その芽は虫食まれている (ゴミ君)
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第一節 虫食いと巫女と魔法使い
『ペンタス』
森の中を少女が歩いている。手荷物や背負い籠を持たない軽装を見るに、森の実りの恩恵に与ろうというわけではないようだ。
幼い外見も相まって、一見すると迷子か何かのように見えるが、その足取りに不安や迷いは無く、はっきりとした目的があって森を進んでいるのが分かる。
「……ふぅ。そろそろ休憩しましょうか」
少女はしばらく黙々と歩みを進めていたが、ふとぽつりと呟き、手近な木にもたれかかった。
「もうすぐ博麗神社に着くんですね。……なんだか緊張してきちゃいました」
苦笑気味に不安を漏らす。彼女が歩く道は、幻想郷の守護者である博麗の巫女が住む博麗神社へ続いている。
博麗の巫女に会うために家を飛び出し長旅をしてきた彼女だが、いざ目的地に辿り着くとなると逆に緊張してくる。ちゃんと話を聞いてもらえるだろうか、問答無用で追い返されたらどうしようか。最悪、人でないからと退治されてしまうかもしれない。
「うぅ、今になって怖くなってきました。博麗の巫女さん、いい人だといいんですが……」
一度不安に思ってしまうと、途端に嫌な可能性を何通りも思い浮かべてしまう。木陰越しの空を仰ぎながらどうしようどうしようと渋面で唸っていたが、唐突に表情を変えると、悩みを振り払うように顔をブンブンと振った。
「そうですよね、ここで悩んでいても仕方がありません。私がみんなを助けるんです!」
決意を込めてガッツポーズ。勇み足で道を進んでいくが、一歩二歩と、歩を重ねるごとに、意に反するようにみるみる足取りが重くなっていく。
「うっ。そういえば、まだ休憩の途中でしたね。ま、まあ、ここまで無理なく来たんですから、今更無理は禁物ですよね。はい、もう少し
誰かへの返事のようにそう言うと、少女の他には誰もいないのに、まるで誰かと話しているように喋り始めた。
たった一人で森の中にいる彼女のその
くさむらに笑みを向ける少女の顔には、目隠しのように包帯が巻かれていた。
…
「霊夢ー、なんか依頼来てないのか?」
「ないわよ。平和でいいことね」
ある日の昼下がり。博麗神社の境内で、白黒の少女と紅白の少女が話している。そのうちの一人、博麗神社の主である紅白の独特な意匠の巫女服を着た少女、博麗霊夢は暇を謳歌していた。
「ちぇ、退屈だぜ」
大きなリボンの付いた黒い三角帽に、黒い服の上から白いエプロンドレスを着たいかにも魔法使いといった風体の少女、霧雨魔理沙の不満気な様子に、霊夢は思わずため息を吐いた。
暇だと嘆いているが、別に暇自体は悪い事ではない。妖怪退治・異変解決を生業としている彼女が暇というのは、それだけ幻想郷が平和な証拠だ。知り合いの魔法使いが退屈しのぎに絡んでくるのに目をつぶれば平和なのはいい事だと霊夢は思う。楽だし。
しかし、博麗の巫女としてはそれでいいが、神社の巫女としては、暇というものは到底度し難いものだった。
「いや、いいって言ってもさ、ここ最近ずっと妖怪退治してないだろ。……お前も結構、溜まってるんじゃないのか?」
「残念だけど、お賽銭と同じく何も溜まってないわよ」
そう、参拝客が来ないのだ。
本日はお日柄もよく快晴である。初夏を迎えた幻想郷の空は晴れ渡り雲ひとつない。陽射しは少し暑く夏の訪れを予感させるが、むしろ穏やかな風を爽やかな心地よいものに思わせてくれる程よい熱気と言えるだろう。
こんな天気のいい日は、外に出掛けるには、特に神社にお賽銭をお供えするには、正にぴったりな日だと霊夢は自信を持って言い切れる。
だというのに、やっぱり参拝者は訪れない。
まあ、思い当たる理由はいくつかある。神社への道に鬱蒼と茂る森が鎮座しているからだとか、道中に妖怪が出るからだとか、巫女も正体をよく知っていない神に御利益を感じられないからだとか。
そもそも神社でなく宴会場とでも思われているかもしれないし、なんならその全てが原因かもしれない。
唯一いる暇な魔法使いは参拝客ではなくただの暇人だし、たまに遊びにやって来る妖怪たちと違ってお土産の食べ物や酒も持ち込んできていない。賽銭の一つや二つもあれば話は違うが、それすらない魔理沙を歓迎することはない。土産なき知り合いに礼儀は不要なのだ。
何にせよ、霊夢からすれば困った話だった。
「そりゃあ確かに残念だ。にしても本当に暇だなあ、異変のひとつでも起きたらいいのに」
うだうだとしながら不吉なことを言い出す魔理沙に霊夢は顔をしかめた。言霊というものがあるのを分かっていて言っているのが厄介だ。
「縁起でもないこと言ってんじゃないわよ…そんなに暇ならほら、掃除してよ。善行積みなさい」
既に口をついて出てしまったので手遅れな気もするが、諦め気味に咎めておく。これで面倒ごとが起きたら魔理沙のせいだとうんざりしながら、霊夢は鳥居に立てかけてあった魔理沙の箒を指さした。
やることがないなら神社にご奉仕しろという意味で言ったのだが、魔法使いの箒は掃除用具じゃないぜ!といちゃもんを付けられる。相手をするのも面倒なので、渋々と奥の倉庫に竹箒を取りに行こうとした時、鳥居の方向を見ていた魔理沙が声を上げた。
