ある日舎弟がTSしたけど忠犬巨乳がどぷんたぷん (芥目たぬき)
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どぷんだぷんのスケベ乳

 

 

 

 

 ———でっっっっか。

 

 

 

 思わず顔よりも先に注目してしまったばるんばるんの乳。唐突に視界に飛び込んできたその視覚的暴力はあまりにも無防備で、近くて、大きかった。

 

 ゆっさゆっさと揺れているそれは、まさしく巨という一文字が似合う。ただの乳ではなく、すなわち巨乳である。どんぶりを想起させるほどの重量感と存在感のある、クソデカい乳だった。

 たぷたぷふかとろ、そのインパクトはあまりにも強い。仮にそれを揉むことがあったとして、男の手にはあまるだろうことが容易に伺えるほどのデカさだ。

 

 なによりもこのどぷんだぷんのスケベ乳は、あろうことか薄っぺらい服しか身に纏っていないのだ。防御力皆無のそれは、巨乳の頂点二つを隠すということをしていない。

 

 色気がないのにエロく見える、それは男物のインナーであった。

 

 まったくけしからんノーブラである。しかもただのノーブラではない。ノーブラ・乳首浮き・うっすいインナーである。問題点が3つもある。

 すこし手を伸ばせばほぼ生と変わらないだろう乳が、そこにはあった。

 

「あ、アニキィ……」

 

 目の前の女が言葉を発したことで我に返ったオレは、視線を少しだけ上にあげた。オレよりも頭1個分は低い身長の女は、髪の毛はボサボサで前髪で目を隠している。

 声音から少しだけ涙ぐんでいる気がするが、その目を見ることは分厚い前髪のせいで叶わなかった。

 

「朝、起きたらっ……オレァこんなナリになっちまってて」

 

 大きな乳を揺らしながら、俯いた女。

 耳馴染みの良い女の声はすこしだけ震えていて、はたしてオレはどうすればいいのか。

 

 ほぼ服を着ていないような姿の見知らぬ女が、オレを前にして泣きそうになっている。

 どうして唐突にこうなったのか、オレにはわからない。

 

 いつもなら———そうだ、いつもならオレの舎弟の『ダズ』が朝起こしにくる。今日はそれがなくて、太陽もすっかり上り切ったころに起きたオレは、とりあえず寝ぼけ眼を擦りながらもションベンに行こうと思って……

 

 そして、これだ。

 この女は、果たして何者なのか。

 というか乳がでかいな。

 

「アニキィ……おれっ……こんなっ……朝起きたらっ……!」

「あの……ふ、ふふっ服を、着てくれますか?」

 

 彼女いない歴=年齢で、普段から女と話す機会のない気ままな男2人での冒険職のオレは、みっともなく視線を泳がせながらもおっぱいをガン見していたのであった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 空を仰ぐ、綺麗な青空だ。

 雲が悠々と泳いでいくのを窓から眺めながら、オレは現実を逃避するしかなかった。何回めかの女の溜息を聞きつつ、現実から逃げて過去を想起する。

 

 ———ダズは、たしかに男だったはずだ。

 

 オレよりも少しだけ高い身長と大柄な体型。骨太なのかずんぐりむっくりしていて、パワフルでタンクのような男。どこからどうみても男。生えていたし、あれで女なはずがない。

 

 なのに、ここにいるダズはどっからどう見ても女だった。

 

「昨日の夜は、普通に飯食って酒飲んで、宿で寝た……ここまではいいよな?」

「……はい」

「昼は魔物狩りに行って、2匹を狩って……特に変なこともしなかったはずだ」

「……はい」

「夜寝て、朝いつも通りに起きたら女になってたと、そういうわけだな?」

「…………そうでさぁ」

 

 昨日の出来事をまとめると、こうだ。

 

 朝

 いつもどおりダズに起こされて準備、冒険者ギルドに顔を出してから森に魔物狩りに向かった。

 

 昼

 いつもと同じように大型魔物を殺して、剥ぎ取ってギルドに持ち込み、普通に街に戻った。

 

 夜

 食材買って賃貸の家に帰って就寝。

 

 

 

 

 ———そしたら、女になっていたと。

 

「アニキ……本当に、ご迷惑をっ……」

 

 と、前屈みになるダズの胸元にどうしても目が吸い込まれていく。

 いつも着ている服を着込んだダズは、サイズが変わって服がダボつくらしく、胸の谷間の防御力があまりにも低いのだ。もう少しで乳首が見えっ……見えっ……! 

 

「……アニキ?」

「ッいや気にするなダズぅ!」

「えっあっはい! すいやせんアニキィ!」

 

 オレは気持ちをしっかりと切り替えて、とりあえず『ダズをどう戻すか』に思考を切り替える。

 これまでさまざまな敵を相手にしてきたし、この国ではほぼ絶滅したと考えられる魔法を扱う生物も倒したことがある。

 

 ダズの身体は、ダズ曰く完全に女のものになっているらしい。

 はたしてそんな不思議な現象が、なぜ起きたのだろうか? これまでにさまざまな土地を旅してきたが、聞いたこともないその事象である。

 

 ……しかし本当に女の体なのだろうか。疑うわけではないが、その、つまり下も女の子になっているのだろうか? 

 いや別に女の体に興味があるとかそういうわけではないんだけど本当に本当なのか気になるだけで相手がダズなら正直見せてくれそうだし身体が女になるなんて普通は考えられないしいやでもあのおっぱいは本当に柔らかそうだったし大きかったし、ていうかでかいよなあの乳。おっぱいでかかった。あれは本物。おっぱい触ったことないけどあれは本物だ。えっでも本当に下も女の子なの? てか女の子の下ってどうなって……てかこの子いまノーパン……えっノーパン

 

「……アニキィ! 血、血が!」

「———あ?」

「鼻血ッス! ティッシュ持ってきやす!」

 

 

 ———アニキ治療中———

 

 

 鼻にティッシュを詰めたオレは、気を取り直してしっかりと切り替えていた。

 ここは兄貴分らしく、しっかりとしなくてはならないのだ。

 

「すいやせんアニキィ、オレのためにっ……そんなに、出血するほど考えてくれるなんてっ……」

「……兄弟分のお前が困っているんだ。当たり前だろう」

 

 子供の頃から、コイツの前では特に見栄を張ってきたオレだ。咄嗟に、ダズの勘違いに乗る形で頷いておく。

 

 昔からオレのことを慕って共に旅についてきてくれているダズだから、さっきの鼻血も知恵熱から来たものだと認識してくれたのだろう。まさか女体の神秘について考えていたとは口が裂けても言えない。

 

「…………本当に、すいやせん、アニキ」

「気にするなと言ってるだろう」

「いえ、その……アニキ、昔、女が嫌いだって言ってやしたから……」

 

 え? そんなこと言ったっけ……と、頭の中の記憶を漁ってみるが全く覚えがない。

 

「昔……まだオレらが街を出る前にアニキ、言ってやした。……オレは女が嫌いだ、と」

「あ──ー……? 何年前だ……?」

「12年前でさぁ」

「あっ」

 

 確かに、言われてみればそんなことを言った気がする。

 

 当時、密かに好きだった娘にいよいよ話しかけようと決意した時に、お偉いさんとこの五男坊と薄暗い裏路地でヤってるのを目撃してしまって、その時に悔し涙を耐えながら……

 

「言ったな、うん、確かに」

「……なのに、オレぁこんな身体でッ……アニキ、本当にオレぁ、オレはぁっ……!」

 

 そして再び前屈みになって男泣きするダズ。そして見えるデカイ乳の谷間。無防備な乳首が見え……見え……

 

「いやッいい加減にしろオレ!」

「アニキッ!?」

 

 チラリと見えた乳首に意識が吸われかけたが、零れ落ちた涙がオレを取り戻させた。

 

 本気で泣き堪えていたダズを前に、そんな淫らなことを考え続けていいはずがない。

 こいつは本当に悩んでいるんだから、いくら目の前にめちゃくちゃエロい体をした女が無防備にしていたとしても真剣にならねばならないのだ。

 

 耐えろ、耐えろ、コイツの正体はゴリゴリ筋肉男のダズだぞ!!!!! 

 

「とにかく! 調査しに行くぞ!!」

「……はいっ!」

「街に出て、女になる要因を聞いて回って、わからなかったら旅する! お前の体を元に戻すぞ!」

「はいっ!!」

「だから、もう泣くんじゃねぇぞ! 男なら泣くな!」

「はいっ!!! ……オレァどこまでもアニキについていきます!!」

 

 

 

 

 

 

 でもたまにはおっぱいチラ見してもいいよね。

 

 

 

 



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ふわとろの柔白乳

 太陽も登り切った後の、昼下がり。

 あの後なんだかんだで飯を食ってから出てきたオレたちは、ギルドで依頼を出していた。

 

「『男が女の体に変わる事象についての情報について』が依頼名で……うーん、詳細はこんなもんでいいですかね、アニキぃ?」

「……あぁ、いいと思うぞ」

「ありがとうごぜぇます。よし、依頼してきやすね!」

 

 ああいう依頼書だとかは、意外と文字が綺麗なダズにいつもやらせている。最初はオレが書いていたものの、いつのまにかオレの手間を省くために率先してやるようになったのだ。

 本当に、いい弟分である。なのに———

 

 だゆん! ぼよん! と、歩きながら音を出しているダズの後ろ姿を眺めながらため息をついてしまう。

 

 

 歩いていて乳の音がするってどういうことなんだ。ノーブラか。ノーブラが悪いのか。というかなんでダズは自分の出している音に気が付かないのか。目の前であれだけ揺れて自己主張している乳が気にならないのか。気になってないんだろうなぁ……気にして欲しい。主にオレの下半身のために。

 

 自分の体についている乳についても、ただついているだけとしか認識していないのかもしれない。男から今の自分がどう見られているかなんて、自分が女をそういう目で見ないために、考えてもいないのだろう。

 

 もう少し意識して歩いて欲しいところだが……それがむずかしいなら、あの音と揺れを止めるためにもブラジャーを買いに行かなくてはならないということか。

 

 …………えっ? 

 オレあとでダズのブラジャーを一緒に買いに行くのか? 女性下着専門店に? 前を通り過ぎるだけでも気まずいっていうのに? オレが? えっ。

 

「アニキィー!」

 

 いやでも流石にオレは行かなくてもいいよな……ダズに一人で行かせればいいよな……買い物くらいひとりでできるもんな。うん。アイツなら出来るだろ。よし、あとで下着を買いに行けって言おう。というか服も買わなきゃいけないだろうし……出費が嵩むな……

 

「アニキィィー!」

「……なんだ、うるさ……っ?!」

 

 

 

 

 ——————えっ? 

 

 

 

「アニギィィー! 助けてくだせぇえ!」

 

 

 

 オレは目を疑った。

 

 そこには、老人におっぱいを揉みしだかれているダズが。

 そしてそれを何人がかりもの男達が離そうとしているものの、老人はびくともしていない。

 

 老人のしわがれた手はダズの服の上から胸を揉みしだいていて、その大きくて柔らかな巨乳は硬い指によって哀れにも形を変えていた。背後から両脇を通して胸に伸びている手が巨大なおっぱいに埋もれ込んでいて、ムニュムニュと触られ放題である。

 そして苦悶の表情をして、歯を食いしばりながらそれを押し剥がそうとしているダズだが……老人はまったく意に介していない。だらしない顔をしながら、人のおっぱいを我が物のように揉みしだいて好き放題していやがる。

 

 公然セクハラである。猥褻だ。犯罪だ。

 

「TS! TS巨乳! TS巨乳メカクレ! TS巨乳メカクレノーブラ!」

「変態だァアア! たすげで────ッ!!!」

 

 3人がかりでも離れないジジイに、さらに腕っぷしに自信がありそうな男達が飛びかかるものの、それでも老人は全く動じていなかった。

 

「くそっこの変態ジジイ力が強すぎるッ!?」

「かわいそうだろジジイ! 離してやれ!」

「おい! 警備兵連れてこい!」

 

 なんなのだ、あのジジイは。

 そして———しばらく放心したのち、我に返ったオレは……()()()()()眼帯を外した。

 

「あ、あ、アニギぃい!」

「テメェら、目ぇ瞑りやがれ……ッ!」

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 この世界では、魔法は廃れて随分な時が経っている。

 

 何故なら———あまりにも、魔法という存在がピーキーすぎたからだろう。

 魔法はそもそも、その人間の中にある潜在能力を用いて使われる事象である。

 簡単にいうと、人を選ぶのだ。

 

 大抵の人間が使えるわけでもなく。

 使える人間の中でも、個体差が激しく。

 そしてなにより———人によって、おこる事象は変わる。

 

 例えば、かつて有名だったファイヤーボールという魔法がある。これは火の玉を生成して、相手に当てるという攻撃のことを指す。

 しかし人によっては火炎放射のような出し方が得意な人間もいれば、そもそも火を出すことに長けていない人間もいる。発動の仕方も人それぞれで、詠唱する人もいれば、手のモーションが必要な人間もいる。

 

 魔法とは、一定の特殊な人間だけが行える『確定されない事象を巻き起こす』能力である。

 すなわち混沌であり、だからこそ『魔』の力だと烙印を押された。

 

 1人の魔法の天才が戦場を変えるのだ。逆に言えば、その1人さえいれば戦争は全て終わってしまう。かつては、そういう時代だった。

 

 しかし時代はどんどん進み、人口が増えていったある時。

 選ばれたものしか扱えない、必ずの法則がない魔法よりも便利なものが表れた。

 

 それこそが、科学である。

 科学とはすなわち、『この世界における確実な法則を定理』することだ。

 

 実験を用いて(ことわり)を実証し、確実な答えを求めていく知恵の世界。1+1が2にしかならないのと同じように、もっと細かく、さまざまな現象に当てはめていく。魔法を使えない人々が集まって、この世に定理されたルールを探究していったのだ。

 

 魔法は、この世の定理から外れた超常現象で、未だに何故それが使えるのかは解明されていない。

 いうならば魔法は、この世に定理されたルールを自由に破ることができる能力と言えるだろう。

 

 最初はもちろん、魔法が栄え続けていた。

 しかし徐々に、科学を発展させる人々は増えていった。

 

 魔法は直感的に世界の理を破る技術であり、個人で真理を探究していくものである。そのため、魔法使いたちは人々の代を重ねていっても進化することが全くない。

 しかし、科学は定められたルールを探究する学問のために、人々の代を重ねることで進化する『幅』があった。

 

 

 そして———いつかの時代で、魔法が栄えていた保守的な国と、科学を邁進していた先進的な国が、戦争を起こした。

 

 少数の天才魔法使い達を送り込んだ国と、本来なら何も持たない人々に科学の結晶を持たせた国。

 最初は魔法使いが勝つだろうと思われたその戦争も、科学が誇る物量に押し潰されていき、戦争は科学の勝利で終わった。

 

 きっとその時なのだろう。科学が、魔法を超えたのは。

 

 その時代から現代では700年が経ち、魔法使いが栄華を誇った時代を覚えている人間は誰1人としていない。

 確かに魔法を使えれば便利なのだろうが、しかし、魔法でできる利便性は科学で代行できてしまう。

 

 魔法なんてものは、もはや絶滅しているのだ。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「あ、アニギィ……!」

「……無事か、ダズ」

「はい!!!」

 

 老人と、そしてこちらを見ていた数人の男達が()()()()()()()()()()()中で、オレはダズを引っ張り出していた。掴んだ手が、やけに柔らかい。

 

 あたりがざわついている間に男たちの石化を解除して、呆けている男たちに謝っておく。周りの人間たちの視線が少しばかり痛い気がするが、仕方がないだろう。

 

 そして1人だけ、まだ石化させたままの老人の身体をヒモでがんじがらめにしていく。

 

「アニキィ……すいやせん……」

「……いや、問題はない。気にするな」

 

 警備兵がドタバタと走ってきたのを確認して、それから石化を解除。この瞬間までダズのおっぱいを揉みしだいていた老人は空中をいやらしい手つきで揉みながら、バランスを崩して地面に顔を押し付け転んだ。

 

 念のためダズの前に立ち、いつでも再度石化できるように身体を構えさせておく。先程見せたあの怪力は脅威だ。場合によっては、石化したまま警備兵に引き渡さなくてはならないかもしれない。

 

 なんせ、()()ダズですら引き離せなかったのだ。注意深く、老人の動きを観察する。

 

「TS巨乳メカクレ! TS巨乳メカクレノーブラ!」

「この老人が、通報のあった男かね?」

「……あぁ、そうだ」

「TS巨乳メカクレノーブラ! TS巨乳メカクレノーブラ貞操観念ナシ……はっ!? な、なぜワシは捕まっとるんじゃ!? 貴様のせいかー!?」

 

 身体を紐でぐるぐる巻きにされた老人は、きょとんと周りを見渡してから、わかりやすく絶望した顔になっていた。

 ……どうやら、紐を引きちぎる真似はしない様子だ。いや、もしかしたら油断を誘っているだけかもしれないが。

 

「ぎゃ──!!!! ワシの! ワシのTS娘! いやじゃ離れとうない!!!!」

「全く、色狂いの変態ジジイめ! さっさとついてこい!」

 

 ダズに手を伸ばしながらもズルズルと引っ張られる老人は、先程までの剛力が嘘のように呆気なく警備兵に引きずられていく。

 ……その様子はとてもじゃないが、演技には見えなかった。

 

 さっきまでの剛力は、果たしてなんだったのか? 

 いや、それよりも気になるのが……

 

「そのTSとやらは、なんなんだ……」

 

 オレのぼそりとつぶやいた言葉に、老人はクワッと目を見開いた。こっちを睨みつける目が、爛々と光っていてなかなか恐ろしい顔つきだ。

 

「性転換の! ことじゃ! これだから最近の若者は……あっ待ってワシ腰が弱いから引っ張らないでいででででで!」

 

 

 ———うん? 

 

 その言葉に、何かひとつひっかかりを覚える。

 なにか、いま、おかしくなかったか? 

 

 

「ワシはTSでしかシコれん性癖なのに! せっかく異世界転生して神様も魔法もある世界に来たんだから、心は純粋なオスでガワだけ美少女なTS娘と純愛育んでいきたいだけなのに! わーん邪魔するなー!」

 

 ———? 

 

「おい、ダズ」

「へい、アニキ」

「お前、あのジジイに性別が変わったこと喋ってたのか?」

「いえ、あのジジイとは喋ってもいませんぜ」

「あのジジイに依頼書を見せたりとかは?」

「いえ、依頼書なんてあのジジイ少しも見てませんでしたぜ」

「…………なんであのジジイ、ダズが性転換したって知ってたんだ?」

「…………………………さぁ?」

 

「ぐすっ……だずげでぇ、TSっ娘ちゃぁーん……っ」

 

 ジジイはか弱くも、警備兵に引っ張られていた。

 移動拘束室(パトカー)に押し込められそうになっているのを、なんとか出ようともがいている。

 

「……アイツ、もしかして性転換のことに詳しかったりしないか? というか最悪、アイツが犯人とかないか?」

「…………はっ!? あ、アニキィ、オレちょっと警備兵達を止めてきまさぁ! 警備兵さーん!!」

 

 

 

 




アニキは片目が眼帯隠しと、ダズが両目の前髪メカクレなので、2人並んで立っていても目の数は1つだけなんですね。


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柔ジューシーなむっちり肉太もも

 

 

 

 

「もう話はいいか? 本官も忙しいのだが」

「……引き止めて悪かった。いってくれ」

「いやじゃ!!! やっと会えたのに! やっと! ワシがこれまで! くっそぉおおお!」

 

 

 

 引き止められた時間は数分。話せた内容も満足とは言えなかった。

 

 先程の老人から聞いた話から、大した情報は得られなかったのだ。いや、謎が残ったというか、きっとなんらかの事は知っているのだろうが……

 

「アニキィ、あのジジイは」

「また、帰って纏めてから話に行く。聞きたいことはまだ山ほどある」

 

 性転換の理由はわからず、どういった原理なのかもわからない。なぜダズが性転換した元男だとわかったかというと、『神からの啓示』としか言わない。

 

 しかし老人のイカれた話を聞く限りでは、やはり、魔法のような超常現象が鍵を握っていると見て間違い無いだろう。

 しきりに『異世界トリップ』だとか『最近の流行り』だとか『でもTSして貧乳でもいいよね』だとか言っていた。

 

 いや、オレは貧乳よりも、でかければでかいほど……貧乳が嫌というわけではないけど、でも大きければそれだけ嬉しいというか。うん。貧乳はそれはそれでって思う。

 これはロマンの問題だ。もちろん現実性のある方が好きな堅実な男もいるだろうが、しかし、オレは大きければ大きいほどいいものだと思う。夢は大きく持つべきだ。

 

 と、そんなことは置いておいて。

 

「……いくぞ」

「へい! ……ええと、どこに、ですかい?」

 

 どこへなんて、決まっている。

 

「お前の着る服だ」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 今日しょっぴかれていったあのジジイと再度面会できる日は、酷くても2日くらいは後になるだろう。おそらく罰金か、もしくは体罰を食らってから出てくるんじゃないだろうか。

 基本的にほぼ大抵の都市では人権的に禁止されている体罰も、こんな僻地では当たり前のようにある。おそらく、時代が数百年くらい追いついていないのだろう。

 

 オレやダズの生まれた街だと体罰は禁止されていたのだが……そう考えると、このあたりはまだまだ()()のだろう。

 もう少し、もう少しと逃げるように科学都心からどんどん離れた僻地へ旅をしてきたオレたちだが、もしかしたら思っていた以上に遠いところまで来てしまっていたのかもしれない。

 

 だが、まだだ。ここでもまだ足りない。

 この街は比較的居心地が良くて長期滞在していたが、それでもオレは先に進みたいのだ。

 

「……長居、しすぎたな」

 

 オレはぼんやりと、店員といろんな服を吟味しているダズを眺めながらつぶやいた。棚の横に都合よく置いてあった椅子に座って、それを眺めながら今後のことを考える。

 

「……なるほど。アニキがそういうなら、これは()()()()()()か……店員さん、もっと短ぇ丈のはありますかい?」

「こちらとかいかがですか?」

「……少し短すぎるか? いや、短くて困るこたぁねえだろう。これを買っとくぜ」

 

 服を吟味しながら店員に渡しているダズ。一瞬呼ばれた気がしたが、気のせいだろう。というか呼ばないでほしい。女の服なんて知らないのだ。

 

 それよりも、だ。

 

 ……気になるのは、いままでダズが()()()()()()()が、女の体になって()()()()()()()()()かもしれないことだ。

 本来のアイツは努力によって磨き上げられた筋肉で、魔物やゴロツキ、チンピラなどを軽々とのしてきたわけだが……あの身体になって、それが出来なくなったとなると相当困る。

 今までダズには助けてもらってばかりだったのだ。万が一そのパワーが失われているとなると、今後はその対策も必要となるだろう。

 

 ……まぁ、それは後で確認するべきだ。

 今はまだ確定したわけでもない。

 

「お客様はスタイルがすごいから、かわいい服をいっぱい選べますねぇ!」

「かわいい服よりも、動きやすい服の方がいいんだが……もっとこう、普通のポロシャツとか……」

「オフショルとか〜こういう風に背中が大胆に空いてるベアバックとか、特に今はこういう胸元が大胆に開いてるフロントキーホールなんてトレンドですよ!」

「はぁ……よくわかんねぇが試着させてくだせぇ」

 

 あとで町外れにいって、いまのダズの実力を調べておかないとな……だが、もう時間もだいぶ夕暮れに差し掛かっているし、明日の方がいいだろうか? 

 

 というか買い物が長いな。普段自分たちの服を買う時はこんなに時間がかからないだろうに。

 聞いた話によると女は買い物が長いのが当たり前らしい、が……? 

 

 

 

 は? 

 

 

 

 オレは、ふと視線を上にあげてダズの姿に目を疑った。

 

「お客様はお胸が大きいので〜オーバーサイズで着るよりもピチッとした感じの方がお似合いだと思うんですよね〜こういうのとかいかがですか〜?」

「な、なるほど……アニキぃ、どうです?」

 

 それは、あまりにもダズの身体の魅力を()()()()()()()いた。

 

 まず下半身だが、その健康的な血色をしたムッチムチで柔らかくジューシーそうな太ももが惜しげもなく晒されている。

 尻が見えるのではないかと不安になるくらいに短いそのショートパンツを、ダズはしっかりと履きこなしていた。

 

 あの太ももに指を食い込ませたら、と想像を掻き立てられる。柔らかくてすべすべなふとももを、隠しもせずに露出しているのだ。その足は男らしさのかけらもなく、逆に男の欲を掻き立てるためにあるのではないかと不安を覚える。

 そのむちむちな肉付きの良さは、自身が食べ頃であると男の性欲本能に語りかけてくる……

 

 そして———なによりも、その上半身。

 

 身体にフィットした、体型を如実に伝える細ニット素材。くびれた柔らかそうな腹とダイナミックな乳の曲線が、その服によって大胆に強調されている。そのシルエットは女らしさが強調されている。

 

 しかし問題は胸元にあった。

 なんと、乳の下の部分がまったく隠されていないのだ。意図的に、露出されているではないか。

 おそらく乳首のあるギリギリのところから、その下がすっぱりと切られたように()()

 

 あえて下乳を露出させることで()()()()()であるおっぱいに、さらに()()()()させているのだ。

 

 あの谷間にはさみこんだら、果たしてどれだけ気持ちがいいのだろうか。重量感をもつ下乳が、ダズの動きに合わせてゆさりと大きく揺れ動く。

 メロンのように大きくマシュマロのように柔らかそうな2つのたゆんたゆんに、目が奪われる———。

 

「———彼氏様、この服気に入られたみたいですねぇっ」

「えっ」

「アニキの審美眼に叶う服なら間違いねぇや! よし、この服を1枚頼むぜ!」

「待て」

 

 店員はおそらく、オレの下心丸出しの視線に気がついていたのかもしれないが、鈍感なダズはそうでもないらしい。よかった。よくない。

 

 晴れやかな笑顔で、オレが止める暇もなく服の会計に持っていくダズ。その即決力は、おそらくオレがお墨付きをだしたと()()()してしまったからだろう。……店員の余計な一言のせいだ。そうに違いない。オレが乳に目を奪われているのを、うまくダズに伝えやがって。

 

 オレは気恥ずかしさに俯きながら、店員の会計が終わるよりも先に店の外に出ていた。

 

 もう二度と女性服売場には来ない———いや、ダズに買い物をやらせたからいけなかったのだろう。あいつは、あのワガママボディで露出する強さを理解していない。

 隣で歩くのがオレである以上、今度買う時は口を出さなくては———

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「で、なんでその服なんだ……」

「店員さんが着て行くかって言ってくださったんでね。せっかくのアニキが認めてくださった、この身体になって初の一張羅だ。早く日の目を見せてやらねぇと!」

「いやオレは認めてない」

 

 やばい。

 話していても、乳に視線が吸い込まれそうな気がする。

 

 ダズはさっきまで着ていた服を紙袋に下げて、新品の女物の服を着こなしていた。むっちりとした下乳に、そして柔らかな太ももに、街ゆく男達の視線を集めているではないか。

 

「その短いズボンは……いや、それはもう諦める。だが、上の服は今まで通りのTシャツでも着ていられるだろ。その上の……それはもう、今日限りにしとけよ」

 

 下のショートパンツは、まだ街中で普通に女が履いている姿を見るし、許容範囲内だから許すとして……上に着ている服は許せない。

 

 ———のだが。

 

「! そ、そういうことですかい……この上の服は、正装だってわけですね、アニキィ!」

「違う……いやもうそれでいい」

 

 ダズは都合よく、オレの言葉を深読みしすぎてかっこいい感じに自己完結していた。

 訂正するのも億劫で、ダズがそれを着ないならと適当に頷いておく。

 

 こうしたダズの勘違いは多いのだが……最初は無理にでも弁明していたが、次第に無駄だとわかってきてからは諦めている。

 

 それに、ここまで築いてきた信頼関係や兄貴分への尊敬を、わざわざ地に落とす必要はない。

 こいつはこういう男だし、オレだって尊敬されるのは悪い気分じゃないのだ。……いや、騙している気になる時はたまにあるけれど。

 

 と、考え事をしながら歩いていたその時だった。

 

 

 

 

「ってぇな! この野郎!」

「……あ? テメェがぶつかってきたんだろうが」

 

 オレが普通に道を歩いていたところ、肩をわざとあててきた男が因縁をつけてきた。相手は3人、見るからに一昔前のヤンキーといった風貌。

 

 あまりにも、テンプレート通りな連中だ。

 

「いっ、いっでぇ〜! 骨折れたなァ〜!」

「なんだってェ! それじゃあお前、慰謝料がいるよなァ〜?」

「アァーン?」

 

 この辺りはオレたちが普段借りている家の近くなのだが……確かに、男2人と思って油断をしていたが、この辺りの治安はとびきり悪いのだ。

 しかしいつもならこんな手合い、オレとダズに絡むことはないのだが……やはり、ダズが女になったせいなのか。

 

 その証拠に……このチンピラの目は、明らかにダズの乳に向いている。

 

「慰謝料をよォ〜、払ってもらえねェかなァ〜?」

「ミッちゃんの腕折れてるからなァ〜? こりゃ面倒見てくれる女もいるよなァ〜?」

「アアオーン?」

 

 いつの時代からこの男はやってきたのだろうか。

 

 今時、オレの記憶ではこんなわかりやすい脅迫をしてくる奴はいないものだが……これも、土地柄というものなのだろうか。数百年遅れているのは人権問題だけではなくて、チンピラの様子もなのか。

 

 首を上下に揺らして威嚇してくる3人。というか3人目はもはや威嚇音しか出してない。

 

「はぁ……ダズがいないと、やっぱ困るな」

 

 アイツは大柄で筋肉質で、ゴリゴリだ。だからこそ2人で歩いていてオレたちに喧嘩を売ろうなんざ男はまずいない。

 

 しかし———こんな夜道を、男と女2人で歩いていたら……確かに絡まれても仕方がないだろう。

 

 あまりやりたくないな、と思いながらも渋々眼帯に手をかける。普段ならダズが前に出てさっさと倒してくれるものだが、今日ばかりはそうも言ってられないだろう。

 

 と、そう思っていたのに。

 

 

「おいダズ、下がってろ」

 

 無表情のダズが、オレの前に出てきた。

 いくらなんでもいきなり女に殴るなんて事はしないだろうが……しかし危険だからと、オレはダズを後ろに引こうとする、が。

 

 

 ———()()()()

 

 

「なんだァねぇちゃん、気が利くじゃないかよ〜」

「自分から身を出してくれるなんて優しい彼女じゃねぇかぁ」

「オ〜ン」

 

 オレが感じ取った異変にも気がつかず、ダズの下乳に手を伸ばしたチンピラ2号は———その手首をダズに捕らえられた。

 はたしてその手の動きを見切ったものは、この場にいるだろうか。長年一緒にいるオレでも、アレを避けるなんてことはできない。

 

 あぁ、なるほど。じゃあいいか。

 オレはダズの肩にかけていた手を下ろし、そして眼帯も元の場所に戻す。

 

 手を掴まれていないチンピラ2人は、これから自分たちが食べようと舐めてかかっている目の前のエモノにヘラヘラと笑っているが———手首を掴まれたチンピラだけは、()()()()()()()()ことに驚愕していた。

 

「……杞憂だったな」

 

 1人でどうしようかと悩んでいたが、必要なかったな。

 

 ———ダズは、ものすごく強い。

 力が強く、身体の動かし方というものを理解している。それは、女になっても変わらないようだ。

 

 努力の結晶で積み重ねた、その戦闘技術。後天的に磨き上げた肉体的センス。オレは、それがあるからこそダズを誰よりも買っているのだ。

 オレの相棒はコイツしかいない。なぜなら、コイツより強い男をオレは知らないから。

 

 静かに怒っている弟分は、3人の男を見上げながら小さく呟いた。

 

「アニキに、喧嘩売ろうなんざ……」

 

 そしてゆっくりと、見せしめかのようにびきびき、ばきばきと音が聞こえてくる。

 それは、チンピラの手首から聞こえてくる音だった。きっと、あれはもう治療してもうまく動かせないだろう。

 

 異変に気がついた残りのチンピラ2人だが、それでももう遅い。

 ダズの前で、オレにちょっかいかけた時点で終わっている。

 

「1億年、早いんだよッ……この、ボケナスどもがァ」

 

 

 そして、一方的な制裁が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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うるつやの若肌乳

 

 

 

 

 記憶もない頃から、ずっと自分の右目には光がなかった。自分の顔には当たり前のように眼帯が取り付けられていたのだ。

 

 眼帯を取るときは、ずっと目を瞑らなくてはならない。それが、オレに課せられていた()()だった。

 

 

 

 

 

 違法ビル群が立ち並ぶ一画に、その真っ白な施設は佇んでいた。

 真っ白に塗られている塀は高く、その出入り口から外に出るのは許可制である。門限は17時まで。

 狭い運動場には古びた小さめの遊具がほんの少しだけ置いてあった。型落ちした、寄付金で購入されたとかの遊具たち。

 

 味気のない風景だったと思う。

 どこか寂しくて、冷たいところだった。

 

 

 

 生まれたばかりのオレは乳児院に何者かが預けたらしく、2歳頃にこの施設へと移されたらしい。

 親の名前も知らなければ、与えられたものも何もない。オレは、この施設では極めて珍しい部類だった。

 1番古い記憶はこの施設だったし、子供の頃の思い出というのも全てここの施設の中だけで完結する。

 

 他の子供たちは親の虐待や、家族が死んで天涯孤独だったり、経済的な理由だとかで来ている子供ばかりだ。

 そんな子供たちはなにかしら、自分の持ち物を何か持っていた。それがひどく羨ましかった思い出がある。

 

 たとえば、まだ親が怖くなかった頃に買ってもらったおもちゃの変身アイテム。クリスマスに奮発して買い与えてくれたゲーム。両親が生きていた頃に買ってもらった科学都市の機械。

 

 それが羨ましかった。

 なにせオレは、親というものを知らないのだから。

 

 

 

 

 

「クロくんこっち来ないで!」

「………………………………わかっ、た」

 

 記憶もない頃から、ずっと同じ施設の子供達には嫌われていた。仲間外れは当たり前で、話しかけただけでイヤな顔をされるし、勉強道具たちは何度も隠されていた。

 

 オレは1番最初から、ずっとずっとひとりぼっちだった。

 

「クロに近付くと石になるぞ!」

「こっち見るなよ!」

「近付いてくるんじゃねーよっ!」

 

 あれは多分、4歳くらいの時。年齢が倍も離れている歳上のお兄ちゃんたちに投げかけられた暴言が、今でも強く記憶に残っている。

 

「クロくんは魔法を使って人を石にしちゃうんだよ!」

「えーひどーい!」

「チカちゃんはお花を咲かせてくれたのに! クロくんはひどい魔法しか使ってくれないんだって!」

 

 あれは多分、6歳くらいの時。女の子達の会話が聞こえてきて、それに酷く落ち込んでしまったのだ。オレだって、花を咲かせる魔法が使えるなら使っていた。

 

 これしか、使えない。みんなはもっとすごいことができるのに。

 オレはみんなを傷付ける魔法しか使えない。

 

「……〜〜ですよ。子供たちは素直ですからねぇ」

()()くんのことをみんなで気をつけて避けてくれているから、我々も子供たちの危機管理能力に助けられてもらってますよね〜……」

「そりゃ誰だって石化されたくないですよねぇ。 クロくんの()()()()()()くれません? 私まだ死にたくないですよ……」

「まぁまぁ、その分手当をかなり貰ってるじゃあないですか……」

 

 あれは多分、8歳くらいの時。先生に褒めてもらいたくてドアの前で待っていた。

 先生たちがオレのことを話す声が聞こえてきて、オレは静かにそれを聞いていた。友達も親もいないオレにとって先生だけが心の拠り所だったのに。

 

 1番優しくしてくれた先生は、それが仕事だったらしい。オレは先生だけが救いだったのに、先生はオレのことが嫌いみたいだ。

 

 先生も、オレのことを怖がっていた。

 オレは先生に酷いことするつもりはないのに。先生の言いつけを守って、眼帯を絶対に外さないようにしているのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———でも、僕が全部悪いんだ。

 

 

「なんで、みんな、ぼくに意地悪するの……?」

「なんでって、おまえのせいだもん!」

 

 あれは1番古い記憶。

 みんなに仲間外れにされて、悲しくて。

 どうしてって聞いたときに教えてくれた、一個歳上の男の子。

 

 みんなの中心にいて、いつも楽しそうに笑っていた男の子。なのに、オレを見る目だけはあまりにも冷たくて。

 

「だって、お前のせいで院長先生がいなくなっちゃったんだ!」

「ぼくっ……何もしてないよ……?」

「でも! 僕は見たんだ!」

 

 

 ———お前の眼帯を外した院長先生が

 

 ———その格好のままずっと固まって

 

 ———病院に運ばれてから、ずっと戻ってこない! 

 

 

「ヒトゴロシなんだぞ! お前は!」

「ヒト……ゴロシ……?」

「おまえが魔法を使って院長先生をころしちゃったんだ! おまえのせいだ!」

「でも、ぼくっ……知らない……!」

「みんな、見たんだぞ!」

 

 その言葉に、オレは周りを見渡した。

 自分よりもずっと身体の大きな子達が、オレを見下ろしている。

 

 他の子供達がオレを見ていた。

 目が、目が、目がオレに集まる。

 

 みんなオレを睨んでいた。

 院長先生はきっと人当たりが良くて優しい人だったから、オレのことをみんな恨んでいるんだろう。

 みんなが大好きだった院長先生を、オレが奪ってしまったのだ。

 

 

 

「知らない……! 違うもんっ……ぼくっ……」

 

 院長先生なんて知らない。僕はそんなことしたことない。

 必死に弁明しても、子供の言葉が子供に通じるわけもなく。

 

「かえせよ!」

「かえせ!」

「ぼくたちの院長先生を」

「「「お前のせいなのに!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくのせいなんだ。

 ぼくの魔法が、みんなから奪った。

 そんなことしたくないのに。ぼくは。

 

 ———この目が。

 

 ———この目がなければいいのに。

 

 ———こんなことしかできない魔法なんて、使えなくてもいいのに。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「———はぁっ……はぁっ……」

 

 

 

 久しぶりに見た夢だ。ドッと背中にまとわりつく汗が気持ち悪い。

 布団もじんわりと湿るほどの大量の嫌な汗をかいていたオレは、再度眠る気にもなれなくて身体を起こした。

 

 暗い部屋で、時刻はまだ明け方の少し手前。

 

「……気持ち悪りぃな」

 

 はぁ、とため息をひとつ。

 ベタベタした身体からオサラバして、気分を変えるために部屋を出た。向かうはシャワー室である。

 

 思えば、シャワーというものに最初は慣れなかったものだ。

 なにせ、この土地に来てから初めてこんな()()()()を使ったのだ。

 

 もともと住んでいたあの施設ですら、シャワー室なんて設備はなくて、当たり前のように()()()()()()()()が置いてあったことを覚えている。身体を入れるだけで頭の先から爪先まで全身くまなく、洗浄から殺菌までをこなしてくれるのだ。身体の疲れなどを癒すために温浴効果もついていたものの、あれでもだいぶ型落ちだったことを思い出す。

 

 あの設備も相当オンボロだと思っていたものだが……場所も変わればなんとやらというやつだろう。

 もっと都市部から離れていけば、いずれは入浴の文化すらない、沐浴だけとかの街に辿り着きそうだ。

 

 あの頃の生活から比べればこの辺りは随分な僻地だと感じられるが———意外と、住めば都なのだ。

 

 自分の手を使って洗わなくてはならないのは不便だし、洗い残しだってたまにある。それでも、全身洗濯機と同じくらいにサッパリはするし気分はいい。

 

 

 と、オレはそんなことを思いながら扉を開けたからだろうか。

 何も気にせず、いつものように開けたそこには。

 

 ———全裸で水を滴らせた、女がいた。

 

 

 

 ッ?!?!?! 

 

 

 

「ッあ、うぉっ……!? ご、ごめっ……!」

 

 思わず後ろにひっくり返るみっともないオレだが、女は身じろぎひとつしない。

 当たり前だ、いまの一瞬でオレはこの女と、()()()()()()しまったのだ。

 

「———」

 

 ぼんやりと口を開けているのは、おそらく驚きの声を上げる前に固まってしまったからだろうか。普段は下ろしている前髪をタオルでかきあげながら、両腕を上げて静止している。

 

 扉を開けてすぐに視線があってしまったから、なんとも間抜けな顔をして、幼なげな目を丸く見開いてダズは固まっていた。

 

 

 いや、というか。

 

 まずい。

 

 これは大変、まずい。

 

 

 

 

 ———

 

 ——

 

 —

 

 

 

「(デッケェ……いやダメだろ……まだ戻れる、これ以上はダメだろ、落ち着け)」

 

 その5分後。

 

「(も、もう少し……もう少しだけ触っていても……くそ、プリップリですげぇ弾力……)」

 

 さらに10分後。

 

「(いい加減やめろ! 止まれ! これ以上やったら、ダズの顔見れなくなるぞ! コイツは男、男、男……!)」

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 危うく展開が成人指定になる手前で理性を取り戻したオレは、眼帯を装着して扉を閉めてから石化を解除することにした。

 大変危ないところだった。ギリギリセーフだと思いたい。……セーフだよな? 

 

 先程までの柔らかな感触と、ヌルヌルが手に残っていてごくんと生唾を飲み込む。

 最後の方はギリギリだが、先っちょの先っちょだけだからセーフである。指の第一関節までだから、仮にバレても許してくれるだろう。いくらダズでもそれ以上は怒るかもしれないが、第一関節くらいまでならきっと許してくれるに違いない。だめかな。

 

 ———童貞をこじらせて早27年。

 

 ダメだと思いつつも、目の前にいるのが大切な弟分であると認識していても、それでも、肉欲には勝てなかった。

 だって目の前で○○○が丸見えの女がいたら、誰だってそうする。どことは言わないが、初めて触ったそこの感触は、熱くてヌルヌルで、柔らかくて……ダメだ、思い出しただけでダメになる。

 

 あんなエロい身体しているダズが悪いのだ。

 なんであんなに乳がでかいのか。どうして身体がメスになってしまったのか。

 これでは、オレの下半身が永遠に収まらないではないか。

 

「———はぁ」

 

 とりあえず、ダズが出たらシャワーを浴びよう。

 先程までは全く暗かったはずの空は、いつのまにかだいぶ白んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———アニ……キッ!? うぉ、わ、わっ……? ん、んんんっ?!」

 

 石化から解除された瞬間、ダズは先程まで言いかけていた言葉を発して……そして目の前から唐突に男の姿が消えたことを認識する。

 その瞬間、乳と尻、そして股ぐらから、味わったことのないゾワゾワとした感覚が一気に押し寄せてきたのだ。

 

 とっさに悲鳴を押し殺そうと手を口に当てて、ダズは身体を丸め込ませる。何者かに揉みほぐされているような感覚を、突然叩きつけられたのだ。

 

「(なんっだ、これぇっ……! 女の体、だからなのかッ!?)」

 

 それは、ダズにとって知らない感覚だった。

 自身の敏感なところをこねくり回されるのは、人によっては快感と言えるのだろう。しかし、ダズにはそんなものは不要なのだ。

 

 言いようもない怒りが沸々と燃え上がってくる。

 何故、己がこんな目に遭わなくてはならないのか。どうして、自分はこんな姿になってしまったのか。

 

「(くそが、くそが、クソがッ———!)」

 

 自分自身への怒りで、目の前が赤く染まり上がる。今なら、魔物を何匹も相手に戦うことだってできるだろう。それくらいに、ダズは怒り狂っていたのだ。

 

 寝ていても、この柔らかく弱そうなこの身体が気になって眠れなかった。無理やり寝たら、ひどい悪夢を見る始末だ。

 だからシャワーを浴びて汗を流して……その最中にも、この柔らかい身体が視界に入って気分は降下するばかりであった。

 

 そして、風呂上がりの身体を拭いている時におそらく彼と視線があったのだろう。

 彼は、ダズが石化するのを酷く嫌う。多分、身内だからと気にしているのだろう。ダズは石化に対して全く気にしていないものの、彼に嫌な思いをさせる事は本意ではない。だから、うっかりしていた自分の迂闊さに腹を立てるのである。

 

「(オレぁ……アニキに、迷惑かけてばかりだ)」

 

 アニキは「お前の体を元に戻すぞ」と言ってくれた。

 まだ旅の途中———「石化魔法を封印する方法を調べる」道半ばだというのに……その足を引っ張ることしかできないことに、ダズは心底落ち込んでいたのだ。

 

「(女の体になってから、アニキの様子は少しだけ変だ。

 おそらく、オレが使い物にならないからと思って……それでも、アニキは優しいからオレを手元に置いてくださるんだろう)」

 

 ダズの尊敬するアニキは、無口でクールで知的な男である。女にうつつを抜かすようなヤワな男ではなく、常に目的のために歩き続けている男らしい男の理想なのだ。

 

 そんなアニキに迷惑をかけているという自責で押しつぶされそうになっていたダズは、悔しさから拳を握り込み歯を強く食いしばった。

 

 まさかこの瞬間にも、尊敬する男が自身(ダズ)の身体で一発抜いているとも知らずに———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




世界観なんですけど、都市部はすごい近未来でそこから離れれば離れるほど文明が古くなっていくシステムです。
そこについては後々じわじわ説明回を入れていきます。

アニキの名前の愛称はクロ君です。本名はいずれ。




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プリプリムチンのデカヒップ

 

 

「アニキぃ、先に座って待っててくだせぇ」

「……おう」

 

 シャワーを浴びてスッキリ———いろんな意味でスッキリしたオレは、いつもの椅子に腰掛ける。

 時間はまだ早朝。いつもの起床時間より数時間早い。

 

 ダズはいつものように朝食の準備を始めるらしい。普段なら微塵も興味のない後ろ姿だが、今日は思わずその姿を眺めてしまう。

 

 どうやら、いつもは大男の視線だったのに小娘の視線の高さに変わったことによって、キッチンの立ち回りが慣れないらしい。さっきから何度も空中に手を伸ばしては、背伸びを繰り返したり飛んだりしている。

 

 後ろ姿だけ見ていると忙しない動きがなんとも無防備で、間抜けな小動物を見ている気持ちになってくるが……ムチムチのお尻が無防備なのだ。思わずガン見しても仕方がないだろう。

 

 とはいえ、キッチン回りでぴょんぴょん跳ね回るのは危険だ。

 

「困ってるなら言え」

「ふぉっ!? あ、アニキィ!? 大丈夫でさぁ!」

 

 おそらく目的だろうフライパンに手を伸ばして取り、そしてダズに押し付けた。

 

「置く場所変えとけよ」

「あ、あ、アニキィ……! すいやせん……っ!」

「いや別に……急がないから、怪我するなよ」

 

 とだけ伝えて、再び椅子に腰掛ける。

 

 普段ならかけらも興味のない光景ではあるが、大男が薄着の女に変わっただけでだいぶ変わるものだ。

 揉み応えがある尻をプリプリと振りながら、デカすぎる乳をぶるんぶるんと揺らしながら集中している後ろ姿がなんとも眩しい。

 

 あのおっぱいほんとデカくて柔らかかったんだよな……

 

 先ほど風呂場で揉んだあの感触が、手のひらに思い出される。指が肉の中に深く沈んでいく柔らかさと、男にはないふわふわの肌。とろけそうなほど柔らかいというのに、まとまりがある不思議な感触。マシュマロよりももっとトロトロに柔らかく、スライムよりももっと肉肉しい分厚さがあるあのおっぱい。

 

 そして、あのプリプリの尻。

 弾力がありモチモチとして、指を食い込ませると程よい反発がある肉の塊。むっちりとした丸みを帯びていて、あの卑猥なケツを叩いたらさぞ気持ちいいんだろうな……後ろからガツガツ突いたら気持ち良さそうだな……

 

「……アニキ? その、オレに不手際がありやしたか?」

「いや全く何も問題はない」

 

 どうやら視線に気がついたらしいダズが振り返ったが、オレは首を振る。まさか視姦しているなんて言えるはずもない。

 

「そうですかい。……いえ、すぐ準備しやすね」

「おう」

 

 再びキッチンの方を向いて、ベーコンを焼く作業に戻ったダズの尻に視線が集中する。

 買ったばかりのショートパンツからはみ出るのではないかと心配になるデカムチ尻と、惜しげもなく晒されている柔らかく揺れている肉厚の太ももに目が奪われて仕方がない。

 

 太く肉付きが良くて丈夫そうな太ももが、近い距離で無防備に出ているんだからガン見しても仕方がないだろう。

 そんなに足の付け根ギリギリまで露出して……コイツは何を考えてこんな服を買ったのだろうか。オレはショートパンツでいいなんて一言も言ってないぞ。言ってないよな? コイツの自由意志だよな? なんでわざわざショーパン選びやがるんだよハレンチだぞ。

 

 動くとたまに少しだけ見える、太ももの上にのっかる尻肉のハミだしに性的興奮を抱きながら、顔では無表情にダズを眺める。

 

「……? あの、アニキ? オレは大丈夫ですぜ」

「ダズ、オレはお前を見てるわけじゃねぇから気にするんじゃねェ」

 

 変に勘づいて、オレの下心丸出しの視線に気がつかないでほしいがために、釘を刺しておく。

 ダズの尻と乳を見てるように感じているかもしれないが、それは気のせいである。オレが気のせいだと言ったら気のせいなのだ。

 

 だというのに。

 

 

 

 

 ……え? 

 なんでそんな俯いてるんだ……? 

 

「あの、ダズ? どうした?」

 

 まさか、女とはじめての同棲まがいのこの現状に浮かれまくっていて尻とか乳とかガン見してるのがバレてて、軽蔑されたというのか……? 

