計な考えを追い出す。

 

 今はフリーダムを倒す事が一番重要な事だ。

 

 他の事は後で考える。

 

 「セリス・シャリエ、セイバー行きます!」

 

 セイバーがフォルトゥナから発進すると、ジェイルのインパルスと共にフリーダム目掛けて突撃した。

 

 

 

 

 マユはバビをレール砲で撃ち落とし、振り向き様にサーベルでもう一機を斬り捨てる。

 

 そこでこちらに向かってきた機体に目を向けた。

 

 ミネルバと似た戦艦から飛び出してきたのは良く知っている機体であるインパルスとセイバーだ。

 

 「こんな時に!」

 

 「マユ、連携で行きましょう」

 

 「はい!」

 

 マユは真っ直ぐに向かってきたインパルスにビームライフルを撃ちこんだ。

 

 その一射をシールドで受け止めながら、インパルスはビームライフルを連射してくる。

 

 「はああああ!!」

 

 「くっ!?」

 

 シールドで弾きながら反撃するマユ。

 

 それを回避しながら突撃するインパルスの前にブリュンヒルデがシールドを掲げて割り込んだ。

 

 「チィ、邪魔なんだよ!!」

 

 立ちふさがる敵機にビームライフルを構える。

 

 だが横から飛び込んできたセイバーがブリュンヒルデにビームサーベルを叩きつけて引き離した。

 

 「こいつは私がやるから、ジェイルはフリーダムを!」

 

 「分かった!」

 

 セイバーによって引き離されたブリュンヒルデを尻目にフリーダムに攻撃を仕掛ける、インパルス。

 

 「前みたいに簡単にやれると思うなァァ!!」

 

 ジェイルはフリーダムの射撃をシールドを使いつつ、確実に防ぎながらビームライフルで反撃していく。

 

 敵の放つ正確な射撃を機体を逸らして避け、ビームサーベルに持ち替えるとフリーダム目掛けて上段から振り下ろす。

 

 マユは振り下ろされた剣撃を機体を仰け反らせて回避、背後から回り込んで袈裟懸けに一閃する。

 

 捉えたと確信するマユだったが次の瞬間、驚愕する。

 

 インパルスはフリーダムのそんな一撃すらも読んでいたかのように横に機体を逸らすだけで容易く避け切ってみせたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 完全にこちらの動きを見切っている!?

 

 ジェイルはダーダネルスで敗れて以降、対フリーダムの訓練を積んできた。

 

 毎日、毎日シミュレーターに座り、フリーダムの動きを研究してきたのだ。

 

 相手が何をしてきても対応できるように。

 

 ジェイルはフリーダム相手に戦える自信を持ってニヤリと笑う。

 

 やれる。

 

 フリーダムと互角に戦う事が出来る。

 

 確かな手ごたえ。

 

 それがジェイルにより勝利を確信させる。

 

 「お前は俺が撃つ!!」

 

 勢いよくフリーダム目掛けて放ったインパルスの斬撃をマユは横に捌きながらビームライフルで狙う。

 

 だが当たらない。

 

 それらすべてシールドで防ぎ、機体を逸らし、反撃してくる。

 

 その気迫と動きにマユは思わず戦慄する。

 

 「このパイロットは!?」

 

 「お前はここでェェ!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾ける。

 

 格段に良くなったインパルスの動きに驚きながらもマユは自身もビームサーベルを振り抜いた。

 

 お互いの剣閃が敵を捉えようと迸る。

 

 シールドで防いだビームサーベルの火花が装甲を激しく照らした。

 

 

 

 

 フリーダムとインパルスの戦い。

 

 その近くではセイバーとブリュンヒルデが攻防を繰り広げている。

 

 レティシアは複雑な軌道でセイバーに接近すると対艦刀を袈裟懸けに叩きつけた。

 

 しかしセリスはそれらを容易く潜り抜けると、ビームサーベルを横薙ぎに振るう。

 

 「反応が速い!」

 

 ずいぶん手強い相手のようだ。

 

 ブリュンヒルデの動きを見切るように、ライフルを構えて撃ちこんでくる。

 

 「目的は貴方じゃない! 邪魔しないで!!」

 

 レティシアはアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲を潜り抜け、機関砲で牽制しながらビームライフルのトリガーを引く。

 

 ブリュンヒルデの放ったビームがセイバーを掠め、装甲を傷つけた。

 

 「強い!」

 

 セリスもまた相手の強さに警戒心を強くした。

 

 流石フリーダムの僚機を務めるだけはある。

 

 「だからって退けない!!」

 

 セリスのSEEDが弾ける。

 

 飛行形態でブリュンヒルデのビームを旋回しながらやり過ごし、再びモビルスーツ形態に変形し、背後からビームサーベルを上段から振り下ろす。

 

 それをレティシアは機体を宙返りさせて、剣撃を回避する。

 

 やはりこのパイロットは手強い。

 

 だが同時にこの動きにはどこかで覚えがあった。

 

 的確にこちらを狙ってくる射撃をシールドで受け止めながら、レティシアはセイバーに接近戦に持ち込み、グラムを逆袈裟に振う。

 

 「貴方は、まさか……」

 

 レティシアが目の前の相手に関して何かを気がついた時―――彼女の直感が嫌なものを感じ取る。

 

 悪寒と言っても良いものだ。

 

 その感覚に従って即座に機体を下降させると次の瞬間、ブリュンヒルデのいた空間を強力なビームが薙ぎ払った。

 

 「今のは……」

 

 レティシアが攻撃が来た方向を見るとそこには一対の翼を持った機体が佇んでいた。

 

 外見はどこか禍々しく、悪魔を連想させるような形状だった。

 

 ZGMFーX90S『ベルゼビュート』

 

 ザフトが開発した対SEED用の新型機。

 

 今までの実戦データから改良を施したI.S.システムを搭載している機体である。

 

 ベルゼビュートのコックピットでブリュンヒルデを見たリースは歓喜に包まれていた。

 

 何故ならようやくアレンに群がる害虫を駆除する事が出来るからだ。

 

 この機体ならそれが容易く可能になる。

 

 「ねえ、レティシア、聞こえてる? 約束果たしに来た」

 

 「貴方は、リース・シベリウス」

 

 「覚えていたならもう何も言わなくてもいいね―――死んで」

 

 ベルゼビュートは翼を広げスラスターを吹かせると、一気に加速してブリュンヒルデに襲いかかった。

 

 その隙にセイバーはフリーダムの方に向かっていく。

 

 しかしレティシアにセイバーを追う余裕はない。

 

 ベルゼビュートの動きが予想よりも遥に速かったからだ。

 

 「速い!?」

 

 レティシアは咄嗟にシールドを掲げてビームソードの斬撃を受け止める。

 

 だが止めた筈のビームソードは容易くシールドを斬り裂いていく。

 

 「力任せに押し込むだけで!?」

 

 ギリギリでソードを横に弾き、横っ跳びで距離を取りつつビーム砲を撃ちこんだ。

 

 しかしベルゼビュートは一切動じた様子も無く、ビーム砲を肩のシールドで簡単に弾き飛ばした。

 

 「ッ!?」

 

 あの機体は危険だ。

 

 レティシアの直感がそう警告を鳴らす。

 

 ここで破壊しなければならない。

 

 「……ねえ、貴方の後はマユを殺さなきゃいけないから、早く死んでよ」

 

 『I.S.system starting』

 

 リースの全身に感じた事も無い感覚が広がっていく。

 

 そのまま操縦桿を押し込むと、ブリュンヒルデ目掛けて襲いかかった。

 

 

 

 

 

 介入してきたベルゼビュートにブリュンヒルデを任せたセイバーはインパルスと共にフリーダムに攻撃を仕掛ける。

 

 インパルスだけでも厄介だったというのに、セイバーまで―――

 

 ムウはアークエンジェルに襲いかかるバビやミサイルの迎撃だけで精一杯だ。

 

 こちらを援護する余裕はないだろう。

 

 レティシアは論外。

 

 見た事も無い新型を相手にしているのだ。

 

 むしろこちらが援護に向かわなくてはならない。

 

 「早く決着を!」

 

 インパルスが振り抜いてきたビームサーベルを潜り抜け、下段から掬いあげるようにビームサーベルを振り上げる。

 

 しかしその直前に割り込んできたセイバーが背後からビームライフルで狙撃してくる。

 

 「くっ」

 

 攻撃を中止し機体を傾けてビームを回避しようと試みるが、かわしきれず肩部の装甲を深く抉られてしまう。

 

 セリスもまたインパルスのパイロットに劣らない正確な射撃だ。

 

 ならばとインパルスを牽制しながら、宙返りして砲門をセイバーに向けて一斉に撃ち出された。

 

 放たれた何条もの砲撃がセイバーに迫る。

 

 「そんな攻撃はもう通用しない!」

 

 セリスは最小限に動きだけで砲撃をやり過ごす。

 

 だが流石フリーダムと言ったところ。

 

 正確な射撃によってセイバーは完全に避けきることが出来ず装甲を掠めて傷をつけられてしまう。

 

 だがそれも大したダメージではない。

 

 セリスの反応が速く捉え切れなかったのだ。

 

 思わず歯噛みするマユに背後からインパルスがビームサーベルを横薙ぎに振るってくる。

 

 「どこ見てんだァァ!!」

 

 迫る一撃にマユもまた叫んだ。

 

 「くっ、まだです!!」

 

 マユのSEEDが弾ける。

 

 インパルスの一撃をシールドで横に弾くと同時に驚異的な速さで頭部と右腕を即座に落とした。

 

 「チッ、やっぱ強いな!」

 

 だがこうなる事は予定通り。

 

 ジェイルは焦る事無く、フォルトゥナに通信を入れる。

 

 「フォルトゥナ! チェストフライヤー、フォースシルエットを!」

 

 《了解!》

 

 ジェイルはセイバーに向き直ろうとするフリーダムに向けて、破壊されたチェストフライヤー分離して射出した。

 

 「セリス!!」

 

 「分かった!!」

 

 フリーダムにぶつかる直前にセイバーの射撃によってチェストフライヤーが破壊され、大きく爆発する。

 

 爆発に巻き込まれたフリーダムは吹き飛ばされ、地面に向けて落下していく。

 

 「うっ!!」

 

 予想外の攻撃に虚を突かれたマユは碌な防御も回避もできない。

 

 マユは歯を食いしばり、地面に落ちる前に体勢を立て直そうと機体を操作する。

 

 そこにセイバーがビームサーベルを構えて振り下ろしてきた。

 

 「はあああああ!!」

 

 眼前に振り抜かれたサーベルが直撃する寸前にシールドを掲げて防御する。

 

 マユは斬撃を受け止めたまま地上に着地、そしてシールドの角度を変え上に向けて弾き飛ばした。

 

 その隙に懐に入り込んでサーベルを一閃、セイバーの右足を斬り飛ばして蹴りを入れた。

 

 セイバーを吹き飛ばしたフリーダムだったが再びコックピットに警戒音が鳴り響く。

 

 「ハァ、ハァ―――ッ!?」

 

 マユが上を見ると新たなチェストフライヤーとフォースシルエットを装備したインパルスが勢いよくビームサーベルを振り下してきたのだ。

 

 「しつこい!」

 

 ビームサーベルが直撃する寸前に上空に逃れるが、見逃すジェイルではない。

 

 即座にスラスターを吹かし、フリーダムを追うと再びサーベルを振りかぶる。

 

 「逃がすかぁぁ!!」

 

 振り下ろされた斬撃をひらりと宙返りして回避するとビームサーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 だが斬撃がインパルスを捉える直前に下方からのビームがフリーダム目掛けて襲いかかった。

 

 ビームライフルを構えたセイバーである。

 

 セリスはモニターを睨みながら正確にライフルのトリガーを引いていく。

 

 損傷したのはあくまで脚部。

 

 戦闘に支障はない。

 

 「あそこで私に止めを刺さなかったのが貴方の敗因!」

 

 「セリスさん、まだ!?」

 

 マユは驚異的な反応で機体を逸らし、シールドを掲げて何とか防御に成功する。

 

 しかしそれはジェイルにとっては絶好のチャンスだった。

 

 「落ちろ!」

 

 背中を見せた敵機にビームライフルを撃ち込む。

 

 その一撃がフリーダムの片翼を吹き飛ばした。

 

 「きゃああああ!!」

 

 襲いかかる衝撃にフリーダムは体勢を崩されてしまう。

 

 マユは頭を振り、さらに攻勢をかけてくる二機を見つめる。

 

 強い。

 

 分かっていた事だがセリスもあのインパルスのパイロットも並ではない。

 

 「負けられない」

 

 マユは自身を奮い立たせ、操縦桿を握り直した。

 

 

 

 インパルスとセイバー相手にフリーダムが追い込まれていたすぐ傍ではブリュンヒルデがベルゼビュート相手に苦戦を強いられていた。

 

 「強い! パイロットも別人のような動き、これは一体?」

 

 レティシアはベルゼビュートに連続でビーム砲を叩き込む。

 

 ビームをたやすく回避したベルゼビュートは懐に飛び込みビームソードでブリュンヒルデの左腕を破壊する。

 

 防ぐ事もできなかった。

 

 シールドが破損していた事もそうだが、機体のパワーが違いすぎるのがその原因である。

 

 「くぅ、まだです!」

 

 レティシアは懐に飛び込んできた敵機に向け、至近距離からビームライフルを撃ち込む。

 

 だがここでもあの機体はレティシアの予想を大きく超えていた。

 

 ベルゼビュートは手の甲から発生させたビームシールドで弾いたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 「そんなもの効かない。もういいよ、目障り」

 

 右腕に肩のビームクロウをスライドさせてマウントすると、腕からさらに強力なビーム刃が発生する。

 

 リースは再びブリュンヒルデの懐に飛び込むとビーム刃を振り抜く。

 

 強力な斬撃が構えたグラムごと右腕を斬り飛ばした。

 

 「ぐぅぅ」

 

 「これで終わり!!」

 

 さらに左肩のビームクロウが振り抜かれ、ブリュンヒルデの胴体を大きく斬り裂いた。

 

 ブリュンヒルデのコックピット内に警戒音が鳴り響くが、機体は一切動かない。

 

 薄れゆく意識の中で彼女は一言だけを呟いた。

 

 「―――アスト」

 

 レティシアの意識はそこで消えた。

 

 ブリュンヒルデは地面に倒れ込み、動きを止めた。

 

 リースは倒れたブリュンヒルデに近づくと残骸目掛けて右腕を振り上げる。

 

 「バイバイ、レティシア」

 

 その時、ムウのセンジンが駆けつけベルゼビュートに攻撃を仕掛けてくる。

 

 「これ以上やらせるか!」

 

 ブリュンヒルデから引き離そうとビームライフルを撃ち込んだ。

 

 だがそれを容易く肩部で弾き飛ばすと、苛立ったようにセンジンを睨みつける。

 

 「……邪魔ァァ!!」

 

 左肩のビーム砲をセンジンに向けて薙ぎ払う。

 

 その強力なビームを機体を旋回させて回避する、ムウ。

 

 だがその隙に肉薄したベルゼビュートはセンジンの足を食いちぎる様にビームクロウで引き裂く。

 

 そしてさらにもう片方のビームクロウで右肩の装甲を大きく抉った。

 

 「ぐあああ! この―――」

 

 「邪魔するから、そうなる!」

 

 続けて振るったビームソードがセンジンの頭部を斬り飛ばす。

 

 完全に体勢を崩したセンジン。

 

 このまま止めを刺そうとしたリースだったが、そこでコックピット内に警報が鳴り響いた。

 

 「何―――ぐっ! システムダウン!? 何で、頭が!!」

 

 まだ機体の調整が不完全だったのか動きが鈍ったベルゼビュートはセンジンを蹴り飛ばすとゆっくりと地面に着地した。

 

 これ以上は動けない。

 

 「でも、まあいいか」

 

 目ざわりな残りの一匹。

 

 フリーダムももうじき仕留められるだろう。

 

 リースは頭痛に頭を押さえながらも、壊れたようにニヤリを笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 フリーダムはインパルス、セイバーからの攻撃を何とか防ぎながらも、アークエンジェルと共に海岸線まで辿り着いた。

 

 「ハァ、ハァ、もう少し!」

 

 ビームライフルを撃ち返したマユの視界に信じられない光景が飛び込んでくる。

 

 それは悪魔のような姿の機体ベルゼビュートによって斬り裂かれたブリュンヒルデの姿だった。

 

 「レティシアさん!!」

 

 まさかレティシアが倒されるなんて―――

 

 さらに近くにはムウのセンジンと思われる機体の一部もある。

 

 ムウもやられてしまったらしい。

 

 あの新型はそれほどの力を持っているのか。

 

 それだけではない。

 

 ミネルバに似た戦艦の艦首砲が光を発している。

 

 「陽電子砲!?」

 

 狙いは―――アークエンジェルだ。

 

 「アークエンジェル!!!」

 

 一瞬だけマユは別の方向へ意識を向けてしまった。

 

 それが彼女の致命的な隙となる。

 

 隙をついたセイバーの一射がフリーダムのビームライフルを叩き落とし、腰のレール砲を破壊する。

 

 その衝撃にバランスを崩した、フリーダム。

 

 「ここだ! フォルトゥナ、ソードシルエット!!」

 

 ジェイルは射出されたソードシルエットを装備する事無く、そのまま掴むとビームブーメランを海面を進むフリーダム目掛けて投げつけた。

 

 曲線を描きながらフリーダムを狙って進む刃。

 

 それに気がついたマユは咄嗟の反応でシールドを前に出すと何とか防ぐ事に成功する。

 

 「ここ!!」

 

 だが背後から撃ち込まれたアムフォルタスプラズマ収束ビーム砲の一撃が海面に直撃。

 

 激しい水蒸気を発生させ、マユの視界を塞いだ。

 

 その隙にエクスカリバーをセイバーにも投げ渡すと、ジェイルはそのまま突撃した。

 

 「うおおおおおおお!!!!」

 

 「これで今度こそ!!」

 

 「ッ」

 

 その突撃に気がついたマユはなんとか回避しようとする。

 

 しかし側面から迫ってきたセイバーがエクスカリバーを叩きつけ、フリーダムのシールドごと左腕を斬り捨てた。

 

 「これでぇ!!」

 

 さらに返す刀で背中目掛けて斬撃を振るってくる、セイバー。

 

 「くぅ、この!」

 

 マユは残った右腕でビームサーベルを引き抜くと逆袈裟に振り上げ、エクスカリバーを叩き折り、そのままセイバーを斬り裂いた。

 

 「きゃあああ!」

 

 エクスカリバーがあった為にセイバー本体の損傷は浅かったが、もう戦えない筈だ。

 

 このまま離脱を―――

 

 「セリスをよくもぉぉ!!」

 

 落されたセイバーを見たジェイルは咆哮を上げて操縦桿を押し込み、さらに機体を加速させた。

 

 マユは眼前まで迫ってきた刃を回避しようと機体を上昇させようとするが、遅すぎた。

 

 「しまっ―――」

 

 「これでぇぇぇぇ!!」

 

 加速したインパルスの刃がフリーダムの肩に突き刺さると、ジェイルは袈裟懸けに振り抜いて胴体を斬り裂いた。

 

 

 「消えろォォォォォ、死天使ィィィィィ!!!!」

 

 

 同時にフォルトゥナのタンホイザーがアークエンジェルに向けて発射される。

 

 

 発射された閃光がアークエンジェルを狙って一直線に進むと、直後凄まじい爆発が引き起こされた。

 

 

 マユの視界が光に覆われ―――すべてが白く包まれた。




機体紹介2更新しました。
グロウ・ディザスターのイメージはサザビー、ベルゼビュートのイメージはエピオンかな。


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第35話  新しき刃

 

 

 

 宇宙を漂うデブリの中、一隻の戦艦が静かに航行していた。

 

 中立同盟軍所属の戦艦ドミニオンである。

 

 テタルトスとの戦闘から離脱しドミニオンに合流したアストは格納庫で自身の機体を見上げていた。

 

 エクリプスは先のテタルトスとの戦闘で大破に近い損傷を受けてしまった。

 

 これは修復に結構な時間が掛かってしまうだろう。

 

 気になる事もあるというのに。

 

 「アスト、どうしたの?」

 

 アストが難しい表情をしていたのに気がついたのか、キラが問いかけてくる。

 

 「いや、ちょっとな」

 

 「それにしても派手にやられたね」

 

 「ああ、この程度で済んだのは奴がまったく本気を出していなかったからだよ」

 

 あの新型であればあっさりこちらを撃墜してしまう事も出来た筈だ。

 

 にも関わらず無事だというのはユリウスに見逃されたという事である。

 

 思う所がない訳ではないが、それはいい。

 

 生き延びる事が出来たというのが重要なのだから。

 

 それよりも問題は再びあの機体や同等の性能を持つ敵と戦うとなるとかなり厳しいという事だ。

 

 「キラ、新型の方はどうなっている?」

 

 「今、ヴァルハラで調整が進んでるよ。それよりアスト、色々話が聞きたいんだけど」

 

 確かに今の内に情報共有をした方が良い。

 

 「そうだな、じゃあブリッジに行こう」

 

 「服着替えないの?」

 

 アストの服は未だにザフトの赤服のままだ。

 

 些か目立ってしまうが、それは我慢しよう。

 

 まだやらねばならない事はある。

 

 「ああ、それは後だ。それに少し気になる事がある。情報共有した後、もう一度地球に降りるつもりだ」

 

 「地球に?」

 

 キラは重ねて質問しようとしたが、丁度ブリッジに着いてしまった。

 

 後で聞けばいいかと思い直すとキラはそのまま中に入った。

 

 「お久しぶりです、ナタルさん」

 

 艦長席に座っている黒髪の女性、ナタル・バジルールに近づいた。

 

 やや髪は伸びているようだが、それ以外は変わった様子は無い。

 

 「ああ、そちらも元気そうだな」

 

 「ええ、まあ何とか」

 

 挨拶もそこそこにキラ達の話を聞く。

 

 敵の実験機の奪取。

 

 テタルトスと合同で行った『アトリエ』と呼ばれる施設に対する作戦。

 

 一通りの話を聞かされるとアストは納得したように頷く。

 

 アスランが言っていたのはこの事だったのだろう。

 

 「それで手に入れたデータというのは?

 

 「一部が破損していた所為で復元に時間がかかっているが、現在読み取れたのは『Dプラン』という名前だけだ」

 

 「『Dプラン』」

 

 デュランダルが進めようとしているものの名前だろうか。

 

 だがこれは何かの手掛かりになる。

 

 「アスト、君の方は?」

 

 「ああ、まずセリス・ブラッスール、彼女はプラントにいた」

 

 「ッ!?」

 

 「そうか、やっぱり」

 

 キラ達も調査の過程でセリスの名が乗ったリストを発見したらしい。

 

 「一応顔を見せたが覚えていなかった。面識はなくとも俺の顔は知ってはいた筈だ」

 

 「じゃあ、彼女は記憶を」

 

 「おそらくは」

 

 今はミネルバに配属され、I.S.システムの影響で意識不明の状態である事を説明する。

 

 「I.S.システム、そんなものまでザフトが開発していたとはな」

 

 「ええ。アスト、そのシステムは―――」

 

 キラの言葉を遮る様に甲高い音が鳴る。

 

 どこからか通信が入ってきたのだ。

 

 受け取った通信士が驚いたようにナタルを呼び寄せる。

 

 「艦長、これを!」

 

 「どうした?」

 

 通信を受け取ったナタルは神妙な顔でこちらを見た。

 

 それだけで良くない知らせである事は分かる。

 

 「……アークエンジェルがザフトからの襲撃を受け、甚大な被害を被ったそうだ」

 

 「アークエンジェルが!?」

 

 「攻撃を仕掛けたのは、どこの部隊か分かりますか?」

 

 「まだ詳しい情報は入っていないが、交戦したのはザフトの新造戦艦と新型モビルスーツらしい」

 

 新造戦艦となるとレイが転属になった戦艦だろう。

 

 それに新型モビルスーツ。

 

 ミネルバからアストを引き離して宇宙に上がる様に指示したのはこの事を伏せる為。

 

 そして今回のテタルトスの待ち伏せ―――

 

 「ナタルさん、モビルスーツを一機貸して貰えませんか? 地球に降ります」

 

 「アスト!?」

 

 「お願いします」

 

 しばらく考え込んでいたナタルだったがすぐに頷いた。

 

 「分かった」

 

 「ありがとうございます!」

 

 アストはすぐにブリッジから飛び出すと、格納庫に向かって走り出した。

 

 良くない予感を振り払うように。

 

 

 

 

 地球軍宇宙要塞『エンリル』

 

 『ウラノス』と同じく前大戦後に建設された宇宙要塞の一つである。

 

 『ウラノス』とはほぼ反対の位置にあるこの要塞はマクリーン派、つまりは反ロゴス派が拠点として使用していた。

 

 現在『エンリル』周辺は何時ロゴス派が攻めて来ても良いように、モビルスーツや戦艦が順次哨戒を行っており、厳しい警備が敷かれている。

 

 その周辺では一機のモビルスーツがデブリを潜り抜けながら、飛びまわっていた。

 

 二枚の羽根をつけ、背中には二基の砲身が見える。

 

 散乱した岩の間を背中のスラスターを噴射させ、速度をつけて潜り抜けいく。

 

 その間に危うげな場面は一度も無く、優雅ともいえる動きですべてのデブリを抜け切った。

 

 パイロットの腕も尋常ではないが、それに追随できる機体もまた普通ではない。

 

 ダークブルーを基調としたその機体のコックピットに座っていたのは仮面をつけた男、ネオ・ロアノーク、いやラルス・フラガであった。

 

 機体の状態をチェックしながら、挙動を確認する。

 

 《ネオ、機体の調子はどうか?》

 

 「はい、特に問題もありません」

 

 モニターに映ったグラントにネオは珍しく高揚したように答える。

 

 どうやら思った以上に機体性能が高く、彼も驚いているようだ。

 

 GAT-X000『エレンシアガンダム』

 

 マクリーン派がオーブから奪取したSOA-X05を基に開発した機体である。

 

 オーブの研究者であるローザ・クレウスが開発に関わっていただけあって基本スペックは非常に高く、核動力を搭載している為にパワーダウンも起きない。

 

 背中の部分は連合の機体共通のストライカーパックが装備可能となっている。

 

 「しかし、まさかコーディネイターまで引きこんでいたとは思いませんでしたよ」

 

 元々奪取されたSOA-X05は組み立て途中の未完成な機体であった。

 

 これを完成させる為にグラントは技術者を集め、行き場のないコーディネイター達も受け入れていた。

 

 それだけに反ロゴス派の技術力は高くなっており、他の新型機も開発中である。

 

 《私は生まれに拘ってはいないさ。使える者は使う、それだけだよ。それより、君に極秘任務だ》

 

 グラントの真剣な表情にネオもまた気を引き締める。

 

 この状況で極秘任務とは、よほどの事があるのかもしれない。

 

 《あの機体と一緒に地球に降下してほしい》

 

 「……どういう事ですか?」

 

 《幾つか気になる事があってな。ザフトの……ミネルバが妙な動きをしている》

 

 ミネルバ。

 

 ネオにとっては因縁の戦艦だ。

 

 自然と体が強張るように固くなる。

 

 「どういう事ですか?」

 

 《……ルシア達の部隊がいる方向に近づいているらしい》

 

 「ルシア達の?」

 

 《うむ。だがザフトからは何の通達も無い》

 

 現在、反ロゴス派はザフトと協力関係にある。

 

 その為、今はジブラルタルに戦力を集めロゴス派の拠点であるヘブンズベースを落す準備が進められている。

 

 だから何かしらの作戦行動を取る場合は連絡が来るはず。

 

 にも関わらず連絡も無くミネルバがルシア達に近づいているとなると何かがあるのは間違いないだろう。

 

 「了解です」

 

 ネオは急ぎ地球に降下する為に『エンリル』に帰還した。

 

 

 

 

 デストロイを撃破したアオイ達は即座にその場を離れて部隊と急ぎ移動していた。

 

 理由はいくつかある。

 

 中でも自分達がファントムペインであったというのが一番大きい。

 

 これまで様々な作戦をこなし、ミネルバとも何度も相対してきた。

 

 いかに反ロゴス派であるとはいえ、あの場に留まっていたら諍いの元にもなりかねない。

 

 だからアオイ達は事後処理を別部隊に任せ、急ぎ移動しているという訳である。

 

 「大佐、これからどこに向かうのですか?」

 

 アオイはルシアの部屋で仕事を手伝いながらこれからの事を尋ねる。

 

 仕事といっても精々データ整理くらいしかできる事など無いのだが。

 

 「マクリーン中将が指揮している部隊の大半はヘブンズベースを攻略する為、ジブラルタルに向かう事になるでしょう」

 

 ヘブンズベースは大西洋北部アイスランド島にある地球連合軍の最高司令部である。

 

 現在ここに各地から追われたロゴスの幹部達が集結しているという情報が入っていた。

 

 ザフト、反ロゴス派はこのヘブンズベースを落とす為に戦力を集結させている最中だ。

 

 「俺達は……」

 

 「命令次第でしょうね。おそらくは別行動を取る事になるだろうけど」

 

 自分達の立場からすれば当然か。

 

 しばらく黙々と作業を進め、キーボードを叩く音だけが部屋に響く。

 

 アオイはこのまま黙って作業するのもなんか気まずいと適当に話題を振る事にした。

 

 「大佐はなんで軍に入ったんですか? やっぱりマクリーン中将のためですか?」

 

 「……それもあるけどね。後は身を守る術を身につける為というのもあったけど、兄を、ラルスを助けたかったというのが一番の理由ね」

 

 「それって……」

 

 「知っての通り、兄のラルスは体がね。今でこそある程度は問題なくなったけど、薬の服用はしないといけないから」

 

 そんな素振りは見せなかったが、体が問題無くなった訳ではないらしい。

 

 彼女はそんな兄が心配だったという事だろう。

 

 何と言うか親近感が持てる。

 

 アオイも同じ理由で地球軍に志願したからだ。

 

 そこでもう一つ聞きたい事が出来た。

 

 「あの、大佐の体はどうなのですか?」

 

 やや心配気味に言うアオイに穏やかな笑みを浮かべる、ルシア。

 

 「私は幸い体の方に問題は無かったわ。でも心配してくれてありがとう、少尉」

 

 「いえ」

 

 「貴方は何で軍にって聞くまでも無かったわね。家族の為でしょう?」

 

 「ええ。そして今は仲間の為です」

 

 今度こそと拳を強く握る。

 

 守ると言いながら自分の力不足で守れなかった事もある。

 

 アウルやステラも死なせてしまった上にラナはロゴス派のエクステンデットになっていた。

 

 まだまだ未熟。

 

 この仕事片付いたら、訓練しなければ。

 

 その時、ドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。

 

 ルシアが仮面をかぶると「入れ」と声を掛ける。

 

 「失礼します! 大佐、後方から戦艦が接近してきています!」

 

 「どこの戦艦だ?」

 

 「それが……ミネルバです!」

 

 「ミネルバが!?」

 

 アオイが思わずルシアの顔を見る。

 

 何かしらの連絡を受けていたのかと思ったのだ。

 

 だがルシアは軽く首を横に振ると、即座に指示を飛ばした。

 

 「すぐブリッジに上がる。少尉、念の為、何時でも出られるように機体で待機しておけ」

 

 スティングはメンテナンスの為に動けず、さらにスウェンの機体は整備中だ。

 

 仮に戦闘になれば戦えるのはアオイのイレイズMk-Ⅱとルシアのフェール・ウィンダムしかいない。

 

 アオイはすぐに頷くと格納庫に向って走り出した。

 

 

 

 

 デストロイを撃破したミネルバはすぐに別の命令を受けていた。

 

 休息も無くすぐに別の任務とはこの艦らしいといえばらしいのだが、今回の任務は流石に首を傾げてしまう。

 

 与えられたのは『逃げたロゴス派の部隊を追撃せよ』というもの。

 

 配備されたルナマリアのグフも中破している以上、戦力はインパルスのみ。

 

 そんな状態で追撃戦など無謀である。

 

 当然異を唱えようとしたタリアだったのだが、上層部の返答に言葉を無くしてしまった。

 

 特務隊デュルク・レアードとヴィート・テスティの二人が新型や率いている部隊とミネルバで任務を行うと通達がきたのである。

 

 これで戦力的な問題は解決され、断る事もできない。

 

 デストロイに関する後処理を他に引き継ぎ、特務隊が率いる部隊と合流したミネルバは敵の追撃を開始した。

 

 そしてパイロットスーツに着替えたシンはルナマリアと二人、待機室で出撃の時を待っていた。

 

 ルナマリアは機体の修理が間に合わない上に、怪我の為に今回の出撃を見合わせる事になっている。

 

 「ホント、人使い荒いよね。休む間もなく次の任務なんて」

 

 「……これが終われば少しは休めると思うけど」

 

 「どうしたのよ、何か気になる事でもあるの?」

 

 「えっ、いや、何でもないよ」

 

 シンが思い返していたのはデストロイに搭乗していたらしいラナの事だ。

 

 ブルデュエルからもラナの声が聞こえてきていた。

 

 戦場で聞こえてきた彼女の言葉。

 

 ≪私の家族を、マサキおじさんを、大切な人達を殺したお前達を絶対に許さない!!≫

 

 シンの心に痛みが走る。

 

 再び彼女と戦う事になったら―――

 

 それにもう一つ、あの黒いフェール・ウィンダム。

 

 マユに恨みを持っていると言ってたけど、アイツは何者なのだろう。

 

 考え事をしていたシンにの下にブリッジから通信が入ってくる。

 

 《シン、敵と思われる戦艦を確認したわ。準備して》

 

 「了解」

 

 「シン、無茶したら駄目よ」

 

 「分かってるよ。何かセリスみたいだな」

 

 「そうかもね。セリスの代わりに言っておかないと。アンタが無茶すると、あの子に「何で止めなかったの!」って怒られそうだし」

 

 ルナマリアの似てないモノマネと確かにセリスが言いそうな言葉に笑いが込み上げる。

 

 お互いに笑いを堪えられずに噴き出した。

 

 ルナマリアのおかげで随分リラックスできた。

 

 笑みを浮かべて頷くとそのまま格納庫に向かい、コアスプレンダーに乗り込む。

 

 今回はロゴス派の追撃だ。

 

 デストロイであれだけの被害をもたらした彼らを放ってはおけない。

 

 気持ちを切り替えると、フットペダルを踏み込んだ。

 

 「シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!!」

 

 ミネルバから出撃したコアスプレンダーが射出されたパーツと合体、インパルスになりフォースシルエットを装備する。

 

 モニターの正面には地球軍ハンニバル級がいる。

 

 アレがロゴス派の母艦なのだろう。

 

 そこに二機ほど新型と思われる機体がインパルスの横についた。

 

 ZGMFー120D『シグーディバイド タイプⅢ』

 

 対SEED用として開発された機体。

 

 名前はシグーディバイドとなっているが基になっているのはシグルドである。

 

 標準でI.S.システムを搭載。

 

 背中のウィングスラスターはデスティニーインパルスで得られたデータを基に改良を加えたもので、量産化に伴いやや性能が落としてある。

 

 だがそれでも十分すぎるほどの加速性能を有していた。

 

 「聞こえているか、シン・アスカ?」

 

 モニターに映ったのは特務隊隊長デュルク・レアードだった。

 

 表情を変えず、淡々とした口調で言ってくる。

 

 その様子はあの白衣の連中を思い出す。

 

 嫌な事を思い出したと首を振ると返事を返した。

 

 「……はい」

 

 「これより作戦を開始する。我々の任務は敵の殲滅だ。遠慮はいらない。思いっきりやれ」

 

 「あの、降伏勧告は……」

 

 「必要ないだろ。奴らはロゴス派だ。デストロイで連中がした事を見ただろ。あんな事をする奴らが大人しく降伏なんてする筈がない」

 

 ヴェート・テスティが口を挟んでくる。

 

 言いたい事は分かる。

 

 シンもあれだけの惨事を引き起こした連中に遠慮するつもりは毛頭なかった。

 

 だがここでシンはアレンやハイネに言われた事を思い出していた。

 

 『力を持つ者の責任を自覚しろ』そう言われたあの時の事を。

 

 シンが意を決して二人に進言しようとした瞬間、敵母艦から一機のモビルスーツが飛び出してきた。

 

 「あれは……イレイズ!?」

 

 という事はアオイだ。

 

 ではあの戦艦はロゴス派ではないという事になる。

 

 「敵が出て来たな。これより攻撃を開始する!」

 

 「なっ!? ちょっと待ってください!! アオ―――いえ、あの機体はロゴス派じゃない! デストロイ戦でも一緒に戦って―――」

 

 「それは関係ないな。あれはロゴス派で、殲滅せよと命令が出た。それで十分だろう」

 

 「何言って!」

 

 「隊長、俺から行きますよ」

 

 ヴィートのシグーディバイドのウイングスラスターから光が放出され、翼を形成した。

 

 そして腰に装着されている対艦刀『ベリサルダ』を引き抜くと両手に構えて一気に加速する。

 

 速い!

 

 シンの目の前で凄まじい加速でイレイズに向かっていく、シグーディバイド。

 

 「くっそぉぉ!!」

 

 それを追うようにシンもスラスターを吹かして追尾する。

 

 そんなシンの姿をデュルクは観察するように鋭い視線で見ていた。

 

 

 

 ミネルバからモビルスーツが出撃したのを確認したアオイはゼニスストライカーを装備して外に出る。

 

 《少尉、こちらからは攻撃するな》

 

 「了解!」

 

 相手の目的が不明な以上は迂闊に手は出せない。

 

 下手に手を出せば、それを攻撃理由にされる可能性もある。

 

 アオイはザフトの目的を明らかにする為に通信を入れようとした、その時だった。

 

 インパルスの横に並んでいたザフト特有の造形を持った機体が背中の翼から光を放出しながら突っ込んでくる。

 

 攻撃してくるつもりか!

 

 だがこちらからは撃てない。

 

 あっという間にイレイズに接近してきたシグーディバイドは両手に構えた対艦刀を振り抜いてくる。

 

 「くっ」

 

 機体を流しながら対艦刀の連激を捌く。

 

 だが敵機は逃がさないとばかりにそのまま下がろうとしたイレイズ目掛けて上段から袈裟懸けに叩きつけてくる。

 

 速い!

 

 機体の動きが速過ぎる。

 

 何時までも捌くのは無理だ。

 

 「ザフト機、なんで俺達を攻撃する!? 俺達はロゴス派じゃない!!」

 

 アオイは何とか対艦刀の切っ先を避けながら通信機に向かって叫ぶ。

 

 「関係無いな。お前、アオイ・ミナトだろ?」

 

 「なっ」

 

 こちらを知っている?

 

 どういう事だ?

 

 「当たりか。なら消えて貰うぞ!!」

 

 さらに勢いよく加速してくるシグーディバイド。

 

 応戦せずに避けているだけは無理だ。

 

 アオイはそのままビームライフルを構えて、トリガーを引く。

 

 しかし、敵機はそれらをあまりに容易くすり抜けるように回避すると再び対艦刀を構えて突っ込んできた。

 

 振り抜かれた対艦刀にシールドを掲げて受け止める。

 

 だが、次の瞬間アオイは驚愕した。

 

 シグーディバイドの放った斬撃は凄まじい衝撃と共にシールドごとイレイズを吹き飛ばしたのだ。

 

 「何!?」

 

 受け止める事もできなかった。

 

 まともに受ければそれだけでシールドを破壊されてしまう。

 

 そうなれば丸裸も同然だ。

 

 あれだけの攻撃力を持つ相手にそれは無謀すぎる。

 

 アオイは体勢を立て直すと背中のスヴァローグ改を跳ね上げてシグーディバイド目掛けて撃ち出した。

 

 砲身から撃ち出された閃光がシグーディバイドに迫る。

 

 だが敵機は回避する素振りも見せず、左腕を突き出すとビームシールドが展開され閃光は容易く弾かれた。

 

 「そんな物が通用すると思うなよ!」

 

 「くっ」

 

 シグーディバイドが対艦刀からビームライフルに持ち替え、トリガーを引くと放たれた強力なビームがイレイズの装甲を深々と抉っていく。

 

 このまま守りに入ったら、確実にやられる。

 

 かといって距離を取ってもあのシールドで弾かれてしまうだろう。

 

 ならばリスクは高いが接近戦しかない。

 

 アオイは覚悟を決めてネイリングを抜くとシグーディバイドに斬りかかった。

 

 しかし今度は横から強力なビームが迫ってくる。

 

 「別方向から!?」

 

 アオイは目一杯操縦桿を引きスラスターを吹かして、後退する。

 

 「間に合え!」

 

 だが一瞬遅かった。

 

 通り過ぎたビームが、イレイズのライフルを掠めて破壊してしまう。

 

 破壊されたライフルを投げ捨て、ビームが来た方向を見るとデュルクのシグーディバイドがビームランチャーを構え、こちらを狙っていた。

 

 「もう一機!?」

 

 《少尉、私も出る! もう少し持たせろ!》

 

 「大佐は来ては駄目です! ここは俺が何とか引きつけますから、その間に艦を指揮して撤退してください!」

 

 デュルクの機体がイレイズの背後に回り込み、振り抜かれたベリサルダの一撃を弾きながら叫ぶ。

 

 ここで仮にルシアがやられてしまえば、艦の指揮を取る者がいなくなる。

 

 そうなれば一気に殲滅されてしまうだろう。

 

 それにどうもこいつらの狙いは、俺らしい。

 

 ならばここで引きつける!

 

 「急いで後退して!」

 

 ビームライフルを旋回してやり過ごし、側面からネイリングをシグーディバイドに振り抜いた。

 

 だがそれも通用しない。

 

 敵機はネイリングの切っ先を機体を横に逸らすだけで回避したのだ。

 

 だがそこで動きを止めない。

 

 左右からシグーディバイド目掛けて振り下ろす。

 

 それらの攻撃を回避しながらデュルクは素直に感嘆の声を上げる。

 

 「なるほど、良い腕だ。議長が警戒するのも分かる」

 

 デュルクは再度振るわれたイレイズの斬撃をビームシールドで弾き、同時にビームサーベルを抜くとネイリングの斬撃に合わせて叩きつけ半ばから叩き折った。

 

 「くそ!」

 

 「だが相手が悪かったな」

 

 そのままイレイズに殴りつけ、バランスを崩した所に蹴りを叩き込む。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「これで終わり!」

 

 止めを刺すためにヴィートが背後からベリサルダを横薙ぎに振り払ってきた。

 

 「まだだぁ!!」

 

 アオイはフットペダルを踏み込んでスラスターを吹かし、宙返りするとベリサルダをやり過ごした。

 

 「かわしただと!?」

 

 驚くヴィートを尻目にアオイは背後からビームサーベルを構えて振り下ろす。

 

 だがそれも届かない。

 

 シグーディバイドは驚くべき速さでビームサーベルを回避すると、別方向から迫ってきたもう一機がベリサルダを振り抜く。

 

 アオイは何とかシールドを掲げる事に成功する。

 

 しかしそれでも防ぐ事が出来ず、ベリサルダの斬撃はイレイズのシールドを真っ二つに斬り裂いた。

 

 不味い。

 

 アオイは咄嗟の判断で破壊されたシールドを投げつけて距離を取った。

 

 「粘るな、だがそれも何時まで続くかな」

 

 「ハァ、ハァ」

 

 速い。

 

 パワーも違うし、パイロットの腕も一流。

 

 絶望的な状況だ。

 

 だがまだ母艦は逃げきれていない。

 

 「まだやられないぞ」

 

 せめて大佐達が逃げ切るまでは!

 

 アオイは残ったネイリングを構えると二機のシグーディバイドに向かって突っ込んでいった。

 

 

 

 

 この状況をミネルバのブリッジで見ていたタリアは訝しむように呟いた。

 

 「おかしいわね」

 

 そんな呟きを聞いていたのか、アーサーが口を挟んでくる。

 

 「艦長? まあ確かにあの機体は先のデストロイ戦でも味方として―――」

 

 「それもあるけど、後方に待機している部隊はどうなってるの?」

 

 「動きありません」

 

 やはりおかしい。

 

 何故他のモビルスーツは動かない?

 

 あの新型だけですべてやってしまうつもりなのだろうか。

 

 だとしたらミネルバと合同で作戦を行う必要はないはず。

 

 何かある。

 

 このタリアの考えは当たっていた。

 

 

 

 

 

 攻防を繰り返す三機。

 

 だが明らかにシグーディバイドの方が圧倒的に押している。

 

 イレイズは所々に傷を作り、武装も破壊されていく。

 

 それを見ながらシンは操縦桿を強く握った。

 

 「何やってるんだ、シン・アスカ! お前も撃て!」

 

 「だから待てよ! さっきアオイはロゴス派じゃないって言ってただろう! それに何でアンタ達がアオイの事を知ってるんだよ!?」

 

 言い返すシンにヴィートは呆れたようにため息をつく。

 

 その態度に苛立つシンだったが、ヴィートの言葉は予想外のものだった。

 

 「隊長、イレイズはそう時間もかからず落とせるし、もういいでしょう?」

 

 「そうだな」

 

 デュルクの声はゾクリと背中が寒くなるほど冷たい声だった。

 

 一体何をする気だ?

 

 「全機に告げる、作戦開始だ」

 

 デュルクが命令した瞬間、突然後方にいた部隊から砲撃が始まった。

 

 目標は―――ミネルバ。

 

 「後方コンプトン級より砲撃、本艦に急速接近!」

 

 その報告を聞いたタリアは叫んだ。

 

 「スラスター全開、回避!!」

 

 ミネルバがメインスラスターを吹かして前に出ると直後に砲撃が地面に突き刺さる。

 

 爆煙と共に発生した衝撃にミネルバの船体が大きく揺れた。

 

 「きゃあああ!」

 

 「うあああ!!」

 

 メイリンとアーサーの声がブリッジに響き渡る。

 

 何とか回避できたミネルバだったが、状況を把握する暇も無く、次々と砲撃が降り注ぐ。

 

 攻撃をしているコンプトン級はレセップスを上回る艦体規模を持つ大型陸上戦艦である。

 

 当然搭載しているモビルスーツの数も多い。

 

 今はまだ艦からの砲撃のみだが、これでモビルスーツまで出てきたら―――

 

 そんなタリアの悪い予感は当たる。

 

 「コンプトン級からモビルスーツの出撃を確認、『バビ』です!」

 

 「か、艦長」

 

 アーサーが戸惑ったようにこちらを見てくる。

 

 どうするべきか判断できないのだろう。

 

 だが迷っている暇はない。

 

 タリアは即座に決断する。

 

 「トリスタン、イゾルデ照準!」

 

 「か、艦長、それは―――」

 

 「詮索は後よ! ここを切り抜けなければそれを知る間も無く撃沈されるわ!!」

 

 反撃しなければミネルバはあっという間に撃沈されてしまうだろう。

 

 生き延びる為にはやるしかない。

 

 「り、了解!!」

 

 タリアは焦りを隠す余裕も無く指示を飛ばし、迎撃を開始する。

 

 攻撃される母艦を見ていたシンは驚愕した。

 

 「ミネルバ!!」

 

 ミサイルや砲撃により、爆煙に包まれるミネルバ。

 

 いや、そんな事は後だ。

 

 今はミネルバに群がるバビを排除しないと。

 

 シンはミネルバの援護に向かおうとするが、そこにヴィートのシグーディバイドが割り込んでくる。

 

 「どこ行くんだよ!」

 

 「くっ、邪魔だァァ!」

 

 ビームライフルでシグーディバイドを攻撃する。

 

 しかし放ったビームは敵機に届く事無く、手元のシールドで弾かれてしまう。

 

 そのままベリサルダをインパルス目掛けて振り抜いてきた。

 

 アオイと特務隊との戦いを見ていたシンはシグーディバイドの性能を理解していた。

 

 あの機体の性能は明らかにインパルスを超えている。

 

 アレをまともに受けては駄目だ!

 

 横薙ぎに胴目掛けて振るわれる対艦刀をシンは予想もつかない方法で回避する。

 

 対艦刀がインパルスを捉える瞬間、胴と脚部が分離しその刃をやり過ごしたのだ。

 

 「なんだと!?」

 

 捉えたと思った瞬間、空を斬り驚いたのはヴィートだった。

 

 まさかあんな方法でこちらの攻撃をかわすなんて。

 

 「ヴィート、後ろだ!」

 

 「ッ!?」

 

 デュルクの声に咄嗟に振り向いたヴィートはビームシールドを展開して防御する。

 

 インパルスから放たれたビームを弾くと同時にヴィートは苛立つように舌打ちした。

 

 攻撃をかわしたシンに対してではない。

 

 苛立ったのはあくまでも敵を甘く見て、油断をした自分に対してだ。

 

 「甘く見ていた。だがもうそう簡単にいくと思うなよ!」

 

 ヴィートはビームライフルを構えてトリガーを引き、その攻撃をシールドで防ぎながらシンもライフルを撃ち返す。

 

 だが、シグーディバイドの動きは速い。

 

 翼を広げて加速する敵機の速度やパワーは明らかに従来の機体を上回っている。

 

 間違いなくフリーダム以上だろう。

 

 自分と互角に戦えるアオイがあそこまで一方的に追い込まれる訳だ。

 

 敵機をライフルで牽制しつつ、シンもアオイと同じ様に疑問をぶつける。

 

 「何で、何で俺達を攻撃するんだよ!」

 

 だがその返答はあまりに冷たいものだった。

 

 「命令だ。後の事は知らない」

 

 小型ビームガトリング砲をシールドで防ぎながらもシンは困惑する。

 

 命令―――

 

 「だからさっさと落ちろよ!」

 

 シンは沸騰するほどの怒りを感じていた。

 

 「さっさと落ちろだって!」

 

 今もミネルバはバビや撃ち込まれる攻撃で追い込まれている。

 

 あれでは艦の被害も相当なものだろう。

 

 あのままでは沈む。

 

 そんな事させるか!

 

 

 「―――ふざけるなァァァァ!!!」

 

 

 SEEDが弾ける。

 

 視界が開けると同時にシンはビームサーベルを構えてシグーディバイドに斬りかかった。

 

 「はあああああ!!」

 

 動きの変わったインパルスにヴィートは油断する事無く、誘導するようにビームライフルを撃ちかける。

 

 それらを構う事無くシンは突撃する。

 

 旋回しながらビームをやり過ごすと側面から横薙ぎにサーベルを斬り払う。

 

 殺った!

 

 シンはそう確信する。

 

 少なくとも損傷を与える事は出来たはず。

 

 しかし、放った斬撃が敵機を捉える事無く、空を切った。

 

 「なっ!?」

 

 かわした!?

 

 シグーディバイドは機体を沈みこませてシンの放ったサーベルを回避して見せたのだ。

 

 ヴィートが回避できた要因はいくつかある。

 

 機体の性能差やビームライフルでインパルスの動きを誘導し攻撃を予測しやすくしていた事、そしてヴィートの技量。

 

 これらが合わさってシンの斬撃をかわしきったのである。

 

 ヴィートはさらにインパルスの胴に蹴りを入れて引き離すと、その隙にベリサルダを構えて突っ込む。

 

 払うように叩きつけられた一撃が体勢を崩したインパルスの右足を斬り裂いた。

 

 「やっぱり流石だな。今ので仕留めるつもりだったんだけどな!」

 

 足だけで済んだのはまさにシンの技量の高さ故だ。

 

 並のパイロットでは先の一撃で終わっていたに違いない。

 

 「流石は特務隊ってことかよ!!」

 

 至近距離からのビームランチャーをバレルロールで避けながら思わず毒づく。

 

 そこでシンは気がついた。

 

 ミネルバ、アオイ共にかなり追い込まれている。

 

 特にミネルバは限界だ。

 

 援護に行かなければ落される!

 

 「くっそォォォォ!!!」

 

 胸中の焦りを吐き出すようにシグーディバイドに向けてビームライフルで狙撃する。

 

 だが引き離せない。

 

 このままでは―――

 

 その時―――ミネルバに付きまとっていたバビに対して何条かのビームが襲いかかった。

 

 「なんだと!?」

 

 バビの胴体を撃ち抜き撃墜したのはシグーディバイドと同じく翼をもったモビルスーツだった。

 

 しかしシンにはその機体見覚えがある。

 

 いや見覚えがあるどころか、自分の乗っているインパルスそっくりの機体だったからだ。

 

 そして覚えがあったのはデュルクやヴィートも同様だった。

 

 「あれはデスティニーインパルス!?」

 

 「隊長、なんであの機体が!?」

 

 「……前に実験機の内、一機が行方不明になったと報告が上がっている」

 

 「じゃあ、あの機体は行方不明になった機体ってことですか」

 

 ヴィートは突然現れた機体を睨みつける。

 

 あれさえ来なければミネルバは落とせていただろうに、邪魔な奴だ。

 

 そして追い込まれていたミネルバのブリッジでもバビを撃ち落とした機体を驚きながら見つめていた。

 

 味方なのか?

 

 追い込まれ徐々に絶望感が増していたブリッジにわずかに安堵の空気が流れる。

 

 そこに通信が入ってきた。

 

 「ミネルバ、聞こえているか?」

 

 「その声、アレン!? 宇宙に任務に行った筈のアレンが何でここに?」

 

 「話は後です! バビは俺が排除します、その間に離脱を!」

 

 「離脱と言ってもどこに」

 

 「二時方向へ!」

 

 「でもそちらは同盟の―――」

 

 「分かったわ」

 

 アーサーの言葉を遮って頷くタリアの姿を確認したアストはエクスカリバーで敵機を斬り裂く。

 

 デスティニーインパルスはビームライフルでバビを撃墜しながら、ミネルバ目掛けて撃ちこまれたミサイルをテレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔で薙ぎ払った。

 

 アストはコックピットの計器を確認する。

 

 「アレだけでバッテリーをここまで消費するなんて、この機体、燃費が悪すぎるだろ!」

 

 かつての自身の愛機イレイズ以上だ。

 

 デスティニーインパルスは鹵獲した際にコックピット部分が破壊されていた。

 

 コアスプレンダーを通常のコックピットに交換、少しでもバッテリー消費を抑える為の改良とデスティニーシルエットの後ろの部分に予備バッテリーを搭載した。

 

 その改良を加えてこの状態では長期戦は圧倒的に不利である。

 

 さらに今インパルスやイレイズMk-Ⅱと交戦しているシグルドの面影を持つ新型の性能はかなりのもの。

 

 しかもミネルバの損傷は撃沈寸前まで追い込まれている。

 

 「急いで決着をつけなければ」

 

 背中の高機動スラスターを吹かせると刃を構えて敵機の迎撃に向った。

 

 極力他の火器は使わず、エクスカリバーのみで決着をつける。

 

 バビの放つビーム砲をスラスターを使って、次々に回避しながらエクスカリバーを振り抜いていく。

 

 「数が多い。だがミネルバはやらせない!」

 

 光の翼を展開して対艦刀を構えなおすと、そのまま敵部隊に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 デスティニーインパルスの介入によってミネルバの状況は変化した。

 

 少なくともすぐに撃沈される事だけはなくなっただろう。

 

 だがアオイの状況は変わらず悪いまま、デュルクのシグーディバイドに追い詰められていた。

 

 撃ち放たれるビームに肩部の装甲が抉られる。

 

 「くそ!」

 

 アオイは機関砲でシグーディバイドを牽制しながら残ったネイリングとビームサーベルを構えて応戦する。

 

 放った斬撃がお互いを斬り裂こうと振るわれる。

 

 だがアオイの刃は敵機に届く事無く空を斬り、逆に敵の放った一撃がイレイズの右腕を斬り落とした。

 

 「ぐぅ!」

 

 「これだけの差がありながら、たった一機で良く持ちこたえた。見事だよ。しかしそれもここまでだ!!」

 

 デュルクはさらに機体を回転させ、薙ぎ払うように対艦刀を叩きつけ、イレイズの両足を斬り裂いた。

 

 さらに地面に向け蹴り入れて叩き落とす。

 

 「ぐあああああ!!」

 

 地面に落下した衝撃がアオイの体を襲う。

 

 痛みが全身に走る。

 

 直前でスラスターを吹かさなければ気を失っていたかもしれない。

 

 「う、うう」

 

 敵機はライフルを構えてこちらを見下ろしながら止めを刺そうとしてくる。

 

 ここまでなのか。

 

 せめてもの意地だ。

 

 最後まで敵から目を逸らさないとシグーディバイドを睨みつけた。

 

 地面に落下したイレイズの姿にシンは駆けつけようとする。

 

 「アオイ!?」

 

 「お前の相手は俺だろう!」

 

 シンもヴィートを振り切ろうとするが、焦ったのがまずかったのだろう。

 

 逆に肩部の装甲を斬り飛ばされてしまう。

 

 こちらも油断していたらやられる。

 

 集中しないと。

 

 しかし、このままではアオイが!

 

 イレイズに向けられたシグーディバイドのライフルのトリガーが引かれ様としたその瞬間―――新たな刃が降り立った。

 

 上空から物凄い速度で降りてきた一機のモビルスーツがシグーディバイドに向けて正確な射撃でビームを放つ。

 

 それに気がついたデュルクは機体を咄嗟に後退させるが、間に合わずライフルを捉えられ破壊されてしまう。

 

 「何!?」

 

 「また新手か!」

 

 アオイはその見た事も無い機体を見つめる。

 

 形状は自分達が乗っている機体とよく似ており、まさに『ガンダム』だった。

 

 背中にはゼニスストライカーと思われる装備が装着されている。

 

 あの機体はどこの機体なんだ?

 

 助けてくれたという事は味方なのか?

 

 《少尉、聞こえているか?》

 

 「その声、大佐!?」

 

 降りて来たのはネオの搭乗するエレンシアだった。

 

 そしてすぐに輸送コンテナらしきものが降りてくる。

 

 《どうにか無事のようだな。ならばあのコンテナの中にある機体に乗り換えろ》

 

 機体を乗り換えるという事は新しい機体か?

 

 いや、今は時間がない。

 

 疑問は後回しだ。

 

 「わ、分かりました」

 

 アオイはどうにか生き残っているイレイズのスラスターを使ってコンテナまで移動を開始する。

 

 その間にネオは新型に目を向けた。

 

 あの機体はどうやら相当の性能を誇るらしい。

 

 アオイがあそこまでやられる敵、油断はできない。

 

 「このエレンシアでどこまでやれるか、試させてもらう」

 

 ネオはビームサーベルを構えるとシグーディバイドに向けて斬りかかった。

 

 エレンシアの想像以上の速度に驚くデュルク。

 

 しかしすぐに思考を切り替え、向ってくる新型に対して応戦の構えを取った。

 

 ビームガトリング砲をエレンシアに向けて撃ち出す。

 

 ネオはそれらを機体を旋回させて回避すると、サーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 デュルクは敵機の性能を試すためにあえて受け止める選択をした。

 

 左腕を突き出し、ビームシールドを構えて防御する。

 

 だがエレンシアはそのままサーベルを押し込み、シールドごとシグーディバイドを弾き飛ばした。

 

 「このパワーは互角以上か!」

 

 しかも敵機はまるでこちらの動きを読んでいるのではと疑ってしまうほど正確に攻撃をかわしてくる。

 

 何度ビームを放っても掠める事も出来ない。

 

 「厄介な奴だ」

 

 デュルクはビームライフルからにベリサルダに持ち替えると、エレンシア目掛けて突撃した。

 

 

 

 

 何とかコンテナまで辿り着いたアオイはイレイズから降りて中に飛び込んだ。

 

 コンテナの中にあったのは一機のモビルスーツ。

 

 それは―――

 

 「ガンダム」

 

 GAT-X001『エクセリオンガンダム』

 

 オーブから奪取したSOA-05の実験データを基にして開発した機体。

 

 核動力を搭載し、背中には二基の高出力ウイングスラスターと同時に各部に設置されているスラスターのよって非常に高い機動性を持っている。

 

 武装もマシンキャノン、高エネルギービームライフルやサーベル、そして最大の武器である高エネルギー収束ビーム砲『アンヘル』。

 

 そして最大の特徴はW.S.システムと呼ばれるシステムを装備している事。

 

 『war area pilot information synthesis system』

 

 これは元々ローザ・クレウスが搭載しようとしていた、試作SEEDシステムを独自に発展させたもの。

 

 搭乗したパイロットの戦場での戦闘情報を収集、特性に合わせて機体調整や補正、支援を行うものでさらに学習プログラムも搭載されている。

 

 アオイは機体のコックピットに乗り込むとスペックを確認する。

 

 「凄い機体だ……俺に使いこなせるのか」

 

 いや、やらなければならない。

 

 ラルスの体の事もある。

 

 ルシアは大丈夫だと言っていたが無茶はさせられない。

 

 機体を起動させ、PS装甲のスイッチを入れると全体が色づいた。

 

 「アオイ・ミナト、エクセリオンガンダム、行きます!」

 

 ビームライフルでコンテナを破壊するとそのまま外に飛び出した。

 

 コンテナから現れた新たな機体にすべての者達が注目し動きを止める。

 

 「また新型か」

 

 「チッ、まずあいつから!」

 

 「待て、ヴィート!」

 

 インパルスから距離を取り、現れたエクセリオンに向かって斬りかかる。

 

 だがアオイも黙ってはいない。

 

 ここまでの借りを返す時だ。

 

 「行くぞ!」

 

 フットペダルを踏み込み、スラスターを吹かせると機体が凄まじい加速によるGがアオイに襲いかかる。

 

 「なんだよ、この加速は!?」

 

 スカッドストライカーやゼニスストライカーが可愛く見えるほどだ。

 

 「だが使いこなして見せる!」

 

 歯を食いしばりそのままさらに操縦桿を押し込む。

 

 機体を加速させたまま、ビームサーベルを構えると突っ込んで来たシグーディバイドに向けて横薙ぎに振り抜いた。

 

 すれ違う二機。

 

 煌く一瞬の斬撃がシグーディバイドのベリサルダを破壊していた。

 

 勝ったのはアオイの方だった。

 

 「な、何だと!?」

 

 驚くヴィート。

 

 だが驚いていたのはアオイもまた同じであった。

 

 物凄く動かしやすい。

 

 まるでこちらが操作する前に準備が完了しているような感覚だ。

 

 これならやれる!

 

 「調子に乗るなぁ!」

 

 エクセリオンに対してビームライフルで攻撃してくるシグーディバイド。

 

 アオイは振り向きざまにシールドを展開して防御すると高エネルギー収束ビーム砲『アンヘル』を構えて撃ち出した。

 

 「いけぇぇ!!」

 

 砲口から凄まじいばかりの閃光が撃ち出されシグーディバイドに襲いかかる。

 

 シールドを展開して防御しようとするヴィート。

 

 「これ以上好きにさせるかぁ!!」

 

 だがそこに追いついてきたインパルスがライフルを構えてビームが撃ち込んだ。

 

 「こいつ!」

 

 機体を上昇させ、インパルスのビームを避ける事には成功するが、タイミングを見計らったように撃ち込まれたアンヘルの一撃がシグーディバイドの右腕を防御の間もなく吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ! くそ、お前ら!」

 

 残った左手でビームサーベルを構える。

 

 「このままでは済まさない!」

 

 エクセリオンに攻撃を仕掛けようとしたヴィートだったがそこに制止する声が届いた。

 

 「退くぞ、ヴィート」

 

 「隊長!? ですがアオイ・ミナトも抹殺出来ず、ミネルバもまだ!!」

 

 「これ以上は無理だ。ミネルバの方もデスティニーインパルスの妨害で上手く行っていないようだからな」

 

 「後一歩というところで!」

 

 ヴィートはコンソールを殴りつけると歯噛みする。

 

 次こそは!

 

 そのまま二機は同時に地面に向けビームキャノンを撃ち込んで爆煙をまき散らすとそれに紛れて後退を開始した。

 

 それに合わせて他の部隊も撤退していく。

 

 「はぁ、何とかなったか」

 

 アオイは退いて行く敵をモニターでながら安堵のため息をつく。

 

 こちらの部隊も後退出来たようだし、良かった。

 

 でもあの敵の口ぶりからすると、狙いは俺だったようだから母艦はどうでも良かったのかもしれない。

 

 だけど何で―――

 

 「少尉、我々も撤退するぞ」

 

 「あ、はい」

 

 ネオと共に撤退しようとするアオイだったが、近くにいたインパルスに声を掛ける。

 

 彼のおかげで先程は助かったのだ。

 

 礼くらいは言いたい。

 

 「シン、さっきは助かった、ありがとう」

 

 「え、ああ、いや」

 

 声に覇気がない。

 

 それも当たり前か。

 

 どんな理由があったのかは知らないが、裏切られたも同然なのだから。

 

 礼は言ったし、彼らにも事情はある筈だ。

 

 これ以上の長居は無用だろう。

 

 エクセリオンを反転させようとした時、シンから声が掛かる。

 

 「アオイ」

 

 「なんだ?」

 

 「お前に言っておく事がある」

 

 そこでシンから告げられたのはアオイにとって完全に予想外のことだった。

 

 「……ステラは生きてる」

 

 

 

 

 

 

 『エンジェルダウン作戦』が終了したフォルトゥナはジブラルタルに帰還していた。

 

 そこで特務隊からの報告を聞きいたヘレンは拳を握りしめる。

 

 後一歩のところまで追い詰めていながら、任務失敗とは情けない。

 

 さらに見た事も無い新型と行方不明になっていた実験機が現れ妨害したとか。

 

 完全に予想外だった。

 

 こちらの作戦はほぼ上手く行ったというのに。

 

 とはいえデュランダルへ報告しない訳にはいかないだろう。

 

 「失礼します」

 

 ヘレンがデュランダルに執務室に入ると鋭く睨む視線が彼女を出迎えた。

 

 だが彼女は怯む事無くデュランダルの前に立つ。

 

 「ヘレン、色々あったようだが、報告してもらいたいな」

 

 「……はい」

 

 そのまま報告を始め、すべてを終えた時、デュランダルはため息をついた。

 

 「フリーダム撃墜は間違いなし、アークエンジェルは逃げ延びた可能性がある。まあこれはいい。作戦は成功と言えるだろう。だが問題はこちらだな。何故ミネルバを攻撃するように指示を出した? 私は様子を見ろと言ったはずだが」

 

 「お言葉ですが、ミネルバにはI.S.システムについてやセリスの事に関しての不確定要素が多すぎます。ここで消してしまった方が後々の為には良いと判断しました」

 

 ヘレンの言葉にデュランダルは眉一つ動かさず静かに聞いている。

 

 「それにフォルトゥナやジェイル・オールディスがきちんと機能している以上もはや彼らは必要ありません」

 

 元来フォルトゥナはミネルバの、そしてジェイルはシンの予備として存在していた。

 

 その彼らがミネルバやシンがこなす筈だった役割を担えるなら確かに彼らは不要となる。

 

 「それとも個人的な感情からミネルバを切りたくないとでも?」

 

 「……何のことかな。それは分かった。しかしアレンの件は流石に性急過ぎたと言わざる得ないな」

 

 アレンの乗る輸送艦の情報をテタルトスに流したのもヘレンである。

 

 元々彼の存在を疑っていた彼女はアレンをミネルバから引き離し、そのまま排除しようとしたのである。

 

 「何故彼に拘るのですか?」

 

 「彼にはしてもらわないといけない事があった。ユリウス・ヴァリスを殺す役目を」

 

 デュランダルはテタルトスこそ最大、最後の敵だと捉えていた。

 

 そして最高のコーディネイターに対するカウンターとして誕生した彼、ユリウス・ヴァリスは最大の障害になる。

 

 勝てる可能性のある者は極端に限られているのだ。

 

 テタルトスを打倒するにはユリウスは絶対に倒さねばならない男。

 

 だからこそ同じくカウンターのアレンが必要だった。

 

 「まあいい。ジェイルやセリス、デュルク達もいる。対抗は出来るかもしれない」

 

 それでも万全とはいえないが、それは今後考えよう。

 

 最悪の場合、『彼女』を使えば良い。

 

 できれば避けたい所ではあるが。

 

 それよりも今はアオイ・ミナトの抹殺とヘブンズベースを落とす方が優先である。

 

 「もう二つほど報告があります。地球軍のエクステンデットの処置が完了しました。手こずらされましたが、クロードが手に入れてきたデータのおかげで処置は問題なく済みました」

 

 「そうか、もう一つは?」

 

 「はい、新たなサンプルが二名程手に入りました。まあ一名は重傷、もう一名は軽傷ですが、両名とも命に別条はありません」

 

 デュランダルは笑みを浮かべると頷いた。

 

 「分かった。君に任せるよ」

 

 「はい、宇宙のラボに運んでおきます」

 

 退室していくヘレンの背を見ながらデュランダルは次の事に向けた考えをまとめ始めた。




時間が無くてなかなか上手く書けませんでした。後で加筆修正します。

機体紹介2更新しました。

エレンシアのイメージは……なんだろう。背中の部分を除いてウイングガンダムかな。
エクセリオンはウイングゼロですね。
こんな名前なのは単純に思いつかなかったからです。



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第36話  問いと答え

 

 

 

 

 大西洋北部アイスランド島にある地球連合軍の最高司令部ヘブンズベース。

 

 現在は地球軍の中でロゴス派と呼ばれている者達が集まり、ザフト、反ロゴス派の襲撃に備えて準備が進められていた。

 

 誰もが敵を迎え撃つ為に慌ただしく動く中、一人場違いなほど覇気のない男がいた。

 

 ユウナ・ロマ・セイランである。

 

 廊下にゆっくりと歩きながらため息をついている。

 

 別に仕事がない訳ではない。

 

 彼も准将の役職を与えられている以上、やる事は山ほどあるのだ。

 

 しかし彼の表情は暗い。

 

 それはあのデストロイが行った惨劇を見たからだった。

 

 もう自分はこの道を選んだ。

 

 だから今さら引き返せるとは思っていない。

 

 しかしあんな関係のない人々を薙ぎ払い平然と笑っていられるような感性も持ち合わせてはいなかった。

 

 それからある種の迷いのような物が彼の中にしこりになって残っている。

 

 全く自分らしくも無い。

 

 ユウナはわざと大きく首を振る。

 

 「はぁ、仕事に集中しよう」

 

 そうすれば余計な事は考えなくて済むはずだ。

 

 そう結論づけたユウナは仕事を進める為に自分の部屋に戻ろうと足早に歩き出した。

 

 すると前方に数人の兵士が集まっているのが見える。

 

 その中央には二人の少女がいる。

 

 ユウナは再びため息をつくと近寄って声をかける。

 

 「何をしているのかな?」

 

 「じゅ、准将」

 

 その場にいた全員が敬礼する。

 

 ユウナも敬礼を返しながらチラリと少女達の方を見た。

 

 少女は二人とも同じ顔をしている。

 

 間違いなく『ラナシリーズ』と呼ばれるエクステンデットだ。

 

 連合のロゴス派はオリジナルのラナ・ニーデルから何体かのクローンを生み出し、調整を施して兵士として投入している。

 

 先のデストロイに搭乗したのもその一人だ。

 

 だがその中には、適合できなかった者達もいる。

 

 ここにいる彼女達も失敗作と烙印を押された存在に違いない。

 

 元々エクステンデットは部品扱いだ。

 

 その中でも失敗作の立場など無いに等しい。

 

 彼女達の末路など悲惨なものである事は想像に難くない。

 

 「えっと、こいつらが全然仕事で使えないので」

 

 一人が言い訳を口にするが、そんな事を聞いても仕方がない。

 

 「……もういい。君らは早く持ち場に戻るんだ」

 

 自分達よりも上の階級の者にそう言われれば従うしかない。

 

 彼らはやや不満そうにしながらも、反論する事無くそのまま立ち去った。

 

 ため息をついて少女達を見ると頬が赤くなっている。

 

 おそらくは殴られたのだろう。

 

 「君たち、大丈夫かい?」

 

 声を掛けながらユウナは不思議に思っていた。

 

 何故彼女達を助けたのだろうか?

 

 彼女達を憐れんだから?

 

 それとも―――

 

 自分でも良く分からない。

 

 そんな考えも纏まらないまま、ユウナは怯える少女達に手を差し伸べていた。

 

 

 

 

 ヘブンズベースの別の区画では宇宙から戻ってきたヴァールト・ロズベルクが端末を操作していた。

 

 忙しなく指を動かす彼の対面には不機嫌そうにこちらを睨む仮面の男カースが座っている。

 

 カースを苦笑しながら見ていたヴァールトは指を止めた。

 

 「ずいぶん不機嫌だね」

 

 「……理由は言わなくても分かるだろう?」

 

 カースの目的はあくまでもマユ・アスカとアスト・サガミだ。

 

 奴らに絶望と苦痛を与えて殺す。

 

 それこそが彼の悲願である。

 

 にも関わらず彼は不本意な機体での戦いやあんな木偶のお守りだ。

 

 不機嫌にもなるだろう。

 

 「なるほど。確かに君には無理を言ってきた。ではそんな君に良い報告をしよう」

 

 「何?」

 

 ヴァールトはそのまま端末をカースの方へ向ける。

 

 それを読んだカースの口元が歓喜で歪んだ。

 

 狂気すら感じさせる笑みである。

 

 「……君には手伝ってもらう事があるが、まだ時間もある。それまでならば宇宙に行って来ても構わない」

 

 その答えにカースは満足したように立ち上がる。

 

 「そうだ、行くならもう一つ用事を頼まれてくれないか?」

 

 「用事だと?」

 

 「ああ。まあ難しい事じゃない。入って来てくれ」

 

 部屋の扉が開く全員同じ顔をしている少女達が入ってきた。

 

 「彼女達も一緒に連れて行って欲しい」

 

 「この人形共をか?」

 

 どいつもこいつも表情もなく無表情だ。

 

 しかも同じ顔ばかりだから、不気味さを増す。

 

 そこでカースも気がついた。

 

 「……こいつはオリジナルじゃないのか?」

 

 部屋に入ってきた『ラナシリーズ』の中にはオリジナルのラナ・ニーデルが混じっていた。

 

 虚ろな表情から見て何かしらの調整を受けたのだろう。

 

 「ああ、そうだ。彼女は優秀だからね。気に入らないかな?」

 

 「当然だ。だがまあいいだろう。今は機嫌がいい」

 

 今回はそんな事はどうでもいい。

 

 目的はあくまでも別なのだ。

 

 そのついでだと思えば気にもならないだろう。

 

 カースはそのまま数人のラナ達を連れて部屋を出る。

 

 ヴァールトはそれを見届けると再び端末に目を落とした。

 

 

 

 世界が反ロゴス派に傾きジブラルタル基地には多くの戦艦が集まっていた。

 

 ロゴス派の拠点であるヘブンズベースを落とす為である。

 

 当然その中には反ロゴス派の地球軍も集結している。

 

 次々と地球軍の戦艦がジブラルタルに入港する。

 

 その中の一隻。

 

 船内にはルシア・フラガとアオイ・ミナトの姿があった。

 

 何故この二人がここにいるのかといえば情報収集の為。

 

 ザフトの内情や先の自分達を襲撃した理由も探る必要があったのだ。

 

 仲間であったミネルバも攻撃するような連中。

 

 何をしでかすか分からない。

 

 もちろん確実に情報が手に入れられるという訳ではない。

 

 むしろ情報が手に入る可能性の方が低いだろう。

 

 マクリーン中将の方で探ってもらうという手もあるが、現状でもデュランダルと腹の探り合いをしている状態だ。

 

 迂闊な事をすればロゴス派の烙印を押され、協力関係すら解消する事になりかねないのである。

 

 かと言って他の部隊に調査を任せたら今度は彼らが消されるかもしれないのだ。

 

 ならば多少リスクはあれど自分達で動くしかない。

 

 ザフトの基地内を見て回れば新型を確認する事くらいは出来る可能性はある。

 

 潜入自体は無駄にはならないだろう。

 

 「少尉、大丈夫だとは思うけど一応確認しておくわ。目的はあくまでも情報収集。無茶な事はしないように。それからもしもの場合の逃走ルートも頭に入っているわね?」

 

 「ええ、大丈夫です」

 

 アオイはザフトから狙われている。

 

 だがそれはごく一部からのみだ。

 

 もしも全軍から追われているのならば、もっと激しく追撃が来てもおかしくない。

 

 マクリーン中将の方でもそんな話は聞いていないらしい。

 

 他の部隊の方でもそれとなくザフトの方から情報を得ようしたらしいが、アオイに関する話はなかった。

 

 勿論それでも危険はある。

 

 だがアオイは自ら今回の情報収集に志願した。

 

 それはシンから教えて貰ったステラは生きているというのを確認したかった事。

 

 そして遠目からでもギルバート・デュランダルを直接見たかったというのがある。

 

 「それにしても素顔の大佐と一緒に外に出るなんて、不思議な感じですね」

 

 「そうね。もう顔を隠す必要は無くなったけど、みんな驚いていたわね」

 

 ルシアがくすりと笑う。

 

 ネオ―――ラルスが部隊に合流した際に、部隊のメンバーにはルシアの事も話してある。

 

 もちろんアル・ダ・フラガに関する件などは伏せられたが、それでも全員が驚いていた。

 

 スウェンはいつも通り冷静な表情だったが。

 

 ともかく彼女が一緒である事は頼もしい。

 

 「では行きましょうか」

 

 「はい」

 

 基地を歩き回るには地球軍の制服は目立ち過ぎるのでザフトの制服に着替えて外に出た。

 

 流石にヘブンズベースを落そうと戦力が集中している場所だ。

 

 所狭しと地球軍、ザフトの艦が集まっている。

 

 一際目を引くのはミネルバ級二番艦フォルトゥナであろう。

 

 ミネルバとよく似た造形でありながらも、良く見れば細部に違いがある。

 

 「同型艦か。搭載機に関しても調べたいけど、警戒が厳重すぎるな」

 

 「無茶は厳禁よ」

 

 「分かってます」

 

 フォルトゥナから目を外し基地内を見渡すと多くの兵士達で溢れかえっていた。

 

 ザフトの基地という事もあり、地球軍の兵士は入れない場所もあるようだが。

 

 「では予定通り、私は宿舎や司令部辺りを探ってみます」

 

 「俺は格納庫の方を」

 

 二手に別れて基地内を散策する。

 

 端末などからハッキングでもできれば情報も手に入りやすいのだろう。

 

 しかし痕跡からこちらが捕まる可能性が高くなる。

 

 それにコーディネイターに勝るほどの技術は持ち合わせてはいない。

 

 一応逃げる為のルートを確認しながら、周囲をそれとなく観察していく。

 

 しばらく歩いていると周りにザフトの兵士達の姿が多くなってきた。

 

 この辺りは地球軍の兵士はあまり入っていないエリアのようだ。

 

 丁度良い。

 

 アオイは倉庫の壁を背にして、もたれ掛かると耳を澄ます。

 

 そこらからザフトの兵士達の噂話が聞こえてくる。

 

 [地球軍の戦艦が港に止まっているのは不思議な気分]

 

 [次の作戦では新型が投入される]

 

 そんな色々な噂が聞こえてくる。

 

 中でも気になる話題があった。

 

 それがアークエンジェルに関するものだ。

 

 どうやら新型戦艦の襲撃を受けて撃沈されたらしい。

 

 フリーダムやオーブの新型も落とされたとか。

 

 さらにパイロットを収容したなんて噂まであるようだ。

 

 「……フリーダムを落とすなんて」

 

 アオイの脳裏のあの蒼い翼を広げて戦う姿が思い起こされる。

 

 あのフリーダムを倒すとは相当な技量を持つパイロットがいるらしい。

 

 これからの事を考えると頭の痛い話だ。

 

 しばらく端末を弄るふりをしながら噂に耳を傾けるが、目新しい話は聞けないようだ。

 

 アオイはルシアと合流する為に倉庫のそばにある狭い通路に足を踏み入れる。

 

 しかしそこで予想外の展開が起こった。

 

 通路に入った瞬間、正面から来た誰かとぶつかってしまったのだ。

 

 「きゃ!」

 

 「うわ!」

 

 アオイは踏みとどまるがぶつかった相手は尻もちをついてしまう。

 

 まさかこんな所から人が出てくるなんて、迂闊だった。

 

 ここで揉め事は不味い。

 

「あの、すいませんでした! 大丈夫で―――」

 

 アオイはすぐに謝ったのだが、その言葉も途中で止まってしまう。

 

 尻もちをついていたのはピンクの髪をした少女ティア・クラインだったのだ。

 

 ティア・クラインと言えばもはや世界でも知らぬ者はいないと言われるほどの歌姫である。

 

 『希望の歌姫』と呼ばれる彼女を慕うものはプラントのみならず、地球にも多くいるという。

 

 そんな彼女がよりによって何でこんな場所にいるのだろうか。

 

 アオイは自身の不運を嘆きながらも不自然にならぬように平静を装いながら手を差し出した。

 

 「えっと、だ、大丈夫ですか?」

 

 「は、はい」

 

 彼女はやや怯えたようにこちらの手を取って立ち上がらせる。

 

 そんなに怖い顔をしてるだろうか?

 

 ちょっとショックだったが、揉め事が起こる前に早く立ち去るべきというアオイの理性が働き何とか表情に出す事だけは防げた。

 

 「とにかくすいませんでした……ティア様」

 

 「……いえ、私も前を見て無かったので、申し訳ありません。あの、それよりもですね……道を教えていただけないでしょうか?」

 

 「えっ」

 

 アオイは思わず頭を抱えたくなった。

 

 どうやってここまできたのかという疑問を棚上げしとりあえず目的地を聞く事にした。

 

 「どこに行きたいのですか?」

 

 「……はい、パイロット宿舎の方へ」

 

 ジブラルタルに潜入する前にある程度の施設の位置は把握済みなので案内する事は出来る。

 

 本当は避けたい。

 

 だがザフトの制服を身にまとっている以上彼女を放っておくのは不信感を抱かれるかもしれない。

 

 「分かりました。案内しますよ」

 

 そういうとティアは初めて顔を綻ばせた。

 

 「ありがとうございます」

 

 余り目立ちたくはなかったので、人通りの少ない場所を選んで行く。

 

 それにしても護衛も付けないなんて不用心もいいところだ。

 

 アオイが言えた事ではないがロゴス派の刺客でも紛れ込んでいたらどうするつもりなのだろう。

 

 「あの、ティア様は護衛も付けずにどうしてあんな場所に?」

 

 「え、あ、はい。少し基地内を回っていたのですが、護衛の方とはぐれてしまいまして」

 

 「だったらその辺の兵士を捕まえて案内してもらえば良いのでは?」

 

 「その、知らない方と話のは少し。それに迂闊に出ていくと騒ぎにもなってしまいますから。でも貴方は他の方とは違うんですね」

 

 「えっ?」

 

 「他の方は興奮気味だったり、もっと畏まって接してこられますので」

 

 なるほど。

 

 彼女の立場からすればそれも仕方ないだろう。

 

 それにしても映像で見るのとでは印象がずいぶん違う。

 

 もっと堂々としたした印象だったが、本人はやたら大人しい。

 

 おそらくこっちが素の彼女なのだろう。

 

 「あ、あはは、そうですか。緊張しているのかもしれませんね」

 

 やや乾いた笑いでごまかす。

 

 彼女の歌が嫌いという訳ではないが、別にファンという訳でもない。

 

 緊張しているのも、別の理由でだ。

 

 そんなアオイの様子が可笑しかったのか、ティアはくすくすと笑っていた。

 

 どうやら彼女の緊張は解けたらしく雰囲気が和らいでいる。

 

 アオイとしては警戒されているよりはずっと良いし助かる。

 

 しばらく雑談(というには少し言葉数は少なかったが)を交わしながら歩くと宿舎が見えてきた。

 

 宿舎の玄関前には四人の男女が立っている。

 

 その内の一人、眼帯をつけた女性がこちらに気がつくと他二人の男性と駆け寄ってきた。

 

 「ティア様!」

 

 「ヒルダさん、ヘルベルトさん、マーズさん、申し訳ありません。はぐれてしまって」

 

 「ティア様が謝られる事ではありません。我々こそ―――」

 

 三人と話を始めたティアを見てもう大丈夫だろうと判断したアオイはその場から離れようとする。

 

 あんまり長居してボロが出たら間抜けすぎる。

 

 「では私はこれで」

 

 「あ、少し待って下さい。お名前を教えていただけませんか?」

 

 立ち去ろうとしたアオイをティアが呼び止めた。

 

 アオイはどうしたものかと少し考える。

 

 彼女だけならば振り切っていく事も出来ただろうが、生憎他にも人がいる。

 

 眼帯の女性など刺すように睨んでいるので無視したら不味い事になるかもしれない。

 

 仕方無く、用意していた偽名を名乗る事にする。

 

 「私は―――」

 

 しかしそこで傍にいたもう一人の女性がこちらを見ている事に気がついた。

 

 射るような視線。

 

 この目は―――

 

 警戒するアオイに女性の方から声をかけてきた。

 

 「貴方がティア様を案内してくれたのかしら?」

 

 「……ええ」

 

 「そう、礼を言わなくてはいけないかしらね、アオイ・ミナト君」

 

 アオイを知っている。

 

 と言う事はこの女性はあの部隊の関係者。

 

 気がついた時にはもう遅い。

 

 アオイの腹には拳銃が突き付けられていた。

 

 「この方をご存じなのですか、ヘレン様?」

 

 「ええ。良く」

 

 ティアに問われたヘレンは笑みを浮かべて頷く。

 

 アオイはヘレンから目を逸らす事無く、睨みつけた。

 

 

 

 

 同じ頃、フォルトゥナの格納庫でボロボロになったインパルスのパーツをジェイルは複雑な表情で眺めていた。

 

 『エンジェルダウン作戦』でようやくフリーダムを撃破する事が出来た。

 

 それは喜ばしい事だ。

 

 だがここにきて別の問題が浮上していた。

 

 フリーダムとの戦いでチェストフライヤーは大破してしまった。

 

 そしてミネルバから運び出したパーツはもう残っておらず、インパルスは使用できない。

 

 プラントから予備のパーツを持ってくる事も出来るかもしれない。

 

 しかしロゴス派との決戦には間に合わないだろう。

 

 さらにその直ぐ傍には大破しているセイバーが横たわっている。

 

 パイロットであるセリスは無事だったものの、セイバーの修復も難しいと報告を受けた。

 

 つまりフォルトゥナに戦力として残っているのはリースのベルゼビュートのみという事になる。

 

 ここでミネルバが戻ってきたなら状況も違うだろう。

 

 しかしミネルバは―――

 

 「まさか撃沈されるなんて……しかも落とした相手が―――イレイズかよ」

 

 ミネルバは任務中にロゴス派の敵部隊と遭遇。

 

 その際の戦闘で撃沈されたと報告を受けたのだ。

 

 敵の新型によってインパルスも撃墜されてしまったらしく生存者もいないとヘレンからは聞かされた。

 

 さらに極秘ではあるが任務についていたアレンもテタルトスとの戦闘でMIAになってしまったらしい。

 

 彼の戦果や特務隊という立場もあってそれらはすべて一部を除いて伏せられている。

 

 ジェイルは拳を強く握り締めた。

 

 確かに戦場で相対した時もイレイズのパイロットは高い技量を持っていた。

 

 あの時、先に倒しておけばミネルバが落とされる事もなかったかもしれない。

 

 ミネルバに関してはジェイルも愛着はあるし、クルー達にも仲間意識があった。

 

 シンの事も気に入らないとは思っていたが、別に憎んでいた訳ではない。

 

 少なからず一緒に戦う仲間であるとは思っていたのだ。

 

 それを奴がすべて奪った。

 

 「……必ず俺が倒してやる!」

 

 イレイズのパイロットは必ず!

 

 固く拳を握るジェイルの前にレイとセリスが歩いてくる。

 

 「ジェイル、議長がお呼びだ」

 

 「議長が?」

 

 「ああ、行くぞ」

 

 一人歩き出したレイを追うようジェイルも歩き出す。

 

 その傍を歩くセリスをジェイルは複雑そうに見た。

 

 何か声を掛けるべきだろうか?

 

 彼女の恋人であるシンや友人であるルナマリア達もすべて死亡したのだ。

 

 友人や恋人を失ったセリスのショックはかなり大きい筈である。

 

 「セリス、その、大丈夫か?」

 

 ジェイルは気遣うように声を掛けた。

 

 だが意外にもセリスは大して反応も無く淡々と返答してくる。

 

 「ん、怪我はもう大丈夫。大した事無かったから」

 

 「いや、そうじゃなくて、ミネルバの事―――」

 

 「……確かにショックだけど、落ち込んでも仕方ないしね」

 

 セリスのその言葉にジェイルは違和感を覚えた。

 

 あそこまでシンの事を思っていた彼女が酷く淡白に見えたのである。

 

 シンの事だけではない。

 

 ミネルバにはあれだけ仲良くしていたルナマリアやメイリンが乗っていたのだ。

 

 にも関わらずやたらと反応が薄い。

 

 それともジェイルや他の皆がいる為に気を使っているのだろうか?

 

 「どうした、ジェイル?」

 

 「あ、ああ、何でも無い」

 

 ジェイルは違和感を振り払うようにレイの後を追うと迎えに来ていた車に乗り込んだ。

 

 しばらく基地内を走って車が横付けされたのは工廠のような場所だった。

 

 案内されて奥に進んでいくとデュランダルが持っている端末で誰かと話をしているのが見えた。

 

 「そのままここまで連れて来てくれ。……ああ、構わない。見られたところでどうという事はない。では頼むよ、ヘレン」

 

 どうやら話をしていた相手はヘレンらしい。

 

 ここに誰かを連れてくるつもりのようだ。

 

 デュランダルは話を終えるとこちらに向き直り笑みを浮かべた。

 

 「やあ、良く来てくれたね。君達の活躍は聞いているよ」

 

 「お久しぶりです、議長」

 

 三人とも敬礼するとデュランダルが手で制する。

 

 「そう固くならないでくれ。今日呼んだのは君達に見せたい物があったからでね」

 

 「見せたい物?」

 

 訝しむジェイル達だったが、一斉にライトが光を放ち周囲を照らした。

 

 そこにあったのは三体の巨人。

 

「ZGMF-X42S『デスティニー』、ZGMF-X666S『レジェンド』そしてZGMF-X26S『ザルヴァートル』どの機体も工廠の作り上げた自信作だよ」

 

 「あの、この機体は」

 

 「そう君達の新しい機体だ」

 

 わざわざジェイル達を呼んだのはこれを見せたかったからという事らしい。

 

 「『デスティニー』はインパルスのデータを基に君を想定した調整を加えてある」

 

 「俺を!?」

 

 これが自分の新しい機体なのだとジェイルは翼を持った巨体を見上げる。

 

 「うむ。そして『レジェンド』、これは誰もが使用できるように改良したドラグーンシステムを搭載している。レイ、この機体は君に任せる」

 

 「はっ!」

 

 敬礼するレイに頷くとそのままデュランダルはセリスに向きあった。

 

 「最後に『ザルヴァートル』、これは君の機体だ、セリス。君の力を存分に発揮できるようにしてある。期待しているよ」

 

 「はい!」

 

 セリスの返事にデュランダルは満足したように頷く。

 

 「これらの機体こそがこれからの戦いの中心になっていくだろう。あと少しで戦いも終わる。君達には無理をさせてしまうが頼むよ」

 

 「「「はい!」」」

 

 これを使いこなしてロゴスを―――イレイズを倒す!

 

 見ればセリス、レイ共に自身の機体を誇らしげに見上げている。

 

 どうやら二人も同じように感じているらしい。

 

 新たに決意を固めた所に、別の誰かが入ってきた。

 

 おそらく先程呼ばれた人物だろう。

 

 ジェイルが振り返った先にいたのは、ディオキアで出会った少年だった。

 

 「……なんでアオイが」

 

 アオイがヘレンに付き添われて歩いてくる。

 

 その表情は非常に険しい。

 

 そんなアオイを見ながらデュランダルはいつも通りの笑みを浮かべた。

 

 「ようこそ、アオイ・ミナト君」

 

 

 「ギルバート・デュランダル」

 

 まさかこんな形でデュランダルに会う事になるなんて。

 

 しかもジェイルまでいるとは。

 

 シンがインパルスのパイロットだった時点で彼もザフトである事は予想していた。

 

 それよりもこれからどうする?

 

 デュランダルと向き合うアオイの背後にはヘレンが銃を突き付けている。

 

 アオイは焦りを抑えつけ、周囲に視線を走らせた。

 

 目の前には新型らしい三機のモビルスーツが佇んでいる。

 

 周囲を探っても隙はない。

 

 だがある意味丁度良い。

 

 ここで真意を問いただす。

 

 時間稼ぎくらいにはなるだろう。

 

 「……ギルバート・デュランダル、貴方は何をするつもりですか?」

 

 「私が何をしたいかというのはあの放送で言った通りなのだがね」

 

 「本当にそれだけですか?」

 

 デュランダルが言った通り、ロゴスを討って戦争を終結させるというだけならば別にこちらを襲撃する意味はない。

 

 アオイ達は反ロゴス派なのだから。

 

 それでも攻撃を仕掛けてきた以上は何か目的がある筈なのだ。

 

 アオイの意図を汲み取ったのかデュランダルは変わらぬ笑みを浮かべたまま話を始めた。

 

 「アオイ君、君は今の世界をどう思うかね?」

 

 「世界?」

 

 「そうだ。「何故こんな事に?」「どうしてこうなる?」、そんな憤りを感じた事はないかな?」

 

 それは勿論ある。

 

 戦場で散った義父やアウル達の事を考えれば、今でも苦い思いがわき上がってくる。

 

 「君にもあるだろう。そんな憤りを。そんなものが満ち溢れているのが今のこの世界というものさ。何も知らない人々は争い、そして戦いが起きる。同じく悲劇もね」

 

 「何が言いたいんです?」

 

 「もしもすべてが初めから決まっていたとしたらどうかな? 生きる人々が自分の役割を理解し、運命を知っていたとしたら―――そこに戦いはない。皆がただ自分の役割を全うし、争う事も無く、穏やかに生きられる世界」

 

 役割?

 

 運命?

 

 何を言っているのだろうか、この男は。

 

 「私はそんな世界を作りたいと思っているのだよ」

 

 つまりそんな世界にアオイ達は邪魔でしかない。

 

 だから攻撃を仕掛けたということなのか。

 

 「……それが貴方の考えですか」

 

 「そうだ。君はどう思うかな、アオイ君?」

 

 答えは決まっている。

 

 もちろん戦争を肯定するつもりはない。

 

 だがすべてが最初から決まっている世界なんてものに興味はない。

 

 少なくともアオイは自分の意志で道を選んだのだから。

 

 「……そんな世界は御免ですね。俺はあくまでも自分の意志でここまで歩いてきたんだ」

 

 「そうか。まあ君ならそう言うのだろうね。だからこそ―――邪魔なんだが」

 

 デュランダルの冷たい言葉で周囲が凍りついた。

 

 一気に緊張したこの場においてアオイの味方は誰もいない。

 

 変わらずヘレンから銃を突き付けられているし、金髪の少年はこちらを殺意を込めて睨んでいる。

 

 ライトが付いているとはいえ、照らしているのは新型の周りのみ。

 

 アオイには逃げ場はない。

 

 一か八かで動くか?

 

 いや、賭けで動く前にどうしても聞いておかねばならない事があった。

 

 「ステラはどこです?」

 

 ステラの名前を聞いた途端ジェイルが憤りに満ちた表情を見せながら詰め寄ろうとするが、レイに制止される。

 

 デュランダルは納得したように頷くと質問に答えた。

 

 「なるほど、君がここに来たのは彼女の為かな。彼女は我々に協力してくれる事になったよ。もちろん本人からも承諾を得ている」

 

 「な!?」

 

 とても信じられない。

 

 ステラが彼らに協力するのを承諾したなんて。

 

 「もういいかな。では―――」

 

 デュランダルが口を開こうとしたその時、傍にいたレイが何かを感じ取った。

 

 それは戦闘でも感じたあの感覚だった。

 

 「ギル!!」

 

 「目を閉じろ!」

 

 レイがデュランダルに叫ぶと同時に背後から聞こえた声に従いアオイは目を閉じる。

 

 その瞬間、内部に目が眩むような光が照らされた。

 

 アオイはそれに乗じてヘレンを突き飛ばすと外に向けて走り出した。

 

 「待て!」

 

 「議長、追跡を!」

 

 「いや、今は騒ぎを起こしたくはない。せっかく集まってくれた人々に混乱させてしまう」

 

 確かにこれからロゴス派の基地を落とそうというのに、両者に不信感を持たせるのは不味い。

 

 しかしこのまま放っておくのも問題だろう。

 

 そんな疑問に答えるようにデュランダルは笑みを浮かべた。

 

 「放っておく訳ではないよ。彼らに関しては特務隊に命令を出してあるからね。追跡は彼らに行ってもらう。だが一つだけ伝えておこうか。彼だよ、イレイズのパイロットは」

 

 「なっ!?」

 

 たった今までいた彼がイレイズのパイロットであるという衝撃の事実にジェイルのみならずセリスも表情を凍り付かせた。

 

 そして動揺するも次の瞬間、激しい怒りが込み上げてくる。

 

 ミネルバを落したのはアオイだったのだ。

 

 ステラの事もありアオイに対する怒りで歯噛みするジェイルは彼が走り去った方向を睨みつける。

 

 その様子をデュランダルはどこか満足そうに見つめていた。

 

 

 ルシアと合流したアオイは予定通りのルートに向かって走っていた。

 

 「まったく! 私が気がつかなかったらどうするつもりだったんですか!」

 

 「すいません、大佐」

 

 アオイがティアを宿舎に連れて行った際、ルシアはまだあの辺を調査していた。

 

 それで連れていかれるアオイを見て助けに来てくれたのだ。

 

 あそこで時間を稼いだ事も無意味ではなかった。

 

 「説教は後です。ともかくここから脱出しますよ」

 

 「はい」

 

 できるだけ人のいない場所を選びながら二人はジブラルタルを駆けて行く。

 

 逃走ルートをあらかじめ準備していた事もあり、追手に捕まる事無くジブラルタルから脱出する事に成功した。

 

 

 

 

 特務隊の襲撃を切り抜けたミネルバはアレンの案内に従って入国したスカンジナビアのドックに収容されていた。

 

 ミネルバの修理を請け負ってきた者達が見れば、「またか」とため息がつくだろう。

 

 それほどに酷い損傷だった。

 

 よくもまあこんな状態でここまで辿りつけたものだと感心してしまう。

 

 今はスカンジナビアの技術者達が修復作業を進めている最中だ。

 

 そんなミネルバのブリッジではシン達が集まり、アレンの話を聞いていた。

 

 まず聞かされたのはアレンの正体である。

 

 彼の正体がアスト・サガミだと聞いた時はそれこそ皆揃ってかなりの動揺していた。

 

 すでに正体を知っていたタリアが宥めてくれた事でなんとか大した騒ぎにはならなかったが。

 

 事前に彼女に素性を明らかにしていたのが幸いしたようだ。

 

 「それで、アストでいいかしら? それともアレン? どちらにしても全部話してもらえるんでしょうね?」

 

 アストはタリアの言葉に苦笑しながら頷いた。

 

 「どちらでも呼びやすい方で構いません。そして俺が知っている事はすべて話しますよ」

 

 「では何で貴方がザフト、いえプラントにいるのかしら」

 

 「いくつか理由があります。その内の一つはあくまでも個人的な理由ですので割愛しますが、大きな目的としてとある人物を探すためですかね」

 

 「とある人物?」

 

 「セリスですよ」

 

 「セリスを!?」

 

 アストの口から出た意外な言葉に皆が驚いた。

 

 「まず、セリスの今の名前は本当の名前ではありません。彼女の本当の名前はセリス・ブラッスール。中立同盟のパイロットであり、スカンジナビア王家の血筋に連なる人間です」

 

 「セリスが同盟のっていうか、王家に連なる人間!?」

 

 驚くシン。

 

 何と言うか予想外にも程がある。

 

 「ああ。彼女の家はあくまで分家筋だがな。彼女は元々第二王女アイラ・アルムフェルト様の護衛役だったんだよ」

 

 ブラッスール家は昔から王家の人間を守るための護衛役として存在してきた。

 

 護衛役自体は強制ではない。

 

 しかし幼いころから王家の者と共に過ごす機会も多い事から自分でその道を選択する者が大半であり、セリスもその一人だったとか。

 

 「ちょっと待てよ! じゃあセリスが戦争の所為で昏睡状態になっていたっていうのは―――」

 

 「彼女はおそらく記憶を操作されていたんだろう。定期的な健診とやらもその処置の為だったんだろうな」

 

 「そんな!?」

 

 セリスの記憶が操作されていたとは。

 

 シンは思わず拳を強く握りしめる。

 

 「それにシン、お前も記憶の一部を操作されているんじゃないか?」

 

 「え?」

 

 「オーブ戦役時の記憶に齟齬があるんだろ?」

 

 アストの指摘にシンもそれに気がついた。

 

 そうだ。

 

 マユから聞かされたオーブ戦役の詳細とシンの記憶には齟齬があった。

 

 当時は怪我の影響や思い出したくない事を無意識に拒絶していたんだと思っていた。

 

 じゃあアレも記憶が操作されていたからなのか?

 

 「そういえば……」

 

 「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 「最初ミネルバに王女が乗り込んで来た時、シンも変だったけど、セリスの様子も少し変だった」

 

 あの時は気にもしてなかったが、もしかしてセリスは何かを感じていたのかもしれない。

 

 「とにかく彼女はヤキン・ドゥーエ戦役後も変わらずアイラ様の護衛についていたんだが、同盟とテタルトスの間で行われた会談を妨害する形で起こった、『月面紛争』での戦闘に巻き込まれ行方不明になった」

 

 戦争が終結してからも戦闘自体は散発的に行われていた。

 

 特にテタルトス周辺はそれが顕著で、『月面紛争』という大規模紛争に発展したのだ。

 

 セリスはそれに巻き込まれたという事だろう。

 

 でも普通はMIAに認定されるだけの筈だが―――

 

 「彼女は戦闘中に行方不明になった訳じゃない。行方不明になったのは戦闘が終了した直後だった。その頃丁度気になる事も起こっていた為に同盟はその件も含め調査する事になった」

 

 「気になる事?」

 

 「同盟国内で行方不明になった人間達が存在したんだ。ただの失踪にしては少し気になる数でな。そしてテタルトスからも同じ様な失踪者がいた。そして同時期にもう一つ事件が起きた。キラ―――いや俺の仲間の一人が正体不明の者達から襲撃を受けたんだ」

 

 「襲撃!?」

 

 「ああ、殺されかけた。分かったのは襲撃者がコーディネイターであるという事だけ。……忌々しいがある人物からの助言もあって、ごく一部の人間以外には何も知らせず、仲間は身を潜めながら、俺はプラントに入ってそれらを調査する事にしたんだよ」

 

 シン達には思い当たることがあった。

 

 それはミネルバがオーブに入港していた頃に起きた襲撃事件の事だ。

 

 あの事件も確か襲撃者はコーディネイターだったとカガリには聞かされていた。

 

 とすればアストの話に何かしら関係があるのだろうか?

 

 それらの調査過程で失踪した者達は誘拐されている可能性が高くなり、「アトリエ」と呼ばれる施設の事も発覚したのだ。

 

 「つまり俺がザフトに入ったのはそれらの事に議長が関わっているかどうか調査する為だよ。現段階でもザフトが関わっていたのは間違いないようだがな」

 

 アストの言う通りだ。

 

 もはやザフトが関わっていないと証明する方が難しい。

 

 それだけ状況証拠はそろっている。

 

 でもさらに疑問は残る。

 

 「なんでそんな事を……」

 

 「そこまでは分からない。デュランダルやヘレンは俺の素性を知っていた為に信用していなかったからな。ただあの二人が何かをしようとしている事は確かだ」

 

 アストの事情は分かった。

 

 だが今度は何でミネルバが攻撃を受けたのかという疑問も出てくる。

 

 アストに関する事だったら、彼だけが狙われる筈だ。

 

 「ミネルバに関しては推測の域を出ないが、あの新システム―――I.S.システムが関わっているのかもしれない。後はミネルバクルー、特にシンの存在がセリスに悪影響が出ると考えたのかもな」

 

 勝手なことを。

 

 そんな話を聞けば途端に不安になってくる。

 

 「セリスは今どうなって……」

 

 シンの呟きにアストは俯きながら答える。

 

 「……再び記憶を操作された可能性が高いだろう」

 

 「くそ!」

 

 それは最悪の想像ではあるが、おそらく事実だ。

 

 思わず壁を殴るシン。

 

 セリスと仲の良かったルナマリアやメイリンも表情を曇らせている。

 

 当然だ。

 

 友達の記憶が操作されているかもしれないというのだから。

 

 「議長がそれを指示したのかしら?」

 

 「どうでしょう。どちらかといえばヘレン・ラウニスがその手の事を主導して行っていると感じてましたけどね。まあ議長もそれを知りながら黙認していたみたいですが」

 

 「秘書官である彼女が?」

 

 「ええ。彼女は今でこそ秘書官という立場ですが、昔は議長と同じ場所で研究を行っていた共同研究者だったらしいですからね。議長とは部下というよりも、もっと対等な関係なのかもしれません」

 

 アストは議長の傍で護衛役として過ごしてきた。

 

 時には秘書官であるヘレンとデュランダルの関係を推察できる場面もあったのだ。

 

 皆が黙り込む。

 

 どうするか決めかねているのだろう。

 

 気持ちは分かるがこうしても仕方がない。

 

 アストはこれからの事を話そうとしたその時、胸元に仕舞っていた端末に通信が入った。

 

 通信相手は―――アイラ王女だ。

 

 「何でしょうか?」

 

 《話をしているところ悪いけど、アークエンジェルの件に関する報告が上がってきたわ》

 

 アストがドミニオンで報告を聞いたのは甚大な被害を受けた事のみ。

 

 その続報だろう。

 

 《アークエンジェルは大きな被害を受けたものの、何とか無事らしいわ。でも―――》

 

 「どうしたんですか?」

 

 《……フリーダムとブリュンヒルデが撃墜され、パイロットであるマユとレティシアがザフトに捕まったらしいわ》




機体紹介2更新しました。

ザルヴァートルのイメージはデルタカイですね。


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第37話  黒き虹

 

 

 

 

 

 

 スカンジナビアのマスドライバー施設ユグドラシル。

 

 そこから一機のモビルスーツを積み込んだシャトルが宇宙に飛び立とうとしていた。

 

 シャトルに格納されていたのはデスティニーインパルス。

 

 そのコックピットにはシンが座り、キーボードを叩いていた。

 

 「シン、機体はどうだ?」

 

 調整を行っていたシンにコックピットに乗り込んできたアストが声を掛ける。

 

 アストは外側からデスティニーインパルスのコックピットに繋いだ端末を弄っていた。

 

 「大丈夫ですよ。それよりこの機体、俺が使っていいんですか?」

 

 「ああ、お前が使え。ただインパルスと同じ様に使っていたらバッテリーがすぐに切れるから注意しろ」

 

 「了解」

 

 これからシンはアストと共に宇宙でドミニオンと合流しマユ達を救出に向かう事になっていた。

 

 ミネルバのブリッジでアークエンジェルに起きた事を聞かされたシンは激しく動揺した。

 

 それこそアストに詰め寄るほどにだ。

 

 妹であるマユが落とされザフトに捕まったなど、冷静でいられないのも無理はない。

 

 あんな話を聞かされた後であればなおさらだろう。

 

 だから即座に救出に向かうと言ったアストに無理を言って付いて行く事にしたのだ。

 

 アストは意外にもすぐにそれを了承し、今宇宙に行く為の準備をしているという訳だ。

 

 一応どうして連れて行ってくれるのか聞いたところ、曰く「連れて行かなかったら一人で突っ走りそうだからな」との事。

 

 シンは機体のチェックを行いながら横目でアストを見た。

 

 ザフトの制服を着ているが、もうサングラスはしていない。

 

 アストの正体を聞いた時、シンは自分でも驚くほど彼に対する憤りを感じていなかった。

 

 それはルナマリアやメイリン達も同じである。

 

 本当ならばもっと憤っても良い筈だ。

 

 にも関わらず何も感じていないのは今まで共に戦い、接してきた事でアストが信用できる人間であると分かっている為かもしれない。

 

 なによりもシンにとっては―――

 

 「あの、アレ、あ、いや、アスト?」

 

 やや戸惑い気味に名前を呼ぶシンに思わず苦笑しながら振り返る。

 

 戸惑うのも無理はない。

 

 今までずっとアレンで通っていたのだから。

 

 「今まで通り、アレンで良い。それで何だ?」

 

 「じゃあ、アレン。その……オーブ戦役でマユを助けてくれて、ありがとうございました」

 

 オーブでマユから聞いた事実。

 

 アストこそマユを助けてくれた恩人であると。

 

 「……助けたと言っても結局間に合わなかったしな」

 

 「それでも助けてくれたんだ。だから、礼を言っておこうかと思って」

 

 照れくさいのか気まずそうに顔を逸らすシン。

 

 不器用な彼らしい。

 

 その様子にアストは笑みを浮かべると作業を再開する。

 

 しばらくキーボードを叩き、デスティニーインパルスの調整が終わったところに丁度通信が入ってきた。

 

 《アレン》

 

 「グラディス艦長」

 

 モニターに映ったのはタリアだった。

 

 本来ならばミネルバも宇宙に上がる筈だった。

 

 しかし思った以上の損傷に未だ修復が終わらず、動ける状態ではなかった。

 

 《ミネルバも修復が終わり次第、宇宙に上がりヴァルハラへ向かいます。その後は―――》

 

 「ええ、彼らに話はしてますから問題ない筈です」

 

 《分かったわ》

 

 「アレン、宇宙に上がって同盟の戦艦と合流するというのは分かったけど、マユ達が運ばれた場所は分かってるんですか?」

 

 そもそも何故宇宙に連れて行かれたと知ってるのだろうか?

 

 例えばジブラルタル基地に拘束されている可能性もある筈なのに。

 

 「……ああ。彼女達は間違いなく宇宙に運ばれた筈だ」

 

 アストには確信があった。

 

 今のザフトはロゴス派の拠点であるヘブンズベースを落とす事を最優先に動いている。

 

 だからジブラルタルは連合の部隊を合わせてかなりの数が集まっており、それに紛れれば外部からの侵入も容易になっている。

 

 当然その分奪還されてしまうリスクも高くなってしまう。

 

 さらにヘレンならば捕らえたマユ達を利用しようと考えるだろう。

 

 ならばすべてのリスクを避けつつ、処置を行う為にそれ相応の施設に運ぼうとする筈だ。

 

 そしてドミニオンが得た情報から推察しても施設は間違いなく宇宙にある。

 

 「詳しくはドミニオンと合流してからだ。地球の近くで待機して、ザフト艦の動きを監視している筈だからな」

 

 「了解」

 

 アストとシンはシャトル発進させる為の準備を終え、シートに座った。

 

 

 

 

 地球連合軍の最高司令部ヘブンズベース周辺には多くの艦が集結していた。

 

 フォルトゥナを中心としたザフト、反ロゴス派の連合部隊が所狭しと並んでいる。

 

 『オペレーション・ラグナロク』

 

 ヘブンズベースに立てこもるロゴス派を捕縛する為の作戦である。

 

 ロゴスにとってこれが味方の艦隊であればさぞかし壮観な眺めであろう。

 

 しかしこれらはすべてヘブンズベースを落とす為に集められたものなのだ。

 

 今はヘブンズベースに対してロゴス派幹部の引き渡しと武装解除の勧告を行っており、返答までに数時間の猶予が与えられていた。

 

 その光景を待機室でセリスやリース、レイと共にジェイルは鋭い視線で見つめていた。

 

 これで作戦が成功し、ロゴスを倒せば戦いは終わるだろう。

 

 そしてもう一つ目的がある。

 

 「奴を―――アオイを倒す!」

 

 此処には奴もいる筈だ。

 

 ジェイルの脳裏にミネルバの事が思い浮かぶ。

 

 必ず皆の仇を討ってやると意気込むジェイル。

 

 すぐ傍にいるセリスやレイも同じように気合いが入った視線でモニターを眺めていた。

 

 「ロゴスは武装解除に応じると思う?」

 

 「無理だろうな。奴らが武装解除に応じる様な連中ならば戦いもここまで長引いたりはしない。だからと言って問答無用で攻撃する事もできない。世界が注目しているんだからな」

 

 「確かに」

 

 セリスとレイの話に耳を傾けていると誰かが待機室に入ってきた。

 

 特務隊のデュルクとヴィートである。

 

 「リース、私達は別の任務がある為、今回の作戦には参加できない。だからモビルスーツ隊の指揮はお前が執れ」

 

 ヴィートとしてはかなり不満だ。

 

 今回の作戦はかなり重要なものである。

 

 だから当然ヴィート達も参加する事になると思っていた。

 

 なのに別の任務が入ってしまうとは、複雑な心境である。

 

 とはいえ議長からの命令を無視する事はできない。

 

 命令された以上はきっちりこなす。

 

 それが特務隊としての彼の矜持だからだ。

 

  声を掛けられたリースはどうでもよさげにデュルクに向き合うとそのまま敬礼を取った。

 

 その態度を不審に思ったヴィートはリースの前に出る。

 

 「おい、大丈夫か。どうしたんだよ? アレンの事をまだ気にしてんのか?」

 

 アレンがMIAになった事もここにいる全員が知っていた。

 

 当然リースもそれを聞いている筈。

 

 気に入らないがアレンの事を認めていたらしいリースとしてはショックを受けていてもおかしくない。

 

 ヴィートがリースの肩を叩こうとした瞬間、パンと乾いた音と共に彼の手が弾かれてしまった。

 

 リースは鋭い視線をヴィートに向ける。

 

 「……私に触らないで。触っていいのはアレンだけ」

 

 氷のように冷たい声に一瞬怯むが、すぐにヴィートはむっとして言い返した。

 

 「お前、何言ってんだよ! アレンは―――」

 

 「アレンは生きてる。MIAなんて嘘だよ。彼が死ぬはず無いもの」

 

 どこか別の場所を見ているかのように視線を彷徨わすリースの姿にヴィートは息を飲んだ。

 

 リースの態度は明らかにおかしい。

 

 元々無口で嫌味ばかり言う奴だったが任務には真面目で、デュルクにもこんな態度は取らなかった。

 

 「リース、お前、アレンの事……」

 

 「ヴィート、そこまでだ。行くぞ」

 

 「あ、はい」

 

 デュルクは大して気にしていないのか先に歩いて行ってしまう。

 

 ヴィートは一度だけリースの方を振り返るとデュルクの後を追った。

 

 二人が退室した事も気にならない様子でリースはただ別の方向を見ながら笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 世界中でこの戦い行方が気にかけられていたのと同様にアオイ達もまた同じ様に注目していた。

 

 ザフトの追手から隠れるように身を隠す母艦の中で皆がモニターに集中している。

 

 「ロゴス派はどうするんですかね?」

 

 あの物量を覆すのは難しいだろう。

 

 しかもザフトはジブラルタルで見た新型も投入してくるはずだ。

 

 それに対してロゴス派の手札と言えば、デストロイ数機くらいしか思いつかない。

 

 「この戦いの結果で、この先すべての事が決まると言っていい。当然ロゴス派も攻勢に出る筈だ」

 

 ラルスの言葉により緊張感が増した皆はモニターに釘づけになる。

 

 アオイも出来ればこの戦いにも参加したいが、ザフトから狙われている以上は迂闊に動けない。

 

 「では俺達はこのまま待機ですか?」

 

 「ああ。だが少尉、出撃準備だけはしておけ」

 

 「えっ」

 

 「ヘブンズベースから離脱する部隊を俺達が叩く。それにこんな時だからこそザフトの連中が狙ってくる可能性もあるからな」

 

 「了解」

 

 アオイは頷くとパイロットスーツに着替える為にロッカールームに向かった。

 

 

 

 

 ザフト、反ロゴス派連合軍が意気揚々と基地を包囲していく。

 

 その間、ヘブンズベースに立てこもったロゴス派も反撃の準備を整えつつあった。

 

 当然の事ではあるが、彼らに武装解除するつもりなど微塵も無かった。

 

 皆が基地内を動き回り、各部隊のモビルスーツが出撃の為に準備を進めていく。

 

 その様子を満足そうに眺めている者達がいた。

 

 椅子に座り、追い詰められているなどとは全く感じさせない振る舞い。

 

 世界から追われ、ヘブンズベースに逃れてきたロゴスの幹部達である。

 

 「デュランダルはさぞ気分の良い事でしょうな。こんな通告を付きつけて」

 

 その中の一人であるジブリールが吐き捨てる様にモニターに映る艦隊を睨みつけた。

 

 そんなジブリールを椅子に座った男が懐疑的に問いかける。

 

 「だが、これで本当に守り切れるのかね?」

 

 男が不安になるのも無理はない。

 

 物量は向うの方が上である。

 

 こちらもありったけの戦力を集めてきたが、確実に勝てるとは言いきれないのだ。

 

 しかしジブリールは心底おかしそうに返事を返した。

 

 「守るですって! 何を仰っているんですか! 攻めるのですよ、我々は! 今日、ここからね!!」

 

 ここから奴らを薙ぎ払い、すべての帳尻を合わせていくのだ。

 

 これだけの戦力があれば奴らがどれほどいようとも関係ない。

 

 「我らを討てば戦争は終わる? 平和な世界が来る? 馬鹿馬鹿しい! 実に愚かとしか言いようがありませんよ、民衆は! だからこそここで我らが奴を、デュランダルを討たねばならない!!」

 

 「確かに。我らを討った後に奴らが取って代わるのみよ」

 

 「うむ」

 

 ジブリールの言葉に次々と賛同していくロゴスの幹部達。

 

 それを見たジブリールは満足そうに笑みを浮かべると再びモニターを睨みつける。

 

 「準備が出来次第始めますよ。議長殿が調子に乗っていられるものここまでです! 教えて上げましょう、のこのこ戦場に出てきた事が―――我々に戦いを挑んだ事がどれほど愚かな選択であったかをね!」

 

 歓喜の笑みを浮かべながら宣言するジブリール。

 

 その姿を背後からヴァールト・ロズベルクは笑みを浮かべて眺めていた。

 

 ヘブンズベース内の士気が高まる中、ユウナは冷めきった目で周囲を見た。

 

 もう此処ですることは何もない。

 

 ユウナは司令室から退室すると自分の持ち場である後方へ向かう。

 

 元々戦闘経験の乏しいユウナに戦闘で出来る事はない。

 

 それはダーダネルスにおいても、クレタ沖の戦いにおいても身にしみて痛感させられた事だ。

 

 だから今は無理の虚勢を張る事無く、自分に出来る事を精一杯務めるよう努力していた。

 

 廊下ですれ違う兵士達の誰もが自分達の勝利を疑っていない。

 

 もちろん負けると分かって戦う者はいないだろう。

 

 しかし今の現状を見て勝利を確信できるほど、ユウナは楽観的ではない。

 

 自分達は後がないのだ。

 

 ジブリールは「ここからだ!」などと言っていたが、とても信じられない。

 

 もはや無駄な犠牲を出す事無く、降伏してしまった方が良いのではと考えるのはユウナが素人だからだろうか。

 

 「ユウナ」

 

 振り返ると父ウナトと二人の少女が歩いてくる。

 

 「父さん、レナとリナまで」

 

 ウナトに連れられてきた少女はユウナが助けた少女達だった。

 

 あの時に比べても幾分か表情も柔らかい。

 

 レナとリナというのはユウナが付けた彼女達の名前である。

 

 『ラナシリーズ』の失敗作である彼女達にになんの名前も無かった。

 

 それでは不便という事でユウナが名前をつけたのだ。

 

 名前だけではない。

 

 最低限の知識のみを与えられていたが、他の常識のようなものは何も知らなかった。

 

 それらの事もユウナ達が少しづつ教え、彼女達も普通に笑顔が増えていった。

 

 彼女達との生活は短いながらも充実したものであり、今では二人共家族のように大切な存在になっている。

 

 「ユウナ、外の方はどうだ?」

 

 憂鬱な表情から見てウナトも今の状況をきちんと理解しているようだ。

 

 今のこの基地で同じ様に冷静な判断が出来る者が何人いるか。

 

 ユウナはあえて明るく声を上げた。

 

 彼らの不安を少しでも和らげる為に。

 

 「大丈夫ですよ、父さん」

 

 それがたとえ気休めでもこう言うしかない。

 

 ユウナはレナとリナの頭を優しく撫でる。

 

 「二人共、父さんを頼むよ」

 

 「「はい、ユウナ様」」

 

 「前も言っただろう。様はいらない。僕らは家族だからね」

 

 頷く二人に頬笑むと立ち上がったユウナはもう一度ウナトを見て頷き、再び歩き出した。

 

 

 

 

 ヘブンズベースに向けた勧告から時間も過ぎ、猶予として与えられた時間もあと三時間を切ろうとしていた。

 

 しかし未だにロゴス側からの返答はない。

 

 ジェイルは待機室から自身の乗機であるデスティニーに乗り込み最終確認を行っていた。

 

 デスティニーの武装はどれも強力な武装ばかりで、使いこなせばどんな敵も倒す事が出来るだろう。

 

 ジェイルは念入りに機体をチェックしていく。

 

 この機体に乗っての実戦はこれが初めて。

 

 どこに不具合が現れてもおかしくない。

 

 後は自分次第だ。

 

 デスティニーを受領してから、完璧に使いこなそうと血の滲む訓練を積んできた。

 

 今こそ成果を見せる時である。

 

 改めて気合いを入れていたジェイルにレイから通信が入ってくる。

 

 《ジェイル、デスティニーの調子はどうだ?》

 

 「こっちは問題ない。レイの方こそレジェンドはどうなんだ?」

 

 レイやセリスの機体もまた今回の出撃が初めてだ。

 

 何かしら問題があったのかとも思ったが、レイの表情を見る限り、その心配も杞憂だったらしい。

 

 《こちらも問題はない。セリス、そっちはどうだ?》

 

 《私の方も大丈夫、いつでも行ける》

 

 二人もジェイルと同じく機体を使いこなすための訓練に明け暮れていた。

 

 今回の戦いどれほどの敵がいようとも負ける気がしない。

 

 ジェイルは笑みを浮かべて二人に発破を掛けようとしたその瞬間、警報が艦内に鳴り響く。

 

 「何だ!?」

 

 《これは……》

 

 警報に数瞬遅れて震動が伝わってくる。

 

 爆発音だ。

 

 何があったのか確かめる為にブリッジに繋ごうとした時、リースからの通信が入ってきた。

 

 《全員聞こえてる?》

 

 モニターを見た全員が頷いた。

 

 それを確認したリースは淡々と告げる。

 

 《敵軍からミサイルが発射された。さらにモビルスーツ、モビルアーマーの出撃も確認》

 

 つまりロゴス派はこちらの勧告を無視して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 ジェイルは怒りに拳を強く握り締め、歯噛みする。

 

 「こちらの勧告に何の返答も無く、奇襲してくるなんて!」

 

 「やはりな。分かっていただろう、これがロゴスのやり方だと」

 

 その光景に憤りをあらわにしたのはジェイル達だけではない。

 

 フォルトゥナのブリッジにいたデュランダル達も同じであった。

 

 「ジブリールめ! 何の返答の無く、攻撃を仕掛けてくるとは!」

 

 ロゴス相手に勧告と猶予の時間を与えたこちらが甘かったという事なのかもしれない。

 

 艦長席でその様子を見ていたヘレンはデュランダルに向き直る。

 

 「議長、ここは応戦するしかないかと」

 

 「……そうだな。全軍、戦闘開始せよ」

 

 デュランダルの合図に合わせて迎撃を開始する。

 

 各艦からモビルスーツが発進してミサイルを撃ち落としていく。

 

 だがここでヘブンズベース側から見覚えのある巨体がせり出してくるのが見えた。

 

 背面の円盤型バックパックを上半身に被り、脚部を鳥脚状に変化させた黒い巨体。

 

 ロゴス派の象徴ともいえる機体、デストロイである。

 

 しかも次々と出撃してくるその数は五機。

 

 反ロゴス連合を恐怖させるには十分すぎる数である。

 

 一斉に動き出したデストロイが背中のアウフプラール・ドライツェーンを構えると同時に撃ち出した。

 

 砲口から放たれた強烈なまでの閃光が前衛部隊のモビルスーツ諸共艦隊を薙ぎ払う。

 

 破壊された戦艦から大きな爆発が起き、炎が上がった。

 

 ロゴス派からの先制で放たれたミサイル攻撃から生き延びた艦もすべて壊滅してしまった。

 

 「何と言う事だ!」

 

 デュランダルは憤りに震えながらも拳を握った。

 

 戦闘を開始直後でここまでの損害を受けてしまうとは。

 

 何にしても今はこちら側の体勢を立て直すのが優先である。

 

 その時、上空からの何かが降りてくるのが見えた。

 

 降りてきたのは降下ポッド。

 

 つまりザフトの降下部隊だ。

 

 あれだけの戦力が降りてくれば今の不利な状況も好転する筈だと、この時誰もが思っていた。

 

 だが、ジブリールはそれを読んでいた。

 

 ザフトの連中は必ず降下部隊で攻めて来るだろうと予測していたのだ。

 

 そして迎撃する為の兵器も用意し、準備も整っている。

 

 「ニーベルング発射用意!」

 

 命令を受けた司令部が動き出した。

 

 雪山部分が開くと同時に巨大なアンテナのようなものがせり出されてきた。

 

 対空掃討砲『ニーベルング』

 

 巨大な広角レーザー発生装置である。

 

 「ククク、デュランダル、貴様らのやり口などお見通しだ。理想、糾弾、大いに結構! だがすべては勝たねば無意味なのだ!」

 

 そう、たとえなんと言われようとも勝ってこそだ。

 

 負ければそれまで。

 

 それが世界の真理。

 

 勝者こそがすべてを手中に収めてきたのだから。

 

 だから―――

 

 「ニーベルング発射準備完了」

 

 降下ポッドからザクなどのモビルスーツが飛び出してくる。

 

 今こそがこれまでの屈辱を晴らす時!

 

 「ニーベルング発射!!」

 

 ジブリールの声に合わせ上空に放射状に放たれた一撃がザフトの降下部隊を巻き込み、すべて薙ぎ払っていく。

 

 光と共に消えていく降下部隊。

 

 あれでは助かった者などいよう筈も無い。

 

 その光景を反ロゴス連合軍の指揮官たちは呆然と見つめていた。

 

 あれだけの戦力を失い、戦線もガタガタである。

 

 このままではヘブンズベースを落とす事も難しい。

 

 デュランダルのそばに控えていた者が一時撤退を進言しようとした時、それに気がついた。

 

 艦長であるヘレンもデュランダルも全く動じていない。

 

 まるで予測していたかのように。

  

 一体どういう事だろうか?

 

 ヘレンは手元の端末を操作する。

 

 「いいわね?」

 

 《……はい》

 

 「ではあの兵器を破壊しなさい―――ステラ」

 

 《了解》

 

 ニーベルングによってすべて撃破されてしまった降下部隊。

 

 しかしそのすぐ後に一機、降下してくる機体があった。

 

 不気味なほど黒い装甲に包まれたモビルスーツ。

 

 その機体の装甲が開くと同時に翼の様に展開される。

 

 ZGMFーX93S 『アルカンシェル』

 

 ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツである。

 

 普段は装甲のようなもので覆われており、これが展開されると背後に移動して翼になる。

 

 その際に全身に配置されたスラスターが解放され、非常に高い機動性を発揮。

 

 さらに装甲の間から微量のミラージュ・コロイドを散布して、デスティニーほどでは無いにしろ、虹色の光学残像を残す事ができる。

 

 アルカンシェルのコックピットには金髪の少女が座っていた。

 

 ザフトの捕虜となったステラ・ルーシェである。

 

 彼女はかなりの速度であるにも関わらず、躊躇う事無く操縦桿を押し込む。

 

 そして機体をさらに加速させ、左腕の大型ビームクロウを構えてトリガーを引いた。

 

 ビームクロウに内蔵された高出力ビームキャノンが光を集め、撃ち出されるとニーベルングに直撃する。

 

 ビームがニーベルングを抉り、大きな爆発を引き起こす。

 

 同時に今度は右腕の高エネルギー収束ビームガンを構えて撃ち出した。

 

 一直線に放たれたビームがニーベルングを切り裂くように破壊していく。

 

 もちろんロゴス派も黙ってはいない。

 

 防衛の為に展開していたモビルスーツがビームライフルを撃ち出してアルカンシェルを狙い攻撃する。

 

 しかしビームはアルカンシェルを捉える事ができない。

 

 凄まじい速度であるというのもある。

 

 だがそれ以上に全身や翼の部分から放出されている微量のミラージュ・コロイドによって発生している光学残像によって幻惑されているのだ。

 

 「……邪魔ァァァ!!!」

 

 『I.S.system starting』

 

 加速したアルカンシェルは圧倒的な速度で敵機に肉薄、ビームサーベルで一瞬の内に斬り捨てた。

 

 さらに群がるウィンダムに向け、高エネルギー収束ビームガンを放つ。

 

 討ち出されたビームが鞭のように複雑な軌道を描き、斬り裂くようにウィンダムを次々と薙ぎ払っていった。

 

 それを見たデュランダルはニヤリと笑う。

 

 アルカンシェルの襲撃により、ヘブンズベースは混乱に陥っている。

 

 彼らを出すにはこのタイミングしかない。

 

 「ヘレン、彼らに出撃命令を」

 

 「了解」

 

 ヘレンの指示に従って四機の新型モビルスーツがフォルトゥナから出撃する。

 

 「ジェイル・オールディス、デスティニー出るぞ!」

 

 「セリス・シャリエ、ザルヴァートル行きます!」

 

 「レイ・ザ・バレル、レジェンド発進する!」

 

 「リース・シベリウス、ベルゼビュート出ます」

 

 飛び出した四機が発進と同時にVPS装甲が展開される。

 

 戦場ではアルカンシェルが周囲の敵機を次々と撃破しているものの、デストロイの猛攻によって他の部隊は近づけないようだ。

 

 あれを何とかしない限り、状況は一向に変わらないだろう。

 

 「ジェイル、レイ、セリス、まずはあれを落とす。でないと被害が増える一方だから」

 

 「ああ!」

 

 「了解!」

 

 「分かりました!」

 

 機体を加速させ、戦場に突撃する。

 

 リースは両肩の高出力ビームキャノンで敵機を纏めて消し飛ばす。

 

 そして敵に接近するとビームクロウを構えて、ウィンダムを胴体を食いちぎるように撃破する。

 

 横目でそれを確認したジェイルはデストロイまでの道を阻むウィンダムにビームライフルを撃ち込んだ。

 

 コックピットを撃ち抜かれて撃破されたウィンダムを尻目に肩のフラッシュエッジビームブーメランを引き抜き別方向の敵機に向けて投げつける。

 

 ブーメランに斬り裂かれた敵機の爆発に紛れ、サーベルを構えたウィンダムに高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち出した。

 

 「邪魔なんだよ!!!」

 

 敵機を落としながら動き回るデスティニー。

 

 そのすぐ傍で変形したザルヴァートルがその速度を持って敵機を翻弄している。

 

 「遅い!」

 

 すれ違う瞬間に側面に装備されたビームウイングが展開されダガーLを即座に両断。

 

 さらにビーム砲の閃光が複数敵を巻き込んで吹き飛ばしていく。

 

 そんなザルヴァートルを狙い、ビームサーベルで攻撃を仕掛けようとするウィンダム。

 

 「セリス、援護するぞ」

 

 そこにレジェンドが回り込みビームライフルを撃ち込んだ。

 

 撃ち抜かれたウィンダムが爆散すると、残った機体にデファイアント改ビームジャベリンを構えて斬り払う。

 

 横薙ぎに斬り払われた敵機は胴から真っ二つになって爆発した。

 

 「ありがとう、レイ」

 

 「余計なお世話だったかもしれないがな」

 

 順調に敵機を落としていく四機。

 

 しかし戦場の先には黒い巨体が立ちふさがっている。

 

 両腕のシュトゥルムファウストを射出して、空中をいるディンやバビを次々蹴散らしていく。

 

 圧倒的な火力である。

 

 並の機体では突破するのは難しいだろう。

 

 「それがどうした!!」

 

 しかし今のジェイルの乗っている機体は並の機体ではない。

 

 「これ以上、やらせるかァァ!!!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾けた。

 

 背中の翼が展開されると同時に光の翼が発生する。

 

 アロンダイトを引き抜き、スラスターを吹かして加速するデスティニー。

 

 デストロイはそんなデスティニーに向け、両腕のシュトゥルムファウストで囲むようにビームを放つ。

 

 だが当たらない。

 

 あまりの速度に捉える事すらできず、デスティニーの残像がデストロイを翻弄する。

 

 「うおおおおおお!!」

 

 一気にデストロイの懐に飛び込んだジェイルはアロンダイトを上段から振り下ろした。

 

 圧倒的な速度で放たれた一閃が巨人の右腕を容易く両断する。

 

 「俺の相手はお前らじゃないんだよ!!!」

 

 さらに振り向き様に右手のパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を叩きつけて頭部を吹き飛ばした。

 

 「リース、レイ、セリス、情報通りだ! こいつらは懐に飛び込まれれば何もできない!」

 

 この機体と交戦したミネルバのデータはザフト全軍に行き渡っている。

 

 そこに反ロゴス派から提供されたデータを含めれば、攻撃パターンも弱点もすべて筒抜けだ。

 

 それが分かっていればどれだけの火力を持とうが敵ではない。

 

 「了解!」

 

 四機が散開してデストロイに向かう。

 

 「落とさせてもらうから!!」

 

 セリスにSEEDが弾ける。

 

 ザルヴァートルが変形すると速度を上げて、デストロイの放つスーパースキュラの砲撃を容易く潜り抜けた。

 

 懐に飛び込み同時にモビルスーツ形態に変形。

 

 シールド内に装備されているロングビームサーベルを叩きつけ頭部をあっさり斬り落とした。

 

 「レイ!!」

 

 「了解」

 

 頭部を破壊されたデストロイに上部からデファイアント改ビームジャベリンを突き刺し、背中に装備されたドラグーンを正面に向け撃ちこんだ。

 

 破壊された部分から炎が上がり爆散する。

 

 それを横目で確認したジェイルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「やるじゃないか!」

 

 「私達、同じ赤だしね」

 

 「そう言う事だ」

 

 「そうかよ!」

 

 デスティニーは撃ち込まれるビームの嵐を尽く回避しながら、アロンダイトを振りかざしデストロイを一刀両断する。

 

 「これで二機目!」

 

 爆煙をあげて崩れ落ちるデストロイを尻目にジェイルはリースの方を見る。

 

 ベルゼビュートがデストロイのシュトゥルムファウストをビームキャノンで撃破、あっさりと懐に飛び込んだ。

 

 「……貴方達、早く死んで」

 

 ビームクロウを右腕にスライドさせるとデストロイの中央部に叩き込む。

 

 さらに左腕にもビームクロウをスライドさせ、下からすくい上げる様に突き刺した。

 

 そしてデストロイの上半身と下半身を引きちぎる様に裂いて撃破する。

 

 「邪魔する貴方達が悪いんだよ」

 

 笑みを浮かべるリース。

 

 そして別方向にいたアルカンシェルが加速し、戦線に参加してくる。

 

 高エネルギー収束ビームガンが鞭のような一撃となり巨大な機体を斬り裂き、左腕のビームクロウで頭部を食いちぎる。

 

 「落ちろォォ!!」

 

 頭部を失い動きを止めた巨体に高出力三連装ビーム砲を至近距離から撃ち込んで破壊する。

 

 デストロイは残り一機。

 

 最初に頭と腕を失った機体に向けて突撃するジェイル。

 

 撃ち出されたスーパースキュラをビームシールドで受け止め、アロンダイトを構えて突きを放つ。

 

 「はあああああ!!」

 

 突き出されたアロンダイトが正確にコックピットを貫くと、巨体を斬り上げて撃破した。

 

 「どこだ! どこにいる!! アオイィィィィ!!!!」

 

 咆哮を上げデスティニーが残像を残しながら刃を構えて舞う。

 

 斬り裂かれ、撃ち抜かれ、もはや為す術無く撃破されていく、ロゴス派の機体群。

 

 最初とは全く逆の状況になり、反ロゴス連合軍に蹂躙されていくヘブンズベース。

 

 そんな彼らを止められる者など、もうこの基地には存在していなかった。

 

 

 

 

 ヘブンズベース基地内は大きく揺れ、所々で爆発が起きている。

 

 もはや勝敗は決した。

 

 誰もがそう思っている。

 

 そんな中ユウナは怪我をした部下達を連れて廊下を走っていた。

 

 彼の持ち場はすでに崩壊して炎に包まれてしまった。

 

 このままでは全滅すると安全な中央部に向かっていたのだが―――もうそんな場所などないかもしれない。

 

 だが無為に命を散らすつもりもなかった。

 

 震動する廊下を走っていると、前からウナトがレナとリナと共に向ってきた。

 

 「ユウナ!」

 

 「父さん! レナ、リナ、無事か!」

 

 「……はい、大丈夫です。でも、こちらの道は瓦礫で埋まってしまいました」

 

 レナの報告にユウナは歯噛みする。

 

 ここが通れないとなると、港側から迂回するしかない。

 

 「皆、こっちだ!」

 

 全員を連れて再び走り出すと、此処には居る筈のない男と鉢合した。

 

 数人の兵士やヴァールト・ロズベルクと共にロード・ジブリールが曲がり角から飛び出してきたのだ。

 

 「なっ、なんでここに?」

 

 彼らは司令部にいたはず。

 

 今も劣勢とはいえ戦闘中である。

 

 そこですぐに気がついた。

 

 「まさか自分だけ逃げるつもりで―――」

 

 「チッ、邪魔だ」

 

 ユウナが糾弾する前にジブリールは手を上げると、兵士達が銃を構えて発砲してくる。

 

 咄嗟の事に反応できない。

 

 「ユウナ様!」

 

 放たれた銃弾がウナトの頭と同時に自分を庇うように前に出たレナの腹部を撃ち抜いた。

 

 「父さん、レナ!?」

 

 倒れ込む二人に駆け寄るユウナ達。

 

 さらに発砲させようとしたジブリールにヴァールト・ロズベルクは余裕すら感じられる態度で制止する。

 

 「ジブリール様、こんな事をしている場合ではありませんよ」

 

 ジブリールは舌打ちすると、兵士達を連れて走り出した。

 

 ユウナは頭から血を流すウナトを起こすが全く反応がない。

 

 頭を撃ち抜かれ、完全に即死してしまっているようだ。

 

 「くっ、父さん」

 

 悔しさと憤りで拳を強く握った。

 

 ゆっくりウナトを寝かせると今度は腹部を撃たれたレナを見る。

 

 「レナはどうだ!?」

 

 レナを抱き起こす兵士達が応急処置を施しながら報告してきた。

 

 「はい、急所は外れていますが、このままでは」

 

 治療しなければ、命の危険すらある。

 

 だが今は治療をしている余裕はない。

 

 ユウナは固く目を閉じると、指示を出した。

 

 「僕達も港に行くぞ!」

 

 「ユウナ様」

 

 「……ジブリールの好きにさせない。皆には悪いけど」

 

 傍にいた兵士達が顔を見合せて頷くと、立ち上がって敬礼を取る。

 

 「お供させて下さい!」

 

 「すまない」

 

 ユウナはレナを抱えあげ、不安げなリナに笑顔で頷くと爆発で震動する基地内を走り出した。

 




機体紹介2更新しました。
アルカンシェルのイメージはバンシィかな。
装甲の翼のイメージはデスサイズヘルのアクティブクロークですね。



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第38話  三つの剣

 

 

 

 

 

 ヘブンズベースにおける激戦は反ロゴス連合軍の勝利で幕を閉じた。

 

 開戦当初こそロゴス側の奇襲により、前衛部隊の艦隊が壊滅的な打撃を受けた。

 

 だがデスティニーを含む新型機の活躍。

 

 そして体勢を立て直した連合軍の反撃によってデストロイを含む戦力の大半を撃破する事ができたのである。

 

 少なからず離脱していった部隊も存在してはいるが、概ね反ロゴス連合軍の思惑通りに事が運んだと言って良いだろう。

 

 だが、本来の目的をすべて達成できた訳ではない。

 

 この戦闘でロゴス幹部を拘束する事には成功したものの、肝心のロード・ジブリールを逃がしてしまったのである。

 

 当然これに反ロゴス連合は慌てた。

 

 他のロゴス幹部を確保できても、ジブリールを逃がしてしまえばロゴス派は活動を続けるだろう。

 

 これ以上なにか行動を起こされる前に確保したいというのが反ロゴス連合の考えである。

 

 その為動ける部隊には即座に周囲の探索が命じられていた。

 

 そして同じ様に離脱していったロゴス派の部隊を叩いている者達がいた。

 

 ファントムペインと呼ばれていた部隊、ロアノーク隊である。

 

 彼らは紛れも無く反ロゴス派ではあるが、ザフトの一部から追われる立場であり、表だって行動できずにいた。

 

 その為に先の戦いにも参加せず、静観、戦闘終了後にヘブンズベースから離脱してきた部隊を叩くつもりだったのだが―――

 

 アオイの搭乗するエクセリオンは海上で激しい戦闘を繰り広げていた。

 

 背中のウイングスラスターを使い機体を左右に動かしながら放たれたビームを回避する。

 

 「くそ!」

 

 加速を掛けて機体を反転させると敵機に向かってビームライフルのトリガーを引く。

 

 これが普通の敵ならば撃破はできずとも牽制くらいにはなっていたに違いない。

 

 しかし今戦っている敵はそんな甘くはなかった。

 

 エクセリオンの攻撃が敵機に当たらんとした瞬間、手元に光の盾が出現してビームを弾いたのだ。

 

 光のシールドを展開して攻撃を防いだのは―――あの時襲いかかってきた機体シグーディバイド。

 

 つまり相手はザフト特務隊である。

 

 「ここで落すぞ、アオイ・ミナト!」

 

 「あまり熱くなるな、ヴィート」

 

 ヘブンズベース戦に参加しなかったデュルクとヴィートは今回の戦いでアオイ達がいつ動いても良いように網を張っていた。

 

 彼らに与えられた任務『アオイ・ミナトの抹殺』は継続中である。

 

 今回の事をただ静観する事は出来ないだろうと判断していたが当たりだったようだ。

 

 網を張っていたデュルク達はヘブンズベースから離脱した部隊に接触した彼らを捕捉すると、連れてきた部隊と共に奇襲を仕掛けたのである。

 

 ヴィートが対艦刀を構え、加速の乗った攻撃を仕掛けていく。

 

 「この前は途中で終わったからな! 今日は若干腹も立ってるし、思う存分やらせてもらうぞ!!」

 

 スラスターを使い、巧みな軌道でエクセリオンに迫るとベリサルダを袈裟懸けに振るう。

 

 左右からの鋭い斬撃をアオイは紙一重でかわし、肩部のマシンキャノンで牽制しながらビームサーベルを抜き放つ。

 

 「しつこい!」

 

 「はあああ!!」

 

 エクセリオンのサーベルが横薙ぎに振るわれ、シグーディバイドのベリサルダが上段から叩き込まれる。

 

 だがそれらが相手に当たる事はなく、お互いの刃が敵を狙い装甲を掠めていく。

 

 「チッ、やるな!」

 

 高速ですれ違う二機。

 

 そこにデュルクのシグーディバイドがエクセリオンの側面からビームランチャーを撃ち出した。

 

 だがアオイはそれに対して反応せず、ヴィートの方へと向かっていく。

 

 別に気がつかなかった訳ではない。

 

 反応する必要が無かっただけだ。

 

 エクセリオンにビームが直撃する瞬間、ラルスのエレンシアがシールドを展開して割り込んだのだ。

 

 「悪いが少尉をやらせる訳にはいかなくてな!」

 

 デュルクは立ちふさがったエレンシアに若干の苛立ちを募らせた。

 

 目的はあくまでもアオイ・ミナトであり、他の連中など眼中にはない。

 

 「任務の邪魔だ」

 

 若干苛立ちながらも、それを感情に出さずエレンシアに攻撃を仕掛ける。

 

 ラルスはゼニスストライカーを吹かせ、ガトリング砲の雨をやり過ごすとスヴァローグを構えて撃ち出した。

 

 凄まじい閃光がシグーディバイドを撃ち抜かんと迫る。

 

 だがデュルクは旋回しながらビームを回避。

 

 再び接近すると対艦刀を叩きつけた。

 

 シールドで受け止めたラルスは距離を取りつつ戦場の状況を確認する。

 

 共に現れたグフやイフリートの相手はスティング、スウェン、そしてルシアがしている。

 

 グフやイフリートのパイロット達も結構な技量を持っているようだが、ルシア達の敵ではないだろう。

 

 向うは彼らに任せておけば良い。

 

 それにこちらの援護に来られても困る。

 

 何故なら機体性能に差がありすぎるからだ。

 

 前回の戦闘でこいつらの性能の高さや技量は承知している。

 

 それが分かっていながら、彼らに無理はさせられない。

 

 ラルスは視線を敵機に戻すと繰り出されるベリサルダを回避しつつ、ビームサーベルで斬り払う。

 

 お互いの剣撃を叩きつけ光の盾で阻みながら、敵機を睨みつけた。

 

 

 

 

 ラルスとデュルクの戦いの傍ら、アオイとヴィートの戦いが続いていた。

 

 だが先ほどまでとは状況が違っている。

 

 もはや五分の戦いとは言えない状態になっていたのだ。

 

 エクセリオンがビームサーベルを上段から振るい、鋭い一撃が容赦なく装甲を削っていく。

 

 ヴィートは苦悶の声を上げつつ、負けじとベリサルダを振り上げた。

 

 「くそぉ!!」

 

 交差する刃。

 

 閃光が走った瞬間、シグーディバイドの装甲をさらに傷つけた。

 

 同時にコックピット内に火花が飛び、さらに警報が鳴り響いた。

 

 「どういう事だ!? こいつどんどん動きが良くなっている!?」

 

 エクセリオンの動きは前回の戦闘と比べて格段に良くなっていた。

 

 これはアオイが機体を使いこなせるようになってきたというのもあるが、W.Sシステムの影響が一つの要因になっている。

 

 このシステムはアオイの戦場でのデータを集め、彼が最大の力を発揮できるように補佐が行われる。

 

 それによってアオイは自分が動かす前に、機体の方が先に反応するかのように錯覚するほどの反応で動けていたのだ。

 

 「はあああ!!」

 

 アオイはガトリング砲を潜り抜け、逆にビームライフルでシグーディバイドの動きを誘導しながら、ビームサーベルを一閃した。

 

 「ッ!?」

 

 振るわれた剣撃がシグーディバイドの右腕を捉えて斬り落とし、蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!」

 

 「ヴィート!?」

 

 デュルクはエレンシアの高エネルギー収束ビーム砲をビームシールドで防御しながら歯噛みする。

 

 アオイ・ミナトは強い。

 

 簡単にやれるとは思っていなかったものの、ヴィートに傷をつける程とは。

 

 援護に向かおうにも他の機体は足止めを食らい、デュルクもエレンシアの相手で手一杯である。

 

 とても援護に行ける状態ではない。

 

 「潮時か」

 

 デュルクが撤退を考慮し始めた時―――それは来た。

 

 それに最初に気がついたのは、ラルスとルシアであった。

 

 全身に走るこの感覚は――――

 

 「大佐?」

 

 スウェンがフラガラッハでイフリートを斬り伏せながら、訝しげな声を上げる。

 

 「どうしたんだよ?」

 

 スティングもビームライフルでグフを撃墜しながら同様に聞いてきたが、質問には答えずルシアは唇を噛みながらつぶやいた。

 

 この感覚は間違いなく奴だ。

 

 「……白い一つ目」

 

 近づいてくるのは突き出すような突起を持つバックパックを背負った機体だった。

 

 それだけではない。

 

 翼を持った機体と黒い装甲に覆われた機体がこちらに向かって来る。

 

 デスティニー、レジェンド、アルカンシェルだ。

 

 彼らもまた命令を受け、周辺の探索と離脱した敵部隊の追撃を行っていた。

 

 そして探索を開始してすぐに、戦闘を確認しこうして駆けつけてきたという訳だ。

 

 「ジェイル、あれだ!」

 

 「ああ」

 

 どうやら特務隊が戦闘を行っているらしい。

 

 「援護するぞ」

 

 「了解!」

 

 ジェイルはすぐ後ろを飛行しているアルカンシェルを見る。

 

 すでにアレに搭乗しているのがステラである事は分かっている。

 

 もちろんすぐに声を掛けた。

 

 だが案の定ジェイルの事を覚えてはいなかった。

 

 それには忸怩たる思いがある。

 

 しかし、それは後回しだ。

 

 モニターに表示された正面で戦っている者達を確認する。

 

 二機は特務隊のシグーディバイド。

 

 それと戦うのは見た事も無い機体が二機とストライクにカオス、ウィンダムだ。

 

 カオスにストライクがいるということは、正面で戦っているのはアオイがいる部隊という事になる。

 

 だが肝心のイレイズの姿は見えない。

 

 「別の場所にいるのか?」

 

 彼だけが別の場所にいるという事も当然あり得るだろう。

 

 他に可能性があるとすれば、あの新型のどちらかしかない。

 

 その時、新型がシグーディバイドの腕を斬り裂くのが見えた。

 

 今は考えている場合ではない。

 

 ジェイルは操縦桿を押し込み、新型に向かってスラスターを吹かせた。

 

 そんなデスティニーの前にストライクノワールがフラガラッハを構えて立ちふさがる。

 

 「行かせない」

 

 邪魔立てする敵に対しジェイルは怒りに任せて咆哮した。

 

 「邪魔だァァァ!!!」

 

 光の翼を広げ加速したデスティニーはフラッシュエッジを抜くとストライクノワールに振り抜いた。

 

 「速い!?」

 

 スウェンが機体を逸らした事でビーム刃はストライクノワールの装甲を浅く傷つけるに留まった。

 

 致命傷を避ける事に成功したのは、スウェンの技量の高さ故だろう。

 

 しかしデスティニーの武装は彼の予想を上回っていた。

 

 フラッシュエッジを回避して態勢を崩したストライクノワールにデスティニーは左手を突き出してくる。

 

 「ッ!?」

 

 そこでスウェンも掌が光っている事に気がついた。

 

 掌に武装がある!?

