魔法科高校の「大賢者(嘘)」 (Orchestral Score)
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原作前1

処女作です。

転生ですが、精神が幼いです。
無理って人はブラウザバックしてください。


 西暦2095年。より15年前。

 魔法というものが体系化した世界に。

 ボクは転生したらしい。

 

 らしいというのは、神様にそう教えてもらったから。三歳の誕生日の夜、夢に神様と名乗るおじいさんがそう教えてくれた。でももっと髪が長くて、髭もあればよかったのに。つるっ禿げの神様じゃない方が嬉しかった。

 その神様が言うには「若いみそらで亡くなるなんて可哀想。だからお主の生前の願い通り、魔法のある世界に転生させた。あとは頑張りなさい」だって。

 

 ボクは嬉しかった。魔法やモンスターのいる世界に憧れていたからだ。

 それから飛び起きて家中探してみたけれど、昔の家みたいにそこまで変化が見られなかった。どこがファンタジーの世界なのかわからなかった。

 だってテレビもあって、家の中の内装もそこまで変化がなくて、電化製品もいっぱいあった。

 

 神様、嘘ついた?と本気で疑った。

 だから、ボクは直球で両親に質問する。

 

「お父さん、お母さん。魔法ってあるの?」

「あるぞお!お父さん達はな、魔法を使うための道具を作ってるんだから」

「魔法の道具!?」

 

 すごい、本当にあった!しかもお父さんがそんな仕事してたなんて。

 神様はボクのことを考えて転生させてくれたみたい。いい神様だ。今度神社でお礼をしよう。

 でも、魔法の道具ってどんなものだろう?ステッキかな?それとも剣?人間で魔法を使う人達はみんな杖を持ってた気がする。

 じゃあやっぱり杖かな?

 

「興味があるなら見るか?」

「あるの?」

「あるとも。ほら」

 

 そう言ってお父さんは自分の手首についていた腕輪を渡してきた。シルバーに輝いていて、ボクはあることを思い出す。

 装備品で腕輪とか指輪とか、ネックレスとかあった気がする。これもそういうものかもしれない。

 

「どうやって魔法を使うの?」

「そうだなあ。じゃあ物体移動の魔法を使おうか」

 

 お父さんは腕輪を手首に付け直して、魔法を使ったみたい。腕輪にあったボタンを押しているみたいで、腕輪が文字を出しながら光ると、遠くに置いてあった積み木のブロックがススススっと横に移動していた。

 手は使ってないからすごいのかもしれないけど、想像していたものじゃなくてがっかりだった。

 

「呪文とか言わないの?」

「呪文?難しい言葉知ってるなぁ……。言わないね。そういう道具もあるけど、基本的には何も言わなくても使えるよ」

「えー……。メラ!とか言ったりしないの?」

「しないねえ」

 

 お父さんの言葉にボクは肩を落とす。

 そんなの、魔法なんかじゃない。ボクの思う魔法は、呪文を唱えてMPを消費して使う魔法だ。いや、MPは使わなくてもいいんだけど。

 

「手から火が出たり」

「しないねえ」

「空を飛べたり」

「難しいかな」

「壁作ったり!」

「それはできる」

「天気変えたり!」

「無理だねえ」

「昼夜逆転!」

「絶対無理」

 

 ムムムム。ボクの知ってる魔法じゃないぞ。つまり、あの神様は嘘つきということだ。

 ボクはいじけて、家の庭に出た。あの神様は信じられない。せっかく魔法が使えると思ったのに、使えないじゃないか。

 ボクは庭で土を弄りながら、ものは試しと叫んでみる。

 

「メラ!」

 

 火は出なかった。一番ポピュラーな魔法だと思ったのに。

 

「ヒャド!」

 

 氷も出ない。くっ、諦めてたまるか!

 

「イオ!」

 

 爆発は起きない。まだまだぁ!

 

「ドルマ!」

 

 ……何も、起きない。

 

「ギラ!」

 

 灼熱……どころか、温度は全く変わってない。

 

「ラリホー」

 

 対象がいなかった。

 

「……バギ」

 

 何も……あれ?ちっちゃな竜巻ができてる。白と緑色の竜巻。あれれ?

 

「バギ!」

 

 おお〜!二個目の竜巻ができた!ちっちゃいけど!とってもちっちゃいけど!

 バギは使えるってこと?あ、最初の方が消えた。うーん、これはどういうこと?疲れたような気がしないから、MPを使ったのかわからない。

 初期呪文って消費MP少ないもんな。

 よーし、もう一回最初からだ。

 

「メラ!」

 

 ダメ。次。

 

「ヒャド!」

 

 ダメ。これは才能がないってこと?それとも職業レベル?もしくはボクのレベルが低いのか、適性パラメーターに達していないのか。

 

「イオ!」

 

 ダメ。せめてメラとヒャドは使いたかったなあ。そうすればメドローアができたかもしれないのに……。

 この辺りは反復して、何回も確かめてみよう。

 

「バギ!」

 

 うん、バギはできる。これは間違いないね。他に使える魔法がないか確認しないと。バギ系統だけだったら寂しいなあ。

 

「あっくん……?それは?」

 

 あ、お母さん。お母さんにも説明しないと。

 ボクにも魔法が使えるんだよって!

 説明したらお父さんにも説明するように言われて、説明したら実家?に向かうことになったみたい。

 お父さんが運転するのかなと思ったら、車は今、自動運転のようで運転しなくていいんだって。でもボクは運転してみたい。車運転してないもんね、前の時も。

 

 ただ向かう時に天気が悪かったので、車内でこっそり「ラナリオン」を使って晴間にした。せっかくのお出かけだし、晴れてる方が良いよね。

 そうして実家に着くと、家族である大きな部屋に通された。今時珍しい村のような場所にあった大きな洋館で、お金持ちっぽい。

 

「初めまして。相田(あいだ)(あらた)くん。私は四葉真夜、この家の当主よ」

 

 すっごい美人な黒髪のお姉さんの元に案内されていた。膝を組んで座っているけど、やっぱりお金持ちみたい。お父さんとお母さんはずっと頭を下げている。

 

「初めまして、あいだあらたですっ!」

 

 第一印象は大事だと習った覚えがあったので、できるだけ元気一杯に挨拶した。すると真夜さんはふふっと笑ってくれた。

 優しそうなお姉さんだなあ。

 

「新くん、お姉さんに魔法について教えてくれる?」

「はいっ!」

 

 それからボクはできるだけ細かく、魔法についてお話しした。それを興味深そうに聞いてくれて、ボクはドラクエの魔法についてこれでもかと語った。

 使えるもの、使えないもの。確かこういうものだったという記憶を元に話し続ける。

 結局その日、ボクは話すだけで終わってしまい、実演ができなかった。そのためこの大きな洋館に泊まることになった。

 今日はドラクエの話がいっぱいできて嬉しいなあ。

 

 

 神様、嘘つきなんて言ってごめんなさい。

 これから呪文を鍛えて、大魔法使いになるよ!

 勇者にはなりません。剣とか使えないと思う。だってここ日本だもん。

 ボクは精一杯努力して、この世界で大魔法使いになるよ!一瞬の閃光のように!

 あ、でもできたら彼のように大賢者も良いかもしれない。回復呪文もあったら便利だし。

 マホイミを使う武闘家?うーん……。

 魔法使いに特化した方が良いと思う。身体は最低限鍛えれば良いかな。せっかく呪文が使えるんだから、できる限り呪文を使うことに時間を使いたい。

 あと、この世界の魔法にも興味がある。ボクもこの世界の魔法が使えるみたい。

 せっかくだし、こっちの魔法も使ってみたい。やらなきゃ損な気がする。

 

 そのお願いも真夜お姉さんにしたら、快く頷いてくれた。

 これからボクは呪文と魔法、この二つを極めていく。

 攻撃呪文と回復呪文を収めた人が賢者って呼ばれるんだから、やっぱりボクも自称は大賢者が良いんじゃないかな?勇者パーティーには入れないだろうけど。

 勇者が、いないからね……。

 目指せ、閃光のように!

 ……彼のスケベなところと、逃げ腰なところは参考にしないようにしよう。彼の師匠も。二人ともカッコいいけど、憧れるけど、ああなったらダメだと思う。

 

 呪文と魔法を極めた大賢者、なります!

 明日はいっぱい呪文使うぞぉ。魔法もいっぱい勉強しよう。

 ああ、早く明日にならないかなぁ。




相田家は昔、四十田(あいだ)家だったそうですよ?


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原作前2

「真夜。あの子供は信用できるの?」

「それはあなたの魔法の結果次第なところがあるわ」

「……あの子は、全く嘘をついていなかった。正常そのものよ。むしろあの魔法については魔法じゃなくて御伽噺にでも出てくる魔法そのものや、あえて言い方を変えるなら魔術と呼ばれるもの。私達が言う魔法とは別次元のもの」

「でしょうね。あの魔法はサイオンを感じないもの。まずはこちらの魔法を学ばせて、その上でこちらに取り入れられるものなら取り入れる。ダメならダメで、こちらで独占する。それだけよ」

「あれの解明に、随分とご執心ね?」

「その理由もわかるでしょう?たったあれだけの対価で引き入れられるなら、安いものだもの」

 

『魔法を使う道具の作り方、おしえてください!』

『私達がいつも使ってる魔法で大丈夫?』

『はい。どっちの魔法も使いたいです!』

 

「考えてもみて。東京からここまでの空を操る力(・・・・・)よ?聞く限り、戦略級魔法に匹敵する魔法もあるみたいだし、経過を見るべきだわ」

 

 

 

 

 それからボクの家は実家がある場所へ引っ越した。ボクの魔法を使える人は他にいないということで、他の人に知られたら誘拐されるかもしれないと、安全な場所に移ることになった。

 ボクは呪文が使えて、本家の人達も見たことない魔法ということで必死に勉強してくれた。ボクもドラクエの呪文を教えられて嬉しい。

 血を取るための注射は嫌だったけど、それ以外は嫌なこともされなかった。魔法を使うための道具、CADというものの勉強をお父さんがしてくれることになって、造りたいと思った。

 この機械から魔法が出るって凄い。どういう風にできてるのか知りたかった。

 

 あと、ボクの魔法適性がわかった。バギ・デイン・ベタン系統しか攻撃呪文は使えない。他のは全然発動しなかった。メドローア……。メドローアが使いたかったのに……。

 片手にメラ、片手にヒャド。それを合わせた極大消滅魔法。メドローア。メドローアが使いたかったのに、ボクには才能がないなんて……!

 あ、あと回復呪文と補助呪文は一通り使えた。真夜さんのお姉さんの深夜さんが体調悪いと言ってた時にベホマとリホイミ、シャナクやキアリー、キアリクなど片っ端から使ったら体調が良くなったみたい。

 桜井さんという人にも回復呪文を片っ端から使ったら体調が良くなったのだとか。ボクの呪文は今では主に回復呪文を研究してるんだって。

 

 ウンウン、回復呪文って必須だもんね。パーティーに一人は絶対必要だし、できたら控えにも回復役は欲しいもん。

 それから数年経って。ボクには一人の友達ができていた。司波達也くん。深夜さんの息子なんだって。

 そんな達也くんと良く喧嘩する。八歳になった時にしたその内容は。

 

「造って造って造ってえ!特化型CADぃ!」

「いや、特化型である必要があるか?これ、ただの基礎単一魔法の振動魔法だぞ?」

「これしか使えないからいいんだよぉ!汎用型みたいなものじゃなくて、これしか使えないCADがいいの!」

「……理由は?」

「だってボク達の練習用なら、魔法が一つくらいの方がいいでしょ?セーフティーいっぱいつけて、安全なCADのプログラミングなんてボクにはできないもん!」

「ああ、子供用ってことか。なるほど。だがこれは真夜様に聞いてみないと。形はこれでいいのか?」

 

 あ、折れてくれた。やったね!

 達也くんが見せてくる紙にはボクが描いた絵が。そこには水色の代表的なアイツの全身が描かれている。ボクに絵心があって良かった。

 

「うん、スライム!ピンクの色がスライムベスで、銀色のがメタルスライムね!スライムごとに違う魔法を込めれば、きっと街中スライムだらけだよぉ!」

「それが狙いか。しかし、子供用の練習用CADは確かに少ない。これをFLT(フォアリーブステクノロジー)で出すんだな?」

「ボク、プログラミングは全然だから。お父さんもお母さんも、達也くんに見せてみなさいって」

「起動式の概要しか書いてないじゃないか。しかもその概要すら全然足りない」

 

 そう言われても。ボクはプログラミングなんて素人だし。

 そこにある部品を組み立ててCADにしたり、中の部品を変えるだけならできるけど、パソコンを弄って内容の書き換えなんてボクにはできない。

 何で達也くんにはできるんだろう?頭いいなあ。

 

「企画書として不適合だな。それに出すなら八系統、つまり八種あった方がいい。十六はいらないな」

「キングスライムにもする?それかももんじゃ?」

「ももんじゃ……?」

「デザイン案だけならあるんだ!それにキーホルダーくらいの大きさならもう造ってあるよ!ほら!」

「ほぼ完品があって、そのくせ駄々こねていたのか」

 

 達也くんの目線が冷たい。いつもはあまり感情を表に出さないくーるな子なのに。

 達也くんみたいな子をくーると言うらしい。新、覚えた。

 ボクが取り出したのは水色のスライム型CAD。中に感応石も入れてあるから、プログラムが入っていないだけ。

 

「できてないよ。これ外側だけだから」

「プログラムを作ればいいんだな?」

「うん、真夜様は好きにしなさいって。できたら物があった方がいいでしょ?」

「それはそうだな」

 

 達也くんがプログラムを作っている間に、ボクは別の部屋でキングスライムの金型を作っていた。お父さん達がくれる色々な道具があるから、金型を作るだけなら簡単。

 3Dプリンターって便利だよね。絵を描いて、それがそのまま出来上がるんだから。

 そうしてボク達が作ったスライム型特化型CADは子供用の安心安全CADとして売り出されるようになった。

 街にスライムが溢れるようになってとても嬉しい。

 そんな感じでボクは達也くんと遊びの延長線上でCADを造っていた。それがたまに商品になるのは嬉しかった。造っていく中でボクもプログラミングを勉強していったけど、あんなことを幼少期からやっていた達也くんすごいぃ……ってなった。

 それから達也くんはその腕を買われて有名なCAD製作者「トーラス・シルバー」として名前を売り出していった。

 

 ボク?

 ボクのCADは子供向けだからね。有名にはならないよ。技術力も大したことないし。

 それと真夜様としては、ボクの知識を他にも知っている人がいないか確認するための布石だったんだって。結局そんな人、現れなかったんだけど。

 あと、ボクと同じくドラクエの呪文を使える人は現れなかった。そんなぁ。

 ボクがドラクエの話を楽しくできる相手は真夜様しかいない。真夜様は楽しそうに聞いてくれるけど、他の人は見たことも聞いたこともないから興味なさそう。

 

 四葉関係の研究者は呪文にしか興味ないんだもん。真夜様みたいにドラクエに興味持ってくれないし。それがつまらない。

 達也くんも興味ないんだよね。両親は仕事が忙しそうで最近そういう話はできていない。

 でもボクの呪文についても結構わかってきたことがあって、似たような再現はできるようになったみたい。キアリーと同じ効能の薬はできたんだって。どくけしそうかな?

 医療関係には転用できたって喜んでた。ベホイミくらいなら魔法でも再現できるんだとか。ボクがとにかく使って、怪我の治り方とかからそれを再現するために魔法を作っていったらできたとかなんとか。

 

 お父さん達はその魔法が使えるようなCADの開発で忙しいんだって。お父さん達とはちゃんとご飯食べたりしてるし、四葉の本家には使用人さんとか達也くんとかいるから全然辛くないけど。

 そういえばボク、達也くんの妹さんには会ってないなあ。同い年の年子らしいけど。達也くんが本家でも端の方で仕事してて、ボクがそこに入り浸ってるからかな?

 その妹の深雪ちゃんってとっても可愛くて、魔法がすごく使えて、勉強もスポーツもできて、真夜様の後継者の一人なんだって。

 すごいなあ、その深雪ちゃん。

 

 ボクなんてちょっと強い魔法を使うとしたら、四葉の管理地じゃないとダメなんだもん。

 まあ、ギガデインを使って山火事起こしかけたボクが悪いんだけどさ。

 あの時初めて真夜様に怒られた。急いで消化活動をしたけど、あの時ほどヒャドが使えなかったことを悔やんだことはないよ。特技も一切使えないから、水でっぽうも使えなかったし。

 両親にも怒られたことはなかったけど、初めて怒られたのは真夜様だった。怒らせると怖い人だと思った。

 だからこれ以降、ボクは真夜様を怒らせないように心掛けた。

 この話を達也くんにしたら呆れられたけど。

 

 




 1995年から変化した世界らしいですが、ドラクエは存在しなかったということで。


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原作前3

 ボクは今、真夜様の前にいる。執事の葉山さん以外他にはいない、真夜様の執務室。

 そこでボクは、真夜様が目を通している資料の可否についての判決を待っていた。まるで気分は裁判に連れ出された被告人みたい。

 だって真夜様、さっきからページをめくるだけで何も言わないんだもの。

 会社で言えばオーナーとか会長みたいな立ち位置の真夜様に企画書を見せるのは結構勇気がいる。

 

「ふうん?新さん、概要はわかりました。これで認可を出してもいいわ」

「本当ですか?」

「ええ。貴重な魔工師候補を若いうちから囲っておくというのもわかりますし、達也さんのせいでFLTは注目株。新さんのせいでもあるけど、子供達がFLTに見学要請を大量に送ってきてめんどくさいという話も聞きましたし」

 

 ボクが提出した物は、子供向けのCAD調整大会。ボクの「ドラクエシリーズ」と達也くんの「シルバーモデル」はFLTでとても人気のある商品になっている。その技術を学びたいという子供と、技術を盗みたい産学スパイが多くて達也くんも嘆いていた。

 だから、その流れを食い止めるためにボクがない頭を振り絞って出した案が、このCAD大会だ。

 優勝者にはFLTの工房の自由見学の許可、体験学習、授業の権利を与えて、他の人には技術漏洩防止のために一切の見学を無しにするというもの。

 魔工師の数は少なく、お父さん達も優秀な人が欲しいと言っていたので、将来を見越しての投資になるとかなんとか。達也くんクラスだと仕事が増えるため、そこそこの人がいいんだとか。

 

 あとは、ボクが他にも友達が欲しいということ。

 ボクは小学校を通信教育で終えてしまった。本家にずっといるから、学校に通えなかったんだよね。勉強は全く問題ないけど、友達が達也くんしかできなかった。

 黒羽の双子ちゃんは年下だし、四葉の分家でも結構上の方だから馴れ馴れしいのはダメだし。仲はそれなりにいいけどね。あと歳が近いのは桜井水波ちゃんくらいなんだけど、彼女は使用人だから友達っぽくない。

 そう、これはボクの達也くん以外の友達作ろう大作戦なのだ!

 

「今から宣伝したとして、六月には開催できるでしょう。予選としてのペーパーテストは新さんが作りなさい。FLTに関することと、CADについての問題なら何でもいいわ」

「ドラクエの内容はいいですか?」

「CADに限ります。魔物の名前を答えなさいといった趣旨の問題はダメですよ?」

「はーい。頑張ります」

 

 これが三月のこと。それからFLTのHPにこの大会のことが載って、四月末にペーパーテストをFLT本社で実施。そこで採点をして、六月の中頃に本試験を実施することになった。

 ボクも採点に参加。小学校高学年から高校生までに範囲を絞ったのに、結構な受験生がいた。高校生はやめようかなということが一回話題に挙がったけど、高校生に優秀な子がいるかもしれないからとそのまま。

 九校戦で活躍するエンジニアもいるからと、門は広くしておこうってことになったみたい。それに権利が与えられるのは一人だけ。たった一人なら高校生でも何でもいいということになった。

 

 そして大会当日。

 ボクはモシャスを用いて大人の男性になって、大会の試験官として潜り込んでいた。真夜様の許可ももらっている。

 本当はステルスができればよかったんだけど、使えなかった。影ができるだけで、気配とか足音が消せるいい呪文なのに。大賢者を目指してるんだから、いっか。

 この大会は全員で一斉に試験を受けて、FLTの職員が採点をつけて勝手に一位を決めるという身勝手なもの。つまり、技術力で一番でも優勝できるわけじゃないひどい大会だ。

 会社がやってる自主的な大会だから、それも仕方がないわよね。とは真夜様談。

 つまり、四葉にとって都合のいい人を優勝させるだけの大会。

 

 ボクが好き勝手やっていいということさ!

 大会はまず、CADのハードを作ることから始める。FLTが用意した各種部品を用いて、最高だと思えるCADを作ってもらう。

 そしてそれが出来上がったら、渡された課題の術式をインストールしてもらう。それの正確さやかかった時間を考慮して、優秀者に声をかける。

 

 本戦に残ったのはたったの十人。多すぎても面倒だったので、結構厳しめに採点して厳選していた。逆にいえば、学生にしてはかなり優秀な人がここにいるわけだけど。これくらいの人数ならじっくりと観察できる。

 試験が始まる。各々CADの部品を吟味して、どんなCADを組み上げるのか。一つ一つの部品を手に取って考え込んだり、部品をさっさと見繕って組み立て始めたり。

 CADって機械だから、組み立てさえしてしまえばどんな部品を使ってもいいという考えの人もいるけど、それは違う。部品ごとに相性の良いものもあるので、適当じゃダメ。

 

 そういうわけで速攻組み始めた中学生男子、アウト。ボクは端末にペケマークを押す。

 FLTで用意した部品が大多数だからそれなりに良い部品があるけど、粗悪品もあえて混ぜている。その審美眼も確認したいわけで。CAD作るのに適当はダメなんだよね。精密機械だもの。

 組み上げていった人から術式をインストールしていくわけだけど、最初の二人はCADが起動しなかった。組み立て方が悪かったんだね。まあ最初の人は速攻組み上げた人だから当然だろうけど。というわけでペケ。

 色々手際や選んだパーツなどを採点していく。もちろんボクだけじゃなく、他の人も採点している。出来上がったCADでプロのライセンスを持っている魔法師に起動を確かめてもらい、感触なども確かめてもらう。

 一応参加した人達には後日総評を送る予定だ。だから結構しっかりメモしていく。

 

 気になったのは茶髪で小柄な女子学生。何を考えたのか、シルバー・ホーンを造ろうとしている。部品もあったからできなくはないだろうけど、何でFLTの最高傑作を?彼女の工程を覗き込むと、彼女の課題の術式を見て確信した。

 ループ・キャスト・システム。トーラス・シルバーが産み出した術式だもの、造るよねえ。涙目になりながら、不安になりながら組み立てている。

 

「俺も噛んで良いのか?じゃあ、シルバーからの挑戦状だ」

 

 達也くんそんなこと言ってたけどさあ!そんな悪戯するなんて思わないじゃん!しかもしっかりシルバー・ホーンの部品を用意してあるし!

 達也くんが使っている銀色で銃身が長い型じゃなくて、一般的な銃の形をしたハードだ。それでも結構細かい部品に分けられてたから、探すだけで大変だっただろうに。

 今は白い銃の形になっている。

 部品だけあっても、知識があってもできないんだよね。ボクもシルバー・ホーンは無理。達也くん、落とす気満々じゃん。

 

 でも彼女、シルバー・ホーンを組み上げて術式のインストールを始めた。「ヒィッ!」って悲鳴を上げたり、泣きそうになりながらも指定された術式を落とし込んでいる。

 でも、調整機に接続できたということは、CADの組み上げには問題ないということ。それだけでボク達試験官は彼女にチェックマークをつけていく。たとえインストールし始めたのが一番遅くても、それだけで高得点だ。

 ボクは他の人にも目を向けながら、親友に連絡を取る。

 

「どうした、新?今は大会中だろ?」

「責任とって出向してくれる?あの課題こなしそうな女の子がいるんだけど」

「何?」

 

 通話先の達也くんが心底驚いてる。だってループ・キャスト・システムってまだ発表して一年経ってないんだもの。それをやろうとしてるんだから。

 

「ハードは?」

「シルバーが隠していたものを見付け出して組み上げてる。インストールの段階までは行ったよ」

「起動したのか?」

「デバイスオタクなのかな。内部構造把握してたよ。実物なんて高くて買えないだろうから、雑誌とかで見たんじゃないかなあ」

「すぐ行く」

 

 達也くんは四葉本家にいなければ、東京の邸宅にいる。すぐ来るって言ってたから東京にいるんだろう。

 達也くんも本家と東京の行き来大変だろうなあ。今ではFLTで働いているようなものだから、東京によくいるんだけど。そのせいでボクも会う機会が少ない。困ったものだ。

 だから他に友達が欲しいんだけど。

 大会が終わる前に達也くんは会場に着いて、彼女のCADの起動をお願いした。製作者本人が確認するのが一番だよね。

 全員の提出が終わって確認に移る。ぶっちゃけ皆、シルバー・ホーンもどきに夢中だ。他の物ももちろん起動したけど、平凡の域を出ないとのこと。

 達也くんが実際にCADを起動させて、一言。

 

「商品として売り出すことはできませんが、ループ・キャストの再現やシルバー・ホーンの性能の引き出しは七割を超えます。専門知識のない中学二年生ということを考慮すると、末恐ろしいかと」

「はい、決定〜。今回の優勝は中条あずささんです」

 

 ボクの言葉に試験官全員同意。ただの中学二年生がトーラス・シルバーの模倣をしたのだから。

 達也くんのお父さんが表彰して、彼女を別室に呼び出す。その時にはボクはモシャスを解除していた。

 部屋にいるのはボクとボクのお父さんだけ。達也くんが別室でモニターしてるけど。

 中条さんは案内されても、ビクビクしていた。ボクの姿を見て、どうしてここに子供がいるんだろうって表情をしていた。疑問だよね。ボクがこの大会の主催者だなんて思っていないだろうから。

 彼女を座らせて、ボクは開口一番、当初の目的を伝える。

 

「中条あずささん!ボクの友達になってください!」

「ふえ?」

「ん?新、友達でいいのか?婚約者じゃなくて?」

「「………………え?」」

 

 どういうこと?

 



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原作前4

※ちょっと修正しました。(2021/01/05)


 ボクの名前は相田新、十二歳。ドラクエの呪文を結構な数使える中学一年生(通信教育)。そんなボクだけど、この六月。婚約者ができました。

 中条あずさちゃん。背が小さくて可愛い。CADについてとっても知識がある、魔法実技もナンバーズじゃないにしては凄いのだとか。

 とはいえ、この婚約は今のところ相田家のみの話だ。中条家ともきちんと話さないといけないし、本家の四葉にも知らせなくちゃいけない。

 そういうわけで真夜様にご挨拶に行ったんだけど。

 

「新さん、よくやりました。彼女、中条あずささんをこちらに引き込めたのはとても大きなことです」

「え?そこまでですか?確かに達也くんの模倣はできていましたけど、デッドコピーですよ?」

「その技術力もそうだけど。彼女は広範囲精神干渉魔法『梓弓』を得意魔法としている子だったの。四葉でも研究している精神干渉魔法。希少な使い手な上、魔工師としての才能もあるんだもの。これ以上ない相手よ」

 

 さすが真夜様。黒羽貢さんが調べ上げたのかな?確か四葉の諜報関係を取り仕切ってるんだって。

 スパイ部隊ってことでしょ?カッコいいなあ。スパイごっことかには憧れる。ボクもステルスの呪文が使えればなあ。

 でもあずさちゃんにそんな才能があったなんて。人は見た目によらないんだなあ。

 

「あなたに上がっている婚約、四葉として認めます。FLTには好きに出入りさせて構わないし、もし彼女が精神干渉魔法を磨きたいとなれば、本家で手厚くもてなしましょう。それと、あなた方が元四十田(あいだ)家の人間で、バックに四葉がいることは伝えていいわ」

「いいんですか?」

「ただし、達也さんとの関係はFLTで知り合ったことにすること。これは達也さんにも徹底させます。シルバーであることも隠しなさい」

「はい。あ、ボクがドラクエシリーズの責任者ってことと、呪文についてはどの辺りまで話しちゃっていいですか?」

「そうねえ……。結婚する相手なんだから、話していいわよ?ただし、バギムーチョ(・・・・・・)ジコデイン(・・・・・)、あとベホマズン(・・・・・)が使えることは隠して欲しいわ。ベホマはまあ、いいでしょう。それ以外の呪文も。極力人目に付くことはしないことは変わらずね」

「わかりました」

 

 要するに最強呪文と最強回復呪文はダメってだけ。そもそも四葉の監視圏内以外で許可がなければ呪文を使うなって言われてるからね。それは守るよ。

 この呪文が使えるのは今のところボクだけ。目立ったらボクが狙われてしまうっていう話もわかってる。

 だって、ねえ?ボクのその最強呪文、世界に十人くらいしかいない使徒?とかいう人たちの使う戦略級魔法と同規模のものなんだって。

 魔王とか竜王、それに大魔王や破壊神が現れたらどうなっちゃうんだろう?ボク程度でこれなのに。

 そういうわけで四葉家監修の元、中条家との婚約に関する書類を持っていき。

 六月末。中条あずさちゃんとの婚約が成立した。

 

 

「新。紹介する、俺の妹の深雪だ」

「初めまして、相田さん。司波深雪です。お兄様とご友人とのことで。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」

 

 八月の終わり。四葉本家に来ていたボクは、達也くんの紹介で深雪ちゃんと会っていた。

 艶やかな黒髪と、深夜さんに似た可愛らしい似姿。絶世の美少女がそこにいた。達也くんが妹可愛いって言ってたけど、身贔屓じゃなかったんだね。

 魔法師って皆美形だし、四葉の魔法師は特にそのきらいがあるから、納得だけど。当主の真夜様がとても綺麗な方だし。

 

「初めまして、深雪ちゃん。うんうん、美人さんだねえ」

「深雪、ちゃん?」

「深雪。新はこういう奴だ。婚約者すらちゃん付けするような奴だからな」

「婚約者、ですか」

 

 あれ?ちゃん付けダメだったかな?ボク基本的に女の子はちゃん付けするんだけど。

 深雪ちゃんはあまりボクのこと知らないのかな。

 

「嫌ならやめるよ?」

「あ、いいえ。大丈夫です。あのドラクエシリーズの制作者だと聞いていたので、どんな方だろうと身構えてしまっただけで」

「あれを見ればなんとなく想像ついただろう?俺たちと同い年だと伝えていたんだから」

「そうですね。でも、その白い髪と碧眼は珍しいかと」

「あー、これ?欧州の方のご先祖さまが一人いてね。ボクはその先祖還りだったのか、こういう目立つ色になっちゃって」

 

 テリーという人が家系図にいた。その人はもともと日本に入り込んだスパイだったみたいなんだけど、その人の奧さんにベタ惚れ。日本に帰化したみたいなんだけど、スパイだったってことで数字付きから没落しちゃったとかなんとか。

 本当の意味での没落は大漢っていう国を滅ぼしたかららしいけど。

 テリー、ねえ。白髪で蒼い目って、剣士かモンスターマスターを思い出すけど。実際ボクの顔は幼いテリーみたいにも見える。結構童顔なんだよね。外人の血が濃いはずなのに、結構年下に見られることも。

 

「本当にお兄様と同い年ですか?」

「達也くんと比べないでよぉ!身長もまだまだだし、達也くんは年齢不相応に大人びてるんだもん!というか、達也くんがガーディアンとしてがっしりしすぎなだけでしょ?ボクは身体鍛えてないし」

「いや、新は見た目もそうだが、内面も幼いだろう」

 

 そんな……。ボク、中学生になる前だったけど、二回目の人生なのに。

 同い年の達也くんに幼いって言われるのはショック。

 

「まあ、身長はこれからだろう。新は無理な調整がされているわけではないんだから、これからが成長期だ。内面は……学校に通うべきだったか?」

「何それ?社交性がないって言ってる?」

「関わる人間は割と大人が多かったと記憶しているが。ああ、逆か。甘やかされた結果そうなったのか」

「……否定できない」

 

 ボクはかなり甘やかされて育てられたと思う。両親は優しいし、達也くんたちの母親の深夜さんも、真夜様も優しい。真夜様を優しいと思っているのは分家の中でもボクくらいなのだとか。

 ボクの呪文が珍しいからか、とても丁寧に扱われるし、頼み事は大抵叶えてくれる。うん、とても甘やかされてるね。

 

「ボクのことは後。そういえば達也くん、沖縄旅行は大変だったんだって?皆無事だったのは良かったけど」

「ああ。穂波さんはまだ入院しているが、新が呪文を使ってくれたと聞く。もうすぐで退院できるそうだ」

「それは良かった」

 

 そう、達也くんたちと会っている主な理由は、旅行に行ったら大亜連合がふっかけてきた戦争に巻き込まれたからだ。全員無事なことは良かったけど、穂波さんだけ魔法の使いすぎで体調不良になっちゃったんだよね。

 ボクもお見舞いに行って、ベホマとシャナク、あとマホヤルを使って、身体の疲労が取れれば退院できるんだって。

 回復呪文も精神的負担や疲労はどうにかできないんだよね。残念。

 

「達也くんが軍人になったとか聞いたけど?大丈夫なの?」

「ああ。戦略級魔法を使ってな。所属せざるを得なかった」

「え?達也くん、そんなの使えたの?」

「専用のCADを使えば、だ。普段は無理だな」

 

 えー。じゃあ達也くん十なん使徒とかになっちゃうの?ニュースでそんなこと発表されていなかったけどなあ。

 日本には一人だけ戦略級魔法師がいるけど、達也くんが二人目になるんだろうか。

 

「お前の懸念していることにはならない。俺は非公式戦略級魔法師だ。よっぽどのことがなければ公表されない」

「そうなの?達也くんって精神干渉魔法使えたっけ?」

「お前の考えていることなんて、顔を見ればわかる」

 

 深雪ちゃんにも頷かれてしまった。そんなにわかりやすいかな?

 まあ、無事だってわかればいいや。大事ないみたいだし。

 

「達也くんと深雪ちゃん。今夜って時間ある?」

「ああ、あるぞ。深雪も大丈夫か?」

「はい、お兄様。特に用事はございません」

「じゃあ、今日は夜のお散歩ね」

「お散歩?どこかに行かれるのですか?」

「うん。後でのお楽しみ」

 

 

 夜。ボクたちは庭に出ていた。使用人の皆さんにはちょっと出かけてくることは伝えてある。

 達也くんも深雪ちゃんも、夏の夜に暑くない格好をして出てきてくれた。

 

「それで、どちらに行かれるのですか?」

「星空見に行こうよ。きっと楽しいよ」

「星空?えっと、どこかの展望台や、山の上に行ったりということですか?今から……?」

「新。深雪が混乱している。説明してやれ」

「それじゃあ達也くん。深雪ちゃんのことしっかり抱きかかえててね?制御は問題ないけど、二人纏めてってなると初めてだから」

「中条さんにもしたんだろう?」

「あずちゃんはボクが抱えたから。一緒に飛び回ったから、やり方はちょっと違うかな?」

 

 確認が終わると、達也くんは深雪ちゃんをお姫様抱っこする。凄いなあ、ボクはあんなことあずちゃんにできないや。あれはしっかり鍛えた身体の達也くんだからこそ。

 ボクはあずちゃんと手を繋いでやったからなあ。

 深雪ちゃん、いきなりのことで顔が真っ赤になってる。可愛い。

 

「お、お兄様!?」

「深雪、ちょっとだけ我慢してくれ」

「ごめんね、深雪ちゃん。スカートはちょっと危ないから、硬化魔法で固定するよ」

 

 ボクの大好きドラクエシリーズの汎用型CAD、はぐれメタルキングを用いて、深雪ちゃんのスカートが風でめくれないようにする。

 

「トベルーラ」

「え……?まさか、常駐型飛行術式!?」

「ああ、違うよ深雪。あれが新の呪文だ。魔法じゃない、埒外の異能」

 

 ボクがちょっと浮いたことで、二人にも呪文をかける。

 

「バギ」

 

 二人が竜巻に乗る。そのまま上昇を続けていく。雲の上、飛行機よりも上の空。

 そこは夏空に相応しい満点の星空。月も星も、地上で見るよりもとても輝いている。

 せっかくの呪文なんだから、これくらいしてもいいよね?