「おっ」
「ん、どうしたの?」
釣られて振り向いた霊夢は、鳥居の方から一人の少女が訪れてきたのを見た。
コツ…コツ…
その少女の第一印象は緑だった。ところどころに差し色が混ざってはいるが、着ている服も被る大きな帽子も、肩にかけたウエストポーチや目を覆うように巻かれた包帯すらも、大体の主色が緑色だ。唯一彼女がついている白い杖だけが緑色で無く、それが逆に異彩を放っている。
杖をついていて、目に包帯を巻いている。外見通りに捉えるなら、あの少女は目が見えないのだろう。だが、その割には足取りに迷いはなく、まっすぐと鳥居をくぐって自分たちのいる方、つまりは境内へと進んできている。連れ添いはいないようなので、どうやら一人で神社まで来たらしい。
どうやら来客のようなので、応対しようと少女の方に体を向ける。通り過ごされて気まずい気持ちになるのは嫌なので声をかけて制止しようとしたが、すれ違うまで数歩というところで少女が足を止めた。どうやら要らない心配だったようだ。
目の前の少女の容姿を改めて見る。
とにかく帽子がでかい。でかい上に、見慣れない丸い形をしている。人里でこんな帽子を被る人を見た事はないし、知り合いにも同じことが言える。
帽子にちょこんと飾られている二つの葉っぱはやけに瑞々しく、飾り用の作り物ではなくまるで本物の植物に見える。
「あ、あの」
次に目につくのは、目を覆う包帯と手についている杖だろう。若葉色の包帯は薬屋や竹林からの薬売りの行商では見かけない代物で、まさか単なるお洒落なのかと少しだけ疑うが、外では目によくないものをもらってしまった人は白い杖を使うのだと、競合相手である山の神社の巫女が言っていた覚えがある。
彼女もそうなのかは分からないが、わざわざ目を隠して有益な事もないので、恐らくは
「えぇと……」
体格は小柄だ。背丈は自分の肩に届かないくらいだろうし、体の線も細い。紅い館の吸血鬼といい勝負だろう。
「おい……おい、霊夢」
何となく、この少女は人間では無さそうだと感じた。この幻想郷で人間で無ければ、大概は妖怪だろう。あくまで予想でしか無いので断定はしない。
妖怪であるならば、盲目というのは珍しい。妖怪は再生能力が高いので、人間では治らない傷や欠損を負っても安静にしていれば大概は治るのだ。初めて見るというわけでもないが。
恐らく生まれつき目が見えないのだろうが、目の前で足を止めたり、今もこちらに顔を向けていたりと、少女はこちらを認識出来ているようにも思える。何かしらの手段で見えない分を補っているのだろう。
「……」
そういえば、この少女の服装にはどこか見覚えがある気がする。さすがに緑一色は色々と無いが、ワンピースにロングスカートを布帯で締め、上からケープを羽織る。
こんな感じの着こなしを、どこかで見たような……
「霊夢!」
魔理沙の大声にハッとする。しまった、客の前で思いきり考え込んでしまっていた。慌てて意識を引き戻すと、少女が困惑していた。そりゃそうだ、申し訳なくなりながら誤魔化しを入れる。
「ごめん。ちょっと考え事をしてて。えっと、何かしら」
「い、いえ……あの、博麗神社って、ここで合ってますか?」
「ええ、そうだけど」
軽く謝罪をすると、苦笑してはいるがあまり気にしていないようなので内心ほっとする。地理に疎いためだろう問いに肯定を返すと、少女は困惑を霧散させ、無邪気に喜びを見せた。
「そうなんですか!やった!やっと着いたー!あ、とりあえずお参りして行ってもいいですか?」
少女はなんと、お参りをしてもいいかと聞いてきた。お参りというのはつまり参拝の事で、つまり少女は久しぶりの参拝客という事だ。
頰が緩む。大方自分に用があって、参拝はあくまでそのついでなのだろうが、そんなのは関係ない。もちろん人妖も関係ない。賽銭が入るなら大歓迎だ。
「えー、こんな神社やめといた方が「もっちろん!ささっ、こちらへどうぞー」あだだ、いきなり殴るなよなー」
やめとけやめとけと会話に割り込もうとする魔理沙をウキウキ気分のままどついてどかす。大袈裟に痛がる魔理沙を尻目に、突如響いた鈍い打撃音に首を傾げている少女に手を差し出す。
「じゃ、いらっしゃい」
「はい、よろしくお願いします!」
手を握り、ありがとうございます!とにっこり笑顔を向けてくる少女。伸ばした手をスカさなかったあたり、やっぱり何か視覚の代わりになるものがありそうだが、まあどうでもいい。今は賽銭だ賽銭。
ゆっくりと、少女を博麗神社が誇る素敵な賽銭箱の前まで連れて行く。途中で階段があるので注意をしたが、つまずかずに上がっていたので不要な心配だったようだ。
一応参拝の補助が必要か尋ねたが、大丈夫ですと断られたので後ろに下がった。
さて、いくら入れていってくれるか。最近カツカツだから多めだと助かるなあ、でも目が見えない妖怪の女の子じゃあまり期待は出来ないかなあ。
そんな不埒な事を考えながら背中を強視していると、少女が怪訝そうにこちらを振り返ってきた。
「ん、どうかしたの?」
