やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜とまってはいられない〜 (発光ダイオード)
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1-1

高校生活といえば薔薇色。薇色といえば高校生活。そういわれるのが当たり前なくらい、高校生活はいつも薔薇色の扱いを受けている。

しかしそれは、すべての高校生が薔薇色を望むことを意味しているわけではない。

例えば勉学にもスポーツにも色恋沙汰にも……とにかくありとあらゆる活力に興味を示さない、謂わゆる灰色を好む者も存在する。仮にそうでなかったとしても、大抵の高校生はもっと彩度の低い淡く落ち着いた色味をしているだろう。

まぁ傍から見れば、それでも十分綺麗と言える。

 

問題なのは、目の痛くなるほどの薔薇色を放つ青春を謳歌する者たちである。

彼らは自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

青春という御旗を高らかに掲げ、何か致命的な失敗をしてもそれすら薔薇色の証とし、思い出の一ページに刻むのだ。

まるでそれが免罪符であるかのように、万引きや集団暴走という犯罪行為に手を染めては、それを若気の至りと呼ぶ。試験で赤点を取れば、学校は勉強するためだけの場所ではないと叫ぶ。

その旗の下ならば、彼らはどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。

そしてそれがあたかも全体の総意であるような口振りで騙り、それ以外の他者をつまらない奴と吐き捨てるのだ。

 

新入生の諸君、入学おめでとう。そして目を醒ませ。

薔薇色や青春という目眩く言葉に騙されてはいけない。そんなものは虚構に過ぎない。

薔薇色とは幻であり、青春とは嘘であり……そして即ち悪である。

結局は彼らのご都合主義でしかない。

つまり、なにが言いたいのかといえば……

 

 

 

リア充爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「これはなにかしら?」

 

雪ノ下にそう言われたのは、冬の寒さも遠のいて日差しも暖かくなってきた三月の中頃のことだった。

城廻先輩や入須先輩ら三年生の卒業式が終わり、年度の行事をあらかた消化した総武神山高校はどこか弛緩した空気に包まれていた。それは部室でも変わらない。奉仕古典部が日頃から引き締まった空気だったかといえばそういう訳ではなかった気もするが、いずれにしてもプロムやら卒業式やら、生徒会の手伝いなどで奔走していた俺たち全員が部室に揃うのも久しぶりだった。

俺もあとは終業式までのんびりと過ごすつもりで、昨日買ったばかりの本を読んでいた。国民的アニメ映画の小説版で、勉強も運動もダメダメな少年が未来から来た猫型ロボットと一緒に月へ

ウサギを探しに行くところから始まる、勇気と友情の冒険譚である。映画は既に何度か観ているので内容はわかっているが、加えて小説では登場人物の心情が具体的に書かれている。アニメでは読み取ることのできないキャラクターひとりひとりの気持ちや心の声を、なんとなくではなく明確に理解できるのだ。普段からアニメになれている俺にはとても新鮮で、昨日の晩は区切り所を見失ってつい夜ふかししてしまった。

春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、寝不足と部室に差し込む西日の暖かさから本を片手にうつらうつらしていると、頭上から小突くような声が降ってくる。

ハッと我に返り顔を上げると、雪ノ下がこっちを見下ろしながら立っていた。にこやかな表情とは裏腹に、目に剣呑な光を宿している。机の上に置かれた藁半紙と青い表紙のパンフレットをついっとこっちへ寄せるのを見て、俺は先日渡した原稿のことを思い出した。

 

「なにって、来月の新入生歓迎会の時に配る部活動パンフレットの原稿だけど…」

 

差し出された藁半紙を手に取りながらそう言うと、雪ノ下の瞳に鋭さが増す。

 

「それはわかってるわ。けど、それでどうしてこんなものが出来上がるのかしら」

 

こんなものとは失礼な、と思い改めて読み返してみる。

……うん。まあ確かに、これはなかなか酷い内容だ。

 

「えっと、それはだな……」

 

「わたしにもちょっと見せて」

 

言い淀んでいると、窓際で福部と机を並べていた伊原が雪ノ下の横から顔を覗かせる。いきなり現れたので考える間もなく、言われるがまま藁半紙を机に戻す。

伊原はさっと文字に目を走らせたかと思うと、苦い物でも噛んだように表情を歪ませた。

 

「……あんた、これ載せる気だったの?」

 

高校生に似合わない小さな身長と幼くみえる顔立ちから、伊原はたびたび中学生に間違えられる。 しかしその容姿に反して性格は苛烈で、七色の毒舌を持ち、何事にも妥協を許さず他人のミスにも容赦ない。 こうして雪ノ下と並ぶとその圧力は凄まじく、互いの相乗効果もあってか舌鋒の鋭さは半端ない。

 

「こんなの新入生に読ませられるわけないじゃない」

 

「妹さんも入学して来るっていうのに、そういう所は全く変わらないのね」

 

伊原と雪ノ下は揃って溜息をついた。どうやら怒りを通り越して呆れてしまったらしい。罵詈雑言を浴びせられるよりは幾分かマシだが、これはこれでちょっと悲しい……。

すると、ここで新たに陽気な声。

 

「それにしてもさすが八幡だね。これだけ屈託のこもった文章はなかなか書けるものじゃないよ」

 

いつの間にか福部も寄って来て話に加わる。俺の書いた原稿を手に取ると、大袈裟にうんうんと頷いてみせた。

ふたりの視線が福部に移る。

 

「屈託というか、卑屈ね」

 

「それより、ふくちゃんは口じゃなくて手を動かしてよね。出版部の締め切りだってもうすぐなんだから」

 

「いやあ……手厳しいなあ」

 

伊原に睨まれて、福部は苦笑いしながら頭を掻いた。

日頃から、俺たち男子部員に対する伊原の態度は素っ気ない。もっとも雪ノ下同様、愛想のいい伊原など想像できないが、まあ単体ならちょっと無愛想な同級生という程度だ。

ところが福部と並べると、途端に態度は一変する。福部の言動のひとつひとつに気分を乱高下させるその様は水際立つものがあり、運が悪ければ側にいた俺や折木にも災いの火の粉が降り注ぐ。まじで厄介なことこの上ない。

けれど、別に伊原は福部を嫌ってるわけではない。寧ろその逆。なにせふたりは付き合ってるのだから。

なんでも中学の頃から伊原は福部に惚れていたそうで、長年のアタックの甲斐あって去年ふたりは付き合い始めたらしい。どうしてそれほど時間がかかったかといえば、こいつらにも色々と事情があるわけで深くは聞いていない。

他人の恋愛事情をとやかく言う趣味など、比企谷八幡には毛頭無いのだ。

 

「氷菓の時も言ったけど、こういうのは『何か面白いことを書いてやろう』だけじゃ完成しないのよ。歯を食いしばって書かないとダメなの。比企谷も、わかったっ?」

 

ほら来た。

大方の予想どおり、矛先は俺にも向けられる。不満を露わに福部を睨むと、伊原が見ていないのをいい事に福部はあざとらしく舌を出して笑った。うざい。

 

「新入生歓迎会ねぇ…」

 

福部の手から藁半紙を取り返すと、机の上に置かれた青い表紙のパンフレットに視線を向ける。これは去年配られたものだ。B5サイズの平綴じで、PP処理が施された表紙にはサッカー部やバスケ部など主要な部活の写真やイラストがレイアウトされていた。その中央にはデカデカと『第四十二回 部活動〜Let's総武神山ライフ〜』と書かれている。いかにも高校生活を満喫してます感が出ているそれは、個人的見解からして唾棄すべき仕上がりである。

 

「八幡は去年の今頃は部活に入ってなかったんだよね?」

 

パンフレットを睨む俺を見て、福部は話を逸らすように訊いてくる。

 

「あぁ」

 

「じゃあ知らないかもしれないけど、うちの高校は部活動が盛んなことで知られているんだ」

 

「いや、それくらいは知ってるっての」

 

俺たちの通う総武神山高校は県内でも有数の進学校であり、文化系部活が盛んなことでも知られている。その数は、確か五十は超えていたと思う。文化祭は三日間にわたって行われ、冷静に考えればちょっと行き過ぎじゃないかというほど盛り上がる。

その一方で、体育系のイベントにも事欠かない。去年はインターハイで活躍できるような選手は出なかったものの、体育系の部活も数多く存在する。文化祭の後には体育祭が行われるし、秋には球技大会がある。それと、これはなくてもいいが……年が明ければマラソン大会もある。

他の高校がどうかは知らないが、これだけ部活動に活力を注いでいる高校も滅多にないだろう。

 

「へえ、意外。比企谷がそんなこと知ってるなんて」

 

少しだけ感心したように、伊原は目を丸くする。俺としては学校行事にも他の部活動にもそれほど興味はなかった。単に、一色に振り回されながら生徒会の手伝いとしているうちに、自然と身についた知識というだけだった。良く思われたいわけではないが……まあ、敢えてそれを言う必要もないだろう。

 

「まあな」

 

「それなら、新入生勧誘週間が部活動に所属してる生徒にとってかなり重要なイベントになるってわかるだろ?」

 

いや、全然わからんのだが。

 

「……もっとちゃんと説明してくれない?」

 

溜息混じりに訊くと、それには雪ノ下が答える。

 

「部活は多いけれど新入生の数には限りがある……ということよ」

 

「その通り。さすが雪ノ下さん」

 

福部は頷いた。

 

「部活動に参加すればわかるけど、毎年四月の新入生勧誘は熾烈を極める。なにせ右も左もわからない新入生たちを奪い合うように勧誘するわけだからね」

 

伊原は眉根を寄せて難しい顔する。

 

「でもさ、それだと問題も起きるんじゃない?無理やり入部させようとする部活だって絶対出て来ると思う」

 

「確かに多少なりとも問題は起きるだろうね。断るべきを断れないのは少なからず本人のせいでもあるけど、摩耶花の言うようにとりあえず頭数だけ揃えればいいとばかりに無理強いをする部活もあるらしい」

 

「……悍ましいな」

 

他人の都合を考えず、ただ自分本位の意見を押し付ける。こういう利己的な奴らは、すべからくうぇいうぇい騒ぐ奴らと決まってる。ソースは俺。

 

「だからと言って、無理を通した者勝ちってわけにはいかないんじゃない?」

 

俺がリア充に憤慨している横で、雪ノ下は福部に鋭い視線を向けた。福部はそれを正面から受け止める。

 

「そうだね。対策として、期間中は生徒会と総務委員会で校内の見廻りをするつもりだし、入部には仮入部と本入部の二段階を踏んでいる。本入部届が出されなければ、自動的に退部の扱いになるんだけど……」

 

福部の表情が少し暗くなる。

 

「なにか問題でもあるの?」

 

「別に本入部届を出さなかったからって、二度とその部活に入れなくなる訳じゃないんでしょ?」

 

「もちろん。総武神山高校の部活動はいつでも入れるし、いつでも辞められる。全ては自由だ」

 

そう言ってから、福部は言いにくそうに付け加える。

 

「ただ、部活の予算は仮入部期間終了時の人数を元に決めるから、それを過ぎてからの入退部が喜ばれないのは事実だね」

 

小さく息を吐いて微笑むと、戯けるように肩を竦めた。



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1-2

福部は小さく息を吐いて微笑むと、戯けるように肩を竦める。

 

「まあ、そういうややこしい話もあるってことさ。で、話を戻すけど……今年の新入生勧誘は僕たち奉仕古典部にとっても重要なイベントになる」

 

そう言って椅子を引くと、福部は俺の隣に腰掛けた。それから雪ノ下と伊原も近くの席に座るのを待って、わざとらしく咳払いをする。

 