 

 操縦桿を引き何とか避けようとするが間に合わない。

 

 デスティニーのパルマフィオキーナ掌部ビーム砲がフラガラッハ諸共ストライクノワールの右腕を吹き飛ばした。

 

 「ぐぅ!!」

 

 「これでぇぇ!」

 

 さらにジェイルはフラッシュエッジを逆手に持って振り上げる。

 

 ビーム刃がストライクノワールの左胸部を斬り裂き、バランスを崩した敵機を蹴り落とした。

 

 「スウェン!?」

 

 ルシアが救援に向かおうとするが、そこにレジェンドが背中のドラグーンを正面に構えて撃ち出し進路を阻んだ。

 

 「くっ」

 

 「お前の相手は俺だ」

 

 レイはルシアを標的に定め、攻撃を開始する。

 

 彼もまたあの感覚を感じ取っていた。

 

 こいつらとはアーモリーワンからの因縁がある。

 

 だからここで決着を付けると決めたレイはルシアのフェール・ウィンダムを狙ってビームライフルを撃ち出した。

 

 ルシアは持ち前の直感でビームを回避、お返しとばかりにビームライフルで反撃する。

 

 それもビームシールドによってあっさり防がれてしまう。

 

 「厄介ね!」

 

 レジェンドの動きを読み連続で攻撃を加えていくが、レジェンドには通用しない。

 

 すべてを回避するとデファイアント改ビームジャベリンを構えて斬り込んできた。

 

 「お前はここで倒す!」

 

 ルシアは振るわれた斬撃を機体を沈ませてやり過ごし、至近距離から肩部のミサイルを叩き込む。

 

 あの機体も間違いなくPS装甲だろう。

 

 損傷はさせられないが、それでも衝撃で距離を取ることくらいは出来る筈だ。

 

 しかしレイもそう容易くはない。

 

 ドラグーンを前面に向け迎撃。

 

 直感に従い爆煙を突っ切り、デファイアント改ビームジャベリンを振り抜いた。

 

 ルシアもまた回避運動を取るが機体が彼女の反応に付いてこない。

 

 剣撃がライフルを捉え、破壊されてしまった。

 

 フェール・ウィンダムを落とそうとレジェンドが迫るがそこにカオスが回り込みビームサーベルを構えて斬り込んだ。

 

 「落ちろ!」

 

 しかしカオスの斬撃はレジェンドを捉える事無く、空を斬った。

 

 驚愕するスティング。

 

 そんなカオスを仕留めようとレジェンドはデファイアント改ビームジャベリンを構える。

 

 「邪魔だ。お前に今用はない」

 

 「スティング、下がりなさい!!」

 

 ルシアの声に反応したスティングは機体を後退させるが無造作に振られた斬撃が機動兵装ポッドを斬り裂いた。

 

 スティングはすぐに機動兵装ポッドを切り離すと、大きく爆発する。

 

 爆煙によって視界が塞がれてしまうがレジェンドはそんな事に構う事無く背中のビーム砲を構えて一斉に撃ち出した。

 

 降りそそぐビームの嵐に二機はシールドを構えて何とかやり過ごすとルシアはスティングに通信を入れた。

 

 「スティング、一機で前に出ては駄目。連携で行くわ。ただし機体性能に差があるから、防御優先で」

 

 火力と防御力、そして機動性。

 

 すべてが通常の機体を上回っている。

 

 決して上手い手とは言えないが、何とか攻撃をやり過ごしながら隙を窺うしかない。

 

 「分かったよ」

 

 カオスとフェ―ル・ウィンダムは連携を取りつつレジェンドを迎え撃った。

 

 

 

 

 エクセリオンは右腕を斬り落とされ体勢を崩したシグーディバイドに止めを刺そうとアンヘルを構えた。

 

 今のシグーディバイドに防御や回避をするだけの余裕はない。

 

 「捉えた!」

 

 アオイがトリガーを引こうとしたその時、目の端に映ったのは光の翼を広げた機体。

 

 それが凄まじい加速でこちらに突っ込んできた。

 

 「はああああ!!」

 

 「あの機体は!?」

 

 見覚えがある。

 

 ジブラルタルで見た新型だ。

 

 背中の光を放出している翼などはシグーディバイドに良く似ている。

 

 おそらくは同型か発展型だろう。

 

 デスティニーはビームライフルを連射しながら、圧倒的な速度でこちらに肉薄してきた。

 

 「速い!?」

 

 アオイはスラスターを使って上方へ回避、ビームライフルを撃ち返す。

 

 しかしデスティニーは光学残像を発生させながらビームを潜り抜け、アロンダイトを振り抜いてくる。

 

 横薙ぎに振るわれた斬撃をエクセリオンはシールドを展開して受け止める。

 

 シールドで突き放し、アンヘルをデスティニーに撃ち込んだ。

 

 激しい閃光が放出され、デスティニーを破壊せんと迫った。

 

 だがビームシールドによってアンヘルは受け止められ、アロンダイトを突き刺すように構えて突っ込んでくる。

 

 エクセリオンは突き出された対艦刀の切っ先をシールドで流すが、それでも敵は手を止める事無く攻撃を加えながら叫んでくる。

 

 「新型のパイロットは誰だ!!」

 

 「その声は……ジェイルか!?」

 

 あの機体に乗っていたのがジェイルだったとは。

 

 驚くアオイだったが、対照的にジェイルはある程度分かっていたかのように驚きはない。

 

 「……ヘブンズベースにいないと思ったら、こんな場所にいたのかよ!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾ける。

 

 勢いに任せ、袈裟懸けに対艦刀を振り抜くとエクセリオンは再びシールドで受け止める。

 

 しかしデスティニーは動きを止める事無くスラスターをさらに吹かし、エクセリオンを弾き飛ばした。

 

 「ぐぅ!」

 

 「落ちろ、アオイィィ!!!」

 

 追撃を掛ける為にアロンダイトを構え、突っ込んでいく。

 

 体勢を崩したエクセリオンにジェイルは躊躇う事無く剣撃を振り抜いた。

 

 だがアオイは機体を半回転させ振り下ろされたアロンダイトに向けシールドを叩きつけ刃の軌道を逸らした。

 

 そして回転させた勢いのまま、回し蹴りを入れて距離を取るとビームサーベルを構える。

 

 「ッ、やるな!」

 

 「ジェイル、止めろ! 俺達は―――」

 

 「止めろだと! ふざけるなァァァ!!!」

 

 ジェイルは聞く耳持たず、再びアロンダイトを振りかぶってきた。

 

 アオイは舌打ちしながらも迎え撃とうとデスティニーに向かっていく。

 

 アロンダイトとビームサーベルが交差する。

 

 しかしお互いを捉える事は出来ず、両機とも弾け飛んだ。

 

 仕切り直しとばかりに距離を取って、再び激突しようとしたその時―――黒い装甲に包まれた機体アルカンシェルが乱入してくる。

 

 「はあああああ!!!」

 

 「な!?」

 

 アルカンシェルが収束ビームガンを撃ち出すとビームが鞭のように複雑な軌道を描き、エクセリオンに襲いかかった。

 

 アオイはシールドを掲げ、咄嗟に上昇してビームをやり過ごす。

 

 だがそれすら気にしていないのか、アルカンシェルは機体を加速させエクセリオンに突撃した。

 

 衝突する二機。

 

 その時―――

 

 「落ちろォォォ!!!」

 

 聞こえて来た声にアオイは驚愕する。

 

 通信機から聞こえてきた声は間違いなくステラの声だったからだ。

 

 「なんで……」

 

 そこでジブラルタルでの出来事が思い出される。

 

 デュランダルが言っていたのはこういう事だったのだろう。

 

 アオイは通信機を入れ、アルカンシェルに呼びかけた。

 

 「ステラ!! 止めろ!!」

 

 「誰だ、お前は!!!」

 

 「なっ、俺だ! アオイだ!!」

 

 「ア、オイ―――知らない、お前の事などォォ!!」

 

 左腕のビームクロウを展開してエクセリオンに向け振り抜いた。

 

 アオイはそれをかわす事無く手首を掴んで受け止めるとステラに呼びかけ続けた。

 

 「ステラ!!」

 

 「う、うるさい!!」

 

 腕のブルートガングを展開して叩きつけられたビームクロウを外側に弾く。

 

 再びステラに呼びかけようとするが、今度はデスティニーが側面から割り込んできた。

 

 「ステラから離れろ!!」

 

 「ジェイル、お前も!」

 

 アオイはアロンダイトの突きを宙返りして回避、アンヘルのトリガーを引いた。

 

 一進一退の攻防。

 

 苛立ちながらジェイルはエクセリオンに再び刃を向けるが、そこにフォルトゥナから通信が入ってきた。

 

 《全機、即座に撤退しなさい》

 

 「撤退!? 俺はまだ―――」

 

 《命令です、撤退しなさい》

 

 ジェイルは思わず歯噛みしてエクセリオンを睨みつける。

 

 「次こそは、必ず!」

 

 ジェルはビームライフルでエクセリオンを牽制するとアルカンシェルを連れて反転する。

 

 「待て! ステラ!!」

 

 「うる、さい! うるさい!!」

 

 ステラに声を掛けるアオイに割り込むようにデスティニーが立ちふさがった。

 

 「アオイ、お前は必ず俺が倒す!!」

 

 「ジェイル!」

 

 アオイは反転して遠ざかっていく二機を見ながら操縦桿を殴りつけた。

 

 まさかあんな機体に乗せられているなんて。

 

 しかもアオイの事を覚えていなかった。

 

 まさか何らかの処置を受けたのか?

 

 アオイは不安と苛立ちを押さえ込み、周囲を確認する。

 

 ラルスのエレンシアは無事だ。

 

 目立った損傷も無い事から、危うげなく敵を撃退できたうようだ。

 

 しかしカオスとフェ―ル・ウィンダムはボロボロで良くここまでもったと思えるほどの損傷だった。

 

 だがそこでストライクノワールの姿が見えない事に気がついた。

 

 「大佐、中尉は無事なんですか!?」

 

 アオイの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。

 

 しかし返ってきた返答は良い意味でアオイの予想を裏切っていた。

 

 「ええ、大丈夫。スウェンは無事よ」

 

 スウェンほどの実力ならそう簡単にやられる筈は無いとは思っている。

 

 だがあれらの機体は驚異的なほど高い性能を持っていた。

 

 そんな敵を相手にしていたのだ。

 

 無事だと聞いて安堵する。

 

 「良かった」

 

 後はこちらが補足したヘブンズベースからの脱出者達だが―――

 

 アオイがどうするかの指示を受けようとした時、向こうから通信が入ってきた。

 

 《待ってくれ、こちらは敵対する気は無い! 怪我人がいるんだ》

 

 「その中に指揮官はいるか?」

 

 《……ああ。僕が指揮官、ユウナ・ロマ・セイランだ。話を聞いて欲しい》

 

 ユウナ・ロマ・セイランとは前に自分達を率いていた人物だ。

 

 それがなんでこんな場所にいるのだろう?

 

 そんな疑問を抱きながら、話を聞く為に彼らを誘導する事にした。

 

 

 

 

 

 ユグドラシルから宇宙に飛び立ったアストとシンを乗せたシャトルはドミニオンと合流を果たしていた。

 

 格納されていたデスティニーインパルスをドミニオンに移乗させ、ブリッジに入るとキラが出迎えてくれる。

 

 「アスト、地上はどうだった?」

 

 「ああ、何とかギリギリ間に合った」

 

 「そっか。それで―――」

 

 キラがアストの後ろにいたシンに向き合った。

 

 この人がキラ・ヤマト。

 

 前大戦でアストと共に戦った英雄で「白い戦神」と呼ばれたパイロットだ。

 

 とてもそんな風には見えず、戦いとは無縁な感じに見える。

 

 茶髪の穏やかな人と言うのがシンの第一印象だった。

 

 「キラ・ヤマトです。よろしく」

 

 「あ、はい! シン・アスカです、よろしくお願いします!」

 

 差し出された手を握ると艦長であるナタルとも挨拶を交わし、早速マユ達の行方についての話し合いが行われる。

 

 ドミニオンの方でも地球から上がってくるザフト艦をいくつか付けていたらしい。

 

 その大半がプラントに向かったみたいだが、一部は別方向に向かって行ったようだ。

 

 「じゃあ、それが……」

 

 「多分二人を連れていった部隊だと思う」

 

 その部隊が向かった場所にマユ達がいる。

 

 シンは拳を握り締めた。

 

 時間が経てば経つほどマユ達は危険にさらされる筈だ。

 

 今どんな目に遭っているかを想像するだけでも、焦りが募っていく。

 

 「……では俺達もそこに向かう。他に気になる事はあるか?」

 

 「後はザフトが防衛にどの程度の戦力を待機させているか分かっていない事かな」

 

 『アトリエ』襲撃の際にはある程度の情報収集をおこない、戦力もテタルトスの協力があった。

 

 しかし今回はそんな猶予はない。

 

 「戦力はこの艦だけですか?」

 

 「一応援軍の要請はしてあるけどね。でも期待しない方がいい。現在同盟は大っぴらに戦力は動かせないんだ」

 

 世界は反ロゴス派に傾いている。

 

 戦争状態とはいえこちらからザフトに仕掛けるというのは不味い。

 

 「俺達だけでやるしかないって事ですか」

 

 「ああ」

 

 話し合いを終えたアスト達は目的地に向かって急ぎ移動を開始した。

 

 

 

 

 マユはゆっくりと意識が戻っていくのを感じた。

 

 ゆっくりと瞼を開くと自分が何かに入れられているのに気がつく。

 

 これは医療カプセル?

 

 なんで自分は医療カプセルに入っているのだろう。

 

 意識がはっきりしない中、横に視線を向けると綺麗な金髪の女性が見えた。

 

 あれはレティシアだ。

 

 彼女もまた医療カプセルに入っている。

 

 一体何が起こっているんだろうか。

 

 よく分からない。

 

 ただ白衣を着た者達が忙しなく動き回っているのだけは確認できた。

 

 そこでマユの意識が再び落ちていく。

 

 だがその時、あり得ないものを見た。

 

 不気味な仮面をした男が部屋に入ってきたからだ。

 

 何であの男がここにいるんだろう。

 

 激しい憎悪をこちらに向けて歩いてくる男を見ながらマユの意識は再び沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 仮面の男カースが入った場所は様々な機器の置いてある部屋だった。

 

 そこを白衣を着た男達が計器を弄りながら、手元の書類に何かを書き込んでいる。

 

 だがカースはそれらすべてを無視して奥に進んでいく。

 

 彼はそんなものに興味はなかった。

 

 興味があるのは奥に並んでいる医療ポッドだ。

 

 横たわっているのは二人の女性。

 

 両名とも紛れも無く美人といっても差し支えない容姿をしている。

 

 若い研究員の何人かはチラチラと彼女達に視線を向けていた。

 

 そんな彼らを心底侮蔑するような視線を向けるが、すぐにポッドの方に向き直る。

 

 「無様だな、レティシア。そしてマユ・アスカ、このまま八つ裂きにしてやりたいところだが、それではつまらない」

 

 近くの研究者を捕まえ、マユ達の状態を聞く。

 

 彼女達はまだ傷が癒えておらず、治療を最優先にしており、ある程度傷が治った後で処置を施す予定らしい。

 

 温いと言いたいところだが、そうなったらそうなったで楽しいだろう。

 

 「こいつらが敵になったらお前はどう思うかな、アスト」

 

 奴の苦悶の表情を思い浮かべるだけでこれまでの溜飲も下がるというもの。

 

 そして仮にこいつらが処置前に救出されたとしても、カースとしては一向に構わない。

 

 その時は自身の手でこいつらを地獄に突き落とせばいいだけだ。

 

 カースとしてはそうなった方が楽しいのだが。

 

 「早く来ないと手遅れになるぞ、アスト」

 

 心底楽しそうに笑みを浮かべるとカースは処置を受けているラナ達の様子を見る為に部屋を退室した。

 

 それからすぐに暗礁宙域にあるこの研究ラボは戦火に包まれる事になる。

 

 

 

 

 それは『アトリエ』の時と同じであった。

 

 いきなり大きな振動と共に爆発が起きたのだ。

 

 「なんだ!?」

 

 ラボの管制室に研究員の一人が飛び込むとモニターに映った映像に息を飲む。

 

 何故ならいつの間にか黒いアークエンジェル級が目の前に映っていたのだから。

 

 「くっ、また奴らか!」

 

 皆の顔に苦々しいものが浮かぶ。

 

 此処には破壊された施設である『アトリエ』から移動してきた者も多くいる。

 

 『アトリエ』を破壊した元凶の一つが再び現れたとなれば、彼らがそういう表情になるのも無理はない。

 

 「モビルスーツ隊を出撃させろ!」

 

 「り、了解」

 

 ラボを護衛していたモビルスーツが出撃していく。

 

 その様子はドミニオンから出撃していたシン達にも見えていた。

 

 目標の場所は『アトリエ』とは違いコロニー状の施設ではなく、小惑星の中に施設を造られているようだ。

 

 「では作戦通り、ある程度敵を迎撃したら隙を見て俺とシンが内部に突入する。その間キラ達は出来るだけ敵を引きつけてくれ」

 

 「了解!」

 

 ドミニオンから出撃したモビルスーツ隊が攻撃を開始する。

 

 カゲロウがビームマシンガンでザクを蜂の巣に、もう一機が電磁アンカーでイフリートを戦闘不能にする。

 

 それに続くようにキラのオオトリを装備したストライクが正面に出た。

 

 キラは斬艦刀を抜いて正面にいたザクに斬りかかる。

 

 上段から振り下ろされたビームトマホークを容易く避けたキラは刃を横薙ぎに振り抜くとザクを真っ二つに切り裂いて撃破した。

 

 さらに振り返り様にビームライフルとレール砲を巧みに使ってグフやザクを落としていく。

 

 それを見たシンは思わず感嘆の声を漏らした。

 

 「キラさんも凄いな」

 

 噂に違わぬと言ったところだろう。

 

 こちらも負けてはいられない。

 

 シンも背中のエクスカリバーを構える。

 

 相手は今までとは違い地球軍でもなければロゴス派でもない。

 

 戦う相手はザフトなのだ。

 

 一瞬だけ躊躇いを覚えるものの、今は優先すべき事がある。

 

 マユを絶対に助けるのだ。

 

 「そこをどけよ!!」

 

 グフの放ったスレイヤーウィップを潜り、袈裟懸けにエクスカリバーを振り抜く。

 

 対艦刀が敵機を斬り裂くと同時にビームライフルでザクを狙撃する。

 

 デスティニーインパルスのビームがザクの胸部を撃ち抜き、閃光に変える。

 

 そのすぐ傍ではアレンの乗るカゲロウがイフリートに斬りかかっていく。

 

 スラスターを巧みに使いイフリートの二連装ガトリング砲を避けつつ、懐に飛び込むとサーベルを一閃する。

 

 ビーム刃が胴体を斬り裂くと同時に別方向にいたグフに電磁アンカーを撃ち込むと電流を流す。

 

 電流によって敵機は動きを止め、ビームライフルを撃ち込んで撃破した。

 

 今のところ順調だ。

 

 思ったよりも戦力は多くない。

 

 さらに他の機体も問題なく敵機を迎撃している。

 

 このままなら施設内の侵入も時間を掛けずに行けるだろう。

 

 シンがそう判断しかけた時だった。

 

 施設内から見覚えのあるモビルスーツが出てくるのが見えた。

 

 「あれは……」

 

 「特務隊が使ってた機体か」

 

 数機のシグーディバイドがこちらに向けて突っ込んでくる。

 

 あの機体の性能は相当高い。

 

 いくらキラやアストが高い技量を持っていても、機体の性能差がありすぎる。

 

 とはいえ戦いを避ける事はできないだろう。

 

 向うはやる気満々といった様子だ。

 

 シグーディバイドは背中の翼を広げるとベリサルダを構えて突撃してくる。

 

 「やるしかないね」

 

 「シン、キラ、何とか突破して施設内に突入するぞ!」

 

 「了解!」

 

 シン、キラ、アストは向ってくるシグーディバイドを迎撃するために動き出した。

 

 

 

 

 しかしここで予想外の機体が一機、この戦場に乱入する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 暗礁宙域で一機のモビルスーツが移動していた。

 

 背中の翼から光を放出して、凄まじいまでの速度で動き回るその機体は地上で圧倒的な力を見せたデスティニーと同型のものだった。

 

 違いがあるとすれば機体の色くらいだろう。

 

 胴体の部分が青ではなく、オレンジ色に染まっている。

 

 ZGMF-X42S『ヴァンクール』

 

 デスティニーと全く同じこの機体に搭乗していたのは、ダーダネルスの戦いにおいて負傷し、プラントで治療を受けていたハイネであった。

 

 彼らは現在ヴァンクールの最終調整を行っていた。

 

 地上ではロゴス派との戦争にも決着がつきそうだと聞いているにも関わらず、こんな強力な機体を用意しているとは相変わらず議長の考えは分からない。

 

 それとも今後こんな機体が必要になる事態が起こるとでもいうのだろうか。

 

 機体の挙動を確認しながらそんな事を考えていたハイネの所に母艦からの通信が入ってきた。

 

 《ヴェステンフルス隊長、機体はどうですか?》

 

 「ああ、いい感じだ。それからヴェステンフルス隊長はよせって言っただろう」

 

 《す、すいません。ともかく一度帰還してください》

 

 「了解!」

 

 ハイネが母艦に向けて移動しようとした時、レーダーに反応があった。

 

 どうやらモビルスーツの反応のようだが。

 

 モニターを操作して拡大すると、爆発の光が見える。

 

 おそらく戦闘の光だろう。

 

 しかしこんな場所で戦闘など、一体どこの連中だろうか?

 

 「ふむ、少し見てくるか」

 

 母艦に通信を入れるとハイネは光が発生した方向に機体を加速させた。

 

 

 

 

 シグーディバイドの斬撃を回避したシンはビームライフルを撃ち込むが光の盾によってすべて防がれてしまう。

 

 さらに敵機はガトリング砲でスティニーインパルスを誘導、懐に飛び込むとベリサルダを振り抜いてきた。

 

 タイミング的に回避は間に合わない。

 

 「くそ!」

 

 シンは迫る刃を前にギリギリシールドを展開して受け止めた。

 

 盾を使わされてしまった。

 

 アストが言っていたように、この機体の燃費はかなり悪い。

 

 迂闊に盾を使わされればあっという間にバッテリーが尽きてしまうだろう。

 

 もっと上手く戦わないといけない。

 

 そんな事を考えている隙に背後に敵機が回り込み、対艦刀を横薙ぎに振り抜いてくる。

 

 だがそれは別方向から放たれたビームランチャーの一撃によって阻まれた。

 

 キラのストライクだ。

 

 「シン!」

 

 キラはシグーディバイドをデスティニーインパルスから引き離す。

 

 そして背後から斬りかかったアストのカゲロウがビームサーベルを叩きつける。

 

 それを驚くべき反応でシグーディバイドが回避した所に待ち構えていたシンが蹴りを叩き込んだ。

 

 敵機を吹き飛ばし連携を崩す事に成功した。

 

 ストライク、カゲロウと背中合わせになりシグーディバイドを迎撃する。

 

 しかし状況は良くない。

 

 あの機体の性能はもう言うまでも無いが、パイロットの技量も高く連携まで上手いと来ている。

 

 厄介極まりない。

 

 三機が隙を窺い再び動こうとした瞬間、上方から放たれたビームによってザクの相手をしていたカゲロウの肩部を撃ち抜き吹き飛ばした。

 

 「増援か!?」

 

 翼を広げて戦場に乱入してきたのはハイネの搭乗しているヴァンクールだった。

 

 「こんな場所に基地があったなんて知らなかったが、友軍を見捨てる訳にもいかないからな。それに機体の慣らし運転には丁度良い!」

 

 ハイネは背中のアロンダイトを引き抜き、攻撃してきたカゲロウを容易く両断するとこちらに迫ってくる。

 

 キラが前に出てビームランチャーを撃ち放つも、左手の甲から展開したシールドによって受け止められてしまう。

 

 「悪いが効かないね!」

 

 「くっ」

 

 ストライクを目標に定めたハイネは加速をつけ、アロンダイトを逆袈裟から振り下ろす。

 

 しかしキラは絶妙のタイミングでシールドを構えて斬撃を流しながら、斬艦刀を構えて迎え撃った。

 

 「ッ、なんてパワーとスピードなんだ!」

 

 「やるねぇ。機体だけでなく、パイロットも一流か」

 

 「キラさん!」

 

 ヴァンクールと戦うストライクの援護に向かいたいが、シグーディバイドが前に立ちふさがりデスティニーインパルスの進路を阻む。

 

 「邪魔だぁぁ!!」

 

 シンは機体を操作して、ビームをギリギリのタイミングですべてかわす。

 

 さらにエクスカリバーを袈裟懸けに振るい、敵機もまたベリサルダを叩きつけてくる。

 

 お互いの刃の切っ先が目の前に迫るが、機体を逸らしやり過ごした。

 

 シンはどこか違和感を覚えた。

 

 今の動きをどこかで見たような気がしたのだ。

 

 「……まさか」

 

 「どうした、シン?」

 

 いや、まさか―――

 

 彼女は地球軍の筈だ。

 

 でもあの動きは彼女を思い起こさせる。

 

 「まさかパイロットは……ラナ?」

 

 シンの予想は当たっていた。

 

 シグーディバイドのコックピット内にいたのはカースによってラボに連れてこられたラナ達だった。

 

 彼女達はすでに全員が処置を施されていた。

 

 あのシステムを使うための処置を。

 

 「……埒が明かない。全機、システム起動」

 

 《了解》

 

 『I.S.system starting』

 

 システムが作動するとラナ達の視界が急激に開け、感覚が鋭くなる。

 

 同時にシグーディバイド全機の翼が広がり、両手に対艦刀を構えて動き出すと凄まじい加速で突っ込んでくる。

 

 「速い!」

 

 「くっ」

 

 カゲロウは斬り上げられる剣撃を何とか回避する。

 

 だが次の瞬間、背後から別に機体が襲いかかった。

 

 アストは両腕のブルートガングを構えてベリサルダを受け止めるが、パワーの違いは大きい。

 

 スラスターを吹かしたシグーディバイドにあっさりと押し込まれ、ブルートガングを叩き折られてしまう。

 

 さらに振り抜かれた一撃が右腕を落とし、殴りつけられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「アレン―――ッ!?」

 

 援護に向かおうとしたシンにベリサルダの刃が迫る。

 

 咄嗟に機体を退くがビームライフルを斬り裂いてしまった。

 

 「くそぉぉ!!」

 

 吹き飛ばされたアストのカゲロウは敵機の斬撃でさらに右足を切断され、大きくバランスを崩した。

 

 それを見逃すほど敵は甘くはない。

 

 数機が刃を構えて突きの構えを取ると、カゲロウ目掛けて突撃する。

 

 「アレン!!!」

 

 しかしそれはアストにとっては計算済みであった。

 

 突っ込んでくるシグーディバイドに肩のスモークディスチャージャーを放つ。

 

 視界を封じ、電磁アンカーを岩場に射出すると一気に施設まで接近して突入した。

 

 そこでようやくラナ達も気がついた。

 

 あのパイロットが攻撃を受けたのはわざとだ。

 

 施設に自分の機体を落下させるべくシグーディバイドの攻撃を誘導していたのである。

 

 「……よくもやってくれた!」

 

 まさかこちらの攻撃を利用してラボの中に突入するなど。

 

 追おうとするシグーディバイドの前にデスティニーインパルスが立ちふさがりエクスカリバーを振りかぶってくる。

 

 「ラナなのか!?」

 

 「誰だ、お前は!? いや、誰でも良い、邪魔するな!!」

 

 「くっ」

 

 ラナのシグーディバイドからの攻撃を避けつつ、シンは計器を確認する。

 

 バッテリー残量が少ない。

 

 でも退く訳にはいかないのだ。

 

 たとえ相手がラナだとしても!!

 

 「俺はマユを―――助けるんだァァァァ!!!」

 

 シンのSEEDが弾ける。

 

 周囲を動き回るシグーディバイド目掛けてエクスカリバーを振り抜いた。

 

 

 

 

 ヴァンクールと相対していたキラは完全に劣勢に立たされていた。

 

 性能の違いやパイロットの技量の高さもある。

 

 だがそれ以上にストライク自体が限界に近づいていたのである。

 

 要するにキラの操縦に機体がついてこれなくなっているのだ。

 

 懸命に機体を動かすものの、アロンダイトの一撃がストライクの装甲をなぞるように抉っていく。

 

 「そんな機体で良くやるよ!」

 

 「機体の反応が鈍い!」

 

 ヴァンクールのビームライフルがオオトリの翼を破壊し、ストライクがバランスを崩した隙にフラッシュエッジを投げつける。

 

 キラはシールドを掲げ、直前まで迫っていたフラッシュエッジを防ぐ。

 

 それは囮だ。

 

 フラッシュエッジを投げた隙に接近していたハイネはアロンダイトを叩きつける。

 

 キラは咄嗟に上昇する事で機体への直撃を避けるが右足を斬り裂かれてしまう。

 

 「ぐぅ!」

 

 「チッ、粘るじゃないか!」

 

 今ので仕留めるつもりだったのだが、あのタイミングで避けるとは。

 

 このパイロットは只者ではない。

 

 ヴァンクールは翼を広げ、再びアロンダイトを構えて突っ込んでいく。

 

 不味い。

 

 機体が思うように動かず、避け切れない。

 

 シールドで受け切れるかどうか。

 

 キラが損傷を覚悟した時、ヴァンクールに連続でビームが撃ちかけられた。

 

 ハイネはいくつかをシールドで防ぎ、攻撃を仕掛けてきた敵機を見る。

 

 「なんだと!?」

 

 「あの機体は―――」

 

 そこにいたのはかつてキラ達と共に戦った機体とよく似た機体だった。

 

 ZGMF-X19A 『インフィニット・ジャスティスガンダム』

 

 名の通り前大戦で戦果を上げたジャスティスガンダムを基に開発された機体であり、主に近接戦闘用兵装を強化されている。

 

 誰があの機体に乗っているかなど考えるまでも無い。

 

 モニターに映っていたのはピンク色の髪をした少女。

 

 「大丈夫ですか、キラ?」

 

 前に見た時と変わらぬ笑顔を向けてくる。

 

 「……ラクス?」

 

 「はい。お久しぶりですね。言いたい事はたくさんありますが、今はともかくヘイムダルⅡに向かってください」

 

 「ヘイムダルⅡ?」

 

 キラが見上げた先にいたのは前大戦の際に投入された特殊作戦艦ヘイムダルだった。

 

 殆ど外見は変わっていないが、細部に違いがある。

 

 いつの間にかドミニオンに隣接し、敵機の迎撃に当たっているようだ。

 

 「この敵は私が相手をします。キラ、急いで貴方の機体を取って来て下さい」

 

 ジャスティスは腰に装備されたシュペールラケルタ・ビームサーベルを連結させハルバード状態にするとヴァンクールに斬りかかった。

 

 「……こんな場所で同盟の英雄と戦えるとはな」

 

 ハイネはニヤリと笑みを浮かべるとアロンダイトを構えて応戦する。

 

 相手にとっては不足は無い。

 

 お互いの攻撃をシールドで受け止めながらも弾け合う二機。

 

 ラクスはファトゥム01に装備されたハイパーフォルティスビーム砲を撃ち出し、シールドに搭載されたグラップルスティンガーを撃ち出した。

 

 クローがワイヤーと共に射出されヴァンクールに迫る。

 

 だがハイネは動じる事無く機体を加速、回転させ回り込むとアロンダイトを袈裟懸けに叩きつける。

 

 ジャスティスは対艦刀の一撃を見切り、シールドを掲げて受け止めた。

 

 キラは激突する二機を横目に見ながら、ヘイムダルに向かってスラスターを吹かせる。

 

 そこに懐かしい人物から通信が入ってきた。

 

 《キラ君、久ぶりだね》

 

 「レフティ中佐!」

 

 モニターに映っていたのは前大戦で一緒に戦ったヨハン・レフティ中佐だった。

 

 挨拶もそこそこにヨハンは告げる。

 

 《早く格納庫に。そこに君の機体がある》

 

 「はい!」

 

 進路を阻むザクに斬艦刀を投げつけ撃破すると、滑り込むようにヘイムダルの格納庫に着艦する。

 

 コックピットから飛び降りるとそこには主を待ちわびる様に一機のモビルスーツが佇んでいた。

 

 ZGMF-X20A『ストライク・フリーダムガンダム』

 

 インフィニットジャスティス同様、フリーダムのデータを基に開発された機体である。

 

 背中にはドラグーンと合わせ、ヴォワチュール・リュミエールなどが装備されフリーダムを遥かに凌駕する性能を持っている。

 

 キラはすぐにコックピットに乗り込むと凄まじい速さでキーボードを叩き調整を終わらせた。

 

 《キラ君、準備は?》

 

 「はい、行けます。そう言えばあの機体は?」

 

 ストライクフリーダムの横には二機のモビルスーツが立っている。

 

 その内の一機はキラにとって共に戦った事があるなじみ深い機体だ。

 

 しかしもう一機は―――

 

 《詳しい話は後でするけど、今までその機体のテストをしてたんだよ》

 

 「今すぐ使えますか?」

 

 《使う分には問題ない》

 

 キラは少し考え込むとすぐに結論を出した。

 

 「なら僕が出撃した後、指示した方向に射出してください。お願します!」

 

 《……分かった》

 

 キラは機体をカタパルトに移動させると、すぐにハッチが開く。

 

 「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

 

 押し出される様に機体が飛び出すと装甲が鮮やかに色づき、蒼き翼が戦場に向かった。

 

 

 

 

 デスティニーインパルスは未だシグーディバイド達との激闘を繰り広げていた。

 

 敵機の攻撃をやり過ごしたシンは横薙ぎにエクスカリバーを叩きつける。

 

 「捉えた!」

 

 だがここでシンにとって最悪の瞬間が訪れた。

 

 コックピット内に甲高い音が鳴り響き、デスティニーインパルスのバッテリーが切れてしまったのだ。

 

 「しまっ―――」

 

 機体の装甲が色を失い、エクスカリバーの刃が消える。

 

 その瞬間をラナは逃さない。

 

 「よくも邪魔ばかりを!!」

 

 シンはシグーディバイドのベリサルダの斬撃を何とか回避しようと機体を動かす。

 

 だが遅い。

 

 デスティニーインパルスの片翼が斬り飛ばされ、左腕が落とされてしまう。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「これで止め―――ッ!?」

 

 ラナが止めを刺そうとした瞬間―――蒼い翼を広げた機体が舞い降りた。

 

 その機体は妹が乗っていたフリーダムに似た機体だった。

 

 「新型機?」

 

 両手に構えたビームライフルがデスティニーインパルスからシグーディバイドを引き離すとビームサーベルを構えて斬りかかる。

 

 フリーダムが叩きつけた斬撃がラナのベリサルダを叩き折った。

 

 「……フリーダム、一体誰が―――」

 

 「シン、大丈夫!?」

 

 「キラさん!」

 

 「シン、二時方向に行くんだ。そこに新型がある、それに乗るんだ!!」

 

 「ッ、了解!」

 

 迷っている暇はない。

 

 デスティニーインパルスではもう戦えないのだ。

 

 シンを援護するようにキラのストライクフリーダムが背中のドラグーンを射出すると周囲のシグーディバイドを狙って攻撃する。

 

 ドラグーンの攻撃に敵機は回避しながら散開した。

 

 「今だ!」

 

 「はい!」

 

 シンは隙を見て飛び出すと言われた方向を目指す。

 

 キラが言った地点に辿り着くと翼を持ったメタリックグレーのモビルスーツが浮かんでいた。

 

 今自分が乗っているデスティニーインパルスに非常に良く似た機体だった。

 

 シンはすぐに乗り換え機体のコックピットに入るとスペックを確認する。

 

 ZGMF-X21A 『リヴォルト・デスティニーガンダム』

 

 デスティニーインパルスのデータを基に開発された最新鋭の機体。

 

 元々ローザ・クレウスが開発したSEEDシステムを試験的に搭載し、テストするために企画されていたもので非常に高い性能を持つ。

 

 「凄い! この機体は!」

 

 これならやれる!

 

 シンはVPS装甲のスイッチを入れると装甲がトリコロールに色づく。

 

 「マユ、今行くぞ! シン・アスカ、リヴォルト・デスティニーガンダム行きます!」

 

 運命に抗う戦いの天使が動き出した。




機体紹介2更新しました。



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第39話  魔神再臨

   

 

 

 

 ザフト研究施設を巡る戦い。

 

 双方一歩も引く事無く、激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 そんな激戦の中、アストは敵の攻撃を利用しカゲロウで施設内部に侵入した。

 

 破壊された基地の破片を避け、適度な場所に機体を止める。

 

 周囲に敵がいない事を確かめ、降りる前にカゲロウの機体状態も確認する。

 

 右腕、右足は完全に破損。

 

 頭部も殴りつけられた事でセンサーの一部も怪しい。

 

 スラスターが無事だったのが不幸中の幸いだった。

 

 とはいえ戦闘が厳しい事に変わりは無い。

 

 「だが動けない訳じゃない。十分だな」

 

 アストは銃のセーフティーを外してコックピットから降りた。

 

 もう一度周囲を確認するが人影は見えない。

 

 ドミニオンの攻撃で損傷した事で退避したのだろう。

 

 こちらとしては好都合である。

 

 「……まずは二人の居場所を確認しないと」

 

 この施設にしても研究の為に結構な広さがあるのは予想できる。

 

 闇雲に探して見つかるとも思えない。

 

 ならば適当な奴を捕まえて二人の事を吐かせるのが確実だろう。

 

 アストはとりあえず方針を決めると震動の中、通路の向かって移動する。

 

 警戒しながら通路を進んでいくとパイロットスーツを着こんだ兵士達が何かの機材を運び出しているのが見えた。

 

 「脱出するつもりか?」

 

 見つからないように通路の陰に隠れてやり過ごす。

 

 無理やり突破も可能だったかもしれない。

 

 しかし二人を見つけるまではリスクは出来るだけ避けたかった。

 

 「念のために着てきて正解だったか」

 

 アストが着ているのはザフトで使っていたパイロットスーツである。

 

 今回アストとシンが内部に入ると決まった時、多少はやりやすくなるだろうとナタルから提案を受けていたのである。

 

 確かにこれなら万が一見つかってもいきなり発砲される事は無い。

 

 最低でも一瞬動きを止めるだろう。

 

 兵士達が離れて行くのを確認したら、探索を再開する。

 

 慌ただしく動く兵士達を避けつつ、端末のある場所を探す。

 

 その時、二人の研究員が話ながら急ぎ足でこちらに向かって来るのが見えた。

 

 一人は実に研究者らしい男性にもう一人は若い研究者のようだ。

 

 「ったく、こんな場所まで攻撃されるなんて」

 

 「狙いはあの子達ですかね」

 

 あの子達とはおそらくマユとレティシアの事だろう。 

 

 アストは気配を殺し、聞き耳を立てる。

 

 「先に処置しちゃったほうが良かったんじゃないですか?」

 

 「怪我があったからな。治してからじゃないと、余計に時間が掛かるんだよ。にしてもいい女だよなぁ、あの金髪の方」

 

 「本当ですよね、色っぽいし。でも、僕はもう一人の方が―――」

 

 下品な話をしながら部屋に入っていく研究員を観察する。

 

 どうやらあの部屋はデータベースが常備してある場所らしい。

 

 さらに彼らは二人の居場所を知っているようだ。

 

 この機会を逃すまいとアストは部屋の中に飛び込んだ。

 

 「えっ!?」

 

 「なんだ!?」

 

 事前に把握した通り、部屋には二人以外誰も居ない。

 

 突然乱入してきたアストに対し碌な反応もできていない。

 

 訓練も受けていない研究者では当然だろう。

 

 アストは戸惑う研究員の懐に一気に飛び込むと、躊躇い無く相手の鳩尾に拳を叩きこんだ。

 

 「ぐぇ!」

 

 そして妙な声を上げて蹲ろうとする相手の顎を躊躇なく蹴り上げて吹き飛ばす。

 

 倒れた研究員は口から血を流しながら動かなくなった。

 

 それを見ていたもう一人は完全に呆然としていた。

 

 何が起こっているのかも理解できていないようだ。

 

 それで躊躇するほどアストは甘くない。

 

 呆然している相手を銃を持っている手で思いっきり殴りつけ、倒れ込んだ所に背後から腕を回し気絶しない程度に首を絞めた。

 

 「ぐぁああ!」

 

 「……質問に答えろ」

 

 倒された同僚の事とアストの冷たい声に怯んだのかコクコクと頷く。

 

 「……お前達が話していた女達の居場所はどこだ?」

 

 「……研究エリア……Bフロア、第二処置室に……」

 

 ジッと観察するが嘘をついているようには見えない。

 

 おそらくは大丈夫だろうが確認の為にもう二、三人から話を聞いた方が良い。

 

 強く首を締め上げ、意識を落とすと解放して床に転がした。

 

 そして端末を操作して検索を掛けて目的の場所を捜し出す。

 

 「どうやら施設の奥らしいな」

 

 必要な情報を得たアストは倒れている研究員を無視して部屋を出ると目的のフロアに向かって動き出した。

 

 

 

 

 暗い宇宙に蒼い翼が翻る。

 

 シグーディバイドの射撃を回避したストライクフリーダムはビームライフルで敵機の右腕ごと対艦刀を破壊する。

 

 キラは思わず舌打ちした。

 

 相手の技量の高さや機体性能から、簡単に行かない事は分かっていた。

 

 だが今の一射で仕留められないとは。

 

 途中から動きが格段に良くなった事といい、この機体群は―――

 

 「例のI.S.システムって奴かな」

 

 だとすれば手強いのも頷ける。

 

 つまりあの機体に乗っている全員がSEEDを使ってくるという事と同じなのだから。

 

 あの機体をどれだけザフトが量産しているのかわからないが、今後かなりの脅威になるのは間違いない。

 

 キラは敵機を散らすように両手のビームライフルで誘導する。

 

 しかしシグーディバイドはストライクフリーダムの射撃をビームをシールドで弾き、回り込んでベリサルダを振りかぶった。

 

 上段から思いっきり振り下ろされた完璧な斬撃。

 

 しかし次の瞬間、その場にいた誰もが驚愕する事になる。

 

 振りかぶられた対艦刀を前にキラもまたSEEDを発動させる。

 

 そしてライフルを腰に装着し、目の前に迫るベリサルダを両掌で挟み込んで止めて見せたのだ。

  

 「はぁ?」

 

 「嘘……」

 

 「ありえない」

 

 少女達はそれぞれの形で目の前で起こった現象を表現した。

 

 それだけ信じ難い光景だった。

 

 だがそれは戦場において致命的な隙だった。

 

 ストライクフリーダムは驚きのあまり止めたシグーディバイドに蹴りを叩き込み、体勢を崩した所にカリドゥス複相ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 放たれた一撃が敵モビルスーツの腹部を貫くと大きな閃光となって宇宙に消えた。

 

 「これでようやく一機か」

 

 「くっ、こいつ! 全機、油断するな」

 

 ラナは残ったベリサルダを構えてストライクフリーダムに向かっていく。

 

 それを迎え撃つようにキラは腰のビームサーベルを両手に構えた。

 

 その時―――再び新たな剣が戦場に降り立った。背中に特徴的な翼を持った機体。

 

 運命に抗う力『リヴォルト・デスティニーガンダム』である。

 

 戦場に駆けつけたシンはリヴォルトデスティニーの予想以上のスピードに驚きつつ、さらに機体を加速させる。

 

 デスティニーインパルスと同じように背中の翼が開き、光が周囲に飛び散ると光学残像を作り出す。

 

 それに乗じて斬艦刀『コールブランド』抜き、シグーディバイドに斬り込んだ。

 

 「なっ、速い!?」

 

 Iシグーディバイドのパイロットは凄まじい速度で突っ込んできたリヴォルトデスティニーの攻撃に反応、反撃を試みる。

 

 だがシンの動きはそれを上回っていた。

 

 横薙ぎに振るわれた対艦刀の一撃を回避すると、斬艦刀を振り上げ腕ごと切断する。

 

 さらに敵機を蹴り飛ばし、高出力エネルギー収束ライフル『ノートゥング』を撃ち出してシグーディバイドを撃破した。

 

 そしてビームライフルで敵機を狙撃しながらストライクフリーダムの横に並ぶ。

 

 「キラさん!」

 

 「シン! 連携で行くよ!」

 

 「はい!」

 

 ストライクフリーダムが先行し、その後にリヴォルトデスティニーが続く。

 

 キラは両手のビームライフルを構え、シグーディバイドを分散。

 

 回避先を読んだシンがスラッシュビームブーメランを投げつける。

 

 ブーメランが曲線を描きながら敵機の脚部を斬り裂くと、その隙にキラがレール砲で敵機を破壊した。

 

 「シン、後は僕だけでも大丈夫だ。君はアストの後を追うんだ!」

 

 確かにいかにアストといえども単独での救出は危険だろう。

 

 内部では何があるかは分からないのだ。

 

 カゲロウも損傷を受けていたし、急いで援護に向うべきかもしれない。

 

 「分かりました。ここをお願いします!」

 

 若干ラナの事は気にかかったが、今優先すべき事は別にある。

 

 シンはその場をキラに任せ、施設に向かった。

 

 当然それを黙って見ているほどラナ達もお人好しではない。

 

 背を向けたリヴォルトデスティニーにビームランチャーで狙いを定めた。

 

 「行かせない!」

 

 だが引き金を引こうとしたラナの前に、またしてもストライクフリーダムの邪魔が入った。

 

 両手のビームライフルを連結させ、通常以上の出力でビームが撃ち出される。

 

 想定以上の威力に警戒したラナは機体を退くが、間に合わずビームランチャーを破壊されてしまう。

 

 「また、お前は!!」

 

 「悪いけど、シンの邪魔はさせない!」

 

 両手にビームサーベルを構えたストライクフリーダムにシグーディバイドもまたベリサルダを抜いて襲いかかった。

 

 

 

 施設内部の奥まで進んだアストは目的のフロアまで辿り着いていた。

 

 幸いな事に連中は施設からの離脱を図っているようで、データや機材を運び出すのに忙しいらしい。

 

 アストがザフトのパイロットスーツを着ていた事も合って、こちらには見向きもしない。

 

 やりやすいのはありがたいが、今の状態にやや違和感を感じなくもない。

 

 いくらなんでも防備に当たっている兵士達が少なすぎるのである。

 

 だが調べている暇もなければ、考え込んでいる時間は無い。

 

 もしも二人が施設から運び出されたら救出は困難になるだろう。

 

 急ぎフロアを探索すると程無く目的の部屋を発見した。

 

 「第二処置室、ここか」

 

 あの後何人かの研究員に話を聞かせてもらったが、皆同じ様にこの場所を口にしていた。

 

 ここで間違いない。

 

 アストはフロアから部屋を覗きこみ、様子を窺う。

 

 するとそこには多くの機材や端末が散らばっている。

 

 その中心には―――床を真っ赤に染める血の海が広がっていた。

 

 赤い血の中央には白衣を着た研究者達が何人も倒れている。

 

 「……一体誰が」

 

 二人の安否も含め、部屋の中を確認しないといけない。

 

 警戒を怠る事無く部屋に踏み込むと直後に銃声が鳴り響いた。

 

 「くっ!?」

 

 アストは咄嗟に机の陰に隠れると即座に銃を構え、銃弾が撃ち込まれた方を覗き見た。

 

 そこにいたのは完全に予想外の人物―――仮面を付けた男カースだった。

 

 「遅かったじゃないか、アスト」

 

 銃を構え、口元には笑みを浮かべている。

 

 同時に合点がいった。

 

 このフロアに兵士達が異常に少なかったのもおそらく奴の仕業だろう。

 

 「貴様、何故ここにいる?」

 

 「そんな事より、お前こそ大切なお姫様達を救いに来たんだろ? まあ、ギリギリ間に合ったな」

 

 そう言うとカースは横の医療ポッドを蹴り倒した。

 

 大きな音が部屋全体に反響し、倒れた医療ポッドの中からマユとレティシアが飛び出し床に倒れ込む。

 

 趣味の悪い事に最初からポッドを開いた状態にしていたらしい。

 

 睨みつけるアストにカースは愉快そうに笑いかけた。

 

 「そう怒るな。むしろ感謝してもらいたいくらいだぞ。こいつらを運び出そうとした連中を始末してやったんだからな」

 

 「何故、そんな事を」

 

 「元々こいつらのやり方は好きじゃなくてな。お前とこいつらが殺し合う様を見るのも楽しみではあったが、できるなら直接この手で殺したかった。もしもお前が間に合わなければ放置していたが、せっかく囚われの姫を王子が助けにきたんだ。それなりの歓迎をしようと思ってな」

 

 銃声が響くと同時に火花が散る。

 

 アストも机の陰から銃を撃ち返すとカースもまた機材の影に身を潜めた。

 

 「……悪趣味な歓迎は結構だ。二人は返してもらう。だがその前に―――お前の素顔を見せて貰おうか!」

 

 アストはカースの方へ机を蹴り上げ、前に飛び込んだ。

 

 机が機材にぶつかると同時に放たれた銃弾が火花を散らす。

 

 その隙に拾った端末をカースに投げつけた。

 

 「チッ!」

 

 腕に端末が当たり、態勢を崩したカースの顔面目掛けて蹴りを放つ。

 

 しかし相手も黙ってやられたりはしない。

 

 アストの蹴りを顔を逸らしてかわそうとしたのだ。

 

 だが完全に避け切る事は出来ず、カースの仮面を掠めて弾き飛ばした。

 

 カースもまたお返しとばかりに蹴りを放つ。

 

 アストは腕を交差させて蹴りを止め、背後に倒れこまない様に踏ん張りながら後方に下がる。

 

 仮面を外れた際に見えた顔はアストにとって驚きは無かった。

 

 ある程度予測していたからだ。

 

 

 「やっぱりお前だったのか―――シオン」

 

 

 カース―――いや、シオンは憎悪の籠った笑みを浮べる。

 

 アストもまた殺意の籠った視線を返す。

 

 シオン・リーヴス。

 

 アストの過去に因縁のある男。

 

 そしてマユやシンにとっては自分達の運命を狂わせた原因を作った人物でもある。

 

 前大戦においてマユの乗るターニングガンダムによって倒され、戦死したと思われていたのだが。

 

 「あまり驚いていないようだな、アスト」

 

 「……戦場で戦った時から、予想はしていた。生きていたとはな。お前が地球軍に居たのは誰の指示だ?」

 

 銃を構えてシオンに突きつける。

 

 シオンのナチュラル嫌いは本物だ。

 

 昔からよく知っている。

 

 それにも関わらず地球軍にいたという事は相応の目的があった筈だ。

 

 だが質問には答えずシオンは持っていたもう一丁の銃を取り出すとアストに突きつけた。

 

 「そこまでお前に教えてやる義理は無いな。それより、さっさと続きを始め―――」

 

 その時、睨み合っている二人に乱入するように部屋に飛び込んできた者が居た。

 

 「アレン、大丈夫ですか!?」

 

 「シン!?」

 

 シオンはシンの放った銃弾を機材の影に隠れてやり過ごす。

 

 その隙にアストはシンと共にマユとレティシアを抱えて机の影に飛び込んだ。

 

 「まさかお前まで来ていたとはな、シン・アスカ」

 

 その声には覚えがあった。

 

 あの時―――デストロイと戦った際にマユに恨みがあるとか言っていたパイロットの声だ。

 

 「お前はあの時のウィンダムのパイロットか!? なんでこんな場所のお前が居るんだよ!!」

 

 「そんな事はどうでもいいだろう。それにもう時間切れらしい」

 

 「何だと?」

 

 瞬間、施設内が大きく揺れ、振動が襲いかかる。

 

 揺れに耐えながらシオンに注視していると部屋に二人の少女が入ってくる。

 

 銃をそちらに向けたが、驚きで動きを止めてしまう。

 

 部屋に入ってきた少女は不気味なほどまったく同じ顔をしていたからだ。

 

 しかもシンのとっては見覚えのある少女だったのだから余計に驚くのも無理は無い。

 

 「ラナ!?」

 

 しかしシンの声など聞こえていないように二人のラナは何の反応も見せず、シオンの下に歩いて行く。

 

 「カース様、すべての処理が完了しました」

 

 「データの回収は無事達成、残った研究員もすべて抹殺、脱出しようとしていた者達も艦諸共爆破しました」

 

 すべて抹殺!? 

 

 ではさっきの爆発は脱出しようとしていた連中の艦が爆発したという事か。

 

 それを聞いたシオンは満足したように頷く。

 

 「そうか。では残りの個体と合流した後、この施設から出るぞ」

 

 「了解いたしました」

 

 「シオン!」

 

 銃を構えるアストだったが、二人のラナがこちらに向けて一斉に発砲してきた。

 

 咄嗟に身を屈め、銃弾を回避する。

 

 シオンはそんなシン達を無視して入口まで歩いて行くとこちらに向き直る。

 

 「アスト、お前もそこにいるマユ・アスカも必ず殺す。必ずだ」

 

 「そんな事は俺がさせない!」

 

 シンが机の陰から身を乗り出して、再び銃を構える。

 

 しかしシオンは興味無さげに視線を逸らすと部屋を出た。

 

 「前にも言ったがお前には興味がない。だが邪魔をするというのならお前もついでに殺してやる」

 

 「このぉ!」

 

 憤りに任せて引き金を引こうとするが、ラナ達がそれを阻むように発砲してくる。

 

 シオンはラナ達を率い外へと向かった。

 

 「待てよ!」

 

 「シン! 落ちつけ、今は二人を安全な場所に運ぶ事が優先だろう!」

 

 アストはシオンを追おうとするシンの肩を掴んで制止する。

 

 シンは堪える様に頭を振るとため息をついた。

 

 「マユ達は大丈夫ですか……ってなんでそんな格好なんですか!?」

 

 倒れている二人の姿は裸同然の姿だった。

 

 シンはアストの視界からマユを遮るように立ちふさがった。

 

 「アレンはマユから離れてくださいよ!」

 

 「はぁ、そんな事言っている場合じゃないだろう。まずはここから脱出する方が先だ」

 

 アストは出来るだけ汚れていない、白衣を拾うとマユ達に着せる。

 

 これで少しはマシだが、どこから空気が漏れているかも分からない。

 

 途中で宇宙服を確保した方がいいだろう。

 

 「シン、デスティニーインパルスはどうした?」

 

 「あ、キラさんから新型を渡されて、乗り換えたので、そのまま―――」

 

 「そうか。シン、お前の機体に二人を乗せて一旦ドミニオンに戻れ」

 

 「えっ、アレンはどうするんですか?」

 

 「外ではシオンが待ち構えている筈だ。奴は俺を狙ってくる。二人を乗せるには危険だ。それにカゲロウは損傷もしているからな」

 

 シオンというのが奴の名前だろう。

 

 だがカゲロウでは戦えない筈だ。

 

 「でもそれじゃ―――」

 

 「何とかするさ。それよりも早く行くぞ」

 

 アストはレティシアとマユの頬を撫でると抱え上げて入口に向かう。

 

 シンもまたマユを背負いアストの後を追う。

 

 その時、背中から微かに声が聞こえてきた。

 

 「マユ、目が覚めたのか?」

 

 「……うう、誰?」

 

 「俺だ。シンだよ。もう大丈夫だぞ」

 

 「……なんで」

 

 マユは微かに目を開くとシンの顔を見て、そして隣にいたアストの顔を見た。

 

 「アスト、さん?」

 

 マユの声にアストは頭を優しく撫でると微笑んだ。

 

 「すまない。来るのが遅くなってしまった」

 

 「……夢かなぁ」

 

 「今はそれでいい。とりあえず眠っていろ」

 

 マユは嬉しそうに目を閉じた。

 

 シンはどこか納得いかなそうにジト目でアストを見る。

 

 「なんか今の反応、納得いかないんだけど」

 

 「だから話は後だ。さっさと外に出るぞ」

 

 確かに今は話をしている場合ではない。

 

 シンは必ず後で話を聞かせて貰おうと決めるとマユを担ぎ直し、アストの後を追って行った。

 

 

 

 

 シグーディバイドとストライクフリーダムの戦いは徐々にラナ達の方が不利な状況に陥っていた。

 

 何度も反撃を試みるがその度にストライクフリーダムに押し返されてしまう。

 

 初期に比べラナ達の人数は減り、技量と性能の差も相まって確実に劣勢に追い込まれていたのだ。

 

 「まだ!」

 

 ラナはストライクフリーダムにガトリング砲を撃ち込んで引きつけると、別方向の味方機がビームランチャーを撃ち放つ。

 

 しかし敵機は降り注ぐガトリング砲をすべて回避しつつ、ビームランチャーまでも避け切って見せた。

 

 「なっ!?」

 

 「焦ってるのが見え見えだよ!」

 

 キラは速度をさらに上げ、背中のドラグーンを射出すると敵機を狙い撃つ。

 

 四方から降り注ぐ攻撃。

 

 シグーディバイドは防御しながら後退、ストライクフリーダムを狙いビームライフルを連射する。

 

 しかしフリーダムはさらに加速。

 

 ビームを振り切り、ビームサーベルで斬り込んでくる。

 

 接近してきたストライクフリーダムが腕を振ると同時に煌く軌跡が描かれ、シグーディバイドの両腕が斬り裂かれてしまう。

 

 これで戦闘可能な状態なのはラナ本人を含めて二機のみ。

 

 今の自分達はI.S.システムを使っているというのに、ここまで追い込まれるとは。

 

 追い詰められたラナ達だったが、施設内からまた数機のシグーディバイドが飛び出してきた。

 

 それを確認したキラは思わず歯噛みする。

 

 「まだあれだけの数がいたのか」

 

 今でこそ押しているとはいえ、この機体はパイロットの動きも含め決して侮れるものではない。

 

 油断すればこちらも痛いしっぺ返しを食らう事になるだろう。

 

 警戒するキラの前に現れたシグーディバイドに搭乗していたのは施設から脱出してきたシオン達だった。

 

 ストライクフリーダムと相対している数を確認して舌打ちする。

 

 敵の新型が相手とはいえここまで派手にやられているとは。

 

 「ふん、どれだけ手を加えても所詮は人形か。とはいえこれ以上死なす訳にもいかないか。お前達はラナ達の援護をしてやれ」

 

 「カース様は?」

 

 「あいつが出てくるのを待つさ。後は状況見て判断しろ。お前達でもそれくらいはできるだろう?」

 

 「「「了解!!」」」

 

 護衛に二機を残し、他の機体はストライクフリーダムの迎撃に向かう。

 

 それを見届けるとシオンは施設内から出てきた二機のモビルスーツに目を向けた。

 

 カゲロウとリヴォルトデスティニーだ。

 

 「出てきたか。お前達は手を出すなよ。さて、少し遊ばせてもらおう」

 

 シオンは笑みを浮かべるとカゲロウに向けてベリサルダで斬りかかった。

 

 アストは突撃してくるシグーディバイドを予測していたかのように、残った左腕のブルートガングで対艦刀を受け止める。

 

 「やはり来たか、シオン!」

 

 「アスト、その機体でどこまで足掻けるか見せてみろ!!」

 

 押し込まれる対艦刀をアストは流すように弾き飛ばした。

 

 まともに受けていては再び叩き折られてしまうからだ。

 

 しかしシグーディバイドは動きを止めずにカゲロウの腹部を蹴り上げる。

 

 「ぐっ!?」

 

 アストはスラスターを使って体勢を立て直し、距離を取った。

 

 しかしシグーディバイドは容赦なくカゲロウに向けビームライフルを連射して装甲を抉っていく。

 

 ギリギリで致命傷を避け、撃ち込まれたビームをブルートガングで弾きつつ、さらに後ろに下がる。

 

 「アレン!? くそォォ!!」

 

 離脱しかけていたシンはアラドヴァル・レール砲を構え、シグーディバイドに撃ち込んだ。

 

 「チッ」

 

 砲弾を弾いたシオンは邪魔をしたリヴォルトデスティニーに対艦刀を袈裟懸けに叩きつけた。

 

 「ふん、お前になど用はない!」

 

 「アレンはやらせるかぁ!!」

 

 戦闘機動を取ろうとするシンだったがコックピット内にマユ達がいる為に思いきり動く事が出来ない。

 

 「シン、早くドミニオンに!」

 

 「いくらアレンでもこいつ相手にその機体じゃ無理ですよ!」

 

 シグーディバイドはシンの攻撃を避けながら、次々ビームを撃ち込んでくる。

 

 カゲロウも援護に加わるが、このままではじゃジリ貧だ。

 

 そこに複数のシグーディバイドと戦っていたストライクフリーダムが割り込んできた。

 

 リヴォルトデスティニーを援護するようにカリドゥス複相ビーム砲を撃ち込んでシグーディバイドを引き離す。

 

 「アスト、シン、君達は一旦下がれ! ここは僕が引き受ける!!」

 

 「俺も残りますよ。マユ達には少し我慢してもらますから」

 

 シンの申し出にキラは笑みを浮かべると周囲にドラグーンを展開、全砲門を構えてフルバーストモードで一斉に撃ち出した。

 

 「アスト、ドミニオンのそばにいるヘイムダルⅡに君の機体がある。早く取りに行って!」

 

 「俺の機体が? 分かったしばらく頼む」

 

 ストライクフリーダムとリヴォルトデスティニーの援護を受け、アストはヘイムダルⅡに方へ向かう。

 

 「チッ、逃げる気か、アスト!!」

 

 シオンは背を向けたカゲロウにビームライフルを構えるが、リヴォルトデスティニーが立ち塞がる。

 

 「やらせないって言っただろ!!」

 

 「貴様、邪魔するな!!」

 

 振るわれたコールブランドをシールドで流しながら、シオンもまたベリサルダで斬り払った。

 

 ニ機の激突を尻目に戦域から離脱したアストの目の前には懐かしい戦艦が見えていた。

 

 前大戦時に潜入したプラントを脱出に際に世話になったヘイムダルに似た戦艦である。

 

 ハッチが開き、着艦すると通信が入ってきた。

 

 《君も久しぶりだね、アスト君。まったく、たまにはアルミラ大佐に連絡くらい入れてくれ。でないと愚痴を言われるのは僕なんだからさ。しかも最近はルティエンス君やアスカ君まで加わって大変だった》

 

 「すいません、レフティ艦長」

 

 容易にその光景が浮かぶ為、やや苦笑いをしてしまう。

 

 今度何かお詫びでもするとしよう。

 

 《まあ、その話は後だ。それより君の機体を用意してある》

 

 カゲロウのコックピットから這い出るように降りると、格納庫には馴染み深い機体が佇んでいた。

 

 ZGMF-X17A 『クルセイド・イノセントガンダム』

 

 前大戦でアストが搭乗していたイノセントガンダムのデータを基に現在の技術をつぎ込んで開発された機体である。

 

 アストの力を存分に発揮できるように調整が加えてあり、機動性、火力ともに強化されている。

 

  コックピットに乗り込んだアストはキーボードを叩きスペックを確認すると、カタパルトに移動する。

 

 《もうすぐ戦闘も終息する筈だ。それまでは頼むよ》

 

 「了解。アスト・サガミ、イノセントガンダム、出るぞ!!」

 

 機体の装甲が白く染まるとスラスターを吹かして戦場に飛び出した。

 

 フットペダルを踏み込み機体を加速させる。

 

 ドミニオンを狙っているザクに目標を定めると、ビームサーベルを抜き斬り込んだ。

 

 「あれは……イノセント!?」

 

 ザクのパイロットが驚きつつもオルトロスを構えて反応するが、あまりに遅すぎる。

 

 あっという間に接近され、すれ違いざまに胴体を斬り裂かれたザクはあっけなく爆散した。

 

 「くそ、囲んで仕留めろ!」

 

 「了解!」

 

 イフリートとグフが挟み撃ちする様に左右から襲いかかる。

 

 しかしアストは振り下ろされたグフのビームソードをサーベルを叩きつけて破壊。

 

 シールド内のグレネードランチャーを至近距離で撃ち込んで撃破する。

 

 さらに背後からベリサルダを構えて斬り込んで来たイフリートの斬撃を宙返りして回避。

 

 斬艦刀バルムンクにて両断した。

 

 「良し、機体に問題はない」

 

 機体の調子を確かめるとアストはキラやシンが戦っている場所に向かって速度を上げた。

 

 

 

 

 「シン、左だ!」

 

 「了解!」

 

 シンはシグーディバイドの連撃をストライクフリーダムと連携を取って迎撃していく。

 

 それらを押し込むように苛烈な攻撃を加えていくシオン達。

 

 一斉に撃ち出されたビームランチャーの攻撃をシールドで受け止めながら、『ノートゥング』で反撃する。

 

 シオンはシールドを展開。

 

 ビーム砲を弾き飛ばすが、同時にストライクフリーダムがレール砲を撃ち出してきた。

 

 フリーダムの放った砲弾を機体を後退させてやり過ごすシオンにシンはコールブランドを叩きつける。

 

 「しつこいな」

 

 「アンタは俺が倒す!」

 

 互いが繰り出した剣撃を受け止めながら弾け合う二機。

 

 両者は完全な膠着状態に陥っていた。

 

 

 そこに一機のモビルスーツが戦場に駆けつけてきた。

 

 

 白い四肢に背中からリヴォルトデスティニーとは違う光の翼のようなビームの光を放出している。

 

 まさに天使を連想させる機体、クルセイドイノセントガンダムだった。

 

 「二人とも待たせたな!」

 

 シンは駆けつけてきた白い機体を見つめる。

 

 「あれがアレンの機体」

 

 フリーダムやジャスティスと同じく前大戦で多大な戦果をあげた機体、イノセント。

 

 マユはあの機体によって救われたのだ。

 

 そう思うと少し不思議な気分になった。

 

 アストは背中のヴィルト・ビームキャノンを発射。

 

 動きを止めたシグーディバイドの右半身を消し飛ばした。

 

 「フ、フフ、フハハハ!! 懐かしくも、忌々しいな、その機体は!!」

 

 シオンにとってイノセントは尽く邪魔をしてくれた屈辱の象徴である。

 

 初めてオーブで相対してきた時からずっとそうだった。

 

 あの機体を倒す事こそシオンにとって目的の一つだったと言っていい。

 

 「行くぞ、アストォォ!」

 

 シオンは加速をつけリヴォルトデスティニーを引き離し、ベリサルダを構えて突撃した。

 

 クルセイドイノセントに肉薄すると上段から振り下ろす。

 

 しかしその一撃が届く事はない。

 

 イノセントはシールドを掲げ対艦刀の一撃を容易く受け止め、バルムンクを振り抜いた。

 

 回避の間もなくバルムンクの一撃がシグーディバイドの肩部に直撃すると大きく傷を作った。

 

 「シオン、ここでお前を倒す!」

 

 「調子に乗るなァァ!!」

 

 しかしシオンの放った斬撃はイノセントを掠める事無く空を斬り、逆に反撃されてしまう。

 

 そこにシオンを援護する為、シグーディバイドが突撃してきた。

 

 「カース様!」

 

 「援護します!」

 

 だがそれにも焦る事無く、アストは冷静に対処する。

 

 背後からの攻撃を上昇して回避、スラスターを使って今度は下降する。

 

 クルセイドイノセントは敵機をすれ違うその瞬間に背中の『ワイバーンⅡ』を展開。

 

 瞬時に両機の腕を容易く斬り裂いた。

 

 「シオン!」

 

 さらに狙いをつけて高出力エネルギー収束ライフル『アガートラム』のトリガーを引いた。

 

 その強力な一射がシオンが構えていたビームランチャーを破壊する。

 

 「チッ、貴様―――」

 

 「カース様、時間です」

 

 激昂しかけたシオンだったが水を差すようにラナが時間を告げた。

 

 つまり今回はここまでという事だ。

 

 「……いいだろう。アスト、続きはまた今度だ。マユ・アスカに伝えておけ、決着をつける時は相応の機体を用意しておけとな」

 

 「逃がすと思うか!?」

 

 クルセイドイノセントは再びアガートラムを構える。

 

 そこに損傷していたシグーディバイドの一機が前に出るとアスト達の前で大きな爆発を引き起こした。

 

 「なっ、まさか自爆!?」

 

 「くそっ!」

 

 爆発の衝撃に紛れ、シグーディバイド全機が後退していく。

 

 「ではまた。精々オーブで警戒しておくんだな」

 

 「なんだと? どういう意味だ!」

 

 シオンは何も答える事無く、他の機体と共に退いていった。

 

 後退していく味方の動きはインフィニットジャスティスと戦っていたハイネにも確認できた。

 

 「基地は放棄されたか」

 

 ならばこれ以上の長居は無用だ。

 

 ジャスティスの振るってきた斬撃をシールドで受け流しながら、ハイネは軽やかな口調で呟いた。

 

 「流石同盟の英雄だ。ここまでやるなんてな。けど今回はここでお開きだぜ!」

 

 アロンダイトを横薙ぎに振り抜き、ジャスティスを弾き飛ばしてヴァンクールも撤退する。

 

 退いて行く敵機の後ろ姿を確認したラクスはホッと息を吐いた。

 

 「退いてくれたようですわね。向うも上手く行ったようですし、良かったです」

 

 彼女にとってもマユやレティシアは家族も同然である。

 

 捕まったと聞いた時は動揺したものだが、作戦がうまく行って良かった。

 

 ラクスは助け出された二人の事を考えながら、ヘイムダルⅡに帰還した。

 

 そしてシン達もまた後退していく敵機の姿を見届けると母艦へ移動を開始する。

 

 シンはコックピットにいるマユの姿を見た。

 

 未だに眠り続けている妹の姿を見てようやく心から安堵出来する。

 

 「無事で本当に良かった」

 

 色々あったし、これで終わりではない。

 

 だがとりあえずは安心した。

 

 シンはマユの頭を撫でるとリヴォルトデスティニーをドミニオンに向けた。




機体紹介2更新しました。

まあ、こんな名前なのはいつものごとく思いつかなかったからです。

 


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第40話  少女は再び翼を纏う

 

 

 

 

                                          

 ザフトの研究施設からマユとレティシアを救出する事に成功したドミニオンはヘイムダルⅡと共にヴァルハラに帰還していた。

 

 港の隔壁が開くと同時に二隻がドックに入ると修復や補給の為に整備の者達が戦艦に取りついた。

 

 クルー達も落ちついた様子で歩き、和やかな雰囲気が艦内を包んでいる。

 

 一息ついたシンもマユの様子を見る為に医務室に足を運んでいた。

 

 ベットにはマユとその反対側にレティシアが眠っている。

 

 先生の話では怪我の方も医療ポットである程度治療されていたらしく休養は必要だが、他は問題ないと聞かされた。

 

 それを聞いてシンは安心したのだが、そうすると今度は別の事が頭に浮かんでくる。

 

 考えていたのはこれからの事。

 

 マユは助け出せた。

 

 しかしだから終わりという訳ではない。

 

 デュランダルがやろうとしている事や、ジェイルやレイ、そしてなによりもセリスの事。

 

 アストの話を聞く限り、セリスは記憶の操作を受けている可能性が高い。

 

 おそらくシンの事も覚えていないだろう。

 

 だからといって放っておく事は出来ない。

 

 ただそうなると今度はザフトと戦う事になる。

 

 研究施設での戦いはマユを助けるという目的の為にあえて余計な事は考えずにいた。

 

 しかし今度はジェイルやレイと刃を交える可能性は高いだろう。

 

 そうなった時、仲間だった彼らと本気で戦えるのか。 

 

 しばらく考え込んでいると、マユの様子に変化があった。

 

 ゆっくりと目を開き、シンを見る。

 

 「マユ、目が覚めたのか?」

 

 「……夢じゃなかったんですね。どうして?」

 

 自分の置かれていた状況を思い出したのか、疑問をぶつけてくる。

 

 マユからすればザフトに居た筈のシンがどうしてと言いたいのだろう。

 

 すべてを説明する前に自分の本心を口にする。

 

 「俺がマユを助けるのは当たり前じゃないか」

 

 そう微笑みかけるシンに、マユも「そうですか」と呟いて口元を少し綻ばせた。

 

 改めて話をしようとした時、ベットに横たわっていたレティシアも目を覚ました。

 

 「レティシアさんも目が覚めたんですね」

 

 「……マユ? それに貴方は、マユのお兄さんの―――」

 

 「えっと、シン・アスカです!」

 

 椅子から立ち上がるとレティシアに自己紹介する。

 

 初めて見た時から分かってはいたけど、思わず緊張するくらいの凄い美人だ。

 

 ベットから半身を起したレティシアとやや照れながら握手をする。

 

 もし仮にこんな所セリスに見られたら―――

 

 いや、精神的にも怖い想像は止めた方が良い。

 

 落ちついたところでこれまでの経緯を説明する事にした。

 

 ミネルバがザフトに攻撃された事。

 

 そしてアストやキラと共にマユ達を救出に向かった事までを。

 

 「なるほど」

 

 「ザフトでそんな事が……」

 

 「間に合って良かったよ」

 

 シンの話を聞いて何かを考え込むように起き上がったマユは真剣な表情で顎に手を当てる。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「いえ、少し」

 

 マユが考え込んでいたのはセリスの事だ。

 

 ダーダネルスの戦いやフリーダムを落とされてしまった時も鬼気迫るとでも言えばいいのか、ミネルバで会った時とはまるで違う殺気を感じていた。

 

 あれはザフトで施された処置が関係していたと考えれば納得できる。

 

 それについてはまた後で整理するとして、それよりも―――

 

 「あの―――アストさんも、一緒だったんですよね?」

 

 「え、ああ、うん」

 

 「そうですか……」

 

 何故かマユも横に居るレティシアもすごく怖い顔をしている。

 

 もしかしなくとも何か怒ってるのか。

 

 若干怯えながらマユに質問しようとした時、医務室の扉が開いた。

 

 「あ」

 

 「シン、二人の様子は―――」

 

 入ってきたのはアストだった。

 

 その瞬間、マユもレティシアも怖いくらいの笑顔を浮かべる。

 

 目は全く笑って無かったが。

 

 「ふ、二人とも目が覚めたんだな」

 

 アストもまたそれに気がついているのだろう。

 

 顔が引き攣っていた。

 

 気持ちは分かる。

 

 シンもまたこんな状況の矢面に立たされたら、きっと同じ様なリアクションになるだろう。

 

 「ええ、もう大丈夫ですよ」

 

 何と言うかどこまでも棒読みで感情がまったく籠っていない。

 

 それが余計に恐怖をかき立てる。

 

 「シン君、申し訳ないのだけれど、少し席をはずしてくれませんか?」

 

 「……はい」

 

 シンは喜んでその願いを聞き入れた。

 

 ここで出て行かないほど空気が読めない訳ではないのだ。

 

 立ち上がって入口に向う。

 

 「シン、待ってく―――」

 

 「す、すいません、アレン」

 

 アストの縋るような声を振り切って医務室を出ようとした時、後ろからマユに声を掛けられた。

 

 「あの……助けてくれてありがとうございました―――兄さん」

 

 思わずマユの方を振り返った。

 

 自分の事を兄と呼んだのは、再会してから初めてだ。

 

 昔はお兄ちゃんだったが、今のマユからは兄さんの方がしっくりくる気がする。

 

 「助けに行くのは当たり前だ。マユが危なくなったら何度だって助けに行くさ。家族だろ」

 

 「……そうですね」

 

 昔通りに戻るのはもう少し時間が掛かるかも知れない。

 

 それでもオーブで感じた距離をようやく一歩縮められた気がした。

 

 「さて、アスト君」

 

 「アストさん」

 

 シンが出て行った医務室でマユとレティシアの声がアストに重く圧し掛かる。

 

 背中の冷や汗が止まらない。

 

 「……なんでしょうか?」

 

 「「正座してください」」

 

 「いや、あの、ここには他に人も来る訳ですし、正座というのは……」

 

 二人がベットから立ち上がり、こちらに無言の圧力を掛けてくる。

 

 それに耐えきれなくなったアストは大人しく医務室の床に正座した。

 

 もちろん先程言った通り医務室に来る人達はいる。

 

 仁王立ちする二人と正座するアストを見た人達はすぐにこの場を離れていった。

 

 「アスト君、私達に何か言う事はありませんか?」

 

 「……え~と、その、これには色々訳がありまして」

 

 「その辺は一応兄さんからも聞きました。でも、せめて一言、言って欲しかったです」

 

 マユが泣きそうな顔で抱きついてきた。

 

 「すごく心配しました」

 

 「すまない」

 

 マユの体を抱きしめてると頭を優しく撫でる。

 

 しばらくそのまま抱きしめていた。

 

 いささかレティシアの目が鋭くなった気がしたけど、気の所為だろう。

 

 そう思いたい。

 

 ただ視線が厳しい事は変わりないので、マユの体を離す。

 

 「はぁ、まあマユなら仕方ないですね……それよりもアスト君、話はまだ終わってませんよ」

 

 「……すいませんでした」

 

 それからしばらく二人からの詰問はやむ事無く、続けられた。

 

 キラもラクスから同じ様な目に遭ってるんだろう。

 

 「まだまだ言いたい事はありますけど、とりあえずアスト君」

 

 「……はい」

 

 何も言わないままレティシアはアストを抱きしめた。

 

 「無事で良かったです」

 

 「……悪かった」

 

 アストもレティシアを抱きしめ返す。

 

 だが徐々に彼女の力が強くなっているような気がする。

 

 というか痛い。

 

 「あの、レティシアさん?」

 

 「……リース・シベリウスって子とどういう関係だったんですか?」

 

 耳元で冷たく囁かれる言葉にアストは凍りついた。

 

 気がつけばマユも先程以上に冷たい目でこちらを見ている。

 

 「……何の事でしょうか」

 

 「とぼけるつもりですか、アストさん」

 

 「マ、マユ、ほ、本当に何のことか―――」

 

 「全部教えて貰いますからね、アスト君」

 

 アストは逃げ場のない状況で、「アネット居なくて良かったなぁ」なんて現実逃避的な事を考えていた。

 

 ちなみにキラもまた食堂で同じ様にラクスから正座させられていたらしい事を後で聞かされた。

 

 

 

 

 医務室から離れたシンは一人窓から宇宙を眺めていた。

 

 マユと少しずつでも距離を縮められたのは良かった。

 

 だが未だに考えなければならない事はたくさんある。

 

 これからの立場もそうだ。

 

 同盟に対する感情は自分なりに整理をつけたつもりだ。

 

 だからと言ってこれから同盟の為に戦えるかと言われればよく分からないというのが本音である。

 

 もちろんマユやセリスの事を考えれば同盟に所属して戦うのが一番だとは思うが。

 

 シンがそんな風に考え込んでいた時、後ろから声を掛けられた。

 

 「あれ、君は……シン・アスカ君?」

 

 声をかけてきたのは赤い髪をした女性だった。

 

 制服からして彼女も同盟の軍人なのだろう。

 

 雰囲気から似つかわしくない気もするが。

 

 「えっと」

 

 戸惑う様子に気がついたのか、女性は穏やかな笑みを浮かべて自己紹介をしてくれた。

 

 「ああ、ごめんなさいね。私はフレイ・アルスター。前大戦ではアークエンジェルのクルーだったからマユちゃんや貴方の事も知っているの」

 

 それでシンも納得した。

 

 アークエンジェルのクルーだったのならマユや自分の事を知っていてもおかしくはない。

 

 「そうだったんですか」

 

 「それでこんな所でどうしたの? 悩み事?」

 

 そんなに顔に出ていたんだろうか?

 

 「ええ、ちょっと」

 

 「良ければ話してみない? 話すだけでも違うわよ」

 

 確かに一人で考え込んでいても仕方がない。

 

 フレイはこちらの事を知っているみたいだし、話してみるのもいいかもしれない。

 

 シンは自分の悩みを話す。

 

 自分の立場や同盟に対する感情、ザフトの事、そしてセリスの事を。

 

 黙って話を聞いていたフレイは静かに自分の事を話し始めた。

 

 「私が軍に志願した理由は―――家族の仇を討つため。つまりザフトに、コーディネイターに復讐する為だったの」

 

 「えっ!?」

 

 フレイの語られた過去はシンにとって非常に共感できるものだった。

 

 そして同時に衝撃も受けた。

 

 この人もまたザフトによって大切なものを無くしてしまったのだと。

 

 彼女が復讐しようと考えていた時、彼女は見たのだ。

 

 憎むべきコーディネイターの少女が同じく家族を亡くして悲しんでいる所を。

 

 大切な人を亡くせば誰だろうと悲しいのは当然だ。

 

 でもそんな事にも当時の自分は気がつかなかったのだと。

 

 「今では一番の親友だけどね。でも昔はそんな当たり前だけど、大切な事にも気がつけなかった。それからは自分の大切な者を守るために出来る事をしようと決めたわ」

 

 「自分に出来る事」

 

 「貴方にもいるでしょう、大切な人達が」

 

 「はい」

 

 「なら、その人達の為に貴方が出来る事を精一杯やればいいと思うわ。ごめんなさい、こんな事しか言えなくて」

 

 「そんな事ありません。ありがとうございました、フレイさん」

 

 笑顔で立ち去っていくフレイの後ろ姿を見ながら考える。

 

 彼女は軽く言っていたけれど、あんな風に考えられるまでにどれだけの葛藤があったのだろう。

 

 自分が同じ立場になったなら出来ただろうか、フレイのように。

 

 「自分の大切なものの為に出来る事をか」

 

 少し答えが見えた気がした。

 

 前に比べれば重く圧し掛かっていたものが、軽くなった気がする。

 

 シンは先程までより軽くなった足取りで格納庫まで歩きだした。

 

 

 

 

 夜の暗闇に紛れ森の中に一隻の戦艦が停泊していた。

 

 大型陸上用戦艦ハンニバル級。

 

 アオイ達の母艦である。

 

 今ブリッジでは保護したユウナ達の話を聞いていた。

 

 ザフトの動向やロゴス派の情報も得られるのでアオイ達も助かる。

 

 アオイは話を聞きながらユウナの傍に控えている少女を複雑な気持ちで見つめた。

 

 彼女達は『ラナシリーズ』と呼ばれた量産型エクステンデット。

 

 レナとリナと呼ばれた彼女達はその失敗作らしい。

 

 破棄され様としたところをユウナが保護したと言っていた。

 

 拳を強く握り締める。

 

 ディオキアで再会した時、何故気がつかなかったのか。

 

 彼女が言っていた知り合いというのはロゴス派の人間だったに違いない。

 

 ラナの憎しみを利用してエクステンデットに改造したのだろう。

 

 あの時、気がついていたならこんな事にはならなかったかもしれないのに。

 

 そんなアオイの肩に手を置くとルシアが首を振った。

 

 「少尉、そんなに自分を責めては駄目よ」

 

 「……ありがとうございます、大佐」

 

 今はユウナの話を聞く方が優先だ。

 

 気持ちを切り替えると話に耳を傾ける。

 

 「……まずはレナの手当してくれた事を感謝したい。ありがとう」

 

 礼を述べたユウナは頭を下げた。

 

 前に会った時に比べてずいぶん印象が違う。

 

 それは面識にあったラルスやスウェンが一番よく感じているだろう。

 

 「治療については別に構わないが、施したのはあくまでも応急処置だ。きちんとした施設で処置しなければ―――」

 

 「分かっている。それには考えている事があるんだ。それよりも話を聞きたいんだろう?」

 

 「ああ。ヘブンズベースであった事を出来るだけ詳しく教えてほしい」

 

 ユウナは頷くと自分達が持っていたデータを渡し、詳細な話を始める。

 

 最初は奇襲とデストロイの攻撃によって反ロゴス連合を圧倒していた。

 

 しかし空から降りてきた黒い機体やミネルバ級から出撃してきた新型によって形勢は逆転。

 

 抵抗もできずロゴス派は敗北したらしい。

 

 基地内部も火災や崩落によって危機的状況であり、ユウナ達は少しでも安全な場所に向かうため移動していた。

 

 そこに脱出しようとしていたロード・ジブリールと鉢合わせになり、ウナトは殺害され、レナは重傷を負ったということだ。

 

 「ジブリールが脱出していたか」

 

 「どうやら前回の戦いで後から来た新型機はジブリールを追っていたようですね」

 

 スウェンの推測通りだろう。

 

 おそらくジェイル達はユウナ達をジブリールと思いこんで追撃してきたのだ。

 

 だとしたら何故撤退する必要があったのかという疑問が浮かぶ。

 

 考え込む面々にユウナはさらに驚くべき事を告げた。

 

 「……ジブリールが向ったのはおそらく―――オーブだ」

 

 「オーブ!?」

 

 「しかし同盟がジブリールを受け入れる筈はありません」

 

 ユウナは悔しそうに表情を歪めながら、両手を強く握りしめた。

 

 「ヴァールト・ロズベルクだ。第二次オーブ戦役時から彼の手の者が国内に紛れ込んでいる。入国自体は僕ら、つまりセイラン家が脱出した時のルートを使えばいい。オーブ政府の誰もが知らない筈だ。もしかすると僕達を離反させたのはこうなった時の為の下準備だったのかもしれない」

 

 納得したようにスウェンが頷く。

 

 「……なるほど。つまりジブリールは宇宙に上がって、ウラノスに行くつもりか。確かそこでは新型も開発されていましたね」

 

 「ああ。ウラノスの戦力を使って体勢を立て直すつもりだな」

 

 それは悪あがきだ。

 

 もはやロゴス派に勝ち目はない。

 

 しかし仮にジブリールがウラノスに上がれば、面倒な事になる。

 

 その前に阻止したいところだが。

 

 「しかし同盟にそれを伝える手段はありませんよ」

 

 「それは僕がやる」

 

 ユウナが立ち上がると真っ直ぐラルスを見つめる。

 

 「どうするつもりだ?」

 

 「……僕をスカンジナビアの国境に連れていって欲しい。ユウナ・ロマ・セイランがいると分かれば向うも出向いてくる。情報と引き換えならレナの治療もしてくれる筈だ」

 

 「ユウナ様!?」

 

 傍に控えて兵士達が驚いて立ち上がった。

 

 「そんな事をすれば!」

 

 「……これは僕のけじめだよ。こうなった事に悔いはない。だけどきちんと責任は取らなくては」

 

 「しかし、それではユウナ様は!!」

 

 「分かっているさ。それでもこの子たちに胸の張れる自分でいたいんだよ」

 

 ユウナはリナの頭を撫でながら、笑みを浮かべる。

 

 「ロアノーク大佐、今さらこんな事を言う権利は無いが彼らの事を―――」

 

 そう言おうとした瞬間、兵士達がユウナに詰め寄った。

 

 「我々は最後までお供します」

 

 彼らの言葉に従うようにリナもユウナの服を掴んだ。

 

 「私も、行きます。家族、ですから」

 

 皆を見渡し、説得は無理と判断したのだろう。

 

 苦笑しながら「仕方ないね」と呟いた。

 

 「……分かった。スカンジナビア国境までは送っていこう」

 

 「感謝する。大佐」

 

 話が纏まり、艦をスカンジナビア国境近くまで移動させる為に準備を開始する。

 

 アオイはしばらく考え込んでいたが、腹を決めるとブリッジから出ようとするラルスに話掛けた。

 

 「大佐、俺をオーブに行かせてもらえませんか?」

 

 「……ステラの事か?」

 

 もしもこの先オーブで戦端が開かれるなら、間違いなくザフトの新型も投入されるだろう。

 

 同盟の力が精強である事は今までの戦いからも十分証明されているからだ。

 

 ならばザフトの新型に搭乗していたステラも戦場に現れる。

 

 「もちろんそれもありますけど、ジブリールの事も気になりますから。自分の目で確かめたいんです」

 

 ラルスはしばらく考え込むように顎に手を当てる。

 

 自分達はマクリーン中将の命令でエンリルに上がるつもりだった。

 

 しかしザフトと同盟の戦いが起こるならば見ておいて損はない。

 

 ザフトの新型もあの時、相対した機体だけではない筈。

 

 これからの事に備えるならばデータはいくらあってもいい。

 

 「分かった許可しよう。ただし単独では駄目だ。私も一緒に―――」

 

 「待って下さい。少尉とは私が一緒に行きます。貴方には部隊の指揮があるでしょう」

 

 「ルシア、しかし―――」

 

 「……体の事もありますから、私に任せて下さい。それにモビルスーツ戦で兄さんに負けた事ないでしょう?」

 

 ラルスはため息をつきながらも苦笑する。

 

 ルシアはこう見えてかなり頑固だ。

 

 やめろと言っても聞かないだろう。

 

 それに操縦の技量も申し分ない。

 

 ここは任せよう。

 

 「分かった。エレンシアを使え。ただし、二人とも無茶はするなよ」

 

 「「了解!!」」

 

 アオイとルシアがブリッジから出ていくのを見届けたラルスは艦を発進させる為、指示を飛ばし始めた。

 

 

 

 

 

 ヘブンズベースの戦いから帰還したフォルトゥナはジブラルタルに駐留していた。

 

 戦場から帰還したジェイル達は現在ジブラルタルの司令室に集められていた。

 

 部屋には多くの将校たちが集まり、その中央にはデュランダルが笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 そんな落ち着かない状況の中でジェイルはレイ、セリス、リースと共に立っていた。

 

 何をしているのか。

 

 それは―――

 

 「ヘブンズベース戦での功績を称え、ネビュラ勲章を授与する」

 

 四人の胸元には与えられた勲章が付けられていた。

 

 ネビュラ勲章はザフトにおいて多大な戦果を上げたものに送られる勲章である。

 

 あの戦いで目覚ましい働きをし、功績をあげた四人に勲章が送られる事になったのである。

 

 中でもセリスはオーブでの戦いで与えられたものに合わせて二つ目だ。

 

 これには将校たちも称賛の声を上げている。

 

 そして勲章を与えられた四人の前にデュランダルが前に出ると小さな箱を差し出した。

 

 「これをジェイル・オールディス、レイ・ザ・バレル、セリス・シャリエの三人に」

 

 「えっ」

 

 デュランダルが差し出したのは見覚えのあるバッチ、特務隊フェイスの証だった。

 

 驚きながらデュランダルの顔を見る。

 

 「どうかしたかね、ジェイル」

 

 「いえ」

 

 「これは我々が君達の力を頼みにしているという証だよ。どうかそれを誇りとして今後もまた力を尽くしてもらいたいと思ってね」

 

 ジェイルは思わず拳を握った。

 

 これはデュランダルに認められたと言う事に他ならない。

 

 その重責が肩に圧し掛かる。

 

 これからはアレンやハイネと同じ立場になるのだから。

 

 「光栄です。議長」

 

 冷静なレイに合わせ、ジェイルとセリスもまた敬礼を返す。

 

 「自分も精一杯やらせてもらいます」

 

 「期待に応えられるよう頑張ります」

 

 周囲から惜しみない拍手が送られる中、ジェイルは一つだけ気になっている事に目を向けた。

 

 デュランダルの背後に立っている少女。

 

 ザフトの赤服を纏ったステラ・ルーシェである。

 

 アオイとの戦闘から帰還したジェイルはすぐにステラのアルカンシェルの下に向かった。

 

 何故ザフトにいるのか、色々聞きたい事があったのだ。

 

 しかし機体の下に駆けつけたジェイルの前に再びあの白衣の研究者達が立ちふさがった。

 

 近づこうとしても門前払いを食らうだけだった。

 

 それでも諦めず何とか話しかけたのだが―――

 

 「お前は確かデスティニーのパイロット」

 

 「やっぱり覚えていないのか、ステラ。ディオキアで会っただろ?」

 

 「知らない」

 

 立ち去ろうとするステラにジェイルは、アレを見せた。

 

 ポケットに入れていたのは彼女から別れ際に貰った貝殻だ。

 

 これを見せれば何か思い出すかもしれないと考えたのだ。

 

 「ステラ、これを見てくれ。君に貰った貝殻だ」

 

 「……貝殻?」

 

 しばらくそれを眺めていたステラだったが、突然とつらい表情で頭を押さえ始めた。

 

 「おい、どうした!?」

 

 「あ、お、……なんだこれは! くそ、それを遠ざけろ! 頭が、痛い」

 

 苦しみ始めたステラに駆け寄ろうとした時、白衣の連中が現れ彼女を連れて行ってしまった。

 

 その時、「余計な事をしないでくれ」と釘を刺されてしまった。

 

 それ以降は近寄る事も出来なくなった。

 

 しかしあれは何だったんだろうか。

 

 あの様子は明らかに普通ではなかった。

 

 ステラの事で考え込んでいると司令室に入ってきたヘレンがデュランダルの下に駆け寄った。

 

 「議長、ジブリールの居場所が判明しました」

 

 「何!?」

 

 ヘレンの言葉にその場にいた誰もが驚愕する。

 

 逃げたジブリールの行方は反ロゴス連合の総力を挙げて追跡したが見つからなかった。

 

 どこかに潜伏しているのではと捜索が続けられていたのだがこうも早く判明するとは。

 

 「それでヘレン、ジブリールはどこに?」

 

 「……オーブです」

 

 反ロゴス連合の次なる作戦が決まった瞬間であった。

 

 

 

 

 ジブリールの居場所を突き止めた反ロゴス連合は艦隊を組み、オーブに向けての侵攻を開始した。

 

 その動きを掴んでいたカガリは即座に軍を展開させた。

 

 それですぐ開戦と言う事にはならない。

 

 反ロゴス連合から通告があったのである。

 

 内容は簡単。

 

 『貴国に居るロード・ジブリールを引き渡せ』というものだ。

 

 もちろんカガリ達はジブリールなど匿ってはいない。

 

 しかしザフトが嘘を言って正面から軍を展開させるとも考えにくい。

 

 となれば可能性は一つ。

 

 「ミヤマ、ジブリールは?」

 

 国防本部に詰めていたカガリは背後に控えているショウに問う。

 

 通告を受けた時点で、ジブリールがオーブ国内に潜入している可能性にはすぐ辿り着いた。

 

 即座に指示を出して探索させているのだが一向に足取りはつかめないままだ。

 

 「未だ発見できません。おそらくずいぶん前から周到に準備していたのでしょう」

 

 「なんとしても見つけ出せ!」

 

 「はっ」

 

 状況は良くない。

 

 ジブリールは発見できず、すでに反ロゴス連合の艦隊は目と鼻の先だ。

 

 彼らは本気だ。

 

 このままでは開戦は避けられない。

 

 戦闘を避ける為には奴の居場所を掴み、捕らえるのが必須。

 

 一般市民の退避がほぼ完了しつつある事が唯一の救いである。

 

 カガリはそばに控えていたキサカに命令を下す。

 

 「キサカ、ORB-01を用意しろ」

 

 「出るつもりか?」

 

 「万が一の場合にはだ。私とて迂闊にここを離れる気はない。だが状況次第では出ない訳にもいかない」

 

 明らかに物量も違う上に、英雄とされているアークエンジェルはまだ出られず、フリーダムも撃破されてしまった。

 

 ならば兵士達の士気を上げる為にもカガリ自らが前線で指揮する事も必要になってくるかもしれない。

 

 そんな事にならない事に越したことはないのだが。

 

 「ここの指揮はどうする?」

 

 「彼に頼む。オーデン准将、ここへ」

 

 カガリに呼ばれセーファス・オーデン准将が正面に立つ。

 

 国防本部を任せられる人物がいるとすれば彼しかいない。

 

 「もしも私が出る事になったら、その時は指揮を頼む」

 

 「私でよろしいのですか?」

 

 「貴方が一番戦闘経験が豊富だ。頼む」

 

 「了解!」

 

 一通りの指示を出し終えた時、オペレーターから報告が入る。

 

 「カガリ様、ザフト艦から通信です!」

 

 「……繋げ」

 

 モニターに映ったザフトの将校らしき男は明らかに好意的でない様子で口を開いた。

 

 《こちらは反ロゴス連合、ザフト軍旗艦セントヘレンズだ。先の通告に対する返答を聞かせてもらいたい》

 

 「現在ジブリールの所在を調査中だ。もう少し時間が欲しい」

 

 《……申し訳ないがそれはできない。貴国がジブリールを逃がすための時間稼ぎをしている可能性もある》

 

 「……なんだと」

 

 《同盟とプラントは戦争中である。敵国を疑うのは当然だろう。仮に貴方の言う通りだとしても、ジブリールを捕らえられるという保証は無い。これ以上奴を逃がす訳にはいかないのだ》

 

 カガリは拳を強く握りしめた。

 

 《もう一度言おう。ジブリールを引き渡して貰いたい》

 

 「だから現在居場所を特定する為に―――」

 

 《それが返答では仕方ない。では我らもそれなりの行動をとらせて貰う、以上だ》

 

 「待て!」

 

 カガリの声を無視するかのように通信が切られた。

 

 あの対応、ザフトは始めから理由はどうあれ強引にでも開戦するつもりだったとしか考えられない。

 

 「戦艦からモビルスーツの出撃を確認!」

 

 迷っている暇はない。

 

 「……仕方無い。こちらも順次出撃させろ。ミヤマ、ジブリールを何としても探し出せ。奴を捕らえれば戦闘も止まる」

 

 「はっ」

 

 オーブは三度、戦火に包まれ様としていた。

 

 

 

 

 

 オーブでの開戦。

 

 それはスカンジナビアや赤道連合、そして宇宙ステーション『ヴァルハラ』にも伝わっていた。

 

 シンがヴァルハラの司令室に駆けつけた時にはすでにアストやキラ、マユ、レティシア、ラクスと言った面々が集まっていた。

 

 「オーブで開戦ってどういう事なんですか!?」

 

 司令室に飛び込むと同時にシンは声を上げた。

 

 明らかに余裕がない。

 

 だがそれは当然の事だ。

 

 シンやマユにとっては三年前の再現なのだから。

 

 アストは出来るだけ冷静に感情を込めずに答えた。

 

 「ヘブンズベースから脱出していたジブリールがオーブに逃げ込んでいたらしい」

 

 「ジブリールが、オーブに……」

 

 つまり今回ジブリールを捕まえる為にザフトはオーブに侵攻したという事。

 

 「うん、どうやってオーブに入り込んだのかは分からない。今も捜索を継続しているけど見つからないんだ」

 

 「じゃあそう伝えれば―――」

 

 シンの言葉にキラは首を横に振った。

 

 「もちろん伝えたけど、ザフトは信用できないって聞き入れなかったそうだ。今は戦争中だから、疑うのは当然かもしれないけどね」

 

 「くそっ!!」

 

 シンは憤りに任せて壁を殴りつけた。

 

 マユもまた感情を押える様に俯いている。

 

 「ザフトの降下部隊と思われる戦力が地球に向かっているって情報もある。これが本当なら、敵部隊の降下を阻止する必要がある」

 

 つまりヴァルハラから地上に向かう者と宇宙で迎撃する者に分かれる必要があるということである。

 

 だが状況的に不味いのは地上の方だ。

 

 急いで援軍に向かわなければオーブが落とされてしまう。

 

 「……私が地上の援護に行きます」

 

 「マユ!? お前はまだ体が―――」

 

 「もう大丈夫です。それに皆さんの機体は前の戦闘の影響で調整がまだ終わって無いでしょう」

 

 確かにシンやキラ、アストの機体は研究施設での戦闘の影響で最終調整がまだ終わっていないのだ。

 

 「マユの言う通りです。私も行きます。ラクス、あの機体は使えますよね?」

 

 「レティシア、貴方まで」

 

 「もう大丈夫ですよ」

 

 ラクスも分かっている事だ。

 

 例の機体は別の人間が乗ろうにもマユとレティシア専用。

 

 二人の為の調整が加えてある。

 

 つまり現状もっとも早く戦場に駆けつけられるのはマユとレティシアしかいないのだ。

 

 「分かりました。ついて来てください」

 

 皆がラクスの後について行く。

 

 その途中でシンはマユの手を掴んだ。

 

 「なんですか?」

 

 「……俺が代わりに行く。だからマユは―――」

 

 心配そうに言うシンにマユは微笑み返した。

 

 以前なら振り払っていただろう。

 

 だがマユはその手を優しく両手で包んだ。

 

 「心配してくれて、ありがとうございます。でも行かせてください。私も皆を守りたいんです」

 

 覚悟を決めた顔で言うマユに何も言えなくなった。

 

 そんな顔して言われたら、反対なんてできない。

 

 シンはため息をつきながらマユを見る。

 

 「……分かった。俺も機体の調整が終わったらすぐに行く。それまで絶対無理しちゃ駄目だ」

 

 「はい、分かってます。兄さん」

 

 マユとシンはラクス達に追いつき格納庫に向かう。

 

 その先にあったのは二機のモビルスーツ。

 

 「あれがレティシア、貴方の機体ですよ」

 

 

 ZGMF-X18A 『ヴァナディスガンダム』

 

 

 前大戦で戦果を上げたアイテルとブリュンヒルデのデータを基に製作された機体。

 

 レティシアの特性に合わせた調整が施され、アイテルの特徴を引き継ぎ、背中には専用の装備を装着する事でどんな局面にも対応できる。

 

 高い汎用性を持たせながらも、装備なしでも十分に戦えるように仕上がっている機体である。

 

 現在背中に装備されているのは専用装備である『セイレーン01』

 

 前大戦で使用された物よりも機動性強化に重点が置かれている。

 

 そしてヴァナディスの横に立っていたのは皆にとってあまりに見覚えのある機体だった。

 

 「フリーダム?」

 

 「はい。貴方の機体ですよ、マユ」

 

 その形状はマユが搭乗したフリーダムの形状に良く似ていた。

 

 

 ZGMF-X22A 『トワイライト・フリーダムガンダム』

 

 

 この機体はリヴォルトデスティニーガンダムで得られたデータを参考に、フリーダムのデータを基に開発された新型機。

 

 ローザ・クレウスが開発したSEEDシステムが搭載された同盟のフラッグシップ機である。

 

 マユとレティシアは互いに頷くとパイロットスーツに着替えてコックピットに座った。

 

 キーボードを叩き、スペックを確認する。

 

 そこでマユは機体に付けられた武装の名前に気がついた。

 

 「これって音楽用語?」

 

 《詳しい事は知りませんが、開発チームの強い意向があったとか》

 

 マユの声が聞こえていたのか、ラクスが教えてくれた。

 

 よく分からないが何か理由があるらしい。

 

 碌でもない理由な気がするけど、深くは聞かない。

 

 聞けば疲れそうな気がする。

 

 「はぁ、別にいいですけど」

 

 VPS装甲のスイッチを入れると、機体が色付くとヴァルハラのハッチが開いた。

 

 モニターに映るシンが心配そうな顔でこちらを見ている。

 

 それに笑顔で頷き返すと正面を見据えた。

 

 「レティシア・ルティエンス、ヴァナディスガンダム」

 

 「マユ・アスカ、トワイライトフリーダムガンダム」

 

 

 「「行きます!!」」

 

 

 二機のガンダムが戦場に向けて飛び立った。




機体紹介2更新しました。

マユの機体であるトワイライトフリーダムの武装の名前は刹那さんのフリーダム強化案のアイディアを参考に使わせてもらいました。ありがとうございました。


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第41話  三度の激戦

 

 

 

 

 

 中立同盟と反ロゴス連合が開戦した事は、テタルトスにも情報が入ってきていた。

 

 実質的な会議室となっている戦艦アポカリプスの司令室。

 

 そこにはアレックスを含めた数名が集められ、今回の事態に関する話し合いが行われていた。

 

 「どうしますかね、エドガー司令」

 

 バルトフェルドの質問にエドガーは表情を変えずに答える。

 

 「……今から援護に向かっても、間に合わないだろう」

 

 「ですな。時間がなさすぎる」

 

 テタルトスの戦力は同盟に劣らない規模となっている。

 

 しかし地球上の活動には致命的といえる欠点があった。

 

 それが地上での拠点が存在しないことだった。

 

 つまりテタルトスが支援に向かうには月から直接戦力を出撃させるしかない。

 

 しかし今から準備を整え援護に向かったとしても間に合わないだろう。

 

 さらにザフトは月の行動にも注意を払っている筈だ。

 

 派手に動けば月を監視している部隊と一戦交える事になるのは確実。

 

 そうなればオーブの援護どころではない。

 

 「オーブは……今回はどうなるでしょうか?」

 

 アレックスがモニターを注視しながら呟く。

 

 彼としても複雑なのだろう。

 

 この前も同盟と共同作戦を展開し、キラと再会したばかりだ。

 

 アレックスの質問に応える様にユリウスが口を開いた。

 

 「……同盟の力はもう言わなくても分かっているだろうが、今回は前大戦とは状況が違う」

 

 オーブ戦役や第二次オーブ戦役は同盟にとって予測されていた戦いだった。

 

 無論戦いを避けるべく努力はしていた。

 

 だがそれとは別に戦いなっても良いようにあらかじめ準備は行っていたのだ。

 

 それが同盟が勝利した要因の一つであった事は間違いない。

 

 だが今回に限っては別。

 

 今回は防衛艦隊こそ展開させていたが、同盟側が出遅れてしまった。

 

 すなわち結果的に先手を取られてしまっているのである。

 

 「同盟の奮起に期待しよう。それよりこれを見てほしい」

 

 エドガーがモニターに映したのは、宇宙を移動するザフトと思われる部隊の進路だった。

 

 「おそらくザフトの降下部隊だろう。……アレックス、バルトフェルド、二人はこの降下部隊に攻撃を仕掛けて欲しい」

 

 「良いのですか?」

 

 「構わない。機体のテスト中に敵との遭遇戦というのは良くある事だろう? 一応同盟への義理を果たす事にもなる。ただ無理をする必要はない。データを収集後、即座に撤収せよ」

 

 「「了解!!」」

 

 敬礼する二人に頷くとエドガーはもう一つ気になる事を確認する。

 

 「そう言えばアレックス、セレネはどうだ? 『エリシュオン』と『タキオンアーマー』の調子は?」

 

 アレックスは思わずため息をついた。

 

 見ればユリウスも苦笑している。

 

 「なにか問題でもあるのか?」

 

 「『エリシュオン』は問題ありませんが……」

 

 言葉を濁すアレックスを引き継ぐようにユリウスが補足する。

 

 「『タキオンアーマー』は普通のパイロットには厳しいですね。改良の余地があるかと」

 

 「なるほど」

 

 『タキオンアーマー』は開発段階から色々問題が指摘されていたが、二人の回答でエドガーもそれを察した。

 

 新型機はともかく追加装甲の方はまだまだデータを収集しなければならないようだ。

 

 ならばこそ今回の件は丁度良いだろう。

 

 「ならばそれを含めて頼むぞ」

 

 「「了解」」

 

 アレックスとバルトフェルドが出撃の為、司令室から退出。

 

 エドガーはユリウスと今後を話し合う為に再びモニターに目を向けた。

 

 

 

 

 反ロゴス連合によるオーブ侵攻。

 

 作戦名『オペレーション・フューリー』

 

 海上に並ぶ艦隊からオーブ護衛艦隊にミサイルが発射され、モビルスーツが発進する。

 

 ザクやグフ、バビ、イフリートなどの新型から、ディンや水中を移動するグーンと言った旧型機まで。

 

 『オペレーション・ラグナロク』に劣らない数だ。

 

 それを迎え撃つべく、オーブ軍もまた迎撃態勢を取る。

 

 そんな中、部隊を率いる一機のモビルスーツが発進しようとしていた。

 

 SOA-X06 『オウカ』

 

 次期主力機開発計画の新型機である。

 

 前大戦で予想以上の戦果を上げたSOA-X02『ターニングガンダム』を基に可変型の戦闘データを解析して開発された機体である。

 

 オウカのコックピットに座っているトールは、計器を弄って機体状態を確認する。

 

 《トール、オウカはどう?》

 

 モニターに映ったのはモルゲンレーテの技術者であり、前大戦時にアークエンジェルと関わった事がある女性エルザ・アラータだった。

 

 オウカの調整を行ったのは彼女だ。

 

 機体の調子も気になるのだろう。

 

 「ああ、大丈夫だ」

 

 トールは力強く頷くと気合をいれて操縦桿を握った。

 

 今はキラもアストもいない。

 

 アークエンジェルもまだ出撃出来ない。

 

 ならば自分が踏んばる時である。

 

 「トール・ケーニッヒ、オウカ出ます!」

 

 フットペダルを踏み込むと同時にスラスターが噴射する。

 

 加速した機体が押し出される様に外に向かって飛び出す。

 

 体にかかるGに耐え、正面を見ると海上では戦闘が開始されていた。

 

 「よし、全機、行くぞ!」

 

 「「了解!」」

 

 一緒に出撃したナガミツを連れ、飛行形態のオウカは戦場に乱入する。

 

 ムラサメを追い回すように飛び回るバビに狙いをつけ、トリガーに指を置く。

 

 ディンと戦った経験はあるがバビと交戦するのは始めてだ。

 

 「慎重にいかないとな!」

 

 バビがこちらを排除しようと放たれたビーム砲を機体を傾ける事で回避。

 

 モビルスーツ形態に移行し接近してロングビームサーベルですれ違い様に斬り裂いた。

 

 さらにビームライフルでザクの右腕を吹き飛ばすと、蹴りを入れて海上に叩き落とした。

 

 「結構な数だな!」

 

 やはり物量の違いは大きい。

 

 どれだけ敵機を撃ち落としても攻撃の手は緩む事はない。

 

 オウカは再び飛行形態で旋回しながら敵機をビームライフルを連射して撃破する。

 

 トールは小気味良く操縦桿を動かしながら空を駆けた。

 

 この手の敵との戦いは前大戦で慣れている。

 

 あの頃は今とは全く違った機体だった。

 

 それに比べれば今は十分すぎるほど恵まれている。

 

 後は自分次第だろう。

 

 「落ちろ!」

 

 飛び回るディンをガトリング砲を撃ち込むと、敵機はバランスを大きく崩す。

 

 そこを見計らい踏み台に蹴り落とし下にいたグフに激突させた。

 

 「全機、怯むなよ!」

 

 「「了解!!」

 

 飛行部隊はその機動性を駆使し、敵の進撃を食い止めていった。

 

 

 

 空中で激闘が繰り広げられていた頃、海上でも同じく戦いが始まっていた。

 

 アドヴァンスアストレイが艦隊の甲板からビームライフルで狙撃を行い、ザフトの侵攻を食い止める。

 

 迎撃に追われる艦隊の真下。

 

 水中でも同じように激闘が繰り広げられていた。

 

 母艦から出撃したアッシュやゾノと言ったモビルスーツが本島を目指す。

 

 しかしそれらを阻むように何かが近づいて来た。

 

 「なんだ?」

 

 魚雷ではない。

 

 という事は可能性は一つだけだ。

 

 「オーブの水中用モビルスーツか?」

 

 オーブには確かシラナミとかいうモビルスーツがあった。

 

 ならば恐るるに足らず。

 

 アレは魚雷を撃ち尽くせば撤退するしかない欠陥機。

 

 ならば恐れるに足らず。

 

 身構えた彼らの視界に入ってきた機体はシラナミとは別のものだった。

 

 

 MBF-M2B 『カザナミ』

 

 

 中立同盟が前大戦で投入したシラナミを基に発展させ、他の陣営の水中用モビルスーツに対抗する為に水陸両用として開発された機体である。

 

 武装面の改良も施されており、継戦能力も向上していた。

 

 ザフトが接近する機体を捕捉すると同時にカザナミに搭乗したパイロット達も敵を視認する。

 

 「前方にアッシュ、ゾノ、グーン!」

 

 「皆、油断するな!」

 

 「「了解!!」」

 

 指揮官機の動きに合わせ、攻撃を開始する。

 

 先頭にいるゾノに魚雷を撃ち込んで、撃破。

 

 一気に接近しブルートガングを構えて近くのグーンを串刺しにした。

 

 「くっ、速い!」

 

 カザナミの予想以上の速度に驚き動揺するが、このまま黙っているザフトではない。

 

 「落ちつけ! 迎撃!!」

 

 隊長機の飛ばした檄によって我を取り戻したザフト機がカザナミを迎え撃つ為、動き出す。

 

 ゾノの放ったフォノンメーザー砲を回避したカザナミにアッシュが接近戦を仕掛ける。

 

 クローの一撃で体勢を崩しながらもカザナミはさらに振りかぶられたクローをブルートガングで受け止めた。

 

 水中での鍔迫り合い。

 

 ニ機に触発されたように周りの機体も敵機を撃ち落とすべく攻撃を開始した。

 

 

 

 

 各地で激しい戦闘が繰り広げられる中、オノゴロ島ドック内で発進準備を進めている戦艦があった。

 

 白亜の戦艦アークエンジェルである。

 

 アークエンジェルはフォルトゥナによって片方のエンジンを破壊されるという大きな損害を受けた。

 

 だが何とかザフトの包囲網を抜け、オノゴロ島に辿りついていたのだ。

 

 外で行われている戦闘をブリッジから見ていたマリュー達は固く拳を握りしめる。

 

 「調整はまだ終わらないの?」

 

 焦りを抑え、現在の状況を確認する。

 

 しかし急ピッチで作業を行っているマードックからの返事は芳しいものではない。

 

 《もう少し待って下さいよ!》

 

 「急いで」

 

 《了解!》

 

 今のところ展開していた部隊の奮戦もあり、戦況は五分の状態である。

 

 しかし何時均衡が破られてもおかしくない。

 

 そこにムウからの通信が入ってきた。

 

 モニターに映ったムウはパイロットスーツを着込み、コックピットに座っている。

 

 「出るぞ。ハッチを開けてくれ!」

 

 「ムウ!? 貴方、何やってるの!? 怪我が治ったばかりでしょう!」

 

 ザフトからの攻撃を受けた際にセンジンは大破し、ムウも軽傷ではあったが怪我を負った。

 

 それが完治したばかりだというのに。

 

 「悪いがジッとしてられなくてな」

 

 前回の戦闘ではマユやレティシアがやられるのを見ていただけだった。

 

 捕まった彼女達は結果的に助けられたとはいえ、情けない。

 

 ムウは機体状態を確認する。

 

 ある意味懐かしい機体だ。

 

 彼が搭乗しているのはかつての愛機『アドヴァンスストライク』だった。

 

 カガリの機体であったストライクルージュを解体、改修しつつ再び組み上げられたのがこの機体である。

 

 新型アヴァンスアーマー開発の為のデータ収集を目的として組み上げられた機体だが性能は前大戦当時の機体より上がっている。

 

 「無理はしないようにね」

 

 「了解! ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!!」

 

 すべてのストライカーパックを装備し、アークエンジェルから飛び出した。

 

 海上の戦闘は一層激しさを増している。

 

 艦隊からもミサイルが一斉に発射され、オーブ艦目掛けて撃ち込まれていく。

 

 ムウはスコープを引き出しアグニで向ってくるミサイルを一斉に薙ぎ払った。

 

 「これ以上はやらせん!」

 

 空中で砲撃を続けるストライク。

 

 それに気がつき、斬り込んできたグフをシュベルトゲーベルを横薙ぎに振るって容易く真っ二つに両断した。

 

 そこにトールのオウカが近づいてくる。

 

 ロングビームサーベルでバビを斬り捨てながらアドヴァンスストライクの傍に並ぶ。

 

 「フラガ一佐!? もう大丈夫なんですか?」

 

 「寝てる場合じゃないからな。行くぞ!」

 

 「了解!」

 

 二機は連携を取り、敵機を次々と撃ち落とす。

 

 オウカと共に動き回るその姿はまさにエンデュミオンの鷹に相応しい戦いぶりであった。

 

 

 

 

 オーブでの戦いが激しさを増していた頃、宇宙でもまた激戦が繰り広げられていた。

 

 アメノミハシラ、そしてヴァルハラから出撃した部隊がザフトの降下部隊との交戦に入ったのである。

 

 援護するため戦闘宙域に辿り着いたオーディンやイザナギといった戦艦からもモビルスーツが出撃する。

 

 オーディンのブリッジで指揮を執るテレサは思わずため息をつきたくなった。

 

 ブレイク・ザ・ワールドではザフトと協力しながら共に戦ったと言うのが彼女を複雑な気分にさせていたのかもしれない。

 

 その様子を横に立って見ていたヨハンが気まずげに話しかけてくる。

 

 「大佐、すぐに戦闘開始ですよ」

 

 「……分かっているさ」

 

 テレサは気分を切り替え格納庫に通信を繋ぐ。

 

 モニターに映ったのはモビルスーツ隊を率いるイザークだ。

 

 「ジュール、毎回同じ事を言っているが頼むぞ。特にお前の機体は新型だ。壊すなよ」

 

 《了解。イザーク・ジュール、シュバルトライテ出るぞ!》

 

 オーディンからイザークの新型が出撃する。

 

 SOA-X07 『シュバルトライテ』

 

 次期主力機開発計画の新型である。

 

 シュバルトライテはレティシアが搭乗していたブリュンヒルデのデータを解析、洗練しスウェアのデータを使って開発された機体である。

 

 さらに続くように別の機体がオーディンから姿を現した。

 

 STA-S5 『ブリュンヒルデ』

 

 名の通りレティシアが搭乗していた機体を量産したものだ。

 

 ブリュンヒルデ最大の特徴はこのタクティカルシステムと呼ばれる装備換装システム。

 

 ストライカーパックやコンバットシステムとは違い、ある程度の火力を保持しながらも高い機動性を得る事が出来るのがこのシステムの特徴だった。

 

 背中に装着されていたのはタクティカルシステムの内の一つ宇宙用の『ヨルムンガンド』と呼ばれる物。

 

 これは高機動スラスターによって高い機動性を持たせる事が出来る装備だった。

 

 イザークはブリュンヒルデを率いて、戦場に駆けつけるとグラムを片手に振るって敵機を斬り捨てる。

 

 さらに後方にいるヘルヴォルが放つ砲撃に援護されたブリュンヒルデは敵部隊に斬り込んでいった。

 

 「数が多い。全機連携を取りつつ、敵機を各個撃破しろ!」

 

 「「了解!!」」

 

 シュバルトライテはビーム砲でグフを消し飛ばすと、攻撃してきたイフリートのガトリング砲を回避。

 

 放ったビームによってイフリートの右腕を破壊し体勢を崩す。

 

 その隙に敵機を撃破しようとトリガーに指を置くが、上方から撃ち抜かれたイフリートは火を噴き爆散する。

 

 「あれは……オウカか!?」

 

 視線の先にいたのはビームライフルを構えたオウカだった。

 

 イザークもあの機体の事は知っている。

 

 機体を任されていたのは自分も知っている人物だからだ。

 

 「余計な御世話だったかしら、イザーク」

 

 「そんな事はない。礼を言っておく―――フレイ」

 

 オウカのコックピットに座っていたのはフレイだった。

 

 彼女は前大戦時、アークエンジェルのブリッジ要員として戦っていたが、戦争終結後に適性を見込まれパイロットに転向したのだ。

 

 モルゲンレーテの技術者であり彼女の親友であるエルザが開発に携わった機体のテストをする為というのも大きい。

 

 しかし何よりも彼女が転向した動機はシンに語った通りだ。

 

 復讐の為ではなく、守るために自分に出来る事をしようと思った結果でもある。

 

 「無理はするなよ」

 

 「分かってる」

 

 先行するシュバルトライテに追随するようにオウカも加速すると敵機に向かって攻撃を開始した。

 

 状況はほとんど五分の状態。

 

 数こそザフトの方が多いものの、同盟の新型機が投入された事で降下部隊を押し返していた。

 

 しかしここで状況は大きく変化する事になる。

 

 「このままなら―――何!?」

 

 状況を見渡し、押されている場所を援護しようと視線を走らせた瞬間、イザークは目を見開いた。

 

 別方向から放たれたビーム砲によってアルヴィト、ヘルヴォルが薙ぎ払われたのである。

 

 振り返った先には翼を広げ、光を放出する機体が佇んでいた。

 

 ハイネのヴァンクールである。

 

 「ま、同盟相手に簡単にいくとは思ってなかったけど、ここまで手こずるとはな」

 

 ハイネの役目は降下部隊の護衛。

 

 邪魔する連中はすべて排除せよとの命令が下っている。

 

 「ずっと機体の調整ばかりだったからな。今日は暴れさせてもらうぜ!」

 

 高エネルギー長射程ビーム砲を背中に戻すと右手にアロンダイトを構えて機体を加速させた。

 

 ヴァンクールに気がついたヘルヴォルがビームランチャーを放ってくる。

 

 しかしそんなものは通用しない。

 

 速度を上げ余裕で攻撃を振り切るとアロンダイトを袈裟懸けに振り下ろした。

 

 全く反応できなかったヘルヴォルは防御する間もなく、胴体を斬り裂かれて撃破されてしまう。

 

 それを見たアルヴィトが斬艦刀リジルを抜き、ヴァンクールに振り下ろしてきた。

 

 「甘いぜ」

 

 ハイネはアロンダイトを振り上げ斬艦刀を持った腕ごと切断。

 

 今度は返す刀で上段から振り下ろした。

 

 しかし今度は敵もあっさりとはやられてくれない。

 

 アルヴィトは残ったブルートガングでアロンダイトを止め、蹴りを入れて突き放すと背中のレール砲を撃ち出した。

 

 「おお、やるねぇ。でもそれじゃ俺は倒せないぜ!!」

 

 砲弾を機体を逸らして回避したハイネはフラッシュエッジを引き抜き、傷ついたアルヴィトに投げつけた。

 

 後退しようとするアルヴィトを曲線を描くように側面から迫ったブーメランが斬り裂いた。

 

 「やっぱり錬度が高い。侮れないな」

 

 翼を広げたヴァンクールは次々と敵機を撃破していく。

 

 それを見たイザークは舌打ちした。

 

 ドミニオンからの報告は受けていたがあれほどの性能とは。

 

 「チッ、厄介な! 全機、あの機体には近づくな! あれは俺がやる!」

 

 シュバルトライテはビームライフルでヴァンクールを攻撃する。

 

 しかし銃口から放たれたビームが届く事は無く、手の甲から展開されたシールドによって防がれてしまった。

 

 「くっ、こいつ!」

 

 遠距離戦は不利だと判断したイザークは斬艦刀を用いた近接戦を挑む。

 

 「隊長機か!」

 

 こいつは動きが違う。

 

 繰り出される剣撃も他の機体とは違い鋭く速い。

 

 「成程ね。流石は新型とそのパイロットだ。けどまだまだ!」

 

 ハイネはシュバルトライテを突き放し、ビームライフルを連続で叩き込んだ。

 

 「ッ!」

 

 「落ちろ!」

 

 ビームが装甲を掠め、シュバルトライテに傷を作っていく。

 

 そしてフラッシュエッジを抜こうとしたハイネの背後から今度はオウカがロングビームサーベルを振り抜いてくる。

 

 「はああああ!!」

 

 横薙ぎに振るわれたオウカの斬撃を軽く受け止め、押し返すようにして弾き飛ばす。

 

 「ったく。また新型かよ」

 

 思わず毒づくハイネ。

 

 弾かれたオウカは即座に体勢を立て直し超高インパルス砲を放つ。

 

 それに合わせるようにイザークもまた背中のビーム砲を使ってヴァンクールを引き離した。

 

 「イザーク、こいつに一機で相手をするのは危険よ」

 

 「……分かった。だが無理はするなよ」

 

 「了解」

 

 二機はグラムとビームサーベルを握り連携を取りながらヴァンクールに向っていく。

 

 それを見たハイネもニヤリを笑みを浮かべた。

 

 「二機同時か。上等!」

 

 ヴァンクールもアロンダイトを構えて二機を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 宇宙と地上。

 

 両方で激戦が繰り広げられている。

 

 状況はオーブがやや不利。

 

 物量の差が響き始めている。

 

 虚を突かれた形になったのは痛い。

 

 このままでは徐々に押し込まれてしまうだろう。

 

 国防本部から戦況を見ていたカガリは両手を固く握り、意を決して立ち上がった。

 

 「……私が出る。ここの指揮はオーデン准将に任せる」

 

 「了解しました」

 

 「ミヤマ、ジブリールは?」

 

 後ろに控えていたショウは首を横に振った。

 

 「キサカ、お前は部隊を率いて艦隊の援護に回れ。アサギ、マユラ、お前達は私について来い」

 

 「分かった」

 

 「了解です!」

 

 「はい!」

 

 ジブリールの事はショウに任せるしかない。

 

 後は自分にできる事をするだけだ。

 

 アサギとマユラを連れて格納庫まで歩いて行くとそこにはウズミが立っていた。

 

 「行くのか、カガリ?」

 

 「はい。私は今出来る事をするだけです」

 

 「そうか。私から言うべき事はない。お前は自分の決めた道を行けばいい。ただこれだけは言わせてくれ……気をつけてな」

 

 「はい。行ってきます、お父様」

 

 ウズミを真っ直ぐに見つめて頷くと格納庫にある機体を見上げた。

 

 ORB-01 『アカツキ』

 

 オーブのフラッグシップ機となるべく開発された機体である。

 

 最大の特徴は黄金色の装甲は『ヤタノカガミ』と呼ばれる装備だ。

 

 これは敵のビームをそのまま相手に跳ね返す事ができる鏡面装甲となっている。

 

 背中には大気圏用航空戦闘用装備『オオワシ』を装備している。

 

 カガリは機体を立ち上げると横に立つ機体を見た。

 

 MBF-M3A 『コウゲツ』

 

 スカンジナビアのブリュンヒルデの同型機だ。

 

 今背中にはタクティカルシステムの内の一つ地上用機動戦闘装備『カラドリウス』を装備していた。

 

 これは大型スラスターによって高い機動性と空戦能力を得る事が出来る。

 

 「アサギ、マユラ、そちらはどうだ?」

 

 《いつでもいけますよ!》

 

 《こっちはカガリ様待ちです》

 

 「全くお前らは! さっさと行くぞ!」

 

 《は~い!!》

 

 カガリは呆れながらも笑みを浮かべた。

 

 この状況でもいつも通りなんて緊張感の欠片もない。

 

 全く頼もしい奴らである。

 

 準備を整えハッチが開くと外が見えた。

 

 その先は戦場だ。

 

 政務の合間を縫って訓練はしていた。

 

 しかし前大戦の様にはいかないだろう。

 

 それでも―――

 

 「行くぞ。オーブを守る為に。カガリ・ユラ・アスハ、アカツキ発進するぞ」

 

 『オオワシ』の羽を広げたアカツキが戦場に飛び出した。

 

 

 

 

 オーブの防衛網は強固なものだった。

 

 だがそれも綻び始め懸念通り徐々に押し込まれていった。

 

 艦隊やモビルスーツの迎撃を抜けた何機かは本島に向けて移動する。

 

 国防本部を落とさせばザフトの勝ちだ。

 

 しかしその前にあからさまに目立つ機体が現れた。

 

 何と言っても全身が黄金に包まれているのだから。

 

 「何だよ、あれ」

 

 「悪目立ちし過ぎだろ」

 

 落としてくれと言わんばかりだ。

 

 何なのかは知らないがさっさと落としてしまおうと考えたザクのパイロットはオルトロスを撃ち出した。

 

 正確に放たれたビームが黄金の機体に向けて迫る。

 

 だがここで彼らの予想を裏切る事が起きた。

 

 ビームは敵機を撃ち抜くどころか反射し、ザクの方へ跳ね返って来たのである。

 

 ザクのパイロットは反応する事も出来ず、跳ね返ってきたビームによって撃破されてしまった。

 

 「な、なんだ今のは!?」

 

 思わず動きを止めてしまうグフ。

 

 「動きを止めたら!」

 

 「駄目でしょ!」

 

 そこに二機のコウゲツが左右から斬艦刀を振るいグフを斬り裂いた。

 

 「良し、このままいくぞ!」

 

 「「了解!!」」

 

 アカツキを中心に、コウゲツと連携を取りながら敵機を撃ち落としていく。

 

 敵機のビームをヤタノカガミで弾き返し、隙ができた所にコウゲツが斬撃を放つ。

 

 相手の動きが分かっているかの様な見事な動きである。

 

 それも当然だった。

 

 彼女達は前大戦から訓練を共にし戦ってきた戦友。

 

 そこらの連中に負ける気はなかった。

 

 そんなカガリ達に触発された同盟軍の士気は上昇し、敵を押し返していく。

 

 このままならばいけると戦場にいる誰もが思い始めた時―――ザフトの英雄が到着した。

 

 

 

 

 『オペレーション・フューリー』が発動され、出撃命令を受けたフォルトゥナはようやくオーブに辿り着いていた。

 

 出撃に備えパイロットの控室に集まっているのはいつものメンバー。

 

 そしてステラと特務隊のデュルクとヴィートもいた。

 

 全員がモニターに映し出された戦況に顔を顰めた。

 

 「押されてる?」

 

 セリスの呟きの通りだった。

 

 物量ではザフトが有利であるにも関わらず、未だオーブの防衛線を突破できずにいる。

 

 それだけでなく徐々に押し返されているのだ。

 

 「強固に抵抗されているらしい。この物量差を押し返すとは流石は同盟軍といったところか」

 

 確かにデュルクの言う通りだった。

 

 こうして目の前で見せつけられると感嘆する他ない。

 

 しかし同盟の力は前大戦からも分かっていた事である。

 

 だからこそジブラルタルにいたフォルトゥナに出撃命令が下ったのだろう。

 

 「さて、まずは俺が―――」

 

 「いや、俺が出る」

 

 レイの言葉を遮ってジェイルが立ち上がった。

 

 これはフェイスとしての初めての任務。

 

 オーブはアイツの―――シンの故郷でもある。

 

 だからこそジェイルは自分の手でオーブを撃ちたかった。

 

 別に悪い意味ではない。

 

 先に逝ったシンもこんな故郷の姿は見たくないだろう。

 

 だからさっさと終わらせたかったのだ。

 

 「じゃあ私も出る。何機か厄介そうなのもいるしね」

 

 「……セリス、お前はやめておいたほうが」

 

 「何で?」

 

 「……いや、何でも無い」

 

 彼女にシンの事を口にするのは憚られた。

 

 それに駄目だと言っても彼女もフェイスである以上、止める権限はない。

 

 ジェイルはそれ以上何も言わずに一度だけステラに視線を向ける。

 

 だが結局言葉は出ず黙ってセリスと共に格納庫に向かう。

 

 デスティニーのコックピットに座り機体を立ち上げる。

 

 その間にカタパルトに運ばれ、正面のハッチが開いた。

 

 「ジェイル・オールディス、デスティニー出るぞ!」

 

 「セリス・シャリエ、ザルヴァートル行きます!」

 

 フォルトゥナから二機のモビルスーツが出撃する。

 

 デスティニーが翼を広げ、ザルヴァートルが飛行形態で戦場に向かう。

 

 まずは正面に見えたナガミツとムラサメに狙いを定めた。

 

 あちらもすぐに敵機接近に気がつきビームライフルで攻撃してくる。

 

 だがそれらの攻撃はデスティニーには通用しない。

 

 「なっ、速い!」

 

 光学残像を発生させ、高速で動くデスティニーを捉えられないのだ。

 

 ジェイルは撃ち込まれたビームを避け、ライフルで迎撃する。

 

 ナガミツを撃破し、アロンダイトで近くにいたムラサメを斬り捨てる。

 

 「そんなもので!!」

 

 デスティニーは舞うように動き回り、アロンダイトで敵機を斬り裂いていく。

 

 「流石! こっちも負けてられない!!」

 

 ザルヴァートルも飛行形態の速度で敵を引き離す。

 

 そしてビームランチャーで敵機をまとめて薙ぎ払い、モビルスーツ形態に変形。

 

 シールド内蔵のビームサーベルで接近してきたアドヴァンスアストレイを撃破した。

 

 圧倒的な二機の猛攻。

 

 押し返していた筈の同盟軍は再び窮地に立たされた。

 

 指揮していたトールとムウはデスティニーとザルヴァートルの戦いぶりに歯噛みするしかない。

 

 「あれってザフトの新型か」

 

 「不味いな」

 

 せっかく立て直したというのに。

 

 だがこれ以上やらせる訳にはいかない。

 

 トールとムウはお互いに頷くと二機の方に機体を向けた。

 

 アドヴァンスストライクとオウカに気がついたセリスは動きの違いからすぐにエース級だと見抜く。

 

 「同盟のエースね。その実力、見せて貰いましょうか!!」

 

 セリスはムウが放ったアグニを回避すると、トールのサーベルを力任せに弾き飛ばす。

 

 さらに胴に向け蹴りを入れビームライフルを撃ち込んだ。

 

 ビームがオウカの装甲を削り、態勢を崩した。

 

 「ッ、速い!?」

 

 「トール、態勢を立て直せ!」

 

 回り込んだムウが背後からシュベルトゲーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 「そんな見え見えの攻撃なんて!」

 

 しかしその斬撃すらも容易く止めたセリスはロングビームサーベルでシュベルトゲーベルを半ばから叩き折った。

 

 「ぐぅ!!」

 

 「フラガ一佐!?」

 

 トールは吹き飛ばされたストライクを援護する為にガトリング砲でザルヴァートルを引き離す。

 

 「やるね。今ので仕留めたと思ったんだけど、そこまで甘くないか」

 

 「このパイロット強い」

 

 明らかにこちらよりも格上である。

 

 「でもこのパイロット、どこかで? いや、今は集中しろ」

 

 これだけの腕を持ったパイロット相手では集中力が切れた時点で詰んでしまう。

 

 「いくぞ!」

 

 「了解!」

 

 折れたシュベルトゲーベルを捨て、ビームサーベルに持ち替えたムウと共にトールも再びザルヴァートルに攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 セリスがムウ、トールと戦っている時、ジェイルもまた敵の隊長機と相対していた。

 

 カガリのアカツキである。

 

 「チッ、面倒な機体だな!」

 

 先ほどから攻撃を繰り返し撃ち込んでいるのだが、すべて弾かれてしまう。

 

 さらに―――

 

 「はあああ!!」

 

 僚機であるコウゲツが悉くデスティニーの邪魔をしてくるのである。

 

 撃ち込まれたビームを回避してアカツキに斬り込もうとする。

 

 その絶妙ともいえるタイミングを見計らいライフルで攻撃してくるのだ。

 

 「うざったいんだよ!」

 

 これは地味に効いてくる嫌な攻撃だ。

 

 そして見事な連携。

 

 これだけの芸当ができるという事はオーブ歴戦の勇士らしい。

 

 ここまで押し返されたのも納得である。

 

 しかしそれはジェイルには通用しない。

 

 「いい加減にどけぇぇ!!」

 

 二機が動こうとする瞬間にタイミングに合わせ、ビームライフルで狙撃するとコウゲツの連携を崩す。

 

 そしてフラッシュエッジを叩きつけコウゲツの右腕を破壊した。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「マユラ!?」

 

 アサギが傷ついたマユラ機を助けようとする所に回り込む。

 

 しかしそれを阻む為ジェイルは蹴りを入れた。

 

 「しまっ―――」

 

 蹴りで吹き飛ばされたコウゲツはもう一機と衝突させられた。

 

 「落ちろ!」

 

 その隙にデスティニーは高エネルギー長射程ビーム砲を発射する。

 

 これで一網打尽。

 

 後はあの隊長機に集中できる。

 

 だがコウゲツを撃ち抜こうとしたビームの前にアカツキが割り込みビームを跳ね返した。

 

 「大丈夫か!? お前達は一旦下がれ!!」

 

 「しかし!!」

 

 「いいから!!」

 

 コウゲツの前に立ちはだかるアカツキにジェイルは舌打ちする。

 

 「やっぱりお前から落とさないといけないらしいな、金色!」

 

 ビームは何度撃ち込んでも弾かれてしまう。

 

 遠距離からの攻撃では埒が明かない。

 

 「なら!」

 

 ジェイルはアロンダイトを抜きアカツキに向かって突撃した。

 

 凄まじい速度で突っ込んで来たデスティニーにカガリも腰のビームサーベルを構えて迎え撃つ。

 

 お互いに振るわれた剣撃が激突。

 

 ジェイルはアカツキのサーベルを容易く盾で受け止めると鼻を鳴らした。

 

 「ハッ! 隊長機だからどんなもんかと思いきや、この程度かよ!!」

 

 ジェイルはサーベルを弾き、アカツキのシールドに向けパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 「何!?」

 

 掌にある武器に反応が遅れたカガリは機体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

 「こんな手に引っ掛かるなんて甘いんだよ!」

 

 体勢を崩したアカツキにジェイルはアロンダイトを勢いよく振り下ろした。

 

 カガリの目の前にデスティニーの刃が迫る。

 

 避け切る事も防御も無理。

 

 やられてしまう。

 

 こんな所で―――

 

 「まだァァァ!!!」

 

 

 カガリのSEEDが弾けた。

 

 

 全身に広がる感覚に任せ、操縦桿を動かすとアロンダイトの斬撃を潜り抜けた。

 

 「あの体勢から避けただと!?」

 

 その動きに驚いたのはジェイルである。

 

 今の一撃で確実に仕留めた筈だった。

 

 しかし敵機はこちらの反応を確実に上回った。

 

 「ウオオオオオオ!!!」

 

 「チッ」

 

 アカツキはデスティニーの側面からビームサーベルを横薙ぎに叩きつける。

 

 しかしその斬撃がデスティニーを捉える事はなかった。

 

 ジェイルは振り返り様に逆手に持ったフラッシュエッジを振り抜き、アカツキの腕を斬り裂いたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 「訂正する。アンタは大した腕前だよ。けどここまでだ!!」

 

 アカツキを殴りつけ、体勢を崩した所に両肩のフラッシュエッジを投げつけた。

 

 「しまっ―――」

 

 左右から迫るブーメランに回避しようと試みるが―――間に合わない。

 

 ジェイルは今度こそ仕留めたと確信する。

 

 

 だが次の瞬間―――

 

 

 アカツキを捉えかけていたブーメランが何かによって叩き落とされてしまった。

 

 

 驚くジェイルの視界にあり得ないものが映る。

 

 

 広がる蒼い翼に白い四肢。

 

 

 あれは―――死力を尽くし、すべてを賭けて落した筈の死天使。

 

 

 「……フリーダムだと!!」

 

 

 黄昏の天使が戦場に舞い降りた。




機体紹介2更新しました。

今回フレイさんが出来てましたが、あくまでもゲスト出演的な感じです。
それから機体名のオウカは刹那さんから投稿されたアイディアの機体名を使わせてもらいました。
名前の響きが好きだったので。


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第42話  天使は再び舞い降りる

 

 

 

 

 

 オーブ本島が見える海上から砲弾の音が響き渡り、空気が震える。

 

 空にはモビルスーツが飛び交い、互いに撃ち落とそうと激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 そんな中、誰もいない通路を息を切らせながら走っている者達がいた。

 

 皆がシェルターに避難している筈。

 

 しかし彼らはそちらには向かわず、別の場所を目指している。

 

 それだけでも異様ではあるのだが、それ以上に目立つのは中央を走っている男だった。

 

 小奇麗なスーツに身を包み、屈辱に顔を歪めた男。

 

 走っていたのはこの戦いの元凶の一人とも言えるロード・ジブリールだった。

 

 振動が通路を揺らすたびに歯を食いしばる。

 

 「ハァ、ハァ、おのれぇ! デュランダルめ!!」

 

 ヘブンズベースから脱出したジブリールはヴァールト・ロズベルクの提案によってここオーブに逃げ込んでいた。

 

 彼曰くセイランをオーブから離反させた理由の一つがこういう時の為の保険だったらしい。

 

 確かにそれは役に立った。

 

 だからといって今の状況に納得できるほどジブリールは寛大ではない。

 

 そもそもヘブンズベースで奴らを倒し、再び復権する筈だったのだ。

 

 にもかかわらずこんな所を逃げ回る様に走っている事自体が納得出来ない。

 

 鬱憤を少しでも晴らそうと再びデュランダルに関して毒づこうとした時、前を走っていたヴァールトが振り返った。

 

 いつも通りの穏やかな表情を浮かべているのだが、それがジブリールを余計に苛立たせた。

 

 「ジブリール様、もうすぐ予定通りの場所です」

 

 「分かっている!! 見ていろよ、デュランダル! 宇宙に上がったらこの屈辱を何倍にして返してやるぞ!」 

 

 怒りを噛み殺しながらジブリールはヴァールトの後を追っていった。

 

 

 

 

 海上で行われている激戦。

 

 腕を損傷したアカツキのコックピットの中でカガリは目の前のモビルスーツを見つめていた。

 

 蒼い翼を持ったあまりにも特徴的な機体は見間違う筈も無いもの。

 

 何故ならその機体は同盟にとっての象徴的な機体であったからだ。

 

 「……フリーダム」

 

 「カガリさん、大丈夫ですか?」

 

 「マユ!? マユなのか!?」

 

 彼女はザフトに捕まり、最近救出されたばかりだと聞いていたのだが。

 

 「カガリさんはコウゲツと一緒に一旦下がって。ここは私がやります!」

 

 カガリは機体状態と周囲の状況を確認する。

 

 デスティニーとザルヴァートルの攻撃により戦線の一部が突破されてしまっていた。

 

 だが急いで立て直せばまだ何とかなるだろう。

 

 「分かった。気をつけろ、そいつは手強いぞ」

 

 「はい!」

 

 アカツキは損傷したコウゲツと共に後退する。

 

 カガリは敵を警戒しつつ通信機のスイッチを入れるとモニターにショウが映った。

 

 「どうした?」

 

 《カガリ様、スカンジナビアの方から通信です。ジブリールが使っているルートに関する情報が入ってきました》

 

 「何だと!?」

 

 詳細が気にはなるが、それは後回しだ。

 

 おそらく情報を送ってくれたのはアイラだろう。

 

 ならばその情報は信用できる。

 

 「分かった。その情報を基にジブリ―ルを見つけ出せ。私も一旦国防本部に戻る」

 

 《了解しました》

 

 カガリは通信を切ると国防本部に目指して加速した。

 

 

 

 

 

 マユはデスティニーがカガリ達を追撃しないように警戒するがその気配はない。

 

 「どうして追撃しない?」

 

 気にはなるが疑問を棚上げしたマユは装備されている斬艦刀『シンフォニア』を握る。

 

 「これ以上はやらせない」

 

 斬艦刀を片手に斬り込んでいくトワイライトフリーダム。

 

 その姿にジェイルは怒りで歯を食いしばった。

 

 動きを見ただけで分かる。

 

 間違いなく奴だ。

 

 もはや後退するカガリ達の事など、どうでも良かった。

 

 宿敵が―――倒した筈の死天使が生きていたのである。

 

 ジェイルの思考はすでにフリーダムに対する怒りに染まっていた。

 

 「生きていたってことかよ―――テメェェェ!!!」

 

 怒りを吐き出すように操縦桿を押し込み、アロンダイトを構えて振りかぶった。

 

 対艦刀と斬艦刀が交錯する。

 

 同時にすれ違う二機。

 

 マユが振り向きざまにシンフォニアを袈裟懸けに振るい、ジェイルが横薙ぎにアロンダイトを振り抜いた。

 

 だが敵機を捉えるには至らず、空を斬るのみ。

 

 その事実と目の端に映る、舞うように翻る蒼い翼がジェイルの屈辱を煽っていく。

 

 「落ちろォォ!!」

 

 「この機体のパイロットは――――インパルスの」

 

 アロンダイトの一撃を流しながら、マユはデスティニーに乗ったパイロットの事を看過する。

 

 叩きつけるような殺気に合わせて繰り出される剣撃は間違えようも無い。

 

 「前の様にはいきません!!」

 

 マユは振り下ろされる対艦刀を前にあえて懐を飛び込んだ。

 

 「何!?」

 

 「そんな大振りで!」

 

 デスティニーの腕に肘を当て方向を逸らすと蹴りを入れて、シールドに内蔵されたビーム砲を放った。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 ジェイルは吹き飛ばされ体勢を崩しながらも、シールドを展開して防御する。

 

 しかしデスティニーは敵機から大きく引き離されてしまった。

 

 その間にトワイライトフリーダムは背後から襲いかかったバビを斬艦刀で容易く返り討ちにしているのが見える。

 

 それが一層目の前の敵に対する怒りを膨れ上がらせた。

 

 今の間に追撃もせずに他の相手。

 

 奴はこちらの相手は片手間でできると思っている。

 

 つまり舐められているのだ。

 

 「ふざけるなァァァ!!!」

 

 ジェイルの咆哮と共にSEEDが弾けた。

 

 デスティニーの翼が開き光が放出されると、光学残像を発生させトワイライトフリーダムに襲いかかる。

 

 今までとは比較にならない圧倒的な速度。

 

 そして非常に高い射撃精度でビームライフルが放たれる。

 

 「くっ!?」

 

 容赦のない攻撃が次々と撃ち込まれトワイライトフリーダムの行く手を阻んだ。

 

 マユは機体を左右に振り、舞うような動きでビームを避けつつライフルで反撃に転じた。

 

 二機から放たれる閃光が空を裂くように交わっていった。

 

 

 

 デスティニーとトワイライトフリーダムが激しい攻防を繰り広げていた頃。

 

 ザルヴァートルの前にはレティシアのヴァナディスガンダムが立ちふさがっていた。

 

 追い込まれていたトールとムウは呆然と目の前の機体を見つめる。

 

 それは前大戦で共に戦ったアイテルに良く似た機体だった。

 

 しかし量産されたブリュンヒルデとも違う。

 

 「ムウさん、トール君!」

 

 ヴァナディスから聞こえてきた声は予想外の人物のものだった。

 

 「なっ、レティシアさん!?」

 

 「怪我をしてるって聞いていたが。という事はあのフリーダムに乗っているのは、お嬢ちゃんか……」

 

 「ええ。私もマユも大丈夫です。それよりもオーブ本島に向かった敵機を頼みます! この新型は私が相手をしますから!」

 

 一瞬だけ迷ったが、ここはレティシアに任せた方が良い。

 

 防衛線を抜けた敵機を追う方が先だ。

 

 「分かった。ここを頼むぞ!」

 

 オウカが飛行形態に変形すると背中にアドヴァンスストライクを乗せ、本島に向かった敵機を追った。

 

 だがそれを黙って見ているほどセリスは甘くない。

 

 「逃がさない!」

 

 しかし追おうとするセリスをヴァナディスがビームライフルで進路を阻む。

 

 目の前を通り過ぎたビームに冷やりとしながら、お返しにセリスもビームランチャーを撃ち出した。

 

 目を覆うほどのビームの奔流がヴァナディス目掛けて押し寄せる。

 

 しかし直前に展開されたビームシールドによって弾かれてしまう。

 

 「……ビームシールドまで持っているなんて。しかもこのパイロットはあの時の―――」

 

 セリスの脳裏に浮かんだのはフリーダムとの戦いの際、一時的に相手をしたブリュンヒルデの事だった。

 

 あのパイロットの事はその高い技量もあって不思議と覚えていたのだ。

 

 「リースが仕留めたって思っていたんだけど。あの新しいフリーダムといい、簡単には倒せないって事か」

 

 しかもようやく反撃を開始しようというこのタイミングで現れるとは。

 

 完全に出鼻をくじかれてしまった。

 

 「でも逆を言えばここでこの新型を倒せば同盟の勢いを完全に殺ぐ事が出来る。なら!!」

 

 手加減無用。

 

 今度こそ倒せばよい。

 

 ビームサーベルを片手に構え、同時にシールドのロングビームサーベルを発生させる。

 

 長さの違うニ刀のサーベルがレティシアの眼前に繰り出されていく。

 

 「速い、しかも――」

 

 振り抜かれたロングビームサーベルを機体を屈みこませてやり過ごす。「

 

 だが今度は下からすくい上げる様にビームサーベルが斬りあがってきた。

 

 「タイミングが取りづらい!!」

 

 展開されたサーベルの長さが違うため回避するタイミングが狂わされる。

 

 さらに微妙にビームサーベルの出力を調整しているらしく、余計に回避しづらくしていた。

 

 受けに回れば、それだけ不利。

 

 ヴァナディスは斬艦刀『アインヘリヤル』を構えザルヴァートル目掛けて横薙ぎに振り払った。

 

 「そんなもの!」

 

 セリスは後退しながらビームシールドを掲げて斬撃を受け止める。

 

 だがセリスの予想に反しレティシアは力任せに押し込む事無く即座に剣を引いた。

 

 「なっ!?」

 

 まさか引いてくるとは思っていなかったセリスはバランスを崩されてしまう。

 

 そこにアラドヴァル・レール砲を撃ちこんでザルヴァートルを吹き飛ばした。

 

 「きゃあああ!!」

 

 レティシアはその隙を見逃さない。

 

 機体を加速させ、斬艦刀を逆袈裟に斬り上げた。

 

 体勢を崩されたセリスは咄嗟の判断で機体のスラスターを調整、タイミングを合わせて逆噴射させた。

 

 スラスターを使用し機体を傾けた瞬間、目の前を斬艦刀の刃が通り過ぎる。

 

 ただ完ぺきな回避はできず斬艦刀の一撃がザルヴァートルの装甲を掠め、浅い傷を作り出した。

 

 「危ない。まったく厄介な奴ね」

 

 「今のを躱すとは」

 

 機体を後退させライフルで攻撃してくるザルヴァートル。

 

 シールドでビームを弾きながらレティシアはある確信を持った。

 

 ここまでの一連の攻防。

 

 そしてシンから聞いた話を総合すると間違いない。

 

 ビームライフルを巧みに使い、敵機の動きを誘導。

 

 先読みしたレティシアはセイレーンに搭載されたビームブーメランを投げつける。

 

 「しまっ―――!?」

 

 セリスは動きを誘導された事に気がつくがもう遅い。

 

 曲線を描いて迫ってくる刃をシールドで弾き飛ばすがその隙にヴァナディスが懐に飛び込んできた。

 

 不味い。

 

 完全に態勢を崩されてしまっている。

 

 これでは敵の攻撃を避けきれない。

 

 セリスはある程度の損害を覚悟しながらも反撃する為にサーベルを下段に構える。

 

 だが覚悟していた衝撃が来る事は無く、通信機から声が響いてきた。

 

 「聞こえますか? その機体のパイロットはセリスですか?」

 

 「えっ」

 

 通信機から聞こえて来た声は若い女性の声だった。だがそんなことよりも、何故自分の名前を知っている?