「いえ、その……強めな視線を感じるんですが、何かしてしまいましたか?」
「あ、ごめんごめん。気にしないでね」
確かに見守るというより、睨むと言った方が正しいくらい視線を強くしすぎた。魔理沙の責めるような視線を受け流しつつ、さっきより優しい視線を意識して参拝の様子を眺める。
「えっと確か、ご縁がありますようにって入れるんだよね…」
懐をごそごそとまさぐりながら漏らした言葉に思わず舌打ちする。合ってるには合ってるが、もう少し色を付けてほしいのが正直なところだ。具体的には10倍、いや5倍くらいは恵んでいってほしい。責める視線が強くなったのを感じる。無視。
舌打ちが聞こえてしまったのか少女が振り向くが、少しすると気のせいだと思ってくれたようで再三賽銭箱に向き合う。懐から5円玉を取り出し、賽銭箱に投じた後に二礼二拍一礼する。
「幻想郷の全ての植物が、元気でありますように……」
少女の願いに、思わずたった5円でスケールの大きい願い事をするなあと思ってしまった。すると、少女が振り向いてきた。眉を下げているので多分困っているんだと思う。
どうやら声に出てしまっていたらしい、いやあうっかりうっかり。責める視線に哀れみが混じった。無視無視。
「えっと、あの、や、やっぱりちょっと少なかったですか?」
少女がおずおずと聞いてくる。これは押せばひょっとしたらお賽銭が増えるかもしれない。期待を込めてアドバイスを送る。
「そ、そうね~。もうちょっとあげたら、神様もやる気出してくれるかも?」
「お前、さいってーだな……」
何も聞こえない。耳も心も痛くなってきたが、自分をなじっているのが、宴会のたびに酒を浴びるように飲んで後始末を放棄する迷惑な魔法使いなのだと思うと罪悪感が薄れていく。
それはそれとして、盲目少女に高額賽銭を強請ろうとしているのは間違いないのだが。
霊夢が自分に言い訳をしている間、少女は立ち往生してどうすればいいか迷っている様子だったが、何かを決心したように顔を上げた。
「そうだよね……皆を助けるためだもん」
そう言って、少女は懐にあるだけの紙幣を全て取り出した。
……ちょっと待て、あれいくつだ。ひい、ふう、みい、よお…
「えぇっ!?そんなに貰っちゃ流石に申し訳「えいっ」あっ……」
ぜ、全部入れちゃった。合計いくらかは分かんないけど、全部万札だったような……
「これで、神様はお願い聞いてくれるでしょうか?」
まだ足りないと思っているのか、少女が不安そうに尋ねてくる。こう言うのは失礼だが、包帯で顔が隠れていて良かったと思う。罪悪感で少女の顔を直視出来ない。
一転してニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる魔理沙を後でしばこうと胸に誓いながら、しどろもどろと少女に相対する。
「えーっと、あぁー……よ、よし!キャッ……せっかくお参りしてくれたんだし、私が少しお話聞いてあげようかな!」
「わっ、ほんとですか!?」
「まぁー仕事のうちだから。さ、上がって上がって。お茶でも出すから」
そう言って、多分目を輝かせているだろう彼女の手を取る。いつもだったら億劫なところだが、あれだけ貰っておいてはいさようならはいくらなんでも寝覚めが悪すぎた。
しれっと先に中に入っていった魔理沙に何度目かの溜息を漏らしながら、霊夢は見知らぬ盲目の少女を連れて、神社の中へと入って行った。
幻想コソコソ噂話
作者はこの作品の題名を四回変えてまだ確定出来ていない。
追記:決まりました。現在の題名で確定します
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『亜麻』
大変失礼な話だが、霊夢は来客のグレードに合わせて接待の質に格差を設けている。その中でも、勝手知ったる魔法使いなんかには何番煎じかも分からない茶葉すら出してやるのが惜しいくらいだが、今回は話が違った。
戸棚の最奥、劣化しないように大切に保管してある茶葉を取り出し、一人で味わうつもりだった取っときの茶菓子まで準備した霊夢は、居間に待たせている客人のもとへ向かった。
「お〜、やっと来たか〜」
「ま、魔理沙さん、そんな言い方したら失礼ですよ」
ちゃぶ台の前に並んで座っていたうち、客じゃない方がこちらに気付くと、ひらひらと手を振り、労いでもない言葉を送ってきた。お客の少女の苦言も意にも介さず、早く茶を出せと強請ってくる。というかもう少女に名乗ったのか。手早いというかなんというか。
「はいはい、粗茶ですがどうぞ」
高級品である。
律儀に座布団の上で正座している少女と、客じゃないのに居座るあぐらの魔法使いにお茶を注いだ。
「ありがとうございます。……ぷはぁ、おいしいです。お茶」
「それは良かったわ」
目が見えないはずの少女は、やはり茶托から湯のみを手に取ると、茶を吐息で何回か冷やしてから、ズズッと飲んで笑顔を見せた。一連の所作に淀みが無い事にもはや驚きもせず、勝手に二杯目を淹れようとする魔理沙を制しながら、少女に問いを投げかけた。
「それで、どうしてこの神社に?あのお願いのためだけに来たってわけじゃなさそうだけど」