「おほん。僕らの部活は、部活動選別宣言によって合併したばかりの新しい部活だ。そもそも奉仕部自体できたての部活だったし……古典部は一応三十年以上の歴史があるけど、それでもマイナーな部活だったことに変わりはない。去年と一昨年の文化祭で多少知られるようになったとはいえ、新入生からしたら奉仕古典部なんて言われてもいまいちピンとこないのが現状だよ」

 

「確かに名前を見ただけじゃ、なにやってるのか分からない謎部活ではあるな」

 

去年の一学期のことだった。部活動選別宣言により増えすぎた部活動の見直しが行われ、結果多くの部活が廃部へと追い込まれた。廃部になったのは部員の足りなくなった研究会や、活動目的が不明の部活、名前だけで部員は誰もいない部活だったりした訳だが、当時俺と雪ノ下と由比ヶ浜の三人しかいなかった奉仕部もその例に漏れなかった。同じく平塚先生が顧問をしていた古典部と部活動合併する事で廃部は免れたが、もともとどっちも活動内容がわかり辛い部活だったこともあり、合併によって更に訳がわからなくなった。

 

「そうなると勧誘よりも、まずは知って貰わなければ話にならないんじゃない?」

 

口許に手を当て、雪ノ下は呟いた。

数が減ったとはいえ、現在総武神山高校の部活動の数は文芸部や運動部、それ以外の研究会を含めても100近く存在している。恐らく、全部活を把握している生徒はいないだろう。下手をすれば、教職員だって資料を見なければわからないかもしれない。

そう考えると、新入生からすれば俺たちの部活なんてその他以下略エトセトラでしかないだろう。

 

「そこで来月行われる新入生勧誘週間ってわけさ」

 

雪ノ下の懸念を他所に、福部は些かも衰えない名調子で言葉を続ける。

 

「重要なのは特別週間そのものが、一週間ずっと続くってことだ。月曜日の七限に体育館で新入生歓迎会が行われ、そのまま放課後からオリエンテーションが繰り返される。月曜は生徒会と委員会。火曜からいよいよ部活動がステージに上がり、自分たちの活動がいかに素晴らしいかアピールを競う。

奉仕古典部の噂が広まれば、新入生だけじゃなく在校生にも知って貰える筈だよ」

 

雪ノ下は訝しみながら首を傾げる。

 

「そんな上手くいくかしら?」

 

「任してよ。僕にちょっと考えがあるんだ」

 

福部はいたって真面目そうな顔を作っていたが、目元が笑っていた。

それから、何か確かめるようにこっちを見る。目は合わない。どうやら視線は俺でなく、その後ろに向けられているようだった。

 

「ねえ、ホータローはどう思う?」

 

振り返ると、俺たちがあれこれ話ている間、ひとり淡々と読書に興じていた折木の姿があった。

折木は読んでいた文庫本をそっと閉じて机に置くと、物憂げに顔を上げる。

 

「……まあ一応、新入生勧誘も伝統ある行事だからな。すべての部活動が参加する以上、俺たちもやらない訳にはいかないだろうな」

 

「へえ、意外ね」

 

少し驚いた顔をしたのは雪ノ下だった。

 

「なにが?」

 

「やる気になっているように見えるわ」

 

「俺が?まさか」

 

心外そうにする折木に伊原は、

 

「ちーちゃんたちが張り切ってたからでしょ」

 

と言う。それを聞いて、俺は以前この話題が持ち上がったときのことを思い出す。

福部の意気軒昂ぶりもさることながら、確かに千反田と由比ヶ浜も負けず劣らず張り切っていた。イベント好きの由比ヶ浜はさて置いて、千反田はもともと古典部の部長だった。現在部員は7名いるが全員三年生なので、今年部員が入らなければ部の存続は絶望的になる。一応伝統のある部活だ。さすがに自分の代で部を途絶えさせるのは気が引けるのだろう。最終的には伊原も加わって、部室の真ん中で高らかに拳を挙げ「えいえいおー」と掛け声を響かせていた。

そんな女子たちの姿を思い返していると、あることに気付く。

 

「由比ヶ浜たちはどっか行ったのか?」

 

部室を見回すと、千反田と由比ヶ浜の姿が見当たらない。部室に来た時は確か居たはずだが、いつの間にか姿を消していた。

 

「ふたりならさっき出てったわよ。気付かなかったの?」

 

「いやまったく」

 

雪ノ下がふっと息を漏らす。

 

「ずっとだらしの無い顔で眠っていたものね」

 

心外な。最初のうちは本を読んでましたよ。

 

「……で、どこ行ったんだ?」

 

「新歓祭の打ち合わせよ」

 

「新歓祭?」

 

それに打ち合わせとは?

訊き返す俺に、雪ノ下はもう一度深く息を漏らした。

 

「新入生勧誘週間の最後の日、金曜日のことを特に新歓祭と呼ぶの」

 

「これは誰かが名付けたわけではなく、便利だからそう言われているというだけのことらしいけどね」

 

雪ノ下の言葉にそう付け加えると、福部は新歓祭についてぺらぺらと説明し始める。

新入生勧誘週間の最後の日、中庭や図書館下のピロティ、管理棟玄関や生徒昇降口の周りなど、校舎を囲むよう各部活が机を並べて新入部員獲得のために客引きをするらしい。要は、最後の追い込み漁業というわけだ。

 

「今日は場所を決めるクジ引きだけなんだけどね」

 

長々と話した後、福部はそう言って締めくくる。

まあ欲がないというか単純というか……俺たちの中で運が良さそうなのは、確かにあのふたりだろう。

 

「それで…あいつらに乗せられて、お前もやる気になってるって訳か」

 

からかい気味にそう言うと、折木はむすっとした顔でため息をつく。

 

「だから違うって言ってるだろ。千反田は言い出したら聞かないからな。どんなに面倒でも、最終的にはやるはめになる」

 

まあ、確かに。

 

「でも、原稿だってちゃんと出してきてるじゃない」

 

「いやいや雪ノ下さん。まだホータローのことをわかっていないね」

 

福部は手振りを交えながら頭も振る。

 

「勉強にもスポーツにも色恋沙汰にも後ろ向き、いわゆる灰色というのを好む人間、折木奉太郎。ただ単に面倒で、浪費としか思えないことに興味がもてない。そのモットーはすなわち……」

 

嬉々とした顔つきで折木を見る福部に対とは対照的に、折木の表情は悄々とする。

 

「……やらなくてもいいことなら、やらない。やるべきことなら手短に」

 

面倒臭そうに呟く折木を見て、雪ノ下はあきれ顔を俺に向けた。

 

「まあ、原稿を出すだけまだマシね」

 

「……つーか、これほんとに必要なのか?」

 

話を逸らすように、再び原稿用紙を見つめる。

去年パンフレットを配っていた記憶はあるが、さすがに中までは覚えていない。そう考えると、真に力を入れるべきなのは勧誘の方じゃないだろうか。

 

「まあ、新歓祭やオリエンテーションの方が重要視されるのは確かだね」

 

「だからって、やらなくてもいいって事にはならないのだけれど」

 

嗜めるように言う雪ノ下の隣で、伊原は胸を張って言い勇む。

 

「駄目よ、ふくちゃんっ。わたしも手伝ってあげてるんだから、今日中に終わらせるわよ」

 

「はは…お手柔らかに頼むよ」

 

福部は伊原に合わせるように、少し身を引いて応えた。

伊原はキツい性格ではあるが、根はいい奴だ。こうして甲斐甲斐しく手伝ってもらえる福部は案外幸せなのかもしれない。そんなことを考えながらふたりを眺めていると、俺の視線に気づいた伊原が怪訝そうに眉を顰める。

 

「何よ」

 

「いや、羨ましいかぎりで」

 

余計なことを言って突かれたらたまったものじゃない。

無難に返事をすると、折木がこっちを見ながら、

 

「なら、それらしい顔でもしたらどうだ」

 

と言った。愛想笑いをしたつもりだったが、普段使わない表情筋は俺の言うことを聞かなかったらしい。俺は歪んだ口角を元に戻した。

 

「ていうか、比企谷だって他人事じゃないんだからね。さっさと雪乃ちゃんに頼んで手伝ってもらったら?」

 

伊原の言葉に、雪ノ下は俺を見てうっすらと微笑む。

 

「別に構わないけれど、わたしは伊原さんほど優しくできないわよ」

 

これまでのやり取りのどこに優しさを感じたのか……。しかし伊原を優しいと表すあたり、雪ノ下に手伝ってもらってもけちょんけちょんに言われて終わるだけな気がする。いや、既にもう言われてるんだけども。

 

「いや…遠慮しとく……」

 

言葉を詰まらせながら応えると、伊原は呆れたようにため息をついた。

 

「雪乃ちゃん、ほんとにこんなのと付き合ってていいの?」

 

「そうね。今ちょっとだけ後悔してるわ」

 

「今から考え直しても遅くないんじゃない?」

 

こんなので悪かったな。俺は心の中で、こっそりと伊原を睨んだ。

伊原の言うとおり、先日行われたプロムの後から俺と雪ノ下は付き合いはじめた。

それは、今まで散々有耶無耶にして先延ばししてきた様々なことに対して、俺たちが出したけじめというかひとつの答えだった。細かく説明すれば下手なラブコメ作品がひとつ出来上がってしまいそうなので、ここでの説明は差し控える。成就した恋ほど語るに値しないものはないし、そんな話は誰も聞きたがらないだろう。

 

しかしこいつら、好き勝手言いやがって……。だが、悔しいことに言い返す言葉もない。

 

「まあまあ摩耶花。僕はお似合いだと思うけどな」

 

お、さすが福部。

 

「八幡くらい捻くれた性格の人間と一緒に居られる人は、世界広しと言えどそうそう居るもんじゃないよ。その点雪の下さんなら、うまく八幡の手綱を引けるだろうしね」

 

助け舟かと思ったが、こいつも対外失礼な奴だ。

 

「それに、物事に対して穿った見方のできる雪ノ下さんには、八幡くらい斜め上の考え方を持った相手の方が丁度いいんじゃないかな」

 

「斜め下の間違いじゃないかしら」

 

「それは否定できないね」

 

からからと笑う福部。面白がって話すふたりの横で、伊原は机に身を乗り出す。

 

「わたしはただ、やらなくちゃいけないことはちゃんとやるべきだって言ってるの」

 

まあ、もっともである。

 

「ごめんごめん。ところでホータロー?」

 

息巻く伊原を宥めながら、福部は折木を見て首を傾げる。

 

「どうかしたかい?さっきからぼーっとしちゃってさ」

 

「……あぁ」

 

心ここにあらずといった感じで応える折木に、なにか思うところがあるのか伊原は口元を吊り上げてにやりと笑う。

 

「ひょっとして……比企谷が付き合ってるのが羨ましいの?」

 

「馬鹿言え。比翼の鳥なんて、お前たちだけで十分だ」

 

折木は文庫本を手に取ると、そのまま黙って読み始めた。

窓の外を見る。いつの間にか、空には雲が架かっていた。薄鼠色の雲は切れ間なく広がり、しばらく太陽が顔を覗かせることはなさそうだった。遠くの海岸線では、雲の切れ間から夕空が覗いて見えた。

 

 

 

 

 



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2-1

新年度が始まって早三週間。部活動による新入生勧誘にもようやく一区切りついて、学校内の雰囲気もだいぶ落ち着きを取り戻してきた。一年生も少しずつ高校生活に慣れてきたようで、放課後になれば校内のそこら中に有り余る活力が溢れていた。

 

その日、俺は部室に行くつもりはなかった。月末が近く財布の中身が寂しくて、菓子パンとマッ缶で昼食を済ませたら放課後になって腹が減ってきたのだ。間食はあまりしないたちだが、今日はさっさと帰って録画したアニメを見ながら何かつまみ食いでもしようかと思っていた。