 オレにセクハラするなっていうのか……でもこれに関してはそんな無防備にムチムチで歩いているダズが悪いのであってオレは悪くないのではないだろうか? オレは悪くないだろう。あっでも石化してるときにおっぱい揉んでケツ揉んで○○○に少しだけ触ったのは悪いか。オレが悪いじゃん。

 

 しかし、ダズが口にしたのはそんなことではなかった。

 

「アニキ……オレは、アニキに迷惑かけてばっかりだ……」

「……………………ん?」

「オレァ、アニキの役に立ちたくて一緒に旅してきたのにッ! なんでこんなっ……こんな身体でよォ、ろくに物も取ることが出来ねぇ、アニキに助けてもらわなきゃいけないなんてッ……オレァ、アニキに申し訳なくてッ……!」

 

 と、ダズは急に泣きそうな声で張り上げる。

 オレはどうやら勘違いをしていたようだ。そりゃそうだよな、ダズはエロいことに対して興味ないんだから、まさか自分がそういう対象として見られてるなんて意識するはずもないよな。うん、よかった。オレはまだ軽蔑されていないようだ。

 

 

 

 ……待て。

 

 いや、よくないだろ。何だってコイツはこんなに思い詰めているんだ。

 

「そんなことで悩んでたっていうのか」

「……っ、アニキは優しいんでさぁ。オレァ役立たずだってのに……そんなふうに、優しく言ってくださるッ……」

「………………別に優しくはないが」

 

 ダズが震えながら……目元は髪の毛に隠れて見えないものの、声を振るわせてそう訴えてくる。

 

 コイツは、そんなに悩んでいたのか。

 

 いや当たり前だ。オレだって唐突に女の体になったら困惑するに決まっている。泣きたくもなるだろうに、今日の今まで耐えてたというのか。

 オレと長く一緒にここまで来たダズだから、ここまで悲観的に捉えているのだろう。

 気ままな男2人旅だったのに、男女の旅になってしまう。今まで助け合って来たものの、少しだけ関係性だって変わってしまうかもしれない。

 そう言ったことを危惧して、ダズは悩んでいるのだ。

 

「アニキに迷惑かけちまうオレが、情けなくって仕方ねぇんだ……っ」

「迷惑はない」

 

 ……あえていうなら、チンコがイライラさせられているという迷惑をこうむっているわけだが。

 

「なんでお前が女だと、オレに迷惑かかるんだ?」

「アニキは女嫌いですし……」

「それはその当時の心境だな」

「昨日の夜みたいに、変な輩に絡まれやすくなるでしょうし」

「それはお前の服装のせいだ。服が悪い」

「アニキも、オレが失敗しないか目が離せなくて……アニキの時間を、オレがっ……」

「それはちょっとオレが意識しすぎちゃってるだけだ」

 

 ……やっぱりガン見してたのは気付かれてたか。

 

「アニキィ……オレぁ、もとの身体に戻れるんでしょうか……」

「……戻すんだよ」

 

 もちろんオレ個人としては目の前にこんなにも無防備でエロい女がいることに対して大賛成なワケだが……それはそれとして、自分の親友であり、大事な弟分であるダズが泣くほど困っているなら何としてでも助けなくてはならない。オレのためではなく、ダズのために。

 

 幸いにも、昨日の夜チンピラに絡まれた際にダズの馬鹿力は証明されているわけで、今までの生活が何もかも変わるというわけでもないのだ。

 今まで通り仕事も問題なく出来るだろうし、あえていうならダズの見た目がエロすぎることが問題と言えるだろうが……

 

「今まで通りのオレじゃねぇと、アニキの役にたてねぇってのに……」

「そんなに気になるなら、今まで通りにいかないのか確認してみるか?」

「へ?」

「飯食ったらギルド行くぞ。……昨日も出費が嵩んでるしな」

 

 小柄な女になったからと言って、チンピラどもを片手で制圧できるほどの屈強な力を持っているなら仕事に行ってもきっと問題はないだろう。

 

 ギルド依頼の仕事の所為で女になってしまったのか、それを確かめるためにも———お仕事(魔物狩り)の時間だ。

 

 

 

 

 

 



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MB食い込み乳

 

 

 

 

 

「北東、ここからあと5kmくらいだな……」

 

 

 

 開発地区北部、天気は晴れ渡っていて快晴である。  

 時刻は13時を少し回ったところ。探し回ってこの時間なのは、いつも通りと言えるだろう。

 

 ギルドに顔を出して、いつもと同じような魔物狩り依頼を受注。開発地区立入誓約書に情報の記載をしてから、1ヶ月契約の車(マンスリーレンタカー)を走らせてここまでやって来たのだ。

 

 科学都市では型落ちどころか見ることも全くないオンボロ車であるものの、この辺りではまだまだ現役の車である。いまだに地面に接地したタイヤを使っているところに古臭い無骨さを感じるが、整地すらまともにされていないところを走らせるにはちょうどいい。

 

 無理やり踏みならしている道には石や岩、木々の破片などばかりが転がっているものの、車に搭載されたサスペンションはしっかりと機能していてそこまでの不快感を覚えることはない。ダズに運転を任せて、オレはぼんやりと座っていた。

 

 

 

 

 開発地区とは、科学都市開発予定の荒地のことを指す。

 草木がぼうぼうに生い茂っていて、普通の動物から魔物まで出てくる危険地帯だ。

 この街は外周一帯が全て開発地区に指定されている。街よりも南の方角はここ数百年をかけて魔物駆除が盛んに行われており、危険もかなり少ないらしい。

 

 今回いるのは、その北部。

 

 他の地帯よりも比較的危険度が高いとされているこちら側に、同業者たちはあまり来ないのである。

 

 ここ数百年の南部開発地区の安全性の代わりに———北部に、大型の魔物が寄せ集められたのだ。

 

 魔物達は基本的に街に近づくことはない。しかし、縄張り争いをする魔物連中が稀に街の方までやってくることがあるため、北部にも魔物掃討依頼はよく出されている。

 

 北部の魔物掃討依頼は、南部に比べてほんの少しだけ金額が高くなっている。

 しかし、北部にいくという危険度と金額が釣り合わないと思う者も多いらしく、受注する者も少ないのだ。

 南部の方がまだ安全で同じくらいの金払いなのだから、そちらの方が好まれているのである。

 

 

 

 

 特に、この土地に多く棲息する問題の魔物というのが———

 

「……さっそくいやがるな」

 

 羽の生えた大型のトカゲ。すなわち、ドラゴンと呼ばれる連中だ。

 あれらが厄介だと言われているのは、なによりも空を飛ぶことである。

 

 あたりまえだが……人間には()()()()()()()()()というものはない。

 かつての魔法使いは空を飛ぶという芸当ができていたらしいが、いまでは魔法の行使は禁止されているし、基本的に空を飛ぶ人間というのは存在しないのである。

 

 一定の高さまでは浮上、滞空することができるものの、あるところからは法則性が無茶苦茶になってすべてが通用しなくなるとか。

 数百年かけて何度も挑戦されてきたことではあるものの、人間が空を自由に闊歩する夢は、まだ実現していないのである。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と発言した学者は果たして誰だったか。

 その言葉が炎上して、ニュースで大きく取り沙汰されていたのを、子供だったが覚えている。曲がりなりにも科学者であった彼が神を示唆するなんてとんでもないと、学会を干されたとかなんとか。

 

 空路というものがあれば人類も目覚ましい発展を起こしていただろうが、そんなものもないために地道に道を切り開いて、邪魔をする魔物を排除していかなくてはならないのである。

 

 

 

 ひいては、未来の人類のために。

 火を噴いたり氷を落としたりと、危険な魔法を使う魔物連中には死んでもらうしかない。

 

 ……まぁオレはそんな大層な使命なんか持っていなくて明日のメシのためにやっているんだけどな。

 

「アニキィ、準備出来やしたぜ」

「よし……じゃあ、行くぞ」

 

 車から降りたダズとオレがそれぞれ武器を構える。

 

 こんな辺鄙な街で買ったものではなくて、旅に出る前に科学都市の中でも武器開発が活発なところまで行って、奮発して購入した掃討光砲と対衝撃吸収硬化盾である。

 このあたりではまずお目にかかれないようなアイテムではあるものの、オレたちが買った時にはもう型落ちしていた個人使用専門の武器だ。どちらも中古で大体20マン程度と、そこそこお高いものの……手が出せないという金額ではない。頑張って貯金して買ったのだ。

 

 購入してから数年経つし、だいぶ型落ちしてしまったかもしれないが、科学が未踏な危険地域へ赴くには欠かせないアイテム。

 

 

 さて。

 ———眼帯を、外す。

 

 

 オレは掃討光砲を構えた。

 肩に載せるようにして照準をあわせるこの兵器は、クソデカくて重たいものの……オレとて、ダズほどではないがある程度鍛えているのだ。しっかりと砲口をドラゴンの頭の方に向ける。

 

 大事なのは、集中すること———

 

 オレの右目は、普段使っていないからか、それとも魔法のおかげか……()()()()()()()

 スコープ越しに見えるドラゴンの頭はとても小さいが、それでも当てられる自信があった。

 

 

 距離にして、およそ4キロ。

 羽を広げて、今まさに飛び立とうとするドラゴンの胸元を狙う。

 

 

 

 この目でスコープを覗くと、まるで次の行動が手にとるように把握できる。反対の目では出来ないことだが、右目だけは直感的にそれを理解できるのだ。普段使っていないからこそ、こういう力を秘めているのかもしれない。……まぁ、もしかしたらそういう魔法なのかもしれないが。

 

 ここに来るだろうとわかっているところに目掛けて、オレはいつものように引き金をひいた。

 

 

 

 ———轟音。

 そして身体が引っ張られるような反動がやってくるが、それはダズが支えてくれる。肩にかけての負担は大きいが、購入してあるプロテクターを付けているためそんなにダメージは大きくない。

 

 

 

「……ッダズ!」

「大丈夫でさぁ!」

 

 魔物は、()()()()()()()()()()

 

 胸にぽっかりと貫通穴が開いても、あいつらはその程度で簡単に死ぬほどやわではないのだ。ありあまる生命力を振りかざして、攻撃されたことに気がついたドラゴンはこちらに顔を向ける。

 

 ———来る。

 

 

 

 先程までオレの身体を支えていたダズが、ひらりと前に飛び出して対衝撃吸収硬化盾を構える。

 クソデカいその盾は大男のダズが持っていても大きいと感じられるものだったのに、小柄な女が持つと尚更大きく感じてしまう。身長よりもずっと大きなそれは、内側からは外の様子が見れるように特殊加工がされているのだ。

 

 そして、そのドラゴンはこちらに剛速で翼をはためかせながら———オレ達に目掛けて()()()()()()を遠慮なしにぶち込んでいく。

 

 だが、無駄だ。

 

 

 

「……いつも通りだな、ダズ」

「この程度、軽くて仕方ねぇや」

 

 衝撃は盾の効果でだいぶ緩和されているだろうが、それでも常人なら吹き飛ばされるくらいの反動を受けているハズ———しかし、相変わらずの馬鹿力のおかげでダズはケロッとした顔でそう返してきた。

 剛速の火の玉と氷、そして水の濁流を盾にぶつけられているというのに、それを笑顔で耐え切れている。

 

 

 

 ———まったく。

 今まで通りじゃないのは見た目だけで、中身は何ひとつ変わっていない。

 

「何が()()()()()()()()だよ……心配するだけアホらしいじゃねぇか」

 

 近付いてくるドラゴン。それに伴って、激しくなる攻撃。

 炎は渦のようにあたりを焼き払い、氷の礫が容赦ない砲弾のようにダズが支える盾に振り下ろされる。

 

 それでも盾を構える手は少しもブレることがない。この怪力こそがダズであり、信用に足りる最強の相棒の力なのだ。

 

 それは女になっても、やっぱり変わらない。

 

「充分にオレを守ってくれている。何も問題ねーだろ」

「……えぇ」

「さっさと終わらせるぞ。おとといの調査も日が出ているうちにやりたいんだ」

 

 

 

 そして、ドラゴンがすぐそこまで近付いてきて———

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、何もなかったな」

「アニキぃ、ご足労かけてしまって、本当に……」

「……気にするな」

 

 夜。

 

 オレとダズは街に戻ってきていた。ギルドにて今日の報酬振込の手続きを行なって、それからいつものように帰路に着く。

 

 ダズのことに関して、特になんの成果も得られなかった。

 魔法という超常現象が常に隣にいるようなこの現実だが、それでも性転換魔法という事象はきいたことも見たこともない。そう簡単に解決するとは思えないが、前日の行動をおさらいしてもなんの糸口も得られなかったのだから、全くにもってお手上げである。

 

 せめて、なにかヒントでもあれば……

 

「女になった時のことはわからない、か?」

「すいやせんアニキィ……朝、起きた時にはこの体になっていたもので」

 

 だよな……わかっていた事だが、進展がなくてため息が溢れる。

 ギルドに張り出した依頼にも何もひっからないのだから、ほぼ八方塞がりと言ってもいいだろう。

 自分たちの足で調べられる範囲だとこのくらいだが、それでもヒントのかけらも出なかったのだ。

 

「すいやせん、アニキィ……」

「気にするな。あとは……あのジジイか」

 

 そういえば、昨日ギルドに行った時変に絡まれたあの変態ジジイがなにか知ってそうだったな。

 

 ———あのジジイは、明らかにおかしかった。

 なにせダズの怪力を持ってしても、振り解けないパワーを持っていたのだ。

 

 今日のダズの活躍した様子を見る限り、鍛えた力は女の姿になっても消えていないようだった。

 だというのにそのダズを押さえつけることが出来たあの老人は、果たして何者なのだろうか? 

 

「……うわっ!? あ、アニキ!」

 

 ぶっちゃけあいつがダズをこの体にしたと言われても納得できるほどの怪しい男なのだが……

 

「アニキィ!」

 

 あした、詰所に行ってあの男の釈放がいつなのか聞いてみよう。できれば面会させてくれればいいのだが……難しいかもしれないよな。

 穏便に話を聞くことができればいいのだが……

 

「アニキィィィ!」

 

 ———ん? 

 

 やけに騒ぐダズの声に、深く思考に潜っていたオレの意識は浮上していく。

 もうあと数mも歩けば家の中なのだし、用件があるなら家で落ち着いた時に言ってくれればいいのだが。

 

「アニキィィィ!? た、助けてくだせぇッ!?」

「ダズ、近所迷惑になるからあまり大声は…………?」

 

 

 ———は? 

 振り返ったオレは、あまりの光景に目を疑った。

 

 そこには、無理やり服を脱がされているダズと、いまちょうど考えていた男……()()()()()()()がいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………お前捕まったんじゃないの? 

 

「TS巨乳エロコスプレじゃよ! TS巨乳エロコスプレスケベじゃよ!」

「くっそぉおおお! はなし、やが、れぇえっ!」

「無駄じゃ! ワシはTS娘の服を着せ替えしてる間だけ全ての物理攻撃を無力化できる制限スキル持ちじゃからね!」

 

 老人は意味のわからない言葉を羅列しながらも、ゲヘゲヘと笑いながらダズの服を脱がせていく。

 男の頃から着ていたTシャツは無惨にもビリビリに引き裂かれ(ショートパンツは気に入られたようで、普通に脱がされていた)、そして気がつけば一瞬にして全裸に剥かれている。

 

 ここ、人通りが無いとは言っても、一応外なんだが……? 

 

 ダズはそれに対して全力で暴れて振り解こうともがいているものの、()()()()()()()()()()()()()老人はなんとも平気そうな顔をしている。というかニヤけて、服を破いているのだ。

 

 普通に見れば、小娘の抵抗が老人に効いてないように見えるかもしれない。しかし、ダズの事を理解しているオレからすればそれは異常な光景であった。

 

 

 

 

 

 …………いや、殺すだろ。

 オレの目の前で、よくもダズに手を———

 

 

 

 

「ブッッッ死ねクソジジイがよッ!!」

「あ? うるせいチート野郎!」

 

 眼帯を外して、ジジイの目をこちらに向けようと手を伸ばし……そしてオレは()()()()()()

 それがジジイの裏拳を入れられて吹き飛んだのだと気が付いたのは、壁に叩きつけられて背中に衝撃が走ってからだった。

 

 

 

 ———瞬間、呼吸が止まる。

 

 

 

 ……いま、何が起きた? 

 理解する前に身体が後ろに吹っ飛んで、そして考える前に身体に痛みが走る。

 

 

 

「アニキィ!」

「!? ッぐうううう、いっでえええなクソがァ」

 

 オレが吹っ飛ばされた瞬間に、ダズは老人の首元に手を伸ばして、その細っこい首に指を食い込ませる。

 常人の首なら指圧で抉れるくらいに力を込めているだろうに、老人はそれでもヘラヘラと笑っていて———

 

「アニキにッ……手ェ出すんじゃねェよッ……」

 

 怒りから本気でねじり殺そうとしているダズだが、老人はそんな抵抗を意に返さない。全裸にひん剥いたダズに対してどこからともなく取り出した黒い布っきれで、ダズの大事なところを覆うように着せていく。

 

「んなぁっ!? く、そがっ……オレに触るんじゃねぇ!」

「ワシの前で抵抗は無駄じゃ。大人しくエロスケベコスプレをするがよい」

 

 

 

 

 それは———黒マイクロビキニであった。

 

 

 

 

「ッ……ダズに、なにしてやがる、クソジジイ……」

「着エロじゃけど?」

 

 何を当たり前のことを、とでも言いたげに首を傾げながらも、するするとそれを着せていく。暴れるダズの手足を指先で軽く留めて、そこにあまりにも布面積が少なすぎるそれをつけていくのだ。

 

 ムチムチとした下半身には、面積があまりにも小さすぎるTバックのような紐の水着を。その豊満な胸には、乳首をギリギリ隠……しきれないほどの大きさのビキニを装着させたのだ。

 

 

 

 

 悲しい事に———その豊満な身体にマイクロビキニは、とても下品に似合っていた。

 

「ウホッ……これは極上マゾメスの素質アリじゃろ♡」

 

 その言葉に、納得せざるを得なかった。

 あまりにも下品で低俗な衣装だが、だからこそエロいのだ。

 

 乳肉にヒモが食い込んでいるし、腰回りの肉にもヒモが食い込んでいる。柔らかそうな体付きが、その薄っぺらく安っぽい布切れのおかげで強調されている。

 

 特に———桃色の乳輪がほんの少しだけビキニから見えている様が、はしたなくて興奮させるのである。

 黒いビキニと白い肌の間の、ほんの数ミリのぷっくりとしたピンク色が……そのビキニの下に隠されている甘堅い乳首を想像させて、男の下心をこれでもかと揺さぶってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———だが。

 それが、ダズを前にして言う言葉なのは()()()()

 

「……調子乗るのもいい加減にしろよクソが」

 

 自分でも驚くほど、低くて冷たい声だった。

 

 

 

 

 

 ここまで怒ったのは———はたしていつぶりだろうか。あまりにも腹立たしくて、怒りが炎のように燃え盛り、そして指先はどんどん冷たくなっていく。

 痛みも忘れて、オレはゆっくりとジジイへと足を進めていく。ぶん殴られて吹っ飛ばされたことなど、煮えたぎる怒りに身を包まれて、すっかり忘れていた。

 

 

 ———離れろ。

 

 

 オレは惨めにも助けられなくて。

 ダズは力負けする恐怖に呆然としていて。

 

「そいつは……オレの弟分だ。テメェが安く簡単に()()()()()()()()()()()()()()()

「……アニキ」

 

 ダズの事を愚弄されるのが、あまりにも許せなくて怒りが込み上げる。オレの弟分で、オレの大切な友人なんだ。それを、こんなクソジジイに翻弄されるというのがひどく腹立たしい。

 

 ———離れろ。

 オレは、ゆっくりと静かに、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




MB=マイクロビキニ


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MBずらし乳

 

 

 

 

 ———離れろ

 

 

 

 その言葉に少しだけ反応した変態老人は、こちらに振り向くこともせず、座り込んだダズの晒されている太ももに指を這わせる。

 

 しわくちゃの人差し指がツウと、ぴちぴちの肌を撫でさすって味わっている。その様があまりにも気持ち悪くて、オレは少しだけ目を細めた。

 

 怒りの感情が心の中で吹き荒ぶ中、しかしオレは冷静になっていて、ひとつの疑問を投げかける。

 

「…………どうして、ダズばかりを標的とする?」

 

 マイクロビキニを女に着せるだけなら、風俗にでも行けばいいのに……何故、元は男のダズを辱めるような事ばかりをするのだろうか? 

 オレには理解できない事で、わざわざダズを選んでいるというのも腹立たしい。だからこそ問いかけたのだが……

 

「お前なんかに、わかるものか」

 

 ———老人はどこか寂しげな声音で呟いた。

 

 

 

 

「お前なんかにわかるものか! ワシは女嫌いなんじゃよ! 女は嫌いだけど男の身体でもヌけないんじゃよ! わかるかお前にこの気持ちが!」

「カケラも理解できねぇ」

 

 まじで全く理解できない理由だった。

 どういうことだよ。

 

「風俗とか、もっとこう……やっても許されるような合法なとこに行ってくれよ。ダズに手を出すなよ」

「女が嫌じゃもん」

「……男相手にやればいいだろ?」

「男じゃシコれんの」

 

 流石に性癖死んでないか? 

 じゃあなんならいいっていうんだ。

 

「もともと男の身体だった人間が女になったものでないと射精できないんじゃ」

「とんでもなく範囲の狭い当たり判定だな……」

 

 だからといって、その条件に当てはまっていたらなりふり構わず襲いかかるというのも間違っているだろう。

 

「なんとかならないのか? 他で発散するとか……」

「いや無理。ちなみにどのくらい女が無理かっていうとハエのたかってる三角コーナーの残飯をオヤツに出されるくらい無理。マジで無理」

 

 コイツにとっては女の身体は残飯なのか。最低だな。

 

「だからって、嫌がってるダズに手を出そうとレイプまがいのことするのは間違ってるだろ」

「へーんだ、法も理性も常識も長生きしてるウチに消滅したわ! 今のワシは本能だけで生きる獣なのじゃよ!」

 

 人間として大切なものが全て抜け落ちてるじゃないか。オレはもはや呆れながらも、ジジイをじっとりと睨みつける。

 

 しかしそんなジジイも、どうやら言い分はあるらしい。

 

 オレの方にびしっと、へし折ってやりたい枯れ枝のような汚い指を刺してきた。

 

「どうせ、もうお主やっとるんじゃろ?」

「何を言って……!」

「もともとが男の無防備な女と同じ屋根の下で一晩。何もないハズがなく……」

「何言ってやがるッ! そんなことあるわけ……」

 

 

 

 

 

 

 あるわけ……あるわけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———あったわ。

 めっちゃいっぱいおっぱい触ったじゃん。

 

 オレは思わず下を向いた。こんなクソ変態ジジイを相手に、何も、何も言い返せないなんて……! 

 

 

 

 

 

「……」

「…………」

 

 ジジイとオレの間に、長い沈黙が流れる。

 

「マジで? あんなにさっき啖呵切ってたのに? えっ?」

「…………」

「一週間とかじゃないじゃろ? まだ数日すら経っとらんじゃろ?」

「………………………………くっ、殺せ……」

 

 

 

 伏せた顔がどうしてもあげられなかった。

 

 仕方がないだろう。だってバレない状態だったし本番とか全然してないし少しだけ触っただけだし、目の前にいるこのクソ強姦ジジイと一緒にされたくない。それでも言い返せない自分がなんとも情けなくて、とても死にたくなってしまう。

 

 あまりに自分が情けない。いっそ殺して欲しいとすら思ってしまう。

 だって! おっぱいが! 目の前にあったんだ……そこにあったんだから仕方がないだろう! 

 

 ———言い訳にしかならない。

 

「流石にワシもちょっとどうかと思う」

「……お前に言われるほどじゃないだろ」

「じゃけど言い返すのは烏滸がましいじゃろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時であった。

 

「……いい加減にしろよ、テメー」

 

 果たして今の言葉は誰の言葉なのか。

 ……言うまでもなく、ダズが発した声であった。

 

 幻滅、されてしまったのだろうか。

 されるだろうなぁ。それも仕方ない事をしてしまったのだ。謝っても、きっと許してくれないだろう。

 

「さっきから、散々コケにしてくれやがって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダズは立ち上がり、マイクロビキニを着ている事なんて全く気にしていないように堂々と———()()()()()()()()()

 

 握りしめている拳からは血が流れ落ちている。それほどまでに、力を入れて握っているのだろう。ぶるぶると腕が震えていて、怒り狂ったように歯を剥き出しにしている。

 

「……アニキはァ、テメェみたいな下衆野郎じゃねぇんだよ

 

 オレのアニキは、女になんて()()()()()()()()()!! 

 アニキは女になったオレにも、()()()()()()()()()()()()()()()()()! アニキは()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 ……えっ

 

 

「アニキはな、お前見てェなチンコ脳なんかと違って()()()()()()()()()()()()()()()()()()! アニキは男の中の男で、女の身体なんかに()()()()()()()()()()()()()()()! 

 すごい力を持ってても、()()()()()()()使()()()()()()! オレァな、そんなアニキの背中に惚れてここまで付いてきてるんだッ!」

 

 

 

 

 

 えぇっ

 

 

「アニキの事を少しも知らねェ、テメェみたいな下衆野郎が……アニキに舐めた真似するなら……

 アニキを愚弄するなら、オレを殺してからにしろよ、なァ!!!」

 

 そうしてダズは、その圧倒的な怪力でジジイに殴りかかろうとする。それをジジイは簡単にいなすものの……ダズはキレ散らかしていて、さっきよりもずっと動きが速くパンチラッシュを繰り出していく。ほぼ全裸の女がやっていい戦い方ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……どうしよう。良心が酷く痛い。

 

 

 

 

 

 

「……ダズちゃん、ちょっと信仰強すぎんかのう? 普通に引くレベルよ?」

「慣れたからあまり気にしてなかったけど、やっぱりちょっと行き過ぎてるよな? 我ながら不安になる……」

「お主がやらせてるんじゃないの? 何アレ、素でああなの?」

 

 素でああいうやつなのだ。

 

「うーん、ピュア故の信仰心。ちょっとまずいんでねーの? ワシでなきゃ見逃しちゃうね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている間もダズは相変わらずジジイに殴りかかっていて、それに対してジジイはダズの乳揺れを堪能するように立ち振る舞っているようだ。しかし、それもダズの体力が続くまでとなるだろう。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「無駄じゃよ? しかしそのスタミナ誉高い」

「うるせェ! クソジジイがッ……はぁっ、アニキに、喧嘩売りやがってッ……!」

 

 今でこそジジイは慢心から遊んでいるだけだが、いずれダズが膝をついたら———最悪の事態は、想像に難くないな。

 

 オレはあたりを見渡して、なんとかならないかと……なんとか、この現状は打破できないかと焦る心を静めながらも周囲を睨みつける。

 

 ———なにか、なにかないのか。

 

 

 

 少しだけ目線を上にあげて……それは、たまたま目についた。なんの変哲もないミラーだが、うまくいけばきっと……

 

「ダァズ!」

「へい、アニキィ!」

 

 オレは、すかさずダズとジジイの方角に、手に持っていた家の鍵をぶん投げる。痛む身体で投げつけたそれは、ジジイの身体の上を超えて、2人の頭上にあった()()()へとぶつかった。

 

 当たったところから蜘蛛の巣状に亀裂が入り、その破片が2人の上に落ちていく。

 

 気が付けよ、ダズ———

 

「おまっ……! ダズちゃんに鏡の破片が刺さったらどーするんじゃよこの馬鹿童貞野郎!」

「ダズはそんなヤワじゃねぇよ!」

 

 ———そうだろう? 

 オレの心の問いかけに応えるように、ダズは組み伏せられながらも一際大きなミラーの破片を、オレの意図したとおりに手を伸ばして掴む。

 

 オレはダズの方に目を向けた。正確には、ダズの手元に持つミラー片に。目をかっぴらいて、少しでも見逃さないように。

 

 そして。

 

 そのミラー片には、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「———」

 

 ジジイが理解するよりも先に、その身体と意識は全て石化する。

 

 老人も、オレの目を見たら石化する事を理解していたのだろう。だが、()()()()()()()()()()()()()とは思わなかったらしい。なんとも間抜けで油断している顔で石化したクソジジイの頭を、とりあえず引っ叩いておく。

 

 ———いっそ殺してやった方が世のためかもしれないが、それはまた後でいいだろう。

 

 オレはダズのもとに歩み寄り……自身の着ていた服を脱いで、ダズにかぶせた。いくら人通りがいないからといっても、公共の場でマイクロビキニはダメなのだ。

 そして。

 

「……無事か?」

「あ、あ……あにきぃ……っ!」

「よくやった」

 

 

 

 

 ———久しぶりに、危険を感じたが……無事に変態ジジイを無傷で制圧出来たんだ。それでいいと、納得しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございました!」

 

 通報後、すぐにやってきた若い男。

 帽子を取りながら綺麗にペコリと一礼して、いまだ固まったままのジジイをずるずると移動拘束室(パトカー)に乗せて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら脱獄してきたらしいクソジジイを、この街独自のシステムである警備兵に()()したままの状態で引き渡して、これからどうしようかと頭をガリガリと掻く。

 

 一難去ってまた一難とはこの事だろうか。

 

「ダズ、どうだ?」

「へい、アニキ……」

 

 ドア越しに声をかけたにもかかわらず、わざわざドアを開けやがったダズは———いまだ、マイクロビキニから着替えることができていなかった。

 

「色々試したんですが、この通りでさぁ」

 

 ダズは猫背になりながら、心底嫌そうな顔で、マイクロビキニをぐいっとひっぱる。

 むんにゅりとした柔らか巨乳は布の引っ張りにしたがい形を変えて、小さすぎる布面積からまろびでそうな乳首が———しかし、出ない。

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「上から服を着ますし問題はありやせんが……しかし、あのクソジジイのモノを身につけねばならないと言うのは腹立たしいかぎりでさぁ」

 

 上から服を着ても問題は大いにあるだろう。

 

 オレは今日から、隣を歩くダズの下着がマイクロビキニだと意識してしまうではないか。こんなエロい身体をしたドスケベボディのクセに、マイクロビキニとか……

 

 例えば街中で、普通の顔をして歩いているとしよう。

 しかし、その服の下には下品なマイクロビキニを着ているのだ。薄っぺらい布で、面積も少ないそれを。ドスケベボディを強調するためのマイクロビキニを、普通の服の下に着込んでいる女。

 なんて、はしたないことだろうか。

 

 ———意識したら、かなり興奮してしまう。

 

 

 

「…………いや、大問題だな」

「そ、そうですかい……? いや、それもそうだ。いくら変態とは言え、不可解な力を持っている不審な人物。そんなやつからの不可解なモノを四六時中つけておくなんて危険極まりない……と。さすがアニキだ!」

 

 そこまで考えていないけど。

 

「トイレとかはどうするんだ……?」

「あー、トイレはその……なんか、腰回りのヒモさえしっかりついていたら、布のところを()()()ことは出来たんです」

 

 

 

 

 こんなふうに。

 

 ……こんなふうに? 

 

 

 

 

 

 

 

 ———それは、唐突だった。

 ダズとしては何の感情もなく、きっとこういうものだというのを伝えたかったのだろう。

 だが、それはあまりにも唐突で衝撃的な一瞬であった。

 

 ダズは平然と———マイクロビキニの乳首のところをズラしたのだ。

 

 

 

 布の抑えから解放されたビン勃ちピンク乳首が、ぷりんっと元気にそこから出てくる。

 

 

 

 オレはマイクロビキニだけでも、もう満腹だった。

 

 柔らかそうで、少し大きめの乳輪の、かわいらしいピンク色がほんの数ミリ程度見えていて、それだけでもとてもエロかった。

 黒のビキニと白い乳、その間にあったほんの僅かな桃色が、見えないけれど想像させるエロを掻き立てていた。

 

 オレは乳首本体を見なくても、マイクロビキニから隠れきれていない乳輪だけで、とても興奮していたというのに。

 

 だというのに。

 

 こいつは。

 

 平然と。

 

 乳首を見せてきやがったのだ。

 

 

 

 

 

 ぷるんっと、小さくも象徴するようにあらわれた乳首は、想像よりも少しだけ赤く色付いていた。

 濃いめのピンク色……いや、淡い赤色と言った方がいいくらいの色付きで、もっと清楚だと思っていたのに、少しだけ下品なのがなぜか興奮する。

 

 食べられたがっているのかと、そう思わせるような、男の気持ちをそそり立たせる、メスの乳首。

 

 大きさは……小指の先くらいだろうか? 男のものとは違い、ぷっくらとしていて柔らかそうで。でも、少しだけ硬そうだ……歯で優しく甘噛みをしたら、どんな感触を返してくれるのだろうか。硬いといっても柔らかいんだろうか。優しくしてあげたいのに、激しくむしゃぶりつきたくもなる不思議な感情に見舞われる。

 

 デカくて可愛らしくて、とてもいやらしい乳首だ。

 桃色で清楚でお上品な乳首だと思うし、はしたなく自己主張する下品な乳首だとも思う。

 

 それをコイツは事もあろうに、自ら差し出して見せつけてきた。本人にその意図はなかったとしても、そうとしか捉えられない。

 

 なにせ、ダズから乳首を見せつけてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……アニキ?」

「…………」

「あの、アニキ?」

「………………………………今日は、疲れたから、シャワー、浴びてくる」

 

 

 

 

 

 

 

 ナニとは言わないが、すごく濃いのがいっぱい出た。

 

 

 

 

 



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にゅるぬら濃厚マッサージ

 ここは、とある大神殿跡地。

 究極の美を体現した女は、憂鬱な顔で鏡を見上げていた。

 

「はぁ……パリスちゃん、頑張ってるのかなぁ……」

 

 

 

 ———世界を俯瞰する鏡。

 

 そこには、あまりにも不恰好で変な形をした機械が映し出されている。機械の周りでは多くの人々やロボットが動き回っていて、それを完成させようと努力しているのだ。

 

 人類の夢を背負っていると、彼らは目を輝かせている。

 

 真っ白なドーム状の広大な空間の中心に存在する、大きくて不恰好なそれは、彼女が目の敵にするモノだった。それの危険性を理解しているからこそ、彼女はそれを完成から出来る限り()()()()()()()()()()()

 

 無知な人間は羨ましいと思うし、何回くり返せば気が済むのかと呆れもする。しかし、これが()()()()の選んだ道なのだ。擦り切れど、消え失せど、その歩みを止めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

「おかえりなせぇ、アニキィ! 昼飯出来てやすぜっ!」

 

 ニコニコと微笑みながら、オレが帰ってくるのを待っていたのだろうダズが玄関にて出迎えてくれる。

 時刻は昼時を示していて、どうやらちょうどいいタイミングだったようだ。午前中は無駄に疲れたが、ようやく一息つけるだろうか。

 

 相変わらずショートパンツを履き、そしてTシャツを着ているダズではあるものの……この下には、いまだ忌々しく卑猥なマイクロビキニが装着されている。

 

 どうすればコレを取れるのか。

 オレはつい先程、クソジジイに聞いてきたのだ。

 

「それで、どうでしたかい……?」

「まぁ……ダズが近くにいなければただの老人みたいなモンらしくてな、昨日のアレが嘘のように大人しくしていやがった」

 

 それでも脱獄してきたのが理解出来ないものの……とにかく、少し不安げにしているダズに外行きのカバンを渡す。

 

 中には、今買ってきたばかりの()()()()()が入っていたが……これを使うかを、ダズと相談しなくてはならない。

 

「先、飯を食おう。冷める前に食べたいし、なによりも長くなるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは朝早くから、ジジイに面会するために留置所の受付に来ていた。

 

 昨日の今日で会うというのは難しいかと不安だったものの……通報した際の若い兄さんが出てきてくれて、そしてなんとか融通を利かせてもらったのだ。

 科学都市あたりじゃとても考えられない待遇だが……辺境の土地ならでは、と言ったところか。

 

 制限時間を設けられているものの、要点をまとめて書き出してきていたオレは必要な事だけを聞いていく。

 まずは、性転換の事についてだ。

 

 

 

 

 性転換———すなわちTSとジジイがいうそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ものであるらしい。

 

 

 

 

 ジジイがダズに変なことをしたのかと思っていたが、どうやらそうではなく……ダズの性転換をさせたとある人物から()()()()()ここまできたのだそうだ。

 

「条件は整えたから、連れてきて欲しいと……」

「めちゃくちゃだな……」

「ワシは意気揚々と許可もらってTS娘ちゃんをメス堕ちする旅に出たら……ぐすっ……こうして捕まっちゃったんじゃあ」

 

 自業自得である。できれば二度と牢から出てこないで欲しい。

 

 

 

 

 

 ———それはともかく。

 

 ジジイはその人物の目的も知らず、とにかく、()()()()()()()()と言われたそうだ。

 

 誰が? なんのために? 何の目的で? 

 ダズの事を女にしたということは、おそらくダズに用事があったのだろうが……そもそも、なぜダズに用事があるんだろうか? 

 

 例えば、オレに用事があるならまだわかる。

 

 オレには他の人にはない、特異な魔法の目がある。恨みも買っているだろうし、この目を理解するためにさまざまな事をしてきた。

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、何故ダズなのか。

 ダズが何をしたというのか、オレには心当たりがないが……はたして。

 

「その犯人はどこにいやがるんだ?」

「ワシの家じゃよ」

「どこだよお前の家……」

 

 ジジイはボケているのかなんなのか、なかなか話の要領を得ない事ばかりだ。

 気がつくとすぐに神とかの宗教っぽい話になるし……なんというか、同じ言語を使っていても常識が全く違う人間なのだろう。まるで常識のように言う言葉が、オレの知らない言葉なのだ。

 

「じゃって、ディーテが……ディーテが女の子にしといてあげるからって……」

「そのディーテとやらが犯人なんだな?」

「まぁ戦犯はそうなんじゃけど……いやまぁ人類が悪いっていうか。人柱? みたいな……というかお前が悪い」

「ダズを女にしたのは、そのディーテってやつなのか?」

「まぁそうともいえるし、そうじゃないともいえると言いますかぁ……」

 

 堂々巡りである。こうして最終的には神だとかの話になっていくのだ。

 こんなの、聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そうこうしている間に時間は刻々と迫ってきている。

 これ以上性転換について聞いても意味がないと判断して、オレはマイクロビキニについて聞く事にした。

 

 ———どうやったら、アレを脱げるのか。

 

 

「ぺぺローションじゃよ」

「…………はぁ?」

「ぺぺローションを用いたローションマッサージじゃよ」

 

 

 1.ぺぺローション1本を使い

 2.異性の手のみを使用し

 3.各部位にきっかり5分間の摩擦を与える事で

 4.ペロンと水着は落ちる

 

 という旨を、ジジイは至極真面目に口にする。

 オレは普通にドン引きしていた。正気か? 

 

 

「マイクロビキニ装着呪いのスキルは、不思議な解除方法なのじゃ。ワシも昔はこのスキルでブイブイ言わせてのう……いやブイブイと言ってもワシが困る方向のが多かったんじゃけどー」

 

 やっぱりコイツ昨日のうちに殺しておいた方がよかったかもしれない。

 オレはそう思いつつも、「今度はダズちゃんも連れてきてェ」なんてふざけた事を抜かすジジイを尻目に、帰路についたのであった。

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「……というわけで、その……ローション、買ってきた」

 

 机の上には、未開封のぺぺローション。

 こういった性行為専用のモノを買うのは初めてだったわけで、正直これを買うのはすごく緊張したし恥ずかしかったのだ。

 

 ダズはそんなオレの心を知らないのだろう。ぺぺローションのオレンジ色した蓋部分をもって、ペリペリと包装を剥がしていく。

 ボトルの形としてはまるでドレッシングの容器だが、その中身は濃厚でネッチョリとしている透明色のローションだ。

 

「コレを使ってマッサージしなきゃあいけねぇって事ですね」

「あぁ。……そのふざけた水着を脱ぐためには、必要だが……」

 

 

 

 

 ———今、オレはダズにローションマッサージをしようと持ちかけているのだ。

 

 

 

 何度も何度も、自分自身に正気か? と問いかけている。正気でないのはあのジジイだが、オレ自身も不安になってくる。何故オレはこんな思いをしなくてはならないのだろうか……いや、ダズのためだ。だがダズのためと言ってもローションマッサージの提案がダズのためになるってどういう事だ? オレは頭がおかしくなったのか? 

 

 あぁ……できれば、こんなことは言いたくない。

 しかしそれしか方法がないのもまた事実。オレは、俯きながらも口火を切った。

 

「その、ローションは買ってきたから……もちろんお前が嫌ならやらないしオレにされるのが嫌なら人を買ってもいいし、その選ぶ権利はお前にあるわけでもちろんやらなくてもいいわけだがっ……

 ど、どどうっ、どう、する?」

 

 ———言葉を選びながら、おそるおそる、問いかける。

 

 いくらダズだろうと、そんなほぼ性行為まがいの事をオレにされるのは嫌ではないだろうか? 

 

 触られるくらいなら、いっそマイクロビキニを装着し続けた方がいいと考えるかもしれない。オレに触られるくらいなら、適当に呼んだ名前も知らない人にしてもらいたいと考えるかもしれない。

 

 というか、そもそもこんな事を言い出す男ってどうなのだろうか。普通なら幻滅するだろうし、必要な事だったとしても関係性に溝ができてもおかしくはない。ダズに嫌われるのは、正直かなり堪えるし……それくらいなら、オレとしては下手に触りたくはない。これを言い出す事すら戸惑ったし、その行為にも悩ましいものがある。

 

 本音としては、オレはやりたくない。

 

 ダズの身体をローションで揉み込んだりしたら、絶対に興奮する自信がある。むしろこれで興奮しない男がいるのだろうか? こんな男を挑発しているようなムチムチで柔らかい身体を、ぬるぬるのローションで好き勝手するってことだ。

 

 興奮しないわけがないし、そんな醜態をダズに見られたくない。

 

 ———だが、ダズの答えは決まりきっていたようで。

 

 

 

「アニキのお手間をかけさせるのが本当に申し訳ねェんですが……アニキさえよければ、すぐにでもこれを脱がして欲しいんでさぁ」

「そ、そそそっかぁ……」

 

 

 

 そっかぁ……そうなるよなぁ……

 

 

 

 意気揚々と、ローションで下が汚れては困るからとシャワールームに向かったダズ。オレは、その後ろを項垂れながらもゆっくりゆっくりついていった。

 気分はまるで死刑囚だった。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「では、アニキィッ! よろしくおねがいしやす!」

「……………………よし、やるぞ。やる、やるからな……」

 

 狭いシャワールーム。オレのことを上目に見るダズを前にして、オレは目を瞑っていた。

 

 心頭滅却すればなんとやら。オレが今から触るのはただの枕だ。枕なだけで、別に卑猥なモノではない。そう、だから全く問題がない。落ち着けオレ……大丈夫だ、オレは枕を触っても興奮するわけがない。

 

 ダズの持つボトルからオレの両手にたっぷりのローションが垂らされ、それをこぼさないように気をつけながら手で温めていく。にゅるんにゅるんとしたそれはものすごい粘度を持っていて、下手にタオルで拭き取っても無駄だということを思わせた。

 

 でろんと重く糸が垂れるのを、ダズの乳の上に乗せる。馬鹿でかい乳の谷間を通るようにして、ぺぺローションは重力に従って落ちていった。

 

 

 ……エッロォ

 

 

「アニキ、一思いにやってくだせぇ。準備は、出来てやす!」

 

 オレの準備は出来ていない。

 手がローションでぬるんぬるんの状態だが、オレは正直まだ覚悟が決まっていなかった。

 

 

 本当にこんな事をしてもいいのか? 

 何度も何度も繰り返した言葉が、再び現れる。

 

 

 狭い浴室で向かい合うと、なんだか変な気持ちになる。特にダズの身につけているものはマイクロビキニだけなわけで、オレはこの時点で勃起していた。むしろ、この状態で勃起しないヤツはいるのだろうか? 

 上目遣いにこちらを見上げているその表情と、その下にあるばるんばるんのデカ乳がチンコをイラつかせる。

 

 オレは目を瞑った。自分自身に暗示をかけるのである。

 

 

 

 

 ———これは枕なんだ。

 

 でかいだろう? 何故なら枕だからだ。

 マイクロビキニ? 違う枕カバーだ。

 この目の前のこれは枕でしかない。興奮するはずもないのだ。

 

 

「いくぞ」

 

 

 オレは自分自身に声をかけた。そして、手を前に出して———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっぱいだった。

 それはもう、どうしようもなく、まごう事なくおっぱいだった。

 

「(落ち着け、落ち着けオレ、正常心……!)」

 

 誰だ枕なんて言い訳したヤツは。これが枕だと思うのか。こんなにフカフカで柔らかくてむにゅむにゅしていて、ローションのせいで掴むと肉が逃げ惑うぬるぬるヌトヌトでいやらしいこれが、まさか枕の筈がないだろう。

 

 指が肉の中に沈み、しかし埋まるだけでなく程よい抵抗感もある。そしてぬるぬるのローションのおかげで掴んだ肉は指の間から逃げていくのだ。

 

 何でオレはこんな事をしているのだろうか。

 なぜオレはぬるぬるの手でおっぱいを揉まなくてはならないのか。

 言いようのない苛立ちはチンコから来るモノなのか、オレは静かに歯を食いしばった。下半身がズキズキと痛みすら叫んでいる。

 

 だというのに。

 

「……っ、アニキィ、追加、していきやすぜ」

 

 

 

 ———は? 

 

 ダズは自身の乳の上にローションのボトルを()()()()()()と、ローションをトポトポと乳の上にこぼしていく。その粘液が増えれば増えるだけ悩ましいことになるというのに、コイツは無情にもそれを増やしていくのだ。

 

 やめろ、と言いたかった。

 これ以上オレを追い詰めてどうするつもりなんだろうか? 

 

 オレはこんなに耐えているというのに……コイツは、人の気も知らないでローションを垂らしていく。指に絡まるぬろぬろが増えて、指先から感じられるプルプルとした柔らかさがさらに大胆かつ繊細になっていく。なぜローションをつけるだけでおっぱいの感触はこんなに変わるのだろうか? チンコがいてぇよ。

 

 とにかく、こぼれないようにしなくてはならない。オレはそれを特に何も考えないまま、こぼれないようにと乳全体にローションを(まぶ)していった。

 

 必要最低限の量でいいのなら、そうしていた。

 しかしボトルを全て使用しなくてはならないというジジイの言葉を信じるなら、そしてこぼしてはダメだという事ならば……これだけあるローションを全体に塗りつける方が合理的だろう。

 

 

 

 

 だが、それは失敗だったのだ。

 これこそが罠だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ———なんだ、この光景は。

 

 

 

 

 

 テッカテカの乳。

 いやらしく光るおっぱい。

 

 そこに、自分の指が埋もれているのだ。

 指を動かすと肉が揺れ動き、そしてぬるんと手の中から逃げていく。もとよりオレの手には余る巨乳だが、さらにローションのおかげで、まるでウナギのようにぬるぬると逃げていく。掴めないが、掴めないからこそ掴もうとして……結果、ぬらぬらとした巨乳が出来上がっていた。

 

 

 

 

 ———そして何より。

 

 

 

「……〜〜ッ ん、……ッ」

 

 

 喘ぐな。その喘ぎ声はオレの脳髄に沁み渡る。

 

 しかし、それも仕方がないのだ。……何故なら、オレは極力意識しないようにしていたが、明らかに、マイクロビキニの下にある乳首がビンビンに勃っている。手の腹のところで当たっているそれが、自己主張しているのだ。

 

 こそばゆい硬さのそれが、オレの手の中で硬く尖っている。

 そんなの、卑猥で卑猥で仕方がない。

 オレはそれを優しく触っているわけで、ダズが感じてしまうのも仕方がない。

 

 まったく、チンコがクソいてぇ……

 

 

 

 

 

「んっ……くぅ、あ、にきぃ……!」

 

 

 ———下半身がズキズキと痛む。

 

 

「や、さしくっ……ひぁ……っ」

 

 

 ———思わず、ただ触ればいいだけのはずのモノを揉みしだいてしまう。

 

 

「い、ぁ……あっ……!」

 

 

 ———コイツは、オレがどんな気持ちで耐えてると思ってるんだ。

 

 

 コイツは男だ。ダズは男なんだぞ? 

 なんだってこんな爆乳垂れ下げてやがるんだ。なんでこんなマイクロビキニ付けさせられているんだ。それの解除方法がローションマッサージだと? なんなんだよそれは……

 

 手に跳ね返ってくるヌトヌトとした柔らかい乳が悩ましい。堪えているのに堪えきれていない甘ったるい女の声が悩ましい。それが浴室の狭い中に響いているのも気が狂いそうになるし、目の前のおっぱいがテラテラと淫靡に光っているのも興奮を倍増させてくる。

 手にあたる乳首の硬さが、特に意識させてしまうのだ。オレは意識したくないのに、このコリコリで硬くも柔らかいマイクロビキニ越しのこれが、オレを、おかしな気持ちにさせる。

 

 

「あ、にきぃ……っ」

 

 

 

 ———あ〜……クソヤりてぇ。

 

 

 

 この女を好きなだけ犯し尽くしたい。あぁくそ、チンコが痛い。我慢できる筈がない。オレは好きなだけコイツを犯したいし、ここまで喘いでいるならアリなんじゃないかとすら思えてくる。コイツは男だが、でも身体は女なわけで。ここまで気持ちよさそうにしてるなら……

 

 もういいよな? こんなの、同意してるのと同じだよな? 

 

 こちらに向いている唇はぷるんとしている桃色で、それを舐めたらどんな味がするのだろうか。

 肉付きのいい身体だし、きっとハメたら気持ちいいに決まっている。いや、オレ童貞だから人と比べられないけど。

 

 

 

「(あ〜〜〜〜〜ッヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいチンコいってぇよクソが……)」

 

 上気して赤くなって息を荒げているダズの顔を見ながら、その下の乳を揉んでいて……理性が未だにぶっ壊れていないのが奇跡のようだ。

 耐えなくてはならない、と考えれば考えるほど理性のタガが外れそうになる。

 

 ダメだ。もうこんなの、ダメなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———はたしてどれだけの時間が経ったのだろうか。

 

 夢中になって揉んでいたおかげで、その時間は一瞬だったような気がするし、永遠に終わらないのかと不安にもなっていた気がする。

 唐突に、ぱちゃりと音を立てながら、ローションの水分をズッシリと吸って重くなったマイクロビキニは浴室の床に落ちたのであった。

 

 

 

 それと同時に、ようやく正気を取り戻したオレはダズの乳から糸を引きながらも、すぐに手を戻した。

 

 オレは、やりきったのか? 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……あ、にきぃ…….っ」

 

 脱力し切ったダズは、思わずといった様子で浴槽のヘリに座った。肩で息をしながら、赤らめた顔でこちらを見上げている。

 ぬるぬるでヌラヌラと光っている乳は、今度こそなにも隠すものがなく……桃色でデカめの乳輪と、ビンビンに勃っている乳首までもがローションのテカリで光っていた。

 

 

 

 ———よかった。この地獄は終わったのだ。

 

 しかし、そう安堵するにはまだ気が早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……じゃ、次は……()()、頼みまさぁ……」

 

 

 ヘリに座ったまま、ダズはこちらにぱかっと足を開いて———

 

 

 

 

 

 

 

 

 





https://img.syosetu.org/img/user/307050/73910.jpeg
徒佗顕示(とだけんじ)様からダズちゃんのどエッチすけべすけべ絵をいただきました!
見てこの下乳!腹!腹!腹!ムワッ♡えっちだね♡

https://www.pixiv.net/artworks/86292713
さらにpixivでは差分付きですわよ奥様♡ブリュンとデカ乳キュートだね♡文字なし湯気ありも大層いやらしいですわね。シコシコシコ♡


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低身長爆乳妊娠可能ボディ

 

 

 

 科学都市から随分と離れた辺境の街。

 しかしこんな街にも、年に数回は大きなイベントというものがある。

 昔から街に根付いた祭り事はもちろん、この時代だからこそ……そしてこの街だからこそのイベント。

 

 すなわち、科学都市からの年に一度の輸入期間である。

 

 

 

 

 

 まぁ、こんな辺鄙な土地に来る機械は科学都市の最先端からは程遠い型落ちばかりだ。科学都市の方から来ているオレ達からすれば、そう大したものではないのだが———

 

 それでも、この街の住人達は皆笑顔になっている。

 

 たとえば、遠い科学都市で働いている息子や孫の久々の帰省だったり。以前発注していた科学都市の製品が到着したり。

 人によってその理由は様々だが、共通して待ち遠しく思っていたというわけで。

 

 しかしオレたちは、街の朗らかな雰囲気とは裏腹に、とても焦っていた。

 

 

「ご老人……聞きたいことがある。すまないが、ディーテという人を知らないか?」

「いや、知らないねぇ……」

 

「おいガキども、ディーテっつう女は知らないか?」

「ウワァおっぱい星人だー!!!」

「は? いや、それよりもディーテっていう……」

 

「すまない、ディーテという人を探しているんだが……」

「えっ………………ナンパですか?」

「いや違っ、あの、ナンパじゃなくて」

「ごめんなさい私急いでて……」

 

「ディーテってぇ女を探しているんだが……」

「なんだぁ嬢ちゃんかわいいなぁ? どこの店の嬢? ……ぶべらっ!?」

「セクハラは殴る。んで、ディーテって女だが……」

 

 

 オレとダズは、ジジイの家を探すのに苦労していたのである。

 

 身体の女体化の原因が、ジジイ曰くディーテという女らしいという事を知ってからしばらく、この街の至る所を探し回っている。

 辺境ゆえに寂れているといっても……地方全体で見たら、この街はまだ人が多い方だ。隠れられる場所も、とても多い。

 

 あれから何度かジジイが捕まっているところに足を運んでいるものの、なかなか口も割らず。

 住まいはどこかを確認するために、例の若い兄ちゃんに頼んでジジイの身分公称を確認してもらったところ、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()にあたるのだそうだ。

 

 ……こんなご時世で、そんなことがあるものなのか? 