 

「ああ、凄い……!夜空が、こんなにも近いなんて!」

「喜んでくれて良かった。これがボクの秘密かな。達也くんとあずちゃん以外に連れてきたことはないから、深雪ちゃんが三人目だね」

 

 バギで浮いてるからトベルーラみたいに自由じゃないけど、それでもある程度は空中散歩ができる。深雪ちゃんは達也くんにしっかり捕まりながら、やっぱり頬は赤いまま空を楽しんでいた。

 そういう子なのかな?

 それから一通り空を楽しんだら、地上に戻る。夜遅くまで外にいるのはダメだからね。

 

「新さん、今日はありがとうございました」

「ううん。これからも達也くん共々、仲良くしようね」

「はい!いつかまた、今日のようなことをお願いしても?」

「もちろん。真夜様からも、深雪ちゃんには呪文をいっぱい見せるようにって言われてるし」

「真夜叔母様から?」

「うん。今回危ない目に遭ったし、こういう危険もあるって覚えさせて、だったかな。ボクの呪文はボクだけのものじゃないかもしれないからって」

「そうですか」

 

 世界は広いからね。どこかにはボクのようにドラクエを知ってる人がいるかもしれない。

 だから警戒して欲しいんだろうなあ。ボクがいるってことは、可能性があるってことだろうから。

 




深雪は原作通りお兄様ラブですよ?
その辺りの恋愛模様は基本弄らない予定です。
あーちゃんは許して。


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入学編1

原作前を長くしても冗長かなと思って巻きました。


 深雪ちゃんと会って二年半くらい。ボクたちは高校生になった。しかも達也くんたちとは同じ学校に通うことにした。

 国立魔法大学付属第一学校。通称一高。ボクは昔の家に戻ってきて、達也くんと深雪ちゃんは一軒家を借りて二人暮らしだとか。深夜さんは有名だから一緒に住んでたら四葉ってバレちゃうみたい。残念。

 その入学式の日。校舎の前では深雪ちゃんの声が響き渡る。

 

「納得いきません!」

 

 そう達也くんに寄り縋ってたみたいだけど。

 ボクはその場にいなかった。

 

 

 

「あずちゃん、手伝うことある?」

「あっくん!?」

 

 あずちゃんがビックリしてくれる。今日もかわいいなあ。

 場所は講堂。入学式の会場で、入学式を執り行うために朝早くから生徒会や風紀委員会、部活連執行部の人たちが準備をしてるってあずちゃんから聞いてたけど。教師も含めて結構な人たちが準備している。

 大変そうだなあ、生徒会って。

 

「あっくん何してるの!?新入生はまだ開場時間になってないんだから!」

「えー。暇だったから手伝いに来ただけだよ?」

「新入生が入学式手伝おうとするなんて前代未聞だよ!?」

「あずちゃんとの学校生活楽しみで早く来ちゃったんだからしょうがないでしょ?」

「もー!もーーーーー!!」

 

 あずちゃんが憤慨してる。いつ会ってもあずちゃんは感情豊かでかわいいなあ。

 あずちゃんが騒いでるからか、生徒の数人がこっちを見てる。黒髪の女性がこちらに歩いてくる。大人っぽい人だなあ。長身ですらりとしてる美人さんだ。

 

「中条さんと仲が良い新入生ということは、相田くんでしょうか?」

「はい。新入生の相田新です」

「申し訳ありませんが、入学式の準備に新入生を起用するわけにはいきませんので。明文化はされていませんが、入学式の運営は学校側と生徒会主導です。まだ入学をしていない生徒には手伝いとはいえ関わらせることができません。これからすることはリハーサルでもあります。いくら中条さんの婚約者といえども、その辺りはご了承ください」

「わかりました。じゃあ開場まで時間を潰してます」

「あっくんは何でわたしの言うことは聞いてくれないのに、市原先輩の言うことはすんなり聞くんですか!?」

「んー?こうやって理路整然と説明されたらボクだって折れるよ?あずちゃんの仕事ぶりが見たかっただけだし」

「不公平ですー!」

 

 ポカポカとボクを殴るあずちゃん。全然痛くない。達也くんに言われてこの二年間、そこそこ身体鍛えたんだよね。魔法師は身体が資本だとか何とか。

 もし戦闘に巻き込まれた時に、逃げられるだけの手段は備えておけって言われて、逃走と護身術にはかなり力を入れた。

 ボクが憧れる大賢者も、オリハルコンでできたナイトに接近戦を仕掛けたりしてたから、ある程度は必要かなって思って達也くんに習ったけど、スパルタだった。おかげで腹筋が割れた。スパルタすぎてよくあずちゃんに泣きついたけど。

 

「申し遅れました。中条さんと一緒に活動する、生徒会会計の市原鈴音です」

「ご丁寧に。いつもあずちゃんがお世話になっています。改めて、あずちゃんと婚約関係の相田新です」

「いえいえ。中条さんにはいつも助けられています」

「あずちゃんも学年主席だったってことですね。良かったです。ボクは学年主席を逃しちゃいましたから」

「いえいえ。実技三位、筆記三位。総合三位。とても優秀かと」

「何でわたしの保護者みたいな挨拶してるの!?あっくんってば!」

 

 ボクとちょうど頭一つ分下からあずちゃんの抗議の声が届くけど、あずちゃんが心配だからに決まってる。能力はあるんだけど、性格が心配なんだもの。

 ボクの婚約者は可愛くて有能で年上だけど。心配でドキドキしちゃうんだよね。

 

「じゃああずちゃん、お仕事頑張ってね」

「あっくんはおとなしくしててよ!」

「はーい」

 

 お邪魔しちゃダメそうだからボクは退散。そろそろ深雪ちゃんが講堂に来る頃かな。挨拶は後でいいや。達也くんさーがそっと。

 それにしてもボクが三位かあ。筆記は達也くんと深雪ちゃんに負けたとして。実技は深雪ちゃん以外に誰に負けたんだろう?ボクってサイオン量以外はそこそこ特化したBS魔法師ってやつみたいだけど。

 達也くんほど普通の術式が苦手ってわけじゃないんだよね。でも実戦になると達也くんには全然敵わない。むしろ魔法師の誰かと正々堂々戦ったら、ボクはボロ負けだと思う。

 術式の展開速度と規模、強度は四葉でも普通って言われたけど、逆に言えば実技と総合二位の人は四葉の普通よりも実技で上ってこと。魔法師としてはボクよりも実力は上なんだろうなあ。

 それにしても筆記一位なのに実技がダメダメで二科になっちゃった達也くん。実技優先とはいえ、普通は一科だよね。実戦は凄いのに、実技はダメってちょうどボクと真逆だ。

 そんなことを考えながら達也くんを探したけど見付からず。結局一人でぶらぶらして入学式に参加した。

 

「隣空いてますか?」

「どうぞー」

 

 ボクの隣は二席空いていたようで、そこに話しかけて来た二人組の女子が座る。この入学生の座席だけど一科生と二科生で綺麗に別れていた。差別はダメって学校で教わらなかったのかな?魔法師だから、人間だからいじめられることがあるって聞いてたけど、まさか魔法師同士でこんな確執があるなんて。

 達也くんの隣行こうとしたらすごく首を横に振られた。残念。せっかく深雪ちゃんを褒めまくる会合を開こうとしたのに。

 

「私、光井ほのかって言います」

「わたし、北山雫」

「初めましてー。ボクは相田新。同じクラスになったらよろしくね」

「はい」

 

 せっかく隣になったのだからと会話をしていたら、すぐ入学式が始まった。全く楽しくなくて眠りそうになったけど、深雪ちゃんの新入生総代挨拶は起きて聞いておいた。

 なんか「皆等しく」とか「魔法以外にも」とか強調していたけど、その内容をどれだけの新入生が聞いてただろうか?深雪ちゃんの魔性の美貌にやられてほとんど聞いてなかった気がする。隣の光井ちゃんもその美貌にやられちゃってたし。

 女の子も魅了しちゃうのかー。すごいなあ、深雪ちゃん。

 入学式も終わって、学校で使うIDカードの発行とクラス分けの発表があるから、そのカードを受け取りに行った。さっきの光井ちゃんと北山ちゃんと一緒に行く。

 

「私1ーAだった。雫は?」

「わたしもA。新くんは?」

「ボクもA。すごい偶然もあったもんだね。光井ちゃんも北山ちゃんも同じクラスだなんて」

「雫でいい」

「私も、ほのかでいいですよ?」

「そう?じゃあ雫ちゃんとほのかちゃんね」

 

 入学式で隣の席に座った人が同じクラスなんてすっごい偶然だよね。確率は四分の一だったのに、全員一緒なんて。

 深雪ちゃんはどうかな?なんかすっごい人に囲まれてるけど。

 

「さすがだなあ、司波さん。魔法式も綺麗で、あんなに綺麗な人だなんて。憧れちゃう」

「あれ?ほのかちゃん、深雪ちゃんのこと知ってるの?」

「入試の時見て、憧れたんだって。新くんこそ知ってるの?」

「うん。深雪ちゃんのお兄ちゃんがボクと幼馴染でね。その紹介で三年前くらいに知り合ったよ。そのお兄ちゃんが過保護だから、なかなかボクに会わせてくれなかったんだ」

「司波さんのお兄さん……。きっと美形なんだろうなあ」

 

 達也くんはイケメンだよ。でもそれは会ってからのお楽しみだと思う。

 深雪ちゃん、あの様子じゃ近寄ってもダメだろうなあ。挨拶はヴィジホンですればいっか。

 

「ほのかちゃん、雫ちゃん。ボクこの後用事あるから」

「用事?」

「うん。ちょっと生徒会に行ってくるー。また明日ね」

 

 晴れて新入生になったんだから、入学式の後片付けを手伝ってもいいはず。

 手伝いに行ったら案の定あずちゃんがプンスコしてた。何で?

 あずちゃんじゃ重い物持てないだろうから手伝いに来たのに。魔法も使っちゃダメだろうし。

 ずっと顔が赤いのはなんでなんだろう?ボクはさっさと終わらせてあずちゃんと一緒に帰りたいだけなのに。

 それに家に色々と荷物が運ばれてるけど、流石にボクが開けるのはまずいものもありそうだし。荷解き大変だろうから早く帰れるようにって手伝ってるんだけどなあ。

 



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入学編2

 うーん……?朝ですか?なんだか寝心地がいつもと違うような……修学旅行先の、ホテルのまくらのような柔らかさのような。

 カーテンから漏れる日差しを確認した寝ぼけまなこで辺りを見ると、わたしの部屋じゃなかった。あれ、ここどこ?

 手を動かすと、とても暖かいものがそこに……。

 

「あ、あずちゃん。オハヨー」

「〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 声にならない悲鳴がわたしの喉から出た。そういえばあっくんの家にお泊まりしたんでした!?

 

「もう。ご近所迷惑だよ?」

 

 そう言いながらあっくんはわたしの唇を優しく塞ぐ。

 隔世遺伝ってものなのか、あっくんは女の子にとても優しい。欧州の血がそうさせるんでしょうか。

 今日もわたしの彼氏は、カッコよくて素敵だ。いつもはもっと子供っぽいと思うのに、こういう時はカッコいいから、困ります。

 

 

「あずちゃん、家よりこっちの方が一高近いから朝楽でしょー」

「そ、そうだね。コミューターの駅も近いし」

 

 入学二日目から、彼女のあずちゃんと一緒に登校。ボクは昔住んでいた家に戻って来て一人暮らしをしている。警備の関係で本当は水波ちゃんが来る予定だったみたいだけど、むしろボクは普通にしていた方が四葉の関係者ってバレないだろうからって、普通に暮らしてる。

 電子的な防衛網はしっかりしてるみたいだけど。

 ボクとあずちゃんは両家公認の元、同棲生活をしている。一人暮らしは初日だけだった。でも同棲している理由って純粋にあずちゃんの家が一高から離れているからなんだよね。ボクの家ならCADの調整部屋もあるから、色々やるには便利でやれることは多いし。家事はHARに任せておけばいいし。

 勉学に力入れるには自由な時間があった方がいい。

 

「そういえば今回の総代の深雪さん。司波くんの妹さんなんだってね」

「あ。あずちゃんって深雪ちゃんに会ったことなかったっけ?……そっか。深雪ちゃん、龍郎さんのこと嫌いだからFLTには顔を出してなかったね」

「そうなんだ。深雪さん、社長令嬢なのにお父さんのこと嫌いなんだ……」

「表立ってそんなこと言ってないけどね。FLTの功績のほとんどはシルバー様のおかげで、あの人はただ上にいるだけの人ですからって」

「あれ?あっくんのことは知らないの?」

「知ってるだろうけど、ドラクエシリーズのプログラミングもほぼ全部シルバーさんに任せてるからね。ボクはほぼほぼデザイン案だけで、CAD本体としての機能はシルバーさんのおかげだから」

 

 深雪ちゃんはその辺りの事情全部わかってるからね。ドラクエシリーズだってトーラス・シルバーの片割れ、牛山さんの助力あってこそだし。術式は全部達也くんや四葉の研究者に丸投げ。ボクの功績は大したことない。

 それに深雪ちゃん、かなりのブラコンさんだし。達也くんを冷遇する父親なんて大嫌いだろうなあ。

 

「それにしても意外だね。深雪さん、シルバーさんのファンなんだ。いや、わかるよ?数々の偉業を成し遂げた天才魔工師だもん。憧れるのもわかるなー。謎に包まれてるからこそ、余計気になっちゃうし」

「うんうん。凄いよ、シルバーさん」

 

 もとい、達也くん。そんな魔工師としても凄いのに戦ったら負け知らず。それで非公式戦略級魔法師で、イケメンさんだもんね。

 

「あっくんはシルバーさんに会ったことあるんでしょ?いいなー」

「まあ、仕事一緒にするからね。飛行術式のデバイスには一枚噛ませてもらえたし」

「あれ?ドラクエシリーズで飛行術式って出てたっけ?」

「いや?出てないよ。あれすっごくサイオン消費激しいから、並の魔法師じゃそんなに使えないし。でもセーフティーをつける関係でドラクエシリーズにも似てて、デバイスの構造は結構似てるんだよ」

「そうなんだ。ああ、いつか会えないかなー。シルバーさん。サイン欲しい」

 

 もう会ってるんだよね。あずちゃんと達也くん。もちろんシルバーとして紹介されていないだけで。

 達也くんがシルバーだって知ったらあずちゃん驚くかなあ?それもいつかのサプライズプレゼントとしていいかもしれない。

 ボクたちはそれからも雑談しながらちょっと早目に学校に着いていた。ボクが履修登録あるから早目に来たかっただけ。あずちゃんも生徒会室の整理がしたかったみたいだからちょうど良かった。深雪ちゃんを呼ぶために部屋を綺麗にしておきたいんだって。

 

 

 ボクがせっせかせっせか履修登録をしていると、昨日知り合った雫ちゃんとほのかちゃんがやって来た。それで一旦履修登録をやめて雑談をしていると、驚くことがあった。

 

「え。ほのかちゃん、達也くんのこと知ってるの?」

「達也さん、っていうんですか?おそらく司波さんと同じ名字で、背の高い方でしたけど」

「うん。達也くんは深雪ちゃんのお兄ちゃんだよ。二人は年子で、魔法科高校における実技は苦手だから二科生になっちゃって。入試では並び番号だったらしいから、深雪ちゃんの前は多分達也くん。なんだぁ、もう見てたのかぁ」

「新って、二人と仲いいの?」

「達也くんと幼馴染でね。深雪ちゃんとは最近知り合ったの。達也くん酷くない?あんな可愛い深雪ちゃんを幼馴染のボクに紹介してくれないなんてさ」

 

 達也くんを悪者にしちゃってるけど、これ四葉の決定なんだよね。これで達也くんが極度のシスコンってことが外堀として埋められてるような。

 でも達也くんはシスコンか!間違ってないね!

 ほのかちゃんは入学試験で見た達也くんの魔法が、とても丁寧で綺麗だったから覚えてるんだって。ラグがなかったとかなんとか。術式にラグを出さないようにって難しいけど、達也くんはそんなものを出さない、最効率の術式とかなんとか。

 

 そんな深雪ちゃんが教室に入ってきたんだけど、すぐに男子生徒に囲まれた。深雪ちゃん可愛いからね。昨日の総代としての挨拶でA組ってわかってたから男子は早目に学校に来たんじゃないかな。

 でも深雪ちゃんもブラコンだからなあ。よく接してるボクがたまに兄妹?って疑っちゃうくらいラブラブだし。

 クラスメイトの女子がいい顔してないなあ。ほのかちゃんたちもどうにかしようとしてるし。

 しょうがない。ボクがなんとかしよう。

 

「あー!深雪ちゃん!!やっぱり同じクラスだったんだぁ!」

「新さん。おはようございます」

「うん、おはよう!」

 

 わざと大きく声を出す。周りの男子は「憧れの美少女」にいきなりちゃん付けするボクをギョッと見てくる隙をついて、深雪ちゃんがこっちに来てくれた。

 なんだっけ?忍びに体術教わってるんだっけ?だから深雪ちゃんはあれくらいの隙間なら縫って出てこられるんだろうね。深雪ちゃんはボクのちゃん付け慣れてるだろうし。

 

「深雪ちゃん、紹介するね。こっちが光井ほのかちゃん。こっちは北山雫ちゃん。試験の時に深雪ちゃんと達也くん見てて、それでご挨拶をって」

「ご、ご紹介に預かりました!みみみ光井ほにょかですっ!?」

 

 あ、噛んで顔真っ赤にしてる。深雪ちゃんを前に緊張するのは仕方ないかも。

 

「北山雫。ほのかとは幼馴染。新は、昨日知り合った」

「新さんはすぐに女の子を引っ掛けるのをやめなさい……。泣かせる女の子がいるでしょう?」

「えー?袖振り合うも多生(他生)の縁だよ?」

「こういう時だけ頭良くならないで。御免なさい、新さんとは旧知の仲で。司波深雪です。一年間よろしくお願いいたします」

 

 ボクへのお小言もあったけど、ミッションコンプリート。深雪ちゃんは相変わらず所作が綺麗だなあ。まあ、いいところのお嬢様だからそうもなるかもね。

 男子の群れから逃れられて、女子のお友達ができる。これが健全な学生生活だと思う。

 ボクは今生で初めての学校生活だけど。

 男子ってダメだなーと思いながら人だかりを見ていると、見覚えのある人を見付けた。まさか深雪ちゃん以外にも知り合いがいるなんて。

 

「森崎くん!?久しぶりだねえ!」

「お前……相田新か!?魔法師だったのか!」

「あれだけドラクエシリーズについて話し合ったのに、それはなくない?」

「CADの性能についてじゃなくて、外装についてばかり話してたら魔法師なんて気付くか!あれはただのキーホルダーとしても人気なんだぞ?それに!お前は二つくらい歳下だと思ってたんだ!」

 

 あー、まあ。二年前くらいはそれで達也くんにもいじられたからなあ。今ではちゃんと身長は168cmあるから、同年代の男子に見えるだろうけど。

 それでも平均より小さいんだよね。あずちゃんと並ぶとちょうどいい身長差だけど。

 森崎くんとは十三歳の時にFLTで会った。家業で使う専用のCADを拵えて欲しいとのことで訪れたんだよね。シルバーモデルが目当てで、家族で来てた。

 そこにボクが出会って、ドラクエシリーズもいいんじゃないって宣伝したわけだ。

 結果、モンスターズシリーズは全く売れなかったけど、他のドラクエシリーズはそこそこ売れたわけ。買ったのは森崎くんじゃなくて、そのご両親とか、血筋の人だけど。

 

「そうだ!あの『光魔(こうま)の杖』ってなんだよ!危うくサイオン切れになりかけて、三日間くらいあの世を彷徨ったんだぞ!?」

「危ないって言ったのに買ったのは森崎くん家じゃない。護衛として使うなら最終手段ですよって説明したでしょ?」

「何でドラクエシリーズにある最終セーフティーがあれにだけないんだよ!それのおかげもあって護衛はしっかりできたけど!!」

「なら良かったんじゃ?今の所、あれって森崎くん家にしか売ってなかったはずだし」

「魔法師生命が脅かされたんだぞ!?」

「護衛対象も無事。森崎くんも無事。万々歳」

「お前本当に変わってないなあ!!」

 

 人がそう変わるもんか。

 ボクにはどうしたって、「11歳のボク」が奥底にいる。それは忘れられないことなんだから。

 旧知の仲の人が他にもいて嬉しかったってことで一つ。皆予鈴がなる前には着席して、担当の先生が来て色々説明をしてからボクの高校生活が始まった。

 




森崎くんは突発な事故で「きれいな森崎くん」になっています。
某青いタヌキ映画の「きれいなガキ大将」みたいなもんです。

あと新作も一時間後に投稿します。


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入学編3

 授業を受けて、というか見学してみて。小学校の頃の授業とはだいぶ違うなって思った。先生が一人一人つかないし、専門的な授業になっていたり、それこそ選択式の授業だったり。

 授業も面白かったけど、楽しみだったのは食事。学食やカフェテリアはとても美味しいとあずちゃんから聞いていたので、お昼休みが楽しみだった。

 

 あずちゃんは生徒会であまり食堂に来られないみたいだけど。ボクも遠くない内にそうなるんだろうなと思って、食堂でご飯を食べてみたかった。

 けど、深雪ちゃんを巡って達也くんのお友達とボクのクラスメイトが衝突。ご飯は美味しかったけど、楽しめなかった。

 

 放課後。ボクは教師に呼び出されていた。何だろうと思っていたら、教職員枠で風紀委員をやってくれないかということだった。風紀委員会は何というか、魔法を使ったりして暴れた人を取り締まる人たちのこと。

 それを聞いて、ボクは首を傾げる。

 

「ボクって実技試験は成績いいかもしれませんけど、実戦は苦手ですよ?」

「まあ、相田なんて名前まともに聞いたことないし、魔法師としては無名だろ?簡単に内情を暴露すると教職員推薦ってやつは存外適当で、だいたい男子最優秀成績者を風紀委員会に送り出すんだよ。中学までの成績なんて当てにならないってわかってるからな。それでも人数は選ばないといけないわけで」

「ボクより適任そうな森崎くんは?」

「ああ、森崎を知ってるのか。彼も教職員枠で推薦済みだ。部活連と生徒会推薦、それに教職員推薦で風紀委員会のメンバーを九人出さなくちゃいけないんだが、部活連が推薦者を一年生から出すのは難しくてな。部活動の新入生勧誘期間の前に部活に入るやつはいないことが原因で」

 

 だから成績が良い男子をとりあえず推薦しておこうと。それくらいしか判断材料がないからと。生徒会推薦の一年生もそうなるんじゃないかな。

 風紀委員会については、あずちゃんにあまり聞いてなかったなあ。

 

「何で森崎くんは呼ばなかったんですか?」

「相田が生徒会の中条と親しいと聞いていてな。生徒会枠で潰されるのを防ごうとしたわけだ」

「大人って汚い……」

「そうだな。森崎には明日にでも伝える。教師としては良い経験になるから、苦手と言わずにこなして欲しい」

「ちょっと考えます」

「ああ。話は以上だ」

「失礼します」

 

 面倒なことになったなあ。部活はやるつもりなし。生徒会は総代になった子が前期は務めるって話だから、ボクがあずちゃんの手伝いができるのは後期になってから。

 だからって風紀委員会は。呪文は使いたいけど、人相手に使いたいわけじゃない。

 呪文は危険だって自覚した。人を殺せる力。それは魔法もそうなんだろうけど、確かに表立って使えない力だよね。隠そうとしてくれた真夜様には感謝しかない。

 でも、どうしても使わないといけない場面だったら使うと思う。それこそ三年前のように、達也くんや深雪ちゃんが危険になったら。

 

 あずちゃんが危険になったら、すぐに呪文を使うと思う。

 学校に預けていたCADを返してもらってそんなことを考えながら、今日は帰ろうと思ってあずちゃんに連絡して一人で帰ろうとしたら校門の前で騒ぎが起きていた。

 あれ、達也くんたちじゃん。もしかしてお昼みたいにまた深雪ちゃんを求めて口喧嘩してるの?深雪ちゃんの気を引こうとしたら逆効果だよ。

 

 深雪ちゃんに取り入るなら、達也くんを本心からヨイショしないと。三年くらい付き合ってるボクが言うんだから、間違いない。

 わちゃわちゃ揉めてるなあ。高校生にもなってみっともない。好きな人、憧れの人にちょっかいかけるなんて小学生かな?

 魔法……は禁止されてるか。CADはあるのに。

 じゃあ、朝と同じ手段だ。

 

「ピオラ」

 

 呪文?使いますけど?

 すばやさ、つまり速度だけ上がる魔法。スタミナも上がるから効果が切れるまでマラソンも短距離走もへっちゃらになる。

 これでどうするかと言われたら、全力ダッシュで突っ込むのさ。

 

 

 

 

「深雪ちゃーん!一緒に帰ろー!!」

 

 

 

 

 ボクの大声で気付いた人は気付いて、口を開けている。全力ダッシュの勢いのまま人混みを跳び越える。トベルーラは使ってないよ。

 ちょうど対立してる集団の真ん中に着地。そんでもって深雪ちゃんに笑顔を向ける。

 

「深雪ちゃんごめん!お父さんたちから預かってた誕生日プレゼント渡し忘れてた!だからさ、お詫びついでに何か食べに行こうよ!」

「新さん……」

「お前、何だよ!抜け駆けか!?」

 

 叫んできたのは、クラスメイトなんだけど知らない男子。名前なんだっけ?まともに自己紹介してないからわかんないなあ。

 

「うん、そう抜け駆けー。達也くんにも奢るよ?前祝い。早く行かないと美味しいお店しまっちゃう」

「図々しいな!?俺たちが先に司波さんを誘ったんだ!」

「ねえねえ。深雪ちゃん。ボクと一緒に食事と、達也くんと一緒に帰るの。どっちが良い?」

「……はぁ。今日は予定があるので、お兄様と一緒に帰ります。新さんとはまた今度で」

 

 意図を汲み取ってくれてありがとう。

 決定的なこと言ってくれて、ありがとう。

 

 

「聞いた?一科生(・・・)で、旧知の仲(・・・・)親しいボク(・・・・・)も断られる予定があるんだって。抜け駆け(・・・・)も断られちゃった。『残念』だねー」

 

 

 つまり、親しくもないただのクラスメイトの君たちじゃ深雪ちゃんと一緒に帰る資格がないってこと。君たちは二科生を、ひいては達也くんをバカにしてるんでしょ?

 そんな人と深雪ちゃんが仲良くなるわけないじゃん。

 

「お前は何でウィードの味方をするんだ!ブルームとしてのプライドはないのか!?」

ないよ(・・・)?それに、話の論点ズラさないでくれる?華のあるなしじゃなくて、親しさと家族を選んだ話でしょ?家族と一緒に帰る。それだけじゃん。しかも予定があるんだって。君、兄弟か恋人いる?」

「はぁ!?」

 

 目の前で食ってかかってきた男子に問いかける。彼女はいないだろうね。深雪ちゃんにお熱みたいだし。

 差別用語使っちゃうような人だもんなぁ……。

 

「兄弟が一緒の学校にいたら、一緒に帰るのって変?恋人と一緒に帰るのが、何か変?ボクは少なくとも、魔法師としての優劣じゃなくて、一般的な家族愛とか、人情で話してるんだけど?予定がある人をこうやって引き止めるのは、高校生としてどうなの?──魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できないと務まらないんじゃないの?」

「な、あぁ!?」

 

 逆上してるけど、タイムリミット。生徒会長様が来たみたい。というか、深雪ちゃん?なんで例として恋人を挙げたら達也くんの横顔をチラチラと盗み見てるんだい?兄妹だよね?

 生徒会長がわざわざ来るって、誰かが通報したんだろうなあ。隣の女性は風紀委員会の人かな。それにタイミングが良すぎる気がする。図ってた?

 

「校門前でたむろしている生徒たち!他の生徒の下校の邪魔になっていると苦情が来ています!」

 

 流石に入学式で挨拶をしていた生徒会長の声は覚えていたみたいで、クラスメイトの動きも止まる。

 上級生が二人、勧告に来たんだから。新入生としては固まるよね。

 

「ごめんなさーい。すぐに帰ります」

「あら?あなた、あーちゃんの……」

「中条の知り合いか?」

 

 あれ。あずちゃんボクのこと紹介したんだろうか。生徒会長は入学式の準備でも片付けでも姿を見なかった気がするんだけど。

 

「ボクが説明するから、達也くんと深雪ちゃん帰りなよ。予定、あるんでしょ?」

「新、いい。俺も説明する。すみません、お二方。勉強熱心な深雪のクラスメイトが帰る前に質問がしたかったようで。深雪は総代ですから」

「……まあ、そういうことなら。ただし校門前は他の生徒もたくさん利用します。できるだけ他の人の迷惑にならない場所、範囲で行なってください。騒ぎ立てるようなことではありません」

「生徒会長がこうおっしゃっていることもあるし、今回は不問と致します。以後このようなことがないように。……魔法が用いられていようがいまいが、風紀委員会の処罰対象になりかねないからな」

 

 風紀委員のあの人、多分魔法が使われる直前だったってわかってたんだろうなあ。だからボクたち──正確には一科生の一部──に向ける目線が鋭い。

 

「いいじゃない、摩利。達也くん、ただのお勉強だったのよね?」

「はい」

「ではすぐに解散するように」

 

 摩利と呼ばれた女性の声で、特に睨まれた一科生がすごすごと校門から出ていく。残ったのは達也くんの周りにいた二科生とほのかちゃんと雫ちゃんだけ。

 

「君たちももう帰りなさい。次はないぞ?」

「ベー」

 

 なぜか赤髪の女子生徒だけ注意してきた人にあっかんべーしていた。そんなことする人、初めて見たよ。摩利ちゃんは呆れてる。

 一応頭を下げてから、僕たちも校門から出ていく。その際にほのかちゃんと雫ちゃんを手招きで呼んで、全員に紹介した。

 この二人は止めようとしていたために、他の人たちに好意的に受け止められていた。

 

「新。あれは逆効果じゃないか?」

「えー。そう言われても。魔法師って普通の常識通じないの?ボク、あずちゃんと一緒の学校ってだけで第一高校選んだから、ここまでなんて思わなかったんだけど?」

「それは言うな。俺もこの幼児性には驚いてる。深雪は注目を浴びやすいとは思っていたが、ここまでとは」

「達也くんも大変だねえ。でも、あの二人は大丈夫だから」

「魔法の結果か?」

「そんなことしてないよ。使うまでもないし」

 

 達也くんとそんな話をしてから、達也くんのクラスメイトと自己紹介し合った。ボクと深雪ちゃんとの関係を聞かれたけど、達也くんの妹として仲良くしてるってことを伝える。

 ほのかちゃんが閃光魔法を使ってでも止めようとしていたようで、それをしきりに謝っていた。ボクと達也くんにお礼を言ってたけど、達也くんが例の憧れの人だとわかってほのかちゃんの顔が赤かった。

 あ、ふーん?ボクは何もしないよ?

 あとで深雪ちゃんが怒ったら大変だからね。凍傷になりたくないし。

 

「そういえば新くん?あんな人垣を跳び越えるなんて凄い身体能力してるのね?魔法でも使ったの?今度戦わない?」

 

 さっきあっかんべーをしていた、エリカちゃんからの質問。来るかなって思ってたけど、答えは用意してある。

 この中でさっきボクが呪文を使ったことがわかっているのは達也くんと深雪ちゃんだけだ。

 

「そうだよ。秘密にしてね?止めた側が違反行為してたってなったら問題だから。ボク変なBS魔法師みたいでねえ。身体強化の術式がそこそこ得意なんだ。でもボク魔工師志望だから、戦っても勝てないからね?」

「やってみないとわからないじゃない」

「ボク、そういう近接戦闘で達也くんに全く敵わないんだ。魔法も最低限使えればいいし、求めてるのは知識。戦うなんてとてもとても」

「あー……。まあ、確かに?君、武芸とかはやってないね。護身術とか?」

「そうそう。最低限殴り合えるだけ。で、その殴り合いは達也くんとやったら五秒もたないよ」

「なんで一々俺を基準にするんだ……」

 

 深雪ちゃんに対する達也くん凄いよねえアピールだけど?それに近接戦闘は達也くんに教わったし。師匠を基準にするのは普通じゃない?

 あれ、ほのかちゃんが釣られて達也くんに輝いた目線を向けてる。エリカちゃんも達也くんに興味あるみたいな表情。見せた身体能力をものともしない対応力とでも思われたんだろうか。間違ってないけど。

 魔法あり、呪文ありでも結果は変わらないからなあ。

 

 あれ?これボク、やっちゃった?

 深雪ちゃんによる凍傷コース?

 深雪ちゃんが向ける表情は、とても良い笑顔でした。

 ……今日はあずちゃんに慰めてもらおう……。

 

 




森崎?奴さん真面目に校内探索して地理の把握してたよ。


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入学編4

ちなみに新の達也との戦績ですが。

呪文込みで、上級呪文なしとなると全敗です。
呪文使おうが魔法使おうが、勝てません。
深雪にも、勝てません。


「え?あっくん風紀委員会の推薦受けたの?」

「どうしよっかなーって。聞いた感じ、危ないんでしょ?」

 

 家に帰ってきたあずちゃんとご飯を食べながら今日の話をする。あずちゃんは生徒会長と摩利ちゃんから話を聞いていたようで、校門の出来事は知っていた。

 やっぱり結構前から様子を見ていたらしくて、ボクが人垣を飛び越えたことも知ってるんだとか。呪文ってバレてなければいいや。魔法を使ったって思っていてほしいけど。そんな話から風紀委員会の話に発展した。

 摩利ちゃんは風紀委員長らしい。男の人を推薦したって先生が言ってたから、二位の人は女の子みたいだけど。その子は推薦しなかったらしい。生徒会はどうするのかな。

 

「風紀委員が怪我したとは聞かないけど、危ない仕事なのは間違いないかな」

「ボクに務まると思う?ただの魔法だったらあずちゃんと同じでそこそこがいいところなのに。干渉力がちょっとあるだけだし」

「その干渉力は四葉の傍流ならって納得できちゃうけど。ご当主様からは?」

「特に何にも。呪文を滅多に使うなってくらいで。ボクはどう頑張ったって四葉の後継者にはなれないから。でも点数稼ぎは大事だよね……」

「点数稼ぎ?何の?」

 

 あずちゃんにはまだ言わない。どうせあずちゃんが生徒会長になるんだろうから、その時にメンバーの一人に選ばれても問題なような点数稼ぎの場所を探してるなんてカッコ悪いもんね。

 

「ま、いざとなれば魔法使えばいっか」

「それってあっくんの得意魔法?わたしの『梓弓』と同じで特例がないと学校内でも使っちゃダメだと思うけど……」

「バレなきゃダイジョーブ。パッと見でわかるものじゃないし」

「うーん、いいのかなあ」

 

 多分。悪用しようってわけじゃないんだし、大丈夫じゃないかな。

 それからボクたちは勉強したり雑談したり。ゆっくりとした時間を過ごした。

 

 

 次の日のお昼。ボクはほのかちゃんたちにお昼は生徒会室で食べることを伝えて、申し訳ないけど達也くんたちと一緒に食べてとお願いした。

 それで生徒会室に来たわけだけど、中は厳重なセキュリティで守られてるみたいで、中の人に許可を取らないと入れないんだとか。ボクはあずちゃんに許可をもらってるので、入れるけど。

 中にいたのは副会長以外の生徒会メンバーと摩利ちゃん。ボクのことは知れ渡っているようで、普通に歓迎された。

 

「1ーAの相田新です。あずちゃんがいつもお世話になってます」

「ちょっとあっくん!?」

「はーい、お世話してまーす。それと昨日も会ったけど改めて。当校生徒会長の七草真由美です。隣の市原鈴音ちゃん、通称リンちゃんは紹介済みでしょ?その更に隣がこれまた昨日ぶりだけど、風紀委員長の渡辺摩利ね」

「はい。改めて初めまして。真由美ちゃん、鈴音先輩、摩利ちゃん」

 

 そうボクが言うと、鈴音先輩だけ黙礼。真由美ちゃんと摩利ちゃんは目をパチクリしていた。

 何で?