ところが昇降口に向かおうとしたところ、なんだかうぇいうぇいと景気のいい女子の一団が廊下の幅いっぱいに広がっていて、牛の歩みのようにゆっくりとしか進まない。かきわけて追い抜こうとすれば、きっと彼女らは俺を睥睨し唾棄してくるに違いない。踵を返し、気がついたら渡り廊下にいて、ここまできたなら顔だけ出そうかと思い、部室に足を向ける。

渡り廊下の中央には円形に広がったくつろぎ広場がある。そこから中庭を眺めると、新たに部員を獲得した運動部や文化部の面々が部活動に勤しんでいる姿が見えた。エネルギー消費の大きい生き方に敬礼。

活気ある声を校舎に響かせながらランニングしている柔道部や、若葉が芽吹き始めた桜の木の下でハモリの練習をしているアカペラ部。その横ではレジャーシートを引いてピクニックをしている園芸部がいる。水鉄砲のAKを肩から下げた生徒に飲み物を勧められているのは、恐らく一年生だろう。遠慮気味な表情に若干の幼さを残しながら、真新しい大きめのブレザーに袖を通す姿から初々しさが伝わってくる。

見上げると、空はよく晴れていた。そういえば新入生歓迎会の日も、たしかこんな天気だった気がする。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

入学式翌週の月曜日。七限に新入生歓迎会が行われ、その後立て続けに部活動説明会が始まった。生徒会長である一色の挨拶と生徒会の説明が終わった後、総務委員長として壇上に上がった福部は、

 

「ここへ来る途中、中庭で茶道部が野点の準備をしているのを見かけました。ブルーシートの上に畳を敷いていたのですが、普通の畳ではなく正方形の畳……あれは半畳畳というやつです。

持ち運びに便利そうだなあと思いつつその様子を眺めていたんですが、シートの端から端まで半畳、ハンジョウ、はんじょう、繁盛……。これは茶道部に部員が沢山来るという兆しではないかと思います。どうも、総務委員長の福部です」

 

と総務委員にも奉仕古典部にも関係ない話を如才なく切り出した。適度なユーモアを交えた話は

これが意外にもウケて、淀みない喋りは五分以内でまとまった。ぱらぱらとまばらな拍手を受けて福部が退場すると、次に控えていた美化委員がどたどたと舞台へ掛け上がっていった。

翌火曜日。奉仕古典部のアピール。前日の壇上で舌を振るわせた福部と、もともと知名度のあった雪ノ下が一緒に壇上に上がったことで体育館には小さな騒めきが走った。それもどこ吹く風と淡々と説明する雪ノ下に福部が合いの手を入れ、余計な説明を付け加えようとする福部を雪ノ下が冷ややかにあしらう。

なんともコントのような掛け合いは前日以上にウケたようで、奉仕古典部の活動内容が的確に伝わったかといえばそうではなかった気もするが、その存在を知らしめることには成功した。

千反田や由比ヶ浜や伊原は、これは新入部員を期待できると喜び勇んでいた。

 

事実、入部希望者は来た。

しかしそれは一年生ではなく、何故か二年生ばかりだった。どうやら総務委員長である福部や雪ノ下が在籍していることや、活動の一環として生徒会の手伝いをしていることがその原因だったらしい。次期生徒会長及び生徒会役員の座を狙う者や、自分達が所属する部活の待遇を良くするために、学内の有力者と繋がりを持とうとする輩が集まって来たのだ。

当然、全員余す所なく、雪ノ下の鋭い眼光と切れ味抜群の口撃に一太刀にされ、おずおずと帰っていった。

ただ一人を除いて……。

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

不意に背中から声を掛けられる。聞き慣れた声に振り返ると、可愛い我が妹にして奉仕古典部唯一の新入部員が立っていた。

 

「なにしてんの?ぼーっとしちゃってさ」

 

小町はアーモンドのようなくるりとした瞳で俺の顔を覗き込む。

 

「いや、別になにも」

 

「ふーん?なんか面白いものでも見える?」

 

俺の視線を辿るように中庭に顔を向けると、小町はスカートを揺らしながら窓際へ寄っていく。

最近ようやく見慣れてきたが、ブレザー姿の小町はどこか大人びて見えた。先月までセーラー服を着ていた妹の成長に少しウルッとくる。

 

「小町こそどした。こんなところで」

 

「わたし?わたしは部室行くんだけど。お兄ちゃんもでしょ?」

 

小町は当然のように言った。まあ、特別授業か部活のときくらいしか渡り廊下を通ることはないから簡単に推測できることではある。けれど、こうもあたり前のように言われるとむしろ行きたくなくなるのは何故だろうか……。

よし。やっぱ帰ろう。帰ってアニメの録画を見よう。

 

「いや、俺は…」

 

「ほらっ、早く行こうよ」

 

小町は問答無用に俺の手を取る。

 

「えっ。いや…ちょっと……」

 

そしてパタパタと小気味の良い足音を廊下に響かせながら、俺は小町に手を引かれて部室へと向かっていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

部室に入ると、長机の中央に寄ってなにか覗き込んでいた雪ノ下と折木、それに当然のように居る一色が揃ってこっちを向いた。雪ノ下が言う。

 

「狙いすましたように来たわね」

 

「なにが?」

 

それには、一色が答える。

 

「これからお菓子を食べるんですよ」

 

お菓子とな。なんたる暁光。途端に腹の虫が騒ぎ出す。

一瞬、雪ノ下から見透かしたような目を向けられた気がしたが、冷めた視線はすぐに後方へと抜けていく。

雪ノ下の表情が和らぐ。

 

「小町さんも居たのね」

 

「はいっ。比企谷小町、ただいま参りましたっ」

 

体育の授業で整列する時の基準者のようにまっすぐ手を上げて、小町は元気に言った。

 

「遠慮せずに入ってちょうだい」

 

「わあ、ありがとうございます。部長っ」

 

小町はぱたぱたと駆けて行くと、その勢いのままギュッと雪ノ下に抱きついた。雪ノ下の頬がほんのりと色づく。

 

「その……部長っていうの、やめてもらえないかしら」

 

抱きつかれたことじゃなく、まずはそっちなのね。

 

「じゃあなんて呼んだらいいですか?義姉ちゃん?」

 

雪ノ下は、さらに頬を赤らめる。

 

「別に、いつも通りでいいのだけれど」

 

小町は口を尖らせながら考える素振りを見せるが、やがて顔を上げるとにっこり微笑んだ。

 

「んー……。じゃあ、やっぱり義姉ちゃんと呼ばせてくださいっ」

 

「小町。あんまり雪ノ下をからかうんじゃないぞ」

 

見てるこっちが恥ずかしくなる。

思わず口を挟むと小町はあざとらしく舌を出して、

 

「雪乃さんの反応が可愛いからつい」

 

と笑った。続いて一色が割って入る。

 

「いや、お米ちゃんの義姉さんが雪乃先輩ってまだ決まった訳じゃないから。それにお米ちゃん、前はわたしにも義姉ちゃんって言ってたじゃん」

 

「お姉ちゃん(仮)ですよ。てか、いろは先輩ムッチャ拒否ってたじゃないですか」

 

「わたし昔のことには拘らないタイプなんで。大事なのは今なの。わかる?」

 

「うわっ、何言ってんだこの人」

 

胸許に手を当て得意げな顔をする一色を見て、小町は顔を引きつらせる。

 

「来て早々騒がしい奴らだな」

 

ふたりのやり取りを横目に眺めていた折木は、ふっと溜息をついた。

 

「おや、折木先輩。居たんですね」

 

「ずっとな」

 

小町は雪ノ下から離れて折木に身体を向ける。

 

「ほら。よく言うじゃないですか。女三人寄れば〝やかましい〟って」

 

「〝かしましい〟よ。というか、そこに私も入ってるの?」

 

「当たり前じゃないですかっ。仲間外れはよくないですからね」

 

自分も数に数えられていたことがショックだったらしく、雪ノ下は目に見えて肩を落とした。

 

「相変わらず元気だな、仮入部員は」

 

「その言い方やめてもらえませんかね。小町には小町って名前があるんです」

 

素っ気ない折木の言い方に、小町は不服そうに頬を膨らませる。

 

「まだ仮入部期間だろ」

 

雪ノ下が小町の両肩に手を添える。

 

「確かにそうだけれど、小町さんからは既に正式な入部届をもらったわ。だから彼女も、れっきとした部員よ」

 

「そうなのか?」

 

「ですです」

 

小町は得意げに鼻を鳴らした。

 

「……なら、比企谷妹」

 

「それじゃお兄ちゃんとカブるじゃないですか。普通に小町でいいですよ」

 

「おい折木、小町を呼び捨てなんて俺は許さんぞ」

 

小町を小町と呼べる男子は親を除けば俺だけだ。たとえ世界が……いや、小町が許しても、断じて俺は認めない。

 

「なんですか先輩。お米ちゃんのお父さん気取りですか?キモ過ぎなんですけど」

 

「いや、俺はただ兄としてだな…」

 

「比企谷君、気持ち悪いわ」

 

「お兄ちゃん…さすがにそれはちょっと引くわー」

 

女子たちから辛辣な言葉を浴びせかけられる。いや、そこまで変なことを言ったつもりはないのだが……えっ?言ってないよね?

折木を見ると、折木は無表情で俺を見つめた後、すっと視線を逸らした。

いや、お前はなんか言えよ。そういうのが地味に一番傷つくやつだよ。

 

視線の行方に困って目を彷徨わせると、机の上に置かれた紙袋が目に留まる。

何やら土産物の紙袋のようで、その横には中に入っていたであろう高さ5cmほどの角缶が置かれている。薄い黄色のパッケージには緑色の電車のイラストが描かれていた。

 

「……で、誰かどっか行ってきたのか?」

 

「春休みに家族で江ノ島まで行ってきました」

 

一色が元気よく手を挙げる。

 

「本当はみなさん居る時に持ってきたかったんですけど、まあ腐る物でもないですし別にいいですよね」

 

「なんだ、もう他の奴らは来ないのか?」

 

普段から部員全員が部室に揃うことは、どちらかと言えば珍しい。しかし放課後になってまだそれほど時間も経っていない。この後も誰かしらやってくると思っていたのだが、どうやら今日は違うらしい。

 

「由比ヶ浜さんは、三浦さんたちと駅前まで遊びに行くそうだから今日は来ないわ」

 

雪ノ下が応える。

そういえば帰り際、クラスで海老名がそんなことを言ってた気がする。

 

「千反田さんもクラスの用事で来られないそうよ。それと伊原さんも、締め切りが近いから今日は休むって言ってたわ」

 

「締め切り?」

 

小町が首を傾げる。

 

「漫画の締め切りだそうだ。里志もその手伝いで、今日は来ないぞ」

 

折木がそう言うと、一色はガッカリした様子で溜息をついた。

 

「福部先輩もいないのは想定外でした。せっかく面白いイベントの企画考えてたのに」

 

「一色さん。あまり福部君に頼りすぎるのもどうかと思うのだけれど……」

 

諭すように言う雪ノ下に一色は頭を振り、

 

「やだなあ。そんなんじゃありませんよ。ねえ、センパイ」

 

と言って、折木に同意を求める。

共に生徒会長と総務委員長ということもあり、一色と福部が一緒にいるところは校内でも度々見かけた。最初こそ一色の無茶振りの標的が俺から福部に変わったと喜んだりもしたが、実際にはそんな上手い話にはならなかった。

 

「里志は頼られてるというより、むしろ一緒になって騒いでるな」

 

「でしょ?」

 