全ての植物が元気でいてほしい、だったか。もうすぐ夏も本格的に始まる。そうすれば嫌でも植物ははびこるだろうし、幻想郷の住人は草刈りで面倒くさい思いをさせられるだろう。それをわざわざ願いに来るというのは少し過剰に思う。
自然が好きというならまあ分からなくもないが、だからと言って大枚をはたく程切羽詰まった願いでもないはずだ。恐らくは、彼女が住んでいる地域で何かがあったんだろう。言葉を待っていると、彼女が口を開いた。
「はい。……あ、その前に、すっかり忘れてましたが、自己紹介してもいいですか?」
言われてみれば、この少女の名前を知らない事に気が付く。正直に言ってしまえば、名前を知らずとも別に困らないが、逆に知って不都合があるわけでもない。
どうぞと言って促すと、少女は居住まいを正して自己紹介を始めた。
「では、改めて。
ペコリと小さくお辞儀する少女、葉の被る帽子の飾り葉が揺れるのを見て、名は体を表すを地で行っているものだとしみじみ思った。シンプルだが、分かりやすくて覚えやすい、いい名前だ。
「葉ね。私は博麗霊夢。よろしく」
「さっきも言ったが霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。よろしくな!」
同じように自己紹介をすると、何やら葉が驚いて見せる。
「博麗霊夢、さん…」
「ん?どしたの?」
「あ、いえ…。えっと、博麗さんは、異変を解決する巫女さん、ですか?」
間違ってないとはいえ、少し抵抗のある認識だ。祀っている神様の名前も知らないが、私は神社の巫女であって、異変解決はあくまで副業だ。そう思いたい。しかし、そんなことを葉に言っても仕方ない。
「霊夢でいいわ。確かに異変が起きたら解決してるけど?」
「私は魔理沙でいいぜ。ちなみに、私も異変解決を趣味でやっている」
「え、えっと、…じゃあ、霊夢さんと魔理沙さんで」
別にどちらでも構わない。今までの態度からも思っていたが、丁寧な話し方が彼女の常用語らしい。さん付けを選ぶのも、その方が言いやすいからだろう。
「で、どうしてこの神社まで?」
「それが……私の住んでいたあたりの植物が、みんな元気がなくなってしまって」
自己紹介もひと段落したところで改めて事情を尋ねると、やはり葉の住む地域で何かがあったらしい。
「冬にはまだ遠いぜ?というかもうすぐ暑くなるだろ」
「元気がないっていうのは、枯れちゃったりとかするってこと?」
「冬も植物は元気ですよ?寒さに耐えられるように大人しくしてるだけです。元気がなくなるっていうのは、枯れるのもそうなんですが、見た目はいつもと変わらないのに話す気力がなかったり……とにかく、元気がないって感じなんです」
ぱっと思い付いた事を尋ねると、葉は答えを返してはいるが、言いあぐねているというか、どう言葉にすればいいか分からないという風だった。
ひとまず気になるのは、話す気力という言葉。植物が喋ったりするなんて聞いたことがない。魔理沙も同じことを疑問に思ったようで、葉にどういうことかと尋ねている。
「話す気力?植物って話すのか?」
「はいっ!みんな気さくでいい草たちです。特に向日葵さんなんか、夏は毎日熱唱してますよ」
「それは、なんか近づきたくなくなるな…」
揚々と語る葉の言葉に釣られて、畑に並んだ向日葵が太陽の方を向いて一斉に歌っているのを想像してみた。
……命蓮寺の山彦妖怪がかすむほどやかましそうだ。植物の声なんて聞こえない方が幸せだろう。
「でも、今は向日葵さん達も何も言ってくれません……それに、お姉ちゃんもみんなと同じタイミングに具合が悪くなったんです」
一変して気落ちした葉がぽつぽつと語る。
「ん?葉にはお姉さんがいるのか?それに具合が悪くって……ひょっとして、葉のお姉さんは植物の妖怪なのか?」
「はい。でも同じ種類の妖怪ってわけじゃなくて、生まれてすぐに何も分からなかった私を、お姉ちゃんが色々助けてくれたんです」
「なるほどね、それで一人で来たってわけか」
合点がいった。言い方は厳しいが、幻想郷は目が見えない妖怪が一体で生きられる程甘い場所じゃない。今日まで生きてこられたなら、力のある存在の庇護下にあるか、助け合う仲間がいるはず。
そういった連れ添いが来ていないのも、体調が優れないということなら一応は納得が行く。どうやって一人で来たのかは未だに謎だが、詮索する事でもない。
「植物にはあんまり詳しくないけど、病気か何かってわけじゃないの?」
「それはありえません。もし病気だったら、私だけ無事なのはおかしいです」
葉に対する疑問は置いといて、とりあえずの仮説を立ててみたがきっぱりと否定される。お姉さんはどうやら異変の影響を受けたみたいだし、植物にかかる病気なら葉だけが無事なのはおかしいわけだ。
「お姉ちゃんも一緒に来たいって言ってたんですけど、少し動いただけでぜえぜえ言うし、ずっと咳き込んでるしで、とても神社まで、体が持ちそうになかったんです。それで、私が一人で行くからって言って、ここまで来たんです」
途中途中で言葉を詰まらせながら、お姉さんについて話すのを聞く。彼女の目は包帯に隠されて見えなかったけど、声がとても悲しそうな色をしていた。お姉さんをどう思っているかは、それだけで十分に分かった。