 

 「何で私の名前を……」

 

 「やっぱり記憶を……よく聞いてください。私はレティシア・ルティエンス。貴方の真実を―――」

 

 セリスがレティシアの声に耳を傾けようとしたその瞬間―――ザルヴァートルのシステムが作動する。

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 彼女の視界が開けると、感覚が鋭く広がる。

 

 同時に目の前にいる敵に対する敵意が膨れ上がっていった。

 

 「……敵はすべて、死ね!!」

 

 セリスは一気に機体を加速させヴァナディスに斬撃を繰り出した。

 

 レティシアの不意を突いた形の一撃が下から掬いあげるように軌跡を描く。

 

 「なっ!?」

 

 レティシアは咄嗟に機体を後退させ、サーベルの一撃を回避した。

 

 「セリス! 私の話を聞いて―――」

 

 「うるさい!!」

 

 もはやレティシアの声などセリスには届かない。

 

 ただ敵に対する敵意のみが彼女の中に渦巻いていた。

 

 

 

 

 フォルトゥナのブリッジから戦闘を見ていたヘレンはモニターに映った二機のモビルスーツに目を向ける。

 

 その視線には紛れも無く怒気が籠っていた。

 

 「……レティシア・ルティエンス」

 

 先程のセリスに向けられた会話はこちらでも把握していた。

 

 そこでヘレンはあの機体に搭載されている保険を使用したのである。

 

 ザルヴァートルにはセリスがSEEDを発現させた場合、特殊なOSが起動ようになっている。

 

 それによって彼女の能力をフルに発揮できるようになっていた。

 

 同時にOSの中には万が一の場合に備えてI.S.システムが仕込まれていたのだ。

 

 SEED因子を持っているセリスにはI.S.システム自体が不要ではある。

 

 だが彼女の戦闘意識を高め、外からの情報を遮断するには都合のいいシステムだった。

 

 これでセリスに余計な情報が入ってくる事はない。

 

 後はあのフリーダムだ。

 

 ザルヴァートルと相対している機体にレティシアが搭乗しているのなら、あのフリーダムにはマユ・アスカが搭乗しているに違いない。

 

 ラボが襲撃を受け、サンプルの二人を奪還されてしまった事はヘレンもすでに報告を受けていた。

 

 それがもう戦線に復帰してくるとは。

 

 さっさと始末してしまった方が良かったかもしれないとも考えるがすでに後の祭り。

 

 いや、むしろ戦場に出てきた事で倒す機会を得たのだ。

 

 好都合と考えるべきだろう。

 

 ヘレンはすぐに待機室に連絡を入れる。

 

 「全員、今の状況を見ているわね」

 

 モニターに映ったレイがいつも通り冷静な表情で頷いた。

 

 どうやら彼も分かっているらしい。

 

 あの二機を絶対に落とさなければならない事に。

 

 《艦長、一つご報告があります》

 

 「何かしら?」

 

 《……ここに地球軍機が近づいて来ています》

 

 「地球軍機がこの戦場に?」

 

  反ロゴス派の部隊はヘブンズベースの戦いで損害を受け、現在再編成中であると報告を受けている。

 

 それが済み次第こちらに増援を送るという話はあった。

 

 しかし今回の戦闘には参加は難しいと聞いているから援護の機体とは考えにくい。

 

 なによりレーダーよりもレイが早くに感じ取っているという事実。

 

 おそらくは特務隊の標的とさせていた部隊の機体だ。

 

 ならば排除要因の一つであるアオイ・ミナトもここに来ると考えて良いだろう。

 

 丁度良い。

 

 排除すべき対象が一か所に集まってくれるのだ。

 

 「分かったわ。そちらは貴方達の判断に任せます。ただリースかステラのどちらかがフリーダムの相手をする事。ベルゼビュートやアルカンシェルはその為の機体なのだから」

 

 《了解》

 

 一応保険を掛けておく必要があるかもしれない。

 

 ヘレンは手元の端末を操作してさらに後方に待機させていた部隊に指示を飛ばす。

 

 その時、オペレーターからの報告が入った。

 

 「艦長、オーブから戦艦が接近―――アークエンジェルです!」

 

 「……沈んでいなくても不思議はない」

 

 驚きは無い。

 

 やはりというのが本音だ。

 

 アークエンジェルの撃沈は元々確認されてはいなかったのだから。

 

 「フォルトゥナ、エンジン始動。対艦、対モビルスーツ戦闘用意。 目標アークエンジェル!」

 

 「「「了解!」」」

 

 ヘレンの指示に従い、戦闘ブリッジに移行する。

 

 フォルトゥナはアークエンジェルに向かって移動を開始すると同時にハッチが開いた。

 

 「配置は事前に決めた通りだ。リース、お前はフリーダムを殺れ。ヴィート、ステラはもう一機の新型を。私とレイは接近してくる地球軍の機体を迎え撃つ」

 

 「「「「了解!」」」」

 

 デュルクの指示に頷いた全員が準備を整え、発進する。

 

 各々が目標に向け戦場に介入した。

 

 

 

 

 フォルトゥナがアークエンジェルと戦闘を開始したのと同刻。

 

 トワイライトフリーダムとデスティニーも激しい戦いを繰り広げていた。

 

 「しつこいんだよ!! 落ちろ!!!」

 

 ジェイルの叫びに応えるようにデスティニーの動きは鋭さを増し、攻撃の精度も上がっていく。

 

 それはかつて戦った時以上のものだろう。

 

 だがフリーダムはデスティニーがかなりの速度で動いているにも関わらず、すべて見切っているかのように攻撃を回避する。

 

 先程から何度となく繰り返す攻撃も敵を捉えるには至らない。

 

 その鮮やかな動きが余計にジェイルの怒りを煽った。

 

 「一気に蹴りをつけてやる!」 

 

 ビームライフルで動きを牽制しながら、アロンダイトを構えて斬りかかった。

 

 「はあああああ!!!」

 

 しかしそれはマユからすれば、あまりに単調な攻撃だったと言わざる得ない。

 

 ジェイルが冷静さを欠いていたのも原因だったのだろう。

 

 トワイライトフリーダムはアロンダイトの斬撃が届く前にエレヴァート・レール砲を発射しデスティニーを吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「これで―――ッ!?」

 

 吹き飛ばされたデスティニーに向け、ビームライフルを構えトリガーに指を掛けた。

 

 だがそこで別方向から発射された閃光がトワイライトフリーダムに襲いかかる。

 

 マユはシールドを展開してビームを防御し、攻撃を仕掛けてきた敵を見る。

 

 そこには悪魔のような翼を持った機体が佇んでいた。

 

 「あの機体は……」

 

 忘れるはずもない。

 

 レティシアを落とした機体、ベルゼビュートだ。

 

 そしてパイロットであるリース・シベリウスもまたマユ達にとっては忘れ難い存在だった。

 

 マユがレティシアの方を見ると彼女もまたザフトの新型と思われる三機と交戦していた。

 

 いくら彼女でも新型三機を相手にするには厳しい。

 

 ならばやることは決まっている。

 

 決着をつけて援護に向かう。

 

 それだけだ。

 

 そしてジェイルもまた戦いに割り込んで来たベルゼビュートを睨む。 

 

 「リース! こいつは俺が―――」

 

 「……うるさい」

 

 思わず怒鳴るジェイルだったが、リースのあまりに冷たい声に言葉が続かない。

 

 「……生きてんだね。マユも、レティシアも。だったら、アレンが帰ってくる前に――――殺さなきゃ」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 ベルゼビュートが腕部のビームソードを放出。

 

 不気味な翼を広げてトワイライトフリーダムに突撃してくる。

 

 それを見たマユはビームサーベルを抜いて応戦した。

 

 お互いの光刃がシールドに阻まれ、装甲を照らす。

 

 激突と同時に弾け飛ぶとリースは両肩のビームキャノンを撃ち込んだ。

 

 「流石特務隊、強い」

 

 「貴方を落とした後は今度こそレティシアをやるから―――だから早く消えて!!」

 

 マユは強力なビームの奔流を旋回しながら潜り抜け、再びベルゼビュートに光刃を振るう。

 

 横薙ぎに払われた斬撃がシールドで受け止められる。

 

 続けて攻勢に出ようとしたフリーダムに今度はデスティニーが介入してきた。

 

 「フリーダム!!」

 

 「なっ!?」

 

 マユは咄嗟に機体を翻し、上段から振り下ろさせるアロンダイトの回避。

 

 入れ替わるようにベルゼビュートが斬り込んできた。

 

 牙を立てる様に振りかぶられたビームクロウを直前で止め、力任せに弾き飛ばす。

 

 「邪魔です!」

 

 ベルゼビュートを仕留める為、ビームライフルを構えた。

 

 だがリースをやらせまいとデスティニーが高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち出した。

 

 「好きにさせるかぁぁ!!」

 

 マユはデスティニーの砲撃を何とか機体を後退させ逃れた。

 

 だが同時にベルゼビュートの砲撃がトワイライトフリーダムを襲う。

 

 「このォォォ!!!」

 

 「くっ!」

 

 ベルゼビュートの攻撃をシールドで防ぐ事には成功したが、その威力にトワイライトフリーダムは体勢を大きく崩されてしまった。

 

 「今だァァァ!!!」

 

 憎むべき死天使を再び葬り去る絶好の機会。

 

 ジェイルは決着をつけるべく、トワイライトフリーダムに突撃する。

 

 翼を開き発生した光学残像を伴い、速度を上げた。

 

 

 

 「これでェェェ、終わりだァァァァ!!!!」

 

 

 

 デスティニーがアロンダイトを振り下ろそうとした時――――

 

 

 上空からその声が聞こえてきた。

 

 

 

 「やめろォォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 声が聞こえたと同時にジェイルは目の端で何かを捉えた。

 

 回転しながら光を放つその物体は―――こちらを狙って投げられたブーメランだった。

 

 「ッ!?」

 

 直前で気がついたジェイルは咄嗟に手元のシールドで弾き飛ばす。

 

 しかし次の瞬間、撃ちこまれた砲弾の爆発で吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐうう!!!」

 

 何とかもう片方のシールドを展開して防いだがトワイライトフリーダムからは引き離されてしまった。

 

 スラスターを使い踏みとどまるジェイルの目の前には翼を持った機体が死天使を守る様に立ちふさがっていた。

 

 それを見た瞬間、ジェイルは固まった。

 

 ただの同盟の援軍ならそう気にはならなかったに違いない。

 

 しかし今眼前にいるのは明らかに自身の乗機であるデスティニーに良く似た造形を持った機体であった。

 

 いや、似ているというならばインパルスの方だろうか。

 

 「……デスティニーなのか?」

 

 何よりも彼を混乱させたのは先ほどの声。

 

 あの声には覚えがある。

 

 「まさか―――シン?」

 

 空から降りてきたリヴォルト・デスティニーのコックピットの中でシンは目の前の機体を睨みつけた。

 

 「これ以上はやらせないぞ!」

 

 同じく運命の名を持つ二機が対峙した。

 

 

 

 

 

 

 地上の状況が変わろうとしている頃、宇宙の戦いもまた変化しようとしていた。

 

 圧倒的な力を持つヴァンクール相手にイザークはフレイと共に善戦していた。

 

 機動性、パワー共に段違い。

 

 イザーク達の機体も新型でなければ足止めすら難しかっただろう。

 

 「チッ、こいつに構っている暇はないというのに」

 

 イザークの視線の先には味方機がザフトに押し込まれている様子が見えた。

 

 新型のブリュンヒルデのおかげか、何とか持ちこたえている。

 

 しかし何時まで持つかは分からない。

 

 早く救援に駆けつけたいところだが、ヴァンクールの前にはイザーク、フレイ共に抑えるのがやっとだった。

 

 このままでは不味い。

 

 そう考えた時、数機の味方が一斉に薙ぎ払われた。

 

 「何!?」

 

 次々と味方機を屠っていくのは見た事も無い三機のモビルスーツだった。

 

 『ドムトルーパー』と呼ばれたこの機体は元々ザクやグフと同様にザフト主力機の一つに選定されていたもの。

 

 だがいくつかの事情により正式採用には至らなかった。

 

 そして今現在戦場に現れた機体はオリジナルの装備を変更、改修したものだ。

 

 ドムの三機にはティア・クラインの護衛役である三人、ヒルダ・ハーケン、ヘルベルト・フォン・ラインハルト、マーズ・シメオンが搭乗していた。

 

 高度な連携でナガミツやムラサメを次々と薙ぎ払っていく。

 

 「数が多いな」

 

 「ああ。パイロットの技量や機体の性能も高いし、面倒だ」

 

 「黙ってやりな! さっさと終わらせるよ、野郎ども!!」

 

 ヒルダの声に合わせて左胸部に設置されたスクリーミングニンバスが展開。

 

 撃ちこまれたビームを弾きながら突撃する。

 

 これはビームと同じ性質を持った粒子を展開する事で攻撃、防御の両方が可能なフィールドを作り出す事が出来る装備。

 

 初見でどうこうできるものではないとヒルダ達は自負している。

 

 三機はスラスターを使いさらに加速。

 

 それぞれに武器を構えて攻撃を開始した。

 

 「「「ジェットストリームアタック!!」」」

 

 作り出された防御フィールドが撃ちこまれた攻撃諸共、機体を大きく弾き飛ばす。

 

 さらにドムが構えた光刃、砲撃が周辺の敵機を屠っていった。

 

 「チッ! あれもザフトの新型か?」

 

 あの機体も厄介なものらしい。

 

 放っておけば被害が増える一方である。

 

 しかし―――

 

 「よそ見してる余裕があるのか!」

 

 「くっ!」

 

 ヴァンクールが複雑な軌道を取りながら、ビームライフルを撃ち込んでくる。

 

 当然隙を窺っているフレイを牽制しながらだ。

 

 シールドで攻撃を防ぎながらイザークも反撃の機会を窺う。

 

 しかしその間にもドムトルーパーの蹂躙はやむことなく続けられていた。

 

 続くようにザフトの機体も勢いを取り戻し、攻勢に出る。

 

 このままでは戦線が維持できない。

 

 

 

 だがその時、同盟の兵士達にとっての英雄が戦場に現れた。

 

 

 

 一機は蒼い翼を広げ、もう一機は特徴的なリフターを背負っている。

 

 それを見たイザークはニヤリと笑った。

 

 「遅いぞ! フリーダム、ジャスティス!!」

 

 戦場に駆けつけたストライクフリーダムは腰のビームサーベルの抜き放つと瞬時に敵機を二機同時に撃破する。

 

 そしてカリドゥス複相ビーム砲をヴァンクールに撃ち込むとシュバルトライテから引き離した。

 

 「イザーク、大丈夫?」

 

 「ああ」

 

 シュバルトライテの近くにいたオウカも横に並ぶとストライクフリーダムに通信を送る。

 

 「助かったわ、キラ」

 

 「フレイ!? 君までモビルスーツに?」

 

 「ええ、色々あってね」

 

 キラは疑問を飲みこむと正面を見据える。

 

 あの機体の力は研究施設での戦いで重々承知済み。

 

 ヴァンクールの相手はフリーダムでする他ない。

 

 「イザークとフレイは味方の部隊を立て直して! ラクスはあの新型三機の相手を。この機体とは僕が戦う」

 

 「分かりました」

 

 「頼む!」

 

 「了解!」

 

 キラはヴァンクールにサーベルを構えて斬り込んだ。

 

 途中で道を阻むザクの砲撃をすり抜けるかの様に易々と回避すると光刃が舞う。

 

 光が一瞬の線を描くと同時にザクの砲身を分断し、機体をバラバラに破壊した。

 

 「おいおい」

 

 その光景にハイネは戦慄する。

 

 何という早業だ。

 

 寒気がする。

 

 さらに別方向に目を向けると以前交戦したジャスティスがハルバードモードにしたビームサーベルを振るってザフトの部隊に斬り込んでいくのが見える。

 

 あのパイロットも相変わらずの腕前だった。

 

 この二機相手では普通のパイロットがいくら集まっても撃破はおろか、傷一つ付けられないだろう。

 

 「たく、フリーダムが相手とは。だが敵がなんであれ、こっちも退けないんでね!!」

 

 ハイネはザフトの部隊を撃破しながら向かってくるフリーダムにアロンダイトを構えて突撃する。

 

 二機は手の中の刃を振り抜き、高速ですれ違う。

 

 そして再び振り返るとスラスターを噴射させながら激突した。

 

 

 

 状況は振り出しに戻り、戦場は激化していく。

 

 そんな中、増援であるザフトの部隊が宇宙の戦場に到着しようとしていた。

 

 複数の機影がかなりの速度で暗い宇宙を駆け抜ける。

 

 展開されたモビルスーツの両手には対艦刀。

 

 モノアイが不気味に光りを発する。

 

 そして背中にある翼が展開され、さらに機体を加速させていく。

 

 

 近づいてきているモビルスーツはシグーディバイド。

 

 

 そしてその数は―――二十機以上。

 

 

 脅威がすぐそこまで迫っていた。



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第43話  終わらぬ激闘

 

 

 

 

 一条の閃光が人型の物体を貫く度に、大きな光の花のように宇宙を照らす。

 

中立同盟とザフトの戦いは拮抗した状態となっていた。

 

 瓦解しかけていた戦線はキラやラクスが厄介な新型を抑えに回った事。

 

 そしてイザークやフレイが部隊を立て直し始めた事でザフトの機体を押し返すまでに持ち直している。

 

 だが未だに気を抜けない状況である事になんら変わりはない。

 

 特にドムはその装備も含めて、同盟軍の誰もが手を焼いていた。

 

 縦横無尽に暴れまわるドムに対し、ジャスティスを駆るラクスが迎撃に向かう。

 

 ドムの突破力は危険であると判断したためだ。

 

 「貴方達にこれ以上はやらせません」

 

 ラクスは背中のリフター『ファトゥム01』に装備されたハイパーフォルティスビーム砲で牽制しながら、動き回るドムを狙う。

 

 「ジャスティスか!?」

 

 ヒルダ達も背中にリフターを背負っている特徴的な機体の事は当然知っている。

 

 前大戦で叩きだした戦果の事もだ。

 

 「チッ、散開しな!」

 

 フォルティスのビームがドムの陣形を崩し、その隙を突く形でジャスティスが飛び込んでくる。

 

 「ヒルダ!」

 

 「分かってる。相手は同盟の英雄だ。油断するんじゃないよ!」

 

 ジャスティスのビームサーベルをシールドで止めたヒルダは受け流すように機体を横に移動させる。

 

 「流した!?」

 

 「悪いねぇ、アンタとまともに斬り合いなんてやってられないんだよ」 

 

 いくらドムが新型とはいえ量産型の機体である。

 

 ジャスティスとは性能差があり過ぎる。

 

 まともな受け合いなど命取りになるだけだ。

 

 ヒルダは背後に回り込みギガランチャーDR1プレックスを構えて砲弾を撃ち出し

た。

 

 これは砲身上部に実体弾、下段にビーム発射口がある連装式構造の大型バズーカ砲である。

 

 「そう簡単に!」

 

 ラクスは無理やり機体の向きを変え、ビーム砲で砲弾を破壊する。

 

 しかし周囲に散開した他のドムと合流したヒルダは再びスクリーミングニンバス展開。

 

 ジャスティスのビームを弾き飛ばして突撃する。

 

 「そんなものは効かないよ!」

 

 「弾いた!? なるほど、あの装備は厄介ですわね」

 

 突撃してくるドムに幾度となく攻撃を撃ち込むがすべて弾かれてしまう。

 

 ぶつかる直前に機体を上昇させ、攻撃を回避したラクスはドムの動きを注視する。

 

 あの装備を展開している限りはまともにどうにかしようとしても無駄だろう。

 

 ならば―――

 

 三機の敵機は再び連携を組み、反転してくると武器を構えて再びジャスティスに向かってきた。

 

 「しつこい奴だね!!」

 

 「まったくな」

 

 「まあ、これで終わりだろ」

 

 スクリーミングニンバスを展開してジャスティスを狙ってギガランチャーDR1プレックスを一斉に発射した。

 

 仮に砲撃を避けられたとしても、背後に控えた二機がすでにビームサーベルを展開している。

 

 それで仕留められる筈。

 

 しかしヒルダ達の予想に反し、ジャスティスは回避運動を取らずシールドを構えて防御の姿勢を取った。

 

 「避けない?」

 

 「何かの作戦か?」

 

 「なんであれ、これで蹴りをつけるよ!!」

 

 三機は再びジェットストリームアタックを仕掛ける為、一気にジャスティスとの距離を詰め、ビームサーベルを振り抜いた。

 

 だが―――

 

 「なに!?」

 

 ドムの斬撃は敵を捉える事無く空を斬る。

 

 ジャスティスは背中のリフターを分離させ、こちらの視界の外に逃れたのだ。

 

 攻撃が直撃する寸前であった為にヒルダ達が油断していた事も見失ってしまった要因だろう。

 

 こちらの攻撃範囲から離脱したジャスティスを視線で追おうとした次の瞬間、ヒルダ機の腕が何かに掴まれた。

 

 驚く間もなく横に引っ張られ、ヘルベルト機に激突させられてしまう。

 

 「ぐぅ!」

 

 「一体何が!?」

 

 腕を掴んでいるものを確認しようと視線を向ける。

 

 ドムの腕を掴んでいたのはジャスティスのシールドから射出されたグラップルスティンガーだった。

 

 ラクスは思惑通りにいった事に笑みを浮かべる。

 

 確かにスクリーミングニンバスは厄介な武装だ。

 

 だがあの装備は常に展開されている訳ではない。

 

 特に攻撃した後はフィールドは消え、隙が多かった。

 

 ラクスはそこを突いたのである。

 

 ファトゥム01をドムの背後から向かわせ、両翼前縁に設置されているビームブレイドでマーズ機の下腹部を切断する。

 

 さらに態勢を崩したヘルベルト機に分割したビームサーベルを叩きつけた。

 

 ジャスティスの光刃がシールドを構えたヘルベルト機の武装と片足をバラバラに斬り裂く。

 

 そして右足のグリフォンビームブレイドを蹴り上げてヒルダ機の腕を破壊した。

 

 「くそ!」

 

 「やられた!?」 

 

 これ以上の戦闘継続は無理だ。

 

 機体状況を確認したヒルダは即座に決断を下す。

 

 「あんた達、退くよ!」

 

 「くそ!」

 

 「チッ、了解!」

 

 ヒルダ達は生き残っているスラスターを使い、ジャスティスを牽制しながら後退を開始した。

 

 それを確認したラクスは息を吐くと周囲を見渡す。

 

 「かなりの被害が出てしまったようですわね」

 

 それでもドムが退いた事でこちらの部隊も反撃に移りやすくなった。

 

 しかしザフトの部隊も勢いは衰えていない。

 

 イザーク達が部隊を立て直すまでは時間をもう少し時間が掛かる。

 

 それまではこちらで敵機を食い止めるしかない。

 

 ラクスはファトゥム01を背中に戻すと敵部隊に向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 ドムとジャスティスの戦いに決着がついた頃、ストライクフリーダムとヴァンクールは激突を繰り返していた。

 

 ハイネは翼を広げ光学残像を発生させ、凄まじい速度でストライクフリーダムに肉薄。

 

 キラは目の前に迫る刃に対し、ギリギリの位置で回避しビームサーベルを下段から逆袈裟に振りあげる。

 

 「やっぱり速い!」

 

 「くそ、そう簡単にはいかないか!」

 

 両者共、剣を交えながら高速ですれ違い弾け飛ぶ。

 

 ハイネは思わず舌打ちした。

 

 フリーダムのパイロットは強い。

 

 何度もタイミングを見計らい仕留めようとアロンダイトで斬りかかっているにも関わらず、敵機の動きを捉える事が出来ない。

 

 さらに猛攻で敵部隊の士気を挫いていたドムの撤退。

 

 部隊を迎撃しているジャスティスによって、同盟も態勢を立て直しつつある。

 

 この状況が続くようなら撤退を考えなければならないだろう。

 

 でなければこちら側に被害が増える一方だからだ。

 

 そしてハイネの懸念通り、同盟は勢いを取り戻しつつあり、それによってザフトの部隊は徐々に押し込まれていく。

 

 

 

 その時―――ザフトの援軍が戦場に介入する。

 

 

 

 それに気がついたのは部隊再編の指揮を執っていたイザークだった。

 

 周囲を確認しながら指示を飛ばしていると機影を捉えた。

 

 「アレは―――」

 

 形状はザフト特有の造形。

 

 全機が翼を広げ光を放出し両手に対艦刀『ベリサルダ』を構えている。

 

 「まさか、報告にあった新型か!?」

 

 イザークの視線の先、戦場に到着したザフトの援軍はシグーディバイドであった。

 

 モノアイが光を発すると同時にI.S.システムが起動。

 

 一糸乱れぬ動きで加速すると攻撃しようとしていたナガミツをベリサルダでバラバラに斬り裂いた。

 

 さらにガトリング砲、ビームライフルを巧みに使い分けながら次々と同盟軍を撃破していく。

 

 「速い!」

 

 そしてシグーディバイドは綺麗に横に並ぶと同時にビームランチャーを構えて一斉に発射する。

 

 強力な閃光が暗闇を照らし、巻き込まれたアルヴィトやヘルヴォルが消えていった。

 

 「チィ、ようやく立て直したと言うのに! 全機、あれと一対一でやり合うな! 連携を取りつつ迎撃しろ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 「フレイ、俺達が前に出るぞ!」

 

 「了解!」

 

 イザークのシュバルトライテとフレイのオウカがシグーディバイドを迎撃するために前に出る。

 

 あの数をどこまで抑えられるかは分からない。

 

 しかしここで連中の介入を許せば、戦線は瓦解するだろう。

 

 それだけは阻止しなくてはならない。

 

 「泣きごと言っても始まらん」

 

 イザークはフレイと連携を取りつつ、敵機に向う。

 

 そしてシグーディバイドの介入はハイネと交戦していたキラも伝わる。

 

 「あの機体は―――」

 

 凄まじい速度で移動しつつベリサルダを振るい同盟の機体を斬り裂いていくシグーディバイド。

 

 交戦した際の経験からあの機体の力は良く分かっている。

 

 普通のパイロットではあの機体には敵わない上に数も多い。

 

 ざっと確認しただけでも二十機以上はいるだろう。

 

 イザーク達の援護に向かったジャスティスだけで押さえ切れる数ではない。

 

 キラも援軍に向かいたいが、ヴァンクールと決着をつけなければ動けない。

 

 焦るキラとは対照的にハイネは安堵のため息をついた。

 

 正直、自分だけでこの状況を覆せるとは思っていなかったから助かった。

 

 「悪いが、あんたにはまだ俺の相手をしてもらうぜ!」

 

 「くそ!」

 

 シグーディバイドの攻撃に晒されたブリュンヒルデ部隊は徐々に追い詰められていく。

 

 そこに駆けつけてきたジャスティスがビームブーメランを投げつけ、シグーディバイドのライフルを吹き飛ばした。

 

 「皆さん、一旦下がってください」

 

 「り、了解です」

 

 ラクスはハルバードモードのビームサーベルを上段から振り下ろす。

 

 器用に振う斬撃がシグーディバイドの腕を裂き、敵の反撃を後退して回避する。

 

 そしてファトゥム01を分離させビームブレイドを展開、突撃させてシグーディバイドを斬り裂いた。

 

 しかし撃破したのも束の間、別のシグーディバイドが襲いかかる。

 

 「くっ、この数は面倒ですね」

 

 ジャスティスはファトゥム01を背中に戻し、再び迎撃に向かう。

 

 同盟に傾きかけていた戦況はシグーディバイドの介入によって再び危機的状況に陥ってしまった。

 

 だが再び戦況は変わる。

 

 同盟にとっても―――そしてザフトにとっても予想外の存在が戦場に乱入してきたのである。

 

 

 凄まじい速度で動き、猛威を振るうシグーディバイド。

 

 連携を取っている事もあって普通のパイロットでは対応する事もままならない。

 

 今またシグーディバイドがアドヴァンスアストレイに対艦刀を叩きこもうとした時、側面から何条かのビームが撃ち込まれた。

 

 スラスターを使い機体を上昇させてビームを回避するシグーディバイド。

 

 向き直った先にいたのは、三機のモビルスーツだった。

 

 三機の内の一機はザフトにとっては良く知る機体ガイアだ。

 

 色は違うが間違いない。

 

 その横に立っているのは全身が紅く大型のバックパックを背負った機体。

 

 そして最後の一機。

 

 青と白を基本とし、両肩には特徴的な装甲がついている。

 

 モビルスーツのコックピットに座っていたのはアレックス、バルトフェルド、そしてセレネ。

 

 つまり戦場に駆けつけて来たのはテタルトス軍であった。

 

 アレックスが乗った紅き機体。

 

 LFSA-X003 『ノヴァ・エクィテスガンダム』

 

 テタルトスの最新試作モビルスーツであり、前大戦で投入されたイージスリバイバルをテタルトスの技術をもって発展させた機体である。

 

 武装は高出力ビーム兵器を基本とし、アレックスの特性に合わせ、近接戦闘用の武器が多く搭載されている。

 

 そしてセレネの機体。

 

 LFSA-X005 『エリシュオンガンダム』

 

 テタルトスの最新型モビルスーツ。

 

 この機体はテタルトス軍のタキオンアーマーやその他の特殊装備の実証機として開発されたが本体も非常に高い性能を持っている。

 

 「さて状況を見る限り相当不味い事になってるな」

 

 「ええ、間一髪といったところでしょうか」

 

 「バルトフェルド中佐、セレネ、俺達の目的はあくまでも情報収集と機体の性能テストだ。無理をする必要はない」

 

 「了解。まあ俺は援護に徹するから、後は頼むよ」

 

 相変わらずの物言いに二人は苦笑する。

 

 確かに機体の性能テストを行う必要があるのはセレネのエリシュオンである。

 

 専用のタキオンアーマーも装備してきているし、データも取らねばならないのだ。

 

 アレックスはエリシュオンを先導するように前に出ると戦場を見た。

 

 目標はザフトの新型。

 

 まずはあれの性能を確かめる。

 

 「では予定通りに行くぞ!」

 

 「「了解」」

 

 ノヴァエクィテスとエリシュオンがスラスターを噴射する。

 

 そして二機を援護する為、背後にガイアがついた。

 

 シグーディバイドも接近してくる機影に気がついたのだろう。

 

 ナガミツを一蹴、ビームランチャーで攻撃してくる。

 

 砲身から放たれた強力な一撃。

 

 それをアレックスはシールドを展開してビームを受け止めた。

 

 「強力な火器を装備しているな。だが通用しないぞ」

 

 腰に装備されたビームサーベルを抜きシグーディバイドに斬りかかる。

 

 「反応を見せてもらう」

 

 袈裟懸けの斬撃がビームランチャーの砲身を捉え、真っ二つに分断して破壊した。

 

 しかしアレックスは不満のそうに舌打ちする。

 

 今ので敵機本体を捉えたと思ったのだが、想像以上に反応が速い。

 

 「……なるほど。厄介な機体らしい」

 

 しかもパイロットの技量も普通ではない。

 

 それがこれだけの数いるとなると―――

 

 「さっさと決着をつけた方がいいな」

 

 振りかぶられたベリサルダを脚部に装備されたビームサーベルで破壊。

 

 同時に回し蹴りを叩き込む。

 

 サーベルがシグーディバイドの翼を打ち砕き、変形したガイアがビームブレイドで敵機を両断した。

 

 さらに今度はエリシュオンが動き出す。

 

 腰に装着されていた中型の対艦刀『イシュタル』を両手に構えると刃が縦から横に変化する。

 

 ライフルモードになった対艦刀から放たれたビームにシグーディバイドも虚をつかれ肩を撃たれる。

 

 損傷して体勢を崩す敵機をセレネはライフルモードから戻した対艦刀で斬り裂いた。

 

 「良し、いける!」

 

 肩の装備されたタキオンアーマーのスラスターが噴射され、機体を加速させる。

 

 急激にGが掛かりシートに押し付けられるがセレネは構わずフットペダルを踏み込んだ。

 

 「タキオンアーマーの調子も良い」

 

 タキオンアーマーとはテタルトスが開発した特殊装備である。

 

 各勢力の追加装甲は基本的に機体の防御力と機動性を高めるのが主な役目となっている。

 

 しかしこのタキオンアーマーは機動性強化の方を優先したものとなっていた。

 

 ただ欠点もある。

 

 元々タキオンアーマーはSEEDを発現させたパイロットの動きに機体を追随させるために開発が企画されたもの。

 

 大幅な機動性強化に重点を置いた事から一般パイロットでは扱いきることが出来ないのだ。

 

 その為、エース級、もしくは特殊部隊専用の装備として扱われている。

 

 さらにエリシュオンが装着しているのは専用タキオンアーマーで通常とは機動性のみならず武装も異なっていた。

 

 「セレネ、このまま一気に押し込むぞ!」

 

 「了解です!」

 

 二人のSEEDが同時に弾けた。

 

 感覚が普段とは比べものにならないほど研ぎ澄まされる。

 

 アレックスとセレネはガイアが敵機をビームライフルで牽制した所を見計らい突撃した。

 

 「「はああああああ!!!」」

 

 エリシュオンが肩の二連装ビーム砲を撃ち出して敵機を誘導。

 

 ノヴァエクィテスが一気に懐に飛び込みビームサーベルをシグーディバイドのコックピットに突き刺した。

 

 「次!」

 

 アレックスは背中のシューティングスターからドラグーンを射出する。

 

 射出された砲台が四方に飛びシグーディバイドに向けて三連ビームが放たれた。

 

 強力なビームが敵機の脚部を吹き飛ばし、大きくバランスを崩す。

 

 そこにセレネが対艦刀を横薙ぎに振り抜いた。

 

 

 

 

 敵の攻勢を防いでいたイザークは予期せぬ援軍の方を見る。

 

 するとすぐにその正体を看破した。

 

 「あいつ! フレイ、ここを頼む!」

 

 「えっ!?」

 

 イザークは敵機を牽制しながらノヴァエクィテスの方へ移動すると通信機に向かって怒鳴りつけた。

 

 「貴様、こんな所で何をやっている!?」

 

 近づいてくるシュバルトライテから発せられる声を聞いた途端、アレックスの口元に自然と笑みが浮かんだ。

 

 「相変わらずだな、イザーク」

 

 「そのセリフは前も聞いたぞ! それで?」

 

 「援護に来ただけだ。まあそれだが目的じゃないが、一応味方だ」

 

 シュバルトライテはノヴァエクィテスと背中合わせになるとビームライフルを構える。

 

 「……ならきちんと働いてもらうぞ」

 

 「了解した」

 

 並び立つ二機を見たセレネは思わず呟いた。

 

 「仲が良いですね」

 

 「まあ、元は同じ部隊の仲間だからねぇ。ヤキモチかな?」

 

 バルトフェルドの言葉にしばらく呆然とするセレネだったが、すぐに噴き出したように笑い出した。

 

 「違いますよ。ただ―――アレックスは友達少ないですから」

 

 「……ああ、なるほど」

 

 思い当たる事があるのかバルトフェルドは納得したように頷く。

 

 見事な連携を組む二機にエリシュオンとガイアもシグーディバイド迎撃に加わった。

 

 

 

 

 再び状況が変化した戦場にハイネは思わず毒づいた。

 

 「今度はテタルトスかよ。まったくどうなってんだ」

 

 押し返したと思いきや再びの横やりで戦場はさらに混乱している。

 

 状況は決して良くない。

 

 どうするべきか考え込んでいたハイネの前にストライクフリーダムが飛び込んできた。

 

 両腕に握るビームライフルからの連続射撃をハイネは咄嗟に展開したシールドで防御する。

 

 「チィ!」

 

 後退しながらビームライフルを叩き込み、フラッシュエッジを両手構えて投げつけた。

 

 そこでキラのSEEDが発動した。

 

 「はああああ!」

 

 左右から挟む様に迫る刃を機体をバレルロールさせながらすり抜けると、速度を乗せてサーベルを横薙ぎに振り抜いた。

 

 ギリギリのタイミングでシールド防御に成功するハイネだったが、動きの変わったフリーダムにより危機感を募らせる。

 

 「動きが格段に良くなりやがった」

 

 この急激な変化には覚えがある。

 

 自分を落としたイレイズがダーダネルスの戦いで見せたあの動きだ。

 

 「退くにしても、時間稼ぎくらいはしないとな」

 

 フリーダムを攻撃を前にハイネは味方機に指示を飛ばしながら、応戦する。

 

 その背には冷ややかな汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 宇宙の戦況が変わった頃、オーブでの戦いは未だ激しく続いていた。

 

 損傷したアカツキを着地させたカガリはコックピットから飛び出すと国防本部の中に駆け込んた。

 

 「ジブリールは!? 状況はどうなっている!?」

 

 「カガリ様。情報にあったルートを調査させていたところ、ジブリールの部下らしき者達から妨害に遭い、現在交戦状態です。数はこちらが圧倒的に勝っていますのですぐに鎮圧出来るかと」

 

 「奴らはどこに向っている?」

 

 ショウが端末を操作するとモニターにジブリール達が向っている場所が表示された。

 

 「マスドライバーとは反対の方向に向かっているだと……」

 

 もはや地上にジブリールが逃げ延びる場所など無い。

 

 行く場所があるとすれば宇宙しかないのは誰の目にも明らかだった。

 

 だからこそマスドライバーを狙っていると思っていたのだが。

 

 「確かあの辺りは―――」

 

 「はい。モビルスーツのカタパルトがある場所ですね」

 

 モビルスーツを奪って逃げるつもりか。

 

 いや、逃走用の機体を奪ったとしても最初から奴には逃げ場は無い。

 

 「……念の為だ。何機かのモビルスーツにあの辺りを警戒させろ」

 

 「了解」

 

 カガリは戦場の方に視線を移す。そこには似通った二機のモビルスーツが睨みあっていた。

 

 

 

 

 空から舞い降りた機体を見たジェイルは激しく動揺し、胸中には強い疑問が浮かんでいた。

 

 目の前にいるデスティニーに似た機体。

 

 そこから聞こえてきたあり得ない声。

 

 すべてが彼の感情をかき乱す。

 

 「シン……なのかよ」

 

 「ジェイルか」

 

 目の前の機体リヴォルト・デスティニーから聞こえてきた声は間違いなくシンのものだった。

 

 疎ましく思いながらも、超えたいと願い、そして仲間として認めていた存在。

 

 それが何故宿敵を守る様に立ちふさがるのか。

 

 「生きてたのか。けど、ザフトに戻らず、何故フリーダムを守る!?」

 

 ジェイルの言い分にシンは顔を顰めた。

 

 言いたい事は分かる。

 

 彼からすれば当然の疑問だった。

 

 「さっきも言った通りだ。これ以上はやらせない」

 

 シンの言葉にジェイルは操縦桿を固く握り締める。

 

 「裏切ったって事かよ」

 

 「そうじゃない! ジェイル、俺の話を聞け! 俺達は―――」

 

 シンの言葉は最後まで続かない。

 

 途中でベルゼビュートが割り込んで来たのだ。

 

 急速に接近しビームライフルを連続で撃ち込んできた。

 

 「ジェイル、惑わされちゃ駄目! 裏切り者が邪魔だよ!」

 

 「なっ、リース!?」

 

 連射された攻撃をシールドで防御しながら後退する。

 

 マユ達から話を聞いてはいたがベルゼビュートは想像以上に速い。

 

 冷静にベルゼビュートの攻撃を捌きながら、こちらも反撃の構えを取る。

 

 だがその前にマユのトワイライトフリーダムがベルゼビュートに攻撃を仕掛けた。

 

 「下がって、兄さん!」

 

 「マユ!」

 

 「お前は、邪魔ァァ!!!」

 

 横薙ぎに払われるビームクロウをかろうじて避けたマユはサーベルを叩きつける。

 

 鋭く袈裟懸けに振るわれたサーベル。

 

 強烈な一撃をギリギリ止めたリースは、笑みを浮かべてトワイライトフリーダムを見た。

 

 「ホントにしつこいねぇ、マユは。早く死んでよ!」

 

 「貴方は一体何がしたいんですか!?」

 

 弾け飛び、位置を入れ替える様にすれ違う。

 

 「私はただアレンに纏わりつく害虫を駆除しようとしてるだけだよ!!」

 

 リースは両肩のビームキャノンを放ち、ビームソードを斬りつける。

 

 「アストさんがそんな事を望んでるって本気で思っているんですか!?」

 

 フリーダムは強力な斬撃を上昇して回避、ライフルを連射した。

 

 そして敵機がライフルの射撃を避けたところを見計らいラジュール・ビームキャノンを撃ち込んだ。

 

 計算通りの攻撃。

 

 敵はマユの思惑通りに動いてくれた。

 

 後は動きを鈍らせた瞬間を狙うのみ。

 

 しかしベルゼビュートは揺るがない。

 

 避ける事無く腕を突き出し、ビームシールドで弾き飛ばしてしまう。

 

 「アストって言った? 今アストって言ったよね? アレンの本名を―――馴れ馴れしい! お前は殺す! マユ・アスカァァァ!!!」

 

 「なっ」

 

 リースは両腕にビームクロウをマウントすると激しいばかりの光刃を生みだし、マユに突進する。

 

 両腕が野獣の口のようにトワイライトフリーダムを食いちぎらんと襲い掛かった。

 

 「マユ!」

 

 シンは苛烈な攻撃に晒されるトワイライトフリーダムの援護に向かおうとするが、その前にデスティニーが立ちはだかる。

 

 「ジェイル、どけよ!」

 

 デスティニーがアロンダイトを構え、リヴォルトデスティニーがコールブランドを抜く。

 

 「奴は敵だ! 落すのは当然だろうが!!」

 

 「ふざけるな!」

 

 牽制し合っていた二機はどちらからともなく刃を振るい、互いの斬撃が空を切った。

 

 「このォォォ!!!」

 

 デスティニーの翼が広げアロンダイトをリヴォルトデスティニー向って振り抜いた。

 

 「速い!?」

 

 シンは速度の乗った斬撃をシールドで流す。

 

 デスティニーの攻撃は強烈だ。

 

 あの速度から放たれる斬撃をまともに受ければ、シールドごと両断されるだろう。 

 

 「やられてたまるかァァァ!!」

 

 アロンダイトの攻撃を凌いだシンは反撃に転じる。

 

 同じく光の翼を展開し、速度を上げてコールブランドを袈裟懸けに振う。

 

 斬艦刀がデスティニーの装甲をなぞる様に掠め、斬り返すようにジェイルはアロンダイトを振り上げた。

 

 斬艦刀と対艦刀がビームシールドに阻まれ火花を散らす。

 

 「くそォォ!!」

 

 「そこをどけェェ!!」

 

 弾け飛ぶと同時に二機ともビームライフルに持ち替えトリガーを引く。

 

 高速で動き回りながら二機のデスティニーの放った閃光が空中で交わる。

 

 形状のみならず特性まで似たニ機の攻防は絶妙に噛み合い、見事な攻防を生み出していた。

 

 「流石だな、シン!」

 

 「ジェイル、ここまで腕を上げていたなんて!」

 

 正確な射撃と鋭い斬撃。

 

 機体の動きにも全く隙がない。

 

 流石に一度はマユを倒しただけの事はある。

 

 だが今度はそうはいかない。

 

 シンは通信機に向け、さっきの言葉の続きを口にした。

 

 「ジェイル、聞けよ! 俺もミネルバもデストロイを撃破した後の任務で特務隊から攻撃を受けたんだ!」

 

 「ハァ?」

 

 「デュルクとヴィートの二人が―――」

 

 「……もういい」

 

 ジェイルはシンの言葉を最後まで聞かなかった。

 

 まさかそんな嘘でこちらの動揺を誘おうとするとは。

 

 怒りで操縦桿を強く握る。

 

 特務隊がミネルバを攻撃した? 

 

 仮にそうなら当然議長もそれを知っている事になる。

 

 デュランダル議長はミネルバに期待を掛けていたのだ。

 

 そんな事はあり得ない。

 

 シンはジェイル達の信頼を裏切ったのだ。

 

 そして何よりもデュランダルの期待を裏切った。

 

 それだけは絶対に許せない事だった。

 

 「お前の戯言はもういい! ここで決着をつけてやる!!」

 

 「ッ!? ジェイル!!」

 

 距離を詰めて剣を振るう両機。

 

 激突と離脱を繰り返し、距離を取ってビームを放つ。

 

 技量は互角。

 

 いや、機体に慣れていない分、シンがやや不利だろうか。

 

 しかしその差は僅かだ。

 

 この戦闘中にもシンは機体に適応してくるだろう。

 

 その前に決着をつけるべきだとジェイルは一気に勝負に出た。

 

 ビームライフルでリヴォルトデスティニーを誘導しながら、距離を詰めアロンダイトを下段に構える。

 

 当然シンは回避しようとする。

 

 だがジェイルはその瞬間を狙っていた。

 

 アロンダイトを振り上げず、左手のパルマフィオキーナ掌部ビーム砲をリヴォルトデスティニーに向け叩きつけたのだ。

 

 「なっ、掌にビーム砲!?」

 

 完全に虚を突かれてしまった。

 

 防御は間に合わない。

 

 「なら!」

 

 デスティニーから光を放つ掌が突き出される。

 

 シンは機体を傾けながら手に持ったビームライフルを盾代りにパルマフィオキーナ掌部ビーム砲の前に投げつけた。

 

 掌から放たれたビームがライフルを撃ち抜き、二機の至近距離で爆発が起こった。

 

 「何!?」

 

 「ぐううう!「

 

 「あんな避け方をするとはな!」

 

 これで虚を突く形でのパルマフィオキーナ掌部ビーム砲は使えない。

 

 シンは同じ手が通じるほど甘くはないからだ。

 

 なんとか切り抜けたシンもまた驚愕していた。

 

 あんな武装を持ってるとは驚かされた。

 

 もう少し反応が遅れていたらやられていただろう。

 

 「やってくれるじゃないか! だけど俺だって!!」

 

 リヴォルトデスティニーも背中の翼が開くと同時に光を放出。

 

 光学残像を伴いながら両手にコールブランドを構えて斬り掛かる。

 

 「チッ!」

 

 舌打ちしながらジェイルもまた負けてたまるかとばかりにアロンダイトを構えて応戦する。

 

 二機が残像を残しながらも空中で激突した。

 

 

 

 

 トワイライトフリーダムの援護にシンが駆けつけた頃、アストのクルセイドイノセントもまた地上に降下していた。

 

 少し離れた場所に降り立ったアストは周囲を見渡す。

 

 ザフトにオーブ本島ギリギリの位置まで攻め込まれているのを確認した。

 

 「不味いな」

 

 奮戦してはいるが、物量の差か徐々に押し込まれている。

 

 さらに別の方向にではアークエンジェルとミネルバの同型艦が激しい砲撃戦を繰り広げていた。

 

 「ラミアス艦長達なら遅れはとらないだろう。あちらの援護はまた後だな」

 

 アストは苦戦している味方を助ける為、苦戦している場所へ突っ込んでいく。

 

 ムラサメを撃ち落とそうとしているグフに肉薄するとビームカッターを展開、真っ二つに斬り裂いた。

 

 その姿を見たザフト機は皆、立ち竦んでしまった。

 

 「イノセントだと!?」

 

 「また同盟の新型か!?」

 

 怯えを振り払うようにザクがオルトロスを、バビがビーム砲をイノセントに向け撃ち込んできた。

 

 連続で繰り出される何条もの砲撃。

 

 それらすべてを余裕で避けつつ、ビームサーベルを抜き次々斬り捨てた。

 

 さらに下から狙撃してくるザクの攻撃を宙返りして回避するとヴィルト・ビームキャノンを構えてトリガーを引く。

 

 放たれた閃光が近くにいた機体を巻き込みながらザクを破壊した。

 

 「次!」

 

 さらに機体を加速させたアストは舞うように光刃を振るっていく。

 

 そんなイノセントの動きに付いていけないザフト機には為す術も無い。

 

 「くそ!」

 

 「イノセントを落とせ!!」

 

 一斉に砲口をイノセントに向けて発射する。

 

 しかし動き回る機体を捉える事はできない。

 

 そんなイノセントの戦闘に感化された同盟軍は勢いに乗り、徐々にザフト機を押し返していった。

 

 「良し。後は……」

 

 アストが視線を周辺を向けるとマユとシンが敵機と交戦しているのが見える。

 

 あちらはシンに任せておけば大丈夫だろう。

 

 別方向にいるのはレティシアのヴァナディスだ。

 

 敵はザフトの新型三機。

 

 いかに彼女と言えどもあれは厳しいだろう。

 

 アストはレティシア達の方へ移動を開始した。

 

 

 

 

 「死ね!!」

 

 「はああああ!!」

 

 「くっ」

 

 ザルヴァートルとアルカンシェルの猛攻に晒されていたヴァナディスはシールドを展開しながら後退を図る。

 

 「強い!」

 

 セリスはもちろんの事、後から援軍に駆けつけた黒い機体のパイロットも十分強い。

 

 敵機の攻撃を避けつつ、ライフルを構える。

 

 そこに背後から迫ってきたヴィートのシグーディバイドが対艦刀を振り抜いてきた。

 

 「早く落ちろ!」

 

 「まだです!」

 

 腰部のビームガンを背後に向け、剣を振り抜こうとするシグーディバイドを迎撃する。

 

 だが今度はアルカンシェルのビームクロウが迫っていた。

 

 目の前の光刃を機体を傾け何とか回避する。

 

 しかし側面から襲いかかるザルヴァートルがロングビームサーベルを振ってきた。

 

 「ま、だまだ!」

 

 ヴァナディスのシールドが展開、光刃がシールドに阻まれる。

 

 なんとか防御には成功したが同時に体勢が大きく崩されてしまった。

 

 「きゃああ!!」

 

 「終わりだ!」

 

 姿勢を崩したヴァナディスにシグーディバイドがビームランチャーのトリガーを引いた。

 

 閃光がヴァナディス目掛けて撃ち出される。

 

 タイミングは完璧。

 

 しかしビームの射線上に白いのモビルスーツが割り込み、砲撃を止めてみせた。

 

 「何!?」

 

 「あれは」

 

 現れたのはイノセントガンダム。

 

 それを見たレティシアは安堵の笑みをこぼした。

 

 「アスト君!」

 

 「大丈夫ですか、レティシアさん」

 

 「ええ」

 

 レティシアの声にアストもまた口元に笑みを浮かべる。

 

 正面には知っている機体と見た事も無い機体が二機。

 

 イノセントを睨みつけていた。

 

 「新型と例のI.S.システムを搭載した機体か」

 

 「アスト君、あの可変機に乗っているのはセリスです」

 

 「セリスが!? 説得は?」

 

 「しましたが、途中から様子がおかしくなって……」

 

 おそらくはI.S.システムの影響だろう。

 

 という事は説得は無意味。

 

 救出するにはあの機体を破壊するしかない。

 

 そこにシグーディバイドが攻撃を仕掛けてくる。

 

 「たとえ新型だろうが!!」

 

 ヴィートはベリサルダをイノセントに向け袈裟懸けに振り抜いた。

 

 だがアストは最小限の動きで斬撃を避け、瞬時にビームサーベルを抜く。

 

 逆手で引き抜いた一撃は対艦刀の刀身を見事に叩き折った。

 

 「何ィ!!」

 

 「この白い奴がァァァ!!」

 

 怒りに燃えるステラのアルカンシェルが収束ビームガンを放った。

 

 鞭のように伸びたビームが二機に襲いかかる。

 

 アストとレティシアは横っ跳びでそれを避け反撃を開始する。

 

 二機から放たれたビームが三機の連携を崩した。

 

 「逃がすかァァ!!」

 

 「しつこい」

 

 動き回るイノセントを捉えようと収束ビームガンを連射する、ステラ。

 

 「アスト君!?」

 

 アルカンシェルに追い回されるイノセントの援護に向かおうとするが、ザルヴァートルがそれを許さない。

 

 「死ねェェ!」

 

 「セリス、私の話を―――」

 

 「うるさい!!」

 

 レティシアはアインヘリヤルを構えザルヴァートルもまたサーベルを抜く。

 

 両者は再び一対一の戦いにもつれ込んだ。

 

 

 

 

 アストは操縦桿を巧みに動かし、追尾してくるアルカンシェルの収束ビームガンを回避していく。

 

 だが進路に回り込むようにヴィートが待ち構えていた。

 

 ああも容易く対艦刀を折られてしまった事は特務隊のパイロットとして屈辱。

 

 やられっぱなしでは帰れない。

 

 「横から割り込んできて、好きにやらせるかよ!!」

 

 しかしイノセントの動きがここで変わった。

 

 動きに鋭さが増していく。

 

 アストのSEEDが発動したのだ。

 

 シグーディバイドのガトリング砲をすり抜け、すれ違う瞬間にビームサーベルを一閃。

 

 一瞬の内にガトリング砲ごと右腕を叩き斬った。

 

 「な、に!?」 

 

 ヴィートは腕が落とされるその瞬間まで、全く反応できなかった。

 

 戦闘中でありながら驚きを隠せない。

 

 しかし次の瞬間、さらに驚愕する事になる。

 

 「邪魔だ」

 

 「ッ!? お前はまさか―――アレン?」

 

 「ヴィートか!? 悪いがお前に付き合っている暇はない」

 

 イノセントの背後から展開されたワイバーンによってシグーディバイドの両足が切断されてしまった。

 

 その事実にヴィートは頭が沸騰するほどの怒りを覚えた。

 

 「貴様ァァァァァ!!!!」

 

 残った腕でビームランチャーを構える。

 

 だがそれすらも通用しない。

 

 イノセントはサーベルを投擲、ビームランチャーの砲口に突き刺して射線を逸らす。

 

 その隙に距離を詰めてバルムンクを振り上げた。

 

 斬艦刀は容易く腕ごとランチャーを両断、シグーディバイドを海上へと蹴り落とした。

 

 「くそぉぉぉぉ!!!」

 

 抗う術はない。

 

 ヴィートは屈辱と憎悪の叫びを上げる事しか出来ず、海面に落下していった。

 

 

 

 

 オーブの激戦は佳境に差し掛かろうとしている。

 

 そんな中、とある二機のモビルスーツが静かにこの戦場に近づいていた。

 

 アオイのエクセリオンとルシアのエレンシアである。

 

 「流石に凄い激戦ですね」

 

 「本当にね。少尉、あくまでも情報収集を優先しますから」

 

 「了解です」

 

 アオイとて無茶するつもりはない。

 

 ステラの事は心配ではあるが―――

 

 「それにしてもステラが少し羨ましいわね。そこまで思って貰えるなんて」

 

 「えっ! いや、その、ステラはもちろん大切である事は間違いないですけど、大佐が思っているようなものでは……」

 

 「ふふふ、照れちゃって」

 

 「からかわないでくださいよ」

 

 「そうね。冗談はこの辺にして、情報収集を始めましょうか」

 

 アオイとルシアが戦場の情報を収集し始める。

 

 戦場では同盟の機体とザフトの機体が入り乱れて激しい戦いを繰り広げている。

 

 しばらく様子を窺っているとルシアがあの感覚を感じ取った。

 

 「これは!?」

 

 「大佐?」

 

 「少尉、敵が来るわ」

 

 ルシアの言葉に身構えると見覚えのあるモビルスーツが近づいているのが見えた。

 

 ユウナ達を保護した時に交戦したザフトの新型に相違ない。

 

 「アオイ・ミナトの方は任せました。もう一機を俺がやります」

 

 「了解した。今日こそ仕留めさせてもらうぞ、アオイ・ミナト」

 

 デュルクとレイは剣を構えると二機に向け攻撃を開始した。




忙しくて書く時間が無い(汗 オーブ戦も全部書ききれずに中途半端になってしまいました。すいません。明日から出張なので、また時間が取れないし。

機体紹介2更新しました。

エリシュオン、タキオンアーマーは刹那さんのアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございました。モデルはダブルオーガンダム、専用タキオンアーマーはオーライザーかな。



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第44話  解放された光

 

 

 

 

 

 

 ルシア・フラガが目の前に居る敵と初めて対峙したのは、この戦争の発端ともいえるアーモリーワンでの戦いだった。

 

 自分はエグザスに乗り、そして相手は白いザクファントムに搭乗していた。

 

 こうしてあのパイロットと銃を向け合っている今の状況。

 

 これまでの戦いはルシア達が避けようとしていた事象そのものと言える。

 

 自分と同じ血を持つ者達との争いだけは避けたかったというのに。

 

 皮肉としか言いようがない。

 

 レジェンドの射撃を潜り抜けたエレンシアは対艦刀ネイリングを握って斬り込んだ。

 

 しかしルシアの動きを読んでいたレイは横薙ぎに払われた対艦刀を余裕で回避。

 

 逆にデファイアント改ビームジャベリンを構えて上段から振り抜いてきた。

 

 だがレイが動きを読めると言う事はルシアもまた動きを読めるのだ。

 

 レジェンドの攻撃を予測していたルシアはシールドで刃を止め、同時に対艦刀を振り抜いた。

 

 「チッ、やるな」

 

 「前と同じで動きが読まれている」

 

 相手を斬り裂かんと何度も剣撃を繰り出すも、すべてが空を切っていくのみ。

 

 埒が明かない。

 

 レイはエレンシアを突き放し、背中のドラグーンとビームライフルを前面に構えて撃ち出した。

 

 一斉に放たれた閃光がエレンシアに迫る。

 

 「くっ!?」

 

 何条ものビームが一斉に向かってくれば普通は防御するだろう。

 

 だがルシアは防御せず、襲いかかるビームの嵐に対しあえて前に出た。

 

 これだけのビームを前に受けに回れば、確実に態勢を崩される。

 

 そうなればさらに不利な状態に追い込まれると判断したルシアは前に出たのだ。

 

 エレンシアの装甲にビームが掠めていくが構わない。

 

 必要最低限の回避運動だけで襲いかかる閃光を避け切り、ネイリングを叩きつける。

 

 「すべて避けるか!」

 

 「そんなものには当たらない!」

 

 振った対艦刀を止めたレジェンドのシールドが光を発し、二機が睨み合うように膠着状態となる。

 

 そこでルシアの耳にレジェンドからの声が聞こえてきた。

 

 「流石だな、ルシア・フラガ」

 

 「なっ!?」

 

 動揺しながらも距離を取ったルシアは背中の砲身を構え実体弾を撃ち出した。

 

 迫る砲弾を前にレイは焦る事無く腕を突き出し、シールドで容易く攻撃を防ぎきった。

 

 ライフルを突き付けてくるレジェンドを前にルシアは堪らず声をかけていた。

 

 「……私を知っているの?」

 

 「当然だろう。あのモビルアーマーのパイロットが貴様であると知ったのは最近だが」

 

 別に目の前の敵が自分の事を知っているのはおかしくはない。

 

 彼は間違いなくラルスのクローンだ。

 

 オリジナルであるルシア達を知っていても不思議はない。

 

 しかしラルスとルシアの違いをどうやって気がついたのだろう。

 

 それともそれだけ彼の感覚が鋭敏という事なのか。

 

 だが思案する間もなく再びレジェンドは背中の砲口をこちらに向けてきた。

 

 「何故私だと気がついたの?」

 

 「それは愚問だろう。俺達は姉弟だ。それにウィンダムに乗っていた貴様の動きと全く同じ。気がつない方がどうかしている」

 

 フラガ家の血筋というのは因果なものだ。

 

 こうして機体越しだというのに、相手の事が分かってしまうのだから。

 

 「貴方は何故はザフトにいるの!?」

 

 ルシアはビームライフルで牽制しながらレジェンドの懐に飛び込まんとスラスターを噴射させた。

 

 しかし刃はレジェンドを捉える事はない。

 

 「答える義務はないと言いたいところだが教えてやる。今のこの世界を終わらせ、議長が創る新たな世界の為にだ!!」

 

 激情と共に振り下ろされたデファイアント改ビームジャベリンを咄嗟にシールドを前に出し受け止めた。

 

 「その為に邪魔な者はすべて排除する! 貴様もオリジナルであるラルス・フラガもそして―――アオイ・ミナトもだ!!」

 

 「くっ」

 

 弾かれ距離を取ったルシアにレジェンドから発せられたビームの暴雨が襲いかかった。

 

 

 

 

 ルシアとレイの戦闘が激しさを増す中、そのすぐ傍ではアオイとデュルクが激突していた。

 

 背後から襲いかかるシグーディバイドの一撃を旋回しながら避け切り、シールドのビームガンで牽制する。

 

 だが流石は特務隊と言ったところ。

 

 アオイの射撃をいとも容易く避け切ると今度はビームランチャーを構えてエクセリオンに撃ち込んで来た。

 

 「くっ」

 

 シールドを掲げ機体を急上昇、迫る閃光をやり過ごす。

 

 だがすぐにコックピット内に警官音が鳴り響く。

 

 側面から回り込んだデュルクが対艦刀を繰り出してきたのだ。

 

 「今のは囮か!」

 

 「今日こそ落とさせてもらうぞ。アオイ・ミナト」

 

 「誰がやらせるかよ!!」

 

 機体を沈み込ませ刃を避けるとスラスターを吹かし、シグーディバイドに思いっきり体当たりを食らわせた。

 

 「ぐっ!」

 

 「チィ!」

 

 アオイは衝撃を噛み殺し、ビームサーベルを引き抜く。

 

 そして体勢を崩しながらも牽制してくるシグーディバイドに斬り込んだ。

 

 「何でそこまで俺を狙う!? デュランダルの言っていた世界の為か!?」

 

 ジブラルタルに潜入した際、デュランダルは言っていた。

 

 『初めからすべてが決まった世界を創りたい』と。

 

 未だその真意のすべてを理解はできない。

 

 だが彼がロゴスを排除した後で何かをしようとしている事だけは間違いなかった。

 

 しかし何故アオイが邪魔なのかは分からないまま。

 

 デュルクは速度の乗ったエクセリオンの斬撃を弾き、対艦刀を逆手に持ちかえ振り上げながらアオイの質問に答えた。

 

 「……お前の存在そのものが議長が創ろうとされている世界とっての異物だ。だから議長はお前を排除しようとされているのさ」

 

 「アンタもなのか? アンタもすべて初めから決まっている世界なんてものが良いと思っているのか?」

 

 「関係ない。私は軍人、上の命令に従うだけだ。それらの正否など私が考える事ではない。それは政治家の仕事だ」

 

 「そうかよ。でもどんな理由であれ、俺は死ぬ訳にはいかない!」

 

 「なら足掻いてみろ!!」

 

 アオイはシグーディバイドを突き放し、マシンキャノンを撃ち込みながら肉薄する。

 

 「このまま押し切る!」

 

 「甘い」

 

 シグーディバイドはエクセリオンの放った光刃を止めず、流しながら斬り返してきた。

 

 「対艦刀ではその機体相手では不利か」

 

 デュルクは対艦刀からビームサーベルに持ちかえ、エクセリオンと斬り結ぶ。

 

 確かに対艦刀の威力は絶大だ。

 

 しかしその刀身はサーベルなどの攻撃に対して耐性がない。

 

 正面からぶつかれば折られてしまう。

 

 「強い!」

 

 「特務隊隊長を任されているのは伊達ではないという事だ!」

 

 これまでの戦闘で分かっていたがデュルクの技量は高い。

 

 紛れも無い強敵である。

 

 機体性能に差がありながらもここまで戦える事が彼の力量を示している。

 

 「だけど負けられないんだよ!」

 

 アオイはビームサーベルを振るいながらもデュルクの動きを観察する為に、敵機を凝視する。

 

 すべては生き残る為に。

 

 

 

 

 戦場の各所でエース同士の激突が繰り返されている。

 

 二機のデスティニー。

 

 トワイライトフリーダムとベルゼビュート。

 

 ヴァナディスとザルヴァートル。

 

 アルカンシェルとイノセント。

 

 そして此処でも二隻の戦艦が空を斬り裂く閃光を撃ち合っていた。

 

 フォルトゥナとアークエンジェルである。

 

 「パルジファル、撃てぇー!!」

 

 「迎撃!!」

 

 ミサイルがアークエンジェルに襲いかかり、砲撃がフォルトゥナの装甲を掠めていく。

 

 ほぼ互角。

 

 撃ち込まれた砲撃は尽く互いの戦艦を落とすに至らず、ダメージだけが蓄積されていった。

 

 「流石、不沈艦と呼ばれるだけはあるわね」

 

 ヘレンは素直に感心していた。

 

 フォルトゥナは紛れもなく最新鋭の戦艦である。

 

 ミネルバの戦闘データを蓄積して開発され、性能的にフォルトゥナの方が確実に上だ。

 

 それをここまで拮抗してくるとは見事と言うほかない。

 

 「負ける訳にはいかない。イゾルデ、照準―――ッ!?」

 

 艦首中央にある三連装砲『イゾルデ』を発射しようとした時、別方向からの攻撃によって破壊され大きな振動が襲いかかった。

 

 攻撃を仕掛けたのはオウカに乗り、前線から戻ってきたアドヴァンスストライクであった。

 

 「アークエンジェルはやらせないってね! マリュー!!」

 

 ムウの声に反応したマリューが声を上げた。

 

 「潜航準備!!」

 

 アークエンジェルの船体が勢いよく海中に沈んでいく。

 

 それを見たヘレンは歯噛みした。

 

 潜られてしまったらフォルトゥナに攻撃手段はない。

 

 急いで退避を命じようとするが遅かった。

 

 ヘレンが命令を出す前に海中からの砲撃がフォルトゥナに襲いかかる。

 

 「ぐぅ、回避! 急いで!」

 

 「了解!」

 

 ヘレンは拳を握り締め、憤りのまま海中に沈んだ敵艦を睨みつけた。

 

 

 

 

 激闘が続く中、兵士達からの追撃を避け、走り続けたジブリールはようやく目的地に辿り着く。

 

 屈辱であり、惨めだった。

 

 こんな所まで追い込まれるなど。

 

 だがそんな鬱屈した感情も目の前にあるものを見た瞬間、吹き飛んだ。

 

 そこに佇んでいたのは世界でもある種もっとも嫌煙されているだろうモビルスーツが存在していたからだ。

 

 脚部にはブースターユニットらしきものが装着され、傍には護衛と思われるヴェルデバスターも鎮座している。

 

 「ロズベルク、これは―――」

 

 「これで脱出します。ジブリール様、これに着替えてください」

 

 手渡されたのはパイロットスーツだった。

 

 という事はこれを使って宇宙に上がるつもりなのだろう。

 

 「貴様、こんなものをどこで手に入れた?」

 

 「彼が宇宙で調達してくれたんですよ」

 

 コックピットを見上げるとカースから出てくるのが見えた。

 

 「カース、手間をかけたね」

 

 カースは不機嫌そうな雰囲気を隠そうともせず、鼻を鳴らす。

 

 「……ふん、さっさと行くぞ」

 

 「了解だ。さあ、ジブリール様、宇宙に参りましょう。そこから貴方の反撃が始まります」

 

 その言葉にジブリールは拳を強く握る。

 

 ここからなのだ。

 

 すべての愚か者どもに報いを与える。

 

 その為にも自分が宇宙に上がらねばならない。

 

 ジブリールはある種の使命感にも似た感情に突き動かされ、喜々とした表情でモビルスーツの方へ歩み出した。

 

 だから彼は気がつかない。

 

 傍でカースが侮蔑の視線を向けていた事を。

 

 そしてヴァールトがどこか愉快そうに見つめていた事に最後まで気がつかなかった。

 

 

 

 

 大空を舞う翼から光が放出され、残像を伴いすれ違う。

 

 その度に振るわれた刃が火花を散らした。

 

 「はああああ!!」

 

 「このォォォ!!」

 

 アロンダイトがリヴォルトデスティニーの装甲を削り、コールブランドがデスティニーの下腹部を抉る。

 

 戦況はほぼ五分。

 

 最初は押していたデスティニーも今は上手く攻めきれていない。

 

 これはシンが最初は無意識にジェイル達との戦いに躊躇いを覚えていた事。

 

 そしてようやくリヴォルトデスティニーで戦う事に慣れてきたという理由があった。

 

 「チッ、しつこい!」

 

 「やらせないっ言ったろ!」

 

 ジェイルはリヴォルトデスティニーを突き放し、一瞬で距離を詰めるとアロンダイトを振り下ろす。

 

 それを捌いたシンも負けじと光刃を叩きつけた。

 

 二機はお互いに振り抜いた刃を受け止め、睨みあう。

 

 「今だ!!」

 

 シンはここで勝負に出る。

 

 先程のパルマフィオキーナ掌部ビーム砲のお返しである。

 

 リヴォルトデスティニーは刃を押し込み、一瞬だけ力を緩める。

 

 それはジェイルからすればまたとない好機だった。

 

 「はああああ!!」

 

 アロンダイトを思いっきり下段から振り上げリヴォルトデスティニーを吹き飛ばした。

 

 その隙に剣を構え直し加速をつけて突撃する。

 

 「これで終わりだ!」

 

 しかしジェイルはどこか妙な違和感のようなものに気がついた。

 

 まるで誘われているような、嫌な感じだった。

 

 だから無意識だったのだろう。

 

 咄嗟に操縦桿を引いていたのは。

 

 だが結果的にその判断がジェイルを救う事になる。

 

 次の瞬間、リヴォルトデスティニーの背中にある『ノートゥング』の銃口からロングビームサーベルを展開され、前面に振り上げてきたのだ。

 

 「なっ!?」

 

 先程のシンと同じく完全に虚を突かれてしまった。

 

 だがすでに後退していたデスティニーはサーベルの直撃を受ける事無く、肩装甲を斬り裂かれただけに留まった。

 

 「避けた!? でもまだァァ!」

 

 もう一撃、背中に装備されたアラドヴァル・レール砲をデスティニーに叩き込んだ。

 

 ジェイルは砲弾の直撃を受け、大きく吹き飛ばされてしまう。

 

 「ぐぅぅ!! くそ、あんな武器が装備されていたとはな!」

 

 先程感じたものの正体はこれだった。

 

 パルマフィオキーナ掌部ビーム砲の策を使った時とまるで同じ戦法に違和感を覚えたのだ。

 

 シンもまた攻撃をかわされた事に驚愕する。

 

 完璧に誘い込んだ筈にも関わらず、損傷も軽微に留まってしまった。

 

 「誘いが甘かったって事か!」

 

 「やってくれるじゃないかよ!」

 

 再び戦いは振り出しに戻る。

 

 二機のデスティニーは手に剣を持ち、睨み合った。

 

 

 

 

 各地で戦いは続いていく。

 

 だがここでついに事態が動いた。

 

 オーブの一角。

 

 崖から出現したハッチが開くとカタパルトがせり出され、一機のモビルスーツが現れる。

 

 それを見た全員が驚愕した。

 

 「あれは……」

 

 「まさか……シグルド!?」

 

 最も忌むべき機体の脚部にはブースターユニットが装着され、今にも飛び立とうとしている。

 

 そこでカガリも気がついた。

 

 ジブリールはあれで宇宙に上がるつもりなのだ。

 

 「配備していた部隊でシグルドを撃ち落とせ! 脚部のブースターユニットを破壊すれば奴らは宇宙には上がれない!!」

 

 「はっ!」

 

 できればマユやレティシアなどの機体も向かわせたいところ。

 

 しかし彼らはザフトの新型を抑えている。

 

 カガリに指示で近くに配備されていたナガミツやムラサメがシグルドのブースターユニットを破壊しようと接近した。

 

 だが彼らは下方から放たれた砲撃によって撃ち落とされてしまった。

 

 そこにはオーブのシュライクを装備したヴェルデバスターが複合バヨネット装備型ビームライフルで狙撃体勢を取っている。

 

 「№Ⅲ、任務を果たせ。その後は分かってるな?」

 

 カースからの命令を受けたラナシリーズの一人、№Ⅲはなんの感情も見せず淡々と答えた。

 

 「はい。任務完了後は機密保持の為、自爆します」

 

 迎撃しようとするオーブ機に対しミサイルやビーム砲で薙ぎ払いシグルドの進路を確保する。

 

 「くそ!」

 

 「近づけん!」

 

 オーブ機は迎撃され、他に増援を送ろうにも位置が遠すぎる。

 

 このままでは逃げられてしまう。

 

 しかしまだ間に合う位置にいた機体が存在した。

 

 エクセリオンとエレンシアである。

 

 飛び立とうとするシグルドの姿を見たアオイは即座に判断した。

 

 「大佐、ここを頼みます!!」

 

 ここでジブリールを逃がす訳にはいかない。

 

 アオイの言葉にルシアは一瞬呆けるが、すぐに意味を理解して笑みを浮かべる。

 

 「行きなさい、少尉!」

 

 「了解!!」

 

 ルシアは目の前のレジェンドをシールドで突き離し、ネイリングを投げつけた。

 

 「そんなもので―――ッ!?」

 

 レイはネイリングを弾こうとした時、気がついた。

 

 エレンシアは試作型高エネルギー収束ビーム砲をこちらに向けている事に。

 

 「不味い!」

 

 レイが後退しながらシールドを展開したと同時にルシアは試作型高エネルギー収束ビーム砲のトリガーを引いた。

 

 砲口から吐きだされた強力な閃光がネイリングを破壊、凄まじい爆発を引き起こしレジェンドを吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 その隙にルシアは反転、アオイの後を追う。

 

 そしてアオイも敵に突き放し、シグルドの所に向かおうとスラスターを吹かせる。

 

 だがそんな事を許すデュルクではない。

 

 「逃がさん!」

 

 エクセリオンの後を追いベリサルダを振りかぶった。

 

 だがここでデュルクの戦士として積み重ねてきた直感が危機を告げた。

 

 次の瞬間、エクセリオンは後ろも見ないまま回転、光刃を振り抜いてきたのだ。

 

 「何だと!?」

 

 サーベルを避ける間もなく対艦刀を捉え、あっさりと叩き折った。

 

 デュルクは背筋に冷たいものが流れる。

 

 一歩判断が遅ければあの刃によってシグーディバイドは斬り裂かれ、デュルクの体も蒸発していただろう。

 

 「……あの反応は」

 

 いくらなんでも速すぎる。

 

 こちらの動きが見えていたかのように。

 

 いや、それ以上にまるでパイロットが反応する前に機体が動いたかのような―――

 

 そんな考えがデュルクの脳裏を過る。

 

 「危険だ。アオイ・ミナトだけではなく、あの機体もまた」

 

 何としても破壊しなくてはならない。

 

 そう決断したデュルクの前にルシアのエレンシアが立ちふさがる。

 

 「少尉の後は追わせない!」

 

 「レイを振り切ってきたか。お前も邪魔な奴だな」

 

 エレンシアに向けビームサーベルを構え刃を振り払った。

 

 

 

 

 ルシアに後を任せたアオイはウイングスラスターを全開にして現場へ向かう。

 

 だがその進路を阻むようにヴェルデバスターが立ちふさがった。

 

 「そこをどけぇ!!」

 

 「任務ですから、行かせません」

 

 ヴェルデバスターはエクセリオンに向けてミサイルを一斉発射する。

 

 機体を囲むように放たれたミサイルをマシンキャノンですべて破壊、敵機の懐に飛び込んだ。

 

 あくまでもヴェルデバスターは砲撃戦用の機体だ。

 

 近接戦用の武装も一応持っているが緊急用の装備でしかない。

 

 接近戦ならエクセリオンの方が圧倒的に有利である。

 

 「邪魔をするなら落とすぞ!」

 

 アオイは速度を上げつつビームサーベルを一閃。

 

 ヴェルデバスターの複合バヨネット装備型ビームライフルを叩き斬った。

 

 体勢を崩されながら戦意は衰えていないのか、ヴェルデバスターは肩のビーム砲とガンランチャーを放ってくる。

 

 だがそれもアオイには見え見えの攻撃だった。

 

 「そんなもの!」

 

 旋回しながら攻撃を避けビームライフルで、ヴェルデバスターの頭部を吹き飛ばした。

 

 その時、シグルドのブースターユニットが点火し、一気に加速、上昇していく。

 

 「ジブリール、逃がさない!!!」

 

 アオイはシグルドにアンヘルを連結して構えた。

 

 ターゲットをロックすると同時にトリガーを引く。

 

 「落ちろ、ジブリール!!」

 

 だがそこに一つの影が射線上に割り込んだ。

 

 損傷したヴェルデバスターである。

 

 「なっ!? 自分の機体を盾に!?」

 

 『アンヘル』から通常とは比較にならない威力のビームが放出され、庇うように射線上に立ちふさがったヴェルデバスターに直撃する。

 

 「……任務完了しました」

 

 誰に報告するでもなくポツリ呟いた№Ⅲはアンヘルのビームに呑まれ、跡形も無く消えていく。

 

 そしてビームに包まれたヴェルデバスターも爆散、消滅した。

 

 それを見たカースはニヤリと笑い、せめても餞に称賛の言葉を送った。

 

 「見事だ。よくやった、№Ⅲ」

 

 彼女に与えられた任務は二つ。

 

 シグルドの発進を妨害する者の撃破する事。

 

 進路及びのブースターユニット防衛だった。

 

 そういう意味で彼女は間違いなく任務を果たしたのである。

 

 誰もが空を見上げる中、シグルドは悠々と宇宙へ上がっていった。

 

 

 

 

 戦場にいたすべての者が空に昇っていくシグルドの姿を呆然と見上げる。

 

 アレにジブリールが乗っていたのなら、これ以上の戦闘に意味はない。

 

 前線の戦いは互角の状態ではある。

 

 しかしアークエンジェルと同盟の水中モビルスーツによって海中の部隊はズタズタ。

 

 さらに旗艦セントヘレンズも撃破されてしまっていた。

 

 しかし後方に移動したフォルトゥナのブリッジでヘレンは冷静な表情を崩していなかった。

 

 この状況を変える最後の一手。

 

 端末を操作して指示を飛ばす。

 

 「部隊を出撃させなさい」

 

 《了解!》

 

 後方で待機、温存していたのは宇宙でも同じく援軍として現れたシグーディバイド部隊。

 

 その数、二十五機。

 

 これでオーブを押しつぶす。

 

 厄介なフリーダムや新型はデスティニーやザルヴァートルが抑えている。

 

 今同盟にはシグーディバイド部隊に対抗できる存在はいないのだ。

 

 気がかりなのはアオイ・ミナトであるが、そちらはデュルクやレイが上手くやるだろう。

 

 出撃していくシグーディバイドの姿にヘレンは勝利を確信していた。

 

 

 

 

 シンと交戦していたデスティニーのコックピットでジェイルはあの機体を見つけていた。

 

 アオイのエクセリオンである。

 

 「何故アオイがここに?」 

 

 何よりも今のシグルドにジブリールが乗っていたなら、どうしてアオイが撃墜しようとするのか。

 

 疑問は尽きない。

 

 だが一つだけ分かっているのはアオイをステラに近づけてはならないという事だけだ。

 

 「ジェイル!」

 

 「そこを退け、シン!!」

 

 リヴォルトデスティニーを退け、エクセリオンの下に行こうとする。

 

 

 だがそこで再び状況に変化が訪れた。

 

 

 ベルゼビュートの砲撃を回避したマユが近づいてくる幾つかの機影に気がついた。

 

 「あれってデータで見たザフトの新型!?」

 

 「アイツらがまだあんなに」

 

 それはシンにとっても忘れようがないラボで戦った厄介な新型機だ。

 

 前と違うのはその数だ。

 

 ざっと見ただけで二十機以上はいるだろう。

 

 あれの相手をするのは他の機体では厳しい上にあの数。

 

 かといって自分達に援護に向かう余裕はない。

 

 それはアスト達も同様だった。

 

 今も敵の新型と戦いを繰り広げている。

 

 

 どうすれば―――

 

 

 その時、シンの耳にマユの呟きが聞こえてきた。

 

 「……せない」

 

 「マユ?」

 

 「撃たせない。もう絶対に」

 

 そうだ。

 

 アイツらを行かせれば間違いなくオーブは滅茶苦茶にされるだろう。

 

 記憶に齟齬はあれどプラントにいた頃に味わっていた痛みや悲しみ、やり場のない怒り。

 

 そしてどうにもできない絶望。

 

 あの感情は紛れもなく本物だった。

 

 もしも孤独で―――セリスが傍に居てくれなかったら、どうなっていたか。

 

 この状況は間違いなく記憶にこびり付いたあの日の悪夢を再現だ。

 

 「ああ、そうだ。やらせてたまるか」

 

 その時、シンの脳裏に浮かんだのはフレイの言葉だった。

 

 『大切な人達の為に貴方が出来る事を精一杯やればいい』

 

 彼女はそう言っていた。

 

 シンに出来る事は―――守ることだ。

 

 その為の力は此処にある。

 

 今、やらねば今までの決意も覚悟も何の為だったのか。

 

 そしてマユもまた同じ様に考えていた。

 

 昔と同じような事だけは繰り返させない。

 

 その為に自分は戦う道を選んだのだから。

 

 

 そう、俺は――――

 

 

 そう、私は――――

 

 

 

 

 「「絶対に守る!!」」

 

 

 

 

 二人のSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 同時に二機に搭載されたシステムが作動する。

 

 

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 

 

 

 その瞬間、リヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダムの装甲が一部解放。

 

 背中から新たなスラスターがせり出され、両翼が広がり光の翼が現れた。

 

 機体から流れ出すように光が放出され、今までとは比較にならない速度で二機が動き出す。

 

 「シン!!」

 

 様子の変わったリヴォルトデスティニーの姿に警戒したジェイルは先手を取る。

 

 速度を乗せ勢いよくアロンダイトを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 しかし斬撃は容易く流されてしまう。

 

 その隙にシンは逆手に持ったビームサーベルを抜くとデスティニーに向って振り上げた。

 

 「くっ!」

 

 ジェイルは機体を退くがサーベルに一撃がデスティニーの装甲を浅く抉った。

 

 「避け切れなかっただと!?」

 

 通常とは比較にならない動きと速度。

 

 アレは異常だ。

 

 挑むには決死の覚悟が必要になる。

 

 そんな弱気ともとれる確信を持つには十分な一撃だった。

 

 だが次の瞬間、ジェイルに更なる衝撃が襲いかかる。

 

 「何ィィ!?」

 

 動揺したジェイルは何が起きたのか確認するために前を見る。

 

 答えは簡単だった。

 

 リヴォルトデスティニーのアラドヴァル・レール砲がデスティニーに直撃したのである。

 

 吹き飛ばされたデスティニーは体勢を立て直す事を迫られてしまう。

 

 しかし体勢を立て直す前にシンはシグーディバイド迎撃に動き出していた。

 

 「くっ、待て―――ッ!?」

 

 リヴォルトデスティニーを追おうとしたジェイルは視界の端にエクセリオンを捉えた。

 

 向っている先にはアルカンシェルがいる。

 

 「ッ、ステラの所に行くつもりかよ! させるかァァァ!!!」

 

 ステラのアルカンシェルの元へ向かうアオイにデスティニーが襲いかかる。

 

 「ジェイル!?」

 

 「はああああ!!」

 

 勢いをつけ振り下ろしたアロンダイトをエクセリオンに叩きつける。

 

 目の前に迫る刃をアオイは激しい衝撃と共に受け止めた。

 

 凄まじい一撃だ。

 

 ビームシールドでなければ、受け止める事もできないだろう。

 

 「アオイィィ!!!」

 

 ジェイルの気迫を示すようにさらに勢いを増すデスティニー。

 

 「くそ、お前に構っている暇なんてないんだよ!!」

 

 サーベルを横に振り抜くがデスティニーは飛び退いて回避、ビームライフルを連射してくる。

 

 アオイはビームをブルートガングⅡで斬り裂くとデスティニーに突撃した。

 

 「アオイ!! ここで何をしている!?」

 

 「お前には関係ない!!」

 

 エクセリオンはビームサーベルで斬り付け、デスティニーはアロンダイトを逆手に持って振り上げた。

 

 「チィ!!」

 

 アオイはシールドを前面に出し、機体に接する前に刃を食い止める。

 

 「前よりもさらに速い!」

 

 デスティニーの厄介な点は速度や強力な斬撃だけではない。

 

 高速移動と共に残される光学残像も厄介だった。

 

 アレでアオイの視覚が狂わされ、狙いがずれてしまう。

 

 それでも対応できているのはW.S.システムの補正があればこそ。

 

 「ステラを返してもらう!!」

 

 「そんな事をさせると思うなァァァァ!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾ける。

 

 パルマフィオキーナ掌部ビーム砲でエクセリオンを吹き飛ばし、アロンダイトを上段から思いっきり振り下ろした。

 

 先ほど以上の速度で突っ込んでくるデスティニー。

 

 今の体勢を崩した状態からでは防御も回避も間に合わない。

 

 ならば―――  

 

 その時、再び機体が先に動いたような錯覚を覚えた。

 

 だがそれに抗う事無く、操作を継続し――――アオイもSEEDを発動させた。

 

 「落ちろォォォ!!!」

 

 「はああああああ!!!」

 

 二機がすれ違い交差する。

 

 次の瞬間―――デスティニーのアロンダイトが刀身半ばから叩き折られていた。

 

 「ば、馬鹿な!?」 

 

 ジェイルは信じ難い出来事に呆然とする。

 

 ジェイルの方が速かった筈だ。

 

 なのに何故アロンダイトが叩き折られる?

 

 「いや、今はそんな事は後回しだ」

 

 頭の中を無理やり切り替える。

 

 残ったビームライフルでエクセリオンを狙撃するがそれもあっけなく避けられ当たらない。

 

 「くそォォォ!!」

 

 「しつこい!」

 

 アオイがデスティニーより速く動けたのは、『SEED』の力と言うよりもW.S.システムの恩恵があればこそ。

 

 通常の機体であれば負けていたに違いない。 

 

 アオイはエクセリオンの性能に驚きつつ、デスティニーに剣を構えた。

 

 

 

 

 トワイライトフリーダムのシステム作動と同時にリースもまたマユに攻撃を仕掛ける。

 

 姿を変えた敵に対する警戒したからではなく、あくまでも自分の標的を始末する為に。

 

 「死ね、マユゥゥ!!!」

 

 加速するトワイライトフリーダム。

 

 それに対しベルゼビュートはビームソードを構える。

 

 だが放った斬撃は空を斬り、機体を捉えられない。

 

 「なっ、速い!?」

 

 リースの反応を上回る速度でトワイライトフリーダムが刃を振るい、ベルゼビュートの腕が斬り裂かれ宙に舞った。

 

 それがリースの怒りを煽る。

 

 「このォォォ!!!」

 

 咆哮と共に肩のビームキャノンを撃ち出すがフリーダムはそれすらあっさり避け切った。

 

 「何!?」

 

 そして速度を上げてベルゼビュートに肉薄、シールドのビーム砲を撃ち込んでくる。

 

 リースは残った腕を振り上げ防御するが、至近距離だった為に受け切れずに吹き飛ばされてしまった。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「そのまま海に落ちてください!」

 

 マユはベルゼビュートを無視すると、シグーディバイドの迎撃に向かった。

 

 光を伴い、シグーディバイドに向かっていくフリーダムとデスティニー。

 

 急速に接近してきた敵の姿に気がついた部隊は一斉に迎撃行動に出た。

 

 前面にいる機体がビームランチャーを構え、後方の機体が対艦刀を両手に握る。

 

 迫りくる二機に狙いを定め、トリガーを引くと強烈なビームが撃ち出された。

 

 「はああああ!!!」

 

 「ここから先には行かせない!!!」

 

 全身に広がる鋭い感覚に従い、何条もの閃光を潜り抜ける。

 

 あの程度の攻撃は全く脅威に感じない。

 

 無傷でビームの嵐を超えたニ機は刃を抜いた。 

 

 トワイライトフリーダムはシンフォニアを、リヴォルトデスティニーがコールブランドを構え一気に斬り込んだ。

 

 「行くぞ!」

 

 向かってくる光の天使。

 

 それを迎い撃つべくランチャーを構えた機体と入れかわるように対艦刀を持ったシグーディバイドが前に出た。

 

 しかし彼らの斬撃は二機を捉える事ができず、逆にトワイライトフリーダムのシンフォニアによって返り討ちにあう。

 

 続くようにリヴォルトデスティニーのコールブランドがシグーディバイドのコックピットを斬り潰した。

 

 刺さった刃を横薙ぎに払って両断。

 

 繰り出されたすべての斬撃をかわし、逆に斬り返しては次々と撃破していく。

 

 しかしそれでも四方からの斬撃は驚異だ。

 

 一撃でも食らえば動きが止められてしまう。

 

 だがトワイライトフリーダム、リヴォルトデスティニーはそれを物ともしない。

 

 「兄さん!!」

 

 「了解!!」

 

 マユの正確な射撃がシグーディバイドを確実に捉え足や腕を破壊。

 

 そして動きを止めた機体から一気に加速してきたリヴォルトデスティニーがコールブランドで斬り捨てる。

 

 「マユ、左だ!!」

 

 「はい!」

 

 トワイライトフリーダムの側面に回り込んだシグーディバイドはベリサルダを振り抜く。

 

 殆ど奇襲に近い一撃だった。

 

 しかしそれすらも通用しない。

 

 マユは敵機に刃が届く前に腕部実剣ノクターンでシグーディバイドの腕ごと叩き斬る。

 

 同時に撃ち込んだビームライフルがコックピットを貫通した。

 

 そして残った機体に向けシンはノートゥングを構え、マユもすべての砲身を正面にせり出した。

 

 「いけェェェェ!!」

 

 「これでェェェ!!」

 

 砲口に光が集まり、吐き出されたビームが残りのシグーディバイドを呑み込んでいく。

 

 すべてが閃光に消え、大きく爆散した。

 

 その光景に誰もが黙りこんでしまった。

 

 だが一番の衝撃を受けていたのは間違いなくヘレンだっただろう。

 

 呆然と艦長席から立ち上がり、目を見開く。

 

 「全滅? 二十五機のシグーディバイドがたった二分で……全滅?」

 

 信じがたい光景に血が滲むほど強く拳を握る。

 

 どれだけ信じられないものであったとしても目の前の光景は現実だ。

 

 怒りを必死に噛み殺し、ヘレンは指示を飛ばした。

 

 「一時撤退します。撤退信号!」

 

 「り、了解!」

 

 フォルトゥナから撤退信号が発射されると攻め込んできていたザフト機は次々と退いていく。

 

 それはアストやレティシアの相手をしていたアルカンシェルやザルヴァートルも同じだった。

 

 「撤退?」

 

 「セリス!!」

 

 「うるさい! 次こそ落としてやる!!」

 

 後退するザルヴァートルと従うようにアルカンシェルも続き、デスティニーとベルゼビュートも合流してフォルトゥナに向かって行った。

 

 アストはため息をつきながらヴァナディスに近づく。

 

 「レティシアさん、大丈夫ですか?」

 

 「ええ、私は大丈夫です」

 

 アストはその返事に満足しながら、シン達の方に視線を向ける。

 

 今回はシンとマユのおかげで助かった。

 

 あの二人がいなければもっと被害が大きくなっていたに違いない。

 

 ジブリールを捕えられなかった懸念もあるがとりあえず戦闘を切り抜ける事ができた。

 

 今はそれで十分。

 

 アストは無事に切り抜けられた事に安堵しながらシン達に通信を入れる。

 

 地上の戦闘が終わると同時に宇宙の部隊も撤退を選択。

 

 ここに戦いは終結した。




ようやくオーブ戦終了です。
とはいえ出張先で時間を見つけて書いていたので、おかしな部分などは後日加筆修正したいと思います。


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第45話  それぞれの思惑

 

 

 

 

 

 ザフトによるロード・ジブリール捕縛を目的としたオーブ侵攻作戦『オペレーションフューリー』

 

万全の戦力をもって行われたこの作戦は、見事なまでに失敗に終わってしまった。

 

 作戦開始時において誰がこんな結末を予想できたであろうか。

 

 いかに中立同盟の部隊が精強とはいえ、この戦力をぶつけて尚落とせない。

 

 それどころか、逆に敗北するなど誰も考えなかったに違いない。

 

 フォルトゥナの艦長ヘレン・ラウニスは内心から沸き起こる怒りを必死に抑えていた。

 

 彼女の背後にはデュルクとヴィート、リースの三人が立っていた。

 

 デュルクとリースはいつもと変わらないがヴィートはいささか緊張気味だ。

 

 何故ならば表情の固いデュランダルがモニターに映っていたからである。

 

 《なるほど。つまりジブリールを捕縛する事も出来ず、君たちはオーブに敗退したと、そう言う事かな?》

 

 責めるような視線を向けるデュランダルの歯を着せない言い方にヴィートはビクっと体を振るわせた。

 

 拳を強く握り、体を震わせている。

 

 それは命令を完遂できなかった自分に対する怒りによるもの。

 

 ヴィートは責任感も強いため余計にそう思ってしまっていた。

 

 「……はい。申し訳ありません。アークエンジェル、フリーダム、そしてデスティニーと言って差し支えないでしょう。それら新型機に参入により部隊は押し返され、さらに投入したシグーディバイド部隊も壊滅。あのままではどうにもなりませんでした」

 

 《……ふむ》

 

 作戦開始からしばらくは問題なかったのだ。

 

 地上と宇宙から戦力を送り込み、同盟軍を上回る物量で押しつぶす予定だった。

 

 フォルトゥナから出撃したデスティニーを含む新型機も投入され、もう少しの所まで追い込んだのだ。

 

 しかしそれも後から現れたアークエンジェル、フリーダムにより、戦線は押し返されてしまった。

 

 あげく肝心のジブリールはあのシグルドで宇宙に離脱。

 

 これでは兵士達の士気を保つことは難しい。

 

 さらにアレだ。

 

 フリーダムとデスティニーに良く似た機体によってシグーディバイド部隊があっさりと撃破されてしまった事。

 

 あんなものを目の前で見せつけられた兵士達の士気はガタ落ちだ。

 

 そこでヘレンはこれ以上の戦力消費を避ける為、即座に撤退を命じたのである。

 

 《いや、判断は適切だった。ありがとう、ヘレン》

 

 「しかし、議長」

 

 《目的の大半は十分に達成出来た。特にあの新型のフリーダムとデスティニーらしき機体。あれらの存在がわかった事は大きい》

 

 「はい」

 

 確かにこの戦闘における一番の収穫はあの二機に関するデータだろう。

 

 あの機体は紛れも無く脅威となる。

 

 「つきましてはシグーディバイドの強化プランを進めたいと思っています」

 

 《ああ、頼むよ。それからデュルク、ヴィート》

 

 「「はっ」」

 

 二人がモニターに向かって敬礼するとデュランダルは苦笑しながら制した。

 

 《そこまで固くなる必要はない》

 

 「しかし自分達は……任務を果たせませんでした。それに―――」

 

 ヴィートは怒りで拳を強く握る。

 

 今度は自分に対してではない。

 

 戦場で出会ったアレン・セイファートに対してだ。

 

 即座に一蹴されてしまった事もだが、何よりもあれだけ議長からの信頼を得ておきながらザフトを裏切った事。

 

 絶対に許せない。

 

 《ともかく君達には宇宙に上がってもらいたい。君達の機体がようやく完成したのでね》

 

 「私達の機体ですか?」

 

 《ああ。君達の力を存分に発揮できるように調整が加えてある。その機体を受領して欲しくてね》

 

 「了解しました」

 

 自分に渡される新型機。

 

 どのような機体かは分からない。

 

 だがそれならばアレン、そしてアオイ・ミナトの新型とも渡り合える筈。

 

 後は自分次第という事になる。

 

 それからアレンの事をデュランダルに報告しておいた方が良いだろう。

 

 ヴィートは意を決して口を開いた。

 

 「議長、報告したい事があります。……アレンの事で」

 

 《……聞かせてもらえるかな?》

 

 ヴィートはオーブの戦場でアレンと再会し、撃墜された事を報告する

 

 話を聞き終えたデュランダルはしばらく思案するように目を閉じる。

 

 悩んでいるようにも見えた。

 

 それだけアレンを信頼していたという事なのだろう。

 

 「奴は裏切り者です。特務隊としての誇りを汚し、我々の信頼を裏切った最低の―――」

 

 「違う」

 

 感情の任せて言葉を続けようとしたヴィートを遮る様に今まで黙っていたリースが口を挟んだ。

 

 「アレンは私達を裏切ったりはしない。悪いのは全部マユとレティシア。あの女共に騙されているだけ」

 

 「お前何言ってんだよ。アイツは裏切者なんだ! 俺達で倒すんだよ!!」

 

 ヴィートがそう言った瞬間、リースは冷たく殺意の籠った視線で睨みつけてくる。

 

 「―――それ以上言ったら、殺すよ」

 

 「お前!」

 

 「二人共、その辺にしておけ」

 

 睨みあう二人にデュルクが割り込む。

 

 流石にデュランダルの前では不味いと思ったのだろう。

 

 その制止に二人も不服そうながら引き下がった。

 

 《……しかしアレンと戦うとなればいかに君達といえど簡単にはいかない》

 

 その言葉にヴィートはムッとする。

 

 確かにアレンの技量は高い。

 

 だがこちらも同じ轍を踏む気はなかった。

 

 しかしデュランダルの口から飛び出した言葉にヴィートはおろか普段冷静なデュルクでさえ驚愕の表情を浮かべた。

 

 《何と言っても彼は―――アスト・サガミなのだから》

 

 「なっ!?」

 

 「アスト・サガミ!?」

 

 もちろんその名前は知っている。

 

 前大戦の英雄であり、ザフトにとっては忌むべき名。

 

 『消滅の魔神』の異名で恐れられたエースパイロット。

 

 そこでヴィートは依然リースがアスト・サガミに関する事を調べていた事を思い出した。

 

 横目でリースを見ると彼女は驚いた様子も無く平然としている。

 

 「……リース、お前知ってたのかよ」

 

 「だったら?」

 

 「なっ、おま―――」

 

 《ヴィート、彼女に口止めをしていたのは私だよ。余計な混乱を招きたくはなかったからね》

 

 「議長、その素性を知りながら何故彼を受け入れたのですか?」

 

 《デュルク、彼はこの先で必要になる存在だったのだよ。……本当に残念でならない》

 

 デュランダルは沈み込むように額に手を当て、声のトーンが落ちた。

 

 この先に必要になるというのは良く分からない。

 

 しかしアレンの事を心から信頼していたのだろう。

 

 それなのに裏切るなどやはり許す事は出来ない。

 

 その時、初めてリースが自分から声を上げた。

 

 「大丈夫です、議長。アレンは戻ります。……周りの害虫共すべてを排除すれば、彼は帰ってきます」

 

 笑みを浮かべるリース。

 

 その言動に対する寒気と共にヴィートは不服そうに眉を顰めた。

 

 やはりリースはどこかおかしい。

 

 何と言うかタガが外れているような危うさを感じた。

 

 《なんであれ彼と相対する以上は十分に注意して欲しい。彼は特別な存在だからね》

 

 「特別?」

 

 《そう、とある特別なコーディネイターを殺すための生まれたカウンター、『カウンターコーディネイター』とでもいえば良いのかな》

 

 「カウンターコーディネイター」

 

 《それだけではない。彼はSEEDを持つ者。人類の進化の可能性それを示す者故に並の者では相手になるまい》

 

 「なっ、SEEDって」

 

 それはプラントでは完全に御法度であるテタルトスが掲げる考え『SEED思想』と同じだ。

 

 それをプラントの議長が躊躇なく口にするとは。

 

 《SEEDは実在する力だ。正しい認識がされているとは言い難いがね。ともかくアレンに関しては君らに任せる》

 

 「はっ。アオイ・ミナトの件も必ず!」

 

 《頼む。私はヘレンとまだ話がある。デュルクとヴィートは宇宙に上がる準備をしてくれ》

 

 「「「了解!」」」

 

 三人が退出するのを見届けるとヘレンとデュランダルは今後の事を話し合う。

 

 「それでオーブの件はどうなさるのです?」

 

 《どうもしない。さっきも言ったが目的は十分に達成できた》

 

 『オペレーションフューリー』における最大の目的。

 

 それはジブリールの捕縛ではない。

 

 本当の目的は同盟の力、すなわち新型の性能を把握し損害を与える事だった。

 

 確かにザフトも痛手は受けたが同盟もまた同じく損害を被った。

 

 それも決して軽くない損害をだ。

 

 今回の戦争で同盟を無理やりに戦いに引っ張り込んだのも、彼らに戦力を温存させない為である。

 

 さらに想定外の力を発揮した新型フリーダムやデスティニーモドキのデータも手に入った。

 

 成果としては十分すぎる。

 

 「ティアは使わないのですか?」

 

 《ティアはアイドルだ。政治的な役割は荷が重い。それに彼女の本当の役目はすべてが終わった時にこそある》

 

 「はい」

 

 《ではヘレン、準備が終わり次第フォルトゥナにも宇宙に上がってもらうよ》

 

 「了解しました」

 

 通信が切れ、部屋に静寂が訪れる。

 

 ヘレンは引き出しを開け、一枚の写真を取り出した。

 

 そこにはヘレンともう一人、聡明そうな少年が映っている。

 

 「もうすぐよ。もうすぐ―――世界は変わるわ」

 

 ヘレンは普段見せない優しい笑みを浮かべ、愛しそうに写真を眺めていた。

 

 

 

 

 フォルトゥナの格納庫に帰還したジェイルは傷ついた自身の機体を見上げていた。

 

 所々に傷があり、酷い所は欠損して部分すらある。

 

 議長から託されたこの機体をここまで傷つけたのは仲間だったシンと敵のアオイだった。

 

 「シンか……」

 

 元々敵だったアオイについてはまだ分からなくも無い。

 

 屈辱なのは変わらないし、彼が敵である事も分かっている。

 

 しかしシンは―――

 

 最初は頭に血が上りシンの話を聞かなかったが何故同盟にいたのだろう?

 

 それにシンが生きているという事はミネルバも無事な可能性が高い。

 

 ならば何故ザフトへ戻ってこないのか?

 

 アオイの件にしても疑問が残る。

 

 ロゴス派であるはずのアオイが何故ジブリールを狙ったのか?

 

 「くそっ!」

 

 分からない事ばかりだ。

 

 ジェイルが苛立ちに任せガリガリと頭を掻き毟っているとザルヴァートルから降りてきたセリスがフラフラしながら歩いている。

 

 「セリス、大丈夫か?」

 

 「何が?」

 

 駆け寄ったジェイルにセリスはどこか虚ろな表情を向ける。

 

 やはり顔色が悪い。

 

 先程の戦闘で何かあったのだろうか?

 

 今の彼女にシンの事を話すかどうか一瞬迷った。

 

 いや、黙っていても仕方がない。

 

 いずれ分かる事なのだ。

 

 それに知らずに戦場で相対する事の方が悲劇だ。

 

 「何がって顔色が悪いぞ。……セリス、その、シンの―――」

 

 「ジェイル、セリス」

 

 シンの事を伝えようとした時、割り込むようにレイが声を掛けてくる。

 

 「セリス、調子が悪いなら、医務室で休んでいろ」

 

 「……分かった。先に休むから」

 

 どこか危なっかしい足取りでセリスは歩いて行ってしまう。

 

 「それで何を話していた?」

 

 「えっ、ああ」

 

 レイもシンとはアカデミーからの付き合いのある人間だ。

 

 彼にも伝えた方がいい。

 

 ジェイルはレイに戦場での出来事を話す。

 

 シンやアオイとの戦いや感じた疑問の事もだ。

 

 それを聞いたレイは何かを警戒するように明らかに表情を硬くした。

 

 「どうした?」

 

 「ジェイル、シンの事はセリスに話すな。彼女にはショックが大きいだろう」

 

 「だが、戦場で戦う事になったら……」

 

 「その前に俺達で裏切り者を倒せばいいだけだ」

 

 レイは何の迷いも無くそう答えた。

 

 もう少し悩むなりするかとも思ったが、そんな様子は微塵も無い。

 

 頼もしい気もするが、どこか冷たくも感じる。

 

 「……それにアオイとかいう奴の事も気にするな。奴はロゴス派だ」

 

 「でもオーブでは―――」

 

 「ロゴスの考える事など知らないが、大方ジブリールが邪魔になって消しかかったんだろう」

 

 「そうなのか?」

 

 レイは再び考え込むジェイルの肩に手を置いた。

 

 「ジェイル、奴は敵だ。敵の考えている事など俺達には分からないが、議長が正しいという事だけは間違いない。そして奴らはそれを阻む敵。俺達はそれを排除すればいい」

 

 「……そうだな」

 

 納得しきれた訳ではない。

 

 しかし議長が正しいというのは間違っていないと思う。

 

 ならばそれに応えるのが自分達の仕事だ。

 

 ジェイルの返事に満足したのかレイは格納庫を後にする。

 

 「ここにいても仕方ないな」

 

 ジェイルも格納庫を出ると、前に金髪の少女が歩いているのが見えた。

 

 ステラだ。

 

 周りを見ても白衣の連中はいない。

 

 話をするにはいい機会であるとジェイルは意を決してステラに話掛けた。

 

 「ステラ!」

 

 「……またお前か。何の用だ?」

 

 「まだ思い出せないのか?」

 

 「何度も言わせるな。私はお前の事などし知らない」

 

 ステラは煩わしそうにため息をつくとジェイルに視線を向ける。

 

 「だが丁度良い。お前に言っておきたい事がある」

 

 「言っておきたいこと?」

 

 「お前は私に何を求めている?」

 

 「えっ?」

 

 ステラに求めるもの?

 

 ジェイルはただステラには戦場から離れて欲しい。

 

 そしてディオキアで会った時のように笑っていて欲しいと思っただけだ。

 

 だがそれを口に出す事が出来ない。

 

 ステラはため息をつくと同時にキッパリと告げる。

 

 「私はお前の求めるものの代わりはできない」

 

 ジェイルはステラの言葉に固まってしまう。

 

 「何を言って」

 

 「お前が求めているのは私ではなく、別のものだ。その代りはできない。いい加減に迷惑だ」

 

 ステラはそのまま去ってしまった。

 

 一体彼女は何を言っているんだろうか?

 

 彼女を何かの代わりにしようとしている?

 

 ジェイルはステラが言った意味を理解できず、呆然とただ立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

 通信を終えたデュランダルは傍にある大きなモニターに目を向けた。

 

 そこにはカガリが全世界に向け、演説を行っていた。

 

 《世界の皆さん。私は中立同盟オーブ代表カガリ・ユラ・アスハです。今回我が国、オーブで起こった大規模戦闘、ジブリール氏の引き渡しを求めたザフトの侵攻に関する事柄の詳細を説明させていただきたいと思います。皆様の中には我々がジブリール氏を匿ったのではないかという疑惑をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。それを含めどうか聞いていただきたい》

 

 カガリはザフトとの通信記録やデータを公開しながら戦闘開始から終結までの経緯を説明していく。

 

 デュランダルはただ何もせずに笑みを浮かべて見ていた。

 

 その時、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。

 

 「どうぞ」

 

 「失礼します、議長」

 

 入ってきたのはティア・クライン。

 

 いつも通りどこか自信なさそうに俯いている。

 

 ヘレンはここでティアを使うという事を主張していたがデュランダルにその気はなかった。

 

 そもそもティアを前面に出したのはあくまでも民衆の暴動を抑え、兵士達の士気を上げる為。

 

 ラクス・クラインは平和を望む歌姫。

 

 しかし逆を言えばそれだけだ。

 

 彼女はプラントに居た頃も政治的な事にはあまり関わりを持たず、実績も無い。

 

 それはティアも同じだ。

 

 彼女もラクスの意思を継ぐという形で政治面には極力関わらせず宣伝や活動を行ってきた。

 

 そんな彼女がいきなり政治面に口を挟んでも違和感も付きまとう。

 

 なによりそんな回りくどい事をせずとも同盟に対する不信感は世界に行き渡っていた。

 

 ジブリールや『ブレイク・ザ・ワールド』のテロリストが使っていたシグルドが国内にいたという事実だけでも十分印象が悪い。

 

 たとえカガリがどのような演説をしようとも根付いた不信感は一朝一夕では払拭できないだろう。

 

 《以上の事からも私共は決してロゴスに与するものではありません》

 

 「その言葉を誰が、どこまで信じてくれるだろうね。いかに君がそれを示しても人は自分が信じたい物しか信じないのだよ」

 

 カガリの姿をどこか哀れみさえ覚えながらもデュランダルはモニターを注視する。

 

 「あの、議長、お聞きしたいのですが、アレン様は……」

 

 デュランダルはアレンがザフトを抜けた事をティアには伏せていた。

 

 伝えれば間違いなく彼女は塞ぎこむだろう。

 

 それだけティアにとってアレンは強い影響を与える存在だった。

 

 「すまないね、ティア。アレンは任務に行っていて、当分は戻れないのだよ」

 

 「そうですか……」

 

 「でも心配する事はない。アレンは必ず君に会いに行く筈だよ」

 

 「はい」

 

 デュランダルの言葉に安心したのか、笑みを浮かべる、ティア。

 

 「そう言えばもう一つお聞きしたい事がありまして……」

 

 「何かな?」

 

 「アオイ・ミナト様と言いましたか。その方とお会いしたいのですけど」

 

 これには流石にデュランダルも驚いた。

 

 ヘレンからティアとアオイが接触したというのは聞いていたが。

 

 「何故彼に会いたいと?」

 

 「……はい。この前基地を案内していただいたのですが、満足にお礼も言えませんでしたから」

 

 「なるほど。時間ができた時にでもどこの部隊の者か調べておこう」

 

 「ありがとうございます、議長」

 

 ティアは頬笑み、手を合わせ喜ぶ。

 

 それをデュランダルは気がつかれないよう鋭い視線でティアを観察した。

 

 アレンでさえティアに多大な影響を及ぼすというのに―――

 

 これ以上のイレギュラーは歓迎すべきではない。

 

 そう言う意味でも彼はどこまでも邪魔な存在だった。

 

 「……アオイ・ミナト。やはり君は邪魔だな」

 

 いつもとは比較にならないほど冷たい声色で呟くとこれからの先の事に思いを馳せた。

 

 

 

 

 世界に向けた放送を終えたカガリは疲れた様子で深く椅子に座り込む。

 

 それを見たショウは労いの言葉を掛けた。

 

 「カガリ様、お疲れ様でした」

 

 「ああ、とはいえこの放送も焼け石に水といったところだろうがな」

 

 「しかし、何もしないよりはマシでしょう」

 

 確かにそうだ。

 

 今ここで自分達の立場を明確にしておかなければ、憶測やデマによって中立同盟の立場はさらに悪くなる。

 

 だからこそ今回の放送に踏み切った訳だが、状況が厳しい事に変わりはない。

 

 そこでスカンジナビアにいるアイラから通信が入った。

 

 《カガリ》

 

 「お姉さま、今回の件、本当に申し訳ありません」

 

 ジブリールを国内に侵入させてしまったのは紛れもなくオーブの失態だった。

 

 スカンジナビアからの情報提供がなければ事態はもっと深刻になっていただろう。

 

 《後悔はすべてが片付いた後にしなさい。今回の教訓をきちんと今後に生かせば無駄ではないわ」

 

 「……はい」

 

 《ただ今回の件に関しては仕方ない面もある。どうやら以前からかなり周到に準備されていたみたいだしね。仮にスカンジナビアや赤道連合で同じ事があったとしても事前に対応できたかと言われたら難しかったでしょうしね》

 

 アイラの言う通りだ。

 

 ジブリールの追跡をしている過程で捕らえた兵士達の証言や行動の痕跡を調べてみるとどうやらかなり前から準備されていたようだった。

 

 だからこそそれに対応できなかった自分の能力不足が恨めしいのだ。

 

 とはいえここで後悔していても何も変わらない。

 

 アイラが言ったように今後に生かし、同じ轍を踏まないようにするしかないのだ。

 

 「ところでお姉さま、例の情報はどこから入手されたのですか?」

 

 カガリの質問にアイラは複雑そうな表情を浮かべる。

 

 《そうね、本人の希望もあって詳しい事は言えないけど……実はヘブンズベースから脱出してきた者から情報が提供されたの》

 

 「ヘブンズベースから!?」

 

 《ええ》

 

 保護したものというのはジブリールの側近か近しい者だったのだろう。

 

 それならば彼の行動を把握できていてもおかしくない。

 

 《それよりもこれからの事を考える必要があるわ》

 

 「ええ、私はアークエンジェルに宇宙に上がってもらい、ジブリールを追ってもらった方が良いと考えていますが?」

 

 《そうね。今回の件に関しては同盟も自ら動いた方が良い。悪印象を払拭する初めの一歩としてね。アークエンジェルには宇宙に上がってもらいましょう》

 

 「分かりました。会議の方も準備を進めておきます」

 

 《お願いね》

 

 アイラとの通信を終えたカガリは詳しい話をするためショウを伴いアークエンジェルに向った。

 

 

 

 

 オノゴロ島に帰還したアークエンジェルではモビルスーツの補修や整備に追われていた。

 

 ザフトは撤退したとはいえ、何時また戦闘になるかは分からない。

 

 ならば再び戦闘が起きても大丈夫なように備えておかないといけない。

 

 だが今の状況では傷ついていない機体を探すほうが難しかった。

 

 その中でも深刻だったのはリヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダムだった。

 

 先の戦闘で新システムを発動させた二機はオーバーロードを起こしてしまったのである。

 

 二機の足元で端末を弄っているのは開発者であるローザ・クレウス博士。

 

 その傍には補佐役としてエルザもいた。

 

 「ふむ、オーバーロードするとはな。まだまだ機体の調整が必要か。実戦データが手に入ったのは大きかった」

 

 「クレウス博士、C.S.システムの方も問題があるようです」

 

 「そこの端末にデータを移しておいてくれ」

 

 「はい」

 

 エルザがリズムよくキーボードを叩き、C.S.システムのデータを端末に移していく。

 

 このC.S.システムこそシグーディバイドを撃退する際に発動したシステムである。

 

 『Convert Seed system』

 

 ローザ・クレウスが開発したSEED用のシステムだ。

 

 SEED発現を感知すると機体の一部装甲が拡張、格納されていたスラスターを解放する。

 

 さらに両翼から光の翼が放出され、通常とは比較にならない速度での高速戦闘を可能としている。

 

 同時に収集した戦闘データから機体制御や補助を行い、パイロットの力を100%発揮できるようにシステムがサポートするようになっている。

 

 ただし機体やパイロットの負荷が大きく、連続使用はできないのが欠点だった。

 

 「流石に負荷が大きすぎるな。状況によっては任意でシステムの開放が出来るようにした方が良いか」

 

 「そうですね。SEEDの発現を感知する度にシステムが発動していたのでは機体の方が持ちませんし」

 

 二人は手を止める事無く、話を詰めながら作業を進めていく。

 

 作業を手伝いながらその様子を見ていたアストとシンは先の戦闘の事を話していた。

 

 「セリスが!?」

 

 「ああ、レティシアさんのヴァナディスと戦っていた新型にセリスが乗っていたらしい」

 

 シンは憤りで拳を強く握り締めた。

 

 ジェイルがいた時点で考えなかった訳じゃなかった。

 

 だがまさかすぐ傍にいたとは。

 

 「一応説得したらしいが、途中から様子が変わり、話を聞くような状態じゃなかったようだ」

 

 「それって……」

 

 「おそらくI.S.システムの影響だろう。助けるには機体を破壊するしかない」

 

 ダーダネルスでの戦いではシンの声に反応してシステムが中断したらしい。

 

 でもいつまでもそんな欠陥を残しておくほどデュランダル達は甘くない。

 

 シンは調整を受けているリヴォルトデスティニーを見上げ決意する。

 

 セリスはプラントにいた頃、シンを救ってくれた。

 

 ならば今度はこっちの番だ。

 

 「……俺が必ず助けます!」

 

 「分かった。セリスに関してはお前に任せる」

 

 「はい!」

 

 力強く頷くシンにアストは笑みを浮かべる。

 

 そこにレティシアとマユが格納庫に入ってきた。

 

 「アスト君、シン君、二人ともブリッジに」

 

 「カガリさんから話があるみたいです」

 

 「カガリから話?」

 

 おそらく今後の事だろう。

 

 アストはシンと共にブリッジに上がると、懐かしい顔ぶれが並んでいた。

 

 その中でも眩しいほどの笑顔を向けているのがアネットである。

 

 「久しぶりねぇ、アスト」

 

 「あ、あはは、そう、だな。ア、アネット」

 

 「カガリさんの話が終わった後で―――私からも話があるから」

 

 「い、いや、で、でも」

 

 「話があるから」

 

 「……はい」

 

 アネットの迫力に屈したアストはそれ以上は何も言えずに頷いた。

 

 何故かレティシアやマユも怖いくらいの笑顔を向けてきているのは気のせいだと思いたい。

 

 そんなアストの肩にトールが腕を回してくる。

 

 「久しぶりだな、アスト」

 

 「ああ、久しぶりだ、トール。元気だったか?」

 

 「まあな」

 

 雑談に興じたいところだが、挨拶は後だ。

 

 マリューやムウとも挨拶を交わし、シンを紹介する。

 

 とはいえ全員シンの事は知っているから、皆の自己紹介が中心ではあるが。

 

 皆の紹介が終わったところに丁度カガリがブリッジに入ってきた。

 

 「全員揃っているな。……話の前にアスト、久ぶりだな」

 

 「ああ」

 

 「言いたい事は山ほどあるが、それは後だ。それからシン・アスカ。私はカガリ・ユラ・アスハ。お前には色々と詫びねばならない」

 

 「あ、いや」

 

 前ならば彼女にも突っかかっていたかもしれない。

 

 記憶の改ざんがあったと分かっても複雑な気分であった事も確かだ。

 

 でもそれは自分の中で心の整理を付けたつもりである。

 

 だから―――

 

 「……まあ、色々ありましたけど、マユや両親の事ではこっちが礼を言わないと―――ありがとうございました」

 

 「兄さん、せめて視線くらいは合わせてください」

 

 「……分かってるけどさ」

 

 照れくさいというのもあるし、なんというかこう言うのは苦手なのだ。

 

 「いいんだ。それらの話も後でしよう。……皆も分かっていると思うがジブリールはあのシグルドと共に宇宙に上がってしまった。どんな理由があれ、これは同盟の失態だ。これ以上奴の好きにはさせない為に同盟もジブリールを追撃する事に決定した。そこでアークエンジェルにはこのまま宇宙に上がってもらいたい」

 

 「宇宙に……」

 

 ジブリールを放っておけないというのはここにいる誰もが分かっている事だ。

 

 誰からの異論もなかった。

 

 

 

 

 ザフトの撤退に紛れてオーブから離脱したアオイとルシアも宇宙に上がる為にパナマ基地に到着していた。

 

 ラルス達はすでに宇宙に上がり、宇宙要塞エンリルに到着している筈だ。

 

 これからアオイ達もそちらに向かう事になる。

 

 機体をシャトルに積み込み、宇宙へ上がる準備を進めている二人にマクリーン中将からの通信が入ってきた。

 

 《二人とも無事で何よりだった。……ジブリールを宇宙に逃してしまったのは痛いが》

 

 「申し訳ありません」

 

 もっと上手くやれていればジブリールが宇宙に行く事を阻止する事が出来たかもしれない。

 

 《少尉、詫びる必要なはい。むしろあんな状況で良くやった》

 

 「ええ、中将の言う通り、そこまで気にしては駄目よ」

 

 「はい」

 

 ルシアに肩を叩かれアオイも切り替えるように頭を振った。

 

 後悔しても時間は戻らない。

 

 重要なのはこれからどうするかだ。

 

 《二人にはしばらく休んでもらいたいくらいだが、そこまで余裕も無い。君たちはこのままジブリールが向ったウラノス攻略戦に参加して欲しい》

 

 「……ウラノス攻略戦」

 

 アオイ達もまた宇宙に激戦に身を投じる事になる。

 




機体紹介2更新しました。

次はストーリーを進めるか。それとも息抜きに外伝でも書くか……
 


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第45.5話 叫び

前に投稿しようとしていた外伝です。相変わらず出来が悪いのですが(汗
短い上に面白いかどうか分かりません。まあ、適当に流してください。


 

 そこは薄暗い会議室のような場所だった。

 

 部屋には入りきれないほどの人が集まっている。

 

 皆、白衣や整備服を着込んだ男ばかり。

 

 見ているだけでも非常にむさ苦しい面子だ。

 

 そんな中、皆の視線が中央に座っていた男に集まる。

 

 彼こそが今回皆をこの場に集めた張本人だった。

 

 注目された男は神妙な様子で両手を前に組み眼を閉じている。

 

 焦れた別の男がついに彼に質問する。

 

 「おい、今日はどんな―――」

 

 だが、重苦しい雰囲気は変わらず、何も言わない。

 

 再び問いかけようとした時、ようやく男が口を開いた。

 

 「……由々しき事態だ」

 

 「はぁ?」

 

 訳も分からず、そんな言葉が口に出る。

 

 一体何の事なのか?

 

 そんな疑問を全員が抱くが、男が漏らした一言で状況は一変する。

 

 「……奴が戻ってきた」

 

 「えっ、奴って―――まさか!?」

 

 「……アイツが! 我々の天使達を汚そうとするあの悪魔が!! アスト・サガミが戻ってきやがったんだ!!!」

 

 その名を聞いた瞬間、部屋の中が阿鼻叫喚に包まれた。

 

 「嘘だァァ!?」

 

 「ば、馬鹿な!?」

 

 「あの野郎が戻ってきただと!?」

 

 誰もがこの世の無常を嘆くかのように頭を抱え、叫び声を上げていく。

 

 そんな周りの状況についていけない若い整備士が同僚の袖を引く。

 

 「なあ、何なんだ? アスト・サガミって?」

 

 新人である彼が知っているのは、アスト・サガミが同盟のエースパイロットであるという事くらいだった。

 

 「ああ、そうか。新入りのお前は知らないんだったな。アスト・サガミってのはな、皆が言ってる通りの悪魔だ! 俺達の女神を! 天使を籠絡し、汚そうとする最悪の野郎さ!!」

 

 抽象的すぎてピンとこない。

 

 未だに良く分かっていない若い整備士に端末が渡される。

 

 その瞬間、彼は驚愕のあまり叫び声をあげてしまった。

 

 「えぇ―――!! な、な、な、何であのいつも、クールな、マ、マユちゃんが、こ、こんな笑顔を!?」

 

 端末にに写っていたのは、美しい容姿を持った少女マユ・アスカだった。

 

 整備班においてマユ・アスカと言えば非常にクールで有名である。

 

 いつも表情を見せず、限られた人間にしか感情を表さない。

 

 それがマユ・アスカという少女だった。

 

 しかしだからこそ時折見せる優しい気遣いや微笑みに皆、あっさりと落ちてしまう。

 

 そしてそうなった者は口を揃えて言うのだ、彼女こそが天使であると。

 

 つまりここに集まった者達はそんなマユの魅力に魅せられた者達。

 

 マユファンクラブ(非公式)に所属する者たちだったのだ。

 

 メンバーには最新機であるトワイライトフリーダムの開発陣も参加している。

 

 あの機体の武装の名前を音楽用語にしたのも彼らの提案であった。

 

 彼女の機体に無骨な名前は似合わない。

 

 それは他の研究者達との(乱闘という名の)話し合いの末に彼らが勝ち取った栄誉であった。(もちろん他の皆が呆れていたのは言うまでも無い)

 

 とにかくマユ・アスカはここに集った者達にとって犯しがたい聖域のようなもの。

 

 にも関わらず端末に映っている彼女は良くも悪くも女の顔をしているのだ。

 

 「そうだよ。奴がそんな顔をさせているんだ! 俺達もこんな顔、滅多に見た事無いってのに!!」

 

 醜い嫉妬丸出しの発言である。

 

 だが此処には賛同者しかいない。

 

 皆が一斉に力強く頷く。

 

 「それだけではない。こっちもある」

 

 次に渡されたのは金髪の美女レティシアの写真だった。

 

 こちらも見た事が無いほどの優しげな表情を浮かべている。

 

 「あ、嘘だろ、あの女神様がぁぁ!!」

 

 レティシアもマユ同様に女神と崇拝されている存在である。

 

 その容姿と穏やかな性格に惹かれ好意を持つ者も多い。

 

 しかし彼女はすべて素気なくあしらっている。

 

 そんな彼女までこんな顔をさせるなど、絶対に許してはならない。

 

 ていうか羨ましく、妬ましい。

 

 「さらにはアネットさんやエルザさん達とも関係があるという噂もある!」

 

 「最悪の女たらしじゃないですか!!」

 

 「そうだ! だからこそ我らの女神を、天使を、悪魔の手から守らねばならないのだ!!」

 

 

 「「「「おおおおおおお!!!」」」」

 

 

 会議室に集まった勇士達が一斉に雄たけびを上げ、拳を天に突き上げる。

 

 「俺達が守るんだ!!」

 

 「ああ、これ以上奴の好きにさせてたまるかよ!!」

 

 「そうだ! たとえこの手を汚そうとも、必ず魔の手から守り抜くぞ!!」

 

 ここに皆の気持ちが一つになる。

 

 だがそれに水を差すように誰かの端末が鳴り響いた。

 

 「やば、マードックのおやっさんだ!」

 

 急いでスイッチを入れると怒鳴り声が部屋に響き渡った。

 

 《どこで油売ってやがんだァァァァ!!! さっさと仕事に戻りやがれェェ!!》

 

 「うわ!」

 

 「やべぇ!」

 

 マードックの怒鳴り声に皆が顔を青くして部屋を飛び出していった。

 

 

 

 

 当然そんな出来事が起こっていたなど知らないアストはヴァルハラの食堂でキラ、シン、トールの四人で朝食をとっていた。

 

 パンを齧りながら手元のミルクを口に含む。

 

 それをシンが不思議そうに見ていた。

 

 「何だ、シン?」

 

 「あ、いや、アレンっていつもミルクですよね?」

 

 「……問題でもあるか?」

 

 「え、いや、別に」

 

 その様子を見ていたキラとトールが笑いを堪えている。

 

 アストはそんな二人を恨めしそうに睨んだ。

 

 「ま、まだ気にしてたのかよ、身長の事」

 

 アストははっきり言って小柄である。

 

 二年前から結構気にしていたのだが、それはプラントに行っていた間も変わらなかった。

 

 「お前らには俺の気持ちは分からないよ」

 

 キラもトールも二年の間にすっかり身長が伸びていた。

 

 特にキラはかなり背が伸びている。

 

 アストは全然変わらないというのに。

 

 やけ気味にコップに残ったミルクを一気に煽る。

 

 そんなアストの様子にシンはやや頬を引き攣らせながら話題を変える事にした。

 

 「えっと、そういえば、アレン。マユの事なんですけど……」

 

 「なんだ?」

 

 「いや、最近声を掛けても、その、そっけないっていうか」

 

 マユとシンはぎこちないとはいえ和解している。

 

 この前も一緒に食事をしていたし、仲良く話をしていたように思う。

 

 ≪兄さん、ちゃんと制服を着てください。だらしないですよ≫とか。

 

 ≪兄さん、もっと健康に良いもの食べてください。好き嫌いは駄目です≫とか。

 

 仲良く話していた、と思う。

 

 なんか厳しくなったセリスみたいだと思わなくもないが、とにかく兄妹仲良くしていると思っていた。

 

 「分かった、今度話を聞いてみるよ」

 

 「後もう一つ、最近整備班の人達が変な噂してたんですけど……」

 

 「噂? どんな噂だ?」

 

 シンから聞かされた噂はアストにとって寝耳に水な話であった。

 

 曰くアスト・サガミは女たらしであり、常に修羅場に巻き込まれているとか。

 

 女性の着替えを覗いているとか。

 

 まったく身に覚えが……無い事ばかりだった。

 

 「なんでそんな噂が整備班で流れているんだよ!!」

 

 「さあな。俺も整備班の人が話しているのを聞いたけど」

 

 「うん。僕もそうかな」

 

 シンがジト目でこちらを見てくる。

 

 「アレン、もしかして……」

 

 「そんな訳ないだろ! み、身に覚えなんて全然ないぞ! なあ、キラ、トール?」

 

 「う、うん」

 

 「お、おう」

 

 キラもトールもこちらから視線をそらしながら頷く。

 

 「ちょっと待てよ。そんな反応されたら、肯定してるみたいじゃないか!」

 

 「あ、あははは、えっと、あくまで整備班の人達の一部が話してたみたいだから、マードックさんに聞けば何か分かるかもしれないね」

 

 「そ、そうだな。でも最近機嫌悪いんだよな。何か一部の人達がサボり気味だとか言ってたし」

 

 「……とにかく後で格納庫に行って聞いてみる」

 

 こんな噂が流れているとなると、嫌な予感がする。

 

 急いでここから逃げた方がいい。

 

 戦場で培われた直感に従いアストはすぐさま立ち上がる。

 

 「アレン?」

 

 「悪いな、嫌な予感がするんだ」

 

 「奇遇だね。僕もなんだ」

 

 キラと頷き合い食器を片づけ食堂を後にしようとする―――が一足遅かった。

 

 食堂の入口には素敵な笑顔を浮かべた女性陣が仁王立ちして立ちふさがっていた。

 

 代表してレティシアがにこにこ笑いながら前に出る。

 

 目が全く笑ってないが。

 

 子供が即泣きだしてしまいそうな怖さがある。

 

 現に隣に立つキラや後ろからついてきていたシンやトールも震えている。

 

 「アスト君、お話があるのですが」

 

 怖っ!