 

「あっくん……。それはダメだと思う」

「え?何で?」

「何で市原先輩だけ先輩なの?」

「大人の女性だから。それにあずちゃんをいじったりしない人だろうし」

「基準そこなの!?」

 

 生徒会と摩利ちゃんの話はちょくちょくあずちゃんから聞いてたけど、この中で誰を一番敬うかなと考えたら鈴音先輩だ。摩利ちゃんは真由美ちゃんと同類って話だし。

 このメンバーでヒエラルキーをつけるならトップは鈴音先輩だ。それにこんな綺麗な人をちゃん付けする勇気はないね。

 

「あ、摩利ちゃん。ボク教職員推薦の風紀委員やることにしました。よろしくお願いします」

「う、うん?君は丁寧なんだか失礼なんだかわからないな」

「公使は使い分けますから」

「まあ、この面子ならいいか」

 

 摩利ちゃんの了承を得ると、他にもお昼に用事があった人がいるみたい。誰だろうと入り口の方を見ていると、入って来たのは目を丸くした達也くんと深雪ちゃん。

 

「新。何でお前がここにいる?」

「それはこっちのセリフだよ!ボクほのかちゃんと雫ちゃんに達也くんたちと一緒にご飯食べてって言って断ってきたのに!」

「俺はそれを知らないんだが?深雪は?」

「わたしは事前に生徒会室で食べることを伝えておきましたので。でも新さん?勝手な約束は困ります。お兄様にも予定があるのですから」

「今謝るよ……」

 

 すぐにスクリーン型の端末を出して、二人宛に謝りのメールを出す。昨日のうちに連絡先交換しておいて良かった。

 二人からすぐに返信が来て、了承の返事が来て一安心。

 

「その、何だ?君たちはだいぶ仲が良いんだな?」

「自分と新は幼馴染なので。その関わりで中条先輩にも何度か会っています」

「はいー。達也くんと仲が良いということは知ってたんですけど、深雪さんは知りませんでした〜」

「あーちゃんもホントに、どこに交流関係があるかわからないわねー」

「会長!後輩の前であーちゃんはやめてください!」

「新くんのあずちゃん呼びは許してるのに?」

「むむむむ……」

 

 あずちゃんじゃ真由美ちゃんに口論で勝てないでしょ。相手は十師族なんだから。今も頬を膨らませてるあずちゃんが可愛いから止めないけど。

 こういう表情を引き出してくれる真由美ちゃんには感謝。

 

「それでは皆さん。まずはご飯にしましょうか」

 

 ダイニングサーバーで作られたご飯を食べながら、達也くんはボクがここにいる理由は納得していた。あずちゃんと一緒にご飯を食べるとしたらここしかないんだよね。特に今は新学期で忙しそうだし。

 深雪ちゃんは真由美ちゃんと摩利ちゃんの呼び方に深いため息をついていたけど。ボクはあずちゃん一筋なんだし、呼び方なんて気にしたって無駄だってわかってると思ってたけど。

 ご飯が終わったら、深雪ちゃんを呼び出した本題である生徒会勧誘について。

 それで深雪ちゃんのいつものご病気で達也くんすごいから一緒に生徒会活動やらせて!って話になったけど、規則でダメってことで深雪ちゃんが諦めた。そのまま深雪ちゃんだけ生徒会に。

 そこへ摩利ちゃんが悪い顔で達也くんを風紀委員にしようとした。達也くんはまだ実力見せてないのになんで?って思ったら深雪ちゃんが推す人材ってことと、あえて二科生だからとのこと。この差別的な風潮を無くしたいからだって。

 あとはボクと仲が良いから。

 

「なぜ新を交渉の材料に?」

「ボクが風紀委員になったから〜」

「え?新さんが?」

 

 深雪ちゃんが驚いてる。ボクのへっぽこっぷり知ってるもんね。達也くんと戦っては土を舐めさせられ。魔法を使った戦闘は四葉の人たちからしたらてんでダメ。ボクにできるのは干渉力によるゴリ押しか、秘密兵器による不意打ちだけ。

 達也くん相手に呪文使っても、というか使おうとしたら距離詰められて負けることも多々。

 四葉の魔法師の中じゃ最弱じゃないかな?カタログスペックだけ見たら平均になっちゃうけど。

 

「なんだ?何か問題があるのか?」

「こいつは自称していますが、その。戦闘に至ってはてんでダメなので……」

「何?相田は一応自分から風紀委員になると言ったんだぞ?」

「……こいつの理由は察しました。そしていつもの、楽観病でしょう。しかし、自分はそんな新よりも実技の成績が悪くて二科生なんです」

 

 さすが達也くん。察しがいい。そしていつもの謙遜も。うん?深雪ちゃん、何?「達也くんを推せ」?

 しょうがないなあ、もう。

 

「摩利ちゃん、達也くんはねえ。実技はダメかもだけど、実戦だったら誰にも負けないんじゃないかな。それに達也くん、魔法式の解読ができるし」

「おい、新」

「魔法式の解読って……。使われる前にどんな魔法かわかるってこと?」

「そうそう。達也くんの知識にない魔法だったら無理だけど、古式以外はほとんど知ってるでしょ?だから達也くんは、この学校の生徒が使う魔法のほぼ全部を見抜けますよ」

「それは興味深い」

 

 摩利ちゃんが深く頷くけど、昼休みではここが限界だった。午後の授業が始まっちゃう。

 続きは放課後、ということに。

 

「恨むぞ、新」

「ごめんね。ボク深雪ちゃんに凍らされるのは嫌なんだ。あずちゃんを悲しませる」

「そこまで手加減ができないわけではありませんよ。新さん」

 

 うっそだあ。いつも不機嫌になると冷気を出しちゃうくせに。

 それは口に出さないまま、和やかに?自分たちの教室に戻った。

 




明日もう一作品の方を同じ時間に更新します。


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入学編5

とあるCADの独自解釈あります。


 放課後。予定通り生徒会室に来た達也くんはお昼にいなかった副会長の服部くん……はんぞーくんと言い合いになって試合をすることになった。お昼に一回フォローしたから今回は達也くんの顔を立てて何も言わなかったら、案の定深雪ちゃんがキレた。

 で、ハンゾーくんと言い争いになったところで達也くんが喧嘩をふっかけた。本当にこの二人、兄妹のことになると沸点低いよね。

 まあボクだって?達也くんがいない人扱いされたのはムカついたし、あずちゃん貶されたらキレるだろうけど。

 みんなでゾロゾロと見学。試合の準備の際あずちゃんの悪いくせが出た。

 

「達也くんのそれ、シルバー・ホーンのカスタマイズモデル!?しかもストレージも複数とか、どういうことですか!?見せてください!」

「あずちゃん我慢して!アレ達也くんのコネで手に入れた奴だから!達也くんの魔法適性に合わせて注文したものだから!」

「やっぱり一品もの!どんなカスタマイズを!?事情は知ってますけど、すっごい高いんですよ!カスタマイズってなったら流石にシルバーさんに会っているのでは!?」

「あずちゃん!今度ドラクエシリーズの最新作都合するから!」

「それはそれでもらいますけど、シルバー・ホーンも見たいです!部品やデータだけなら見たことはありますけど、実物がそこにあるんですよ!?」

「二人つまみ出すぞ!!」

 

 摩利ちゃんの一喝で演習場の端っこに正座することになったボクたち。こしょこしょ話で一応シルバー・ホーンについて説明して、達也くんのコネで何とか手に入れたもの。ボクも口添えしたって話をして何とか説得した。

 あと、深雪ちゃん。こっち睨まないで。あずちゃんトーラス・シルバーの正体までは知らないから。達也くんのファンなだけだから。達也くんにもあずちゃんは渡さないから。

 ボクたちが静かになったことで、試合は始まった。一瞬で終わったけど。

 達也くん瞬殺。ほらー、達也くん強いでしょ?ボク全く動き見えなかったもん。

 

 それから鈴音先輩が見た限りの解説をして、あずちゃんがシルバー・ホーンによるループ・キャストの解説をして。はんぞーくんがサイオンの波に酔ったことを証明して。

 達也くん風紀委員決定。良かったね、深雪ちゃん。

 その後は仕事の説明ということで風紀委員会の詰所に案内されたんだけど、汚部屋だった。これに見かねたボクと達也くんがここの掃除を始める。魔工師志望として、そしてプロとしてこんな汚い現状を許せないんだよね。

 そうして掃除していくと。

 

「え?うえええ!?達也くん、これ!ローゼンの最高級モデルじゃないの!?型番は古いけど、今も人気の非接触型エキスパートモデル!」

「ん?ああ、そうだな。まさかそんなものがここで埃を被っているなんて……。宝の持ち腐れだな」

「うわ、これちょっといじれば全然使えるよ?あずちゃん!ちょっと降りてきて!ローゼンの腕輪型ハイエンドモデル27型があるよ!今やプレミアついてて日本じゃまずお目にかかれない!!」

「行きます!」

 

 生徒会室と繋がっている階段の上へ呼びかけると、すぐに降りてくるあずちゃん。そして27型を見て二人して発狂する。

 

「何で!?なんでこんなところにA級ライセンス持ちも使用しない超ハイエンド機がここに……!保有サイオンが尋常じゃない人向けの、ゲテモノCAD!!」

「調整難しいって聞くけど、どう難しいんだろうね?あずちゃん、この後部屋借りて調整しちゃおうよ!これ達也くんか深雪ちゃんなら使えるって!」

「このハイエンドモデルが動くところが見られる!?わたし、早速部屋の申請してくる!!」

「待て中条!生徒会としての仕事はいいのか!?」

「罰として服部くんに全部押し付けます!」

 

 ダダダダー!という勢いで部屋を出ていくあずちゃん。それにしても、こんな身近にあった高級品にあずちゃんが気付かないなんて。

 その理由はこの風紀委員会が男所帯で怖すぎて、近寄れなかったんだとか。あずちゃんらしい。

 ローゼン・マギクラフトって日本支社もあるけど、お家騒動か何かで日本への心象悪かったから最高級品については卸していなかったはずなのに。こんなところでお目にかかれるなんてなあ。

 

「それにしてもプレミアがつくとか言ってたが……。いくらするんだ?」

「達也くんのフルカスタマイズシルバー・ホーンが三つ買えるくらい?」

「……日本円で?」

「二億くらいでしょうか。それが二つですからね。新と中条先輩がこうなるのも頷けます。……ああ、『当時の値段で』です。今はその数倍はかかっているかと。A級ライセンスを持っている拘りのある方なら、是が非でも欲しい逸品ですね」

「それが埋まっていたわけか……。買ったのは誰だ?」

 

 その疑問はしばらくわからなかったけど、後日津久葉夕歌さんが備品として自腹で買ったものだということがわかった。一高OGの、四葉の分家のお姉さん。最高級品を、しかも外国の技術に触れることで魔工師を鍛え上げようとしたんだって。

 達也くんたちが魔法科高校に進むなら一高に行くだろうから、それも含めての出資だったみたい。もっとも夕歌さんも何で風紀委員会にあったのかは知らないみたいだけど。

 

 あずちゃんを待っている間、風紀委員として見回りをしていた辰巳先輩と沢木先輩が来て挨拶をした。二人ともかなり鍛えられているようで、すごくしっかりとした体型をしていた。筋肉質な男の人って割と羨ましい。

 辰巳先輩が達也くんの肩を見て二科生だと気付いて大丈夫?みたいなことを確認してきたけど、問題ないと摩利ちゃんが証言。むしろボクの心配をされた。

 まあ、ヒョロっちいし、実戦はダメダメだし。呪文使えないからなあ。困った困った。

 それから最終下校時間まであずちゃんと達也くんと一緒にローゼンの調整をした。深雪ちゃんに使い心地を確認してもらって、実際に起動しているところを見てあずちゃん大歓喜。

 

 採った実証データを次の日先生方に見せたらひっくり返られたそうで。まあ、ローゼンのハイエンドを使いこなせる人がいるのかって話だからねえ。調整も難しいし。あずちゃんならって納得されたようだけど、達也くんが片方をほぼほぼ一人で調整したんだよね。

 ボクはハードの構造を解析してばかりで、調整はほぼあずちゃん任せ。

 ボクがそんなにプログラミングができるなら、ドラクエシリーズだって達也くんに任せないし。そこらの高校生よりはよっぽどできるんだろうけどさ。

 

 

 次の日。一高ではお祭り週間が始まる。各クラブによる新入部員獲得合戦とのことで、これが学校の評判だったり夏の九校戦に繋がるから、学校も上級生も本気で一年生を獲りに来るとのこと。めんどくさ。

 これが一週間もあって、魔法も使われることがあるんだって。それで風紀委員会はその鎮圧をしなくちゃいけない。点数稼ぎのために頑張らないと。

 放課後はフル回転だ。それにあずちゃんが生徒会からの応援で一緒に巡回するらしいけど、心配。魔法のこと考えたら、適任かもしれないけど。

 というわけで放課後。風紀委員会の部屋に向かうと、同じクラスの森崎くんと合流した。こっちに向かってるってことは、風紀委員になったんだ。

 

「相田。もしかしてお前も風紀委員か?」

「うん。森崎くんもでしょ?よろしくー」

「一年生は三人だと聞いたが。もう一人は誰だ?『レンジ・ゼロ』の十三束か?」

「違うよ?E組の司波達也くん。総代の深雪ちゃんのお兄ちゃん」

「司波さんの?ということは入試では調子が悪かったのか?……二科生になったのは残念だが、実力ある人物であれば、這い上がってくるだろう。しかし……双子か?」

「ううん、年子。達也くんが四月生まれで、深雪ちゃんが三月生まれ」

 

 そんなことを話しながら歩く。外はもうテントを出したり、演目のための準備をしたりして騒がしい。それだけ重要視してるんだろうなあ。

 

「ドラクエシリーズ、また新しいのが出ていたな。『氷の杖』、凍結魔法専用の特化型だったか」

「そうそう。カスタムすることよりも、先に搭載する魔法を決めてそれしか使えないようにする専用CAD。『光魔の杖』もコンセプトは似てるけど、あっちはまだいくつか幅があるからね。今回のはCADの調整をしなくていい、調整師を必要としない奴。まあ、メンテくらいならFLTでできるし、ある程度スキルがあれば直したりも調整もできるけど」

「その人間に合ったCADではなく、誰でも同じような効果を発揮する画一的CADか。CADごとにある程度の特性はあったが、まさか魔法まで固定させた物を出すなんてな」

 

 でも欲しかったんだよね。最初のドラクエシリーズだって単一の特化型CADだし。それとほぼ一緒なんだけど、道具は作れそうだったら作りたかったんだよね。

 

「サイオン量とかによって少しは威力や範囲は変わるだろうけど、ある程度ブレ幅を整えたから、ほとんど同じ性能にしかならないようにはなってる。込める最大値と最小値が定められてるから。アイス・ピラーズ・ブレイクのために結構注文は入ったみたいだよ?」

「あれば便利だろうな。しかし見た目はただの杖だよな?ドラクエシリーズとして統一されて出される意味がわからないぞ……?」

 

 今の所、ボクしか知らない知識だからね。そうやって話していると、後ろからこっちに向かってくる足音が。先輩かなと思って二人して振り返ると、達也くんだった。

 

「達也くん。ヤッホー」

「ああ、新。そちらの人は?」

「ボクのクラスメイトで教職員枠の──」

「自分で自己紹介する。森崎駿だ。初めまして、司波達也。妹の司波深雪さんとは同じクラスだ」

「妹が世話になっている。1ーEの司波達也だ。生徒会推薦になる」

「生徒会。司波さんの推薦ということか?」

「それもあるけど、ちゃんと真由美ちゃんの推薦だよー」

「相田。お前、生徒会長に対して名前をちゃん付けとか正気か?あの人は十師族だぞ?」

「そういう差別反対だなー」

 

 お家が偉いからへりくだるとか、ホント嫌。お国のために頑張ってると言っても、真由美ちゃんはまだ学生なんだし、ただの先輩なんだから。利用する時は利用するけど。

 流石に自分の家の当主、真夜様相手とか、正式なパーティーとかの場だと相応の態度を取るけど、ここは学校なんだから。

 一人の女の子として接しないと、真由美ちゃんが可哀想だよ。

 

「新。十師族ということは抜きにしたって、あの人は先輩だ。先輩に対する態度を取れ」

「んー?善処するよ。でも癖だからねえ」

「教室でも司波さんをちゃん付けしていたよな……。同級生とはいえ、あんな綺麗な人をちゃん付けするお前の心臓はどうなってるんだ……?」

「どうする?達也『お兄ちゃん』。森崎くん、深雪ちゃんにお熱なんだってー」

「なぁ!?」

「……誰が誰を好きになろうが、勝手だ。深雪が誰を選ぶのかもな。深雪の学校生活を邪魔しなければいい。それと、『お兄ちゃん』はやめろ。お前本当に中条先輩に怒られるぞ?」

「あずちゃんはその辺りわかってるよー」

 

 冗談が通じないなあ。森崎くんは顔真っ赤だし。

 クラスの大半は深雪ちゃんにお熱だよねえ。他にも可愛い女の子多いのに。いや、深雪ちゃんが別格なのはわかるよ?

 だからって、ねえ?それを一歩引いて見てみるとって話。クラスの女の子の男子評価、ひどいと思うよ?

 こんな軽薄そうなボクよりも。

 

「ゴホンっ!司波達也。二科生になったのは残念だったが、司波さんと同様、優秀なんだろう。きっと君は入試で101番だったんだろ?それなら仕方がない。風紀委員で挽回すればいいんだから」

「……何か勘違いしていないか?俺は実力で二科生なんだが?」

「だが、風紀委員になる力はあるんだろう?」

「達也くんは実戦は凄いからね。森崎くんと一緒」

「『クイック・ドロウ』の森崎一門と比べられても困るんだが。まあ、いい。集合に遅れるわけにはいかないからな」

 

 二人って似た者同士な気がするんだけどなあ。二人ともボディーガードみたいなことが仕事なんだから。そんなことを考えながら部屋に入って、先輩方に顔通しをする。その後摩利ちゃんから仕事の説明をされて、ボクはあずちゃんと一緒に校内を巡ることになった。

 

「さすが摩利ちゃん。わかってる〜」

「相田。お前、渡辺委員長にもそんな感じなのか……?」

「森崎、諦めろ。新はこうなってしまったんだ。今更戻せない」

「私も慣れてしまったよ。妙に上下関係で縛っても意味はない。それは一科と二科の確執と同じだからな。そういう意味では森崎。君はそういう上下関係を気にしていないのか?達也くんと問題なくやれそうなのは嬉しい限りだが」

 

 ボクのクラスメイトのように、華があることを威張ることが普通だったら、ボクや森崎くんは異端になる。

 そうは思いたくないけど、それだけ根深い問題っぽい。だからこそ、摩利ちゃんは改めて聞いているんだろうけど。

 

「……結局、その区別は一高の中にしかないものです。上の魔法大学にはありません。そして二科生であっても、優秀な者なら入学できます。それ以前に。社会に出れば一だの二だの関係なく魔法師の一人として見られます。十師族や二十八家ならともかく、それ以外の魔法師であれば大別されないでしょう。そして、どんな魔法師でも、実戦では一つの命です。

 力を持っていても、命は一つです。守る側も、守られる側も。自分は一年前、偶発的に魔法師による事件に遭遇し、一般人を守りました。その無茶で数日寝込みましたが。自分は誰かを守れた(・・・・・・)のです。まだまだ魔法師とは呼べない未熟な自分が、その時なりふり構わず行動した結果、守れた命があるのです。

 そんな自分に、自信を持っています。そして、その日の未熟な自分に笑われないように精進するのみです。護衛対象は選べません。仕事は全うします。そして自分は、森崎に名を連ねる者です。自分は誰かを守る側の人間です。そんな自分が、誰かを貶すことをすると?」

 

「ふむ。君の考えはよくわかった。そして最もだ。だが、魔法師にとって大事なものはイメージだ。プライド──自信を得るために、保つために。誇ることも大事じゃないか?」

「他者と比較する必要はありません。自分は自分です。自分より優れた人間は同学年だけでも三人います。上級生となればもっといるでしょう。自分も、下です。さらに下を見て優越に浸るよりも、上を目指す。そしていつかまた、誰かを守る時に不甲斐ない自分ではいないために。やるべきことをやるだけです」

 

 ほえー。森崎くんちゃんと自分があるんだなあ。さすがボディーガードの名門。そのきっかけが「光魔の杖」を使うしかなかった事件だって言うんだから驚きだ。

 追い詰められた時に親に持たされていた「光魔の杖」でサイオンを思いっきり込めて障壁魔法を作って、魔法を何でも防いだんだって。

 マホカンタとアタックカンタを再現しようとした障壁魔法を搭載したんだけど、サイオンバカ喰いだから使える人が限られるんだよね。達也くんには試作品を二つ渡してあるけど。

 

「そういう人間が風紀委員に来てくれて助かるよ。すまない、確認で時間を取らせたな。三人とも出動してくれ。新くんは上にいる中条と合流して二人で巡回するように」

「「「はい」」」

 

 さーて、初仕事だ!頑張るぞぉ!

 え?達也くん二つのハイモデル持っていくの?使えるものは使う?

 うーん。さすが達也くん。ボクにできないことをやってのけるなんて。

 



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入学編6

「あずちゃん。どこ回る?」

「巡回ルートが他の人と被っても意味ありませんし。とはいえ、校舎近くはテントも多くて揉め事が起きやすいの。順当に考えると、校舎前か校庭かな」

「じゃあ校庭で。もし騒動に遭遇しても、口頭で注意すればいいんでしょ?」

「基本はね。ヒートアップする前に止めれば、魔法の打ち合いとかにはならないから」

「そんなことにもなるの?やだなあ」

 

 あずちゃんと廊下を歩きながらそんな確認を。左腕に風紀委員会の腕章をつけて、あずちゃんは生徒会の腕章をつけている。これがあれば説得できる、のだろうか?そんなので止まるんだったら風紀委員会いらなくない?

 騒動が前提のお祭りってどうなんだろう?お仕事になっちゃったし、頑張るけど。

 騒ぎが大きいところに行ってボクとあずちゃんの腕章を見せることで基本的には問題はすぐ収まる。魔法を使わなくていいのはいいことだよね。

 

 ボクのもあずちゃんのも、極力使わないほうがいい魔法だし。

 そうやって歩きながら、他の応援に行ったりもしながら回っていると、第二小体育館から変なサイオンの波がやってきた。それに充てられて気分を悪そうにしている生徒が多数。

 

「もう、達也くんってば。こうなるってわかってなかったの……?」

「え?これって達也くんがしてるの?」

「あのハイエンド機二つ使った荒技だよ。達也くんにしかできない方法だけど、ちゃんと調整しちゃった超高性能CADなんだからこうなるってわからないかなあ」

 

 過剰なサイオンに充てられて酔ってる人が多数。はんぞーくんと同じ状態だ。寝かしつければ問題ないけど、親友の尻拭いはしないとね。

 というわけでドラクエシリーズの特化型CAD、メタルキングを使って周りのサイオンを調整する。ボクの得意魔法の間違った使い方だけど、あずちゃんにやらせるより、干渉力でどうにかしたって誤魔化す方がいいでしょ。

 あずちゃんも魔法を許可されてるとはいえ、極力使わない方がいいんだし。

 今日はそれ以上の事態が起きなくて一安心。してたんだけどなあ。

 

 

 次の日から達也くんが在校生に狙われるようになった。二科生で風紀委員とか生意気だとかなんとかで。それでしょっぴかれる人も多いけど、それ以外にもいる。

 反骨精神ならまだしも。いや、差別ってダメだけどね?値踏みとか意図的な悪意が多すぎて気持ち悪い。しかもそれがすっごい邪なものだから尚更。

 こっそり魔法を使って達也くんを襲ってる人を確認したけど、全員赤と青の線がある白いリストバンドつけてた。あれって反魔法師の国際的な団体とかいう、実態はテロ団体だった気がするんだけど。

 

 そんなのが生徒に複数いるの?これ、達也くんキレるよ?

 ボクもキレそうだけど。

 あずちゃんと深雪ちゃんの学校生活が順風満帆にいかないなんて困るし。あずちゃんが生徒会長になった時にそんな膿が残ってるのもヤダ。

 真由美ちゃんに押し付けるために、さっさと終わらせた方がいいんじゃないかな?四葉を表沙汰にはできないし、幸い真由美ちゃんの他にもう一人十師族いるし。

 

 そんな二日目のことが終わった直後、学校では話せないと思って家に帰ってから達也くんに連絡をした。四葉の秘匿回線で、あずちゃんは後で説明することにするから今は一人だ。あずちゃんがお風呂に入ってるタイミングを狙った。

 達也くんはすぐに出てくれた。深雪ちゃんもいる。

 

「新か。わざわざ秘匿回線を使ってくるなんてな」

「あずちゃんには二人との関係でこの回線使えないから。ボクたちで結論出してからあずちゃんには話すよ」

「『ブランシュ』、もしくは『エガリテ』のことか?」

「ああ、そんな名前だったっけ?ごめん、そこまで調べてなかった。けど、達也くん襲った人の検挙できてない人全員リストバンドしてたよ。剣道部を初めとして非魔法競技系のクラブ所属。襲撃した後、のこのこと自分の部活に戻ってたよ」

 

 あずちゃんと一緒にいたから全員を把握していないけど。魔法でマーキングした結果、どこの部活かはほとんど把握していた。

 風紀委員会と生徒会の権力って凄いよね。テントとかどこを使っていたかぐらいは全部把握してるんだから。

 

「お兄様?そんな報告、深雪は受けていませんが?」

「俺も考えを纏めたかった。だから深雪、抑えてくれ」

「深雪ちゃん、どうどう。でもホント、さっさと解決しないと。真由美ちゃんと、十文字先輩だっけ?動かそうよ。生徒の何人か、精神干渉魔法か何かで操られてるよ?」

「やはりか。どの程度かわからないが、高校生がテロ組織に加担するとなればそういうものが使われているというのが一番考えられるが……。新、マインドコントロールだったとしても、解除できるんだな?」

「呪文使えばね。魔法の方じゃ精々感知と刺激くらいしかできないから無理。でも末端をどうにかしたって無駄でしょ?頭を潰さないと終わらないよ」

「このことに二つの十師族が気付いているかどうかだな。気付いていなければ叔母上が十師族会議で糾弾してくれると思うが」

 

 それから話し合って、まずはボクが真夜様に連絡を取ること。その決定次第で動くことになったら達也くんにも話すことが決まって、ボクは早速真夜様に連絡を取った。

 真夜様も把握していたようで、学校の方はそこまで問題ないだろうから自分たちの身を守ることが通達された。「ブランシュ」については四葉で本部を調べて襲撃し、穏便に終わらせつつ七草に嫌がらせするとのこと。

 十文字家は当主が身体を弱らせていて三年生の十文字先輩が当主代行をしているために、そこはあまりいぢめないんだって。

 

 ボクと達也くん、深雪ちゃんで一応校内にいる「ブランシュ」の人間を把握しておくように言われた。マインドコントロールが強かった場合、治療が必要だし、第二の「ブランシュ」になることを防ぐためっぽい。

 二人にそのことを伝えて、あずちゃんにも「ブランシュ」に気を付けてって連絡をしておいた。あずちゃんには真夜様と連絡していたことと、もう一つ連絡がある。

 

「あずちゃん、五月頭のお休みに、真夜様がこっちに顔出しなさいって」

「ええっ!?わたし、何かしちゃいましたか!?」

「いや、真夜様が会いたいって。お茶会しましょうって」

「……お茶会という名の、撫で繰り回しじゃないですよね……?」

「多分、それ。久しぶりに抱きしめたいって言ってたから。ボクの彼女なんだけどなあ」

「ふえええ……」

 

 あずちゃんが泣き出しそうになっていたので、落ち着くまで背中を叩きながら抱きしめて眠った。十師族最強の当主って言われてる真夜様に会うだけでもアレなのに、その上抱きしめられて愛でられるんだもの。

 あずちゃんって色々と規格外だよね。

 結論。あずちゃんが可愛いのが悪い。

 

 

 部活動勧誘週間が終わって。あずちゃんとよくお昼を一緒に食べていたんだけど、達也くんと深雪ちゃんが生徒会室でご飯を食べていると、他に来るのが真由美ちゃんと摩利ちゃんだからってなんか居づらいとかそんなでボクらも呼ばれた。

 ご飯を食べたら、摩利ちゃんが達也くんに、有る事無い事言い始める。なんかカフェテリアで女の先輩を言葉責めにしたとかなんとか。それで深雪ちゃんが怒って部屋が凍結という嫌なことがあったけど。

 

 その話の流れから「ブランシュ」が学校に入り込んでるって話になった。それで真由美ちゃんが国の方針を守ってるために後手に回ってるって話。

 それも仕方がないって達也くんがフォローしてたけど。そうも言ってられない現状なんだよね。……達也くん、もしかして真由美ちゃんを口説こうとしてないよね?

 ボクもあずちゃんも「ブランシュ」と兄妹喧嘩に巻き込まれないように息を潜めていた。

 

 その夜、四葉の連絡網で「ブランシュ」の本部を発見。近々大きな行動を起こそうとしているために、全員が集まった時に一網打尽にするんだとか。

 生徒に関しては二つの十師族に任せるって。そこまで四葉は面倒を見切れないんだろうね。

 四葉の宿敵、大亜連合が後ろにいるみたいだから、全力で潰すみたい。

 これでとりあえずは平穏が訪れるかな。

 




今年はもう更新なしの予定です。

良いお年を。


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入学編7

※主人公は深夜によって精神構造を弄られています。


 その次の日、「ブランシュ」に与している、正確には下部組織の「エガリテ」に所属している生徒が放送室を占拠するという事件があった。風紀委員会として招集されたけど、達也くんが力技で解決。カフェテリアで口説いて?いた女の子を教えてもらっていたプライベートナンバーで呼び出して確保。

 女の人のナンバーをもらってたことで深雪ちゃんが怒ってたけど、ボクは離れた場所で不干渉を貫いた。

 

 その後真由美ちゃんがその問題を起こした生徒たちと公開討論会をすることになった。二日後に。上手く押し付けられて良かったと思ってる。四葉として目立つなって真夜様に厳命されてるし。

 正直、その生徒たちの訴え──二科生に対する体制改善──だけど、生徒会に訴えても無駄なんだよね。強いて問題なのは生徒会に選ばれる人間に二科生を選べないってことだけど。

 

 ぶっちゃけ、生徒会なんて一科生という成績に問題のない(・・・・・・・・)外聞のいい(・・・・・)余裕のある(・・・・・)生徒がやるべきことで、一つの指標である成績が悪い生徒がやることじゃない。内申点にも関わってくるし、学校の顔になるんだから。

 九校戦や論文コンペのような、他校生と関わる際にできるだけ箔があったほうがいい。もし成績が凄く良くて、一科生に匹敵する二科生ならなってもいいとは思うけど、そんなの達也くんを含めて若干名しかいない希少種だと思う。

 

 その希少種に任せるか、最初から成績の良い、それこそ新入生総代であった人物と、その人物が認める生徒ならまだしも。九校戦にも選ばれないような、突出した何かがある人物じゃないと生徒会に選んでも学業に支障が出るだけ。

 そういう突出した何かがあるなら、一科生に昇級できるだろうし。一科生が魔法力を失ったとかで繰り上がった例はあるだろうから。まあ、差別の問題になるならそれを撤廃するってことなら賛成だけど。

 

 他の面については正直、どうしようもないんだよね。

 部活動で非魔法系と魔法系クラブで予算云々って演説してる人が廊下にいたけど、CADとかの機材のお金だったり、成績に応じたお金でしょ。それに非魔法系で本気を出したいなら、魔法科高校に来なければ良かっただけ。

 文武両道が無理なら、非魔法系競技で頑張るだけやり込んで二科生であることなんて気にせず熱中すれば良い。両道を選ぶか、一つの道を選ぶか。二科生ということを理由にするなら両道を目指せって話だし、一つの道を選んだのなら魔法のことなんて気にせず打ち込めば良い。

 そこに一・二の差別と魔法・非魔法系競技の待遇差という別の問題を合わせて語るならナンセンスだ。

 

 教員の不足は人材不足でどうしようもできない。国や学校側で決まっていることを、生徒会に言っても無駄。それをするなら国会に突撃しに行くか、魔法協会に書状を出しに行けばいい。

 やってることが悉くズレてるんだよね。だからこんなにも苛立つ。多分耳障りの良い言葉とかに操られてるんだけど。

 討論会が明日に迫った夜。ボクは自宅のソファで瞼の上に暖かいタオルを乗せて寝っ転がっていた。

 

「あっくん、大丈夫……?」

「だいじょばない。学校の至る所に、無理矢理変えられた思想と悪意でごちゃ混ぜになってるんだもん……。さっき戻したし」

「魔法のオンオフってできないんだっけ?」

「普段はできてるんだけど、過剰な悪意とかは身を守るために感じ取れるように、本家で訓練させられて。今回みたいな場合だと、そこにいるだけで感じちゃうんだよね……」

 

 最悪の気分だった。悪意に塗りつぶされた悪意。偽善で誤魔化した本心。心を弄って本来の色を奪って。他の人も蹴散らそうとする汚い心。

 それを感じ取っちゃって、家に帰ってからずっとこうしてる。ご飯も食べていない。あずちゃんにはご飯を食べてもらったけど。

 まさか、不測の事態に対応するためにって受けた訓練がこんな形で裏目に出るなんて。

 ああ、いつもの、「精神の安定化」ができない……。

 

「……差別は、悪いことだとわかってるんだけどさ。これは、オレ(・・)が持ってる側の、花冠(ブルーム)だからかもしれないけど……。魔法科高校に何を求めているんだろう?魔法の専門学校で、魔法の実技や成績が求められているのは当たり前なのに……」

「……うん。でも、マインドコントロールって問題もあるから」

「そうだろうけど……。差別を訴えてる人たちが求めているものは劣等感じゃなくて、魔法以外だったら何でも良いから泡を吹かせたいっていう憎しみなんだよ……!魔法を伸ばそうとか、魔工師としてのスキルを伸ばそう、防衛大に入れるような実戦形式の在り方を鍛えようってものじゃないんだ。見下すような連中なんて全員、魔法師としての力を失うような地獄を見ればいいっていう自滅願望ばっかり浮かべてる……!!」

「うん。……うん」

 

 オレの泣き言に、あずさが手を握ってくれる。

 その暖かさが、オレの心を揉み解すように。

 

「わたしも、持ってる側だから。本当の意味で二科生の人たちの心はわからないと思う。辛い思いをいっぱいしてきたと思う。それを見過ごしたくはないし、できることなら変えたい。けど、わたしたちにそんな力は、ないよ?」

「そうだね……。無理矢理力で変える方法もあるけど、そんなの、人間のやることじゃない……」

「そんなこと、しないでほしいなあ。わたしは誰かのために怒れる、今のありのままのあっくんも好きだけど、皆を笑顔にしちゃうちょっと幼いあっくんも好きだよ?」

「……明日には、戻しておくから。今日はこのままでいい……?」

「いいよ。ゆっくり休んで」

 

 あずさって普段は思わないけど、やっぱりオレより一つだけ歳上なんだよな。「ボク」にとって11歳より上のことは未知のこと。そしていつもなら、基本表に出すのは「ボク」の表層。そうでもないと魔法を暴走させそうだし、悪意を排除できる力に溺れてしまう。

