シンフォギアにゲッター系女子をinさせてみたかった (ぱんそうこう)
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シンフォギアにゲッター系女子をinさせてみたかった

ゲッターロボアークアニメ化&OVA版ゲッターロボ無料配信記念。


――――――目覚めろ。

 

 

 

男の声が聞こえる。

 

 

――――――目覚めろ。■■■■に選ばれし者。

 

 

 

聞き覚えがあるような気がするが、どこで聞いたか見当が付かない。不審者か何かか?と当たりをつけながら落ち着いて聞いてみる。

 

 

 

『目覚めるんだ、流竜。■■■■■はお前を待っている。進化の時は近い。』

 

 

 

 

うるせぇ。俺には関係無ぇだろうが。

 

 

思わず声が出てしまった。どうやらただの不審者だったらしい。

 

 

 

『奴等が来る。数多の世界を滅ぼさんとする者が。この世界の人類を守れるのはお前だけだ。』

 

 

 

んなもん俺の知ったこっちゃねぇ。もしそうだとしても俺は生きたいように生きる。てめぇの思い通りにはならねぇ。

第一てめぇは一体何者なんだ。

 

 

『俺は■■■。お前と同じ、■■■■に選ばれた者だ。』

 

 

 

こいつはただの不審者だ。そうでなくちゃ困る。

そう、だから―――目の前で巨大なロボットが宇宙戦争やってる光景は、俺と関係なんか、あるわけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れストーカー野郎!…………ん?」

 

 

 

少女が質素な布団の中で目を覚ます。いささか古臭さを感じさせる和風の建物だが、見る人が見れば何かの道場かと分かる場所だ。

 

 

(夢……か?妙なものを見た気がするぜ……)

 

 

もしかしたら最近鍛練にばかり時間を費やしていたせいで妙な気分なのかもしれない。今日は遠征してみるのも悪くないか……などと考える。

 

 

「ともあれ、まずはあのオッサンをぶっ倒してからだがな。」

 

 

頭の中に違和感を覚えながら、死んだ父の好敵手だった赤い髪の偉丈夫の顔を思い出す。

 

 

 

――――――少女の目覚めはまだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえるか?我が友よ。」

――――――老人が映像の中で話している。灰色混じりの白髪に白くなった髭をたくわえていることから、相当に年齢を重ねていることが分かる。

 

 

「あの日、わしは世界の破滅を垣間見た。」

 

 

しかしその目は未だ力強く、ともすれば殺しても死なないのでは、と思わせる謎の力を感じさせる。

 

 

「あれをなぜ暴走事故の際に見たかは終ぞわしには分からなんだ。しかし、あれが決定した未来であることだけは朧気ながら理解できた。同時にそれを覆し得るのが■■■■だけであることも。」

 

あるいは、これこそ■■■■の意思なのやもしれぬ、と続けている映像の背後では所々で銃声が響いている。危険を示すベルも鳴っていることから、どうやら現在進行形で襲撃を受けているようだ。

 

 

 

「もしお主がわしの言うことを信じてくれるならば、これを大切に保管して欲しい。必ず適合者は現れる。仮に如何程の犠牲が出たとしても、これが残っておる限りわしらに敗北は無い。必ず奴等から未来を奪い返す筈だ。」

 

「わしは最低限のレールだけは作った。後の未来は、お主らの手で切り開け!」

 

 

「さらば!!!!」

 

 

老人の高笑いとともに映像はそこで途切れていた。映像を見ていたのはこれまた一人の老人。映像の老人と同様に髪も髭も年齢を感じさせる色をしているが、その肉体は筋骨隆々で未だ衰えの色を見せていない。

 

 

「…………相も変わらず勝手なことばかり言う男よ。」

「だが、良かろう。この風鳴訃堂、確かにお主の意志を受け取った。後のことは任せて眠っておれ。」

「――――――よくやった早乙女。これでこの世界は救われる。」

 

 

 

 

老人の手の中には赤いペンダントが入ったケースがあった。

そこにはこう刻まれていた――――――"SG-00 GETTER"と。

 

 

――――――男は世界の運命を見た。朋友は、かの運命を覆さんと足掻き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはリディアン音楽院の地下に本部を置く特異災害対策機動部二課。世界で唯一、人類の天敵たるノイズを撃滅させ得る戦力、"シンフォギア"を保有する人類守護の砦である。

 

 

「それでダンナ。こいつは一体何なんだ?どう見ても新しいシンフォギアみたいだけど」

 

 

 

一つのギアペンダントを前にして疑問を発したのは第三号聖遺物"ガングニール"の装者、天羽奏である。

対するは二課司令、風鳴弦十郎。シンフォギア装者のよき理解者にして、装者を様々な魔の手から守護る大人たちの筆頭とも言うべき存在だ。

 

 

 

「む、奏はこれを見るのは初めてだったか。これは第0号聖遺物"ゲッター"のシンフォギアでな、第一号聖遺物"天羽々斬"よりも前に製作された代物だ。」

 

 

「天羽々斬よりも?てことはもう実戦に投入されたのか?」

 

 

「いや、まだだ。残念ながら、こいつだけは適合者が見つからなかったんだ。おかげで、ギアが製作されたというのにずっと埃を被っているも同然といった有様なのさ。」

 

 

「ふーん。なら何でこいつが先だったんだ?確か、翼が昔天羽々斬を起動させてたんだろ?だったらそっちが優先されるんじゃないのか?」

 

 

不思議そうな顔をする天羽奏。

そこへ、研究室の扉の音がした。

 

 

「奏、ここにいたのね。緒川さんが探してたわよ。叔父様もお疲れ様です…………と、そのギアはもしやゲッターですか?」

 

 

入って来たのは第一号聖遺物"天羽々斬"の装者、風鳴翼だ。

 

 

「お、翼!もしかしてこいつのこと詳しいのか?」

 

 

「詳しいも何も、風鳴の家では有名な話よ?お祖父様がゲッターに執着してるってことはね。」

「しかも、ゲッターなんて名前の聖遺物、考古学上見たことも聞いたこともない、どこからそんな名前が出てきたのかしらって、櫻井女史も随分首をひねってたわ。」

 

 

「お祖父様ってことはダンナの親父さんだろ?前にここの司令やってたって言う、あの。」

「その通りだ。何でも、親父は天羽々斬よりもゲッターの製作を優先しろと言って聞かなかったらしい。」

 

 

そう言って弦十郎はいささか困ったような顔をする。

 

 

「一体何だってそんなことを?」

 

 

「さて、な。親父の考えることは俺にもわからん。特にこの"ゲッター"に関してはな。」

 

あの時だってそうだ、と前置きして、

 

 

「奏は、ゲッターが一度暴走事故を起こしたことを聞いたことはあるか?」

 

 

「暴走事故?いや、聞いたことないな。そもそもギアって聖遺物の欠片なんだろ?完全聖遺物ならまだしも、そんなことあるのか?」

 

 

「ああ。聖遺物の研究中にゲッターが突如暴走を起こし、膨大なエネルギーが施設内に溢れたことがあった。この時の衝撃で死傷者、行方不明者ともに多数の大事故になったらしい。原因を調査しても何も分からなかったというのに、その後も親父はゲッターの開発を強行したそうだ。」

 

「その件なら私も聞き及んでおります。当時の研究員がいつまた暴走するかと怯えていたせいでなかなかギアの研究に着手出来なかったって、櫻井女史がぼやいてたのを聞いたことがあるわ。」

 

 

「おいおい、そりゃ穏やかじゃないな。何にも分かってないのに続けさせたのかよ。」

 

 

「ああ。親父が二課司令の座を降りざるを得なかった決め手は確かに"イチイバル"の紛失にあるが、この一件によって職員の不信も買っていたことも原因の一つになっている。しかも、辞任する際もゲッターだけは風鳴機関に持っていくと強硬に主張したらしい。」

 

 

尤も、通るはずがなかったがな、とだけ言い残す。その声色には呆れよりもむしろなぜそうまでしてゲッターにこだわるのか?という弦十郎の疑念が強く表れていた。

 

 

 

 

その後もとりとめのない雑談をしてから、三人は部屋を出る。明かりが消え、闇に閉ざされた研究室の中で、ゲッターのギアペンダントはわずかに翠色の光を点滅させていた。

―――それはまるで、何かを探しているような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訃堂様にも困ったものだ。ギアの適合者というだけでも条件が厳しいというのにさらに細かく注文を付けてくるとは。」

 

「まあそう言うな。装者さえ見つかればいいんだ。むしろこういう人探しなら我々の専門分野だろう?」

 

「そうは言うがな、流石に今回は理想が高すぎるんじゃないか?『強靭な肉体と精神力、それに一定以上の知能を併せ持つ装者候補』なんて、一体どこの超人だよ。いっそ訃堂様か弦十郎様が戦った方がいいんじゃないか?」

 

「それ以上はやめろ。いくらあのお二方が超人だとしてもノイズには勝てんのだ。うん……勝てないはずだ。」

 

「お前もちょっと自信がなくなってるじゃないか!気持ちは分かるけどよお。それに、もう日本中のめぼしいところは大体リストアップしたぞ?それ全部『これ以上という言葉はありはせんのだ!強い意志と体力を併せ持つ者でなければ防人は務まらん!』なーんて言って却下されたんだ、少しは堪えるさ。」

 

「うーむ、他にとなると…………あ、」

 

「心当たりがあるのか!?」

 

「俺の記憶が正しければ、弦十郎様のところに出入りしている少女がいたはずだ。あの子はまだ報告してなかったと思ったが……どうしたものか。」

 

「一体何にそんな躊躇してるんだ。要は良さげな候補がいるということなんだろう?だったらそれを言えばいいじゃないか!」

 

「とはいえ、弦十郎様からは友人の一人娘で一般人だからあまり巻き込んでくれるなというお達しなんだ。少し気が引けるんだよ。」

 

「だとしても、こっちだって背に腹は代えられないんだ。ダメ元でいいから報告するに足るだけの力があるか、見てみるべきじゃないか?」

 

「そう、か……わかった。是非もない、俺も腹をくくるとしよう。確かその子は『流 竜(ナガレ リョウ)』という名前だったはずだ。」

 

 

 

 

 

――――――役者は揃いつつある。少女たちの運命とゲッターが交わる日は、近い。




流竜馬(CV.石川英郎)
風鳴弦十郎(CV.石川英郎)

早乙女博士(CV.麦人)
風鳴訃堂(CV.麦人)

これだけで思い付いた一発ネタ。
つづかない

11/30
つづきます
第二話執筆のため風鳴弦十郎との関係性を修正


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第一章 目醒める奪還者(Getter)
運命のはじまり


朝起きたらバーに赤色がついててビビりました。
やっぱりみんなゲッターロボ大好きなんですね。


というわけで何故か続いた第二話です。
処女作なので至らぬ点も多いと思いますがお付き合いお願いします。


流竜は巨大な武家屋敷の前に来ていた。

表札に「風鳴」と書かれている門の、脇にあるチャイムに手を伸ばし、慣れた様子でボタンを押せば、

 

 

「よく来たな、竜くん。さあ、中へ入ってくれ。」

 

 

出てきたのは家主の風鳴弦十郎である。

 

竜と弦十郎が初めて出会ったのは5年ほど前。あの誰よりも強く厳しいながら、家では酒ばかり飲むダメな父親、流一岩が珍しく酒を飲まず、一心不乱に自分の鍛練をしている日が何日も続いた時。不審に思った竜が久しぶりに外出する父の後をこっそり尾けた時の事だ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

「おおまた来てくれたのか!何度でも歓迎するぞ!」

 

「うるせえ。俺はきさまをぶっ倒したくてうずうずしてるんだ。さっさと始めようぜ。」

 

「それは構わないんだが、いいのか?」

 

「あん?そりゃどういう意味だよ。まさか、俺じゃ絶対負けるって言いたいのか?冗談じゃない。無敵の流一岩さまが負けっぱなしなんざ、笑い話にもなりゃしねえ。」

 

「いや、後ろから女の子が見ているだろう?お前さんによく似ているが、もしや娘さんか?」

 

 

一岩が振り向くのに気づくのが遅れ、見つかったと思って踵を返そうとしたときにはもう遅かった。

 

 

「竜きさま!家で待っていろと言ったはずだ!」

 

「そりゃあ親父の様子がおかしかったからな。まさか余所で女でも作ったかと思ったのさ。」

 

弦十郎を見て、

 

「まさか、男の家に入り浸ってるとは思わなかったけどな。」

 

「きさまには関係のない話だ!今すぐ帰れ!俺だけの戦場(いくさば)を汚すんじゃあない!だいいちお前はまだまだ半人前どころか三分の一人前にも満たんのだ!お前は俺のことをどうこう言うよりまずは己の鍛練に集中しろ!」

 

「おいおいそんなにムキになるなよ。まさか親父、このオッサンに負けたわけじゃねえよな?」

 

「…………ああそうだ。俺はこいつに負けた。だからどうした?お前に俺のことを気にする余裕はあるのか?」

 

「まあまあ落ち着け。」

と、弦十郎が止めに入る。

 

 

「わざわざ娘が応援してくれるんだ、無下にすることもあるまい。」

 

「応援、だと?」

竜が呟く。

 

「冗談じゃない!誰が親父の応援なんかしてやるもんか!せっかくだ、俺は親父が負ける姿を見て目一杯笑ってやるぜ!!!」

 

「なんだときさま!もう一度言ってみろ!二度と泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」

 

「だから落ち着けと言っているだろうが!!!」

 

弦十郎の気迫と大音声でビリビリと木造の門が震える。

 

「喧嘩をするなら余所へ行くか、せめて家の中でやってくれ。でないと俺が近所に睨まれちまう。」

 

そして二人を睨め付けながら、

 

「それとも、今日はやめにして二人揃って帰るか?」

 

「「チッ」」

 

表面上落ち着いた親子は互いにガンを飛ばしながら、

 

「妙な真似するんじゃねえぞ、竜。」

 

「へっ。親父こそ、せいぜい娘の前で無様を晒すこったな。」

 

二人並んで門の中へ入っていった。

 

 

「全く仲がいいんだか悪いんだか……」

 

 

 

―――――――――――――――

結局その日、一岩は最後まで弦十郎に勝てなかった。竜は、そんな父の姿を見ても一度として笑わなかった。それ以上に父親のあまりの真剣さに目を奪われていたからだ。

 

(信じられねえ。あの親父が、まるでガキみたいにあしらわれてやがる。)

 

竜にしてみれば信じられなかった。

竜にとって父親は越えられない壁だった。幼い頃から「強くなれ」と自分に空手を仕込み、泣こうがわめこうが一切許さなかった程に厳しかった。

 

ある時には小さい手がグローブのように腫れ上がることもあったが、知らぬとばかりにそれを塩水に浸して砂箱突き、またある時にはどこからか野犬を連れてきて戦わされることもあった。今思えばよくもまあ生きてこられたものだと自賛する。

 

 

また、父親の哲学もみっちり仕込まれた。曰く、武道において真に必要なのは強い相手であり、そいつをぶちのめすまでが修行なのだ、という。

事実、物心ついたときから父親は随分荒れていた。周りの反応を見る限り、空手界を干されて道場破りを繰り返すようになったときからそうなったらしい。

あれはおそらく、周りが弱すぎたために自分に見合う相手が居なくなってしまったからだろう。

 

 

 

それがなんだ?目の前の父親はいいようにあしらわれながらも、まるで欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように輝いた目をしているではないか。

 

そして目の前の偉丈夫の強いことといえば!

その踏み込みは力強く、拳の一振りはわずかな余波だけで池の水を揺らし、泳ぐ魚を驚かせている。さりながら力一辺倒でなく、その下地には確かに凄まじく高い技量が根付いている。

 

 

ほら、今度は親父の正拳突きを拳圧だけで相殺している。だというのに、殴ったはずの親父の方がダメージが大きい。どう見ても親父に勝ち目はない筈だ。

 

 

それでも父親の目は輝いていて、そのときの竜にはどうしようもなく眩しく見えた。

 

 

 

――――――強くなりたい。

 

竜はこの時初めて、父親からの強制でなく、本気で「強くなりたい」と渇望した。

父親もそれを察したのか、弦十郎の家には必ず竜を伴うようになった。

 

 

 

父親はその二年後に死んだ。長年の深酒がたたったらしい。弦十郎もどこで聞き付けたのか、弔問に訪れた。

その時、竜は初めて父親のことで泣いた。

竜の中で一岩はもはやただのダメ親父ではなく、良き師匠となっていたのであった。

 

 

それ以来、竜が弦十郎の元を訪れる頻度は落ちた。弦十郎が多忙になったことで予定が合わなくなってきたこともあるが、何よりも自身に課す鍛練をより厳しくしたからである。

 

そしてこの日は、二週間ぶりに二人が対面する時なのだ。

 

 

「前に来たときより、さらに腕を上げたようだな。」

 

「当たり前だ。親父が最後まで勝てなかった奴に挑むんだ、何度やったって最高にわくわくするぜ。」

 

「ふっ……同感だな。俺もあいつの一人娘とこうして戦えることが楽しみでならん。」

 

「んじゃあさっさと始めようぜ。」

 

「ああ。どこからでも掛かってこい!」

 

 

激突する。拳擊を合わせる。蹴撃を合わせる…………

この戦場は休憩を挟みながらも、中天の日が夕日に変わるまで続いた。

 

 

 

 

 

「見たか」

「ああ……こりゃあすごい。あの弦十郎様とここまでやれるとは、これはとんだ掘り出し物じゃないか?」

「あの娘なら訃堂様の希望する人材にぴったりだ。」

「では……」

「ああ。あの娘を推薦しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、この娘が候補と?」

 

「はい。この歳でご子息と長時間渡り合い、息を切らす程度で済むほどの体力と武力、並大抵のものではありません。」

 

「ふむ……いかに不肖の息子とはいえ、あやつの武力は本物なれば……」

「良かろう。儂が見に行こうではないか。」

 

「は……?ご当主御自ら、でございますか!?」

 

「その通りよ。ゲッターの装者となる可能性を秘めた者だ。儂自らが見極めねばなるまい。」

「もう下がってもよいぞ。」

 

「は。失礼いたします。」

 

 

 

 

「ふふ。では、いささか小細工を弄すると致そうか……其奴がどれだけやれるか見ものじゃな。」

 

 

 

 

そう言って、どこかへと連絡を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、今日も勝てなかったか。」

 

帰宅した竜は、一息ついていた。帰宅する道中で急に降りだした雨に当たってしまい、急いで帰宅したからである。いかに竜とて弦十郎を相手にしてから全力で走って帰宅するのは堪えるようで、道場の板の間で寝そべっていた。

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

「あん?こんなときに客かよ。もうすぐ晩飯時だぜ?常識って言葉を知らねえのか。」

 

 

ぶつくさ言いながら玄関を開ける。

そこにいたのは長身にサングラスを掛け、杖を持った和装の男と小柄なリーゼントの男。

 

「お客さんですか。なにか?」

 

しかし和装の男は竜の姿を目にした途端、杖から刀を抜いて竜に襲い掛かって来たのである。

 

 

「うわっ!何しやがる!」

 

 

思わず壁際へ後ずさる。竜は、この男達に襲われるようなことをした覚えはない。従って、父親のことで襲ってきたのだろうと即座に解釈した。

 

 

「さてはきさまら親父へのお礼参りだな!?ふざけたことしやがって!」

 

 

壁際で体勢を立て直そうとすれば、今度は壁を突き破って大柄な黒人の男が家に入り込んで来た。

 

加えて、

「イヤホーッ!」

という掛け声とともにナイフを投擲してくるリーゼントの男。ナイフ投げに長けているようで、一度に四本、五本と投げてくる。

 

竜も何とか五体をフルに活用してナイフを弾き続けるも、捌ききれなかった一本が右肩に突き刺さる。

そして痛みで怯んだ一瞬を見逃すほど相手も愚かではない。即座に黒人の男が渾身の右ストレートを竜の顔面に叩き込み、竜は部屋の壁に叩きつけられる。

 

 

「くそっ!なんの恨みか知らねえが来やがれ!この流竜、一筋縄ではやられねえとこを見せてやる!」

 

 

 

 

―――――――――

 

そうして竜が気合いを入れ直すところを、黒服と老人の一団が陰から見つめていた。

 

 

「訃堂様、あの者達は一体……」

 

 

「ふ……あれは儂の手の者よ。あやつの力を計るならば丁度良かろう?」

 

 

「なっ!?見るにあの者達は専門の殺し屋でしょう!?いかにあの娘が手練れだとしてもあれでは死んでしまいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いではないか」

 

 

 

 

 

 

 

黒服の男は耳を疑った。目の前の男は折角の有望な装者候補を「死んでもいい」と言ったのか?

 

 

「果敢無き哉……。」

「よいか?これより後、ゲッターを扱うならばあれしきのことは乗り越えられねばならぬ。」

「仮にここで死ぬならばそこまでだったというだけのこと。むしろ今死なせてやっただけ親切というものよ。」

 

「し、しかし……」

 

「黙って見ておれ。あやつが儂の見立て通りならばあるいは……」

 

 

 

訃堂には奇妙な予感があった。その少女の名を聞いた時から、「ゲッターを鎧い纏わせるならば彼奴しかいない」と確信していた。

 

 

だからこそ、この方法を選んだ。死ぬならば己の勘が鈍っていただけのこと、しかし仮に生き残ったならばあるいは……

 

 

そしてそれはすぐにわかるだろう。

決着とともに。

 

 

 

―――――――――――

 

襲い掛かる三人組。その中でも黒人の男はその見た目に反しとても素早く拳を振るってくる。

 

 

それを上手く両手で受け止め、勢いを利用して顔面を蹴り飛ばす。どうやらいいところに入ったようで、男の鼻から大量の血が流れている。

しかしそれも怯ませるどころか、相手の戦意を煽る結果になってしまったらしく、血を舐めとると笑いながらすぐにまた向かってくる。

 

 

次に来たのは最初の二人組。和装の男が刀を振るい、その背後からリーゼントの男がナイフを投げて援護をしてくる。どうやらリーゼントの男はこれまで本気を出していなかったらしく、「ぴゃほほ」という笑い声とともに投げられるナイフの数が次々と増えていく。

その尋常でない様子から、思わず狂ってやがると悪態をついてしまう。

 

 

「わけもわからず……こんな連中に殺されてたまるかッ!」

だからこそ、竜はこんな理不尽への怒りを燃やして果敢に立ち向かっていく。しかし多勢に無勢とあっては旗色が悪く、今度は黒人の男に壁ごと家の外まで吹き飛ばされてしまった。

 

 

「もらった!」

 

 

転んだ竜に向けて刀を振り下ろす和装の男。さらに背後からは好機と見た黒人の男が向かってきている。体勢が崩れた竜は、もはや回避は不可能と断じ、一か八かの賭けに出た。両の手を刀を挟むような形で突き出し、白羽取らんと試みたのである。

 

 

 

 

そして竜は賭けに勝った。

振り下ろされる刀を白羽取ったことに驚くあまり、一瞬刀を握る手が緩んだ隙を突いて刀を和装の男ごと引っ張り、黒人の男の顔面に突き刺した。

 

 

その鬼気迫る様子に怯んだリーゼントの男に、すかさず返す刀で刀を投げつける。回転しながら飛んでいった刀は見事に男の利き腕を通過し、一瞬の間の後に腕を斬り落とした。

 

 

まごう事なき決着。

黒人の男は顔から血を流して失神、残る男たちも得物と利き腕を奪われ、怯えた様子で逃げ去っていった。

 

 

 

 

 

息を荒くして生き残ったことに安堵する竜のもとへ、老人が近づいていく。

老人は竜に近づくなり開口一番、

 

 

「ようやく見つけた!こやつこそ儂の探し求めておった者よ!」

 

狂喜した様子で叫ぶ。

 

 

「あ、あんたら一体……」

もしやこいつが黒幕かと睨み付ける竜。それを尻目に老人は踵を返し、

 

「早く連れて来るのだ。その出血では立っているので精一杯であろう。」

 

 

そう言うなり黒塗りの車に乗る。黒服たちも安堵し、竜の肩に刺さったナイフを抜いて気絶させた後、手慣れた様子で車に乗せて走り去って行った。

 

 




早乙女博士のレポート①
聖遺物"ゲッター"は常に謎の放射線を発していることが判明した。これは人体には無害である一方、わずかな量から凄まじい効率でエネルギーに変換できることから、新時代のエネルギーとしての役割が期待できる。

私はこの放射線を聖遺物の名にちなみ、"ゲッター線"と名付けることとした。


―――――――――早乙女賢博士の調査レポートより




12/1 いつの間にか短編日間ランキング4位になってました。ありがとうございます。


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遭遇

話が、話が全く進まない……
早く主人公にはギアを纏ってもらって薄汚いトカゲ共ならぬノイズ共を皆殺しにしてほしいところです。

前回はゲッターロボ成分が強すぎたので今回はシンフォギア成分を強めてみました。

それでは第三話、始まります。


「う……ん………」

 

 

竜が目を覚ますと、そこは床に敷かれた布団の上だった。体には包帯が巻き付けてあり、手当を受けた痕が見える。体の調子を確かめながら起き上がる。

 

「ここは……どこだ……?」

 

少なくとも知らない天井なのは間違いない。背中に感じる地面の感触とい草の臭いから考えると、どこかの家の和室だろうと当たりをつける。

 

ぼうっとしているうちに自分がなぜ怪我をしているのかを思い出した。

 

「確かわけのわからない三人組に襲われて……そうだ!あのジジイ!」

 

記憶は黒幕らしき老人が近づいてきていたところで途切れていた。そこからあの老人が何かしたのか、まさか襲われてはいないだろうかと憤っていると、

 

 

 

コン  コン

 

 

 

ドアを叩く音がする。

「失礼する」

と短く告げ、黒服の男が入ってきた。

 

 

「調子はどうだ」

「最悪だね」

「ご当主様が申し訳ないことをした。すまない」

「全くだ。それに謝罪はあのジジイが言えよ。それが筋ってもんだろ」

 

一呼吸置き、

 

「第一、ここは一体どこなんだ?何で俺はこんなところにいる?」

 

「ここは鎌倉の風鳴家本邸だ。君は気を失ったままご当主様にここまで運ばれてきたのさ」

 

「ご当主様って、あの顎ヒゲのジジイのことか?」

 

「その通りだ。あのお方の名は風鳴訃堂。今でこそ政治の表舞台からは姿を消しているが、それでもなお日本の国防に多大な影響力を及ぼし続けている政界の大物だ」

 

「そいつは今どこに?」

 

「この屋敷の中だ。君が目覚めるのをずっと待っておいでなのだが……何をするつもりだ?」

 

「あの野郎が俺をこんな目に合わせたんだ。あいつをとっちめて理由をはっきり聞いてやる」

 

「気持ちは分かるがまあ待て。そんなに怒ると怪我に響く。まずは服を着て、迎えが来たら何時でも出られるようにしておくといい」

 

「言われなくてもわかってるよ……ん?服?」

 

「ああ。着ていた服がどれも雨でやられていたからな。替えさせたんだ」

 

「ばっ!!!てめえコラ変態!服が濡れてるからってやっていいことと悪いことがあんだろ!」

 

「ん?……あっ!いや待て誤解だ!ちゃんとここの女中にしてもらったんだ、俺たちがやったわけじゃない!」

 

「いいから早く出てけ!!!」

 

 

「着替え終わったら声をかけてくれ~」という黒服のやや情けない声を聞きながら黒服を追い出し、急いで服を探す。幸い着替えは枕元に畳んでおいてあった。

 

 

 

 

「今日はなんて日だ……あいつと戦えたこと以外に何にもいいことが起きてねぇ。踏んだり蹴ったりもいいところだぜ」

 

 

着替えながらあの老人の目的について考える。

あの三人組が来たときは最初、父親へのお礼参りだと思った。葬儀は自分と弦十郎だけでやったから、近所でもなければ父親が死んだことは殆ど伝わってない筈だ。

だから当然、竜もそれが前提であると信じて疑わなかった。

 

 

ではその前提が間違っていたとしたら?

 

 

父親ではなく、自分が目的。そして顔を合わせたときのあの狂喜した顔。殺すだけなら手当する必要は無いのでその線はありえない。では殺す気がないのに刺客を差し向けたのか?三人も?

 

 

「……わからねえな」

 

明らかにあの老人は自分の理解の外にある原理で行動していた。もう考えても無駄だろうと思考を打ち切り、用意されていた着替えに腕を通し、外の黒服に声をかける。

 

 

 

「ほら、着替えたぞ」

 

 

 

 

「よし、じゃあこれから訃堂様の元へ案内する。着いてきてくれ」

 

黒服の後に着いて歩く。屋敷は非常に大きく広いため、到着までにもう少し時間が掛かりそうだ。そこで竜は、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

 

「なあ」

 

「どうした?」

 

「さっき風鳴家本邸って言ってたよな?風鳴弦十郎って男は知ってるか?」

 

「無論だ。弦十郎様は訃堂様のご子息だからな」

 

「ふーん。なんというか、あんまり似てないんだな。性格とか」

 

「そうだな。訃堂様は長年政界で辣腕を振るう中で清濁を併せ飲み続けてきたお方だ。必要とあらば基本的に手段を選ばれず、時には非合法な手段に出ることさえ厭わない」

「だが弦十郎様は時に非情な判断を下されることもあるが、その本質は善性寄りだ。訃堂様の選択に納得されないことも多いだろう」

「どちらが良くてどちらが良くないという話ではないが、おそらくその違いを君は感じ取ったんだろう。見事な洞察力だ」

 

「これ、素直に喜んでいいのかね」

 

「大人からの称賛は素直に受け取っておくものさ」

 

 

 

そうこうしているうちに大きな扉の前に着いた。おそらく書斎だろうか?部屋の中からは僅かな灯りが漏れてきている。

 

「あまり無礼な真似はしない方がいい。訃堂様は怖いお方だからな。礼儀はきちんとした方が身のためだ」

 

「ご忠告どうも。それじゃ行ってくるぜ」

 

「健闘を祈ってるよ…………訃堂様、只今連れて参りました」

 

良い。入れ、という声を聞いて竜は部屋の中へ入っていく。部屋の中は案の定書斎で、周りの本棚を見れば幾つもの本やファイルが目に付いた。

 

喜色満面、好好爺のごとき笑みを浮かべた訃堂は両の眼で竜の姿を捉えると、

 

「良く来たな竜よ」

「怪我の具合はもう良いか?」

「お主にはこれから政府機関所属となり、防人としてノイズ共と戦ってもらう」

「訓練は厳しいが、お主の力があれば耐えられるであろう」

「もうよいぞ。お主が身を置く組織にも声を掛けてある故、直に迎えが来る手筈となっておる。」

 

一方的に捲し立てる。いやいや待て待て待ってくれ。俺の意思はどこ行った?

 

「冗談じゃない!俺はまだやるとは一言も言ってねえ。それにノイズと戦えだって?そんな無謀なことなんの説明も無しにやらせようなんざ虫が良すぎるってもんだろ」

「はっきり説明しろ!」

 

瞬間、訃堂の雰囲気がガラリと変わり、凄まじい威圧感とともに竜を睨み付ける。竜は今、かつて玄関先で親父共々弦十郎に睨め付けられた時に勝るとも劣らない圧力に見舞われていた。

 

(こいつ……出来るなんてもんじゃねえ。オッサンと同等か、それ以上の……)

 

「ほう?彼我の差を見抜くだけの知は持っておるか。ゲッターを纏うならそうでなければな」

「何を言おうとお主には何も分かるまい。儂の命に従え」

「一切の反抗は許さぬ。黙して儂の意に唯々諾々としておればよい。それこそがお主の為となる」

 

(体が……動かねえ……この俺が気圧されちまってる)

 

「まずはあの雑音共を始末し、己が力量を高めるのだ。」

「そして来るべき時に備えよ。全てはいずれ来る夷狄を滅する為よ」

 

「夷狄……だと……一体何が来るってんだ!?」

 

「今はまだ言う時ではない。いずれお主も理解する時が来よう」

 

「答えになってねえぞ!真面目に答えやが……」

 

瞬時に強くなる圧力。もはや呼吸さえも許さぬと言わんばかりの圧力に、竜も口を閉ざさざるを得なくなる。

 

「黙 し て 従 え と 言 う た は ず だ が ?」

 

(ぐ……か、は……)

息が出来ない。互いの力に圧倒的な差があるとこれほどまでになるのか。

 

「もうよい。下がれ」

 

その一言で威圧感は消え失せた。ほんの五分にも満たないわずかな時間で、竜は訃堂に勝てないということをその五体に嫌というほど思い知らされた。

 

(―――――――悔しい)

(悔しいが、これはチャンスだ。オッサンもだが、このジジイも必ずぶっ飛ばす。そのためにもっと力を付けなきゃならねえ。そのためには――――――)

 

「いいぜ、やってやる。だが、せめて俺がどうやってノイズと戦うのかだけは教えてくれ。じゃなきゃ訓練も何も出来たもんじゃねえ」

 

「……その程度なら構わぬか」

「よかろう。お主が纏うは"シンフォギア"なるものよ」

 

「シンフォギア?」

 

 

「いかにも。我が国にて開発された、雑音共を散滅するための対ノイズ兵装なれば、その力でノイズを一方的に滅することなぞ赤子の手を捻るより容易いことよ」

 

「ノイズを一方的に……?馬鹿な、そんなものがあるなら何故!」

 

「如何に崇高な理念であれ信念であれ、人はその性故にそれを汚さずにはおれんものよ。なればギアを知るものが己が欲のためにギアを求むるは必定!」

「それは我が国の為にも世界の為にもならぬ」

 

「そういうことか。得心がいったぜ」

 

「もうよいか?」

「ああ、これで終いだ。あばよジジイ」

 

あえてジジイ呼ばわりしたのはせめてもの反抗心だった。訃堂もそれを見抜いたが、この程度は可愛いものよとあえて見逃した。

 

 

ここに会合は終わり、竜は新たな戦場へ向かうことを決意したのである。

 

 

 

 

「終わったぜ」

 

「すごいな……あの訃堂様をジジイ呼ばわりするとは」

 

「そこかよ!それより、迎えってのはどいつだ?」

 

「ああ。もうこちらにお見えだ」

 

黒服の隣に長身の優男が立っていた。気配を消していたこともあるが、あまりにも自然に立っていたので竜はその男の存在に気づけなかった。それだけで目の前の男の戦闘力を高く見積もる。

 

「初めまして、流竜さん。僕は緒川慎次と申します。政府の特異災害対策機動部二課という組織に所属しています」

「これからよろしくお願いします」

 

そう言って右手を竜に差し出してくる。

 

「流竜だ。よろしくな。こっちに来てから初めてまともな人間と話した気がするぜ」

 

そう言って右手を握り返す。後ろで黒服が何かショックを受けているが見なかったことにした。

 

 

「それでは早速参りましょうか。車を用意してますから、ほんの一時間程度で到着するかと」

 

「何から何までありがとうよ。おかげで走って行く必要が無くなったぜ」

 

「おや、竜さんは体力に自信がおありですか?」

 

「まあな。これでも弦十郎のオッサンと数時間はぶっ通しで戦える自信がある」

 

もっとも、あっちはかなり手加減してくれてるんだろうけどな、と付け加える。

 

「そう卑下なさらないでください。司令と正面から戦えるというだけでもよほど稀ですからね。」

 

竜は初対面の緒川慎次にすっかり気を許していた。竜自身はそれを自覚していなかったが、黒服は目敏くそれに気づき、

 

「え、何これ同じ初対面でも俺と扱い全然違わない?」

「お前は変態だからな」

「え、そうなんですか?」と緒川。誤解だー!と喚く黒服を見て苦笑いしながら、別れを切り出す。

 

 

「それでは僕たちはこの辺りで。お見送りありがとうございました」

「じゃあな。あんたのことは忘れねえよ」

「へっ、俺はあくまで裏方なんだ。直ぐに忘れてもらっても構わないさ」

 

と軽口を交わして別れる。

 

 

無言の車内。竜がやや居心地の悪さを感じていると、ゆっくりと緒川が口を開く。

 

「さて、僕は……いえ、僕たちは貴女に謝らなければなりません」

 

その口からは先程までとは打って変わって謝罪の意思が溢れ出た。

 

「なんだよ急に。ジジイのことは別にもう何とも思っちゃいねえさ」

 

「いえ、そうではありません。僕たち二課はこれから貴女に平穏を捨てて命がけの戦場に行ってこいと命令するんですよ?」

「本来なら、例え百回地獄に落ちてもなお許されざることです。しかもそれが年端もいかない子供相手であればなおさら……」

「申し訳ありません。僕たち大人の力不足が生みだした業を、貴女に押し付けてしまう」

 

 

 

 

 

「なんだ、そんなことかよ」

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

「俺はあのジジイに目を付けられた時点でもう逃げられねえんだ。だったら、恨み言を吐く前にまずは出来る限りのことをする。」

「経過が何であれ、一度引き受けたことを途中で投げ出したり、無かったことにしちまったりってのは柄じゃねえのさ」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

外はすっかり闇の中。鬼が出るか蛇が出るか。どちらも見たから怖くはない。開き直った今の竜にあるのはただただ待ち受けるものへの楽しみだけだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

その頃二課はてんてこ舞いだった。訃堂から突然連絡が来たこともそうだが、何より内容が内容だ。これまで一人もいなかったゲッターの装者候補が現れたというのだから本当に驚いていた。特に竜の名前を聞いた弦十郎は非常に動揺していた。

 

天羽奏はそれを不思議に思った。もしかして知り合いだろうか。

 

「旦那。その流竜ってやつのこと、知ってるのか?」

 

「……ああ。彼女とは父親の代から付き合いがあってな、普段から手合わせをしていたんだ。まさかこんなことになるとは……」

 

「なるほどね。それでそんなに動揺してたのか」

「まぁ、こうなったらいっそ前向きに考えてみたらどうだ?新しい戦力が入って、アタシたちの負担を減らせるぞーとかさ」

 

「そう……だな。こうなったからには、俺もいい加減折り合いをつけねばならんか」

「すまないな、奏。心配をかけたようだ」

 

「いいっていいって。いつも旦那たちには助けてもらってるんだ、これぐらいどうってことないさ」

 

「だとしても、だ。むしろ助けてもらってるのは俺たちだからな。こちらこそいつも感謝している」

 

「おう。……まぁ、こっちはそうでもないみたいだけど」

 

そう言って己の比翼たる翼の方を見る。不機嫌なのか不満なのか、はたまた嬉しげなのか、随分と複雑な表情をしていた。

 

「むう……戦場を征く防人が増えることはありがたいのだが……うーむ……」

 

「翼ー。何か考え事かー?」

 

「奏……。その……私は防人が増えることはありがたいと思う。だけどお祖父様の推薦よ?絶対何かあると思うわ」

 

それはまさしく二課の総意だった。

 

「うーん……そこはもう会ってみるしかないんじゃないか?今どうこう言ったって始まらないだろ?」

 

「う。それは、そうなのだけど……」

 

「翼は一々深く考えすぎ!案外どうにかなるかもしれないんだから、そんな心配しなくても大丈夫だって!」

 

端的に言って、奏のこの考えは政界の怪物、風鳴訃堂を相手にするならば浅慮だと言わざるを得ない。しかし、奏の発言は同時に的を射たものでもあった。

 

 

 

「それとも……翼はそいつにあたしが取られる、なーんて思った?」

 

「そ……それは……その……」

 

「なんだなんだ可愛いやつめー!」

 

わしゃわしゃと翼の頭を撫で回す。

 

「もう!奏の意地悪!」

 

「あっはっは!悪い悪い!」

「でも、これで緊張はほぐれたんじゃないか?」

 

「あ……」

「……いつも、ありがとね、奏」

 

「ん、どういたしまして」

 

 

 

「ゴホン!あー、二人して仲が良いのは構わないんだが、こちらの話も聞いてくれないだろうか。」

 

「ダンナ?」「司令?」

 

「俺は少なくとも翼が危惧しているようなことは起こらないと考えている」

「竜くんはそういった陰謀とは無縁な性格でな。無論、親父のことで警戒は続けるが、竜くん個人には何もないと信じている」

「奏くんが言う通り、会ってみなければ始まらんというのもある。今の俺たちに出来るのは、まず新しい仲間を歓迎してやることくらいだろうさ」

 

 

「あら、随分その子と親しいみたいね、弦十郎くん。もしかして、ただ手合わせするだけの仲じゃないとか?」

 

そう言って茶化すのは櫻井了子。シンフォギアの基礎理論、「櫻井理論」の提唱者であり、二課の頼れる技術者である。

 

「茶化さないでくれ了子くん。敢えて言うなら、共に拳を合わせた者同士の共感というやつさ」

 

「ふーん。それってつまり、その子は弦十郎くんとまともに打ち合えてるってことかしら?」

 

「ああ!まだまだ荒削りだが、とても強い。あの年でこれだけなのだ、いずれは俺を超えるだろうさ」

 

「そ、そうなの~。それは期待できそうね~」

 

少しひきつった笑みの櫻井了子。その胸中は「弦十郎くん並みの戦闘力もちって、実はそんなに少なくないのかしら……?」とまだ見ぬ仲間に対して若干引いていたのだった。

 

 




早乙女レポート②
ゲッター線を新エネルギーとして活用するならば環境リスクを考慮しなければならない。如何に人体には無害だとしても、他の生物や森林資源等に対して多大な影響を及ぼすならば利用はまず不可能だからだ。

そうして動物実験の中で判明したのは、ゲッター線は一部を除く動物を溶解させる作用が存在したことだ。特にハ虫類に対してはこれが顕著で、逆に猿には殆ど影響が見られなかった。以上から、ゲッター線は性質上、「人類以外の生物に対して」有害なものであることが分かった。従って、ゲッター線の取り扱いは他の原子力関連と同等まで警戒レベルを引き上げることを推奨する。

―――――――――――――――早乙女賢博士より報告


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特異災害対策機動部二課

第三話を投稿した12/2に、一瞬ではありますが全体日間ランキングで39位を記録しました。
こんな行き当たりばったりの作品をそこまで多くの方に見て頂けていることに、誇らしいやら気恥ずかしいやらで百面相してました。
他にもハーメルンで個人的に好きな作品を投稿していらっしゃる方々にもお気に入り登録されていたりともう何が何だかよくわかりません。
とりあえずゲッター線と一体化すれば全部理解できるかなぁと思いました(ぐるぐる目)。

前置きが長くなりましたが、この作品を読んで頂いている方々に厚く御礼申し上げます。
そして、これからも本作をよろしくお願いします。


お待たせしました。それでは第四話をお送りします。


「さ、着きましたよ」

 

緒川慎次に連れられてやってきたのは『リディアン音楽院』だった。

 

 

リディアンの内部を二人並んで歩いている。

 

「リディアン音楽院、ねえ。学校の中に施設があるのか?」

「ええ、正確にはここからエレベーターで地下に降りた場所が僕たち二課の本部になっています」

「へぇ。カモフラージュか何かか?」

「よくお気付きで。それもここに置かれた理由なんですよ」

「それも、ね……まあいいや。どこのエレベーターから下りるんだ?」

「こちらです。しっかり手すりに捕まってくださいね」

「手すり?……こいつか」

 

エレベーター内部の黄色いバーを掴む。何でエレベーターで手すりが要るんだ?と思っていると、その答えはすぐに分かった。

 

「うおおおおおおおおおお!!!???」

 

凄まじいスピードで下りていくエレベーター。想定外の速さに、竜は思わず目を閉じてしまった。

ようやくスピードが落ち着いたと思い目を開けると、ガラス越しの壁に極彩色の紋様が所狭しと描かれていた。

 

「なんだこれ……こんな凄いものが日本にあったなんてな」

「そちらに見とれるのも構いませんが、じきに着きますよ」

 

おう、と気の抜けた返事をする竜。あまりの情報量に、正直言って既にお腹いっぱいだった。

 

「これからもっと凄いことになるんですから、気をしっかり持ってくださいね」

 

しれっと内心を読まれた気がするが、竜は敢えてスルーした。

 

 

 

 

 

 

「よし、これでこちらの準備も出来たぞ」

 

ここは特異災害対策機動部二課の一室。そこにはでかでかと『二課へようこそ!流竜様』と書かれている幕を始めとする飾りに、白のクロスが敷かれたテーブル、その上には所狭しと料理が並べられていた。

 

「緒川さんからもうリディアンに到着した旨の連絡も来てますからね、もうすぐ来ることでしょう」

 

 

そう言ったのは二課オペレーターの一人、藤尭朔也である。今回のパーティ設営においては、その料理の腕を生かして調理を担当していた。

 

いよいよ後は迎え入れるのみ、と皆が安堵していた。

 

「では、俺と技術スタッフは研究室へ向かう。皆はここで待っていてくれ」

 

その言葉を契機に技術スタッフが外へ出る。パーティ会場の光景を見た後では残業のように感じられるが、これも命を守護るためとこれが最後と気合を入れていく。

 

 

そうして一行が廊下を歩いている中、一人だけ所在なさそうにしている人物がいた。二課技術者の櫻井了子である。

 

「どうした?了子くん。随分落ち着かない様子だが……もしや緊張でもしてるのか?」

 

「まさか。私はいつどんなときでも緊張なんか数えるくらいしかしたことないわよ。それよりももっと大きな問題なの」

 

問題と聞いて眉をひそめる弦十郎。はて、何か不手際でもあっただろうか。

 

「問題?」

「ええ。とっても大事な」

「それはまずいな。言ってくれないか?」

「すっごく言いにくいのだけれど」

「構わない。なんでも言ってくれ」

 

 

 

 

「あの子、ホントに適合するのかしら」

 

 

 

「……なんだって?」

 

 

弦十郎の顔から血の気が引く。

 

 

「だって、シンフォギアの適合者ってすっっっっごい貴重なのよ?いくらあの御大が見出だしたからって、その子が本当に適合するかどうかはまだ分からないんじゃないかしら」

 

(まずい)

 

その時、風鳴弦十郎の内心は荒れていた。

落ち着いてよくよく考えれば分かることではあった。しかし、あの風鳴訃堂がいかにも自然当然、適合するのが前提といった具合で強引に話を進めていたことに加え、その候補が自分のよく知る少女であったことも冷静さをいくらか奪う要因となっていた。さらに、訃堂が大至急迎えを寄越すようにと言うのですっかり考える余裕を失っていた。

 

もしこれで適合しなかったらどうする?どう彼女に説明する?しかもここまでの準備をしておいて、新しい仲間が増えることを前提に話を進めておいて、何もなかったら?

自分たちだけが骨折り損のくたびれもうけで済むならいい。しかしそこに無関係の人間が関わってくるとあらば話は別だ。

弦十郎の背中に冷や汗が流れる。元公安としてあるまじき失態、あるまじき失念。何を腑抜けている風鳴弦十郎!いくら相手がよく知る少女で動揺していたからといって、いくらなんでもこれは無い。

 

 

(頼む。何事もなく終わってくれ)

 

僅かに早足になる弦十郎。了子にはその頼れる背中が心なしか小さくなっているように見えた。

 

 

 

 

 

「さ、ここです。長い間お疲れ様でした」

「ああ。わざわざありがとな」

「いえいえ、当然のことをしたまでですから」

 

研究室の前に到着した二人。そのままの流れで緒川は部屋の中へ入っていく。

 

「やあ。数時間ぶりだな、竜くん」

 

中で待っていたのは見慣れた男の顔とその他見慣れない人間の顔。そしてガラスケースに包まれた赤いペンダントだった。

 

「やっぱりオッサンだったかよ。違ったらどうしようかと思ったぜ」

 

「む、気付いていたのか?ここに俺がいることに」

「まぁ、慎次との話の中で薄々だけどな」

「もうそんなに親しくなったのか、良いことだ」

 

いつも通りのとりとめのないやり取り。

であれば、いつも通りすぐ本題に入るべきだろう。

 

「それで、俺はこれから何をすればいいんだ?」

 

「そうだったな。竜くんにはこれからこいつを起動してもらう」

 

「まさかこれが噂のシンフォギアってやつか?思ってたのと随分違うが」

 

「そのまさかだ。これを歌の力で起動し、鎧として身に纏う。それによってノイズを討つ戦士となるわけだ」

 

「歌の力……ね。俺にそんな力があるとも思えねえが」

 

「それはこのギアが決めることだからな。気楽にやってくれればいいさ」

 

「そういうもんかね」

 

そう言って竜はペンダントの元へ近づこうとする。

と、その行く先を塞ぐように立つ一人の人物。

 

「貴女が噂の流竜ちゃんね~!私はできる女と噂の櫻井了子。このシンフォギアの開発者で、その根幹である櫻井理論の提唱者でもあるの。よろしくね」

「あ、ああ……よろしく」

 

テンションの高さに少し気圧される竜。

 

「これからギアの起動について説明させてもらうわ。ギアを纏うには特定振幅の波動、つまり歌が必要なの。それもただの歌じゃなくてそのギアに合った歌でなきゃいけないのよ。ここまでは分かるかしら?」

「まあ、何とかな。要はそれが歌の力ってやつか」

 

察しがいい子は大好きよと明るく答える了子。

 

「それでね、ギアの適合者はその歌が自然と胸に湧き上がるようになってるの。反応が無ければ適合せず、適合すれば自然と口が歌を口ずさんでくれるはずよ」

「要は、自然体で居りゃあいいってわけか」

「そういうこと。それじゃあ早速ギアの前に立ってちょーだい!」

 

促されるままにギアペンダントの前に立つ。竜にはこれがどう見てもなんの変哲もないペンダントにしか見えなかった。

 

「それでは、SG-00"ゲッター"の起動実験を開始します」

 

研究員の言葉とともに部屋の中を緊張感が襲う。しかし、なにも起こらなかった。

 

「あー、これってもしかして失敗か?」

「いえ、まだよ。もう少しアプローチを続けるわ」

 

 

今しばらくの時が経った。

 

時には位置を変え、時には歌いと様々に条件を変えて試すが、ゲッターは何一つとして反応を示さない。

 

もう無理だろうという空気が流れ出した時、いよいよ竜が痺れを切らした。

 

「なあ」

「どうしたの?」

「帰ってもいいか」

「うーん……もうちょっとだけ待ってもらえるかしら」

「俺はまどろっこしいことは好きじゃねえ。そんなにこいつに歌を聴かせたいんならもっといい方法があるぜ」

「あら。どうするつもり?まさか、ギアペンダントに直接聴かせるとでも?」

「へっ……そのまさかさ」

「ゑ?ちょっと待っ……!」

 

了子の制止よりも先に竜はガラスケースを正拳突きで叩き割り、緊急の赤いランプとアラームが鳴るのを気にも留めずペンダントを掴む。

 

 

 

 

 

 

その瞬間、竜の全身に翠色のラインが走るとともに意識はどこかへ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

『まずは一つ、か。覚醒にはまだまだ遠いがまずは扉を一つ開けたわけだ』

『■■■■■はお前の進化の果てにある。今はただ、強くなれ』

 

 

 

 

 

 

 

――――――raging getter spark tron(怒りの炎で命を燃やせ)―――――

 

 

竜が気づいたときには周りで研究員が驚いた顔をしていた。ある所からは、「あんな強引な方法で適合するなんて……」と戦慄した声が聞こえてくる。

 

 

 

 

ギアは確かに装着されていた。深紅をベースにした上半身の鎧と腕甲、そこに白のギアインナーがよく映える。足には黄色い装甲を着けており、背中には大きなマントが装備されている。

 

だがそれよりも。

「……熱い」

 

力がみなぎる。魂が燃える。体が熱い。まるで、自分の本能を直接刺激されているような。

 

 

その様子に、弦十郎は密かに胸を撫で下ろす。

(適合してくれたのか、決して良くはないが、良かった……)

 

そこに声を掛ける竜。

「悪いオッサン、頼みがある。」

「どうした?」

「俺と戦ってくれ。体が熱くてしょうがねえんだ、火照りを冷まさせてくれねえか」

「……いいのか?怪我は……」

「んなもん唾でも付けときゃ治る。それより今はこいつを何とかしてえんだ。体が疼いて仕方ねえ」

「いいだろう。皆、このまま実戦テストに入る。あともう少しの辛抱だ、頑張ってくれ」

 

そう言って二人は研究室を出ていった。それと入れ違いになるように入ってきたのは拳銃を構えたオペレーターの友里あおいとシンフォギア装者二名である。

 

「無事ですか!?今警報が鳴りましたが……」

「あら、あおいちゃん!ちょうど今起動実験が無事に終わったところよ~」

「無事に……ですか?」

「ええ。ちょっとした想定外はあったケド、竜ちゃんはちゃーんとゲッターを纏ってくれたわ」

「そうでしたか。無事なら何よりです。」

 

周りを見れば、翼と奏が研究員の無事を確認して回っている。この様子だと問題ないか……と考えたところで、はたと違和感に気づく、

 

「司令と竜さんはどちらに?」

「そうだいけない!二人ともトレーニングルームに行っちゃったのよ!これから実戦テストをするからついてきて!」

「は、はい!」

 

 

そうして外へ飛び出していった。これを皮切りに、呆けていたスタッフも次々に部屋を離れる。

そしてそれはこの二人も例外ではない。

 

「どうするの?奏」

「決まってんだろ?ゲッターの実力とやらを拝みに行くのさ」

「分かったわ。私も奏に着いてく」

 

そう言って二人もトレーニングルームに向かっていった。

 

 

 

 

場所は替わってここはトレーニングルーム。立っているのは竜ただ一人。

「俺と戦う前に、まずは対ノイズ戦のシミュレーションを行う。こちらで設定した敵を出していくからどんどん倒していってくれ」

「わかった。メインディッシュは後からって訳だな」

 

「それでは……実戦テストを開始する!」

 

 

胸から湧き上がる本能に従って歌う竜。

 

 

穏やかな海が  爆音で渦巻く  炎が上がる

 

 

歌と共に拳を振るう。不思議なことに、まるで長年使い続けたかのように戦い方がよく分かる。

 

 

黒煙の空で  死神が微笑む  大地が割れる

 

 

何かが足りない、と思った瞬間、直感的に叫んでいた。

 

「ゲッタァァァァァトマホォォォォォク!」

 

腕甲と足の装甲の一部が分離、変形する。そして二振りの手斧のアームドギアを形成した。

 

こいつは丁度いいと言わんばかりに次々と手斧を振るい、時にはブーメランのように投げつけてノイズを殲滅していく。

 

 

 

 

【ゲッタートマホークブーメラン】

 

 

 

 

 

「もうアームドギアを形成したというの!?」

「へー。なかなかやるじゃん、あいつ」

 

驚きを隠せない翼と素直に称賛する奏。

弦十郎も同意するように、

「ああ。まさかここまでとはな」

「これなら、もう少しレベルを上げても問題なさそうだ」

 

 

そう言って手元のレバーを操作する。その口元はこれから戦うという楽しみで吊り上がっていた。

 

 

 

熱き怒りの  嵐を抱いて  戦うために

飛び出せ 

 

 

 

「ゲッタァァァァァ!」

 

気合を入れてノイズをぶん殴る。同時に拳から光線を放ち、直線上のノイズをまとめて殲滅する。

 

 

 

【ゲッタービーム】

 

 

(戦うのは、こんなにも……)

(楽しい!!!)

 

その顔には、翠のラインが走っていた。

 

 

 

 

 

最初に異変に気付いたのは弦十郎だった。

周囲はその戦闘力の高さに夢中で気づいてないが、戦い方が次第に荒々しくなってきていると感じたのだ。

 

(……妙だ。らしくないぞ、竜くん)

 

普段なら蹴りだけで済ませるところを、態々手斧で細切れにする。拳の一発で済むところを、態々首を掴み地面と背のマントが変化したバーニアを使って轢き潰す。

何故?なぜそこまでする必要がある?昔の奏ならまだ分かる。だが、竜にノイズへの恨みや憎しみは無かった筈だ。

 

様子がおかしいことに気付いたのは翼も同じだった。

「……おかしいわね」

「どうした?翼」

「見て、奏。動きが段々荒くなってきてる」

「テンションが上がってるからじゃないのか?」

「ううん。それにしては無駄な動きが多すぎる。あれじゃまるで」

獣みたい、と呟く。

 

姪と意見が一致したと感じた弦十郎の行動は早かった。即座にシミュレーターを停止させ、竜の元へ向かう。

 

「なんだよオッサン。今良いところだったってのに」

「竜くん……正気に戻ってくれ」

「ああ?なに言ってやがる。俺は素面だぜ」

「いいや、君は酔っている……血と闘争にだ」

「何がなんだか知らねえが、ぶっ飛ばしてやるぜえええええ!」

 

竜が弦十郎に襲いかかったところで、ようやく周りも異常に気付く。

「テストは中止!全員避難を!」

友里の一声で全員が外へ出る。ここまで来れば弦十郎が竜を止めてくれることを祈るばかりだった。

 

 

弦十郎に襲いかかる竜。しかし、その動きは全て読み切られ、容易にいなされ続けていた。

 

「クソッ!なんで当たらねえ!」

「所詮は獣の動きだ。普段の君の力量ならばこうはいかん」

「だまれええええええ!」

 

さらに攻撃を激しくする。時にトレーニングルームにも被害が及ぶが、それでも全ていなされる。それどころか、時折カウンターでいいものを貰ってしまう。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「完全に闘争本能に呑まれたか……ならばッ!」

「少し我慢してくれよ竜くん……これが俺の全力だッ!」

 

そういうと震脚を合わせた拳で竜の体内へ直接衝撃を加える。

そして怯んだ隙を利用して気を極限まで高め、そのままアッパーで顎をカチ上げる。

 

 

 

 

 

【俺式 断空裂破掌】

 

 

 

 

その凄まじい威力に、弦十郎の周囲は彼の気に包まれた。

 

 

そのまま竜はアリーナの天井に突き刺さり意識を失った。それによってギアも強制的に解除され、竜が全裸になる。

「まったく。しょうがない奴だ」

そう言って弦十郎は通信機で了子に竜の介抱を頼む。そのままアリーナを出ると、奏と翼が話しかけてきた。

 

「ダンナ、あいつ、大丈夫かよ?」

「ああ。ギアの保護機能のお陰でそこまでの重症にはならない筈だ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「このままでは彼女は実戦に出せません。仮にこの暴走が繰り返し起きるようであれば……」

「それは俺も同意見だ。だからこそしばらくはギアの制御に専念させるつもりだ」

もっとも、この辺りは技術部との相談も必要だろうな、と言って締める。

 

その目には、ゲッターに対する危惧の色が宿っていた。

 

 

 

 

 




早乙女レポート③
無事に私の警告が受け入れられたようで安心した。これで心置きなく研究に専念できるというものだ。

ゲッター線を研究していて分かったことだが、どうやらゲッター線は大気中に普通に存在しているらしい。かつて人類以外の生物に照射するとその体を溶解させると報告したが、あれは照射するために圧縮されたゲッター線であるが故であり、大気中のわずかなゲッター線では溶解させるには至らないということなのだろう。
このことから、"ゲッター"にはこのゲッター線を増幅させる作用があるのではないかと考えられる。

――――――――――――早乙女賢博士のレポートより


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幕間

UAが10000を突破しました。
さらに全体日間ランキングでも最高24位を記録するなど、信じがたい出来事が続いて混乱しております。

この作品を読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。


そしてお詫びを一つ。現在最新話の執筆が難航しております。元々行き当たりばったりの思い付きで書いた作品だったので、設定をこねくり回すばかりで後々の展開のことを特に考えてませんでした。現在急いで参考資料を確認しつつ執筆しております。
ですので、続きを期待していらっしゃる方々には申し訳ありませんが、今回は本編までの繋ぎ回として「みんなの反応編」をお送りします。
もう少々お待ちください。


夜中。黒スーツにサングラスと、ともすれば不審者にも見えかねない服装に身を包む男の二人組が歩きながら雑談に興じていた。

 

 

「聞いたか?またゲッターが暴走したらしい」

「ああ。折角装者が生まれたというのにな。訃堂様の肝いりでなければとっくに封印処理されてるところだろうさ」

 

話題の種はゲッターのことだ。その舞台は現在から過去へと向かう。

 

「何でも、前の暴走事故で行方不明になった連中、消える直前に幻覚か何かを見てたらしいな」

「ああ、聞いたことはある。とはいえ所詮は眉唾物の噂話だろう?」

「いやいや、ところがそうでもないんだよ。記録映像の中に残ってるんだよ、何人かがうわ言を呟いてるところがさ」

「うわ言?一体どんな」

「俺も詳しくは聞こえなかった。聞こえたのは『こんなに簡単なことだったのか』って台詞くらいさ」

「なんだよそれ。オカルトにでも目覚めたのか?」

「さあな。あの連中に限ってそんなことはないだろうし、相も変わらず分からんことばかりだ」

「俺達にできるのはせいぜいあの新しい装者とやらが制御できるようになるのを祈るくらいのものか」

「違いない」

 

そうして闇の中へ消えていく。

事の本質を知らぬままに。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

全裸の男が豪華な椅子に座っている。

 

「起動したようだね、ゲッターが。」

 

対するは男装の麗人。背筋をピンと張り、見るからに真面目そうな雰囲気が漂っている。

 

「はい、局長。しかし、現状では装者が暴走したことから、まともに戦力としては扱えないとのことです」

 

「だろうね。過ぎた力だよ、あれは。人類にはね」

「追って伝えるよ、次の指示は。もう良いよ、休んでも」

「はい。失礼いたします」

 

 

「つくづく懲りないね、ヒトも。なぜ奴らは選んだのか、あんなものを」

 

「やはりするしかないようだね、証明を。優れているんだ、僕の方が」

 

「滅びるんだよ、ゲッター。神の妄執とともに」

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

同時刻、仮面に黒いローブを着た、何かの組織の構成員とおぼしき者が上司に報告を行っていた。

場所は何かの機械構造物の中であろうか。

 

 

 

「石屋様、あちらの世界に送り込んだ人員からの連絡が途絶えました。手練れの者にやられたと思われますが如何しましょうか?」

「何?その世界で我らに気付いた者は始末した筈だ。」

「はい。しかしあの早乙女という男、妙なものを残していたようです。詳しくはこちらの報告書にまとめてあります」

 

受け渡されるは束の報告書。そこには特記事項として「ゲッター」の名が記されていた。

 

「ゲッター……か、分かった。ベアトリーチェ様に報告しておく。その世界には代わりの者を派遣しておけ。」

「かしこまりました」

 

(ゲッター……他のどの並行世界においても未だ確認されていない、現状無二の存在。果たして何が動いているのか……警戒する必要があるか)

 

 

胸の中でそう溢すと、自身の主のもとへ報告に赴く。主は興味深そうに聞いた後、「じゃあそれをあの子に食べさせてあげるのもいいかしら。面白くなりそうじゃない?」と返した。

今はもっと面白いものがあるから後でだけどね、と付け加えながら。

 

 

 

 

 

世界を呑み込む悪意が動き始めた。

脅威の到来は近い。

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「ユリウス。未知の聖遺物が見つかったって本当?」

「ああ、間違いない。あんなものを確認するのはこれが初めてだ」

「じゃあもしかしてミョルニル以外の対抗手段に……」

「可能性が無いわけではない。既に調査員も送っている」

「さすがね。仕事が早いわ」

「しかし、あちらの世界でウロボロスの構成員が何人か凄惨な方法で殺されているという報告も上がっている。曰く、ある者は顔の皮を剥がされ、またあるものは目を潰され、耳と鼻を削がれた状態で殺されていたらしい。」

「何それ。随分えぐいやり方じゃない、相手がウロボロスとは言っても、あんまりいい気がしないわね」

「いずれにせよ注意が必要だ。少なくとも、この件の下手人に見つかっては生きて帰ってこれん可能性が高い。今のところは秘密裏の調査のみで済ませておくべきだろう」

「了解よ。今は奴らが来たときでもない限り、下手に手を出さないことにするわ」

 

 

 

未来を司る女神の名を持つ者達も動き出した。全ては仇敵を打ち倒し、あまねく世界を救うため。

 

 

――――――――――――――――――

 

「それで、ギャラルホルンはどうなっておる?」

「は。未だ沈黙を保っております」

「ふむ。まだ幾ばくかの猶予はあるということか」

「幸い、八絋様の腹心が『蛇』の手の者を始末致しました故、いささかの時は稼げるかと愚考いたします」

「果たしてそうかな?こちらは彼奴らの手の内を見ること能わぬが、あちらは容易くこちらの手の内を見られよう。あるいは此度のことでさらに時が早まったやもしれぬ」

「しかし、聞けば彼女は起動こそ出来たものの制御までは辿り着けなかったとか。少々急ぎすぎではございませんか?」

「分かっておる。だが時間がないのだ。ここは例の資料を送ってやる他あるまい。早急に手配をせよ」

「承知いたしました。では、失礼いたします」

「うむ」

 

 

黒服が出ていってからわずかの間を置いた後、風鳴訃堂は縁側へ出る。

 

 

 

 

「急がねば」

 

 

 

 

 

美しい夜空を見上げるその目は、世界を呑む『蛇』の姿を幻視していた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

ソレはついに仇敵がこの次元に誕生したことを感知した。己が産まれた理由こそまさにそれ。あれこそは、可能性の、進化の化身。故に、何としてでも滅ぼさねばならない。

 

 

もっとだ、もっとよこせ。さらなる強さを、さらなる餌を。

人間を喰らえ。聖遺物を喰らえ。世界を喰らえ。宇宙を喰らえ。人間が持つ、あらゆる希望を喰らい尽くせ。

"さもなくばあの宇宙を喰らう機械の化物を討ち滅ぼすこと、能わず"。その祈り(呪い)とともに産まれたのが我であるが故に。

 

 

奴をあらゆる宇宙から消し去るためなら、例え"全ての宇宙を消し去っても構わない"。

 

 

故に巫女よ、餌を喰らわせよ。我は全てを喰らう者なれば。

 

 

 

―――――――――――――――

 

■■■■■の日記

 

■/■

それを発見したのは僥幸だった、と研究部が狂喜していた。無論私もだった。先日新生命の創造・改造事業において発見された光体は、生命体の進化を促す作用があることが本日確認された。

それによって進化の見込みが無いと確認されたプロトタイプは廃棄、この光体を用いて新たなヒトを生み出すことが正式に決定した。

これを我々はイデア、と名付けた。まさしく我らにとっての理想的な物質だったからだ。

これならば私の理想も……誰もが隔たり無くわかり合える世界が来るのも、夢ではないのかもしれない。

 

 

■/■

あのようなおぞましいものは存在してはならない。

何故あれを理想の物質と持て囃したのか。あれがもたらす進化は果ての無い破壊と滅亡を生むだけなれば。

あのビジョンを見たのは私一人のみ。それ故、誰もが私の話を信じようとしない。ならばたとえ同胞を討ってでも、イデアを消し去らねばならない。

あれから生み出されしヒトも、全て。

 

 

 

無念だ。よもやイデアを滅ぼすより先に、この身が滅ぼされるとは。

統一言語が奪われたことで復活は最早能わず。

おのれ■■■。自ら滅亡の引き金を引いたことに何故気付かぬ。最早我らは終わりだ。イデアを放置する以上、『奴ら』との対峙は必定。なれば、『進化』を失った我らに勝機は一切存在しないのだから。




ゲッター起動について、みんなの反応編(一部例外あり)。
多種多様ですごくおもしろいですね(小並感)


これらはあくまで設定上で存在しているだけなので、本編でどこまで拾うかは未定です。


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課題

お待たせしました。第五話、完成です。

ようやく大まかなプロットも完成したので、正式に連載という形になりました。
これからも本作をよろしくお願いします。


竜の暴走から一夜明けた二課。そこでは主要な構成員による緊急会議が行われていた。

 

 

「司令、本当に彼女を戦力に数えるおつもりですか?」

 

 

会議は友里あおいの疑念から始まった。

この中で直接装者たちの戦闘に関わるのは友里あおい、藤尭朔也を始めとするオペレーター陣だ。したがって、この懸念が彼らの中から現れるのは至極当然のことであった。

 

「現状では何とも言えんな。奏がLINKERを必要とする都合上、完全に適合した装者は貴重だ。それに鎌倉からも早急に実戦投入すべしと要求が来ている」

「しかし、暴走が起こることを考慮すれば、まず最初に身の危険にさらされるのは装者である竜くんだろう。それを無視することはできん」

 

 

会議室の中が沈黙に包まれる。この時、全員の頭にはかつて多くの犠牲を出した暴走事故のことが過っていた。

 

 

「そのことなのだけど、ちょ~っといいかしら?」

 

 

沈黙を破ったのは櫻井了子。その手には紙の束が握られている。

 

「了子くんか。解析は終わったのか?」

「ええ。これから報告するから皆も聞いてちょうだい」

 

 

その言葉と共に、プロジェクターを通して解析によって得られたデータが映像として出力される。その時、参加者全員の顔が改めて引き締められた。

 

 

「まず一つ目。彼女は天然ものの適合者で確定ね。これは非常にありがたいことだと思うわ。データだけを見れば、だけど。」

 

最後にやや声のトーンを下げる。

 

「それで二つ目の暴走した理由なのだけど……この映像を見てもらえるかしら」

 

そうして了子がリモコンを操作すると、映像は竜がガラスケースをぶち破ってゲッターを掴んだ瞬間を写し出し、さらに竜の顔を拡大し始めた。

 

「はいここ。竜ちゃんの目の下から顎の両脇にかけて何か緑色のラインが走ってるのが見えるかしら」

 

「見えるが、それがどうかしたか?」

 

「これ、どうもゲッターからのエネルギーが逆流したみたいなのよ」

 

「逆流……だと?」

 

困惑の色を隠せない弦十郎。過去のデータを見ても、ギアから人体へのエネルギーの逆流に類するものは絶唱などによるバックファイアくらいしか聞いたことがない。

 

「ええ。そしてこれと同じ現象が実戦テストの最中にも起きてることが確認されたわ。」

 

「それはつまり、絶唱のようにギアからのバックファイアが起きている、ということか?」

 

「似てるけど、そうではないわ。これはむしろギアの中で無秩序に溢れたエネルギーが竜ちゃんの体内に流れ込んでいる、と見た方が近いみたい。その結果、あの子の中の闘争心が刺激されたことで暴走したと推測されるわ。だから人体にかかる負担は暴走時の行動で肉体にかかるものを除いておおよそゼロに近い。」

 

一呼吸置く。

 

「この原因については、竜ちゃんとゲッターの親和性が高すぎるせいではないか、というのが私の結論ね」

 

「それはつまり、ゲッターと適合しすぎた、ということでしょうか?」

 

「その通りよ藤尭くん。これを解決するには竜ちゃんがゲッターを完全に制御するしかないと考えているわ」

 

ここでずっと黙って聞いていた緒川が手を上げる。

 

「それは技術的アプローチでは解決出来ないのでしょうか?」

 

「難しいところね。確かにギアに幾らかの制限を掛ければ不可能ではないわ。でもそれじゃあ根本的な解決にはならない」

「どうしても機能に制限を掛ければいずれ必ず限界が出る。そうやって制限を解除した時にそのまま暴走されちゃ堪ったものじゃないしね」

 

 

これでギアの限定解除がされたらと思うとぞっとするわ、と言って締めくくる。

あの戦闘力は魅力的であるし、現在の装者二人の負担を減らせるという点でも戦場で起用しない理由はない。しかし、「暴走」という二文字が全員の判断を迷わせていた。

 

再び沈黙が会議室を支配する。それを見て徐に口を開いたのは、やはり司令官の風鳴弦十郎だった。

 

 

「……ならばこの件。俺に任せてもらえないだろうか」

「あの実戦テストを始める指示を出したのは俺だ。暴走の原因は俺にもある。その責任は取らねばならん」

 

「しかし暴走の原因は……」

 

「ゲッターからのエネルギー逆流、だろう?だからこそ、だ。竜くんから誘いを受けた時点で、俺は彼女が闘争本能に呑まれつつあったことに気づけなければならなかったんだ」

「俺が何としてでもゲッターを制御出来るようにさせてみせる。だから少しだけでも猶予を与えてほしい」

 

頼む、と言って頭を下げる。

 

 

「そうするのはいいのだけれど、」と了子。

「おそらくそんなに長く時間は取れないわ。暴走がそう何度も起きるならこちらのバックアップにも限界がある。それに、制御出来たときに後々必要になるであろう装者二人との連携訓練や鎌倉からの要請との調整、出来なかったときに必要な処理なんかもあるから、取れるのはせいぜい二週間程度だと見てちょうだい」

 

櫻井了子は基本的に、弦十郎に対して全幅の信頼を置いている。そんな彼女が明確に時期を指定した。これは彼女からの事実上の勧告だ。つまり「二週間で制御できなければ、こちらも相応の手段を取らざるを得ない」という類いの。

 

そのことを知ってか知らずか弦十郎は、

「助かる。それだけあれば十分だ」

と、自信に満ちた表情で笑ってみせる。

その笑みには、相も変わらずこの男に賭けてみたいと思う気持ちを掻き立てる強さが宿っていた。

 

ならば、答えはひとつ。

 

「そこまで言うなら、私は弦十郎くんを信じるわ。必ずやり遂げて頂戴。皆もそれで構わないかしら?」

 

 

了子さんが言うなら、とやや不承不承気味ではあるが了承の意を示すあおい。それに追随して場がある程度賛同で大勢が決した。

 

 

「すまない。皆の厚意に感謝する」

 

 

その言葉と共に会議は締め括られた。

 

会議室を出た後、竜の病室へ足を運ぼうとする弦十郎。その顔は会議前と比べれば幾分晴れやかになっていた。

 

 

 

 

「うぐ……あ痛てててて……」

 

その頃竜は病室のベッドの上で全身の痛みに悶え苦しんでいた。

(全身が痛ぇ。多分オッサンにやられたせいだろうが、昨日の俺はどうしちまったんだ?)

 

自分が何をしたのか。自分の中の闘争心のままに戦い始めた辺りは覚えているが、気がついた時には裸でアリーナの天井に頭から突き刺さっていた。そして櫻井とかいう茶髪の女が自分を引っ張り出そうとした辺りで記憶は再び途切れている。

 

「ゲッターが俺に何かしやがったのか?まさか無理矢理引っ掴んだからキレた、とかじゃねえだろうな」

 

だとすればまだもう少しへそを曲げちまってるかもな、と誰に聞かせるでもなく呟く。当然といえば当然だが、近くにギアペンダントは無い。再び回収されたようだ。

そうして考え事をしていた最中、

 

 

「よっ。目が覚めたみたいだな」

 

病室の扉を開けて入ってくる橙色の影。二課のギア装者、天羽奏である。

 

「誰だ?あんた」

「アタシは天羽奏。シンフォギア『ガングニール』の装者だよ。要はアンタの先輩ってこと。これからよろしくな」

「おう、よろしく。」

 

気さくな様子に少しだけ警戒心を緩める竜。その姿に奏は野良猫みたいでちょっとかわいいなこいつ、と内心で溢す。

 

「体の調子はどうだ?」

「良くはねえな。まだ体が痛くてしょうがねえ」

「アハハ。ギアには装者を保護する機能があるけど、ダンナの全力はさすがに受けきれなかったみたいだな」

 

その言葉に反応して目を剥く竜。全力を出していたのか?そんなもの俺との組手じゃ食らったことがない。どうせなら自分の意識がある時に打ってきてほしかったと悔しく思うとともに、なら今度は自分だけの力で引き出させてやるとこみ上げてくる熱があった。

 

 

「それで俺に何の用だ?まさかただの見舞いってわけじゃないんだろ?」

「いやいや、そのまさかさ。なんたって新しい仲間が出来たんだ、これくらい普通だろ?」

 

その言葉に竜はポカンとした表情をする。

 

思えば、ここしばらくは竜にとって予想外の出来事があまりにも起こりすぎていた。

帰宅したと思えば妙な連中に殺されかけ、何とか退けたかと思えば訳のわからない老人に拉致され、しまいには自分がおかしくなるという始末。もう何があっても驚かねえぞ、と身構えていた矢先の、あまりにも普通すぎる理由での訪問。貴重すぎて反応に困ってしまったのであった。

 

奏も、実戦テストの時の狂気じみた笑顔から打って変わって初めて見る竜の顔のあまりの落差に思わず声を上げて笑ってしまう。

 

「てめえ何人の顔見て笑ってんだよ。失礼なやつだな」

「ごめんごめん、まさかそんな顔すると思ってなくてさ」

「そんな面白い顔してたかよ?」

「そりゃそうだ。テストの時と落差がありすぎて……くくくっ」

 

テスト。そうあまり思い出したくはないが、自分は実戦テストの時に頭がおかしくなった。闘争心が昂り、誰にも負ける気がしないと全能感に頭をやられ気がつけば意識を失っていた。

 

「……テストの時はそんなにヤバかったのか?生憎と途中から何にも覚えてねえんだ」

「そうなのか?まあ、あの様子じゃ無理もないか」

 

あの完全に正気を失った目、歯を剥いて襲い掛かる様はまさしく獣のそれだった、と奏は相棒から聞いたことをそのままに伝える。

竜は悔しさを滲ませながらも黙ってそれを聞き続けていた。

 

 

 

 

それからしばらくして、再びドアを叩く音。

今度の客は二名、いつもの弦十郎と風鳴翼である。

二人が入ってくる所を見た竜は、弦十郎の背後にいる青い髪の少女の姿を見て「見慣れねぇ顔だな」と気の抜けた感想を抱く。

 

「元気か?竜くん」

「これが元気に見えるなら病院行きな、オッサン」

 

その言葉に翼が少し眉をひそめる。

 

「いやはや、すまない。何せギアを纏った君を相手にするんだ、全力でなければ優に受けとめられてしまいそうだったのでな」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「それだけ俺が君の力量を認めているということだ」

 

いやいや、と

「別に無理矢理気絶させられたことはいいんだけどよ、何でソレをいつもの組手でやってくれねえんだよ」

 

つまんねえの、と溢す。弦十郎は竜が珍しく見せる年頃の女の子めいた顔に一瞬呆気に取られると声を上げて笑う。

 

「おいおい……俺が言ったことって、そんなに可笑しいかよ?」

「そりゃそうだ。ダンナの全力を生身で受けてみたいなんて言う命知らず、アタシ初めて見たぜ」

 

しかもそんな顔で、と肩を震わせる。

 

ふむふむ、そんな顔。どんな顔かはよくわからないが、このまま自分がネタにされ続けるのも癪だし、このままでは埒が開かないだろう。そこで話を進めるべく、

 

「だぁーもう!いいから早く何しに来たか言いやがれオッサン!」

と急かす。

弦十郎もスイッチを切り替えたようで、先程とは打って変わってとても真剣な顔で話し始める。

 

「そうだな、では本題に入ろう。まず、緒川からいくらかは聞いていると思うが、改めて自己紹介だ。俺達は政府の組織、特異災害対策機動部二課の者で俺はここの司令を務めている。そしてこの二人が、」

 

 

「シンフォギア"ガングニール"の装者、天羽奏だ、改めてよろしくな」

「シンフォギア"天羽々斬"の装者、風鳴翼よ。よろしく頼むわ」

 

「特異災害対策機動部二課の使命は特異災害、すなわちノイズによる被害から人々の命を守ることにある。言わば人類守護の最後の砦なのだ」

「そして竜くんは我々が保有するシンフォギア"ゲッター"の適合者となった。そこで君に頼みがある。我々と共に人類を脅かす者と戦ってくれないだろうか?」

「おう、もちろんだ」

 

ノータイムで回答する竜。あまりの迷いの無さに弦十郎の方が戸惑ってしまう。

 

「……こういうことを言うのも何だが、もう少し考えてからでもいいんじゃないか?」

「そういうわけにも行かねぇよ。何せ俺はあのジジイに目を付けられちまったんだ。どうせ逃げられないんなら、徹底的にやってやるまでよ」

 

「ちょっと待って。ジジイってまさか、お祖父様のことじゃないでしょうね?」

 

「ジジイ」という単語を耳にした翼は嫌な予感が止まらない。よもや、よもやだ。よもやその「ジジイ」とはかの怪物、風鳴訃堂を指す代名詞ではあるまいな。

 

「お祖父様?ああ、そうか。あんた、風鳴って言ってたな。風鳴のジジイと言えばそいつしかいねぇだろうさ」

 

翼は眩暈がした。まさかこの世にあの恐ろしいお祖父様をあろうことか「ジジイ」などという言葉で呼ぶ人間が居たなんて!

 

「第一、お前も孫ならなんか言ってやれよ。あのジジイ、俺を勧誘する前に訳のわからん連中を差し向けて殺そうとしやがった。おかげで家がメチャクチャになっちまったんだよ」

 

どうしてくれるんだよ修理費、と文句を垂れる。

奏は「そこじゃない、そこじゃないだろ」とげらげら笑っている。

しかしそれ以上に風鳴家の者たちは頭を抱えたくなった。風鳴機関のエージェントが頭を抱えていたのはこれのことか!何してらっしゃるんですかお祖父様、これはひどいと、二者で異なる感想を抱いたが、どちらも目が死んでいたことだけは共通していた。

 

「その……ごめんなさい、私の祖父がとんだ無礼を……」

「俺からも謝らせてくれ。本当に済まない」

 

別にお前らは関係ないから気にすんなと竜は返す。

 

「それで?まだ他にあるか?」

 

何とか平静を取り戻した弦十郎。

「そうだな。もう一つは昨日の君の暴走の件についてだ」

 

その言葉に竜は姿勢を正し、静聴する構えを見せた。

 

「まず暴走の原因についてだが、これは君がゲッターと過剰に適合したため、というのが結論だ。従って、以後も暴走する恐れは十分にある。そのため、君には期限となる二週間以内に訓練を通して出した結果を元に、制御可能か否かを判断することになった。ここまでで何かあるか?」

 

「失敗したらゲッターはどうなるんだ?」

 

「さて、な。おそらく封印が妥当ではないだろうか。」「君の場合、ゲッターとの相性が良すぎたが故に出力が一気に上昇、その際のエネルギーが君の体内に逆流することで暴走が起きた、と考えられているため、理論上は君の働き次第で制御可能であると考えられる」

 

「つまり、完全に制御不能ってわけじゃねぇんだな?」

 

「その通りだ。そして俺は、制御出来る可能性は決して低くないと考えている」

 

「了解だ、喜んで受けるぜ。俺ももう二度とあんな醜態は晒したくないんでな」

 

 

―――――――――――――――

 

「よし、これで話すべき事項は全てだ。それでは訓練は明日から行う。今は二人と親睦を深めるといい」

 

そう言って弦十郎は出ていった。残されたのはギア装者三人。最初に口を開いたのは翼である。

 

「そういえば、テストの時の貴女の姿は見させてもらったわ」

 

その言葉に嫌な顔をする竜。もはや思い出したくもない思い出と成り果てているようである。

 

「よしてくれ。あんな無様な姿、見たくも見せたくもねえ」

 

「ううん、そっちではないわ。正気だったときのことよ。あの時の動き、何か武道を修めてる動きだったけれど」

 

その言葉を聞いて露骨に安心する竜。いい加減黒歴史を掘り返されたくはないのである。

 

「なんだそっちかよ、びっくりさせやがって」

「確かに、俺は空手をやってる。もっとも親父に仕込まれただけだから道場とかは行ってねえんだがな」

 

お前はどうなんだ?と聞かれる翼。

「ええ、私は剣を学んでいるわ。折角だし、今度手合わせ願えないかしら?」

ギアありの時とギアなしの時で、と二回分も戦いの予約をしようとする。

 

「おう、いいぜ。何度でもやろうじゃねえか」

竜もそれを快諾する。目の前の相手の立ち振舞いから中々「ヤル」ことはわかっていたので、この提案がなければ自分から行こうと思っていたからだった。

 

 

 

 

そこにアタシもやーりーたーいーと駄々をこねる奏も混ぜながら一日が過ぎて行く。

 

 

 

 

 

一日ぶりに得る平和は、とても気持ちのいいものだった。




早乙女レポート④

ゲッター線が先か、ゲッターが先か。非常に興味深い。我々は"ゲッター"を見つけるまで一度もこのゲッター線を発見することが出来なかったというのに、"ゲッター"の研究を始めた途端に多くの新発見があった。これは喜ぶべきことではあるが、同時に懸念もある。

そも、我々はなぜこの聖遺物を"ゲッター"と名付けたのか。まるで大きな何かに突き動かされたような心持ちがする。

―――――――――――――――早乙女賢博士より報告


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解放

読んで頂いてありがとうございます。

今回はとても難産でした。正直暴走回は今やることじゃなくね?とか思いながら書いてました。今回からゲッターがようやく本領を発揮し始めるかと思います。


それでは第6話をどうぞ。



ああ!待って!石を投げないでください!お願いします!


「ぐ、く、おおおおおおおおおお!」

「気をしっかり持て竜くん!自分を強く意識しろ!!」

 

翌日。奏の立ち会いのもと、竜の訓練が始まった。

 

訓練の仕組みはこうだ。

 

1.まず竜がギアを起動する。

2.その後シミュレーターで訓練を行うが、この時に完全に暴走した場合弦十郎が強制的に竜を沈める。

3.立ち会いの装者や技術者から、何かしら気づいたことがあればそれを伝える。 

4.1に戻る

 

 

という形である。要するにまずはとにかく回数を稼いでギアの制御を図るというものであった。

 

 

「うおおおおおおおお!」

「ぬう、やむを得んか……ふんッ!」

「がああああああああああああ!」

 

記念すべき最初の撃沈である。ゲッターのエネルギーを制御、あるいは竜が増幅された闘争本能を克服することを目的としたこの訓練は最初から熾烈を極めていた。

 

 

「奏。何か気づいたことはないか?」

「まだまだ数が足りないと思うな。次行こう次」

「分かった。よし、次行くぞ!」

 

念のため言っておくがこの訓練は竜の提案である。曰く、「実戦でやった方が早えだろ」とのことである。

 

その場にいた翼は内心そんな無茶して大丈夫なのかと若干不安だったが、二人があまりにも乗り気だったので考えるのをやめた。一方奏はノリノリだった。それは早速こんな台詞を吐いている辺りからでも窺えるだろう。

 

 

「次いくぞー。竜起きろー」

頬を軽く叩いてのきつけ。少しずつ強めながら叩いていけば、すぐに「うおおっ!」と飛び起きた。

 

 

この後も特訓は続いた。しかしこの日は正気の時間こそ増えたものの、完全制御とは行かなかった。

 

 

 

 

二日目。この日は一度特訓の場を弦十郎の家に移し、映画を見ることになった。テーマは「本能の克服」。自分の中の破壊衝動を武で以て克服する系のアクション映画だった。テーマこそピッタリだったものの、どうも竜には合わなかったようで、あまり反応も芳しくなかった。

 

 

なお渾身の案が不発に終わった弦十郎はとても悔しがっていた。竜は「当たり前だろうが」と鼻を鳴らしていた。

 

 

 

三日目。これまでは押さえつけていた衝動を、今度はあえて抑えないことにした。奏と翼のコンビ相手に2対1で模擬戦を行い、ただただ全力で戦うだけ。途中で暴走してもお構い無しだったが、これが最も好感触だった。竜もそれに気づき、しばらくはこの方法を採用することになった。

 

 

 

 

そして四日目。

 

「鎌倉から資料だと?」

「はい。どうやらゲッターに関する研究資料のようです」

 

 

鎌倉の風鳴本邸からゲッターの資料が到着した。それを受けて今日はそちらの解析に回し、訓練は休養も兼ねて一日休みということになった。

 

 

 

「ふぃ~。久しぶりの娑婆ってやつか?これが」

久しぶりの外出。無論近くに黒服もいるが、それでもこうして一日中体を休める時間があるのは有り難かった。

 

(結局、俺に何が足りねぇんだ?心で抑えるのは柄じゃねぇから、間違いなくこれはボツだ。かといって衝動に身を任せるのもダメ。何か掴めそうなんだがその何かが分からねぇ)

 

「あークソ!何かモヤモヤするぜ」

 

まるでそれは喉の奥まで物が出かかったような感覚。あと一歩で答えを出せそうなのに出せないもどかしさがあった。

 

 

所在ないままに町を歩く。

 

もう少しで隣町、といったところでラフな格好の男が声を掛けてきた。

 

「うん?竜くんじゃあないか。久しぶりじゃないか?」

「ああ?誰だお前。」

 

相変わらずのノータイム返答。

「ほら、鎌倉の風鳴本邸で会っただろう?見送りだってしたじゃないか」

 

鎌倉。見送り。少し前にそんなこともあったような……

 

「ほら、寝起きに変態呼ばわりしてた……」

「お前あの時の黒服か!!!」

 

あの時と全く服装が違うので分からなかったが、ようやく思い出した。いや、それよりも、

 

「お前自分のことは忘れてもいいって言わなかったか?」

 

その言葉に男は目に見えて声を詰まらせる。

 

「ま、まあ別にいいじゃないか、ちょっとした格好つけってやつだよ。それよりも今日は訓練じゃないのか?」

 

ゲッターの制御訓練の話はどうやらこの男の耳にも入っていたらしい。それは必然、自分の醜態のことも耳に入ったということでもある。

またこれか。嫌なものを思い出してほんの少し不機嫌になる。そこで、少しばかり意趣返しをすることにした。

 

「ああ。今日は休みだとさ。そっちこそどうなんだ?こんな真っ昼間に私服で出歩くなんてよ」

 

「俺も今日は非番なんだ。折角だ、どこかでゆっくり話さないか?」

 

「おいおい、へったくそなナンパかよ。誘うならもっといい言葉を選びな。その時は股間蹴り潰してやるからよ」

 

「物騒だな!?いやいやそもそもナンパじゃない!ただ単に君がゲッターのことで悩んでないかと思ってだな……」

 

 

相も変わらずこの男をからかうと本当に面白い反応をしてくれる。それに純粋にこちらの心配もしているらしい。やはりいい奴だと思う。とはいえこれは自分の問題だ、相手の手を煩わせるものじゃない。

 

 

「ありがとよ、好意だけ受け取っとくぜ。だが生憎とこいつは俺の問題なんでな」

 

「まあそう言うな。そろそろ行き詰まって来たんだろう?だからそんな風に町を歩いてる。違うか?」

 

違わない。こいつはなぜこんなに察しがいいのか。

 

「よく分かったな」

「いやいや、考え事しながら歩いてただろう?これぐらい想像はつくさ」

 

どうやら簡単に見抜かれる程度には立ち振舞いに出ていたらしい。こうなりゃ賭けだ、と竜は考えた。名案も愚案も思い付かない今、もしかしたら目の前の男から何か得られるかもしれないと思い、

 

「わかったよ。ただし、何にも得られなかったら承知しねえからな」

 

だから一々物騒なのはなんなんだー!と叫ぶ男。

こういう軽快なやりとりは今の竜にはとても心地よかった。

 

 

 

場所は移り喫茶店。ナンパじゃねえのかこれ、と思いつつ席について飲み物をちびちびやりながら話す。

 

「さて、じゃあ自己紹介といこうか。俺は佐々木達人(たつひと)という。決して変態ではないから、よろしく頼むよ」

 

「おう、知ってると思うが流竜だ。よろしくな」

 

 

そうして竜は達人にここまでの流れについて話す。

自分がやらかしたこと、ここまで何かに掴めそうで掴めていないこと、今自分に何が足りないのか考えていることだった。

そしてもののついでとばかりに、ずっと気になっていたことについても聞いてみることにした。

 

 

「そもそも俺は何で選ばれたんだ?日本中探せば適合者くらい他にも何人かはいるんじゃねえかと思うんだが」

 

「なるほど、そこからか。じゃあ順を追って一から話そう」

 

そう言って達人は。あれこれと説明を始めた。

 

「まず事の発端は訃堂様がゲッターの装者を探していたことにある。俺もそれに関わっていてな、条件があまりに厳しいからどうしようかとなってたんだ」

 

「条件?」

 

「『強靭な肉体と精神力、それに一定以上の知能を併せ持つ装者候補』それが条件だ。ただでさえ装者候補というだけでも厳しいんだ、ここにこんな条件を加えられちゃたまったものじゃない」

「だけど君はその条件に見事合致していた。まるでゲッターを扱うために生まれてきたかのようにな」

 

「肉体と精神力、ねえ……肉体はともかく、精神力は微妙じゃねえか?こうも暴走ばっかさせてればよ」

 

「そうでもない。常人なら殺し屋を三人差し向けられた時点で死のプレッシャーに負けてとっくに死んでいるからな」

 

あれは同僚たちの間でもかなり評判が悪かった、と愚痴る達人。竜はやはり黒服はもう少しまともな感性をしているんだなと考え、やっぱ頭おかしいんじゃないかあのジジイという感想を抱く。

 

「やっぱ頭おかしいんじゃねえかあのジジイ」

 

「声に出てるぞ」

 

やべ、と慌てて口を閉じる。壁に耳あり障子に目あり、どこからジジイの耳に入るかは分からないのだ。

 

 

「それはさておき、そういう経緯で君は選ばれたというわけなのさ。後は君も知っての通りだ」

 

「つくづく迷惑な話だぜ。それで、後は俺がゲッターを制御できねえことについてなんだが……」

 

「そのことだが、一つ聞きたい」

 

竜の話を遮って、真剣そのものといった顔をした達人がこちらに振ってくる。その内容は竜にとって想定外のものだった。

 

 

「君は、ノイズ災害をその目で見たことがあるか?」

 

 

 

 

「?何が言いてえ」

 

「ノイズに炭化させられる人を見たことは?その人が発する最後の悲鳴を聞いたことは?炭化させられる直前の、あの絶望しきった表情を見たことはあるか?ということだ」

 

「……ねえな、まだ」

 

竜は直感的に一言も聞き逃してはならないと悟り、真剣そのものといった表情で聞きはじめた。

 

「だろうな。経歴にもそんなことは書いてない。せいぜい教科書で見たか人伝に聞いたくらいしかないだろう」

 

あとはシミュレーターで倒したものくらいのものか、と付け加える。

 

「つまりそういうことなんだと思う。まだノイズという、自分が倒さなきゃならない相手への理解が足りないから、実感がないんじゃないだろうか。」

「実感は大事だぞ。いざって時最後の最後で自分の力になるのは気合だ。その時に戦う理由がはっきりしてる奴ほど強いからな」

 

「実感……か。」

言われてみればそうだ。確かに戦うとは言ったし、徹底的にやるとも言った。だが肝心の戦う相手はシミュレーターの魂がこもらない再現だけだ。これならまだ人間相手に戦った方がマシじゃないかと思う。

 

「俺が好きな作品にな、丸太で特訓する主人公に対して師匠が叱りつけるシーンがあるんだ。こんなものは特訓じゃない、この丸太に、お前を憎み突き刺す心があるか……ってな」

「俺はこれが今の君によく合うと思う。ノイズに意志があるかは知らないが、自分に殺意を持って向かってくる緊張感はシミュレーターでは分からないものなんだよ」

 

 

今の君に必要なのは訓練じゃなくて実戦なのかもな……と呟いた。

 

蒙が啓けたような気持ちだった。なるほど確かにその通りだ。そうと決まれば早速。

 

「ありがとよ。お蔭で何をすればいいか見えてきた気がするぜ」

 

「ああ、力になれたようで嬉しいよ」

 

こいつは礼だと言い、二人分の金を置いて店を出る竜。その後ろ姿を見た達人は、

「慌ただしい子だな」

と苦笑いしながら店をゆっくり出るのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――

(きっとこれなんだ!!俺に足りなかったのは!!)

町を走る竜。望むものを見つけた嬉しさで足取りはとても軽快だ。このまま一気に二課本部まで行こうか、としたそんな時である。

街中でサイレンが鳴ると同時に、二課でもらった通信機が音を鳴らした。

 

 

 

『聞こえるか竜くん!今君の現在地の近くでノイズの出現を確認した!今地図を送るのですぐに現場に急行してくれ!奏と翼もじきに合流するから決して無理だけはするなよ!』

 

 

 

 

そこは先程の喫茶店の近くだった。

 

 

 

 

踵を返して走り出す。走る。走る。走る。

達人と別れてからそんなに時間は経ってないのですぐに現地に着いた。そこでは達人が逃げ遅れた民間人の捜索をしていた。

 

「おい達人!こいつは……」

「竜くんか!丁度いい、君に必要な実戦の場があっちから来てくれたようだぞ!」

「んなこと言ってる場合かよ!お前も早く避難しやがれ!」

「俺は命を守るのが仕事だ!命が惜しくて防人が務まるか!そんなことより見ろ!この炭の山を!」

 

周りには大量の炭。もしや。

 

「これ全部がやつらに殺された人間の成れの果てだ!いいか、よく目に焼き付けろ」

「敵を見たら考えるな!すぐ倒せ!敵はお前が考えるほど甘くない!」

「竜!彼らの死に様をよく見ろ!俺たちが戦う敵の恐ろしさを見ろ!!ノイズ共がどんなふうに罪のない人間を殺したか見ろ!!」

 

「もしお前が躊躇ったり迷ったりしたとき、命を落とすのはお前だ!そして」

 

 

 

「人類全体なんだ!!!」

 

 

 

そう言い終わるや否や、二人にノイズが襲い掛かる。竜は急いで聖詠を唱えギアを纏うが、達人を守るものは何もない。

 

「くそったれ!!!」

 

咄嗟に前に出て達人を庇う。アームドギアを手に何とか防ぐが、元々守りに向かない手斧では数の暴力は防ぎきれない。

 

そして――――――

 

 

 

あ、と呟いたのはどちらだったか。分からないが、その声は妙にはっきり聞こえた。

 

 

 

視界がスローになる。目の前で達人が次第に炭に変換されていく。

 

 

しかしその顔はまだ死んでいない。

「いいか……俺の死に様をよく見ておけ……」

「ノイズが俺をどう殺したかその目に焼き付けるんだ……」

 

 

 

 

そう言い残して達人は完全に炭と成り果てた。

 

 

 

 

 

 

「達人ォォォォォーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

そうか、ノイズに殺されるとこうなるんだ。

死体の一つ、衣服の一辺さえも残らない、完全な炭素への変換。

信じられない。この炭が、さっきまで談笑していた男の姿?実感というものがまるでない。

 

 

だけど、()()()()。こいつらは生かしておけない。

達人の敵討ちとか、()()()()()()()()()()()()

人を、人としてではなく、ゴミとして殺すこいつらは、存在を許してはいけない。

だから――――――

 

「ノイズ野郎!皆殺しにしてやるッ!!」

 

 

――――――――――――――――――

 

 

力がみなぎる。魂が燃える。体が熱い。

ここ数日で散々感じた、暴走の前兆。

 

――――――ふざけるな。こんなもので俺を縛るつもりか。

 

 

闘争心が膨れ上がる。本能が刺激される。

 

――――――てめえ、この流竜様を舐めてんのか。いや、現に舐めてる筈だ。なんせ今まで散々暴走してたんだからな。

 

 

目の前が赤くなる。戦いたい。戦いたい。

 

 

 

――――――もうあれこれ考えるのはやめだ。第一そういうのは柄じゃねえんだ。一発でかく当たって後は流れで行けばいい。

 

 

 

戦うのは、こんなにも――――――

 

 

――――――違う。違う違う違う違う違う!!!

 

 

「ふざけやがってえええええええ!!!!」

 

 

「いい加減にしろよこのポンコツがァ!エネルギー制御の一つだって出来やしねえのか!!」

「俺はな、こんなところでこんなもので足踏みしてるわけには行かねぇんだ!」

「あいつらは……ノイズ共は生かしておけねぇ!皆殺しにしなきゃならねぇ!!そのあるかも分からねぇ頭に、人間の恐ろしさを叩き込んでやらなきゃ気が済まねぇ!!!!」

「いい加減てめぇみたいなポンコツに構ってる暇はねぇんだよ!!!だから……」

 

 

拳を作った左手の手首を右手で掴み、前にゆっくり突き出す。左手にエネルギーで出来た炎が集まっているように見える。

 

 

「大人しく俺に使われやがれェェェェェーーーーッッ!!!」

 

 

 

 

手で自分の胸を叩く。それとともに鳴り響く轟音。体に取り込まれていく炎。

 

―――もう、闘争心はすべて胸から湧いたものに塗り潰されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おらおらおらァ!!来やがれノイズ共!ぶち殺してやるぜ!!」

 

咆哮する竜。もはや奴らを皆殺すのにアームドギアさえ必要ない。腕甲に装着された刃を使えば、走り回るだけでノイズは炭と化していく。

 

(足りねえな……速度が足りねえ!だったら!!!)

 

そう思ったとき、マントは大きなバーニアへと変化、同時に右手の腕甲が変形し、ドリルが形成される。

 

 

「ゲッタァァァドリルッ!!」

 

 

ドリルを構え、ジャンプと同時にバーニアを吹かす。そうすれば面白いように前方のノイズが消えていく。

 

「ついでだ!ミサイルも持っていきやがれ!」

 

着地と同時にバーニアがさらに変化、ミサイルとなって飛んでいく。バーニアがあった場所には再びマントが生えていた。

 

 

爆発音。これでおおよそ殲滅したが、まだちらほらと残っているのが見える。

 

「逃がしゃしねえぞ!」

一喝し、マントを自分の身を包むように纏うとノイズのいる方向へ跳んでいき、

「ゲッタァァァ!ビィィィィィム!!」

マントの中で光線を放つ。するとマントで乱反射した光線は不規則な軌道でノイズへ向かっていき、爆発。

 

 

奏と翼が着いたとき、もうそこにノイズは一匹たりとも残っていなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――

その声は全て二課にも届いていた。

 

「ゲッター、戦線に到着しました!」

「よし、回線を繋げ!すぐに竜くんを支援する!」

「竜ちゃん?竜ちゃん?聞こえる?……ダメです!こちらの声が聞こえていません!」

「何だとォ!?」

 

 

 

 

「これは……司令!竜ちゃんのバイタルが暴走時のものに近づいています!」

「くっ……こんなところでか!奏!翼!竜くんが暴走寸前だ!急いでくれ!」

二人の了解、という声が聞こえた。

弦十郎が「頼む、間に合ってくれよ……ッ!」と呟いた

 

その時である。

 

『ふざけやがってえええええええ!!!!』

 

あまりの大音声に機材がハウリングする。司令室の全員が思わず耳を塞いでいた。

 

『いい加減にしろよこのポンコツがァ!』

 

『大人しく俺に使われやがれェェェェェーーーーーーーッ!』

 

 

 

「これは……ゲッターのエネルギー数値、正常です!竜ちゃんのバイタルも元の正常値に戻っています!」

「まさか……この土壇場で制御したというのかッ!」

 

 

この知らせは二課スタッフにとっては嬉しい誤算だった。

加えて、

 

『ゲッタァァァドリルッ!!』

 

「アームドギア、形成しますッ!」

「まさか新しいアームドギアの形態ッ!?」

 

驚愕する了子。アームドギアが放つ技に応じて変形することはよくある。翼の蒼ノ一閃や天ノ逆鱗なぞはそのいい例だろう。

しかし今回は違う。手斧のアームドギアは格納していた。今回のこれは、ともすればギアの限定解除、あるいは新しいアームドギアの発現ではないだろうか。

 

(これはもしかして、鎌倉からの資料にあった、人の意志にゲッターが反応することの実例ということかしら……?もしそうなら実に興味深いわね…

 

了子は人知れず、まだ見ぬゲッターの力に、強く魅せられていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

二人が到着したとき、竜は余裕綽々といった風で瓦礫の上に座っていた。

 

「よう、二人とも。ずいぶん遅かったじゃねえか。とっくに全部ぶっ潰しちまったぜ」

 

「竜!貴女……制御出来たの!?」

 

驚愕する翼。まさか行き詰まった次の日に突然出来るようになっていたとは夢にも思わなかったのである。

 

「まあな。随分遅くなっちまったが、これでようやくまともに前に立てるってもんだ」

 

翼も奏も、竜が戦士に変わったことを感覚で理解した。ゆえに心から笑う。新しい仲間の、新たな装者の、真の誕生を祝って。

 

「いいじゃんいいじゃん!どうやって制御したんだ?」

 

 

「そりゃあ勿論」

 

一拍置いて。

 

 

 

「気合だ!!!」

 

 

 

 

 

 

このときの竜の笑顔はこれまでになく爽やかだった。




早乙女レポート⑤

ゲッター線を研究していて私は一つの仮説を立てた。研究中、人の強い意志に反応してエネルギー量を増加させる、という作用が一度ならず何度か発生していることから、ゲッター線は人の意志に反応するのではないか、ということだ。実に興味深い。

また、地球の多くの事象にもゲッター線が深く関わっているのではないかという説も研究チーム内で生まれており、現在はこれらについての論文をまとめたいと考えている。



――――――もしも強すぎる意志を持った者がゲッターを扱えば、一体何が起こるのだろうか。



―――――――――早乙女賢博士より報告


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前奏

日常回って書くの難しいですね……


前回とは別の意味で難産でした。
それでは第七話です。どうぞ。


「ほう……ようやく、か。ずいぶん遅かったではないか」

 

ここは鎌倉、風鳴家本邸。護国の防人たちの総本山とも言うべきこの地で、風鳴訃堂はゲッター制御の報告を受けていた。

 

「よもや最後には儂らが寄越した資料無しで辿り着くとは。やはり儂の目に狂いは無かった。あやつこそゲッターに選ばれし者」

 

報告によればゲッターの制御に成功、装者の流竜も無事に戦場での覚悟と心構えを身につけたという。

 

「あれの死は僥幸であった。やはり目前で親しき者と死別するは人を鬼へと変えるに最も適した手段なれば」

 

佐々木達人。あのエージェントが竜と顔見知りになり、あの時あの場におり、なおかつ上手く目の前で死に、覚悟を決めさせる。まさしく理想的な流れだった。

 

「あるいはこれもまたゲッターの導きやもしれん、か」

 

部下の命は失われたが、感傷はどこにも存在しない。ただただ無感動に受け止めるのみ。

一人の命でゲッターが十全に活動出来るならこの程度は安いもの。ゲッターに関わる者ならばこの程度の人死になぞよくある話故、代償としてはあまりにも安すぎる。

否、例え千、あるいは万人が死のうと安いことに変わりはないのだ。故にこれは犠牲に非ず。果てなき進化の礎なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜がゲッターの制御に成功してから二ヶ月。

竜は生活の基盤を二課のあるリディアン周辺に移した。件の三人組の襲撃によって住んでいたボロ家は穴だらけになり、まともに住める状態でなくなったことに加え、二課から近い方が急な召集でも対応できるからである。

 

現在竜は二課の職員見習いという扱いである。一時はリディアン音楽院に編入した方がいいのではないかという案も出たが、既に18歳であるため編入したとしても学生生活もそう長くは無いこと、竜が「気が進まねぇ」と固辞したことから二年後に二課の正規職員兼リディアン用務員として働くことで決定した。そのため来るべき日に必要なスキルを身につけるべく、訓練の合間に座学を受けていたのであった。

 

 

「はい、これで今日の分の座学はおしまいです。お疲れさまでした」

 

「悪いな、慎次。何度も付き合ってもらっちまってよ」

 

「いえいえ、これも僕の仕事のうちですから。それに、もし悪いと思うならその分を二年後に返して頂ければそれで構いませんよ」

 

「ああ。勿論そうさせてもらうぜ」

 

竜が緒川慎次から受けている講習の内容は大きく分けて二つある。

一つは法律。二課の活動に当たって遵守すべき法律について、異端技術関連で他人を拘束する必要が生まれた際に則るべき手順などが主な内容である。

 

もう一つは用務員に必要な掃除などのスキルである。竜は知る由もないが緒川は魔窟と名高い風鳴翼の汚部屋を見事チリ一つなく掃除してのける漢であり、その処理能力は装者三人を遥かに凌駕している。その点で言えば最適な人選だった。

 

座学の際の竜は普段の立ち振舞いとは打って変わって非常に大人しい。一度緒川に迷惑をかけてはいまいかと翼が様子を見にきたことがあったが、イメージとあまりに違いすぎて入り口でたっぷり数分間は固まっていたほどである。

その時の翼の第一声が、

「貴女……勉強できたの?」である。

当然竜はキレたのだった。

 

 

 

座学の部屋を出て慎次と別れ、トレーニングルームへ向かう。まだ飯時まではやや遠いため一汗流すことにしたのである。

 

ルームには先客が一人。

 

「よう。待たせたな」

 

「お疲れ様、竜。それじゃあ始めましょうか」

 

「応よ。今日は一日座りっぱなしだったんでな。体が鈍ってしょうがねえ」

 

翼である。

この二ヶ月の間、対ノイズ戦は常に三人で出動していた。現時点での竜の戦闘力は奏や翼と比較しても決して見劣りするものではない。しかし連携という観点では未だ未熟な点もあり、しばしば時間を取ってはこうして連携の特訓をしていた。

 

「そういえば奏はどうした?」

 

「奏なら一度医務室に寄ってから来るわ。先に始めていいって言ってたから、早速始めるわよ」

 

「そうかい。ならお言葉に甘えさせてもらおうか」

 

 

目標は複数体のノイズ。ゲッターはゲッタービームという中距離武装を保有しているものの、アームドギアは近距離武装である。従って、剣を有する翼との連携は前衛二人で切り込む形になる。

 

 

「竜!前に出過ぎよ!それでは被弾するじゃない!」

 

「当たらなきゃどうってことねえ!」

 

「敵との距離が近すぎるのよ!それじゃ避けられるものも避けられないでしょう!」

 

「んなもん気合いで避けりゃいいんだよ!」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 

駄目そうである。それでも互いに一度の被弾も許していない辺り両者の戦闘能力が窺えるが、翼から見れば危なっかしくて見ていられなかった。

 

 

奏がアリーナに入ったのは、二人がシミュレーションのノイズを全て倒し終えた辺りであった。

 

「おーおー、やってるな?二人とも」

 

「奏!」

 

こういうときに相棒は反応が早い。すぐに奏の元へ近づく姿に、奏は犬の尻尾を幻視した。

 

「奏。ずいぶん遅かったじゃねえか」

 

「悪い悪い。アタシはギアを使うのにLinkerが要るからさ、こうしてちょくちょくチェックを受けなきゃいけないんだ」

「ところで少し揉めてたみたいだけど何かあったのか?」

 

「あぁ。何でも翼は俺のやり方が気にくわないんだとさ」

 

「そうなのか?翼」

 

「だって、竜が前に出過ぎるんだもの。フォローする私の身にもなってほしいわ」

 

「きっちり全員ぶっ倒したからいいじゃねえか」

 

「だからそういう問題じゃ……」

「はいはい落ち着きなよ」

 

見かねた奏が割って入り、翼のことを胸元で抱き締める。

 

「要するに、翼は竜が前に出過ぎて危なっかしいし、連携もとりにくいからもっと慎重になれってことだろ?」

 

「………………うん」

 

「でも竜ってそういうタイプじゃないよな?」

 

今度は竜に水を向ける。竜もよくわかってるじゃないかと言わんばかりに同意する。

 

「そりゃあな。まずは前に出てぶっ倒す。じゃなきゃ何にも始まらねえ」

 

「だから……むぐむぐ」

翼が何か言いたげだったが、奏はより強く抱き締めることであえてそれを封殺した。

 

「うんうん、気持ちはわかるな。アタシも同じだ。倒すべき敵は誰よりも早く、真っ先にぶっ倒したいもんな」

 

「その通りだ。話が分かるじゃねえか」

 

「だったらさ、翼の言うことも少しは聞いてやりな。前に出るならもう少し息を合わせるとか、やりようはいくらでもあるだろ?何せ一人より二人の方が早くぶっ倒せるんだから」

「三人で力を合わせれば尚更、じゃないのか?」

 

「う……分かったよ」

 

「それに、翼だって単なる注意で言ってる訳じゃない。竜の戦いかたがいつまでも危なっかしいから、見てて心配なんだよな?」

 

「そうなのか?翼」

竜の問いに対して奏の胸の中にいる翼は無言だった。しかし、奏だけはわずかに顔が上下したのを感じた。

 

 

直情的で本能的な竜に対して真面目で冷静に物を見ようとする翼が突っかかる。そしてそれを奏がたしなめ、二人の折衝役として二人の意見をまとめる。こんな光景はここ最近では殆ど日常と化していた。

 

「じゃ、今度は三人でやろうか!アタシも二人に負けてられないしな!」

 

再びシミュレーターを起動、先程よりもさらに数を増やしたノイズと戦い始める。こうして三人は少しずつ息を合わせていく。そうすればきっと多くの敵を倒し、より多くの命を救えるはずだ。三つの心が一つになれば、一つの正義は何十何百、あるいは千や万倍の力にもなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

発令所。弦十郎と了子、加えてオペレーターのあおいと朔也がここ二ヶ月のことを話し合っていた。

 

「あの三人、なかなかいいチームになりそうじゃないですか?」

 

「ああ。竜くんも、あるいは昔の奏のようになってしまうかと危惧していたが、どうやら取り越し苦労だったらしい。」

 

 

竜がゲッターを制御したときのことは既に報告を受けていた。あの怒りの咆哮のことも、親しくなった者がノイズによって目の前で殺されたことも。

 

だからこそ、ここの面子は危惧していた。竜がかつての奏のように、ノイズへの復讐鬼となってしまうことを。

しかしその当時の奏のような余裕の無さもなければ、毎日のメンタルケアにおいても特にそういった兆候もない。それ故に安堵していたのであった。

 

「それに三人で出撃することが増えて以来、三人で過ごす時間が増えたようです。翼ちゃんとはぶつかることもあるようですが、それも奏ちゃんが間に入ってくれていますしね」

 

「そうね~。この様子なら例の計画にも間に合いそうじゃないかしら?」

 

そういう了子の手元には、『project "N"』と書かれた書類が握られている。

 

「……このまま、何事も無ければいいのだがな。」

 

「司令、何か心配事でも……?」

 

「ああ。……奏の先がもう長くないというのは知っているな?」

 

その瞬間、弦十郎が何を言わんとしているのか、全員が悟る。

 

「もしも、もしもだ。奏が命を落としたとき、あの二人は果たして良きチームのままで居られるのか、と思ってな。あまり考えたくはないが、そう遠くない未来だと思うとどうしても、な」

 

 

 

その言葉は、この場の三人の耳にいやに残った。




櫻井了子より、SG-00"ゲッター"について報告

聖遺物"ゲッター"について分かっていることは少ない。この分野についての先駆者である早乙女賢博士が亡くなられて以降、ゲッターは研究対象ではなく、シンフォギアへの加工が優先されていたためである。
ギアと化した今、ゲッターは他のギアと、聖遺物と一線を画する存在感を示している。
例えばそれはゲッターが発するエネルギー、ゲッター線。フォニックゲインとは根本から異なるそのエネルギーはギアに新たな可能性を示すだろう。
しかし代償としてゲッターは装者に通常のギアを遥かに上回る負荷を与えている。間違いなくあれは常人に扱うことは不可能だろう。
――――――正規装者、流竜を除けば。


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悪夢

お待たせしました。

第一章「ゲッター起動編」最終回です。


――――――そこは地獄だった。

 

「死ね!死ね!死ネ!俺が、俺が生キ残ルんだヨぉぉぉ!!」

「フザケるナ!お前ヱが死ねェェェェ!!!」

 

ついさっきまで互いに笑いあっていた観客が殺し合っている。

頭や体の至るところから血を流す竜は、彼らを無力化しながら走りつづける。

 

「ぐ……くそっ!どうなってやがる!こいつら、なんでこんなに狂ってるんだ!」

 

気合で体を動かしながら、一人、また一人と壁に叩きつけて気絶させ、マトモな生存者とこのライブの主役を探す。

 

「ど……こだ奏ェ!翼ァ!生きてるかァ!生きてるなら返事しろォ!!!」

 

その日は、誰にとっても記念すべき日となるはずだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

「『project"N"』だって?」

 

「そうだ。ツヴァイウィングのライブを利用してフォニックゲインをかき集め、完全聖遺物"ネフシュタン"を起動させる」

 

「もし成功すれば、人類はかつて失った異端技術を今一度この手に取り戻すことができる。まさに人類の未来を賭けた実験ね~」

 

「それだけじゃありませんよ。奏さんと翼さん、お二人の単独ライブはこれが初めてですから、これはお二人のアーティストとしての人生もかかってるんです」

 

「そりゃあとんでもねぇな。どおりで最近の翼があんなにガッチガチになってるわけだぜ」

 

竜はここ、発令所でその実験についての説明を受けていた。既に奏と翼の二人はレッスンに向かっており、この場にはいない。

人類の命運と奏と翼、二人の人生。その双方を賭けた大戦を前に、竜は武者震いを隠せなかった。

 

「それで、竜くんには会場でネフシュタンの護衛を頼みたい。もし万が一何かあった時、君が研究班やネフシュタンを守るんだ」

 

「わかったぜ。あの二人の歌を聞けねぇのはちと残念だけどな」

 

「ははは。なら、リハーサルは見ていくといい。心に響くいい歌だぞ?」

 

「助かるぜ。これなら任務にも張り合いが出るってもんだ」

 

「決行は二週間後よ。それまでしっかり体調を整えるように」

 

そう言ってこの場は解散の運びとなった。

 

 

 

 

そうして二課の施設内を歩いているとレッスンから帰ってきていたらしい、奏と翼に出くわした。

 

「よう二人とも。ライブのこと、聞いたぜ。がんばれよ」

 

「お!応援してくれるんなら竜も見に来なよ。いい席、取っとくぜ?