 

 アストは顔を引き攣らせた。

 

 何故か寒気が止まらない。

 

 この前もアネットから話があるとか言われて説教されたばかりだというのに。

 

 「えっと、な、何の……お話でしょうか?」

 

 そう言うと今度はアネットが前に出る。

 

 こちらも満面の笑みを浮かべていた。

 

 「言わなくてもアンタなら分かってるわよね? さっ、行きましょうか?」

 

 拒否権はないらしい。

 

 最近こんなのばっかりだ。

 

 「あ~丁度良いわ、キラ、あんたも来なさい」

 

 「えっ!?」

 

 「アストとは前に話をしたけど、アンタとはまだだったからねぇ。良いわよね、ラクス?」

 

 「もちろんですわ」

 

 「と言う事よ。早く来なさい」

 

 キラが顔を青くして立ち上がるとフラフラしながら歩いてきた。

 

 二人は逃げる事もできず、連行されてしまった。

 

 

 

 

 なんというかどこかで見たような光景である。

 

 展望室に連れて行かれた二人は正座させられていた。

 

 またも晒しもの。

 

 展望室に出入りしていた人々は全員、ドン引きした表情をうかべて皆出ていく。

 

 それならまだマシだが、中には必死に笑いをこらえている人もいた。

 

 「何も笑う事ないのにね」

 

 「事情を知らない人間からすれば、いい笑いものだろうさ。勘弁してくれ」

 

 そんな彼らの耳にはアネットのお話しと言う名の説教が聞こえてくる。

 

 というかアストは二回目だ。

 

 「結局こうなるんだね、僕達」

 

 「そうだな。ハァ」

 

 通り過ぎる人達がクスクス笑い、少し離れた場所にはついてきたシンとトールが気の毒そうに見ている。

 

 そんな目で見るなら助けてくれ。

 

 「ちょっと聞いてるの!?」

 

 「「は、はい! 聞いてます!!」」

 

 「全くアンタ達は!」

 

 呆れたように腕を組むアネット。

 

 説教はまだまだ続くようだ。

 

 そう諦めかけたアスト達に流石にやりすぎかと思ったのかマユが苦笑しながらアネットを制止する。

 

 「アネットさん、二人も反省している事ですし、お説教はこの辺にして本題に入りませんか?」

 

 「むぅ。ハァ、仕方無いわね。罰は他に考えるとして、アンタ達、もういいから立ちなさい」

 

 若干痺れた足で立ち上がる。

 

 酷い目にあった。

 

 ていうかまだ何かさせるつもりなのか。

 

 「さて本題は、マユの事です」

 

 「マユ?」

 

 二人がマユの方を見ると、本人は視線を泳がしながらと周囲を見ている。

 

 何というか落ち着きがない。

 

 「どうしたんです?」

 

 「最近誰かから見られているらしいんです」

 

 それに一番反応したのはシンだった。

 

 「な、なんですか、それ!! マユ、本当なのか!?」

 

 「落ちついてください、兄さん」

 

 「これが落ち着いていられるか!! それってストーカーかもしれないじゃないか!! そんな奴をマユには絶対に近づけさせないぞ!」

 

 意気込むシンの様子に呆れながらもマユはため息をついた。

 

 「あくまでもたまに視線を感じるくらいです。アストさん達は何か心当たりはないですか?」

 

 「う~ん、具体的にどの辺で視線を感じたりするんだ?」

 

 「……そうですね。格納庫の辺りが一番多かったかな」

 

 格納庫。

 

 アストの噂も整備班の一部で聞いたとか言ってたが。

 

 「噂の事もあるし、マードックさんに話を聞いた方が良いんじゃない?」

 

 面倒な事になる前にさっさと誤解を解いておく事にする。

 

 また正座は御免だ。

 

 「言っておきますけど、あの噂は根も葉もない事ですから」

 

 「……ええ、もちろん、分かってますよ」

 

 だったら何で正座させたんだよと言いたかったがやめた。

 

 多分聞いてくれないだろうし、「アンタの日頃の行いが悪いんでしょ」とか言われるだけだろう。

 

 理不尽だと訴えかけても無駄だろ。

 

 今度、男だけで飲みに行きたい。

 

 「とにかくこんな噂が流れるのは良くないですからね。今は整備班の一部だけですが、ヴァルハラ全体に広がるのも嫌でしょう?」

 

 「当たり前ですよ!」

 

 そんな噂が広まったら―――

 

 冗談じゃない。

 

 青筋立てたカガリとが楽しそうに笑みを浮かべているアイラ王女の姿が光景が目に浮かぶ。

 

 「シン、トール、噂も整備班の人から聞いたって言ってよな」

 

 「ああ、機体の調整をしている時に整備士が話してた」

 

 「俺も格納庫で聞きました」

 

 他の人も皆格納庫やその周辺で話を聞いたらしい。

 

 となれば答えは出ている。

 

 皆で格納庫に向かった。

 

 

 

 

 再び部屋に集まった男達は皆、笑いを堪えていた。

 

 少し前に女性陣にアストが連行されていく姿を目撃していたからだ。

 

 「これで奴も少しは懲りたはず」

 

 「俺達の天使に近づくからこうなるんだ」

 

 これで奴が反省し、少しでも自重してくれればいいのだが。

 

 「マユちゃんに近づく男もいなくなったし、ハッピーエンドだな」

 

 「全くだなぁ」

 

 皆が満足そうに笑みを浮かべていたその時、唐突に部屋の扉が開かれる。

 

 そこには―――

 

 「ここですか」

 

 マユ達女性陣とアスト、シン、キラ、トールとマードックが立っていた。

 

 呆然としていた男達が正気に戻るとそろって叫び声を上げる。

 

 「な、な、な、なんで!!」

 

 「仕事もせず、こんな場所に集まって何やってやがんだぁ!!」

 

 「ヒィィ!!」

 

 「お、おやっさん、その、これはですね」

 

 「で、でも近くでマユちゃんが見れる」

 

 「本当だなぁ」

 

 (一部おかしな事を言っている奴もいたが)そろっていい訳を口にする男たちマードックが一喝して黙らせた。

 

 格納庫に向かったアスト達は非常に機嫌が悪いマードックや他の整備士から話を聞いた。

 

 その際数人がとある部屋に集まっていると噂を聞き、此処へ辿りついたのだが暗い部屋で男だけで何をしていたのだろうか。

 

 「こんな場所に集まって一体をしていたのですか?」

 

 皆が威圧する為、竦み上がっていた男達にラクスが優しく声を掛ける(声は優しげだったが、ラクスもまた笑顔で威圧している)

 

 流石に逃げ切れないと降参したのかポツポツと話を始めた。

 

 その内容に皆が呆れたように頭を押さえた。

 

 「わ、私のファンクラブ、ですか?」

 

 「そうです!」

 

 「最近視線を感じていたのは……」

 

 「不埒な奴が貴方に近づかないように見張っていたのです」

 

 呆然としていたシンが我に返って怒鳴り散らした。

 

 「ふざけんな! やっぱりただのストーカーじゃないか!!」

 

 「そんな連中と一緒にしないで欲しい! 私達は純粋な気持ちで―――」

 

 「同じだろうが!!」

 

 「全然違う!!」

 

 相手に掴みかかって喧嘩するシン達。

 

 というか部屋の中で暴れまわったら端末とか備品が壊れる。

 

 「落ちついてください、兄さん!」

 

 「これが落ち着いていられるもんかよ!!」

 

 熱くなっているシンを止める為にアストも部屋に入ると一斉に睨まれた。

 

 「何で睨まれるんだ?」

 

 とにかくあの噂をしていた事を問いたださないと。

 

 「なんであんな噂をしていた?」

 

 「うるさい、この女ったらしが!」

 

 「なっ」

 

 「そうだ、俺達はアンタが羨ま―――いや、許せないんだよ!」

 

 「このチビ!」

 

 「こ、こいつら!」

 

 好き勝手なことを。

 

 「背の事は関係ないだろう! ……人が気にしてる事を」

 

 女性陣が冷たい視線を向けつつ、机の上に置いてあったものを手に取った。

 

 「あっ、それは」

 

 「これって」

 

 それはマユ達の写真だった。

 

 談笑している場面や食事を取っている所など色々な写真が置いてある。

 

 当然こんな写真を撮られた覚えなど無い。

 

 「盗撮」

 

 「ち、違いますよ。私達はただ純粋に皆さんの良い笑顔をですね―――」

 

 女性陣の視線が一層鋭くなる。

 

 特にマユの視線はそれだけで人を殺せそうな勢いである。

 

 正直この中で一番怖い。

 

 「兄さん、少し黙っていてくれませんか?」

 

 あまりの迫力に掴みかかって喧嘩していたシンも顔を青くして震えあがる。

 

 「マ、マユ、俺はただ―――」

 

 「黙りなさい」

 

 「……はい」

 

 「とにかく貴方達には話を聞かせて貰いますからね」

 

 レティシア達に冷たい言葉に異論がある筈も無い。

 

 全員がコクコクと頷いた。

 

 

 

 

 結局、今回の件でマユファンクラブは(強制的に)解散させられた(ただし未だに存続しているという噂も根強くある)

 

 参加していた者達は全員が罰として宇宙服を着てヴァルハラ外壁の補修をさせられる事になった。

 

 そして―――

 

 「何で俺まで!!」

 

 ファンクラブとは別にアスト、キラ、そしてシンまで参加させられていた。

 

 今までの罰という事らしい。

 

 説教までされた挙句にこの扱いとは。

 

 「お前が熱くなって暴れまわった挙げ句、備品を壊したからだよ」

 

 「うっ」

 

 「二人とも愚痴ってないでやろう。でないと終わらないし」

 

 周囲を見るとまだまだ終わりそうもない。

 

 ファンクラブの連中はまったく懲りていない様子で嬉々として作業を進めている。

 

 はっきり言ってかなりイラつく。

 

 だがこの状況では怒る気にもならない。

 

 「「「ハァ」」」

 

 三人はため息をつきながら、作業を再開した。

 

 

 

 余談だが今回の罰はマユのファンクラブに参加していた者達に課せられた。

 

 なのにアストとキラ、そしてシンまでも参加していた事に、何も知らない周囲の者達は首を傾げ―――

 

 新たな噂が流れ始めるのだった。

 

 彼らこそがファンクラブの首魁ではないかと。




今回の話は刹那さんのアイディア、フリーダム強化案に含まれていたネタです。


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第46話  女神の一撃

 

 

 アオイとルシアを乗せた輸送艦が宇宙を航行している。

 

 行先は地球軍宇宙要塞『ウラノス』

 

 この要塞は現在ロゴス派の最後の拠点として使われており、残された兵力が続々と集結していた。

 

 それに対抗するように反ロゴス派はジブリールを捕らえようと『ウラノス』を落とす作戦を決行しようとしている。

 

 アオイとルシアはこの作戦に参加する為にウラノスに向け輸送艦で先行していたのである。

 

 とはいえアオイとしては心中複雑だった。

 

 ウラノスは初めての大規模作戦に参加する為に滞在し、そしてスウェンと出会った場所でもある。

 

 それをこれから落としに行く事になるとは。

 

 あの時は想像もできなかった。

 

 しかし手を抜く事は許されない。

 

 ジブリールを捕えねば戦いは終わらないし、放置しておけば何をするか分からない。

 

 決意を新たにアオイはブリーフィングルームに入る。

 

 「来たわね、少尉」

 

 「お待たせしました、大佐」

 

 ブリーフィングルームの席に着くと現在確認されているウラノスの戦力がモニターに表示された。

 

 確認されているだけでもかなりの数ようだ。

 

 「これだけの数は厄介ですね。しかも新型もあるんでしょう?」

 

 「ええ。入手できたのは図面だけだけど」

 

 表示されたのはモビルアーマーらしき機体だった。

 

 ただ分かるのは全体図のみ。

 

 武装などは何も分からない。

 

 そしてもう一機。

 

 こちらはモビルスーツらしい。

 

 名称も何もないがダガー系の特徴を残している。

 

 「ウィンダムの発展系? 武装等が分からないのは仕方ありませんか」

 

 「ええ、これらの機体が出てくると言う事が分かっているだけでもまだ良い方ね。それからもう一つ。これを見て」

 

 モニターに映ったのは何か筒状の物体だった。

 

 廃棄されたコロニーだろうか。

 

 「これは?」

 

 「以前にウラノス周辺に確認されていたものらしいわ。今は分散されて別の場所に配置されているみたいだけど、何に使われるか分からないから注意して」

 

 「マクリーン中将から何か情報はないんですか?」

 

 「ジブリールが何かを開発していた事くらいしか掴めていないそうよ」

 

 アオイの胸中に何か嫌な予感が湧きあがってくる。

 

 アレは破壊しなければならない。

 

 そんな焦燥感だけが募っていった。

 

 

 

 

 反ロゴス派が宇宙要塞『ウラノス』攻略に乗り出そうとしている頃。

 

 ウラノスに逃げ込んだジブリールも反撃の準備を進めていた。

 

 当然彼らが攻めてくる事は承知の上。

 

 おそらくはザフトも来る筈である。

 

 それはジブリールにとってまさに好都合であった。

 

 何故ならここまで自分を追いついめた連中に報いを与える事が出来るのだから。

 

 指令室のオペレーターに向け、ジブリ―ルは怒鳴り声を上げる。

 

 「『レクイエム』の発射準備はどうなっている!!」

 

 「各中継点への配置は完了していますが、現在エネルギーチャージ50%ほどです」

 

 「チッ、急がせろ!」

 

 「ハッ!」

 

 『レクイエム』

 

 ウラノス内部に設置された軌道間全方位戦略砲と呼ばれる巨大ビーム砲。

 

 これこそがジブリールの切り札であった。

 

 この兵器はウラノス内部に設置された巨大ビーム砲と周辺に配置された複数の廃棄コロニーから成っている。

 

 廃棄コロニーの内側にはフォビドゥンガンダムのゲシュマイディッヒ・パンツァーが設置。

 

 発射されたビームがコロニーの内部を通過すると軌道を変え、目標の対象物をカッターのように切断することが可能となっている。

 

 つまりコロニーの配置次第でどこでも狙う事が出来るのである。

 

 この兵器は本来月に建設される予定だった基地に設置されるはずだった。

 

 しかしテタルトスの存在により計画は頓挫、急遽ウラノスに設置される事になったのだ。

 

 威力は十分にあり、プラントや艦隊を容易く壊滅させるだけの出力を持っている。

 

 これさえ使えば決着はあっさり付く。

 

 懸念があるとすれば第一中継点のコロニーに何かが起きれば、目標への照準合わせが不可能となってしまう事。

 

 だがそれをさせない為の防衛部隊も配置してある。

 

 「ロズベルク、『スカージ』の方はどうなっている!?」

 

 「現在最終調整中です。後の機体も順次発進予定です」

 

 ヴァールトの報告にニヤリと笑う。

 

 後はチャージが完了次第反撃を開始するだけだ。

 

 歓喜の笑みを浮かべるジブリ―ルを尻目にヴァールトは背後に居るカースに声を掛けた。

 

 「さて、カース。君にも出て貰う」

 

 カースは何も言わず沈黙していたが、しばらくしてため息をつきながら頷く。

 

 「……まあ良いだろう。一応付き合ってやる。だが―――」

 

 「ああ、判断は君に任せる」

 

 「……了解した」

 

 カースは機嫌良くモニターを見るジブリ―ルに仮面の下から侮蔑と僅かな憐れみの視線を送る。

 

 「最後まで道化だったな。……行くぞ」

 

 「はい」

 

 傍に控えていた数人のラナシリーズを連れ指令室を出て行った。

 

 

 

 

 

 オーブの宇宙ステーション『アメノミハシラ』

 

 ジブリール追撃の命を受け、宇宙に上がったアークエンジェルはステーションのドックに接舷していた。

 

 ジブリールの行先が『ウラノス』である事は調査によってすでに判明している。

 

 しかしそれは反ロゴス連合、つまりザフトも同様に掴んでいる。

 

 つまり進軍を開始しても再びザフトと事を構える可能性は高い。

 

 その為何が起こっても良いように入念な準備が行われ、キラのストライクフリーダムとラクスのインフィニットジャスティスも合流していた。

 

 しかしここで問題が生じていた。

 

 トワイライトフリーダムとリヴォルトデスティニーに搭載されたC.S.システムの調整に時間がかかっているのである。

 

 現在アークエンジェルの格納庫で二機の調整が急ピッチで行われているのだが、簡単には終わりそうも無いと報告が上がっている。

 

 ブリッジでそのことを聞いたマユ達は頭を抱えた。

 

 この肝心な時に動けなくては意味がないというのに。

 

 「くそ! こんな時に!」

 

 「仕方がないよ、シン。『ウラノス』には僕達が『スレイプニル』を使って先行しますよ」

 

 「そうですわね」

 

 『スレイプニル』とは前大戦で投入された中立同盟の開発した高機動兵装の事である。

 

 モビルスーツの強化に重点が置かれた兵装で、前大戦でも多大な戦果をあげた。

 

 あれなら短時間で目的地までたどり着ける。

 

 現にここまでキラ達はようやく調整が終わった『スレイプニル』を使って合流したのだ。

 

 早く辿り着けばその分『ウラノス』の様子の確認や情報も手に入る。

 

 「なら俺も行く。二機だけじゃ危険だしな」

 

 「だけどアスト、今使える『スレイプニル』は二機分だけだよ」

 

 キラ達が装着してきたものはストライクフリーダムやインフィニットジャスティス用の調整が加えてある為、他の機体では装備できない。

 

 「大丈夫だ。イノセントの追加装備である高機動ブースターがある。あれを使えば『スレイプニル』程ではないけど、速度は出る。アークエンジェルの護衛はレティシアさんやムウさんに任せれば大丈夫だしな」

 

 それを聞いたレティシアは諦めたようにため息をついた。

 

 「……仕方ないですね。アスト君やラクスは待てと言っても無駄でしょうし。ただし無茶をしては駄目ですよ」

 

 「ええ」

 

 「分かっていますわ、レティシア」

 

 微笑むラクスに苦笑するレティシア。

 

 それをシンは不思議そうに見ていた。

 

 あのラクス・クラインが生きていて、モビルスーツのパイロットをしていると聞いた時はそれは驚いたものだ。

 

 それにあのティア・クラインとも顔はそっくりだが雰囲気が違う。

 

 ティアには無かった凛々しさというか、力強さのような物を感じるのだ。

 

 「ではアークエンジェルは予定通りでお願いします。僕とアスト、ラクスの三人が先行、『ウラノス』に向います」

 

 ブリッジを出ようとしたアスト達にマユが心配そうに声を掛けてくる。

 

 「アストさん、気をつけてくださいね。私達もすぐに追いかけますから」

 

 「ああ、ありがとう、マユ」

 

 アストに声を掛けるマユの様子をシンは横からジト目で見ていた。

 

 前から思っていたけど―――

 

 「……なんかアレンに対しては反応が違う気がする」

 

 「な、何を言ってるんですか、兄さんは! ラクスさんもキラさんも無茶しないでください」

 

 誤魔化すようなマユの態度がますます怪しい。

 

 そんなマユ達にキラは苦笑し、ラクスは微笑む。

 

 「ふふ、ありがとう、マユ」

 

 「僕達は大丈夫だよ」

 

 ラクスがマユの頭を優しく撫でアストやキラも安心させるように頷くと三人はブリッジを出た。

 

 格納庫では作業が既に済んでいるのか、イノセントに高機動ブースターと一緒に追加装備が装着されていた。

 

 ドラグーン式ビームフィールド発生装置『フリージア』。

 

 これはドラグーンシステムを応用したビームフィールド発生装置だ。

 

 防御フィールドを展開する事も可能でナーゲルリングⅡやワイバーンⅡと併用する事で強力なビーム刃も展開できる。

 

 さらにスラスターとしての使い方もあり、背中で連結させるとリヴォルトデスティニーの光の翼のようなフィールドを発生させ、高い機動性を得る事が可能な補助兵装となっている。

 

 「どうしたの、アスト?」

 

 「いや、ドラグーン系の兵装と戦った事は何度もあったけど、自身の武装として使うのは初めてだからな」

 

 正直なところキラやクルーゼのようにうまく使える自信はない。

 

 「アストなら大丈夫だよ」

 

 キラは励ますようにアストの肩を軽く叩き、ストライクフリーダムの方へ歩いていく。

 

 確かにこれ以上考え込んでいても仕方がない。

 

 「マードックさん、調整はどうですか?」

 

 「おう、後はコックピット周りだけだ」

 

 「ありがとうございます」

 

 アストはコックピットに乗り込むとキーボードを取り出して、調整を開始する。

 

 機体、追加装備共に問題はない。

 

 《アスト、そっちはどう?》

 

 「ああ、大丈夫だ」

 

 《では行きましょう》

 

 「了解!」

 

 キラとラクスに返事を返すとイノセントがカタパルトに移動し、正面のハッチが開く。

 

 他の追加武装にバズーカを背負うと、フットペダルを踏み込んだ。

 

 「アスト・サガミ、イノセントガンダム、行きます!」

 

 押宇宙に機体が飛び出すと背中のブースターが点火し一気に加速。

 

 スレイプニルを装着したキラ達と共にウラノス方面に向かって移動を開始した。

 

 

 

 

 誰も好き好んで岩やゴミが散乱する暗礁宙域を移動する者はいない。

 

 それは当然リスクが存在するからだ。

 

 岩やゴミにぶつかればよくて漂流、悪ければ死ぬ。

 

 これらは人ならば誰もが考える事であり、当然無人の物体がそれらを気にする事はない。

 

 ならば暗礁宙域を避け宇宙を移動するその物体もまた人の意思が介在しているのは誰の目にも明らかだった。

 

 宇宙機動要塞『メサイア』

 

 ザフトが第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に建造した機動要塞である。

 

 現在この要塞は非常に緊迫した状況にあった。

 

 それは最高議長であるデュランダルが滞在し、ジブリールを今度こそ捕らえる為の作戦が実行され様としていたからである。

 

 緊迫感の増す要塞では宇宙から上がってきたデュルクと合流したハイネが格納庫を眺めていた。

 

 そこでは機体を万全な状態にする為の調整が行われている。

 

 そして今、ヴィートの乗る新型機が戦場に向って出撃しようとしていた。

 

 ZGMFーX93Sb 『サタナキア』

 

 ステラが搭乗していたアルカンシェルの同型機。

 

 武装も扱いやすいものに変更され、展開される装甲も武装が排除された分、機動性強化に重点がおかれていた。

 

 デスティニーほどではないにしろ光学残像も発生させる事も可能である。

 

 ヴィートは機体を弄りながらも暗い闘志を燃やしていた。

 

 この機体の力を100%引き出せば相手が誰であろうと―――

 

 たとえアスト・サガミでも倒せる筈だ。

 

 「奴は絶対に許せない」

 

 この手で必ず倒して見せる。

 

 メサイアのハッチが開くとサタナキアはスラスターを吹かし、宇宙に飛び出していった。

 

 その様子をモニターで見ていたハイネは眉を顰める。

 

 「……いいんですか、デュルク隊長? ヴィート一人を先行させて。今回の作戦はあくまでも支援に徹するって聞いてましたけど」

 

 今回のウラノス攻略に関しては地球軍、つまりはマクリーン派が前面に立ち、ザフトは後方から支援に回るという風に通達がされていた。

 

 これは『オペレーションフューリー』におけるザフトの被害が決して少なくなかった事が主な理由だった。

 

 同時にこれは地球軍側の希望でもある。

 

 ウラノスは現在ロゴス派の拠点として使われてはいるが、それでも地球軍の施設である。

 

 ザフトに任せていたら拠点を徹底的に破壊されてしまう可能性があった。

 

 宇宙の足がかりが少ない地球軍側としてはそれは防ぎたい。

 

 だからウラノス内部の情報に詳しい地球軍で対処したほうが施設の被害を少なくできるとマクリーンは考えたのである。

 

 「構わない。あいつも特務隊、自分の事に責任くらいは持てる。それよりハイネ、お前は大丈夫なのか、アレンの事は?」

 

 ハイネもアレンの正体を聞いた時は驚きはした。

 

 同時にあれだけの技量を持っているのも納得できた。

 

 「まあ、アレンの事は色々複雑ですけどね。俺はヴィートと違ってそこまでアレンを敵視するつもりはありませんよ」

 

 「戦えるのか?」

 

 「そりゃま、複雑ではありますけど、俺は軍人ですからね。命令には従います」

 

 その答えにデュルクは満足したように頷いた。

 

 「それで十分だ。私達も機体の準備が整い次第出撃する」

 

 「了解!」

 

 ハイネは敬礼を取り、自身の機体であるヴァンクールの状態を確かめようと格納庫に連絡を取った。

 

 

 

 

 ザフトの三英雄と言えばプラントで知らない者はいない言うほど有名な存在である。

 

 ディアッカ・エルスマン、ニコル・アルマフィ、エリアス・ビューラー。

 

 彼ら三人はそれぞれに部隊を率い、今回の戦争でも大きな戦果を上げていた。

 

 周囲からは「流石は三英雄だ」などと揶揄されている。

 

 三人としてはそんなものは煩わしさしか無いのだが、それとは別に現在悩みがあった。

 

 とあるルートからもたらされた情報と彼らの前に現れた存在が頭を抱えさせているのである。

 

 彼らに追随するゴンドワナ級の隊長室に集まった三人はここ最近なって増えたため息を吐きだす。

 

 「ハァ、でどうするか決めたのか?」

 

 ディアッカの真剣な眼差しにニコルもエリアスも背筋を正す。

 

 「……まあ、全部あいつの懸念通りでしたからね。放っておくのは無理でしょう。それに保護した『戦艦』の方からも再三に渡って返事を聞かせてくれってせっつかれていますし」

 

 「ええ。彼らが嘘を言っているとは思えませんし、データもすべて本物でしたから」

 

 「だよなぁ。全く、なんでこうなるんだか」

 

 ディアッカは頭を掻き毟ると勢いよく立ちあがる。

 

 「しょうがない。俺達は約束通りに動くか」

 

 「はい」

 

 「ええ。まずは任務を終わらせましょうか。戦艦の偽装も終わっていると報告を受けていますし」

 

 ニコルやエリアスも立ち上がり、ブリッジに向かった。

 

 現在ディアッカ達に与えられている任務は不審な動きをするコロニーの調査である。

 

 数日前には動きが確認できなかったにも関わらず、ここ数時間で全く別の位置に移動して来たと報告を受けている。

 

 それは此処だけではない。

 

 別の場所にもいくつかコロニーが移動していると報告があったのだ。

 

 上層部としてはロゴス派の最終拠点である『ウラノス』攻略が始まろうとしている時に不確定要素は排除しておきたいのだろう。

 

 「どうなっている?」

 

 「はっ、もうじき目標地点です」

 

 「『戦艦』の方は?」

 

 「準備完了との事です」

 

 その時、正面に目標のコロニーが見えてきた。

 

 それを守る様に地球軍の艦隊も展開されている。

 

 ただの廃棄されるコロニーを守ろうとするには些か数が多すぎる。

 

 ロゴス派が護衛につく理由も不明。

 

 つまり何かがあるという事だ。

 

 「何かあるみたいですね」

 

 「ああ、こりゃ放っておけば面倒な事になりそうだな。良し、俺達も出るぞ! 彼らも出撃させろ!」

 

 「了解!」

 

 ゴンドワナ級の周りにいたナスカ級から次々とモビルスーツが出撃する。

 

 当然ディアッカ達も自身の機体であるイフリートに乗り込んで戦場に向かった。

 

 そして最後にゴンドワナ級から一隻の戦艦が出撃する。

 

 黒い外装に覆われたその戦艦はかつてザフト最強と謳われた――――ミネルバであった。

 

 「ブリッジ遮蔽、対艦、対モビルスーツ戦闘用意!」

 

 「了解!」

 

 艦長であるタリアの声に従い、淀みのなく皆が動き出す。

 

 幾度となく激戦を潜り抜けてきた彼らに戸惑いは無い。

 

 スカンジナビアで修復を終えたミネルバはディアッカ達に連絡を取り、アストからのメッセージを伝える為、極秘裏に合流していたのである。

 

 「でも、艦長、こんな所を特務隊に見つかったら……」

 

 「大丈夫よ。ここには彼らの目は届かないし、本艦は作戦中単独で動きます」

 

 いざとなれば外装に装備されたミラージュ・コロイドを使用して離脱する。

 

 もしもの時の話もつけてあるから問題はない。

 

 それよりも今は目の前の戦闘の方が重要だ。

 

 「敵が来るわよ! ルナマリアを出して!」

 

 タリアの指示が飛ぶ。

 

 格納庫にある機体にルナマリアが乗り込み、ヨウラン達と話しながら計器をチェックし始めた。

 

 「一応、初めての機体なんだから無茶すんなよ」

 

 「分かってるわよ。私だって赤なんだから」

 

 ヨウランに軽口を返すとハッチを閉じた。

 

 「大丈夫、訓練通りにやれば出来る!」

 

 ZGMF-X51Sα 『シークェル・エクリプスガンダム』

 

 テタルトスとの戦闘で中破したエクリプスをミネルバに残されていたインパルスのパーツで修復。

 

 破損したデスティニーインパルスのパーツを組み込んで改修を施した機体である。

 

 デスティニーインパルスで指摘されたエネルギー問題を解決するためにバッテリーを改良。

 

 背中にはデスティニーシルエットとエクリプスシルエットを混ぜ合わせたデスティニーシルエット02を装着している。

 

 当然従来のシルエットも装備可能である。

 

 《お姉ちゃん、気をつけてね》

 

 心配そうなメイリンを安心させようとウインクして返事をする。

 

 「了解! ルナマリア・ホーク、シークェル・エクリプス出るわよ!」

 

 ハッチからエクリプスが飛び出すとディアッカ達の部隊に追随する形で後を追った。

 

 

 

 

 ザフトの進路を阻むようにウィンダムやダガーL、さらにはかつてミネルバを追い込んだザムザザーまでもが立ちふさがる。

 

 近づくザフト機に向け一斉に放たれた砲撃とミサイルが襲いかかる。

 

 「やらせるかよ!」

 

 三機のイフリートが前面に出ると、砲撃を回避しながらミサイルを迎撃していく。

 

 爆発したミサイルの閃光に紛れ敵部隊が接近してきた。

 

 三機を囲むように敵部隊が武器を構えて襲いかかってくるが、三人共冷静に攻撃を捌き、反撃を繰り出していく。

 

 「やっぱり数は多いな!」

 

 「そうですね。これだけの数、やはり何かあります」

 

 「となるとあの廃棄コロニーは破壊すべきですね」

 

 「ああ、全軍に通達、廃棄コロニーを狙え!」

 

 ディアッカの指示に従い、全機がコロニーに向かって突撃する。

 

 暴れまわる三機の動きに感化され、ザクやグフと言った機体も勢いよく敵部隊を撃破せんと砲撃を放った。

 

 砲撃に紛れる様にルナマリアもまたコロニーに向け移動する。

 

 ザフトの部隊と連携は取らずあくまでも単独で動く。

 

 「邪魔よ!」

 

 スラスターを噴射させながらエッケザックスを引き抜き、ウィンダムを斬って捨てた。

 

 そしてビームライフルに持ちかえ敵機の胴体を破壊した。

 

 撃ち込まれた砲撃をやり過ごしながら、ビームライフルを連射、敵部隊を突破していく。

 

 順調に進むルナマリアの前に今度はあのモビルアーマーが立ちふさがった。

 

 「あいつは!」

 

 シンとセリスの二人掛かりで落としたモビルアーマーザムザザーだ。

 

 あの戦場にはルナマリアもいた。

 

 ザムザザーがどれだけの火力と防御力を持っているかは承知済みである。

 

 しかも今回は援護は誰もいない。

 

 自分一人。

 

 しかしルナマリアは動じてなどいなかった。

 

 「訓練の成果、見せてやるわよ!」

 

 ザムザザーが前面に装備されたビーム砲をこちらに向けてくる。

 

 アレに当たればその時点で終わる。

 

 でも―――

 

 「そんなものに!」

 

 撃ち出された強力な砲撃をバレルロールして回避、サーベラスを撃ち込んだ。

 

 ビームは直撃コースで向っていく。

 

 しかし砲撃が命中する寸前に展開された陽電子リフレクターによって、損害を与える事も出来ずに受け止められてしまう。

 

 「相変わらず面倒な装備。でも、もう弱点はわかってる!」

 

 遠距離戦では不利。

 

 何をやっても無駄だ。

 

 「なら!!」

 

 ザムザザーからの苛烈な砲撃にも怯まず、機体を加速させると懐に飛び込む。

 

 エッケザックスを一閃してリフレクター発生装置を破壊、すれ違い様にバロールを数発撃ち込んだ。

 

 砲撃に撃ち抜かれたザムザザーは火を噴き爆散、閃光になって消え失せた。

 

 「やれる!」

 

 アレンとの訓練は決して無駄ではなかった。

 

 ルナマリア自身が思っている以上に技量が向上している。

 

 ビームライフルで敵機を撃破し機体をコロニーに向けた瞬間、レーダーに反応があった。

 

 「くっ!」

 

 正面から撃ち込まれた何条かのビームをシールドで止めるとブルデュエルが銃口を向けていた。

 

 「そう簡単にはいかないってことね」

 

 連続で放たれるリトラクタブルビームガンの射撃を回避しながら、ルナマリアもビームライフルを撃ち返した。

 

 

 

 

 「ククク、やはり来たか馬鹿共めが」

 

 中継点に設置されたコロニーにザフトからの攻撃を受けたと報告を受けたジブリールは笑みを深くした。

 

 こういうのを飛んで火にいる夏の虫と言うのだろう。

 

 準備はすでに完了しているのだ。

 

ザフトの部隊諸共薙ぎ払ってやる。

 

 「照準はどうしますか?」

 

 オペレーターの質問にジブリールが怒鳴り返した。

 

 「アプリリウスに決まっているだろう! 奴も、デュランダルもそこにいる筈だ!」

 

 「り、了解!」

 

 目標であるプラント首都アプリリウスには宇宙に上がったデュランダルもいる。

 

 そこを落とせばデュランダルは死に、すべてに決着がつく。

 

 そこから反撃が始まるのだ。

 

 裏切った連中に、邪魔をした愚か者達に報いを与える。

 

 そして再び世界の覇権を取り戻す。

 

 「照準入力開始、目標点アプリリウス!」

 

 オペレーター達の復唱が司令室に響き渡り、着々と発射準備が進められていく。

 

 ウラノスの外壁が開き、巨大な砲身が姿を現した。

 

 「トリガーを!」

 

 司令が頷くとジブリールは前にせり出されたトリガーを掴んだ。

 

 「さあ、デュランダル!! これが貴様らに奏でられる鎮魂歌だ!!」

 

 ジブリールはトリガーを力一杯押し込んだ。

 

 だが彼は知らなかったのだ。

 

 中継点に彼にとっての最悪の相手―――ミネルバが存在している事に。

 

 

 

 

 ミネルバの周囲に取りついたモビルスーツに向け絶え間なくミサイルが発射され、同時にトリスタンが敵機を狙う。

 

 「トリスタン、撃てぇ――!!」

 

 アーサーの声に合わせトリスタンが火を噴き、ウィンダムを薙ぎ払っていく。

 

 ここまでは順調に敵部隊を押している。

 

 何もなければ遠からず敵を排除できるだろう。

 

 しかしあのコロニーの用途が分からない。

 

 一体アレを何に使うつもりなのか。

 

 そんな風に警戒していた事が幸いしたのか、メイリンが気がついた。

 

 「これは……」

 

 「どうしたの?」

 

 「コロニーが動いています」

 

 モニターに映ったコロニーを見ると確かに設置されたスラスターが噴射し、微妙に動いている。

 

 「一体何の為に?」

 

 嫌な予感がしたタリアは即座に決断を下す。

 

 何か起きる前に排除する。

 

 「タンホイザー起動、照準前方スラスター!」

 

 ミネルバの艦首が解放。

 

 砲口が顔を出し光が集まっていく。

 

 コロニーが動いている事は外壁近くでブルデュエルと交戦していたルナマリアも確認していた。

 

 ミネルバがスラスターを狙うなら、自分の役目はタンホイザーの邪魔をさせないことだ。

 

 「アレに邪魔させる訳にはいかないわね」

 

 面倒な事にあと数機ザムザザーがいる。

 

 陽電子リフレクターを展開させる訳にはいかない。

 

 ブルデュエルの射撃を避け、シールドを叩きつけて突き放す。

 

 そしてタンホイザーの射線に割り込もうとしたザムザザーにサーベラスを叩き込んだ。

 

 エクリプスの砲撃に邪魔をされ、進路を上手く取れないザムザザーは後退せざる得ない。

 

 リフレクターを展開出来ねば、ただ撃破されてしまうだけだからだ。

 

 「行かせないわ!!」

 

 ザムザザーを牽制していたルナマリアの背後からビームサーベルを片手にブルデュエルが飛び込んでくる。

 

 しかしそれは想定済みだ。

 

 「甘いのよ!」

 

 機体を沈み込ませ光刃を潜る。

 

 そして逆手に抜いたビームサーベルをブルデュエルの中心に突き入れた。

 

 パイロットであったラナシリーズの一人は叫ぶ間もなく蒸発。

 

 動きを止めた敵機に向けルナマリアは回し蹴りを食らわし、コロニーのスラスターの方へ蹴り飛ばした。

 

 「丁度良い、利用させてもらう!」

 

 エクリプスはブルデュエルに向け、サーベラスを構える。

 

 砲口から放たれたビームがブルデュエルを完璧に捉え、コロニーのスラスターごと爆散する。

 

 それを確認したルナマリアは即座に離脱を図った。

 

 同時にタンホイザーに光が集まるとタリアが叫ぶ。

 

 「撃てぇぇ―――!!!」

 

 タンホイザーからの砲撃がスラスター諸共外壁を貫通し、コロニーは大きくバランスを崩した。

 

 

 

 その瞬間―――閃光が駆け抜ける。

 

 

 

 どこからか撃ち出された強力なビームがバランスを崩したコロニーを巻き込んで、宇宙を斬り裂いていった。

 

 誰もが突然の事に言葉も無い。

 

 呆然としていたタリアは正気に戻ると即座に指示を飛ばした。

 

 「何が起きたの!?」

 

 その言葉によって皆が正気に戻ると慌ただしく動き出す。

 

 「少し待って下さい!」

 

 他の部隊から送られてきたデータを回してもらい解析して、モニターに表示する。

 

 「これは!?」

 

 それでようやくカラクリが読めた。

 

 あのコロニーにはゲシュマイディッヒ・パンツァーが搭載されており、発射された強力なビーム砲を歪曲させ目標を破壊するという兵器なのだ。

 

 データから推察するにおそらく発射された場所は『ウラノス』

 

 つまり中継点のコロニーの配置次第でどこでも狙い撃つ事が出来る訳だ。

 

 もちろんプラントも例外ではない。

 

 いや、今の一射はプラントを狙っていたのかもしれない。

 

 ミネルバからのデータを受け取ったディアッカ達も歯噛みした。

 

 彼らが居なければプラントに甚大な被害が出ていた可能性があったのだから。

 

 「くそ! あれを落とせ!!」

 

 ディアッカやニコル、エリアスが残った敵機を薙ぎ払い、射線を確保するとザクが一列に並びオルトロスが発射される。

 

 一斉に発射された閃光がコロニーに外壁を抉り、真っ二つに引き裂かれて崩壊していく。

 

 それを確認した残存のロゴス派の機体は撤退していった。

 

 だがザフトに追撃するほどの精神的な余裕は無い。

 

 もう少しで自分達の住む場所が薙ぎ払われていたかもしれないのだから。

 

 

 

 

 ウラノスに向かって移動していたヴィートも宇宙を照らした閃光を確認していた。

 

 「あれは……敵の新兵器か! くそ!!」

 

 ヴィートは操縦桿を殴りつける。

 

 これ以上奴らの好きにさせてはならない。

 

 確実に倒さなければ、被害が増える一方だ。

 

 今まで以上に機体を加速させ、ウラノスに急ぐ。

 

 そんなヴィートに前に地球軍と思われる部隊の姿が見えた。

 

 どうやら戦場から引き揚げてきたらしい。

 

 敵もこちらの存在に気がついたのか、攻撃を仕掛けてくる。

 

 「地球軍め! 邪魔だ!!」

 

 敵機からのビームの雨を軽く回避し、接近すると対艦刀『アガリアレプト』を振り抜いた。

 

 ビーム刃が敵の胴体を容易く斬り裂き、大きく爆散する。

 

 その爆発に紛れ後ろに回り込んだウィンダムがビームサーベルで突きを放ってくる。

 

 しかし、あまりに遅い。

 

 ヴィートはその刃が機体に届く前にシールドをコックピットに突きつけ、内蔵されたショットガンを叩きこんで吹き飛ばす。

 

 さらに左右から挟みこむようビームサーベルを振るってきたウィンダムの斬撃を無造作に払いのけ、対艦刀を横薙ぎに振り払った。

 

 刃がウィンダムのコックピットを捉えパイロット諸共消し去った。

 

 その戦いぶりにパイロット達は叫び声を上げる。

 

 「うわあああ!」

 

 「あ、悪魔だぁぁ!!」

 

 サタナキアは止まらない。

 

 恐慌を起こし動けない者にも容赦せず、ビームランチャーで敵機諸共母艦を撃ち落とした。

 

 敵部隊は纏めて破壊され、大きな閃光になって宇宙のゴミとなる。

 

 ヴィートはそんな連中には興味も失せたように一瞥するのみで、その場を離れた。

 

 「余計な時間を食ったな」

 

 移動を開始したヴィートは、再び甲高い音を鳴らすレーダーの反応に顔を顰めた。

 

 また地球軍だろうか?

 

 「……放ってもおけないか」

 

 ロゴス派の好きにはさせない。

 

 そう意気込むがヴィートが捕捉した相手は地球軍などではなかった。

 

 視界に映ったのは見覚えのある白い機体。

 

 オーブで屈辱を与えられた仇敵の姿。

 

 「あれは!?……フ、フフ、ハハハハ! 初めて神がいるって信じそうになったよ!!」

 

 こんなにも早く再戦できるなど誰が思うだろうか。

 

 歓喜と憎悪の表情を浮かべビームサーベルを構えると―――――イノセントに突撃する。

 

 

 「アスト・サガミィィィィ!!!!」

 

 

 すべての怒りと憎しみを込めた光刃が振り抜かれた。




外伝を投稿しようと思ったのですが、あまりに出来が悪いのでやめました。

機体紹介2更新、機体紹介3投稿しました。

シークェル・エクリプスのデスティニーシルエット02は刹那さんのアイディア。
イノセントの追加武装フリージアはakaさんのアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございました。


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第47話  ウラノス攻略戦

 

 

 

 

 

 暗い宇宙を通常ではありえない速度で動いている三つの機影が存在した。

 

 スレイプニルを装着したストライクフリーダムとインフィニットジャスティス

 

 そして高機動ブースターを装備したクルセイドイノセントの三機である。

 

 スレイプニルを装着した二機が先行し、それに追随する形で後ろからイノセントがついて行っている。

 

 とはいえ速度の差は大きかったのだろう。

 

 最初はギリギリとはいえついて行く事ができていたのに徐々に距離を開けられ、今では二機の姿を視認できない程に離されてしまっている。

 

 「『フリージア』を使うか?」

 

 追加武装である『フリージア』はスラスターとしても使う事ができる。

 

 これを展開すれば速度は上がりキラ達にも追いつけるだろう。

 

 しかし問題もある。

 

 この装備はやたらと目立つ。

 

 展開すればウラノスの部隊に発見されてしまう可能性があるが―――

 

 「いや、焦る必要はないか。もうすでに『ウラノス』の近くまで来ている」

 

 何時敵に遭遇してもおかしくない。

 

 アストは機体と装備の最終確認を行い、レーダーを見ながらウラノスに向かって一気に加速する。

 

 その時、コックピット内に甲高い警戒音が鳴り響いた。

 

 レーダーの示す方へ視線を向けると上方から突撃してくるダークブルーのモビルスーツが突っ込んでくる。

 

 「上!?」

 

 ビームサーベルを片手にこちらに斬りこんでくる機体はオーブで戦った黒い機体と形状が良く似ている。

 

 「スピードも速い!」

 

 アストは咄嗟に腕部のナーゲルリングⅡを引き出し、振りかぶられた光刃を受け止めた。

 

 受け止めたサーベルとナーゲルリングが鍔迫り合い激しく火花が散る。

 

 「アスト・サガミィィィ!!!!」

 

 「ヴィートか!?」

 

 通信機から聞こえてきたのはヴィートの声だ。

 

 やはりザフトもウラノスに侵攻している。

 

 だがここで新型と遭遇するとは。

 

 ヴィートはナーゲルリングを叩き折る勢いで力任せにサーベルを押し込んでくる。

 

 気迫が違う。

 

 押し込まれる前に一旦距離を取って体勢を立て直した方がいいと判断したアストは押し返す事をせず、横に流すように外側に向けて弾いた。

 

 「逃がすと思うか!! ここで貴様を討つ!!」

 

 サタナキアは下がるイノセントにビームライフルを連続で叩き込み、進路を塞ぎながら再び近接戦を仕掛ける。

 

 サーベルから対艦刀アガリアレプトに持ちかえ、横薙ぎに叩きつけた。

 

 「ヴィート!!」

 

 「貴様の言葉など聞く耳持つかァァァ!!!」

 

 左右から勢いよく振り抜かれた対艦刀がイノセントを斬り裂こうと襲いかかる。

 

 アストは後退しつつも、背中に装着していたバスーカ砲でサタナキアの動きを阻害しようと撃ち込んだ。

 

 だがヴィートは撃ち込まれた砲撃をものともせず、ビームランチャーを構えて砲弾をすべて消し飛ばした。

 

 「今はジブリールをなんとかする方が先じゃないのか!?」

 

 「だから貴様を放置しておけとでも言うのか! ふざけるな!!」

 

 砲弾を破壊した爆煙に紛れ、対艦刀の持ち手を伸ばし分離させるとビーム刃が発生、イノセントに向け投げつける。

 

 「チッ」

 

 爆煙の中から飛び出してきた曲線を描くブーメランをシールドで弾くとアストもビームサーベルを抜いた。

 

 「ようやくやる気になったか!」

 

 「悪いが先を急ぐ。お前に付き合っている暇は無いんだ」

 

 「なん、だと」

 

 その言葉はあの時―――

 

 オーブで言われた言葉だった。

 

 あっさりと一蹴されてしまったあの時と同じ。

 

 こちらの事は歯牙にもかけないとでも言いたいのか。

 

 ヴィートの中に今まで以上の激しい憎しみが湧きあがる。

 

 絶対に許さない!

 

 

 

 「貴様はァァァァァ!!!」

 

 

 

 その時、サタナキアのシステムが作動する。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 ヴィートは今までに感じた事のない感覚に包まれる。

 

 視界が広がり、感覚が鋭く研ぎ澄まされた。

 

 すべてを感知できるような錯覚すら覚えそうになる。

 

 これこそが―――

 

 「これが……SEEDの力か!」

 

 サタナキアに搭載されたI.S.システムに関しては事前に説明を受けている。

 

 擬似的にではあるがSEEDの力を再現できるものだと。

 

 アルカンシェルと同じく、装甲が展開され、全身から光が放出される。

 

 装甲を翼に変えたその姿はまさに悪魔そのものだ。

 

 だが、それでいい。

 

 奴を倒す為なら悪魔に魂を売るくらいするとも。 

 

 「いくぞォォ!!」

 

 思いっきりフットペダルを踏み込むと対艦刀を構え、イノセントに向かって突撃した。

 

 

 

 

 イノセントとサタナキアの戦いが始まった丁度同じ頃。

 

 輸送艦で先行していたアオイとルシアはウラノスまで辿り着いていた。

 

 少し離れたデブリの陰に輸送艦を待機させるとそれぞれの機体に乗り込む。

 

 「少尉、もうすぐ『エンリル』からの先行部隊も到着する筈よ」

 

 「了解です。部隊が到着し、敵を引きつけたらウラノス内に侵入してあのビーム砲を破壊する」

 

 アオイ達もあの『レクイエム』の砲撃を見ていた。

 

 嫌な予感は的中した。

 

 何あんな兵器を用意していたとは自分達の見通しが甘かったと言わざる得ない。

 

 すでにあの兵器の特性も把握している。

 

 何としてもレクイエムだけは破壊しなければならない。

 

 あれはプラントはおろか、地球だって狙えるのだから。

 

 「これ以上撃たせませんよ」

 

 「ええ、行きましょう」

 

 ルシアは笑みを浮かべてアオイの言葉に頷くと、エレンシアとエクセリオンが出撃する。

 

 すでにこちらの動きを察知しているのか、敵モビルスーツはウラノスの前面に展開されていた。

 

  何とも不思議な光景だった。

 

 敵として目の前にいるのはザフトの機体ではなく、同じ機種のモビルスーツ。

 

 違いがあるとすればマクリーン派である事を示す白い線が塗装されている事くらいだろう。

 

 両陣営が徐々に近づき、武器を構えお互いが射程に入ると戦闘を開始する。

 

 お互いに一歩も引き事無く激しい戦いが繰り広げられていく中、二機のガンダムが戦場に現れた。

 

 RGXー01E 『カオスガンダム・ヴェロス』

 

 カオスガンダムを強化改修した機体であり各部スラスターを強化。

 

 フェールウィンダムで培われ改良されたフォルテストラを一部に装備する事で防御、機動性も向上し活動時間延長の為の改良も施されている。

 

 武装は基本的に変更はないが、機動兵装ポッドの代わりに試作型ドラグーンユニットを装備。

 

 これは空間認識力とは関係なく使用可能になっており、同時にスラスター兼用ミサイルポッド、グレネードランチャーなど火力も上がっている。

 

 そしてもう一機。

 

 GAT-X105Eb 『ストライクノワール・シュナイデン』

 

 中破したストライクノワールを強化改修した機体。

 

 カオスと同様の改良が施されており、武装も改修に伴い高出力化された。

 

 これらの機体に搭乗していたのは当然スウェンとスティングの二人である。

 

 「いくぜ!」

 

 「無茶するなよ、スティング」

 

 「分かってる!」

 

 カオスがスラスターを噴射し敵部隊に突っ込むとミサイルポッドを一斉に発射して薙ぎ払う。

 

 そして後ろからストライクノワールが続いた。

 

 ビームライフルショーティーを連射しながら、敵を撃ち抜き接近すると先端に装備したバヨネットで敵機を斬り裂いた。

 

 スウェンは操縦しながら機体の調子を確かめる。

 

 改修された機体は問題ない。

 

 スティングの方を見ると、いつも以上に動き回っている。

 

 背中に装備されているドラグーンユニットもきちんと使いこなしているし、あれなら心配ないだろう。

 

 二機が武装を巧みに使い敵部隊を圧倒。

 

 敵部隊を押し返す頃合いを見計らいスウェンは命令を下した。

 

 「『ヴィヒター』部隊、攻撃開始」

 

 「「「了解!」」」

 

 スウェンの合図と共に戦闘機の様な形の機体が攻撃を開始する。

 

 GAT-05M  『ヴィヒター』

 

 地球軍のマクリーン派が開発した連合初の可変型高性能量産モビルスーツ。

 

 オーブのムラサメから得た技術で簡略化された可変機構とシステムの改良でナチュラルでも操縦可能になっている。

 

 機動性を生かし、ウィンダムやダガーLを翻弄していくヴィヒター。

 

 背中のアータルⅡを発射。

 

 部隊を切り崩し、背後からモビルスーツ形態に変形したヴィヒターがビームサーベルで敵機を斬り裂いた。

 

 その性能にウィンダムは全くついて行く事ができない。

 

 しかし敵も一歩も退く事なくきっちり連携を取りつつ反撃してくる。

 

 「やらせない!!」

 

 撃破されていく味方に被害を少なくする為、戦場に飛び込んだアオイはサーベルを抜き、すれ違い様にダガーL斬り捨てる。

 

 放たれたミサイルをマシンキャノンで撃ち落とすと、後ろからルシアのエレンシアが高エネルギー収束ビーム砲を構え、敵機を薙ぎ払っていく。

 

 「中尉、スティング!!」

 

 アオイはストライクノワールとカオスの姿を見て歓喜の声を上げた。

 

 二人が来てくれれば心強い。

 

 「遅いぞ、アオイ!」

 

 「俺は最初からいたよ!」

 

 軽口を叩きながら、カオスが敵機をビームライフルで誘導。

 

 それの合わせてアオイはアンヘルを撃ち込んで消し飛ばした。

 

 「少尉、大佐、援護に来ました」

 

 「スウェン、助かります。スティング、油断は禁物よ」

 

 「分かってるって!」

 

 戦場は完全に拮抗状態となっている。

 

 マクリーン派の部隊は想像以上に善戦していた。

 

 エレンシア、エクセリオンに加え、ストライクノワールとカオスが戦線に加わっているのも大きいだろう。

 

 此処までは順調だ。

 

 出来るだけ数を減らしておけば後続部隊が楽になる。

 

 あくまでもロゴス派が今戦っているのは先行部隊。

 

 すぐ後ろからは本隊、さらに後ろにはザフトが控えているのだ。

 

 そしてロゴス派はさらに不利な状況に陥る事になる。

 

 

 

 

 激戦が開始された『ウラノス』

 

 そこに二つの機影が近づいてくる。

 

 スレイプニルを装着したストライクフリーダムとインフィニットジャスティスである。

 

 「すでに戦闘は始まっているようですわね」

 

 「うん」

 

 アストも後で追いついてくる筈だ。

 

 ならばアークエンジェルが来るまでに数を減らす。

 

 「ラクス、僕達も行こう!」

 

 「はい!」

 

 二機が戦場に突入するとすべての砲門を構えて一斉に撃ち出した。

 

 スレイプニルから放たれた強力な砲撃で、ウラノスを守る部隊が一掃されていく。

 

 強力な砲撃を前にロゴス派は近づく事もできず、撃破されていった。

 

 

 

 

 部隊を圧倒してく二機の姿はアオイ達からも確認できた。

 

 「あれって、フリーダム?」

 

 オーブで見た機体とも形状が違う。

 

 あれも新型だろうか。

 

 「大佐、あれは―――」

 

 「こちらに攻撃を仕掛ける気がないなら放って置きなさい」

 

 今同盟と敵対する必要はない。

 

 目的を履き違えてはいけない。

 

 あくまでも目的はジブリールなのだから。

 

 「了解です」

 

 「チッ、借りを返そうと思ったのによ」

 

 ダガーLをドラグーンユニットで撃ち落としながらスティングが不満そうに呟いた。

 

 アオイはアンヘルで敵機を薙ぎ払いながら、苦笑する。

 

 気持ちは分からなくも無いけどアオイとしては助かるというのが正直な感想だった。

 

 彼らの参入により敵の戦力は分散しウラノスを守っていた部隊に穴が空いた。

 

 押し込んでいけば一気に突破できる。

 

 アオイは敵陣の突入するとアンヘルを両手に回転しながら撃ち放つ。

 

 周囲の敵を消し飛ばし正面の敵に攻撃を加えていった。

 

 

 

 

 外で行われている激闘の様子をジブリールは忌々しげに睨みつけていた。

 

 そもそも先程放ったレクイエムはプラント首都アプリリウスを落とす筈の一射。

 

 しかし目論みは外れた。

 

 中継地点のコロニーを撃破された事でプラントを破壊もできず、逆に攻め込まれているという現実が許せなかった。

 

 さらに同盟がここまで追ってくるとは。

 

 拳を握り締め、モニターを睨む。

 

 今すぐにでもレクイエムで薙ぎ払ってやりたいところだが、エネルギーチャージまでにはまだ時間が掛かる。

 

 それまでは絶対に持ちこたえなければならない。

 

 ならばもう残ったカードを切る他道は残されていなかった。

 

 ジブリールは憤りに任せて声を上げる。

 

 「おのれぇ! ロズベルク、『スカージ』の調整は!?」

 

 「今、完了しました。『アルゲス』の方も問題ありません」

 

 ヴァールトの報告に頷くとオペレーターに怒鳴りつける様に指示を出した。

 

 「すぐに出せ! デストロイもだ!!」

 

 「り、了解!」

 

 怒りの表情から一転してジブリールは口元に笑みを浮かべる。

 

 新型とデストロイ。

 

 これで時間を稼ぎ、レクイエムのチャージが完了すれば敵部隊すべて一掃できる。

 

 今度こそ奴らを―――デュランダルを討つのだ。

 

 ジブリールは拳を握り締め、ここにはいない宿敵を睨みつけた。

 

 

 

 

 二機のモビルスーツが高速で動きながらも交差し、激突しては弾け飛ぶ。

 

 暗い宇宙を裂くように何条もの閃光が放たれる。

 

 しかしそれが目標に当たることはない。

 

 操縦桿を強く握りしめ、ヴィートは歯を食いしばる。

 

 サタナキアは全身から光を放出し、光学残像を残しながらひたすらにイノセントの姿を追い続ける。

 

 「落ちろ!」

 

 高速移動しながらもI.S.システムによる感覚拡張。

 

 より精度を増した射撃でイノセントを狙い撃つ。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 しかし―――当たらない。

 

 当たらないのだ。

 

 完璧なタイミングでの射撃にも関わらず、イノセントを捉える事が出来ない。

 

 「くそォォ!!」

 

 加速するイノセントの背後からライフルで牽制し、シールドに仕込まれたビームショットガンを撃ち込んだ。

 

 だがそれも敵機を捉えるには至らない。

 

 まるで背後に目がついているのではと錯覚しそうになるほど放ったビームを鮮やかに回避していく。

 

 上下、左右。

 

 機体を振り動く敵機に連続で撃ち込んだ攻撃はかすりもしない。

 

 それどころか逆にシールドを背後に向け、内蔵されているビーム砲でサタナキアを牽制してくる。

 

 「チィ!」

 

 ビーム砲の一撃を避け、反撃しようと試みる。

 

 だがそれを見越していたかのように振り向いたイノセントがバズーカ砲を連続で撃ち込んできた。

 

 撃ち出された砲弾をヴィートは機関砲で破壊するが、目の前が爆煙で覆われ視界を塞いでしまう。

 

 「この隙に距離を詰める!」

 

 前に出ようとした次の瞬間、強力なビーム刃がサタナキアに襲いかかった。

 

 イノセントの背中から放出されたワイバーンⅡである。

 

 「アレを受けたらやられる!」

 

 ヴィートはビームシールドで斬撃を受け止めるが、勢いに押されて吹き飛ばされてしまう。

 

 「ちくしょうが!」

 

 今はこちらもI.S.システムを使用している。

 

 奴もSEEDを使っていたとしても、条件は互角の筈なのだ。

 

 にも拘わらずこちらの攻撃が当たらない。

 

 その姿にヴィートは思わず呆然としてしまう。

 

 「……くっ、これがカウンターコーディネイターの――――本物のSEEDの力」

 

 ヴィートは歯が砕けるのではというほど強く歯噛みしながら、イノセントを睨みつけた。

 

 「この、バケモノがァァァァァ!!!!」

 

 叫びながらもイノセントのビームをやり過ごしてビームサーベルを振り抜く。

 

 しかしイノセントには届かない。

 

 イノセントは光刃をシールドで受け止め、逆に斬艦刀バルムンクを振り上げ斬り返した。

 

 「そんなものに!!」

 

 斬艦刀を後退して避け切ると、再び光刃を構えて叩きつけた。

 

 それもビームシールドによって阻まれ、激しい光が二機を照らした。

 

 ヴィートはスラスターを吹かし、サーベルを押し込んでいく。

 

 「ヴィート!!」

 

 「うるさい!!」

 

 負けてたまるものかと歯を食いしばる。

 

 信頼して託してくれた議長や隊長の為にもイノセントだけは落とさねばならない。

 

 「聞く耳持たずか」

 

 イノセントとサタナキアは攻防を繰り返しながら睨みあう。

 

 「当然だな」

 

 憎まれるのは仕方ない。

 

 それはザフトに入った時から覚悟していた事だ。

 

 だが、それと今の状況は別。

 

 ジブリールをどうにかする方が先なのだ。

 

 「だがお前の相手は後だ」

 

 サーベルを力任せに突き付けてくるサタナキアを突き放し距離を取った。

 

 その時再びコックピットに警戒音が鳴り響く。

 

 「増援か!?」

 

 アストは別方向から放たれた攻撃を振り切る。

 

 だがそれを待ち構えていたように回り込んで来た翼を持つ機体が対艦刀を振りかぶってきた。

 

 振りかぶられたのはアロンダイト。

 

 イノセントの目の前にいたのは特徴的なオレンジ色の機体。

 

 アストはナーゲルリングを展開して対艦刀を受け止めると敵機から知っている者の声が聞こえてきた。

 

 「久ぶりだな、アレン」

 

 「ハイネ!?」

 

 ラボで目撃していたデスティニーの同型機に乗っていたのがハイネだったとは。

 

 驚くアストにハイネはいつも通りに声をかけてくる。

 

 「こんな形での再会は残念だけどな。けど手加減はしないぜ! まあお前相手にそんな事していたら俺がやられるだろうしな」

 

 ザフトで一緒に戦ってきたが故にアストの実力は良く分かっている。

 

 ハイネとしてもアストと戦いたくはないが、これも任務。

 

 仕方がいないとすでに割り切っていた。

 

 アストはこんな時だというのに口元に笑みを浮かべた。

 

 ハイネはどうやらいつも通りのようだ。

 

 だが声を掛ける間も無く、新たな敵が襲いかかってきた。

 

 アストはヴァンクールの対艦刀を弾き飛ばすと、背後からビーム刃を発生させた鎌を振るってきた機体を迎え撃つ。

 

 「速い!」

 

 シールドで攻撃を防ごうと前面に掲げるが、鎌の斬撃を防ぐ事が出来ずに刃が盾に食い込んでいく。

 

 「斬り裂かれる!?」

 

 シールドを横にずらし、刃を外側に向け弾き飛ばす。

 

 そして逆手にサーベルを抜き放ち新型に斬り付けた。

 

 だが敵機は鎌の持ち手を前に出し、予想以上の反応で光刃を止めてみせた。

 

 「流石だ、アレン。初見でこれを防ぐとはな」

 

 「今度はデュルクか!?」

 

 不味い。

 

 特務隊の隊長を任されるだけあって、デュルクの実力は本物だ。

 

 そこにハイネとヴィートが加われば流石にこちらも厳しい。

 

 舌打ちするアストの視界にヴィートのサタナキアがビームランチャーでこちらを狙っているのが見えた。

 

 さらにハイネのヴァンクールも背中の高エネルギー長射程ビーム砲を展開している。

 

 防御か、回避か―――

 

 防御に回れば動きが止まり、回避しても体勢が崩される。

 

 その隙をデュルクの新型が突いてくるだろう。

 

 「できるだけ手札を見せたくは無かったけどな」

 

 出し惜しみして撃墜されたら何にもならない。

 

 アストはデュルクから距離を取り、背中に装備されたフリージアを射出する。

 

 イノセントに周囲に展開されたフリージアが光のフィールドを発生させ、二機から放たれた砲撃を防いで見せた。

 

 「なっ!?」

 

 「あんな装備まであるのかよ」

 

 これでは遠距離での戦いでイノセントを落とすのは難しい。

 

 三機は仕切り直すつもりか、一旦距離を取りイノセントの前に並び立つ。

 

 アストはサタナキアとヴァンクールの中央にいるデュルクの機体を見た。

 

 ZGMFーX94S『アスタロス』

 

 ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。

 

 今までの対SEEDモビルスーツのデータを収集して開発された機体だが、パイロットであるデュルクの希望でI.S.システムは搭載されていない。

 

 代わりに特殊なOSを搭載。

 

 I.S.システムのデータから造られたこのOSが戦闘中に起動すると機体の反応が極端に上がる。

 

 そしてアルカンシェルの装甲を改良した全身を包むマントのような外装が展開され、凄まじい機動性を発揮できる。

 

 ただしシステム起動無しでも外装展開は可能でアンチビームシールドと同じ効果を持ち、防御力も高い。

 

 「落ちつけ、ヴィート」

 

 デュルクの声にヴィートはやや冷静になる。

 

 しかしそれでも―――

 

 「隊長、こいつは―――」

 

 「お前は特務隊だろう。ならば今すべき事はなんだ? 任務を果たす事ではないのか?」

 

 「くっ!」

 

 「ここは私とハイネでやる。お前はウラノスで任務を果たせ」

 

 「……了解」

 

 サタナキアは徐々に後退していくと反転してウラノスの方へ向っていく。

 

 それを見届けたデュルクは再びアストに声を掛けた。

 

 「アレン、一応聞く。ザフトに戻ってくる気は無いか?」

 

 「何?」

 

 「お前の実力を議長は高く評価している。もちろん私もだ」

 

 「悪いが俺はこれ以上、デュランダルに利用されるつもりは無い」

 

 「そう言うだろうな。ならば仕方ない、ここで消えて貰うぞ。敵になればお前は厄介な相手だ。ハイネ!」

 

 アスタロスが持った鎌からビーム刃を展開すると、ヴァンクールもアロンダイトを振りかぶってくる。

 

 左右から挟むように攻撃してくる二機にイノセントもフリージアを展開しつつ、斬艦刀を構えて迎え撃つ。

 

 お互いに振りかぶった斬撃が火花を散らし、遠距離からの攻撃はすべて動き回るフリージアによって防がれる。

 

 両者の戦いは拮抗状態になっていた。

 

 宇宙を照らす何条もの線が交差する。

 

 何時までも続くかと思われた戦いの中、状況を変える乱入者が現れた。

 

 鎌を振りかぶるアスタロスの進路を塞ぐように、攻撃が撃ち込まれた。

 

 「なんだ?」

 

 「増援か」

 

 戦いに飛び込んで来たのは宇宙用の装備『リンドブルム01』を装備したヴァナディスだった。

 

 『リンドブルム01』は前大戦で使用されたリンドブルムの改良型。

 

 セイレーン01と同じく火力よりも宇宙空間での機動性強化に重点が置かれ、トワイライトフリーダムに搭載されているアイギス・ドラグーンが装備されている。

 

 「アスト君!!」

 

 「レティシアさん!?」

 

 レティシアは背中のドラグーンを射出して、イノセントから引き離すように四方からビームを撃ち込む。

 

 「あの機体は報告にあった新型の一機か」

 

 「ドラグーン!?」

 

 縦横無尽に動き回るドラグーンからの射撃をデュルクとハイネはシールドで防ぎながら後退する。

 

 動き回るドラグーンを迎撃しようとライフルを撃ち出すが、巧みな動きを捉える事が出来ない。

 

 「厄介だな」

 

 「なら本体を狙えば!」

 

 ハイネは高エネルギー長射程ビーム砲を構えてヴァナディスに撃ち放った。

 

 これでドラグーンの操作は乱れる筈。

 

 しかし予想に反し敵機は避ける気配がない。

 

 ヴァナディスにビームが直撃する瞬間、射出されたアイギスドラグーンがフリージアと同じようなフィールドを張り、砲撃を弾き飛ばした。

 

 「あの機体もあんな装備があるのかよ!?」

 

 ハイネは加速をつけながら後退し、ドラグーンの射撃を回避していく。

 

 「レティシアさん、どうして?」

 

 「準備が整ったので、アークエンジェルも追ってきたんですよ。途中でイノセントが戦闘しているのを確認したので援護に来たんです」

 

 それだけ結構な時間をヴィートに足止めされていたという事だ。

 

 ではキラ達はとっくにウラノスの到着している。

 

 ヴィートを逃がしてしまったのは失敗だったかもしれない。

 

 「ではアークエンジェルは―――」

 

 「ウラノスの方へ向かいました」

 

 「分かりました。俺達も此処を突破してウラノスに向かいましょう」

 

 「はい!」

 

 イノセントはヴァナディスと連携を取りながら、ヴァンクールとアスタロスを突破する為に戦闘を開始した。

 

 

 

 

 『ウラノス』を舞台としたロゴス派と反ロゴス派の戦いは続いている。

 

 宇宙を無数のモビルスーツが飛び交い、破壊された機体が爆発して暗闇を照らす。

 

 当然反ロゴス派のガンダムも各々が奮戦。

 

 さらに後から参戦したストライクフリーダムとインフィニットジャスティスもスレイプニルの砲撃で部隊を撃破する。

 

 ウラノスの戦いは激しさを増していき、徐々にロゴス派の方が押され始めていた。

 

 「このままいける」と誰もが考え、攻撃部隊の勢いは増していく。

 

 しかしこのまま勝てるほど敵も甘くはなかった。

 

 ウラノスから大きな黒い巨体が数機、出撃してきたのだ。

 

 あの機体を知らぬ者はいない。

 

 都市部や反ロゴス派の部隊を壊滅状態まで追い込んだ破壊の化身『デストロイ』

 

 そしてその中央には新型のモビルアーマーらしき機体がいた。

 

 YMAG-X10D 『スカージ』

 

 地球軍ロゴス派が開発した大型モビルアーマー。

 

 デストロイのデータを基にし、強力な火器を装備しながらも機体後方に装備された大型高出力ブースターにより驚異的な加速性能を誇る。

 

 さらに側面に接近戦用の大型ビームブレイド、対艦ミサイルや中型のドラグーンを装備した死角の無い機体となっている。

 

 ただし並の人間に操縦できる機体ではなく、事実上のエクステンデット専用機となっている。

 

 そしてそれらの周りにはオーブから脱出したシグルドと一緒に見た事も無い機体もいた。

 

 GAT-05L 『アルゲス』

 

 ロゴス派がシグルドのデータを基に開発させた高性能量産機。

 

 ヴァールト・ロズベルクが入手してきたデータを参考に、ナチュラルでも操縦可能なように設計され強力な火器を装備。

 

 それと別にパイロットの意志で武装の変更も可能となっており、汎用性も高い。

 

 背中の高機動スラスターによって地上での飛行も可能だがストライカーパックは装備できない。

 

 シグルドのコックピットの中でカースは興味が無さそうに戦場を見つめた。

 

 いや、実際にこんな戦いに興味はない。

 

 此処にいるのはあくまでも義理のようなもの。

 

 そのままスカージに指示を飛ばした。

 

 「№Ⅵ、やれ」

 

 「はい、カース様」

 

 スカージのブースターが点火し、一気に加速すると戦場に突撃する。

 

 アオイは敵機を撃ち落としながら現れた新型機を睨みつけた。

 

 「ロゴス派の新型か」

 

 デストロイの火力は重々承知している。

 

 最初にアレを落としたのはアオイなのだ。

 

 勿論あの新型機も放置できない。

 

 どのような性能を持っているかは分からないが、この状況で出してくるくらいだ。

 

 余程、性能に自信があるのだろう。

 

 「大佐、デストロイとあの新型の相手は俺がします!」

 

 「少尉」

 

 「お願いします。行かせて下さい」

 

 「いいわ。ただし私も行きます。いくら少尉でも一人では厳しいでしょうから。スウェン、指揮を頼みます」

 

 「了解」

 

 エレンシアとエクセリオンはスラスターを噴射させると、動き出したデストロイとスカージに向かっていった。




今回でジブリール関して決着をつけるつもりでしたが、時間が無くまたもや中途半端なところで終わりです。すいません。後日また修正、加筆します。

機体紹介2、3更新しました。

アスタロスのイメージはデスサイズヘル、スカージはガデラーザですね。

カオス、ストライクノワール強化案はドロイデンさんのアイディアを、アルゲスは刀鍛冶さんのアイディアを参考にさせてもらいました。ありがとうございました。


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第48話  道化の幕引き

 

 

 

 ウラノスを舞台にしたロゴス派と反ロゴス派の最終決戦。

 

 互いの機体が鎬を削る中、二機のモビルスーツが戦場を駆け抜けていた。

 

 スレイプニルを装備したストライクフリーダムとインフィニットジャスティスである。

 

 キラはスレイプニルのブースターを噴射させ、機体を操作。

 

 砲撃で敵部隊を一掃するとその度に大きな爆発と共に閃光が生み出された。

 

 それに紛れスレイプニルを縦に装着したジャスティスが近接用ブレードを振るって敵機を斬り払っていく。

 

 ザフトの大型機動兵装ユニット『ミーティア』は戦艦に匹敵する火力を持った装備である。

 

 だが『ミーティア』を参考に開発された『スレイプニル』は対照的に火力こそ劣るものの、より対モビルスーツ戦闘に合わせた装備となっていた。

 

 特にラクスの近接戦技能をフルに発揮できるブレードは前大戦でも大きな戦果をあげており、並みのモビルスーツでは防ぐ事もままならない絶大な威力を持っている。

 

 順調に向ってくる敵部隊を駆逐しながら突き進んでいた二機は、ウラノスから出撃してきた新たな機影を発見した。

 

 「キラ、あれを」

 

 ラクスの示した方向にはデストロイを含めた新型機の部隊が展開されていた。

 

 その火力に物を言わせ、反ロゴス派の機体を次々と破壊している。

 

 「不味いね」

 

 当然キラもあの機体に関する事は知っている。

 

 アレは都市部を壊滅させるほどの火力を有している機体。

 

 早めに潰した方がいいだろう。

 

 「ラクス、敵部隊を迎撃しながら、僕達もデストロイの迎撃しよう」

 

 「はい」

 

 もうすぐアストやアークエンジェルも来る筈だ。

 

 それまでに新型を少しでも減らしておけば、作戦も進めやすくなる。

 

 二機はブースターを使い新型機部隊の迎撃に向かっていった。

 

 そしてキラ達がデストロイの迎撃に向かって、時間が立たない内に白亜の戦艦が戦場に到着した。

 

 

 

 

 準備を整えたアークエンジェルはようやくウラノスに到着していた。

 

 戦場はまさに大混戦といった状況。

 

 ロゴス派と反ロゴス派の機体が入り混じり激しい戦闘が繰り広げられている。

 

 さらに奥側にはシンにとって忘れる筈のない黒い巨体まで見えた。

 

 「すごい混戦になってますね」

 

 「ああ、しかも……デストロイまで」

 

 聞こえたマユの声にシンはリヴォルトデスティニーのコックピットに座ってモニターを睨んだ。

 

 シンにとってもあの機体は忌むべき存在だった。

 

 パイロットの事も含め、良い印象など無い。

 

 しかしここでデストロイが出撃している事は当然と言えば当然だった。

 

 ウラノスはロゴス派にとって最後の砦。

 

 ここでアレを出してこない理由はない。

 

 顔を歪めデストロイとは別の場所を見渡すと、そこには見覚えのある機体がいる事に気がついた。

 

 「あれって、アオイの」

 

 エクセリオンだ。

 

 両手にビーム砲を構えて敵部隊を次々と撃破し、デストロイの方へと向かっていた。

 

 いくらアオイでもあれだけの数の新型とデストロイの相手は厳しい筈だ。

 

 「坊主共、準備はいいか?」

 

 モニターに映ったムウに頷き返した。

 

 すでに機体のチェックは済んでいる為、いつでも出撃できる。

 

 隣に控えているトワイライトフリーダムも問題ないらしい。

 

 「あまり時間はないからな。各機出撃後、作戦通りに!」

 

 「「「了解!」」」

 

 「ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!」

 

 ハッチが開くと同時に黄金のモビルスーツが戦場に飛び出していった。

 

 カガリの乗機であったアカツキである。

 

 カガリ自身はオーブでの事後処理がある上に、パイロットとしてはブランクがある。

 

 しかしアカツキの性能は高く、このまま使わないというのは惜しい。

 

 出し惜しみする余裕も無いという事でムウに託され、戦場に再び投入される事になったのである。

 

 続くようにマユのトワイライトフリーダムが出撃するとシンもまた機体の最終チェックを行い、問題がない事を確認する。

 

 ここで必ずロゴスを―――ジブリールを倒す!

 

 「良し、いける! シン・アスカ、リヴォルトデスティニー、行きます!」

 

 デスティニーがアークエンジェルから宇宙に飛び出すと機体が色付き、戦場に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 その機体『スカージ』を見たアオイの感想は不気味。

 

 この一言に尽きるだろう。

 

 連合製のモビルアーマーを象徴するかのように大型。

 

 デストロイ程ではないにしろ、巨体である事は間違いない。

 

 少なくともザムザザーと同等程度はあるだろう。

 

 外見自体はシンプルであるが、設置されているデストロイと同じ砲身があの機体の火力の高さを物語っている。

 

 あれが危険な機体である事は間違いない。

 

 そのアオイの考えは当たっていた。

 

 「これより攻撃を開始します」

 

 スカージのコックピットに座った№Ⅵはフットペダルを踏み込み、ブースターを点火すると正面に向かって突っ込んだ。

 

 「何だあれは!?」

 

 「速い!」

 

 予想以上の速度に驚きと戸惑いで動きを止めたヴィヒターやウィンダムを尻目に砲門を開放すると、一斉に対艦ミサイルを撃ち出した。

 

 雨のように降りそそぐミサイルに誰もが対応できない。

 

 「うああああ」

 

 「数が、多すぎて―――ぐああああ!!」

 

 対艦ミサイルによって反ロゴス派の機体が次々に撃破されていく。

 

 さらにスカージは動きを止めない。

 

 側面に装備された大型ビームブレイドを展開して、攻撃を仕掛けようとしたヴィヒターを容易く撃破。

 

 上部に設置されているアウフプラール・ドライツェーンから発射された強力なビームの一撃に反ロゴス派の部隊はあっという間に巻き込まれ、消し飛ばされてしまった。

 

 あっという間の出来事に呆然としてしまう。

 

 あの機体は想像以上に危険だ。

 

 火力のみならず、高い機動性。

 

 脅威度でいえばデストロイを上回る。

 

 「くそっ! これ以上はやらせない!!」

 

 エクセリオンは巨大な機体にビームライフルを撃ち出した。

 

 だが次の瞬間、スカージは背後の高出力ブースターを点火すると一気に加速、ビームを振り切ってみせたのだ。

 

 「速度だけじゃない、反応も速い!」

 

 巨体に似合わず異常ともいえる速度で移動を開始するスカージ。

 

 さらにこちらに向ってアウフプラール・ドライツェーンの砲口を構えてくる。

 

 あれの直撃を受けたら撃破される。

 

 かといってシールドで防御すれば動きを止める事になる。

 

 そうなれば狙い撃ちにされるだけ。

 

 「動きを止めたら駄目だ」

 

 アオイは即座に上昇を決め、射線上からの離脱を図る。

 

 急上昇によるGが体に大きく負担を掛けるが構っていられない。

 

 エクセリオンが射線から離脱したと同時にアウフプラール・ドライツェーンの一撃が放たれる。

 

 凄まじい一撃が空間を焼き尽くしていった。

 

 「少尉!!」

 

 スカージの砲撃を回避して回り込んだルシアが高エネルギー収束ビーム砲を撃ち込もうと狙いを定める。

 

 しかしスカージは避ける気配もなく直進してきた。

 

 避けない?

 

 ルシアの疑問に答えるように№Ⅵは素早くコンソールを操作すると、下腹部側面の射出口が開放された。

 

 そこから無数の端末を射出、エレンシアを囲むように配置する。

 

 「ドラグーン!?」

 

 一斉に攻撃を開始するドラグーンにルシアは回避運動を取る。

 

 四方からの苛烈な射撃にルシアは焦る事無く、持前の直感と技量でかわしていく。

 

 しかし―――

 

 「数が多い!」

 

 操作しているのはエクステンデットだろう。

 

 ドラグーン操作に特化して強化されているのか、これだけの数を操り、しかも正確な射撃。

 

 非常に厄介だった。

 

 ラナシリーズ量産型エクステンデットの最大のメリット。

 

 それが特定の能力に特化した調整が可能という点だった。

 

 クローンで生み出された彼女達はオリジナルの能力の高さもあり、ある程度の強化を施せば他の分野に特化させる事ができる。

 

 もちろんすべてが成功する訳ではない。

 

 その分失敗作も多く造られた。

 

 それでも彼女達は換えがいくらでもきく。

 

 多少の失敗作も気にならない程度には便利な存在だったのである。

 

 現在スカージに搭乗している№Ⅵはドラグーンの操作に特化した調整を受けていた。

 

 初期のドラグーンであればこうは上手くいかなかっただろう。

 

 初期のドラグーンシステムは高い空間認識力を必要としていた特殊兵装だった。

 

 しかし最新のドラグーンシステムは量子インターフェイスの改良により、誰でも使用可能となっている。

 

 ただしそれでも使いこなすには相当の技量が必要とされる兵器だったが。

 

 その兵器を手足のように操り、エクセリオンとエレンシアを狙って攻撃を仕掛ける№Ⅵの実力は紛れもなく本物だ。

 

 ルシアは宇宙空間を動き回りながら、ライフルを構えてドラグーンを狙撃。

 

 ビームライフルの一射が的確にドラグーンを捉え、次々と撃ち落していく。

 

 無数に射出されたドラグーンを前に怯む事無く、捌いていく彼女の技量は流石の一言だろう。

 

 しかしスカージは二機に構う事無く先行部隊の方へ機首を向け、上下に開くと複列位相エネルギー砲『スーパースキュラ』を放出した。

 

 「不味い! 回避しろ!!」

 

 アオイの叫びも虚しく、眩いばかりの閃光に呑まれるように味方の機体が消え、後ろに控えていた戦艦も撃沈されてしまった。

 

 「くそ!」

 

 デストロイに引けを取らない上に、かなりの速度。

 

 それに加え側面にはビームブレードも装着され、接近戦も対応できる。

 

 付け入る隙があるとすれば、防御だろうか。

 

 あの機体はどうやら陽電子リフレクターを装備していないらしい。

 

 つまり攻撃を防御する手段を持っていないのだ。

 

 とはいえあの速度と多数のドラグーンを相手では攻撃を当てるだけでもかなり厄介なのだが。

 

 部隊を壊滅させたスかージは旋回、再び対艦ミサイルを撃ち込んできた。

 

 アオイとルシアは何とか迎撃するものの、ヴィヒターやウィンダムは巻き込まれ宇宙を照らす光の華へと変えられてしまう。

 

 そこに進撃してきたデストロイまで加わるとなれば―――

 

 「後手に回れば被害が増える一方だ」

 

 やはり一番厄介な相手を倒すべき。

 

 アオイはアンヘルを構えてスカージを狙い撃つ。

 

 強力な一射が周囲のドラグーンを薙ぎ払い、懐に飛び込もうと突撃した。

 

 撃ちかけられるビームの嵐をやり過ごしビームサーベルを振り抜いて斬りかかる。

 

 「はあああ!!」

 

 袈裟懸けに振り抜いた斬撃は確実にスカージを捉えた。

 

 しかしスカージは前方に加速し、直撃しようとした刃は掠めていく程度に留まってしまう。

 

 だが、それで仕留められると思うほどアオイも相手を舐めてはいない。

 

 今のをかわされるのも想定済みである。

 

 エクセリオンの攻撃をかわすため、前方に加速したスカージの正面に高エネルギー収束ビーム砲を構えたエレンシアが待ち構えていた。

 

 「これで落と―――ッ!?」

 

 ターゲットをロックし、トリガーを引こうとした瞬間、ルシアの直感が警鐘を鳴らす。

 

 それに従い機体を引くと、エレンシアのいた空間を上方からのビームが薙いでいった。

 

 連続で叩き込まれる射撃は正確無比。

 

 微細な操作で回避しながら、ビーム砲を上に向け、射撃する。

 

 しかし放たれた強力な一射を敵機は背中の高機動スラスターを使って回避した。

 

 ルシアは舌打ちしながら、仕掛けてきた敵機を睨んだ。

 

 攻撃を仕掛けてきたのはカースの乗るシグルドであった。

 

 スカージを守る様にエレンシアを引き離す。

 

 「悪いがスカージをやらせる訳にはいかない」

 

 カースはビームクロウを抜き、エレンシアに斬りかかる。

 

 「邪魔よ!!」

 

 ビームクロウの一撃を受け止め、ルシアもネイリングで斬り返した。

 

 だがカースは斬り合うつもりはないのか、すぐにビームライフルとヒュドラを撃ち込んで後退を図る。

 

 カースはこの戦闘でまともに戦うつもりは毛頭なかった。

 

 理由はもちろんいくつかある。

 

 その一つがシグルドと敵機の単純な性能差だった。

 

 シグルドは核動力を使用している分、そこらの量産機を上回る性能を持っている。

 

 しかしそれでも三年前の機体だ。

 

 最新型の機体を相手にまともに打ち合える筈はない。

 

 カースとしては自惚れで死ぬ気はさらさらなかったのである。

 

 ましてやこんな戦場ではやる気も出ない。

 

 エレンシアを砲撃でビームライフルを破壊されつつも、距離を取った。

 

 やはり性能差がある分、不利。

 

 パイロットの技量も高い。

 

 カースは防御に徹しつつ、敵機を引きつけながらカースは指示を飛ばす。

 

 「チッ、鬱陶しい。アルゲス部隊、攻撃開始しろ」

 

 カースの声に合わせ、デストロイの背後に控えていたアルゲスが動き出した。

 

 アルゲスは形状がシグルドの面影を持ちながらも、頭部などはダガー系の面影がある。

 

 背中のスラスターを噴射させながら、長距離エネルギービーム砲『アイガイオン』で攻撃してくる。

 

 ドラグーンや何条ものビームを捌きつつ、アオイはアルゲスを観察する。

 

 性能的にはこちら側のヴィヒターと同等くらいだろうか。

 

 違いがあるとすれば、機動性。

 

 火力はアルゲスの方が上だが、機動性は変形機構を持つヴィヒターの方に軍配が上がる。

 

 アオイはビームシールドで砲撃を防ぎつつ、懐に飛び込みサーベルでアルゲスを斬り裂いた。

 

 さらにアンヘルを側面に射撃し、デストロイの頭部を撃ち抜いて吹き飛ばした。

 

 「手が足りない」

 

 それが今の状況だった。

 

 スウェンやスティングはスカージの攻撃により瓦解しかけた部隊を立て直す為、敵部隊を迎撃するので精一杯だろう。

 

 スウェン達が援護に来られない状況でこの程度の負担で済んでいるのは、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの二機がいるからだ。

 

 あの二機がデストロイを含め、多くの敵機を迎撃しているから、体勢を立て直す事が出来るのである。

 

 だがそれが何時まで持つか。

 

 「くそっ!」

 

 五連装スプリットビームガンを潜り抜け、サーベルで斬り捨てながらバスーカを構えるアルゲスをマシンキャノンで牽制する。

 

 徐々に押し返されていく反ロゴス派。

 

 

 しかしそこから誰もが予想すらしなかった援軍が現れる。

 

 

 それに最初に気がついたのはルシアだった。

 

 馴染み深いあの感覚が全身に走ったのである。

 

 「これは、まさか!?」

 

 彼が来ている!?

 

 シグルドの攻撃を捌きながら感じ取った方向を見た。

 

 デストロイのツォーンmk2に巻き込まれそうになった反ロゴス派の部隊を守る様に黄金の機体が射線上に割って入ると、強力なビームを弾き返した。

 

 「あれは、オーブにいた機体!?」

 

 戦場に現れたのはあまりに特徴的な黄金のモビルスーツ、アカツキだった。

 

 弾かれたビームは巨体を撃ち抜き、穴を穿つ。

 

 そこに翼を広げた二機のモビルスーツが剣を構えて突撃。

 

 胴体を十字に斬り裂いた。

 

 デストロイが爆散して発生した爆煙の中から姿を見せたのは、リヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダム。

 

 「マユ、あのデカ物には接近戦だ!」

 

 デストロイの弱点は今までの戦闘や手に入っている情報ですでに把握済みだ。

 

 「了解! 行って、アイギス!!」

 

 トワイライトフリーダムの背中から射出された、アイギスドラグーンが他の機体を守る様に光のフィールドを展開する。

 

 それによって一斉に撃ち込まれたスーパースキュラの砲撃をすべて弾き飛ばした。

 

 「やるねぇ、お嬢ちゃん。俺も負けてられないでしょ!」

 

 ムウはビームライフルでアルゲスを狙撃しながら背中に装備された宇宙戦装備シラヌイの誘導機動ビーム砲塔を射出する。

 

 周りにいるアルゲスをまとめて四方から狙い撃ちにして腕や足、胴体を同時に破壊、撃破していく。

 

 流石エンデュミオンの鷹といったところ。

 

 卓越したドラグーンの動きで敵に全く対応する隙を与えない。

 

 そして続くようにリヴォルトデスティニーが翼を広げ、コールブランドで斬りかかる。

 

 「はあああああ!!」

 

 光学残像を伴い、ビームを掻い潜りデストロイを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 刃がデストロイの装甲を抉りながら斬り裂くと火を噴き爆散した。

 

 それを見たアオイは反撃のチャンスと判断して、一気に押し返そうと攻勢に出た。

 

 「少尉、これを!」

 

 シグルドと交戦しているルシアから投げ渡されたのはネイリングだった。

 

 確かにビームサーベルよりはデストロイには有効かもしれない。

 

 「ありがとうございます、大佐!!」

 

 ここが状況を変える最大の好機!

 

 だがそれはロゴス派も同じく分かっている事だった。

 

 「同盟軍」

 

 敵部隊を迎撃していた№Ⅵは戦場に介入してきたシン達の方を見る。

 

 №Ⅵも同盟軍の事はデータで把握していた。

 

 最初に現れたフリーダムやジャスティスも含め危険な存在であると。

 

 だが今回命じられていたのは、あくまでも反ロゴス派の機体を優先して迎撃する事だ。

 

 それにカースからはフリーダムやジャスティスには絶対に手を出すなと言い含められている。

 

 しかしここで彼らを放置しておけばこちらが押し返されてしまう可能性が高くなる。

 

 №Ⅵは一瞬判断に迷う。

 

 その瞬間―――コックピットに警戒音が鳴り響いた。

 

 「上!?」

 

 №Ⅵが上を向くと、戦いは避ける様に言われていたストライクフリーダムとインフィニットジャスティスが上方から突っ込んで来た。

 

 スレイプニルから放たれた砲撃を前方に加速して回避すると№Ⅵは覚悟を決める。

 

 これでは戦闘は避けられないし、命令違反にはならない。

 

 機体を加速させながら、ドラグーンを射出して迎撃を開始した。

 

 予想よりも遥かに多いドラグーンの数にキラは舌打ちしながら、スラスターを逆噴射。

 

 網の目のように交差する閃光を回避すると両手にビームライフルを構えた。

 

 銃口から放たれたビームが正確にドラグーンを射抜いて行く。

 

 「キラ、私が本体を!!」

 

 ドラグーンからの射撃を振り切る様に逃れたラクスはスレイプニルのビーム砲でスカージ本体を狙う。

 

 しかし、それに気がついた№Ⅵは即座に機体を傾け、ラクスが放ったビーム砲をやり過ごした。

 

 だがスレイプニルの砲撃は強力だ。

 

 当然無傷とまでは行かずスカージの装甲が剥がされ、コックピットに警告音が鳴り響く。

 

 だが№Ⅵは怯む事はない。

 

 インフィニットジャスティスに向け対艦ミサイルを、その直後にドラグーンを射出する。

 

 「くっ!?」

 

 ラクスは対艦ミサイルを迎撃するが、側面に回り込んだドラグーンがインフィニットジャスティスに襲いかかった。

 

 ミサイルとドラグーンの波状攻撃。

 

 すべてを避け切れず、左側のビーム砲が破壊されてしまう。

 

 「きゃああ!」

 

 「ラクス!?」

 

 スレイプニルは一部損傷したが戦闘には問題ない。

 

 本体にも傷はない。

 

 あれなら大丈夫だ。

 

 敵機の注意を引きつけるためにキラはここで前に出た。

 

 「ラクス、僕があいつを引きつける! その間に!!」

 

 「わかりました!」

 

 無数に襲いかかるドラグーンの群れにビームライフルで狙撃。

 

 さらにカリドゥス複相ビーム砲で吹き飛ばす。

 

 「これ以上は!!」

 

 サーベルを抜き正面からの攻撃を斬り払い、ドラグーンを捌いていく。

 

 「突っ込んでくる?」

 

 №Ⅵはストライクフリーダムに目を見開いた。

 

 無謀な特攻という訳ではない。

 

 アレだけの数を相手に全く怯む事無く応戦してくる。

 

 囲むように展開しているドラグーンをすべて薙ぎ払いながらだ。

 

 ようやく№Ⅵは同盟軍の脅威を実感できた。

 

 奴らはやはり危険であると。

 

 ドラグーンをストライクフリーダムに向かわせようとした瞬間、再び警報が鳴り響いた。

 

 「なっ!?」

 

 スカージの下方から突っ込んで来たのは、傷ついたスレイプニルを装着したインフィニットジャスティスであった。

 

 あんな状態でまだ戦うつもりなのか。

 

 侮られたように感じた№Ⅵは初めて感じる怒りと共に艦首をそちらに向けスーパースキュラで迎撃する。

 

 だがラクスは避ける事無くそのまま閃光の中に突入した。

 

 「避けない?」

 

 スーパースキュラの一撃をインフィニットジャスティスはビームシールドで防御しながらスラスターを吹かし、突っ込んでいく。

 

 「はああああ!!!」

 

 シールドで守られた機体は無事である。

 

 しかしスレイプニルはそうはいかない。

 

 装着していた装備はビームに巻き込まれ、爆発を起こす。

 

 ラクスは破壊される直前にスレイプニルをパージすると、爆発に押し出される様にスカージの懐に飛び込んだ。

 

 「しまっ―――」

 

 「これで!」

 

 唯一無事だった装備、近接戦用ブレードでスカージの側面に突き刺すと横薙ぎに斬り払う。

 

 斬り裂かれ、損傷した部分から火を噴き爆発を起こした。

 

 「損傷自体は大した事は無い。だが……」

 

 ドラグーンのコントロールシステムが一部がショートしてしまった。

 

 これではこの二機相手には―――

 

 一瞬の思案。

 

 その隙を突くように今度は上方からストライクフリーダムの砲撃が襲いかかる。

 

 何条もの閃光がスカージの機体を射抜き、凄まじいまでの衝撃が№Ⅵに襲いかかった。

 

 「きゃああああ!!」

 

 コックピットの警戒音は止まらず、コンソールの一部も破損している。

 

 スラスターは生き残っているが、武装は使えず、もう戦う事は出来ない。

 

 ここまでだろう。

 

 機密保持の為に自爆を決断する。

 

 だが―――

 

 

 

 「二時方向へ離脱しろ!」

 

 

 

 聞いた事も無い声が、彼女を救った。

 

 スカージに止めを刺そうとしたキラに円弧を描きながらビーム刃が迫る。

 

 咄嗟の反応で機体を引き、投げつけられた刃を回避した。

 

 「あれは!?」

 

 距離を取ったストライクフリーダムの前に立ちふさがっていたのは、ダークブルーの機体サタナキアだった。

 

 戦場に駆けつけたヴィートは周囲を見渡し即座に状況を把握する。

 

 そこには彼らの目標である、アオイ・ミナトの機体も確認できた。

 

 だが今は任された任務が優先。

 

 でなければアストとの戦いを放棄してきた意味がない。

 

 今回の任務自体が不服ではあったが、任務は任務だ。

 

 命じられた仕事は確実にこなす。

 

 アオイ・ミナトに関する事はその後だ。

 

 彼に任せれていたのは地球軍新型モビルアーマー『スカージ』を無事保護する事。

 

 パイロットもこちら側の人間だと聞いている。

 

 「聞こえているな。早く離脱しろ」

 

 №Ⅵは突然の事に対処できない。

 

 何故ザフトが自分を助ける?

 

 だがそんな疑問も通信機から聞こえてきたカースの声でかき消えた。

 

 「№Ⅵ、その機体に従え。命令だ」

 

 「……了解しました、カース様」

 

 スカージは生き残ったスラスターを使い、反転すると指示された方向に離脱した。

 

 「逃げる!?」

 

 「キラ、追撃を―――」

 

 スカージを追おうとしたキラ達の前にサタナキアが立ちふさがる。

 

 「不本意ではあるが、お前らの相手は俺だ!」

 

 ヴィートはアガリアレプトを構えるとI.S.システムを作動させ、二機のガンダムに斬りかかっていった。

 

 

 

 

 スカージの撤退したと同じ頃、シン達も残った敵部隊とデストロイに対して一気に攻勢に出ていた。

 

 「はあああああ!!!」

 

 シンは光学残像で敵機を幻惑しながらコールブランドでデストロイの腕を袈裟掛けに斬り裂いた。

 

 だがデストロイは腕を破壊されても尚、動きを止めずスーパースキュラを放とうと胸部光を集めていく。

 

 だが構わない。

 

 避ける素振りも見せず、リヴォルトデスティニーは次の敵に向かって刃を振るう。

 

 そんなシンを狙いスーパースキュラが放たれた。

 

 強力なビームの奔流がリヴォルトデスティニーに迫る。

 

 しかしその前に光のフィールドが守る様に張られ、ビームを弾いた。

 

 トワイライトフリーダムのアイギスドラグーンである。

 

 「ありがと、マユ!」

 

 「油断しないでください、兄さん!」

 

 マユはシンが攻撃に集中できるようにアイギスドラグーンで援護しつつ、自身もまた斬艦刀シンフォニアでデストロイを背後から突き刺し、斬り払った。

 

 シンとマユの二人がデストロイを引きつけているおかげか、反ロゴス派の部隊は後退できた。

 

 追撃しようとしているアルゲスはすべてアカツキが抑えていた。

 

 そして別方向にいたアオイも撃ちかけられるビームの嵐を潜り抜け、ネイリングを振るってデストロイを撃破する。

 

 今度は側面からアルゲスのスキュラがエクセリオンを狙って放たれる。

 

 アオイが回避しようとした瞬間、再び機体の方が先に動いたような錯覚を覚えた。

 

 何の淀みも無くスキュラの砲撃を避けたエクセリオンはシールドに内蔵されているビームガンで、アルゲスのコックピットを撃ち撃破する。

 

 アオイは驚いていた。

 

 別に敵の事ではない。

 

 此処に来てエクセリオンの反応がさらに上がってきている。

 

 「何なんだ、この機体は?」

 

 確かに今までもこんな感覚を覚えた事は多々あった。

 

 お陰で敵を撃退出来た事もある。

 

 おそらくは搭載されているW.S.システムの影響だろう。

 

 アオイは若干感じた不気味さを押し殺し、残ったデストロイに向かって突撃する。

 

 「うおおおお!!」

 

 突撃したエクセリオンにスーパースキュラが発射されるが、アオイは速度を緩めない。

 

 ビームの奔流をシールドで受け流し、コックピットをネイリングで突き刺した。

 

 その傷跡にビーム砲を突き付け、発射。

 

 撃ち抜かれた巨体は崩れ落ち、爆散した。

 

 殆どのデストロイは破壊された。

 

 残りは僅かだ。

 

 これらが撃破されていくのも時間の問題だろう。

 

 さらにアルゲスはアカツキによって撃破され、フェ―ルウィンダムやダガーLの部隊はカオスやストライクノワールによって押し返されている。

 

 その様子をウラノスの指令室から見ていたジブリ―ルは思わず後ずさる。

 

 まさか切り札の一つであったスカージまで戦闘不能に追い込まれるとは。

 

 新型のアルゲス部隊が壊滅するのも、時間の問題。

 

 ならば―――

 

 「レクイエムは!?」

 

 「は?」

 

 「レクイエムのチャージは!? どうなってる!?」

 

 ジブリ―ルの剣幕に怯えながらもオペレーターが報告する。

 

 「げ、現在、エネルギーチャージ60%です」

 

 「それなら撃てる! レクイエム発射しろ!!」

 

 敵をすべて薙ぎ払えば、いくらでも態勢を立て直せる。

 

 そう考えてジブリ―ルが指示を飛ばす。

 

 しかしここでまた彼の計算外の事態が起こった。

 

 「これは……レクイエムに近づいている熱源あり! 敵モビルスーツです!!」

 

 「なんだとぉ!!」

 

 モニターに映っていたのは部隊を撃破しながら近づいてくるシークェルエクリプスだった。

 

 「作戦通り、敵が要塞から引き離されてる。これなら問題ない!」

 

 これが最初からの同盟の作戦だった。

 

 中継地点のコロニーを破壊したミネルバは戦場付近に待機。

 

 敵部隊が要塞から出撃し守りが薄くなったタイミングを見計らってウラノスに接近。

 

 要塞に侵入したルナマリアがレクイエムを破壊するというものだった。

 

 今ミネルバはザフトに見つからないようミラージュ・コロイドで姿を隠している。

 

 とはいえ長時間の展開は無理なので、急いで決着をつけなければ。

 

 エッケザックスを振るい、敵機を撃破したエクリプスは要塞内部に突入した。

 

 ウラノス内部の構造はディアッカ達から情報を得ている。

 

 ビームライフルで隔壁を吹き飛ばしながら突き進んでいくと、目的の場所を発見した。

 

 レクイエムのコントロールルームだ。

 

 「見つけた!!」

 

 バロールを腰だめに構え、砲弾を撃ち出すとコントロールルームに直撃し、吹き飛ばした。

 

 「このまま離脱する!」

 

 エクリプスは外に飛び出すと、隔壁が開き解放されたレクイエムの砲身に向け、サーベラスを叩き込む。

 

 ビームに貫かれたレクイエムは大きな爆発を引き起こし、破壊された。

 

 レクイエムの爆発に巻き込まれたウラノスは火を吹き、所々で爆発を引き起こす。

 

 これでウラノスは陥落した。

 

 ロゴス派ももう兵力は残っていないだろうし、戦闘も終息するだろう。

 

 ルナマリアは周囲を警戒しつつ、ミネルバに帰還する為、反転した。

 

 

 

 

 炎に包まれた要塞。

 

 切り札であるレクイエムは破壊され、戦力もほとんど残っていない。

 

 もはやウラノスの陥落に疑いの余地は無く、ロゴス派の敗北は確定的であった。

 

 だがそんな中でもただ一人未だ諦めていない人物がいた。

 

 言うまでも無い、ジブリールである。

 

 息を切らせながら、格納庫に向かって走っていく。

 

 「くそ! くそ!!」

 

 脱出して行き場など無い。

 

 しかしそれでも彼は諦めない。

 

 奴に―――デュランダルに屈辱を晴らすまでは、決して捕まる訳にはいかないのだから。

 

 爆発によって起こる火を避けつつ、辿りついた格納庫で待っていたのは指令室からいなくなっていた、ヴァールト・ロズベルクだった。

 

 宇宙服を着て、待ち構えるようにこちらを見ている。

 

 本当なら自分を置いていった彼に怒りの感情を向ける所だが、ジブリ―ルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 おそらく脱出の準備を整えていたのだろう。

 

 「ロズベルク、脱出の準備は整っているな!」

 

 だがヴァールトは呆れたように首を振った。

 

 そして懐から銃を取りだすとジブリ―ルに突き付けた。

 

 「どういうつもりだ、貴様!?」

 

 「まったく、この期に及んで呆れたものだな、ジブリ―ル。往生際が悪いというか。……アズラエルはもう少し賢かった」

 

 「アズラエルだと!?」

 

 何故彼が前ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルを知っているのだ?

 

 ヴァールト・ロズベルクにアズラエルとの接点は無かった筈だ。

 

 するとヴァールトは自分の頭に手を当てると、髪の毛を引っ張った。

 

 茶髪の髪の毛が取れ、特徴的な黒髪が見える。

 

 さらに目に指を当て、碧眼のコンタクトを取った。

 

 その姿にジブリールは思わず驚愕の声を上げた。

 

 「な、なんだと、貴様は―――デュランダル?」

 

 ジブリ―ルの目の前には自身の宿敵ギルバート・デュランダルが佇んでいたのである。

 

 正確にはジブリ―ルの前に居たのはデュランダルではなく、クロードだったのだが。

 

 それを彼が知る由も無い。

 

 「本当ならこのまま脱出した君を撃墜して、終わりでも良かったのだが。最後に言っておきたい事があってね」

 

 声まで同じだ。

 

 今まで声も変えていたという事だろう。

 

 しかしジブリールはそんな事は全く気にしていない。

 

 血がにじむ程、強く拳を握りクロードを睨みつける。

 

 「言いたい事だとぉ!!」

 

 「ああ。君は実に良い協力者だったよ。感謝しよう。ありがとう、ジブリ―ル。そして―――さようならだ」

 

 そこでようやく自分は奴に利用されていたのだと気がついたジブリールは激昂して、状況も忘れ殴りかかった。

 

 

 「デュランダルゥゥゥゥ!!!!」

 

 

 だがその拳は届く事無く―――撃ち出された銃弾はジブリ―ルの眉間を正確に射抜いた。

 

 ジブリ―ルは屈辱に塗れた表情のまま、頭から血を撒き散らし、炎に巻き込まれて消えていった。

 

 クロードはすぐに興味を無くしたように踵を返すと、丁度迎えが格納庫に到着していた。

 

 カースのシグルドである。

 

 結構な損傷具合から見て余程の敵と戦ったらしい。

 

 所々が破壊されているが、離脱する分には問題ないだろう。

 

 「終わったのか?」

 

 コックピットから顔を出したカースがそう訊ねてくる。

 

 「ああ、そちらは?」

 

 「問題ない。『スカージ』も回収したと報告が入った」

 

 「そうか、ならば戻ろう」

 

 クロードはシグルドのコックピットに乗り込むとウラノスから離脱していった。

 

 

 

 

 ハイネのヴァンクールは速度を上げ、ドラグーンから撃ち掛けられるビームを振り切る。

 

 「たく、正確な射撃に緻密なコントロール。大したパイロットだな!」

 

 高速で移動する砲台を撃ち落とす、技能はハイネにはない。

 

 故にドラグーンと相対する上で出来る対処方は精々囲まれないようにすることくらいだ。

 

 「埒が明かない。本体を狙わせてもらうぜ!」

 

 ハイネはドラグーンを操作していえるヴァナディスに向け、高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち出す。

 

 しかし予測済みの攻撃だったのかアイギスドラグーンによって阻まれてしまう。

 

 「チッ、やっぱ駄目か!」

 

 遠距離からの攻撃ではヴァナディスのアイギスドラグーンのフィールドを突破できない。

 

 かといって接近戦を挑みたくとも周囲のドラグーンが邪魔で近づけない。

 

 しかもこのパイロットが接近戦が弱い訳ではない。

 

 むしろ隙が見つからず、困っているくらいである。

 

 対艦刀を持って挑めば、向こうも斬艦刀を持って応戦してくるという厄介さだ。

 

 「此処までのパイロットが同盟にいるとはな!」

 

 ハイネはさらに機体の速度を上げ、アロンダイトを下段に構えて斬りかかる。

 

 当然ただ突っ込んでいく訳ではない。

 

 途中でフラッシュエッジを投擲していた。

 

 フラッシュエッジの反対方向に回り込み、左右から挟むようにヴァナディスに襲いかかる。

 

 「なるほど、良い攻撃ですね。しかしそんなもので!!」

 

 ヴァナディスはヴァンクールの方に向き、アインヘリヤルを構えた。

 

 背後にフラッシュエッジが迫る。

 

 しかしレティシアは直撃する直前に上昇し、ブーメランをかわして見せた。

 

 「なっ!?」

 

 そうなればハイネの前にフラッシュエッジが現れる形になってしまう。

 

 直前まで迫った刃を避け切れない。

 

 「チッ!」

 

 シールドで弾き飛ばすが、その隙にヴァナディスはアインヘリアルを振り下ろしてきた。

 

 手の甲から発生させた光の盾で刃を受け止めると、ハイネはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「マジで強いねぇ! けどこっちも負けてられないんだよ!!」

 

 アロンダイトを構え、ヴァナディスに向かって振りかぶった。

 

 そしてその直ぐ傍でアスタロスとイノセントの戦闘が続いていた。

 

 速度を乗せた斬艦刀の一振り。

 

 それを鎌で受け止めたアスタロスとイノセントは鍔ぜり合って、弾け飛ぶ。

 

 アスタロスはデュルクの技量と相まって非常に手強い。

 

 特に近接戦闘は明らかにこちらが不利だ。

 

 特にあの鎌『ネビロス』の直撃を受ければアンチビームシールドであっても容易く斬り裂かれてしまう。

 

 だが遠距離戦ではビームシールドを持っているアスタロスに致命的な損傷を与えるのは難しい。

 

 となればリスクはあれど、接近戦しかない。

 

 アストはフリージアを展開しながらアスタロスに『アガートラム』を放つ。

 

 そして同時に背後に回り込みバルムンクを横薙ぎに叩きつけた。

 

 しかしそんな動きすら読んでいたようにデュルクは逆手で対艦刀アガリアレプトを抜きイノセントに突きつけた。

 

 「なっ!?」

 

 眼前に迫る対艦刀を傷ついたアンチビームシールドで切っ先を逸らす。

 

 もう役に立たないと判断したアストは躊躇う事無くシールドを投棄。

 

 残った左手でサーベルを抜き、上段から振り下ろした。

 

 「流石、議長が認めるだけはある」

 

 デュルクは機体を半回転させ、ネビロスの持ち手を斜めに構えてサーベルを受け止める。

 

 「強い」

 

 それが偽りないデュルクに対する評価だった。

 

 しかし不意を突いた攻撃にすら反応してくるとは。

 

 もちろんそれにはカラクリがある。

 

 アスタロスには特殊なOSが搭載されていた。

 

 I.S.システムのデータから造られたこのOSが戦闘中に起動すると機体の反応が極端に上がる。

 

 同時にアルカンシェルの装甲を改良した全身を包むマントのような外装が展開され、凄まじい機動性を発揮できるのである。

 

 「さて―――ん?」

 

 どうイノセントを落とすかを考えていたデュルクに通信が入ってきた。

 

 内容は非常に単純で『ウラノス陥落』。

 

 ジブリ―ルも死亡したらしい。

 

 ならばここでの戦闘に意味は無い。

 

 「ハイネ、戦闘は終わりだ。退くぞ」

 

 「了解」

 

 ヴァナディスを引き離したヴァンクールは即座に反転、離脱する。

 

 それに合わせ、アスタロスもまたイノセントから離れていく。

 

 「待て! デュランダルは何をしようとしている!?」

 

 「私がそれを言うと思うか? だが、すぐに分かる」

 

 向こうが撤退したのはウラノスでの戦いに決着がついたという事だろう。

 

 「アスト君、大丈夫ですか?」

 

 「ええ、レティシアさんは?」

 

 「私も大丈夫です」

 

 あの二人を相手にしては新装備とレティシアが来てくれなかったら厳しかったかもしれない。

 

 しかしデュルクの言葉が気になる。

 

 彼はもうじき分かると言っていたが―――

 

 余計な考えを振り捨てるように頭を振るとアストは深くシートに座り込んだ。



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第49話  開示

 

 

 

 

 ザフト機動要塞『メサイア』

 

 現在ここは慌ただしい喧騒に包まれていた。

 

 皆が忙しなく動き回っているが、聞こえてくる声は心なしか弾んでおり、表情も明るい。

 

 それも当然だった。

 

 ロゴス最後の砦であった宇宙要塞『ウラノス』の陥落。

 

 そしてロゴス最後の一人、ロード・ジブリ―ルの死亡。

 

 これによって戦いは終わり、戦争は終結したも同然。

 

 笑みが零れない方がおかしい。

 

 そんな中、指令室で報告を受けていたデュランダルもまた笑みを浮かべていた。

 

 だが彼が笑みを浮かべていたのは、皆とは全く違う理由であった。

 

 手元の端末のデータを読み取っていると、白い制服を纏ったヘレンが入室してくる。

 

 「議長、ただいま到着いたしました」

 

 「やあ、ご苦労だったね、ヘレン」

 

 この場で話すには些か憚られる事もある。

 

 デュランダルは立ち上がり、側近の一人にこの場を任せるとヘレンを伴って自身の部屋に向かった。

 

 「そのご様子ですと、ウラノスの方は上手く行ったようですね」

 

 部屋に入ったデュランダルは自身の椅子に座るとヘレンに状況を説明する為に端末のスイッチを入れ、モニターにデータを表示する。

 

 「概ね予定通りだよ」

 

 ウラノス攻略戦はほぼデュランダルが思い描いた通りに事が運んだと言っていい。

 

 反ロゴス、つまりはマクリーン派が前面に出てウラノスに侵攻した。

 

 それにより彼らはレクイエムやデストロイなどの攻撃を真正面から受け、手痛い損害を被った。

 

 これで地球軍の戦力はかなり削られた事になる。

 

 仮にだが反ロゴス派が追い込まれたとしても、保険としてアストロス、サタナキア、ヴァンクールの三機を戦場に投入していた。

 

 彼らならば十分ウラノスの戦力を押し返せただろう。

 

 結局そこまで追い込まれる事無く決着はつき、杞憂に終わったのだが。

 

 そして戦闘の結果、ジブリールは死亡し、ロゴスは壊滅状態。

 

 概ね準備はこれで整った事になる。

 

 誤算があったとすれば、やはり同盟の存在だろう。

 

 同盟が介入してくる事、自体は想定内だった。

 

 だが彼らによってレクイエムを破壊されてしまった事は誤算であった。

 

 あれはこちら側で確保し、この先の為に使うつもりだったのだ。

 

 それが完膚なきまでに破壊されてしまった。

 

 修復も不可能という事なのだが、それでもやりようはある。

 

 そして問題は最大、最後の敵――――テタルトス。

 

 今回の戦争において地球軍は半ば分裂状態でかつて程の物量は無い。

 

 精強な戦力を持つ同盟軍も戦いに引きずり込み、ずいぶん戦力を削った。

 

 だがテタルトスは別だ。

 

 何度かの遭遇戦や小競り合いで戦いこそ起こったが、結局戦力を削るには至っていな

い。

 

 そのため現在でも彼らは十分に余力を残した状態であった。

 

 何度か彼らを戦いに引き込もうと策を講じたが、すべて水際で対処されてしまっている。

 

 「流石は『宇宙の守護者』エドガー・ブランデルと言ったところかな」

 

 ともかくこれから始める事の最大の障害はテタルトス―――ユリウス・ヴァリスで間違いない。

 

 ヘレンと状況確認を行っている最中に執務室に入ってきた者がいた。

 

 一人は長い黒髪とサングラスで顔を隠し、もう一人は不気味な仮面をつけている。

 

 部屋に入ってきたのはカース―――いや、シオンとクロードであった。

 

 「……失礼します、議長」

 

 「やあ、良く戻ったね。シオン、クロード、御苦労だった」

 

 思えば彼らこそがデュランダルの先兵と言ってもいい。

 

 デュランダル達の目的を達成させるにはいくつか必要な物があった。

 

 その内の一つは権力。

 

 プラントを動かす為の力。

 

 まずはこれがなければ話にならなかった。

 

 その為に前大戦から地道に力を蓄える事を優先。

 

 危険を承知で残ったクライン派を纏め、同盟と協調体制を築いた。

 

 そして秘密裏にパトリック・ザラが所持していた秘密工廠の発見、確保と幾つかの研究ラボ『アトリエ』を少しずつ構築していった。

 

 二つ目は情報。

 

 敵の本当の力や姿を知らずして戦いに勝つことはできない。

 

 デュランダルは迂闊でも無謀でもなかった。

 

 その為、前大戦で重傷を負っていたシオンを秘密裏に救い、協力者としてクロードと共に地球側に派遣。

 

 同時に各勢力に間者を放って何時でも動かるように指示、情報も得ていたのだ。

 

 そして危険と判断した人物については抹殺する為、刺客を送り込み、排除していた。

 

 最後に武力。

 

 自軍の戦力を強化を推進し、新型機の開発や新造戦艦の建造させた。

 

 そして戦後の混乱に紛れ、クロード達に指示しセリスなど各勢力の優秀な人材を確保。

 

 地球軍のエクステンデットの技術を応用し記憶操作を行って自軍に取り込んでいったのである。

 

 開発された新型機にはデュランダルが遺伝子解析を行い、適性を見極め相応しいと判断した者を選出している。

 

 ザフトの―――自分が示す世界の象徴となるように。

 

 もちろんだからといって万全に事が運ぶとは思っていなかった。

 

 戦場では何が起こるか分からない。

 

 もしもという可能性もある。

 

 だから保険も掛けていた。

 

 適性を見出したシン・アスカの保険として、同じく適性を持っていたジェイル・オールディスを。

 

 象徴となる艦ミネルバの保険としてフォルトゥナを。

 

 それらを成長させ、守る存在としてアレン・セイファートを含めた特務隊を三人所属させた。

 

 新型機も対SEEDとしてヘレンが開発していたI.S.システムを搭載。

 

 これについてはリスクの高さ故にデュランダルとしては使いたくはなかったのが、結果的には良かったのだろう。

 

 できればアレンもこちらに止め、ユリウスに対する対抗策としたかったのだが。

 

 それについてもデュルク達をぶつければ十分抑える事ができる。

 

 挨拶もそこそこにシオンが前に出ると、怨嗟の籠った暗い声で呟く。

 

 「議長、頼んでおいた物は?」

 

 「ああ、完成しているよ。後は君に合わせて調整するだけだ」

 

 「……ありがとうございます」

 

 シオンは此処に来て初めて笑みを浮かべると踵を返し、部屋を退室していった。

 

 「良いのですか、彼は?」

 

 「構わないさ。それよりもクロード、準備は概ね整った。君の力を存分に振るってもらう。……相手はユリウス・ヴァリスだ。やれるかな?」

 

 「……問題ありませんよ、議長」

 

 クロードはただ静かに笑みを浮かべ頷いた。

 

 「では議長、始められるのですね?」

 

 「もちろんだ。その為に私達はここまで来たのだから」

 

 デュランダルの脳裏にここまでの事が浮かんでくる。

 

 研究者として研究に打ち込んでいた頃。

 

 忘れ難い友との出会い、最愛の女性タリアとの別れ。

 

 絶望と決意。

 

 今までのすべてが蘇る。

 

 それはヘレンも同じである。

 

 彼女もまた大切な者を失い絶望した者だ。

 

 だからこそ二人はすべてを賭け、この手を汚し、協力してここまで来たのだ。

 

 逃亡したパトリック・ザラをわざと放置。

 

 期待通り潜ませていた間者の誘導によって『月面紛争』を引き起こした。

 

 さらにシオンに手引きさせブレイク・ザ・ワールドを引き起こし、戦争を誘発させた。

 

 戦争勃発後もデュランダルは手を緩めず、情報を操作、地球各地で支援活動を行って支持を得る様にザフトを動かしていた。

 

 これは実に効果的だった。

 

 地球軍、いやジブリールのやり方が強硬すぎた事もその要因だろう。

 

 何の障害も無く順調の支持を得ていった。

 

 正直拍子抜けしたほどだ。

 

 そして時期を見計らいロゴスの存在を世界に暴露、あぶり出し、彼らを追い詰めた。

 

 もちろんデストロイなどの切り札の情報も掴んでいたが放置。

 

 それらを暴れさせた後、反ロゴス連合に撃たせた事でロゴスを世界の敵として認識させる事にも成功した。

 

 オーブから逃れ、宇宙に上がったジブリールがレクイエムでプラントを撃つ事も予測済みだ。

 

 どこが撃たれるにせよ、ジブリールは―――ロゴスは悪という印象を世界に植えつけられる。

 

 ただ邪魔な存在の一つであるフリーダムの撃破には成功したが、ミネルバがザフトから離脱、確保した同盟のパイロットは奪還され、施設も崩壊。

 

 未だに邪魔者であるアオイ・ミナトの抹殺にも至っていない。

 

 これらが誤算といえば誤算である。

 

 幾つかの不確定要素はあるが、それでもやらねばならない―――世界の変革を。

 

 「議長、シグーディバイドの強化型、数機ほどですがロールアウトしたと報告が入っています」

 

 「そうか」

 

 ヘレンの報告に笑みを浮かべて頷く。

 

 

 

 

 後は―――

 

 

 

 

 

 「世界に示そう。これからの在り方を」

 

 

 

 

 

 メサイアに到着したフォルトゥナの艦内でジェイルは考え事をしながら宇宙を眺めていた。

 

 これまで様々な事があった。

 

 特に同盟に下ったシン、敵であるアオイ、そして―――

 

 ≪お前が求めているのは私ではなく、別のものだ≫

 

 ステラに言われた言葉が脳裏に響き渡る。

 

 「俺の求めるもの……」

 

 ステラに何を求めていた?

 

 考え込んでいても、答えは出ない。

 

 レイや最近様子のおかしいセリスに話す事でもない。

 

 ジェイルはため息をつくと気分を変える為に、シミュレーターで訓練しようと格納庫に向かって歩き出した。

 

 そこに正面から歩いてくるステラともう一人の人物がいた。

 

 正直今ステラと何を話せば良いのか分からない。

 

 だから気まずさを誤魔化す為、ステラの隣にいる人物に目を向ける。

 

 そこにはザフトの制服に袖を通した小柄な少女がいた。

 

 「な、なんで・・・…」

 

 彼女の事も当然覚えていた。

 

 話した事はないが、確か―――

 

 「……ラナ・ニーデル?」

 

 ジェイルの声に歩いてきたラナが反応する。

 

 「貴方は?」

 

 「君も覚えていないのか?」

 

 「えっ?」

 

 「あ、いや」

 

 彼女の場合は話した事は無い。

 

 覚えていなくても仕方がないかもしれないが。

 

 しかし何故ザフトにいるんだろうか?

 

 するとここまで黙っていたステラがラナにジェイルの事を紹介した。

 

 「彼はデスティニーのパイロットだ。名前は―――」

 

 「俺はジェイル・オールディス、よろしく頼む」

 

 「……ラナ・ニーデルです。よろしくお願いします」

 

 ラナはどこか儚げに笑みを浮かべるとジェイルが差し出した手を握った。

 

 「何で君がここに居るんだ?……アオイは知っているのか?」

 

 ステラがいる今、アオイの名を出す事は心情的に躊躇いがある。

 

 だからと言ってラナがザフトとして此処にいるという疑問を棚上げにはできなかった。

 

 しかしジェイルの予想した反応は返ってこない。

 

 ステラはともかく、ラナも不思議そうに首を傾げるだけだ。

 

 「ア、オイ? どこかで聞いた事があるような気がします。そう言えば貴方は私を知っているのですか?」

 

 「えっ」

 

 幾らなんでもアオイの事まで覚えてないのは明らかにおかしいだろう。

 

 驚愕したようなジェイルの表情にラナは気がついたように口を開いた。

 

 「先に言うべきでした、すいません。私、昔の記憶が無いんです。戦闘に巻き込まれたショックらしいです」

 

 「記憶がない?」

 

 それならば自分やアオイの事を覚えていないのも納得できる。

 

 こんな少女が戦闘に巻き込まれて―――

 

 許せないと憤りでジェイルは拳を強く握る。

 

 だがその時、急にあの時の言葉が蘇ってきた。

 

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 

 あの時、ミネルバの甲板でアレンがシンに対して言った言葉だった。

 

 なんで今頃あの時の言葉を思い出す?

 

 振り払うように頭を振った。

 

 だが一度浮かんだ考えは消えない。

 

 そんなジェイルにステラは何の感情も見せずいつも通り淡々と告げる。

 

 「丁度いいな。彼女もパイロットだ。お前に彼女の面倒を頼みたい。記憶は無くても知り合いなのだろう?」

 

 「い、いや、しかし」

 

 「では、頼むぞ」

 

 ステラは戸惑うジェイルを置いて歩いて行ってしまう。

 

 その場には呆然とするジェイルと不思議そうな顔のラナだけが取り残された。

 

 「はぁ、とりあえず艦内でも案内しようか」

 

 「ありがとうございます」

 

 ラナを連れて艦内を歩き出した。

 

 ジェイルとて分かっている。

 

 彼女が巻き込まれた戦闘も地球軍とザフトの戦いに間違いないだろう。

 

 ならその責任は紛れも無く自分にもある。

 

 ジェイルもまたザフトの兵士なのだから。

 

 

 

 

 ジェイルにラナを任せたステラは機体の調整をする為、格納庫に向かっていた。

 

 しかし先ほどのジェイルの発した名前が気にかかっていた。

 

 「……ア、オイ、ぐッ!」

 

 頭に響く名前だ。

 

 呟くたびに頭が痛む。

 

 でも―――

 

 胸に手を当てるとどこか温かさを感じる。

 

 「アオイ、アオイ、アオイ」

 

 何度も、何度も名前を呟いている内にステラは自分でも気がつかないまま笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 その日、再び世界は震撼する事になった。

 

 ギルバート・デュランダルが世界に向けて、再びとある事を発表したのである。

 

 それはロゴスの存在が世界に明るみになった日と同様と言える。

 

 今回もまた全世界に、プラント地球例外なくすべての場所に流されたのだから。

 

 

 

 

 《全世界の皆さん。今、私の中にも皆さんと同じ悲しみ、怒りが渦巻いています。何故、こんな事になってしまったのか? 考えても意味のない事と分かっていながらも、私の心もまた、それを探して彷徨います》

 

 《私達は以前にも『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれる大きな戦争を経験しました。そして、その時に誓ったはずでした。こんな事は、もう二度と繰り返さないと》

 

 《にも拘らずユニウスセブンは落ち、またも戦端は開かれ、戦火は拡大し、私達はまた、同じ悲しみ、苦しみを得る事となってしまいました》

 

 《本当にこれはどういう事なのでしょう? 愚かとも言えるこの繰り返しは?》

 

 《一つには以前に申し上げた通り、間違いなくロゴスの存在故にです。敵を作り、恐怖を煽り、戦わせ、それを食い物にしてきた者達。長い歴史の裏側に蔓延る死の商人達の存在です。しかし我々はようやくそれを滅ぼす事ができました!》

 

 

 

 デュランダルの言葉に惹きつけられ聞き入っていた人々は、一斉に歓声を上げる。

 

 ようやく自分達を縛りあげていた呪いが解けたのだから。

 

 皆が思った事だろう。

 

 これで戦いは終わりであり、平和が訪れると。

 

 しかしデュランダルの演説には続きがあった。

 

 

 

 《だからこそ、私は申し上げたい。我々は今度こそ、もう一つ、我々に巣食う最大の敵と戦っていかねばならないのだと。そして私達はそれに打ち勝ち、解放されなければならない!》 

 

 《皆さんにもお分かりの事でしょう。有史以来、人類の歴史から戦いの無くならない本当の理由。常に存在する、最大の敵。それは、何時までも克服できない、我々自身の無知と欲望だと言う事を!!》

 

 

 何が言いたいのかが分からない。

 

 それが偽りなき世界の人々の感想だっただろう。

 

 ロゴスを倒し、終わりではないのかと?

 

 誰もが首を傾げつつも、演説の続きを聞く。

 

 

 《地を離れ、宇宙を駆け、その肉体、能力、様々な秘密を手に入れた。しかし人は未だに人を理解できず、自分を知らず、明日が見えない。同等に、より多く、より豊かにと、膨れ上がる飽くなき欲望!》 

 

 《それが我々が戦うべき真の敵です。争いの根本、問題は全てそこにある!!》

 

 《しかしそれももう、終わりにする時が来ました。我々はその全てを克服する方法を得たのです! 全ての答えは、皆が自身の中にある! 人を知り、自分を知り、明日を知る。これこそが、繰り返される悲劇を止める、唯一の方法》

 

 《私は人類の存亡を掛けた最後の防衛策として、『デスティニープラン』の導入、実行を、今ここに、宣言いたします!!》

 

 

 

 それを聞いた者達の反応は実に鈍いものだった。

 

 もちろん皆が驚きはしたのだが、それだけで賛同も反発も何も起きなかったのだ。

 

 デュランダルから提示された『デスティニープラン』の内容が内容である。

 

 デスティニープランとはつまるところ、その人物の遺伝子情報を解析する事で、先天的な素養や能力を調査。

 

 結果に合わせより相応しい地位や職業を提供、より良い世界を造る物ということらしい。

 

 ピンとこないのも無理は無い。

 

 いきなり遺伝子である。

 

 戸惑うのも当然だった。

 

 それはミネルバと合流し、『ウラノス』からアメノミハシラに帰還したアークエンジェルで放送を見ていたシン達も同様であった。

 

 誰もが口を開かない。

 

 いや、開けないというのが正しい言い方だろうか。

 

 「これがデュランダルのやろうとしていた事か」

 

 「うん、『アトリエ』で手に入れたデータにあった『Dプラン』っていうのはこれだったんだね」

 

 アトリエで手に入れたデータの解析が先程終わったところだったのだが、少し遅かった。

 

 『デスティニープラン』に関する事が分かっていたなら、策を練る事が出来たかもしれない。

 

 それだけデュランダルが巧妙に動いていたという事だろう。

 

 「一見いいことだけ言ってますけど」

 

 《でもまさかいきなり遺伝子とか》

 

 レティシアやモニターに映ったルナマリアも困惑したように口を開く。

 

 いきなりこんな事を提示されたら、悩むのは当たり前だろう。

 

 タリアも難しそうな表情で何かを考え込んでいた。

 

 彼女は昔デュランダルと色々あったようだし、余計に戸惑っているのかもしれない。

 

 「……結局」

 

 「ん?」

 

 「結局、どうなんです? これで本当に平和になるんですか?」

 

 シンにとってはそれが一番知りたい事であった。

 

 デュランダルが提示した『デスティニープラン』で本当に平和になるのであれば、それは喜ばしい事だと思う。

 

 自分達が攻撃されたという事は簡単には納得できないが、本当に平和が来るなら―――

 

 「そう上手く行くもんかねぇ」

 

 ムウが渋い顔で呟いた。

 

 同意するようにアストも頷く。

 

 「……まあ、そんな都合の良い事は無いでしょうね」

 

 「アレン、なんでそう思うんですか?」

 

 「いくつか理由はあるけど、一つは能力格差だな」

 

 遺伝子の解析による能力適性を把握する。

 

 それによって相応しい地位や職業などに就かせるという事だが皆がそれに納得する訳ではない。

 

 この政策は自然に生まれてきたナチュラルよりも、遺伝子操作をされて生まれてきたコーディネイターの方に有利に働く。

 

 そうなればどうなるか?

 

 管理するのは大半がコーディネイターとなり、ただナチュラルは従う。

 

 そういう構図に自然となっていく。

 

 それは再び反発を呼ぶだろう。

 

 ロゴスに煽られていたとはいえ、その事はこれまでの戦いが証明している。

 

 それだけではない。

 

 少なからずナチュラルの側にもコーディネイターより優秀な人間もいる筈だ。

 

 そのナチュラルが上に立てばどうなるか。

 

 間違いなくコーディネイターからも反発が起きる。

 

 「つまり、今まで以上に対立が根深くなる可能性があるか」

 

 「ええ、後は権力者達が認めないでしょうね」

 

 ロゴスとは関係ないにしろ、利益を求める者達。

 

 国や企業を成り立たせるには切っても切れない現実だ。

 

 「お前は適性がないから今の地位を捨てろ」と言われて従う者はいない。

 

 それに努力や培ってきた経験でその地位に立った者。

 

 それによって信頼を勝ち得てきた者もいる。

 

 自分の為、家族の為、利己的な目的の為に利益を得ていた者達。

 

 それがどんな理由であろうとも、自分からその立場を捨てる者はいない。

 

 必ず反発を招く。

 

 「要するにどんな形にしろ『デスティニープラン』の恩恵を受ける者とそうでない者に分かれる。それらが戦いを引き起こす」

 

 そしてデュランダルは反対する者達を容赦なく排除するだろう。

 

 その戦いで生まれた犠牲がデュランダルやデスティニープランに対する不満、不審、恐怖、怒りを募らせ、戦いを呼ぶ。

 

 「……つまり今のナチュラルとコーディネイターの戦いが、今度はデスティニープランの賛成派と反発派の戦いに代わるだけ」

 

 「ああ。それに人の自由意思を考えず、ただシステムに従って生きれる者なんていない。俺達には考える為の意志や感情があるからだ」

 

 正論だけで人は生きてはいけない。

 

 時に不合理であっても行動するのが人間。

 

 何故ならば人には感情が存在するから。

 

 そんな自由意思を押し殺すための方法としての記憶操作やI.S.システムだったのかもしれないが。

 

 「私は反対します」

 

 「マユ」

 

 一番に反発の声を上げたのはマユだった。

 

 皆の視線が集まる中で、何の躊躇いも無く口を開いた。

 

 「私は自分の意志でここまで来ました。間違った事もあったかもしれないけど、それでも自分で選んだ道です。―――それは決して遺伝子で決めた事じゃない。未来を掴むための努力も、痛みを伴っても道を決めるっていう自分の意思もない。それらを否定した世界なんて私は反対です」

 

 マユの言葉にハッとしたようにシンは頭を上げた。

 

 ここまで来たのは―――戦うと決めたのは自分で考えてだ。

 

 記憶が操作されていたとはいえ、あんな絶望はもう嫌だと。

 

 もう失いたくないとそう思った。

 

 その絶望は造られたものでも、ここまで来たのは自分の意志で。

 

 だから―――

 

 「俺も反対です。でも……」

 

 「でも?」

 

 「俺は議長と話をしてみたい。きちんと話して考えて納得した上で、反対したいと思ってます。おかしいですかね?」

 

 シンの言葉にアストは笑みを浮かべて肩を叩いた。

 

 「おかしくはない。それでいい。自分で考えて決めろ」

 

 「はい!」

 

 ともかくデスティニープランに対しては反対という事で皆の意見は一致した。

 

 それをミネルバのブリッジで聞いていたタリアは深く考え込んでいた。

 

 デュランダルとタリアはかつて恋人同士だった。

 

 間違いなく愛し合っていたし、その感情は今でも変わらない。

 

 しかし彼女達の前に避けられない壁があった。

 

 プラントの婚姻統制。

 

 コーディネイターは遺伝子配列が個別に複雑化している為に、子供を作ろうとすると受精が成立せず出産できないという問題を抱えていた。

 

 つまり遺伝子の適合する者同士でしか、子孫を残す事ができないのである。

 

 現在もその出生率の低下はプラントにおける大きな問題となっている

 

 そしてそれはデュランダルとタリア、二人も例外ではなかった。

 

 二人の間には子供は作れない、そう判明したのである。

 

 タリアは子供が欲しかった。

 

 そうなれば結論は一つ。

 

 選択したのは別れだった。

 

 お互いに納得し、握手を交わして別れた。

 

 あの時の選択は間違っていないと思っていたし、少なくともタリアは自分でそう過去の出来事を整理したつもりだ。

 

 しかしデュランダルは違ったのだろう。

 

 あの時の―――振りきれない過去が彼をこんな行動に走らせたのではないか。

 

 そんな気持ちが消える事はなく、何時までも胸の内に燻っている。

 

 ならばこそ自分の手で決着をつけなければならないと、タリアは改めて自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 デュランダルの放送を聞いたカガリ達、同盟上層部も今後の対応に追われていた。

 

 会議室では重要ポストの代表者達が急遽集まり、話し合いが行われていた。

 

 「まさかデュランダル議長がこんな事を考えていたとは」

 

 「ええ、特殊部隊からの報告も上がってきています」

 

 アイラがドミニオンが回収してきたデータを開示するとそれを見た皆が顔を顰める。

 

 「我々の結論は変わりません。このプランを受け入れる事はない」

 

 何度も話し合いを彼らは結論を出していた。

 

 「ただ私達が反対を表明した所でデュランダル議長がそれを止める訳はない。下手をすれば再び戦いになるだろう」

 

 現状同盟軍は再編成を行い、立て直しを図っている最中だ。

 

 各国を守るための防衛戦力もギリギリの状態。

 

 今すぐザフトと事を構えるには些か時間が足りなかった。

 

 もちろん戦いにならずに済めばそれに越したことは無い。

 

 しかしデュランダルの演説を聞く限りにおいてはその可能性も低いだろう。

 

 彼は導入、実行を宣言したのだから。

 

 「……では一つ、私から提案があります。上手くいくかは分かりませんが」

 

 会議に参加していた皆がカガリの提案に耳を傾けた。

 

 

 

 

 デュランダルの『デスティニープラン』実行を宣言した演説は世界に波紋を呼んだ。

 

 それは当然ここテタルトス月面連邦も同じである。

 

 アポカリプスの司令室にはいつものメンバーが呼び出され、話し合いが行われていた。

 

 といっても彼らの結論など初めから出ている訳だが。

 

 「で、我々は?」

 

 「当然、拒否する。上もその方針だ」

 

 「まあ、そもそも奴にそんな権限はない訳だしな」

 

 デュランダルは確かに反ロゴスを発表し、それを為した。

 

 今では世界のリーダーと認識されてはいるだろう。

 

 だがそれだけだ。

 

 奴には各国の法律や意思を無視して施策を実行、導入する権限などない。

 

 「大佐も反対ですか?」

 

 アレックスは黙っているユリウスにも一応声を掛けた。

 

 彼の答えなど聞くまでもないのだが。

 

 「無論だ。奴がやろうとしている事はただの停滞、未来の選択などではない。その先に待っているのは堕落と滅びのみだ。私は世界を腐らせるつもりはない」

 

 ユリウスは始めからデュランダルという男が嫌いだった。

 

 奴は常に諦観し、それを運命だと、抗う事をしなかった。

 

 今自分が行っている行為の本当の意味を理解せず、さらに選択する事まで放棄するなど、絶対に許容できない。

 

 世界に絶望していたラウでさえ、自分の選択として行動していたのだ。

 

 それすら否定するなどあってはならない。

 

 「ともかく全員の意見は一致している。対応も変わらないが、それとは別に同盟から提案があった」

 

 「同盟から?」

 

 エドガーが全員に配った資料には会談の要請があった事が示されていた。

 

 しかもただの会談ではない。

 

 連合、プラント、中立同盟、テタルトス月面連邦。

 

 四つすべての勢力による会談。

 

 内容は当然『デスティニープラン』に関する事である。

 

 これらはすでにすべての勢力に送られているらしい。

 

 「これをどうされるおつもりで?」

 

 「受けるさ。デュランダルも受けざる得ないよ。話し合いに応じず、いきなり武力で脅しという訳にはいくまい。世界からの反発も大きくなる」

 

 「場所はどこで?」

 

 アレックスの質問にエドガーは笑みを浮かべて答えた。

 

 「ここさ。テタルトスで会談が行われる事になる」

 

 エドガーの言う通りプラントも連合もこれを拒否する事無く、会談が行われる事が決定した。

 

 場所はテタルトス月面連邦国都市『コペルニクス』

 

 その場で世界の行く末を決める会談が始まろうとしていた。




すいません、後で加筆修正します。なんかいつも言ってるな(汗


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第50話  因縁の邂逅

 

 

 

 

 

 見渡す限り、岩などが散乱している暗礁宙域。

 

 そこに身を隠すように黒い外装に覆われた戦艦が航行している。

 

 それは今回の戦争でザフト最強と謳われた戦艦ミネルバだ。

 

 彼らはアメノミハシラから発進し、再び協力してくれるザフトの部隊へ合流しようとしていた。

 

 特務隊から追われたミネルバはスカンジナビアでの修復を終えた後、宇宙に上がりディアッカ達と合流を果たした。

 

 アストがザフトにいた頃、ディアッカ達に接触してある程度の事情を明かし、いざという時に備え協力を要請していたのである。

 

 彼らとしても当初は半信半疑だったが、ミネルバから提供された様々なデータのおかげで信用してもらえた。

 

 ミネルバも反デュランダル派という形で彼らの部隊に参加し、同盟との間の連絡役になっていたのである。

 

 ただミネルバはやたらと目立つ。

 

 それがたとえ宇宙でもだ。

 

 そこで彼らは艦の全体を黒い外装で覆い、さらにミラージュ・コロイドも展開可能なように生成装置を取りつけた。

 

 これによって短時間とはいえ姿を隠す事ができる様になり、宇宙でも動きやすくなっていた。

 

 「周囲に反応は?」

 

 「ありません」

 

 「そのまま警戒を続けて」

 

 「はい」

 

 こうして姿を隠し、いつ来るか分からない襲撃に怯える。

 

 いつまでも慣れる事のない嫌な感じだ。

 

 しかし見つかれば確実に特務隊が駆けつけてくるだろう。

 

 それだけは避けなくてはならない。

 

 警戒しながら進むミネルバの先に何隻かのナスカ級の姿が見えた。

 

 合流しようとしていた部隊の母艦である。

 

 《ミネルバ、無事ですか?》

 

 モニターに映ったのは三英雄の一人であるニコル・アルマフィだった。

 

 いつも通りの柔和な笑顔を浮かべミネルバを迎え入れた。

 

 「こちらは無事です。アルマフィ隊長」

 

 《そうですか。月での会談が始まるまで、もう少し時間があります。その間に情報共有を済ませましょう》

 

 「了解しました」

 

 ナスカ級に接舷するため、ミネルバは静かに近づいていった。

 

 

 

 

 

 彼らは決して油断していた訳ではない。

 

 常に警戒を怠っていなかった。

 

 それが幸いし、この後で徐々に動いている『物体』に気がつく事ができた。

 

 それでも「ザフトの意識は月に向いている」という意識がなかったと言えば嘘になるだろう。

 

 だから彼らは近づいてくるもう一つの存在に直前まで気がつかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 月面都市『コペルニクス』

 

 この都市は前大戦までは地球、プラントどちらにも属さず、自由中立都市として存在していた。

 

 現在はテタルトスの玄関口として機能し、交流を持った国の様々な者達がこの場所を訪れている。

 

 とはいえ訪れる者のほとんどが交流がある中立同盟や同盟の仲介で秘密裏に接触していた一部の国家のみだが。

 

 しかし今日という日は流石に異常であった。

 

 中立同盟の戦艦だけならばまだしも、敵対している連合やザフトの艦まで入港してきたのだから、違和感を感じるのも無理はない。

 

 そんな光景を港で観察していたエドガーは、傍に控えていたアレックスに向き直る。

 

 「アレックス、君に頼みたい事がある」

 

 「何でしょうか?」

 

 「数人を連れて街中を警備して欲しい。警戒はするが、懐に迎え入れる以上、どうしてもリスクはある。特にザフトは何をするかわからない」

 

 コペルニクスを訪れた三勢力には都市内での散策程度は許可してある。

 

 もちろん立ち入り禁止区域や重要施設へ立入りには行動範囲に制限を設けている。

 

 都市には警護の兵士達を配備している事も通知済みだ。

 

 当然リスクを負ってまで、都市への立ち入り許可した事には理由がある。

 

 今回の会談は全世界が注目していた。

 

 テタルトスとしてはあまり警戒を厳重にして、マイナスのイメージを持たれるのは面白くない。

 

 ただでさえ、同盟以外からの印象は良くないのだ。

 

 だから此処はあえて彼らを受け入れる事にしたのである。

 

 「司令の警護の方は?」

 

 今回はエドガーが代表者として会談に参加する事になっていた。

 

 デュランダルと真っ向から相対出来る者がいないという事。

 

 そしてテタルトスを誕生させた創始者の一人でもあるエドガーが相応しいと判断されたのだ。

 

 「こちらの警護にはユリウスについてもらう。軍本部の方にはバルトフェルドに居てもらうから大丈夫だ。……アレックス、もしも何かあった場合は君の判断を優先する。遠慮なくやれ」

 

 「了解」

 

 アレックスは敬礼すると踵を返し、周囲の兵士達に指示を飛ばしながら部屋を出ていく。

 

 それを見届けたエドガーは再び視線を港に降りようとする艦に戻した。

 

 「来たのはミネルバの同型艦か。周囲の状況は?」

 

 「数隻のナスカ級を確認しています」

 

 流石に単独で来るほどテタルトスを信用していないようだ。

 

 当然の選択と言えるだろう。

 

 「それに合わせ部隊も出撃させました」

 

 「良し、そのまま警戒を続けさせろ。ただし不用意にこちらから向こうを刺激するな」

 

 「はっ!」

 

 さて、ここからが本番である。

 

 エドガーは気を引き締め、降りてくる客人を出迎える為に部屋を出た。

 

 

 

 

 コペルニクスの港に到着したザフトの戦艦フォルトゥナ。

 

 それを後から追うように一隻の戦艦が月面に降下しようとしていた。

 

 ファントムペインに所属していた特殊戦闘艦『ガーティ・ルー』である。

 

 ただ以前とは違い色が変えられ、白をメインにした塗装にいくつか細部に変化が見られた。

 

 ガーティ・ルーはザフトにとってこの戦争の一つの発端ともいえるアーモリーワン新型機強奪事件を引き起こした艦である。

 

 命令だったとはいえ露見すれば色々と不都合が生じる事は想像に難くない。

 

 そこである程度の改修を施し、塗装を変更したのである。

 

 これなら同型艦だと言い張れるからだ。

 

 ガーティ・ルーのブリッジには指揮を執るラルスと艦長であるイアン・リー。

 

 さらにアオイ、ルシア、スウェン、スティングといった主要メンバー。

 

 そしてマクリーン派、いやロゴスが壊滅した今、実質的な地球軍トップであるグラント・マクリーンも乗船していた。

 

 彼がここにいるのは勿論今回の会談の為だが、本来ならば政治家が来る予定だった。

 

 しかし現在連合は半壊状態。

 

 しかもロゴスに関わっていた政治家も多く、関わりない政治家も皆、国を纏める事で精一杯。

 

 月に来ての会談などしている暇はないと、グラントに押しつけてきたのだ。

 

 『デスティニープラン』に対する答えが皆一致しているのが、まだマシともいえる。

 

 「さて月に到着した訳だが、予定通りラルスに護衛についてもらう。艦の戦力としてはスウェンを残す。ルシア、少尉、スティングは街に出て情報収集して欲しい。ただし時間厳守で、テタルトスを刺激しないようにな」

 

 「「「了解」」」

 

 とはいえグラントとしても情報が簡単に手に入るとは思っていない。

 

 テタルトスも馬鹿ではない。

 

 確実に警戒している筈だ。

 

 それでもアオイ達に任務を下したのは、どんな形でも彼らに休暇を与えたかったからだ。

 

 これまで激戦続きでありながら、碌に休む暇も無かった。

 

 ここらで休みも必要だろうと判断したのだが、ルシアもアオイも真面目だ。

 

 休めと言っても休まない。

 

 そこで任務という形を取って無理やり休ませる事にしたのである。

 

 皆が敬礼を返し、グラントがラルスを連れてブリッジを出るとスウェンも同時に出て行った。

 

 おそらく機体の調整に向かったのだろう。

 

 アオイ達も街での情報収集に出る為の準備を始めた。

 

 「では大佐、俺達も行きましょうか」

 

 「ええ」

 

 今回は時間がかなり制限されている上、テタルトスも警戒している。

 

 問題を起こさないようにする方が重要だ。

 

 ブリッジを出ようとした時、オペレーターの一人が訝しげに声を掛けてくる。

 

 「大佐、少しよろしいでしょうか?」

 

 「何かしら?」

 

 「これなんですが」

 

 オペレーターがキーボードを操作し、それをモニターに表示する。

 

 映し出されたのは送り主不明のメールだった。

 

 内容はステラ・ルーシェの居場所について。

 

 「これって」

 

 「あからさまな罠ね」

 

 御丁寧に文章と一緒に地図まで添付されている。

 

 ステラに関する名前を出してきたという事は狙いは―――アオイ。

 

 となれば差出人はザフトに間違いない。

 

 この状況下においても邪魔者を始末しようという事か。

 

 ザフト側の思考が透けて見える。

 

 彼らは―――デュランダルはデスティニープランに関してまったく譲るつもりなどないのだ。

 

 「なあ、アオイ、ステラって誰だよ?」

 

 スティングは不思議そうな表情を浮かべて聞いてくる。

 

 彼はもうステラに関する記憶がない。

 

 それは分かっているが、何度目の当たりにしても嫌な気分になる。

 

 「ステラっていうのは、前にいた俺達の仲間だよ。とある戦いの後でザフトの捕虜にされて、今は」

 

 アオイが言いにくそうに言葉を切ると、スティングは察したようにニヤリと笑った。

 

 「じゃ、助けにいかなきゃな」

 

 「スティング!? 待ちなさい、これは―――」

 

 「罠だっていうのは分かってるよ。ただ……なんか聞き覚えがあるんだよ。ステラってさ」

 

 その言葉にアオイもルシアも驚いた。

 

 記憶はすべて消された筈なのに。

 

 少しでも覚えているのだろうか、ステラの事を。

 

 「で、アオイ、行くんだろ?」

 

 「ああ」

 

 本当にステラがいるなんて思っていなかった。

 

 空振りである事は覚悟の上である。

 

 どの道、街での情報収集に当てはないのだ。

 

 「はぁ、仕方無い。一応中将の方に連絡を入れて、指定された場所に向かいましょう。ただし単独行動は絶対に駄目よ」

 

 「「了解」」

 

 ルシアは勇んでブリッジから出ていく二人の背中を見て、苦笑しながらその後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 アオイ達の下に差出人不明のメールが届いた頃。

 

 同じ様にメールが送られた場所があった。

 

 すでにコペルニクスに入港し、準備を整えていたアークエンジェルである。

 

 彼らは中立同盟の代表として会談に訪れたカガリを送り届ける為に、いち早くテタルトスに到着していた。

 

 メールの内容はティア・クラインの居場所について。

 

 さらにはアレン・セイファートを名指しする形で地図も添付されている。

 

 「アスト君、分かっていると思っていますが、これは罠ですよ」

 

 「でしょうね」

 

 メールの差出人は間違いなくザフトからのものだ。

 

 邪魔者であるアストを消してしまおうという算段だろうか。

 

 デュルクにはザフトに戻らないとはっきり宣言した訳だから、狙われても不思議はない。

 

 「アスト、どうするの?」

 

 「行く。間違いなく罠だろうが、ティアの居場所について何か分かるかもしれない」

 

 元々アストはティアをデュランダルの所に何時までも置いておくつもりはない。

 

 折りを見て連れ出すつもりだった。

 

 しかし何度か居場所を掴もうとしても、すべてブロックされてしまった。

 

 掴めたとしてもダミーである可能性も高い。

 

 それだけザフトはティアに関して高い防備を敷いていた。

 

 「アスト、そろそろ私達にもティア・クラインの事を教えていただけませんか?」

 

 「アストさんはあの人が何なのか知っているんですよね?」

 

 「ああ」

 

 アストはまだ皆に対してティアの事を話していなかった。

 

 ティアの生まれを考えれば、出来るだけ伏せておきたかったというのが本音だ。

 

 しかしラクスが気になるのも当然の事。

 

 彼女はラクスと非常に良く似た容姿であり、しかも妹と言われているのだから。

 

 「……そうだな。行く前に話そう。彼女、ティア・クラインは間違いなくラクス、君の妹だ。そして―――俺にとっても妹のような存在だ」

 

 

 

 

 

 事の起こり―――それはコーディネイター達のとある欠点が判明した時期まで遡る。

 

 コーディネイターは遺伝子調整を施されることで、優秀な頭脳と強靭な肉体を持った存在として誕生した。

 

 しかし時が経つにつれと幾つかの問題が浮上してくる事になる。

 

 その一つが出生率の低下だった。

 

 世代が進むにつれ遺伝子配列が個別に複雑化した為に受精が成立せず、遺伝子の型が組みあわない者同士は出産が不可能という事実が発覚したのである。

 

 これにはプラントの者達は大いに慌てた。

 

 ナチュラルに対して常に優位に立っている自分達にこのような事が降りかかるとは思っていなかったのだ。

 

 当然この問題に対して対応策が練られる事になった。

 

 婚姻統制などはその一つだったのだが、もちろんそれだけでは終わらない。

 

 この問題を解決する為に優秀な者達が集められ、研究が開始されたのである。

 

 だが簡単に解決できるような問題ではなかった。

 

 様々な研究が行われるも、成果を上げる事は出来ず、時間だけが過ぎていく事になる。

 

 何時までも成果を上げられず、これらの研究を一番後押ししていたパトリック・ザラすら、苛立ちを隠さなくなった。

 

 焦った一部の研究者達が手を出したのが、メンデルで行われていた数々の研究データだった。

 

 これらのデータを使ったところで別に成果が上がるという確証があった訳ではない。

 

 「何か成果を」という彼らの焦りとコーディネイターとしての矜持がそうさせた。

 

 彼らは一つの結論に達したのだ。

 

 それが根本的な解決には至らないと理解しつつも、彼らは手を止めなかったのである。

 

 要は遺伝子配列の複雑さが問題。

 

 ならばできる限り簡略化し、同時にこれまで以上の力を発揮できるようにすれば良いと。

 

 だが言うほど簡単な事ではない。

 

 それはこれまで誕生してきた失敗作と呼ばれたコーディネイター達が示している。

 

 データを基にした遺伝子配合による、実験。

 

 その度に積み上がっていく失敗。

 

 その中で生まれた幾つかの命。

 

 結果―――彼らは誕生させた。

 

 使用した遺伝子はクライン夫妻のもの。

 

 どうやって彼らがクライン夫妻の遺伝子を手に入れる事が出来たのかは分からない。

 

 その遺伝子を使い狂気の研究者でありアストの母親でもあるシアン・カグラ博士の残した研究データを使用。

 

 遺伝子配列をできるだけ単純化しながらも、コーディネイターとして最大限の力を発揮させた一人の赤子が誕生した。

 

 ユリウスやアストとは違う目的ではあれど生まれたもう一人のカウンターコーディネイター、それがティア・クラインだった。

 

 彼女は通常の第二世代コーディネイターに比べ遥かに遺伝子配列が単純化されている為、多くの者との間に子を成す事が可能だった。

 

 ある意味で実験は成功したのだ。

 

 ただ、問題は解決した訳ではない。

 

 あくまでも彼女が誕生出来たのは偶然に過ぎず、成功率は限りなく低い。

 

 さらにコストなどの事もあった。

 

 しかし研究もここまでだった。

 

 シーゲル・クラインが実験に気がついたのである。

 

 裏で行われていた実験に気がついた彼は研究者達を拘束、即座に研究を凍結させた。

 

 これが世間に漏れれば、間違いなく問題が起きる。

 

 当時はメンデルでバイオハザードが起きてから、そう年月が経っていない。

 

 メンデルで起こったとされる事故はテロであるという話が根強くあった時期だ。

 

 評議員だったシーゲルはパトリックにも協力を仰ぎ、裏で手を回して事実を隠ぺい、生まれた子供達を出来るだけ保護した。

 

 そしてティアもまた人目から遠ざけ、別の場所で育てた。

 

 第二子として育てる事も可能だったが、シーゲルは公に立つ立場である。

 

 いつ事実が漏れるかわからない。

 

 最悪ティアを含めラクス達も危険にさらす可能性もあったのだ。

 

 故にティアの存在を知っているのはシーゲルとパトリックを含めたごく一部のみ。

 

 デュランダルが公に発表するまで、彼女は人目から隠れて生活して来たのである。

 

 アストがプラントに渡ったもう一つの理由が、彼女を利用させないためだったのだが―――

 

 彼女の存在を掴んだ時は、すでにデュランダルの手が回っており、迂闊に連れ出せない状況になっていた。

 

 

 

 

 話を聞き終えた全員が神妙な顔つきで俯いている。

 

 特に初めてアスト達の生まれを知ったシンは顔を歪め、拳を強く握りしめていた。

 

 「じゃあ彼女は……」

 

 「ああ、間違いなくラクスの妹だ」

 

 パトリック・ザラが彼女を殺さなかったのは、出生率低下を打開する研究の実験体だったからだろう。

 

 戦争終結後も彼の政権が存続していたなら、研究の被検体にされていたかもしれない。

 

 アストはラクスを見るとキラに寄り添って下を向いている。

 

 やはり彼女に話すのは早かっただろうか。

 

 顔をあげた彼女は何かを決意したような表情でこちらを見てきた。

 

 なんか嫌な予感がする。

 

 「アスト、私も行きます」

 

 「ラクス!?」

 

 「……言うと思ったよ」

 

 焦るレティシアを尻目にアストは呆れたようにため息をついた。

 

 彼女が生存している事が判明したところで、今さら何の問題も無い。

 

 そもそもラクスが生きている事を伏せていたのは、前大戦時パトリック・ザラに狙われていたから。

 

 さらにはデュランダルを含むクライン派と呼ばれる人々に政治的に利用させない為であった。

 

 しかしもはや状況は大きく変わった。

 

 すでにパトリック・ザラは死亡し、ラクス自身にも政治的に何の価値も無い。

 

 バレてもプラントの歌姫が生きていたという事で騒ぎは起こるかもしれない。

 

 しかしデュランダルの『デスティニープラン』の宣言でそれどころではないだろう。

 

 それに来るなと言っても彼女の表情から見て、何を言っても無駄だ。

 

 「はぁ、ティアがいるとは限らないんだ、それでも?」

 

 「もちろんです」

 

 「……せめて最低限の変装くらいしてきてくれ。君は目立つからな」

 

 「ありがとう、アスト!」

 

 結局レティシア、マユ、キラもついてくる事に決まってしまった。

 

 ムウはショウと共にカガリの護衛役として、シンは万が一の場合に備えてアークエンジェルに残る事になった。

 

 シンとしてもついて行きたかったのだが、アストに「お前は会談の方を気にしておけ」と言われてしまった。

 

 会談の状況は各勢力の艦内で中継される事になっている。

 

 アスト達もそれまでには戻る予定ではあるが、間に合わない可能性がある。

 

 確かにこれはデュランダルの考えを聞く上で、絶好の機会と言っても良い。

 

 だからアストが気を使ってくれたのだろう。

 

 「マユ、危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」

 

 心配そうなシンに苦笑しつつも、マユは感謝と信頼を込めて声をかけた。

 

 「大丈夫ですよ、兄さん。対人戦闘も経験済みですし」

 

 「マユ……分かった」

 

 心配である事に変わりはなかったが、大丈夫だと言い聞かせアストを見る。

 

 銃を点検しながら、シンの様子に気がついたのか力強く頷いた。

 

 「後は頼むぞ、シン」

 

 「はい!」

 

 シンの返事を聞いたアストは指定された場所に動する為、車が置いてある格納庫に向った。

 

 

 

 

 コペルニクスに存在する大きな会議室。

 

 現在この場所は今までにない緊張感に包まれている。

 

 警備をしている者が皆、緊張のあまり息を詰まらせそうな程だった。

 

 会議室の中央には大きな机と四つの椅子が用意されていた。

 

 その椅子には今テタルトス軍事総司令エドガー・ブランデルが座っている。

 

 その傍ではユリウス・ヴァリスが鋭い視線で周囲を警戒していた。

 

 そこに黒髪の男が一人の護衛者を連れて入ってきた。

 

 ギルバート・デュランダルである。

 

 その後ろにはユリウスを睨むように立つ、デュルクと身を固くしたレイの姿もあった。

 

 エドガーは椅子から立ち上がるとデュランダルに向け手を差し出した。

 

 「ようこそ、デュランダル議長」

 

 「お会いできて光栄ですよ、ブランデル司令」

 

 デュランダルは差し出された手を笑みを浮かべて握り、握手を交わす。

 

 二人は終始笑顔だったが、相手を探る事を忘れず、鋭い視線を向ける。

 

 軽い挨拶を終え、自分の席に着くとデュランダルはユリウスに声を掛けてきた。

 

 「久ぶりだね、ユリウス」

 

 「……お久ぶりです。デュランダル議長」

 

 「君は相変わらずのようだ」

 

 「それは私の台詞ですよ。貴方こそ、以前と変わりないようで」

 

 明らかに皮肉の籠った言い方だった。

 

 デュルクが眉を顰め、レイが一歩足を踏み出すがデュランダルが手で制した。

 

 「……そうだね。丁度良い、会談が始まる前に聞いておきたい。君個人として私に協力する気はあるかな?」

 

 ユリウスはデュランダルの方へ鋭い視線を向けるが、彼はいつも通りの笑顔のままだ。

 

 「……分かっている筈ですが。私が貴方に協力する事などあり得ない」

 

 「何故ですか?」

 

 前に出たのは今まで黙っていたレイだった。

 

 理解できない様子でユリウスを見ている。

 

 だがユリウスはレイに何の興味も無いらしく、視線を向ける事も無い。

 

 それがレイをさらに苛立たせた。

 

 「答えてください。議長の創る世界こそが―――」

 

 「……黙っていろ。お前に語る事など無い」

 

 「なっ」

 

 ユリウスは内心ため息をつく。

 

 正直うんざりだった。

 

 彼らと自分ではあまりに考え方に隔たりがある。

 

 「貴方のそれは未来を作り出すものではない。ただの停滞だ。私は未来の為にここにいる」

 

 「だがそんな思いも歪められ、争いを、戦いを引き起こし―――結果、君や『彼』のような人間を生み出す事になる」

 

 その言葉にさらにユリウスは視線を鋭くする。

 

 「貴方が『彼』を語るつもりか」

 

 「……私はただ彼のような生き方は不幸だと思っただけだよ」

 

 「彼は最後まで足掻き、戦った。傷つく事を恐れ、選択する事すら放棄する。そんな貴方が彼を語るなど―――」

 

 十分な侮辱だと拳を強く握り締める。

 

 「だが彼は負けた。私は御免だよ。彼の様に足掻くのも、負けるのもね」

 

 「……貴様」

 

 まさに一触即発。

 

 その時ユリウス、そしてレイにあの感覚が走った。

 

 この場所に奴らが来るとは、何とも因縁深い会談になりそうだ。

 

 「これは……どうやら話はここまでのようですね」

 

 一転して冷静になったユリウスの言葉を証明するように、足音が響いてくる。

 

 そして両側に設置されている扉が同時に開いた。

 

 仮面をつけたラルスと一緒に入ってきたのはグラント・マクリーン。

 

 そしてムウやショウと入ってきたのはカガリ・ユラ・アスハ。

 

 ここに各勢力の代表者が集まった。

 

 「遅くなってしまったようだ」

 

 「申し訳ない」

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 「ええ、私も今到着したところです」

 

 断っておくが、誰かが遅刻したという訳ではない。

 

 開始予定時間まで十五分以上ある。

 

 カガリとグラントが皆と握手を交わし席に着くと、部屋はすぐに静かな、そして重い緊張した空気に包まれた。

 

 ムウは仮面をつけたラルスや宿敵であるユリウス、そしてデュランダルの傍に控えるレイを見る。

 

 あの感覚が教えている。

 

 間違いなく全員が自分との血縁者であると。

 

 「……たく、クソオヤジ。余計な事ばっかりしやがって」

 

 高まる緊張と重苦しい空気の中、ムウはただ毒づく事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 町の外れにある古めかしい石造りの劇場のような場所。

 

 人気もまったく無い、この場所がメールで指定されていたポイントだった。

 

 そこに銃を片手にアスト達が近づいていく。

 

 テタルトスもこんな場所は警戒していないのか、誰もいない。

 

 「全員、周囲を警戒して」

 

 一番後ろのいるキラの声に合わせ、左右についたレティシアとマユが周囲に視線を流す。

 

 そして正面に立っているアストとそのすぐ傍にはラクスが控えていた。

 

 ラクスは眼深いフードを被り、金髪のかつらをつけている。

 

 これで彼女がラクスだと気がつく者はおるまい。

 

 何と言うか本格的である。

 

 彼女にこんな特技があったとは知らなかった。

 

 彼女曰く「レティシアと二人で色々やってましたから」という事らしい。

 

 プラントではアイドル扱いだったらしいから、こういうのにも慣れているのかもしれない。

 

 「嫌な感じだな。やはり」

 

 間違いなく罠だ。

 

 何が起こっても不思議はない。

 

 音を立てないように慎重に中を進んでいくと、やがて劇場の中央らしき場所に辿り着く。

 

 そこに腰かけていたのはピンク色の髪をした少女ティア・クラインだった。

 

 「ティア、本人か」

 

 本当にティアがいるとは思っていなかった。

 

 「どういう事だ?」

 

 皆に目配せし、声をかけようとした時、傍に金色の髪をした少女が座っているのが見える。

 

 「誰だ?」

 

 疑問はあるが、埒が明かない。

 

 アストはもう一度皆を見て、全員の意思を確認すると意を決して声を掛けた。

 

 「ティア」

 

 皆を待機させ、アストだけが姿を見せると空を見上げていたティアが視線を向ける。

 

 すると穏やかな笑顔を向けてきた。

 

 「アレン様!!」

 

 「久ぶりだな、ティア」

 

 嬉しそうに立ち上がったティアの姿にアストは安堵する。

 

 どうやらデュランダルに何かされた訳ではないようだ。

 

 そこにフードを被ったラクスとレティシア達がアストの傍に来た。

 

 「アスト、私に話させてもらえませんか?」

 

 「……分かった」

 

 ラクスがフードを脱ぎ、かつらも取るとピンク色の髪の毛が姿を見せる。

 

 それを見たティアが驚いた表情を浮かべる。

 

 「貴方は……」

 

 「初めまして、ティア。私はラクス・クラインと言います。今日は貴方に会いに来たのです」

 

 「ま、まさか、お姉さまなのですか?」

 

 「はい」

 

 生きていた姉の姿に涙を浮かべ、駆け寄ろうとしたティアを制するように金髪の少女ステラが前に出る。

 

 「そこまでだ。お前がアレン・セイファートだな。私はザフト軍所属ステラ・ルーシェ。こちらに来てもらう。拒むならば―――」

 

 懐から銃を取り出しアストに向けた。

 

 それを見てこちらも持っていた銃を構える。

 

 ティアが驚きながらもステラに詰め寄った。

 

 「ステラさん、何故アレン様に銃など向けられるのですか? やめてください。それにお姉さまとも―――」

 

 「これは任務だ。貴方はさっさと下がって」

 

 アストが引き金に指を掛けたその時、唐突に例の感覚を感じ取った。

 

 「これは……」

 

 「アスト、反対側だ!」

 

 キラの声に反射的に反対側の入り口に視線を向ける。

 

 そこから三人の男女が入ってくるのが見えた。

 

 「ステラ!!」

 

 「待って、少尉」

 

 「あの金髪が……ステラか。もう一人はティア・クラインだろ。あいつらは誰だ?」

 

 銃を持ったアオイに、ルシア、スティングの三人だ。

 

 こんな時に乱入者とは。

 

 アオイはステラに銃を向けているアストに気がついて、こちらも銃を構える。

 

 「ステラから離れ―――ッ!?」

 

 その時、傍にいる少女に気がついた。

 

 「ティア・クラインがどうしてこの場所に?」

 

 それだけではない、すぐ傍にはもう一人ティアと似た少女がいる。

 

 そしてティアもまたアオイの存在に気がつき、ぽつりと呟いた。

 

 「アオイ様?」

 

 「うっ、ア、オイ。そうか奴がターゲットの一人か。……ならば」

 

 鈍い頭痛に額を押えながらステラが手を挙げて合図する。

 

 すると周囲に隠れていたザフトの諜報員らしき者達が劇場の客席から一斉に立ち上がり、銃を向けてきた。

 

 そこで同時に現れた存在にアストは目を見開いた。

 

 「リースにヴィートか!?」

 

 アストの姿を見つけたリースは笑みを浮かべる。

 

 「ようやく会えたね、アレン」

 

 「……リース、奴は敵だ。ここで奴を倒すのが任務だぞ」

 

 ヴィートにとってアストは憎悪の対象だ。

 

 この場で今すぐ八つ裂きにしてやりたい。

 

 だがそれに対するリースの答えも決まっていた。

 

 「ふざけないで。アレンを傷つけたら―――殺すよ」

 

 殺意を宿した鋭い視線に、内心ため息をついた。

 

 だからリースとの任務は嫌だったのだ。

 

 「……奴の方は後だ。先にアオイ・ミナトの方をやらせてもらう」

 

 「好きにしたら。私はアレン以外どうでもいい」

 

 「……ヒルダ、さっさとティア様を連れて行け。邪魔だ」

 

 無線にそう言い放つと、機嫌が悪そうな声で女性が「分かった」と返事をする。

 

 「ティア様、こちらへ」

 

 「待ってくださ、アレン様が!」

 

 ヒルダが居やがるティアを連れ、舞台を降りると同時に諜報員が発砲する。

 

 銃声に合わせ、全員が飛び込むように舞台の陰に隠れ、銃弾をやり過ごした。

 

 「ティア!」

 

 「アレン様!」

 

 「必ず迎えにいく、それまで待ってろ!」

 

 アストの声に返事をする事も出来ず、ティアは連れ去られてしまった。

 

 

 

 

 アオイは銃弾を避けつつ、ステラの姿を探していた。

 

 だがすでに外に向かったのか、姿が見えない。

 

 「くそ!」

 

 ルシアと共に銃を撃ち返すが、当たらない。

 

 訓練はしていたがアオイにとっては初めての銃撃戦である。

 

 やはり訓練と実戦は違う。

 

 「頭下げろよ、アオイ!」

 

 スティングの射撃が諜報員の頭を正確に撃ち抜き、血をまき散らす。

 

 さらにもう片方の手で構えた銃でもう一人を射殺。

 

 同時に舞台の陰から飛び出して次々に屠っていく。

 

 「すごいな、スティング」

 

 「ここは任せろって!」

 

 流石にエクステンデットといったところだろうか。

 

 撃ち込まれる銃弾が明らかに減った。

 

 感心したのと同時に感じた悲しさを吐き出すようにアオイも銃を構えようとした時、横からヴィートが飛び込んでくる。

 

 「なっ!?」

 

 「見つけたぞ!!」

 

 側面からの蹴りを片腕を振り上げて防御するが、すぐに転ばされてしまう。

 

 「少尉!?」

 

 「モビルスーツ戦闘に長けてはいても、対人戦闘は大した事無いな」

 

 「このぉ!!」

 

 ヴィートが構えてきた銃を足を振り上げて逸らすと、アオイの顔を掠めるように銃弾が撃ち出された。

 

 危ない。

 

 アオイは冷や汗をかきながら、ヴィートを転ばすように足を掛けようとする。

 

 だが流石特務隊といったところ。

 

 飛び上ってアオイの足蹴りを避け、再び銃を撃ち込んで来た。

 

 床を転がりながら銃弾をやり過ごしていくと、そこにルシアが立ちふさがる。

 

 「邪魔だ。目的はアオイ・ミナトだけ、お前らには用はない」

 

 「少尉をやらせる訳にはいかないわ」

 

 「じゃあ、仕方ないな」

 

 ヴィートがルシアに襲いかかった。

 

 ルシアは通常の兵士に比べれば、十分に優れている。

 

 しかしコーディネイター相手に生身の戦闘では分が悪いと言わざる得ない。

 

 振りかぶられた拳を体を沈み込ませ何とか避ける。

 

 しかし反撃に移ろうとした次の瞬間、ヴィートの膝が振り上げられた。

 

 「ッ!?」

 

 避け切れないと判断したルシアは腕を交差させ、蹴りを止めるが倒されてしまった。

 

 「きゃああ!!」

 

 「手間を取らせんな」

 

 ヴィートは銃を構え、ルシアに狙いをつけた。

 

 「大佐!? この!!」

 

 アオイが飛びかかると、ヴィートはルシアからターゲットを変えて銃を向ける。

 

 「チィ!」

 

 丁度良い。

 

 ここで終わらせる。

 

 「お前を殺ったら次は奴だ!」

 

 しかしそこで倒れていたルシアが持っていた銃をヴィートに向けて投げつけた。

 

 不意をつかれたヴィートは避ける事が出来ず、腕に当たって銃を逸らした。

 

 「今だ!」

 

 立ちあがったアオイは持っていた銃ごと右手を思いっきり振り抜いた。

 

 「くっ」

 

 咄嗟に首をひねり回避しようとする、ヴィート。

 

 しかしそれが良くなかった。

 

 なまじ反射神経の良いコーディネイターだからこそ、避けるという選択をしてしまった。

 

 アオイの拳を避ける事はできた。

 

 だが彼はその手に銃を持っていた。

 

 銃身がヴィートの左目を抉るように直撃した。

 

 「ぐああああああ!!!」

 

 吹き飛ばされたヴィートは左目を押え、思わず蹲った。

 

 指の間から血が流れ、激痛が襲いかかる。

 

 「貴様ァァァァ!!」

 

 ヴィートは怒りのあまり絶叫しながら、左目を押え、銃を構えた。

 

 

 

 

 銃弾が床に当たり弾けると火花が散る。

 

 銃声が途切れる一瞬のタイミングを見逃さず、アストは撃ち返すとキラ達に呼びかけた。

 

 「キラ、ここは任せてティアを追え!」

 

 「分かった!」

 

 キラが銃を撃ち返しながらラクスを連れ、ティアを追って走り出した。

 

 それを見届けたアストの前にリースが笑って立っていた。

 

 「アレン、戻ってきて」

 

 「リース、俺はザフトに戻る気は無い。これ以上デュランダルに利用されるつもりは無いんだ」

 

 「……何を言ってるの? やっぱりあいつらの所為かな?」

 

 最後に会った時にも思ったがリースはどこかおかしい。

 

 そこにマユが銃を構えて前に出た。

 

 「アストさん、下がってください! この人は危険です!!」

 

 「マユこそ下がれ!」

 

 「……貴方がマユ? また邪魔を!!」

 

 リースが怒りに任せマユに銃を向ける。

 

 こいつは、いつも、いつも!!!