 

 しかし、どうやら未だにスラム街のようなところでは、出生登録がされない場合もあるらしい。というのが警官の言い分だった。そんなわけで、オレとダズは地道に人探しをしているわけだ。もちろん、ギルドに依頼も出しているが……情報はゼロである。

 

 

 

 ———出来れば、輸入期間が来る前には見つけ出したいというのが本音である。

 

 

 

 この街では常に南から北、つまり都市側からの恒風が吹き続けている。それに乗って、1年に一度大型の嵐———通称プレーステールが来る。

 

 このプレーステールというのは普通の嵐とは違い『必ず決まった時に、決まった経路を、決まった威力で進む』特殊な嵐なのだ。それはもう、ずっと昔からそうだし、例外というのはないらしい。

 

 さらにプレーステールの後は、不思議と魔獣達がかなり大人しくなるという習性がある。これは、通常の嵐では起きないことだが、プレーステールに限定して起きる不思議な現象である。

 

 ———科学的にプレーステールの検証も行われているが……いかんせん()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もし、何故魔獣が大人しくなるのかを調べることができれば人類の大きな一歩になるのだろうが、人が解明できる空はせいぜいが5()0()0()m()までらしく、あの雲はそれよりもずっと高いところにいるそうだ。

 

 

 

 輸入期間は、その嵐の直後。

 つまり魔獣が大人しくなっているたった数日の間で、大型高速車が平野を高速で街までやってきて、そして帰っていくのだ。

 

 この輸入期間というのはとにかく人の出入りが激しくなる。1年に一度のこのタイミングしか、街からの出入りが出来ないのだ。

 ……まぁ、自分の足で旅をするような猛者ならば話は別だが、通常の一般人ならまず命取りである。

 

 オレとダズもプレーステール後の輸入期間を使ってこの街に来ている。街から出て行く者もいれば、ここにやってくる者もいる。だからこそ、その前にディーテとやらを見つけ出したいが……

 

 

 

「ほんとにいやがるんですかねぇ、ディーテとやら!」

「考えていても仕方ねぇよ。……探すしかないさ」

 

 輸入期間に突入すれば、最悪の場合()()()()()恐れもあるのだ。オレとダズは少しでも手掛かりがないかと、スラム街を回ったり、ジジイの元を何度も訪れていた。

 

 嵐が来るまで、あと1ヶ月もない。

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 その日も、オレとダズはぐったりとした状態で帰路についていた。

 ただでさえ日銭稼ぎの魔物退治という自転車操業で日々を過ごしていたものの、そこに追加して人探しも日課になったのだ。

 

 正直、睡眠時間も少なければ焦りからプレッシャーもかかっている。

 

「アニキィ……も、もういいのでは……?」

「……よくはないだろ」

 

 ぐったりと、椅子に座って突っ伏しているダズを尻目に、オレは苛立ちながらも地図にチェックマークを書いていた。

 この街の地図はもうだいぶ赤色になっていて、それだけの場所に話を聞きに行っているものの……まだ、北部や西部には聞きに行っていないところもある。

 

 狭い街だと思っていたが……それでも地道に回っていると、広さを感じるものなのだ。同じ場所でも時間を変えて聞きに行ってみたり、もしくは詳しそうな人はいないかと聞いてみているものの、状況は芳しくなかった。

 

「もうすぐプレーステールが来るんだぞ。嵐の最中なんざ外出もできねぇし、輸入期に逃げられたらどうすんだ」

「ディーテとやらが出て行くなんて決まったわけでもねぇですぜ。急いだって……」

「じゃあお前は女のままでいいって言うのかよ? よくねぇだろうが」

 

 オレはペンの裏を噛みながらも、地図全体を俯瞰して眺めていた。思い当たるスラム街は全部回ったものの……まだ見落としているところがあるかもしれないと、もう一度街全体を思い返す。

 

 さっきまでは夜の店を中心に話を聞きに行っていて、今の時刻は夜の3時を回っていた。

 

「先に寝てろ。明日も早ぇんだ……」

「アニキも寝てくだせぇ! もう、しばらく徹夜じゃあねぇですか……」

「いや……もう少しやってからだな。お前は先寝てろ」

「……そう、ですね……ありがとうごぜえやす、アニキ」

 

 女の身体で、慣れていないのにそうも無理させてられない。それにダズにはこれまでも無理をかけてきているのだ。

 せめてこのくらいは、兄貴分としてやらせてもらいたいものである。

 

 何か言いたそうなダズだったが、オレは見ないふりをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、いうのが昨夜の事で。

 

「…………おはようごぜぇやす、アニキィ」

「……? おう、おはよう」

 

 ダズは、男だった時の自身のTシャツだけを身につけて、股を押さえながら部屋に入ってきた。

 

 その顔は血の気の引いた真っ青な状態で、オレは怪訝に思いながらもどうしたのかと、寝ぼけ眼をこすりながらも聞いてみる。

 ダズは自身の腹を抱えながら、かなり躊躇った後———口を開いた。

 

「……すいやせんアニキィ……その、どうやら、何か呪いが進行しているようでさぁ」

「………………は?」

「血が……」

 

 ———股から血が、止まらない。

 

「女の身になるだけでなく……まさか、死ぬような呪いだったなんて……」

 

 

 

 

 

 どうやら、ダズはズボンを履くと血で汚れると判断したのだろう。下半身には何も身につけておらず、ソコを手で押さえている。

 

 その指の間から、ぼとりと血が床にこぼれおちた。

 

「股から、血?」

「女の身体になるだけじゃあなくて、まさか、こんなコトになるなんてっ……」

 

 と、顔を真っ青にしてダズは怯えながらも言っているが。

 ……いや、それはおそらく女特有のものだ。

 

 女の身体なら、当たり前である。

 しかし男のオレたちからすれば、まったく縁のない事なワケで。

 

「…………腹は痛いか?」

「……まぁ、我慢できねぇほどではありませんが……鈍痛がありやす」

「いい、わかった。薬局行ってくるからお前は今日寝てろ」

 

 女が身近にいなかったオレとて、女体というものに興味はあったし、子供の頃に同じ施設の女子たちがたまにコソコソと話しているのを知っていたので、()()に関しての知識はあった。

 だが……そこまで再現されていたのかと思うと、ダズの身体をこんなことにしたヤツはなんて()()()なのかと、胸糞が悪くなる。

 

「———あの、アニキ……」

「いい、とにかく寝てろ」

 

 男女の差というのはなにも見た目だけではない。

 

 女の体は、つまり身篭る機能を有しているという話だ。月に一度、7日間だけの特殊な肉体システム。

 

 すなわち、生理というものだろう。

 

「コレで死にゃしねぇが……ま、今日は安静にしたほうがいいかもしれねぇな」

「ですがアニキィ、今日の予定は……」

「明日以降だ。寝てる方が楽なら汚れないように布でも敷いて横になっとけ。座れるなら、オレが戻ってくるまでトイレ入ってろ。何がいるのかわからないが……ナプキンだったか? 買ってくる」

 

 時間を見て……大丈夫だ。近所の薬局ならば、あと10分もせずに開店の時間である。何を買えばいいのかてんでさっぱりだが、とりあえずあるものを適当に買ってくればいいだろう。

 

「歩くのも辛いならとにかく楽にしてろ……はぁ、まさかこんなことになるなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

「あのっ……オレぁ、死ぬんでしょうか……?」

「は?」

「こんなことになったことねぇでさぁ。このまま出血し続けて、量も増えていって死ぬってぇことは……」

「……あー、まぁ死ぬことはないだろうな」

 

 これが普通の生理ならば、まず死ぬことはないだろう。

 

「不安なのはわかるが……あまり気を負うんじゃねぇぞ。オレも詳しくはしらねぇ事だが、女なら誰にでもある事なんだ」

「……アニキィ」

「すぐに帰ってくる。いいから安静にしておけよ……帰ってきたら女の体ってやつを教えてやるから、とにかく何もするな。いいな?」

「…………わかり、やした……」

 

 オレはダズをトイレに向かわせて、さっさと外出の準備をすすめる。……といっても服を着替えて、顔を洗うだけだが。

 床にポツポツと垂れている血を濡れた雑巾で拭き取り、それから財布をポケットの中に突っ込んだ。

 

 トイレからは、うめくような押し殺した声が少しだけ聞こえてきて、苦しいのだろうかと心が少しだけ締め付けられる。

 

 アイツの言い方的に、きっと生理というものを知らなかったのだろう。いきなり股からたぷたぷと血が流れ出て、怖かったのだろうか。今も続いているのだろう腹痛に混乱しているのだろうか。

 ただでさえ女になった混乱の中にいるのに、さらにそんな症状に見舞われたら……怖いに決まっている。

 

 とにかく鎮痛剤と、生理用品を買ってこよう。

 オレはさっさと家から飛び出して、薬局へと向かった。

 

 

 

 

 ところで、オレはさっき「帰ってきたら女の体を教えてやる」と言ったが……もしかして、相当気持ち悪いことを言ったのか? 

 ダズに限って変な受け取り方をすることはないだろうが……言い方にはもう少し気をつけなくてはならないな……

 

 

 

 

 

 

 

 



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ミニスカポリスの夢は無く

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がる、生理用品の数々。

 多い日夜用羽付き・普通の日昼用羽なし・タンポン・生理用ショーツ・オシャレナプキン……などなど。

 

「どれ、買えばいいんだよ」

 

 困りきったオレは、呆然と陳列棚を眺めていた。

 このそれぞれがそれぞれに適性があることがわかる。しかし、書いてある言葉が理解できないのだ。

 

 ……羽ってなんなんだろうか。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「あ"〜……クソッ……なんで、こんな」

 

 ダズは1人、トイレで悪態をつきながら痛む腹を押さえていた。便器の中には、普通の生活ではあまり見ないような真っ赤な血が濃く広がっている。

 

 腹の中頃の場所がズキズキと鈍痛を訴えていて、それを押すように手で撫で回す。以前はバキバキに割れていたはずの逞しかった腹は、随分と柔らかになってしまっていた。

 

 手も足も腕も、どこもかしこも弱々しくて、見ていて悔しくなる。身長だって低くて、今までの慣れ親しんだ普段の生活から支障をきたすほどである。

 普段なら少し手を上にあげたところにしまっておいた物は背伸びをしても届かないし、街を歩くとやけに男の視線が気になるのだ。

 

 そして、なによりもこの現象。

 

 どうやら死に至るようなものではなくて、女だと起こり得る現象らしいが……ダズからすれば、聞いたことのない話であった。まさか女の股からこんなに血が出るなんて聞いてない。漏れないとかってCMでやっていたことはこれだったのかと、今更ながらに気がついた。

 

 ずるりと、自身の股からドロドロとした何かが滑り落ちるように出て行く感触が、ふいに起きる。

 意識していない時に唐突に起きるこの感覚が、とても気持ち悪い。……液状の塊血が落ちたのだろう。

 これだけ血が出ているにもかかわらず、流血しているような鋭く響くような痛みがない。あるのは胃痛のようなキリキリとした腹痛で、これのせいで血が出ていると認識したのが遅れたのだ。

 

 底冷えするトイレの冷たさが、余計に腹を痛ませる気がするものの、ここから離れる気になれなかった。トイレットペーパーを股にかませておけば少しは動けるかもしれないが、いつ服を汚すかもわからない。

 ならばせめて、兄貴の迷惑にならないように、兄貴の言うことをしっかり聞いておかなくてはならないだろう。

 

 ダズは項垂れるように、頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 ———思考は、どんどんと暗いものになっていく。

 

 兄貴に、迷惑をかけてばかりだ。

 そんな自分が酷く悔しくて、惨めだった。

 

 なんのために旅に出たのか。それは、兄貴の不思議な魔法を解き明かすためのはずだ。こんなところで足踏みしている暇なんてない。

 まだ先に進まなくてはならないのに、自分のせいで足止めを食らっている。

 

 本当なら次回のプレーステールの時に、この街を出ようかという話も出ていた。

 

 この旅に行き先なんてものはない。

 行ったことのない未開の地に行き、科学都市では流通していないような魔法のことに関して調べるための旅なのだ。

 いつか、魔法について詳しい人物がいるかもしれない。いつか、かつて栄えた魔法の街で手掛かりになる文献を手に入れることができるかもしれない。

 

 この街に滞在していたのは、資金調達のためでもある。必死に貯めた旅の費用も底をつきかけたために、この街の日雇い労働で稼いで、また旅に出ようという計画だったのだ。

 

 ここに住んでいるうちに、さまざまな話が耳に入ってきていた。

 東の方には、かつて栄華を誇った魔法都市があるらしい。また西の方には、未だに科学を憎んで魔法を信仰している魔法研究組織があるらしい。ここまで科学の恩恵から遠ざかった辺境の土地に来れば、さらなる未開の土地の話も多くなるのだろう。もしかしたら、という希望がそこにあった。

 

 いつか彼が、普通に暮らせる日が来るように。

 

 それが彼の望みなら、自分はその旅についていって役に立てればいいと思っている。

 彼があの眼のせいで困っているというなら、幼い頃に自分がすくわれたときの恩を返せるように、助けになりたい。

 

 

 

 

 ———ダズは、子供の頃から彼のことを強く尊敬していた。

 それは成長した今でも変わらない。

 

 

 幼いころ、存在意義のなかった自分に唯一手を伸ばしてくれたのは彼だけだった。散々馬鹿にされて歪みきった自分に、居場所を与えてくれたのは彼だけだった。

 子供の頃の惨めな自分は、彼に出会って救われたのだ。

 

 こんな自分と一緒に旅をしようと言ってくれた。ダズにとってそれはすごく光栄で、置いてかれるかと思っていたから、救われた気持ちになったものだ。

 

 不思議な魔法を持つ、強い男。

 賢くて、強かに生きている男。

 優しくて正しさを持つ男。

 クールで人を寄せ付けない男。

 質実剛健でハードボイルドな男。

 

 もちろん、不恰好なところだってたまにある。

 子供が苦手なところとか、キノコ料理が苦手だとか、酒に酔いやすいとか……

 そういったところがあるからこそ、この人の役に立ちたいと思ったのだ。

 

 ダズにとって、彼の存在はただヒーローであるだけではない。

 

 背中を任せてもらえるような、相棒としての自身に喜びを感じていた。強くてカッコいいのに、たまに人間らしさを感じさせる男の背中に憧れていたから、それを預かれる立場になったのが嬉しかった。

 なのに、なのに。

 

「オレぁ、どうしたって、弱えよぅ……」

 

 足を引っ張っているのが自分だと思うと、やるせない感情が膨らんでいくのだ。

 

 

 

 

 

 

 ———幼少期の、みじめだったあの頃を思い出す。

 

 子供の頃から、父はおらず母親だけだった。母は蒸発した、と言っていたがそれがなんなのかを知らなかった。ただ漠然と、当たり前のように自分には父親がいないということだけは理解していた。

 

 母は、ダズのことを愛していなかったのだろう。妊娠するつもりはなかったと、よく言っていた。

 腹に出来た子供を殺せるほど、彼女は心が強くなかった。世間から言われる言葉に耐えられるほど、彼女はしたたかに生きられなかった。

 

 そうして生まれたのが、ダズ(自分)だった。

 

 やっぱり産まなければよかった、おろしておけばよかったと、ダズは何回も母親の独り言を聞いていた。

 当時、ダズ自身もそう思っていた。

 自分が生まれなかった方が、互いにとって幸せだっただろうと、子供の浅い語彙力でそんなふうに感じ取っていた。言語化できるほど賢くなかったが、そう思っていたのだ。

 

 

 

 ———あの時の、まだ彼と出会う前の幼い自分がゆっくりと現れてくる。

 

 自分なんて、やっぱりいらないのではないだろうか? 

 子供の頃の自分が、耳元で囁いてくる。

 

 必要ない、足を引っ張っているのは自分だ、だからいない方がいい。

 あの頃に常に思い続けていた言葉が、何故か頭の中に広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなふうに、思考が暗くなっている、その最中であった。

 玄関のドアが開く音が聞こえる。そしてペタペタという音がこちらに近づいてきて———

 

 こんこん、とトイレのドアが叩かれた。

 

 ……さっきアニキは出ていったばかりなのに? 

 もう、買い物を終えて帰って来れるだろうか? 

 ないとは思うが、空き巣を狙った泥棒かもしれない……と、ダズは拳を握りしめる。そして。

 

「ダズちゃん、おる?」

「……その声、まさか?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワシじゃよ♡」

 

 扉越しに、ここにいるはずのない男がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

「たでぇまぁ……っと」

「よっ! 久しぶりじゃなっ」

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 たっぷりと時間が流れたのかもしれない。そんなに、時間はかからなかったのかもしれない。

 とにかく、その瞬間にフリーズしたオレは目の前にいる存在を理解できなかった。

 

 つまり、あのジジイなわけだ。

 

 

 

 

 

 椅子に座って、机の上に散乱したお菓子類を頬張っているジジイ。その横には、フライパンを装備したダズがいる。

 酷くてもオレの買ったお菓子ではなくて、ダズの好みからも外れている変わり種系のお菓子だ。この家にはなかっただろうし、多分このジジイが持ち込んできたのだろう。

 

 服装は、囚人服のまま。

 ドシンプルかつ派手な色の服で、一眼で服役中の人間だとわかる。人がいない間に、何が目的で来やがったんだ、こいつ。

 

「ッテメェ、何しに来やがった……!」

「えーんえーん、この男ブチギレて怖いようダズちゃブッ」

 

 ダズが全力フルスイングしたフライパンが、ジジイの顔面に吸い込まれる。

 

「アニキィ、もうポリは呼びましたぜ。おそらくあと5分くらいで着くんじゃあねぇかと」

「何もされなかったか?」

「指一本、触れられてないですぜ!」

 

 自信満々に胸を張って応えるダズ。その顔色は、さっきよりもずっとよくなっている。というか、痛みも忘れるほど驚いたと言った様子だ。

 油断はならないと、オレは顔面にフライパンを叩かれてもケロッとしているジジイに眼帯を外して……

 

「安心しろ、気付いたときにゃあ牢屋の中だ」

「ぎゃー! 待って止まってぇ! 視姦はしても生理中の女に触ったらいけないってワシ骨の髄まで学習してるからマジで今日は未遂なんじゃって! 待って! 用事あるから! 今日は用事あるから!」

「言い訳無用だ。ダズ、トイレ行ってコレつけてこい」

「へ? あ、はいっ!」

 

 オレはジリジリと壁際に逃げるジジイに、眼帯に手をかけながらも近づいて行く。念のため、ダズに買ってきた袋を押しつけてトイレに行かせた。

 

 万が一、ダズに害を及ぼさないためのものだ。

 このジジイの目的はどうせダズなんだから、念のため離しておいて問題はないだろう。

 

「ジジイ……確認だが、指一本触れてねぇんだな?」

「マジもマジ、大マジじゃよ。生理中じゃなかったら普通に手ェ出しとったけど、生理中の女には優しくせねばヤバイ事が起きるってゲキ重な神託をクソメスから食らっとる身じゃもん。マジでやっとらん。むしろ優しくしとったもん。本当に。信じて!」

 

 かけらも信用できないのである。

 

「ダズちゃんのクソダサパンティにラップとトイレットペーパーでの緊急方法教えてあげたのワシじゃし! さっきの時間もナプキンの装着方法とか教えてあげたし! というかあの子本当に大丈夫なの? マジで性知識のミリも存じてなくってビビったんじゃが」

「余計なこと教えたんだな? よし、殺す」

「ぴぎゃああー!!! 無罪冤罪じゃ! ヒドイ!」

「現在進行形の脱獄犯に無罪も何もねぇだろうが!」

 

 嘘泣きのように目元を押さえてワッと泣き出す真似をし始めたジジイの腕をとって、なんとか視線を合わせようとする。

 ……やっぱりこのジジイ力強いな。

 

「テメェ目ぇ開けろ! こっち見ろ!」

「こっち見ろこっち見ろって、お前はシアハートアタックか!? ギャー掴むでない童貞がうつる!」

「どっ……!? うつらねぇよ! つかオレもお前なんか触りたくもねぇし!」

「チキン童貞がうつるわ〜うつっちゃうわ〜!」

「んだと変態クソジジイが!?」

「時間停止AV野郎のクセに!」

「見たことねぇよ!」

 

 オレがジジイの目をこじ開けようとして、それに対抗するようにジジイは手足をバタつかせて暴れる。なまじ力が強いせいで下手に掴み続けるとこちらの手が潰されそうになるが、それをうまく避けながらも眼帯を外してなんとか相手の無力化を図る。

 

 あのダズと肉弾戦を繰り広げて余裕でリードしていたほどの実力を、この男は持ち合わせているのだ。オレ程度の力技なんかでは、正直勝てる気がしない。

 

「どうせお前なんてラッキースケベ止まりなんじゃ! 無防備TS娘と同棲しても一生永遠に右手が恋人なんじゃろこのチキン!」

「オレがダズに手ェ出すわけねェだろ男だぞ!」

「ヘッ、そんなんだからチキンなんじゃよこの雄鶏七面鳥男が! いっそ手を出してメスわからせする方がよっぽど吹っ切れるわい!」

「ダズはオレの親友だッ! それ以上でもそれ以下でもねぇ! それ以外にはならねぇんだよ!」

 

 オレが瞼に指を突っ込んでこじ開けようとするものの、ジジイはオレを壁に突き飛ばして距離を取った。

 そして呆れたかのように、はぁとため息をついて。

 

「お前みたいなタンドリーチキンなんかより、いっそ、ワシの方がダズちゃん幸せにできる自信あるわい。お前みたいな中途半端よりも、快楽堕ちの方がよほどダズちゃんも苦しまんわ!」

「言ってろカス、テメェは牢屋の中で1人シコってろよ」

 

 ばちばちと2人の間に、怒気が膨れ上がっていく。このジジイ、オレの神経を逆撫ですることしかしないな……

 

 と、その時だった。トイレがガチャリと開いて、颯爽とダズが飛び出てくる。その手には、武器として持っているのだろうフライパンと、なんかラップに包まれたモノが握られていた。

 

「アニキィ!」

「ダズ! 行けるか!?」

 

 フライパンを装備したダズが、廊下からパタパタと走り寄ってくる。すっかりベコベコになっているフライパンは、はたして何回ジジイに向けて振り下ろされたのだろうか。

 

 オレの言葉に応える代わりに、ダズは全力でフライパンを振りかぶった。ダズの怪力があれば、普通の人間だったら骨が陥没して死ぬだろう。

 

「動くなァ!」

「はいっ♡」

 

 ピタッと、ダズの言葉に応えるように動きを止めたジジイの頭にフライパンが再度クリーンヒットする。とんでもなく重たい部屋に音が響いて、オレはザクロが飛び散る様を一瞬想像したが……

 しかし、当たり前のようにジジイは死んでいない。

 

 ……ちょっと強すぎないか? 頭に特殊な金属でも入れてるのだろうか? 

 いくらなんでもダズの攻撃をくらって、デヘデヘと笑ってられるのはおかしいと思う。

 

「忠犬系TS女っていいよね、フヘッ」

「……アニキィ、もう一発いきますかい?」

「いや、意味ねーだろ……」

 

 ———困ったな。

 

 よっこらせと言いながら立ち上がってダズをチラチラ見てくるジジイを睨みつけながら、あたりを見渡す。

 前回のようにガラスの反射で目線を合わせて石化させたいが、一度使った手が二度通じるような相手ではないだろう。

 

 ダズは手に持っていたラップに包まれたなんとやらをゴミ箱にぶち込んで、それからオレの前に守るように出てきた。……ちゃんと、ナプキンはつけられたのだろうか? 

 

「しかし生理中に暴れるのは良くないぞダズちゃんや。横モレするんじゃよ?」

「どうなろうがお前をこの場からいなくさせられるんなら、なんでもいいんだよォ……」

 

 まるで獲物を追い詰めた狂犬のように歯をむき出しにしているダズ。オレはその肩を掴んでぐいっと引っ張った。

 

「ダズ、下がれ」

「ですがアニキィ、危険ですぜ」

「まぁ落ち着け」

 

 たしかに、いますぐコイツをなんとかすることは出来ないだろう。

 

 ———だが。

 

「お前は家のドア開けてこい。……警備兵、もうくるぞ」

 

 後のことは、専門職の人に任せた方が楽だろう。

 

 微かに聞こえる外の喧騒から、多くの警備兵や型落ちロボットがこっちに来ていることがわかる。

 ジジイもそれに気がついたのだろう。オレたちから顔を背けて窓際に走り寄り、ちらりと外の様子を見た。

 

「オレ達が無理なんだから、警備兵達でどうこうなるとは思えねぇが……餅は餅屋に、ってな。それに専門家なら人を拘束する方法はいくらでもあるだろ」

「わかりやした、ドア開けてきやす!」

 

 ダズは廊下を駆けて玄関に向かう。対してオレは少しでも逃がさないようにとジジイを注視し続けた。

 

 最悪、オレ達はこのジジイを殺したら罪になるから、これ以上暴れることはできない。もちろん対魔物の武器を持ってきていいというなら取り出すが、人に向けてこんな街中で使うものならオレたちの方が重犯罪者になってしまうだろう。持てる精一杯の武器が、フライパンなのだ。

 

 対して警備兵ならば、拘束手段はいくらでもある筈である。世の中には魔法を暴発させまくるような犯罪者だっているわけで、彼らはそういった人を拘束するプロなのだから。

 対人科学武器ってのもいっぱい持ってるだろうし、オレ達とはまた別の戦い方があるだろう。

 

 きっと彼らならなんとか……なんとか……なるかなぁ……

 

 

 

「ウゲーッ! ヤツらいっぱい来とるんじゃがー!?」

 

 そうしてジジイは、この世の終わりのような絶望した顔で天を仰ぎ見ていた。

 

 意外だが———それが弱点ということか。

 

 さしずめジジイも警備兵を相手にするのは骨が折れるということだろう。オレはその反応に少しだけ安堵した。

 警備兵くらいなんのその、なんて言われたらどうしようかと思っていたのだ。

 

「やっぱりお前でも、警備兵相手に逃げるのは無理か」

「ワシは()()()()なんじゃよ! 婦警、婦警、婦警! ひいふうみい……ギャーマジで無理!」

「えぇ……」

 

 そんなんでどうしてここまで生きてこれたのか。

 

「ワシはダズちゃんみたいなTSした子を愛したいのであって、女はマジで嫌いなんじゃってドふぁっく!」

「いや気持ち悪すぎるだろ……本当に」

「お前なんぞに何がわかる! ばーかばーか!」

 

 と、ジジイは窓から身を乗り出してこちらを振り向いた。その目はしっかりと瞑られている。

 

「あ──ーも────! ワシ、今日は本当に用事があって来たのに! ディーテの事なんじゃけど!」

「!」

 

 それはたしかに、今のオレたちからすれば喉から手が出るほど欲しい情報である。しかし……

 

「なんで今更……オレが何度も面会に行ってもとぼけてやがったじゃねぇか」

「そら会話が全部記録されとるじゃろうが」

「聞かれたら困るってことか?」

「ワシにも色々あるんじゃよ……いや、まぁ手短にいうとじゃけど」

 

 ごほん、とジジイは居住まいを正した。

 おちゃらけた態度を一変させて、本当のことを話すぞ、という空気を纏って。……そして。

 

 

 

「———ディーテは空にいる。だから、これ以上無駄な労力は使うな」

 

 

 

 

 

「……冗談だろ、人は空に飛べねぇよ」

 

 口にしたのは、当たり前のようにありえない話だった。こちらが身構えたのも束の間、ありえない事だと一蹴する。

 しかしジジイは首を振って、オレの言葉を否定した。

 

「まぁ普通はそうなんじゃが、例外っていうのもあるんじゃよ。そしてこの話は公的に記録されるとまずくてなぁ……ま、それだけなんじゃよね。基本的に言いたかったのは」

「そんなタワゴトいうために脱獄してきたってのかよ?」

「事実だから脱獄してきたんじゃよ?」

 

 信憑性あるじゃろ? と、ジジイは窓枠に足をかける。

 

「それで……まぁ、我が家がこの付近まで来たときにワシを足にして連れてくのがディーテの計画なワケで。だから、その頃までに引っ越しの準備しとくんじゃな! あーばよとっつぁん!」

 

 

 それだけ言うと、ジジイは颯爽と窓から跳躍して街の中へと逃げ出したのであった。ひとっ飛びで屋根の上まで軽々と飛んで、そこから先は見えなくなる。

 

 とんでもない脚力をして、軽々と包囲網を組んでいたらしい警備兵から逃げ出したジジイは、あっという間に視認で米粒くらいの大きさへとなった。足めちゃくちゃ早いな。

 

 

 

 

 

 

「……それにしても、空……ねぇ」

 

 どうやら、想像以上にオレ達は胡散臭いことに巻き込まれていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やわらかニーハイパ○ズリ穴

 

 

 オレ達はその日も、開発地区北部での魔物狩りを行なっていた。

 

 倒しても倒しても尽きることのない強い魔獣は、果たして一体どこから来ているのだろうか。そんなことをぼんやりと思いながら、ダズの運転に任せて青い空を仰ぎ見る。もうすぐ嵐が来るとは思えないほどの、綺麗な青空だった。

 

「もうすぐで反応のトコですぜ、アニキィ」

「おう」

 

 いつも通りだ。ほどよく緊張感を持って、ほどよくリラックスをする。力を入れすぎても抜きすぎてもいけないこのバランスは、長年こういった荒事ばかりをやっていて慣れてしまった。

 止まった車から降りると、オレはいつものように掃討光砲(ピロクテテス)を取り出す。

 

 と、そうしてオレが準備を始めているオレの横で、モニターをぐるぐる回して首を傾けるダズ。

 何かあったのか、と問いかけると。

 

「反応が、なんか……消えやした……」

「は? 消えた?」

「ここにでてたハズなんですが……うーん」

 

 そんなことあるはずがないだろう、とオレもモニターを覗き込むものの、そこにはなんの生体反応も出ていない。もっと広域にしたりいろいろと試してみるが、やっぱり反応は出てこなかった。

 

 ……故障、か? 

 困ったな……この商品は科学都市で購入したものだし、この辺りで同じものを買おうとするとかなりの値がついてしまうだろう。

 もうすぐくるプレーステール後の輸入期に、運が良ければ修理に出したり新しいものを購入することも出来るだろう。……あまり期待できないな。

 

 と、そんな時にダズは地平線の方を指差して首を傾げる。この辺りは緩やかな丘陵地帯で、比較的遠くの方まで見通しがきくのだ。

 

「アニキィ、ありゃなんでしょう?」

「アレだぁ? ……んー、ん?」

 

 

 

 と、そこには特大級といっていいほどの水の塊が、宙に浮いている。

 

 ———え、いや、なんだあの大きさ? 

 

「あれ、魔物か……?」

「しかしあの付近、なにも見えませんぜ」

 

 魔物というのは大抵、体格の大きさに比例して強くなっていく。

 この場合の強さというのは俊敏性や察知能力の高さ、知性や力の強さだけでなく()()()()()も含まれるのだ。

 

 つまり、その図体が大きければ大きいほど魔法がより強大で緻密なものとなっていく。

 

「逃げるぞダズ」

「へい、アニキィ!」

 

 あれだけ大きく綺麗な水球を作っておきながら、その姿が見えないほど小さいというのは……危険と判断する。

 誰が好んでそんなものに手を出すだろうか? 

 

 と、その時であった。

 

「!? アニキィ、あれっ」

 

 水球がウゴウゴと蠢き、そして形が変わっていく。それは人の手のような形になり、そこからさらに動いて……

 

 それは、オレ達に見せているのだろう。

 水は人の手の形をしており、親指部分が天を向いている。その他の4本指は握り込まれているような形になったのだ。

 まるで、「イイネ!」とでも言いたくなるそのハンドサイン。

 

「……どういう意味だ?」

「さぁ……」

 

 もうここにいるオレ達のことがバレているというのなら、ここで逃げるよりもせめて対峙した方がいいかもしれない。車の中、どうしようもない状態で殺されるよりも相対していた方がまだマシだという希望を持って。

 

 オレとダズは武器をそれぞれ取り出して、相手の出方を見ることにしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ヒッチ、ハイク」

「はぁ?」

 

 そうしてやってきたのは、人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのあのクソでかい水球は、お前がやったのか?」

「………………ん」

 

 その男は、かなりの無口であった。

 

 どこぞの民族衣装とでも言わんばかりのド派手な服装と、腰に差しているのは身長ほどの丈のバカ長い大太刀。口を一文字にして、髪の毛を不思議な形に結っている。

 背中には大量の本などを風呂敷に包んで持ってきたらしい。前時代的すぎる。

 

 そしてなによりも、その体格。

 

 まだダズが男だった時は、オレがダズを見上げる側だった。オレも低い方では無いものの、ダズの身長は185cmくらいと大柄だったが……おそらくこの男はそれよりもずっと大きいだろう。

 それが、オレ達に向けてグッドサインを出しながら歩いてきたのだ。

 

「……オレ、魔法、ちょっとできる」

 

 さっきの巨大グッドサインのことを()()()()と言うなら、この世で魔法を使えるのはこの男くらいになるだろう。

 

「……街、行きたい」

「アンタどっから来たんだ」

 

 この男は、オレ達の知らないところからやってきた。この辺りにはオレ達が住む街以外に人の住めるような場所なんて基本的には無いのだ。

 この様子だとここまで歩いてきているのだろうが……果たして、どこから来たというのか。

 

「オレ……地元、マロプトー」

 

 と、言って男が指し示したのは東の方。

 東の方に人の住むところがあるなんて聞いた事な……ん? 

 

 いや、聞いたことがある。

 かつて栄えた魔法都市があるのは、確か街から東の方ではなかっただろうか? 

 

「魔法都市か?」

「………………ん」

 

 こくん、と男は頷いた。

 ここからどれだけの距離があるんだとか、ここまで歩いて来たのかとか、返事が「ん」なのはどうなのかとか、さっきの魔法についてとか色々聞きたいことはあるが。

 

 とりあえず。

 

「あー、じゃあ街までなら送ろうか。ダズ」

「へい、アニキィ! 後部座席出しやすが……アンタじゃちっと狭いかもしれねぇが、許してくれよ」

「……あり、がと」

 

 そうして男は無表情に頷いたのであった。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 魔法というのは、昨今の科学都市での教育ではあまり教えられなくなってきた事である。

 理由としては様々だが、おそらく使ってはいけないということが詳しく教えないということに繋がったのだろう。

 

 そういった世間の中で、オレはかなり魔法に詳しい人間と言える。何故なら、自身の魔法を制御するために様々なことを学んできたからだ。……まともな魔法を使うことは出来ないが。

 

 まず、魔法というのは様々な系統がある。

 

 火、水、草、氷、土、風、光、闇……と、多くの自然現象がある。魔法が使えるという人は、これらのいくつかを操作することが出来る。

 

「……人、石化……土?」

「いや、石化といっても意識を奪うような感じでな。肉体的に石に変えると言ったものでは無いんだ」

「……なら、闇?」

「オレもそう思うんだが、いかんせん闇に関しての文献が少なくてな」

 

 普通の人に多いのは身近にある自然に対しての魔法だが、光や闇といったものはなかなか魔法使いが少ない。レアなケースというわけだ。

 

「……これ、闇、本」

 

 と、後部座席からにゅっと出てきたのはかなり古ぼけた一冊の本だった。……表紙を見て、そういえば同じ本を見たことがある気がする。

 

「あぁ、科学都市にいた頃に閲覧したな」

 

 この辺りは未だに()()()()()()()()()()()()()()()ために出来ないことではあるが、科学都市にはちゃんとネット環境というものが存在していた。人々は自身の持つ端末からクラウド上に保管されている情報を得ることが出来たのだ。

 

 特に便利なのが、比較的どこにでもある国営図書館だ。

 図書館といっても本だけの閲覧ではない。様々な分野の媒体を自身の()()()()()()ことが出来る。

 

 オレは当時、必死になって魔法に関してを勉強していたため、それを用いて多くの文献を漁ったことがあったのだ。この本も、そのひとつである。

 

 まさかあの頃に読んでいたあの本が、こうして現物として手に触れる機会があるというのはなかなか珍しいと思うが……

 

「……読んだこと……あった……か……」

 

 しょぼんと落ち込んだ男に、すまないと謝っておく。せっかく取り出してくれたというのに申し訳ないことをした。

 

「ちなみに、アンタはそういう魔法を知らないか? その、術者が無意識下においても自動的に起きてしまう能力っていうか」

「……石化……魔法……闇の魔法や光の魔法なら可能性として精神にショックを与える効果もあると聞いたがその場合でも全ての人間に同じ反応を起こすことは出来ないはずしかし魔物や動物にも効果が効くとなると精神的ショックによるなんらかの石化というわけではなくそれこそ精神的な魔法ではなくもっと高次元での話になってくるかもしれないしそうなると我々の知らない新たなる人類という可能性もあるし魔法がさらに進化した新人類の可能性も考えられるが昨今の時勢において魔法は退化するはずのものであるから……」

 

 唐突に長文喋り出したなコイツ。

 

「えぇと?」

「アッ……なんでも、あの、ないです」

「いや、アンタは魔法に詳しそうだし出来れば考察も教えてくれると助かるが……オレにわかる言葉で」

「アッ……な、なにも……ないです……スイマセッ……」

 

 唐突に縮こまったなコイツ。

 

「しかしそんな大荷物担いで街に行って、何するつもりだったんだ? あのあたりも、プレーステールの後の輸入期間の方が安全だろ?」

「オレ……科学都市……行ってみたい」

「なるほど?」

 

 普通の人間なら魔物が大人しくなる期間に街まで出て、街に一年は滞在してから科学都市行きの車に乗るのが常だが……この男は魔物をぶち殺しながらここまで来れるだけの実力がある。だから、プレーステール前に街にまで出てきて、輸入期に車に乗って科学都市に向かう予定らしい。

 

「それで、その背中の本とかを売るって予定なのか?」

「……ん、うちの、売れそうなもの、いっぱい……」

 

 はたして、このご時世で本は売れるだろうか? 

 

「……すごく、珍しい本……いっぱい」

「ほう、たとえば?」

「……この本、読んだやつは発狂」

「技術はとんでもないと思うが、普通に売れるわけないよな?」

「……この本、読んだやつは発情」

「魔法のかかってる本がダメだっつの」

 

 本に魔法をかけておくというその技術は高等技術だが、そもそも魔法は基本的に法律違反である。せめて人目のないところでの行使なら大丈夫だろうが、そんなもの質に入れるわけにいかないだろうに。

 

「……どう、しよう」

「あー……魔物倒しながらここまで歩いてきてるなら、オレ達みたいに魔物狩りで日銭稼いだらどうだ?」

「!」

 

 商売敵が増えるのはあまり好ましくないが、困ってるというならこのくらいの助言は、まぁしていいだろう。

 

「ギルドに連れてってやるから、そこの職員から話聞いたらどうだ? あ、その本はぜってぇ表に出すなよ。捕まるからな」

「……あり、がとう……ならば……」

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 そして。

 あの男をギルド前に下ろしたオレたちは、彼の持っていた風呂敷を広げていた。

 

「ありがた迷惑……いやただの迷惑だな」

 

 オレが魔法について調べているということと、違法性が高い本が多いということと、そもそもこのご時世本媒体の資料なんて一銭の価値にもならないという理由でオレ達に渡されたあの風呂敷の中身一式。

 

 ダズが家に運び入れて床に転がしたそれは、かなりの量があった。

 

「いやぁ……量が多いですねぇ」

「つうかこの中の大抵が違法なものなんだぞ……魔法についての資料はありがたいが、そもそも分別がなぁ」

 

 確かに、オレが読んだことのない本もいっぱいある。しかしあの男の言葉を信じるなら、闇魔法がかけられている本もめちゃくちゃあるという訳だ。

 一応、読むと魔法的効果がある本にはカバーをつけているといっていたので、まずヤバいことはないだろうが……

 

「ま、当たり障りのないとこから読んで……さっきの男には悪いが、違法な本は焚き上げかァ?」

「よし、アニキィ! オレも頑張りやすぜ!」

 

 と、言って早速ダズが手にしたのは『入門! 人との夜のお付き合い〜超級編〜』だった。

 思わずオレはその本をダズの手から叩き落とす。

 

 表紙に鼻フックで歯茎が剥き出しになっている男女がドアップで写っている、超アブノーマルのエロ本らしきモノ。入門なのに超級編と書かれている。

 帯には『樹齢5000年級最高峰美女!』という謎のキャッチコピー。それは褒め言葉なのか、それとも独特の熟女を表す言葉なのだろうか? 

 

 ———いや、それよりも。

 

 どうしてこれだけある本の中から、それをわざわざ手に取ってしまったんだろうか? 

 

「お前には早い!」

「はいすいやせんアニキィ!!!」

 

 ビクッ、と怯えるようにしてすぐに両手を上にあげたダズ。おそらく、本当に他意はないのだろう。他意なくその本を選ぶセンスには脱帽だ。

 

「……いや、怒鳴ってすまん。超級はお前には早いが、初級からなら多分勉強になるし読んどけばいいだろ。うん」

「へい、アニキィ……すいやせん……」

 

 しょぼんと落ち込むダズに、いい機会だから勉強しておけと声をかけておく。

 

 それからオレは、地面に散乱した本からとりあえずカバーの付いている本だけを退けていく。精神系魔法が付与されているものがカバーのついたものだと言っていたが、透明カバーだったりわかりにくいものも多数ある。

 一目見て判別がつかないものばかりだから、とりあえず安全かそうでないかの分別から始めるべきだろう。

 

「袋とじ? へぇー、本に付随してこんなのがついてやがるのか」

 

 本の種類は様々だ。

 教養系からエッセイ、コミック、学問書から写真集とかまで入っている。あまりこういった紙媒体に慣れていないために、割と比較的新鮮な気持ちだ。

 

 オレもダズも、子供の頃から文字を読むとなると機械端末での閲覧が基本だった。科学都市の都民には国から機器が支給されていて、それを用いて勉強を行なっていたことを思い出す。

 

「さりげないボディタッチ……? ボディタッチってのはたしか、セクハラってのに当たるんじゃねぇのか……?」

 

 カバーといっても、様々なカバーがある。

 重厚感ある革のカバーから、とってつけたようなチラシっぽい紙を折ったカバー、透明カバーや他にも色々ある。

 せめて統一してくれればいいものの、とりあえずカバーをつけておけば良いとでも思ったのだろうか? 

 

「おっ、こっちは男同士でのなかよくなる方法か! ……左足にロッカーのキー? サウナ限定の礼儀作法か……使えねぇな」

 

 そしてカバーが付いていない方がオレの目当てだが、それもそれでくだらない本が多すぎる。オレはとりあえず手に取った本のタイトルを見て……

 

『むっちりと柔らかいゆゆ様を催眠で』

『マリアさまが見てる売春』

『やわらか愛宕さん』

『わちきは赤ちゃんになり申した』

 

 何故か手に取った本が、エロ同人誌ばっかりだった。わざとではないのだ。オレは慌ててそれを他の本の下に隠す。

 ……これは後で、時間がある時に読もう。

 

「袋とじ付録は『夜のなかよしおようふく初級編』……これを着た姿を見れば、男は()()になるか……なるほど機能的じゃねぇか!」

 

 そうしてオレはカバーの付いていない、他の本を拾い上げていく。ちゃんとした魔法の学術書もかなりの量がある。

 

「アニキィ! 着替えてみやした!」

 

 火魔法から何か科学的な検証が行う資料だとか、闇魔法のかなり古い拷問をまとめた本もある。かつて、まだ科学が栄えていなかった時代には魔法のみに頼って人々は生活をしていた。その頃の貴重な資料なのだろう。

 

「うーん……さりげないボディタッチ……いやセクハラは良くない……うーん……アニキィ、少し触ってもよろしいですか?」

「あ? どうしたダズ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ———は? 

 

 そこには、かなりキワどい服装のダズがドヤ顔で立っていた。

 

 目を離していたのは一瞬だったはずだ。

 なのにコイツは、どうしてこうも卑猥な服を着ているのだろうか? 

 

「…………服は?」

「着替えてみやしたぜアニキィ! 元気に、なりますかい?!」

 

 元気に、なるに決まっているだろう。

 

 むっちむちの太ももを隠すのはニーハイ。むちっとした肉がニーハイの上に乗っている。太ももの肉がゴムに締め付けられて、肉感が強く強調されている。

 何故か片足にだけヒモに通した家の鍵を巻いているのは、何か意味があるのだろうか? 

 

 そして股間を隠すのは布面積が小さめなパンティー、色は黒。おそらくだが、後ろもケツがはみ出ているのだろう。それだけ小さい布面積である。

 ……前から見ても、すこし股間部の肉がはみ出ている気がする。

 

 上半身はレースのたっぷりとついた、かわいらしいデザインであった。腹のでたチューブトップのようなものは、わざわざ下乳のところが丸く切り取られている。そのままパイズリがすぐに出来そうである。

 そこから下のウエストはコルセットのようなもので絞られていて、そこにも柔らかなレースがふんだんに使われていた。

 

 そして、それらを象徴するのは頭の上に君臨するつけ耳。すなわちうさ耳カチューシャである。

 

 いや、卑猥すぎる。

 確かにこれは元気になってしまうだろう。

 

「えっと……あと、さりげなく股間を触るといいらしいんですが……アニキィ、少し触ってもいいですかい?」

「は?」

 

 よくないのである。

 今触られたら、その、よくない勘違いをしてしまう。

 

「えぇと……あと、たしか……誘う? とかってのは、こうやって股を開いて……」

「開くな待てッ! ダズ、落ち着け、いいか? まずお前の読んだ本はどれだ?」

 

 オレは間一髪卑猥な格好をし始めそうだったダズを止めて、そして何がどうしてこうなったのかの原因を探すことにした。

 

 そしてダズが指を刺したのは———

 

「……カバー付き、じゃねぇか」

 

『入門! 人との夜のお付き合い〜初級編〜』

 表紙には、今ダズが着ているのと同じ服を着た清楚系で細っこい体型のかわいい系モデルがかわいらしくポーズをとっている。

 帯には『5000年に一度の美少女現る!』なんてキャッチコピーがついているが……

 

 その上から、透明で薄っぺらく、しっかり注視しないとわからないようなカバーが付けられているではないか。

 カバーにはご丁寧に、『習作:徐々に大胆になる精神系闇魔法』と手書きで書かれていた。端っこの方には詳しい効果と、時間が丸一日24時間だと記載されている。

 

 

 

 

 それは、長い長い24時間の開始であった。

 

 






【挿絵表示】

鼠蹊部が上手くかけたので鼠蹊部を注視してください。


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相性一致メスアピール

 

 

 大胆になる、とはどういう事なのか。

 オレはそれをすぐに理解する。

 

 

 

「あの、だな。とりあえずそれを脱いだらどうだ……?」

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 思わず、オレは手元の本を指からすりおとしてしまった。それだけ、その言葉は衝撃的だったのだ。

 

 

 

 普段のダズならオレの意見をとりあえず丸呑みにするが、()()になっている状態であるが故に、自分の意思を持って、反論までしているのだ。

 それは良いことだ、とオレは新鮮な気持ちになる。ただのイエスマンなだけではなく、自分で考えて行動できるというのは、ある意味成長と言えるだろう。

 

 ———だが、その服は脱いだ方がいい。

 

 

 

「その、服として機能がねぇし……風邪、ひくだろ?」

「アニキィ、オレァこの程度で風邪ひくほどなまっちろい鍛え方してませんぜ!」

 

 胸を張ったダズ。乳がぷるんと揺れる。

 

「だが、女が普段着にする服でもねぇしな……」

「夜の正装がコレらしいですぜ。今はもう夜ですし、これは正しい服でさぁ!」

「機能性がないだろ?」

「そんなことありやせんぜ? 動きやすいし、なにより()()()()()()()ってぇ書いてありやした。アニキが元気になるなら、機能性バツグンでしょう!」

「……いやだが、女が着るにしては露出度が高すぎやしねぇか?」

 

 そんなことありませんぜ! と、ダズはニコニコと笑いながら力説する。

 

「確かに普通の野郎どもなら、ちっとばかし露出度の高い服着てる女の身体にコーフンしちまうんでしょうが、アニキはそんなヤワな男じゃねぇでしょう! 外に出る時にゃあ着替えやすぜ!」

 

 オレは比較的ヤワな男なので、できれば自宅でも普通の服を着て欲しい。

 

「……いや、しかしだな……」

「なにか、問題があるんですかい?」

 

 オレは必死になって服を脱がす理由を探す。

 そんな格好は恥ずかしいだとか言っても、どうせ「アニキが元気になるなら恥ずかしくなんてねぇでさァ!」とか言うんだろう。

 

 元気の方向性を間違えているのである。

 というかコイツ、本当に性欲ってものがないのか? 察せないのか? いや、オレが性欲を持ってないとかって神聖視して勘違いしているんだろう。勘弁して欲しい。

 

 ……だが、今更それを否定するのもなんとなくカッコ悪い気がして……

 

「とりあえず、24時間は外出禁止だ」

「そんなっ!?」

「当たり前だろバカ。徐々にってことは、このあともっと酷くなるんだろ?」

「しかしアニキィ、オレは特になにも変わってませんぜ?」

「酔ってるやつは酔ってないって言うだろ? それと同じだ」

 

 むぅ、と聞き分けないダズだが、オレは地面に散乱する本に指を刺した。

 

「これの整理をしなきゃいけねぇだろ? ちょうどいいよな?」

「それも……そうですね。うっす、わかりやした!」

 

 ちゃんと、理由に納得すれば言うことを聞いてくれるらしい。ダズは早速そのエロい格好のままで本の片付けを始めてしまったのであった。

 

 

 

 

 オレはもう、とりあえず考えるのをやめることにした。ダズのことは、後で考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

「アニキィ、もうそろそろ休憩にしませんかぃ?」

 

 中身を全て読まずに、とりあえずカバーのあるものとないものを分別する様にダズに頼んで、オレは本の精査に移っていた。

 あれからそこそこの時間が経ったのか、グッと背を伸ばすと骨が小気味よくポキポキと鳴る。

 

「んっ……そうだな、少し休むか……」

「コーヒー淹れやすね、アニキィ」

 

 オレは意識から排除していたダズを視界に入れた。

 

 張り切って動き回っているダズの、柔らかい尻に視線が吸い寄せられてしまう。後ろから見ると、尻の割れ目上部を隠すように丸々のしっぽモドキがついていた。

 

 歩くたびに尻肉と太ももがムチっムチっと揺れ動くのと同時に、その白いしっぽがふさふさと視線を集めようとしてくる。

 

 率直に言って、猥褻(スケベ)

 

「あ〜〜〜ダズ? お前は座ってていいぞ。オレが淹れる」

「そんな、アニキは座っててくだせぇ」

 

 ぷりんっ! 

 振り返ったタイミングで乳が揺れ動く。オレの目は思わずそちらに吸い寄せられ……ない。耐え切った。

 

 下手にちょこまか動き回させて乳やら尻やらがブルンブルンしているのはオレの精神衛生の上で誠に良くないため、ダズを椅子に座らせておくことにする。

 

「はぁ……いや、座れ。いいか? オレはずっと座りっぱなしだったから動きたい気分なんだ、座ってろ。あと……」

 

 オレは着ていた上着を脱ぎ、そのままダズに押しつけた。

 

「いや〜部屋熱いなァ〜? 上着を脱いでおきたいけど、寒くなったときに冷え切った服着るのいやだなァ〜?」

「熱いですかい? 部屋温度変えやすか?」

「そこまでするほどじゃねェんだがよぉ、例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()助かるんだが……」

 

 さっき考えていた作戦、その名も『懐で草履を温める(温めるという役割を与えて服を着せる)』作戦である。

 

「……? へい、わかりやした!」

「よし。温め方としてはこれに袖を通して着て温めておいてくれよ? 頼むぞ? 着るんだぞ?」

 

 オレはそうしてキッチンへと向かった。だいぶ低いところに場所が移動となったヤカンを取り出して、水に火をかけてからインスタントコーヒーを取り出す。

 

 コップに粉を入れてから少しだけ湯を注いで、混ぜ溶かしてからもう一度たっぷりと湯を注いでいく。こうすると比較的粉っぽくならないで済む。

 

 マグを2つ持ってテーブルの方を振り向、くと……

 

「すんっすんっ……はぁっ……んっ……」

 

 ダズが、オレの服を抱えて顔を埋めて深呼吸をしている。

 

 渡した服、着てねぇじゃねぇか。

 

「ふぅーっ……ん、あ、アニキィ」

「えぇと、なにしてんだ……?」

「んー……なんでしょうか、こう、服を渡された瞬間にふわっと、においが……」

 

 オレが服を渡してから、ずっと匂いを嗅ぎ続けてたというわけか。そんなに臭かったか? 

 

「いえ、違いまさぁ。臭いんじゃなくて……その、すごくいい匂いだなっていうか……」

「……お、おう?」

「別に男の時は気にしませんでしたが……すぅっ……その、この身体だからでしょうか? アニキの匂い、すっごく落ち着く……」

 

 あわててその服をぶんどり奪る。これ以上好き勝手させるわけにはいかない。

 

 ……臭かったわけじゃないんだよな? いいにおいって……どういう意味だろうか? それはその、もしかして男の匂いというかフェロモン的な……? まさかとは思うが、ダズは女としてオレに興奮……いやいやいやいやまさか。まさか! 

 

「そんなぁっ、アニキィ……」

「お前、普段のオレの洗濯物ではやってねぇだろうな?」

「……確かに、普段やっていねぇです……も、もしかしてオレはかなり大胆なことをしていたってぇワケですかい!?」

「今更だな」

 

 なるほど、自覚なしか。

 

「そうですかい……まぁでも、別に洗濯物のにおいを嗅ぐのは悪いことではないのでは? 別に減るものでもありませんし」

「今度それやったら絶交な」

「そんなぁ!?」

 

 ダズはかなりショックを受けたような顔をしている。

 性的なことにクソ鈍感なダズは、そういった変態行為に関する観念もかなり希薄だ。

 

 そのくせオレの匂いに興味を持ったってのは……まさか男だったときに、女性に対してなにか変なことやらかしてないよな? 不安になってきた……

 

「一応聞いておくが、そういった類のことは女相手にやったことねぇよな? 好きな女の体操服盗むとかそういう……」

「ありやせんぜ」

 

 即答か。

 

「そもそも恋だとか愛だとかがよくわからねぇんで…… 女なんざ視界に入れる暇もなくて、アニキの背中追いかけるのでオレァ精一杯でさぁ」

 

 と、ダズはニッコリと笑う。そういえばコイツはこういう男だった。

 

 勉強は苦手なのに必死に勉強していたし、天性の肉体を伸ばすために激しい筋トレによる作り込みも行なっていた。オレはそれを間近で見ていたし、その最中に色恋が挟まる余裕は……確かになかったのだ。

 

 興味ゼロではなくて、他ごとに気を取られた結果だというのか? オレはダズの人生の責任なんて取れねぇのに……

 

「オレにそんな価値ねぇっつの」

「そんなことねぇや! オレはアニキのおかげで救われた(生まれなおした)んで、その恩に報いてぇんだ! アニキの近くにいるのはオレが好きにやってることで、そのっ……オレは、アニキのためにこの命を使いたいんでさぁ!」

 

 そんなに乳をブルンブルンさせて、下腹や股間周りのたっぷりツルテカなエロ肉を見せつけながら力説されても。

 

「お前、オレがいつか結婚したらどーすんだよ」

「……アニキに見合う女なんざ、そうそう現れませんが……ま、そんな女が現れようがオレがアニキの一番に変わりありやせん!」

 

 それならいっそコイツを嫁にするくらいの方が……

 

 

 

 いやいや、いやいやいやいや待てオレ。

 ダズだぞ? ダズは男、嫁にはならない。男に戻さなきゃいけないだろう。それとこれとは別問題で……あれ、じゃあオレダズが男に戻ったら一生独身確定なのでは? 

 

 それはともかくとして。

 

「まぁ……人の服の匂いなんて嗅ぐんじゃねぇぞ?」

「へい、わかりやした。じゃあ()()()()()()()()

 

 と、言ってダズはオレの正面からガバッと首元に倒れ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 は? え……? 

 

「???」

「すんすん……あ、これ落ち着く……」

 

 落ち着くな。

 

「あの、あのダズさん? 待って?」

「へい、何でしょう?」

 

 今、オレは椅子に腰掛けていた。

 そしてダズは遠慮なしにそのオレにまたがって、首元に鼻を近づけているのだ。

 

 柔っこい太ももがオレの足の上に乗っている。大きく開脚しているから、ぶっちゃけマン肉が思いっきりハミ出ている。柔らかくて重厚感ある体重がオレに乗ってきているのだ。うっわなんか無駄にいい匂いする?! 

 

 同じシャンプー同じリンス、同じ飯を食ってるはずなのに何故か甘ったるくていい匂いがするのは何故なのだろうか? 