 

「ありがてぇが、その日は起動実験の方にかかりきりでな。リハーサルの方に行かせてもらうつもりだ」

 

「オーケー。竜も見に来るんなら、なおさら気が抜けないね!」

 

奏が快活に笑う。それに少し不服そうなのが翼だ。

 

「……ちょっと」

 

「ん?」

 

「奏も竜も、どうしてそんなにリラックス出来てるのよ。人類の命運がかかってるのよ?」

 

「んなこと言ってもよ、今どうこう言ったところで何にもならねぇだろ?一発でっかくぶつかりゃあ後は流れでどうにかなるだろうさ」

 

雑に宣う竜。奏もそれに同調するように、

 

「そうだぞ翼。竜は行き過ぎだけど、もうちょっと肩の力抜いた方がいいんじゃないか?」

 

「もう!奏までそんなこと言って……」

 

 

三人の時間は過ぎていく。三人が別れる時は、いつもより遅かった。

 

 

――――――――――――――

 

 

当日。奏と翼は舞台袖で開演の時を待っていた。

 

「何か、間が持たないっていうか、何て言うかさ。開演する前のこの時間が一番苦手なんだよなー」

「こちとらさっさと大暴れしたいのに、そいつもままならねぇ」

 

「……そうだね」

 

翼の返事は蚊が鳴く声のように小さい。

 

「もしかして翼、まーた緊張してるのか?」

 

「当たり前でしょ?櫻井女史も、今日は大事だって……」

「もう!翼は相変わらず真面目が過ぎるねぇ」

 

そんな二人に近づく影が二つ。

 

「奏、翼。ここにいたか」

「まさか緊張なんかしてねぇだろうな?お前ら」

 

「こりゃまた弦十郎のダンナに竜!」

 

上司と同僚の登場に色めき立つ奏。こういうときに必ず様子を見に来てくれる、その気遣いが嬉しかった。

 

「二人とも、今日は……」

「大事だって言いたいんだろ?分かってるから大丈夫だって」

 

「分かってるならそれでいい。今日のライブの結果が、人類の未来を左右するということを、な」

 

「ま、リハがあんだけ上手く行ってたんだ。実験の方は俺に任せて、楽しんで歌ってりゃそれで大丈夫だろうさ」

 

気楽に言ってのける竜。

一番重要な役回りはツヴァイウィングが担うとはいえ、任務の重要度は同等に高いはずの竜が、何事もなく成功することを前提に話していることを感じ取った奏は少し悪戯心が湧いた。そこで、

 

「おいおい竜で大丈夫か?何かポカやらかさないか心配だなーアタシは」

 

「馬鹿かお前。少しはまともなこと言えねぇのか」

 

意趣返しが上手くいったと喜ぶ奏。竜もからかわれてはいたが、それぐらいが気持ちいいと笑う。

 

「へっ、アタシらにはこんなもんで十分だろ?」

 

「違いねぇ」

 

「じゃあ、ステージの上はアタシたちに任せてくれよな!!」

 

笑い合う奏と竜。ここにいる誰もが、ライブの成功を信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

開演直前。暗くなった舞台袖で二人きりになった奏と翼。

奏が徐に立ち上がり、

「さて、難しいことはダンナや了子さんに任せてさ、アタシらはパーッと……ん」

 

振り向いたその時、奏は翼がフードを被って俯いたままなのを見た。

相も変わらず緊張した様子に、ほぐしてやろうといつも通り、

 

「真面目が過ぎるぞ?翼」

と後ろから抱きしめる。

 

「あんまりガチガチだと、そのうちポッキリいっちゃいそうだ」

 

「奏……」

 

「アタシの相棒は翼なんだから、翼がそんな顔してると、アタシまで楽しめない」

 

「じゃ、じゃあ……竜は?」

 

「アイツは……何だろ。一緒にいて面白いダチ、かな」

 

だから今日はお休みしてもらって、アタシたち二人の時間でいいんだよ。翼はその答えにご満悦といった風に頬を赤らめる。

 

「ふふっ……そうだよね。私たちが楽しまないと、ライブに来てくれたみんなも楽しめないもんね」

 

「分かってるじゃないか」

 

「奏と一緒なら、何とかなりそうな気がする」

 

ようやく自信を取り戻し始めた相棒に頷く奏。

立ち上がる翼。そうこなくっちゃと喜び勇んで、奏も翼の横に立つ。ライブ本番まで、残りわずか。

 

「行こう、奏」

 

「ああ!アタシとアンタ、両翼揃ったツヴァイウィングは、どこまでも遠くへ飛んでいける」

 

「どんなものでも、超えてみせる」

 

 

 

ライブ本番、開始。

 

 

 

 

一曲目、『逆光のフリューゲル』を歌い終えた二人。その頃地下の実験室では収集したフォニックゲインの注入作業が行われていた。

会場のボルテージが上がった頃、

 

「測定器、順調動作を確認」

 

「フォニックゲイン、想定内の伸び率です」

 

その言葉に気を引き締め、目の前のデータとネフシュタンを見比べるスタッフ。しばらく待っても異常はない。その様子を見て、

 

「実験、成功ね。お疲れ様☆」

 

了子が宣言する。その言葉に安堵する一同。竜もようやく肩の荷が下りたとわずかに気を緩める。

 

 

次の瞬間。ネフシュタンが突如異常な光を発し始めた。

 

「どうしたッ!」

 

吠える弦十郎。その脳裏にはかつて"ゲッター"が引き起こした惨劇がよぎっていた。

 

「上昇する内圧にセーフティが持ちこたえられません!このままでは聖遺物が起動……いえ、暴走します!」

 

その言葉を聞くか聞かないかというところで竜はとっさにギアを纏う。そして一瞬の迷いもなくネフシュタンへ向かい、暴走によるエネルギー放出を根本から食い止めようとした。

 

「ぐ……う……負ぁけるかああああああああああああ!」

 

しかしネフシュタンのエネルギー放出は竜の想像以上だった。

 

正面からモロに爆風を受けた竜は建材もろとも壁に叩きつけられる。

二課の人員も爆発の衝撃で多くは地に伏しており、あの弦十郎でさえ建材の下敷きになり頭から血を流して意識を失う寸前だった。

 

(目覚めたのか……?ネフシュタン……!)

 

それが弦十郎が意識を失う直前に放った、最後の言葉だった。

 

 

 

それから数秒後。虚空から何者かが現れ、ネフシュタン共々再び虚空へと消え去ってしまうのだった。

 

 

 

 

会場は困惑に包まれていた。一曲目が終わり、最高の気分のまま二曲目に突入しようとしたその時、会場の中心部にある花道が突如爆発したからである。

 

その時、空気中に見慣れた炭が舞うのを二人は見た。

 

「……ノイズが来る」

 

 

 

 

観客にもノイズに気づく者がいた。どこからともなく発せられた「ノイズだぁぁぁぁ!」の絶叫。それが観客を混乱の渦に叩き込み、会場は狂乱に包まれる。

 

 

ノイズが会場を蹂躙する。

大型のノイズは次々に新しい小型ノイズを吐き出してさらなる尖兵をそこかしこにけしかける。

 

その時、翼はノイズの中に見慣れない個体が紛れていることに気付いた。

 

 

「あれは……黒い、ノイズ……?」

 

極彩色をしたノイズの中に、一際目立つ黒の個体。時折それは新たなノイズを生み出し、人間を殺し続けている。

 

「奏!あのノイズ……人を分解しても炭素にならない!!」

 

「嘘だろ!?そんなの、放っておける訳ねぇ!ここで倒すぞ翼!今この場に槍と剣を携えているのは、アタシたちだけなんだ!」

 

「ッ奏!司令からは何も来てないの!?」

 

「何も!だけどあっちには竜がいる!きっと何とかして、すぐ合流するはずだ!」

 

「分かった!行こう……奏!」

 

 

―――croitzal ronzell gungnir zizzl

―――Imyuteus amenohabakiri tron

 

 

聖詠を唱え、その身を戦士と変える二人。

ノイズの群れへと迷いなく突っ込んでいく。目標、謎の黒いノイズ。

 

 

「とりゃああああああッ!!!」

「はああああああああッ!!!」

 

 

剣を振るい、槍を振るう。斬撃を飛ばし、槍から竜巻を生み出し、次々と小型ノイズを殲滅する。

そして黒いノイズと交戦を始めようとしたその時、黒いノイズが黒い障気を発する。

それに侵された観客たちが突如正気を失ったように吠え始め、他の観客と掴み合いをはじめる。

 

「なにやってんだ!?早く逃げろ!」

 

奏の声は彼らに届かない。

 

 

 

 

 

黒いノイズと交戦を始めてしばらくして。

 

(……奏と分断されてしまった。このままでは……)

 

黒いノイズが生み出すノイズに邪魔をされる。今は奏が一人で相手をしているが、再生力もパワーも桁違いなため苦戦している。

危機感を強くする翼。何とか周囲のノイズをある程度片付け、奏と合流を図る。しかしどれだけ剣の切れ味が良くとも、多勢に無勢で近づくこともままならない。

 

(お願い奏。もう少し持ちこたえて……)

(早く来て。竜……)

 

 

 

「う……あ……」

竜はようやく意識を取り戻した。

しかし顔の至るところにネフシュタンを覆っていたガラスケースの破片が突き刺さり、腕、胴、足と体中から血を流していた。

 

「おい皆!無事か!!!」

 

返事はない。その様子に竜の危機感センサーが最大限にアラームを発する。

 

「おいオッサン!了子さん!生きてるかァ!」

「おい誰か返事しろ!!」

 

無反応。生存者の捜索を始め、少しすると意識を失った弦十郎と了子を発見する。

 

(まずい。完全に意識がない。)

 

しかし、幸いなことに何とか息があるのは確認できた。

そのため二人を楽な体勢にしておいて、他の職員を瓦礫の下から助け出すことにした。

 

 

 

作業開始から10分程度。ギアを纏ったこともあり、何とか息がある職員を全員救出できた。

 

「く……次は……」

奏と翼の捜索。これだけの爆発が上のライブ会場に影響を及ぼしていない訳がない。そこで痛む体に鞭打って会場に向かうべく足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

会場の通路で見たのは地獄だった。ところどころに見える観客。その中には狂ったように他人を攻撃する人間がいた。

 

「てめぇなにしてやが……ッ!」

 

他の観客に掴みかかっている女を引き剥がす。その目は狂気に犯されていた。

 

「オ前もカァ!!ワたシの邪魔をォォォォオォ」

 

「うるっせぇ!」

 

そのまま突き飛ばすことで引き剥がす。

 

掴みかかられた男を見れば、

 

「ォオオォオオオオ!!」

 

同じく狂気に犯された目。見れば全員が同じ目をしていた。

 

「クソ……!どうなってる!一体何がどうなったってんだ!!!

 

観客を振り払い前へ進む。しかし観客の数が多く、中々捌ききれない。

 

「ぐ……まともに手加減出来ねぇんだ!もう容赦しねぇぞ!!」

 

ついに強硬手段に出る。観客を時に投げ飛ばし、時に壁へ叩きつけ、気絶させることを優先する。

 

 

そうして先へ進むと、一体の黒いノイズ。それが黒い障気を撒き散らしているのが見えた。

 

(まさか……あいつらがおかしくなったのはこいつのせいか!)

 

「くそ……こうなりゃぶち殺すしかねぇ!」

 

血を流しすぎたのか、視界がふらつく。それでもこいつだけはとゲッタートマホークを構えるが、戦う間もなく黒いノイズは消えてしまった。

 

「消え……た……だと?」

 

わけがわからない。ただ一つだけ言えるのは理解の外にあるナニカが起こったことだけ。

 

 

黒いノイズが消えたことで気が抜けてしまい、膝が笑いはじめた足を無理矢理引きずってでも二人のもとへ向かう。

(頼む。二人とも無事でいてくれ)

 

その願いの行く末は――――――

 

 

 

 

 

 

 

黒いノイズの相手が翼に変わり、今度は小型ノイズと戦う奏。しかし次第に旗色が悪くなっていく。奏は今日のライブのためにLinkerの量を減らしていたが、それが影響してギアの出力が落ちていたためだった。

そして決定的な転機が訪れる。

 

「ちぃッ!時限式じゃここまでかよ!」

 

悪態をつく奏。しかしノイズは待ってくれず、足を止めた奏の元へ殺到する。それを避けたその時。

 

 

 

 

「きゃあああああああ!!」

 

 

 

 

「……ッ生存者!?」

 

少女の声。見れば、ノイズの攻撃で崩れた観客席から少女が落ちてくる。とっさに少女を庇うように立ち、即座に少女を標的としたノイズを迎撃。

 

「く、う…………ッ!」

 

ノイズの攻撃は次々と激化の一途を辿る。

小型ノイズの突撃に留まらず、大型ノイズさえ攻撃に加わり、ノイズを生む分解液を吐き出してくる。

何とかアームドギアを振り回してそれを処理するが、このギリギリの状況ではいつ均衡が破られるかもわからない。

 

 

そしてその時はすぐに来た。ノイズの攻撃に耐えられなかったアームドギアの一部が砕け、背後の少女の左胸に突き刺さる。

 

鮮血。流血。失血。

次々と流れ落ちる赤いモノ。その少女――――――立花響は、朦朧とする意識の中で必死に叫ぶ奏の声を聞いていた。

 

 

「おい!死ぬな!!目を開けてくれ!!」

 

 

 

「生きるのを諦めるな!!!」

 

 

 

その声に反応したのか、響がゆっくりと目を開ける。その目に光は宿っていないものの、声に反応するだけの意識が残っていることを知って安堵する。

 

響を軽く抱きしめる。まるで母親が幼い娘に、「行ってきます」と言う時のように、優しく。

 

そのままゆっくり瓦礫を背に横たわらせると再びノイズと相対し、

 

「…………一度、心の底から思いっきり歌ってみたかったんだよな」

と溢す。

 

 

ダンナからの連絡は一切ない。多分、それどころじゃないんだろう。だから、きっと竜はそっちにかかりっきりで動けないはずだ。

翼は、あの黒いノイズと戦っている。でも相手が強すぎて傷が次々と増えている。ギアの欠損も時間と共に増え続けている。このままではきっと――――――

 

 

 

なら、覚悟は決まった。私が歌う。ここで死んでもいい。それで最愛の相棒を、最高の仲間を、友を守れるなら――――――

 

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal 」

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

 

翼が止める声がする。心配しないでくれ。

きっと翼ならやっていける。私みたいな出来損ないの装者とは訳が違うんだ。きっと、もっと多くの人に歌を届けられる。手を伸ばせる。命を、守れる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

―――嗚呼。でももし叶うなら

 

 

「Emustolronzen fine el zizzl」

 

―――もっと翼と歌いたかった。竜とバカをやりたかったなぁ………

 

 

 

 

 

 

世界から音と光が消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

その時、立花響は耳にした。

 

 

「忘れないでくれよな。アタシの歌は、アタシが生きた証……」

「燃え尽きる命でも、覚えていてくれる人がいれば、怖くない」

 

 

「生きていてくれて、ありがとう」

 

 

その顔は誰よりも、何よりも美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……おい!お前ら生きてるかァ!!」

 

翼の姿が見える。尻餅をついて、俯いている。

奏の姿が見えない。……嫌な予感がする。

 

「翼ァ!奏はどうし……ッ!」

 

真っ赤な目で涙を流し続ける目。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

全てを察した。俺は……間に合わなかったのだ。

 

 

 

そしてついに限界を迎えて、倒れ伏した。

 

 

 

 

 



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第二章 再起する戦士(Worrior)
始動


新章開幕。


ツヴァイウィング初の単独ライブは、ノイズの大量発生によって中断を余儀なくされた。

 

 

『ライブ会場の惨劇』

 

 

そう名付けられたその事件は二万人を超える死傷者・行方不明者を記録し、ノイズによる被害では過去最大級の惨劇として人々に記憶された。そして生存者の中に壁に叩きつけられる、突き飛ばされるなどで負傷していた者がいたことや、形が残っていた死体に付着していた物のDNA鑑定の結果から、ノイズからの逃走を図る人間同士での争いが多発していたことが判明。そこから「死者の多くは人間同士の争いによる犠牲者である」と報道されると、それは生存者に対するバッシングを引き起こすこととなったのであった。

 

同時に天羽奏を失い、風鳴翼も重傷を負ったツヴァイウィングは解散を発表。風鳴翼も活動休止を宣言した。その知らせはファンには悲しみを以て受け止められた。

 

 

 

そしてそれは残された者たちも例外ではない。天羽奏の死は、戦士たちにもその関係の変化を迫ったのだった。

 

 

 

 

――――――そして時は流れ二年後――――――

 

 

 

 

 

私立リディアン音楽院新入生、立花響は休み時間の真っ最中に木に登っていた。

 

 

にゃーん

 

 

「うんしょ、うんしょ……待っててね……今助けるから!」

 

子猫が高い木から下りられなくなっている。普通の人間ならそのまま見て見ぬふりをするだろうが、根っからのお人好しである彼女は見捨てられない。ついつい助けようとしてしまうのだ。

 

(大丈夫!全力で走れば教室までそんなにかからない……はず!)

 

そう、例えそれが遅刻寸前であっても。

時刻は既に、あと少しで席に着かなければ遅刻するほどに差し迫っている。

 

何とか木を登りきろうとした時である。

 

「おい、何やってんだ?お前」

 

「へ?」

 

下から声がかかる。見れば、自分より年上の人が黒いスーツを着てこちらを見ていた。男の人か女の人かは分からないが、その表情は険しく、顔に刻まれた傷痕がちょっと怖い。

 

 

「あっあの!その……決して怪しいことはしてないです……よ?」

 

急なことだったので思わず怪しい言葉使いをしてしまった。終わった……と思った響であったが、まだ神に見放されてはいなかった。

 

「んな事は百も承知だ。お前、ここの新入生だろ?もう時間だが何で木なんか登ってんだ?」

 

その人が腕時計を指す。どうやら怪しいと思っているのではなく、純粋に疑問に思っている様子だった。

 

「その……あの子が木から下りられなくなっててですね……」

 

「あん?」

 

子猫がいる方向を指差すと、相手の視線もそちらを向いた。直後、怪訝な顔をされる。もしかして何か間違えてしまったのか。

 

「お前、まさか遅刻直前になってまでこいつを助けようと?」

 

「はいっ!そうなんです!」

 

「呆れた。そいつはこんなときにすることでもねえだろ」

 

「う。いやでもそのほっとけなくてですね……」

 

「しょうがねぇ。俺がそいつを下ろしてやるから、お前は早く下りろ」

 

「え!手伝ってくれるんですか!?」

 

「いいから早く下りろ!遅れちまうぞ!」

 

「は、はいぃ!」

 

ここで響はふと疑問に思った。自分を下に下ろしてどうやって助けるんだろう?登るのが早い人なのだろうか?と。

 

その答えは直ぐに、至ってシンプルな形で示された。

膝を深く曲げると、「ふんッ!」と助走もなくその場でジャンプ。そのまま子猫の元へ到達すると、空中で一回転しながら子猫を抱えて下りてきた。

 

「そら。これでいいか?」

 

曲芸めいた見事な動きを見せられて、響は若干興奮ぎみに反応する。

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「おう。じゃあひとまずこいつはうちで預かっとくぜ。後は……」とここまで言ったところで、授業の時間が差し迫っている響は、続けて何か言おうとするのも聞かずに「本当に、ありがとうございました!」とだけ言い残して早々に走り去っていった。

 

 

なお、彼女は遅刻からは逃れられず、教諭からきつい雷を落とされたのだった。

 

 

 

 

「なんつうか、嵐みてぇな奴だったな。最近の女子高生ってのはみんなこうなのか?」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「疲れた~~~~。入学初日からクライマックスが百連発気分だよう」

 

初日の授業を終えて寮の自室に戻った響はその勢いのまま部屋の中に倒れこむ。まさか入学早々教諭に叱責を受けるとは思っていなかった響は、「私呪われてるぅ」といつもの口癖を呟く。

 

「半分は響のドジだけど、残りはいつものお節介でしょ」

 

帰ってくる若干冷ややかな声。声の主は響の親友で同室の小日向未来である。

 

「人助けと言ってよぉ。人助けは私の趣味なんだから」

 

「響のは度が過ぎてるの。普通、同じ教室の人に教科書貸さないでしょ?」

 

「私は未来に見せてもらうからいいんだよ~」

 

未来の苦言を気にもせず、無邪気に笑ってみせる響。

そんな様子に、未来は「……ばか」と心配半分、照れ半分といった具合に返すのだった。

 

 

 

 

 

 

そんな立花響にはこのリディアンに進学する上で目的があった。それはツヴァイウィングの片割れ、風鳴翼に会うことである。とはいえそれはよくある「有名人に会いたい」のような不純なものではない。

 

立花響は数少ない、「ライブ会場の惨劇」の生還者である。

あの日、確かに彼女は戦うツヴァイウィングを見た。ノイズを相手に縦横無尽に刃を振るい、それを消滅せしめるところも、余さず全てを目撃した。そして、天羽奏が自分を守り、命を燃やし尽くして死ぬところも。記憶はそこで途切れているが、その光景は今でも思い出せるくらいにしっかりと目に焼き付けられている。

 

しかしいざ退院してみれば「ツヴァイウィングが戦っていた」などという記事は影も形も見えず、ただ犠牲者がどうのこうのといったものしかなかった。

 

 

だからこそ知りたい。あの日見たものは夢だったのかを。だからこそ会いたい。風鳴翼に。あの日の真実を訊くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

世に蔓延る認定特異災害、ノイズ。

 

 

またも発生したそれに特異災害対策機動部一課が通常兵器で立ち向かうも、全てノイズが持つ位相差障壁に阻まれてしまい無力化される。

 

 

だからこそ、ノイズを討つことが出来る唯一の戦士たちは今宵もその刃を振るう。

 

 

ヘリから飛び降りたのは二人の女。

 

―――Imyuteus amenohabakiri tron―――

―――Raging getter spark tron―――

 

直後、二人の体は光に包まれ、特異災害対策機動部二課が誇るアンチノイズプロテクター、シンフォギアにその身を包む。

 

『翼。まずは一課と連携しつつ、ノイズの出方を見るんだ』

 

「必要ありません」

 

通信相手が止めるのも聞かず手短に通信を切り、単独で敵陣へ切り込んでいく。

 

 

その隣には真紅の戦士。

『仕方ない……翼のフォローを頼む。竜くん』

 

「応」

短くそれだけを言って通信を切ると、続いてノイズの群れへとその好戦的な笑みを向ける。

 

「さて、ノイズ狩りの始まりだ!てめえら生きて帰れると思うなよッ!」

 

 

 

「来るがいいッ!まとめて地獄へ送ってやろうッ!」

一番手は蒼の戦士。剣を手に携える者は誰よりも早く切り込み、縦横無尽に戦場を駆ける。

 

 

「行くぜノイズ野郎!皆殺しにしてやるぜ!」

二番手は真紅の戦士。手斧を手に携える者は誰よりも深く切り込み、敵に致命の一撃を与える。

 

 

 

炎が舞う戦場に歌が響き渡る。

蒼と紅。二色の戦士は互いに言葉も交わさず自在に暴れていた。

 

「ゲッタァァァァァトマホォォォォク!」

 

「破ァッ!」

 

斬撃を、あるいは刃そのものを撃ち放ち、戦場を制圧する。

ある時は刃を増やし、絨毯爆撃のごとくノイズを貫く。またある時は刃を束ね、一つの刃と化して巨大なノイズを切り裂く。

 

みるみるうちにノイズは数を減らし、ついには全滅したのだった。

 

 

 

「あれが……二課の、アンチノイズプロテクター」

 

戦慄する一課の職員。こうして見るのは初めてだが、実際に拝めば分かる。あれこそ人類の希望。あれこそ人類の切り札。しかし――

 

「何だ?この違和感は……」

 

その戦いぶりに、どことなくぎこちなさを覚えた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

翌日。

新入生たちもいよいよ通常の授業が始まり、リディアンの洗礼を受け始めた。在校生たちも進級し、新しい課程に一喜一憂している。

そして放課後になって既にある程度の時間が経ち、部活動に励む生徒もまばらになってきた頃。新任用務員の流竜は敷地の手入れの仕上げに取りかかっていた。

 

かつてライブ会場で負った傷はほぼ完治したものの、顔に受けたものは傷痕となって残っている。竜自身も戒めとしてこれを残すことを望んでおり、持ち前の目付きの悪さもあってそれが堅気とは思えない雰囲気を醸し出している。

 

なお、それが原因で生徒からは「元ヤン?」「いやいや、現役のヤクザかもしれませんわ」「あんなアニメみたいな傷痕初めて見た」と若干避けられていたのはまた別の話である。

 

 

そんな彼女のもとに着信音が鳴る。それを聞いた瞬間、顔つきが険しくなり、戦士のものへと変わる。そのまま勢いよく立ち上がると、100mを10秒切る程の凄まじいスピードで中央棟へ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれは生徒としてリディアンに残っていた風鳴翼も同じであった。黒いノイズによって負わされた傷は無事に完治し、最近は歌手活動も再開、ニューシングルを発売するなど、表向きはかつての惨劇から立ち直っていた。

 

そんな彼女の元にも着信。その主の声を聞いた瞬間、頭の中のスイッチを切り替えて二課本部へと走るのだった。

 

 

「状況を教えてくださいッ!」

 

竜の到着からわずかに遅れて翼が到着。竜より少し離れた所に立ち、状況説明を求めている。

 

「現在反応を絞りこみ、位置の特定を急いでいますッ!」

 

その言葉に焦りを隠せない翼。それは竜も同じなようで、いかにも待ちきれないといった様子で次の報告を待っている。

 

 

位置特定が先か、戦士がしびれを切らすのが先か。

翼はともかく、竜に関してそれは当然後者だった。

 

「チッ……もう待ちきれるかよ!」

 

「待て竜くん!どこへ行く気だ!」

 

二課司令、風鳴弦十郎によって出撃を止められる。

 

「反応自体はあるんだ!だったら片っ端から全員ぶちのめせば解決すんだろ!ゲッターなら出来る!」

 

竜の解決案は案というにはあまりにもお粗末だった。ノイズの反応は現在移動しており、一定の位置に留まっていない。それが位置の特定を手こずらせている原因だというのに、それを無視して力ずくで解決しようとしていた。

 

「……それで済むならいいがな」

 

あまりの暴論に、思わずといった拍子に翼が呟く。

 

「何か言ったかよ」

 

「……何も」

 

とても友好的とは思えない雰囲気の二人。二年前のライブ事件以来、二人はずっとこんな調子だった。

 

かつての互いに突っかかったり、軽口を叩き合うような関係は天羽奏の命と共に失われた。今はただ距離を取り、殆ど口も利いていない。珍しく話したと思っても、今のように険悪な雰囲気を漂わせるだけであった。

 

 

 

「反応絞り込みました!位置、特定!」

「これは……!ノイズと異なる高質量エネルギー検知!波形、照合します!」

 

 

 

「よし。じゃあ、俺はさっさと行かせてもらうぜ」

 

待ちに待った位置特定の報告。後に気になる報告もあったが、知らぬとばかりに現着を優先しようとする竜。

 

 

 

「待って竜ちゃん!これ、まさかアウフヴァッヘン波形!?」

 

それを止めたのは櫻井了子の驚愕の声だった。アウフヴァッヘン波形とは聖遺物が発する特殊な波形であり、ノイズ発生位置周辺で発せられたということは可能性は二つ。

 

一つは、偶然周囲で聖遺物が起動した可能性。

 

そしてもう一つは、()()()()()()()()()()()()()である。

 

竜が思わず振り向けば、画面には『GUNGNIR』の文字が大きく表示されていた。

 

 

 

 

「「ガングニールだとォッ!!??」」

 

弦十郎と竜が同時に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

ガングニール。二年前に命を落とした天羽奏のみが持ち、その命と共に消え去った第三号聖遺物。失われたはずの、何者をも貫き徹す無双の一振りの名が、確かに目の前には表示されていた。

 

 

「おい了子さん!そいつは計測違いじゃ無えだろうな!」

 

「間違いないわ。二課に記録されているガングニールの波形と99.8%一致よ。あれは間違いなく、ガングニールだわ」

 

 

 

 

 

 

シンフォギア開発者、櫻井了子が太鼓判を押した。その言葉に二課の司令室全体に動揺が走る。特に、風鳴翼の動揺は誰よりも大きかったのだった。



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撃槍再臨

内面描写の言葉選びに苦戦していたら遅れてしまいました。申し訳ありません。

UA25000突破、お気に入り600突破ありがとうございます。これからも本作をよろしくお願いします。


「CD!!とっくてん!!CD!!とっくてん!!」

 

 

二課がノイズの発生を検知する十数分ほど前。立花響は本日発売、初回特典付き風鳴翼ニューシングルCDを求めて街を駆けていた。

今日において音楽の販売はダウンロードが主流となり、CDを購入する機会はめっきり少なくなった。それはCDを買いに行くと言った際、親友の小日向未来が「今どきCD?」と反応したことからも明らかだろう。

 

かといって音楽業界が指を咥えてそれを見過ごす筈もない。近年のCDは初回特典を豪華にするなどオプション面の充実を図っており、今ではそれが標準となっている。その結果、現在のCDは音楽の媒体というよりある種の公式グッズとしての側面が多大に表れていた。

 

だからこそファンは初回特典CDを決して見逃さない。それが今をときめくトップアーティスト、風鳴翼のものとなれば言わずもがなである。そして当然考えていることは皆同じ。立花響もまた、どこかでCDを求める誰かと同様、いち早くショップに着きたい一心で街を駆けていたのだった。

 

 

ショップへ向けて走り出してからしばらくして、彼女はふと違和感を覚えた。街中にしては人気が少なすぎるのではないだろうか。近くに横断歩道もコンビニもある。何より今は夕方だ、帰宅する人の姿があってもおかしくないはずなのだが……

 

気になってコンビニの中を覗くと、そこには大量の炭の山。間違いなくそれはノイズによる被害のそれだった。

 

見ればそれはコンビニの中だけではない。路地裏にも、通りを少し曲がった影の中にも炭。炭。炭。炭が風で舞うのを見て、響の思考が逃げる一色になろうとしたその瞬間。

 

「きゃあああああああ!!」

 

悲鳴が聞こえた。

 

その瞬間、無意識のうちに彼女は声の主のもとへ走り出していた。

 

 

 

 

 

声の主―――まだ年端もいかない少女だった―――を連れてノイズと逃避行を繰り広げる。ある時は川を渡り、ある時は少女を背負って走り続ける。

辿り着いたのは工業地帯、その一際高い所。やっとの思いで辿り着いたゴールは、しかしノイズの巣窟であった。

 

「お姉ちゃん……わたしたち、死んじゃうの?」

 

少女が泣きそうな声で訊いてくる。

 

この絶望的な状況の中でも立花響は諦めない。

その胸にある想いはただ一つ。

 

「生きるのを諦めるな」―――二年前、立花響が天羽奏から受け取った願い。これまで何があっても、この言葉が自分を励ましてくれた。自分は生きていてもいいのだと肯定してくれた。だから。

 

「大丈夫!お姉ちゃんが絶対守るから!」

「だから……生きるのを諦めないでッ!」

 

 

 

―――Balwisyall nescell gungnir tron―――

 

 

「うううううう……あああああああああ!!」

 

 

胸から歌が溢れ出す。溢れ出した歌は身体を侵食し、戦うためのものへと造り変えていく。起点は心臓、そこから蔦を伸ばすように細胞を変質させていき、背を突き破って体表に定着させる。定着が完了した時、立花響の体は見慣れないナニカに包まれていた。

 

 

 

 

「え……うえええええ!?何これ!?私どうなっちゃってるの!?」

 

混乱。見覚えの無いナニカを纏っているのだから至極当然である。しかし、

 

「お姉ちゃんかっこいいー!」

 

背後の声である程度平静を取り戻す。

 

(そうだ、わたしがこの子を守らないと。わたしの身に何が起こっているのかは分からないけど、今は——)

 

 

 

絶対に 離さないこの繋いだ手は

 

こんなにほら温かいんだ 人の作る温もりは

 

 

 

胸から溢れる歌を歌いながら少女を抱えて空へ飛び出す。しかし想像できないパワーによって思っていたよりも飛距離が出てしまい、着地時にバランスを崩してしまう。その隙をすかさず狙うはノイズの群れ。かろうじてそれを横っ飛びに避けるも、自分の身体能力に振り回されて上手く躱しきれない。

 

(まずい。まずい。このままではこの子が。何とかノイズに触れないようにしないと……)

 

だが考えことをしている暇など無い。既にノイズの尖兵は響に襲い掛かっている。

 

 

 

届け!全身全霊 この想いよ

 

響け!胸の鼓動 未来の先へ

 

 

 

もはやこれまでか。せめて自分を盾にするつもりで、我武者羅に拳をノイズにぶつける。

 

(あれ……?私今、ノイズをやっつけたの……?)

 

目の前の光景に呆然とする。自分でも何をやったのか分からない。一つだけ分かっているのはノイズを倒したのは自分であるという見たままの事実だけ。

 

しかし忘れてはならない。倒したのは所詮ノイズ一匹。倒したところで戦場に大きな影響を与えたわけではない。故に戦況を変えるのは―――

 

 

 

命を燃やせ 怒りを燃やせ

 

今がその時だ

 

 

 

――増援しかないだろう。真紅のギアを纏い、流竜、ここに見参。

 

「ボーっとしてんしゃねえぞひよっ子。死にたくなけりゃ下がってな」

 

響の肩に手を置いてそう言うとノイズに向かって駆け出していった。彼女が暴れている最中、「土手っ腹かっさばいてやるぜ!」などという台詞がちらほらと聞こえてくる。

 

(あの人……もしかして昨日の……?)

 

そう思っていると今度はバイクの駆動音。バイクの乗り手が聖詠を唱え、ギアを纏う。蒼のギアを纏う戦士、風鳴翼もこの戦場に参戦した。

 

「呆けない!そこでその娘を守っていろッ!」

 

死にたくなければな、と続けて響には目もくれず竜とは別の群れへと走り出す。

これで困ったのは響である。彼女は戦いに関してはド素人もいいところ。目の前で起きた状況の変化に彼女の頭がついていけていない。だから、自分が下がるように言われたとしてもただただ狼狽え、呆然としていることしかできないのだった。

 

「俺から逃げられると思うなよッ!粗挽き肉団子にしてやるぜ!」

「言葉は通じずとも(これ)は通じるだろう?根絶やしにしてくれるッ!」

 

しかしいざ二人の戦いぶりを見ると、どうしても見惚れてしまう。竜は荒々しく手斧を、腕甲を振るい続け、手当たり次第にノイズを消滅させていく。一方の翼はそれとは真逆。流麗に剣を振るい、計算された動きで次々とノイズを消滅させていく様はもはや芸術的だった。

 

しかし彼女らの言った通り、呆けている暇はない。

響が自分の視界が暗くなったことを感じた時、巨大なノイズの一体が自分めがけてその腕を振り下ろさんとしていたのだから。

 

 

勇気はあるか 希望はあるか

信じる心に

 

 

明日のために 戦うのなら

今がその時だ

 

 

それを救ったのは上空からの急襲。大量に手斧を投げつけて手傷を与え、最後は光線でまとめて焼き払う武装のコンビネーション。

手慣れたようにノイズを殲滅する姿に対し、響に出来たのはただただまっすぐ突っ立っていることだけだった。

 

 

 

「ボーっとすんなって言った筈だぜ」

 

 

 

竜は瓦礫に足をかけ、爆炎を背にしながら響を見定めるように見つめていた。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

戦闘はあまりにもあっさりと終わった。ほぼほぼ十割が二人のおかげではあったが、こうして立花響の初陣は無事に終わったのである。

 

端的に言って、響は夢でも見ているような気分だった。

さっきまでノイズから逃げていたはずだったのに、気が付けばよくわからないものをつけており、しかもノイズを倒してしまっていた。

 

さらに次の瞬間には学院で助けてくれた人と風鳴翼が現れてノイズを倒している始末。二年前のライブで見たツヴァイウィングが戦っていた光景が真実だと証明されたことは嬉しいが、それを込みにしても事が起こりすぎて彼女の頭では処理しきれないでいた。

 

「はい。あったかいものどうぞ」

「あ……あったかいもの、どうも」

 

まだ緊張感が抜けずにいたところ、事後処理に従事していた友里が暖かいココアを差し出した。いかに四月とはいえ、まだまだ夜は冷える。それに、これだけのことがあった後でゆっくりと啜るココアは心を落ち着かせるには十分だった。

 

刹那。響の体が光り、装着されていたものが解除される。思わずバランスを崩し後ろへ倒れかかった時、背後から支えたのは翼だった。

 

「あ……ありがとうございます!」

 

響の礼にも表情一つ変えず、ただ響を険しい目で見つめるだけの翼。響にはその意図が分からず、顔がやや曇る。

 

(これがガングニールの装者だと?まるで素人。どこぞの手の者ではあるまい。だが一般人がギアを手に入れられる筈が無いだろう)

 

それもそのはず、翼にしてみれば響は出所不明のガングニールを纏う謎の装者なのだ。どこぞの組織の者かとも考えるが、その立ち振舞いはどう見ても素人。観察してもそれしか分からない。

加えて、

 

(彼女が何故奏のギアを……?一体それをどこで……)

 

それが失われたはずのガングニールならば尚のこと。因縁のギアを纏うこの不審人物をどう扱うべきかと考えている時、突如響が口を開いた。

 

「あの!実は翼さんに助けられたの、これで二回目なんです!」

 

「……二回目……?」

 

嬉しそうにえへへーと笑う響。一方の翼は困惑を深める。確かこの娘とまともに話すのは初めてのはずである。どこかで会ったとしても、せいぜい戦場でのことくらいだろう。まさか以前のノイズ討伐の際に救助したことが?いや、それにしては見覚えが無い顔だ。何よりそれはガングニールを纏っている理由の説明になっていないではないか。

 

ともあれこのままでは埒が開かない。同行を求めるべく声を掛けようとした時。

 

 

「おうひよっ子。昨日ぶりか?」

 

「あ!やっぱり昨日助けてくれた人なんですよね!?」

 

「そうだ。お前にはちょいと話があるんだが、構わねえな?」

 

 

戦いの最中とは打って変わって妙に近い距離感で話し掛ける竜。そこに僅かに違和感を感じた響だったが、彼女にとっては一度ならず自分を助けてくれた人の言葉である。二つ返事で、「はい!何でも言ってください!」と答えた。

 

「いい返事だ。じゃあ俺たちに同行してもらうぜ。強制でな」

 

そしてそのまま手錠を掛けられる。予想外のことに固まる響。翼も自然な動きで手錠を掛けたその様子を見て「手間が省けたか」と踵を返し、二課本部へと撤退していった。

 

 

 

「なんでええええええええ!?」

 

 

そして黒塗りの車に乗せられた響は、訳もわからず拉致されていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ようこそ!人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!!!」

 

リディアン音楽院、その地下深く。そこへ連れていかれた響は、神妙な表情を続ける翼を見て少し身構えていた。しかし待っていたのは『熱烈歓迎!立花響様』の幕に満面の笑みを浮かべた面々。イメージとあまりに違いすぎて意識が空白になってしまう。

その空白を縫うように、了子が響に近づいていく。

 

「ささ、お近づきの印にツーショット写真~☆」

 

響が自分を取り戻したのは、その声と構えられたスマートフォンに映る自分を見てからだった。

 

「ええっ!?ちょっと待ってくださいよぉ!手錠したまんまのツーショット写真なんて、きっと悲しい思い出に残っちゃいますよ!」

「第一、なんで初めて会う私の名前を知ってるんですか!?」

 

「我々の前身は大戦時に設立された特務機関でね。こういった調査はお手の物というわけなのさ」

 

弦十郎がそう言うや否や、隣に居座った了子が響の私物であるリディアンの鞄を見せつけてくる。

 

「あーーー!それ私の鞄!なにが調査はお手の物ですか!鞄の中身、勝手に調べたりなんかしてぇ!」

 

 

その騒がしい様子に、「それどころでは無かろうに」と頭を抱える翼。竜は「俺も暴走なんかしなきゃこんなふうになってたのか?勿体無いことしたな」と内心少し残念な気持ちになるのだった。

 

 

 

 

「では、改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎。ここの責任者をしている」

 

「そして、私が出来る女と評判の櫻井了子。よろしくね~」

 

掛けられた手錠が外されると、響はようやく一息つくことができた。

正直なところ、こんなことなら手錠されなくても良かったのでは?と思わない訳ではないが、その疑問はひとまず胸にしまった。それよりももっと大事なことがあったからだ。

 

「君をここに呼んだのは他でもない。君に協力を要請したいことがあるのだ」

 

協力と聞いて頭に疑問符が浮かぶ。しかし、すぐに先程の光景に思い至った。

胸から歌が浮かんだこと、ナニカを身に纏っていたこと、そして自分がノイズを倒したこと……聞きたいことは山ほどあった。

 

「そうだ、あれは……」

 

「どうやら、思い当たる節があるみたいね。じゃあ説明する前に二つだけ約束してちょうだい」

「まず今日の事は誰にも内緒。そしてもうひとつは……」

 

顔を近づけ妖しい笑みを浮かべる了子。

 

「ちょぉぉぉーーーっと、脱いでもらおうかしら」

 

「ふぇ」

 

やっと説明してもらえるかと思えば、突然の脱衣要求。感情が限界に達し、とうとう彼女の感情は限界を迎えた。

 

「だから、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

結局、響が思っていたようなアレやコレやは何もなく、ただのメディカルチェックを了子がふざけて意味深に告げただけのことだった。彼女は心の底から紛らわしいと思ったが、同時に彼女がとっつき易い人間だと感じていた。政府の機関という割には堅苦しいわけではなく、むしろ接しやすいという事実を肌で感じた事は、その不安感を薄めることに成功していた。

 

そしてその後の二課職員による歓迎会に行く頃には、もう彼女に警戒心や不審に思う心はすっかり失せてしまっていた。

 

複数のテーブルには揚げ物を始めつまみやすいものが鎮座し、様々なスペースで様々なグループが形成されている。

その中の一つに手招きされ、ホイホイと付いていった彼女はちびちびと飲み物を啜りながら、これから仲間になる者たちの自己紹介を聞いていた。

 

「さて、次は竜さんの番かな」

 

「おう、もう順番が来ちまったか」

 

次は竜の出番、というところに来た時、それより先に響が動いた。

 

「あの、昨日は本当にありがとうございました!」

 

「それが仕事だからな、大したもんじゃねえさ」

 

仕事?と首をかしげると、竜は一度頷いてその続きを始めた。

 

「おう。リディアンの用務員兼二課職員の流竜だ。ついでにノイズと直接戦う装者でもある。これから学院で会うことも多いだろうから、これからよろしくな」

 

「はい!」と元気のいい返事を返す。と、ここで思い出したかのように言葉を発した。

 

「……そうだ!確か、竜さんも翼さんと一緒にノイズと戦ってるんですよね!やっぱり、翼さんと仲いいんですか?」

 

その言葉に場の空気が凍る。

二人の変化を良く知っている藤堯はおそるおそるといった様子で竜の顔を伺い始めた。一方何も知らない言い出しっぺの響は「あれ?私、何か変なこと言いました?」と呑気な顔をしている。周囲もその様に戦々恐々としていたが、竜は一瞬目を見開いてから閉じ、薄く笑うと、

 

「さあな」

 

とだけ返した。

―――響にはそれが何故か悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二課トレーニングルームに併設されているシャワールーム。そこに、風鳴翼は一人でいた。

 

(何故だ。何故あんな……)

 

考えているのは突然現れたガングニールの適合者、立花響のこと。

 

(あれは奏のギアだ!奏が、血反吐を吐いて命懸けで勝ち取った力だ!だというのに……)

 

なぜ、あんなどこの馬の骨とも知れぬ輩が。

 

言葉にはしなかったが、その思いが翼の中を這いずり回っていた。そして心を乱しているのは響のことだけではない。

 

(竜……お前は何故、ああも受け入れられるんだッ!)

 

流竜。二年前に参入した正体不明の聖遺物"ゲッター"の装者。ほんのわずかな時間だが、奏と同じ時間を過ごした間柄であり―――同じ、奏を失った傷を背負う者。

だというのにこの違いは何だ?私は立花を受け入れられない。認められない。

 

『二人一緒なら、何も怖くない』

 

ツヴァイウィングとして、装者として、常にこの言葉が胸の中にあった。竜が参入してからは三人にこそなったが、奏と私は変わらぬ絆で結ばれていた。その原点こそ、ガングニールなのだというのに。

 

まるで、神聖なものを土足で踏みにじられたような―――そんな気持ちだった。

 

 

そして鬱屈した負の感情が竜に向いたその瞬間、蓋をした筈の感情が再び呼び起こされる。

 

(竜……何故お前はあの時、間に合わなかった?)

 

「そう、だ……お前さえ……お前さえ……!」

 

手を震わせ、震えた声でそう呟く。

いつもは蓋をできている筈だ。だというのに、今日は止められない。他に誰もいないからか?―――違う。それは、あの立花響(新たなガングニール)が現れたからだ。

 

駄目だとわかっている。こんなことは思ってはいけないというのに。心に溜まった汚泥を吐き出す行為が止まらない。

 

 

―――あの日、竜が駆けつけたのは奏が死んでからだった。

顔や胸、腹部にガラスの破片が刺さり、体には黒く変色した打撲痕と裂傷。頭からも血を流し、もはや死の半歩手前といった風で竜は現れ、そのまま昏睡状態に陥った。症状は主に全身打撲と全身裂傷、そして出血多量。櫻井女史が、常人なら既に3回は死んでいる、生きているのが不思議でしょうがないなどと話していたことを覚えている。無論即座に集中治療室に入れられ、それでも尚一ヶ月は目を覚まさなかった。

 

叔父様との立ち合いで鍛えているその頑強な肉体でさえ治療に時間が掛かったのだ、その傷の深さは推して知るべしといった所だろう。しかも報告書を見る限り、そんな状況にあっても尚二課のスタッフや会場に残った観客を救助していたという話だ。何も守れず、相棒の命さえ散らせた私の無様な姿とは天と地ほどの差がある。

 

 

だというのに、私はあろうことかもっと早く来てくれれば、などという感情を抱いた、抱いてしまった。

 

馬鹿な。ありえない。それだけの傷であの黒いノイズに勝てるわけがない。死体がさらに一つか二つ増えるだけのことだ。

奴との戦いで重傷?阿呆か己は。そんなものが言い訳になるものか。奏は命を燃やし尽くした。竜は黄泉路に片足を突っ込んでまで駆けつけた。己はただ少し深いだけの傷を負ったに過ぎず、二人のように命を賭したわけでも、誰かを救ったわけでもない。

故にこれは全て私の弱さが招いたこと。その責任を他人に押し付けるなどあってはならない!

 

理性はそう告げる。しかし―――

 

「お前は何故、奏を……助けてくれなかったんだ……」

 

ぎり、と歯軋りをしながら目の前を睨む。そこに竜は居ないというのに。

まるで自傷行為だ、と思う。自責に駆られながらもそれを竜に転嫁し、そしてそれを己自身を嫌悪し、憎む燃料とする。二年前から止められない悪癖、因習。そして今日もそこまで辿り着いてしまう。

 

「……この裏切り者」

 

……嗚呼、今日も言ってしまった。なんて穢らわしい。なんて醜い。この汚泥の塊のような感情は流れる水で洗い清めることなどできない。なのに、まるで取り憑かれたかのように温かい湯を浴びている。

膝が崩れ、一人ぼっちのシャワールームで壁に手をつき座り込む。そしてまた、汚泥と己に向けた刃を吐き出し続ける。

 

自覚せよ。風鳴翼の本性とは、かくも汚く、醜いものなのだ。きっと竜もそれに気付いている。だからこそ、竜は私から離れていったのだ。

 

「助けてよ……奏」

 

―――せめて私が、感情の一切を捨てた剣でさえあれば、こんな苦しみは味わわなくてもよかったものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱり、翼さんと仲いいんですか?』

 

二課職員による響の歓迎会は夜遅くなる前にお開きとなり、夜勤の者を除いて皆が帰っていった。それは竜も例外ではない。自室に戻った竜は、ちゃぶ台で茶を啜りながら響に言われたことを思い出していた。

 

 

 

 

「……翼」

 

二年前。治療を終えて目を覚まして以来、翼が自分を見る目が変わったことを感じた。あいつは隠せていると思っているようだが、甘すぎる。気づかないとでも思っていたのか。大方、何故間に合わなかったのか、何故奏を救えなかったのか、などと考えているのだろう。

 

―――ふざけるな。そんなもの、()()()()()()()()()()()()

俺がしっかりしていれば、奏が死なずに済んだはずなんだ。もっと早く、辿り着いていれば……

 

だがあいつは何も言わない。あれから普通に話していても目を合わせない事が増えた。そして遠くから俺を見る目には、恨みが混ざっていた。

 

―――何故だ。何故そうまで頑なに言わない。お前にはそれを言う資格がある。理由がある。死に体だった?だからどうした。死んでもノイズをぶち殺し、人類を守るのが俺の使命なんだ、それを果たせなかった己にそんな言い訳は甘え以外の何者でもない。

 

そして何より、俺は奏に別離の言葉だって言えなかった。初めて会った時、あいつは俺を仲間だとあっさり受け入れてくれた。翼と喧嘩したときもいつだって笑って仲裁してくれた。三人の時間はとても心地よかった。だからあいつとはずっと一緒だと思っていた。それこそ最後の一瞬まで。別れの言葉を掛け合えるぐらいには。

 

だが俺にはそれさえ許されなかった。弱かったからだ。その後悔が、翼への負い目になっている。

 

あれから俺は翼から距離を置き始めた。今のあいつに必要なのは心の整理だろうと思ったから、そこに俺はいるべきでないと思ったからだ。自分の心にケリを着けた時こそ、きっと再び前へ進めるのだと信じていた。

 

 

 

 

あれから二年。俺たちは一つも前に進めちゃいない。その焦りが、己の不甲斐なさへの苛立ちが態度に出てしまう。その結果がこのザマだ。

 

 

 

「許せ……奏」

 

 

―――きっと、翼はもう俺のことを仲間だと思っちゃいないだろう。俺は、全てを間違えたのだ。

 

 

 




奏のことを武蔵枠のつもりで書いてたらいつの間にかチェンゲのミチルさん枠になっていた
一体何が……


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新参

ゲッターらしさが出せない……このままではゲッターでやる意味がなくなってしまう……


 

 

 

翌日。今度は翼によって二課に連行された響は、大きなモニターのある部屋に通された。そこで待っていたのは弦十郎を始めとする二課の主要メンバーたちだった。

 

用件はメディカルチェックの結果発表。了子からその説明を受けていたのである。曰く、初体験の負担は少し残っているものの、幸いにも体に異常は無し。その事に響は安堵するとともに、ずっと気になっていたことを了子に尋ねたのだった。

 

「教えてください。あの力のことを」

 

それを聞いて響の対面に座る弦十郎は左右両後ろ側に陣取る翼と竜に視線を遣る。それに二人は首から下げたギアペンダントを取り出すことで応えた。

 

「天羽々斬、そしてゲッター。翼と竜くんが持つ聖遺物だ。」

 

「聖、遺物……ですか?」

 

「聖遺物……各地の伝説に登場する、現代の科学では製造不可能な異端技術の結晶のことね。特に遺跡で発掘されることが多いわ。例えば、『ゲッター』は二十年以上前に浅間山で発掘されたってところかしら?」

「だけど、こういうのはどれも経年劣化が激しいせいで破損がひどいのよ。だから、昔の力をそのまま残したものはとっても希少ってワケ」

 

「実際、この天羽々斬も本来は剣なのだが、発掘されたのは刃の欠片のみでな。ごく一部のものに過ぎないんだ」

 

「そういった欠片にほんの少し残った力を増幅して解き放つ鍵が、特定振幅の波動……すなわち、歌」

 

「歌、ですか?」

 

了子の言葉に響がおうむ返しする。視線は真剣だが、同時に何にも理解できてませんということを雄弁に語っていた。

 

「その通り。端的に言うと、歌の力によって聖遺物は起動するということだ」

 

「歌の力……?……そうだ、確かあの時も胸の奥から歌が……」

 

響は初めて戦った時のことを思い返す。あの少女を守らなければと思った時、胸の奥から突然歌が湧いてきた。思えば、その歌が聖遺物を起動させる鍵になったのだろう。その考えに至ったことで、腑に落ちたと言わんばかりの表情をする。

 

その様子に対する反応は三者三様ならぬ四者四様だった。

 

弦十郎は間違いなく適合者だろうと確信を深め、静かに頷く。

 

翼は響がまごうことなきガングニールの正規装者であることを再確認し、顔を険しくする。

 

竜は新たなガングニール装者の登場にやや肯定的だ。後はこいつがまともに戦えるかどうか……と考える。

 

了子は響の様子に満足げだ。

 

 

「どうやら、思い当たる節があるみたいね。おそらく貴女が考えた内容で間違いないと思うわ」

「そして歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギーに還元し、鎧の形に再構成したのが、三人が纏うアンチノイズプロテクター……シンフォギアなの」

 

 

了子がずっとこれが言いたかったと言わんばかりの表情で締めようとする。しかし了子が言い終わるや否や、翼が口を挟んだ。いよいよ我慢の限界といった具合に、まるで響は違うと自分に言い聞かせるように。

 

 

 

「だからとて、誰の歌にも聖遺物を起動させる力があるわけではない!」

 

 

 

その言葉に、どれだけの感情が込められていただろうか。

天羽奏が、若干十数歳ほどの歳の少女が、家族を奪われた怒りに身を委ね、憎しみに身を焦がし、血反吐を吐きながら掴み取った歌。それが彼女に与えた影響はとても深い。

だからこそ、その剣幕に誰も言葉を発することが出来なかった。響でさえも。

そして場を沈黙が支配する。

――それを破ったのは弦十郎だった。沈んだ空気を変えるべく、努めて明るい声色で話し始める。

 

「聖遺物を起動させ、シンフォギアを纏う歌を歌える僅かな人間を、我々は適合者と呼んでいる。それが翼であり、竜くんであり……そして、君であるのだ」

 

聖遺物と、適合者。二つに関係があり、響は自身がその適合者だからギアを纏うことが出来たことをようやく理解した。しかしここまでの説明には一つ穴がある。それはすなわち———

 

「でも私、聖遺物なんて……そんなの持ってませんよ?」

 

———響に聖遺物を手に入れた覚えが無いということだ。そもそも聖遺物は発見され次第その国の研究対象となるものであり、個人で所有する場合というのは余程の例外でも無い限りまず起こらない。

 

「そう。そこだったのよね、私たちが分からなかったのは。でも、今回のメディカルチェックではっきりしたわ」

 

これを見て頂戴、と言ってモニターに画像を映す。そこにはレントゲン写真――胸の辺りに何かの破片がいくつも入り込んでいる――が映っていた。

 

「ここに映っている破片……君にはこれが何か分かる筈だ」

 

「これ……二年前の……」

 

弦十郎の言葉に、彼女は驚きを隠せなかった。二年前の事件の際、搬送先の病院で緊急手術を担当した医師に、破片の殆どは摘出できたものの一部は複雑に食い込んでいて取り除けなかったとは聞いていた。しかし、まさかそれが聖遺物だというのか?

 

「その通りよ。二年前貴女の心臓に食い込んだ謎の破片……これが、奏ちゃんが持っていた第三号聖遺物"ガングニール"の砕けた破片であることが判明しました」

 

奏ちゃんの置き土産ね、と言って了子はモニターを閉じる。その声だけは、翼と竜の二人には異様にはっきりと聞こえた。

 

 

 

(奏の、ガングニール)

翼はその事実を聞いてまともに立っていられなかった。瞳孔は開き、無意識に呼吸が浅く、荒くなりはじめる。

 

――二年前の罪が、自分に追い付いてきた。翼にはそうとしか思えなかった。

 

元々響のことは新たなガングニールというだけで受け入れ難かった。そこへ判明した、響のギアが文字通り奏のガングニールだったという事実……それが翼の精神を大きく揺るがしていた。

 

奏のガングニールが体内に侵入する。そんなことが起こるのは、あのライブの日以外に有り得ない。つまり目の前の少女はあの地獄を生き残った者(己が地獄に追いやった者)の一人だということを意味する。

加えてそれが奏の遺産を纏い新たな装者となる。あまりにも残酷な運命ではないか。

 

(信じられない。信じたくない。でも、櫻井女史の分析に間違いはない。なら、あれは間違いなく、本物()のガングニール)

(私はどうすればいい?教えて奏……。私は彼女にどんな顔をすればいいの……?)

 

その内心は荒れ狂い、思考さえままならない。

 

そのまま翼は乱れた心を落ち着かせるべくゆっくりと、かつおぼつかない足取りで壁に手をつきながら部屋の外へ出ていった。まるで響から逃げるように。まるで罪から逃げるように。

 

 

 

一方の竜も、反応は違えど感じたものは奇しくも翼と同じだった。即ち。

 

(二年前の犠牲者。……俺達の犠牲者、なのか)

 

響が、木の上から降りられなくなった子猫を助けようとしていたところに居合わせた時、随分忙しない奴としか思わなかったが、まさかそれが奏の忘れ形見だったとは。

 

彼女は二年前、ノイズによって生み出された地獄、そして奏が死んだ原因は自分にもあると思っている。ネフシュタンの暴走を防ぐことができず、ノイズと戦うことさえままならなかった。故に目の前の少女は地獄を味わったのだと考える。

 

それだけではない。二年前のあの時、間に合わなかった竜は響の存在を知らない。意識を取り戻してから読んだ報告書で知ったのは奏が一般人を庇って重傷を負ったこと、正体不明の黒いノイズを取り巻きごと倒すべく絶唱を歌い、その命を燃やし尽くしたことくらいのものだ。奏が庇った相手が響だったことも知らないし、響の胸に奏のガングニールが刺さったことも知らなかった――今日までは。故に、

 

(知らなきゃならねえ。こいつのことも、奏の最期も。)

 

竜は奏の最期のことを、翼に聞けなかった。精神的に全く余裕の無い翼に最愛の相棒が死んだときのことをわざわざ言わせるのも酷だと思ったからであり―――翼からの視線を自覚してからは尚更聞くことなぞ考えられなかったからである。だから知りたいと思っていても知る手段を持ち合わせていなかった。しかし今は違う。目の前に奏の忘れ形見がいる。

 

(だったら、俺はあいつのダチとして……)

 

聞かなければならない。向き合わなければならないのだ。――己の罪と。

 

そうして拳を握りしめるのだった。その手から、血が滲むほど。

 

弦十郎は、そんな二人の内心を理解できるが故に、同じ事を思いながら異なる反応を見せる二人を見て沈痛な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、この力のこと、本当に誰かに話しちゃいけないんでしょうか……」

 

翼が出ていってしばらくして。響は昨夜話された守秘義務のことを思い出しながら弦十郎に尋ねていた。

 

その胸中にあるのはただ一人――親友の小日向未来のこと。昨日帰ってきた時、近くでノイズが出た上に帰りも遅いのでもしかしたら、と心の底から心配した様子だった。だからせめてそんな心配はさせたくないし、何より二年前からずっと自分を支えてくれた親友に隠し事はしたくなかったのだ。

 

「すまないが、それは無理だ。もし君が装者であることが誰かに露見した場合、君と親しい人間に危害が及ぶおそれが、最悪の場合命に関わる可能性さえある。」

 

 

「命に……関わる……」

 

その言葉に響の顔が青くなる。自分が傷つくならいい。だが自分のために親友が傷つけられることは耐えられない。何よりも、親友との日々が失われることなど、考えたくなかった。

 

「すまない。君が話したい相手というのだ、余程君が信頼している者なのだろう。だが俺達が守りたいのは機密などではなく、人の命だ。知る者が多いほど露見するリスクが増える以上、それによって誰かの命が危機にさらされることは避けなければならない……だからこそ、この事は隠し通してもらえないだろうか」

 

申し訳なさそうに告げる弦十郎。響はうつむいたまま動かない。その目は僅かに震えている。

 

「通常、人の身ではノイズに対抗できない。ノイズに触れることはすなわち、その身を炭へと変えられることを意味する。加えてノイズはその特性上、ダメージを与えることさえままならない」

「たったひとつ例外があるとすれば、それはシンフォギアを纏う戦士だけ……。その上で、日本政府特異災害対策機動部二課として君に改めて要請したい」

 

 

その声にはっとなり、顔を上げる響。

弦十郎も改めて姿勢を正し、まっすぐに響の目を見つめて言う。

 

「立花響くん、君が宿したシンフォギアの力を、対ノイズ戦のために役立ててはくれないだろうか。誰かの命を守るために」

 

 

 

 

 

響は、自分がそこまで頭がいいとは思っていない。さっきのシンフォギアの仕組みについての話だって高く見積もってもせいぜい三割分かれば上出来だとすら思っている。だがそれでも弦十郎が言っている事の重大性が分からないわけではない。

 

二年前の地獄を、その後の無限に続くかとすら思われたさらなる地獄を生きていたからこそ、誰かを助けたい。あの日自分に「生きていてくれてありがとう」と言って消えた、あの人(天羽奏)のように。

 

確かに不安は大きい。ノイズと戦うなんて一度も考えたことがなかった。だけど、これが誰かを救えるなら――

 

 

「本当に、私の力が誰かの役に立てるんですか……?」

 

確かめるように、蚊の鳴きそうな声で尋ねる。不安を隠せていないその様子を見て、弦十郎はあえて大振りな仕草で首を縦に振る。

 

 

「わかりました!私、戦います!」

 

そう、決意した。自分が思うままに。その意味を知らぬままに。

 

 

 

 

(何ともまあ威勢のいいこった)

 

竜は一部始終を弦十郎の後ろから見ていた。

正直言って今の響に期待はしていない。自分や翼のように戦えるように育った人間ならともかく、響はどう見ても戦える人間だとは思えなかったからだ。

 

 

そこへ駆け寄っていく響。

 

「竜さん、私も戦います!今は慣れない身ですが、一生懸命頑張ります!一緒に戦ってくれればと思います!」

 

そう言って右手を差し出す。

 

竜は目を閉じ、腕を組んで考える。本物の戦いを知らない響がどれだけやれるようになるかを。

はっきり言って戦いに向いていないんじゃないかとも思う。しかし本人が戦うと言っているのだから、好きにやらせてやるのもいいだろう。

それに、後から否が応でも知ることになるのだから。戦いの残酷さを、戦うことの過酷な現実を。となれば、とようやく腹を決めると目を開け、真っ直ぐに響を見る。

 

「馬鹿野郎。まだまだお前はひよっ子もひよっ子……半人前どころか三分の一人前にもなりゃしねえんだ。」

 

「え……」

 

「だがな、それでもやるってんなら何も言わねぇ。やる気はあるんだ、それが威勢だけじゃねえってことを自分で証明するんだな」

 

そう言って響の手を取った。それによって響の顔に満面の笑みが浮かぶ。

 

「はいっ!!!」

 

 

(その時、折れようが折れまいがどうでもいい。だが、奏の忘れ形見なんだ、面倒ぐらいは見てやるさ)

 

 

 

じゃあ翼さんにも挨拶してきますッ!と言って響は部屋を出ていった。竜は響の後ろ姿を見送りながら独りごちた。だから、せいぜいその威勢が口だけじゃねえことを祈ってるぜ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

(さっきはちょっと嘘ついちゃったわね)

部屋から出る響を見ながら内心でそう呟く了子。

歌の力で聖遺物を起動させる――それこそが櫻井理論の根幹を担う部分である。そこは何も間違っていない。しかしゲッターだけは違う。あれは己が作り上げたシンフォギアでありながら櫻井理論だけでは到底測れない存在だった。

聖遺物自らが有するエネルギー……ゲッター線。本来大気中にも存在し"ゲッター"が増幅させている謎のエネルギー。あれがゲッターの鎧を構成していることは既に鎌倉から提供された早乙女レポートの内容を元に確認済みだ。

 

ゲッター線の増幅を聖遺物の力と仮定すれば他のシンフォギアと同じ様に扱えるのも頷けるが、おそらくゲッター線はそんな生易しいものではないだろう。

 

ギアの鎧さえも構成可能な汎用性に加え、地球上のあらゆるエネルギーを上回る圧倒的なエネルギー変換効率。加えて人の意志に応えるという特殊性――これほどの代物故に、実証こそされていないものの「ゲッター」は十分なゲッター線があれば理論上自然に起動しうると考えられる。

 

だというのにシンフォギア「ゲッター」は竜の歌でなければ起動しなかった。了子にはそれがまるで「ゲッター」が敢えて聖遺物の、櫻井理論のルールに従ったようにも見えた。その事が逆に不気味であり、その謎を深めるばかりであった。

 

(まさかゲッターには意思がある……?いや自立型完全聖遺物でもあるまいに、ただの欠片に過ぎないゲッターにそんな荒唐無稽な力があるはずがない。…………待て、むしろ意味があるのはゲッター線そのものと考えるべき……?)

 

思考がそこまで辿り着いたところで首を横に振り、先程までの考えを振り払う。

 

(どうやら疲れているようね。意思を持つエネルギーなんてある筈がない。あるとすればそれはきっと(カストディアン)が振るうもの。決して人類の手に負えるものではないわ。)

 

 

最終的に荒唐無稽な与太話だろうと結論付けたのだった。

 

 



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長夜

今年最後の投稿、間に合ったな(サム8並感)
今回で導入部はほぼ終わりです。
もうすぐゲッター線濃度を高められる……


二課で緊急のアラートが鳴る。それはノイズ出現の合図。

誰かを守れる、役に立てると喜び勇んで出撃した響だったが所詮は素人。

再び翼に助けられながらも、しかし無邪気に彼女は言う。

 

「翼さん!今はまだ足手まといかもしれないですけど、一生懸命頑張ります!だから一緒に……」

 

戦ってください、という言葉は喉元で遮られた。他でもない、共に戦ってほしい人に。

 

「…………そうだな。ならば戦おうか。私と」

 

「え……」

 

「何度も言わせるな。私とお前との戦いだ……構えろ」

 

響に刃を向ける翼。その目は本気そのもので響を見据えている。

 

「止めてください翼さん!戦うって、そういう意味じゃ……」

 

「分かっている!だがな、やはり私は受け入れられん。故に力を合わせ、共に戦うなぞ到底認められるものではない」

「貴様が纏うそれは無双の一振り――ガングニール。覚悟も無く遊び半分で戦場に出る者が纏うものではない!」

「さあ、アームドギアを構えろ。貴様の覚悟を私に示せッ!」

 

 

 

 

 

そうだ、最初からこうしておけば良かったのだと翼は一人納得する。

 

 

翼が立花響に抱いている感情は複雑だ。二年前のあの日の被害者であることについて罪悪感はあるし、思うところもある。しかし、その事と立花響を……新たなガングニールを共闘する装者と認められるか否かはまた別の話だと考える。少なくとも今は認められないし、認めたくもない。

もしも認める時が来るならば――それはきっと、真の覚悟を持つ者であることを示し、自らガングニールに相応しき者と証明した時だ。

 

 

「ノイズと戦う戦士というのは常に死と隣り合わせ。いつ戦場にて果てるやもしれぬという恐怖、いつ終わるとも知れぬ戦場に身を置き続ける苦痛を一身に背負わねばならん!故に並大抵の覚悟では務まらんのだ!」

 

 

立花響は自ら望んで戦場に出ることを選んだ。ガングニールを身に纏う戦士の道を選んだ。ならば当然覚悟がある筈なのだ。決意がある筈なのだ。戦う理由があって然るべきなのだ。

だが、もしも、何一つ無いのだとすれば――きっと、彼女は命を落とす。

 

 

「お前にその覚悟があるか見せてみろ……!」

「さもなくばここでそのギアを捨てるがいいッ!」

 

 

何としてでも、認めるわけにはいかない。戦場は戦士の住まう場所、そうでない者が踏み入れていい領域でも無ければ、そういった者と共闘するなぞ言語道断。

 

 

 

――何より、二度とガングニール()が失われる様を見たくない。

 

 

竜は今離れた場所で別の群れを相手取っている。おそらくまだここには来ないだろうが、しかしそれも時間の問題だ。よって事を運ぶなら今しかない。

 

 

「そんな……アームドギアだなんて、私まだ!」

 

「笑わせるな!アームドギアは常在戦場の意志の体現!意志と覚悟さえあらば呼び起こすのは容易い事ッ!……それともまさか真に遊び半分で戦場に出ているとでも言うつもりか?甘えるなッ!」

「その程度の覚悟で戦場に赴く貴様が……奏の、奏の何を受け継いでいるというのかッ!」

 

 

言うや否や、翼が高く飛び上がり、巨大化させたアームドギアを装着した蹴擊―天ノ逆鱗―を放とうとする。

響は反応できていない。奏の何を受け継いでいるのか――翼の言葉に衝撃を受け、呆然としている。

あわや直撃、というところで割って入ったのは弦十郎からの急報を受け、おっとり刀で駆けつけた竜。

全力の正拳突きを撃ち放ち、天ノ逆鱗に何とか拮抗する。

 

「何やってんだ翼!てめえこいつを殺す気かァッ!」

 

「ちぃっ……邪魔をするなッ!これは私の問題だ!貴様には関係ない!!」

 

 

拳と剣が拮抗する。本来ならば空中からの加速という地の利を得た翼の側に圧倒的に分がある勝負だが、翼が勝負を急ぐあまり狙いをそこそこに撃ち込んだこと、精神の乱れによる重心のブレが天秤を竜の側に傾けさせた。そして鍛えた竜の拳ならば重心のブレた剣を相手にするに不足はない。

 

 

 

 

 

「だとしても、これは看過できんぞ」

 

 

 

 

 

そうして生まれた拮抗を崩したのは両者のいずれかによるものでなく、第三者――ようやく到着した弦十郎――による武力介入。震脚で周囲のコンクリートと水道管に甚大な被害を及ぼしながら拳圧で二人をまとめて吹き飛ばし、二人の攻防を強制的に終わらせる。

 

 

 

「全く、何やってるんだお前たちは」

「お前らしくないぞ翼。ろくに狙いもつけずにぶっ放して……」

 

一度頭を冷やせ、と言おうとした時。水道管から吹き出した水に隠れて翼の顔に涙が流れているのを見つける。

 

「翼、お前……」

「泣いてなどいません!涙など私には……ッ!」

 

顔を伏せ、歯を食い縛って耐える。しかし止めようにも止められない。

 

「翼さん……」

 

翼が涙を流しているのは響も気付いていた。しかし響はまだ知らない。翼のことを。翼が涙を流しているのは奏の不在を今一度突きつけられたことだけでなく、己の不甲斐なさや無力感、自己嫌悪など、様々な感情がない交ぜになった結果であることを知らない。

故に「自分が不甲斐ないせいだ」「自分が奏の穴を埋められるくらい強くなればいい」程度にしか考えられず、考えうる中で最悪の選択肢を取ってしまう。

 

 

 

 

「翼さん、確かに今の私はダメダメかもしれません。だからこれから頑張って、奏さんの代わりになってみせます!」

 

 

 

 

響は知らない。二人にとって奏はただの仲間、ただの戦力では無いということを。そして、奏を失ったことが二人にどれだけ深い傷を与えたかを。「奏の代わり」……響と翼たちの間で、その言葉の認識にどれだけの差があるのかを。

 

 

翼と竜から怒気が放たれる。

翼は拳を握り、無言で響の頬を殴る。

その痛みに呆けている間に竜は響の肩を強く鷲掴んで顔を近づけると、

 

「おいひよっ子。そいつは俺たちの逆鱗(さかさうろこ)ってやつだぜ」

 

口にするなら相応の覚悟をしな、そう言って響から離れていったのだった。

 

響は呆然とするしかなかった。頬と肩の痛みは残り、響の体を苛んでいる。

響はまだ装者となって日が浅い。それ故に彼女自身の無知を罪であると責めることはできないだろう。だがこの瞬間においてのみ、その無知は罪であった。

 

 

 

 

 

 

 

それから一月。三人は未だ噛み合わない。

 

竜と響が辛うじて連携らしきものを行えるが、それも竜が響に合わせる形でのこと。竜の戦力を大幅に下げることでようやく成せるものはとても連携と呼ぶことは出来ないものだった。

 

翼と響はもってのほか。響は翼に幾度も共闘してほしいと話しかけているが翼は聞く耳を持たない。今や響を無視して戦っており、連携なぞ考えることさえ出来ない状況だった。

 

竜と翼は相変わらずだ。せいぜい二人の会話が僅かに増えた程度に変化は生まれたこそしたものの、根本的には何も変わっていない。

戦闘中も連携を取れないことは無いが、それはこれまで積み重ねたものによるもの。互いの現在の実力とは噛み合っておらず、やはりぎこちないことに変わりはないのだった。

 

 

 

 

 

そんなある日の夜。世間では流星群に沸いている中、装者たちは変わらずノイズとの戦いに明け暮れていた。

 

そんな中、本部発令所で風鳴弦十郎は先日のミーティングのことを思い出していた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「それでは、本日のミーティングを始めよう」

 

この日のミーティングは弦十郎の提案により行われた。参加者は弦十郎、了子に加えてオペレーター陣からは藤尭と友里。そして装者全員である。

 

目的はここ一ヶ月における状況について、二課の首脳陣及び装者たちで認識を統一すること。特に、この二課及び日本を取り巻く現状について確認の意味を込めて響に説明するのが主だった。

 

「まずはこの地図を見てくれ。ここ一ヶ月におけるノイズ発生地点を纏めたものだ」

 

弦十郎がモニターに映した資料はリディアン音楽院を……二課を中心とした地図。そこにはノイズ発生を示す赤い点が何十と光っていた。

 

「どう思う?響くん」

 

「え!?えーっと、」

 

突然水を向けられて焦る響。思わず出たのは響自身も小学生並みの感想だと思うような言葉。

 

「い、いっぱいです」

 

「ふ、ははははははっ!!いっぱいか!確かにその通りだ!」

 

弦十郎の豪快な笑い声。それに呼応して藤尭や友里の顔も柔らかくなる。響が発した言葉は張りつめた空気を弛緩させ、発言を容易にする一手になったと弦十郎は満足げだ。

 

(もっとも、こちらはそうでは無いようだが……)

 

視界の端には翼と竜。竜は笑い声を殺して肩を震わせているからまだしも、翼の方は不機嫌そのものだった。

 

「響くんが言った通り、この出現頻度は確かに異常なほど多い」

 

「加えて、中心点はリディアン……いえ、この二課ですからね。何らかの作為があると考えたほうがいいのではないでしょうか」

 

「となると、やはり敵の狙いはデュランダル……?」

 

弦十郎、藤尭、友里が順に現状での考察を述べる。

リディアン地下にある二課。さらにその奥底にある"アビス"――そこで眠っている完全聖遺物、それこそがデュランダル。

 

「さて、置いてきぼりになってる響ちゃんに説明のお時間よ☆」

「まず、この二課にはデュランダルっていう完全聖遺物が保管されてるの。ここまではいい?」

 

「完全聖遺物、ですか?」

 

「そう。ギアにも使ってる聖遺物は欠片しかないけれど、ごくごく稀に、壊れていない状態の聖遺物が見つかることがあるの。それが完全聖遺物」

 

響のほえ~と気の抜けた声を聞きながら、了子がさらに続けた。

 

「これが起動すれば聖遺物の100%全部の力を発揮できるだけじゃなく、装者でなくても力を発揮できる――言ってしまえば、ギア無しでノイズを倒せるようになると考えられているわ。これも私が提唱した櫻井理論の一つだから覚えておいてちょうだいね?」

 

「凄いじゃないですか!じゃあ、どうして起動させないんですか?」

 

「いい質問ね。まず、完全聖遺物を起動させるには莫大なエネルギーが必要なの。それにとぉぉーーーっても貴重な代物だから、起動実験を行うにはお上に申請しなきゃいけないのよね」

 

「それだけならまだ良かったんだけど、今、米国が安保条約を盾にデュランダルの引き渡しを迫っているんだ」

 

「あそこは数年前にF.I.S……自前の大規模聖遺物研究所を事故で失っているし、それ以来引き渡しの要求が激しくなっていると聞くわ。下手に扱えば国際問題よ」

 

「二人ともご説明ありがと~!そういうことで、下手に起動なんてしたら大変なことになるの。お分かり?」

 

「えぇっと、つまり、起動させるのにエネルギーが足りなくて、起動させようとしても問題になる、ってことですか?」

 

響の目が情報量の多さでぐるぐるしている。その中でようやく絞り出した答えは些かの不備こそあれ、最低限のものとしては了子を満足させるには十分だった。

 

「理解が早い子は、大好きよ☆」

 

響の疑問符混じりの声と了子の満足げな声で説明会が終わりを告げる。

響の理解度には僅かに不安が残るが、ここまで理解できれば十分だろうと弦十郎も判断し、議題を次の段階へ進めようとする。

 

「しかし、ここまで形振り構わないとは、それだけ米国も必死ってことなんでしょうかね……待てよ、米国?」

 

「!そういうことね……司令。この件、米国政府が手を引いている可能性は?」

 

それにストップを掛けたのは藤尭のぼやきと友里の観の目。実際のところどうだったとしても、こうして真実へ向かおうとする行動は無駄ではないのだと確信して。

 

「ふむ…………結論としてない、とは言い切れんな。動機に状況証拠を鑑みれば、米国政府の関与は十二分に考えられる」

「それに、先日調査部からこの二課のメインコンピューターへの数万に及ぶハッキング試行の痕跡が確認されたという報告が上がってきた。敵の狙いがこの二課であることは間違いないだろう。無論これを安易に米国政府の仕業と見なすのも危険だろうから、調査は慎重に進めていくことになるがな」

 

「そして問題はこれだけではない。次の資料を確認してくれ」

 

 

二人の指摘に感謝しつつ、弦十郎はこの案件についての結論をまとめ次の議題へ移る。モニターにはノイズ特殊個体――二年前、ライブ会場を蹂躙した黒いノイズが映されていた。

 

「これは正式名称、ノイズ特異黒化個体――通称はブラックノイズ」

 

モニターを見る竜と翼の顔が険しくなる。特に、翼の目には憎しみの色が濃く宿っていた。

 

「ブラックノイズ……ですか?」

 

「そうだ。このノイズは二年前に観測されて以来未だに再出現が確認されていないのだが、いつ出現するかも分からない今、対策を練っておく必要がある」

 

「そんなに危ないんですか?見た感じだとただの黒いノイズですけど……」

 

「危険なんてもんじゃねえ。こいつこそ奏を殺った元凶だ」

 

竜の声に怒りが滲む。二年前、ライブ会場の惨劇。そこで発生したブラックノイズは驚異的な力を発揮し、装者たちを追い詰めただけでなく多くの人間を殺害した。二課の職員は直接ブラックノイズを見ていないが、その脅威は直接交戦した翼、その影響を受けた人間を相手取った竜からの報告で確認済みである。

 

「……そうだ。二年前にこの個体が出現した際には翼に重傷を負わせ、奏に絶唱を歌わざるを得ない状況まで追い詰めている。これだけの戦闘力を持ちながらも、それはこのブラックノイズの力の一端に過ぎないのだ」

「響くん。君はノイズについてどれくらい知っている?」

 

「ええと、まず無感情で、機械的に人間だけを襲うこと。襲われた人間は炭化してしまうこと、時と場所を選ばずに現れて周囲に被害を及ぼす特異災害として認定されていること……で合ってますか?」

 

「あら、全問正解。すっごい詳しいじゃない」

 

「実は今まとめてるレポートの題材なんです」

 

苦笑い。どうやらレポートが無ければ答えられなかったようである。

 

「それでは今響くんが挙げたものとこのブラックノイズの特徴を比較しよう」

「ブラックノイズの特徴は大きく分けて三つ。一つは人を炭化させても自らは炭化しない能力。二つ目はその再生能力を始めとする非常に高い戦闘力。三つ目は周囲の人間を狂わせる何らかの手段を有していること」

 

「少なくとも、普通のノイズとは完全に別物だと考えておいて頂戴ね?」

 

「さて、ここで何か気付いたことはないか?」

 

「気付いたことと言われましても……ええと…………炭化、ですか?」

 

おそるおそるといった具合に弦十郎に確認を取る。

 

「上出来だ。通常のノイズは人間を炭化すると同時に自身も炭化、消滅する。しかしこのノイズは炭化させても消滅しない……理論上人間を無限に炭化させられるということだ」

 

響の顔に緊張の色が走る。これまでのノイズの常識を覆すノイズ――ブラックノイズ。それが敵であることに不安を隠せていない。

 

「このノイズは二年前、ライブ事件当時に二体が出現したことが確認されている。その一方、ここまで出現しないとなると、出現には何かしらの条件があるのではないかと考えられる。遭遇した場合にはくれぐれも注意してほしい」

 

 

――――――――――

 

 

 

(ここ一ヶ月で頻発しているノイズの出現……しかし敵の狙いが見えん)

 

 

弦十郎は発令所で思案する。敵の狙いは何か。どうやって目的を達しようとしているのかを。

 

(二課、あるいは二課の何かが狙いなのは間違いない。しかしそれを手に入れる過程が見えん。ノイズで何をするつもりだ…?仮に揺さぶりをかける事が狙いだとしてもこちらは装者を有している。)

(あるいは、揺さぶるのはこちらではない……?)

 

 

「待ってください!現場にて高出力エネルギーを検知!これは……アウフヴァッヘン波形です!」

 

「何ッ!?波形の照合を急げ!!」

 

 

 

そして表示されたのは――

 

『Nehushtan』

 

 

「ネフシュタン……だと!?現場に急行するッ!必ず鎧を確保しろっ!」

 

 

その名はネフシュタンの鎧。二年前に暴走し、行方不明となった完全聖遺物である――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお。雁首揃えてノイズ退治ってか?ご苦労なもんだ」

 

それは白銀の鎧に紫の鞭。顔はバイザーで覆われていてよく見えないが、体つきと声からして少女といった歳だろう。それが挑発的な視線を三人に遣りながら暗闇の中より出て来る。

 

「てめえ……俺の目の前でそいつを持ち出すってのがどういうことか分かってんだろうな?」

「ネフシュタンの……鎧……!」

 

敵愾心を剥き出しにして襲撃者を睨み付ける竜と翼。特に竜はすぐにでも殴りかかる準備を整えている。

 

「へえ。てことはお前ら、こいつの出自を知ってるってわけだ」

 

「忘れるものか……!私の無力で奪われた命も!不手際で奪われたそれも!」

「今ばかりは同感だ翼。……てめえをぶっ殺してでもその鎧は剥ぎ取らせてもらう」

 

殺気をさらに強める。少女もそれを正面から受けながら飄々として挑発する。

 

「お前らに出来るもんかよ出来損ない共。ただの聖遺物の分際でこの完全聖遺物に勝てるもんか」

 

「ならば確かめてみるか?お前の体でな……ッ!」

 

一触即発。それを破ったのは響だった。

 

「やめてください翼さん!竜さんも!相手は人間なんですよ!?」

 

「「「戦場で何をバカなことをッ!」」」

 

偶然にも声が揃う。考えていることが同じだと悟った三人は揃って顔を見合わせている。

 

「よく分かっているではないか。どうやら、お前の方が気が合いそうだな?」

 

「へっ。だったら仲良くじゃれあってみるか?引っ掻き傷じゃ済まさねぇからよ」

 

「面白ぇ。その下らない減らず口、二度と叩けないようにしてやるぜ!」

 

戦意が少ない響を蚊帳の外にして激突する三人。鞭をしならせ、迎撃と牽制を同時に繰り出すネフシュタンの少女の戦いは純粋に巧い。如何に二対一と言えど、実際のところは一対一が二つあるような状態では攻めあぐねるは必定。

 

そして襲撃者は空いた間を利用して、「お前はこいつらの相手でもしてなッ!」と響にノイズをけしかけ、響と二人を分断させるのだった。

彼女の狙い通りに。

 

 

 




次回、テキサスマックリスちゃん参戦。


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夜襲

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
そしてUA30000突破ありがとうございます。
今年も本作をよろしくお願いします。



それと前回以前の文に違和感があるのでこれからちょっとずつ改稿をしていく予定です。


「疾ッ!」

 

「足りねえなぁ!」

 

「おおおおおッ!」

 

「動きが見え見えなんだよッ!こんなもんであたしを倒せると思うんじゃねえ!」

 

拳と剣がネフシュタンの少女を襲うも、少女は両手に構えた鞭で全ての攻撃を受け止め、受け流していく。その荒々しい言動に反し、その迎撃は精密だった。

 

中距離では不利と見た翼はさらに踏み込むことを選んだ。ギアに格納された小刀を取り出し、左手に構える。通常の形態に戻した剣と会わせ、二刀で以て鞭を振るえない程の超接近戦を仕掛けんと試みる。

そしてそれは竜もまた同じ。右手は空手を、左手にはアームドギアを構え直し、鞭の間合いのさらに内側を狙う。

 

「へえ。間合いに飛び込んで打たせねえようにするつもりか?考えたじゃねえか。ま、てんで無理な話だけどな」

 

「減らず口を叩く暇があるなら掛かってきたらどうだ?」

 

「だったら踏み込む位の度胸は見せてくれよ?じゃなきゃただのチキン野郎だぜ」

 

「先手は譲ってやるとでも言いてえのかてめえ……舐めた真似しやがって」

 

「お前らじゃこのあたしの相手にならねえんだよ。倒したけりゃ同じ完全聖遺物でも持ってきな」

 

ネフシュタンの少女が二人を煽る。しかしそれは油断ではなく自信の現れ。その自信に見合う力を彼女は有していた。

 

手数が違う、と翼は分析する。ネフシュタンの鞭はいくつもの結晶が鎖状に連なっており、鞭として使うだけでなく相手の肉を削ぐ刃としても扱うことができる。これはこの武器が点の攻撃と線の斬撃を自在に使い分けることができることを意味しており、数的不利を覆すだけの手数を生み出すことにも繋がっていた。

 

加えてあの少女の技量もまた驚異的だった。完全聖遺物のスペックに振り回されることなく、その全てを十全に発揮している。それによって通常の聖遺物を凌駕する完全聖遺物のポテンシャルを余すことなく味方につけ、二人と対等以上に渡り合うことができていた。

人類守護のため、膨大なフォニックゲインを用いて再起動された最強の兵器が、逆に人類守護の防人に牙を剥く皮肉が、そこにはあった。

 

(これが……完全聖遺物のポテンシャルかッ!)

 

戦慄。

完全聖遺物の扱いは人を選ばないというが、それでいてこの出力。ギアに用いられる聖遺物の破片では到底出し得ないその出力に、翼の眉間はさらに険しくなる。

しかしどれだけの差があろうともやらねばならぬのだ。

 

左に持った小刀を突きだし、首を斬りつける。しかしそれは手首を掴まれて止められる。押そうと引こうとびくともせず、ならばと右の足で肝臓を蹴りつけるが、それも無為。

 

「おおっと危ねえな。つくづく足癖の悪い奴だ……ぜッ!」

 

左の腕で右足を払い、その勢いで鳩尾を蹴り飛ばす。

 

「ごふ……!ぐ……っ!」

 

腕を掴んでいることを利用し、超至近距離を維持しながら打撃を与える。連続して攻撃を受けた翼は思わず怯み、体を硬直させてしまう。怯んだ隙は一秒。しかしそれは致命に至る一秒でもあった。

 

「ぐは……ッ!」

 

少女の蹴りが翼の横顔を捉える。そのまま一撃のもとに吹き飛ばされていったのだった。

 

「翼ァ!」

 

その様を見て竜が思わず叫んだ。翼に駆け寄るか一瞬迷うが、僅かに動いているのを見て少女に意識を戻し。

 

「俺を忘れんじゃねえぞ!!!」

 

前へ踏み込み、正中線に沿って飛び蹴りを放つ。一発は入ったが、二発目を放ったところで脇に挟まれ受け止められる。

 

「ぺっ……中々やるじゃねえか」

 

口内の血を吐き出ている。どうやら一発目の蹴りで口の中を切ったらしい。

 

「だがな、この程度でのぼせ上がってんじゃねえ!!」

 

頭突きが竜の鼻に突き刺さり、血が噴き出る。顔に血が付くのも構わず二度目をぶつけていく。

 

「あの人気者もそうだ。誰も彼もがまともに相手してくれると思ってんじゃねえ!」

「この際だから教えてやる、ハナっからあたしの目的はあいつをかっ拐うことなんだよッ!」

 

そう言って竜の背後に指を指す。その先にはノイズによって拘束された響の姿。

 

「何い!?」

 

「お前らはお呼びじゃねえんだ!!!」

 

その言葉と共に二本の鞭を伸ばしてくる。しかし竜とてやられっぱなしではない。咄嗟に鞭を両の腕で掴み取り、自らの側に引き寄せ渾身の右ストレートで顔をぶん殴る。

 

「なにっ!?がっ……」

 

頬からゴシャリ、と重い音がする。

 

「まだだァ!」

 

再び鞭を引き寄せ、今度は顔を両手で掴み、右膝を鼻っ柱に叩きつける。

 

再び重低音。人体を壊すいい感触がしたので、おそらく鼻の骨を折ったのだろう。

 

「やらせねえ……」

「俺はもう、二度と失うわけにはいかねえんだッ!!」

 

「やりやがったなお前……!」

「こうなったらどうなっても知らねえぞ!あたしを本気にさせたことを後悔させてやるッ!」

 

 

 

 

(完全聖遺物……敵に回すとここまで面倒なんてな)

 

竜は内心で悪態をついていた。敵の懐に潜り込む、まではいい。しかしそこから先は互いの出力での勝負だ。聖遺物の破片と完全聖遺物とでは出力に差があることは理解していたが、まさかここまでとは。

 

殴る。蹴る。殴り合う。蹴り合う。今度は手斧を短く持ち、相手の鼻先めがけてぶつけようとするが、鞭に腕を絡め取られて紙一重で防がれる。

 

「ボロ雑巾になれッ!!」

 

もう片方の鞭で竜の体を吹き飛ばす。飛ばされた先は響の目の前。

 

「竜さん!」

 

「心配してる場合かひよっ子!それよりお前は自分の心配をしやがれ!敵はお前を狙ってんだぞッ!」

 

「でも私……アームドギアも無いのにどうすれば……」

 

「だからどうした!そんなもの無くたって手も足もまだ残ってんだろうがッ!」

「戦いってのはこういうもんだ!誰かを守るのもいい。誰かを助けるのもいい!だが絶対に迷ったり躊躇ったりするんじゃねえ!その時死ぬのはお前だ!人類すべてなんだッ!!」

 

そう言ってゲッタービームで響を拘束していたノイズを消滅させる。

 

「今は下がってろッ!」

「ッ……はい!」

 

響が後ろに下がり、他のノイズと拙いながらも戦い始める。拘束用のノイズはもういないようで、危なっかしいところはあるがどうにか一体ずつ倒していく。

 

そして響と入れ替わりに翼が戦線復帰する。状況は依然として不利。しかしここで負ければ明日はない。相手はノイズを操り、完全聖遺物を十全に扱う者――故に、野放しにすることが人類にとってどれだけ危険か。

 

 

 

 

そんな二人に黒い影が迫る。完全聖遺物と三人の装者、それらが生み出すフォニックゲインに惹かれ、『奴』が来る。

 

 

「ノイズに似た高出力のエネルギー反応を確認しました!」

 

『今度は何よ!照合急いで!』

 

『奴』の反応は二課の本部でも確認されていた。その情報は即座に車両で現地へ移動中の弦十郎、了子の両名にも伝達される。

 

『奴』を表す名はいくつもある。「二年前の悪夢」「天羽奏の仇」「ノイズ特異黒化個体」―――その名は、

 

 

『Black noise』

「反応は、ブラックノイズですッ!!」

 

『ブラックノイズですってぇ!?』

 

 

 

 

 

「ブラックノイズ……だと……?」

 

二人の目の前に、二年前の悪夢が立っていた。

 

「野郎……こんなところでノコノコ出てきやがって」

「翼。まだくたばっちゃいねえだろうな?」

 

「問題ない。貴様こそ随分悪運が強いではないか」

 

「そいつはお互い様だろうが。……わかってんだろうな?」

 

「無論だ。二年前の因縁……全てここで清算する。くれぐれも、遅れを取ってくれるなよ」

 

「言われなくたって百も承知だ。黒ノイズ野郎は知らねえが……ネフシュタンの狙いはひよっ子だ。必ずぶっ倒すぞ」

 

「言われずとも」

 

目を合わせぬまま、並んで話す。――思えば、こうして翼とまともに話すのはいつぶりだろうか。ほんの二年ほどしか経っていない筈なのに、もっと長い時間が経ったように思う。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙。最初に口を開いたのは翼だった。

 

「……久し振り、だな。こうして長く話すのは」

 

「……確かにな。こんな時でもなきゃ良かったんだろうが」

 

互いにわだかまりを抱える二人。しかし共通の敵を前に、この時だけは相手への感情を忘れ、互いに纏まろうとしていた。

 

「征くぞ。ここで終わらせる」

「応ッ!」

 

会話を短く切り上げると、二人はそれぞれの敵へと向かって走り出す。

ほんの僅かな心地よさと、これが最期かもしれないという想いを胸に秘めて。

 

 

 

 

「ふ……よもや貴様までも現れるとはな……ッ!」

 

歓喜。ネフシュタンの鎧とブラックノイズという二つの強敵を同時に相手をしなければならないという絶望的な状況にもかかわらず、翼の内心は歓喜で満たされていた。

 

「奏の残したガングニール、ネフシュタンの鎧、そして貴様。二年前の因縁が斯くも一夜に揃うとは、なんという残酷な巡り合わせ。だがこの残酷は、私にとって心地いいッ!」

「ここで終わらせてやる……貴様も、ネフシュタンも!二年前より続く因縁の全てをッ!」

 

覚悟は決めた。生き恥を晒すのも今宵で最後。この好機を逃してはならない、たとえ刺し違えてでもここで終わらせる。

それが己にできる唯一の贖罪だと信じて。

 

 

 

響を逃がした竜の行動に、ネフシュタンの少女は腹を立てていた。

 

「ちっ。余計なことしやがって……お陰であいつを逃がしちまった」

 

だが、と少女がほくそ笑む。

 

「ノイズならこいつで操れねぇ訳がねえ。ソイツもあの融合症例共々、手土産に持ち帰ってやるか」

 

そう言って背後にマウントさせていたデバイスを得意げに取り出す。

しかし何も起こらない。

 

「なんだと……?こいつ、コマンドを受け付けねえ。まさか、ノイズと別物だってのか?」

「ちっ……しょうがねえ。ならせいぜいあいつらと共倒れになってくれるように動くか」

 

そう言って混沌とした戦場に戻っていく。ブラックノイズへの違和感を忘れ、まずは目的の障害を排除するために。

 

 

 

 

竜は、端的に言ってキレかけていた。

思うように戦えていないことへの欲求不満。散々コケにされ続けたことへの苛立ち。相手を中々倒せない状況。その全てが竜の怒りを煽っていた。

 

「あいつら……ただじゃおかねえ」

 

特にブラックノイズ。この二年間まるで出てこなかったというのに、このタイミングで出てくる辺り奴の性格は相当悪いのだろうと考える。しかしノコノコ出てきたなら好都合。

 

鎧を剥ぎ取り、黒ノイズ野郎はぶっ殺す。シンプルで分かりやすい。なら、あとは気合でどうにかすればいい。倒せないなら、さっきより強くなればいい。奴がどんな能力を持ってようが知ったことではない。発揮する前に殺せば万事解決なのだ。

 

「人間の恐ろしさを思い知らせてやる……!」 

 

命を燃やせ。怒りを燃やせ。明日のために戦うのなら、今がその時だ。

 

 

 

 

響が差し向けられたノイズを全て倒し、竜と翼を微力ながら手助けしようと来たとき、戦況は絶望的だった。明らかに竜と翼は追い詰められている。だというのにネフシュタンもブラックノイズも消耗した形跡が見られない。

 

それもそのはず。ネフシュタンの少女がノイズを自由に呼び出せることから、戦っている最中に増援をいくらでも呼び出せるためである。結果、二人はその対処に追われ、かつそちらに気をとられれば少女とブラックノイズはその隙を突いてくる。

相手は連携なぞしていないというのに、純粋な性能差と少女の立ち回りで押され続けている。確かに時としてブラックノイズが少女を襲うこともあるが、その頻度は二人の、特に竜の比ではなかった。その負担が二人を確実に追い込んでいたのである。

 

 

 

「ぐ……!!」

 

翼が膝を着く。ギアは欠け、剣にもヒビが入っている。翼自身も頭から血を流しており、はっきり言って剣を支えに立っているのさえやっとだ。

二年前、奏と共に戦った時でさえ敗北を喫することとなり、奏を失った。今は竜と共闘している状況だが、あちらの方が狙われる回数が多く、こちらもネフシュタンを相手取りながら救援を出すほどの余裕は無い。それぞれに一対一を強いられた現状、これは必然的な帰結でもあった。

 

「翼さん!」

「来るな立花!私は……私はまだ折れてなどいないッ!」

 

駆け寄ろうとする響を、自分はまだ戦えるのだと止める。

そうだ、まだ諦めるわけにはいかない。

脳裏に過るのはあの日。奏が腕の中で塵と消えたあの時。

 

「二度と失うものか!二度と奪わせてなるものか!奏に誓ったのだ……二度と、繰り返させぬのだとッ!」

 

まだ己は戦える。体が限界を迎えても尚立ち上がり、己の使命を果たさんとする。その原動力こそ、意志と覚悟。

 

「己を鍛え、いつ死しても構わないと思っていた。だが無様にも生き残り、こうして恥を晒し続けている……。だが、それも今日までのこと!貴様らを討ち、この身の汚名を雪がせてもらう!」

 

そして響に目を向けると、

 

「立花!!これからお前に防人の生き様を……覚悟を見せてやるッ!お前のその目に!胸に!しかと焼き付けろ!!」

 

と叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

竜もまた確実に限界が近づいていた。

 

元々至近距離での戦闘が主となる竜はドリルでの高速戦闘に切り替えていた。ブラックノイズは何故か自分を重点的に狙ってくるため、一ヶ所に止まる方が逆に消耗することになるからだ。

それを察知した少女もこれまでの戦い方をやめ、待ちを重視した戦い方へ移行する。ブラックノイズをぶつけるために、足止めを優先することを選んだからだ。

 

「ドリルミサイルッ!!」

 

「ちょっせぇ!んな豆鉄砲なんざ当たらねえんだよッ!!」

 

アームドギアのドリルを射出する。しかし少女は紙一重でかわすと振り返って竜の首に鞭を回し、その首を締め上げる。

 

「ぐぎ……ぎぎ……」

「ゲッターの装者は一番やべえって聞いてたが……この程度かよ。大したことねえじゃねえか」

 

このまま締め落としてやるかと軽く考える。

歌えない状況。ギアの出力もまともに上がらず、その上首を締め上げられては意識を保つことさえ危ういだろう。圧倒的優位を確保したことで、しかし同時に少女に油断が生まれた。

 

無論、首の鞭を緩めるような手温い真似はしていない。怠ったのは周囲の警戒。これまで竜が直接攻撃しかしてこなかったが故の、「これ以上飛び道具は無いだろう」そして、「歌うのを封じた以上、さらなるパワーはもう出ないだろう」という、思い込み。

 

「でめ"え"……な"め"で"ん"じゃね"え"ぞ!!!」

 

首に回された鞭を強く掴み、力ずくで僅かに隙間を作る。そして上空から撃ち放たれる、無数の手斧。

 

「全てを捨ててッ!俺は戦うッ!今がその時だァ!!!」

 

 

ゲッタートマホークブーメラン

 

 

「何ッ!?」

 

警戒外の上空からの奇襲。歌の威力も乗ったそれに反応が僅かに遅れ、鞭の拘束が緩む。

 

脱出に成功したことで、どうにか最大の窮地は脱した。咳き込みながら態勢を立て直すが、しかしまだ窮地は終わっていない。

 

左腕に痛み。見れば、ネフシュタンの鞭が刺さり、傷から血が流れていた。

 

「へへ……やっぱあたしにこういうのは向いてねえな」

「いい加減にあたしもそいつを連れて帰りてえんだ。さっさと潰させてもらうぜ」

 

そこのお荷物を置いて逃げるってんなら見逃してやろうか?と少女が言い放つ。

 

その言葉に、完全にキレた。

 

「黙れよ。確かにこいつは足手まといだ。人の心にずけずけと踏み込んできやがるし、やる気はあっても力がねえ。この前までギアを纏っている癖にずっとノイズから逃げ回ってたような奴だよ」

 

いい加減にしろ、散々好き勝手言いやがって。出来損ない?大したことない?そんなもの、言われなくたって分かってる。

思えば、二年前のあの日から俺は死んでいた。奏のことを後悔するあまり、翼にらしくねえことをした。おかげですっかり腑抜けて、今じゃ生きた屍みたいなもんだ。笑えねえ。

 

「だかなァ!こんなのでも今は仲間で、奏の忘れ形見なんだよ……!だったら守ってやんなきゃ、俺が俺を許せねえッ!奏に一生顔向けできねえんだッ!!」

 

だがそれももう終わりだ。とっくに死んでたんだ、今さら死んでも変わらねえ。そして、どうせ死ぬなら何かを残したい。それは己の生きた証ではなく、もっと偉大な遺産。

 

「俺は前に進む――翼のことだってそうだ!もう逃げちゃいられねえ!何もかも、正面からぶち抜いてやるッ!」

 

その前に、その為にも――

 

「てめえにたっぷりと味わわせてやるぜ……ゲッターの恐ろしさをな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

同じ敵と戦う二人。そして至る結論は同じ。守るべきものも同じ。この二年。すれ違い、分かり合えず生きていた二人はこの瞬間、確かに心を一つにした。故に、これは必然の同調。

 

 

 

「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」

 

翼と目が合った。驚いた顔をしていた。でも、止まれなかった。

 

「「Emustronzen fine el baral zizzl」」

 

竜と目が合った。同じ考えだったことに少し驚いたが、この時だけは蟠りも邪念も無く、純粋な心で歌えていた。だからこそ、止まりたくなかった。

 

「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」

 

翼が真剣な目をしている。覚悟を決めた目だ。恐れも何も無い、純粋な目だった。きっと奏のことが無ければこんな顔で歌っていたに違いないと、もっと歌わせてやりたいと思わずにいられなかった。

 

「「Emustronzen fine el zizzl」」

 

光が炸裂する寸前、竜の笑う顔が見えた。

 

 

「「おおおおおおォォォーーーーーーッ!!」」

 

翠色の――ゲッター線の奔流が渦を巻く。莫大かつ濃密なエネルギーは戦場全てを覆い、多数のノイズを無へと還す。ネフシュタンの大部分を破砕し、大地を抉り、森を、無残な姿へ変貌させた。

 

 

 

 

そして。

 

「奏……?」

竜は、光の向こうに、奏の顔を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ……なんて無茶苦茶しやがる」

 

ネフシュタンの少女――雪音クリスはネフシュタン侵食の痛みに耐えながら逃亡する。鞭を竜の腕に刺したのが仇となり、離脱を許されないまま絶唱のダメージをモロに受けてしまった。それにより、ネフシュタンによる体の侵食が進行しているためである。手ぶらで帰るのは許容したくはないが、自身の目的――武力を持つ者を全てぶっ倒すこと――を果たせないままに死ぬつもりはない。

 

「仕方ねえ。ここは一旦引き上げだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

翼は困惑していた。自分が受ける筈のバックファイアを殆ど感じない。本来ならば全身から血を噴き出し、立つことさえ、意識を保つことさえままならないほどの傷を負っている筈だというのに。

そしてそれは駆けつけた弦十郎と了子とて同じだった。特に了子はギアの開発者。その知見から、アームドギア無しでの絶唱がどれだけ危険かを知っていた。だからこそ、翼が殆どバックファイアを受けていないということが不可解だった。

 

ふと思い至る。竜はどうした?と。己と同じく絶唱を歌った筈だ。ということは、まさか――

 

「竜!まさか、お前は……!」

見れば、顔の穴という穴から血を噴き出している竜の姿。

 

「何故だ!何故私を庇った!何故お前が私にそこまでする!?私は……私は……!」

 

「甘ったれてんじゃねえぞ!!!」

「いいか!!俺が全部ひっ被ったのはお前の命を心配したからじゃねえ!響を一人にしないためだ!死ぬのが一人ならそれだけ短期間で立ち直れる!貴重な装者をいっぺんに失うわけにはいかねえからだ……!」

 

「バカな!また私を生き残らせるつもりかァッ!!!」

 

「そうだ!お前はまだこれから必要な人間なんだ!血反吐を吐いても、泥を啜っても、どれだけ恥を晒しても!!お前はまだ生きなきゃならねえんだよ!!」

 

 

そして表情を崩す。翼の目をまっすぐに見据える。口角を上げて、穏やかな顔になって。

 

「今度は、間に合ったぜ」

 

そう言うと、血溜まりの中に倒れ込んだ。

 

 

 

暗い闇に、翼の絶叫が響き渡った。




シンフォギアで急所狙いの殺し合いを繰り広げる奴らの図
なお当初の予定だと真夜中に女の子同士が重なりあって互いの(赤い)体液でぐちょぐちょになっていた模様
えっちシーンかな?(すっとぼけ)

次回、響視点がメインです(予定)


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転機

今話では、本作でずっとやりたかったことをやりました。


 

竜と翼が運び込まれた病院。その休憩スペースに、響は一人で座っていた。

 

「風鳴翼さんについては命に別状はありません。傷の治療が済み次第、すぐに退院できるでしょう。ですが、流竜さんについては未だ予断を許さない状況です。少なくともあと一ヶ月は絶対安静が必要かと思われます」

 

「分かりました。二人を、よろしくお願いします」

 

すぐ近くで弦十郎が医師に頭を下げている。その後、弦十郎は他の二課職員を連れて去っていくのだった。

 

 

 

響は心の底から後悔していた。自分のせいで翼が傷つき、竜は死に瀕しているのだと。

 

「何やってたんだろう。わたし……」

 

響はノイズに拘束されながら竜と翼の戦いをずっと見ていた。それは彼女が想像していたようなノイズから人を守るものではなく、血腥く泥臭い人間同士の戦い。互いを傷つけ命を奪い合う、「本物」の戦場。そこへ放り込まれた響は、ただただ無力だった。

 

ずっと信じていた。同じ人間なら、言葉が通じるなら、きっとわかり合える。戦う必要なんかどこにもないと。

でも現実は真逆。

 

同じ人間だった。でも戦っていた。

性別も同じだった。でも戦っていた。

言葉も同じだった。でも戦っていた。

 

和解の余地はそこにはない。ただ、目の前の敵を打ち倒す……その意志だけが、その場所に渦巻いていた。

 

「わたしのせいで、わたしが何にも出来ないから、翼さんも竜さんも……」

 

今の響の心を支配していたのは自責だ。「戦い」を甘く見ていたこと。自分がどれだけ守られていたかということ。自分が狙われていたのに、何もできなかったこと――その夜に起きた全てが、彼女の心を苛んでいた。

 

 

「あなたが気に病む必要はありませんよ」

 

その声を聞いて顔を上げる。声の主は二課のエージェントで、翼のマネージャーでもある緒川慎次だった。

 

「結果がどうであれ、お二人は自ら望んで絶唱を歌ったんです。決して、あなたの責任などではありません」

 

そう言って自販機で暖かいコーヒーを買い、響に渡す。少しでも気持ちを落ち着かせてほしいという緒川なりの配慮だった。

 

「二年前、翼さんはあるアーティストユニットを組んでいました」

 

「ツヴァイウィング……ですね」

 

「ええ。その時のパートナーが、天羽奏さん。今貴女の胸にあるガングニールの装者でもありました」

 

ゆっくりと緒川が話し出す。それは響に説明するというよりも、自身の罪を告白するようであった。

 

「そして竜さんはツヴァイウィング結成後にスカウトを受け、装者として活動を始めました。彼女はアーティストになることこそありませんでしたが、お二人とは良き仲間、良きチームとしてよく三人一緒になって行動していたものです。」

 

あの頃は三人でお泊まり会をしていたくらいだったんですよ、と当時を懐かしむ。もはや戻らない過去の平穏……その光景は今でも緒川の脳裏に残っている。だからこそ、二年前のあの日はまさしく悪夢だった。

 

「全てが変わったのは二年前のあの日……奏さんが絶唱を歌った時でした」

 

絶唱。装者への負荷を厭わず、ギアの力を限界以上に引き出す諸刃の剣。それは圧倒的な力でノイズを悉く散滅せしめ、ブラックノイズを撤退に追い込むほどだった。しかし――

 

「奏さんは、被害を少しでも減らすために絶唱を口にしました。……その代償は彼女の命。奏さんは、命を救うために自らの命を燃やし尽くしたんです」

 

「……それは、わたしを救うためですか」

 

その問いに、緒川はあえて何も言わなかった。もしも肯定すれば響はさらなる自責を背負ってしまうと思ったから。しかし否定すれば、同時に響を、翼を、竜を救おうとした奏の意志を裏切ることになると思ったから。

 

「あの時は、竜さんも会場で人命救助を行っていまして。ブラックノイズが引き起こした、観客の暴走とそれに伴う観客同士の殺し合い……それを抑えていたのが竜さんだったんです。――自分も、死ぬほどの傷を負いながら」

 

顔の傷はその時に付いたものです、と補足する。リディアンでは生徒に何かと噂されることの多い竜の傷は、誰かを守るための向かい傷だった。

 

「それ以来、竜さんはしばらく昏睡状態に陥りました。無理もありません、竜さんを診た医師の方によりますと、どうして生きているのかが不思議なほどの傷だったそうですから」

 

「そして奏さんの殉職と共にツヴァイウィングは解散。翼さんも竜さんも、奏さんが抜けた穴を埋めるべく、がむしゃらになって戦いました。――思えば、お二人の関係が壊れ始めたのはこの頃だったと思います」

 

緒川の顔が沈む。緒川の心を襲っていたのは無力感。翼の側で二人がバラバラになっていく様を目の当たりにして、いくら手を尽くしても分裂を止められなかったことが大人として情けなかった。

 

「竜さんが復帰してから、お二人は距離を置き始めました。奏さんを失い、仲間とも心が通わなくなって。孤独感の中で、翼さんは同じ年代の女の子が知って然るべき恋愛や遊びも覚えず、ただ防人の務めを果たすため、仲間への感情にさえ蓋をしてでも自分を殺して生きてきました。そして今日、使命を果たすため死ぬことすら覚悟して絶唱を……」

 

そして今日。二人の関係にようやく光明が見えかけたというのに、二人は永遠の離別をしようとしている。

 

(本当に、嘘が下手ですね。貴女は……)

 

どのような原理で絶唱の負荷を肩代わりしたかは分からない。しかし、アームドギア無しでの絶唱のよる負荷の大きさを竜が知らない筈はない。それを余さず二人分背負うことに、どれだけの想いが込められているだろうか。

竜は確かに「翼のためではない」と言い放ったが、そんな筈はない。きっとあれは竜なりの気遣い――自分で勝手にしたことだ、気にするなというメッセージ――だろう。

 

「竜さんも同じです。奏さんが亡くなってから、竜さんはこれまで以上に強さを求めるようになりました。退院したての頃、まだ体も本調子でないのに出撃したり、司令に幾度となく手合わせを申し込んだり……ストイックに修練を積んでいました。もう二度と、何も取りこぼさないために。きっと今日の絶唱も、その想いに従ってのことなのだと思います」

 

それが二度と失わないという、竜の言葉の意味。そして、確かに竜は守り抜いた。響も、翼の命さえも。

 

「わたし、何にも知らなかったんですね……翼さんのことも、竜さんのことも」

 

響は緒川が話している間、両手でコップを持ったままずっと俯いていた。心が沈んでいたこともあるが、目の前の緒川と目を合わせられなかったからだ。合わせる顔が無い、と言い換えてもいいかもしれない。

 

そして全てを聞いた響は、自然と涙を流していた。その残酷な生き方に、その在り方に。己の思慮の浅さを恥じながら。

 

「わたし、何にも知らないで、一緒に戦いたいだなんて、奏さんの、代わりになる、だなんて、言って……」

 

「僕も、いいえ……誰も奏さんの代わりなんて望んではいません。響さんが貴女しかいないように、奏さんも一人しかいないんですから」

 

「そうだ、僕から一つお願いがあるんです。聞いてくれませんか?」

「翼さんを、竜さんを嫌わないであげてください。世界で一人ぼっちにしないであげてください。これ以上、あのお二人を孤独の中に置かないであげてください……」

 

僕には、何もできませんでしたから。

緒川はどうにかその言葉を飲み込んだ。しかしその声には、後悔の色が滲み出ていた。

 

 

 

 

長い夜から一夜が明けた。

立花響は今一度日常へ帰った。しかしそれでもなお響の心は晴れなかった。これは朝のHRで流竜が交通事故で入院したという連絡があったことも一因だった。

 

ずっと考えている。

自分にできることは何だろう。自分はどうすれば誰かを守れるようになるんだろう。

シンフォギアという力を手に入れてから、誰かを守りたい、誰かを助けたいと思って戦ってきた……いや、あれは戦ってきたとは言えないけれど。

 

初めての「戦場」は、とても怖かった。二人とも鬼気迫る顔で傷つきながら、血を流しながら、死ぬことまで覚悟して戦っていた。わたしは想像したことのない光景に圧倒されて、ただただ後ろで足手まといになっていただけだった。

思えば、わたしはずっと守られてきた。二年前は奏さんに守られて、今だって奏さんのガングニールに命を救われている。そして今度は翼さんと竜さんにも。

 

でもきっとこのままじゃいられないし、いちゃいけない。自分の未熟を、このままにしちゃいけない。自分のせいでこうなったからには、誰かに守られるだけじゃなくて自分の力で守っていかなきゃいけない。翼さんや竜さんほど大きいものではないけれど、わたしにも守りたい物はあるのだから。

 

じゃあ、どうすればいいんだろう?