 無駄にプライドの高い、一科生と同じになってしまう。

 だから普段は、オレを沈めて幼い精神性を表に出すことで、悪意に鈍くしている。

 

 そうでもしないと、達也関係で怒って、呪文を使いかねないから。オレを匿ってくれている四葉の人間にも、達也をバカにする人間に対して暴力に訴えかけないから。

 本当に、深夜様に処置を施してもらっていて良かった。

 この、「力に溺れかける精神性」を普段は抑えられるようにしてもらって、良かった。

 そうじゃなかったら、「ブランシュ」をただただ潰すことになっていただろうから。

 

「あら?タイミングが悪かったかしら?」

「ま、真夜様!?」

 

 あずさが素っ頓狂な声をあげるけど、リビングに置いてあったテレビに真夜様が映っていた。秘匿回線で割り込んだのだろう。

 すぐにオレたちは立ち上がる。

 

「失礼しました、真夜様。それで、どのようなご用件でしょうか?」

「構わないわ。伝えることが一つ。『ブランシュ』が明日、第一高校に攻め込むらしいです。安心なさい。その襲撃の前に、四葉で潰しますから」

「ありがとうございます」

「その代わりと言ってはなんですけど。高校に入り込んでいる間者はこちらでは対処できません。おそらくテロ活動をしていると思ってもいないのでしょうけど」

「テロ……」

 

 あずさにはちゃんと伝えてなかったから、そんなことにまで話が進んでいることに驚いたのだろう。いくら魔法科高校に通っているからって、テロの標的になるとは考えていないだろうから。

 「ブランシュ」に気を付けてとしか言ってなかった。

 本格的に関わっているのは「エガリテ」の面々だけ。それだってテロをしている感覚はない気がする。甘美な夢想に溺れているだけ。

 

「新さん。第一高校で特に気を付けないといけない人物は何人?」

「二人です。その二人以外は、簡単な暗示や、ただの言葉だけで活動しているようです。三年生の司甲は特に酷いです。二年生の壬生沙耶香も度合いは酷いですが、まだ処置できるかと」

「三年生の方は『ブランシュ』に義理の兄がいるから、でしょうね。そこまで変えられていると、未熟な新さんでは無理でしょう?」

「……壬生沙耶香の方は、こちらでどうにかします。お手を煩わせて、申し訳ありません」

「謝罪の必要はありませんよ。あなたたち……新さんとあずささんのためですもの。それに新さんに求めているのは魔法ではなく、呪文ですから。……切り捨てる必要がある人物もいると、学びなさい。そこから先、立ち直れるかは他人次第ではなく、自分次第なのだから」

「はい。ご当主様」

 

 オレたちは深く、頭を下げる。

 凄く心配をかけさせているし、手間もかけている。オレもそうだけど、達也と深雪のためにも介入する理由があると踏んでいるんだと思う。その上で魔法師としては未熟もいいところのオレじゃあ、一人を助けるのが精一杯。

 それも、そこまで進行してしまった精神汚染された人物を、四葉で庇う理由が無い。あずさのように優秀じゃないただの二科生を守る理由も意義も無い。だから、同じ学校の、あずさと同じ学年の女子生徒くらいは助けてあげろという真夜様の慈悲。

 

 理由がなければ四葉は動けないし、このまま行けば対処は法による裁判か、今回後手に回っている七草か十文字の手に委ねられることになる。

 そうなったらどんな問題になるか、彼女もどうなるかわからない。その上、第一高校には汚点が残る。次の生徒会長になるあずさにとっても、大きなマイナス点になってしまう。現生徒会だという点も含めて。

 司甲の方は義兄のせいだと言い逃れができるけど、壬生沙耶香の方は何も言い逃れできない。だから、内々に対処しろってこと。

 四葉が「ブランシュ」を潰す正当性としては、「ブランシュ」の後ろに四葉と因縁深い大漢がいるから。そうでもなかったら四葉は動けない。領域としては七草と十文字の管轄なのだから。

 

「報告は以上です。二人とも、五月のお休み、待っていますからね」

 

 オレたちが返事をする前に通信が切れてしまう。一息ついた後、オレたちはソファに腰をかけた。

 

「……やっぱり、真夜様って凄いね。わたしたちじゃ解決できないこと、こうして解決しちゃうんだもん」

「けど、できないこともあるってはっきり言ってたよ。明日、朝早く学校に行かないと」

「無理、しないでね?」

「しないしない。ある人に助けてもらう予定だし。……あー、でも。今日はあずさに甘えたいかな?」

「いいよ。一緒に寝る?」

「それはいつものような……」

 

 とにかくお風呂にゆっくりと浸かって、この前とは逆にオレがあずさに甘える形になった。こういうのも悪くないと思いながら、眠りに落ちていく。

 

 

 翌日の朝。ボクは早めに登校して二年生の教室の前で待っていた。あずちゃんは討論会の準備で、ギリギリまで教室に来ないらしい。ボクは風紀委員の腕章をつけて待っていると、目的の人物がやってきた。

 それまで他の生徒に注目されたのは困ったけど。見覚えのない人物が、風紀委員として教室の前にスタンバッていたら警戒もするだろうけど。

 

「桐原先輩。風紀委員の相田新です。朝早く申し訳ありません。『先日の件で』確認したいことがありまして」

「あー……。朝早くご苦労さん?別の場所の方が良いか?」

「既に空き教室を抑えています。そこで少しお話をと」

「わかった」

 

 こう言えば周りは、達也くんによって止められた部活動勧誘週間の話だと思ってくれる。あながち間違ってないけど。

 近くの空き教室に行き、魔法の効果を確認する。防音の魔法を使ってるけど、正直自信がない。

 

「それで、話ってなんだ?風紀委員は関係ないんだろ?」

「はい。先輩にお力添えを頂きたくて」

「……何で俺なんだ?」

「壬生沙耶香さんを助けるためです」

 

 そう言った瞬間、ボクの両肩を掴む桐原先輩。力込められすぎて痛い。

 この人の心の中を見ていないけど、やっぱりそうかと確信が持てた。例の一件による釈明でもしかしてと思ってたから、ちょうど良い。ボクとこの人で目的が一緒だから。

 

「壬生を助けるってどういうことだ!?やっぱりあいつには、何か裏があるのか!?」

「お、落ち着いてください。まず、ここからは他言無用です。ボクも独自に動いていますので、正直十文字会頭や真由美ちゃん、それに摩利ちゃんにバレたら大目玉です。今の防音の魔法も勝手に使ってます。バレたら、ボクは退学になっちゃうので」

「……わかった。誰にも言わない。お前の恋人の、中条にも言っちゃダメなんだな?」

「あ、あずちゃんなら大丈夫です。知ってるので。でも、時間がないのであずちゃんに相談しても無駄かと」

「そうか……。約束は守る。話してくれ」

 

 ようやく肩から手を離してくれた。それだけ壬生さんのことが大事ってことだろうけど。ボクがあずちゃんを想っているように。

 

「まずボクは、BS魔法師で得意な魔法は系統外魔法である精神干渉魔法『心色判別(カラーズハート)』というものです。それで相手の感情だったり、精神汚染などを見抜けるんですが……。壬生さんは重度の精神汚染状態です」

「ッ!やっぱりか……!くそったれ!」

「その精神汚染も、きっかけがないと成功しないものです。ただ、都合の良いように何重にも魔法を施したのか、記憶にも変調が見られます。それでつけ込まれてしまった理由ですが……。『とある一科生に剣の腕についてすげなく対応されてしまったため』です。もっと詳しく言うと、魔法込みの剣術と、純粋な剣の腕で勝負したら結果は変わるけど、壬生さんは剣道部として剣の腕で勝負したかったらしくて。その一科生は剣術でなければ負けるからと断られたようですが」

 

 摩利ちゃんだけど。摩利ちゃん、剣術ならそこそこ有名な人らしい。エリカちゃんの道場に通っていたとかなんとからしいんだけど、そこが剣術道場だから魔法も鍛えていて、純粋な剣の腕では壬生さんの方が強いんだとか。

 壬生さん、剣道で全国二位だったみたいだし。

 

「誤解するように、壬生をたぶらかしたクソ野郎がいるってことだな……!?」

「はい。で、ですね。そのたぶらかしたクソ野郎は最近の騒動を主導していまして。今日の討論会も動くみたいです」

「何が目的なんだ?」

「ボクは警察でも十師族でもないのでなんとも。表向きは差別撤廃らしいです。そういう耳障りの良い言葉で幻惑させて囲ったのかと。壬生先輩はかなり精神汚染されていますので、剣の腕を買われたとか、たまたまその『すげなく対応』の場面を見ていて使えると思われてしまったのかは不明ですが……。そこまでは、心の中を見ていません。この力、好きじゃないので」

 

 ボクが伝えた言葉を聞いて、桐原先輩は歯ぎしりをしている。好きな人がそんなことに巻き込まれているのなら、そうなるのも当たり前だと思う。

 オレだったら、本当にその悪人を裁きに行ってると思う。なまじ呪文なんて力があるからタチが悪い。

 ……おっと。今は抑えないと。

 

「それで、解決方法です。相手のコンプレックスを粉砕してしまえば精神汚染も止まります。とはいえ、精神汚染について言及せず、相手の望む形で事態の解消がこういったときに取れるベストな対応なんですが……」

「剣で、あいつが自信を持てるような勝負をしろってことか?あいつが考えている、一科生と戦って」

「はい。そういう意味では先輩は最適だと思います。剣術部のエースで一科生。そして、本音で壬生先輩を心配している人がきちんといると。ありのままのあの人を見ている人がいるのだと伝えればきっと、精神汚染は解けるはずです」

「わかった。でも今日動くとして、あいつは討論会に参加しないのか?」

「しませんよ。討論会なんて目くらましでしょうから。この学校の戦力を講堂に集めるための餌です。壬生先輩はおそらく戦力として当てにされているので、何かの実行部隊でしょう」

 

 ここら辺は真夜様からもらった情報を元に話している。相手の目的も、討論会を行なっている時にどの辺りにいるのかもわかってるけど、その情報源を言えないからあまり詳しくは話せない。

 

「ボクは今日、講堂の外を警戒します。それで壬生先輩を見かけたらそのまま張り込んで桐原先輩に伝えます。なので、ナンバーを教えてもらっていいですか?」

「ああ。頼むぜ、相田。あいつを止めるためだったら、俺はなんだってしてやる」

 



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入学編8

 討論会がある午後。ボクは討論会がある講堂の外、さらに言えばそこから離れた場所を巡回していた。真夜様からの連絡で、この学校の図書館にある秘匿文書へのアクセスが襲撃の理由だと聞いたからだ。

 魔法師を無力化するアンティナイトがあれば大丈夫だと思ったのかな?それは安直すぎると思うし、軍事物資のアンティナイトなんてそんな大量に用意できたんだろうか。

 できたとしても、四葉の部隊にやられてるわけだけど。

 風紀委員として渡されている無線機で、達也君に連絡をする。

 

「新か。どこにいるんだ?」

「講堂の外。摩利ちゃんにはもう許可をもらってるよ。達也くん。ボクの代わりにあずちゃんを守ってね」

「……『エガリテ』が動くと?」

「同盟のメンバーは講堂内にそこそこいるでしょ?負けそうになったらなりふり構わず動くかもしれないし。ボクは外で様子を伺うことにするよ」

「何かが起こると確信しているようだな?」

「わかりやすい陽動だよねえ。とにかく、そっちは任せたから。あ、あとそっちに壬生さんっている?」

「いや、見渡した感じいないな」

「そっか、ありがとう。じゃあそっちも頑張って」

 

 通信を切る。真夜様から達也くんたちに「ブランシュ」を潰したことを伝えるなと命じられている。達也くんたちが目立たないようにという配慮なのか、それ以上の理由があるのかはわからないけど。

 もし差別撤廃有志同盟が動くとしても、達也くんたちがいればなんとかなるでしょ。アンティナイトで魔法が封じられても戦える人たちだし。深雪ちゃんは実際使われたらしいけど、無力化されなかったって聞いた。

 ほのかちゃんと雫ちゃんとB組のエイミィちゃんが危ない目に遭ったって話も聞いた。そのことに苛立ってその日もオレが出てきたけど、今はなんとか抑えている。

 

 この破壊衝動、もしくは無力に嘆く心は精神に深く結びついていて、深夜様にも切除できなかったのだとか。だから「ボク」をベースにすることで中和している。オレが浮上してきたら危ないからすぐに魔法で抑えなさいって言われている。

 幼い時の特に考えもせずに呪文を使いたがったものは、その精神が原因なんだとか。もしそのまま生き物に躊躇いもなく呪文を使いたがる精神性を主にしていたら、今頃この身体は消されている。これまでの楽しいことを何も感じられなかったと思う。

 

 

 あずちゃんも好きになれなかったかもしれない。

 

 

 だから、この精神を制御してくれた四葉にはできる限りの忠誠を誓っている。ボクがボクでいられるために、親友である達也くんと深雪ちゃんに隠し事をしてしまう。

 ごめんと思いながらも、彼らを傷付けないために。ボクは四葉の人間として動こう。

 そんな考え事をしながら図書館の方へ出向こうとしたら、竹刀をしまう袋を二つ肩にかけた桐原先輩が歩いていた。連絡つける前に合流しちゃったよ。手間は省けたけど。

 

「相田。壬生を見かけたか?」

「いいえ。ただ、同盟の主要メンバーなのに講堂にいないそうです。もうすぐ討論会が始まるというのに」

「お前の予想通りってことか。お前、知覚魔法は使えるのか?」

「魔法って呼べるものじゃありませんけど。朝言ったように悪意に敏感です。距離にしたらボクを中心に200m半径の円の中に入ったら、知覚できます。壬生さんなら精神汚染が学校内で一番酷いので、円内に入った瞬間わかります」

「頼りになるか、微妙な広さだな。領域干渉魔法としたら破格なんだろうが」

 

 ぶっちゃけ目視できる距離だからねえ。真後ろでも感知できるから、そういう意味では便利だけど。一緒に精神を揺さぶられるから気分が悪くなること必至。なんと使いづらい。

 

「でも、こう考えれば中々使えるかと。相手の目的からして、講堂は確実に囮でしょう。となれば本命は講堂から離れた場所。そしてこの魔法科学校にだけあるものってなんだと思います?」

「……研究に使われる高額な機械群や、実験データに文献か?」

「魔法大学にもありますが、大学は規模が更に上なために攻めるのも一苦労でしょう。その点高校なら精神も質も劣ります。だからウチが狙われたんでしょう。そして実験棟でのデータはあくまでこの学校で収集したデータです。部外者が求めるものはそんな一データより──」

「様々な機密文献の方が、狙われやすいか」

「はい。なので図書館から外に近い場所を張っていれば壬生さんもいるかと思って」

 

 そうして歩いていると、壬生さんを感知した。ボクが立ち止まってある方向を見たことで桐原先輩も悟ったらしい。ボクたちは無言のまま、壬生さんに近付いた。

 場所はクラブ活動でも使われる林の中。様々なクラブが障害物などを模した環境での活動をするために、校内にはこういう見晴らしの悪い林も存在していた。そこに身を潜めていたらしい。

 

「よお、壬生。こんなところで奇遇だな?」

「桐原君!?それにそっちは、一年生の風紀委員……」

「あ、ボクは気にせず。ボクはただ、魔法の不適正使用などされていない(・・・・・・)という証明のためにいるだけですので」

「なんのこと……?」

 

 壬生さんは訝しんでいるが、ボクがそれ以上何も言うことはない。そこら辺の石と同じ。ただここにいるだけの存在だ。

 風紀委員の言葉って基本的に録音されていなくても証明になるんだってね。嘘だったら退学処分になるらしいけど。

 ボク、今日だけでそういうこと数回やってるなあ。バレませんように。

 とにかく、ここからは桐原先輩の仕事だ。ボクは後始末まで待っていよう。端末である操作だけして、近くの木に寄っかかって状況を見守る。

 

 

 二人が正面切って対峙する。どちらも剣を用いる人種であり、そこそこに係わりのある関係性だ。そんな二人のうち、動き出したのは桐原だった。

 背中にかけていた竹刀袋。そのうちの片方を壬生に向かって投げる。

 壬生は受け取った瞬間、重いと思った。普段部活で使っている竹刀よりも、重さでも想さでも重量感を匂わせるものだった。

 

 袋から取り出したものは、刃引きされた模造刀。斬ることは出来ずとも、使えば相手を死に至らせる凶器。

 それに対して桐原が取り出したものは、なんてことのない竹刀だ。それが壬生を苛立たせる。

 いつものような、花を持つ者による侮辱かと。

 

「舐めてるの?それじゃあ打ち合うこともできないじゃない」

「お前は魔法科高校の二年生だろ、壬生。いつ俺が魔法を使わないって言った?」

 

 桐原は腕につけたCADを用いて「高周波ブレード」を使う。耳障りな音を立てながら、その竹刀は模造刀とやりあえる凶器に変わった。

 竹刀と模造刀でぶつかり合えば、へし折れていたのは竹刀の方だろう。だが、一つの魔法でそれは変わってしまった。真剣のような切れ味を持つ「高周波ブレード」とぶつかり合えば、模造刀ですら斬り落とされる。

 そんな、絶望を思わせる変化が気に喰わず、壬生は桐原を睨みつけていた。

 

「あの時は司波兄に止められたからな。望みの真剣勝負だぞ?かかってこいよ」

 

 桐原が竹刀を構える。だが、壬生がそれに答える理由はない。

 勧誘週間の話は、すでに終わったことだ。壬生は今、やるべきことがある。

 それは、剣でぶつかり合うことではない。

 左手の指につけられた指輪を、桐原に向けようとして──。

 

「そこまで堕ちたか!?壬生ぅ!!」

 

 自己加速術式を用いた桐原が、アンティナイトによるキャスト・ジャミングを行う前に壬生の左腕を掴んでいた。キャスト・ジャミングを用いるにはそれなりの集中力が必要だ。壬生よりも体格が良い男の桐原に力強く握られてしまえば、発動もできなかった。

 

「逃げてんじゃねえよ!お前の剣はこんなものに頼るようなもんかよ!?お前にとって剣は、そんなみっともないもんだったのか!!」

「逃げてなんか……!」

「こんな燻んだ玩具に頼ってる時点で逃げてんだろうが!俺はお前と!剣で戦うためにここにいる!!」

 

 桐原は掴んでいた手で指輪を強引に抜き取り、そのまま拳の中で潰した。

 それが、彼の怒りを示すように。

 

「お前は玩具の指輪もらって喜ぶ女かよ!?そうじゃねえだろ!他人からもらったものじゃなくて、自分の力をつけるために邁進したから、全国っていう頂きに立てたんじゃねえのかよ!?」

「……ッ!」

 

 

 

 

「あの頃のお前はどこに行きやがった!そんな誇れるものを持ちながら、相手の魔法を封じるクソッタレなもんに魂を売って!それが剣っていう道を歩んできたお前の本心か!?相手を弱らせる手段に、どこに道がある!?どこに誇りがある!!壬生沙耶香の剣は、どこにいった!!!」

 

 

 

「……さい……!」

「聞こえねえよ!!」

「うるさい!あなたに何がわかるのよ!?剣術部のエースで、一科生で!私にないものをたくさん持ってるあなたが!私の何をわかるっていうの!!」

「俺の人を殺す剣にはない、綺麗な剣をお前は示してくれた!殺す手段の剣じゃなく、人を活かすための道があると、お前が教えてくれた!!」

 

 桐原は父の影響で、魔法を併用した剣術。詰まる所の人を殺すための剣を学んできた。誰かを守るために、そんな剣が必要なのだと学んできた。

 だが、それとは異なる、純粋に技術を。技を。道理を。想いを伝える剣があるのだと知った。全国を制した女性の剣は力だけのものだったが、壬生の剣は美しいものだと思えたのだ。

 

 真逆のものがあって良いのだと。

 そして彼女のような剣を伝える者がいるからこそ、剣術という危ないものを扱って良いのだと。

 剣術が命を奪い、命を守るものならば。

 剣道は心を導き、心を守るものなのだと。

 

 

 それが汚された今、彼は憤っているのだ。

 彼女が救ってくれたからこそ、今の自分はここにいるのだと、伝えたかった。

 

 

「お前が持ってないものを俺が持ってるように!俺が持ってないものをお前が持ってるんだよ!こんな単純なこと、剣をぶつければわかるだろうが!そこまで目も心も淀んでるなら、俺が叩き直してやる!!」

 

 桐原が振り上げた竹刀を見て、壬生は咄嗟に硬化魔法を模造刀に用いて上段から来る攻撃を防いだ。

 言葉で通じないなら、剣で語るまで。そんな想いが全身から溢れているようだった。

 そんな桐原の様子を見て、壬生は何度も突っかかってきた桐原の剣を思い出す。

 

 

 一科生である彼はいつだって、二科生である自分に憤っていなかったかと。

 

 

 それこそこの一年ほど、何度も剣をぶつけてきた。違う部活だというのに。剣術部のエースが、劣等生であるはずの二科生相手に。

 その時の彼はいつだって、怒ってはいなかっただろうか。

 何度か負かしたこともあったが、それは二科生である壬生に負けたから、もしくは男が女に負けたから。なんて自分自身に怒っているような表情ではなく。

 いつだって怒りは、壬生沙耶香の先に向いていたのではないか。

 

 

 いや、正しくは。

 

 

 桐原の怒りは壬生が感じたように、壬生の剣を変えた元凶に向けたものであり。

 剣を曇らせている壬生自身の弱さに向けたものであり。

 一年もかけて彼女を救えなかった、無力な彼自身への怒りだった。

 

 

 そんなことに気付きながらも、壬生は桐原の剣を防ぎ、時には攻め立てた。

 お互い使っている魔法は一つのみ。その魔法の差異を除けば、二人が競っているのは純粋な剣の腕。

 剣術と剣道という、在り方の差こそあれ。

 同じ剣でぶつかり合っていた。

 

 勝負を分けた一撃は、二人の想いの差か。

 桐原の上段からの一撃を壬生が受ければ後々に残りかねない傷を負わせることになると思い、惚れた女性に与えたくないためらった一瞬。

 その一瞬を、剣士としての壬生が破っただけ。

 綺麗に小手が決まり、桐原は竹刀を地面に落とす。膝をつくことはなかったが、右腕が折れている感触があった。

 剣を落とした段階で、桐原の負けだ。

 

「……お前は強いんだよ。一科生より。くっだらねえ。剣も魔法も、自分で努力して伸ばすだけだろ。高校くらいで才能に見切りをつけるなんてアホだ。二科生が今まで試験で一度だって100番以内を取らなかった訳でもねえし、一科生だって才能とプライドに胡座かいてれば落ちるに決まってんだろ。……俺は、憎しみで剣を振るうお前なんて見たくなかった。悪いな。そんな一言が言えなくて、この一年間散々突っかかった。お互い、随分遠回りしたな」

「あ、あぁ……」

 

 壬生が桐原の言葉を聞いて。

 自分のこの一年を振り返った瞬間。

 とある少年の小さな呟きとともに、壬生の中にあった黒い塊が、身体の外へ排出された。

 

 

 ひとまず成功っぽい。魔法も使ってみて、壬生さんの心はだいぶ落ち着いてることがわかった。これで彼女は大丈夫かな。

 いきなり気を失って倒れそうになったところを、桐原先輩が抱き留めたけど。

 

「相田。お前が何かしたのか?」

「はい。先輩、腕を見せてください」

「魔法で固定してくれるのか?」

「いいえ、治します。ベホマ」

 

 呪文を使った瞬間、桐原先輩の腕がくっつく。うーん、骨折を一瞬ってやっぱりおかしいな。

 緑色の光が腕を包んだ瞬間、痛みが引いたのか桐原先輩は顔を顰めていた。折れたと確信していた腕が動かせたら、そうもなる。

 

「何した?」

「おまじないです。ボクがやったこと、秘密ですよ?壬生さんには、咄嗟に硬化魔法使ったとか籠手を仕込んでおいたとか、適当に言って……ダメか。彼女の精神安定のためには、そんなこと言うべきじゃない。うーん……仮病使ってくれます?」

「罅入ってたことにして、数日で治しましたってことにすんのか?」

「はい。最悪、ボクが治したって壬生さんには言っていいですよ。BS魔法だって言ってくれれば。ああ、それなら怪我したフリもいりませんね。だってここで二人は何もしてなかったんですから」

「そうか。……ありがとうな、相田」

「いえいえ。ただし、秘密厳守でお願いしますよ?」

「ああ。男の約束だ」

 

 呪文のことだけど、呪文とは言ってないから大丈夫でしょ。最悪FLTが開発したベホイミもどきを使ったって言い張ればいいし。

 

「ええ、お願いしますね?もしバラしたら、先程の愛の告白を全校生徒に流しますから」

 

 ボクが取り出した端末を見て、桐原先輩の顔が青くなる。これでさっきまでのことを録音していたことに気付いたのだろう。

 

「なっ!お前!?」

「風紀委員の方では録音してなかったので、学校にはバレませんよ。でも、ボクとの約束を守ってくれなかったらこの音声を適当にネットの海に流しちゃったり?」

「クソみたいな脅しだな!?そんなことされなくても約束は守ってやるよ!!お前のおかげで壬生を助けられたんだし!男の約束でビシッと終わりで良かったじゃねえか!?」

 

 まあ、基本ボクの趣味だよね。壬生さんの立場が悪くなるから、呪文のことバラされても流すわけにはいかないし。それに気付かれたら保険でも何でもないんだよね。

 まるで愛の告白をしていた桐原先輩がカッコよくて弄りたかっただけだ。

 

 この後、講堂で大きな騒ぎはなく。司甲だけ確保したって話は聞いた。

 壬生さんは図書館襲撃未遂だったために学校の裁量で放送室立てこもりについては不問。ただしマインドコントロールの件で入院することに。大丈夫だけど念のためってやつ。

 他数人剣道部で入院する人もいたけど、ひとまずの脅威はなくなったかな。達也くんには四葉が出てきたことがバレたけど、見逃してくれた。「ブランシュ」って言う脅威がなくなったのはいいことだし。

 

 入学してから面倒だったけど、これで当分は安心して過ごせるかな。

 




学校襲撃はなくなったのでブランシュ本部襲撃もなくなってます。四葉によって滅ぼされていますし。

入学編はこれでおしまいです。桐原先輩はこの後ちゃんと壬生さんと付き合い始めます。


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九校戦1

 春の一件から数ヶ月。平穏な生活を送れた。善きかな善きかな。

 四葉の本家に行った話?分家含めた数々の女性陣にあずちゃんが可愛がられただけですけど、何か?皆あずちゃんのこと好きすぎない?ボクの婚約者なんだけど。

 あずちゃんもあずちゃんでさあ。四葉でもう使わなくなったお古のCADもらってもらうたびに女性の方々に大好きって言うのやめない?確かに市場に出てないレアCADだけどさあ。

 

 津久葉夕歌さんにローゼンのCADについても聞いたし、ちょこちょこっとしたボクの調整もあったけど、そこまで特筆することはなかった。黒羽亜夜子ちゃん主導による女装大会が始まったことには遺憾の意を表する。

 文弥くんの気持ちがわかったよ。なんで四葉の女性陣ってあんなに強いんだろうね……。押し切られてしまった。今頃分家で写真が出回っているし、深雪ちゃんには大層笑われた。達也くんには肩ポンされた。慰めなんて求めてないよ!

 

 とにかく。七月になって期末試験が終わって。九校戦に選ばれる重要な資料になるからって全学年必死に試験を受けた結果が張り出された。上位だけだけどね。

 その結果理論・実技・総合全て三位だった。入学時点から変化がないって。

 理論は上に達也くんと深雪ちゃん。二人に勝てないなあ。実技と総合は深雪ちゃんと雫ちゃんに負けた。実技の方が加点高いらしいから仕方がない。

 

 森崎くんは実技四位、理論十五位で総合五位。ほのかちゃんが実技五位、理論五位で総合四位。なんでほのかちゃんが二つ五位なのに総合は四位だったかっていうと、理論四位に二科生の吉田くんって人が入っているから。彼は実技の点数が良くなかったので総合には上がってこない。達也くんと同じクラスらしい。

 他にもE組の皆が、達也くんと仲が良い人たちが理論で好成績を納めていた。達也くんが勉強会を開いたとか。ボクはあずちゃんと二人で勉強していたためにそれには参加しなかった。

 

 あ、あずちゃんも全部一位取ってた。やっぱり才女だよね、あずちゃん。実技一位なのに九校戦では選手じゃなくエンジニアなために真由美ちゃんが頭を抱えていたけど。

 達也くんが実技で手を抜いているんじゃないか疑惑で職員室に呼ばれるというなんともな出来事もあったけど、四月のような事件があったわけじゃない。平和が一番。

 そして九校戦に出る選手を選ぶ中でボクにも声がかかった。部活連の部屋に行くと、十文字先輩が椅子に座って待っていた。この人本当に高校生?って疑っちゃうような体格の良さと雰囲気がある。安心感があるとも言う。

 

「相田。お前は一学年男子一位ということで九校戦新人戦に出場してもらう。差し当たっては得意魔法などによって出る競技の希望を聞きたい」

「あのー。エンジニアじゃダメですか?あずちゃんから人材不足って聞いたんですけど」

「何?」

「摩利ちゃん辺りなら知ってると思うんですけど、ボクってあずちゃんと同じタイプで魔法師としてはてんでダメでして。エンジニアとしてなら親に鍛えられてるから貢献できそうだなって思うんですけど」

「……そうなると男子で有望な人材がいなくてな。十三束は知っているか?あいつも魔法適性の問題で成績は良くても選手としては選べなくてな」

「あー。知ってます」

 

 「レンジ・ゼロ」の異名を持つ男子だ。接近型術式解体が得意だけど、それだとモノリス・コードもアウト判定だからどうにもならないとかって摩利ちゃんが愚痴ってたのを聞いた。彼、森崎くんの次に成績良い男子なんだよね。

 女子は成績を見る限り結構優秀そうだけど、男子はそうでもないのか。実技の成績も上位って女子ばっかりだったし。

 

「えーっと。一応できそうなのはアイス・ピラーズ・ブレイクですかね。干渉力だけはいっちょまえなので、防御に徹してチマチマ削ればできなくはないかも、くらいですが。他は全滅です。まともにサイオン弾も使えないので早撃ちは論外。波乗りもテニスも加速魔法が苦手なのでどうしようもないかと。マルチキャストも二つが精々ですし」

「わかった。前向きな意見助かる。それとエンジニアと言うんだから、自分のCADくらい調整できると思って良いな?」

「はい。エンジニアはいらないかなーって。詳しい規約を教えてもらえればそれに合わせます」

「よし。聞きたいことは以上だ。時間を取らせて悪かったな」

「いえ、そちらこそお疲れ様です。それじゃあ、失礼します」

 

 そんなやり取りをした後。お昼休みに九校戦の準備で大変そうな生徒会をご飯あとに手伝っていたら真由美ちゃんにいきなりこんなこと言われた。

 

「新くん。あなたには新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場してもらうことになりました」

「「……はい?」」

 

 ボクと声を揃えたのはあずちゃん。一緒にいた達也くんと深雪ちゃんも眉を顰めている。

 いやいや、何言ってるの真由美ちゃん。

 

「ボクのダメダメっぷり、教えたよね?なんでモノリス・コード?」

「人がいないのよ。ほら、新くんって人垣跳び越えたり身体能力高いじゃない?それに風紀委員としても検挙率そこそこだし。モノリス・コードに森崎くんも選んだから、相性も良いだろうし」

「うわー。貧乏くじだ。達也くん、勝率は?」

「相手次第だろうが、お前がボコボコにされておしまいだろうな。お前は直接戦闘に向かない。だが、ずっと隠れて奇襲するならやりようはあると思うぞ?アタッカーのサポートをするならお前は向いている。アタッカーを森崎がやるなら、そこそこはできるんじゃないか?」

「達也くんもこう言ってるし!」

「うわー。裏切られたー」

 

 毎回ボクをボコボコにしてる達也くんがそれを言う?ほんと直接戦闘になったら終わりなんだけど。ボクは後方から呪文を撃つような魔法使いポジションなのになあ。

 

「聞いてみれば案外適性がありそうじゃないか。新人戦は厳しいと真由美が嘆いていたが、思わぬ伏兵だな」

「摩利ちゃんまで。さあ、深雪ちゃんの評価は?」

「お兄様の御推察が外れたことはありません。まだ情けないことを言うなら、私が直接指導しますが?」

「女子はモノリス・コードないじゃん。……はぁ、頑張ります」

「あっくん、無茶しないでね?」

「無茶はしないけど……どうするの、エンジニア。人足りないってあずちゃんも懸念してたけど」

 

 一高は人数が九校の中で多い方なのに、今年は特にエンジニアが不足しているんだとか。あずちゃんがいるからまだなんとかなってるだけで、総合的に見るとヤバイんだとか。

 だからボクもエンジニアやろうとしたのに。達也くんを除けば一年生で一番できると思うけど。

 

「そうなんだよね……。あっくんが選手に選ばれなければエンジニアとして推薦しようと思ってたのに」

「新くんってそんなにエンジニアとして優秀なの?」

「親が二人とも魔工師だからね。それにドラクエシリーズが出たら弄りたいから基礎知識はまあまあ。ある程度調整もアレンジもできますよー。自分のCADを使えるようにセッティングするくらいならすぐに。むしろこっちが本業です。ハード寄りですけど」

「あーちゃんと仲良しなんだから、それもそっか」

 

 その繋がり方って普通しないんだけどなあ。事実ではあるんだけど。

 もしかして七草の情報網に引っかかったとか?後輩の家庭事情を調べるために家を動かしてないよね?……真由美ちゃんならやりかねないんだよなあ。

 ボクがそうやって真由美ちゃんを警戒していると、あずちゃんが達也くんの方を見ながら柏手一つ。あ、マズイ。

 あずちゃんには達也くんを秘匿する必要があるなんて伝えてない……!真夜様に伝えなくて良いって言われてたけど!