 ……まさか、これが女なのか? 女ってのは見た目だけでなく五感全てで女を体現しているのか? 女ってのを知らないから理解できないが、ダズからめっちゃくちゃメスフェロモン出してるの許せねぇだろ。

 

「だ、ダズっ……お前、今何やってるかわかってんのか?!」

「別に変なことじゃあないでしょう? その……オレがガキの頃も、アニキは抱きしめてくれてましたし」

「今の年齢と性別と服装が問題なんだっつのこのッ……」

 

 オレは引き剥がそうとするが———ダズの怪力に勝てるわけがない。こっちは全力で引き剥がしにかかってるのに、ピクリとも動かず平気な顔してやがる。

 

「その、大人だから甘えるなんざダメですが……でも、今はちょっとくらいいいかなって思ちまってて……魔法のせいではありやすが、酔っ払いのたわごとだと思って欲しいんでさぁ」

 

 魔法だからと、酔ってるからと言っても、やっていいことと悪いことを弁えろとオレは叫びそうになるのをグッと堪えた。

 

 どうせ今のダズには何を言っても聞き入れられないのだ。納得すれば良いのだろうが、「甘えたい」に対して納得させられる言葉が思い浮かばない。

 

 ハグっていうのはつまり、人間の本能として1番簡単で濃厚な親愛のサインなのだ。言葉が通じなくてもハグができるなら親愛を表すことができる、シンプルかつ万国共通のジェスチャー。親から子に最初に与える愛が抱き締める行為なのだから、その行為以上に「甘えたい」という欲求を満たせるものはないだろう。

 

 しかし

 

 このアホはなんと、下半身はニーハイとミニチュアパンティのみ。上半身も腹は出てるは乳は強調してるわうさ耳だとかもうセックス専用コスチュームを着ているのである。

 すなわち、セックス専用ボディをセックス専用コスチュームで梱包された状態。クリスマスの日(夜もいい時間)プレゼントを(エロコスチュームを着たメスに)渡されて(誘惑されて)封を開けない子供(興奮しない男)はいるだろうか? 

 それを人は据え膳というのだ。

 

 そんなアホにハグなんてされたら、オレの股間がどう足掻いても臨戦状態待ったなしになる。仕方がない。

 

「ぐっ……くそッ……!」

 

 鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ1、3、5、7、11……あっ無理だ。

 素数を数えても無駄、オレはデカクソ乳に敗北していた。

 

 この無防備男女は人を苦痛のチンイラさせて何が楽しいのか。

 絶景にして危険地帯(デンジャーゾーン)。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

 オレは今、いかにこの下半身のグツグツをバレずに終われるかに集中させねばならないのだ。密着してるせいで、くそ、勃起バレるかもしれないじゃないか。

 

「すんっ……はぁっ……アニキィ、なんででしょうか、ずっとこうしていたい……アニキで満たされる……」

「やめっ……やめろ吐息がっあっ……あっ……耳元でんな甘ったるい声ッ……ひっ……」

 

 コイツは男コイツは男コイツは男コイツは男……無理だ! どうしたってこんなの女だろ! 

 

 なにがいい匂いだよクソ、人の体臭で相性一致アピしやがってクソクソクソッ……ダズのにおいもすっげぇ甘くて優しくていい匂いだな……ふざけんなよ。

 こちとら必死にこのエロい女を男だと思って、男として扱おうと必死になってるっていうのに、媚びメスアピールしやがって……風俗嬢でもこんなに大胆なセックスアピールしねぇよ風俗行ったことないけど! 

 

 まさしく大胆。行動も肉体もダイナミックがすぎる。

 

「その、アニキィ……今日、よかったら一緒に寝ませんか? オレぁ体温高いので、湯たんぽみたいにしていただけたらっ……」

「無理」

「あっう、そ、そうですよねっ……ベッド狭いですもんね……」

 

 

 もしこれでダズが納得していなかったら、おそらくオレの童貞記録はここで途切れていただろう。とても危ないところだった。ベッドがシングルサイズで本当によかった。

 

「しかしアニキと久々に一緒に寝たいな……うぅん、じゃあベッド運ぶんで……それならいいですよね?」

「無理」

「お願いしまさぁ! きょ、今日だけですしっ……」

 

 なるほど、時間が経つにつれて大胆になっていくと言うのはつまりこう言うことで……ん? 

 ということは、明日の朝には———

 

「運び入れましたぜアニキぃ!」

「おいオレまだいいなんて一言もッ……!」

 

 

 

 

 こんな状況だってのに、少しだけ期待しているのが嫌になる。

 オレはオレ自身に嫌悪感を募らせつつも、脳みそが下半身に引っ張られていたのであった。

 

 

 

 

 



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湯たんぽホスピタリティ

 

 

 

 布団というのは、自分の熱で温めていくものだ。

 だから最初入った瞬間だけは冷たくて、そこから自身の熱を篭らせて徐々にぬくぬくとした環境を作っていくものである。

 だから、あの最初の冷たさが苦手ってやつは結構いるのだろう。

 

 ちなみに、これは現実逃避である。

 

 

 

 

 

 

 

「アニキ、せっかくなんで布団、あたためておきやしたぜ」

 

 まるで新妻のような事を言い出されて、オレは一体どうすればいいのか? 

 

 無理やりダズを引き剥がし、なんとか言いくるめて1人で風呂に入り、これから起こりうる行為を想像して先にシコっておいたのが先程の話。

 もうタマの中空っぽになってひっくり返るんじゃないかと思うくらいには出した事だし、流石に恥を晒すことはないと思ったが……

 

 これは、大変まずいかもしれない。

 

「アニキと久々に一緒に寝れるの、嬉しいです……ささ、こちらに」

「ちょ、引っ張るなって……ッ!」

 

 少しだけめくられた布団から、立ち込めるねっとりとした生ぬるい熱気と甘ったるいメスの匂い。

 今からオレは、この中で一晩過ごさなくてはならないというのか? 

 

 ぐ、とオレの腕をとるダズは有無を言わせないと言わんばかりにニコニコとしている。かわいいが、しかし無自覚に無慈悲な笑みだ。

 風呂に入ったというのに、まだあのエロコスをしているのがなんとも忌々しい。

 

「あの、やっぱ今からでも遅くねぇしせめて少しだけベッド離さないか?」

「どうしてですかい?」

「その、やっぱり男と女が一緒に寝るのなんて間違ってるだろうし……」

「アニキィ、オレは男ですぜ?」

「ベッドも狭いだろ?」

「ベッドをふたつ横にくっつけたんで大丈夫でさぁ」

「人と一緒の部屋で寝ると、なかなか寝付けなくてだな……」

「数年前入ったホテルで予約間違えてた時とか、ダブルベッドで一緒に寝たじゃないですか? なんならアニキ、いつもより熟睡したとかって……」

 

 そんなこともあったな。

 過去のオレをぶん殴りたい。

 

 数年前に科学都市のとある街に、裏で魔法稼業を営むという女に会いにいった時の話だ。まだ旅に慣れておらず、ホテルの予約も慣れていなかったということで、大男二人でダブルベッドで寝る羽目になった。

 そしてあの時オレは疲れていたのと……幼い頃に一緒にダズと寝ていたのを思い出して、いつもより深く熟睡してしまったのである。

 

 ……確かに、オレは人と寝るといつもより熟睡するタチではあるのだ。だからと言って、これは違う。違うのだ。

 

「オレァ寝相も悪くねぇですし、安心してくだせぇ!」

「ぐぐぐぐっ……」

 

 なんと言おうがダズは意見を変えないつもりらしい。普段ならオレのいう事に言われるがままなのだから、闇魔法の根強さを痛感する。

 いつもは控えめなダズが数時間でこんな状態になるというのだから、かなり強烈な魔法なのだろう。

 

 万が一、オレがあの魔法にかかっていたらと思うとゾッとする。……とんでもなく危ない代物じゃないか? かかる人によっては、最悪死人が何人も出てもおかしくないだろう。

 

「さ、アニキ……お布団あったまってますので、よかったらこちらに」

 

 その中に入ったら、確かに心地いいのだろう。

 布団の中でムチムチの柔肉ボディがオレのことを待ち構えているのだ。気持ちいいに決まっている。

 

 広げられた布団の中では、すごくスケベなメスボディがムチンムチンと鎮座していた。

 特に、下半身なんてちっこいパンツ一枚しか身につけてないのだ。あちこち肉がハミ出ている、意味をなさないマイクロなパンティ。隠す概念を知らない柔らか太ももと、ちょっぴり油断気味のさらすべふかふかのムッチリ腹部。

 オレは今からあのムチムチ生肉と、布団の中で密着しなくてはならないらしい。

 

 

 

 ———もうダメだ。

 

 さっきアレだけ出したのにちょっと下半身に込み上げてくるものが……

 

「アニキ?」

「……寝る前だしちょっとトイレ行ってくる」

「さっきもトイレ行ってませんでしたかい?」

 

 5分前にいったばかりである。

 

「そ、そのっ……歯を磨き忘れた気がする」

「大丈夫ですぜ、さっき磨いてやしたぜ」

 

 いつもよりめちゃくちゃ時間をかけて歯を磨いたばかりだ。

 

「目が冴えてるし、なんだか眠れない気がするから本の整理の続きしてくる……!」

「ダメですぜアニキ! 今日はちゃんと寝ましょう!」

「うおぉっ!?」

 

 ダズに腕を引かれて、その怪力を前に無力なオレは、体勢を崩してそちらに倒れ込む。

 それすらも見込んでいたかのように、ダズは倒れていくオレの身体を支えようと腕を伸ばして。

 

 

 

 

 ———そして。

 

 オレは、そのまま布団の中に引っ張りこまれた。

 

「……アニキは、頑張りすぎでさぁ。たまには、肩の力抜いて欲しいんです」

「ッ……! お、まっ……!」

 

 ダズはオレの頭を抱え込むように抱きしめていた。

 

 つまり、オレの顔面はダズの胸に押しつけられているのだ。ふにっふにやわやわたぷとろおっぱいがふたつ、オレに押し付けられている。

 無駄に露出している下乳の———まるでパイズリするためだけに作られたかのような穴には深く大きな谷間ができていて、オレはそこに鼻を埋めているような形である。

 

 少しでも呼吸をすると……おっぱいの谷間の、メスフェロモンが強烈なそこを吸い込むことになる。少しだけ汗っぽくて湿っていてムンムンにあったかくて、不思議と甘くて思考が止まってしまうようなにおいがするのだ。

 

 

 

 ———あ、これ……もう、ダメだ。

 

 

 

「なので、アニキ……その、オレのワガママではありますが、たまにはぐっすり眠って、休んで欲しいんでさぁ」

「……フーッ……フーッ……」

 

 

 

 ———さすがに、これはもう……

 

 

 オレはおっぱいの柔らかさと匂いに、完全に敗北していた。さっきまでは理性をなんとか保とうと努力していたが、こんなに呆気なく負けてしまう自分がなんとも情けなくて気持ちがいい。

 最初は我慢しようと小さくしていた呼吸も、徐々にメスの匂いを嗅ぐために、荒く激しくなっていっている。

 

 ダメだ、やめろ。これ以上はダメだろう。

 そう思えば思うほど、目の前の甘く熟れた柔らかい果実がオレを魅了していくのだ。

 

 

 

 

「その……この身体は柔らけぇので、せっかくなら抱き枕にしていただいて……ゆっくり、おやすみいただければと思うんです」

 

 

 

 

 この柔らかい身体を? 

 

 自ら差し出して? 

 

 抱き枕? 

 

 

 

 

「アニキの健康ためになると思うんで……1人で寝るのはさぶいですし、たまには添い寝で満喫していただければ……と」

 

 ダズの柔らかい身体にオレの指が沈む。ハリがあって若々しくて、それでいてしっとりと柔らかい肉。

 

 

 

 ———いや、無理だろこんなの。

 

 

 

「ゆっくりおやすみなせぇ、アニキィ」

 

 

 

 さっきからなんとか他ごとを考えようとしているのに、どんどん目の前の欲に流されまくっていってるのがわかる。頭の中では、ただヤりたいという単語だけがぐるぐると回っていた。むしろ、ここでまだ手を出していないオレを褒めてほしいくらいだ。

 

 ここまで耐えたんだからいいんじゃないか? 襲ったって、同意の上だと言い張れるのではないだろうか? 

 

 ……そういう問題じゃない。

 今後のダズとの関係を考えろ、ここまで数十年一緒に仲良くやってきたというのに、こんなところで信頼をなくすつもりか? オレはダズに嫌われたくなんてない。

 

 でもこんなにわかりやすいセックスアピールされてるんだから、気持ちよくなっちゃっていいんじゃないのか。何を耐える必要がある? 

 

 だが相手はダズだ。このアホはそういう性的なものと無縁の男だと、オレは知っている。いくら肉体がセックスモンスターだったとしても、コイツにそんな意図があるわけない。

 

 冷静にならなくては。冷静に、冷静になれ……

 

 

 

 

 

 

「フーッ……フーッ……フーッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、無駄な足掻きなわけだが。

 

 ダメだとわかっていても、オレは必死に理性にすがりつつも———ダズの柔らかな腹に腕を回してしまう。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 肉がついててたっぷりと柔らかいのに、抱いたウエストは思いの外細かった。

 このくびれた腰を掴んで、ガツガツと突き上げたらどれだけ気持ちいいだろうか。この柔らかい肉を食い荒らすのはどれだけ気持ちいいだろうか。

 

 

 

 ———もう、ヤったっていいだろう? 

 

 

 

「ダズぅ……」

「アニキィ……?」

 

 ダズを抱えて姿勢を変える。

 横向きに寝転がっていたダズを仰向けに転がし、オレはその上にまたがるように乗っかったのだ。

 

 こんなの、ブチ犯すしかない。

 

 布団の中、呆然とオレを見上げるダズをオレは睨みつけて、そのぴちぴちとしたトップスに手をかけた。そのクソデカい乳を好き放題させてもらう。本能の赴くままに、オレはそれを引っ張り上げ———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、オレは()()()()叩き込まれた。

 

「だぁから、アニキ、起きないでくだせぇ! 寝てくだせぇ!」

「!?!?!?!?」

 

 目の前が枕で視界を奪われる。いや、オレが枕に顔を埋めているのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……何が起きたんだ? 

 

 さっきまでは目の前にダズの顔があって、オレはダズに跨って服を奪い取ろうとしていた。そして次の瞬間には顔面が枕に沈んでいた。どういうことだろうか。

 

「もっ、もごっ……!」

「起き上がる用事があるならオレに言いつけてくだせぇ、アニキィ。もう今日は寝るんです、寝る!」

「〜〜〜〜ッ!」

 

 有無を言わせないと、ダズはオレの頭を枕に押し込んでくるのだ。

 呼吸ができない。

 

「ふぅ……ガキの頃から思っていましたが、アニキは働きすぎでさぁ。……ま、そんな所に惚れて付いてきてますが、やっぱりたまには身体を労って欲しくてですね」

「っ〜〜〜! も"っ、ゔぐっ……〜〜〜ッ!」

「暴れてもダメでさぁ」

 

 オレが必死に手足をバタつかせて、ダズの手をどかそうともがくものの、ダズはどこ吹く風といった様子で平気にしていやがる。こちとら全力で暴れてるのに、それを片手で押さえ込んでくるのだ。なんつう怪力してるんだコイツは。

 

 あ、もう無理かも。

 

「ッ! ……ッ! ………………」

「ふぅ、やっと寝る気になってくださ……ん? もう寝てる? へへ、やっぱりアニキは添い寝するとすぐ眠れるんすねぇ」

 

 そんなダズの声が遠くに聞こえながら、オレの意識はゆっくりと下に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 夜に比べて、朝はかなり冷え込んでいる。

 いつも通りの時間に目が覚めたダズは、ベッドから起き上がる。

 

 ———あぁ、そういえば昨日はアニキと同衾(どうきん)したんだった。

 

 ダズがベッドから起き上がったことで、寒そうに身体を縮こまらせる男。その腕の中でダズは眠っていたのだ。

 普段ならさっさと目覚めるところだが———アニキに寒い思いをさせるのもどうかと思い、ダズは再びベッドの中へと潜り込む。

 

 この身体はそこそこの高体温だから、離れるとすぐに寒くなってしまうだろう。

 

「……ぐぅ……」

 

 ———アニキが目覚めるまでは、このままでいいか。

 

 昨日のアニキの言い分では、今日1日外出はしないらしい。ならば、多少朝食が遅くても問題はないだろう。

 

 ダズは再び男の腕の中に収まって、その身体を温めるために腕を回す。自身も男の胸板に顔を埋めて、おもいっきり呼吸を吸い込んだ。

 暖かくて落ち着く、優しい匂いだ。こうしていると、幼い頃自身に安心感を与えてくれたことを思い出す。

 

「んぅ……」

 

 男は、寒そうに布団をずり上げた。部屋の室温はかなり寒いから仕方がない。

 ダズは暖かくなるようにと自身の身体を大胆に男に絡めて———そこでふと、思い出す。

 

 

 

 ———そういえば、寒い時は裸の方が暖まるのではないだろうか? 

 

「ん、っしょっと……」

 

 ということで、さっそく()()()()

 布面積が少ない割に脱ぎにくいそれらを丁寧に枕元にたたみ、あらためて布団の中に潜り込んだ。

 柔らかい身体を男に密着させることで、たっぷりと暖かくなってもらうのだ。

 

 だが、ふと思う。

 

 ———アニキも服脱いだ方が、もっと暖かいよな? 

 

 自分の身体と男の身体の間にある薄布がなかったら、もっと暖かくなるのではないだろうか。ダズは悪魔的発想に辿り着いてしまう。当の本人がその考えを聞いていたらなんとしてでも止めていただろうが、今のダズを止めるものはこの場にいなかった。というか寝ている。

 

 普段のダズなら「アニキの服に手をかけるなんて畏れ多い」と思うところだが、そんな自制心は魔法の力でどこかに吹き飛んでいた。

 

 というわけで、早速ダズは男のパジャマに手をかける。

 

 上の服のボタンを外して前開きにすると、かつての自分ほどではないが、鍛えられている無駄のない筋肉が出てくる。均衡のとれた身体は、スッキリとしていて贔屓目に見ずともカッコいいのではないだろうか、とダズは惚れ惚れとそれを眺める。

 

 ———こんなの、世の中の女を全て席巻してしまうのではないだろうか? 

 しかし彼は女なんぞにうつつを抜かしている暇はないので、女に言い寄られないために服で隠すというのはとても効率的である。いやしかし彼の魅力は肉体だけでなくて、内面も世の中の人間全てをまとめても勝てっこないんだか……

 

「ん……」

「! っとぉ、すいやせんアニキィ……」

 

 男の寝言を聞いて我に帰ったダズは、慌てて布団をかぶった自分ごと男に覆い被さった。せっかく暖めようとしてたのに、他ごとを考えて寒くしてしまったのはいけない。

 すこし冷えてしまった裸の上半身に、自身の柔らかな身体を押し付ける。先程の布越しよりも暖かくて、そして……心地がいい。

 こんなことなら、寝る前から裸で抱き合っていた方がよかったかもしれないと、ダズは()()に向けて考えを張り巡らせる。

 

 

 

 

 ———よし、次は()だ。

 

 

「失礼しますぜ、っとぉ……?」

 

 ゴム紐のズボンとパンツに手をかけて、起こさないように気をつけながら引き下ろす。きつく締め付けることがない柔らかなパジャマは、こういうときとても便利だ。

 少しだけ下半身を持ち上げて、それをずり下ろさせる。なんだか()()()()()があるが、それも無理やりグッと引っ張り……

 

 

 そして、それを下まで下ろした時———

 

 

 

 

 

 ぶるんっ

 

 

 

 

 

 べちっ

 

 

 

 

 

「……んぇ?」

 

 

 顔に、()()()()()()()()()()がブチ当たる。

 

 

 

 そのあまりにも猛々しく、硬くてガチガチの()()を、最初は理解できなかった。頬に叩きつけられて、その形状を認識して思い出す……かつて自分についていたモノ。

 

 ———あぁ、なるほど。()()()()ことか。

 

 ダズはかつて男だったわけで、つまりそういうこともよく理解している。

 男なら朝起きて当たり前の事であって、自身もそれを何度も何度も体験していた。だから今更()()()()()()()()

 

 だが……

 

 

「……ッ」

 

 女の身体になって、変わったこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すーっ……はぁぁ♡」

 

 一晩中、暖かいところでたっぷりと温まっていた、人の体内でもかなり高温の部位。それが、オス臭くないはずがない。

 

 ———匂いが、すげぇ強い。

 

「すーっ……はぁっ……はぁっ……すーっ……」

 

 もし自身の身体が男だったら、いくらなんでもこんなことするはずが無い。だが、この身体は女だから、この匂いに思わず引き寄せられてしまう。

 心は男なのに、身体の本能の部分が(オス)に魅せられてしまっているのだ。

 

 ———こんなのっ……こんなの、

 

 ダズは魔法のせいで、大胆(本能的)になっているのだ。だから、普段ならしないような獣的な行動も、我慢することを忘れて夢中になってしまう。

 

 男の身体なら、そもそもこんなことしないのに。

 

 女の子の身体に引き摺られている。この女の身体が、男の身体を求めているのかもしれない。

 だって、今まで一緒に生きてきて、この男の匂いに魅了されるようなことはなかったのに。この身体の性別に、自分の意思が全て書き換えられていく。

 

 ———女の子に、なる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の理性が剥がされていくその瞬間、現実に引き戻す声が聞こえてきた。

 

「———だ、ず?」

 

 上から声をかけられて、思わずそちらに意識が戻される。そこには、両目を見開いてこちらを見ッ……

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 オレの目を見たダズは、そうして()()した。

 

 

 

 

 

 

「……っいやぁぁぁぁああッ!?!?」

 

 いや、ビビるだろこんなの!? なにやってんだコイツ!? 

 オレのぼっ……ぼっ……とにかく朝のアレをガン見しているところで今は固まっている。しかもなんか全裸だし。そしてオレも服を脱がされている。

 

 ……え? 

 

 もしかして、昨日の夜にヤっちまったのか? 

 いやそんなはずはない。オレの記憶にはそんなの残っていないのだ。残っていないだけでヤっていたとかだったら流石に泣く。

 

 ベッドを確認して……うん、下手に汚れている感じはしない。血とかもついてないな? よし。

 

 オレは急いでベッドから離れると、脱がされかけていた服を着直した。驚きのあまりにチンコも萎えている。朝なのにパジャマを着直すというのはどういうことだろうか? 

 

 というか、なんで全裸なんだコイツ? 

 

 枕元には、ダズが昨日の夜着ていたエロコスが畳んで置いてあった。脱ぎ散らかしてないということは、多分オレが脱がしたものではないと……そう信じたい。

 

 そっとそのコスプレに触れると、まだ少し生暖かった。ということは、おそらくオレが起きる直前にダズは自ら脱いで畳んで、そして布団の中に潜り込んできたのだと推測できる。

 ……オレのこと、襲う気だったのだろうか? 

 

 いやまさか、ダズに限ってそんなことあるわけ……いやじゃあなんで全裸で布団の中に……やっぱりコイツオレのこと好きなのかな……え、じゃあホモってことか? いやでも男だった時はそんな素振り見せてなかったよな? 

 

 ———落ち着け。いまはそんなことを考えてる時じゃないだろう。

 

 

 

 

 

「石化は……いや、もういっそ解かない方がいいか」

 

 現時刻は、ダズが本を読んだあのタイミングから12時間が経過している。これからもっと症状は深刻になっていくと考えると……恐ろしいな。

 12時間経過の段階で、寝てるオレに全裸で襲いかかってるんだぞ。そんなの、24時間経過した頃には色々食べ尽くされていてもおかしくない。

 

 もしこの後、このデンジャラスビースト(ドスケベ獣)の進行を止めずに放置したらどうなることだろうか。この怪力を前にして、オレが太刀打ちできるはずもない。

 

「……さっさと解除しねぇとマズイよな」

 

 解除、となると1人思い当たる男がいた。

 昨日この本を寄越しやがったあの男である。

 

 アイツを問い詰めて……なんとかダズにかかった魔法を解かせなくてはならないだろう。本に呪いを仕込んでおく技術だとか、常人では出来ないような高火力魔法なんかを使えるらしいあの男なら、なんとかしてくれるかもしれない。というかなんとかしてくれないと無理だ。

 

 ダズに適当に服を着せて、さらに布団で簀巻きにする。これで多少暴れたとしても時間稼ぎは出来るだろう。

 そして……少し心苦しいが、石化したままの状態で放置。

 

 さっさと服を着替えて、必要なものだけを持って家を出る。

 目指すは———ギルドだ。

 

 

 

 

 

 

 



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嵐の前のなんとやら

 

 

「アフロディーテさま、そろそろお休みの時間でございます」

「……あぁ、ありがとうございます」

 

 神殿にはあまりにも似合わないミニスカメイドを着た美少女は、その美しい女神の背後から声をかけた。

 

 果たしてどれだけの長時間、鏡を見つめて能力を行使し続けていたのか。目元を痛そうに抑えながらも、アフロディーテは側付きメイドの用意した食事の席につく。

 

「……これだけ長生きして、こんなに能力を使い続けるなんて初めてな気がします。いくら肉体的疲労と無縁とはいえ、流石に疲れました」

「お疲れ様です、アフロディーテさま」

 

 愛と美の女神———その()()として長く生きてきたアフロディーテにとって、その力を行使すれば肉体的な疲労というものとは無縁であった。

 常に最良の状態である肉体(美しい)だと自分自身を定義しているため、そもそも疲れるということはない……のだが。

 

 それでも、精神的な疲労というものはやってきてしまう。

 脳の負担ですら和らげているアフロディーテであっても、それだけは取り除くことが出来なかった。精神的な苦しみは()()()()()()()()()()無意識のうちに認識してしまっているがために、苦しみを取り除く行為を創り出せないのだ。

 

「弱音を吐いている暇はありませんね。あれもこれも、今もなお頑張ってくれているパリスちゃんに比べたらなんて事ありません。()()()()()()()()()なのですから、頑張れますよ」

「……そう、ですね。その日が待ち遠しいです」

 

 果実水を味わうアフロディーテに、メイドはそういえば、と声をかけた。

 

 普通の使用人なら無礼な行為であるものの、そんなことをアフロディーテは気にしないし、メイドもそのことに関して何の疑問も覚えていない。そもそも、神殿(ここ)で生活する上でそれが良くない行為だとは教えられていないのだ。

 

 発言したければ発言する、それが主人に教えられたことである。

 

「アフロディーテ様。今この時だけでも鏡を使って、ご主人様の様子を見てもよろしいでしょうか?」

「もちろんですよ。むしろ、私もパリスちゃんの勇姿を見て元気をもらいたいですから。鏡の操作をお願いしても?」

「かしこまりました」

 

 ———世界を俯瞰する鏡。

 

 それは誰でも操作ができるものであるために、機械仕掛け(アンドロイド)の少女であっても見たいものを映し出すことができる。

 難しい操作はなく、感覚的に操作するだけで見たいものをそこに出してくれるのだ。

 

 アフロディーテが心の休息のための食事を口に運ぶ中で、機械仕掛けのメイドはパリスがいるだろう所を拡大していく。

 

 ———あまり長い時間、この鏡を使う事はできない。

 アフロディーテの休息が終わり次第、また鏡を使って()()()()()()()()()()()()()()()を醜くしなくてはならないのだから。

 

 本当なら一分一秒を惜しんで、かの愚作の完成を止めなくてはならない。しかしアフロディーテも、いくら神の権能の末端を預かる身だとしても元は人間の体なのだ。どうしても、休息が必要になってしまう。

 

 その、少しの休憩の時だけは彼の姿を目に写したい。

 美しき神の化身たる美女と、その側に侍る少女はそれぞれ男への想いを胸に鏡を凝視する。

 

 そして、鏡に映ったパリスは———

 

 

 

「ご主人様……なんと……!」

「あぁ、そんな、パリスちゃん……!」

 

 

 

 

 可憐な乙女達は、ハッと息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———なぜなら、その翁は。

 

 牢獄でシコっていた所を、看守に豚を見る目で見られて号泣していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 プレーステールの直前。

 ダズはこの日、一人で買い物に出ていた。苦労人保護者(主人公)は本日留守番である。

 

 日もとっぷりと暮れかけた夕方、買い物はほとんど終わった状態であった。ダズがぶら下げている買い物袋には、きっかり1週間分の食材が入っている。

 

 と、いうのも。

 

 プレーステールの前後では毎年1週間ほどは大雨が続くらしい。その間外出しないための準備として、嵐が来る数日前にはこうして街が活気付くのである。

 外に出られなくなる前に、保存できる食材を買い込んだり娯楽を買っておいたりで、街はそこそこの賑わいを見せていた。

 

「ん……? アレは、魔法の旦那じゃねぇか」

 

 帰路の途中、ダズは1人の顔見知りを発見する。

 ちょうど1週間前、ダズにかかった闇魔法を解除した魔法使いだ。

 

 

 

 

 

 

 ———あの後、突然目の前に本を渡してきたあの大男がいて、そして彼の手で魔法が解除された。

 

 石化魔法の効果で時間の経過を認識できなかったダズは、一瞬にして朝から夜になっていて、布団で簀巻きにされていて……と、散々な目に遭ったのである。

 

 ちなみに、解除後冷静になったダズはすぐさまアニキに土下座で謝った。

 親しき中にも礼儀あり。いくら互いに気にしない仲でも、距離感をしっかり保つことが長く共にやっていく中で必要なことなのだ。

 

 そして後日、魔法使いの大男とダズ達は街の郊外まで出向き、違法古書の焚き上げを行った。

 男は何度も「もったいない」だとか「やっぱりお金にならないか」などと言っていたものの、違法性のある本なんてまともに買ってくれるところはないだろう。アレは本ではなく劇物である。

 

 魔法が当たり前のように横行している集落生まれの若者。だからこそ、その違法性をあまり理解していないのかもしれない。

 燃え盛っていく炎を見ながらも、「ここまで運んできたのに……」だとか「お金に……ならないのか……」と言っていた背中が、なんとも哀愁漂っていた。

 

 手元に残ったのは、呪いのかけられていない本だけだ。それらの中でも興味のある本を数冊だけもらい、その他は全部大男に渡した。

 

 アニキ曰く。

「この辺りで本なんて売っても何もならねーが、せめて都市部の真ん中持っていけば、マニア向けの骨董屋で買い取ってもらえるかもしれない」———とのこと。

 

 このご時世、都市部では紙媒体の本なんてまず見かけないが、一部の酔狂なアンティーク好きは実物の本を好んで読んでいるらしい。そういう層なら、かなりの年季の入った古本は高く買い取ってもらえるかもしれないとのこと。

 ダズにはよくわからない趣味であったが、そういう物好きもいるのだろう。

 

 自分たちも、ほぼ元手がないところから働いて旅に出た辛さを覚えている。多少でも金になるだろうというアドバイスを受け取った大男は、生き残った大量の本を大切そうに風呂敷に包み直していた。

 

 

 

 

 と、いうわけで。

 その大男は現在、小銭を片手に店先でうんうんと悩んでいる様子である。

 

「よォ旦那。何してやがるんだ?」

「む……ダズ、殿」

 

 手には小銭、そして視線の先には安い食材が並んでいる。

 

「嵐の間……ご飯を……どうしようかと……」

「あぁ、アンタも買い出しかァ? ちなみに、どんくらいあるんだ?」

「これ……」

 

 と、見せられたのは少なくは無いが多くはない金額であった。

 

「……都市部に行くまでの、お金を差し引くと……これでやりくりを……ううん」

 

 無一文で街にやってきたこの大男は、日々魔獣狩りで金を稼いでいる。ダズ達のような高い機材は使っていないが、魔法を駆使して活躍を見せているそうだ。最近、たまにギルドでこの男の話を聞くほどである。

 

 以前聞いた限りでは、ギルドが提供している安宿(ドヤ)に住んでいるのだそうだ。劣悪な環境だと聞いているが、魔法を使ってそこそこ快適に暮らしているらしい。

 

「1週間、こんだけ金ありゃまぁ生きていけるだろ?」

「……だが、切り詰めれるなら、少しでも……」

「やめとけやめとけ。必要な分確保できてるなら、使うとこは選んだ方がいいだろ」

「……そう、だろうか?」

「ん、アニキの受け売りだから間違いねぇぜ」

 

 そういうと、男は納得したように店内の中に入っていき、購入を迷っていた業務用肉塊を買物カゴに入れた。その肉も比較的安い肉ではあるが、味付け次第ではかなり化ける主婦の味方である。ダズも好んでよく使うものだ。

 

「へぇ、自炊するのか」

「……キッチン、ないから、ちょっと困ってるけど」

「ドヤじゃキッチンはないよなぁ……どうするんだよ?」

「……魔法で」

 

 本当に魔法は便利だと思うが、ここまで使いこなせる人間というのはかなり限られているだろう。

 あまり表に出せない技能ではあるものの、こういう旅をしている身としてはすこしばかり羨ましい。

 

 聞いた話によると、魔法を大きくすることもできれば、精密に小さく動かすこともできるのだそうだ。

 先日見せてくれたファイアーボールは、名前に見合わずプラネタリウムくらいの巨大火炎球であったのに、その火を調節すればトロ火でことこと煮込むことも出来るらしい。便利なものだ。

 

「……でも、修行は、大変だった……」

「へぇー。ま、科学都市に行けば魔法なんて使う機会無くなるぜ。せいぜい今のうちだな」

 

 せっかくだからとダズも口を挟みつつ、男の買い物に付き合っていく。

 

「……ダズ殿の、アニキさんは……元気か?」

「あぁ。アニキは今、プレーステール後の行き先について考えててなァ」

 

 本来ならここからさらに僻地に向かい、魔法について少しでも手がかりがあればと思っていた……が。

 数日前に、その方針は変わっていたのだ。

 

「アニキが、アンタから聞いたってェ言ってたんだが……()()()()()()っていうのは、どういうことなんだ?」

「……あぁ、あれか……」

 

 行先が変わった理由。

 それは、この男のとある発言がきっかけであった。

 

 

 

 

 聞くところによると、ダズが石化して固まっていた時、この男がやってきて……精神魔法の解除前に、アニキの石化魔法を診断したのだ。

 

 ———これは、魔法じゃない。

 

 まったく動かないダズの首に手を当てて、目を確認して……額に手を当てたり、さまざまな行為を一通り行った男は、アニキにそう言ったらしい。

 

 では果たしてコレがなんなのか、と聞いても「わからない」とのこと。

 ただ、()()()()()()ことだけは確かならしい。

 

 

 

「あと、オレがこの身体になっちまったってのも、魔法じゃないらしいじゃねェか」

「ん……そう、だろう」

「はぁ……オレァ難しい事はわかんねぇんだがよ、どうして魔法じゃねぇんだ? こんなの、魔法じゃないと言い訳つかねぇだろうが」

「……だが、違う」

 

 男は、苦味と酸っぱさのハーモニー奏でるゲロ風味グミをカゴの中に入れながらも、神妙な顔でダズを見下ろした。

 

「……オレは、幼い頃から……魔法、いっぱい勉強した……」

「あぁ。オレが会った中でおそらくアンタが1番すげぇ魔法使いだろうな」

 

 今まで会ったことのある魔法使いというのは、科学と魔法を巧みに使いこなした裏稼業の人間が多かった。

 このご時世、魔法なんてものを使っていたら当たり前のようにしょっ引かれてしまう。だからこそ、魔法の練度がずば抜けて高い魔法使いというのはなかなか出会えないのだ。

 

 しかし、そんな当たり前の常識が通用しない僻地で生まれ育ち、幼い頃から魔法のみを学んでいたとしたら……それは、この現代において最も魔法に詳しい魔法使いと言えるだろう。

 いくら若いと言っても、かけてきた年月や魔法に対する環境が違うのだ。

 

「……うまくは言えないが……なにか、当たり前をねじ曲げられている気がした……」

「はぁ?」

「わからないが……なんか……違うんだ……」

 

 あまりにも要領を得ない物言いに、ダズは首を傾げるものの……気を取り直して、ゲロ風味グミをカゴからそっと取り除いた。随分昔に興味本位で買った事があったが、これは本当にやめたほうがいい。

 

「……例えるなら、姉だと思っていた人が母親だったみたいな……」

「わかんねぇよ」

「……外に咲く金木犀の匂いだと思ったら、近くの便所の匂いだったみたいな……」

「わかんねぇよ」

「……本だと思って買ったら、メモ帳だったみたいな……」

「わかんねぇよ」

「……道路にネコチャンがいると思ったら、落ちている手袋だったみたいな……」

「だぁああー! わかんねぇよ! なんなんだよ!」

 

 あまりにも抽象的すぎるその例え。

 あるあると言いたくなりかけるが、ねーよとしか言えない。わかりにくすぎる例えである。

 

「魔法ではない……という例えとしてはそんな感じだが……その現象に対してのコメントとすると、なんだろう、もっと深淵が深くて暗くて底が見えないような、そんな感覚を覚えた……」

「はぁ」

「……潰すという行為を行おうとした際に、上から物を落として物理的に潰そうというのが魔法なら……重力をものすごく強くして潰そうとする、そういう()()()()()()()()()なにか不思議な作用を感じた……というべきか」

「う〜〜〜〜〜……ん、いやわかんねぇよ」

 

 だが、誰かの仕業だという事はわかっているのだろう? と、男は先程のグミを再びカゴに入れながらも問いかける。ダズはもう諦めた。この男はゲロ風味グミを買って後悔するべきである。

 

「……ダズ殿にかかっている、その性転換の呪いのようなものと……アニキ殿の石化の呪いのようなものは……ちょっと、似てる気はする」

「似てるのか?!」

「……全く、別物だけど……男物の香水と女物の香水、匂いの雰囲気が全く別物だけど、根本は香水という部分が同じとか……そういう意味で……」

 

 アニキの石化魔法と似たようなモノ。

 1番近くにいるからこそ、その理不尽さやどうしようもならないことを知っている。それを解明するために、この数年を費やしているのだ。

 

 よく言えば、自身の身体の問題とアニキの魔法は近しいものがあるため、どちらかを追っていればもう片方の真実にも近付くかもしれないという事。

 

 悪くいえば、数年かけても何の手がかりも得られないような魔法なのに、それがもうひとつ別の方法で振ってかかってきてしまった事。

 

 

 

 

 

 ———というか、なんでこの田舎男は香水に詳しいんだろうか? 

 

 

 

 

 

 



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健康的ふたりみだらステイホーム

 

 

 

 ダズが、オレに、しがみついている。

 

「ひっ……ひっ……」

 

 柔らかくてムチムチとした巨乳が、身体に密着している。薄布越しだからこそ、突起の硬さもよくわかる。なんで下着つけてないんだ畜生。

 

 暗くした部屋、安く売り出されていた小さいモニターと外付けDVDに、レンタルビデオを入れている。科学都市ではほぼ見かけないような古臭いセットではあるものの、長いプレーステール(大嵐)を乗り越えるにはちょうどいいだろう。

 

 窓の外は雨がごうごうと降り注いでいて、家全体が軋んでいるような風の音も聞こえてくる。まだ昼間だというのに、外は重たい雲のせいで暗くなっていた。

 

 今見ているのはホラー映画だ。

 オレはわりとホラーというジャンルに対して平気なのだが、ダズはそうでもないらしくかなり怖がっている。昔から怖がっているくせに、見たがるのはなぜだろうか? このDVDを選んだのはダズである。

 

「……ダズ、くっつきすぎだ」

「や、あ、すいやせんアニキィ……」

 

 プルプルと震えながらも、少しだけオレから距離を取る。

 

 デカブツだった頃もたしかにこんな反応はしていたものの、小柄な女がやっているとまるで小動物のようだ。

 

「見るのやめるか?」

「い、いえ……この程度いい加減克服しねぇと、もしアニキにオバケが襲いかかるような事があったときに……」

「いや、ねぇから」

 

 ———オバケなんているわけないだろう。

 

 なんて思っていると、唐突に画面が切り替わる。

 海の底から現れたのは、8つの足に吸盤を備えて、透明感がありどこか深い赤色の皮を全身に纏い、黄色のまなこをギョロつかせる、見るも悍ましいこの世のものとは思えない生き物である。それが8本足それぞれに長細いピックをもって人をクルンクルンと回していくのだ。

 

 確かにおどろおどろしいが、それが怖いかと言われると……

 

「ひいィィィイイっ!?」

「……怖いか?」

「こ、こわっ……怖く、ねぇですッ!」

 

 必死に恐怖を耐えようとするダズだが、オレは性欲を耐えるのに必死だ。くっついて離れてを繰り返されるせいで、映画に意識が一切向かないのである。

 

 いっそ石化させて好きなだけ揉んでやろうか……いやいやいや、落ち着け。落ち着けオレの股間。無防備な乳だからといって好き放題していいという免罪符ではない。

 

 いい加減、オレも大人になるべきだろう。

 乳が当たった程度でいちいちそんなこと考えてるなんて中学生じゃあるまいし、オレもいい歳したオッサンに片足突っ込ん———

 

「ぴぎゃああっ!?」

「もぷっ」

 

 

 

 ———オレの顔面半分が、乳に埋もれる。

 

 

 

 

 

 あっ無理だこれ。チンコが完全に反応した。

 

 しかしそれも仕方がないのだ。

 だってオレの頬に、ぷるんと硬くて柔らかい頂点が当たっている。このうっすい布越しに、あのプリプリの桃色が存在しているのだ。

 ただでさえこの柔らかくてクソでかい乳肉が押し当てられてるというのに、そこに乳首も強調されているのである。無理だろこんなのふざけるな。

 

 全力でヤルキマンマンになってくれた股間と、オレの身体にぴっとりと密着しながらも画面を注視しているダズ。

 

 ……なんでオレはホラー映画を見ながら勃起してるんだ。

 

「…………あの、ダズ?」

「ひっ! あ……アニキィ……しゅいましぇん……」

 

 謝りながらも、ずるずるとオレの身体に抱きつくことはやめない。オレの身体に身を預けるように上半身をくっつけて、ブルブルと震えている。

 

 映画は最後のフィナーレを迎えていた。

 その恐ろしい架空の海洋生物は人々をそれぞれ鉄板の中に入れて、そこに溶液を入れていく。たっぷりの透明な液体にねぶり殺されながら、その溶液に包まれるせいでどんなに苦しくても死ねないのだ。海洋生物はピックを使用しくるくると人々を回して、そして透明な液体をどんどん入れて人々に苦しみを与えていく。溶液よりも透明な液体の方が強くなった頃合いで人々は死に絶えて……

 

 

 

 ———これ、そんなに怖いか? 

 

「ひっ……ひっ……そんな……っ」

 

 しかしダズはしっかりとオレの懐の中で縮こまっていた。胸元に頭を預けて、視線はしっかりとテレビに向けつつも腕がオレの身体に巻き付いている。

 

 そういえば、コイツがまだ子供の頃もこんな反応をしていた気がする。あの頃はとてもちみっこいガキだったから、そんなもんかと思っていたが……

 

 大人になってからはこんなものをゆっくり見る余裕もなかったし、つまり、コイツは成長してないということだろうか。

 男だった時に見てたらどうなってたんだ……? いや、深く考えない方がいいかもしれない。

 

「あー、ダズ? 怖くねぇよ、こんなの。所詮作り物だろ?」

「……お、おれぁ……まだ、あにきみてぇなおとこには、なれませんぜっ……」

 

 そりゃお前いま女だもんな。

 

「落ち着けよ。な?」

「あにきぃ……」

 

 オレはダズの肩を抱えるように抱き寄せた。

 少しだけ震えが止まるあたり、それだけオレのことを信用してくれているのだろう……多分。

 

「あんなのがいるわけないだろ? それに、いるとしたってお前の怪力があれば勝てるだろ」

「で、でも……」

「仮にお前の怪力が効かなくったって、オレの目があれば石化するだろ? あんだけしっかり目が付いてるんだから問題ないだろうが」

 

 と、オレはそんなふうにダズを説き伏せながらも抱き寄せたダズの肩を撫でる。なんだか、こうしているとカップルのような気がして……いや、いやいや落ち着けオレ。違うだろう。これは違う。

 

 とても小さくてすっぽりと腕の中におさまってしまうダズは、こうして抱きしめていると普通の女の子だと勘違いしてしまいそうになるが……いや、オレのこの行動は男のダズ相手でもやるのだ。うん。別に普通の行為である……はずだ。

 

 オレのキョドリをよそに、物語はバッドエンドで終わってエンドロールが流れていた。

 

「えぇ……アニキがあんなのに負けるワケがねぇ」

「おう」

「アニキならあのタコスケだって倒しちまえやすよね!」

「おう」

「じゃあ、その……やっぱり怖いんで今日同衾させてくれませんかね?」

「おう。………………ん?」

 

 

 

 

 

 

 ん? 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

「……ダズ、どうしても一人で寝てくれねぇのか?」

「……っ!」

 

 しっかりとパジャマを着込んでいるダズは、自分の枕を持って……どころか自分のベッドを抱えてオレの部屋にやってきた。

 以前と違ってエロコスプレしていない点は評価できるものの、それでも一緒に寝るというのは、やっぱり間違っているだろう。

 

 しかし外の風が強く吹いて、外の窓が大きな音を立てるたびにびくりとそちらを気にするダズ。明らかに、先ほど見た映画が悪影響を出している。

 

「ひ、ひとり……でっ……あ、あにきがっ……そう、いうならっおれはっ……」

「泣くなよ」

「にゃいてっ……ないでさぁっ……」

 

 じゃあなんでホラー映画なんて選んだんだよお前。

 

「あ、あんなに、怖いなんてっ思ってなくてっ……」

「一人で眠れるって思ってたってことか?」

「はいっ……」

 

 コイツがオレの部屋に来て一緒に眠るとなったら、そりゃコイツはぐっすりと気持ちよく眠れるだろう。コイツだけは。

 

 ……オレの安眠は失われることになるだろうが。

 

 

 

 

 ———しかし、ダズは申し訳なさそうにしながらもどうにも引きそうにない。まぁ、こんなにも怯えているのに一人で寝かせるというのも……大の大人に言うことではないが、かわいそうである。

 

 こんなことばかりしているから、いつまで経ってもダズはオレから離れないのかもしれない。いい加減親離れならぬ、兄離れさせなくてはならないのかもしれないが……

 

「……………………明日はダメだぞ」

「はいっ、すいやせんアニキィ!」

 

 尻尾が生えていたら、千切れるほど振っていただろう。ダズはとても嬉しそうに、抱えていたベッドをオレの部屋にドスンと置いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあっという間に深夜。

 

 案の定ダズはぐっすりと眠っていて、そんなダズに腕枕をしているオレはムラついて眠れなかった。わかりきった話である。

 

 無防備なダズはオレの腕の中で、すやすやと静かな寝息を立てていた。すこしだけ開いた胸元から、そのたわわな胸の谷間がチラリと見えている。

 

 ———何度みても、やっぱりこの乳には慣れない。

 

 ダメだと思っているからこそ引き寄せられてしまうのか、それが男のサガだから仕方ないのか……とにかくオレはその魅惑的な空間に、目が吸い寄せられてしまう。

 

 特に、今はどんなに見てもダズは眠っているのだ。……堂々と見たって、バレない。普段は視線を意図的に避けているところだが、今だけは無遠慮にそれをジロジロと見つめてしまう。

 

 しかし見てるだけならと、どんどんと()()()()()()が膨れ上がっていく。

 

 

 

 

 ———いや、いやいや……ダメだろ。

 

 そっと腕を引き抜いて、眠るダズの胸元に手を伸ばす。ゆっくりとボタンを外して、下着を身につけていない無防備な乳を空気にさらす。

 

 眠っているダズを相手にしているという罪悪感が襲いかかってくるが、そもそもこんなに無防備でいるのが悪いのだ。

 

 止めなくては、止めなくては、やめなくてはいけない……

 

 

 

 

 ———だけど。

 

「……ッ」

 

 ボタンをすっかり開ききって、仰向けに寝ているダズのたわやかでふかふかの柔乳が重力に沿ってふんわりと広がっている。

 ハリのある柔らかなおっぱいが、そこにあらわれた。

 

 

 ———別に、この前ダズも何故かオレの朝勃ちに顔寄せてたし、このくらい仕返しの範疇なのだから構わないだろう。

 

 ———無防備に寝てるんだから、このくらい仕方がないだろ。

 

 ———万が一今起きたとしても、オレを認識する前に()()()()()()()()()はずだ。石化してしまえば、寝ぼけた夢だったと言い訳が効く。

 

 

 

 コイツを男として見るんじゃなかったのか? と自問自答するものの、そんなことより目の前のおっぱいにオレはすっかり負けていた。

 だってこんなに美味しそうな柔らかい乳が目の前にあって、コイツが本当は男だなんて、あり得ないだろ。

 

 すやすやと眠るダズの顔を見る。そっと前髪に手を伸ばして、伸びきったそれを横に流すとあどけなくて幼い少女の顔がそこにあった。

 顔立ちは可愛らしくて幼くて、オレのことをこんなに信頼しきってくれている。

 

 

 信頼を裏切っている背徳感が、背中をぞわぞわと駆け巡っていく。

 少しだけ、本当に少しだけだから……

 

「あ"〜……ごめん、な……?」

 

 

 

 

 オレは、その柔らかくてふくよかな胸に顔を寄せる。そして———

 

 

 

 

「(うっ……めぇ)」

 

 味なんてしないはずなのに、何故か味蕾が悦んでいる。舌先に味わう感触が、あまりにも股間に興奮を伝えていく。口を窄めて、それを吸い上げる。

 

 夢中になってむしゃぶりついていると、口の奥から唾液が溢れてくる。脳味噌が馬鹿になったのか、この異常な行為に興奮しているからなのか、飲んでも飲んでも止まることがなかった。

 口を離すと、廊下からほんの少しだけ差し込んでくる光が唾液を反射している。

 

 先程まではふんわりと柔らかかった先っちょは、舐められた方だけはしっかりと硬度をもっている。悪戯にほんの少しだけ歯を立てて、その感触を口でたっぷりと堪能するのだ。

 

 顔をあげると、()()()()が寂しそうにしているのが目に入る。寂しいというならかわいがらなくてはと、再度そちらに顔を寄せ舌をべろりとそわせる。先ほど咥えていた方よりも硬さが無くて、しかし下品な音を立てながらしゃぶっていればそちらもしっかりとした芯を持ち出すのが……なんともかわいらしい。

 

 すっかり夢中になったオレは、交互の乳を好きなように弄ぶ。手で揉みしだきながら歯を立てたり、吸い付いたり……ダメだとわかっていても、ダメだと思うからこそ止められなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———と、その時である。

 

「んっ……あっ……」

 

 寝言というにはあまりにも色気が強すぎる声が微かに聞こえてきて、オレは取り繕うように急いで顔を上げた。

 ダズの顔を覗き込み、眠っているかどうかをじっと息を潜めて確認する。

 

 先程まで抑え切れないほどの熱に浮かされていたというのに、さぁっとその熱は逃げていったかのように体は冷たく、緊張から心臓の音だけがドクドクと聞こえてくる。

 

 部屋には、叩きつけるような外の風と雨音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ———寝てる、よな? 

 

「……ダズ?」

「すぅ……」

「寝てるのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ここでやめればいいものを。

 

 

 

 

 

 ———もう少しだけなら、少しだけだから。

 

 

 

 

「……ダズも、この前やってたんだからっ……()()、よなぁ?」

 

 きっと、今のオレはとても悪い顔をしているのだろう。

 

 そうっと、むき出しになっている柔らかい腹に手を乗せる。すべすべでつるつる、そして手に吸い付くようなむっちりさを持っているそこから、ゆっくりと()に手を下ろしていくのだ。

 

 だって先にやったのはダズだろう。

 これはただの仕返しだ。

 オレは何も悪くない。

 

 ダズの顔をじっと見ながら、手はいよいよズボンの中に入っていく。ゆるいゴムは手の侵入を簡単に許して、下着のすこしだけ硬い感触が指先をくすぐってくる。最近はちゃんと女物の下着を履くようになったのだ。肝心のブラジャーはつけないというのに……いや、それはもういい。

 

 大切なところを、布越しに指で触る。

 

「っ……」

「ダズ……?」

 

 少しだけピクリと反応を返したダズが愛おしくて、しごくように布越しに触っていく。眠っているというのに、感じているのだろうか? ほんの少しだけ下着が湿っている気がして、それがまた興奮を駆り立ててくるのだ。

 

 もっとそこを触りたいという気持ちと、はやく先に進みたいという気持ちがぶつかりあって……頭がすっかり沸いてしまったオレは、早々に下着を少しずらし中に指を這わせた。

 

 入り口も入り口だというのに、ぬるりとした粘液が、たっぷりとそこに存在している。

 

 ———感じてたんだよな? そうに違いない。

 

 ぬるぬるの入り口付近だけを、指をゆっくりとかき回すように一本だけ、第一関節くらいまで入れていく。ゆっくりと挿れて、そして抜くと———確かに、静かに動かしているのにくちゅりと淫靡な音が耳に届いた。

 

 自分の下半身が興奮しすぎてあまりにも痛くて、慰めるように手を伸ばす。

 

「んっ……ぅ……」

「ダズ……すげぇ……熱いな……」

 

 そこだけ、温度が馬鹿みたいに高い。

 左右に蓋をされているところを開いて、指先だけでその形をなぞっていく。特に敏感な先端部分に指の腹を置いて優しくこすると、少し刺激的だったらしくて小さな声が漏れ出ていた。

 

()()をするのは、二度目だ。

 

 以前は風呂場でたまたま石化してしまったダズに思わず手が出てしまって……あの後、もう二度とやらないと強く誓ったのにこのていたらく。

 もうやめなくてはと理性では叫ぶものの、どうせ2回目なんだからイイだろうと開き直る自分がいる。

 

 

 ———指、一本だけだ。そこまでだから……

 

 オレはダズの中にゆっくりと指を沈めていく。ずぷずぷと、狭いのに抵抗なく奥の方まで入っていって……

 

 

 

 

 

 

 

 ———あれ? 