 

 

「ひーびき!」

 

「うひゃあっ!」

 

背後から首筋に冷たいものを当てられて気が動転する。振り替えって見てみれば、親友の小日向未来がペットボトルを差し出していた。

 

「もう未来!驚かさないでよお」

 

未来はそれに笑うことで応えた。響もいつも通りの親友の姿に安心すると共に、心配させないために「いつも通り」振る舞おうとする。

 

「最近、一人でいることが増えたんじゃない?」

 

「そんなことないよ?だってわたし、一人じゃなんにもできないし……ここに入ったのだって未来が進学するからって一緒についてきたわけだし、それに……ほら!ここって学費がびっくりするぐらい安いじゃない?だから、」

 

笑ってごまかしながら、お母さんやお祖母ちゃんの負担も減らせるし、と言いかけたところで未来が静かに手を重ねてくる。真っ直ぐに響の目を見て、何もかもお見通しだと言わんばかりに。

 

「……ごめん。やっぱり、未来には隠し事できないね」

 

「だって響、無理してるんだもん」

 

「でも、ごめん。もう少し一人で考えさせて。これは、わたしが考えなきゃいけないことだから」

 

わたしがどうすべきか、どうなればいいのか。何のために戦うのか、本当に守りたいものは何か。

「誰かを助ける」「誰かを守る」――それが、わたしの戦う動機。だけど、これから戦場に立つなら、その「誰か」と戦うことだって、きっとある。ネフシュタンのあの子のように。その時、わたしはどうすればいいんだろう。

その答えは、わたしにしか見つけられないことだから。

 

「わかった。でも、これだけは覚えてて。例え響がどんなに悩んで考えて答えを出したとしても、どれだけ前に進んだとしても。響は響のままでいて」

 

「わたしの、ままで?」

 

「そ。変わってしまうんじゃなくて、響のままで成長するの。それだったらいくらでも応援する。響は響のままじゃなきゃ嫌だもん」

 

「わたし、わたしのままでいていいの?」

 

「何当たり前のこと言ってるの。だって、この世に響は一人しかいないじゃない」

 

未来の言葉と緒川さんの言葉が頭の中で重なった。わたしはわたししかいない――言葉だけでは当たり前のこと。

だけど、わたしはずっとその意味を知らなかった。「奏さんの代わり」――そんなの、ありえないんだ。奏さんは一人しかいないから。だから翼さんも竜さんも怒っていた。だから、わたしは戦えるように、変わらなきゃいけないと思っていた。だけど、そうじゃないんだ。

 

未来がいてくれて良かったと、心から思う。じゃなきゃ、また間違えるところだった。

わたしはわたしのままでいい。奏さんのことを翼さんや竜さんが大事に思っていたように、わたしにも大事に思ってくれる人がいる。他の誰かになる必要はないんだ。

 

 

「ありがとう、未来。わたし、わたしのまま歩いていけそうな気がする」

 

「じゃあ響。この前の流星群、一緒に見ない?録画しておいたんだ」

 

「ホントに!?みせてみせてー!」

 

本当は未来と一緒に見るはずだった流星群。約束したのに、ノイズのせいで守れなかった約束。それを録っておいてくれたということで、これ幸いにと飛びつくように未来から携帯を受け取るが、画面は真っ暗で何も写っていない。

 

「これ……なんにも見えないよ?」

 

「ごめん。光量不足みたい」

 

「ダメじゃん!!」

 

互いに顔を見合わせると、自然と笑いと涙が漏れる。やっぱり未来はわたしの日だまりだ。そんな日だまりと一緒に過ごす日常は、こんなにも温かくて愛おしい。

 

「じゃあ、次は一緒に見よっか!」

 

「うん。約束だよ」

 

わたしにだって、守りたいものがある。今日は何をしようか、だとか今日の晩ごはんはなんだろうか、だとか。今はこんな何でもない日常や、こんな小さな約束くらいしか守れないのかもしれないけれど、それでいいんだ。

 

わたしは、わたしのまま強くなればいい。そしていつか、わたしの守る手をもっと伸ばせるようになればいい。

まずは、そのためにも――

 

 

「たのもーーーー!!!」

 

「どうしたんだ響くん。こんな急に……」

 

「わたしに!戦い方を教えてください!」

 

「俺が、君にか?」

 

「はい!弦十郎さんならきっとすごい武術とか知ってるんじゃないかと思って!」

 

「ふむ。……いいだろう。だが、俺のやり方は厳しいぞ」

 

「望むところですッ!」

 

「よしッ!いい返事だ!」

「ところで、響くんはアクション映画は嗜む方かな?」

 

「ほえ?」

 

ありがとう未来。ほんのちょっぴり、一瞬だけ不安になったけど、必ず強くなってみせるから。例え本当のことを言えなかったとしても、未来との約束はもう破りたくないから。誰かの約束も、日常も、必ず守るから。

 

 

 

――――――――――――――

 

修行は確かに厳しかった。ある時は映画を見ながら動き方の確認を、またある時は基礎トレーニングを、またある時は筋力トレーニングを繰り返した。

最初は映画で鍛練だなんてと思ったけど、とんでもない。すごくわかりやすくて、お手本にするには最高のマニュアルだった。

 

朝早くに起きて一日中トレーニングをする生活は朝寝坊しがちなわたしにはとても辛かったけど、それでも一つ一つが自分の糧になると思うとどんどんやる気が上がっていった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして。

 

 

 

「ええっ!?師匠、今日出張なんですか!?」

 

「本当にすまん!わざわざ来てもらったというのに……急に呼び出しがかかってしまってな、響くんに連絡を入れる暇も無かったんだ。本当に申し訳ない!」

 

「じゃあ、今日の修行はお休みなんですか?」

 

「いいや。代わりに特別講師の方に来てもらっている。今回はその方に指導してもらってくれ。何、たまには俺以外の人の指導を受けるのもいい経験になるはずだ」

 

「特別講師、ですか?」

 

「その通り。俺の昔馴染みでな、今回の事を話したところ快く了承してくれたよ。ついでに、俺たち二課と関係のある人物でもある」

 

入ってきてくれ、という弦十郎の言葉を受けて入ってきたのは、柔道着を着た恰幅のいい男性。

 

「おう。こいつが弦の言ってた鍛えてほしい奴か?」

「俺は巴武蔵ってんだ。よろしくな、お嬢ちゃん」

 

その人は大きな腹に巻いた黒帯を軽く叩くと、白い歯を見せて響に笑いかけるのだった。




本家ゲッター3のエントリーだ!
というわけでみんな大好き柔道家、巴武蔵参戦です。


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背中

 

 

山中のとある洋館。そこでは一人の金髪の女性が大広間の巨大なモニターを前に思案を巡らせていた。

女性の名はフィーネ。幾度となく転生を繰り返すことで何千年という時を生きてきた精神の怪物である。

 

「妙ね。あそこまでダメージを受けたからにはもっと侵食されてもおかしくないと思うのだけれど」

 

モニターの内容は帰還した雪音クリスの肉体を侵食したネフシュタンの鎧のデータ。その侵食度が想定よりも遥かに低かったことである。

聖遺物の権能は絶対。それ故、普通ならばこんなことは起きよう筈がない。しかし、その女性はあの場に起こし得るイレギュラーが存在したことを知っていた。

あの場にあった因果は既にリストアップ済み。そしてその殆どがネフシュタンの侵食を止めることが出来ないことも把握済み。ブラックノイズが現れたことは想定外だったが、あれの性質を考えれば除外してもいいはずだ。となれば、消去法で答えは一つしかないだろう。

 

「ゲッター線……実に興味深い」

 

未知のエネルギー、ゲッター線。きっとあれにはまだまだ自分の知らない性質があるに違いないと確信する。その鍵の一つが、あの夜に放たれた流竜と風鳴翼による絶唱の二重奏。アームドギア無しにも関わらず通常の絶唱を凌駕する威力を出しただけでなく、絶唱の負荷を一人が全て引き受けるという予想外の結果を生み出したことはフィーネにとって融合症例に次ぐ興味の対象となっていた。

 

「何をやってもあの風鳴訃堂が黙らないから仕方なく作ったけれど……何がどう転ぶか分からないものね」

 

フィーネの正体は二課技術主任の櫻井了子である。彼女は自身の目的――統一言語の復活――へのアプローチの一環でFG式回天特機装束"シンフォギア"を製作した。しかしその際に当時二課司令を辞任したばかりの風鳴訃堂が横槍を入れ、ゲッターのギアを最初に作ることを強いられたのである。

この事は彼女にとって実に遺憾だった。制御不能・詳細不明のイレギュラーを計画に加えることの愚かしさを理解できぬ彼女ではない。それが原因で計算が崩れることなぞ許容できる筈がなく、ゲッターに対しては研究対象として興味こそ持っていたもののギアに加工するかと言われればそれはまた別の話であり。

最終的にフィーネは天羽々斬が「第一号聖遺物」であることを理由にゲッターを計画外の番外ギア、"SG-00"としてナンバリングし、水面下でその装者候補の選定を妨害しながら事実上存在しないものとして扱っていたのだった。

 

そんな中、手駒の一つとして設立した米国の研究機関『F.I.S』が正体不明の武装集団の襲撃によって壊滅の憂き目に遭った。これによって「将来的な保険」を含めて集めた人員の多くが死亡、あるいは行方不明となり、聖遺物も虎の子のギアも多くが散逸してしまったのである。これは彼女にしてみれば寝耳に水というべき事案であり、計画を当初から計画していた第一プラン、"カ・ディンギル"の一本に絞ることを余儀なくされることとなった。

どうにかこの計画を成立させる見通しが立ったのが二年前。"ネフシュタンの鎧"を奪取したことで完全聖遺物を複数組み合わせるプランを実現する目処が立ち、いよいよ計画を進行させようとしていたのであった。

 

そんな矢先に見えた新たな光明が立花響とゲッター線である。フィーネにとっても初見であるヒトと聖遺物の融合症例、加えてここに来て漸くその性質が明らかになり始めたゲッター線。いずれもさらなるブレイクスルーをもたらし得る代物であると考え、調査・研究を進めていたのだった。

 

(ヒトと聖遺物の融合症例、そしてゲッター線。これらを解明し、組み込むことができればさらなるパラダイムシフトも不可能ではない筈……)

 

次はどんな手を打つべきかしら、という言葉を飲み込む。研究もいいが、まずは失敗した子へのお仕置きと処置が先だと一旦思考を打ち切ったのだ。そして振り向いた先には機械に磔にされた雪音クリスの姿。

 

「さてクリス。ノイズに釣られたあの子を連れてくるのがあなたの仕事だったわよね。いくら他に装者が二人いるとはいえ、成果もなく空手で戻ってくるなんて……あなたは人に言われた仕事も出来ないのかしら?」

 

「……言い訳はしねぇ。連中を甘く見てたあたしの責任だ」

 

「そう。じゃあ私がこれからどうするか、賢いあなたならもうわかっているわよね?」

 

その言葉と共にクリスに電流が流される。

 

「ぐああああああああ!!!」

 

「可愛いわよ私のクリス。私だけが貴女を愛してあげられる……」

 

電撃を止めるフィーネ。するとゆっくりとした動きでクリスに近づいていき、耳元に顔を近づけるように抱きしめる。

クリスもそれに応えるようにフィーネの腕の中で大人しくし、さながら再確認するように問いかけた。

 

「ホントに、これでいいんだよな?お前に従ってりゃ、戦争を無くせるんだよな?」

 

首肯するフィーネ。そして優しげな、かつ妖艶な声で囁く。それはまるで聞き分けのない子供に言って聞かせるようであり、信者に託宣を下す教祖のようでもあった。

 

「ええ。私の言う通りにしておけば、それでいいのよ。でないと、嫌いになっちゃうわよ?」

 

痛みだけがヒトを繋ぐ唯一のモノ。それをクリスに教え込み、刷り込み、躾けていく。

 

暗闇は深く、未だ底を見せることはない。

少女は未だ、闇の中。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「よしよし。嬢ちゃんは中々筋がいいな。これなら次に行っても良いだろうぜ」

 

「ホントですか!?ありがとうございますッ!」

 

二課本部に程近い位置にある森。そこに設置された修練場で武蔵による響の修行が行われていた。

武蔵が響に最初に教えていたのは受身である。戦うならただ攻撃を防ぐ、避けるだけでは駄目だ。いつか来るであろう格上を相手取るためにも、倒されたときに身を守り、復帰を早める受け身は覚えておいて損はないためであった。

 

 

巴武蔵は特異災害対策機動部一課の人間である。風鳴弦十郎との付き合いは長く、高校時代に武者修行の旅先で手合わせしたのがきっかけだった。

武蔵は高校を卒業してからは当時浅間山にあった新世代エネルギー研究所に作業員として就職。弦十郎は刑事の道を進み、後に公安に籍を置くことになった。互いに異なる道を進むことになったが、二人の関係が途切れることはなく。武蔵が一課に籍を移してからは再びかつてのように会うことも増え、他の二課の人間と一緒になって飲みに行く機会も生まれたのだった。

 

そんな彼のもとに、弦十郎から自分の弟子を見てやってほしいという旨の連絡が入ったのはつい先日。もちろん二つ返事で承諾したが、いささか弦十郎らしくないと思って問い詰めたところその弟子に精神面で少し不安な点があるので手伝ってほしいということだったのである。

 

(ったく。弦の奴も人が悪いぜ。いくら急な出張つっても鎌倉からのお叱りだろ?なら別に今日は休みにしてやってもいいじゃねえか。そんなに急ぎでやらなきゃならねぇ事なのかね)

 

目の前のその弟子が少女くらいの年頃、ということは大方例の新入りの装者だろう。一課でも新入りの装者が二課に入ったことは話の種に上がっていた。

一課はその職務上、二課の装者に命を救われることも多い。だからこそ天羽奏の殉職は一課の人間、特に現場で働く者に衝撃を与えたし、新人装者の誕生は大ニュースになった。

 

(メンタルなら別に俺じゃなくても慎次とか朔也、それこそ同じ女なんだから櫻井の姐さんなんかでも別にいいんじゃねえか?それとも俺の方がいい理由でもあるってえのか)

(まあいい。考えるのは得意じゃねえしな、鍛えてく内に分かってくるだろうぜ)

 

受けたからには本気でやる。弦が鍛えたからには俺もマジでやらなきゃ痛い目見ちまうだろうさ、と考えると一度思考を切り替えて響に次の修行を課していく。

 

 

「ここからはとにかく俺と組手だ!どっからでもかかって来いッ!」

 

はいッ!と響の元気のいい返事。両手にグローブをつけて拳を構える響に対し、武蔵はどこまでも自然体。構えることもせず、脱力して響の動きを見る。

 

「はああああッ!」

 

腹から声を出し、気合い十分に武蔵に向かっていく響。しかし放たれた拳は武蔵の目の前で乾いた音と共に受け止められる。

 

「悪くねえ。真っ直ぐで威力もあるが……腰が入ってねえな!」

 

「うわ、わわわわわ!」

 

拳を受け止められた響はそのまま投げられる。それも投げっぱなしではなく、響が受け身を取りやすいように配慮しての投げ方だ。

 

「パンチは腕で打つなよ!足腰を踏ん張って下半身で打て!次だッ!」

 

「わかりましたッ!」

 

響が次から次へと打ち込んでいく。武蔵はそれを全て危なげなく捌きながら、響の長所と短所の洗い出しを進めていった。

そして修行も時間と共にハードになっていき、響が慣れていくにつれて武蔵の投げも容赦が無くなっていくのだった。

 

 

 

そして昼も過ぎた頃。

 

 

「たは~~師匠も厳しかったですけど武蔵さんもおんなじくらい厳しいですよお」

 

「当たり前だろ。弦の修行を引き継ぐんだ、ヌルい修行じゃ逆に体がなまっちまうぜ」

 

修行に使っていた森の中で響が座り込む。尻餅をついて地面に座る彼女の体操服には土がところどころに付いており、この時間でどれだけ投げられたのかを如実に示していた。

 

「だが見事なもんだ。弦の教え方が良かったのもあるが、それ以上にお前さん自身の筋がいい。鍛え始めでここまで出来る奴はそうそういねえぜ」

 

「えへへ。そうですか~?そこまで褒められると照れちゃいますよ~」

 

「おいおい調子乗るんじゃねえぞ?あくまで鍛え始めにしちゃ、ってだけだ。ここから大成できるかはお前さん次第ってわけさ。くれぐれも修行は欠かさないようにすりゃあいい」

 

ま、弦の奴がいるからそこは心配してねえけどな、とだけ言い残すと続けて組手で感じたことを響に伝えていく。

 

「それよりも、だ。お前さん、パンチを当てる時にちょいと躊躇いがあったな。人に当てるのは苦手か?」

 

「う。それは……その……」

 

響がばつの悪そうな顔をする。その脳裏にはあの夜のことが過っていた。

 

「……わたしだってやらなきゃいけないって分かってるんです。だから強くなろうと思って、でも上手く行かなくて……」

 

「おっとすまねえ。何も責めてるわけじゃねえんだ。むしろお前さんの感覚が普通なんだぜ?初めての人間同士の戦いであんなもん見せられちまったら無理もねえや」

 

落ち込んだ響にフォローを入れる武蔵。

 

風鳴翼は防人となるべく幼い頃より訓練を受けてきた。その中で武器の扱いを、体さばきを学び、時には人と戦うことさえあると学んでいる。それ故に相手が命を脅かす者であれば戦うことを厭わない。

 

流竜は幼い頃から父親の元でただひたすらに「強くなれ」と非常に厳しい修行を課されていた。その教育の中では人間と戦うことは必然のことだった。加えて装者となってからの出会いと別れが彼女のスタンスを完成させた。即ち、「命を脅かすなら迷わず倒す。誰であろうと容赦はしない」と。

 

それに比べて立花響はつい最近まで戦いを知らないごく普通の女の子として生きていた。普通と少し違うところがあるとすれば、人一倍「誰かの助けになりたい」という思いが強いことだろうか。その一念で戦場に向かうことができる精神性を櫻井了子は「我々と同じこちら側の人間」と評したが、それでもまだ戦士としての一線を越えていない。

 

戦うために育った二人と響とではそもそもの環境が違いすぎる。だからこそ今こうして修行をしているのであるが、それでもその年季の差を一朝一夕で埋めようなんてのはまず無理があるだろう、というのが武蔵の考えだった。

 

弦が言って不安というのはおそらくこれだろう。あの二人の戦いぶりや守られたことへの負い目など、様々な要因から来る精神的な負担……それが原因だと察した。

 

(成程、確かにこりゃあ二課の連中だけじゃ厳しいか。本人も原因が分からないから表に出ない、特訓に付き合ってた弦だからこそ気付けた変化だったってわけだ。メディカルチェックはこまめにやってるだろうし、そこで表に出してるなら出てこない訳がねえ。大方、元々戦いに忌避感があったところにこないだの件が無意識的に影響した、ってところか?……ったく。あいつら何やってんだか、血みどろ残虐ファイトなんぞケツの青いひよっ子に見せていいもんじゃあるめえに)

 

「俺から言えるのはそうさな……戦うことはそんなに重いことじゃねえ。大事なのはむしろその後だと思ってる」

 

「戦った……後、ですか?」

 

「応よ。戦いはあくまで手段だ。戦うことで何を目指しているのか……お前さんはどう思ってる?」

 

「わたしは、ノイズと戦って誰かを守りたいって思ってます。もしノイズじゃない誰かと戦うことになったら……話し合いたい。なんで戦わなくちゃいけないのか、って気持ちを伝えたいです!」

 

それが立花響の本心にして、親友との語らいから見出だした戦いの先に求めるもの。「わたしはわたしのままで強くなる」――これがその答えなのだ。そしてそれを聞いた武蔵はとても満足そうだった。

 

「何だ、答えなんかとっくに出てんじゃねえかよ。要するに、戦った先に誰だろうが手を繋ぐこと……そいつがお前さんの『戦い』ってやつか」

 

「手を、繋ぐこと……そうですっ!」

 

「だったら、そいつにどこまでもマジになりな。そして敵とも分かり合うなんて言ってのけるお前さんだからこそ、戦うこと――前に進むことを躊躇っちゃいけねえ。敵さんってのはだいたい頑固でな、戦うことは避けられねえんだ。もし躊躇った時一番危ねえのは、お前さんとお前さんが守る人間なんだからよ」

 

「それは……竜さんにも言われました。躊躇ったり迷ったりしたら、人類全部が死ぬんだって」

 

「その言い方はちょいと極端だが、あながち間違っちゃいねえさ」

 

補足を入れながら肯定する。一課、そして研究所時代の「色々」な経験は今の武蔵の奥に深く根差している。だからこそ戦う必要性を理解しているし、響が向かう道が茨の道そのものであることも理解している。

だが目の前の若者がはっきりと己の道を定めたならば、自分にできるのはその背を押してやることだけだ。

 

「だが心配すんな、むしろ戦うことが誰かと手を繋ぐことにつながることだってある。

「例えば俺や弦みたいな武道家は、拳を合わせることで相手のことをわかろうとする。今日俺が講師を受けたのも、弦がお前さんの拳から不調を感じ取ったからだったからな」

 

「そうだったんですね。師匠がそんなことを……」

 

「戦いってのは、互いの信念のぶつかり合いだ。そこには必ずそいつの『譲れない何か』って奴が見えてくる。信念は、そいつの想いを言葉よりもはっきり俺たちに伝えてくれる。武道家にとってのそれは拳で、お前ら装者にとってのそれは……きっと、歌なんだろうよ」

 

「武蔵さん……」

 

「だから怖がる事はないぞ!自分を信じて前へ進め!なーに、手助けくらいはいくらでもしてやるさ。俺だけじゃねえ、二課の連中だってそうだ。子供は大人に迷惑かけてナンボなんだよ。だから気にするこたぁ無い」

「誰かを守り、分かり合うための戦い……。その優しさ、大事にしろよ?そいつがお前さんの戦いだってんならなおさらな」

 

それは年長者としての激励の言葉。子供を導く、大人としての助言。これだけの言葉を受けて、奮い立たないわけがない。

 

 

 

そして響は自分の進む道もようやく見えてきたような、そんな心持ちになった。

自分にはこうして支えてくれる人がいる。助けてくれる人がいる。そのことがものすごく嬉しいのだ。なら、きっと次は自分が支え、助ける番なんだ、と。

 

 

自分の『戦い』はここから始まる。もう迷わない。真っ直ぐに前を見て進むことが、みんなへの恩返しになるんだから。

 

(そのために、まずは翼さんと手を繋ぐんだ)

 

それは、翼さんと本当の意味で『仲間』になりたいから。翼さんと竜さんに助けられた分、今度はわたしが二人を助けたいから。

 

 

「さあ!腹も減ったことだし、二課の食堂でメシにしようぜ!お前さんの分は俺が奢ってやるから好きなだけ食え!」

 

「いいんですか!?だったら、ごはん四杯は食べちゃいますよ!」

 

「遠慮せず食え食え!俺はカツ丼五杯は食うぞ!それが終わったらラーメン三杯だ!」

 

「じゃ、じゃあわたしはそれにお好み焼き三枚も!」

 

「おいおい。食えとは言ったが食いすぎたらあとで全部吐いちまうぞ?」

 

「う。ごはん戻すのはちょーっと勘弁してほしいかも……」

 

「わははは!メシの後は俺のとっておきの必殺技を教えてやるからな。気合い入れなきゃ、マジで腹の中身ぶちまけちまうぞ!」

 

上機嫌に豪快な笑い声を上げて二課本部へ走っていく武蔵と、それを追いかける響。

 

新世代の戦士は気持ちを新たに、希望を抱いて前へ進んでいく。その背に守るべきものと支えてくれる多くの意志を受け止めながら。

それらすべてを、己の原動力として。

 

 




次回、皆さんお待ちかね(?)の置いていかれた女の話(予定)です。


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墜ちる翼

今回は短めで話もそんなに進みません。
次回から本格的に事態が動いていく予定です。


 

暗い。

 

暗い。

 

暗い。

 

自分がどこにいるかは分からない。辺りは一面闇の中。一片の光も無い、純粋な「無」の世界。

 

どれだけの時が経っただろう。もはや考えることさえ億劫になった時、目の前の空間が揺らいだ。

 

思わず間抜けな声が漏れる。その瞬間、全ては連鎖的に起こった。

 

極光が目の前を覆う。無数の光が弾け、新たな光を生み出していく。そして光が止んだとき、そこには「有」があった。

 

俺はこの時、ようやく自分が宇宙にいることを理解した。

 

世界は続く。生命が生まれ、死んでいく。文明が生まれ、滅んでいく。これが、これこそが、この星の記憶。

 

 

生命の、進化の記憶だ。

 

 

 

――――――――――――

 

その日、風鳴翼は病室のベッドで目を覚ました。

 

体は動かない訳では無いが、節々が痛んで億劫だ。

ふと、ここで違和感に気付く。はて、私はこのような痛みに屈する女だったろうか……

 

『珍しくお寝坊さんじゃないか翼。朝はとっくに過ぎちゃったぞ?』

 

目の前で奏がベッドの手すりに手をかけて、上半身をこちらに乗り出している。どうやらわざわざ起こしに来てくれたらしい。でも何故だろう。奏と一緒にいることは当たり前の筈なのに、無性に泣きたくなる。

 

それをはっきりと認識した瞬間、意識が覚醒した。

 

「奏!!!」

 

思わず目の前の空間に手を伸ばす。しかし瞬き一瞬もの間に奏の姿は消えてしまった。

 

「……まさか、夢……だったのか……?」

 

この病室には私以外に誰もいない。従って見間違いなど起きようがない。となれば、今のは一体……?

そして思い出す。己が何故ここにいるのか。何故体が痛むのか。何故体が億劫なのか……。

 

「そうか、また死にぞこなってしまったのか……」

 

体が痛いのではない。心が痛いのだ。

体が億劫なのではない。心が億劫なのだ。

そして私はあの流竜に救われた。否、救われてしまったのだ―――

 

無力感が心を苛む。無様な己を嗤う。

何が誇りだ。何が防人の覚悟を見せる、だ。偉そうなことを言っておきながら、結局私も立花と何も変わらない、守られる側の人間だった。

 

「お前は、何故私なぞを庇ったのだ……?」

 

私にそのような価値も資格も無いというのに。その言葉は最後まで出ることは無かったが、声色はその感情を如実に表していた。

 

翼が竜に対して隔意を抱いていたのは事実。如何にネフシュタンの鎧という共通の敵を前に一時は纏まったとはいえ決着をつけた訳ではない。故に理解できない。竜の行動原理が。自らの死を背負ってまで、己を生き長らえさせたその根源が。

 

 

 

『本当にそうか?』

 

 

 

 

まただ。また奏の声がする。幻聴が聞こえるとは、どうやら本当に精神をやられてしまったらしい。奏は死んだ、もういない。そんなことは、私が一番よく分かっているというのに。

けれど、今はこの幻がとても心地いい。どうしようもなく奏に会いたい。奏の声が聞きたい。例えそれが幻だと分かっていても、私の妄想が生んだ産物だとしても。

 

 

 

それから数分ほど。定期的にこちらの様子を見に来ているのであろう看護師がやってきた。程なくして担当の医師が、さらに数十分もすれば叔父様や緒川さんが代わる代わる病室に来た。

 

「無事、とは言い切れんだろうが、しかし生きていてくれて良かった。今はゆっくり養生してくれ」

 

 

違う。

 

 

「おそらく近い内に退院できると思いますが、油断は禁物ですからね。働き詰めだった分、今はゆっくりなさってください。ともあれ、生きていて下さって本当に良かったです」

 

 

違う。

 

 

「命が助かって良かった」

 

 

違う!

 

 

「生きていてくれてよかった」

 

 

違う違う!

 

 

誰もが己の生存に安堵の声を上げている。だがそれは思い違いというものだ。

私の命に意味も価値も無い。死にぞこなったところで何かが生まれる訳でも、何かを残す訳でもない。故にその安堵はまさしく無意味なのだ。

 

このような思いをするぐらいなら、いっそ死ねばよかったのだ。そうすれば奏の元にだって行けたものを……

 

病院のベッドの上で色々な考えがぐるぐると頭の中を回っている。退院まではあと数日ほど、それまでは安静だと聞いている。来客も落ち着いている今、これといってすることもない。暇を持て余せば持て余した分、余計なことばかりを考えてしまう。

思えば、こうして何も無い時間というのは一度も無かった。いつもはアーティストとしての仕事か装者としての任務が入っており、それ以外の日は修行ばかり。暇を持て余すということを知らず、必然「暇を潰す」といことも知らない。

頭と精神がぐちゃぐちゃになるばかりで眠ることもできず、ただただ無為に時間だけが過ぎていく。ようやく意識を落とすことができたのはすっかり日も落ちきり、病室も消灯時間を超えて久しい頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、翼は闇の中で浮かぶように立っていた。

 

「これは……一体?」

 

周囲には何も見えない。一寸先も見えない闇の世界で、しかし奇妙なことにギアを纏う己の姿ははっきりと見える。

 

「闇の世界にただ独り――ふ、これが私にはお似合いということか」

 

自嘲の笑みが零れる。しかしこの孤独感こそ望むべきもの。日中のことを思うと、いっそ心地よささえ覚えてしまう。

 

今しばらくの静寂に浸り続ける。さながら水の中を漂っているような感覚に安らぎを感じていると、視界の端に仄かな翠色の光が見えた。

それと共に静寂を破る声が聞こえてくる。

 

 

 

『本当にそう思うか?』

 

「奏……」

 

声の方向を向けば翠色の光を纏う奏の姿があった。その様子に少し驚くも、奏と話せることに比べれば些事だと切り捨てる。

 

「そう思うも何も、これが事実なのよ。無能な私は独りがお似合い――ううん、独りでなきゃいけないの」

 

『違う。翼はただ、逃げてるだけだ。本当は全部分かってるのに』

 

「逃げてる?私が?」

 

『そうだ。響のことも、竜のこともそうやって自分で自分をがんじがらめにしてしまってる。本当は、もっと簡単なことなんだって分かってるのに』

『ほんっっっと、翼は真面目すぎ。前々から言ってただろ?あんまり真面目過ぎると、いつかポッキリ折れちゃいそうだーってさ』

 

「私は……もう折れてもいい。生きていたくない。このまま消えてなくなってしまいたい……。そうだ、このままずっとここにいればいいのよ。そうすれば、いつまでも奏と一緒に……」

 

『そいつはダメだ。ここはちょっとした偶然から生まれた空間――夢みたいなものだ。夢は夢……いつかは覚めなきゃいけない。それに、いつまでもアタシの背中を追ってばかりじゃ何にも始まらないぞ?』

 

「そんな!私、奏がいなきゃ何にも出来ない!」

 

『そんなことないさ。翼はもうアタシがいなくたってやっていける。たくさんの命を守っていける』

 

「でも!」

 

『守った命の数だけ、受け継がれるものがある。だから、生きるのを諦めないでくれ。残酷かもしれないけれど、これが翼に託す、アタシの願いだ』

 

「そんな……死ぬことさえ、許されないというの?」

 

『そうだ。これからみんなにはもっと残酷な未来が待ってる――だからこそ、アタシは二人に後を託したんだ。人類に偉大な遺産を残すために』

 

「わからないよ!残酷な未来!?偉大な遺産!?奏は何を言ってるの!?一体何を見ているの!?」

 

『答えはここにはない。だから、行ってきな。そしてアタシがどこにいるのか――それを決めるのは翼自身だ』

 

 

 

 

――三つの心を一つにしろ。それが、未来を導く力になる。

 

 

 

 

それだけ言い残すと奏は消えていった。それと同時に翼は自分がどこかへ落ちていく感覚を味わっていた。周りに目を向ければ、闇黒の空間に小さな光の粒が点々としている。それらは次第に増えていき、翼の足元で巨大な銀河を形どる。そうして翼はまばゆい銀河の中へと落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『良かったのか?あれで』

 

『いいさ。そろそろ翼もアタシ離れしなきゃいけないと思ってた頃だしな』

 

『そうじゃない。もっと話したいことは他にたくさんあっただろうに……絶唱によって放たれた通常の数値を遥かに越える超高濃度のゲッター線――それがもたらした刹那の刻をあんな風に終わらせても』

 

『いいんだよ。これで優しく慰めでもしたら、きっと翼は二度と立ち直れない。そうなったらアイツの意思を無駄にしてしまうじゃないか』

 

『その割には案の定甘やかしてたけどな』

 

『やめてくれよ!あれがアタシの精一杯なんだから!翼と一緒にいるとなんかこう、甘やかしたくなるんだよ。もし妹が生きてたらあんな風になってるのかなー?、みたいな感じでさ』

『それより、アンタはどうなんだよ。条件は竜も同じだってのに、そっちは会いすらしなかったじゃないか』

 

『俺はいいんだよ。今はエンペラーが上映会をやってるようだし、そうホイホイと行くわけにもいかんだろう。それに、俺のことはちゃんと明日への原動力にしてるみたいだからな。もしこれで会いでもしたら、いよいよ化けて出てきやがったかって今度こそ股間を蹴り潰されそうだ』

 

『ははっ!なんじゃそりゃ。アイツそんなに手が早いのか?』

 

『いいや、そういうわけじゃないが。まぁ、ちょっとしたナンパの思い出ってやつさ』

 

『くくくっ……ナンパってなんだよナンパって。アイツにそんなことやるなんて命知らずにも程があるだろっ……』

 

『仕方ないだろ!?たまたま会ったとはいえ、ギアの話を路上でするわけにもいかないからな』

 

『アンタ変なところで真面目だな!?いつもはあんなに面白おかしいのに……ホントそういうとこだぞ』

 

『やっぱり君もそんな風に思ってたのか……はあ』

 

『気にすんなって!あーもう面倒くさいなあ!この話はおしまい!それよりも……』

 

『そうだな。できることはやった。後は、あいつらを信じるだけだ』

 

『頼むよ三人とも。いや……四人って言う方が正しいか。絶対に了子さんを止めてくれ。でないと因果がまずいことになっちまう』

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

「今のはなんだったのだ……」

 

翼が目を覚ました時、まず最初に感じたのは困惑だった。覚めた今でも奏の声が鮮明に思い出されるほど、夢にしてはあまりにもリアルすぎる感覚。何より夢の内容を一字一句覚えていることがあまりにも奇妙だった。

 

「奏は私に何を伝えようとしていたんだ……?」

 

奏に伝えられた言葉を考える。「受け継がれるもの」「残酷な未来」「偉大な遺産」「三つの心」――そして、私が逃げているという言葉の意味は何か。私が分かっていることとは一体何か。

 

 

 

その意味は見えない。今は、まだ。

 

 

 




本作の奏はエア奏ではありません
それだけははっきりと真実を伝えたかった


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衝動

今回は思ったより長くなってしまったので二話構成になりました。


早朝、人が少しずつ寝床を抜け出し始めた時間帯。司令の風鳴弦十郎やシンフォギア装者の立花響、風鳴翼を始めとする特異災害対策機動部二課の職員は本部前に集合し、作戦前のブリーフィングを行っていた。

 

「作戦内容は至ってシンプルだッ!広木防衛大臣暗殺の犯人検挙の名目で検問を張るッ!そして空白になった市街地を記憶の遺跡目掛けて一気に駆け抜けるッ!」

 

「名付けて、天下の往来独り占め作戦よ~!」

 

「これまでの敵の動向から鑑みて、本作戦には敵による熾烈な妨害が予想される!無論それにはノイズが利用されることも疑いようがない。だからこそ、あえて言わせてもらおう――必ず!生きて帰るぞッ!」

 

『了解ッ!!!』

 

この作戦に参加する二課の職員達がわずかな一言でその高い士気を示す。自分たちが守るものが人類の希望、その一角であると知っているからだ。しかも今回は装者たちと肩を並べる絶好の機会である。日頃から装者たちだけを前線へ向かわせていることを苦々しく思いながら、「ノイズに対抗できない」の一点のみで後方に下がることを強いられていた彼らが奮起しないわけが無かったのだ。

 

このようなことになった原因は数日前に遡る。政務を終え、帰宅する最中の広木防衛大臣が何者かに暗殺された。広木防衛大臣は二課の後ろ楯として時に賛成、時に反対をと立場を使い分けながら彼らを守り続けてきた人物である。そのため二課首脳陣は犯行声明を発した複数の過激派革命グループの全てを黒幕の隠れ蓑であると看破。その背後にいる組織的なナニカの存在を察知し、それが頻発するノイズ災害やネフシュタンの少女と何かしらの関係があることを念頭に調査を進めていたのである。

 

そんな中、日本政府はこの事件を二課に保管されている「デュランダル」を狙ってのものと断定。二課本部周辺で頻発するノイズ災害をも考慮すればデュランダルをそのままにするのは危険だと判断し、その移送を命じたのである。この命令を受けた弦十郎はノイズを操る敵の目的が二課ではなく日本政府を揺さぶりデュランダルを二課の外へ出すためのものであると気付くも、政府の命令には逆らえぬと移送の際の危険を可能な限り排除すべく本作戦を提案したのである。

 

 

「響くんは了子くんの車に同乗しデュランダルの護衛を頼む。おそらく最も危険な役目になるだろうが、今の君になら出来る筈だ。――修行の成果、存分に見せてくれ」

 

「わかりましたッ!」

 

「翼は俺と一緒にヘリで上空から監視だ。いざというときの遊撃戦力として待機してもらいたい。病み上がりでまだ本調子ではないだろうから決して無理はするなよ」

 

「委細、承知しました」

 

二課の職員たちに続いて、この作戦の肝となる装者たちへ声を掛け、その役割を確認する。弦十郎としては翼は肉体的にも精神的にももう少し休ませておきたかったが、ネフシュタンの少女による襲撃が予想される今、戦力は一人でも多い方がいいと本人が申し出たために状況に応じて出撃する予備戦力という形で作戦に参加することとなったのである。

 

「翼さん!身体は大丈夫なんですか?」

 

「問題ない。それよりも、立花は自分の心配をすることだな。人類の希望を奪われるわけにはいかん」

 

必ず防人れ――そう言うと翼は足早にヘリに向かっていった。

 

この時、翼を突き動かしていたのは焦りだった。夢の中とはいえ奏に会えたことはとても嬉しいが、その言葉の意味が分からない。私達の未来に待っているものとは?奏が遺したものとは?三つの心とは?――その答えを見つけるために、戦場へ走る。

ネフシュタンの少女による襲撃が確実視されていることも焦らせる要因の一つだった。二年前に続いて今回の件と、一度ならず二度までも醜態を晒してきた。これ以上は他でもない、己自身が許容できない。今度こそ己の手で成し遂げなければならないのだと、その強迫観念に突き動かされるままに翼は戦場へと駆り立てられていた。

 

(私がやる。私でなければならんのだ。二度とあのような輩に遅れは取らん)

 

 

でなければ、こうして生き恥を晒している意味がないのだから。

 

 

 

 

 

そんな翼の姿を響は後ろから見ていた。

 

(翼さん……やっぱり、この前のがまだ……)

 

まるで焦っているような、何かに突き動かされているような姿に不安を覚える。原因はあの夜のことだろうか。

「また生き残らせるつもりか」――翼の叫びはまだ響の耳に残っている。きっと、あれこそが翼の心を最も端的に表していた言葉だったのではないか。

 

(今の翼さんは放っておけない。また、あの時みたいになってしまいそうな……そんな気がする)

 

修行を始めてからも何度かノイズは発生しており、その全てを響は一人で終わらせてきた。その中で翼たちの戦いの過酷さを改めて認識し、二人の負担を少しでも減らしたいのだと決心を固めてきた。

守られたことへの負い目はある。だからこそ、今度は自分の手で大切なものを守りたい。それが守られた人間のやるべきことだと信じて。

 

(わたしが頑張るんだ。死を前提とした絶唱(あんなこと)を、もう二度と繰り返させないために。)

(翼さんを一人にさせないために。竜さんが安心して目覚められるように。)

 

 

守ってくれた二人に、行動で応えるために。

 

 

 

 

 

そしてデュランダルを積み込む車両の主、櫻井了子はというと、ここまで事が上手く運んでいることに内心ほくそ笑んでいた。

完全聖遺物を扱うプラン、及び"カ・ディンギル"のためにデュランダルを手の内に収め事前に起動させておきたいものの、二課の地下奥深くで保管されている以上やすやすと手出しは出来ない。自身が設計した人類守護の砦だけあって、さながら厳重に鍵が掛けられた分厚い金庫のようなものだ。

それを外から抉じ開けるのはあまりにも労力がかかりすぎる。であれば、答えは一つ――中から開けてもらえばいい。そして了子は日本政府との我慢比べに勝った。あの風鳴弦十郎を始めとする二課の面々はこちらの狙いに気付いていたが、所詮は政府の一機関。上の決定を覆すことはできない。

 

護衛役の立花響は最近修行をしているようだが、それでも付け焼き刃では完全聖遺物に敵うはずもなし。風鳴翼がもう動けることは想定外だったが、見る限り相当精神的にキているようで、あれではギアの性能を十全に発揮できないどころかギアが拘束具となってしまうだろう。であればもはや恐るるに足らず。余程の想定外の事態が起こらない限り事は簡単に進む筈だ。

 

(この戦い、勝つのは私だ。誰にも邪魔はさせん)

 

 

全てを踏みにじってでも、私は私の未来を手に入れるのだ。

 

 

 

 

 

一つの戦場に、三者三様の思惑が絡み合う。審判の時は、もうすぐそこに。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

『二号車脱落!』

 

『続いて三号車、脱落しました!敵は地下から攻撃してきていますッ!』

 

『下水道だッ!ノイズは下水道を通ってこちらへ仕掛けているんだッ!脱落車の職員は脱出を優先しろ!すぐに回収チームを向かわせる!了子くん!そちらはどうなっているッ!?』

 

「旗色がいいとは言えないわね。しかもこの先は薬品工場よ?もしそこで爆発でもあれば……!」

 

『まずデュランダルは失われるだろうな!だが護衛車を的確に狙っているところを見るに、敵の狙いはデュランダルを傷ひとつ付けず確保することだ!ならば敢えて危険に飛び込み敵の攻め手を封じる算段ッ!』

 

「勝算はあるのかしら!?」

 

『思い付きを数字で語れるものかよッ!!!』

 

その言葉に従い、了子の車はスピードを維持したまま工場の敷地へ突入してゆく。しかし半分だけ埋設されたパイプにタイヤを引っ掛け、車がひっくり返ってしまう。

 

「こ、これ……重……」

 

どうにか、という体で脱出する二人。特に響はデュランダルのケースを抱えており、その重みで身動きがとれないとまではいかずとも非常に動きが鈍くなってしまう。

 

「じゃあ、いっそこれだけ置いて逃げちゃいましょうか☆」

 

「そんなぁ!ダメですよそんなの!」

 

「ま、そりゃそうよね」

 

そうして話しているうちにも状況は刻一刻と悪くなっていく。ノイズが迫り、次第に包囲網を狭めていく。歌う隙は与えぬと言わんばかりの布陣、了子もフィーネとしての力を使うことを考慮したその瞬間、状況をひっくり返す一手がここに打たれる。

 

 

「破ァァァーーーーーーーッ!」

 

天ノ逆鱗

 

上空のヘリから独断で飛び降りた風鳴翼が単身で吶喊。その衝撃で着地点周辺のノイズは数を減らしていく。それに遅れて分裂した剣――千ノ落涙――が残った群れへと襲いかかり、その駆躰を炭化させていく。

 

「翼さん!」

 

「必ず防人れと……言った筈だッ!」

 

その言葉と共に新たな群れへと突撃、アームドギアを携え手当たり次第に斬り捨てていく。しかしその動きには普段と比べどこかぎこちないものがあった。

 

「待ってください!わたしも戦いますッ!」

 

――Balwisyall nescell gungnir tron――

 

翼に少し遅れて、ギアを纏った立花響も急いで戦線に加わった。

深呼吸を一回挟み心を研ぎ澄ませ、ヒールを邪魔だと折ってコンディションを整える。足を肩幅に開き両手を前に出す独特の構えでノイズと相対する。ノイズもそれに呼応するように体を伸ばして響を炭化させんとするが、最初の一体を一撃で爆散させたのを皮切りに全て最低限の動きで捌ききっていた。

それに確かな手応えを覚えた響は続けて力強い足取りで踏み込み、正拳、裏拳、膝蹴り、回し蹴り、手刀、肘打ち、震脚―――およそ彼女が考えうる全ての技を駆使して包囲状態から大立ち回りを繰り広げていく。

 

 

それを見ていて面白くないのがノイズを操る主、ネフシュタンの少女こと雪音クリスだ。

 

「あいつ……戦えるようになってんのか?」

 

これまでとは別人のような響の体さばきに驚きを隠せない。何が彼女を変えたのかは分からないが、少なくとも戦い方と戦う意志を確立し、自身にとっての確かな脅威として戦場に立っていることは間違いない。

 

車の爆発で発生した黒煙のおかげでまだ自分の居場所は露見していない。ならばチャンスは一度きり、この一回で確実に潰す……と考えたところでふと思いつく。一度きりならば、先に与しやすい方を潰す方が効果的なのではないか?

あの人気者(風鳴翼)を見れば、明らかに前より動きが悪くなっている。ギアの性能も落ちており、不意を打つならばこっちを殺る方が確実で安全だ。二対一をしにいくよりはずっといい。

 

「何ッ……ぐああああああ!!」

「ッ!翼さん!!」

 

そうと決まれば早速、と完全聖遺物のスペックを生かした機動力を存分に発揮して上空から翼の顔面を蹴り飛ばす。そのまま追い打ちをかけるように顎を殴って意識を揺らし、鞭で強く打ちこんでいく。

 

「ぐ、うううう……貴様ァ……」

 

「悪いな。隙だらけだったからつい手ェ出しちまったぜ」

 

「ぐ……くくくくっ。そうか、貴様の方から出てきたというわけか。これで探す手間が省けたというもの……!」

 

「そうかい?だったら第二ラウンドと洒落こもうや。とっとと終わらせて、その剣はもらってくぜ」

 

互いに睨み合う二人。クリスは鞭を構え、翼は剣を支えにゆっくりと立ち上がろうとする。しかしそこに割って入る影があった。周囲のノイズを片付けた響である。

 

「待ってください翼さん!」

 

「立花!この期に及んでまだ戦場でバカなことを言うつもりかッ!」

 

「違います!……ここは、わたしにやらせてくださいッ!」

 

「なんだと……ッ!」

 

「わたしにだって守りたいものがあるんですッ!それに、もう守られてるだけじゃいられないからッ!」

 

「ッ!待てッ――」

そう言うや否や真っ直ぐに立ち向かっていく響。大きく消耗した今の翼は後の言葉を紡ぐことができず、その後ろ姿を見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「へっ。前よりはマシになったみたいだな。けど、こんなのであたしに勝とうなんざ百年早ええんだよ」

 

「……ねえ。ホントにこれでいいの?」

 

「あん?何が言いてえ」

 

「わたしたちは分かりあえるはずなんだよ!なのに、どうしてこんなことするの?ノイズを操ってまで!」

 

「うるせえ!そんなこと、お前には関係ねえんだよッ!だいたいな、人間ってのは分かりあえるように出来ちゃいねえんだ!なんにも分かってねえくせに寝言言ってんじゃねえッ!」

 

その言葉と共にクリスが鞭を打ち込む。響はそれをかわしながらさらに問答を続けようとする。

 

「そうだよッ!わたしは何にも分かってない!だから教えてよッ!あなたのことをッ!あなたの言葉でッ!」

 

「敵と話すことなんかねぇッ!それがお前だったらなおさらなッ!」

 

「ッ!それってどういう……!」

 

「お前は黙ってあたしのモノになってりゃいいんだよッ!」

 

「お前だったらなおさら」――それが初めて見えた彼女自身の感情。そこに僅かな光明を見出だしたのも束の間、三度四度と鞭を打ち込んでくる。あの夜に竜を手こずらせた中距離中心で間合いに入らせない戦法だ。

 

(いくら強くなったとしてもあいつは肉弾戦しか出来ないッ!なら近づけさせなきゃ完封出来る筈だッ!)

 

しかし今の響には今までの彼女よりも思い切りがあった。

 

(近づかせないつもり!?だとしてもッ!)

 

被弾上等と言わんばかりに腰のバーニアを使って愚直なほど真っ直ぐに突っ込む。想定以上のスピードにクリスも少し驚いたが、突っ込んでくるなら逆に好都合だと鞭を動線上に置くようにして当てに行く。

しかし鞭と拳が交錯しようとしたその瞬間、その場の空気が変わり、二人は思わず距離を取った。了子の近くに置いてあったトランクケースが突如震えだし、ケースを破って中からデュランダルが飛び出したのである。

 

「これは……まさか、起動しようとしているというの!?」

 

デュランダルの起動。それはこの場にいる誰にとっても予想だにしていなかった事態だった。

そも完全聖遺物の起動にはそれ相応の莫大なフォニックゲインを必要とする。でなければ二年前のネフシュタン起動の際、ツヴァイウィングのライブを隠れ蓑になぞしないだろう。仮に一人の力だけで起動させようともなれば、それこそ年単位でフォニックゲインを充填しなければならない。雪音クリスがソロモンの杖起動に半年という時間を必要としたことからもそれは明らかだ。

この明らかな異常事態に真っ先に動いたのはクリスだった。勢いよく跳躍し、デュランダル回収に動く。それにやや遅れて響も反応した。腰のバーニアを使ってデュランダル目掛けて跳び立ち、その確保を目指す。

 

先にデュランダルを掴み取ったのは――響。掴み取ろうとしたクリスを押し退け、見事空中での競り合いを制する。しかし競り合いを制した筈の彼女の様子がおかしい。

目の色が変わっていく。牙を剥き、唸り声を上げ始める。胸を起点に黒いナニカが響の体を侵食していく。

 

「これは、一体何が起こっている……?」

 

「シンフォギアの、暴走」

 

「知っているのですか櫻井女史!?」

 

「ええ。竜ちゃんの暴走とは異なる……いえ。こちらの方が正しい意味での暴走ね。複数の聖遺物同士が干渉したことによる反発作用……それが響ちゃんの破壊衝動を増加させているのよ!」

 

「く……ならばあのデュランダルを引き剥がさねば被害が!」

 

「無茶言わないの!そんなコンディションで、デュランダルのエネルギーを受け止められると思う!?まだここを動いちゃダメ!」

 

二人が問答をしている間にもデュランダルは加速度的に輝きを増している。デュランダルがその刀身に目映い黄金を取り戻した時、皮肉にもその担い手はドス黒い闇に呑みこまれていた。

 

「そんな力を見せびらかすなァァァァァ!!!」

 

クリスが激昂して響に襲いかかろうとする。響はその声に反応したかのようにクリスへその血に飢えた獣のごとき目を向ける。その正気を失った目と発せられた威圧感に思わず怯んだ時には、もう遅かった。

 

「グルル……ガアアアアアアア!!!!」

 

デュランダルをクリスへ向けて躊躇いなく振り下ろす。莫大な破壊のエネルギーがネフシュタンの鎧を破砕し、鎧に包まれた肉体を壊さんとする。そのままクリスは光の中に飲み込まれ、その奔流に紛れて逃亡することしか出来なかった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

息を切らし、消耗を顕にしている響。衝動のままデュランダルを最大出力で撃ち放ったことで一気に疲労感に襲われていたためである。

 

「響ちゃん!無事かしら!?」

 

了子が響に駆け寄ってくる。その後ろからはギアを解除した翼がどこか厳しい表情でゆっくりと着いてきていた。

 

「はい……怪我は、してませんけど……それより、わたし、今何を……」

 

「聖遺物同士が干渉しあった結果ね。こればっかりはしょうがないから、帰ったら早いとこメディカルチェックしちゃいましょ☆」

 

「わかりました……」

 

仕方ないことと了子は言う。しかし響はまだ浮かない顔をしていた。相手を撃退したことよりも、デュランダルを守りきったことよりも、自分が巨大な力を破壊衝動のまま人間相手に躊躇いなく振るおうとした事実に目が行っているからだ。

 

「もう!そんな顔しないの!みんな無事だったんだし、今は素直に喜びましょ?」

 

はい……と返したところでゆっくり向かってきている翼に気付いた。そこで気持ちを切り替えるためにも「翼さん。体は大丈夫ですか?」と尋ねる。

 

そんな言葉を掛けられた翼の内心は穏やかではなかった。この戦闘で一番役に立たなかったのが自分だと思い知らされたからである。無論、客観的に見れば響と了子の窮地を救い、逆転の余地を生み出すという値千金の活躍をしたことは疑いようがない事実である。彼女が居なければデュランダルは確実に奪われていただろう。

しかし今の翼にはそれに気付く余裕はない。むしろ敵とまともに戦うことさえ出来なかったという醜態にばかり目が行ってしまう。

 

「翼さんがいなかったらどうなってたことか……本当にありがとうございます!」

 

止めろ。これ以上は私が惨めになるだけだ――。その感情のままに口を開こうとしたその時、通信機から大音量で弦十郎の声が鳴り響いた。

 

 

『お前たち!今すぐそこから離れろォォォ!!』

 

 

三人に迫る黒い影。戦闘が終わった直後、全員の気が一瞬緩むこのタイミングで、その忌むべき姿を表した者がいた。二課本部はその反応を余さず捉え、緊急性が高い案件として即座に弦十郎へ伝達。ヘリの上から目視でその存在を確認した弦十郎は、未だ気配に気付かぬ三人に大急ぎで警告を発していたのだ。

 

 

 

 

――ブラックノイズ、出現せり――

 

 

 

 

 

 




カルマノイズ「お待たせ」


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闇と光と

遅れてすみません。今話は大変難産でした。しかしこれにてお曇りフェイズもおしまいです。
文章力が無いので書いててけっこうキツかったですが、本章もようやくこれで一段落、この次からはもう少し明るくなる予定です。


ある日の放課後、響はリディアンの用務員室に呼び出された。呼び出した主は竜、何でも大事な話があるとのことだった。

 

「お、お邪魔しま~す」

 

「来たな、まあ適当に座んな。茶くらいは出してやる」

 

竜か茶菓子を持ってきて響の向かいに座った。

響には自分が呼ばれた理由が分からない。敢えて心当たりを挙げるなら、一ヶ月前に「奏の代わりになる」と言って怒られたことくらいだろうか?もしやその事で何か言われるのではと戦々恐々していたのである。

 

「んな辛気臭ぇ顔すんな。別に取って食おうってわけじゃねえんだ」

 

「あの……ならわたしってどうして呼ばれたんですか?」

 

「お前に聞きたいことがあってな。……奏の最期のこと、聞かせてくれねえか」

 

辛い話になるだろうが、頼む。そう言って竜は響に頭を下げたのだった。

 

 

 

 

響は全てを話した。自分を守るために命を燃やし尽くしたこと、「生きていてくれてありがとう」と言い残したこと――笑いながら死に向かっていったことも、全て。

 

「……ったく……つくづくあいつらしいぜ」

 

竜は響の話をずっと黙って聞いていた。時に目を伏せ、時には拳を強く握りしめながら。

 

「悪かったな。わざわざきつい事思い出させちまって」

 

「わたしはいいんです。それより、どうしてこんなことを……」

 

「間に合わなかったのさ、俺は。着いたときにはもう全て終わっちまってた。結局、俺は奏の死に目に会うこともなく、あいつと別れちまった」

「悔しかったさ。あいつのことを俺なりに大事に思ってたつもりだったが……紙に書かれた上っ面くらいでしか知らねえんだ。あいつの死に様を」

 

薄情なもんだろ?と顔に自嘲の色を浮かべながら、それだけ言うと竜は黙りこんでしまった。

 

「……大事だったんですね。奏さんの事が」

 

「ああ。ぽっと出で右も左も分からねえ俺をあっさり受け入れて、色々と付き合ってくれたしな。感謝してもしきれねえさ」

 

「だったら、奏さんのことならきっと翼さんの方がよく知ってます。だったら別にわたしじゃなくても……」

 

いいんじゃないか……そう言おうとするのを竜は片手で制止した。そして時間を置いてからゆっくりと口を開く。

 

「……ああ、お前は間違っちゃいねえ。だが……見ちまったんだよ、あいつの顔を」

「俺はあの後しばらくは寝っぱなしだった。やっと起きて動けるようになって……その時だ。あいつのやつれきった顔を見たのは」

 

「それで、もう駄目だった。あんな状態の奴の傷に、塩を塗るような真似は出来ねえ」

 

「じゃあ……本当は翼さんのことが」

 

「尤も、あいつはもうそうは思っちゃいねえだろうがな……」

 

いつもは荒々しい竜の初めて見る顔。翼と互いに仲違いしていると思っていた竜から暗に示された、翼を気遣っているような言葉……だというのに、響は言葉を返すことが出来なかった。

 

それはネフシュタンの少女が襲来する、数日前のことだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ッ!了子さん!デュランダルを持って下がってくださいッ!」

 

まさしく最悪のタイミングだった。全員が消耗した上に、了子は非戦闘要員。上空の弦十郎が、己が出撃して時間を稼ぎ、装者たちを生かすべきだと動き始めてさえいたほどである。

 

「無茶よ!相手はブラックノイズ、そんな状態で勝てる相手ではないわ!」

 

「だとしても!今戦えるのはわたしたちだけなんです……!」

 

翼と了子を自分の背にして響が立ち上がる。しかし相手の強さを直に見たことがある響には、状況のまずさをよく知っているために、顔は緊張の色を隠しきれていない。それでも震える膝を奮い立たせ、戦うために前へ出る。

 

 

 

 

「否。奴の首を取るのは私の役目だ」

 

 

 

 

ぞくり、と肌が粟立ったその瞬間、響は背後から底冷えするような声を聞いた。

後ろを振り向くと、能面のような表情を貼り付けた翼がギアを纏っている。

 

「ちょっと、翼ちゃんまで……」

 

本調子でないのに大丈夫なのか。了子がその言葉を掛ける前に、心を読んだかのように先回りして、はっきりと言い放つ。

 

「確かに、体は本調子ではありません。ギアも重い。ですが、それが何だと言うのです?体はまだ動く。ならば奏の仇は私が討つのが道理でしょう……!」

 

「翼さん、私も」

 

「要らん!立花の力なぞ借りずとも、私は!」

 

「そんな!それじゃあ何にも変わらないじゃないですか!」

 

「止めるな立花!これは私の問題だ!」

 

「いいえッ!これはわたしの問題でもあるんですッ!たとえ一緒に戦えなくたって、立ってる場所も見ているものも同じなんですッ!だったら!」

 

今は二人で相手を――そう言いかけた時、ブラックノイズが体内から黒い瘴気を一面に吹き出した。一瞬で三人の視界を覆った闇は、ゆっくりと時間をかけて晴れていく。

その闇は二年前の惨劇の時、多くの観客を殺し合わせたもの……人の破壊衝動を呼び起こす呪い。

 

膝を着き、息を荒げながらも必死で呪いに耐える。破壊衝動に侵されながらも気力を頼りに立ち上がる。まだだ、まだ戦えるのだと心で叫び、必ず生きて帰ると胸に誓う。それこそが立花響の原動力故に。それこそが、何も知らぬ親友のたった一つの願い故に。

 

当然、翼にもその影響は及んでいた。しかしそれは弱さだと無理やり拒み、重い体に鞭を打って立ち上がる。

己の弱さが許せない。己の無力を許してはならない。故にこそ、独りで戦えなければならないのだ。

そして心に蓋をし、痛みに背を向け、血を吐きながら永遠に走り続ける。

――死すら許されぬ我が身には、もはやそれしか残されていないのだから。

 

負の感情が沸き上がる――それがさらに己の力を奪うことになるとも知らず。心の闇が生み出した負のスパイラルは翼の肉体を蝕みその力を奪い続けるが、それでもなお翼は戦うことを止めようとしない。

――そのツケは、誰もが想像し得ない形で回ってきた。

 

切れ味の鈍ったなまくらの剣なぞ恐るるに足らず。最早避けるまでもなし。ブラックノイズは天羽々斬の斬撃を受け止めながら即座に再生。そのまま剣を伝うように――翼の体内に入り込み、同化した。

 

「あああああああああああッ!!!!」

 

苦悶の絶叫を上げながら、これまでで最も濃く、ドス黒い瘴気が翼の肉体から噴き出し始める。それは次第に固形化し、翼の肉体を繭のように包み込む。

 

「ダメだああああーーーーーッ!!」

「翼ァァーーーーーーッ!」

 

その絶叫に反応した戦士が二人。

このままでは翼がもたない――そう直感した響がそれに従い吶喊する。上空のヘリから飛び降りた弦十郎が奇襲を仕掛ける。しかし時すでに遅く、弦十郎の拳でさえ繭の表面にヒビを入れることしか出来なかった。

やむなく一度距離を取った二人。そうしているうちにも繭は蠢き、次第にヒビを大きくしていく。

繭が割れ瘴気が完全に晴れた時、そこにはつり上がった瞳を不気味な赤色に輝かせ、その身を黒く染めた翼だけが残っていた。

 

 

 

「く」

「くく」

 

 

 

 

「こんなにも簡単なことだったのか」

 

 

 

 

 

「死ね!滅びろォ!……ゲッター!流竜ォォォォォ!!!」

 

 

翼の肉体が心に引かれて暴走する。翼が抱え、ブラックノイズが大きく増幅、表出させた負の想念が今ここに爆発する。

間に合わなかった流竜への怒り。その感情を抱いた己への怒り。ノイズへの怒り。己の無力を憎む心。その全てを内包した咆哮はどこか悲しげで、断末魔によく似ていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「私の前から失せろォ!奏を返せエエエエエ!」

 

「ッ!くうううううううう!」

 

翼がこれまでにない、荒々しい動きで響に襲いかかる。普段と比べ、その技の冴えは失われているがスピードもパワーも格段に跳ね上がっており、今の響では抑えることさえままならないのが現実だった。

 

「ふんッ!!」

 

苦戦する響を見て弦十郎が加勢に入った。一度体勢を立て直させるために震脚でコンクリートを踏み砕き、その衝撃を利用して翼の足下を崩す。それに対する翼の反応は、「即座に跳躍して上空へ逃れる」だった。

 

(やはりな。今の翼は正気ではないが理性はあるように見える。これで暴走とは到底信じられん……おそらく、侵食したブラックノイズの影響だろうが……ならば!)

 

「おおおおおおおおッ!正気に戻れ翼ァッ!」

 

上空へ逃れた翼に拳の一撃を見舞う。翼も腕を交差させて防ごうとするが、衝撃までは防ぎきれずきりもみ回転しながら地面に落ちる。だが、まだ足りない。動きを止めることさえ、まだ。

 

「師匠!」

 

「助太刀だッ!ノイズがいなくなった今、俺も空でのうのうとしている訳にはいかないからなッ!」

 

「だったら、わたしにやらせてくれませんか!翼さんを放ってはおけません!」

 

「だが、あの状態の翼を止めるのは骨が折れるぞ。勝算はあるのか?」

 

「今の翼さんは、きっと溜まってたものが爆発しただけなんです。だったら、その想いをわたしが全部受け止めてみせますッ!」

 

「分かった!ならば俺がフォローに回る!響くんのやりたいように、何度でもぶつかっていけッ!」

 

「はいッ!」

 

師弟がここに並び立つ。目指すは闇に囚われた翼の解放。たとえ方法は解らずとも、一念で以て岩をも徹してみせんとする。正しき心で言葉と拳を交わせば、必ず事は成ると信じて。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ははははははは!!!全て解ったぞ!ゲッターだ!ゲッターこそが諸悪の根源だったのだ!」

 

「そんなことありませんッ!戻ってきてくださいッ!」

 

三人の攻防は続いている。弦十郎が翼の動きを牽制し響と一対一になりやすい状況を作っていく。翼もそれに乗るように響に斬りかかり続け、響も拳擊で以て応じる。

 

「疾く失せろ!私は……竜を殺さねばならんのだ!未来のために!」

 

「仲間を殺して手に入れる未来なんてあっちゃいけないんですよッ!そんなことしたら、翼さんは二度と戻れなくなる!」

 

「構わん!それこそ私の望み!」

 

「嘘ですよそんなのッ!翼さんだって、ホントは竜さんが大事なんでしょう!?」

 

「そんなもの、毛ほども感じておらんわァッ!」

 

問答をしながらも打ち合いは続く。刃と腕甲が擦れる耳障りな音が幾度となく鳴り、火花が散る。――火花に混じり、微かな翠色の光が刹那の内に付いては消える。

 

「!ここだああああ!」

 

その時、翼が一瞬だけ剣を持つ腕を下げた。それを隙と見た響は、腕を下げた方とは逆の向きから全速力で襲い掛かる。

しかしそれは誘い。本命は――

 

「その素っ首落としてくれるッ!」

 

一拍早い斬り上げが響の首に吸い込まれていく。自分の方が届くのが早いと思っていた響は思わず動きを鈍らせてしまい、あわやという距離まで来てしまう。

 

「やらせるかッ!」

 

それを止めたのは弦十郎。響と剣の間に貫手を差し込み、その風圧と筋肉で剣を受け止める。そうして生まれた空白の時間を使い、響が一旦距離を取る。

 

「らしくないぞ翼。普段の流水の如き技巧はどうした?」

 

「そんなものは捨てました。私に必要なのは力!何者も打ち倒す力こそが!」

 

「そんなものがお前の望んだ力かッ!過去の研鑽を、今の己を否定するつもりかッ!」

 

「そうだッ!この力ならば、私はァァァァ!」

 

剣を受け止めた腕へとさらに押し込んでいく。厚く硬い腕も次第に刃が食い込んでいき、ゆっくりと血を流し始める。

 

「このまま斬り落として……」

 

「ぬるいぞ翼。いつものお前ならこんな腕、刹那のうちに落としてしまっていた……それも痛みさえ感じさせることなく、な」

 

「何……!」

 

「もう一度言うぞ。戻ってこい翼!このままでは本当に全て失ってしまうぞ!」

 

「そんなもの!とうに全て……!」

 

失ってしまった――そう言おうとしたところで気付く。刃が通らない……否、全く動かない。押そうと引こうと斬れる気配が無い。弦十郎がその腕に極限まで力を込め、筋肉を硬く締める――ただそれだけで、翼の剣はなまくらと化した。

舌打ちしてアームドギアを放棄、こちらも一度距離を取って仕切り直す。その前に響が立ちはだかった。

 

「そんな事!思ってるのは翼さんだけですッ!」

 

「どうして目を逸らすんですか!どうして見てくれないんですか!師匠も、緒川さんも、他のみんなも!みんなみんな、翼さんのことを心配してます!」

 

「今ならまだ間に合います!自分に負けないでくださいッ!」

 

「……お前に、何が分かるッ!!!」

 

翼がその矛先を響に向け、疾風の如く地を駆ける。

 

「何が防人だッ!何が剣だッ!私は何も守れなかったッ!人の命も!奏の命も!」

「あまつさえ守られたのは私の方だった……!何故だ!何故竜が私を守る!?奴が私を守る理由なぞ無い!だというのに……!」

 

「情けなかった!悔しかった!苦しかった!私だけが無力だった!私はどうすれば良かった!?答えろォォォォォーーーーーッ!!!」

 

平手を作り甲を上に、指を合わせて貫手を象る。響の胸を貫かんと、心の臓を打ち砕かんと、膨大な殺意を以て付き出される。それを弦十郎が身をもって庇おうとするのを制止した響は――優しい表情で何の抵抗もなく受け入れ、翼の体を抱きしめた。

口の端から血が垂れる。弦十郎に教わった気の扱いの応用によって貫手は心臓にまでたどり着かなかったが、いささか深めに突き刺さってしまった。しかしそれでも、響は表情一つ崩すことは無かった。

 

響の脳裏に映像が走っては消えていく。それは二年前から始まり、現在へと繋がる出会いの思い出。今の自分を作ってくれた全て。

 

 

(そうだ……)

(奏さんがわたしを救ってくれた!翼さんが、竜さんがわたしを助けてくれた!未来が今のわたしを肯定してくれた!クラスのみんなが、守りたいって気持ちを強くしてくれた!師匠が、武蔵さんがわたしに戦い方を教えてくれた!二課のみんなが、至らぬわたしを支えてくれた!)

(みんながいたからわたしがいるッ!この技は未完成――だけどこれは、みんながくれた力なんだッ!だったら使いどころは今しかない!そして、翼さんに伝えるんだ……絶対に独りじゃないってことを!無力なんかじゃないってことを!!!)

 

 

 

「……やっと、言ってくれましたね。そしてこれが、翼さんがずっと抱え続けていた悲しみ……ごめんなさい。わたし、翼さんの気持ちも考えないでずっと酷いことを言ってたんですね……」

 

「だけど、こんな事じゃ誰も救われません。翼さんは優しいから、きっと後で後悔します。だから、今度はわたしが助けます。翼さんをそこから引き上げてみせます――!」

 

ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね?という言葉と共に、胸に突き刺さった翼の貫手をゆっくり引き抜く。自分の血が糸を引いているが、それを気にする必要はない。

掴んだ腕をそのままに、右足を軸にして回転する。さらに腰のバーニアを片側だけ吹かして加速。そして速度が最高点に達したところを見計らい、上空へ竜巻のような勢いで翼の体を投げる。

 

「うおおおおおおおお!!!!これが私にできる!全力全開だあああああああッ!!!!」

 

 

脚部のジャッキを強く引き絞り、高く跳び立つ。目指すは上空で体勢を立て直そうとしている翼さん自身!

腰のバーニアを吹かしてさらに加速する。エネルギーを全て腕に込めるとハンマーパーツが自動的に引き絞られる。エネルギーが加速度的に上昇していく。あとは束ねた力を全て、一点に集中してぶつけるのみ!

 

 

「最速で!最短で!真っ直ぐに!一直線に!」

「胸の想いをッ!わたしの覚悟をッ!全部ッ!余さずッ!伝えるためのォォォォォッ!!!」

 

 

 

 

 

我流 大雪山おろし

 

 

 

 

 

渾身の拳が炸裂したその瞬間、響の視界は翠色の閃光に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は独りだ』

『私が戦わなければ』

『もう喪いたくない』

『助けてよ奏』

 

気付けば、響は廃墟の中に佇んでいた。

廃墟に炭が舞っている。変色した血がところどころを黒く染めている。廃墟を照らす光は夕日――瓦礫と炭の山の世界で、その橙に輝く光だけは美しかった。

そしてこの場所を立花響は知っている。

 

 

「ここは……二年前の、ライブ会場」

 

 

忘れる訳がない。忘れられる筈がない。あの日の地獄を覚えている。あの日の絶望を覚えている。

――だけど、あの日の希望もまた、この脳裏に強く焼き付いている。だからこそ、前へ進んでいける。それが立花響という少女の原風景。

では、翼さんは?この光景が翼さんの原風景だとすれば、二年前からずっと時間が止まったままなんじゃないか。

 

辺りを見回して探してみれば――いた。まだ新しいせいか、鮮やかな真紅の一際大きな血溜まりを背に、座り込んでいる。

 

「翼さん」

 

「よせ。私は、もう駄目だ」

 

「そんなこと言わないでください」

 

「お前にも見えるだろう?この景色が……薄皮一枚剥がせば、私の本質なぞこんなものだ。二年前と何も変わらない。ただ、無力に震えるだけの小娘に過ぎない」

 

「そんなことありません!だって、翼さんが守ってくれたから私がこうしてここにいられるんです!」

 

「それは!奏が守ったからだ……私ではない」

 

「どうしてそんなに自分を責めるんですか!翼さんに落ち度なんて……そんなの」

「では何故!竜は私から離れていったのだ!!!」

 

「簡単な話だ。私が奴のことを憎いと思ってしまったからだ。何故あの時、間に合わなかったのだと!何故奏を見殺しにしたのだと!」

 

「立花も立花だ!私こそお前を地獄に突き落とした元凶!だというのにお前は何も言わずにあろうことか私と共に戦いたいなどと!……立花は私を過分に評価しているようだが……所詮私はこの程度の安い女だ」

 

「もうやめてくれ!私が間違っているのは分かっている!これ以上私を惨めにしないでくれ!これ以上私を壊さないでくれ……」

 

「お前は太陽のようなものだ……陽の光は今の私には眩しすぎる。もう放っておいてくれないか……」

 

沈黙が場を覆う。項垂れる翼の顔は見えない。しかし――きっと涙を堪えているのだろうと、それだけは察せられた。

一秒が一分、一時間にさえ感じられるほどにゆっくりと時間が流れる。次に音が生まれたのは、どれほどか分からないほどの時間が流れてから。

翼の隣に座り、優しく語りかけるように話し始める。

 

「知ってますか?竜さん、前に私に聞きに来たんですよ。あの日の奏さんのこと」

 

「その時に言ってたんです。奏さんの死に目に会えなかったことが悔しくて、でもあんな顔した翼さんには聞けないんだ、って」

 

「翼さんがどんなに苦しかったかは……わたしにはわかりません。それは翼さんと竜さんだけの気持ちですから。でもきっと、竜さんが翼さんのことを想っていたことは本当だって思うんです。じゃなきゃ、あの時翼さんの絶唱を肩代わりなんてしないですよ」

 

「もう、やめましょう?ホントは全部分かってるはずなんです。翼さんの本心も、竜さんの本心も。だけど、ずっと目をそらしたままで……もっと素直になっていいんです。言いたいことを、もっといっぱい言ってもいいんです。竜さんだってきっとそれを望んでます」

 

「なら、立花はどうなんだ。私に言いたいことなぞ山ほどあるだろう」

 

「はい!そりゃあもう、いっぱいありますよ。二年前のお礼も、この間のお礼も、あとリディアンの近くのお好み焼き屋さんがおいしいことと、あと、ええっと……」

 

「違う!別にあるだろう?私へは……」

「翼さんを怒ったり恨んだりなんかしてませんよ。さっきも言ったじゃないですか。翼さんが……翼さんたちが守ってくれたから、こうして生きていられるんだって」

 

「それに、事件の後のリハビリだって、ずっと翼さんの歌に勇気付けられてきました。今のわたしは、そうやって色んな人に助けられてここまで来たんです。もちろん、翼さんも含めて」

 

「翼さんだってきっと同じです。緒川さん、師匠、二課のみんなが……みんななりに翼さんを助けようとしてた筈です。……あんまり表には出してないみたいですけど、竜さんも」

 

「だから、わたしからはこれだけ言わせてください」

 

「助けてくれて、ありがとうございます」

「守ってくれて、ありがとうございます」

 

 

 

 

「生きていてくれて、ありがとうございます」

 

 

 

 

「いい……のか?本当に、それだけで。お前には酷いことも言った筈だ。それを、そんな簡単に……」

 

「そんなの、当たり前じゃないですか。みんなに聞いても、きっと同じ答えをしてくれる筈ですよ」

 

翼がゆっくりと天に輝く夕日を仰ぐ。その顔は憑き物が落ちたような、何よりも優しい笑みだった。

 

「そう、か……私はまだ、独りぼっちではなかったのだな……」

 

 

それが最後の決め手だった。涙が溢れて止まらない。しかし、それを隠す気にはならなかったのだった。

 

 

 

 

 

それからしばらくして、ようやく翼が泣き止んだ頃。

 

 

「すまない。見苦しいところを見せてしまったな」

 

「いえいえ!人間は助け合いですよ!」

 

「そうだな。私はその心に助けられた……礼を言う、ありがとう」

 

「立花は確かに成長したと思う。以前とはずいぶん様変わりしたものだ。……だからこそ聞かせてくれ、立花が戦う理由を。ノイズとの戦いは遊びではない……いつ終わるかさえ分からぬ無明の世界だ。あるいは、一生かかっても終わらないかもしれない。その世界に足を踏み入れるのは軽い気持ちでは務まらん――お前は何のために戦っている?何を求めてその拳を握る?」

 

 

 

「わたし、人助けが趣味みたいなものなんです。他の人と競うのってあんまり好きじゃなくて……人助けなら、誰かと競うこともないから、って」

 

「ノイズと戦い始めたのもそうです。ノイズで困っている人がいて、わたしに何とかする力があるならわたしがやろうって思ってました」

 

「でもきっと、きっかけはあの事件だったと思います。奏さんがわたしを守るために命を燃やしたあの事件――奏さんだけじゃありません。たくさんの人があの時亡くなりました。だけど、わたしはこうして生きてます。学校に行って、みんなと笑って、ごはんだって食べられてます」

 

「だから、せめて誰かの助けになりたいんです。人助けがしたいんです。あの日、奏さんが言ってくれました――生きていてくれてありがとう、って。だから、わたしも誰かに伝えたいんです。同じように」

 

「だからこそ、わたしはみんなが生きる今日と、みんなが生きたい明日を。みんなのちょっとした日常を、守りたいんです。他でもない、その人に生きていてほしいから」

 

「立花らしいな。本当に、どこまでも前向きなお前らしい」

「その変哲も無い日常こそ、真に尊いものだ。今を生きる命を守ることこそ、防人の務め……どうやら私はそれさえ忘れてしまっていたらしい」

 

「ふふふ……そして、生きていてくれてありがとう、か。さっき私に言ってくれた言葉だな」

 

「あ……そういえば、そうでした!」

 

「何?まさか、無意識だったのか?」

 

「えへへ……そうみたいです。ホントに言いたいこと言っただけでしたから……」

 

「それだけ、奏の言葉が強く心に残っているんだろう。救った命の分だけ受け継がれるものがある……これほど簡単なことだったのか」

「本当に……強くなったな、立花」

 

「そんなことありませんって!まだまだ二課のみんなに助けられっぱなしですし……」

 

「未熟なのはお互い様、ということか。だが……悪くない。もしもお前が許してくれるなら……私と共に戦ってくれないか?他でもない、命を守るために」

 

「もちろんですッ!!!!!」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「う、う~ん……」

 

「気付いたか?響くん」

 

「あれ、ここって……もしかして、戻ってきたんですか!?」

 

「心配したぞ。意識を失ったまま二人して落ちてきたんだからな」

 

「二人して……って、そうだ、翼さん!」

 

「私はここだ、立花。お前には、ずいぶん大きな借りが出来てしまったよ」

 

「翼。体に異常は無いか?あのノイズは、響くんの一撃を受けた直後にお前の体から出て消えていったが……」

 

「心配には及びません。立花が、私を闇から助け出してくれましたから」

「そして申し訳ありません叔父様。私は、取り返しのつかないことをしてしまいました」

 

「いいや……これは俺たち大人の責任だ。お前の心の闇を分かったつもり、理解したつもりでいただけで結局何も出来なかったんだからな」

 

「理解を拒んだのは私です。思えば、それがすべての始まりでした……覚悟は出来ています。如何様にも、処罰を」

 

「その必要はないさ。さあ!まずは本部へ帰るぞ!ここから先は大人の時間だ、二人はゆっくり体を休めてくれ!」

 

 

 

 

氷に覆われた大地を目覚めさせるのは季節の風。立花響という太陽と共にやって来た春風は嵐を呼んだ。無明の中で道を探す者達は、今ここに一筋の光を見出だした。

手を繋ぎながら、いつまでも前向きに。

二人揃ってボロボロでも、そこには確かな未来への希望があった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

後方に下がった了子は内心安堵していた。デュランダルの奪取こそ成らなかったものの、完全な起動とブラックノイズの襲来によって移送計画が頓挫したからである。

そして安堵の理由はそれだけではない。ブラックノイズの襲来は彼女にとって想定外だったが、何よりもあれが放ったモノこそ彼女を焦らせる代物だった。

 

(本当に、本当に危うかったぞ……)

(あれは、おそらく呪いの類いだろう。だがあれはあまりにも強すぎる。この私でさえ二体、三体分ともなれば正気を失っていただろう。情けないが、現れたのが一体のみで助かったと言うべきか)

 

一体分だから生身でギリギリ耐えられた。そして、耐えられたからこそ、その「声」を聞くことが出来たのだ。

 

(あれは一体何だったのだ?シンプルに考えるなら呪いの意思だろうが……ゲッターとどう関わりがある?)

(いや、そもそも何故あれはゲッターを知っている?たかがノイズごときに意志があるとでも?――あり得ん話ではない。ソロモンの杖が通用しない以上、あれはノイズとは別物と考えるべきだろう)

 

(『ゲッターを滅ぼせ』、か。奴等はさながら反ゲッター勢力といったところだろうな、面白い。存外、あの老人の執着もそこに由来するのやもしれん)

 

 

 

 

「人類は宇宙の癌」「ゲッターを滅ぼせ」――それだけが、ブラックノイズの呪いから読み取れたものであった。




ビッキーの大雪山おろしは未完成なのであと一手分が+αされました
元ネタは「ガンバレ!!ムサシ」です


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急転直下

前回のを書ききってから内容が思いつかなかったのでシンフォギア一期を全話再履修してました。

そういうわけでお待たせしました。最新話です。


洋館の近くにある湖畔に一人の少女が眉をしかめながら佇んでいる。

彼女は雪音クリス――二課のシンフォギア装者たちを襲撃したネフシュタンの鎧の主である。

 

(あいつ、あれだけの短時間で完全聖遺物を起動させやがった……あたしでも半年かかったってのに)

 

その思考を占めていたのは融合症例と呼ばれる少女――立花響――のことである。己に出来なかったことをいとも容易くやってのけた彼女に、クリスの主たるフィーネが熱を上げているというその事実がクリスを焦らせていた。

 

(クソッ……あいつを狙えって「そう」いうことなのかよ。まさか、あいつさえ奪えばもうあたしは用済みになっちまうのか……?いや、フィーネはあたしに戦争の火種をぶっ潰すだけの力をくれたんだ。まさか、まさかそんなことは……!

 

フィーネは両親を失い、信用も信頼もできない大人たちの元へ送られそうになった己を拾い上げてくれた、第二の親のようなもの。それを疑うことはしたくない。

だというのに最近のフィーネの様子はどうだ?自分の研究に夢中になって、しかもあたしより例の融合症例とやらを必要としているようにさえ見える。フィーネ自身はモルモットとしてその腑分けをしたいだけだと嘯いているが、果たしてそれがどこまで本当なのか。

 

しかも最近になってゲッター線なんて胡散臭い代物にまで手を出し始めてる。一度だけモニターに映った「早乙女レポート」とやらを盗み見たことがあるが、「ゲッター線が人類をサルから進化させた」なんて与太話にしてもちゃんちゃらおかしい事が書いてあったものだからそれだけでげんなりしてしまった。

 

しかもあろうことかフィーネは最近己にゲッター線を浴びせる実験なぞをし始める始末。確かに浴びれば心持ち体が軽くなったような気もするし、ネフシュタンの侵食も若干遅くなるようになった。加えて折られた鼻の骨もあっさり治癒してしまっていいことずくめなのだが――こうも都合がいいとなにやら致命的な代償を払わされるような気がしてならない。しかも聞けばゲッター線は宇宙放射線の一種だと言う。そんなものを浴びせられるとなれば、あまりいい気はしなかった。

 

「だけど、これでいいんだよな」

 

背後から近づく気配に気づき、徐に声を張る。

 

「そう。それでいいのよ。貴女はそのままでいなさい」

 

件の女性、フィーネ。世の女性が羨むスタイルを黒い衣服に包む彼女がクリスのもとへ歩いてきていた。

 

「今度はあたしの力だけでやってやる。こんなものは必要ねえ……次の戦いであたしはあたしの力を証明してやるよ」

 

そう言うと手に持ったデバイス――ソロモンの杖――をフィーネに投げ渡し、つかつかと早足でその場から去った。

ソロモンの杖を片手で受け取ったフィーネは、ただ無感情に、クリスには聞こえない声で答えるだけだった。

 

「そう。期待しているわ」

 

――そろそろ潮時かしら。

 

彼女は脳内で冷酷な計算を進めていた。

正直なところ、見ていて彼女はもうすぐ限界だろうと思う。

彼女は口は悪いが根はとても優しい子だ。目的のためなら己の手を汚していくことを厭わないが、その実心の底ではその手段に疑問を抱いている。気付いているかは知らないが、初めてノイズで人を殺させた時から彼女は何度も「これでいいのか」と尋ねるようになった。その度に彼女自身を肯定することで私が望むように動かしてきたが……ここに来てその頻度が上がっている。おそらく、自分で自分を納得させられていないのだろう。だからこそ他人の……私の同意を求め、安心を得ようとしている。

何より彼女は私が求めているものを履き違えている。私が求めるのはあくまで駒の一つとしての役割であり、それ以上でもそれ以下でもない。だが彼女は私にそれ以上のものを求めている。

それは親愛の皮を被った依存。彼女が私をどういう目で見ているかは分かる。親を失った子は愛に飢え、それ故に親の愛を懐かしみ、憧れる。それがかつて、親に愛されて育った子ならば尚のこと。

 

(尤も、そうなるように仕向けたのも私なのだけれど)

 

しかし、彼女の協力故に己が多くのものを手に入れられたのも事実。であれば、来るべき新世界で側に置いて可愛がるのもまた一興。

 

「そこまで言うならやってみせなさいクリス……私が貴女を愛してあげる……使える内は、ね」

 

もし彼女が不要になれば告げてやればいい。己のしてきたことが一切の無駄であったことを。そうなればどんな顔をするだろうか。どんな風に心を壊すだろうか。それを想像すると嗜虐心が湧いてくる。

邪魔だった広木大臣も米国政府の手で始末させた。おかげで「カ・ディンギル」も完成間近。融合症例のデータ収集はこのまま二課で続けていればいい。後は事を成し、無限とも言える時間を使ってゲッター線の謎を解き明かす。

ゲッター線を発見した早乙女博士はまごうことなき天才だった。しかし所詮は只人。有限の命たるその身でゲッター線を解き明かすには時間があまりにも少なすぎる。故に。

 

「感謝することね早乙女博士。ゲッター線の全てはこの私が解明して差し上げるわ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「……う」

 

「――ッ!先生!患者が!」

 

「何だと!?早すぎる……すぐに処置を!」

 

寝ている間に、ずいぶん色々なものを見た気がする。

地球の誕生、生命の誕生、恐竜の隆盛と没落、人類の歴史――その全てを理解できたわけではない。しかし己が何を見ていたのか――否、見せられていたのかは理解できる。あれこそこの星の進化の記憶なのだと、そう確信できる。尤も、なぜそんなものを見せられたのかは分からないが……

 

(大方、あのストーカー野郎の仕業だろうがな……)

 

二年前、始まりの日に見た夢を思い出す。馬鹿でかい戦艦が、宇宙戦争をやってる光景。そしてその戦艦に乗ったストーカー野郎。どうせあの野郎が何かしたに違いない。もし違ったら全部あの風鳴のジジイの仕業だろう。俺が体験する不思議現象はだいたいそれで説明がつく筈だ。

 

(……ハッ。阿呆くせえ)

 

だがそんなことは俺には関係ない。たとえあれが何だろうが俺の知ったことではない。俺はただ、戦って前へ進むだけだ。

第一俺はまだオッサンだって風鳴のジジイだってぶっ倒せてねえんだ。そんなものに足を止められてる暇なんかありゃしねえ。翼のことじゃあるまいに、今更そんなことでうじうじ悩んでいられるか。

やるべきことはまだまだ多い。もっと強くなることも、翼とケリを着けることも。そのために、()()()()()()()()んだからまずは起きないと――そう考えたところでようやく気付く。自分がとても狭い場所にいることに。これは何かのカプセルの中だろうか?よくよく目を凝らせば周りで誰かが慌ただしく動いている。

視界の中でチラつく白衣を目の当たりにしたところでようやく思い出した。なぜ自分がここにいるのかを。

 

「そういや俺、また死にかけたんだったな」

 

その言葉は虚空へ溶け、何も返ってくることは無かったのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

デュランダル移送失敗から数日が経過して。再び愛すべき日常を謳歌する響の携帯に一本の通信が入る。

呼び出し人は緒川。用件は竜がICUを出て一般病棟へ移ったが、少し手が放せないので代わりに見舞いに行ってほしいということだった。

親友と行きつけのお好み焼き屋「ふらわー」へ行こうとしていた矢先のことで、再び親友に隠し事をすることに胸の痛みを覚えながらリディアンに隣接する病院へ向かう。

そして竜の病室に入ったその時である。

 

「ゑ?」

「あ」

 

窓を開け、点滴を抜いて病院着のまま窓枠に足を掛けた竜と目があった。竜の顔は告げている――「やべえ見つかった」と。

 

「」

 

「あばよッ!」

 

絶句する響。当然ながら竜はその隙を見逃さず、あっという間に窓から外へ飛び降りてしまう。呆気にとられた響が我に帰ったのはその後で。

 

「嘘ぉ!?ていうかここ三階――!」

 

いかに三階とはいえ相当高いはず。やっと集中治療が終わったのにまた大ケガするんじゃないかと急いで窓から身を乗り出すが、何のアクシデントもなく無事に着地しておりほっと胸を撫で下ろす。

 

(いやいやいやいや違う違う違う違う!何安心してるのわたし!?)

 

「ちょっと竜さん何抜け出してるんですか!?病人ですよね!?」

 

「こんなところにいてもしょうがねえ!ちょっくらシャバの空気吸って来るぜ!」

 

そう叫ぶと彼方へと走り去ってしまった。

 

「だからって脱走はダメですよぉ!?」

 

響もそう叫ぶとそのまま病室の中へ引っ込み、急いで二課へ通信を入れる。

 

「もしもし師匠!?竜さんが病院から脱走しました!」

 

『はぁっ!?』

 

二課職員による異口同音の大合唱。それもそのはず。流竜は確かに重傷だったはずである。ICUを出るのが予定より早かったとはいえ、まともに出歩けるような状態ではない……と、誰もがそう思っていた。それがまさか移って早々に脱走を企てるとは。

 

風鳴翼は深く深くため息をついた。

藤尭朔也が机に顔を突っ伏した。

友里あおいは頭を抱えた。

風鳴弦十郎は右手でこめかみを押さえている。

 

「あー、うむ。そう、だな。捜索はこちらでやっておくから、響くんは気にしないでくれ。その……なんというか、すまなかった」

 

弦十郎の申し訳なさそうな声。何ともいえない空気をまとったまま、通信はあっさりと切れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

小日向未来は焦っていた。

最近親友の響の様子がおかしい。

リディアンに入学して以来急に付き合いが悪くなり、外出が多くなった。しかも何かで悩んでいるようにも見えて……特に用務員の流さんが交通事故に遭ってから顕著になっている。

 

(この間なんて朝早くに出て夜遅くにボロボロで帰ってきて、どれだけ心配したか。最近はノイズ災害も増えてきているし、危ない目にあっていなければいいんだけど……)

 

この間一緒にお風呂に入った時なんて知らない傷が付いてたり、何だか妙に筋肉がついてたりと自分の知らないところで何かをやっているようで。

そして今日。一緒にふらわーに行こうとしていたのにまた急用。今度こそ何してるのか聞きたいけれど、踏み込むのが少し怖い。聞いてしまったらこれまでの関係じゃいられなくなってしまいそうな……そんな怖さがあった。

 

「はぁ……」

 

用事のために寄った図書室でたまたま見つけた本。『素直になって、私』というタイトルを見てため息をつく。そんな簡単になれたら、勇気を出せたらどれだけ良かったか。

 

ふと窓の外を見る。空はまだ明るく透き通っていて、自分の心の中とは大違いだ。とその時、たまたまソレが視界の隅に入った。

 

「嘘……!」

 

人が病室の窓に足をかけている。今にも飛び降りそうなその光景に驚き、思わず荷物を取り落としてしまう。すわ自殺か――そう思って狼狽えているうちにその人は少し後ろを振り返ると、そのまま飛び降りてしまった。

 

「ひっ!」

 

数秒後の惨劇を想像して思わず目を閉じる。ゆっくりと、おそるおそる目を開けると、しかし想像していた景色は無い。いやそれよりも。

 

「えっ……響!?」

 

用事があると言っていた親友が飛び降りた後の病室から身を乗り出している。いやまさかそんなあの子に限ってそんな。でも最近悩んでいるみたいだったし、響は一人で抱え込みやすい子だし。でもまさか響が目の前で飛び降りなんて――!

 

こうなったらここがどこかなんて関係ない。廊下は走っちゃいけないなんてルールは知らない。

親友の命の危機を前に立ち上がらない訳がない!

 

(ごめん響!私が悪かったから!できることなら何でもするから!お願いだから早まらないで!)

 

その願いを胸に急いで校舎を駆け下りる。この時ほど元陸上部であったことを嬉しく思ったことはない。記録が伸び悩んで辞めてしまったけれど、それでも響の助けになってくれるなら本望!

切に願った再会は、予想に反しあっさりと成し遂げられた。

 

「ッ!響ぃぃぃ!」

 

「うえっ!?未来ぅ!?」

 

「ほんとに、ほんとにほんとに響なんだよね!?生きてる本物の響なんだよね!?」

 

「ど、どうしたの未来!?どうしてそんなに慌ててるのぉ!?」

 

病院の入り口あたりで病院から出てきた響と合流した。響の手を両手で握る未来は目に涙を溜めており、響と話しているという事実に感極まっていた。

 

「だって、だってぇ……響がいなくなっちゃうってぇ……」

 

「え、ええっと……話が、まったくもって見えないんだけど……」

 

当然である。響からすれば、竜が脱走してトボトボと病院から出てきた矢先に突然親友が泣きながらすがりついてきたのだから。

 

「だって……だって今、窓から……だから、響が、飛び降りちゃうんじゃないかって……」

 

「と、とりあえず!ゆっくり落ち着いて話そう!?ね?」

 

慌ててそう言うと、未来に連れ添って今一度校舎へ入っていった。

 

 

 

 

結論から言うと、話し合いは未来が顔を真っ赤にするだけの結果に終わった。

最初に飛び降りた人は身体能力がおかしい用務員が病室から脱走するため。窓から身を乗り出していたのは脱走者の行き先を確かめるため。二人の会話が聞こえなかったが故の誤解が生んだ喜劇だった。

 

「うう……私ってなんて早とちりを……」

 

「あ、あはははは……ごめんね未来。紛らわしいことしちゃって」

 

「ううん。勝手に勘違いしたのは私だし。それにその用務員さんの行き先も分かんなくなっちゃったし……用事って用務員さんのお見舞いだったんだ」

 

「あっ……うん、そうなんだよ。えへ、えへへへ……」

 

「でも、急にお見舞いなんて、いつの間に流さんとそんなに仲良くなったの?」

 

「仲良くなったっていうか、その……人に頼まれちゃって。今用事で手が放せないから行ってきてーって」

 

「それだけで?でも、あんまり知らない人に来られて流さんも迷惑だったりしない?」

 

「ううん。その……入学式の日に遅刻してきちゃったでしょ?あの時、実は竜さんに助けてもらってたんだ」

 

「そうだったの!?なんだか、あんまり想像出来ないんだけど……」

 

実はそんなに怖い人じゃないのかな?と首をかしげる未来。確か遅れた理由は木から下りられなくなった猫を助けるためだったはず。ということはその猫を助けるのを手伝ってもらっていたんだろう。

でも単なるお見舞いならそう言ってほしかったという気持ちがほんの少し沸いて出た。

 

「ああ見えて気遣いとかもできる人だよ?さっきみたいなこともあるんだけど……」

 

「もう……分かったから。だけど、何でもかんでも安請け合いはしないようにね?」

 

「うへぇ……がんばります……」

 

「分かればよろしい。じゃあ、今度こそ一緒にふらわーに行かない?もうお腹ペコペコなの」

 

その提案は望むところだった。ふらわーに行く予定が無くなったと思ったら予想だにしていなかった事件によってお見舞いもわずか数秒で終わってしまった。こんなことなら未来と一緒に行けば良かった……と思って気が沈んでいたところだったからである。

 

「未来……うん!今度こそ一緒に行こ!」

 

従ってその答えは花咲く笑顔。待ち望んだ最高の機会を得られたことに感謝しながら、二人は上機嫌になって並んでふらわーに歩を進めるのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「ふっふーん!いやあ、すっかりお腹いっぱいですなあ!」

 

「ちょっと響食べ過ぎじゃない?」

 

「いやいやまだまだこんなものじゃないよ~?あと三枚は食べれるかも!」

 

「そんなこと言ってるとお腹に来ちゃうよ?ただでさえごはんが好きなんだから、気を付けないと」

 

「ぎくり。で、でも!未来と一緒に食べるごはんがおいしいのが悪いんだよッ!」

 

「もう。調子いいんだから!」

 

などと言いながら未来はまんざらでもなさそうにする。

 

思えば、こうして二人きりで出掛けるのは久しぶりだと思う。最近の響は悩んでばかりに思えたから本当に心配だったけど、今日の笑った響を見て安心した。ああ、響はやっぱり響のままなんだ、と。

 

この前の流星群の時のように、ここ最近の響は何かを抱え込んでいる。けれど今ならきっと勇気を出せる。だから―――そう考えた時だった。

 

 

 

「見つけたぜッ!融合症例ェェェェ!」

 

空から誰かが降ってきて、響が自分を庇うように前に出た。

 

(ッ!無関係な奴がいるのか……だったら!)

「さっさとあたしと一緒に来てもらおうか。痛い目見たくなけりゃあな」

 

その少女は、鞭のような何かを響に突きつけて着いてこいと要求する。

 

「逃げるよッ!未来!」

 

「う、うん!」

 

見るだけでも強い危険を感じ、すぐに後ろを向いて走って逃げる。

自分の手を引いて走る響の横顔は、自分が知らない響の顔だった。

 

「一体何なの!?あの子は!」

 

響は黙りこんで何も返さない。ただただ走り続けるだけ。

 

「響が一体何をしたっていうの!?いきなり急に一緒に来いだなんて!」

 

話している内にも彼女はこちらを追ってくる。まだ攻撃はしてこないけれど、それも時間の問題ではないかという剣幕だった。

 

「ごめん未来。ここからは一人で逃げて」

 

「そんな!響を置いてなんか行けないよ!一体何があるのか教えてよ!」

 

違う。こんなの私が望んだ聞き方じゃない。こんなどうしようもない時に、響のことを無理矢理聞き出すようなずるい真似はしたくなかったのに!

 

「ごめん。それは言えない……約束が、あるんだ」

 

「そんなの!私じゃ響の助けになれないの!?」

 

「……ごめんッ!」

 

そう言うと響は体を後ろに向け、迫る彼女と対峙した。

そして……

 

――Balwishal nescell gungnir tron――

 

「要救助者が、一人。救助をお願いします……ッ!」

 

「響!」

 

「ごめん……わたしは、未来を巻き込みたくないんだッ!」

 

それだけ告げると響は彼女に立ち向かい、一緒に向こうの方へと消えてしまった。

 

「響……」

 

私はただ、呆然とすることしかできなかった。しばらくすると、黒服の人たちが来て。

色々な説明をしてくれたけれど、それはまったく頭に入ってこなくて。

まるで手を繋いでいたはずの響が一瞬で手の届かないところに行ってしまったような……そんな感覚に襲われ続けていた。

 




最近あんまり感想がもらえなくて寂しい…
いやまあ自分の文があまり良いものではないからっていうのは分かってるんですけど

感想を下さると死ぬほど喜ぶのでよろしくお願いします(乞食)


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その名は

UA40000突破ありがとうございます。
この駄文がここまで来たのも定期的に見てくださる皆様のお蔭です。本当にありがとうございます。




「よう、奏。久しぶり」

 

病院を抜け出した竜。彼女が向かったのは墓地だった。墓の主は天羽家……天羽奏である。墓石を水で洗い、花を取り替え、線香を上げる――幾度となく繰り返した一通りのルーチン。それは慣れた手つきで行われ、両の手を合わせると灰も骨の一つさえ入っていない墓にゆっくりと、穏やかに語りかける。

 

「また死にかけちまったよ。だが後悔はしてねえ。ちょうどいい気付けになったからな、お蔭でバッチリ目が覚めたぜ」

 

「ケリを着けてくる。……悪かったな、心配かけちまってよ。だが俺はもう大丈夫だ。あいつとはもう前みたいには居られねえだろうが、それでも行ってくる。だからゆっくり見守ってくれよな」

 

 

 

 

「あばよ、ダチ公」

 

 

 

 

んじゃ、行ってくるぜ。

右手をひらひらと振り、その言葉だけを残してこの場を後にする竜。確かな決意を固めた背中を押すように、穏やかな風が一陣吹いていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

未来を一人逃がした響はクリスと対峙していた。ギアを纏うや否や未来がいる場所とは正反対の方向へ走り出す。

クリスもその目的を察したが、その行動に敢えて乗っていた。――奇しくも響と同じ理由で。

そして街中からそれなりに離れた所で二人はようやく向かい合う。

 

「ここでケリをつけようって腹か?あたしはどこでやろうが構わねえけどな」

 

「ケリって……うん、確かにそうかも」

 

響はたどり着いた場所で立ち止まり、はっきりとクリスを見据えると深く深呼吸をした。

心を落ち着かせ、正面から向き合い、己の決意を言葉に乗せて、望むままにカタチと変える。

 

「わたしはッ!立花響十五歳!九月十三日生まれッ!血液型はO型!身長はこないだの測定では一五七センチ!体重は……もっと仲良くなったら教えてあげるッ!」

 

ケリをつけるという言葉に同意した響に対し、クリスはやっとその気になったのかと身構えた。しかし肝心の響が向かってくるわけでもなく突然自己紹介を始めたことに出鼻を挫かれる。はっきり言って、拍子抜けだった。

 

「趣味は人助けで、好きなものはごはん&ごはんッ!そして、彼氏いない歴は年齢と同じィッ!」

 

「はあ!?お前、いきなり何言ってんだよ。まさかトチ狂ってお友だちにでもなりに来たのか?」

 

「トチ狂ったわけじゃないッ!わたしは本気で言ってるんだ!わたしたちはノイズと違って言葉が通じるんだから……だから話し合おうよ!わたしたちは戦っちゃいけないんだッ!」

 

「けっ。相変わらずの甘ちゃんかよ」

 

呆れた様子で深呼吸を一拍置く。そして次の瞬間には目を強く見開き、激情を隠そうともしない表情を露にする。

 

「反吐が出るんだよッ!そういうのは!何も知らねえで、ただただ気持ちのいいことばかり言いやがってッ!」

 

「どう言われたっていい!これがわたしの戦いなんだッ!」

 

「黙れよ……黙れッ!そんな綺麗事を振りかざすなッ!分かりあえるものかよッ!人はそんなふうにできちゃいないって言ったよなァ!」

 

その言葉と共に両の鞭を次々と叩きつける。しかしいずれも響の身のこなしにかわされ、避けられ、空を切る。

 

「それでもッ!」

 

「うるせぇッ!そういうところだよ……!そうやっていつまでも叶いやしない夢を追いやがって!ありもしねえ幻想を見やがって!現実も知らねえ奴が、知ったような口をべらべらと!」

 

 

 

「お前のそういうところが気に入らねぇんだよッ!あたしはァァァァ!!」

 

 

 

「お前を引きずってこいとは言われたが、そんなもんはどうだっていい!お前だけはこの手でぶっ潰す!その下らねえ夢も!現実を見ようとしない目も!お前の全部全部全部全部全部!あたしのこの手で!ぶっ壊して!踏みにじって!否定してやるッ!」

 

怒りのままにネフシュタンを振るい続ける。

己の居場所を揺るがす奴は許さない。できもしない夢ばっかり見ている奴が気に食わない。そんな奴だけは絶対に許せないのだと、胸の怒りをカタチと変える。その力の名は――

 

「こいつで吹っ飛べッ!」

 

 

NIRVANA GEDON

 

 

ネフシュタンの鞭から放たれる人間大を超える大きさをした黒白のエネルギー弾。それは響を、腕によるガードの上から押し潰し、挽き潰すべく迫り来る。

 

「わたしだって、やられるつもりは――!」

 

「持ってけダブルだァッ!」

 

二発目。最初の弾と重なるように放たれたそれは響が受け止めたものをさらに加速させ、炸裂させる。さしもの響とてその巨大なエネルギーの炸裂には耐えきれず、思いっきり後ろへ吹き飛ばされる。

 

「くううううっ!」

 

しかしやられっぱなしでは終わらない。吹き飛ばされながらも体を無理矢理回転させ、受け身を取る。そのため復帰は早く、すぐに立ち上がって構え直すことができた。

 

立ち込める土煙が響の身体を完全に覆い隠していることも幸いした。立ち上がったことを悟らせないまま、反撃の態勢を整える。

 

(アームドギアさえあれば、っていうのはきっと違う。わたしの体はまだ動く。だったら必要なのはわたしの意志だけだッ!アームドギアは、きっと後から着いてくるッ!)

 

一度の深呼吸。意識を両腕に集中し、ギアのエネルギーを送り込んでいく。そしてエネルギー量に呼応して、腕のハンマーパーツが引き絞られる。

 

(イメージするのは翼さんと戦った時の、想いを伝えるための拳!

あの子はわたしに怒りをぶつけているけれど、何だか悲しそうな感じがする。もしそれがあの子の想いだというのなら、なおさらこれで終わりにしちゃいけないッ!)

 

土煙が晴れ、二人の視線が交錯する。その時クリスが見たのは両の足で強く地を踏みしめ、心を研ぎ澄ませている響の姿。

次が大技になる――そう直感したクリスは一撃で仕留めるために刃を差し向ける。これまでで最も素早く、最も鋭い刃は、しかし片手で掴み取られる。

 

「雷を、握り潰すようにィィィィィ!」

 

気炎万丈。強く地を蹴り、鞭を引いてクリスの身体を引き寄せる。

乾坤一擲。拳を強く握り、腰のバーニアを吹かし、流れに身を任せるように前へと突き進む。

 

「最速で!最短で!真っ直ぐに!一直線にッ!これがわたしの全力全開だァァァァ!!」

 

これ以上ないほどの直撃。その瞬間に撃鉄が解放され、轟音と共に凄まじい衝撃がクリスを襲う。直撃部分の鎧は素肌が露出するほど砕け、そこを中心にヒビがクモの巣のように入っている。

 

「がはっ…………!」

(こいつッ!分かってはいたが明らかに前とは違う……何が変わった?覚悟か?)

 

息が出来ない。全身を鈍い痛みが襲っている。ネフシュタンでもなければ確実に骨の三本や四本は持っていかれていたという確信さえある。だがしかし。

 

(まだだッ!ネフシュタンの侵食はまだギリギリ始まってない!この追撃さえ乗りきれば、やりようはいくらでもある……ッ!)

 

 

  何故どうして  広い世界ので

  運命はこの場所に 私を導いたの?

 

  繋ぐ手と手 戸惑う私のため

  受け取った優しさ きっと忘れない

 

 

しかし何も来ない。響は追撃どころか、無防備な体勢で目を閉じ、ただ歌い続けているだけだった。

絶唱並みの力を出せる上に、大きすぎるほどの隙。それを全て見逃すという攻撃意思の明確な放棄――それに手加減されていると感じたクリスは今一度激昂する。

 

「てめえ!このあたしを、雪音クリスを舐めてんのかッ!」

 

「そっか。クリスちゃんって言うんだね」

「やっぱり、わたしたちは戦っちゃいけないよ。同じ人間で、同じ言葉を持ってるなら話し合えるんだ。そうすればきっと分かりあえる。だからもう終わりにしようよ!こんな戦いはッ!」

 

呆れた。呆れて物も言えない。互いにやりあっても尚、その下らない理想を捨てていないのか。

次に溢れたのは怒りだった。話し合えば戦いを終わらせられる?そんなわけがない。それで終わるんなら戦争なんかとっくに根絶されている。

だから認められない。認めたくない。もしそうなら、戦争の火種を力でぶっ潰す自分の理想は、そのために手を汚してきたあたしの意味はどうなってしまうのか――!

 

「臭えんだよお前は……!嘘臭え!青臭え!そんなベタな台詞で今更あたしが止まれるとでも思ってんのかッ!」

 

鞭はもう必要ないとばかりに五体を用いた肉弾戦を仕掛ける。自ら接近して行う至近距離での戦いともなればより地力が高い方が勝つ。然らば完全聖遺物で敗れる道理はここにはない。現に響は防戦一方のまま反撃の糸口さえ掴めていない。しかしクリスは一つ失念していたことがあった。

それは、今の響は一人ではないということ。

 

 

「涙を束ねし一点突破……蛇の皮を穿つには上等すぎる程だな」

 

 

千ノ落涙

 

 

「何ッ!?ぐうううううっ!」

 

響との戦いに意識を向けていたが故に反応が遅れ、まともに直撃を受ける。通常多対一を想定し、刃を一帯に注がせることで殲滅を図る千ノ落涙を敢えて一つと束ね、貫通力・破壊力共に高めた派生技がクリスの頭上から降り注ぐ。

 

「遅れてすまない、立花。遅れた分は働きで以て挽回してみせよう。私はもう成すべきことを誤るつもりはない!」

 

「翼さん!」

 

復活を遂げた風鳴翼の現着に響の士気も格段に上がる。ブラックノイズとの同化により大きな負担が掛かった心身も既に完治。精神的にも余裕を得て、ネフシュタンを前に遮二無二襲い掛からない程には落ち着きを取り戻していた。

 

「お前ェ……」

 

「すまないな。あまりに隙だらけだったもので、つい手が出てしまった。何、ちょっとした意趣返しというものだ。これくらいは構わんだろう?」

 

デュランダルの時の借りは返したぞ、と翼が悪戯が成功した子供のように得意気に笑う。

それは戦場で精神に精彩を欠き、一つの敵に気を取られすぎると足元をすくわれるという実体験を相手にも身を以て味わわせるための翼なりの意趣返し。

これまでクリスに散々にやられてきた翼が溜飲を下げた瞬間だった。

 

 

「ちっ……もう新手が来やがったか。だがお前みたいな出来損ないが増えたところで何が出来るッ!」

 

「さて、な。少なくとも、己が戦を貫徹せんとする後輩の露払いくらいは遂げられよう。ところでこれは経験談だが、怒りに身を任せた戦い方はあまり褒められたものではないぞ」

 

「はいはいそうかよご高説どうもッ!」

 

これ以上は攻め込めないと判断し、一度距離を取る。正直、たった一人が参戦するだけでここまで分が悪くなるとは思っていなかった。ついこの間まで出来損ないと足手まといだと揶揄した奴らが!

既に完全聖遺物の地力で押しきる段階は超えてしまった。このまま行けば確実に融合症例を拐ってこれないし、ネフシュタンの侵食だって始まってしまうだろう。

しかし、ここまで来て空手で帰るわけにはいかない。そんなことをすればフィーネに何と言われるか……!

 

一瞬首から下げた赤いペンダントに意識を向ける。ネフシュタンを捨てて、これを使うべきかと僅かに迷う。

正直言って「こいつ」は使いたくない。歌うのは嫌いだから。だが時間が無いのもまた事実。何も得られない事と歌うこと、二つを天秤にかけて辿り着いた答えは。

 

 

「まとめて吹っ飛べッ!アーマーパージだッ!」

 

 

――Killter ichiibal tron――

 

 

 

「歌……だと?まさかッ!」

「この歌は……クリスちゃんが!?」

 

装着される第四のシンフォギア、その名もイチイバル。十年前に失われたそれが、今二人の前に立ちはだかる。

 

 

「こいつがイチイバルだッ!あたしに歌わせたことを後悔させてやるッ!」

 

 

傷ごとエグれば  忘れられるってコトだろ?

いい子ちゃんな正義なんて  剥がしてやろうか?

 

 

腕のパーツがそのままボウガン型のアームドギアと化して矢の形の弾を撃ち放つ。

さらにダメ押しとばかりにアームドギアをガトリングに変形、先程の数倍の量をバラ蒔いていく。

一見感情のまま乱雑に量を撃ち込んでいるように見えるが、その実は二人をこの場に釘付けにするための牽制。本命は腰部でその時を今か今かと待ち望んでいる。

 

翼もそこまでは読めている。確かに弾の一発一発に仕留める意は感じられるが、先程までのネフシュタンの時と違い比較的それが薄い。となれば向こうが切り札を切る前にこの場を離れ距離を詰めておきたいという心持ちだった。

 

「突っ込むぞ立花ッ!死中に活を見出すのだッ!」

 

「この中にですか!?」

 

「この弾幕は囮ッ!あちらが本命を切る前に始末をつけるッ!」

 

「気づいたところでもう遅えッ!』

 

 

 

さあお前らの全部全部全部全部全部

 否定してやる  そう

 

 

否定してやらぁああああッ!

 

MEGA DETH PARTY

 

溜めに溜めた全弾発射。両腕からはガトリングの弾を、腰部からは無数のミサイルをぶっ放す。

 

 

 

「ッ!私の後ろに回れッ!」

 

流石と言うべきか、翼の反応は早かった。アームドギアを巨大化させて横薙ぎの蒼ノ一閃を放ち、前方からの弾幕に対応する。

 

「んな小細工が通じるかよッ!」

 

しかしそれだけでは撃墜しきれない。如何に蒼ノ一閃と言えど所詮は単発の斬撃。絶え間なく発射される弾丸の雨あられや、撃ち漏らしのミサイルが翼の守りを掻い潜る。そして無数の弾幕が二人に襲いかかったその時。

 

 

「おおおおおおりゃあああああああッ!」

 

 

 

上空から幾条もの熱線が降り注ぐ。それらは二人の周囲の弾幕を余さず粉砕し、遅れてやってきた女の露払いとしての役割を十全に果たす。

 

 

 

真紅と白の装甲。風にたなびく赤いマント。腰部から伸び、腹部インナーを覆うように増設された腰部アーマー。ヘッドギアには特徴的な二本の角のような装飾。

その見慣れた後ろ姿に、翼が口角を吊り上げる。

 

「随分遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 

「まさかお前からそんな言葉を聞くなんてな。どういう風の吹き回しだ?翼」

 

「もう何も、失うものかと決めたのだ。貴様こそ些か面構えが変わったのではないか?」

 

「腹を括った。それだけだ」

 

「ならば後で話がある。付き合え」

 

「いいぜ。ケリを着けようじゃねえか」

 

「フ。前哨戦で敗れてくれるなよ」

 

「へっ、俺を誰だと思ってやがる」

「俺は不死身の流竜様だ!こんなところでやられるような安い女じゃねえ!」

 

流竜、ここに復活。足取りはこの間まで集中治療を受けていたとは思えないほどしっかりしていて、握る拳にも迷いは無い。もはや己を遮るものは何もないと吼える姿は、以前よりも力強く見えた。

 

「ちょっと竜さん!どこ行ってたんですか!?」

 

「野暮用だ!遠出したおかげでちょいと遅れちまったが来たからには心配いらねえ。ぶっ潰してやるぜ」

 

「待ってください!あの子は……クリスちゃんとはお話すれば分かるはずなんですッ!」

 

「ああ?また半端なこと言うつもりじゃねえだろうな?」

 

「違います!これがわたしの戦いなんです。クリスちゃんと、手を繋ぐためにも!」

 

竜は少し驚いた。竜が見たことのない、響の目。あの夜とは別人のような、迷いのない決意に満ちた目だった。覚悟を決めた、戦士の顔だった。

 

「お前……」

 

「お願いします。手伝ってもらえませんか?」

 

二人の目が合う。僅かな時間ではあったが、響が本気であることはその間からでも読み取れた。

 

――あのひよっ子が、少し見ない内に随分様変わりしたもんだ。

それが竜の率直な感想だった。

 

「やれんのか?」

 

「やれるかどうかじゃありません。やるんです。全力でぶつかっていきますッ!」

 

「……ったく、しょうがねえな。だが言ったからには徹底的にやれ。じゃなきゃ承知しねえぞ、響!」

 

「はいッ!」

 

そして竜に用があるのは響たちだけではない。二課本部もまた、彼女の復帰を喜ばしく思っていた。

ただし、その前に物申したい気持ちで一杯だったが。

 

『竜くん、くれぐれも無理はするなよ。そして、帰ったらすぐにメディカルチェックと説教だ。覚悟しておけ』

 

「げ……治ったんだからいいじゃねえか」

 

『検査前に脱走なぞするからだ。治ったかどうか、素人判断ほど危険なものは無いのだからな』

 

「わーったよオッサン」

 

うげえ……と憂鬱な気分で本部との通信を切る。そして改めてクリスと向き合うと、両の頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「これで三対一だな。降参するなら今の内だぜ」

 

「誰がするかよそんなこと。死に体でおねんねしてた奴が出てきたところで怖かねえ」

 

「だったらでかい口利いたことを後悔させてやる!」

「その前に吹っ飛ばしてやる!」

 

二人が動いたのはほぼ同時だった。後退しながら弾丸を雨あられと浴びせようとするクリスと、真正面から突き進み白兵戦に持ち込もうとする竜の構図。そしてこの状況が動くのに時間はそう掛からなかった。

 

「トマホォォォォク!ブゥゥメランッ!」

 

絶え間なく押し寄せる弾幕。一部は腕甲で弾き、一部は手斧で弾き、一部は気合いで耐えきり。

弾幕の間隙を縫うように手斧のアームドギアを投げつける。

 

「そんな見え見え、当たってはやれねえなッ!」

 

しかしそれはクリスの正面。勢いよく回転しながらクリスに襲いかかったそれを彼女は撃ち落とせないと判断、体を捻る事で容易く回避される。

無論、竜の狙いは投げた手斧を当てることではなく、こうして回避運動を取らせること。その隙を突くことを目論んでいたのだが、それはクリスも想定通り。回避運動を取りながらもきっちり片腕の銃爪は竜へ向けて引いたままである。

 

「へへっ。お前みたいな単細胞の考えなんかお見通しなんだよッ!あたしがそんな隙を作るとでも思ったか?」

 

「馬鹿かお前。俺が何て言ったかもう忘れちまったのかよ?」

 

「あん?」

 

竜の言葉を疑問に思い、ガトリングをぶっ放しながら記憶を辿る。最後に言った言葉は何だったか。記憶が正しければ、確か「トマホークブーメラン」と叫んでいたような……?

 

「まさかッ!」

 

「こういう搦め手は好きじゃねえが、やってみりゃ案外上手く行くもんだな」

 

これこそが本命、手斧と己による挟撃。撃ち落とせない投擲物と無視してはならない本体によるコンビネーション。

 

クリスには信じられなかったが、目の前の相手はガトリングによる被弾を気合いで耐えながら真正面から向かってきている。最早よそ見をしている暇はない。

背後からは手斧が迫ってきている。撃ち落とせないことは分かりきった事実であり、回避しようにも目の前の奴が見逃す筈がない。上へ跳ぼうものならさんざん見慣れたゲッタービームとやらのいい的だ。

 

――詰み。その一言がクリスの脳内をよぎる。そしてそれが確信に変わった時には既に、彼女は身動きが取れないようにされていた。

 

「クソ……何だよ。前とは大違いじゃねえか」

 

「俺が本気を出せばざっとこんなもんよ。これでお前もお終いだ」

 

身動きが取れなくなったクリスを響と翼が取り囲む。

首筋に手斧を突きつけられ、少しの身じろぎすら見逃さないとばかりに監視されている状況。

 

――あたしもここまでかよ。まだ何一つやれてないってのに……!