昂然と胸を張る一色を見て、雪ノ下は額に手を当てて項垂れる。

 

「そういうことを言っているのではないのだけれど……」

 

以前一色がイベントを思いついた時も、福部は「踊るにはまだ笛の音が小さい」とかなんとか言って一色のやる気の火種に油を注いでいった。一色も一色で、福部の余計な入れ知恵をスポンジのように吸収し、結果その規模は倍以上に膨れ上がることになる。

まあ……おかげでイベント自体は大成功を収めた訳だが、そのせいで俺や折木がどれだけ苦労したかことか……。

 

「あっ、そうそう。雪乃先輩。今日はお茶淹れなくても大丈夫ですよ」

 

過去の苦労に思いを馳せていると、一色は紙袋の中から200mlの紙パックのジュースを取り出して長机の上に置いた。それからまた紙袋に手を突っ込んで、トントントンと、紙パックを次々と並べていく。

 

「どうしたんだコレ?」

 

「こないだ会議で用意したやつの余りです。もうすぐ賞味期限切れちゃいますし、捨てるのも勿体ないんで」

 

「こんなにいいんですか?」

 

「うん、全部持ってっていいよ」

 

「わあ、ありがとうございます。いろは先輩っ」

 

小町は屈託のない笑顔を浮かべて、一色に笑いかける。

 

「おたくの妹、こういう時だけ素直なの、マジでなんなんですかね」

 

それな。でも、それを俺に言われても困る。

 

「可愛いだろ?」

 

「……いや、マジで先輩キモいっていうか……超キモいです」

 

 

 

 

 

 



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2-2

部活も一年続けていると、知らず知らずのうちに習慣というか決まり事のようなものが出来上がっていたりする。放課後部室の鍵を取りに行くのは雪ノ下だったり、紅茶を淹れるのは千反田だったり。他にも、普段誰がどの辺りに座るのかなんてことも、自然と決まってくる。特に俺や雪ノ下、折木や千反田は部活以外の活動もやる事もないので、放課後退屈を感じれば部室へ赴き、それぞれ暇を潰していた。高いコミュニケーション能力から、放課後の用事に事欠かない由比ヶ浜。奉仕古典部の他に、総務委員や手芸部と三足の草鞋を履く福部。図書委員の傍ら、漫画を描いて出版社へ投稿する伊原。部室に居る時間がこの三人よりも長い分、自分の座る場所に対して、それなりのこだわりがあったかもしれない。

 

俺は部室の後ろに積まれた勉強机を背にするように、長机の廊下側の端に座る。隣の席に折木も腰掛け、いつも通り長机を囲むようにしてそれぞれが席に着いた。

それから江ノ島旅行へ行った一色の土産話や小町の高校生活についての話など、女子たちが楽しそうにお喋りしている様子をぼんやりと眺める。本当は小説でも読みたい気分だったが、お土産やジュースを頂く以上最低限興味を示しておかなければ、最悪何も貰えないなんて事になりかねない。

取り止めのない会話に耳を傾けながら、俺は貰った紙パックを手に取る。側面に付いたストローを引っこ抜いて挿し口に突き刺す。ひと口吸い込むと、ストローの隙間から空気が漏れてズズッと音が鳴った。紙パックを机の上に戻す。

机の中央には、蓋の開いた角缶が置かれている。中には小分け包装されたサブレが敷き詰められていて、包装紙には中身が分かるように小窓処理された電車のイラストが描かれていた。バターとココアとチーズの三種類の味があるようで、俺はその中からバター味を選んで手に取った。

包装を開くと、フレッシュバターと砂糖の甘い香りが鼻先を擽る。角缶や包装もそうだったが、サブレ自体も江ノ電の形をしていた。ひと口齧ると、バターのコクや塩気が口の中に広がっていく。

 

「……で、そこのお店はしらす丼が有名らしいんですけど、頼んでみたらすっごく美味しかったんですよ」

 

江ノ島での事を話していた一色は、その時のことを思い出したのか頬に手を当てて顔をほころばせる。

 

「小町も前に家族で行きましたけど、確かにあれは絶品でした」

 

小町は腕を組んで二、三度頷いた。

 

「そうだっけ?全然覚えてないな」

 

去年は小町が高校受験だったので旅行なんて行ってる場合じゃなかった。行ったとすれば一昨年以前の話になるが、いかんせん記憶が定かではなく江ノ島に行った覚えが全くない。

 

「あんなに美味しいのに、先輩忘れちゃったんですかっ?」

 

信じられないとでも言いたげな表情で、一色は俺を見た。

と言うか、そもそもここ数年家族でどこかに行った記憶がない。けれどそんな事を言えば、比企谷八幡は忘れっぽい男というレッテルを貼られてしまうだろう。それはあまりよろしくない。

 

「いいか、一色。この世には〝男子三日会わざれば刮目して見よ〟って言葉がある」

 

「はあ……」

 

今度は〝またなんかおかしな事を言い出した〟という表情で、一色は俺を見る。

 

「人は短い時間で成長しているものだから、三日も会わなければ注意してしっかり見なさい。ということだ」

 

そう要約しながら、折木は角缶に手を伸ばす。

 

「比企谷君の腐った魚のような目はずっと変わらないけれどね」

 

「で、それがどうかしたんですか?」

 

すまし顔で揶揄する雪ノ下の隣で、一色は興味無さげに椅子にもたれ掛かった。

 

「三日でよく見ないと判らないほど成長するんだから、一ヶ月も経てばそれはもう別人のように成長してるだろう。だとすれば、去年より前の俺なんてほぼ他人と言ってもいい。しらす丼の味を覚えてなくても当然だ。だって他人なんだもん」

 

極めて朗々と語ったが、雪ノ下と一色は冷ややかさと憐みの混じった様な視線を俺に向ける。

 

「……これ、雪乃先輩の彼氏ですよ?」

 

「…………そうね」

 

ふたりは揃って深いため息を吐いた。なんだか急に、惨めな気持ちが湧いてきたぞ。心の侘しさを埋めたくなって小町を見ると、小町はそれに気づいて優しく微笑む。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

「小町……」

 

俺に天使が舞い降りた。どんなに侮蔑の目を向けられようとも、俺と小町の絆は誰にも引き裂けないのだ。まったく、妹は最高だぜ。

 

「お兄ちゃん行ってないもん。そりゃ覚えてなくて当たり前だよ」

 

え?

 

「だから安心していいよ。お兄ちゃんは昔からなにも変わってないから」

 

まさかのカミングアウト。家族で行ったとか言うから、当然俺も行ったものだと思っていた。確かにそれなら覚えていない事にも頷ける。けれど俺がいないのに家族で行ったとか……家族とは一体なんなのだろう。ていうか、俺は小町から何も成長していない兄だと思われていたらしい……。

 

惨状を呈し過ぎて項垂れる俺に、小町は明るい声でまあまあと笑う。

 

「なら、今度雪乃さんとふたりで行けばいいじゃん」

 

一瞬、部室の時が止まった。

雪ノ下と一緒に出掛けたことが無い訳ではないが、県外となると話は別だ。流石にちょっとそこの海浜公園までなんて軽いノリで行ける所じゃない。

雪ノ下は頬を赤く染めながら口をもごもごと動かすが、俺と目が合うと何も言わずに俯いてしまった。

暫く妙な沈黙が続いた。

 

 

誰かの紙パックが、ズズッと音を立てた。

 

「あっ!そういえば先輩達に訊きたいことがあったんです」

 

そう声を上げたのは一色だった。なにか話題を探していた俺は、咄嗟に話に飛びつく。

 

「訊きたいこと?」

 

一色は角缶からサブレの入った包み紙をひとつ取り出す。

 

「実は、ちょっとおかしなことがあったんですよね」

 

「へえ、なにかしら……」

 

雪ノ下も気持ちを落ち着けた様で、ゆっくりと身体を机に寄せる。

一色は包み紙を机の上に置くと指先で電車を走らせて、

 

「旅行の帰りだったんですけど、走ってたらなんか急に車が止まっちゃって」

 

と言って、自分と雪ノ下の真ん中辺りで停める。

 

「高速でか?だとしたら結構危ないな」

 

「いえ、普通に下道を走ってた時です」

 

「故障かしら?」

 

「それか、ガス欠とかですかね?」

 

雪ノ下と小町がそう訊くと一色は、

 

「ガソリンはまだ入ってましたよ」

 

と言って、首を横に振った。

 

「それでレッカーを呼んだんですよ。20分くらいで業者の人が来て修理のために車を運んで行ってくれました。それでその後は代車で家まで帰ったんです。けど家に着いたら電話がかかってきて、エンジンは普通にかかったし、車にはどこも異常がなかったって言うんです」

 

「へえ、それは不思議ですね」

 

「翌日には車も帰ってきて。もちろんエンジンもちゃんとかかりました」

 

「まあ、多少おかしな話ではあるが……」

 

工業製品である以上、長年使っていれば故障や不具合は出てくる。何かの接触が悪くてエンジンが掛かりにくいこともあるはずだ。業者が確認して異常はなかったと言うのなら、車が走行する上での問題は見つからなかったのだろう。まあ、ディーラーなどで点検してもらうのがいいかもしれないが、それほど騒ぐ話じゃない。

そう言おうとしたら、一色は俺の言葉を遮るように、

 

「しかもですよっ。似たようなことが同じ場所で、何度も起こってるらしいんです」

 

と食い気味に言った。それから、神妙そうに眉根を寄せる。

 

「今月に入って6台……。これってなにかあると思いません?」

 

「……よくある話だろ」

 

「むっ」

 

一色は目を吊り上げて頬を膨らませた。

 

「お米ちゃんも気にならない?」

 

「そうですね。小町も結構気になります」

 

「でしょっ!」

 

小町の反応を見て強く頷くと、一色は身を乗り出すように折木の方へ首を回す。

 

「どうですかセンパイ」

 

「どうってなにが?」

 

折木は包み紙を破りサブレをひと口齧る。

 

「推理してみようって気になりませんかね?」

 

一色の口元が、にやりと笑った。

ココアの味が思いの外苦かったのか、折木の顔がくしゃりと歪んでいく。

 

「……ならん」

 

「えーっ、いいじゃないですか」

 

「気が進まん」

 

折木は一色から顔を背けるが、逸らした視線の先には小町が笑顔で待ち構えていた。

 

「わたしも折木先輩が推理するとこ見たいです」

 

小町は目を輝かせる。

 

「帰りに出し忘れたプリントを職員室に持ってかなきゃいけないんだ。余計な労力を消費する余裕はない」

 

「それは自業自得でしょう。せっかく新入部員が興味を持ってくれてるのだから、少しくらい期待に応えてあげてもいいんじゃない?」

 

「そうだぞ折木。他でもない小町の頼みだ」

 

呆れたように溜息をつく雪ノ下に同調すると、折木はこれ見よがしに口をへの字に曲げた。

 

「お前ら……、他人事だと思って好き勝手言って」

 

まぁ実際、他人事だからな……。しかしそうは言っても、恐らく折木はやらないだろう。

奉仕部と古典部が合併してからもうすぐ一年になる。これまでに折木は部活•部活外を含め何度か推理をし、俺もそれを近くで見てきた。千反田が信頼し、福部が期待し、伊原が認めるだけあって、確かにその発想というか推理力にはちょっとしたものがあった。実際、俺もその推理に助けられもした。しかしそれは部活としてやらなければいけない事だったからで、折木が自ら進んで推理を披露したことはほとんどない。例外といえば千反田の好奇心に迫られ仕方なくという事くらいで、それを除けばまさに省エネ男と呼ぶに相応しい立ち回りだった。

今回は別にやらなくてはいけない事じゃない。それに幸いというか生憎というか、今日は千反田も居ない。折木もこんな面倒事、進んでやらないだろう。

そう思っていた……が。

 