 

「そうです!達也くんがいました!」

「言われてみれば。風紀委員会のCADを調整しているのは達也くんだったな。あたしとしたことが、盲点だった」

 

 達也くんが二科生だからなんだと反論を始めるけど、深雪ちゃんの「九校戦でもお兄様に調整していただきたいです」の一言でノックアウト。その一言は達也くんにとってクリティカルだからなあ。無理もない。

 

「達也くん。ボクもエンジニアとして手伝うから……」

「お前、二つも競技やるくせにエンジニアもなんて倒れるぞ」

「んー、大丈夫じゃない?ピラーズは実家でやってることあまり変わらないし。モノリスは作戦詰めてぶっつけ本番しかないし」

 

 棒倒しについては似たようなことを四葉の本家で散々やっている。それの魔法ヴァージョンってだけ。セオリーとか覚えて少し練習するだけだと思う。モノリスも役割定めて連携整えるくらい。

 九校戦でボクが気にすることなんて、どれだけドラクエシリーズが活躍するかってことだけ。あずちゃんが本気で取り組むならボクもできるだけ頑張るけど、三連覇とかはそこまで乗り気じゃないというか。

 あずちゃんが会長の時の来年ならもっとやる気出るんだろうけど。無理矢理やらされる競技っていうのも拍車をかけてやる気になれない。だからやりたいことのエンジニアを手伝いたかったりする。

 練習とかは真面目にやるけど。裏方が良かったなあ。

 

 

 放課後。達也くんをエンジニアとして認めるかどうかっていう選定会議が始まる。とはいえ、好意的な意見もいくつか出るけど反対意見の方が声が大きい。一年生だからとか、二科生だからと。

 見る目がない人たちのせいで会議が踊るのは見ていてつまらない。雫ちゃんとほのかちゃんも頬を膨らませている。

 結局達也くんの実力がわからないから結論が出ない。なら実際に腕前を見てみればいいじゃんって流れになって一部の生徒だけ連れて調整のための部屋に集合。

 

 そこで真由美ちゃんから「競技用CADに桐原先輩が普段使っているCADの設定をコピーして即時使用可能な状態に調整する。ただし起動式そのものには手を加えない」というもの。

 これにあずちゃんと二年生の五十里先輩以外反対意見を言いそうな人がいない。十文字先輩も気付いてるかな?鈴音先輩がいれば一言言ってくれそうだけど、あの人は今生徒会室だ。

 はぁー、ヤダヤダ。

 

「反対ハンタイはんた〜い!こんな課題、本当にやらせるつもり?」

「え?新くん?」

「達也くんならできるだろうけどさあ。桐原先輩には恩義もあるし、もしもがあったら嫌なんだけど?」

「新。俺が失敗するとでも?」

「断言するよ。絶対しない。それでもこの課題は見過ごせない。来年も同じ課題を、来年じゃなくてもいつかこんなことを繰り返すなら、断固反対するよ。こんなの、ボクにもあずちゃんにも毎回はできっこない」

「一年は黙ってろ!そいつを擁護するつもりか!?」

 

 だれ?こんなトンチンカンなこと言ってるの。そんなのが一科生で、しかも九校戦に選ばれてるなんて認めたくないんだけど。

 達也くんが言わないなら言ってやる。チームリーダーが真由美ちゃんなら、真由美ちゃんが絶対じゃないって認めさせないと破綻する。

 なんで十文字先輩がやらないかなあ。チームリーダー。

 

「低スペックCADに高スペックCADの設定を丸々コピーしたら容量や性能の差でほぼ必ず使用者の精神を苛みます。基礎単一魔法しか入れられないCADに『インフェルノ』を突っ込むようなものだよ?スペックが足りなくて、魔法なんてまともに発動できません。そんなことができるのはプロの魔工師でも一握りです。たとえ達也くんにそのスキルがあっても、他の人は一切できない課題を延々と受け継いで魔法力を失う生徒を出す気ならボクも止めませんけど」

「あの!わたしもこの課題は反対です。理由はあっくん……相田くんが言ったように恐ろしく高いスキルを要求することと危険だからです。ハードにはハードの限界があります。それに九校戦用のCADはあえてスペックを抑えたCADです。桐原くんのような優秀な人がいつも使っているCADの設定をコピーするのは、絶対にスペックが足りません。危険です」

「僕も反対させていただきます。理論畑出身の僕から見ても危険だからです。先ほどの課題をこなせる人は日本を見ても一握りしかいないでしょう。高校生にやらせるものではありません」

 

 ボクに続いてあずちゃんと五十里先輩が反対意見を言ってくれた。

 それに続くのは十文字先輩。

 

「俺も反対だ。特に即時というのがダメだ。調整には本来かなりの時間をかけて行い、相手のこととCADのスペックと相談して行う繊細な作業。司波を試すための意地悪な引っ掛けではないのなら即刻取りやめるべきだ」

「じゃあ、どうするの?十文字くん」

「相田。お前が一番最初に止めたんだ。相応しい試験を考えられるか?」

 

 いきなり?まあでも、腹案はあるんだよね。無計画に止めるわけにはいかなかったし。こういうプライドが先行してる人たちってちゃんと道筋立てて正論を言わないとさっきみたいにキレるだけだし。

 

「まず一つが摩利ちゃんに許可をもらって風紀委員会の備品であるCAD、ローゼンの27型を持ってきてもらうこと。それの内の一つを達也くん、もう一つを中条先輩が調整した物なので、並べれば腕はわかると思います」

「ローゼンの27型がなんだって言うんだ!ただの備品のCADだろ!」

 

 はい、二人目のバーカ。CADを知らないのは百歩譲ったとして。知らないなら実物見てから意見言えよ。十分待てば結果も見えるってのに。

 それに二年生でエンジニアホープのあずさと同等の腕なら一年生だろうが入れるべきだろ。人数不足で悩んでるんだから。プライドや見栄なんて全てにおいて優先されることじゃないんだよ。

 ……精神を落ち着けるために深呼吸をひとつ。それが無視されたとでも思われたのか、さっきから怒鳴っている先輩が青筋立てている。無視無視。

 

「もう一つは、ボクが持っている二つのCADを使って、ボクのCADに組み込まれている魔法を空の状態のCADに登録してもらいます。このグランスライムなら汎用型として国内最大級のスペックを持っています。高級品なのでハードとソフト両方の知識がなければ調整も難しいですし、技術ももちろん必要です。ボクが持っているいつも使っている方のCADから調整させればグレードアップになるのでボクが精神をおかしくすることはありません」

「あっくんやっぱりそれ持ってたの!?一言言ってよ!」

「中条先輩、後で見せるんで待ってください」

「新、用意が良すぎるだろ……」

「ボクがドラクエシリーズ好きなの知ってるでしょ」

 

 その答えに苦笑する達也くん。

 グランスライム。スライム系でも昔からいたすっごい強いスライム。これの形を模した汎用型CADだけど、正式販売はまだだったりする。明日とかだったかな。親のコネという名前の製作者特権でもう持っているだけ。

 でもこれ、達也くんへの贔屓なんだよね。このプログラミングに達也くんは噛んでるわけだし。

 

 グランスライムを知らない魔法科高校の生徒がいたらそいつはにわかどころの話じゃない。FLTがバカみたいに宣伝してるし、スペックなら本当に最高峰。特化型を疑うような魔法の発動速度を持った汎用型なんだから、知らない方がおかしい。

 まあ、シルバー・ホーンとか本物の特化型には負けるんだけど。

 

「十文字先輩、いかがですか?」

「登録する魔法は?」

「雷童子に自己加速術式、それに領域干渉魔法を一つ。古式、凡庸、特殊。三つの魔法で十分かなと」

「それでいい。相田もその術式を司波に公開していいんだな?」

「チームメイト、しかもエンジニアになる友達に見せることを、遠慮すると思いますか?」

「フ。それで行こう」

 

 ボクのはぐれメタルキングから三つの魔法式のデータを取り出して、あとは空のグランスライムを渡す。それでボクのサイオン波を測定して、それらのデータからグランスライムを調整。はぐれメタルキングの方がスライムとして上とか言わない。開発順でこうなっちゃったんだから。

 汎用型とはいえ、スペックお化けのCAD。三つしか魔法を組み込まないとはいえ、ボク用に完全マニュアル調整をたかが十分程度でやってみせた達也くんは化け物だ。いくらグランスライムのデータを知っていたとはいえ。

 ボクがやるよりよっぽど上手くできてるんだよね。さすがシルバー様。

 

 三つの魔法を実際に使ってみて、領域干渉魔法については十文字先輩が良しとしてくれたためにどれも問題なしという判定。だけど完全マニュアル調整を知らなかったのか手際が悪いだの、最高級品使ってるくせに仕上がりが平凡だのって言い出すバカもいた。

 ただの悪意で、プライドを守るためだけに達也を貶してるのがわかってるからオレが苛立ってるのに。こんなのが代表で本当に勝てるわけ?

 

「七草会長、十文字会頭。私は司波の代表入りを強く支持します」

「ハンゾーくん?」

「服部。反対意見も多いようだが?」

 

「やり方が独特であろうが、一年生であろうが。反対している理由が二科生だとしても。問題の発端はエンジニア不足です。FLTが推しているCADをこの短時間で調整した技術と知識をもつ司波は当校に必要な人材です。代役のアテもおらず、このまま問題を先送りにすれば時間を浪費するだけ。そこに、裏打ちされた技術力を持った生徒がいるのにです。

 中条の技術力と五十里の理論は二年ということを差し置いても飛び抜けています。そんな二人が認め、実際にやってみせた。これ以上の理由が必要でしょうか。

 もしそれでも反対する人間がいるのならば、司波にはその生徒のエンジニアをサブも含めて外れてもらいましょう。それがお互いのためだ。そして、ここまでの技術力を見せた司波なら、自分は調整を任せたいと思います」

 

「会頭、俺も司波を支持します。あんな超高級品を今データを見ただけで調整できる人間がどれだけいるか。そしてどうやら司波はすでに選手から信頼を得ているようです。そんな人物を逃すのは無駄でしょう」

 

 桐原先輩がそう言って横目で見たのは後ろの方にいる雫ちゃんとほのかちゃん。心配になってこっそり来たらしい。らしいっちゃらしいけど。

 深雪ちゃんも含めて数人。九校戦は全学年合わせて四十人の選手と八人のエンジニアだから、エンジニアは一人当たり五人見ればいい計算になる。さっきの三人とボク、それに森崎くんで五人になっちゃうんだよね。森崎くんには我慢してもらうにしても、これで十分な気がするけど。

 はんぞーくんも二年のエースだから言葉の重みもあったのだろう。次期会頭らしいし。

 

「服部と桐原の意見はもっともだと思う。俺も司波の代表入りを支持する」

 

 十文字先輩のこの一言で決定。反対派も押し黙った。

 あー疲れた。

 あといつの間にかボクもエンジニアサブになっていた。自分の関わる競技と達也くんとあずちゃんの補助をするだけの名ばかりサブ。それくらいなら大丈夫と思われたんだろう。

 その夜。強請ってくるあずちゃんにグランスライムの予備をあげた。予備だからいいけどね。頬ずりするあずちゃんは相変わらずだなあと眺めながら飲むコーヒーはなんだか甘かった。

 



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九校戦2

 八月一日。九校戦の発足式や練習などで時間はあっという間にすぎて、気付けばもう九校戦の前夜祭の日になった。

 学校ごとに会場である富士山の麓にある軍事演習場に行くんだけど、ウチは大型バスで向かうらしい。そんなバスの中でボクはある先輩と意気投合していた。

 

「おかしいですよね、千代田先輩っ!なんでエンジニアは別なんですか!」

「そうよそうよ!せっかく啓と一緒のバス旅行ができると思ってたのに!」

「ボクだってあずちゃんと一緒にバス旅行したかった!バスなんて滅多に乗れないんだし!」

「横暴だー!」

 

 こうやって騒いでいるのは二年生の千代田花音先輩。ここまで意気投合してしまうともう尊敬しちゃって先輩って呼んでる。同じ棒倒しに出ることからも、婚約者がいることからも話の馬がとても合った。

 まだ出発しないバスの中で、摩利ちゃんをうんざりさせながらボクたちは叫んでいた。深雪ちゃんも巻き込もうかと思ったけど、それやるとバスが凍結するからやめたよ。夏なのにね。

 

「お前たち、うるさい」

「摩利ちゃんのイケズー。この気持ちがわからないかなあ」

「恋人と離れ離れになる辛さはわかるが、二時間くらい我慢しろ」

「もう二時間くらいここに停まってますよ?」

「……文句は真由美に言え。もう一度達也くんの様子を見にいくか」

 

 摩利ちゃんは一度外へ。真由美ちゃんを置いていくなんてできないって多数の声が上がったからこうして待ってるけど、十師族の用事で遅れてるんでしょ?

 ホント、都合全部無視できちゃうなんて何様なんだろ。学校行事よりも優先しなくちゃいけない案件ってことは十師族が関わってるんだろうし。婚約の話でも来たのかな?そうだとしても、非常識だけど。

 待ってる間もあーだこーだ千代田先輩と言い合いながら真由美ちゃんが合流。それからバスは動き出したけど、あずちゃんもいないし深雪ちゃん不機嫌だしやってられない。

 

「深雪ちゃん。ボクも我慢してるから、機嫌直してよ」

「さっきあれだけ発散しておいてよく我慢なんて言えるわね……」

「深雪ちゃんがそうやって発散できないのはわかってるからさ。未来の展望を話して明るくなろう。そうしよう」

「明るい展望……?」

「うん。間違いなく、達也くんはこの大会で有名になるよ。担当した選手が上位に食い込んでくれば裏方のエンジニアとはいえ名前を知られるでしょ」

 

 達也くん今回本気出しすぎだからね。担当選手に対するCADの調整にえげつない作戦の数々。いくつも用意した保険。シルバー様が本気出しちゃったんだから、未来は見える。

 深雪ちゃんのために用意した魔法式も、雫ちゃんに授けた秘密兵器も。A級ライセンス取るために必要な魔法式なのにポンと用意してるし。非公開の魔法式だよね?こわ。

 

「達也くんが担当する女子もみんな優秀だし。正直雫ちゃんのアレは反則なんじゃって思うよ」

「どれ?」

「掛け合わせのやつ」

「うん。達也さんはおかしい」

 

 褒め言葉なんだよね?雫ちゃんは表情があまり動かないからわかりづらい。

 今確認した通り、雫ちゃんには複数与えたものがある。その差にほのかちゃんが頬をぷっくらさせちゃうんだけど、そこまではフォローできない。深雪ちゃんも怒りかねないし。

 

「それにミラージ・バットはほら。三人にあの魔法を秘密兵器で渡してるでしょ?」

「お兄様だもの。全力を尽くしただけ」

「達也さんだもんね!」

 

 発表自体は去年行ってるけど、九校戦の後だったから今年どうなるかわからないんだよね。とはいえ、作った本人である達也くん以上の精度でインストールされてないだろうから、これだけでも使い方を間違えなければ勝ち確。

 酷いチートだよね。天下のトーラス・シルバーがたかが高校生の大会に殴り込みなんて。

 

「大会が終わる頃には凄いエンジニアだって名前が知れ渡ってるでしょ。新人戦で本戦に勝るような結果を見せられちゃ、注目しない方がバカだよ。鈴音先輩も呆れてたし。ああ、褒めてたんだよ?技術力が高すぎて来年から大変だろうって苦言を追加で」

「それはわかる。家で専属として雇いたいくらい」

「今では担当になった女子、皆自分のCAD見せに行くくらいだもんね!」

「雫にほのか……。それに他の皆さんも。そうやってお兄様を困らせていたの?」

「しょうがないでしょ、深雪ちゃん。それだけ皆が達也くんを認めたってことだし、それに対応しちゃうのも達也くんの真面目さの裏返しなんだからさ。皆に混じって行事に一生懸命なことってさ、すごく普通な高校生みたいじゃない?」

 

 四葉では味わえない経験。達也くんも深雪ちゃんも、本来であれば望めなかったかもしれない生活。あの家では普通というのはとても難しいし、二人の立場からもなかなか厳しいことばかりだ。

 それを考えると真っ当に高校生をやって、学校の代表になって。評価してくれる人も、友達もいる。家に縛られない関係性を構築している。大進歩じゃないかな。

 まあ、隠し事だったりなんなりと、普通じゃないことも多々あるけど。

 ボクの言葉に頷けることがあったのか、だいぶ落ち着く深雪ちゃん。うん、不平不満は取り除かれたっぽい。

 

「そうね。お兄様の美徳だものね」

「そうそう。達也くんの魅力を知る人が増えて良かったよ。先輩たちからも認められ始めてるし」

 

 一部、だけど。やっぱり一科生はプライドが高いのか、学年問わず達也くんを認めていない人もいる。もし達也くんがトーラス・シルバーで、非公式戦略級魔法師ってわかったら靴舐めたりするのかな?それくらいの暴挙をしてるけど。

 達也くんの実力はほとんど知らないんだろうし、術式解体が使えることも知らなかったら戦略級に結び付かないから情報秘匿の面では良いんだけど。深雪ちゃんの承認欲求を満たすにはどうした方が良いかな。あんまり関わりすぎるのもダメな気がするけど。

 

 深雪ちゃんも大人しくなったし、森崎くんの隣に戻ろうとしたら窓の外で異変を感じた。強すぎる悪意。死への恐怖感。妬み、憎しみ。強すぎる感情は少し離れている程度なら感じ取れる。

 なんだろうと窓の方を見ていると、反対車線を走っていた乗用車が中央分離帯にぶつかってスピンし、こちら側に向かってきた。

 

「危ない!」

 

 誰の声だったか、外の異変に気付いて対処をしようとする。森崎くんも立ち上がったけど、複数人の魔法行使によるキャスト・ジャミングもどきが産まれてしまった。

 こんな中で、まともに魔法が発動できるはずがない。頼れるとしたら──!

 

「深雪ちゃん、消火任せた!」

「……はい!」

「森崎くん、ボクが合図したら十文字先輩の名前叫んで!」

「わかった。しくじるなよ」

 

 呪文しかない。

 向かってくる車に対して、バスは急停止を終えていた。まだ距離はある。これなら深雪ちゃんの準備も、十文字先輩の時間も作れる。

 500mを切った、今!

 

「森崎くん!」

 

 

 

 

「十文字先輩!!」

 

 

 

 

「グレイトハック」

 

 

 森崎くんの叫びに隠れて呪文を使用。バス前方にあるサイオンとプシオンを緩和するついでに相手の車にかかっている魔法も減衰させた。これでサイオンの酔いも軽くなる。

 深雪ちゃんが魔法を使おうとした瞬間、ボクの呪文など必要なかったかのように魔法式含めサイオンの一帯が吹っ飛んだ。それに深雪ちゃんが笑って消火を。十文字先輩も障壁魔法を用いて減速した車をできるだけ傷付けないように押さえた。さすが十文字家次期当主。

 

 それにこの感じ、鈴音先輩も魔法使ってたみたい。バスの減速をしてくれたんだと思う。もうほぼ終了してたから呪文で吹っ飛ばしちゃったけど。

 ……達也くん、それは使っちゃダメなんじゃ。いや、呪文使ったボクも同罪か。それに達也くんは深雪ちゃんを守るっていう絶対至上命令がある。それがなくても動いたとは思うけど。

 

「皆、大丈夫!?」

 

 真由美ちゃんが慌てて確認をし始める。ボクは何も言わないまま外に出て車に向かった。後ろの機材車も無事だね。達也くんも降りてきてる。

 

「達也くん、ごめん。こっちだけで対処しようとしたんだけど」

「いや、いい。緊急事態だった。……呪文を使ったこと、誰かにバレた形跡はあるか?」

「一番近かった森崎くんと、四月の一件から桐原先輩が。あとは鈴音先輩かな……。せめてBS魔法だって思ってくれたら良いんだけど」

「わかった。俺も秘匿すべき魔法を使ったからな。叔母上には二人で怒られよう」

「電話越しなのが、幸いだよね……」

 

 現場検証をしつつ、運転手を車から運び出したけど即死。警察も呼んで邪魔される前に色々調べたけど、予想通りというか運転手の自爆攻撃だとわかった。このことは深雪ちゃんにしか言わないことにしたし、ボクが使った呪文は領域干渉魔法でサイオンを均しただけということにした。

 真由美ちゃんと摩利ちゃんにすぐバスから飛び出したために心配をかけたらしい。それくらいで大げさなって思った。ボクが使ったとしている魔法のことを説明して、安全も一緒に伝える。

 

 ほどなくして警察がやってきてドライブレコーダーを提出して、バスは会場に向かう。留まっていたら危険だと思ったのか、何かあったら困ると思ったのか。こっちとしてもありがたかったけど。

 その後は何事もなく会場のホテルに着いた。ボクはすぐに降りて作業車へ。あずちゃんが無事なことはさっきも確認したけど、なんでもないようにしているのを見てもう一度安堵する。作業車の中も無事かボクもサブエンジニアとして確認する。

 そういうていで、達也くんと秘密の話を。あれは事故じゃなかった。

 

「九校戦って狙われるの?」

「わからん。俺も初参加だ。ただ、キナ臭い話があるとは聞いている」

「どうにかできない感じ?ボクに情報来てないってことは国内の動きじゃないんでしょ?」

「ああ。外国人が複数この辺りをうろついているらしい。一高が狙われているのか、九校戦そのものが狙われているのかわからないが、警戒しておくぞ」

 

 実際に機材を運びながら、ボクは深くため息をついた。海外の組織がわざわざ日本の大会に手を出すんだから規模は大きいはず。そうすると被害は大きくなるかもしれない。

 九校戦ってただの高校生の大会じゃないの?なんでそんな大ごとになってるの?

 ホテルの中に入るとエリカちゃんと美月ちゃんがいた。二人は私服だし、応援に来たのかな?大会は明後日からなのに。

 

 一言だけ挨拶して、ボクたちは機材運びとこれからのことについて話し合うことになった。この周りは軍の施設というだけあって軍人が相当数警戒しているらしい。達也くんが配属されている部隊の方もいるとか。

 だから施設とかの警戒はしなくて良くて、大会の際に会場と各校のテント、それと前後夜祭が危ないって認識が纏まった。ホテルは厳重な警備がされてるって言葉は信用できるけど、問題は今日の前夜祭。大会関係者が多いから狙われるかもしれない。

 色々と準備してから向かうことにした。

 

 

「あっくん、大丈夫……?」

「……まだ、大丈夫」

 

 懇親会の会場で、壁に寄りかかりながらそう答えた。実際四月の時よりは全然マシだし、人混みに酔ったというわけでもない。

 何で懇親会で嫉妬とか侮蔑とかそういう悪感情がのさばってるかなあ。他校の選手の容姿に対する嫉妬。相手の家柄に対する妬み。大会前だから敵愾心があるくらいだと思ってたけど、これは酷い。関係者とかいう大人も似たようなことしてるし。

 あずちゃんに心配をかけさせたくないからできるだけ平静を保とうとしたけど、ちょっと無理だった。何で全員参加かなあ。もう帰りたい。

 

 けどここもテロの標的になるかもしれない。そうなると警戒するためにできるだけ会場のそばにいた方がいいし。

 敏感な人はボクの領域干渉魔法に気が付くから魔法は使ってないけど。あとはアレ。達也くんに対する悪意もまだある。もうホント、やめてよ。身内で争って自滅とかよくあるパターンじゃん。

 懇親会なのにボクはご飯にも飲み物にも手をつけず、相手校の人とも碌に交流をしなかった。十師族や二十八家の誰それとか噂になっていたけど、それを確認する余裕もなかった。

 そんな中来賓挨拶が始まって悪感情が薄まる。これ幸いとアンテナだけは広げつつ、ゆっくりしていた時に引っかかったものがあった。

 精神干渉魔法の発動を感知して、その規模に驚いて賊の仕業だと思って咄嗟に呪文を使っていた。魔法じゃどうにもできないとわかったから、本能で動いてしまった。

 

「ギガジャティス!」

 

 その言葉と共に、魔法を打ち消して使用者を特定しようと魔法の源を辿る。その先にいたのは──。

 苦笑していた、年齢通りに見えない超有名人。その表情から、感情から。ただの悪戯だったとわかって。

 顔から火が出るんじゃないかと思いながら、オレは会場を走って抜け出した。

 

 

「あっくん!」

 

 少女の叫び声と共に、更なるざわめきが起こる。元々少なからずざわめいていたために少年が言った言葉は正確に聞こえなかったし、その少年は自分がしたことを理解したのか、会場から走って去っていた。叫んだ少女も追いかけたようだ。

 面白い、と思った。

 

 私は遊びで魔法を使ったわけだが、ここは懇親会の会場。緩んでいたために誰も対抗魔法を使うとは思っていなかったし、知覚したとしても私が使った魔法なら打ち消す者もいないだろうと思っていた。

 だが、かの少年は躊躇いもなく知覚した瞬間魔法を打ち消した。

 しかもその魔法が対抗魔法かどうかすら、私にはわからなかった。

 ただの悪戯にしては、釣り上げたものが大きすぎる。この年になってワクワクさせられるとは思ってもみなかった。

 

 悪戯に付き合わせた女性に、出て行った少年を呼び出してもらうように伝える。警備を担当していた者や大会スタッフも多くいたために、個人の特定は容易だろう。

 さて、当初の目的に戻るか。

 

「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはチョッとした余興だったわけだが、その余興の裏に隠された試験を見事に突破した勇者を褒めようと思ったが、当の本人は見えなくなってしまった。だから出題者として最大の賛辞とともに、解説しよう」

 

 その言葉で再びざわめきが起こる。

 大半の者には私の邪魔をした愚か者として映っているようだが、それは違う。常在戦場という意識の高さを見せつけ、その上多数を救うための最適解を導き出した護国の要になるであろう人物。

 だからこそ、危険だ。十師族に目をつけられる前に彼を保護したい。私も十師族の一員だが、今のまま魔法師としても表の権力者としても力を蓄えている十師族がこれ以上増長するのは危険だ。

 

 精神まで完成されていては、軍に引き抜かれる可能性もある。特に精神干渉魔法を感知できたとなれば四葉が手を出しそうだ。

 それを防がなければ、また大漢の二の舞になりかねない。二度目となれば日本が孤立してしまう可能性がある。

 

「まず、魔法の存在に気付いた者は数名(・・)。十名に満ちなかった。もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストだったら、先ほどのように誰も動かなかったら気付いた者も含めて全滅していただろう」

 

 その事実に、ざわめきはなくなり静寂が訪れる。

 そう、彼は。これが悪戯ではなかったら間違いなく英雄と呼ばれてしまう人物なのだ。

 

「先ほどの魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが、それでも私を認識できた者は数名しかいなかったわけだ。

 魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。魔法を磨くことはもちろん大事だが、先ほどの魔法のように小魔法であっても使い方によっては大きな効果を発揮する。九校戦では諸君らの魔法の使い方、工夫を楽しみにしている」

 

 こんな言葉ですぐに変わるとは思わないが。これからの時代を牽引する人物はこの中に確実にいる。そんな人物たちへのお小言に過ぎない。

 さて、そろそろ彼は捕まったかな?制服からして第一高校だったが。

 



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九校戦3

「申し訳ございませんでした」

 

 あの後。大会運営スタッフに捕まり、あずさと引き離されてある部屋に案内されて。後から入ってきた九島閣下を見て、即座に土下座していた。

 まさかあの会場で、精神干渉魔法なんていう危ない魔法を悪戯で使うなんて気付けるか。

 バス事故なんてあったから警戒してたのが裏目に出るなんて。

 

「顔を上げたまえ。相田新君」

 

 そう言われても、上げられるか。何でオレより後だったのかって考えたらこっちの素性を調べてたのか。四葉と呪文のことは絶対に口を割らない。そういう風に自分の精神を改変した。

 普段は抑えてる精神魔法をそっちに当てたせいで、オレが浮かび上がってる。これ、マズイかもな。

 

「なに。私は先ほどのことを怒っていない。君が謝る筋合いはない。だから顔を上げて、この老いぼれと少し話を楽しませてくれないか?」

 

 お偉い方に二度以上同じことを言わせてしまったらそれこそ失礼だろうと、頭は上げる。正座はしたままだ。懇親会という場を乱したのはオレだ。大会スタッフも同じ部屋の中にいるので、この姿勢は解けない。

 するとやっぱり不評だったのか、座るように言われて高級なソファに腰をかけた。

 本当に怒っていないようだけど、気は抜けない。

 

「閣下、もう一度謝らせてください。申し訳ありませんでした。まさか余興などと露知らず。場を冷ましてしまったでしょう」

「いいや。あれは高校生に向けた喝のようなものだ。目論見も果たしたから問題などないとも。そうだな、もし気にしているのなら私と会話をすることで手打ちにしようじゃないか」

「閣下の温情に感謝いたします」

 

 もう一度頭を下げる。

 ああ、本当に弱い立場だ。事故がなければもう少し精神に余裕があったんだろうけど。

 

「さて。君のことは軽く調べたが、さっきのものは感知魔法かな?」

「いいえ、閣下。魔法登録をしている精神干渉魔法『心色判別(カラーズハート)』というものの副産物です。BS魔法に分類されますが、常時展開型魔法です。悪意などに敏感でして、相手の感情を判別できます。精神干渉魔法は察知できますが、感知魔法ではありません」

「ほう。先ほどはさしずめ、私の悪戯という悪意を感じたといったところかな?」

「はい。試すという強者故の傲りのようなものを感じました。閣下のお立場を鑑みれば、当たり前の感情でしょうが」

「いやいや、全くその通りだ。実際君があの場にはいた」

 

 何だその評価。本当にやめてください。勝手気儘にドラクエシリーズ作ったり、呪文を試したりしたいだけで、これ以上注目されたくないんだから。

 大会スタッフも青い顔してるけど、オレの言葉のせいだろう。不遜だとかそういうの。

 こっちは馬鹿正直に話してるんだ。魔法まで開示したんだから、これくらい見逃せ。そもそも精神干渉魔法なんて危ないものを使わせた時点であんたらスタッフは同罪だから。

 

「しかし、相田か。昔数字落ち(エクストラ)になった家に四十田(あいだ)家があったと記憶しているが」

「はい。その家で間違いございません」

「となると、君の上には四葉がいるのかな?」

「まさか。閣下であれば剥奪の理由もご存知のはず。我が家は第四研究所へ多大な迷惑をかけました。我々は四葉に見捨てられたのです」

「大漢への報復か。むしろそれは四葉にとって剥奪に値する事件ではない。日本としては勝手に報復する危ない者だが、四葉からしたら一緒に立ち上がってくれた仲間だろう。だから君のご両親もFLTにいる」

「FLTは四葉と関係がありませんが?四葉を追放された者の身寄り所帯です」

「フフ。そういうことにしておこう」

 

 真夜様と深夜様はこの方と今も親交があるんだったか。

 むしろその一件で疎遠になったと聞いているが、目の前の人物の情報網はどこまであるのか。

 それにしても、この短時間でどれだけ調べてるんだよ。個人情報は守られていないのか。

 

「では今後、君が十師族になることはあるのかな?」

「ありえません。既に婚約者がいます。養子になるつもりもありません。もし私と彼女に十師族や二十八家が介入して来た場合、その家を潰しかねません」

「──ほう?どうやって」

 

 言うと思ってるのか。相手も十師族。下手に情報を吐いてやるか。

 手段はいくつかあるし、こっちだって何かあった時のためにって十師族の家の場所は把握している。物理的に消すこともできる。

 その方法を。オレに選ばせないでくれ。

 

「……答える気は無いと」

「ええ。できれば閣下には率先して守っていただきたいくらいです。私は両親のように魔工師になり、CADを作りながら彼女と平穏に過ごしたいだけです」

「さすがに無条件で君を手助けできないが?」

「閣下のお孫殿の治療を、FLTが開発した魔法で行うとしてもですか?」

「──なに?」

 

 初めて閣下の表情が崩れた。本当ならこんな脅しはしたくないんだけど。ここまで状況が転んだなら、この状況を利用するしかない。

 

「FLTでは新規に産み出した治癒魔法があります。お孫殿の体質は有名ですので、一助になれればと」

「しかし、治る保証もないだろう?」

「もちろんです。診察をしていませんから。ですが、臨床実験の段階で様々な患者を治してまいりました。私の保護は、お孫殿の経過を見てからで構いません」

「そうだな……。藁にもすがる思いをしていたところだ。お願いしても良いかね?もし治ったのなら、君のことを保護しよう。もちろん九島でも囲む真似はしないと約束する」

「わかりました。いつ頃お伺いすればよろしいですか?」

「その孫はちょうど九校戦を見学に来る。明日にはこちらに来るよ。その時でどうだろうか?明日は休息日、それに一年生なら前日に大きな用事もあるまい」

 

 決めつけないでほしいな。真夜様から許可が降りれば大丈夫だろうけど。FLTからCADを持って来させるにしても明日には届くだろうし。

 本当は呪文を使えば良いんだからCADなんて要らないけど。

 

「わかりました。FLTに連絡をしてみます。それで許可が降り次第になります」

「ああ。孫を頼む。君は新人戦の棒倒しとモノリス・コードに出るんだったな。一条の倅との試合、楽しみにしている」

「ご期待に添えるよう、全力を尽くします」

 

 悪夢のような会談が終わりを告げる。ただこれは、事態を先送りにしただけ。

 何も解決なんてしちゃいない。

 ここから先は地獄なんだから。

 

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 九校戦スタッフにFLTに連絡するからと借りた一室で通信記録が残らないようにもしもの時のために持ってきたツールでハッキングして秘匿回線を用いて真夜様に連絡をとった。そして土下座のままバスの一件と今回のことを説明した。

 部屋には防音の魔法を使って、外で待ってるスタッフには魔法を使ってこっちに無関心になるように精神を変えた。終われば全て元に戻す。スタッフ、ごめんなさい。

 

 諸々全て完全にオレのミスだ。真夜様からどのような処罰を受けるかわからない。下手したら退学してあっちで幽閉という可能性もある。

 それだけのことをやったのだ。

 達也と一緒に連絡する予定だったが、こんなことになったからオレ一人で通信をしている。達也があの魔法を使ったことも伝えてしまった。

 

「わかりました。新さん、顔を上げなさい。そちらのカメラではあなたの頭も見えませんから」

「はい」

「それで、今回の処分ですが。不問としましょう。バスは緊急性ゆえ。懇親会ではテロを警戒していたため。あずささんを守るために使ったのでしょう?本当の緊急時に使えないよりは良いでしょうから。懇親会は閣下のせいですし」

 

 不問?本当に?