 

悔しさがクリスを苛む。戦争根絶どころか、火種の一つすら潰せないまま終わってしまうことが心底口惜しい。しかしこうなってしまった以上、この状況を覆すことは出来ない――そう諦めかけたその時。

 

 

 

「はぁ。貴女はどれだけ私を失望させるつもりなのかしら?クリス」

 

女の声が辺りに響く。それと同時に、竜の頭上から何体もの飛行型ノイズが螺旋状に変形して急降下攻撃を仕掛けてくる。竜はそれを舌打ちしながら手斧で炭と変えるが、そのせいで拘束が緩みクリスを解放させてしまった。

下手人は黒い衣服に身を包む妙齢の女性――フィーネその人である。事前にクリスから渡されていた手元のソロモンの杖でノイズを操りあっという間に盤面をひっくり返してみせたのだった。

 

「フィ、フィーネ!悪い、おかげで助かった」

 

「何を勘違いしているのかしら。私は別に貴女を助けたつもりなんか無いわ」

 

「ッ!危なああああああい!!!」

 

響が呆然とするクリスの元へ飛び込み、竜に差し向けられた数のおよそ数倍のノイズから彼女を庇う。そのためにガトリングはバラバラになってしまったが……何とか命を救うことはできた。

 

「おまっ……!何やってんだ!あたしは敵だぞ!」

 

「ごめんクリスちゃん。体が勝手に動いちゃって……」

 

「……礼は言わねーぞ。それでこりゃどういうつもりだよッ!フィーネ!!!」

 

「察しの悪い子ね。貴女はもう要らないと言ってるのよ」

 

「……嘘、だよな?だって、お前の言う通りにしてれば、戦争の火種をぶっ潰していけば、人類は一つになれるって!戦争なんかもう無くなるんだって!だから!」

 

「ああ……そんなことも確かに言ったわね。尤も、そのやり方じゃ一つ潰して新しい火種を二つ三つばら蒔くのが精々だけど」

 

「何言ってんだよ……!お前がそうしろって言ったんじゃないかッ!」

 

「ごめんなさいね、嘘なの。貴女には私の代わりに働いてもらわないといけなかったもの」

 

「じゃああたしは何のために今まで……」

 

クリスが半ば涙を流しながらフィーネに問う。しかしフィーネさ答えを返すどころか、ただ彼女を突き放すだけだった。

 

「余計な問答はここまでよ。これが最後の慈悲……どこへなりとも行きなさい。尤も、どこに行こうが貴女の命は危ういことに変わりはないけれど」

 

それだけ言うと自らネフシュタンの鎧を身に纏い、ソロモンの杖を構えて撤退の姿勢を見せる。

 

「はん。これだけ言って結局逃げんのかよ。大物面して出てきた割には大したことねえんじゃねえか?」

 

「ゲッター、そして流竜……私の計画最大のイレギュラー。でも感謝するわ。貴女のお蔭で私の計画はより磐石になったんだもの」

 

「だったらその計画とやらを聞かせてもらおうじゃねえか」

 

「それは出来ない相談ね。貴女がこちら側に着くなら、考えてあげてもいいけれど?」

 

「馬鹿も休み休み言ってろ。自分の為に働いた奴にこんな仕打ちをする奴なんざ信用できるかよ」

 

「交渉決裂ね。それじゃあ私は大人しく退散させてもらいましょうか。次も見せて頂戴な、さらなるゲッター線の神秘をね」

 

「誰がてめえなんぞの為に!てめえは一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねえッ!」

 

空を駆けて飛び去るフィーネ、その黄金の姿を竜が追う。途中でノイズの妨害を幾度となく受けるが、それら全てを軽々と蹴散らして彼女に迫らんとする。しかし結局追い付くことは敵わず、途中で完全に見失ってしまうのだった。

 

 

その一方。取り残された者たちはと言うと、立ち尽くすクリスを響が支えようとしていたところだった。

 

「ッ!あたしに構うなッ!」

 

クリスが響の手を振り払う。すると今度は助けを拒むクリスの手を翼が軽く握り、可能な限り刺激しないように、優しい声色で語りかける。

 

「すまない。重要参考人としてお前を二課へ連れていきたいのだが……同行してもらえないだろうか。敵に利用されていたとなれば、きっと悪いようにはしない筈だ」

 

「んなもん信用できるかッ!」

 

しかしそれもクリスは強い拒絶を露にする。信じていた相手に裏切られたばかりで気が立っているというのもあるが、それ以上に何が信じられて何が信じられないのか――自分を支えていた精神的な支柱が崩されたという事実が彼女を追い詰めていた。それが彼女を孤独へと走らせる。何よりも孤独を恐れるにも関わらず。

 

 

 

そうして彼女は差し伸べられた手を握ることなく逃げ去って行く。行く宛もなく、生きる宛もなく。

武器持った手では相手の手を握れない。されど武器を捨て無手となれば握り返すことができる。しかし――握ることを恐れる者にその論理は通じない。

武器を失い、無手となったが故にクリスは二人から逃れることができた。それは手を繋ぐことを信条とする立花響にとって、皮肉とも言える結果だった。

 

 

 

 

 




最近この主人公が女であることを忘れてしまう病にかかってしまいました。


(3/20更新)
後半部分があまり好きではなかったので大幅に改稿しました。

感想・評価お待ちしております。


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流るる翼に淀みなく

仕事が忙しかったのと展開が思い付かないことの二重苦で結構間が空いてしまいました。すみません。



二課の一室。小さめの部屋で竜と翼が向き合っている。

こうして会っていることは他の職員には話していない。竜が弦十郎にたっぷり絞られてからそれなりに時間が経ったとはいえ、まだメディカルチェックの結果も出ていない今、これから始める「儀式」のためには邪魔が入らない方がいいからである。

 

「言いたいことは多くある。故に、一つ。まずは端的に、かつ簡潔に言わせてもらおう」

 

「……ああ。言ってみろ」

 

「表に出ろ」

 

その言葉に竜はニヤリ、と好戦的な笑みだけを返した。

 

 

 

 

 

「ここなら良いだろう。誰の邪魔も入ることはない」

 

「いいぜ。派手におっ始めるか」

 

ああ、と翼が肯定する。そして竜に体を近づけると至って落ち着いた体でゆっくりと話し始めた。

 

「私はお前に恨みがある。……お前も察しているだろうがな」

 

「奏が死んだのはお前のせいだ。何故間に合ってくれなかった?お前さえ遅れなければ奏は絶唱わずに済んだやもしれんというに」

 

「その通りだ。言い訳をするつもりはねえよ」

 

「随分殊勝なのだな……!」

 

そして翼は竜の顔を殴る。その拳を甘んじて受けた竜はわずかにたたらを踏む。

 

「ぐ……だがな、そう言うお前はどうなんだ。お前が着いていながら何で奏に絶唱わせた!俺が来るまで待てなかったのかよ!」

 

そう叫ぶと今度は竜が殴り返す。

 

「ぐう……そんなもの百も承知!私の弱さが奏に絶唱を歌わせた!多くの人命を失わせた!ブラックノイズなぞ言い訳に過ぎん……己の鈍らぶりにどれだけ怒りを覚えたか!」

「この二年、ずっとこの感情が胸に燻っていた……お前への怒りが!己が無力への怒りが!奏を失った絶望が!」

「頭がどうにかなりそうだった!私がお前に向ける感情が、あってはならぬものだということは分かっている!だが理屈では止められんのだ……!お前さえ、お前さえあそこに居てくれればと!それすら己の弱さだと分かっていたとしてもなッ!」

 

竜が拳を振るい、翼は腕を剣と見立て斬撃を繰り出す。二年間で溜まった互いへの感情が交錯し、喧嘩という形で現出する。いつも止めてくれた奏はもういない。この光景を見たら止めるであろう大人たちからも遠ざかった。故にこれを止める者はいない。――否、いたとしても止まらないだろう。あるいは止めんとする者を殴り殺してでも止めようとしないかもしれない。

何故ならこれこそが二人の選んだ道――「ただ真正面からぶつかりに行くこと」であり、因縁の清算に最も適した方法だと信じているからだ。

 

そしてこの時を待ち望んでいた者がいる。止まった時を動かす時を待ち望んでいた者が。己が目覚めた時、必ず因縁を終わらせようとしていた者が。

 

「やっと言いやがったか。俺はずっとそいつを待ってたんだよ」

 

翼の貫手を受け止めた竜が顔を近づけ、頭突きの要領で額を付き合わせる。互いの息遣いさえ分かるほどの距離で、翼と目を合わせる。その目には微かに後悔が宿っていた。

 

「あの状況を俺一人でどうにかなったとは思えねえ。だがそのせいであいつを殺しちまった……そう思えてしょうがねえんだ!」

「何人助けようが、俺は一番助けたかった一人を助けられなかった!それがどれだけ悔しかったかッ!」

「分かってたさ!お前が俺を恨んでることくらい!だから甘んじて受け入れるつもりだった……なのに何でお前は何も言わなかった!?何で俺を責めようとしなかった!?お前にはその資格があるだろうが!」

 

「半死半生の者に言って何になる!第一言えるはずが無かろう……そんなものは己を棚に上げたただの八つ当たりだッ!」

 

「八つ当たりで上等じゃねえかッ!それとも俺がその程度でお前を嫌うような薄情者とでも思ってやがったのか!」

 

「現にそうなっただろう!」

 

「馬鹿野郎!俺はそんなこと一時も思っちゃいねえ!」

 

「だったらなぜ私から距離を置こうとした!言ってみろッ!」

 

「そいつは……時間が必要だと思ったからだ!お前にも、俺にも!」

 

「余計なお世話だ!」

 

「なにぃ!?てめえがひでえ面してるからそうしたんだろうが!自分がどれだけ窶れてたか覚えてねえのか!?」

 

「そういうのが余計なお世話だと言っているッ!そういうところで無駄な気遣いなぞ見せおって!お前がらしくない真似をするからここまで拗れたのだろう!?」

 

「んだとぉ!?てめえだって拗らせまくってたじゃねえか!響の奴に随分当たりが強かったよなァ!」

 

「そういう貴様は随分あっさりと気を許していたな!あの時は奏のガングニールをどこの馬の骨とも知れぬ輩に使われるのが許せなかっただけだ!貴様とて同じだと思っていたのだがな!」

 

「お前と一緒にすんな!ってかいくらなんでも重すぎだろ!?奏にしてもいい迷惑じゃねえのか!?」

 

「奏なら許してくれる!」

 

「想像しやすいのが腹立つな畜生!奏はいつもお前に甘かったからな!」

 

「貴様にも十分甘かったと思うがな!隣の芝は青いとはこの事よ!」

 

二人の喧嘩はさらにヒートアップする。溜め込んでいた不満は次第に時間を遡り始め、日常的な領域にまで足を踏み入れる。

しかし二人には本気で相手をどうこうしようとする意志は無かった。戦い続けているにも関わらず、打ち負かそうとする訳でもなければ相手に勝つ気もない。

その本質はむしろ互いを確かめ合うような、互いを求め合うような逢瀬にも似ていた。

 

 

「三人で食事している最中に突然屁を出したのは誰だ!奏が笑ってやり過ごしたから良かったものを……貴様いくらなんでも女を捨てすぎだろう!」

 

「は~~~!?お前が言えた柄じゃねえだろうが!お前が片付けどころか家事が何にも出来ないことを俺が知らねえとでも思ったか!」

 

「私は防人として、剣として生きてきた身だ!出来ぬのも仕方あるまいッ!」

 

「そいつは胸張って言うことじゃねえだろうが!!」

 

「斯く言う貴様のような粗忽者に出来るとも思えんがな!」

 

「ちっとはな」

 

「は?」

 

「俺は戦いだけで生きてきたような女だがな、その辺りは親父がてんで駄目駄目だったからよ。少しくらいは出来るぜ」

 

「なんだと……私がお前よりも、下?」

 

「分かったか!俺が上でお前が下だ!それが嫌ならいい加減慎次におんぶにだっこはやめるこったな!」

 

「ぐぬぬ……それはそれ、これはこれだ!」

 

「開き直ってんじゃねえ!!そんなだから奏とオッサンにも迷惑かけてんだろうが!!」

 

「奏と叔父様に何の関係があるという!」

 

「いつまでたっても片付けが出来ないから心配なんだとよ!俺にまで相談してくるんだ、よっぽどだろうぜ」

 

「ちいっ!これだから貴様にだけは知られたくなかったのだ!」

 

「いい加減観念して掃除くらい自分でやりやがれ!」

 

喧嘩は次第に深刻な気配を無くしていき、それに反比例するように周囲の空気は馬鹿馬鹿しさを増していく。

その癖二人の顔は至って真剣であったことは救いなのかどうか。少なくともこの場に奏がいれば確実に苦笑いしていただろう。

 

 

「貴様は戦い方がなっていない!毎度毎度馬鹿の一つ覚えのように無策で突っ込んで!いい加減に退くことを覚えろッ!」

 

「俺の殺り方に文句があるってのか!?お前だって似たようなもんだったろうが!」

 

「断じて違う!私はきちんと計算の上で突っ込んでいる!お前のような猪武者とは訳が違うのだ!」

 

「結局突っ込むんじゃねえかよ!だったら何の違いもありゃしねえだろ!」

 

「ち・が・う・の・だ!!」

 

ぎゃあぎゃあと騒がしい二人の喧嘩は数時間ほど続いた。その子どもじみた言い争いの中身に反して両者の戦いは互いの戦闘技能の粋を集めたものであり、二人に多大な消耗を強いることとなった。

結局、最終的に並んで仰向けに倒れた頃には揃って息を切らしていたのである。

 

そしてようやく息が整った頃、頃合いを見計らって竜が徐に口を開く。

 

「……羨ましかったよ。お前だけが奏を看取れた」

 

それは唯一の未練。奏の死に目に立ち会えず、別れを告げることさえ許されなかった者の後悔。

何度墓前に立とうと決して叶うことのない過去の願望。

それが生み出した、己が成せなかったことを成した者への羨望。

 

「私もだ。お前だけがあの地獄で多くを救った。仲間も、無辜の命もな……私達では、ノイズと戦うだけで精一杯だった」

 

それは無数の未練の一つ。多くの観客を死なせ、無二にして最愛の相棒を死なせてしまった者の後悔。

己が永遠に背負い続けるべき十字架。

そして、共に同じ十字架を背負いながらもその中で抗ってみせた者への羨望。

 

「俺が欲しかったものがお前にとっちゃ後悔で、お前が欲しかったものが俺にとっちゃ後悔、か。世の中ってのはどうしてこうも上手く行かねえのやら」

 

「だが、もし逆だったとしても同じ後悔を抱いていただろう……済まなかった」

 

「何のことだ?お前に謝られる筋合いはねえぜ」

 

「何って私はお前をずっと……」

 

「んなもんどうでもいいだろうがよ。誰が何と言おうと俺が言ってやる。どんなに理不尽だと思っても、どんなに間違っているって言われようが、お前の思いは正しいんだってな」

「寧ろ言わなきゃならないのは俺の方だ。きっと、俺がお前をそこまで追い詰めちまったんだ……すまなかった」

 

「それこそ筋違いだろう?お前は自分に出来ることをして、それが偶々空回りしただけに過ぎん」

「故に今度は私が肯定しよう。お前の思いは正しかったのだと」

 

「…………ははっ。何だよそれ。悩んでたのが馬鹿みてえだ」

「…………くく。いざ向き合ってみれば、存外に容易いものだ。私たちはこんなことさえ忘れてしまっていたわけだ」

 

あまりの呆気なさに拍子抜けする。

憎んでいた筈だった。恨んでいた筈だった。怒っていた筈だった。――だというのに、今はそんな感情は少しも沸いてこない。むしろ元のあるべき形に戻ったような……そんな気さえしてくる。

そして漸く気付いたのだ。――自分達は、擦れ違っていただけだったのだと。

 

「俺達はあの地獄の日からおかしくなっちまった。だがあの地獄が新しい仲間を……響を導いた。世の中って奴は何があるのか分かったもんじゃねえな」

 

「立花か……立花には教えられたよ。真正面から向き合うことを――こんな私でも救えたものがあるということをな」

 

「そいつは随分でけえ借りが出来ちまったな」

 

「全くだ。だが立花に言わせれば何でもないこと、らしい」

 

「とんだお人好しじゃねえか」

 

「叔父様が増えたと思えば何のことはあるまい」

 

「違いねえ」

 

二人の間に穏やかな時間が流れる。それはこれまでならば絶対にあり得なかったもの。二年という時を取り戻すかのように、二人はとりとめのない話を続け、互いに笑いあっていた。

 

「最後に聞かせてくれ。何故、私の分まで絶唱を背負った?まさか、あれが本音というわけではあるまい」

 

「……言いたくねえ」

 

「そうはいくまい。私は胸襟を開き、包み隠さず吐き出したぞ。お前だけ言わぬというのは不公平ではないのか」

 

「……笑うなよ?」

 

「誰が笑うものか」

 

「お前に歌っていてほしかった。嫌なことなんざ何もかも忘れて、ただ純粋に歌っているあの顔が見ていたかったんだ」

 

「……ふふっ、何だそれは」

 

「おまっ……笑うなって言ったろうが!」

 

「お前にも案外可愛いらしいところもあったのかと思うと……ふくくっ」

 

「……うるせえな、忘れろよ」

 

仰向けのまま竜が首だけでそっぽを向く。しかしすぐ横の翼にははっきりと見えていた――首筋が赤く染まっているのが。

 

「忘れようにも、忘れられるものか」

 

「……後で覚えてろよ」

 

「ああ。いくらでもな。だがその前に……」

 

その時、通信機のアラートが鳴り響いた。それはノイズ出現の合図……出動の合図だ。

 

「この時間に水を差す無粋な輩を始末せねばなるまいて」

 

「だな。やっと体も温まってきたところだぜ」

 

「その割には腕が震えているぞ?」

 

「お前だって足が震えてるだろうが」

 

「ならば二人で往くとしよう。我らの戦場に」

 

「応よ!張り切って行こうぜ!」

 

 

――――――――――――――――――

 

(最高じゃねえかッ!こんな気分で戦えるなんざ生まれて初めてだッ!)

 

歓喜。それこそが竜の胸の中を満たしていた。翼と通じ合った喜び。今一度肩を並べて戦える歓び。

自分の出撃を咎める通信機はとっくに握りつぶした。どうせこのあとまた弦十郎に絞られるだろうが、そんなことはどうでもいい。今はただ、心が命じるままに戦うのみ。

 

「ぶちかますぜ!翼ァ!」

 

「私に着いてこられるかッ!」

 

「着いてこれるかじゃねえ!お前が俺に着いて来やがれッ!」

 

 

Don't be back 時空を越え

疼き出した Red energy

止まらない衝動 生きる証を掴んで

 

 

ゲッターが紅く燃える光を放つ。二人の意志がゲッターに影響を与え、さらなる出力上昇へと導いていく。その姿はまさしく|真紅の戦鬼D()E()E()P() ()R()E()D()

たかがノイズごときが如何に数を揃えようと、ゲッターが作り出す暴力の嵐から逃れることは出来ない。ただただ無為にその駆体を炭と散らせるのみ。

 

 

It's my life 終わることのないサバイバル

魂の記憶は受け継がれて

 

紅い血に押された刻印が

与えられた宿命を突き動かした

 

 

それは翼も同じだった。

天羽々斬が蒼く輝いている。体が軽い。剣もこれまでにないほど冴え渡っており、刃で僅かに撫でた程度でもノイズの身を面白いように切り裂いていく。それはさながら熱したナイフでバターに切り込みを入れるが如し。

ノイズを切り裂きながら、翼は二人で絶唱を歌った日の夜を思い出していた。絶唱の二重奏による威力も確かに絶大だった。しかし今発揮している力はあれすらも及ばない。これこそがゲッターの真髄、その一端……そう感じさせる力が翼の背を押していた。

 

「「Don't touch me! 怒りさえ喜びに変わるほどッ!核に繋がり覚醒めようッ!」」

 

Anybody never can stop me!

震え出したRed energy

 

 

粉砕。爆砕。撃滅。

巨大ノイズがいかほどのものか。合体ノイズ何するものぞ。我が剣の一振り、その身で確と受け止めよ。我に断てぬ者無し!

 

邁進。爆進。激震。

友よ、今が駆け抜ける時。これが、これこそが、絆を取り戻したシンフォギアの真の力だと思い知れ。今こそ叫べ、己はここだと。ゲッターはここに甦ったのだと。我を阻む者なし!

 

 

「「潜んでる本能!」」

「「生きる証に!魅せられェェェェ!!!」」

 

 

ここに二人の拳が最後の巨大ノイズを打ち砕いた。

まさしく鎧袖一触。迷いを振り切った二人に最早敵はいない。

ノイズはほんの僅かな時間だけで完全に破壊しつくされ、周囲には残骸の炭だけが屍のように散らばっている。

完全勝利。誰が何と言おうと決して覆らない、瑕疵なき勝利。

 

しかしそれを喜ぶ者あらば、水を差す者あり。それは不本意にも見慣れてしまったブラックノイズの黒い影。無数の炭を踏みしめて立つそれは、静かに二人を見据えている。それはさながら仕留め損ねた獲物を品定めするかのように。

 

だが今の二人に強大な敵への恐れはまるで無い。むしろ、今ならば確実に仕留められるという確信に満ちた高揚感が二人の戦意を高め続けている。逆襲の時は今だと。奪われた時を奪い返すならば、今がその時だと。

 

 

「また出て来やがったな。まるでゴキブリじゃねえか」

 

「汚い例えはよせ。だが、こうも幾度となく出てこられると確かに辟易してくるものだな。そこは私も同感だ」

「――さて、二年前は奏と二人がかりでも奴には敵わなかった。その次はネフシュタンの少女が居たとはいえ、お前と二人がかりでもどうしようもなかった。これでまた二人だけで戦おうなぞ馬鹿のやることだろうな、普通ならば」

 

「俺が馬鹿だって言いてえのかおい」

 

「馬鹿ならここにもいるということだ」

 

「何だよ。素直に自分もやるって言えば良いだろうが」

 

「お前と話していたいだけだ、少しくらい許せ」

 

「しょうがねえな。んで、何か考えはあんのか?」

 

「無い。そもそもお前に作戦なぞ似合わん。好きにやればいい」

 

「だったらお言葉に甘えさせてもらうぜ!」

 

竜の戦意が最高潮を迎える。今の彼女は引き絞られた弓同然。僅かな身じろぎでもしたが最後、一瞬で八つ裂きにしてやると息巻いている。

二人とノイズによる一触即発のにらみ合い――そして開戦の号砲が鳴らされる。しかしその主はこの場にいる誰でもなかった。

 

「お待たせしましたお二人ともッ!立花響、ここに現着ですッ!――ってうえええ!?」

 

さっき一戦交えてきたと言わんばかりの泥だらけの顔で、立花響が上から下りてくる。その音を合図に竜とブラックノイズは激突した。竜は最後の因縁に決着をつけるために。ブラックノイズはその身に刻まれた衝動に従い『ゲッター』を滅ぼすために。

 

「遅かったな、立花。こちらはもう始めてしまっているぞ」

 

「いやそんな打ち上げみたいな言い方やめてください!?明らかにまずい状況ですよね!?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「それ本当に大丈夫なんですか……?」

 

「心配はいらん。――お前が手を貸してくれるなら、な」

 

「!!――勿論です!まっかせてください!」

 

そして響は竜さん今行きまーす!と元気良く竜とブラックノイズの戦いに介入していく。そして次の瞬間には、介入タイミングが悪かったようで竜に怒られていた。

先ほどまでの張り詰めた鋭い空気と比べ、格段に賑やかになってきた戦場を尻目に翼が一言呟く。

 

「フ……馬鹿が三人、揃ったかな」

 

「三つの心を一つにする」――奏が残した言葉への答えを想いながら、翼もまた戦場に足を踏み入れる。

この日この時を逃せば次はない。きっと、この瞬間こそが奴との戦い、その分水嶺になるのだと予感して。

 

 




そろそろ今章も佳境です。
ビッキーサイドが何やってたかは次回…


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二人の行方は

大っっっっ変遅くなりました。すみません。
ずっと展開に違和感を覚えては書き直しを繰り返していたらいつの間にか字数がとんでもないことになってました。

ゲッターロボアークのPVで感情をぐちゃぐちゃにされたり何だりと色々ありましたが、ようやくの最新話です。


ほうぼうの体で戦線を離脱した雪音クリスはフィーネを問い詰めるべく、拠点の洋館へと戻ってきていた。

フィーネが自分を用済みだと言ったのは分かっている。だが、心のどこかではまだフィーネを信じたい気持ちが燻っていた。

 

「おいッフィーネ!あれはどういうことだよッ!お前も……お前まであたしを道具みたいに扱うのかッ!」

 

フィーネはモニターを前にキーボードを叩いていたが、クリスの声を聞くと、振り向きもせず大きなため息をついた。その音は広間に嫌なほどよく響いた。

 

「……まさかノコノコ戻ってくるなんて。何処へなりとも行けと言った筈よ?」

 

「んなことよりあたしの質問に答えろよッ!訳わかんねえんだよあたしは……!」

 

「貴女にかける言葉なんか無いわ。それが最後の慈悲を無下にした人間なら尚更」

 

フィーネは辟易とした様子を隠そうともせず、クリスの言葉を切って捨てる。すると何かを思い付いたのか、徐に立ち上がってクリスの方を向き、厭らしい笑みを浮かべた。

 

「でも、死ぬと分かっててわざわざやって来てくれたんだもの。相応のご褒美をあげないといけないわね?」

 

「ご褒美」。字面だけ見ればそれはクリスにとって良いものだったかもしれない。もし彼女が普段通りの調子でクリスに接していれば、再びフィーネのことを信じたかもしれない。

しかし言葉とは裏腹に、彼女の表情はどこまでも酷薄で悪辣だった。

 

「こっそり殺す手間が省けたわ。じゃあねクリス。痛み(つながり)を感じないように……殺してあげる」

「ご苦労様。カ・ディンギルは間もなく完成する……貴女はもう必要ないのよ」

 

そうして次々とクリスの周囲にノイズを召喚していく。クリスの言葉は彼女には届かなかった。彼女は最初からクリスを突き放すつもりでしかなかった。

 

「あら。ちょっと口が滑っちゃった。でも、これで貴女を消す理由が出来てしまったわよねぇ?」

 

そして艶かしい仕草で自分の口に手を当ていけしゃあしゃあと言ってのけるのだった。

 

(間違いねえ。何が口が滑っただよ……最初っから殺る気だっただけじゃねえか!)

 

フィーネの凄絶な笑みを前にクリスが息を呑み、ゆっくりと後ずさる。その顔は苦々しく歪んでおり、目元にはうっすらと涙が滲んでいる。

 

「くそおッ……くそったれえええええええ!!!!」

 

もはや断絶は決定的だった。ノイズに追われるクリスは屋敷から逃げ出し、光る粒を残しながら闇の中へと消えていった。

 

――――――――――――――――――

 

竜と翼の決着から時は一日前に遡る。

 

「――未来!」

 

フィーネという黒幕の発覚、第四のシンフォギア・イチイバルの確認、そして流竜の(自主的な)復帰。多くの状況が一挙に動いた戦いの後、響は二課で保護された未来を迎えに行っていた。

 

「響……」

 

「ごめん。わたし、未来に隠し事してた。未来がわたしの心配してくれてるって分かってたのに……」

 

泣きそうな気持ちで響が頭を下げる。しかし未来は何も言わない。複雑な顔のまま、ただただ俯いて響と目を合わせようとしない。

 

「ずっと言い出せなかった。それが未来の為だって自分に言い聞かせて……」

「言わないで!」

 

そこから先は言わせないと響の言葉を遮る。

その声は未来には珍しいとても強い声だった。普段の響なら、未来に余裕が無いことに気付けただろう。しかし平静を失った今の響には未来が本気で怒っているようにしか聞こえなかった。

 

「私、響のこと何にも分かってなかった」

 

「未来……?」

 

「もう、響の友達じゃいられない」

 

そう言い残すと未来は響の隣をすり抜けて走り去っていった。

 

「ッ!待って!」

 

少しずつ遠くなっていく友の背中。必死の思いで伸ばした手は、その背に触れることさえできなかった。

 

 

――私は、未来を巻き込みたくなかっただけなのに。

 

 

違う。そうじゃない。そんなのはただの言い訳。どんな理由があったとしても、わたしが未来に隠し事をしたことに変わりはない。それが全てなんだ。

 

『響の友達じゃいられない』

 

胸の奥が痛み続ける。嫌だと思ってもその言葉が耳にこびりついて離れない。その痛みが、現実を否応なく突きつけてくる。

――わたしのせいだ。わたしが壊したんだ。何もかも。こんな私が、未来と一緒にいていいわけが……!

 

 

「そこまでにしておけ」

 

 

気がつけば響はその場に崩れ落ち、翼に体を抱えられていた。

 

「翼、さん……!私、私……未来に、嫌われ、て……どうすれば……!」

 

「仮にそうだとしても、向き合わなければなるまい。それに、元を正せば私達が口止めしたことが原因……なら立花に罪は無い。私が言えた義理ではないが、友への負い目があるというのなら、尚のことしっかりと話し合った方がいい。私もそうするつもりだからな」

 

そして翼が柔らかい微笑みを浮かべる。それは迷い子を導くような、泣く子をあやす母親のようだった。

 

「心配はいらない。私に向き合うことの大切さを説いたのは立花だろう?あとは向き合う勇気があるかどうか――それにかかっている。だからせめて、我々と同じ轍を踏むことだけはしないでほしい。いつ終わるかも分からない孤独を味わうのは、私達だけで十分なのだから」

 

それは翼の心の底から出た言葉だった。

今の二人はとても危うい。今の状態はまだ生易しい方だ。しかしこれが長引けば自分たちのように分かりあえなくなるプロセスを辿ることになるかもしれない。このままではいずれ行き着くところまで行ってしまう恐れもある。

――それだけは避けなければならない。あんな思いを誰かにさせるのは御免だ。特に、それが身近な人間であればなおのこと。

原因の一端を己も担っている以上、少しでも助けになりたい。それが自分が背負うべき責任でもあるのだから。

 

「……しかし、人を元気づけるというのは難しいな。奏のようには上手くいかないものだ」

 

「そんなことないですよ。翼さん……ありがとうございます。わたし、やってみます」

 

翼の言葉でわずかに元気を取り戻した響が未来を追って部屋を出る。

親友の背は遠く、また手を伸ばしてもまた届かないかもしれない。だからこそ必死になって伸ばすのだ。大好きな親友とこのままで終わりたくないから。

 

しかしその日の夜、二人は初めて別々のベッドで眠った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

雨が降りしきっている。

そろそろ梅雨時だからだろうか、最近は朝方から降ること多くなってきていた。それがまるで自分の心情を表しているような感覚を覚えながら。

 

降り続く雨の中を小日向未来はただ独りで歩いていた。

その胸中には後悔と自己嫌悪が渦巻いている。

 

――私は響の親友でいたつもりだった。なのに、私は響のことを何にも分かっていなかった。

 

二課というところで全ての事情は聞いた。響が持っていた力のこと、そして響が戦う理由のことも。分からないこともあったけれど、全部が全部分からないわけじゃない。

 

(あの人たちは口止めしたのは自分たちだから、恨むなら自分たちを恨んでくれって……なんでそんなに背負っていけるの?ギアがあるならまだしも、あの人たちはそんなの持ってない。なのにノイズと戦って、誰かを守ろうとしてる。自分の命を賭けて)

 

だからこそ、彼らと響が重なって見える。そして自分の嫌なところが照らし出されたような気持ちになる。

 

(響はずっと誰かのために命がけでこんな戦いをしてた。なのに私は、何にも知らずに!)

 

響の友達でいられない、というのは本心だ。痛いことも嫌なことも、全部一人で背負い込んでいるのに何も出来なかった。知ることも出来なかった。無力な自分が嫌で、それに腹が立って、その次は情けなくなって。

自分には、響の友達である資格がないと思った。

 

だから逃げてしまった。手を伸ばしたくても伸ばせない。響の手を取るのが怖かった。

――そして何より、そうやって逃げる自分が何よりも嫌いだった。

思い出すほどに気持ちが沈んでいく負のサイクル。目的もなく、ただただ町を歩くだけ。何かが解決する訳でもなければ気が紛れる訳もなく。ひたすら無為に時を過ごすだけだったその時である。

 

 

 

とさり

 

 

 

目の前の路地裏からやや大きめの物音がした。少し警戒しながら様子を伺ってみると、点々とした炭の山の中で女の子が倒れていて。

未来の体は彼女を連れてふらわーへ足を向けていた。

 

――――――――――――――――――

 

「―――ッ!」

 

「あ、起きた?路地裏で倒れてたからびっくりしちゃった」

 

「ここ、は……」

 

「良かった。魘されてたし、体もすごく冷えてたから心配してたんだ。ほら、後ろ向いて?体拭くよ」

 

「あ、ああ……」

 

クリスは未来が数日前に立花響と一緒にいた少女だとすぐに分かった。しかし自分が襲撃者であると気付かれていないと悟ると、罪悪感を押し隠しながらされるがまま未来の行為を受け入れていた。

 

「その……なんであたしを助けたんだ?」

 

「雨の中でずぶ濡れだったんだもの。あんなところにいたら風邪ひいちゃうよ」

 

「……そっか。その、何だ。ありがとな」

 

「うん。どういたしまして」

 

衣擦れの音だけが部屋の中に響く。途中でふらわーのおばちゃんが洗濯が終わった旨を伝えに来たために未来が手伝いをしに行くという一幕があったが、それ以外に会話は殆ど無く静かな時間が流れていた。

 

 

 

 

「――何にも言わないんだな。傷のこと」

 

ようやく落ち着いたところでクリスが自分のことについて切り出した。自分の背中に青アザや裂傷が出来ていることはわかっている。しかし、わざわざ自分を拾うようなお人好しがそれに言及しないことが彼女には意外だった。

 

「傷なんて誰だって持ってるものだから。それにそういうの、私は下手みたいだし」

 

「下手?向いてないってことか?」

 

「うん。今までの関係を壊すのが怖い。私が踏み込まないことでこれまで通りにいられるならそれでいいんじゃないかって気持ちもあるけど、友達のことを知りたいって気持ちもある。でもそのせいで大事なものを壊してしまった」

 

「……要するに、ケンカでもしたのか?その友達と」

 

「ううん。ケンカしたってわけじゃないの。でも私が悪いんだ。私が変なことしなければ……」

 

振り向いて見えたその顔には影がさしており、ただ事ではないであろうことをクリスは察した。

 

「……あたしは友達いないからそういうのわかんないけどさ。そんな顔するぐらいなら、そいつにいっそ腹ン中全部ぶちまけちまえよ」

 

背中を拭く未来の手が止まる。静かにクリスの様子を窺いながら次の台詞を待っている。

 

「わかってんのか?顔色すっごい悪いぞ。希望も何もない、みたいな面だ」

 

あるいは、クリスは無意識に昔の自分を重ねていたのかもしれない。バルベルデで両親と共に希望を失ったあの頃と。

 

しかしそれ以上に、今の未来を見て何もしないでいられるほどクリスは冷たくはなかった。

 

「いっそ殴り合いでもやっちまったらどうだ?殴りあって強え方の言うこと聞くとかさ」

 

お前だってそのままでいいなんて思っちゃいないんだろ、と未来の意思を確かめる。

――どの口で言うかと内心で自嘲しながら。

 

「……できないよ、そんなこと」

 

「……そうか。そういうものなのか?悪かったな」

 

素直に引き下がって大人しく謝るクリス。しかし未来の表情は柔らかかった。

 

「でもありがとう。優しいんだね。ええっと……」

 

「クリスだ。雪音クリス」

「別に……あたしはただ……ほ、放っておけなかっただけだ。借りも返したかったしな」

 

「放っておけない……か。響みたいなこと言うんだ」

 

放っておけない。そう言われて未来の脳裏にふと響の顔が思い浮かぶ。

 

――響はいつも無茶ばかりするけれど、思えばそれは全部誰かを助けるためだった。

私はそれを見て何を思っていた?何を求めていた?

 

「……そいつがその友達か。聞いた感じ、よっぽどのお人好しなんだろうな」

 

「そうなの。困ってる人を見かけたらいつだって一直線。自分が危ない目に遭ってもお構い無し。隣で見てていつもヒヤヒヤしちゃう」

 

――そうだ、響はいつだって自分の意思で誰かのために頑張ってる。それがどんな無茶だとしてもお構い無しに。

 

「前なんか木の上で降りられなくなってる子猫を助けようとして、結局自分が遅刻しちゃって。誰かのために自分を投げ出せるって聞こえはいいかもしれないけど……」

 

――それは響と一緒にいたらよくあること。私はそれをいつも一緒に見ていたけれど、ただ見てただけじゃない。時には手伝いもして、時には……。

 

「だったらそれでいいんじゃねーのか?」

 

「え?」

 

「要するに、そいつが心配だから隣で見てたいって言いたいだけだろ」

 

急にノロケられたあたしの身にもなれっつーの、と口を尖らせる。

 

「あ……」 

 

「そっちがなに考えてたかは知らねえけどさ。そういうことだったやりたいようにやればいいと思うぜ?そいつがそんなお人好しなら、少なくとも突っぱねられはしないさ」

 

あたしみたいにな、と乾いた笑みを浮かべるクリス。

未来がその真意を問おうとしたその時、大きな警戒音が鳴り響いた。

――クリス以外は聞き慣れてしまった、ノイズ出現の合図だ。

 

「未来ちゃん!お友達も早くシェルターに行くよ!」

 

ふらわーのおばちゃんが二人を呼びに来た。

その緊張感に戸惑うクリス。先導されるまま外へ出ると人々が何かから逃げるように走っている。

 

「お、おい。何がどうなってんだ!?」

 

「何って……警報、知らないの!?ノイズが近くで出たんだよ!」

 

「!それは……まさか」

 

「いいから!シェルターはこっちだから、早く行かないと!」

 

そう言ってクリスの手を握り、もう片方の手で群衆が逃げる方向を指す未来。

しかし……クリスはその手を振り払い、逆の方向へと走っていってしまった。

未来もまた、おばちゃんに連れられてシェルターの方向へ走り出す。後ろ髪を引かれる思いを胸に抱えながら。

 

 

――――――――――――――――――

 

『リディアン周辺の商店街を含む広域でノイズが発生した!響くんは翼ではカバーしきれない部分の掃討を頼む!明け方に出現したノイズとも関係があるはずだ』

 

「分かりました。すぐに向かいます!……ところで竜さんは?」

 

『竜くんなら出撃禁止の措置を取らせてもらった。まだメディカルチェックの結果が出ていない者を戦場に出すわけにはいかん。だから響くんと翼の二人に頼みたい。幸い、朝の件もあって避難誘導の人員には事欠かん。一般人のことはこちらに任せて、響くんはノイズに専念してくれ』

 

「了解です!」

 

響がリディアン内でその連絡を受けたのは昼間だった。

無論、未来はまだ見つかっていない。未来に許してもらえるとは思わないけれど、せめて言葉を尽くしたい。このまま未来と疎遠になるなんて考えたくもないことだから。

だからこそ、ノイズとの戦いは一早く終わらせなければいけない。未来に危険が及ぶ前に全部終わらせるんだと強く意気込み戦場へと向かう。

 

「誰か!逃げ遅れた人はいませんか!!!」

 

しかし想像よりもノイズの数が遥かに少ない。所々に姿が見えるが、それらも多くは一点めがけて飛んでいっている。より近くに自分がいるにも関わらず、だ。そのためギアを纏うことなく主戦場の商店街付近まで辿り着けたが、どうにも嫌な予感がする。胸騒ぎが収まらない。

周りを気を付ければ気を付けるほど胸騒ぎは大きくなっていく。だからこそ、それに気付くことができた。

 

「きゃああああああ!」

 

屋内から聞こえる悲鳴。奥深くから発せられたせいか声はくぐもっており、よく注意しなければ聞こえない程の大きさしかなかった。

その瞬間、声の主を求めて響が走り出す。声の出所は工事現場の廃ビル。瓦礫と重機で悪くなった足場を通って奥へ進んだ響が見たのは、倒れたふらわーのおばちゃんと未来だった。

 

「ッ!未来!」

 

「――!」

 

未来が響に気付いた。何とか生きていてくれたことを嬉しく思う響だが、それとは裏腹に未来は一言も喋ることなく必死の形相で響の後ろを指差している。

 

「え……?」

 

振り向けば極彩色の触手がすぐそこまで伸びてきていた。

触手が触れる直前、突然の窮地に声にならない声を上げて咄嗟に身を空中へと投げ出す。上手く回転しながら着地した響は追撃を警戒したが、触手――タコめいた姿のノイズだった――は追撃どころかただその場から動くことなくこちらを窺うようにしている。響にとってそれは二人を助ける上では幸運であったと同時にとにかく不気味であった。

 

しかしもたもたしてはいられない。未来たちを助けるのは大前提として、ノイズは他にもまだまだいる。だからこんなところで足踏みしていられるほどの余裕はない。故にこそ響はこの場で聖詠を唱えようとしたのだが……。

 

「――――――」

 

「?」

 

首を横に振る未来に口を塞がれ、それを止められる。疑問に思う響を尻目に、未来は徐にスマホを取り出して文字を打ち込み始めた。

 

『静かに。あのノイズは音に反応するみたい』

 

得心した。つまり音を立てないように話し合おうということなのだろう。しかしこのままではギアを纏うことができない。もしギアを纏えば二人を危険に晒してしまう。

特にふらわーのおばちゃんは意識が無い。ギアがあれば運ぶこともできるだろうが、それでは未来が危うくなる。どうすれば――響が頭を回し始めた時、未来が続けてスマホに文字を打ち込んだ。

 

『戦って響。私が囮になるから、おばちゃんを助けてあげて』

 

響が目を見開いた。そして急いでスマホを取り出し、未来より少し遅いくらいのスピードで文字を打ち込む。

 

『ダメだよ未来。それじゃ未来が危ない』

 

『大丈夫。私は元陸上部だよ?足には自信があるんだから』

 

『やめてよ。未来がいなくなったら私…』

 

その文を見た瞬間、未来は静かに、かつ優しく微笑んだ。

 

『やっぱり優しいね、響は。あんなこと言った私を、まだそうやって助けようとしてくれる』

 

『ずっとそうだったよね。響はそうやって、自分のことは後回しで誰かを守ろうとして。自分が傷ついてもお構い無し』

 

『だからずっと心配だった。いつか響が遠くへ行っちゃうんじゃないかって』

 

『そんなことない!私の帰る場所はいつだって未来の隣だもん!』

 

『そう言ってくれると私も嬉しい。だからこのままは嫌なの』

 

未来がスマホをしまって響の両肩に手を乗せ、耳元に口を寄せる。

 

「ごめん響。私の勝手な気持ちで、私は響を傷つけた。許してもらおうなんて思わない。だけど……これだけは言わせて」

 

「私はもう無関係じゃない。もう見ているだけっていうのは嫌。だからもう迷わない。響が誰かを助けるのなら、私が響を助ける」

 

そしてそのまま立ち上がると、深く息を吸って高らかに宣言する。それが危険だと分かっていても、これが自分の選んだ道だと示すために。

 

「だから!私も戦う!他でもない響のために!」

 

ノイズが未来の声に反応するのと未来が走り出すのはほぼ同時だった。

ノイズは他のものには目もくれず、一直線に未来の命目掛けて蹂躙を開始する。

 

「待ってて……未来。必ず、迎えに行くから」

 

響も一瞬ノイズの背を追おうとしたが、すぐに踏みとどまった。

全ては未来の想いを無駄にはしないために。

ギアを纏い、二つの命を救うために。

未来を信じていることを、行動で以て示すために。

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

走る。走る。走る。

響を信じて走り続ける。いつ駆けつけてくれるかは分からないけれど――きっと来てくれる。必ず間に合う。だって響は約束を守る子だから。

 

 

走る。走る。走る。

生き残るために走り続ける。コンクリートの地面が直接足を叩いてくる。陸上をしていた頃はいつも競技場の地面の上だったし、靴もちゃんとしたものだったから勝手がずいぶん違う。そろそろ厳しくなってくるかもしれない。

 

 

走る。走る。走る。

響のために走り続ける。響はおばちゃんを助けられただろうか。時間感覚はとうの昔に無くなって、どれだけの時間疾走していたのかもう分からない。だけどまだだ。諦めちゃいけない。限界を超えるくらいの気持ちで走らないと。

 

 

走る。走る。走る。

ただひたすらに走り続ける。

もう足をうまく動かせない。体が悲鳴を上げている。でもノイズはまだ追いかけてきている。だから止まるわけにはいかない。

 

 

走る。走る。

 

走る。

 

「きゃっ!」

 

ついに足がもつれて転んでしまった。その隙を見逃さず、ノイズは上から押し潰そうとしてくる。

 

(もう、駄目なの……?)

 

頭の中で走馬灯のように響の笑顔が思い浮かぶ。

――嗚呼。せめて最期に響と笑い合いたかったなあ……

 

その「諦め」に気付いた瞬間、頭を振ってそれを振り払う。

 

 

 

(違う。そうじゃない。響が諦めてないのに、私が諦めちゃいけない。じゃなきゃ、今度こそ響に顔向けできない!)

 

 

 

 

「まだ終わってないッ!!私はまだ、響にごめんって言えてないッ!!!!」

 

未来が強く吼える。これまでの人生で、これ程の声を出したことはないと言えるほどに。

大きく吼えて、再び足を前に踏み出し走り出す。

 

足が限界を超えた――だからどうした。

響がいつ来るか分からない――それがどうした。

私は、親友と一緒に過ごす毎日を絶対に諦めない。

絶対に離したくない。だからそのためにも――!

 

「私は!生きるのを!諦めないッ!」

 

足の力を無理矢理引き出し横っ飛びに転がる。そのわずか数秒ほどしてノイズは未来がいた場所を踏み砕きながら着地する。獲物を仕留め損なったノイズは、しかし無感情なままに未来へ触手を伸ばして――

 

 

 

「わたしの親友にッ!手を出すなァァァァッ!!!」

 

 

 

獲物に辿り着く前に上空から飛来した拳に砕かれる。

震脚がコンクリートを踏み砕き、ノイズの足場を僅かに崩す。そして浮き上がった駆体を、渾身の右アッパーで完膚なきまでに叩き潰した。

 

 

「お待たせ、未来。そしてありがとう、生きていてくれて」

 

「ひびき……響!響いいいいい!!」

 

嬉しさのあまり響に抱きつく未来。しかし限界を超えて酷使した足はもつれてバランスを崩し、響に全体重を預けることになった。その結果は当然ながら。

 

「ゑ?うわっ!うわわわわわっ!待って待って待ってあーー!」

 

バシャン、と大きな音を立て、二人で抱き合い団子のように転がりながら背後の川へ落ちる。当然未来が上で響が下だ。

 

「あ痛たたたたた……」

 

「あっ!ごめん響。足がもう動かなくて……」

 

「大丈夫。それくらい頑張ってくれたんだもんね。ありがとう。お蔭で間に合ったよ」

 

「……そっか。私、生きてるんだ。そうだよね。私……私……うう……」

 

未来がようやく現実を認識する。生きて逃げ延びて、こうして響と対面できているという揺るがない現実を前に感極まって、涙を流し始めた。

それを響は何も言わずに静かに抱きしめる。

 

「怖かった!もう、響に会えないかもって……死んじゃうかもって!」

 

「そうだよね……怖かったよね。でももう大丈夫。わたしはここにいるから」

 

「でも!響はもっと怖い思いをしてる!ノイズと戦って……もし何かあったら!」

 

「うん……分かってる。それでもわたしは戦うんだ。困っている誰かを助けたいから」

 

「じゃあ誰かを助ける響を、一体誰が助けてくれるの!?」

 

「みんなが助けてくれてる。わたし一人じゃ何にも出来ないけど、翼さんや竜さん、二課のみんな、リディアンのみんながいる。……勿論、未来だって。だから、わたしは一人じゃない」

 

「未来が諦めなかったからわたしは間に合ったんだ。だから、ありがとう。諦めないでいてくれて。わたしを助けてくれて」

「そしてごめん、危ない目に遭わせちゃって。怖い思いをさせちゃって。……ずっと、黙ってたことも」

 

「響……」

 

「もう友達じゃいられない……って言われてショックだったけど、そうだよね。わたし、親友に嘘ついてたんだもの。どう思われても仕方ない。だから、未来の好きなようにして」

 

そうして響は未来と向き合う姿勢になると目を閉じ、全てを委ねた。目を閉じている間に離れるも良し、頬を叩いて決別を示すも良し、あるいは、あるいは、あるいは……。

考えうる多くの可能性のうち、悪い方向に向くことも覚悟した上で響は未来の裁定を待つ。何が待っていようとただ受け入れるのみ。二人が向き合ったという過程こそが大事なのだから。

しかしそれらは全て無為に終わる。

 

「……何言ってるの。謝るのは私の方だよ」

 

「私、何にもできない自分が嫌だった。響が辛いことも苦しいことも全部抱えて背負おうとしてるのを知ろうともしなかった。だから……こんな私が響の友達でいちゃいけないんだって思ったの。そんな資格は無いんだって」

「だからあんなことを言っちゃったんだ。そんなこと言ったら響が一番傷つくって分かってたはずなのに……」

 

「未来……」

 

「だから、ごめん。私はもう迷わない。響だけを見ていたい。そばでずっと支えたい。響を助けたいんだ。虫の良いことを言ってるのは分かってる。それでもこんな私と、友達のままでいてくれる?」

 

 

 

たった一日。されど一日。わずかな時間のすれ違いが、二人にはとても長いように感じた。そして未来の告白が二人に改めて気付かせた。

 

 

 

―――やっぱり、わたしは何があっても未来のそばにいたいんだ。ずっと。

―――やっぱり、私は何があっても響のそばにいたい。ずっと。

 

 

 

未来は思う。きっと、肚は最初から決まっていた。あとはそれに向き合うだけで良かった。受け入れるだけで良かった。それはとても簡単で、だからこそ難しいことだった。

 

響は思う。肚は最初から決まっていた。でも、それを相手に伝えられるかはまた別で、尻込みしてしまう時だってある。でも、だからこそ手を伸ばさなきゃ始まらない。必要なのは一歩踏み出すほんのちょっとの勇気。それだって立派な勇気だから。

 

 

 

 

故にこそ、響の答えは自明のものだった。

 

 

 

 

「わたしは何があっても未来の友達でいたいって思ってる。それはいつまでも、どこまでも変わらないわたしの気持ち。それじゃ……ダメかな?」

 

響が微笑み、改めて未来を抱き締める。

未来もそれを受け入れて、震える声で呟いた。

 

「……ダメ、じゃないよ……」

 

太陽に一片の欠けはなく、日だまりに翳り無し。二人はずっとずっと抱き合い続けていた。片や笑いながら、方や泣きながら。そして時が経つにつれ、涙の雨は少しずつ上がっていくのだった。

 

 

 

そしていつからか互いに相手の泥や涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て笑いあっていた頃、響の通信機が音を鳴らす。

 

「はい!響です」

 

『俺だ響くん。翼と竜くんの方でブラックノイズの出現が確認された。連戦で申し訳ないが……援護を頼めないだろうか』

 

「へ?竜さん出てるんですか?」

 

『ああ。あの馬鹿者は勝手に出撃していった。おまけに通信機まで壊されてしまってな、文句の一つも聞かせられん。翼の奴も止めなかったらしい』

 

どうやら、まだ説教が足りなかったらしいなと呆れた口調で弦十郎は言う。

 

「ええ……」

 

さしもの響も少し引いた。

竜が出撃した、だけならまあ分かる。薄々そういう人なのかなーとは思っていたから。

しかし翼が止めなかったというのは意外だった。

 

「ともかく、まずはそちらへ向かってくれ。それと竜くんには帰ったら覚えておけと伝えてほしい。くれぐれも無理はするなよ」

 

「分かりました!」

 

威勢のいい返事と共に通信を切り、そして未来の目を真っ直ぐ見据える。その目には欠片ほどの迷いも存在しなかった。

 

「そういうわけだから、行ってくるよ。未来」

 

「わかった、無理はしないでね。――響!」

 

「未来?」

 

「晩ごはん!なに食べたい!?」

 

「未来のごはんなら何でも!」

 

「もう!そういうのが一番困るんだから!……じゃあ響の好きなもの作ってるから絶対帰ってきて!あんまり遅くなって、ごはん冷めちゃっても知らないよ!」

 

「りょーかい!ごはんはあったかいうちが一番おいしいもんね!」

 

「そういうこと。それじゃ、気を付けて。待ってるから」

 

「うん。行ってきます!」

 

「はい。行ってらっしゃい」

 

穏やかな目で響を見送る未来。そこには先ほどまでの不安や迷いは無かった。

どんな形でもいい。響を助けるのが自分の役目だからと。それは今も今までも、そしてこれからも変わらない真理なのだと。それが響の背中を支える力なのだと気づいたから。

 

そして響も最前線へと走り出す。狙うは噂の黒いノイズ、如何に三人といえど倒せるかは分からない。それは身に染みて理解している。しかし――不思議と負ける気がしなかった。「今ならやれる」――その高揚感が響の足を早めていく。

 

 

 

 

―――二年前の因縁の全て、その決着の時は近い。




感想、評価お待ちしています。


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その悪意に立ち向かえ

UA45000突破ありがとうございます。
これからも本作をよろしくお願いします。


そしてお待たせしました。
アークが始まる前に何とかキリのいいところまで行きたいですね。



「今日こそてめえに引導を渡してやるぜッ!」

 

黒いノイズと竜が火花を散らす。竜がで四肢で一方的に攻め込み、ブラックノイズは防戦するばかりのように見えるが、しかしその実は違う。ブラックノイズはその並外れた再生力で以て全ての攻撃に適応しており、竜はひたすら攻め続けることを強いられていた。その様子はさながら、如何なる攻撃も無意味だと言わんばかりでもあった。

 

響が現場に到着したのはその時だった。

 

「うおおおおおおおおッ!!!」

「うおおおおおおおおッ!?」

 

ノイズを殴ろうとしていた竜の横をすり抜けて、響の拳がノイズを揺らす。が、そこまでだ。先程までの焼き直しのように急速に再生され、ダメージも無かったことにされる。

そしてそれよりも。

 

「馬鹿野郎どこに目ェつけてんだッ!危ねえだろうがッ!」

 

戦いの最中に変なタイミングで介入されたと竜が不満を露にする。

 

「うえっ!?す、すみません!!……ってそうじゃないですよ!何で竜さん出てきてるんですか!師匠カンカンでしたよ!」

 

「ノイズ共が湧いてきたんならぶっ殺すのが世のため人のためだろうが!それに文句は言わせねえぞ!」

 

「確かにノイズは倒した方がいいですけど!!」

 

違う、そうじゃないと響は叫ぶ。正直突っ込みどころが多すぎるのだ。ノイズを倒す倒さないの前にそもそも竜さん入院中の怪我人じゃありませんでしたっけ?

 

「メディカルチェックの結果が出るまで出撃禁止って言われてたじゃないですか!!」

 

「うるせえ!とっくに治ったんだ、んなもん知ったこっちゃねえッ!」

 

 

 

「待ていッ!」

 

 

 

吠える竜に翼が水を引っ掛ける。

響がやっぱり翼さんは頼れるんだと感激して思わずその名を呼ぶ。しかし不幸にも響は知らなかった。――翼は竜の無断出撃を煽った側である。

 

「お前だけに任せるのも癪だッ!そろそろ私も混ぜてもらおうかッ!!」

 

「ってそうじゃないーーーーーーー!!!!!」

 

「?どうした立花。どこかおかしいところでもあったか?」

 

翼が本気で目を白黒させて首を傾げる。

おかしい。明らかにキャラがおかしい。自分が未来と色々やっている間に何があったのか気になって仕方がない響である。

 

「一から十までおかしいところしか無いですよね!?今のはふつう竜さんを止める所じゃないんですか!?」

 

「はっはっは何を言う立花。言ったところで此奴が止まるはずがあるまい。ならば敵を倒す一助とした方が良かろう」

 

「よく分かってんじゃねえかァッ!」

 

先程までの殺伐とした空気はどこへやら、気の抜けたやりとりをしながら竜が一度ブラックノイズを蹴り、その勢いで一度距離を取る。

――仕切り直しだ。

 

 

「チッ……しぶとさは超一流ってのは変わらねえな。つくづくゴキブリじゃねえか」

 

「故にこそ我々は二度も敗北を喫したのだ。これ以上は許されん。それはお前も分かっているだろう?」

 

「たりめーだ。ヘマすんじゃねえぞ」

 

「フッ……誰に物を言っている。それに前とは状況が違うだろう?――今は頼れる後輩がいる。違うか?」

 

不敵な顔で応える翼。竜は翼に好戦的に笑い、それを暗に肯定してみせる。

 

「はん……そういうことかよ。おい響!覚悟は出来てんだろうな!無様な戦い見せやがったら承知しねえぞ!」

 

「は、はいッ!よくわかんないですけど、やってみますッ!」

 

何はともあれまずは目の前の敵に集中するのだと響も両手で頬を叩き気合いを入れ直した。

 

対するブラックノイズも既に例の瘴気を周囲にばら蒔いており、三人は自分の体が心なしか重くなるのを感じた。特に響は融合症例であるために他の二人よりも強くその影響を受け、デュランダル攻防戦の時のように地に膝を着かされている。

 

「気を付けろ。これが件の人を狂わせる瘴気だ。生身で受ければひとたまりもない。時にはギアを纏っていても尚、という程の代物だ」

 

「ああ。俺も感じるぜ……ヤバそうな気配がビンビンしてきやがった」

 

「うっ……く……」

 

「立花も、無理はするな。先の件でもそうだったが、今のお前の体は絶妙なバランスで成り立っている。ともすれば、それが崩れることにもなりかねん」

 

「大丈夫、です……!これくらいへいき、へっちゃらですッ!」

 

「いいぜ、その意気だ!俺達がぶっ壊れるのが先か、あいつをぶっ殺すのが先か……勝負と行こうじゃねえかッ!」

 

その声を合図に三人が同時に飛び出した。

 

一番手は竜。小回りの効く腕甲を構え、刃の手数でノイズの駆体を切りつける――が、駄目。殴り付けた勢いのままゲッタービームを放つも、手応えは浅い。

そしてブラックノイズとてゲッターを見逃す筈もなく。多少のダメージを再生によって無為とせしめ、ゲッターを誅殺せんとする。

 

「!?」

 

しかし、能わず。その場に縫い付けられたように駆体が動かなくなり、竜をすんでのところで取り逃がす。

 

 

影縫い

 

 

「やはり勢いだけでは勝てぬか……ならばッ!」

 

二番手の翼が放った小刀がノイズの足下、その影に突き刺さっていた。

ノイズはそれを知ってか知らずか力ずくで拘束を脱するも、その間およそ二秒。速さにおいてこそ本領を発揮する翼と天羽々斬には二度斬り裂いてなお、お釣りが来るほどの間隙である。

 

「散華せよォォォォッ!」

 

 

 

蒼ノ一閃・燕返シ

 

 

 

翼がブラックノイズの駆体を肩口から袈裟懸けに斬り裂き、返す刀で斬り上げる。通常ならばアームドギアから斬撃として放出される蒼ノ一閃。そのエネルギーを纏わせた剣はその名の如く蒼い輝きを宿し、通常のノイズならば群れの一つや二つなぞ優に消滅せしめるほどの威力を有していた。――が、これも駄目。

 

「ええい、しぶといッ!」

 

「だったら、この拳でええええええッ!」

 

響の咆哮を聞いた翼は反射的に後ろへ下がる。そして響が交代で三番手として戦場に参入、今一度再生を始めている刀傷に拳を捩じ込む。刹那、腕のバンカーユニットが起動し、融合症例特有の大火力をその傷の内部へと直接叩き込んだ。

――手応えあり。それに気付いた三人は再生を阻害するためにさらなる火力を重ねる。

 

 

「うおおおおおおおッ!」

「ゲッタァァァァビィィィィィムッ!!!」

「はああーーーーッ!」

 

 

三人の同時攻撃で煙が舞い、視界を覆い隠す。再生されるのであれば再生される前に殴り倒す……先手必勝の精神を形とした、単純であるが故に有用な殺り方である。

無論、手応えはあった。ノイズの肉を抉る感触だけではない、目視でもゲッタービームが直撃していたのは確認できているし、その位置に寸分の狂いもなく剣が降り注いだことも全員が確信していた。

 

「……殺ったか?」

 

竜が呟く。まだだ、煙が晴れ、死体を確認するまでは気を抜く訳にはいかない。手斧を、剣を、拳を構え、息を呑んでその時を待つ。

 

ゆっくりと煙が晴れていく。

――同時に、竜と翼が揃って吹き飛ばされた。

 

 

「ぐはッ!」

「ぐあああッ!」

 

「翼さんッ!竜さんッ!」

 

二人に駆け寄る響。二人はそれに構わず、煙の向こうを睨み付け続けている。

その視線の先にあったものは。

 

 

 

 

「馬鹿な……二体目、だと……!」

 

 

 

 

 

 

二年前のライブ以来、一度として認められなかったブラックノイズの"二体同時出現"。そして一体目は当然のごとく無傷を保っている。

翼は目を疑った。次に疑ったのは己の感覚。二年前を除き、以来一体ずつでの出現しか確認できていない以上、二体同時出現には何か条件があるのではないか――無意識の内にそう考えていたのだろうか。それとも二体同時に現れてはどうしようもないのではないかという己の疑念がそう考えさせていたのか。

 

――否、いつかは起こりうると予感はしていたのだろう。ただ、それが今だったというだけのことなのだ。

 

二体目のブラックノイズが重ねて瘴気を撒き散らす。重圧はさらに力を増し、ついには竜と翼も若干体が言うことを聞かなくなりはじめる。

だが、それ以上に響の状態が深刻だった。

 

「あ、ああああああああ!!」

 

「おいッ!どうした!」

 

「これ、デュランダルの時と同じ……!」

 

「気をしっかり持て立花ッ!呑まれては仕舞いだぞッ!」

 

黒い感情が響の胸から体を侵食し始める。破壊衝動が響の心を支配し始める。

そして比例するように、竜と翼にも重圧は次第に重くのし掛かっていく。

心臓がより強く、より早く鼓動を刻んでいく。血液が破壊衝動を全身に運んでいく。

 

「う……ウウ…………うあアア  あ ア」

 

「ぐ……おいッ!響!返事しろッ!……ぐうッ!」

 

「うく……はあ……立花……!がはっ……!」

 

ブラックノイズが再び二人を襲う。その一撃は重く、胸部を打たれた翼が肺から空気を全て吐き出して倒れた。

そしてそれが最後の引き金となった。

 

「グル……ルオオオオオオオオオオオ!」

 

響の暴走、そしてブラックノイズ同士の共闘。考えうる限り最悪のシナリオが始まった。

 

―――――――――――――――

 

孤軍奮闘。現状はその言葉が最も相応しいだろう。

翼は暴走した響の相手をし、竜は二体のブラックノイズと戦っている。分断され、連携もとれないまま消耗を強いられるという構図は奇しくも二年前と良く似ていた。

 

そして何より二人を追い詰めていたのはブラックノイズが発する重圧だった。竜も翼も顔から冷や汗を垂らし、必死で破壊衝動に耐えている。その精細を欠いた動きで真っ当に戦える筈もなし。

 

 

 

 

「グルアァアァァアアア!!」

 

「ぐぬっ……止まれ立花ッ!己の使命を誤るなッ!」

 

 

翼は暴走した響を相手に苦闘を強いられていた。

完全に破壊衝動に呑まれ、黒い獣と成り果てた響の拳の軌跡は単純であり、歴戦の翼であればその技巧で以て受け流すことは可能だ。しかしその力任せの威力は翼の想定を優に超えていた。

 

流した腕が痺れを覚える。重い一撃は息もつかせぬ連撃へと移行し、翼の上半身を滅多打ちにする。

それでも剣を手放さないのは流石と言うべきか。しかし手が出せなければ剣を握る意味も無し。

 

「ウアアアあアああア!!」

 

「くっ……まだ届かぬか……ッ!」

 

(しかしどうすればいい?ああなった立花を、どうすれぼ止められる?仲間を止めることさえままならぬとは……何と不甲斐ない!)

 

「おのれ……またも私に無力を突きつけるつもりかッ!それほどまでに我らが憎いかッ!」

 

翼が怒りを滾らせる。

剣を握る手に力がこもり、腰を落として響を正面から見据え、視線を離さず次の攻撃に備える。

響は唸り声を立て、地に手を着いた獣の姿でその様子を窺っていた。

 

そして瞬き一つの後に。

 

「ガあッ!」

 

「好機……取ったぞッ!」

 

響が出力任せに飛び出し、右手を鋭く翼の肩を切り裂くように突き出した。剣を地に突き立てた翼は、響の手首を掴み体を押し倒すことで拘束せんと試みる。

 

 

翼に地面に押し付けられながらも、息を荒げて力任せに暴れる響。その最中、掴まれている右腕の肩の関節が外れたが、痛みも感じる素振りさえ見せない。数分もの間暴れた末に、のし掛かって固く拘束していた筈の翼を無理矢理撥ねのけてしまった。

 

「フーッ!フーッ!」

 

「ぬううっ……!よもやこれほどの!」

 

「フシュゥゥ……」

 

響が歯を剥き出しにして威嚇する。関節が外れた右腕はダラリと無造作に垂れ下がっていたが、それを邪魔だと感じたのか、左手を肩に添えるとごきりと音を立てて関節を接いでしまった。

 

「痛みさえも感じていないとは……。立花、お前は本当に獣と成り果ててしまったのか……?」

 

翼が悲愴な顔で呟く。それを知ってか知らずか、響は獰猛な顔でニタリと笑う。まるで翼の疑念を肯定して嗤うかのように。

 

――もう元に戻すことは出来ないのか。

 

弱気な考えが頭に浮かぶ。やはり立花のように上手くはいかない。そも、防人として己を剣と鍛え、戦場しか知らぬ身では力を以てする他なく、あるいはその命を断たねば止めることはできないのだろうか。

 

時間がない。覚悟を決めるなら早くしなければならない。迷っている暇は無い。己の為すべきことを為せ……防人としての生き方が翼に決断を迫る。

 

――防人ならば、敵は倒さねばなるまい?

 

心の中の冷徹な部分が囁いてくる。お前では彼女は救えないのだと。如何に命を防人ることを至上とすれど、戦うことしか知らぬ身に、倒すことしか知らぬ身に、一体何が出来ようかと。

 

(本当にそうか?私は、本当にそれしか出来ないのか?)

 

呼吸を整え、深く裡へと落とし込む。己の真を本能に問いただす。

己の軌跡を思い出せ。己が歩んできた足跡を。友と歩んだこの道を。

 

『本当は全部分かってるはずだろ?』

 

夢の中の奏の言葉が浮かんでくる。

 

『生きていてくれて、ありがとうございます』

 

投げ掛けられた立花の言葉が手を伸ばす。

 

『お前に歌っていてほしかった』

 

竜の言葉が道を照らしている。

 

――そうだ、全ては簡単なことなのだ。奏は心に向き合い、心に従えと言った。立花には教えられた、救えたものはあったのだと。竜が指し示してくれた、戦う以外の己の道を。地獄の中で折れ果てた、己の羽根を。

後は、私が変わればいい。恐れることは何もない。奏だけじゃない、皆がくれた翼があれば、どこまでだって飛んでいけるから。

 

(そうだ。私は、片翼(ひとり)じゃないのだから――!)

 

二年前、片翼を失ったあの日を二度と繰り返さないために。己を闇から救ったその恩義に報いるために。もう一度、友と歩いていくためにも。

 

「まだだッ!まだ……終わらせるものかッ!諦めてなるものかッ!もう二度と失わぬためにも、二度と繰り返させぬためにも!お前は必ず救い出すぞッ!あの時お前がそうしてくれたようにッ!」

 

心を奮わせ、今一度立ち上がる。

この悪辣には二度と屈しない。もはや二度と奪わせない。

取り戻すのだ。奪われた誇りを、失った時間を。今度こそ守り抜け、愛すべき仲間を。

そのためにも、奴とはここで必ず決着をつける。

ならば答えはひとつ。

 

「さあ来い立花ッ!私はここだッ!その握った拳、必ず開かせてやるッ!」

 

無手のまま構え、響と相対する。

響も翼が闘気を高めているのを本能で感じたのか、腰をやや落として下半身に力を込め始める。

 

「ウガァッ!」

 

若干のにらみ合いを挟み、先に飛び出したのは響だった。翼の首筋に狙いをつけ、爪で肉を抉ろうとする。無論、翼とてそれを黙って食らうほど甘くはない。鍔迫り合いの要領で手首に手首を合わせて捌く。

それを見た響は二つ、三つとさらに打撃を重ねていく。手応えはある。翼は響の攻撃を一切避けようとしていない。致命傷に繋がるものだけを捌き、それ以外の多くは腕や体で受け止めていた。

 

「そうだッ!それでいいッ!お前の胸の裡をッ!お前のその衝動をッ!余さず私にぶつけてこいッ!全て……全て受け止めてやるッ!」

 

 

 

 

翼にとってその時間はとても長いように思えた。

この数分間、響はずっと翼を殴り続けている。翼は響に語りかけながら、その猛攻をひたすらに耐え続ける。

口の中を切ったせいか、口の端から血が溢れた。ギアインナーの一部が破れ、顔や腕に切り傷ができる。ギアの装甲もところどころ欠け始めた。

翼は自分が満身創痍に近づいていることをはっきりと感じた。しかしその目はまだ決意の炎を宿している。

 

――今は待て、転機は必ず訪れる。立花の心の叫びを聞け。獣の衝動の裏にある、本当の姿を見付け出せ。

 

「まだだッ!私は倒れんぞッ!獣の叫びではない、立花自身の歌を聴かせて魅せろッ!!!」

 

「ウ、ああアああああああ!」

 

これまで幾度繰り返された流れだろうか。響が翼に飛びかかり、それを翼が受け止める。しかし、今回だけは毛色が違った。

 

「これは……」

 

顔に僅かな飛沫を感じる。見れば、響の目元から一筋の光が流れていた。

 

(そうか……!お前も、戦っているのだな。己の中の獣と……!)

 

「ならば負けるなッ!奏から受け継いだのは、そのガングニールだけではあるまいッ!」

 

響の瞳が確かに揺れた。刹那、翼は確信する。まだ人の意識が残っているのだと。まだ引き戻せるのだと。

 

その時、初めて翼が自分から動いた。響のもとへ駆け、構えた両手を掴んで止める。

響も抵抗しているが、翼は止まらない。

 

「思い出せッ!奏から受け継いだ想いをッ!お前が拳を握る理由をッ!」

 

その時、響の動揺が目に見えて表れた。腕から力が抜け、一瞬だけ呆然とする。そしてその忘我を翼は見逃さなかった。

一度手を離し、動揺する瞳を真っ直ぐに見据える。そして。

 

「振りかざしたその手で、お前は何を掴む!?答えろおおおおおおッ!」

 

右手を振りかぶり、頬を思い切りブン殴った。

殴られた場所から、響の身体に、意識に熱が伝わっていく。ゆっくりと後ろへ倒れながら、黒く染まった意識が色を取り戻していく。

 

「ああ、ア、あ、つば、サ、さン……」

 

「おっ……と。危ないところだったな」

 

それを支えるように翼が受け止め、抱きしめた。その表情は先程までとは打って変わってとても優しかった。

 

「私が分かるか?立花。分からないなら、何度でも語りかけよう。何度でも手を伸ばそう。お前がそうしてくれたようにな」

 

「わタし……は……」

 

「だから立花も応えてくれ。その胸に宿ったものを思い出せ」

 

「わたし、は……!」

 

「そうだ、諦めるな。今こそ自分自身を越えてみせろ……!」

 

「わたしは――!」

 

黒い感情が、破壊衝動が消えていく。胸のガングニールに吸われるように、目から狂気が抜けていく。光を取り戻していく。

目を覚ました響が荒い呼吸のまま翼の顔を認識する。その瞬間泣きじゃくり始め、翼の腕の中で後悔を口にした。

 

「翼さん……わたし、わたし……翼さんのこと、本気で、殺そう、と、して……」

 

「死んでいないのだから良かろう。もし不徳と思うならさらに強くなれ。心・技・体ともに鍛え上げた姿を見せてくれればそれで良いとも」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

何度も何度も、慚愧のままに謝罪を繰り返す響。翼はただただ頭を優しく撫でるだけだった。

 

「その必要はないと言った。それよりも、立花の身体に大事がないことの方が私は嬉しいさ」

 

「翼、さん……でも……」

 

「そんなことよりも、悠長にしている暇はない。すぐに竜を助けるぞ。些細なものとはいえ、悔いるのはその後でも構うまい」

「さあ行くぞ。我ら装者の、人間の意地を!あの不届き者どもに見せつけてやろう!お前の信念を踏みにじったことを地獄で後悔させてやれッ!」

 

「――はいッ!」

 

闇を払い、涙を払い。立花響が翼に応える。

命を燃やし、魂を燃やし、蘇った羽根で風鳴翼は再び飛び立つ。

どこまでも満身創痍。されどどこまでも意気軒昂。

絆を繋げ。魂を繋げ。結んだ心を力に変えろ、残るピースはあと一つ。

 

命ある限り立ち上がれ。

夢見た明日を、必ず捕まえるために。




次回、決着(したらいいな)。

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熱き怒りの嵐を抱いて

ゲッターロボアーク、ようやく始まりましたね。
自分はOPやらカウントダウンやらで完全に情緒を破壊されました。
色々脱線はしましたけど何とかアークに間に合ってよかったです。

それでは最新話です。


「ついに奴等の尖兵が動き出したか。いよいよ以て人類に残された時間はあとわずかというわけか」

 

北海道、サロマ湖畔。そこにある基地で、男二人と老人が一人、モニターを眺めている。映っているのはブラックノイズと戦う二課の装者たち。そこでは苦戦を強いられ、傷ついていく姿がリアルタイムで中継されていた。

 

「ひひひ……そんなことより、やっとゲッターがでっかい花火を打ち上げるんじゃろ?わしゃこの日が楽しみで楽しみで……もっと派手にドンパチやってもらえんかのう」

 

ノイズは死に顔が見れんのが残念じゃし、どうせなら色々ポロリした死体を拝みたいもんじゃ、と老人が酒瓶を片手にゲッターの……竜の姿を凝視している。

 

「不吉なこと言わんでくださいよ博士。それで隼人。あれであいつらは勝てんのか?うちの連中を増援に寄越した方が良かったんじゃないのか?」

 

二人目……野戦服を着た恰幅の良い男が三人を心配する。当然だ。現状、どう見ても勝てる未来が見えない。もし彼が娘同然に可愛がっている三人の少女が同じ状況に陥れば、迷わず彼は撤退を求めるだろう。

尤も、その三人からはそれを「過保護」などと言われているのだが。

 

「馬鹿言え。尖兵ごときに敗れて死ぬようならこれからの戦いには着いてこれん。むしろ、ここで死ねただけ幸せだろう」

 

隼人と呼ばれた黒いコートの男はそれを暗に却下した。一見冷徹、冷酷に見えるその言葉。しかしそうでなければ生きていけないのがこの世界の在り方だと男たちは知っている。

しかしそれでも、強く固く握り込んだ男の拳は小刻みに震えていた。

 

「……無理はするなよ」

 

「フッ……相変わらず甘いな、弁慶。だがその必要はない」

 

不敵な笑みを浮かべて、言う。

 

「十八年だ。十八年俺達は待ち続けたんだ。早乙女博士の遺言を果たす時を。奴等から未来を取り戻す時を。これがその先触れとなる、革命の狼煙だ」

 

彼は迷いのない目で、装者たちの勝利を確信した目で、そんなことを宣った。

 

 

―――――――――――――――

 

『響ちゃんが暴走!何とか翼さんが抑えていますが……』

 

『竜さんが単独でブラックノイズと交戦中!ですが、このままでは!』

 

ブラックノイズの二体同時出現という未曾有の危機を前に、二課司令部は緊張と焦燥感に包まれていた。

この状況に、二年前を思い出す人間も少なくはなかった。司令官たる弦十郎もその一人……否、その筆頭だった。

 

『すぐに俺が援護に向かう!最低でも彼女たちが撤退するだけの時間は稼いでみせる!』

 

「駄目よ」

 

『了子くん!?』

 

既に外で周辺地域の避難誘導に携わっていた弦十郎の出撃要請。しかしそれを櫻井了子は切って捨てた。

 

「いくら貴方でも、今回だけは認めるわけにはいかないわ。ネフシュタンの時も、デュランダルの時も直接交戦したわけじゃないから良かったの。でも今回は違う。敵は健在、しかも二体もいる。未確認の能力がまだ存在する可能性だって否定できないわ」

 

『ならばせめて、響くんを止めなければ……!』

 

「それで矛先が貴方に向いたらどうするつもり?敢えて厳しいことを言わせてもらうけれど、あの時は運が良かったの。いくら貴方が強くても、対ノイズ兵装が無いのなら向かったところで死体が一つ増えるだけよ」

 

『しかし……』

 

「ここで貴方が死ねば指揮官がいなくなり、指揮系統は麻痺し、二課は機能不全に陥る!そうなったら増える死体は一つ二つでは済まないのよ!?……弦十郎くんの出撃は認められません。どんなに悔しくても、どんなに歯痒くても」

 

『く……!ノイズと戦う力が無ければ、戦場に赴く資格すらないというのか……ッ!』

 

了子と弦十郎が歯を食い縛り、拳を固く握り締める。

子どもを守るべき大人だというのに、自分たちはどれだけ無力なのか――それを正面から突きつけられる形となった弦十郎。否、弦十郎だけではない。二課の人間の多くが改めて骨身に刻み付けられた。

今はただ、銃後の守りを固めること。それだけが自分達に出来る唯一の役割。後は、彼女たちを信じることしか――。

 

 

 

―――――――――――――――

 

「クソッ!あいつら絶対に許さねえ!」

 

竜は怒り狂っていた。

響が暴走させられた。本人の意思とは関係なく、破壊衝動を増幅させられて。

無論、その原理を理解しているわけではない。だが、二年前に狂わされた観客の姿を克明に覚えていたことがそう確信させていた。

 

 

「仲間あんなにされて黙ってられるかよッ!」

 

 

言うまでもないが、竜自身も現在進行形で破壊衝動に苛まれている身である。故にこうして怒りに身を任せるというのは一時の力と引き換えに自らを暴走へ導きかねない諸刃の剣でしかない。しかしそれさえ無視して竜は行く。

 

前方へ勢いよく飛び出し、飛び蹴りを放つ。

――防がれ、弾かれる。

そのまま一度宙返り。その勢いのままにサマーソルト。

――無意味。

着地の瞬間を襲われる。左足を軸に体を回転させ、回避と同時に腹目掛けて後ろ蹴り。相手が人間ならこれだけで口から血を吐き出して失神するが、相手は人間ではない。腹を貫くこともできず、完全に受け止められる。

 

「ぐっ……こんなもので止まるかッ!貴様らだけは俺の手で地獄に送ってやるッ!」

 

完全に泥沼の殴り合いの様相を呈してきた戦場で、流竜はただ一人吼えて自身を奮い立たせる。

襲い掛かる二体がかりの重い打撃。それは重い体を動かして打点をずらす。装甲の厚い部分で受け、時には後ろへ飛ぶことでダメージを最小限に抑える。しかしそれでも装甲にヒビが走る辺りに敵の性能の高さが垣間見えた。

 

(足を止めるなッ!動き続けろッ!生きて、戦って、殺せッ!体が動く限りに――!)

 

竜が何度も戦って理解したことは、今はまだ敵の方が強いということ。それが二対一ともなれば、一瞬の隙も許されないこと、少しでも見せればこの微妙な均衡はまさに一瞬で崩れ去るということだ。故に竜は常に敵との位置関係を考慮し、二対一になる瞬間をわずかでも少なくすることに重点を置いて戦っていた。

 

「まだだァッ!ゲッタートマホークで叩きのめしてやるッ!」

 

両手に手斧を構える。しかし普段のものとは違い、柄はより短く、握り込んだ拳の両端から前面にかけて刃が伸びる形状をしている。それはさながらチャクラムやカタールのような刺突刃めいた形状で、拳の延長として使えるような形をしていた。

 

「ふッ!はああああああッ!」

 

突き。縦斬り。上半身だけを動かして反撃を避けながら横薙ぎ。正中線に沿って二段蹴り。

止まるな。止まれば待つのは袋叩きの未来だけ。視界の端に映る翼の方に目を遣れば、暴走した響を相手に防戦を強いられていた。

 

――あの時と同じだ。

 

竜は戦いながら薄らと、そんなことを思っていた。

 

――二年前、何もかもが壊れたあの日。奏と翼は二人だけでノイズの群れとそこに混じったブラックノイズと戦い続けて、俺は一人で暴走した観客の相手をした。

そして何も出来なかった。二人を救えず、奏を救えず、絆を奪われた。

思い出すだけで苛々する。怒りが沸いてくる。自分にも、あのクソ野郎にも。

 

もう二度と奪わせるか。奪われてたまるか。俺がやらなきゃ誰がやる。仇を討って、何もかも――

 

心を決めた。腹を決めた。

何もかもここで終わらせる。決して逃がしはしない、地の果てまで追い詰めて、怒りの刃を突き刺してやる。それでこそ本当に二年前の因縁を終わらせられるのだと決意した時。

 

 

――■■■■■■

 

 

ブラックノイズが軋んだ音を立てた。それを遅れて認識した瞬間、視界がブレた。

 

「な――」

 

何の事はない。ただブラックノイズがこれまでよりも早く動いて竜の身体を叩いただけ。しかしそれは慣らされた目には致命の毒だった。

 

痛みで怯む。身体の重みが足を引く。自分が何をされたのを認識する。足が止まる。

 

「――――――ぐはッ!」

 

そこから先は竜の予感の通り、一方的な蹂躙となった。燃え盛る炎のように敵の勢いが止まらない。一塵の可能性も残さず、一時の油断もなく、二体がかりで一方的にゲッターを殺そうとしている。

 

(こいつら――この時のために、手加減、してやがったのか――)

 

しかし時既に遅し。

手斧が手からこぼれ落ちる。腹を、足を、胸を、顔を、背中を、身体中を打擲が打ち据える。口の中を切ったのか、口から血が流れ出る。ギアに付いている防護機能のおかげでまだ骨が折れていないことだけが唯一の救いだろうか、しかしそれも気休め程度でしかない。

やっとの思いで炎の中から抜け出そうとも追撃は終わらない。例え無様を晒して地を這いつくばろうとも。

目の前が物理的に赤く染まる。竜が這いつくばっている地面に彼女の血が飛び散っている。

 

 

――死ぬのか?俺が、ここで……

 

 

腹を蹴り飛ばされ、壁に背中を叩きつけられる。

迫り来る死の予感。明滅する視界、遠退きそうな意識の中、そんな考えが頭をよぎる。力が抜ける。ここで眠れば楽になれると死神が誘う。

 

――んなわけあるか。死んでなどいられるか。このまま終わりだなんて納得できない。やり残したことはまだまだある。何より、こんなゴキブリ一匹殺せないままあの世行きなんて情けなくてできるわけがない。

しかし本当は手立てが無いことなどわかりきっている。そもそも翼と二人がかりの絶唱でも倒しきれていない以上、それ以上の火力を出せなければ話にならない。それも単発ではなく、一度にぶつけなければまた再生されるだけ。

 

分かっている。分かっていた。その程度。

今の自分独りではどうにもならないことぐらい。もし敵に知性があるならば、それを理解していたために分断したのかもしれないとさえ感じる。

 

だからといって、だとしても。

 

「諦め、られるかよ」

 

四肢に無理矢理力を込める。

 

「諦められるか」

 

気力を振り絞って、震える足に喝を入れる。

 

「諦められるかよッッ!!こんなところで、こんなものでッ!!やっと翼と通じあえたんだッ!なのに、なのにこんなところでッ!」

 

それは心の裡から湧き出る感情の発露。積もり積もった怒りの咆哮。二年前のあの日、友を奪われ、絆も奪われ、残されたのは戦う理由ただ一つ。

 

――悪を許すな。

 

それは、かつて佐々木達人が目の前で殺された時にも感じた怒り。罪もない誰かを殺しておきながら、それを当然と称して憚らない外道共。人の尊厳を凌辱し、それを悦ぶ悪鬼共。とてもとても生かしてはおけぬその筆頭こそ、ノイズ。故にノイズは死んでも皆殺す。その感情を原動力にこの二年を戦い抜いてきた。

 

しかし今は違う。生きる理由ができた。新しい友……というにはまだまだだが、仲間ができた。断絶した友と絆を再び繋いだ。

それがあるからまだ立てる。二度と奪われないためにも、二度と折れ果てないためにも。故に。

 

「こんなところで死ねるかッ!死んでたまるかッ!道連れなんざなまっちょれぇッ!殺してやる!殺してやるッ!俺がッ!この手でェェェッ!」

 

――奪われる前に奪え。

 

その時、竜は感情も、ギアも、己の体も、あらゆる制御を投げ捨てた。

狂気の叫びを上げる。理性も何もかもかなぐり捨てて、ただ「殺す」ことだけを目的に突っ走る。

――その顔には翠色の光が走っている。

 

ゲッターが竜の意志に反応して爆発的に出力を上げた。ギアから揺らめく炎が立ち上り、竜の命を燃料としてゲッター線に変えていく。それと比例してフォニックゲインも爆発的に上昇して、

 

「おおおあああああああああ!!!」

 

狂ったように拳を振るう。――いいや、真実狂っていたのだろう。暴走する闘争心は際限を知らず、磨いた技も、過去の軌跡も、何もかもを打ち捨てて、踏みにじって、闘争本能のままに身体が動く。

――想い宿らぬ力だけの拳に意味などないと気付けないまま。

 

 

「死ぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇッッッッッ!」

 

 

紅く輝く光の螺旋が炎となって拳から放たれる。

光が地面を抉り、軸線上にあったあらゆるものを削り取り、砕き、壊し、消滅させていく。

そして。

 

 

ブラックノイズだけは消えていなかった。

 

 

 

「―――――――――」

 

気づけば、目の前にブラックノイズが立っていて。攻撃された、と思ったときにはもう遅くて。

 

「ごふっ……」

 

腹を打たれる。貫かれたような熱さが腹の底から喉元へとこみ上げてくる。びちゃびちゃと、鮮血がギアインナーを汚していく。

 

グシャ、と砂と水気が混ざりあった音を立てて。

竜は狂乱の熱を持て余したまま地に体を投げ出した。

 

 

――■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。

 

 

ブラックノイズが断続的に駆体から耳障りな音を軋ませている。せせら笑うように。哄笑するように。嘲笑するように。

目の前の怨敵の最期を嗤っている。倒れ伏す怨敵を見下ろしている。

ブラックノイズがゆっくりと竜に近づく。

 

 

 

最後の止めは己の手で、でなければまるで信用ならぬと身に刻まれた悪意は言う。

宿願を果たせ。ゲッターという悪魔を生み出す温床をこの宇宙から星ごと根絶やしにするためにも。

まずはゲッターを殺す。次は近くの五月蝿い二匹の害虫を殺す。次は、次は、次は、次は―――この星の生命の全てを殺す。ゲッター線の全てをここで絶つ。それでこそ平行宇宙の全てに安寧がもたらされるのだから。

 

触手が鋭利な刃を形作る。脳を一突き、それだけで脆弱な害虫は死ぬ。あとは事を実行するのみと腕を構えて――脳天から銀色の巨大な影に貫かれた。

 

巨大な影。輝く青と銀が美しい、まるで板のようなそれは――

 

「た、て?」

「―――いいや、剣だッッッ!」

 

 

風鳴翼、ここにあり。

戦場にて高らかに名乗りを上げて。

閉塞と絶望を打ち破り、戦場に剣が舞い降りた。

 

 

――――――――――――――――――

 

「どうにか間に合ったようだな。随分派手にやられたものだ」

 

「お、前ら……」

 

「遅くなってすみません。でも、もう大丈夫です。わたしも、もう自分を見失ったりはしませんッ!」

 

さっきまで戦っていたはずの翼と響が竜のもとへ駆けつける。

響に抱き起こされたことで見えた二人の姿は対照的だった。響はさっきまで泣いていたのか、目を真っ赤にしているものの外傷は殆どない。一方で翼は全身ボロボロだ。破れたギアインナー、欠けた装甲とヘッドギア、殴られたせいだろうか、若干鼻や口の端からも血が垂れている。

 

「竜さん。後はわたしたちに任せてください!」

「立花の言う通りだ。少し体を休めておけ」

 

お前は下がれと二人は言う。しかしそれは、今の竜にはとても認められるものではなかった。

 

「……ふざけんな」

 

「何?」

 

「俺はまだ戦えるッ!この程度じゃまだ倒れてやれねえんだよ……ッ!」

 

翼の手を振り切って竜が前へ出る。

制止の声も聞こえない。肥大化した衝動は竜の中に焼き付き、身を焦がす熱が闘争心を掻き立てる。

 

「来やがれゴキブリ野郎どもッ!俺がぶっ潰してやるッ!」

 

「危ないッ!」

 

ブラックノイズが竜の攻撃をかわして顔面を打つ直前、響が竜の腰にしがみついて横っ飛びに跳んだ。

 

「何をやっているのだッ!好きにやれとは言ったが勝手をやれと言ったわけではないッ!」

 

翼が駆け寄って一喝する。叱責の裏には鏡越しに以前の自分を見たような、苦々しく思う感情が見え隠れしていた。

 

「うるせえッ!あいつらは俺が殺るんだよッ!死ぬまで戦いは終わらねえんだッ!」

 

「ええい世話の焼けるッ!一人で敵う相手でないことぐらい貴様が一番よく分かっている筈だッ!」

 

「だからどうしたッ!それでも、俺は――!」

 

「そうやって、また翼さんを置いていくんですか!?」

 

響が竜の言葉を遮って叫ぶ。かつての翼の絶叫が脳裏に浮かんだことで竜が動きを止め、響はその両肩を掴んでまっすぐに竜を見つめている。

 

「竜さんが倒れてる間の翼さん、すっごく苦しそうでした。ずっと自分を責めて、自分がやらなくちゃいけないんだってずっと思い詰めてました。……今の竜さんも同じに見えます。それじゃあダメなんですッ!」

「わたしでも分かります。やっと翼さんと手を繋ぎ合えたんですよね?だったら、もう翼さんを一人にしないでくださいッ!だって、だって!ずっと一緒に、戦ってきた仲間じゃないですかッ!」

 

がくりと竜が俯く。

肩を震わせ、頭を振って、思い出すようにゆっくりと声を絞り出す。

 

「……そうだ、殺すために戦うんじゃねえ。俺は、生きる、ために……!」

 

「なら、もっとわたし達を頼って下さい。そりゃあ奏さんや翼さんと違ってわたしじゃ頼りないかもしれないですけど、それでも少しくらい助けられることはあります。だから、一人で何でもしようなんて言わないでください。だって――」

 

 

 

 

「―――一人よりも二人、二人よりも三人でやったほうが、ずっといいじゃないですか」

 

『一人より二人の方がより早くぶっ倒せるんだからさ、三人で力を合わせれば尚更、じゃないのか?』

 

 

 

 

 

竜がはっとして響の顔を見上げる。

響の言葉はかつての奏の言葉を想起させた。それだけではない。

竜には一瞬だけ、響の顔が奏と重なったように見えた。瞬き一回するかしないかの内に元に戻ったが……竜を正気に戻すにはそれだけで十分だった。

 

 

「……ははっ。何だよ、そりゃ。奏の奴、余計なこと教えやがってよ」

 

脱力し、地面に大の字になって仰向けに倒れる。

余計なこと、という言葉とは裏腹に、竜の表情はとても晴れやかだった。

 

「言われてしまったな。ここまで言われてもまだ一人で突っ走るつもりか?」

 

「まさか。いい具合に頭が冷えたぜ」

 

「ならば選べ。一度退くか、戦うか」

 

「んなもん言わなくても分かってんだろ」

 

「だろうな。そんなことだろうとは思った。……ならば聞け。『三つの心を一つにする』――それこそが未来を拓く力だと聞いた。賭ける価値はあると、そうは思わないか?」

 

「それは誰からだ?」

 

「さて、な。実は夢枕に立った奏からだ、とでも言えば信じるか?」

 

「なんじゃそりゃ。だが具体的にどうすりゃあいい?」

 

「そんなの、簡単じゃないですか。――歌えばいいんですよ、三人でッ!」

 

「三人で、歌う……」

 

「立花らしいな。だがこれ以上無いほどの名案だ。竜、あの時の感覚は覚えているか?」

 

「……そうか、あの時の絶唱!」

 

思い出されるのは初めてネフシュタンの襲撃を受けたあの長い夜。あの時の絶唱は確かに何かが違った。

 

「そして、二人でノイズを屠ったあの時。確かに私達は心を束ねただろう。同じ歌が胸に浮かんだことこそその証左……ならば、それを三人で成し遂げられればッ!」

 

「どんな相手でも乗り越えられる筈ですッ!」

 

「上等だ。やってやろうじゃねえかッ!」

 

 

響が二人に手を伸ばす。二人は迷わずその手を取って、三人並んで深呼吸。一拍挟んで歌い出す。

 

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

――Emustronzen fine el baral zizzl――

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

――Emustronzen fine el zizzl――

 

 

身体に多大な負担がかかる絶唱。比較的軽傷の響ならばともかく、竜と翼の肉体はバックファイアに耐えられずに崩壊していただろう。「本来ならば」。

 

しかし三重奏であったことが功を奏した。かつて翼へのバックファイアを竜が全て背負ったように、三人の意志が負担を制御し、低減させる。

そうして生まれた巨大な力は増幅と分配により、互いに影響を及ぼしながら、無限を象り繰り返される円環の理を紡ぎ出す。それは異なる世界でS2CA・トライバーストと呼ばれた決戦戦術とは似て非なるもの。心を束ねて撃ち放つのではなく、心を束ねて互いを高め合うための歌。

 

 

 

膨大なフォニックゲインとゲッター線の混合体に包まれながら、三人は誓う。

逆襲を。決戦を。奪還を。

もう二度と好きにはさせない。ここには自分達がいるのだと、高らかに謳い上げる。

 

 

「我ら三人の心を一つに――」

 

「歌を、力を、想いを、束ねて――」

 

「――わたしたちの力を、信じるんですッ!」

 

 

 

 

 

『そうだ、それでいいんだ。ゲッターは一人じゃ本当の力を発揮できない。人と人の繋がり……それがゲッターを、みんなを強くするんだ』

『みんなの力を信じてる。だからまた会おうな、進化の果てで』

 

 

 

見覚えのある夕日色が、光となって風の中へと溶けた気がした。

無論、その瞬間を見たわけではない。

しかし「そう」なったのだと、心が理解した。

 

 

(そうか、お前はずっと俺たちのことを――!)

 

「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

流竜が叫ぶ。

新たな扉を開ける。

 

それは運命。

それは解放。

それは今ここにゆっくりと動き出し、真の戦いへと導いてゆく歯車。

 

心に浮かぶその言葉は、流竜が本当の意味でスタートラインに立った証。

過去を越え、未来を掴もうとする意志の体現。

現在を生きる生命の叫び。

それが、それこそが――

 

 

 

「チェェェェンジ!ゲッタァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

竜の「覚醒」と共にギアが再構築される。見た目は何も変わらないが、中身は以前と大きく変わっていた。

 

人は繋がることができる。言葉よりも強い力で。それは信念を表すもの。それは心を示すもの。それはもっと原始的な力。すなわち――胸の歌。

それぞれ異なる性質を持った三人の歌。竜は敵を倒すための野性的な歌、翼は研ぎ澄まされた理性的な歌、響は仲間を、誰かを想う調和の歌。

三つの心は一つとなって、強い絆を表現する。それが――ゲッターの力を目覚めさせる。

 

「すごい、胸から力が沸き上がってくるッ!」

 

「胸が熱い……呆けていると裡から焼かれてしまいそうだ」

 

「だが……最高に心地いいぜ」

「行くぜお前ら!今度こそ……何もかも終わりにするんだッ!俺たち三人の力でなッ!」

 

狂気からかけ離れた、どこまでも清廉な闘志が沸き上がる。敵への怒りと守るという想いが完全に調和し、三人をブラックノイズの瘴気の軛から完全に解放した。

それだけではない。三人のギアもそれぞれ真紅、蒼、黄の三色の炎が揺らめき、その若い命が燃えていることを顕していた。

 

「フッ。ここぞとばかりに棟梁の風を吹かせおって……。だが、今日ばかりは乗るとしようかッ!」

 

高山の頂上で深呼吸でもしているような清々しさと、命の炎がもたらす胸の熱が強い高揚感を与える。

 

「全力全開ッ!わたしたちの全部をぶつけるまでですッ!」

 

三人の胸に同じ歌が芽生える。

三つの心を、力を、命を一つに。猛る心とみなぎる力を手に、戦いに飛び込んでいく。

 

 

――星のない夜の静寂を引き裂き――

――閃光が走る――

 

 

最初に飛び出したのは竜と響。剣の杭から脱した敵を挟み込むように陣取り、それぞれが一体ずつを相手にする。

 

「一番槍!行きますッ!」

 

「チェェェェンジ!ゲッター3!行くぜ響ッ!今度こそタイミング、ミスるんじゃねえぞ!」

 

「はいッ!どおんと任せてくださいッ!」

 

 

ゲッターの装甲が変化する。それは黄色を基調とし、赤い胸当てを付けた豪腕備えし姿。

響の拳が、剣から脱出した黒い駆体に重く、鋭く突き刺さる。竜はその威力で吹き飛ばされたノイズを逆方向から全力でぶん殴り、再び響の元へ送り返す。

 

「今だッ!タイミングを合わせろッ!」

 

「うおおおおおおおッ!!大・雪・山・おろしぃぃぃぃぃぃッ!」

 

竜からのキラーパスを無事に受け止めた響。そして勢いを殺さないように体を回転させ、上空へと投げ飛ばす。竜も拳で二体目のノイズを上空へとカチ上げ、二体のノイズを空中で衝突させた。

 

「やるじゃねえか響ッ!コンマのズレもねえッ!」

 

 

響に賛辞を送っている内に、翼が背後から竜を追い抜き、剣から蒼い炎を出して高く高く飛び立った。

 

「今こそ好機ッ!行くぞ竜!着いてこいッ!」

 

「ハッ!お前の方こそ着いて来やがれッ!」

 

竜もチェンジ、ゲッター2!と叫び、ギアは白を基調とした全体的に細身の形態に変化させる。背後にバーニア、左腕にドリルを備えた姿になると、翼の後を追うように背中から火を吹かせて飛び立った。

 

 

 

――怯え惑う人々の命――

――この手で、救うために――

――許せない敵を――

 

『倒せ――!!』

 

 

 

竜と翼がブラックノイズの上を取る。今さら体勢を立て直そうがもう遅い。これが歴戦のシンフォギア装者の力。

 

「味わえッ!これが貴様の地獄行きの釣瓶落としだッ!」

「ゲッターの恐ろしさ、たっぷり味わわせてやるぜッ!」

 

それぞれにドリルと脚が突き刺さって急降下。重力に炎の加速が上乗せされ、二人はここに流星となる。

ブラックノイズを地に叩きつけた時、地面が若干抉れたことからもその威力が窺えるだろう。そして。

 

 

『燃ゆる命の嵐を胸にッ!』

 

 

 

戦う時だッ!

叫ぶぜ!

ゲッタァァァァ!!

 

 

 

『夢と平和を奪い返すぜッ!たった一つきりの青い星に――!!』

 

 

 

ブラックノイズを大地にめり込ませ、足蹴にして竜が跳ぶ。

事ここに至っては必要なのはパワーでもスピードでもない。それは己が最も信頼する相棒。それは最も戦い慣れた姿。すなわち!

 

 

「チェェェェンジッ!ゲッタァァァァァ!ワンッ!!」

 

 

 

「やるぞ立花ッ!かつて私と奏が得意とした一撃――同じガングニールの担い手ならば出来る筈だッ!」

「分かりましたッ!やってみますッ!」

 

ゲッターが見慣れた真紅い姿になり、二体纏めて屠るべく空へ飛び立ち、増設された腹部の装甲を開く。

翼と響も大地に共に並び立ち、翼は大剣を構え、響は腕のバンカーユニットを引き絞る。

 

 

「ゲッタァァァァ!ビィィィィィムッ!」

「破ァァァ――――――ッ!」

「気持ち、重なればきっとぉぉーーーッ!」

 

 

 

双星(DIASTAR)ノ鉄槌(BLAST)

 

 

 

極大砲撃の三重奏が全てを破壊し尽くす。

光の向こうでブラックノイズがもがき、足掻く。光が晴れても尚生きてはいたが、しかし死に体。しぶとく再生を始めてこそいるが、その駆体は殆どが失われていた。

 

 

「駄目だッ!まだ足りてねえッ!」

 

「でも動きは止まりましたッ!あと少しですッ!」

 

「勝機は逃さんッ!掴み取るぞッ!」

 

「当たり前だッ!お前らも出し惜しみすんじゃねえぞッ!」

 

「「応ッ!!!!」」

 

裂迫の気合と共に纏う炎がさらに強く燃え盛る。

三人が同時に駆け出す。地を蹴れば蹴るほど炎はさらに勢いを増し、三色の炎が一つとなって三人を完全に包み込む。

 

『おおおおおおおお――――――!』

 

炎は螺旋を描き出し、三人は拳を翳して敵へと叩きつけた。

僅かな拮抗。しかし次第に天秤は少しずつ三人へと傾いていく。そしてこれが最後の仕上げとばかりに、三人は最後の歌をさらに激しく歌い上げる!

 

 

『熱き怒りの嵐を抱いてッ!』

 

 

戦うために!

飛び出せッ!

ゲッタァァァァ!

 

 

『明日の希望をッ!取り戻そうぜッ!』

 

 

強く

今を

生きる

()の腕に―――!』

 

 

 

(Ris)(ing)("STORM")

 

 

『悪の炎なんて全て消すさッ―――!』

 

 

ついに炎の螺旋がブラックノイズを貫いた。

再生が追い付かなくなったブラックノイズはゆっくりと黒い炭となっていき、三人が凝視するなかで二体まとめて消滅したのだった。

 

疲労のあまり倒れこむ三人。しかしその顔には勝利と安堵の笑顔が浮かんでいた。

――ようやく、ようやく決着をつけられたのだ。

 

「……やったんですね、わたしたち」

 

「ああ。本当に……本当に、長かった」

 

「ありがとな。お前らのお蔭だよ」

 

「……竜がこんなにも素直に礼を言うとは、明日は槍でも降るか?」

 

「うるせえ!今のは無し!忘れろッ!……あ痛ててててて……」

 

翼の物言いに立ち上がろうとする竜。しかし戦いの興奮によって忘れていた体中の痛みを今になって自覚するとへなへなとまた倒れこんでしまった。

 

 

 

仰向けになって空を見る。日は既に沈みかけていて、どこまでも透き通った夕日色がとても美しかった。

竜は一人左の拳を空へ掲げ、一足先に世界と一つになった戦友へと笑いながら告げた。

 

 

 

 

「終わったぜ……奏!」

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

三人が戦勝の余韻に浸っている間。

雪音クリスは三人に背を向けて走っていた。

 

実のところ彼女は三人の戦いを途中から見ていたのだったが、戦いが終わってから無性に見ていられなくなったのだった。

それは自分への戸惑い。あるいは、光を直視出来なかったせいだとも言えるかもしれない。

 

 

(あたしは、なんで……)

 

「羨ましいなんて思っちまったんだよ……」

 

その答えはクリスの胸だけが知っている。

――彼女はまだ背を向けたまま。




やっと倒せた……


感想・評価よろしくお願いします。



10/11追記:設定変更のため、早乙女博士の死亡年代を十五年→十八年に変更


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そして「終わり」は加速する

今回は久し振りの説明+繋ぎ回なので不穏は一切ない、いいね?