「大事なのね?そのお姉さんが」
「……はい」
葉は心細げに返事をした。
葉は目も見えないのに、お姉さんや植物を助けるためにたった一人でここまで来たのだ。神社に着いたときにすごく嬉しそうだったのは、長旅が終わったからだけじゃなくて、これでみんなを助けられるという安心感もあったのかもしれない。まだ怪しいところもあるが、少なくともその思いは本物だろう。
「大丈夫。異変解決は私に任せて!私の専売特許だからね」
「賽銭恵んでもらってなければいいセリフなんだけどな〜」
「そこ、うるさい」
元気付けるために、いつもよりも明るく頼れそうな感じを意識して振る舞う。魔理沙が茶々を入れてくるが、あえて空気を読まないでくれるのは、湿った空気を切り替えるためにはむしろありがたい。
「じゃあ、私も異変解決のために頑張るぜ~」
「別にいいけど、あんまり邪魔になるようならどかすわよ」
「うげ、それは勘弁だぜー」
「……霊夢さん」
「ん?まだ何かあった?」
魔理沙と漫才を続けていると、葉が声をかけてきた。まだ話してないことがあったのだろうか。
「いえ。ただ……ありがとうございます」
「あぁ、そんなこと。いいのよ、お仕事だもの」
「それもですけど……えっと、とにかくありがとうございます」
「……どうも」
あぁ、もう、ほんとうに。
柄じゃないわ。
幻想コソコソ噂話
異変解決は任せて!〜の下りはキャノンボールの微妙にキャラが違う霊夢をネタにしたつもりだったが、旬は過ぎているしサ終もしてしまった。
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『ルコウソウ』
「おっし、話は纏まったな?じゃ、早速行こうぜ!」
しみったれた空気を払拭するように、魔理沙は立ち上がって出発を促した。居合せただけなのにどさくさで場を仕切ってるのはむかつくが、確かに異変はのんびりお茶をすすっていれば勝手に解決するものじゃない。怪しそうな場所に行って、手がかりを探らないといけない。
そして、葉の話を聞くと、葉の故郷がそれはもう怪しい。
「そうね。じゃあとりあえず、紅魔館にでも行きましょうか」
「おう!……って、えぇ?ど、どうしてだ?」
「私も魔理沙も、植物のことなんてさっぱりでしょ。パチュリーに知恵を借りるのよ。あいつなら私たちよりは詳しいはずだし」
葉は植物の妖怪で、植物の声を聞くことが出来ると言っていた。そんな彼女でも植物が元気を失った理由は分からないのに、植物について全く知らない私と、茸に詳しいだけの魔理沙とだけで葉の故郷に行ったところで、何も分からずに立ち往生するのが目に見えている。
だったら、事前に知識の面で頼りになる人物に声をかけておいた方がいい。その人物に該当するのが、紅魔館の大図書館の主、パチュリー・ノーレッジというわけだ。
それに、もうひとつ。
なんだかんだ異変が起こる度に役立っている勘が、今回はまるで働かないのだ。もちろん、自分の勘が絶対だと考えてるわけではない。ないが、いつもならなんとなく怪しいと思う方向ぐらいは見当がつくのに、今回はそれすらない。あからさまに怪しい葉の故郷を知っているにも関わらず、だ。
といっても、所詮は勘。わざわざ話す事でもないだろう。
「うーん…あっ。あいつに聞くのはどうだ?植物ならあいつが一番詳しいだろ」
魔理沙はしばらくうんうんと唸ってから、今思いついたというのを隠そうともせずに、代案として別の人物に頼ろうと提案してきた。あいつ、というのが誰を指しているのかはすぐに分かった。というか、霊夢自身も、その人物に頼ることを少しだけ考えていた。
「あいつか……」
幻想郷で、パチュリーよりも何かに詳しい人物というのは限られる。だが、その分野が植物であるなら話は変わる。
花を愛でる。ただそれだけのために、飢えた妖怪がうろつく幻想郷の各地を放浪する妖怪がいる。あいつなら、植物に関して言えば間違いなくパチュリー以上に詳しいだろう。なんなら、葉の故郷で起きている異変についても既に何か知っているかもしれない。あいつはそう思わせる愛執を植物に向けている。
「パスで」
だが、その意見を切って捨てた。
「何でだ?あいつなら目の色変えて解決しようとするだろ」
「まず、協力を求めるとして、あいつがどこにいるか分かるの?」
「んっ。あれだ、花がある場所に行けばいると思う、ぜ?」
「幻想郷全体じゃないの」
バカみたいなフットワークの軽さに思わず溜め息が出る。あいつに帰る場所があるかは知らないが、常にあちこちに動き回るせいで今どこにいるのかも分かったもんじゃない。会いに行くには相当な時間と手間がかかるのが目に見えている。
それなら、居所が割れているパチュリーに頼った方が確実に早い。図星を刺された顔の魔理沙に追撃を加える。
「それに、あいつのことだし、葉の故郷で起きてる異変にも気付いてて、解決のために色々調べてると思うわ。そんな時にのこのこ手を貸せって言われても、横槍にしか思われないんじゃないかしら」
「あぁー、確かにあいつならありうるぜ。最悪敵視されるかもなぁ」