しばらく一色と小町に言い寄られていた折木は閉じていた目をゆっくりと開く。ちらりと俺を見ると、やがて大きな溜息を吐いた。

 

「そうだな……。少しやってみるか」

 

なんと。

 

「えっ?ほんとですか?」

 

一色は自分で頼んだくせに、折木の予想外の応えに声を上擦らせる。

 

「……」

 

「冗談ですってば。さすがセンパイ。期待してます」

 

にっこりと笑ってウィンクをする一色の声はあざとかったが、折木の腹積りは既に決まっていたようで落ち着いた様子で視線を返す。

 

「一色、車が止まったのはどんな場所だ?」

 

「あっ、それはですね……」

 

一色は背もたれに引っ掛けてあったカバンを机の上に置く。覗き込むようにカバンの中をまさぐると、徐にタブレット端末を取り出した。

 

「なに、お前。そんなもの学校に持って来てるの?」

 

「生徒会の備品ですよ」

 

そう言いながら暗証番号を押す。ロックを解除すると、慣れた様子で指をスワイプさせてタブレットを操作しだす。

 

「むちゃくちゃ私的利用してそうだな」

 

「なに言ってるんですか。生徒会長なんですから、どこでも仕事できるようにするのは当然ですっ」

 

一色は上目遣いにチラリと俺を見た後、再び画面に視線を落とす。

それから程なくして、タブレットを机の中央に置いた。机の中心に頭を突き合わせると、画面には地図アプリが開いて表示されていた。

 

「ここです。ちょうどここのトンネルを出たあたりで止まっちゃったんです」

 

一色はその一区画を指差し、車が止まったという場所にピンを立てた。

 

 

 



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2-3

千葉県のマスコットキャラクターであるチーバくん。

真っ赤な体につぶらな瞳の犬をモチーフとしたキャラクターで、横から見ると千葉県の形をしている。耳は南の銚子市付近、黒い鼻は北の野田市付近、足のつま先は館山市付近に相当する。舌が西の浦安市付近に相当するため、チーバくんは常に舌を出している。

一色がピンを立てたのは、チーバくんのちょうどおへその辺り……神奈川県から東京湾を横断して千葉県へ至る高速道路「東京湾アクアライン」の袂である、木更津市の一区画だった。

(Googleマップ or Google検索→ 35.367158, 139.936786 )

 

「ここは…木更津千束台ね」

 

口許に手を当てて、雪ノ下はぽつりと呟いた。

 

「千束台?」

 

「知ってるのか?」

 

小町と折木が雪ノ下を見ると、雪ノ下はタブレットに手を伸ばし、

 

「少し前からうちの会社で都市計画事業を進めている地域よ。だいたいこのエリアね」

 

と言って、地図の範囲を指で広げた。

 

「へえ、すごいですね」

 

一色は素直に感心する。

 

「ここ数年でけっこう発展してきてると思ってたが、雪ノ下のとこたっだのか」

 

さすが千葉県でも有数の建設会社だけあって、なかなか手広くやっているようだ。

 

「前の業者が撤退して区画整理が停滞していた所を、うちが一括で業務代行できるように組合と委託契約を結んだの」

 

雪ノ下はストローに口を付け、軽く喉を湿らすと、紙パックを机の上に戻した。

 

「20年以上の話になるのだけれど、当時アクアライン開通に合わせて木更津市の都市計画事業が推進されていたの。けれどなかなか思うように進まなくて、10年くらい前には事業進捗率約7割の段階で前業務代行業者が撤退してしまった。以降は新しい代行業者も決まらず、作業は停滞したままだったの」

 

なるほど。そして暗礁に乗り上げてた所に名乗りを上げて出たのが、雪ノ下の会社だったってことか。

 

「なんで前の会社は撤退しちゃったんですかね?」

 

「確かに。木更津なんて場所も良さそうなのに」

 

小町と一色は揃って首を傾げた。

 

「そのよさが悪かったんだよ」

 

俺がそう言うと、折木は地図に顔を向けたまま視線だけこっちに寄越す。

 

「どういうことだ?」

 

「アクアラインの開通で木更津市は東京湾対岸の川崎市と数十分の距離で結ばれた。それにより都内まで1時間以上掛かっていた移動時間は大幅に短縮される事になった。当然、木更津が京浜のベッドタウンとなることが期待されたんだが、当時のアクアラインの通行料は今よりもかなり割高だったんだ」

 

そこまで話した所で、折木ははっと打たれたように顔を上げた。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「ちょっとセンパイ、ひとりで分かってないで教えてくださいよ」

 

一色は折木の袖を引っ張る。

 

「いくら便利でも交通料が高かったら誰も利用したいと思わないだろう。恐らくそれが原因で、人が木更津から京浜地区へ流れて行ったんだ」

 

「そういうことよ。木更津が首都圏のベッドタウンになるという行政の思惑は外れて、ゴルフ場などのレジャー地区への投資は対岸の京浜に集中することになったわ。更に悪いことに、休日の買い物客も京浜地区へ流出して、木更津駅前の商店街の衰退を招くという皮肉な結果にもなったわ」

 

「ストロー効果ってやつだな」

 

話を聞いていた小町は、腕を組んでうんうんと頷いた。

 

「なるほど。つまり木更津の資源は根こそぎ京浜に吸い上げられちゃったって訳ですね」

 

いや、さすがにそこまで酷くはないはず……たぶん。

 

「そういえば何かの記事で、昔はゴーストタウンなんて呼ばれてたって書いてあったな」

 

折木が思い出したように言うと、一色はごくりと生唾を呑んだ。

 

「ゴーストタウン……」

 

「確かに昔はそう呼ばれてたかもしれないわね。けれど木更津の地価が下がったことやアクアラインの通行料金が値下げされたことで、徐々に京浜地区から木更津市に人が移り出す事になるの。それによってショッピングモールなどの大型商業施設やニュータウンの整備が進んだ住宅地の需要が高まっていったのよ」

 

雪ノ下の口調は、心なしか軽やかに聞こえた。

 

「だからうちもスムーズに事業を進められるように一括で契約を結んで、急ピッチで都市計画事業を進めたの。その甲斐もあって、今では人口流入、地価上昇が好調な地域になって、関東でも指折りの住みやすい街に変わってきているわ」

 

卒業プロムの一件を終えてから、雪ノ下は家の仕事の話をよくするようになった。

ずっと母親や姉に気後れしていた雪ノ下だったが、あの日〝父親の仕事を継ぎたい〟という正直な気持ちを真っ向からふたりに伝えた。精一杯前に進もうとする雪ノ下の強い気持ちは、隣でそれを見ていた俺にもひしひしと伝わってきた。そしてそれは、雪ノ下の家族にも何かしらの影響を及ぼしたんだと思う。

実際に雪ノ下が仕事を継げるのかはわからないけれど、今の雪ノ下の目に迷いはなく、まっすぐ未来を見据えているようにみえた。

ただひとつ問題があるとすれば、その影響は俺にも及び、雪ノ下姉だけに止まらず雪ノ下母からも時折呼び出しを受ける様になったことだろうか……。

 

「アクアラインか……」

 

「何か気になることでもあるの?折木君」

 

小難しそうな顔をしたまま呟いた折木だったが、雪ノ下の声が聞こえなかったのか返事を返さない。しばらくタブレットを睨んで、やがて顔を上げたかと思うと、

 

「一色。ここで車が止まったって事は、アクアラインを使って帰ってきたって事でいいのか?」

 

と言って、一色を見る。

 

「そうですけど……なにか変ですか?」

 

訝しむ一色の表情は、心なしか不安気だった。

俺もタブレットを覗き込む。折木が弄ったのか、地図は江ノ島から千葉までの範囲に広がって表示されていた。

 

「……確かに妙だな」

 

「えっ?なにがですか?」

 

一色の声に不安の色が増す。

 

「お前の住んでる辺りなら、アクアラインを使うより東京方面から帰った方が近くないか?」

 

俺はアクアラインと東京方面の経路をそれぞれ指でなぞる。千葉市はチーバくんの首元辺りに位置している。京浜地区まで行くには南下しておへその辺りからアクアラインを渡るより、頭の方から向かった方が距離的にも時間的にも効率がいい。

顔を上げると、みんな黙ってこっちを見つめていた。俺のあまりにも的確な推理に、聞き惚れてしまったのだろうか?

……いや、どうも違うようだぞ。

 

「なんですかなんで私の家の場所知ってるんですかストーカーですか?お前のことなんでも知ってるぜみたいに言われてもさすがにちょっと怖いしキモいですし、そういうのはもっと深い関係になってからにして下さいごめんなさい」

 

一色は捲し立てる様に言うと、両腕を抱えてわざとらしく身震いをしてみせた。雪ノ下は蔑みの目を向けてくる。

 

「比企谷君……」

 

「い、いやっ……うちの高校の学区ならだいたいこの辺だろうって意味だ。別に一色の家を知ってる訳じゃねぇよっ」

 

慌てて弁明するが、雪ノ下はぷいとそっぽを向いてしまう。

 

「……どうだか」

 

ダメだ。全然信用されてない。

 

「いやあ、さすがいろは先輩。自分のフィールドに持ってくのが上手いですねっ」

 

「むっ」

 

「まあ、クズいお兄ちゃんにはあんまり通用しなかったみたいですけど」

 

「うっさい。お米ちゃん、うっさい」

 

「まさかとは思うけど、折木君も……」

 

一色と小町が騒ぐ傍ら、雪ノ下の疑惑の目は折木にも向けられる。

 

「馬鹿言え。比企谷と一緒にするな」

 

なんだとこのやろう。

 

「それで……なんでアクアラインを通ったんだ?」

 

少しだけ腹が立ったが、このままじゃ収集がつかなくなりそうだと思って、俺は強引に話を戻す。

一色は不服そうに唇を尖らせるが「まあ、いいですけど……」と言うと、おほんと咳払いをした。

 

「えっとですね。それは、帰りに海ほたるに寄ったからに決まってるじゃないですか」

 

「いや、知らねぇよ」

 

そんな当たり前みたいに言われても。

 

「本当はまっすぐ帰るつもりだったんですけど、お母さんと話してたらアクアラインに寄って帰ろうって盛り上がっちゃいまして。で、急遽帰り道を変更したわけです」

 

どうやら一色のこの性格は母親ゆずりらしい。会ったことはないが、妻と娘に振り回され辟易してるであろう一色の父親に幸あれ。

 

「まあ…海ほたるに寄ったのはいいとして、他にも気になる事がある」

 

折木は素っ気なく言うと、タブレットを机の中央に寄せた。

 

「普通アクアラインから千葉市方面に向かうなら、袖ヶ浦で高速を降りないか?」

 

「もしくは、木更津JCTで館山自動車道に乗り換えるかね」

 

雪ノ下も指で別の経路を示す。

 

「だが一色の車が止まったのはここ。高速道路よりも西側だ。袖ヶ浦で下道に降りたにしても、こんな場所を通る理由がない」

 

折木は車が止まった場所を人差し指でトントンと叩いた。

確かにここに行くには、千葉市方面と反対に進まなければいけない。わざわざここを通るなんて、あまりにも不自然だ。

 

「一色さん。どういう経路でここを通ったのかしら?」

 

「それはここをこう……」

 

一色は指で自分が通った経路をゆっくりと辿っていく。指はアクアラインから袖ヶ浦ICを越える。そして木更津JCTまで行くと何故が千葉市とは反対方面に進み、次の木更津南ICで高速を降りた。そして木更津駅方面へ北上し、事故現場へとたどり着く。

 

「……だいたいこんな感じです」

 

「なんでそんな方まで行っちゃっうの?」

 