 

 なんか、前よりも……すこし柔らかい? 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 時は少し巻き戻る。

 

 

 

 スケベな教典(魔法のかかっていた本)を読んだその数日後。

 夜寝る前のダズは一人布団の中で、そういえばとその内容を思い出していた。

 

 ———それは、セックスについて、である。

 本にはしっかりと、性行為について描かれていた。

 

 男だった時は淡白だったダズだが、そのひとつの要因に……おそらく、女嫌いというものがあったのだろう。

 ダズ自身無意識ではあったが、幼い頃母親から虐待を受けていた経験から、どうにも女というものに苦手意識を抱いていたのだ。

 

 だからダズは、そこまで女の身体に興味はなかった。

 定期的に抜くものだと理解してからはそのようにしていたものの、『オカズ』という概念がなかったので随分と淡白ではあった。義務感でやっていたと言ってもいい。

 性行為のまともなやり方すら興味がなく、それを知るのはいつかそんな機会があったらだと思っていた。

 

 自慰にも女にも興味はなかったのだ……が。

 

 

 

 

 

 しかし、女の身体に変わってからはどうだろうか? 

 

 

 

 

 

「(ここに……? 挿れ、るんだよな?)」

 

 性行為指南書に描かれていた内容では、自身の()()に勃起を挿入すると書いてあって……こんなに狭いのにあの肉竿が入るのかと、恐る恐る触ってみる。

 

 思い出すのは、先日見たアニキの()()である。

 ……普通は自分の慣れたものを思い出すだろうが、その違和感にダズは気が付いておらず、指摘する人もいなかった。

 

 男だった時の延長として、少しだけだと思い手を伸ばしたダズは、今までとは少しだけ違う快感が走るのに驚く。

 こんなに、男と女は違うモノなのか? 

 

「(なんだ……これっ……)」

 

 自身の竿をシゴくのとは違う、深いところから脳みそにバチバチと刺激が走る感覚。脳裏には何故か、あの男の顔ばかりがよぎる。

 

 彼の事を考えるとさらにぬるぬるが増えていき、狭くて痛そうなところなのに、思わず指が沈んでいく。ギチギチで痛くて、なのに気持ちよくて……目の前に彼が、彼の姿を思わず幻視してしまう。

 

 丸く爪が整えられた中指は、もう根本の方まで入っていた。そして。

 

「(アニキ、あにきあにきっ……なんでっ、どうしておれっ……)」

 

 

 

 ———オレは男なのに

 

 ———なんでアニキのことばっかり考えるんだ? 

 

 彼の事を考えてしまい、指が勝手に深いところを目指していく。自分の脳裏に、彼の顔と先日脱がしたあの身体が思い出されてしまう。

 

 

 

 おかしいおかしいおかしい。だってそんな、今までそんなことなかったのに。オレは男でアニキも男で、なんで。おかしい、こんなの間違ってる……! 

 

 男だった時、アニキにこんな感情抱いたことはなかったのに。なんで、どうして? 

 

「はっ……あっ……んぅ……!」

 

 挿れた中指を擦るように折ると、それまで以上の強い刺激が身体を走り抜けていく。

 

 自分が一体何をしているのかがわからない。

 こんなことは間違っているんだ。男に戻った時に、自分はどうするというのか。

 

 だけど———

 

 

 

 もしも一生自分が女の子にならざるを得なくて。

 

 もしもアニキが、()()()()()が……ありえないことだが、自分を選ぶことがあったら? 

 

 もとから選択肢になかった、ありえないと無意識に断じていた、見えていなかった未来が浮かび上がる。

 だって、そんな、夢を見るだけ辛い思いをしてしまう。それくらいならいっそ知らない方が幸せだろうに。

 

 彼に抱かれる自分を想像して、指を抜き差しする。本には、ココに挿入して打ち付けると書いてあった。こんなに細い指ではあの怒張にとても間に合っていないが、先日見た勃起を思い出して、ゆっくりゆっくりと……深く差し込んだ指を引き抜いて、それからまたもう一度深くまでゆっくり挿れていく。

 

 こんなこと、いけないのに。

 身体が、自身の身体が、彼を思い出して悦んでいる。彼に女にされたくて、たまらない。

 

 

 ———勘違い、しそうになる。

 

 アニキのことが、好きだなんて……あってはならないことなのに。

 女の子になって、アニキの『生涯の伴侶(お嫁さん)』としての可能性があると()()()しそうになる。

 

 

 

 

 

 

 男だった時は、()()()()()()だと諦めていた。

 彼が綺麗な女に目を惹かれているのは知っていたし、いつか彼に見合うようなとても綺麗な女を横に侍らせて結婚するのだろうと思っていた。

 美しい女を横に携えた彼は、きっと誰もが納得するだろう。ダズは本当に、心の底からそれを望んでいた。

 

 自分の大好きな彼が、誰もが納得する女と結婚する、その幸せを。

 自分の1番大切な人が、誰もが祝福するような幸福と安寧を手に入れる事を。

 

 彼が本当に幸せになるというなら、ダズはいくらでもその努力が出来る。彼のことが大好きだから。心の底から尊敬していて、自分を唯一必要としてくれた男だったから。その背中に惚れてしまった。かっこよかった。

 

 だから、ダズは彼の幸せを1番に考える。

 自分の感情なんて、最初から見ることはなかった。

 

 それに仮に彼が誰と結婚しようが、ダズの1番が彼であることに変わりはない。

 だから、()()1()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()と、そう思っていた。

 いつか自分の知らない女を彼が連れてきてもいいように。その時に心の底から祝福できるように……そうやって諦めていたのに。

 

 

 

 

 

 

 ———なのに、なのになのに。

 

 今の自分は一体、なんなのだ。

 

 

「んっ……あにきぃ……あ、あ、あっ……」

 

 なんで()()()()()()()なんて、ありえない夢を見てしまう? 

 

「ひぃっ、あ、あぁっ……とまらなっ……や、ぁ」

 

 いつの間にか、動かす指は激しくなっていた。下半身からはぐちょぐちょと激しい音が鳴っていて、自分の浅ましさが嫌になる。狭くて痛いのに、彼の事を考えると指が止まらない。脳味噌が蕩けさせられるような快楽に負けて、熱くて柔らかくてキツくてぬるぬるのそこを自分自身で慰めてしまうのだ。

 瞑った瞼の裏には、彼の姿があった。眼帯をした男が、こちらを見下ろす。自分を押し倒している。

 

 ……愛されたいと思うのは、女になったから。

 身体に引きずられて、彼に対する感情がどんどんおかしくなっている。

 

 だが……たとえ性別が変わろうが、その程度で()()()()()()()()()()()()だろう。

 とんだ勘違いも甚だしい。その考えは今すぐ訂正しなくてはならない。

 

 ———ありえないことを考えるな。

 

 ———アニキがダズ(自分)を好きになるなんてありえない。

 

 

 

 

 だって自分は、男なのだから。

 そして、指はついに弱点(ボルチオ)を擦り、ダズの身体は大きくのけぞる。

 

 

 

 

「あぁぁぁっ……! いっ……あっ……はぁっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ———イった、のか? 

 

 指一本で果てた先には何もなかった。

 そして、気持ちよさと虚しさが襲いかかってくる。

 いつのまにか汗だくになっていた自分の身体と汚れた右手が、やけに気持ち悪い。

 

 ———オレは今、何をしていた? 

 

「あ、ぁ、ぁ……いやだ……」

 

 なんで女になったからといって、自分が選ばれるなんて思ってしまったんだろうか。そんなこと、ありえないのに。

 

 ———自分は男で。

 

 ———生まれもよくないし、頭も悪い。

 

 ———唯一の取り柄といったらこの怪力くらいだろうか。

 

 女になったとはいえ、メディアで取り上げられるような美人とはかけ離れた見た目をしている。

 身長が高くて全身がほっそりとしていて、すらりとした美人こそがアニキの横に立つのにふさわしいと思っていたが……今の自分は身長も低ければ、なんだかムチムチしている。たしかに乳は大きいだろうが、雑誌やテレビでよく露出するような美人とはかけ離れているのではないだろうか? 

 

 ダズ自身が女に興味がなかったので、今の自分の見た目を客観的に測ることができないものの……世間一般でいう美人の特徴からは、ことごとく離れている気がする。

 

 ———選ばれるはずがない。

 

 

 

 

 

「なんで……オレァ……違うんです、あにきぃ……」

 

 こんなこと、男だった時には自覚も何もなかったのに。もしかしたらと考えが生まれた時点で、引き返すことはできなくなってしまった。

 

 ———男に……戻りたくない。

 

 男に戻った時に、こんな感情を持ち合わせている自分が怖かった。

 こんな思いを知らなければよかったのだ。

 

 一生見て見ぬ振りをして、彼の幸せを後押しする、良き友人でありたかったのに。

 今の自分では、男に戻った時にきっと絶望してしまうだろう。

 

()()()()()()なんて都合のいい夢を見られる女で、あり続けてしまいたい。

 

 

 

 

 

 ———でも、自分以外の女を選ぶアニキを見るくらいなら、男に戻って諦めがつくようにしたい。

 

 もしも女としてずっとこのままで。

 そしてアニキが自分以外の女を選んだら、自分はどうなってしまうのだろうか。

 

()()()()()()自分を選んでくれるかもしれないなんて、ありえないのに淡い期待だけしておいて、いざアニキが知らない女を連れてきたら。

 自分はアニキを、心の底から祝福出来るのだろうか? 

 

 アニキが自分を選ばない理由に納得は出来ても、夢を見てしまった自分にうちひしがれてしまうだろう。

 そうなる未来が容易に想像ついて、いっそ、夢から早く醒めたいがために男に戻りたい。

 

 

 

 

 

 ぐっちゃぐちゃの感情は、いままで認識しないようにしていた分だけ大きくて。静かに溢れた涙は、ダズの顔を伝って枕に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———だが。

 

 

 この身体は『気持ちよさ』を覚えてしまったわけで。

 好きな男を考えながらだと、そしてその感情がどこにも行き場がないのだと理解しているからこそ……身体が慰めを求めてしまう。

 

 ダメだとわかっていても、その次の日も同じことを繰り返して……

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 ところ変わって、ここは街外れの冷たく吹き荒ぶ荒れ果てた刑務所。その、独房。

 

 ———大雨、そして風。

 

 それらを見上げたパリス(ジジイ)は、宿題を忘れた子供のように「やばいなぁ」とぼやいた。

 

「ディーテ、()()()()()()んじゃが」

 

 やばいやばい、とそんなに焦ってないようにパリスは空を見上げている。

 

 本当なら今すぐTSエロ娘といけすかないクソ男(あの2人)を引っ掴んでディーテの元に()()()()()()ならないのだが……いかんせん、完全に出れない状態にされているのだ。

 四方八方全てが()()()で固められているので、これだと脱走できないのである。

 

 と、いうのも。

 

 パリスには、かつて黄金の林檎を探しに旅に出ていた時にその当時の仲間から渡された神託があった。

 ———『器物損害した際には、キンタマがフェルトぬいぐるみ』になるものである。あれは大変恐ろしいものだ。

 

 わざわざ罰を受けてまで脱獄する気にもなれず、そのために壁を壊せるほどのちからを持っていても建物は壊せない。だから脱走もできない。

 これまで好き勝手し続けてきたしっぺ返しが来たようなものだが……対してパリスはそんなに困っていなかった。

 

 というよりも、無気力になっていた。

 

 

「あー……いやだなぁ……いやいいけど……でもなぁ……」

 

 

 久々の自由だった。

 好き放題して楽しかった。

 たまに目の前に女がやってくるのは不快でたまらなかったが、やっぱり下界は刺激的で面白いのだ。

 

 数千年をアフロディーテの腕の中で飼い殺しにされていたようなものだったから、この数週間の自由があまりにも楽しくて、牢獄ですら刺激に満ち溢れたものに感じられる。

 そしてここでの生活をもう終わらせなくてはならないという悲しさが、パリスに少しの寂しさを教えてくるのだ。

 

 それは、日曜日のサザエさんのような哀愁。

 楽しい時間は過ぎ去ってしまうあの虚しさが、パリスの胸に広がっていた。

 

 毎日をアフロディーテの愛でドロドロに溶かされるのも楽しいが、でも、それはそれとしてここでの生活も悪くなかった。

 例えば、そう———友達ができたこととか。

 

 

 

 

「へい、ジジイ。なんの話だ?」

 

 独房の、隣の隣に閉じ込められている極悪人。

 名をオーレン・D・ジュースという男が、パリスに話しかけてきた。

 

 かつて科学都市にて、電子ドラッグを売り捌いて巨万の富を得ていた麻薬王。その男は今、この辺境の土地で———()()3()()という短すぎる罰を受けていた。

 

 かつて都市での大問題に発展していた電子ドラッグの元締め。彼はいよいよ足がつきそうになり、この辺境の土地までやってきたのである。

 そして()()()()()()()()を、たったの3年という刑期で支払おうと賄賂に賄賂を重ねて、自らこの刑務所に入っていた。

 

 彼の独房は、1人だけ特別にかなりの好待遇を許されている。さまざまな娯楽があり、部屋も広かった。

 

 ———そして、そんなオレン・D・ジュースに気に入られたのがパリスである。

 

 

 

 そのぶっ飛んだ思考回路と、散歩感覚での脱獄。ひょろひょろの体では想像つかないほどの怪力が気に入られて、パリスは麻薬王の話し相手としてこの独房に閉じ込められていた。

 

 なによりも麻薬王が気に入ったのは、まるで夢物語には聞こえない、神々の物語。

 1人の男が失意の中で神に手を差し伸べられ、希望を持ち、そして絶望に堕ちていく悲しみの物語。

 かつて吟遊詩人として金を稼いだこともあると豪語するパリスはそれを物語って、見事に麻薬王に気に入られていた。

 

「うぅ……オレンジちゃんや、ワシな、ディーテのとこに行かなきゃいけなくて……」

「そうかいブラザー……寂しくなるな……まぁ、あんたなら無事に生きていけるぜ」

「それはそれとして、ここから出なきゃいけないんじゃけど」

 

 どうしようなぁ、とパリスはぼやく。

 その言葉はあまり困っていないようにも聞こえるが、オレン・D・ジュースはその言葉にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「出してやれるぜ?」

「え〜? まじぃ?」

「まぁ、でもちょっと手伝って欲しいこともあるわけで、なぁ?」

 

 犯罪の片棒を担ぐ事になる。そう言いたげな様子はありありと伝わってくるが、パリスは全く気にせずに色の良い返事を返した。

 

 彼にとって、人の善悪はわりと関係がない。

 いや、どうでも良くなったというべきか。

 

「持つべきものはやっぱ友では〜? ワシ、嬉しみ〜!」

「よーし、じゃあ準備しておくから、ジジイもいく準備しとけよ〜?」

 

 多少の時間オーバーくらいならディーテもきっと許してくれるじゃろー、なんて笑いながら、パリスはふうと安堵の息を吐いていた。

 

 

 

 



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アフロディーテはパリスがお好き

 

 

 

 

 パリスはいつ来るのか。

 アフロディーテは、怒髪天であった。

 

 

 

 

 

 

「あの……アフロディーテさま」

「なんですか、ホメロス?」

「……っ」

 

 美少女メイドロボットにピシャリと強めの言葉を吐き出してしまう。それに申し訳なさを少し覚えつつも、アフロディーテはそれどころではなかった。

 

 下界を見る鏡には、2人の男女が映っている。

 

 大荷物をまとめて巨大な輸送車に乗り込んでいる彼らに、その美神は煮えたぎるような怒りを込める。朗らかな笑顔がなんとも憎々しかった。

 

「パリスちゃんは、頑張ってくれています」

「……はい、ご主人様は……」

「わかってますよ。わかってます、わかってるけど……」

 

 どうしてこうも思い通りにならないのか。

 ままならないことに、アフロディーテは悲しみと怒りの篭った感情のままに言葉を口にする。

 

「愚かな……本当に、愚かな。この危機を理解しないなんて。自分の意義を理解しないなんて……」

 

 わざわざこの時代に必要と神に定められたというのに、それを無視するその信仰心の無さに呆れかえる。

 我らが主神を冒涜せんとする、その危機意識のなさに腹が立つ。

 

 何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その図太さに怒りが込み上げる。

 

 パリスの事だ、きっと彼らの説得に多大な努力をしてくれているのだろう。

 かつて英雄と呼ばれて讃えられたプライドを簡単に捨てて、彼らに協力を頼み込んでいるに違いない。それを考えるとアフロディーテの胸には愛しさと尊敬の意が膨れ上がる。

 

 それだというのに、かつての素晴らしき英雄をあんな寒そうな監獄に閉じ込めるなんて。

 ……この時代の、愚かな人類に呆れてしまう。

 

 人というのは昔から、自分自身の危機が目の前に訪れないと動けない生き物なのだ。昔から群衆に期待を寄せるほどアフロディーテもお人好しではなかったが、それでもここまでの仕打ちを受けるなんて思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 まさか、パリスが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、考えてもいないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———数千年前。

 アフロディーテが産まれた、その日。

 

 愛の神はアフロディーテのもとに現れた。

 その小さな身体に生まれてきた意味使命を授けに、彼の夢に立ったのだ。

 

 それは『黄金の林檎』を入手するための聖戦に参加する事。愛の神にそれを献上するよう、彼はこの世に生を与えられた初日に使命を授けられたのである。

 

 その時、愛の神の権能の一部がアフロディーテに与えられた。その時から彼の左目には、桃色に輝く人智を超えた力が宿っている。

 

 

 

 神自身がこの世に顕現するには、あまりにもこの地上は穢れすぎている。そのため、通常の神はオリュンポスという空の世界に住われている。

 

 しかし、稀に神々も穢れた地上に干渉するときがあった。地上での必要が出た際、神は自身の名代となる子を人間の胎で作り出し、その子に自身の権能の一部を授ける。

 そうして()()()()()()()()()()()()()()のが、アフロディーテだった。

 

 ———愛の神は、黄金の林檎を求めた。

 

 その林檎には神の権能のひとつである『美』が埋め込まれており、それを得る事で美の権能を得ることができるという宝物だったのだ。

 愛の神はそれを欲した。愛だけでなく、美の権能をも自身のものにしたかったのである。

 

 それを入手するために、愛の神はアフロディーテを名代として生み出した。

 

 

 

 黄金の林檎をめぐる聖戦は、熾烈を極めた。

 

 時に仲間を得たり、同盟を組んだり、裏切られたり……何度もそれを繰り返したのだ。流れた血も多く、アフロディーテは何度も大切な人達を失いながらも前を進み続けた。

 この世のどこかにあるという言葉を頼りに、彼は長い年月を愛の神のために捧げたのである。

 

 そんな中で出会ったのが、若く美しい青年・パリスであった。

 アフロディーテがその噂を聞き探し出した、主神の施しを得た()()

 

 彼はとても誠実で逞しく、アフロディーテと共に数多の冒険をくぐり抜けた。時には人を救い、街を救い、果てには世界を救った。アフロディーテ1人ではきっと、途中で死んでしまっていたかもしれない。それでもパリスがいたからこそ、彼は走り続けることができた。

 

 そしてついにパリスと共にいたアフロディーテこそが、黄金の林檎を掴み取ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 かつての威光を知っているアフロディーテは、パリスを全面的に信用している。

 彼の強さも勇ましさも、人を説得する話力も、何もかもがアフロディーテにとって尊敬に値するものであったのだ。

 

 だからまさか、彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて思ってもいない。

 

 例えるならば、「塾の月額費だから先生に渡すように」と渡した金を、ゲーセンに使われている母親のようなもの。

 子供の頃は可愛くて素直だった我が子が、まさかグレて夜遅くまで遊びまわってるなんてかけらも疑わないのと同じだ。

 

 

 

 

 

「パリスちゃんだって、世界が今どんな危機に陥ってるかをちゃんと説明しているはずです」

 

 しかしパリスは、2人になんの説明もしていない。

 まさか世界の危機の矢面に自分たちが立たされそうになっているなんて、2人はまったく知らないのだ。

 

「せっかく()()()()()()()()()()()というのに、その恩も返さないなんて」

 

 恩どころか、被害としか思っていない。

 

「要請に応じないその日和見主義の無神経さ、本当に腹立たしいです」

 

 要請もなにもしていないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その美しい女が諦めたようにため息を吐くのと同時に、ホメロスは彼女に声をかけた。

 

「アフロディーテ様、私に何かできることはッ……」

「……待ちましょう、ホメロス。共に僕の愛しいパリスちゃんが戻ってくるのを待ちましょう」

「……っ!」

 

 機械人形であるホメロスは、顔を歪める。

 自分の無力さを嘆き、大切な人の役に立ちたいと思う感情とそれができない自分に苛立ちを覚える。待つことしかできない自分が、なんとも小さくて悲しかった。

 

 これは、ご主人様に教えてもらった感情だった。

 大恩はいっぱいあるのに、いざ彼の役に立ちたいと思っても何もできない自分はあまりにも弱い。

 

「僕たちは、僕達にできる事をしましょう。()()()に協力いただけないとしても、他にも手はあります」

「アフロディーテ様……」

 

 それ詭弁だということは、ホメロスにはわかっていた。

 

 しかし、世界の危機を前になんとか動き出さなくてはならない。鏡に映る眼帯の男と、目を前髪で隠した女を睨みつけてから、ホメロスはアフロディーテのために茶を淹れに厨房へと向かったのであった。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 ———そんなことが頭上の方で起きていたなんて知らないオレたちは、多くはない荷物を背負って輸送車のタラップに足をかけていた。

 

 

 

 

 プレーステールも明けてしばらく。

 オレとダズは諸々の解約手続きをさっさと終わらせて、都市部に1番早く着くだろう便に乗り込んでいた。

 

 超大型のこの車は水陸両用で、およそ100人以上の人間を乗せて都市と街の往復が可能である。車内には豪華とは言えないものの、食堂やシャワールームも付いている。基本的には荷物を専門とした運搬車ではあるものの、劣悪な環境というわけでもないのでそんなに苦にはならない。

 

 金をもっと出せるならちゃんとした人間移動用の車にも乗れるが、そこまで贅沢できるほどの財布事情ではない。

 それに、1年前にもこの車に乗ってきたワケだが、特にその時は不便を感じなかったのである。きっと帰りもそんなに変わらないだろう。

 

「しっかし……荷物がねェと、だだっぴろく感じますねぇ」

「前乗った時、ここは全部荷物で埋まってたもんなぁ」

 

 都市部から来た際には多くの荷物を乗せていただろう空間も、今はすっかり空っぽになっている。1年前にこの車に乗った時はひどく狭く感じたが、載せるものがない状態だとこうも広く感じるのか。ひどく殺風景だが、まぁ窮屈よりはマシだろう。

 

 そして、預かっているルームキーの番号を見ながら自分たちが取った部屋を確認する。

 ……201号室。扉を開けると、狭くて窮屈な空間がそこにあった。

 

 2人1部屋になっている個室。壁に備え付けられているソファを引っ張り出すことで、すぐにベッドに変えられる仕組みになっている。

 エアコンは完備、冷蔵庫も付いている。ただし部屋はとんでもなく狭いのが特徴だ。

 

 いまはソファ型になっているこれをベッドにすると、立つ場所がなくなるほど狭い。また、ベッドとベッドの間も10cmくらいしかなくて、シングルベッドが2つくっついているようなものである。

 

 もう少し金を出せばもっとマシな部屋に泊まれるのだが、ダズがこっちでいいと言い張ったのと、無駄に贅沢をする余裕がなかったのでこの部屋になったのである。

 

 オレとしてはもう少しでいいからベッドを離したい。かわいくてあどけない美少女の寝顔が近くにあるのは、クるものがある。それが男だと分かっていてもキてしまうのだ。もう仕方がない。

 

 まだ処女を奪っていない(童貞のままの)自分を誰かに褒めて欲しいものである。

 

「……長旅になるな」

 

 今日から10日間かけて、都市部までこの部屋で2人で過ごすことになるのだ。その間理性が保つか、不安になってくる。

 

 これまでも何回か手を出しかけて、なんとか舐めたりするだけで挿入には至っていないのだ。そしてそのたびに、興奮している事を後悔する自分がいる。

 

 

 

 せめて今度こそはちゃんと手を出さないようにと、オレは堅く心に誓うのであった。

 いくら無防備でバレなくても、自分を慕ってくれている弟分に手を出してはいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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催眠アプリvs常識改変魔法vsダークライ

ダークライ関係ないです


 

 

 

 この世界の電子ドラッグというのは、特殊な言語を用いられた特殊な電磁波出力データである。誰もが持っている携帯端末に街中でも普通に売っているアダプターを取り付けて、それを頭部に装着して使用するのだ。

 

 脳味噌に直接作用させるために、通常の覚醒剤よりもよっぽど効果は強くすることができる。ファイルデータはダークウェブでの売買が基本になるが、対面販売を行うパターンもある。

 

 

 

 このオレン・D・ジュースという男は、悪質な電子ドラッグの開発者であった。

 アッパー系ドラッグの『ウンシュウ』である。

 

 

 ウンシュウは当初、比較的手軽なドラッグであった。若者の中で流行り、手軽に後遺症なく使えるという口コミで広がった。パーティやクラブなどで多く広がり、酒よりも簡単だと人気が博していた。

 

 そして多くの人々に出回った頃、特殊な()()()()が動き出した。

 

 一度ダウンロードしたファイル。それが、自動的に自身でデータを変えていったのである。特殊なマルウェアを含んでいたデータファイルは、時間差で作用するように仕込まれていた。

 アッパー系だったプログラム内容を、悪質な書き換えによりダウナー系にするのだ。

 

 使用者は、口を揃えて疑問を呟いた。

 

 

「アガるはずなのに、自分だけが取り残された気になる」

 

「楽しい時間のはずなのに、何故か遠くからみつめている自分を感じる」

 

 ……そんな最中に、使用者にアップデートの知らせがはいった。そのアップデートしたファイルこそが、悪質極まる人体に悪影響しか及ぼさない商品だった。

 

 最初は比較的安全だったが、次第に強烈な虚無感と禁断症状を発症させる内容物になった。

 一部のデータは人間用ではなく、機械制御に使われるようなロボット的なプログラムも含まれており、果てにはとても人体に作用させていい代物ではなくなっていったのだ。

 強力な命令指示を、脳内に直接流し込む行為。無意味だが長文で処理が重たいプログラムだったり、短い指令で過負荷をかけるようなプログラムだったり。とても、人間の脳みそに投げ入れるようなものではなかった。

 

 ただの手軽なアッパー系電子ドラッグだったウンシュウは、サイケデリックな幻覚と一瞬が何倍にも膨れ上がるような刹那感を与えた後に、虚無を与えてくるアイテムとなったのである。しかも、一度の使用でそれが何度も何度も繰り返されるのだ。

 

 とある使用者は、ハイテンションのあまりにビルから飛び降りて死んだ。とある使用者は、あまりの虚無感に7日間飲まず食わず寝ずで部屋に引き篭もり、脱水症状と睡眠不足の末に死んでいった。

 

 幻覚が、人を壊し始めたのである。

 

 その頃になってやっと規制が入るものの、ウンシュウの禁断症状に侵された人間は驚くほど多かった。データの保持が犯罪になっても、手放せなかったのである。薬物中毒者は、町に溢れかえっていた。

 

 

 

 

 世間を賑わせた悪質な電子ドラッグの製造者。

 その男はさっさと都心から逃げ出したが、人々は未だにウンシュウの呪縛から逃れられないでいる。

 

 なぜ男はそのような電子ドラッグを蔓延させたのか? 

 答えは簡単で———「自分のため」だったのだ。

 

 みんなが幸せになる(壊れる)ところが見たい。そんな単純な目的。

 彼はそれを充分に見届けてから、また新たな『創作活動』に身を投じたのだ。

 

 

 

 まともなインターネット環境が一切ないオフライン環境。ここまでやってきて新たな到達点を得た男は、あとは手に入れたものを形にするだけ。

 この監獄で金に物を言わせてハイスペックのノートパソコンを持ち込んでいた男は、()()()()()で新たな『悪意の種』を作り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はもう少しココにいるつもりだったけどなぁ……」

 

 オレン・D・ジュースは、片手に端末と、小脇にノートパソコンを抱えて平然と歩いていた。

 その後ろにはパリスがひょこひょこと歩いている。

 

「ワシは出る気マンマンというか、後先気にせずに生きてもイイ人間なわけなんじゃけど、おぬしはいーの? ちゃんと入っとかないとダメじゃね?」

「ん、いいぜ別によ。多分戻ってこねーし」

 

 へらへらと笑っている男だが、それがまた恐ろしい。この男の容姿はハッキリ言って、近付いては危険だと一眼でわかる見た目をしていた。

 

 顔半分と、腕や首まで無意味なタトゥーで覆われている。目つきも恐ろしければ身体も大柄で、まさしく不良といった風貌。顔にはピアスがこれでもかと刺さっていて、眉毛もほぼ全剃りだ。

 出来れば近寄りたくはない。

 

 まさかこの男が、どちらかというとインテリ派だとは思えない。

 むしろ、麻薬の仲介業者(ブローカー)だと言われた方が納得する。

 

「マシンの()()も出来たから、むしろ今がちょうど出るのにいいタイミングだろうな」

「ふーん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この2人は、唐突だが()()()されたばかりだ。

 

 そんなわけで、監獄内から出所するために堂々と廊下を歩いていた。

 ひんやりとしたこの冷たい空間とも、これでおさらばである。

 

 返された私服などをしっかりと身につけて、日のあたる玄関側へと歩みを進めていた。

 パリスはぺろんぺろんのダサいアロハ服一枚だけ。オレン・D・ジュースはPELEEの革ジャンの襟を立てて、背負ったカバンには様々な機器が入っていた。殺風景なこの場所に、2人の姿はとても浮いている。

 やけにシンと静まり返った廊下には、点々と見張りの看守がいるものの、その目はどこかうつろな表情であった。

 

 

 

 ———監獄から出たいとパリスが言ったその日から、オレン・D・ジュースはこの監獄の署長にコンタクトを取っていた。

 

 ここでは、多額の賄賂とドラッグを笠にきているオレン・D・ジュースの頼み事は絶対だ。手紙を運ぶだけで1日働くよりも多い金額をその場でくれるし、この街では手に入らないようなドラッグも融通してもらえる。一部には真面目な看守もいたものの、署長が甘い汁を吸いたいがために部署を変えられて、今ではもうオレン・D・ジュースの好き放題できる環境が出来上がっていた。

 

 つまり、今回の仮釈放はオレン・D・ジュースの働きかけによるものであった。

 

「5日か……ま、ガバガバ管理のおかげだな」

「出たいと思った時に出所させてくれるなんて、スゲェ監獄じゃなぁ」

「そりゃ、なぁ?」

 

 ここの署長は、オレン・D・ジュースの言いなりなのだ。

 

 仮釈放の報酬として、多額の賄賂と膨大なデータ量を誇る電子ドラッグが置き土産として残されている。

 それは世間に出回ったウンシュウだけではなく、ほかの電子ドラッグも含まれている。都市からの通常輸入では、とてもこの街で入手することは出来ないだろう。

 

 それらを、全て署長に渡す。

 2人同時釈放の条件として、オレン・D・ジュースが提示したものであった。

 

 この街における電子ドラッグの元締めにならないかと持ちかけて、ここの署長はそれを受け取ったのだ。

 いくら人口が少ないとはいえ、娯楽の少ないこの街のことだ。すぐにドラッグに溺れる人間は出てくるだろう。

 問題点としては全員が全員端末を持っているわけではないことだが、プレーステール後の輸入期で中古品などがある程度出回ると見越していた。

 

「世も末すぎんか?」

「ま、当の本人(署長)もシャブ中だからな」

 

 ———署長は電子ドラッグの中毒者に成り下がっていた。

 

 オレン・D・ジュースが仕込んだマルウェアが動作する前の、ちゃんとした高純度で出来がいい電子ドラッグ(ウンシュウ)のデータを独り占めできるのが魅力的だったのだろう。快く釈放にサインをして、諸々の手続きを執り行ってくれたのである。

 

 法的に問題がないように手続きを最短でこっそり行って、5日。署長のドラッグへの愛が垣間見れる仕事ぶりである。

 

「ここの連中は全員パキパキにキマってるからな、ドラッグチラつかせればすぐ言うこと聞いてくれる」

「はえーこっわい。オレンジちゃん人類掌握出来ちゃうじゃん?」

「イイなぁ、それ」

 

 看守の見送りを尻目に、2人はその敷地からゆっくりと歩いていく。

 

()()()()かぁ、とオレン・D・ジュースは口の中でそう繰り返した。あながち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()夢である。

 

 今回のオレン・D・ジュースがわざわざこんな田舎くんだりまで足を運んで行った発明品と———そしてパリスの話の中に出てきた、アフロディーテが目の敵にしているという人類の発明品があれば、きっと手が届くだろう。

 

 パリスの言葉では、その人類の発明品は神にも手が届く代物らしくて、それを壊さないと神の怒りに触れるかもしれないだとか言っていたが。

 ようは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話である。

 

 

 

 

 

 ———()に手を伸ばそうとするからいけないのだ。

 人は人らしく、自分のことだけを考える獣でいるべきである。

 

 

 

 

「なに、神になんざ興味ないんでね」

「?」

 

 今までは麻薬に溺れて、自身に縋る事でしかそれを与えられない哀れな人間を見るのを楽しんでいたが……これからは違う。

 

 人そのものを、操ればいい。

 それが出来るものを、作り上げたのだ。

 

 彼の手の中には、ひとつのデータが入っていた。

 新しく作り上げた世界を作り替えることすら出来る、素晴らしい発明品。

 

 

 

 ———すなわち、()()()()()である。

 

 

 

 

 しかし、現状では男がやりたいことは()()()()()()。簡単な話で、このアプリを動かせるスペックをもつ端末がないのである。

 

 人を意のままに操るのだから、精神を計算する膨大な演算能力が必要なのだ。

 オレン・D・ジュースが持つ超ハイスペック端末を催眠アプリ専用機としてカスタマイズしたものですら、人間1人を操るのがせいぜいだ。

 

 

 

 

 彼の目的はただひとつ。

 新しい発明品を、完璧なスペックを持つマシンで動かしたい。神を理解し得るだけのとんでもないモンスタースペックのマシンで動かしたい。

 

 それの存在を、パリスが言っていたのだ。

 

 

 

 

 

 人類が神に届く可能性を秘めた———超演算予測装置・機械神(デウス・エクス・マキナ)

 

 

 

 

 

 

 都市アテナイの地下にあるというそれは、パリスの言葉を信じればもうほぼ完成しているようなものなのだろう。

 

 美と愛の神の権能をいくら使っても、醜くすることはできても成長を止めることはできない。

 しかし未完成が美しくないことだと定義して、その解釈を無理やり広げて完成を食い止めているのだそうだ。

 元はとても美しいフォルムだったというその機械も、今では巨大で不恰好な機械になっているらしい。

 

 彼の目的はひとつ。

 世界中の人間を催眠アプリにかけてしまいたい。

 

 

 

 ———超演算予測装置・機械神(デウス・エクス・マキナ)を用いて、催眠アプリを使用する。

 

 

 今回作り出した()()()()()を使えば、きっと人類はオレン・D・ジュースの手に堕ちるだろう。

 悪意の塊として動き出した男は、ゆっくりと歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 ふと、腕の中にある暖かいものを抱きしめる。

 それはむっちりと柔らかくて、甘い匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———朝。

 

 ふわふわな感触が顔に当たっていて、それが居心地良くて顔を擦り寄せる。枕に顔を埋めるように、それを抱き寄せて顔を埋めた。なんだかいい匂いがする。

 

 聞こえてくる心臓音が居心地良くて、オレは微睡の中でゆっくりと薄く目を開け———

 

「…………」

 

 

 

 白い谷間。

 

 オレが今顔を埋めているのは谷間である。

 つまりそれは、大きくて柔らかなおっぱいであった。

 

 

 

 

 身体抱きしめながら谷間に顔を埋めた状態で眠っていたらしく、オレは驚きのあまりに一瞬フリーズし……そして眠たいはずの頭が高速で回転していく。

 

「っ……!? わりぃっ!」

 

 あわててオレが身体を離すと、ダズも合わせて身体を起こした。

 

「ん……あ、アニキ……おはようございます」

 

 目をこすりながらも、オレに微笑みかけるダズ。

 時計を見ると7:30。いつものダズならとっくに起きている時間だ。

 

 小さな小窓からは、朝の日差しが差し込んできている。運搬車での生活も2日目。大きな揺れもなく、快適な旅を過ごせていた。

 

「えと……おはよう。今ので起こしちまったか?」

「いえ、起きてましたので気にしないでくだせぇ」

 

 じゃあオレがおっぱいに顔埋めてたのもしっかりわかってるってことかよ。

 

 ふとよく見てみると……今オレが起きたのは()()()()()()()()()()()()()()だったらしい。

 オレの寝相が悪く、きっとダズのベッドにまで転がってダズを抱きしめながら眠ってしまったのだろう。

 

 普段、オレよりもダズの方がよっぽど起きるのが早いが……きっとオレを起こすかもしれないと躊躇って、ずっと起きずにオレの腕の中で過ごしていたのだろうか? 

 そして、オレはダズの乳肉に顔を埋めてぱふぱふしながら眠ってたってわけか。なんてことか、時間が戻せるなら巻き戻したい。

 

「あー……悪かったな、ダズ。気をつける」

「居心地はよかったでさぁ!」

 

 なんだその感想は。

 

「嫌だったらどかしていいんだからな? 起こしてくれて構わないぞ」

「……苦しかったらそのようにしまさぁ。それより、顔洗ってメシ買いにいきやしょうぜ」

 

 ニコニコと機嫌が良さそうに笑っているダズを見ると、どうやら満更でもなかったらしい。

 

 今の時間は洗面台も混んでるかもしれないと思いつつも、オレとダズは顔を洗いにタオルを持って部屋から出たその瞬間。

 

「んぇ?」

「お?」

「………………ム」

 

 と、そこで偶然、見知った顔と遭遇する。

 それは以前に闇魔法のあれこれで世話になった男で、そしてこの都市行きの旅をオレ達が決めたきっかけになる男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以前から、気になって、いたが……」

「ん?」

 

 そして、オレとダズと男の3人は一緒の席について朝食を食べていた。パンとサラダとゆで卵がついていて、食後にはコーヒーがついてくる。乗車のプランに強制的に組み込まれており、食べなくては損なのだ。

 

 以前、この旅程中に金がないからとほぼ飲まず食わずで過ごした結果、ぶっ倒れて救護室送りになった人がいるらしい。それ以降は、かならず食事がセットのプランを選ばなくてはならないと会社が決めているそうだ。

 

 というわけで、3人ともに1番格安の朝食プランである。

 

「2人は……付き合ってどのくらい、なのか?」

「付き合う? えぇと……始めて会ったのがオレが8歳くらいだったか? もうすぐで20年くらいか?」

 

 じゃなくて、と男は首を振る。

 ならば一体なんなのか、と聞くと。

 

「男女……いや、男同士? ……での、そういう意味での、付き合ってから、だが……」

「ぶへぇっ!?」

「ごほっ!?」

 

 優雅とまでは言わないまでも、穏やかだった中に唐突にぶっ込まれた話。

 

 オレとダズは思わず咳き込んでしまった。あまりに驚いて、オレは食べかけていたサラダが喉の変なところに入るし、ダズに至っては持っていた箸を取り落とすありさまだ。

 

 周りにいる他の乗客の目が、一瞬こちらに集まる。

 

「わわ、アニキィ。こちらをどうぞ!」

「ごほっ……ん、助かる」

 

 テーブル上に備え付けてあった紙ナプキンをダズから受け取りつつ、変なところに入ったサラダを流し込むようにお茶を啜る。すぐに空になったお茶には、ダズがすぐさまおかわり分を注いでくれた。

 

「あのなぁ、男同士だぞ? ねぇよ」

「…………都会では、よくある、と……」

「あるけど! でも、そういう関係じゃねぇんだよオレたちは」

 

 確かに、昨今では割と同性同士のカップルが増えてきているらしい。科学都市では同性でも科学的に2人の子供を産み出す技術が発展していて、それを利用している人もかなり多くいるのだ。

 

 しかし、それとこれとは別の話である。

 そもそもオレはホモじゃねぇし。男のダズをそんな目で見た事ねぇし。

 

「……てっきり、付き合って長いのかと……」

「アニキみたいな出来たお方に、オレみたいなやつなんてつり合いがとれねェだろ? 少しは考えて物しゃべったらどうでぇ?」

「…………?」

 

 そうなのか? と問いかけてくる視線に、オレは首を傾げつつも頷いておく。

 ダズの論点がなんだか違う気はするものの、昔からこんな調子なわけだし、結論は2人とも同じなのだ。特に問題はないだろう。

 

「……2人は、付き合っては、ないのか……」

 

 付き合うもなにも、そういう関係ではないのだというのに。

 

「さっきからすごく、イチャ……じゃなくて、仲良くしてたから……そういう、関係かと思ってしまった……」

 

 イチャついてたって言おうとしたなコイツ。

 

 たしかに……以前よりも、ダズの図体が小さいがために距離感は近くなっているのかもしれない。頭一個分も身長差があるから、ここ最近ではダズと話す時に少しだけ屈んでいる自分がいる。

 

 なるほど、これは世間一般から見たらイチャついてるのに分類されるだろう。

 

「でも、付き合ってないからな」

「…………ん? ……おかしくない、か?」

「なにがだよ?」

「以前、たしか『大胆になる魔法』にかかったとき、ハレンチな姿を自分からしたって……?」

 

 そうやって、聞いたぞ? と、男はこちらに視線を向ける。

 

「その話を聞いて……オレは付き合ってるのかと思っていたんだ……ずっと、勘違いをして、いた……」

 

 ……うん。

 確かにそんなこともあったな。

 

「えぇーっと……」

「あ、あばばばばばっちが、違っ」

 

 ダズが壊れたように顔が真っ赤になる。

 たしかに、『大胆になる魔法』でドスケベ衣装着てるってなったら、そりゃそう勘違いしても仕方がないのかもしれない。2人でハッスルしてて〜とかって、この男はきっと邪推してたのだろう。やめてくれ。

 

 この男にはダズの素肌なんて見せてないが、その時に状況は伝えたのだ。きっとそれで勘違いしたままになっていたのだろう。

 

 しかし、だ。

 

「アレは、そういうんじゃねぇんだよ」

「……そうなのか……」

「アレはダズなりの『気を使った』結果であって、本に書かれてた事を『鵜呑みにして』、さらに『オレの意見聞かずに押し通した』からなんだ。その……ハレンチとか、関係ねぇんだよ。アレ」

 

 服のみの観点から言うと、そういう事でしかないのだ。

 ……チンコ見てたのは言い訳がつかないが、なにか理由が多分あったのだろう。本人も蒸し返されたくないだろうし、オレも追及はしない。

 

「……そうなのか……」

「ふ、服のことに関しては全く間違いありませんぜ……アニキには本当に、ご迷惑を……!」

「気にしてねぇよ、顔あげとけ。謝んな」

「ふぇ……」

 

 オレに頭を下げようとするダズの顔を、上に向かせる。顎を上に向かせるのは、まるで犬を相手にしている気分だ。

 

 だが。

 

「イチャついてる……」

「ち、が、う!」

 

 ……確かに、そう見えるかもしれないが! 

 

 もうこの話は無しにしようと思い、オレはとりあえず話題の転換に移った。これ以上この話をしていると、不毛な気がしてくるのだ。

 

「……あー、そういえば、お前はどうして科学都市に行きたいんだ?」

「オレ……か?」

「おう。オレたちはまぁ、空に関しての研究機関に話を聞きに行こうと思ってるんだが……なんか、やりたいこととかあるのかよ?」

「ある。……やりたいことというか、探したいものがあるのだ」

 

 そして男は、ふと静かに瞳を閉じた。

 瞼の裏で思い出しているのだろう。都市に行く、その理由を。

 

 

 

 ———友を、探そうと思う。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 数年前、日々を魔法の鍛錬で過ごしていたところに、その男は現れた。

 プレーステール(大嵐)の後、魔物が少ないタイミングを利用して、見たこともない小型の乗り物に乗ってやってきたのだ。

 

「ヘイ、アンタ魔法使いかい?」

「…………お前、は?」

「都市からやってきた。魔法を知るためにな」

 

 不思議な格好をしていたその男は、魔法について知りたいがためにこんな村まで来たのだそうだ。

 

「オレには、夢があるんだ。だから、それをやりたいから、魔法を学びたい」

「……!」

 

 ———夢。

 オレにはどうにも程遠い言葉を堂々と言った男に、興味を惹かれた。

 

 男は不思議な魅力を持っていた。

 どこか淀んだ瞳を持っていて、それでも笑った顔は人を引き込んでいく。話し上手の聞き上手とでも言うべきか、優しくて強気で、そしてとても理知的な姿を魅せるのだ。

 

「魔法で、こんなことは出来るか? お前は若いんだ、きっと都市に出れば楽しいぜ」

 

 男はいろんなものを見せてくれた。

 都市から持ってきたという端末や、最新機材というのがどういうものなのかを教えてくれた。

 その時から、都市への夢を持ち始めた。いつかこの村を出て、魔法を捨てて科学の中で生きていたいと思ったのだ。

 

 男は、オレに都市の美しさを語ってくれた。

 輝く夜の光、人々の行き交う様、裏路地の薄暗い雰囲気。そのどれもがここになくて、面白い物だと教えてくれた。

 

 オレは、それに憧れたのだ。

 

 そして、男もオレの技術を見て喜んでくれていた。最高位の魔法を見せたときには最高だと肩を叩かれて、相棒だと言ってもらえた。この小さな村で魔法を次世代に託してゆっくり果てていくと思っていたオレは、この男の言葉に魅せられたのだ。

 

 オレよりも多くのことを知っている男から必要とされるのが、嬉しかった。

 

 

 

 

 

「だが、ある日、友人は……もうここで出来ることは無くなった、と……」

 

 その男は次のプレーステール(大嵐)が去った後に、後ろを見ずに村を出ていったのだ。

 とても短い、一年だった。

 

「それで、その友人を探しに行くってのか?」

「どこにいるのか、何をしているのかも……知らないが……探したい、と思っている」

 

 

 ———名を、オレン・D・ジュースという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聞いたこと、ある気がするな……ダズ、覚えてるか?」

「テレビで見たような気はしやすが……すいやせんアニキィ」

 

 どことなく特徴的なその響きを、オレはどこかで聞き覚えがあった。それは、メディアで出ていた気がする。有名人とかではないと思うが……果たして、どこで聞いたのだろうか? 

 

「見た目は? どんな男だ?」

「ええと……そうだな……()()()みたいに、顔半分と、腕や首まで無意味なタトゥーで覆われている」

 

 彼が指さした方向には、確かに全身がタトゥーで刻まれている男が立っていた。

 

「それで……あんな感じに……体もでかい……」

 

 目つきも恐ろしければ身体も大柄で、まさしく不良といった風貌。

 

「あと、ピアスもあんな感じにいっぱい……」

 

 顔にはピアスがこれでもかと刺さっていて、眉毛もほぼ全剃りだ。

 出来れば近寄りたくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———ん? 