 こんなやらかしをしたって言うのに……。

 

「それに九島の孫を治療するのも問題ないでしょう。達也さんを止める可能性のある人物はあなたも含めて多い方がいいのだから。ただし呪文を使う場合、今度こそ誰にもバレないようになさい。そうすれば益も多い話ですから」

「しかし」

「こうも考えられないかしら?今回の一件があったから──」

 

 そこからの説明で複数のメリットを挙げられた。それと一緒にリスクも伝えられたが、全体的にはメリットの方が多い話。

 

「なるほど」

「そういう訳でお孫さんは治してあげなさい。それと達也さんからの報告も必要ありません。ガーディアンとしての仕事を全うしただけですから」

「かしこまりました」

「あなたのご両親にCADを届けさせます。ただ、九校戦が終わったら本家に顔を出しなさい。細かいところを詰める必要がありますから」

「はい」

 

 通信を終えてスタッフさんも元に戻して、あずさと達也には謝罪と連絡のメールを送っておいた。時刻は既に日付が変わる寸前。閣下のことが一気に嫌いになった。

 あずさからも安堵の返信が来て、達也からは了承の返信。部屋に戻ったら森崎くんに心配されて。

 もう疲れすぎて、すぐ寝た。

 

 次の日、閣下の孫である光宣くんに呪文を用いて治療。ぶっちゃけ穂波さんや水波ちゃんを治してきたから余裕だった。本人には呪文を使ってる間ラリホーで眠っていてもらった。

 身体の異常がなくなった彼は喜んでいたけど、魔法の治療だから無理はしないように言い聞かせた。それと治った方法も秘匿するようにと。

 しかし、彼も調整体だったなんて。原因不明というか、ただ単に調整体のデータが足りなかったことと、無茶な調整のせいでしょ。

 

 とりあえず治せて良かった。

 今日は好きなことをしよう、そうしよう。思い付いたら即行動。作業車に向かうと達也くんが一人で作業をしていた。あずちゃんと五十里先輩がさっきまで作業をしていたらしいけど、前日に詰め過ぎても問題だからと程々に切り上げたみたい。

 

「用事は終わったのか?」

「うん。ボク、九島閣下嫌いだ」

「外で言わなければいいが。中条先輩が普通にしていたから丸く収まったんだろう?」

「まあね。達也くんも問題ないって伝えたでしょ?怒ってなかったよ」

「そうか。それはそれで怖いが」

「もう終わったことだから次。あと、ここを狙ってるのって国際シンジゲートだって?」

「ああ。できるだけ会場かテントには詰めておくことにする予定だ。他の高校や懇親会が狙われなかったことから、一高が狙われている可能性が高い」

 

 これは今朝来た両親から聞いた。バスの一件から四葉で調べたらしいけど、日本支部の場所はまだ把握できていないとか。それに今回は四葉としても動きにくいのだとか。狙われているのが国防軍のお膝元ということで、動きすぎたら四葉が警戒されすぎるとのこと。

 十師族の中でも四葉って警戒されてるし、四月も堂々と動いたからこれ以上派手に動くのはいろいろな面から問題があるらしい。それに四葉ってどうしても規模が小さいから大きく動くとしても人手が足りない。

 

 分家の数も勢力も十師族では少ない方なんだとか。FLTだって社員全員が身内ってわけでもないし、動かせるのは上層部だったり部署の限られた場所だけ。それに分家の皆さんだっていつもの仕事があるからこっちに全力で当たれないだろうし。

 四葉が動くとしたらそれこそシンジゲートの日本支部を探すこと。現場では何もできないに等しいとか。

 四葉にだってできることとできないことはあるから仕方がない。

 だからこそ、できるだけ会場にいるために今の内にやれることをやっておきたいんだよね。今日とかは会場に入れないわけだし。

 

「達也くん、担当してないCADどれだけある?ゴミ取りやっちゃいたいんだけど」

「ハードのゴミ取りなら俺の担当のCADもやってくれ。ソフトならまだしも、ハードはお前の方ができるだろ?」

「物によるかな?あずちゃんと五十里先輩のはいいや。あの二人はすごく熱心にやってたし。じゃあちゃっちゃと始めますか」

 

 この作業車には全員分の競技用CADが保管されている。今日練習しているような人たちの物はないけど、一応学校の備品なためにホテルに持って帰ったりはできない。

 だからまずは本戦出場者のCADを部品ごとに分解して、埃や傷、砂などを落としたりネジなどの細かい部品が痛んでいないかの確認。ブラッシングと部品交換をどんどんやっていき、感応石もダメそうだったら新品に変える。

 これで気を付けないといけないのは九校戦用のスペックを逸脱しないようにしないといけないこと。逆に言えばスペックギリギリまでは調整していいということ。

 そんなストレス発散をしていると、練習していたらしき桐原先輩とはんぞーくんがやって来た。

 

「うおっ!?ここまで細かく分解しちまっていいのか?」

「ゴミ取りしているだけですし、すぐに元の状態に戻せるから大丈夫です。これも五分あれば元通りですよ」

 

 完全なバラシ状態だったCADを宣言通り五分で元の形に戻して、魔法を一つ使ってみて動作確認も終えると、二人は感心したように感嘆の声をあげていた。

 

「俺たちのもやってもらっていいのか?」

「はい。もしCADが傷付いてたら性能が落ちちゃいますし」

 

 桐原先輩のは回路がちょっと痛んでいたので指定の回路を新品として埋め込む。はんぞーくんのはスイッチの接触が悪かったのでスイッチの部品を変える。あとはそれこそブラッシングをした程度。

 二人に魔法を試してもらうと、発動速度が上がったと言っていた。

 

「こんな簡単に速度が上がるのか……?」

「正確には元の速度に戻っただけです。CADの性能が上がったわけじゃないですよ。高級ハードを使ったわけでも、ソフトを弄ったわけでもないですから。摩耗している中古品を新品の状態に戻しただけです。精密機械だから、ちょっとしたことですぐに性能落ちるんですよ」

「メンテナンスが大事と言われるわけだ。これは一高内でも情報共有すべきじゃないか?」

「そうですね、はんぞーくん。あずちゃんと五十里先輩はここまでしっかりやってますけど、バラシって案外やってないみたいで。でもこれって長年CADに触れてればできなくもないはず……」

「バカ新。そんなものお前が三歳から平気でCADを分解してたからできる技術だ。回路の不具合だの問題点を即座に発見して取り替えてブラッシングを行い、それで十分程度で元の状態に戻すなんて俺でも五十里先輩でもできないからな?」

「あずちゃんは結構できるんだけどな」

 

 ああ、でも家で毎日のようにCAD弄ってるし、FLTでいらなくなったCADとか改造してたか。実物に触れた回数が違うってことかな。

 それに不具合というか損傷具合とかもこればっかりは経験だもんなあ。正常な部品とそうじゃない間違い探しを遊びの段階でやってるボクとあずちゃんがおかしいのか。達也くんはどっちかっていうとソフトが得意だし。

 

「興味深い話だな。俺もある程度自分でメンテナンスをしていたが、そこまで徹底的にバラしたことはない」

「十文字先輩、お疲れ様です。それボクが見ましょうか?」

「ついでにやり方も教えてくれるか?」

 

 やって来た十文字先輩も含めて四人の前で実践。達也くんも久しぶりにちゃんと見るからか、作業を止めてまで見ていた。達也くんでもボクに質問することあるんだ。意外。

 適宜質問に答えながら十文字先輩のCADと、まだ作業が終わっていなかったCADを二つほど使って講座を開いていた。

 いつの間にか五十里先輩もやって来て、全員に教えるようなことに。

 

「ううむ……。相当な知識と目がなければ難しいな。ブラッシングならすぐにできそうだが、戻すにはCADの正確な構造を把握していなければ戻せもしない。これは下手に手を出せば生兵法だな」

「十文字先輩たちは魔工師志望でもありませんし、ここまでの技術は必要ないんじゃ?そのために専属のメンテナンス魔工師とかいるわけですし。ユーザーはひとまず変だなって感じる感性があれば問題ないと思いますよ」

「そうですよ。こんなの全員ができたら魔工師は職を失います。相田君が見せた技術は司波君の見せた完全マニュアル調整と同等の技術ですから」

 

 五十里先輩、それはどうだろう。完全マニュアル調整は知識以上に本人の才覚が必要だし。このバラシは数をこなせばある程度の域に行き着くからそこまでじゃないと思うんだけどなあ。

 

「ボクが今回こんなに早くできてるのも、競技用としてCADがほぼ統一規格だからですよ?特化型とか先輩たちが普段使いしているCADだったらこうはいきません」

「そうか。ならひとまず来年の九校戦に向けて競技用CADのバラシは今後の課題に取り組もう。この統一規格で慣れれば、九校戦に関してはそれだけでスキルアップできる。正確なメンテナンスでここまで発動速度が変わるのなら、来年にはせめて間に合わせた方が良いだろう」

「そうですね。早速廿楽(つづら)先生にカリキュラムの変更を促します」

 

 はんぞーくんが出ていく。魔工師になるなら必須の技術だよね。それに数をこなすのは大事だし。魔法科高校って存外こういう生徒の意見でカリキュラムが変わったり行事を挟めたりするのが凄い。

 まあ、学校側に有意義だと思われないとその申請も通らないけど。

 

「七草も呼んでこのことを知らせよう。それにエンジニアの全員にも。情報共有は大事だ」

「え?もしかして全員にまた今みたいなことしないとダメですか?」

「まだ昼過ぎだからな。それにこれはかなり重要なことだ。この作業車では狭いだろう。テントでできるか?」

「調整機を一つ運べば。……達也くん、どうしてこうなったの?」

「仕方がないだろう。やろうと思えば魔工師志望ならある程度できる技術だ。お前レベルを目指さなければ共有した方がいい技術でもある」

 

 その後テントに調整機を移動させていたら真由美ちゃんによって代表の一高生全員呼び出されて、ボクと達也くんとあずちゃん、それに五十里先輩が講師としてバラシについての講義を行った。

 エンジニアの先輩たちはほぼすぐに理解して、痛んでいる部品などの見分けもほぼ完璧だった。

 その弊害からか、エンジニアの皆に自分の普段使いのCADをメンテしてもらおうとする選手が幾らか出た。特に家などが裕福ではなく専属のメンテナンスができるような魔工師がいないような選手たちが。

 ただ、それはボクが止める。

 

「普段使いのCADは流石にボクたちに任せない方が良いですよ。知識があっても特化型とかになればCADごとの特色が強いです。素直に購入した会社のメンテナンスに出すことをお勧めします。むしろプロの方が仕事が丁寧ですし、彼らはそれを本職にしている方々です。お金がかかってでも本職に任せるべきですよ」

 

 これ以上ボクたちの負担が増えてたまるか。特に今回の九校戦は危険なんだから。大会期間中自由に動くために前倒しでやった作業で仕事が増えるのは本末転倒だ。

 ボクならある程度できるだろうけど、二種目出る選手ってこと忘れないでほしい。

 それに普段使いのCADは流石に個人情報の塊だ。家ごとの秘術もあったりするだろう。それを公開するほどの仲なら良いけど、情報秘匿や腕の意味でもやっぱりプロの方が上だし。

 ということで競技用のCADならバラシもするけど、他のはノーセンキュー。あくまで大会のための技術だし。

 予定外の仕事も増えたけど、これでひとまずは準備OK。あとは会場を警戒しないと。

 




明日もう一つの方の小説更新します。


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九校戦4

 九校戦が始まった。一日目は早撃ちを決勝まで。それと波乗りの予選。どっちも本戦だけど、ボクは今日はオフ。担当選手もいないからサブエンジニアとしての仕事もなし。だから一高のテントに詰めていた。

 あずちゃんは女子スピードシューティングと千代田先輩以外の女子アイス・ピラーズ・ブレイクを担当。あずちゃんの補助はアイス・ピラーズ・ブレイクだけ担当しているからボクは休み。

 

 達也くんはレオくんたちも来ていたから会場に行ってる。代表選手じゃないとテントには来られないし、友達を優先したらそうなる。それに人がいっぱいいると悪感情多そうだし。だからテントの方が都合が良かったりする。

 ここでならどこの試合も確認できるし、下手したらここに襲撃をかけてくるかもしれない。何が起こるかわからないって怖いなあ。

 外も警戒しながら競技を見るけど、早撃ちは真由美ちゃんが圧勝。下馬評通りの結果だ。CADも本人の体調も問題なかったんだから想定通りってところだろうけど。午後の決勝も大丈夫だろう。男子も無事に勝ち上がってる。

 波乗りは女子が午前中。摩利ちゃん含む全員が予選突破。これも想定通り。午後からの男子も何もなければ良いけど。

 

 昼食もテントでお弁当を食べながら、達也くんを除くエンジニアチームでCADや選手に影響がないか確認をしていた。昨日のバラシのせいで性能が若干上がったからその影響はないかっていう話し合い。達也くんは昨日の深夜に賊による襲撃があったから所属する軍人さんたちとお昼らしい。

 やっぱり動いてるんだよね。ああ、表向きでは知り合いにお昼を誘われてしまったためとしている。軍のことは言えないし、達也くんが担当した選手は今日いないから外していても大丈夫ってことで了承。

 

 影響についてはどの選手に聞いても問題なし。むしろ調子は最高潮とのこと。というか、CADに不具合があったんだから練習よりも成果が出るのはおかしなことじゃないんだけど。

 真由美ちゃんとはんぞーくんも一度テントに顔を出したんだけど、真由美ちゃんも調子が良いと大絶賛。はんぞーくんもさっき練習してきたら自己ベストが出たとか。練習だからそこに妨害が入ったらタイムは変わるんだろうけど。

 

 なんか一科生って普段使ってるCADが高性能すぎて、スペックが低い競技用はこんなもんかと不具合を疑っていなかったらしい。実力が発揮できないのはそれが競技用の限界だろうと思っていたとのこと。

 あえて低スペックのCADを使う機会なんて少ないし、しょうがないのかもしれない。

 会議としては問題なしということで午後も見守ることに。早撃ちは結局男女で一高アベック優勝、波乗りも男子の一人を除いて予選突破。悪くない成績とは鈴音先輩談。

 

 二日目は女子棒倒しがあったのであずちゃんと五十里先輩と控え室に詰めた。とはいえ最終確認と細かい調整だけだからあまりやることはないんだけど。

 モニタールームには行かずに、すぐ調整できるように控え室にいる。ここでも一応試合は見られるし、試合が終わったら撤収もしないといけない。試合前の調整データを狙ってる可能性もあるからなあ。

 ホント、純粋に大会を楽しむこともできないなんて。大会前はそこまで楽しみじゃなかったけど、参加したら楽しみたい。それが悉く邪魔されたら嫌にもなる。

 

 棒倒しは千代田先輩が三回戦進出を決めた。これからは男子の予選の時間なので男子の担当エンジニアに部屋の引き継ぎをしてテントに戻る。何事もなかったのは良かった。これだけの観衆の中で事故を起こす気がないんだろうか。

 でもそれなら移動中のバスを狙って奇襲を仕掛けたりしないよねえ。どういう目的で妨害しようとしているのかさっぱりわからない。だからやっぱり警戒はしないといけないわけで。

 

 テントの中の雰囲気が重々しい。まさか何か妨害があったのかと思ったら男子クラウド・ボールの成績が良くないらしい。女子は真由美ちゃんが優勝したらしいけど、男子は決勝リーグまで残れなかったのだとか。

 桐原先輩でも勝てないのかー。結構レベルが高いんだなって感心した。正直九校戦って去年初めて見たくらいに興味がなかったから、あんまり他校生の実力はわかってない。去年も一高が勝ってたし、十文字先輩すごいなーって思ったのとルール把握でまともに試合を見れてなかったし。

 

「桐原先輩、お疲れ様です」

「おう、相田。悪いな、負けちまった」

「いえ、ボクなんて何もしてないじゃないですか」

「バラシやってくれただろ。そのおかげで優勝候補の三高の奴には勝てたんだが、その後の奴に負けちまってな。クラウド・ボールは下馬評が崩れまくって大熱狂してるぞ」

 

 優勝候補に勝てたなら凄くない?って思うけど、問題はポイントを取れなかったことだろうからなあ。話を聞いた感じ、悉く一高の相手は強敵ばかりだったらしい。潰し合って決勝リーグが面白みのない試合になってるとか。

 なーんか作為的な介入を感じるなあ。一高生全員に予選で強い人に当たるとか、ある?

 女子は真由美ちゃんが圧倒的だったらしいからポイントは問題ないらしいけど。

 

「大丈夫ですよ、桐原先輩。先輩が取れなかった分のポイントはどうにかなります」

「おっ。お前が新人戦で奪い返してくれるって?」

「いえ、それは期待しないでください。あずちゃんと五十里先輩が担当する棒倒しで女子が上位を独占するから問題ないです」

「はいっ!?いや、あっくん。確かにそうなってくれたらわたしも嬉しいけど……」

「予選見た感じ、大丈夫でしょ。千代田先輩は圧倒的だし、あずちゃん担当の二人も今日余裕あったし。同じ競技に出るボクが言うんだから間違いない」

 

 ボクが断言すると桐原先輩が爆笑してボクの背中を叩いてくる。

 え、何?怖いんだけど。

 

「そりゃあいい!俺の分も中条が頑張ってくれるのか!……彼女にだけ頑張らせて、自分は頑張りませんはなしだよな?」

「あー、はい。できるだけ頑張りますけど、本来ボクってあずちゃんと一緒でこういう試合って苦手ですからね?数合わせで選ばれたんで期待はしないでください」

「はいよ。数合わせってことは、お前が頑張れば俺の分もポイントを稼げるわけだ。任せたぜ、後輩」

「……はーい。じゃあ先輩。棒倒し、準優勝(・・・)してきます」

「そこは優勝目指せよ」

「現実見てるって言ってください。一条以外には負けません」

「言ったな?試合は見に行ってやる」

 

 あーあ、言っちゃった。

 なんとかなるとは思うけど。十文字先輩と千代田先輩には負けるけど、それ以外だったら練習でも良い試合をしたわけだし。干渉力って大事だなと思ったよ。

 ああ、でも。深雪ちゃんと雫ちゃんにも負けたか。あの二人が一年生としてはおかしいほど実力が飛び抜けてるんだと思うけど。逆に言えばあの二人レベルの他校生なんて十師族の一条くらいしかいないだろうって判断だけど。

 

 ボクのように実は十師族と関係ありますって学生はいるんだろうか。そんな人がいない限り準優勝は固いと思ってるけど。

 午後からはボクたちはテントで試合観戦。男子棒倒しは十文字先輩を筆頭に予定通り予選突破。

 その日も妨害らしい妨害はなかった。

 

 

 九校戦三日目。今日が終われば数日新人戦を含んでからまた本戦に戻ってくる変則的な日程。新人戦は本戦と比べてポイントが半分になるから圧倒的な差が出ないように大会側も調整しているんだろう。あとは、メインディッシュを残しておくというか。

 今日は棒倒しの続きとバトルボードの続きがある。ボクは女子棒倒しのサブエンジニアとして控え室で調整やらタオルの用意とかをしていた。いわゆる雑用と言ってもいい。

 本番前の調整ってあまりやることないんだよね。やることがないように前日までにセッティングほとんどしちゃうし。

 

 女子棒倒しは想定通り、千代田先輩の圧倒的な魔法とあずちゃんが調整したCAD効果で一高女子が上位を独占。

 快挙らしくてあずちゃんがピョンピョンしていた。可愛い。

 ホクホク顔で皆でテントに向かうとテントは昨日以上に騒がしかった。昨日のような慌て方ではなく、尋常ではない慌て方。まるで想定外どころか、青天の霹靂のような。

 

 そしてテントの中に入って知る、摩利ちゃんの事故。すでに運ばれて病院にはついているらしい。命に別状はないらしいけど、二人の選手が接触事故のままコースアウトしたせいでミラージ・バットに摩利ちゃんが出られないらしい。

 しかもバトルボードも準決勝での事故だったために、ポイントが全く入らない。稼ぎ頭が倒れた上にポイントが大誤算となれば慌てるのもわかる。

 

 いくらこっちが良いニュースを持ってきたとしても、これは酷すぎる。

 達也くんも部屋に詰めていて、ちょうどレースの試合を見返しているらしい。あずちゃんに断りを入れてボクも達也くんの元に向かう。今日のボクの担当は終わりだし、棒倒しは妨害が入りにくい競技だから大丈夫なはず。

 達也くんの部屋に入ってレースの映像を見るけど、不審なこと以外はわからなかった。

 

「時間を決めて水面を揺らすなんて呪文はあるのか?」

「そんな限定的な呪文はないよ。呪文って基本的にシンプルで、竜巻きを起こす、毒を治すとかそんなものだから。特技だってそんな小さい妨害をするなんて無理だろうし……。一応罠を仕掛けるジバリアって呪文もあるけど、それを第二レースで仕掛けるなんて無理だと思う」

「新関連の力じゃないってことか」

「ボクの知識にある呪文とかその他でも今回のことは無理だと思うよ。それを言えば七高の急加速もそう。身体能力を上げたり、ある一定の空間に効果のある霧とかは出せても、ボードの速度を上げるのは無理。そうなると、CADに細工とか?」

「だろうな。大会運営スタッフに渡す時に一度手を離れる。そこで仕込まれたと推測はできるが……手段がわからない。この水面の変化もだ。精霊魔法の可能性もあるか」

 

 精霊魔法とか古式魔法って雷童子を使う関係で一通り勉強したけど、全部は知らないなあ。それに古式の人たちって結構秘密主義だから知ってることが全部じゃないだろうし。

 

「新の魔法じゃ過去の映像からは悪意を感じられないんだな?」

「うん、無理。現場にいれば魔法を発動した瞬間とかに感知できたかもしれないけど。でも、大会運営スタッフにCADを渡す場所に張り込んでいれば次は防げる」

「悪い。頼むぞ。俺は精霊魔法の方面で探ってみる」

「あんまり根詰めないでよ」

 

 そう言って部屋を出る。

 やっぱり仕掛けてきた。しかもこんな方法で。本当に苛立つなあ。学生の大会にクソみたいな大人が介入して台無しにするとか。

 一高を貶めるためなら他校生も巻き込むとか、性根が腐ってる。何様のつもりなんだ。

 それに国防軍もしっかりしてくれないかな。本当に、嫌になる。

 

 あれだけの観衆の中で怪我したとなれば、ボクが呪文で治すわけにもいかない。摩利ちゃんには悪いけど、これが桐原先輩のようにあまり注目されていなければこっそり治せたんだけど。

 今日の競技は終わってしまった。明日からの新人戦で細工がされないように張り付こう。達也くんのサブにつくより細工がされないように検査場に詰めた方がいい。

 明日から一層注意するとして。遣る瀬無さが押し寄せてくる。

 次は、こんな悲劇を起こさない。

 



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九校戦5

 今日から新人戦を挟む。昨日の夜深雪ちゃんが摩利ちゃんの代理で本戦ミラージ・バッドに移ったという変化はあったけど、他は今の所通常通り。

 今日の日程は早撃ちとバトル・ボード。今日もボクは本来休みだったんだけど、サブエンジニアとして早撃ちの準備をしていた。

 まあ、テントの中でできる作業だったからいいけど。

 

「新くん、何やってるの?CADの調整?」

「真由美ちゃん。森崎くんのやつですよ」

「え?森崎くん?だって彼、今競技に出てるじゃない」

 

 テントにいくつかあるモニターに映っている森崎くんは今早撃ちの予選をやっている。その手にはボクが調整している物とそっくりな拳銃型特化型CAD。

 まあ、予選では必要ないというか。これは彼にとっても秘密兵器だし。

 

「会長。相田君の邪魔をしないように。これも作戦の内です」

「予選と決勝リーグで使うCADを変えるってこと?でも彼、いつものように『クイック・ドロウ』に合わせた魔法を使ってると思うけど……」

「そうですね。会長と同じように予選も決勝リーグも彼は同じ戦法で行きます。敵を騙すなら味方から、ですから」

「達也くんほどの酷い騙しじゃないけどねー」

 

 なにせ今競技をやってる雫ちゃんのためにオリジナル魔法をあげたんだから。そんな隠し球に比べれば……ああいや、達也くんがあげたものってどれも規格外だ。

 

「え?同じ戦法なのにもう一つ必要なの?……まさか」

「はい、お口チャック〜。どこから情報漏れるかわからないから言わないでね、真由美ちゃん」

 

 気付いたとしても言わないでほしい。ここがテントの中とはいえ、森崎くんが隠そうとしているんだから。

 ボクは今日計測した森崎くんのデータと練習で計測したデータを把握して調整していく。誰かが運営スタッフにCADを出しに行く時はボクも付いて行ってるけど、今の所妨害工作はないっぽい。

 安心して試合を見守りつつ、ボクは自分の調整機のモニターを見ながら数値を打ち込んでいく。その様子をケガ人のくせに出歩いている摩利ちゃんが覗き込む。

 

「うん?あたしはあまり調整については詳しくないが……。やたらと数値が歪じゃないか?」

「それでいいんだよ。本命は今も森崎くんが使ってる方のCADだから。こっちの方はあえて小さく調整してるの。それで十分だから」

 

 森崎くんは弾丸を生成して加速させて狙撃することで落とすという、早撃ちにおいては珍しい方法でクレーを落としている。今調整しているのもサイオン弾を放つCADで、しかも調整は控え目。とはいえ速度だけなら特化型の名の通りかなり速い。

 速さだけは問題ないのに、威力だけは抑えている。まさしくこの競技のためだけのCADだ。クレーを壊すには正直そこまで威力はいらない。今も森崎くんの弾丸の威力を見て、こっちの調整をしている。

 

 まあ、相手があのカーディナルジョージじゃなければここまでしなかったんだろうけど。一条以外にも有名な選手が一年生にいたんだねえ。ボクはモノリス・コードでしかぶつからないから気楽だけど。

 午前中は順調に競技を終えていった。妨害もなく平穏だ。調整をしつつも警戒してたけど、CADに細工はされていないようだ。男子波乗りは全滅。男子早撃ちも森崎くんだけ。女子は全員突破した。地力もエンジニアの差も出ちゃったなあ。

 午後から森崎くんは順当に勝ち上がって、決勝まで駒を進めた。その時になってようやくこのCADを渡す。

 

「速度はそのまま。威力はクレーを粉微塵にしないように調整かけた」

「ありがとう、相田。これであの理論屋に勝てる」

「ずいぶん対抗心を向けるねえ。そんなに研究者に負けるのは嫌?」

「嫌だ。あいつは自分の見付けた力の一つ覚え。『不可視の弾丸』なんて貫通力のない魔法をこの競技に使うなんてどれだけ驕ってるんだと、九島閣下のおっしゃられた工夫をまるで理解していない有様に怒りたくもなる。

 事実あいつはこれまで一度も、北山さんのようにパーフェクトを出していない。撃ち漏らしはもちろん、クレーが重なったときですら『不可視の弾丸』で片方しか壊せない時もあった。本気で挑まない奴に優勝を取られるのを見過ごすほど、僕は人間ができていない」

 

 ご立腹だねえ。試合前なんだから落ち着けって言いたいけど、こういう言葉って言っちゃうと余計テンパったりしちゃうからなあ。試合前に落ち着けばいいから、このまま吐き出させようか。

 森崎くんはこうしてエンジニアと協力して工夫してるからこそ怒ってるんだろう。多分。

 

「閣下の言葉、ボク聞いてないんだよねえ」

「ああ、そうだったな。そんな話があったんだよ。……調整、助かった。他にもやることあっただろ」

「あったけど、CAD弄るのも好きだし。この前のバラシの延長だよ。手も空いてたしね。ポイントは確定だけど、このまま勝ってきちゃって。そうすれば総合優勝に近付くし。どうせなら新人戦も優勝しちゃおうよ」

「お前の棒倒しも重要だぞ。モノリスもそのままの勢いでもらうか」

「一条くんの相手は任せたからね。モノリスの時はボクが研究者倒すから」

「ああ。行ってくる」

 

 拳を出されたので、ボクも重ねる。森崎くんってこういう古典的なこと好きだよね。シチュエーションとかも大事にしてるタイプ。

 嫌いじゃないけど。

 男子の早撃ちの前に女子の早撃ちが終わって雫ちゃんが優勝。後でお祝いしないと。このまま森崎くんも優勝しないかなあ。

 女子の出場選手たちとエンジニアの達也くんが帰ってきた。早撃ちに至っては女子が上位独占したために真由美ちゃんが帰ってきた四人をめちゃくちゃ褒めてた。独占ってポイント丸儲けってことだからね。それはもう喜ぶよ。

 ボクも皆にお祝いの言葉を言った後にモニターへ視線を戻す。三位決定戦の後に決勝が行われる。

 

 カーディナルジョージなる三高の男子と森崎くんの対決。ボクは魔法の細かい理論とか知らないから名前しか知らなかった。カーディナルコードとかいう理論を見付けた天才らしいけど、テストに出ないし、ボクの呪文にも全く関係ないって達也くんが言ってたから興味もなかった。

 この世界で呪文でも発見したならボクから会いに行くけど、そうでもないし。三大難問を二大難問に変えちゃった達也くんと比べたら研究者としても一枚劣ってるのに。それで優勝して当たり前みたいな試合運びだったら怒るか。

 

「新。森崎はどうやって『不可視の弾丸』を攻略するんだ?」

「ああ、簡単だよ?ただでさえない貫通力を、さらになくそうってだけ」

 

 試合が始まる。

 最初は自分のクレーを落とすのに集中しているのか妨害をしない。森崎くんは二つCADを持っているけど右手の方しか使っていない。というか、片方は左側のホルスターに入れたままだ。それでこそ森崎くんだけど。

 単調なクレーの発射から、だんだんクレーの数が増えたり緩急をつけてきた。そこで突然森崎くんはホルスターから抜いてカーディナルジョージの方からやってきたクレーを破壊。「クイック・ドロウ」の面目躍如だね。その次のカーディナルジョージの魔法は不発に終わった。

 

「え?不発?」

「いや、それよりも複数デバイスの同時操作だろう。あれができるのは限られている」

「何が起こったの?」

「正確には不発じゃなくて、貫通力が足りずにクレーを壊せなかっただけ。でしょ?達也くん」

「そうだな。魔法は発動していた。ただ『不可視の弾丸』は対象物を正しく認識する必要がある。それこそ会長の『マルチ・スコープ』と併用すれば鬼に金棒ですが。あの魔法だけを使ったらそれこそ見えないだけの弾です。この競技には破壊力がまるで足りない」

 

 魔法の選択ミスっていうか。「不可視の弾丸」を唯一活かせる競技だと思ったのかもしれないけど、達也くん曰く思い込みらしい。だから森崎くんもこうやって対策したわけだし。

 

「森崎は自分のクレーを、破壊できる最小の力で壊したために破片が数多く残りました。それが残っている中『不可視の弾丸』を用いれば、視界がクリアな状況で用いるはずの魔法は完全な形で発現せず、先ほどのように中途半端な効力しか発揮できません。元々威力も貫通力も低いあの魔法では、邪魔されてしまえば結果を出せません」

「森崎くんは家柄のおかげか動体視力かなり良いからね。ちょうど相手の邪魔ができるタイミングを測れるって練習の時に言ってたよ。新人戦だから邪魔されても地力で勝てるって慢心した結果が今の状況なんじゃないかな?」

 

 モニターの先では森崎くんが的確に自分のクレーを破壊しながら、相手の邪魔をしたりしなかったり。そのせいでカーディナルジョージなる研究者は自分を乱して点数を稼げなくなっていた。

 

「ああ。だから新君はあえて威力を抑えたんだな?」

「そうそう。粉微塵にしちゃったら邪魔にならないからね。最低限破壊できる威力に抑えてるんだよ。それにサイオン消費量を抑える意味もある。妨害で力使い果たしちゃっても意味ないし」

 

 趨勢は決まったかのように観客席では声の色に変化があった。一高側や一般客はあのカーディナルジョージに勝っていることで声に熱が入り、一方三高側は優勝間違いなしだと思っていたのか、落胆の声や悲鳴が聞こえる。

 試合終了のブザーが鳴る。点数は86対67。途中からは盛り返したけど、動揺した時に失った点数は巻き返せなかったらしい。

 テントの中は大盛り上がり。準優勝でも十分だったのに、森崎くんが優勝を奪ってきたんだから。

 

 森崎くんも応援団に向かって腕を上げてるけど、フラフラだねえ。倒れないか心配だけど、そこはエンジニアの先輩に任せよう。

 結構時間が経ってから森崎くんはテントに帰ってきた。その際テントにいた人たちにもみくちゃにされる森崎くんだけど、色々限界だったのかやっぱり倒れた。慌てて椅子に座らされる森崎くん。締まらないけど、カーディナルジョージに勝ったのは快挙だと周りがずっと喜んでいた。

 ボクも一言、お祝いの言葉を。

 

「おめでとう、森崎くん」

「相田、調整完璧だった。僕の方こそありがとう」

「いやいや、あれは森崎くんの手柄でしょ。複数デバイスの同時操作とあれだけの弾丸を放った胆力。とりあえず明日はしっかり休んでよ?モノリスまで時間が空くんだから」

「ああ。あいつにはもう一度土をつけるだけだ」

 

 そのあとは力尽きたのか寝息を立て始めてしまった。大変だっただろうししょうがない。とはいえ今日の競技は全部終わった。だから男子の先輩たちが部屋まで運んで寝かせたけど、夕飯の時間にも起きてこなかった。一応起こしたけどね。

 夕食は学校ごとに食べているんだけど、女子は今日の成績に盛り上がり、男子は今日の立役者たる森崎くんがいなくて憤慨していた。そのせいもあってか、明日から出るボクがどうにか頑張れと応援される始末。

 

 やれるだけやるけど。

 達也くんと情報共有するけど、会場で特に怪しい動きはなかったらしい。うーん、静かってことが逆に怖い。

 次の日。棒倒しとクラウドボールの新人戦。ボクはCADのチェックでの細工を潜り抜けて出陣しようとしていたら、控え室に来てくれた達也くんに質問される。

 

「おい、新。その手に持ってるのはなんだ?」

「え?ボクの棒倒しの衣装だけど?」

「衣装……?着ぐるみよね?」

 

 女子棒倒しの一番手であるエイミィちゃんの確認に、頷く。エイミィちゃんもすでに着替えている。乗馬スタイルっぽい。

 ボクの衣装は二足歩行の緑色のドラゴン。バトルレックスの着ぐるみのようなものだ。

 

「没収だ。制服で出ろ」

「えー!?なんで!?公序良俗に反するから?メスの着ぐるみはダメってこと!?」

「メスなの?」

「うん、ドランゴって名前で……達也くん、殺生な!」

「無駄に手の部分は感受性を良くして……。なんにせよ、これはダメだ」

「No〜〜〜〜〜ッ!」

 

 達也くんに着ぐるみを没収されてしまったために、制服で出ることに。むしろヘイトを集めて大会運営委員会の足を掴もうとしたのに。

 試合は三つの氷柱を情報強化で守って雷童子でちまちまと削って勝った。予選というか、決勝リーグまでこのつまらない勝ち方をするしかない。いやまあ逆に、これしか勝ち方ないんだけど。

 鈴音先輩もボクの戦い方はこれしかないって知ってるし、一条相手の作戦も伝えてある。鈴音先輩もこの棒倒しは勝てたら儲けものとしか考えていないだろう。それだけ今年は男子があまり、優秀な選手がいないというか。

 一条と戦う時も真夜様に許可を取ってる。むしろ勧められたほど。彼と当たるまで負けないように頑張るけどね。

 



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九校戦6

 昨日のテニスは女子が準優勝と入賞一人。男子が全滅。ほんと、一年男子が足引っ張ってごめんなさいってくらい差がある。

 今日は波乗りと棒倒しの決勝がある。僕は自前で調整したCADで挑むわけだけど。

 棒倒しの決勝リーグは三人の総当たり戦なんだよね。それで僕と八高の選手が一回目。八高の選手と一条が二回目。僕と一条が三回目。これの勝敗で順位を決める。

 

 最初の一回目は予選と変わらず、ちまちまとやって勝った。これでも一応四葉の傍流だから干渉力じゃ滅多に負けないらしい。面白みはないだろうけどね。

 一条の試合は一瞬だった。正確には四秒フラットで「爆裂」という魔法が全てを終わらせた。氷柱を丸ごとボカンって殺傷能力高いなあ。この競技、彼や深雪ちゃんのような魔法師のためにある競技だよね。

 さて、そんな彼に勝つ方法だけど。

 

 ありません。

 もうね、全くない。だから桐原先輩にも準優勝って言ったわけだし。魔法競技としたら、彼に勝つ方法はないんだよ。

 さっきの試合勝って、八高の選手が二敗した時点で準優勝確定だから一高選手としては終わり。

 ここからは四葉として、ちょっとしたお試しだ。

 

「あずちゃん。次の試合で起こったこと、誰かに聞かれても知らないって答えてね?これ、許可もらってるから」

「え?そこまでして勝ちに行くの?」

「んー、ちょっとした実験。本当にボク以外いないのかの確認と、色んなところへの牽制だって。理由も納得できるからちょっとやってくる」

 

 控え室でそんな会話をあずちゃんとしてから選手が乗る櫓に向かう。ドランゴも没収されたままなので制服で。他に仮装のしようがないからね。

 向こうも制服だし問題ないない。そもそも仮装するのは女子ばかり。男子は基本制服で出ている。だからこそドランゴの格好をすれば奇抜で注目を集められたんだけどなあ。

 それにこの容姿でドランゴの格好をしていれば、わかる人ならわかるのに。

 今回ボクのちょっとした仕掛けのために、深夜さんが会場入りしてくれている。達也くんと深雪ちゃんには伝えていない。あとでモシャスをかけてあげてこっそり会わせてあげる予定だけど。

 

 この勝負にも、CADに細工はなかった。まだ狙ってるんだろうけど、狙うタイミングがわからない。棒倒しは狙いづらいとは思うけど。相手への直接的な妨害ができないし、これでボクが魔法の操作をミスったら観客に被害が出るだろう。

 それは本意じゃないはず。推測でしかないけど。

 櫓に登ると、一条の凄いドヤ顔が見えた。まあ、うん。負けを想定してないだろうね。十師族だし、ボクの試合を見ていれば負ける要素がないと思うだろう。

 観客もそう思っている。十文字先輩や真由美ちゃんが本戦で見せつけたように、十師族の能力を誰も疑っていないだろう。

 実際その通りだ。魔法技能では、ボクは天地がひっくり返っても一条に勝てないだろう。

 

 

 だから望み通り──勝ちを譲る。

 

 

 

 

 達也はこの後予定されている深雪と雫の準備を済ませてクラスメイトたちと観客席にいた。どちらの肩も持たないために、距離をおいたわけだ。

 男子棒倒しの後に女子棒倒しを見て、急げば女子バトルボードに間に合うだろうと予測していた。バトルボードに出るほのかに決勝戦だけでも見て欲しいと頼まれている。それを蔑ろにするつもりはなかった。

 約束を守るためには、今回棒倒しに導入された氷を作る「氷の杖」と、女子の一高上位独占による決勝リーグは一戦のみというのは助かった。時間が随分と短縮できるからだ。

 通常通りに行われているバトルボードの会場に行くための余裕ができる。

 目の前で行われる新と一条の試合。身内の贔屓をとっても、下馬評通り一条の圧勝だろうと達也は考えていた。

 

「達也くん。新くんって勝ち目あるの?」

「ない。あいつは干渉力自体は高いが、一条の『爆裂』を防ぐ手段がない。『情報強化』だけでは無理だ」

「チェ〜。ツマンナイ」

 

 質問してきたエリカに馬鹿正直に答える。

 実際新の魔法技能はその程度だ。一条は十師族の名に恥じず十分な実力を保持している。元二十八家の家系でもどうしようもない。

 それに新の得意魔法を考えても、棒倒しは不適切な競技だ。正確には九校戦の競技そのものが絶望的に合わない。精神干渉魔法の使い手でそれ以外が平凡を越えない魔法師に、特殊な競技をやらせるほうが間違っている。

 

 数合わせで準優勝なら十分だろうと、達也も一高首脳部も考えていた。

 一応この試合も吉田幹比古と美月が精霊魔法の使用がないか見張っている。美月は眼鏡を外して見守っている。バトルボードは一度あったからこそ、二回目はないと考えている。もちろんこの後の試合も見に行くが。

 そして、試合が始まる。開始のブザーが鳴るのと同時に一条が魔法を行使。一方新は右手を上に掲げているだけだった。その手に握られているスライムタワーというCADを見て、そのCADは囮だとわかる。そこまで性能の良いCADではないし、そこから見える術式も囮だったために。

 達也の眼からしても、そこまでサイオンが集まっているようには見えなかった。それでは柱の一つも落とせない威力にしかならないだろうと思ったが、それらが全て囮ならば。魔法を使ったという証拠が欲しいだけなら。

 

(まさか!)