思わず呆れ声が出る。

 

「それはお父さんが降りるところを間違えちゃって……」

 

一色ははにかみながら笑った。

大方娘と妻が一緒になってはしゃぐから、気を取られて乗り過ごしてしまったんだろう。

 

「車は何に乗ってたんだ?」

 

「普通にセダンですけど。それがなにか?」

 

「いや、ただ訊いただけだ」

 

「……」

 

それから俺たちは他にも気になった事をあれこれ訊いてみた。しかし、真相に繋がるような話ではなく、考えに詰まった部室はしばらく静寂に包まれた。

すると、じっと地図を見つめていた小町はぽつりと呟く。

 

「ひょっとして、曰く付きの場所だったんですかね……」

 

ぴくり、と一色の身体が強張った。

 

「まだ出来たばかりだろ。曰くも何もない」

 

「けど折木先輩も言ってたじゃないですか。ゴーストタウンって」

 

いや、ゴーストタウンって別にお化けが出る街じゃないからね。

 

「それにほら。ここにある霊園って、お墓のことですよね」

 

小町は食い下がりながら地図を指差す。目をしばたかせながら見ると、そこには木更津中央霊園と書かれていた。

霊園……そう声に出そうとしたとき、一色が甲高い悲鳴を上げる。

 

「ちょっとお米ちゃん。それ以上変なこと言わないでっ」

 

思わず身体がびくりと揺れる。

 

「落ち着け一色。墓地なんて日本中どこにでもある」

 

「日本中っ……」

 

折木は宥めるつもりで言ったみたいだが、一色は目に涙を浮かばせる。なんなら今にも卒倒しそうまである。

しかし、一色のこの慌てようといったら……。

 

「一色さん。なにか知ってるなら話してちょうだい」

 

狼狽える一色とは対照的に、雪ノ下の冷ややかな声で言う。

気が動転している相手に掛けるには似つかわしくない口調だが、雪ノ下は言葉を緩めるような奴じゃない。けれどその普段通りの冷静で揺るぎのない口調が、逆に今は一色の昂った感情を落ち着かせる。

一色は少しだけ躊躇らったが、ゆっくりと口を開く。

 

「実は……このあたりは幽霊が出るってレッカー業者の人が言ってたんです」

 

まじか……

 

「どうせなんかの見間違いだろ。よく言うじゃねえか。おばけなんてないさ、おばけなんて嘘さって」

 

きっと、寝ぼけた人が見間違えたに違いない。うん。

 

「雪ノ下だってそんな非科学的なこと信じないだろ」

 

「そうね……。でも意外と、本当にいるかもしれないわね」

 

思っていた返答とは違う言葉に、恐る恐る、訊く。

 

「……どういうことだ?」

 

「工事中、作業員が幽霊を見たって報告がいくつかあったらしいわ」

 

「じゃあやっぱり……」

 

一色の血の気が引くのがわかった。

 

「それもただの幽霊じゃない……ほらここ」

 

雪ノ下は地図を指差す。

車が止まった場所のすぐ南。請西陣屋跡と記されている。陣屋……今で言う県庁のようなもので、江戸時代の幕藩体制における、藩庁が置かれた屋敷。つまり……

 

「出るのは、落武者の幽霊よ」

 

 

 

 



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2-4

「落武者か……。確かに請西藩の侍だってんなら、まったくあり得ない話じゃないかもな」

 

地図に目を落としながらそう言うと、折木の不思議そうな声が聞こえる。

 

「そうなのか?」

 

「おいおい……冗談で言ってるんだろ?」

 

思わず凍りつく。

 

「陣屋っていわば県庁みたいなものだよな。戦場でもあるまいし、落武者なんて出るのか?」

 

俺は目を覆い、ふるふると首を横に振った。

 

「何言ってんだ折木。請西藩っつったら、藩主自ら脱藩して新政府と戦ったじゃねぇか」

 

「……それは人生において必須知識なのか?」

 

折木は不服そうに眉根を寄せると、声を小さくして言った。

 

「千葉県民なら、当然だろ」

 

ちなみに、藩主である林家は、大政奉還以降唯一華族になれなかった一族でもある。

基本俺はサブカル以外の事に、福部ほどの興味も雪ノ下ほどの知識も持ち合わせていない。けれどこと千葉に関して言えば、長年住み続けている事もあり愛着も一入で、それなりに詳しいという自負もある。

まあ、仮にそうでなくても、千葉に住んでいる人間なら請西藩の名前くらいは聞いたことがあるはずなんだか……。そう思いながら周りを見ると、一色と小町はきょとんとしていた。

 

「いや、知りませんってば」

 

「わたしも知らなーい」

 

なん…だと……。こいつら、千葉県民としての自覚はあるのか?

三人の千葉愛の無さに恐れ慄きながら、恐る恐る雪ノ下の顔色を窺う。

 

「わたしは知っているけれど……」

 

雪ノ下は澄ました顔で当然のように言ってから、

 

「千葉に住んでる人全員が知ってるかと言われると、ちょっと同意しかねるわね」

 

と素っ気なく付け加えた。

 

 

「ていうか、こういう話にならないように先輩たちに訊いてるんですから、なんとかして欲しいですっ」

 

身振り手振りを付けて、一色はうろたえてみせる。

 

「んなこと言ってもな……」

 

さすがに相手幽霊じゃどうしようもない。

それこそ十文字の実家の荒楠神社のような、由緒正しい神社に頼んでお祓いでもしてもらわないと……いや、待て。

 

「工事の前にお祓いみたいなことはやらないのか?」

 

普通はこれから始まる工事の安全や、悪いことが起きないように厄払いの儀式をすると聞いたことがある。確か、鎮魂祭とかなんとか……。

 

「うちの会社だと、工事の着工前には必ず地鎮祭を行なっているわ」

 

そうだ、地鎮祭だ。

 

「神職をお招きして工事の無事を祈って頂いているし、他にも解体工事前には魂抜きの儀式も行っているわ。

記録を見たわけじゃないから確かなことは言えないけれど、うちがやる以上、例外はない筈よ」

 

「まあ、それで幽霊が納得するかは、また別の話ですね」

 

横で小町が重々しく頷いた。

ぐらりとよろめく様に、一色は折木を見る。

 

「センパイはどうです?幽霊……居ると思いますか?」

 

「居る訳ないだろう、そんなの」

 

きっぱりと否定する折木。

 

「ですよねーっ」

 

極めて明るい素振りで笑ったが、その声は空元気にも聞こえた。

 

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつかしら」

 

「ロマンがないですね、折木先輩は」

 

幽霊にロマンが必要だろうか。

雪ノ下と小町に茶々を入れられ……いや、雪ノ下は違うか。折木は首を摩りながら椅子に深くもたれかかり、天井を眺める。

 

「幽霊なんて、どれも枯れ尾花だろう」

 

「折木君らしいわね」

 

くすりと笑う雪ノ下の隣で、小町は腕を組んで難しい顔をする。

 

「じゃあ、何で同じ場所で同じ様な事故が何度も起こるんですか?」

 

それには誰も答えない。

俺たちの顔を見回してから、小町は言葉を続ける。

 

「車を調べてもなんともなかったのは、心霊スポットから離れたからって事じゃないですかね?」

 

確かに。その場を離れれば異常がなくなるというのも、実に霊的現象らしい。まさか本当に落武者の仕業だなんて思ってる訳じゃないが、かと言ってそれに代わる答えも、すぐには思い付かない。

天井を向いていた折木の視線が降りてくる。少し考え、ちらりと雪ノ下に視線を合わせた。

 

「雪ノ下。この辺りの事、もう少し詳しく聞かせてくれるか?」

 

雪ノ下は「そうねえ……」と言って口許に手を当てる。言葉を整理するような間の後、ゆっくと口を開いて語り出す。

 

「千束台というくらいだから、周りの平地よりも一段高い位置にあるわね。ええ。丘陵地の先端に位置する大型の分譲地よ。市街地から東京湾までを一望できるわ。

見晴らし?そうね。キャッチコピーが「美晴らしの街」というだけあって、ロケーションはいいと思うわ。それから、木更津駅からも比較的近い位置にあるから、このエリアの新しい住宅地としても需要が高まっているわね。後は、そうね……南房総の豊かな自然を活かした、明るく健やかな暮らしを育む「丘の手ライフ」を念頭に開発を進めている、というところかしら。

どう?なにか分かる?」

 

雪ノ下の話を聞いていると、目を細くしてまじまじと地図を見ていた小町が、

 

「このグレーになってる所はなんですか?」

 

と言って、車の止まった位置より手前に300mm程伸びたグレーの直線を指差す。

 

「トンネルじゃないか?」

 

俺が答え、一色が頷く。

 

「たぶんそうです。トンネル通ったの覚えてますから。それで、トンネル出てすぐに止まっちゃったんです」

 

「正確にはアンダーパスだったはずよ」

 

「アンダーパス?」

 

小町はきょとんと首を傾げて、雪ノ下を見る。

 

「立体交差のうち、道路を掘り下げて交差する道路の下をくぐる形にしたもののことよ。

ちなみに、アンダーパスに対して、高架橋などを設置して越す形にした立体交差をオーバーパスというわ」

 

さすがユキペディアさん。解説と補足にも抜かりない。

 

「里志みたいな言い方だな」

 

何気なく言った折木の言葉に、雪ノ下は不服そうに顔をくしゃっとした。余計なことを言ったという表情で、折木は椅子に座り直す。

雪ノ下と福部……ふたりともどうしてそこまでと思うくらい、よく物を知っている。そして雪ノ下が色々なことを深く知っているのに対し、福部の知識は広く浅い。しかしその幅は雪ノ下よりも広く、逆にニッチ過ぎて知る必要があるのか疑う程、どうでもいい雑学まで知っている。あえて例えるなら、雪ノ下は碩学で、福部は博学といったところだろうか……。

 

「アンダーパスっつっても、トンネルだよな?」

 

上が道路だろうが山だろうが、下を掘り進める以上トンネルには違いない。

 

「まあ……そうね」

 

厳密には違う、とでも言いたげに雪ノ下は眉根を寄せるが、口を真っ直ぐにして言葉を呑み込んだ。

 

「トンネルの中の空気が薄くなってたってことはないか?」

 

周りを見ると、一色は首を右に傾げ、左に傾げ、それから言った。

 

「どういうことです?」

 

「車のエンジンを動かすには大量の空気がいる。なんらかの理由でトンネルの中の空気が薄くなって、車が動かなくなったんじゃないか?」

 

「それはあり得ないわ」

 

雪ノ下はぴしゃりと断言する。

 

「確かにトンネル内は密閉空間だけれど、空気を循環させるための巨大なファンがいくつも付いているの」

 

「その空調が壊れてたって可能性もあるだろ」

 

「まだ出来たばっかなのに?」

 

「そんな欠陥工事をするとでも思ってるのかしら?ずいぶん低く見られたものね」

 

冷ややかな口調とは裏腹に、雪ノ下の柳眉は逆立って見えた。

そうですよね。そんなわけないですよね。背筋に冷たい物を感じて、先程の折木よろしく佇まいを正す。

 

「でも、そしたらトンネルの中って排気ガスだらけってことですよね。やばくないですか?」

 

「なにか別の問題が起こりそうだな」

 

まあ確かに……。一色と折木の言うように、もしトンネルの中に排気ガスが充満していたとしたら、車が止まるだけじゃ済まないだろう。

 

「……じゃあ、気圧のせいってのはどうだ。元々他の場所より高い所にあるわけだし……それに、トンネルに入ったり出たりする時、耳がキーンてなるだろ。そういう気圧の変化がなにかしら影響して、車が動かなくなった」

 