あいつは植物には優しい反面、人や妖怪には全然優しくない。会えたとしても相手にされない可能性が高いし、最悪邪魔に思われて戦う羽目になるかもしれない。そうなると本当にめんどくさい。幻想郷の住人の中でも屈指の実力者の一人のあいつと争えば、お互い無事に済まないのが目に見えている。ならば最初から関わらなければいい。触らぬ神に祟りなしだ。
「んー、それはそうだよなぁ。でも、紅魔館かぁ」
魔理沙はあいつに頼ることは諦めたみたいだけど、妙にパチュリーに頼ること、というか紅魔館に行くことに抵抗があるようだった。あんまりにも嫌そうなので、なんとなく理由を聞いてみた。
「しょっちゅう入り浸ってるじゃない。今更頼み事をするのに困る事も……って、魔理沙。あんたひょっとして」
「うっ。……あぁ。つい先日にな?ちょっと気になる本を見かけたんで、その、手癖で」
「またなの……」
白状してそっぽを向きながら口笛を吹く泥棒に白い目を向ける。忘れていた。魔理沙はしょっちゅう紅魔館に足を運んではいるけど、その用件と言ったら大図書館の本を借りる、もとい盗む事。
そんなことを幾度も繰り返せばパチュリーやその使い魔の司書役に目の敵にされるのも当然のことで、今では立ち入ろうとしただけで紅魔館の住人のほぼ全員に襲い掛かられるそうだ。自業自得である。
「はぁ……だからそんなに嫌がってたのね。あんたと一緒に行ったら絶対手伝ってもらえないじゃない。私一人で行くにしたって、あんたと関わりがあると思われたら私まで目の敵にされそうだし」
「紅魔館以外に頼ればいいだろ!?阿求はどうだ!永琳とか紫とか、解決できそうなやつはたくさんいる!」
「あんたに合わせる意味がないわ。じゃあこうしましょう。私が紅魔館に行ってパチュリーに植物について調べてもらうように頼むから、あなたはその手土産ってことでお縄につきなさい」
「それは死んでもごめんだぜ!魔女に捕まったら生贄って相場が決まってるんだ」
「そう、じゃあ捻じ伏せたあとで手土産になってもらうしかないわね」
「お、やるのか?よーしいいぜ、やるからには全力で抵抗してやるぜ「あ、あの!」……ん?」
(ど、どうしよう!?)
葉は、今の状況がよく分かっていなかった。事情の説明を終えて、異変解決のためのお話が始まったみたいだから黙ってお茶をすすっていたら、いつのまにか霊夢さんと魔理沙さんが不穏な雰囲気と威圧感を放っていた。
このままじゃ霊夢さんのお家が戦場になる。そう思って咄嗟に会話に割り込んだけど、しっかりと話した相手なんてお姉ちゃんと植物と、家から少し歩いたところにいた木ぐらいだったせいで何を言えばいいか分かりようもない。
「葉、大丈夫よ。異変なんか、この泥棒をシメてパチュリーに押し付けたあとに、すぐ解決するから」
かける言葉が思いつかないでオロオロしていると、何かを誤解したのか霊夢さんが優しい声をかけてくれた。さっきはその気遣いが本当に嬉しかったけど、今はその優しさを魔理沙さんに向けてあげてほしいと思ってしまう。
「魔理沙、表へ出なさい。葉と神社は巻き込みたくない」
「いいぜ。私だって客と人ん家に迷惑かける程落ちちゃいないからな」
「泥棒がよく言うわ」
必死に言葉を探している間にも、口撃の応酬をしながら霊夢さんと魔理沙さんは外へ出ようとしている。このまま何もしないでいたら、霊夢さんは魔理沙さんを
(それは止めないと!でもどうすればいいんでしょうか……?)
力づくで止めようにも、葉は貧弱だ。自分でもそれは分かっているので絶対無理だと早々に思考を切り替えた。
(じゃあ、魔理沙さんの代わりになるアイデアを…!)
そもそも、魔理沙さんを紅魔館という場所に行きたがらないのは、魔理沙さんが図書館から本を借りっぱなしにしていて、司書さんがそれに怒っているからだ。
魔理沙さん曰く、司書さんは魔女で、捕まると何か恐ろしいことをされてしまうらしい。そんなリスクを背負ってもなお本を返そうとしないのは、恐らく本をたくさん借りてるからだろう。
「魔理沙さん!!!」
その発想に至った時点で、葉は魔理沙の背中に向けて叫んだ。
「ん、なんだ、心配してくれるのか?安心しろ、私はこれでも「本を返しましょう!」……は?」
熱の篭った葉の声に、魔理沙は自分の身を案じたのかと振り向いたが、予想とは全く異なる二の句に思わず硬直する。それに構わず、葉は行かせてなるものかとたたみ掛ける。
「返すのが億劫なのは分かりますっ。でも、借りたものはちゃんと返さないと、誰も魔理沙さんにものを貸してくれなくなっちゃうと思うんです!」
(もう遅いわね)
一息に言い切る葉に、霊夢は心の中で突っ込む。事実、借りられないならと言わんばかりに盗みを繰り返した挙句、いつ本を返すのかと聞かれたときに死んだら返すとほざいた魔理沙への信用は既に地底まで落ちている。
「いやぁ。たくさん借りてるし、どこにやったかも覚えてないからなぁ。全部を見つけるのは、私ひとりじゃ無理だぜ」
そして、今回も一切悪びれずに葉の忠告を受け流した。一切の迷いのない後ろ向きな返事に葉が戸惑っているのを尻目に、話は終わったとばかりに魔理沙は再び出口に向かおうとする。