 

 引き金を引こうしたリースだったが、その前に飛び込んできた者が居た。

 

 「レティシア!?」

 

 リースの持った銃を弾き飛ばし、即座に懐に飛び込むと蹴りを入れる。

 

 「ぐっ、レティシアァァ!!」

 

 どうにか残った片腕で蹴りを防ぎ切ったリースだったが、銃を撃ち落とされてしまった。

 

 「これ以上は無駄です。降伏してください」

 

 「……殺す。お前も、マユも必ず殺す!!!」

 

 狂気すら感じる表情にレティシアもマユも若干引き気味に顔を歪めた。

 

 アストなど完全に引いている。

 

 そこに別方向からの銃声が鳴り響いた。

 

 兵士達が銃を構え、劇場に突入してきた。

 

 「テタルトス軍だ! 全員、銃を捨てて頭に手を置け! 従わない者はそれ相応の対応をさせてもらう!!」

 

 声を張り上げているのは間違いない。

 

 アスラン・ザラだ。

 

 その姿を見たアストは微妙に嫌な表情を浮かべた。

 

 「あれって」

 

 「よりによってなんであいつが来るんだ」

 

 突入してきたテタルトスを見たリースは舌打ちし、撃ち落とされた銃を拾って威嚇射撃しながら叫んだ。

 

 「殺すから。必ず殺してアレンをお前達から引き離す!!」

 

 兵士に囲まれないうちに離脱を図る。

 

 その動きに迷いがない所を見るとあらかじめ脱出する為のルートを確保していたのだろう。

 

 それはアオイと対峙していたヴィートも同じだった。

 

 テタルトスの介入を不利と判断して銃を下す。

 

 「……アオイ・ミナト、この借り必ず返す!」

 

 左目を押さえ、リースと同じように走り出した。

 

 「逃がすな、追え!」

 

 「はっ」

 

 他の諜報員を撃ち倒し、捕縛しながら兵士数人が逃げた連中の後を追っていく。

 

 指示を出し終えたアレックスは傍にいるセレネを伴い、頭に手を置いている者たちの所に歩き出す。

 

 その表情は実に微妙なものだった。

 

 「なんで貴様がこんな場所にいるんだ―――アスト・サガミ」

 

 アストはその質問に答える事無く、ただ空を見上げてため息をついた。

 

 

 

 

 会議室で始まった会談は開始からずっと平行線のままだった。

 

 初めからデュランダルが『デスティニープラン』を導入すると言い続けているが、他の代表者達はそれを受け入れる事が出来ないと主張していた。

 

 「議長、私達は頭ごなしに『デスティニープラン』のすべてを否定すると言っている訳じゃない。検証を進め問題点などを洗い出し、それを審議する必要があると言っているだけだ。その上で一部導入する事は可能かもしれないと私は思っている」

 

 カガリはデスティニープランのすべてが悪いとは思っていない。

 

 特に遺伝子解析で適性を知るというのは使い方次第では有用だろう。

 

 ただしそれはあくまでも本人の意思で行うかどうかを決めるというのが大前提だ。

 

 さらに第三者への開示を控え、将来の指針の一つとして提示するなどの配慮も必要だと考えていた。

 

 「アスハ代表の言う通りだ。問題点も分からないままで、導入、実行するなど不可能だ」

 

 「それにすべての国家の権限を無視して、導入する権利は貴方にはない。提案の一つとしてなら検証する事もできるでしょうが、それでも導入するかどうかを決めるのは各国家だ。貴方がとやかく言う事ではありませんよ」

 

 カガリを始めグラントやエドガーの発言を聞きいても、デュランダルは笑みを崩さない。

 

 「なるほど。皆さんの言い分は分かりました。しかし私は世界を変える為の『デスティニープラン』を諦めるつもりは毛頭ありません」

 

 「それはつまり武力を使ってでも、と取る事ができるが?」

 

 「どう解釈されても結構です。ただ私はこうも言った筈ですよ。これは人類の存亡を掛けた最後の防衛策であると。それに敵対するという事は――――人類にとっての敵だという事です」

 

 

 

 その瞬間―――閃光と衝撃が襲い、同時に銃声が響き渡った。




少しおかしいところがあるかも。しかも相変わらず出来が悪い(汗
後で加筆、修正します。すいません。


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第51話  月の死闘

 

 

 

 コペルニクスで世界の行く末を決めるとも言える会談が行われている中、外ではザフトとテタルトスの部隊が睨みあいを続けていた。

 

 別に彼らとて戦闘を望んでいる訳ではない。

 

 しかし過去からの因縁は簡単には払拭できない。

 

 そんな睨みあう両軍を尻目に、テタルトス軍巨大戦艦『アポカリプス』に近づいている者達がいた。

 

 彼らはミラージュコロイドを展開し、姿を隠しながら速度を出さずに徐々に近づいて行く。

 

 「……目標ポイントに到着」

 

 「合図と同時に作戦開始。目標、敵巨大戦艦『アポカリプス』」

 

 「「了解」」

 

 ミラージュ・コロイドを解除し、外装をパージすると数機のモビルスーツが現れた。

 

 

 ZGMFー121D  『シグーディバイド タイプⅢ強化型』

 

 

 中立同盟の新型機に脅威を感じたザフトがシグーディバイドタイプⅢを強化した機体。

 

 片手にしか装備されていなかったソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置を両腕に装備。

 

 さらに両肩に装備されたビームキャノンや強化された複列位相砲『ヒュドラⅡ』など火力も強化されている。

 

 最大の違いは背中のウイングスラスター。

 

 量産化に伴い性能が落されていたが、高出力化した事で通常のシグーディバイド以上の速度を出す事が可能で、他の量産機とは比較にならない性能を持っている。

 

 バラけるように飛び出す数機のシグーディバイド強化型の後ろにもう一機、新型機と思われる機体が佇んでいた。

 

 

 ZGMF-X92S  『サタナエル』

 

 

 ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。

 

 他の機体を違いモノアイタイプの頭部とパイロットの意向でI.S.システムは搭載しておらず、他の対SEED機とは違う異色の機体となっている。

 

 そしてアスタロスと同様に特殊OSが搭載され、パイロットの技量を最大限発揮できるよう仕上げられていた。

 

 先行するシグーディバイドの姿を眺めながら、パイロットであるクロードはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「さて、テタルトスはどう出るかな」

 

 敵の出方を予測しながら、背中のスラスターユニットを噴射させると異常とも言える加速で戦場となる宇宙を駆けていった。

 

 

 

 

 はっきり言って会いたくない人間というのはいるものである。

 

 理由は様々だ。

 

 相性だったり、過去の因縁だったり。

 

 アストに、そしてアレックスにとっても目の前にいる者は出来る限り会いたくない人物である。

 

 証拠に苦虫を噛む潰すような顔でお互いを睨んでいる。

 

 それを見たマユやレティシア、セレネは呆れたような表情で二人を見ていた。

 

 「もう一度聞く。何でここにいる?」

 

 「別に。ただの観光だ」

 

 真面目に答えるつもりのないアストにアレックスは視線をさらに鋭くする。

 

 銃を持って観光も何もないだろう。

 

 だが流石に騒ぎは不味いと思ったレティシアが割って入った。

 

 「アスト君」

 

 「うっ」

 

 「大人げないですよ、もう。……ごめんなさい、え~と」

 

 「……失礼しました。テタルトス月面連邦軍アレックス・ディノ少佐です」

 

 「そう。私は中立同盟スカンジナビア軍所属レティシア・ルティエンス少佐です。では事情は私からお話しますね」

 

 「……お願いします」

 

 レティシアがアレックスにこれまでの経緯を話していく。

 

 アストがアレックス達とは別の方に視線を向けるとキラと再び変装したラクスが歩いてくるのが見える。

 

 どうやらティアを捕まえる事は出来なかったらしい。

 

 そこでマユがアストの袖を少し引っ張った。

 

 「アストさん、あの二人何かあるんですか? その雰囲気が……」

 

 事情説明をしている二人の様子が少しおかしいような気がする。

 

 何と言うか酷く気まずそうなのだ。

 

 アストはそれだけで大体の事情を察した。

 

 「さあ。色々あるんだろう」

 

 前大戦での奴の発言を考えれば大体予想できるが、口に出すべきではない。

 

 言えばまた険悪な雰囲気になりそうだ。

 

 アレックスの様子がおかしいと思ったのはマユ達だけではない。

 

 傍にいたセレネもだ。

 

 確か前に一回だけアレックスが洩らした事があった。

 

 前に好きだった人の事を。

 

 その人の名前が確かレティシア。

 

 「この人が」

 

 セレネはレティシアを観察する。

 

 腰くらいまである長く綺麗な金髪に整った顔立ち。

 

 さらに背も高く、スタイルもいい。

 

 見る限り完璧だった。

 

 昔の事とはいえやはりセレネとしては面白くない。

 

 「むぅ」

 

 傍にいるセレネの様子に気がついたアレックスは一瞬、顔を引きつらせながら誤魔化すように「ごほん」と一回せき込む。

 

 「事情は分かりました。それで……」

 

 アレックスが視線を向けた先には手を頭に乗せたアオイやルシア、スティングがいる。

 

 「大佐、大丈夫でしたか?」

 

 「ええ。ありがとう、助かりました、少尉」

 

 戦う様子の無いアオイとルシアとは違いスティングは面白くなさそうに毒づく。

 

 「たく、こんな連中どうってこと無いのに」

 

 「スティング、テタルトスに手を出すなって言われたでしょう」

 

 「分かってるって」

 

 歩いてきた三人に見ると、アストは特に中央の女性に目を引かれた。

 

 感覚で分かる。

 

 アーモリーワンを襲撃した部隊にいたモビルアーマーのパイロットに間違いない。

 

 「大佐、どうしたんですか?」

 

 「いえ、少しね」

 

 ルシアの方もこちらに気付いているのか視線を向けきた為に二人は見つめ合う形になった。

 

 彼女はまさか―――

 

 アオイの訝しむような視線を無視してアストが声を掛けようとした瞬間、脇腹と右耳に痛みが走った。

 

 「イタタタタタ!!」

 

 「アスト君、何を見ているのですか?」

 

 「アストさん、何を見惚れているんですか?」

 

 レティシアとマユが耳と脇腹を思いきり抓ってくる。

 

 かなり痛い。

 

 「ち、違うから。俺はただ―――」

 

 その名前にアオイやルシアも相手の正体を悟った。

 

 「アストって、まさかアスト・サガミ!?」

 

 「彼がイレイズの―――」

 

 地球軍でも彼とキラ・ヤマトの名前は非常に有名である。

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』において圧倒的な戦果を叩きだした英雄。

 

 彼とここで出会うとは。

 

 そんなアスト達のやり取りを無視し、アレックスがルシア達の為に立つ。

 

 「私はテタルトス月面連邦軍アレックス・ディノ少佐です。あなた達の身元を明らかにしてください」

 

 「……私は地球連合軍ルシア・フラガ大佐です」

 

 それに反応したのはアスト達であった。

 

 「えっ?」

 

 「……フラガという事はやはり」

 

 アストは自分の予測が当たっていたと確信する。

 

 再び声を掛けようとした、瞬間アレックスの持っていた端末が大きく音を鳴らした。

 

 「どうした?」

 

 耳に当てた端末から聞こえてきた報告を聞いた途端、驚愕の表情に変わった。

 

 それはある意味で最悪の報告だったからだ。

 

 

 

 

 

 ≪会談の会場で爆発が起きたと報告が! それだけではなく、アポカリプスに敵襲! ザフト軍と思われます!!≫

 

 

 

 

 

 突然起こった衝撃と爆発。

 

 同時に護衛役として付き添っていた者達が各代表者を庇うように床に伏せさせる。

 

 そして会議室に踏む込む足音と共に銃弾が撃ち込まれた。

 

 「司令、ご無事ですか?」

 

 銃弾を机の下に隠れやり過ごし、ユリウスは懐から銃を取りだすとエドガーに声を掛ける。

 

 「ぐっ、ああ、問題ない」

 

 見れば腕や額から血が流れている。

 

 大丈夫と言ってはいるが出血が多い。

 

 今は大丈夫かもしれないが、万が一という事もある。

 

 早めに医療施設に向かわせるべきだ。

 

 煙で視界が塞がれる中、周囲に神経を集中させる。

 

 聞こえてくる声からして、どうやら他の代表者達も一応は無事のようだ。

 

 ユリウスは近づいてくる侵入してきた者達に銃を向けた。

 

 「これ以上好きにさせるつもりはない」

 

 足音や自身の感覚に従いユリウスが引き金を引く。

 

 銃声が鳴り響く度に呻き声と共に侵入者達が倒れていく。

 

 「ここまで直接的な行動にでるとはな」

 

 何かしら仕掛けてくるとは予想していた。

 

 それだけデュランダルは本気だという事だろう。

 

 煙を潜り抜け近づいてきた侵入者に足を掛け、床に倒すと頭に銃を突きつけ即座に射殺する。

 

 情報は欲しいが、今は時間がない。

 

 排除を優先すべきだと判断し、次々に侵入者を駆逐していく。

 

 その時、別方向から銃声が鳴り響くと侵入者が倒される。

 

 どうやら迎撃に出たのはユリウスだけではないようだ。

 

 思わぬ反撃に怯んだのか足音が遠のいて行く。

 

 「退いたか」

 

 煙が晴れ、周囲を確認する。

 

 デュランダルの姿は見えず、侵入者と思われる死体だけが転がっている。

 

 さらに視線を横に向けると、ラルスやムウが銃を構えているのが見えた。

 

 「……そちらの代表者達は無事か?」

 

 「……怪我はしているが、命に別条はない」

 

 床に座っているグラントは見る限りにおいては軽傷らしい。

 

 「こっちは護衛役の方が重症だな」

 

 ムウの視線の先にはカガリが自分の服を破り、彼女を庇って負ったと思われるショウの脇腹の傷を押えている。

 

 こちらはかなりの重症のようだ。

 

 「ミヤマ、しっかりしろ」

 

 「……大丈夫です」

 

 ユリウスがため息を付きながらも、医療機関の手配をしようとした時、再び足音が聞こえてきた。

 

 皆が銃を構えるが、会議場に入ってきたのはテタルトスの兵士達だった。

 

 「司令、大佐、ご無事ですか!?」

 

 「私は問題ない。だが怪我人がいる。急いで彼らを施設に運べ」

 

 「ハッ!!」

 

 兵士達が負傷した者達を運び出すために担架を準備する。

 

 慌ただしく動く中、一人の兵士から報告を聞く。

 

 「現在の状況は?」

 

 「はい。現在ザフト軍と思われるモビルスーツによってアポカリプスが奇襲を受けています」

 

 「アポカリプスに奇襲だと?」

 

 アポカリプスが狙い?

 

 いや、まだ何かをやるつもりだろう。

 

 各勢力の目を引きつけておく為に今回の会談に応じたのだから。

 

 「フォルトゥナの方は?」

 

 「まだ港に―――」

 

 「大佐、フォルトゥナが隔壁を破壊して、無理やり出港しました!!」

 

 「チッ」

 

 すでにデュランダルは此処から脱出した。

 

 ならば―――

 

 「私が出る。ディザスターを用意しろ。それからアレックスを呼び戻せ。後はバルトフェルドに指示を仰げ」

 

 「了解しました」

 

 「お前達は各母艦に戻れ。負傷者はこちらが責任もって治療する」

 

 ムウ達にそう呼びかけるとユリウスは会議室を飛び出し、自身の愛機が待つ場所に向け走り出した。

 

 

 

 

 月の外側で起きた戦闘はザフトが優勢な状況に立っていた。

 

 これは最初の奇襲を防げなかったのが大きい。

 

 テタルトスは大きく出遅れてしまったのである。

 

 そしてもう一つの理由。

 

 それが奇襲を仕掛けてきた新型モビルスーツの性能だった。

 

 シグーディバイド強化型は明らかに普通の機体とは違っていたのだ。

 

 「なに!?」

 

 「こいつらは!?」

 

 フローレスダガーが放ったビームランチャーを容易く回避した敵は懐に飛び込み、対艦刀を振るう。

 

 ビームの刃がフローレスダガーの胴体を両断、シグーディバイドが飛び退くと同時に爆発する。

 

 さらに背後から迫ってきたジンⅡがクラレントを叩きつける。

 

 しかし背後からの斬撃にも関わらず完ぺきに避けると肩に設置されているビームキャノンをコックピットに放った。

 

 「ぐぁああああ!!」

 

 パイロットは目の前に広がる光に呑まれ消滅すると機体も消し飛んだ。

 

 「怯むな! 各機連携を取りつつ、迎撃しろ! 単独で挑むんじゃない!」

 

 「了解!」

 

 指揮官の声で奇襲された動揺から落ちついたテタルトス勢は連携を取り始める。

 

 しかしそれを見て尚もシグーディバイドは止まらない。

 

 徐々に押されていくテタルトス軍。

 

 それに合わせ、周囲に展開していたナスカ級からもモビルスーツが次々と出撃。

 

 同時にサタナキアとベルゼビュートも攻勢に加わっていく。

 

 「……ぐっ、くそ、アオイ・ミナトめ!」

 

 ヴィートは抉られた左目の痛みに耐えながら、残った右目で敵機を睨みつける。

 

 「こんな雑魚共、さっさと片付けてやる!!」

 

 ヴィートは群がる敵機を砲撃で薙ぎ払い、対艦刀を抜いて襲いかかる。

 

 対艦刀を止めたジンⅡに対し、力任せに振り抜くとシールド諸共斬り裂いた。

 

 「どけェェ!!」

 

 さらにライフルとショットガンを同時に構えて発射する。

 

 攻撃が正確に敵モビルスーツを穿ち、大きな閃光を作り出した。

 

 同じく出撃したリースもまた苛立ったように操縦桿を握る。

 

 ベルゼビュートの背中と腰部には新たな武装が追加されていた。

 

 ビーム砲を内蔵した中型ビームクロウと対艦ミサイルポッド、高機動スラスターを装着。

 

 これによりさらなる高機動と高火力を獲得していた。

 

 「……あの女共は……いつも、いつも、いつも、いつもォォォ!!!!」

 

 リースの脳裏に浮かぶのはアストに寄り添うレティシアとマユの姿。

 

 「あいつらさえぇぇぇ!」

 

 怒りを吐き出すように肩のビームキャノンと腰部のビーム砲を一斉に撃ち出す。

 

 強力な火器でジンⅡとフローレスダガーを撃墜し、指揮官機と思われるバイアランに突撃する。

 

 「はああああ!!」

 

 リースは素早く操縦桿を操作。

 

 スラスターを使いバイアランのビームキャノンを回避する。

 

 そして振り下ろしたビームクロウが腕を斬り裂いた。

 

 「邪魔ァァ!!」

 

 同時に腰に装備されたビームクロウを射出する。

 

 飛び出したクロウからビーム刃が発生。

 

 バイアランのもう片方の腕を食いちぎり、背後から胴体を真っ二つにした。

 

 二機の猛攻に成す術なく蹂躙されていくテタルトスのモビルスーツ。

 

 

 そしてさらに―――

 

 

 「くそ、左の部隊をやるぞ! 俺について―――」

 

 その瞬間、彼の搭乗していたジンⅡはコックピットを抜かれ、撃破された。

 

 僚機としてついていた者達はどこからの攻撃なのか気がつかない。

 

 新手の新兵器か。

 

 それともドラグーンか。

 

 そんなパイロット達の疑問はすぐさま氷解した。

 

 ただ単純に速い。

 

 それだけだった。

 

 敵を視界に捕らえた瞬間、いきなり姿がかき消える。

 

 まるでテレポートでもしたかのように。

 

 「くそぉ!」

 

 恐慌に陥りかけた自分を叱咤しリゲルがメガビームランチャーを放つ。

 

 しかし、宙を薙ぐのみで捉えられない。

 

 そして再び敵機の姿を見失ったリゲルにビームライフルの一射が撃ち込まれ、宇宙のゴミへ変えられた。

 

 「フッ、歯ごたえがないな」

 

 手ごたえの無さにクロードは鼻で笑う。

 

 鮮やかな動きで攻撃を回避しながらサタナエルを動かし、次々と敵機を屠っていった。

 

 

 

 

 テタルトスは今完全に不利な状況に陥っている。

 

 誰もが危機感を募らせる中、すべてを覆す一機のモビルスーツが駆けつけた。

 

 ユリウスのグロウ・ディザスターである。

 

 戦場の様子を確認したユリウスは思わず舌打ちした。

 

 奇襲と新型機の猛攻によって完全に戦線をズタズタにされている。

 

 アポカリプスの方にも何機か取りつこうとしているのが見えた。

 

 「バルトフェルド、そちらはどうだ?」

 

 《どうにか落ち着きましたよ。しかし指揮は大佐が執るべきでは?》

 

 「私は戦闘の方に集中する。それに指揮を執るというのは性に合わなくてな。後は頼むぞ」

 

 《ハァ、了解です、大佐》

 

 ユリウスはバルトフェルドとの通信を終えると、正面の戦場を見据える。

 

 「まずは右に展開している部隊だな」

 

 押し込まれている味方を援護する為、戦場に突入した。

 

 攻撃を仕掛けようとするイフリートに肉薄すると、瞬時にビームサーベルで斬り捨てる。

 

 さらに敵からの砲撃をかわしつつ、別方向にいるグフをビームライフルで狙撃。

 

 突然現れたディザスターに対応できないグフはあっさりと撃ち抜かれ、爆散した。

 

 「うぁあああ」

 

 「バケモノだぁぁ!!」

 

 無数の砲撃を容易く潜り抜け、反撃してくるディザスターにザフトは全く対応できない。

 

 「大佐だ! ユリウス大佐だ!!」

 

 「いけるぞ! 全機、攻撃開始!!」

 

 ユリウスの活躍に鼓舞されたテタルトス軍は息を吹き返したように、一斉に反撃に転じる。

 

 それを見たヴィートとリースはディザスターに狙いを定めた。

 

 「あれが隊長機だ! アレさえ落とせば!!」

 

 「さっさと終わらせる!!」

 

 ベルゼビュートとサタナキアがディザスターに襲いかかる。

 

 「ふん、ザフトの新型か。丁度良い」

 

 彼らを落とせばザフトの士気も下がるだろう。

 

 ユリウスもまた応じる様にビームサーベルを構えて突撃する。

 

 「死んでよ!」

 

 リースはミサイルポットをディザスターを囲むように発射、同時に腰のビーム砲を放つ。

 

 その隙に動きを予測していたヴィートがビームランチャーで狙撃した。

 

 これで素早い動きが止まる筈。

 

 その間に接近して仕留める。

 

 そう考えた二人だったが、次の瞬間驚愕した。

 

 ユリウスは避ける事無くはドラグーンを二基ほど射出。

 

 すべてのミサイルを撃ち落とし、最小限度の動きで何条ものビームを避けて見せたのである。

 

 「なっ!?」

 

 「こいつ!?」

 

 今の攻撃で全く体勢を崩さないとは。

 

 ヴィートとリースはムキになったように、再び攻撃を開始する。

 

 しかしユリウスは攻撃には構わず、二機に向かって斬りかかった。

 

 「このぉ!!」

 

 「落とす!!」

 

 高ぶる感情に合わせたようにシステムが作動した。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 二人にあの感覚が包み込む。

 

 広がる感覚に身を任せヴィートは対艦刀を、リースはビームクロウでディザスターを迎え撃った。

 

 「はあああ!!」

 

 正面から突っ込んでくる敵機にタイミングを合わせてヴィートは突き放つ。

 

 しかし、斬撃が敵機を捉える事は無い。

 

 ディザスターは機体を僅かに横に逸らすのみで回避、光刃を振り上げた。

 

 その一閃が対艦刀を半ばから叩き折り、体勢を崩したサタナキアの胴体目掛けて蹴りを叩き込んだ。

 

 「ぐああああ!!」

 

 ユリウスは吹き飛ばされるサタナキアに向け、ライフルを構える。

 

 しかしそれをさせまいとリースが攻撃を仕掛けた。

 

 「よくもォォ!!」

 

 背中を向けたディザスターにビームクロウを叩きつけた。

 

 完全に隙を突いた攻撃。

 

 「これで!」

 

 だがそれすらも通用しない。

 

 ディザスターは鮮やかに光爪を避け切ると、シールドのビームカッターを展開。

 

 大型ビームクロウを横から串刺しにして、サーベルを上段から振り下ろした。

 

 「しまっ―――ッ!!」

 

 リースは致命傷を避けようと、串刺しにされた腕ごと無理やり機体を引く。

 

 腕を引きちぎりながら後ろに避けるとギリギリ機体を当たることは無く光刃が装甲を掠めていった。

 

 サタナキアがビームランチャーでディザスターを引き離しべルゼビュートの下に駆けつける。

 

 「無事か!?」

 

 「なんとか」

 

 ヴィートは思わず歯噛みする。

 

 左目が見えない状態とはいえ、自分とリースを相手にしてここまで圧倒されるとは。

 

 この程度で済んだのは間違いなくI.S.システムのおかげである。

 

 起動させていなければ間違いなくやられていただろう。

 

 敵機の動きを見てすぐに何らかの仕掛けがある事を看破したユリウスは今度こそ失望のため息をついた。

 

 「何か小細工をしているようだが、そんな物に頼って私が倒せるとでも思っているのか?」

 

 自身の技量を高める事を止め、あんなものに頼るとは。

 

 ザフトの質は本当に落ちたらしい。

 

 一気に止めを刺そうとした瞬間、ユリウスの全身に電流が走ったような感覚が襲い、危険を伝える。

 

 「何!?」

 

 ユリウスが機体を後退させると、一条のビームが宇宙を斬り裂いた。

 

 視線の先にいたのは、ビームライフルを構えたサタナエルだ。

 

 「……クロード・デュランダルか」

 

 サーベルを構えるディザスターをクロードは楽しそうに見つめる。

 

 「見せて貰おうか。ザフト最強と謳われたその実力を」

 

 サタナエルとディザスターは睨みあうように対峙した。

 

 

 

 

 反デュランダルの部隊と合流したミネルバは情報共有を行いながら、コペルニクスで行われている会談の状況を把握する為月に近づきつつあった。

 

 ザフトの部隊に見つからぬ様に慎重に動きながらである為に、ゆっくりな速度ではあったが。

 

 「艦長、会談の方は上手くいっているでしょうか?」

 

 アーサーが不安そうに聞いてくる。

 

 気持ちは分からないでもない。

 

 デュランダルが素直に会談に応じたというだけでも、非常に不気味である。

 

 何か仕掛けてくるのではないかという疑惑もミネルバクルーからすれば当然だった。

 

 「さあね。正直、上手くいくとは思わないけど」

 

 タリアはデュランダルの事を誰よりもよく知っている。

 

 だからこそ彼が今回の会談で自身の考えを改めなどあり得ないと確信していた。

 

 そんな彼女の考えを証明するかのように―――それは来た。

 

 気がついたメイリンであった。

 

 レーダーに動いている物体を発見したのである。

 

 「これは……」

 

 「どうしたの?」

 

 「えっと、前方に月に向って移動している物体が―――」

 

 報告していたメイリンの様子が突然変わった。そして即座にタリアの方に振り向く。

 

 「レーダーに反応! 後方からモビルスーツが接近してきます!!」

 

 「機種は?」

 

 「ザク、グフ、イフリート、シグーディバイド、それに不明機です!」

 

 報告を聞くだけでも結構な数のようだ。

 

 しかもあのシグーディバイドに不明機というのは、おそらく新型機。

 

 現在の戦力はミネルバとアルマフィ隊のみ。

 

 エルスマン隊とビューラー隊は別の場所で戦力を集めている最中だからだ。

 

 後手に回るのは不味いと判断したタリアは即座に指示を飛ばす。

 

 「対モビルスーツ戦闘用意! ルナマリアを出して! それから他の隊にも連絡を入れて!!」

 

 「了解!」

 

 ミネルバの背後から近づいていた数機のモビルスーツ。

 

 その中の見慣れぬ機体があった。

 

 

 ZGMF-X91S  『メフィストフェレス』

 

 

 ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツである。

 

 セカンドシリーズや対SEEDモビルスーツに搭載された武装の試験機としての側面を持ち、試作型パルマフィオキーナ掌部ビーム砲や試作型の『サルガタナス』などを搭載し高い火力を持っている。

 

 メフィストフェレスのモニターには戦艦と展開されたモビルスーツが映っている。

 

 パイロットである仮面の男カース、いやシオン・リーヴスはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 「ザフトに戻って最初の任務がネズミの始末とはな。まあ慣らし運転には丁度良いだろう」

 

 シオンはビーム突撃銃で狙撃してきたザクの懐に瞬時に飛び込む。

 

 「は、速い!?」

 

 「いや、貴様らが遅すぎるだけだ」

 

 ビームサーベルを引き抜くと躊躇う事無くザクのコックピットに突き刺した。

 

 そして横に回り込んだグフに投げつけ、背中の『ルキフグス』ビームキャノンで消し飛ばした。

 

 さらに大型ビームクロウを腕部に装着。

 

 斬りかかってきたグフを胴体を挟み、左右から食いちぎる様に真っ二つにして撃破する。

 

 素晴らしい。

 

 反応速度や火力、速度も申し分ない。

 

 これならば―――

 

 「フフフ、アハハハ、アスト、マユ・アスカ! お前達をこの手で殺せる!!」

 

 シオンにとって何よりも待ち望んだ瞬間が現実のものとなる。

 

 『ヤキン・ドェーエ戦役』と呼ばれた戦い。

 

 その最終決戦においてシオンはマユの乗るターニングガンダムによって撃破された。

 

 だが不幸中の幸いとでも言えば良いのか。

 

 ターニングガンダムの一撃はコックピットから逸れており、重症ではあったが何とか命を取り留める事が出来た。

 

 しかしシオンとしては生還を喜ぶ気になどなれなかった。

 

 あったのはアスト・サガミと自身を撃墜したターニングガンダムのパイロットに対する激しいまでの憎しみ。

 

 それを晴らす為にシオンは仮面で顔を隠し、名も変え、デュランダルの狗に成り下がってでも復讐の機会を待ち続けたのである。

 

 ようやくその望みが叶う。

 

 歓喜に震え、憎悪の笑みを浮かべていたシオンの視界に一機のモビルスーツが目についた。

 

 アストが搭乗していたエクリプスだ。

 

 細部に違いはあるが間違いない。

 

 シグーディバイドの放った斬撃を宙返りして回避、背後に回るとビームライフルで撃墜する。

 

 「少しはマシな奴もいるらしいな」

 

 今シグーディバイドに乗っているのはラナシリーズでもなければエースパイロットでもない。

 

 一般のパイロットだ。

 

 さっさとシステムを発動させれば多少はマシだろうに。

 

 判断の遅れがそういう結果を招くのだ。

 

 「ではお前に肩慣らしに付き合ってもらうか」

 

 シークェル・エクリプスに狙いをつけ、腹部に装備された複列位相砲『サルガタナス』を放つ。

 

 「なっ!?」

 

 撃ち込まれたビームに気がついたルナマリアは咄嗟に機体を引いた。

 

 その瞬間、エクリプスがいた空間を閃光が焼き尽くされる。

 

 強力なビーム。

 

 直撃すれば致命傷だ。

 

 ルナマリアが視線を向けた先にいたのは、白くどこか禍々しさを感じさせる機体だった。

 

 「新型機!? だからって!!」

 

 エッケザックスを抜き、メフィストフェレスに斬りかかる。

 

 シオンは斬撃を容易く回避すると、脚部に装備されたビームサーベルを放出し蹴り上げた。

 

 下からの斬撃をシールドを掲げて受け止めたルナマリアは相手の技量に舌を巻く。

 

 「くっ!」

 

 「どうした! この程度か!!」

 

 「このぉ!!」

 

 弾け合い、ライフルを構えて交差しながらビームを撃ち合う。

 

 「やるわね」

 

 それがルナマリアが相手の技量に対する素直な感想だった。

 

 しかも全く本気で戦っていない。

 

 まるで様子見しているかの様な不気味さがあった。

 

 ルナマリアはサーベラスとバロール同時に構え、メフィストフェレスに叩き込む。

 

 しかしシオンはあえて避けなかった。

 

 ビームシールドで砲撃を弾き返して突撃。

 

 懐に飛び込んでビームクロウを薙ぎ払いエクリプスを吹き飛ばした。

 

 「きゃああ!!」

 

 サーベルを防ぐ為にシールドを掲げていたのが、幸いした。

 

 クロウのビーム刃が抉ったのはシールドのみ。

 

 機体に損傷はない。

 

 「いいぞ。そのまま粘れ」

 

 「舐めるなぁ!!」

 

 ルナマリアは抉られたシールドを投げ捨て、対艦刀とビームサーベルを構えるとメフィストフェレスに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 激闘は続く。

 

 しかしその為に彼らは失念した。

 

 月に向かって一直線に突き進んでいく物体――――コロニーの存在を。




機体紹介2、3更新しました。

メフィストフェレスのイメージはリボーンズガンダム、サタナエルはシナンジュかな。

それから今さらですけど巨大戦艦アポカリポスのイメージはリーブラです。


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第52話  決意と宣言

 

 

 

 

 

 月での激戦が始まる少し前。

 

 港に停泊していたフォルトゥナの待機室でジェイルは会議の行方をラナやセリスと共に見守っていた。

 

 デュルク、レイは護衛役として、ステラはリース達と特殊な任務があるとの事でここにはいない。

 

 正直なところありがたい。

 

 以前はそう思わなかったが、最近フォルトゥナは非常に居心地が悪いと感じる様になっていた。

 

 ステラの件もあるのだろう。

 

 だがそれだけではない。

 

 上手く言えないのだが、ミネルバに比べ空気も重く、常に監視されているかの様に感じる時があるのだ。

 

 だから最近ジェイルはラナの傍で過ごす事が多くなっていた。

 

 フォルトゥナの居心地の悪さの所為か、彼女と話したりすることで余計に安心を感じるのだ。

 

 モニターに映っている会談は平行線を辿ったまま、変わらない。

 

 デュランダルが『デスティニープラン』を導入すると主張しても、他の勢力は頷く事はない。

 

 「……中々纏まらないですね」

 

 「……そうだな」

 

 ラナの呟きに画面を見ながら同意する。

 

 だがそれも当たり前といえば当たり前だ。

 

 『デスティニープラン』の導入を各国家が簡単に受け入れる筈はない。

 

 はっきり言ってしまえば、ジェイルでさえ戸惑っているというのが本音なのだから。

 

 「ジェイル?」

 

 「あ、いや……」

 

 それはここで言うべき事ではない。

 

 ラナまで余計な面倒事に巻き込んでしまうかもしれない。

 

 ジェイルの視線の先にはこちらを見ているセリスの姿があった。

 

 昔とは明らかに違う、冷たい視線。

 

 何の感情も籠っていない無機質な表情。

 

 シンと二人、楽しそうに笑っていた頃とはまるで別人である。

 

 これもまたジェイルが居心地の悪さを感じている理由の一つだった。

 

 前々からセリスの様子が変だとは思っていたが、最近は輪をかけておかしい。

 

 話しかけても冷たくあしらわれ、たまに監視しているかのようにジッとこっちを見ている時がある。

 

 「……何か?」

 

 「別になんでもない」

 

 ジェイルはあえて何も言わず、モニターに集中する。

 

 そこにはデュランダルが不敵な笑みを受かべているのが見えた。

 

 ≪どう解釈されても結構です。ただ私はこうも言った筈ですよ。これは人類の存亡を掛けた最後の防衛策であると。それに敵対するという事は――――人類にとっての敵だという事です≫

 

 その瞬間、突然モニターからの映像が途絶えた。

 

 「なっ、なんで!?」

 

 何かのトラブルだろうか。

 

 確認する為ブリッジに連絡を入れようとすると、丁度ヘレンから通信が入る。

 

 《緊急事態よ。全員、モビルスーツの出撃準備を》

 

 「何があったんですか?」

 

 《……詳しい事は不明だけど、会場で何かあったようね。もしかするとテタルトスや他の陣営が仕掛けてきたのかもしれないわ。ともかく準備を急いで》

 

 「「「了解」」」

 

 ジェイルはパイロットスーツに着替え、デスティニーに乗り込むと横に立ったシグーディバイド強化型を見る。

 

 あれに乗るのはラナだ。

 

 通常のシグーディバイドとは違い専用の装備を装着している。

 

 できれば彼女に危険な事はして欲しくはない。

 

 だが命令である以上は否とは言えなかった。

 

 ならば―――

 

 「ラナは俺が守らないと」

 

 そう覚悟を決めた時、ヘレンの顔がモニターに映る。

 

 《議長が戻られたわ。フォルトゥナも発進します》

 

 「会談は?」

 

 《それどころではないわ。会場が何者かに襲撃されたそうよ》

 

 「一体誰が……」

 

 《テタルトスかしらね。ともかく他の勢力が関わっているのは間違いないでしょう。とにかく出撃して。貴方達はアポカリプスの制圧を支援する事。あれの主砲を受けたらフォルトゥナでもひとたまりもない》

 

 「「了解!」」

 

 「……了解」

 

 ヘレンの話は信じ難いというのがジェイルの感想だ。

 

 テタルトスや同盟、連合が今仕掛けてなんの得がある。

 

 むしろ世界から非難の目を向けられ、より立場を悪くしてしまうだけだ。

 

 何よりも動機がない。

 

 今回のデスティニープランを押し通したいのはプラント側であり、他の勢力はすべて反対を表明していた。

 

 つまり不利な状況だったのはあくまでプラントでありこんな強硬策に出る理由はないのだ。

 

 フォルトゥナがトリスタンの砲撃で停泊していた港の隔壁を破壊、離脱を図る。

 

 すでに外では戦闘が始まっていた。

 

 戦艦から放たれた砲撃とモビルスーツ同士の攻撃が暗闇を照らしている。

 

 デスティニーがカタパルトに運ばれ、ハッチが開いた。

 

 色々思う所はあるが、考え込んでいても仕方がない。

 

 すでに戦いは始まっているのだから。

 

 「……ジェイル・オールディス、デスティニー、出るぞ」

 

 宇宙に飛び出したジェイルはいつも以上に重く感じるフットペダルを踏み込んで、セリス、ラナと共にアポカリプスに向う。

 

 状況はザフトが有利に進めており、敵巨大戦艦の傍まで迫っている。

 

 「順調なようね。私達も行くわ」

 

 「はい」

 

 「……了解」

 

 セリスのザルヴァートルを中心にシグーディバイドとデスティニーが続く。

 

 それにしても大きい。

 

 アポカリプスはテタルトスの武の象徴であった。

 

 ザフトや連合がテタルトスを何度攻めても、落としきれなかった理由の一つがあの戦艦の強力な火力が挙げられる。

 

 特に主砲の威力は別格。

 

 巻き込まれれば艦隊だろうが薙ぎ払われてしまう。

 

 だからあの戦艦の主砲を押えようとする事は当然の選択だった。

 

 しかし―――

 

 「あっさり行き過ぎている……」

 

 巨体さ故にアポカリプスは小回りが利かない。

 

 そんな事はテタルトスも分かっている。

 

 だから接近された際の武装として各部にビーム砲が設置されているのだ。

 

 しかし浮足立っている為か上手く機能していない。

 

 ザフトがテタルトスの部隊を誘導し、ビーム砲を使えない様にしている。

 

 まるで初めからこうする予定だったかのように。

 

 「余計な事は考えるな。戦闘に集中しろ」

 

 ジェイルは砲撃を回避しながら、ビームライフルでフローレスダガーを撃墜する。

 

 同時に肩のフラッシュエッジを抜くとジンⅡに向け投げつけた。

 

 投擲されたブーメランがジンⅡのウイングコンバットを破壊すると大きくバランスを崩す。

 

 その隙に肉薄しアロンダイトで敵機を両断した。

 

 それでもテタルトス軍は次から次に現れ攻撃を加えてくる。

 

 ジェイルは舌打ちしながら回避運動を取り、横目でセリスとラナの様子を確認した。

 

 それぞれ連携を取りつつ、敵を撃退している。

 

 二人は問題ないようだ。

 

 ライフルを連射しながら、順調に敵機を撃破しアポカリプスに近づいていく。

 

 このまま順調にいけば―――

 

 しかし思惑通り進むほど甘くは無かった。

 

 ラナやセリスの動きをフォローしながら、アロンダイトを振るっていくジェイルに強力なビームが撃ち込まれる。

 

 「何!?」

 

 腕を突き出しシールドを張ってビームを弾いた。

 

 警戒するように構えるデスティニーの前に現れたのは―――紅き機体。

 

 「これ以上好きにはさせない!」

 

 アレックスのノヴァエクィテスガンダムだった。

 

 傍にはセレネのエリシュオンガンダムも控えている。

 

 部下からザフト奇襲の報告を聞いたアレックスはアスト達を港まで護送するように命じ、セレネと共に戦場へ飛び出した。

 

 状況を聞きある程度押されている事は予想していた。

 

 だがいかに奇襲を受けたとはいえ、ここまで損害が出ているとは思っていなかった。

 

 アレックスは目の前にいる機体を睨みつける。

 

 この機体はヘブンズベースやオーブ戦で多大な戦果を上げたザフトの新型だ。

 

 「セレネ、相手はザフトのエースだ。油断するな」

 

 「了解」

 

 アレックスはデスティニーに標的を定めるとビームサーベルを抜き、加速をつけて斬りかかった。

 

 「テタルトスの新型かよ!」

 

 ジェイルもアロンダイトを構え、光翼を広げて応戦する。

 

 二機が高速ですれ違う。

 

 離脱と激突を繰り返し、刃が交錯する度に火花が散り、宇宙を照らした。

 

 「こいつ強い!?」

 

 アロンダイトの一撃を容易く捌き、斬り返される攻撃がデスティニーに襲いかかる。

 

 ノヴァエクティスのパイロットは通常のパイロットとは比較にならない技量を持っている。

 

 たとえエース級だとしてもこいつと渡りあうのは難しいだろう。

 

 だからこそここで抑えなければ―――

 

 「セリスやラナの所にはいかせない!」

 

 剣を両手で持ち直し加速をつけて振りかぶる。

 

 しかしアロンダイトの斬撃を機体を捻り回避した敵機が、逆袈裟からサーベルを振り上げてくる。

 

 「チィ!」

 

 サーベルの切っ先がデスティニーを掠めるように通り過ぎ、お返しとばかりにアロンダイトを横薙ぎに振り抜いた。

 

 アレックスはアロンダイトの斬撃をビームシールドで受け止めながら、相手の技量に警戒心を強くする。

 

 「このォォ!!」

 

 「なるほど、流石ザフトのエースか。だが!!」

 

 シールドの角度を変えて、アロンダイトを上方に弾く。

 

 そして生まれた一瞬の隙。

 

 それを見逃すほどアレックスはお人好しではない。

 

 回し蹴りの要領で右足のビームサーベルを蹴り上げた。

 

 「チィ!」

 

 迫る光刃を前にジェイルは咄嗟に左腕をアロンダイトから離し、サーベルに向けて横に払う。

 

 左腕のシールドがサーベルの軌道を変え、同時にノヴァエクィテスに向けて機体ごと体当たりして距離を取った。

 

 「くそ!」

 

 「ぐっ、思った以上にやるな」

 

 激突するデスティニーとノヴァエクィテス。

 

 その傍ではセレネとセリス、ラナが激闘を繰り広げていた。

 

 側面に回り込んだシグーディバイドがエリュシオンに両手に構えたビームガンを誘導するように連射。

 

 その隙にセリスのザルヴァートルがビームランチャーで狙撃する。

 

 「くっ」

 

 ビームをどうにか避けたセレネは両手に構えたイシュタルで狙いをつけて反撃する。

 

 しかし襲いかかる閃光を前に二機は左右に弾け飛ぶ。

 

 「速い!」

 

 「挟み込んで!」

 

 「了解」

 

 ラナが対艦刀の構え、セリスがサーベル二刀を展開すると左右から襲いかかる。

 

 セレネは即座に上昇。

 

 二機の斬撃を回避するがそこにザルヴァートルのビーム砲が放たれる。

 

 放たれたビームを前にエリュシオンはシールドを構え防御に回った。

 

 「流石に二機を相手にするのは厳しいですね。ならば―――」

 

 しかも二機ともそこらのエース級とは訳が違う。

 

 機体性能も高く、技量も高い。

 

 「落ちろ!!」

 

 迫る対艦刀を前に、セレネのSEEDが弾ける。

 

 イシュタルを一旦腰にマウント。

 

 シールドで対艦刀を流し、蹴りを入れて後ろから迫っていたザルヴァートルにぶつけた。

 

 「動きが変わった?」

 

 「こいつ!」

 

 思った以上にこいつはやるらしい。

 

 それならこちらも全力で戦うだけである。

 

 セリスのSEEDが弾け、サーベルを構えて突進する。

 

 「はああああ!!」

 

 「これ以上はやらせない!」

 

 セレネはレール砲とビームキャノンで二機を牽制しながら、サーベルを構えて応戦した。

 

 

 ザフトとテタルトスの戦闘開始。

 

 これは誰にとっても―――少なくとも同盟にとって予想外の出来事に違いなかった。

 

 アスト達の帰還を待ち、リヴォルトデスティニーに伴われたアークエンジェルは戦場に飛び出した。

 

 戦闘は激化しており、所々で大きな閃光が造られている。

 

 それを見たシンは思わず操縦桿を殴りつけた。

 

 「なんでこんな!!」

 

 会談の様子はシンも見ていた。

 

 途中で突然モニターが映らなくなるとすぐこんな騒ぎになってしまった。

 

 「話し合いじゃなかったのかよ!」

 

 憤るシンの後ろからトワイライトフリーダムを含む味方機が次々と出撃してくる。

 

 同時にアカツキから通信が入った。

 

 「全機、聞け。アスハ代表は無事だ。怪我は無かったが一応医療施設で検査を受けてる」

 

 「良かった、カガリさん」

 

 「俺達はこのままテタルトスを援護する。それからもう一つ、協力してくれてるザフトの部隊から救援の要請がきた。現在襲撃されているらしい」

 

 「襲撃!?」

 

 そこにはミネルバもいる筈だ。

 

 どの程度の規模の部隊から攻撃を受けているのかは分からないが、数によっては厳しい筈。

 

 助けに行きたいが、この状況では―――

 

 「俺が行く」

 

 「アレン!?」

 

 「アスト君!? また君はそんな無茶を! なら私も一緒に―――」

 

 「俺の方は大丈夫です。それにあまり戦力を分散するのは得策ではありませんし、まだ何か仕掛けてくるかもしれない」

 

 確かにここまで用意周到に準備していたからには、まだ何か仕掛けてくる可能性もある。

 

 「それより、シン」

 

 「えっ、はい」

 

 「これが最後の機会だ。わかってるな?」

 

 『デスティニープラン』が発表された際に言った事だ。

 

 直接デュランダルに話を聞くと。

 

 「分かってます」

 

 「キラ、後を頼む。マユ、シンを手伝ってやってほしい」

 

 「分かった」

 

 「はい」

 

 アストはイノセントに装備されている高機動ブースターを噴射させ、ミネルバの援護するため戦域から離脱した。

 

 それを見届けたシンは改めて戦場を見据える。

 

 「マユ、援護頼む」

 

 「了解しました、兄さん」

 

 リヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダムを先頭に各機が戦いに飛び込んで行った。

 

 

 同時刻。

 

 港に辿りついたアオイ達もまた動きだそうとしていた。

 

 港のガーティ・ルーを守る為に残っているエレンシアを除き、出撃したエクセリオン、ストライクノワール、カオスの三機が攻撃を仕掛けてくる敵機を排除する。

 

 「全員、聞こえるか? 我々もテタルトスを出来る限り援護する。ただし、ガーティ・ルーは港でギリギリまで待機する」

 

 現在この戦場の中で最も戦力的に不利なのは連合だ。

 

 ザフトやテタルトスのように数はない。

 

 同盟のように母艦を確実に守りきれるほど、エース級のパイロットがそろっている訳でもない。

 

 こんな混戦状況で母艦が出て行っても的になりかねないのだ。

 

 「各自状況に応じて臨機応変に判断しろ」

 

 「「「了解!!」」」

 

 スウェンの指示でアオイ達も連携を取る。

 

 「少尉、スティング、俺達は追いこまれた部隊の援護に回る。行くぞ」

 

 「了解!」

 

 ストライクノワールを中心にテタルトスの機体に攻撃を仕掛けているザフトの部隊に向かっていった。

 

 

 

 それが激突する度に火花が散る。

 

 二機のモビルスーツが常人では捉えられない凄まじい速度で戦場を駆け抜けていた。

 

 ディザスターとサタナエルである。

 

 両機が放った剣撃が暗闇を照らす。

 

 ディザスターの光刃がサタナエルを狙って袈裟懸けに振るわれ、それをクロードは見切っていたかのように機体を逸らせて回避する。

 

 「……相変わらず、主人に似て逃げるのだけは上手いな」

 

 「フッ、君こそ相変わらず苛烈だ。眩しいほどにね」

 

 サタナエルが周囲の残骸に紛れ、下に回り込むとライフルでディザスターを狙撃する。

 

 ユリウスは放たれた何条もの閃光を容易く避けると、再び機体を敵機に向け加速させた。

 

 「接近戦を好むのも変わらずか」

 

 クロードはディザスターから距離を取って、射撃に徹し接近を許さない。

 

 単純な技量でいえば、紛れも無くユリウスの方が上だろう。

 

 しかしクロードは自身の経験と冷静な状況分析。

 

 なによりも敵の事を知っているが故に互角の戦いに持ち込んでいた。

 

 「忌々しいな、人形。いい加減に本気を出したらどうだ」

 

 「私が本気でないと?」

 

 「まさかその程度で本気だとでも言うつもりか!」

 

 腹部から放たれたアドラメレクの砲撃により、動きを制限されたサタナエルに射出した二基のドラグーンで攻撃する。

 

 当然、クロードにこんな単純な砲撃もドラグーンも通用しない。

 

 だがそんな事は百も承知である。

 

 少しでもクロードの動きを制限できれば十分だった。

 

 当たり前のごとく回避したサタナエルに向い、対艦刀『クラレントⅡ』を振り抜いた。

 

 「チッ」

 

 体勢を崩されたサタナエルに対艦刀の切っ先が装甲を削り、同時に振るったビームカッターがサタナエルをシールドごと吹き飛ばす。

 

 「流石にやる!」

 

 今の激しい攻防で、サタナエルに与えた損傷は僅かな傷のみ。

 

 それだけでもクロードの技量は驚異的と言えるだろう。

 

 しかしユリウスにとっては問題はない。

 

 「……さっさと終わらせ―――ッ!?」

 

 畳みかけようとしたユリウスにビームが撃ちかけられる。

 

 体勢を立て直したサタナキアとベルゼビュートである。

 

 「よくもォォ!!」

 

 「調子に乗るな!!」

 

 二人もやられっ放しで終わるつもりはない。

 

 「この屈辱は晴らす!」

 

 「落としてやる!」

 

 ユリウスは舌打ちしながら砲撃を避け、ビームライフルで反撃する。

 

 「チッ、雑魚が邪魔を」

 

 「さて、いかに君であれどそう簡単に突破はできまい」

 

 「舐めるな」

 

 三機を相手にユリウスは一歩も引かず、射出したドラグーンを巧みに使い互角以上の戦いを繰り広げていく。

 

 そんなユリウスに再びあの感覚が駆け巡る。これは―――

 

 「……キラか」

 

 ユリウスは複雑な感情を押し殺し、斬りかかってきたサタナキアに蹴りを入れた。

 

 そしてドラグーンでベルゼビュートを誘導しながら感じ取った方向に視線を向ける。

 

 そこには蒼い翼を持った機体がこちらに向かって来ているのが見えた。

 

 キラのストライクフリーダムである。

 

 「やっぱりユリウス・ヴァリスか! それにあっちの機体に乗っているのは……」

 

 キラは一瞬だけ顔を顰めるが、すぐに戒める。

 

 両手に構えたビームライフルでベルゼビュートとサタナキアを引き離しながら、サタナエルを牽制するとディザスターの横についた。

 

 「……何の真似だ?」

 

 彼らの関係を考えれば、協力し合うなど普通はあり得ない。

 

 「……今はいがみ合っている場合じゃないでしょう?」

 

 確かにようやく味方が奇襲の動揺から立て直して押し返してきたが、不利な状況である事に変わりは無い。

 

 ならば利用できるものは利用すべき。

 

 今は個人的な感情を優先させる時ではない。

 

 「いいだろう。ただし邪魔と判断したら、即座に消してやる」

 

 「それで結構です」

 

 その様子を見ていたクロードは予想していなかった状況に笑みを浮かべる。

 

 「君までここに来ていたとはね。キラ君」

 

 「……クロード」

 

 「丁度良いかもしれないな」

 

 「何?」

 

 「君も見学していくと良い。変革の痛み―――いや、違うか」

 

 そこには何かを嘲るような含みがあった。

 

 「人のエゴを、かな」

 

 サタナエルは再びサーベルを抜き、ディザスターとストライクフリーダムに向って攻撃を開始する。

 

 そしてリースとヴィートもまた乱入者を見て睨みつける。

 

 「フリーダムだと!?」

 

 「邪魔ァァァァ!!!」

 

 ベルゼビュートとサタナキアも怒りを吐きだすように背後から襲いかかった。

 

 

 目の前に立ちふさがるザフト機を薙ぎ払いながら、二機のモビルスーツが戦場を駆け抜ける。

 

 トワイライトフリーダムとリヴォルトデスティニーである。

 

 ビームライフルを放ち、斬艦刀を振るい、防衛している部隊を次々と撃破していく。

 

 「かなりの数ですね」

 

 「ああ。この先だ」

 

 シン達の向っている途中にはかなりの数のモビルスーツが配置されているようだ。

 

 間違いない。

 

 この部隊を突破した先にデュランダルがいる。

 

 リヴォルトデスティニーはビームライフルでザクやグフを撃ち落とし、トワイライトフリーダムが斬艦刀でイフリートを一刀の下に斬り捨てた。

 

 だがザフトも二機の猛攻を前に何もしない訳ではない。

 

 前面に展開していた機体が割れるように左右に別れ、中央に配置されていたザクがオルトロスを構えて一斉に撃ち出した。

 

 強力な砲撃が二機に襲いかかる。

 

 しかし―――

 

 「そんなもの通じません! アイギス!!」

 

 トワイライトフリーダムの翼から射出されたアイギスドラグーンによって張られた防御フィールドによってすべての砲撃が弾かれた。

 

 その隙にシンはコールブランドで一気に斬り込む。

 

 「そこを通せェェェ!!!」

 

 斬艦刀の一振りが砲身諸共ザクを斬り裂くと背中のノートゥングを放つ。

 

 強力な砲撃にザクは成す術無く、吹き飛ばされていく。

 

 順調に突破していくシン達の前にようやく見えた。

 

 ミネルバに酷似した形状を持つ戦艦―――フォルトゥナの姿が。

 

 そこにいる筈だ。

 

 シンは光翼を発生させ、スラスターを吹かすとフォルトゥナに向けて突撃する。

 

 「このまま行ける!」

 

 そんなシンの前に上方から黒い翼を広げ、大鎌を持った機体が襲いかかった。

 

 「何!?」

 

 振るわれた大鎌の斬撃。

 

 シンは斬艦刀を鎌の持ち手に叩きつけ、受け止めると激しく鍔迫り合う。

 

 攻撃を仕掛けてきたのはデュルクのアスタロスである。

 

 「ここから先には行かせん」

 

 「アンタは……デュルク・レアード」

 

 「久ぶりだな、シン・アスカ」

 

 こいつがここで出てくるとは。

 

 「兄さ―――ッ!?」

 

 援護に駆けつけようとしたマユに四方からの砲撃が襲いかかる。

 

 上下左右に動きまわる砲塔から放たれた閃光をシールドで防ぎながら、敵の姿を確認した。

 

 「あれは……」

 

 そこにいたのは突きだすような砲塔をもつ特徴的なバックパックを背負った機体、レジェンド。

 

 「フリーダム」

 

 レイは邪魔者を見る怒りを込めた視線で蒼い翼を持つモビルスーツを睨みつけた。

 

 互いに武器を構え、睨み合う。

 

 その時、シンの下に通信が入ってきた。

 

 突然の事に驚愕する。

 

 何故なら通信相手は、フォルトゥナ―――ギルバート・デュランダルだったからだ。

 

 「……議長」

 

 《久ぶりと言ったところかな、シン。君には色々と聞きたい事があるのだがね》

 

 「俺も議長にお聞きしたい事があります」

 

 本当に聞きたい事は山ほどある。

 

 セリスやミネルバの事など。

 

 でも今は―――

 

 「『デスティニープラン』、本気なんですか?」

 

 デュランダルはいつも通りの笑みを崩す事無く躊躇わずに頷いた。

 

 《放送で言った通りだよ。私は世界を変える為に『デスティニープラン』を施行する》

 

 「なら何でこんな事をするんですか!? 今まで皆で話し合っていたじゃないですか!! 今回の会談は―――」

 

 《……シン、君も思った事がある筈だ。「何故こんな事に?」「どうしてこうなる?」、そんな憤りを感じた事が。今の世界にはそんな理不尽や戦いが溢れている》

 

 「ッ!?」

 

 確かにそうだ。

 

 シンも過去でも、そして今回の戦争で何度も見てきた。

 

 《私はそんな世界を変えたいと思っているだけさ。君も戦いを―――戦争を無くしたいと思った筈だ。その願いを叶えたければザフトに戻りたまえ》

 

 「その為の……『デスティニープラン』ですか?」

 

 《そうだよ。生きる人々が自分の役割を理解し、運命を知る。―――そこに戦いはない。皆がただ自分の役割を全うし、争う事も無く、穏やかに生きられる世界。私はそんな世界を創ろうとしている》

 

 そんな都合のいい世界なんて―――

 

 「……ならなんでこんな戦いが起きているんですか? 貴方は平和を望んでいるんでしょう?」

 

 《それは仕方ないよ。君も聞いていただろう、これは人類の存亡を掛けた最後の防衛策であると。それを邪魔するという事は世界の敵という事だよ》

 

 「でも!」

 

 《シン、考える必要はない。君は戦士だ。それこそが君の役割だ。何も考える事などないのだよ。さあ、平和な世界を創る為に戻ってきたまえ》

 

 その言葉にシンは呆然と―――そして憤りを込めて拳を握り締める。

 

 今デュランダルは役割と言った。

 

 戦士であると。

 

 結局それが彼の本音なのだ。

 

 確かにシンは戦う道を選んだ。

 

 それは紛れも無く確かな事だ。

 

 でもマユが言ったようにそれはあくまでも自分で決めた事。

 

 決して役割だからではない。

 

 つまり彼はシンが何を考え、何を感じようとも関係ない。

 

 ただ役割をこなす存在であればそれで良いと。

 

 そしてそんな考えを世界すべてに反映させるつもりなのだ。

 

 これでシンの意思は固まった。

 

 「……断ります。俺は自分の意志でここまで来ました。植えつけられた悲劇でも、あんな事はもう嫌だと。誰も失いたくないと。そう思って銃を手に取った」

 

 すべてが上手くいった訳じゃない。

 

 自分の所為で―――傷つけてしまった人も間違いなくいる。

 

 迷ったし、正しい事なのかなんて分からない。

 

 それでも―――

 

 「自分で決めたんです。ここにいる事もだ。俺はただの―――何も考えず従うだけの駒じゃない! そうだ、俺はシン・アスカだ!! 貴方の言いなりにはならない!!」

 

 その言葉を聞いて初めてデュランダルの顔から笑みが消えた。

 

 今までとは違う冷たい視線でシンを見つめる。

 

 《……そうか。なるほど、結果的にとはいえ、ヘレン、君の考えは正しかったようだ》

 

 《そのようですね》

 

 「何を!」

 

 《シン、もう君は不要だ。ここで邪魔な妹共々、消えてもらおうか》

 

 シンが言い返そうとしたその時―――正面から何かが近づいてくるのが見える。

 

 大きな筒状の物体。

 

 シンも知っている。あれは―――

 

 「レクイエムの」

 

 月に向かって移動してきているのはレクイエム使用の際、中継点に配置されていた廃棄コロニー。それが徐々に近づいてきていた。

 

 《テタルトスと一緒にね》

 

 

 まさか―――

 

 

 シンはモニターに映ったデュランダルがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。

 

 

 「アンタは! アンタって人はァァァァァ!!!」

 

 

 月での戦いは佳境を迎えていた。




機体紹介3更新しました。

今回もまた中途半端なところで終わってしまいました。

しかも時間が無かったので、またおかしな部分もあるかも。
後日修正します。


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第53話  集まる力

 

 

 

 

 

 

 多くの岩やゴミが散乱している宙域の中、何条もの光が飛び交っている。

 

 それは戦闘の光であった。

 

 今の時代別段珍しくも無い光景である。

 

 しかしおかしな点を挙げるとすれば戦っている機体であろうか。

 

 争っていたのはお互いに所属を同じくするザフトのモビルスーツだった。

 

 そして戦場の中央。

 

 襲撃を受けた側のナスカ級と共にミネルバが砲撃を放ちながらスラスターを噴射させ駆け抜けていた。

 

 「トリスタン、撃てェェ!!」

 

 敵を近づけさせまいと放たれたトリスタンの一射が敵モビルスーツを撃破していく。

 

 だが数の差は大きい。

 

 迎撃してもすぐに別のモビルスーツが襲いかかってくるのだ。

 

 今のままでは迎撃が追い付かなくなるのも時間の問題だろう。

 

 「ルナマリアは!?」

 

 「現在敵新型モビルスーツと交戦中です!」

 

 ルナマリアの駆るシークェルエクリプスはシオンのメフィストフェレスと未だに一歩も引く事無く戦い続けていた。

 

 「このぉ!」

 

 ビームライフルを連射し、メフィストフェレスを牽制する。

 

 連続でビームを叩き込み、敵機を寄せ付けない。

 

 一見余裕があるように見えるが、そうではない。

 

 敵モビルスーツの火力は通常の機体とは比較にならない。

 

 さらには機動性も非常に高い。

 

 極めつけがパイロットの技量。

 

 こちらもそこらのエースパイロットよりも上であり、非常に厄介だった。

 

 「どうした? もう終わりか?」

 

 腹部のサルガタナスがエクリプスを狙って発射される。

 

 迫る攻撃を前にルナマリアは機体を後退させ、ビームシールドを張って砲撃を防いだ。

 

 「くっ」

 

 咄嗟に計器を確認する。

 

 気にしているのはバッテリーの残量だ。

 

 シークェルエクリプスは稼働時間延長の為に改良が施されていた。

 

 それ故にデスティニーインパルスよりも格段に稼働時間も延長されている。

 

 だが、それでもこちらはバッテリーなのだ。

 

 いつか確実に限界時間は来る。

 

 だからこそ上手く戦わなくてはならない。

 

 こんな乱戦ではデュートリオンビームで補給する事もできないのだから。

 

 そう考えると最初にアンチビームシールドを失ってしまったのは痛い。

 

 ルナマリアは撃ちかけられる攻撃を加速して振りきる。

 

 同時にバロールを放った。

 

 実弾でのダメージは期待していない。

 

 体勢を崩せれば、それで十分。

 

 しかし、相手はそんなルナマリアの狙いを上回った。

 

 シオンはニヤリと笑みを浮かべ、迫る砲撃をいつの間にか分離させていたビームクロウの三連装ビーム砲で撃ち落とす。

 

 さらに背後から分離させたもう一方のビームクロウの三連装ビーム砲でエクリプスを狙った。

 

 「後ろ!?」

 

 ギリギリのタイミングで背後からの砲撃に気がついたルナマリアは咄嗟に光の盾で何条のも閃光を防御する。

 

 どうにか危機を脱したかに見えたエクリプスだったが、シオンはその隙に距離を詰めていた。

 

 「今度はこの武装を試させて貰おう」

 

 「ッ!?」

 

 再びメフィストフェレスに向き合ったルナマリアが見たのは左の掌から光を発する敵機の姿。

 

 それはパルマフィオキーナ掌部ビーム砲の光。

 

 アレの直撃を食らえば、確実に撃墜される。

 

 ルナマリアは持っていたエッケザックスを逆手に持ち、盾代りに前面につきだした。

 

 左手を突きだしたメフィストフェレスがエッケザックスを握り潰すようにして破壊。

 

 爆発に晒されたエクリプスを吹き飛ばす。

 

 「きゃああ!!」

 

 直撃は避けられた。

 

 それだけで十分に僥倖と言える。

 

 しかしエクリプスは吹き飛ばされた事により、大きく体勢を崩されてしまった。

 

 「予想外にそこそこ楽しめた。もう十分だ。―――死ね」

 

 シオンはエクリプスに止めを刺そうと、サルガタナスを発射した。

 

 腹部に収束された光が閃光となって撃ち出される。

 

 タイミング的に回避はできない。

 

 どうにか防御しようとルナマリアが手を突き出そうとしたその時、エクリプスを守る様に展開されたフィールドがビームを弾き返した。

 

 エクリプスの周りに浮遊していたのは―――フリージア。

 

 「えっ!?」

 

 「これは……」

 

 シオンとルナマリアが振り返った先にいたのは翼のようなビーム刃を背中から展開した白い機体。

 

 それを見たシオンの口元に今まで以上の笑みが浮かぶ。

 

 彼の胸中にあった感情は歓喜。

 

 何故ならこの時を何より待ち望んでいたのだから。

 

 「フフフ、アハハハハハハハ!! まさかお前が来るとはな、アストォォ!!」

 

 戦場に乱入して来たのはアストの駆る、クルセイドイノセントガンダムだった。

 

 

 

 

 通信を受け救援に駆け付けたアストは乱戦模様の戦場を見て、眉を顰めた。

 

 数に違いがある所為か、味方の部隊が徐々に押し込まれている。

 

 「不味いな」

 

 ここに来る途中で確認した月に向かって移動する廃棄コロニーの件も気になったが、急いで援護に来たのは正解だったようだ。

 

 背中のヴィルトビームキャノンをせり出し、同時にライフルとシールド内蔵ビーム砲を構えて一斉に撃ち出した。

 

 宇宙を裂くように放たれたビームの雨が正確にザクやグフを捉えては薙ぎ払う。

 

 その爆発に紛れ接近してくる敵機をワイバーンで斬り捨てると、指揮官機らしきイフリートとミネルバに通信を繋ぐ。

 

 「無事か?」

 

 「アレン!?」

 

 「救援はあなたでしたか。助かりましたよ」

 

 タリアとニコルが様々な反応でアストを出迎える。

 

 聞きたい事や言いたい事もあるだろうがそれは後回しだ。

 

 「進路を開きます。反対方向に離脱を。その後、あの廃棄コロニーを追ってください」

 

 「コロニー? さっき確認した?」

 

 「ええ、月に向かっています。もしかすると……」

 

 言葉を濁すアストにタリア達にも予想がついた。

 

 「急いで!」

 

 「了解」

 

 クルセイドイノセントの援護を受け、開かれた進路から母艦が後退する。

 

 それを確認するとアストは周囲を見渡した。

 

 探していたのはエクリプスの姿である。

 

 ミネルバの傍にはルナマリアの姿はなかった。

 

 彼女ほどの技量を持つパイロットが簡単にやられる筈はないが―――

 

 「ルナマリアはどこに?」

 

 そこでエクリプスが見た事も無い新型機と交戦しているのを発見した。

 

 持っていた対艦刀エッケザックスを潰され、爆発で大きく吹き飛ばされてしまっている。

 

 「ルナマリア!」

 

 アストは急ぎ背中のフリージアを射出する。

 

 エクリプスを守る様に防御フィールドを張ると敵モビルスーツから放たれたビームを弾いた。

 

 その隙に接近しバルムンクを上段から敵機に向けて振り下ろす。

 

 しかしその刃は展開されたメフィストフェレスのビームシールドによって阻まれ、激しく火花を散らした。

 

 「良いタイミングだな、アスト」

 

 「シオンか!?」

 

 聞こえてきたシオンの声に思わず視線を鋭くする。

 

 「来たのはお前だけか? マユ・アスカはどうした? あの女もこの手で殺してやりたいんだがな」

 

 「貴様」

 

 「まあいい。まずはお前からだ!」

 

 シオンはビームサーベルを抜きクルセイドイノセントに向けて振り抜いた。

 

 「ふざけるな!」

 

 メフィストフェレスの光刃を前にシールドで防ぐと負けじとアストもサーベルを叩きつける。

 

 これまでの事でも分かってはいたがシオンは何も変わっていない。

 

 昔と同じだ。

 

 放っておけば再びこいつの所為でまた同じような事が起きる。

 

 「だからここで!」

 

 アストは操縦桿を強く握りしめ、メフィストフェレスを睨みつけると背後にいるルナマリアに声をかけた。

 

 「ルナマリア、ミネルバと一緒に離脱してコロニーを追え」

 

 「でも、アレン!?」

 

 「俺は大丈夫だ。行け!」

 

 「くっ、了解!!」

 

 エクリプスは反転するとサーベラスで残りの敵機を撃ち落としながら、ミネルバの後を追って離脱する。

 

 ルナマリアが戦線を離れたのと合わせ、ライフルを同時に撃ち出した。

 

 射撃のタイミングも殆ど誤差がない。

 

 嫌な話ではあるが、何度も刃を交えてきたが故にお互いの癖も分かっている。

 

 加えてシオンも地球軍で遊んでいた訳ではないらしい。

 

 明らかに前大戦時よりも技量が上がっていた。

 

 メフィストフェレスから放たれた砲撃を紙一重でかわし、距離を詰めると斬艦刀を一閃した。

 

 横薙ぎに払われた斬撃を左手のシールドを張って弾いたシオンは右足のビームサーベルを斬り上げてくる。

 

 「また足にサーベルのついた機体か!?」

 

 イージスといい、こいつといい、面倒な武装ばかりをつけている。

 

 幸いアストにとってこの手の機体と戦うのは慣れていた。

 

 蹴り上げられた斬撃を後退して回避。

 

 しかしその直後、今度は上段からサーベルが振り下ろされてくる。

 

 「この!!」

 

 ナーゲルリングで斬撃を弾き、体当たりでメフィストフェレス吹き飛ばす。

 

 だが敵も腹部のサルガタナスを撃ち込んで来た。

 

 「チッ」

 

 展開していたフリージアを前面に展開して防御する。

 

 「ククク、こうやって貴様を殺す時をどれほど待ち望んでいたか」

 

 正直、シオンにとって地球軍にいた頃は腸が煮えくり返るほどの屈辱だった。

 

 だがそれでもデュランダルに利用されていると分かっていても、従って来たのはこの時の為である。

 

 「さあ、死ね、アスト!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 I.S.システムが起動するとメフィストフェレスの動きが変わり、クルセイドイノセントに襲いかかった。

 

 

 

 

 激しい戦いが続く月の戦場。

 

 近づいてくるその物体に気がついた者は皆、例外なく絶句していた。

 

 当たり前だ。

 

 大きな廃棄コロニーがこちらに近づいていたのだから。

 

 それはクロードと相対していたユリウスも同様であった。

 

 それでもすぐさま正気を取り戻したのは流石だろう。

 

 サタナエルの攻撃を捌きながら、舌打ちする。

 

 「……チッ、これが本来の狙いか」

 

 ベルゼビュートとサタナキアの相手をストライクフリーダムに任せ、複列位相砲でサタナエルを引き離し視線をコロニーに向ける。

 

 もしもあのコロニーが月の都市に落ちれば、間違いなく壊滅してしまう。

 

 あの速度では市民の避難は間に合わない。

 

 ならば取るべき方法は二つ。

 

 破壊するか、進路を外すか。

 

 だがこの状況ではコロニーを破壊する、もしくは進路を変える為に部隊を派遣するのは難しい。

 

 となればもう残された方法は一つしかない。

 

 ユリウスは軍本部に通信を入れた。

 

 「バルトフェルド、アポカリプスはどうなっている?」

 

 《応戦はしているんですがね。内部に侵入されてしまったようです》

 

 最初の奇襲の際にアポカリプスに近寄られ過ぎた。

 

 しかしもはや猶予は無い。

 

 「……アポカリプスの主砲を使ってコロニーを破壊する。指示を出せ」

 

 《それしかないですかね。しかし内部もゴタゴタしてますからね。上手く狙いをつけられるか》

 

 ユリウスはアポカリプスの主砲が向いている方向を見た。

 

 常に敵勢力の侵攻を警戒している事が幸いし、外側を向いている。

 

 しかし肝心のコロニーからは若干外れてしまっていた。

 

 「狙いが付けられないならば、コロニーの方を主砲の有効範囲に移動させるしかないか」

 

 だがテタルトスの戦力は現在の防衛線を維持する為に外せない。

 

 ならば―――

 

 ユリウスはチラリと背後で戦っているストライクフリーダムを見る。

 

 「さっさと落ちて!!」

 

 リースは腰のビームクロウを飛ばし、自分は背後からストライクフリーダムに襲いかかる。

 

 挟み撃ちだ。

 

 だがキラは機体を上昇させて挟撃を回避。

 

 両手のビームライフルを連結させ、ベルゼビュートを狙い撃つ。

 

 その射撃にリースは残った腕を突き出してシールドを展開し、防御するが後退させられてしまう。

 

 「ぐうううう」

 

 「リース!? くそ、フリーダムゥゥ!!!」

 

 ヴィートはアガリアレプトのビームブーメランを取り外すとストライクフリーダムに投げつけた。

 

 もちろんこれで仕留められるとは思っていない。

 

 ブーメランは囮だ。

 

 サタナキアはブーメランを避けたストライクフリーダムの動きを予測し、ビームランチャーを撃ち出した。

 

 だがそれすらもキラには通用しない。

 

 バレルロールしながらビームの閃光を回避、接近してサーベルを抜き放った。

 

 「速い!?」

 

 ヴィートは咄嗟に機体を横に流す。

 

 その瞬間、すれ違い様にサタナキアの右足が斬り飛ばされていた。

 

 「貴様ァァ!!」

 

 あの二機は完全に意識をストライクフリーダムの方へ向けている。

 

 キラの相手をしている限り、あの二機がこちらの邪魔をすることは無い。

 

 ユリウスはそれを見ながら、バルトフェルドに指示を飛ばした。

 

 そう―――戦力が足りないならば別の所から補えばいい。

 

 利用できるものは利用させてもらおう。

 

 「バルトフェルド、同盟、連合に状況を伝え、協力を要請しろ。コロニーの進路を逸らせとな」

 

 《なるほど。了解しました、大佐》

 

 同盟、連合共に主要人物がまだコペルニクスにいるのだ。

 

 嫌とは言うまい。

 

 「作戦は決まったかな」

 

 「チッ、いちいち鬱陶しい」

 

 デュランダルと全く変わらぬ声。

 

 惑わすように発言してくるクロードに若干の苛立ちを感じながら、ユリウスはライフルでサタナエルを牽制した。

 

 クロードは加速を付けて射撃を回避する。

 

 そして再び残骸に紛れ側面に回り込み、サルガタナスを撃ち込んできた。

 

 クロードの戦い方は非常に上手い。

 

 こちらの動きを読み、分析して最善の手を打ってくる。

 

 「……面倒な奴だ」

 

 「さて君らがどうするのか見せてもらおうか」

 

 クロードはあくまでも余裕を崩さない。

 

 まるで今の状況を全く意に介していないような口ぶりで再びディザスターに襲いかかった。

 

 

 

 

 どの戦場も膠着状態。

 

 近づいてくるコロニーを気にしつつも、目の前にいる敵に集中せざる得ない。

 

 だがその時、各勢力にテタルトスからの通信が入ってきた。

 

 《聞こえるかな。私はテタルトス月面連邦軍アンドリュー・バルトフェルド中佐だ。同盟軍、地球軍、双方聞いて欲しい。現在、月に向かって一基、コロニーが近づきつつある。これをアポカリプスの主砲で排除したいのだが、若干有効範囲からずれてしまっている》

 

 アークエンジェル、ガーティ・ルーそして戦うムウ達やアオイ達もその通信に耳を傾ける。

 

 《こちらが動きたいところだが、生憎こちらも手一杯でね。そこで君達に協力をお願いしたい。コロニーの進路を主砲の有効範囲まで押し込んでほしい。ただしアポカリプス内部にもザフトに侵入、妨害を受けている為、狙えるのは一度きり。しかも時間が無い。無茶なのは承知しているが、どうか頼む》

 

 バルトフェルドが各勢力の意思を確認しなかったのは、何も言わなくとも確実に協力するだろうと確信していたからだ。

 

 何故なら今彼らがテタルトスに協力している事こそがその答え。

 

 コペルニクスには彼らの代表者が未だ留まっているのだから。

 

 最初に動いたのはアオイ達だった。

 

 「中尉! 俺達も」

 

 「そうだな。だがここの守りが」

 

 スウェンはフラガラッハでザクを斬り飛ばしながら港を見る。

 

 突破されてしまえばガーティ・ルーを守る戦力はエレンシアのみ。

 

 一番攻撃力の高いエクセリオンだけを行かせるべきか。

 

 コロニーの進路を僅かだろうと逸らそうというのだ。

 

 戦力は多いに越した事は無い。

 

 その時、強力なビームの一撃が港の方向から放たれ、敵モビルスーツを薙ぎ払った。

 

 アオイ達が視線を向けるとそこには試作高エネルギー収束ビーム砲を構えたエレンシア。

 

 そしてもう一機――――アオイのかつての愛機イレイズがこちらに向かってきているのが見えた。

 

 「全員無事か?」

 

 「大佐!?」

 

 エレンシアから聞こえてきたのはラルスの声だった。

 

 背中の新装備サンクションストライカーに装備されたドラグーンを射出して、敵部隊を襲撃する。

 

 撃ち込まれた砲撃を前に態勢を崩した敵に飛び出してきたイレイズも背中に装着した装備を射出する。

 

 イレイズの背中には『ガンバレルストライカーⅡ』が装着されていた。

 

 「いきなさい!」

 

 四方に放出されたガンバレルの素早い動きに対応できないザフトの機体を次々と撃墜していった。

 

 アオイはイレイズを援護しようとアンヘルを撃ち込んでフォローに回る。

 

 「ありがとう、少尉」

 

 「いえ、それよりもイレイズは修復を終えたんですね」

 

 「ええ、エレンシアは元々兄の機体だもの。何時までも私が乗っている訳にはいかないでしょう」

 

 イレイズmkⅡは地上で中破の損傷を受けてからエンリルに運び込まれ、ストライクノワールやカオスと共に改修を受けていたのだ。

 

 とはいえ外見は殆ど変わらない。

 

 変化といえば一部追加装甲らしきものを付けているくらいだ。

 

 それでも十分機体性能は上がっている。

 

 ある程度の敵を排除するとラルスが指示を飛ばした。

 

 「全員、聞け。我々もコロニーに向かう」

 

 「ここの守りは?」

 

 「機体の火力から考えて、行くのは私、少尉とスティングだ。ここはルシアとスウェンに任せる」

 

 確かに二人の実力ならばそうそう遅れを取る事は無い。

 

 「少尉、無理はしないようにね」

 

 「ありがとうございます、大佐」

 

 ルシアの気遣いに力強く頷きながらアオイはラルスやスティングと共にコロニーに向かってスラスターを吹かせた。

 

 

 

 

 動き出したのはアオイ達だけではない。

 

 当然同盟軍もまた動き出そうとしていた。

 

 バルトフェルドからの通信を聞いたマリューはアークエンジェルを守る様に戦うヴァナディスとインフィニットジャスティス、アカツキに連絡を入れる。

 

 「本艦もコロニー迎撃に向かいます」

 

 コロニーの進路を逸らすための火力はいくらあってもいい。

 

 だがそれには敵陣を真正面から突っ切っていく必要がある。

 

 「……危険だって言っても、それしかないか」

 

 後はスレイプニルを使えれば、かなり有利になる。

 

 しかし現在はストライクフリーダム用しかない。

 

 ジャスティス用のスレイプニルはスカージとの戦闘で破壊されてしまったからだ。

 

 だが肝心のキラは現在アポカリプス方面でザフトの新型と戦闘中。

 

 となればキラがこちらに戻れるように誰かが援護に行くしかないだろう。

 

 「私がキラの所に行きます」

 

 「いえ、ラクスはアークエンジェルの護衛を。私が行きます」

 

 「しかし、レティシア!!」

 

 「無理はしません。フラガ一佐、後は頼みます」

 

 「了解だ。こちらは任せてくれ」

 

 レティシアが頷くとアポカリプスの方に向って移動を開始する。

 

 ヴァナディスの邪魔をさせないようアカツキが背中の誘導機動ビーム砲塔を射出し、進路を塞ぐ敵モビルスーツを撃ち抜いた。

 

 「あれは」

 

 レティシアの視界にストライクフリーダムと二機のモビルスーツが交戦しているのが見えた。

 

 その内の一機を見たレティシアは顔を顰める。

 

 ベルゼビュートだ。

 

 正直あの機体のパイロットとはあまり関わり合いになりたくない。

 

 レティシアは首を振って気持ちを切り替えると再びドラグーンを射出し、ベルゼビュートを囲むように展開すると同時にアインヘリヤルを抜き放った。

 

 「リース、下がれ!!」

 

 「なっ!?」

 

 突然ドラグーンによる攻撃を受けたリースはヴィートの声に合わせスラスターを逆噴射。

 

 残った腕でシールドを張り後退する。

 

 四方から撃ちかけられたビーム攻撃を前に操縦桿を絶え間なく動かし続け回避行動を取った。

 

 「鬱陶しい!」

 

 ビームキャノンでドラグーンを薙ぎ払おうとするが、相手は巧みに砲塔を動かし、攻撃をすべてかわしてしまう。

 

 上手い。

 

 こちらの嫌がる位置にドラグーンを配置させ、動きを阻害してくる。

 

 苛立ちながらも反撃の隙を窺っていたリースだったが、コックピットに警戒音が甲高く鳴り響いた。

 

 「くっ!」

 

 斬艦刀を片手に構えたヴァナディスが速度を上げて斬りかかってくる。

 

 リースは斬艦刀の一撃を肩のビームクロウで受け止め、ビームソードで斬り返した。

 

 だがそれを読んでいたレティシアは即座に後退すると光刃は空を斬り、再びドラグーンをリースに向かわせる。

 

 それ動きだけでリースにはパイロットが誰かが分かった。

 

 口元に壊れた笑みが浮かぶ。

 

 「……フフフ、アハハハハ! わざわざ殺されに来たんだね。行く手間省けた。レティシアァァァァァ!!!!」

 

 リースはありったけの憎悪をこめてビーム砲を撃ち出した。

 

 迫る閃光を前にレティシアはアイギスドラグーンを放つと防御フィールドを張ってビームを弾く。

 

 「……だから嫌だったんです。貴方と関わり合いになるのは」

 

 何を言っても通用しない。

 

 それは今までの事から十分すぎるほど分かっている。

 

 正直疲れるだけなのだ。

 

 レティシアはため息をつきながら、自分に引きつけるように誘導していく。

 

 「リース―――ッ!?」

 

 ストライクフリーダムを引き離し援護の向かおうとしたサタナキアにヴァナディスが高出力収束ビーム砲で牽制する。

 

 「こいつ!!」

 

 「レティシアさん!?」

 

 「ここは私が抑えます。キラ君はスレイプニルであのコロニーの進路を逸らしてください。アークエンジェルが既に向っています」

 

 キラはチラリとコロニー方面に向かうアークエンジェルを見る。

 

 ムウのアカツキとラクスのインフィニットジャスティスが奮戦している姿があった。

 

 近づいてくる敵はジャスティスが斬り伏せ、アカツキの誘導機動ビーム砲塔を上手く使い、敵を寄せ付けていない。

 

 そして今度はコロニーの方へ目を向ける。

 

 若干迷いがあるがレティシアならば大丈夫だろうと信じる事にしたキラは頷いた。

 

 「……分かりました。ここは頼みます」

 

 「了解」

 

 ストライクフリーダムは反転し、アークエンジェルに向かって飛び立つ。

 

 「逃がすと思うか!!」

 

 「追わせません!」

 

 キラを追う為に前に出ようとするサタナキアに右足のビームソードで蹴りつける。

 

 「邪魔だ!!」

 

 ヴァナディスの蹴りをかわしたヴィートは苛立ちながらも対艦刀を叩きつけた。

 

 

 

 コロニー方面に向かって行くストライクフリーダム。

 

 その姿はノヴァエクィテスと攻防を繰り広げていたジェイルにも見えた。

 

 「あれは……フリーダム!?」

 

 ジェイルの胸中に怒りと憎悪が湧きあがってくるが、オーブで交戦した機体とは形状が明らかに違う。

 

 おそらくは別の機体だ。

 

 「よそ見をしている暇はあるのか!」

 

 「チッ!!」

 

 下から振り上げられたサーベルにシールドを掲げ、光刃を受け止める。

 

 ジェイルは凄まじい光の中で光刃を押し返そうと力一杯操縦桿を押し込み、同時にアロンダイトを横薙ぎに叩きつけた。

 

 しかしそれも完ぺきに防がれてしまう。

 

 「くそ!」

 

 密着状態から蹴り上げられた敵機のビームソードを飛び退いて回避したジェイルは両肩のフラッシュエッジを投げつける。

 

 しかしその攻撃もまたノヴァエクィテスによって捌かれてしまう。

 

 ジェイルはこの局面で迷いが生じていた。

 

 その理由は言うまでも無い。

 

 近づいてくるコロニーの存在である。

 

 議長はあれを月に落とすつもりなのだろうか。

 

 いくらなんでもそんな事を―――

 

 その時、すぐ傍でエリシュオンと攻防を繰り広げていたザルヴァートルが突然距離を取って動きを止めた。

 

 「セリス!? 何を―――」

 

 そこでジェイルも気がついた。

 

 フォルトゥナの近くで戦闘を行っている機体の存在に。

 

 オーブで見たシンの機体リヴォルトデスティニー、そして自身の討ち果たすべき宿敵トワイライトフリーダム。

 

 「何故奴らがあんな所に?」

 

 そんなジェイルの疑問を余所にセリスは飛行形態に変形し、フォルトゥナの方へ向かって行く。

 

 「セリス、待て!!」

 

 「フォルトゥナが落とされたら意味が無い」

 

 確かにその通りだ。

 

 フォルトゥナには議長も乗っている。

 

 落とさせる訳にはいかない。

 

 再びこちらに突っ込んでくるノヴァエクィテスを睨みつけ、ジェイルは叫びを上げた。

 

 「邪魔だァァァァ!!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾けた。

 

 デスティニーが翼を広げ、光学残像を伴って向かってくる敵機に突撃する。

 

 「何!?」

 

 振りかぶられたサーベルを潜り抜け、アロンダイトを一閃した。

 

 デスティニーの刃がノヴァエクィテスのライフルを切り裂き、同時に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

 同時にエリシュオンに高エネルギー長射程ビーム砲を放ち、ラナ機から引き離した。

 

 「ジェイル!」

 

 「ラナ、俺達もフォルトゥナの方に――――!?」

 

 ジェイルは目の端で捉えた何かから発せられた攻撃を避ける為、咄嗟にデスティニーを前面に加速させる。

 

 すると今までいた空間を強力なビームが通り過ぎた。

 

 囲むように何条ものビームが別方向から次々に襲いかかる。

 

 「これは―――ドラグーンか!?」

 

 デスティニーの周囲には通常よりも大きい三つの砲門を持った砲塔が浮かんでいた。

 

 ノヴァエクィテスのリフター『シューティングスター』から射出されたドラグーンである。

 

 「お前の好きにはさせない!!」

 

 アレックスもまたSEEDが弾けた。

 

 スラスターを噴射、加速をつけながらデスティニーにサーベルを叩きこむ。

 

 「この!!」

 

 ジェイルもまたアロンダイトを構えて斬りかかり、再び二機の斬撃が交わると眩い光を放った。

 

 

 

 

 各勢力が動き出した時、ザフト以外で最もコロニーに近い位置にいたのはシンとマユだった。

 

 シンはビームライフルを連射しながら大鎌を振りかぶってくる黒い機体アスタロスを注視する。

 

 その姿はまさに悪魔を連想させる形状だった。

 

 いや、あんな大鎌を持っている所から見て死神と言った方が適切な表現になるだろうか。

 

 振りかぶられた大鎌をバレルロールしながら避け、コールブランドを一閃する。

 

 だがお互いを狙った斬撃は当たる事無く空間を薙ぐのみで終わった。

 

 シンは距離を取りながら、近づいてくるコロニーに目を向ける。

 

 あんな物が月へ落ちればどれだけの被害が出るか。

 

 憤りを抑えながら離れていくフォルトゥナを見る。

 

 「議長! くそ!!!」

 

 とっくに通信は切られ、もうこちらの声は届かない。

 

 確実に分かっている事。

 

 それは議長はもう止まるつもりは無いという事だけだ。

 

 「させてたまるかァァ!!」

 

 互角の戦いを繰り広げるリヴォルトデスティニーとアスタロスの傍ではトワイライトフリーダムとレジェンドが鎬を削っている。

 

 マユはドラグーンから放たれるビームを上手くシールドを使いながら捌き、本体であるレジェンドにライフルで攻撃を加えていく。

 

 だがレイはビームの射撃をシールドで容易く防ぐと周囲にすべてのドラグーンを集め、ライフルと共に一斉に撃ち出した。

 

 「ッ!?」

 

 マユは咄嗟にビームシールドを張り、襲いかかるビームの雨を防御する。

 

 しかし無数のビームを受け止めた衝撃で吹き飛ばされてしまった。

 

 「マユ!? くそ、レイ!!」

 

 シンはアスタロスをライフルで牽制しつつ、ノートゥングを放ちトワイライトフリーダムから引き離す。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「私は大丈夫です!」

 

 マユは即座に体勢を立て直し、警戒しながら目の前にいる機体を見つめる。

 

 攻撃方法といい、動きといい、前大戦時に一度だけ相対した敵とよく似ている。

 

 しかもドラグーンの扱い方も上手い。

 

 これでは迂闊にアイギスドラグーンの展開も出来ない。

 

 何故なら射出した瞬間、レジェンドに落とされてしまうからだ。

 

 「フリーダム!! 議長の創る世界、最大の障害の一つである貴様はここで!!」

 

 「簡単にはやられません!!」

 

 マユは背後に回り込んできたドラグーンを宙返りして回避する。

 

 遠距離戦は不利。

 

 ならば接近戦で決着をつける。

 

 サーベルを抜いたフリーダムがレジェンドに向けて突撃した。

 

 

 

 

 フリーダムとレジェンドがすれ違い光刃を交える。

 

 同時に振り返り、ビーム砲を撃ち込もうとしたレイにあの感覚が全身に駆け巡る。

 

 「これは!?」

 

 咄嗟に機体を引くと一条のビームが空間を薙いでいった。

 

 それで終わりではない。

 

 周囲に展開されたドラグーンがレジェンドに襲いかかる。

 

 「これは……ラルス・フラガ!!」

 

 戦場に介入してきたのはラルス達だった。

 

 ドラグーンを感覚に任せて回避したレイは近づいてきたエレンシアに向け、ビームライフルを撃ち込んだ。

 

 ラルスは最低限の動作のみで攻撃を避け、背中のガンバレルからミサイルを発射する。

 

 当然の事ながらそんなものはレジェンドには通用しない。

 

 網の目のように張り巡らされたドラグーンの射撃によりすべてが撃破されてしまった。

 

 しかしこれでいい。

 

 一時的とはいえ視界は封じられた。

 

 その隙にアオイが両手に構えたアンヘルを放ち、数基のドラグーンを諸共に消し飛ばす。

 

 「アオイ・ミナトか!」

 

 強力な砲撃にレイは舌打ちしながら、アオイを睨みつける。

 

 奴こそが議長にとって最大の障害。

 

 「貴様はここで排除する!!」

 

 ドラグーン操作しながら四方からエクセリオンに撃ち出した。

 

 「くっ!」

 

 動き回りながらシールドを構えて襲いかかるビームをやり過ごし、アンヘルを放った。

 

 「チィ、アオイ・ミナト!」

 

 エクセリオンの一撃をシールドで止めたレジェンドだったがその強力なビームを防御した影響で動きを止めた。

 

 その隙にエレンシアが横からレジェンドに斬りかかる。

 

 「少尉、スティング、ここは私が引き受ける。コロニーに向かえ」

 

 レジェンドと斬り結びながら、アオイ達に指示を飛ばす。

 

 「しかし大佐一人では!」

 

 「大丈夫だ。それに一人ではない」

 

 ラルスは仮面の下で笑みを浮かべる。

 

 彼は近づいてくる存在を感じ取っていた。

 

 訝しむアオイ達だったがすぐに気がつく。

 

 ジャスティスとアカツキに伴われた白亜の戦艦アークエンジェルが近づいていたのだ。

 

 「奴らもか!」

 

 レイは舌打ちしながら、エレンシアを力任せに吹き飛ばす。

 

 そしてドラグーンでトワイライトフリーダム、エクセリオン、カオスを攻撃する。

 

 コロニーに向かわせる訳にはいかない。

 

 しかし再びエレンシアが光刃を振るいレジェンドの動きを妨害する。

 

 「そこをどけ!」

 

 「悪いが聞けんな! 行け、少尉、スティング!!」

 

 「了解!!」

 

 「分かった!!」

 

 エクセリオンとカオスがコロニーに向け離脱した。

 

 

 

 

 コロニーへ向かうアークエンジェル。

 

 その護衛をしていたジャスティスが戦場に飛び込んできた。

 

 ラクスは腰のサーベルを連結させ、リヴォルトデスティニーと交戦しているアスタロスに斬りかかる。

 

 「ジャスティスだと!?」

 

 「ラクスさん!?」

 

 デュルクはリヴォルトデスティニーを蹴り飛ばし、ジャスティスのサーベルをギリギリのタイミングで受け止めた。

 

 「シン、マユ、ここは私が押さえます。貴方達はアークエンジェルとコロニーへ! キラも後で来る筈ですから!」

 

 シンは一瞬返事に窮するが、今はあれをどうにかする方が先決。

 

 「分かりました。ここを頼みます! マユ!」

 

 「はい! ラクスさん無茶しないでください!!」」

 

 「ええ!」

 

 ラクスはアスタロスにビームブーメランを投げつけ、同時に懐に飛び込むとサーベルを斬り上げる。

 

 「追わせない気か」

 

 標的であるアオイ・ミナトまでいるというのに、逃がす訳にはいかない。

 

 デュルクは外装でブーメランを弾き、鎌でビームサーベルを外側に流す。

 

 そして返す刀で上段からビーム刃を振り下ろした。

 

 「そんなものでは!」

 

 ラクスは背中のリフターを分離させ、大鎌の斬撃をやり過ごし今度は右足のビームブレイドで蹴り上げる。

 

 「やるな」

 

 眼前に迫るビームブレイドをシールドで止め、ジャスティスを殴りつけアスタロスは距離を取った。

 

 「流石はジャスティスと言ったところか」

 

 噂通りの技量。

 

 簡単には突破できないらしい。

 

 「だが何時までもお前に付き合っている訳にはいかない」

 

 「貴方の相手は私です!」

 

 ビームサーベルを分割し両手に構えたジャスティスは大鎌を握るアスタロスと激突した。

 

 

 

 

 戦場を突っ切るようにコロニーに突き進むアークエンジェル。

 

 当然ザフトは白亜の艦を落とそうと躍起になって攻撃を仕掛けてくる。

 

 前大戦からの因縁も当然あるのだろう。

 

 撃ち込まれる砲撃は生易しくはない。

 

 群がるように妨害してくる敵機をトワイライトフリーダム、リヴォルトデスティニー、アカツキが迎撃する。

 

 「アークエンジェルには手を出させません!」

 

 アイギスドラグーンがアークエンジェルを守るように防御フィールドでビームを受け止める。

 

 その隙にシンが斬艦刀やビームサーベルを使って敵機を斬り飛ばした。

 

 同様に進んでいるのがアオイ達。

 

 彼らもまた敵部隊を突破し、突き進んでいく。

 

 コロニーはもう目の前だ。

 

 「よし、このまま行くぜ、アオイ」

 

 「ああ!」

 

 勢い増し突き進んでいく各機だったが、黒い機体アルカンシェルが立ちふさがる。

 

 「あの機体はステラか!?」

 

 ステラはコックピットの中で冷たい視線をエクセリオンに向ける。

 

 あれが倒すべき目標だ。

 

 「コロニーには近づけさせない。敵は排除する!」

 

 スラスターを使って加速すると一気にエクセリオンに向かって突撃する。

 

 「ステラ、やめろ!」

 

 凄まじい速度で突っ込んでくるアルカンシェルを真正面から受け止めたアオイは機体を襲う衝撃を噛み殺しながら叫ぶ。

 

 しかしステラはその声を無視し、ビームクロウを振りかぶった。

 

 「くそ!」

 

 アオイはマシンキャノンで牽制しながらアルカンシェルの手首をつかみ、咄嗟にシールドで突き放す。

 

 「ステラ、今は!」

 

 歯を食いしばり、アルカンシェルを振り切ろうと速度を上げた。

 

 今はコロニーの方をどうにかする方が先なのだ。

 

 「逃がすと思う―――ぐっぅぅ!? 貴様ァァ!!」

 

 「行かすかよ!」

 

 エクセリオンを追おうとしたアルカンシェルに横から飛び込んできたカオスが組みついていた。

 

 「スティング!?」

 

 「こいつは俺に任せろ!」

 

 「けど!」

 

 「大丈夫だ! 行け!」

 

 「スティング……分かった。無茶するなよ!」

 

 アオイが先に進んだ事を確認するとスティングは暴れるアルカンシェルを力ずくで抑え込む。

 

 しかしやはりというべきか、パワーが違う。

 

 カオスの腕を容易く払ったアルカンシェルは勢いよく腕を振り下ろし殴りつけてくる。

 

 「ぐぁぁぁ!!」

 

 コックピットに凄まじい震動が襲いかかる。

 

 それでも歯を食いしばりスティングは叫ぶ。

 

 「ぐぅ、おい、お前! いい加減に目を覚ませよ!!」

 

 「な、に」

 

 「本当は気が付いてるんだろうが!! そこはお前の居場所じゃないってよ!!」

 

 スティングの声にまたもステラの頭に痛みが走る。

 

 この声もまたどこかで―――

 

 「ステラ!!」

 

 瞬間、ステラの脳裏に覚えのない顔が複数浮かんだ。

 

 それが何か分からない。

 

 だがそれに伴い激しい頭痛が襲いかかった。

 

 「く、そ。頭が……お前も、黙れェェェェェェ!!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 黒い装甲が展開され、翼のように広がる。

 

 ステラは頭の痛みを振り捨てる様に叫ぶ。

 

 カオスを吹き飛ばし、ビームキャノンを撃ち出した。

 

 スティングは咄嗟にシールドで凄まじいまでのビームの奔流を受け止める。

 

 「消えろ! 消えろ!!」

 

 ビームを受け止めたカオスにステラは苛立ちをぶつける様にサーベルを左右から連続で斬り込み叩きつけていく。

 

 「チィ!」

 

 スティングは何とか斬撃を捌きながら後退。

 

 背中のミサイルを撃ち出し、ドラグーンユニットを射出する。

 

 声が届かないならば、せめてここで足止めする。

 

 だがあの黒い機体の力はスティングの予想を超えていた。

 

 ステラは四方から放たれる砲撃を回避すると収束ビームガンを持ってミサイル諸共ドラグーンを一斉に薙ぎ払った。

 

 「何!?」

 

 驚きで一瞬動きを止めたカオス。

 

 それを見逃すステラではない。

 

 一気に加速するとカオスをシールドで勢い良く突き放した。

 

 「ぐああああ!!」

 

 吹き飛ばされた衝撃を堪え、スティングは参ったとばかりに笑みを浮かべる。

 

 「……急げよ、アオイ。こりゃ長くはもたないぞ」

 

 アルカンシェルからの猛攻にさらされ全身傷だらけになりつつも、カオスは足止め為にビームライフルを構えた。

 

 

 

 

 

 コロニーに向かうエクセリオンを先頭にシン達も後ろからついていく。

 

 「落ちろ!」

 

 「そこをどけ!」

 

 「邪魔です!」

 

 先行するエクセリオンのアンヘルが正面にいる部隊に穴を穿ち、コールブランド、シンフォニアといった斬艦刀が振るわれる度に敵機が斬り刻まれていく。

 

 さらにアカツキの誘導機動ビーム砲塔が三機が動きやすいように敵を誘導する。

 

 「よし、このままいけば―――ッ!?」

 

 だがシン達の前に再び立ちふさがる敵がいた。

 

 いや正確には敵ではない。

 

 それはシンにとって取り戻すべき存在だ。

 

 目の前に立ちふさがるのはザルヴァートルがシグーディバイドを連れて佇んでいる。

 

 「ここから先には行かせない」

 

 「まさか……セリスか!?」

 

 よりによってこんな時に。

 

 いや、これはチャンスである。

 

 シンは通信機のスイッチを入れて呼びかけた。

 

 「セリス!!」

 

 「ッ!? 誰だ?」

 

 やはり彼女は自分の事をを覚えていない。

 

 話には聞いていたし、予想もしていた。

 

 それでもショックである事は変わらない。

 

 それでも―――

 

 「俺だ! シン・アスカだ!!」

 

 「う、シ、ン?」

 

 「そうだ。帰ろう、セリス。皆の所に!」

 

 セリスは目の前にいる機体から聞こえてくる声に何かを感じ取っていた。

 

 この声を知っている?

 

 そんな疑問と共に声が出る。

 

 「皆?」

 

 「ああ。仲間だ。ルナもメイリンも心配している。だから―――」

 

 ルナとメイリン。

 

 どこか聞き覚えのある気がする名前。

 

 セリスは無意識にリヴォルトデスティニーに向け手を伸ばそうとした瞬間―――

 

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 

 ザルヴァートルのシステムが作動する。

 

 オーブでの戦いと全く同じ。

 

 視界が広がり、セリスの思考が一つの事だけに染まっていく。

 

 「敵は死ね!」

 

 目の前にいる敵に対する殺意。

 

 それに従い両手にビームサーベルを構え、リヴォルトデスティニーに襲いかかる。

 

 「セリス!?」

 

 「死ねぇ!」

 

 もはやシンの声も届かない。

 

 これもヘレンの仕込みだった。

 

 シンが彼女にとって悪影響をもたらす事は事前に把握している。

 

 だから接触を持った時点でI.S.システムが作動するように細工されていたのである。

 

 殺意の籠ったサーベルの連撃を機体を逸らす事でどうにか回避したシンは再び声を上げた。

 

 「やめてくれ!!」

 

 I.S.システムの影響だろう。

 

 鋭く速い。

 

 「くそ! セリス!!」

 

 「落ちろ!」

 

 「兄さん―――ッ!?」

 

 システム起動と同時にザルヴァートルの傍にいたシグーディバイドも動きだす。

 

 両手に対艦刀を構えて斬りこんでくる。

 

 マユはシールドで受け止め、アオイはウイングスラスターを吹かして回避する。

 

 「時間がないっていうのに!」

 

 目標であるコロニーはお構いなしで進んでいく。

 

 襲いかかってくるシグーディバイドを迎え撃つ為、構えるマユとアオイ。

 

 そこに一条の閃光が割り込んできた。

 

 閃光がシグーディバイドの片翼を破壊するとバランスを崩し、隙を生む。

 

 「そこだ!」

 

 その隙にムウがビームライフルでコックピットを撃ち抜いて撃破した。

 

 ビームが放たれた方から向ってくるのは一隻の戦艦とモビルスーツ。

 

 ミネルバとシークェルエクリプスだった。

 

 シオン達から奇襲を受けたミネルバはエクリプスをデュートリオンビームで補給させた後、コロニーを追ってここまで来たのだ。

 

 ルナマリアはバロールとサーベラスでシグーディバイドを散らし、ビームサーベルでザルヴァートルに斬りかかる。

 

 「ルナ!? 待ってくれ、この機体にはセリスが乗ってるんだ!」

 

 「セリスが!? なるほどね。シン、アンタはコロニーに行きなさい!」

 

 「けど!」

 

 「今優先なのはコロニーを止める事でしょうが! セリスの事は後回し!」

 

 「ぐっ」

 

 確かにその通り。

 

 今はコロニーを優先すべきだ。

 

 「……分かったよ。ここを頼む」

 

 「任せなさい!」

 

 シンはマユと共に分散したシグーディバイドの隙を突きコロニーを目指す。

 

 しかしすべての機体を振り切れた訳ではない。

 

 こちらの進路を阻むようにザフトのモビルスーツが立ちはだかる。

 

 「邪魔だァァァ!!!」

 

 シンのSEEDが弾けると同時にシステムが起動する。

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 リヴォルトデスティニーの装甲が解放され、光が溢れ出す。

 

 今まで以上の速度で動き出すと、残像を伴いライフルを連射し次々敵を撃ち倒す

 

 「今は貴方達に構っていられないんです!」

 

 マユのSEEDも弾ける。

 

 トワイライトフリーダムが光を伴い、動き出す。

 

 目の前の敵機を斬り刻み、二機は凄まじい速度でコロニーに一直線に向かっていく。

 

 そしてミネルバはメインスラスターを全力噴射させ、コロニーにに追いつくと全砲門を開いた。

 

 「アークエンジェル、こちらミネルバ」

 

 「グラディス艦長!」

 

 群がる敵を排除しながら進んでいたアークエンジェルのモニターにタリアの姿が映る。

 

 「状況はすでに確認しています。これからタンホイザーでコロニーを撃ちます。そちらも合わせてください!」

 

 「分かりました!」

 

 アークエンジェルもコロニー外壁部に向け、陽電子砲を構えた。

 

 さらにビームライフルで敵を撃ち落としながら、キラのストライクフリーダムが追いついてくる。

 

 「アークエンジェル、スレイプニルを!」

 

 「了解!」

 

 ストライクフリーダムにスレイプニルが装着されると同時にドラグーンを射出し、すべての砲口をコロニーに向ける。

 

 「ローエングリン」

 

 「タンホイザー」

 

 二隻の戦艦の砲口に光が集まると同時にマリューとタリアが叫んだ。

 

 

 「「撃て――――!!!」」

 

 

 発射された陽電子砲がコロニー外壁に直撃。

 

 外壁を貫通し、爆発を引き起こす。

 

 それに続くようにキラもムウのアカツキとタイミングを合わせて撃ち出した。

 

 「ムウさん!」

 

 「おう!」

 

 スレイプニルとストライクフリーダムの砲撃と展開されていたアカツキの誘導機動ビーム砲塔が火を噴いた。

 

 何条もの閃光が外壁に突き刺さる。

 

 爆発と連続で叩き込まれる砲撃でコロニーは進路を変え、少しずつ逸れていく。

 

 それでも後一歩足りない。

 

 そこにエクセリオン、リヴォルトデスティニー、トワイライトフリーダムが駆けつける。

 

 マユが全武装の砲門をせり出し、シンがノートゥングを、アオイがアンヘルを連結させて構え、同時にトリガーを引いた。

 

 

 「「「いけェェェェ!!!」」」

 

 

 三機から放たれた激しい閃光が外壁部分に直撃する。

 

 激しい爆発と衝撃によってコロニーの進路は逸れていった。

 

 それを確認したバルトフェルドは即座にオペレーターに指示を飛ばす。

 

 「アポカリプス、主砲発射!」

 

 「……了解!」

 

 宇宙に佇む巨大戦艦がスラスターを逆噴射しながら、中央にある砲口に眩い光が収束、凄まじいまでの光が放たれる。

 

 

 

 光は直進するとそのままコロニーを呑み込み、そして―――消滅させた。

 

 

 

 

 宇宙を照らす閃光はアストとシオンの位置からでも見えた。

 

 互いの刃を受け止め、弾けあうとシオンは白けたように吐き捨てた。

 

 「時間切れ、ここまでか」

 

 どのような結果であれ、作戦は終了したのだろう。

 

 無視して戦闘を継続しても構わないが、どうせならあの女と共に始末してしまうのがシオンの理想だ。

 

 「アスト、決着は今度だ」

 

 「何だと!」

 

 「安心しろ。おそらく次が最後になる。マユ・アスカ諸共必ず次で殺す! 俺以外の奴に殺されるなよ」

 

 ビーム砲を放ちながらメフィストフェレスは後退していった。

 

 アストは苛立ちを押し殺しながら、息を吐きだした。

 

 迂闊な深追いは危険だろう。

 

 今は月の方が気になる。

 

 フリージアを回収するとアストもミネルバが離脱した方向に移動を開始した。

 

 

 

 

 コロニーが消え去る光景をフォルトゥナのブリッジで見ていたデュランダルは全く表情を変えていなかった。

 

 ただいつも通りの笑み、そして鋭い視線で状況を見つめている。

 

 「ヘレン、どうかな?」

 

 「はい。完了しました」

 

 その返答に満足そうに頷くとデュランダルは撤退の指示を出した。

 

 

 

 

 ここに月での激闘は終結した。




機体紹介3更新しました。

すいません。遅くなってしまいました。
もっと早く投稿するつもりだったんですけど。
久しぶりの連休で、積んでたゲームと録りためてたアニメを消化してたらいつの間にか終わってました(汗 
しかも今回も出来が悪いし。

いつも通り後日加筆修正します。


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第54話  決戦の場へ

 

 

 

 

 

 月を舞台に行われた大規模戦闘。

 

 ザフトと各三勢力との戦いはかつて無いほど激しいものだった。

 

 この戦闘の結果、どの勢力が勝ちえたのかと聞かれたならば紛れも無くザフトであったと誰もが口を揃えて言うだろう。

 

 ザフトこそが当初からの目的を達成していたのだから。

 

 月からの戦闘を終えたフォルトゥナは率いた部隊と共にメサイアに帰還していた。

 

 デュランダルはヘレンを伴い、側近からの労いの言葉に軽く手を挙げて答えると司令室の椅子に座る。

 

 「ご無事で何よりです、議長」

 

 「ありがとう、ハイネ。留守の間、防衛御苦労だったね」

 

 ハイネは今回の会談にはついて行かず、メサイアの防衛任務についていた。

 

 当然、今回の騒動については彼も聞き及んでいる。

 

 『会談に応じたデュランダル議長に対し、テタルトスを含めた各勢力が攻撃を仕掛けてきた』、その為、やむえず連れてきていた部隊を動かし、応戦。

 

 そして―――『アレ』を奪取してきたのだと。

 

 こんな報告を鵜呑みにするほどハイネは呑気ではない。

 

 それでも彼がデュランダルに問いたださないのは、あくまでも自分は軍人であると自覚しているからだ。

 

 ハイネが報告を終え、一旦下がろうとした時、新たに司令室に入ってくる者達がいた。

 

 ジェイルやセリス、レイ、デュルクといったフォルトゥナ所属のパイロット達である。

 

 「やあ、皆御苦労だったね」

 

 デュランダルがにこやかな笑みを浮かべ、皆を労う。

 

 デュルクやヴィート達が頭を下げる中、ジェイルだけは暗い表情のまま俯いていた。

 

 「ジェイル、どうかしたかね?」

 

 「え、いや―――」

 

 変わらず笑みを浮かべ、歯切れ悪く言葉を切ったジェイルにデュランダルが問いかけてくる。

 

 議長を前に黙ったままというのも不味い。

 

 表情に出していた事を若干後悔しつつ、思い切って口を開いた。

 

 「その、今後はどうするのか、気になっただけです」

 

 そんなジェイルにデュランダルは特に気分を害した様子も無く、いつも通りの口調で答える。

 

 「宣言通りだよ。私は世界を変える。その為に『デスティニープラン』を実現させる」

 

 彼は本気なのだろう。

 

 その口調には何の迷いも感じられない。

 

 「では反対する他の勢力を……」

 

 言い辛そうに言葉を切ったジェイルに答えるように、今度はレイがこちらに向き直った。

 

 「それは仕方ない。お前も奴らがした事を見ただろう? ロゴスと同じだ。これ以上好きにさせる訳にはいかない。世界を変える為にも」

 

 レイの強い決意にジェイルはメサイアに来る前に聞かされた彼の言葉を思い出す。

 

 ≪何があっても議長を信じろ≫

 

 その言葉と共にレイの素性も聞かされた。

 

 自身の生まれ、とある人物のクローンである事。

 

 自分と同じく生まれた兄弟達が味わった地獄、人体実験の事をだ。

 

 聞かされた時は当然驚いた。

 

 そして同時に理解した。

 

 彼がデュランダルに従うのは、そんな昔の事情が深く絡んでいるのだと。

 

 「……レイの言う通りです。私達は今の世界を終わらせ、議長の創られる世界を守る事こそ使命です」

 

 「セリス」

 

 どこまでも感情の籠らないセリスの声にジェイルは眉を顰める。

 

 今の彼女に昔の面影は全く感じられない。

 

 冷たさだけが伝わってくる。

 

 釈然としない彼の心情を無視して、デュルク達もまた賛同する声を上げていく。

 

 「ジェイル、君はどうかな?」

 

 「えっ」

 

 皆の声を聞き終えたデュランダルがジェイルに問いかけてくる。

 

 「君も皆と同じ気持ちかね?」

 

 「俺は……」

 

 どう思っているのだろうか?

 

 正直な話、諸手を挙げて『デスティニープラン』に賛同できない。

 

 セリス、ステラの件や月での行動にも疑問が残る。

 

 だがそれでも自分は軍人だ。

 

 それに議長はロゴスを討ち、世界を解放した。

 

 そして自分を信頼してフェイスにまで任命してくれた人である。

 

 その信頼に今答える時―――なのに上手く言葉が出ない。

 

 「……俺は……分りません」

 

 「分からない? ジェイル、お前は―――」

 

 横にいるレイの視線が鋭くなる。

 

 「……ただ自分は軍人ですから、命令であれば出撃して戦います」

 

 「そうか。いや、変な事を聞いて申し訳なかったね。これまで色々な事がありすぎた。混乱するのも無理はない。ただジェイル、これだけは忘れないでくれ。今が世界を変える最後の機会だということを」

 

 「……はい」

 

 デュランダルは咎める事無く、「少し休むと良い」と言ってジェイル達を下がらせた。

 

 その場に残ったのはヘレンとレイ、デュルクの三人。

 

 「ジェイル・オールディス、あれでよろしいのですか、議長?」

 

 「ああ、構わないさ」

 

 迷ってはいたようだが、彼はハイネと同様ザフトの軍人であるという事を強く自覚している。

 

 命令を下せば問題なく動くだろう。

 

 「しかし、戦闘になれば迷いによって力を発揮しきれない可能性もあります。デスティニーにもI.S.システムを搭載すべきでは?」

 

 「その必要はないよ。その迷いを振り切る為のステラであり、ラナだ」

 

 ジェイルがあの二人に執着している事はすでに知っている。

 

 戦闘になれば彼はそれこそ死に物狂いで彼女達を守るだろう。

 

 後は―――

 

 「準備は?」

 

 「はい。今回の件における情報操作は問題なく。『アレ』の内部把握と制圧も約七割完了しています」

 

 その報告に満足気に頷く。

 

 どうやら滞りなく進んでいるようだ。

 

 油断は禁物であるが、此処まではほとんど予定通りと言って良いだろう。

 

 デュランダルは視線を正面に向けた。

 

 彼の視線の先にあるモニターには複数の廃棄コロニーと圧倒的な存在感をもつ巨大な物体が映り込んでいる。

 

 それはテタルトスの武の象徴――――巨大戦艦アポカリプスであった。

 

 デュランダルが月の会談を受けた最大の目的がアポカリプスの奪取だったのである。

 

 元々デュランダルはデスティニープランを各勢力が受け入れるとは思っていなかった。

 

 たとえ会談での話し合いになったとしても、必ず最後は決裂し、戦いになることを確信していた。

 

 だからそれを見越してヘレンの策略を基に、先手を打つ事にしたのである。

 

 最大の障害であるテタルトスの戦力を削り、アポカリプス奪取の為に奇襲を仕掛けた。

 

 最悪の場合でも主砲を使用不可能にすれば、後々やり易くなる。

 

 そういう意味においてもアポカリプスを奪取できた月での作戦は成功と言える。

 

 ただアポカリプス艦内は広い。

 

 未だにテタルトスの兵士達が粘っている事もあり完全制圧には至っていない。

 

 それも時間の問題だろう。

 

 そしてもう一つの狙い、それが月に向かって移動させた廃棄コロニーだ。

 

 これには本来の目的であるアポカリプスから注意を逸らすという意味があった。

 

 だがそれだけではない。

 

 デュランダルはコロニーを月へ本気で落とす気はなかった。

 

 要はコロニーを落とすという事を印象付けたかったのである。

 

 そうする事で彼らは今後廃棄コロニーの存在を放置できなくなる。

 

 これを各宙域に配置、地球に向け少しずつでも進ませれば彼らは必ずコロニー破壊に戦力を割かざる得なくなるだろう。

 

 当然世界各国に対する対策もおこなっていた。

 

 いち早く声明を発表し、先ほど報告があったように今回の顛末に関して説明と情報操作も行っている。

 

 もちろん各勢力もそれぞれ発表を行うだろう。

 

 だが、同盟は世界から不審感を抱かれ、連合もマクリーン派の事があるとはいえプラントよりも信用があるとは言い難い。

 

 テタルトスは言わずもがなだ。

 

 こちらに対しても不信を抱かれる可能性もある。

 

 だがそれも錯綜する情報の中で正しい判断ができる者は少ないだろう。

 

 ただでさえロゴス狩りによって地球側の上層部は混乱の極みにあるのだから。

 

 「議長、ティアについてはどうなさいますか? ティアもまた『カウンターコーディネイター』です。ラクス・クラインやアスト・サガミにぶつければ―――」

 

 「ヘレン、それは前にも言った筈だ。彼女の力が必要になるのは戦後だよ」

 

 「……了解しました」

 

 ヘレンは考え込むような仕草をした後、すぐに切り替えたように報告を続けていく。

 

 「分かった。そのまま進めてくれ。他にはあるかな?」

 

 「議長、リースとヴィートの二人がI.S.システムのリミッターを解除して欲しいと申請してきています」

 

 「ふむ」

 

 I.S.システムは特殊な処置によって擬似的にSEED発現状態を再現できるシステムである。

 

 ただこれにはリスクが存在する。

 

 システムを使用する事で肉体のみならず精神などに大きな負担がかかり、多用し過ぎれば廃人と化してしまうのである。

 

 その為、収集したデータを基にシステムの負担を軽減させる改良とリミッターが搭載された。

 

 確かにそのリミッターを外せば持続時間も格段に延長されるだろう。

 

 しかしその分危険も高まる。

 

 「議長、これから彼らが相対する相手を考えれば、それくらいは必要では?」

 

 「君に任せよう、ヘレン。ただし、パイロットの負荷が限界に達する前にシステムダウンするように調整しておいてくれ」

 

 「了解です」

 

 二人に指示を出し終えたデュランダルは最後にレイに向き直る。

 

 「分かっているね、レイ」

 

 「はい。誰が相手でも、邪魔はさせません」

 

 そう、たとえ最強の存在であるユリウス・ヴァリスが相手だろうと。

 

 レイはデュランダルの信頼に応えるべく力強く頷いた。

 

 

 

 

 ザフトによるアポカリプスの奪取。

 

 これによって一番の衝撃を受けたのはテタルトスであった。

 

 アポカリプスが奪取されたと判明したのは、コロニーを主砲で破壊した直後だった。

 

 艦内に侵入していたザフトによって司令室が占拠され、月の宙域から徐々に離脱していったでのある。

 

 それらを追おうにもテタルトス陣営も、奇襲の影響で戦力をズタズタにされてしまった。

 

 体勢を立て直さなければ、追撃する事もできなかったのだ。

 

 テタルトス軍創設以来といって良いほどの混乱がようやく落ち着いた頃、軍本部にある司令室に集まった主要メンバーは今後を話し合っていた。

 

 「大佐、これからどうするので?」

 

 あの会談に参加していたメンバーは現在全員が医療施設に入院している。

 

 当然軍総司令であるエドガーも同様だ。

 

 彼が動けない以上、指揮を執るのはユリウスが妥当なのだが、当の本人はあまり乗り気ではない。

 

 「当然、アポカリプスを奪還する。軍の臨時司令はバルトフェルド、お前がつけ」

 

 「ハァ、やっぱりそうきますか」

 

 「私は前線に出る。アレックス、セレネ、お前達も来い」

 

 「「了解」」

 

 ただ自分達だけでは流石に厳しい。

 

 前回の戦闘で戦力を消費し月の防衛の為に部隊を残す必要がある以上、ザフトと事を構えるには戦力不足。

 

 「できれば同盟や連合と組みたいんですがね」

 

 「それは少し厳しいのでは? 彼らもこちらに戦力を割いている余裕はないでしょう?」

 

 セレネの指摘は正しい。

 

 宙域図を見る限りにおいて、彼らは彼らでやるべき事がある。

 

 「こちらの動きを伝えておくくらいしか、今のところ手がありませんな」

 

 「そうだな。連絡は入れておいてくれ」

 

 「了解」

 

 ユリウスは宙域図を見つめながら、前回相対した敵の事を考える。

 

 クロードは他の連中では相手にならないだろう。

 

 強いて戦えるとしたらアレックスとセレネくらいだ。

 

 もし遭遇したら自分が相手をするしかない。

 

 クロードこそ一番厄介な敵だと認識しているユリウスは、そう改めて決意すると作戦会議に集中する事にした。

 

 

 

 

 月の戦闘をどうにか切り抜け離脱したガーティ・ルーはエンリルに身を寄せていた。

 

 コペルニクスに怪我をしたマクリーンが今も滞在している為、本来ならばガーティ・ルーも待機すべきなのだろう。

 

 しかし今は事情が違ってる。

 

 ザフトによるテタルトスの巨大戦艦の奪取。

 

 さらにはザフト機動要塞とその周辺には廃棄コロニーの存在を確認したのだ。

 

 マクリーンの回復を待っている時間は無く、すぐにでも戦闘準備を始めなければならなかった。

 

 あの戦艦から放たれた主砲をこちらに向けさせる訳にはいかず、さらに地球にコロニーを落とさせる訳にはいかない。

 

 未だ『ブレイク・ザ・ワールド』やデストロイの攻撃からの復興が完全に成し得た訳ではないのだから。

 

 集まった全員が椅子に座り正面に立つラルスに注目するが、その表情は非常に固い。

 

 「状況は最悪に近い」

 

 「ええ、今回の戦争で連合は戦力の大半を消費してしまいました」

 

 開戦当時は連合対ザフトという構図で戦っていた。

 

 宇宙に地上、一進一退の攻防を繰り返し、徐々に押されていったものの、あの頃は戦力的にもここまで切羽詰ってはいなかった。

 

 そして戦局が進み、戦力を消耗していたところにロゴス派と反ロゴス派に別れ、実質的な内戦状態。

 

 その影響で連合はかつて無いほど弱体化していると言っていい。

 

 今考えればこれもデュランダルの策略だったのかもしれない。

 

 「そうだとしても、動かざる得ないがな」

 

 アポカリプスについてはテタルトスが動くと連絡を受けている。

 

 だがザフト機動要塞付近で確認された廃棄コロニーはこちらで対処するしかない。

 

 月での一件から考えてもあのコロニーを地球に向ける可能性は大いにあるからだ。

 

 だが不幸中の幸い、同盟もまた動くと連絡を受けている。

 

 彼らと協調すれば少しはマシになるだろう。

 

 「しかし大佐、戦力が不足している中で、廃棄コロニーをどう破壊するのですか?」

 

 座っていたアオイが手を挙げて意見を言う。

 

 それは全員の共通の疑問であり、連合にとって一番の問題であった。

 

 かつてディアッカ達がやったように強力な火力を持った機体を集め、破壊するという方法もある。

 

 しかし今の連合にそれだけの余裕はない上、ザフトも黙って見ているだけとも思えない。

 

 「……破壊する必要はない。コロニー側面に大型推進器を取りつけて進路を逸らす」

 

 ラルスが図面を表示して推進器を設置するポイントを説明する。

 

 確かに現在の連合からすれば破壊するよりも現実的ではある。

 

 しかし―――

 

 「ザフトがそれを許すでしょうか?」

 

 「もちろん我々が防衛につくが、それでも失敗する可能性もある。最後まで手は尽くすつもりだが、もしもの場合は―――核を使う」

 

 「ッ!?」

 

 核を使うというのはリスクがある。

 

 今回の戦争でも『フォックスノット・ノベンバー』で核ミサイルが使用されたが、ザフトの新兵器『ニュートロンスタンピーダー』によって阻止された。

 

 有効範囲に存在する核兵器をその場で起爆させる事が出来るこの兵器の存在によって、連合は迂闊に核を使えない状況になったのである。

 

 つまり『ニュートロンスタンピーダー』によって核が誘爆すれば、コロニーを破壊するどころではない。

 

 さらに言えばイメージも悪くなる。

 

 連合を牛耳っていたロゴスは核を使う事を躊躇わない戦略を立て、実行していた。

 

 そこにデュランダルが反ロゴスを掲げ、マクリーンがそれに追随した事でロゴスとは違うとようやく民衆から理解され始めている。

 

 だがこの状況で核を使用してしまえば、プラント側からの訴えでロゴスと認識されかねない。

 

 「核は最後の手段だがな」

 

 もちろんいざとなれば躊躇うつもりも無い訳だが。

 

 「大佐、スティングは……」

 

 「今回の戦いには間に合わんだろう」

 

 アルカンシェルの猛攻によってカオスは損傷を受けた。

 

 修復は問題なく進んでいるのだが、パイロットであるスティングはメンテナンスの最中であり、怪我も負ってしまった。

 

 機体も彼自身も万全ではない以上、間違いなく激戦になる今回の戦闘を戦うのは難しい。

 

 「ただでさえ少ない戦力を減らす事になるが、仕方がない。ともかく同盟にも連絡を入れて作戦を詰める」

 

 「「「了解」」」

 

 皆が覚悟を持って頷く。

 

 間違いなくこれがこの戦争、最後の戦いになるのだから。

 

 

 

 連合のガーティ・ルーが月から離脱したように、アークエンジェルやミネルバも戦闘終息後にヴァルハラまで帰還していた。

 

 帰還後の情報収集とテタルトスや連合からの通信で状況はすべて把握している。

 

 その為に主要メンバー全員がアークエンジェルのブリッジに集まり、重い空気の中作戦会議を行っていた。

 

 「しかし厄介だな」

 

 ムウが眉間に皺をよせ、ため息交じりに呟く。

 

 奪われた巨大戦艦だけでも頭が痛いというのに、前面には廃棄コロニーが配置され、一番奥にはザフト機動要塞。

 

 しかもここヴァルハラに向け、進撃してきている部隊も確認しているのだ。

 

 「コロニーをどうにかしたとしても、その後ろには巨大戦艦、さらにそれを突破してもザフト機動要塞か」

 

 「防衛の為のモビルスーツも相当な数が配備されてるだろうね」

 

 キラの指摘通り、かなりの数が配置されているのは間違いない。

 

 いかに自分達が有利な状況とはいえ、それに慢心するほどデュランダルは愚かではないだろう。

 

 「なんであれ、まずはコロニーを排除する事が優先だ」

 

 「そうですね。けどアストさん、すべてのコロニーの排除に合わせて、ヴァルハラに向かっている部隊の迎撃もしないといけません。そうなると戦力を分散することになります」

 

 「分かっているが……」

 

 ただでさえ不利な状況で戦力を分散するのは、得策でないのは皆分かっている。

 

 しかし他に打つ手がない。

 

 忌々しい話だがこれもデュランダルの思惑通りなのだろう。

 

 「戦力分散は仕方ないとして、どうやってコロニーを排除するかだが―――」

 

 「やっぱりスレイプニルと各戦艦の火力を使って同時攻撃するのが、一番現実的でしょうか」

 

 ラクスの言う通り各戦艦には陽電子砲を含め、強力な火器を装備している。

 

 これらの火器で一斉に砲撃を撃ち込めば、進路を逸らし、上手くいけば破壊する事も可能だ。

 

 不幸中の幸いか五機分のスレイプニルが完成し、破損してしまった分も別の装備で補えるから問題ない筈だ。

 

 「こちらに向かっているコロニーを排除した後は、巨大戦艦を突破して、ザフト機動要塞に向かうって事ですよね?」

 

 「ああ」

 

 「コロニーの方は連合も動くようだし、巨大戦艦の方はテタルトスがやるそうだ。後はこっちに向かっている別動隊の迎撃だが―――」

 

 《それはヴァルハラの部隊と私達でやりましょう》

 

 「グラディス艦長」

 

 話を聞いていたタリアがモニター越しに進言してくる。

 

 確かにミネルバと反デュランダルの部隊がいれば、ヴァルハラに向かっている部隊は迎撃できる。

 

 本音を言えば彼らもコロニー迎撃に参加してもらった方が良いが、別方向からの襲撃を軽視するわけにはいかない。

 

 敵部隊迎撃後にミネルバには状況に応じて、臨機応変に動いてもらえばいい。

 

 「それでお願いします」

 

 《了解です》

 

 「こんな所かな。他に気になる事はあるか?」

 

 纏めようとするムウの言葉に皆が首を横に振る。

 

 そこでレティシアは横に立っているアストが難しい顔をしている事に気がついた。

 

 「アスト君、どうしたんですか?」

 

 「あ、いえ。何でもありません。少しティアの事が気になっただけです」

 

 ティアについて気になっているのはアストだけではなく、ラクスもまた同じだ。

 

 ラクスにとってティアは紛れも無い肉親。

 

 心配なのも無理はない。

 

 出自から考えれば、危険な目に合わせるとは考えにくい。

 

 だが、彼女もまたアストやユリウスと同じ存在なのだ。

 

 考え込んでも仕方ないとは分かっているのだが。

 

 それにアストが気になった事は他にもある。

 

 あの機動要塞の事だ。

 

 デュランダルがいる機動要塞の詳しい事は何も判明しておらず、どんな武装があるかも不明なままである。

 

 「良し、確認事項は以上だ。何かあればすぐに知らせる」

 

 「皆、すぐに出撃準備を!」

 

 締めるムウとマリューの言葉に全員が頷くとブリッジから出ていった。

 

 パイロットスーツに着替え、格納庫に辿り着いたマユとシンの視界に飛び込んできたのは、すべての追加武装を装備したイノセントだった。

 

 「あれって」

 

 「フルウェポン」

 

 「えっ」

 

 前大戦で使われたイノセントの全武装装備形態である。

 

 その横ではストライクフリーダムに黒い装甲が装着されている。

 

 ストライクフリーダム用のスレイプニルはジャスティスに回された。

 

 あの黒い装甲は破壊されたスレイプニルの代わりといったところだろう。

 

 マユもまたトワイライトフリーダムに乗り込もうと床を蹴ろうとした時、シンから声を掛けられる。

 

 「マユ」

 

 「なんでしょうか?」

 

 シンは一瞬言うべき事に迷ったように言葉を詰まらせるが、すぐに切り替えたように口を開く。

 

 「……絶対生き延びるぞ」

 

 本音ではマユに戦いなんて危険な事はして欲しくない。

 

 それは今も昔も変わっていなかった。

 

 でも言っても聞かないだろうし、彼女自身にも守りたいものがある事はもう分かっている。

 

 シンが逆の立場だったとしても戦う事を放棄したりはしないだろう。

 

 それにマユは自分で考えこの道を選択したのだ。

 

 ならば止める事はできない。

 

 「ええ。兄さんも無理はしないでください。必ずセリスさんを助けましょう」

 

 「ああ」

 

 シンは自身の機体リヴォルトデスティニーを見上げた。

 

 必ずセリスを助け、マユも守る。

 

 そしてこれから向かう戦場にはジェイルやレイもいる筈だ。

 

 彼らがセリスを助ける際に立ち塞がるなら―――

 

 「俺は戦う」

 

 憎しみや怒りではなく、自身の大切なものの為に!