「なにかしらってなによ、お兄ちゃん」

 

……。

 

「耳はそんなキーンってならなかった気がします」

 

…………。

 

「耳鳴りがするのは、車がトンネルに突入する際に発生する、空気の圧力波のせいよ。このトンネルはせいぜい300メートル程度だし、トンネルの中と外といってもそれ程違いはないはずよ。

仮に違ったとしても、車が走れなくなる程の気圧の変化なんてあり得ないわ」

 

……丁寧な解説と否定をどうも。

 

「ていうか、そもそも車が止まったのはトンネル抜けた後ですし、関係なくないですか?」

 

次々と迫り来る反論の最後に、一色は車の止まった場所をとんとんと指で叩いた。

 

浅く座り直し、腕を組んで地図を睨む。

頭をフル回転させ、こいつらを納得させる答えを探す。

考えがまとまる。

俺の結論はこうだ。「もう俺の手には負えない」。

諦めの良いところは、俺の善いところでもある。

 

ひとつ息を吐くと、机の上の紙パックを手に取る。中は軽く、振るとちゃぽちゃぽと音がした。

ストローに口を付けると、少し吸っただけでズズズッと音が鳴った。

 

「お兄ちゃん……行儀悪い」

 

 

 



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3-1

小学生の頃、俺は文句を言わない子供だった。他の子に比べて内気というわけではなかったが、聞き分けがいいと思われていたのだろう。そのせいか、周りからは色々と頼みごとを任された。

クラスメイトに頼まれ、花壇の水やり当番を代わったことがあった。林間学校の時、1リットルもある重たいドレッシングを持ってくるように言われたこともあった。男子全員で遊んでいたキックベースで窓ガラスを割ったとき、代表として俺が校長先生に謝りに行くよう担任に指導されたことだってあった。

それ自体は別によかった。一つ一つは大した手間じゃない。引き受けて損したとか、みんなばかり楽をしてとか、そういうことを考えた訳ではない。

 

ただ、ある出来事をきっかけに、自分は便利に使われていたんだ、と気付いてしまった。

クラスメイトが困ってるんだ。自分は特に用事があるわけでもない。少しくらいは人助けしてもいいじゃないか。

……という気持ちにつけ込まれたんだ。

 

思い出す。

あの頃、俺は自分の発見を黙っているのが辛くて、姉貴に話した。

 

―――お互い様だから手助けしようと思っても、相手もお互い様だと思ってくれるとは限らない。感謝して欲しかった訳じゃない。ただ、馬鹿にされるとは思っていなかった。

ぼくはもう、授業が終わったら学校には残らない。人といれば何かを頼まれることになる。それはきっと、ぼくが何も言わずに引き受けるだけの、馬鹿だと思われているからなんだ。馬鹿だって構わない。ただ、つけ込まれるのだけは嫌だ。もちろん、どうしようもないときはなんでもやるよ。文句も言わない。でもそうでなかったら、本当は他の人がやらなきゃいけないことで、ぼくがやらなきゃいけないことじゃなかったら、もうやらない。絶対に。

 

姉貴はひととおり話を聞くと、俺の頭に手を置いて言ったものだ。

 

―――そう。あんたは不器用なくせに、器用になりたいのね。あんたは馬鹿なくせに変なところで頭がいいから、嫌な気づき方をしちゃったね。いいよ。止めない。それでいいんじゃない。あんたの言ってることは間違ってないと思うよ。

 

それからなんだったかな。姉貴はもう少し何か言っていた思うけど。そう、確か、こうだった。

 

―――あんたはこれから、長い休日に入るのね。そうするといい。休みなさい。大丈夫、あんたが、休んでいるうちに心の底から変わってしまわなければ……。

 

 

「……パイ。センパイっ!」

 

らしくもなく、物思いに耽っていたらしい。一色が俺を呼んでいることに気づかなかった。

 

「センパイ……わたしの話、聞いてました?」

 

覗き込むようにこっちを見てくるが、じっとりとした目はあからさまに「どうせ聞いてませんでしたよね」と語っていた。

そんな目で睨まなくてもいいじゃないか。そう思ったが、実際その通りだったので言い返す言葉もなく、

 

「……いや、聞いてなかった」

 

と言うと、一色はムッとした表情で唇を尖らせた。

 

「だから、原因は車じゃなくて道路にあったんですよっ。きっと。

道路に窪みがあって、そこにタイヤがはまっちゃったとか。強力な接着剤が落ちててそれを踏んじゃったとか……」

 

その突飛な発想を聞いて、俺は自分たちが今何をしていたかを思い出した。

そうだった。みんなで比企谷の推理の穴を指摘したあと、俺たちはふたたび事故の原因を考えながら、思いついたことを話し合っていたんだ。俺も多分こうじゃないかという推測は立っていたが、頭の中で整理しているうちに他所ごとを考えていたらしい。

しかし、今にして小学生の頃を思い出すなんて……。

 

「止まったとき何か感じたか?窪みにはまったんなら、揺れとか衝撃とかあっただろ」

 

比企谷は頬杖を突きながら、気怠そうに一色に訊く。

さっきまでは割と真面目に考えているようだったが、雪ノ下たちから散々ダメ出しされたせいか随分やる気のない顔になっていた。目なんて死んだ魚の様に腐って……いや、それは元からか。

 

「いえ……。特になにも感じなかったです……」

 

「車が動かなくなるほどの強力な接着剤なんて存在するかしら?仮にあったとしても、タイヤに痕跡が残るでしょうし、業者の人も気付くんじゃないかしら?それに、同じ様な事故が何度も起こっているのよね?そんなに頻繁に接着剤が落ちてたら、流石にわかる気がするのだけれど……」

 

雪ノ下はいつもの調子で訊くが、その口調は若干詰問気味に聞こえる。もちろん雪ノ下にそのつもりはないだろうが、それを分かっていても一色は思わず身を強張らせる。

 

「えっと…それはですね……」

 

一色の応えは歯切れ悪い。

 

「なら道路の窪みも気付かない方がおかしいな。タイヤが嵌まるほどデカいんだろ?」

 

「もういいですってば!わたしが間違ってましたっ」

 

ふたりのプレッシャーに耐えかねたのか、一色は身じろいでうんざりと肩を落とした。

比企谷と雪ノ下……理屈や正論で殴りつけてくる辺りがよく似ている。付き合う前からそうだったが、付き合いはじめてからは増して息が合っている気がする。

 

比企谷妹がぽつりと呟く。

 

「こうなると、いよいよ幽霊の仕業ってことに……」

 

「…………」

 

「……あまり一色をからかうなよ」

 

「いやだなあ、折木先輩。そんなんじゃないですよ」

 

「それにしちゃ楽しそうだな」

 

「わたしこういう話、結構好きなんです」

 

さいで。

 

「一色さん。大丈夫?」

 

「……はい」

 

「つーかお前……こういう時こそあざとさ発揮するんじゃないの?」

 

「……できるならやってますってば。でも、この手の話はどうしてもダメなんです……」

 

どうやら一色は幽霊の類が苦手なようだ。顔がみるみる窶れてみえる。というか、比企谷の妹はさっきからわざと言っているんだろうか。

 

「安心しろ一色。車が止まったのは幽霊でも、落武者のせいでもない」

 

俺がそう言うと、一色の目に生気が宿る。

 

「ほんとですかっ?」

 

「ああ、多分な」

 

沈んでいた一色の顔がぱっと明るくなる。

 

「じゃあ、なんでですか?」

 

比企谷妹も真っ直ぐにこっちを見る。

 

「それは……」

 

「それは………?」

 

言葉を溜めると、ふたりは食い入るように寄ってくる。雪ノ下も顔には出さないが僅かに身を乗り出す。

呼吸を整えるように、ゆっくりと息を吐く。

 

 

 

「……ガソリンが足りなくなったからだ」

 

「…………」

 

意味がうまく伝わらなかったのか三人ともきょとんとしたが、次第に表情は胡乱げなものに変わっていく。

 

「話を聞いてなかったのかしら折木君。一色さんは最初、ガソリンは入ってるって言ったのよ」

 

雪ノ下は背もたれに身体を預けると、わざとらしく肩を落として見せる。

 

「正確には『まだ入ってる』と言ったんだ」

 

雪ノ下の柳眉がぴくりと動く。思わず動きが凍りつくが、構わずに言葉を続ける。

 

「一色。ひょっとして、車のガソリンはほとんど無かったんじゃないのか?」

 

少し考えたあと、一色は人差し指を口許に当てて首を傾げた。

 

「確かに残り少なかったですけど、給油ランプは点いてませんでしたよ?」

 

「だが、ガソリンが残ってたとしても車が止まる事はある」

 

「はあ……」

 

「ちょっとよくわかんないです」

 

訝しむ一色たちの視線を感じながら、俺は自分の紙パックを手に取った。中はまだ随分と残っている。こいつを今すぐ飲みきるのはちょっとキツそうだ。そう思って、長机の上をさっと見渡す。

 

「それ残ってるか?ちょっと貸してくれ」

 

配られた紙パックのうち、比企谷の手元にあったものを指差すと、比企谷は怪訝そうに眉根を寄せる。

 

「間接キスとか、そういう趣味?」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「冗談だよ。けど、もう空だぞ」

 

表情を緩めると、比企谷は紙パックを俺の方へ寄せた。手に持ってみると軽い。確かに中は入っていないようだった。

 

「もう少し残ってる方がよかったんだがな」

 

そう呟くと一色が俺の袖を引っ張って、

 

「これならどうですか?」

 

と言って紙パックを渡してくる。振ってみると、ちゃぽちゃぽと軽い音がした。

ん。丁度いい残り具合。

 

「助かる」

 

一色の口許がにやりと笑う。

 

「わたしのは飲んでも構わないですよ?」

 

「悪いがこれから使うんだ」

 

素っ気なく応える。俺の反応が面白くなかったようで、一色はつまらなそうに頬を膨らませた。少し落ち着いたんだろう。徐々にあざとさを取り戻してきたようだ。

一色はさて置き、俺は紙パックからストローを少しだけ引き抜く。それからストローの穴が高い位置に来るように、ゆっくりと紙パックを横に寝かせる。

 

「普通ガソリンが残っていれば車が止まる事はない。だが、この場所ならそれがあり得るんだ」

 

寝かせた紙パックを車に見立てて、少し横に走らせる。

 

「車が止まった場所のすぐ手前にはアンダーパス形式のトンネルがある。アンダーパスというくらいだから、下を潜り抜けるような構造になっていて、当然トンネルの中は地上よりも低い位置にある」

 

ちらりと雪ノ下を見ると、雪ノ下は見定めるような顔つきでこくりと頷いた。

里志のように朗々と語れたら、どれだけ気が楽だろうか……。しかし嘆いてばかりはいられない。そう自分を鼓舞して、俺は言葉を継ぐ。

 

「……つまりトンネルの手前は下り坂で、地下を通り、トンネルを抜ければまた地上に戻るために上り坂になる、ということだ。

ところで、車が動くには燃料タンクからガソリンをエンジンまで運ぶ必要があるわけだが、坂道で車が傾けば、当然燃料タンクも傾く」

 

寝かせた紙パックを掴んで、飲み口を下にしてさらに傾ける。そのままギュッと押すと、プシュッと空気の抜ける音が漏れた。

 

「たとえ中にジュースが残っていても、ストローの先に届かなければ出てこない。ガソリンだって、燃料タンクの燃料供給口に届かなければエンジンまで運ばれることはない」

 

「じゃあ車に異常がなくてエンジンも掛かったのは……」

 

「業者が点検した場所が平地でガソリンが燃料供給口に届いてたからだだろう」

 

まあ車が傾いていただけだからな。当たり前といえば当たり前だ。

 