「そ、それなら本探しを手伝います!私、こう見えてももの探しには自信があるんですよ!」
「えっ!?」
だが、外に出る寸前に発せられた言葉に、魔理沙は思わず葉の方を振り向いた。今まで魔理沙に本を返したほうがいいと言う人たちはみんな口を出すだけで、手伝うと言われたのが初めてだったから感動した……というわけではない。
「えぇーっと……葉は目が見えないんだよな?手伝うって言っても、その、どうするんだ?」
葉は目が見えない。それは、目に包帯を巻く彼女を見れば誰もが分かる。どうするのかとおずおず魔理沙が尋ねるのに、葉はこう答えた。
「確かに私は何も見る事は出来ません。その代わりに、植物が失くなった物の場所を教えてくれます」
「ああ、植物の声が聞こえるってやつね」
葉の言葉に霊夢が相槌を打った。たとえば、森の中に物を落としてしまえば、それを運良く見付けるのはもはや不可能と言っていい。しかし、葉が森の植物に落とし物がないかと聞けば、該当する地点を教えてくれるのだ。
当然、森での落とし物は一件や二件では済まないが、落とし物という曖昧な条件でなく、品物の特徴まで話せば絞り込みまでしてくれるそうだ。
「ここに着くまでに、何度か人里の宿を借りたんです。そこで失くし物を探したりしたら、お礼だって言ってお金をくれました」
葉の言葉に、高額な賽銭の源はそれだったのかと霊夢は納得した。物探しのお礼にしてはやけに多かった気もするが、大方金持ちの大事な物を見つけたりしたんだろう。自分の中でそうまとめた霊夢を他所に、魔理沙は思案げな顔を上げて口を開いた。
「その能力は便利そうだけど、家の中でも使えるのか?私でもさすがに本を外に放り出したりはしないぜ?」
「それは……分からないです。この葉っぱが目の代わりになってくれますが、家の中に観葉植物も鉢植えもないとなると……」
指をさされた帽子の飾り葉を見て、てっきりそれが作り物だと思っていた霊夢は内心で驚いた。同時に、何故目が見えないはずの葉が、迷わずに歩いたり、湯のみを手に取ったり出来ていたのかも理解した。
葉は自分達と話しながら、同時に植物の声を聞いて視覚を補っているのだ。境内では芝やら雑草やら木やらが、居間では帽子の飾り葉や紫の置いて行った盆栽が、人知れず彼女の手助けをしていたのだ。植物が必要というのも、そこに植物が無ければその場所について聞けないからだろう。
「第一、自分で言うのもなんだが、私が住んでる森は危ないぜ?ヤバい胞子とか野良妖怪とか出るぞ?」
「胞子はへっちゃらです。妖怪は……なんとか頑張ります!」
「頑張るってお前……まぁいいか。それで、私の家には鉢植えも何も無いぜ?代わりと言っちゃなんだが……実験用のキノコならあるけどどうだ?」
忠告に対する返事に魔理沙は微妙に不安になったが、忠告はしたと諦め、能力の応用が出来るか尋ねてみた。魔理沙の提案に葉は難しい顔になり、うーんと唸ってからこう言った。
「キノコさんと話した事はないですね。もしかしたら話せるかもしれないですが……自信はそんなにないです」
「苔はどう?どうせろくに掃除もしていないだろうから、多少は生えてると思うけど」
明らかに失敗しそうな雰囲気に二人で頭を悩ませているところに、霊夢が口を挟んだ。あまりにもあんまりな発言に魔理沙はツッコミを入れようとしたが、それより早く葉が反応を見せた。
「あっ、苔さんとは話せますよ!少ししか生えていなくても、植物は人をよく見てるから大丈夫だと思います!」
「なら大丈夫ね」
「おいおい、まるで私がものぐさみたいに言ってくれるじゃないか。私だってたまには掃除くらいするぜ」
「じゃあ、最後に掃除したのはいつか覚えてるの?」
苔なら行けると希望を見出した葉を尻目に、言外に苔が生えるぐらい掃除をサボってるとからかわれた魔理沙は失礼だと抗議したが、霊夢の問いに言い返せずぐぬっと返答に詰まる。霊夢はそれで議論を打ち切ると、葉に声をかけた。
「結局、魔法の森に行くってことでいいのよね?私もついていくわ。魔理沙だけだと不安だしね」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「私はまだ返すって決めたわけじゃ……いや、ついてくるのはいいけど、足手まといになるなよー?」
「誰にものを言ってんのよ。さ、行き先も決まったんだから、さっさと出発するわよ」
幻想コソコソ噂話
残ってる話があと2話しかない
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『キョウチクトウ』
魔法の森への道中は、葉に販売用の魔除けの札を持たせ、念押しに周囲を強く威圧したおかげで、妖怪の気配こそ絶えなかったが一度の襲撃もない平和なものだった。札を渡したときに申し訳なさそうな顔をされたが、札を何十枚買ってもお釣りが出る量のお賽銭を投じられている身としては、むしろ霊夢の方が申し訳ない思いでいっぱいだった。
強いて話題を挙げるなら、出発前に葉が杖を置いて行ったことだろうか。植物を介した疑似的な視界を持ち、足を悪くしているわけでもない彼女に杖は必要なかった。神社へ向かう途中に出会った女性がくれた物だそうだが、やはり不要だという事で神社に預けてある。また会えたら返しておきますと鼻息荒く言っていたのがやけに印象深い。