 

 シンはリヴォルトデスティニーのコックピットに乗り込むと、いつも以上に気合いをこめて操縦桿を握った。

 

 そしてマユもトワイライトフリーダムのコックピットに座ると、スレイプニル使用の為の最終確認を行う。

 

 この手の追加武装を使うのは初めてだ。

 

 しかも今回の作戦では要と言っていい。

 

 失敗は許されない。

 

 そこにアストからの通信が入ってきた。

 

 「シン、マユ、気負うなよ。いつも通りやればいい」

 

 「大丈夫ですよ、アレン」

 

 マユは何も言わずにジッとアストを見つめる。

 

 「どうした、マユ?」

 

 あの日、『オーブ戦役』でアストに救われてから、ずっと彼の背中を追って来た。

 

 彼がいなくなった時は、本当に足もとからすべて崩れ落ちたような錯覚に捉われた。

 

 きっと私はずっと―――助けられたあの時から。

 

 「アストさん」

 

 「どうした?」

 

 レティシアの事は分かっている。

 

 たとえそうでもこの思いが―――自分を救った天使の姿は生涯消える事は無い。

 

 だから―――

 

 「愛してます」

 

 「は?」

 

 「は、はあああああああ!? マ、マ、マユ、何を言ってるんだ! ア、アレン、どういう事なんですか!!」

 

 「い、い、いや、お、お、落ち着け、シン」

 

 二人は酷く動揺し、狼狽している。

 

 その動揺ぶりはこちらが可笑しくなって笑みを浮かべてしまうほどだ。

 

 そして慌てたのは二人だけではなく、通信を聞いていたらしい全員で大騒ぎになっていた。

 

 マユはその人達の顔をすべて見る。

 

 アストをジト目で睨むレティシアや笑みを浮かべているラクスやキラ、トール達。

 

 ここにいる人達全員がマユにとって掛け値なしに大切な人ばかりだ。

 

 絶対に死なせたくない。

 

 だから守って見せる。

 

 準備の整ったトワイライトフリーダムが発進する為、カタパルトに運ばれていく。

 

 ハッチが開いた先に見える宇宙に待っているのは、この戦争最後の戦いだ。

 

 決して負けられない戦い。今まで以上の激戦になる。

 

 それでも―――

 

 「マユ・アスカ、トワイライトフリーダム行きます!!」

 

 フットペダルを踏み込むと、蒼い翼を広げた黄昏の天使が戦場に飛び出した。

 

 

 

 ここに最後の決戦の幕が上がる。




すいません、またも遅くなってしまいました。
おかしなところは後で加筆修正します。


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第55話  駆ける者達

 

 

 

 

 

 スカンジナビアの宇宙ステーション『ヴァルハラ』

 

 そしてオーブの宇宙ステーション『アメノミハシラ』はかつて無いほどの緊張感に包まれていた。

 

 ステーション前では次々と部隊が編成され、出撃準備を開始している。

 

 しかし出撃したのが全部隊という訳ではない。

 

 当然各ステーション防衛の為の戦力も残してある。

 

 この機に乗じたザフトの奇襲を警戒しなければならない。

 

 特にヴァルハラにはザフトの部隊が近づいて来ているという情報も入ってきているからだ。

 

 その為、物々しい雰囲気が宙域を包み、戦艦に乗り込んでいる全てのクルーにも伝染して異様な緊迫感を生み出していた。

 

 もちろんそれは彼らが赴く戦場は紛れも無く死地であるという事も関係しているだろう。

 

 確実にこの中の何割かは生きて戻れない。

 

 それだけの激戦になる事は誰も口にしないだけで皆が理解しているからだ。

 

 そんな緊張感漂う宙域に集まった艦隊はアークエンジェル、ドミニオン、オーディンの三隻を中心として、それぞれ別方向に移動を開始した。

 

 こちらに向かってくるコロニーを破壊する為に。

 

 確認されたコロニーの数は四つ。

 

 その内の一つは地球軍が担当すると事前に確認している。

 

 そして最終的に止められないと判断された場合は―――核を使う事もだ。

 

 もちろんその時は連合側から連絡が入る事になっている。

 

 その件に関しては反対する声も上がった。

 

 だが地球に落とされては元も子もないと主張されては何も言えない。

 

 皆『ブレイク・ザ・ワールド』の惨状を忘れた訳ではない。

 

 あんな事の二の舞は誰であろうと御免だという事だ。

 

 しかしコロニーに対し軍を動かしていたのは同盟や連合だけではない。

 

 防衛と迎撃の為にザフトもまた部隊を展開していた。

 

 

 

 

 時同じくしてザフト機動要塞メサイアからも一騎当千の猛者達が出撃しようとしていた。

 

 メサイアの格納庫は喧騒に満ちていた。

 

 整備班も慌ただしく動き回り、各機の調整に追われている。

 

 これからいよいよ最後の戦いが始まるのだ。

 

 皆気合いが入るのも頷ける。

 

 そんな喧騒の中、出撃しようと機体に乗り込こもうとする者達がいた。

 

 ヴィートとリースの二人である。

 

 彼らには理由がある。決して退けない訳が。

 

 「おい、ヴィート、リース、待て!」

 

 ハイネが無重力の中を上から二人を飛び越える様に降り立つと諌めるように声を掛けた。

 

 リースはいつも通り、興味なさそうにこちらを見てくるだけだったが、ヴィートは違う。

 

 抉られた左目を眼帯で覆い、残った右目でこちらを睨みつけてくる。

 

 その瞳には怒りと激しいまでの憎悪が漲っている。

 

 彼の眼は思った以上に傷が深く、今回の戦いまでに傷の治療は不可能と判断されていた。

 

 最初はデュルクからも出撃や戦闘行為を控える様に言われたのだが、彼は頑として首を縦には振らなかった。

 

 この傷をつけた男にそれ相応の礼をする為である。

 

 「邪魔するな、ハイネ。この戦いアスト・サガミだけじゃない。必ずあいつが―――アオイ・ミナトが来る。奴らは俺がこの手で!」

 

 「私も……必ずあの女共を殺す。……後ヴィート、アレンに手を出したら許さないって言ったよね?」

 

 「ふん、安心しろ。俺のとりあえずの目標はアオイ・ミナトだ。この左目の借りは返す」

 

 ヴィートは左目を押え、怨嗟の声を上げる。

 

 気持ちは分からなくもない。

 

 ザフトを裏切ったアストや特務隊として言い渡された任務を尽く退け、ヴィートを負傷させたアオイ・ミナト。

 

 これまでの事から考えてもヴィートが彼らを憎むのも当然であろう。

 

 しかしだからといって勝手な行動を許す訳にはいかない。

 

 「俺達はメサイアで待機しているように命令が出ているだろう。勝手な事は―――」

 

 「ハイネ、行かせてやれ」

 

 声が掛けられた方向に目を向けるとステラを伴ったデュルクが格納庫に入ってくるのが見える。

 

 「デュルク隊長」

 

 「議長の許可は貰っている。メサイアの防衛にはジェイル達を残らせる。ハイネ、お前も出撃準備だ」

 

 「俺も?」

 

 予想外の命令に困惑するハイネとは対照的にヴィートはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 彼にとっては渡りに船と言える命令である。

 

 内心歓喜に満ちていた。

 

 「隊長、ありがとうごさいます!」

 

 「ただし、勝手な行動は許可しない。あくまでも状況の把握が最優先だ。撤退命令があれば何があっても即座に後退する事を厳命しておく」

 

 「「了解!!」」

 

 正直なところ、彼らがその命令を聞くかは怪しいものである。

 

 とはいえ命令が下った以上はハイネも彼らを気にしている余裕はない。

 

 何と言っても相手はあの同盟軍なのだ。

 

 何度も交戦してきたからこそ分かる。

 

 彼らと戦うとなれば間違いなく命を掛ける事になる。

 

 ハイネはデュルクの背後に控えているステラに目を向けた。

 

 「隊長、彼女も出撃なのでしょうか?」

 

 彼の疑問にデュルクが口を開く前にステラがいつも通り冷静な口調で質問に答えた。

 

 「そうだ。許可も貰っている」

 

 デュルクとしてはステラはメサイアの守りに残したかった。

 

 だが死に物狂いで攻めてくる同盟や連合の事を考えれば戦力は一機でも多い方が良いのも確かだ。

 

 テタルトスも警戒しなければならないが、彼らはあくまでもアポカリプスの方を狙ってくるだろう。

 

 なら当面は正面から来る連合と同盟を迎撃するのを優先すべきである。

 

 「良し、全員出撃準備。相手は同盟とアオイ・ミナトだ。油断するなよ」

 

 「「「了解!」」」

 

 敬礼を取り、機体に乗り込むと戦場に向け、飛び出していく。

 

 

 各自それぞれ目的を持ち―――これまでの因縁を払拭せんが為に。

 

 

 

 

 デュルク達特務隊がメサイアから出撃していくのと同じ頃。

 

 ヘレンはフォルトゥナの各部チェックを終え、メサイアに存在する特別な格納庫を訪れていた。

 

 ここに立ち入る事が許されているのは、一部の者たちだけ。

 

 それだけ特別な場所である。

 

 この格納庫ではラボやアトリエで行われていた研究や新型の開発などが引き継がれて行われているのだ。

 

 ヘレンが格納庫の扉を潜ると強化型シグーディバイドが所狭しと並んでいるのが見える。

 

 さらに奥に進んでいくとそこには一機のモビルスーツが佇んでいた。

 

 その下には白衣の研究者達が集まっている。

 

 ヘレンの姿に気がついた研究者達は全員が作業の手を止め、敬礼してきた。

 

 「状況は?」

 

 「はい、ラナシリーズの調整は完了しました。すでに何人かはクロードと共にコロニーに向かわせてあります」

 

 「スカージは?」

 

 「そちらも問題なく順調です」

 

 渡されたデータに目を通すとヘレンは満足そうに頷いた。

 

 切れる手札は多い方が良い。

 

 何といっても相手にするのはプラントを除くすべての勢力である。

 

 いかに戦争で戦力を疲弊しているとはいえ、侮る事は出来ない。

 

 ここで負ける事は、議長を失う訳にはいかないのである。

 

 ヘレンは奥にあるベットに視線を移した。

 

 そこにはピンク色の髪を持った少女が眠っている。

 

 「彼女の調整も急がせなさい」

 

 「了解」

 

 幾つかの指示を飛ばすとベットに眠る少女を氷のように冷たい視線で一瞥する。

 

 だが何も言葉を発する事無く、歩み去った。

 

 

 

 

 ステーションに集まった同盟の艦隊はそれぞれ目的のコロニーがある方向に加速し前進していく。

 

 その艦隊より先行するモビルスーツがいた。

 

 スレイプニルを装着したエースパイロット達の機体である。

 

 彼らもまた三つの方向に分かれ、それぞれのコロニーに向っていた。

 

 理由は簡単だ。

 

 要するに艦隊が到着する前に少しでも防衛部隊の戦力を削り、速やかにコロニーに対する攻撃に移りやすくする為である。

 

 時間が経ち、最終的に艦隊による攻撃での破壊が難しいとなれば核による攻撃で破壊しなくてはならなくなる。

 

 出来るだけそれは避けたい。

 

 アストの駆るクルセイドイノセントもスラスターを噴射しながら、キラのストライクフリーダムと共にコロニーに向け加速していた。

 

 スレイプニルを装着したクルセイドイノセントの横に並び、移動しているストライクフリーダムには黒い装甲が装着されている。

 

 ZGMF-X20Ab 『ストライクフリーダム・セーブル』

 

 ストライクフリーダムにレギンレイヴの装甲を装備させた高機動形態である。

 

 この装備はスカージによって破壊され、数が足りなくなったスレイプニルの代わりとして考案されたものだ。

 

 今回の作戦には火力と機動力は必須。

 

 その為の緊急措置である。

 

 二機が先行してしばらく進んでいると、目標であるコロニーと敵部隊の姿が見えてきた。

 

 向うも準備万端とばかりに展開を済ませているようだ。

 

 「キラ!」

 

 「了解!」

 

 躊躇う事は無い。

 

 自分達は敵戦力を排除する為に先行してきたのだから。

 

 ストライクフリーダムがドラグーンを射出、同時に全砲門を前方に向け展開するとターゲットをロックし、一斉に撃ち出した。

 

 「いけぇぇぇぇ!!」

 

 放たれた砲撃が展開している敵部隊に突き刺さり、撃ち抜かれた機体は例外なく吹き飛ばされていく。

 

 フルバーストによって敵部隊の防衛線に穴が空く。

 

 アストはそれを見逃す事無く一気に加速する。

 

 同時に両手に近接用ブレードを構えて斬り込んだ。

 

 振るわれた長剣を受け止めようとしたザクはシールドごと両断され、攻撃を仕掛けたグフの脚部を斬り飛ばす。

 

 近接攻撃用ブレードはその長さゆえに若干速度が落ちてしまうが、威力は折り紙つきだ。

 

 防御しようとしてもその上から切断できる。

 

 「くっ、全機、距離を取れ!」

 

 「了解!」

 

 隊長の指示に従い、全機が四方に散っていく。

 

 しかしそれは完全な悪手であった。

 

 元々火力が明らかに違うのだから。

 

 「そこだ!」

 

 クルセイドイノセントはスレイプニルのビーム砲と対艦ミサイル、追加武装であるビームガトリング砲を一斉に放出する。

 

 ビームとミサイルがザクやグフに襲いかかり、砲撃を逃れた者もガトリング砲によってハチの巣にされていく。

 

 「怯むな! 撃ち落とせ!!」

 

 味方の惨状を目の当たりにした隊長機が激昂しつつ出した命令に従いオルトロスを構えたザク部隊が砲撃を開始する。

 

 並の部隊であれば損害は免れないだろう砲撃。

 

 だが次の瞬間誰もが眼を見開いた。

 

 「当たらない!?」

 

 あれほどの砲撃すらも駆け抜ける二機には通用しない。

 

 ストライクフリーダムはすり抜けるかのように閃光を潜り抜け、腹部のカリドゥスで敵機を狙い撃つ。

 

 砲撃体勢で防御もままならないザクは直撃を受け、大きな光となって消え失せた。

 

 「くそ、フリーダムめ!」

 

 「速すぎる!」

 

 キラの動きに翻弄された部隊を狙い撃つように、側面に回り込んだアストがブレードから高エネルギー収束ライフル『アガートラム』に持ち替え、トリガーを引く。

 

 撃ち出された閃光が敵数機諸共に消し去ると陣形が崩れた。

 

 その間に今度はバズーカ砲を両手に構えると、ミサイルと共に一斉発射した。

 

 「全機、迎撃を―――」

 

 「対応が遅い!」

 

 撃ち出された砲撃が敵部隊を一網打尽にして薙ぎ払った。

 

 二機の圧倒的な火力によって容赦なく撃破され、成す術も無い。

 

 「そこをどけぇぇ!!」

 

 「邪魔をするなぁぁ!!」

 

 アストとキラは連携を取りつつ敵陣を突っ切り、順調に敵戦力を削りながらコロニーを目指していく。

 

 敵部隊は完全に浮足立っている。

 

 このままなら自分達だけで先にコロニーを攻撃する事も可能だろう。

 

 さらにそのまま敵陣に深く斬り込もうとした瞬間―――アストの全身に悪寒が走った。

 

 「ッ!?」

 

 咄嗟に操縦桿を引き、スラスターを逆噴射して機体を後退させると一条の閃光がイノセントのいた空間を薙いでいく。

 

 それだけでは終わらない。

 

 イノセントの回避先を的確に読んで次々と正確にビームライフルを撃ち込んでくる。

 

 「アスト―――ッ!?」

 

 援護に向かおうとしたキラにも悪寒が走ると同時に四方からのビームが襲いかかった。

 

 ドラグーンだ。

 

 ストライクフリーダムの周りに配置された砲塔が機体を撃ち抜かんと閃光を連続で放ってきた。

 

 「これは!?」

 

 キラは機体を巧みに動かし、ビームを回避しつつ敵機の姿を確認する。

 

 モノアイの頭部を持ち、全身が赤色に染まった機体―――サタナエルだった。

 

 背中のスラスターユニットを噴射させ、急速に距離を詰めてくる。

 

 「クロード!!」

 

 接近してくるサタナエルに向けてストライクフリーダムはフルバーストで迎撃する。

 

 何条もの閃光と砲弾が迫る中、最低限の動きだけで回避したクロードはニヤリと笑った。

 

 「さて、しばらく君達には私の相手をしてもらおう」

 

 クロードは視線を滑らせ二機の姿を観察すると即座にイノセントの方へ狙いを絞る。

 

 その理由は考えるまでも無い。

 

 クルセイドイノセントが装備しているスレイプニルの事は月での戦闘や前大戦でクロードも知っていた。

 

 あれの火力は十分に脅威だ。

 

 余計な事をされる前に、ここで破壊させてもらうのみ。

 

 「お前に構っている暇など!!」

 

 ビームライフルを放ちながらサーベルを構えるサタナエルに対艦ミサイルを撃ち込んで迎撃する。

 

 「甘いな」

 

 しかしそれらの攻撃にも怯む事無くクロードは回避運動を取りながら機関砲でミサイルを撃ち落とし、複列位相砲『サルガタナス』を撃ち出した。

 

 ただのビームであればそのまま回避すればいい。

 

 しかし放たれたビームは直線でなく拡散し、広がりながらイノセントに襲いかかる。

 

 「拡散した!?」

 

 「避け切れない!?」

 

 アストはビームシールドを展開して、サルガタナスを防御する。

 

 だが拡散したビームの雨はシールドではすべてを防ぎきれずスレイプニルの側面に直撃。

 

 衝撃と共にイノセントを震わせた。

 

 「ぐっ!」

 

 スレイプニルはモビルスーツの強化を念頭に企画、開発された装備だ。

 

 並のモビルスーツであればその火力と加速性で十分に対応可能である。

 

 しかしクロードには通用しない。

 

 前大戦においても彼はスレイプニルを装着したジャスティスを戦闘不能に追い込んでいるのだ。

 

 これが単純な戦闘であれば、スレイプニルをパージするという選択も取れた。

 

 だが今回の作戦目的を考えれば破壊されるのも、迂闊に捨てるのも無理である。

 

 つまりこのまま切り抜けるしかないのだ。

 

 「この程度かな」

 

 「舐めるな!」

 

 アストは機体を襲った衝撃を噛み殺し、動き回るサタナエルに狙いをつけてビーム砲のトリガーを引いた。

 

 スレイプニルの砲口から光が迸り、一直線に進んでいく。

 

 クロードは迫るビームの奔流を機体をバレルロールして回避、ビームサーベルをクルセイドイノセントに叩きつけた。

 

 眼前に振るわれた光刃をアストは近接戦用ブレードで受け止めると激しい火花を散らしながらも鍔迫合う。

 

 「久しいな、アレン、いやアスト・サガミ君」

 

 「何!?」

 

 眩い光がモニターを照らす中、聞こえてきたのはデュランダルのものと全く同じ声。

 

 「貴方は……クロードか」

 

 キラから話は聞いている。

 

 アストとは三年前に一度会ったきりだ。

 

 だが前大戦においてキラやレティシア達が彼によって手酷い被害を受けた事は聞いている。

 

 これまでの攻防からも彼の技量が卓越している事に疑いの余地はない。

 

 だが気になるのはクロードはアレンと呼んだ。

 

 その名で呼ぶのはザフトにいた時に接した事がある者だけの筈。

 

 「貴方は何者だ? 何故俺をアレンと呼ぶ?」

 

 「私はただの影であり、手足だよ。それに君とは何度も会って話をした事がある」

 

 何度も話した事がある?

 

 そこでアストも気がついた。

 

 彼の容姿を考えればすぐに思い至る事―――

 

 「……まさか」

 

 「言っただろう、私は影だと。何度か彼の影武者を務め、君と接していたのだよ」

 

 サタナエルはビームサーベルを押し込み、シールド内蔵のロングビームサーベルを展開。

 

 イノセントに振り抜いた。

 

 二つの光刃が同時に叩きつけられ、近接用ブレードは徐々に浸食され抉られていく。

 

 このままではブレードが真っ二つに斬り裂かれてしまう。

 

 「チッ!」

 

 これ以上押し込まれる前にサーベルを上に弾き飛ばすと、もう一方のブレードを下段から振り上げる。

 

 しかし下からの斬撃にも機体を横に半回転させ回避したクロードは蹴りを入れてイノセントを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅ!」

 

 「そんな邪魔な重りを付けたままでこのまま戦う気かな?」

 

 強い。

 

 キラが追い込まれたというのも頷ける。

 

 クロードはこちらの砲撃を物ともせず、軽やかな動きで反撃に転じてきた。

 

 「アスト!」

 

 周りに配置されたドラグーンを撃ち落とし、ビームライフルでサタナエルを引き離そうとキラはトリガーを引いた。

 

 銃口から放たれたビームがサタナエルに向かっていく。

 

 しかしそこで射線上に割り込む機影があった。

 

 三機のシグーディバイドである。

 

 サタナエルを守るように巨大なビームシールドを展開して立ちふさがったのだ。

 

 ビームライフルはシグーディバイドが持っている見た事も無い盾のような装備によって弾かれてしまった。

 

 「あれは新装備か」

 

 シグーディバイドの腕に装備されている盾は『オハン』と呼ばれる武装。

 

 元々はシグーディバイド強化案の一つで、防御力向上の為に考案された装備である。

 

 片手にしか装備されていなかったソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置を補うために開発されたものである。

 

 キラは距離を取りつつ何度か攻撃を加えるが、すべてオハンによって弾かれてしまう。

 

 距離を取っての攻撃では埒が明かない。

 

 「なら!」

 

 接近戦に切り替える事に決めたキラはライフルからビームサーベルに持ち替え、シグーディバイドに斬り込んだ。

 

 しかし敵は応じる様子はない。

 

 距離を取り、ガトリング砲を撃ってくるだけである。

 

 まるで斬り合うつもりがないかのような―――

 

 そこにクロードの声が聞こえてきた。

 

 「彼らには君の足止めを命じてある。オハンを装備した彼らはいかに君でもそう簡単にはやれまい」

 

 「なっ」

 

 さらに言ってしまえば彼らはすでにI.S.システムを発動していた。

 

 クロードの言う通り、いかにキラでも彼らを簡単には突破できない。

 

 ガトリング砲の射撃をバレルロールしながら潜り抜け、シグーディバイドに接近しようと試みる。

 

 「それはさせないよ、キラ君」

 

 クルセイドイノセントをビームライフルで牽制しながら、ストライクフリーダムにシールドに取り付けてある追加武装のバズーカ砲を撃ち出した。

 

 キラがバズーカ砲を迎撃しようとライフルを掲げた瞬間、砲弾が四方に勢い良く弾けて拡散する。

 

 拡散された細かい弾が黒い装甲に直撃、機体のバランスを崩されてしまった。

 

 「ぐぅぅ!」

 

 その隙を突くようにシグーディバイドが襲いかかる。

 

 「キラ!?」

 

 「君の相手は私だ」

 

 クルセイドイノセントの前に立ちふさがるようにサタナエルが回り込みサーベルを振り抜いてくる。

 

 振るわれた斬撃をナーゲルリングで受け止め弾き返す。

 

 そして負けじと腰からサーベルを逆手で抜き放った。

 

 これにはクロードも虚をつかれ、シールドを前に出して防御に回った。

 

 「アスト、不味い。もうすぐ艦隊が来る。もう少し敵の数を減らさないと!」

 

 防御を優先するシグーディバイドに足止めを食いながら、キラが叫んだ。

 

 敵の数は未だに多く、これでは艦隊はコロニー迎撃に集中できない。

 

 「分かってる!」

 

 それはアストも十分に承知している。

 

 だが目の前にいるクロードは手強い相手だ。

 

 彼の相手をしながら、他の機体を相手にするのは難しい。

 

 シグーディバイドに囲まれ、攻撃されているキラもまた同様だ。

 

 防戦に徹する敵を捉えられずにいる。

 

 「こいつら!」

 

 シグーディバイドはI.S.システムを作動させている所為か、的確にこちらに向けて砲撃を繰り出してくる。

 

 キラは放ったミサイルを敵がガトリング砲で迎撃する隙を見計らい、懐に飛び込んだ。

 

 「これで!」

 

 振り抜いた光刃は確実にシグーディバイドを捉えた筈だった。

 

 だがその斬撃さえもシグーディバイドは直前で持っていたビームランチャーを盾として防いで見せた。

 

 「チッ」

 

 斬られたビームランチャーの爆煙から現れた敵機の姿にキラは思わず舌打ちする。

 

 損傷は贔屓目に見ても軽微と言ったところだろう。

 

 レール砲を連続で叩き込み、再び接近戦に持ち込む為に前に出た。

 

 しかし再びクロードからバズーカ砲での援護が入り、シールドを展開しつつ距離を取らざる得なくなる。

 

 アストはクロードと斬り結びながら近くで戦闘しているストライクフリーダムの姿を横目で確認した。

 

 キラは三機のシグーディバイドによって押えられている。

 

 押し込んではいるが、的確なタイミングでクロードが援護している為に均衡を崩せずにいた。

 

 ならば先にサタナエルを落とすか、引き離すしかない。

 

 アストは再び振るわれたビームサーベルをナーゲルリングで押し返しながら叫んだ。

 

 「そこをどけ!」

 

 「断る。通さないと言っておこう」

 

 「ならば、力づくで押し通る!!」

 

 サタナエルにブレードでシールドの上から斬りつけ吹き飛ばすと距離を取ってビーム砲を撃ち込んだ。

 

 それすらも読んでいたかのようにサタナエルは回避してみせる。

 

 だがそれはアストも予想していた事だ。

 

 サタナエルの回避先にブレードを思いっきり投げつけ、クロードが横に避けた所を見計って、斬艦刀バルムンクで斬り払った。

 

 回避は難しいと判断したクロードはビームシールドを展開して斬艦刀を受け止める。

 

 刃をシールドで止めた事で、光が激しく飛び散っていく。

 

 「流石にやる」

 

 「この先に行かせてもらう!」

 

 刃と盾を構え、どちらからともなく弾け飛ぶとライフルを構えて撃ち出す。

 

 閃光が交わり、二機が交錯する度に光が弾けた。

 

 

 

 

 アスト達が激闘を繰り広げる中、遅れて追随していた艦隊が戦場に到着する。

 

 中心にいるドミニオンのブリッジで状況を確認したナタルは思わず歯噛みした。

 

 「思った以上に敵の数が多いか」

 

 先行したクルセイドイノセントとストライクフリーダムは敵によって押さえ込まれているらしい。

 

 簡単にいくとは思っていなかったが、現実に直面すると頭を抱えたくなる。

 

 ナタルは各艦に向けて通信を繋ぐと淀みなく言葉を紡いだ。

 

 「全艦に告げる。対艦、対モビルスーツ戦闘用意。モビルスーツ出撃後、各艦は作戦通りに対応し、配置につけ。目標はあくまでもコロニー、余計な敵は無視しろ。ただしザフトが何か仕掛けてくるかも知れない。警戒を怠るな!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ナタルの指示に従い、各艦もまたコロニーに向け、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 アスト達がコロニーを守る部隊やクロードと激闘を繰り広げていた頃。

 

 オーディンの部隊から先行する形で進んでいたレティシアとラクスもスレイプニルで戦場を駆け抜けていた。

 

 「ラクス、右側面の部隊を!」

 

 「はい!」

 

 ターゲットをロックし、ビーム砲と対艦ミサイルを一斉に撃ち出す。

 

 ミサイルの直撃によって、破壊された敵モビルスーツの爆発に紛れ、レティシアはブレードで残った敵に斬り込んでいく。

 

 「遅い!」

 

 右のブレードで袈裟懸けにザクを斬り裂き、左のブレードを横薙ぎに振るう。

 

 長剣がグフの腹部を抉り、破壊した。

 

 スレイプニルの攻撃で薙ぎ払われた敵の残骸が宇宙に浮かび、それを突っ切るように加速するとレティシア達はコロニーに向かって進んでいく。

 

 そんな二機の速度と火力に対応できない防衛隊はただ浮足立つばかりだ。

 

 しかしそれを気にする程お人よしでもなければ、余裕がある訳でもない。

 

 その証拠に二人の表情は固い。

 

 彼女達は理解しているのである。

 

 今は先手を取れた事で、一時的に優勢になっただけに過ぎないという事を。

 

 だがこの好機を見逃す手は無い。

 

 艦隊が来る前に出来る限り、数を減らす。

 

 レティシアが再びターゲットをロックし、トリガーを引こうとした時―――正面から強力なビームが撃ち込まれてきた。

 

 「レティシア!?」

 

 「くっ!?」

 

 ヴァナディスはアイギスドラグーンを射出して、前面に防御フィールドを展開するとギリギリのタイミングでビームを弾き飛ばす事に成功した。

 

 そして目の前に来た存在に気がついたレティシアは深くため息をつく。

 

 予想はしていた。

 

 しかし出来る限り関わり合いになりたくない。

 

 もう二度と出会いたくないと思っていたのだが―――

 

 「結局貴方が来る訳ですか」

 

 ヴァナディスとインフィニットジャスティスの前に立ちふさがったのは、禍々しい外見で一対の翼を持った機体。

 

 「リース・シベリウス」

 

 レティシアは近づいてくるベルゼビュートを鋭い視線で睨みつけた。




機体紹介3更新しました。

ストライクフリーダムセーブルは刹那さんのアイディア、シグーディバイドの追加装備『オハン』は刀鍛冶さんのアイディアを参考にして使わせてもらいました。ありがとうございました。

おかしなところは後日加筆修正します。


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第56話  女達の激闘

 

 

 

 

 「フリーダムガンダム!!!」

 

 獣のごとき咆哮が響き渡ると怒りが吐き出されるようにライフルから閃光を迸らせる。

 

 その標的になったのはマユの駆るトワイライトフリーダム。

 

 スレイプニルを装着したトワイライトフリーダムは後退しつつビームをやり過ごした。

 

 「どうした、マユ・アスカ! 逃げるだけか!!」

 

 「貴方は!」

 

 腕に装備された実体剣ノクターンをせり出し連続で叩き込まれたビームをすべて斬り飛ばす。

 

 そして攻撃してきた敵―――メフィストフェレスに対して反撃を試みた。

 

 「いけ!」

 

 だがメフィストフェレスに搭乗しているシオン・リーヴスは避ける素振りも見せず口元に笑みを浮かべる。

 

 「やれ!」

 

 「了解」

 

 正面にオハンを装備した三機のシグーディバイドがシールドを開き、フリーダムの攻撃をすべて防御して見せた。

 

 「なっ!?」

 

 見事な連携によって完璧に攻撃を防がれた。

 

 だが驚くべきはあの新装備である。

 

 あれだけ大きなシールドを展開出来るとなると正面からの力押しでは分が悪い。

 

 「マユ!?」

 

 ザクをビームサーベルで斬り捨てたシンが援護に駆けつけようとマユの下に向う。

 

 だがそんな事を許すほどシオンは甘くはなかった。

 

 「前にも言った筈だ。お前には興味がないと」

 

 「何だと!」

 

 言葉通り何の興味も無いと言わんばかりのシオンの声がシンの神経を逆なでする。

 

 アストやマユから碌でもない奴という事は聞いていた。

 

 でもこうして話していると良く分かる。

 

 挑発気味に煽ってくる為、余計に苛立ちが募ってくる。

 

 話以上に嫌な奴らしい。

 

 「標的はマユ・アスカのみ。お前は下がっていろ!」

 

 「くっ!?」

 

 リヴォルトデスティニーに背中を向けたまま『ルキフグス』の砲撃で引き離し、トワイライトフリーダムにビームサーベルを叩きつけた。

 

 強力なビーム刃が袈裟懸けに振るわれ、さらに下から斬り上げる形で立て続けに斬撃を放つとスレイプニルを装甲を浅く抉っていく。

 

 「さっさと本気で来たらどうだ。コロニーに気を取られていると、あっさり殺してしまうぞ」

 

 シオンにとって待ちに待った瞬間である。

 

 こんな簡単に終わってはつまらない。

 

 あくまでも本気になった彼女を叩き潰してこそ、意味があるのだ。

 

 「よりによってこんな時に!」

 

 マユは敵機の斬撃を捌きつつチラリと視線を横に向ける。

 

 そこにはゆっくりではあれど確実に前に向う四つの物体。

 

 本来なら人が住むべきコロニーは凶器となって目標を押しつぶさんと歩を進めていく。

 

 いつまでもこうしてはいられない。

 

 後続は徐々に近づいているからだ。

 

 マユとてシオンとは因縁がある。

 

 決着をつけたいのは山々ではあるが、今は作戦の方が優先だった。

 

 メフィストフェレスから放たれたビームランチャーの一撃をシールドで受け止めたマユは即座に決断を下す。

 

 「兄さん、作戦変更です!」

 

 モニターに向けて声を上げると同時に操作するとスレイプニルをパージ、シオンの虚を突く形でエレヴァート・レール砲を叩き込んだ。

 

 「分かった!」

 

 マユの言葉の意味をすぐに理解したシンはモニターに頷き返すと、シグーディバイドを弾き飛ばしスレイプニルを分離させて斬艦刀を抜き放つ。

 

 二人がスレイプニルをパージしたのには理由がある。

 

 こうなる事はある程度予測できていた。

 

 どの場所もかなりの数の敵に阻まれるのは間違いないと。

 

 その為事前にディアッカ達の力を借り、敵戦力を調査、それぞれの場所に合わせた戦力を配置されていた。

 

 シオンのような強敵相手に戦う事になるのはコロニーを突破した後だと思っていたので、ここで立ちふさがるとは考えていなかったが。

 

 マユ達が向ったコロニーには他の場所よりも多くの部隊が展開されている。

 

 これはザフト機動要塞に比較的近い場所だったからだろう。

 

 だからそれを見越した同盟軍も多くの戦力を投入しているのである。

 

 つまりこちらは他の部隊と違って幾分余裕がある為、二人は味方の部隊が戦域に到着する前に敵を削るよりもシオン達を抑える方に作戦を変更したのである。

 

 それでもスレイプニルを捨てるような状況にならないに越したことは無かったのだが―――

 

 ともかくアークエンジェルが率いた艦隊がもうすぐ到着する。

 

 その時、邪魔をさせない為にこいつらを抑え込む事が先決。

 

 「これ以上好きにさせるかァァ!」

 

 翼から放出した光が残像となってリヴォルトデスティニーの姿を幻惑させながら、シグーディバイドに肉薄。

 

 コールブランドを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 必殺ともいえる斬撃。

 

 しかし放った斬艦刀の刃は敵機の腕に装着された盾オハンよって阻まれてしまう。

 

 「この!」

 

 例のI.S.システムの所為かは分からないが、コールブランドを受け止めた反応には驚いた。

 

 だがそれで止まるシンではない。

 

 「はああああ!!!」

 

 スラスターを噴射させながら刃を力一杯押し込み、相手がバランスを崩した所に蹴りを叩き込む。

 

 その隙にスラッシュビームブーメランをビームランチャーで狙撃しようとしていたシグーディバイドに投げつけた。

 

 回転しながら迫る光刃が正確にビームランチャーを捉え砲身を斬り裂いた。

 

 トワイライトフリーダムと斬り合いながら、その様子を見ていたシオンは思わず舌打ちする。

 

 「チッ、人形が。満足な足止めもできんのか」

 

 二機のシグーディバイドを弾き飛ばし、残った一機の砲撃を回転して避けながらシンが斬艦刀を振るってきた。

 

 「マユに手は出させない!」

 

 「ふん、何度も言わせるな。貴様に用など無い!」

 

 トワイライトフリーダムを突き飛ばし、上段から振り下ろされたコールブランドの一撃を防いだシオンはパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を構えた。

 

 「ッ!?」

 

 あれはジェイルのデスティニーに搭載されていた武装!?

 

 アレの威力は真近で見ている。

 

 直撃を食らえば間違いなく致命傷になる。

 

 シンはシールドで突きだされた腕を上に弾くとパルマフィオキーナ掌部ビーム砲が頭上に放たれた。

 

 回避に成功したシンは即座に下段に構えていたコールブランドを振り上げようとした。

 

 その瞬間、何か動く物体を目の端に捉えた。

 

 そう、シオンはすでに次の手を打っていたのである。

 

 事前に背中から分離させていたビームクロウを側面に回り込ませ、三連装ビーム砲を撃ち込んできたのだ。

 

 「兄さん、左です!」

 

 「くそ!」

 

 飛び退くように距離を取りつつビームシールドでビーム砲の連撃を防御する。

 

 言うだけあって強い。

 

 今の攻撃も反応が一歩でも遅れていたら、撃墜されていた。

 

 奴は動きも速く、攻撃も鋭い。

 

 話によれば前大戦時において特務隊に所属していたらしいが、その実力は伊達ではないようだ。

 

 リヴォルトデスティニーを振り払ったメフィストフェレスは再びトワイライトフリーダムに攻撃を仕掛けようとしているのが見えた。

 

 「やらせないって言ったろ! お前なんかにマユを傷つけさせるか!!」

 

 敵機を追おうとしたシンの前に立ちふさがる防衛部隊。

 

 舌打ちしながらビーム砲で薙ぎ払うと、メフィストフェレスを追うためにフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 各コロニーでの同盟軍の奮闘は続く。

 

 ザフトの防衛部隊の猛攻を捌き、待ちかまえていたエース級のパイロットと激突。

 

 それでも各自の奮戦あってか徐々に防衛部隊を押し返し、コロニーに近づいていった。

 

 激戦が続く中、コロニーに向かっていたレティシアはリースのベルゼビュートと対峙していた。

 

 個人的な感情を無視しても、現状を鑑みれば戦いは避けたいところだ。

 

 しかし目の前にいる相手はそれを許すような相手でない事はこれまでの経験から嫌というほど分かっている。

 

 そんな彼女の相手だけでも非常に面倒な訳だが、事態をさらに深刻にしていたのはその背後に控えていた存在であった。

 

 オレンジ色の装甲が特徴の機体。ハイネのヴァンクールである。

 

 「リース・シベリウスだけでなく、あの機体まで」

 

 ヴァンクールの性能は一度交戦した経験のある二人には良く分かっている。

 

 パイロットの腕も含めて紛れも無い強敵だった。

 

 「レティシア、どうしますか? 彼女は私が相手をしても―――」

 

 ラクスの気遣いに自然と笑みが浮かぶ。

 

 確かに戦いたくない相手ではあるが、放っておく訳にもいかない。

 

 仮にこの戦いを避けられたとしても、次にリースが狙うのは間違いなくマユである。

 

 ならばここで決着をつけるべきだ。

 

 「……いえ、心配には及びません。ラクスはもう一機を頼みます」

 

 「分かりました」

 

 腰のビームサーベルを抜き、両手で構えるとベルゼビュートに向き合った。

 

 そんなヴァナディスの様子を見たリースもまた自然と口元がつり上がる。

 

 先ほどのレティシアとの違いがあるとすればその表情がどこまでも残酷な笑みであった事だろうか。

 

 待っていた。

 

 この瞬間を、どれ程待ち望んでいただろうか。

 

 そもそもこの女はあの時、蒼き翼を翻す死天使と共に叩き落としてやった筈だった。

 

 にも関わらずしぶとく生き延び、こちらの邪魔ばかりをしてくる。

 

 激しいまでの怒りがこの身に激しい炎を灯し、相手に対する殺意に変わっていく。

 

 「……ハイネ。分かってるよね?」

 

 殺気の籠ったその声に、流石のハイネも顔を顰めた。

 

 要は「邪魔をすれば殺す」と言っているも同然であったからだ。

 

 これが部下達だったら一言物申したかもしれないが、生憎リースは自分と同じく特務隊である。

 

 命令権はないし、何を言っても無駄だろう。

 

 「ハイ、ハイ、どうぞ、ご自由に。じゃ、俺はジャスティスとやらせてもらう」

 

 投げやりに答えながらハイネは内心ため息をついた。

 

 命令とはいえ、今のリースと作戦行動を取らないといけないとは。

 

 「……疲れる。たく、恨むぜ、アレン」

 

 アストがいれば多少は彼女もマシになっていたかもしれないというのに。

 

 リースに聞こえない様に今は離れてしまった戦友に軽く毒づくと、気を引き締めるように操縦桿を握り直す。

 

 「まあこれも仕事だ!」

 

 それに借りもある。

 

 初めて戦った時は消化不良だったから、決着をつけるには丁度良い。

 

 頭を切り替えたハイネはアロンダイトを抜いてジャスティスに斬りかかった。

 

 ヴァンクールが上段から振りかぶってきた光刃をラクスは近接戦用ブレードで受け止める。

 

 「前の決着つけさせてもらうぜ!!!」

 

 「簡単にはいきません!」

 

 お互いに振るった剣が敵を斬り裂かんと狙う一撃を阻み火花を散らす。

 

 こうして刃を交えるのは二度目。

 

 相手にとって不足はない。

 

 撹乱するつもりなのか高速で動き回るヴァンクールに発射したミサイルが背後から迫っていく。

 

 しかしハイネは焦らず、振り向き様に頭部のCIWSですべてのミサイルを撃墜。

 

 残像を伴いながら懐に飛び込みアロンダイトを横薙ぎに叩きつけた。

 

 「速い!?」

 

 あれだけの速度を出す相手にスレイプニルを装着した状態での高速戦闘は不利。

 

 受けに回ればあっさり追い詰められる。

 

 横から迫る光刃をブレードを盾にして防ぐと同時に手を放し、ブレードの裏から蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 「ぐっ!」

 

 「そこ!」

 

 体勢を崩したヴァンクール諸共ブレードを狙って大口径ビームキャノンを叩きこむ。

 

 砲口から迸る強力な閃光によって撃ち抜かれたブレードは激しい爆発を引き起こした。

 

 通常の機体であればこれで倒せるだろう。

 

 だがラクスの表情は固いままだ。

 

 油断なく腰のビームサーベルを連結し、爆煙の中に突撃していく。

 

 それが答えだ。

 

 あの程度でやれるはずはないという確信がラクスにはあった。

 

 そして予想通り、ヴァンクールは無傷で煙の中から飛び出してくる。

 

 おそらくビームが直撃する前に、シールドを張って防御したのだろう。

 

 「流石だな! それでこそだぜ!!」

 

 「やはり手強いですわね」

 

 両者共に剣撃をぶつけ合い、目の前の敵を倒すために激突する。

 

 その度に宇宙は眩い光に照らされていった。

 

 

 

 

 ヴァンクールとインフィニットジャスティスの攻防が行われている中、レティシアもリースと交戦を開始しようと武器を構える。

 

 「レティシア、しつこかったけど今度こそ貴方を殺せる。次はマユ。二人を始末した後、ようやくアレンを迎えにいける」

 

 「……はぁ、相変わらずですか。一応聞いておきます。どうしてそこまでアスト君に拘るのですか?」

 

 何が気に入らないのかリースから発せられる殺気が一段と増した。

 

 「アレンの本名を呼ぶなんて……まあいい。どうせ殺すのは変わらない。―――アレンは、私の理想だから」

 

 「理想?」

 

 「そう。前大戦の英雄であり、その技量も、人格もすべてが私の理想の人。だがら貴方達みたいな害虫がうろついているだけで――――目障り」

 

 いま語った通りアレン・セイファートという人物はリースにとっての理想の存在。

 

 故にその理想を汚し、纏わりつく害虫はすべて駆除する。

 

 それこそが自分の役割であると彼女は決めていた。

 

 「なるほど」

 

 つまり彼女はアストに自分の理想を見たという事なのだろう。

 

 ある意味、非常に面倒で―――哀れだ。

 

 何故なら彼女は夢に浮かされているようなものなのだから。

 

 前から分かっていたが説得は無駄だ。

 

 彼女には何を言っても伝わらない。

 

 でもこれだけは言っておかなければならない。

 

 「貴方の事は分かりました。私からも一つ言っておきます」

 

 「何?」

 

 嘲るような声色でその続きを促す、リース。

 

 どんな事を言われようと結果は変わらないのだと言わんばかり。

 

 だが次の瞬間、雰囲気が一変する。

 

 「……貴方は彼を理解していない。彼は貴方が思っているような人ではありませんから」

 

 「は?」

 

 リースの表情が一段と剣呑になる。

 

 まさに一触即発、次の言葉次第ですぐにでも開戦となるだろう。

 

 だがレティシアは言葉を止める気などなかった。

 

 あえて明るく声を出し、話を続ける。

 

 「ああ見えて悪いところもたくさんあります。例えば結構頑固なところもありますし、全部自分の中に抱え込んで相談もしないし。他にも身長気にしてる癖に朝は食事取らずにミルクしか飲まない事とか」

 

 「何を……言ってるの?」

 

 リースの中に自分でも分からない感情が膨れ上がってくる。

 

 「そして一番悪いのが人の好意に鈍感過ぎるんですよね」

 

 マユの事とかその最たるものだろう。

 

 レティシアやラクスは当然、妹のように思っているマユの感情にはとっくに気がついていた。

 

 反面アストはまるで気がついていなかったのだ。

 

 色々思い出すとムカムカしてきた。

 

 出撃前に一発殴っておけば良かったかもしれない。

 

 これは彼自身の生まれや境遇も関係しているのだろう。

 

 「多分貴方が彼をどう思っているとか、何にも気がついてないですよ」

 

 その言葉を聞いた途端、リースは今まで自身の中に溜まっていた何かが限界にきたのを感じた。

 

 「……黙れ」

 

 「何より彼は自分を英雄だなんて思っていません」

 

 前大戦から見ていたレティシアは良く知っている。

 

 彼が銃を取った理由を。

 

 失ってしまったものの為、誰も死なせたくないと必死になっていた事を。

 

 「彼が銃を取ったのは―――『自分の大切な人達を守る』ただそれだけなんです」

 

 「黙れェェェェェェェ!!!!!」

 

 殺す!

 

 怒りを吐き出すように憎き仇敵ヴァナディスに向け両肩のビームキャノンを撃ち出した。

 

 しかしビームが敵に届く前に、事前に配置されていたアイギスドラグーンの防御フィールドによって弾き飛ばされてしまった。

 

 「邪魔ァァァ!!」

 

 それはすでに把握している。

 

 接近しながら背中のミサイルポッドを放出。

 

 その隙に回り込んだリースは腕部のビームソードを展開して振り抜いた。

 

 「くっ!」

 

 レティシアは操縦桿を力一杯引き、後退しながら正面から迫るミサイルを撃墜。

 

 近接戦用ブレードでビームソードを弾き飛ばす。

 

 弾け合う二機。

 

 しかしそれでは終わらず、攻防は続く。

 

 リースが止まる事無く攻勢に出たからだ。

 

 爆煙に紛れ、腰から分離させたビームクロウから撃ち出したビーム砲がヴァナディスに放たれた。

 

 アイギスドラグーンの位置は把握済み、到底防御は間に合わない。

 

 だがそれもレティシアがギリギリのタイミングで回避運動を取った事でスレイプニルの装甲を抉っていくのみで終わってしまう。

 

 虚を突いた形になった今の攻防。

 

 奇襲に近かったにも関わらず、上手くいかなかったのはリースの技量の所為ではない。

 

 防ぎきったレティシアを称賛すべきだろう。

 

 しかしそれでもリースは止まらない。

 

 「はあああ!!!!」

 

 両腕のビームソードを構え、肩のビームクロウを分離させる。

 

 腰のビームクロウを合わせ、四つの爪がヴァナディスを穿たんと襲いかかった。

 

 「ドラグーン!?」

 

 レティシアは四方からの攻撃に絶え間なく操縦桿を動かし砲撃を避け、動き回るビームクロウを狙撃する。

 

 砲口から発射された強力な閃光が正確にビームクロウに迫った。

 

 高い空間認識力を持つレティシアにとってドラグーンの動きを把握し、動き回る砲塔を撃ち落とす事は難しい事ではない。

 

 しかもビームクロウはかなりの大きさだ。

 

 狙いをつけて外す事も無い。

 

 だが予想外にもビームクロウは健在だった。

 

 何故ならビームが直撃した瞬間、撃ち抜く事無く弾かれてしまったからだ。

 

 「なっ、ビームを弾いた!?」

 

 そこでレティシアは思い出した。

 

 前大戦時、アスランが搭乗していたモビルスーツ『イージスリバイバル』の事を。

 

 あの機体に搭載されていたドラグーンにはシールドが内蔵され、ビームライフルでは破壊する事ができなかったと聞いた事があった。

 

 おそらくはそれと同じものだ。

 

 しかも高出力収束ビーム砲を防ぐほどとは。

 

 こうなると本体であるベルゼビュートを先に撃破するか、接近してドラグーンを破壊するかしかない。

 

 どちらにしても厄介である。

 

 「死ね! レティシア!!」

 

 ベルゼビュートは翼を広げ、何度も左右から斬撃を叩きつけてくる。

 

 「受けに回れば不利ですね」

 

 ブレードで機体を庇いながら、敵機を弾くと対艦ミサイルを発射した。

 

 レティシアとてこれが当たるとは思っていない。

 

 あくまでも視界を少しでも遮り、ドラグーンを操作し難くする為だ。

 

 案の定ビーム砲によって薙ぎ払われた対艦ミサイルは破壊され、周囲を爆煙が包んだ。

 

 その隙に機体を加速させたレティシアは、ブレードを構えて斬り込む。

 

 もちろんそうする事はリースも予測済みだ。

 

 先程の意趣返しのつもりなのだろう。

 

 「そんなの読ん―――ッ!?」

 

 ヴァナディスを迎え撃とうとビームソードを構えたリースは一瞬動きを止めた。

 

 何故なら爆煙の中から現れたのは、スレイプニルのみであり、本体の姿が見えなかったからである。

 

 「どこに!?」

 

 次の瞬間、コックピットに甲高い警戒音が鳴り響いた。

 

 いつの間にか配置されていたドラグーンから放たれた四方からのビームがベルゼビュートに襲いかかった。

 

 「ミサイルを撃った時には配置を済ませていた? 小賢しい!!」

 

 撃ち込まれる射撃を盾を使って防ぎつつ、回避。

 

 ドラグーンをビームライフルで撃ち落とすと周囲に視線を走らせた。

 

 そこにヴァナディスが上方からアインヘリヤルを片手に突っ込んでくる。

 

 それを見たリースはビームソードを放出し、上に向けて斬り上げる事で迎え撃った。

 

 「消え失せろ!!」

 

 「これで!」

 

 光が軌跡を描き、交錯する刃。

 

 二機がすれ違う瞬間に斬り裂かれていたのはベルゼビュートの方だった。

 

 「よくもォォ!! レティシア!!」

 

 装甲が袈裟懸けに浅く裂かれている。

 

 即座に計器をチェックするが戦闘には支障ないようだ。

 

 この程度で済んだのはリースの技量の賜物であり、僥倖と言えるだろう。

 

 改めて憎しみを込めてヴァナディスを睨みつける。

 

 「くそ、くそ!!」

 

 先ほどの斬り合い、競り負けたのには理由があった。

 

 ベルゼビュートは斬り裂かれた部分以外に左脚部を軽く抉られていた。

 

 これはドラグーンによってつけられた傷である。

 

 あの瞬間、レティシアは攻撃には加えずに配置しておいたドラグーンでベルゼビュートを狙撃したのである。

 

 それに気を取られてしまったリースは反応が一瞬遅れてしまったのだ。

 

 「どうやら上手くいったようですね」

 

 再びスレイプニルを装着し、ミサイルやビーム砲を一斉に撃ち出し畳み掛ける。

 

 砲撃を歯を食いしばって見つめるリースは咆哮した。

 

 

 「調子に―――乗るなァァァァァァ!!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 リースの叫びと共にI.S.システムが作動する。

 

 視界がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされ、相手に対する憎しみの炎が全身を駆け廻った。

 

 放たれたミサイルを機関砲で撃破するとバレルロールしながらビームの嵐を易々と潜り抜ける。

 

 同時に射出していた大型ビームクロウを両手に装着。

 

 強力なビーム刃を発生させるとヴァナディスに突撃した。

 

 「はあああああああああ!!!」

 

 ベルゼビュートの一撃がスレイプニルのビームキャノンに直撃すると食いちぎる様にして破壊する。

 

 「ぐっ、動きが変わった!?」

 

 おそらくI.S.システムが起動したのだろう。

 

 こうなる前に決着をつけたかったのだが、詰めが甘かった。

 

 自分の不甲斐無さに苛立ちながら、振り向きざまにブレードを振るう。

 

 しかしベルゼビュートはすでに回避運動を取っており、捉えられない。

 

 リースは機体を回転させ背中に装着されていたミサイルポッドをパージ。

 

 ビーム砲で撃ち抜くとヴァナディスを巻き込んで凄まじい爆発が発生する。

 

 「ぐうううう!!」

 

 吹き飛ばされないように操縦桿を操作してスラスターを逆噴射、その場に留まりつつビームシールドで防御する。

 

 衝撃を何とかやり過ごし一旦距離を取ろうとするレティシアだったが、リースは攻撃の手を休めない。

 

 すぐに爆煙の中から飛び出してくると、上段からビームクロウを振り下ろす。

 

 「死ねェェェ!!」

 

 「まだです!」

 

 防御、回避共に間に合わない。

 

 咄嗟にコンソールを操作し、スレイプニルをパージした。

 

 ヴァナディスが離脱した瞬間、上から振り下ろされたビーム刃がスレイプニルを食い破る様に斬り裂き、爆散させた。

 

 背後からの爆風に押し出され、どうにか逃れたヴァナディスはベルゼビュートに向き直る。

 

 強い。

 

 鬼気迫るといった所だろうか。

 

 こちらに対する強烈なまでの殺意が伝わってくる。

 

 「……早く決着を付けないといけませんね」

 

 レティシアは素早く残った武装を確認する。

 

 ヴァナディス本体の武装は消耗していないがリンドブルムに搭載されたドラグーンのいくつかは落とされてしまっている。

 

 スレイプニルを破壊されてしまった以上、できるだけ武装の消耗は避けるべきだ。

 

 しかし目の前の相手は加減して倒せる相手ではない。

 

 「仕方ありません」

 

 覚悟を決めアインヘリヤルを構えて斬り込んできたベルゼビュートを迎え撃つ。

 

 「接近戦で勝てるつもりかァァァァ!!」

 

 ベルゼビュートの真価が最も発揮されるのは接近戦である。

 

 それに今の状況であえて挑むなど舐められているとしか思えない。

 

 加速しながらヴァナディスに向けてビーム砲を連射し、ビームクロウを叩きつける。

 

 だがレティシアも退く気はなかった。

 

 振りかぶられた刃をシールドを使って上手く捌き、フットペダルを踏み込んで前に出る。

 

 二機の機影が激突と離脱繰り返し、戦場を駆けて行った。

 

 

 

 

 攻防を繰り返す二機のモビルスーツ。

 

 その速度に他のザフトの部隊も迂闊に援護できない状態であった。

 

 「くそ、速すぎる!」

 

 「援護できないぞ!」

 

 ザクがオルトロスを二機がぶつかり合っている先に向けるが、狙いが定まらない。

 

 その時、甲高い音と共にレーダーが反応すると同時に数機のモビルスーツが撃ち落とされてしまった。

 

 「なんだ!?」

 

 「あれは……」

 

 ザフトのパイロット達が視線を向けた先には戦艦オーディンを中心とした同盟軍の艦隊と出撃済みのモビルスーツ部隊が近づいていた。

 

 オーディンの艦長席で指揮を執るテレサはため息をつく。

 

 「二人は足止めされているらしいな」

 

 「ええ、どうやら相手はザフトのエースのようです」

 

 久々に副官としての任務に戻ったヨハンは冷静に呟いた。

 

 予定通り先行した二機によって敵部隊の撃破及び撹乱は行われているようだ。

 

 だが想定よりも残っている敵の数がずいぶん多い。

 

 しかもヴァナディスの方はスレイプニルを完全に破壊されてしまったらしい。

 

 それだけ今交戦している敵が手強いという事だろう。

 

 とはいえこれくらいならば許容範囲内である。

 

 「良し、作戦を開始する。各モビルスーツ部隊は艦隊の道を開け!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 命令が下ると同時にヘルヴォル、アルヴィト、ブリュンヒルデが一斉に戦場に突入する。

 

 当然それを黙って見ているザフトではない。

 

 「各機迎撃!! 同盟の好きにさせるな!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 向ってくる同盟軍を迎え撃つべくザフトの部隊も前進、迎撃を開始した。

 

 

 

 

 高速で移動しながら攻防を繰り返すヴァナディスとベルゼビュートの戦いも決着の時を迎えようとしていた。

 

 激突と離脱を繰り返し攻防を繰り広げる二機。

 

 その装甲には剣撃によって無数の傷がついていた。

 

 ベルゼビュートの斬撃がヴァナディスの装甲を掠め、続けざまに振るわれた攻撃をレティシアは冷静にギリギリのタイミングでかわす。

 

 そして傍にしたザクを一蹴し、奪い取ったビームトマホークを投げつけた。

 

 「邪魔ァァ!」

 

 リースは投げつけられたビームトマホークを容易くビームシールドで外に向けて弾き飛ばした。

 

 だがヴァナディスは立て続けにシールドに内蔵されたグレネードランチャーが撃ち込んできた。

 

 「鬱陶しいぞ!!」

 

 それを容易く撃ち落としたベルゼビュート。

 

 しかし爆発の閃光に紛れ接近してきたヴァナディスの両手、両腰のビームガンがこちらを狙っていた。

 

 「そんなもので!」

 

 眼前に迫ったビームを常人ではあり得ない驚異的な反応で回避する。

 

 再び反撃に移ろうとしたリースだったが、その表情は苦悶に満ちていた。

 

 激しい頭痛に切れる息。

 

 いつも以上の掻いた汗がメットの内側を濡らしている。

 

 すでにシステムを起動させてから、通常時の倍以上に時間が経過していた。

 

 この頭痛はI.S.システムのリミッターを外した事に加え、通常以上にシステムを使用している影響だろうか。

 

 そこでリースは考えるのをやめた。

 

 そんな事はどうでも良い。

 

 今必要なのはレティシアを殺す為に必要な力なのだから。

 

 「ハァ、ハァ、さっさと落ちろ、レティシアァァ!!」

 

 放った砲撃も余裕で回避するヴァナディス。

 

 「ハァ、ハァ、ぐっ、頭が!」

 

 ヘルメットの上から頭に手を置き、激しい頭痛に耐えながら敵機を睨みつける。

 

 息も切れるし頭痛も酷いが戦意は全く衰えていない。

 

 「今度こそ私はこいつを!」

 

 両腕のビームクロウを構え、何度目かの突撃を行おうとしたリースだったが、下からのビーム攻撃によって動きを阻害されてしまった。

 

 「またドラグーンか!?」

 

 怒りに任せ目障りな砲塔を消し去ろうと、ビーム砲を向ける。

 

 しかしそれはレティシアの仕掛けた囮。

 

 ベルゼビュートがドラグーンに注意を逸らした一瞬の隙を突き、ヴァナディスはアインヘリヤルを構えて突撃してくる。

 

 「いい加減に決着をつけましょう!」

 

 「この程度でェェ!!」

 

 射出した腰のビームクロウでドラグーンを破壊すると、両腕の刃を叩きつける。

 

 再び激突する剣撃。

 

 右のビームクロウの光刃が横薙ぎに振るわれたアインヘリヤルを叩き折り、左の光爪がヴァナディスのアンチビームシールドを斬り潰す。

 

 リースは勝ったと確信し、表情は苦悶から歓喜に変わった。

 

 しかしすぐにそれが間違いであった事を知る。

 

 止めを刺そうと両手の刃を再び叩きつけようとした瞬間、ヴァナディスは左足の爪先からビームソードを放出、蹴り上げてきたのである。

 

 「なっ!?」

 

 咄嗟に機体を引こうとするが、間に合わない。

 

 蹴り上げられたビームソードでビームクロウ諸共右腕が完全に破壊されてしまう。

 

 「まだァァァ!!」

 

 残った左手でがら空きになった敵機の胴体を串刺しにしようと突きを放つ。

 

 レティシアがどれほど高い技量を持っていようがこれは絶対にかわせない。

 

 だが再びリースは驚愕する事になる。

 

 突きを放ったビームクロウは敵の胴体に届く前に下から斬り上げられたサーベルによって腕ごと斬り飛ばされてしまったからだ。

 

 「なんだと!?」

 

 レティシアはサーベルを持ってはいなかった筈だし、抜く間も無かった。

 

 一体どうやって?

 

 「どこから―――ッ!?」

 

 リースは自分の迂闊さに激しいまでの怒りを感じた。

 

 何故ならヴァナディスの右腕のビームガンから光の刃が形成されていたからだ。

 

 どうしてあれがサーベルとして使える可能性に気がつかなかった!

 

 怒りを感じる理由はそれだけではない。

 

 おそらく先の攻防でビームガンを使ってきた事も仕込みだったのだ。

 

 レティシアはあれを射撃兵装であると思い込ませる為にわざと使用してきた。

 

 そこにまんまと引っ掛かってしまった。

 

 「終わりですよ」

 

 ここに勝敗は決した。

 

 ベルゼビュートは武装のほとんどを破壊され、損傷も激しい。

 

 通常であれば戦闘は不可能だ。

 

 だがリースはそんなもの認める気など無かった。

 

 「私はまだァァァ!」

 

 残った足で蹴りを入れ、射出していたビームクロウを背後から襲わせた。

 

 「くっ!?」

 

 ベルゼビュートの蹴りをサーベルで斬り落とす事は出来たが、ビームクロウによってヴァナディスの左足首を切断されてしまう。

 

 レティシアはバランスを崩しながらも飛び回る光爪にドラグーンをぶつけて吹き飛ばす。

 

 そして半ばから折られたアインヘリヤルを逆手に持ってベルゼビュートに叩きつけた。

 

 「今度こそ終わりです!!」

 

 袈裟懸けに斬られた肩部分に直撃すると、火花を散らして突き刺さる。

 

 「きゃああああ!!」

 

 斬艦刀を手放し蹴りを入れて突き放すとベルゼビュートは爆発を起こして、装甲の色がメタリックグレーに変化した。

 

 けたたましい音が鳴り響くコックピット内でリースは頭を押さえながら、必死に操縦桿を動かすが全く反応がない。

 

 「ハァ、ハァ、動け、ベルゼビュート!」

 

 その時、唐突に限界は訪れた。

 

 I.S.システムの弊害が。

 

 「私は……まだ、ぐっ、ああああああああ!!」

 

 機体を動かそうとしていたリースに今まで以上の激しい頭痛が襲いかかる。

 

 これまでの比ではない。

 

 頭が割れるかと思われるほどの痛み。

 

 「あああああ、わ、た、しはァァァァァ―――」

 

 すべてが消えていくような感覚に導かれ、リースの意識は二度と這い上がる事ができないような暗い闇の中へと消えていった。

 

 同時に画面に文字が浮かび上がる。

 

 

 『System Delete』

 

 

 これはもしもの場合に備えた保険。

 

 対SEEDモビルスーツの機体が鹵獲されたらI.S.システムのデータが流失する事になる。

 

 上手く自爆でも出来ればよいが、戦闘中に自爆装置が破損したり、パイロットが気絶したりすればそれも為せない。

 

 だからヘレンはリミッター解除の設定する際、これも一緒に仕込んでおいたのである。

 

 宇宙を流れ、視界から消えていく破壊されたベルゼビュートの姿をレティシアは悲しそうに一瞥する。

 

 「リース・シベリウス、貴方は……」

 

 一瞬目を伏せる。

 

 それ以上は何も言わず、機体状態を確認したレティシアは作戦継続の為にその場を後にする。

 

 その場にはただ戦闘の残骸だけが漂っていた。

 

 

 

 

 同じ頃、インフニットジャスティスと激闘を繰り広げていたハイネもベルゼビュートの反応が消えた事に気がついた。

 

 「リースがやられた!?」

 

 思わず唇を噛む。

 

 リースが倒されるとは。

 

 彼女を一人のするべきではなかった。

 

 仲間が倒された事に対する一瞬の隙。

 

 それを見逃さなかったラクスは懐に飛び込むと同時にビームサーベルを下段から振り上げた。

 

 「そこです!」

 

 「しま―――」

 

 逆袈裟から振り上げられた斬撃が肩部の装甲を斬り裂く。

 

 同時に足のグリフォンビームブレイドを蹴り上げる。

 

 「この!」

 

 ビームブレイドをシールドで止めたハイネは斬り落された肩部に接続されていたフラッシュエッジを拾い、逆手に持って抜き放つ。

 

 そしてジャスティスのスレイプニルに突き刺し、同時にCIWSを連射して撃ち込んだ。

 

 フラッシュエッジによって斬り裂かれた部分から火を噴き、スレイプニルが爆発が起き始める。

 

 「不味い!?」

 

 スレイプニルの爆発は先のブレードを破壊した時の比ではない。

 

 巻き込まれれば自機も相当のダメージを受けてしまうだろう。

 

 「くっ、なら!」

 

 ラクスは咄嗟にスレイプニルをパージ、前に向って加速すると振り返り様にハイパーフォルティスビーム砲を叩き込んだ。

 

 ビーム砲によって撃ち抜かれたスレイプニルは凄まじいまでの爆発を引き起こした。

 

 当然近くにいたヴァンクールも巻き込まれ、吹き飛ばされてしまった。

 

 「ぐああああ!!」

 

 ハイネは衝撃に呻きながらどうにか機体を立て直し、状態を確認する。

 

 咄嗟にシールドを張ったおかげか、斬り裂かれた部分以外の損傷はない。

 

 だが一部駆動系に異常が出ているようだ。

 

 今のところ動かす事に影響はないが、ジャスティスとの戦闘は難しいだろう。

 

 「チッ、退くしかないか」

 

 不幸中の幸いか、あの爆発で向うもこちらをロストしている。

 

 チャンスは今しかない。

 

 ハイネはリースが戦っていた方角に視線を向け、一瞬だけ目を閉じると後退する為、反転した。

 

 

 

 

 コロニーでの戦闘開始。

 

 それはメサイアでも確認されていた。

 

 司令室では次々と戦況が伝えられ、全員が忙しなく対応に追われている。

 

 それらの報告を聞きながらデュランダルはモニターを眺めていた。

 

 「おおよそ予測通りと言ったところですか?」

 

 「そうだな」

 

 ヘレンの言う通り、現在の状況は事前に予測していた通りの結果となっている。

 

 三つのコロニーでは同盟との戦闘が開始され、最後に残ったコロニーでももうすぐ地球軍との戦闘が始まるだろう。

 

 「しかしベルゼビュートが落とされるとは」

 

 リースが倒された事は報告が上がっている。

 

 相手がレティシア・ルティエンスであった事もだ。

 

 流石は『戦女神』といったところだろう。

 

 「それも予想範囲内ですね」

 

 「後は彼らがいつ来るかだな。別動隊の方は?」

 

 「もうじきヴァルハラの防衛部隊と接敵する筈です」

 

 ヘレンの報告に「うむ」と頷くとデュランダルは考えを纏める為に目を閉じる。

 

 そしてしばらくして目を開くと指示を飛ばした。

 

 「アポカリプス、主砲発射準備、同時に『ネオジェネシス』の準備も開始せよ」

 

 「「「了解!!」」」

 

 発せられた指示に周りが慌ただしく動き出すとヘレンがデュランダルの耳元で囁くように呟く。

 

 「スカージももうすぐ発進準備が完了します」

 

 「そうか。そちらは君に任せる」

 

 「了解しました」

 

 ヘレンが準備の為に司令室を後にする。

 

 デュランダルは笑みを浮かべ動き出したアポカリプスを見上げていた。




後日、加筆修正します。


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第57話  過去の呼ぶ声

 

 

 

 

 

 

 

 ゆったりとした眠りを妨げる様に人が慌ただしく動いている気配が伝わってくる。

 

 同時に聞こえてきた声によってスティングは自身の意識が徐々に浮上していくのが分かった。

 

 気だるさを感じつつ、ゆっくり目を覚ますと一瞬―――何かが見えたような錯覚を覚える。

 

 「……なんだ、今のは?」

 

 幻だろうか。

 

 見えたのは自分やアオイ、そして見覚えのない同年代の少年と少女の姿だった。

 

 あれは―――

 

 そんな事を天井を見つめながらぼんやりと考え、体を起こそうとすると、脇腹辺りに痛みが走った。

 

 「痛っ! そうか、あの黒い奴にやられたんだったな」

 

 痛みを噛み殺し、思い起こすのは黒い虹―――アルカンシェルの事。

 

 しかしあれだけやられたにも関わらず不思議とスティングの中には怒りも憤りも無かった。

 

 アオイが言っていた仲間、ステラと呼ばれた少女が乗っているからだろうか。

 

 そこでようやく自分達が置かれている状況を思い出す。

 

 「あれからどうなった!」

 

 確か月に向かっていたコロニーを巨大戦艦の主砲で破壊したところまではこの目で見ていた。

 

 しかしその後、母艦であるガーティ・ルーに戻ったところでスティングの意識は途切れてしまっていた。

 

 急いでベットから降り傍に置いてあった制服を引っ掴み、部屋を飛び出すとそのまま走り出した。

 

 どうやらガーティ・ルーは戦闘態勢に移行しているらしい。

 

 クルー達の間をすり抜けブリッジに入ったスティングは艦長席に座っていたイアンに詰め寄った。

 

 「今の状況は!?」

 

 「スティング、目を覚ましたのか?」

 

 「ああ、今どうなってる!? ネオやスウェン、アオイ達はどうなった!?」

 

 イアンは一瞬考え込むように顎に手を当てると、いつも通り冷静に現状を語り出した。

 

 奪われたテタルトスの巨大戦艦、配置された四つのコロニー、ザフト機動要塞。

 

 状況は想像以上に悪いようだ。

 

 「じゃあ、アオイ達は?」

 

 「ミナト少尉達はコロニーに大型推進器を取り付ける部隊の護衛についている」

 

 アオイ達がコロニーに向かった?

 

 当然そこにはザフトの防衛部隊もいる。

 

 そしてあの黒い機体も待ち構えている可能性があった。

 

 「なら俺も出る」

 

 話を聞き終わり、格納庫に向かおうとするスティングだったが、イアンに押し留められてしまう。

 

 「待て。勝手な行動を取るな。お前は怪我もしている」

 

 確かに今は戦力が一機でも多い方がいい。

 

 それはイアンも承知している。

 

 しかしスティングが万全な状態ではない以上、無理はさせられない。

 

 「こんな怪我、戦うのには何の問題もないって―――」

 

 「どうしても出たいか、スティング?」

 

 スティングの言葉を遮りブリッジに入ってきたのはパイロットスーツを着たラルスとスウェンの二人だった。

 

 スウェンは表情を変える事無く冷静にこちらを見ている。

 

 それはいつも通りなのだがラルスがパイロットスーツを着ているのは少し驚いた。

 

 それだけ今回の戦いは本気という事なのだろう。

 

 「ネオ……当たり前だろ。あの黒い奴だって間違いなく来る! アオイ達だけで行かせられる訳ないだろ!」

 

 アオイはまたあのステラって奴を助けようとするに決まっている。

 

 推進機を守りつつ、ステラを助けるなんていくらアオイでも無理だ。

 

 「……良いだろう。ただし、味方機の支援に徹する事が条件だ。できないなら、ここで待機してもらう」

 

 それがラルスからの最大限の徐歩である事が分かったスティングは顔を顰めながらも頷いた。

 

 「チッ、分かったよ」

 

 「機体のチェックが済み次第、援護に向かえ」

 

 「了解」

 

 ブリッジを飛び出していくスティングの姿を見届けたスウェンはラルスを横目で見ながらため息をついた。

 

 「スティングを行かせてよろしいのですか?」

 

 「……言っても聞かないだろう」

 

 それは嘘だ。

 

 何故ならこういう時の為に、エクステンデットが暴走した時の為に『ブロックワード』が存在しているのだから。

 

 だがそれを使う気がないのはラルスを見れば明らかだった。

 

 それが分かっていながら傍にいたイアンが問いかける。

 

 「ブロックワードは?」

 

 「使う気はない」

 

 ラルスは元々スティング達をただの兵器としては扱わなかった。

 

 情が移っただけだと言われたら否定はしない。

 

 だが本当の所は、彼自身も良く分かっていないというのが本音であった。

 

 もしかすると人体実験に使われてしまった自身のクローン達に対して何もできなかった罪悪感からくるものだったのかもしれない。

 

 「……それにスティングの意見も間違っていない。余裕がないのは確かだ」

 

 スティングの言い分に理解を示すラルスだが、その声は非常に固い。

 

 彼とて心情的には行かせたくはない。

 

 しかし一方で指揮官としてのラルスは現状の厳しさを冷静に認識していた。

 

 今は一機でも多く戦力が必要であると。

 

 なによりも彼が―――兵器として生み出された彼が仲間の為に戦おうとしている。

 

 それを止める事などできなかった。

 

 たとえ命懸けの戦場に向かうのだとしても。

 

 「……スウェン、私達も作戦を開始する。行くぞ」

 

 「了解」

 

 「イアン、後を頼む」

 

 「ハッ!」

 

 艦をイアンに任せ、ラルス達もブリッジを出る。

 

 その胸中に浮かぶ感情を押し殺すように、足早に格納庫に向かった。

 

 

 

 

 宇宙に配置されたコロニーを巡るザフトと同盟軍の戦い。

 

三つの場所で両軍が激闘が繰り広げている頃、最後に残ったコロニーでも戦いが始まろうとしていた。

 

 来るべき敵を待ち構える様に周囲に部隊を展開し万全の状態でザフトは今か今かと開戦を待っている。

 

 他の場所と違う点があるとすれば、戦い場に現れた者達が同盟軍ではなく地球軍であった事だろう。

 

 部隊を率い、何基かの大型推進器を伴って守る様に進軍してきている。

 

 そして部隊の中央にいたアオイのエクセリオンとルシアのイレイズMk-Ⅱが味方の進路を開くため先陣を切ろうとしていた。

 

 「少尉、今回の作戦は各部隊がコロニーに大型推進器を取り付け、作動させるまでの護衛です。私達が先行して道を開く」

 

 「はい!」

 

 アオイはフットペダルを力一杯踏み、操縦桿を押し込むと前方に加速する。

 

 そして同時にルシアもまたアオイの後に続いて動き出した。

 

 「ウィンダム隊は推進機取り付けを最優先! ヴィヒター、アルゲス隊はザフトの迎撃を!」

 

 「「「了解!」」」

 

 イレイズMk-Ⅱの後ろには変形したヴィヒターとロゴス派が開発した次世代量産機アルゲスが隊列を組んでいる。

 

 ロゴス派の切り札の一つであったアルゲスはウラノスが陥落した際に接収したものだ。

 

 元々今回の戦闘、明らかに戦力が不足しているのは事前に判明していた。

 

 だから少しでも戦力不足を解消する為、研究用として残した数機を除き、接収されたアルゲスが戦場に投入されていたのである。

 

 さらに言えばアルゲスはマクリーン派が開発した新型機ヴィヒターを上回る火力を有している。

 

 長距離ビーム兵器である『アイガイオン』を装備させれば、オルトロスを持ったザクを相手に距離を取っても互角に戦う事も可能になる。

 

 その証拠に戦闘を開始したアルゲスはザクと互角の砲撃戦を繰り広げていた。

 

 背後から飛行形態に変形したヴィヒターが持前の機動性を生かして接近、至近距離からビームライフルショーティーでグフを撃破する。

 

 「くそ、この雑魚共が!」

 

 味方機を落としたヴィヒターを隊長機のザクファントムがビーム突撃銃で狙いをつけた。

 

 だが機動性故か、上手く狙いが定まらない。

 

 火力こそアルゲスに劣りはするが、機動性の方はヴィヒターに軍配が上がる。

 

 たとえザクやグフであろうともそう簡単には捉えられないのは当然であった。

 

 「撃ち落とせぇ!!」

 

 「ナチュラルの機体などに!」

 

 ヴィヒター、アルゲス、両機の予想以上の攻勢と性能に驚いたザフト。

 

 しかし彼らとてザフトとしての誇りがある。

 

 舐められてばかりでは面目が立たない。

 

 対艦刀ベリサルダを両手に構えたイフリートがアルゲスの懐に飛び込み、アイガイオン諸共右腕を斬り落す。

 

 さらに横薙ぎに刃を振るって胴体を斬り捨て、ヴィヒターを巻き込んで爆散させた。

 

 「このまま押し込め!」

 

 「ザフトの好きにさせるな!」

 

 両軍共に全く怯まず、果敢に攻め立てる。

 

 特に地球軍側はそれが顕著だった。

 

 その理由は単純な数の違い、物量の差である。

 

 時間を掛けた長期戦になれば、不利になるのは明白。

 

 だからこそ最短でコロニーに取りつく必要があったのだ。

 

 奮戦する味方部隊をよりもさらに前方、先行したアオイは敵陣の真っ只中を突っ切っていた。

 

 降り注ぐビームを持ち前の機動性で避けつつビームサーベルで敵陣に躊躇無く斬り込んでいく。

 

 「そこを通せ!」

 

 光剣でグフの胴体を横薙ぎに斬って捨てる。

 

 そして砲撃を撃ち込んできたザクをシールドに内蔵されたビームガンで一蹴した。

 

 「数だけは多い! けど怯んでられないんだよ!!」

 

 持ち替えたビームライフルで狙撃する。

 

 その間も決して動きを止める事はない。

 

 止まればあっさり囲まれてしまうからだ。

 

 周囲の敵モビルスーツから撃ち込まれるビームの雨。

 

 それを絶妙のタイミングで回避しながら、ライフルとサーベルを巧みに使い分け敵陣を切り開いていく。

 

 「あの機体を止めろ!」

 

 「速い!?」

 

 尽く攻撃を避けていくエクセリオンをどうにか落そうと砲口を向け、狙いを定める

 

 だがパイロットはトリガーを引く事が出来ない。

 

 単純にエクセリオンの速度に追いつけないというのもあるが、戦場は乱戦となっている。

 

 迂闊な射撃を行えば味方を誤射してしまいかねないのだ。

 

 アオイが迷う事無く敵の懐に飛び込んだ理由がこれだ。

 

 リスクも高いが、遠距離から嬲り殺しにされるよりはマシだと判断したのである。

 

 「これじゃ撃てない!」

 

 「ならば接近戦で!」

 

 ゲイツをあっさり斬り飛ばしたエクセリオンに最大限の警戒をしながらザクとグフがビームトマホークとビームソードを構えて背後から襲いかかる。

 

 だがそれでもエクセリオンは捉えられない。

 

 攻撃が直撃する前に上昇。

 

 背後に回り込むと両手に構えたブルートガングⅡでバラバラにして解体した。

 

 それを見ていた者達は戦慄する。

 

 通常ではあり得ない反応だった。

 

 背後からの一撃を容易く避け、さらに撃破してみせたその力は尋常ではない。

 

 「あれでナチュラルなのかよ……」

 

 「……ひ、怯むな! 数で押せば―――」

 

 檄を飛ばそうとした隊長機は側面から放たれたビームによって吹き飛ばされてしまった。

 

 「なん―――うああああ!?」

 

 別方向からの攻撃に為す術なく撃破され、火球に変えられていくザフトのモビルスーツ隊。

 

 彼らを攻撃していたのは、動く砲台ガンバレルである。

 

 「大佐!」

 

 アオイの視線の先には背中に装備されたガンバレルストライカーⅡを巧みに操るイレイズMk-Ⅱの姿があった。

 

 「少尉、大丈夫?」

 

 「はい。部隊の方は?」

 

 「推進器を伴ったウィンダム隊はヴィヒター部隊の護衛を受けながらこちらに向かっているわ」

 

 今のところは予定通りという事だ。

 

 ならばやる事は先程までと変わらない。

 

 「大佐、援護を頼みます! このままコロニーまでの道を開きますから!」

 

 「了解!」

 

 ガンバレルの援護を受けながらアンヘルを連射、敵部隊の陣形に穴を空けると再び敵の懐に肉薄する。

 

 「このまま―――ッ!?」

 

 直進していたエクセリオンのコックピットに警戒音がアオイの耳に届いた。

 

 その瞬間、上方から鞭を連想させる複雑な軌道を取る光鞭が襲いかかる。

 

 「なっ、これは!」

 

 この攻撃には覚えがあった。

 

 アオイは操縦桿を動かし機体を左右に振りながら、蛇のように食い下がるビームをやり過ごすと攻撃された方向に目を向ける。

 

 そこにはアルカンシェルとサタナキアが佇んでいた。

 

 戦場に到着したヴィートは目標の機体を見つけられた幸運を噛みしめ、自身の口元が緩むの感じていた。

 

 本当に運が良い。

 

 あっさりとアオイと遭遇できるとは思っていなかった。

 

 「見つけたぞ、アオイ!」

 

 抉られた目が疼くのを感じる。

 

 普通に考えれば左目が見えない以上、不利ではある。

 

 だがそれは訓練である程度克服している。

 

 後は自身の腕次第だ。

 

 ここで今までの屈辱を晴らす!

 

 「……ステラ、アオイ・ミナトは俺がやる。お前は他の邪魔な連中を排除しろ」

 

 ステラはヴィートの指示に顔を顰める。

 

 またその名だ。

 

 あのパイロットこそすべての元凶であり、議長に仇なす敵である。

 

 だが何故かその敵を憎む事が出来なかった。

 

  同時にまたもや起こった軽い頭痛に辟易しながら、その事実を考えないよう意図的にエクセリオンから視線を逸らす。

 

 「……了解」

 

 対艦刀アガリアレプトを構え、スラスターを全開で噴射しながらエクセリオンに突撃するサタナキア。

 

 それを見送ったアルカンシェルは近くの邪魔者、すなわちイレイズの排除に動きだした。

 

 ヴィートはアオイに攻撃を加えながら、それを横目で観察する。

 

 ステラがアオイから良くない影響を受けている可能性がある事はデュルクから言い含められていた。

 

 であればアオイのいない戦場に向かわせれば良いと思う。

 

 そこには何かしらの考えがあるらしい。

 

 だがそんな事はどうでも良い。

 

 要は自分がアオイをここで仕留めれば何の問題も無いのだから。

 

 「アオイ・ミナトォォォ!!!」

 

 サタナキアは怨嗟の籠った怒声と共に殺意の刃を目標に向かって振り下ろす。

 

 「くっ、しつこい! またお前か!!」

 

 「貴様を殺すまでどこまでも追い続けるさ!!」

 

 今日からこれまで何度屈辱を味わった事か。

 

 裏切り者であるアスト・サガミも許せない。

 

 だがアオイに対する憎悪はそれ以上のものである。

 

 「ここで貴様を殺す!!」

 

 これまでの怒りを、殺意を込めた刃がアオイを追いこんでいく。

 

 下がるエクセリオンを逃がさぬとばかりに、シールドに内蔵されたショットガンで牽制しつつ対艦刀を左右から何度も振り下ろした。

 

 「この!」

 

 斬撃がエクセリオンの装甲を掠め、僅かな傷を刻んでいく。

 

 アオイは対艦刀をシールドで弾き、アンヘルから持ち替えたビームサーベルを振る。

 

 だがヴィートはそれを余裕で捌くと、対艦刀の柄からビーム刃を発生させ斬り上げてきた。

 

 「チッ!」

 

 意表を突く形で放たれた一撃。

 

 アオイは機体を仰け反らせる。

 

 するとギリギリのタイミングで目の前をビーム刃が薙いでいった。

 

 しかしヴィートの表情は崩れない。

 

 かわされる事は予想範囲内であり、簡単に当たるとは思ってはいなかったからだ。

 

 忌々しい話だがこの程度の搦め手で倒せるならばとっくに他の誰かが倒しているだろう。

 

 今の一撃で隙を作れたなら成果としては十分だった。

 

 機体を仰け反らせたエクセリオンに左足を振り上げ、胴体を蹴りつける。

 

 「ぐぅ!」

 

 どうにかサタナエルの蹴りを止めたアオイだったが、大きく体勢を崩されてしまった。

 

 スラスターを使い後退しながらマシンキャノンを撃ち出し、距離を取ろうと試みる。

 

 だがヴィートはそれを許すつもりはなかった。

 

 「逃がすかァァァ!!!」

 

 体勢を立て直す暇など与えない。

 

 ビームランチャーを放ち、アガリアレプトのビームブーメランを投げつけて追撃を掛ける。

 

 「そんなものに!」

 

 サタナキアの猛攻を前にアオイも全く怯まない。

 

 進路を阻むように放たれたビームとブーメランを上昇して回避。

 

 サタナキアに向けて再びサーベルを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「ここで落ちろ!!」

 

 「ふざけるな!!」

 

 お互いの機体が振るう刃が何度も激突を繰り返し、その度に火花が散る。

 

 アオイはイレイズに攻撃を仕掛けるアルカンシェルの方に目を向けた。

 

 あの機体に搭乗しているのはステラだ。

 

 おそらくここが彼女をザフトから助け出す最後のチャンスである。

 

 ならば―――

 

 「お前に構っている暇なんてないんだよ! そこをどけ!!!」

 

 「……なんだと」

 

 彼の脳裏に浮かんだのは白い機体クルセイドイノセントの姿。

 

 奴が口にした言葉はあの時―――ウラノス攻略戦の際にアストに言われた事と同じだった。

 

 こちらは歯牙にも掛けないとばかりに見下す言動と態度。

 

 決して許す事の出来ない仇敵。

 

 その姿がアオイとダブって見えた。

 

 ヴィートは歯が砕けるのではないかというほど強く噛みしめる。

 

 

 「貴様――――貴様も俺を虚仮にするつもりかァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 システム起動と同時に装甲が外側に向かって展開。

 

 翼になると全身から光が放出される。

 

 ヴィートの感覚が研ぎ澄まされ、殺意で濁った視界がクリアになった。

 

 「死ねェェェェェェ!!!」

 

 ヴィートの咆哮が宇宙に響き渡るとそれに応える様に機体も動き出す。

 

 放出された光が残像を発生させ、一気に速度を上げたサタナキアはエクセリオンに向かって襲いかかった。

 

 「速い!?」

 

 速度を上げて襲いかかってくる悪魔の機体にビームライフルを発射する。

 

 しかし加速するサタナキアを捉える事が出来ず、すり抜けていくだけ。

 

 「厄介な!」

 

 これはサタナキアの全身から放出されている光によって発生している光学残像による幻惑の為だ。

 

 これによって狙いがずらされてしまう。

 

 「はあああ!!」

 

 ヴィートはエクセリオンからの攻撃をすべて避け、対艦刀を横薙ぎに振るった。

 

 矢継ぎ早に叩きこまれる対艦刀がエクセリオンを追い詰め、傷を作り上げていく。

 

 一撃振るわれる度に抉られ、一撃薙ぐ払われる事に装甲が斬り飛ばされる。

 

 鋭く速い必殺の斬撃。

 

 一太刀でもまともに受けたら撃破されてしまうだろう。

 

 「くそ、大佐、ステラ!!」

 

 肩に装備されたマシンキャノンを連射しながら、牽制を行いサタナキアを引き離そう試みる。

 

 しかしヴィートは撃ちかけられるマシンキャノンに全く意を返さずたた正面から攻めていく。

 

 逃げる気はないと言わんばかりに。

 

 「貴様は何度も、何度も、邪魔ばかりを!!」

 

 対艦刀の一振りを鮮やかにシールドで受け止めるアオイの姿にさらなる憎しみが湧きあがった。

 

 盾ごと斬り裂かんとアガリアレプトを力任せに押し込んでいく。

 

 「ぐぅ!」

 

 「議長が創られる世界に貴様の居場所など無いんだよ!! ここで死ね、アオイ! それこそが正しい結末だ!!」

 

 刃を防ぐエクセリオンに対艦刀を下段から振り上げ弾き飛ばすと止めを刺さんと前に出る。

 

 ヴィートの猛攻を前にアオイは余裕も無く、防戦一方に追い込まれていった。

 

 

 

 

 周囲を照らす火球を生みながらアオイとヴィートが激闘を繰り広げている。

 

 すぐ傍でガンバレルを操り味方の援護に徹していたルシアの前に黒き虹が立ちふさがっていた。

 

 「……ステラ」

 

 あの機体にステラが乗っている事はルシアも当然把握している。

 

 彼女を奪還するにはまたとない機会ではある。

 

 だが、些か問題があった。

 

 それが機体性能の差だ。

 

 アルカンシェルの性能がルシアが搭乗してイレイズMk-Ⅱを上回っている事は間違いない。

 

 改修されたカオスでさえ太刀打ち出来ずにボロボロにされてしまったのだから。

 

 「助ける前に私がやられてしまったら何の意味もないわね」

 

 方針としては簡単だ。

 

 あの機体を破壊してステラをコックピットから降ろせば良い。

 

 それが難しい訳であるが―――

 

 「やるしかない」

 

 援軍は全く当てにできず、時間もあまり掛けていられない。

 

 だがアルカンシェルの方も準備は万端らしく、装甲が展開され光が放出されている。

 

 一気に勝負を決めるつもりらしい。

 

 「そう簡単には!」

 

 覚悟を決めたルシアは操縦桿を握り直し、向ってくるアルカンシェルに距離を取る。

 

 しかしそれも無意味と言わんばかりに宇宙を薙ぐ閃光がアルカンシェルの収束ビームガンから放たれた。

 

 「落ちろ!」

 

 機体を捻り、掠る程度に攻撃を凌いだルシア。

 

 だが次の瞬間、一息の内に間合いを詰めたアルカンシェルが左手の爪を突き出し食らいついてくる。

 

 袈裟懸けに振り抜かれたビームクロウが眼前に迫る。

 

 収束ビームガンで崩された今の体勢では回避は間に合わない。

 

 光爪が機体に直撃する前にシールドを割り込ませ、どうにか防ぐ事に成功する。

 

 しかしタイミングが若干遅かった為、盾上部を抉られてしまった。

 

 「はああああ!」

 

 「くっ、まともに受けていては!」

 

 ただでさえ性能差が大きく、真っ向勝負では分が悪すぎる。

 

 アルカンシェルを囲むように展開されたガンバレルが四方から砲撃を繰り出した。

 

 しかしすでにI.S.システムを作動させているステラは冷静に分離された砲台からの攻撃を対処して見せた。

 

 「甘い!」

 

 ビームを捌き、装甲内に搭載された三連装ビーム砲であっさりとガンバレルの一つを撃破したのだ。

 

 「そんなもので!!」

 

 「ッ!?」

 

 ルシアは即座に砲台を戻し、タスラムによる攻撃へと切り替える。

 

 別に甘く見ていた訳ではない。

 

 データも確認していたし、同等の性能を持った機体とも戦ってきた。

 

 だがこうして相対すると相手の厄介さが身に染みて分かるというものだ。

 

 しかし相手に驚いていたのはステラも同じ事である。

 

 「思った以上に強い」

 

 機体性能に差がありながらも、ここまで粘るとは。

 

 真っ先に仕留めに掛かったのは正解だった。

 

 ガンバレルの動きも見事、並のパイロットではこいつの相手は務まらない。

 

 敵の技量を上方修正したステラは光学残像を発生させながら再び肉薄する。

 

 距離を取られたところで十分に対処は可能。

 

 だが余計な事をされるのも面倒である。

 

 ならばより有利な近接戦を仕掛けた方が良い。

 

 「しぶといんだよ!!」

 

 素早く連続で叩き込まれる光爪を前にイレイズは堪らず後退していく。

 

 「逃がすか!!」

 

 クロウに内蔵されたビームキャノンで敵機の退路を塞ぎながら右手で握ったビームサーベルを横薙ぎに振り抜いた。

 

 「不味い!?」

 

 迸る剣閃。

 

 眼前に迫る刃にルシアはガンバレルを正面に射出する。

 

 サーベルの直撃によって斬り裂かれた砲台が二機を引き離すように爆発を引き起こした。

 

 「こんな目暗ましなどに―――ッ!?」

 

 視界を塞がれながら追撃しようとしたステラだったが、爆煙の中からビームサーベルを抜いて突っ込んできたイレイズに虚を突かれてしまう。

 

 機体を沈ませ、光刃を回避しようとするがルシアはそれを許さない。

 

 サーベルを逆手に持ち替えて振り抜くと展開された装甲を捉えて斬り裂いた。

 

 「ぐっ、貴様ァァァ!!」

 

 油断などなかった。

 

 にも関わらず損傷を受けるとはこのパイロットは只者ではない。

 

 ステラが振り向き様に叩きつけたビームクロウが凄まじい衝撃と共にイレイズの右脚部を破壊する。

 

 「くぅ、避け切れなかった!?」

 

 ビームライフルに持ち替え牽制しながら、すぐに機体状態を確認する。

 

 脚部の損傷は酷いが、戦闘に支障はない。

 

 しかし武装、バッテリー共に戦闘を続けていても、消耗していくだけである。

 

 どうにか状況を打開する為に思考を巡らせるが、ステラは追撃の手を休めない。

 

 「体勢を立て直す時間など与えるか!」

 

 アルカンシェルは残った片側の三連装ビーム砲を浴びせ、再びイレイズに接近戦を挑む。

 

 降り注ぐビームと光爪がイレイズの装甲を削り、一部スラスターを損傷させ追い詰めていった。

 

 「これで終わりだァァ!!」

 

 イレイズの前に死の爪が振りかぶられた。

 

 シールドを掲げているが構わない。

 

 「それごと押し潰せば良いだけだァァァ!」

 

 「くっ」

 

 ルシアも覚悟を決める。

 

 損傷を受けようともカウンターを決める為、サーベルを下段に構えた。

 

 二機が交差しようとしたその時、一機のモビルスーツがライフルを放ちながら戦場に飛び込んできた。

 

 「アイツは!?」

 

 ステラの視界に入ってきたのは以前の戦闘で散々邪魔をしてくれたカオスガンダム・ヴェロスであった。

 

 「スティング!?」

 

 今回の戦闘は参加せず、見送った筈だ。

 

 「どうして!?」

 

 「こんな時に寝てられるかよ!」

 

 損傷し動きが鈍いイレイズからビームライフルで敵機を引き離し、囲むようにミサイルを叩き込む。

 

 だがアルカンシェルの頭部から発射された機関砲により撃ち落されてしまった。

 

 「……また、お前かァァ!!」

 

 緑の機体を見た瞬間、再び襲う頭の痛み。

 

 それを堪え、右手を振り上げると収束ビームガンのトリガーを引いた。

 

 「ぐっ、この!」

 

 スティングは機体を急加速させ急激なGによってシートに押し付けられる。

 

 だが構う事はないと強行。

 

 複雑な軌道を取るビームの鞭を回避する為、無理な回避運動を取った。

 

 怪我の痛みを噛み殺しどうにか懐に飛び込んだカオスはアルカンシェルにビームサーベルを振るう。

 

 袈裟懸けの一撃が収束ビームガンを掠め、剣撃を連続で叩き込む。

 

 「調子に乗るな!!」

 

 損傷した武装を破棄し、光刃をシールドで受け止めたステラは反撃に移るためビームライフルを握った。

 

 しかしそこで通信機から敵の声が聞こえてくる。

 

 「まだ目が覚めないのかよ!」

 

 「……うるさい、黙れ!」

 

 脳裏に浮かぶビジョンと強くなる頭痛を堪え、聞こえてきた声に怒鳴り返す。

 

 苛立ちの元であるカオスを吹き飛ばし、ライフルを連射しながら追撃を掛けようと前に出た。

 

 しかし側面に回り込んでいたイレイズが射出したガンバレルの一射が装甲を掠めていく。

 

 「チッ!」

 

 驚異的な反応でスラスターを逆噴射させた事が功を奏し、ビームの直撃は免れた。

 

 しかしバランスを崩したこちらの隙を見逃さない。

 

 カオスが分離させたドラグーンユニットのビームカッターが四方から襲いかかる。

 

 「邪魔ァァァ!!」

 

 ステラはアンチビームシールドを投棄、機体を上昇させてビームカッターを回避するとビームキャノンで狙い撃つ。

 

 光爪から放たれた閃光が飛びまわるドラグーンユニットをまとめて撃破、大きな火球を生み出す。

 

 同時に三連装ビーム砲でカオスに狙いをつけた。

 

 連射されるビーム砲がカオスのシールドを吹き飛ばし、背中に装備されたミサイルポッド兼用スラスターを抉られてしまう。

 

 「くそ!」

 

 スティングは咄嗟にスラスターユニットをパージ、そのすぐ後に起こった爆発を何とか避けた。

 

 しかし怪我の影響もあってか、カオスの動きは以前よりも鈍い。

 

 ステラが普通の状態であればそれを突く事も出来ただろう。

 

 しかし今の彼女にはそれに気づける余裕はなかった。

 

 「くぅ……何なんだ……このビジョンは?」

 

 ステラは頭痛に顔を歪めながら、思わず頭を抱え込む。

 

 脳裏にはまたあの映像だ。

 

 知らない場所にいる、知らない筈の少年達が浮かんできた。

 

 いや、本当に知らないのか?

 

 「……私は……」

 

 そんなステラの状態に気がついたのか、ここぞとばかりに声をかけてくる。

 

 「ステラ、正気に戻りなさい!!」

 

 うるさい!

 

 「そうだ! さっさと目を覚ませよ!」

 

 うるさい、うるさい!!

 

 「うるさい!! 黙――――」

 

 「アオイの事を思い出せ! あいつはずっとお前を助けようとしてたんだぞ!」

 

 アオイ?

 

 アオイ・ミナトが私を―――

 

 その瞬間、どこかの海で自分と少年が話をしている姿が見えた。

 

 

 「ステラァァァ!!」

 

 

 サタナキアから距離を取ったエクセリオンから自分を呼ぶ声が響き渡る。

 

 

 「うああああああああ!!」

 

 

 I.S.システムよる戦闘の強制とスティング達の声。

 

 浮かびあがってくる映像。

 

 記憶にない筈の光景と敵の声から逃れようとビームキャノンを掲げる。

 

 だが―――

 

 「スティング!」

 

 「させるかよ!」

 

 ルシアの放ったタスラムがビームキャノンの砲撃をずらし、その隙に飛び込んだスティングがビームサーベルを砲口に突き刺した。

 

 凄まじいまでの火花が散り、ビームクロウが爆発と共に破壊される。

 

 反射的に武装を分離させた事が幸いしてか、アルカンシェルの損傷は少ない。

 

 だがその衝撃でステラは完全に意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 「ステラ!?」

 

 エクセリオンと刃の応酬を繰り広げていたヴィートの視界に沈黙したアルカンシェルの姿が見えた。

 

 ステラからは何の反応も無く意識を失っているらしい。

 

 あんな雑魚共に後れを取るとは―――

 

 「役立たずが!!」

 

 満足に役目を果たせないステラに対し激しい怒りが湧きおこる。

 

 しかし今重要なのはそこではない。

 

 このままではアルカンシェルが鹵獲されてしまう可能性がある方が問題だった。

 

 「仕方がないな」

 

 ウイングスラスターの推力で加速しながらビームサーベルを叩きつけてくるアオイをビームショットガンで牽制。

 

 アガリアレプトを投げつけ、動きを鈍らせたエクセリオンに蹴りを入れる。

 

 距離を取ったヴィートはアルカンシェルに向けビームランチャーを構えた。

 

 「……機密保持だ。地球軍に鹵獲させる訳にはいかない。せめてもの情けだ。一撃で楽にしてやる」

 

 蹴りの一撃から体勢を立て直したアオイはサタナキアがアルカンシェルを狙って射撃体勢に入っている事に気がついた。

 

 「まさか、ステラを狙って―――やめろォォォォォ!!!!」

 

 思いっきりフットペダルを踏みこんで加速する。

 

 しかし距離が詰まらない。

 

 間に合わない。

 

 「死ね、ステラ」

 

 ヴィートはターゲットをロックし、トリガーを引いた。

 

 ビームキャノンから撃ち出された閃光がアルカンシェルを狙って突き進んでいく。

 

 

 

 「ステラァァァァァ!!!」

 

 

 叫ぶアオイを無視し、宇宙を薙ぐビームの光は無慈悲なまでに止まらない。

 

 

 その時、ビームとアルカンシェルの間に割り込む影があった。

 

 

 それは―――ステラを守る様に立ちふさがり、盾となったカオスだった。

 

 「何!?」

 

 「スティング!?」

 

 ビームの直撃を受け、閃光が視界を塞ぐ中スティングは仕方なさそうに呟く。

 

 「たく……世話の……掛かる奴」

 

 だが何故か嫌な感じはまったくなかった。

 

 まるでいつもこうやって世話を焼いていたような―――

 

 「……ア、オイ……負けんじゃ……ねえぞ」

 

 そして光に包まれた瞬間、確かに見た。

 

 アオイやスウェン、ネオと言った面々と共に金髪の少女と皮肉っぽく笑っている青い髪をした少年。

 

 そして自分が一緒にいる姿を。

 

 それを見たスティングは穏やかな笑みを浮かべ静かに目を閉じた。

 

 「スティングゥゥゥ―――!!!」

 

 カオスの爆発と共にアオイの叫びが宇宙に響く。

 

 「チッ、雑魚が!!」

 

 ヴィートは忌々しげにカオスの残骸に吐き捨てると再びアルカンシェルに狙いをつける。

 

 だが―――

 

 「やらせるかァァァァ!!!」

 

 「邪魔だ、アオイィィ!!」

 

 ヴィートは残った対艦刀を構え、突撃してきたエクセリオンを迎撃する。

 

 「お前は俺が―――ここで倒す!!」

 

 アオイのSEEDが弾ける。

 

 研ぎ澄まされた感覚が全身に行き渡り、操縦桿を握る指先に力が籠った。

 

 対艦刀の一撃を避け、袈裟懸けにサーベルを叩きつけた。

 

 振り抜かれた一閃がサタナキアの片翼を斬り裂き、返す刀で振るった斬撃が肩部の装甲を破壊する。

 

 「何!? この!!」

 

 衝撃に呻きながらも距離を取ったヴィートはビームライフルを連射する。

 

 しかし動き回るエクセリオンを捉えられない。

 

 こちらの射撃を尽く避け肉薄してくる敵機の姿にヴィートは歯噛みしながら吐き捨てる。

 

 「馬鹿な! こちらはI.S.システムを使っているというのに、何故当たらない!?」

 

 いかに左目が見えないとはいえ、掠める事もできないとは!

 

 アストと戦った時もそうだ。

 

 あの時も全く捉える事が出来なかった。

 

 そこで一つの考えが頭に浮かぶ。

 

 アオイもSEEDを―――

 

 その考えを振り捨てる様にヴィートは叫びを上げた。

 

 「ふざけるな! 俺がアオイ・ミナトなどに負けて堪るか!!」

 

 攻撃を回避するエクセリオンの後を追いながらビームランチャーで動きを誘導しアガリアレプトを構えて突撃する。

 

 しかしそれがヴィートの命取りになってしまった。

 

 敵機の懐に飛び込もうとしたその時、コックピットに甲高い警戒音が鳴り響く。

 

 見える位置からは何も来ない。

 

 なら―――

 

 「なっ、左からか!?」

 

 確かめようとしたヴィートの目にエクセリオンが持っている物が見えた。

 

 それは先程、ヴィートが投げ捨てたアガリアレプトだった。

 

 アオイは先程までの攻防でいつの間にかこちらが投げた武装を拾っていたのだ。

 

 しかも持ち手のブーメランが確認できない。

 

 答えを得たヴィートは機体を引こうと試みる。

 

 しかしそれが間に合う筈も無く、サタナキアの左腕はブーメランによって斬り裂かれてしまった。

 

 「ぐっ、貴様ァァァァ!!」

 

 「これでェェェ!!」

 

 もうすぐSEEDの限界時間。

 

 しかしアオイは焦らず、いつも通りに機体を操作する。

 

 腕を斬られバランスを崩したサタナキアにエクセリオンは一気に距離を詰め、アガリアレプトで胸部を貫く。

 

 そしてシールドで突き放し、アンヘルを構えてトリガーに指をかけた。

 

 「落ちろ!!」

 

 「ふざけるな!!」

 

 ヴィートがアガリアレプトのブーメランを引き出し、エクセリオン目掛けて投げ付けると同時にアンヘルから強力なビームが発射される。

 

 エクセリオンに迫ったブーメランが曲線を描き、片側のウイングスラスターを斬り裂く。

 

 だがアンヘルの一射は逸れる事無くサタナキアに向け突き進んでいく。

 

 「俺が貴様などに――――!!!」

 

 アンヘルの閃光を前に腕を突き出し、シールドを構えるヴィートだったが些か遅かった。

 

 強力なビームの奔流がサタナキアを呑みこんでいく。

 

 

 「アオイィィィィィ!!!!!」

 

 

 ただ怨嗟の叫びをぶつけ―――ヴィートの視界は白く塗りつぶされた。

 

 

 「ハァ、ハァ、くそォォ!!……スティング」

 

  

 アオイは荒く息を吐きながら思わずコンソールを殴りつける。

 

 浮かんでくるのは出会ってからここに来るまでの思い出だった。

 

 色々あったけど、紛れもなく大切な出来事ばかりだ。

 

 憤りと叫び出したい騒動を押えこみ涙を堪えて、頭を振った。

 

 今は泣いてる時じゃない。

 

 周囲を見ると味方部隊がコロニーに取りつき、大型推進器を取り付けているのが確認できる。

 

 なんとか作戦は成功であった。

 

 アオイはバイザーを上げ再び溢れる涙を拭き、動く機体を操作するとルシア達の方へ向って行った。

 

 

 

 

 すべてのコロニーでの戦いが佳境に入ったその頃、メサイアの近くに待機していた巨大戦艦アポカリプスも動き出していた。

 

 戦艦に設置されたスラスターが働き体勢を整え、防衛の為の部隊は引き下がると何の障害も無くなる。

 

 

 今アポカリプスで行われようとしているのは主砲の発射。

 

 狙いは―――配置されたコロニーである。

 

 

 砲口に光が集まり一瞬の静けさの後、凄まじいまでの閃光が宇宙を照らし薙ぎ払っていった。




すいません、仕事が忙しくて小説書いている暇がなく遅くなってしまいました。
仕事上、盆も正月もないもので、年明けの休みも元旦だけで二日から仕事になります。ですので次も遅くなってしまうかもしれません。書きあがり次第投稿しますのでよろしくお願いします。

おかしな部分はいつも通り、後日加筆修正します。


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第58話  黒から白へ

 

 

 

 

 アポカリプスの主砲が放たれる少し前まで時間を遡る。

 

 同盟軍と地球軍が進軍を開始し、接敵したのと同じ頃。

 

 もう一か所で戦いが始まろうとしていた。

 

 その場所は―――中立同盟スカンジナビア所属の軍事宇宙ステーション『ヴァルハラ』

 

 コロニーに配置された防衛戦力とは別に、ザフトの部隊が着々とヴァルハラに向かって歩を進めていた。

 

 無論、同盟も敵の進軍を事前に察知し、すでにブリュンヒルデやナガミツ、アドヴァンスアストレイといった機体群が展開を済ませている。

 

 同盟のパイロット達の緊張感が高まる中、ザフトの部隊が視認できる位置にまで到達し戦端が開かれた。

 

 「目標は『ヴァルハラ』だ! できるだけ傷つけずに制圧せよ!!」

 

 「「「了解!!」」

 

 ザフトにとってオーブのステーション『アメノミハシラ』同様、スカンジナビアのステーション『ヴァルハラ』は非常に重要な拠点と位置付けられていた。

 

 コーディネイターを受け入れ、プラントとも交流を持っていた同盟の技術力が高い事は周知の事実である。

 

 前大戦においてはプラントからの技術流失が確認されはしたが、それを差し引いてもザフトと互角のモビルスーツを開発している。

 

 その技術力の高さに疑いの余地はない。

 

 つまり『ヴァルハラ』を制圧、もしくは無力化する事ができれば同盟に対して大きな打撃になるだろうと考えられていたのである。

 

 さらに今回の作戦が上手くけばアメノミハシラ、及び地球にある本国の方も対処しやすくなるという訳だ。

 

 指揮官が搭乗するイフリートが両肩のシールド内に格納されたベリサルダを構えて檄を飛ばした。

 

 「全機、油断するな!」

 

 動き出したザフトを迎え撃つ同盟軍。

 

 お互いに放った砲火が、相手を穿ち、宇宙に閃光の華が作られる。

 

 その閃光に紛れ、イザークのシュバルトライテとトールのオウカが敵陣に突入する。

 

 「行くぞ!!」

 

 「了解!!」

 

 オウカが敵機を翻弄しながらビームガトリング砲を撃ち込んで、敵部隊を撹乱に回る。

 

 変形を駆使しながら動くオウカをザフトは捉える事が出来ず、たたらを踏んだ。

 

 そこを狙いシュバルトライテがすかさず踏み込み、斬艦刀で斬り裂いていく。

 

 様々な戦場を経験し、高い技量と多くの経験を持つトールやイザークを止められる者はいない。

 

 果敢に敵機に向かう二機に続くようにブリュンヒルデやナガミツも迎撃に出た。

 

 同盟軍の激しい攻勢により、押されていたザフトであったが、それは最初だけだ。

 

 ザフトとて此処で負ける訳にはいかないのは当然の事。

 

 だから彼らも負けじと激しく攻め立てる。

 

 両軍が激突し、現状は完全に拮抗していた。

 

 そんな戦場を一機のモビルスーツが駆け抜けていく。

 

 ルナマリアのシークェル・エクリプスガンダムである。

 

 「はああああ!」

 

 サーベラスを腰だめに構え、敵陣に撃ち込むとそのまま直進。

 

 うろたえる敵からエッケザックスで斬り捨てていく。

 

 「まさか!?」

 

 「エクリプス!?」

 

 機体を改修したのか、背中に装備されている高機動ウイングなど違いはあるが、間違いなく特務隊のアレン・セイファートが搭乗していたもの。

 

 その戦果も含めザフトでも知っている者は多い。

 

 それが敵の手に渡るとは―――

 

 「おのれぇ! 破壊しろ!!」

 

 あえて怒気を含んだ声を出し、隊長機は率先して前に出る。

 

 同盟に使われている経緯などは知った事ではない。

 

 味方が少しでも動揺しないように叱咤するのが隊長である者の役目だ。

 

 指示を受けたザクファントムがミサイルを撃ち出し、ベリサルダを持ったイフリートとビームトマホークを抜いてエクリプスに襲いかかる。

 

 だが迫る刃を前にしてもルナマリアは焦らない。

 

 「この程度、訓練で散々やられたのよ!」

 

 ルナマリアは叫びを上げつつ、左右からの挟撃にも動じない。

 

 これまでもアレンやハイネにとことんまで鍛えられてきた。

 

 時には自信喪失しそうになるほど完膚なきまでに叩きのめされた事すらあった。

 

 それでも折れ無かったのは、ルナマリアにもエースパイロットとしての自負があったからだ。

 

 そして成長していくシンやセリスに負けたくなかったというのもある。

 

 何よりも先を行くアレンの背中に追いつきたかったのだ。

 

 だからこそアレンに頼む込み、厳しい訓練をこなしてきたのである。

 

 その時に比べればこんなものなど危機の内にも入らない。

 

 片手で抜いたビームサーベルでベリサルダの刀身を叩き折ると同時に逆手に持ったエッケザックスを背後に向けて突き出した。

 

 対艦刀の切っ先がザクファントムの腕を突き破り、頭部まで貫通する。

 

 「ぐあああ!!」

 

 「な!? こいつ!」

 

 「やれる!」

 

 以前も感じた事だが、確実に訓練の成果が出ていた。

 

 突き刺した対艦刀を抜き、ビームライフルに持ち替えると近づいてくるザフト機を狙撃していく。

 

 背後に控えるミネルバからの援護を受けながら順調に敵部隊を迎撃していくシークェル・エクリプス。

 

 しかしそれを阻むように砲撃が降り注いだ。

 

 「何!?」

 

 機関砲で砲弾を破壊し、ビームを振り切るとこちらに突っ込んでくるドムトルーパーの姿が見えた。

 

 「ザフトの新型機……」

 

 宇宙での戦闘で暴れまわったという機体に間違いない。

 

 アレによって同盟軍は結構な打撃を受けている。

 

 ルナマリアがドムの存在に気がついたのと同じくヒルダ達もまたエクリプスの存在に戸惑いの声を上げていた。

 

 「あれってエクリプスだろ? 何で同盟に?」

 

 「さあな」

 

 「無駄口叩くんじゃないよ!」

 

 先頭を行くヒルダは焦りと若干の苛立ちを滲ませヘルベルトとマーズに釘を差す。

 

 彼女が気にかけているのは護衛対象であるティアの事だ。

 

 ティアは後方のメサイアにいる為、直接の危険はない筈。

 

 だがどうにも嫌な予感がして気にかかるのだ。

 

 「さっさと片付けて、ティア様の所に戻るよ!」

 

 「分かったよ」

 

 「ハァ」

 

 三機のドムがエクリプスを目標に突撃する。

 

 ルナマリアは横っ跳びで三機の突進を回避しながら、ライフルを連射した。

 

 しかし撃ち出されたビームはドムの纏うフィールドによってすべて弾かれてしまう。

 

 「くっ、やっぱり弾かれる!?」

 

 アレが展開されている限り、こちらの攻撃は通用しない。

 

 ならば、ラクスが言っていたようにフィールドが消えた瞬間を狙うしかない。

 

 ビームライフルで牽制しながら、フィールドが消えた瞬間を狙ってサーベラスを撃つ。

 

 しかし撃ち出されたビームを見透かしたようにドムが散開するとギガランチャーDR1プレックスを撃ち込んできた。

 

 「何度も同じ様にやれると思うな!」

 

 前回の戦闘でジャスティスにしてやられ、辛酸を舐めさせられた彼らには同じ手は通じないという事らしい。

 

 連射された砲弾がシールドの上から直撃すると、機体を大きく揺らす。

 

 さらにその隙をついて一機がビームサーベルを振るってくる。

 

 「ぐぅ、まだ!」

 

 ルナマリアは機体を流すように回避するサーベルは装甲を滑る様に通過し、浅い傷を装甲に刻んだ。

 

 そして飛び退くエクリプスに再び撃ち込まれた砲弾を機関砲で撃ち落としながらルナマリアは歯噛みする。

 

 「強い!」

 

 三機共にパイロットは相当の手錬れである。

 

 動きも卓越し、射撃も正確ながら、一番の脅威はその連携であろう。

 

 一糸乱れぬその動きは、見事と言う他ない。

 

 直進しながら加速、三方から撃ち込まれる何条もの閃光を紙一重で潜り抜け、包囲から抜けだそうと試みる。

 

 しかし逃がさないとばかりに三機のドムが食い下がってきた。

 

 何とか引き離したいルナマリアは撃ち込まれた砲撃を回避すると反転、バロールを放つ。

 

 だが砲弾が直撃する前に展開された光の盾によって防御されてしまった。

 

 「ビームシールド!?」

 

 ルナマリアは思わず目を見開いた。

 

 ビームシールドまで持っているとなると、遠距離からの攻撃ではいくらやっても焼け石に水。

 

 しかもパイロットの腕も一流で、それが三機もいる。

 

 こちらが圧倒的に不利な状況だった。

 

 「これを打開するには―――」

 

 脳裏にこれまでの訓練が浮かんでくる。

 

 《いいか、ルナマリア。戦場では自身よりも上の技量を持つ者や不利な状況でも戦わなくてはならない時がある。だがどんな時も冷静さを無くすな。考えろ。常に状況を把握し、使えるものはすべて使い、打開する為の術を探せ》

 

 アストはそう言っていたが、

 

 「ハァ、そう簡単にできれば苦労はないわよね」

 

 とはいえ愚痴っても仕方ない。

 

 アストの言う通り打開策を見つけるしかない。

 

 シールドを掲げ、敵に囲まれないように注意しながら、思考を巡らせる。

 

 そこで気がついた。

 

 「中央の機体、焦ってる?」

 

 観察してみると連携は変わらず見事であるが、中央の一機はやや他の二機より突出している。

 

 こちらをさっさと仕留めたくて焦っているのか、もしくは別の要因か。

 

 何であれ、これを利用しない手はない。

 

 さらに視線を流すと戦闘で損傷し、放棄されたナスカ級の姿が見えた。

 

 ルナマリアの頭の中でパズルのピースが完全にはまるかのように考えが浮かぶ。

 

 アレを利用すれば―――

 

 「やるしかないわね。メイリン、ブラストシルエット、フォースシルエットを私の指示したタイミングで射出して!!」

 

 《え、はい!》

 

 ドムをライフルで牽制しながら、破棄された戦艦に向って加速する。

 

 「追撃するよ!」

 

 「おう!」

 

 「逃がすか!」

 

 狙い通り追撃を掛けてくる三機のドム。

 

 引きつけながら、サーベラスを破棄されたナスカ級に向けて叩き込んだ。

 

 そして同時にバロールを使って三機のドムの連携を崩す。

 

 直撃した一撃がナスカ級を貫通、大きな爆発を引き起こすと爆煙がエクリプスとドムを包み込んだ。

 

 「フォースシルエット!」

 

 《はい!》

 

 エッケザックスを抜き、機関砲を撃ち込みながら分断したマーズ機に斬りかかる。

 

 「はあああ!!」

 

 「目くらましかよ!?」

 

 爆煙に遮られたマーズは反応が遅れ、斬艦刀の一撃が眼前に迫る。

 

 上段からの一太刀を背後に回り込むようにして回避、ギガランチャーDR1プレックスで背後から狙いをつける。

 

 しかし―――

 

 「何!?」

 

 コックピットに突然響く警戒音。

 

 背後にはシルエットグライダーで運ばれてきたフォースシルエットが迫っていた。

 

 このままでは激突してしまう。

 

 「チィ!」

 

 直撃を避けようと機体を引き回避しようとするが、ルナマリアがそれをさせない。

 

 「逃がさないわよ!」

 

 ドムをシールドで殴りつけ、体勢を崩すとシルエットグライダーの進路に追い込み激突させた。

 

 「ぐあああ!!」

 

 衝撃で吹き飛ぶ敵機にビームサーベルを抜き、袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 ドムを裂くサーベルが火花を散らしながら胴体に深く食い込み、完全に動かなくなった。

 

 「マーズ!?」

 

 ルナマリアは即座に爆煙の中から飛び出す。

 

 そして位置関係を把握すると近くにいたヘルベルト機に向け、ドムに突き刺さっていたビームサーベルを投げつける。

 

 敵は奇襲に反応し、サーベルの一投をビームシールドで弾くが、それこそが狙いであった。

 

 隙が生じた瞬間に肉薄、エッケザックスを横薙ぎに振るって両足を切断する。

 

 逆手に持ち替え肩部に突き刺し、蹴り飛ばした。

 

 完全に沈黙する敵機を確認すると残りの一機に向かう。

 

 「二人がやられた!?」

 

 マーズ機、ヘルベルト機の反応がロストを確認したヒルダは動揺する。

 

 こんな所で二人が倒されるなど想像もしていなかったのだから無理もない。

 

 だがルナマリアにしてみればこれほどの好機はない。

 

 「ミネルバ、ブラストシルエット!」

 

 背中のデスティニーシルエット02を分離させ、ブラストシルエットを装着すると機体が深緑に染まる。

 

 ようやく視界を確保したヒルダは装備を変えたエクリプスの姿に眉を顰めた。

 

 「砲戦仕様の装備?」

 

 あれでドムの速度に対応できると思っているのか?

 

 戸惑うヒルダに構う事無くエクリプスはケルベロスを跳ね上げ、二門の砲口から凄まじい閃光を吐き出した。

 

 「そんなものに!」

 

 ドムは加速をつけ、ケルベロスの砲撃から逃れるとスクリーミングニンバスを再び展開してエクリプスに向けて突撃する。

 

 エクリプスのビームライフルやミサイルもすべてが弾かれ通じない。

 

 でもそれは想定通りだ。

 

 後退しながら、再びケルベロスを構えると狙いをつけてトリガーを引いた。

 

 「当たらな―――ッ!?」

 

 機体を加速させ余裕で回避した筈のヒルダ機に背後から爆発の衝撃が襲いかかった。

 

 放たれたケルベロスの標的はドムではなく―――放置されたフォースシルエット。

 

 前方に押し出されたドムはフィールドも消え、体勢も大きく崩している。

 

 ルナマリアが狙っていたのはこの瞬間だった。

 

 スクリーミングニンバスを纏い突撃してくるドムの突破力は言うまでもなく驚異である。

 

 ラクスの助言であるスクリーミングニンバス使用後を狙うというのも駄目となれば、どうするか―――

 

 ルナマリアの脳裏に浮かんだのは二つ。

 

 ドムの動きを止めるか、スクリーミングニンバスを使わせないかだ。

 

 スクリーミングニンバスを使わせないというのは難しい。

 

 それにはフィールドの発生装置を破壊するか、使えない状況を作るしかない。

 

 しかし少なくとも今のルナマリアには無理だ。

 

 ならば残りは一つ、動きを止める。

 

 これしかない。

 

 だからこそ一番火力を持ったブラストシルエットに換装し、持てる火力をつぎ込んで動きを止める戦法を取ったのである。

 

 「これで!!」

 

 懐に飛び込んだエクリプスはデファイアントビームジャベリンを叩きつけると左肩に直撃。

 

 動きを止めず、右手で抜いたもう一本のジャベリンを振りかざした。

 

 「ぐっ、舐めるんじゃない!!」

 

 ヒルダは上段から迫る光槍をビームサーベルで逸らした。

 

 そしてギリギリ動く左腕のビームシールドを展開、形状を変化させ刃としてエクリプスに放つ。

 

 「ッ!?」

 

 予想外の攻撃にルナマリアは咄嗟に突き刺さった光槍から手を離し、機体を流すように左に傾ける。

 

 しかし少し遅かった。

 

 刃はエクリプスの右腹部の装甲に傷をつけ、背中のケルベロスを斬り裂かれてしまう。

 

 流石の一言だろう。

 

 ここまで追い込まれていながら、尚反撃に転じてくるとは。

 

 だがここで負ける訳にはいかない。

 

 「このぉぉ!!」

 

 機体を水平にし、背中のブラストシルエットを分離、ドムにぶつけるとジャベリンで突きを放った。

 

 光槍がシルエットを貫通し、ドムの頭部に刺さると同時に機関砲を叩きこんで飛び退くように離脱する。

 

 次の瞬間、ブラストシルエットが爆発。

 

 至近距離にいたドムも巻き込まれ、爆煙に包まれた。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 ルナマリアは息を切らしながら、周囲を見渡す。

 

 どうやら何とかなったようだ。

 

 しかし戦闘は未だ継続中。

 

 呑気に休んでいる暇はない。

 

 バッテリーの状態を確認すると結構ギリギリの状態だった。

 

 デュートリオンビームで補給を受けた方が良い。

 

 ルナマリアはすぐに機体を立て直し、分離させたデスティニーシルエット02を装着してミネルバに移動した。

 

 

 

 

 同盟と地球軍がザフトと戦闘を開始してしばらく。

 

 徐々に状況も変わろうとしていた頃だった。

 

 一条の巨大な閃光。

 

 アポカリプスの主砲が放たれ、宇宙を薙ぎ払っていく。

 

 その標的はアスト達が迎撃に向かった地点に配置されていたコロニーであった。

 

 クロード達と相対していたアストとキラは前方から迫る、巨大な光の奔流を前に即座に離脱を選択する。

 

 「アスト!!」

 

 「くそ!!」

 

 サタナエルやザフトの部隊はすでに位置を変え、影響の受けないように移動している。

 

 クルセイドイノセントとストライクフリーダムも主砲の一撃を避ける為、急ぎ左右に飛び退いた。

 

 巨大なビームがコロニーを撃ち抜き、動いていた同盟軍を巻き込み消滅させる。

 

 「回避―――!!!」

 

 ナタルの掛け声に合わせ、各艦、各モビルスーツが回避行動を取る。

 

 だが間に合わない者達はビームの一撃を受けて消えて行った。

 

 その光景を見つめていたクロードは何の感情も見せないまま、ただ呟いた。

 

 「議長殿も女狐もよくやる。今頃、さぞ上機嫌だろうな」

 

 彼らの作戦通りに事が運んでいるのである。

 

 不満な筈はない。

 

 しばし視線を流し、あの二機の姿を探すが破壊されたコロニーや戦艦の破片が散乱し発見できない。

 

 「役目は果たした。メサイアの方も『ネオジェネシス』を撃つ頃か……退くぞ」

 

 今回の砲撃で同盟の戦力はかなり削られた筈、再編成にも時間が掛かるだろう。

 

 後は防衛隊に任せておけば良い。

 

 「「「「了解」」」」

 

 サタナエルは僚機のシグーディバイドを伴い、戦域より離れていった。

 

 

 

 

 アポカリプスの砲口から発射された目が眩むほどの光は各戦場、どこからでも見える凄まじいものだった。

 

 それをアスタロスのコックピットから見届けたデュルクは少しも気を緩める事無く、操縦桿を握っている。

 

 現在いるのはアポカリプスとメサイアから少しだけ離れた場所。

 

 破壊された戦艦、モビルスーツの残骸が浮かび岩なども多い地点。

 

 戦闘の陰も無く、待機する彼の後ろには幾つか補給の為に待機している艦や防衛のモビルスーツが数機いるのみ。

 

 ここは後方と言っても差し支えない所であった。

 

 そこに一機のモビルスーツが近づいてくる。

 

 オレンジの装甲と翼を持った機体ヴァンクールだった。

 

 「ハイネ、機体はどうだ?」

 

 「どうにか調整も終わりましたよ。かなり無理させちゃいましたけどね」

 

 スレイプニルの爆発に巻き込まれたヴァンクールは一部駆動系に異常が出ていた為に調整を受けていた。

 

 時間が無かった為に斬り裂かれてしまった肩部の損傷などは修復出来なかったが戦えるようになっただけでも十分である。

 

 「それよりもここに来るんですか?」

 

 「必ずな」

 

 デュルクが現在の主戦場であるコロニーに向かわず、ここで待機していたのにはもちろん理由がある。

 

 それは―――

 

 「来たな、地球軍」

 

 アスタロスとヴァンクールの前には少数とはいえ地球軍の部隊が岩や残骸に紛れ、近づいてくるのが見えている。

 

 それを確認したハイネは感心したように呟いた。

 

 「流石ですね、隊長」

 

 デュルクはメサイアに近いこの辺りから必ず敵の奇襲があると予測していた。

 

 だからコロニーの方は他のメンバーに任せ、自分はここで奇襲部隊を迎撃する為に待機していたのである。

 

 『本命』はまだ来ないようだが。

 

 「行くぞ、ハイネ」

 

 「了解!」

 

 ヴァンクールが翼を広げ、アスタロスも外装を開き、両機がスラスターを噴射させる。

 

 「ザフト!?」

 

 「何でここに!?」

 

 「迎撃しろ!」

 

 急速に近づいてくるモビルスーツの機影に気がつき、迎撃態勢を取る地球軍部隊。

 

 しかしその対応は二人からすれば遅すぎた。

 

 デュルクは表情一つ変える事無く大鎌ネビロスを構えると、ビームが曲線を持った刃を形成するとアルゲス向けて叩きつける。

 

 「うあああああ!?」

 

 シールドで鎌を受け止めようとしたアルゲスだったが、強力なビーム刃を止める事が出来す盾ごと胴体を切断されてしまった。

 

 さらに振り向き様にネビロスを逆袈裟から振り上げると背後のウィンダムを斬り捨てた。

 

 「くそ!」

 

 「あの鎌を受けるな! シールドごと斬り裂かれるぞ!!」

 

 ヴィヒターやウィンダムがネビロスの威力を見て距離を取り始める。

 

 大鎌の攻撃力を目撃した後であるなら当り前の対応と言って良いだろう。

 

 だが今回に至っては迂闊であった。

 

 何故なら―――

 

 「俺もいるんだよ!!」

 

 ヴァンクールが高エネルギー長射程ビーム砲でヴィヒターやアルゲスを狙い撃ちすると、アロンダイトを構えて一気に加速する。

 

 光学残像を伴い、加速をつけて対艦刀を振り下ろす。

 

 速度の乗った斬撃に全く対応できないヴィヒターは回避も防御もできないまま、斬り裂かれてしまった。

 

 さらにハイネは続けて敵機に刃を振り下ろしていく。

 

 二機の猛攻によって少数とはいえ襲撃を仕掛けてきた地球軍の三分の一があっという間に撃破されてしまう。

 

 地球軍側からすればまさに悪夢であった。

 

 「ば、馬鹿な」

 

 「化け物かよ」

 

 進路を阻むように立ちふさがるアスタロスとヴァンクールの姿に、立ち竦む地球軍部隊。

 

 その現場に彼らの後方から近づいてくるモビルスーツがいた。

 

 エレンシアとストライクノワール・シュナイデンである。

 

 「大佐」

 

 「ああ、こちらの動きを読んでいた奴がいたらしい」

 

 元々戦力的に劣り、一番不利である地球軍が正面から事を構えるのはあまりに無謀である。

 

 理想としては奇襲を仕掛け、時間を掛けずに頭を潰してしまう事。

 

 すなわちザフト機動要塞メサイアを落とせばよい。

 

 もちろんそう簡単にいかない事は重々承知している。

 

 しかし他に選択肢がないのも事実であった。

 

 だからラルスは『彼ら』と交渉し、同時に仕掛けるつもりだったのだが些か早く捕捉されてしまったらしい。

 

 それだけ読んだ奴が優秀という事だろう。

 

 「仕方がない。スウェン、私達でやる。ただし無理はするな」

 

 「了解」

 

 エレンシアの背中に装備されたサンクションストライカーからドラグーンユニットを分離させ、二機のモビルスーツにビームを浴びせる。

 

 スウェンは飛び退いたヴァンクールの方に向って攻撃を仕掛けた。

 

 ビームライフルショーティーで牽制しながら、ヴァンクールを誘導する。

 

 「俺の相手はお前かよ!」

 

 ビームを回避し、突撃してくる敵機の動きを冷静に観察した。

 

 「……さて、どこまでやれるか」

 

 あれの同型機の性能は知っている。

 

 いかにストライクノワールが改修されたとはいえ、性能差がある事に変わりはない。

 

 スウェンにとっては大きく性能差がある相手との戦いも前大戦で経験済みだ。

 

 要するに―――

 

 「俺次第か」

 

 少なくともこいつをどうにかすれば、後々味方が楽になる。

 

 スウェンはここでヴァンクールの戦闘力だけでも削る覚悟を決めた。

 

 ヴァンクールにビームライフルで狙いをつけるとトリガーを引く。

 

 しかし撃ち出された一射をあまりにあっけなく避け切ったヴァンクールは速度を乗せてアロンダイトを振り下ろしてくる。

 

 迫る対艦刀の切っ先を見切り機体を逸らして紙一重で回避したが次の瞬間、敵機はアロンダイトを即座にこちらに振り上げてきた。

 

 「くっ!? 速い!?」

 

 下から迫る刃に小型シールドで外側に向け剣閃を逸らした。

 

 正面からは決して受けてはならない。

 

 あの威力をまともに受けては腕ごと叩き斬られてしまう。

 

 「へぇ~、やるな! けどまだだぜ!」

 

 ハイネは敵の技量に関心しながらさらに攻撃の手を緩めない。

 

 ストライクノワールに蹴りを入れ、パルマフィオキーナ掌部ビーム砲を叩きつけた。

 

 掌が光を発してスウェンの眼前に迫る。

 

 回避する事はできない。

 

 ならば―――

 

 スウェンはノワールストライカーのアンカーを射出、近くの岩場に突き刺すと機体を牽引。

 

 タイミングを合わせスラスターを逆噴射、一気に機体を下降させた。

 

 次の瞬間、ストライクノワールのいた場所を一瞬の閃光が通過する。

 

 「チッ、ホントにやるな」

 

 今ので仕留めたと思ったのだが。

 

 どうやら結構なやり手らしい。

 

 ハイネは相手にとって不足はないと改めてビームライフルを片手に逃れた敵機を追う。

 

 「まともに戦っていてはどうにもならないか」

 

 向ってくるヴァンクールの姿に嘆息する。

 

 分かってはいたがパワーもスピードも向うが明らかに上。

 

 正面から斬り合っていては勝ち目はない。

 

 スウェンは追ってくる敵機から背を向け、岩や残骸がひしめく中に迷わず突っ込んでいく。

 

 「逃がすか!」

 

 ヴァンクールのビームライフルが火を吹き、逃げるストライクノワールを狙撃。

 

 同時に後を追うように前に出た。

 

 「悪いが正面から戦う気はない」

 

 できる限り複雑な軌道を取りながら機体を捻り、ビームを避ける事に専念する。

 

 通り過ぎる閃光が装甲を穿ち、進路を阻んでいくが構う事はない。

 

 もちろんスウェンを逃がす気はハイネには全くない。

 

 そもそも速度ではヴァンクールの方が上なのだ。

 

 すぐにでも追いつける。

 

 岩場を避けながら速度を上げストライクノワールの背後に迫ったハイネはアロンダイトを上段に構えた。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 刃が振り下ろされようとした瞬間、敵機はビームライフルを破棄。

 

 それをビームガンで破壊するとヴァンクールの目の前で爆発させ閃光が一瞬、視界を塞ぐ。

 

 「視界を塞ぐつもりか!?」

 

 この機を狙って接近戦でも仕掛けてくるか。

 

 だがこちらの推測を裏切るように、敵機はビームライフルショーティーに持ち替え岩場の中に飛び込んで行く。

 

 誘っている。

 

 ここで何かを仕掛けるつもりだろうか?

 

 だとしても退く理由にはならない。

 

 ニヤリと口元に笑みを浮かべ迷わず前進を選択した。

 

 「上等!」

 

 ビームライフルショーティーの射撃をビームシールドで弾きながら、ビームライフルで応戦。

 

 ぶつかればそれだけで大破する危険がある巨大な岩がひしめく場所を二機のモビルスーツが駆けていく。

 

 ヴァンクールが高エネルギー長射程ビーム砲を腰だめに構え、敵機を狙った。

 

 強力な一撃が迫る中、スウェンはワイヤーアンカーを巧みに使い、岩場の間を駆けてやり過ごす。

 

 そして機を窺いビームライフルシューティーを連続で叩き込んだ。

 

 「ここに誘い込んだのはこの為かよ」

 

 ワイヤーアンカーを岩場に撃ち込んで牽引するのとタイミングを合わせスラスターを使えば確かに速く移動できる。

 

 しかも残骸や岩の所為で視界が悪い為に狙いがつけにくい。

 

 この状況と装備を使ってスウェンはヴァンクール相手に互角の勝負を演じていた。

 

 「だけどな、いつまでも好き勝手にはさせないぜ!」

 

 ストライクノワールの射撃を回避したハイネは敵が動くタイミングを見計らって近くの岩にパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を撃ち込んだ。

 

 「そこだ!」

 

 「ッ!?」

 

 砕かれた岩が周囲に飛び散り、ストライクノワールの動きを阻害する。

 

 その隙を突き、アロンダイトを振り抜いた。

 

 剣閃が敵の右脚部を捉え、何の抵抗も無く斬り捨てる。

 

 「ぐっ!」

 

 「まだまだ!」

 

 追撃を掛ける様に残った手でフラッシュエッジを抜き放ち、横薙ぎに振り抜いた。

 

 「不味い!?」

 

 刃が届く前にシールドを割り込ませ、フラッシュエッジを防ごうとする。

 

 だがやはりパワーの違いが大きく、完全に止め切るには至らない。

 

 ビーム刃が肩部に食い込み、徐々に切断していく。

 

 このままでは機体ごと真っ二つになってしまう。

 

 だがこの危機を前にしてもスウェンは冷静なままだ。

 

 組み合い徐々に押されていく中、タスラムをせり出し至近距離からヴァンクールの腕に炸裂させ、フラッシュエッジを吹き飛ばした。

 

 しかしその反動で機体の体勢は大きく崩されてしまう。

 

 「やってくれたな!」

 

 光を放出しながら一気に加速、アロンダイトを袈裟懸けに振るいシールド諸共左腕を切断。

 

 返す刀で残った左足も斬り捨てると、最後に胴体を狙って下段から振り上げる。

 

 「これで決める!」

 

 しかし次に感じたのは、敵を斬る感触ではなく自機に襲いかかる衝撃であった。

 

 「な、に……」

 

 呆然と呟いた。

 

 ハイネの目に飛び込んで来たのはヴァンクールの左腕にビームライフルショーティーの先端に装着されたバヨネットが突き刺さっている姿だった。

 

 スウェンはビームを撃ち込むと同時に刃を振り切り、左腕を切断した。

 

 腕が破壊されたことによる爆風に呻きながらも、ハイネは驚愕する。

 

 「まさか、初めからこれを狙っていたのかよ」

 

 先ほどのレール砲の衝撃で体勢を崩したように見せかけて、わざと自分の懐に誘い込み、対艦刀を振るう瞬間を狙っていたのだ。

 

 でなければ対艦刀を振りかぶる途中に割り込むなどできる筈がない。

 

 そこでハイネに新たな衝撃が襲いかかる。

 

 「なっ、ワイヤーだと!?」

 

 ヴァンクールの肩部にワイヤーアンカーが巻きついていた。

 

 何を―――

 

 ストライクノワールはスラスターを噴射し、Gによって体に掛かる負担を無視しながら加速すると周囲グルグルと回りワイヤーを敵機に巻きつけていく。

 

 「これで動けまい」

 

 「くそ、まだだ!」

 

 スラスターを吹かしながらストライクノワールを止めようとCIWSを止めど無く叩きこんでいく。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!!」

 

 いくら実弾が無効化できるVPS装甲とはいえ、傷ついている今の機体状態ではCIWSでも厳しい。

 

 その証拠にコンソールから電気が弾け、警告音が鳴りやまない。

 

 しかしそれでも動きを止めず、さらに残った腕でビームライフルショーティーを構えてトリガーを引く。

 

 銃口から発射された一射がヴァンクールの片翼を吹き飛ばした。

 

 「ぐあ!! このォォ!」

 

 背中の爆発で押し出されるような衝撃を噛み殺すハイネは気を失いそうな自身を叱咤し、正面を見据える。

 

 「舐めんなァァァ!!」

 

 爆発の影響か僅かに緩んだワイヤーの綻びを突き、残った右手の中にあるアロンダイトをストライクノワールに投げつけた。

 

 「くっ!?」

 

 ここでワイヤーでヴァンクールを縛っていたことが仇となる。

 

 ワイヤーによってストライクも動きが阻害されてしまったのだ。

 

 避け切れなかったストライクノワールの右肩にアロンダイトが直撃、刃が突き刺さって装甲から色が落ちた。

 

 「ハァ、ハァ、たく、ようやく落せたか。しかし派手にやられちまった」

 

 左腕を失い、片翼は破壊、スラスターの一部も爆発の衝撃で動かなくなっている。

 

 ここまでやられるとは思ってもみなかった。

 

 しかも機体性能はこっちが上。

 

 これで対等の機体に乗って戦っていたらと思うとゾッとする。

 

 それだけの強敵だった。

 

 「大したもんだったぜ」

 

 ハイネはもう動かない敵パイロットに素直な称賛を送る。

 

 

 だが―――まだ決着はついていなかった。

 

 スウェンは最後の一手を打っていたのである。

 

 一度戻ろうとしたハイネだったが、次の瞬間瞠目する。

 

 沈黙した敵機の背中から伸びていたワイヤーアンカーが巻き戻り始めたのだ。

 

 「何を―――ッ!?」

 

 訝しむハイネの耳に突然警戒音が鳴り響く。

 

 咄嗟に反応しようとするも、些か遅く過ぎた。

 

 ワイヤーアンカーによって牽引されていたのは―――フラガラッハ。

 

 いつの間にか放棄されていたフラガラッハは巻き戻るワイヤーの反動によって、ブーメランのように回転しながらヴァンクールの背後に激突する。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「今だ!」

 

 フラガラッハが激突した衝撃で体勢を崩した瞬間を狙い、タスラムを連続で撃ち出す。

 

 発射された砲弾は正確に敵機に突き刺さり、直撃。

 

 ヴァンクールを吹き飛ばした。

 

 これだけのダメージを受ければ、奴はもう戦えないだろう。

 

 ストライクノワールもまた限界であった。

 

 損傷が酷く全く動かなってしまった。

 

 「ぐっ……ここが限界か……後は、頼む。大佐、少尉」

 

 爆煙に包まれ、視界が塞がれながらスウェンは意識を失った。

 

 

 

 

 コロニーの戦闘からガーティ・ルーに帰還していたアオイは何となく外の方を振り返る。

 

 「どうした、アオイ?」

 

 「……いや、何でも無い」

 

 虫の知らせとでも言えば良いのか。

 

 嫌な予感がしたとは言いだせず、仲の良い整備兵を何とか誤魔化した。

 

 「大佐とあのステラって子の所に行かなくていいのか?」

 

 「さっき行って来たよ。二人とも大丈夫だってさ」

 

 どうにか救出したステラはすぐに医務室に運ばれ、現在治療を受けている。

 

 先生の話によれば、詳しい検査が必要だが、今のところ命に別条はないらしい。

 

 ルシアも同じく目立った怪我は無かったが今は一応の検査を受けている。

 

 安心したアオイは自身の機体状態を確認しに戻ってきたという訳だ。

 

 「それでエクセリオンはどうなんだ?」

 

 「操縦系の一部がショートしてるから修復しないといけない。これはすぐ終わるし、他の損傷も大した事はないけど、背中のウイングスラスターは駄目だな」

 

 サタナキアのビームブーメランによって斬り裂かれたウイングスラスターは外から見れば一目瞭然だ。

 

 完全に破壊されてしまっている。

 

 「新しいのに交換するにしても結構時間が掛かるぞ」

 

 コロニーに関する作戦はどうにか成功したものの、未だに激しい戦闘は続いている。

 

 こんな所で休んでいる暇はない。

 

 例の戦艦から発射された砲撃で同盟も結構な打撃を受けているという話だ。

 

 しかし喚いた所でどうにもならないのが現実である。

 

 大人しく待つしかないのか。拳を強く握りながら、歯噛みするアオイだったがそこにある機体が目の前に入ってきた。

 

 「……あれは使えないか?」

 

 アオイが指さしていたのは―――黒いモビルスーツ『アルカンシェル』であった。

 

 ステラを助け出した後で、中破したイレイズと一緒に回収し今はコーディネイターの技術者達が解析を行っていた。

 

 「だいたいの機体の解析は終わったけど、データはOSも含めて全部消えてたからなぁ。あ、でも……」

 

 何か思いついたのか整備兵は「少し待っててくれ」と言って技術者達の所に歩いていく。

 

 しばらく話をしていると、端末を片手に持った技術者の一人と一緒に戻ってきた。

 

 「アオイ、どうにかなるかも」

 

 「本当か!?」

 

 技術者が頷くと端末を持って説明を始めた。

 

 「エクセリオンのW.S.システムを移植すれば、おそらく動かせる」

 

 W.S.システムは搭乗したパイロットの戦場での戦闘情報を収集、特性に合わせて機体調整や補正、支援を行うシステム。

 

 それはアルカンシェルにも対応できるらしい。

 

 もちろん細かい調整やOSの改良も必要なようだが、エクセリオンの修復を待つよりは格段に早く終わるとの事。

 

 技術者は変わらず素早く端末を操作しながら、機体情報をまとめていく。

 

 「―――あの機体に装着されていた外部装甲のようなものはどうやらリミッターの役目を持っていたようだが、それは損傷してしまっていたから外す。代わりにプログラムを組み、パイロットの意思で通常時と最大出力時の切り替えができるようにしよう。ああ、もちろんW.S.システムに最大出力時のコントロールを補佐させるよう調整を加える。それから―――」

 

 矢継ぎ早に語られる情報にそろそろアオイの情報処理能力も限界である。

 

 正直、途中から何を言われているのか理解できなくなっている。

 

 酷く疲れた顔でアオイは技術者の言葉を遮った。

 

 「……えっと、つまりあれ使えるって事ですよね」

 

 「うむ、大丈夫だ。少しだけ待て」

 

 整備兵がやや同情したように、苦笑しながらアルカンシェルの方に向かうと数人が機体に取り付き作業を開始する。

 

 「外部装甲を外し、電圧の調整した。一旦VPS装甲を展開するぞ」

 

 整備兵の掛け声と共にアルカンシェルの装甲が色付いた。

 

 色は今までの黒色ではなく、白色に変化している。

 

 白く変化した機体を見上げながら、アオイは戦意だけは鈍らせまいと拳を固く握り締めた。

 

 

 

 

 アポカリプスの主砲が発射された後、クロードの言葉通りメサイアではすぐに次の行動に移ろうとしていた。

 

 「アポカリプス主砲による『ステーションⅠ』の破壊確認」

 

 報告を聞いたデュランダルは満足そうに笑みを浮かべる。

 

 これでコロニー『ステーションⅠ』を破壊しようとしていた同盟の戦力を削る事が出来た筈だ。

 

 ここでさらに追撃を掛けるべきであろう。

 

 「議長」

 

 「分かっている。ヘレン、そろそろ『彼ら』も来る頃だ。フォルトゥナの発進準備を」

 

 「了解しました」

 

 ヘレンが一礼して司令室から退室したのを確認すると、即座に指示を飛ばす。

 

 「『ネオジェネシス』照準、目標『ステーションⅡ』!」

 

 「了解!」

 

 ザフトの機動要塞メサイアには全方位に展開可能な防御装置である陽電子リフレクターともう一つ武装が配備されている。

 

 それが『ネオジェネシス』である。

 

 前大戦で投入された巨大なガンマ線レーザー砲である『ジェネシス』を小型化。

 

 破壊力こそ低下したものの運用性を向上させた。

 

 さらに要塞内部に設置した事で破壊され難くし、さらに発射する度に必要だったミラーの交換が不要になっている。

 

 メサイアに設置された『ネオジェネシス』が動き出す。

 

 「発射!」

 

 デュランダルの声に合わせ、光を集めると同時に『ネオジェネシス』は強烈な閃光を発射した。

 

 目標は『ステーションⅡ」

 

 それは同盟軍がもっとも戦力を配置したメサイアから最も近い場所であった。

 




ようやく出来ました。そろそろ仕事も落ち着いてきたので、次はもう少し早く投稿できると思います、多分ね。まあ、相変わらず出来悪いですけど。

いつも通り、後日加筆修正します。


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第59話  反撃の一手

 

 

 

 

 

 

 

 それはいつか見た光だった。

 

 暗闇の宇宙を照らし、命を消し去る死の閃光は一度見れば誰でも忘れないであろう。

 

 それだけマユの下方を通過した強烈なまでの一射は脳裏に焼きついた光景だったのだ。

 

 「あれは……ジェネシスの!?」

 

 『ジェネシス』はヤキンドゥーエ戦役、最終決戦に投入された核エネルギーを使用した巨大ガンマ線レーザー砲である。

 

 すべての命を薙ぎ払う、悪魔の兵器。

 

 まさかアレを再びザフトが使うなんて―――

 

 ジェネシスの光に巻き込まれ、コロニーと共に同盟軍の部隊が薙ぎ払われていく。

 

 その光景はまさに前大戦の再現だった。

 

 怒りと憤りで操縦桿を握るマユの手に力が入る。

 

 陣形は崩され傷ついた艦隊も多く、立て直しに時間が掛かるだろう。

 

 その前にもう一撃食らったら終わりだ。

 

 「なら、ジェネシスを破壊しないと―――」

 

 そこに警戒音が響き渡る。

 

 「どこを見ている!!」

 

 懐に飛び込んできたメフィストフェレスがビームサーベルで斬りかかってきた。

 

 上段から振り下ろされた一撃を盾を構えて受け止める。

 

 「どうした、ネオジェネシスを見て前大戦の事でも思い出したのか?」

 

 「くっ、貴方は!!」

 

 連続で叩きつけられる光刃が弾ける度に火花が散り、鋭い攻撃にマユは後退を余儀なくされてしまう。

 

 「……何とも思わないんですか? 再びジェネシスが使われて―――」

 

 「くだらんな。貴様といい、アストといい、相変わらず反吐が出る! 以前も言った筈だ、ゴミ共の事などどうでも良いとな!!」

 

 嘲るような叫びと共に振るわれる怒涛の連撃を捌きつつ、歯噛みする。

 

 「貴方という人は!!」

 

 マユはこの男を知っている。

 

 他者を見下し、仲間でさえ平気切り捨てる奴であると。

 

 それでもこうして言葉を交わすと改めて理解する。

 

 この男はここで絶対に倒さなくてはならない。

 

 シオンアストの過去のような出来事を何度でも繰り返し、悲劇を引き起こしていくだろう。

 

 「絶対させません! 貴方をアストさんの所へは行かせない!!」

 

 コックピットに向けて繰り出された突きを回避すると、負けじと斬艦刀を横薙ぎに払う。

 

 刃がメフィストフェレスの装甲を掠め、バランスを崩した所にすかさず蹴りを入れる。

 

 「チッ」

 

 シオンは腕を振り上げて蹴りを受け止めると忌々しげに吐き捨てる。

 

 「そんなにあんな奴が愛しいか? 理解できんな。―――しかしお前の目の前で奴を八つ裂きにしてやるのも一興か」

 

 その一言がさらにマユの怒りを煽る。

 

 「させないと言っています!!」

 

 マユのSEEDが弾ける。

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 システム作動と共にトワイライトフリーダムの装甲が解放され、光が放出される。

 

 同時に凄まじい速度でメフィストフェレスに肉薄すると、シンフォニアを叩きつけた。

 

 「はあああ!!!」

 

 怒声と共に浴びせた一太刀がメフィストフェレスの左肩部を大きく抉った。

 

 さらに即座に放ったレール砲が胴体に直撃すると衝撃と共に敵機を大きく吹き飛ばす。

 

 叩きつけられる猛連撃。

 

 マユの動きについていけず、シオンは防戦へと自然に追い込まれていく。

 

 しかしそんな衝撃の中でもシオンの表情は崩れない。

 

 むしろこれを待っていたと言わんばかりに、ニヤリと口元を歪めていた。

 

 「そうだ、それでいい」

 

 不甲斐無いこいつを倒して何の意味があろうか。

 

 繰り出されるすべてを叩きつぶして、絶望のもと息の根を止める。

 

 それでこそ屈辱すべてが晴らせるというもの。

 

 「それでこそ、殺しがいがある!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 シオンの殺意に反応し、I.S.システムが作動。

 

 SEEDが発動したのと同じく感覚が鋭く研ぎ澄まされる。

 

 先程まで一方的にやられていたフリーダムの攻撃を捌き、不意を突く形で放ったルキフグスで動きを止める。

 

 同時に懐に飛び込むとビームサーベルを横薙ぎに振るって左のエレヴァート・レール砲を破壊した。

 

 「見える」

 

 先程までは一方的にやられるだけで、反応できなかったフリーダムの動きに対応できる。

 

 「貴方だけは!!」

 

 「死ねぇ、マユ・アスカァァ!!」

 

 互いの刃が迸り、綺麗な軌跡を描きながら相手を斬り裂かんと繰り返される激しい応酬。

 

 かたや白い悪魔を目掛け、かたや翻る蒼き翼を追って。

 

 光刃を振るう二機のガンダムが高速でメサイアの方へ移動しながら、攻防を行っていく。

 

 「マユ!!」

 

 離れていくマユを追うため、シンもまたメサイア方面に機体を向けた。

 

 しかし、僚機であるシグーディバイドがそれをさせない。

 

 「くそ!」

 

 このままではトワイライトフリーダムと完全に引き離されてしまう。

 

 奴と二人にするのは危険すぎる。

 

 シオンを倒さなくてはならないと判断したのはマユだけではなかった。

 

 話は聞いていたが、ここまで危険を感じさせられるとは思わなかった。

 

 彼から感じ取った底冷えするような憎悪は決して甘く見て良いものではない。

 

 「どけェェ!!!!」

 

 マユがあのシステムの使用を決断したという事はそれだけ奴を倒すという覚悟の現れだ。

 

 C.S.システムはパイロットや機体に掛かる負荷が大きく、連続使用できない。

 

 そして今までのデータから一度の戦闘で使用できる回数も二回までと制限が設けられていた。

 

 それ以上の使用は整備と調整が必要になり、無理に使えば機体の方がオーバーロードしてしまう可能性が高くなる。

 

 だからシステム変更により任意にシステムを作動できるように調整が加えられていた。

 

 まさに切り札である。

 

 シンは今まで以上に加速しながら敵機に迫る。

 

 「でやあああああ!!!」

 

 「なっ!?」

 

 光学残像を伴い斬り込んで来たリヴォルトデスティニーの一撃にシグーディバイドのパイロットは目を見開いた。

 

 I.S.システムが発動していなければ、動きの影すら捉える事が出来なかっただろう。

 

 「くっ、速―――」

 

 横薙ぎに払った一撃に腕を容易く切断され、コックピットに突き立てられたコールブランドによってパイロットはあっけなく絶命した。

 

 「これで一つ!!」

 

 残りは二機。

 

 コックピットを潰した敵機を残りの二機に向けて投げつけ、ビームライフルで撃ち抜いた。

 

 破壊されたシグーディバイドが爆散に紛れ、一気に距離を詰めるとビームサーベルを一閃する。

 

 振るわれた光刃が頭部を斬り飛ばし、すれ違いざまに放ったライフルの一射が容赦なくシグーディバイドを一蹴する。

 

 「そ、そんな……」

 

 残ったラナシリーズのパイロットは目の前の現実に呆然とするしかない。

 

 「くそ!!」

 

 湧きあがる恐怖を押さえ込みどうにかライフルを構えようとするが次の瞬間、思いも依らない攻撃に晒される。

 

 「ドラグーン!?」

 

 シグーディバイドに襲いかかったのは、金色に輝く砲塔だった。

 

 四方から浴びせられる砲撃を強化された反応でどうにか回避に成功する。

 

 しかし飛び込んできたアカツキが持つ双刀型ビームサーベルに左翼を斬り飛ばされてしまう。

 

 「この、悪趣味なモビルスーツなんかに!!」

 

 バランスを崩しながらもビームランチャーを放った。

 

 目標はあくまでもデスティニー型のモビルスーツ。

 

 こんな奴ではない。

 

 だが、敵機に直撃したビームは反射されシグーディバイドに向けて跳ね返ってきた。

 

 「なっ、反射された!?」

 

 あまりに予想外の事に反応が遅れてしまう。

 

 ビームがシグーディバイドの腕を消し飛ばし、大きく態勢が崩されてしまった。

 

 「ば、馬鹿な―――」

 

 彼女が最後に見たのはビームサーベルを振り上げた敵機の姿だった。

 

 最後の敵機から突き刺さったサーベルを払い、破壊を確認したシンはハァと息を吐く。

 

 「無事か、坊主!」

 

 アカツキからムウの気遣う声が聞こえてくる。

 

 「はい、俺は大丈夫です。それより、状況は?」

 

 アポカリプス、そしてメサイアから放たれた一撃でかなりの害が出ている筈。

 

 アスト達ならば無事だと思うが―――

 

 「ああ、こっちも手酷い被害を受けたが、今はアークエンジェルが残った戦力を纏めてる」

 

 どうやらアークエンジェルは無事だったようだ。

 

 「それから後方で情報を集めている部隊から連絡が入ってきた。とりあえず、各コロニーはすべて排除出来たらしい」

 

 同盟だけでなく、地球軍の方も上手くやったようだ。

 

 核を使わずに済んだ事にホッとする。

 

 結構な被害は出たが、コロニーの脅威はなくなった。

 

 なら後はあの巨大戦艦と要塞の方へ集中できる。

 

 「オーディン隊は敵を排除しつつ、こっちに向かってるそうだ」

 

 「アレン達は?」

 

 「そっちも結構な被害を受けたらしいが、ドミニオンを中心に再編成していると報告が入ってきている」

 

 どうやらアスト達も無事らしい。

 

 「では俺も」

 

 「ああ。囲まれる前にあの要塞を落とすぞ。もうすぐミネルバもくるらしいからな」

 

 「ミネルバが……」

 

 ミネルバもヴァルハラの戦闘をどうにか切り抜けたのだろう。

 

 ムウの話を聞いて安堵するも、すぐに気を引き締める。

 

 話だけなら同盟が何とか攻勢を凌いだように聞こえる。

 

 だが実際追い詰められているのはこちらの方だ。

 

 いかにコロニーを排除できても、敵戦力すべてを撃破できた訳ではない。

 

 物量は変わらず向うが上。

 

 コロニーに配置されていた部隊がメサイア方面に帰還し、背後から挟撃、囲まれてしまえば一溜まりもない。

 

 さらにザフトの主力は未だ無傷でメサイアに控えている筈である。

 

 セリスやジェイル達、そしてフォルトゥナの姿が確認できない事が良い証拠だろう。

 

 勝利する為にはそれらが全面に出てくる前にメサイアを落とすしかない。

 

 「じゃあ、行くぞ!」

 

 「はい!」

 

 シンはマユを追う為、アカツキを先導するように前へ出る。

 

 視線の先にはザフト機動要塞メサイアと巨大戦艦アポカリプス。

 

 そこはまさに死地に違いない。

 

 それでも退く事は出来ないと覚悟を決め、操縦桿を握り直した。

 

 

 

 

 高速で移動しながら繰り返される激突。

 

 速度に乗った斬撃が首を取らんとラルスの目の前を薙いでいく。

 

 しかし返す刀で振るわれた鎌が再び襲いかかった。

 

 「チッ」

 

 アスタロスの放った連撃を上昇して避けたものの、後ろにあった戦艦の残骸を容易く切断したその威力に舌打ちする。

 

 敵が振り抜いた鎌に視線を向ける。

 

 アンチビームシールドですら斬り裂くその威力はあまりに危険だ。

 

 直撃を受ければ撃墜は必至。

 

 「距離を取っても―――しかし、このまま戦うよりはマシか」

 

 敵の武装を見る限り、近接戦闘は圧倒的に不利。

 

 敵の土俵で戦えば、あっという間に追い詰められてしまうだろう。

 

 ならばたとえビームシールドを持っていようとも、距離を置いた方がまだ戦いようもある。

 

 ガンバレルを横にスライドさせ、内蔵されたミサイルを一斉に叩き込むと同時にビームライフルで狙撃した。

 

 しかしアスタロスはライフルの一射を事も無げに外装で弾き、次に腹部が発光する。

 

 「そんなものは通じない」

 

 発射されたサルガタナスが拡散し、ミサイルをすべて薙ぎ払う。

 

 爆煙に紛れ接近を試みようとしたデュルクであったが、背後からの一撃が襲いかかる。

 

 「ッ!? ドラグーンか……」

 

 アスタロスの背後には一基の砲台が回り込んでいた。

 

 さらに別方向からの何条もの狙撃が振り注ぐ。

 

 「なるほど、ミサイルはこの為にか。という事は距離を置いて戦う気か」

 

 大鎌ネビロスをよほど脅威と見たらしい。

 

 近接戦を不利と悟って、距離を取って戦うつもりなのだろう。

 

 パイロットはかなり冷静な人物らしい。

 

 「手強いな。だが、その程度では私は倒せない。舐めないで貰おうか!」

 

 機体を回転させながらドラグーンの射撃をかわし、一気にエレンシアに肉薄すると上段からネビロスを振り下ろす。

 

 「こいつも速い!」

 

 スウェンが相手にしている機体もかなりの速度を持っていたが、アスタロスもまったく見劣りしない。

 

 後退しながら繰り出される鎌の刃を流していくが、装甲を掠めるだけでも相当の衝撃が走る。

 

 「こう接近されてはドラグーンは使えないだろう」

 

 エレンシアは敵をどうにか引き離そうとライフルから持ち替えたビームサーベルで斬り上げる。

 

 しかしその瞬間、ラルスが目を見開いた。

 

 飛び退くように回避したアスタロスは持っていたネビロスの刃が消え、放出口が移動しこちらに向いた。

 

 「まさか!?」

 

 持ち前の直感で危機を感じ取ったラルスは咄嗟に機体を沈ませる。

 

 次の瞬間―――ネビロスから一条の閃光が発射された。

 

 「ぐっ!」

 

 一直線に進むビームが自機の肩部を抉り、バランスが崩されてしまった。

 

 しかし、この結果にデュルクは不満げに眉を顰める。

 

 今ので仕留めたと思ったのだが、それ以上に相手の反応の方が速かった。

 

 それだけの技量を持ったパイロットだという事だ。

 

 「やるな」

 

 「射撃兵装としても使えるのか……」

 

 本当に面倒な武器だ。

 

 咄嗟に反応しなければ今ので相当なダメージを受けていたかもしれない。

 

 しかも未だ腰には対艦刀と思われる武装も健在、腹部のビーム砲まである。

 

 これをどう攻略したものか―――

 

 そこでラルスの全身にとある感覚が駆け抜ける。

 

 同時に覚えがある存在が近づいてくるのが分かった。

 

 他人の助けを当然のように当てにするというのは本意ではないが、今回ばかりは助かった。

 

 口元を僅かにつり上げ、口を開いた。

 

 「ずいぶん待たせてくれるな」

 

 それはデュルクの方でもすぐに確認できた。

 

 この宙域に近づいてくる機体がある。

 

 しかも通常ではあり得ない速度で。

 

 瓦礫だらけのこの場所に異常なスピードで突っ込んでくるなど、正気の沙汰とは思えない。

 

 こんな事をする奴を自分は少なくとも一人しか知らない。

 

 「ようやく来たか――――ユリウス・ヴァリス」

 

 

 

 

 それはやはり異常としか言いようがなかった。

 

 前方を行く青紫のカラーリングの機体グロウ・ディザスターは惜しむ事無く速度を上げ、岩や瓦礫が散乱する中を事も無げに突破していく。

 

 それを追うシリウスのパイロット達は皆、目の前の光景に戦慄を覚えざる得ない。

 

 現在テタルトスに存在する量産機の中でシリウスは最上位に位置する機体である。

 

 いかに量産化に伴い、ユリウス用から若干性能を落としたとはいえ、その力は十分過ぎる。

 

 仮にザフトの量産機と比べても、単純なスペックで五分に張り合えるのはシグーディバイドくらいであろう。

 

 それを任せられ、特殊部隊に配属された彼らは全員一流のパイロット達である。

 

 そんな彼らにしてディザスターの動きはあり得ない。

 

 目一杯飛ばしているにも関わらず、すでに倍以上の速度で移動し、大きな差がつけられていた。

 

 そして後方から向ってくる本隊はさらに引き離されている。

 

 「流石、大佐だ」

 

 敵であったなら震えが止まらないほど恐ろしい存在だろう。

 

 しかし彼は味方、ならばこれほど頼もしいものはない。

 

 パイロット達は全員が気合いを入れるかの様に叫びを上げる。

 

 「ああ、俺達も大佐に続くぞ!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ディザスターに続くようにシリウスもまた瓦礫の中を突っ切っていった。

 

 それを尻目にユリウスは表情一つ変えず、直進していく。

 

 生憎部下達を待ってやる時間はない。

 

 ここに来るまでに確認した二度もの閃光。

 

 一度目はアポカリプスの主砲、そして二度目に放たれたものは―――

 

 「……ジェネシスとはな。やってくれる」

 

 アポカリプスが奪われた事も痛恨の極みだが、あんな切り札まで用意していたとは。

 

 アレが月に撃ち込まれないという保証はない。

 

 いや、プランに賛同しない者は容赦なく討つつもりだろう。

 

 「だが何時までも自分の思惑通りに事が運ぶと思うな、デュランダル」

 

 すべての障害を潜り抜けたディザスターの前に、ザフトと地球軍の戦闘が見えた。

 

 どうやら合流する前に発見されてしまったらしい。

 

 構わず戦場に突入するとビームサーベルを抜き、すれ違い様にグフを斬って捨てる。

 

 即座にビームライフルに持ち替え、動きの鈍った敵から容赦の欠片も無く撃ち落としていく。

 

 「な、何!?」

 

 「何であの機体がここに!?」

 

 彼らが驚愕するのも無理はない。

 

 月でディザスターに手酷くやられた事は記憶に新しい。

 

 なにより地球軍と戦っていた最中である。

 

 そこにテタルトスが来るなどと誰が想像できようか。

 

 しかも彼らは補給艦を守る為に後方に待機していた所謂予備部隊。

 

 元ザフト最強と言われた男に敵う道理はない。

 

 それを証明するかのように、大した抵抗も出来ぬまま次々と撃ち落とされていくザフト機にユリウスは自分でも知らない内にため息をついていた。

 

 「……本当にザフトの質は落ちたらしい」

 

 自分がかつて所属していたクルーゼ隊はエリートと呼ばれていたが、決して努力を怠っていた訳ではなかった。

 

 ユリウス自身が部下達と共に厳しい訓練を行い、常に上を目指していた(ちなみにクルーゼ隊では地獄の訓練として有名であり、それが行われるとなれば誰もが顔を青くしたとか)

 

 彼らが訓練を怠っているとは思わないが、それにしても甘いと感じるのだ。

 

 ある程度の敵を撃破し、ナスカ級を撃沈すると周囲の様子を確認する。

 

 残ったザフト機は大した数ではなく、後から駆けつけてくる部隊の方に任せておけば十分対応できる。

 

 残った敵を無視し、直感に従って移動する。

 

 視線の先では二機のモビルスーツが鎬を削っているのが見えた。

 

 一機は地球軍の機体、パイロットはラルス・フラガだ。

 

 そしてもう一機はザフトの新型機、動きから見てデュルクに間違いない。

 

 「さて、デュルク、望み通り相手をしてやる」

 

 速度を落とさないまま、ディザスターはアスタロスに斬りかかった。

 

 

 

 

 ザフトの警戒は最大限まで上がっていた。

 

 メサイア、そしてアポカリプス周辺では同盟と地球軍、テタルトス軍を迎撃の為にすでに部隊が出撃を済ませている。

 

 フォルトゥナの待機室で見ていたジェイルは迷いを抱えたまま、ラナと一緒にモニターを睨みつけていた。

 

 これで良いのかという疑問は未だ消えず、頭の隅で燻り続けている。

 

 しかし戦いとなれば別だ。

 

 いい加減に切り替えなければ、ラナを守る事すらできなくなってしまうかもしれない。

 

 「少しは休めたか、ジェイル?」

 

 「……ああ」

 

 セリスと共に部屋に入ってきたレイが声を掛けてくる。

 

 「分かっていると思うが、同盟がそこまで来ている。それに地球軍と―――テタルトスが現れたと報告が入ってきた」

 

 「テタルトスが?」

 

 彼らが来たという事は間もなくフォルトゥナも出撃になる。

 

 もう迷ってはいられない。

 

 余計な考えを追い出すように頭を振る。

 

 「それからもう一つ言っておく……ステラがやられたそうだ」

 

 「なっ、ステラが!?」

 

 彼女はヴィートと共に先に出撃し、コロニーに向かったと聞いている。

 

 しかし機体性能やその技量を考えるとそう簡単にやられるとは思えない。

 

 「一体どういう事だ!? 誰がやった!?」

 

 「やったのは―――地球軍、つまりはアオイ・ミナトだ」

 

 「アオイが……」

 

 アオイがステラを―――

 

 怒りや嫉妬。

 

 そしてやっぱりこうなったという諦観のような何とも言えない複雑な感情が胸中に湧きあがってくる。

 

 ≪私はお前の求めるものの代わりはできない≫

 

 結局あの言葉の意味も分からないままだ。

 

 結局、碌に話す事も出来なかった。

 

 「奴こそ絶対に倒さなくてはならない仇敵、議長が目指す世界の異物だ。ここで何としても排除するぞ」

 

 レイの決意にセリスは黙って頷き、ラナも異存はないのか何も言わない。

 

 「……分かってる」

 

 「大丈夫、ジェイル?」

 

 複雑な感情を吐き出すようにため息をついたジェイルを心配そうにのぞき込み、ラナは手を握ってきた。

 

 暖かい。

 

 ラナの手はジェイルの複雑な心情を溶かすかのような、不思議な温もりがあった。

 

 余計な事はもういい。

 

 この温もりを守るために戦う。

 

 誰が相手だろうとも。

 

 「もうすぐ出撃だ。全員機体で待機」

 

 「「「了解」」」

 

 レイやセリスが待機室を出ると手を握ってくれたラナに微笑み返した。

 

 「ラナ、ありがとう、もう大丈夫だ」

 

 「うん」

 

 「行こう。君は必ず俺が守る」

 

 ラナの手を握り、決意を新たにしたジェイルも皆の後を追って歩き出した。

 

 パイロットスーツを着込み、デスティニーのコックピットに乗り込む。

 

 すると近くに見た事も無い機体が佇んでいる事に気づいた。

 

 「あれって新型か?」

 

 そんな呟きを聞いていたのか、レイが教えてくれる。

 

 《そうだ。まだ若干調整が残っているらしいがな》

 

 「へぇ、でも誰が乗るんだ?」

 

 《そこまでは知らないが、任されるのは優秀なパイロットらしい》

 

 それまでには決着をつけると言いたい所だが、そこまで容易く倒せる相手ではない。

 

 それに手強いのはテタルトスだけではない。

 

 シンにアスト、そしてフリーダム。

 

 彼らも健在の筈だ。

 

 運ばれたデスティニーの前方のハッチが開く。

 

 気合を込め操縦桿を強く握り締めると、一瞬だけ目を閉じた。

 

 「……誰が来ようが、必ず。ジェイル・オールディス、デスティニー、出るぞ!」

 

 

 

 

 フォルトゥナが発進、各機が出撃したと報告を聞いたデュランダルは宙域図に方に視線を移す。

 

 現在メサイアの正面から同盟軍、右側面から奇襲を仕掛けてきた地球軍の一部とテタルトスの部隊が戦闘を行っている。

 

 現在殆ど想定した通りに事が運んでいた。

 

 ネオジェネシスとアポカリプスの主砲により、同盟に打撃を与え、地球軍には余力は残っていない。

 

 後はテタルトスの主力を排除すれば―――

 

 「これでチェックメイトか……いや」

 

 それではあまりに呆気ない。

 

 そこまで甘い相手ではない筈だ。

 

 ならば余計な横槍が入る前に、出来る限り敵戦力を排除する。

 

 「アポカリプス主砲の射線変更。目標テタルトス主力部隊!」

 

 「ハッ!」

 

 戦艦がスラスターを噴射させ、テタルトスの部隊がいる方へと向きを変えていく。

 

 「君は存在は邪魔だ。故に消えてもらおう―――ユリウス・ヴァリス」

 

 デュランダルが笑みを浮かべる。

 

 後は主砲が発射され瞬間を待てば良いだけ。

 

 だがその時、オペレーターが叫びを上げた。

 

 「レーダーに反応! 左側面から、急速に接近してくる物体、これはモビルスーツ、いやモビルアーマーか!?」

 

 「映像を出せ」

 

 「ハッ」

 

 表示されたのは二機のモビルスーツ。

 

 ノヴァエクィテスとエリシュオンである。

 

 二機は巨大補助兵装であるミーティアを装着し、凄まじいまでの速度でこちらに向かって来ていた。

 

 ここで逆方向からの奇襲とは。

 

 「……ヘレン、『スカージ』の準備は?」

 

 《完了しています》

 

 「出撃を。アレはこの為に用意した兵器なのだから」

 

 《了解》

 

 通信が切れたと同時にこの戦闘が開始されて初めて表情を変える。

 

 モニターから目を離さず、デュランダルは邪魔者を見るかのような鋭い視線で突撃してくる二機のガンダムを睨みつけていた。

 

 

 

 

 メサイア付近での戦闘が始まろうとしていた頃、アオイはガーティ・ルーの医務室でステラの様子を眺めていた。

 

 ベットの上で眠る彼女は穏やかに呼吸を繰り返している。

 

 「良かった、ステラ」

 

 簡易的な処置を施したものの、記憶に関しては目覚めるまでははっきりした事は言えないと医者から聞かされていた。

 

 しかしそんな事は二の次だ。

 

 此処に居て、そして生きているだけで十分だ。

 

 記憶がなくて覚えていなかったら、流石に少しさみしい。

 

 でも思い出はまた作れば良いだけなんだから。

 

 「……アオイ」

 

 「ステラ!?」

 

 いつの間にか目を覚ましたステラが微かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

 というか名前を呼んだという事は―――

 

 「俺の事が分かるのか?」

 

 「うん」

 

 記憶があった事に安堵すると微笑むステラの髪を優しく撫でる。

 

 「ごめん。助けるのが遅くなって」

 

 その所為でザフトに利用されてしまった挙げ句、自分達と戦う事になってしまった。

 

 悔しさで拳を強く握り締めるが、その上にステラが優しく手を置いた。

 

 「いいの。また会えたから」

 

 ステラの言葉に救われたような思いがした。

 

 彼女を助け出せて良かった。

 

 それで気が緩んでしまったのか、今までやスティングの事で思わず涙が零れそうになるがどうにか堪える。

 

 「どうしたの、アオイ?」

 

 「……何でもないんだ。ありがとう、ステラ」

 

 そこに甲高い音と共に通信が入ってくる。

 

 おそらく出撃準備が整ったのだろう。

 

 急いで通信に出ると案の定、格納庫からの呼び出しであった。

 

 「呼び出しだ。俺、行くよ」

 

 「……行ってらっしゃい」

 

 「うん」

 

 もう一度ステラの頭を撫でると、医務室を出た。

 

 床を蹴り、急いで格納庫に入ると準備の整ったアルカンシェルの姿が見えた。

 

 「アオイ、準備は出来てるぞ」

 

 「ありがとう」

 

 端末を持った整備兵から説明を受ける。

 

 アルカンシェルにはエクセリオンからW.S.システムを移植され、同時にOSにも手を加えた事でナチュラルにも操縦可能になった。

 

 リミッターの役目をしていた外部装甲は破損していた為に除去。

 

 代わりにプログラムを組み、パイロットの意思で通常時と最大出力時の切り替えができるようになっている。

 

 ここまでは事前に説明を受けた通りのようだ。

 

 そして武装にはエクセリオンの装備を持たせたらしい。

 

 扱えるように無理やり改修したらしいが、アオイとしては扱いなれている分、朗報であった。

 

 「後はW.S.システムが上手く補正してくれる筈だ」

 

 「分かった」

 

 機体に乗り込もうとしたアオイの下にルシアが近づいてくる。

 

 「大佐、もう少し休んでいた方が―――」

 

 あれだけの損傷を負ったのだ。

 

 ルシアの体にも相当の負担が掛かった筈である。

 

 「私は大丈夫よ。それより、無茶だけはしないように。いいわね、少尉」

 

 「はい、分かってますよ」

 

 ルシアの言葉に力強く頷くとアルカンシェルのコックピットに乗り込んだ。

 

 スイッチを入れて、OSを立ち上げるとカタパルトまで移動する。

 

 開いたハッチの向こう側では所々で戦いの光が点滅し、激しい戦闘が続いている。

 

 VPS装甲のスイッチを入れると、機体の色が鮮やかな白に染まった。

 

 この先ではさらに強い相手が待っている。

 

 そしてギルバート・デュランダルも。

 

 怯む事はない、いつも通りにやるだけだ。

 

 「アオイ・ミナト、ガンダム行きます!!」

 

 躊躇わず、力一杯フットペダルを踏み込んだ。

 

 体にかかるGに耐え、宇宙に飛び出すと一気に加速する。

 

 ここに生まれ変わった白いガンダムが戦場へと帰還した。




いつも通りおかしな部部は後日、加筆修正します。


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第60話  英雄集結

 

 

 

 

 

 出撃したデスティニーの姿を見届けたヘレンはフォルトゥナの指揮をしながら戦場の状況を確認する為、モニターを眺める。

 

 思った以上にテタルトスによって攻め込まれていた。

 

 数こそ多くはないものの、同盟や地球軍もそれに続くように攻勢に加わっているようだ。

 

 しばらく思案していたが、考えを纏めると通信機のスイッチを入れた。

 

 「強化型を何機かアポカリプス防衛に回しなさい。それから機体の準備は?」

 

 《はい、もうすぐ完了します》

 

 「そう。準備出来次第、出撃を」

 

 《了解》

 

 通信を切り、再び視線を正面に向ける。

 

 もうすぐだ。

 

 もうすぐ世界は変わる。

 

 そんな風に考えていると感傷的になってしまったのか、過去の情景が思い浮かんできた。

 

 

 

 

 ヘレン・ラウニスの両親は生粋の研究者であった。

 

 何かにつけ研究ばかりで、碌に構ってもらった記憶も無い。

 

 それは両親に自分に対する愛情など欠片もなかったという事。

 

 幼い頃はそれも分からないままで、少しでも両親の気を引こうと幼い頃から研究書などを読み、研究所にも通ったりしたものだ。

 

 それも結局は無駄であったのだが。

 

 ともかく愛情を受ける事無く育ってきた彼女ではあったが、だからこそ大切なものはあった。

 

 それが血の繋がった弟だ。

 

 両親とのつながりが限りなく希薄であった事も要因だったのだろう。

 

 彼の存在が彼女にとって救いであり、すべてだった。

 

 穏やかで人当たりも良く、自慢の弟ではあったが、そんな彼にも一つだけ欠点があった。

 

 弟はコーディネイターとしては明らかに能力不足。

 

 つまりは欠陥を持って生まれており、その影響で体も強いとはいえず、命も危ういほどだった。

 

 その所為で周りからは事あるごとに蔑まれていた。

 

 だからヘレンはその体だけでもどうにかしてやりたいと親と同じく研究者としての道を選び、研究に没頭していった。

 

 その頃にデュランダルと出会ったのだ。

 

 とはいえ当時は顔見知り程度の関係であったのだが。

 

 

 しかし思えばそれが間違いの始まりであったのだろう。

 

 

 研究に没頭しながらも彼を気にかけていたが、徐々に弟と過ごす時間も減っていき、いつの間にか連絡が途絶えてしまったのである。

 

 連絡の取れなくなった彼を必死に探し―――そして見つけた。

 

 弟がいたのは、殆ど交流した事も無い両親が所属している研究施設。

 

 

 そこで見たのは動かない死体となった弟の姿だった。

 

 

 一体何が起きたのか分からなかった。

 

 何故、弟は死んでいる?