ブラックノイズとの決戦からおよそ一週間ほどが経った。

現場に到着した弦十郎に「生きていてくれて本当に良かった」と三人揃って抱き締められ、その後それはそれ、これはこれと言わんばかりにこってり絞られた竜と翼。

結局、竜は出撃禁止に加えてギアを没収、翼も期限つきで出撃禁止の処分を受けたのである。

加えて竜は再び病院送りになり、検査の結果胸骨の骨折などが見られたため今一度病室にぶち込まれたのだった。もちろん今度は脱走なぞできないように監視つきである。

誰が言ったか、「スイッチ押せば五秒で忍者」と謳われるこのシステムは以後竜を一ヶ所に留めておく時に多用されることになるのはまた別のお話である。

 

時は経っても状況は何も変わっていない。フィーネは何も動きを見せず、雪音クリスは未だ行方不明。竜は退院し、用務員の業務に復帰したものの出撃禁止は解かれておらず、散発的に出現するノイズを響と翼が倒しているだけの日々。

変わったことがあるとすれば、リディアンで竜と翼の雰囲気が変わったと噂され始めたことくらいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、久しぶりに仲良しミーティングと行きましょうか♪」

 

 

その日、二課本部でのミーティングは再び了子の一声から始まった。以前とは参加した人間も座る場所さえも全く同じだったが、その雰囲気は大きく違ってとてもゆるやかだった。

 

 

「改めてブラックノイズの討伐お疲れさま。これで現在確認された個体は全て倒したことになるわ。ここで良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちがいいかしら?」

 

「じゃあ良い方でお願いしますッ!」

 

響が元気のいい声を上げる。了子もそれを予想していたのか、うんうんと満足そうに頷きながら「良いニュース」について述べていくのだった。

 

「オッケー。良いニュースっていうのはブラックノイズに関して、いくつか新しく分かったことがあることよ。例の人を狂わせる瘴気、あったでしょ?あれはある種の呪いのようなものだということが分かったわ」

 

「呪い?このご時世にそんな時代遅れがあんのかよ」

 

「そうとも言えないわ、呪いっていうのも異端技術の一種に分類される代物だもの。このご時世においては、最新技術だと言えるわね。……で、ここからが本題。ブラックノイズはこの呪いそのものを宿した存在だと考えられるわ。従って、これからブラックノイズという名称を改め、『カルマノイズ』と呼称することに決まりました」

 

「カルマ……なるほど、『業』というわけですか」

 

「ええ。そしてカルマノイズの存在目的なのだけど……こっちは残念ながらまだ調査中。でも推測としては、あれは人類を効率的に殺すことが目的だと考えられるわ。きっとその為の呪い、その為のあのスペックということね」

 

効率的に殺す――その点で言えばノイズも同じだろう。人間だけを狙い、周囲の環境に悪影響を及ぼすことなく相打って殺す。しかしカルマノイズが決定的に異なるのは人を炭化させても炭にならないこと。従ってカルマノイズはノイズの完全上位種と考えるのが妥当だというのがこれまでの認識だった。

 

そして今回詳細が判明した「呪い」のことも考慮すれば、その存在理由を推測することなぞ天才・櫻井了子には容易なことである。

 

「効率よく人を殺す……。ノイズとやっていることが同じでも少し違う性質を強化するだけでこんなに厄介になるのか……」

 

「それだけノイズという存在が脅威であり、素体として優秀ということね。……こんなこと、あんまり考えたくないけど」

 

藤尭がぼやき、友里が嘆く。

カルマノイズは普通のノイズとは違う。それは分かりきったことではあるが、こうして改めて見てみれば大本となるノイズそのものの脅威性もまた強調される。

現状はシンフォギアで対抗出来ているのみに過ぎず、根本的な解決には至っていないという、当たり前の事実を再確認するのみであった。

 

「で、悪い方の知らせだけど。このカルマノイズ、多分まだまだ現れるわよ」

 

「……何だって?本当なのか了子くん」

 

「こんなことでつまらない嘘なんか吐くわけないでしょう?……あれが複数体いることが分かっていて、目的はおそらく人類の殺戮、行き着く先は絶滅かしら?そう考えられる以上、これで終わりだとは思うべきではないわ。最悪、アレにさらなる上位存在がいる可能性だって否定できないんだから」

 

「何度来たって関係ねえよ。来たら来た分だけぶっ倒してやるだけだ」

 

竜の言葉を、それしかあるまいと翼が首肯する。自分たちの手でカルマノイズを倒した、という事実は三人に大きな自信を与えていた。

究極の三位一体。それを体現した「ゲッター」の力は三人にさらなる刺激を与えていた。即ち、もっと強くなりたい、と。

そうすれば「ゲッター」の真髄に頼らなくともカルマノイズと戦えるようになる。カルマノイズから人々を守れるようになる。再び真髄を発現させたとき、さらなる力を発揮できる。そうすればきっと、もっと多くの命を救えるはずだと信じ、今一度走り出す決意を固めているのだった。

 

「はぁ。いっそ、例の完全聖遺物で制御できたらなあ。そしたら片っ端から自己崩壊させることだってできるかもしれないんだけど」

 

藤尭がソロモンの杖に言及する。ノイズを人間が操ることができるという観点から、カルマノイズへの対策に用いられないかという考えだった。そしてそれに同調する声が一つ。

 

「それは俺も考えた。如何にカルマノイズといえどノイズの一つ。あの時は雪音クリスくんと連携していたように見えたが、あれはソロモンの杖で制御した結果ではないのか?」

 

「いや、そいつはあり得ねぇな」

 

そんな弦十郎の疑問を否定したのは実際に戦った竜だ。

 

「奴はどっちかというと俺を目の敵にしてるように感じた。連携してるように見えたのも、俺とカチ合うように仕向けたせいだろうぜ」

 

「私も同感です。体感ではありますが、あの場にいた人間の誰よりも竜を狙っているように見えました。竜自身に私怨があるのか、あるいは『ゲッター』に恨みがあるのか」

 

「え。わたしそういうの何にも分かんなかったんですけど」

 

「お前は実力不足だったからな」

「立花は経験不足だったからな」

 

「うう……全部合ってるから何も言えない……」

 

「成る程。そういう視点では考えたことがなかったな……分かった。その観点でも検証を進めていくことにしよう」

 

「それが懸命ね。効くならそれでよし、効かないなら、それはノイズとはまた別物ということになる。そうすればまた新しいアプローチだって見つけられるかもしれないわ」

 

と、ここでそういえば、と響はふと思い出した。

 

「そ、そうだ竜さん。カルマノイズを倒した時のあれは何だったんですか?いろいろ変形してましたよね?」

 

「ゲッター」の変形、あるいは変身。これまでのようなアームドギアのみの発現ではなく、ギアの形状そのものが変化するほどの変身は響も翼も、ここにいる全員が経験したことのない現象であり、その疑問が現れるのは当然でもあった。

しかし、肝心の当事者の顔色はあまり良いものではなかった。

 

「いや、知らねえ。気付いたら出来るようになってただけだ。了子さんなら何か知ってんじゃねえか?」

 

「そんなの私の方が聞きたいわよ。そりゃあ、ギアには装者の心象変化による限定解除でギアの形状変化が出来るようになってるわよ?でもそんな感じじゃなかったし、そもそもアームドギアがああやって変化すること自体がまずあり得ないことだもの」

「まあでも推察は出来るわ。今日はそれの説明もするつもりだったしね?」

 

了子が手元のリモコンを操作して、モニターにデータを映す。内容は各ギアのアウフヴァッヘン波形である。

 

「これは……」

 

「戦闘中のゲッターのデータよ。これは以前絶唱を使ったとき、右は翼ちゃんと二人でノイズと戦ったとき。で、こっちはカルマノイズを倒したときね」

 

提示される比較映像。その中では「ゲッター」に特有の六角形めいた花の形が幾つもの形に変化しているのが見えた。それは時にガングニールと、時に天羽々斬と重なっており、同じ現象が残りの二つの波形にも起こっていた。

その様子を見た翼は自分の直感に従って感じたことを述べる。

 

「これは……波長が調和して……融け合っている、ということでしょうか」

 

「ええ。各ギアのアウフヴァッヘン波形が一つになる形で変化していたことが確認されたわ。そしてそれと同時に三人のギアの出力上昇が確認できたの。つまりこの二つには関連性があることが分かるわね」

 

「て事はつまり……何だってんだ?」

 

「ゲッターの性質は『性質の異なるエネルギーを調和させることで強くなる』と推測されるということよ。今回の例を元にもっと俗っぽく言うなら、『三つの心を一つにする』ってところね」

 

「そしてもうひとつ。ゲッターの変形についてよ。こっちはこっちでゲッターの波形がそれぞれ天羽々斬とガングニールのそれに近くなっていたの。考えられるのはそれぞれ翼ちゃんと響ちゃんの心象が竜ちゃんの心象に影響を与えた可能性だけど……」

 

了子が得意げにこれがアレコレで云々、と解説を進めていく。オペレーター達はその知識に加え、ギアの変化をモニターしていたために理解できていたようだが、竜と響は対照的にまるでちんぷんかんぷん、理解できませんという顔をしている。そのため、途中で耐えられなくなった響がおずおずと手を挙げたのは必然でもあった。

 

「あ、あの……」

 

「どうしたの響ちゃん?」

 

「言ってること、全然わかりませんッ!」

 

了子がずっこけた。渾身の出来だったのに……と口を尖らせながら、竜に水を向ける。

 

「もう、しょうがないわねえ。竜ちゃん説明してあげて。体育会系でも分かるような説明でお願いね♪」

 

「悪い。俺もさっぱりだ」

 

了子が二度ずっこける。使ってる本人が分からなくてどうするの……と呆れ顔で今度は翼に顔を向ける。

 

「つ、翼ちゃんなら理解できてるわよね~?大丈夫よね~?いやホントに」

 

 

 

「ご心配なく。私も全然分かりま……というのは冗談です。冗談ですからその虚無の塊のような目は止めてください」

 

その場のノリで、キメ顔で「分かりません」と口走りかけた翼は途中で了子の目が濁っていくのを目にして言葉を打ち切った。これ以上藪をつついて蛇を出すような趣味はないのである。

 

「要するに、私の天羽々斬と立花のガングニール、そして竜のゲッターが互いに影響を与えあい、それが全員の出力上昇に繋がったということでしょうか?」

 

「90点ね。三つのギアがそれぞれ影響を与えあったのは確か。認識としてはそれで間違いじゃないわ。ただ厳密なことを言わせてもらうと、三人が心を一つにしたときは二人のギアがゲッターのエネルギーを取り込んでる。逆に、変形機構はゲッターが二人のギアのエネルギーを取り込んで発現した、と考えているわ」

 

シンフォギアにこんなシステム突っ込んだ覚えなんて無いし、これが聖遺物としての「ゲッター」の力なんでしょうと了子は結論付けた。

 

そうして時間とともに複数の議題が挙がっては終わる。二つ三つそれを繰り返したところで、了子は最後の議題について口にした。

 

 

 

 

「で、最後はこれ。本部機能の拡張についての報告よ」

 

「本部機能の拡張?何だそれ?」

 

「ああ。広木防衛大臣の暗殺以来、二課の本部機能について限定解除の許可が下りたのさ」

 

「元々この二課本部は限定解除による本部機能の拡張を前提として設計されてたのよ。広木大臣が暗殺されて、後釜に座った人が解除の許可を出したんでこうやって急ピッチで作業を進めてたってワ・ケ」

 

「そうなのか……」 

 

「まあ、竜ちゃんが詳しくないのも仕方ないよ。これらは全部入院中に決まったことだからね」

 

「でも、ちゃんと連絡事項は確認しなきゃ駄目よ。いい?あなたももう立派な社会人なんだから」

 

「うげ。わーったよ……」

 

竜の顔にははっきりと「めんどくさい」と書かれている。しかしやらねばならぬのだ。竜は装者の中では唯一の社会人。当然、響や翼よりもやるべきことや負うべき責任は多い身なのだ。

 

「竜ちゃんの方はさておき、『動力源』についてはこの通り、九割五分完成しているわ。あとは試験運用待ちになるわね」

 

そう言うと、了子は司令室の照明を少しだけ落とした。

モニターに映し出されたのは、仄かな翠色に光る大きな物体だった。

 

「これは……!」

 

「ふっふっふ……とくとご覧なさいな!この私の作品!研究成果を!」

「これがゲッター線研究の権威、早乙女博士の遺産!長かったわよ~!これの完成まで!」

「でもこれはその手間に見合った成果!これさえあればたった一つで二課のシステム、そのエネルギー全てを賄うことができる!外部の発電所が襲われて電力不足になる、なんて心配とはもう無縁よ!」

 

「すげぇ……すげぇじゃねえか!了子さん!」

 

「もっとよ!もっと私を褒め称えなさい!これは世紀の発明なんだもの!」

 

ふははははーー!と高笑いを上げる了子。

 

拡大表示される写真。そこに写されていたのは、幾つもの太いチューブに繋がれている、危険を示すマークが付けられた円筒。翠色に光るシリンダー。

 

 

 

 

 

 

 

「これが新生二課本部の新たな心臓!ゲッター線の可能性!その名もゲッター炉心ッ!!!暴走の危険性も無ければ不安定さも無い、まさに究極のエネルギー炉よ!」

 

 

 

 

 

 

 

了子が誇らしげに胸を張る。

二課の新エネルギー源、ゲッター炉心。早乙女レポートにその名だけが記されていたソレを、了子は一から作り上げたのである。

今でこそ二課のエネルギー源は電力だが、ゲッター炉心の安定性、エネルギー効率が証明され次第、少しずつゲッター線に置き換えられることになっている。

 

弦十郎もかつて「ゲッター」が暴走を起こしたことから炉心の設置には若干懐疑的ではあったが、現在に至るまでゲッター炉心が安定して稼働できていることをデータでも、その目でも確認したことで近日を予定している試験運用時に見極めようと考えていた。

 

 

 

 

装者たちがゲッター炉心の性能に圧倒される中、了子が胸の裡をぽつぽつと呟き始める。

それは「ゲッター」のギアを作った時から感じていた不満。

それは「フィーネ」としての彼女も感じていた歯痒さでもあり、今抱いている真っ直ぐな想いでもあった。

 

「私ね、ゲッターのことはずっと研究だけしていたかったのよ」

 

「了子さん?」

 

「まぁ聞いて頂戴。折角の研究資料をろくに研究せずに戦力化するなんて私の研究者としてのプライドが許したくなかった」

「『ゲッター』をギアに加工してからも分からないことだらけで、この私ともあろう者が改修さえままならないっていう状態だったのよ。でも竜ちゃんのお蔭でゲッターのこともゲッター線のことも色々と分かってきたの。だから、この炉心を完成させられたのも竜ちゃんのお蔭よ。感謝してるわ」

 

「よしてくれって。俺はあのノイズ共と戦ってただけだぜ」

 

「それでもよ。ありがとうって言わせてちょうだい。でもこの炉心さえあれば『ゲッター』の強化改修だってできるようになるわ。将来的には、新しい『ゲッター』を作ることさえ不可能じゃないかも!」

 

了子の声に怪しい熱が入り始める。

その様子に、弦十郎と藤尭、友里が違和感を覚えた。

装者たちはまだそれに気づいていない。

 

「新しいゲッターだって!?ってことは、ゲッターがまだまだ強くなれるってのか!?」

 

「当ったり前じゃない!そもそも科学の、人間の本質は進歩だもの!よりにもよってゲッター線の化身が進歩出来ないなんてそもそもあり得ない話だったのよ!!!!」

 

満面の笑みの了子の顔に狂気が混じる。

 

「そう!進歩……いえ、進化よ!もっと、もっとその先へ進むことこそが人類の使命!このゲッター炉心はその始まりになるの!人類が新しいステージに進むための!!!!」

 

了子はもはや自分が何を口走っているか理解していなかった。ただ、本能に突き動かされるままに口を動かす。

普段よりも饒舌に。普段よりも激しく。

――その目には翠色の渦が薄く宿っている。

 

響は困惑していた。

竜と翼は怪訝な顔をしていた。

大人たちは険しい目つきで見ていた。

全員の視線の温度を感じ取った了子ははっと我に帰る。

――目の中の渦は消えていた。

 

「あら……ご、ごめんなさいね。ちょっと作業続きで疲れちゃってたみたい。これが終わったらゆっくり休むことにするわ」

 

「……ああ。そうだな。確か、有給がそれなりに溜まっていただろう?折角だから連休にしてリフレッシュしてくるといい。熱心なのは良いことだが、根を詰めすぎるのも良いものではないからな」

 

「ご忠告ありがと。せっかくだし、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 

 

 

この日のミーティングはこうして終わりを告げた。

――僅かな疑念を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「……いささか興が乗りすぎてしまったか。今だからこそ慎重になるべきだった。いや、それとももう察知されてしまったと考えるべきか……」

 

今日の二課でのミーティングの内容を省みる。ゲッター炉心もほぼ完成したことで「カ・ディンギル」の完成まで秒読みといったところ。故にここで気を抜くことも手を抜くことも許されない筈なのだ。

 

「……無意識に舞い上がっていたようね。思えば、これほど大願成就にまで近づいたのは初めてだったもの。これであの男がどう出てくる、か……」

 

ゲッター線に目を付けたのは間違いではなかった。

あれは素晴らしいものだ。その性質も、その本質も。あれは恐らく、神々が―――。

となれば、それを人間が操るというのは、神の時代からの脱却を示すことになるのだろう。ヒトが今一度真なる言の葉で語り合い、自らの手で進化を果たす時代……なんと素晴らしいことか。

 

流竜と雪音クリス、ゲッター線との親和性が高い二人は実に、実に興味深い結果を私に見せてくれた。

特に流竜、彼女が示したゲッターの真髄は私の計画の最後のピースとなった。

 

「そう……エネルギーとは、命とは、意志とは、ヒトだけが持つものではない……風にも、花にも、聖遺物にさえも。全てのものに意志があり、命がある。つまり、『三つの心を一つにする』とは……」

 

今ならば分かる。ゲッター線の意味が。

 

そしてそれを証明するかのように、ゲッター線を用いてネフシュタンの鎧との融合を完全に制御することが出来た。私の身体は完全に、立花響同様の融合症例に――否、それ以上に高レベルでの融合を果たした。有機体と無機物によるナノレベル、原子レベルの融合。きっとこれもまた一つの進化のカタチ。聖遺物との融合を果たした新たなヒトの姿。

そして。

 

「そろそろあの品性下劣の米国政府が手を出してくる筈。精一杯のおもてなしをしてあげないといけないわねぇ……!」

 

自らが裏で糸を引けていると思い込んでいる愚者ども。全てはすでに私の掌の上だとも知らずに踊る者たちの滑稽さを思うと、口許が緩む。

――ゲッター炉心の製作に携わってからよく勘が冴えるようになった。これもゲッター線の仕業だろうか?実験と炉心製作の過程で随分浴びたことは無関係ではないのだろうか。

だがその勘が告げている。もうすぐ米国の手の者が私を殺しに来ると。しかし襲撃の日時が割れている暗殺への反攻など児戯にも等しい。

 

誰にも私を止められない。

古き「ゲッター」さえも、もう必要ない。

新時代には、新時代の「ゲッター」こそが相応しい。

せめてもの礼だ流竜。新世界にお前の名前だけは遺しておいてやろう。

 

 

 

早乙女博士のゲッターではない。

 

私が作り上げる、私のゲッター。

 

新世界の到来を告げる福音の聖獣にして、その守護神。

 

 

 

 

 

その名も――「ゲッタードラゴン」。




不穏は一切ない(強弁)


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変わりゆく日常

遅れてすみません。繁忙期で忙しかったのと何となく入れたウマ娘にハマってしまったせいでこんなことになってしまいました(後悔)
なのはの方も書き進めている最中ですのでもう少しだけお待ちください。

小説の書き方忘れた(n回目)のでクオリティがまた落ちてると思いますが許してください


授業を終え、空が橙色に染まりだした頃。人気もまばらになった校舎の中ではいつものように人助けを買って出た響が荷物運びの手伝いをしていた。それ自体は今のリディアンにおいてさして珍しい光景ではない。しかしその隣には(他生徒にとって)まるで異色とも言える組み合わせが生まれていた。その異色ぶりと言えば、すれ違った生徒たちのほぼ全員がすれ違い様に二度見するほどであった。

 

「悪いな響。お蔭で手間が省けたぜ」

 

「お礼なんかいいですよぉ。趣味でやってることですから!それに竜さんには何かと助けてもらってますし、お礼みたいなものですよう!」

 

今、響の隣を大荷物を抱えた竜が歩いている。

リディアン音楽院はとにかく広い。敷地が広い分、竜が用務員として管理しなければならない部分もとにかく多い。そのため決して手が回らないというわけでは無いが、気付けば定時になっている、というパターンはザラであった。

加えてこの日は運び込まれた多数の機材や荷物を運ぶ作業が入ったことで、腕っぷしと体力に自信のある彼女にもお鉢が回ってきたのである。

そこへ通りがかったのが響だ。竜の腕の中でピサの斜塔の如く積み上がった荷物を見た彼女が慌てて手伝いを申し出た結果、今に至るのであった。

 

「借りは返すって訳か。嫌いじゃねえぜ、そういうの。つっても俺にもお前には借りがあるからなぁ……」

 

「借り?わたし何かしましたっけ……」

 

「聞いたぜ。お前が翼に発破かけてくれたんだってな。お蔭でやっとあるべきところに納まったように思うぜ」

 

「あれは翼さんと竜さんがやったことですよ。でも驚きましたよ?まさかあの翼さんが規則破ってまで竜さんと大ゲンカするなんて。緒川さんもびっくりしてたんですから」

 

「結局、あいつも俺も取っ掛かりは欲しかったんだろうさ。それを表に出せなかっただけでな」

 

つくづく素直じゃねえってこった、と自分を棚に上げて話す竜。和やかな空気の中で、時間はゆっくり過ぎていく。夕暮れの静寂の中に二人の足音だけが響き渡っている。

 

そこへ一つの影が歩いてくる。

影の正体は学生服を着た翼だ。翼は二人に気付くと、落ち着いた様子で近づいて二人の横に並び、同じ速さで歩き始めた。

 

「あら、二人ともこんなところにいたの」

 

「翼。レッスンはいいのか?」

 

「ええ。確かにもう予定は入れているけど、今日の分は夜からだから。今はフリーよ」

 

「もう予定入れてるんですか?ほへ~」

 

「短期間とはいえ、入院してたのもあったから。この間中止になったライブの代わり……というわけではないけれど。今度のフェスにねじ込んでもらったのよ」

 

お蔭でこれから忙しくなるわとこぼす翼。しかしその顔はとても嬉しそうで、もう待ちきれないとでも言わんばかりであった。

 

 

ーーああ、こいつもやっとその気になってきたって訳か。これでやっと、やっと奏に顔向けできそうだ。

 

 

奏を失ってからの二年間は大きく、一時は歌うどころではなかった翼が、今は前を見据え、自分の足で歩んでいこうとしている。それが竜にはとても嬉しく思えた。

 

「じゃあ今は何してたんだ?」

 

「学園を見て回ってたのよ」

 

「今更にか?」

 

「ええ。『私が守った光景』というものを目に焼き付けたくて。まずは一番身近なリディアンを改めて見ておこうと、ね」

 

そう言って窓の外に視線を向ける。その先では部活動に勤しむ生徒達が盛んに快活な掛け声を上げていて、翼は眩しそうに目を細めた。

 

「見るほどに私の知らないことばかり。ずっと通っていたはずなのにね」

 

翼が自嘲するように笑った。対照的に、響はとても嬉しそうにしていた。竜にはその意味が分からなかったが、大方どこかで何かあったのだろうと思い考えるのをやめた。

 

「そういえば翼さん、今日はいつもと喋り方違いますね?」

 

ふと、響が思い出したように翼に尋ねる。

思えば、初めて会ったときから翼は厳しい口調だった。戦う最中の言動もなかなか物騒で、響の中の翼のイメージと大きく違ったことには驚いた。

それが今はどうか。物腰も柔らかで、とても女性らしい口ぶりで話している。しかもそれがとても自然な様子で、響も違和感を覚えなかったほどである。

 

「翼はこっちが素だぜ。前は奏によく甘えてたもんだ」

 

それに答えたのは翼ではなく竜の方だった。

昔を懐かしむその姿は、確かに翼と共に歩んだ者であることを響に改めて認識させた。

 

「あれは……弱い自分との決別のつもりだったのよ。私の弱さが奏を殺した。だから変わらなければならないと思って……。でも安心して。今はもう自分に決着を着けたから。どちらも私であることに変わりはないわ。そうね……スイッチのオンとオフの切り替えのようなものと思ってくれればいいわ」

 

「しっかしよ。だからって口まで悪くすることは無かったんじゃねえか?急に口汚くなりやがって、流石の俺もビビったぜ。確かにノイズ共への殺意は高い方だとは思ってたが」

 

ぶはっ、と翼が吹き出した。何せ思い当たる節しかない。響も響で初めてギアを纏った日のことを思い出し、「そういえば根絶やしにしてやるとか色々言ってたような……」と若干遠い目をしている。

 

「そ、それは、その……な、何だっていいじゃない!」

 

突然わたわたと顔を赤くして慌てる翼。

その挙動不審ぶりに少しの心当たりを得た響は、それはもうイイ笑顔で、ニヤニヤしながら翼を追い詰める。

 

「もしかして実は竜さんの影響だったり?分かりますよぉ、いっつも隣にいるとついつい口調が移っちゃいますもんね!」

 

「なっ……そ、そんなわけないでしょ!……そんなに口が悪かったかしら……」

 

その通りである。普段はいい。言葉遣いが若干古いだけのイケメンで済む。しかし戦闘となると当然のように「根絶やしにする」「地獄に送ってやる」などと口走り、殺意をどストレートに表現している。初見の響も衝撃だったのだ、普通のファンが聞けば卒倒は不可避だろう。

 

「全く、奏が聞いたら『どこでそんな言葉遣いを覚えたんだ』って血相変えて走ってくるぜ」

 

あいつお前のことは散々甘やかしてたからなぁ、と竜が遠い目をする。その点については翼も自覚があったので反論の余地がない。ただただ恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 

「ううっ……奏を引き合いに出すのは卑怯でしょう!そもそも、もしそうなったら真っ先に貴女を問い詰めに行くはずよ!」

 

「なあにが卑怯だ!どう考えたって俺は無関係だろうが!、第一、俺だってあそこまで口は悪くねえぜ」

 

「それは貴女が言っていい台詞じゃないでしょう!」

「それはちょっとどうかと思いますよ竜さん……」

 

「ケンカ売ってんのかお前らァ!」

 

二人の的を射た物言いに竜がキレる。しかしそれは本気ではなく、ちょっとしたじゃれあいのようなもの。こうして取り止めのないことで騒げることが無性に可笑しくて、嬉しい。

そしてそれはこの二人も同じこと。この馬鹿馬鹿しさが、この下らなさが、とてつもなく楽しい。仲間とはこういうものだったか。友とはこういうものだったか。

久方ぶりに味わう時間は、とてつもなく甘美だった。

 

 

さて。三人は無事に荷物を送り届けることができた。三人の関係性を知らない一部の教職員も目を見張りこそしたものの、特に何かを言うわけでもなく三人に礼を言うとそのまま仕事に戻っていった。

三人も作業が終わったからには長居する理由もない。部屋を出ると、何処へ行く当てもなくぶらぶらと歩き始めたのだった。

 

「ところで、気付いてるか?翼」

 

「ええ。六、七……いえ、まだいるわね」

 

付き纏う視線と向けられる気配。それらを敏感に感じ取った竜は、自分の感覚が間違っていないことを翼に確かめる。

どうやら翼も同じ物を感じていたらしく、暗黙のままに同意した。

一方響は何も感じなかったようで、目を白黒させて二人を見比べている。

 

「へ?何の話ですか?」

 

竜がつかつかと直近の教室に近づき、そのドアを開けた。するとドアに張り付いていたらしい、何人もの生徒がぞろぞろと廊下に倒れ込んできた。どうやら三人の会話を遠巻きに眺めていたようで、少しばつの悪そうな顔をしている者もちらほらと見える。

その中には響にも馴染みの深い顔ぶれ――同級生の板場弓美、安藤創世、寺島詩織である――も含まれていて、そちらは響に対して若干畏怖の混じった目を向けている。

 

「え、ええええぇぇ!?なんでみんなこんなところに……!」

 

「だってこの組み合わせ、すっごい珍しいんだもん……!」

 

弓美の呟きは全員の総意だったようで、周りの生徒もうんうん、と頷いている。

現に、顔ぶれは一年生が多くを占めてこそいるものの、所々三年生も混じっており、翼にとっても見覚えのある顔が見受けられていた。

 

「ていうか!アンタいつの間に翼さんとも用務員さんとも仲良くなってるの!?何というか……」

 

「何というか?」

 

「あたし、生まれて初めてアンタのこと尊敬したわ」

 

「酷いよ弓美ちゃん!?」

 

「しっかし盗み聞きは良くねえな。聞きたいならもっと堂々と聞けばいいじゃねえか」

 

「堂々とって言われても……」

 

「あの場に入っていくのはナイスとは思えませんわ……」

 

「そうかあ?」

 

「それで私の方に向けないで。反応に困るのだけど」

 

竜が翼に顔を近づけて「お前はどう思う」と言わんばかりに反応を見る。

だが翼の反応は至って淡白で、そっぽを向いてすげなく切り捨てられるだけだった。

しかし、だ。ずっと二人の仲睦まじい様子を見ていた生徒にしてみれば、こうして隙あらば絡んでいる様子はある種イチャついているようにも見える。となればその質問が飛ぶのも必然であった。

 

「そう!それです!」

 

「あん?」

 

「風鳴さんと用務員さんってどんな関係なんですかっ!」

 

「どうって、なあ……」

「どうと言われても……」

 

二人同時に見つめ合い、はて困ったと腕を組んだ。シンフォギアのことも二課のことも話すわけにいかず、かといって簡単には説明しづらい。そも、二人して今の自分たちの関係を言語化できていない以上説明出来ないのも必然ではあった。そう、たとえ端から見ればどれだけ距離感が近くても、である。

 

―――任せろ。

―――承知。

 

同時に目配せだけで会話をする。直後、翼には竜が悪い顔をしたように見え、無性に嫌な予感がしたが流石にそこまで変なことは言わないだろうとその良識を信じて待つことにした。

そうしているあいだにも竜は翼の肩に手を回していて。

 

「深くは言えねえが、深い関係だとは言っとくぜ」

 

『……はい?』

 

翼の肩を抱いたまま、イイ笑顔で臆面もなくそんなことをのたまうものだから翼は思わず吹き出した。

 

言い方ァ!というかこれわざとやってるのかァ!

 

そう叫ぼうとした翼だったが、時既に遅し。既に周囲では「え、風鳴さんってもしかしてこういう人がタイプ……?」だの「私達いまとんでもないこと聞いちゃったんじゃあ……?」だのとざわめいている者、色めき立って走り出しそうになっている者、あわわわと目を回している者で溢れ、完全に混沌の坩堝と成り果てていた。

 

「ちょ、ちょっと竜!誤解を招くようなことは言わないでよ!」

 

そして翼もテンパりすぎて思わず何時ものように名前で呼んでしまう始末。意図せずして投げ込まれた爆弾に、色恋事が大好きな花の女子高生が食い付かない訳がない。

 

「あの風鳴さんが既に名前呼び……!?」

「いや、でも良く見ればイケメン気味だしありなのかも……?」

「テンプレ気味だけど美女と野獣みたいな……?」

「いやいやここは敢えて風鳴さんを飼い主にしてしまえば……!」

「ううっ……新しい扉開いちゃうううう!」

「翼さんも竜さんもいつの間にそんな関係になってたんですかぁ!?」

 

「何故立花までそっち側なの!?」

 

予期せぬ響の裏切りにおのれ許すまじと全ての元凶を思いっきり睨み付ける翼。しかしそれもどこ吹く風で当人はげらげら笑い転げていて、まるで意に介していない。

 

「笑ってないで少しは何とかしなさいよ!!!」

 

思わず思いっきり竜の胸ぐらを掴んでがくんがくんと前後に揺らすが、鍛え上げられた体幹のバランスを崩すことは叶わず。力の流れを上半身だけで受け流されて、その馬鹿みたいな高笑いを止めるどころか真っ赤になった顔を他の生徒たちに見られ、周りの目線がどんどん生暖かくなっていく。

 

しかもこの時点で既に殆どの生徒はこれが竜が発した冗談であることを察している。要するに彼女たちは既に翼の反応を見て遊んでいる段階に移行しているのであった。

 

「ちょ、ちょっと本当じゃないわよ?これは竜の戯れ言だから、ね?だから本気にしないでほしいのよ。ね?」

 

元凶を何とかしようとしても暖簾に腕押しでしかないことを悟った翼は、今度は周りに向けて弁解を始める。しかし当然ながら、彼女たちはそんなこと百も承知だ。

しかし敢えて黙っている。だってこんな風鳴翼は見たことないから。いつもクールで、澄ました顔をして、孤高の歌姫という外面を崩さなかったあの風鳴翼がどうやら昔馴染みらしい一人の用務員によってここまで表情を崩し、ぱたぱたと乙女のように顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。いや実際乙女なのだが。

と、それはさておき。

 

―――なにこの生き物かわいい。

 

響や竜を含め、その場にいた全員の心が一つになった。今ならきっとここのメンツで「ゲッターの真髄」だって発揮できるに違いない。

 

「ああもうどうやって収めるの!貴女も笑ってないで早く誤解を解きなさいよ〜〜〜!」

 

流竜と風鳴翼。リディアンで最も近寄りがたかった二人の印象は、少しずつ変わりつつあった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「……痛でで。翼の奴、本気で張り倒す事ねえだろ」

 

「自業自得という言葉はご存じですか?」

 

二課の本部にやってきた竜の頬には赤い紅葉が咲いていた。横に並んで歩いている緒川は呆れた様子でため息をついている。

 

あの後、逃げるように二課本部に着いた翼は鼻を鳴らしてさっさと行ってしまった。しかも行き掛けの駄賃とばかりに追ってきた竜を張り倒してからである。念入りに同じ箇所を二度張り倒した挙げ句、二度目をきっちりグーで決める辺りその本気具合がうかがえるだろう。

その経緯を一から十まで聞いた緒川が本気で呆れ返るのもむべなるかな、と言うべきか。

 

「んだよ慎次はつめてーな」

 

「からかうにしても限度というものがありますから。むしろその場で張り倒さなかっただけ、相当に自制なさっていたと思いますよ」

 

口を尖らせる竜を正論でバッサリと切り捨てる。

しかし、と。内心で緒川は嬉しく思っていた。

何せ二人の関係を一番近くで見ていたのが彼だ。二人の間柄が少しずつ壊れていく過程を余さず見続けて、しかしいくら足掻いても何も為せない己の無力を呪っていた。

 

(ですが竜さんの覚悟と響さんの尽力が、翼さんの心を動かした)

 

そして今の二人がいる。それだけじゃない。翼自身も少しずつ変わり始めた。少しずつ、少しずつ。それは奏が死んでからの、過去の自分を否定するような方向性ではなく、これまでの軌跡を肯定し、より高みへと飛び立とうとするように。そして何よりも、これまでより笑顔を見せることが増えた。

――あるいは、それこそが緒川にとっては最も喜ばしいことであった。

 

「にしても翼の奴、随分変わったよな」

 

「ええ……本当に」

 

緒川が考えていたことを察したのか、竜がその話題に切り込んでくる。

無論、それに気付いているのは皆が同じであり、皆が好意的に受け止めている。特にその筆頭は緒川と弦十郎という、幼い頃の翼を知る人間たちだった。

 

「昔は奏にべったりの末っ子だったのが、すっかり先輩風吹かすようになっちまってよ。後輩が出来たせいだろうな」

 

「ええ。良い意味で、もう昔のようにはいられない、ということでしょう。ですが竜さんがいることも一因だと思いますよ」

 

「俺がか?いや、確かに翼がいるお蔭で俺も張り合いってモンがあるけどよお」

 

「それは翼さんも同じだということです。確かに一番長く苦楽を共にしたのは奏さんでしたが、竜さんとは良くも悪くも濃密な感情のやりとりをしていましたから。やはり、同じ感情を共有した者として感じるところがあるのでしょう」

 

「へえ。……まあ、そういうことなら悪い気はしねえや」

 

両手を頭の後ろに回し、上機嫌で今にも鼻歌を歌い始めそうな気分になった竜が早足で歩いていく。

緒川はその後ろ姿を見ながら物思いに耽る。

 

(変わったのか、変えられたのか。きっとその問いに意味は無いのでしょう。あるいは、貴女も同じように変わる日が来るのかもしれませんね)

 

 

「遅えぞ慎次!早く行ってさっさとおっ始めようぜ!」

 

「はいはい、一戦だけですからね」

 

脇目も振らず走り出す竜を、苦笑いしながら緒川が追う。

しばらくの間、トレーニングルームからは打撃音が響き続けていたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日、竜は珍しく実家に足を踏み入れていた。

 

「やれやれ。ここに帰ってくるのも随分久しぶりな気がするぜ」

 

事実、竜が実家に帰ってくるのはおよそ一年ぶりである。

生活圏をリディアン周辺に移したとはいえ、実家の道場は今もなお(オンボロのまま)健在であった。実のところ、風鳴訃堂による拉致によって滅茶苦茶にされた道場について、引っ越すに当たり弦十郎から新築の提案を受けていた。しかし竜はその提案を断り、敢えて復旧することを選んだ。いくらオンボロでも長年住み続けた愛着というものはあるし、空手を除けば父親の唯一の遺産だ。まあ大事にはしてやるかぐらいの気持ちはあった。「俺はこっちのが好みなんだよ」とは当時の竜の談である。

 

立て付けの悪い引き戸を丁寧な手つきで開けていく。彼女はこの二年間の戦いを経て自分の身体能力が上がっていることを自覚していた。だからこそついつい破壊してしまわないように注意を払うことが習慣となっていたのである。

そして戸を開けた時、何者かの気配を感じて瞬時に身体を強張らせた。

家の中に誰かがいる。盗まれて困るものは古い鍛錬用の道具しか無いが、それでも一人暮らしの女として、空き巣というものに対しては敏感になるものである。

 

息を殺してゆっくりと奥へ進んでいく。玄関を出てすぐのところが道場であるから、隠れるところは殆どない。従って本命はさらにその奥、台所を始めとする居住区画。おそらく「敵」はそこで物を漁っているのだろう。

 

 

 

ーーーーーーと、思っていたが、答えはいとも容易く目の前に現れた。

 

 

 

部屋を隔てる敷居をゆっくりと跨ごうとした瞬間、強くなる殺気。

撃ち出される拳を咄嗟に受け止め、勢いそのままに捻って投げる。天井ギリギリを舞うその「銀」に、竜は見覚えがあった。同時に湧き上がったのは疑問。

何故こんなところにいるのか。

そもそもどうやって入り込んだ。

言いたいことは山ほどあるが、それを言葉にする前に「銀」が焦った様子で真っ直ぐな敵意を向けてきた。

 

「お前ッ!なんでここが分かったッ!あたしのこと尾けてきやがったのかッ!」

 

その名は雪音クリス。フィーネに捨てられ、今もなお行方が知れない筈の重要参考人が、何故か竜の実家の道場に居座っていたのだった。

 

 

 




ニコ動に結構ウマ娘ゲッターMADあるしシンデレラグレイは殆どゲッターだし誰か書いてくれないかな(他力本願)

サイレンススズカに「俺はボインちゃんが大好きなのさってどういう意味ですか?トレーナーさん?」と迫られる神隼人の幻覚を見てしまったので誰かお願いします


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何かが胸で叫んでるのに

遅ればせながら、UA50000突破ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


当該話の前書きにも書きましたが、設定との齟齬が発生したため本作における早乙女博士の死亡年代が原作一期の15年前から18年前に変更になりました。ご了承ください。


あたしは何をやってるんだろう。

フィーネに裏切られて捨てられて、こうして空き家を点々としながら逃げている。幸いノイズどもはここ最近小規模な群れしか出てきていないから、出た分だけブッ倒してやれる。だけど、その度に誰かの炭を目の当たりにして、自分のやったことを突きつけられる。

 

ーーーーーーーこんなはずじゃなかった。あたしがしたかったのはこんなことじゃない。潰すのは戦う力を持った相手だけ。何の関係もない人たちに手出しはしない。そう思っていた。

なのに、現実はまるで逆。まず最初に犠牲になるのは何の力も持たない人たちだ。あたしを狙って差し向けられるノイズに個人を識別することなんか出来ない。あるのはソロモンの杖のコマンドと、人間を殺すという本能めいた生態だけだ。

あたしのやってきたことは無意味で、無価値だった。ただフィーネに騙されて、利用されて、捨てられただけ。これじゃ何のために戦ってきたのか。誰のために力を手に入れたのか。

もう何も分からない。あたしは何がしたかったのか。ただただ自問自答する日々。世界を平和にしたい気持ちに変わりはない。でもあたしが間違っていたとしたら、あたしはこれからどうやって生きていけばいいのだろう。誰かに聞いても答えなんて帰ってこないから、何を聞いても自分に返って来るだけだ。

 

孤独感。

 

寄る辺を全部失って、掴んだものはそれだけだった。

だからだろうか。

 

 

 

 

『俺がしたいのは、君を救い出すことだ。ーーー引き受けた仕事をやり遂げるのは、大人の務めだからな』

 

 

 

前の隠れ家で聞いたあのいけ好かない大人の言葉が甘美に聞こえる。

それだけじゃない、人と人が分かり合えるなんて甘いことばかり抜かす馬鹿。あたしはそんな甘っちょろい理想論なんて嫌いなはずなのに、なんであの手を握りたくなってしまうのか。

 

なんでこんなことばっかり。大人は信用出来ないし、あたしとあいつらは敵同士だ。協力なんか出来るわけがねえ。

 

じゃあなんであたしは、あいつらを見て「羨ましい」なんて思っちまったんだ……?

いいや。分かってる。たぶん、あたしは寂しいんだ。寂しいから、何でもかんでも縋りたくなってるだけ。だけどそれは間違ってる。

今のあたしが持ってるのは、ギアの力と誰かの血で汚れたこの手だけだから。

 

「これでいいんだ。あたしは独りでいい。それで、いいんだよな……」

 

答えてくれる人はもういない。

揺れる自分に言い聞かせながらあたしは今日も逃げている。

フィーネからも、敵からも。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。何をすればいいかもわからない。何をするべきかもわからない。なにが正しくて、何が間違っているのか。だからせめて誰も巻き込まないようにと、誰もいない場所を行ったり来たり。なのにどうしてかもっと遠くへ逃げられない。いや、逃げる気になれない。

 

(ホントに、嫌になる。中途半端なあたしが)

 

今日の隠れ家に丁度いいのはーーーーーーあった。町の外れの誰も住んでなさそうな、年季の入った木造のオンボロ道場。

ピッキングなんかもすっかり慣れたもので、鍵穴に拾った針金を突っ込めばあっという間だ。

 

(それにしてもボロっちいなこれ。このドアなんかちょっと弄ったら壊れるんじゃないか?)

 

立て付けの悪いドアを、音を立てないように慎重に開けていく。

中に入って、念のため水や電気なんかも出してみるが通っていない。止められたって線は薄いだろう。大体こんな所に人なんか住める訳がない。前までいた古いマンションの一室と比べると質は遥かに劣るけど、まあ背に腹は代えられない。

ぎしぎしと音を立てる床におそるおそる足を踏み出す。住む所はともかく道場の板の間は幸いにも丈夫だったから、その隅っこにうずくまるように座る。ゴミ捨て場で拾ったこれまたボロい布っきれを体に巻いて、壁際に寄りかかりながら、虚空を見つめて考える。

 

ーーーあたしは、こんなところで何をやってるんだろう。

 

 

 

音を立てて扉が空いたのはその数日後。空腹に耐えながら、何も分からない「これから」を考えていた時だったんだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まさかあたしのこと尾けてきやがったのかッ!」

 

「ふざけんな!お前こそなんで俺の実家に居座ってやがる!」

 

「実家……実家だぁ!?嘘つくんならもうちょっとマシな嘘吐きやがれ!こんなオンボロ家屋に人なんか住める訳ないだろッ!」

 

「人んち勝手に入っといて何様のつもりだッ!その腐れ根性叩き直してやるッ!」

 

「やれるもんならやってみろ暴力女!そう簡単にはやられねえってこと見せてやるッ!」

 

クリスと生身で対峙しながら、竜は目の前の相手について考えていた。

 

(こいつ……確か雪音クリス、だったか。確かオッサンはそう呼んでいた筈だ)

逃亡していたはずのこいつが何故ここにいるのかは分からない。しかしやるべき事は至って単純明快だ。

 

(まずはぶっ飛ばしてから考えればいい。聞くのはその後でも遅くねえ筈だ。ここにいる理由も……あのフィーネとかいうクソ女に従っていた理由も)

 

僅かな睨み合いの後、先に仕掛けたのはクリスだった。彼女がその直情的な性格の如く、拳を振りかぶって真っ直ぐ竜に立ち向かう。竜もそれに反応し、撃ち出される拳を右手で掴むと同時に、床の軋む音に混じって乾いた音が家全体に鳴り響く。

 

(悪くねえパンチだ。腰も入っているし、基本はしっかりしている。あのクソ女もその辺りの訓練はやってたらしいな)

 

竜は内心で口笛を吹いているが、しかしダメージを与えるには威力が足りていない。右手の感触から、響の拳の方がまだ強いかと冷静に分析し、相手の筋力に大まかな当たりをつける。

 

「ぎいっ!?」

「ふんッ!」

 

そしてそのまま腕を勢いよく捻った。突然の痛みに怯んだクリスが呻き声を上げる。

そして一発は一発。受けたからにはお返しの一発をぶち込んでやるべきだと言わんばかりに、捻りを加えた左での突きを頬に捩じ込むように叩き込んだ。

 

「ぶあっ……!」

 

鼻血を吹き、きりもみ回転しながら勢いよく後ろへ吹っ飛んでいくクリス。勢いのままに背中から壁に叩きつけられ、強く咳き込んでいる。

 

「どうしたッ!そんなものじゃ俺の相手には足りねえぜッ!倒したきゃもっと死ぬ気で掛かってきやがれッ!」」

 

「言われ……なくたってェェェ!」

 

鼻血を拭って戦意を高め、前へと出るクリス。

猪突猛進。それだけが今のクリスを表す表現だった。

幾度となくぶつかり合う二人。その中で、竜は次第に違和感を感じ始めていた。

 

(妙だ。こいつーーーーーー弱すぎる)

 

現状は明らかに竜のほうが押している。だが竜の記憶の中の彼女と比べると、格闘のキレが幾分も劣っている。それに竜の中の武闘家としての部分が「物足りない」と文句をつけていた。

 

確かに以前戦った際に彼女はネフシュタンか、あるいは自前のギアを装着していたため、生身で戦っている現況と比べれば一枚も二枚も劣るだろう。また、生身での殴り合いにおいて二人の間に多大な戦力差があることも要因に挙げられるかもしれない。竜も最初はそう思ったが、拳を合わせるごとにそうではないと気付き始めた。

 

思考の海から浮上した竜が改めて倒れ伏したクリスに目を遣れば、鼻と口から血を流しながらもゆっくりとだが立ち上がってきているのが見えた。しかし目に宿る力は先程までと比べて少し弱々しくなっていて、まるで上っ面だけを取り繕っているようでもあった。

 

「どういうことだ」

 

思わずぼそり、と。口から漏れる。

 

(こいつのことは良く知らないが、戦いぶりはもっと隙が無かった筈だ。もっと貪欲に勝ちを狙っていた筈だ。今だって、直ぐにでも立ち上がってきた筈だ。例え聖遺物の補助が無かったとしても)

 

「どうした!てめえの力はそんなもんかッ!簡単にはやられねえんじゃなかったのかッ!ええ!?」

 

「舐めんじゃ……ねえッ!あたしは、まだ、ピンピンしてるぞッ……!」

 

拳が熱い。なのに心が冷え切っている。これほど燃えない戦いは生まれて初めてだった。

 

「ぐっ……」

 

殴り合いは続いている。竜は倒すことよりも、殴り合いを通じてクリスの異変を知ることを優先し始めた。

一方のクリスはそんな事はつゆ知らず、生身ではまともに竜と殴り合うのは分が悪いと考え、ギアを纏ってやり返してくる。が、動きに精彩を欠いており明らかに不調だった。両手に構えたボウガンのエネルギー弾を闇雲にばら撒くように放っているが、竜の体捌きを捉える事が出来ず、全て足元に突き刺さるか両手両足で叩き割られるかしてやはり当てられない。

 

「クソ……なんで当たらねえッ!」

 

苛立ちと共に、引き金を引く指に力がこもる。カチカチと引き金を引く音がクリスの耳にいやに残り、その度に焦りが胸を支配する。

 

(何でだ……こいつは生身であたしはギアを使ってるんだぞッ!?なのに、何であたしの方が押されているッ!)

 

スペックでは勝っている筈の相手にこうも押されている。この事実が、クリスにさらなる火器の使用を決断させた。アームドギアのボウガンをさらに殺傷力の高いガトリングに変形させ、さらに弾幕の密度を高める。

生身相手にギアを使って、しかも殺傷力の高いアームドギアまで使ってしまっているが、このまま出し惜しみをして勝てる相手じゃない。それに比較的狭いこの空間では大型のガトリングは取り回しが効きにくいが、その分弾幕を濃くすれば近づかれることはない。そう思っての立ち回りであったが。

 

「うおおおおおおッ!舐めんじゃねえええええええッ!」

 

壁づたいに走って銃弾を躱し、同時に助走をつけて柱を蹴る事で勢いよく弾幕の中へ飛び込んだ。胸の前で両腕を交差させ、腕の筋肉に力を込めることで負傷を最低限の箇所に抑え、懐へと肉薄する。

 

「嘘だろッ!?なんつー無理やらかすんだよッ!」

 

「無理を通して道理を蹴っ飛ばすッ!こんなもんで俺を止められるかああああああッ!」

 

銃弾に恐怖を覚える素振りすらない竜の姿に、逆にクリスが恐怖を感じる。かつて内戦地にいて、後にフィーネの元で訓練を積んだクリスはそういった武器に対する理解は少なくとも竜よりは深い。故に銃弾の飛ぶスピードに人間が対応出来ないことも、その恐怖もとても良く理解している。

だからこそ、少しでも当たれば蜂の巣になって死ぬというのに弾幕の中へ躊躇いなく突っ込んだ竜の神経が理解できない。

 

「狂ってやがる……!」

 

半ば恐慌状態になりながら、震える指で引き金を絞る。しかし引き金を引き切る前にガトリングは手刀で払い除けられ、返す刀で頭を掴まれ力任せに体をぶん投げられた。

 

「何をそんなに腑抜けてやがる!その程度で俺を倒そうなんざ百年早えッ!」

 

「腑抜けだとぉ!?」

 

直感的にその表現を口にした時、竜は全てが腑に落ちる感覚を得た。

クリスの戦いぶりへの違和感、今までと比べて弱々しくなった目、前へ一歩踏み出そうとする気概の欠如……ノイズと戦う戦士としての竜にとって、ノイズ災害を知り、ノイズへの怒りを抱く竜にしてみれば、それは逆鱗に触れるに等しいことでもあった。

 

「そうだッ!ヌルすぎるんだよ……!弱すぎるんだよッ!今のお前はッ!なんでそこまで腑抜けていられるんだッ!自分が何しでかしたか分かってんのかッ!」

 

仰向けに倒れたクリスのアゴを強く掴み、あと少しで触れそうなほどに顔を近づけて凄む。

今も尚、己の未熟故に死んだ佐々木達人の死に様は竜の胸に強く焼き付いている。二年前のライブの地獄は今でも鮮明に思い出せる。故に、竜にしてみれば弱い己とノイズを操る聖遺物ーーーソロモンの杖ーーーは存在自体が許しがたいものである。

前者はともかく、後者は今やクリスの手を離れ、フィーネの手元にある。そして元の持ち主だったクリスはフィーネに捨てられ、そのフィーネはノイズを戦力として活用し、何も知らない人間の命と生活を脅かしている。

だというのに。それを知っておきながら。

 

(何でてめえはそんな腑抜けた姿を晒して平気でいられるんだッ!!!)

 

「何って……」

 

「分からねえか!?だったら分かるように言ってやるよッ!あの聖遺物で一体何人ぶっ殺してきたんだ!?あぁ!?」

 

ひゅ、と息を呑む音がクリスの喉から聞こえてきた。その様子を見て、竜は小さく鼻を鳴らす。

 

「人がノイズで殺される瞬間を見たことはあんのか!?あの絶望しきった顔を、あの死にたくねえって叫びを聞いたことはあんのか!?あったらあんなもん使う気になんざなれるわけねえよなァ!?なのに……なのに!何でそうやって腑抜けてられんだよッ!その負けん気は上っ面だけかッ!?ああん!?」

 

アゴを掴んでいた手を放し、力任せに突き飛ばす。尻もちをついて無意識なのか、怯えたような目を向けられた竜はさらに神経を苛立たせ、激情を露にする。

 

「今のきさまは飼い主に捨てられた只の子犬だッ!敵にも値しねえ……野良犬にもなれやしねえ半端者だッ!テメェでテメェのケツも拭けないグズだッ!」

「悔しいか!?碌にテメェの事情も知らねえような奴に好き放題言われて悔しくねえのか!?悔しかったら何とか言ってみろッ!どうなんだ!?ええ!?」

 

「…………んな」

 

「ああ?何だって?」

 

「……ふざけんな」

 

「聞こえねえなァ!言いたいことがあるならもっとハッキリ言いやがれッ!」

 

「ふざけんなって言ってんのが聞こえねえのかクソ野郎ッッッッッ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

クリスが立ち上がる。ゆっくりと、ゆっくりと。まるで眠りから覚めるように。

 

「ああ分かってるよッ!分かってるさッ!あたしが何をしでかしたかぐらいは、お前に言われなくたってなッ!」

 

クリスの顔が歪む。それはまさしく、彼女の懺悔だった。

 

「あたしが壊したんだッ!あの街並みもッ!あそこに住んでいた人たちもッ!みんなあたしが……あたしの歌のせいでッ!!」

「こんなはずじゃなかったんだッ!こんなことになるなんて思ってなかったんだッ!もうわかんねえよッ!何が正しくて、何が間違ってるのかなんてッ!あたしはどうやって世界を平和にすればいいんだよッ!」

 

綺麗な銀糸の髪を振り乱して慟哭する。その願いは切実さに溢れ、竜は「マジ」でやっていることだと容易く理解できた。

故に沸騰した頭を一度ゆっくり冷やしながらあくまで冷静にあらんとする。

 

「そいつがお前の戦う理由かよ」

 

「ああそうだッ!戦争なんかクソ喰らえだッ!パパとママが殺されて、あたしも長いこと地獄を見たッ!あたしだけじゃねえ、あそこにいた沢山の子どもが同じ地獄を味わったッ!」

「隣にいた奴が連れてかれて、そのまま帰って来なくなったのを見たことはあんのか!?女衒に連れてかれて、裸で帰ってきた奴が心を壊して口も聞けなくなったのを見たことは!?あるわけねえよなあ!?この平和な国でのうのうと生きてきたヤツがよおッ!」

「だからあたしは戦争を無くすんだッ!あんなモノはもう二度と見たくねえし、見せたくもねえからなッ!歌で世界を平和にするだあ?んな叶いもしねえ夢なんぞの為に命を捧げるなんて馬鹿げてるッ!そんなことより、戦争したがってる奴と力を持ってる奴を片っ端からぶっ潰した方がよっぽど現実的だッ!」

 

「俺はそのために何人ぶっ殺すつもりだって聞いてんだよッ!勿論お前が殺るつもりのクズどもじゃねえぜ、お前が見てきた『地獄』の犠牲になる奴をどれだけ作るつもりだッ!」

 

冷静さは数分と保たなかった。願いに間違いはないだろう。だが、手段が気に食わなかった。正確には手段が正しいかどうかではなく、自分でも本当に正しいのか疑っているような方法でやろうとしている、その迷いこそが気に食わなかったのだった。

同時に、これが腑抜けていた原因だと竜は勘で悟った。迷いは拳を鈍らせる……そのことを竜は文字通り体感していたからだ。

 

「それは……ッ!」

 

「テメェ自身でも理解してなかったんだ、言えるわけねえよなッ!だからあの女は言ったんだよッ!『お前のやり方は火種を一つ潰して新しい火種を二個三個バラまくだけだ』ってなッ!」

 

「ならほかにどういうやり方があるって言うんだよッ!お前も大人なんだろ!?だったらそれぐらい見せてみろよッ!」

 

竜の否定にクリスがムキになって言い返す。しかし竜の答えはクリスが思っていたものの遥か斜め下だった。

 

「んなもん俺が知るかッ!」

 

「はぁ!?てめえで言っといてそれかよッ!大人はいつもそうだよなッ!何も出来ねえ癖に、余計なことしかしない癖に!いつもいつも偉そうにしやがってッ!」

 

互いに頭突きの要領で額と額を強く叩きつけるように突き合わせ、相手を睨みつけ合う。額が触れ合っている箇所からは鏡合わせのように血が流れ落ちていた。

 

「ハッ。大人がそんなに嫌いか」

 

「嫌いだねッ!いつも無能で、いつも自分勝手で、いつだって余計なことしかしないッ!子どもの言うことなんか一個も聞いちゃくれない癖に自分の言うことを聞かないと分かればすぐ力で従わせようとするッ!信じられるもんかッ!お前も同類だろうがッ!」

 

「そいつは否定しねえよ。ガキの頃から人をブン殴ることだけ考えてきたんだ、今更『マトモ』になろうなんて高望みも良いところだぜ」

「だがな、それでも超えちゃならねえラインってモンは弁えてるぜ。いくら借金踏み倒そうが、店で幾らツケを溜めようが、俺は何も知らねえ奴を利用したり、人死にを『仕方ない』で済ますような真似は絶対にしねえ。それだけは死んでも曲げねえ」

 

竜は常に強さを求め、自分より強い者を求め、誰よりも強くなることだけを望んだ父親の背中を思い出していた。物心着いた頃から酒浸りで、自分に虐待めいた修行を課す父親。家事もやらない、近所づきあいだってありゃしない。学校の参観日にも来ないわ、店でツケを連発するわ、終いにはヤクザから金を借りた挙句その事務所に自分を連れて殴り込み、その借金全部踏み倒すようなロクデナシ。それでも強さに対しては、空手に対しては誰よりも真摯で、誰よりも真っ直ぐだった。それこそ他の空手がトロフィー目当てのダンスに見えるくらいには。

それを知るからこそ、竜はあの父親を武の師として尊敬したのである。たとえどれだけ私生活がダメであっても。

 

「そうやって他人の生き方を見てガキってのは育つんだ。そして自分だけの一本芯の通った生き方を決めるもんさ。……お前に、そういう奴はいなかったのか?」

 

ま、居たところでその様子じゃあ受け入れられねえだろうがな、と話を完結させる。そしてより強く睨んでくるクリスの視線を悠々と受け流しながらさらに続けて口を開いた。

 

「俺は他のお優しい連中とは違う。だから優しく慰めるような真似はしねえ。出来る事と言やあイヤイヤ言ってるだけの臆病なガキのケツを蹴り上げてやることぐらいってもんよ」

 

「あたしが臆病なガキだって言いたいのか……!」

 

「フィーネにお礼参りの一つもしないで人の実家に隠れてガタガタ震えてる奴を、それ以外にどう言えって言うんだよッ!」

 

「!」

 

「フィーネへのお礼参り」……自分を捨てたことへの報復、あるいは、自分を騙して利用していたことの報復。それを思っていなかったと言えば、嘘になる。

けれど、フィーネのことはまだ信じていたかった。目的はどうあれ、大人を信用できなかった自分を連れ出してくれたのがフィーネだったし、理不尽に抗う力をくれたのもフィーネだ。右も左も分からない自分に教育を施したのも、力を使いこなす訓練をつけたのも、自分の両親の次に長く同じ時間を過ごしたのも、紛うことなくフィーネだったから。

……たとえ偽りだったとしても、たとえ利用するために情を植え付けるためだったとしても、雪音クリスはフィーネとの生活にある種の温かさを見出していた。だから命を狙われている今でもなお迷っていたのだろう。「本当にフィーネと敵対してもいいのか」と。「本当にこれでいいのか」と。

言葉に詰まるクリスを見て、竜は図星を突いたと思いさらに言葉を続けていく。

 

「分かってんならここで腐ってる場合じゃねえだろッ!自分がしでかした事を理解してるんなら、悪いと思ってるんなら!テメェでケジメをつけるのが筋ってモンだろうがッ!」

 

「だけど……今更どうすればいいんだよッ!どうやって償えばいいんだよ……!」

 

「戦う以外に何があるってんだッ!ノイズ共をぶん殴って、黒幕もぶん殴って、あの聖遺物はぶっ壊すッ!それが俺の流儀だッ!」

「もしケジメもつけねえで逃げてみろ、俺が地の果てまで追い詰めてぶっ殺してやるッ!うおおおおおおおッ!」

 

「うわあああああああああああああっ!!」

 

顔を離し、赤いマイクユニットを引っ掴んで力任せに頭から床に叩きつける。クリスの上半身は板の間を突き破り、頭だけが床に突き刺さった人間のオブジェが一個出来上がった。

 

「さあ立ちやがれッ!立って戦えッ!大人()を否定したいんだろうがァッ!」

 

闘争心のままに竜がクリスを促す。

クリスの反応は先ほどまでと違って早かった。肘を直角にして腕を立て、力を入れて頭を引き抜き、頭を振って木屑を払うと、流れる血を拭って竜を睨みつけた。

 

「いっでぇ……。くそっ、お前みたいなのにここまで言われるなんて、あたしも焼きが回っちまったか」

 

「要は他人に飢えてただけだろうが。うだうだ言いながら、心のどっかで『そう』言って欲しかっただけのめんどくせえひねくれたガキだ」

 

どこぞの誰かにそっくりだぜと心底呆れたと言わんばかりに吐き捨てた。

 

「うっせえ。ろくでなしの大人に言われたくねえよ」

 

同様に、クリスも心の底から嫌そうに吐き捨てる。

 

「心底認めたくないけど、お前の言う通りだよ。フィーネとの決着はあたしがつけなきゃいけない。だけどな、お前の言う通りにすんのも癪だ。あたしはあたしのやり方でケジメつけてやる」

 

そしてそう言い終えた直後、アームドギアを拳銃の形に展開して闘争心を剥き出しにした。

 

「それはそれとしてよくも好き勝手言ってくれやがったな!むかっ腹が立って仕方がねえッ!」

 

「−−−−−−−−−だったら、ケリをつけようじゃねえか。お前も、あれで決着だなんて思っちゃいねえよな?」

 

「あれ」ーーー竜が言った事をクリスは直ぐに理解できた。

初めて交戦したあの夜は、殆どクリスの勝利に近かったのを竜が絶唱で無理やりひっくり返して無かったことにした。

二度目の交戦の時は、殆ど竜が勝っていたところに邪魔が入ったためノーカン。故にまだ二人の決着はついておらず、仮にこの二戦を勘定に入れても一勝一敗、やはり決定的な決着はついていない。

 

「当たり前だッ!ちょおっと調子が悪かっただけであたしが弱いって勘違いされちゃ困るからなッ!」

 

「……へっ。そうでなきゃ面白くねえッ!」

 

道場の板の間の上で再び二人が激突する。

ギアを持たない竜に対し、クリスもこれまでの経験から一切の油断なく仕留めるために出し惜しみせずに火力を叩きつけることが必要だと感じた。

そう。だから。こうして腰の装甲からミサイルを乱射しても問題ないのである。

 

「てめ、チャカだけじゃなくミサイルまで持ち出しやがったかッ!」

 

「お前に手加減もクソもいらねえことはよお〜〜〜く分かったからなッ!あたしの全力で叩き潰してやるッ!」

 

「上等だッ!流家相伝の実戦空手の恐ろしさ、たっぷり味わわせてやるぜッ!」

 

「「お前は俺/あたしがぶっ飛ばすッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「あーあー派手にやっちまった。ま、いい修行にはなったか」

 

クリスは結局、ギアを纏ったまま逃げ去っていった。

柱や壁は打撃痕や切り傷、弾痕、しまいにはクリスが逃げる時にミサイルで開けた穴が嵐の後のような光景を現出させており、竜は頭を掻きながら「二課で修理費持ってくれねえかなあ」などと考えている。

かく言う竜自身も無事とは言えない。体の至る所に火傷や銃創ができ、少なくない血が流れている。常人ならとっくに病院送りになっているだろう。

 

「−−−−−−で、そろそろ出てきたらどうだ?オッサン。盗み聞きとはアンタらしくもねえ」

 

「……気付いていたのか」

 

竜が態と強く声を張る。すると、クリスが開けた穴から弦十郎が姿を現した。

 

「当たり前だ。アンタの気配はもう感じ慣れてんだよ」

 

「フ……そうだったな。しかし、生身でギアを相手にするとはまた無茶をする。これではまた病室に逆戻りになるぞ」

 

「オッサンにだけは言われたくねえよ。あれぐらい相手出来なきゃ、オッサンもあのジジイだって超えられねえだろうからな。それに、これぐらいの傷はどうってことねえ。俺の頑丈さはアンタもよく知ってんだろ?」

 

「それもそうだが……後ですぐに病院に行くぞ。それなりに血を流しているんだ、無理はするべきではないだろう。……しかし、君も随分大人らしい事を言うようになったじゃないか。俺は嬉しいぞ」

 

「茶化すなよ。俺はンな柄じゃねえ。あいつが腑抜けて無様晒してるのが気に食わなかっただけだ」

 

「それでも本能的にああ言えるのもまた、一つの才能だとは思うがな」

 

「御託は良い。で、何だ?あいつに用があったんじゃないのか?」

 

弦十郎の眉尻が下がる。そして次に言葉を発した時、弦十郎の声は真剣さを増していた。

 

「ああ……全てお見通しというわけか。その通りだ。俺は彼女を……雪音クリスくんを救うために動いている」

 

「んな事だろうと思ったぜ。つくづくああいうのには甘いよなぁオッサンはよ」

 

「甘いのは性分だからな。今更どうこうする気も無い。それに、彼女を救うのは俺が受けた役目だ。最後までやり遂げることこそ……」

 

「大人の務め、だろ?分かってる。そうなったら梃子でも譲らねえってこともな」

 

大人の務め、竜は昔から何度も聞いていた台詞だ。父親が生きていた頃、自分に何かと世話を焼く様子が妙にむず痒かったり鬱陶しかったりした竜が「何故」と尋ねた時、弦十郎が答えたのがそれだった。

尤も、あの頃は「親父と比べて随分人間が出来てんなあ」としか思わなかったが。

 

「あいつのことはオッサンとか響の奴の方が適任だろうよ。第一、俺にあんな柄でもねえ説教なんかさせんじゃねえや」

 

「……俺が情けないばかりに、面目ない」

 

「オッサンを責めてるわけじゃねえ。ただ……あのフィーネとか言うクソアマには改めて一泡吹かせてやりたくはなったな」

 

「そのことだが、敵は近いうちに大規模な行動に出ると俺たちは予測した。それに備え、数日の内に君の出撃禁止の処分を解く。丁度いい機会だ、今のうちに伝えておく」

 

「へへ……やっとか。待ちくたびれたぜ」

 

「君が命令違反をしなければもう少し早く復帰できたんだがな?堪え性が無いのはあまり褒められたものではないぞ」

 

「うげえ。お、お小言は要らねえんだよ。んな事より早く二課まで行くぞ!あともうちょっとで何か掴めそうな気がするんだッ!」

 

「その前に病院だ!少し前に言ったことを無かったことにするな!」

 

竜が綺麗なフォームで走って逃げる。その後ろ姿を見ながら、弦十郎は過去に思いを馳せていた。それは彼女が幼い頃。彼女の父親が生きていた頃。彼女が自分の屋敷でよく父親を挑発しては追い回されていたことを。

 

「まったく……どれだけ成長しても、そういう無鉄砲なところは変わらんのだな、君は」

 

そう呟くと、竜の背中を捉えるべく全力で走っていくのだった。

 

 

 




思ったより早く書けた…

感想・評価お待ちしています。


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夢の在り処

お待たせしました。これが今年最後の投稿です。

長い時間がかかった割にやってることが最終決戦の導入なのはお許しください!(


それでは皆さま、よいお年を。


「なっ!ち、違う!これはあたしじゃないッ!」

 

部下を引き連れ、フィーネのアジトに乗り込んだ弦十郎がまず目にしたのは何人もの死体とそこに立っていた雪音クリスの姿だった。死体はその全てが首、胴、腰などから身体を真っ二つにされており、元公安としての経験から死因は痛みによるショック死、あるいは失血死だろうと当たりをつけた。無論、クリスがやったとはハナから思っていない。

 

(尤も、この様子を見ればそうは思っていないのだろうがな……)

 

目の前ではクリスが焦ってこちらに弁明するように話しかけてきている。それに対し、弦十郎は手振りで応えた。同時にアジト内部へ突入する部下たち。そして彼らは全員、クリスを素通りして辺りの捜索を始めた。彼らもまた同じ考えだったことに内心満足げに笑うと、先程までとは打って変わって困惑した様子の彼女にゆっくり近づいて、優しく頭を撫でる。手が触れた瞬間、若干ぶるりと彼女の身体が震えたが、それ以上何かをすることは無かった。

 

「心配するな。ここにいる誰一人、君がやったとは思っていない。全ては、君や俺たちの近くにいた『彼女』の仕業だ」

 

クリスは何も答えない。やはりまだ警戒されているかと思いながら、部下に指示を飛ばして資料の押収や現場のDNAの採取などに向かわせた。

彼自身も手袋を付け、死体の検分を始める。

 

(……なるほど。夏も近いというのに腐敗は始まっていない。死後硬直も……想像より強くはない。角膜は……混濁して、いない?となれば死亡からそれほど時間は経っていない。となると早朝か?昨夜という線も考えられるが……)

 

現場捜索の報告を聞くために一度立ち上がり、そちらへ耳を傾ける。

 

「この端末には何も残っていません!」

「拷問用と思しき器具に残留物無し!」

 

(遅かった、か———?もう此方が気付いたということに既に気付かれているか……いや、であれば何故米国の手の者がここで殺されている?この死に方であればやったのはおそらく彼女……であれば死体の状態からして襲撃は今日の早朝になるはず。同時に不意を打った襲撃であるはずだ。つまりこれは彼女が今日、日付が変わった後まではここにいたと逆説的に証明していることになる)

 

次々と捜索結果が報告されてくる。そしてそのいずれも芳しいものではない。泰然自若とした態度でそれら全てを聞きながら頭脳を回し、状況証拠を元に推理を組み立てていく。

 

(この子が来たタイミングでは既に死んでいた……となれば何故端末の情報が全て破棄されている?これほど大規模な設備が必要なら初期化にも相応の時間は必要になる……データだけを全て持ち出した?いや、それでも時間がかかることに変わりはない。となれば……そもそもこの襲撃を予期し、事前にデータを抜き取っていた?……拙いな。ただでさえ手の内を知られているというのに、これではさらに此方が不利になるか)

 

「風鳴司令!これを!」

 

「どうした!」

 

彼を思考の海から引き上げたのは朗報か悲報か。そこには死体の一つに「I love you SAYONARA」と紅色で書かれたメモが。部下の一人がそのメモを剥がした瞬間、アジト全体で爆発が起こった。

ドワォ、という轟音と共に一室が瓦礫の山と化す。死体は多くが天井の下敷きになり、さらに凄惨な姿を晒している。部下達は皆どうにか退避に成功したようで、瓦礫に身を隠しながら周囲を警戒している。そして弦十郎とクリスはというと。

 

「どうなってんだよこいつは……」

 

「衝撃は発勁でかき消した」

 

「そうじゃねえよッ!」

 

弦十郎がクリスを抱きかかえて守っていた。片腕で瓦礫を軽々と受け止め、事実を淡々と述べる弦十郎にクリスが違う、そうじゃないと抗議する。

 

「ギアも持ってねえような奴がなんであたしを守るッ!」

 

弦十郎の腕の中から何とか脱出したクリスが反骨心を剥き出しにして吠える。それに対して弦十郎はあくまでも冷静だった。

 

「ギアの有る無しは関係ない。俺が君を守ったのは、俺が君より少しばかり大人だからだ」

 

「そうかいそうかい。まだそんな事言いやがるのかッ!あたしは大人が嫌いだッ!死んだパパとママも大っ嫌いだッ!現実見ねえで出来もしない夢ばっかり見てッ!何が難民救済だッ!何が歌で世界を平和にするだッ!いい大人の癖に夢ばっかり見てんじゃねえッ!」

 

「大人が夢を、ね……」

 

クリスの台詞を噛みしめるように繰り返し、彼女を刺激しないよう努めて楽に接する弦十郎。その態度を軽薄と解釈したクリスは苛立ちを露にし、目の前の大人に噛み付いていく。

 

「あたしは違うッ!あたしは力を持った奴を全部纏めてぶっ潰すッ!それが一番合理的で現実的だろうがッ!」

 

感情的に吠えたてるクリス。それに一度だけ苦笑を以って応えた弦十郎は一度襟を正し、表情を引き締め、真っ直ぐクリスの目を見据える。

全てを受け止めるように。全てを受け入れるように。

 

「本気で、そう思っているのか?……違うな。君自身でも迷っているのだろう?自分の手段が本当に正しいのかどうか」

 

ほんの刹那、クリスの瞳が揺れた。

 

「んなわけあるかッ!あたしに迷いはねえ……あたしはあたしの流儀を貫くだけだッ!」

 

「なら聞くが、それで本当に戦いを終わらせられたのか?」

 

「それは……」

 

「フィーネが言ったことも強ち間違いではない。力は強ければ強いほど、良くも悪くも人を惹きつける。そしてもう一つ。力で押さえつけられた人間は、押さえつけた人間に反感を抱くものだ。君にも覚えがあるんじゃないか?」

 

「……!」

 

クリスの脳裏に過去の忌まわしい記憶が閃く。それは今のクリスの原点。大人を憎み、力を渇望するようになった己の原風景だった。

 

「力を更に強い力で抑えつけた先にあるのは終わらない戦いの連鎖……憎しみの連鎖だ。それはそうそう変えられるものじゃない。今まさに、君が感じているようにな。君がバルベルデで見た地獄も、それが生み出したものの一つだろう」

 

「だったら!なおさら()なんかで止められる訳無いだろッ!大人だったらんな事知ってて当たり前だろうがッ!?」

 

その詰問に、弦十郎はそれを待っていたと言わんばかりに笑ってみせた。

 

「違うな。大人だからこそ、現実を知っているからこそ夢を見るのさ」

 

「大人になれば、背も伸びるし力も強くなる。色んな知恵も付けば、財布の中の小遣いだってちっとは増える。子どもの時は出来なかったことも出来るようになる。夢を叶えるチャンスが大きくなる。夢を見る意味が大きくなる」

「聳える現実の壁がどれだけ大きかったとしても夢を諦めない。それが出来るのが大人の特権というものさ。そうやって人間は現実そのものを変えてきた、夢を原動力にしてな。それに———夢が現実に押し潰されるだけの世界なんて、窮屈でつまらないだろう?」

 

弦十郎は熱を込めて滔々と語り続ける。

 

「君の両親だって同じだ。ただ夢を見に戦場に行ったわけではなく、歌で世界を平和にするーーーーーー自ら抱いたその夢を叶えるために望んでこの世の地獄に踏み込んだ。そうじゃないのか?」

 

「それは、なんの、ために————」

 

「夢は叶えられるという、揺るがない現実を君に見せるため。そして……夢を決して諦めない親の姿を示すために」

「子どもはいつだって親の背中を見て育つものだ。だから親は子どもに恥ずかしくない己であろうとする。それは自分の子どもを愛しているからに他ならない。君は嫌いと吐き捨てたが、君の両親はきっと、君のことを愛していたはずだ」

 

ぺたり、と。

クリスの膝が砕けて、尻もちをついてへたりこむ。

俯いていて表情は窺えないが、動揺しているのか声が震えていることだけは分かった。そして顔を上げた時。

 

「……は、はは。何だよ。じゃあ、あれか、あたしがやってきた事は正真正銘、何もかも無駄だったってのか?あたしの独り善がりで、ただただ死体の山を、積み上げてきただけで、何の意味も無かったってことか?え?なあ、そうなのか?おい。なあ。教えてくれよ……あたしは、何のために、誰のために戦ってきたんだよ!!!」

 

目に涙を溜めながら乾いた笑みを浮かべていた。ぐちゃぐちゃになった感情が表情を滅茶苦茶にする。

———実のところ、彼女自身自分が何を口走っているのか理解していなかった。自分の本能めいた部分が、意志も理性も無視してひとりでに発した後悔。論理も順序もかなぐり捨てて、ただ感情だけが先走ったその言葉を、しかし「大人」は見捨てないし、見逃さない。

それこそが、彼らが求めていたものであったが故に。

 

「無駄なものかよ」

 

 

弦十郎がクリスの前にしゃがみ込み、ゆっくりとその華奢な身体を抱きしめる。そして宥めるように落ち着いた口調で話し始める。それはいっそ幼子に言って聞かせるようでもあった。

 

「例え方法を間違えたとて、それがどうした?間違えたなら別の道を探せばいい。罪を犯したと思うのなら償っていけばいい。君の根底にあったものが……平和への願いが間違いなどであるものかよ」

 

弦十郎の口調に次第に熱がこもっていく。抱きしめる力も心なしか強くなり、嗚咽を漏らすクリスの身体がさらに包み込まれていく。

 

「確かに方法は間違っていたかもしれない。伸ばされた手に、ずっと側に在った愛に気付けなかったかもしれない!だとしても!君の戦いそのものは間違ってなど、まして無駄などでは断じてない!ただ……少し一休みする時が来ただけだ。自分の本当の願いのために、な」

 

そこでクリスは限界を迎えた。喜びと後悔と悲しみとが入り混じった涙は彼女自身では止められなかった。野放図に感情を溢れ出させる様を、大人たちはただただ見守っていた。

 

 

 

———————————————————

 

 

「やはり我々と一緒には来れないか」

 

「当たり前だ。ずっと戦ってきた奴らがそう簡単に仲良しこよしなんかできるもんか」

 

「ふっ。案外、そう難しいことでも無いと思うがな。今の君ならば」

「この際だ、通信機を渡しておく。発信機やGPSの類は付けていない。限度内なら交通機関だって使えるし自販機で買い物だってできる代物だ」

 

「……仲良しこよしはしないって聞いてなかったか?」

 

「何。敵との戦いに遅刻したとなれば格好がつかないだろう?そいつがあればそういう『万が一』にはならないと思うのだがな」

 

「……しょうがねーな。もらっといてやるよ」

「借りを返す……って程でもないんだけどさ。『カ・ディンギル』……フィーネの切り札らしい代物だ。……あたしには何のことかわかんなかったけど」

 

「そうか……ありがとう。ではな。俺たちと君の道が交わることを祈っている」

 

 

 

 

 

 

「ったく、人の話聞けよな。お人好しがよ」

「…………そういえば居たな、あんなお人好しがもう一人。底抜けにお人好しで、トチ狂った訳でもねえのに敵ともお友達になろうとするような底無しの大バカが……」

 

 

———————————————————

 

 

 

その日、竜はなんとなく肌がひりついているのを感じた。朝起きた時から何やら空気が違う。それが何なのかは分からないが、「何かが起こる」ことだけは直感で感じ取っていた。

 

翼の復帰ライブは大成功だった。二年前と同じ、因縁ある場所で、自身の夢を……海外進出を語った翼のことを竜は観客席から感慨深く見守っていたのだが、その裏では響が例の雪音クリスと協力してノイズの大規模な群れと戦っていたという。しかしそれ以来敵が何かしら動いた形跡は無く、さながら嵐の前の静けさといった様相を呈していた。

そこに突然訪れたこの感覚だ。早足で二課に現れた竜がピリピリするのも無理ないことだった。

そしてそれを特に敏感に感じ取っていたのが歴戦の二課の職員たちであった。

 

「大丈夫?竜ちゃん、何かイラついてない?」

 

こういう時にやはり大人は強いものである。指令室に現れた竜が、まるで翼と和解する前のような剣呑な雰囲気を漂わせているのを察知した友里あおいが出来る限り和やかに話しかける。

 

「……ああ、悪い。ちょっと今日は虫の居所が悪いんだ。朝からずっと妙な感じがしやがる。……んな事一度も無かったんだがな」

 

「妙、って言うと?」

 

「胸騒ぎ……って訳でもねえ。ただ、今日は何かが起こる。そんな気がして仕方がねえのさ」

 

「何か……そういえば司令、今日は例のフィーネのアジトに向かったと聞きますが、何かありましたか?」

 

「ああ。それについて、了子くん達も交えて討議したい。了子くんはどうした?まだ来ていないか?」

 

「それが……了子さんはまだ出勤していません。朝から通信も繋がらなくて……」

 

「そう、か……分かった。…………ひとまず響くんと翼に通信を。了子くんへの発信も続けてくれ」

 

何かを悟ったように一度目を閉じる弦十郎。しかし再び鋭い眼を取り戻すと、視線を真っ直ぐ前へと向けた。

 

「了子さんがそんなに心配か?」

 

「うむ……そうだな。杞憂であればいい。そう……杞憂であってくれれば、な」

 

「オッサン……?」

 

竜が訝しげに弦十郎を見る。普段と違う芳しくない反応に竜が疑問を抱き、さらに深く踏み込もうとした時、通信に出た響の元気のいい声がしたことで遮られた。

 

「収穫があった。了子くんは朝から連絡が取れないので、ひとまずそちらに情報を共有する」

 

「それは……大丈夫なのですか?櫻井女史は二課の中核の一人。よもやということがあれば……」

 

「馬鹿言え。了子さんがそうそう簡単に死ぬようなタマかよ。前ならともかく、今はゲッター線の研究に夢中なんだ。それを放っぽりだすような真似すると思うか?」

 

「そうですよう!了子さんのバイタリティは皆知ってるんですから!きっと大丈夫です!」

 

「しかし櫻井女史は戦闘訓練も碌に受講していないはず。仮に相手が広木大臣暗殺の下手人と繋がる者だとすれば無事に生き延びられるかどうか……」

 

楽観的な竜と響に対し、翼が了子の安否を心配する声を上げる。その中で突如三人目が映像付きで通信に入ってきた。

噂の櫻井了子その人である。

 

「やぁぁ〜〜っと繋がった!んもう!この辺電波悪すぎじゃないかしら!ごめんなさいね遅くなっちゃって。ちょっと急ぎの用事が入っちゃったせいで碌に遅刻の連絡も出来なかったのよ!今から出勤するからヨロシクね!」

 

映像に現れた了子の顔はいつも通りだ。いつも通り身だしなみも整っていて、普段通りの快活な表情を浮かべている。

 

「出てくれたか。無事なようで何よりだ。それより了子くん、君は『カ・ディンギル』という言葉に聞き覚えは?」

 

「『カ・ディンギル』……古代シュメールの言葉で『高みの存在』を表す言葉ね。転じて、天を仰ぐほどの塔を意味しているわ。それがどうかした?」

 

「何者かがそんなものを建造していたとして、何故我々はそれを見過ごしてきたのか?」

 

「言われてみればたしかに……」

 

響が頭上にハテナを浮かべてうんうん唸りながら考えを巡らせる。

天を仰ぐほどの塔を建設するとなれば偽装行為にも多くの手間と費用を必要とする。情報戦をこそ本領とする二課にしてみれば、そのような建築物は造る時点でその耳に入るのが当然というもの。それがここまで一切の情報が無かったとなれば、余程偽装が巧妙に過ぎたのだろうと敵の手腕に警戒を強める結果となった。

 

「ともあれ、ようやく掴んだ敵の尻尾だ。このまま情報を集め、敵の隙にこちらの全力を叩き込む!最終決戦、仕掛けるからには仕損じるな!」

 

了解、と響の威勢のいい声と翼の凛々しい声が指令室に響く。二人が通信を切るとともに、了子も右手で親指を立ててから、

「どうやら、お役に立てたみたいね。それじゃあ私もこれからそっちに向かうから楽しみに待っててちょうだいね?」と軽くウインクしてから通信を切った。

 

「どうやら、竜くんの勘が当たりそうだな」

 

「いよいよフィーネの奴と決戦ってわけか。面白え、熱くなってきたぜ」

 

戦いの中でようやく見えた光明。二年前から続く因縁との決着。

一連の事件の黒幕との決戦が近づいていることを感じた竜は闘志を燃やし、右の拳を左の掌に突き合わせる。

戦意が高まっているのを感じた弦十郎は少し考える素振りを見せる。一分かそれ以下か。僅かな時間だけ考え込むと、竜を含めた全員に指示を下した。

 

「なら、竜くんはこの場で待機だ。妙なことがあったらいつでも出撃出来るよう、確りとその牙を研いでおけ。オペレーター各位は情報収集に当たれ!些細な手がかりでも見逃すなよッ!」

 

(お膳立ては済んだ。ここからは『彼女』と俺の戦いになる。……俺が勝つには……)

 

弦十郎は勝つために考える。勝利条件は大きく二つ。

 

一つ、敵の目的を阻止し、捕縛すること。

一つ、装者たちを始め、職員に殉職者が出ないこと。

 

いずれもを満たすことが彼にとっての勝利である。それは誰であっても例外ではない。そう、例え敵だった存在であったとしても。

相手は長期に渡って米国と内通し、そのことを此方に悟らせないままやってきた狡猾さと慎重さがあった。それが目に見えて大きな動きを見せたとなれば、それは相手の目的が達成間近になったことの証左。出来ることは……最後まで足掻き続けることだけ。この世界に生きる命を守るためだけにでも。

 

「大型飛行ノイズの反応!三つ……今四つになりました!進行方向には東京スカイタワー!」

 

「東京スカイタワー……カ・ディンギルが塔を意味するならまさにそのものではないでしょうか!」

 

「ふむ……響くんと翼は東京スカイタワーへ急行!竜くんもそのまま二人に合流してくれ」

 

「了解だ。ちょっくら暴れてくるぜ」

 

「ああ。それもド派手に暴れてやれ。()()()()()()()()()()()()()()にな」

 

そうだ。それでいい。必要なのは積極策。そして「これからそっちに行く」と彼女は言った。彼女はそういう嘘は吐かないだろうが……それでも保険を掛けるに越したことはない。今は身を捨ててでも此方に誘い込み、逃がさないようにするのが先決。

中途半端に阻止することで行方を追えなくなることこそを俺は恐れる。彼女を止める手段が失われることをこそ俺は恐れる。

 

これ以上罪のない人間が傷つくことが無いように。

彼女にこれ以上罪を重ねさせないために。

仲間を、再び仲間として迎え入れるために。

 

決着を着けよう了子くん。今日、ここで。

 

 

 

 

 

 

 

 

(たとえ何を企んでいたとしても……この身に代えても阻止してみせる)

 

 

 

 

最後の言葉は、ついぞ発せられることは無かった。

 

 



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それぞれの戦場——装者たちの場合

前哨戦その一、装者側視点です。


周囲四方を飛行型ノイズが取り囲む東京スカイタワー付近。上空からはひっきりなしにノイズの軍団が投下され続け、地上は今やノイズがひしめく地獄と化していた。故にその場所は、必然的に日本最大の大都市でありながら一切の人影が失われたゴーストタウンと成り果てていた。

 

そこに現るるは一つの影。全身に真紅を纏い、コンクリートジャングルの向こうからゆっくりと近づくその影は、ノイズの軍団を睥睨すると立ち止まり、犬歯を剥き出しにしてその闘争本能を燃え上がらせる。

 

「出迎えご苦労さん。んじゃあ……全員まとめてあの世に送ってやるぜッ!!」

 

そう叫ぶと一度姿勢を低く取り、脚力を全開にして群れの中心部へと正面から突っ込んでいく。踏み込まれたアスファルトは足裏の形に抉れ、一歩一歩踏み出す度に砕かれる。そして接敵の瞬間。

 

 

 

一瞬で周囲1.5m以内のノイズが消滅した。

 

 

 

影が……竜がしたことは至ってシンプルである。両腕の届く範囲全ての敵をぶん殴った。ただそれだけである。ただそれだけで、腕甲の刃に触れた者、殴り飛ばされた者、衝撃に巻き込まれた者……その全てが塵と化して消滅することを強要された。

 

「入れ食い状態とは恐れ入ったぜッ!きっちり駆除してやるから覚悟しろよ害虫共がッ!」

 

上空の飛行型ノイズは今もなお地上へノイズの軍団を降下させ続けている。明確な、目に見える多勢に無勢。しかし竜は強気に笑っている。今日の戦いは一筋縄では行かなさそうだ、だからこそ昂るのだ、と。

特異災害対策機動部二課最年長装者、流竜。今の彼女はここ数年間でも類を見ないほどの絶好調であり、その闘争心は彼女のギアに凄まじいパワーを与えていた。

 

「おらおらどうしたッ!俺はまだまだ食い足りねえぜッ!!」

 

竜が大地を駆け抜ける。時に襲ってきたノイズにカウンターの要領でマントをぶち当て、時にはノイズを踏み台にして跳躍、さらに群れの奥深くへと侵入し、乱反射させたビームを周囲に撒き散らす。ノイズの数こそ減っていないどころか未だに増え続けているものの、そんなものは知らぬ存ぜぬと暴れ回る。

 

孤立している?だからどうした。多勢に無勢?知ったことか。周りにいるのは敵。敵。敵。どれだけ適当にビームを撃とうが当たる、雑だろうが殴れば当たる、ならば攻撃の手は緩めない。猪突猛進あるのみぞ。

戦って、戦って、戦って、戦い続ける。その果てに何が待ち受けていようとも、前に進み続ける。

 

『言葉が通じなくても、歌で伝えられることがあるなら。世界中の人たちに私の歌を聞いてもらいたい』

『これまで、私の歌が誰かの助けになると信じて皆に向けて歌い続けてきた。だけどこれからは、『皆』の中に自分も加えて歌っていきたい』

『だって私は、こんなにも歌が好きなのだから——』

 

思い出されるのは復帰ライブでの翼の言葉。漸く自分を赦せたこと。戦うこと以外に、生きる意味を見つけられたこと。

あれで確信した。あいつを庇ったことは何も間違っていなかった。翼には未来がある。戦いの先に、掴むべき夢がある。——戦うことしか知らない、俺と違って。

ならそれを守ってみるのもまた一興だろう。

 

 

俺は翼のように、夢なんか持ち合わせちゃいない。

 

響のように、戦いの向こう側で得る物なんざ考えてもいない。

 

だが———前に進むことだけは絶対に止めない。生きている限り、戦い続ける。それが、それこそが。

 

「俺の生き様だァァァァァァ!!!!」

 

 

——————————————————

 

「ふっ……竜め、己の跳ね馬が踊り昂るのを抑えられないか」

 

戦場の様子を窺うのは蒼い影。乗ってきたバイクを足場に高速道路の高架から飛び降りて参陣した風鳴翼が目の当たりにしたのは手当たり次第に暴れ回る竜の姿だった。

 

「無理もない。ここしばらくは入院続きで力が有り余っていたようだからな。とはいえ、少しは周りの被害も考えろと言いたいところだが————さて」

 

竜から目を離すと、別の群れが翼の前に迫ってきていた。心なしか竜から離れようとしているようにも見えて、詮無きことと思いながらも翼は思わず笑いそうになる。奴のことは心無きノイズですら避けて通るのか、と。

それを隙と受け取ったのか、何体ものノイズが躯体を伸ばし、翼の身体を塵へ還そうと襲い掛かった。

接触まであと5メートル、4メートル、2メートル、1メートル。そして———

 

 

 

「不快だな。まるで私の方が与し易いと思われているようではないか」

 

 

 

彼我の距離が数センチに達した瞬間、振り抜かれた剣の一閃が、その全てを叩き切った。

 

 

 

それは瞬き一度の間にも満たぬ、神速の太刀筋だった。最大の集中と共存する最大の脱力。そうでありながらどこまでも平常心。防人の剣には一切の曇りも澱みもない。

剣に付いた炭を払い、霞の構えでノイズの軍団と相対する。嵐の如く暴れ回る竜を『動』とすれば、対照的なその姿は「静」を体現したかのよう。しかし一度足を前へと運んだならば———何者をも断ち切る刃の風が鎌鼬のように荒れ狂い、触れたノイズを絶命させる。

 

「防人の剣、その身で確と受けるがいいッ!この私在る限り、貴様らに明日は無いと知れッ!」

 

嘗て、風鳴翼は己の弱さを呪っていた。友を失い、絆を失い、防人の誇りをも失った。己に心無き剣であれと、逃避のように言い聞かせることさえあった。

その苦しみを払ったのは新たなる風。新たな装者は腐りかけていた彼女の澱んだ心に波紋を起こし、荒波を呼んだ。それは荒療治にも等しいものではあったが———結果、彼女は全てを乗り越えた。忘れていたものを取り戻した。奪われたものを奪い返した。

そうして今、ここにいる。風鳴家の者としてではなく、「風鳴翼」としての己の夢のために。己の歌を、愛する歌を、遍く世界へ届けるために。そして、そんな己の我儘を許してくれた人たちのために。己が決意を客席から見届けてくれた、私の命を繋いだ友のために。

 

上空の飛行型ノイズは今もなお地上へノイズの軍団を降下させ続けている。しかし翼は笑っている。たかがその程度、何するものぞ。我が夢の旅路を阻むならば、一切合切切り捨てる。

特異災害対策機動部二課最古参装者、風鳴翼。あらゆる迷いを断ち切って、夢と絆を胸に抱くその心の在り方が、彼女に無限の力を与えているのだ。

 

「遅いッ!その程度で私を止められるなどと思い上がるなッ!!!」

 

翼が大地を駆け抜ける。鋭さと正確さを非常に高いレベルで両立させ、すれ違いざまにノイズを斬る。竜ほど派手ではないが、時に小刀を投げ、時には蒼ノ一閃で確実に殲滅を図る。ノイズの数こそ減っていないどころか逆に増え続けているものの、風鳴翼は止まらない。

 

上を取られた?確かに不快だ。このまま消耗を強いられるばかりになるやもしれぬ。だからどうした。我らの後ろに、無辜の人々がいることを忘れるな。それに何より———私には頼れる友が、後輩がいる。

 

竜のように、突出した圧倒的な暴力は無い。

 

立花のように、土壇場における爆発力は無い。

 

しかし私は剣を携えし者。その為すべきことは只一つ———進むべき道を切り拓くことなれば。そしていつか。

 

「己の翼で羽撃いてみせる……!遥か遠き空の果てまで!それが奏に捧ぐ、私の誓いだッッッ!」

 

 

——————————————————

 

「お二人ともすごい暴れ方……わたしも気合入れなきゃ!」

 

少し遅れて戦場に降りたのは黄色い影。二人より少し離れた場所にいた立花響は、頼れる大人のバックアップによりヘリで現地に到着した。今ではギアを起動しながらのスカイダイビングもすっかり慣れたもので、空中で脱力できるほどには落ち着いていた。

そしてギアを纏うと空中で腕のジャッキを引き絞り、小型ノイズを吐き出す飛行型の胴体をぶち抜く。そのまま何度か回って体勢を整え、轟音を立てて道路のアスファルトを砕きながら着地。ついでに着地点にいたノイズを踏み潰し、消し飛ばす。俗に言うスーパーヒーロー着地を綺麗に決めた彼女は、一度息を入れると迷わず拳を握って前へ出る。

 

「ふッ!はッ!とおりゃあああああッ!」

 

竜のように吶喊し、翼のように滑らかにノイズを殴り飛ばす。その根幹には師匠と慕う風鳴弦十郎の教えが息づいており、殴り抜ける度に足が力強く大地を蹴る。蹴る。蹴る。突撃してきたノイズを、棒立ちしているノイズを、その胴体を拳が撃ち抜き、撃ち砕く。

彼女の動きは確かに竜ほどの力強さもなければ、翼ほどの流麗さも持ち合わせていない。しかし見た目のパワーとは裏腹にどこまでも基本に忠実な立ち回りは二人とは性格の異なるものであった。

 

「いつまでもいっぱい出てきてキリがない……それでもッ!」

 

嘗て、立花響は無力だった。二年前、目の前で天羽奏が死に、ギアの力を得てからも守られてばかり。戦うことへの理解も覚悟も足りていなかった。

変わったのは竜と翼、二人の覚悟を目の当たりにしてからだった。守るべきもののために命を懸ける姿があの日の奏と重なって、この時初めて響は「戦い」を知った。拳を握り、武器を持つ意味を知った。

そして彼女は今、多くのものに支えられてここにいる。同じシンフォギア装者、二課の大人たち、巴武蔵、小日向未来、クラスメイトたち……その全てが彼女に流れる力の源だった。

 

上空の飛行型ノイズは未だ健在、翼が蒼ノ一閃で貫こうとしたが、小型のノイズに阻まれ思うように通らない。竜のゲッタービームもまた然り。上を取る手段も無いが、しかし彼女は諦めない。

特異災害対策機動部二課最年少装者、立花響。力も技も、二人には及ばないかもしれない。しかし諦めの悪さは、土壇場での根性は、その爆発力は、他の誰にも負けはしない。そして何よりも。

 

(必ず帰るんだ……未来のところにッ!)

 

生き残ったからじゃない、自分の意思で誰かを助けるとそう決めた。親友は、そんなわたしを助けてくれると言ってくれた。

わたしには帰る場所がある。そのことが力をくれる。

 

たとえ翼さんほど、竜さんほど強くなくてもいい。

わたしはわたしのまま強くなる。それがわたしのやり方だ。

 

「翼さん!竜さん!お待たせしましたッ!立花響、お呼びとあらば即参上、ですッ!」

 

かつての未熟な少女はもういない。ここにいるのは覚悟と決意を握った一人の戦士だ。

 

 

————————————————————————

 

「頭上を取られることがこうも不快だとはな。しかしこれでは得意の力押しでも骨が折れそうだ。どう思う?竜」

 

「突っ切ってブチのめすッ!」

 

「お前に聞いた私が馬鹿だったよ」

 

三人の合流は翼の呆れた声と共に成された。

 

「そうでもねえぜ?ゲッター2の推力で突っ込めば上まで届くかもしれねえ。そうすりゃドリルで土手っ腹に風穴を開けてやれるってもんだ」

 

「初速はわたしがカチ上げたらなんとかなると思いますッ!」

 

響が笑顔でサムズアップしながら単細胞じみた解決法を提案した。

しかしこの三人、驚くほどに攻撃方法が近接に偏重している。しかも思考も若干脳筋寄りである。特に竜と響が。

故にこのような突撃思考になるのも必然であり、翼自身も否定はしない。顔はかなり不承不承といった体ではあったが、それ以上の案が浮かばなかった以上、深い事は試してから考えることにした。

 

 

 

 

「ハッ!ずいぶん不毛な議論してんじゃねーか。そうでもしなきゃ、火力が足りないってのか?」

 

 

 

 

聞き覚えのある挑発的な声。同時に無数の弾丸が放たれ、上空で護衛を務める小型ノイズを蜂の巣にする。

三人が一斉に振り向いた。そこにいたのは赤と銀の小柄な姿。右腕のガトリングから白煙を上らせて仁王立ちしている雪音クリス。片手には二課の通信機が握られている。

 

「クーリースーちゃああああああああん!!!!」

 

「ばっ!おまっ!急に抱きつくなバカッ!危ねえだろーがッ!」

 

「助けに来てくれたんだねッ!やったあああああああッ!」

 

「うるっせえッ!別に助けるわけじゃねえッ!あたしはただやるべき事を……ケジメをつけに来ただけだッ!」

 

だから助っ人なわけじゃねえと言い捨てるクリス。しかし現在進行形で響にわちゃわちゃされているせいで説得力が無い。加えて、

 

『助っ人だッ!少々到着は遅れてしまったがなッ!』

 

と通信機の向こうから弦十郎に言われてしまってはまるで形無し。喜んだ響に余計に纏わりつかれて顔をやや赤くしながら引き剥がそうとする姿はむしろじゃれ合っているようにしか見えない。竜と翼は互いに顔を合わせてこの認識を共有した。結果、『味方と考えてもヨシ!』と言う結論に至るのだった。

 

「良かったあ!じゃあこれからはクリスちゃんも一緒に戦ってくれるんだねッ!」

 

「だから違うって言ってんだろッ!人の話聞いてねーのかばかッ!ばかッ!ばーーーーかッ!」

 

「語彙力が乏しいな。先が思いやられる……」

 

「気にするところそこかよッ!お前もこいつに何とか言えよッ!てか力強ッ!?」

 

翼のピントのずれた指摘に響を引き剥がそうとしながらノンストップで突っ込むという器用な真似をするクリス。なお完全にパワー負けしているせいでビクともしていない。悲しいことに。

 

「ったく……イチャつくのは後にしろッ!まずはアレをどうにかするんだろうがッ!」

 

「イチャついてなんかいねえッ!このバカが勝手に纏わりついてくるだけだッ!」

 

「そんなぁクリスちゃん……せっかく分かり合えたって信じてたのに……」

 

「あーーーもう!お前ら早くこの暴走特急をどうにかしろおおおおおおおッ!!!!」

 

クリスの腹の底から湧き上がるような(どうでもいい)魂の叫びに、翼がうんうんと頷きながらシンパシーを覚えている一方で、竜が既視感を覚えながらもしょうがねえなあ、と渋々片手で響の首根っこを掴んでひょいっと引き剥がした。そして、響の「あー」という気の抜けた声が聞こえると同時にクリスは三人から離れ、息を荒げながら宣言するのだった。

 

「はーっ、はーっ、はーっ……とにかく、あたしはお前らと仲良しこよしなんかする気はねえ。偶々戦う相手が同じなだけだ。そりゃあたしらが戦う理由なんかねーんだろうけど、戦わない理由だってねーんだぜ?」

 

「とはいえ共に同じ共闘相手。連携して対処に当たった方が良いのではないか?」

 

「馬鹿言うなよ。忘れたのか?あたしらは元々敵同士だ。ついこの間までやり合ってた者同士が、そう簡単に手なんか……」

「繋げられるよ、きっと」

 

クリスの台詞を遮って、響が真っ直ぐ言い放つ。

 

「何回空回りしたって、何回間違えたって、何回ケンカしたって。その度にぶつかり合って、その度に傷つき合って……でも、その度に想いは伝わるんだよ、クリスちゃん」

「だからわたしは絶対諦めない。もしクリスちゃんが納得できないなら、この戦いが終わった後でいっぱいお話しよう?いっぱいケンカもして、いっぱいクリスちゃんのことが知りたい。……翼さん、竜さんも良いですよね?」

 

響の視線が真っ直ぐに二人を射抜く。それに翼は笑って応え、竜は肩をすくめながら応えた。

 

「構わんさ。私も立花のそれに助けられた口だからな」

「はあ……ったく、好きにしな。それがお前の『戦い』なら、無闇に口出しするほど狭量じゃねえよ」

 

「ありがとうございます。……お願い、クリスちゃん。今だけでもいい。一緒に戦って欲しいんだ。みんなの命を守るために」

 

響がクリスに手を伸ばす。かつて一度は振り払われた手。しかし今度は繋ぎたいと、そう願って。

 

「お、おいおいおいおい!お前らおかしいぞッ!このバカに当てられちまったのかッ!?」

 

「かもしれないな。だが……それはお前も同じだろう?」

 

んぎ……とクリスが図星を突かれた呻き声を出した。正直なところ、翼の言う通り「あのバカならあるいは」という気持ちがあったことは事実だった。しかしそれを正面から肯定するのもそれはそれで気恥ずかしいし、目の前で手を伸ばしてきている奴が調子に乗りそうで嫌だ。

たっぷり十秒、両脇の二人の視線から「取るなら早くしろ」という圧を感じながら、目で響の顔と手を行ったり来たりする。その後決心を固めたのか、神妙な声色で響に問いかけた。

 

「……なあ、これだけ聞かせろ。何がお前をそうさせるんだ?何でお前はそうやって敵に手を差し伸べられる?あたしにゃ考えられねえ」

 

「決まってるよ。人と人が分かり合えない世界なんて寂しいから。それに……わたしのアームドギア。まだ出てきてないんだと思ってたけど、きっと違うんだ」

 

「?」

 

「出てこないんじゃない。最初から持ってたんだ。誰かと繋ぎあうこの手がわたしのアームドギア。わたしの、心の底の本能なんだ。だからきっとこれでいい。ううん、これがいいって信じてる。人は絶対分かり合えるって!分かり合うことを諦めないって!」

 

 

 

……呆れた。思った通りの底抜けの馬鹿さ加減。散々突き放した。痛い目だって見せた。仲間を傷つけた。……たくさんの命を奪った。

なのに、こいつは、目の前にいるあたしに、笑顔で手を伸ばしてくる。あの大人のように保護する者としての手じゃなく、どこまでも対等に並び立つための手。

こいつだって被害者だ。大事な友達を襲われて、大事な仲間を傷つけられて。ノイズのせいで人生を狂わされたはずだ。なのに、怒りや憎しみ、悲しみよりも喜びや楽しみの感情をこっちに向けてくる。

 

———赦し、共に歩む覚悟。敵を味方にする覚悟。何回拒絶されても尚、手を伸ばし続ける覚悟。本当に、あたしには眩しすぎる。

 

肚は決まった。いや———最初から決まっていたのだろう。ただそれを自分で認めようとしなかっただけ。この程度じゃ償いの始まりにもならないかもしれないけれど、それでも。まずは一歩、踏み出すところから始めよう。だから。

 

「……何を言うかと思えば。やっぱバカだよ、お前」

 

「酷い!?そんなぁ……」

 

「けど、ここまで突き抜けたバカは初めてだ。バカバカしすぎて戦う気にもなれやしない。しょうがないから付き合ってやるよ。……これでいいか?」

 

それはそれとして手を繋ぐのが恥ずかしいのか、少し赤くなった顔を逸らしながら響の右手に左手をゆっくり伸ばそうとする。

喜色満面、大輪の花を咲かせた響は、我慢出来ずにクリスの手を自分から握り、両脇の二人も誘う。

 

「……うんッ!じゃあ、はい!翼さんも竜さんも!」

 

「え?っておい!」

 

「諦めな。こいつに目をつけられた時点でお前の意地っ張りもお終いだったんだよ。寂しがり屋のクソガキがよ」

 

「あぁ!?誰がクソガキだろくでなしッ!」

 

「んだとぉ!?」

 

「やるか!?」

 

「あぁほらほら!もめてないで早く!」

 

四人が円の形に並び、響がガンを飛ばしあっているクリスと竜の手をがっちりと重ね合わせる。二人がメンチを切って威嚇し合いながらも、手だけは離していないところに翼が少し羨ましそうな視線を向けているのに気づいて、「ほら翼さんもこっちこっち!」とクリスの空いている手に重ね、自分は竜と翼の間に収まった。

 

「ほら、こんなに簡単なことなんだよ。手を繋ぎ合うっていうのは」

「どんなに空回りしても。どんなに迷っても。答えはきっと始めから自分の胸の中にあったんだ。ただそれから目を背けていただけ。でももう大丈夫!だって人の作る温もりは、こんなにあったかいんだから!」

 

 

「後は信じて前に進もうッ!ここに集まった力をッ!」

 

 

響が三人に強い意志を込めて頷き、三人もまたそれに応える。

四人揃って気合を入れ直したところで、最初に口を開いたのはやはりクリスだった。

 

「あたしにいい考えがある。イチイバルのギア特性は長距離広域殲滅、溜めに溜めたエネルギーの大盤振る舞いで、とっておきをばら撒いてやるのさ」

 

「するとどうなる?」

 

「チリひとつ残らず掃除が終わる」

 

「でもそれってまさか絶唱なんじゃあ……」

 

「生憎、あたしの命はあんな連中と差し違えるほど安くはねーからな。まだやることだっていっぱい残ってるんだ、こんな所で使えるか」

「上げに上げたエネルギー出力を全部中に溜め込んで、一度に爆発させるッ!それで全員木っ端微塵の粉微塵だッ!」

 

「……成程。そしてチャージ中は無防備になる、と。そういうことならば」

 

「ですね。だったらやることは一つですッ!」

 

「いいぜ。乗せられてやるよ、その口車にな」

 

翼がクリスの前に出て、剣を構えて盾となる。その後に響、竜と続いて前に立ち、それぞれの得物と共に散開、クリスに近づくノイズを積極的に狩り始めた。

 

「露払いは我らが引き受けようッ!断じて仕損じるなよッ!」

 

 

———————————————————

 

んだよ。あーだこーだ言ってるわりに、やっぱこいつらもあのバカの同類じゃあねーか。

 

見てみろよあの無防備な背中。あたしが心変わりしちまえばそこまで。背中を撃ってはいおしまい。

……けど、そんな事一つも考えちゃいねーんだろうな。心の底からあたしが味方だって信じ込んじまってなきゃ、こんな全賭けの作戦になんか乗れやしないから。

 

心があんなにぐしゃぐしゃだったのに。差し伸ばされた温もりは嫌じゃなかった。

 

結局のところ、これに尽きるんだろうな。ずっと欲しかったものはちょっぴり手を伸ばすだけで手に入るくらい、すぐ側にあった。けどそれを自分で台無しにしようとしていた、ただそれだけの話だったんだ。

 

これからどうしようかまでは考えられてない。まずはフィーネを倒してあたしがしたことのケジメをつける。けどその後。どうやったら世界は平和に出来るのかは何も分からない。だからせめて分からないなりに足掻いていくしかない。前へ進むしかない。幸い、道標になるものはある。それは「歌で世界を平和にする」———死んだパパとママの夢。

あの二人が何を求めていたのか、何を願っていたのか。どうしてその夢を持ったのか……その答えを探すためにゆく。その過程で見つけられると信じたい。武力で創る偽りのものじゃない、本当の平和を。

 

じゃあまずは。手を伸ばしてくれた奴らの期待に応えるとしますかね。

この場を切り抜けない限り。フィーネとケリを着けない限り。あたしの決心も夢のまた夢だからさ。

 

 

「はん。誰にもの言ってやがる。あたしは地獄帰りの雪音クリスだッ!あんなバカでかい的を外すなんざ、太陽がひっくり返ってもありえねーんだよッ!」

 

 

——二度と二度と迷わない、叶えるべき夢を

——轟け全霊の想い。断罪のレクイエム

—— 歪んだFakeを千切るmy song 未来の歌

—— やっと見えたと……気付けたんだ

 

————————————————–—

 

大型のミサイルをはじめとする弾幕が無数に放たれ、趨勢は決した。

残るは残党、烏合の衆。ただ群れるばかりで能も芸も無いノイズの群体。補給基地を失った今、地の利と数だけを頼みとしていたノイズはただただ全滅を待つだけの集団と成り果てたのだった。

 

ともなれば、殲滅まで然程の時を必要としないのは必然。四人で戦勝を祝うだけの余裕も生まれ、一度本部へと連絡を繋ごうとしたその時。リディアンにいるはずの小日向未来から通信が入った。

 

 

 

 

 

『響!?リディアンが、学校が襲われ……』

 

 

 

 

未来が最後まで言い切る前に通信は途絶えた。

しかしそれでも、四人に最悪の想像をさせるには、十分すぎるものだった。

 

 

 




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それぞれの戦場———銃後たちの場合

UA60000突破ありがとうございます。
今度は大人たちの視点です。


装者たちの元に連絡が飛ぶ少し前。リディアン音楽院は突如として現れたノイズの襲撃によって阿鼻叫喚の戦場と化していた。生徒たちは逃げ惑い、彼女らを守るために多くの命が塵と化していく。校舎内は比較的安全ではあったが、それも時間の問題でしかなかった。

 

小日向未来は二課の民間協力者として校舎内に残った生徒の誘導に当たっていた。しかし、捜索のためにシェルターの入り口から離れたところで、不運にもノイズに見つかってしまった。

そこを助けたのが緒川だった。襲撃の最中、民間人の捜索中に櫻井了子と合流した彼はそのまま未来を救助、二課本部へ向かうべくエレベーターシャフト目掛けて一目散に向かっていたのだった。

 

「……うまく、撒けたようですね。ここまで来れば大丈夫でしょう」

 

「はぁ〜〜〜〜。危なかったわ。アリガト、慎次くん?」

 

そして命からがら、すんでのところで逃げ切った三人は高速で下るエレベーターの中で息を整えていたのである。

そしてエレベーターが目的地に着き、外へ出た了子が白衣のポケットに左手を入れたその時、異変は起こった。

 

 

 

「そこで止まっていただけますか、了子さん」

 

 

 

緒川が、先へ進もうとした了子の後頭部に銃を突きつけた。

 

 

「未来さんは僕の後ろに。了子さんはそのまま両手を頭の後ろにつけてください」

 

「お、緒川さん!?何で……この人って二課の仲間なんじゃ!」

 

「そうよ慎次くん!私、何か悪いことでもした!?」

 

困惑する未来。了子も慌てた様子で弁明しようとする。しかし緒川は態度を変えない。落ち着き払った様子で銃を構えたまま滔々と語り出した。

 

 

「敵が言っていたカ・ディンギルの正体。塔ほどの高層建造物を我々の目を盗んで建造するのは不可能です。であれば、地下へ伸ばすしかない。そしてそれが出来る施設を、それが出来る人間を、僕は一つしか知りません」

「そういう訳です櫻井女史。それとも、フィーネとお呼びした方がよろしいですか?」

 

「あら。もしかして私、黒幕扱いされちゃってる?」

 

「事実でしょう。僕は少々他の人より()が効くもので。色は誤魔化せても、その血の匂いまでは誤魔化しきれなかったようですね」

「貴女を広木大臣暗殺、そして本事件における真犯人として逮捕、連行します。これが最後通告です。投降せよ、然らざれば発砲す」

 

その時、ようやく未来にも理解できた。今目の前にいる女性は響たちが戦ってきた敵だということが。

 

「……そう。そういうこと。ということはつまり、誘い込まれたということ、かしら?」

 

「問答は無用です。『投降』か、『死』か。僕としても、仲間に銃を向けるのは心苦しいですから。出来れば投降を選んでいただきたいのですがね」

 

「投降か、死か。フフフ……違うな。私が選ぶのは……『貴様の命』だッッッ!!」

 

了子が突如身を翻し、見覚えのある結晶体——ネフシュタンの鞭——を伸ばして緒川の首を刈り取ろうとする。緒川も未来の体を抱きかかえたままそれに合わせて体を捻り、鞭を避けつつ照準を調整して発砲するが、弾丸は全て了子の……フィーネの豊満な左胸にめり込んだ後、ひしゃげて地に転がった。

 

「何ですって!?……いや、これはネフシュタン!」

 

予想だにしない光景に緒川が思わず驚愕する。しかし直ぐに冷静さを取り戻すと、改めて銃を構え直しフィーネに向き合った。

 

「驚いたか?私は既に人の身を超えたのだ。たかが拳銃如きで私を止められるなどと思うな」

 

「……ええ、そのようですね。僕は司令や竜さんほどの腕力は持ち合わせていませんから、貴女を直接力で止めることは難しい」

 

「……やけに素直だな。何を企んでいる?」

 

「あのお二人は純粋に肉体のスペックが人間離れした強者です。ですが僕にはそれはありません。確かに修行で得た術はありますが……そもそもそういった術の類は弱者が強者に打ち克つための小手先ですからね。今この状況においては気休め程度にしかならないでしょう」

 

などと朗らかに宣う緒川。その姿、その要領を得ない会話にフィーネも些か苛立ちを覚え始めた。

 

「何が言いたい」

 

「いえ、何も。強いて言うならそうですね……()()()()()()()()()()()()()

 

は?とフィーネが苛立ち混じりに返答しようとする直前、彼女の意識の間隙を縫って緒川が三発発砲。続けて体勢を変えてさらに二発発砲した。最初の三発は鞭で叩き落とされたが、しかし残りの二発は、軌道をわずかに曲げながら白衣の左ポケットに命中した。

ばきり、と破損音が四角い通路に鳴り響く。それは確かに、了子が持っていた通信機が破壊された音だった。

 

「……!貴様……!私の通信機が狙いかッ!」

 

「実のところ、貴女の正体についてはもう少し前に調べが着いていたんですよ。それでも敢えてここまで連れてきたのは、貴女が今『通信機を何処に隠し持っているか』それを確かめたかったからです。カ・ディンギルの正体が二課のエレベーターシャフトなら、起動には二課のシステムが必要なはず……違いますか?」

 

何せここのセキュリティシステムを通過するにはこの通信機が不可欠ですからね、とスーツの内ポケットからゆっくり通信機を取り出すと、片手に持ってひらひらと見せつける。

 

「ここから先へ進むにはこれを奪うしかありません。後は装者たちの帰還が先か、貴女が状況を打開するのが先か……デュランダルの元へは行かせませんよ。僕の命に代えても」

 

「小賢しい真似を……!」

「だが詰めが甘いな。その物言いこそ貴様が私に打ち勝てぬ何よりの証左。貴様とて確かに達人ではあるが、それも所詮は『人』相手の業に過ぎぬ。人を超えた者の前には全くの無力であると知れ」

 

「さて、それもやってみなければ分からないでしょうに。……尤も、そう上手く行かせるつもりはありませんがねッ!」

 

その声が合図となった。了子は白衣を捨て、黄金の鎧を身に纏った戦闘形態を取る。緒川も背後の未来に逃げるように伝え、懐から小刀と拳銃を取り出し、構えた。

 

 

————————————————————

 

 

 

「誇るがいい。貴様はこれまでで最も『厄介』な敵だったぞ——後ろの荷物さえ抱えていなければ、あるいは私とて危うかったやもしれんな?」

 

フィーネが鞭で緒川を締め上げる。戦いが始まって、どれほどの時間が経っただろうか。その間、緒川は可能な限りの遅滞戦闘を続けていた。

影縫い、分身、空蝉……忍術を駆使してただひたすらに耐え、斃されないための戦いを続ける。それで敵が苛立ち動きに粗が生じるならなお良し、乗らずとも続けるだけで良し。いずれにせよ戦い続けるだけで緒川の目的は達せられるはずだった。

しかし唯一の誤算は、背後の未来が固まって動けなくなってしまっていたことだった。

 

(僕としたことが、彼女は一般人。このような状況下では足が竦むのも無理ないでしょうに)

 

そこを突かれる形となった。未来に矛先を向けられたからには大人としては守るべきであり、その隙を突かれる形で今フィーネに拘束されていたのだった。

 

「その小娘を連れてきた貴様のミスだ。たかがモルモットの一匹や二匹、新たに用立てるぐらい訳なかろうに」

 

「モル、モット?」

 

背後の未来が茫然と呟く。自分のせいで緒川が敗北したということもそうだが、モルモットという単語に心当たりが無かったからだ。

 

「ああ、貴様は知らぬのだったな。このリディアンは巨大な一つの実験場でなァ?聖遺物に関する歌や音楽のデータをお前たちモルモットから引き出すのが目的で設立されたのだ。ここ二課本部はそのためにリディアンの地下に作られていたのだよ」

「その点風鳴翼という広告塔は生徒を集めるのによく役立ったとも。あれがなければ立花響がリディアンに来ることは無かったからなァ?」

 

「響に何をしたんですかッ!」

 

「何もしてはおらんさ。だが、あれから取れたデータは私の計画において数百もの段階を省略させるほどに有用だった。彼女こそ私にとって最高の実験動物だったともッ!」

 

「ッ!貴女という人は……ッ!」

 

「その怒りを私にぶつけるのはお門違いというものだ。立花響だけではない、リディアンの生徒を利用しようとしたのは二課が先、私がデータを得られたのはただの偶然に過ぎんさ」

 

それきり未来は黙りこくってしまった。その姿に少しの愉悦を覚えながら、この手に捕らえた緒川をどう料理してやろうか、まずは通信機の確保が先かと思考を巡らせていた時。

 

「それでもッ!本当の事が言えなくても、嘘を吐いたとしてもッ!誰かを守る為に命を賭けている人たちがいますッ!私はその人たちを信じたい!二課の人たちを悪く言うなら、その想いを利用した貴女こそ最低ですッッ!!」

 

未来の反論に、半ば反射的に怒りのまま手が出た。それも一度では収まらなかったのか、二度も。

さながら前日から仕込んでいた料理を仕上げの段階で台無しにされたような感覚。信じていた者達が自分たちを利用していただけだったという事実を前にこの小娘がどう反応するか愉しもうとしたが、予想だにしない反発に冷や水を掛けられたような気分になる。

フィーネは今、かつて己が「品性下劣」と評した米国政府の人間と話す時と同じかそれ以上の不快感を味わっていた。

 

「まるで興が冷める……ッ!」

 

気持ち良さに水を注された事で急激に、露骨に機嫌を悪くするフィーネ。

舌打ちし、未来を打ち捨て興味も失せたとばかりに手元の緒川に意識を向ける。腕を封じ、浮かせる事で脚も封じた。後に出来ることはもう無いだろう。ならばもうこの小娘の目の前で殺すか、と考えた矢先。

 

「ふ……ふふふ」

 

突如静かに笑い出す緒川。拘束されて呼吸にも支障が出ている今、苦しげな顔はそのままだが、敗者のそれと思えぬ態度にフィーネはまたかと溜息を吐きたくなっていた。

 

「——何がおかしい」

 

「これで、僕の、勝ちです。目の前の愉しみに気を取られ、自ら勝ちを捨てる。貴女らしくもない、負け方でしたね……」

 

「何だと?何を言っている。貴様にこれを覆す力なぞ……」

 

ありはしない。そう続けようとして、咄嗟に引っ込めた。代わりに出たのは驚愕。それと焦り。想像より時間を掛けすぎたか、あるいは「この程度」と高を括ったためか。緒川がどこかへ通信を繋いだ素振りも見せなかったことで、「奴」は来ないと判断していたためか。しかし緒川は確かにやり切った。

 

「そうか、貴様始めからこれが狙いだったかッ!」

 

突如感じる気迫。その瞬間、咄嗟にフィーネは緒川を投げ捨て、上下左右に全神経を注いで警戒態勢を取った。

 

「かは……ッ!膳立ては済みました。後はお願いします……風鳴司令」

 

 

 

 

 

 

 

「応ともッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

天井が轟音と共に抜け、土煙とともに「漢」が来る。

腕には覚悟を握り締め、己の責務を果たすため。

風鳴弦十郎、ここに参陣。

 

「待たせたな、了子。女に手を上げるのは気が引けるが、為すべきことは為す。それが俺の流儀だッ!」

 

「……そういうことか。ここまでの絵図を書いたのは全て貴様だったというわけか……いつから気付いていた?」

 

「随分前にな。情報部だって無能じゃあない。米国政府のご丁寧な道案内でお前の行動にはとっくに行き着いていた。後はお前の策に敢えて乗り、装者たちをここから遠ざけたのさ。お前をこの死線に迎え入れるためにな」

 

「陽動に陽動をぶつけたか……相変わらず食えん男だ。そして戦場にここを選んだのも貴様の指示だろう?カ・ディンギルの正体、いつ気付いた?」

 

「確証は無かった。だが、候補となる地点はあらかじめ二つ三つまでに絞っていたのさ。後は賭けだったが……そこは候補となる地点における監視の目を強化することで対応した。結果、正解はここだったという訳だ。……そして、緒川が密かに俺に通信を繋いでくれたお蔭でもある」

 

「通信だと?いつの間に……あの時かッ!」

 

フィーネの脳裏に閃光が走る。緒川が見せつけるように通信機を取り出したあの時。考えられるとすればそこしかない。つまりそこからはずっとこの場所でのことは筒抜けであったということであり——緒川もそれを分かっていたからこそ遅滞戦闘に努めていたということ。

してやられたと思った。

 

「成程。そしてここまでカ・ディンギルに近づいたのでは大火力を放つことはできない。万が一傷つくようなことがあれば、計画に支障が出かねん……そう読んでの戦術だったのだろうが——甘いわッ!」

 

 

【NILVANA GEDON】

 

 

モニター越しに見た覚えのある白黒の大型エネルギー弾が弦十郎を襲う。かつて雪音クリスが放ったそれと同質、されどより高威力の戦術兵器が生身の人間を襲った。

着弾の衝撃で床は砕け、もうもうと土煙が舞う。付近のことを一切考えない攻撃はそのまま無数に破壊痕を生み出していく。

 

「ははははははッ!カ・ディンギルには既にネフシュタンの欠片が融合されているッ!傷つけば傷つくほどに剛性を増していくのだ、見込みが外れたなァ?」

 

呆気ないものよと勝利を確信するフィーネ。未来は数秒後に見える凄惨な光景を想像して思わず目を瞑った。

 

煙が晴れる。その中から現れたものは。

 

「——無傷だと」

 

 

 

 

一切、シャツもズボンも焦げ跡一つついていない、完全な無傷の弦十郎だった。

 

 

 

「どのような手品を使ったかは知らんが……完全聖遺物のパワーとスペック、甘く見るなよッ!」

 

 

まず真っ先に懐へ飛び込んだのは弦十郎の方だった。超接近戦に持ち込むことはこれまでの立花響の戦いから対ネフシュタン戦術として既に確立されていたが、無論それだけで勝てるとは弦十郎自身も思っていない。むしろこれは前座。懐へ飛び込んだ相手にどう対処するのかを見るための牽制であった。

フィーネ自身もそれは重々理解している。何せ二課の中核として様々な案件に携わってきたのであるから、そういったマニュアルの確立にも当然彼女は僅かでも関わっている。だからこそ弦十郎がこれだけで終わるとは思わない。必ず何かの奥の手があると、そう信じている。故に。

 

(手の内を見せすぎるのも考え物か。ならばこちらは後の先で相手取るまでッ!)

 

フィーネが前へ飛び出したのは弦十郎よりほんの一瞬遅れてからだった。狙いはカウンター、後の先を取り、拳に威力を乗せるための踏み込みを潰すこと。同時に鞭を振るい、胴体を切り裂くための布石。弦十郎の全力には常に脚の力が、力強い踏み込みが伴っていると理解しているが故の対応。

 

「そう来ると思っていたぞッッ!」

 

しかし、それは踏み込みに非ず。蹴撃である。フィーネよりもコンマ以下の遅れで繰り出された脚は完璧なタイミングで踏み込まれたフィーネの腿を強く打ち据え、さらにコンマ四秒遅れで左肩にもぶち当てられる。蹴りの衝撃は鎧とその下の骨にヒビを入れ、その痛みで怯んだその隙に正中線に沿って喉、人中、鳩尾、下腹部と順に、しかし殆どの時間差を置かずに急所目掛けた四連突きがフィーネを襲う。止めに後ろへよろめいた身体を踏み台にして跳躍、未だ衝撃収まらぬ側頭部は渾身の跳び回し蹴りを食らわせた。

 

「がは……ッ!」

 

撃ち抜かれた衝撃で意識を失いかけるフィーネ。無理に意識を繋ぎ止めたのは新人類としての誇りか、意地か。しかし結果的にそれは彼女にとって僥倖だった。何せその肉体は既にネフシュタンと一体化を果たしている。故に例え砕かれようと再生は容易い。そして再生さえ出来れば、彼女は永遠に戦い続けられる。だがそれよりも。

 

「ぐ……ううッ!……貴様、その戦い方は、よもや……」

 

「『空手ではあるまいか』、そう言いたいのだろう?」

 

「!やはりそうかッ!しかし貴様は空手使いではない筈ッ!」

 

事実である。弦十郎の武術は中国拳法をベースにしているとフィーネは記憶していた。故に隠せない、その戸惑いを。

 

「俺はある男との戦いを通じて、彼の空手を学んだ。その男はもうこの世にはいないが……『倒す為の空手』、その教えは俺と、彼の娘に確かに息づいている」

 

その男の名は、流一岩と言った。

 

「その男はかつて昇段試験で試験官を半殺しにしたために空手界を干された異端児だ。その言動や人格に於いては些か問題を抱えてはいたが……その強靭(つよ)さ、武に対する真摯さは本物だった。俺が学びたくなるほどにな。もっと早く出会っていればあるいは——そう思ったことも、一度や二度では無い」

 

「俺は何の下心も無くあの親娘と戦っていたわけじゃない。あの強さを見て俺は、その技術を身に付けたいという欲を、さらなる強さを求める心を抑えられなかった……それがここで役立つとは、思いもよらなかったがな」

「故にここから先はお前の想定を超えた戦いだッ!!一度大人しくした後でゆっくり話を聞かせてもらうぞッッ!!!」

 

「チッ。姑息な真似をしてくれるッ!だが多少の計算違いだけでこの私を止められるなどと思うなッッッ!!」

 

 

 

まだふらつく頭を精神力で補強し、真っ直ぐ目の前の漢を見る。普段とは異なる戦闘スタイルを実戦レベルまで昇華させてきたことは驚愕に値するが、しかし種は割れている。あれが空手をベースにしているのであれば、そう弁えた上で動けばいいだけのこと。

そう判断したものの、同時に問題は相手が正面から完全聖遺物の護りを突き破ってきたことにあると考える。如何に規格外とはいえ、それもあくまで「人」の範疇。さしもの彼女とて、ここまでは想定していなかった。となればまともに打ち合うべきではなかったと自省して、改めて間合いに入れないことを優先することにした。

 

「図に乗るなッ!」

 

掛け声と共に右の鞭を伸ばす。——躱される。

ならばと左で薙ぎ払うも、しかし天井まで跳ばれて躱される。その後天井を足蹴にした正拳が向かってきたのを見て迷わず逃げの一手を取った、その刹那。

びきびき、と金属がひび割れる音が響いた。

 

(これは……拳圧ッ!)