閑話休題。
「見えてきたわね。もうすぐ着くわよ」
「おー、やっとか。いつもは歩かないからなんか新鮮だったぜ」
「す、すみません。私のせいで歩くことになってしまって」
葉の謝罪を軽く流す。初めは空を飛んで行こうとしていたが、葉が空を飛べず、試しに抱きかかえて飛んでみるとパニックを起こしてしまったので徒歩に切り替えた。飛んだ方が早いのは間違いないが、歩きでも多少時間がかかるだけで着くのに変わりはない。どの道、森の中では歩かざるをえないのだ。
「とうっちゃく!ここが魔法の森、私の隠れ家だ!」
「おぉ~」
「何言ってんのよ」
「へへ、一度言ってみたかったんだ」
先人が作った道の前で立ち話。客がいないとはいえ、一応店を構えておいて隠れ家とはよく言ったものだ。葉にそれっぽい事を吹き込んでいる魔理沙には呆れるが、葉の休憩に丁度いいのでそのまま放っておいた。最初よりも口数が減っているし、息も上がっている。高揚感やらで自覚していないようだけど、疲れを残して森へ入るのは危険だ。
魔理沙も気付いているようで、イキイキと語りながらさりげなく低く浮かせた箒に腰掛け、葉にも隣に座るよう促している。自分も威圧のために気を張り続けて気疲れしてるし、そこそこの長歩きで疲れた足もついでに休ませてしまおう。
「えっ?」
「ん、どした?」
そう考えて、よく舌の回る魔理沙の語り口に、思わず耳を傾けてしまったせいだろう。
「ーーー!」
一瞬。ほんの一瞬、反応が遅れてしまった。
「っ魔理沙!」
鼓膜を震わせる金切り音に反射して注意を喚起すると同時に、妖怪がガサガサと茂みをかき分ける勢いのまま飛び出してきた。
見たままに言い表すなら、口から太いツルのような触手を何本もうねらせる苔むした壺。その妖怪は霊夢に意識を一切向けず、魔理沙達の方を目掛けて突撃していた。
「任せろ!」
それに対して、魔理沙の反応は鮮やかだった。勢いよく立ち上がり、同時に箒を急発進させる。不意に高速を体験させられた葉の叫び声が遠ざかっていくのを尻目に、魔理沙は眼前に迫る壺妖怪と対峙した。
結論を言ってしまうと、なんの苦も無く一瞬で迎撃は終わった。愚直な突進をさっとかわし、背に一発レーザーをお見舞いする。それだけで、壺妖怪は見るも無残に砕け散った。破片が辺りに撒き散らされ、飛び散った触手がびたんびたんと跳ねて無駄にグロい。
「ふう、急に来るもんだから驚いたぜ。あいつらも賢くなったんだな」
「のんきに言ってる暇じゃないわよ、早く葉を拾いに行くわよ!」
後続が来ないのを確認すると、魔理沙は肩の力を抜いて構えを解いた。住んでいる場所なので当然の話だが、魔理沙は今しがた襲ってきた妖怪を知っている。知っているどころか何度も何度も狩っているし、原形を残したまま触手をもぎ取り、薬の材料にしてやった事もある。言っちゃ悪いがザコだ。
「あ、ありがとうございます、助かりました……」
「うんにゃ、油断してたせいで荒っぽく飛ばして悪かった。次からは優しく飛ばすぜ」
「そもそも飛ばすんじゃないわよ……葉、大丈夫?痛いところはない?」
「はい。こう見えて結構丈夫なんですよ!……あの。魔理沙さん」
「ん、なんだ?」
霊夢の助けを借りて起き上がった葉は、どこか逡巡した様子を見せた後、意を決したように魔理沙に問いかけた。
「同じ妖怪同士だからでしょうか。あの妖怪が叫んだとき、何を言ったのかが伝わってきたんです」
「おお、あいつら喋れたんだな。それで、なんて言ってたんだ?」
「えぇっと……ま」
「ま?」
「ま、ま……魔理沙さんが、嫌いだそう、です」
葉の恐る恐るといった態度とは逆に、魔理沙の反応は淡白なものだった。
「あー……まぁ、だろうな」
「ねぇ、襲ってきたのもアンタが原因じゃないの」
「うっ」
霊夢の詰りに魔理沙は思わず言葉が詰まった。そもそも、最初はあの壺妖怪たちは襲ってこなかった。人間に友好的というわけでもないが、壺妖怪の側を通っても無視され、外界からの刺激にのみ反応する、まさに植物のような妖怪だったのだ。
それに味を占めた白黒魔法使いが乱獲したところ、初めは逃げるのみだったが徐々に反撃をするようになり、いつしか見境なく人間を襲う普通の妖怪に成り果ててしまったのだ。
要は、魔理沙のせいである。
「よぅし!さっさと本を取りに行こうぜ!」
魔理沙はゴリ押すことに決めた。責めるような霊夢の空気と、不思議そうな葉の視線(見えてはいない)に耐え切れなかった。から元気に肩で風を切って進む魔理沙に霊夢はすっかり呆れ果て、葉は状況を理解出来ずに首を傾げている。
(やっぱり魔理沙は置いて行った方がよかったんじゃないかしら)
今更そんなことを思ってしまう霊夢だった。
「人を襲う壺」
魔法の森に出現する道中敵。攻撃手段が通常攻撃のみで、各能力も低い戦闘チュートリアル用キャラ。最初はこちらも通常攻撃しか出来ないので条件は同じと言える。
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