「なんだあ、そういうことですか」

 

一色は胸のつかえが取れたように、ほっと表情を和らげる。

しかし隣の雪ノ下は口許に手を当てたまま表情を変えずに、矯めつ眇めつ地図を見つめる。

 

「……仮に車が動かなくなった原因が坂道だったとして、どうして同じような事故が頻繁に起こるのかしら?」

 

「あっ……」

 

そう。一色は忘れていたようだが、同じ場所で止まった車は他にも何台もあるのだ。

 

「確かにガス欠寸前の車ばかり通るなんて、都合が良過ぎるな」

 

比企谷も気づいて地図に視線を向ける。一色が様子を伺うようにこっちを見る。俺は、持っていた紙パックをぽんと立てた。

 

「それはこいつのせいだろう」

 

腕を伸ばして、東京湾アクアラインを指差す。

 

「アクアラインができたおかげで郊外に遠出する人が増えた。それに近くには高速道路の出入口もある。遠出をした車が帰りにここで降りて、千束台のトンネルを通る可能性は多いだろう」

 

そこまで説明すると、比企谷は「ああ」と唸った。

 

「確かに一色も旅行の帰りだったな」

 

「道を間違えたのも相待って、ガソリンの減りも予定より多かったでしょうしね」

 

「確かにそれっぽいです。当たりですよ、きっと」

 

雪ノ下も一色も口を揃えて言った。一方で比企谷妹は、

 

「じゃあお化けは?落武者は?」

 

と、まだ霊的現象の可能性を捨て切れないらしい。

 

「そんなもの……」

 

途中まで言いかけた言葉を飲み込む。

 

「まあ、今回の件とは関係ないだろう」

 

幽霊なんてどれも枯れ尾花だと思っているけれど、何度も主張するようなことでもない。なにせ今の科学じゃ否定も肯定もできないんだから。

 

「……そうですねえ」

 

まだ少しだけ名残惜しそうに、比企谷妹は肩を竦めた。

 

「いずれにせよ、取り敢えずはこれで解決ということでいいのかしら?」

 

「だな」

 

「ですね。原因も分かってすっきりしました」

 

そう言って一色は満足げに頷き、俺に笑いかけてくる。

 

「いやあ、なかなかの安楽椅子探偵でしたね」

 

そんなにたいした妙案を出したつもりはないが。まあ、みんなが納得したのならそれでいいだろう。

 

「さあ。問題も解けたところで、今日は帰りましょう。そろそろ最終下校時刻よ」

 

雪ノ下に言われて外を見る。

窓の向こうは、もう深い茜色に染まっていた。

 



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3-2

どうせ出し忘れたプリントを持って行くついでだったので、雪ノ下から部室の鍵を受け取った俺はひとりぽつぽつと職員室へ向かう。

平塚先生は俺が鍵を返しに来たことに驚いていたが、訳を話すと呆れているような微笑んでいるような、左右非対称の顔で肩を竦めながら笑った。それから少し雑談をしたあと鍵を返却し、担当教諭にプリントを提出して職員室を後にする。

ここまで約15分程度。

 

校舎を出ると、日が暮れていた。空は茜色からうっすらと紫色に変わりかけていて、生徒もほとんど居なくなった校舎は、昼間の騒がしさを忘れてしまうような寂寥感に包まれていた。

部活動を終えた生徒がまばらに下校していく中で、校門の前に比企谷の姿を見つけた。自転車に手を掛け、地面に視線を漂わせながらひとり佇んでいる。

 

「雪ノ下でも待ってるのか?」

 

近づいて尋ねると、比企谷は視線だけこっちに寄越す。

 

「……実家に行く用があるらしいから、先に帰ったよ」

 

てっきり一緒に帰ってるものだと思っていた。

考えてみれば里志と伊原だって、毎回ふたりで下校してるわけじゃないし、付き合ってると言っても案外そういうものなのかもしれない。と、なると妹……いや、帰る家が同じだからってわざわざ兄妹で一緒に下校するだろうか?

 

「小町も観たいテレビがあるからって、さっさと帰ってったよ。それに一色もな」

 

心を読まれたのかと内心どきりとするが、顔に出さずに訊く。

 

「なら、なにしてるんだ?」

 

ひょっとして俺を待っていたのか?

しかし、自転車通学の比企谷が徒歩通学の俺を待つ意味はないし、そもそも別に待ち合わせをした覚えもない。

 

「別に。自転車取ってきたら、たまたまお前が来ただけだよ」

 

「……さいですか」

 

それにしては、ずっと校門の前に居たように見えたけれど。

この捻くれ者を問い詰めてやりたい気もあるが、生憎もう日も暮れている。諸々を考慮して、俺は身体を校門の外に向ける。

 

「帰らないのか?」

 

「……いや、帰る」

 

歯切れ悪く応えた比企谷は自転車を引きながら隣を歩く。

俺と比企谷の帰り道は方向が違う。校門を出たところで、じゃあと別れようとすると、不意に訊かれた。

 

「なあ……」

 

「ん?」

 

背を向けかけていたのを振り返る。

ほんの少し、比企谷は俯いているようだった。

 

「一つ、聞いていいか?」

 

「どうぞ」

 

「……なんで今日に限って謎解きしようと思ったんだ?」

 

そうか。こいつはずっとそれが聞きたかったのか。

俺は思わず苦笑いする。

 

「俺が自発的に推理をするのは、そんなに奇妙か」

 

冗談めかして言ってみるが、比企谷はにこりともしなかった。

 

「ああ、そうだな。お前らしくはないな」

 

「……まあ確かに、いつもは『やらなくてもいいことならやらない』からな」

 

「いや……、そういうことじゃなくってだな」

 

俺の掲げるモットーは、あっさり退けられてしまった。不思議そうというより、どこか探るように、比企谷は続けた。

 

「別に謎を解く責任はなかっただろ。やらなきゃいけないことでもなかったし、今日は千反田だって居なかった。解らないっつっても、誰もなにも言わなかったはずだ。なのに、なんで答えを見つけようとしたんだ?」

 

比企谷の疑問も最もだ。常であれば、俺は推理をしようなどと思わなかっただろう。今日の俺は、随分とこう……、アクティブだった。そう……、なんといえばいいのだろう。自分でわかっているのと他人に説明するのでは、根本的に違うのだ。

しばらくの無言の後、俺は言葉を選びながら話し出した。

 

「いい加減、休むのにも飽きたからな」

 

「……?」

 

「千反田ときたら、エネルギー効率が悪い事この上ない。雪ノ下なんて、部長職の他に家業のことまで。他の奴らだって……よく疲れないもんだ」

 

由比ヶ浜は居るだけで周りにエネルギーを振りまいて、見てるこっちが疲れる。伊原は漫研を辞めてからも、ずっと漫画を描き続け雑誌に投稿している。里志も一色も比企谷妹も、自分たちの興味の発露に出し惜しみがない。それに……

 

「無駄の多いやり方してるよ。特にお前は」

 

「他の奴らはそうかもしれないが、俺は違うぞ」

 

なにか間違ったことを言われたと、さも憤慨とばかりに比企谷は悪態をつく。

まあ、自分じゃ気づかないだろうな。俺もずっとそう思っていたし。

 

「でもな、隣の芝生は青く見えるもんだ」

 

もっと上手い表現があるような気がしたが、うまく言葉が出てこない。

仕方なく、俺は言葉を続ける。

 

「最近のお前を見てると、たまに落ち着かなくなる。俺は落ち着きたいんだ。だが、それでも俺はなにをすればいいのか判らない」

 

「…………」

 

「だから取り敢えず、その……なんだ、自主的に推理でもしてみて、なにか変わるのか確かめたかったのさ」

 

比企谷と最初に出会ったとき、俺はこいつの事をおおよそ褒めるべきところがひとつもないような奴だと思っていた。

常に斜に構えて物事を偏見的に見るようなところだったり。他人の言葉の裏を読む癖があるところだったり……。それに己の信条に正直なところなど、どことなく自分と似た雰囲気を感じていた。だから、比企谷の「他人に頼らないが故の自己犠牲」というやり方も、中学の頃に似たようなことをした経験のある俺からすれば、まったく解らない話ではなかった。

それは、普通に見れば非難されるようなやり方だ。雪ノ下や由比ヶ浜も当然良く思っていなかったようだが、そのことを打ち明けもせず、ただ本当の気持ちをひた隠しにして、現状維持を選んでいた。

 

高校生活が終われば、必然的に今の関係は終わりを告げる。答えを出そうが出すまいが、いつかは変わらなければいけないのだ。

なにを選ぶのが正しいのか……。今の俺たちは知りうる術を持たない。それこそ、将来大人になって、初めて解ることもあるだろう。そしてどんな選択をしたとしても、きっと「あのとき、ああしていたらどうだっただろう……」という何かしらの未練が残るだろう。

だからこそ本物の所在は有耶無耶にされ、答えは先延ばしされていくんだろうと思っていた。

 

けれど、比企谷は悩みながらも、ひとつの答えを出した。それは全員が望むような答えではなかったかもしれないが、彼らの言う本物に限りなく近いものだったと思う。

 

今までずっと同じだと思っていた奴が前に進んでいく。その姿に少し動揺しながらも、不覚にもカッコいいと思ってしまった。

そして胸の中でなにかが燻り始め、自分もいつまでも立ち止まってるわけにはいかない。

そう思わされた。

 

 

「なにか言えよ」

 

黙っていられるのがもどかしくてせっついてみるが、比企谷からはなかなか言葉が出てこない。

ようやく出てきた言葉は一言だけ。

 

「……意味わからん」

 

せっかく頑張って話してみたのに、感想がそれか。思わず溜息混じりの笑みが溢れる。

俺が笑うのを見て、比企谷も、笑った。

 

不意に、比企谷が制服のポケットからスマホを取り出した。どうやらメッセージを受信したようで、比企谷は画面を見ながら顔をしかめる。

 

「どうかしたのか?」

 

「……これから雪ノ下の実家に行くことになった」

 

メッセージの相手は雪ノ下のようだった。

 

「なんでまた」

 

「雪ノ下の母親から呼び出しがあったらしい……」

 

雪ノ下の母親とは数回会ったことがあるが、姉貴や雪ノ下陽乃とはまた違った恐ろしさのある人物だ。常に柳眉を逆立てた印象のある烈婦で、味方であれば頼もしいが、敵対すれば厄介なことこの上ない。

 

「大変だな、お前も」

 

「もう諦めてるよ」

 

口ではそう言いつつ、比企谷の表情は柔らかかった。

 

「……そうか。それじゃあな」

 

「ああ、また明日な」

 

比企谷は自転車に跨ると、重たげなペダルを力強く漕いでいく。その背中を見ながら、ああと思う。

比企谷は雪ノ下と出会ったとき、どうして勝負を受けようとしたのか。どうして自己犠牲を払ってまで勝とうとしたのか。それが不思議だった。本当に嫌なら、逃げ出したって、投げ出したってよかった筈だ。だけど、そうしなかった理由……。

今ならわかる。

それは、難しいことじゃなくて……、すごく、単純な理由だ……。

 

風が強く吹いた。髪の毛が目に掛かったので無造作に手櫛をかける。

不意に、思い出した。あの時の姉貴が、人の頭をぐしゃぐしゃと搔きまわしながら付け加えた言葉を。

 

―――きっと誰かが、あんたの休日を終わらせるはずだから。

 

夕闇に消えて行く比企谷の背中を見送る。自転車通学とはいえ、今から雪ノ下の家に向かえば、比企谷が家に帰り着く頃には完全に夜だろう。

帰り道ふと見上げる。

湾岸の工業地帯には、ぽつぽつと灯りがともり始めていた。



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