 いや、そこまで条件が一致してるような男なんて、そうそういるはずもないだろうに。

 

 

 

 

 

 

「オレン……?」

 

 男がそう呟くと、その男もこちらを振り返った。そして———

 

 

 

 

 

 

 

()()()……?」

 

 魔法使いの名を、その男は呼んだ。

 

 振り返った顔を見て、オレたちはそれに気がついた。

 オレもダズもその顔を知っていたのだ。知っていて当たり前だ。だって、彼は数年前に幾度もニュースに取り上げられていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼こそは、世紀の麻薬王。

 ———すなわち、オレン・ディオニス・ジュースである。

 

 

 

 

 

 

 



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BまでならR-15で(なお成人済みになりました)

 

 

 自身の持ち物ではないものをなぜか持っていたとき、人は大いに焦るものだ。

 対処法はさまざまであるものの、「返さない方がいい」なんて時も、ごく稀にあるわけで。

 

 つまり、何が起きたかと言うと。

 

 

 

 

 ———オレの手には、()()()()()の起動した端末が握られていた。

 

「ダ、ズ……? おい、本当に意識ないのか? なぁっ……?」

 

 

 

 持ち主に返すといっても、その持ち主はこれを使って世界を混乱させるような良からぬ事を企む大悪党なわけで。警察に届け出ると言っても、こんなところでそんな手続きができるわけもなく。

 

 ———いや、言い訳はよそう。

 

 

 

 率直に、よこしまな気持ちが勝ってしまったのだ。

 

 

 

 何故かオレのポケットに入っていたそれは、世紀の大悪党であり大発明家である男が作った正真正銘の催眠アプリである。これは本当にそれ通りに機能するものなのだろう。

 アプリ起動時の説明には、操作されている人間はその最中の事を忘れると記載されていた。

 

 だから、つまり、オレはこれから()()()()事をしても誰にもバレないわけで……

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 ———話は、遡る。

 

 オレたちは都心へと向かうべく、貨物輸送車に乗り込んでいた。そしてたまたま上京しようとしている魔法使いの青年・メロンと再会する。暇を持て余していたらしい彼とオレたちは、ともに食事の席についていた。

 

 そして、そこで知った衝撃の事実がふたつ。

 ひとつはメロンの探している人物が、世紀の指名手配犯であり極悪人と有名な人物であるということ。

 

 そして、もうひとつは……

 

 

 

 

「いや、まさか……」

 

 

 

 その世紀の極悪人、オレン・D・ジュースが、何故か車内にいたのだ。

 

 窓を背に、逆光の中に佇む男こそが———麻薬王。

 

 

 

「あぁ……オレン、会いた、かった」

「メロンちゃんよう……おまっ、なんでこんなとこにいるの?」

「お前を、追って……」

 

 そんな男に、メロンは立ち上がって走り寄っていく。待て、とダズが口に出そうとして、あわててその口に手を当て閉じさせた。

 下手に関わり合いになりたくはない。

 

 ニュースで幾度と見た顔。それと仲良くしている男だったなんて、聞いていない。

 この男のせいでどれだけの被害が出た事だろうか。たくさんの人が死んだり、今も苦しんでいることだけは知っている。

 

 ダズを隠すように前に立ったオレは、緊張しながらも2人の様子を観察するにとどめる。

 

 周りにいる人間は、特に誰も気にしていないようだ。比較的人が空いている時間だった事もあり、オレとダズ以外には穏やかな空気が流れている。

 

 おそらく、ここにいる人々の大半は———麻薬王の悪の所業を、知らないのだ。

 なにせ、科学都市からの情報がほぼ届かない辺境地なのだから。

 

「アニキィ……どうしやすかい?」

「いや、どうするもこうするも……」

 

 本当ならば今すぐ通報するべきなのだろうが、ここはまだ通信の類が一切できない圏外の場所だ。こんなところで騒いでも、闇雲に車内を混乱させてしまうだけだろう。

 

 見た目にも、一目でヤバいやつだということがよくわかる男。身体中イレズミばかりで、その服の着こなしや髪型からも、正直近寄りたくない人間だ。

 

 麻薬のブローカー……どころか、製造者(プログラマー)だとニュースでは言っていたか。人を壊すことを目的とした悪質すぎるプログラムを作った張本人。

 

 ニュースを鵜呑みにするわけではないが、その被害者の末路を先入観として持っているオレからすれば、かなり恐ろしい人間である。

 

 

 

 ———メロンに気を取られているこのうちに、さっさと逃げてしまうべきだろう。

 

 

 

「……今のうちに逃げるぞ」

 

 君子危うきになんとやら、である。

 

 こんな危険人物なんかと知り合いだなんて聞いてないのだ。オレとダズはそそくさとその場から逃げ去ろうとして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダァズちゃぁぁ──ーんッ♡」

 

 

 

 ———その声は、あの忌々しいジジイの声であった。

 

 

 

 声の聞こえた方向は、オレたちが見ていたメロンとオレンとは真逆。

 つまり、オレたちの背後から聞こえたわけで。

 

「ダズッ……!」

 

 オレは振り返るよりも先に、体を動かしていた。なんてことはない、ジジイの行動パターンは読めているからだ。

 

 唐突に現れたそのジジイは、オレの横にいるダズに目掛けて弾丸のように飛んできていた。きりもみ旋回、風を携えている男は一直線にものすごい勢いを押し殺そうともしない。

 

 その直線上に、ダズを庇うようにオレは身体を滑り込ませる。

 そして、弾丸のような勢いでタックルしてきたジジイに吹き飛ばされ———

 

「アニキィ!?」

 

 

 

 オレの身体は吹き飛ばされて。

 これまた直線上にいた男に、ぶち当たる。

 

 

 

 つまり、この場で最も関わり合いになりたくない男……オレン・D・ジュースだ。

 

 

 

 ダズならばかろうじて踏ん張って威力を相殺できる程度の速度———すなわち、オレ程度では全く相殺できていない剛速は、少しも威力を落とす事なく、オレン・D・ジュースに与えられる。

 

 2人の男の身体は、ジジイの仕業により壁に吹き飛ばされていた。

 

「なっ……ぁああ!?」

「グゥッううう」

 

 突然の負荷に身体が悲鳴を上げるものの、オレはなんとか受け身の体制に移る。これも、幾度となく危機に陥った事からの経験だ。自分が認識するよりも先に、訓練した動きへと身体が反応していく。

 

 ———衝撃が、身体を襲った。

 

 

 

「あっヤッベ」

 

 ジジイの間抜けな声が、耳に届く。

 

 

 

 そしてオレは運良く食堂に備え付けてあるソファに身体を打ち付けられた。柔らかいが、この速さで飛んでくる男を受け止めるには少しだけ役不足で……

 

「いっ……でぇええええッ!?」

「アニキィ、アニキィ! すいやせん、アニキィ……!」

「いい、クソいてぇけど、無事だ!」

 

 ソファの中からはぶつかった瞬間にべきっと音が聞こえてきた。古そうなソファだし、おそらくどこかが壊れてしまったかもしれない。

 

 だが、オレ自身は打身だけで骨とかはやっていないだろう。駆け寄ってきたダズに大丈夫だからと声をかけながら、あわてて顔を上げる。

 

 痛いと思う暇があったら、なんとかジジイからダズを守らねばという頭が働いていたのだ。痛みを耐えて、オレは顔を上げてジジイがどこにいるのかと目視する。

 

 しかし……その考えは、それ以上にとんでもないことになってしまった光景に、吸い込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 ———窓が、大きく割れている。

 

「……ッ! オレン……!」

「はひゅっ……はっ……!? め、めろん、ちゃっ……」

 

 

 

 彼は、オレに比べてとても運が悪かったのだろう。

 

 

 

 彼の背後には窓があった。そして、その方向にものすごい勢いでタックルかまされたのである。

 つまり何が起きたかというと……

 

 ———オレンの身体は、窓の外に投げ飛ばされていた。

 

 移動する車から放り出されたのだから、最悪の事態がオレの頭をよぎる。しかし。

 

「……だい、じょうぶだっ……! 手を、伸ばしてっ……」

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 それをかろうじて止めているのは、魔法使いのメロンだ。彼の足元から伸びている氷が、オレンの片足を捕らえている。オレン自身の身体は、ガラス片が刺さって血を垂らしていた。

 

 高さ、地上からおよそ6mくらい。車の速度は、およそ時速50km程度だろう。落ちたら、間違いなく大怪我では済まされない。

 

「パソコン、パソコンがッ……!」

「オレン、手をっ……」

 

 パキパキと、身体をどんどんと凍らせて、酷くても落ちないようにとメロンは魔法を行使しているらしい。自身の身体も前に乗り出して、必死にオレンの手を掴もうと伸ばしている。

 

 だが、オレンの視線はメロンに向いていなかった。

 

 

 

 彼は、先ほどまで持っていた荷物を全て———落としてしまったのである。

 

 

 

「クソいてぇっ……ダズ、メロンの手助けしてこいッ……」

「アニキは……?」

「緊急停止くらいどっかにあんだろっ……この事伝えてくるから、ダズははやくあの男助けてこい」

 

 オレは打ち付けた方の体を庇いながらも、食堂カウンターの方に歩いていく。多分、そういうところならばこの車の車長あたりに繋がる内線もあるはずだ。

 

 周りにいた人々も、突然起きた事故に驚いている様子でざわつきが激しくなっている。食堂にいたおばちゃんは、呆然としていてなにも考えられないと言った様子であった。

 

「ぐぅぅっ……おいおばちゃん、……上の人にすぐこの事伝えてくれ」

「へ、は、あぁ! そ、そうだっ……はわわ」

 

 手をもたつかせながらも、食堂のおばちゃんは壁に取り付けられていた受話器から内線を繋げる。それを見届けてから、オレはオレンの方を見ようとして———

 

 

 

 

 

 

 

 

 不愉快な()()が、視界に入った。

 

「な、な、何するんじゃぁ!? おま、おまおまワシはダズちゃんに抱きつくつもりだったのにーィ!?」

「ジジイ、テメェ……」

 

 股間を押さえつけて床に転がりもんどりうっているのを、オレは睨みつける。一歩間違えばダズの身体が車の外に投げ出されてたかもしれないのだ。

 

 つうか、こいつなんでここにいるんだよ。

 

「ダズちゃんなら絶妙に踏ん張れる角度と速度と威力じゃったの! お前が変なとこで入ってくるからっ……お前マジ大っ嫌いッ!」

「あ"ッ!? 言い訳なんざいいんだよいい加減殺すぞ!?」

「お前のせいじゃぞ!? ワシはモノを壊すとキンタマがフェルトぬいぐるみになる神託持っとるのにぃ……」

 

 そしてジジイは……おもむろに()()()()()()した。

 

 

 ———ボロンとまろびでる、粗末なふにゃふにゃ。

 

 

「見ろよワシのキンタマッ……フェルトぬいぐるみ(PUIPUIモルカー)になっちまっただろうがよォ〜〜〜ッ!」

 

 ジジイのキンタマは、確かにフェルトで出来たけむくじゃらの丸い玉であった。

 

「汚ねッ……」

「うわ────んあんまりじゃあんまりじゃ! これあと3日間はフェルト確定じゃよ〜〜ッ!」

 

 あまりにも醜い老人のよぼよぼちんこを見せられたオレは、すぐさま視線を他にずらす。とてもとても嫌なものを見せられてしまったが……

 

 いや、そんなことよりメロンたちの方が問題だろう。

 

 オレはそちらを向くと、どうやらダズや他の乗車客の手伝いもあり、無事にオレンは車内へと戻されていた。氷はすっかり溶けて、床に向かって倒れ込んでいるオレンに対して周りの人間が水やタオルを持ってきている。

 ……この辺りは、まだ魔法に対して都心ほどの差別意識がないようで、オレは少しだけ安堵の息を吐いた。人助けのためなら問題ないという事だろう。

 

 そうしている間に、バタバタとここのスタッフらしき人達が走ってやってきて……

 

「車長! 車長! このおじいさんがね、壊したのよッ! 犯人ッ、なのよォーっ!」

 

 食堂のおばちゃんは大きな声でアピールをしていた。指を指すのは、床に転がっているジジイである。まぁ、このおばちゃんは事の始終をしっかり目撃していてくれたのだろう。

 

 そして車長、と呼ばれた人物が振り返る。

 同じ服装に身を包んだ集団の中で、1人だけ少しデザインの違う後ろ姿。その人物は———

 

「お、お、女ァーッ!?」

 

 それは、美人な女だった。

 

「そういやジジイ、女嫌いだっけ?」

「まじ無理まじで無理ッ! ぎゃー近寄るなやだやだやだ!」

 

 つり目がちな強気な目元に、真っ赤なルージュが強さを感じる。髪の毛は染めているのか、金髪と黒髪が混じり合った色。左手の薬指には、指輪がはまっている。

 

 そんな女は、オレの足元で転がっていたジジイを冷ややかな目で見下ろす。

 

「アイヤー、器物破損と……下半身露出、ネー?」

 

 

 

 

 

 ……さっさとズボン履けよジジイ。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 紆余曲折あり、無事に部屋に戻っていたオレはふとポケットの中にある()()に気がついた。

 

 四角く板状のそれに、心当たりはない。

 

 それを取り出してみると、よくある端末であったが……しかし、オレのものでもダズのものでもないのは一眼でわかる。こういった機器をダズがオレに何も言わずに買うわけもないしと、疑問を浮かべながらもそれを見聞していく。

 

 試しにロックもかかっていないそれをワンタップで開けると、アプリがひとつだけ入っていた。

 

 

 

 ———催眠アプリ。

 

 

 ふと、その単語にオレは聞き覚えがあった。

 先ほど、パソコンがないと嘆いていたオレンが叫んでいた単語と、同じものである。「オレのがんばってつくった催眠アプリがー!」だとか、「ジジイ今すぐとってこいくそ野郎がー!」だとか叫んでいた。

 

 きっと吹き飛ばされた際に、オレのポケットの中に入ってしまったのかもしれない。

 

 ジジイを蹴り飛ばしながら探してこいと威圧していたあの男の姿を思い出す。きっと、これもまたないとまずいシロモノなのだろう。

 

 返してあげるべきである……と、オレは立ち上がったが、ふと冷静に考えてみる。

 

 

 

 

 ……いや、本当に()()()()なのか? 

 

「(返す……のか? あの危険人物に?)」

 

 本来ならば、オレのポケットになぜか入っていたと今からあの男の元に訪れるのが正解だろう。しかし、相手はあの極悪人で有名な男である。

 

 しかも、()()()()()だなんて……きっと危険なものに違いない。

 

「(……返さない方がいいんじゃないか?)」

 

 試しにそのアプリを開くと、簡単な説明が流れる。全4ページで絵の解説付きのわかりやすいソレは、まるでゲームのチュートリアルのようだ。

 

 しかし、書いてある内容はかなりえげつない。対象者1人を、アプリを使用している最中は自由意志を無くして言いなりにすることができると書いてある。

 操作方法もシンプルで、口頭での命令を対象者が自身で認識してその通りに動くらしいのだ。

 

 

 

 ———つまり、1人の人間を自由自在に操ることが出来てしまうらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと。

 

 

 

 よこしまな感情が芽生える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ダズにこれ使ったら、あの身体を好き勝手出来るってことか? 

 あんな事やこんな事を、させることができるというのか? 

 

 

 

 

 

「(って、いや、バカだろ!? なに考えた!?)」

 

 オレは慌てて、想像してしまったダズの痴態を振り払う。まさかあのおっぱい使わせてスケベな事だとか、あのムチムチな太ももでエッチな事なんて考えてはいけないだろう。

 

 船に乗って2日目。昨日は()()()いない。

 確かに少しだけ……いやそこそこ溜まっているのは事実だが、だからといって今思い浮かんだことは絶対に間違いである。

 

 説明書きには「催眠にかかっている間の出来事は記憶に残らない」と書かれているし、「どんなことでも思いのままに常識を改変できる」とも書かれている。

 

 ———仮にこれを使っても誰にもバレることはないのだろう。

 

 だけど、人としてやっちゃいけないことが世の中にはごまんとあるのだ。ダメだ。絶対にダメ。あのクソデカおっぱいでズリズリさせたりとか、太ももでスマタだとか尻コキとか腹とか口とか、そんなの、考えるなんてもってのほか……

 

 考えないようにとすればするほど、思い描いてしまう。

 

「(命令遵守に、常識改変か……これ使えばダズに恋人だと思いこませて……いや、いやいやいや。待て待て……)」

 

 

 

 

 

 と、その瞬間に部屋のドアが開く。

 

 

「アニキィ、ただいま戻りやしたァ!」

「うわぁぁぁ!?」

 

 オレは慌てて、持っていた端末を後ろ手に隠していた。

 

「お、おかえりっ……」

「? いま……なにか持ってやしたか?」

「いや何も持ってない、ぜ?」

 

 シャワーから帰ってきたダズが、きょとんとこちらを見て首を傾げている。

 

 少しだけ蒸気した顔と、ちゃんと乾かしきっていない濡れた髪の毛で、部屋に入った瞬間にふわりとシャンプーの甘い匂いが立ち込める。身につけた寝巻きは、ふわふわもこもこで足がむき出しのショートパンツだ。

 

 とてもかわいいが……ムチムチとした柔らかい太ももに視線を向けると、先ほどまでの妄想がやけにリアルに感じられる。

 あの柔らかい肉でチンコキしたら、絶対に気持ちいいに決まっているだろう。

 

 

 ———いや、何考えてるんだよ。

 

 

「(あ〜〜〜……クソ、いい加減にしろよオレ……)」

 

 しかしダズは、そんなオレの様子なんてさほど気にしていないようで……

 

「そうだアニキィ、売店で酒とツマミ買ってきやしたぜェ」

「ん? ……おう」

 

 今日は色々あったので奮発でさぁ! とにこやかに笑うダズ。オレがさっきまでイヤらしい事を考えてたなんて、微塵も思っていなさそうな顔をしている。

 

 その手には、オレが好んで飲んでいる、甘くて飲みやすいシードルの瓶が握られていた。ツマミに買ってきたのは、ドライフルーツ各種詰め合わせである。

 

 オレの趣味がよくわかっているチョイスだ。辛い酒あまり好きじゃないんだよな。

 

「アニキィ、飲みませんか?」

「……あぁ、そうだな」

 

 こんな不埒な考えも、酒と一緒ならばきっと洗い流されるだろう。

 そうして、手渡される瓶を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———そして、冒頭に至る。

 

 

 

 

「ほ、本物なのかやっぱり……」

 

 この催眠アプリをあの男に返すのはやめよう、とオレは心に決めた。

 

 ダズはかかったフリをするようなふざけた冗談はまずしないし、あの男のこういった精神系プログラムの技術はとんでもなく高いのだ。アプリは本物で、これをあの男は悪用しようとしていたに違いない。

 

 いまのダズは、オレのいう事を全てなんでもその通りにするよう、催眠がかけられた状態になっていた。

 

 

 ———もう、解除しなくては。

 

 本物だとわかったのだから、いつまでもダズをこのままにしておいてはいけないだろう。知るべき事を知ったのだから、あとはコレを壊すなり捨てるなりしなくてはならない。

 

 催眠解除の項目を探して、それにタップを……

 

「(……もったいないな)」

 

 

 

 

 

 

 

 ———今、何を考えた? 

 

 もったいないってなんだよ。

 

「ダズ、本当にいま……催眠にかかってんのか?」

「はい」

 

 オレの喉がごくりと鳴る。知らないうちに、口の中に唾液が溜まっていたらしい。やけに甘ったるいリンゴ味が舌上にベタついている。

 

 今のダズは、オレが何をしても記憶に残らない。

 

「なんでも、いう事……聞くのか?」

「はい」

 

 質問を投げかけると、シンプルな解答が返ってくる。命令遵守の状態なのだから、それは嘘偽りない答えなのだろう。

 

「じゃあ、その……」

 

 洗脳解除のボタンを押そうと思っても、それを押すに至らない。何度も画面の上までいっては、それをタップすることが憚られる。

 

 目の前には虚空を見つめているダズがいる。呆然とベッドの上で座っていて、無防備な太ももがとても柔らかそうで……思わず視線を逸らした。これ以上見つめると、もっと頭が悪い方向に考えてしまいそうだ。

 

 もしここで服を脱げと命令すればその通りになるだろうし、もっとふしだらな事を命令すればその通りにダズは動くのだろう。

 

 あまりにも人権を無視した行為。

 頭ではいけない事だと、わかっているのだ。

 

「(でも、もったいないよな……)」

 

 せっかくなんでもいう事聞くなんてとんでもないアイテムを手に持っているというのに、ただで解除するのはあまりにも惜しくないか? 

 理性と悪魔の囁きが、頭の中でぐるぐると回り続けている。たったすこし指を動かせばいいだけなのに、それをするのが何故か惜しいと感じてしまう。

 

 せめてなにか……少しだけなら、きっとダズも許してくれるかもしれない。別に酷いことさえしなければいいだろう。

 

 

 

 ———そういえば、聞きたかったことがあるじゃないか。

 

「……なぁダズ、なんであの時……オレのちんこみてたんだよ?」

 

 朝起きた時に、何故かダズがオレの服を剥いで朝勃ちをガン見してた時。あれ以来特に気にしないように努めていたが、これもいい機会だ。

 

 そして、聞くのはこの質問だけにしよう。

 今まで疑問だったことだけ解決し、それで洗脳を解除して……

 

「アニキの匂いで我慢できなくなりまして」

「はぁ?」

「心は男でも、体が女なので我慢ができず……」

 

 理解が追いつかない

 

「えぇと……その、恥ずかしいんだが……身体が女だから、ちんこの匂い嗅いで我慢できなかったってことかよ?」

「はい」

 

 はい、じゃないんだよな。

 

 我慢できないってなんだ? 

 臭いのか? そんなに臭かったのか? 

 いや確かにそこそこいい歳にはなったけど……つうか、風呂入ってるっつの。

 

 ……いや、そうじゃなくて

 

「それはつまり、オレで興奮したっていう……こと、なのか?」

「はい」

 

 だから、はい、じゃないんだよな。

 

「……こ、興奮ってことはその……お、オレのこと、その……ど、う思って……」

「とても、恋愛感情も含めてかっこよくて素晴らしい男性だと思っています」

「……れ、れんッ!? 恋愛って、つまりその付き合いたいなーとか、そういう?」

「はい」

 

 ……いつから? 

 

「女になってから……いけないこととはわかっていますが、そういう対象として見ています」

 

 女になってからかぁ。

 よかった、いやよくない。

 

 軽い気持ちで聞いたらとんでもないパンドラの箱だった。もはや告白も同然の、衝撃の真実である。

 

 ———そうか、オレの事好きなのかこいつ。

 めちゃくちゃ嬉しいな、おい。

 

 ニヤける顔をなんとか戻そうと、オレは枕に顔を押しつけて悶絶してしまう。純粋に、こんな美少女に好きだなんて言われて嬉しくない男がいるだろうか? 

 

 オレもダズの事好きだもん。健気だしかわいいし、中身が男ではあるものの身体は女だし、かわいいし。

 

 好きになっちゃうだろこんなの……

 そっか、ダズはオレの事好きかぁ……

 

 いやしかし、まだそうと決まったわけじゃない。

 

 ダズの事だ、なにかこう……落とし穴があっても不思議ではないのだ。恋愛感情履き違えてるとか、そういうのあるかもしれない。

 恋愛感情(尊敬)とか、そういうよくわからない世間一般と少し違う恋愛感情かもしれないのだ。

 

 1人で舞い上がってもし勘違いでしたなんて、流石に憤死してしまう。

 

「一応確認だが、その好きっていうのは……どういう、好きなんだ?」

「えっちなこととか、したいなっていう好きです」

「はふぅ!?」

 

 えっちなことがしたいのか。

 

「ダズ……そ、そのえっちなことってさ、つまりその、セックスとか、そういう……」

「はい。夜な夜な、アニキのことを思いながら自慰をしています」

「はわわ……そっか、ソウダヨナ、ウン……」

 

 オレの事考えて1人でオナってんのかよこいつ。

 ……こんなスケベな身体して、オレの部屋と薄壁一枚越しにそんな事してたのか。

 

 ———ムラムラとした、よくない感情が鎌首をもたげる。

 だってそんなの聞いて我慢できるほど、オレは出来た人間ではないのだ。

 

 もうすっかり、オレは催眠解除するつもりがなくなっていた。スマホから指を離して、枕元に置いておく。

 

「その……どういう風にヤってんの? 何考えてオナってんだよ……?」

「はい、このように……」

 

 ダズは、オレの目の前でするすると服を脱ぎ始めた。下半身に手を持っていき、露出度の高いショートパンツと下着を一気にずりおろす。無毛でつるつる柔らかなそれが、オレの目前に現れた。

 何度も見ても、正直慣れない。オレのちんこがそれを見た瞬間に一気に硬くなっていく。

 

 そしてダズは無感情に恥じらいもなく、ベッドに仰向けに倒れ込んでその足の間に手を伸ばした。

 

 くぷ、と閉じられていた縦割れの唇を指で開いて……オレの座っているところから見ると、もう全て丸見えになっている。ぬるぬるとした液が恥部全体をコーティングしているようで、室内の電気を反射しててらてらと光っているのだ。

 

 ピンク色の柔らかな肉が、空気にさらされる。

 オレの視線が、どうしてもそこに釘付けとなる。

 

「……ダズ、いつも通りに」

「はい。……は、ァんッ……」

 

 ちゅぷ、ちゅ、ちゅぷんっ———

 

「く、ひぃっ……あ、にきっ……」

 

 目の前で繰り広げられる痴態に、目が離せない。

 甘ったるいボディーソープの香りが部屋に充満している気がするのは、ダズが服を脱いだからだろうか? やわらかな肢体が強張って、小さな中指の先だけで柔らかな弱点をぐちぐちと触り続けている。

 

 オレはダズのはしたなく開脚された太ももに指を這わせる。その間に身体を入れて、だらだらと汁がこぼれ出ているところに顔を寄せた。

 

「あ〜〜〜……そっかぁ……お前いっつもこんなやらしーことしてたのかよ……」

 

 太ももが汗ばんでいる。柔らかな肉の上に、うっすらと湿り気が感じられるのだ。

 

「どんなこと考えながらやってんだよ……?」

「は、ふぅっ……アニキに、ここをッ……」

 

 そういって、ダズはさらに大きくオレに見せるように足を広げて持ち上げて、すけべな豆を見せつけるように具を開く。その下にある穴はまだ触っていないから蓋がされているものの、じゅわじゅわと透明でかなりの粘度を持つスケベ汁が溢れ出していた。

 

 ———こすこすこすこすっ

 

 ダズはそうして、中指で優しくクリをごしごしと擦り上げていく。

 

「こぉして、触っていただくことを……考え、てぇっ……はふっ」

「はは、オレの事考えながらこんなスケベなことしてやがんのかよ……」

 

 クソエロいな。あーくそ、ちんこいってぇ……

 

 オレも自分の服の前をくつろげて、ブルンッと硬くなっている怒勃起ちんこを取り出した。ガッチガチに硬くなっていて、亀頭からは、先走りがだらりと出始めている。目の前の女体に対して、期待して興奮しきっているソレ。

 

 たまらずに手を伸ばして、ゆっくりといつも通りに扱いていく。ダズの痴態をオカズに、目の前でヌくだなんて……

 

「はぁ〜〜〜……ダズぅ、中は? 中さわんねぇの?」

「中は、イったあとの敏感になってるところを、指で掻き回して……アニキに抱かれているように、考えながらッ……」

「そぉっかぁ……オレに? 犯されるの考えてえっちなことしてたんだな……かわいいなぁ?」

 

 あと少し腰を動かせば、もう少しだけ位置を変えれば、オレのちんこをダズのぐちゅぐちゅになっているところに当たるだろう。残り数センチでソコに挿入できると考えると、背筋がゾワゾワと逆立つ。オレのチン先はダズの穴に向いていた。

 

 自身のちんこを扱きながらも、オレはもう片手でダズの上の服をめくりあげる。ブラジャーごとぐいっと持ち上げれば、でかい乳がぼろりと重力に従い形をもったまま服からこぼれおちた。

 たまらずにそれを下から持ち上げて、手から溢れるほどの大きさのおっぱいをむっちりと揉み上げる。

 

 柔っけぇ……

 

「なぁダズ? キスしよう? したいよな?」

「したいです、ぁっ……」

 

 ダズの前髪を全て掻き上げてやると、ぼんやりとした表情がこちらを見上げていた。

 

 思わずオレはその唇にむしゃぶりつくように口をつける。酒臭いのに、柔らかくて甘酸っぱいのは先ほど飲んだシードルの味だろうか? 

 ぷにぷにでしっとりとしていて、柔らかなピンク色した唇を食らい、その口をこじ開けるように舌をねじ込んでいく。

 

 歯列を舌で舐めて、ダズのベロを掬い上げるように舌を伸ばして舐め回す。オレの唾液がダズの口にと流れていき、オレも負けじとダズの口の中を食べ尽くすようにキスをして……

 

 口を離せば、ツウと透明な糸が伝っていた。

 

「はぁぁあっ……頭爆発する……ちんこも爆発すんじゃねーの? あー、やっべぇクソ……」

「ぁあ、にきぃっ……」

「どうした? イくのか?」

 

 ダズはこくん、と小さく頷いた。

 ……かわいいなクソ。

 

「ダズぅ、イき顔見せてくれよ……隠すなよ」

「はいっ……ぁ、あ、あっ」

 

 そうしてダズは身体をビクつかせる。

 オレのいう通りに顔をこちらに向けたまま、そのまんまるな目をこちらに向けて、困ったように眉を寄せながらも口を半開きにして……

 

 そして。

 

「ひっ……はっ……はっ……」

「あーダズ、ダズダズぅっ……かわいいなっ? な、いい子だからっ……」

 

 ダズ自身の大切な女の子のところを弄り触っていた方の手を取って、自身の股間に誘導する。その代わりに、ダズのアッツアツに出来上がっているぐちゅぐちゅの股ぐらに、オレは自身の指を這わせて———

 

 

 

 

 

「んぅうっ、ぁあ"〜〜〜……ッ!?」

「ダズおまえさぁっ……ナカ、すっげぇ」

 

ぐちゅぐちゅぐちゅ、と部屋に音が響く。

ダズの膣肉がオレの指に絡み付いていて、その奥の方からスケベな汁がじゅるじゅると溢れてくる。

 

ダズの唇を何度も何度も啄みながら、右手はダズのまんこを好き放題に掻き混ぜて、左手はその巨大なおっぱいを好き放題に揉みしだいていた。ダズにはオレの肉竿を扱くように命令しているので、その柔らかくて小さな手で必死にシコシコと扱きあげてくれている。

 

必死にキスに応えながら、何度も手マンでアクメを迎えているダズのそのかわいさといったら。

 

「あ"〜クソハメてぇ……でも、それはかわいそうだもんなっ? ダズも、ちゃんと告白して付き合ってからの方がいいよな?」

「はいっ……ふ、ぁ、ああ"ッ……んくぅっ」

「ははっ、かわいいなぁダズ? な、オレのこと好きなんだよな?」

 

ヒクヒクと軽く痙攣をしながらも、ダズはこくりと頷く。

 

「好き、ですぅ……ん、」

「ごめんなぁ気がつかなくって……夜ごとにこんな自分でまんこ弄ってやらしい事してたんだよな? 気が付かなかったなぁ……」

「ふぅ"うっ……はひっ、は」

 

オレの竿をしごいているダズの手が、とても心地いい。柔らかい手がオレを包んでいて、もう正直射精したくてたまらなかった。

 

先ほどからずっと弄くり回している膣内が、ひどく熱くなっている。身体も全体的に汗ばんでむわりとメス臭い匂いが部屋に充満していて、頭がおかしくなりそうだ。

 

「なぁ、ここにオレのちんこ挿れられるって思ってヤってたのかよ?」

「はい"ぃっ……! 子作りしたいなってェ"ッあ"っ、ぁあっ……!」

「子作り……?」

 

ぶわりと、さらに下半身に熱が溜まる。

孕みたがってるのか、コイツ。

 

こんなスケベな身体して、何ともない平気そうな顔で、いかにも性的なもの知りませんってオレに思わせといて……その実、オレと子作りセックス期待して1人でオナって慰めてたのかよ。

これまで散々ちんこイラつかされる度に、必死こいてダズから隠していたオレがあまりにも馬鹿馬鹿しいじゃないか。

 

やっぱり……セックスしたいな……

 

「いやダメだよなァ……あ"〜〜〜クソセックスしたい、ハメてぇなぁ? 絶対この穴挿入れたら、気持ちいいもんなァ?」

「はぎゅっ……!? ぉ、ほぉっ……んぅ"っ」

「でもよ、告白して付き合ってからハメたいもんなァ……ダズがオレのこと好きでも、いくらなんでも付き合ってからの方がいいよな?」

 

イキながらも頷いているダズの目元に、キスを落とす。

 

中指と薬指はダズのすけべ汁ですっかりとふやけているかもしれない。ほくほくにほぐれていて、しかし中のヒダヒダは指に求愛するようにきゅんきゅんと絡みついてきている。

 

絶対に、いまちんこ挿れたらすごく気持ちいいだろう。

 

「な、ダズっ……もう、男に戻る必要ない、よなっ? 結婚しようぜ。子供もいっぱい作ろう? 大切にするからっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男に、戻りたい……です」

 

 

 

 

 

 

 

 

———は?

 

オレは冷水をぶっかけられたように、一気に身体の火照りが引いていく。

 

「な、なんで……?」

「結婚も、出来ないです」

「な、なんでっ? どうしてだ? なんでこの流れで、ダメなんだよ?」

 

 

ダズの心が、わからない。

 

 

だってダズは女の子になってからオレのことが好きで、じゃあ結ばれるなら女のままの方がいいだろうに。どうして、男に戻りたいのか?

オレとダズがラブラブで結ばれてハッピーエンドで、いいだろうに。

 

男に戻りたいなんて、建前だった……と、それでいいじゃないか。

オレにその淡い恋心がバレたくないから、隠していた。男に戻りたいと、カモフラージュで言っていたと……それじゃあダメなのか?

 

本当は女のままでオレと結ばれたかったと、それで終わりでいいじゃないか。

 

なにがイヤなのかがオレにはわからない。

今好きだと思っている相手と結婚して、幸せになることの何が不満だと言うのか?

 

「男に戻って、どうしたいんだよ? ……オレはホモじゃないし……女の子と、付き合いたいし……」

 

オレはどんどん言葉が尻つぼみになっていく。

命令遵守で正確に正しく答えるようになっているダズは、そして口を開いて……

 

「オレがアニキを好きなのは、間違っているので……元に、戻りたいです」

 

 

 

———元に戻って、この恋愛感情をなんとか捨てたいのです。

 

———オレなんかと、アニキが結婚してほしくないのです。

 

 

 

 

 

 

 



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ラブラブ(虚)

 こんなのダメなのに。

 でも好きになっちゃうだろ、だって男ってのは単純なんだ。

 

 催眠アプリを使って、オレはダズを好き放題していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にいるのは、自分の知っている男ではない。柔らかくていい匂いのする、かわいい女の子。オレの事が大好きで慕っていて、ずっと一緒に生きてきたからどんなやつなのかもわかっている。裏表もないし、優しくて料理が上手で家庭的な性格もしているだろう。

 

 考えれば考えるほど、この女の子がひどく愛おしく思えてしまう。

 

「ダズ、なぁ、オレの事好きだよな?」

 

 好きに決まってるもんな。わかってる。

 こんな極上の女が自分のことを好きで好きで仕方がないなんて、調子に乗ってしまうにきまってる。

 

 自分が悪いことをしている自覚はあっても、それを止めるだけの理性は吹き飛んでいた。

 

「……好き、ですっ」

「もっと」

「好き、好き好きっ♡ 大好きですっ♡ 全部っ、アニキの全部好きですっ♡ かっこよくて♡ オレのこと大切に思ってくれていてっ♡」

 

 オレの手には、洗脳アプリの起動した端末が握られている。

 

 ———なんて悪い男なんだろう。

 洗脳アプリを使って、相手の意思を奪って好き勝手して、身体を暴いて隠したいだろう心まで暴いて。

 

 でも、その行為にひどく興奮している自分がいるのだ。

 

「ダズ……オレも好きだ」

 

 相手の意思がない状態じゃないと、ろくに思いも伝えられないなんて……卑怯にもほどがある。

 

「もっとだ。ダズ、お前はオレに嘘も言わないけど……でも、隠すことすら出来ないお前の全部が知りたいんだ」

 

 この洗脳アプリは危険なものだ。

 一度手にして悪用してしまえば、なし崩し的にタガが外れてしまう。

 

 だってバレない。

 だってオレさえ黙っていればダズは傷つかない。

 

 だからこそ、オレはダズの心を踏み荒らしてしまう。それがどんなにひどいことだとわかっていても……だって、ダズならきっと許してくれるし。

 互いに好き同士なんだ、別にいいじゃないか? 

 

 そんなはずがないと理解していても、オレは常識を捨てて目の前の肉欲に敗北してしまっていた。

 なにせ柔らかい女の柔肌が目の前に広がっている。白い生肉がオレの目の前でたゆたゆと揺れていて、誘っているようだ。どうせむしゃぶりついたって、今ならバレないのだ。

 ドロドロに溶けてしまったら、きっと気持ちがいいだろう。

 

「女の子になってから、オレは変わってしまって……♡ でも、仕方ないんですっ♡ だって身体は女の子なんだから……こんなに素敵な男性が近くにいて、好きにならねぇ女なんていねぇです♡ 仕方ないんです♡ 女の子になっちゃったから♡ 好きになってごめんなさいっ♡ 身体に引き摺られてごめんなさいっ♡」

「あークソかわいいな……」

 

 ダズがあまりにもかわいすぎる。

 その必死な姿がかわいくて仕方がない。健気で可愛らしくて、まるで小動物のように守ってあげたくなる。

 

 好きになるだろ、こんなの。

 

「あぁ、なら、両思いだよな? なぁ、付き合おう? ダズ、オレの恋人になろう?」

 

 男だった親友だとか、もうどうでも良くなってきていた。

 こんなにかわいい女の子に好きだと言われて、調子に乗らない男はいない。目の前のかわいい存在に早く手を出したくて、下半身がいやにムラムラする。

 

 こんなかわいい女の子を恋人にするなんて、あまりにも贅沢かもしれない。しかも中身はダズだから変に気を負うこともないし、オレの言うことにはなんでも従うようなやつだ。

 

「なぁ、ダズも嬉しいよな……?」

「いやです」

 

 

 

 

 

 

 ———は? 

 

 いま、なんていった? 

 

「いやです」

「な、は、なんでっ? おかしいだろ? なぁ、つきあいたいよなっ?」

 

 

 聞き間違いかと思ったが、そうでもないらしい。

 こいつは、どうしてかオレと付き合うのがイヤらしいのだ。

 

 

「だ、ダズ? なんで? オレと付き合いたくねぇのかよ?! 好きなんだろ!?」

「好きです」

「じゃあ、別に付き合ってもいいだろ? なんでっ……い、イヤなのか?」

「はい」

 

 なんで。

 

「オレが、イヤなのか?」

「アニキのことは、とっても大好きです」

「……じゃあなんで付き合いたくないんだよ」

 

 オレは、正直ダズと付き合ってもいいと思うんだ。

 たしかに元は男だけど……でもかわいいし、女の子としてみたらかなり好条件だし、なによりも気負わないで済む。なんせ中身はダズなんだから。

 

 とっくに好きになって、互いに両思いで、なのに付き合いたくないって……なんでだよ。

 

「オレがアニキを好きなのは、間違っているので……付き合いたく、ないです」

 

 元に、戻らないといけないから。

 

 

 

 

 

 

 

 ———その言葉に、オレは急激に現実に引き戻されていく気がした。

 なにしているんだ、オレは。なんてことをしでかしてしまったんだ。後悔したってもう遅くて、いっそ時間を巻き戻せるならとすら思ってしまう。

 

 明日からどんな顔して、ダズといればいいんだよ。

 

 手元の催眠アプリを解除して、眠ったダズに静かに服を着させていく。食い散らかされた酒類も片付けて、時刻は深夜3時ごろ。

 ……ダズの横にいたくなくて、オレは部屋からゆっくりと出て行ったのであった。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 いっけなーい! 遅刻遅刻! 

 

 ワシ、パリス! どこにでもいる普通のおじいちゃん! 

 でもある時いきなり超演算予測装置・機械神(デウス・エクス・マキナ)のせいで世界秩序崩壊の危機だとか言われてもう大変! しかもディーテいわくなんとかできそーなヤツなんて、無自覚もいいところのポンコツスケベ男しかいないらしくて!? 

 一体ワシ、これからどうなっちゃうの〜〜〜!? 

 

 

 

 

 

 

「……ずっ、ずびまぜんでじたぁ……!」

「誤って済む問題じゃあねぇんだよォ!?」

 

 そんなワシ、絶賛土下座で謝罪中。

 包帯を全身に巻いたオレンジちゃんは本気でキレ散らかしていて、その足元にはパソコン類の残骸が無惨にも散らばっていた。

 

 そう、残骸である。

 なんとパソコンはご臨終なさられたのだ。

 

 なんとか一時的に停止した車から飛び降りて(取ってこいと蹴り飛ばされて)、粉々に砕け散ったオレンジちゃんのパソコン類を全部持ってきたワシ。持て余している能力を存分に使ったものの……

 

 ワシには、壊すことはできても直すことはできない。だからこそ、こうしてオレンジちゃんに必死に謝り倒していたのであった。

 

「……オレン、落ち着かないと……傷が開いて、しまう……」

「あ"〜〜〜〜!? 落ち着けるかお前ッ……」

 

 どこぞの修行僧みたいな格好をした不思議系青年がオレンジちゃんを諌めようとしてくれるものの、それすらも意味をなしていない。彼の足は、ワシの頭をぐーりぐーりと強く踏みつけていた。

 

 土下座してる頭を踏まれて、なんて屈辱的ッ……! 

 でもまぁ、ワシが悪いっちゃ悪い……? 

 

 ———いや違う。違うのだ。

 

 あの、男だ。

 あの男さえあんなところで急に出てこなければこんなことにならなかった。ワシは悪くない。あの男がいなければダズちゃんにぎゅってしてぱふぱふして、オレンジちゃんにめーわくかけることもなかったのに……

 

「あのドクズスケベ片目眼帯厨二病男が悪いんじゃ」

「テメェが悪いんだろォが! マジブッッッ死ね! 死んで詫びろ!」

「ぷぴぃぃいっ!」

 

 オレンジちゃんの怒りもごもっともである。

 

 必死こいて作ったというすごい催眠アプリ。それをワシがちょっと欲望を解放させようとしてしまったがために、壊されてしまったのだ。

 メモリーも基盤も何もかもがぐっちゃぐちゃのぺっしゃんこ。スクラップという言葉がこれほどまでに似合う状態は他にあるだろうか? 

 

「どう落とし前つけてくれるんだよ、あ"?」

「ぷぴっ……しゅみましぇん……あの、直すので、直すのでゆるじでっ……」

「ん?」

 

 ———元通りはちょっと難しいカモだけど……

 

 見た目だけなら、なんとかなるかもしれないのだ。

 内部データに関して治るか治らないかなんて、ワシにはわからないケド……

 

「ディーテに頼んで直してもらうようにお願いしましゅのでっ……」

「………………直るのか?」

 

 美少女メイドロボを持ち帰った時は直せていたけど、その時も記憶はわりとちゃんと直さなかったし……出来るかどうかがわからない、というのが実状である。

 

 アフロディーテは、『愛』と『美』に関しての権能を司っている。

 

 特に『美』に関しての権能はかなり汎用性が高く、何でもかんでも基準を美しいか醜いかにすれば大抵のことはまかり通ってしまうのだ。壊れたパソコンを醜いと認識して、美しい形に戻そうとすればきっと治せるだろう。

 

 しかし、それで果たして内部データも戻せるのだろうか……? 

 

 第一、ワシと違ってディーテはまだ世界平和だとかそういうものを大切にしようとしている。悪意を凝縮したような催眠アプリに理解を示すかと言われたら、確実にありえないだろうが……

 

「や、やりましゅっ……なんとかしましゅっ……」

 

 きんたまもフェルトぬいに変換されてしまい、力もやる気もあまり出なくなってしまっていたワシは、その場凌ぎになんとか頷いたのであった。

 ディーテのことだ、ワシを嘘つきにはしまいとなんとかやってくれることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 ———これは、夢か。

 

 

 

 

 それは、幼い頃の夢だった。

 子供が2人いて、まわりには他に誰もいない。

 

 真っ白な壁に囲まれた、やけに寂しい孤児院。子供の笑い声が遠くから聞こえてくるものの、ここに来るような子供はいなかった。

 幼い自分と幼いダズを、オレは客観的に見ている。自分の目の前で広げられる淡いセピア色の記憶は、どこかほろ苦いキャラメルのような味がした。

 

「あの、おにい……ちゃん……」

「なんだよ」

 

 いまよりもずっとずっと小さくて、あどけない表情の子供。今よりも少しだけ濃い髪色をしている幼い少年がダズである。

 その子供は、ふてくされたようにぼんやりと空を眺めていたオレの服の袖を掴んでいた。ぽてぽてと歩いていて、かわいらしいものだ。

 

 そういえば、いつからコイツはオレのことをアニキと呼ぶようになったのだろうか。昔はおにいちゃんと呼んでくれていたのに。

 

「おまえも、アイツらのとこ行ってこいよ」

「……ぼく、じゃま?」

「邪魔じゃあ、ないけどさ……」

 

 少年は言葉を濁すように、足元にあった石ころを軽く蹴った。掴まれている袖を振り払うほど、意地悪な性格もしていなかったのだ。

 

 あの頃はまだ、大人に裏切られたばかりだった。

 友達もいなくて、誰も頼れなくて……とにかく寂しくて虚無感だけがオレの中にあった。

 だから、新入りだったダズがオレに話しかけてきてくれて、嬉しかったのだ。

 

 嬉しかったけど、同情はされたくなかった。

 子供ながらにプライドがあったのだ。

 

 せめて自分がかわいそうだと声を大にして同情を引くタイプの子供なら、まだよかったのに。オレは意地をはって、誰に愛されなくても平気だと繕っていた。

 

 同情で一緒にいられるくらいなら、離れていて欲しかった。この時も精一杯の虚勢で、ダズに対してつっけんどんな態度をとっていたのだ。

 

「あっち行ってこいよ。その方が、みんないるし……オレと一緒にいたって、意味ないだろ」

「……ぼく、いや?」

 

 まるでお前のことが嫌いだと言われたような顔で、幼い頃のオレを見上げているダズ。

 そういえばこの頃のダズは、そのきゅるんとしたかわいらしい顔立ちを、意識せずに武器として使っていたのだ。

 

 服装次第では女の子にも見えるような男の子だった。それが悲しそうな顔で見上げてくるんだから、まるでこっちがいじめている気分になる。

 いまでこそ目元を前髪で隠しているし、少し前まではムキムキの男になっていたけど、もともとコイツはこういう顔立ちだった。

 

 だから、オレはたじろぎながらも弁明してしまう。

 

「……別に、いやじゃないけど」

「ごめんなさい……」

「なんでお前、オレのところにくるんだよ?」

 

 わざわざこんな嫌われ者のところに来る必要なんてないのに。今だって、窓から先生がこちらを見ている。ちゃんと監視されていて、ダズに何かがないようにと見張られているのだ。

 

 この孤児院で一番の嫌われ者。

 そんな子供に、わざわざどうして付き纏うのか。

 

「……お母さんが、言ってたから」

「ん?」

「おにいちゃんとお友達になりなさいって……」

 

 

 

 ———お母さん。

 

 オレはダズの母親の姿を、一度しか見たことがない。綺麗な女だったことは覚えているが、それ以外に何も知らなかった。

 ダズがこの孤児院に連れてこられてから、その後一度もやってこなかった母親である。

 

 大人になった今では、彼女のことをダズはなんとも思っていないのだろうが……この頃はまだ、この子供にとってあの女だけが世界の全てだった。

 

 初めてダズがここにやってきたとき、最初に出会った子供がオレだった。だからこそ、母親はテキトーにそう言ったのだろう。

「あのおにいちゃんと仲良くなりなさい」と。

 

 彼女としてはきっと、ここにいる子供と仲良くなれと……先生達の前だからこそタテマエとしてそう言ったに違いない。

 それをダズは小さく理解して、たまたまその時に近くに居ただけのオレと仲良くなろうとしているのだ。

 

 酷い人間でも親は親。きっともう会いにきてくれないとわかっていても、幼いダズは母親のいうことを忠実に守ろうとしている。

 何人もの同じような子供を見てきたオレからすれば、そんなものになんの意味もないとわかっていたが……幼い子供に残酷な事実を吹き込む必要もない。

 

 否定するのは簡単だし、肯定して嘘をつくのも簡単だ。

 だけどオレは、それを無視することにした。

 

「まぁ、そうしたいならそうすればいいけど」

「……? おにいちゃんは、ぼくがいてもいい?」

 

 無駄にかけられた呪いなんて、いつか時間が解決してくれる。

 期待しても反抗しても、いずれ無駄だと理解して、そして忘れていくのだ。

 

 同情はしない。

 オレの方がきっと、よっぽど酷い境遇にいるから。

 

「オレはどっちでも、いいよ」

 

 自分よりもずっと小さなところにある頭をぽんと撫でた。柔らかくてふわふわとしていて、子供特有の髪の毛の細さが心地よい。

 

 この子供に対して憐れむべきは、母親が指したのがオレだったって事だろう。

 きっと運が悪かったのだ。もしも少しだけタイミングが違っていたら、オレとダズの関係はただの同じ施設の子供でしかなかったのだから。

 

 よりにもよって、オレなんかを。

 

「オレといたらみんなと遊べないよ」

「うん」

「……オレといたって、なにもないし」

「うん……でも、どっちでもいいなら、ぼく……ここがいい」

 

 孤児院の入り口近くの、小さすぎる庭スペース。

 とくに何の遊具もなくて、ただ細っこくて殴ったら折れそうな木が一本生えているだけの場所。

 

 職員室から監視がしやすくて、他の子供達があまり来ないところ。

 まともに遊ぶことも出来ないような、こんな寂しいところにオレはわざわざきているのだ。

 

「……おにいちゃんは、ぼくがいたらだめなの?」

「だって、オレといたって、どうせつまんないよ」

「ううん」

「……まぁおまえがそうしたいなら別にいいけど、でも、さぁ」

 

 いつかはオレを置いて、他の子供達がいる方に行ってしまうだろう。母親の言葉を忘れて、オレなんかよりも楽しいほうを選ぶ時が来るはずだと……ぼんやりとそう思って。

 

 言っても無駄か。と、オレは諦めた。

 

 きっとこいつにかけられた呪いだって、いつか時間が解決してくれるのだ。それまでは一緒にいてやればいいと思う。

 きっとオレなんかといても意味がないと理解して、離れていくその時まで。

 

「まぁ……いいや」

「一緒に、いてもいい?」

「…………おう」

 

 オレも、ちょうど誰かと一緒にいたいと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ———そうして。

 

 この日から、ダズはオレと一緒にいるようになった。毎日オレの後ろをくっつくように歩いてきて、そのたどたどしさが目に余って面倒を見るのが日常になっていった。

 

 ダズもダズでオレを取り巻く環境に思うところがあったのだろう。オレたちは互いに協力しあって、ここでの生活を送っていた。

 幼い子供が2人一緒にいて、ほぼ喧嘩もすることがなかったのは、もしかしたら周りの環境が敵ばかりだったからなのかもしれない。

 

 いつからかダズは、母親のことを忘れて自分からオレについてくるようになっていた。

 頼られるのは気持ちが良かったし、誰かがずっとそばにいてくれるのは心地よかった。

 

 最高の友人だった。

 最高の、弟分だった。

 

 

 

 

 その関係は、大人になってもきっと変わらな———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が壊した」

 

 唐突に、2人がこちらを振り向いた。

 この場にいるはずもない今のオレに対して、夢の中の過去の2人こちらを見ている。

 

 その子供の眼帯がはらりと落ちていった。

 いつものように、片方だけ燃え盛るような赤色がこちらを向いている。いつもは隠している真っ赤な眼が、オレを貫いている。

 

 薄気味悪い眼だ。

 毎日鏡で見る、真っ赤に光っている眼。

 

「お前が、オレたちの関係を壊したんだろ」

 

 オレを責め立てるように、子供が口を開く。

 幼いオレと幼いダズが、あの日のオレたちが今のオレを責めている。

 

 女になったダズに、友達としての関係を裏切るような行為を行なっているオレに対して。

 

 

 

 ———違うんだ

 

「違わない」

 

 ———オレは悪くない

 

「お前が全部悪い」

 

 ———ただ、ダズのことが知りたくて……

 

「でもお前は、ダズを裏切ったんだろ」

 

 ダズならなんでも許してくれると思ったのか? 

 事故ならいいのか? 仕方がなければそれでいい? 

 

 意識を奪って、言いなりにして……ダズは、そんなことされたくないのに。

 

 

 

 

 

 幼いダズが、小さく口を開いて、オレに何かを言おうとする。

 それを聞きたくなくて、耳を手で塞いだ。ダズの純粋無垢な眼が、オレに裏切られたかのように潤んでいる。

 

 ———どうしてもオレは、ダズに否定されたくないのだ。

 

 耳を塞ぐ。それでも、ダズの柔らかな声がオレの鼓膜に触れてくる。

 

 ———だって、ダズはずっとオレの近くにいてくれたんだぞ? 

 

 今更、ダズに嫌われるなんてそんなのとても耐えきれない。

 何年一緒にいたと思っているんだ。どれだけコイツの存在に、オレが救われてきたと思っているんだ。

 

 いっそ、こんな思いをするくらいなら———

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 そうしてオレは飛び起きる。

 場所は、どうやら誰でも使っていい多目的ホールのソファだ。どこにいくでもなくフラフラ歩いていて、とりあえずソファが置いてあったから座って、そのまま眠ってしまったのだろう。

 

 壁にかかっている時計を見るに、時刻はまだ6時。

 カーテンもかかっていない大窓から外を見ると、遠くまで広がる荒野には朝の日差しが降り注いでいる。綺麗な景色だったが、悪夢を見た後では感動もクソもない。

 

 ……いつまでもここにいても意味がないし、きっと今頃ダズも起きる頃だろう。朝起きてオレがいなかったら、きっと驚いてしまうかもしれない。

 

 会わせる顔がなくっても、それでもダズは何も知らないのだ。自分一人で調子に乗って、そして自分で自滅して項垂れて……本当に自分勝手な人間だ。せめて、ダズに悟られないようにしないといけないだろうに。

 

 部屋に帰ろう。

 そう思っても、なかなか体が動かない。

 

 そうして何度も立ち上がるかどうかを葛藤して、いよいよ動き出したのは15分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 * * * *

 



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キャビンアテンダント?

 

 

 

 

「……?」

 

 目が覚めて、本来ならいるはずの彼の姿がない。微睡の中にあった意識が、一気に現実に覚醒していく。

 

 時刻は朝の6時ちょうど、いつもと同じ時間。

 小さな小窓からは朝日が差し込んできていて、薄暗い部屋の中を少しだけ明るく照らしていた。

 

 彼は……アニキは、果たしてどこにいるのだろうか? 

 

 隣同士に並べられているベッドに手を伸ばすものの、ひんやりと冷たくて、どうやら長時間戻ってきていないらしい。珍しいものだ、彼は朝はかなり弱いのだから。

 

 

 

 ———寂しいと感じる時点で、自分はもう、どうかしているのだろう。ダズの心の中に、起きて早々に憂鬱な気持ちが膨れ上がる。

 

 朝、目が覚めて彼の寝顔を見る事に幸せを感じてしまうのだ。

 こんな甘ったるい思考を持っていることに苛立ちを覚えるものの、そんなことは微塵も感じていないと上っ面だけは取り繕っている現状。

 

 バレないようにいつも通りにしたって、腹の中ではこんなことを考えている自分がひどくおぞましい。

 

 なにせ、自分は男なのだから。

 バレたら確実に軽蔑されてしまう。

 

 

 

 

「……起きるか」

 

 なんとなく身体に倦怠感を覚えつつもいつもと同じ時間に起きたダズは、手早く朝の準備を開始した。

 

 服を着替えて、自身の使っていた方のベッドをソファの形に戻して、荷物を取り出す。アニキの方のベッドは、シーツを整えるだけだ。もしかしたら、二度寝するかもしれないから。

 タオルと洗面具を取り出して……アニキの分も準備して、それから外に出る。

 

 まだまだ人気がない廊下は、あいかわらず激しいエンジン音が響いていた。

 広くて、しかし快適とは言えない車内。都市部に行くのも、一苦労である。

 

 

 

 

 

 

「……アニキ!」

 

 そこに、いた。

 平然とこちらに向かって歩いてきている男。寝巻きのままで眠たそうに後ろ頭をかいていて、顔色はそんなに悪そうでもない、いつも通りだ。

 

 ———あぁ、全くいやになる。

 

 彼の姿を認識するや否や、ダズの視界は桃色に鮮やかな色を帯びたのだ。自分の感情があまりにもわかりやすすぎて、しかしそれを必死に押し殺す。

 

 自分の感情を無視して、ダズはいつもと同じように笑顔を顔に浮かべた。

 

「おはようごぜぇます、アニキィ」

「おう。お前ははやいな……」

「いえ、そんな……それよりもアニキ、体調はいかがですかい? 

 

 

 

 昨日は酒も飲ん」

 

 

 ひゅ

 

 

()()、と言った瞬間に男の顔から血の気が引いた。驚いたようにこちらを見て、そして一瞬だけ時間が止まる。

 

 ———なにか、間違ったことを言ったか? 

 

 何年も一緒にいたからこそわかる異変。普通の人ならわからないだろうその反応も、ダズからすれば察知できるもので。

 ……しかし、それは一瞬の出来事だった。気のせいか、それとも下手に聞かない方がいいのかと思って、ダズは言葉を続ける。

 

 気付かない、その方がいい時もある。

 

「……酒も、飲みましたから。具合悪くなってませんか?」

「いや、悪くねぇよ。心配しなくていい」

「なら、よかった! もし必要なものあったら言ってくだせぇ」

 

 じゃあ、オレは顔洗ってきやすから! と、殊更明るく言ってその場を凌ぐことにした。何か気に触れるようなことをした覚えもないのだから、ただ単に虫の居所が悪いのかもしれない。

 

 男の横を通って洗面台に進もうと思って……しかし、数歩進んだところで彼に呼び止められた。

 そして。

 

 

「なぁダズ、昨日のこと、どこまで覚えている?」

「どこまでってぇ……ええと……」

 

 ———昨日。

 

 やっぱり、昨日なにかしたというのか? 

 しかし思い当たるところもなくて……酒を飲み始めて、それからしばらく後の記憶は全くない。もしかしたらその時に何かやってしまったのかもしれないが、はたして。

 

「……ま、まさかなにか粗相を……?」

「いやいい、おぼえてないならいいんだ! 止めて悪かった、後でオレも行く」

 

 そう言って、彼はそそくさと部屋に戻って行ったのであった。ダズはその後ろ姿を、止めるわけでもなく見つめるしかなかった。

 

 なぜ長時間、部屋にいなかったのか? 

 寝るでもなく、なにか外に用事があったのか? 