 

 確かに命の危険はあったが、安静にしていれば問題ない処置はされていたはずだ。

 

 呆然とするヘレンに事実だけを述べてくるのは、両親。

 

 ここに連れて来たのは自分達で、彼には研究に協力してもらっただけ。

 

 その間に容体が急変し、息を引き取ったのだと。

 

 この施設で行われていたのはコーディネイターの問題を解決する為の研究であり、出生率の低下に歯止めをかける為のもの。

 

 以前からプラントでは出生率の低下が深刻な問題となっていた。

 

 それをどうにかする為の様々な研究が行われている施設の一つがこの場所であった。

 

 両親から聞かされたのは、自分も弟もその実験結果を反映して生まれたのであり、両親の研究成果であるという事。

 

 つまり弟の体の異常は人為的なものであったのだと。

 

 ヘレンの努力も弟の苦痛もすべては彼らが今後に反映させるデータ。

 

 こんなバカな話はない。

 

 もっとあったはずだ。

 

 弟が幸せに生きられた道が。

 

 こんな不当な生き方があって堪るものか。

 

 だが憤るヘレンに両親は言い放った。

 

 「プラント、コーディネイターの未来の礎になれたのだ。光栄だろう?」

 

 その瞬間―――ヘレンに心に罅が入った。

 

 なんだそれは。

 

 なんなんだそれは!!

 

 それからの事は良く覚えていない。

 

 ただこれだけは確かだった。

 

 あの時自分は壊れてしまった。

 

 すべてがどうでも良くなり、世界は色を無くし、何もかも無価値に見えた。

 

 そんな時、声を掛けてきたのがデュランダルだ。

 

 「世界を変える為に君の力を貸して欲しい」と。

 

 最初は無視していた。

 

 くだらない世迷い事になど付き合ってはいられないと。

 

 だが何度断ってもしつこく、そして真剣に話をしてくるデュランダルに徐々に耳を傾け、傾倒していった。

 

 そもそも自分達をこんな形で産み落としたこの世界が間違っているのだと。 

 

 そして決めた。

 

 こんな世界を変えようと。

 

 弟が幸せに生きられた道を見つけるのだと。

 

 それからは積極的にデュランダルに協力、同じ目的を持つ同士となり此処まできたのだ。

 

 

 

 

 《艦長、調整が完了しました》

 

 一瞬、過去に浸っていたヘレンの意識を戻すように格納庫から通信が入ってくる。

 

 準備が整ったらしい。

 

 「出しなさい」

 

 《ハッ!》

 

 フォルトゥナのハッチが開くと一機のモビルスーツが飛び出してくる。

 

 肩から伸びる羽根のような装甲をつけた機体が戦場に向かっていく。

 

 それをヘレンは表情を変える事無く、ただ淡々と戦場を見つめていた。

 

 

 

 

 

 激化する戦場を白いモビルスーツ、アルカンシェルが駆け抜けていた。

 

 スラスターを噴射し上下左右に動きながら、何かを確かめるように移動している。

 

 コックピットに座るアオイは、各部チッェックと機体の挙動を確認していた。

 

 何と言っても初めて乗った機体である。

 

 本当ならある程度時間を掛けて調整を行いたいのだが、今回は時間が無い。

 

 だからこうして動かしながら状態を確認しているという訳だ。

 

 「うん、大丈夫みたいだな」

 

 W.S.システムのおかげなのか、前からずっと操縦していたかのように違和感もない。

 

 若干、コックピット周りが違う所為か、戸惑いはあるがそれもすぐに慣れるだろう。

 

 多少無茶な事も試そうとフットペダルを強く踏み込み、体に掛かるGを無視して、複雑な軌道を描きながら加速した。

 

 「ぐっ、操作には何の問題も無い、いける!」

 

 強烈なGを噛み殺し、操縦桿を正確に操作する。

 

 邪魔な障害物を軽々と避けつつ順調に進んでいると、正面にザフトの部隊が見えた。

 

 方向から言って彼らもメサイアに向っている。

 

 それを確認したアオイは緊張をほぐすように息を吐き出す。

 

 機体を慣らすには丁度良い相手だ。

 

 「ただでさえこっちが不利なんだ。少しでも敵戦力を削っておいた方が良い」

 

 敵部隊の排除を決断するとライフルを構えて突撃する。

 

 そんな接近してくる機体に気がついたのか、ザフトの部隊が慌てたように警戒する。

 

 「なっ、アルカンシェルか?」

 

 「待て、色が違う!?」

 

 自分達の知っているアルカンシェルの色は黒。

 

 外部装甲も無く、装備している武装も違う。

 

 となれば答えは一つ。

 

 「敵か! 攻撃開始!!」

 

 状況からそう判断したザフトの隊長は即座に命令を出し、攻撃を開始する。

 

 「流石に甘くないか!」

 

 アオイはオルトロスの砲撃を避けながら舌を巻く。

 

 あのまま動揺してくれればいいものを。

 

 どうやら戦場で棒立ちになるような間抜けではないらしい。

 

 「なら、こっちだって!!」

 

 スレイヤーウイップを潜り抜け、接近してきたグフの胴体を撃ち抜くと持ち替えたビームサーベルをザク目掛けて振り抜いた。

 

 光の刃が敵機の胴を容易く斬り裂き、続けざまに放ったビームガンがイフリートの頭部を吹き飛ばした。

 

 当然、敵も応戦してくる。

 

 ビーム突撃銃やオルトロスが火を吹き、動き回るアルカンシェルを狙い撃つ。

 

 しかし襲いかかる砲撃を前にしてもアオイの表情は変わらない。

 

 何の淀みも無く機体を動かし、あっさりと回避して見せた。

 

 「くそ、速いぞ!」

 

 「捉えられない!?」

 

 「怯むな、囲め!」

 

 高速で動くアルカンシェルを捉えようと武器を構え、イフリートを中心に四方から襲いかかる。

 

 だがそれは甘かった。

 

 普通の相手ならともかく、アオイにとっては一網打尽にできる絶好の機会だったのだから。

 

 「これで!」

 

 背中に装着されているスラスター兼用ミサイルポッドからミサイルを一斉に発射。

 

 その隙に両手で構えたアンヘルを外側に向けて撃ち出した。

 

 ミサイルによって陣形を崩された敵モビルスーツに追い討ちを掛けるように襲いかかる強力なビーム砲がすべてを消し飛ばした。

 

 爆発と共に周囲を視線を走らせ、計器を確認する。

 

 「どうやら全部撃破出来たみたいだな」

 

 しかし思った以上にザフトは部隊を展開しているようだ。

 

 コロニー防衛に回っていた戦力が次々とメサイアに向かっていくのが見える。

 

 「アレがすべて集結したら」

 

 何にしても時間との勝負だ。

 

 後手に回ればこちらに勝ち目はない。

 

 「ん、あれは?」

 

 視線を向けた先にはザフトの部隊以外にも動いている者達の姿が見えた。

 

 同盟軍と思われる部隊である。

 

 その中に見覚えのある形状の戦艦がいた。黒い外装を身に纏っているが間違いない。

 

 「ミネルバか」

 

 かつて自分達の敵として相対した戦艦だ。

 

 噂では沈んだと聞いていたのだが無事だったらしい。

 

 別方向からはアークエンジェルや同盟の戦艦も近づいて来ているようだ。

 

 「同盟も動いてるみたいだ。こっちも急がないと!」

 

 アオイもまたメサイア方面に向って動き出した。

 

 

 

 

 ユリウス・ヴァリス。

 

 それはデュルクにとって目指すべき場所に立っていた壁のような男であった。

 

 その技量は圧倒的で、模擬戦では勝てた事は無い。

 

 だからと言って憎んだことはない。

 

 無論、悔しさはあったが、越えるべき目標として尊敬の念さえ抱いている。

 

 「だが何時までも後塵を拝するつもりはない」

 

 その為にこれまで訓練と実戦を積み重ねてきたのだから。

 

 鍔迫合っていたエレンシアを突き飛ばし、一気に懐に飛び込んできたグロウ・ディザスターの一撃を受け流す。

 

 そして返す刀でネビロスを下から振り上げた。

 

 しかし放った一撃を余裕すら感じさせる動きで捌いて見せたユリウスは苛烈な連撃を繰り出してくる。

 

 「流石、デュルクだ。良い攻撃だ」

 

 「余裕で捌いておいて良く言う」

 

 ディザスターの凄まじい速さで繰り出される刃を受ける度に光が弾ける。

 

 「速い!」

 

 動きだけでなく、攻撃を繰り出す速度やこちらの攻撃に対する反応も速い。

 

 しかも以前よりも動きが鋭い。

 

 高速で動き、刃を振るって激突する二機。

 

 「これが本気と言う訳か」

 

 「どうかな」

 

 斬撃を回避したユリウスは逆に蹴りを放ち、アスタロスをエレンシアから引き離すとラルスに通信を繋いだ。

 

 「此処は私が抑えてやる。さっさと行け」

 

 ラルスは表情を変えず、ユリウスを複雑な心境で見つめる。

 

 この男もまた自分と同じ血を―――

 

 月で会った少年といい、全く何の因果なのか。

 

 「……此処を頼む」

 

 一言だけ告げると、メサイアの方へ反転する。

 

 「ッ!? 行かせると思うか!」

 

 あくまでも自分はザフトの軍人。

 

 黙って敵を行かせる訳にはいかない。

 

 アガリアレプトからビームブーメランを引き抜くとエレンシアに向け投げつけた。

 

 投擲された刃が目標目掛けて迫っていく。

 

 しかしそれをさせるユリウスではない。

 

 ビームブーメランに狙いをつけ、腹部から放たれたアドラメレクが消し飛ばし、クラレントⅡを抜き放つ。

 

 「お前の相手は私だと言った筈だが!」

 

 「くっ!」

 

 袈裟懸けに叩きつけられた対艦刀を迎え撃つ為にデュルクもまたネビロスを振り上げる。

 

 二機は激しい攻防を続けながら、徐々に戦場を移動していった。

 

 

 

 

 アポカリプスとメサイア。

 

 これらを守る防衛隊が所狭しと展開している宙域をミーティアを装備したノヴァエクィテスとエリシュオンが駆け抜けていく。

 

 「セレネ!」

 

 「はい!」

 

 二機が同時に射撃体勢に入り、一斉に放たれた砲撃が容赦なく敵部隊に襲いかかった。

 

 ミサイルやビームが立ちふさがる者達をすべて薙ぎ払い、大きな閃光の華が無数に作られる。

 

 無論、敵も黙っている訳ではない。

 

 次の瞬間、反撃の砲撃が飛び交ってくる。

 

 しかしそれは思った以上に少なかった。

 

 「どうやら大佐の陽動が上手くいっているみたいだな」

 

 「ええ、今の内に一気に行きましょう」

 

 「ああ!」

 

 敵がこちらに対して警戒が散漫なのはユリウス達、別動隊が上手くやっている証拠だ。

 

 彼がしくじる事はまずあるまい。

 

 前大戦からつき従ってきたが故の絶対的な信頼でそう確信しているアレックスは自身の役目に集中する。

 

 ミーティアの圧倒的な火力を前に成す術無いまま防衛部隊は蹂躙された。

 

 そこに出来た敵部隊の穴を狙いピンク色の戦艦エターナルが部隊を率い、二機を後を追随していく。

 

 「対モビルスーツ戦闘用意、モビルスーツ隊を出せ! このまま行くぞ!」

 

 「はい!」

 

 バルトフェルドの指示を聞き、控えていたモビルスーツがミーティアの砲撃から逃れた敵目掛けて攻撃を仕掛ける。

 

 バーストコンバットを装着したフローレスダガーの援護を受けたジンⅡが敵陣に突っ込んだ。

 

 その後ろに控えていたシリウスがエレメンタルを射出する。

 

 放たれた一撃が敵を撃破するとさらに素早く移動した砲口が次の敵を狙う。

 

 「くそ!」

 

 「全機、避け―――ぐああああ!!」

 

 有線とはいえエレメンタルの動きは簡単には見切れない。

 

 ドラグーンに比べて範囲が狭いが、敵のとってはそれでも十分すぎるほどの脅威だ。

 

 その証拠に碌に回避運動も取れないまま撃墜されていく。

 

 「良し、このまま!」

 

 味方の奮戦を横目で見ながらアレックスは正面に立塞がるナスカ級をビームソードで叩き斬るとミサイルで敵モビルスーツを吹き飛ばす。

 

 だがその時、正面からアレックス達に向け、強力なビームが放たれた。

 

 「何!?」

 

 「くっ!?」

 

 危機を察知したアレックスとセレネは上昇して、ビームの一撃をやり過ごす。

 

 そんな二人を待ち受けていたかの様に動き回るドラグーンの攻撃に晒された。

 

 四方からのビームの嵐に二機の進路が阻まれてしまう。

 

 「あれはモビルアーマーか!」

 

 アレックスが視線を向けた先にいたのはウラノス攻略戦で投入された地球軍の大型モビルアーマー『スカージ』であった。

 

 ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスによって撃墜寸前にまで追い込まれたが、ザフトによって回収、強化されている。

 

 形状や武装に大きな変化はないが細部が変更されI.S.システムも搭載。

 

 同時に陽電子リフレクタービットが装備された事によって防御面も強化された。

 

 パイロットである№Ⅵはミーティアを装着したノヴァエクィテスとエリシュオンに視線を向けると静かに呟く。

 

 「……目標を確認、排除します」

 

 砲門を開き、一斉に対艦ミサイルを発射すると同時に中型ドラグーンを操作する。

 

 高速で動き回る砲台が容赦なくミーティアを削っていく。

 

 その動きはウラノスで見せたものよりも遥かに洗練されており、非常に高い精度を誇っていた。

 

 「くそ、お前に構っている暇など!!」

 

 アレックスは毒づきながら、ミーティアの推力でドラグーンの攻撃を振り切った。

 

 しかし展開されたドラグーンの数は非常に多い。

 

 これだけの数をコントロールするとはパイロットはかなり優れた技量を持っているようだ。

 

 「数が多い!?」

 

 エリシュオンがイシュタルで狙撃し、幾つかの砲台を叩き落とす。

 

 だがそれも焼け石に水だ。

 

 すぐに別のドラグーンによって進路を阻まれてしまった。

 

 さらに他の敵部隊も未だに健在。

 

 このままでは進軍速度が極端に遅れる。

 

 味方の部隊もスカージの強力な一撃を食らえば一溜まりも無いだろう。

 

 ならばミーティアをパージしスカージを倒してしまった方が後々リスクも少なくなる。

 

 「時間がないというのに!」

 

 別動隊が引きつけていられるのも、そう長くはない。

 

 出来るだけ早くアポカリプスに辿り着かねばならないのだ。

 

 だからミーティアを切り離すのは早すぎる。

 

 現状の歯噛みしながら打開策を練っていたアレックスは身を強張らせた。

 

 スカージの機首が上下に開き、砲口が顔を出す。

 

 「不味い!!」

 

 「アレックス!!」

 

 セレネの叫びと同時に撃ち込まれたスーパースキュラの一撃がノヴァエクィテスに迫る。

 

 避ける訳にはいかない。

 

 避ければ背後に控えている味方が巻き込まれてしまうからだ。

 

 残る選択肢は防御のみ。

 

 ミーティアを切り離し、シールドを開こうとした瞬間―――別方向からモビルスーツが射線上へと割り込んできた。

 

 ノヴァエクィテスの前には背中の装備こそ違うものの、宿敵が乗っていた機体が佇んでいた。

 

 「あれはアスト・サガミが搭乗していた……」

 

 ビームシールドでスーパースキュラを防いだのはシークェルエクリプス。

 

 サーベラスを跳ね上げ、スカージを引き離しエッケザックスを構え斬りかかる。

 

 あのパイロットもかなりの腕前らしいが、動きで分かる。

 

 今あの機体に乗っているのは奴ではない。

 

 そこで気がついた。

 

 黒い外装に包まれた戦艦とイズモ級、そしてナスカ級数隻の姿が見えた。

 

 「……同盟軍とナスカ級。話に聞いていたザフトの部隊か」

 

 彼らもこの機を逃すまいと一気に戦力を投入して来たようだ。

 

 そして三機のイフリートと同盟軍機が近づいてくる。

 

 それを見たアレックスは思わず口元に笑みを浮かべた。

 

 「貴様、なに―――」

 

 「よう、アレックス!」

 

 「無事ですか?」

 

 「お久ぶりです、先輩!」

 

 「貴様ら、割り込んでくるな!」

 

 「イザーク、ディアッカ、ニコル、エリアス」

 

 やはり思った通り。

 

 近づいてきたのはかつてクルーゼ隊で共に戦った仲間達であった。

 

 色々言いあいながらも、全く隙を見せず見事な連携を組み、敵を迎撃しているのは流石である。

 

 「まさかイザークまで来るなんてな」

 

 「ふん、こちらも放っておけなかったんでな。ヴァルハラはトールやフレイに任せて、ミネルバと一緒にイザナギでこっちに来たんだ」

 

 コロニーすべての無力化を確認したザフトは呆気ないくらい引き際が良かった。

 

 これが単なる撤退であれば良かったのだが、生憎そこまで単純ではない。

 

 現場からの連絡を受け、アポカリプス主砲で打撃を与えた同盟の部隊を挟撃する為の撤退であると判明したのだ。

 

 放っておけば全滅しかねないと判断した上層部の判断で防衛力は残しつつ、ミネルバと共に僅かでも戦力を送る事にしたのである。

 

 「アレックスのお友達ですか?」

 

 「ああ」

 

 そういえばセレネはイザークの事はオーブでの戦いで知っているが他のメンバーについては何も知らない。

 

 ザフトにいた頃の話は彼女の過去もあってあまり話さないようにしていたからだ。

 

 「おいおい、誰だよ。その可愛い子は?」

 

 セレネに案の定食い付いてきたディアッカに嘆息する。

 

 こういう所も変わってないらしい。

 

 「ディアッカ先輩、変な所に反応しないでくださいよ」

 

 「いい加減にしろ!」

 

 「別に何もしてねーだろ! たく、それよりも行くとこあるんだろ?」

 

 ディアッカとエリアスのイフリートがビームライフルで牽制、その隙にイザークとニコルの二人が敵に向かって斬り込んでいく。

 

 「こちらは僕達に任せて!」

 

 「行ってください!」

 

 四機の連携で周囲の敵が排除され、道が開ける。

 

 スカージの事は気にかかるが、進むなら今しかない。

 

 「済まない」

 

 「ふん、さっさと行け」

 

 「これが終わったら一度月に来てくれ。……前にユリウス大佐が、久しぶりに皆に会ったら訓練をつけてやると言っていたぞ」

 

 それを聞いた全員が顔を青くし眉を顰めると、声を揃えて返事をした。

 

 「「やめておく」」

 

 「「遠慮しておきます」」

 

 予想通りの返答にセレネと共に笑みを浮かべるとその場は彼らに任せアポカリプスに向けて移動を開始した。

 

 

 

 

 ミーティアによる奇襲を受け、ザフトの戦線は混乱の極みにあった。

 

 攻撃を仕掛けてきたノヴァエクィテスとエリシュオン、テタルトスのモビルスーツ。

 

 それに加えメサイアを落とさんと迫ってくる同盟軍と地球軍の攻勢によって完全に浮足立っていたのである。

 

 「これ以上敵をメサイアに近づけるな!!」

 

 「了解!!」

 

 指揮官の叱咤に答えるように先方にいたザクが突っ込んでくるリゲルに負けじとビームトマホークで応戦する。

 

 しかし、横から回り込んでいたバイアランのビームサーベルで腕を真っ二つに斬り裂かれた。

 

 その隙に接近したリゲルのメガビームランチャーによって指揮官機のイフリートが撃破されてしまう。

 

 「た、隊長!?」

 

 「くそォォ!!」

 

 「やられてたまるか!」

 

 自分を奮い立たせ、乗機であるグフを操り、リゲルに攻撃を仕掛けるが逆に腕部を破壊されてしまった。

 

 体勢を崩され、もはやどうしようもない。

 

 一秒先の未来は死だ。

 

 色々な事が脳裏を駆け抜け、パイロットは恐怖を抑える為に目をつぶった。

 

 しかし次の瞬間、破壊されていたのはグフではなく、優勢であったリゲルだった。

 

 飛んできたブーメランによって腕を斬り飛ばされ、ビームでコックピットを破壊され爆散する。

 

 「あ、あれは!?」

 

 グフのパイロットが見たのは赤い翼を持った機体デスティニー。

 

 自分達にとっての救いの神であり、自軍のエース達の姿だった。

 

 「レイ、セリス、ラナ、まずあれからやるぞ!!」

 

 「ああ!」

 

 「「了解」」

 

 戦場に到着したジェイルはまず味方の部隊を追い詰めている連中を排除する為、動き出した。

 

 レジェンドのドラグーンが射出されると同時にデスティニーが、一気に加速。

 

 アロンダイトで敵機を斬り払う。

 

 その一太刀がフローレスダガーを容易く斬り裂き、続け様に叩きつけた一撃がジンⅡを撃破する。

 

 さらにザルヴァートルが飛行形態に変形しそのスピードで敵を撹乱。

 

 ラナのシグーディバイドが斬り込んでいく。

 

 「はああああ!!」

 

 バイアランのビーム砲を潜り抜け、袈裟懸けに振るった一撃で腕を切り裂きドラグーンによって撃破された。

 

 四機の巧みな連携攻撃に手も足も出ず。

 

 あっさり形勢は覆り劣勢から盛り返す事に成功する。

 

 順調に敵を屠っていくジェイルだったが、目の端で何かが移動しているのに気がついた。

 

 「あいつらは!!」

 

 高速で巨大戦艦の方へ向かう二機のモビルスーツ。

 

 奇襲を仕掛けてきたノヴァエクィテスとエリシュオンだ。

 

 アレの圧倒的な火力によって味方は甚大な被害を受けてしまった。

 

 奴らを止めない事には被害が大きくなる一方だろう。

 

 ジェイルは憤りで操縦桿を強く握りながら、睨みつける。

 

 「これ以上やらせるか!!」

 

 それにいい機会だ。

 

 アレには月での借りがある。

 

 「ここで倒してやる!!」

 

 アロンダイトを構え、ノヴァエクィテスを仕留めようと突撃した。

 

 「はあああああ!!!!」

 

 「ッ!? 月にいたザフトのエースか!!」

 

 凄まじい速度で突っ込んで来たデスティニーにアレックスは対艦ミサイルを叩き込む。

 

 しかしCIWSで撃墜されると爆煙の中を突っ切るように肉薄してきた敵機の刃が上段から振り下ろされた。

 

 アロンダイトの斬撃がミーティアの右側ウェポンアームが破壊されてしまう。

 

 「くっ!?」

 

 破壊されたウェポンアームの爆発に巻き込まれる前に投棄。

 

 反撃にビームライフルを撃ち出した。

 

 「そんなものに!!」

 

 ビームを避けたジェイルは再びアロンダイトを振り上げ、側面のビーム砲を斬り裂いた。

 

 「ぐぅ! この!」

 

 さらなる連撃に移ろうとしている敵から逃れようとアレックスはフットペダルを踏みこんで、正面に飛び出した。

 

 しかしデスティニーは残像を伴い、ノヴァエクィテスを追って加速する。

 

 「速い!?」

 

 「そんなもの着けたままで、デスティニーと戦えると思ってるのかよ!! 月での借り、ここで返させてもらう!!!」

 

 追撃してくる敵の斬撃がミーティアに襲いかかり、次々と深い傷を残していく。

 

 ミーティアを装着した状態ではあの機体に対抗できない。

 

 もう少し距離はあるが、此処が限界だ。

 

 「仕方ない!」

 

 コンソールを操作しミーティアを分離させると、横薙ぎに払われた対艦刀をシールドで受け止めセレネの方へ視線を向ける。

 

 エリシュオンもまたドラグーンの攻撃に晒されている。

 

 数こそ先程のスカージよりも遥かに少ないが、精度は明らかに上だった。

 

 彼女もまた不利と判断したのだろう。

 

 ミーティアを分離させ、特徴的なバックパックを背負った機体と斬り結んでいく。

 

 アレックスはその機体に見覚えがあった。

 

 「あの機体は……」

 

 かつての上官が搭乗していた機体とよく似ている。

 

 発展型だろうか。

 

 だが似ているのは機体だけではなく、動きもだ。

 

 相対したから良く分かる。

 

 だとしたらアレもまた強敵に違いない。

 

 さらにその間に接近してきたシグーディバイドがエリシュオンに襲いかかる。

 

 「セレネ!?」

 

 いかに彼女でもあの二機を同時に相手にしては―――

 

 デスティニーを突き放し、エリシュオンの援護に向かおうとするが、今度はザルヴァートルが背後から斬りかかってきた。

 

 「くっ!?」

 

 ロングビームサーベルが袈裟懸けに振るわれ、ノヴァエクィテスの装甲を掠めて傷を作る。

 

 「落ちろ!!」

 

 「邪魔だ!」

 

 こちらも負けじと振るう剣撃が弾け、閃光が散った。

 

 強い。

 

 それは月で戦った時から分かっていたが、これでは突破するにも時間が掛かり過ぎる。

 

 四機の猛攻を捌くノヴァエクィテスとエリシュオン。

 

 エース同士の激闘。

 

 他の部隊の者達は一人近づけない。

 

 踏み入ればそこで終わりだと理解していたからだ。

 

 

 まさに死地。

 

 

 だが―――そんな場所に迫ってくるモビルスーツがいた。

 

 

 「セリス!!!!」

 

 

 「えっ?」

 

 

 もう一つの運命の名を持つ機体―――

 

 リヴォルトデスティニーが驚異的な速度を持って突撃してきた。

 

 虚を突かれる形となったセリスはリヴォルトデスティニーの体当たりをまともに受け、突き飛ばされてしまう。

 

 「シンか!」

 

 「くっ―――これは!?」

 

 エリシュオンに攻撃を仕掛けていたレイに駆け抜ける感覚。

 

 同時に別方向から放たれたビームにレジェンドは直前で回避運動を取ると砲撃の先に目を向ける。

 

 「あれはイノセントか!」

 

 そこにはヴィルトビームキャノンを構えたクルセイドイノセントがいた。

 

 バルムンクを抜きレジェンドに向け斬り込んでいく。

 

 「チッ、アスト・サガミ!!」

 

 「レイ―――ッ!?」

 

 ジェイルは斬り結ぶレジェンドの援護に向かう間もなく、もう一機の乱入者に気がついた。

 

 黒い装甲を身にまとうその姿は噂に聞いたコードネーム『レイヴン』の特徴を色濃く持ったモビルスーツだ。

 

 しかしたった一点だけ、違うところがあった。

 

 忘れる筈もない、脳裏に焼きついた―――蒼き翼。

 

 

 「フリーダム!!」

 

 

 ジェイルは剣を掲げて突撃する。

 

 それに応える様に光刃を両手に構え、迎え撃つストライクフリーダム。

 

 蒼き翼と紅き翼がすれ違い刃が軌跡を描いて交錯した。




すいません、遅くなりました。体調崩して寝込んでました。

調子が悪い中で書いたのでおかしなところがあるかもしれません。

後日加筆修正します。


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第61話  アストとシオン

 

 

 

 

 

 戦いは配置されたコロニーから機動要塞メサイアにまで移動し、激しい戦いが繰り広げられていた。

 

そして同じ宙域にその存在感を誇示している巨大戦艦アポカリプスにもテタルトス軍が攻勢をかけ、奪還すべく攻防を繰り広げている。

 

さらに少数とはいえ隙を突く形で同盟軍、地球軍がメサイア方面に進撃していた。

 

 その一画。

 

 最も激しい戦いが繰り広げられている場所ではエース同士の激闘が開始されていた。

 

 ザルヴァートルを目の前にしたシンはようやく訪れたこの機会を逃すまいと必死に声を張り上げる。

 

 「セリス、そのモビルスーツから降りてくれ!!」

 

 「うるさい、黙れェェ!!」

 

 リヴォルトデスティニーに振るわれた斬撃がシールドに阻まれ、光を散らす。

 

 こちらの声は全く届いていない。

 

 苛烈なまでに繰り出される攻撃には迷いはなく、明確な殺意が込められていた。

 

 「くそ、やっぱりアレンの言った通り、機体を破壊するしかないか!」

 

 もちろん危険はある。

 

 セリスの実力は折り紙つきだ。

 

 セリスを殺さないように機体だけを破壊するというのは、ただ倒すよりも難易度が高かった。

 

 だがそれでも引く気などない。

 

 必ず取り戻すと決めたのだから。

 

 歯を食いしばり、ロングビームサーベルを押し返すとコールブランドを抜き、ザルヴァートルに向っていった。

 

 

 

 

 少し離れた場所ではレジェンドとイノセントが互いを穿たんと砲撃を撃ちあっていた。

 

 背中から放出されたドラグーンがクルセイドイノセントに四方からビームを撃ちかける。

 

 「レイ!!」

 

 「ギルを裏切った貴方を許す訳にはいかない、アスト・サガミ!!」

 

 彼からしたらアストは当然許せないだろう事は理解できる。

 

 だからといってやられるつもりは全くない。

 

 舌打ちしながら背後の砲台をワイバーンで斬り飛ばすと、レジェンド目掛けてバルムンクを叩きつける。

 

 斬艦刀が弾かれ、機体が入れ替わる様にすれ違い、同時に放ったビームライフルがお互いを抉っていく。

 

 流石はレイだ。

 

 ドラグーン操作も機体の動きも鋭く正確である。

 

 持前の反応速度でビームを回避したアストはビームガトリング砲と対艦ミサイルを叩き込み、弾を撃ち尽くしたミサイルポッドを切り離す。

 

 そして爆煙によってレイの視界を塞ぐと再び斬艦刀による接近戦を挑んだ。

 

 バルムンクの一撃を回避しながら、レジェンドもまたビームジャベリンを構え、斬りかかる。

 

 刃を交える二機。

 

 その傍でも同じくエース同士の対決が行われていた。

 

 デスティニーとストライクフリーダムである。

 

 両機共にその特徴的な翼を広げ、高速で動きながら激突している。

 

 「はああああ!!!」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた一撃がストライクフリーダムに襲いかかった。

 

 鋭い斬撃が黒い装甲を掠め、傷を作り出す。

 

 「ッ、なんて一撃だ。しかも動きが素早い」

 

 光学残像による幻惑の為か、相手の動きが非常に捉えづらい。

 

 そんなデスティニーをビームライフルで牽制しながら側面に回り、レール砲で吹き飛ばしたキラは相手の技量や機体性能に舌を巻く。

 

 「強い!」

 

 マユやシンの話を聞いていたけれど、直接相対するとやはり違う。

 

 油断すれば即座に斬り裂かれてしまうだろう。

 

 敵に対する警戒レベルを引き上げ、持ち替えたビームサーベルを袈裟懸けに振り抜いた。

 

 「チッ!!」

 

 迫るサーベルをシールドで受け止めたジェイルは怒りを込め黒い装甲を纏うフリーダムを睨みつける。

 

 宿敵である奴とは違うらしいが手強い事に変わりがない。

 

 いや、この一連の攻防から察するに奴よりも強い。

 

 「だからって!! 負ける気なんてないんだよ!!」

 

 フリーダムの連撃を捌き、再び斬りかかろうとしたジェイルだったが、直前に背後からの攻撃に気づき機体を捻る様に横へと逃れる。

 

 次の瞬間、デスティニーのいた空間を何条ものビームが薙ぎ払っていく。

 

 デスティニーの周囲にはノヴァエクィテスから射出されたドラグーンがこちらに狙いをつけ飛び回っていた。

 

 月でも実感したが通常のものよりも大きい分、動きは見切りやすいが火力がある。

 

 これ以上邪魔されても面倒だとビームライフルを構えて狙撃した。

 

 しかし―――

 

 「なっ!?」

 

 撃ち込んだビームはドラグーンが展開したビームシールドによって何のダメージも与えられないまま、弾かれてしまった。

 

 おそらくあれはベルゼビュートのビームクロウと同種のものだろう。

 

 しかもビームシールドとなれば遠距離からの攻撃では破壊は出来ない。

 

 「面倒な!」

 

 毒づきながらノヴァエクィテスを牽制、懐に飛び込んできたフリーダムの剣撃を止めながらフラッシュエッジを叩きつける。

 

 二機は互いの刃を受け止め、鍔迫合った。

 

 「アレックス、君は行って!」

 

 「キラ!? しかし―――」

 

 敵はエース級だけではない。

 

 次々とザフトや他勢力のモビルスーツが集まり、戦闘を開始している。

 

 これ以上の混戦になれば下手をすると分断されてしまう。

 

 「君にはやる事がある筈だ!!」

 

 ストライクフリーダムの背中からスーパードラグーンが射出され、青白い光の翼が放出される。

 

 四方から攻撃を仕掛け隙を作ると全砲門をデスティニーに撃ち込んで吹き飛ばした。

 

 「ぐあああ!! くっ、フリーダム!!!!」

 

 「行け、『アスラン』!!!」

 

 昔の名前を呼ばれハッと目を見開いた。

 

 確かに自分にはやるべき事がある。

 

 ここで立ち止まっている訳にはいかない。

 

 逡巡していたアレックスは一瞬だけ、キラの方を見るとすぐに頷く。

 

 「……此処は任せる。セレネ!!」

 

 「はい!」

 

 シグーディバイドと切り結んでいたエリシュオンが蹴りを入れ相手を突き離し、反転すると一気に加速して距離を稼ぐ。

 

 だがそれを黙ってさせるほどラナも甘くはない。

 

 「逃がさない!」

 

 距離を取られながらも、バロールを構え背後からノヴァエクィテスとエリシュオンを狙ってトリガーを引いた。

 

 連続で放たれた砲弾が二機に迫る。

 

 しかしアレックス達がそれに反応する前に、別方向からのビームによってバロールはすべて撃ち落とされた。

 

 連続で撃ち込まれた強力な閃光にシグーディバイドはたまらず距離を取る。

 

 「なっ!?」

 

 「あれって……」

 

 驚くセレネを尻目にアレックスは僅かに顔を顰める。

 

 視線に先には宿敵の乗るイノセントがドラグーンを捌きながら、アガートラムの砲口をこちらに向けている姿が見えた。

 

 「……アスト・サガミ。いつか―――」

 

 鋭い視線でイノセントのコックピットにいるであろうアストに向けて呟く。

 

 そこに籠っていた感情を感じ取ったセレネは訝しげに声を掛けた。

 

 「アレックス?」

 

 今の声はお世辞にも好意的な感情ではなかった。

 

 まるで―――

 

 「何でもない。行こう」

 

 それ以上振り返る事も無く機体をアポカリプスに向ける。

 

 違和感を覚えながらも、それ以上追及する事もできず、ノヴァエクィテスの後に追随した。

 

 

 

 

 明後日の方向に撃ち込まれたアガートラムの砲撃によって、離れていく機体に気がついたレイは思わず歯噛みする。

 

 「くっ、行かせるか!!」

 

 奴らの目的はアポカリプスだ。

 

 余計な事をさせる訳にはいかない。

 

 反転したノヴァエクィテスやエリシュオンを追おうとするが、すぐにレイの全身に電流が流れるような感覚が走る。

 

 その瞬間、レジェンドにバズーカ砲が叩き込まれた。

 

 「悪いが追わせない」

 

 「邪魔だ!!」

 

 ドラグーンで砲弾を撃ち落とし、ビームライフルで狙撃するがイノセントのフリージアによる防御フィールドによって弾かれてしまう。

 

 「チッ!」

 

 厄介なフィールドである。

 

 あれが展開されている限り、射撃は通用しないだろう。

 

 だがそれでも対処方法はある。

 

 レイは感覚に従って目標を定めるとビームライフルを撃ち出した。

 

 その一射が正確にフリージアの一画を叩き落とし、フィールドを消し去る。

 

 「何時までもそんなものは通用しない!」

 

 フィールドを発生させている起点を破壊してしまえば、防御フィールドを消し去る事もできる。

 

 動き起点を破壊するのは普通の者には難しくても自分ならば可能なのだ。

 

 「流石だな。この手の武器は向うが有利か」

 

 アストは関心したように称賛する。

 

 彼の特性。

 

 すなわち高い空間認識力を考えればフリージアを含めた無線式の遠隔武装は効果が薄い。

 

 キラならともかく、最近使用し始めたばかりのアストでは対応するのは難しかった。

 

 ガトリング砲で牽制しながら、どう攻めるかを思案しているとレジェンドに向け、別方向からのビームが放たれる。

 

 「何!?」

 

 四方から襲いかかる閃光にレイは驚いたように回避運動を取った。

 

 よく見ればレジェンドの周りには金色に輝く砲台が浮遊していた。

 

 「アカツキ―――ムウさん!?」

 

 「これは……ムウ・ラ・フラガか!」

 

 同時に気がついた二人に金色の機体が近づいて来たのが見えた。

 

 先行するリヴォルトデスティニーから引き離されたアカツキではあったが、部隊を引き連れ戦場へと辿り着いていた。

 

 「コウゲツ隊は右の部隊を、ナガミツ、ムラサメ隊は左側面の敵を迎撃しろ!」

 

 「「了解!!」」

 

 指示を出したムウは直進するとビームライフルを連射しながら、レジェンドとイノセントの戦いに割り込んでくる。

 

 「坊主、二時方向に行け!」

 

 「えっ?」

 

 「そっちにお嬢ちゃんがいる! 敵の新型、確かシオンとか言う奴と戦ってる筈だ」

 

 「シオンがマユと!?」

 

 急いで駆けつけたいがここを放っておく訳には―――

 

 「でも此処は?」

 

 「俺に任せろ!」

 

 背中に装備されたシラヌイから射出された誘導機動ビーム砲塔がレジェンドを引き離す。

 

 「行け!!」

 

 「……了解!」

 

 アストはムウを信じフリージアを背中に装着。

 

 光の翼を作り出すとマユとシオンが戦っている場所に機体を向けた。

 

 「次から次へと!!」

 

 「お前の相手は俺だ!」

 

 ビーム砲塔で誘導しながら腰からビームサーベルを抜き、レジェンドに斬りかかる。

 

 刃が振るわれ、すれ違うたびに光が弾けた。

 

 

 

 

 各所で閃光が放たれ、それが敵を貫く度に命が散る。

 

 そんな光の華が宇宙を照らす中、二機のモビルスーツが戦場を駆けていた。

 

 グロウ・ディザスターとアスタロス。

 

 他者を全く寄せ付けない程の高速で動きまわり、同時に激しい剣撃の応酬が繰り返されている。

 

 「ずいぶん攻撃が単調になってきたな」

 

 「……未だに余裕か」

 

 「そうでもないさ。何度か冷や汗をかかされたからな」

 

 逆袈裟から振るわれたクラレントを受け止め、横へと流すとネビロスを上段から振り下ろした。

 

 斬撃を捌きながらユリウスは感嘆の声を上げる。

 

 「こうも簡単に受け止めるとは、相当な訓練を積んできたらしいな」

 

 あえてその言葉に答えず、ただグロウディザスターを観察した。

 

 所々に細かい傷があるが、致命傷はない。

 

 反面、自身の機体も大きな損傷こそないが、相手に比べれば傷は多い。

 

 「このまま戦っても埒が明かないか」

 

 デュルクはここで賭けに出る事にした。

 

 長期戦に持ち込んでも勝機は薄い。

 

 ネビロスを片手に持ち、もう一方の手でアガリアレプトを逆手に抜く。

 

 「勝負に出るか」

 

 「決着をつける」

 

 それを見たユリウスも勝負を決める為にクラレントを下段に構えた。

 

 

 勝負は一瞬で決まる。

 

 

 相手の隙を窺うように、ただジッと相手を観察する。

 

 

 そして―――撃墜された機体の爆発音と同時に二機が動いた。

 

 

 スラスターを噴射させ、二機のモビルスーツが交錯する。

 

 

 その瞬間、刃が互いを斬り裂かんと叩きつけられた。

 

 

 ユリウスは大鎌ネビロスのクラレントで弾き、逆手に振るわれたアガリアレプトをビームカッターで叩き折った。

 

 「これまでだな」

 

 完全にアスタロスは体勢を崩している。

 

 悪いが容赦するつもりはない。

 

 それが本気で挑んできたデュルクに対する礼儀だからだ。

 

 クラレントを捨て、ビームサーベルを振り抜く。

 

 しかし―――

 

 「こうなる事は読んでいた!」

 

 体勢を崩しながらも、腰に残ったアガリアレプトを装着したまま前面に振り上げた。

 

 いかにユリウスだろうとすでに攻撃の為に動いている以上、このタイミングではかわせまい。

 

 この一撃で仕留めきれなくても、ダメージは与えられる筈だった。

 

 「なっ!?」

 

 しかしデュルクは目の前に光景に絶句した。

 

 ディザスターはアガリアレプトの斬撃を脚部を振り上げ、止めて見せたのである。

 

 刃は脚部を斬り裂いてはいるが、切断までには至っていない。

 

 「惜しかったな」

 

 無慈悲なまでに淡々と告げる。

 

 手を止める事無く袈裟懸けに振るったビームサーベルがアスタロスを斬り裂いた。

 

 装甲が抉られ、コックピットに火花が弾ける。

 

 しかしギリギリのタイミングで機体を逸らした為、致命傷にはなっていなかった。

 

 そう、まだ動ける。

 

 まだだ。

 

 まだ。

 

 「まだ、終わっていない!」

 

 最後の攻撃としてディザスターに向け腹部のサルガタナスを放ち、同時にネビロスを横薙ぎに振り抜いた。

 

 しかし、それすらも―――

 

 「最後まで諦めないその姿勢は流石だ」

 

 ユリウスはアスタロスに蹴りを入れサルガタナスの射線をずらし、後方に向け宙返りしてネビロスの斬撃すらもかわしてみせる。

 

 そして逆手に持ったビームサーベルでアスタロスの脚部を斬り裂き、バランスを崩したところにアドラメレクを撃ち込んだ。

 

 「デュルク、認めよう。お前は強い。見事な戦いぶりだった」

 

 流石の反応の速さで外装を戻し、防御しようとするが間に合わない。

 

 アドラメレクが戻りかけた外装を破壊し、アスタロスは爆煙に包まれた。

 

 これで終わりか。

 

 いや、そう考えるのは早計だろう。

 

 アスタロスの状態を確認しようと近づこうとした時、ユリウスに馴染み深いあの感覚が走る。

 

 「……これはムウ・ラ・フラガに―――」

 

 誰が戦っているのか察したユリウスはアスタロスの方を一瞥すると、すぐに視線を戻し感覚に従ってその場を後にした。

 

 

 

 

 テタルトス軍がアポカリプスを奪還する為に激しい攻防を繰り広げている傍ら、地球軍と同盟軍もまたメサイアを落とす為に動いている。

 

 そしてアポカリプスの主砲によって打撃を受けた同盟の部隊が再編成を終え戦場へと向っていた。

 

 敵の襲撃を警戒しながら進む彼らの前に一機のモビルスーツが近づいてくる。

 

 「なんだ、あのモビルスーツは?」

 

 「敵か!?」

 

 羽根のような装甲が肩から伸び、通常のモビルスーツに比べやや大きいその機体は見るからに威圧感のようなものを発している。

 

 ZGMF-X95S 『レヴィアタン』

 

 ザフトが開発した対SEEDを想定したモビルスーツ。

 

 I.S.システムを搭載しているのは他と変わらないが、通常の機体よりもやや大きい。

 

 全身とアビスに装備されていた両肩部シールドを改良した羽根のような装甲に設置されたスラスターによって見た目に反する高い機動性を持っている。

 

 武装も強力なものばかりで、その火力は対SEEDモビルスーツの中で随一。

 

 並のモビルスーツとでは比較にならないほどである。

 

 「くそ、怯むな! 迎撃するぞ!!」

 

 「り、了解!!」

 

 ナガミツが飛行形態に変形、正面から来る敵に向って対艦バルカン砲で牽制しながら、アグニ改を叩き込む。

 

 しかし敵機は見た目からは想像もできない軽やかな動きで砲撃を捌く。

 

 そして肩の装甲に内蔵された高エネルギービーム砲を撃ち込んで、ナガミツをあっさりと消し飛ばしてしまった。

 

 「なっ、このォォォ!!」

 

 「これ以上は!!」

 

 怒りに任せ回り込んだ二機のブリュンヒルデが背中から射出されたアンカーで敵機の両腕を縛った。

 

 同時にビームサーベルを構えたアドヴァンスアストレイが上部から斬りかかる。

 

 だが射出されたドラグーンがブリュンヒルデごとワイヤーを撃ち抜き、拘束を破った。

 

 抜いたロングビームサーベルでアドヴァンスアストレイの腹部を両断。

 

 光刃によって斬り裂かれた機体は爆散し、大きな閃光を生み出した。

 

 さらにサルガタナスの砲口を正面に向けると、敵部隊目掛けて撃ち込んだ。

 

 強力なビームの光が周囲を巻き込みながらすべてを薙ぎ払っていく。

 

 光が消えた時、正面にいたモビルスーツはすべて破壊され、どこにも敵は確認できない。

 

 コックピットに座るピンク色の髪をした少女ティア・クラインは機械のように淡々と作業を進める。

 

 それはどこか異常な光景だった。

 

 特に表情も変えず、不気味なほどの無表情であったから。

 

 だが視界に壊れた機体が映ると僅かではあるが表情に変化が起きる。

 

 頬を伝わるように流れるのは涙。

 

 しかし本人はそれ以上の変化を見せず、全く気がつかないまま次の標的を求めて動き出した。

 

 そこに新たな機体が現れる。

 

 近づいてきたのはインフィニットジャスティスガンダムとヴァナディスガンダムだった。

 

 今まで再編成されたコロニー攻略部隊の護衛を務めていた為、遅れていたがようやく戦場へと辿り着いたのだ。

 

 しかしいきなり、新型とぶつかるとは二人とも予想もしていなかったが。

 

 「ラクス、油断しないでください」

 

 レティシアは目の前にいる異様な機体を見てそうラクスに警告した。

 

 直感で分かる。

 

 あの機体は非常に危険だ。

 

 「はい」

 

 ラクスもまた同じ様に感じ取っていた。

 

 目の前の敵を見て、なんとなくではあるが嫌な予感がしていた。

 

 気の所為かもしれない。

 

 だがどうにも寒気のようなものがする。

 

 「私は行きます。援護を」

 

 「了解!」

 

 レティシアがビームライフルで敵機を牽制する隙にラクスは腰のビームサーベルを連結させて斬りかかる。

 

 だが、その攻撃をたやすく捌いたレヴィアタンはロングビームサーベルを上段から振り下ろしてきた。

 

 斬り結ぶ二機。

 

 光が弾け、火花が散る。

 

 「くっ!」

 

 思った以上に動きに舌を巻きながら、敵機を観察する。

 

 機体だけでなく、パイロットもかなり手強いようだ。

 

 振りかざされる斬撃をいなしながら隙を窺うが、そこに微かな声が聞こえてきた。

 

 《……優先目標の一つを確認、排除します》

 

 「えっ、その声、ま、まさか」

 

 自分と同じ声色だった。

 

 今その心当たりは一つだけ。

 

 「……ティア・クライン」

 

 自身と同じ血を引く少女を前にラクスは呆然と呟いた。

 

 

 

 

 蒼い翼を広げた機体の光刃が振るわれ、白い機体の一撃と共に弾け飛ぶ。

 

 マユとシオンの攻防は絶え間なく、続いていた。

 

 「どうした? その程度か!!」

 

 「くっ!!」

 

 メフィストフェレスのサーベルを受け止めながら、マユは焦りを隠せない。

 

 C.S.システムの限界時間が迫っていたからである。

 

 一旦距離を取りビームライフルを連射するがシオンは冷静にシールドで弾くと、ルキフグスを撃ち返してくる。

 

 これ以上は不味い。

 

 コックピットに鳴り響く警戒音に従い、システムを止める。

 

 すると解放されていた装甲やスラスターが格納された。

 

 トワイライトフリーダムの状態が元に戻ったのを確認したシオンはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「ふん、その厄介な機能は終わりか。一度見せてしまったのが失敗だったな」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「これが初見であったなら、勝っていたのは貴様だったと言っている」

 

 シオンはオーブや月での戦闘でC.S.システム解放時に関するデータを分析していた。

 

 あの極端な速度や反応の上昇は非常に厄介だ。

 

 まともに戦っての真っ向勝負ではほぼ勝ち目はないだろう。

 

 ただし万能ではない。

 

 例えば持続時間。

 

 あの状態を維持し続けるのは、機体にも相当な負荷がかかる。

 

 その証拠に今までのデータからもいざという時以外には使用していない。

 

 ならば限界時間が来るまで拮抗できるなら、そう恐れる事も無い訳だ。

 

 だからこちらもI.S.システムを直前まで温存し、性に合わない守勢を主体としていたのだ。

 

 「さて、これで終わりなら、このまま殺してしまうが」

 

 シオンは今なおI.S.システムの影響化にある。

 

 温存していただけあって、制限時間までまだまだ余裕があった。

 

 「勝手な事を。貴方の好きにはさせない」

 

 「そうか。ならばもう言う事も無い。ここで死ね、マユ・アスカ!!」

 

 ビームサーベルを抜き、トワイライトフリーダムに襲いかかる。

 

 しかしそこで強力なビームが撃ち込まれ、メフィストフェレスの進路を阻んだ。

 

 「えっ」

 

 突然の乱入者にマユは驚いたように視線をそちらに向ける。

 

 「……来たか、アスト!!」

 

 フリージアを背中に装着し、翼を形成したクルセイドイノセントが突っ込んでくる。

 

 シオンは喜々とした表情を浮かべ目標を即座に変更、イノセントに刃を向ける。

 

 「はああああ!!」

 

 「シオン!!」

 

 袈裟懸けの一撃をナーゲルリングで受け止めると激しい光を撒き散らしながら鍔迫り合う。

 

 入れ替わる様に弾け飛ぶとイノセントはトワイライトフリーダムの傍に佇んだ。

 

 「マユ、一旦後退しろ。シオンは俺がやる」

 

 「アストさん!?」

 

 「後退してミネルバの援護をしてくれ」

 

 「でも―――」

 

 やはり今のマユは冷静さを失っている。

 

 相手が前大戦からの因縁の相手だから仕方がないが、今の彼女の状態ではシオンには勝てないだろう。

 

 「マユ、俺を信じろ。それからもう一つ、もう無理はしなくていい」

 

 「えっ」

 

 シンも言っていたがマユは元々モビルスーツで戦うような女の子ではない。

 

 前大戦から変わったという者もいるが、アストからすれば昔から何も変わってなどいない。

 

 マユは昔と変わらず優しい女の子だ。

 

 表情や感情を出さないようにしていたのは、自分がしっかりしなければいけないといった思いから来るものだったのだろう。

 

 彼女はずっと自分を押し殺し、酷く無理をしてたのだ。

 

 それもアストや皆の為に。

 

 できれば色々声を掛けてやりたいが、今は時間がない。

 

 「大丈夫だ、俺に任せろ」

 

 アストのいつもと変わらない声にマユの胸中に燻っていた怒りの感情が静まり、翼を広げる白い機体の後ろ姿を黙って見つめる。

 

 その姿はかつてのあの日を思い出させた。

 

 あの時もこうやって彼は自分を守る様に立ちふさがっていた。

 

 それを思い起こすだけで胸が熱くなる。

 

 「……分かりました」

 

 無理をして残っても彼の足を引っ張るだけ。

 

 それにあの男と決着をつけたいと誰より強く思っているのは他でもないアストなのだ。

 

 彼を信じて、邪魔をしてはいけない。

 

 徐々に後退するトワイライトフリーダムを横目で確認すると、メフィストフェレスを睨みつける。

 

 「お前の事だ。マユを追うかと思ったけどな」

 

 「追う必要はないだけだ。結果は変わらん。要はお前が先に死ぬ事になっただけさ。それにその方があの女の絶望が、より深くなる。その後で殺した方がこちらの溜飲も下がるというもの」

 

 「相変わらず、救いようがない」

 

 「貴様ほどじゃない。救いようのない愚者め!」

 

 同時に飛び出した二機が刃を振るう。

 

 ビームサーベルの一撃がアドヴァンスアーマーを抉り、バルムンクがメフィストフェレスの腰部を裂く。

 

 すれ違い様にバズーカ砲を両手に構え、連続で叩き込んだ。

 

 「そんなものが通用すると思うな!!」

 

 背中を向けたままルキフグスを放ち、砲弾を破壊するとビームクロウを分離させ、イノセントを挟むように左右から襲いかかる。

 

 「チッ」

 

 三連装ビーム砲を回避しながらバズーカ砲を投棄。

 

 ガトリング砲で撃ち抜くと爆煙によってビームクロウを吹き飛ばす。

 

 そしてバルムンクで光爪を斬り裂き、撃破した。

 

 しかしそれはシオンのとって想定内の事。

 

 アストもまた高い空間認識力を持つ以上、こんな搦め手で仕留められるとは思っていない。

 

 もう一方のビームクロウをイノセントに向かわせ、それに目掛けランチャーを構える。

 

 「ッ!?」

 

 狙いに気がついたアストは咄嗟に飛び退くように後退するが、些か遅い。

 

 ランチャーによって貫かれたビームクロウはイノセントを巻き込むように爆発を起こし、視界を塞いだ。

 

 当然この機を逃すシオンではない。

 

 躊躇わずに爆煙の中に突入し、振り抜いたビームサーベルがイノセントのガトリング砲を斬り裂く。

 

 続けて振るった斬撃がアンチビームシールドを吹き飛ばした。

 

 「死ねェェ、アストォォォ!!」

 

 刃からも伝わってくるのは真っ黒な憎悪。

 

 それがよりメフィストフェレスに力を与えているかのように鋭くイノセントを狙ってきた。

 

 「舐めるな!!」

 

 シオンの憎しみを振り払うように至近距離から叩き込んだグレネードランチャーがメフィストフェレスを吹き飛ばす。

 

 距離を取りつつ破壊された武装を分離させた。

 

 認めたくはないがシオンは強い。

 

 機体の性能を無視しても、その技量は非常に高い。

 

 さらに今はI.S.システムを作動させているらしく、反応も速かった。

 

 ならばなおさら奴は此処で倒さねばならない。

 

 「シオン!!」

 

 フリージアの翼を最大出力で噴射させ、バルムンクを掲げて突撃した。

 

 「本気で来い、アスト! それをすべて叩き潰した上で貴様を殺す!!」

 

 シオンもまたビームサーベルを構えて、応戦する。

 

 だが次に聞こえたアストの言葉にシオンはさらに激高した。

 

 「その必要はない!」

 

 「何?」

 

 「力に溺れて自滅しろ、シオン! お前の自己満足なんかに付き合っていられるものか!」

 

 「貴様ァァァァァ!!」  

 

 激突する二機のモビルスーツ。

 

 イノセントが逆袈裟から振り上げたバルムンクの一撃がランチャー諸共下腹部を抉る。

 

 そしてもう片方の手で引き抜いたビームサーベルがルキフグスを斬り裂いた。

 

 同時にシオンの放った斬撃が腰にマウントしていたビームライフルごと装甲を破壊。

 

 左手で放ったパルマフィオキーナ掌部ビーム砲が肩部装甲を吹き飛ばした。

 

 「ぐっ!?」

 

 「チッ!!」

 

 損傷を受けながらも二機が弾け飛ぶ。

 

 アストは素早く、機体状態を確認する。

 

 破壊された肩部の影響か、左腕の動きが鈍い。

 

 だがそれはシオンも同じだろう。

 

 下腹部を損傷した事で、脚部のビームサーベルは扱い難くなった筈だ。

 

 だがこれで攻撃を緩めるほどシオンの憎悪は軽くない。

 

 幼い頃に出会ってから、奴には耐えがたい屈辱を与えられてきた。

 

 その屈辱すべてを今日こそは晴らす。

 

 「SEEDを使わずにこの動きだというのか!」

 

 「対SEEDの訓練なんて前大戦からしてきてるんだよ、こっちはな!」

 

 「おのれ!」

 

 自分よりも遥かに劣る屑に手を抜かれている事実。

 

 狂おしいまでの憎悪がシオンの中を駈け巡る。

 

 「今度こそ、死ねェェェェェ!!!」

 

 サルガタナスの砲口が光を集め、拡散されて放たれる。

 

 だがイノセントは避ける素振りも見せず、両腕のビームシールドを展開、防御の構えを取った。

 

 シールドの上から絶え間なくビームの雨が降り注ぎ、イノセントを弾き飛ばす。

 

 その隙に両手、両足のビームサーベルを抜き、斬りかかった。

 

 「終わりだ、アストォォォ!!!」

 

 四本の光刃が態勢を崩したイノセントに襲いかかる。

 

 

 憎しみの刃が白い機体を斬り裂こうとしたその時―――シオンは瞠目した。

 

 

 「ああ、お前は必ずそう来ると思っていたよ」

 

 

 アストはそう呟くとフリージアを両腕にマウントし、ナーゲルリングからビーム刃を発生させ左右から横薙ぎに払う。

 

 「何!?」

 

 通常とは比較にならない強力な刃に虚を突かれ、動きを鈍らせたメフィストフェレスの両腕を斬り飛ばす。

 

 「ぐぅ、まだ―――ッ!?」

 

 シオンは両腕を斬られてもなお諦めない。

 

 再びサルガタナスを撃つ為に態勢を立て直そうとする。

 

 しかし次の瞬間―――いつの間にか肉薄していたイノセントから放出されたワイバーンがメフィストフェレスを真っ二つに断ち斬った。

 

 「ば、馬鹿な……」

 

 「終わりだ」

 

 シオンは昔からアストを直接殺す事に拘っていた。

 

 それは今までの言動からも明らかだった。

 

 だから最後は何があろうと近接戦闘を挑んでくると確信があった。

 

 そしてもう一つ、アストはI.S.システムの欠点に気がついていた。

 

 確かに強大な力を与えてくれるものには違いない。

 

 しかし反面感情のコントロールが効かなくなりやすい。

 

 要するに感情的になりやすくなるのだ。

 

 それにより簡単な挑発で冷静さを奪ってしまったのだ。

 

 それでも手強い事に違いない筈だが、シオンの事を知り尽くしているアストは別。

 

 戦い方を熟知していたアストには冷静さを無くしたシオンの動きが手に取るように分かったのだ。

 

 「フ、フフ、フハハハ、ハハハ!! 終わり、だと……ふざけ、るな、終わりはしない! 貴様らを殺すまで、決して、呪いは消え、ない!!」

 

 斬り裂かれた下半身が爆発を起こし、上半身をも巻き込んでいく。

 

 「そうだ、終わる、ものか! マユ、アスト、貴様らを―――!!!!」

 

 爆音に紛れシオンの怨嗟の声はついに途切れた。

 

 それを黙ってアストはただ見つめる。

 

 シオンがアストを憎んでいたように、アストもまたシオンを憎んでいた。

 

 奴が行った事はどんな理由があろうとも許せない。

 

 だがそれでもアストの胸中は晴れず、何時か味わった虚無感だけが支配している。

 

 一瞬だけ目を伏せ、ただ一言だけ声を出した。

 

 「……さようならだ、シオン」

 

 それ以上は言わずすべてを刻みつけるように一瞥すると戦場に向かっていく。

 

 過去からの因縁に一つの決着がついた瞬間だった。




レヴィアタンのイメージはクインマンサかな。
機体紹介3更新しました。
後日、加筆修正します。


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第62話  救いの輝き

 

 

 

 

 シオンとの激闘を制したアストは若干憂鬱な気分を引きずりながら、再び戦場に向かっていた。

 

 もちろん機体の入念なチェックも怠らない。

 

 「結構派手にやられたな」

 

 嫌な話ではあるが、その辺は流石シオンと言うべきだろう。

 

 伊達に特務隊を務めていた訳ではないという事だ。

 

 メフィストフェレスの攻撃によって武装のいくつかを破壊され、機体の損傷も結構大きい。

 

 特にパルマフィオキーナによって吹き飛ばされた肩部の状態は酷いものだった。

 

 おかげで片腕の反応が鈍い。

 

 これは強敵との戦闘では致命的な隙になってしまう可能性もあった。

 

 コンソールを操作しキーボードを取り出すと気休めでもやらないよりは良いと調整を加える。

 

 そして損傷して使い物にならない武装と傷ついたアドヴァンスアーマーをパージした。

 

 身軽になった事で少しは動きやすくなった。

 

 後は自分自身の腕で何とかするしかない。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 その時、アストに悪寒のような感覚が駆け抜ける。

 

 「何だ?」

 

 はっきり何があると断言できる訳ではないが、嫌な予感がした。

 

 こんな感覚がする時は碌な事がない。

 

 キラ達は未だに戦闘の最中の筈。

 

 何かがあったのだろうか。 

 

 「敵意か? いや、何だ」

 

 悪寒が止まらない。

 

 この先に何かがある。

 

 動こうとした時、コックピットに甲高い警戒音が鳴り響く。

 

 「敵か!?」

 

 アストは操縦桿を押し込み前方に加速するとイノセントのいた空間を閃光が薙いでいく。

 

 連続で撃ち込まれた砲撃を避けながらモニターに映った姿を確認する。

 

 そこには数機の強化型シグーディバイドがイノセントの進路を塞ぐように前方に立ち塞がっていた。

 

 「行かせない気か」

 

 ヘレン・ラウニスの指示か。

 

 どうやらこの先にアストを行かせたくない理由があるらしい。

 

 両手で腰からビームサーベルを抜く。

 

 手間取っている訳にはいかない。

 

 「そこをどけ!!」

 

 散開し、攻撃を仕掛けてくる敵機に向け、攻撃を開始した。

 

 

 

 

 目の前にいる巨体の全身から強烈な閃光が発射され、二機のガンダムに襲いかかる。

 

 「ラクス!」

 

 「はい!」

 

 レティシアの掛け声に合わせ、左右に避けた二機のすぐ傍を敵モビルスーツの一撃が通り過ぎる。

 

 凄まじいまでの出力。

 

 一見すると強力な火器を装備した砲撃型とも取れるが、先ほどまでの攻防を見る限りにおいて接近戦が苦手という訳でもない。

 

 連続で撃ち込まれたサルガタナスの砲撃をビームシールドで防御したレティシアはその火力に思わず毒づいた。

 

 「ぐっ、全く、なんて火力ですか」

 

 この威力では通常のアンチビームシールドでは、融解してしまいそうだ。

 

 厄介なのはサルガタナスだけではない。

 

 肩部装甲や脚部にまで装備された高エネルギービーム砲は一撃でモビルスーツをあっさり灰に変えてしまう程の威力がある。

 

 しかも間の悪い事にヴァナディスはベルゼビュートとの戦闘で結構な損傷を受けてしまい、万全とは程遠い状態だ。

 

 かと言って反対方向で迎撃しているラクスのインフィニットジャスティスは損傷こそ少ないが近接戦闘主体の武装。

 

 この機体とは相性が悪い。

 

 さらにパイロットがラクスにとって最悪の相手だった事もマイナスである。

 

 「ティア! ティア・クライン!! 返事をしてください!!」

 

 ラクスの叫びにレヴィアタンからの返事は無く、殺意の閃光が降り注ぐのみ。

 

 強力な砲火がジャスティスを掠め、後方にいたモビルスーツを薙ぎ払っていった。

 

 しばらく敵の様子を観察していたレティシアは考えを纏めると結論を出す。

 

 「……ラクス、説得は無理です。おそらくセリスと同じでしょう。ですから―――」

 

 「……機体を破壊するしかない」

 

 「ええ」

 

 オーブでの戦闘でレティシアもセリスに対して説得を行いはしたが、言葉に耳を貸す事はなかった。

 

 ならこの機体に搭乗しているティアもまた同じ様にこちらの言葉を聞きはしない筈。

 

 現に返事も無い以上、確実に助ける方法があるとすれば機体を破壊して沈黙させるしかない。

 

 モニター越しに頷き合った二人はビームサーベルを構え、挟みこむように左右から斬り込んだ。

 

 だが片方の斬撃を避け、もう片方をオハンで防いだレヴィアタンはロングビームサーベルを両手で抜き、上段から振り降ろしてきた。

 

 飛び退くように後ろに下がった二機の後を高出力のサーベルが通過する。

 

 「ここで!」

 

 攻撃後の隙を突くようにレティシアが追撃を仕掛けた。

 

 いかに機敏に動けようともこのタイミングでの迎撃は間に合うまい。

 

 だがその時、彼女の直感のようなものが何かの危険を知らせた。

 

 「ッ!?」

 

 咄嗟に機体を退いた直後、肩部の装甲の裏側からアームが姿を見せ、ビームサーベルを上段から振り下ろしてきた。

 

 「装甲内に腕!?」

 

 「あんな場所に腕があるなんて!?」

 

 不意を突く形で振るわれた斬撃がヴァナディスの肩部を斬り裂き、蹴りを入れられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 機体を下がらせなければ、間違いなく真っ二つになっていた。

 

 その事実を認識し背筋に寒気を覚えながら、襲いかかる衝撃に歯を食いしばって耐える。

 

 だが敵はそのまま追撃を掛けてきた。

 

 「レティシア!?」

 

 ラクスは追撃を阻止する為、レヴィアタンに向けて再びビームサーベルを叩きつける。

 

 しかしそれを機敏な動きで避けた敵機はドラグーンを射出、ジャスティスの囲むように激しいビームの雨を撃ち込んで来た。

 

 「この数は!?」

 

 多すぎるドラグーンの数に思わず顔を顰めた。

 

 これは幾らなんでも捌ききれない。

 

 小刻みに操縦桿を動かし回避機動を取りつつ、シールドで降り注ぐビームを防御する。

 

 その間に連続で振るわれるサーベルをどうにか避け切ったレティシアは敵機を見据えた。

 

 埒が明かない。

 

「突破口を見つけなければ!」

 

 その時―――攻めあぐねる二機を囲むドラグーンを薙ぎ払う眩い閃光が撃ち込まれた。

 

 「あれは―――」

 

 二人の見た方向にいたのは白いガンダム『アルカンシェル』がアンヘルの砲口を向けていた。

 

 

 

 

 「ほう、アレを出して来たという事は、女狐も勝負に出たらしいな」

 

 コロニーの戦闘から離脱し、各戦場を観察していたクロードはニヤリと口元に笑みを浮かべて呟く。

 

 彼が見ている先には新型である『レヴィアタン』が三機のガンダムを相手取り猛威を振るっている。

 

 あの機体はヘレンにとって切り札のようなもの。

 

 それを切ってきたという事は思った以上に抵抗する同盟や地球軍に対し痺れを切らしたと言ったところだろう。

 

 「……しかし、それは悪手だったのではないかな」

 

 皮肉げに言い放った後、レヴィアタンに狙われているは哀れな獲物の方に目を向けた。

 

 戦っている相手がジャスティスという事は搭乗しているのはラクス・クライン。

 

 そこにアオイ・ミナトまでも加わったとなれば―――

 

 「どうなるか見届けたい所だが……」

 

 レヴィアタンがいる場所とは別の方向に目を向ける。

 

 そこには部隊を率い、メサイアへと近づきつつあるエレンシアの姿があった。

 

 「ラウのオリジナル……なるほど、メサイアに向かうか」

 

 つまりは頭を潰してしまおうという事だ。

 

 ただでさえ多勢に無勢という状況。

 

 彼らからすれば当然の作戦であろう。

 

 というか現状、勝機を見出すにはそれしかあり得ない。

 

 傍観しても良い。

 

 だが地球軍に潜伏していた頃から、友であるラウのオリジナルである彼には些か興味があった。

 

 ならばここらで仕掛けてみるのも一興。

 

 クロードはスラスターを噴射させ、地球軍部隊がいる方角に向けて突っ込んでいく。

 

 凄まじい速度で突撃してきたサタナエルに地球軍は一瞬反応が鈍ってしまった。

 

 それは戦場では致命的な隙となる。

 

 「敵!?」

 

 「赤いモビルスーツ!?」

 

 浮足立つヴィヒターをドラグーンによる左右からのビームで一蹴するとウィンダムに至近距離からビームライフルを撃ち込んで撃破した。

 

 「迎撃!!」

 

 アルゲスのアイガイオンやヴィヒターのビームライフルの砲撃がサタナエルに向けて発射される。

 

 しかし余裕ですべてのビームを回避したクロードはビームライフルでアルゲスを狙撃する。

 

 銃口から放たれた一射が正確にコックピットを貫くと火を噴き、消し飛んだ。

 

 「くそ、速い!」

 

 速すぎて動きが全く捉えられない。

 

 すれ違い様に一瞬でアルゲスは切り裂かれ、反撃の間もなく撃破されてしまう。

 

 そこに先行していたエレンシアが味方の援護に駆けつけた。

 

 「全機、こいつは私が相手をする。その間にメサイアに向かえ!」

 

 「り、了解!!」

 

 味方を逃がし、立ちふさがるエレンシアを前にクロードは変わらず余裕を持って笑みを浮かべる。

 

 「さて、君の力を見せて貰おう」

 

 ライフルの射撃を避けながら一気に肉薄して接近戦を挑む。

 

 横薙ぎに払われた一太刀がエレンシアの胴を掠めていく。

 

 「チッ!」

 

 咄嗟に後退しサーベルの連撃から逃れたラルスはライフルで牽制しながらドラグーンのビームを撃ち込んだ。

 

 だがそれを見越していたかのように、機体を逸らして避けたサタナエルは振り向き様に容易くドラグーンを撃ち落とした。

 

 「撃ち落とした!? だが!」

 

 まだエレンシアの攻撃は終わっていない。

 

 ガンバレルからミサイルを発射すると同時に高エネルギー収束ビーム砲を撃ち込む。

 

 強力な一撃によって破壊されたミサイルが爆発し、周囲を爆煙が包み込んだ。

 

 「目くらましか」

 

 爆煙から飛び出してきたのはビームカッターを放出したガンバレル。

 

 それを横っ跳びで避け、機関砲で破壊。

 

 同時に側面から斬りかかってきたエレンシアの一撃を盾を掲げて受け止めた。

 

 「なっ!?」

 

 これには流石に驚かされる。

 

 死角から突いた一撃をこうも容易く受け止めるとは。

 

 眼前の光景に歯噛みするラルスに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 「この程度かな、ラルス・フラガ」

 

 「……この声は、ギルバート・デュランダル?」

 

 演説や月での会談で聞いた声が敵モビルスーツから響き渡る。

 

 しかしデュランダル自ら直接出撃して戦場に出てくるなどあり得ない。

 

 となれば声の似た別人であるという事だ。

 

 「誰だお前は?」

 

 「そうだね……君にはヴァールト・ロズベルクと名乗った方がいいかな」

 

 「なんだと!?」

 

 その予想外の答えに絶句する。

 

 ヴァールト・ロズベルク。

 

 ジブリールの側近であった男の名だ。

 

 驚愕しながらもどこかで納得してしまう。

 

 これで不可解であった部分に説明がついてしまうからだ。

 

 初めからこちらの情報はザフトに筒抜けだった。

 

 つまりすべてデュランダルの掌の上という事。

 

 自分達の迂闊さにもはやため息しか出ない。

 

 「だがこれ以上好きにやれると思うな!」

 

 剣を振るい、弾け飛ぶサタナエルとエレンシア。

 

 二機は距離を取ると同時に射出したドラグーンの攻撃を動き回りながら避け、ライフルを使って正確に撃ち落としていく。

 

 常人から見ればそれだけで異様な光景だっただろう。

 

 そんなエレンシアの動きを見たクロードは素直に感嘆の声を上げた。

 

 「流石、彼のオリジナルだ。良い動きだな」

 

 「なっ、彼だと?」

 

 誰の事かは知らないがクローン達の内、誰かを知っているらしい。

 

 「私の友人さ」

 

 お互い周囲を飛び回るドラグーンの半数を破壊するが、一向に致命的な一撃を与える事ができない。

 

 埒が明かないと判断したラルスはビーム砲で牽制しながらサーベルを構えて、斬り掛かる。

 

 「はあああ!!」

 

 袈裟懸けに叩きつけられた一撃がシールドに阻まれ、弾ける光が二機を照らす中、クロードは笑みを深くする。

 

 「フフ、なるほど。君の力は分かった。確かにオリジナルというだけはある。しかし―――足りないな。彼には到底及ばない……同じ遺伝子を持っていても、こうも違う。皮肉なものだな、議長殿」

 

 サタナエルは力任せにシールドでサーベルごとエレンシアを突き飛ばし、蹴りを入れる。

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 蹴りがまともに入り、吹き飛ばされエレンシアは大きく体勢を崩す。

 

 しかしそんな敵機を前にクロードは追撃の構えも見せず、あえて距離を取った。

 

 「だが、君が強い事に変わりはない、ラルス・フラガ。それに敬意を表して―――私も全力で戦おう」

 

 そして―――クロードのSEEDが弾ける。

 

 背中に設置されたスラスターユニットを噴射、再び加速するとエレンシア目掛けて突撃する。

 

 「速い!? だが!!」

 

 正面から突っ込んでくるサタナエルをビームライフルで迎撃。

 

 だがそれらの射線をすべて見切っているかの様に回避する動きは明らかに先程までとは違っていた。

 

 驚異的な速度で懐に飛び込み振るわれた一閃がエレンシアの左脚部を斬り裂いた。

 

 「ぐっ!?」

 

 「今の一撃、致命傷を避けた事は見事だ。しかし、甘いな」

 

 称賛しながらもクロードは手を緩める事無く、エレンシアに向かって攻撃を加えていった。

 

 

 

 

 

 リヴォルトデスティニーはコールブランドを構えて速度を上げた。

 

 シンは歯を食いしばりながら目標に向かって突撃する。

 

 「セリス!!」

 

 「私の名を呼ぶなァァァ!!」

 

 目の前を殺気の籠った一撃が振るわれる度にシンの心が軋みを上げる様に痛んだ。

 

 正直なところ葛藤はある。

 

 目の前のいる機体に乗っている少女は自分が絶対に守りたい存在なのだから。

 

 しかしあの機体に捉われている限り、彼女を取り戻す事は出来ない。

 

 だから―――

 

 「はああああ!!!」

 

 迷いを振り切るように声を上げると四肢を狙って斬艦刀の一撃を叩きつける。

 

 「そんなものは通用しない!」

 

 コールブランドを容易く捌いたセリスは機体を半回転させ、リヴォルトデスティニーの背後に回る。

 

 そしてシールドから発生させたロングビームサーベルを振り抜いた。

 

 「ッ!?」

 

 前方へ加速する事でサーベルを回避したシンは左手のスラッシュビームブーメランを切り離す事無く刃を形成、下段から斬り上げた。

 

 しかし不意を突いた形になったその一撃すら、最低限の動きで避けて見せたセリスの技量には脱帽するしかない。

 

 一旦仕切り直す為、距離を取る。

 

 だがその隙の分離させた大型ビーム砲がリヴォルトデスティニーの左右から迫った。

 

 「くそ!」

 

 ドラグーンを振り切ろうと後方に加速。

 

 それを狙っていたかのようにザルヴァートルはビームランチャーでリヴォルトデスティニーに狙いをつけていた。

 

 「落ちろ!!」

 

 撃ち出された激しい閃光がリヴォルトデスティニー目掛けて一直線に迫ってくる。

 

 ドラグーンの一撃で体勢を崩され、セリスの正確な射撃。

 

 これを避けるのは難しい。

 

 咄嗟にシールドを展開して、ビームの一撃を受け止めた。

 

 「やっぱり強いな、セリスは」

 

 その技量は以前より遥かに向上している。

 

 いや、これが彼女本来の実力なのだろう。

 

 彼女が『ヤキン・ドゥーエ戦役』を戦い抜き、『月で起こった戦い』でも大きな戦果を上げたエースパイロットであった事は聞いている。

 

 思えばアカデミーに所属していた頃から、セリスの実力は卓越していた。

 

 しかしどこか違和感があったのも事実だ。

 

 訓練の最中でありながらも、まるで経験者であるような錯覚を覚えた事すらあった。

 

 だが今となっては別に不思議でも何でも無い。

 

 彼女はとっくに実戦を経験している歴戦の猛者だったのだから。

 

 それを悟らせないようにしていたのも記憶の操作が原因であったのだろう。

 

 あの定期健診は時々の状況に合わせ上手くコントロールする為のものでもあったに違いない。

 

 その事に関しては腸が煮えくり返るような怒りが沸き起こる。

 

 だがそれを今吠えたところで意味はない。

 

 重要なのは今のセリスは完全に本来の力を取り戻しているという事。

 

 手強いのは当然と言える。

 

 「だとしても助けるって決めたんだよ!!」

 

 動き回る大型ビーム砲の射撃が機体を狙ってくるが、構ってられない。

 

 致命的な一撃さえ受けなければ良いのだ。

 

 二方向から撃ち込まれるビームを前にシールドで重要な個所を守りながら、ビームライフルを構える。

 

 動きを誘導しながらコールブランドで真っ二つに斬り裂いた。

 

 「やる!! でも!!」

 

 リヴォルトデスティニーを狙うもう一基のドラグーンの動きが格段に鋭さを増す。

 

 それに対処している隙に距離を詰めたセリスはビームサーベルを横薙ぎに振った。

 

 「速ッ!? やっぱりこっちの動きはお見通しって訳か!!」

 

 ギリギリ機体を逸らして光刃をやり過ごすとシンは思わず吐き捨てる。

 

 「お前が単純なだけだ!!」

 

 「俺がいつまでも同じと思ったら大間違いだ!」

 

 ムッとしながら一泡吹かせてやると、あえて後ろに後退した。

 

 そこには当然大型ビーム砲が待ち構えている。

 

 「そこにいるのは分かってるんだよ!」

 

 背後から撃ちこまれたビームの一射を振り返らずに紙一重で躱すと、機体を水平に寝かせ背中に設置したままノートゥングで消し飛ばした。

 

 「これでどうだ!!」

 

 「クッ、調子に乗るな!」

 

 砲台を撃ち落としたその隙に間合いに踏み込んできたザルヴァートル。

 

 叩きつけられる連撃を捌き、シンは背中のアラドヴァルレール砲を撃ちこんだ。

 

 「セリス、やめてくれ!」

 

 「黙れと言った筈だ!!」

 

 「黙らない!! 俺も、ルナやメイリン、ミネルバの皆がセリスが戻ってくるのを待ってるんだ!!」

 

 そうだ。

 

 ここで諦める事なんてできる筈がない。

 

 ルナ達だってずっとセリスの事を気にかけていた。

 

 此処がおそらく最後のチャンスなのだ。

 

 発射されたビームの奔流をくぐり抜け、スラッシュビームブーメランでライフルを斬り捨てながらザルヴァートルの腕を掴む。

 

 「だからここで俺が絶対に連れ帰る!!」

 

 「この―――」

 

 何なのだ、こいつは?

 

 ミネルバ?

 

 皆が待ってる?

 

 訳が分からない。

 

 もしかすると目の前のパイロットは自分は親しい仲だったのだろうか?

 

 湧きあがってきた疑問を振り払うように頭を振る。

 

 余計な事を考える必要はない。

 

 自分はただ障害を排除すれば良いのだ。

 

 「セリス!!!」

 

 何も感じない筈の、何も知らない筈の敵から聞こえてくる悲痛なまでの叫びが―――彼女の中にある何かを激しく揺さぶった。

 

 

 「……さい、うるさい……うるさい!!!!」

 

 

 すべてを拒絶するかのような激情と共にセリスのSEEDが弾けた。

 

 

 「お前の、その声で、私の名を呼ぶなァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 蹴りを入れ、突き離しスラスターを噴射。

 

 一気に加速したザルヴァートルが両手にサーベルを持ってこちらを攻撃してくる。

 

 「セリス!? くそォォォ!!!」

 

 やはりこちらの声は届かない。

 

 これ以上戦わずに済むならそれに越したことは無かったけれど。

 

 左右から連続で振りかぶられる光刃を盾を使ってやり過ごしながらセリスの動きに瞠目する。

 

 先程までとは比べものにならない程、鋭く速い。

 

 しかもこちらの動きを知っているかの様に的確に攻撃を加えてくる。

 

 「こんな事ばっかり覚えてるのかよ」

 

 昔からセリスと一緒に訓練し、多くの戦場を共に生き抜いてきた。

 

 それ故に彼女はシンの動きを無意識に見切っているらしい。

 

 だからこちらの手の内が読まれるのも仕方無い。

 

 「できればもっと他の事を覚えておいて欲しかったけどな」

 

 ぼやいていても仕方ない。

 

 こちらの動きが読まれている以上は正攻法ではセリスを止められない。

 

 ならやり方を変えるだけだ。

 

 「消えろ!!!」

 

 タイミングを見計らってあえて隙を作り出す。

 

 それを見逃さず素早く回り込んだザルヴァートルがビームサーベルを横薙ぎに振り抜いてきた。

 

 光刃がリヴォルトデスティニーを斬り裂こうとした瞬間、待っていたとばかりにシンが動く。

 

 「今だァァァ!!」

 

 背中のアラドヴァルレール砲をパージすると振り抜かれたロングビームサーベルを阻む盾となった。

 

 破壊されたレール砲は爆発。

 

 発生した煙に紛れ、背中に装備したまま振り上げたノートゥングのロングビームサーベルがザルヴァートルの左腕を斬り飛ばした。

 

 「なっ!?」

 

 虚を突く攻撃に驚愕してしまうが、すぐにセリスは正気に戻るとリヴォルトデスティニーに残った右手のサーベルを下段から振り上げる。

 

 しかしそれすらあっけなく回避したリヴォルトデスティニーはビームブーメランを投げつけてきた。

 

 「この!!」

 

 ブーメランをCIWSで撃ち落し、残ったビームランチャーを発射する。

 

 しかしリヴォルトデスティニーはビームを避けない。

 

 「避けないだと!?」

 

 両手のシールドを張り、あえて閃光の中へと飛び込んできた。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!!」

 

 凄まじい衝撃と共に阻まれたビームの一射が光盾に弾かれシンの視界を白く染める。

 

 それでも一歩も引く事無く、機体を前方へと加速させる。

 

 退かない!

 

 絶対に退かない!!

 

 何故ならば、この光を超えた先にこそ、自分が絶対に守りたいものがあるのだから。

 

 だから―――

 

 

 「俺は―――俺は、絶対に……助けるんだァァァァァァ!!!!」

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 シンのSEEDが弾け、システムが起動する。

 

 装甲が解放、光の翼が形成され、今まで以上の速度をもってビームの一射を押し返していく。

 

 リヴォルトデスティニーの発する輝きに一瞬目を奪われたセリスは呆然と呟いた。

 

 「何だ、この光は?」

 

 敵から放出された光に目を奪われるなど。

 

 でも、危険な印象はまるで受けない。

 

 むしろ安堵すら覚えるなんて―――

 

 

 「うおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

 シンは咆哮と共に襲いかかる閃光を弾き飛ばし、ザルヴァートルの姿を捉えると両手に構えたコールブランドでランチャーと右足を斬り落とす。

 

 「ぐっ、この!!」

 

 まだ負けた訳ではないと残った腕でサーベルを構えるが、シンはもう動いていた。

 

 斬艦刀を上段から振るい右腕を破壊し、逆手に抜いたビームサーベルを頭部に突き刺した。

 

 「きゃああああああ!!」

 

 四肢を砕かれ、頭部を破壊されたザルヴァートルの装甲から色が抜け落ち動きを止めた。

 

 「セリス!!」

 

 機体を近づけ飛び出したシンは敵機のコックピットどうにかこじ開けると動かないセリスの状態を確認しようと顔を近づける。

 

 微かな声と呼吸音が聞こえてきた。

 

 見た限り、目立った外傷もない。

 

 「……良かった」

 

 深々と息を吐き、安堵する。

 

 マユの時もそうだったが、自分にとって大切な人と戦うというのは想像以上にきついものだ。

 

 「もう二度と御免だな、こんなのは」

 

 切り替えるように再び息を吐く。

 

 気を抜くのは早すぎる。

 

 まだ戦いは終わっていないのだ。

 

 シンはセリスを担ぎリヴォルトデスティニーに乗り込むと、母艦に向った。

 

 

 

 

 

 メサイア付近の戦闘は激化の一途を辿っていた。

 

 激しい砲火を撃ち合い、敵を穿たんとしているのはモビルスーツだけではない。

 

 戦艦もである。

 

 「トリスタン、撃て!」

 

 フォルトゥナから放たれたトリスタンの砲撃が敵艦の外装を容赦なく剥がしていく。

 

 それを旋回してやり過ごしたミネルバもまた反撃に転じる。

 

 「ナイトハルト、撃てぇ!!」

 

 発射されたミサイルがフォルトゥナに降り注ぐがCIWSによってすべて叩き落とされた。

 

 お互いの砲撃による震動が襲う中、ヘレンは表情を崩す事無く戦況を観察していた。

 

 「……ザルヴァートルが落とされた」

 

 拳を握り、憤りを抑えつける。

 

 主力の一角が落とされるとは、想定はしていてもやはり心中穏やかではいられない。

 

 とはいえデスティニーやレジェンド、スカージやレヴィアタンも健在である。

 

 未だこちらが有利ではあるのだ。

 

 「……それにしても№Ⅵは良くやっているわね」

 

 地球軍のエクステンデット『ラナシリーズ』

 

 最初に生み出すよう命じたのはジブリールらしいが、コレらを使ってあの体たらくとは呆れ果ててしまうというものだ。

 

 オリジナルラナの素養の高さもあって、クローンによって誕生した彼女達は皆優秀。

 

 中にはオリジナルすら上回る能力を持つ個体すらいる。

 

 ジブリールの運用方法によっては非常に厄介な事になっていただろう。

 

 余計な考えを捨て、メサイア近辺の状況把握に思考を戻す。

 

 「……念のためラナをメサイア防衛に回した方がいいか」

 

 万が一にも要塞内部に侵入されれば面倒だ。

 

 通信機からラナに指示を出すとミネルバを攻略する為、目の前の戦闘に集中し始めた。

 

 

 

 

 戦場にて数多のビームの雨を潜り、戦場を駆けるシークェルエクリプス。

 

 コックピットに座るルナマリアは向かい合っているモビルアーマー『スカージ』に対して不満そうに眉を顰めた。

 

 「あーもー! こいつ厄介ね!!」

 

 こいつは本当に面倒な奴だった。

 

 全身に装備された強力な火器に周囲を群がる無数のドラグーン。

 

 近接戦用のビームブレイドに加え、さらには防御用のリフレクタービット。

 

 打開策も見つからず、手詰まりに近い状態だった。

 

 ルナマリアは捉えにくいように小刻みに動きながら、ドラグーンのビームをシールドで防ぐと本体目掛けてサーベラスを撃ち込んだ。

 

 しかしまたも展開されたリフレクターによって弾かれてしまう。

 

 「くっ」

 

 数えるのも馬鹿らしい対艦ミサイルの嵐を機関砲とビームライフルで薙ぎ払った。

 

 「何度もやられるとキツイわね」

 

 こうなると接近するしかない。

 

 しかしあの数のドラグーンの包囲網を潜り抜け懐に飛び込む自信はない。

 

 それにシークェルエクリプスも決して無傷ではないのだ。

 

 ザフトの新型との戦いや浴びせられた砲撃によって、武装は消耗し機体は傷だらけになってしまっている。

 

 幸いバッテリーはデュートリオンビームの補給により余裕があるが、他の味方機からの援護も期待できない。

 

 「ディアッカ、左だ!!」

 

 「分かってるって!!」

 

 「エリアス、ディアッカのフォローを!」

 

 「了解!!」

 

 駆けつけた反デュランダル派のモビルスーツは皆、イザナギ、オーディン、アークエンジェルといった他の戦艦の防衛に回っている。

 

 とてもではないがこちらに気を裂く余裕はない。

 

 ミネルバも同じだ。

 

 同型艦であるフォルトゥナの相手で精一杯のようだ。

 

 自分だけでどうにかするしかないかと考えていたルナマリアの目にスカージの砲口がこちらを向いているのが見えた。

 

 「不味い!?」

 

 咄嗟に射線から逃れようとするが、後ろにミネルバがいる事に気がついた。

 

 避ければミネルバに当たる!?

 

 おそらく先程のミサイルはこちらをこの射線に誘導する為のものだったのだ。

 

 してやられたルナマリアは覚悟を決めて防御に回る。

 

 アウフプラール・ドライツェーンが光を発し、吐き出すように凄まじいまでの閃光が発射された。

 

 バッテリー温存の為に極力使わなかったビームシールドを展開。

 

 アウフプラール・ドライツェーンを受け止めようと腕を突き出した。

 

 その瞬間―――射線上に展開されたフィールドがビームを受け止めた。

 

 「えっ、あれって妹ちゃん?」

 

 拡大したモニターに映っていたのは、アイギスドラグーンを射出したトワイライトフリーダムであった。

 

 援護に駆けつけたマユはエクリプスを狙うスカージに気がつき、即座にアイギスドラグーンによる防御フィールドを張ったのだ。

 

 自分を囲もうとするドラグーンを撃ち落とし、敵本体を引き離すとエクリプスの傍に向かう。

 

 「間に合った、大丈夫ですか!?」

 

 「助かったわよ、妹ちゃん」

 

 実際あのモビルアーマーを単機で相手をするのは厳しかった。

 

 だが彼女が来てくれたなら、現状も打開できるかもしれない。

 

 そう考えていたルナマリアだったが、警戒感漂うマユの声によってハッと我に返る。

 

 「……気をつけてください。メサイアの方で動きがあります」

 

 「えっ」

 

 防御リフレクターを展開し沈黙を保っていたメサイアが、スラスターで姿勢制御しながら『ネオジェネシス』を動かしていた。

 

 何をやろうとしているかなど愚問であろう。

 

 「まさかアレをまた撃つ気!?」

 

 狙いはアポカリプス周辺で戦っているテタルトス軍だ。

 

 あの辺りには巨大戦艦を奪還しようとテタルトスの部隊が攻勢をかけている。

 

 あそこが撃たれれば戦況は一気に傾き、圧倒的に不利になってしまう。

 

 「止めないと!」

 

 「もう間に合いません!」

 

 ネオジェネシスが発射態勢に入っている様子はメサイアとアポカリプスの中間でデスティニーと激突していたキラにも確認できた。

 

 「なっ、あれを撃つ気か!! アレックス!?」

 

 あの辺りにはアレックスとセレネが向った筈だ。

 

 いかに彼らでもジェネシスの直撃を受けてしまえば―――

 

 「どこ見てんだよ、フリーダム!!!」

 

 キラがアレックス達の方へ意識を向けた隙をついてジェイルはアロンダイトを上段から振り下ろす。

 

 「くっ!?」

 

 迫る刃を横に流すように機体を移動させ回避したキラだったが、それでもジェイルは手を緩めない。

 

 「逃がすかよォォ!!」

 

 こちらを落とさんと狙って放たれる怒涛の猛連撃。

 

 どれもが必殺の一撃である。

 

 食らえば撃墜は必至だ。

 

 両腕のブルートガングをせり出し、捌いていくキラは歯噛みしながらメサイアを睨みつけた。

 

 

 ストライクフリーダムとデスティニーが何度目かの激突を繰り返し、お互いの一撃がその身に突き刺さらんとしたその直後―――

 

 

 光を発した『ネオジェネシス』が無慈悲な一撃を宇宙に向けて発射した。




花粉症である私にとって、きつい時期になりました。投稿が若干遅れるかも。

後日加筆修正します。




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第63話  散りゆく者達の為に

 

 

 

 

 

 ザルヴァートルからセリスを助け出したシンは戦場から離れた位置で支援に当たっていたドミニオンまで後退していた。

 

 医務室に運ばれていくセリスをコックピットから眺め、安堵のため息つく。

 

 施設での精密検査の必要はあるが、命に別条はないとの事。

 

 本当に良かった。

 

 そこにブリッジから通信が入る。

 

 《シン・アスカ》

 

 モニターに映ったナタルはお世辞にも明るいとは言えない、固い表情だった。

 

 何かあったのかもしれない。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 《ああ、ザフトの要塞で動きが確認された。もしかするとまたジェネシスを撃つつもりかもしれない》

 

 「ッ!?」

 

 マユ達やミネルバも今なお戦闘中の筈だ。

 

 いくらなんでもアレに狙われたら―――これ以上状況が悪化する前に急いだ方が良い。

 

 「俺は戦場に戻ります」

 

 《待て、補給も終わってないぞ》

 

 「時間がありません。損傷もそう酷いものではありませんから、大丈夫です」

 

 《無茶はするなよ》

 

 ナタルに頷き返すと、リヴォルトデスティニーをドミニオンの甲板から上昇させ、メサイアの方へに向った。

 

 

 

 

 

 各戦場の様子が逐一メサイアの司令室に飛び交うように入ってくる中、デュランダルは静かに戦況を見守っていた。

 

 自軍の主力の何機かが落とされはしたものの、数で勝るザフトの優勢は揺るがない。

 

 コロニー防衛やヴァルハラ攻略に向かわせていた部隊も後少しで戻ってくる。

 

 そうなればテタルトスの主力とぶつかったとしても、圧倒的に有利だ。

 

 懸念があるとすれば、アポカリプスに接近しているテタルトスの部隊である。

 

 アポカリプスはその存在だけで周囲に対し畏怖をもたらすものだ。

 

 仮に奪還されれば、兵士の士気に多大な影響を与える事になるだろう。

 

 そうなればこの戦闘の行方も分からなくなってしまう。

 

 それは絶対に避けねばならない。

 

 ユリウス・ヴァリスなど不確定要素がいる以上は尚更である。

 

 「ネオジェネシスのチャージ状況は?」

 

 「現在80%です!」

 

 「アポカリプス主砲の方は?」

 

 「75%!」

 

 ならば数分で発射できる。

 

 ネオジェネシスの一射で戦艦周辺にいる部隊を薙ぎ払い、残りをアポカリプスの主砲で撃破出来ればこちらの勝ちだ。

 

 「チャージ完了次第発射準備開始。目標アポカリプス周辺の敵残存部隊」

 

 「「了解!!」」

 

 後は同盟軍と地球軍、そしてヘレンの若干の独走が気になるところ。

 

 しかしそちらは許容範囲内だ。

 

 デュランダルはモニターの一つに目を向ける。

 

 そこには黒い外装を纏ったフォルトゥナと同型の戦艦が激しい撃ち合いを行っているのが映っていた。

 

 ミネルバの姿に若干複雑な感情が湧きあがってくるが、それを振り捨てるかのように息を吐き出す。

 

 「……すでにお互いの道は違えている」

 

 それは別れを選んだあの時から分かっていた。

 

 ならば後は前に進むだけ。

 

 立ちふさがるならば―――

 

 答えは出ているとばかりにそれ以上の思考は止めたデュランダルはただ前を見据える。

 

 そんな彼の視界の端に『彼』の姿が見えた気がした。

 

 いつものように皮肉げに笑みを浮かべていた仮面を着けた友人にこちらもまた苦笑を返す。

 

 「……私は君のようにはならないさ、ラウ」

 

 そうとも。

 

 その為に今日まで準備をしてきたのだから。

 

 

 

 

 各陣営のモビルスーツが入り混じる戦場で紅き翼と蒼き翼が正面から激突する。

 

 片や背丈ほどもある長大な対艦刀を構え、片や両手にピンクの光を発する光刃を握り、幾重にも渡って斬り結んでいく。

 

 「フリーダム!!!」

 

 「はああ!!!」

 

 すれ違いざまに振るった一撃が互いの機体を傷を作り、位置を変える様にして弾け飛ぶ。

 

 キラは改めて敵パイロットの技量に舌を巻きながら、デスティニーを迎え撃つ為サーベルを下段に構えた。

 

 「やっぱり速い!」

 

 紅い翼から放射された光が残像を生み出し、凄まじい速度で迫ってくるその姿はまさに弾丸。

 

 そこから繰り出される剣撃が容赦なくストライクフリーダムの討ち取らんと狙ってきた。

 

 こうして相対していて厄介であると感じるのはやはりこの速度と残像の組み合わせだった。

 

 速度の乗った一撃は容易く装甲を斬り裂き、残像は攻撃の狙いや斬撃の間合いを狂わせる。

 

 そこにこのパイロットの技量が加われば、並の機体では応戦はおろか、攻撃に耐える事もままならないだろう。

 

 たとえ強固な装甲や盾を持っていても紙のようなものだ。

 

 これほどの懸念材料があれば近接戦を避け、距離を取りそうなものであるがキラはあえてそれをせずに接近して剣を振るう。

 

 アロンダイトの切っ先を慎重に見極め、機体を右側に逸らし斬撃をやり過ごすと両手のサーベルを横薙ぎに叩きつけた。

 

 ビームサーベルをシールドで止めたデスティニーは敵機と密着したままフラッシュエッジを抜き、上段から振り降ろす。

 

 しかしそれもフリーダムが驚くべき反応で飛び退くように回避した事で空を斬るのみで終わってしまう。

 

 「こいつ!?」

 

 手強いと認識していたのはキラだけでなく、ジェイルもだった。

 

 機体の動き、武装の使い方、すべてが尋常ではない。

 

 やはり思い過ごしという訳ではないようだ。

 

 ―――奴よりも、あの死天使よりも強い!

 

 「だからって!!」

 

 「簡単にはやらせない!!」

 

 キラは翼を広げ肩部のビーム砲で牽制しながら、サーベルを握り直すとまた距離を詰める。

 

 剣の間合いが見極め難いのは百も承知である。

 

 仮に距離を取ったとしても、デスティニーの速度ではすぐに距離を詰めるだろう。

 

 遠距離からの攻撃にしても光学残像による影響がない訳ではない。

 

 ならばリスクが伴ったとしても、接近戦の方がまだ対応しやすいと考えたのだ。

 

 「チッ、さっさと落ちろ!!」

 

 アロンダイトが弾かれ、すれ違うと同時に距離を取った所でビームライフルを発射する。

 

 放たれた一射が肩部の装甲を掠めるが、仕留めるには至らない。

 

 それどころか背中に装備されていたミサイルポッドを切り離し、爆発させた。

 

 「な!?」

 

 周囲を爆煙が包む中でストライクフリーダムがカリドゥスとビームランチャーを撃ち出してきた。

 

 煙に視界を塞がれ、反応が遅れたジェイルは咄嗟にビームシールドで防御する。

 

 しかしその隙に肉薄してきたフリーダムによってライフルが斬り裂かれてしまう。

 

 迂闊だった。

 

 こんな方法で肉薄してくるとは。

 

 だからと言ってこのままやられるつもりなんて毛頭ない。

 

 デスティニー目掛けて振るわれるサーベルの軌跡を拒絶するように睨みながら、咆哮する。

 

 「調子に乗るなァァ!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾けた。

 

 今まで完全には捉えきれなかった相手の動きがはっきりと見える。

 

 「うおおおお!!」

 

 アンチビームシールドで斬撃を外側弾き、下段に構えたアロンダイトを思いっきり振り上げ、フリーダムを吹き飛ばした。

 

 「ぐっ、動きが変わった!? SEEDか!!」

 

 デスティニーはアロンダイトを上段に構えると驚異的な速度で肉薄してくる。

 

 「邪魔な外部装甲ごと斬り刻んでやる!!」

 

 側面から横薙ぎに一閃。

 

 一撃がビームランチャーを破壊するとスラスターを全開にして即座に回り込み、肩部装甲を斬り飛ばす。

 

 まさに縦横無尽。

 

 上下左右から襲いかかる刃の檻によってストライクフリーダムの装甲を次々と穿っていく。

 

 「さっき以上の速度!?」

 

 「これがデスティニーの力だァァ!!!」

 

 外部装甲の大半をスクラップ同然に変え、ボロボロになった敵機を相手にしてもジェイルは決して攻撃の手を緩めない。

 

 すでにキラの手強さは十分に理解している。

 

 そんな相手は余計な事をされる前に倒してしまうべき。

 

 だからここで!!

 

 「終わりだ、フリーダム!!」

 

 懐に飛び込みフリーダムの頭部目掛けて渾身の一撃を叩き込む。

 

 体勢を崩し、避ける余裕もない。

 

 「今度こそ殺った!!」

 

 だが、対艦刀はそのままストライクフリーダムを斬り裂く事はできないまま、眼前で押し留められていた。

 

 「止めた!?」

 

 アロンダイトは敵機に届く前に両腕に装着されたブルートガングによって食い止められていたのである。

 

 両腕の刃を交差させ、対艦刀を止めたストライクフリーダムは蹴りを放ちデスティニーを突き放すと、再びビームサーベルを構えた。

 

 ジェイルは警戒を強めながら、敵を怒りの籠った視線で睨みつける。

 

 必殺の一太刀を完璧に止められたのは実に遺憾である。

 

 しかしそれも敵パイロットの驚異からすれば些細な事であった。

 

 先の一撃で勝負を決めるつもりだったのだ。

 

 それをあのパイロットは驚異的な反応でそれを止めて見せた。

 

 体勢を崩してるにも関わらずである。

 

 手強いのは重々承知していたが―――いや、何であれ躊躇する理由はない。

 

 「俺がここで討つ、フリーダム!!」

 

 止められたのであれば、もう一度。

 

 全身から殺気を迸らせたデスティニーがフリーダム目掛けて突っ込んでいく。

 

 その姿をキラはSEEDを発現させた瞳で油断なく見つめる。

 

 「……時間もない。勝負を決めよう」

 

 コンソールを操作するとデスティニーが突っ込んでくるタイミングに合わせ、腕部を除いた外部装甲をパージした。

 

 「装甲を捨てた!?」

 

 目標に対し急速に距離を詰めていたジェイルは、一瞬目を見開いた。

 

 「どういうつもりか知らないが!!」

 

 そんなものは障害にすらなりはしない。

 

 虚仮威しと判断すると進路上に散乱するボロボロになった外部装甲を避け、回り込むように急旋回する。

 

 それによってストライクフリーダムの背後に回る事に成功したデスティニーはアロンダイトを振りかぶった。

 

 「俺の勝―――ッ!?」

 

 そこで気がついた。

 

 フリーダムの最大の特徴、それが見当たらない事に。

 

 彼の機体最大の特徴と言えば紛れなく背中の蒼い翼である。

 

 それは目の前の機体も奴が乗っていた機体も同じだった。

 

 ならばどこにいったのか?

 

 答えは簡単である。

 

 気がついたジェイルは咄嗟に機体を捻る様に回避運動を取った。

 

 次の瞬間、背後からドラグーンシステムによってコントロールされた砲台がビームを撃ち込んでくる。

 

 「チッ!」

 

 あの装甲をパージしたのはドラグーンを射出した事を悟らせない為だったのだ。

 

 反応が速かったおかげか連続で撃ち込まれたビームをどうにか避け切る事に成功する。

 

 だがその隙にフリーダムはデスティニーに肉薄していた。

 

 左手に持ったビームサーベルが煌くと同時に右脚部が斬り飛ばされ、右手に持った光刃が袈裟懸けに振るわれ胸部を大きく抉った。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 コックピットが大きく揺れ、コンソールから電気が散る。

 

 どうやら機体を逸らしていたおかげか、コックピットに大きな影響はないようだ。

 

 ならば―――

 

 「まだだァァァァァ!!!」

 

 怒りに任せアロンダイトを振り下ろし、ストライクフリーダムの左翼を破壊。

 

 さっきのお返しとばかりにもう片方の手で抜いたフラッシュエッジでクスィフィアス3レール砲諸共左足を斬り捨てた。

 

 さらにフラッシュエッジを投げ捨て、続けざまにフリーダムの機体中央目掛けパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を撃ち込もうと構える。

 

 「今度こそ!!」

 

 掌から発する光が敵機を貫こうとした時、思いもよらぬ衝撃がジェイルに襲いかかった。

 

 フリーダムから射出されていたドラグーンが砲口前方にビームソードのような刃を形成し、デスティニーの肩部に突き刺さったのだ。

 

 「何!?」

 

 単純なドラグーンではなかった?

 

 レジェンドに装備されているビームスパイクのように接近戦用としても使えたらしい。

 

 だが驚く間もなく、フリーダムは右手のブルートガングで突きを放つ。

 

 狙いは傷がついた胸部。

 

 それに反応してジェイルもまた撃ち出そうとしていたパルマフィオキーナ掌部ビーム砲を再び突きだした。

 

 「させるかァァァ!!!!」

 

 「はああああああ!!!!」

 

 ブルートガングとパルマフィオキーナ掌部ビーム砲が至近距離から激突し、二人の視界が閃光によって白く覆われた。

 

 

 

 

 キラ達にザフトのエース達を任せたアレックスのノヴァエクィテスとセレネのエリシュオンはようやく目的の場所付近にまで辿りついていた。

 

 彼らが目指していたのはアポカリプスのコントロールルームである。

 

 コントロールを奪い返せば、ザフトが好きに使う事は出来なくなる。

 

 特に主砲は驚異だ。

 

 自軍で使用していたからこそ、アレの恐ろしさは良く理解している。

 

 これ以上、利用される前に奪還、もしくは破壊しなければならない。

 

 腰からビームサーベルを抜き、邪魔するグフやイフリートをあっさりと斬り捨てるとアポカリプス内部に侵入する為の入口に向かう。

 

 しかし彼らの前には数機の強化型シグーディバイドがこちらの進路を阻むように立ち塞がっていた。

 

 「くっ、此処まで来て邪魔はさせない!」

 

 後は内部に突入するだけなのだ。

 

 これまで自分達を援護してくれた者達の為にも絶対に失敗はできない。

 

 「アレックス、あれを!!」

 

 セレネが指摘した方向、そこにあるのはザフト機動要塞メサイア。

 

 そしてアレックスもセレネの焦りの理由に気がついた。

 

 要塞に設置されている悪魔の兵器が再び光を灯していたのだ。

 

 「まさか、ジェネシスを撃つ気なのか!?」

 

 見る限り、狙いは今自分達のいる宙域。

 

 この辺りは確かにテタルトスの部隊が多く展開されている。

 

 だが同じくらいザフトの部隊もまた戦線を広げているのだ。

 

 今ジェネシスを撃てば多少なりとも味方まで巻き込まれてしまう。

 

 シグーディバイドの砲撃を回避しながら、周囲を観察してもザフトが離脱する素振りは見られない。

 

 「……まさか、いや、今は時間がない」

 

 アレックスは余計な考えを捨て、通信機のスイッチを入れるとこの近辺にいる味方部隊に対し、即座に離脱命令を出した。

 

 「全機、ジェネシスが狙っている!! 急速離脱しろ!!」

 

 その声によって戦闘に集中していた他の機体もメサイアの動きに気がついたのだろう。

 

 ジェネシスから逃れる為に退避していく。

 

 「よし、セレネ、俺達も退避するぞ!」

 

 「了解!」

 

 アレックスとセレネもシグーディバイドのビームキャノンを受け止めながら、一気に上昇すると射線上から離脱した。

 

 だがザフト機はしつこく追ってくる。

 

 まるで道連れにしたいかのように。

 

 「くっ、いい加減にしろ!! 無駄死にしたいのか!!」

 

 苛立ちを抑えこちらを狙って振りかぶられたビームトマホーク紙一重で避ける。

 

 そしてビームウイングで腕を斬り裂き、踏鞴を踏んだザクを反対方向に蹴り飛ばした。

 

 戦闘を止め、テタルトス機が離脱する様子を見たからか。

 

 それともザフトもジェネシス発射を知らされたのか分からないが、ここにきてようやくザフトも退避行動を起こし始める。

 

 だが、明らかに遅すぎた。

 

 そして宇宙を斬り裂く死の閃光が放たれる。

 

 ネオジェネシスから放たれた光が射線上に存在しているすべてのものを容赦なく薙ぎ払う。

 

 テタルトスの部隊や地球軍、同盟軍、さらには逃げ遅れたザフトも巻き込まれ、宇宙のゴミへと変えていった。

 

 その光景を真近で見ていたアレックスは怒りと憤りで拳を強く握りしめる。

 

 「……俺達を倒す為に味方諸共薙ぎ払うとは」

 

 あの光は父が行った愚行の象徴。

 

 何度見ようが気分のいいものではない。

 

 それに加えザフトの部隊まで薙ぎ払われたとなれば、怒りで腸が煮えくり返ったとしても仕方がないだろう。

 

 「アレックス、アポカリプスが!?」

 

 「何!?」

 

 破壊された味方の残骸から目を離すとアポカリプスが各部スラスターを噴射させ、体勢を整えているのが確認できた。

 

 その姿を見たアレックスは凍りつく。

 

 「くっ、今度は主砲を撃つつもりか!!」

 

 砲口が向いている先にはテタルトスの部隊がいる。

 

 唯でさえネオジェネシスによって打撃を受け、浮足立っている状況なのだ。

 

 さらに主砲が発射されれば取り返しがつかなくなる。

 

 ノヴァエクィテスは進路を変え、主砲の方へ向う。

 

 「アレックス!?」

 

 「もう時間がない! 主砲を破壊する!!」

 

 攻撃を仕掛けてきたイフリートのベリサルダをサーベルで叩き折り、すれ違うと同時に胴体を真っ二つに斬り捨てた。

 

 さらにシューティングスターからドラグーンを射出し、周囲の敵を三連ビーム砲で撃破する。

 

 できれば先にコントロールルームを押さえ無傷で奪還したかったが、それで全滅しては意味がない。

 

 敵に奪取された時点でこうなる事も一応は想定済み。

 

 迷っている猶予はもう無いのだ。

 

 「ッ、了解です!!」

 

 先に進むノヴァエクィテスの後を追ってエリシュオンも続く。

 

 セレネとてこれ以上、味方が撃たれるのを黙って見ているつもりはない。

 

 「邪魔だ!!」

 

 「どいてください!」

 

 主砲の発射口を目指す二機の前に再び対艦刀を持ったシグーディバイドが立ち塞がる。

 

 背中のウイングスラスターを展開すると速度を上げて斬りかかってくる。

 

 「またこいつらか!」

 

 構っている暇はないと言いたいところだが、これまでの戦いで彼らが強敵である事は分かっている。

 

 前に出ようとしたノヴァエクィテスだったが、後ろに控えていたエリシュオンが正面に飛び出した。

 

 イシュタルから連続で撃ち出されたビームが敵機の陣形を崩していく。

 

 「セレネ!?」

 

 「此処は私がやります。アレックスは先に行ってください!」

 

 「しかし!!」

 

 セレネはイシュタルを対艦刀に切り替え、シグーディバイドと斬り結ぶと心配そうに見つめているアレックスに喝を入れる様に叫んだ。

 

 「少しは私を信じなさい!! 早く行って!!!」

 

 「……すまない」

 

 心苦しそうに呟くアレックスに苦笑する。

 

 本当に彼は生真面目な性格だ。

 

 肩の力を抜いた抜いたほうが良いと少しからかうつもりで声を掛けた。

 

 「帰ったら抱きしめてくださいね」

 

 「うっ、……ああ、分かった」

 

 最初は若干羞恥心が勝ったのか、言葉に詰まる。

 

 しかしすぐに表情を引き締めるとモニター越しに最愛の少女に頷き返す。

 

 「……逆効果だったかな」

 

 「どうした?」

 

 「いえ、貴方らしいです。とにかくここは私が」

 

 「ああ!」

 

 本当に彼女には頭が上がらない。

 

 両手にサーベルを握り、脚部の光刃を解放したノヴァエクィテスが崩れた陣形の穴に向かって突撃する。

 

 すれ違う瞬間に右手と脚部のサーベルで敵機の片腕と背中のスラスターを斬り裂くと、別方向の相手に腰のビームブーメランを投げつける。

 

 曲線の軌道を描いた刃がシグーディバイドのビームキャノンを破壊した。

 

 「後は頼む!」

 

 「了解!」

 

 その場をエリシュオンに任せ、主砲の発射口に向け加速していく。

 

 邪魔な敵を撃破しながら主砲まで辿り着くと、すでに発射態勢に入っているのか、砲口に光が集まり始めているのが見えた。

 

 「撃たせない!!」

 

 スラスターを全開にして主砲の中に飛び込んだアレックスは躊躇う事無くドラグーンを射出、ビームを放ちながら発射口に向けて突っ込ませる。

 

 主砲はもう発射直前の状態になっており、生半可な一撃を加えても、止まらない可能性もあった。

 

 ならばすべてのドラグーンを内部にぶつけ、駄目押しとして腹部のアドラメレクを叩き込んだ方が確実に止められる筈。

 

 アレックスはアドラメレクのトリガーを引く。

 

 ドラグーンの激突と同時に腹部から撃ち出された強力なビームの一撃が砲口内部を穿つと反転、一気に離脱を図る。

 

 背後で起こった大きな爆発に巻き込まれる直前、ギリギリのタイミングでどうにか外に飛び出すとすさまじい衝撃と共に爆煙が上がった。

 

 「ぐっぅぅぅぅ!!!」

 

 脱出できたとはいえ至近距離にいたノヴァエクィテスに襲いかかる衝撃は凄まじいものだった。

 

 それをどうにか耐えたアレックスは、アポカリプスの方を確認する。

 

 「何とか間に合ったか」

 

 どう見ても主砲は使えない。

 

 思わず安堵のため息が出た。

 

 しかし未だザフト機動要塞にはジェネシスが健在であり、アポカリプスも奪還できた訳ではない。

 

 「後は内部を制圧するだけだな」

 

 近くにいたプレイアデス級に陸戦の用意をさせる為、通信を入れる。

 

 主砲が破壊された事で内部もかなり混乱している筈だ。

 

 つまり今が奪還する為の最大の好機。

 

 通信を入れ終えたアレックスは自分も戦艦内部に入る為、ハッチをビームライフルで破壊した。

 

 

 

 

 「アポカリプスの主砲が落ちたか」

 

 ラルスと交戦していたクロードは巨大戦艦から見えた爆発の閃光に何ら感情を込める事無く淡々と呟いた。

 

 あそこにはシグーディバイドを含めた結構な数の部隊が配置されていた筈だ。

 

 テタルトスの本隊との戦闘に数を割いていた隙を突かれたか。

 

 あるいは余程のエースパイロット包囲網を突破したのか。

 

 何にせよ、これで戦況は変わる。

 

 「ハァ、ハァ、くそ!」

 

 戦場を見渡す余裕があるクロードとは反対にラルスにはそれほど余力は残っていなかった。

 

 ドラグーンはすべて破壊、機体自体も斬撃によって右腕を失い、各部は抉られ、機体はボロボロの状態である。

 

 「どうしたかな。動きが鈍いぞ」

 

 もはや満身創痍と言っても過言ではないエレンシア相手でもサタナエルは攻撃の手を緩めない。

 

 動き回る紅い機体に対し、動きを制限するつもりでビーム砲を撃ち込む。

 

 だがそれも牽制にすらならず、敵機を止める事は出来ない。

 

 「……強い!」

 

 特に途中からの動きは最初に比べると別人のように鋭く、反応も速い。

 

 「そろそろ限界かな、ラルス・フラガ」

 

 「くっ!」

 

 クロードの指摘は正しい。

 

 もはや機体は限界。

 

 しかも反撃の糸口すらないとなると―――

 

 「では終わりにしようか。この後も見届けたい戦いもあるのでね」

 

 止めを刺そうと突きの構えを取ったサタナエルが突っ込んでくる。

 

 「そう簡単にはいかない!」

 

 「む!?」

 

 残ったガンバレルを切り離し、機関砲を撃ち込んでサタナエルの眼前で爆発させる。

 

 その隙に反転すると生き残ったスラスターを使い、メサイアを目指す。

 

 どこまで行けるか分からないが、メサイアを守るリフレクターだけでも破壊しなければならない。

 

 しかし追撃してくると予想していたクロードは追おうとはせず、エレンシアの後ろ姿をただ見つめているだけだった。

 

 「フム、まあいい。君の最後の奮戦に期待させてもらおう。精々議長殿を慌てさせてやると良い」

 

 サタナエルは追撃もせずに別方向に去っていった。

 

 「どういうつもりだ?」

 

 止めを刺す事は簡単だったはずだ。

 

 にも関わらず何もしてこないどころか、見逃すとは。

 

 いや、理由は関係ない。

 

 障害が消えたならば―――

 

 「このまま行かせてもらう」

 

 だがエレンシアを行かせまいと敵機の砲撃が掠める度に機体に大きな衝撃が走る。

 

 「ぐぅ!」

 

 コックピットに火花が散り、ラルスも思わず呻き声を上げた。

 

 もはや機体は限界だ。

 

 「それでも止まる訳にはいかない!!」

 

 しかしそんなエレンシアの前にラナのシグーディバイドが立ち塞がった。

 

 「……敵はすべて排除する」

 

 まるで機械のように冷たい声色で呟いたラナはアガリアレプトを抜き、エレンシア目

掛けて叩きつけてきた。

 

 すでにI.S.システムが作動しており、通常とは比較にならない鋭い斬撃が襲いかかる。

 

 「チッ、構っている暇などないというのに!」

 

 どうにかシールドで受け止めたラルスであったが、ラナと戦っていられる余力は残っていない。

 

 「死ね」

 

 「まだやられる訳には―――ッ!?」

 

 連撃でさらなる損傷を負いながら、打つ手を探していたラルスの前にメサイアに先行していたヴィヒターとアルゲスの部隊が乱入してきた。

 

 彼らも激戦を潜り抜けてきたようで機体はボロボロになってしまっている。

 

 「大佐、ご無事で!」

 

 「ここは我らにお任せください!」

 

 アルゲスがスキュラでシグーディバイドを引き離すと、変形したヴィヒターが左右から攻撃を仕掛ける。

 

 「お急ぎください、大佐!!」

 

 「お前達……すま、ない。ここは―――任せる!」

 

 血を吐く思いで口にした命令に誰一人、躊躇う事無く返事をする。

 

 「「「了解!!」」」

 

 明らかにあの敵の力は彼らよりも上。

 

 しかもここまでの戦闘でのダメージを考慮すれば足止めすら難しいだろう。

 

 本当ならば撤退を命じるくらいの損傷だった。

 

 だがそれでも彼らはやると言った。

 

 だからこそラルスも何も言わずここを任せた。

 

 死ねとあえて命じたのだ。

 

 なら自分もまた命を懸ける。

 

 ここまで共に戦ってくれた皆の為にも。

 

 敵機に構う事なく直進、砲撃のダメージも無視してメサイアに突撃する。

 

 要塞を守る陽電子リフレクターに向けてビームシールドを押しつけ、スラスターを全力で噴射する。

 

 「うおおおおお!!!」

 

 コックピットに鳴り響く警戒音を無視し機体を押し込むと急に抵抗感が消え、リフレクターの内側に抜けていた。

 

 「……突破、できたか」

 

 しかし負荷をかけすぎたのか直後、背中のスラスターが爆発する。

 

 完全にバランスを崩してしまったエレンシアはメサイアの岸壁に激突してしまった。

 

 「ぐあああ!!」

 

 激突のショックで気を失いそうになりながらも、左腕で残った最後の武装である高エネルギー収束ビーム砲を手に取った。

 

 現在の状態からしても撃てるのは後一発が限度。

 

 狙いは陽電子リフレクター発生装置。

 

 砲口を向け、トリガーに指を掛ける。

 

 「ルシア、後は、頼むぞ」

 

 銃口から放たれた強力な閃光がリフレクターを展開していた装置に直撃する。

 

 爆発と共にメサイアを守っていたリフレクターも消失した。

 

 多大な損傷を受けたエレンシアも高エネルギー収束ビーム砲の負荷に耐えきれなかった反動によって腕が吹き飛び、爆発に巻き込まれていった。

 

 

 

 

 意識を失っていたジェイルが目を覚ましたのは丁度ネオジェネシスが放たれる直前だった。

 

 ぼんやりする意識をはっきりさせようと、頭を振り、何が起きたのか確認する為に周りを見る。

 

 「くそ……何が―――ッ!? フリーダムは!?」

 

 自分はあの黒い装甲を纏ったフリーダムと交戦していたはず。

 

 そこで思い出した。

 

 ブルートガングとパルマフィオキーナ掌部ビーム砲の激突。

 

 そして―――

 

 「そうか……」

 

 ジェイルはデスティニーの左腕を見る。

 

 パルマフィオキーナ掌部ビーム砲を放った腕は結構な損傷を受けていた。

 

 あの時、パルマフィオキーナが発射される直前にフリーダムの刃が発射口に突き刺さった。

 

 それによって弾かれる形となったビームによってデスティニーの腕も損傷を受けてしまったのだ。

 

 パルマフィオキーナはもう使えないが、戦闘は可能。

 

 それだけでも僥倖だ。

 

 もちろんフリーダムの方もただでは済んでいないだろうが。

 

 その時の衝撃で吹き飛ばされたのか近くに敵機の姿はなかった。

 

 「くそ、痛み分けかよ!」

 

 現在の状況を確認しようとした時だった。

 

 ネオジェネシスの眩い閃光が宇宙に放たれたのは。

 

 「なっ!?」

 

 ジェイルは思わず驚きの声を上げた。

 

 別にジェネシスが発射された事に驚いた訳ではない。

 

 本当に驚いたのは敵だけではなく味方も巻き込まれた事にだった。

 

 「な、なんで」

 

 警告は届いていたようだが、あのタイミングでの発射では射線上にいた味方の回避は間に合わなかった。

 

 偶然と思いたい。

 

 まさか味方の被害も構わず、ジェネシスを発射したなど、考えたくもない。

 

 その時、再びジェイルを衝撃が襲う。

 

 「あれって……ミネルバ!?」

 

 メサイア付近でフォルトゥナと撃ち合いを行っているのは見慣れた戦艦だった。

 

 シンが生きていた時点でミネルバも無事である可能性は高いと思っていた。

 

 それだけではない。

 

 あの位置。

 

 もしかするとフォルトゥナの誘導によってミネルバをネオジェネシスの射線上に誘っている?

 

 ジェイルは自然と腕が震えている事に気がついた。

 

 別に恐怖ではない。

 

 どのような理由であれ、彼らは今自分達と敵対している。

 

 「ミネルバを討つのか、俺が……」

 

 想像した以上に抵抗感を持っている自分に驚く。

 

 そして何故か前にアレンやステラから言われた言葉を思い出していた。

 

 ≪敵だからと……たとえ相手が子供でもお前は撃つのか?≫

 

 ≪お前が求めているのは私ではなく、別のものだ≫

 

 何で此処でそれを思い出す?