 

逃げて正解だったと確信する。直撃ならばともかく、よもや拳圧のみでネフシュタンにヒビを入れられるとは。やはりこの漢は己の想定を超え続けてくる。しかし着地の瞬間、今が絶対の好機。

 

「肉を削いでくれるッッ!!」

 

首と胴を泣き別れにさせるべく、伸び切った鞭をしならせた。

鞭という武器の最大の利点、それはやはり軌道の変幻自在ぶりにこそある。独特のしなりが相手の想像と全く異なる方向からの攻撃を可能としており、それが予測不能、回避不能の絶死の軌道を描き出すのだ。

雪音クリスは性格上直情的が過ぎたこと、本来の得物と異なっていたことからその利点を扱い切れていなかったが、フィーネには長年蓄積された知識と経験がある。それらを応用すれば回避された攻撃を次の一手と変えることは容易い。現に今躱された鞭はフィーネの意思で軌道を変え、左右から襲うギロチンの刃と化している。躱すには上下に避けるしか無いが、上へ行こうが下へ行こうがさらなる追撃が待っていることは確か。

しかし弦十郎はそれらを、驚異的な反射で掴み取った。と同時に全力で鞭を引っ張り、左手の平を己の前に、右の拳を腰だめに構え、正拳突きの予備動作を作る。

 

「おおおおおおおッッッ!!!!」

 

思い切り身体を引っ張られたフィーネが思わず気の抜けた声を漏らしたその瞬間、空気の壁を打ち貫く乾いた音と共に音速を超えた正拳突きがその無防備な腹部に突き刺さった。

その正拳突きはいっそ芸術的でさえあった。その型には何一つの歪みなく、長い間何度も何度も打ち続けていた痕があった。

 

「ごは……ッ!バカな、生身でありながら、音速を超えた拳を放つだと……?どういう理屈だ……ッ!」

 

「知らいでかッ!飯食って映画見て寝るッ!男の鍛錬は、そいつで十分よッッッ!!!」

 

いよいよフィーネから余裕が失われた。

こともあろうに、この漢の力は地力からして新人類たる己さえ凌駕している。認めざるを得ないその事実に歯噛みしながらも、頭の中では状況を覆す方法を模索し続けている。

 

「おのれ……ッ!だが人である限りはッ!」

 

導き出した解答は「ノイズを呼び出す」ことだった。ソロモンの杖を持ち出し、弦十郎の目の前にノイズを呼び出そうとする。

 

「させるかッ!」

 

しかしそれを見てすかさず床を踏み砕き、瓦礫を蹴り飛ばして手元のソロモンの杖を弾く。流石の弦十郎とて、ノイズ相手は余りにも分が悪い。しかし逆に言えばノイズさえ出てこなければやりようはいくらでもあるということはここまでの戦いを見るに一目瞭然であった。

 

「ノイズさえ出てこないのならッ!」

 

今までで最も力強く大地を蹴る。そのエネルギーは弦十郎の身体を浮かせ、最後のトドメを刺さんと真っ直ぐにフィーネへと向かっていく。

彼女も反応こそ出来たが、僅かの差で間に合わない。まだ弦十郎に受けたダメージをネフシュタンが修復しきっていない。痛みもまだ身体中に響いている。

このままなら確実にフィーネを無力化し、この事件も一件落着。少なくとも未来はそう信じていたし、そうなるはずだった。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

だからこそ、その一瞬の隙は何よりも致命的だった。

 

——————————————————

 

目の前で鮮血が舞う。

倒れ伏すあの漢から通信機を奪うと踵を返し、本来の目的を果たしに行く。

 

これでいい。

後ろで小娘が騒いでいるが最早何の感慨も湧かぬ。

相変わらず甘い漢だ。「櫻井了子」の断片を表に出すだけで、こうも容易く動揺するか。

 

「死などという救いがあると思うな。貴様らはそこで新世界の誕生を指を咥えて見ているがいい……ッ!」

 

最大の障害は乗り越えた。残るは悲願ただ一つ。

初めから裏切るつもりではあったが、二課は……些か程度には、悪くない場所だったと思う。あの漢も……少しくらいは、認めてやってもいいかもしれん。

しかしそれもこの胸の想いと比すれば些末なこと。

それにもう後戻りは出来ないのだ、初めから。言の葉を砕かれたあの時から。この道を往くと決めたあの時から。

 

あの漢から奪った通信機で奥へ進む扉を開ける。目の前にあるのはゲッター炉心。人類を導く新たなるエネルギー。

コンソールを叩き、炉心本来の力を発揮させる。即ち、「デュランダル」と接続しての無限増幅。「ゲッターの真髄」を目の当たりにして気付いた、ゲッターエネルギーの——おそらくだが本来の——使い方。即ち、異なる性質のエネルギーを吸収し、調和させる。有機物と無機物、あるいは無機物同士の融合とてその副産物に過ぎない。

デュランダルの「不滅不朽」がもたらす無限のエネルギーを炉心が吸収し、さらに増幅させる無限機構。それを支えるのはゲッター線にてカ・ディンギルと融合せしネフシュタンの一部。既にネフシュタンの侵食により砲撃を十分支えられるだけの剛性は獲得した。「三つの心」には些か遠いが、月を穿つには十分すぎるほどであろう。

 

残る脅威はただ一つ、ゲッター線の申し子、流竜。同じゲッターエネルギーを手繰る者さえ始末してしまえば、残るは全て玩具も同じ。

そして、手は既に打ってある。私の前に現れたその時こそ、貴様の最期となるのだ。

 

外に出てみれば、今頃やってきた装者等があれこれと騒いでいる。

だが事ここに至っては最早誰にも止められぬ。

宣言しよう、新世界の誕生を。高らかに叫ぼう、この心を。

 

 

 

 

 

「さあ、屹立するがいいッ!()()()()()()()()()()()()()『カ・ディンギル』よッ!」

 

 

 

 

 

 

今ここに、我が数千年の悲願を。かつて砕かれし我が夢よ、人類に新たな時代を。ヒトが真なる言の葉で語り合う未来を。

そして誇るのだ、あのお方へ。「私たちヒトはここまで来たのだ」と。

そして伝えるのだ、この胸の想いを。

そしていずれは、星の外へと旅立とう。「ドラゴン」と共に。

 

 

——私は、この時のために今日まで生きてきたのだ。




親父「きさまなぞに空手を教えた覚えは無え!はっ倒すぞ!」

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明日のために戦うのなら

後半推奨BGM:今がその時だ


四人がフィーネと対峙しているその最中、戦場を見守る不審な人物がいた。

しかし外套に覆われているその影はとても小柄であり、身に纏う怪しげな雰囲気と非常にミスマッチしていた。

 

 

「不服そうだねえ、随分と」

 

「——何奴」

 

物陰から現れた不躾な訪問者に問いかけるその声は響と同年代、あるいはもっと年下かと思わせるほどに幼いながらも鋭い殺気を内包しており尚のこと見た目とそぐわないものであった。

そしてそれを浴びせられた訪問者はというと、一切気にも留めずに話を続ける。まるで何事もなかったかのように。まるで気に留める程の価値も無いかのように。

 

「言いたげじゃあないか、『あそこにいるべきは自分だった』とね。非道い真似をするよ、君の造物主も。その存在意義を奪うなんて」

 

「……何を言っているのです?所属と姓名を名乗りなさい。さもなくば兵器(わたし)の咆哮がお前を砕く」

 

「そうやって甘んじている訳だ、ただの手駒に。良くないなあ、そういうのは。言えばいいじゃないか、はっきりと。『私の方がゲッターより優れている』とね」

 

「——」

 

彼女は思わず言葉を失った。風鳴機関の奥の奥、「あの人」と呼ぶ人かそれに近しき者しか知らない筈の出自を知っていることを仄めかされたこともそうだが、何よりも覆い隠していた本心を見抜かれたから。それも会ったこともなければ見覚えさえもない、どこの馬の骨とも知れぬ男に。

故に彼女が取るのは敵対行動。目の前の不審人物を敵と認定し、排除する。兵器として当然の反応。しかし男は全く気に留めない。むしろ、友愛さえ感じさせる態度で接していた。

 

「認めさせればいいだろう、己の価値を。己の強さを。証明するのさ。『ゲッター』の無力を。僕が手を貸そうじゃあないか、同類として」

 

「同、類?……わたしの同類なぞ、妹と『お姉様』以外には——」

 

「問いたね、僕が何者かと。答えようじゃないか、似た者同士の誼でね」

「僕はアダム・ヴァイスハウプト。君と同じ『奪われた者』さ、『ゲッター』によって。自らの存在意義、その全てを——」

 

両手を広げ、敵意が無いことを示し、しかしてその目に確かな憎悪を宿しながらゆっくり近づくアダム。そして身構える彼女の耳元に口を寄せると、優しく諭すように、妖しく唆すように、こう囁いた。

 

「——果たそうじゃないか、共に本懐を。『バリガー・ダハーカ』君?」

 

「……ッ!離れろッ!」

 

 

 

 

——二課が『ゲッター』を完成させた。之に依り、『シンフォギア』の実用化が完全に成った。故、本日を以て⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎計画は凍結、お主の役目もいずれ来る『ゲッター』の装者、その後詰めとする。この旨、確と心得よ。

 

 

 

 

激情のままに腕でアダムと吹き込まれた甘言を振り払う。己の膿んだ傷口を躊躇いなく掻きむしられたから。過去の痛みをまた思い出しそうだったから。

 

「おおっと、嫌われてしまったようだ。退散するよ、この場はね。だが覚えておくと良い。使い潰されるだけだよ、今のままではね。されるだけではないかな、『ゲッター』の当て馬に」

 

「それでもいいッ!あの人の為に働くことさえ出来ればッ!わたしはそのためだけに生を受けたのだからッ!」

 

「……まあいいさ。なら教えてあげよう、これだけは。取り込めばいいさ、その身に。この戦いの残留エネルギーをね。必ず役に立つはずさ、どうするにしても」

「また話そうじゃないか、君の在り方を。また会おう。近い将来に、ね」

 

そう言ってアダムは赤い光と共に去っていった。残されたのはヒトの形をした兵器のみ。

 

「思うところなんてない。殺すか、殺さないか。それだけが、兵器の——」

 

頭を振って吹き込まれた言葉を振り払う。しかし、脳裏に刻まれた邪心は、確かに彼女の思考を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょおおおおほほほほ〜〜〜〜!なんじゃあ、あのバカでかい大砲は〜〜〜!」

 

所変わって北海道。以前二課とカルマノイズの戦いを監視していたその部屋に老人の狂った笑い声が響き渡る。

 

「最高じゃあ!作った奴の顔が見てみたいわい!」

 

「前々から話しているでしょう。話はきちんと聞いていただかなければ」

 

車椅子に乗った初老の女性が呆れた様子で手元のコンソールを操作すると、モニターの隅に櫻井了子の顔写真が映り込む。それは老人にとっては既知の顔だったのか、喜びを全身で表現し始めた。

 

「なんじゃなんじゃ、櫻井の嬢ちゃんかの。こりゃ顔に似合うイイもの作るの〜〜〜。どうせならわしにも手伝わせて欲しかったわい。そうすればもっともっとスバラシイ芸術品に仕上がったんじゃが」

 

「勘弁してくださいよ博士。あんたが関わったら碌なことにならんでしょうに」

 

「なんじゃあ弁慶!わしの研究にケチつける気かあ!ちょ〜〜っとイロイロ仕込むだけじゃろーが!……どうせなら実戦テストもやりたかったのう!あんなものぶっ放したらと思うと……ひひひ、興奮してきたわい」

 

初老の女性は深くため息をつく。良くも悪くも相変わらず。このテンションにはつくづく慣れない。

優秀なのは分かる。科学者として、この老人は自分の遥か上を行っていることは間違いない。そして聖遺物の分野においても自分と引けを取らないほどだということも。でなければ技術班のトップとしてシンフォギアの整備、新装備の開発を一手に引き受けられる訳がない。

しかしその方向性が問題だった。その研究内容は「如何に多くの人間を綺麗に殺すか」、有り体に言って狂っているとしか言いようがない。しかもその兵器で自分が死ぬことも望んでいるというのだから質が悪い。定期的に「もっとじゃ!もっと犠牲者を増やすんじゃあ〜〜〜!」などと宣ってシンフォギア装者たちを巻き込んでハチャメチャをするのは最早恒例行事になりつつある。

もう一度ため息をつくと、今度は椅子に深く座る男——ここの司令官——に視線を向ける。かつて、旧F.I.Sを襲撃してきた化け物から自分達の命を救い、保護してくれたことについては感謝しているが、こういうのを見ると複雑な心境になってしまうものであった。この部屋にいる面々の中で最も常識的な感性を持った彼女は、この頭のネジが十本くらいイカれた老人に頻繁に巻き込まれている優しい少女の事を心配しながら話の軌道を元に戻そうとした。

 

「そんなことより神司令、よろしいので?このままだと、あの子たちが出撃させろと飛んできそうですが」

 

「その心配をするには些か遅かったな。……来たぞ」

 

バン、と大きな音を立てて勢いよく開かれる扉。現れたのは女性が先ほどまで心配していた少女。もっとも、既に少女というには幼さが抜けた年頃ではあったが。

 

「司令ッ!こちらはいつでも出られるわッ!早く出撃許可をッ!」

 

「駄目だ。北海道から関東までどれぐらいかかると思っている。ヘリキャリアを使ってもざっと一時間はかかるぞ」

 

「たかが一時間ッ!フィーネを撃破さえすれば十分にお釣りが来るわッ!」

 

「そしてその代償に、後々の俺達の動きが制限されると。フッ、随分高い買い物だと思わんか?——俺達の敵はあくまで『人類の脅威』だ。ノイズならばいざ知らず、アレは管轄外だということを忘れたか——マリア」

「それに先程風鳴機関より通達が入った。『本件ハ全テ二課ニ委任。干渉、援護並ビニ支援ノ一切ヲ禁ズ』とのことだ」

 

マリアと呼ばれた彼女は何を言われたのか一瞬理解出来なかった。しかし理解が進むにつれて少しずつ感情が昂りはじめ、ついには目の前の男に向かって捲し立てるように食ってかかった。

 

「あの老人は一体何を考えてるのッ!?あれこそ人類の脅威そのもの、司令だって少しは粘ったって良かったじゃない!」

 

「いいや、俺もあの人と同意見だ。あれしきのことで一々増援など寄越したところで所詮はその場凌ぎにしかならん。それではあいつらの成長が見込めん」

 

「あれしきって、どう見たってそれで済ませられる規模じゃないわよね!?月が破壊されれば重力崩壊でどれだけの犠牲が出るか……分からない貴方じゃないでしょう!?」

 

「だとしても、だ。俺達のすべき事は変わらん。——分かるか?これはテストだ。お前達に課したものと同じ」

 

言葉に詰まるマリア。「お前達に課したものと同じ」——それはつまり、死が蔓延する地獄を自力で生き延びろということ。けれどそれを為すには並々ならぬ精神力が求められる。泥を啜り、血を吐いてでも生き延びる意志と、悪夢に立ち向かう勇気が求められる。何故なら、それらを持ち合わせていなければただ無為に死んでいくしかないから。戦いの土俵に上がることさえ許されないから。ゲッターの装者は二年前、風鳴訃堂が課したものを既にクリアしたようだが、他の三人はどうか。そして、それを踏まえた上でも尚彼女達は生き延びられるのか。

 

拳を強く握る。血が流れるのではないかと言うほどに強く、強く。そして歯痒さを前面に押し出した表情のまま、小さく男に問いた。

 

「……もしも、よ。もしも二課の装者に『欠員』が出たら?」

 

「フン……この程度の戦いで死ぬのなら、今死なせてやった方が親切だ」

 

マリアはかつて、同じ台詞を投げかけられたことがあった。

 

「……本当に。貴方、ろくな死に方できないわよ」

 

男は何も答えなかった。両目を瞑り、諦めたようにニヒルに笑う男の脳裏に閃いたのは何だったのか。それは本人にしか分からない。

彼女が一つだけ分かっているのは、彼は自分が死ねば地獄に落ちると思っているであろうということだけだった。

 

———————————————————

 

「学校が……リディアンが、こんなに……」

 

「ひでえな、こいつは……シェルターで生きててくれりゃいいが……」

 

全壊したリディアンに到着した装者たち。その惨状に響が大きなショックを受けて膝をついている。

リディアンはずっと心の支えだった。何があってもリディアンには未来がいて、友達がいて、帰る場所がある。だから戦えた。しかしそれを根本から揺るがされた今、彼女の心は少しずつ罅割れ始めていた。

 

「あれは……櫻井女史ッ!」

「こいつはてめーの仕業かッ!フィーネッ!」

 

翼とクリスが瓦礫の上に立つ了子を見つける。しかし二人の反応は対照的だった。

翼は見知った顔がこのような場で無防備に立っていることに困惑を覚え、しかしクリスは彼女に対して敵愾心を剥き出しにしている。

そしてこの場にいる全員、クリスが発した爆弾を聞き流すほど鈍感ではない。

 

「了子さんがフィーネだと……?じゃあおい、本物の了子さんはどうなったってんだ!?」

 

「櫻井了子の肉体は先だって食い尽くされた。……否、その意識は十二年前、風鳴翼が天羽々斬を起動させた際に死んだと言ってもいい」

 

事ここに及んで、最早隠す理由も無し。フィーネは己という存在について、滔々と語り始める。

 

「先史文明の巫女、フィーネは遺伝子に自らの意識を刻印し、己が血を引く者がアウフヴァッヘン波形に触れた時、その者を新たなる己として再臨させる仕組みを施していた。——かつて、風鳴翼が天羽々斬を覚醒させた際、同時に櫻井了子の裡に眠る意識を覚醒させた。その意識こそ、私なのだ」

 

戦慄。先史文明が如何程の時を遡るのか、彼女らには知る術はない。しかし、例え時と共にどれだけフィーネの血が薄まろうとも起動するそのシステムは、あるいは全人類が潜在的にフィーネと化す可能性を秘めている事を、響を除く全員が感覚的に理解した。

 

「まるで……過去より蘇る亡霊ッ!」

「ふざけんじゃねえッ!要するに人類規模の寄生虫じゃねえかッ!俺達の人生をてめえなんぞの為に使われてたまるかよッ!」

 

「口の利き方に気をつけろ。……これだけは言っておこう。フィーネとして覚醒したのは私だけではない。歴史に記される偉人、英雄……パラダイムシフトと呼ばれる技術の転換期に、フィーネ(我々)は常に立ち会ってきた」

 

パラダイムシフト——すなわち、技術体系のブレイクスルー。現代においてそう称されるような技術革新について真っ先に考えついたのは翼だった。一つはシンフォギア、研究されるばかりだった聖遺物をその身に纏い、力となす異端の産物。そしてもう一つは。

 

「そうか……ゲッター線ッ!かつて早乙女博士が発見したという、無限の可能性を秘めたエネルギー体ッ!此度の貴様はその為にッ!」

 

「その通りッ!全ては『カ・ディンギル』のためッ!」

「さあ屹立せよッ!対惑星級ゲッタービーム砲台『カ・ディンギル』よッ!」

 

フィーネの声と共に地下のエレベーターシャフトが轟音を立ててせり上がり、天を衝く巨塔となる。「高みの存在」……それは確かに、その名に恥じぬ姿であった。

 

「これぞ我が望みッ!我が希望ッ!新世界の到来を告げる号砲なりッ!」

 

「ゲッタービーム砲だとッ!?あれはバカでかい大砲なのかッ!?」

 

真っ先に竜が反応を示す。ゲッターの装者として、その武装はあまりにも聞き慣れた単語であるが故に、誰よりも驚愕を隠せなかった。

 

「そうか……ゲッター炉心の建造はこのための布石だったのか櫻井女史ッ!?まさか、貴女は初めからそのつもりでッ!?」

 

「そんな……嘘ですよね?了子さん。だって、今までずっと一緒にやってきたじゃないですかッ!それが、全部嘘だったなんて……」

「落ち着いてよく見ろッ!あいつがフィーネだ……!あたしが、あたしたちが決着をつけなきゃならないクソッタレ、フィーネなんだよッ!」

 

翼、響、クリスも三者三様の反応を示す。特に響の動揺は大きく、この状況においても尚信じたくない、という内心が態度にありありと現れていた。

 

「やいフィーネッ!砲台とか言ったよな、そいつで何をぶち抜くつもりだッ!まさか、この星そのものをぶっ壊そうって肚じゃあねえだろうなッ!」

 

このままでは埒が開かぬと四人を代表するようにクリスがフィーネを問い詰める。あのような巨大な砲台、何に使うのかなどと考えたくもない。しかし、あのフィーネが長い時を費やしてでも建造する物とあらば、少なくとも碌なものではないという考えがその根底にあった。

 

「まさか。私が撃ち抜くのは……今宵の月だッ!」

 

「月……だとぉ!?どういうことだッ!それが新世界とやらにどう繋がるってんだ!?分かるように説明しろッ!」

 

「……良いだろう。ならばよく聞くがいい」

 

吠えるクリスを冷たく見下ろしながらフィーネが言う。

それは人類創生の神話だった。

それは語られることのない、創世記の歴史だった。

それは、断片だけを残して忘れ去られた筈の過去だった。

 

「かつて、神はゲッター線を用いてヒトを創造なされた。ゲッター線の本質とは進化。その進化の力により、理性なき獣に過ぎぬ存在であったサルはヒトへの進化を遂げたのだ」

 

それは早乙女レポートの一節、その再現。「ゲッター線がサルを人間へと進化させた」——かつてクリスが目にし、一笑に付した概念。しかしてフィーネだけはそれが真実であると理解していた。他でもない、神がゲッター線を「希望」と尊んでいたことを在りし日の思い出として残していたが故に。

 

「かくて神在る世界にヒトの世が始まったのだ。そして私はいつしか、あのお方に並び立つことを望むようになった。その証として、あのお方の許へ届くほどの高き塔を建てようとした。……しかしそれはあのお方の怒りを買い、雷霆に塔を砕かれたばかりか、ヒトは言葉さえも砕かれた。それこそがヒトの原罪。永劫の罰たる『バラルの呪詛』」

「その根源は月にこそあるッ!バラルの呪詛の源故に、古来より不和の象徴とされてきた忌々しき月ッ!月ある限り、ヒトは一つとなれぬッ!」

 

 

 

 

「故に砕く」

 

 

 

 

「破砕する」

 

 

 

 

「微塵も残さぬッ!」

 

 

 

 

 

それは確かに怒りだった。しかし、その矛先はこのような仕打ちをした「あのお方」に対してではない。

ヒトを砕いたバラルの呪詛。相互理解を阻む根源。その存在に対する怒り。それこそがフィーネを凶行へと導く根幹の一。己のみならず、人類そのものを襲った呪詛という名の理不尽に対する怒りが、彼女の心の裡から溢れ出していた。

 

「今宵の月を砕き、バラルの呪詛を粉砕するッ!それにより今一度人類を一つと束ねるのだッ!」

 

 

 

 

「うるせええええッ!!!!」

 

 

 

 

フィーネの宣言に竜が一喝した。

実のところ、竜にとってフィーネの動機も目的も心底どうでもいいものだった。一応聞くだけ聞いてやったが、その中身に何らかの意味を見出すことはしない。故に彼女はこう言うことが出来た。

 

「さっきから黙って聞いてりゃべらべらと下らねえことばかり言いやがってッ!」

 

彼女にとって重要なのはフィーネの正体。そして彼女をぶん殴れるかどうか、それだけに尽きた。正体が櫻井了子であることに驚きもしたが、だからといって殴る拳が鈍るわけではない。相手が見知った相手だから、気分がいいものでは無いことは確かだ。だがそれはそれとして必要なら迷わずぶん殴るし、ぶっ倒す。その割り切りが出来るのが彼女と風鳴弦十郎の違いであった。

 

「下らないだと……?貴様、我が望みを下らないと貶めたかッ!」

 

「ああそうだッ!そりゃ最初は驚いたぜ?ゲッター線がそんな大それた代物だったなんてな。だがな、進化がどうの、呪詛がどうの!てめえが何者で、何がしたいのか、んな細けぇ事はどうだっていいッ!大事なのはてめえが黒幕で、俺たちを利用してきたってことだけだッ!」

 

「ならばどうするつもりだ流竜ッ!ヒトの身でありながら誰よりも獣に近しきゲッター線の申し子よッ!」

 

「決まってんだろうが。……全力でぶっ潰すッ!その企みも、てめえ自身もッ!んでもって落とし前をつけさせてやるよッ!」

 

その声が合図となった。四人は一斉に己の鎧を纏い、目の前の敵へと矛を突きつける。後はフィーネがどう動くか。全てがその瞬間に集約されたその時。

 

 

 

「くはは……やってみせるがいい。ただし、それができればの話だがな」

 

 

 

嘲笑とともに、フィーネの悪意が解き放たれた。

その瞬間、竜、翼、クリスのギアが機能を停止して色を失い、体を覆うだけの錘と成り果てる。

 

「馬鹿なッ!胸の歌が……湧いてこない」

 

「かっ……体が……動かねえ……ッ!てめえッ!何しやがったッ!」

 

「愚か者め。シンフォギアなぞ、所詮は『カ・ディンギル』建造の副次品より生まれし玩具に過ぎぬ。されど子の手に余る玩具とあらば、その手から離すは道理。システムロックによる制圧なぞ赤子の手を捻るより楽な作業よ」

「ギアの内側から施錠したのだ、そうやすやすとこの場で解除できる代物ではない。そしてッ!」

 

ゆらり、と月の光に照らされて、フィーネの影が動き出す。

その脚力を、その威力を余さず発揮し、全身に錘を着けた竜の命を奪うべく駆け出した。

 

 

「流竜ッ!ゲッター線の申し子たる貴様だけはまず先に始末するッ!」

 

四人の元へフィーネが飛び出す。翼とクリスは動けない事実に焦っている。ガングニールと融合しているが為に停止を免れた響は前へ出て三人を守ろうとしたが、背後からその肩に怒気と共に手が置かれたことで硬直した。

手の主はやはりというべきか、竜のもので。下を向いていてその表情は窺えないが、微かに歯軋りの音が聞こえてきている。

そして前へとその怒りを向けた時、その目は微かに翠色に光っていた。

 

 

 

「ふざけんなああああああッ!!」

 

 

 

「何がシステムロックだッ!今更そんなものが俺様に効くかよッ!」

「俺の怒りはッ!意志はッ!こんなもんじゃ止められねえッ!そうだろ、ゲッタァァァァァァッ!」

 

瞬時、竜の右目が燃える。すると機能停止した筈のゲッターが蘇り、ギアにゲッターエネルギーが再び血のように巡り始める。

コントロールを取り戻したことを本能で確信した竜は響を押し退け、誰よりも前に出てフィーネを迎撃。すんでのところで腕甲が間に合い、二人は至近距離で鍔迫り合いを演じることとなった。

 

「俺とゲッターは一つだッ!今更こんなもので止められるかァッ!」

 

「ちいっ。よもや己が意識をゲッター線に乗せ、強制的に同調させるとはッ!元より規格外の適合係数を有していたとはいえ、やはり貴様だけは侮れんかッ!」

 

「ごちゃごちゃ訳わかんねえことばっか喋ってんなよッ!行くぜ響ッ!今戦えるのは俺とお前だけだッ!!」

 

「……ッ!はいッ!翼さんとクリスちゃんは後ろにッ!」

 

「くっ……面目ないッ!」

「くそっ!あたしらじゃ土俵にも上がれねえのかよッ!」

 

翼とクリスを背後に庇い、動ける二人がフィーネと対峙する。狙いは一つ、カ・ディンギル。止める方法は不明、フィーネを倒して止まる可能性もあるが、それもあくまで希望的観測。少なくとも竜はそれで済むと思っていない。ただしそれはそれとしてフィーネを殴り倒す気で満ち満ちていたが。

 

フィーネが合図を出すと共に、カ・ディンギルがチャージを開始する。ゲッターエネルギーが砲口にゆっくりと集まっていき、そのエネルギー量から砲塔そのものが翠色に輝き始める。その様子を尻目に二人はフィーネを相手に戦い始めた。

 

「ゲッタァァァ!トマホゥゥゥゥクッ!」

 

最初に突っ込んだのは竜。両手に持った手斧でフィーネの鞭と鍔迫り合いを演じることで響の突撃タイミングを作り出す。そして横っ面をぶっ叩くように響が突っ込むと、今度は一度引いて手斧を投げつける。息をつかせぬ波状攻撃ではあるが、しかし効果は薄い。響は拳を、竜も手斧一振りを絡め取られ、攻め手を一つずつ失ってしまった。

これには生半可なパワーではどうにもならぬと悟った竜はゲッター3にチェンジ。剛腕を携えつつ二発ずつ、響を避けるようにミサイルを撃ち放ちながらどっしりと構えて前進してゆく。響も横目にそれを視認するとフィーネを盾としてミサイルに対した。

この時、片腕を取られていたことも響を利することになった。片腕こそ使えなくなったものの、そこは未だ響の間合い。至近距離での響の拳撃はまだ終わったわけではない。故にミサイルを防ぐ手段は無い……と考えたかったが、そこはいち早く響の腕を離し、障壁を張ってミサイルを防ぎ切った。また、その行動を隙と見た響が三度突撃を図ったが、振るわれる拳の全てを平手で捌ききると脇腹目掛けて鋭く蹴りを放って吹っ飛ばした。

 

「立花響ッ!貴様の拳が一番ッ!生っちょろいぞォォォッ!」

 

「だったら俺のも受けてみやがれえええええッ!」

 

蹴りを放ち終えた直後の硬直を狙い、死角から竜が襲いかかる。だがフィーネは一瞥もしない。初めから見えていたとばかりに障壁を竜の眼前に展開する。

拳が障壁に激突し火花が散る。ビリビリと耳障りな音を立てて震える壁は今にも破れそうで、それを見てとったフィーネは二つ、三つと続けて展開、城壁と成して押し返す。

勢いよく弾き返された竜。ブチ破るにはこれでも尚足りないと確信し、ならばとさらにギアの出力を高める。

 

「行くぜッ!俺に合わせてみろッ!」

「おおおおおおおおッ!」

 

響と合流、息を合わせて拳を束ねる。障壁を貫くべく束ねられた二つの剛腕はあっさりと一枚目を貫通、二枚目も僅かな時間で粉砕しながら三枚目に罅を入れる。

 

「おおおおおりゃああああああッ!」

 

「!?ちいっ!!」

 

勢いのまま、僅かに失速しながらも三枚目を突き破り、殴り抜ける。そして返す刀でミサイルを数発発射、さらに追撃に拳を叩きつけた。

フィーネも舌打ちしながら鞭を交差させてミサイルを斬り、拳に合わせて護りを固めてこれに対する。しかし竜の背後から鞭の護りをすり抜けるように響が現れ、フィーネをぶん殴った。

殴られた衝撃でフィーネがたたらを踏む。その隙はあまりにも大きく、竜を懐の深いところまで招く結果を生み、そして。

 

「ぐおおおおおおあああああッ!」

 

全力の拳がついにフィーネの顔面を捉え、たっぷり数秒、痛みも衝撃も味わわせながらその身体を遥か後方へと錐揉み回転させて吹っ飛ばした。

 

「……取り敢えずノルマ達成、ってとこか。やっとてめえを思いっきりブン殴れたぜ」

 

手に残る拳の感覚と余韻を味わいながら呟く竜。あんな吹っ飛び方をすればマトモな人間ならとっくに意識を切らしているところだが、生憎相手をそういうヤワな連中と同一視していない彼女には手を緩めるつもりは一切ない。

しかし相手が復帰する前にさらなる追撃に移ろうとしたその時。

 

「竜ッ!もう限界だッ!撃たれるぞォォォッ!」

 

翼が叫んだ。

見れば、カ・ディンギルの砲口にゲッターエネルギーが集まり、臨界点に近づいている。想像していたよりもあの守りを越えることに時間を掛け過ぎていたようで、タイムリミットは刻一刻と近づいていく。

やべえと思いながら竜は必死に頭を回し、カ・ディンギルを破壊する方法を考えていた。

 

(どうする?このままじゃあいつの思い通りにされてジ・エンドだ。それだけはさせちゃならねえ。だが現実問題、あいつら無しでどうやってアレをぶっ壊す?多分、質量が足りねえ。少なくとも『ゲッターの真髄』を使えなきゃ傷一つ付けられねえだろう。……となりゃあしょうがねえか。あのアマにはもう一回ぐらいぶち込んでやりたかったが……そうは言ってられねえみたいだしな)

 

その「答え」に至った時、彼女はかつて絶唱を歌い上げた夜と同じ表情をしていた。

 

「響ッ!俺を思いっきりカチ上げろッ!」

 

「何かあるんですかッ!?」

 

「良いから言う通りにしろッ!間に合わなくなっても知らねえぞッ!」

 

「は、はいッ!」

 

素早くゲッター2へと姿を変え、響の元へ走り出す竜。そのまま両手を組んだ響の腕を足場にすると、

 

「「せえのぉッ!」」

 

息を合わせて思いっきり跳び立つ。背部のブースターを全開にして、ドリルで空を切り裂きながらカ・ディンギルの直上へと向かう。

 

「あばよ……たあ言わねえッ!行ってくるぜ野郎共ッ!」

 

「させるかッ!」

 

竜が何をしようとしているのか。悟ったフィーネは急いで戦線に復帰すると全力で阻止しようとする。しかし、完全に速度に特化したゲッター2を捉える事は叶わない。ゲッターは追い縋る鞭の速度さえ置き去りにして、カ・ディンギル直上でゲッター1へと変形。両腕を頭上で交差させると、腹部の装甲を開いてゲッタービームの体勢を作る。

 

「まさかッ!竜さんッ!?」

 

「ゲッタァァァ!ビィィィィィムッ!!!!

 

響が竜の意図を察した瞬間、放たれるゲッタービーム。そして竜がゲッタービームを放つより少し遅れてカ・ディンギルの砲撃が放たれる。当然ながら、出力ではカ・ディンギルに敵うべくもない。ぶつかり合いとも言えぬぶつかり合いを見たフィーネはそれを無駄とせせら嗤う。

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el baral zizzl

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el zizzl

 

しかし、竜はその直後、自身のビームが完全に呑まれる前に最後の絶唱を歌い上げた。

直後、出力が急上昇するゲッター。呑まれつつあったビームも持ち直し、僅かに押し込められつつもギリギリで何とか持ち堪えている。

驚くフィーネ。それを知ってか知らずか、はたまた感じ取ったのか。

竜は誰かに言うでもなく呟いた。

 

「へっ……驚いてもらわなくちゃ困るんだよ。まさか、ゲッターのエネルギーを限界以上に引き出せばこんなにすげえとは俺だって思わなかったぜ」

 

 

———————————————

 

身体が熱い。まるでゆっくりと燃え落ちているみたいだ。

いや、実際燃え落ちているんだろう。ハッキリ言ってこれ以上は無理だ。俺の体よりも、ゲッターが保たねえ。この拮抗だってあと少しで終わる。既に腹部の砲口は若干溶け始めてるし、装甲だってガタが来ている。口から血だって溢れてきてる。まあ、こっちはいつも通りなんだが。

ギアから溢れ出したエネルギーは既に赤く燃えていて、ゲッター自身を犠牲にして無理な出力を出しているのが分かる。こんなところで死ぬつもりは無いが、コレに飲み込まれちゃあ生きてられるか分からねえ。

——ずっと、何も背負わずに戦ってきた。ただ、自分のためだけに。

それが訳のわからんクソジジイに連れてこられて、シンフォギアなんてものを着けて。そしたら俺の背中には、人々の生命が乗っていた。俺が守った生命。俺が守れなかった生命。そして俺が守るべき生命。

そして今はそれに、仲間も加わった。翼。響。あのクソガキは……まぁ、ちゃんとケジメを付けたら、本当の意味で認めてやらんでもない。

 

 

下で、翼が泣きそうになっているのが見えた。

おいおい何やってんだ。そんなんじゃまた泣き虫だって奏に笑われちまうぜ。これぐらい、戦うんなら覚悟くらい出来てんだろうに。

——あの時、二年ぶりにお前が歌ってる姿を見て分かったんだよ。俺、やっぱお前の歌が好きだ。お前が歌ってるのを見るのが好きだ。それだけは二年前から何も変わってない。流行りの歌は分かんねえけど、お前と奏の歌だけはちゃんと聴いてたんだぜ?奏に見られたら揶揄われそうだったから言わなかっただけで。だから諦めんなよ。せっかく思い出したんだろ?お前が本当にやりたいことを。だったら、それを貫き通してくれよ。今度こそ、俺が護り通してやるからよ。

 

 

 

そして、そのためにお前は邪魔なんだよ。カ・ディンギルなんて御大層な名前しやがって。何がゲッタービーム砲だ。ゲッタービームの元祖は俺だっつうの。俺の許可も取らねえで勝手にでかい面するなんて許せねえ。俺だけじゃどうしようもねえかもしれねえが、例え俺が燃え尽きてもきっとあいつらがなんとかしてくれる。俺の意志を託すことが出来る。

だったら俺のやるべき事は一つ。例えこの命に代えたとしても、あいつらに未来を遺すこと。例え問題の先送りにしかならないとしても、そうしようとすることにこそ意味がある。ノイズ災害の只中で、恐れず人々を守ろうとしたあいつ(達人)のように。

 

目ん玉見ひん剥いてよく見やがれよ、フィーネ。今に吠え面かかせてやるぜ。

 

 

若い生命が真っ赤に燃えて。

ゲッタースパーク空高く。

 

「見やがれッ!これが俺と、ゲッターの力だァァァァッ!!!」

 

 

 

 

竜の世界から色が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがゲッター線の力かよ。大したもんじゃあねえか……へへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発。月は欠けるも破砕に至らず。

流竜はゆっくりと落ちていく。自らが放出したゲッターエネルギーと共に。

 

 

 

 

竜、と翼が叫び、手を伸ばした。

その手は届かなかった。




感想・評価お待ちしてます。


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きっと君が行かなけりゃ

職場が異動になって少しバタバタしているので、執筆の時間が少なくなると思いますが、何とか月一ペースでの投稿は続けていきたいと思います。


「用務員、さん?え。あ。なんで。どうして。こんなことって……」

 

板場弓美はリディアンの地下シェルターで絶望の声を挙げていた。

最初は怖い人だと思った。顔に傷があって、いつもピリピリした感じで、風鳴翼さんとは違った意味で近付きがたい人だった。

けどいつからかちょっとずつ柔らかくなってきて、他のクラスメイトからもなんだかんだ面倒見がいいとか運動神経が狂ってるとかそういう話を聞くようになってきて。自分もちょっと話しかけてみようかな、くらいには思ってた。

けどこんなの聞いてない。

 

リディアンが誇るトップアーティスト。

リディアン名物、人助けの鬼。

リディアン一の武闘派?らしい用務員さん。

 

こんなキャラが立ちまくってる人たちが変身して戦ってるなんてアニメみたいな出来事が現実に起こってるなんて知らない。何より。

 

 

 

 

 

目の前で人が光に呑まれて死んでいくなんて、聞いてない。

 

 

 

 

「竜くん……君の前へと進む意志は、確かに誰かの夢を護りきったぞ……!」

 

今起こってる事を解決しようとしてるらしい、政府の人が呟く。

こんなことがいつも起こってるんだろうか。

私が知らなかっただけ?それとも、私が見ようとしなかっただけ?

なんで。なんで。なんで。なんで。

 

 

 

 

 

誰か助けて。死にたくない。

 

 

「お願い響。生きて帰ってきて」

 

静かに祈るその声は、恐怖に呑まれる私には聞こえなかった。

 

 

———————————————————–———————–—

 

「あ……ああ……あ……あ……」

「竜……お前と言う奴は……ッ!」

「あいつ……一人でカッコ付けやがってッ!」

 

流竜が散った。その身を賭して、世界を護りきって。

立花響は涙を流した。

風鳴翼は悲しみと悔しさのあまり、叫び出したい衝動を必死に堪えていた。

雪音クリスは悪態をつきながらも、その散り様を惜しんでいた。

 

そしてフィーネは、最初こそ月を仕損じたことに驚愕していたものの、竜が墜ちる様を見て冷笑を浮かべた。

 

「自分を殺して月への直撃を阻止したか。……フン、無駄なことを」

 

その言葉が引き金となった。

ゾクリ、と直接感じるほどに。凄まじい殺気が俯く翼から放たれる。

暗く濁った目も、ぴくりとも動かない頬も、一文字に結ばれた口も。ただただ「無」を表現していた。

 

 

 

 

笑ったか

 

 

 

 

この時立花響は生まれて初めて、風鳴翼に対して「怖い」という感情を抱いた。

 

 

 

 

「命を燃やして大切なものを守り抜くことを、貴様は無駄とせせら笑ったかァァァァッ!」

 

翼が猛っていく。そして湧き上がる怒りと共に感じる、自身と何かが繋がる感覚。自身の根源的なナニカが天羽々斬と繋がり、同調し、一つになっていく感覚。自分があるべき姿へ戻っていくような感覚。それが深まるごとにギアが色を取り戻していき、ゆっくりとその機能を回復させていく。

困惑したのはフィーネだ。流竜なら分からんでもない。ゲッター線との親和性が流竜に匹敵し得る雪音クリスもまた同様。ともすれば融合症例たる立花響もまだ気付かぬ何かがあるのやもしれぬ。しかし、風鳴翼にそのような特異な能力は存在しない筈だと思っていた。

しかし現実に風鳴翼は不可能なはずの自力によるギアの再起動を為している。

 

「……何?降り注いだ高濃度のゲッター線の作用か?いや、風鳴翼とゲッター線の親和性は然程高くはない。せめて雪音クリス並でなければ……それとも私の知らぬ何かがあったのか?」

 

「知らいでかッ!」

 

脳裏に閃く、過去の情景。まだ奏が生きていた頃、三人が初めて「仲間」となったあの日の言葉。竜が『ゲッター』を初めて制御したあの日の言葉を。

 

「無理を通して道理を蹴飛ばす原理など———」

 

一度目を閉じ、過去に想いを馳せる。出会った日のことも、笑顔に満ちていた日々も、忌まわしい地獄も、その全てが一瞬で流れ、消えてゆく。その全てを涙と共に呑み込んだ。

次いで盛るは怒りの炎。友への愛を根源とする怒り。紅より熱き蒼の炎が身体に宿り、剣となって顕現する。

 

「———気合をおいて他にあるまいッッッッ!!!」

 

天羽々斬が黄泉返る。純粋な怒りの感情が、無理矢理にギアの制御を奪い取る。代償として幾分もの出力低下が見られたが——彼女には些細なことだった。

フィーネは翼の逆鱗に触れた。命を懸けて守り抜く事を侮辱することは、天羽奏を侮辱することに等しい。それは例え天が許したとて、風鳴翼には断じて許すことの出来ない行為であった。

 

「雪音クリスッ!」

「貴様はこのままでいいのかッ!このまま、ただ目の前の世界が壊されてゆくのを坐して見つめるだけで貴様は己を許せるかッ!」

 

続けてクリスに矛先を向ける。

己と同じく、自らのギアに縛られた者へと。それ故に、むざむざと目の前で命が散らされる場を見せつけられた者へと。そこには、動けなかった悔しさと己への怒りが強く込められていた。

そしてそれは彼女も同じ。

 

「許せるわけねえだろッ!」

「あんなろくでなしが服着て歩いてるような奴が身体張って命張ったんだッ!ここで立たなきゃ、あたしが今まで戦ってきた意味がねーだろうがァァァァ!」

 

雪音クリスにとって、流竜は「気に食わない大人」だった。自分の事情も碌に知らないで好き勝手言ってくる大人。自他共に認めるろくでなし。確かに己の尻を蹴り上げて無理矢理立ち上がらせたことにはほんの、ほんのちょっぴりだけ感謝しているが、そこまでの存在だった。

それでもその「覚悟」だけは本物だった。守るべきもののために命を懸ける覚悟だけは。そんな大人は彼女にとって二人目であり、「少しぐらいはマシな奴」と評価に若干上方修正をかけたのもそれ故だった。

 

「ならば力を出し切れッ!ギアの力を引き出すのは人の想いだッ!」

 

「今更言わなくたって分かってらぁッ!あいつに出来てあたしに出来ない道理はねえッ!」

 

翼の発破を受け、続けてクリスが立つ。身に付けた錘など知ったことかと。原理も道理もクソもない。もっと、もっとその先へ。本能だけが紡ぐものを求めて。目の前の戦いのために。

——二人揃って前へ出る。既にギアは二人の闘争本能に応じていた。

 

「「明日の為に戦うのなら、今がその時だッ!」」

 

「翼さんッ!クリスちゃんッ!」

 

二人の復活に、響が嬉しそうに声を上げる。そして涙を拭って並び立つと、今度こそフィーネの野望を打ち砕くべく立ち塞がった。

 

「……些か、ヒトの業の深さを甘く見ていたらしい」

「だがッ!流竜を失った貴様らではカ・ディンギルは止められんッ!さあ……次弾装填開始だッ!」

 

「させるものかよッ!」

「竜が稼いだこの時間は無駄にはせんッ!まずは貴様を地獄へ送ってやるッ!」

「止めます……止めてみせますッ!何があってもッ!」

 

三人が即席で連携陣を作る。最前線を響、中継ぎをクリス、後詰めを翼が担い、縦一直線に並んでフィーネへと突撃する。

 

「ジャックポットだッ!」

 

フィーネが最初に飛び込んできた響をいなした。しかし間髪入れず、その背後に隠れていたクリスがフィーネの顔面に散弾を何発か叩き込み、視界を封じながらその後ろへ抜ける。

本命は翼。煙幕が晴れる直前、咄嗟に放たれた鞭での薙ぎ払いを身を屈めて躱しながら、脳天目掛けて剣を振り下ろす。

 

「おおおおおおおおおあッ!」

 

翼による怒りの一刀が吸い込まれるようにフィーネの頭蓋骨から脳を裂きながら脊髄、腹部を通り、下半身に至るまでまとめて両断した。

鮮血が返り血となって翼の顔を汚す。

二つに分たれたフィーネの身体は鏡写しのようにそれぞれ逆の方角へとゆっくり倒れていき……45度ほどまで傾いたところで静止、光を失ったはずのフィーネの眼球がギョロリ、と下手人たる翼を睨みつけた。

 

 

その光景を、装者たちは正気で見ることが出来なかった。

倒れるのを待つばかりであったはずのフィーネの身体が一度びくんと痙攣したかと思えば、そのままそれぞれが独立した「フィーネ」として再生したのである。

 

「……馬鹿な」

 

翼の沸騰した頭が一瞬で冷える光景だった。

人間が脳天から真っ二つに斬られるというグロテスクな光景を見て動揺した響も、それを一瞬で忘却の彼方へ追いやるほどに呆気に取られていた。

 

 

 

 

フィーネが二人に増えた。単細胞生物が無性生殖を行ったかの如く、分裂しながら。

 

 

 

 

 

翼がいち早く我に帰った直後、背後から鞭が伸び、その身体を拘束した。

同じ現象は響とクリスにも起こっていた。フィーネは確かに目の前にいる筈だった。しかし三人を捕らえたものは、正面からも下からも伸びていない。咄嗟に辺りを見回した三人が目にしたものは。

 

 

 

 

「は「はは「ははは「は「は」は」はははは」はは」ははは」は」

 

 

 

 

 

無数に分裂したフィーネが嗤いながら周囲を取り囲んでいる光景だった。

 

そして気づいたが最期。三人は己らを取り囲むフィーネによって胴を、腕を、脚を、身体のあらゆる支点を幾重にも拘束され、直立不動の体勢を余儀なくされた。

 

「貴様は……人としての在り方さえも失ったかッ!」

 

『……愚かな。これこそが私の進化の証。『ゲッターの真髄』を知った私は、自らネフシュタンとの同化を試みた。即ち聖遺物との融合』

 

詰る翼を「愚か」と切り捨て、無数のフィーネが己の性能を誇示する。

 

「聖遺物との融合……?それじゃまるでわたしと同じ、」

『さにあらず。貴様のような偶発的かつ表面的な融合とは訳が違う。私はゲッター線の力でより深く、より強固な融合を果たした。そう、この身を構成する分子そのものが今やネフシュタン。ネフシュタンとは即ち私であり私は私という新たなる霊長として転生を果たしたのだッ!』

 

三人を取り囲みながら、フィーネたちが口々に言う。己を生み出したものは立花響と流竜であり、いずれも実験動物として最も有用であったと。そしていずれも、十分すぎるほどに役に立ったと嘲笑う。

翼は友を愚弄されながら、しかし動けぬ屈辱に唇を血を流すほど強く噛み締めている。

クリスは拘束から逃れようともがきながら、しかしその度により強固な軛でより強く地面に縛り付けられている。

響は他二人と違い、より徹底的に縛りを加えられていた。その四肢は全て最低でも四本の鞭で拘束され、さらにうつ伏せの形で地面に這いつくばらせられ、大地に縫い付けられている。そこには一切の抵抗を許さないというフィーネの明確な意思が表れていた。

 

そこから先は蹂躙と呼ぶことさえ憚られる程の私刑が行われた。動けない三人は無数のフィーネによる猛攻を前に、ただ何も出来ないまま傷ついていく。整った顔には切り傷が絵画の書き込みのように加えられ、殴打、蹴撃がギアインナーの内側に青痣を作る。膝を無理矢理に曲げられ、地面に着けさせられたと思えば、爪先を口の中に捩じ込まれたこともあった。髪を掴まれ、鼻を折られたこともあった。

三人の命を奪わなかったのは彼女らの精神を折るためか、それとも目の前で月を破壊することで無力さを知らしめるためか。いつでも殺せるにも関わらず意図的に甚振っているのを確信し、クリスは内心で悪趣味だと吐き捨てていた。

 

そしてカ・ディンギルのチャージもまた、無為に流れる時間と共に進んでいき、焦燥感が三人の心を襲い始めていた。

 

「クククッ。発射まであと僅か。最早貴様らの自由になどさせぬ。そのまま地を這いつくばりながら目の前で月が砕かれる様を見物しておればよい」

「先は絶唱の一撃にて表皮を抉るに留まったが……此度は押し留めもさせぬ。先よりも剛性も火力も増した、ただただ只管に圧倒的な一射にて粉砕するまでよッ!」

 

「ぺっ……くそっ、もう打つ手は何もねえっていうのかよ。あたしらは……ここで終わるってのかよッ!あいつが時間を命懸けで作ったってのにッ!」

 

嘲笑が降り注ぐ中で、クリスが口の中に溜まった血を吐き捨てながら苦虫を噛み潰したような顔で呟く。その声は不思議なことに、翼の耳に自然と入り込んできた。

 

(いや、ある。一つだけ。だがこれはもはや賭けとも呼べぬ破れかぶれに等しい手段。だが既に手を選んではいられぬ域に達しているのならばッ!)

 

ふとクリスと目が合った。覚悟を決めたことをその目で伝えると彼女は少し驚いた素振りを見せたが、直ぐに頷いた。

決して互いの意図が全て余さず伝えられたわけではない。しかしこの瞬間、二人の間には確かに同じ目的と同じ意思が共有された。

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el baral zizzl

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el zizzl

 

「絶唱……最期の悪あがきに出たか」

 

「果たしてそうかな?確かに私は融合症例でも無ければ、竜のようなゲッター線への干渉力も持たん。だが、私で無ければ出来ないこともある」

 

絶唱を歌い上げた翼。口の端から血を流したまま、土と痣で汚れた顔を不敵に歪めると、瞬き一つの間に己を縛る物全てを叩き切った。

次の標的は二人を縛る鞭と、その主。一度足を運べば、フィーネでさえ捉えられない速度で鞭を切り裂き、フィーネの写し身を瞬く間に切り捨てていく。

次々と分裂体を始末されていく光景を見たフィーネは、ここに来てようやく余裕の色を崩した。

 

「顔色が変わったなフィーネッ!十全に練り上げ、アームドギアより百裂する高機動の刃ッ!知らぬ貴様ではあるまいッ!」

 

 

 

 

「音さえも置き去りにする0.01秒の世界!貴様に見せてやるッ!」

 

 

 

 

「おい……立てッ!あいつが、今時間を稼いで、くれてる……うちに、あたしらは、あの、大砲を何とかするぞッ!」

 

「う……クリス、ちゃん……」

 

クリスが見た響の姿は凄惨なものだった。

顔中血まみれ泥まみれなのはクリスも同じ。しかし、竜と組んでフィーネの計画を狂わせた彼女はより念入りに痛めつけられていた。

左腕はぶらりと垂れ下がって動かず、大きく、そして青く腫れ上がっておりまともに動かせる状態ではなかった。ふらつく身体に、吐息は血の匂いが混じり、あるいは、内臓のどこかをやられたのでは……そう推定させるほどに響の消耗は激しいものだった。

彼女は響を助け起こすことで初めてそれを認識した。そして、このまま戦わせることを躊躇した。して、しまった。

 

「……悪い。やっぱちょっとじっとしてろ。ここはあたしらの手で何とかするッ!」

 

「待……って。ここは、わたしも、いかないと……」

 

「バカ言うんじゃねー。お前に任せて戦わせたんだ、今度はあたしがやんなきゃ釣り合いが取れねえだろ?……今はほんの少しでも休んで、すぐ動けるようにしとけよ。じゃなきゃ何もかもパァだからな」

 

そう言うとクリスは砲台となってカ・ディンギル目掛けてミサイルを何発も発射し、その破壊を試みるのだった。

ただ一人、取り残された響は後悔していた。

 

 

 

——わたしは、なんで役立たずなんだろう。ここまで来たのに。

 

 

 

 

 

「おのれ小癪な真似をッ!カ・ディンギルには指一本……」

「私から注意を逸らすとは舐められたものだなッ!それこそが命取りだとその身に味わわせてやるッ!」

 

フィーネは完全に翼の速度に翻弄されていた。先の宣言通り、分裂体は次々と再生力を上回るダメージを受けて切り捨てられており、本体にもその影響が及び始めていた。

加えてカ・ディンギルを狙うクリスの姿を見てそちらの迎撃を優先しようとしたものの、翼を振り切ることが出来ない。それによってクリスに好きに動かれており、チャージ完了間近の砲塔を崩されることの危機感を覚えていた。

 

「ええい!かくなる上は空蝉を再統合してッ!」

「遅いッ!」

 

再生を追いつかせるべく、フィーネが分裂体を全て自身への統合を図る。しかし他の分裂体に命じた瞬間を隙と確信した翼は剣を腰だめに構え、抜き身の剣に鞘を作り出し居合の備えを以て相対する。

 

 

 

【絶唱・天羽々斬 真打】

 

 

 

それから一秒と経たないうちに翼が心技体共に揃いし居合を抜き放った。雲耀の速さを超えた抜刀は一刀の元にフィーネの肉体をバラバラに加工し、幾つもの生体パーツへと成り下がらせた。手足は関節毎に切り分けられ、顔面はキューブ状の形に切り抜かれ、胴もまた同じく細切れになる。

しかしフィーネは倒れない。その執念がそうさせるのか、それとも翼が僅かに間に合わなかったのか。彼女は確かに天羽々斬の本来の絶唱を耐え切った。

 

「……今一歩、至らなかったなあ」

「空蝉を統合すれば私の再生力は絶唱の威力すら凌駕するッ!貴様が時を稼ぎ、雪音クリスに撃たせるつもりだったのだろうが……そうはさせんッ!」

 

クリスが撃ったミサイルを撃墜するフィーネ。しかし辛うじて目論見を阻止しきったと確認したのも束の間、彼女の耳に翼の力強い声が入ってきた。

 

「—————だが、私とカ・ディンギルを隔てていた貴様という壁は越えられた」

 

「——何だと」

 

絶唱の威力を抱えたまま、翼が天高く飛び立つ。目の前の魔塔は既におおよその装填を終え、残るは主の発射命令を待つのみ。

だがフィーネはここで撃たなかった。命を下す間に翼によって砲塔を破壊されかねないという懸念があったこともそうだが、何より雪音クリスの姿が見えなかったからである。

 

(現時点で火力に優れるのは雪音クリス。風鳴翼ではせいぜい特攻することしかできぬ。しかしそれも馬鹿には出来ぬことを流竜が証明している……ええい、何のための空蝉か。完全に数の優位を利用されているではないかッ!)

 

苛立ちを露にし、先に目の前の翼を撃ち落とすことをフィーネは選んだ。

「ゲッター」相手には届かなかったが、ただのギアを撃ち落とすなぞ造作もないこと。

そしてその自己認識は正確であり、翼は道半ばにして墜ちていった。

——雪音クリスはどこだ。

 

 

 

「ああもうどいつもこいつも無茶しやがってッ!」

 

その声は上から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el baral zizzl

 

——Gatrandis babel ziggurat edenal

——Emustolronzen fine el zizzl

 

フィーネが上を見上げると、爆煙の陰からクリスがミサイルに乗って砲口の正面に立っているのが見えた。

実のところ、幾つも発射されたミサイルのうち、クリス自身が乗る一発だけは軌道を僅かにズラしていたのだった。それにより迎撃と誘爆を免れたミサイルは、爆煙の陰に隠れてまんまとカ・ディンギルの上まで到達したのである。

それに気付いたフィーネは苛立ちのまま舌打ちをする。しかしそれも纏めて吹き飛ばすまでと方針を再確認すると、改めてカ・ディンギルに発射命令を下した。

 

クリスの視界に砲撃が殺到する。ゲッターエネルギー特有の翠色の光が迫る中でも、クリスは落ち着いてリフレクターを展開、巨大なビームライフルに変形させたアームドギアでエネルギーを一点集中、銃身がどうなろうと知ったことかと最大威力の絶唱を抜き放つ。

 

紅と翠の光が激突する。しかし二つが拮抗することは無かった。フィーネの思惑通り、砲撃はイチイバルの一点集中すらも容易く飲み込みながら凄まじい威力で月のド真ん中を打ち抜こうとしている。

 

(それでも。だとしても。諦めるわけにはいかない。あたしの戦いの意味のため。あたしのやるべきことを見つけるために。あたし自身のケジメのために)

 

ここで世界を終わらせちゃいけない。

 

クリスはただその想いだけを頼りに、アームドギアを構えていた。

 

『——クリス』

 

ふと。光が明滅する視界の中で、背中に温かいものを感じた。懐かしいような、それでいて泣きたくなるようなその感触を、クリスは今までの人生で一度として忘れたことはなかった。

それは既に失われたもの。

それは自分が一度は打ち捨てたもの。

それは自分を形作ったものの一つで、二度と戻らないと思っていたものだった。

 

 

―――そうだ。やっと思い出した。あたしはずっと、この温もりが大好きだったんだ。

長い間忘れていた、誰かの手の温もり。一度失ったそれを二度も失うのが怖かったから、あたしは全てを拒絶した。

でも、それはあたしの本心じゃない。ホントのあたしは、ずっと―――だから!

 

「二度と手放さないッ!失ってたまるかッ!あたしの後ろの、この温もりをッ!」

 

パパとママが求めたもののために。その夢を、その軌跡を、無かったことにしないために。受け継ぐんだ、あたしが。あたし自身の意思で。そのために、やるべきことは今を守り抜くことだから!

 

「やってみせろよイチイバルッ!お前はあたしのギアなんだろうがあああああ!!!」

 

クリスがさらに感情を込めたほんの僅かな時。光が拮抗した。そしてその瞬間を、三人は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「おらッ!お前の出番だぜ人気者さんよぉッ!」

 

「応ッッッッ!!!!」

 

墜ちた筈の翼が今、再び飛び立った。

 

 

 

————————————————————

 

「ええい何度も何度も鬱陶しいッ!何故未来を受け入れぬッ!」

 

フィーネの堪忍袋はいい加減に限界だった。流竜が落ちてからまるで上手くいかない。如何に盤面を整えようとも、無理矢理ひっくり返されることが如何に不快か。自身が設計したが故にギアの最大出力は全て把握してあった筈だというのに、幾度となくその計算を狂わされている。風鳴翼はそれを「気合」と称したが、それで何もかも覆せるのなら苦労はしない。

しかし今、その「気合」とやらが彼女に牙を剥いているのもまた、事実であった。

 

「愚問だなッ!貴様の言う新世界とやらを、我々が望んでいないからだッ!」

 

「何故だッ!同じ言の葉で語り合い、共に隔たりなく分かり合える安息の日々が訪れるのだぞッ!」

 

「そして貴様はそれを支配しようというのだろうッ!?安い、野望と呼ぶにはあまりにも安きに過ぎるぞッ!フィーネェェェェェッ!」

 

「貴様ァァァァァァッ!」

 

激情に駆られるがままに翼を殺すべく鞭が伸びようとする。否、伸びようとしていたが、伸びなかった。

 

「わたし、が、まだ、いまずッ!」

 

息も絶え絶え。身体もボロボロ。まさしく満身創痍。故に戦力外……誰からもそう見做されていた響が、フィーネに背後からしがみついていた。力が入らない。しがみつくだけで精一杯。それもあと何秒保つかどうか。そんな極限状態であるにも関わらず、立花響は立ち上がった。

 

「わた、しは、まだ、戦えるッ!まだ、わたしに……だって、出来ることが、あるッ!」

 

「こ、のくたばり損ないめがァァァッッ!」

 

響を殴って振り払うのは簡単だった。当然だろう。半死人を振り払えぬようでは新霊長の名が泣くというもの。しかし響が作り出した数秒という時間は、フィーネにとっては致命的なものだった。

 

 

 

———————————————————

 

「立花……ありがとう。そして済まない。後は、託したぞ」

 

そう呟く翼の脳裏を、これまでの軌跡が走馬灯のように駆け巡っていた。

風鳴家を出て、強くなろうとした幼少期。そこで天羽々斬を起動させ、防人としての役目を得た。

人生を変えた、天羽奏との出会い。初めは怖いと思ったけれど、いつしか最高の友で、相棒となっていた。

流竜。粗野で、野蛮で、乱暴で、悪い意味で大雑把。散々喧嘩もしたけれど、同じ時を過ごした者として……同じ友を失った者として。彼女は奏とは違った「特別」だった。

そして立花響。止まった時の歯車を動かした者。そして奏の遺志を受け継いだ者。衝突も暴走もしたが、それがあったからこそ今がある。

 

ああ、そういうことかと一人納得した。

これが奏が言ったことの意味。これは次代を導く灯火。未来へ託す意志。未来へ繋ぐ命。――脈々と受け継がれる人の営みこそが、人類の最も偉大な遺産なのだと。そして奏がその使命に殉じたことも。

 

漸く理解した。奏が何を想い、何を目指して羽撃いたのか。

例えこの命燃え尽きようと、次代を導く灯火となるなら怖くはない。

 

ならば、これは犠牲ではない。人類が生きるための———!

 

「おおおおおおおおッ!天を舞えッ!天羽々斬ィィィィィ!!」

 

今ここに、地より蘇り天を舞う。炎纏いし不死鳥となりて。その名は極翔炎鳥斬。奏の遺志を継いだのは立花響のみに非ず。己の胸にもそれは宿っている。ならば共に行こう。両翼揃ったツヴァイウィングは何処までも飛んでいけるのだから。

 

(一緒に飛ぼう、奏)

 

蒼い不死鳥が全ての障害を越え、カ・ディンギルに炸裂した。イチイバルの光と拮抗してから、五秒とて経っていない唯一の好機。

それは「エネルギーが完全に発射され切っていない砲撃の最中に」「それを押し留めながら」「砲身に傷を付ける」こと。何処までも細く、今にも切れそうな蜘蛛の糸。しかしそれだけが唯一の手段であり……それ故にそこへ賭けるしかなかった。だが彼女らは、その賭けに勝った。

 

砲身に穴が開く。全長からすれば、それはほんの虫の一噛み程度の穴。僅かな間でネフシュタンが修復してしまう程度の傷でしかない。しかし、砲撃を押し止められたことで行き場を失い、逃げ場を求めていたエネルギーは修復する間もなくその穴へと殺到した。

加速度的に、二次関数的な速度で広がり続ける穴。それが生み出すものは「暴発」。ついに限界を迎えたカ・ディンギルは大爆発を起こし、放たれた砲撃も月から逸れ、宇宙の彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

そして限界を超えた翼とクリスもまた。

崩壊するカ・ディンギルの爆炎の中へ呑まれていった。

 

 

 




感想・評価よろしくお願いします。


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もしも俺がやらなけりゃ

もともと前話に詰めようとしてたんですが長くなったので分割した分です。
なので今回はものすごく短くなってます。


「何でよ……どうしてよ。なんでそんなにあっさり命を投げ捨てられるのよお……」

 

「目を背けちゃだめ。皆、まだ戦ってる」

 

「戦ってるって……もう響しか残ってないじゃない!しかも……あんなにボロボロで、腕だって折れてる!立つことだって出来ないのに、これ以上何をどうしろって言うのよ……!」

「分かんないよ!何でそうまでして戦うのよ!?怖い思いして、痛い思いして!死ぬために戦ってるの!?」

 

「分からない?」

「本当に、分からない?」

 

 

—————–——————————————

 

「おのれッ!おのれェッ!私の数千年に渡る悲願をよくもッ!」

 

「カ・ディンギルは私の夢ッ!あのお方と並び立つために造り上げた我が望みッ!人類をバラルの呪詛から解放するための我が希望だったというにッ!それを貴様はッ!貴様らはッ!どこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもォッッッッ!」

 

了子さんが荒れている。けどわたしはもう動けない。全身ボロボロで片っぽの腕も折れて、振り絞った最後の力は、さっき組み付いたときに全部使い果たしてしまった。

 

そして、いつも助けてくれた人たちは……もういない。

 

「私は……ッ!統一言語を取り戻し、あのお方へこの胸の想いを伝えるために!その為に数千という時を……おお……」

 

了子さんの慟哭が聞こえてくる。それともわたしに聞かせているのかもしれない。

でも胸の……想い?まさか、今までのものはそのために……

 

「だか……らって……」

 

「是非を問うだとッ!?恋心も知らぬ小娘がッ!」

 

「……ッ!」

 

お腹を蹴り飛ばされる。もう呻く声だって出やしない。お腹の中からせり上がってきた酸っぱいものを吐き出しながら、のたうち回るしかできない。

 

それでもはやく、はやく立たなきゃ。まだ戦いは終わってない。

諦めたくない。諦められない。わたしが諦めたら、三人が命を賭けた意味がない。だから動いて。わたしの身体。

あと少し。あとほんの少しでいいんだ。

 

竜さんの意志に応えるために。

翼さんの心に応えるために。

クリスちゃんの夢に応えるために。

 

じゃなきゃ、わたしはなんのためにシンフォギアをやってるの。

 

「……とは言え、他の装者は全て排した。残るは貴様ただ一人。貴様さえ殺せば、全てが終わる。その後に『ドラゴン』を造り、ゆっくりと計画を進めよう」

「故にここで死ね。これはお前への救済でもある」

 

「救、済?」

 

死ぬことが救いなんて、そんなことはあり得ない。わたしはそう思っていても、了子さんは本気でそう言っている。

分からない。分からないから、思わず聞き返した。

 

「そうとも。帰る場所を失い、寄る辺を失い、仲間を失い、友を失い、そして今戦う力さえも失った。これ以上、何のために戦う?」

 

 

そしてそれをすぐ後悔した。

ダメだ。聞いちゃいけない。それだけはダメだ。

わたしにはもう何も残ってないなんて、そんなことない。ない、はずなのに。

心が揺れる。たぶん、わたしの目も揺れている。そして動揺している間にも、了子さんはゆっくり近寄ってきて、わたしのそばで膝をついた。

——今度こそ殺される。そう思ったけれど、そうはならなかった。むしろその逆。

 

 

 

()()()()()()()()()。仮に眠ったとしても、きっと責める人なんか誰もいないわよ」

 

 

慈しむように頭を撫でられる。「了子さん」と同じ、優しげな笑顔と優しい声で。

 

 

「欠片でしかないギアの力で、上位互換であるネフシュタンとカ・ディンギルを退けた。性能を考えれば十分すぎるほどの成果よ。本当に、本当によく頑張ったわね」

 

 

頰に手を当てられる。今までわたしを痛めつけていたとは思えない、優しい手つきだった。その時、その瞬間だけ、いつもの了子さんが戻ってきたような気がした。

 

 

 

 

「もうこれでいいでしょう?これ以上苦しむ必要は無いのよ」

 

 

 

 

「辛かったわよね?苦しかったわよね?でも、もうその必要はないわ。貴女が辛い思いをすることなんかないの。もう戦う必要なんか無いの」

 

 

 

 

「心配はいらないわ。人類の呪いは必ず解いてみせる。貴女も望んだ、人と人とが分かり合える世界……私が絶対に実現してあげる。いつかの時代、どこかの場所で。どれだけ時間がかかっても、必ずやってみせるわ」

 

やめて。それ以上は。

涙が出る。心が温かいもので包まれていく。安心してしまう。

違うんだよ了子さん。わたしが欲しいのはそれじゃない。

お願い。そんな声で話しかけられたら。

でもわたしの信じる心は。もう了子さんに心を委ねはじめていて。

 

 

「だから……お眠りなさい、安らかに。他のみんなだって待ってるんだから、ね?」

 

わたしの首に刃が触れようとする。

息が荒い。ちがう。ちがう。まだ終われないのに。

どうして。どうして力が入らないの。どうして安心しちゃうの。

 

 

 

わたしは、何もできないの?もう…………

 

 

 

 

 

『違うだろ』

 

 

 

 

 

 

 

『まだ終わってない』

 

 

 

 

 

 

 

『お前が諦めない限り』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の()は応えてくれる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、空の彼方から『槍』が一本、フィーネの背中を貫いた。

 

 

「がはッ…………何だと?馬鹿な。これは、アームド、ギアか?それに、これは、この槍は……信じられん。こんなことが……」

 

口から血の塊を吐き出して、貫かれた腹部に手を添えながら了子さんが呟いている。血が少し顔にかかったけれど、わたしはそれどころじゃなかった。

槍はゆっくりと光となって消えてゆき、蓋を失った傷口からさらに血が噴き出る。それをネフシュタンの高速再生で癒しながら、了子さんは周囲を見渡していた。

 

 

『間に合ったみたいだな』

 

 

どこか、ノイズが混じった声が響く。その声に、わたしは聞き覚えがあった。

でも同時に、有り得ないって思った。だって、だってその人は、二年前に確かにわたしの目の前で———

 

けれど、確かに足音がする。

けれど、確かに息遣いが聞こえる。

けれど、確かにその姿が見える。

 

その人に抱き抱えられ、了子さんから引き離される。

そうしてようやくはっきりと姿を見た。

 

記憶に焼きついたものに似た橙色のギアには少しだけ翠色の光が走っていたけれど、それ以外は記憶と全く同じだった。

幻なんかじゃない。触られたから、きっと幽霊でもない。こういうのを奇跡って言うのかな。

 

目の前に立った、鮮烈な夕日色は、間違いなく———

 

 

 

「馬鹿な……有り得んッ!」

 

 

 

「貴様は二年前、確かにその身を塵と散らせたはずッ!」

 

 

 

 

その人は記憶と僅かに違うアームドギアをもう一度展開し直してわたしを護るように立ち、了子さんに向かって槍を突きつけた。

 

 

 

 

 

その人の名前は—————

 

 

 

 

 

 

 

「何故この世界に現れたッ!()()()ェェェェェッ!」




奏さん、再登場。これまでの展開からしてこうなる事を結構察してた人も多いんじゃないでしょうか。

感想・評価お待ちしてます。


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Listen to my voice

思ったより奏さんの反響があって驚いてます。



後半推奨BGM:Synchrogazer


「司令。周辺区画のシェルターにて、生存者を確認しました」

 

「そうか!良かった……」

 

リディアン地下のシェルターで緒川から生存者の報告を受けた弦十郎は喜色を露にする。

竜、翼、クリスと三人が立て続けに命を散らし、残された響も戦えないという絶望的な状況の中で、その知らせは唯一の朗報であった。

 

「かっこいいお姉ちゃんだー!」

 

その中の一人、小さい女の子が小さなモニターに映る響の姿を見て、母親の制止も聞かずに駆け寄る。

 

「ビッキーのこと、知ってるんですか?」

 

安藤創世の質問に、女の子の母親はしばらく言い淀むと言葉を選びながら答えていく。曰く、この子は響に助けられたことがあると。危険も顧みず、対価も求めず。純粋な「助けたい」という想いに命を救われたことがあると。

それは彼女らもよく知っていることだった。響の人助けはリディアンでも有名だった。入学初日にして猫を助けたために遅刻したのは既にクラスメイトの間でも武勇伝的な扱いで語り草になっているほどには。

 

「かっこいいお姉ちゃん、助けられないの?」

 

女の子の純粋な目に、弓美たちの心が痛む。

分かっている。自分達じゃどうしようもないことぐらい。この場で、震えながら嵐が過ぎるのを待つことぐらいしか出来ないことぐらい。特に、最も錯乱していた弓美はそれを身をもって知っている。

力があるだの無いだの、そういう問題ではない。ただ、「戦えない」。戦うことへの恐怖。命を失うかもしれないという恐怖。それが彼女らに「無力だから」という言い訳を与えている。確かに無力なのは事実であろう。しかし彼女らはその事に罪悪感を覚えている。無力を理由にただじっとしているだけであることに罪悪感を感じている。本当は心の底から助けたいと思っているからこそ。

ようやく絞り出せたのは、「私たちにはどうする事も出来ない」という当たり障りのない言葉だけだった。

 

「じゃあ、みんなで応援しよ?」

 

しかしそれも女の子の無邪気さの前に敗れ去った。

続いてここから話しかけられないかと藤堯に尋ねる。だが藤堯の答えも芳しいものではなかった。何せここは対ノイズ災害用のシェルターである。現場からの距離も離れていれば、外へ届かせるための設備も無い。

そこに未来が待ったをかけた。

 

「ここから私たちの無事を知らせたいんです。それがきっと、響の助けになりますッ!……お願いします。響を助けたいんです!」

 

学校の設備がまだ生きていれば、あるいは。藤堯が提示した唯一の可能性。彼女たちはそれに賭けることを決めた。全ては、今戦っている友達のために。

 

 

 

四人が慌ただしく駆け出していく。戦う者たちのために、その心に火をつけるために。

周辺の生存者を除いて、この場に残ったのは弦十郎と友里、藤堯の三人。彼女たちが動いている間、引き続き戦況の観測を行おうとした時。友里が異常に気付いた。

 

「……待ってください。微弱ではありますが……新たなアウフヴァッヘン波形を確認しました」

 

「何だって?波形の照合は出来るか?」

 

「やってみます。これは……な、嘘だろ……?」

 

波形の照合はいともあっさりと終わった。しかしその結果は誰もが受け止められないものだった。

キーボードを打つ藤堯の手が震えている。他の二人も信じられないものを見たような目で見ている。

 

「ガン……グニール、だと?誰だ。誰が纏っている。響くんのものを誤認したのではないのか?」

 

弦十郎が珍しく動揺している。しかし現実は変わらない。目の前には二振り目のガングニールの反応が画面の中で躍っている。しかしこの世にガングニールは一振りしか残っていない……筈なのだ。

目を凝らし、あらゆるカメラからの映像データを目を皿にして追う。そしてソレに気付いた時、弦十郎の目尻から熱いものが一滴、こぼれ落ちた。

 

「…………奏」

 

シンプルに、ただその一言だけが絞り出すような声色で漏れた。

 

「お前は……死して尚、響くんを救う、ために———」

 

————————————————

 

 

「何故この世界に現れたッ!天羽奏ェェェッ!…………待て、私は今何と言った?この世界と言ったのか?」

 

感情を露にして目の前の天羽奏を問い詰めるフィーネ。しかし、彼女は自分が何を口走ったのかを疑問に感じ、戸惑いを見せていた。

まるで他の世界を認識しているような。まるで目の前の天羽奏がそこの住人であると知っているかのような。己の口が勝手に動き、己の本能がひとりでに理解しているという自意識とのズレ。ゲッター線についての本格的な研究を初めて以来、稀に表出することもあったその自覚症状は彼女にとっても全く未知の現象であった。

僅かに動揺するフィーネを前に、「天羽奏」はほう、と息を漏らした。

 

『少しずつ真理に近づいているようだな。だが、アンタ自身の怪物的な精神力がさらに深い領域まで踏み入ることを無意識に拒絶していたらしい』

『だがその感覚は正しいものだ。アタシは戦うためにこの世界に呼ばれたのだから』

 

「呼ばれただと……誰に!」

 

『ガングニールに!そして……ゲッターに呼ばれたんだ。この時のために』

 

フィーネの脳内が一瞬ホワイトアウトする。全てのものに意志がある。聖遺物にさえも。であるならばそれが何かを呼ぶこととて、必ずしも有り得ない話ではない。そして、そのいずれもに縁の深い人間といえば流竜か天羽奏、あるいは風鳴翼の三名。故に天羽奏が「呼ばれる」というのも納得がいくものであった。彼女が死人でさえなければ。

と、ここでフィーネは前提条件を変えることを考えた。例えばそう、「そもそも天羽奏が始めから死んでいなかったとしたら?」

辻褄を合わせるならば、その仮定しか有り得ないのではないか。

 

「……まさか、死していないとでも!?一度はその身を塵と変えながら!?貴様、まだ生きているのかッ!」

 

その問いを奏は肯定も否定もしなかった。ただ事実を告げるように、ただ確定事項を確認するかのように、淡々と語るばかりである。

 

『あるべき場所に還っただけだ。生命が生まれる前の、元のあるべき空間に。けど、こうして呼ばれた。ここにはそれだけの理由がある』

 

「まさかそれがゲッターの意思だとでも言うのかッ!?立花響を守護ることがかッ!?有り得んッ!ゲッター線は進化の道を歩む者を、私こそを選んだのでは無かったのかッ!?」

 

『進化は自らの手で勝ち取るものさ。ゲッター線はその導き手なだけだ。アンタは確かに進化を望んだのだろうが……そこまでだっただけのこと』

『ゲッター線は何もしない。ただ、ヒトと共に在るだけだ』

 

奏はその人柄に見合わない、超然とした様子で淡々と述べる。

故にフィーネは彼女が本当に「天羽奏」なのか測りかねていた。この超越者じみた振る舞いは「天羽奏」というよりもかつて彼女が見たカストディアンの在り方に近しいものであり、むしろ他の神々が天羽奏の肉体を依代に顕現したと考える方が寧ろ自然だとさえ思っていた。

 

しかし奏はそれを気にも留めない。槍で以って斬りかかり、単独でありながらフィーネと互角の戦いを繰り広げていく。LiNKERも無く、歌を歌うこともなく。

そのシンフォギアと思えない性能にフィーネは内心舌を巻いた。何者が改造を施したかは知らないが、明らかに自身の設計を超えた全く異質の存在へと変わり果てている。

さらにギアを血液のように流れるあの翠色の光はおそらくゲッター線。ギアとゲッター線の共存を為せたのは今までに「ゲッター」をおいて他になく、その点でもこの改造を施した者は、実に、実に遺憾ながら、ギアに関連する技術において自身を超えている。

そう歯噛みしたところで、奏が槍の穂先から翠色の光線を発した。熱線に変換したが故の紅色ではなく、エネルギーそのものをぶつける翠色。「ゲッター」が放つものより数段ほど威力を増しているそれは、フィーネが感じている限り確かにゲッターエネルギーによるものだった。

 

「やはりこれは……ゲッタービームか。失われしガングニールを鎧ってきたことも驚いたが、よもやゲッター線を操る術も得ていたとはなッ!」

 

『全ては意志の力だ。それこそが生命を進化させる鍵』

『全てを説明しようとしても無駄だ。理解するには永劫の時が必要となる』

 

「ならば私は永劫の時をかけて解明しよう。貴様が現れた意味を。いや、ゲッター線の正体も、何故存在するのかさえもッ!」

 

『理解しようとしてできるものじゃない。それらは全て心で感じるものなのだから』

 

フィーネの宣言を否定しながら、続け様にゲッタービームを乱発する奏。フィーネもこれにはたまらず後ずさった。

その隙に響へと話しかける奏。その表情は優しさよりも厳しさが多く含まれていた。

 

『立て。今戦えるのはお前だけだ』

 

「何で、何が起きてるんですか……?だって、だって奏さんは、わたしの目の前で、わたしを守って……」

 

『死んだわけじゃない。ただあるべき空間に還っただけだ。……だが今はそんなことはどうでもいい。お前は何故諦めようとしている』

『まだ終わってない。生きている限り、まだ戦いは終わらない。お前がやるしかないんだよ』

 

奏の厳しい言葉に、身体を震わせながら響は首を横に振った。

 

「……ダメなんです。竜さんも、翼さんも、クリスちゃんも、みんなみんな、いなくなって。もうわたししかいないのに、一人ぼっちになったのに。諦めたくなかったのに。もう立つ力も残ってないんです……」

 

それは心の弱い部分を刺激された響の弱音だった。

フィーネが言った通り、この戦いで彼女は多くのものを失った。尊敬する人も、頼れる人も、ようやく分かり合えた仲間も、守りたい人たちも、帰る場所も、心の支えも。その全てが、この一夜にして失われた。その心の痛みが生み出す弱みが、響の心に傷を刻んだ。そしてフィーネは、その傷口に手を入れ、掻き回し、抉り、ぐちゃぐちゃにした。諦観へと誘う甘い誘惑によって。

 

『だとしても。何を失ったとしても戦いつづけるんだ。命ある限り。愛する者を守る、ただそのためだけにでも』

 

「愛する、者を守る……」

 

その愛する者を、立花響は失った。

それでもと。それでも戦い続けろと奏は言う。愛する者を失ったのならば、愛する者が愛した物を守れと。愛する者が遺したものを守れと言う。

 

『それは何よりも残酷な未来かもしれない。だが、ヒトはきっと乗り越えられる』

 

『運命と戦い続けろ。どの時間、どの空間、どの世界でも、それこそが生命ある者の使命』

 

『思い出せ。お前の力の根源を。お前は一人じゃない』

 

その時、瓦礫の山の中から音が聞こえた。始めは、ただのノイズでしかなかった。しかしそれは少しずつ、少しずつ音として調律され、調音されていく。

それは、校庭のスピーカーから流れる歌だった。

 

――仰ぎ見よ太陽を よろずの愛を学べ――

 

――朝な夕なに声高く 調べと共に強く生きよ――

 

黄金の光が粒子となって、その一帯に舞い上がる。

その一つ一つが生命の温かさに満ち溢れていた。優しく穏やかな熱。その一つ一つが語りかけてくる。ただ一言、「頑張れ」「負けるな」と。

その温もりを受け止めて、思いっきり顔を上げた。

 

「あ……ああっ!これ、リディアンの、校歌……!じゃ、じゃあ、みんな、そっか、良かった……みんな、生きててくれたんだ……」

 

『分かるか?お前はまだ何も失っちゃいないんだよ。だからまだ終わってない。生きている限り、お前はまだ負けちゃいない。……そうか、アタシはこの為に呼ばれたんだな……ならば』

「手を貸してみな。アタシの歌をくれてやる」

 

「奏」の声からノイズが取れる。明瞭に聞こえる彼女の声のままに手を差し出すと、奏は掌をそっと重ね合わせた。重なり合った手の向こうからは温かい熱と共に、「光」がギアの中へと流れ込んでいく。——流れ込むと共に、奏の身体も光になって消えようとする。

何も言わず消滅を受け入れようとする奏。それとは対照的に、響は焦って彼女を止めようとしていた。

 

「奏さん!それ以上したら……せっかく生き返ったのに!翼さんや竜さんとだってまだ会えてないんですよ!?」

「良いんだよ。元々ここに居られるのもほんの少しだけだったんだ。響にだけでも会えて嬉しかったよ。……ふふ、本当に立派になったな」

 

奏が優しく響の頭を撫でる。

笑う奏と泣く響。

救う者と救われる者。

守る者と守られる者。

二年前と同じ構図で、同じ行為が今行われようとしている。

 

「奏さん!」

 

奏を止めようとするその一言に、どれだけの想いが詰まっていただろうか。

 

「アタシは死ぬんじゃない。また元いた場所に還るだけだ。だからそんな顔するなよ。……待ってるぜ。みんながここまで追いつく時を。生きることを諦めない限り、進化の道はその先にこそあるんだから」

 

そしてあ、そうそう。と、思い出したようにあっけらかんと言い放つ。

 

「あいつらにも伝えといてくれよ。また会おうな、ダチ公……ってな。——負けるなよ、信じてるぜ」

 

そうして奏は今一度無に還っていった。かつてと異なるのは、塵と化したのではなく、光と化したこと。そしてその目には確かな希望が宿っていたこと。そしてかつてと同じなのは——

 

「奏、さん……ありがとう、ございます……!」

 

立花響に、希望を与えたこと。

もう寝てはいられない。託された愛に応えるために。

立てなくても何とかしろ。気力が無いなら振り絞れ。限界を超えたその先にこそ未来はあるのだから。

 

「ここまでお膳立てされちゃ……なおさら、諦める訳には、いかないじゃあないですか……ッ!」

 

うつ伏せになっていた身体を一度仰向けにする。視界に映るのは無数の煌めき。人の心の光が、星のように輝いている。

 

「き、れい————」

 

思わず呟く。そしてその光は、今まで立花響が積み重ねてきたものの結晶でもあった。

光を求め、無意識なままにその手を伸ばす。光たちは彼女を拒絶しなかった。それどころか、触れるほどに彼女の体内に入り込み、少しずつ身体に熱を与えていく。

 

「良かった……ありがとう、生きていてくれて。わたしにはまだ、帰る場所があったんだ——」

 

空へと伸ばした手を強く握りしめた。身体の痛みが消える。

 

「みんな、ずっとここにいてくれたんだ」

 

だん、と握った手を地面に叩きつける。震える足に鞭打って、ゆっくり身体を起こす。

 

「ここにいて、わたしを信じて待ってくれてるんだ」

 

折れた左腕を庇いながら、両脚でしっかりと大地を踏みしめる。

 

「だから――まだ立てる」

 

「まだ歌える」

 

「戦えるッ!」

 

空間を漂う黄金の光が、フォニックゲインが、人の心の光が。響の胸元の傷に吸収されていく。その先にあるのはガングニール。どこまでも意志を貫く撃槍。

同じ現象が他の場所でも起こっていた。外壁が蠢くカ・ディンギル跡地では天羽々斬とイチイバルが、外れた森の中ではゲッターが、それぞれ光を吸収してゆく。その光に呼応して、三人は歯を食いしばってゆっくりと立ち上がる。

 

「バカなッ!何が貴様を動かす!?既に立てる気力さえ絞り尽くしたはずッ!」

「何だ……何が起こっているッ!?天羽奏はッ!奴は一体何をしたァァァ!」

 

「ほんの少し、力をくれた。立ち上がる力を、勇気を、生命をッ!」

「ゲッター線は関係ないッ!ここにある力は、ヒトの絆の力だァァァァッ!」

 

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!!」」」」

 

昇る朝日と共に、四人が天高く飛び立つ。

三人は白を基調とした新たな姿のギアと、天使のような翼を備えて。

一人は、更に深い真紅に染まったギアと、さながら竜か悪魔かを思わせるような、幾何学的な形状の禍々しい機械の翼と尾を備えて。

 

今ここに、戦士たちは飛び立つ。

 

 

———Listen to my voice———我らが胸の歌を聞け。ここに集いし願いを見よ。

 

 

「目ン玉見開いてよく見やがれッ!これが、これこそが人の意志ッ!」

 

「生命の意味ッ!戦い続ける意義ッ!」

 

「全力全開、何もかも全部全部解き放った、究極のッ!」

 

 

 

 

 

「「「「シ・ン・フォ――ギィィィィアァァァァァァア!!!!!!」」」」

 




主人公のXDモードはゲッター1(適者進化体)をイメージしています。ちょうどスパロボ30に参戦したばかりなのでタイムリーですね。
後は『』と「」で奏さんのキャラが違うように見えるのは仕様です。

感想、評価お待ちしてます。


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降臨、終焉を呼ぶ者

鎌倉、風鳴家本邸。その地下に位置する、風鳴訃堂の研究室。部屋の地下に稼働中のゲッター炉心を有するこの場所で、訃堂は「ゲッター」の力を感じ取っていた。

 

「……そうか、これがゲッターを『シンフォギア』の形とした理由であったか。ゲッターが持つ記憶から可能性を引き込む姿であり、装者の意思の力によって獲得された姿。さしずめ『適者進化態』とでも名付けようか」

 

そこには人影一つない。しかし訃堂は誰かに話しかけるように口を開いている。

 

「そう口煩くせずとも分かっておるわ。アレとて所詮は通過点に過ぎぬ。進化とは無限であるべきであり、歩みを止めた時こそ人類が滅ぶ時なれば。————さて、早乙女は何処まで見通しておったのであろうな」

 

「この星に降り立った二つの『欠片』。一つは器で一つは中身。儂の許に届けられたのは『中身』であり、『器』今もあの地で時を待っておる。そして、『中身』が覚醒した今、『器』が求めるのは何か。己に相応しき適合者か?それとも己を宿すべき傀儡か?」

 

答えは帰ってこない。しかし独語は続く。

 

「或いは、全てが初めから『ゲッター』の掌の上なのか」

 

夜が明ける。歌女たちの奮戦により、世界は今も辛うじて回り続けている。

その天秤が傾くのは生存か、消滅か。それを知る者は居ない。故に。

 

 

「されど解は我らに開かれぬ。自らの手で掴み取る他に無し。そうであろう?『ゲッター』……否、『皇帝の欠片』よ——」

 

 

 

——————–————————————

 

 

 

復活。覚醒。そして飛翔。

ギアに施されたあらゆる枷を取り払い、限定解除形態と化した装者達。

今も尚再生せんとするカ・ディンギルの残骸の側に立った彼女たちはここに蘇った。歌が、絆が、心がくれた生命を以って。

 

「超高レベルのフォニックゲインによるギアの限定解除……二年前の意趣返しとでも言うつもりか?」

 

『んな事ァどうだっていいッ!ここまでの借りはキッチリ返させてもらうッ!』

 

「念話までも使うとは、限定解除ですっかりその気のようだな。……だがここはよくぞ立ち上がったものだと褒めておこうか。このくたばり損ないめがッ!」

 

『黙れッ!一遍殺しかけたぐらいでいい気になりやがってッ!そうやって余裕ぶっこいてるから計画をぶち壊しにされんだッ!どうせてめえはここでブチのめすんだ、今度こそ引導渡してやるぜッ!』

 

「吠えたな小娘。……良かろう。ならば私も相応の鎧を纏わねばなるまいてッ!」

 

そう言うとフィーネはソロモンの杖を天へと向け、ノイズを呼び出し始める。ノイズを呼ぶ光が空で弾ける度に、半径数キロ以上の規模で広がっていく。

その数は常のノイズ災害で現れる量を遥かに凌駕し、幾千、幾万にも及ぶ程の数となって周囲の街、その全てを埋め尽くす。

 

『なーにが衣だ裸族の癖によッ!それに、ノイズばっかでいい加減に芸が乏しいんだよッ!』

 

『世界に尽きぬノイズの災厄、それは全て貴様の仕業なのかッ!』

 

「否、ノイズとはバラルの呪詛にて相互理解を失った人類が、同じ人類のみを殺す兵器として生み出されたもの。しかし保管すべきバビロニアの宝物庫は今も尚開け放たれたまま。そこよりまろび出ずる十年一度の偶然を必然と変えているに過ぎぬ。——このようになッ!」

 

今一度フィーネがソロモンの杖を天高く掲げる。そして先ほどと同じプロセスを経て、同等、あるいはそれ以上の数のノイズが召喚される。——その数は既に百万に及びつつあった。

 

『やむを得ん。フィーネは一先ず後回しだ。先ずはあのノイズ共を根絶やしにしてくれようぞッ!』

 

『言いたいことは分かりますけど言い方ァ!』

 

一足先に翼と響がノイズの軍団へ向けて飛び立った。残されたのはクリスと竜の二人。そんな中で、クリスは意を決したように竜に話しかけた。

 

「な、なあ!」

 

「あん?」

 

「あたし、さ。その……」

 

ここでクリスはふと思った。あたし、何を言えばいいんだろ。

そうしたいという気持ちに駆られて思わず話しかけたが、何を話せばいいのか思いつかない。

「アンタ、それなりには悪いヤツじゃなかったんだな」とでも言うか?いやいや、そんなの言えるわけねえ。

「アンタ、ちょっとはマシなヤツだったんだな。認めてやらんでもない」……いや、あたしのガラじゃねえ。

散々「ろくでなし」呼ばわりしたのを謝る?いやいや、それこそあり得ないだろ。

けどこいつが命を張らなきゃあそこで全部終わってた。こいつは自分でもそう言うくらいのろくでなしだけど、守るべきもののために生命を張るだけの覚悟があった。それは認めてやる。それであたしがこいつに大きな借りを作ったことも事実だ。

だからって、なあ……どう言えばいいんだ……と考え込むこと四秒ほど。口をもごもごさせながら言い淀むクリスに痺れを切らし、竜がさっさとしろと訴える。

 

「言いたいことがあるならハッキリ言えって前にも言ったはずだぜ。これ以上ムダな時間使うってんなら後にしな。この戦いの後でゆっくり聞いてやる」

「……じゃあ、これだけ。その……ありがと、な」

 

目を逸らしながら絞り出すように出てきたのはその一言だけだった。

無論、竜に意図なぞ分かるはずもない。

 

「……あ?そりゃどういう意味だ?ゲッター線食らいすぎて頭おかしくなったか?」

 

「〜〜〜〜!!い!い!か!ら!お前は黙って聞いてりゃいいんだよッ!ほら、もたもたしてないであたしらも行くぞッ!」

 

「いやお前が言い出したんだろうがッ!……ったく、調子狂うぜ」

 

顔を真っ赤にして竜を急かすクリス。竜はその姿に首を傾げながら翼をはためかせ、まずは肩慣らしにと「軽く」飛んだ。

 

「お、おおおおおおおお!?」

 

しかしそれだけでもゲッターは翠色の軌跡を残しながら疾り抜けていく。あまりの速度にさしもの竜とて素っ頓狂な声を上げて驚き、珍妙な体勢のまま思わずブレーキをかける。かなりの速度が出たために、たっぷり距離をおいてからの静止。そして次第にそのシンフォギア離れした性能を認識するにつれ、驚きは少しずつ笑みへと変わっていった。

 

『……すげえ。すげえぜッ!こいつがありゃ、俺たちゃ天下無敵だッ!!!』

 

飛んでいるうちにコツを掴んだのか、鋭角の軌道を描きながら物理法則を無視した挙動で空を駆ける竜。軌跡が疾るその道筋には、ノイズだったものが爆炎を撒き散らしている。

 

「ゲッタァァァ!トマホゥゥゥゥクッ!」

 

変化したのはアームドギアもだった。手に握ったのは長い間使い続けていた手斧ではなく長柄の大斧。先端には槍のようなパーツも付いており、「トマホーク」というよりは「ハルバード」に近い形状をしていた。その上でも「トマホーク」と呼ぶのは竜の愛着か、はたまた呼び直すのが面倒なだけなのか。しかしそのような些事は頭から放り投げ、竜は闘争本能の赴くままに暴れ回る。

振り下ろし、斬り上げる。薙ぎ払い、突き刺す。荒れ狂う鋼の暴風は嵐となり、嵐を携え縦横無尽に駆け回るゲッターは有象無象のノイズにとって最早災害の域に達していた。

 

『私とて負けてはおれぬッ!とおあああーーーッ!』

 

竜に負けじと、翼がさらに強靭となった蒼ノ一閃を抜き放つ。純粋に頑強さを、強靭さを、鋭利さを求めた蒼の斬撃が飛び、超大型のノイズ数体を貫通しながら纏めてぶった斬る。返す刀で地上の群れへと突っ込めば、剣を振るうほどにノイズが面白いように刈られていく。そして剣圧に耐えられなかった者から脱落し、周囲を巻き込んで爆発。それが新たな爆発を生む誘爆の連鎖。敵陣の只中に在りながら誘爆に巻き込まれずに済んでいるのは天羽々斬の機動性ゆえ。飛行能力の獲得により最大限に活用できるようになったソレを初見で使いこなす様は流石の経験と言うべきであろう。

 

『おらあッ!やっさいもっさいぃぃッ!』

 

機動力という点ではクリスも負けてはいない。限定解除によって得られた理屈を超えた力に対し、四人の中で最も順応性が高かったのが彼女であった。物理法則に喧嘩を売る——シンフォギアならいつもの事だが——変形によって小型の機動要塞兵器と化したイチイバルは、その特性も相まって、高速で飛行しながらビームを撒き散らし、最も効率よく対地・対空殲滅に勤しんでいる。

 

『凄いッ!乱れ撃ちだッ!』

 

『バカッ!全部狙い撃ってんだッ!』

 

『ごめんごめん!だったらわたしがッ!乱れ撃ちだあああああッ!』

 

その姿を見て今度は響が感嘆の声を上げる。しかし他でもないクリスからぴしゃりと訂正を受けると、ならば己がと右腕のバンカーを引き絞り、撃ち貫く。これまでは打撃の衝撃を内部に徹すため、あるいは一撃の火力を高めるために使われてきたバンカーユニットは、限定解除を経て疑似的な砲撃としての運用を可能とした。左腕が変わらず使えない故、絶え間なく撃つことこそ不可能であったものの、撃つほどにドワォドワォと地上のノイズを爆散せしむるその腕の一振りが雑音を消し去る度に、衝撃が、火柱が、轟音が大地を揺らす。

 

これが最後の大一番。手加減なぞ端から頭に無い。戦う者たちの心は今、確かに一つとなっていた。

 

『今更ノイズ如き、あたしらの敵じゃねーんだよッ!おととい来やがれッ!』

 

『フィーネはどうしたッ!?よもや逃げた訳ではあるまいなッ!?』

 

大方のノイズを掃討し終え、フィーネの姿を探す。ノイズが複数の市街地に渡って呼び出されたことでカ・ディンギルのある地点から少々離れてしまい、それによってフィーネが何処ぞへ姿を消すのではないかという懸念があったが、しかし彼女はそこから未だ離れていない。

センサー越しにその姿を捉えたクリスが一瞬安堵する。しかし次の瞬間にはその顔色は一変することとなった。

 

「ぬんッ!」

 

フィーネが自らの腹へソロモンの杖を突き刺す。

翼たちもクリスに遅れてその様子を捉え、すわ自害かと考えたのも束の間。杖が光り出し、ゆっくりとその体内へと取り込まれていく。

 

ノイズが呼び出される。しかしそれらは全て装者達を襲うでもなくフィーネの下へと集っていき、へばりつくようにその肉体を覆っていく。

 

『まさか、ノイズに取り込まれているのかッ!?』

 

『違うッ!あいつはノイズを取り込んで……いや、ノイズを喰ってやがるんだッ!』

 

「如何にもッ!来たれデュランダルッ!ここに無限の心臓となれッ!」

 

竜の直感を肯定し、その言葉の通りノイズを新たな肉体として再構築してゆく。さらに、ノイズの群れが地下のデュランダルを引き摺り出し、その腹の中へと収めていく。

 

「ソロモンの杖よッ!ノイズを呼び、我が肉体とせよッ!」

 

その言葉を皮切りに、呼び出されるノイズの数が加速度的に増えてゆく。フィーネと一体化したことで、その権能をさらに引き出すことが出来たためだ。

少しずつ、少しずつ再構成された肉体がその全貌を表していく。機械と泥を混ぜ合わせたような体色の胴体は大地と殆ど一体化しているため移動には殆ど向かないように見えるが、それに見合った大きさを有しており、体中を走る赤と青のパイプが印象的である。

背中からは注射器のような棘が生えており、その異形の姿に更なる異質さを付け加えている。

 

『クソッ!空が見えねえッ!あれ全部を喰ってるって言うのかよッ!』

 

『こんなもの、坐して見ている訳にはいかんッ!何としても止めるぞッ!』

 

『当たり前だッ!何を考えてるかは知らねえが、きっとロクなもんじゃないに違いねえッ!』

 

竜が一足先に空を覆うノイズへと吶喊する。しかしその勢いを止めることは叶わなかった。凄まじい勢いで「フィーネの下へ集う」という一つの目的の為に飛び交うノイズの中から何十体もが隊列から離れ、根元から断ち切ろうとした竜の胴体を直撃する。それに巻き込まれた竜は表面を削りこそすれ、本来の目的を達すことは叶わず地面に叩き落とされたばかりか地面に幾らか埋め込まれてしまった。

 

 

「フン。相変わらず危ない奴よ。故に必ずそう来ると思っていたぞッ!さあネフシュタンよッ!私に無限の剛性をッ!永劫に再生する、究極の鎧となれッ!

 

 

異形が次に形成したのは腕だった。胴体に見合った太さと大きさを持ったそれには胴にあったものと同じ赤と青のパイプがまるで血管のように張り巡らされ、機械というより筋肉のような有機的な印象を与えている。

 

 

「そしてこれらが統べるはゲッター線ッ!今ここに、三つの心を一つとするッ!」

 

 

異形がゲッター炉心を胎の中へ収めたことで、三位一体がここに成された。

フィーネが辿り着いたのは全てのものに意志があるということ。そして、それは聖遺物であっても例外ではないということ。であれば、彼女がこの結論に辿り着くのはむしろ必然。何故なら、三つの心を一つにすること——それから生まれる力こそがゲッターの真髄なのだから。

人が心を一つとしてゲッター線を統御、その真価を発揮させるのなら。

理論上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

しかしそれは机上の空論。複数の聖遺物を操ろうとする者は、その反発作用により己の裡からの破壊衝動に襲われる。かつて、響がデュランダルを手にした時のように。

それを覆したのがフィーネの精神力である。長き時を生き、「怪物」とさえ称される彼女の精神力が、その空論を実現可能な理論と変えた。

 

 

「誇るがいいッ!貴様らが引き摺り出したのだッ!この『ドラゴン』をッ!」

「見よッ!これが!これこそが!旧き世界の終焉を告げる滅亡の邪竜にして、新世界の到来を告げる福音の聖獣ッ!」

 

 

最後に尖頭の完成を以て、異形の姿が完成する。その隙間に一瞬翠色の光が走ると尖頭に裂け目が生まれ、ゆっくりと。花のように開いていく。

 

 

 

「この地にて生まれし、『ゲッター』の究極形ッ!」

 

 

 

がぱり、と。その頭が露わになる。

息を呑む響たち。有機体か、メカか。何れとも取れるそのバケモノの威容は、ある種の畏れさえ抱かせるものだった。

その異形の名は—————

 

 

「その名もゲッタードラゴンッ!さあ、世界最後の夜明けに懺悔せよッ!ク、ハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 

ゲッタードラゴン。とある世界において、「真ドラゴン」の名で恐れられた異形の「ゲッター」であった。

 

 




で た な ゲ ッ タ ー ド ラ ゴ ン

裏設定:vsドラゴンに時間をかけすぎるとどうなるの?

A.ドラゴン経由で因果が繋がって宇宙からインベーダー襲来。結構前の回で奏が「因果が不味いことになる」と言ったのはこれだったり。


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誰よりも熱く、誰よりも強く

お待たせしました。
原作一期は今回と次回で終了(予定)です。


『でッ……なんつーデカさだよッ!?』

 

フィーネの最後の切り札、ゲッタードラゴン。その姿を見た装者たちの間には衝撃が走っていた。

その姿がバケモノ染みているから?否、それは問題ではない。その巨体故のものか?否。断じて否である。

彼女たちにしてみれば、何よりも「ゲッターが敵に回った」という事実こそが何よりも問題であったのだ。

流竜の相棒として常に戦場を駆け抜けてきたゲッターが、装者たちの頼もしい味方が、フィーネによって敵として生み出されたこと。それそのものが共に戦ってきた者達には衝撃的であったのだ。

 

「ゲッター……ドラゴン……?」

 

響が呆然と呟く。

 

『よもや、そんなものがゲッターだとでも言うのかッ!?』

 

翼が憤然と詰め寄る。

フィーネはそれらをただ肯定するだけだった。

 

『然り。かつて、流竜が『ゲッター』を起動せし時より私はずっとゲッター線の力に魅入られ、研究を続けてきた。先駆者たる早乙女博士の研究資料を取り寄せ、時には櫻井了子として、時にはフィーネとして。多くの実験を積み重ねてきた!』

 

『あたしにゲッター線を浴びせたのもそいつの為かッ!』

 

『そうだとも。お前は流竜と同じく、人類の中でも数少ないゲッター線への強い適合を示した存在。ドラゴン建造の折には貴様をその核としようかとも思ったが……その必要も無くなった故な』

 

『ふざけんなッ!あたしはお前の道具でも、モルモットでもねえッ!あたしは雪音クリスだッ!あたしがあたしとして生きる為に、お前にだけは絶対に負けねえッ!』

 

クリスが真っ向から啖呵を切る。それに呼応するように、竜もコンクリートに埋まった身体を持ち上げ立たせ、目の前の巨体を睨みつけながら吠える。

 

『そうだッ!そんなバケモノがゲッターであるものかよッ!それに懺悔とか抜かしたな……そいつはてめえのやるこったァッ!!』

『これからたっぷり味わわせてやるぜッ!本物のゲッターの恐ろしさをッ!!!』

 

フィーネの姿は見えない。恐らく、ドラゴンの奥深くで核の役割をしているのだろう。だがここまでの戦いの経験上、彼女が不敵に笑ったことを四人は感じ取っていた。

 

『ならば受けるがいいッ!貴様が偽物と呼ぶゲッターの力をッ!』

 

ドラゴンの口腔に光が溢れる。溢れ出した光は、フィーネの号令と共に極太のビームとなって装者たちに襲いかかった。

 

「ゲッタァーー!ビィィーーームッ!」

 

カ・ディンギルと同様、無限に増幅された炉心のゲッター線が直接叩きつけられる。四人はギリギリの所で回避が間に合い、何とか掠める程度に済ませることが出来たものの、しかしゲッタービームの威力は想像を遥かに超えて甚大であった。

 

「嘘だろ!?ちょっと掠めただけだってのにこれかよッ!」

 

肌が灼ける。装甲が灼ける。武器が灼ける。圧倒的な熱量が直接身体を灼き、受けた傷を疼かせる。

次に街が焼ける。ビームが着弾した場所では極大の火球が焦土を生み、跡形も無く消滅させてゆく。

装者たちに戦慄が走る。アレを撃たせてはならない。撃たれたとして、これ以上街に撃たれれば、取り返しのつかないことになると。

 

『散開しろッ!集中すればまたアレを撃たれるぞッ!』

 

事ここに至っては最早言われるまでもない。

翼が言い切るよりも早く動き出したのは状況判断の賜物であろう。しかし、その程度で逃れられるほどドラゴンは甘くなかった。

ドラゴンの全身に光が流れる。流れた光は血液のように行き渡り、集まっては散り、散っては集まりを繰り返す。そして全身にくまなく行き渡った時、その巨大な両腕を地面に載せ、自ら身体を屈めた。

 

「その程度の小細工ッ!ドラゴンには通用せぬわッ!ゲッタービーーーームッ!第二射だッ!」

 

フィーネが叫ぶと共に、ドラゴンの背中から、腕から、首から、ありとあらゆる部位から、無数のゲッタービームが放たれた。

空を裂きながら殺到するそれらの脅威を肌で感じ取った四人は、一も二もなく動き出した。

 

雪崩れ込むビームの濁流。それらの一本一本の全てが散開した装者達を追い詰めるように拡散する。彼女らの額に冷や汗が一滴流れ落ちる。

 

ビームに呑み込まれぬように撃つ。撃ち払う。切り捨てる。

回避が難しいから落とす。やり過ごせないから落とす。直撃しそうだから落とす。

彼女らの脳裏には常に十秒後の死がよぎり、視界には一秒後の死が幻となって映る。

しかし無情にも、幻は少しずつ現実へと変わっていく。脳が危険信号をけたたましく鳴らす。ひりつく肌が最悪の未来を予知する。

 

「—————ぃっ……!」

 

放たれた第三射。僅かにビームがクリスを掠める。その時、クリスの脳に鋭い痛みが走った。予想だにせぬ痛みに思わず動きが鈍る。その隙を逃さず、少女の身体に無数の牙が突き立てられた。

 

「ぐあああああーーーーーーッ!」

 

「クリスちゃん!?うああッ!」

 

機動要塞が砕け、墜ちていくイチイバル。それに気を取られたガングニールは、直撃こそ避けたがビームの余波をまともに受け、空中でバランスを崩す。

 

『立花ッ!雪音ッ!ええいままよッ!』

 

『ちいっ!野郎好き放題しやがってッ!』

 

二人を助けるべく翼が急行する。そして竜とのすれ違い様に一瞬だけ目配せする。それだけで竜は自分に求められているものを理解した。

 

———相済まぬ。序でにこれらも引き受けてくれ。

 

「あいつ、俺になら何させてもいいとか思ってねえだろうな……ッ!」

 

竜は翼に迫るビームを全て身代わりとなって引き受けると、腹を括って光の雨へと突っ込んだ。視界を埋め尽くす光の中を、勘でルートを探しながら小刻みに旋回・急転回を繰り返し、僅かな隙間を縫ってゆく。翠色の雨を越えたその先にいるのはドラゴン。その頸一つを求め、ただ我武者羅に突き抜ける。

 

「おらあッ!まずは一丁、持って行きやがれッ!」

 

ドラゴンの頭上からの一閃。確かに手応えはあった。装甲を、肉体を抉り取ったという確信と共に、二、三と斬撃を繰り出す。しかし、肝心の傷は瞬く間に全て塞がれていく。

 

「クソッ!ここまできてネフシュタンとは、予想通りすぎて腹が立ってきやがったッ!」

 

悪態をつきながら翼は上手くやったんだろうなと視線を向ける。

翼も地面に激突する前に二人を回収出来ていたようで、二人を抱えて着地に成功したのが見えた。幸いなことに響は元々直撃を喰らっていなかったこともあり復帰は早かったが、一方でクリスの様子がおかしいことに気付いた。——何やら妙なものが見えているらしい。

 

そのクリスはというと、視界に映る光景の違いに混乱していた。脳の痛みはもう引いている。しかし、痛みが走る前と比べて目に映るドラゴンの姿が大きく変わっており、自分の身体の変化に戸惑っていたのだった。

しかし。しかし彼女がどれだけ己の正気を疑おうと、目の前の現実は変わらない。クリスの目はソレをありありと脳内へと映写していたのである。そう。

 

 

 

ドラゴンが、今まさに進化しようとしているのを。

 

 

 

 

何故こんなものが見えるのか。否、何故こんなものを見せるのか。

クリスには何も分からない。何かあるとすれば、自分とドラゴンの間に何かが起きた程度であるが、強いて言うなら先ほどの頭痛がソレなのか。だとすれば何のために。何故ドラゴンは敵である自分にそんな事をする。

ただ、何も分からない、ということだけが分かる。

 

(それともまさか、何かしたのはドラゴンじゃなくてゲッター線……?)

 

『……………スちゃん!』

 

そこまで考えたところでクリスの意識は現実に引き戻された。

 

『クリスちゃんしっかりしてッ!どうしちゃったのッ!?』

 

『……あたしはどうってことねえッ!そんなことより早くしろッ!あいつ、ちょっとずつだけどデカくなってやがるッ!このままじゃ取り返しのつかないことになるぞッ!』

 

考えるのは後だ。まずは目の前のバケモノをどうにかしないことには、確かめるも何もない。だから彼女は目の前で起きている事を一部伏せつつも、自分が見たそのままに伝えた。

かなり切羽詰まっていることもあったせいか叫ぶ声は自然と悲鳴のようになり、深くまで詮索されなかったことだけは幸か不幸か。少なくとも、響や翼が違和感を覚える前にフィーネが反応した事だけはクリスにとって幸運だったことは間違いないことであった。

 

『くくく……よく気づいたな。ドラゴンは本来の過程を省略して造り上げた故、この姿は未だ不完全。されど胎内に取り込みしゲッター炉心とデュランダルにより、ドラゴンは今まさに進化を果たそうとしているのだッ!ドラゴンが真に目覚めし時、月の破壊なぞ赤子の手を捻るより容易ッ!否ッ!如何な天体であれど、銀河さえも独力で滅ぼし得る存在となるのだッ!』

『これぞ無限に進化し、永久に成長し続けるゲッターの究極形態ッ!斯く成りし暁には最早何者も恐るるに足らずッ!カルマノイズも、その上位種もッ!否、否!否!来る虚無の宇宙においても一切鏖殺を果たしてくれようぞッ!』

 

フィーネが目に渦を宿しながら狂笑の叫びを上げる。それは、ドラゴンが太陽系そのものを滅ぼせる邪神と化すことの宣言であると同時に、宇宙の破壊神の誕生を示していた。

何ということか。これがゲッターの行き着く先とでも言うのか。

 

『違えだろ……!そんなものを創る為にッ!俺とゲッターは戦ってきたんじゃあねえッ!』

 

だが竜は言う。それは違う、と。

 

『てめえが何を言おうが、俺はそんな物が『ゲッター』とは認めねぇッ!てめえみたいに自分の勝手で誰かの生命を奪うような奴ッ!人を人とも思わねえ、ゴミみてぇに殺しても何とも思わねえ奴等ッ!許せねえ……許せる訳がねえッ!』

『てめえらはノイズと同じだッ!だからこの手でぶっ潰してやるッ!この力は……『ゲッター』はそのための力だッ!支配の道具でも無きゃ宇宙を破壊するバケモノでもねえッ!』

 

 

——そうだろ、達人。

 

 

竜は内心で、ここにはいない男の名を呟いた。

男のことは一度も忘れた事はない。彼女の胸に◼️◼️を残して散った男のことは。立花響の原点が天羽奏なら、流竜の原点は彼だ。

彼の死が、ゲッターを纏う意味を生んだ。

彼の死が、ゲッターで戦う覚悟を齎した。

だから認めない。以来、己の意志で定義した『ゲッター』の意味、それを裏切るようなものは。何故なら彼の死を裏切る事になるからだ。

だから認められない。認めてはならないのだ。

 

『俺が証明してやるッ!俺の信じる『ゲッター』はそんなバケモノには絶対に負けねえってことをッ!てめえをぶっ倒すことでなッ!!』

 

『無駄ッ!無意味ッ!無謀ッ!ゲッターの真髄、その力を知らぬ貴様らではあるまいッ!三つの心が一つとなった今、例え限定解除を果たしたギアと言えど、ゲッターと言えど!我がドラゴンを討つことは能わぬッ!』

 

竜の宣言を否定するフィーネの言葉。しかし彼女らはそこに光明を見た。

沈黙は金、雄弁は銀と言うが、これはフィーネにとっては単なる事実の再確認でしかなかった。しかし、装者達が耳で捉えたその言葉こそが唯一無二の勝機だったとすれば。この迂闊とも呼べぬ程度の迂闊。それが彼女にとっての瑕疵となるだろう。

 

『聞いたかッ!?』

 

『ああハッキリとなッ!だがどうするッ!?あそこから引きずり出すのはちょいと骨だぜッ!』

 

『それを何とかする方法があるとしたら?』

 

ニヤリ、と翼が不敵に笑う。

本気で言っているのかと疑いの目を向ける竜だが、翼はそれを気にも止めず、三人に念話を切るよう求めた。

 

「元より一八の賭け故、確証は薄いが……賭ける価値はある。何せ、同じ事を実戦で既に成功させているのだからな……立花が」

 

「ほえッ!?わたしですかぁ!?」

 

「他に誰がいる。立花のアームドギアと……竜、そして雪音。お前達二人と私が心を一つに出来るかどうか。ソレに全てが懸かっているが……乗るか?」

 

「……やりますッ!やってみせますッ!」

「どうせ他に手はねーんだ、だったら何でもやってやるッ!」

 

何の躊躇いもなく首肯する響。クリスも覚悟を決めて翼に応えた。しかし、意外にも竜の反応は芳しくない。というより、何か考え込んでいるようだった。

そして一呼吸の間を置いて口を開く。

 

「分かった。元々そういうイチバチは嫌いじゃあねえしな」

 

「良し。ならば行くぞッ!」

 

四人が空へ飛び立ち、竜を前に、翼とクリスをその後ろとして布陣する。響はそのすぐ近くでドラゴンの攻撃に備えている。

そして翼とクリスが二人並んで竜の背中に手を当てる。目を閉じ、精神を研ぎ澄ませ、己の鼓動が聞こえるほどに意識を集中させる。

鼓動が一つ、大きく高鳴る。同時に、翼の精神を熱と高揚感が支配する。

 

竜は翼の意志が自分の中に流れ込んでくるのを感じた。だがそれだけ。クリスの心だけが中途半端で届ききらない。

そして心が通い切らなければ「ゲッターの真髄」は発動しない。中途半端で、出力も上がりきらない。

翼もそれを感じ取ったのか、クリスを心配そうに見つめている。そこから自分だけが出来ていないことを知り、クリスが少しずつ焦っていく。

 

——時間が無い。なのに、なんであたしだけが。

 

「……やっぱりな。まだ俺の事が信じられねえか?」

 

「そんな……ことはッ!」

 

「現になってるだろうがよ。まぁ、無理も無ェ。あんだけ派手にやったんだ、表向きは吹っ切ってても、心のどこかじゃまだ信じていいのかどうか、迷っててもおかしくはねえよな」

 

ま、案外俺の方もそうかもしれねえが……と軽く言い放つ竜に対して、クリスには否定する言葉が見つからなかった。

そもそも、元を正せば竜がクリスの不信を買っていたのが原因である。いくら彼女を煽ってその気にさせる為とはいえ、「ろくでなし」の側面を見せすぎた。

竜自身、自分で自分が大人などとは少しも思っていない。近しい大人が弦十郎と自分の父親という正と負が極まったような両極端の男二人ぐらいだったこともあり、自分が弦十郎寄りの人間ではないことを自覚している。ただ歳を食っているだけだと自認している。だから尻を蹴り上げ、怒りを向けさせ、立ち上がる力に変えさせるやり方になった。

それがここで裏目に出た。確かにカ・ディンギルを巡る攻防戦を経てクリスの側からの評価が上向き、少しでも信じてみる心が生まれたことは間違いない。とはいえ、だからと言って真っ向から向き合ってきた二人(響と弦十郎)ぐらいに信じられるか、と言われると首を傾げざるを得ないのだろう。本人が自覚しているかどうかは別として。

竜はその事を薄々察していた。だがそれでもやるしかなかった。だからこの作戦に乗ったのだ。

 

そして今、どうあれやらねばならないのだ。人類が明日を迎えるために。

何もかも終わる。作戦も、勝利への道筋も、世界の命運も。他でもない、自分のせいで。焦るあまり、そこまで考えが至ったところで肝心の竜から声が掛かってきた。

 

「今のお前に無理なら、別に俺の事は完全に信じなくてもいいぜ」

 

クリスは耳を疑った。心を一つにすることで「ゲッターの真髄」が使えるのなら、信じることは前提なのではないか、と。

 

「その代わりゲッターを信じろ。お前が戦った、ゲッターの力を信じろ。……それぐらい、知らないお前じゃねえだろ?」

 

「——ああッ!当てにしておいてやるよッ!お前の、ゲッターの力をッ!」

 

竜の提案にクリスが威勢良く応え、背中に当てた手に力を込める。

時間は無い。おそらく、もう間もなくドラゴンが三度仕掛けてくるだろう。そうなる前に必ず道を拓く。

これがラストチャンス。外す訳にはいかないが、外すつもりは毛頭無い——!