 

 

 

「天空に散らばる数多の精霊たちよ、雷となり降り注げ!雷童子(ライデイン)!」

 

 

 

 響き渡る爆発音に次いで、ゴロゴロという地響きに似た音と共に閃光が降り注ぐ。

 結果、彼らの前には一本も氷柱が残っていなかった。

 結果がわからず戸惑いの声がざわめきに変わっている頃、達也は幹比古と美月に尋ねる。

 

「幹比古、美月。あれが新の精霊魔法だが、感じ取れたか?」

「……ごめん、達也。空の精霊なんて、僕には見えない。あれは……僕とは規模が違いすぎる……!」

「そうか。美月は?」

「すみません……。サイオンは少し感じたんですけど、それでもあの威力の魔法としたら規模が小さく感じました。プシオンは、感じなかったです」

「わかった。ありがとう」

(これではっきりしたな。新の呪文は魔法とは全く違う位相の力だと)

 

 第四研究所でも散々研究したが、精霊魔法に詳しい者がおらず難航していた研究だ。最低限の精霊魔法と古式魔法の知識しかなく、術式だってあまりわかっていなかった。

 達也は新に二人のことを教えていたので、そこから真夜に話が行き、今回実行したというところだろう。

 

(だが、これはいいのか?みすみす十師族に喧嘩を売るような……。いや、だから九島閣下との取引か。新の魔法と呪文なら閣下の孫の治療も問題なく行えたはず。そうして十師族の目線を集めつつ、俺や深雪への目線をズラさせる目論見。新がエンジニアもやっていたと知り、この後モノリスでもある程度活躍すれば注目も分散される。深雪が少し目立とうが、俺の技術が目を惹かれようが。直接十師族と対峙せず、凄い結果を残したとしても。十師族に匹敵した新の方が目を惹く)

 

 達也と深雪のためでもあり、新と同じ力の持ち主を探すための網でもあり、なおかつ十師族からの介入は九島閣下から守られている。

 それに試合結果も加味すれば、まだマシな方だ。

 スロー映像によって、新の方が氷柱の破壊が遅かったために判定勝ちということで一条が優勝した。それにどよめいたり喝采が出たり。

 

「あんだけのことやって、新くん負けたの?」

「映像の通りだな。古式魔法は確かに威力では現代魔法に勝るが、速度は現代魔法が圧倒的に勝る。それにあれだけの魔法だ。新の方が遅いのも納得だろう。一条のように改良に改良を重ねた術式でもないんだからな」

「いやー、でも惜しかったぜ?もうちょい発動速度を速めれば勝てたんじゃね?」

「そうしたら威力を損なって全部破壊できなかっただろうな。あれがあの術式と新の限界だ。どうせ負けるなら派手に、とか新なら考えているだろうな」

「達也でもあれ以上速くするのは無理なのかい?」

「無理。あんな完成された術式、弄りようがない」

 

 ということにしておく。実際雷童子もカモフラージュのために使っていたが、本質は達也も解明できていない呪文だ。

 あの威力で中級呪文だというのだから、末恐ろしい。

 

(あれが最大威力だと誤認させること。それも計画の一つになっていそうだな。新と同じ知識があれば看破できるんだろうが、その知識を持っているか、四葉の一部でもなければあの秘密には辿り着かない。……いつか全てを、解き明かしてみたいものだ)

 

 そう考えながらも、達也は周りの質問に答えていく。特にエリカがこの結果を想像していなかったのか大はしゃぎだ。

 判定負けとはいえ、結果としては引き分けと遜色ない。それをお子様な新がやったことにスカッとする気持ちだったのだろう。

 

「いやー、驚いた。ミキもあんな精霊魔法使えるの?」

「……無理だ。とても同じ条件だとできやしない。悉く準備を重ねて時間をかけてなら可能だけど、下準備もなしにフラットな状況であの威力の魔法を?相田なんて名前の古式の家なんて知らない……。彼は一体何者なんだ……?」

「あら。いつもの返しがないわね」

 

 達也は絶対に口を割らない。自分の秘密と同等以上の秘匿事項だからだ。

 そのあとの女子決勝の試合で雫が『フォノンメーザー』を、深雪が『ニブルヘイム』と言う使用者が少ない高等魔法を新人戦でやってみせたことで、前の試合以上のインパクトを残した。使った二人が美少女であったこと、本戦でも見られないような知っている魔法だったからというのもあるだろう。

 一条の『爆裂』は一条の専用魔法であり、新のあれは魔法とも呼べないものだったために。

 それでもやはり、新はかなり話題になった。無名の、一条に引き分けた(・・・・・)男として。各校は彼の出るモノリスも警戒を始める。

 その夜の夕食会で。

 

「だっはっはっは!相田、本当に準優勝して、しかもあんなド派手なオマケ付きなんてな!おめえもやるじゃねえか!」

「ちょ、桐原先輩。痛いですって。背中強く叩きすぎ!」

 

 あの一条に判定負けとはいえ追い縋ったために、男女問わず揉みくちゃにされる新の姿があった。それと対面になるように、達也も色々な人からエンジニアとして褒められる。

 そんな夕食会の後、新が七草会長と十文字会頭が呼び出したのを見逃す達也ではなかった。

 



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九校戦7

 全く、この二人に呼び出しって嫌な予感しかしないよ。真夜様の予定通りなんだろうけど。

 一高が借りている会議室に案内される。二十人以上が集まれる部屋にたった三人しかいないなんて不思議だ。

 三人とも椅子に腰をかけて、本題が話される。

 

「相田。確認だがお前は十師族か?」

「違います。元でも何でもなく、ただの一魔法師ですよ。サイオン量だってそこそこ、得意な魔法以外はてんでダメ。そんな十師族や二十八家がいると思います?」

「じゃあ、一条くんの『爆裂』に匹敵するあの魔法は何?あの威力は普通の魔法の範疇を超えてるけど……」

「古式魔法の『雷童子』を改造した魔法ですよ。ボクの最大威力の。古式魔法の威力の高さは知ってるでしょう?」

 

 これで誤魔化せるとは思わないけど、こうとしか答えない。古式魔法でもあの威力は中々出せないらしい。「雷童子」の殺傷ランクはC相当だとか。対人で使っても死には至らせない威力に分類される。あのライデイン喰らったら死にそうだけど。それこそA判定は固いだろう。

 

「モノリスを心配してます?流石にあの威力では使いませんよ。CADで制限をつけます」

「ああ、頼む。……本題はな、別にあるんだ。あの試合を見て、十師族が動いた」

 

 だと思った。そうじゃなきゃ真由美ちゃんと十文字先輩が呼び出したりしないだろう。一高関係なら摩利ちゃんと鈴音先輩も一緒にいなきゃおかしい。

 

「ボクを管理しようって話ですか?古式がわかる十師族なんて九島くらいしか思い当たりませんが、閣下が動いたのなら閣下が来ますよね?」

「九島閣下は動かれていない。十文字家は静観を取る。動いたのは七草だ。一条も動くかもしれないが、探りを入れる程度だろう」

「冗談でしょう?たかがあの程度で。戦略級はおろか、戦術級の魔法を見せたわけでもありません。魔法の発動速度は一条に負けました。十師族が動くには理由が弱いでしょう」

 

 そうボクは思っていたけど、真夜様曰く十分可能性があるどころか、動く可能性の方が高いとのこと。彼らは自分たちの立場を誇示している。そのため脅かす存在は襲うか囲い込むのだとか。

 予想通り動いたわけだけど。

 

「棒倒しで言えば俺と千代田が本戦で優勝したな。俺は十師族として、千代田は百家本流としての実力を発揮して勝ったわけだ。お前は無名な中、十師族に引き分けた。一条の実力だって本戦に出ていれば俺に匹敵していただろう。その一条に引き分けたお前が無名の出などあり得ないという話になったようでな」

「父も母もライセンス持ちというわけでもなく、ただの魔工師なんですが。無名も無名ですよ?」

「それと、前夜祭で見せた対抗魔法。それを七草当主が見ていたそうだ。対抗魔法に精神干渉魔法、そして先ほどの魔法にエンジニアとしての才能。十師族ではなくても、喉から手が出る逸材だろう」

 

 あの場に、他の十師族なんていたのか。それはまずい。夕食前に深夜様にモシャスをかけておいてよかった。もしかしたらバッタリなんてこともあったかもしれない。

 

「褒められるのは嬉しいですけど。十文字家は静観する本題って何ですか?」

「七草家からの申し立てです。相田新くんを七草家の女性の誰かと婚約を結ぶこと。もしくは養子になること。これを相田家に申し込むと」

 

 あー、真夜様に聞いておいて良かった。

 真由美ちゃんさあ。言いづらそうにしてたってダメだよ。自分が嫌なら本人にやらせないと。

 こういうところ、真由美ちゃんも悪い意味で十師族だよね。

 

「十文字先輩は仲介人ですか?」

「そうだな。中条とのことは知っている。だからこそ俺の立場で言えることはない」

「ありがとうございます。……七草真由美様。私はそのどちらも拒否いたします。中条あずさとの婚約を破棄することも、あなたたちの家の子どもになることもありません。私は相田新のまま生きていきます」

「……一応、家へ持ち帰っていただけませんか?」

「私のことは全て一任されております。持ち帰ったとしても同じ回答をするだけでしょう」

「では、破談だな。十文字家次期当主の名の下にこの交渉を終了とする」

「はい。お疲れ様でした」

 

 ボクが帰ろうとしたら真由美ちゃんに呼び抑えられた。何だよもう。

 これ以上話すことなんてないのに。

 

「ちょっとちょっと!そんなあっさり終わらせていい話じゃないんだけど!?」

「だが七草。交渉は決裂しただろう。それに相田の目を見ればわかる。あれは揺らがない目だぞ」

「真由美ちゃんさあ。ボクがどれだけあずちゃん好きなのかわかってるでしょ?それで婚約話持ってくるとか酷くない?」

「わかってるけど!!……あのタヌキ親父に言われたんだから仕方がないでしょぉ」

「いや、知らないよ。摩利ちゃんは十師族に匹敵するくせに、千葉家との婚約でいいんでしょ?ボクとあずちゃんの家がなんてことないからって馬鹿にしてるとしか思えないんだけど?」

「その一件はあくまで恋人同士。婚約まで発展していないからだ」

 

 だとしても。

 相田も中条も無名。でも渡辺は百家の傍流で相手が剣の千葉だから許されて。

 数字落ちのボクを保護してやろうという魂胆が透けて見えて気持ち悪い。

 

「こんな馬鹿なことに時間を割いてるなら、さっさと行きのバスの一件と九校戦の事件について調べるよう動いてくださいってそのタヌキ親父に言ってくださいよ。明らかに事件ですよ、これ」

「ああ。関東は二家の担当だからな。軍と協力して調査している。相田はこのまま競技に集中していてくれ」

「事件を、未然に防ぐ手段があるんですか?一向に対策が練られていないのかと」

「耳が痛い話だな。ここは軍と九校戦の大会運営委員会の力が強くてあまりおおっぴらに動けない。軍は軍、十師族は十師族だからな。協力はしているが、お互い踏み込めない状況だ」

「これで誰かがまた怪我したらボクは恨みますよ」

「強く進言しておく」

 

 十文字先輩を信じるしかないか。

 あとは軍がどれだけ本気で動くか。軍には魔法師排斥派もいるからこの九校戦に国際シンジケートが関わってもラッキーくらいにしか思わない連中もいるらしい。本当に酷い話だ。

 結局ボクや達也くんが積極的に動いて四葉の力を借りて潰さないといけない。正直十文字家は当主代行の先輩がここにいる時点でおおっぴらに動けないし、七草に至っては論外。

 九島は領分じゃないから余り出張ってこられないだろう。光宣くんの護衛に数人来ている程度だろうし。

 しょうがない。十文字先輩の負担を減らすために少しだけ進言しておくか。

 

「十文字先輩。少し精霊が煩いです。もし専門家がいるのなら、その線を当たってみてはいかがでしょう?」

「古式魔法ということか?煩いとは、九校戦をやっているからではないんだな?」

「去年としか比べられませんが、去年よりはノイズが酷いです。これが観客と選手としての立場の差かはわかりませんけど、去年よりはよっぽど煩いですね。摩利ちゃんの事件も精霊魔法による妨害の可能性を示唆されていたでしょう?」

「ああ。至急要請しよう。助かる」

「いえ。じゃあ明日に備えて休みます。お疲れ様です」

 

 もう九校戦も折り返しになってるけど、だからこそ仕掛けてきそうだし。即日でどうにかできるかわからないけど、ボクが頼れそうな相手って表じゃ十文字先輩くらいだもんなあ。

 こっちで守りを固めてくれれば、四葉が本丸を落としやすくなる。

 ボクはそう考えながら部屋に戻って休むことにした。明日はモノリスの予選があるんだから。

 

 

「新くんって子どもだと思ってたけど、ああいう話し方できるのねえ」

「そういう風に装っているのか、ああいうお堅い場面には対応できるのか。……それにしても弘一殿にも困ったものだ」

「ホントよぉ〜。あの二人がラブラブなのはもう知ってるんだから。婚約して今は同棲してる子らに十師族としての圧で割り込もうとするとか最悪じゃない……」

 

 新が去ったのを確認して、思いっきり脱力していた。真由美は同じ十師族で同い年であるため、十文字の前ではかなり素を出している。同じ苦労をしているもの同士の傷の舐め合いとも言う。

 

「しかし精霊か。あれだけの古式魔法ができれば知覚できてもおかしくはないが。老師の精神干渉魔法も感知していたことも含めて、目が良いのか?」

「達也くんのような目じゃないと思う。多分私のような魔法の副産物じゃないかしら?それで精霊までわかっちゃうのは凄いけど。そう考えると魔法師としては本当に優秀なのよね……。普段の言動からは察せないけど」

「エンジニアとしての目も確かだと再確認したばかりだろう?司波を引き抜く際のテストに対する見解に、CADのバラシ。調整もできるとなれば相田の能力は疑いようがない。……七草はあのテストを考えなしに発案したのは十師族として問題だからな?」

「わかってるわよ!あれから勉強し直して、達也くんと新くんに謝ったんだから!……両親がFLTで働いているからこその知識かあ」

 

 真由美はこれまでの新の実績をもう一度確認する。学校の成績という意味ではかなり優秀。とはいえ司波兄妹のおかしな優秀さには敵わず、実技でもA級ライセンスを持つ母がいる雫に負ける以外には負けなし。いくら十師族や二十八家の同学年がいないとはいえ、一年生が特段能力の劣るわけでもない。

 風紀委員としても優秀で検挙率はそこそこ。エンジニアとしての能力、知識は親譲りで高校生を超えている。

 

「十文字くんは本当に、新くんはただの一般の家の出身だと思ってる?」

「中条という例もある。大きな家の援助を受けている可能性は否定できないが、そこまで入り込んで調べるほどか?いつから十師族はそこまで偉くなった?」

「国防の要とはいえ、そこまでじゃないわ。……数字落ちって可能性はあるんじゃないかしら」

「……さてな。数字落ちは本当の意味で全てを抹消されて、今では名前すら追えないこともある。それに、その事実はほじくり返すものではない。七草、話は終わりだ。俺が鍵を返却に行こう。女性は夜更かしをするべきではない」

「あ、そう?それじゃあお願いね」

 

 ホテルの一室を借りているので、使用が終われば鍵を返却しなければならない。きちんと施錠してホテルのフロントへ向かうために十文字は七草と別れた。

 

「相田が元四十田家だとは伝えなくて良いだろう。これ以上弘一殿を刺激する情報を与える意味もない」

 

 その後真由美から電話で呼び出されて、聞いてみれば弘一が九島から余計なことをするなと怒られて機嫌が悪かったなどと愚痴を聞かされることになった。真由美は貸し切った部屋でケーキなどの甘いものを食べながらお茶を飲み、弘一の悪口を延々と聞かされることになった。

 このことに付き合えるのは十文字しかいなかったため、夜が更けていっても仕方がなく付き添った。

 

 この一件のせいであらぬ噂が流れてしまう。次の日真由美が眠そうにしていたこと、十文字はピンピンとしていたことから少しピンク色の噂が流れてしまった。十文字がピンピンしていたのはサバイバル演習などで三徹くらいこなしたことがあるからなのだが、そんなことは関係ないと噂は広まる。

 お互い十師族、婚約の話もかつてあった、真由美の五輪家との関係がうまくいっていないなどなど、流れるのも仕方がない要因がいくつもあったからこそだが。

 

 

 今日のモノリスは予選だけで助かった。決勝リーグはまた明日。つまり今日もそこそこ動き回っても問題ない。それに優勝候補の三高は予選ブロックも別。

 初戦の七高との試合は森崎くんが一人で片付けた。ボクともう一人の五十嵐くんはモノリスの防衛とそこら辺をうろちょろしていたら試合が終わっていた。

 問題は二試合目。四高との試合。フィールドが市街地という名前の廃ビルなんだよね。何でいかにも崩れますみたいな場所で競技をしなくちゃいけないのさ。こんな廃ビルが何の役に立つんだろ。こんな危ない場所が日本にどれだけ残ってるんだか。

 

「作戦通り、五十嵐がディフェンス。相田が遊撃手。僕がアタッカーを務める。相田、索敵は任せた」

「うん。でもボクの感知魔法、そこまで万能じゃないってことは忘れないでね」

「ああ。でもお前の感知範囲が円じゃなくて球体だったのはこのビルという構造上優位に運ぶ。それに常時発動型だからフライングにならないんだろ?」

「そうだね。ひとまず感知できる距離に相手はいないよ」

「よし。開始と同時に向こうへ向かう。五十嵐、守備は任せた」

「おうよ」

 

 事前の話し合いも終わって、始まりのブザーを待つ。廃ビルとかいかにも幽霊が出そうで怖いよねえ。ゴーストとかそういうモンスターが出るなら大歓迎だけど。

 そんな開始前とは思えないメンタルでゆっくりしていた。時計だけ気にして開始時刻を待つ。

 一分前になったことで思考を入れ替えようとしたらボクの感知に引っかかった。まさか、このタイミング!?

 

「二人とも、何か来る!ここを離れて!」

「はあ?新、まだ開始前だぞ?」

「いや、相田の感知は老師のものも読み取った!逃げ──!?」

 

 森崎くんの判断より前にビルが一気に揺れる。感知したのはビルの上の階。何かの魔法が発動した!このビル全体が揺れてる!?

 

「うおっ!?」

「五十嵐くん、脱出!」

 

 五十嵐くんの脇を抱えながら窓の外へ逃げようとする前に一気に揺れが来て足場が崩れた。五十嵐くんも掴めずに全員が宙へ投げ出される。

 くそ!飛行魔法なんて誰も用意してない!フライングの上に建物へ振動系魔法とか、本気でこっちを殺す気だ!

 

「二人とも、着地くらいは任せた!」

 

 このままビルごと落ちていったら瓦礫に巻き込まれる!ならまずはビルの外に弾き飛ばさないと!

 

「バギ!」

 

 二人に小さな竜巻をぶつけてビルの外へ吹っ飛ばした。打撲ぐらいは許してほしいな!あとで治癒魔法使ってあげるから!

 あとはトベルーラで逃げるだけ。バギを解除しようと思ったが、それは間に合わなかった。

 ボクは二つの呪文を同時に使うことはできない。正確には、何かを一つ一つ発動しなければいけない。トベルーラを使った後にバギを使えば問題はなかったけど、順番を間違えた。トベルーラも飛行魔法も使えない二人を優先して助けないといけないという思考がそうさせた。

 オレ一人なら後からトベルーラを使えばいいと驕った結果だろう。

 

 更なる魔法の追加で廃ビルの瓦礫が予想以上に降り注ぎ、トベルーラで脱出に間に合わなかった。ここで大呪文を使えば全てを吹き飛ばせたけど、それをしたら結局森崎たちを瓦礫で押し潰しかねないと思ったこと。

 そしてオレに直接、サイオン弾による攻撃が全ての思考を真っ白にさせた。こんな直接的な方法に出ることはないとタカを括っていたということもある。背中に食らった攻撃が、大した威力じゃなかったのに思考を全て吹き飛ばした。

 だからオレは、結局何もできないまま崩壊に巻き込まれた。

 

 

 

 

「相田アアアアアァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 森崎の声を聞きながら、あずさに心配かけるなあと思いながら、意識を失った。

 

 

 達也は一高の首脳陣によってホテルの一室に呼び出された。内容はモノリスの代打。新は未だ意識不明。森崎と五十嵐は大会組織委員が雇った立会人が加重軽減魔法を用いたので大事には至らなかったが、明日は確実に安静を言い渡されていた。大事に至らなくても重傷だ。

 森崎は全身打撲。五十嵐の方は全身打撲の上に片足の骨折。これでは明日の試合には出られるわけがない。本来怪我による代打は認められていないが、今回は四高のフライングの上に使用禁止魔法『破城槌』が使われたことで特別に代打が許された。

 

 『破城槌』は屋内で使う場合、殺傷ランクAとなりモノリスでは禁止魔法に当たる。そのことから十文字が掛け合い、なんとか代打を認めさせた。

 いかんせん一高もかなりポイントを稼いでいるのだが、三高の追い返しが凄い。一高が落としている大きなポイントをほぼ全て三高が取得している。さらに入賞によるポイントもほぼ三高だ。

 だからこそ、新人戦のモノリスで0ポイントは避けたかった。そこで白羽の矢が立ったのが達也だ。達也の風紀委員としての実績と、他に頼れそうな男子がいなかったということもある。なにせ新が出なくてはいけないほど男子は人材不足だったからだ。

 十文字としては達也の性格からゴネるのではないかと考えていた。校内の確執などを気にしていたからだ。

 だが。

 

「わかりました。引き受けます」

「……いいのか?」

「ええ。そもそも俺だって、新がやられて怒っています。あいつは誰かのために動いて、その結果負傷した。森崎たちなら確実に決勝リーグに進出し、ポイントを得られたでしょう。その代わりになれとおっしゃられるのであれば、拒否する理由がありません」

「フ。漢だな。わかった。司波、お前を代表として推薦する。後の二名もお前に一任する。好きなメンバーを選べ」

「代表以外から選んでも?」

「構わん。例外に例外を重ねている。それにあれは運営委員会の不手際だ。どうとでもする」

「十文字くん!?そこまで任せるの!?」

 

 十文字が勝手に話を進める中、達也は周りを見渡す。いつもの首脳陣だが、あずさだけはいない。今も新に付きっきりだ。

 達也も救急車に乗り込むあずさを見ていた。涙が止まらず、必死に叫んでいた。泣き腫らしていた。

 こんなことになった原因を達也は調べていた。そしてここには口が固い者しかいないと信じて口を切る。

 

「メンバーに案はあります。ですが、その前に先輩方にお願いがあります」

「何だ?」

「今回の一件、四高は被害者です。『破城槌』は確かに四高のCADにインストールされていたのでしょう。ですが使ったのは立会人の一人です」

「何ですって!?」

 

 達也の発言にざわめきだす。魔法式を言い当てられる達也の言葉だ。無下にもできないだろう。

 

「新のご両親がご自身の研究のため、そして新を撮ろうとサイオンを可視化できるカメラで俯瞰的にあの試合を撮影していました。ここにデータが入ったチップがあります。音声は意図的に切っていますが、ご確認ください」

 

 これは嘘がある。新の両親も確かに撮影していたが、俯瞰的に撮影していたのは四葉の人間だ。四葉の者とわからないように音声を消してあるだけである。新の両親の悲鳴が入っているために音声を消したと達也は伝えた。

 市原がすぐに映像再生できるものを持ってきて、確認する。その映像を確認して事実であること、そして更に新にサイオン弾を当てたことも把握する。

 

 新が使った呪文についてはサイオンの動きがなく二人が吹き飛んだとすると怪しいのでそこだけは加工している。

 試合の映像自体にサイオンを可視化させることはしていたが、ここまで俯瞰的な映像は撮られていない。立会人を映す理由が放送側にはないからだ。ある意味死角だったから実行に移したのだろう。

 同じように競技中に事故に遭った摩利が顔を歪める。

 

「……笑えない話だぞ、これは。立会人が競技に手を出すなど」

「渡辺先輩もおそらく同様の手段で事故を引き起こされたものと推察します。ですが、この男を即座に取り押さえることはできません」

「それはどうして?」

「トカゲの尻尾切りで逃げられるからです。全員を捕えなければ再発するだけですから。ですので十文字会頭。十文字家を動かしていただけますか?軍には縁故の方がいらっしゃるので、そちらに情報提供をしました」

「ああ、わかった」

 

 データを十文字に渡す達也。そこに首を傾げる真由美。

 

「達也くん?どうして七草は動いちゃダメなのかしら?父がいるからすぐに動かせるけど……」

「だからこそです。七草家も、九島家も動かせません。なにせ大会の運営側に近すぎます。前夜祭にも来るほどですから、動けば勘付かれて逃げられます。ですので関わりのなく関東の守護者である十文字家。そしてここ富士山麓に居て当然の軍しか動かせません」

「浅くは動けるけど、根本まで動いたら悟られるってことね。わかったわ。七草として事態解明のために父を含めた七草には報告をしません。父も最低限の警戒くらいはするでしょうけど」

「その最低限で十分です。そちらを陽動に、軍や十文字家に動いていただきますので」

「司波。軍のどの部隊が動くのか、情報をくれるか?」

「パスコードだけいただいています。こちらで通信をして欲しいと。ハッキングされる危険性のないものだそうです」

 

 達也は同僚の藤林から預かったパスコードも渡した。

 この場にいた服部はなぜ九校戦というイベントでこんな生臭い話になっているのかと肩を落としそうになった。これが魔法師の裏側とはいえ、高校生で関わる必要のない出来事だ。

 

「そして皆さんにお願いしたいことはこれ以上無闇に運営側の人間に接触しないように、ということです。下手に動いて悟られたら新の負ったもの全てが無駄になります。軍や十文字家はプロです。学生が動くのは危険です」

「ええ。運営側がどこまでクロかわからないもの。そして九校戦がどれだけ危険でもやめることをしないのは今回のことでわかったわ。もしかしたら全部真っ黒、ってこともありえるってことよね?達也くん」

「はい。こちらは注意を払ってこのまま現状維持。それが最善の策です。いわば俺たちも陽動ですね」

 

 達也や四葉からしたら何もかも陽動だ。そして学生ともなればもっと上からの抑えがあれば無理もしない。時間を稼いでいる間に何もかも終わらせるつもりだった。

 

「陽動も派手にいかなければなりません。代役でもある程度の結果を残せる、俺も知った人物をメンバーに加えます。そのメンバーは──」

「待ってくれ!僕は変わらずに出場するぞ!」

「森崎!?お前、まだ病院にいるはずだろう!」

 

 いきなり入ってきた森崎に、摩利が驚く。さしもの達也も驚いたようだった。治癒魔法を用いたとしても全身打撲に変わりはない。入院着のまま脱走してきたようだ。

 服部が慌てて椅子に座らせる。森崎は息が荒かったが、目は座っていた。

 

「会頭。僕は出られます。五十嵐は無理でも、僕はモノリスに出ます。アレが故意の事件だとしたら……負傷した二人が報われない!」

「森崎……。だが、全身打撲は変わらないだろう。今も痛みで立つのがやっとのはずだ」

「いえ、会頭。どうにかできるかもしれません」

「何?本当か、司波」

 

 魔法による処置はしたばかりだ。だというのに達也は医者以上のことができるかもしれないと言った。

 いくらここまで規格外のことをしてきたとしても、流石に聞き返さなければならない。

 

「新のご両親からFLTで開発した新規の治癒魔法が入ったCADを預かっています。FLTで臨床実験中の試作機ということですが、臨床実験は順調ということです。お二人のできうる限りの手段ということですぐさまFLTとして軍への配備を通すという話でした。数日もすれば軍に卸される試供品を森崎に用いても問題はないでしょう」

「……確かな魔法なのね?」

「FLTのお墨付きです。ただ自分では使えないので。市原先輩、お手数ですが妹を呼んできていただけますか?」

「わかりました」

 

 市原が深雪を連れてきて、CADホイミスライムにインストールされていた治癒魔法で森崎とついでに摩利の怪我を治していた。

 二人とも身体を動かしてみたが、痛みはどこにも感じず、動いても問題なかった。

 

「ありがとう、深雪」

「いいえ、お兄様。これくらいは。森崎君、渡辺先輩。いかがですか?」

「……万全、と言っても過言じゃありません。おそらく全力で動いても問題ないです」

「あたしもいつも通りの身体だな。繋げていただけの骨までくっつけるとは……」

「ただこの魔法も万能ではありません。渡辺先輩は治りかけだったために骨もくっつけることができましたが、肋骨だったことも、折れ方が綺麗だったことも要因です。五十嵐の状態は知りませんが、足ほど太い骨の場合すぐに動けるようにはならないでしょう。新に使っても応急処置がせいぜいです」

「それはそうか……。それじゃあ達也くん。もう一人はどうしても代役ね?」

 

 真由美の言葉に達也は頷く。幹比古を選び、三人はこれからCADの調整と作戦を決めるためにこの部屋を使うことを申請。市原が幹比古を呼びに行き、十文字は選手変更を運営側に一人で伝えに行った。関わる人間を最小限にするためだ。

 そうして三人は準備を手際よく終わらせていく。作戦もできるだけ詰めて、確実に勝つために。

 



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九校戦8

 ああ、気分が悪い。目を覚ました横には、眠ってしまっているあずさ。その両目は赤く腫れている。白い天井に大きな知らないベッド。つけられた点滴。

 自分の状態を把握するのはわけなかった。

 すぐにナースコールでもしようと思ったが、その前に病室の扉が開いて誰かがやってくる。悪意を感じなかったのでそのまま首を横に向ける。

 痛い。全身がとてつもなく痛い。これ結構重傷だな。

 

「起きたのね。新くん」

「はい。小母さん」

 

 モシャスで姿を変えた深夜様がそこにはいた。精神干渉魔法でオレが目覚めたのを察知したのだろう。部屋も外も暗い。夜みたいだ。

 

「例のCADを使ったことにするから、呪文を使っていいわ。ご両親が軍にあのCADを卸そうとしているからそれを用いたことにすると」

「わかりました。ベホマ」

 

 面倒だったのでベホマを使う。オレの身体が黄緑色の光に包まれると、痛みがさっぱり消え去っていた。結構色々な場所の骨折れてたんだな。呪文を使ったからこそわかるというか。

 あずさを起こさないように上半身だけ起き上がる。深夜様も四葉の中ではかなりの上位者。オレなんて四葉でも末端。最低限の礼儀が必要だ。

 

「状況は?」

「事故からちょうど半日というところ。この近くに誰もいないから堂々としていていいわ。事故を起こした相手は理解しているかしら?」

「はい。立会人ですよね?」

「その通り。今は泳がせているところよ。相手の無頭龍の本拠地は把握済み。この情報を軍に渡して軍に対処させます。いつも秘密裏に十師族が解決していては軍が腑抜けになりますし、十師族が増長されても困る。それに今回のことはまた七草に借りになりますから」

 

 本当に四葉の方々は七草が嫌いだな。オレもだけど。

 これだけ大きくて人も多い関東を二つの家で担当するっていうのもおかしな話だけど。しかも片方は今立て直し中の十文字家。七草が最大派閥だとしても、もう一家くらい関東を担当した方が良いと思う。

 でも四葉が力を持つことは推奨されていないし、三矢家は国外担当だし。もっと二十八家に頼るべきなんじゃないかと思うけど。

 

「軍がどう動くかわかりませんが、このまま会場の警備は十文字家と軍に任せます。四葉の者も若干とはいえ会場に残しますが、あまり期待しないで。あなたは明日はここで、明後日に退院してその後は九校戦に参加。九校戦が終了したら本家に二人で来なさい」

「わかりました。内通者たちは十文字家と軍に任せるんですね?」

「そうなるわ。四葉は情報提供という形で関与するだけ。万が一のためにある程度の人員は配置しておきましたということにするわ。……あなたが狙われたのは棒倒しでの威圧行為も一端を担っているわ。ごめんなさい。真夜も申し訳なさそうにしていた」

「構いません。そういうリスクは承知の上でしたから。まさか賭け事のために何もかも台無しにするほどネジの外れた連中だと思っていなかったので」

「そうね。とりあえず明日はそこで達也の試合を見ていなさい。あなたの代わりにモノリスに出るそうよ?」

 

 え?達也が?何で?