 

 頭を振り、余計な事を考えないようにするとデスティニーをメサイアの方へ向かわせた。

 

 自分でもどうするべきなのか、答えも出ないままに。



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第64話  死地にて佇む王の下へ

 

 

 

 

 

 

 アポカリプス主砲の破壊とメサイアを守護する陽電子リフレクターの消失。

 

 これはザフトに大きな影響を与えた。

 

 想定外という他ない。

 

 これだけ数的有利な状況でありながら、アポカリプスはおろか自軍のトップが控える機動要塞の防御を崩されるなど誰も予想できなかった。

 

 それだけにザフト全軍に与えた影響は大きい。

 

 中でもレイが受けた衝撃は、他の者達の比ではない。

 

 アポカリプスの方はともかく、メサイアのリフレクタ―まで消されるとは。

 

 「くっ、ギル!!」

 

 「行かせるか!!」

 

 メサイアの方へ向かおうとするレジェンドに回り込んだアカツキが切り離したビーム砲塔を操作して進路を阻んだ。

 

 「邪魔を!」

 

 全身に走る感覚と鋭い反応で砲塔からの射撃を回避するとドラグーンとビームライフルでアカツキを狙撃する。

 

 しかし撃ち出された閃光はすべて敵機を貫く事無く、黄金の装甲によって反射されてしまう。

 

 「厄介だな!」

 

 反射され、戻ってきたビームをシールドで防御しながら毒づいた。

 

 レジェンドとアカツキの相性は良くない。

 

 あの装甲によってビーム攻撃はすべて弾かれてしまうからだ。

 

 それは奴が使用しているドラグーンも例外ではない。

 

 砲台にも反射する装甲は装備されているらしく、ビームライフルで撃墜する事もできないのである。

 

 そうなると実体弾に類する攻撃か、あるいは接近戦が有効であると考えられる。

 

 だがレジェンドに装備されている武装では選択肢が限られてくる。

 

 ビームスパイクならば貫通出来るかもしれないが、相手がエンデュミオンの鷹と呼ばれたムウ・ラ・フラガでは当てられないだろう。

 

 そうなるとあの機体の特性を破り、打倒する為には接近戦しかない。

 

 レイは視線を動かし周囲を観察しながら、デファイアント改ビームジャベリンを構えアカツキに斬りかかる。

 

 その間、ドラグーンによる牽制も行う。

 

 狙いはあくまでもアカツキの動きを誘導する事。

 

 ビームを弾くとはいえ、避けられるものは避けようとするのがパイロットとしての心理であろう。

 

 ならば―――

 

 「何時までも調子に乗るな!」

 

 動きを誘導したレイが叩き込んだ一撃をムウはどうにかシールドを掲げて防ぐとこちらも負けじとサーベルを振り抜く。

 

 「たく、いちいちクルーゼと動きが被るんだよ!!」

 

 苛立たしげに吐き捨て、光が弾ける中で目の前の機体を睨みつける。

 

 機体が奴が乗っていたモビルスーツ『プロヴィデンス』の後継機である事も関係しているのだろう。

 

 しかしその動きは幾度となく矛を交えてきたラウ・ル・クルーゼを彷彿させるのだ。

 

 さらにドラグーンのコントロールも奴によく似ているというのがまた、嫌な事を思い出させる。

 

 「だとしても!」

 

 クルーゼ相手の戦いは何度も経験してきた。

 

 故に似ているというならば戦いようはある。

 

 巧みな動きでドラグーンによる攻撃から逃れ、ビームライフルで撃ち落としながら再びサーベルを構えて突撃する。

 

 双刃を構えるアカツキをレイは忌々しげに睨むと一歩も引く事無く、迎え撃つ。

 

 「確かにエンデュミオンの鷹の名は伊達ではないらしい。しかし、貴方では俺には勝てない!!」

 

 それは必然ともいえる事。何故なら彼は何度戦っても、もう一人の自分に勝てなかったからだ。

 

 レジェンドはライフルで牽制しながら徐々に後退。

 

 破壊されたイフリートの二本のベリサルダをもぎ取ると背中の砲塔を切り離す。

 

 「チィ!」

 

 下方から撃ち放たれるビームを避ける為、上昇してやり過ごすがそれこそがレイの狙いであった。

 

 「そこだ!」

 

 ドラグーンを操作し、浮かんでいたモビルスーツの残骸を破壊してアカツキを爆風で吹き飛ばした。

 

 「ぐっ!?」

 

 どうにか衝撃に耐え、機体を立て直そうとするムウの眼前に回転しながら物体が飛び込んでくる。

 

 「対艦刀!?」

 

 爆煙の中から飛び出してきたのは先ほどレイがイフリートから奪い取ったベリサルダであった。

 

 「不味い!?」

 

 アカツキの装甲ヤタノカガミでは対艦刀の攻撃は防げない。

 

 レイはアカツキに対してビームが通用しないと判断した時から、イフリートの対艦刀を有効に使うためにこの位置まで誘導するつもりだったのだ。

 

 咄嗟に操縦桿を引き回避運動を取るが、ムウの直感が危険を知らせた。

 

 「ッ!?」

 

 無理やり機体を捻って、軌道を変えるとアカツキが居た空間をビームスパイクが脚部の装甲を抉っていく。

 

 そして接近してきたレジェンドが残ったベリサルダを横薙ぎに振り抜き、ビームライフルを斬り裂いた。

 

 「くそ!!」

 

 「言った筈だ! 貴方では俺には勝てないと!! 何故なら俺は―――『ラウ・ル・クルーゼ』だからだ!!」

 

 叫びと共に再びドラグーンを展開し、ベリサルダを振るっていく。

 

 絶え間なく叩き込む猛連撃を前に防戦一方のアカツキ。

 

 それを追い詰めんとレジェンドがさら前へと出た。

 

 

 

 その時、あの感覚が全身を駆け廻り、そして―――

 

 

 

 

 「ずいぶんと大きく出たな」

 

 

 

 

 その声と共に周囲に展開されていた砲塔が強力なビームによって消し去られ、次の瞬間、接近してくる閃光が見えた。

 

 「なっ!?」

 

 「これは!?」

 

 ビームではない。

 

 忘れる筈のない特徴的な青紫の機体が凄まじい速度で接近すると、すれ違いざまにビームサーベルを引き抜いた。

 

 攻撃を感知し、ビームシールドで光刃を止めるレイだったが、その隙に回り込まれ突き飛ばされてしまう。

 

 「ぐっ、ううう!!」

 

 衝撃を噛み殺して、乱入してきた機体を睨みつけた。

 

 「……ユリウス・ヴァリス」

 

 レジェンドとアカツキの間に割り込むように佇むのはグロウ・ディザスター。

 

 いずれ戦う事になると覚悟はしていたが―――

 

 レイがユリウスが来た事に歯噛みしていたのと同様にムウもまた驚愕し、操縦桿を握る手に力が入る。

 

 「今度はユリウスか」

 

 彼ともクルーゼ同様、前大戦から何度も戦い、その度に苦渋を舐めさせられた。

 

 今回は状況的にも敵ではないと思いたいところだが、ディザスターから発せられる殺気がそんな楽観的な思考を抱かせない。

 

 「……ユリウス」

 

 「……邪魔だ。失せろ、ムウ」

 

 ユリウスは冷たい声で言い放った。

 

 「何!?」

 

 「邪魔だと言った。もう一度言ってやる、失せろ」

 

 奴の言い様に腹が立つが、離脱するには好都合である。

 

 レジェンドを警戒しながら、ムウはアークエンジェルがいる方に離脱する。

 

 「ッ、行かせると思うか!」

 

 ドラグーンで離脱していくアカツキを囲もうするが、それをディザスターがビームライフルで狙撃しながら阻止してみせた。

 

 「舐められたものだな」

 

 「くっ、貴方が彼を助けるとは思いませんでしたよ」

 

 「……勘違いするな。誰が奴など助けるか」

 

 ユリウスにとっては今でもムウは憎しみの対象である事に変わりはない。

 

 だがその為にすべき事を履き違えるほど、愚かではないというだけの話である。

 

 「そんな事よりも、先程聞き捨てならない事を言っていたな……誰がラウ・ル・クルーゼだと」

 

 明らかな殺意と怒りの籠った声色にレイはたじろいだように声を詰まらせる。

 

 まるで目の前に肉食獣がいるかのような恐怖。

 

 レイは全身を包む恐怖を噛み殺し、自身を奮い立たせる。

 

 怯むな。

 

 ここで怯めば、そこにつけ込まれるだけ。

 

 「……たとえ貴方が相手でも、いや、貴方が相手だからこそ、俺は!!!」

 

 負けられないのだ。

 

 ギルが創る世界の為にも。

 

 「貴方を、キラ・ヤマトを、アスト・サガミを倒し、今日ですべての過去を終わらせる!!」

 

 「……くだらん。やれるものならやってみろ」

 

 レイはすべてのドラグーンを放出し、ベリサルダとビームジャベリンを構えて斬りかかった。

 

 彼の強さは良く分かっている。

 

 自分と同じく特殊な空間認識力を持ち、他者を寄せ付けない圧倒的な技量。

 

 そんな相手に長期戦に持ち込むよりも、一気に勝負を決めた方が危険は少ないと判断した。

 

 展開された砲台から放たれた無数の閃光が網のように広がり、レジェンドの持った光刃がディザスターに襲いかかった。

 

 しかしそんな攻撃を前にしてもユリウスは全く表情を変える事は無い。

 

 二つの刃を避け、スラスターを使って加速するとドラグーンの砲撃を潜り抜ける。

 

 「逃がさない!」

 

 ドラグーンをコントロールしながら、今度こそと刃を構えて斬りかかった。

 

 だがその瞬間、レイの全身にあの感覚が走る。

 

 気がつけばいつの間にか射出されていたディザスターのドラグーンが背後に回り込んでいた。

 

 「くっ!?」

 

 攻撃を中止し、急速に上昇してビームを回避する。

 

 そこに待ち構えていたディザスターの斬撃がレジェンドの脚部を捉え、斬り裂かれてしまった。

 

 しかしレイとてただ黙っている気はない。

 

 即座に反撃に移る。

 

 持っていたビームジャベリンを逆袈裟に振り上げ、敵機の装甲に浅くではあるが傷をつけた。

 

 「ほう、口先だけかと思いきや、なかなかやるな。しかし―――」

 

 ジャベリンの一撃に仰け反り、体勢を崩したかと思われたディザスター。

 

 しかし次の瞬間、レイの視界の前からかき消えたように姿を見失ってしまう。

 

 「ぬるい」

 

 「なっ!?」

 

 その直後、ベリサルダを持っていた左腕ごと叩き斬られてしまった。

 

 攻撃の軌跡も見えず、機体の姿も見失った。

 

 いや、正確には瞬時にこちらの死角に入り込み、攻撃を加えてきたのだ。

 

 腕を落とされた衝撃と死角に入られた動揺によってレイのコントロールが若干鈍る。

 

 それを見逃すユリウスではない。

 

 ビームライフルの一射がドラグーンを撃ち落とし、レジェンドのバックパックの一部を吹き飛ばす。

 

 「ぐぅ、何故だ!? 何故貴方は俺達と敵対する!?」

 

 「私の考えは月で言った通りだ」

 

 ユリウスは感情を込める事無く淡々とした口調で語りながら、レジェンドの砲撃を易々と回避していく。

 

 「議長の創られる世界こそが、過去を終わらせ、救いをもたらす唯一の道! ラウもそれを―――」

 

 「……思い上がるなよ。自分も持たんデュランダルの人形風情が」

 

 スラスターを噴射させて速度を上げるとすれ違いざまに残った脚部も斬り落す。

 

 「私は別にお前がデュランダルに賛同して戦う事を否定はしない。自身で考え、覚悟し、決めたなら何も言わん」

 

 「くっ!」

 

 まるですべてを見切っているかのように、ビームを鮮やかにかわしていく。

 

 その様が余計にレイの焦りに拍車をかけ、コントロールを鈍らせていく。

 

 「だがな、それはお前の本心では、お前自身の言葉ではないだろう―――他者の言葉で自分を語るな!!」

 

 「ッ!?」

 

 その指摘にレイの思考が白く染まった。

 

 自分自身を見透かされているかのような感覚を覚え、一瞬動きを止めてしまった。

 

 ディザスターはビームを紙一重で避け肉薄すると叩きつけられたビームジャベリンを弾き、サーベルを一閃する。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃が残った右腕を斬り落とし、突き出したビームカッターで頭部を斬り潰した。

 

 「ぐあああああ!!!」

 

 四肢と頭部を破壊されたレジェンドは装甲から色が消え、完全に沈黙した。

 

 全く動かない所から見てどうやらレイは気を失っているらしい。

 

 そこに丁度通信が入ってくる。

 

 《大佐》

 

 「アレックスか。どうした?」

 

 《こちらに向け発射されようとしていた主砲を破壊し、現在攻撃部隊と一緒にアポカリプスの内部に侵入しました》

 

 そこまで来ればアポカリプスの奪還は時間の問題だろう。

 

 「良し。そのまま内部を制圧し、部隊をアポカリプス周辺に集結させろ」

 

 《……機動要塞の方は?》

 

 「地球軍と同盟に任せておけ。今はアポカリプス奪還を優先する。その後は状況次第だ」

 

 《了解》

 

 アレックスからの通信を終え、モニターから映像が消えると周囲に目を向けた。

 

 戦闘は未だに続いているが初期にくらべずいぶん状況は変わった。

 

 アポカリプスは落ち、メサイアを守っていた陽電子リフレクターは消失した。

 

 流石のデュランダルでもここまで追い込まれるとは思っていなかったに違いない。

 

 「さて、どういう結末になるのかな、デュランダル」

 

 ユリウスはメサイアの方を一瞥するとすぐに視線を戻し、動かなくなったレジェンドの方へと近づいていった。

 

 

 

 

 宇宙を薙ぐ圧倒的な閃光がこちらを狙って放たれた。

 

 アオイは操縦桿を引き、レヴィアタンからの砲撃を回避すると改めて敵機の姿を確認する。

 

 通常の機体よりもやや大きく、火力もある。

 

 かといってデストロイのように動きが鈍いかと思いきや全身に設置されたスラスターによって機動性にも優れている。

 

 「デストロイというよりは、あのスカージに近いかもしれないな」

 

 巨体の割に圧倒的な加速力と火力を持ったスカージは実に厄介な相手だった。

 

 目の前のモビルスーツはあの機体に近い感じがする。

 

 スカージは連合内でもう不穏な噂があったが、この新型と結びつけるのは考え過ぎなのだろうか。

 

 敵の猛攻を潜り抜けたアルカンシェルはアンヘルを構え、動き回る砲塔目掛けて発射する。

 

 凄まじいまでの閃光に呑まれたドラグーンを一斉に消し飛ばした。

 

 しかしそれでも目に見える数は減らず、再び放出された砲塔がこちらに向かってきた。

 

 「何基あるんだよ!」

 

 毒づきながらビームの雨を振り切るように加速する。

 

 その間に接近してきたレヴィアタンが袈裟懸けに振るった斬撃をシールドで弾き、距離を取った。

 

 別方向に目を向けると先に戦っていた同盟軍機が目に入る。

 

 ジャスティスとヴァナディスは傷つきながらも、レヴィアタンからの攻撃を防いでいた。

 

 だが気になったのはその動きだ。

 

 損傷と別に明らかに動きが鈍く、あの機体に向けて致命的な攻撃を避けているようにも見える。

 

 「もしかして……」

 

 心当たりのあったアオイは急いで通信機のスイッチを入れる。

 

 「そこの同盟軍機、返事をしてくれ」

 

 「貴方は月で会った地球軍の……」

 

 モニターに映った顔にはこちらも見覚えがあった。

 

 確かアスト・サガミと一緒にいた女性。

 

 それにもう一人は自分も知っているピンクの髪の少女と同じ顔をした女性が映っている。

 

 彼女達が同盟のエースパイロットらしい。

 

 意外というか色々と気になる事はあるが今は先に聞くべき事がある。

 

 「あの機体のパイロットは貴方達の知り合いなのか?」

 

 彼女達の動きはかつての自分と同じだった。

 

 ステラを助けようとしていた自分と。

 

 「ええ、あの機体には妹が、ティア・クラインが乗っています」

 

 「ティア・クライン!?」

 

 あのティア・クラインがモビルスーツに乗って戦っている?

 

 ジブラルタルで出会った時にはモビルスーツでの戦いなどとは一番無縁に見えたのだが。

 

 もしかすると―――

 

 「……もしかして貴方達の事が分からないのか?」

 

 「ええ」

 

 予想通りステラの時と同じだ。

 

 それで彼女らの行動にも合点がいく。

 

 なら自分が取るべき行動は決まっていた。

 

 「俺が前に出ます」

 

 「えっ、しかし!」

 

 「その損傷ではあの機体と真っ向から戦うのは難しい筈だ」

 

 確かに二機は万全とは言い難い状態。

 

 新型と真っ向から事を構え、ティアを救出するには些か心許無い。

 

 「大丈夫、俺が必ず助けますから」

 

 アオイは二人の返事を待たず、レヴィアタンに向かっていく。

 

 「幾つか隠し腕を持っています。接近する際には気をつけてください」

 

 「了解!」

 

 腹部から発せられるサルガタナスの一撃を旋回して回避するとビームライフルを連射。

 

 狙いは肩部から伸びた羽のような装甲だ。

 

 あれを破壊すれば動きも鈍る。

 

 しかし敵は意外にも回避する素振りも見せない。

 

 オハンを構え機体を守るようにビームシールドが展開、すべてのビームを防いで見せた。

 

 さらに盾の中央が割れ、並んだ砲口が露わになると肩部のビーム砲と共にアルカンシェル目掛けて三連装ビーム砲が発射される。

 

 「あんな装備まで!?」

 

 強烈な何条もの閃光にアオイもビームシールドを展開して防御に回る。

 

 あの盾の武装も含め、相当の火力を持っている。

 

 しかもあれだけ大きく強力なシールドまで展開できるとなると距離を取っての砲撃戦では不利は否めない。

 

 となると接近戦しか無い訳だ。

 

 「言うほど簡単にはいかないよな」

 

 隙でも作れたら別なのだろうが。

 

 ステラの時みたいに声でも掛けてみるか?

 

 姉にも反応がないというのに、自分の声で止まるとも思えないが。

 

 意を決して通信機に向かって声を張り上げる。

 

 「聞こえているか、ティア・クライン!! 俺だ、ジブラルタルで出会ったアオイ・ミナトだ!!」

 

 一瞬でも注意を引き付けられれば良い程度にしか考えていなかったのだが、予想外にも敵機は動きを鈍らせた。

 

 もしかすると反応しているのだろうか?

 

 何故自分の声に反応するのか疑問は残るが、今はそんな事はどうでも良い。

 

 《……ア、オイ?》

 

 「そうだ、もうやめろ! そのモビルスーツから降りるんだ!!」

 

 もしかするとこのまま戦わずに済むかもしれない。

 

 そんな淡い期待を抱いたアオイだったが、それもすぐに打ち砕かれた。

 

 《わ、私は……アオ、イ……ミ、ナト……排除目標……いや、ちが……ア、レ、ア、レン……さ―――》

 

 様子がおかしい。

 

 声を掛けたのは不味かったのか。

 

 「おい、俺の声が―――」

 

 その時、

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 不気味な機械音声と共に悪夢のシステムが起動する。

 

 《……最優先排除目標確認。殲滅します》

 

 その瞬間、今までの攻撃が児戯だったと言わんばかりの苛烈な攻勢が開始される。

 

 「ッ!?」

 

 レヴィアタンに設置された砲口が一斉に解放され周囲を焼き尽くす砲撃が発射された。

 

 アオイはアルカンシェルを上昇させ何条ものビームを回避する。

 

 下方を通過した閃光は射線上のすべてを巻き込み、漂っていたすでに破棄された戦艦の残骸諸共消し飛ばした。

 

 「馬鹿みたいな火力だな!」

 

 あれは掠めただけでもただでは済むまい。

 

 さらに放出されたドラグーンの動きも鋭さを増した。

 

 「チッ、邪魔だ!」

 

 思わず舌打ちしながら、回避運動を取り、ライフルで敵機を狙撃する。

 

 しかしそれも機敏な動きとあの大きなビームシールドによって防がれてしまう。

 

 「まずはあの盾をどうにかしないと」

 

 オハンがある以上、遠距離、近距離に関わらず攻撃は通用しない。

 

 問題はどうやってこれだけの砲火の中、あの盾を破壊するかである。

 

 考え込んでいたアオイに距離を詰めてきたレヴィアタンはロングビームサーベルを袈裟懸けに振るってきた。

 

 「速い!?」

 

 機体を逸らし、目の前を通過する光刃が装甲の一部浅く抉った。

 

 負けじとこちらもサーベルを抜くと袈裟懸けに振り抜く。

 

 しかし常人とは比べものにならないほど素早い反応で受け止め、二機の間に光が弾ける。

 

 膠着状態の中、肩部と腰部から伸びてきた腕が上下から同時にサーベルで斬りつけてきた。

 

 レティシアからの忠告のおかげか、驚きも無く斬撃をシールドを使って捌いた。

 

 「次から次へと!!」

 

 合計六本の腕から繰り出されるビームサーベルの斬撃がアルカンシェルに容赦なく襲いかかった。

 

 斬撃をシールドで防御しながら、攻め手を考える。

 

 距離を取れば強力な火器とドラグーンによる波状攻撃。

 

 かといって接近すれば六本のビームサーベルの連撃が待っている。

 

 しかもこちらは致命的な一撃を加えられない。

 

 攻めあぐねるアオイに対し、敵機は攻撃の手を全く緩めない。

 

 その時、アルカンシェルを守る様に広がった光のフィールドがレヴィアタンの砲撃を防いで見せた。

 

 「なんだ?」」

 

 ビームを防いだのはヴァナディスのアイギスドラグーンだった。

 

 そして回り込んだジャスティスがビームサーベルで側面から斬り込んでいく。

 

 攻撃はすべてシールドによって阻止され、火花を散らした。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「ええ。援護助かりました」

 

 とはいえ攻めあぐねている現状は変わらない。

 

 「やはりあのシールドをどうにかしなければならないですわね」

 

 「ええ」

 

 「分かりました。アレは私が破壊します、レティシアは砲撃の方を防いでください。そして最後は貴方にお任せします」

 

 「ラクス!?」

 

 レティシアと共にアオイも驚く。

 

 というか―――

 

 「どうして俺をそこまで信じられるんです?」

 

 確かに敵対している訳ではないが、それでも地球軍の人間である。

 

 手を貸すような事をしたのは自分な訳だが、彼女達からすれば不信感を抱くのが普通だろう。

 

 「今までの戦い方を見れば十分です。それに貴方は助けると言ってくれましたから」

 

 「ハァ、そうですね。ラクス、無茶だけはしないでくださいね」

 

 「はい」

 

 止む事のないビームの嵐の中を躊躇う事無くジャスティスが飛び込み、その後ろからヴァナディスが続いた。

 

 お人好しとでも言えばいいのか。

 

 でもそういうのは嫌いではない。

 

 「良し、行くぞ!」

 

 改めて操縦桿を握り直すと、二機を追うように嵐の中へと向っていく。

 

 ヴァナディスが後方からドラグーンを狙撃する中、SEEDを発動させたラクスはシールドのグラップルスティンガーを射出。

 

 レヴィアタンの腕をつかみ取ると、ビームサーベルを叩きつける。

 

 だが僅かに早く展開されたオハンによって防御されてしまった。

 

 でもそれは想定内。

 

 肩部の隠し腕をシャイニングエッジビームブーメランで斬り潰すと、背中のファトゥム01を分離させオハンに突撃させる。

 

 ここまでの戦いただ眺めていた訳ではない。

 

 当然オハンの特性にも気がついていた。

 

 あの盾は強力かつ広大なシールド展開でき、攻撃面においても三連装ビーム砲も搭載している。

 

 しかし戦闘中においてもビームシールドを展開していた時間は限られていた。

 

 すなわちシールドの持続時間は短いという事。

 

 そしてもう一つ気がついた事があった。

 

 それは圧倒的な実戦経験の不足である。

 

 ティアに対してどんな仕掛けをしているのかは分からない。

 

 しかしどれほど資質に優れていようとも彼女は所詮素人だ。

 

 僅かに垣間見える動きのぎこちなさなどが隠しきれていない。

 

 ならばそこを突く。

 

 ファトゥム01に押し込まれていくレヴィアタンであったが、もう片方の手で抜いたロングビームサーベルを振りかぶった。

 

 「させません!!」

 

 ドラグーンを撃ち落としたレティシアがビームガンから発生させたサーベルで肩部装甲を斬り裂き、敵機のバランスを崩す。

 

 しかし腰部の隠し腕から放たれた斬撃がヴァナディスの右腕を斬り落とした。

 

 「くっ、反応が鈍い!?」

 

 普通であれば避けられた一撃だったにも関わらず、腕を落とされてしまった。

 

 見た目以上にダメージが蓄積しているらしい。

 

 「レティシアは下がって! 後は!!」

 

 展開時間の限界を超えたシールドが消失。

 

 同時にファトゥム01がオハン諸共左腕を潰し、ジャスティスのビームブレイドが腰部の隠し腕を破壊する。

 

 しかしティアはそこで出来た隙を見逃さない。

 

 ロングビームサーベルでジャスティスの脚部を斬り捨て、脚部のビーム砲で吹き飛ばした。

 

 「ぐうう!!」

 

 グラップルスティンガーのワイヤーを切り離し、シールドでビーム砲を受け止めたが吹き飛ばされてしまった。

 

 ジャスティスに止めを刺すため、レヴィアタンがサルガタナスを構えた。

 

 「やらせない!!」

 

 正面からビームサーベルを抜いたアルカンシェルが突っ込んで来るのを見たレヴィアタンは、目標をそちらに変え腹部の一撃を放った。

 

 「うおおお!!」

 

 アオイが機体の出力を上げる。

 

 同時にリミッターが解除され、装甲の一部が開き、光の放出を開始した。

 

 一気に加速したアルカンシェルはデスティニーと同じく光学残像を生み出し、ビームを避けた。

 

 違和感は無く今まで以上の一体感を感じながら回避運動を取った。

 

 強力な閃光を潜り抜け、ビームサーベルを一閃。

 

 片方の肩部装甲を破壊する。

 

 その時、アルカンシェルの腕部は明らかに光を多く放出していた。

 

 それによりまるでサーベルが二本あるかのような、はっきりとした幻影を生み出している。

 

 「これってW.S.システムか!?」

 

 W.S.システムはアオイの戦い方を学習し、アルカンシェルのナチュラルでは制御しきれない複雑な操作も補助するよう調整されている。

 

 それは本来外部装甲によって管理されていたリミッターに関しても同様だ。

 

 制御がW.S.システムに切り替わった事で一つの変化を起こしていた。

 

 アオイの動きや状況に合わせ、光の放出量を調整する事で一部ではあれど、より高度の幻影を発生させていた。

 

 まるでそこに本物が存在しているかのような高度な幻影を。

 

 「はあああああああ!!!」

 

 相手は幻影によって動揺したのかアルカンシェルを捉えきれていない。

 

 機体を手足のように操りながらドラグーンをアンヘルで吹き飛ばし、振るった剣閃がスラスターを斬り裂いた。

 

 そして敵機は再びサルガタナスを放とうと構える。

 

 「これ以上、撃たせない!!!」

 

 攻撃を察知し再び懐に飛び込むとサーベルで頭部を串刺しにして距離を取った。

 

 破壊された頭部から火を噴き爆煙が上がる。

 

 それに伴い持っていたロングビームサーベルから光が消え、ドラグーンも動きを止めた。

 

 今の攻撃で一時機体の機能が麻痺したのだろう。

 

 チャンスはここしかない。

 

 「今だ!」

 

 「はい!」

 

 動きを止めたレヴィアタンにジャスティスが取りついた。

 

 ラクスが解放したコックピットからティアを引き摺り出し、自身の方へ引っ張り込む。

 

 「ティア!!」

 

 「う、うう……」

 

 頭痛によるものか苦しそうに表情を歪めてはいるが、どうやら無事らしい。

 

 目立った外傷もないようだ。

 

 「大丈夫、無事です」

 

 「ラクス、このままオーディンまで運び―――ッ!?」

 

 安堵して声を掛けようとしたその時、レティシアに嫌な感覚が走ると同時に声が響いた。

 

 

 「素晴らしい。流石だよ、アオイ・ミナト君」

 

 

 全員が振り返った先には赤いモビルスーツ『サタナエル』がその速力を持って急速に近づいてきていた。

 

 

 

 

 メサイア付近でミネルバと激しい攻防を繰り広げていたフォルトゥナのブリッジでヘレンは驚愕を隠せずにいた。

 

 「……まさか、レヴィアタンが落ちた?」

 

 レヴィアタンの機能停止。

 

 それはヘレンにとって完全に想定外と言える出来事であった。

 

 一体誰が倒したのか。

 

 最もティアに影響を与えうる相手はアスト・サガミだ。

 

 ティアにとって彼の存在は心の拠り所ともいえる程。

 

 だがそんな彼もシグーディバイドによって足止めされている。

 

 倒しうる実力を持つキラ・ヤマトも同様である。

 

 いや、誰が倒したにしろ彼の機体はまさに切り札。

 

 そこらのモビルスーツなどでは相手にならなかった筈である。

 

 それが落とされてしまうとは想像もしていなかったというのが本音であった。

 

 それだけではない。

 

 アポカリプス主砲の破壊にメサイアを守っていた陽電子リフレクターの消失。

 

 近くには撃ちあっているミネルバに加え、アークエンジェルや地球軍の機体も近づいていた。

 

 ラナには防衛の為にメサイアに近づくすべての者を攻撃するように指示してあるが。

 

 「いえ、まだ負けた訳ではない」

 

 スカージや強化型シグーディバイドは健在。

 

 こちらに向かっている筈の主力部隊が戻れば、勝つのはこちらだ。

 

 敵の残存部隊はそれで十分に殲滅できる。

 

 「トリスタン、照準。タンホイザー発射準備」

 

 「了解!」

 

 フォルトゥナの砲撃が撃ち出され、ミネルバの装甲を掠める。

 

 立て続けに砲撃を叩き込もうとしたヘレンであったが、敵艦も反撃しようとしているのに気がつきすぐに指示を飛ばす。

 

 「リフレクタービット射出!」

 

 側面から射出された大型のビットがフォルトゥナを覆い、ミネルバの砲撃を防いで見せた。

 

 それに驚いたのはタリア達である。

 

 「まさか、陽電子リフレクター!?」

 

 「ええッ!?」

 

 アーサーが驚くのも無理はない。

 

 事前に射出した物から察するに地球軍のモビルアーマーのように常に展開できる代物ではないようだ。

 

 しかし十分に脅威といえる。

 

 アレが存在しているだけでミネルバの最大火力であるタンホイザーも通用しないのだから。

 

 「だとしても退く訳にはいかないわ」

 

 すでに自分達に余力は残されていない。

 

 次は無いのだ。

 

 だからどんな無茶であれ、あの要塞を落とす必要がある。

 

 「アーサー!!」

 

 「は、ハイ! トリスタン照準、撃てぇ―――!!」

 

 同じ形状を持つ二隻の艦が鎬を削る。

 

 そのすぐ傍でトワイライトフリーダムとシークェルエクリプスがスカージ相手に攻防を繰り広げていた。

 

 馬鹿みたいに降り注ぐ対艦ミサイルを吹き飛ばしたルナマリアは呆れたように呟いた。

 

 「こいつ一体何発ミサイル積んでるのよ!」

 

 「ミサイルも多いですけど、ドラグーンやリフレクターも面倒ですね」

 

 スカージの制圧能力は異常だ。

 

 この数の多さには辟易しそうになる。

 

 しかも先程までとは射撃の精度も格段に上がっていた。

 

 おそらくシオン達と同じ仕掛けを使っているのだろう。

 

 「ルナマリアさん、私があの機体を引きつけます。その間に接近して落してください」

 

 「ちょっと、妹ちゃん!?」

 

 「お願いします!」

 

 スカージ目掛けて突撃していくフリーダムの後ろ姿に呆気にとられていたが、すぐに口元に笑みを浮かべる。

 

 「全く、ああいう無茶する所は本当に兄妹そっくりね」

 

 無茶だからとただ見ている気はなかった。

 

 自分よりも年下の女の子が頑張っているのだから、尚の事。

 

 デスティニーシルエット02のスラスターを吹かし、残った武装を確認する。

 

 ビームライフルは健在だがビームサーベルとエッケザックスが一本ずつ。

 

 バロールの残弾にはまだ余裕があるが、サーベラスの方はバッテリーの残量を考えると乱発できない。

 

 「じゃあ、行くわよ!」

 

 装備を確認したルナマリアはエッケザックスを抜き、ミサイルを迎撃しながら先行したマユの後を追って速度を上げる。

 

 そんな二機を前に№ⅥはI.S.システムによって研ぎ澄まされた感覚に従い攻撃を開始する。

 

 放出した多量のドラグーンを今までとは比べものにならない精度で巧みに操り、突撃してくるトワイライトフリーダムに向わせた。

 

 「……目標を排除します」

 

 何の苦もなく砲塔を操作し蒼い翼のモビルスーツを囲むように配置すると一斉に四方から無数のビームが放たれる。

 

 「くっ!?」

 

 マユはビームを避けながら、速度を上げビームライフルで飛び回る砲塔を撃墜。

 

 背中のラジュール・ビームキャノンをスカージ目掛けて叩き込む。

 

 「リフレクター展開」

 

 スカージの側面部から射出された物体がリフレクターを張り、撃ちこまれたラジュール・ビームキャノンの一撃はいとも簡単に弾かれてしまった。

 

 「まずアレをどうにかしないと話にならないですね」

 

 シールドでドラグーンの射撃を防ぎ、フリーダムもアイギスドラグーンを展開して機体を覆うようにフィールドを張る。

 

 それが四方からの砲撃を防ぎ、スカージ目掛けて突撃した。

 

 「……接近させると危険と判断、迎撃開始」

 

 №Ⅵはドラグーンを物ともせずに急速に接近してくるトワイライトフリーダムに若干の苛立ちを感じながら、アウフプラール・ドライツェーンを発射する。

 

 マユをそれをあえて避けずに加速。

 

 スカージの砲口から迸るビームがアイギスドラグーンの防御フィールドとぶつかり、眩いばかりの光を生み出した。

 

 凄まじい衝撃を越えアウフプラール・ドライツェーンを突破。

 

 懐に飛び込んだマユはビームシールドを使って陽電子リフレクターを突破する。

 

 そして両手にシンフォニアを握り、スカージの砲身を斬り裂くと下腹部に突き刺し、飛び退いた。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 その衝撃よってリフレクターは消え、一部のドラグーンが動きを止める。

 

 「……何故―――ッ!?」

 

 呻くような声を上げ№Ⅵは計器を確認すると、コントロール系の一部が破損してしまっていた。

 

 どうするべきかと判断しようとした№Ⅵだったが、目の前にはエッケザックスを構えて近づいてくるシークェルエクリプスの姿が見えた。

 

 「ミネルバ、ソードシルエット!!」

 

 №Ⅵがトワイライトフリーダムに集中していた間にある程度接近していたルナマリアは通信機に叫ぶ。

 

 フォルトゥナとの戦闘中に厳しいかとも思ったが、何の躊躇もなくメイリンからの返事がきた。

 

 《はい!》

 

 生きているドラグーンによって機体に無数の傷が作られ、砲塔の一射にデスティニーシルエット02の一部が破壊されてしまう。

 

 爆発が機体を襲いバランスが崩されてしまうが、ルナマリアは速度を決して緩めない。

 

 「これでも食らえ!」

 

 半壊状態のデスティニーシルエット02を分離させてスカージにぶつける。

 

 そして射出されてきたソードシルエットを装着すると握っていたエッケザックスを敵機に向け振り下ろす。

 

 刃がスカージの装甲を突き破り深々と突き刺さった。

 

 「きゃあああ!!」

 

 シルエットの爆発と突き刺さったエッケザックス。

 

 その衝撃がコックピットにいた№Ⅵにも伝わり、全身を打ちのめした。

 

 「……ここま、でか。申し、訳ありません……カース……さま」

 

 意識が消える最後に見えたのはエクリプスが柄を連結させアンビデクストラスフォームしたエクスカリバーを振りかぶる瞬間であった。

 

 「はあああ!!」

 

 対艦刀の一太刀によって斬り裂かれたスカージは火を噴き、爆発を起こした。

 

 敵機が完全に動かなくなった事を確認したルナマリアはそこでミネルバとフォルトゥナが互いに最後の一射を撃とうとしている事に気がついた。

 

 「あれじゃ不味い!」

 

 陽電子リフレクターが消えた所を狙ったようだが、それは誘いだ。

 

 あらかじめ予備のビットを射出し、再びリフレクターを再展開しようとしているフォルトゥナには通用しない。

 

 あれではタンホイザーが防がれた瞬間、ミネルバが狙い撃ちされてしまう。

 

 「ルナマリアさん、この機体を使いましょう!」

 

 「えっ、あ、了解!」

 

 マユの声に戸惑うも、すぐに意図を理解したルナマリアはフリーダムと共にスカージの残骸をフォルトゥナの方へ押し出す。

 

 そしてビームライフルとラジュール・ビームキャノンで狙撃する。

 

 ビームに撃ち抜かれたスカージは大きな爆発を引き起こし、それに巻き込まれた一部のリフレクタービットが破損した。

 

 「なっ!?」

 

 予想外の事にヘレンは目を見開いた。

 

 これでは陽電子リフレクターが張れない。

 

 再度ビットを射出する暇も、同じくタンホイザーを撃って相殺する事もタイミング的にも間に合わない。

 

 一瞬だけ驚愕していたがすぐに我に返り、ミネルバの艦首砲が光を放っているのを見て叫びを上げる。

 

 「回避!!!」

 

 「間に合いません!!」

 

 それでもどうにか避けようと右舷のスラスターを噴射した次の瞬間―――

 

 

 「タンホイザー、撃てぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 タリアの声に合わせ、発射されたタンホイザーの一射がフォルトゥナの右舷を消し飛ばした。

 

 「ぐああああ!!」

 

 「きゃあああ!!」

 

 タンホイザーの一撃を受け右舷が凄まじい爆発を引き起こしたフォルトゥナはバランスを崩しながら、急速にメサイアの方へ流される。

 

 岩盤に突き刺さるように激突したフォルトゥナは完全に動かなくなった。

 

 あれではもうどうにもなるまい。

 

 「ルナマリアさん、ここをお願いします!!」

 

 「ええ!」

 

 マユは要塞内部に入るため、その場をルナマリアに任せるとメサイアに向う。

 

 向ってくる敵機を一蹴し突き進んでいくトワイライトフリーダムだったが、進路を阻むように再びデスティニーが立ちふさがる。

 

 「あの機体は!?」

 

 「……フリーダム!!」

 

 メサイアに辿り着いたジェイルは宿敵の死天使トワイライトフリーダムを睨みつける。

 

 しかし同時にミネルバと撃沈されたフォルトゥナの姿を見る。

 

 「何で……何で、こうなるんだァァ!!」

 

 湧きあがる憤りに苛まれ、アロンダイトを抜き放つ。

 

 「はああああああ!!!」

 

 「貴方に構っている時間なんてないんですよ!!」

 

 マユもまたビームサーベルを抜き、デスティニーを迎え撃った。

 

 互いの刃が交錯し、装甲を傷つけ、抉り、激突を繰り返し膠着状態のままメサイアの方へと近づいていく。

 

 その均衡を破ったのはジェイルにとって意外な人物であった。

 

 三連装ビーム砲がトワイライトフリーダムとデスティニー目掛けて叩き込まれたのだ。

 

 「何!?」

 

 二機は咄嗟に距離を取ると、そこにいたのはラナの強化型シグーディバイドであった。

 

 「な、なんで……」

 

 今の一撃、フリーダムはおろかデスティニーまで巻き込むつもりで放たれたものだった。

 

 「ラナ、俺が―――」

 

 「……メサイアに近づく者はすべて排除する」

 

 その声はあまりに冷たく、何の感情も感じられない。

 

 まるでセリスのように―――

 

 「まさか、ラナまで……セリスみたいになったっていうのか」

 

 呆然とするジェイルに構う事無く、ラナ機を中心とした複数の強化型のシグーディバイドが集まってきた。

 

 「排除開始」

 

 肩のビームキャノンを構えたシグーディバイドは一斉にデスティニーとフリーダムを狙ってビームを発射した。

 

 「ラナ!!」

 

 シールドを張って叫ぶジェイルを尻目にマユは盾を構えながら砲撃の中、距離をとっていく。

 

 「今の内に!!」

 

 攻撃に紛れ道を塞ぐ敵機をサーベルで斬り裂くとマユはメサイア内部に突入した。

 

 ライフルやビームキャノンを叩き込み、邪魔な障害や停泊しているナスカ級やローラシア級を破壊する。

 

 破壊された艦の爆発と外側からの砲撃によってメサイア内部も火を噴き、破壊されていく。

 

 マユは一番奥でトワイライトフリーダムをを着地させると、銃を持ちコックピットから降りて内部に潜入していった。

 

 

 

 

 探索した先で発見した端末から情報を得て、進んだ先にあったエレベーターに乗り込んだマユは目的地まで辿り着く。

 

 そこには椅子に座り、笑みを浮かべた黒髪の男が待っていた。

 

 「ようこそ、マユ・アスカ君」




多分ですが、残り3話くらいで完結になると思います。

後日、加筆修正します。


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第65話  崩れゆく救世の場所で

 

 

 

 

 それは誰もが聞き覚えのある声であった。

 

 いや、聞き覚えがあるどころか、世界中においても『彼』の声を知らない者など殆どおるまい。

 

 もちろんアオイも例外ではない。

 

 それどころか直接話した事があるからこそ、聞き間違えなどあり得ない。

 

 「……ギルバート・デュランダル」

 

 目の前に現れた赤いモビルスーツから聞こえてきたのは間違いなく彼の声だった。

 

 「初めましてかな、アオイ・ミナト君。私の名はクロード、クロード・デュランダルだ、よろしく。君にはヴァールト・ロズベルクと名乗った方が聞き覚えがあるかもしれないがね」

 

 「なっ!?」

 

 予想外の事を聞かされて動揺する。

 

 だがすぐに気を引き締めるとサタナエルから目を離さないように注視する。

 

 「……それで俺に何の用だよ」

 

 「なに、君に興味があってね。議長殿が目指す『デスティニープラン』、その最大の異物であり、障害である君にね」

 

 何だ今の物言いは?

 

 嘲るかのような印象があったが。

 

 その時、動きを止めていたサタナエルがビームライフルを掲げて発射してきた。

 

 咄嗟に上昇し、発射された一射をやり過ごすとこちらもビームライフルを撃ち返す。

 

 しかしそれを容易く回避したクロードはサーベルを構えて斬り込んで来た。

 

 即座に距離を詰めてくるその速度に驚愕しながらシールドを構え、振り抜かれた光刃を受け止めるとクロードの感嘆の声が聞こえた。

 

 「良い反応だ」

 

 「くっ!?」

 

 今の一撃だけで理解できた。

 

 クロードの技量はそこらのパイロットが束になって襲いかかっても敵わないほど高度なものだ。

 

 まだこんな敵がいたなんて―――

 

 サーベルが発する光の中で一瞬だけ後ろに視線を向ける。

 

 そこにはまだ傷ついたジャスティスとヴァナディスが居た。

 

 彼女達を巻き込む訳にはいかない。

 

 アオイは操縦桿を握り直し力一杯押し込んだ。

 

 「このォォ!!」

 

 受け止めたサタナエルの一撃を弾き返し、引き離すと敵は追撃の構えを取る。

 

 それを見たアオイはある種の確信を持った。

 

 奴の言った事がどこまで本気かは分からないが、狙いはあくまで自分なのだと。

 

 「ならば!」

 

 サタナエルをアンヘルで狙撃、できる限りこの場所から引き離す。

 

 まだ動けないティア・クラインやレティシア達がいる。

 

 「こいつは俺が相手をします。貴方達はティア・クラインを連れて撤退して!!」

 

 そう言い放つとアンヘルを連射しながら、速度を上げた。

 

 連続で放たれたビームを避けながらさらに加速したサタナエルはアルカンシェルと並列すると再びライフルを発射してくる。

 

 その射撃はまさに正確無比。

 

 確実に急所を狙ってきている。

 

 「チッ!」

 

 防御に回っては簡単に追い込まれる。

 

 そう判断したアオイは連射されるビームの雨をやり過ごし、ビームサーベルを抜くとサタナエルに斬りかかる。

 

 アオイとクロードは高速で動き、斬り結びながら、メサイア方面に向けて移動していった。

 

 

 

 「邪魔だ!」

 

 リヴォルトデスティニーが放ったノートゥングの一撃が進路を阻む敵モビルスーツを薙ぎ払う。

 

 「やっぱり、防衛線が乱れている?」

 

 シンは襲ってくるザフトの部隊を迎撃、同盟軍の機体を助けながら急ぎメサイアに向かっていた。

 

 しかし途中で巨大戦艦の方で爆発が起きたかと思いきや、要塞を覆っていた陽電子リフレクターが消え、敵部隊の連携が崩れ始めた。

 

 何が起こったのかは分からない。

 

 だが予定外の事が起こり、ザフトも浮足立っているようだ。

 

 でなければこうも簡単に防戦線に穴が空くとは考えられない。

 

 「けどこっちとしては有りがたいよな」

 

 誰もが分かっている事だが、こちらには余裕がない。

 

 各所に分散していたザフトの主力部隊が戻ってくるまでが勝負だ。

 

 足止めはされたが要塞はもう目と鼻の先。

 

 このまま一気にメサイアを落とす。

 

 意気込みながら進もうとしたシンだったが、その前に何機もの強化型シグーディバイドが立ち塞がる。

 

 「性懲りもなく、またこいつらかよ!!」

 

 両手に握った対艦刀アガリアレプトを携え、一斉にウイングスラスターを解放するシグーディバイド。

 

 その姿は白い機体色も相まってある種、美しさのようなものを感じさせる。

 

 だがあの機体の性能を嫌という程知っているシンからすればそんな呑気なものではない。

 

 不吉な死を連想させるだけだ。

 

 立ちふさがった敵を斬り伏せる覚悟を決め、前に出ようとした時―――援軍が駆けつけた。

 

 「シン!!」

 

 「無事か!」

 

 「キラさん、アレン!?」

 

 視線を向けた先には傷つきながらもこちらに駆けつけてくるストライクフリーダムとクルセイドイノセントの二機であった。

 

 「ここは僕達に任せて、シン、君はメサイアに急いで」

 

 「で、でも」

 

 二機は外側から見ても結構なダメージを受けているように見える。

 

 いかに彼らでもこれだけの数のシグーディバイドの相手は厳しいのではないだろうか?

 

 「いいから行け……シン、決着をつけてこい」

 

 「アレン……分かりました! ここを頼みます!!」

 

 邪魔をさせないようにアガートラムを撃ち込み敵を散開させると、その隙にシンがメサイアに向かって飛び立った。

 

 「キラ、これを使え」

 

 アストは残ったフリージアを分離させ、失ったストライクフリーダムの片翼部分を補助するように装着させる。

 

 「これで多少はマシに動ける筈だ」

 

 「助かるよ、アスト。じゃ、行こうか」

 

 「ああ、この後もお客さんが来るだろうしな」

 

 ザフトの主力がもうすぐ戻って来る。

 

 シン達がメサイアを落とすまでは、それらの部隊も二人で足止めするつもりだった。

 

 モニター越しに頷きビームサーベルを抜くと、展開しているシグーディバイドの中へ飛び込むように突撃した。

 

 

 

 

 目的地にまで急ぐシン。

 

 しかし順調にいくとは初めから思っていなかった。

 

 いかにザフトが浮足立っているとしても、敵が居なくなる訳ではない。

 

 必ずまた敵は来ると予想していた。

 

 そして今、シンの前に立ちふさがる機体が現れる。

 

 翼のような外装の片側を完全に破損。

 

 機体は半壊状態で、武装も大半が破壊されてしまっている。

 

 だがビーム刃を放つ不気味な鎌は健在で、強者の迫力は全く薄れていない。

 

 「……ここから先には行かせない、シン・アスカ」

 

 すぐ傍にあるメサイアを背にしていたのはボロボロになったアスタロスであった。

 

 「アンタは―――特務隊隊長デュルク・レアード」

 

 シンもデュルクの戦う場面を何度か見た事があり、彼の技量を知っている。

 

 だからこそ驚きを隠せない。

 

 ここまで彼が追い込まれるとは。

 

 一体誰にやられたのかは知らないが、相手は相当な実力者だったのだろう。

 

 「時間が無いってのに」

 

 彼を突破していかなければ、先に進めないというなら―――

 

 「そこをどけェェ!!!」

 

 コールブランドを抜きアスタロスに斬りかかる。

 

 シンはこの戦い決着をつけるまでにそう時間は掛からないだろうと踏んでいた。

 

 簡単な話だ。

 

 敵のあの損傷では長時間の戦闘には耐えられないと予測したからである。

 

 狙うは破損した外部装甲によって守りが薄くなっている部分。

 

 一息で距離を詰め、勝負を決めるつもりで渾身の一撃を叩き込んだ。

 

 しかしコールブランドはアスタロスが持った武器の柄で弾かれてしまい、今度は下方から振り上げた鎌の刃が襲いかかる。

 

 「ッ、まだ!」

 

 咄嗟の反応で機体を逸らし、ネビロスを回避しようとするが装甲を掠め、傷が作られる。

 

 シンは思わぬカウンターを食らい、冷や汗を掻きながらさらに追撃を掛けた。

 

 「このォォ!!」

 

 左右からの連撃にフェイントも加え、斬撃を叩きつけていく。

 

 しかしすべて大鎌によって弾かれてしまった。

 

 上手い。

 

 流石特務隊隊長、あの傷ついた状態でここまで動けるとは。

 

 「ならその防御、突き崩す!!」

 

 「何時までも調子に乗るな」

 

 幾度と繰り返される刃の応酬。

 

 ネビロスとコールブランドが何度も激突し、光が弾けていく。

 

 隙を作る為にライフルで牽制を行っても無事な外装で受け止められてしまう。

 

 「アンタは何で戦うんだ? デスティニープランの為か?」

 

 「……愚問だな。私が軍人だからだ。アオイ・ミナトにも言ったが、デスティニープランになどに興味はない。それらの正否など考えるのは政治家がやる事だ」

 

 撃ち込まれたノートゥングを事も無げに避けたアスタロスがネビロスを射撃形態に変え、シンを狙ってくる。

 

 「だから命令以外はどうでも良いって言うのかよ!!」

 

 ビームを回避したシンは叫びながらも再び間合いを詰め斬艦刀を一閃する。

 

 受け止めたデュルクの振るうネビロスとコールブランドが激しく鍔迫合う。

 

 「……私は自分の役目を果たしているに過ぎん。それは貴様も同じだっただろう、シン・アスカ」

 

 「ッ!?」

 

 確かに、ザフトで戦っていた頃は同じだったかもしれない。

 

 否定できない部分は確かにある。

 

 もしも何も知らないまま『デスティニープラン』の事を聞いていたなら。

 

 それまで議長の下にいたならば、彼のようにただ従っていたかもしれない。

 

 でも―――

 

 「……俺は、もう違う!! 自分で考えて、選んだ道を進むって決めたんだ!! だから!!」

 

 手に握る斬艦刀を構え直すとシンは決意を口にする。

 

 「これでアンタを倒す!!」

 

 時間はない。

 

 だからこの攻防で決着をつける。

 

 「来い」

 

 斬艦刀を構え、先程以上に速度を上げると敵機目掛けて突撃すると、袈裟懸けに振るう。

 

 だがそれを待っていたかのようにデュルクはサルガタナスを発射した。

 

 拡散されたビームがリヴォルトデスティニーに容赦なく降り注いでいく。

 

 シンはここであえてビームシールドでの防御を選択肢から捨てた。

 

 ビームシールドを展開すれば攻撃を防ぐ事はできるだろう。

 

 しかしその分速度が落ちてしまい、アスタロスに狙い撃ちされてしまいかねない。

 

 だから防御はせず、機動性を生かした攻勢を優先した。

 

 降り注ぐビームを最低限の回避運動で致命傷を避ける。

 

 だが閃光が掠めるたびに機体が振動で震え、所々を削り、傷を刻んでいく。

 

 それでも一切構わず、直進。

 

 サルガタナスを抜け、アンチビームシールドをブーメランのように投擲すると懐に飛び込んだ。

 

 投擲されたシールドを冷静に捌いたデュルクはネビロスを横薙ぎに払う。

 

 リヴォルトデスティニーに鎌の曲刃が襲いかかる。

 

 だが―――この瞬間こそを待っていたのだ。

 

 「ここだァァァ!!」

 

 シールドを捌いた隙に背中に装着していたノートゥングを取り外し、ネビロスに向けて振り抜いた。

 

 砲身下部に装着されたブルートガングがビーム刃を受け止め、外側に弾く。

 

 そしてロングビームサーベルを外装に向けて突き刺しトリガーを引いた。

 

 至近距離から発射されたビーム砲が外装諸共右腕を巻き込み消し飛ばす。

 

 「ぐっ!? まだだ!!」

 

 デュルクはネビロスを弾かれ右腕を失った衝撃に呻きながら、残った左手でビームサーベルを逆手に抜く。

 

 逆袈裟に一閃すると同時にシンもまたコールブランドで突きを放った。

 

 「はああああ!!」

 

 紙一重の差。

 

 僅かに速かったシンの一撃がアスタロスの胸部に突き刺さり、ビームサーベルはリヴォルトデスティニーの腰部を若干斬り裂く程度で留まっていた。

 

 「……見事」

 

 コックピットには届いていなかったのか、デュルクの声が聞こえてくる。

 

 「俺の勝ちだ」

 

 相手は完全に動きを止めている。

 

 デュルクは無事ようだが、もはや戦線に復帰してくる事はあるまい。

 

 このまま止めを刺す事は簡単だ。

 

 コールブランドを横薙ぎに振るえばいい。

 

 だがシンは何も言わずに斬艦刀から手を離し、完全に動かなくなったアスタロスから距離を取った。

 

 デュルクに対して思う所はもちろんあるが―――

 

 止めを差していいのかという迷いがあった。

 

 もしかすると彼の言い分に自分と似通ったところを感じ取ったからかもしれない。

 

 議長の言葉に何ら疑問を持たなかった自分と―――

 

 「できればアンタも……」

 

 シンはそれ以上何も言わず、背を向けメサイアの方へ向っていった。

 

 スピードを上げ、激戦区の戦場を駆け抜けて行く中、見知った機体と艦が戦っている姿が見える。

 

 メサイアを攻撃しているミネルバとソードシルエットを装着しているシークェルエクリプスである。

 

 ビームライフルでミネルバを狙う敵機を狙撃して接近すると通信機のスイッチを入れる。

 

 「皆、大丈夫か!?」

 

 「シン、こっちは大丈夫。それより要塞の方へ行きなさい!」

 

 「えっ!?」

 

 エクリプスがエクスカリバーを敵に投げつけ、フォースシルエットに換装。

 

 そしてリヴォルトデスティニーの進路を確保する為、ビームライフルを連射した。

 

 「妹ちゃんが要塞内部に向かったの」

 

 「マユが!?」

 

 「此処は任せて、行きなさい」

 

 「分かった!」

 

 ルナマリアに任せ、シンはメサイアに向う。

 

 そこで見たのはシグーディバイドと交戦しているデスティニーの姿だった。

 

 「ジェイルがなんであの機体と? いや、今は、マユの方が優先だ」

 

 何が起こっているのかは分からないが、邪魔されないなら好都合だ。

 

 激しい戦闘を尻目に内部に突入した。

 

 

 

 ジェイルはシールドを突き出し、降り注ぐビームの奔流を避け続けながら、目の前の光景に歯噛みしていた。

 

 立ち塞がっているのは、憎むべき死天使でもなければ、倒すべき敵でもない。

 

 自分が守ると決めた少女ラナが搭乗しているシグーディバイドだったからだ。

 

 「ラナ、俺が分からないのか!?」

 

 「……目標を排除する」

 

 どういう状態かは分からないが、こちらを認識する事が出来ていないらしい。

 

 背中のバロールを構え、腹部のヒュドラと共にデスティニーを狙って砲撃が降り注ぐ。

 

 砲弾とビームがメサイアの外壁を撃ち崩し、爆煙と共に破片が周囲に散った。

 

 こちらを狙う正確な射撃に素直な称賛を抱きながら、他のシグーディバイドにも目を向ける。

 

 回り込んで来たシグーディバイドが振るってきたアガリアレプトをビームシールドで防御するとアロンダイトを振り上げ、片腕を叩き斬る。

 

 「くそ!」

 

 ラナと戦う事に忌避感を覚えていたジェイルの反応はいつもに比べて明らかに鈍い。

 

 そんな状態を見透かすかのように、両側面から挟み込むように二機が対艦刀を構えて突進してくる。

 

 動きは実に鋭く、並のパイロットではかわせない。

 

 味方にすると頼もしいが、敵にすると恐ろしい。

 

 「くそ!!」

 

 美しさすら感じる剣閃を機体を沈み込ませて回避。

 

 もう片方の機体をアロンダイトで弾き飛ばす。

 

 しかし息つく暇もなくラナが凄まじい速度で斬り込んできた。

 

 「ラナ!!」

 

 「落ちろ」

 

 他の機体とは一線を画するほどの一撃。

 

 この攻撃だけでラナがどれほど優れているかが分かるというものだ。

 

 斬撃を機体を逸らして回避。

 

 しかし次の瞬間、ラナは装着していた小型シールドからせり出したナイフ状の物を抜き、投げつけてきた。

 

 「不味い!?」

 

 ラナの強化型シグーディバイドには幾つかの専用装備がある。

 

 今投げつけてきたのもその内の一つ。

 

 ラーグルフ対装甲貫入弾であった。

 

 これは連合で使われているスティレット投擲噴進対装甲貫通弾と同じ特性の兵器である。

 

 ジェイルは咄嗟に動きが鈍い左腕のシールドを掲げると投擲された刃が突き刺さり、大きな爆発が起こった。

 

 「ぐあああ!!」

 

 ラーグルフ対装甲貫入弾の爆発によって左腕のシールドは完膚なきまでに破壊されてしまった。

 

 だがジェイルはすぐに体勢を立て直し、追撃を掛けようとしていたラナ機に組みついた。

 

 「やめてくれ。俺だ、ジェイルだ!」

 

 小回りの利くフラッシュエッジに持ち替え、一閃すると肩のビームキャノンを斬り落とす。

 

 「ぐあ、う、ううう」

 

 破壊された武装が爆発した衝撃の所為なのか、ラナは苦しそうに呻き声を上げる。

 

 「ラナ、大丈夫か!?」

 

 コックピットへの影響はない筈だが―――

 

 その時、通信機から微かな声が聞こえてきた。

 

 「……お前達……ザフトは……私から、すべてを……家族を奪って……許せない」

 

 「ッ!? ……ラナ」

 

 なんとなく分かっていた。

 

 彼女はきっと自分達の所為でこんな事になっているのだと。

 

 分かっていながら目を逸らしていた。

 

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 しつこいくらい自分の中に木霊してきたこの言葉。 

 

 此処に来てようやくアレンのこれらの言葉の意味が身に染みて分かった気がした。

 

 「……なら、どうする?」

 

 いい加減にはっきりさせないといけない。

 

 でなければこれ以上、守るなどと口が裂けても言えはしない。

 

 こちらを突き放し、容赦なく攻撃を撃ち込んでくるシグーディバイドの姿を見つめる。

 

 それは憎しみをぶつけようと暴れる獣の姿。

 

 あの悲しみと痛み、憎しみを生み出した元凶は自分だ。

 

 自身の内面を考察、今までのすべてを思い出す。

 

 思い浮かぶ、顔。

 

 誰より尊敬していた両親の姿。

 

 ステラ、議長やレイ、セリス、シン、ミネルバの面々、そしてラナ。

 

 そこでようやく答えが見えた気がした。

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 

 「アハハハ、何だよ。こんな事か」

 

 自分の単純さに、こんな事に気がつかなかった鈍さとでも言えば良いのか。

 

 正直呆れかえる。

 

 ステラの言っていた事もようやく分かった。

 

 要するに俺は彼女の笑顔に―――無くした平穏を、失った暖かさを見ていたのだ。

 

 ボアズの戦いで両親を失い、心は何も感じず冷たく染まり、奪った連中に報いを―――

 

 そんな事ばかりを考えていた時、彼女の笑顔に失ったものを見た。

 

 だからあそこまで固執していたのだろう。

 

 ラナに対しても同じだ。

 

 彼女もまた自分が失った暖かさを持っていたから。

 

 「どこまで自分勝手なんだよ。でも……」

 

 この状況は守ると言いながら、奪う事しかしてこなかった報いなのかもしれない。

 

 それでも―――

 

 「ラナ、守りたいって思った事は本当だ。自分勝手は今さらだけど、それだけは譲れない」

 

 奪ってばかりきたからこそ、ラナにはもうこんな事をして欲しくない。

 

 「だから力を貸してくれ、デスティニー!!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾ける。

 

 背中の光の翼を放出するとフラッシュエッジで残りの敵機の頭部を斬り飛ばし、アロンダイトに持ち替えて加速する。

 

 光学残像を伴い連射されるビームガンを回避しながら、斬り込んでいく。

 

 「はああああ!!」

 

 「落ちろォォ!!」

 

 ヒュドラⅡの砲撃が掠め、爆発によって機体を大きく揺らすがそれでも構わず対艦刀を一閃した。

 

 その一太刀がシグーディバイドの左腕を捉えて斬り裂くと返す刀で左脚部を破壊する。

 

 「ぐううう、このォォォ!!」

 

 「おおおおおお!!」

 

 デスティニーによって頭部を掴まれ、発射されたパルマフィオキーナ掌部ビーム砲によって潰された。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「ごめんな、ラナ。後でいくらでも恨み事は聞く。だから今は眠ってくれ」

 

 ジェイルはラナの機体を抱え、破壊した幾つかのシグーディバイドと共に安全な場所へ運ぶ為、メサイアから離れていった。

 

 

 

 

 

 戦場を駆けるアルカンシェルとサタナエル。

 

 お互いの放った斬撃が軌跡を描き交差する。

 

 その一撃はまたも敵を捉えるには至らず、ただ空を斬った。

 

 「くそ!」

 

 アオイは思わず吐き捨てる。

 

 今まで様々な強敵と手合わせしてきたが、その中でも彼は別格である。

 

 射撃の精度や機体の動き、接近戦もこなす。

 

 全く隙がない。

 

 機体を掠めるビームライフルの一射に冷や汗を掻きながら、アンヘルの砲撃を叩き込む。

 

 「どれほど強力な一撃であろうとも、当たらなければ意味がない、アオイ君」

 

 「この!!」

 

 持ち替えたビームライフルで動き回る赤い機体を狙撃する。

 

 しかしそれをひらりと避けたクロードはライフルで撃ち返してきた。

 

 撃ちこまれた正確な射撃をシールドで止めるが、その隙に飛び込んできたサタナエルに蹴りを入れられ距離を取られてしまう。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 そこでさらに振るってきたサーベルをギリギリで防いだ。

 

 「ほう、受け止めるか」

 

 「……舐めるな!!」

 

 力任せに押し返し、アオイもビームサーベルを抜くと即座に斬り返した。

 

 繰り返される攻防の中、唐突にクロードが口を開いた。

 

 「フム、どうやら向うも大詰めのようだね」

 

 「何?」

 

 アオイ達はいつの間にかメサイアの目の前にまで辿り着いていた。

 

 そこではミネルバや同盟戦艦がザフトの防衛部隊からの攻撃を防ぎながらも要塞に向けて砲撃を開始している。

 

 「……女狐も落とされたか」

 

 要塞に突き刺さる形でフォルトゥナが撃沈されている。

 

 それを見たクロードはニヤリと口元を吊上げると、アルカンシェルを引き離し、メサイア内部に入っていく。

 

 「待て!!」

 

 それを追うようにアオイもまた要塞に突入する。

 

 内部に入った途端に立ち塞がるザクをサーベルで斬り裂き、機関砲で撃破すると先に行ったサタナエルの姿を探した。

 

 「どこに行ったんだ?」

 

 要塞内に入ったのは間違いない。

 

 アオイは奥に繋がる通路を見つけると、近くに機体を着地させコックピットを降りて内部に入っていった。

 

 

 

 

 メサイア内部は砲撃が直撃する度に天井が揺れ、壁が崩れる。

 

 崩壊も時間の問題かと思われる中、ヘレンは息を切らし怪我を負いながらもデータベースのある部屋を目指し歩いていた。

 

 もう要塞が陥落するのは避けられない。

 

 ならば今後の為にもデータだけでも回収しなければ。

 

 「ハァ、ハァ、私は……まだ、負けてなど」

 

 そう、負けた訳ではない。

 

 こちらも大きな痛手を受けはしたが、同盟、地球軍のダメージはそれ以上であろう。

 

 後は外に散っていた戦力が戻りさえすれば、こちらの勝ちなのだ。

 

 こんな世界は壊して、変える。

 

 その為に此処まで来たのだ。

 

 「私は―――ッ!?」

 

 ―――その時、予想もしてなかった音が鳴り響く。

 

 同時に歩いていたヘレンの足に激痛が走り、床へと倒れ込んだ。

 

 「ぐぅうう、ああ、ああああ!!」

 

 何が起きたのか、一瞬分からなかったが痛みと共にすぐに理解する。

 

 自分は今撃たれたのだと。

 

 呻き声を上げ、撃たれた箇所を手で押さえながら、銃を用意して撃ち返そうとする。

 

 しかしすぐさま放たれた二発目の銃撃で弾かれ、立て続けに撃ち込まれた銃弾に肩を撃ち抜かれてしまう。

 

 倒れ込んだヘレンは相手を確認しようと視線を前に向けた。

 

 そこには―――

 

 「ずいぶんと無様な姿だな、女狐」

 

 「あ、お、お前は、く、クロード」

 

 銃を持った黒髪の男クロード・デュランダルが冷たい笑みを浮かべて立っていた。

 

 「な、何故、何故だ」

 

 別にヘレンはクロードの事を心の底から信頼していた訳ではない。

 

 むしろ信頼など欠片もしていなかったと言っていい。

 

 だから彼女が疑問に感じていたのは別の事である。

 

 「君が疑問に思うのも当然かもしれないが、わざわざ教えてやる義理もないのでね」

 

 そのままヘレンの眉間に銃口を向ける。

 

 「色々言いたい事はあるだろうが―――私からの餞だ。地獄で弟と仲良く暮らすのだな」

 

 「クロードォォ!!」

 

 叫びと共に引き金が引かれ、乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 外からの砲撃に揺れるメサイアの司令室。

 

 そこでマユはギルバート・デュランダルと対峙していた。

 

 彼と最初に出会ったのが、兄の治療の為にプラントに潜入した時。

 

 そして二度目はこの戦争の発端とも言える場所、『アーモリーワン』での会談の時だ。

 

 あの時はこんな事になるとは想像もしていなかった。

 

 「ようこそ、マユ・アスカ君。まさか君が来るとは思っていなかったよ」

 

 椅子から立ちあがったデュランダルの姿を黙って見つめていたマユは静かに呟く。

 

 「……まだ、続けますか?」

 

 その問いかけにデュランダルは躊躇う事無く頷いた。

 

 「無論だ。ようやくここまで来たというのに。世界は変わる、いや、変えるんだ」

 

 「何故、そこまでするんです? 仮にデスティニープランを施行しても、争いは無くなるどころか、激化していくだけです」

 

 「かもしれない。だが君も知っているだろう。人は容易くは変わらない。争い、憎み合い、殺し合う。それは可能性を示す者、君達『SEED』でさえも例外ではない」

 

 マユは意外なものを見る様に視線を向ける。

 

 テタルトスから広がった『SEED思想』と彼が掲げる『デスティニープラン』はある種対極に位置するものだ。

 

 それを彼が口にするとは思っていなかった。

 

 「かつて私の友も語っていた。『人はどこにも行けはしない。互いに憎み、殺し合うのみ』だとね。それも今の世界を見ていれば反論も難しい」

 

 語りながらゆっくりと歩き、丁度マユを見下ろす位置に来る。

 

 「そしてそんな今の人の先にある未来は決して良いものとは言えないだろう。かといって人はそうでない道を選ぶ事もしない。そう、誰もそんな道は選ばない、決してね」

 

 ゆっくりと懐から取り出した銃を突きつけてくる。

 

 「だからこそ私が変えねばならないのだよ」

 

 「それは貴方のエゴでしょう!」

 

 マユもまた持っていた銃を抜いた。

 

 「誰も選ばないと言ったけれど、選ばなかったのは、議長、貴方も同じです! 貴方は選択できたんです、月で! あそこで戦いを選ばず、皆と歩む道を選んでいたなら、世界は少しずつでも変わっていったかもしれないのに!! 結局貴方は自分の事しか考えていない!!」

 

 銃を構えて、睨み合う。

 

 引き金を指にかけ―――外から響く爆音と共に、銃声が鳴り響いた。



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第66話  終結

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りにおいて周囲はすべて敵の放った死の光で溢れていた。

 

強化型シグーディバイドから発射された砲撃が、通常ではありえない精度で何度も撃ち込まれてくる。

 

 当たれば人間など塵も残らないだろう攻撃の間を二機のモビルスーツが駆け抜けていた。

 

 「はあああ!!」

 

 ストライクフリーダムのブルートガングの一振りがオハンを弾き飛ばし、叩き込んだビームサーベルがシグーディバイドのコックピットに突き刺さる。

 

 そして他の機体に向けて投げつけるとカリドゥスで諸共に薙ぎ払った。

 

 爆発に乗じて接近したイノセントが振るった一撃が虚を突かれたシグーディバイドの腕を斬り裂き、展開されたワイバーンによって撃破された。

 

 「……大丈夫、アスト?」

 

 「あ、ああ」

 

 今、倒した機体でこの宙域に存在するシグーディバイドはすべて撃破出来た。

 

 しかしすでにストライクフリーダム、クルセイドイノセント共に満身創痍と言っても過言ではない。

 

 もしもあの機体が今以上に量産されていたなら、より切迫した事態となっていただろう。

 

 「……キラ、来たみたいだ」

 

 「そうみたいだね」

 

 徐々にこちらに向かって来ている機影がいくつも見える。

 

 ついにヴァルハラやコロニーを守っていたザフトの部隊がこちらに戻ってきたのだ。

 

 アレが戦域に到達すれば物量の差であっという間に押しつぶされてしまうだろう。

 

 「行こう」

 

 「うん」

 

 ここで食い止める。

 

 二人は迫ってくる敵部隊の方へ機体を向わせた。

 

 シン達が敵要塞を落としてくれると信じて、やるしかないのだから。

 

 

 

 

 メサイアで戦闘を行っていたアークエンジェルやミネルバでもザフトの増援部隊の件は確認されていた。

 

 「チッ、戻ってきたか!」

 

 誘導機動ビーム砲塔をコントロールしながらムウが毒づいた。

 

 メサイアの攻撃は始まっているが、陥落させるまで間に合うかどうか。

 

 「もう一息だってのに!」

 

 防御フィールドを張り、アークエンジェルへの攻撃を防ぎながら、ザクを両断する。

 

 「大した数だな。けど、数だけ居たってね!!」

 

 ビームライフルで敵機を撃破し、砲塔を素早く動かして四方から敵部隊をハチの巣にして撃破する。

 

 アカツキが戦うすぐ近くでは反デュランダル派の機体が奮戦を続けている。

 

 「くそ、不味いな!」

 

 「アレに来られたら、流石に持ちませんね」

 

 ニコルの指摘通り。

 

 この戦力でここまで持ちこたえる事ができただけでも既に僥倖と言える。

 

 「泣き言は後にしろ! さっさと手を動かせ!!」

 

 「イザーク先輩の言う通りですよ、ディアッカ先輩!」

 

 「分かってるよ!」

 

 シュバルトライテが砲撃を発射し、続くように三機のイフリートが連携を組んで対艦刀を振るっていく。

 

 そして要塞に直接攻撃をしていたミネルバもまた防衛隊からの猛攻に晒されていた。

 

 ザク、グフ、イフリートといった機体から砲撃が容赦なく船体に突き刺さり、外装を引き剥がした。

 

 「艦の損傷率35%!!」

 

 「右舷トリスタン発射不能、艦長!!」

 

 アーサーの声にタリアはただ拳を握り締める。

 

 すでに戦線を維持するのが精一杯。

 

 近くで戦っているオーディンや各艦も周囲を援護する余裕もなく、応戦に追われていた。

 

 「シン達が戻るまで何としても持たせなさい、良いわね、アーサー!!」

 

 「り、了解!!」

 

 一向に止む事なく降り注ぐミサイル。

 

 割り込んだシークェルエクリプスがビームライフルと機関砲でミサイルをすべて撃ち落とした。

 

 「シン、妹ちゃん、早くしてよ。こっちもきついんだから」

 

 厳しいのは絶え間なく続く砲撃だけではない。

 

 もう一つ理由がある。

 

 それがシグーディバイドの存在だった。

 

 大半は直接メサイアを守る為に動いているようだが、先ほどから一機、二機とこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる機体がいるのだ。

 

 「負ける気はないけどね!!」

 

 傷つきながらもビームサーベルを構えたルナマリアはフォースシルエットのスラスターを最大限まで噴射すると、敵機に向けて斬りかかった。

 

 

 

 

 メサイア内部に侵入を果たしたシンは発見したトワイライトフリーダムの傍に機体を着地させた。

 

 「マユ、無事だと良いけど」

 

 コックピットから降り、絶え間ない振動に晒されながら司令室に辿りつく。

 

 だが部屋に入った途端、あまりの事態に目を見開いた。

 

 反対方向の扉から入ってきていたのはアオイ。

 

 そして中央で銃を構えているマユ。

 

 二人も同じ様に驚いていた。

 

 何故ならそこには撃たれたギルバート・デュランダルが肩から血を流し、発砲したクロードが冷たい笑みを浮かべていたのだから。

 

 「横やりで申し訳ないがここまでだ、議長殿。それに先ほどマユ・アスカ君が言っていた通りだろう。結局誰より貴方が一番エゴで動いていたのだから」

 

 「ク、クロード、何故、何故撃てる?」

 

 デュランダルは撃たれた肩を手で押さえ、クロードを睨みながら問いかける。

 

 「フッ、アズラエルの下に送ったのは間違いだったな。研究対象やデータは腐るほど存在していたから、対処法くらいは思いつくさ」

 

 再び発砲するとデュランダルを撃ち倒した。

 

 「議長!?」

 

 シンは我に返るとクロードに銃を向ける。

 

 だがそれも予測していたように、今度はシンに向けて発砲してきた。

 

 マユが倒れたデュランダルを引っ張り、咄嗟に物陰に入るとクロードに向けて撃ち返す。

 

 「クロード・デュランダル、こんな事をして何をするつもりだ!!」

 

 無人のオペレーター席に隠れ、銃を突き出すアオイが叫ぶ。

 

 「私が議長殿からすべてを奪うためにこんな事をしていると? だとしたらそれは誤解だな、アオイ君」

 

 「違うのか?」

 

 見た限りクロードの方がかなり若く見える。

 

 しかしそれ以外、すなわち髪型などの違いを除けば彼とギルバート・デュランダルは姿も声も瓜二つである。

 

 ならば本物を始末し、成り代わろうとしていると考えるのは自然な事だろう。

 

 「じゃあ、何でこんな事を!?」

 

 「そうだね。一番分かりやすい理由を言えば、私を縛っていた鎖を壊す為だよ、シン・アスカ君」

 

 クロードが話す度に銃声が鳴り響き、銃弾が弾ける。

 

 「貴方は一体何者なんですか?」

 

 「私はそこのギルバート・デュランダルの影であり、『彼らが作った』手足だよ、マユ君」

 

 『彼らが作った?』

 

 不穏な言葉に思わず口を閉ざしてしまう。

 

 何というか既視感とでも言えば良いのか。

 

 彼らの周りにはそういった事情を抱えている人物が多々存在している。

 

 ただの与太話であると吐き捨てる事はできなかった。

 

 「君らにとってはそう驚くほどの話ではないさ」

 

 

 

 

 クロード・デュランダルという男は彼自身の語った通り、ギルバート・デュランダルの手足だった。

 

 彼が『デスティニープラン』を着想したのはそれこそずいぶん昔になる。

 

 その頃からプランを実行するにあたってクリアしなければならない障害がいくつか存在している事は分かっていた。

 

 最も重要なものが自身の協力者であり自由に使える手駒だ。

 

 地球側の情報やデータの収集は必須事項。

 

 さらに工作や戦闘など、必要な駒は多い程良い。

 

 だからデュランダルはまず自分の手駒を用意する事にした。

 

 幸いというか、プラントでは遺伝子研究も盛んに行われており、データやサンプルには事欠かない。

 

 その過程で誕生したのがクロードである。

 

 彼がデュランダルとそっくりな理由は単純なものだ。

 

 同じ遺伝子提供者の子供、すなわちデュランダルの両親の遺伝子を使用して誕生したから。

 

 つまり血縁上はデュランダルの『弟』という事になる。

 

 ある程度の駒を揃えたところでデュランダルは、クロード達を含めた自分の手駒達を地球に送り込み、諜報活動を開始させた。

 

 地球に送り込まれたクロードは地球軍に入隊。

 

 常に戦場に立ち、他の諜報員の協力によって、狙い通りにアズラエルに近づく事に成功したのである。

 

 その後はアズラエルの側近として仕事をこなしながら、デュランダルの指示通りに暗躍を行っていた。

 

 そして戦場に身を置く中でSEEDを発現、そのデータを基にI.S.システムや対SEED機の開発も進められていったのである。

 

 

 

 

 「議長の弟!?」

 

 「作られたが付くがね、一応そう言う事になる」

 

 彼の言動や容姿からある程度の想像はしていたが―――まさか、弟とは思ってもみなかった。

 

 驚く三人を無視しクロードは言葉を止めず、話続ける。

 

 

 

 

 それはいつの頃からだったか。

 

 デュランダルの指示通りに行動していたクロードはふと現状に疑問を抱くようになった。

 

 いや、様々なものを見る内に自意識が生まれたというべきか。

 

 世界は常に悲劇が溢れていた。

 

 自分のような境遇など珍しくもなく、戦い、憎み、殺し合う。

 

 そこには何の救いもない。

 

 だがそれがすべてではなく、一方で悲劇を食い止めようと抗う者達もいた。

 

 そんなものを多く見ているうちに今度は自身の事にも疑問を抱き始めた。

 

 自分はこんな事を望んでいるのか?

 

 そもそも何故自分のような者が生まれてきたのか?

 

 この世界の、人の行きつく先は?

 

 そんな事を考えれば考えるほど疑問は尽きない。

 

 それに拍車を掛けたのが、ラウ・ル・クルーゼとの出会いである。

 

 デュランダルとも友人同士であり、出生や境遇も似ていた事からすぐに意気投合したクロードはより自分のあり方を考える様になった。

 

 そして―――

 

 

 

 

 「私は自分のすべての答えを得る為に行動する事に決めた。世界の行く末を、人の行きつく先を見届ける。その果てにこそ求める答えがあると思ってね」

 

 そんなものを求めるのは自分というものを長く持たなかった弊害なのかもしれない。

 

 だがこれだけは確かだ。

 

 何を言われようともクロードは止まらない。

 

 意味も、道理も必要なく、ただ求めるものを得る為に動き続けるだけ。

 

 「しかし私には自由というものがなかった。かと言ってその元凶をさっさと排除する事もできなくてね」

 

 クロード達には相応のリスクを考え、あらかじめ様々な処置を施されていた。

 

 その仕掛けの最たるものが、デュランダルを含めた数人に対して危害を加える事ができないというものだ。

 

 よってクロードは彼らに対して一切手出しができないようになっていたのである。

 

 先にデュランダルやヘレンが驚いていた理由がコレだ。

 

 処置がしてある以上、決して手は出せない。

 

 彼らはそう確信していたのだろう。

 

 それが彼らにとって致命的な隙となってしまったのだ。

 

 「アンタは従う振りをして機会をずっと窺っていたって訳か。自分に運命を押しつけた彼らを排除する為に」

 

 「フ、そういう事かな」

 

 面従腹背という訳だ。

 

 もしかすると『アトリエ』の場所をキラに教えたのも、この為の布石だったのかもしれない。

 

 「貴方はこれで自由になった。これから何をするつもりなんです?」

 

 「何も。今まで通りさ」

 

 野心はないとばかりに、首を振るクロード。

 

 しかし三人の直感が告げていた。

 

 この男はここで倒さなくてはならないと。

 

 放っておけば、再び暗躍し、必ず今以上の混乱を招く事になるだろう。

 

 「要するに趣味の悪い傍観者って事だろ!!」

 

 真っ先に動いたのはアオイだった。

 

 物陰から銃弾を撃ち込み、転がっていた機器の残骸を投げつけると地面を蹴った。

 

 浮いた体を上手くコントロールしてクロードに接近すると拳を振り抜く。

 

 しかしクロードは体を逸らしてアオイの拳をかわすと逆に蹴り返してくる。

 

 「甘いな」

 

 「くっ!?」

 

 片腕を上げて蹴りを受け止めるが、重力が効いてない所為か踏ん張りが利かず後ろへ流されてしまう。

 

 「アオイ!? この!!」

 

 アオイから遅れて動いたシンがクロードに飛びかかる。

 

 だがそれもあっさりと捌かれ、銃を叩き落とされてしまった。

 

 「なっ!?」

 

 「焦り過ぎだ。もう少し相手の動きをよく見た方がいい」

 

 向けられる銃口にシンは身を固くするが、マユの援護射撃によって事無きを得た。

 

 銃撃をかわすため距離を取ったクロードは何事も無かったかのように肩を竦める。

 

 「今はもう君達と事を構えるつもりは無いのだがね」

 

 「ふざけるな!」

 

 体勢を立て直したアオイが再び銃を構える。

 

 だがクロードはそれに応じる素振りを見せず、考える様に顎に手を当てると笑みを浮かべた。

 

 「このまま君達と話をしているのも悪くはないが、私はそろそろ行かせてもらうとしよう」

 

 「何!?」

 

 訝しむ皆の前で左手を素早く動かすと、何かを放った。

 

 それが手榴弾の類だと気がつくと咄嗟に全員が物陰に飛び込み、頭を抱え込む。

 

 次の瞬間、凄まじいまでの爆音と共に強烈な閃光が部屋を襲った。

 

 ジッとして、頭を上げるとそこにはもうクロードの姿は見えなくなっていた。

 

 音の割に周囲に爆発の影響も無く、強烈な光からするとスタングレネードの類を使ったのかもしれない。

 

 「逃すか!」

 

 立ち上がったアオイはデュランダルの方を見ると、一瞬だけ目を伏せ、クロードを追って走り出した。

 

 「アオイ!」

 

 シンも後を追おうとするが、思い留まって振り返る。

 

 マユが倒れたデュランダルの傍に跪いている。

 

 床には撃たれた箇所から血が流れ出し、大きく広がっていた。

 

 明らかに致命傷。

 

 今から外に運び出しても間に合わない。

 

 シンもマユの傍まで歩いて行くと、デュランダルがゆっくりと目を開いた。

 

 「……どうやら、ここまでのようだ。これも私の運命というものかな」

 

 皮肉げに口元を歪める。

 

 そんなデュランダルにマユは痛ましい表情で問いかけた。

 

 「運命なんて、本気で信じていたんですか?」

 

 「……どう、かな」

 

 「本当は……本当は議長が一番、運命に抗おうって、そう思っていたんじゃないんですか? だからこんな事―――」

 

 シンの言葉に何も答えず、視線だけを向けて問い返してくる。

 

 「……シン、君の選んだ道は、苦難の連続、だ。何度も、何度も、痛みと苦しみ、悲しみが君を襲う、だろう。選んだ道に、後悔は、ないかな?」

 

 「ありません」

 

 即座に頷く。

 

 議長の言う通りだ。

 

 傷つく事、悲しい事もあると思う。

 

 でも、それでも自分で決めて選んだ道だ。

 

 後悔は無い。

 

 「そう、か。ならば、最後まで、決めた道を、突き進むと良い。……マユ君、君はどうかな? その想いが、報われないとしても、想い続けられるかな?」

 

 その問いにマユは笑みを浮かべて頷いた。

 

 「ええ、もちろんです」

 

 「……フ、聞くまでも、なかったか」

 

 笑みと共にデュランダルの体から力が抜けていく。

 

 「……何か、誰かに伝えたい事はありますか?」

 

 一瞬だけ迷ったように視線を逸らすがすぐに首を振った。

 

 「……いや。君達はもう、行きたまえ、こんな所で……立ち止まっている暇は……ない筈だ」

 

 「……議長」

 

 沈痛な表情で二人は頷き合うと立ち上がる。

 

 シンは倒れたデュランダルに一礼するとマユと一緒に揺れる要塞の中を走り出した。

 

 走り去る二人を見届けたデュランダルは今にも崩れそうな天井を見上げる。

 

 そうすると自身の脳裏に様々な事が浮かんできた。

 

 そして最後に見えたのは―――

 

 「……運命に……抗う……か」

 

 最後に自身の内側に残ったものを見つめ、苦笑しながらゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 クロードを追って司令室を飛び出したアオイはすぐさま自分の機体の下へ向って走っていた。

 

 奴の目的が議長を含む、自分を縛っていた連中の始末であるならば、すでに達成した事になる。

 

 ならば自身の機体に戻り脱出を図ろうとする筈だ。

 

 崩落寸前の通路を走っていたアオイだったが、視界に飛び込んできたものを見て思わず立ち止まってしまった。

 

 そこには周辺に血を撒き散らした女性の遺体が浮かんでいた。

 

 「この人は……」

 

 銃撃の所為かはっきりとは確認できないが、その顔に見覚えがある。

 

確かジブラルタルに潜入した際、自分を連行した女性だ。

 

体にいくつか銃弾が撃ちこまれており、そして顔と頭部に致命傷となった銃創が確認できる。

 

 思わず目を背けたくなるような惨状だ。

 

 顔を顰めながら通路を抜け、アルカンシェルの所まで走り寄った。

 

 コックピットに乱暴に飛び込み起動させたモニターを見るとサタナエルが突撃してくる姿が映っていた。

 

 「速い!?」

 

 アオイは機体を引き、ビームライフルで狙撃するがシールドを使って弾かれてしまう。

 

 その隙にあっという間に間合いに入られてしまった。

 

 「そこを通してもらおう」

 

 攻撃を防ぐため咄嗟にシールドを掲げると横薙ぎに振るわれた斬撃を止めた。

 

 しかし速度の乗った一撃故に完璧に受け止める事が出来ず、押し込まれてしまう。

 

 「ぐっ!」

 

 サタナエルは二基のスラスターユニットを吹かし、サーベルをシールドに押し付けながら外にアルカンシェルを押し出して行く。

 

 アオイは急激な加速によるGに耐えるように歯を食いしばる。

 

 「このォォォ!!」

 

 絡み合うように外に飛び出した瞬間、こちらもサーベルを抜き放った。

 

 お互いの光刃が交差し、一閃すると機体に傷を刻みつける。

 

 「流石だな」

 

 「浅い!?」

 

 やはりクロードは強い。

 

 何度斬り合っても、浅い傷は付けられるが致命傷は負わせる事ができない。

 

 袈裟懸けに振るったサーベルも紙一重のところでかわされ、逆に蹴りを入れられバランスを崩されてしまう。

 

 「ぐぅ!!」

 

 「アオイ君、先程も言ったが私は君達とこれ以上戦う気はない。女狐や議長殿が倒れた今、『デスティニープラン』は確実に頓挫するだろう。つまりこの戦い、君達の勝ちだ」

 

 サタナエルのバズーカ砲の砲弾を撃ち落としたアルカンシェルを狙い澄ましたように、脚部をビームライフルが射抜いた。

 

 「チッ!!」

 

 破壊された脚部を見て舌打ちする。

 

 「ならこれ以上私達が戦う理由はあるまい」

 

 「あるさ。クロード・デュランダル、貴方を放ってはおけない!」

 

 速度を上げて懐に飛び込む。

 

 逆袈裟からサーベルを振るいバズーカ砲を斬り捨て、返す刀で放った一太刀が肩部の装甲に食い込んだ。

 

 先程の話が嘘であれ本当であれこの男が躊躇う事無く動く事だけは良く分かった。

 

 そこに善悪などありはしない。

 

 必ずこいつは皆を巻き込んでいくだろう。

 

 そんな事は絶対にさせない。

 

 叩きつけられる二機の剣撃が弾け合う。

 

 「なるほど。では仕方あるまい。障害は取り除かせてもらおう!」

 

 「やってみろ!」

 

 攻防を繰り返す白と赤のモビルスーツが爆発を起こすメサイアを滑る様に駆け廻っていく。

 

 そこに二機のガンダム。

 

 リヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダムが要塞内から飛び出してくる。

 

 「アオイ!」

 

 マユと共に外へと脱出したシンは近くで攻防を繰り広げるアルカンシェルとサタナエルを発見する。

 

 その動きからアルカンシェルに搭乗しているのがアオイだとすぐに気がついた。

 

 となれば戦っている相手はクロードの他はあるまい。

 

 「マユ!」

 

 「了解!」

 

 戦闘に突入しようとした二人の前に一機のモビルスーツが割り込んでくる。

 

 ソイツは紅い翼を広げ、対艦刀アロンダイトを片手に戦意を漲らせていた。

 

 「デスティニー……ジェイルか」

 

 「シン、そしてフリーダム」

 

 ラナを安全な所に避難させてきたジェイルは再びメサイアへ戻ってきていた。

 

 メサイアの陥落は時間の問題だろう。

 

 勝敗は決した。

 

 自分達の敗北である。

 

 だがそれでもジェイルにはまだ戦わねばならない理由があった。

 

 「まだ戦うっていうのか! もう戦う必要なんてないだろ!」

 

 「あるさ。構えろ、シン。決着をつけてやる」

 

 「この分からず屋が!」

 

 シンもまたデスティニーと相対しようと斬艦刀を構えた。

 

 しかしそこにフリーダムが間に入る。

 

 「ここは私が。兄さんは彼をお願いします」

 

 「マユ、でも!」

 

 「大丈夫です。今度は負けません」

 

 かつての戦友と妹との戦い。

 

 本当ならば止めるべきなのだろう。

 

 しかし二人の決意が揺らがない事は声色からも明らかだった。

 

 「……わかった。此処は頼む」

 

 「はい」

 

 シンは二人を信じ、その場を後にした。

 

 残されたのは因縁の二人。

 

 「追わないんですね」

 

 聞こえてきた少女の声にジェイルは思わず身を固くした。

 

 宿敵がまさか女の子だったとは。

 

 本当に何も見えていなかったのだと自嘲しながらジェイルはあえて挑発的な声を出した。

 

 「敵を前に背を向ける馬鹿がどこにいる? ましてやあの死天使が相手なんだからな!」

 

 「……どうしても戦うんですね?」

 

 「当たり前だ! 貴様は倒すべき敵! 俺は今度こそ貴様を落とす!!」

 

 ジェイルは宣戦布告とすべくアロンダイトを突き付ける。

 

 フリーダムに対する憎しみはもはやなかった。

 

 それでもケジメはつけなくてはならない。 

 

 この敵を乗り越えて、自分は先へと進むのだ。 

 

 「行きます!」  

 

 「来い、フリーダムのパイロット!!」

 

 ニ機は刃を構え、同時に動き出した。

 

 

 

 

 高速ですれ違う白と赤のモビルスーツ。

 

 サタナエルが砲撃がアルカンシェルを掠め、アオイの発射したアンヘルが赤いモビルスーツの装甲に傷を刻み込む。

 

 「……流石だな、アオイ君」

 

 「くそ、これでも駄目か!」

 

 これまで何度攻撃を繰り出してもサタナエルには通用しない。

 

 すべて紙一重で回避され、繰り出される反撃によってアルカンシェルの方が傷つけられていた。

 

 振ったサーベルもシールドによって相手の装甲に届く前に届く前に阻まれてしまう。

 

 ニ機が絡み合うように高速移動を繰り返し、その度に光が弾ける。

 

 そこにシンのリヴォルトデスティニーが駈けつけてきた。

 

 「この!」

 

 ノートゥングによる砲撃が背後からサタナエルに襲い掛かる。

 

 しかしそれも感知していたクロードは素早く機体を反転させ、ビームを回避。

 

 すかさず放ったビームライフルがリヴォルトデスティニーの脇腹を掠めていく。 

 

 「君も来たか、シン・アスカ君」

 

 「アンタの好きにさせるか!」

 

 持ち替えたビームライフルが火を噴いた。

 

 だがそれも余裕で避け切ったサタナエルは逆に反撃してくる。

 

 圧倒的な射撃精度。

 

 シンの力量ですら完全に避けきれずビームが機体を掠めていってしまう。

 

 「こいつ!」

 

 「流石はシン・アスカ君だ。議長殿がプランの中核を担う人材として選んだだけはある」

 

 接近し斬艦刀を振おうとしたリヴォルトデスティニーをクロードはシールドで突き飛ばす。

 

 「そんな事は俺には関係ない!」

 

 「自覚が足りないな。持つ者に持たざる者の気持ちは解らない。罪だね」

 

 「何?」

 

 「君が望まぬのは自由だ。しかし君が選ばれた事で選ばれなかった人間がいる事も忘れない方が良い」

 

 態勢を崩したリヴォルトデスティニーに下段から振り上げたロングビームサーベルが襲い掛かる。 

 

 それをギリギリのタイミングで躱すシンに、サタナエルの蹴りが入った。

 

 「ぐぅ」

 

 「中にはいた筈だよ。議長殿に選ばれたかったという人間も。そんな連中からすれば君の言い分は受け入れ難いものだろうさ」

 

 「それでも、俺は自分の道を進むって決めたんだよ!」

 

 吹き飛ばされながらも振った斬艦刀の一撃がサタナエルの装甲に傷を刻んだ。

 

 そしてその瞬間を見計らったアオイのライフルがさらにクロードに襲い掛かる。

 

 「ッ、やるな。君達二人が相手となると私も本気で行かざるえないか」

 

 ニ機のガンダム。

 

 二人のSEED。

 

 彼らは紛れもない強敵だ。

 

 故にクロードも躊躇なく奥の手の使用を決断した。

 

 

 

 

 宇宙を弾丸のごときスピードで駆ける二つの機体。

 

 デスティニーとトワイライトフリーダム。

 

 互いに対艦刀と斬艦刀を抜き、すれ違いざまに刃を振う。

 

 「ハアアア!!」

 

 「オオオオ!!」

 

 マユもジェイルも遠距離からの射撃を捨て、接近戦での戦いに絞っていた。

 

 これだけのスピードと反応速度。

 

 ライフルやビーム砲では焼け石に水。

 

 確実に倒す為には接近戦で仕留めるしかないと判断したのである。

 

 SEEDを発動させた二人が振った一撃は相手を捉える事なく空を斬り、続けさまに振った一太刀が光盾に弾かれ火花を散らした。

 

 強い。

 

 何度も戦場で相対してきたのだ。

 

 互いの力量は良く理解している。

 

 それでも改めて思うのだ。

 

 本当に強いと。

 

 「だからこそ貴様を超える意味がある!!」

 

 「私も貴方には負けられない!!」

 

 旋回して再び激突。

 

 鍔競り合い、スラスターを噴射して押し合うニ機。

 

 「埒が明かない」

 

 ジェイルは勝負に出た。

 

 フリーダム相手にチマチマと攻撃していても倒す事は出来ない。

 

 それに機体の方も限界に近付いていた。

 

 全力で戦えるのもこれが最後。

 

 「なら思い切りいくぜ、デスティニー!!」

 

 ジェイルはフリーダムに膝蹴りを入れ、僅かにバランスを崩させるとアロンダイトを下段から振り上げた。

 

 「ッ!?」

 

 強烈な一撃に思わず仰け反り吹き飛ばされるフリーダム。

   

 その隙に翼を広げ、限界速度で動きだしたデスティニーはフリーダムの周りを飛び回る。

 

 圧倒的な速度から繰り出される斬撃がマユに容赦なく襲い掛かる。

 

 「速い!?」

 

 アロンダイトの一撃を躱し、続けざまの一撃を盾で弾く。

 

 しかし斬撃の衝撃を止める事が出来ず、後退させられてしまう。

 

 そこを狙った一太刀に右脚部を斬り落され、さらに片翼の半分が破壊されてしまった。

 

 「きゃああ!!」

 

 「どうだ、フリーダム!」

 

 「私だって!」

 

 スラスターを噴射し無理やり後方へと振り抜いた腕をデスティニーに直撃させ、さらにサーベルを下腹部へと突き刺した。

 

 そして機関砲による射撃がサーベルを撃ち抜き、発生した爆発によってデスティニーの動きが止められてしまった。

 

 「やってくれるな!」

 

 ジェイルは爆煙の中を突き進み、アロンダイトを上段から振り下ろした。

 

 当然マユとてそれは予想済み。 

 

 腰から抜いたもう一本のサーベルで対艦刀を半ばから叩き折った。

 

 「これでもう―――ッ!?」

 

 だがジェイルはこの時こそを狙っていた。

 

 折れた対艦刀をフリーダムにぶつけ、事前に投擲していたフラッシュエッジがスラスターを斬り潰す。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 「これで終わりだァァァァァァ!!!」

 

 そして残った右手のパルマフィオキーナを胸部に向けて突きつけた。

 

 しかし諦め悪くフリーダムは左手を突き出してくる。

 

 「盾にでもするつもりか、無駄だ!」

 

 突きだされた左腕によって急所からは逸らされたものの、パルマフィオキーナは直撃し肩ごとフリーダムの左腕を吹き飛ばした。

 

 「……勝った、勝ったぞ!」

 

 トワイライトフリーダムは沈黙した。

 

 左腕は無く、スラスターも潰されたフリーダムはもはや死に体。

 

 戦いはデスティニーの勝利だ。

 

 ジェイルが確信したその時、コックピットに警戒音が鳴り響いた。  

 

 「何!?」

 

 下方から近づいてきたのはフリーダムのウイングだ。

 

 ソレはデスティニーに向かって突撃してくる。

 

 「何度も同じ手が通用するものかよ!」

 

 迎撃しようとしたジェイルだったが沈黙したと思われたフリーダムの機関砲が火を噴き、破壊されたウイングがデスティニーの近くで爆発した。

 

 「何!?」

 

 爆発によって押し出されたデスティニーはいつの間にか距離を詰めたフリーダムの間合いに入ってしまう。

 

 「しまっ―――」

 

 フリーダムがこれを狙っていたのだと気がついた時にはもう遅い。

 

 動きが遅れたジェイルに避ける間はなかった。

 

 フリーダムの残った右手に握られた対艦刀が振りかぶられデスティニーを袈裟懸けに斬り裂いた。 

 

 

 

 

 

 クロードのSEEDが発動する。

 

 同時にサタナエルは要塞から巻き上がる爆煙の中を突っ切り、二機の懐に飛び込んできた。

 

 「速い!?」

 

 ビームが今まで以上の精度で撃ち込まれ、リヴォルトデスティニーの左腕を破壊する。

 

 「ぐっ、こいつ!」

 

 腕を破壊された衝撃に耐えながら体勢を立て直すとコールブランドで斬りかかる。

 

 しかしそれも潜り抜けたクロードはリヴォルトデスティニーを殴りつけた。

 

 「ぐあああ!!」

 

 強い事はその動きからも分っていたが、あまりにも動きが急激に変わり過ぎている。

 

 「これはまさか―――」

 

 SEEDに間違いない。

 

 「奴もSEEDを!」

 

 リヴォルトデスティニーと入れ替わるようにアルカンシェルが前に出る。

 

 だがサーベルの斬撃も容易く回避したサタナエルによって放たれた蹴りがアルカンシェルの頭部を捉える。

 

 「化け物かよ!」

 

 反応速度や射撃精度。

 

 動きの先読みや戦術眼。

 

 損傷した機体を操って尚、こちらを圧倒する力量。

 

 シンの目の前にいたのは脅威としかいえない怪物だった。

 

 今もなお食い下がるアルカンシェルを圧倒しているその姿を見てよりそれが確信できる。

 

 ここで絶対に倒さねばならない。

 

 だが消耗している今、真っ向勝負でサタナエルを倒す事は難しい。

 

 そうなれば残された手は一つしか残っていなかった。

 

 傷ついた機体状態でどこまでやれるかは分からないが―――

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 シンのSEEDが弾けると同時に機体もまた相応しい姿へ変化する。

 

 翼が広がり、光が包み、外側に向けて流れ出す。

 

 装甲から格納されていたスラスターがせり出され、速度を上げてサタナエルを強襲する。

 

 「あれは……」

 

 「例のシステムか」

 

 アルカンシェルと攻防を繰り返していたクロードはここに来て初めて表情を変えた。

 

 I.S.システムを搭載したシグーディバイドを容易く葬る事の出来る力を持っている。

 

 警戒するのは当然だ。

 

 「フム、丁度良い機会かもしれないな。可能性を示すもの、君達の力を見せて貰おう」

 

 アルカンシェルを蹴りつけ引き離すと凄まじい速度で接近してくるガンダムを迎え撃った。

 

 速度を乗せ、連携を組みながら斬艦刀による怒涛の猛攻。

 

 それらすべて紙一重のところで捌いていくサタナエル。

 

 巧みにシールドやスラスターを使って攻撃をいなしていくクロードはやはり尋常ではない。

 

 だが先程までと比べたら十分対応できていた。

 

 「凄まじいな、その力」

 

 「余裕のつもりかよ!」

 

 振う斬撃は届かず、盾に突き飛ばされ、蹴りの衝撃がシンを削る。

 

 システムの負荷に苛まれながらシンはジリジリしとした焦燥感に襲われていた。

 

 どれだけ繰り出しても当たらない攻撃。

 

 機体が負った損傷の所為か動きが鈍い。

 

 それでもクロードがシンが捉えられていないのは、増した反応速度と光学残像のおかげだ。

 

 しかしこれではシステムの時間切れか機体の限界がきた時点で勝負は決まってしまう。

 

 つまり後僅かな時間でサタナエルを倒さなければならないと言う事。

 

 そしてそんな敵機を突き崩す為には一手足りなかった。

 

 「くそ!」

 

 繰り出した何度目かの斬撃が避けられ、シンは思わず毒づいた。

 

 コックピット内は甲高い警戒音が鳴り響き、機体の挙動も怪しくなっている。

 

 限界が近い証拠だ。

 

 しかしそれでも止まる訳にはいかない。

 

 圧倒的な速度で迫るリヴォルトデスティニー。

 

 だが蹴りとシールドの突き飛ばしで避けるサタナエル。

 

 自身を叱咤し、再び攻撃を仕掛けようとしたシンの前にアルカンシェルが割り込んで来た。

 

 「シン!!」

 

 「えっ、アオイ?」

 

 モニターに映ったアオイは何も言わずただこちらを見つめる。 

 

 「俺達も行くぞ、ガンダム!」

 

 アオイもまたSEEDを発動させ、アルカンシェルも戦闘へ突入する。 

 

 シンもまた頷くと最後の攻勢を掛ける。

 

 「このォォォ!!」

 

 「はあああああ!!」

 

 今が最後の機会。

 

 シンとアオイはそれを見逃すまいとサタナエルに向かって突撃する。

 

 発射されたサルガタナスを前に出たアルカンシェルが最小のシールドを張って防御する。

 

 そしてすれ違いざまにサーベルで突きを放った。

 

 「これは」

 

 普通であればかわせた一撃。

 

 しかしこの時、アルカンシェルから発せられた残像がクロードを翻弄する。

 

 「幻惑か。厄介だな、しかし!」

 

 突きの一撃を腕で弾かれ、肩部を掠めるに留まる。

 

 そして逆に振るわれた剣撃がアルカンシェルを腕ごと袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 「これで―――ッ!?」

 

 だがこれこそアオイの狙った事だった。

 

 次の瞬間、アルカンシェルに装着されていたスラスター兼用ミサイルポッドが切り離され、クロードの前に浮遊する。

 

 「そこだァァァ!!」

 

 リヴォルトデスティニーがノートゥングを発射し、ミサイルポッドを爆散させた。

 

 「ッ!?」

 

 至近距離の爆発がサタナエルの体勢を大きく崩した。

 

 ノートゥングを捨て、投擲したコールブランドで片腕を破壊する事に成功する。

 

 だがそれでもサタナエルの脅威は少したりとも衰えない。

 

 損傷などないとばかりの機動で不意を突いたアルカンシェルの一撃を捌き、盾のサーベルでデスティニーの装甲を破壊する。

 

 「まだ、動けるのかよ!」

 

 「本物の化け物か!」 

 

 「私とて負けるつもりはないのだよ」

 

 「俺達だって負ける気はないんだよ!」

 

 アルカンシェルが傷つきなかがらも右脚部を掴み、力任せに引きちぎる。

 

 「邪魔だ」

 

 残った左足で蹴り飛ばされて尚損傷した部分に向け、機関砲を撃ち込むとサタナエルは堪らず後退を図る。

 

 「いけ、シン!」

 

 「ウオオオオオオオオ!!」

 

 そこにリヴォルトデスティニーがスラスター全開で突撃する。

 

 機体が悲鳴を上げる。

 

 警戒音がけたたましく鳴り響く。

 

 だがすべて無視し、フットぺダルを踏み込んでさらに速度を上げた。

 

 アオイが作ってくれたこの好機。

 

 絶対に無駄には出来ない。

 

 これが最後のチャンス。

 

 「俺達の勝ちだァァァァァァ!!!!」

 

 残ったスラッシュブーメランをビームソードとして展開、サタナエルのサルガタナスの発射口に突き刺した。

 

 ビームソードが刺さった部分から激しい火花が散る。

 

 そしてスラッシュブーメランを装着していた部分が壊れ、リヴォルトデスティニーの腕ごと破損してしまった。

 

 「ぐぅ!」

 

 敵機とすれ違うように離れたシンはサタナエルの方へ振り返る。

 

 「素晴らしい。これがSEEDの―――いや、君達の力か」

 

 こんな状況でもクロードの声色に変化はない。

 

 いつも通り、余裕すら感じられる。

 

 「まだ戦えるのか?」

 

 シンが無理やりにでも機体を動かそうとしたその時、メサイアからの爆発が強くなり、凄まじい衝撃が襲いかかる。

 

 「くっ!」

 

 「君達の奮戦、見事だった。可能性を示すもの、その片鱗を見せてもらった」

 

 「……クロード・デュランダル」

 

 「フフフ、君達の選んだ道の先を―――」

 

 より激しい衝撃によって声は途絶える。

 

 巻き起こる爆風でガンダムは吹き飛ばされ、そしてサタナエルもまた消えてしまった。

 

 「ぐっ」

 

 「無事か、シン」

 

 「ああ」

 

 ニ機はボロボロではあるが何とか無事だ。

 

 陥落するメサイアから火が噴き出て崩れ落ちていく。

 

 戦いはこれで終わった。

 

 今度こそ終わったのだ。

 

 シンは何とも言えない気持ちになりながら、沈み込むようにシートに座りこんだ。

 

 

 

 

 戦いを終え宇宙に漂っていたデスティニー。

 

 袈裟懸けに出来た傷にはフリーダムの斬艦刀が突き刺さったまま、途中で止まっている。

 

 その傷はかつてジェイルが地上でフリーダムを落とした時につけたものと同様のもの。

 

 同じ攻撃で倒されるとは本当に皮肉な話だった。

 

 止めを刺さなかったのか。

 

 それとも―――

 

 いや、それはもうどちらでも良い事。

 

 戦いはもう終わったのだから。

 

 「……終わったか」

 

 そして崩れゆくメサイアの姿はコックピットにいたジェイルにも見えていた。

 

 メサイアが落ちると、続いていた戦闘の光は徐々に消え、今度は停戦を示す信号弾が上がり、美しい花を形作っていく。

 

 生き残ったスラスターを使いラナ達を置いた場所まで辿り着く。

 

 それは撃沈された戦艦の残骸だった。

 

 甲板に鎮座するシグーディバイドの中から助け出したラナを抱え、ジェイルはそれを安堵の気持ちで見つめている。

 

 「……終わったんだな」

 

 胸の中でずっと抱え込んでいたものを一緒を吐き出すように呟く。

 

 近くの友軍にでも連絡を取ろうとしたその時、いつの間にか近くに浮かんでいた破壊された機体に気がついた。

 

 それは共に戦った仲間のものだ。

 

 「……奇遇だな。一緒に帰るか」

 

 ジェイルはそう声を掛けると笑みを浮かべ、今度こそ友軍に連絡を入れる為、通信機を弄り始めた。

 

 

 

 

 ユニウスセブン落下から始まったこれらの戦争。

 

 後に『ユニウス戦役』と呼ばれる戦いはここに終結した。




やっと決戦が終わりました。

おかしな部分は後日、加筆修正します。



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最終話   それでも僕らは一歩を踏み出す

 

 

 

 結果だけを言うのであれば『ユニウス戦役』と呼ばれた戦争は『ヤキン・ドゥーエ戦役』以上の被害をもたらす事となった。

 

 これはブレイク・ザ・ワールドによる被害の大きさや戦闘の激しさも関係していた。

 

 だがそれ以上に強力な火力を持った機動兵器デストロイやスカージ。

 

 そしてレクイエム、ネオジェネシス、アポカリプスなどの大量破壊兵器の投入がその一因となったと言えるだろう。

 

 この『ユニウス戦役』によって各陣営は開戦以前よりも疲弊した状況に追い込まれた。

 

 さらに最終決戦となった『メサイア攻防戦』

 

 この戦いでデスティニープランを提唱していたギルバート・デュランダルの死亡が確認された事で停戦協定が結ばれる事になった。

 

 

 

 

 停戦協定が結ばれた事により、確かに戦争は終結した。

 

 だがそれですべての戦いが終わった訳ではない。

 

 特に甚大な被害を受けた地球軍は開戦前とは比較にならないほど弱体化。

 

 それを狙い澄ましたように様々な場所で内戦が頻発し始めた。

 

 それには連合自体が元々一枚岩ではなく、ロゴスが無理やり力を持って抑えつけ従わせていたという背景もあった。

 

 連合が疲弊した事を見透かし、不満を抱えていた国々が連合からの離脱を表明し、中には武力を用いた反乱も頻発している。

 

 そのような状況である以上は決戦を生き延びたエースパイロットであるアオイも駆り出される事となり、連日出撃を繰り返していた。

 

 目が眩むほどの青空。

 

 こんな日はのんびりと昼寝でもしていたいものである。

 

 しかし今、アオイが居るのは無機質なコックピット。

 

 さらに休む間もなく連日の戦闘。

 

 これではため息の一つもつきたくなる。

 

 「愚痴っても仕方ないし、行こう」

 

 操縦桿を操作し、搭乗機であるイレイズガンダムMK-Ⅱを飛び立たせた。

 

 何故アオイがイレイズを使っているかと言うと、メサイア攻防戦において搭乗していたアルカンシェルは大きな損傷を受けた。

 

 修復しようにも鹵獲した機体故に予備パーツなども無く、結局研究用としてエンリルの方に移送されてしまった。

 

 同じくエクセリオンの方もこれまでの激戦を戦い続けてきたダメージが蓄積されていた。

 

 故にオーバーホールが必要となってしまい、アルカンシェルと共にエンリルに送られていった。

 

 結果として残ったイレイズに再び搭乗しているという訳だ。

 

 アオイとしてはイレイズはずっと乗ってきた相棒のようなもの。

 

 こうして再び共に戦えるのは少し嬉しい。

 

 背中に装着したスカッドストライカーの機動性を使い、展開している敵部隊に突貫する。

 

 「敵はウィンダムが五機か!」

 

 ジェットストライカーを装備したウィンダムが攻撃態勢を取ってくる。

 

 空を飛び交うビームを見極めながら、ビームマシンガンで敵を誘導。

 

 回避運動を取りつつビームサーベルを抜き、距離を詰めた。

 

 アオイが接近戦を挑んできたのを見た敵機もサーベルを抜いて応戦してくる。

 

 「切り替えが早い。でも!」

 

 油断はしない。

 

 敵の斬撃を避けたイレイズはウィンダムの右腕を落とし、同時に側面に回った敵機の胴体を斬り裂いた。

 

 イレイズの予想外の動きに戸惑うように浮足立つ敵部隊。

 

 そこにビームマシンガンと対艦バルカン砲を撃ち込む。

 

 ジェットストライカーは大気圏内において高い飛行能力を有する事が可能で、扱いやすく汎用性の高い装備ではある。

 

 だが機動性や速度においてスカッドストライカーとの差はあまりにも歴然である。

 

 結局、敵部隊は最初に二機が損傷させられてしまった事で陣形を立て直す事ができず、容易く撃破されてしまった。

 

 「ふう、残存の敵はいないな」

 

 レーダーを見ながら他に敵が居ない事を確認すると肩の力を抜いた。

 

 残った敵と拠点はすでに他の部隊が叩いている筈だから、今回はこれで決着がついただろう。

 

 通信機から作戦終了の報告が入ってくると戦場から離れるように機体を翻させた。

 

 ジブラルタル基地に帰還したアオイは機体をモビルスーツハンガーに収め、コックピットから降りる。

 

 そして整備の兵士に手を上げてあいさつしながら、ロッカールームに向けて歩き出した。

 

 小競り合い程度の戦いではあったが、それでも疲れる事に変わりは無い。

 

 パイロットスーツの下は汗だくで非常に気持ちが悪かった。

 

 さっさとシャワーを浴びて、大佐に報告しようと足早に格納庫から出ると見知った人物が立っている事に気がついた。

 

 「あ、中尉!?」

 

 「久しぶりだな、少尉」

 

 そこに立っていたのは怪我の為に入院していたスウェンであった。

 

 最終決戦の際にヴァンクールと相討ちとなったスウェンはあの後に友軍によって回収されていた。

 

 搭乗機であるストライクノワールは殆ど大破に近い状態だった。

 

 しかしスウェン自身は技量の高さ故か軽傷であったが念のために入院していた。

 

 「もういいんですか?」

 

 「この状況では何時までも寝ている訳にはいかないだろう。元々怪我自体も大した事はなかったんだからな」

 

 スウェンとしては軍を離れ、戦う以外の事を考えてみたかったが、しばらくは無理そうだ。

 

 「大丈夫だとは思いますけど、無理はしないでください」

 

 「ああ。それより、大佐に報告に行かなくていいのか?」

 

 「うっ、そうでした」

 

 アオイは頭を下げ急いで走り出した。

 

 

 

 

 「アオイ・ミナト少尉です!」

 

 扉をノックし、声を掛けると「入れ」という返事が返ってくると扉を開けた。

 

 部屋に入ると張りつめた雰囲気の中、仮面をつけた人物がアオイを出迎える。

 

 「失礼します、ロアノーク大佐。任務完了の報告に参りました」

 

 「ああ」

 

 ネオは手元の端末を操作していた手を止めて向き直ると報告書に目を通し始めた。

 

 「なるほど、こちらは問題無かったようだな」

 

 「はい。しかしやっぱり他の地域は未だに混乱していますね」

 

 「これらの動きは例の強硬派が絡んでいると考えるのが妥当だろう。その所為でマクリーン中将もエンリルから離れられんようだしな」

 

 ユニウス戦役において過激な手法を好んで行っていたロゴス派は完全に弱体化した。

 

 現在は反ロゴス派、すなわちマクリーン派が大勢になっている。

 

 しかし戦争終結後の混乱の隙をついてか、今まで身を潜めていたらしいロゴス派とは違う強硬派と思われる勢力が現れた。

 

 しかも現在、彼らが各国に対し反乱を促しているのではという疑惑も濃くなっている。

 

 その為、月で負った怪我が治ったばかりのグラントも忙しなく動き、今はエンリルで戦力の増強や各方面に対する指揮を取っていると言う訳だ。

 

 「彼らの目的も不明だが、それを調査しようにもこちらに余裕がない。今は戦力の増強を最優先にしている状態だからな」

 

 「ええ」

 

 スウェンが軍から離れるのを取りやめた最大の理由がこれである。

 

 戦力不足はもちろんだが、コーディネイターを受け入れ始めたといっても圧倒的に人手が足りないのだ。

 

 アオイは話をしながらも黙々と作業を続けるネオを見て顔を顰める。

 

 大佐の事だ。

 

 休まず仕事をしているに違いない。

 

 いくら忙しいとはいえ、限度というものがある。

 

 「大佐、きちんと休んでいますか?」

 

 「ん、ああ」

 

 気のない返事は休むどころか、碌に食事すら取っていないのだろう。

 

 「ハァ、聞いてますか、『ルシア』大佐!」

 

 「ちょっ、少尉!?」

 

 驚きながらこちらに向くと今までの雰囲気が弛緩し、ネオの態度もやや柔らかく変わる。

 

 「……いくら誰もいないとはいえ、今はネオ・ロアノークよ、ミナト少尉」

 

 やや呆れ気味に仮面を取ると、長い髪と共に整った顔立ちの女性が現れる。

 

 「大佐が話をきちんと聞いていないからですよ。いくら忙しいとはいえ、体調を崩しては意味がありません」

 

 バツが悪そうに視線を逸らすルシアにため息をついた。

 

 気持ちは分からなくはない。

 

 現状もそうだが、何よりラルスの事があるからこそ、自分がと気張ってしまうのだろう。

 

 ラルス・フラガはあの戦いから戻ってくる事無く、MIAと認定された。

 

 乗機であったエレンシアは発見されていない。

 

 だがあれだけの激戦では生存は難しいだろうというのが、彼を知る者達大半の見解であった。

 

 ルシアは覚悟していた事だと気丈に振る舞っていたが、やはりショックは大きかったのだろう。

 

 此処何日かネオとして仮面をかぶり、仕事に没頭している。

 

 「後で食事を持ってきますから、一緒に食べましょう」

 

 アオイの言葉に観念したかのように、作業を止め苦笑しながら背もたれに体を預けた。

 

 「……そうね、少し根を詰め過ぎていたかもしれないわ。ありがとう、少尉」

 

 「いえ、では食事を持ってくる間に休んでいてください」

 

 「ええ」

 

 敬礼をして部屋から退室すると、足早に別の場所に向かう。

 

 たぶん検査も終わり退屈している頃だ。

 

 アオイが向ったのは、医療施設のある区画。

 

 そこの建物の中に入ると動き回る白衣を着た男女とすれ違っていく。

 

 会釈を返しながら、目的の部屋に辿り着くと「失礼します」と声を掛けて部屋に入る。

 

 そこには検査を受けていたステラ・ルーシェが笑顔を浮かべて飛び付いてきた。

 

 「アオイ!」

 

 「うわ、ちょっと、ステラ」

 

 抱きついてくるステラの柔らかさとか、匂いとかに頭がクラクラする。

 

 でも他に人もいる.

 

何とか耐えると、ステラに微笑みかけた。

 

 「検査はどうだった?」

 

 「うん、今までと一緒」

 

 椅子に座っている先生の方を見ると、黙って頷いた。

 

 ステラは元々エクステンデットとしての処置が必要な体であったが、ザフトに囚われていた間にそういった問題は解消されていた。

 

 おそらくクロードがもたらした情報を基にそれらの研究も行っていたのだろう。

 

 だが、それはステラが普通の人間になったという訳ではない。

 

 エクステンデットとしての強化に加え、ザフトで行われた処置による負担は大きかった。

 

 何もしなければ後数年程度しか体が持たないと診断され、最近ようやく安定した状態になっていた。

 

 ただ彼女の身体は今の技術で完治する事はない。

 

 生涯治療が必要であると告げられている。

 

 ステラの笑顔を見ているとそれを忘れそうになる。

 

 だがこれはどんないい訳をしても変わらない自分達連合の罪そのものだった。

 

 その事を胸に刻んで、アオイはステラに微笑み返す。

 

 「ステラ、ただいま」

 

 「うん、お帰りなさい、アオイ」

 

 何があっても守る。

 

 その事だけは変わらない。

 

 アオイは彼女の笑顔に応えるように、優しくステラを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 どの陣営もユニウス戦役によって大きな打撃を受ける事になったのは間違いのない事実である。

 

 しかし月のテタルトス月面連邦だけは、他の陣営と比べても、軽微で済んでいた。

 

 武の象徴であったアポカリプスを奪取され、主砲を利用されないように破壊するというアクシデントは存在した。

 

 だが戦争の終盤から関わった為、戦力は一番余裕をもっている。

 

 とはいえそれはあくまでも他の陣営に比べればという前提である。

 

 決して被害を受けなかった訳ではない。

 

 だからこそ現在も新型モビルスーツや戦艦の開発が進み、訓練も頻繁に行われている。

 

 そして今も宇宙で訓練に出ている三機のジンⅡが互いに鎬を削っていた。

 

 アレックスとセレネの搭乗したジンⅡが息の合った動きで相手に向かって突撃する。

 

 「セレネ、左に回り込め!」

 

 「はい!」

 

 見事な連携で左右から挟撃してくる二機。

 

 それをもう一機のジンⅡに搭乗していたユリウスが笑みを深くしながら眺めていた。

 

 「良い動きだ。だが―――」

 

 鋭く放たれたビームクロウによる攻撃をタイミングを合わせて回避する。

 

 そして反対方向から襲いかかるもう一機のジンⅡに対して回し蹴りで飛ばす。

 

 「ぐっ!?」

 

 「甘いぞ、反応が遅い」

 

 「はい!」

 

 三機は速度を上げ、激突を繰り返した。

 

 すべての訓練を終えたアレックスとセレネは息を切らしながら、基地へと帰還する。

 

 ユリウスの訓練は相変わらず厳しい。

 

 昔に比べれば少しはマシになったと思っているアレックスではあるが、相手は息も乱れていないのだから、流石としか言いようがない。

 

 「二人共、ずいぶん良くなっている。ただ、もう少し相手の動きをよく見ろ」

 

 「「はい」」

 

 総評を聞き、訓練を終えると落ち着いたように息を吐きだした。

 

 「ハァ、流石に疲れたな」

 

 「そう、ですね」

 

 クルーゼ隊に所属していた頃から慣れている筈のアレックスですらきついというのに、セレネはよく弱音も吐かずについて来ている。

 

 本当、冗談とはいえすぐに断った連中に見せてやりたいほどだ。

 

 戦争も一応終結したのに激しい訓練を行うのにはもちろん訳がある。

 

 それは今後テタルトス軍が地球での作戦行動を取る可能性が出てきたからだ。

 

 現在地球は連合の弱体化により、混乱の極みにある。

 

 中には独立を訴える国も多くあり、その内の数国からテタルトスに対して軍事的な支援の要請があったのだ。

 

 もちろん将来的な同盟関係も視野に入れた上で。

 

 今上層部の方で協議が行われているが、確実にこの要請を受ける事になる。

 

 当然、これにはテタルトス側の思惑が存在する。

 

 今回のユニウス戦役で露呈した欠点。

 

 それが地球での作戦行動を取る為の足がかりが存在しない事だった。

 

 テタルトスにとっても大きな影響のあった事象、オーブで行われたザフトの作戦『オペレーション・フューリー』はその最たるものである。

 

 今後、月にも影響が出かねない地球での重大な事件が起こった場合、何もできないというのは不味い。

 

 そこでザフトのカーペンタリア基地と同じ様に同盟関係を結んだ国家に戦力を駐屯させ、地球での活動拠点にしようと考えていたのだ。

 

 それによって最高司令官であるエドガーもバルトフェルドを連れ、現在は地球に向かっている最中である。

 

 この件に関してはアレックスやセレネにしてみれば複雑だ。

 

 彼らはカーペンタリアの件で親を亡くした少年達の事を知っていたから。

 

 「……セレネ、今回の件だが―――」

 

 「大丈夫です。軍に入った時からある程度は覚悟していました。それに大佐もカーペンタリアの様な事にはならないだろうと言っていましたし」

 

 口ではそう言っているが過去の事を―――家族を亡くした時の事を思い出しているのだろう。

 

 顔色があまり良くない。

 

 アレックスは気丈に振る舞う、セレネを抱きしめる。

 

 「アレックス?」

 

 「すまない。何と言えばいいのか、分からないけど、でもこれだけは言わせてくれ。俺は何があっても君の味方だ。一人で背負わないでくれ」

 

 「……ありがとう。そうですよね、私は一人じゃないですね」

 

 その言葉に曇っていた表情が和らぐと、セレネもまた背中に手を回した。

 

 

 

 

 訓練を終え、各所に指示を飛ばしたユリウスは医療施設を訪れていた。

 

 そこの一室。

 

 制服を着込んだ兵士達が警備を行っている場所に近づいていく。

 

 「大佐!」

 

 「警備御苦労、様子はどうだ?」

 

 「変わりなく」

 

 予想通りの返答にユリウスは肩を竦めると部屋の扉を開けて、中に入る。

 

 ベットには金髪の少年レイ・ザ・バレルがこちらを鋭い視線で睨んでくる。

 

 「調子はどうだ?」

 

 ユリウスの問いかけにレイは答えず、逆に問い返してくる。

 

 「……何故俺を殺さずに、ここに連れて来たんですか?」

 

 運ばれた時から変わらない、どこか暗い表情で問いかけてくる。

 

 レイは彼の意思を無視してテタルトスに連れてきた事が不服らしい。

 

 「進歩のない奴だな。少しは自分の頭で考えたらどうだ?」

 

 「ふざけるな! 治療まで施しておきながら、碌な尋問もしない! 何を考えている、ユリウス・ヴァリス!!」

 

 彼にはすでに戦いの結末やデュランダルの死も伝えてある。

 

 その所為か自暴自棄になっているのだろう

 

 「私はお前を殺すつもりなどないし、捕虜として扱う気もない」

 

 「なっ、どういう事だ?」

 

 「そのままの意味だ。私にとってお前は敵ですらない。デュランダルに何を言われたのかは知らんが、お前は本心から奴の言葉のすべてを―――デュランダル風に言うなら、自分の運命とやらをを受け入れてはいなかっただろう?」

 

 それは確かに。

 

 初めからすべてを受け入れていた訳ではない。

 

 未来を考えていた時だってある。

 

 ラウから聞かされた母の言葉。

 

 人の可能性。

 

 それを信じたいと。

 

 しかし自分の存在は―――

 

 「でも、俺は……俺達には」

 

 「時間が無いか?」

 

 そうだ。

 

 普通の人間に比べてあまりに時間がない。

 

 だからこそ、ギルの理想の世界を信じて、その為に戦ってきた。

 

 「……ここでも遺伝子に関する研究は行っている。データもあるから、お前に関して適切な治療を行う事が出来るだろう。完治は難しいだろうが、薬よりは延命できる筈だ」

 

 意外な言葉にレイは驚き眼を見開いた。

 

 「何故」

 

 「私はお前に考える時間と機会を作るだけだ。その上で自分の答えを出し、私と戦うと言うのであれば今度こそ全力で応じよう」

 

 「……この先を生きろというのか?」

 

 「そうだ。どんなに短かろうが、お前には未来を生きる義務がある。……先に逝った兄弟達の分までな」

 

 ユリウスはそのまま背を向けて部屋を出ていく。

 

 静まり返った病室でしばらく俯いていたレイはシーツを握り締めると、意を決して立ち上がる。

 

 その表情に先程までの暗さは無く、ただ前を向いていた。

 

 

 

 

 ギルバート・デュランダルを失ったプラントは地球ほどではないにしろ、混乱した状態にあった。

 

 それでもザフトはディアッカ達、三英雄を中心とした反デュランダル派による統制が行われ、徐々に落ち着いていった。

 

 しかし問題はそれだけでは収まらない。

 

 彼らからもたらされたデュランダル議長やヘレン達が行っていたとされる事柄。

 

 それに関する様々な情報が、最高評議会の頭を抱えさせた。

 

 さらにその証拠やデータを回収しようにも重要な事案に関する大半の情報はメサイアと共に消え去った。

 

 極秘に建設されたらしい施設に関してもどこに存在しているのか分からないなど調査は難航している。

 

 まるでこうなる事すら彼らが予測していたかのように、全くと言っていいほど足取りが掴めないのである。

 

 その為、各陣営からの追及に答える事が出来ず、この件に関しては極秘とされ未だに調査が続行されている。

 

 そんな中、ジェイルは地球のカーペンタリア基地に居た。

 

 リズム良くキーボードを叩き、今日の仕事を終わらせると背筋を伸ばす。

 

 「終わったな」

 

 彼は戦争終結後、フェイスを返上。

 

 配置転換を申請し、現在は後方の事務仕事を担当していた。

 

 パイロットは止められなかったので、訓練やパトロールなども並行して行ってはいる。

 

 しかし最前線で戦っていた頃に比べれば随分時間にも余裕が出来ている。

 

 机の上を片づけ周囲の同僚に声を掛けて立ち上がった。

 

 「お疲れ様でした」

 

 「おう」

 

 「お疲れ様」

 

 挨拶を交わしながら、頭を下げると部屋を出る。

 

 最初の頃に比べれば随分馴染んできた。

 

 ここに来た時は赤服と言う事もあり、思いっきり浮いていたが周囲も慣れてきたようだ。

 

 これでフェイスのままであったら、さらに面倒な事になっていたに違いない。

 

 外に止めてある車に乗り込むと、街に向かって走らせる。

 

 街中で買い物を済ませ、郊外に向かうと一件の大きめの家が見えてきた。

 

 入口に車を止め、荷物をもって家に入ると椅子に座った少女が笑顔で出迎えてくれる。

 

 「おかえりなさい、ジェイル」

 

 「ただいま、ラナ」

 

 戦いが終わった後、ラナは正気を取り戻した。

 

 ジェイルはこれまでの事、戦いの中で気がついた事をラナと話し合った。

 

 恨まれて、憎まれて、何を言われても仕方がない。

 

 そう思っていたが、ラナはこちらを責める事は無かった。

 

 自分もまた同じであると悲しそうに笑っていた。

 

 この時がお互いに初めて本音で語り合った瞬間だったのかもしれない。

 

 ラナが座ったすぐ後ろから髪型は違うが、彼女と同じ顔をした少女達が出てくる。

 

 「「「おかえりなさい」」」

 

 「皆、ただいま。すぐ食事を作るから」

 

 今、ジェイルはラナや数人のラナシリーズの一緒に暮らしていた。

 

 彼女達の存在が発覚した時はそれはもう驚いた。

 

 プラント上層部もさらなる問題に、全員がため息をついたらしい。

 

 彼女達はデュランダル達が行っていた事に関する数少ない証拠であり、扱いも非常に難しかった。

 

 扱いには揉めに揉め、ザフト内で確認されているラナシリーズを一か所に集め、監視するという形に落ち着いた。

 

 そして現在こうしているという訳だ。

 

 最初は同じ顔に面食らったが、髪型や服を変え、それぞれに名前を付ける事でどうにか判別できる様になってきた。

 

 同じに見えてそれぞれに個性もあり、その度に微笑ましくなる。

 

 「良し、できた。皆、席着け」

 

 こうして全員分の食事を用意するのにも慣れてきた。

 

 手際良く料理が完成し、テーブルに並べると全員が着席、食事を始める。

 

 何と言うか彼女達の経歴から食事などはもっと静かなのかと思いきや意外と皆、喋る。

 

 殆どが食べ物の好き嫌いなどの趣向だったり、単なる雑談ばかりではあるが、こういうのは楽しい。

 

 「……ラナ、『彼女』はどうだ?」

 

 「うん、いつも通り」

 

 「そうか」

 

 一応後で様子だけでも見ておこうと、手を止めていた食事を再開した。

 

 皆の食事が終わり、皿を洗い終えた後、ジェイルはこの家の一番奥にある部屋に向かった。

 

 その部屋では一人の少女がベットの上で眠り続けている。

 

 リース・シベリウス。

 

 ジェイルの同僚であり、共に戦場を駆け抜けた戦友である。

 

 彼女は最終決戦の際、I.S.システムを限界以上に酷使した結果、意識不明の昏睡状態に陥ってしまった。

 

 医者からは原因であるI.S.システムのデータがあまりに不足しており、治療する有効な手だても見つからない、

 

 彼女は目を覚ます確率は限りなく低く、仮に目を覚ました所で記憶や精神に重大な欠損がある可能性があると告げられた。

 

 入院というのも選択としてはあり得たが、今のプラントは非常に騒がしい。

 

 それにデュランダル議長に関する噂も流れている。

 

 それらの噂の渦中に巻き込まれる可能性があったリースをプラントに置いていくのも気が引けたので、騒ぎが落ち着くまではと連れて来たのだ。

 

 ジェイルは窓を開けて、空気を入れ替えると月明かりに照らされたリースの寝顔を見る。

 

 戦争中は考えられなかった穏やかな生活。

 

 それはジェイルがずっと欲していたものだった。

 

 何時までこの時間が続くかは分からない。

 

 だが出来るだけ長く続いて欲しいとそう願わずにはいられなかった。

 

 その時、リースの口元が少し動いたように見えた。

 

 だが、良く見ると再び変わらない表情で眠り続けている。

 

 ただの見間違いか、それとも―――

 

 「……夢でも見てるのかな」

 

 それが良い夢である事を祈り、窓を閉めて立ち上がると静かに部屋から出ていく。

 

 外では再び穏やかな笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 オーブ宇宙ステーション『アメノミハシラ』

 

 現在ここに中立同盟各国の重鎮が集まり、今後の話し合いが行われていた。

 

 どうにか今回の戦争も乗り切る事ができた。

 

 しかし同時に負った損害も決して軽くはない。

 

 特に『ブレイク・ザ・ワールド』の復興を待たず、開戦したというのは致命的であった。

 

 今考えればそれすらもデュランダルの策略であったのだろう。

 

 戦力の減退は著しく、立て直しは急務であった。

 

 「なるほど、その為に凍結されていた『アドヴェント計画』を再開すると」

 

 「ええ」

 

 報告書を読み上げるアイラにカガリが追随するとショウがその概要を説明していく。

 

 『アドヴェント計画』

 

 これは『次期主力機開発計画』とは別口の物。

 

 端的に言ってしまえばフリーダム、ジャスティスと言った『ヤキン・ドゥーエ戦役』で多大な戦果を上げた機体の量産化計画の事だ。

 

 『アイテル』の量産型である『ブリュンヒルデ』も本来はこの計画に属した機体となる。

 

 ただこの計画は技術的な面やパイロットの育成もさることながら、コスト面も無視できないものがあり一部を除いて凍結されていた。

 

 『アイテル』に関しては『ヤキン・ドゥーエ戦役』や他の戦いにおいても汎用性や性能の高さが実証されていた。

 

 故に『次期主力機開発計画』に引き継がれる形で開発が継続されたのである。

 

 「しかし、一部ではブリュンヒルデ、コウゲツの運用前提とした高性能な『タクティカル』を開発すべきという声もあります」

 

 「その方がコストも抑えられるからそういう声があるのも当然でしょう」

 

 「ですが、我々としては大洋州連合の事もありますから―――」

 

 赤道連合と大洋州連合は非常に近い位置に存在している。

 

 所謂目と鼻の先だ。

 

 その為、ユニウス戦役においてはいつ戦端が開かれてもおかしくない状態に陥っていた。

 

 だからこそ今後の備えとしても赤道連合は自国の守りの要としてより高い性能を持った機体を欲しているのである。

 

 「もちろんその事は十分に理解しています。カガリ」

 

 「はい。新型機の開発に際し、優秀なパイロットを二名ほど赤道連合に向かうよう指示してあります」

 

 「ありがとうございます」

 

 安堵したように息を吐く赤道連合の代表者を一瞥すると次の議題へと入っていく。

 

 すべての議題が終わり、部屋に戻ったカガリはアイラと共にショウが入れてくれた紅茶を口にする。

 

 「カガリ、国内はどう?」

 

 「ええ、何とか落ち着いています。先の戦いによる被害からもようやく復興しましたから。スカンジナビアの方はどうです?」

 

 「こちらも大丈夫よ」

 

 スカンジナビアはユニウス戦役における実害は少なく、あるとすればザフトからの情報操作による風評被害くらいであろう。

 

 それも亡命してきたユウナ達から得られた各国の情報と外交努力によって、ある程度回復の目途も立っている。

 

 「でも問題はこれからね。連合からの独立を訴え、武力を行使しようとしている国々との戦いに巻き込まれる可能性もある」

 

 この辺の事情は赤道連合と同じだ。

 

 今は大丈夫でも、何時こちらが巻き込まれるかは分からない。

 

 「お姉さまなら大丈夫だとは思いますけど、外交の際も注意してください」

 

 「ええ、それはカガリもね」

 

 お互いに笑顔で頷くと紅茶を再び口に含んだ。

 

 

 

 

 オーブの空港でキラはラクスと共にトール達の見送りを受けていた。

 

 「じゃあ、トール、後は頼むよ」

 

 「おう、行先は赤道連合なんだろ?」

 

 「ええ、そこで新型機のテストパイロットをする事になると思います」

 

 戦争が終わったばかりだというのに、何ともいえない気分になる。

 

 だが今の地球を見ればいざという時に備えも必要というのも理解できる事だった。

 

 「しばらくは大丈夫だろうから、ゆっくりしてくるのも良いんじゃないか? 行方くらましていた時の埋め合わせにさ」

 

 行方をくらませたといっても一応任務だったのだが。

 

 トールの提案にキラは思わず顔を引き攣らせた。

 

 「そ、そうだね。考えておくよ」

 

 正直、怖くて後ろを振り向けない。

 

 トールもようやく失言に気がついたのか、乾いた笑みを浮かべると別の話題を振った。

 

 「え、えっと、アストはどうしたんだ?」

 

 「あ、ああ、アストね。―――アストは今、宇宙に行ってるよ」

 

 

 

 

 キラ達が空港に居た頃、宇宙ではアストとレティシアの二人がザフトとの合流ポイントを目指してシャトルで移動していた。

 

 目的は議長達が残した施設の探索と調査の為である。

 

 重要な任務であれば、ドミニオンやオーディンといった戦艦で動く所なのだろう。

 

 しかし今は戦力を極力動かさないようにと指示が出ている。

 

 他の勢力を刺激しないようにという配慮なのだろう。

 

 テタルトスやプラントの事など、気がかりはいくつもあるが―――

 

 「アスト君、どうしましたか?」

 

 「いえ、その―――」

 

 「何を考えていたか当てましょうか? ティアさんの事ですね」

 

 その通りだ。

 

 ティアの事が気にかかっていた。

 

 レヴィアタンから救出されたティアは、体力や精神面など疲弊していたが命に別条もなく、後遺症も残らなかった。

 

 ラクスとの再会や色々な人々との出会い、そしてある程度状況が落ちついた後で彼女はプラントへと戻っていった。

 

 今できる事したいのだと、そう言って。

 

 「心配ではありますけど」

 

 「アスト君は意外とシスコンだったんですね」

 

 「なっ、シスコンって、シンと同じにしないでくださいよ!」

 

 これに関してはシンも異論を挟んでいたが、普段のあいつを見ていたらとてもじゃないが信じられない。

 

 反論したアストであったがレティシアの呆れたような視線にすぐにたじろいでしまう。 

 

 「確かに心配ではありますよ。今のプラントの中にもコーディネイター至上主義者はいますからね」

 

 これはザフトとしてプラントに入国していた時から懸念していた事だ。

 

 アストは彼らによって出生率の低下の研究に利用されるのではと警戒しているのだ。

 

 どこか気を張るアストをレティシアはため息をつくと、思い切り抱き寄せた。

 

 「なっ、ちょっと」

 

 「大丈夫ですよ、アスト君」

 

 子供を宥めるようにアストの頭を何度も撫でる。

 

 彼はティアを自分のような目には遭わせたくないと思っているのだろう。

 

 出来れば幸せな道を歩いてほしいと願っている。

 

 それが分かるからレティシアはアストが少しでも落ち着けるように撫で続ける。

 

 「心配なのは解ります、貴方の家族ですものね」

 

 「……すいません。少し焦っていたかもしれません」

 

 「もしもの場合は助けに行けばいい。勿論、私も手伝います」

 

 「ありがとう」

 

 シャトルが合流ポイントまで辿り着くとそこには馴染み深い戦艦が待ち構えていた。

 

 「ミネルバ」

 

 偽装の為に施された外装は撤去され、ザフト最強と謳われた雄姿をしっかりと印象づけてくる。

 

 またこの艦と一緒に動く事になろうとは、思わなかった。

 

 ハッチが開き、格納庫に降りるとそこには久ぶりに見るクルーの姿と―――

 

 「よう、アレン」

 

 「なっ、ハイネ!?」

 

 そこにはハイネ・ヴェステンフルスが立っていた。

 

 「何でここに?」

 

 「今回の件は色々とあるしな。それに俺、今は特務隊の隊長って事になってるんだよ」

 

 「特務隊の? デュルクはどうした?」

 

 シンとの戦いで敗れ去ったものの、デュルク本人は無事であると聞いている。

 

 「ああ、デュルク隊長、いや元隊長か。あの人はフェイスを返上して、一から鍛え直すってさ。今は新造プラント建設の手伝いしてるよ」

 

 真面目なデュルクらしい。

 

 しかしフェイスまで返上していたとは思っていなかった。

 

 シンとの戦いで何か思う所があったのか。

 

 何にせよ彼にとっても良い方向へ行けばいいと思う。

 

 「って訳で代行だけど隊長やらせれてんの。人手も足りないし、誰かさんが戻ってきてくれると助かるんだけどな」

 

 ハイネの露骨な誘いに思わず笑みがこぼれる。

 

 後ろで成り行きを見守っていたレティシアも思わず苦笑していた。

 

 「ヴェステンフルス隊長、艦長が呼んでますよ」

 

 そこにルナマリアが声を掛けてくる。

 

 「悪い、っていうかヴェステンフルス隊長はやめろって! ここで立ち話も何だし、行こうぜ」

 

 「ああ」

 

 アストはレティシアを伴い、ハイネの後ろについて艦長室に向け歩き出した。

 

 危険が伴う任務かもしれないが、彼らとなら上手くいく。

 

 そんな根拠もない確信を抱きながら。

 

 

 

 

 雲一つない晴天。

 

 今日は本当に良い天気だった。

 

 もうすぐ夕方になろうとしているが、夕日もまた美しい。

 

 にも関わらず、セリス・シャリエ、いやセリス・ブラッスールはオーブの病院で退屈な入院生活を強いられていた。

 

 「はあ、暇」

 

 この前にルナ達が来てくれて楽しかったのが思い出される。

 

 「早く退院してデザート食べたい。ねぇ、シン、ケーキとか食べたい」

 

 すぐ傍で端末を弄っていた恋人シン・アスカに問いかけるとすぐに呆れたような顔になった。

 

 「何言ってんだよ。まだ検査残ってるんだから駄目だ。それに食べ過ぎると、また太るって大騒ぎするじゃないか。この前ルナ達が来た時、入院生活で痩せたって自慢してただろ」

 

 「うっ」

 

 バツが悪そうに視線を逸らすとボソリと呟く。

 

 「デ、デザートは別腹だし」

 

 「ハイ、ハイ」

 

 「う~」

 

 恨めしそうにこちらを見てくるセリスに思わず笑みが零れた。

 

 本当に良かった。

 

 彼女は出会った頃と何も変わっていない。

 

 これだけで救われたような気分になる。

 

 戦いを終えた後、保護されたセリスはオーブの病院に収容された。

 

 ミネルバはプラントに戻ったが、シンはセリスと一緒にオーブへ戻った。

 

 セリスを面倒事に巻き込みたくないと思ったからだ。

 

 その為、ザフトでは戦死扱いとなっている筈。

 

 この先の事も一応考えてはいるが、今はセリスの回復を待っている状態である。

 

 「それより、マユちゃんと待ち合わせしてるんでしょ、時間は大丈夫?」

 

 「え、ああ、そろそろだ」

 

 端末を閉じ、荷物を持つと椅子から立ち上がった。

 

 「シン」

 

 セリスがジッとこちらを見て目を閉じる。

 

 それに応じて顔を寄せるとキスを交わした。

 

 「じゃあ、また明日!」

 

 「うん」

 

 セリスの笑顔に見送られながら、病室を出る。

 

 これからマユと二人で両親の下に行く約束をしていた。

 

 セリスのいる病院と同じであったなら、待ち合わせる事も無く良かったのだが。

 

 シンはいつの間にか傾き始めた太陽を背に海岸線を歩いていく。

 

 「そういえば……」

 

 前にここを歩いたのは、開戦前だった。

 

 あの時は、今みたいな事に状況になるなんて思ってもいなかった。

 

 戦争での経験や見てきたものがシンの脳裏にはっきりと蘇ってくる。

 

 迷いもしたし、今でも正しいかどうかは分からない。

 

 それでもこの道を選んだ。

 

 ならば最後まで進んでいくだけ。

 

 ゆっくりと考えながら、歩いていると反対方向から一つの影が視界に入ってくる。

 

 視線を上げると、髪の長い少女が見えた。

 

 その少女は換え難い大事な家族であり、妹のマユ・アスカだった。

 

 その姿は前の光景と被る。

 

 あの時は、近くにいたのに誰よりも遠くにいるように感じていた。

 

 譲れないからこそ、ぶつかったし、別れを告げて、そしてまた一緒に戦って―――

 

 だからこそ、たとえこの先で別々の場所に向かって歩いて行くとしても、大丈夫だとと信じられる。

 

 それはマユもまた感じている事だ。

 

 だから彼女は昔と同じ、無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

 「待たせたか、マユ」

 

 「ううん、大丈夫―――行こう、お兄ちゃん」

 

 差し伸べられた手を取り、二人は一歩を踏み出した。

 

 たとえ、この先何があろうと選んだ道を歩いて行くと。

 

 そう誓って。

 

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダムSEED effect END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない無機質な部屋に一人の男が座っていた。

 

 机の上にはゲーム途中と思われるチェス盤と仮面が置かれている。

 

 男はその盤面を見て、ただ楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 だがゲームを意識していた訳ではない。

 

 単純にこんな風にチェスをしていた人物を思い出していただけ。

 

 無造作にチェスの駒を弄っていた男の部屋にノックの音が響く。

 

 扉が開いた先には無表情の一人の少女が立っていた。

 

 「お身体の調子はいかがでしょうか?」

 

 「……ああ、問題ない」

 

 「それはようございました」

 

 少女は部屋に入り、手に持っていたコートと不気味な黒い仮面を差し出す。

 

 「こちらをどうぞ」

 

 男はコートを羽織り、仮面を受け取るとそれを顔につけた。

 

 「では行くぞ、№Ⅰ」

 

 「はい、参りましょう―――カース様」

 

 二人が出た部屋は静寂だけが残り、机の上に置かれた駒がコトリと音を立てた。




アドヴェント計画は刹那さんのアイディアを使わせていただきました。

これで終わりとなります。

あとがきはどうするかは決めていませんが、後で投稿するかもしれません。

ここまでこの作品を読んでくださった方、アイディアを下さった方、感想をくれた方、本当にありがとうございました!
 


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あとがき

 機動戦士ガンダムSEEDeffectを読んでいただきありがとうございました!

 

 まさか完結させるまで約一年かかるとは思っていませんでした。本当、進歩もない私の作品に付き合って頂き、感謝しかありません。

 

 1)ストーリー

 

 正直これが一番頭を抱えました。causeおけるオリジナル部分と原作のすり合わせをどうするか。

 

 さらには月で誕生させたテタルトスを絡ませる必要もあり、最終決戦においては四陣営による泥沼状態。正直私のようなド素人にはレベルが高過ぎました。

 

 それでも結末は一応想定通りの地点に着地できたので、まだ良かったかなと。

 

 2)キャラクター

 

 主人公[シン、マユ、アオイ]

 

 この作品では三人程主人公という形をとっていましたが、マユは半分くらいヒロインでしたので実質はシン、アオイの二人でしょうか。

 

 アオイは王道主人公ということで実に書きやすかったです。彼は本編でも書きましたが、デスティニープランを否定するキャラクターとして考えました。

 

 シンとはライバル関係にしようかとも思いましたが、それは前作でやっていましたので、今回は別の形にしました。

 

 マユのアストに対する感情はどうしようかと思いましたが、前作の経緯とか考えると何の感情も抱かないと言うのはおかしいかなと思って、告白させる事にしました。彼女の立場はガンダムOOのフェルトをイメージしています。

 

 [セリス]

 

 彼女は前作でも少しだけ登場していましたが、元々はアストと同じくスカンジナビアの惨劇を経験した彼の幼馴染というのが初期案でした。

 

 色々考えてシンのヒロインに決め、彼が戦う理由であると同時に現状に疑問を抱く切っ掛けとなる人物として描きました。

 

 [ジェイル]

 

 立場的に原作シンです。ある意味彼もまた主人公でした。単純に同じでは意味無いかなと思い、彼にも現状に疑問を持たせ、デュランダルに盲目的に従うようにはしませんでした。

 

 彼の原点は本編で書かれている通り、シンの予備です。原作を見ていた時に一番思ったのは、もしもシンが戦死したら、ミネルバが沈んだらどうするつもりだったのだろうという疑問からでした。デュランダルのような慎重な人物が何の対策も取っていなかったとは思えなかったので。

 

 [キラとアスト]

 

 前作主人公二人については初めから片方をザフトに向かわせ、もう一人をデュランダルを探る裏方に回そうと思っていました。まあキラが潜入なんて想像できなかったので、必然的にアストという事になりましたけど。

 

 [特務隊]

 

 前作の特務隊がまあ酷いものでしたので、今回はまともにしようと思って考えたんですけど、デュルクとヴィートはともかくリースは……なぁ、何故かヤンデレになってた。最初はレティシアのライバル的なキャラクターにするつもりだったのに。ただこれでもかなりマシにしたんです。当初はもっと酷く、正直書いてる私も怖かったくらいでしたから。

 

 [ヘレン]

 

 この作品における黒い部分の大半を受け止めてくれたキャラです。初期では議長に作られたクロードの同類といった設定でした。

 

 [ユリウス、アスラン、セレネ]

 

 テタルトス組はどう絡ませようかと悩んだのですが、あまり出しゃばらないようにしました。というかユリウスは最強のパイロットなので、彼が出るとそれだけで勝負が決まってしまうし。

 

 3)機体

 

 これも前作同様苦労しました。本当に名前が思いつかないんです。

 

 ただ今回は色々な人からアイディアをいただき、非常に助かりました。

 

 アイディアを下さった皆さん、本当にありがとうございました。

 

 一番初めに決めたのがI.S.システムに関する事でした。同盟軍、地球軍、テタルトス軍も強い奴ばかりでこのままではザフト側が圧倒的に不利になり対等には戦えなかったので。

 

 ただそうすると今度は味方側の機体がって事になり、考えたのがC.S.システムを搭載したマユの機体トワイライトフリーダムでした。

 

 その後でシンの機体リヴォルトデスティニーを決めました。名前は最後まで決まりませんでしたが。

 

 そして対SEEDモビルスーツ。名前を見れば分かると思いますが、アルカンシェルを除き名前は悪魔から取っています。搭載されたシステムの凶悪さとリスクから考えました。

 

 アルカンシェルだけは初めからアオイの搭乗機になる事を決めていましたので、悪魔の名前をつけていません。

 

 4)最後に

 

 色々とありましたが、この作品を最後まで書き切る事が出来たのは、アイディアや感想を下さった皆さんのおかげです。

 

 本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 

 まあ不満な部分もたくさんありますし、今後日常シーンなど加筆して、色々手直しするつもりです。

 

 次はどうしようかと悩んでいますが、せっかくここまでやったのでもう少しガンダムSEEDやろうかなと思っています。

 

 ただそれは続編ではなく外伝という形になるかと。続編は―――書いて欲しいという声が多かったら考えます。あれから先を書くとなると悲劇にしか書けなさそうな気もしますが。

 

 

 

 そして最後に非常に短いですが、この先はこんな感じになるかなというイメージを書いてみました。まあ出てくるのは二人だけですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.76 『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれた事件をきっかけに地球、プラント間において始まった武力衝突『ユニウス戦役』と呼ばれた戦争から二年。地球は混迷を極めていた。

 

 強硬派による内戦誘発を切っ掛けにマクリーン派は勢力を分断、隔離され実権を失っていた。

 

 さらにテタルトス月面連邦国の地球進出。それを良しとしない連合強硬派との開戦と同時に起こったテタルトスによるスカンジナビア襲撃。それらを静観しながら機を窺うプラント。

 

 

 その戦いは地球だけではなく、宇宙にまで拡大、大きな戦争に発展していった。

 

 

 そこは酷い惨状であった。周囲に破片が散乱し、視界も悪い。散らばっているのは破壊された宇宙要塞の残骸だ。

 

 四方に散乱する岩盤が、事の凄惨さを物語っている。周辺には未だに戦闘の光が散光しており、弾けては消えていく。

 

 そんな破片が散らばり、今なお火を吹いているその場所で二つの影が光を発し、交錯している姿が確認できた。

 

 「奴は……」

 

 狭いモビルスーツのコックピットの中で息荒く、パイロットであるアスト・サガミは操縦桿を強く握っていた。度重なる戦闘でパイロットスーツの中はすでに汗だくである。

 

 逃げた訳であるまい。他の奴に遅れをとるとも思えない。の技量の高さは誰よりも知っている。それこそ『ヤキン・ドゥーエ戦役』からの宿敵なのだから。

 

 少しも気は抜けず、アストは周囲を確認しながら破片に紛れた、相手の姿を左右に視線を滑らせて探していく。

 

 どこに行った?

 

 その瞬間、コックピットに鳴り響く警戒音。それに合わせフットペダルを踏み込むと背中のスラスターが噴射され、機体が一気に上昇する。

 

 歯を食いしばって圧し掛かるGに耐え、ビームが今までいた空間を通過していくのを確認すると、設置されているスコープを引き出した。

 

 視界に映ったのは―――奴が、アスラン・ザラが駆る紅い機体『ソル・エクィテスガンダム』だった。

 

 ビームライフルを構えソルエクィテスをロックし、トリガーを引くと撃ち出されたビームが敵機を撃ち抜かんと迫る。しかし敵は左手のビームシールドを前に突き出し、一直線に向かっていたビームが弾くと同時に突っ込んでくる。

 

 「今日こそ決着をつけてやる!」

 

 「チッ!」

 

 突き出されたビームサーベルを捌き、すれ違い様に背中に装備されたビームソード『ワイバーン』を放出した。

 

 「その武装には何度も痛い目に遭わされたからな、もう通用すると思わない事だ!!」

 

 巧みな動きで翼のような刃をかわし、敵機の背中に向けてライフルを叩き込んだ。

 

 「何故、俺にそこまでこだわる?」

 

 「貴様という存在がすべてを狂わせた!! 貴様さえ、居なければ!! だからこそ、必ずを決着をつける!!」

 

 「何度も言わせるな! 身勝手な事を言うんじゃない!!」

 

 連続で撃ち込まれるビームをワイバーンで弾くとライフルで牽制しながら瓦礫に身を隠した。

 

 「戦闘は未だに継続中か」

 

 要塞攻略は上手く行ったが、周辺の味方部隊の戦闘は続いているようだ。何時までもこいつの相手はしていられない。

 

 残った武装を把握しながら、乗機である『アーク・イノセントガンダム』の状態を確認した。

 

 味方部隊の援護に向かう為にも、ここを切り抜ける。

 

 スラスターを吹かして破片の陰から飛び出すと、装備された斬艦刀をバルムンクを抜き、ソル・エクィテスガンダムに斬りかかった。

 

 「はああああああ!!!!」

 

 気合と共に刃を叩きつける。

 

 そしてアスランもまた仲間の仇を討つ為に両手に握ったビームサーベルを振るった。

 

 「お前は俺がァァ!!!」

 

 白と紅。二機のガンダムが加速しながら光刃を掲げ―――

 

 「アスト・サガミィィィィィ!!」

 

 「アスラン・ザラァァァァァ!!」

 

 同時に振り降ろした。

 

 

 

 激闘は続く。

 

 二人の決着がつくその時まで―――



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