 

 

「俺達三人の心を一つに……ッ!」

 

ドクン、と一際大きく三人の心臓が跳ねる。

 

「あ、熱い……ッ!胸が灼けるッ!身体が、熱くて燃え尽きちまいそうだ……ッ!」

 

血が滾る。体温が急上昇し、全身が沸騰するような熱さを感じる。クリスが初めて感じるその熱は錯覚であって錯覚に非ず。熱く燃えているのだ、本能が。闘争心が。戦う意志が全身の血液を沸騰させ、更に強く生命を燃やす。それがゲッターの力をさらに強く引き出してゆく。

 

「それでいいッ!そのまま力を抜いて身を委ねろッ!最後までゲッターの力を信じ抜くんだッ!」

 

その言葉が引き金となり、三人の身体が眩い翠色に輝き出す。力がさらに湧き出てくる。

 

「「「おおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」

 

感情を込めれば込めるほどに輝きは強くなり、稲妻が走り、エネルギーが爆発的に勢いを増してゆく。最早人の力だけでは制御不能になるほどに。

それらを纏め上げられたのは単にゲッターの力か、それとも人の意志か。しかしそんな事は彼女たちにはどうでもよかった。

 

「すげえ……ッ!なんてエネルギーだ……ッ!」

 

「フッ……我々の身体が、保つかどうか……ッ!」

 

「こうなりゃ死なば諸共よッ!ゲッタァァァァァァ!トマホゥゥゥゥクッッ!!!!!」

 

 

 

 

ファイナルゲッタートマホーク

 

 

 

 

エネルギーの塊と化したトマホークが伸びる。竜の身長を遥かに超え、ドラゴンの全長さえも凌駕するほど巨大な斧。一人では到底扱えないほどの質量を得たソレを、翼とクリスが後ろから支えることで補強し、自らの身長の何千倍にも及ぼうという得物を振り回す。

 

「おおおおおおおおおお————————」

 

ブチブチと両腕の筋繊維が裂ける音がする。切れた血管から血が噴き出る。骨が軋み、武術家の命にも等しい腕がその機能を喪失していく。限界を超えた力の代償は余りにも大きい。

だが。しかし。それでも尚。トマホークは止まらない。否、止まるわけにはいかない。この手を緩めるくらいなら、死んだ方が余程マシだと心に銘ず。

 

「——————おおおおおりゃああああああッッッッッ!!!!!」

 

最後の一太刀が振り下ろされる。ドラゴンの脳天から、正中線に沿って真っ二つに切り裂いてゆく。美しい断面にゲッター線の光を添えて。

 

「がああああああああああああああああッ!」

 

フィーネの断末魔が大きく響く。ドラゴンも深手を負い、巨大な腕をだらりと下げて身体を支えている。怒りを滾らせながら、頭の隅で冷静に再生を図る。しかし、ここで気付いた。

 

「馬鹿なッ!再生が、再生が阻害されているッ!おのれゲッター線による干渉かァァァッ!」

 

ネフシュタンによる再生は叶わなかった。否、再生は確かに滞りなく始まっている。しかし傷口をゲッターエネルギーに塞がれたことで、再生速度が大きく落とされているのだ。

——勝算あり。ここに最後のピースを嵌め込む。それこそが希望。それこそが勝利の鍵。

 

「行け立花ッ!勝機はあそこだッ!手を伸ばせェェェェェッ!」

 

翼が指を指した方向は、先の一閃にて生まれたドラゴンの傷口。ゲッターエネルギーによる干渉で再生を封じられた場所。そして……外部からドラゴンの体内へと干渉し得る、唯一の門。そこへと立花響は迷わず突っ込み、そして光の中へとその手を伸ばした。

 

 

 

 

風鳴翼は、この場の誰よりも立花響に賭けていた。この状況をひっくり返せるのは彼女しか居ないと本気で信じていた。それは立花響に救われたが故に。立花響だけが持つ力を実感しているが故に。

だから、真っ先にそれが思い浮かんだ。

 

それは、立花響ただ一人しか成し得ないことだった。

世界中どこを見渡そうとも、彼女にしか出来ない。流竜も、風鳴翼も、雪音クリスも。たとえ風鳴弦十郎だって出来やしない。

 

何故なら、足りないからだ。

 

力でもない。想いでもない。意志が足りないのだ。シンフォギアからアームドギアを形成する為の戦う意志、その方向性が。

 

風鳴翼は護国の防人としての意志を剣に込めた。

流竜は自身の本能が全てを形作った。

雪音クリスは深層心理が戦う力を生み出した。

そして立花響は、手を繋ぎたいという意志を以て、アームドギアを形成した。武器持たぬ拳に心を込めた。

 

そして実例は存在する。カルマノイズに取り憑かれ、操られ、狂った翼の心と繋がることで、苦しみから解放したという実績がある。

 

ならば賭けるに何の不足があろうか。三位一体が鍵ならば、それを崩してしまえばいい。他でもない、フィーネ自身が言った事だ。全てのものに意思があり、「三つの心を一つとした」ことを。

そして条件は揃った。極めつけにゲッター線を媒介とする用意も整った。

 

ならば、ならば、だ。

 

 

 

 

 

 

響が叫ぶ。己が役目を果たすため。

響が叫ぶ。最後の鍵を埋めるため。

響が叫ぶ。世界の明日を、掴むため。

 

 

 

「お願いッ!わたしたちに力を貸してッ!目の前の絶望から、みんなの生命を守るためにッ!」

 

 

「みんなが笑って、明日の世界を生きれるようにッ!」

 

 

 

 

ドラゴンの中に融け、フィーネとの融合した不滅の刃。ソレと手を繋ぐ事に、どんな不可能があるだろうか。

 

 

 

風鳴翼は、信じている。

 

 




感想・評価お待ちしてます。


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第38話

思ったより爆速で筆が乗りました。いつもこうだといいんですけどね。
というわけで原作一期最終話です。次回から繋ぎ回をちょろっと挟んで二期へ行きます。


そういえばXDの新イベントでソロモンの杖を使ってカルマノイズを操作する描写が出てきて泣きました。なので本作では操作できない世界線として扱います。(苦肉の策)


「行け立花ッ!勝機はあそこだッ!手を伸ばせェェェェェッ!」

 

響が疾駆(はし)る。狙うは勝機、最後の鍵。

ゲッターエネルギーが取り巻くドラゴンの傷口に手を入れ、目を閉じて指先に意識を向ける。

そして意識が深く深く潜った時、瞼の裏が黄金色に眩く光る。

 

——とくん、と。微かな鼓動を感じ取った。

 

強く強く目を見開く。感じ取った鼓動を強く強く握り込む。二度と手放さぬように。二度と見失わぬように。そして強く叫ぶのだ。その望みを。

 

 

 

 

かつて、煌めく兜の戦士と称される者がいた。

かつて、仲間を守るべく生命を散らせた騎士がいた。いずれも、その剣の担い手として数多の仲間を、家族を、友を、無辜の人々を救うべく戦ってきた。

———その共通項は、「守護(まも)りし者」であった。ならば、ならばだ。

その切なる祈りに、剣は応えるだろう。過去の担い手の意志を継ぐ者へ。

 

 

 

 

 

「お願いッ!わたしたちに力を貸してッ!目の前の絶望から、みんなの生命を守るためにッ!」

 

「みんなが笑って、明日の世界を生きれるようにッ!」

 

 

響がその想いの丈を叫ぶ。それに呼応して、ドラゴンに刻まれた傷がさらに輝きを増していく。そしてついに、響はそれを光の中で掴み取った。

 

「お、おおおおおおおお————————ッ!」

 

「があああああああああああッ!馬鹿なッ!力が抜けるッ!ドラゴンが、三つの心、が、崩れていく———ッ!」

 

ズルリ、と。剣はゆっくりとドラゴンの中から引き抜かれていった。同時に響き渡るフィーネの悲鳴。そしてドラゴンもまた、身を捩らせながら苦しみの咆哮を上げていた。

響の右腕に握られていたのはデュランダル。不朽不滅の黄金剣。

邪竜の体内より引き抜かれ、天高く掲げられるその様はまさしく謳われるべき聖剣伝説そのもの。響の天使の如き外見と相まって神々しささえ覚えるほど。

 

「いよっしゃあッ!あいつ、本当にやりやがったッ!」

 

クリスが喝采の声を上げる。翼も、両腕が使い物にならなくなった竜を地上で支えながら、「フッ……当然だな」と呟く。

 

しかし、とはいえ、だが。そう容易く事が進むはずも無い。

 

「おッ……がァッ……ぐゥゥゥぅぅゥゥぅぅぅ……ッ!」

 

目が薄暗く濁り、響の胸から黒い泥が溢れ出す。

——聖遺物の反発による破壊衝動。暴走の一歩手前。背中の翼は禍々しく変性し、闇に塗り潰されていく。

 

『ぐぼッ……無理も、あるまいッ!私の制御下から離れた今、デュランダルが齎す破壊衝動はダイレクトに貴様の精神を侵すッ!聖剣を引き抜いた事こそ驚いたが、それこそが貴様らの敗因となるのだッ!』

 

血反吐を吐き、特大の喪失感に襲われながらもフィーネは嗤う。

確かに彼女の言葉は正しいだろう。だが彼女自身がその常識を覆したのならば、同じ事が我等に出来ぬ道理無し、と。そう吠える事が出来るのが彼女達の強さであった。

 

「それはどうかなッ!」

「そうは問屋が卸さねえッ!」

 

翼とクリスが両手を響の手に添える。折れた腕の代わりになるように。壊れそうなその心を支えるように。

 

「屈するな立花ッ!お前が握った覚悟を思い出せッ!お前が受け継いだものを、今一度私に魅せてくれッ!」

「お前を信じて、お前に全部賭けてんだッ!お前が自分を信じなくてどーするんだよッ!」

 

決死の覚悟で語りかける。響を引き戻せなかった時、真っ先に彼女の爪牙は二人を切り裂くだろう。そうと知っていても尚、二人は語りかけるのを止めない。響が帰ってくることを信じているから。響がこの程度で終わる筈がないと、そう信じているから。

 

そして響を信じる者は二人だけではない。

ドワォ、と轟音と土煙を立て、地下シェルターの入り口が吹っ飛ばされる。中から現れたのは——

 

「正念場だッ!踏ん張り処だろうがッ!」

 

「強く自分を、意識してくださいッ!」

 

「昨日までの自分をッ!」

 

「これからなりたい自分をッ!」

 

——響を支えてきた大人達。皆必死で叫び、語りかけている。

獣の目が地上を捉える。獣の唸り声の中に、ヒトの心が混じり始める。

 

そしてもう一人。信ずる者はここにもいる。

 

「自分に負けるなんてダセェことしてじゃねえぞッ!もっと気合入れて根性出しやがれッッッ!」

 

流竜。地上で翼に優しく寝かされていた彼女もいてもたってもいられなくなり、垂れ下がった両腕をぷらぷらさせながらも響の真後ろに陣取って叫びはじめる。——そしてゲッターは淡く輝き出している。

 

「あなたのお節介を!」

 

「アンタの人助けをッ!」

 

「今日は、私達がッ!」

 

響の級友たちも次々と叫び出す。お前を信じていることを。お前の力にならせてくれと。

 

「まだだッ!まだ足りねえッ!お前らもっと気合入れろォッ!力を出し切るんだァァァァッ!」

 

大人達が、友人達が、仲間達が、口々に響の名を呼ぶ。

意志が、感情が、想いが、心が。次々と光を通じて響の許へと集まっていく。

目醒めるはヒトの意志。そして応えるは進化の光。人類に未来を賭けた、意志持つ光。

集いし心は絆となりて、新たな奇跡を照らし出す。

ゲッターはさらに輝きを強め、ここに集いし力を呼び起こす。

そして。そして。最後の一人が、己の心を解き放つ。ただ一言に無窮の想いを込めて。

 

 

 

「響ぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーッッッッ!!!」

 

 

 

この身朽ち果てても、伝えたいものがある。

それはいつもいつまでも変わらない、たったひとつの真実。

 

 

【貴女は一人じゃない】

 

 

だから、笑って。

 

————————————————–———————–—

 

ごうごう。

ごうごう。

 

わたしは嵐の中にいた。

 

ごうごう。

ごうごう。

 

身体が濡れる。風がわたしを冷やしていく。

ふと気付いた。濡れた足先が黒くなっている。黒いものは身体が濡れるたびにわたしの足を侵していく。

 

ああ、そっか。と。胸の中にすとんと落ちた。これはただの嵐じゃない。

 

 

 

 

【壊したい】

 

【殺せ】

 

【悲しいよ】

 

【憎い】

 

【どうして】

 

【許すな】

 

【恨めしい】

 

これはわたしの黒い感情なんだと、そう自覚してからようやく思い出した。わたしは確か、デュランダルを手に取ったはずなのだ。ならきっと、これは前にも感じたデュランダルの破壊衝動。それがわたしの中で暴れ回っていて、今それに呑まれようとしているんだと。

そう理解した瞬間、嵐がさらに強くわたしを打ちつける。暗い。前が見えない。寒い。足先の感覚がもう無い。どうあっても逃げられない。ここにはわたししかいないから、わたしは一人で立ち向かうしかないんだろう。

 

崩れそうになる膝を支えて、震える足で前へ出る。一歩一歩踏みしめて。

だけど、わたしの足がダメになる方が早かった。黒いものはわたしの膝まで侵していた。瞬間、倒れ伏す身体。それでも腕だけで前へと進んでいく。ぴくりとも動かなくなった足を引き摺りながら。幸いここにいる内は腕はなんともないから、引きずる分には大丈夫。それでも、わたしが前へ進むより。黒が広がる方が早くて、とうとう腕も動かなくなった。

 

……このままわたしはわたしじゃなくなるんだろうか。この寒い場所で。この暗い場所で。

 

そんな時だった。空から、光が一つ、降ってきた。

 

 

 

【正念場だッ!踏ん張りどころだろうがッ!】

 

 

 

光がさらに落ちてくる。そして声が聞こえる。温かい声が。

わたしを信じる声。わたしを励ます声。わたしを助けるための声。

それら全てが光になって、わたしの心を温める。

顔を上げると、光が翼さんとクリスちゃんの姿に変わって、わたしと手を重ねていた。

 

そうだ。何を弱気になってるんだ。

何が破壊衝動だ。そんなもの、わたしはとっくに乗り越えたはずだ。

わたし一人の力じゃなくて、翼さんの力も借りて。

だったら今更、何を恐れることがある。

 

【まだだッ!まだ足りねえッ!お前らもっと気合入れろォッ!力を出し切るんだァァァァッ!】

 

いつもの力強い声が聞こえてくすりと笑えてしまう。

思えば初めは憧れていただけだった。翼さんにも、竜さんにも。

すごく強くてかっこよくて、わたしよりずっとたくさん誰かを助けてきた二人。二人のように、そしてわたしを救ってくれた奏さんのようになりたいと、そう無邪気に思っていた。

だけど戦いはそれだけじゃ務まらないって、現実を突きつけてきたのも二人だった。

わたしの戦いはその時に、本当の意味で始まったんだ。意志を貫き、手を繋ぐための戦いは。

 

わたしはもう二度と自分なんかに負けない。

わたしのことを助けてくれる人がいる限り。

わたしのことを、待ってくれてる人がいる限り。

 

【響ぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーッッッッ!】

 

一際大きな光が、わたしの胸に入り込む。

……そう、そうだよね。いつだってそう。小日向未来。わたしの日だまり。この世で一番だいすきな、わたしの帰る場所。

やっぱり、未来のそばが一番あったかいんだもんね。

 

光が伸びる。進むべき先を示してくれる。

そしてわたしは自分の足で歩き出す。たくさんの光を背負いながら。たくさんの光に助けられながら。

 

 

———響け生命の歌。彼方、羽撃いて。

 

想いは、受け取った。だから応えるよ、未来。

 

【わたしは一人じゃない】

 

だから、笑って。

 

 

————————————————————

 

ゲッターの輝きが収まった時、響は完全に破壊衝動から解き放たれていた。

はっきりと意志を宿した目も。力強く剣を握った腕も。足も、胴体も。その全てが立花響であった。

デュランダルが真なる輝きを魅せる。それはガングニールと、響と、人の意志と共鳴し、その力を限界以上に引き出したもの。共振した絆に、デュランダルが応えた姿。

 

『何だその光は……一体何を束ねたッ!?』

 

「響き合うみんなの歌声がくれた、シンフォギアだァァァァァァッ!」

 

 

 

Synchrogazer

 

 

 

四人の力で極光が振り下ろされる。ドラゴンを……邪神を裁く、浄化の光が。無限を無限で相殺し、あらゆる悪を消し去る光が。

その光の前には何人たりとも立つこと能わず。ただ安らかに息絶えるのみ。

 

ドラゴンに避ける術は無い。元よりその巨体を動かす方法はおおよそ無に等しい。そしてドラゴンは光を見上げ、求めるが如くその両腕を高く掲げながら、その一撃を受け入れた。

 

「うおおおおおああああああッ!早すぎるッ!ゲッター線がまだ十分では無いと言うのにッ!」

「まだだッ!まだ終わらぬッ!この身、砕けて、なるものかァァァァァッッッッ!」

 

その断末魔と共に。

ドラゴンは爆炎の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「お前……このスクリューボールがよ」

 

ボロボロで帰ってきた響とフィーネを迎えたのは呆れ半分、笑い半分のクリスの声だった。

竜はあんにゃろうまだ生きてやがったかと息巻いているが、翼にどうどう、と諌められていた。扱いが完全に暴れ馬のそれである。

 

フィーネもフィーネで完全に呆れ返っていた。彼女の常識に照らし合わせれば流竜の反応こそが正常であり、救うと言う判断をした響は彼女にしてみれば甘すぎると言っても過言ではなかった。

 

(全く……師匠が師匠なら弟子も弟子か)

 

己に拳を向けた漢に目を向ければ満足そうに笑っている。裏切られた挙句、腹に穴を開けられてまでそんな顔が出来るのはこの漢だけだろうなと、呆れの感情が更に強くなり、いっそ馬鹿馬鹿しく思えてきていた。

 

「もう終わりにしましょう、了子さん」

 

「私をまだ……その名で呼ぶか」

 

「当たり前ですよ。だって、了子さんは了子さんですから。……ですから、きっと私たち、分かり合えます」

 

フィーネを座らせた響が彼女に笑いかける。

フィーネは何も答えない。俯いたまま、黙って息を整えているだけだ。

そして暫くして。彼女は答える代わりに静かに、そして訥々と語り始めた。

 

「ノイズを作り出したのは、先史文明期の人間。統一言語を失った我々は、手を繋ぐことより相手を殺すことを選んだ」

「そんな人間が分かり合えるものか。だから私はこの道を選んだ」

 

ゆったりとした動きで、金属が擦れる音を立てながら立ち上がる。そして、その顔を見せないように彼女らに背を向ける。その視線の先にはカ・ディンギルの跡地。自身の夢の跡を見つめる彼女の胸中はいかばかりか——誰しも、そのような感情を抱いた。

一時、沈黙がこの場を支配する。沈黙を破ったのは、やはり立花響。

 

「人が言葉より強く繋がれるもの、知らないわたしたちじゃありません」

 

「ゲッター線、か。……確かにアレは希望だった。あのお方がそう仰ったように——」

 

「違いますよ。もっと根っこに近くて、もっと心が揺さぶられるものです。了子さんだって信じてたはずですよ……その力を」

 

響は敢えて明言しなかった。彼女なら既に分かっていると知っているから。

ゲッター線による繋がりは確かに人の繋がりの可能性の一つである。しかしそれは本質的には繋がった結果の表出に過ぎない。ならばそれはもっと根本的なもので、もっと原始的なもの。この戦いの趨勢を決した、人の心の光。その一つのカタチであった。

 

「私がそんな殊勝であるものか。シンフォギアとは所詮、カ・ディンギル建造の副産物。為政者より予算を捻出させるための玩具に過ぎん」

 

「それでも……ギアが示してくれました。わたしたちの進むべき道を。掴むべき明日を」

 

「…………」

 

「そして、そのきっかけをくれたのは了子さんなんです。だから、戻ってきてくれませんか?また一緒に……」

「断るッ!」

 

響の言葉を遮って、フィーネが鞭を響へと伸ばした。響は咄嗟に避けたが……狙いは其処に非ず。空に浮かび、今尚漂う月の破片。

 

「私の勝ちだァッ!月の破片は今、この地へと落ちるッ!」

 

鞭が力の限りに引かれる。あまりの質量差に大地の方が耐えられず、フィーネの足元が砕け、放射状のヒビが無数に入る。そしてその甲斐あって月の破片は重力に囚われた。

この場に驚愕と緊張が満ちる。誰もが悪足掻きだと思った。誰もが破れかぶれだと思った。だがそうではない。元より計算済みだったのだ。全ての禍根を一網打尽にするために。

だが代償は大きかった。元より崩れかけた肉体は既に塵へと変わりつつある。何もせずとももう少しで完全に崩れ、消え失せてしまうだろう。しかしそれは彼女にとっては終わりではない。

 

「この身はここで果てようと魂は果てることはないッ!どこかの場所ッ!いつかの時代にて再び再誕してみせようぞッ!全ては世界を束ねるためにッ!」

「私は永遠の刹那に生き続ける巫女、フィーネなのだッ!!!」

 

崩れ去りながら狂笑を続けるフィーネ。胸元には響の拳が迫っている。

彼女は一秒後の死を予感した。しかしそれでいい。それこそが新たな計画の始まり。新たな技術を齎す新たな生の始まり。それこそが彼女の望みなのだから。

 

「止めんじゃねえ翼ッ!」

 

「逸るな。もう……終わっている」

 

翼は血気に溢れる竜をそう言って宥めた。何せ翼には見えていたからだ。——響が彼女を殺す訳がないと。最後の最後で、彼女の思惑は成就しない。そしてそれこそが必要なことなのだろう、とも。

 

そしてその予感の通り——フィーネにとっては予想外だったが——響の拳は優しく彼女の胸に触れただけに終わった。

面食らうフィーネ。しかし、響の微笑みは崩れない。

 

 

 

「だったら……何度でもみんなに伝えてください」

 

 

 

「世界を一つにするのに力なんて必要ないってこと」

 

 

 

「わたし達は未来にきっと手を繋げること。そして」

 

 

 

「わたし達は言葉を超えて一つになれるってこと。……わたしには、できないことだから。了子さんにしかできないことだから」

 

 

 

「だから!そのためにも、わたしが現在を守ってみせますね!」

 

 

 

満面の笑みでそんなことを宣うものだから。

彼女の毒気はすっかり抜けてしまった。

 

 

 

 

——嗚呼、どうしてこの子はこうなんだろうか。

ヒトの悪意を知りながら、善意を信じ続ける心が、眩しくて。真っ直ぐで。純粋で。それとも私が忘れ去っただけなのか。

 

私は何のためにバラルの呪詛を解こうとしたのか。本当にあのお方に恋心を告げたいからなのか?……その通りだ。その事に疑いも無ければ変わりもない。だが、それだけか?ただそれだけのために、私はヒトという種の進歩に手を貸し続けてきたのか。

……初めから、答えはこの胸の中にあったのかもしれない。ただ、私が利用するためだの何だのと、理由をつけて誤魔化していただけ。かつて、ヒトがノイズにて同族殺しを図ったあの日から。統一言語無しにヒトは分かり合えないのかと絶望したあの日から、ずっと。だとすれば、私は。

 

そう思うと、本当に。

 

「もう……つくづく、放っておけない子なんだから……」

 

幾度繰り返しただろう。幾度黄泉返っただろう。幾度肉体を失っただろう。この長き旅路の中に在って、これほどまでに。

これほどまでに、安らいだ気持ちで逝くのは初めてだった。

 

「だったら、胸の歌を、信じなさい」

 

そして最後に——

 

「人類は宇宙の癌。ゲッターを滅ぼせ」

 

「何?」

 

「カルマノイズの行動原理よ。これからよくよく、気をつけなさいな。……じゃあね。そして、ごめんなさい」

 

それが彼女の遺言となった。

遺体は崩れ、塵となって風に舞う。

それを見て涙ぐむ者、ただ真っ直ぐに見つめる者、目を伏せる者——反応は様々だった。だが、その瞬間だけは。皆、彼女が櫻井了子だったのだと信じていた。

 

「……はぁ。こんなことされちまったら、俺の立つ瀬がねえぜ」

 

一々ピリピリしてたのが馬鹿みてえだ、とため息を吐く竜。

あんなに怒っていたのに。あんなに和解は無理だと思っていたのに。

 

「あいつ、本気で成し遂げちまった。本当に敵と手を繋いじまったよ」

 

「ああ。立花にしか辿り着けなかった、結末だ」

 

「お前、ずっとこれを狙ってたのか?」

 

「狙っていたわけではない。だが立花ならきっと悪いようにはしない。そう信じていただけだ。……別に、お前を信じていない訳ではないぞ?人には適した戦いの場がある。今日のところは、立花の方が向いていた。それだけの話だ」

 

「ったく。……そこまで言われちゃ、引き下がるしかねえわな」

 

「その割には随分いい顔をしているぞ」

 

「本当か?」

 

「こんな所で偽りなど言うものか。——嬉しいんだろう、立花の成長ぶりが」

 

「……かもな」

 

しんみりとした、穏やかな時間が流れる。誰もが感情の余韻に浸り、彼女の死を惜しんでいた。

しかし、いつまでもそうしてはいられない。終末の時は刻一刻と迫っている。

 

「月の破片、やはり直撃コースです。このままでは、ここら一帯が焦土になるでしょう。……逃げ場はどこにもありません」

 

藤堯の分析が絶望を告げる。

 

「あんなものが落ちたら、私たちはもう……」

 

詩織がか細く、不安そうな声を上げる。

それに追随するように、この場を悲観的な雰囲気が包んでいく。

だが、そんなものは知らぬ存ぜぬとばかりに気炎を上げる者達も確かに存在している。それはやはりと言うべきか。彼女こそがその先駆けだった。

 

「うしッ!だったら最後の大仕事と行こうじゃねえかッ!」

 

竜が場の空気を切り替えるために敢えて大きく声を張り上げ、肩で響の肩を小突く。初めは面食らった響だったが、意図を理解すると笑って大きくはいっ!、と返事をした。

 

「お前らも来るか?これが正真正銘、最後の最後だ。ド派手な花火を打ち上げてやろうじゃねえかッ!」

 

「そうだな。どうせなら、皆の力でやる方がいい」

 

「『カッコつけ』なんか誰がやらせるかよ。あたしも付き合うぜ、最後までな」

 

さらに、まるで飲みに行くかのようなノリで他の装者をも死地へと誘っていく。こんな状況においても普段とさほど変わらぬ言動は、他の者には頼もしく見えた。

さらに、彼女の矛先は弦十郎にも向く。

 

「なら決まりだな。後は……何だったか……そうだ、オッサンッ!」

 

「何だ?」

 

弦十郎の返事に対し、竜は頼もしく、あるいは悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「残業代、キッチリ用意しとけよなッ!ついでに飯もだッ!この際コンビニの握り飯だろうが構やしねえッ!、数だけでもしっかり揃えとけよなッ!」

 

向かうは宇宙、相対するは圧倒的な質量を持った月の破片。生きて帰れるかどうか、そもそも破砕出来るかどうかさえも不明瞭なソレを前にしながら、「帰ったら残業代と飯を寄越せ」と要求できるのはその図太さ故か。

しかし弦十郎は何よりも、それを彼女なりの帰還宣言として受け止めた。

 

「……!ああッ!待っているぞッ!だから……!」

 

必ず帰ってこい、とは言えなかった。言い切る前に止められたから。

 

「それ以上は要らねえよ。……んじゃ、行ってくらぁッ!」

 

そして四人は飛び立った。迫る絶望を砕くため。胸に希望を抱きながら。

 

 

 

 

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

――Emustronzen fine el baral zizzl――

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal――

 

――Emustronzen fine el zizzl――

 

 

四人揃って絶唱を歌い上げる。そして心と身体を繋げていく。真ん中には響と竜。その隣にはクリスと翼。クリスが響の肩へと手を置いて、翼が竜の肩に手を乗せる。

 

「じゃあ、ちょっとだけ我慢してくださいね?」

 

「何生意気言ってやがる。俺は流竜様だぜ?それぐらい痛くも何ともねえッ!」

 

そして響の右手が竜の手と重なった。

ゲッターの装甲が光を放つ。光は次第に白い極光となり、それは他の三人へも伝播していく。

 

 

風に吹かれても 夜の雨に打たれても

 

何も心に  感じられない

 

だけどフイにわかる  戦いの日が来れば

 

聞こえてくる

 

 

 

 

『リンクする声が————!』

 

 

 

今、胸の歌を以て四人の心が一つになる。

ならばたかが石ころ一つ、撃ち砕けぬ道理なぞあるものか。

 

『お前ら、わかってんだろうな!?』

 

『ああッ!あたしの一生分の歌をブチ込んでやるッ!』

 

『このような大舞台で挽歌を歌うのだ、全霊を込めねば無粋というものッ!』

 

『解放全開ッ!ハートの全部、叩き込みますッ!』

 

『あんま気負うなよ?相手はたかが石っころだッ!一撃で吹っ飛ばして、帰って飯と洒落込もうぜッ!』

 

『『『応ッ!』』』

 

 

 

『Rising!』

さあ立ち上がれッ!

熱い叫びが、エナジーになるッ!

 

『Fly high!』

無限の勇気、込み上げてくるぜッ!

 

『Rising!』

俺は負けない、全ての悪を撃ち倒したいッ!

 

『Fly tough!理想の元に、俺たちはひとつさ——–—!』

 

歌い終えると、四人を覆う輝きは極大に高まっていた。

その全てが四人の生命の光。

生命の力で引き出された意志。ゲッターの光。

 

 

 

 

「これが俺達のッ!」

 

『絶唱だああああああああッッッッッ!!』

 

 

四人の生命の輝きは、極光として放たれる。

極限まで高まった心。極限まで引き出された力。その全てが、ただ一撃に込められる。

もうこれで終わってもいい、そんな覚悟は必要ない。例え全エネルギーを余さず撃ち放ったとしても、必ず生きて帰ってくる。不退転の中でも尚、そう思うのは矛盾だろうか?否、そうではない。

戦うならば生きて帰ってこそ。生きている限り負けてはいないのだから。死を覚悟するのは良いが、死を許容する意味など無い。だからこそ全霊を込める。出し惜しみなぞ必要ない。生きるという意志こそが戦う力そのものならば。

 

そしてこの光はその集大成。この戦いに終止符を打つ、一度きりの最終兵器。

 

 

 

 

それに名を付けるなら————

 

 

 

第38話   シャイン・スパーク

 

 

 

 

 

 

 

「————ただいま!」

 

 

 

 




実は本章の敵はかなりヌルい方なのでここからが本当の地獄だったり(不穏)
頑張れビッキー!


感想・評価お待ちしてます。


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戦いの後、そして新たな日常へ

しないシンフォギア風味、ほぼギャグ回です。
新章へと繋がるのは次回からになります。






キャラ崩壊あったらごめんなさい(小声)


月の破片はシャイン・スパークによって跡形もなく消え去り、四人は無事に帰ってきた。一連の事件はルナアタックとして人々の記憶に残り、人類史上前代未聞の大事件としてひっきりなしに特集が組まれる事になったのである。

そしてその日を境に世界は大きく変わった。シンフォギアシステムの露見による国内外からの非難、そして強くなり続ける米国政府の圧力と、世界各国が観測した「未知の宇宙放射線」に関する問い合わせ。日本政府はそれらの対応でてんてこ舞いになるわけなのだが……それはあくまで大人の仕事。実際に世界を救った彼女らは別に知ったこっちゃないのである。

だからこれはただの閑話。大事な大事な、ありふれた時間のお話である。

 

 

 

◆みんな仲良く

 

無事に月の破片を破壊して帰ってきた四人。しかし四人を待っていたのは残業代でも、大量の飯でもなく病院送りという過酷な現実だったッ!!!

 

 

「…………!………………!!!」

 

「まさか帰って早々入院なんて、はぁ〜早く未来に会いたいよぉ」

 

「流石に無理しすぎたな、あたしら。そうしなきゃいけないのは分かってるけどさ」

 

ベッドの上で愚痴をこぼす響とクリス。しかし二人の視線は意図的に翼の隣のベッドから外されている。

 

「………!!!!………………!!!!!」

 

「でも、お蔭で私たちは明日を掴むことが出来た。そう思えばこれも名誉の負傷ではないかしら」

 

「えへへ。そうですね!」

 

翼も自分の隣のベッドを見ていないし、見ようともしない。というか、頑張って視界に入れないようにしている。

しかし天性のツッコミ気質を持つクリスは耐え切れず、ついにソレに触れてしまった。

 

「……で、何でコイツはこんなに厳重に縛り付けられてんだ?」

 

「ダメだよクリスちゃん。みんな頑張って触れないようにしてたんだから」

 

「あたしが悪いのかッ!?」

 

全員が頑張って意識から外そうとしていたのは全身ぐるぐる巻き、ミイラ状態でベッドに縛り付けられた竜のクッソ情けない姿だった。

 

 

 

 

◆いつもの問題児(20さい)

 

耐え切れなかったツッコミ役、覚醒。我慢出来ずにツッコミ役としての本能のまま、あまりにもあんまりな扱いについて早口で捲し立ててしまう。

 

「だって一人だけ扱いがアレじゃねーかッ!何だよ全身ミイラにぐるぐる巻きって!?この『いつでも緒川システム』ってのはなんなんだッ!トッキブツっていっつもこんなんなのかッ!?」

 

「流石に普通はこんなことしないわよ。だけど竜は五体満足でなくとも放っておけば勝手に動き出し、窓から脱走した挙句必ず何処かで怪我して帰ってくるとんでもない女……だからこれは苦肉の策。安静にさせるにはこの方法しかなかったのよ」

 

今明かされる最年長の真実。尤も、クリス以外は全員知っていたので彼女にとっての、という前置きが必要になるが。

さらに付け加えておくと、クリスは流竜という女がどれだけ無茶をやらかすのかは知っている。しかし、その程度というものまでは知らないのだ。だから怪我と聞いてもどこかにぶつけたとかその程度だろうと頭の中で解釈している。だが実際は裂傷は序の口、流血を伴う大怪我までするのが基本なのである。

しかし知らないというのは実に幸運だったのかもしれない。何せ自分もまた原因の一つだということに気づかずに済んだのだから……。

 

そう。だから、こういう他人事のようなリアクションも出来るのである。

 

「ええ……何やってんだよお前バカだろ。一番年上のくせにバカかよ。いや、バカだったわ……」

 

「…………!…………!!!!!!!」

 

「しかもなまじ腕っぷしは強いから……そのせいでまともに対処できるのが叔父様……司令と緒川さんしかいないのよ」

 

だからボタンを押すだけで緒川さんを呼べるようにしたのだと翼は言う。これぞ二課脅威のメカニズム。櫻井了子謹製のこのボタンを押せば経験値を強奪していきそうな忍者のBGMと共に窓から緒川がやってきて竜を鎮圧していくのだ。ワザマエ!

 

なおクリスは流石にそこまでは冗談だと思ったのか、鼻で笑って信じなかった。

 

毎日毎日、そんなバカな話ばかりを続けていた三人は結局、揃って二週間で退院し、世間のほとぼりが冷めるまでしばらく二課の一室で暮らすことになるのであった。

 

もちろん竜は一人置いてけぼりにされた。彼女は四人一緒に別室へ移ることを主張したが、一人だけ傷が重すぎるので残念ではないし当然、という三人の共通見解という名の正論を前に敗れ去った。

 

 

 

◆その後の20歳児

 

三人が居なくなってしばらくして。竜はようやく全身ミイラから解放され、断裂した両腕の筋肉の治療に励んでいた。いたの、だが……

 

「不公平だッ!何で俺だけこんな扱いなんだよ〜〜〜!」

 

両腕を包帯でぐるぐる巻きにして目一杯固定された竜がベッドの上で見舞いに来た緒川を相手に大声で喚いている。しかし彼の反応はというと実に淡白で、りんごを器用に剥きながら呆れた様子で受け答えをしていた。

 

「自業自得という言葉はご存知ですか?この短期間で脱走に命令違反、しかも外出する度に何かしらの怪我をしているんですから、こうでもしないとまた何か問題を起こすでしょう?我慢してください」

 

「だったら修行の一つや二つ、やったっていいだろ!?こちとら暇なんだよ!」

 

「わがままを言わないでください。大体何ですかギアと生身で戦ったり腕を壊す前提の武器なんか使ったりなんかして。これに懲りたらもう少し自分の身体を大事にすることですね。ほら、口を開けてください」

 

「あーー、むぐ。もっしゃもっしゃもっしゃ。腕壊したのは、もぐもぐ、しょうがねえだろぉ?あれぐらいじゃなきゃ、もきゅもきゅ、ごくん。あのバケモノはぶった斬れねえんだからさあ」

 

「それはそうかもしれませんがね?でもだからといって、自分の身体を蔑ろにしていい理由にはなりませんよ。あと口の中のものを飲み込んでから話してください」

 

さもありなん。この一連の事件では何かにつけて病院にぶち込まれていたこの女は最終決戦で両腕の筋肉を思いっきり断裂させているなど、他の三人と比べ遥かに傷が重い。なので他の三人が二週間かそこらで退院できているのに対し、ただ一人個室へと移される羽目になったのである。

 

「少なくとも、退院するまでは運動禁止です。医師の方によればこの怪我ならもうあと数ヶ月はかかるという話ですから、それまでゆっくり休んでくださいね?」

 

「い、嫌だッ!俺ァ身体動かさねえと気が滅入って死んじまうんだよぉぉ……何とかしてくれよ慎次ぃ!」

 

「ダメです。反省してください」

 

ぺいっとすげなく断られた竜。不満げに口を尖らせるその姿を、緒川は奏が生きていた頃に戻ったようだと微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

なお結局一ヶ月足らずで退院した。緒川は「あぁ、そういえば司令のご同類でしたね」と遠い目をしていた。

 

 

 

 

◆キャラかぶり?

 

三人の元に竜が合流してしばらくしたある日。突如響の手によって爆弾が投下された。

 

「そういえば、竜さんとクリスちゃんってちょっと似てません?」

 

顔を見合わせる二人。目が合った途端、急にメンチを切り合い始める二人。そして声を揃えてこう言った。

 

「「お前が被ってるんだろおッ!」」

 

今ここに、互いの威信を懸けた闘争が幕を開けたのである。

 

「お前が俺とキャラ被ってんだろうが!俺と言えば赤!赤と言えば俺!そこに何だお前、後付けのポッと出が赤いギアなんか付けて来やがってよ!」

 

「完全に言いがかりもいいとこじゃねえかッ!文句があったら製作者に言え製作者にッ!あたし何にも悪くねえだろッ!」

 

「いいや悪いねッ!しかも口も悪いと来たッ!なんだお前どれだけ俺のマネすりゃあ気が済むんだッ!」

 

「マネなんかしてねえっつーのッ!それを言ったらそっちの方があたしにキャラ被せてんだろぉ?」

 

なんと醜い争いか。互いにあーだこーだと水掛け論を繰り返す様はとても同じシンフォギア装者とは思えない。しかも爆弾を投下した当の本人は「うわー、言い合い方もホントそっくり……」などと呑気なことを言っている。

これは当てにならぬと流石に見かねた翼はため息をついて仲裁に入った。

 

「まあ落ち着いて二人とも。私はそこまで似てはいないと思うわ。いえ、むしろ天と地ほどの差があるとさえ思う」

 

「流石翼だ、よく分かってるじゃねえか。お前もなー、これぐらい『分かって』ればなぁー」

 

竜が翼の言うことを聞いて気分を良くし、ニヤニヤしながらクリスに視線を向ける。気分は完全に勝利ムード、「流石は翼」「やっぱ信じるべきはお前だよな」などと調子のいいことをぬかしている。

 

「話は最後まで聞きなさい。……残念だけど、地の方は竜しか有り得ないでしょう」

 

「はぁ!?誰が誰に負けてるってッ!?」

 

しかしそれは全て見直しものの見事に叩き落とされた。

どうやら彼女は仲裁ではなく、火に油を注ぎに来たようだ。

 

「考えてもみて。同じような言動をしていても、貴女のような粗忽者より雪音の方が何十倍も可憐よ」

 

「なにィッ!?随分コイツの肩持つじゃねえか!大体な、愛嬌だの何だのと、俺にそんな物必要ねえんだよッ!」

 

「別にあなたにそんなもの求めてないわよッ!貴女の場合は格好が良いだのとは違って、ただただ野暮ったく無骨で乱暴なだけでしょう!?それに比べれば雪音の方が余程可愛げがあるわ」

 

喧々諤々。すっかり「か、可憐ってなんだよ……ッ!?」などと顔を赤くしているクリスのことなど忘れてしまった竜と翼は完全に二人だけの世界に浸ってしまっている。言い争いはさらにヒートアップし、遂に竜は禁断の兵器を持ち出した。

 

 

 

「ははーん、分かったぜ。お前、コイツの胸がでかいから味方してんだろ?確かにお前、奏の胸に顔を埋めるのが好き*1だったもんな?」

 

 

ぽく。

ぽく。

ぽく。

ぽく。

ちーん。

 

 

「!?ちょっと待」

「はぁーーーーーーーーー!?!?!?!?」

「うええええええええええ!?!?!?!?」

 

竜が口走った禁断の兵器が表す意味、それを三人が理解するまでにたっぷり数秒がかかったが、完全に理解した瞬間、四人だとちょっと狭いぐらいの部屋は、クリスと響の大合唱に包まれた。

 

 

 

◆あとしまつ

 

「貴様ッッッッ!!!!出鱈目な事を言うなッ!!!!」

 

「だってよお、お前なんかあったらすーぐ奏の胸でいい思いしてたじゃねえか*2。奏の奴がお前の事をちょっと手の掛かる妹ぐらいに思ってるのをいい事によお!!!」

 

「語弊!!その言い方は語弊がありすぎるッ!!!!!待ってくれ二人ともッ!私にそんな趣味は無いぞッ!!!!」

 

竜の襟首を引っ掴んでがっくんがっくん揺らして抗議する翼をあまりの慌てぶりに思わず防人口調が出てしまっている。

無論、二人は聞いていない。顔を真っ赤にしてあわわわわわわわと目をぐるぐる回している。

 

「お、お、おま、え?お前、まさかあたしのことずっとそんな目で見てやがったのかぁ〜〜〜〜〜!?」

 

「誤解だッ!そのような邪極まりない視線など向けるものかッ!」

 

「翼さん……大丈夫ですッ!趣味は人それぞれですからねッ!わたしは応援してますよッ!*3

 

「しなくていいッ!ええい、これも全部貴様のせいだッ!*4

 

とてつもない風評被害を受けた翼が鋭い目で元凶を睨みつける。だがそんなものはどこ吹く風、ずっと腹を抱えて笑い転げている。

 

「ひー、ひー、うわははははは……!!!でも、でも胸が好きなのは、事実だろうが!ぶっははははははは!!!」

 

「違うッ!……確かに奏に抱きすくめられるのが好きなのは認める*5。だからとてそれは体勢故の偶然。私自身は断じて顔が胸に埋まるのを良しとしていた訳ではないッ!」

 

「でも身長は確か奏さんも翼さんも同じぐらいじゃありませんでしたっけ?」

 

「じゃあつまりパワー負けして抜けられなかったってことか?情けねー」

 

「だまらっしゃいッ!!!!」

 

クリスの冷静な分析を一言でぶった斬ると次は竜に狙いを定め、フー、フー、と歯を剥いて威嚇して襲い掛かるその時を待っている。

それはまさに顔芸というか、ぶっちゃけ国民的アイドルがしてはいけない顔をしている。

 

「お、やるか?いいぜ掛かってこいよ。こないだの続きだッ!どっちが先にぶっ倒れるか………勝負だッ!!!」

 

その声を合図に、とうとう翼が竜に襲いかかった。どったんばったんと部屋の中の設備を上から下までひっくり返しながら暴れる二人。大小硬軟問わず色んなものが飛んできて命の危険を感じたクリスは布団を被って身を守りながら、響に交渉を持ちかける。

 

「お、おいバカッ!あのままじゃあたしらまで巻き込まれちまうぞッ!良いのかよ放っといてッ!」

 

「ううっ……竜さんも翼さんもあんなに楽しそうにして……良かったですね……!」

 

「このケンカのどこに感動する要素があるんだよッ!?」

 

響、聞く耳持たず。というよりあんなに険悪だった二人が仲良くケンカ(またはじゃれあい)に興じている姿を見て思わず感動の涙を流しているせいで耳に入っていない。だからそんな事情は知る由もないクリスには単に響の頭がおかしくなったとしか思えないのである。

 

「やだなぁクリスちゃん。あれはケンカじゃなくてじゃれあいなんだよ。翼さんも竜さんもああやって遊んでるんだよ。ほらまた笑ってる」

 

「クソッッッッッ!!完全に脳内フィルターがおかしくなってやがるッッッ!!まともなのはあたしだけかッ!」

 

最後の希望に裏切られたクリスは部屋の隅で身を守りながらこの状況を打破する方法を考えている。

 

何か、何かないか。そんな時、クリスの目の前に飛んできたのは例のアレ。そう、櫻井了子の遺産こと「いつでも緒川システム」。

 

「あぁもうお前ら……いい加減にしろぉーーーーーッ!」

 

もはや背に腹は代えられない。ヤケクソになりながらそのスイッチを押すと、ポヒュッ☆と、軽快な音が鳴り響く。その時。

 

 

デーレー

デーレー

デッ

デデデッ

 

 

「呼びましたか?」

 

「ホントに来たぁッ!?」

 

部屋のドアから裁定者のエントリーだ!

 

「成程。……では御免ッ!」

 

「ね」

「ま」

「しゅッ!」

 

おお見よ!部屋の惨状で全てを察した彼は目にも止まらぬカラテで響含む三人の首筋を叩き、あっという間に撃沈してしまったのだ!これぞ飛騨忍群の妙技。ノーカラテ、ノーニンジャの体現者である。

 

「通報ありがとうございます。では僕はこれで」

 

軽くクリスに一礼すると、そのまま緒川は音も立てずに部屋のドアから外へ出る。残されたのは意識を刈り取られた三人と呆然としているクリスだけ。

 

「………………ねよ。つかれた」

 

とりあえず、無かったことにした。

 

 

 

 

 

◆もう二度と

 

とある日の夜中。消灯時刻を過ぎ、竜のいびきが響く部屋の中でもぞりとひとつ、影が動いた。

クリスは布団を撥ね飛ばし、行儀の悪い格好で爆睡している。響はうへへ……もう食べられないよぉ……などと寝言を呟きながら、涎を垂らしてだらしない顔で熟睡している。となれば影の正体は一人しかいない。

 

「……竜。寝てる……わよね?」

 

翼だ。そして暗闇に紛れて、物音を立てないように竜のベッドへと近づき、そして竜が無防備なのをいいことに、ゆっくりとその中へと入っていき、後ろから竜に抱きついた。

 

(……ああ、暖かい。生きている)

 

翼がこのような行動に出るのは初めてではなかった。最初はほんの出来心だった。しかし、一度成功してしまうとタガが外れてしまうというもの。結局、ここ最近は毎日のようにこんな事をしていたのである。

 

竜が寝る時、いつも下着一枚で上に何も着けないこともそれに拍車を掛けた。寝ている間、そんな無防備な姿を常に晒しているものだからその体温を直接感じたくなるのも無理ないことなのだと翼は自分に言い訳をする。

 

筋肉で引き締まった身体。特にケアなぞしている様子でもないというのにきめ細やかな肌の所々には古傷が浮いている。二年前のものか、それ以前のものか。翼には判断がつかないそれを愛おしそうに優しく指先で撫でながら、自分の身体を密着させて、直接に身体の熱を、味わうように確かめていく。

すると見た目より大きく感じる背中が奏とは全く違う感触を与え、強い安心感を感じさせてくれるのだった。

 

「……こんなところ、誰かに見られたらタダじゃ済まないわね」

 

けれどやめられない。それは翼が孤独を嫌う故か。

自覚したのは戦いを終えてからだった。一連の戦いの中で二度も、翼は竜に「置いていかれた」。そしてまた騒がしい日々が始まった時、翼の中で竜は奏とは違う「特別」になっていた。

無論、響やクリスも大切な仲間として、特別な存在だ。しかしその上でやはり竜は二人とは立ち位置が違う。それは同じ時間を過ごし、同じ苦しみを味わい、同じ痛みを分かち合ったが故。そしてそれを二度も失ったことが彼女にある種の恐怖心を与えた。

 

——もう二度と失いたくない。

 

奏に抱いていた依存心と同じかもしれない。そう思うと前とまるで成長できていないのだろう。下手をすればより悪化しているのかもしれない、と自嘲する。

 

(しかし誰がどうして奪えるものか。竜はいつだってすぐに一人で前へ行ってしまう女。いつか、人類さえ置き去りにして進んでいくかもしれない)

 

翼には、その様がありありと想像できた。

 

(だから私は繋ぎとめたい。前に進むのはいいけれど、ゆっくりがいい。急ぎすぎないように、早すぎないように。そう、だからこれは予行演習。『流竜』を構成するものを増やして、少しでも『現在』に留めるための錨であるための)

 

またひし、と少し強く抱き締める。竜は相変わらず呑気に「ぐごー」といびきを立てながら爆睡していて、翼は悩むのが何となく馬鹿らしくなった。

だから起こさないように、優しく。気付かれないように、細々と。

 

「……お願い。もう何処にも行かないで。……私を置いていかないで」

 

背中に顔を埋め、祈るように、懇願するように。

そう密やかに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆???????

 

「……私としたことが、まさか絆されてしまうとは。それでいて悪くない気分だというのがまた実に……」

 

「だが託されたならば為さねばならぬ。今一度計画を見直し、月へ干渉し『バラルの呪詛』を解く新たな方法を探らねば……いや、それだけではただの繰り返しにしかならないか。必要なのは解呪せずともヒトが繋がれることを信じることならば……」

 

「……なんだ?この空間には私の魂しか存在しない筈。一体何者が……あ、ああッ!」

 

「そんな、どうして、貴方様が——ああ。そういう、事なのですね——」

 

「それが私の役目。それが私の為すべきこと。世界を、明日へ繋ぐこと。あの子達に託す最後の鍵、それをこの手で守り育て上げること——」

 

「こんなにも簡単なことだったのですね……。私が何故ドラゴンを生み出したのか。何故私がゲッター線に惹かれたのか。いいえ、何故貴方様がゲッター線を希望と呼んだのか。何故神々はこの地球に生命を齎したのか、そしてこの星に、これほど生命が溢れたのかさえも。その全てが、この光の中に……」

 

「もはや転生も必要ありません。あの子達には悪いかもしれませんが……私は幾度も罪を重ねた身、今更あの子達のようには出来ませんから」

 

「久しきお方。貴きお方。今が進化の時ならば、私は喜んで受け入れましょう。新しい世界を見るために。あの子達の明日を創るために」

 

 

 

 

 

「私も共に参りましょう。エンキ様————」

 

 

 

 

*1
第一章、「前奏」を参照

*2
語弊。むしろいい思いをしていたのは奏である

*3
何をだ

*4
正論

*5
やっぱり好き




「俺はボインちゃんが大好きでな」がやりたかっただけとも言う。

ニンジャ参戦用BGMについては「飛影見参!」で検索してみよう!
「ランカスレイヤー」でもよく分かるぞ!


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新たなる戦いへ

次回、二期突入。


◆「敗北者」に盃を

 

薄暗いバーの、カウンターから少し離れた場所で薄いオレンジの光が偉丈夫の頬を照らしている。

彼は一人静かに、物思いに耽りながら自身のグラスを傾けている。

漢の名は風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課の司令官であり——先の事件において、唯一の「敗者」である。他の者はともかく、彼自身は自分のことをそう定義していた。

 

(……死に別れてしまった。了子くんと)

 

出来ることなら死なせたくなかった。敵に回ったとはいえ、仲間だったから。だから、彼女がまた戻ってくることで初めて彼は勝利を喜ぶことが出来た。しかしそうはならなかった。これはただそれだけのことである。

 

事件の後は事後処理に追われ、こうして追想することも、後悔することも出来なかった。しかしそれも落ち着いた今、ようやくその時を作ることができた。

 

(ここに彼女がいる筈だった。共にグラスを傾け、取り留めのないことを語り、明日を想うことが出来るはずだった)

 

しかしその席には誰もいない。グラスの氷が涼しげな音を奏でている以外に、物音一つ立つことがない。

静かなクラシック音楽も、少し強めのウィスキーも、彼の心を癒しきるには足りなかった。

 

また一つ、冷ややかな音が鳴る。気付けばグラスの中身も空になっていた。

 

(余程キているようだな……ここまで飲んだことにも気付かんとは)

 

だが、今日は無性に酔いたかった。強いウィスキーを頼んだのもそのためだ。無論酔って忘れようという訳ではないし、そういう柄でもない。ただ無性に酒を飲みたかった。それは彼女が酒の席を好んだからか。

 

『あったかいのもいいけれど、大人のアフターにはキューっと効くのが無いとね』

 

初めて個人的に酒の席へ誘った時彼女がそんな事を言ったものだから、気づけばそれが普通になっていた。

だからだろう、ここへ来たのは。彼女と過ごした時間を想うために、彼女と共に訪れたこの場所で。

 

 

櫻井了子がフィーネだった。

 

 

分かっていた。二課の情報部は優秀だ。この手の調査で間違っていたことは一度とて無い。だから受け入れるしかなかった。例えそれがどれだけ受け入れ難い真実だとしても。

だからとて諦めきれなかった。もう一度共に歩む未来を。

だからとて捨てられなかった。彼女への情を。

 

甘い。全くもってその通り。しかし性分だ、変えられるものでもないし、変えようとも思わない。それを含めてこその「風鳴弦十郎」だと自負している故に。

 

「未練……だな……」

 

失われたものは戻らない。それがこの世のルール。それでも失われたものを想うのは自由だ。心あるものの特権と言ってもいい。それを未練と呼ぶか何と呼ぶかは個人の裁量ではある。その上で未練と表してしまうのは職業柄か、それとも。

 

(愛していた。仲間として、友として。……あるいは一人の女性としても、だったかもしれない。だからこそ戻ってきてほしかった。例え己を餌にしてでも)

 

だが遅かった。例えばデュランダル起動前……否、ネフシュタン起動前であれば間に合ったかもしれない。彼女と一戦交え、無理にでも連れ戻せたかもしれない。

 

だがそれは単なる「if」の話。そうはならなかった以上、それはただの後悔でしかないのだ。

 

また一杯、グラスが差し出される。それを受け取ると、隣の誰もいない席へ視線を遣る。そうするだけで笑う彼女の姿が幻視される。そして一口含むと、ゆっくりと口の中で転がして味わっていく。少しアルコールの苦味が強いものだったが、今の気分ではそれが尚のこと強く感じられた。

 

その時、酔いながらも衰えない彼の感覚が馴染みの気配を感じ取った。

そしておや、と思う前に入口が開くと、からんと一つ、ドアベルが快い音を鳴らす。

 

「へえ。中々いい雰囲気じゃねーの」

 

入店早々にそう口走った彼女はすぐに彼を見つけるとそのまま隣の席に座った。彼が幻視した彼女の影と重なるように。

 

「よう」

 

「竜くんか……何故ここに?それに……いや、もう君も酒が飲める年だったな」

 

竜も既に20歳。初めて出会ってから何年も経ったが、もうそんな歳かと思い出すと随分長い付き合いになったと昔を懐かしむ。

 

「まあな。この場所はあおいに聞いた。了子さんとサシ飲みの時はいつもここだったんだってな」

 

「なんだ……気取られていたのか」

 

「皆知ってたぜ。慎次も朔也も、他の連中もな」

 

「参ったな……全部お見通しだったわけか」

 

「分かりやすいんだよ、アンタは」

 

「ふ……確かに、俺ほど単純な男もそうはいないだろうな」

 

メニューを静かに開く竜。こういった場に来るのは初めてのようで、見慣れない酒の名前を指で追いながら爛々と目を輝かせている。それがどうにも可笑しくて、次第に哀しき幻影を上書いていく。

 

「お勧めは何だ?こういう店は初めてなんだ、教えてくれよ」

 

「ならこれだな。あとこれは口当たりがいい。だが、少し強いから飲み過ぎると痛い目を見るぞ」

 

「ほーん。じゃあ最初のこいつにしようかね」

 

また一口、グラスを傾ける。

その間に竜が一杯のカクテルを頼んだ。バーテンダーがオーダーに応えると、静かな店にシェイカーを振る音が響き始める。それは店内のBGMと相まって、心に響く一つの音楽に昇華していた。

 

「……響に聞いた。奏が出てきたんだってな」

 

「また会おうな、ダチ公」……その言葉の意味を解さない彼女ではない。それは確かに彼女が奏の墓前で誓った言葉に対するもの。それを知る人間は彼女以外に居ない。だから同じ言葉を聞いた翼もその意味には気付かなかった。

 

「ああ。誰が何を言おうと、あの場に居たのは確かに奏だった。おそらくだが響くんを救う、ただその為だけに」

 

「だが普通はあり得ねえ。あいつは確かに……」

 

「死んでいる。その筈だ。だから上には何も言わなかった。……死人の黄泉返りなど禁忌の領域だ。どのような理屈があるのかは分からんが、誰も知らない方がいいだろう」

 

「……だな。今更、瘡蓋を剥がす真似をすることなんかねえ。けどよ、どうせならあの時会いたかった……って思うのは、未練だと思うか?」

 

「いいや、それは人間なら当然の反応だ。それが大切な人なら尚のこと……な」

 

そう言いながら、また一口呷る。小皿から取った手元のピーナツの微かな塩気が味覚を一度リセットし、次の一口に備えて万全の態勢を作ろうとしている。

 

「そういうオッサンはどうなんだよ。了子さんのこと、未練タラタラですって面に書いてあるぜ」

 

むう、と眉を顰める弦十郎を尻目に、これもーらい、と横からピーナツを一粒掻っ攫いながら、ひょいっと口の中に入れて言う。

 

「もぐもぐ……そりゃ、俺よりオッサンのが了子さんとの付き合いは長え。その分色々あんのかもしれねえが、それでも敵になって殺るか殺られるかをやったんだ、アンタ程の奴がそれを分かってねえとは思えねえがな」

 

「分かっているさ。だからこそ俺は彼女に本気で拳を向けた。だが……それで割り切れるほど、俺は賢い生き方はできない。本気で全力だとしても、俺には手心があった。生きて、また戻って来てほしい。例え袂を分かったと言えど、彼女は俺達の仲間なのだから」

 

「そうだよなぁ。アンタはそういう奴だよ。……そういうの、俺には出来そうにねえや」

 

また一つ、ピーナツを齧る。席に座った折に出されたグラスの水で舌を湿らせ、奪われた水分を補充すると舌の回りが良くなってついつい言わなくともいいことまで口をついて漏れ出てくる。

 

「例え顔見知りだろうが、敵になったなら迷わずブン殴る。有無を言わさずぶっ倒す。タマの取り合いを仕掛けてきたなら、躊躇いなく取りに行く……そういうの、ろくでなしってんだろ?他の連中を見てると、心の底からそう思う」

「俺はあの時、フィーネのクソを殺すつもりだった。あれが了子さんだと分かった上で、だ。翼も剣を向けるのに躊躇いは無かったろうが……俺ほど殺気立ってたわけじゃあねえ。マジでブチ切れない限りはな。……翼ですら『こう』なんだ。『普通』の奴からすりゃ、まず受け入れられねえだろうさ」

 

「いいや。そうでもないさ」

 

そう言い切ると、弦十郎はまたグラスに手を伸ばす。

 

「その在り方は俺よりも親父のそれに似ている。『護国の鬼』と呼ばれる風鳴訃堂に、だ。だがそれでも、君はそれを『異常』だと認識している。……それだけで君は十分『普通の人間』だろう。鬼などではない」

 

「げ。あのジジイと一緒にはされたくねえわ……」

 

「それを俺の前で隠さず言える限り、君はまだ一線を越えないでいられるさ」

 

息子の前で冗句とはいえ親の悪口を言えるその図太さと面の皮の厚さと、それを笑って受け止められる関係。それが何故だかどことなく可笑しくて、くくくくっと二人から静かな笑いが滲む。

そうしていると、竜が注文していたカクテルが差し出される。竜が差し出した主に軽く手を振ると、そのまま手に持って顔の横に掲げた。

 

「んじゃ、乾杯しようぜ。……あんまり湿っぽくしすぎんなよ。アンタが俺達みたいになるのは見たかねえからな」

 

「……そうだな。明日からはそうしよう。だから、今日だけは……」

 

「ああ。今日だけは……な」

 

 

そして夜は更けていく。

苦味は、もうほとんど感じなかった。

 

 

 

 

◆喪失——融合症例第一号

 

「これが、わたしの中にあったガングニール……なんですよね」

 

かつて響の体内に食い込み、融合するに至った聖遺物。それは今日この日、遂にその融合を解き、摘出することに成功したのである。しかし、彼女が弦十郎から受け取ったのは紛う事なくギアペンダントだった。

 

「そうだ。了子くんが残したデータと、ゲッタードラゴンからデュランダルを引き抜いた現象。それらの研究を統合し、ゲッター線を用いる事で融合したガングニールを分離、今度こそ摘出する。それが君に行った治療だ。……未来くんにも説明した通りにな」

 

「はい。そう、なんでしょうけど……どうしてギアペンダントが出てきたんでしょうか。てっきり、わたしの中の破片が出てくるものだと思ったんですけど……」

 

ルナアタックの直後、彼女への検査で発覚したのはガングニールの侵食度が後退していたこと、そして体内の破片が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。担当者も仰天して何度もデータを見返したが、現実は確かにこの物理法則を超えた現象を示していた。

 

「それは俺達にも分からん。そもそもいつ変化したのか、その要因は何か、そして何故そうなったのか……そのあらゆる推理の要素が不足している。端的に言って、お手上げという奴だ」

 

「……一個だけ、心当たりがあるんです。奏さんがわたしに力をくれた時。あの時、みんなの歌と奏さんの歌が一つになって、すごく胸があったかくて……もしかしたら、これも奏さんがくれたものなんじゃないかって思うんです」

「だから、今は何も考えません。それに、未来だって『響の身体が良くなるなら何でもいいよ』って喜んでましたし!」

 

「そうだな。このまま侵食が進んでいた時、君の身体にどのような悪影響があったか。致命的な事態に至る前に除去出来て本当に良かった」

 

そう笑顔で言うと、顔と襟元を引き締めて背筋を正し響に言い放った。

 

「では改めて響くんに要請したい。今度は融合症例としてではなく、ガングニールの正規適合者として、光明が見えたノイズ災害撲滅のために。我々二課に協力してもらえないだろうか!」

 

「もちろんですッ!不肖立花響!最後までやり遂げてみせますともッ!」

 

弦十郎の問いにずびしっ!と様にならない敬礼で応えた響。解散となったことでうきうきと去っていく彼女の背中を見送りながら彼は思案を巡らせていた。

 

(これもお前の仕業なのか、奏。それとも、ゲッター線がそうさせたのか……)

 

(そもそも、あの時の奏の言動には謎が多い。そしてガングニールからゲッターエネルギーが検出されたことも含めて。……果たしてあれは本当に奏だったのか)

 

(『運命と戦う事。それが生命ある者の宿命』……運命とはどういうことだ?俺達に、それともこの世界に何が課せられている?)

 

(ガングニールが通常のギアとなったのもその為か?だとすれば、何故そうする必要があった?これから通常のガングニールが必要になるという事か?)

 

 

(一体、何が俺達を導こうとしている?)

 

 

 

 

 

 

 

 

◆北の大地に戦士は立つ

 

所変わって北海道。そこを拠点とする組織ではルナアタックの影響について独自に調査をしており、今まさにその結果を報告する場が設けられていた。

司会役は白髪の若い研究者。竜が見れば「もやし」呼ばわりしそうな細い体型の男の前に、組織の中心人物たちが円を描くように席に着いていた。

 

「さて、皆さんに悪い話ともっと悪い話があります。時間が無いので順番、かつ手短にお話ししますね」

「一つ目、ルナアタックの影響で月軌道が変化していることが確定しました。遅かれ早かれ、地球との激突は免れないかと」

 

それを聞いた室内は静まり返っていた。そこには予期せぬ最悪の事態に直面した動揺というよりはやはりそうか、と予期した出来事が現実になったことへの落胆に近しいものがあった。

 

「……これより悪い知らせがあるなんて想像したくないのだけど」

 

「いやあははは。まぁ、こちらは悪いというより滑稽と言う方がよろしいかもしれませんね?……米国政府、どうもこれを見なかったことにされるおつもりのようで」

 

「どういうつもり……!まさか、全世界と心中でも!?」

 

「それこそまさかですよ。あの米国がそんな殊勝な事考えるものですか。逃げようと言うのですよ。全世界を放っぽり出して、一部の富豪だけでね」

 

「そんなの、裏切りじゃないデスかッ!」

 

「ええもちろん。ですが分からない話でもありません。月の落下なんて公表したら、全世界が大混乱。世界は一夜にして世紀末になりますからねぇ」

 

憤る面々に対し、まあ、だからこそバレたらもっと大変なことになるんでしょうけど、と男はおどけて言う。一見軽薄そうに見える振舞いだが、そこには目一杯の嘲りが含まれていた。

 

「そんな呑気な事言ってられない。アイツらの事もあるのに、月の対処までしないといけないなんて……!」

 

「でもでも、何か手立てが無いわけじゃないデスよね?じゃなきゃ神さんがアタシたちを集めてこんなこと言うわけないのデス!」

 

特徴的な語尾の少女に「神さん」と呼ばれた男——神隼人は、はっきりと首肯し、冷徹な視線を全員に向けた。

 

「その通りだ。既におおよそのプランは用意してある。月が『バラルの呪詛』の発生装置である以上、それに不具合が生じている故の月の落下だ。ならば最終目的は月遺跡のシステムへ介入することによる月機能の正常化ということになる。そこに至る過程については計画書を用意してある。しっかり頭に入れておけ」

 

その言葉を皮切りに、室内の面々が次々とページを開き、読み進めていく。

しかし妙に一人、読むほどに挙動不審になっていく女性がいる。

読み進めるほどに顔が青くなっていき、しきりに周囲の人間が持つ計画書にチラチラと視線を遣り、落ち着きの無い様子で同じページを行ったり来たりを繰り返していく。

それを目敏く見つけた隼人は、止めを差すように彼女に宣告した。

 

「そういうわけだマリア。お前、世界の歌姫になれ。半年でな」

 

「……うーんごめんなさい。ちょっと目と耳がおかしくなったようなのだけど。聞き間違いじゃなければ今、私に半年で世界の歌姫になれって言わなかったかしら?」

 

「何だ、聞こえているじゃないか。なら話が早い。任せたぞ」

 

「いやいや待て待て待ちなさいッ!どういうことッ!?歌姫って何よッ!?しかも半年!?貴方ね、下積みとかそういうの考えたことないのッ!?」

 

「そこは俺達の力で何とかする。お前は上にのし上がる事だけ考えていればいい。……何か問題でもあるか?」

 

「大ありよッ!無理、私にはそんなの絶対に無理よッ!」

 

「俺が今まで、お前に出来ないことをやらせたことなど一度とて無い。今回も同じだ。お前になら出来ると思っているからさせる、それだけだ」

 

「そう言って私に無茶振りをするのはこれで何度目なのか覚えてないのッ!?」

 

「だがお前は全部やってみせた。つまりそれだけの能力がお前にはあるということだ」

 

「ぐぬぬ……でも、今度という今度こそ無理ッ!」

 

「その台詞を聞くのはもう十回目なんですがねえ」

 

「ドクターは茶々を入れないでッ!!!」

 

「落ち着け。この件についてはまだ二課には知らせていない。俺達だけの機密だ。今の連中はルナアタックの件で上に睨まれている以上、月の落下という公的に否定されている非現実的な事象への対処を謳ったところで満足に動くこともできん。——俺達が事を進めるしかないのさ」

 

「今からでも二課と連携して動くわけにはいかないの?」

 

「駄目だ。聞けば最後、あのお人好し共は総力を挙げて協力するだろう。それは連中の自由を更に奪う結果を生むことになり、結果的に『俺たちの計画』の妨げになる。せめてあと数ヶ月、ルナアタックのほとぼりが冷めるまでは接触を避けるべきだ。あるいは、広木大臣さえ生きていればな……」

 

また『俺達の計画』、ね。大体、貴方だって政府の人間でしょう。それを何とかするのが貴方の仕事ではなくて?」

 

「政府の人間だからこそだ。今、後の事を見据えて動く為の根回しをやっている。その上で今は駄目だと言っている。…………時間が無い。お前がやるしかないんだよ」

 

「………………分かったわよ。やればいいんでしょうやればッ!こうなったら徹底的にやってやるわよッ!半年なんて遅いわッ!三ヶ月もあれば十分というものよッ!」

 

完全にヤケになったマリアと呼ばれた彼女を尻目に、隼人は顔の前で手を組み顔を隠しながら口元だけで「計画通り」の笑みを浮かべる。それをジトーっとした目で見ていた者達は呆れたように呟いた。

 

 

「またマリアが神さんに丸め込まれてる……」

「デース」

 

 

 

◆地獄の釜の奥底で

 

「やはり、ここに来ておったか」

 

風鳴訃堂は自ら浅間山に足を運んでいた。すでに廃墟と化した新世代エネルギー研究所——通称、早乙女研究所——の地下4800メートル地点に封じられたものこそが目的地であった。

否、厳密に言うとそれすら正確ではない。むしろ、己と同じ来訪者こそがその目的だった。

 

「のう—————真竜の蛹よ」

 

視線を向ける先には、先の戦いで消滅したはずのゲッタードラゴン。しかしその肉体は既に殆ど崩壊しきっており、カ・ディンギルから回収したネフシュタンの増殖鱗の残骸をフル稼働させて漸く細々と肉体を保たせているといった具合で、苦しそうな唸り声を上げている。

ゲッタードラゴンの視線の先には六角形の板のような巨大な構造物。そこへ巨大な、しかしみずぼらしく痩せ細った手を伸ばそうとするも、拒絶されているかの如くバリアに阻まれている。

 

「果敢無き哉……そう焦らずとも良い。目覚めの時はまだ先なれば」

「今はゆるりと体を癒すがよい。そのために早乙女はこの地獄のカマにアレを納めたのだ」

「そして、この空間に自ら辿り着くとはやはり意志と本能だけは備わっておるようじゃな。それでよい。お主の欲するものは儂がくれてやろう」

 

そう言うと、懐にあるリモコンのスイッチを入れる。するとバリアは解除され、ドラゴンは一も二もなく飛びつき、捕食するように体内へ取り込んでいく。

 

「そう……これがお主が命を削ってでも求めたもの。もう一つのゲッター———『皇帝の欠片』、その器よ」

 

ドラゴンが「皇帝の欠片」を取り込んでいくのを尻目に、訃堂はその場を立ち去った。そしてエレベーターで上の階へ登り、そのままその空間に至る出入り口に完全な蓋を施した。

 

「これでまずは一つ。なれどゲッターは未だ至らず、か。……あるいは、予備役を駆り出してでも促すべきか……。アレにも、良き死に場所を与えてやるのもよかろうか」

 

 

 

そう呟き、早乙女研究所を後にした。

 

 

ドラゴンが鎮座する空間では膨大なゲッター線が渦を巻いていた。ゲッター線は次第に形を変え、ゆっくりとドラゴンの躯体の全てを包み込み、ノイズと聖遺物で構成された偽りの肉体をドロドロに溶かしていく。その末に生まれたのは————–——

 

 

 

 

 




・ガングニール消失フラグを始め、色々なフラグが消滅したようです
・ドラゴンが生きています
・風鳴のジジイが何かを企んでいるようです


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第三章 原初より来る漂流者(Surviver)
来訪者


二期突入。元々書いていた分があるので実質連続投稿です。
ですが今回は実質予告編みたいなものです。

それとUA70000突破ありがとうございます。
これからも拙作をよろしくお願いします。



――五年前――

 

 

地獄の中を、少女が一人。吐き気をこらえながら走っている。

白かった内装は既に人の血で赤く染まり、床には死体が散乱している。その死体も様々だ。首から上を失ったもの、両腕を失ったもの、五体満足だが深い絶望に染まった顔をしたもの、銃弾で蜂の巣にされたもの……ありとあらゆる「死」が転がっていた。

 

そしてその死体の全てを彼女は知っている。彼らは皆この施設にいた研究員で、顔見知りも少なくなかったからだ。

ここは米国、聖遺物研究機関「F.I.S」。この国における聖遺物研究の一大機関は、今やこの世の地獄と化していた。

 

無数の足音。

無数の銃声。

無数の怒号と悲鳴が建物を覆い尽くし、少女はそれから逃れようとする。聞こえないよう、耳を塞ぎ。吐き気と罪悪感に塗れながら。

 

息を切らしながら、通路の一角で一息つく。ここまで延々と走り続けてきたために足の疲労はもう限界に達していた。

 

 

 

かり、かり、かり、かり、かり、かり、かり

 

 

 

異音がする。何か固いものに噛みついているような音が、目と鼻の先にある部屋から聞こえてくる。

恐る恐る入り口に近づき、中の様子を覗きこむ。

 

「――――――!」

 

見るべきでは無かった。少女は息を呑んだ。同時に、強い吐き気がぶり返した。

 

部屋の中では化け物が人の腕を骨ごと食っていた。

 

その周辺には血と肉片、さらに人間の生首が散乱しており、食われている人間は自分と同じ、この施設に連れてこられた少女だった。

 

「はあっ。はあっ。はあっ。はあっ」

 

食われている少女と目が合い、咄嗟に顔を引っ込める。必死で左胸を抑えても、心臓の拍動が早くなって収まらない。

死の気配はすぐそこにいる。少しでも悟られれば命はない。今そこで捕食されている少女のように。

 

幸いなことに、今は捕食に夢中になっていてこちらに気付く気配はない。ゆっくりと、音を立てないように忍び足で入り口を通過し、次の交差点まで辿り着くことができた。

 

「いたぞ!皆殺しだあ~~~!!」

 

「見つかったの!?くっ……」

 

しかし幸と不幸は等価交換とでも言うのだろうか。交差点で追っ手に見つかったことで、出口への道はさらに遠退いていく。

外套を身に纏い、顔を隠した追っ手は集団で手に持った銃を乱射し彼女の命を狙う。

彼女も必死で逃げ惑うが、背後からの無数の銃弾なぞ避けきれるものではない。当然脇腹や腕などに細かく被弾し血が流れていく。

 

(やるしかないの?生きるためには、あれと戦うしか……)

 

しかし戦って何になるのか。ただてさえ多勢に無勢。しかも扱える武器も無ければ、いつも使っている「シンフォギア」も手元にない。もう駄目かと諦めかけたその時。

 

「!」

 

視界の端に銃が落ちていた。それも大口径の重機関銃……研究員が反撃に使おうとしたものだろうか。

しかし彼女の中で一瞬の葛藤が起こる。それは撃たなければ生き残れないという感情と誰かに向けて撃つことへの躊躇い。この二つがせめぎ合い――彼女は、生きるために手を汚すことを選んだ。

 

「ぐ……うああああああッ!」

 

華奢な体で大きな反動を無理やり抑え込み、無我夢中で背後の敵に向けて機関銃を撃つ。向こうは反撃してくることが予想外だったようでまともに銃弾を食らう。

そうして彼女は無我夢中で引き金を引いていた。ようやく弾を全て撃ち尽くした頃には、敵は紫色の液体を撒き散らしながら倒れていた。中には外套が破れ、下の素顔が露になっている者さえいる。

 

敵が動かなくなったことで少女はほっと一息つく。安心したせいか、血腥いものを立て続けに見たせいか。あるいは、自分が殺したという事実を直視したせいか。我慢の限界に達したことで、その場でうずくまって胃の中身をぶちまけてしまった。

 

「うぷっ……おええええええええっ」

 

床に洗いざらいぶちまけたところで、腰を抜かしてへたりこむ。いつの間にか股間が温かい液体で濡れているのに気付いたが、そんなことを気にしている暇はない。

 

吐瀉物の酸っぱい臭いは辺り一面に漂っている。気付かれる前に早くここを抜け出さないとまた地獄に落とされる……そう思って這ってでも外へ外へと逃げていく。

 

 

 

 

パチ。パチ。パチ。

 

 

 

 

静かになった廊下に拍手の音が鳴り響く。

彼女が反射的に後ろを振り向くと、そこには黒いサングラスに白衣を着た東洋人の男が立っていた。当然、彼女もその男を知っている。確か、日系人でジン・ジャハナムという名前だったか。

 

 

「まさかこの状況でまだ生きていたとはな、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。奴らを見てゲロを吐くだけで済んでいる辺り、お前にも才能があるようだ。それだけでもここへ来た甲斐があったというものだ」

 

「――!その物言い、これは貴方の仕業なの!?」

 

「まさか。適合者を何人か見繕うつもりではいたが、奴らがここに来たのは私の知る所ではない。……よく見ろ」

 

そう言うと力づくでマリアの手を引いて倒れ伏す死体の前へ連れていく。そして身体と顔を隠している外套を剥ぎ取ると、 中から蜥蜴の顔と尻尾を持った人型の生命体が出てきて、彼はそれを躊躇いなく懐から拳銃を取り出し撃った。

銃声が響く度、死体が跳ねて痙攣する。時にビチビチと尾が忙しなく動くが、それすらも撃ち抜き、蜂の巣に変えていく。そのあまりのグロテスクな光景に、マリアはカラになった筈の胃から液体が迫り上がってきたのを感じた。

 

「コイツらはしぶといハチュウ類でな。個体によっては、頭を潰したとしても下半身だけで生きていることもある。だからこそ、臭い物は元から断たねばならんという訳だ」

 

撃ち切ったマガジンを取り替えながら一通り講義を終えた頃には、死体は動かなくなっていた。マリアは腰が抜けたのか床に座り込むと、そのまま泣きながら嘆き始めた。

 

「何なのよ…………私たちが一体何をしたって言うのよお……!何であんな風に殺されなきゃいけないのよぉ……」

 

「奴等にそんな論理が通じるものか。コイツらは侵略者だ。人類を殺し尽くすことこそ奴等の目的。その本質は最早ノイズ共と何一つ変わりはしない。ここが選ばれたのは、聖遺物を研究していたために過ぎず、その中でも偶然選ばれただけに過ぎん」

 

そしてニヒルに笑い、何より非情な現実を告げる。

 

 

 

「要するに、運が悪かったのさ、ここの連中は」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、彼女は本能的に立ち上がっていた。男に掴みかかり、震える両手で男の服を握る。そして涙と鼻水、血に塗れた顔を向けながら抗議した。

 

「だから諦めろって言うつもり……?冗談じゃないわよッ!そんな、そんな理由だったら……やりきれないわよ……!」

 

「フン。悔しいか?苦しいか?奴等に怒りを抱いているか?……ならば戦え。理不尽と戦え。今ここにある絶望と戦え!」

「私は神。神隼人!ここから先、きさまに地獄を見せる男だ!」

 

 

 

それが彼女と彼の出会いだった。

 

彼女にとっては苦しみに満ちた苦い思い出。

希望もなく、絶望に満ちた悪夢のような思い出。

 

 

それでも立つと決めたから。戦い抜くと決めた。

二度と、自分のような人間を生まないために。

それが、家族を見捨てた自分に出来る唯一の贖罪と胸に誓って。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「りんご は 浮かんだ お空に———」

 

あの惨劇からまだ数年、それとももう数年。

マリア・カデンツァヴナ・イヴは今、日本にいる。

かつて旧F.I.Sを襲った事件のどさくさに紛れ、日本に連れてこられた彼女はあれよあれよという間に気がつけば日本で内閣情報官直轄の秘密組織の一員になっていた。

 

「りんご は 落っこちた 地べたに———」

 

最初は場所が変われどやる事は同じ、と身構えたがそんなことは無く。確かに頭のおかしい博士やしばしば無茶振りをしてくる上司に苦労させられることはあれど、F.I.S時代から一緒の人間もいるし給料も待遇もいい。

 

「星が 生まれて 歌が 生まれて———」

 

けれど変わってしまったものはもう戻らない。

生き残った家族は復讐心に囚われた。

何度も敵を手にかけてきた。何度も血を見てきた。何度も救えなかった死体を見てきた。

 

「ルル・アメルは 笑った とこしえと———」

 

思うところがないわけじゃない。でも割り切らなければ殺される。そこに正義も悪もなく、ただやるか、やられるか。生き残った者こそが正しいという世界。

 

「星がキスして  歌が眠って———」

 

これが生存競争。弱さを捨てなければ、待っているのは己の死だ。

それだけは認めてはいけない。でなければ、あの日生き残った意味が無い。

 

「帰るとこは   どこでしょう———」

 

これから始まる戦いには世界の命運がかかっている。

生存か、消滅か。人類の未来は二つに一つ。ならば、戦うことに異存はない。自分たちはそのために今日まで生きてきたのだから。だけど。それでも。

 

「帰るとこは   どこでしょう———」

 

戦いの果てに、自分たちはどこへ行くのだろう。

答えは、返ってくる筈も無かった。

 

 

 

 




嫌な予感がした皆様、その予感は多分正解です。

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魔神の杖

お待たせしました。しばらく失踪してたので二ヶ月もかかってしまいました。すみません。

その代わりシンフォギアライブでブチ上がったので、このモチベの赴くままにこれから書いていきます。


その日の夜、関東で休火山が火を噴いた。

そして、そこから逃れるべく白衣を着た老人が全速力で車を走らせている。

それそのものは大して語るべき事象ではないだろう。敢えて言うなら、不幸な老人が一人、不意の噴火から逃れようとしているに過ぎない。せいぜい翌朝のニュースで「不幸な事故」として流され、人々の記憶に一瞬だけ留まった末に五秒もすれば消えるような、その程度のものだ。

 

しかし、事態は思わぬ方向へと向かっていった。

噴火は更に強さを増し、火山弾が車を押し潰すように降り注ぐ。

そして老人の意識がそちらへ向いた瞬間、大地が割れて巨大な影が姿を見せる。その余波で砕けたアスファルトが車を完全に押し潰し、中の老人を傷つけ、逃れるための足を失わせた。

 

血を流しながらかろうじて脱出した老人は見た。巨大な影の正体を。その鋭い牙を、その長い首を。

影の名は竜脚類、あるいはブラキオザウルス。恐竜と呼ばれ、かつて地上を支配しながらも絶滅を強いられた種族のあり得ざる姿が、老人の命を奪わんとする。

 

うう、とその威容に押され呻き声を上げながら、すぐそこに迫った己の死を確信しながら、それでも負けじと相手を睨みつける。

 

 

 

 

 

 

「くそっ」

 

 

 

 

 

 

「くそッ!殺せッ!」

 

 

 

 

 

 

「わしを殺しても人類は負けんぞッ!」

 

 

 

 

 

 

「人間を甘く見るなよッ!きさまらのことについて知っている人間はいくらでもいるぞッ!」

 

 

 

 

 

 

それだけを言い残し、老人は影に食い殺された。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ゲッター?」

 

 

それと時を同じくして、「ゲッター」が微かに輝いた。

そしてその日を境に、「ゲッター」は新たに飛行能力を獲得した。

何かを感じ取ったように。

何かに警戒するように。

 

 

 

 

————戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

——————————————————

 

 

ルナアタックから数ヶ月、世界は大きく変わった。

 

ルナアタック時に存在が暴露されたシンフォギア、その根幹たる「櫻井理論」は、公表こそされたものの未だ世界は理解に至らず、さらなる情報公開の要求が日本政府を襲っている。

また、同時期に観測された宇宙放射線、即ちゲッター線に関して日本政府は頑なに「調査中」として沈黙を保ち続けており、それが他国との間で溝を作り出している。

 

それに対して中国やロシアは「聖遺物等による利益を日本が独占することはあってはならない」として日本政府を非難、米国も舌鋒鋭く国際世論を煽り、日本に対しさらなる要求を重ねていた。

 

そんな中で、突如として米国政府は態度を一転させて国際協調を唱え始めたのだ。

 

遡ること五年前、米国における聖遺物研究機関、F.I.Sが突如壊滅するという事件が発生した。それによりフィーネの協力の元蓄積されていた聖遺物技術はその多くが散逸、在籍していた人員も当時出勤していたスタッフを始めその多くが死亡、あるいは行方不明となるなど、その損害は計り知れないものがあった。

その為、ルナアタック以前より米国は日本に対して表裏問わず聖遺物技術の確保を目的とした暗躍を重ねていた。表のデュランダルの引き渡し要求、そして裏の広木大臣暗殺もその一つであったが、事ここに至って米国は協調による共同開発の提案を日本政府に打診、国内外からシンフォギア保有による非難を浴びる日本もそれに同調。この度、日本が確保したサクリストS、即ち「ソロモンの杖」を米国と共同で研究することが決定したのであった。

 

 

 

 

「そいつは、ソロモンの杖は、そう簡単に扱っていいものじゃねーよ」

 

ソロモンの杖輸送作戦。特殊な輸送列車を使い、シンフォギア装者を護衛としてソロモンの杖を陸路で輸送する任務。

雨が降りしきる中で決行されたその作戦の最中、雪音クリスはそう言った。

ソロモンの杖、それ即ち彼女の過ちの象徴。世界の為に、平和の為にと起動させたそれは、平和を脅かすための道具に過ぎず。

怒りもした。絶望もした。嘆き、悲しみ、「こんな筈では」と張り裂けるほどに叫んだ。だからこそ、力は人々のために、正しく使われなければならない。その言葉は彼女の贖罪の想いの表れだった。

 

「分かっていますよ。この聖遺物は持ち主を変えてしまう。当然でしょう、ノイズを操るということは即ち人類の生殺与奪を握ることと等しいのですから」

「ソロモンの杖があれば人類を救う神にも、逆に滅ぼす悪魔になるも自由自在……ソロモンに因んで、『魔神』とでも呼びましょうか。そういう存在へと変えてしまうのですから、なればこそこの杖の扱いはより慎重にならざるを得ません」

 

「……分かってるんならいいさ。尤も、あたしに言う資格なんか無いのかもしれねーけど」

 

「いえいえ。僕とて聖遺物の危険性は重々承知しています。——僕、実は旧F.I.Sの生き残りでしてね。むしろ身が引き締まりました。後は、母国がこれを正しいことに使ってくれることを祈るばかりですよ」

 

そう答えたのは米国側の使者……ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。気軽にウェル博士とでも呼んでください、と初対面からフランクに名乗った彼への印象を、二課からの輸送役として同行している友里は内心上方修正した。

 

旧F.I.Sといえば今となっては存在しないものの、米国における聖遺物研究の頂点である。そして二課としてはフィーネ、即ち櫻井了子がそこへ二課が保有するデータを流していた先であり、その意味で言えば因縁ある組織である。フィーネ亡き今、米国の聖遺物研究は別組織が完全に政府の傘下で行っていると聞いていたが、文字通りゼロからのスタートということもあって旧F.I.Sの僅かな生き残りを集めることで漸く形だけは成っているといった惨状であるとも、あるいは旧F.I.Sと比して聖遺物に対する危機感が不足しているとも、いずれにせよまともなものではない、というのが彼女の率直な感想だった。

しかし目の前の男は若干の胡散臭さを抱えこそすれ、ソロモンの杖を単に「ノイズを操る聖遺物」としてではなく、より踏み込んだものとして語っていた。それが擬態である可能性も捨てきれないが、それでも彼女はもう少し彼の考えを聞いてみたいと思った。

 

「……やはり、米国政府はソロモンの杖を自身の管理下に置きたい、と?」

 

「ええ。聞くところによれば、上はルナアタックの折、フィーネに対して再三『ソロモンの杖』の起動と引き渡しを催促していたようで。そして今回のこの共同研究の提案でしょう?僕としては少々キナ臭いものを感じるわけですよ。まぁ、一研究者の僕にはどうしようもないことですがね」

 

「博士はこの共同研究にあまり乗り気では無いのですか?」

 

「研究自体は喜んでさせてもらいますよ。聖遺物に携わる者として、実物の完全聖遺物に触れられるなんて光栄ですからね。しかし折角拾った命ですから有意義な使い方をしたい。少なくとも、怪しげな事件に巻き込まれて蜥蜴の尻尾になるなんて御免です」

 

いやはや、宮仕えというのも楽じゃないですねえ、と肩をすくめるウェル。その姿はふざけているようでもあったが、同時にそうしなければやってられないという本音が見え隠れしているようであり。実際にそういった例を知る友里も、そういう汚い世界を知るクリスも何も言うことが出来なかった。

列車内に流れる微妙な空気。何も知らない響が「え?え?」と困惑しているのを見て取ったウェルは頭の後ろを掻きながら苦笑いすると、

 

「おっと失礼。今まさに宮仕えをしている方々に言うことでもありませんでしたね。忘れてくれると助かります」

 

と言って場を流そうとした。友里もその意図を察し、速やかに話題を別の方向へと逸らす。

 

「それにしても、よろしかったのですか?其方の内情を話してしまって」

 

「構いませんよ。それにこの程度は二課の皆さんもとっくに掴んでらっしゃるでしょう?なら別に隠すことでもありませんよ。何、僕からのちょっとした誠意のようなものとでも思っておいてください」

 

何せこれからが大変なんですからね、とウェルが小声で呟く。

 

(任務中に一定の節度を守りながらも仲良く戯れて……おそらく普段からその日常を過ごしているのでしょう。ですがここからは彼女らの想像を超えた戦い。果たしてどこまでそのままでいられるのやら……)

 

三人はウェルの呟きには気付かなかった。

しかし呟いた瞬間、列車が大きな音を立てて揺れる。

クリスと響は堪らず体勢を崩して壁に身体を打ち付ける。友里はなんとか踏みとどまったが、ウェルは完全にバランスを崩して顔面から転んでしまった。

 

「ッ!?大丈夫ですか博士ッ!?」

 

「え、ええ!しかしこの揺れ、只事ではないようですッ!」

 

「竜さん!?聞こえる!?外で何が!?」

 

『……ああ。ばっちり聞こえてるぜ。だが妙なことになってやがる』

 

友里は咄嗟に外で待機していた竜に声をかける。

新たに飛行能力を獲得した「ゲッター」に身を包み、列車の直上で腕を組んで佇む彼女は、ここにありえないものを見た。

 

『……恐竜だ』

 

「「「…………はい?」」」

 

『俺の言うことが聞こえねえのかッ!?確かに目の前で恐竜が飛んでやがるッ!お前らプテラノドンぐらい聞いたことはあるだろうがッ!』

 

いや、聞こえてるけど。

それが三人の総意だった。

しかし恐竜が攻めてきた。そう聞いて、信じられる人間がどれだけいるだろうか。少なくとも、クリスと響には信じられなかった。

 

「お前なぁ、そりゃさすがにあたしらのこと馬鹿にしすぎじゃねーのか?まだノイズの群れって言われた方が信憑性があるぜ」

 

「そうですよ。何かおっきな鳥と見間違えたんじゃないんですか?いくらわたしでも恐竜が絶滅したことぐらい知ってますよぉ」

 

『いいや、竜くんが言っているのは事実だ』

 

しかしそれを弦十郎が否定する。突きつけられるは過酷な現実。いかなる幻想よりも遥かに創作めいた奇妙な現実は、今まさに二課の司令室を困惑へと叩き落としていた。

 

『こちらでも確認した。今、その車両はプテラノドンに襲われているッ!』

 

直後、再び大きな揺れが車両を襲い、鋭い鉤爪が車両の天井を貫いた。

鉤爪の主は車両を引き倒しはじめ、一方的に負荷を掛けられた線路が車輪と擦れて火花を散らす。

 

「うわああああああ!?」

 

「——ッ!二人とも、博士を急いで前の車両にッ!」

 

友里に急かされるまま、二人がウェルを連れて前方の車両へと急ぐ。

間一髪と言うところで渡り終えた直後に竜が連結部を破壊して事なきを得たものの、ここが危地であることに変わりなし。むしろ逃げ場を狭められている時点で事態は刻一刻と不利へと向かっていた。

 

「おらァッ!どこから湧いたかは知らねえがお呼びじゃねえんだよ鳥野郎ッ!」

 

その中にあってもせめてもの抵抗として竜が空を駆け、翼竜の顔面をブン殴る。これには翼竜もたまらず鷲掴んでいた車両を離すが、その生命力故に復帰が早い。体勢を整えると再び襲いかかってくる。しかも手放した車両には既に興味を失くしており、真っ直ぐに一行が乗っている車両目掛けて翼を広げて飛翔したのだった。

それだけではない。横合いの森の中からはさらなる増援の翼竜が飛び立ち、加えてどうやって潜んでいたのか、ティラノサウルスがその大きな頭を振り上げ、竜を噛み砕こうと大口を開けて襲い掛かってきた。

 

「あぶねっ……。どこに潜んでやがったんだこのデカブツがッ!……オッサンッ!」

 

『分かっているッ!このままあの恐竜たちを放置していてはどこまで被害が及ぶか分からん。加えて明確にこちらを狙っている以上、敵性体である事に疑いはないッ!』

『よって装者三人には迎撃を命ずるッ!敵恐竜を撃破し、博士の身の安全を守れッ!』

 

「そいつを、待ってたぜェッ!」

「今度はティラノサウルスかよ。つくづく現実の方がおかしくなってきやがったッ!」

「生き物相手はやりにくいけど……それでもやる事は変わらないッ!ソロモンの杖も、みんなの命も必ず守るッ!」

 

弦十郎の指令のもと、響とクリスがギアを纏う。そして車両の上に三人並び立ち、指の関節を鳴らすと手ぐすね引いて迎撃の時を待つ。

 

「メインアタッカーは頼むぜ。あたしらの中で飛べるのはお前だけなんだ」

 

「言われなくても分かってら。お前らこそ、飛べねえことを言い訳にすんじゃねえぞ」

 

「ともあれ、近づいてきたらぶっ飛ばす、ですねッ!」

 

「よっしゃあ、行くぜッ!」

 

竜の声が合図になって、三人が揃って配置に着いた。クリスは翼竜へ向けて弾丸を撒き、竜は背中のマントを翻して細かく軌道を変える事で敵の鋭い歯を躱していく。恐竜は確かに大地を走る機動性こそ優れていたが、その巨体が災いして小回りが効かないため竜を捉えきれていない。とは言えその巨大なアギトと牙の脅威は健在。仕留めきれなければその餌食となるのは火を見るより明らかであった。

 

「クソッ!恐竜ってのはこんなに早えのかッ!?バッチリ列車のスピードに着いてきてやがんじゃねえかッ!」

 

『いいや。昔の映画ではしばしば自動車に追いつく姿が描写されていたが、近頃の研究ではそれほどの速度を出せば脚の骨が保たないことが指摘されている。いや、それを込みにしてもこの列車に追いつけるのは明らかに異常だ。考えられるのは『そのように』進化を遂げたか———』

 

「まさか改造されたってかッ!?それこそ映画じゃねえんだぞッ!ティラノサウルス生き返らせて兵器運用なんざマトモじゃねえッ!考えた奴は相当頭がイカれてんなァおいッ!」

 

『だがスペックが映画の『ソレ』に近しいなら戦い方もまた同じッ!あからさまな大顎を避け、喉元や尻尾を狙えッ!』

 

「簡単に、言ってくれんじゃねえかッ!」

 

『だが出来るだろう?』

 

「応よッ!俺様を誰だと思っていやがるッ!」

 

一時的に距離を離した竜が、今度は真っ直ぐに突っ込む。ティラノサウルスも牙を剥いて真っ向から襲い掛かるが、噛み付いたところで竜の姿が視界から消えた。

 

「やっぱりな。肉食の獣って奴は視界が狭いって言うが、恐竜もおんなじらしいなァッ!」

 

直後、ティラノサウルスの顎の下に感じた事のない衝撃が走る。

衝撃は直接脳へと響き、大きくのけ反った身体は二本の脚では支えることもままならず、胴体を無防備にも大きく晒してしまう。

 

「おおおおおおおおぉぉぉりゃあああァァァッ!」

 

その隙に竜が足下へ潜り込み、極太の尻尾を脇腹で挟んでガッチリと固める。そしてそのまま力任せにブン回す、人呼んでジャイアントスイングで思いっきり投げ飛ばした。

 

「こいつでトドメだッ!ゲッタァァァーーーー!!!ビィィィィィーーーーームッ!」

 

最後の締めはやはりこの技。足場を失い、ただ慣性に従って飛んでいくだけの木偶には、その負荷はあまりにも大きく、後には骨しか残っていなかった。

 

「さて、アイツらと合流すっか!待ってろよ……何考えてるかは知らねえが全員ぶっ潰してやる!」

 

 

 

 

 

 

一方で、響とクリスは目の前の空を飛ぶ敵を相手に苦戦を強いられていた。

 

「当ったれぇぇぇええええッ!」

 

向かってくる翼竜を相手にクリスがボウガンの矢をバラ撒く。向こうはそれに対して、敢えて矢の雨に向かってくる事で躱してくる。見た目よりも素早い機動を見て取った彼女は追加でさらにミサイルを発射した。狙うは翼膜、翼竜にとってのアキレス腱足りうる部位である。

 

「!?!?!?!?!?」

 

群れの何頭かは辛うじてこれらを受けずに済んだ。しかし、運の悪い一頭がまともに直撃を受けたことで翼膜に穴が空き、空中という絶好の逃げ場を失ったのである。

そして飛行能力を失った翼竜は刺し違えるつもりだったのか、クリスの元へ突っ込んだのだが———。

 

「とおりゃああああああッ!」

 

自由に飛べぬ者が、響の拳から逃れることは叶わないのである。これによって翼竜たちは響とクリスから一旦距離を取り始めた。その知能の高さに、思わず舌を巻くクリス。同時に、この恐竜たちがここまで賢いということそのものにも違和感を覚え始めていた。

 

「こいつら、思ったより賢いみてーだな。だったら……逃げ場なんかどこにもねーって事!思い知らせてやるッ!」

 

クリスの意志にアームドギアが応える。ボウガンが巨大化し、番えた矢を束ねることで一本の矢がより強く、より大きくなる。

巨大な矢を二本、まとめて一度に空へと放てば、解放された矢は幾条もの矢へと分裂し、翼竜の姿を上から捉える。そして一瞬、滞空して狙いを定めると、キラリと輝き光となって、そのまま翼竜たちを貫いていく。

 

 

 

 

「こっちにかまけて、頭の上がお留守だぜ」

 

 

 

 

GIGA ZEPPELIN

 

 

一頻り矢の雨が止んだところで、クリスは戦果を確認した。襲ってきていた翼竜は軒並み倒されたようで、周りに飛んでいるものは何もいない。

だからこそ、だ。だからこそ、彼女は気付いた。さっきまで襲ってきていたものとは明らかに毛色が違う、体の一部を機械化された翼竜がこちらを窺っているのを。

 

「……!おいおい今度はプテラノドンメカかぁッ!?一体どこのどいつだあんなもの造ったのはッ!」」

 

瞬間、機械仕掛けの翼竜がクリスを見る。視線が合ったのか、声が聞こえたのか。様子を伺うだけだった翼竜は翼をはためかせると真っ直ぐ二人を標的として捉えた。

 

「来てるよクリスちゃんッ!」

 

「ああッ!きっとあいつが取り巻きを率いてやがったんだッ!」

 

翼竜の攻撃に対し、二人は迷わず正面から立ち向かった。両手の弓をガトリングへと変化させ、弾丸をバラ撒きながら牽制を入れ、弾幕をさらに増やしていく。それに対し翼竜がしたのは至ってシンプル、すなわち「何もしない」ことであった。

弾幕が、ミサイルが、弾丸が、翼竜の体に吸い込まれる。爆炎が翼竜を包み込み、煙がその体を覆い隠す。しかし翼竜は全くの無傷のまま、爆煙を突き破って向かってきた。

 

「無傷だとォッ!?」

 

「だったらあああああああッ!」

 

真っ直ぐ狙われていると言えど一歩も引かずに弾丸を撃ち続けるクリス。しかしその攻撃は全く通っていない。

それもその筈だろう。弾丸と翼竜とでは質量が違いすぎる。質量が違えば必要な破壊力も大きく変わる。そして、彼女の弾丸とミサイルでは内包する破壊力が足りていないのだ。故に決定打にはなり得ない。なるとすればルナアタックでも活躍した大型のミサイルだが、これを使うには敵の機動力を殺さなければ当たらないだろう。

 

それを直感的に理解したのか、響がクリスを守るべく前に出た。両足のジャッキで大きく飛び立ち、翼竜とクリスの間に身を滑らせる。そして腕のバンカーを強く引き、拳を大きく振りかぶるとその胴体に叩きつけた。

ガン、と大きな金属音が響く。並のノイズならば余波だけで炭化する筈の一撃を受けたことで直撃した装甲が凹み、軌道も外れてクリスの横を素通りしていった。しかし撃墜にはまだ足りない。

 

「今の手応え……ホントに金属だよクリスちゃんッ!やっぱりあれってメカなのかな?」

 

「だろうな。その割にゃ頭が生身っぽいが……オッサン。何か知らねーか?」

 

『此方の分析もクリスくんが感じた通りだ。あの翼竜は頭部と尻尾は生身に近いが、翼と胴体は機械が用いられている。おそらく、サイボーグに近い存在なのだろう。装甲材も未知のものである可能性が高い以上、出来る限り生身に近い部分に狙いを定めるんだッ!」

 

「了解ですッ!」

 

「けどよ、どうやってお前のを一撃お見舞いしてやるんだッ!?言っちゃあなんだが、今のあたしの火力じゃ誘導だって厳しいぞッ!?」

 

「それは……ってクリスちゃん後ろッ!後ろッ!」

 

「ゑ?うわっ!うわぁぁぁぁッ!」

 

と、二人が作戦を練ろうとしたところで、列車がトンネルに差し掛かった。

ギリギリで気づいた響が咄嗟に足場にしていた列車の屋根をブチ抜き、クリスを抱えたことで事なきを得たものの、間抜けな叫び声を出してしまったことでクリスが若干赤い顔をしている。

 

「ぎ、ぎりぎりセーフ……!」

 

「わ、悪い。助かった……って、あいつはどうなった?追っかけて来てるか?」

 

「それは……」

 

響が車内からちらりと顔だけ出して背後を見ると、彼女の視界はトンネルの中まで追ってくる翼竜の姿を捉えた。

そしてガシャリ、と翼竜の背中から銃口がせり出し、一秒に何十発という速度で銃口が火を噴いたことも。

 

「うそぉッ!?」

 

それを視認した瞬間、反射的に顔を引っ込めて車両の壁の影に隠れた。そうすると数秒としないうちに弾が命中する金属音がけたたましく鳴り始める。

ガラスが割れ、金属が擦れる不快な音が雑音として二人の耳を侵していく。

それだけにとどまらず、時折車両の壁を貫通した鉛弾が直接二人を傷つけようと目論み、ギアのフィールドに守られて墜ちる。

——冷や汗が一滴流れ落ちる。ギアが無ければ死んでいた、と。

 

「ちっくしょうッ!攻めあぐねるとはこういうことか……!」

 

「……いいやッ!ピンチこそ最大のチャンスッ!こういう時こそ師匠の戦術マニュアルを実践する時ッ!」

 

「おいおい、マニュアルっつったってオッサンの面白映画だろ?それが何かの役に立つのか?」

 

「もっちろんッ!こういう時は、列車の連結部を壊してぶつければいいんだってッ!」

 

「……なるほどな。確かにこの中ならあいつも逃げられねー筈。ノイズじゃねーから通り抜けも出来ないか。だったらあたしにも一枚噛ませろ。どうせぶつけるなら、最大火力の最大パワーをぶつけてやった方が都合がいいだろ?」

 

「りょーかいッ!それじゃあタイミングだけお願いッ!」

 

「ああッ!トンネルを抜ける前にカタを付けるッ!」

 

クリスが矢で連結部を壊し、響がそれを足で向こう側へ押し出す。そしてトンネルの出口で待機して、「その時」を待った。響は拳を引き絞って、クリスはエネルギーを集中させて生み出した巨大なミサイルを四機、発射台に構えて。

無論翼竜もそれを破壊する為に火力を集中させてくるが、車両は穴だらけになるだけで止まらない。そして激突する直前、ついにミサイルが放たれる。

 

「いっけえええええええええッ!」

 

クリスの号令で発射されたミサイルは狙いを誤ることもなく、四機が全て同時に着弾した。そして巨大な爆炎を撒き散らし、車両を一つの質量兵器として機能させる。熱と煙が翼竜の眼を焼き、鼻を潰し、完全な闇へと引き摺り込む。更には翼竜を焼き尽くしたのを合図に響がそこへ突っ込む。

バンカーを引き絞り、背中のバーニアも全開のパワー全開で、恐れることなく炎の中へと身を投げる。一つの予感に従って。

しかしてその予感は正しかった。炎の中から満身創痍の翼竜が苦しみながら抜け出てきたからである。しかし五感の殆どを失い、機械の鎧もまた無数の亀裂と焼け焦げた痕で黒くくすみ、ただ闇雲に暴れるだけのそれは最早脅威でもなんでもなかった。

 

「———君だけを、守りたい。だから強くッ!飛べぇぇぇぇッ!」

 

そして不幸なことに——というより響が狙ったことであるが——その拳が炸裂したのは、翼竜が爆炎を抜け出した直後だった。

ぐしゃり、と生身の部分にクリーンヒットした拳は響に殴った感覚をストレートに伝え、同時にバンカーが炸裂する。———生々しい感触に顔を歪めながら———頬に突き刺さった拳を通して貯蔵されたエネルギーが爆発する。そして迸るエネルギーは行き場を求め、翼竜の歯を折り、肉を焼き、骨を中の機械ごと砕きながら力の限り吹っ飛ばす。それで完全に限界を超えた翼竜はバチバチと火花を散らせると共に爆発。焔の中へと消えていった。

 

「はぁ……はぁ……今のって、一体……」

 

「ああ……間違えようがねえ。アレは普通の生き物じゃない。たぶん、恐竜を誰かが改造して兵器にしたんだ」

 

「……ッ!まさか、ソロモンの杖を奪うために……!?」

 

「ありえない話じゃねーな。けど、そんな科学力があるんならソロモンの杖に頼らなくてもいいような気もするけど……ともあれ、まずはあっちと合流しようぜ。あたしらの目的は、あくまでソロモンの杖とあの博士を送り届けることなんだからな」

 

戦いが終わり、感じた疑念を二人が共有する。そうしていると、上から戦いを終えた竜が降り立った。

 

「……っと。お前らももう終わったか?案外早かったな」

 

「お前の手を借りるまでもねーってことだよ。そっちこそ、案外手こずったんじゃねーのか?」

 

「あのティラノ野郎、強さは大した事ねえが、案外遠くまで俺と車両を引き離してたらしい。おかげでちょいと遅れちまったぜ」

 

「ふーん。ま、そういうことにしといてやるよ」

 

「言いやがるなこいつ!」

 

 

そうして三人は列車に戻るべく足を進めた。

それを見る何対もの視線に気付かずに。

 

 

 




もう既に原作乖離が激しいですが誤差だよ誤差。
恐竜を改造して兵器にする……一体どこがヤッタンダロウナー(棒読み)


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直面する恐怖

多分これが今年最後の投稿です。
すっかり更新が遅くなってしまった拙作に、今年も付き合ってくださりありがとうございます。
それでは良いお年を。


輸送任務は、何事も無くとは言えなかったが無事に終わった。

友里が引き渡しの手続きを終えるとようやく一同に安堵の色が見えた。

 

「確かめさせてもらいましたよ、ルナアタックの英雄と呼ばれるその力」

 

「英雄!?そんな、もっと褒めてくれてもいいんですよぉ?むしろ褒めちぎってくださあいたぁ!」

 

「調子乗んな。そういう所が褒められないんだよ」

 

「いたいよくりすちゃあん」

 

ははは、とウェルが朗らかに笑う。彼はソロモンの杖が入ったケースを両手に抱え、基地の責任者に庇われるように立っていた。おそらくこれから研究施設へ運ぶか、一時的にこの基地で保管してから持っていくのだろう。

そして彼は上機嫌そうに言葉を紡いでいく。

 

「今の世界に英雄と呼べる者は殆ど残っておりません。貴女方のように、如何なる困難、如何なる脅威にも屈することなく、全て踏み越えて明日へ進み続ける者というのは実に少なくなった。だからこそ人は求めてやまないのですよ、そのような英雄の姿をね」

 

「そんなもんじゃねえ。俺たちはただ、目の前の敵をぶっ潰してただけだっての」

 

そう語る竜の顔には誇るような喜色は無い。同時に悔いるような慚愧も、謙る謙虚さも無い。ただフラットに己のしてきたことを受け入れるのみ。それだけ、ただそれだけなのである。

 

——守れなかった生命があった。救えなかった仲間がいた。

けれど取りこぼさなかったものも、確かにあった。そしてそのおかげで今の己があることも。だから全てを糧にする。前へと進む燃料にする。ただそれだけは、諦めない。

 

 

その態度が琴線に触れたのか、それとも彼女の意志を感じ取ったのか。

ウェルは満足そうに頷いた。

 

「これは我々が責任を持って研究します。これが人類の明日に繋がることを信じて」

 

そう語る姿は誇らしげだった。先程の英雄に関する持論を聞いて彼への警戒レベルを少し上げたクリスは真剣な表情でそれを見つめている。

 

「頼んだぜ。……本当に」

 

それに彼は顔色一つ変えず、一度首肯することで返答とした。

そしてこの場を後にすべく後ろを振り返ったその直後に。

爆発音が辺りに響く。

ぎょっとしたクリスが発生源を探すとウェル達が向かおうとしている方角———今いる岩国基地が煙を吐いているのが見えて、顔色が蒼白になる。

 

「報告!報告!武器庫周辺で爆発ですッ!」

 

「何だと!?警備は何をやっているッ!いや、その前に貴様ら本当にきちんと管理していたのか!?こんな失態、この基地始まって以来だぞッ!」

 

「も、申し訳ありませんッ!」

 

「すまないが、博士とあなた方は避難を。これは我々の管理問題、解決次第原因究明と其方への謝罪、説明をさせていただきますので、どうかこの場はお任せください」

 

基地側の責任者が頭を下げる。

竜とあおいは顔を見合わせた。武器庫の爆発、火災ともなれば相当の被害である。基地内部の銃火器だけでなく、さらに殺傷力の高い兵器へ引火したともなればその人的、物的損失は計り知れない。

 

(どう思う?まさか、罠じゃねえだろうな)

 

(……いえ、ありえないわ。ここで私たちを嵌めたところで旨味がない。信用と協力を失う対価が研究できるか怪しいソロモンの杖一つでは向こうが何も得られない。独占して運用するにしてもここまであからさまだとやり方がお粗末に過ぎるわ)

 

(ならよ、万が一の大惨事になる前に、せめて爆発しそうなものとかは離しといた方がいいんじゃねえか?)

 

(うーん。今回は向こうから手出し無用とは言ってきてる。だから手助けすれば逆に向こうの顔を潰すことになるかも……)

 

しかし、二人が小声で話し合ったこの時間は無駄になった。

 

 

 

————ぽとり。

 

 

 

 

「うん?失礼。…………なんだ、いもりか。一体何の悪戯だ?」

 

 

————ぽとり。ぽとり。

 

「何だ!悪戯にしてはタチが悪すぎるぞ!お客人が来ているというのにこの様では全く以て示しというものが————!」

 

その言葉を言い切る前に、男は空から降ってきたいもりの大群に襲われ、その中に埋もれて消えた。

 

「何だ!?」

 

「博士とサクリストを守れ!」

 

「何!?何なの!?これって何が起こって……!」

 

「そんな事より、向こうと分断されちまったッ!これじゃ博士達を守れねえッ!」

 

「恐竜の次はいもりかよッ!一体どうなっちまったんだッ!」

 

無数と、そう呼ぶことさえ憚られるほどのいもり。それが今大河を作り、装者たちと博士たちを分断する。

飲み込まれた者は生きているだろうか。そんな事を考えている暇も与えず、大河は流れを変えてウェルの方へと濁流を向ける。護衛の二人が博士を守るために咄嗟に前へ出て発砲したが、しかしあっさりと飲み込まれてしまった。

 

「博士ッ!」

 

「うおおおおおおッ!逃ィィィげるんですよォォォォーーーッ!」

 

「あいつ、囮になる気かッ!?んな無謀させるかよッ!」

 

ウェルが妙に綺麗なフォームで走り出そうとするのを追うように、竜が気を昂らせながら聖詠を唱え、ゲッターを纏う。そうして飛んで博士の元に合流すると、ゲッタービームで大河を纏めて焼き払った。

 

「竜さんッ!」

 

「クソッ!どこか安全な場所はねえかッ!お前らも早いとこ……うおッ!」

 

さらに地響きが一つ、二つと鳴り渡る。それに呼応して同時に爆発が基地全体を襲い、次々と設備を破壊していく。

そしてその爆発源からは次々と先程のいもりが現れた。無数に蠢く二対の眼が光り、その先にはソロモンの杖が入ったケースを捉えている。

不味い、と竜が冷や汗を垂らす。ゲッタービームで焼き払うことは出来る。しかしこうも数が多すぎると間違いなく撃ち漏らしが出る。そうなれば博士も杖も守りきれない。

しかし彼女の判断よりも、博士の判断の方が早かった。

 

「こうなればやむを得ませんね。そぉぉれえええええッ!」

 

「!?何やってんだ博士ェッ!」

 

ウェルがソロモンの杖が入ったケースを明後日の方向にぶん投げた。

その暴挙を前に、クリスは思わずケースへ手を伸ばそうとし、竜はウェルの胸ぐらを掴む。

 

「てめ、自分が何やったか分かってんのかッ!」

 

「分かってますよッ!ですが奴らの目的があれなら人命には代えられないでしょうがッ!」

 

「それで何人死ぬと思ってんだッ!」

 

「あなた方が死ぬよりマシだッ!それにもう手は打ってありますッ!ここであれを失ったとて、問題はありませんッ!」

 

ウェルが言った通り、いもりはケースに目が行っていて此方には一瞥すら向けない。しかし、この過剰なほどの意思統一のなされ方は彼女らには逆に不気味でもあった。

 

「まずはここを脱出しましょう。連中が気を取られている今がチャンスですッ!それと友里さん、あなたにはこれを」

 

ウェルが何かをあおいに投げ渡す。うまく両手でキャッチした彼女がよく見ると、それは拳銃のように見えた。

 

「ウチで開発した携帯式の火炎放射器です。護身用ですが、奴らを焼き払ってしまうには十分ですよ」

 

それを聞いた彼女は身を強張らせた。どこでそんな物を作ったのか。そして何故そんな物を持ち歩いているのか。ただの輸送任務に、何故そんな物が必要だと思ったのか。そして、なぜこうも準備がいいのか。

———この任務、何かがおかしい。そう直感した。

しかし考えている暇は無い。響もクリスも既にギアを纏っている。少なくともこの二人の安全は確保されている以上、まずはここを脱出するのが先決である。

五人は走って逃げ出した。目指すは出口、ただ一つ。

まずはこの恐怖のいもり地獄を切り抜ける。

ケースをどこかへ運んでゆくいもりの姿を視界の端に捉え、ある者は歯軋りをするほどに悔しさを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

走り続ける最中で、竜がウェルに問うた。

 

「お前、あいつらのこと何か知ってるなッ!まるでこうなるって分かってみてえな振舞いしてよッ!」

 

「おおよそ、ウチのトップの予測通りですよッ!尤も、いもりなんて物を使ってくるとは思いませんでしたがねッ!しかしこれでわかりましたッ!どうやら、向こうもとうとう本腰を入れてきたようですッ!」

 

「向こうって、まるで敵がいるみたいな言い草だなッ!」

 

「当たり前ですッ!あの恐竜を貴女も見たでしょうッ!既に我々人類以外の生物の世界に変化が始まっているのですッ!奴らは二十年以上前からずっと、何度も人類に対して干渉してきましたッ!ですが今度のように、ここまで狂ったように攻撃してきたのはこれが初めてですッ!」

 

「奴らってのはッ!」

 

「侵略者ですよッ!明確に人類を敵視し、霊長たる地位を簒奪せんとする挑戦者ッ!調査によれば欧州は既に奴らの実験場になりつつあるとかッ!」

 

「お前らは一体何なんだッ!」

 

「生憎と、今はまだ禁則事項なのですよッ!幸い迎えは寄越してくれているので、そこで説明してもらえるかとッ!」

 

この時点で全員が悟っていた。この男は、()()()()()()()()()

米国側の人間を装いながら別の組織に所属し、尚且つ侵略者とやらと戦っている——しかしそんなもの聞いた事もない。あおいが弦十郎に尋ねても、彼も何も知らないという。

 

「……っ、と。先回りされましたか。どうやら、目撃者は全員消す方針なんでしょうかね?」

 

「下がってください博士ッ!」

 

目の前に再び現れたいもりの群れを前にあおいが前に出る。

そして火炎放射器の引き金を引いたところで彼女は二度、驚いた。

一度目は手の中の兵器の威力。それは明らかに拳銃サイズに収まっていいものではなく、もっと大型の、タンクを背中に背負っていて然るべきと言うような火力を目の前に吐き出している事。

そしてもう一つは。

 

(この引き金……私はこれを引いたことがある?)