 ダズはそれを問いかけることもできなくて、もやもやとした不快感を無理やり飲み干すのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違和感は膨れ上がっていく。

 

 

 

 数時間後。食事をとって、ゆっくりと流れる時間を過ごす。昨日と同じ、穏やかな1日だ。何もない広い車内で、ただただ目的地にたどり着くのを待ち侘びるだけ。2人で過ごすのは、とても心地がいい……はずだ。

 

 なのに———昨日までと何かが違う空気感に、ダズは居心地の悪さと寂しさを覚えていた。

 

 何が違うのかと言われても、説明できない。

 長年一緒にいる自分だからこそ感じる、不思議な寂しさ。

 

「……わからないや」

「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありませんぜ」

 

 なんて形容すればいいのかわからない違和感。それを説明するわけにもいかずに、小さくため息をこぼす。

 ダズは人から自分に向けられる好意や悪意にはひどく鈍いが、この男の機敏にだけは人一倍敏感であった。

 

 特に、負の感情に関してだけは猟犬のような嗅覚を持ち合わせている。

 

 ダズにとって人から性的な目で見られたり、悪意を持たれたりすることは、興味のない事柄である。

 前者は今まで男だったためにそういったことに対して理解が及んでいないから。自分が性的な目で見られるという()()()自体が欠けている。

 

 そして、後者は子供の頃から、悪意に対して無痛であることを意識してきたからだ。

 母親から生まれた時からずっと悪意をぶつけられ、孤児院でも嫌われ者の少年とずっと一緒にいたせいでイジメの対象と見做されていた。それ故に、防衛本能として()()()()()()()()()()()()ことを選んだのだ。

 

 究極的に、自分とアニキ以外に興味を持たなかった。

 

 他の人間に意識を向ける意味がなかったし、それは自分を守るためであった。世界が彼と自分の2人だけで完結していた方が、よっぽど幸せだった。

 その一途で美しい友情は、裏返せば社会性の壊れた歪な依存体質である。互いに依存しあっているし、それを指摘するような人もいない。

 

 与えられる好意に対してははてしなく鈍感であり、逆に少しでも距離を感じると意識してしまう。

 

 ———だから。

 

「(……わからない、心当たりがない……昨日、なんかしたのか? いや、聞けない……)」

 

 心にはただただ焦りが生じてくる。

 いつも通りのはずだ、なのに、何か違和感が残る。それを無視できずにじわじわと膨れ上がってしまう。

 

 そして、ダズがそうしていればそうするほど、男の様子も不安げなものになるのだ。

 

「……ダズ、具合悪いのか? なにか変な違和感とか……」

「いえ、ありません、ありませんぜ!」

 

 思わず嘘をついてしまうが、仕方がないことだろう。

 ダズは長年の経験から、アニキのこれは聞かれたくないことだとわかっているのだ。だからなにも違和感がないと嘘をつかざるを得ない。

 

「そうか、ならいいんだが……異変あったら言えよ?」

「はい、そうさせてもらいまさぁ」

 

 そうして、ダズは小さくため息をこぼすばかりなのであった。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ひとつ、わかったことがある。

 

「……はぁ」

 

 なにやら寂しそうに、ため息を吐くダズをこっそりと見てしまう。抱きしめたらすっぽりと腕の中に入ってしまいそうな、小柄な後ろ姿だ。

 

 オレはどうやら、ダズのことがめちゃくちゃ好きらしい。知りたくなかったなこんな事。知らない方がよっぽど幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、おぬしら喧嘩したのかのう?」

「「してねぇよ」」

 

 ジジイの問いかけに、思わず声がハモってしまう。唐突に部屋にやってきたこいつは、開口一番そんなことを言い出したのだ。

 

 昨日の大惨事を少しも反省していないような様子でオレたちの前に現れたコイツは、オレとダズを見比べて、それからそう言ったのだ。

 

 つーか、何しに来たんだよコイツ。

 

「何しにって……そらダズちゃんの乳を拝みに……」

「帰れ」

 

 ノックされて扉を開けたら勢いよく入ってきやがったこのジジイ。今後はちゃんと誰が訪問してきたのかを見てからじゃないとな……

 

「で? どうしちゃったんじゃよぉダズちゃん……落ち込んでるよね? なになに、コイツに浮気された? だからこういう厨二拗らせハーレム願望持ちムッツリ童貞はやめといた方がいブッ」

 

 言い終わる前に、ダズの拳がジジイの顔面に突き刺さる。

 

 遠慮も何もないそれに、びゅおっと室内に風が巻き起こるほどの衝撃。ダズの怪力から繰り出されるソレは、一般人が喰らったら間違いなく即死クラスのはずだが……

 

 ジジイはそれを、当たり前のように顔で受け止めていて。

 

「……喧嘩してねぇっつの。オレが全て悪いんだ……多分」

 

 そうしてダズは、祖父が生きているだろうことはわかっていたのだろう。特に追撃もせず、殴った拳をひっこめて落ち込み俯く。

 

「おぬし、マジで何やらかしたの?」

「………………し、してないし?」

 

 ……やらかしてはいるけど、オレが言わなきゃバレるはずがない。

 

「ほーん? よくわからんが……こりゃマジで寝取りチャンスなのでは……? ね、ダズちゃんこんなクソ彼氏なんかと別れてさぁ? ワシとラブラブチュッチュしよ? ね? 騙されてるだけだって♡」

「……百歩譲ってオレに対する言葉の諸々は許してやるよ。だがなぁ……その、アニキのことを、間違っても()()()だとかいう妄言やめろ」

 

 オレとしては、ダズに対するセクハラ発言全てが許せないわけだが……ダズはそれ以上に、オレが彼氏扱いされているのが気に食わないようだ。

 

 そりゃそうだよな。

 だってコイツ、オレと付き合いたくないって本心で思ってるんだもん。オレなんかが彼氏扱いされるの、嫌だよなぁ……

 

「アニキみたいなお方が、こんなちんちくりんな女と付き合うとでも思ってるのかァ? そりゃオレァ中身は男だしそもそもありえないが、そんなこと思考することすら烏滸がましいぞテメェ」

 

 ……まるでオレの理想が高いみたいな言い方をしているが、はたしてダズはオレがどんな女だったら付き合うと思ってるのか。

 

「アニキが付き合うなら、まず世界一美しくて横に並んでも見合うくらいの女で、器がデカくてなによりオレが認めるヤツじゃねぇとなぁ……いや、アニキが認められるくらいのヤツだってんならもちろんオレも歓迎だが」

 

 ……びっくりするほどハードル高すぎないか? 

 

 オレはもっとこう、ダズのように身近にいて落ち着く感じの、ダズのようにかわいくて意外と家庭的で、ダズのようにちょっと天然入ってるけど意外としっかりしてて、ダズのようにワンコ系属性持ちで……

 

 いやもう、ダズがいい。

 

「……はぁ」

 

 でもそれは、叶わないのだ。どうやらコイツはオレとは付き合いたくないみたいだし。

 なんでだろうなぁ……だって両思いのはずだろ? 

 

「? あ、アニキ? どうしやした?」

「いや別に? なんともない」

 

 オレの心も知らないで、不安そうにオレの顔色を伺ってくるダズ。

 

 そのちょうどいいところにある頭をぽんぽんと撫でて、オレはダズの追求を誤魔化した。高さ的に撫でやすいところに頭があり、こうするとさらに犬のように撫でやすく頭頂部を差し出してくる。ふわふわとした髪の感触もとても柔らかい。

 

 男だった頃にはダズの方が身長高かったから出来なかったけど、そういえば昔はよくしていたものだ。

 

「……わ、わっその、アニキっ……」

 

 ダズの頭を撫でていれば、頬を赤らめて次第に静かになっていく。

 

 ……付き合いたくないけどオレのことは好きだもんなコイツ。こうしてみるとわかりやすいな、かわいい。

 

「貴様、そうやってナデポで誤魔化しとるんじゃなぁ?! このクズゥ!」

「なにも誤魔化してねぇよ」

「ケッ! これだからこの手のヤカラはダメなんじゃよゴミカスゥ」

 

 ダズがわんこのようにされるがままになってる横でジジイが睨みつけてくるが、無視である。

 

「やっぱりやるんじゃよ、傾向と対策ゥ! ポセカスに対するカイネウス、アテカスに対するメドゥーサ、アポカスに対するオリオン、イキリ厨二眼帯むっつりスケベ低学歴ゴミカスに対するダズちゃん……」

 

 そのポセカスだかアテカスだかアポカスだかは知らないが、まさかイキリ厨二眼帯むっつりスケベ低学歴ゴミカスはオレの事じゃないよな? つーか低学歴じゃねぇよ。……むっつりは否定できないけど。

 

 その他の槍玉に挙げられた人物がどういう奴なのかはよく知らないが、とにかく悪口なのはわかる。

 

「お主やらかしたんじゃろ?」

「し、ししししてない」

「お主がやらかしたことを、ダズちゃんが自分が何かやったって勘違いして1人で落ち込んでるんじゃろ? ワシの観察眼(TS娘限定)を舐めないで欲しいのう?」

 

 オレはいつも通りになんとか振る舞っているが、ダズが何故か落ち込んでいるのはそういうことなのだろう。

 

 行為自体はバレてはないはずだ。

 

 じゃあなんだ、コイツのいうことが正しければ、昨日のことを意識してるのがバレてるってことか? いや、鈍感なダズがそんなこと気がつくのだろうか……? 

 

「やっぱり悪いのお主じゃん?」

「ぐぬぬっ……他のヤツに罵られるのはまだわかるが、お前にとやかく言われる筋合いだけはないだろ」

 

 性犯罪者にだけは言われたくない。

 

「ちーがーいーまーすぅー? いうならばワシとダズちゃんは同じような感じ、被害者の会だよ?」

「どっからどう見ても加害者なんだよなぁ」

「たしかに常識の枠から見たらそうかもしれんけど、ワシは被害者の一人として……先達としてダズちゃんをゲス野郎の手から救ってあげようとしてるだけで、今も昔も英雄なんじゃけどぉ?」

 

 コイツが被害者な訳がないだろう。

 こんな自由気ままがすぎる男を被害者に出来るほどの人物がいたら、会ってみたいものである。

 

「ヘェ……会ってみたい? 会ってみたいんじゃな?」

「……いややっぱ無理、会いたくないぞ」

「しかし会ってもらわにゃ困るのじゃ〜?」

 

 ジジイは居住まいを正すと、パチンっと可愛くもないウインクをひとつ。

 そして……

 

「この世で一番美しくって、ヒトデナシのロクデナシ子に会いに行こうにゃん♡」

 

 ぞっ

 

 あまりの気味の悪さに、オレは瞬時に全身に鳥肌が立つ。どうやらダズも同じだったらしく、相当顔を引き攣らせながらもその奇行にドン引きしていた。

 にゃん♡ の語尾に合わせてネコの真似をするジジイの絵面が、あまりにも気持ち悪すぎたのだ。

 

「……ダズ、車長さんに電話してコイツ連れてってもらえ。不法侵入だ」

「へい、わかりやしたぁ」

「待ってぇ」

 

 車長さんは確か女性で、コイツは女性が死ぬほど苦手らしい。なぜかはわからないが、言うこと聴かせるにはちょうどいいだろう。

 

「あの女だけは勘弁してぇ! 怖いの! 容赦なくワシのことチクチクチクチクいじめてくるの! まーじでアルテミスのトラウマ再来レベルよ?」

「ダズ、番号わかるか?」

「フロントに繋いで、そこから転送してもらいまさぁ」

「やめてぇ!」

 

 と、必死に懇願してくるジジイ。

 

 仕方ない。

 こんなジジイのお願いを聞く価値なんてないが……まぁとりあえず話だけでも聞いてみるか。

 

「ワシと共に、この車から降りてほしいんじゃ! 今から!」

「いや、無理だろ」

 

 アホなのか? 

 この車は今も時速50kmで荒野の中をひたすら都市へと向けて走っているんだぞ? 

 

 確かにこのジジイの身体能力を持ってすれば降りたところで怪我もしないのだろうが、そもそもそんなことをする義理も何もない。

 

 むしろコイツをここから突き落としてほしいくらいだ。

 

「いやわかる! お主の困惑もわかる、でも仕方がないんじゃよ〜」

 

 そうしてジジイは、居心地悪そうに頭を掻きながらも理由を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

「……ワシ、じつはもともとお主をディーテのとこに連れてくるって仕事を任されて、シャバに出されてたんじゃよね」

「ディーテって、ダズを女にした張本人だよな?」

 

 オレたちをそいつの元に、連れていく? 

 

 

 

 

 

 ———そもそも、である。

 

 このジジイいわく、ディーテとやらがダズのことを女にしたらしい。なのでそのディーテにオレとダズは会いに行くために、都市に行こうとしていたのだ。

 

 ジジイがいうにはディーテとやらは空にいる。

 ならば、空に関して研究の進んでいる都市に行き、自分たちでなんとかディーテに会いに行こうとして……それでこの車に乗っているわけだが。

 

 ———コイツが、ディーテのもとにオレたちを連れて行く役目を持っていただと? 

 

 

 

 は? 

 

 

 

「だってぇ、それ言ったら早くディーテのとこに連れてけって絶対にお主ら言うじゃん? だから言わずに隠しておいて、お主がもうどうしようもないってなってワシの靴舐めながら懇願してきたら、まぁ考えてやろうかなくらいに思ってたんじゃけど……」

 

 あまりの自分都合すぎる言い分に、言葉も出ない。

 

 こっちは真剣にどうしようかと色々考えていろんな手立てを作って動いていたというのに、こんなクズ野郎のご機嫌だけで振り回されることになっていたなんて。

 

 ……ここ数ヶ月のオレとダズの努力は一体何だったのか。

 

「それに、ディーテの元に連れて行ったらまたワシあそこにずっと()()()()事になるし……それならせめて先延ばしにしようかなって思ったんじゃよね」

 

 ま、先延ばしもできなくなっちゃったわけなんじゃけど。

 ジジイは残念そうに、唇を尖らせている。

 

「約束せざるを得なかったんじゃよね。『パソコンを元に戻せ』って。ソレできるのディーテくらいしかおらんから、ディーテの元に帰らなきゃいけないってワケ」

 

 ……それは、おかしな話だ。

 

 これだけ人への嫌がらせ・セクハラ行為・もろもろの犯罪・そして今自供した仕事の放棄などを散々しているくせに、なのにそんな約束ごときを守ろうとするなんて。

 この倫理観が吹っ飛んでいる男が、そんな約束程度で自己意思を曲げるなんて……到底考えられない。

 

 約束を守らなくてはならない理由でもあると言うのか? 

 

「辻褄あわねぇこと言ってんじゃねぇぞ。お前の言動と行動がなにひとつあってねぇよ」

「いやぁわかる、お主がわからんなーって思うのもわかるよ? でもぉ、ワシにも事情ってのがあるんじゃよ」

 

 しかも、一般常識に当てはまらないタイプの事情ってやつ。

 

「ワシ、人からの約束事を反故すると、ちょっと重めな罰をくらう神託持ちなんじゃよね」

「しんたく……神託?」

 

 聞き慣れない言葉に、オレは首を傾げる。ダズも同様だったらしく、知らないと答えを返した。信託じゃないのか。

 

 それにしても……また、神か。こいつは本当に宗教好きだな。

 

「信託でもチン拓でもないぞ? 神託じゃよ?」

「チン択は誰も言ってねぇよ」

 

 神託とは———

 

『絶対に破ってはならないルールであり、クラピカの念の制約と誓約みたいなものであり、ケルト神話でいうゲッシュとほぼ同義のものであり、すごく不便だしめちゃくちゃだけど与えられた以上どうすることもできない、個々人に対する法則定義』

 

「である!」

「……意味わからねぇよ?」

「クラピカ……?」

 

 言ってる意味がカケラもわからないが、つまりそれを破ったらダメだという自己ルールを持っているという事だろう。クラピカとやらもケルト神話とやらもよくわからないが、つまりそういうものらしい。

 

 そういえばコイツ、なんかキンタマがぬいぐるみになってたな……アレは『人工物を破壊してはいけない』という神託だったってことだろうか。

 

「今回、ワシはオレンジちゃんから『なんとしてでもパソコンを元に戻せ』なーんて言われちゃってぇ。ワシとしてはもうちょい遊びたかったけどぉ、パソコン直すにはディーテしか頼れないし? ディーテのとこ帰るなら流石にお主ら連れて行かないと何しに地上降りたの? って話になるじゃん?」

 

 コイツがオレンジちゃんと呼んでいるのは、あの麻薬王オレン・D・ジュースの事だ。確かに、昨日ジジイのせいで彼のパソコンは派手に壊れていたな。

 

 そのディーテとやらは、男を女にするだけではなく、壊れた物すらも直すような魔法を使えるっていう事だろうか? 

 

「わからない……治せるといいなぁ……うん、ワシちょっと不安。でもなんとかしないと神託破りになっちゃうしぃ……」

 

 あの場では約束するしか逃げられなかった、とジジイはさめざめと泣きながらも独白する。涙がぼたぼたと床に落ちているが、正直汚いので勘弁してほしい。

 

 ……それで、だ。

 

「オレたちがそのディーテのとこに行くのを拒否したら、どうする?」

「いやまぁ、お主にはまず拒否権ないんじゃけどぉ?」

 

 と、ジジイはさも当たり前のように返してくる。

 

「……拒否権がない?」

「無理やり連れてくワケじゃけど」

「いや、連れて行かれないようにする」

「ワシにパワーで勝てるとでも? クソザコ短小包茎粗チン野郎が?」

「関係ないだろ」

 

 短小でも包茎でも粗チンでもないぞ、オレは。

 

「オレ達が、ただ黙って誘拐されるとでも?」

「んー、できれば暴れないでいてくれたらすごい助かるんじゃけどぉ」

 

 なんせこういう運び方じゃから。

 

 ジジイはそういうと、身体を折り畳んだ。腰から180°綺麗に折りたたまれて、まるでガラケーのようになる。その背中がベコボコと音を立てながら、形を変え始めた。

 

 肌が気泡のように泡立ち、そしてぱちんぱちんと弾けていく。その老人のしわくちゃの肌が茹だった湯のようにボコボコと隆起する様は、ひどくグロテスクであった。

 

 そして。

 

 身体は変容していく。

 手足は細く伸びていき、クルクルと回転を始める。内臓を守るための骨格は形状を変えていき、肋骨は搭乗箇所のような大きさに広がる。尾骶骨だったところから尻尾がうねり現れて、そしてダズとオレの身体と……そして部屋に転がっていた荷物をも引っ掴んだ。

 

 あまりにも気持ち悪すぎるだろコイツ。

 

「なっなっ……なぁっ……!?」

「いやぁ……コレ、運搬用形状のワシ中々体力いるのよね。モチベーション的な意味で」

「お前っ、どこから喋ってるんだよ!?」

 

 頭部が体内に収納されているので、口も無ければ肺もかなり収縮してしまっている。かろうじて脳味噌だったものは形状を残しているようだ。剥き出しになって、オレ達の足元を這いずっている。

 

「蝉と似た感じで……手足のプロペラをうまく振動させて、こう、ね?」

「バケモノ……」

「いや今更すぎんか?」

 

 ワシが人外なんて、わりと前から周知の事実じゃったんだけど? と、いつも通りの呑気な声をプロペラという名の手足から放つジジイ。

 酷くても、オレは犯罪者なだけの普通の人間だと思ってたぞ? 

 

「皆さま、今日もイーリアス航空750便、アフロディーテ大神殿行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長はワシことパリス、客室を担当いたしますのもパリスでございます。まもなく出発いたします。ワシの尾骶骨シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。空港までの飛行時間は5時間そこそこを予定しております。ご利用の際は、お気軽に乗務員に声をおかけください。それでは、ごゆっくりおくつろぎください〜なんちって?」

 

 この世界には空を飛ぶ人工物がないから、まだこの形状に名前はない。しかし、異世界からやってきた老人だけが、この形状についている名前を知っていた。

 

 ———すなわち、パリスドローンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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クール毒舌性処理メイドちゃん

 * * * *

 

 

 

 

 空。

 

 現人類がまだ到達し得ない自由空間に、オレ達はいる。いつもよりずっと空が近くて、自分たちの下に真っ白な雲がある。

 薄い膜から外はかなり冷たいようで、ジジイがたまに「さびー」と鳴くのを聞きつつも、なんだかんだで唐突な展開に慣れ始めてきていた。

 

「はぁ……本当ならなー、神殿が頭上に来てる頃に運んでたら、こんな5時間も飛び続けなくてよかったのになぁー……」

「わぁ! アニキィ、海がすっげぇ綺麗ですぜー!」

「まぁダズちゃんが喜んでくれてるし……うん……いっかぁ」

 

 などとぶつぶつ呟いているジジイを尻目に、オレは随分と近いところにある太陽を見上げていた。……どうして、こうなった? 

 

 人とはとても言い難い形状になったジジイに拘束されて、空に連れ出されて早1時間が経過していた。

 

 人間は慣れるもので、最初は恐々とこの機体に捕まっていたダズも、今では無邪気に下を見下ろしている。

 高速で空を飛んでいるにもかかわらず寒くないのは「防護壁使っとるよ?」とのことで、見た目にはオープンだがまるで室内のような快適な温度が保たれているのだ。さらに座り心地も快適で、これがジジイそのものだということに目を瞑れば快適な空旅になっていたことは間違いないだろう。

 

 最初にドローン形態とやらに移行した時はジジイの身体が折れて曲がって伸びて引っ込んでと、かなり気持ち悪いトランスフォームだった。

 しかし、慣れればそこまでの忌避感はない。洗練されすぎたシャープなデザインが、本来なら気持ち悪いと思うところを完全相殺しているのだろう。

 ……質感はプラスチックのようになっているものの、色味は明らかに肌の色である。元は人とわかる名残を残しているはずなのに嫌悪感がないのは、不思議なものだ。

 

「ダズ、あまり壁にもたれかかるなよ」

「へ、へい、わかりやしたアニキィ」

 

 柔らかな乳をムンニュリと機体に押し付けながらも、夢中になって身体を乗り出しているダズにすかさず注意をしておく。

 足元からチッという舌打ちが聞こえてきたが、オレは強めに床を蹴り踏んだ。

 

 

 

 ———そして、その1時間後。

 ダズは疲れたのかうつらうつらと船を漕いでいて、壁にもたれかからせるくらいならとオレの身体に引き寄せた。うたた寝なんて普段のコイツならしないはずだが、どうやら相当疲れていたのかもしれない。

 ……そもそも、昨日の夜はあの催眠をかけて散々イタズラしたのだ。意識はともかくとしてダズの身体は夜遅くまで起きていたわけで、きっと睡眠時間が足りなかったのだろう。

 

 まだ催眠アプリはポケットの中に入っている。ズボンの上から、そっとそれをなぞった。

 

「んで? 何やらかしたんじゃよ」

「またその話か……してねぇっつの」

「いやいや、そんなわけないじゃろ? 何やらかしたんじゃよぉ? 教えて教えて!」

「テメェにだけは絶対に言わねェ」

 

 昨日の痴態を思い出して……それから、ダズにフラれたのを思い出して気分が暗くなる。

 オレはきっと、ダズ相手なら何をしていいと思っていたし、ダズならオレの事を全て受け入れるんだろうと勝手に思っていた。絶対オレのこと好きだと思ってたし、じゃあ付き合いたいって思うのも自然のことだ。

 

 だからこそ、フラれたのがショックだったのだ。

 ……好きだと言ってくれて、なのに付き合いたくないって……よくわからねぇよ……

 

 しかも酒に酔ってジジイのことなにも言えないくらい最低なことしちまってるし。いやでもあんな便利なアプリあったらどうしたって手ェ出すだろ……くそ……

 

「はぁ……」

「ふふん、まぁそのまま関係を拗れさせて、哀れにもクソ男に捨てられたダズちゃんをワシがいただいてだな」

「ねぇよ」

 

 間違ってもジジイだけはない。絶対にない。

 ダズがもしジジイに惚れるような事があったら絶対に阻止する。

 

「くそー、ワシにも一縷の望みはあるんじゃよ!」

「前々から言おうと思っていたが、なんでそんなにダズにこだわるんだよ」

「ダズちゃんがかわいいから!」

「理由になってねぇって」

 

 確かにダズはかわいい。惚れた贔屓目かもしれないが、とてもかわいい。顔も可愛いし乳もでかいし家事からなにまで、全部できる。

 

 しかし、それだけでここまで執着する必要もないだろうに。

 

「うーん……まぁワシ自身がディーテに弄り回されてるっていうのもあるんじゃけど、ワシもダズちゃんも言ってしまえば被害者なんじゃよ。だから、こうシンパシー感じるというか……」

「被害者? ディーテってやつの被害者ってことか?」

「いや、寵愛されてしまった被害者ってことじゃね〜」

 

 ワシはアフロディーテに愛されてしまった被害者。

 海のポセイドンはカイネウスを愛したし、智のアテナはメドゥーサを変容させたし、太陽のアポロンはオリオンを殺した。

 

「そんでお前は、ダズちゃんを食らおうとしとるじゃろ? 可哀想じゃん? 半分は同情じゃよぉ? ダズちゃんはお主みたいな低学歴短小包茎インキャ厨二男から離れるべきじゃよね」

 

 などとのたまうジジイを、強めに踏みつける。誰が低学歴短小包茎だ。

 ナイフでもあったらこの床、というか体の一部をぶち抜いてるところだ。

 

「同情、ねぇ……それなら尚更ダズに執着する意味がわからねぇよ。確かにオレ達はあまり幸せな人生送ってきたとは言い難いけど、でも世の中にはもっと可哀想な人っているもんだろ?」

「いやいや、ダズちゃんほど呪われてる子もそうそうおらんじゃろ。お主に大切にされてるってだけで、一国が背負うレベルの災害を1人で背負ってるようなものなんじゃし?」

 

 それをディーテによっていじくられて……可哀想に。と、ジジイはブツブツ呟いているが、その意味がオレにはわからなかった。

 オレに大切にされてる事が、なんでそんなに同情される必要があるんだろうか。

 

 確かに、オレもそんなにいい人間じゃない。性欲だってあるし、ダズに対していやらしい目を向けているのも事実だ。それでも、そこまで言われるほどのものだろうか? コイツの目から見て、そんなにオレは罪を犯しそうに見えるのだろうか? 

 

 きっとジジイにとって前提としているものが、オレとは違うのだ。常識外のところをまるで常識のように語っているから、話がまるで通じない。

 

「……話を戻すが、そのアフロディーテとかポセイドンとか、アテナとか、アポロン? とかいう奴らと、オレが同じだって言うのか?」

「うん」

「どこが同じなんだ?」

「神なとこ」

 

 あぁもうほら、よくわからない。

 

「……はぁ、お前と話してると頭痛くなるな」

「ま、詳しい話はディーテに聞けばいいじゃろ。ワシがお主に優しくしてやる義理とかないしぃ?」

「どんなやつなんだよ?」

 

 今から会いに行く相手を、オレは興味本位に聞いた。前にも少しだけ聞いたことがあったけれど、詳しくは知らないのだ。

 まぁ、コイツが正直に話してくれるとも思わないが……

 

「ワシの事が大好きで大好きで束縛しいの、元男な美女じゃよ」

 

 まぁもうすぐ会えるんだから、期待して待っとくが良いぞ。ジジイはあまり楽しくなさそうな声で、そう呟いたのであった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 大きく黒々とした嵐の雨雲の上には、美しすぎる神殿が聳え立っていた。

 

 足元には緑の青々とした草や、小さな花が咲き乱れている。真っ白で太い柱は堂々と来客者を待ち構えていて、空は雲ひとつない真っ青な晴天だった。東家(ガゼボ)の屋根の下には華奢なアンティーク椅子とテーブルが備わっていて、そこから階段が下に伸びている。木々にはおいしそうな果実がなっていて、噴水からはこんこんと綺麗な清水が湧き出ていた。

 

 どこからか吹いている優しい風が頬を撫でて行き、穏やかで麗かな空気が流れていく。

 

 ジジイからダズと共に降りて背伸びをひとつ。その後ろでは、再びジジイが身体をバキゴキと音を立てながら戻していて、それは見ることを後悔するレベルで気持ちが悪かった。

 ……形が完成していたら綺麗だが、その途中経過は目も当てられないな……

 

「……すげぇな、ここ」

「雨雲の中の美しい庭園ってロマンじゃよね。ワシがラピュタの話したら採用になったんじゃよ〜ここが我が家じゃよ〜!」

 

 そうして、そんなオレ達のもとに歩き寄ってくる少女。表情は険しいものの、可愛らしい顔立ちのメイド服を着た女である。

 

「いらっしゃいませ、お客様。おかえりなさいませ、ご主人様」

「ん! ただいまァ〜」

 

 少し目元を潤ませている美少女。メイド服というには多少露出度が高い気もするが、きっとコイツの趣味なのだろう。

 ……そのメイドの顔立ちに一瞬引っかかりを覚えて、しかし言わなくていいことだと口を閉じる。心底嬉しそうな表情を浮かべたそのメイドは、ジジイにむかってはにかみながらも頭を下げていた。

 

「ご主人様がご無事に帰還されて、とても安心致しました。……アフロディーテ様がご主人様をお待ちでいらっしゃいます。どうぞ鏡の間へ」

「ウグッ……はぁい。行きます、行きます……」

 

 まるで怒られに行く子供のような足取りで神殿の奥に向かって歩いていくジジイを、とても穏やかな顔で見送るメイド。

 

「……えぇと、オレ達は?」

「はぁ……」

 

 オレ達も着いていくべきなのかとそちらを見れば、つんと澄ました顔でオレとダズを頭から足先まで見て、一言。

 

「……汚な」

「ア"ァッ!? テメェ、アニキに喧嘩売ってんのか?!」

「待てダズ落ち着け」

 

 さっきまでの瀟洒な姿はどこに行ったのか、まるで養豚場の豚を見るような目でオレ達を見つめるメイド。カチンと来るものがあるが、それ以上にブチギレたダズを止めるのに精一杯だった。

 

 オレの事に対してはやけに沸点の低いダズだ。小声で言っていた悪口もしっかり拾い上げて、俊敏な動きでメイドの胸倉を掴んでメンチを切っている。オレがその暴言に気がつくよりも早く動き出して、気がついた時にはもう掴みかかっていた。

 握りしめた拳は振りかぶっていて、オレが止めに入るのが少しでも遅かったらぶん殴っていた事だろう。

 

 初対面早々に暴言を吐くような女に愛想笑いする必要はないが、しかしそれでも暴力を振るうのもいけないのだ。

 

「ダズ、とりあえず手を離せ」

「アニキィ……しかし」

「いいから」

 

 大人しくオレの言うことを聞いて手を離したダズ。しかしメイドの顔をヤバい顔で睨んでいくのはやめない。

 

「アフロディーテ様がパリス様を堪能なさったのち、お客様にはアフロディーテ様と謁見頂きます。お二方の逢瀬はおそらくかなりの長時間が予想されますので、その間に大神殿内の案内を致します。が、その小汚い貴方がたに神聖な大神殿を汚されたくありませんので、まずは身を清めていただきます」

「……わかった」

 

 その一言一言に噛みつきそうな形相で髪で隠れた目の奥で射殺さんばかりに睨んでいるダズを抑えながらも、メイドの言葉にオレは頷いた。言いたい事はいくつもあるが、この場をなんとか収めたい気持ちが勝ったのだ。

 

「アニキィ! なんで止めるんですか、あんな不届き者……懲らしめてやらねェと気が済まないでさぁ」

「あんなのの言葉にいちいち突っかかってんじゃねぇよ」

 

 それに、だ。

 オレは挑発するように声を大きめに、ダズにゆっくり諭すように答えていく。もちろんメイドにも聞こえる声の大きさで……

 

「型落ちどころか骨董品レベルの性処理専用機械人形(アンドロイド)程度に、マトモな知能は備わってねぇからな。どうせ趣味の悪いプログラムでも設定されてんだろ。……ジジイか、もしくはディーテって奴がそういう暴言のプレイが好きなんだろ? 気にしてやるなって」

 

 オレには、あの顔に見覚えがあった。

 100年近く前の古い機械人形で、かなりリアリティにこだわった自立式AI搭載の人形だ。2D写真でのカタログでしか見た事なかったものの、顔立ちが完全に一致している。

 

 まるで人のようなダッチワイフを作るオリエンタル工業から出た、待望のアンドロイドという触れ込みだったと聞いている。整った顔立ちと綺麗な身体、そしてなにより性格の設定の多彩さが売りの、まるで人そのもののような人形としてヒット商品となった、それである。

 今では法改定も行われて、アンドロイドの製造販売は基本禁止とされている。そんな中でこんなふうに動く骨董品に出会えたのは、もしかしたらとても珍しいことかもしれない。

 

 とどのつまりは、こういう性格に設定している主人が悪いのだ。オレはそうだろうと、メイドをチラリと見やる。

 ……案の定、これまた物凄い形相でオレを睨んでいるが、きっと事実なのだろう。

 

「ま、性処理人形にメイドの真似事させてるってのも酷な話だが……そういう趣味なんだよ、察してやろう。な?」

「へ、へい……わかりやしたアニキィ……」

 

 まるで瀟洒とは程遠い足取りでドスドスと歩いていくメイドの後ろをついていく。

 

 全く、景観は綺麗なのに気が休まらないのはいただけないものだ。オレはため息をこぼしながら、この建物の構造を覚えていくのであった。

 

 

 

 ……その道中、獣の叫び声のような嬌声と、ジジイの助けを求める声が聞こえてきたのはきっと間違いだと思いたい。

 

 

 * * * *




最近書いてたやつ
・最強のあらくれ拳闘士がドスケベマゾメスボディにTSして無様にもオス様に土下座懇願ぶりっ子命乞いする話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15158966


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フェ○チオしてたのバレバレw

 * * * *

 

 

 古風だが意匠の凝っている巨大な浴場にそれぞれ案内され、風呂から上がればやけにサラッサラとして肌心地のいい服が用意されていて、そして案内された先には美しい客室。

 メイドとして運用されているアンドロイドの愛想は悪いものの、オレたちのやってきたこの神殿自体はまるで歴史ある高級サロンのようである。

 設備も古めかしいものの、そういう趣向だと捉えればいっそ風情があった。

 

 そして———

 

「夕餉をお持ちしました」

「……えぇ?」

 

 アンティーク調の広々とした客室に、ノックをしてから入ってきたメイドがテーブルに配膳を始める。ソファに腰掛けて暇を持て余していたオレは、アンドロイドの飄々とした態度に苛立ちが募るものの。

 

「どうぞお召し上がりください。……それでは失礼します」

「待て待て、アフロディーテとやらとのオハナシは?」

「アフロディーテ様はご主人様をお労りなさっています。それが終わり次第、すぐにお呼びするよう仰せ使っております」

「そのお労りっての、今の時点で6時間はかかってるよな? いつ終わるんだよ」

「……正確な時間はわかりかねますが」

 

 その女の態度から、まだ時間がかかることがなんとなく読み取れる。いっそ食事を取った後に仮眠でもいいから寝てしまってもいいかもしれない、そのくらい時間がかかりそうだった。

 

 時刻は夜7時。そのお労りとやらがはたしてどういった行為なのか想像つかないが、廊下で遠くから聞こえたジジイの叫び声からまともなものではないことは容易に想像がつく。

 

「それでは、失礼します」

 

 一時でも同じ空間に居たくないとばかりに早々に部屋から出て行ったメイドを見送りつつも、テーブルに並ぶご馳走に目を向ける。

 ……自分が幻覚を見ていたわけでなかったら、ここは雲の上であるはず。なのに野菜や肉が当たり前のように調理されているのは一体どういうことなのだろうか? いや、そもそも雲の上に当たり前のように建物が立っていることがおかしいか……

 

「アニキ、食べてもよろしいですか?」

「まぁ、食えるときに食っといたほうがいいよな」

 

 ……あまり深く考えない方がいいのかもしれない。

 

 急にこんなところに連行されて、オレたちも疲れ切っているのだ。料理に毒とか入ってるかもしれないと一瞬だけ思考が過ったが、それならこれより前の時点で仕掛けているはずだと疑心を一蹴する。

 今は休むときだと、オレはナイフとフォークを手にしたのであった。

 

「……アニキィ、オレは……なんだか、いい気がしませんぜ。あのメイドもそうだが、ここの女主人もアニキの時間を奪っといてこんだけ待たせるだなんて……腹立たしいでさぁ」

「本当にな。……ったく」

 

 品のいいシルクだかなんだかのゆったりとしたドレスに身を包んだ……それしか用意されておらず渋々それを着ているダズは、プリプリと怒りながらも肉にフォークをぶっ刺した。

 

 服装と行動があまりに似合っていないものの、オレもダズもテーブルマナーとやらにはそんなに詳しくない。2人きりなのだから何も気にしなくていいかと、オレもダズと同じように肉にフォークをぶっ刺して口に運ぶ。

 

 うん、味はうまいな。赤みの残るレアステーキは、程よい柔らかさのソースの濃い味付けが口の中に広がっていく。

 添えてあった苦手なキノコはダズの皿にささっとうつして、オレはため息を吐き出した。

 

「何がしたいのかさっぱりわからねぇ……が、アフロディーテとやらはオレたちのことを完全に見下してやがるな。……まったく、なんのために連れてこられたんだか」

「アニキをコケにしやがってますから、出会い頭にとりあえず殴ろうとは思うんですがね」

「それはやめてくれ」

 

 ジジイは馬鹿みたいに強靭な肉体だからダズの物理攻撃にもケロッとしているものの、普通の人間は首がもげてもおかしくないのだ。そうでなくても、得体の知れない相手に真っ向から喧嘩なんて売りたくない。

 

「あっちがなに言い出すのかわからないけど、まぁ暴力に訴える事になったら頼む」

「へい、オレにゃあその方がわかりやすくっていいです。アニキの役に立てるのは腕くらいですからね」

 

 そう強気に出たダズは、なんだか男だった時のらしさが少しだけあらわれている。頼もしい限りだ。

 そういうことにならないのが一番だが、そうなった時はダズに頼る事になるだろう。

 

 ———それに。

 最悪の場合、オレには石化の眼がある。眼帯の中で閉じられているそれは、幾度と危機を脱出するのに役立ってきたのだ。これのせいで幼少期より苦しめられてきたが、ちゃんと制御できるなら心強い能力である。

 

「今のうちにしっかり休んどこう。どうせ、まだ呼び出されそうにないしな」

 

 予想通り、オレたちがアフロディーテに呼び出されたのはその15時間後のことであった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

「お"ッ……おっ……おひっぃ……」

「お待たせ致しましたわ———私は、アフロディーテと申します」

 

 朝の10時、朝食後にメイドに案内されて廊下をただただ歩き続けること5分くらい。かなり長い廊下や階段、時にエスカレーターなども使用してたどり着いたのはやけに重厚な扉であった。

 ごくりと喉を鳴らして身構えると、自動的に開いた扉の向こうには空の世界が広がっていた。

 

 数十年前に科学都市の中枢地下から発掘された、パルテノン神殿のような様式。それが今なおとても美しい形式で再現されている。……いや、それ以上の景色がそこに広がっていた。

 

 真っ白な柱は雲よりも白く、そして天井はとてつもなく高いところにある。空は雲ひとつない晴天———当たり前だ、何せ自分たちより下に雲があるのだから、空に浮かぶのはただ太陽のみであった。

 

 完璧に計算された柱の白と、見渡す限りの青い空。そのコントラストが、あまりにも美しい場所だった。

 

「ふふ、美しい光景でしょう? 貴方にそう思っていただけるのは、大変喜ばしい事です」

 

 そして、そこに堂々と佇んでいる女。

 足を地につけずに悠然と浮かんでいる、柔らかくドレープのたっぷりな服を着こなしている美しすぎる存在。

 黄金色の髪はまるで絹のように光り輝き、肌はどこまでも透き通るように白く、虹彩を放つ目はこの世のどの宝石よりも鮮やかだろう。

 

 ———完成された美とは、これをいうのか。

 あまりにも圧倒的な存在感に気圧されそうになりつつも……ふと、その女の口元に何かがついているのが見える。

 

「……お"……ぁ……あ……」

 

 呻き声が聞こえてその音の元を探ると、彼女の腕には抱き抱えられた全裸のパリスがいた。

 

 全裸の汚らしいジジイが、絶世の美女に抱きかかえられているのである。

 白目を剥いて、顔中の全てから汚い汁を垂れ流しながらも、それを大切な赤子を持つように抱くその女は、心底嬉しそうにその男の顔にキスを落とした。

 

 そうして、気がつく。

 彼女の口元に付いている似合わないもの———それは、陰毛だ。

 

 きっとジジイの陰毛だろうモノが、その女の口元についているのである。

 

「ふふ……わかりますとも、パリスちゃんはとても魅力的です。貴方が惹かれてしまうのも無理はない……ですが、彼に寵愛を与えるのは私で良いのです。どうか、貴方には貴方の愛し子に寵愛を」

「……あー、えーと、口、ついてるぞ?」

「あら?」

 

 驚くほど美しい動作で口元を指で確認し、そして陰毛を摘み上げた女。一目確認して———それをそっと懐に隠し入れた。

 

「失礼を」

「いや、いいんだ。……趣味は人それぞれだもんな、ウン」

 

 オレはドン引きしているものの、それを表に出そうとは思わなかった。いくら美女だからと言って、初対面の人間と会う時に口元に陰毛つけて話す女はあまりにも常識はずれすぎやしないだろうか。

 

 いや、そもそもこんなに美人なのになんでジジイなんだよ。そいつセクハラ犯罪者の小汚いジジイだぞ。おかしくないか? 

 

「当初、私が想定していた期間よりも長く貴方はここへ来るのを躊躇なさっておりました。その間、暗く陰りを持つ地上にて懸命な説得をした最愛のパリスに褒美を与えるのは当然のこと。故に、多少のお目溢しはいただきたく存じますわ」

「だっ……だすげ、でっ……」

「褒美……?」

 

 ジジイの消耗具合からみて、明らかに褒美を超えたナニカを施されているようにしか見えないが。

 

 いや、そもそも『暗く陰りを持つ地上』といっても、このジジイは地上をバカンスだって言っていた気がする。この美女とジジイには決定的な認識の誤差があるようだ。

 

「……さて、貴方が交渉のテーブルについてくださったこと、誠に嬉しく思います。パリスちゃんから話は聞いていると思いますが……念のため、再度確認をさせていただきます」

「いや何ひとつ聞かされてないぞ」

「まず貴方に課された我らが神からの使命になりますが……」

「ジジイから何も聞いてない! 待て、なんでダズを女にしたんだ!?」

 

 白目を剥いているジジイをギロリと睨みつけるものの、返事はなくただ呻き声をあげるだけのなにかになっている。……もしかしたら本当に死にかけているかもしれない。ご愁傷様である。

 

「? ……貴方も我らが神の一柱から使命を与えられたものでしょう? 飲み込みが悪いと、貴方を選ばれた神の顔に泥を塗ることになりますよ」

「そのジジイはなぁ、ダズにセクハラするし話の要領得ないし、オレにはなんの情報もないんだ! アンタがアフロディーテっていう時代錯誤の神論者って事くらいしか、オレにはわからねぇよ」

 

 アフロディーテはパチパチと目を瞬かせた後、パリスを見下ろし、そして再びオレに目を向けた。

 

 そして。

 

「……数ヶ月もかけてパリスちゃんが説得にお伺いしたというのに、それでも理解できなかったのはご自身のせいでは? 自分の無能を棚に上げてパリスちゃんに罪を着せようとするその性根、見下げたものですわね。いえ、いいのです。そのせいでパリスちゃんは辛い思いをたくさんしたのですから、私にもその苦しみをわけていただけると思えば、この程度の試練、なんともありません」

「なっ……は、はぁ?」

 

 前提からして、違っている気がする。

 

 この数ヶ月、オレとダズはジジイにさんざっぱり嫌がらせは受け続けていたものの、話というのは全然してこなかったのだ。何も知らないのは何も聞かされていないからで、聞いてもはぐらかされたからだ。

 それなのに、この女の中での意識ではどうやらジジイが数ヶ月かけて細かい説明を全部していて、それなのにオレが未だに理解できずにいると思っているらしい。

 

 女の、オレの事を哀れなものを見る目が突き刺さる。あまりにも不愉快だ。

 

「貴方にはわからないでしょうが……パリスちゃんは叡智と勇気に溢れ出した賢い英雄なのです。私はその栄光を知っているからこそ彼を使者として送り出しました。それを無碍に扱い、必死の説得にも長い間応じなかった貴方の思慮浅き考えを、私は悲しく思います」

「……英雄? そのジジイが英雄?」

 

 ジジイの信頼度というか、そういうものがオレとこの女では正反対なようだ。どうしてあの性犯罪ゴミクズジジイをそんなにも持ち上げて信用しているのか……理解に苦しむ。

 

 腹立たしい言い分に青筋が立つものの、ここで喧嘩をふっかけるほど子供でもない。いつか絶対にギャフンと言わせると心に誓って、苛立ちを隠さずに女を睨みつけた。

 

「……しかし天命は貴方を選ばれたのです。神々のご意志というのであれば、私はそれを精一杯補助するおつもりですので、聞きたいことがあるのであればお答えいたしましょう」

「まぁ、いい。とにかく、質問には答えてくれるって事だな?」

 

 言っていることはジジイとさして変わらないものの———きっとこの女の方がまだ話すつもりがあるのだろう。

 オレは気を取り直すと、まず1番に考えなくてはならない事を聞き出した。知りたいことはいくらでもあるが、なによりも大事なことは……

 

「ダズを女にしたのはアンタか?」

「えぇ、はい、その通りですわ」

「何故だ」

 

 ダズをこんな目に合わせやがった、その張本人。

 少しも悪びれずに言い退けた女を睨んで……場合によっては『目』を使って石化させることも考えながらも、オレはその次の言葉を待つ。

 

「……? それは貴方にとって喜ばしい事だったでしょう?」

「ん?」

「貴方は幼い頃から愛を知らなかったでしょう。私も、そうでした。神から授かりし権能とは異端であり人から畏れられる。ですから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を貴方に施しました。我が神から預かり授かっている偉大なる力の一部を示すに十分だったでしょう。……私の説明でおわかりいただけますか?」

 

 ??? 