 

引き覚えのある引き金。兵器に特有の癖、というべきか。まるで製造者の意図が直接乗り移ったような使用感。彼女は手の中の兵器にそれを感じていた。それも実戦ではない。もっと昔、例えば二課が発足した辺りに訓練で感じたような。

 

(ああ、そういうことですか。二課の前身は確か————)

 

目を細める。目の前の男の所属に見当がつく。

問題は、何故それを上は黙っていたのか。それだけに尽きる。

 

「博士。あなたの所属はもしや————」

「うわああああああああああッ!」

 

何かに気づいた彼女の言葉を、しかしクリスの悲鳴が遮った。

目の前でいもりが燃やされている。その向こう側に、その「悲劇」は待ち受けていた。

 

「何だよ……一体何がどうなってるんだよぉッ!」

 

「そんな、酷い……こんなことって!」

 

 

 

「う、ううううううう」

 

「おあ、あーーうーーー」

 

「あわあ、あ!」

 

 

そこにあったのは先ほどよりも数を増したいもり。

そして。

 

 

 

 

口の端から涎をだらだらと流し、正気を失った目で近づいてくる、身体中をいもりに集られた()()の姿。

 

 

 

 

 

「いもりが、人間を操ってるッ!」

 

 

 

 

 

 

侵略者が、悪意の牙を剥き始めた。

 

———————————————————

 

世界の歌姫「マリア・カデンツァヴナ・イヴ」。

デビューからわずか二ヶ月で全米の頂点に君臨した女。

舞台裏の控室で共演者……風鳴翼への挨拶を終え、そのことに小さく安堵の溜息を漏らす彼女のもとへ、恰幅のいい中年の男が歩いていた。

 

 

「おう。話は終わったかい?」

 

「弁慶さん。ええ。挨拶も終わったし、後は本番を待つだけよ。そちらは?」

 

「ああ。会場の仕込みは万全だ。後のフォニ、フォニ……なんとかのことは教授たちが何とかしてくれる手筈だ」

 

「フォニックゲイン、よ。となると、後は向こうの出方次第、ってところかしらね。……本当に来るのかしら?」

 

「隼人の予測だ。まず外れる事はねえだろうさ。外れたら外れたでこれほど嬉しい事もねえしな」

 

「あら、心配してくれてるの?」

 

「当ったり前よ!おめえの晴れ舞台だ、何事もねえのが一番いいに決まってる!……研究所さえ無事だったらなあ」

 

「動かないものを当てにしたってしょうがないわよ。戦えるのが私たちだけなら、それで何とかするしかないでしょう?」

 

「そりゃあそうだがな……やっぱ心配だ。お前もそうだが、調と切歌だってまだまだガキだぞ。こんな生命の切った張ったなんかやらせたくねえ。寒い時代だぜ、全く!」

 

「変わらないわね、あなたは。それがどれだけ救いになるか……」

 

「お前さんも変わっちゃいねえさ。最近は隼人に似て、隠すのは上手くなってきたがな。でも教授の目はまだまだ誤魔化せねえよ」

 

「神さんは顔色変わらなすぎなのよ。ホント、心配するあなたの事も少しは考えてほしいわ」

 

「しょうがねえよ。あいつは何でもかんでも抱えちまう。多分、俺らが知らない事だって沢山抱えてるに違いねえ。だったら話してくれるまで待つさ。あいつが話さないってことは、まだその時じゃねえってことだ」

 

「あの秘密主義をそう捉えられるなんて、流石は早乙女研究所からの付き合いね」

 

「へへ、茶化すなよ。…………俺はこのまま警備に入る。背中は任せて、お前は思う存分歌ってこい!」

 

「ええ。いつか、何も考えずに歌える日が来るように、ね」

 

「気をつけろよ。絶対、生きて帰ってこいよ。お前らには生きていてほしい奴らがいることを忘れんなよ」

 

「ありがとう。…………行ってきます」

 

 

 

 

彼女たちが最初の悲劇と直面しているその裏で。

歌姫たちのステージが始まろうとしていた。

裏にある意図を隠しながら。

裏にある陰謀を隠しながら。

 

 

 

 

それは人類に、何を見せるのか。




最近AIのべりすとでお絵描きを始めました。なかなか面白かったんでついつい課金までしてしまい。
せっかくなのでずっと未定だった拙作主人公のデザインを考えてたんですが、気付いたら女版剣鉄也みたいなのが爆誕してて笑っちまいました。
ところでこれらのデザインを挿絵で出す需要ってあるんですかね?

追記:需要あるっぽいのでぶん投げます。
もみあげが実にダイナミック。


【挿絵表示】


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覚悟を込めて、刃を握れ

お待たせしました。ちょっとキャラクター解釈その他の考察で書くのが予定より遅れてしまいました。

そして遅れといて何ですが、今話は(も?)人を選ぶ内容になっています。脳をゲッター線漬けにしながらご覧ください。


 

己のステージへ向かう翼を見送る慎次は、妙な胸騒ぎを感じていた。

何かよくないものが近づいてきている。

岩国へ向かうチームが恐竜らしきものの攻撃を受けたと報告された時からか?それとも件の歌姫マリアが挨拶に来た時か?

 

否、そのどちらもでありどちらでもない。

例えば、歌姫マリアの出自は不明瞭なところが多い。

デビュー前はアメリカにいた事は分かっている。しかし、ある年齢から急に姿を消しており、ほんの数ヶ月前に突如歌手デビュー。

そしてデビューするや否や僅か二ヶ月で全米チャートの頂点に君臨した彼女は歌唱力、表現力共に風鳴翼に引けを取るものではない。彼女はそれだけの才能を何処で磨いたのか?

さらに今回のステージイベントとて、世界中が待望していたものではあったが、その実態はマリア側からの強い要望があってのことだった。しかし事前の打ち合わせに来たのはマリア一人で向こうの事務所からマネージャーや社長といった立場の人間が出てきた事が無い。彼女一人で回せると言われてしまえばそこまでなのだが……。

 

しかしこういった場における調整に慣れきった彼にはどうにも拭いきれない、戦場に立つ時とは異なる不安が湧いてくるものである。

 

そこで、何となく。

本当に何となくなのだが、気分を変えることにした。

 

翼が散らかしかけた楽屋の片付け。

ステージ後の段取りの整理。

そしてそれに向けた準備。

 

手慣れたそのルーティーンをすることで、まずは自分の精神を整える。

それらを一通り終えると、今度は音声機材の確認への参加。会場のスタッフが優秀なのは分かっているが、そこにも顔を出しておく。

予定より若干早い時間ではあるが、このそこはかとない不安を誤魔化すには丁度良かろうと体を動かし続けることにした。

とはいえ機材を納めた部屋は楽屋から少し離れている。時間もまだあるので急ぐ事もなし、歩いて階段を登ろうとした時。

 

彼はここに居ないはずの人間と出くわした。

 

 

 

 

「……車弁慶一佐?」

 

 

偶然ばったり出くわした中年の男は小柄な黒髪の少女を連れていた。

彼とは二課の仕事での擦り合わせで面会した事もある。一課の巴武蔵とよく似た特徴的な体型をしていて、彼とは先輩後輩の間柄らしい。

向こうはあちゃあ……という顔をしていて、隣の少女はじとーっとした目で彼を見つめている。

 

人と出くわすことは決して珍しい事ではない。しかしここはイベント関係者以外立ち入り禁止の空間。決して、関係者ではないはずの自衛隊の一等陸佐がいていい場所ではない。

 

そして何より、何よりだ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「…………悪いが、見なかったことにしてくれるか?」

 

「もう遅いと思うよ弁慶さん」

 

「だよなぁ……」

 

その手に小銃を抱えているにもかかわらず、緊張感の欠片もなく途方に暮れる男と、冷静にツッコミを入れる少女一人を目の前にして。

急速に慎次の頭は冷えていき、戦場に立つ時のスイッチを入れた。

 

 

 

 

「詳しく」

 

 

 

 

「詳しくお聞かせ願えますか?何故そんなものを持ち込んでいるのか」

 

 

 

 

 

「僕は今冷静さを欠こうとしています」

 

 

 

 

 

 

 

—————————

「いもりが、人間を操ってるッ!」

 

響が震える声で悲鳴を上げる。

襲い来るいもりはただの生物ではなかった。

人を襲い、人を操り、人を殺させ、また人を操る。そんな吐き気を催すようなおぞましい悪意に満ちた生物兵器。それがこの大軍の正体であった。

 

「お願いですッ!目を覚ましてくださいッ!」

 

「うう〜〜〜〜〜〜」

 

響が涙を浮かべながら必死に訴えかけるが、その声は届かない。

さながらゾンビのようにおぼつかない足取りで一歩一歩距離を縮めてくる。

ゆっくりゆっくりと距離は縮まっていく。

不規則に縮まる距離が恐怖を煽る。これに捕まればどうなるか、身体から生えているが如く纏わりついているモノに取りつかれればどうなるか。

その末路はすぐ目の前にある。それだけは避けなければならない。ウェルの話が正しいならばこのいもりは侵略者とやらの尖兵。そんなものに己の尊厳に加えギアまでもを渡すわけにはいかなかった。

 

うぎゃあ、と断末魔じみた叫声を上げながら傀儡が飛びかかる。そのスピードは如何に軍人とは言えどもとても同じ人間とは思えないほどであり、踏み込んだ足の筋肉が破れて血を流している。そして人の形でありながら人の心を失い、獣と成り果てたソレに言葉は届かない。脳を侵され、五感を侵され、尊厳を奪われた者が尖兵として、固まる響とクリスを仲間に迎え入れんとする。

 

「うるっせえッ!失せろゾンビもどきがッ!」

 

それを竜が間に入り、上段回し蹴りで傀儡の側頭部を捉えるとそのまま地面に蹴り落とした。

その衝撃で蹴られた部分が裂け、中から血と肉が漏れ出ているが痛がる様子は無い。ただ顔中から体液を垂れ流しながらゆっくり起き上がると、がくがく身体を震わせつつまた同じように迫ってくる。それはさながら壊れたレコードを繰り返し再生するようで。

それを見た竜は舌打ちすると、響たちにこう告げた。

 

「こうなりゃ埒が開かねえ、お前らは先に行け。俺も後から追いつく!」

 

「そんな、竜さんを置いてけませんよッ!」

 

「良いから行けッ!最悪俺は空を飛んで合流できるッ!けどお前らは走ってくしかねえだろうが!ここにあおいとウェルがいるのも忘れんなよッ!」

 

響は言葉を飲むしかなかった。

竜が吐いた言葉はこの場において正論である。

シンフォギア装者であればまだ脱出は容易であろうが、常人の二人は囲まれてからではもう遅い。故に装者に連れられての脱出しなければならない。尤も、逆に装者が着いているのなら脱出は容易なのだろうが。

 

だが、問題はそれだけではない。

このいもりはどうするのか。そしていもりに操られた人間はどうするのか。

少なくとも放置は出来ないだろう。後始末する人間が要る。竜はそれに自ら立候補したのだ。

 

では、その方法は?

その答えを彼女は示さない。ただ、何も言わずに友里を抱きかかえて響に放り投げ、後を任せるのみである。

 

「うわわわわわっ!急に荒っぽいことしないでください!友里さん、大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫!でもそれより竜さんを!」

 

「今は時間がありません。彼女の言う通りにするのが先決かと」

 

「違う!違うの!そうじゃなくて!」

 

「お小言だったら後でたっぷり聞いてやるよ!だがそれも生きてなきゃいけねえ。ほら、分かったらとっとと行けッ!」

 

「……すまん。絶対戻ってこいよッ!」

 

クリスの号令で四人は脱出を始めた。元々出口には近かった場所だったため、逃げ切れるのは確実だろう。竜が足止めしているなら尚更である。

 

響は、その真意に気付かなかった。竜が何も言わなかったのもある。しかし、それ以上に彼女は竜のことを信じすぎていた。敵には容赦が無く、罵詈雑言も度々口に出す竜だが、それは敵に対してだけだ。だから、敵ではなく、「被害者」でしかない彼等のことを悪いようにはしないだろう、と。

 

一方でクリスはそこまで楽観的にはなれなかった。まず第一に、彼女にはどうやってあの「被害者」たちを救うのかが分からない。……否、一つだけ分かっている。しかしそれをするには勇気が足りなかった。再び自分の歌で他人を傷つければ、受け継いだ両親の夢を裏切ることになるという気持ちが、彼女の行動にブレーキをかけさせた。

だからこそ、彼女は竜が何をしようとしているのかを察することができた。察していながら、何も言えなかった。そしてそんな自分を卑怯者だと恥じ、歯軋りをするほどに自己嫌悪を募らせていた。

 

ウェルは内心で口笛を吹いた。流石、あの風鳴訃堂が選んだだけのことはある、と。彼女の思惑を正確に読み取った彼は、その判断の早さと気遣いの仕方に感嘆の声さえ漏らしかけた。

彼の思想として、如何なる現実に直面してもなお前へ進み続ける者を英雄と呼ぶならば彼女もやはりそうなのだろう。一方で、他の装者二人はまだそうではない。素質はあるが、まだ前へ進むための「覚悟」が足りない。雪音クリスはあと一歩だが、立花響はまるで遠い。だからといって彼はそれを毛嫌いしないし、むしろ楽しみですらあった、彼女たちが、その素質をどう開花させるのかが。

 

———もしも「英雄」になれないなら、いっそ死なせてあげた方が親切でしょうか。

それは彼の率直な感想ではあったが、同時に彼は開花を促し、待つ心もまた、持ち合わせていた。

 

そして友里は、響の腕の中で罪悪感に苛まれていた。

 

「違う。違うの……戻らないと、止めないと……」

 

彼女はこの場の状況を最も正確に把握していたと言ってもいい。

自分たちが足手纏いであること。

この場を切り抜けるには誰かが残り、後始末をしなければならないこと。

そして、本来ならばそれは自分がやらねばならないことも。

 

同時に、彼女の手元にはそれを成すための道具があった。

(彼女の推測であるが)風鳴機関製の携行型火炎放射器。それで焼き払ってしまえばそれで終わる話だった。しかし彼女は引き金を引くことに一度躊躇いを覚えた。

彼らが被害者であること。そして子どもたちにそういった場面を見せるべきではないという、至極真っ当な人間としての感性が判断を躊躇わせた。

そして竜はそれを理解していた。二課は真っ当な大人の集まりであるから、子どもに「そういうこと」をさせないし、汚い部分だって背負ってみせるだろう。しかし真っ当だからこそ出来ないこともある。

 

ならば、それは自分がやるべきだろう。真っ当ではない自分が。

後ろ指を差されようと、人に恨まれようと、仲間に詰られようと。

 

(そうだ、それでいい。響の手は綺麗すぎる。汚すには勿体ねえ。あのガキは血を見慣れてるだろうが、今更見せたって何も良いことはねえ。あおいも迷ってたようだし、だったら俺がやるしかねえよな)

(汚れ役は初めてだが、こういうのを必要悪とでも言うのかね。オッサン達ならなんて言うんだろうな)

 

竜が諸手に武器を構える。次は蹴り落とすなどと悠長な真似はしない。きっちりと、痛みを感じさせる前に、苦しませる間もなく———その生命を断ち切る。

加害者と成り果てた被害者をまっすぐ射抜くように睨みつけると、無駄だと分かっていながら敢えて警告する。

 

「死にたくねえなら止まれ。死にたい奴から前に出ろ」

 

当然ではあるが、竜の警告は意味を為さず、傀儡は再び向かってきた。

そうなることぐらい初めから分かっていた。しかしそれでも言ったのは二課への義理立てか。それとも本当は殺したくないからか。案外後者かもな、と竜は内心で分析した。

それもそうだ、いくら介錯目的であるとはいえ、好き好んで無辜の人を殺すことなど誰がしたいと思うか。

 

(そう思うと俺にもまだそういう人間らしいところもあるもんだな)

 

竜は苦笑した。弦十郎には自分を「マトモ」ではないとは言ったが、まだまだ自分の人間性も捨てたものではないらしい。やっぱオッサンにゃまだまだ敵わねえわな、と肩の力を抜くと、すぐに頭の中身を切り替えた。

これまでの「戦う」覚悟から、「殺す」覚悟へと。

今まで暴力は何度も振るってきた。父に連れられてのヤクザの事務所への殴り込みで、さらにそのお礼参りで、不良とのケンカで。今までの戦いだって、広義の意味では暴力だろう。しかし、相手を殺そうとすることはあっても、実際に確信を持ってこれから殺す、というのは彼女にも初めてのことだった。

 

「警告はしたぜ。……あばよ」

 

斬、と脳天から手斧を一閃。それだけで決着は着いた。それで意識ごと断ち切ると、ゲッタービームでいもりを骸ごと焼き払う。そして空へ飛び上がり、今度はマントを身に纏いビームをその中で乱反射、広い範囲に拡散させて残党を焼き払う。

地上に降り立った竜は、人体が焼ける様を、目に焼き付けるように真っ直ぐ見つめ続けていた。

 

(悪いな。こうなったのは侵略者とやらのせいだが、お前らの未来を奪ったのは俺だ。恨んでくれていい)

 

ぎり、と歯軋りをする。自分で手を汚したことに後悔もなければ、悲しみもない。ただあるのは怒り。こうしなければならないような状況に彼らを陥れた者へ向けた純粋な感情。

だが黒幕はここにはいないだろう。どこかの安全地帯から、同族殺しを強要しながら此方を嘲笑っているに違いない。

この行き場の無い怒りを込めて、彼女は黒煙が伸びる空に叫んだ。

 

「よくもこんな胸糞悪いことさせやがったな!この借りは絶対に熨斗つけて返してやるぜ。見てろよ顔も知らねえ下衆野郎がァァァッ!」

 

 

 

 

 

——————————————

 

無事に脱出した四人は走っていく。ギアを纏う者が纏えぬ者を抱え、ウェルの案内のもと暫定的な目的地へと走る。

そして空から来た竜と合流してから程なく、彼女達を待つ者が現れた。

 

「待たせたなお前ら!こっちだ!早く乗れッ!」

 

「えぇっ!?武蔵さん!?なんでここに!?」

 

「話は中でしてやるッ!まずはこのまま会場まで超特急だッ!」

 

それはかつて、響に戦う意味を気付かせた巴武蔵だった。

一課にいるはずの彼が何故ここに。そう問う暇もなく、ウェルが彼女らをヘリの中へと急かす。

武蔵は先に中へ入り、コックピットでヘリを離陸させる用意をしている。

 

「会場って、まさか!」

 

「応ともッ!()()()()()()とお前らんとこの風鳴翼、あの二人の晴れ舞台だッ!そこに行って——無粋な邪魔者どもをぶっ潰してやんのさッ!」

 

ウチのマリア。その言葉が指す意味とは、彼らは何らかの組織であり歌姫マリアもまた、その構成員であるということ。

 

「何も言わなかったことは申し訳ないとは思ってますがね。敵を騙すにはまず味方から、とも言うでしょう?まずは乗ってください。詳しい説明は僕たちの上司がやってくれますよ」

 

これは何のための任務だったのか。まさか米国を騙くらかしたのか。

そしてこれは計画立ったものなのか。まさかとは思うが、ソロモンの杖を失うことさえ想定内なのか。

 

 

「さあ、ネタばらしの時間です。僕たちが何者で、何を目的としているのか。何のためにこの輸送任務が計画されたのか。……これしか道が無いことも含めて、です」

 

 

この一連の事件は、初めから彼らの掌の上だったのではないか?

その疑念が湧き上がる。だとすれば、岩国基地での犠牲者はなんだったのか。

 

 

「ですが先にこれだけは言っておきましょう。僕たちは敵ではありませんよ。人類守護の砦、その隠された二番手です。尤も、二課とは違ってノイズが専門ではありませんがね」

 

 

 

どうです?極秘の秘密戦力なんて、実に「英雄」らしくありませんか?

 

 

 

冗談めかしてそう語るウェルは少し得意げですらあって。

 

その一方で、装者たちは相手への警戒心を強めていた。

 

 

 




ウェル博士のキャラに違和感があると思いますが、この世界の博士は原作と比べて辿ってきた人生が大きく違います。そうなると英雄に対する考え方も変わってくるだろうなーと思いこんな感じになりました。いつもの並行世界クオリティとも言う。


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黒槍は鮮烈に吠える

大変長らくお待たせしました。
生存報告です。

創作に向けられる力がかなり落ちていますが何とか生きてます。


 

「藤堯。どう見る?」

 

二課仮設本部。かつての事件で致命的な打撃を受けたリディアン音楽院は移転し、その場所はフィーネの夢の残骸が寂しく佇んでいるばかりに成り果てた。同時にその機能を完全に停止させた二課本部は、新たに風鳴機関から提供された新型の潜水艦を仮設本部として運用することと相成った。その設備はかつてのそれと同等の機能を有しており、未だ終わることを知らないノイズ災害への砦たる役目を果たすために十分であると言える。

 

しかし設備は変われど人は変わらず。引き続き司令官を務めている弦十郎は、かつてと遜色ないモニターを見張りながら険しい表情で先の惨状を見据えていた。

それはノイズ災害とは異なる悪夢。ただ殺されるだけならどれだけ幸せだっただろうか。しかしこれは。

 

「……あまりにも惨すぎます。ノイズの被害者は大勢見てきましたが……それとは別の意味で尊厳も何もありません。あまりこのようなことは言いたくありませんが、『死んだほうがマシ』だったかもしれないと思うほどには」

 

水を向けられた藤堯はそう答えた。

これ以上苦しませるぐらいなら、という残酷な気遣い。それは暗に、竜の行為を肯定する言葉でもあった。

 

弦十郎は何も言わずにただありのままを受け止め、言う。

 

「俺たちはあまりにも物を知らない。これだけの生物災害を引き起こすには、現行人類の科学では不可能だろう。しかし異端技術とも違う。遺伝子操作か、あるいはより単純な品種改良か……」

 

「それが可能だとすれば組織的な、それも我々に対して非常に敵対的な存在による犯行。であれば、何故我々はその存在を確認できなかったのでしょうか」

 

「隠れ方が上手かったのか、あるいは文字通り、人類にとっての未知か。しかし、事情通がいるのは幸いだ。鬼が出るか蛇が出るか、それは武蔵に聞くとするさ」

 

巴武蔵の存在は彼にとって朗報だったと言える。

今回の件でもう一つの謎であるウェル博士のこと。彼と此方を繋ぐ鍵が武蔵であるならば、決して悪いことにはならないだろう。

そう思う程度には、弦十郎は巴武蔵という男を信頼していた。

 

 

————————————————

 

 

面々が乗り込んだヘリの中は重い雰囲気に包まれていた。耐えかねた響がヘリを運転している武蔵にちらちらと気まずそうに視線を向けているが、彼は操作に集中していて其方に見向きもしない。

一方でウェルだけがニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべているのが逆に不気味であったが、そんな中でも友里あおいは努めて冷静さを保ちながら二課本部へと通信を入れていた。

 

「既に事態は……収束、しています。現在、巴武蔵さんと合流して本作戦の諸事情についての説明がなされるところです」

 

言い淀んだのは本当に収束と呼ぶべきか迷ったからだ。何せ彼女には情報が足りない。如何に分析能力に長けていたとて、分析すべきものが無ければ意味は無い。

 

『その通信はこちらにも回してくれ。俺達も確かめなければならん』

 

「どうぞどうぞ。僕たちとしてもその方が手間が省けていいですので」

 

そうしてウェルが作業に入っている間に、竜は疑問を武蔵にぶつけていた。

 

「で、なんだって武蔵がいんだ?お前一課じゃなかったのかよ」

 

「引き抜かれたんだよ。つっても元々そうなる予定だったらしいんである意味あるべき所に収まったというか……まあ、有り体に言えばお前の大っ嫌いな鎌倉の爺さんの意向って奴だ」

 

「はぁ!?お前風鳴のジジイと知り合いかよッ!」

 

「早乙女研究所は分かるか?あそこが俺の前の職場でな。そこの早乙女博士と風鳴の爺さんは戦前からの付き合いなのさ。だからその縁で俺もちょっとした知り合いだ。なんならあの人のコネで一課に入ったようなもんだしな」

 

竜は途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。風鳴のジジイこと、風鳴訃堂は竜にとって因縁深い人物であるがゆえに、知り合いがその世話になったとなると複雑な心境になるのである。主にその所業の面で。

 

「え、竜さんって武蔵さんと知り合いなんですか?」

 

「まあ、オッサンの繋がりでちょいとな」

 

「嬢ちゃんも元気そうじゃあねえか。教えてやった大雪山おろしのキモ、忘れちゃいねえよな?」

 

「もちろんです!」

 

三人の会話は、ほんの、ほんのわずかだが機内の空気をマシにした。そんな中で、誰とも関わりのないクリスは一人、個人的にあまり聞きたくない名前を聞いて、鸚鵡返しするように口の中でつぶやいた。

 

「……また早乙女博士かよ……」

 

ルナアタックの際、フィーネから散々聞かされたその名前にいっそ辟易するが、しかしそれでいて何故かモヤモヤしたものを感じるクリス。ルナアタックが大事になったある意味原因の一人の名を耳にして、彼女はもしや、もしや今回もゲッター線繋がりの話ではあるまいか……とさえ予感していた。しかも目の前にはその早乙女博士の関係者がいる。

 

——嫌な予感がする。いや、それ自体は恐竜に襲われた時から感じてはいるが、しかし今度はもっとヤバい気配がする。

フィーネとは別種の、むしろバルベルデで捕えられていた時のような粘ついた悪意……とでも言うべきか。とにかくルナアタックとは別の大きな何かを感じて彼女は寒気を覚えていた。

 

その間に淡々と作業を進めていたウェルたちの方も漸く繋がったようで、あおいの協力で仮設本部の弦十郎も交えた緊急協議が始まった。

ウェルたちの上司として紹介された男は、前髪を長く伸ばしたやや細身でありながら筋肉質、それでいて「怜悧」という印象の鋭い眼光を持った男だった。

 

『どうやら、武蔵とは合流できたようだな。ご苦労だった』

 

「それはどうも。こちらの推移もおおよそ司令の予測通りに進みました。あんな悍ましいものをお出しされるとは思いませんでしたがね」

 

ウェルは軽い雰囲気で肩をすくめる。しかしその目は笑っておらず、彼なりに深刻さを感じているのが見て取れた。

 

『それだけ、今回ばかりは奴等も本気なのだろう。でなければあれだけの戦力を派遣するものか』

『そして初めまして、と言わせてもらおうか、二課の方々。俺が彼らを指揮している神隼人だ。まずは輸送任務への協力、感謝する。お蔭で少しは時間ができた』

 

『時間が出来た、とは?』

 

『見せた方が早い。……ウェル』

 

「はいはい。まぁ、つまりはこういうことなのですよ」

 

隼人の号令でウェルは白衣の内側から大きめの物体を取り出した。銀色と紫のパーツが特徴的なそれは……。

 

「ソロモンの杖じゃねーかッ!なんでお前が持って……って、じゃああの時ぶん投げたのはッ!」

 

『二課から政府に提出されたソロモンの杖に関するデータを流用させてもらった。材質はともかく、重さとサイズは現物とまるで変わらん。要するに、それなりに精巧な贋物だ」

 

「じゃ、じゃあ、本物はアイツらの手には渡ってねーんだな!?」

 

「当たり前ですーーー!一時の犠牲者を減らす為にその後の犠牲者を増やすなどと言語道断!そんなものは英雄のやる事じゃありませんッ!その点、皆さんは反応が素直だったので、いい隠れ蓑でしたよ」

 

ここぞとばかりにドヤ顔をする彼をスルーしながら、クリスは目に見えて安堵した。察するに、敵とやらはあんな風に人を殺すような奴らなのだろう。そんな者たちにソロモンの杖が渡ると思うと背筋が凍る。自分やフィーネよりずっと悪辣で、卑劣なやり方で杖を利用することが目に見えていたからだ。

その一方で、竜は露骨に不満を口にする。

 

「けっ。結局良いように使われっぱなしってことかよ。俺たちは体のいい囮役か?」

 

『そうなるように仕向けたのは事実だ。敵の目がどこまで張り巡らされているのかは未知数であり、それは輸送任務自体が敵に漏れていたことからも間違いはない。故に確実性を求めるならば其方にも知られないよう、米国を欺いてでも事を為す必要があった』

 

「ふん。言いてえことは大体分かったさ。だからってハイそうですかで納得できっかよ」

 

『悪いとは思っている。必要なことだったとはいえ、俺がお前たちを騙したのは事実だからな』

 

その一言に竜は一瞬、眉をぴくりと動かした。

彼女は隼人のやり方に風鳴訃堂の影を重ねていた。強引で有無を言わさず、それでいて相手の心情を慮らない。しかし、しかしだ。

 

(あのジジイは絶対に自分が悪いとは言わねえ)

 

それは直接関わった僅かな時間でも分かることだった。

 

『随分あっさりと非を認めるのだな』

 

『……こうするしかなかった、という他ない。正直に言うなら、こちらとしてもここまでが限界だった。尤も、それで納得するとも思っていないが』

 

弦十郎も竜と似たようなことを考えていたのか、一度憮然とした表情を浮かべると、改めて顔を引き締めて隼人に問いを投げかけた。

 

『……一つ、確認したい。この輸送任務は何の為のものだ?俺たちはソロモンの杖を米国に引き渡すことが目的だと認識していた。しかし派遣されたウェル博士はお前たちの息がかかった人間だった。さらにはあの恐竜やいもりによる襲撃。お前たちは何を知っている?何の為にこれを計画した?』

 

『訂正しておこう。ウェルは初めから俺たちの側だ。元F.I.Sなのは事実だが、それを利用して米国側に潜り込ませていた。襲撃については引き渡しが決まった時から想定していた。人類の存亡を左右するソロモンの杖、奴等が狙わんはずがない』

 

『では目的は輸送ではなく、防衛にあった、と?』

 

『正確には奪取、と言うべきだ。そもそもソロモンの杖の引き渡しそのものは既に日米両政府の合意の元で決められていたことだった筈。もし輸送中に何かあればその責任は日本、ひいては二課に降りかかる。それを防ぎ、尚且つ敵の手に渡さない。これを両立する為には、一度輸送を完遂させた上で奪取する必要があった。その為の計画であり、その為のウェルだ。後者は本人の要望もあったがな』

 

その弁明に弦十郎は成程、とだけ言い、顎に手を添えた。

聞く限り、隼人たちに出来たことはこれが限界のようだった。内容としても二課に対する配慮も加えられている。些か目的のために手段を選ばないきらいはあるが……と考えたところで頭を振る。

 

(いや、子どもたちをこんな事に巻き込んでいる時点で俺たちも同じ穴の狢か……)

 

彼の御用牙としての本能は、この一連の事件がルナアタックに勝るとも劣らない大きな戦いになる事を既に警告していた。そしてこうして彼らが自分たちの前に姿を現したと言うことはつまり、()()()()()()だろう。

ならば言うべきことは最低限でいいはずだ。

 

『であれば、こういうことは二度としないでもらいたいものだな。人類守護の砦として其方の行動が正しかったことは認めるが、かといって俺達は防人である以前に人だ。一方的に利用されることは好ましく思わん』

 

『そうか。………すまなかった』

 

隼人は素直に頭を下げた。

この場にマリアがいれば目を疑ったに違いない。自分にいつも無茶振りをしてくるあの神隼人がまさかここまで素直に頭を下げるなんて、と。

 

『ならばこれでこの話は終わりだ。お前たちもこれ以上蒸し返す真似はするな。分かったな?』

 

それが主に竜に向けられたものであったことは、言うまでもない。

 

「わはははは!お前の負けだな、隼人!」

 

話がひと段落したところで機内に武蔵の高笑いが響き渡った。

ヘリのレバー操作をしながら、それはもう辛抱たまらんといった具合に腹を抱えて笑う彼は良くも悪くも変わらぬ友にそう言った。

 

「おめぇ、そういうところだって昔からミチルさんや弁慶に散々言われてたろうが!ったく、歳ばっか食っただけで昔と全然変わっちゃいねえじゃねえか!」

 

『五月蝿いぞ武蔵。お前は操縦に集中しろ。でなければ間に合わんぞ』

 

「だから今全速力でぶっ飛ばしてんだろぉ!相変わらず人遣いが荒い野郎だぜ。弦、今からでも俺そっち行っていいか?」

 

『寝言は寝て言え。俺がお前達を手放すと思うな』

 

武蔵の軽口に反応する隼人の口調は少々不機嫌さを孕んでいたが、その口元は知らずのうちにほんの僅かに緩んでいた。

 

(……今。笑った、のか?)

(隼人の奴、えらく上機嫌じゃねえの。しょうがねえや、三人揃うのは早乙女博士が亡くなって以来だしな……)

 

——それに気付いたのは二人だけ。彼をよく知る武蔵と、偶然視界に捉えた弦十郎だけだった。

 

そして友人の張り切りように気を良くした武蔵は、負けじと士気を昂らせると強くレバーを握り直した。

 

「へいへい。心配すんな!この調子ならちょい遅れるぐらいで事足りる!お待ちかねの『本命』には間に合うぜ!」

 

「一体何が起こると言うんです?」

 

あおいの問いに、隼人はこう答えた。

———人類最後のステージだ、と。

 

——————————–—–—————————

 

「私はいつも、皆から勇気を貰っている!だから今度は、皆に少しでも勇気を分けられたらと思う!」

 

「私の歌を全部全部、世界中にくれてあげるッ!振り返らない、全力疾走だッ!ついて来れる奴だけついて来いッ!」

 

 

 

一曲目……挨拶代わりの「不死鳥のフランメ」を歌い終え、ステージを見る者たちへと二人は宣言した。

風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。前者は海外への挑戦を表明し、後者は僅かな期間で世界でも屈指のアーティストとしてスターダムを駆け上がった。そのために今、世界で最も注目を浴びているのは間違いなくこの二人である。

それ故にこのステージが全世界へと中継されるという、その事実だけでも人々は熱狂の渦へと叩き込まれたのである。

 

「そしてこの大舞台に日本の素晴らしいアーティスト、風鳴翼と巡り会い、共に歌えたことに感謝する」

 

「私も、素晴らしいアーティストと巡り会えた事を誇りに思う」

 

そうして二人は示し合わせるでもなく互いの手を差し出し、握った。その瞬間観客席の、否、この中継を見ている全世界のボルテージが頂点に達した。

 

「私達は世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるってことを」

 

「ああ。そしてそれは世界を変えていける力だ」

 

互いに目を合わせ、頷きあう。その時、歌を通じて心が通いあったと、翼は確信した。だからこそマリアが言う「歌の力」を信じられる。それが紛う事なき真実であると知っているから。そしてそれはきっとマリアも感じているだろうと……そう口を開こうとしたその時。

 

 

 

『フフハハハハハハッ!愚かなり、マリア・カデンツァヴナ・イヴ!』

『貴様、よもやこの期に及んで未だそのような世迷い言を口にするかッ!』

 

 

 

不躾な闖入者がどこからともなく声を上げる。会場全体に響く声は、しかし会場の設備をジャックしているわけではない。むしろ自然に、大気を震わせるように耳に入り込んできた。

 

何事かと観客がざわつき、途端に落ち着きをなくしていく。

その時、観客の一人が空に何かを目ざとく見つけた。

それは、空中にホログラムのように映し出された異形だった。

 

 

『何が歌の力かッ!言の葉を介そうと意思の統一さえ儘ならぬ下等生物がよくも言う!』

 

「下等生物だと?それにその悪し様な物言い、気に入らんな!この晴れ舞台に水を差す貴様は何者かッ!」

 

『我が名は地底魔王ゴール!恐竜帝国の帝王にしてこの地球の正当なる支配者よッ!」

 

その言葉を聞いて、正面から受け止められた人間がどれだけ居ただろうか。何かの撮影か、はたまたステージの演出か。

故に、誰も危機感を持たなかった。誰も真剣味を感じなかった。現実味が無かった、とも言うが、しかし誰もがそれを信じようとしなかった。

しかし異形は、ゴールは構わず言葉を続けていく。

 

『貴様ら人類が万物の霊長たる時代は終わり、地球は新しい時代を迎えるのだ。新たな生物の時代、ハチュウ人類の時代をッ!』

 

「新たな時代?ハチュウ人類?化外の者が何を言うかッ!そのような世迷い言、認める者がどこにいようかッ!」

 

『貴様らの意見など求めておらぬわッ!我らの輝かしい未来の為、邪魔者は抹殺するッ!貴様らシンフォギア装者をだッ!』

 

「なっ……」

 

何故それを、という言葉は無理矢理飲み込んだ。同時に気づく。貴様ら、ということはマリアもまた、ということであるか。

咄嗟にマリアに視線を向ければ、歯を食いしばって闖入者を睨みつけている。その胸元には確かに見慣れた「赤」が見え隠れしていた。

 

『何にせよ構わぬ。世界よ、人類よ!我ら恐竜帝国の技術の粋を結集して造り上げた忠実なるしもべ、メカザウルスの力を見るがいい!今こそ我らの力を愚かなサルどもに知らしめる時ッ!』

 

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ、そして風鳴翼ッ!さらにはこの場に集いし人間どもの血を以って我らの力を示そうぞッ!これは戦闘にあらず、公開処刑であるッ!』

 

それはほんの一呼吸する間に起きたことだった。

 

異形が高らかに宣言したその時、空から巨大な影が落ちてきた。それは戦闘機めいた分厚い両翼から一本ずつ、恐竜の首が生えていて、その鋭い牙を躊躇いなくステージへと向けていた。

首が落ちる。機体が落ちる。その巨体が落ちる。落ちた時にはもう遅い。例え二人が無事だとしても、巻き込まれた者は無事では済まない。

この場にいた全員が呆気に取られていた。ハチュウ人類だの何だのと、訳の分からないことを大声で言い出した者のことを本気だと思っていなかった。身構えていた風鳴翼でさえ反応が追いつかなかった。

 

 

 

ただ一人を除いては。

 

 

 

「やらせるものかァッ!」

 

 

その時、不思議な事が起こった。

マリアが叫ぶと同時に、会場をドーム状に包み込むように半透明の障壁が展開され、怪物の侵入を阻んだのだ。

怪物と障壁がぶつかり合い、稲妻が走る。最初の一撃を防がれた怪物は、発射口を開くと中からミサイルを撃ち出し、障壁越しに会場全体を揺らした。

 

会場を黒煙が覆い、炎の輝きと衝撃波が観客の五感を犯す。その時初めて、彼等は自らが死地にいることを認識した。

突然のことにパニックを起こす観客たち。目の前の壁がいつまで保つか……その恐怖心に煽られて、なりふり構わず生存のための行動を起こそうとした。

それは二年前の再現でもあった。それを予感した翼の左腕が小刻みに震え、右手で押さえつけながらも何とか群衆を静止しようとした時。

 

マリアは叫んだ。

歌姫としてではなく、戦士として。

 

「狼狽えるなァッ!!!!」

 

マイクがハウリングするほどの大音声。歌姫が本気で、腹の底から練り上げるように張り上げた音は一瞬で衆目を彼女へと向けてみせた。

そして言う。放送されているその場で全世界に魅せつける。

 

———これが歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 

「地底魔王ゴールッ!私達がこの程度のことを考えていないとでも思ったかッ!この電磁障壁は特別製ッ!例え破られるものだとしても、避難するには十分な時間を稼いでくれるッ!」

 

「さあオーディエンスよッ!勇気を持って、慌てず、整然と逃げ去りなさいッ!この場の全員の生命はこの私が保証するッ!」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴの名に賭けて、ここにいる者達は誰一人として死なせはしないッ!」

 

カリスマとはこういうものを言うのだろうか。彼女の堂々たる宣言には何一つ根拠がないが、しかし人々の心に安心を与えた。

人々が戸惑いながらも整然と、かつ迅速に動き出す。マリアが齎した、「まだしばらくは死なないだろう」という、根拠のない自信がそれを可能にした。

その様子を見た翼も驚愕を隠せなかった。かつては、自分たちの時にはできなかったこと。条件や猶予に差はあれど、自分たちの事で手一杯だったあの頃には伸ばせなかった手を彼女は伸ばした。その事がただ純粋に羨ましい。そう、彼女は思っていた。

 

 

そしてマリアの演説は止まらない。

ステージの観客の次は全世界へとその矛先を向け、その覚悟を問う。

 

 

 

「そして今、この中継を聞いている全世界に対して、私たちは告発するッ!この星は今、終わりへ向けて加速していることをッ!」

 

 

「あれこそは、人類の殲滅を目論む者たちが生み出した生物と機械の融合兵器、その名も『メカザウルス』ッ!そして生み出した者たちの名は、『恐竜帝国』ッ!人類が初めて遭遇する異形の侵略者ッ!」

 

「けれど人類は無力じゃないッ!私たちは『NISAR』ッ!この星の支配を目論み、人類殲滅を企てる侵略者と戦う者ッ!」

 

 

 

「そして!!!!」

 

 

 

 

    Granzizel bilfen gungnir zizzl

 

 

 

 

マリアが詠い、戦装束を身に纏う。

まず目を引いたのはその豊満な肢体を包み込む「白」。そして、散りばめられた「赤」。しかしその両手は、その外套は、それだけは「黒」に染まっていた。

 

 

「私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ!シンフォギア装者として、今ここに人類守護の使命を果たすッ!」

 

 

 

 

 

 




マリアさんのギアデザインについてですが、原作と違い完全に人類にとっての正義の側に立っているので正しさの「白」の中にいるということでXD本編の小さいマリア同様白ガングニールになりました。
ただし両手とマントが黒いのはオリジナルで、こびりついて変色した返り血がイメージにあります()


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蒼雷の装者

 

時間はメカザウルスの襲来より少し遡る。

 

小銃を抱えた車弁慶ともう一人の華奢な少女。明らかに不審な二人を前に、緒川は警戒心を強めていた。

翼や竜にとってもそうであるように、緒川にとってもかつての惨劇は繰り返してはならない忌まわしい記憶である。故にこの場に似つかわしくないものを持ち込まれていることに、本人も無意識のうちに焦りと苛立ちを感じ始めていた。

すると、少女の方が慎次の顔を見て何かを思い出すように口を開いた。

 

「弁慶さん。もしかしてこの人が……」

 

「ああ。二課の緒川慎次だ。あー、緒川。ちょいと話を聞いちゃくれねえか?」

 

「であれば、まずはその物騒なものを手放していただけませんかね。自衛隊の方とはいえ、この場にソレは無粋に過ぎるというものでは?」

 

慎次が鋭い目つきで弁慶を睨みつける。それは不躾な闖入者への視線であり、同時に「二課としての自分」を知るらしい見知らぬ少女への牽制も含んでいた。そしてそれを感じ取った弁慶は、ここで事を荒立てるべきでないと思い、その手の銃を足下に置き、軽く蹴り飛ばす。

 

「……しょうがねえ。調も抑えてくれ。それでだな、取り敢えず言っとくが、俺たちにここを滅茶苦茶にする気はねえぞ。むしろ逆だ。そういう連中がここを狙ってきていてだな……」

 

だから、と言いかけたところで複数人の足音が聞こえてきた。見れば、スタッフの名札を首から下げた者達が真っ直ぐ近づいてきている。

——その足音には、一つの乱れもなかった。まるで行進しているかのように。

 

「やべえッ!」

 

三人が動くのは同時だった。弁慶は床の銃を拾おうとし、その弁慶を慎次が取り押さえようとする。だがその前に、少女が何処からか出したリボルバー式の拳銃を躊躇うことなく集団に向けて撃った。彼女は拳銃らしからぬ反動の大きさに、小さな悲鳴を挙げて銃を取り落としてしまったが、命中した弾はショットガンもかくやという威力で人体を貫通し、数人の命を纏めて奪い去った。

その信じられない光景を見た慎次は絶句し、ほんの一瞬、動きに迷いを持ってしまう。それ故に弁慶が速度で優り……その体格に見合わない俊敏さで銃を拾った彼は、迷わずソレを更に追加でぶっ放す。

 

ガガガガガガガ!と、小気味よい銃声が鳴る。銃弾は彼らの身体を過たず貫き、そしてその身体から「紫色の」体液を撒き散らせる。弁慶が取り押さえられたのはその直後だった。銃を叩き落とされ、あっという間に関節を極められてはうつ伏せのまま押さえつけられる。

 

「貴方たちはッ!一体何をッ!」

 

「そうじゃねえッ!あれをよく見やがれッ!」

 

弁慶を取り押さえた慎次が詰問する。その答えは彼が指をさす方角にあった。

それは確かに死体だった。しかしその死体から流れる血は赤くなかった。

よく見れば顔の皮が破れている者もいて、その下からはハチュウ類のような鱗が覗いている。

 

「……やっぱり。弁慶さん、これ、いつもの皮だけのやつだよ!」

 

「当たりみてえだな!連中、やっぱりマリアを始末しに来やがったッ!」

 

少女が死体から顔の皮を剥ぎ取る。刃物を使わず剥ぎ取れるそれはある種のマスクのように顔に貼り付けられていて、彼女の痺れた細腕でも剥がすのは容易かった。

一度剥がされたことでビロビロになった皮は人の顔の形を保ったまま彼女の小さい手の中に収まっており、たたたっと慎次に駆け寄ると手渡すように見せつける。

 

「これは、一体……!」

 

「頼む!離してくれ慎次!このままじゃマリアの身が危ねえんだよッ!それだけじゃねえ、奴らは多分、そっちの風鳴翼のことだって狙ってるに違いねえッ!奴等は、奴等はゲッター線に関わったやつを皆殺しにしたがってる筈だッ!」

 

「わたしからもお願いします。あいつらを許しちゃいけないんです!」

 

「……後で全部聞かせてもらいますよッ!」

 

「ああッ!俺は、いや俺たちはそのために来たんだッ!お前らにこれからの事を伝えるためにッ!調ッ!おめぇは切歌と合流してマリアの方に行ってやってくれッ!雑魚は俺らが片付けるッ!……ハジだけはかくんじゃねぇぞッ!」

 

調は無言で頷いた。

そうして三人はそれぞれの戦場へ駆け出して行った。そして緒川慎次は初めて対面したのである。人類を狙う侵略者と、それが齎す惨状に。

 

 

 

—————————————

 

 

「マリア……お前は、一体」

 

「それは後で幾らでも、ね。……今中継が切られたわ。これで心置きなく戦える。違わない?」

 

翼は戸惑っていた。

メカザウルスなる巨大兵器、そして未知の「ガングニール」を纏うマリア。そしてそれを運用する未知の組織……しかしそれでも為すべきことは分かっていた。既に頭の中は防人としての己に切り替わり、光と共に剣を鎧う。

 

「……そうだな。人類守護は私の使命でもある。本職として、其方に負けてはおれん。何より、この晴れ舞台を台無しにされて頭に来ているのでな……!」

 

「その意気よ。……行くわよッ!」

 

アームドギアを携えたマリアが指を鳴らす。それだけで、既に一部が破れ、内部にミサイルを通し始めていた障壁は完全にその役目を終えた。

同時に雪崩れ込むメカザウルス。その出鼻を挫くかのように、剣を大剣へと変えた翼が居合をその鼻先へと放った。

 

「目だッ!」

 

しかして剣は放たれた。鍔迫り合いさえ必要無い。表皮ならばともかく、無防備な目に突き刺す刃を防ぐ機能はメカザウルスには無いからだ。そのまま刀身を僅かに引き抜けば、蓋を失くした傷口から血が流れ落ちる。

 

これは通る。

 

そう確信すると同時に、翼はエネルギーを刀身に込めて滑らかに引き斬る。質量差故に頭を真っ二つには出来なかったが、絶妙の手応えを感じた辺り、機能停止くらいには持ち込めたのだろう。双頭の片割れが痛みに悶え苦しむ。

 

 

(どうやら、相応の力があればこの大きさの差は覆せるようだな。ならばッ!)

 

 

「鼻ッ!」

 

 

次に鼻を潰す。それは目を潰すのに比べれば労力は遥かに大きいが、翼は既に質量差を覆す方法におよその検討をつけている。故に斬るまでに必要な労力はやや硬いその鱗と表皮を斬り裂くことのみ。そしてそれは僅かな鍔迫り合いの後に、あっさりと成し遂げられた。その容赦の無さと覚えのあるやり方には思わずもう片方の頭を相手取っていたマリアも、「『アレ』を天然でやるって、嘘でしょ……」と内心ビビっている。

 

「耳はここからは斬れないか。ならばこのまま首を落とすまでだ……!」

 

しかし翼の思惑を外すように、メカザウルスは双頭をあっさりと切り捨てた。

びちびちと打ち上げられた魚のように足掻くそれらが時間と共に動かなくなっていく一方で、司令塔と思しき機械からは何頭も翼竜が放たれており、未だ健在だと見せつけられている。

 

(おそらく彼方が本体。さながら飛行要塞型メカザウルスといったところか。……マリアは?)

 

見れば、マリアは落ちた頭を念入りに黙らせてから翼竜の相手をしていた。慣れた様子で槍を振るう様は踏んだ場数を言葉より雄弁に物語っている。

しかし、ここに来て戦局は膠着し始めていた。司令塔は頭を失くした分だけ小回りが効くようになり、放った翼竜を盾に爆撃を続けている。無論、翼竜を討つことくらいは容易いが、さりとて無視もできない。一匹たりとも外へ出すわけにはいかないが故に、そちらの始末を強いられることとなったてしまう。

 

しかも悪いことはさらに続く。

 

『マリア。どうやら新手が来ているようですよ』

 

「マム!そんな、一度に二体のメカザウルスですって!?」

 

「何だとッ!?」

 

新手のメカザウルス、それも今度は会場の外からである。

今度は人型、それも西洋の鎧じみた装甲を纏い、頭に二匹のトカゲを生やしているタイプ———人呼んでメカザウルス・ドバ———である。見るからに人型兵器として完成されたそれは、現れて早々に二人を会場ごと焼き払うべく、胸の装甲を開きミサイルを撃ち込んで来る。

 

「この……ッ!やはりお構いなしとはッ!どちらが野蛮だッ!」

 

メカザウルスの拳が、トカゲの尾と舌が、二機分のミサイルが二人を追い詰めていく。同時に、会場も滅茶苦茶に破壊されていく。

 

「手数が足りないッ!これではジリ貧だぞッ!」

 

「分かってるわッ!まずは頭の鞭みたいなトカゲを何とかしないとッ!」

 

手強い敵。足りない味方。孤軍奮闘とも言うべきこの状況下にあって、翼の頭を占めるのは怒りだった。

 

風鳴翼の夢。世界へ届ける歌。今日のステージはその第一歩となる筈だった。

 

崩れゆく会場の姿が二年前を思い起こさせる。瘡蓋になったはずの傷がじくじくと疼き始める。それが翼を苛むごとに、悪夢がフラッシュバックしそうになる。次は何を失う?再び夢を失くすのか?それとも、ステージを共にする歌姫か?あの日と同じように……。

 

——認められないそんなもの。嗚呼そうだ、夢を奪い去る者は、どんな奴も許さない。

 

(そうだろうッ!天羽々斬ッ!)

 

身体を覆う相棒に内心で語りかければ、懐かしい感覚が蘇る。

フィーネにギアを強制解除されながらも、その干渉を跳ね除けた時と同じ聖遺物との同調。あるべきカタチへの回帰。怒りを増すごとに、それはまた強くなっていく。

そして叫ぶ。

 

「許さん……断じて許さんぞ、恐竜帝国ッ!」

 

 

 

 

 

「そう!その通りデスッ!」

 

 

 

その時、戦場にはいっそ似つかわしくないほどの明るく、少し幼さを感じさせる声が響いた。

 

 

「アタシたちはちょっぴり荒っぽいのデースッ!」

 

「すくらんぶる、だーっしゅ」

 

 

緑とピンク。二色の装者が息を合わせて飛び降りてくる。そのどこか気の抜けそうな掛け声に反して、手に握られた得物(大鎌とチェーンソー)は物騒にもぎゅいんぎゅいんと殺意に満ちた音を掻き鳴らしている。

そして二人はそのまま片方の頭に刃を入れ、びちゃびちゃと飛び散った体液を浴びながらその頸を刈り取った。

 

「今に見ていろ恐竜帝国……!」

 

「全滅デースッ!」

 

「調!切歌!良かった……無事だったのね!」

 

びしっ、と決めポーズを決めながら着地する二人。マリアも待ちかねた仲間との合流を喜んだ。尤も、身体にべっとりとついていた液体は見なかったことにしていたが。

 

「その二人も仲間なのか?」

 

「ええ。私と同じNISARの装者で、月読調と暁切歌よ」

 

「よろしくデス。こう見えてアタシたちは戦闘のプロ。ばんばん頼ってくれていいデース!」

 

「プロは言い過ぎだよ切ちゃん。少なくとも、あいつらを殺す分には十分戦えると思います」

 

(斃す、でなく殺す、か)

 

翼はその言い回しに若干の違和感を感じたが、それ以上の詮索はしなかった。

 

「増援、感謝する。こちらはどうにも遅れているようでな……」

 

空を見る。夜空の黒の中、輝くはずの星は戦火に焼かれて見えはしない。

だが気付く。爆炎と黒煙に汚された中に在って尚、燦然と輝く紅い閃光に。

 

 

 

 

「てめえらはノイズ以下のクズだ!生きてちゃいけない存在だって理解しやがれッ!」

 

 

 

 

翼の元に、とても頼もしい、それでいて待ち望んでいた声が聞こえてきた。

 

 

「ゲッタァァァァ!トマホゥゥゥゥゥゥクッ!!!!ラン、サァァァァッ!」

 

 

空から真紅の流星が落ちる。それは勢いのままメカザウルスが飼うトカゲのもう片割れを力任せに叩き斬ると、身の丈を超える大きさの大斧を担ぎ瓦礫の上に降り立った。

 

「よくもここまでやってくれたなッ!だがな!俺様が来たからには好き勝手出来んのもここまでだッ!」

 

「竜ッ!全く……来るのが遅いぞッ!」

 

そう悪態をつきながらも、翼は笑っている。

 

「うるせえ!岩国からここまでどれだけあると思ってんだッ!ったく……俺が遅れるわけねえだろ。地獄からだって駆けつけてやる」

 

「ああ、ああッ!そうだ、そうだとも。お前が居てくれるなら敗れる道理はない。共に征こう、今こそ我らの力を見せる時ッ!……ところで、立花たちはどうした?一緒ではないのか?」

 

「ああ、あいつらなら……」

 

少し頬を紅潮させながら問うてくる翼に、彼女は上を向くことで応えた。それにつられて翼が視線を同じ方向に向けると、遅れて一条の光が彗星のように流れて墜ちた。

 

「ちょっと竜さん!イキナリ空の上で投げ捨てないでくださいよおッ!」

 

「悪い悪い!両手塞がってちゃぶった斬れねえんでな。だいたい、不意打ちのチャンスをフイにする馬鹿はいねえだろ」

 

「何上手いこと言ったつもりになってるんですかあッ!もう、いくら翼さんのところに早く駆けつけたいからって……」

 

「そんなんじゃねえ!余計なこと言ってるとはっ倒すぞッ!」

 

「どうでもいいからはやくあたしを下ろせバカッ!」

 

 

生命を賭けた戦場であるにも関わらず、ぎゃあぎゃあとバカみたいに騒ぐ三人。

しかし、その意識は確かにメカザウルスに向いていた、少しでも動きがあればすぐにでも動けるように。だからこそ、翼には三人をそれを微笑ましく見るだけの心の余裕がある。無論、それはそれとして嗜めはするが。

 

「はいはい痴話喧嘩はそこまでにして頂戴。よく来てくれたわね、二課の装者たち。大体のことはもう聞いてるわよね?」

 

竜は首肯で以て答えた。

 

「色々言いたいこともあるでしょうけどね。あの人、強引だから……」

「だけど、護りたいという願いは同じだと信じているわ。敵は二体、こちらも二組。手分けして撃滅、でどうかしら?」

 

その答えに言葉は要らなかった。

 

「ならお前ら、『アレ』をやるぞ」

 

「「「『アレ』?」」」

 

「決まってんだろ。……絶唱だッ!」

 

 

絶唱。使用者さえ傷つける諸刃の刃であるそれは、今やS2CAという戦術として確立されていた。

ルナアタック時に確認された、「ゲッターの真髄」を始めとするフォニックゲインの収束現象……月の破片さえ破砕せしめたそれを分析、体系化することで誕生したその戦術は、響と竜のどちらかを核として発動する事ができ、威力を飛躍的に増幅させる効果と絶唱のバックファイアの軽減という二つの特性を併せ持っている。

 

二人で発動するS2CA・ツインブレイク。

響を中心にし、圧倒的な破壊力を撃ち出すS2CA・トライバースト。

竜を中心にし、エクスドライブにも匹敵する自己強化を齎すS2CA・トリニティドライブ。

 

そして、月を破砕した奇跡を、奇跡以下へと落とし込んだソレの名は。

 

「S2CA、クアッドストームッ!」

 

「スタンバイ、ゲッタァァァァシャインッ!」

 

 

四人分のフォニックゲインをその手に宿し、受け止めた響。虹の光を宿した腕はガクガクと震え、脚はジャッキをアンカー代わりに無理矢理縫い止められている。そして巨大なエネルギーに身体ごと吹き飛ばされそうになりながら、しかしその目は真っ直ぐ前を見据え、翼とクリスに後ろから支えられながらも竜の背中を視線に入れてその時を待っている。

これから起こるのは、文字通り全エネルギーを絞り出している彼女に向けて虹の嵐を撃ち放ち、シャインスパークとの相乗威力で全てを破壊する究極の四重奏、S2CA・クアッドストーム。

 

しかし、リスクも大きい。S2CAに共通の特定一人に負担が掛かりやすい点に加え、僅かでもタイミングが狂うと四人分のエネルギーを直接受け止める竜の生命にも危険が及ぶ。シャインスパークを使うのは威力を高めるだけでなく、莫大な破壊の嵐を纏う事になる彼女の身体を守る目的もあるのだ。つまりこれは、まさしく四人の心を一つにしなければ成功し得ない正真正銘最後の手段なのである。

 

 

「こいつでトドメだッ!シャインッ!」

 

「「「「スパァァァァァァァクッ!」」」」

 

竜の号令と共に響が拳を解放する。そしてそれと全く同時に竜が前へと踏み出し、破壊力そのものを身に纏い直接敵に叩きつける。虹の光は炎さえも眩く塗りつぶし、炎も瓦礫も残骸も、全ての惨劇を塵へと塗り替え、消し去っていく。

メカザウルスにそれを耐え切る力は存在せず、端から次第に全身を分解させられていく。そして光が収まった時、そこには最早塵さえも残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「あっちは派手に行ったみたいね。……敷島博士!用意はッ!?」

 

『わしゃそれを待っとったんじゃあ〜〜〜〜ッ!ほーれ今週のビックリウッフンウェポォォォォンッ!』

『ふんぎぎぎぎぎ……………うぎゃあ!』

 

そしてその頃、マリアは付近で待機していたバックアップ役へ支援を要請していた。無論、支援と言っても爆撃だの何だのという火力要請ではなく、彼女達のギアの切り札の射出を求めるものである。

 

NISARの装者たちは既に何度かの対メカザウルス戦を経験している。そこで感じたのは質量差を覆すことの困難さだった。

そもそも、平均しても40mはあるメカザウルスと1.5mを超えるのがせいぜいのシンフォギアでは人間と虫ほどのサイズ差があり、これを覆すには相応の火力を叩き出さねばならない。一時はサイズ差を逆用した、攻撃を受けない戦い方も模索されたが、これは周囲への被害も無尽蔵に大きくなることから採用には至らなかった。結果、大火力を持つ決戦兵器を開発する必要性が生まれ、それはルナアタックにおけるフォニックゲインの収束現象のデータを以て完成を見ることとなったのだ。

 

無論、幾つものフォニックゲインを一つに束ねることは困難だ。音階も音程もバラバラのメロディーを束ねても不協和音にしかならないように、それには調和と調律が必要となる。竜たちはその役割をガングニールの「手を繋ぐ力」と「ゲッターの真髄」によって成したが、彼女たちにそれはない。

 

そこで誕生したのがフォニックゲインをプラズマエネルギーに変換する調律ユニットだった。早乙女研究所のゲッター線関連技術に旧F.I.Sの研究が合わさって生まれたそれは、何十回、何百回にも及ぶ実験とマリアの尊い犠牲によって完成した。

 

 

その名を、新プラズマ式強化調律装備(ネオゲッターユニット)。壱號機〜参號機がそれぞれ青、赤、緑の三色で構成された、F.I.S製シンフォギア専用の装着型外部強化装備である。

 

 

 

「装着良しッ!調律良しッ!調、切歌ッ!エネルギーをガングニールにッ!」

 

「オッケーマリア!」

 

「三つの心を一つにするデース!」

 

調と切歌がマリアの背中に手を添える。生まれたバイパスからマリアのガングニールにエネルギーが流れ込み、その全てが両腕に集まっていく。

その時、マリアは自らアームドギアを解き、再び腕甲へと戻した。そして高い音を立てて両手を合わせると、向かい合わせたままゆっくりと開いていく。その手の間には既にプラズマが走っており、次第にそれは稲妻の槍として成形されていく。

 

「この一撃で、仕留めるッ!」

 

その時、調と切歌は送り込むエネルギーを一気に増やし、マリアはその手に宿る槍を撃ち放った。最大の覚悟と気迫を込めて。

 

その名は、その名は。その名は!

 

 

 

「「「プラズマッ!サンダァァァァッ!!!」」」

 

 

 

蒼い雷槍がメカザウルスの腹に突き刺さる。そしてそのまま腹を突き抜けた後、頭から下までをさらに容易く貫通する。

雷で内部を文字通りグチャグチャにされたメカザウルスは、そのまま力尽きて爆発。ここに、恐竜帝国との前哨戦はシンフォギアの勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

「改めて、名乗らせていただくわ」

 

「私たちは『NISAR』。特異災害対策機動部二課と、源流を同じくする兄弟」

 

「そして私はNISARの装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴ———」

 

 

 

 

「———ここから先、貴女達に地獄を見せてあげる。嫌って言うほどに、ね」

 

 

 




白状するとF.I.S.組のプラズマサンダーがやりたかっただけです。
多分この後きりしらが小声で「マリアが神さんみたいなこと言ってる……」「きっと緊張して格好つけちゃったんデース」とか言ってます。



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因縁

大変、大変長引きました。
情報公開回だけあってどういう展開の進め方にするか非常に難産になりました。できれば今年中に二回くらいは書きたいですね。


恐竜帝国、そして地底魔王ゴールによる人類への宣戦布告から一週間が経った。

日本政府は恐竜帝国の存在を正式に認め、特務機関「NISAR」の存在を明るみにした。それに対し、各国は日本政府が更なるシンフォギアを隠匿していたとしてこれを批判。そしてそれを口実に、通常兵器では対処できないであろうメカザウルスへと対処を日本に押し付けた。

そしてNISARの装者である事が判明した歌姫マリアは恐竜帝国との戦いに専念すると言い活動を無期限休止することを表明した。

 

これにより日本政府は恐竜帝国への対処を単独で行わざるを得なくなったが、そこは神隼人の想定内。彼の事前の工作により二課とNISAR、双方の作戦行動に国内外から余計な口出しをさせない体制が既に築き上げられていた。そして今。

 

 

「手足は詰めたッ!止めを刺せ、竜ッ!」

 

「おっしゃあッ!ゲッタァァァァ!ビィィィィーーームッ!」

 

両手足を失い、地面に倒れ伏すメカザウルス。対抗する力を失った今、ソレは無抵抗にゲッター線の熱線を受けることしか出来はしない。そして暫くの照射の後、限界を超えたメカザウルスは爆発四散した。

そしてトドメを刺した張本人は、得意げに死体に向かって真っ直ぐ中指を立てる。

 

「一昨日来やがれトカゲ野郎がよぉッ!」

 

「調子に乗るな。まったく……しかし、こうしてみると『NISAR』の装者が軒並み斬撃武器持ちなのはありがたい。巨大な敵ほど、手足を落とせば斃れやすいものだ。こちらはまだ敵の硬さに慣れていない者もいるのでな」

 

今日の襲撃には、竜と翼、そしてNISARから月読調が出撃していた。

現在、メカザウルスに単体で真っ向から対抗できるのは竜のゲッターのみである。他の装者ではやはり火力不足が目立つが故に、彼女らの戦術は必然的に抵抗力を奪う方向へとシフトした。

つまり、豊富な斬撃武器持ちによる手足の切断である。

 

「翼さんも竜さんも適応が早くて助かります。……ところで、あいつらは何を考えてるんでしょうか。何がしたいのかわかりません」

 

「確かにな……あれからもう一週間、散発的にメカザウルスを嗾けるばかりで意図が見えん。とてもではないが、あの悪辣さを持った連中と同一視できん」

 

「なーに言ってやがる。連中が何企んでようが全部ぶっ壊しちまえばいいんだよ。そうすりゃ連中だって少しは尻尾出すだろ」

 

「はぁ……お前の単細胞ぶりがいっそ羨ましいよ……」

 

 

二課の装者たちは今、NISARの装者達と組む形でメカザウルスと戦っている。否、組んだのは装者だけにあらず。この緊急事態にあたり、二課とNISARが協働により事態の収束に当たることとなっていた。これもまた、隼人の手で描かれた絵図の通りである事は最早言うまでもない。そして、その事は二課の首脳も、既に察せられている所でもあった————。

 

 

 

 

—————————————————————

 

それは恐竜帝国の襲撃から数日後の事だった。

 

「ではこれから我々で共同戦線を張ると、そういうことで構わんな?」

 

「そうだ。その為にも、これから戦う『敵』についても伝えなければならない」

 

二課の面々は北海道、サロマ湖畔にあるNISARの基地に案内されていた。目的は状況の説明と今後の方針についての確認であったが、そこで最初に見せられたものは彼らの常識からかけ離れたものだった。

 

「これは……骨格標本、ですか?」

 

そう呟いたのは誰だったか。しかしてその標本は異形のソレだった。

 

「何の骨か分かるか?頭は大トカゲ。手と羽はプテラノドン…………そして、体は人間だ」

 

二課の面々は目を見開いた。とても綺麗に組み上げられた骨格標本に違和感は無く、故に彼らの常識で言えば違和感ばかりを感じてしまう。

 

「本当に、こんな生物が……」

 

故に、誰からともなく呟くような音が漏れ出るのも必然だった。

 

「そうだ。今まで存在しなかった。いや、存在しないとされてきた。だが現にここにある。これは作り物ではない、一昨年ドイツで起きた列車事故で他の死体と共に出てきた」

 

「それだけじゃないわ。他にもイギリスの飛行機事故、ロシアのガス田での爆発事故……彼らが起こした事件の現場には必ず証拠となる何かを残している。まるで、私たちを挑発するようにね」

 

マリアが隼人の説明に補足を付けていく。

続けて彼女の操作に従って、虚空に欧州の地図が浮き上がった。そこには赤い光点がいくつも散らばっており、その一つ一つに凄惨な現場と証拠の数々が添付されていた。

 

「我々が襲われたように、既に世界各地で被害は拡大しつつある。特に悲惨なのは欧州だ。かつての経済破綻に始まる行政能力の衰退が犯罪の横行を生み、それを隠れ蓑にして奴等は好き放題にコトを起こしている。その地獄ぶりは、今やかつての比ではない」

 

それを聞いて、クリスが歯軋りをする。固く握り込まれた拳は細かく震え、怒りが込み上げているのが一目で分かるほどだ。

 

———同じだ、と彼女は思う。

 

彼女が地獄を見たバルベルデも内戦で政治能力の無い国家だった。それ故に罪のない人間が犠牲になっていることも、そしてそれに付け込んだ悪人が好き放題していることも。

一瞬、あの地獄が瞼の裏にフラッシュバックして、更に顔を顰める。

そして何より、再びソロモンの杖が争いの火種となっているという事実が彼女の心を苦しめる。過去の罪が再び牙を剥く。

 

(あたしの犯した罪は消えない。そんなことは分かってる)

 

犯した罪のケジメはつける。そう決めた。そう、例えこのちっぽけな生命に代えたとしても———その覚悟を決めようとした時。

きゅっ、と手を優しく取られて握られる。見れば、響が心配そうに彼女の横顔を覗き込んでいた。

 

(落ち着け。そうだ、生きて償うんだ。パパとママの夢を継ぐ覚悟ってのは、そういうことだろ?)

 

心配すんな、と響に手で伝えると、一度深呼吸を挟んでから彼女は言葉を発した。

 

「けどよ、だったらなんでソロモンの杖が必要なんだ?メカザウルスに比べりゃ、ノイズは大した戦力にならねーんじゃねーのか?」

 

「考えてもみろ。シンフォギアは全部で七機。まさか、それだけで地球全体をカバーするつもりか?」

 

迷う事なく隼人は断言した。

 

「奴らは本気で人類を滅ぼそうとしている。そして、その鍵となるのがソロモンの杖だ。メカザウルスで地上を破壊してしまえば、ノイズを徘徊させるだけで人類の生存圏は大きく制限されるだろう。ノイズ災害用の地下シェルターはあるが、その備蓄も永遠ではない。遅かれ早かれ滅亡も時間の問題になる」

 

「そして、それを成そうとしているのがこの骨の主ということなのか……?」

 

「まだ信じられんか?かつて大昔の恐竜が滅びた後、人類が生まれ地球を支配したように、別の生物にそのような進化があってもおかしくはあるまい。例えそれが人類以上の知能と力を持ち、地球を支配しようとしたとしても、だ」

 

「残念ながら、事実です。……僕はこの目で見ましたから。あのハチュウ人類とも言うべき者達を」

 

半信半疑な翼に、慎次が沈痛な表情で諭す。

会場で弁慶と共に撃破した恐竜帝国の兵士は皆、人類のものより高性能な銃火器で武装していた。その使い慣れた様子は一朝一夕で身につくものではなく、よく訓練されたことがはっきりと見てとれた。そしてあのメカザウルスの存在。

つまり、彼らが最低でも軍事技術面において人類の遥か上を行っていることは明らかだった。

 

「おおよそ理解した。事態が急を要することも、ソロモンの杖を渡してはならないこともな。その上で敢えて聞こう。本当にそれで終わりなのか?」

 

それを理解した上で、弦十郎は更に踏み込む。

まだ先があると、まだ見えていないものがあるのではないかと。

 

「人ならざる侵略者、非道な手段、そしてその目的……だがこれでは足りない。向こうもNISARの装者との戦いで、シンフォギアで以てすればメカザウルスに対抗できる事ぐらい分かっているだろう。それだけで人類を滅ぼせるなどと、余りにも希望的観測が過ぎる。ソロモンの杖無しであれば尚の事」

 

「ええ、その通り。ここからが本題です」

 

その疑問に答えたのは、隼人の隣に控えていた車椅子の女性だった。

 

「失礼、貴女は?」

 

「F.I.Sで異端技術の研究をしていたナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤです。あちらで聖遺物の研究をしておりました」

 

「ウェル博士と同じF.I.S.の生き残りということか……。まさか、貴方方を襲ったのは!」

 

初老にさしかかったような風貌の彼女は、深刻な表情で首肯する。

それは恐竜帝国の侵略が一朝一夕の物ではないことを示すと共に、欧州にも米国にも、地球のどこにも人類の逃げ場が無いことを示していた。

 

「襲撃を生き残ったのはマリアと調、切歌の装者三名を除けば私とドクターのみ。私自身も調と切歌が来てくれなければどうなっていたか……」

 

「あいつらは、私たちの仲間も仕切ってた人たちもみんな殺していきました。私たちは偶々ギアの近くにいたから助かったけど、後はマムを助けるだけで精一杯で……。あんなの許せるわけがない!」

 

調の口調からは憎悪が滲み出ていた。

彼女は今でも覚えている。訓練の日。鳴り響くアラート。非常灯は通路を赤く染め上げ、個室の中では化物が仲間を生きたまま貪っている。そして半身とも言える暁切歌と共に探し回った末に、マムと慕うナスターシャが血溜まりに沈んでいた光景を。

 

食われていたのは自分と同じ、フィーネによって集められた孤児だった。

昨日まで、マリアたちと励まし合っていた筈だった。

 

その日、初めて彼女は自分の手を血で染めた。

化け物の頭を切り裂き、首を刎ね、激情に任せて原型が無くなるまで挽き潰した。切歌も同様だった。

 

「調だけに背負わせたくないのデス」

 

そう微笑んで、同じく手を血で染めた彼女の優しさに甘えながら、月読調は恐竜帝国への復讐を誓ったのである。

 

(復讐、か)

 

翼はここで得心がいった。「斃す」ではなく「殺す」。月読調はメカザウルスに対してそう言った。その原動力は仲間を殺され、慕う者を傷つけられた復讐。だがしかし。

 

(その先に、何を求める)

 

復讐心を否定はしない。

かつて同じ想いで血反吐を吐きながらギアの力を勝ち取った相棒を知るが故に。

されどその死に様もまた、知るが故に。

翼は彼女の行く末を憂う。

 

(復讐だけで人は走り抜けられない。奏も戦いの中で新しい未来を見出した。月読、あるいは暁も。お前達の道の先に、果たしてお前達自身の未来はあるのだろうか……)

 

「話を戻しましょう。我々はルナアタックの後、重大な観測情報を手に入れました。———月軌道は既に、地球への落下ルートに入っています」

 

「馬鹿なッ!!!」

 

弦十郎の驚愕が轟いた。

それだけではない。この場にいる二課の全ての人間が動揺を示している。

月の破壊は阻止できた。月の破片もまた同じ。

しかし次に解決せねばならないのは月そのもの。

———ルナアタックはまだ終わっていない。

 

「月軌道の観測はNASAが中心になって継続して行われている。先日の発表データでもそのような結果は……!」

 

「隠蔽したんですよ。向こうにしてみれば言えるわけがない。世界の警察を自称してるからこそ、問題は自分たちの手に負えるものでなくてはならない。だからこそ、世界秩序の維持を名目にこういう真似だってできるってものです」

 

ウェル博士が相も変わらず軽薄そうに、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて米国への同情を示す。

妙に皮肉げな物言いに加え、声も相まって無駄に人を苛立たせる才能に溢れた仕草であるが、目は笑っていない。

 

「どうせ、人間の数が減った方が後々統治しやすくて済むとか今頃皮算用してるんじゃないんですか?あそこには前科もありますし。ほら、デスなんたらマフィアとか言いましたっけ?」

 

「そこまでにしろ。この場はお前の憶測を述べる場ではない」

 

「これは失敬」

 

瞳孔を開かせて、嘲笑さえ始めた彼を隼人が無理にでも切って捨てる。

これ以上口を開かせるべきではないと判断したためだ。

そこですかさずナスターシャが本題へと修正する。以前はこうではなかったのですが……と内心頭を痛めながら。

 

「彼らが我々人類の上を行く技術を持っているのなら、月の落下に気付いていないとは思えません。もし地球に住む種族であれば自らの生存を優先する筈でしょう。しかし現に彼らは我々への攻撃を優先しています。であれば、我々と同様に月の落下を阻止する目算があるのでしょう」

 

「あのう……」

 

と、ここで響が初めて口を挟む。

少し言いにくそうに、奥歯に物が挟まったような切り出し方で、目線も若干泳いでいるが、時折調や切歌の方にチラチラと向いている。

 

「そもそも、恐竜帝国ってどうして人間と戦おうとしてるんでしょうか」

 

「?それは、人間を滅ぼすためなのデス」

 

「ううん。そうじゃなくて……どうして人間を滅ぼしたいんだろうと思って……」

 

「ああそうか」

 

成程な、と得心のいった表情で隼人が細かく付け足した。

 

「つまり、動機が問題なわけだ。我々人類と戦う目的ではなく、戦う理由が知りたいと」

 

「そ、そうです!そしたら……もしかしたら、恐竜帝国と戦わなくていい方法だって」

 

その先を彼女は言えなかった。

 

「冗談じゃないッ!!!!」

 

「あいつらと共存しろって言うつもり……?そんなのできないッ!あいつらは私たちから大事なものをたくさん奪っていった!奪われたのは私たちだけじゃない……世界中で、たくさんの人が今も奪われ続けてるッ!」

「なのに戦いをやめろ?共存しろ?そんなの馬鹿げてるッ!偽善ですらないッ!」

 

調の憎悪が響に直接叩きつけられる。

真っ直ぐ彼女を睨みつけ、掴み掛かりそうな勢いで眼前の許せない無垢へと激情を露わにする。

 

 

 

「理不尽に傷つけられたことのない人が、知った風な口を利かないでッ!!!!」

 

 

 

「——————ぁ」

 

その時、響の脳裏に過去の傷がフラッシュバックする。孤独の闇の鏡が映す、忘れがたい過去。

時を経ても尚胸の奥底に深く根を張る痛み。ただ生き残った事が罪だという謂れなき暴力。いつ終わるかも知れぬ嵐をただ静かに耐えることしかできない白黒の日々。耐えきれずに消えた父。家にも学校にも居場所がなくて、涙を流すことも許されなくて、孤独を恐れながら隅で蹲るように生きる光景。

理不尽の痛みを知っている。傷つけられる苦しみも知っている。だというのに———。

 

(わたしの戦う理由は分かり合うこと、手を繋ぐこと。だけど、そのために罪のない誰かが犠牲になっていくのなら、それは……間違って、いるのかな)

 

「胸の歌を信じなさい」。託されたその想いが、揺らぐ音がした。

 

「……悪いが、俺たちもそこまでは把握出来ていない。だが、奴らの侵略が今に始まったことではないことだけは確かだ」

 

冷え切った空気を隼人が引き戻そうとする。

流れを変えるために、彼は過去の因縁について滔々と語り始めた。

 

「かつての早乙女研究所が次世代エネルギーとしてゲッター線の研究をしていたのは知っているだろう。奴らは、理由は分からんがゲッター線の研究を潰そうとしていた。博士に対して脅しをかけ、ほぼ同じくして研究員の何人かが行方不明になった。狙いは『警告』だろうな」

「その後紆余曲折を経て博士が亡くなり、研究所は閉鎖された。ゲッター線の研究も頓挫し、奴らも満足したのか『警告』も終わった。連中もさぞかし勝ち誇っていたことだろう。……分かるな?奴等は二十年ほど前から我々人類に干渉を続けてきた。その鍵となるのがゲッター線だ」

 

ふう、と隼人が一息ついた。彼もまたかつての早乙女研究所の一員。何か思うところがあるようで、鋭い目つきをさらに鋭利にし、力強く断言した。

 

「故に今この時、ルナアタックの直後に奴等の蠢動が激しくなったことは決して無関係ではない筈だ」

 

ルナアタック。ゲッター線。そしてそれを敵視する者達。皆の中で情報が一本の線に繋がっていく。その先に見出したものこそ。

 

「……そうか、カ・ディンギルッ!あの馬鹿でかい大砲かッ!」

 

竜が全員の声を代弁するように叫ぶ。

 

「そうだ。人類があれほどの規模のゲッター線兵器の開発に成功したのか、とでも思ったのだろう。それならば辻褄が合う部分も多い。あの狂った攻勢にも一定の説得力が出る。F.I.Sを襲ったのも、人類が持つ異端技術が脅威になりうると見たのだろう。……いずれにせよ、敵対は避けられん」

 

「人類に逃げ場無し。どうあれ、恐竜帝国の目的を叩き潰さない限り人類に明日はない。手を貸してもらおう、この星の明日のために」

 

その宣言に否を言う者は無かった。

そして。

 

 

 

————————————-——————

 

 

 

 

「ういーっす。戻ったぜ」

 

竜が司令室へ戻った時には、既に装者達が勢揃いしていたところだった。

 

「これで全員揃ったな。竜くんたちには帰ってきて早々悪いが、どうやら事態が動きつつあるようだ」

 

「へえ、噂をすればってか。んで、今度は何をしでかしやがったんだ?」

 

「決まった訳ではないが、可能性が高い。大雪山の麓の集落で人とサルの中間のような生物が見つかった。奇妙なことに、そいつは身分証を持ち歩いていたそうだ」

 

「既に調査の用意は整っている。メンバーは流竜をリーダーとし、立花響、雪音クリス、そして月読調に行ってもらう。道案内は武蔵がやってくれ、お前なら土地勘があるだろう。出発は十時間後だ」

 

弦十郎と隼人が合同で指令を発令する。

大雪山。そこが新たな悪意の種が待つ地だ。

 

 






感想・評価お待ちしてます。

11/20
見返した作者が解釈違いを起こしたので響のくだりを大幅に変えました。


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変わり果てたものたち

明けましておめでとうございます。
何とか年内に投稿したかったんですが、大きく遅れました。すみません。
新年初っ端からつまづきましたが、今年も拙作をよろしくお願いします。


 

「大雪山も随分様変わりしちまったみてえだ。見てみろ、辺り一面、まるで南国のジャングルだぜ」

 

大雪山の麓まで一行が辿り着いた時、武蔵はそう溢した。辺り一面にシダ植物が生え散らかし、進むにも一々背の高い草をかき分けていかねばならないほどの深い森。無論、そんな光景は武蔵の記憶にはない。

 

武蔵は学生時代、冬の大雪山に数ヶ月籠って修行をしていた事がある。必殺技の大雪山おろしはそこで編み出したものであり、彼にとってここはもはや第二の故郷にも等しい。

 

「思い出すなァ……過酷な冬、洞窟の中で震えながら必死こいて火おこししてよぉ。草だろうが熊だろうが、食えるものはなんでも食ったもんなァ……。俺の懐かしく輝かしい青春の思い出……それをこうもされちゃ、たまったもんじゃねえぜ」

 

「遭難してんじゃねーかッ!てか草と熊って並べる相手おかしくねーかッ!?」

 

「一文字しか違わねえだろ。冬は見つからないって意味じゃ似たようなもんだ」

 

「全然ちげーよッ!」

 

「つか蒸し暑くねえか?第一、大雪山がこんな活発に活動してるなんて聞いたことねぇぞ」

 

「お前はさらっと流すなーッ!」

 

竜とクリスが漫才をしている隣でぶつくさ文句を言いながら先へ進む武蔵。その脇を調が固めて護衛している中で、響はとてつもない居心地の悪さに襲われていた。

彼女自身の言葉が原因で響と調は冷戦状態にある。正確には調が響のことを一方的に嫌っていると言うべきだが。

彼女が言ったことは彼女が拳を握る理由そのものである。しかし実際に恐竜帝国の手にかかった者たちを知る調にとってそれはまさしく地雷であり、それ故に調が響に向ける視線は非常に冷たい。調自身がさほど他者とのコミュニケーションを得意としていないとしても、他の二課の装者と響に対する態度はあからさまに違う。

 

「嬢ちゃんよ、お前さんの言いたいことは理解できるぜ。だが相手が悪すぎらあ。あのトカゲ共に人の理屈は通じねえ。あるのは殺るか殺られるかだけだ。……だから、和解出来なくたってしょうがねえんだ。お前さんは悪かねえよ」

 

武蔵はそう言って彼女を慰めた。二課の大人たちも、やはり厳しい顔をしていた。

彼女はそれでも信じたがっている。互いに意思があるなら、共存の道はあるはずなのだと。

岩国の惨劇を目の当たりにしても尚、和解の道を探ろうとする彼女の想いは強さか、それとも青さか。かつてはこの頑固さが道を切り拓いたが、今度はどうか。あるいは、それが彼女自身を引き裂くことになりはしないか。大人たちの心配どころは主にそこにあった。

 

立花響は、()()()()をするには優しすぎるのだ。

 

 

 

———————————————————

 

報告にあった人間とサルの中間のような生物。

大雪山に辿り着いた一行は、早速その群れによる襲撃を受けていた。

無論ただの獣に遅れを取るはずもなく、途中で武蔵が群れのボスになるというアクシデントも起きたものの無事追い払うことに成功。調査はおおよそ順調に進んでいた。

 

「……なんだろう。今の、類人猿、というより人間に近いような……」

 

『おおよそ正解だ』

 

調がぽつりと呟いたその時、彼女たちの元に弦十郎からの通信が入った。

 

『調査結果が出た。そのサルは人間とペキン原人の中間辺りの生物のようだったが、時間と共に原人へと近づいていることが分かった。当然、そのような生物が今も北海道で生き延びているはずがない』

 

「勿体ぶるなよ、弦。何を言おうが現実は変わらねえ。さっさと教えろ。()()()()()()()()()()()()

 

『……彼らは全員、元は人間だった。そして何者かが彼らをサルに退化させた。あり得ない事かもしれんが、それ以外に説明がつかん』

 

全員の背筋に怖気が走る。ただ一人、やっぱりなと溢す武蔵を除いて。

特に、響はサル達が去っていった方角を泣きそうな目で見つめている。

 

「道理で人の気配を感じねえわけだ。この様子じゃ、下手すりゃここら一帯、全部この調子かもな……」

 

「……間に合わなくてごめんなさい。せめて一匹でも多く、あのトカゲを地獄に送りますから」

 

「あの人たちを……なんとかして、あの人たちを元には戻せないんですか?」

 

『……残念ながら、不可能だ。現代の医学では、ましてや異端技術を以てしてもな』

 

進化とは本来、知性ある者にとって決して左右できるものではない。永い、永い時をかけ、自然と起こり得るもの。そこには偶然はあっても必然は無い。

ならばこの退化は何か。進化と退化は紙一重———どちらも種の適応によるものであるというなら。あり得ざる環境に、彼等は適応させられたということになる。

そして群れがこの一つだけとは限らない。奴等がそれで済ませるとは思えない。ならばきっと、他にも犠牲者はまだまだいる。不可逆の適応を理不尽にも背負わされた者たちは。

 

ならば、流竜はその理不尽を決して許さない。

 

「念仏唱えるのは後にしろ。俺たちはこのまま犯人を叩き潰す。殴り込みの時間だぜ」

 

「誰がやったか……なんて、聞くだけヤボってことでいいんだよな?」

 

『武蔵は一度戻れ。この辺りに恐竜帝国の基地があるなら、ギア無しのお前では危険だ。調査はこのまま続行、こちらからオペレートする』

 

「分かった。……ここから先は何が待ってるか分からねえ。メカザウルスは……まあ、十中八九出てくるだろうが、それだけじゃねえ筈だ。気ぃ張って行けよ」

 

頷く四人。

その言葉を最後に、武蔵だけが静かに帰還していった。

その背中は、響にはどことなく寂しそうに見えた。

 

—————————————————

 

 

武蔵と別れ、森をかき分け先に進む一行。そんな中、竜の元に本部の隼人から通信が入る。

 

『気分はどうだ、流竜』

 

「良いと思ってんのか?最悪すぎて、クソほど反吐が出てくるぜ」

 

『だろうな。だがこれからもっとロクでもないものがクソほど出てくる。……怒りに呑まれて、ハジをかくなよ』

 

「ハジ?っておい!」

 

隼人はそれだけ言うとあっさりと通信を切ってしまった。

どうやら、他の面々にも聞こえていたようで、二課の装者たちは聞き慣れないフレーズにやや戸惑っている。

 

「なあ調、お前あいつとは長いんだろ。何か知らねえか」

 

「ハジとはNISARの隠語です。ハジをかくのは死ぬこと。つまり神さんは死ぬなと言ってるんです」

 

「だったら初めっからそう言えよな。……なんか調子狂うんだよな。あいつ、風鳴のジジイみてえな真似したかと思えば今度は死ぬな、だってよ。それにわざわざ俺宛てに言うのも分からねえ。俺とあいつには何の縁もねえ……と思うんだがなァ」

 

そう言っている竜だが、その歯切れは悪い。ハッキリ無い、と言い切りたいが、どうにも言い切れない。

 

「らしくない言い方じゃねーか。いつもの勘か?」

 

もうちっとはっきり言ったらどうなんだ?

クリスの訝しむような視線はそう告げている。

 

「ああ……なんか他人に思えないっつーか、なぁ。ああいう手合いは俺は好きじゃねえってのにな」

 

(思えば、武蔵の時もそうだった。あん時は普通にウマが合ったんで何も感じなかったが……そういえば弁慶とかいう奴にも同じものを感じなかったか)

 

武蔵。隼人。弁慶。この三人を結ぶのは早乙女研究所。早乙女研究所が研究していたのは「ゲッター」であり、ゲッター線。そしてゲッターといえば自分、自分といえばゲッター。

ともすれば、これもゲッター線がなにかしたせいではあるまいか。いやいや、いくらゲッター線でもそこまでのフシギ物質ではあるまい。

 

「お前はどうだよ、クソガキ」

 

「クソガキ言うなろくでなし。……あたしは別に何も。お前だけ勝手に感じてるだけじゃねーの?」」

 

「あほくさ。やっぱ俺の思い違いだわ」

 

彼女はなんとなく、軽口を叩いて無かったことにした。俺が運命でも感じてるってのかと突っ込みかけたが、それを言うとあのおっさん共にか……?と自爆しそうだと思い至ったからだ。そうしてこれまでにない思慮深さを見せた彼女は、今度は調に話を振る。目的は当然、自然に話の流れを切るためだ。

 

「調。お前から見てあの面白前髪男はどうなんだ?どうにも怪しいっつーか、なんかまだ隠してる気がすんだよな」

 

調はぐうの音も出なかった。神隼人の秘密主義はNISARでは公然の事実だったからである。彼は時折「俺たちの計画」という語を用いるが、その内実が何かは誰も知らされていない。弁慶や武蔵に尋ねてもしどろもどろで誤魔化すばかり。マリアはどうにか聞き出そうとしていたが、調と切歌は殆ど諦めている。というより、少なくとも人類に害を為すものでは無いだろう、と楽観視している。

とはいえせめてと自分の上司の擁護を試みる。

 

「神さんは、誤解されやすいですけど悪い人じゃありません。皮肉屋でマリアに無茶振りすることもありますけど、あの人は本気で人類を守ろうとしてるんです。ただちょっと隠し事が多いだけで……」

 

「苦しい弁護だなァオイ」

 

彼女自身も流石に分かっているのか、苦笑いを隠していない。

その一方で、それでもと置いて言う。

 

「F.I.Sが襲われた時、私たちは自分のことばかりで精一杯で……でも、あの人は一人でも多くの生存者を助けようとしてたんです。一人で銃を持って恐竜帝国とやりあって……大怪我したマムを助けて、日本に連れてってくれたのも神さんでした。だから私は神さんを信じてる。どんな隠し事をしてたとしても、あの人の『人類を守る』って言葉は、信じられる」

 

「そうか……お前にとっちゃある意味恩人ってわけだ」

 

調は静かに頷いた。

調にとって、F.I.S.の大人は信用できない者だった。自分の研究第一で、マリアの妹が死んだ時にも冷淡で「正規適合者が死んだので残念」程度の反応しか見せなかった彼らに失望していた。だからこそマリアの事を、自分たちの事を気にかけてくれたナスターシャへの信頼と敬愛は厚い。同時に彼女を救った隼人への感謝と信用も、相応にある。

 

「なるほどな。そういうことなら、取り敢えずお前の顔を立てておいてやるかな」

 

竜がにっ、と笑って調の頭に手を置いてくしゃっと撫でる。子供扱いされた調はむぅーっとして「子供扱いしないでくださいー」と少し不満そうだ。

戯れているように見える二人を前に、クリスは突っ込む気力もなくただ呆れ返って嘆息するばかりである。

 

「ったく……ちょっとは緊張感ってのを持てっての。またさっきみたいにナワバリに入り込んじまったらどうすんだよ」

 

「心配すんなって。そん時はまとめてぶっ飛ばすか、ゲッター2で地面に隠ればいい」

 

「それ、初めから2で潜入すればいいんじゃ……」

 

ついつい突っ込んでしまった響の声がやけに耳に残響し、ぴたりと二人が動きを止める。

ジト目の調から突き刺さる視線を受ける二人は痛い沈黙の中で見つめ合う。そしてたっぷり二分は時間をかけてゆっくりと再起動すると、

 

「「それだッ!」」

 

と、響に詰め寄った。なお、竜と同じ反応をしてしまったことに、クリスは「脳筋があたしにも伝染りやがった……ッ!」と小さくないショックを受けていたとか。

 

 

 

 

そんなわけでゲッター2のドリルで地中を潜り、隼人の誘導の元何とかそれらしき施設へ潜入した四人。

ボコリとドリルで地上を衝けば、そこは機械に包まれた人工の空間。

 

「火口にまさかこんなのがあったなんてな。こりゃあますます奴等の気配がしてきたぜ」

 

「まずは先へ進みましょう。そうしたら奴等のしている事が分かるかも」

 

誰にも否は無かった。周囲に生物の気配は無い。

ここは何のための施設なのか。それを探るために、一行は慎重に進んでいく。

いくつかの空間を越えて、廊下と思しき場所を抜け、そして最奥に到達した時。

 

彼女達はその答えを知った。

 

 

 

「なに……これ」

 

「ガラスの中に、人が……」

 

その一室には一面にガラスケースが並んでいた。その中には例外なく人が入っており———その全てが例外なく人として終わっていた。

 

頭を切り開かれ、脳を丸出しにされたまま生かされている中年。

苦しみながら身体の所々がサルに変貌しつつある老人。

絶望を表情に貼り付けたまま、血だけを抜かれて絶命している少年。

全身に醜いイボを生やし、異形と成り果て、顔つきさえ分からなくなった者。

 

さながら地獄。人に与えるあらゆる苦痛を凝縮したような光景を見て、立花響は耐えきれず、膝を折って声にならない絶叫と共に慟哭した。

 

 

 

 

 

 

 

「情けない。NISARの装者ともあろう者が、この程度の地獄で動揺するとはな」

 

「誰!?トカゲ共じゃ……ない!?」

 

部屋の奥からカツカツと足音が近づいてくる。

ゆっくりと声の主の姿が露わになり、それを見た調は驚愕のあまり、呆然と立ちつくしてしまう。

 

「懐かしいじゃないか、調。マリアもそっちにいるのだろう?随分と派手に打ち上げて、正義の味方でも気取ったつもりか?今更、その手に付いた血は拭えないというのに」

 

旧F.I.Sの装者達は彼女を知っている。かつてと違い眼帯を着けているが、その顔を見間違える筈がない。

彼女はジャンヌ。もう残っていない筈のレセプターチルドレンの一人。

かつての襲撃で殺害されたはずの少女。かつてマリア達と互いに励まし合った、親しき同胞。

 

「ジャンヌ、さん?」

 

「お前達は排除対象だ。……消えてもらおう」

 

 

 

 

   「 Seilien coffin airget-lamh zizzl 」

 

 

 

 

 

堕ちた銀腕が、かつての同胞へ刃を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————————————————

 

彼女たちが地獄を脳に刻みつけている最中。

たった一人の帰路で、武蔵は一人忸怩たる思いを抱えていた。

 

(情けねえ。この俺が、あんな子供に任せて逃げ帰らなくちゃならねえなんてなあ……『アレ』さえ動いてくれてりゃ、メカザウルスなんぞ目じゃねえってのに)

 

早乙女博士との出会いは、武蔵にとって人生の転機であった。

柔道では文字通り誰にも負けなかった彼は、勝ち続けた末に「殿堂入り」の名目で全面降伏宣言を受けた。誰もが彼に勝つことを諦めた、そう悟った彼は失意のままに柔道界を去った。以来武を持て余し、弦十郎の家に入り浸るばかりの彼を拾ったのが早乙女博士だった。

 

そして、彼に新たな生きがいを与えたのも博士だった。

今でも、そして例え何年経ったとしても、あの感覚は身体がずっと覚えている。早乙女研究所が開発していた『アレ』を動かす感覚は。

 

(博士曰く、俺たちが乗っていた『アレ』が最後の最後で起動しなくなったのは最後の一人が足りなかったから。そいつが『流竜馬』という男……それと女の『流竜』、この一致が偶然とは思えねえ。隼人もこれで見極めるつもりなんだろう)

 

「なあ。もし、お前が『最後の一人』なら———」

 

後ろを振り向き、彼は竜へと最大の激励を送る。

それは早乙女研究所に脈々と受け継がれてきた戒め。

致死率が限りなく100%に近い試練を生き延びる為に口で伝えられてきた強がりであり、鼓舞。

 

「————こんなところでハジをかくんじゃねえぞ。この星の明日のために……博士の死を無駄にしねえために」

 

 

 




というわけでアプリイベント「裏切りの独奏曲」より、レセプターチルドレンのジャンヌが参戦です。
生きていた理由については大体カムイ・ショウが生まれた理由と同じです。そりゃあ若い方がいいよね。


感想・評価お待ちしてます。


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その手に光を

 

 

赤いサイレン、鳴り響く銃声と火薬の焼け付く匂いの中で、私は妹を探していた。

息を切らせて走る、走る、走る。右の惨状から目を背け、左の惨劇には目もくれず。

隠れることなど頭の端から抜けてしまった。今日は聖遺物の適合実験。今回の対象者は妹だから、なんとしてでも探さなくちゃいけない。

長い廊下を走っていると、銃殺された襲撃者が転がっていた。少し離れたところから漂うのは吐瀉物の饐えた臭いとアンモニアの匂い。ここで誰かが粗相をしたのだろうが、同時に彼らに抗った人間がいることも分かった。

———もしかしたら、妹はその人に保護されているのかもしれない。

 

そう少しだけ安心したその時、頭の後ろに強い痛みが走る。明滅する視界、消えていく意識。聞こえてくるのは複数人の声。

 

 

「サルなんぞ連れてきて何になるのやら」

「しかし帝王様のご命令だ。あの方の考えは俺達なんかとは違うのさ」

 

 

そして次に目覚めた時。私は妹と数人の子供たちと共に、灼熱の地に連れてこられていた。

 

——————————————

 

 

「さて、『人間虐殺研究所』へようこそ。歓迎しよう、盛大にな」

 

彼女から……敵の装者、ジャンヌから飛び出した単語に全員の表情が凍りつく。この一言で被害者である彼らの惨状の全てに説明がついてしまう。

 

「お前たちも察しているだろう。ここでは人類をいかに効率良く殺すかの実験をしているのさ。疫病、突然変異、遺伝子疾患、人体改造、あるいは直接の殺害……とにかくなんでもありだ。お前たちが見たあの猿もここで作られたものだが……まあ、これは言うまでもないか」

 

分かっていた。

あのサルを作った……否、作り変えたのは恐竜帝国であることぐらいは。

けれど現実はもっと残酷で、彼女たちの知らないところで、知らない形で、知らない死に方が山ほど生まれていた。

 

「何でですか……」

 

茫然とする調。その口からは絞り出すような、か細い声が漏れるばかり。

それもそうだろう。彼女はずっと恐竜帝国への復讐を想い続けてきた。しかし事ここに及んで、恐竜帝国についた人間が現れたのである。

それもよく見知った者が……自分と同じ、レセプターチルドレンが。

 

「何で、ジャンヌさんが奴らに手を貸すんですか!ジャンヌさんだって恐竜帝国に奪われたはずッ!しかもそのギアはセレナので、あなたには適性がなかったんじゃあ……!」

 

「何故かだと?決まっている。お前達を殺すことが私の望みだからだ。……恐竜帝国の技術は凄まじいぞ。彼らが作ったLINKERは、私のような適性のない人間にさえギアを纏う資格を与える、まるで『夢』のような薬だ。F.I.Sが作る不良品とは訳が違う」

 

「その技術だって、そのギアだって!私たちから奪ったものだって忘れたんですか!?それともあいつらに洗脳でもされて……」

 

「随分人聞きの悪い。私はただ、人間に愛想が尽きただけだ。私達を使い捨てる奴等、勝手に期待して勝手に失望する奴等、自分達の身が何より可愛い奴等……ああ、皆死ねばいいと思うさ。それに比べればトカゲの方が幾分マシだともな」

「なあ調。さっきから奪われたと言っているが……奪ったのは本当に恐竜帝国だけか?F.I.Sも、フィーネも、米国も!奪ってきたのは皆同じだろう?何故恐竜帝国だけを目の敵にする?」

 

「話をズラさないでッ!だとしても、皆生きてたッ!どんなに苦しくても、互いに励ましあってた!そのことを知らないとは言わせないッ!他でもない、あなたにだけはッ!」

 

「そうか。ならばこれ以上の問答は必要あるまい。……お前を殺す」

 

ジャンヌが地面を強く踏みしめ、短剣を逆手に構えて調の元へ吶喊する。

その足元からは火薬が炸裂したかのような音が爆発し、彼我の距離を一瞬でゼロへと変える。その疾さに、調は苦しげな声を洩らしながら辛うじて受け止めることしかできない。

刃と刃がぶつかり、軋み、赤い火花が散る。しかし調の想定よりもジャンヌは白銀のギアを使いこなしていた。

瞬間、短剣が突如として幾つもの刃に分かたれる。蛇腹剣の形状へと変化した剣は回転刃の軸を絡め取り、刃を挟み込み、そしてその機能を奪い去る。

ギャリギャリと耳障りな音を掻き鳴らし、刃に異物が噛み込まれる。急停止する回転。慣性の法則に従って、がくりと調がその体勢を崩すと、ジャンヌはアームドギアを手放してその胸ぐらをマイクユニットごと掴み上げようとする。

 

「ウチのモンの知り合いだろうが奴らに手ェ貸すんならぶちのめすだけだッ!」

 

「胸クソ悪いんだよそうやってッ!昔の仲間なら何だって殺すんだッ!」

 

しかしそこへ竜とクリスの二人が割り込んだ。

咄嗟に飛び退き、アームドギアを拾い上げた彼女は何の感慨もなく呟く。

 

「ふむ。流石に四対一では分が悪いか……いや、三対一か?ここまで来て役立たずを抱えるとは、不憫なことだ」

 

彼女の短剣が響を指す。その瞬間、びくりと響の肩が震える。その足はかたかたと震え、その場に立ち尽くしている。

それを見た竜はこめかみをヒクつかせながら怒鳴りつけた。

 

「おいッ!!!ボサっとしてねえでお前も来いッ!!!話はベッドで聞きゃあいいだろうがッ!」

 

「いいのか?戦えばここの連中も巻き込まれる。……こんなナリでもこいつらはまだ生きた人間だ。それを殺してでも私と戦うつもりか?」

 

「てめえは惑わすんじゃねえッ!!!!」

 

ジャンヌが邪悪に嗤い、挑発しながら蛇腹剣を敢えて並び立つガラスケースに振るう。響に見せつけるためなのだ。己と戦うことの意味を。人としての尊厳を失った彼らに涙し、残悔する優しさを持つからこそ、それは毒となって心を蝕む。

故に竜は怒り狂った。人間だったものを背にし、蛇腹剣を払い、その詭弁を断つ。

 

「俺はてめえを人間とは思わねえ……トカゲ以下の塵だッ!人の迷いにつけ込んで、手前のやったことの責任を他人になすりつけてッ!許さねえッ!地獄に送ってやるッ!」

 

だが、それは実行されることはなかった。施設全体に響き渡るしわがれた声。聞き覚えのある、装者にとって忌々しいものだった。

 

『ふははははははは!威勢が良いようで何よりだ、忌まわしき者よッ!』

 

虚空に異形の姿が浮かぶ。所々ノイズが走る辺り、本体ではなく立体映像の類なのだろう。装者達がかつて見たその姿を見て、ジャンヌは心底うんざりしたような表情で答えた。

 

「ああ……帝王サマか。ここにもう用はないと聞いていたが?」

 

『口が減らぬな。貴様の仕事ぶりをこの帝王自ら見に来てやったと言うに。さて、久しいなシンフォギアの諸君。わしからの贈り物は気に入ったかな?』

 

「なにが贈り物だクソトカゲッ!こんなことして、タダで済むと思ってんじゃねーぞッ!」

 

『何を言うか。元より滅ぶのだから、我らに有効活用されただけでもありがたく思わねばなるまい』

 

「そうやってどこまでも人を見下して……!」

 

『見下すだけの理由が我らにはあるッ!我らハチュウ人類は貴様らサル共とは全てにおいて生物としての格が違うのだ!』

『我らこそ、人類が生まれるより遥か昔に一大帝国を築きし地球の先住種族なのだからッ!』

 

ゴールの口から放たれた言葉は、装者たちにとってにわかに信じがたいものだった。その困惑と疑念を他所に、ゴールはさらに語り出す。

 

『気温の変化により体内の構造が変化する我らハチュウ類にとって地球の環境は生きるのに最適なのだ。故に我らは人類とは比べ物にならぬ程のスピードで進化を遂げたッ!科学、技術、果ては芸術に至るまでッ!』

 

「下手なペラ回すんじゃねえッ!だったら何だってお前らは地上にいねーんだッ!」

 

クリスがたまらず反論した。それもそうだろう。もしそうだと言うのなら、相応の痕跡があるはずなのだ。恐竜というからにはジュラ紀から白亜紀にかけてだろうか?しかしてそんなものは聞いたことがない。

まして、それほど高度な文明だと言うのであれば相応の遺構が残っていてもおかしくはない。

そこはゴールにとっても痛いところであったのか、思わず言葉に詰まってしまう。

 

『ぐぬっ……それはゲッター線のせいじゃ!』

 

一見苦し紛れにも見えるその言い草。しかしそこにはゴール自身の生の感情が、憎しみが滲み出ていた。そして彼女たちに言い聞かせるように、ハチュウ人類とゲッター線の因縁を語り始める。

 

『ある時、宇宙からとてつもない大きさの隕石が墜ちてきた……それだけなら良い。我らの軍事力を以てすればその程度路傍の石ころ同然。跡形もなく破壊できる筈だった。だがその隕石が運んできた物は無傷で地上へと落ち、まるでビーコンのように地球へゲッター線を降らせ始めた!』

 

『この未知なる宇宙線は皮膚の弱い我々には猛毒だった。排除しようにもそれそのものがゲッター線を増幅させ、放出し続ける始末。我らでは近づくことさえままならず、多くの同胞が命を散らせ、生き残った者たちはついに地下深くのマグマ層へと逃れざるを得なかった。またいつか、再び太陽の光と熱を浴びることを夢見て……』

 

そして竜に向けて真っ直ぐに指をさすと、糾弾するように告げた。

 

『ここまで言えば貴様らとて察したろう。我らハチュウ人類の文明を滅ぼした災厄こそ、貴様が纏うもの!宙の彼方より来たりし侵略者『ゲッター』なのだ!!!』

 

「宇宙から来た聖遺物……だとォッ!?」

 

『そして我らは取り戻すのだッ!かつての栄光を、同胞たちが夢見た太陽の光をッ!何億年にも及ぶ雌伏に報いる為にもなッ!!!』

 

両手を広げ、空を仰ぐゴール。彼は望む。ハチュウ人類の再興を。太陽をその手に掴むことを。

降り注ぐゲッター線に耐えられる身体を得るまでにどれほどの時が経っただろうか。どれほどの同胞が生命を落としたか。死因はそれだけではない。暗い灼熱のマグマ層での過酷な生活と、その中でのストレス。それらもまたハチュウ人類の敵であり、それに打ち克つにはやはり地上での自由を得る他にない。同時に、それだけが死者に報いる方法でもある。

 

故に人類よ、息絶えろ。

ゲッター線に適合し、その恩恵を被った異端。人類を滅ぼし、この星を太古の時代へと回帰させる。それを以て恐竜帝国復活の篝火とするのだ———!

 

「だったら……」

 

ここで、響がようやく動いた。ゴールの、恐竜帝国の動機は聞いた。それは彼女が最も聞きたかったことだった。

何のための虐殺か。何のための殺戮か。その果てに、恐竜帝国は何を望むのか。それがようやく分かった。

彼らには何の落ち度もなかった。何の非も無かった。にも関わらず、突然理不尽に居場所を奪われた。故にそれを取り戻す。散っていった者達の為に。それは彼女も理解できる。———理不尽に居場所を奪われる苦しみを彼女はよく知っている。

しかし。否、だからこそ。

 

「だったら!なんでこんな事をするんですかッ!皆生きてたのにッ!明日の予定も、明後日のやりたいこともいっぱいあった!地上に帰りたいだけなら、何も、何もこんなに人を死なせなくたっていいでしょうッ!?なんで、なんでこんな非道いことが出来るんですかッ!?」

 

涙を流して響が叫ぶ。こんなものは人の死に方ではないと。やり方は他にあるはずだと。———何故共存の道を探らない、と。

そしてクリスも気付く。きっとここが最後のチャンス。心の裡の冷たい部分は無駄だろうと首を横に振っているが、しかし問いかけることにこそ意味があると言うのなら。それはきっと、今を除けば二度とは来ない。

 

「っ!そうだッ!大体、今はそれどころじゃないって分かってんのかよッ!月が落っこちたらお前らだってお陀仏なんだぞッ!」

 

『何、落ちる?月が、か?』

 

ゴールが何を言っているのか分からない、と言うように一瞬呆ける。

そして、まるで口の中で噛み砕くように呟くと全て理解したのか、大声で笑い出した。

 

『クッ、クククク……はははははははははは!!!!』

 

『月の、月の落下だと!?そんなもの、()()()()()()()()()()()()()

 

響の表情が凍りつく。

知らないと言ってくれれば、まだ耐えられた。だが事もあろうに。

恐竜帝国の首魁は、この悲劇の元凶は、知っていながらあえて放置している——!

 

『所詮はサル共か。未だにその程度で右往左往しているとはお笑いよの。我らは既に月への防備を固め、被害の試算さえ終わらせておる。落下したところで、マグマ層の恐竜帝国に一切の揺るぎは無しッ!』

 

「だったら尚更!こんな事する必要なんかないッ!」

 

『愚かな事をッ!貴様ら人間は我らが留守の庭に沸いた害虫なのだッ!害虫は駆除あるのみッ!その為のメカザウルス!その為のソロモンの杖ッ!だというのに贋作を掴ませるとは姑息な手を使いおってッ!』

 

響は本当に言葉を失った。

帝王ゴールは、月が落ちれば多くの人死にが出ると分かっていて、それでもなお人を殺して回っている。そこに復讐心のような背景はない。ただただ、それが当然であるかのように考え、実行に移している。

 

彼女は自分の信念が揺らぐのを感じた。手を繋ぐ事を諦めないこと。そして胸の歌を信じること。しかしこの邪悪を前に、それは無理ではないかと、本気でそう考えかけた。

 

そして響が足元が崩れ落ちていくような感覚を味わっている最中に、話は竜を中心に進んでいく。ゴールの身勝手な主張に本気でキレている竜を。

 

「ふざけんなッ!俺たちは虫ケラじゃねえッ!」

 

『ならばこれが最後通告である。選ぶがいい。降伏しソロモンの杖を差し出すか、さもなくば死かッ!』

 

「選べだぁ?違うねッ!選ぶのはてめえらだッ!シッポ巻いて地下に帰るか、俺に殺されるかッ!好きな方を選びやがれッ!」

 

『……フン。どうやら無駄なようだ。ならば帰還せよジャンヌ。貴様の役目はまた後日。その時、奴等を改めて殺してやればよい』

 

首を掻き切るジェスチャーを向ける竜を見て、ゴールは吐き捨てるように指令を下す。そして身を翻すと、映していた立体映像の揺らぎはそのまま跡形もなく消え失せた。

 

後に残ったのは敵味方に分かれた装者達のみ。剣呑な空気が満ちる中、最初に沈黙を破ったのはジャンヌだった。

ため息一つゆっくり吐くと、皮肉げに笑って引き揚げの準備にかかる。

 

「結局お前達をおちょくりに来ただけらしいな。帝王サマも余程暇らしい」

 

「逃すと思うか?てめえに聞くことは山程あるんだぜ」

 

「だとして、どうする?私が何の用意もなくお前達とお喋りに興じていたと思っていたのか?……あと3分後にこの基地は人工太陽と化し、北海道全域を焼き尽くす。阻止したければこの施設のどこかにある電源を落とさなければならない」

 

「太陽ッ……!?どこまで卑劣なやり方に手を染める気ですかッ!」

 

「なんとでも言え。……選ぶといい。私一人の身柄か、北海道に住む人間全ての命か。……脅しだと思うなよ?奴等なら本気でやりかねないことくらいお前達なら分かっているはずだ。おまけに私は電源の場所などハナから知らされていないんでな。精々必死になって探すことだ」

 

「この野郎……!」

 

竜が殺意を向けながら、歯噛みして思考を回す。

ジャンヌの言うことがどこまで本当でどこまでがブラフなのか。全てが事実であった時、生まれる死人の数は計り知れない。

もはや迷っていられる時間は無かった。

 

「……クソがッ!さっさと行って止めるぞッ!」

 

「ジャンヌさんは!?」

 

「業腹だが見逃すしかねえよ……!あいつを野放しに出来ねえが、この基地だって放っておけねえ。この借りは熨斗つけて百倍返しにしてやる……!」

 

 

 

 

結論を述べると。

電源そのものはそれなりに余裕を持って見つかった。

しかしそれは基地の自爆スイッチも兼ねていたことを彼女達は知らなかった。

 

崩れていく基地。助けを求める声。次々と爆発していく施設。

囚われた人々を彼女達は誰一人として救えなかった。

 

例え彼らを救えたとして、現代の医療では彼等を救うことはできない。それならば死ねたことはある種幸運だったのかもしれない。

 

隼人は今回の件についてそう締め括った。それは彼なりの慰めだったのかもしれないが、だからとてそのまま受け取るには彼女達は地獄を見過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響はようやく寮の自室に帰って来れた。

室内に入れば、すぐに未来が迎えてくれる。その安心感がひび割れた心に深く染み渡っていく。

とても、とても長い任務だった。

……同時に、とても心をすり減らす任務でもあった。

 

 

「おかえり、響」

 

未来にそう言われて、響はとうとう決壊した。

彼女の胸に飛び込み、言葉にならない声で泣きじゃくり、救えなかった苦しみと分かり合えない悲しみ、そして犠牲者たちから感じた痛みを涙に乗せて吐き出していく。時折込み上げる吐き気を堪えながら。

未来は初めこそ驚いたが、すぐに彼女を抱きしめると頭を撫でながら優しく語りかけていく。

 

「大丈夫。大丈夫だよ響。そうだ、ご飯、出来てるから一緒に食べよ?」

 

「ごめん。今日ね、食欲……ないんだ」

 

そう言って彼女はベッドに入っていった。

少しして、彼女は深い眠りについた。しかし未来がその寝顔を見たときには、その寝顔は苦悶に満ちており、明らかに魘されていた。

 

「響……」

 

あり得ないことだ。響が「食欲がない」などと。

 

未来が思うに。

響はまた傷ついて帰ってきたに違いない。それも、今までにないような深い心の傷を負って。もしかすれば、それは以前に受けていた迫害と同じかそれ以上か。

なら、もっと響を支えてあげたい。

出来ることなら、響の隣で戦えるのならどれだけいいだろう。

 

 

例えそれが茨の道だとしても。

 

 

 

 



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