 

「いや、わからん」

「……ええと、ごめんなさい。いくら私といえど美しさを損ねるので、知能レベルを同じほどに低下させるのは少し出来かねまして……いえ、そもそも誰よりも賢き英雄パリスちゃんですら出来なかったことを、私が出来るわけがないですね」

「いや、言葉をわかりやすくしろって意味じゃない」

 

 ちょくちょく挟まれる頭悪い煽りのようなモノに気が逸らされるものの、それ以上に先ほど言われた言葉が飲み込めずに理解が追いつけない。

 

「……オレに、施すって言ったな。オレのために、ダズは女になったのか?」

「えぇ。貴方が幸福を得るために、貴方を全て受け入れている男を、貴方に合わせた形に作り替えました。……貴方はどうやら生粋の異性愛者でしたから、私が神より授かっている権能を充分に発揮できたかと自負しています。感謝は我が神に是非どうぞ」

 

 今更、神がどうこうという事に突っかかる必要はない。だが、それ以上にこの女の異質さが言葉の節々から溢れ出している。

 

 幼い頃からオレの目のことを知っても尚近くに居続けたダズ。人々から忌み嫌われる中、ダズだけがオレのそばにいた。

 なるほど、こいつ以上にオレを受け入れるような人間というのはいないに決まっている。

 

 だから、そんな存在であるダズとオレが愛し合えるように、と……そういう意図でダズは女にされてしまったというわけか。

 

 アフロディーテの言い分は、ある程度理には叶っている。しかし、それはあまりにもダズの事を無視していた。

 

「胸糞悪いこと言うんじゃねぇよ……戻せ、すぐにだ」

「? そんな、私は愛と美の神から権能を授かっている身です。愛を引き裂くようなことは出来かねます。

 ……男女というわかりやすく愛し合える形にして差し上げたのに、どうして私が試練を与えなくてはならないのでしょうか? 理解に苦しみます。友情よりも愛の方がもっと結びつきは深く、濃く、そして切ないでしょう? そのような形にせっかくしてあげたのに、何故拒むのですか?」

 

 それに、と女は言葉を続けた。

 

「貴方の寵児の肉体は私が把握しておりますが……処女膜の喪失は認識しています。避妊しているのは、同胞として大変立派と思いますよ」

「ッ気ン持ち悪ィな……!」

 

 いくら同性になったとはいえ、プライベートもなにもあったものではないその言動に悍ましさを覚える。

 

 ダズの方を見ると———その顔は呆然として、アフロディーテの顔を刻みつけるように見上げていた。痛ましいものだ……と、アフロディーテからダズを隠すように、一歩前に出る。

 

「……ダズを戻せ、今すぐに」

 

 す、とアフロディーテの目が細くなる。

 

「何故? 自身をすべて受け入れる者の存在は、愛おしくはないのですか? 好きでしょう? 恋しいでしょう? 何故それから目を背けるのですか? わかりかねます」

「お前の考えなんざどうだっていい。戻せよ、すぐに。ダズとオレの関係は、オレが決める。友情でいいし、今まで通りの兄弟のような関係性でいいんだ。だから、戻せ」

「……可哀想に」

 

 そして、チラリとダズの方を見た。

 哀れみのこもった眼差しが、ダズに向けられる。

 

「いえ、いいのです。貴方がそれをお望みという事でしたら、出来なくはありません。……が、今一度貴方の寵児とご相談してからの方がよろしいのでは?」

「必要ない」

 

 2日前の夜に、ダズに洗脳を施したときに聞いている言葉。

 

『アニキのことは好き』

『でも付き合いたくはない』

 

 ———付き合いたく、ないのだ。

 

 ダズは、オレと兄弟の関係であり続けたいと願っているのだろう。

 それは洗脳を施しているが故に嘘ではない。ダズの事を1番理解しているのは、オレなのだから。

 

 すっかりダズに惚れていたオレには、辛く苦い台詞だった。未だもまだその痛みが胸をじくじくと焼き付けている。

 

「……時間はあります。特に貴方の前で時間などというのは無価値にも等しいのでしょうね……私は、愛と美の権能を神より授かりしアフロディーテ。それを自らの手で引き裂くことは、信仰故に出来かねます。

 ……この話は、とりあえず保留に致しましょう。互いに向き合った上で、私がその必要があると理解したときに、また」

 

 しかし、オレとしてもダズにこれ以上負担を掛けたくはないのだ。……いや、惚れているのに叶わない相手をこれ以上見続けるのが辛い、といってもいい。

 

 だから、これは妥協案だ。

 心底嫌だが、それでもダズの負担が軽くなるならと———

 

「オレを、女にすることは出来るのか?」

「………………え?」

「オレを女にしたら、それでもいいだろう。……ダズを戻して、オレを女にする。それでもアンタのいう条件には当てはまらないか?」

 

 男女の枠組みに拘るというのなら、それも出来るはずだ。……オレに男を好きになる気は全くないが、女の体になればそれも変わるかもしれない。

 

 これ以上、ダズに負担を掛けたくはないのだ。

 これ以上、ダズの女の姿を見続けたくない。

 

「———いや、出来ませんよそんなこと」

「何故だ」

「はぁ? 何故って僕……いえ、こほん。私は貴方に権能を行使出来ませんし、もちろん()()()()()()()()使()()()()()()()()()()。常識ではありませんか」

 

 そうして、アフロディーテは自身の目を指さす。5色に光り輝く、この世の宝石をぎゅっと詰め込んだような美しい眼だ。

 ———右目。それは、オレの眼帯の付いている眼。

 

「……まさか、ここまで提示していてもまだ私が権能を与えられた者だと理解していらっしゃらない?」

「その、権能っていうの……なんなんだよっ……」

「貴方も授かっているでしょう?」

 

 時の神より権能を授かった———

 

()()()()、私と同じように神に使命を与えられた男。

()()()()()()()()()……ほら」

 

 アフロディーテが目を翳すと、耳元からブチリと嫌な音が聞こえた。そうして、ぼろりと眼帯が重力に従って落ちていく。

 革製のしっかりとした眼帯を使っていたはずなのに、落ちていったのはぼろぬののような何かであった。

 

 そして。

 

 両目で———オレの忌々しい赤い目が、アフロディーテと交差する。いつもならその瞬間に固まりつくはずのそれは、ジジイを胸元に隠してにっこりと微笑んだ。

 

 石化、しない。

 

「え……な、なんで……?」

「権能を身に宿す者は、他の神の影響を受けない。……神々の取り決めにて、そのように制定されています。互いが互いに邪魔し合わないよう、最低限のルールというものなのでしょう」

 

 良き制定です、と女は微笑んだ。

 

「貴方が権能に悩んでいたことは存じております。私もその道は辿りました。故に、貴方には私が先達としてお伝えできることはしたいと思っております。

 ですから、私をどうか信用ください。私が権能を持つことも、理解したでしょう?」

「……」

 

 もう一度、クロノス、と名を呼ばれた。

 背中を嫌な汗が伝っているのがわかる。長年追い求めてきた答えを、目の前の女が握っていると考えると……心臓の鳴る音がやかましい。

 

 初めて、石化しない人間と両目を合わせたのだ。

 ふたつの眼で見る彼女は、あまりにも完成されすぎた美を体現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クロノスアニキはまだちゃんと童貞です。
手マンはしてるけど童貞です。

最近書いてたやつ
・旦那様がご所望なので乳輪チラ見せ柔らかマゾメスTSメイドちゃんが夜這いご奉仕でたっぷり愛されちゃう
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15376309
もともとはダズちゃんにメイド服着せて夜這い調教するの見たいなって思ったのですが、本編で適用出来ないなってなったので別人になりました。
ただ9割9分9厘ダズちゃんです。
ダズちゃんの柔らかマゾメスメイド夜這い絵(初期案の時の絵)


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甘トロ柔ふわ肉に溺れたいのに

ややこしいのですが、複数いる神様それぞれに名前はないです。
神様に選ばれた人がアテネだったりアフロディーテだったりしますが、神様本人じゃないです。

でも周りの人からすればほぼ神様と同じことできるんだから、イコール神様扱いされてたかも。



 * * * *

 

 

 

 

 科学都市アテナイ。

 その地下に広がる立派な遺跡、パルテノン神殿にそれは存在していた。

 

 智と軍略の神より権能を授かった、聖女アテネの聖遺物……すなわち、アテネの死体である。

 

 ———黄金の林檎をかけた聖戦(トロイア戦争)の際に、パリスによって瀕死の怪我を負わされたアテナ。

 2000年前、アテナは死にかけの身体で自身の本拠地に逃げ帰った後、アフロディーテとパリスが追ったものの足取りが掴めなくなっていたのだ。

 

 死後に至っても、自身の故郷を守るために権能を稼働させていたアテネ。

 その影響下にあった都市アテナイは智による目覚ましい発展と軍略による難攻不落な強靭さを持つ都として、世界で最も成長した科学都市へと成長したのである。

 2000年以上の長い月日が経っても聖女アテネの神の権能が作用し続けたのは、きっと生前の彼女がその土地の人々を大切に思っていたからなのだろう。

 

 そんな彼女の死体が、とある研究チームの手によって数年前に発掘された。ガラスの棺桶に安置されていた彼女は、魔法のおかげでとても美しい状態で保存されていたのだ。

 

 きっと、それがこの都市で発掘されたのでなければ丁寧に扱われて、歴史的に価値のある聖女の遺体として然るべきところに安置されていたのだろう。

 しかし、ここは科学都市アテナイ。人類の発展が華々しいこの土地では数千年前の遺体は人権が適用されず、研究素体として扱われてしまった。

 

 そして、紆余曲折の末にアテネの肉体はあらゆる研究者の手によって演算装置へと変貌したのだ。

 

「あの()()()()は彼女の脳に繋がっています。そこからさらに眼球へと信号が行き、すなわち人類は神の権能をそのまま使用できる……というわけです。まぁ、それを使う彼らはまさか自分達が神に接続しているなどと思ってもいないでしょうけどね」

 

 アフロディーテは呆然としているクロノスにもわかるように、巨大な鏡に現在のアテネの姿を映す。

 ———世界を俯瞰する鏡。その巨大な画面には、グロテスクな人工物があらわれていた。

 

 アテネの頭は開かれて、脳味噌には太い線が何本も髪の毛のように繋がっていた。その先には機能性のみを考えて美しさのかけらもない……むしろ悍ましい印象すら覚えられる機械群が聳え立っている。

 

 それこそは超演算予測装置・機械神(デウス・エクス・マキナ)

 その様は、かつてアテナが生み出した化物のメデューサのようであった。

 

「私の()の権能を持ってして無理やり完成を遅らせています。未完成は汚らわしい、という概念で攻撃し続けているのですが……そもそも美の権能はそういう使い方ではないですし、アテナは死んでいても権能を持っているため私の直接的な影響下にありません。私が辛うじて干渉できているのはアテナにつながる機械部分のみ。悲しいことに、私にはこれ以上の手出しができないのです」

 

 人が演算を始めるために機械を操作すると、その情報が脳に届く。脳から眼球に情報が届き、眼球を介して神の権能に接続できる。

 そのため、アフロディーテは機械に対してのアプローチを行なったのだ。未完成は美しくない、醜くなるように、とここ最近は呪い続けたのだ。

 

 しかし、あの超演算予測装置・機械神(デウス・エクス・マキナ)は完成を目前としている。

 

「人類は神々の威光を忘れ、神々の住まう天空(オリュンポス)に向かおうとしています。それを、食い止めてもらいたいのです……クロノス。これは人類を救うために、神からあなたに与えられた義務なのですよ」

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 一方のダズはというと。

 アフロディーテのあまりの美しさに、呆然と見上げることしかできなかった。

 

 会話の内容の1割も頭に入ってこなくて、ただその女の美しさに圧倒されてしまう。途中で自分の話題が出ているだろうことはなんとなくわかったものの、それ以上に目の前の存在から放たれる美しいオーラに恐れを抱いてしまったのだ。

 

 なにせ、アフロディーテは常に最も美しい状態で自身の肉体を維持している。人間の身でありながら老いて死ぬ事がないのは、ひとえに美の権能のおかげだった。

 

 クロノスとアフロディーテは互いに神の権能を持っているために干渉し合う事がない。しかし、ダズはただの力が強いだけの人間だ。

 天上の美しさを只人が目撃してしまったのだから当たり前のように精神的に異常をきたして、視覚から与えられる膨大な情報量を必死に理解しようとした。

 

 そして、不可能だった。

 

「(な、わから、ない……すげぇ……綺麗、だ)」

 

 アフロディーテはダズに直接的に危害を加えようとしたわけではない。それでも、ただ佇んでいるだけでアフロディーテは一般の人間に多大な影響を与えてしまう。あまりにも強力すぎる神の権能は、存在するだけで人々を狂わせていく。

 ただ圧倒され、呼吸すら忘れかけてしまうのだ。

 

 そうして、ダズの意識は隣にいる好きな人(クロノス)に向けられる。

 自分ですらこんなに心を揺さぶられてしまうのだ。もし、アニキも同じようにこの女に釘付けになっていたら……と、言い知れない痛みが心に響く。

 

「(あ、アニキは……? アニキは、見惚れて……)」

 

 目の前で、もしもアニキがこの女に惚れる姿を見るなんて嫌だと……そう思いながらもクロノスを見たダズは、驚愕した。

 クロノスは、当たり前のようにアフロディーテの美貌を受け止めていたのだ。そこら辺にいる芸能人にでもあったかのように、普通の状態で。

 

 自分が、こんなにも心を掻き乱されているというのに、アニキは平然としている。

 

「(よかった……いや、よかったなんて差し出がましいが、それでも……)」

 

 密かに想いを寄せる好きな人が、他の誰かに見惚れていたら……いい気分ではない。

 

 もちろんダズは自分を弁えているつもりだ。

 アニキの迷惑になるようなことはしたくないし、彼に好きだなんて間違ってもいうつもりはない。そもそも、今拗らせかけて気が付かないふりをしているこの感情(恋心)だって、きっと間違ったものなのだから、男に戻ったらこんなふうに思うことはなくなるに決まっている。

 

 そうだ———男に戻ったら、こんなに切ない気持ちから解放されるはず。

 

 現在、ダズはクロノスに燃えるような恋心を抱いていた。精神が男なのだからこんな感情を抱くのは間違っているけれど、見て見ぬふりを続けているけど、どうしたって彼のことが好きで好きで仕方がない。

 

 だから、焦った。

 こんなに美人な女が目の前に現れて、アニキがこの女を好きになってしまう可能性を考えてしまった。

 

「(嫉妬? オレは今……一瞬でもアニキが取られると思って、嫉妬した? そんな……)」

 

 ダズは自身の中で芽生えた感情がわからず、混乱する。

 

 ———彼に好きな人ができたら応援したいのに。彼に見合う人間なら、自分だって両手をあげて祝うつもりなのに。きっと、今アニキが誰か知らない女を好きになったら、オレは悲しくて泣いてしまうかもしれない。

 

 そして、そんな感情を抱いている自分が許せない。

 

「(アニキほどの方が、オレなんかを好きになるわけがない。だから、こんな感情捨てなきゃ……オレはアニキと誰よりも長い時間を一緒にいて、誰よりもアニキを理解出来ている。それになんの不満がある? それ以上を求めるなんて身の程知らずだろう? アニキの幸せがオレの幸せなんだから、だから……嫉妬とか、そういう感情を殺さなきゃ……)」

 

 ダズは自分自身の価値を低く見積りすぎるきらいがある。俗に言う、自己肯定感が薄い人間だ。それはクロノスの後ろをいつもついて回っていたから、そのようになってしまったのかもしれない。

 

 自分が一番じゃなくていい。

 ただ、好きな人が幸せになってくれればいい。

 そうやって思わないと、この身体になってから悩まされている甘く苦しい痛みから解放されそうになかった。

 

 なのに。

 なのに———

 

 そうして、アフロディーテの手によってぱさりとクロノスの眼帯がほどかれる。

 

 ダズが直視したことのない、クロノスの赤い()()()右目を、アフロディーテは正面から見据えて、そして微笑んでいた。

 

 

 

 

 なんで。

 

「(オレでも……見たこと、ないのに。なんで見て、普通に、して……? 見続けてられる? 石化しない? なんで……?)」

 

 20年近く一緒にいるのに、ダズはそれを見た事がなかった。仮に見ていたとしても一瞬のことで、どんな色彩なのかを覚えていない。

 

 なのにこの女には、それを見る事ができるらしい。ダズの人生において1番美しい女だけは、クロノスの目を受け入れることのできる。

 

 

 

 この邂逅は、ダズが「誰よりも1番アニキを理解している」という自負を粉々に砕いてしまったのであった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 あてがわれた部屋に戻ろうとした時に、メイドがやってきてダズを別室に連れて行った。

 昨日は同じ部屋だったのに、今日は別々の部屋にするようにとアフロディーテから通達があったらしい。オレもダズもぼんやりとしていて適当に頷いていた。

 

 そして、今はオレ一人でぼんやりと天井を見上げている。あまりにも壮大なスケールでいきなり語られて、困ったのだ。

 

 

 

 ———アフロディーテも、同じ。

 神とやらから権能(眼球)を与えられた人間。

 

 そっと眼帯を外す。真っ赤な色をしているだろう右目は、瞼を開けると一気に視界が良くなった気がした。

 まさか仲間がいると思っていなかった。そして彼女は、目のコントロールを完璧にこなしているのだそうだ。あの極彩色の、宝石が中に詰まっているような目を思い出す。

 

 オレの、長い旅の答えはここにあった。

 幼い頃から普通の人間のように暮らしたいと思って、いろんなところに行って調べ回ったが、やっとこの目から解放されるかもしれない。

 

 石化———ではなく、時間停止らしい。

 そう言われた時に、自分の中でスッキリとピースが埋まった気がした。

 

 

 

 あぁでも、不満はある。

 

 オレは、神々の威光から人を守るためにアテナの遺体とやらを破壊しなくてはならないらしい。

 ———いや、神なんて理解したくもないし、信仰するつもりもないが……便宜上、この不思議な力は神からの権能という事にしよう。

 

 神は自分都合だったり、もしくは世界のために生まれてくる前の命に自身の権能を貸すらしい。

 150年前の大飢饉の時も権能持ちの人間が現れて、人々の生活に豊かさを施したらしい。その前の戦争の時にも現れて大暴れしたりと、権能持ちは生まれてくるのに理由があるのだそうだ。

 

 そして、今回は神に手を伸ばす人間の歯止めを行わなくてはいけない、らしい。

 急にそんな大役を押し付けられても困るものの、取り敢えず保留という事にしておいた。そんなすぐに了承を出せるわけがないし、だからといってここで断ったら、彼女達からすれば生きている意味がないんだから殺される可能性もある。そもそも、この目の制御についても教えてもらいたいからある程度の友好関係は築いておいたほうがいいかもしれない。

 

 

 

 それはそれとして、ダズの事である。

 

 オレは男に戻してもらいたいのだ。……たしかに今のダズは可愛くて、女として見てしまうが……自分が間違いをこれ以上犯す前に、さっさと男になってほしい。そうすれば、きっと元の関係に戻れるはずなのだ。

 

 ダズはかわいい。

 低身長でちょこちょこ後ろをついてくる小動物みたいなところや、料理上手でオレに対しての気遣いが抜群なところ。オレ以外に対してはやたらめったら噛み付くくせに、オレの言うことだけはなんでも大人しく聞くところ。

 柔らかな白肉おっぱいのあの柔らかさも手に吸い付くふんわりとした肌触りも、布越しに触ったコリコリと主張するような恥じらい乳首も、すべすべでむっちりとした太ももも、ぷりぷりとした弾力のある揉み心地のいいケツも、そのくせ無防備に誘ってくるような無邪気さも……全部全部オレをおかしくさせる。

 

 あんなの、好きにならないわけがない。

 なんのしがらみもなかったら、めちゃくちゃ結婚したい。

 

 だけど……それじゃダメなのだ。ダズだって、こんなオッサンに片足突っ込んだ男なんかに言い寄られても困るだろう。

 なんせ見た目は美少女でも中身は男なんだから。

 

 自分がクズなのは理解してるし、なによりも酷いのが「ダズならなにしてもきっと許してくれる」なんて思ってるところだ。

 ダズはきっと何したって許してくれる。だから、オレがダズをいいように扱っていいわけがない。

 

「……あぁ、ダズ……ごめんなァ」

 

 オレの弱々しい声は、一人寂しい部屋に溶けていった。

 

 

 




アフロ「なーんで付き合ってないん?」
ダズ「オレなんかがアニキと付き合うなんて滅相もない……」
ニキ「ダズに聞いたら付き合いたくないって言ってたもん……」


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ガチハメ

アニキ×ダズちゃんの本番ガチ生ハメ交尾回。
なお

ちょっと硬めの文章でエロシーン書いたので、多分pixivにあげてるようなやつよりは少し控えめになってるかと思います。当社比。


 * * * *

 

 

 

 あの日から数日後、オレは必死になって目の制御のためにアフロディーテに師事を受けていた。

 

「イメージですよイメージ、時間停止ですから、止めるように……」

「わーかーるーか!」

 

 とはいえ、アフロディーテもニュアンスで長い年月をかけて訓練をしたらしい。なんとなくの感覚でやったらうまくいく、みたいなものだそうだ。

 今、オレは無機物の時間停止……すなわちアナログ時計を止まれ止まれと目に力を入れ続けている。

 

 出来るわけがない。

 

「想像力もないおばかさんは困っちゃいますねぇー、パリスちゃんもそう思いますよねー?」

「ウン、思う思う……」

「やーんっ! パリスちゃんと僕ってば以心伝心! 好きです!」

「タスケテ……」

 

 こっちに助けを求めるジジイの視線を無視する。というか、そっちを向くとジジイが石化……ではなく時間停止してしまうから、この無視は仕方ないのだ。

 

 アフロディーテがいうように、これはイメージの問題なのだろう。

 オレは物心ついた時にはすでに「この目と視線があったら固まってしまう」というふうに認識していたから、その印象が強すぎて時間停止ができないのだ。

 

 ……そういえば、石化の解除が初めてできた時は、ダズを誤って石化させてしまった時だったか。

 あの時は必死になって動くように念じたら石化の解除が出来ていたし、それ以来コツを掴んだのである。あの時は差し迫った緊迫の中で、泣きながら祈ったっけか。

 

 常識を根本からきっちり覆すというのは、それだけ気力がかかるものなのだ。

 

「……そういえば、ダズは今何してるんだ?」

「働かざるもの食うべからずって言葉があるでしょう? うちのメイドのホメロスの手伝いしてもらっていますよ? ……ふふ、メイド服です」

 

 似合ってましたよ、私が監修しましたから。なんて適当な事をいう女は無視する。

 

「だ、ダズちゃんのメイド服ぅ……みたいぃ……見るまでは死ねない……」

「パリスちゃんってばそんなにメイド服みたいんですか! しょうがないですねぇ、僕が見せてア・ゲ・ルっ♡」

「や、やだぁああっ! し、死んじゃううう!」

 

 号泣しながらも手足をバタつかせているが、それには全く力が籠っていないようだ。アフロディーテに拘束されているジジイは、ここまで来ると可哀想にも見えてきた。

 

 パリスは、アフロディーテに肉体をまるまるカスタムチューンが施されているらしい。男から女になった人間でしか勃起できない体、アフロディーテの指先ひとつで筋肉への電気信号の遮断など、好き放題扱われているのだ。

 それも権能を使って行なっているらしく、その()()()という概念の捉え方次第だと綺麗な笑顔で微笑んでいた。怖い。

 

 そして今も、権能を使ってメイド服に着替えたアフロディーテに強制的に勃起させられている。「勃起ってオトコらしくて美しくて素敵だよね♡」という事らしい。

 あんな老ぼれジジイのどこが美しいのかよくわからないけれど、それもアフロディーテの趣味なのだろう。オレは深く考える事をやめた。

 

「人が真面目に勉強してる横でサカらないでくれるか?」

「あぁ、ごめんなさい……パリスちゃんがあんまりにも僕のこと好きだから……」

「そうか。オレはノーコメントだからな。何も言わねぇからな。そんな目で見るんじゃねぇ」

 

 捨てられた子犬のようでみてくるジジイを、今度こそ赤い右目で睨みつける。案の定、ジジイはあわてて目を伏せったのであった。

 

 オレはこんなジジイなんかよりも、ダズのことが心配なのだ。

 

「んで、いつダズは男に戻してくれるんだよ」

「またその話ですか……えぇ、そうですね……」

 

 アフロディーテは少し困った表情を見せた。

 それから、パリスの頭を撫でながらも切なそうに顔を歪める。

 

 ここ数日、何度もこの話をしていた。

 ダズとも話して、ちゃんと男に戻りたいということで話は纏まっているのだ。

 

 なのに、元に戻してもらえない。

 

「貴方はそれでいいとして、それじゃあダズちゃんの気持ちはどこにいくというのですか……なぜ、そんな辛い選択をするのですか? 互いに想いあってるのに……」

「想いあってねぇよ」

 

 オレはたしかにダズのことが好きだけど……でもダズはそうじゃないだろう。ならば、ダズの意思を優先させることが重要だ。

 

「で、でも一回あの子を()()()()()よね? それでそんなこと言うとか、無責任にも程があるでしょう?」

「だ、だ、だだだ抱いてねぇわ!」

 

 手マンはしたけれども。

 

「えぇ……そんな見栄はらなくてもいいですよ、わかってますから。まだ()()()()()()()()()()()()()()にずっこんばっこんとゴムなしでヤったんでしょう? ちょっと、そんな目で見ないでください。プライバシー侵害したのは謝りますが、行為自体は見てませんから。……ちゃんと正常に稼働してるかな、なんて確認したら性転換7日目の時点で私の作った膣肉の形変わってるし膣内に精液溜まってたんです。びっくりしました。妊娠したら困ると思って、慌てて生理来させたんですよ?」

「は? いや、だから本当にしてないって」

 

 たしかに女体化した当時、ちょっと調子に乗ってまさぐったりしたかもしれないけれど、本番がっつりなんてやったこともない。

 

 だってオレまだ童貞だし。

 

「見栄を張らないでください。……はぁ、ほら訓練ですよ訓練。がんばれがんばれ」

「いやホントに……」

 

 なんとなくその言葉が引っかかりつつも、オレは大人しく時計に向き合うのであった。

 

 

 

 * * * *

 

 

 その日の夜。

 オレはダズに割り当てられた部屋に訪問していた。

 

「……あー、えーと、だな」

「?」

 

 普通の寝巻きをきたダズは不思議そうに首を傾げている。

 

 今日一日あちこちの掃除を手伝ったらしいダズは、ほんの少しだがあのいけすかないアンドロイドメイドとの交友関係を深めていたらしい。

 

「……その、ダズ。言いにくいんだが……」

「はい!」

「その、誰かと……ええと、変な意味じゃないんだぞ? ただの確認なんだがな? その……」

「大丈夫でさぁ、なんでも聞いてくだせぇ!」

 

 ニコッと邪気のない笑顔を浮かべるダズが眩しい。まるで、ご主人様の手のなかにあるボールがいつ投げられるのかを待ち構えている犬のようだ。

 

 それだけに、こんなセクハラまがいの質問を問いかけるのは恥ずかしいのだが……

 

「あー……うん、女になってから、誰か男の人とその……いやらしいことというか、ヤったことってある、か……?」

「? いやらしい……」

 

 一瞬考えてから、ぼふんとダズの顔に赤みがさしていく。オレだって、出来ればこんな事を聞きたくない。

 

「あ、あああアニキ、それはその……オレがあのはしたないマイクロビキニとかいう水着をジジイに着せられた時に、アニキに外していただいたことも含まれるのですかい? いえ、アレはオレがひとりで……その、いやらしい気持ちにちょびっとだけ……ほんのちょっとだけなってしまって……アニキには多大なご迷惑をおかけしましたが……えぇと……」

「いや、アレは違う」

 

 あの時も、たしかに瀬戸際ギリギリを触りまくってた……どころかアウトな部分を触りまくったが、本番はしていない。

 

「じゃ、じゃあオレが呪いのかかった本を読んだ時に、理性が吹っ飛んでアニキにご迷惑をおかけした時とか……その、本能に従順になっていたので、はしたない事をしていた、かもしれないのですが……」

「いや、あの時もしてない」

 

 朝起きて全裸のダズがオレの股間を凝視していたのには驚いたが、それでも本番はしていなかったはずだ。

 ……寝てる間に襲われていたらその限りではないが、そもそもあの事件は性転換してからそこそこの月日が経っていたはずである。

 

「そうだな……性転換してから1週間以内らしいんだが、オレ以外の男とかでも、なにかこう……せ、セックスした、みたいな? 事って、ないよな?」

「最初の1週間以内……あっ」

 

 心当たりがない、という表情から一変。

 顔色が青褪めてから赤くなって、まるで信号機のようだ。

 

「な、なんかあったのか!?」

「いえその、なんというか……ち、違うんでさぁ。あれは違います!」

「言え」

 

 誰か、オレ以外の人間と間違いでもあったと言う事だろうか? 

 オレは思わずダズに詰め寄ってしまう。ヒッ、とダズは小さな悲鳴を漏らした。

 

「い」

「い?」

「言いたく、ないでさぁ……」

「ア"?」

 

 ダズが泣きそうな顔になりながら、イヤイヤと首を振っている。

 

「相手は誰だ? ジジイか?」

「じじ……? いえ、その、相手は……」

「オレにも言えないのか?」

「あ、あ、アニキには絶対に言えないですッ……」

 

 なんだよそれ……

 オレはチッ、と舌打ちをしてから座っていた椅子にどっかりと座った。ビクッ、とダズが怯えているものの、構わずに思考を巡らせる。

 

 最初の1週間だ。ダズの反応からして、アフロディーテの言ってたことは本当なのだろう。

 ……ダズを犯して、その上で中に出した? 

 

 じゃあ、相手は誰だ。

 

 腹の奥底の方から、怒りがふつふつと湧き上がってくる。ダズの交友関係なんて、ほぼオレ以外いないだろうに。それに最初の1週間だぞ? 思い当たる男なんていなくて、それも相まって苛立ちが強くなってくる。

 

「……どうしても、言わねぇのか?」

「い、言いません……アニキィ、他のことなら何でもできますから、だからその……こ、この話だけは勘弁してくだせぇ」

 

 ポケットの中に手を入れる。

 数日前に使って以来、後悔し続けている———洗脳アプリ。これを使えば簡単に相手は誰なのか聞き出すことができる、が。

 

 いや、ダメだろう。

 

 もう二度と使わないと決めたじゃないか、と自分の中で理性が働く。

 

 確かに、オレはダズの事は好きだ。だがこれはどうしようもない片想いなわけで、ここから関係が進展するわけがない。

 だからダズが誰とヤってようがオレには関係がないのだ……と、自分に無理やり言い聞かせる。

 

「……わかった、なんで言いたくないんだ? それくらいなら言えるだろ?」

「えぇと、その……い、言ったらアニキ、嫌な気持ちに、なると思う、ので……」

 

 ———は? 

 

 つまりダズは、嫌な気持ちになる相手にそれらしき行為をされたってことかよ? 

 ダズのことだ、オレを心配させまいと黙っていたのだろうが……その気遣いが余計に苛立たせる。

 

「……誰がお前に、酷いことをした?」

「!? え、えぇとですねアニキ、その、アニキの想像してらっしゃるような事ではないのですが、聞いたらアニキが嫌な思いをすると思うんでさぁ! というか特定の誰かってわけでもありませんしっ! えぇと、そんな事実はなかったと言うか夢の中だから実際じゃないというかなんというか……!」

「ダズ」

 

 なんでオレの言いたいことがわからないんだろうか。変な気を使われて下手に隠される方が、よほど腹立たしい。

 

 いけないことだとわかっていても、オレはそれをポケットから取り出す。

 

「え……あ、それ……」

「ダズ———オレの質問に全部答えろ」

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 あれは、性転換してすぐの日の夜中の夢の中。

 目を開けると、そこにはアニキがいた。

 

「ぅ、んん? あれ、なんでアニキ……まだ、夜じゃ……」

「あぁ、夢だぞー? これ、夢だから」

 

 ニコニコと笑っているアニキの言葉に、あぁそうかこれは夢なのかと信じ込む。彼の手には、スマホが握られていた。

 そう、()()アニキが持っているものと同じもの。

 

 やけにリアルな夢だ、と思いながらも……夢の中だというのにまだ眠くて、うとうとと目を瞑りかけてしまう。そんな中でも、アニキはオレに跨って何かをしていた。

 

「いやぁ、処女のダズとヤるの興奮するよなァ……」

「んぅ……? あにきぃ、オレがなにかやること、ありますかい……?」

「いや、寝てていいぜ」

 

 あぁ、服が脱がされているのか。

 まだ女物の寝巻きを買っていなかったから、男物のタンクトップをめくりあげられて、素肌が外気に晒される。

 

「ながぁく生きてるとさ、たまに変わった事がしたくなるんだよな。だから、ごめんなぁ? ちょっと身体は貸してもらうけど、まぁ最終的に責任取るんだからいいよな?」

「? は、はぁ……」

「どうせ夢なんだ、あまり気にしなくていいからな? 気持ち良くなるだけだから」

 

 ぷるんと、大きくてまだ慣れない白い柔肉の上をアニキの指が這っていく。そうしてたどり着いた頂点の周り、ぷっくりとピンク色した淡い乳輪を円を描くようになぞっていて……

 

「なぁ、ダズぅ……? こうやって触られるの……どうだ?」

「んっ……な、なんか……こそばゆいというか……へ、変な感じでさぁ……」

 

 そう答えると、アニキは嘲笑うかのような笑顔を浮かべた。怖い、と思ったのは仕方がない。

 まるで今から、食べられてしまうような……草食動物の立場になった気分だ。

 

「気持ちいい、だ。ダズ、言ってみろよ? ほら、気持ちいいって」

「き、気持ちいい……です」

「もっとだ、ちゃんと言え」

「んヒッ♡ な、なにっ……!?」

 

 乳首をきゅっとつままれて、その一番先端のところを指の腹でこねこねされる。まるで摘んでくださいと言わんばかりの大きさになってしまった、ツンと硬くなっている乳首を摘まれて、そしてこねられているのだ。

 オレは、腰にビリビリと響く感覚がわからずに、アニキの方を助けを求めるつもりで見上げるしかできなかった。

 

「や、やめっ……なに、これっ!? あにき、あにきぃっ……」

「気持ちいいだろ? あー、無知でなんの開発もされてないのたまんねぇよなぁ……ここからちゃんと責任持ってドスケベちゃんに育ててあげるからなァ? ほら、気持ちいい気持ちいい」

「? な?? っ? あ、あ、あっ……き、気持ちいいっ……きもちいい、ですっ……」

 

 言われた通りに、乳首から与えられる切ないビリビリとした刺激を気持ちいいと答える。それに気を良くしたのか、アニキはオレのでかすぎる乳を揉みながら乳首を優しく摘み引っ張り始めた。

 

「く、ぅううっ……♡ は、はっ……きもちい、きもちいですっ……♡」

「あぁ。夢だからな? いくらでも気持ち良くなっていいんだ。……もっとして欲しいよな?」

「っ♡ そ、そんなっ……」

 

 混乱しているオレに、彼はじわじわと毒を盛るようにゆっくりと刺激を与えてくる。どうしてこんなにおかしくなってしまうのかわからなくて、我慢ができなくて、オレは太ももにギュッと力を込めた。

 

「ちゃんと覚えろよ? 乳首いじめられるの、ダズ好きだよな?」

「わ、わかんないでしゅっ……♡」

「好きなんだよ、お前はこうやって乳首こねくりまわされたら気持ちよくなっちゃう……そうだな?」

 

 そうかもしれない……アニキに言われると、そんな気になってくる。男の頃はそんなところ触ることもなかったし、触ってもこんなにジンジンしなかったのに……

 

 アニキにいっぱい触られると、そこだけとても熱くなってしまう。優しく優しく乳首を刺激してくるアニキの指が物足りなくて、引っ張ったりはじいたりしてもらいたくなってしまうのだ。

 

「んっ♡ んっ♡ はぁっ……♡ きもちい、気持ちいい……ッ♡」

「そうだ。好きだよな? こうやって、いっぱい触ってもらえるのが」

「す、好き……かも、しれないですっ……♡ わかんないです、あにきっ……♡」

「好きかも、じゃないだろ? これは夢なんだから、実はこうされたかったって事じゃないのか? お前は乳首こねくりまわされるのが好きなんだよ。なぁ?」

 

 そ、それもそうだ……こんな夢を見るくらいなんだから、オレはアニキに深層心理でこうされたかったって事なのかもしれない……! 

 

 胸の先っぽがジンジンと熱をもって、そこばっかりをいっぱい優しく撫でたり潰したりされるものだから、オレはすっかり乳首ばかりに集中してしまっていた。爪の先でカリカリと刺激されて、どんどん呼吸が荒くなってしまう。

 

 アニキはどうやらそれに気をよくしたらしくて、オレの胸に顔を寄せた。べ、と舌を出して……その乳首をゆっくりと舐め上げられる。

 

「っ♡ っっ!? ♡ ッあに、きぃ♡」

「気持ちいい、だ。言え」

「き、きもちい♡ きもちいいですっ♡ 乳首ぃっ……♡ 舐められるの、気持ちいいですっ♡」

 

 じゅっ、と音をたてて吸われたり、レロレロと舌で乳首を転がすように舐めしゃぶられる。乳首ばかり虐められているのに、下半身が熱くなって仕方がない。オレの腰は無意識にゆらゆらと動いていた。

 

 アニキもそれを察したのだろう。胸から腹を這い、彼の手がそっとオレのまたぐらにあてがわれる。

 

「!? あ、あにき? そんなとこ、汚いですぜ……?」

「はぁ、色気ないパンツ履きやがって……あぁでも、しっかり濡れてんなァ?」

「ぬ、濡れ……?」

「発情するとな、オスに媚びるためにこうやって濡れるようになってるんだよ……ほら」

 

 そうして着ていた服を全部剥ぎ取られて、そしてオレの左右に広げた足の間に彼が入ってくる。女になってから直視するのを躊躇っている秘部を、アニキはしっかりと眺めていた。ぱかりと広げられた足を掴まれて、そこをニコニコと笑いながら凝視している。

 

「!??! っその、流石にそんなところ凝視されたらちょっと恥ずかしい気が……」

「夢に恥ずかしいも何もないだろ? いや……むしろこれは夢なんだから、こういうことされたかったんじゃないのか?」

「そ、そんなっ……そうなのか……?」

 

 確かに、これは夢だ。

 ならこうしてアニキに見られるのも、触られるのも……オレの願望だったということだろうか? 考えたこともなかったが、もしかしたらそうなのかもしれない。

 

 彼はオレの秘部をくぱぁと広げて、中をジロジロと見ている。男の時だってそんなところまじまじと見られたことないが……

 

「恥ずかしくない、だろう? オレが相手なんだから、なにも恥ずかしくなんてないはずだ。それにダズは男の子なんだから、男同士で見られてもなんともないだろ?」

「そ、それもそうですね……すいやせん、アニキィ……」

 

 アニキのもつスマホの画面がピカピカと点滅している。それが光ると、アニキの言葉が深く浸透していくようだった。

 

 ……確かに、オレ達は男同士なんだ。見られたって、何も恥ずかしくない……

 

「アハッ……処女膜あるなァ……」

「……?」

「ダズはここ、どうやって使うか知ってるか?」

「へ? こ、ここってその、女の……性器、ですよね? 赤ちゃん産むためのものでっ……」

「そうだな、赤ちゃんのための穴だな。んで男のチンポハメるための穴だ……わかるか?」

 

 そうしてアニキは、まだオレもちゃんと見ていないその場所をくちゅくちゅと触り出したのだ。

 上の方(後で知ったことだが、クリトリスという敏感なところ)を指の腹でゆっくり優しく撫でられて、知らない刺激に思わず腰が逃げてしまう。

 

「乳首でたっぷり発情してから触られるの、気持ちいいよな?」

「??! んんんぅう〜〜〜ッ♡ ?! っ♡ わからない、いやだっ……♡」

「わかるまでしてあげるからな」

「!??? ッ♡ や、ぁ」

 

 ダラダラと穴から溢れでているらしい愛汁を掬いあげて、そして陰核に塗り込まれていく。ぬるぬるした指先でそれを潰すように虐められるとおかしくなりそうだった。

 

 だって、こんな刺激は知らない。

 

「これが気持ちいい、だ。ほら、気持ちいいだろう? しっかり覚えような?」

「ッヒ♡ な、なんか、その、ちんこよりも刺激が強いっていうかっ♡ わか、わかんねぇ♡ あにき、あにきっ……♡」

「ちんこより気持ちいいねぇ……そりゃそうだ」

 

 そもそも、男だった時も必要最低限しか自己処理を行なっていなかったし、それも気持ちいいものではなかった。おそらく、人よりもかなり感じにくい身体だったのかもしれない。

 

 なのに、この柔らかくて弱々しい見た目の身体は、どうにもおかしい。

 少し触られただけで脳みそに甘ったるい電撃が流されているような気持ちになるし、声を我慢しようと思っても出てしまう。

 

「お前男だった時、本当に痛みにも快感にもめちゃくちゃ鈍感だったもんな……でもまぁ、アフロディーテ特製の身体は()()()()()()()弱く作られてるんだ。なんせアイツ愛の権能だし……」

「アフロ、ディーテ……?」

「あー、気にするなよ。お前はコッチに集中しとけ……ほら、気持ちいいよな? イけ」

 

 くちゅくちゅくちゅ、と音が聞こえてくる。掬った愛液を敏感なところに塗り込まれているのだろう。

 

 なんとか迫り来る快感の波から逃れようと太ももに力を入れたりするものの、どうにも逃げられない。むしろ、そうやって抵抗すればするほど、アニキの指先が執拗にそこだけをイジメ抜いてくるのだ。

 

 そして———

 

「ぅ"ううう〜〜……ッ♡ あ"にきぃ、これっ、こんなっ……♡」

「気持ちいいよなァ……ダズ、クリ責め苦手だもんな? ちゃんと覚えろよ? ココを触ったら気持ちよくなれるからな」

「あ"〜〜〜〜っ♡ ひっ♡ ひっ♡ んぐっ……フーッ♡ フーッ♡」

 

 この身体、絶対に、おかしいッ! 

 男だった時はこんな風に脳みそがバチバチとはじけそうになることはなかったし、身体中に力が入ってしまうような快感の大波なんてなかった。

 

 何よりもこんな……アニキにこんな風に触られる夢をみるなんて……! 

 

 男だった時、処理として自慰を行なって射精したが……気持ちいいと思うより、手間で面倒だと思っていた。子供の頃のトラウマか、そういう体質だったのか……オレは性欲も薄ければ、性処理での快感が極端に低かったのだ。

 

 だが、この身体はどうだろうか。

 敏感なところを少し触られただけで脳みそに電気を流されたように反応してしまう。こんな感覚は初めてだった。

 

 なによりも……こんな夢を見るのが証拠だ。

 よりにもよってアニキに……オレが1番尊敬している、大好きなアニキの手でこんな風にされる夢を見るだなんて。

 彼が刷り込んでくる「気持ちいい」という言葉で、頭の中がどんどん幸せになってしまう。

 

 この身体は、おかしい。

 

 アニキの事をそんな風に思っちゃいけないのに……彼の加虐心に塗れたゾッとする笑顔を見ていると、もっと触って欲しくてたまらなくなってしまう。

 気持ちよくて気持ちよくて、そのことしか考えられない……グチュグチュグチュ、と卑猥な音が部屋に響いていた。

 

「??? や、ばっ……♡ あ、あにき、もうイきましゅっ……♡ んッ♡ お"♡ ッ〜〜〜〜♡」

「……よし、偉いぞ」

 

 腰をガクガクと揺らして、陰核でのアクメを迎える。その瞬間に脳みそはバチバチと白い光が飛んで、身体は一気に解放されたように無重力に放り投げられた。

 

 ……男だった時も自慰はしてたのに、こんなに快感が強すぎた事はなかったはずだ。

 やっぱり、この身体はおかしい。

 

 イったばかりの疲労感からぼんやりと虚空を見つめる。身体はすっかり脱力して、オレの荒い呼吸がやけにうるさく感じる。

 だからだろうか、オレはゴソゴソと動いているアニキに気がつかなかった。

 

「あ、あにきぃ……?」

「クリアクメだけでトんでるんじゃねェよ……今からもっと男の味覚えなきゃいけないんだぞ? ……ホラ」

 

 そうして、オレの顔の正面に突きつけられるのはアニキの勃起。下着の中から解放されて、むわりと独特な匂いが鼻を掠めていく。

 

 男同士なんだから裸の付き合いってやつはしていた。だが、だからといってこんな臨戦態勢のバキバキになったモノは見てなかったと言うか……オレは、気まずさから思わず視線を背けてしまう。

 

「あ、あにきその、これ、は……」

「恥ずかしがるなよ……こうされたい、だろ? 夢なんだから、遠慮しなくていいんだ……口開けろ」

 

 言われた通りに小さく口をあ、と開けると、そこにあてがうようにチン先を押し当てられる。

 

 まさかオレは本当にこんなことがしたかったのだろうか? いくらなんでも、こんなこと思ったこともないはずなのに……

 いまこうしてアニキの勃起を舐めしゃぶる夢を見ているのは、きっと、この身体がおかしいからに違いない。

 

「嫌、なのか?」

「だ、だってオレ、その、男ですしっ……」

 

 そういうと、アニキはため息をついてからスマホを弄り出した。そして———

 

「……()()()()()、だろ? ダズは女の子になっちゃったんだから、男のチンポみたら発情しちゃうもんな……? 匂い嗅いだらムラムラして堪らなくなっちゃうもんなァ?」

 

 スマホの画面が、光っている……

 ———そうだ、女の子の身体だから仕方がないんだ。

 

 口の中に広がる苦い味も、なんだかとても愛おしく感じてくる。さっきイったばかりだというのに、また興奮して腰がズクズクと疼き始めた。

 すぅ、と息を吸うとアニキのオス臭い匂いが脳味噌を充満していった。たまらなくなって、鼻先を下生えに押し付けるように顔を寄せる。

 勢い余って喉の奥までアニキのチンポが入ってきたが、そんな事に気をまわす余裕なんてなかった。

 

「ダズに男の味覚えてほしいからさァ? ちゃんと身体に覚えさせて、匂い嗅ぐだけでも発情するようになろうな? しゃぶって、いっぱい匂い嗅いで発情して……」

「じゅっ♡ ずるるるっ……♡ ふぁい♡ がんばりましゅ♡ ずぼっ♡」

 

 夢中になって、オレはアニキのチンポにむしゃぶりついていた。鼻を陰毛に押し付けて、濃い匂いをいっぱい吸い上げる。味わうように舌でえれえれと舐め回すと、じゅんわりと先の方から苦い先走り汁がこぼれ出てきた。

 

「さっきオレがしてたみたいにさ、自分で触ってみろよ……これから毎日発情したら、こっそり隠れてマンズリしろよ?」

「は、はひっ……♡」

 

 アニキのチンポをしゃぶりながら、それをオカズに下半身に手を伸ばす。

 

 熱く火照っている自身のまたぐらの、先ほどまでアニキに触っていただいていたところを軽く触ってみる。オスの匂いを嗅いでいるからなのか、ムラムラと発情して止まない下半身は、ほんの少しの刺激でも脳味噌に甘い刺激を与えてきた。

 

「はぁっ……アニキ、あにきぃ……んちゅ♡ じゅぷっ♡ ん、ふぅううーっ♡」

「あー……ちょっと()()すぎちまってるか……? ダズのしゃぶり癖と匂いフェチは元からなのか……」

 

 そう言いながらオレの後頭部を押さえつけながらもアニキは手元のスマホを操作している。

 

「オレが元の時間(アッチ)に戻る時には催眠も解除するが……身体が覚えてたらどうしてもクセにはなるからな? あ"〜……ダズに悪い事教えるの、最ッ高に気持ちいい……」

「ふはっ……は♡ あ、にき♡ あにき♡ フーッ♡ フーッ……♡」

 

 必死になって口の中で舌を動かして舐め回しながら、ちゅぱちゅぱとその形を覚えていく。なんだかこの行為はおかしい気もするが……今のオレは女の子で、だからおかしくないのだ。

 

 左手でむちむちと柔らかな恥蓋肉(マン肉)を広げて、どろどろのグチュグチュになっている陰核にさらに愛汁を掬い塗り込みながらも優しく指の腹で捏ね回していく。口元からも卑猥な音が出ていて、それに負けないくらいの音が熱く火照ったまたぐらからも聞こえていた。

 

「過去のオレに同情する……こんなにドスケベな女従えながら手ェ出さないとか拷問だもんな……」

「すぅーっ……♡ はぁーっ♡ じゅるるっ……♡」

「あー、思い出したら腹立ってきたわ……こんなデッケェ乳ぶらさげながら無防備にしやがって……この乳で何回オレがシコったと思う?」

 

 そう言いながらも、アニキはオレの乳に手を伸ばす。乳首を強く引っ張り上げられて、その刺激は下半身にビリビリと響くのだ。あまりの気持ち良さに思わず身体が硬直してしまう、が……

 

「止まるな止まるな、手ェ動かせ」

「んぉっ♡ あ、あにぎぃっ♡ 乳首ぃっ!? つ、つよいれしゅ♡ 引っ張らない、でェッ……♡」

「あ? なに口離してるんだよ……ちゃんとしゃぶれよ、せっかくダズのマンズリ手伝ってやってんだからさぁ……オカズ(チンポ)も提供して乳首まで弄ってやってんだぞ? 感謝しろ」

 

 そうやって強く言われると、オレはそれに従わざるを得なくなってしまう。乳首に与えられるジンジンとした強い刺激に耐えながらもいきり立った怒張を口の中に咥え込み、そして再度指で陰核をこねはじめた。

 とはいえ、先ほどよりも刺激がさらに与えられていて頭が沸騰しそうになる。夢中になって指と舌を動かして、思考はアイスクリームのように溶け始めていた。

 

「あっちの部屋で寝こけてるこの時代のオレには申し訳ないけど……ダズに変態性癖擦り込むの、興奮するなァ?」

「フーッ……♡ っ……♡ んっ、ふぅうっ……♡ っ……♡」

「しゃぶるの好きだもんなぁ? 口の中でチンポ味わいながらオナるの気持ちいいんだろ?」

 

 そう言われると、身体の芯のところがじゅんわりと熱く蕩けだしてしまう。もう少しでさっきと同じように気持ちよくなれそうで、オレはさらに指の動きを夢中になって早めた。ビクビクと太ももが痙攣して、呼吸もどんどん浅くなっていく。

 

「んフーッ♡ ほっ♡ はふっ♡ ふひゅっ♡ んふぅっ♡」

「……もう、イきそうか?」

 

 コクコク、とオレは小さく頷いた。口に咥えていて、言葉を出すことも惜しかったのだ。

 

 そうして、もう少しでさっきと同じように絶頂を迎えられる……と思ったら、スッとはちきれんばかりに苛立っている肉竿が口から引き抜かれる。だらりと唾液の糸を溢しながらぬとぬとになった怒張は、暗闇の中でも月明かりを反射しててらてらと光っていた。

 

 それと同時に手も下腹部から退けられて、もうすぐでイけそうだったという寸止め状態に陥ってしまう。どうして、と思ってもう一度そこに手を伸ばそうとするが、呆気なく腕を取られて阻まれてしまった。

 

「そんなっ……ふーっ……♡ ふーっ……♡」

「しっかり嗅覚と味覚はオスの味覚えただろ? 本命はこっちだ」

 

 再び足を取られて、そしてぬとぬとになっている肉棒がオレのその発情した穴にあてがわれている。

 

 さっきまで指で慰めていたところは熱をもってヒクついていた。はしたない汁がベッドまで零れ落ちていそうだ。

 ごくり、と喉を鳴らしたのはどちらだろうか。

 

「ダズのいっちばん弱いトコな、ここら辺なんだ……わかるか?」

「わか、ら、ないですっ……」

 

 とん、とん、とへその下あたりを指で押される。

 ここまで挿入れるからな、とアニキは微笑んでいた。

 

 つまり、いまあてがわれている青筋立った勃起は、へそ下辺りまでは届くと言うことだろうか……? 

 さっきまで口の中に含んでいた肉棒は我慢できないとばかりにヒクついていて、すぐにでもオレを穿こうとしていた。

 

「ごめんなぁ、オレの気まぐれで何にも知らないダズに悪い事教え込んじゃってごめんな? でもしっかり弱点開発して気持ちよくなれるようにするから、ダズも頑張ろうな? えっちなこといっぱい覚えような?」

「ひっ……!」

 

 そうして、アニキの怒張がゆっくり……とてもゆっくりと肉壺の中へと押し込まれていく。ピッタリと閉じているだろうその肉壁を、こじ開けるようにじわじわと入ってきているのだ。

 

 未知の感覚に身体が強張る。痛みよりも、異物感の方が強かった。

 

「こんだけ濡らしてるから痛くないと思うが……大丈夫か?」

「ふーっ……ふーっ……いたくは、ありませんぜ……」

「あぁ、ならよかった」

 

 そうして、さらに押し込まれていく。

 

「ひっ、ひぎぃっ……ぐ、ぅ……!」

「痛いか? 痛いよな……ごめんな? 頑張れるか?」

「はーっ、はーっ……が、がんばりま、しゅ……!」

 

 たっぷりと濡れそぼっているために、張り裂けるような痛みはない。それでも知らない異物感があって、なんとか苦しくないようにと浅く呼吸を繰り返す。

 

 ミチミチと、狭く肉壁の閉じた穴を無理やりこじ開けられているのだ。オレはその異物感をひたすらやり過ごしていた。

 

「半分、半分入ったァ……もう少しだからな?」

「はいぃっ……!」

「よし、いい子だ。……あー、ダズごめんなぁ? 勝手に処女もらっちゃってごめん♡ 今後の生涯オレしかチンポ挿れねぇしいいよな? オレの専用穴なんだからオレが好き放題しても許してくれるよな?」

 

 そう言いながらも、さっきよりも少し勢いづいて中にどんどん侵入してくる。狭っこい穴を無理やり拓かれて、いつしか彼の根元まで入りきっていた。

 

「ひっ、ひっ……深、ァ……! くるし、ですっ……あにき……!」

「あ"〜〜〜……オレのちんこ知らないダズ穴ヤベェ……ミッチミチで拒否られてるっ……」

 

 ゆるゆると腰を動かしているのか、中が揺らされているようだ。浅く呼吸を繰り返すオレを尻目に、彼はじっくりと繋がっているところを眺めていた。

 そうして、ダラダラと溢れている愛液を掬い取って陰核に塗り込まれる。突然きた甘い刺激に、オレは大きく反応してしまった。

 

「お"っ♡ !?? ま、ってくだせ、ぇ♡」

「ぐっ……締めるんじゃねぇよ馬鹿、痛いのか気持ちいいのかどっちかにしたらどうだ?」

「わかんな、わかんないっ♡ たすけっ……」

 

 そこをクニクニと押しつぶされるたびに、身体がどうしても敏感に感じ取ってしまう。優しければ優しくされるほど気持ちよくて、先程までの異物感も吹っ飛んでいくようだ。

 そして、膣肉が蠢いて締め付けると否応なしにも中に入っているものを認識させられる。

 

 本来のオレなら、下半身にそんなモノが入るところなんてなかったはずなのに。この身体はそれを受け入れてしまっているのだ。

 

「あ"〜めっちゃくちゃ蠢いてるな……チンポの形形状記憶しようとしてるの偉いぞ♡ 気持ちいなぁ?」

「ひっ……ひっ……はふっ……♡」

 

 オレの様子を一瞥したアニキは陰核から指を離し、そうして腰をゆるゆると動かす。先程よりもずっと違和感はなくて、心なしか楽になっていた。

 それでもやっぱりデカくて太いものは突っ込まれているわけで、それが動くたびにじんじんと奥の方から熱いものが溢れ出すような感じがする。

 

「ごめんなぁダズ……この頃のオレ奥手でさ、ダズが発情してようが無視して1人でシコってるような男なんだわ……ダズには発情しても1人でがんばってオナってもらうからな♡ つらいこと教え込んじゃうけどダズなら我慢できるよな?」

「ぁ、あぁ……ああああ……っ♡」

 

 太ももを掴まれて、ぐちゅぐちゅと掻き回される。腹の裏側のところをこすられると、満たされるような気持ちよさが奥深いところから溢れてくるようだった。

 さっきよりもずっと愛液が自分の中から出ているようで、次第に部屋に響くぐちゅぐちゅという音は大きくなっていく。

 

 さっきまで苦しかったのにいつしか気持ちいいに変わっていて、ゆっくりと動いてもらっていた律動はしっかりと腰を打ちつけるものに変わっていた。

 

「お"っ……♡ あに、あにき♡ きもちい♡ おまんこ、おくっ……♡ なんでっ♡ 中が♡」

「ぁ"っは……ダズぅ♡ 偉いな、ほんとに偉いぞ〜♡ チンポハメる天才じゃねぇの? もうコツ掴んだのか?」

「奥ッ♡ 中ァッ♡ あにぎ♡ しゅきれしゅ♡ これっきもちくてっ♡」

 

 ずんずん、と奥を突かれるのは、今までのものとは一層違った快楽を与えるものだった。例えるならば甘ったるい砂糖菓子のような濃厚で重圧な信号が、身体中をゆっくりと駆け巡るように響く。

 

 深く、奥の方から揺らされるような快楽信号。

 オレは必死になってアニキの首にしがみついた。夢の中だからかいつもの怪力は驚くほど弱々しいものになっていて、アニキはそれを支えてくれている。

 

「ゔゔゔぅ……中、奥っ♡ ずこずこって♡ なんでっ!? ♡」

「おまんこハメ気持ちいいな? えらいぞ、ちゃんと覚えろよ? オレのチンポの形教え込むから♡ ごめんな♡」

「あ"〜ッ♡ うぅぅうっ♡ はふっ♡ はふ♡ あにぎっ♡ あにきっ♡」

 

 腰が掴まれて、そこにガツガツと押し込まれる。ただただ気持ちよくて、それが怖くて、1番奥のところを突かれるたびに頭の中に快感信号で真っ白になっていくようだった。

 

 こんなに気持ちがいいのに、夢が覚めたらどうなってしまうんだろうか。

 

 現実のアニキのちんぽをもし見たら……オレは男なのに……体に教え込まれたメスとしての気持ちよさを思い出して、発情してしまうかもしれない……

 

「オレのチンポみてムラムラしちゃうダズかわいいからな……中イきもおぼえような♡ オスのチンポ気持ちいいの全部体に叩き込めよ♡」

「はひっ……はいっ、おぼえましゅっ……イ、ぁ、あっ♡ イぐっ♡ イぎますっ……♡」

 

 気がつけば、すっかり叩きつけられる怒張に翻弄されていた。痛みも苦しさもなくて、ただただいちばん奥の深いところが気持ちよすぎることしか考えられなかった。

 

 アニキの呼吸も浅いものに変わっている。夢中になって女の子の穴を犯しているアニキは、楽しげに笑っていた。

 

「ああああ……出すぞっ? チンポ型覚えたて初物マンコに生中出しッ……♡ ごめんなダズ♡ 悪いアニキでほんとごめん♡ お前の全部オレのモノだからどうしようが自由なんだわ♡ 洗脳で騙して生ハメしてごめんな♡ えっちなこと教え込んでごめんな♡」

「ッ♡ アニッ……♡ ほぉおおおっ♡ イぐっ♡ あぁぁぁあっ♡」

 

 今までで1番奥をえぐられると同時に、オレは深いアクメを決めていた。視界が真っ白になって、身体が宙に浮かぶ。胎の中にじんわりと熱いものが広がっていって、ぼんやりとそれが射精したものなんだと理解した。

 

 どれだけ痙攣していたのだろうか。ようやく意識が戻ってきた時には、アニキは中から抜けてオレの横に倒れ込んでいた。

 

 頭を抱きかかえられて、そしてオレの髪の毛を優しく撫でられている。まるで子供の頃に戻ったような撫で方に、オレは安心してしまって委ねてしまった。

 互いに裸だから素肌の柔らかさが心地よくて、うつらと目を瞑った。夢の中なのに、眠るだなんておかしな話だ。

 

「ふーっ……ダズ、ごめんな? でもこれ夢だから、あまり気にしないでくれよ?」

「はい……ん、あにきぃ……」

「眠いか? 寝ていいからな……まだ夜中だし」

 

 寝たらオレも行くよ、とアニキは呟いたものの……疲労感と安心感から子供返りしてしまったオレは、アニキにどこにも行ってほしくなくてぎゅっと腰に腕を回した。

 

「ダズ、甘えるのはこの時代の……あぁいや、夢から覚めたオレにしておけよ。オレはお前が思ってる以上に、めちゃくちゃ嫉妬深くて欲深いからな」

「でも、その……夢の中でしか、あまえられない、ですから」

「……じゃあ、少しだけだぞ?」

 

 夢の中のアニキは優しかった。そっと身体が抱きしめられる。

 

「あぁそれと、伝言を頼む」

「……?」

「聞かれた時でいいから、『本質は操作だ』と教えてやってくれ。多分、それだけであのクソアマも出し抜けるようになるからさ」

 

 ———アフロディーテには気をつけろよ

 

 

 

 そうしてオレは急激な眠気に襲われて、すぐさま意識を手放したのであった。




これでNTRと言われたらもうぼくなにも出来なくなるので許してください。これは多分NTRじゃないです


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