 代理ってダメだったような……。試合開始前のフライングによる事故だったから?いや、理由なんてどうでも良いか。この部屋にTV置いてあるし、ここから中継を見れば良いんだろう。

 

「伝えるのはこんなところかしらね。ご両親も仕事を終えたらすぐ来るだろうから、それまではあずさちゃんとイチャついてなさい」

「はい。そうします」

 

 あずさが腰を痛めそうな体勢で寝ていたので、オレのベッドに担ぎ入れる。泣かせたのはオレのミスだよなあ。トベルーラ先に使えば怪我しなかっただろうし。

 

「じゃあおやすみなさい。あずさちゃんにもよろしくね」

「わかりました。おやすみなさい」

 

 深夜様が部屋を出て行った後、オレはあずさを横にそのまま寝入った。正直眠くて仕方がなかった。痛みで起きたようなものだし。

 次は反省を活かして、あずさを泣かせないようにしないと。

 

 

「もうっ!あっくんはわたしをどうしたいんですか!?」

「え?口にしていいの?」

「……やっぱりいい」

 

 朝、一緒に起きたらあずさがベッドに入り込んでいたことに対して言った一言がこれなんだけど、顔を真っ赤にしながら撤回するあずさは可愛かった。ここ、病室だしね。一応。

 両親も見舞いに来てくれて、ホイミスライムの認可をもらって来たために身体を動かしても大丈夫ということになった。でも経過観察ということで今日は入院したままだし、点滴もしたまま。

 五十嵐にも顔を出して、足が治ったことを喜んでいたけどやっぱり今日は様子見。あの状況で骨折するって立会人も複数黒いってことだよな。それか緊急時に動けない無能。五十嵐が骨折する要因なんてなかったのに。

 五十嵐の部屋から移動して、TVを点けるとちょうど達也たちが試合をしていた。達也がアタッカー、幹比古っていう古式魔法師で達也のクラスメイトが遊撃手。森崎がディフェンスをしていた。

 

「何で森崎くんがディフェンスなんだろう?」

「他の高校にまだ動けないって思わせるためじゃない?ホイミスライムのこと、他校は知らないわけだし」

「そういう作戦なんだ。……それにしても達也くん凄いね。CADの同時操作に術式解体。あっくんが言ってた実戦なら負け無しっていうのも頷けるね。身体能力も高いし」

 

 達也はなあ。忍びに教えてもらった体術に類い稀なるサイオン量、『分解』ともう一つに特化した魔法。それを最大限使えば戦略級魔法師と呼ばれる世界に五十人といない実力者。軍にも四葉にも仕込まれている戦闘技術。

 この上魔工師としては世界最高峰のシルバー様だ。凄いなんて言葉で言い表せない。

 試合は達也が撹乱して幹比古がトドメを刺すというものであっさり終わった。他の試合も幹比古の古式魔法が随分と役に立ってあっけなく終わる。

 

 精霊魔法ってホント便利だな。これは呪文を誤魔化すのに良い隠れ蓑になる。それを改めて実感できた。

 決勝リーグの一試合でまた市街地フィールドという名前の廃ビルを使ったことには流石にオレもあずさもハラハラしながら見ていたけど、何もなく達也たちが勝って良かった。二回連続で『破城槌』のようなバカではなかったらしい。

 それでも愚痴らないと収まらないけど。

 

「運営委員会ってバカなの?あんな事故あってまた廃ビル使うなんてさ」

「規約を曲げたくないとか、あの事故は想定外だったとかそういうのがあるんじゃないかな?大人としての意地とかあるのかも。これって全国に流れてるから無様なことはできないだろうし」

「でもさあ。もう無能だって宣伝しちゃってるんだよ?市街地フィールドで使う魔法として『破城槌』を確認の段階で通したっていう節穴を露呈してるんだし。この時点で運営側にバッシングなんていくらでもくると思う。この廃ビルなんて自分から叩かれに行ってるようなものでしょ……」

 

 本当に『破城槌』なんてインストールされていたら、その時点で訂正させないとレギュレーション違反だ。全部大会運営側の不手際なんだよな。四高が可哀想だ。濡れ衣で棄権させられて叩かれるなんて。

 運営側は『破城槌』のチェックミスは詫びるだろうけど、それ以外は何も認めないだろう。来年以降の運営のために保身に走る。そういう誠意が見られないし、チェックをした人間もオレを攻撃した立会人も見付けて罰していない時点で信用ならない。

 

 来年四高に進学予定の黒羽姉弟が不憫に思える。ああいうのって進学に響くだろうし。フライングの濡れ衣を着させられた選手は大丈夫だろうか。メンタルやられて魔法師として断絶したりしないだろうか。悪いことしてないのに色々責められるんだろうし。

 昨日の今日で何かを仕掛けるつもりもないのか。それとも一高の邪魔なんてせずとも優勝は三高だと奴らは信じきっているのか。決勝は一高と三高になった。

 

「準優勝で良いから、もう皆に無理してほしくないなあ……」

「んー。でも達也と森崎はやる気満々みたいだよ?本気で勝とうとしてる。幹比古もそう。一条を達也がどれだけ抑えられるかって勝負だと思う」

 

 オレの予想通り、達也が一条の足止め。森崎がカーディナルジョージを、幹比古が全体のサポートを。そんな感じだ。草原ステージという隠れる場所がないために幹比古の隠密性は発揮されない。下手にモノリスを守るよりも正面戦闘をすべきという判断だ。

 試合が始まる。最初は達也と一条の魔法の撃ち合い。一条の攻撃を達也が打ち消して、もう一方のCADで牽制をすれば一条が無意識の障壁で防いで。森崎はカーディナルジョージと撃ち合いをしていた。残りはモノリス付近に留まっているが、何かあればすぐにどちらかの援護に行こうと図っているのだろう。

 意外だったのは、カーディナルジョージに全く余裕がなさそうなこと。早撃ちで負けたからって勇猛果敢に森崎に突っ込んで行ってるけど。

 実戦なんてそれこそ森崎の本領なのに。

 

「何というか、バラバラ?」

「あずさもそう思う?モノリスが割られるわけにはいかないからお互い一人を予備戦力にするのは真っ当だと思う。それにあれだけ見晴らしが良いなら正面突破しか手段もないし。カバーに入るためにもあの二人はおかしくないんだけど。だからって一対一を二つ作るのはこっちに有利になるだけなのに」

 

 いくら達也が森崎と風紀委員会で一緒とはいえ、一緒に巡回やモノリスの訓練をしたわけじゃないから本格的な連携なんてできない。クラスも別だし、お互いの魔法や動きを完全に把握していないだろう。他の試合の間に合わせるのは大変だし、手の内もバレるからオススメできないし。

 だから実力で突破というのは願ったり叶ったり。なぜか一条もカーディナルも二人を意識してるからこの状況はできやすかったんだろうけど。この形式で一対一になったら研究者よりもボディーガードの嫡子に軍配が上がるのは当然。研究者だからこそ、戦いの鉄則がわかっていないのか頭に血が昇ってるみたいだ。

 

「あっ!」

 

 あずさの叫びの通り、一条がカーディナルの援護射撃をした。やられる寸前だったからだ。遠くからの射撃だったために森崎は間一髪で避けていた。流石に視野が広い。

 そしてその隙に、一気に達也が距離を詰めた。目を離した隙に有効な一撃を与えるために射程の確保に走った。

 達也の驚異的な詰めに驚いたのか、十メートルを切るところまで接近された一条が反射的に魔法を使う。十六連発の圧縮空気弾。それを達也が残り二発までは術式解体で対処したが、その二発を受けて身体が吹っ飛ぶ。

 その威力はレギュレーションを超えていた。地面に着弾した威力を見ればわかる。あずさが口を手で抑えていたけど、達也はすぐに立ち上がって指パッチンを引き起こす。音波の増幅でとんでもない破裂音が響いたけど、それがもたらした結果は一条の脱落。

 達也も膝を着いて動けなさそうだけど、フラッシュ・キャストだけで勝ったなら十分だろ。誰もアレが自己修復術式を超えた何かだってわからないだろうし。

 

「達也くん大丈夫なの……?」

「大丈夫。見た目以上に頑丈だから。問題があれば深雪がホイミスライムで治すよ」

 

 昨日渡したらしいし。最悪自力で治すだろうからね。まあ、デメリットを考えると深雪に治してもらった方がいいんだろうけど。

 心配の声もあちこちで上がっているんだろうけど、試合は続行中だ。そのままこっちは果敢に攻めた。森崎が動揺しているカーディナルを伸して、戦場に上がってきた幹比古と一緒になって最後の一人を倒した。

 全員戦闘続行不能になったことで一高が勝った。

 

「いやいや、さすが。優勝しちゃったよ」

「一条くんが精神的支柱だったのかな……。彼から崩れていっちゃったね」

「でも彼もやっぱり高校生だったというか。とっさの判断でオーバーアタックしちゃうなんて。あれ達也以外だったら本当に危なかった威力だったし」

 

 モニターでは大歓声が流れている。唯一負傷した達也は森崎と幹比古に抱えられて移動している。最後のフラッシュ・キャスト以外は無傷のはずだけど、秘匿のためにああいう格好をしてるんだろう。

 アレ、治すだけの同等の痛みを受けるっていうデメリットあるもんなあ。オレに使わなかったのはベホマ使えばそんなデメリットないから。今の達也も本当にやばかったらオレが治してあげればいいんだし。

 これで新人戦は一高が優勝。残るのはミラージ・バットとモノリスの本戦だけだし、本戦も優勝は固いだろう。ミラージは深雪が、モノリスは十文字先輩が獲る。

 

「あずさ。今日はちゃんとホテルに帰ってね。オレも問題ないわけだし」

「うん。あっくんのこととか会長に報告しないとだからね。明日また来る」

「一応達也のこと気にしてみて。ダメそうだったら明日治すから」

「わかった」

 

 二日続けて病院に泊めるというのは無理なので、あずさにはホテルに帰ってもらった。健常者が見舞いとはいえ病院にずっと泊まるというのは無理だろう。

 この部屋はセキュリティーの観点から安全とは言えないのであずさに持ってきてもらった端末で調べものくらいしかすることがなかった。健康なのに入院していないといけないっていうのが面倒くさい。

 暇もそこそこ潰して、食事摂ったら寝ようかなって考えている頃に、病室に来訪者がいた。

 

「相田!勝ったぞ!」

「知ってる。おめでとう、病院脱走の森崎くん(・・)。あと音量下げて」

「それは言わないでくれ。明日には退院できるんだって?」

 

 五十嵐も来て、結局三人でモノリスについての話し合いになって病院の看護師におとなしくしていなさいと怒られた。全員怪我が治ってるから健康そのものなんだけど、一応病人だから注意もされるか。

 退院して明日の夜には新人戦優勝の祝賀パーティーを開くことになっているらしい。オレたちに配慮してくれたようだ。オレも一応棒倒し準優勝の立役者だし。オレがいない中大っぴらにできないということだろう。

 



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九校戦9

 九校戦九日目。今日あるのはモノリスの予選リーグとミラージ・バットを全部。本戦も大詰めになる。

 さっさと朝の内に退院したオレはホテルの自分の部屋に戻って必要なものを用意していた。モノリスの最初の試合の時間には間に合わなかったけど、これ以降なら間に合う。

 ということでオレは独自に会場を回ることにする。メインは大会運営委員会のCADチェックをする建物。

 そこから大体200m圏内にいるようにする。こっちはオレがどうにかする。会場の方は軍や四葉任せ。さすがに広すぎる場所はオレも苦手だし。むしろ精神干渉魔法が足を引っ張る。

 

 だから唯一手を出されても間に合いそうな場所に控える。達也は深雪の側にいないといけないし、あずさも来期の執行部として一高のテントに張っていないといけない。オレが単独行動になるのも仕方がない。

 それから午前中ずっと張り付いてたけど成果なし。時折写真を撮られたり、子どもと遊んだりしたけど警戒は続けた。

 今日のミラージの結果によっては総合優勝も決まるから仕掛けてくるならここだと思ってるんだけど、どうか。悪質な賭けで儲けようとしているクズたちがやれることは、競技の邪魔と大会そのものの中止。まだ妨害すれば間に合うのであれば、賭けを成立させるために事故を起こすはず。

 

 そうして午後のチェックになった頃。モノリスが何事もなく終わってミラージのチェックが始まった頃にそれを感じた。

 オレは周りの目も気にせずテントの中に突っ込み、即座にそれを引き起こした人間に飛び蹴りを喰らわせ、手にしていたCADを確保。そのまま小声でベタンを用いて下手人を拘束。

 周りではマスコットが暴れただの、大人が警戒を始めたけど、それどころじゃない。

 

「平河先輩。今すぐこのCADを調整機で確認してください。何かのウィルスを仕掛けられている可能性があります。もしくは精霊魔法の一種です。このままではCADに不具合が起きて魔法が暴発します」

「……え?その声、相田君なの?」

 

 一高エンジニアで三年生の平河先輩にCADを渡した後、ドランゴの頭を外す。FLTがお祭りに乗じて宣伝に来たと思わせるためにこの着ぐるみをずっと着ていた。

 下手人を縄で縛っている間に、他の運営委員の人間がやってきた。

 

「何の騒ぎだ!君、何をしている!?」

「大会運営委員会の人間は近付くな!この男の単独犯か、組織的な妨害かまではわかっていない。今あなた方は信用できない。軍か防衛省の人間を呼んでください。それも調整機とCADに詳しい人間を。当校に向けたテロ行動と考えます」

「その証拠はどこにある!すぐに彼を離せ!一高を失格にするぞ!」

 

「だからあなた方は信用できないと言っている!中立の立場の人間による、この場にない調整機でそのCADのチェックが必要だ。九島閣下の精神干渉魔法を感知した自分が、そのCADに対する悪意を感知した。その結果を判断しろと言っている!何事もなければ自分の棒倒しのポイントを全て白紙にして構わない。だが、結果が出るまでこの男とその調整機とCADに調査をする者以外が接触することを禁じる!

 これがテロだった場合、この魔法を使った人間以外にも複数の被害者が出るんだぞ!?魔法師生命が終わる、死人が出る!それを運営委員側が許容するのか!?一昨日や三日目のような事故を再発させたら大会運営どころじゃないのはわかるだろ!!」

 

 絶対にここは引かない。というか、今オレが対峙している男にだけはこの場を奪わせてはダメだ。オレの魔法が伝えてくる。目の前の男も、クロだと。

 周りの生徒たちがざわめく。そして自分たちのCADと身体を守るようにオレからも運営委員会の人間からも距離を取り始めた。それで正しい。今は誰も信じられない状況を作った。これまでの大会での出来事がそうさせている。

 中立の人間がこの事態へ介入するまで、自分たちを守れるのは自分たちしかいない。

 

「子どもの戯言を!こんなことをしてどうなると思っている!?」

「戯言だと証明するための対処をしてくれと頼んでいる。営業に来ている企業の方々に見てもらってもいい。何をしたのかはわからない。それでもそのCADに何かをしたということだけはわかってる。それを調べて欲しいと言っている」

「企業の人間は一般の人間だ!大会運営に関わることに関与させられるか!こういう時のための運営委員会なんだから、運営委員会の人間が調査すればいいだろう!?」

「その組織委員会側がこうして不正をしていた疑惑がある!だからこちらは中立中庸である運営委員会の外、軍人や防衛省の方に頼んでいる!」

「この、クソガキが……!」

 

 沸点が低いな。実力行使をするのか、腕につけていたCADをこっちに向けてくる。

 ああ、やれるならやればいい。反論できずに暴力に訴えれば、その時点でそちらの負けだ。

 

「一高生徒会の七草です。当校生徒が暴れていると聞いて来ました。どういう状況ですか?」

 

 魔法を放とうとした瞬間、深雪を除く生徒会のメンバー全員と十文字先輩がやってきた。オレがドランゴの格好をしてるからか、若干視線が痛い。

 

「平河。どういう状況だ」

「あ、あたしが小早川のCADをチェックに出そうとして、今そこで拘束されている運営委員会の人にCADを渡しました。そのチェックを待っていると相田君が突撃してきてすぐに拘束。感知魔法で危険を察知したようです。後から来た運営側のスタッフと口論になり、相田君は中立である軍の方か防衛省の方に一式のチェックを依頼。それをごねたそこのスタッフが相田君に魔法を使用しようとしたところに七草会長が声をかけた次第です」

 

 十文字先輩の質問に平河先輩が淀みなく答える。

 魔法を使おうとしていたスタッフは旗色が悪いだろう。なにせ正当防衛以外での魔法行使は犯罪だ。オレの口論に負けて実力行使とか、犯罪でしかない。

 オレがスタッフへいきなり飛び蹴りをしたことについては、調べてもらえば正当防衛で通る。

 

「相田。今の説明に不備は?」

「ありません。使った魔法は学校にも報告を挙げている常時発動型の魔法です。このスタッフとそこの調整機、そして小早川先輩が使う予定だったCADを調べてください。これで何もなければ自分を警察に引き渡せばいい」

「七草、ここを任せる。オレは軍の方に話を通してこよう」

「待て!子どもたちで勝手に話を進めるな!たとえ十師族だとしても、このようなことをされては困る!」

「なぜ困るのかね?一度検査をすればいいだけの話を随分と拗らせているのは君の方だと思ったが?」

 

 さらに入り口から入ってきたのは九島閣下と、二十代くらいの女性の方。スーツを着ているけど見覚えがない。いやあれ、防衛省のピン?

 閣下とどういう関係なんだか。

 

「響子。あの調整機を調べなさい。私はそちらのCADを見る」

「はい、閣下。防衛省技術本部兵器開発部所属の藤林響子です。僭越ながら検分をさせていただきます」

 

 うわー、ベストな人選。藤林さんは調整機を調べ始め、閣下は平河先輩からCADを預かって見始める。そんなので何かわかるんだろうか。達也みたいな目があるとか?

 周りの声を拾った感じ、藤林さんは閣下の孫娘らしい。それに昔九校戦のスターだったとか。だから一緒にいたのか。

 

「電子金蚕が使われています。有線回路を通して電子機器に潜入し、出力される電気信号に干渉して改ざんするという、電子機器の動作を狂わせる遅延発動術式です。発動すればCADが無力化されるSB魔法、確実に事故が起きていました」

「私も同じ見解だ。こんなものを仕組んだ挙句、これを指摘した生徒へ確認も取らず魔法を使おうとするとは。話を聞かせてもらおうか」

「ヒィ!?」

 

 外で待機していたのか、軍人が突入してきて二人を拘束する。ここからは表立って軍と防衛省が動ける。七草家と十文字家も。

 

「私の権限でCADのチェックは防衛省が行えるように働きかけよう。大会も一時中止だ。態勢を整えるまで各校の生徒は自分たちのテントで待機していなさい。十文字克人君。君には悪いが十文字家として協力してもらう。響子、防衛省と軍へ通達しなさい」

「はい閣下」

「では、失礼します。皆さん、もう一度CADのチェックをするようお願いいたします。その電子金蚕の入ったCADだけ、証拠物品として預かります。できたら予備のCADを用意してくれると助かるわ」

「わ、わかりました」

 

 平河先輩は藤林さんにCADを渡す。あの人たちなら大丈夫だろう。ぞろぞろと出ていく生徒たち。オレもドランゴの頭を回収すると、真由美会長に大きなため息をつかれた。

 

「まったくもう……。何をやらかしたのかと思えば。……でもありがとう。あなたのおかげで事故を防げたわ」

「事故っていうより事件ですけどね。でも真由美会長、まだ終わりじゃありません」

「まだ何か仕掛けてくるかもしれないの?」

「妨害が上手くいかなかったら何がなんでも中止にしてやるーって発想になってもおかしくありませんから。テントに全員集合、警戒して待機が一番良いと思いますよ」

 

 というわけで全員でテント待機。調整機などは運営側が使っていた物は全部押収、代替品の準備にチェックができる人員の確保などに結構な時間がかかった。

 途中で防衛省から各校にさっきの出来事と、電子金蚕についての詳細な報告書が配布。それによってどれだけ危険な事態に陥っていたのかを全員が把握して、このようなことがないように防衛省と軍による二重チェック態勢を現状構築中。

 

 ただし観客や国民に不安を抱かせないために現在は機材のトラブルということで大会がストップ。とはいえミラージは夜の方が映えるため、始まりが夕方だというのが幸いしてモノリスが終わった会場にはあまり人がいなかった。

 その間暇なのでエンジニア組が総出で残りの選手のCADを厳重チェック。問題はなかったけど、チェックの際に妨害魔法を仕掛けられるなんて思ってもなかったから全員が憤っていた。運営側を信用してチェックに出したらこうなったわけだから。

 

「ということはやはり、あたしの事故は七高のCADに電子金蚕が仕掛けられていたってことだな?」

「そうなります。そして水面に精霊を仕掛けた人間もいるはず。新たちが受けた事故も併せてどれだけの人間がクロなことか」

 

 摩利委員長と達也がそんな会話をしていた。どうやら達也には軍から会場内にいた向こうの尖兵を捕らえたという話が来たらしい。それが会場で暴れるつもりだったと。

 何で知ってるかって?四葉でもそういう人物を二人捕まえたから。十文字家も一人捕まえたらしい。本当に大会を潰す気だったなんて、短絡的だな。

 

「やるせねえし、無駄な怪我したとかやってらんねえよ。なあ、森崎。相田」

「そうだね。いや、サイオン弾の攻撃を受けてたから運営側が信用ならないって昨日の時点でわかってたんだけど。流石にそんなことあの病院で言えないじゃん?」

「……四高のテントに行かないか?彼らも被害者だ。僕たちが恨んでいないということは伝えた方がいい。『破城槌』を入れられた選手もエンジニアも、気が気じゃないだろう」

 

 森崎のその提案で真由美会長に許可を貰って四高のテントに赴いた。そこであの事故の真相などを話して自分たちは気にしていないこと、風評被害には負けないでほしいことを伝えた。あの事故が運営側のミスだと世間に知らされるかはわからないが、お互い残念な結果になったと慰め合った。

 四高の当人たちは濡れ衣な上に気が気じゃなかったと大号泣。四高の選手たちは自分たちがそんなことするないとわかっていたが、世間の目は厳しかったと。四葉で貰ったサイオン観測の俯瞰映像を見せて、これを四高にあげた。コピーはある上に、これで風評が消えるならありがたい。

 

 黒羽姉弟が入学する予定だからね。これくらいはしないと。

 ちなみにこれ、その後九島閣下に提出した。内部犯全員をひっ捕らえた後、大会が終わったら組織を一新するために今回の不祥事をきちんと公表するようだ。

 色々準備が終わった後、ミラージが再開。

 跳躍魔法を駆使する者もいれば、飛行術式を使う者も。ただ残念ながら、達也と深雪には誰も敵わない。本家本元と四葉の本流に敵う者はいなかった。

 

 新人戦だってほのかとスバルが達也の飛行術式を奥の手として用意して最後にそれを使ってワンツーフィニッシュだからな。その二人よりも圧倒的で、飛行術式をいくら使ってもサイオンが尽きない深雪に勝てる相手なんていない。

 このポイントで総合優勝が確定。まだ明日があるために浮かれないけど、その代わりに新人戦優勝パーティーは開かれた。立役者の一人である達也はいないまま。

 

 深雪は疲れて寝ているとか言ってたけど、そんなわけない。

 軍人としての仕事をしに行ったのだろう。その辺りは口裏を合わせておこう。オレって軍関係は全然知らないから何がどうなってるのか全く知らない。オレを軍に関わらせないためだろうとは思うけど。

 新人戦祝賀パーティーは結局総合優勝の前の前座でしかなかったので凄く盛り上がったということはない。森崎と深雪、雫とほのかが貢献したということでその辺りが褒められていた。

 オレは二年の先輩方に褒められまくったけど、ライデインについては答えられなかったし、干渉力のゴリ押しだったからつまらなかったんじゃないかと思う。

 

 あと、ドランゴで会場の警備をしていた話が凄くウケた。姿隠すのにもってこいだったから使っただけなのに。

 小早川先輩と平河先輩にも感謝されたけど、オレのように誰かが大怪我したり気に病む人を出したくなかっただけだ。

 それを言ったら色々な人に撫でられた。あずさも苦笑していたけど、止めてよ。

 十文字先輩と七草会長の姿はやっぱり見られなかった。十師族として大会のことや選手として参加していて気付いたことでも報告してるんだろうな。大会の存続に関わる案件だし、大元がダメになったら軍と防衛省、十師族が建て直すしかないんだから。

 お開きになって夜中。達也から終わったという報告を受ける。それで久しぶりにオレは安眠に着く。明日にはボクに戻っているだろう。

 



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九校戦10

 九校戦最終日。この日はモノリスの決勝リーグのみ。

 これがなんというか、酷いものだった。

 決勝戦以外はとても試合らしい試合、プロも顔負けの魔法や試合運びが見られたのに、決勝戦だけはそれまでの様相と変わり果てていた。

 一高と三高の試合だったんだけど。十文字先輩が一人で突撃して得意魔法の『ファランクス』だと思われる障壁魔法で吹き飛ばすというかなりの力業。あとの二人はモノリスの前で待機してるという決勝戦だった。

 

 なんか十師族で一条が不甲斐ないところを見せたために威信を示せとかなんとかっていう通達があったらしい。一条はモノリスで負けただけだけど、相手が無名の達也くんだったというのが悪いんだろう。あとはボクと威力という意味で引き分けたことも。

 別にどっちも四葉の傍流だから問題ないのになあ。それを知らない人たちはさあ大変。慌てふためいて自分たちの護身に走ったと。達也くんはともかく、ボクの家系のことは知ってる十師族多そうだけど。九島閣下が知ってたし。

 真夜様すっごい悪い顔して十師族会議に参加してたんだろうなあ。七草をまた糾弾したりしたんだろうか。

 

 それとボクに関しては養子も婚約も望んでいないということが閣下の直筆付きで通達されたらしい。これに十文字家と九島が賛同してくれたらしくて、後から一条と三矢、五輪に六塚も賛同してくれたらしい。五輪は七草との婚約話を進めるためだったらしいけど、他の家は四十田家のことを知っていたらしい。

 真夜様から急ぎで伝えられたことばっかりだから確証が持てない。多分安全なんだろう。

 四葉としては目立たなかったから大満足らしい。過半数が賛同したんだから目立つ必要がないしね。

 というわけで一高が新人戦・本戦・総合優勝の全制覇。この後閉会式を行った後、夕方から後夜祭が始まる。

 今度は前夜祭のように長ったらしいお偉いさんの挨拶などなく、本当にただの交流会らしい。

 そこへボクも向かったわけだけど、会場の前で一条とカーディナルがいた。

 

「相田。少し話がある」

「……めんどくさ。あずちゃん、先入ってて。すぐ行く」

「あ、うん。頑張ってね」

 

 ボクが離れた場所を指すと、一条は頷いて歩き出す。カーディナルは来ないようだ。ってことは十師族関係の話かあ。

 人気のいないところに着くと、一条が防音の魔法を使ってくれる。秘密の話がしたいからってこんなにポンポン魔法使っていいのかね。

 

「それで話って?」

「ああ。お前が十師族の師族会議で議題に上がった。俺を倒した人間として十師族に引き込むかという話だ」

「真由美ちゃんからも同じ話されたよ。それで?」

「結局見送りになった。お前が数字落ちだと知っている家がいくつもあったからだ」

「はいはい。漏らさなければどうでもいいよ。だからボクは十師族に返り咲くこともないし、二十八家にも戻れない。分不相応なことは望まないって伝えてくれる?七草に怒って言いそびれたからさ」

 

 そんな報告のためにわざわざ話しかけてきたんだろうか。最悪十文字先輩に聞けばいいことだから他校の一条から聞くことでもないのに。

 

「俺は君に謝りたかった。君が只者じゃないと思って父に君のことを調べさせた。ほじくり返されたくない過去があったのに、俺の癇癪でそれを引き出してしまった。すまない」

 

 一条が頭を下げて綺麗なお辞儀をする。それが目的?

 まあ、本気で申し訳ないって思ってるっぽいしいいか。

 

「いや、ボクも悪かったよ。棒倒しであそこまでやる必要はなかった。どうせ負けるなら派手にって思って全力でやっただけだし。負けるならカッコよく負けたいじゃん?彼女も見てるんだし」

「ああ、中条さんか。すまない、彼女のことも調べてしまった。だが誰にも君たちの情報は漏らさないと誓う。それこそジョージにも。これは師族会議の決定だ」

「僕たちが婚約者ってことは一高でも知れ渡ってるから、それは言ってもいいよ。この後見せつけるし」

 

 あずちゃんも無名の家としてはあり得ない才女だからなあ。何で無名の家出身なのに次期一高生徒会会長筆頭で成績は常にトップで精神干渉魔法使えるって。とんでもない才女だよね。

 

「モノリスで決着をつけたかったが、あの事故は残念だ」

「ああ、それ。悪いって思ってるなら十師族であの事故についてちゃんと発表してよ。四高が可哀想だし、来年の受験者減るよ?」

「もちろんだ。それについてはもう動き出している。他人事じゃないからな。……だからこそ、賭けなんかに邪魔されたのは苛立つ」

「賭け?賭博の対象にされたからあんな妨害があったっていうの?」

「む。悪い。これは最重要機密だった。一切の他言無用だ。既に軍が動いて問題を解決してる」

「オーケー。不信感をこれ以上募らないためだね?」

 

 ボクからしたら知ってる情報だから機密でも何でもないけど、一般人のボクが知ってるのはおかしいことだ。だから知らないフリをする。

 それにこの事実を知ったら怒る生徒がいっぱいいるだろう。話の内容は小さく纏められるはずだ。海外の組織に介入されたとなれば国防軍の面子に関わる。もちろん十師族の評判にも。だから日本国内だけの話で終わらせるだろう。

 

「モノリスはなあ。あのメンバーで戦ってたら君たちには勝てなかったよ。ボクって魔法の実戦がすごい苦手だからね」

「そうなのか?じゃあ来年は?」

「モノリスには絶対出ないよ。男子が不甲斐ないからって数合わせで出たんだから。元々ボクの本業はあずちゃんと一緒でエンジニアなの」

「あれだけの魔法を使っておいてか?……俺が戦った三人がいれば来年のモノリスに出る必要はないな。だとすると棒倒しとエンジニアか?」

「かもね。来年ルール変更とか競技変更がなければ。運営組織委員会が大々的に変わるでしょ?そうなったら全種目取っ替えとかになるかもしれないし」

「モノリスは残るだろうけどな。可能性としてはなくはない」

 

 それほど今の組織委員会はやらかしたわけだし。何を積まれたのか脅されたのか知らないけど、海外のシンジケートの言いなりになって国内の有望な魔法師の卵を害したんだから。そんな汚点をそのままにしておくとは思えない。

 競技の変更自体は前例がある。それが来年でも不思議ではないって話で。

 

「……それと、犯人の炙り出し。あれの協力に感謝を。本来であれば十師族として俺がすべきことだった」

 

「昨日なんてまだ鼓膜治ってなかったんじゃないの?それに、調子に乗るな。十師族だから?国防の要だから?ハッ、そんなもん背負ってても重いだけだよ。アレは目星がついていて、取り押さえるのにボクの魔法が証明になるからやっただけだ。それにこれ以上の怪我人なんて見たくなかったし。そんな肩書きだけで何もかも背負うのはバカだよ。七草のように勘違いするのもウザいけど、必要以上に重く捉えるのも問題さ。

 人間なんだからできることとできないことがある。自分が競技中に、他の競技で事故が起きたら君のせいなのかい?それは違うだろう?役目と責任と責務をごっちゃにしてる。君は凄い魔法も使えるし、国も守れるけど。全員の英雄(ヒーロー)になることはできない。国と人を守るというのは、同義にできる時とできない時がある。いいかい?君とボクは違うんだ。何もかも。今回の件は感知魔法と精霊魔法の知識が必要だった。たまたまボクがそれに合致していた。それだけだよ」

 

 これが本題。それに何か思い違いしているようだからちゃんと言っておく。

 現場にいた十師族として問題解決できなかったと言うけど。それは真由美会長も十文字先輩も一緒だ。もし反省しているなら次に活かせばいい。

 それに一条は北陸や東北西部の担当で、関東のここは管轄外。一条家として大々的に動けないのにどうやって解決するつもりだったんだか。

 

 オレがそれをやっちゃったからだろうけど。今回は本当に適性の問題だ。オレの感知魔法が役に立っただけ。そんな魔法持ってたって事故に遭ったわけだし。

 責任があるからって何でも背負うのは間違ってる。これも彼が戦場を経験しているからだろうか。

 人間は人間でしかないのに。何もかもを救う物語の主人公は、物語の中にしかいないんだよ。

 これも魔法の行使にイメージが重要だっていうことが関係してるのかな。おそらく強すぎる力だからそれを正しく使うために必要以上に考えてるんだろう。

 つまり、オレと一緒ってことだ。

 

「人間一人じゃどうしたって限界はあるでしょ?君は将来人の上に立つんだろうから他人に頼ることを覚えた方がいい。何もかも背負ったら心も身体も壊すよ。あのカーディナルに頼ってるなら、それの七割くらい他の人にも頼ればいい。それこそ同年代の十師族とか、二十八家とか」

「じゃあお前に」

「ホントそういうの間に合ってるから。十師族に関わるとか嫌だから。ボクは数字落ちだから将来そういう繋がりを持てないの。お分かり?」

「だからこそ、お前のような人がどう考えるのか気になる。他人の視点を知るのはいいことだ。俺はお前と話してみてその重要性を噛み締めたよ」

 

 まあ、いいか。他人に頼れって言っちゃったのはオレだし。

 プライベートナンバーを交換するけど、そこまで頻繁に会話できるわけじゃないことを伝える。やりたいこといっぱいあるし、四葉本家とかに行ってたら出られないだろうし。

 

「それと、司波深雪さんを紹介してくれないか?この後のダンスパーティーで踊りたい」

「……それが本当の本当にしたかった本題だな?十師族のエリート様はそういうところでも失敗できないわけだ」

「べ、別にいいだろ」

「競争率ヤバイのと、怖い番犬がいるからそれだけは気を付けてね」

 

 秘密の会話も終わって会場に戻る。皆深雪にやられすぎじゃない?他の女の子が怒るよ?

 というわけで後夜祭が始まってお偉いさんがいなくなってから達也と深雪に一条を紹介したらまさかの一条が二人を兄妹だと気付いてなかった。嘘でしょ。

 そのままダンスに移行。兄妹で踊るわけにはいかなかったからか、達也が深雪を一条に譲っていた。珍しい光景もあるもんだと、思わず自分の頬を抓ったら反対側を達也に抓られた。いひゃい。

 

「じゃああずさ。空で踊ろっか」

「え?……だから硬化魔法を入れてって言ったの?」

「当たり前じゃん。あずさのスカートの中を覗かせるわけにはいかないし」

 

 小声でトベルーラと呟いて、そのまま空でダンスをする。荘厳な音楽を下に、習ったこともない適当ダンスを踊る。オレもあずさも適当だ。四葉本家でダンスとか習わなかったし、そんな時間があればCADを弄りたいって人種だし。

 

「ほ、ホントに見えてない?下の人たちすっごく注目してるような……」

「大丈夫。そんな邪な感情持ってないよ。魔法で把握済み。飛行術式が珍しいだけでしょ」

「そうかなあ?」

 

 あとはダンスが適当すぎることだろうか。ダンスと呼べない何かを続けていれば変にも思われるだろう。

 このダンス、いわゆる婚約者探しの面もあって色々なダンスを踊りつつ有望な人とのお見合いを兼ねているらしくて、他の人と踊りたくない、踊らせたくないというオレの我欲で実行した。あずさをたとえ同校の男子だろうが踊らせてたまるか。

 手を繋ぐことはおろか、密着させるなんてオレが許さない。たとえ達也や森崎、桐原先輩や十文字先輩でも許さなかっただろう。

 だから深雪をあっさりと一条と踊らせた達也には驚いたんだけど。そういうところは兄妹だよね。

 

「達也さん!私も空で踊りたいです!」

「ほのか。飛行術式をインストールしたCADなんて……持ってきてるのか」

 

 達也もなぜか深雪に持たされていたらしくて、達也とほのかも空へやってくる。達也にめっちゃ睨まれた。知らないなあ。オレはただあずさを独占したくて、その計画をポロっと呟いたのを一年女子に聞かれちゃっただけだし。

 深雪だけ特別扱いしたら達也スキスキ女子が爆発しちゃうかもしれないから平等にしただけ。深雪も何も言わなかったし、サイオン量の関係で女子がずっと独り占めできないことがわかってるからだろう。あれ燃費悪いし。

 一年女子の表情が良いんだから良しとしようよ。どうせただのお祭りだし。これも普通の学生だよ。

 

 なんか真由美会長が下で「ずるいずるい!」とか叫んでるけど知らないなあ。……実は飛行術式をこのパーティーで使っていいか確認するために十文字先輩と鈴音先輩に確認を取ってもらったけど、鈴音先輩が上級生で唯一飛行術式を用意したのも知らないなあ。

 達也が練習用として用意していた予備のCADを持ち出してくるなんて特権乱用な気がするけど、お茶目なところもあるんだなあ。

 そういうわけで達也は結局ほのか・雫・スバル・滝川和実・春日菜々美・鈴音先輩・深雪と踊っていた。それを一人で捌く達也にもびっくりだし、最後は独占していた深雪にもびっくりだ。他の皆さんは辛うじて一曲分ってところだったし。

 

「あれだけ一人で飛行術式を維持している相田って凄いのでは……?」

 

 森崎、オレのは呪文っていうズルだから。サイオン量はそこまでないよ。数字落ちっていう事情を知っている一条は白目で見てくるけど。十文字先輩は一周回って楽しそうに豪快に笑っていた。

 ダンスもお開きになったようで、演奏が終わる。空から下りると拍手喝采になった。そういう様式なのかなとオレも拍手をすると、どうやらオレと達也、それに深雪に向けられてるっぽい。飛行術式を使いこなしてたからか。

 オレは呪文だし、達也は産みの親。深雪はその産みの親直々に選んだテスター第一号で達也が認める才女。制御においては頭抜けてるのも当然で。

 

「うぅ……。酔ったかも」

 

 あずさが弱々しく呟く。自分の意思で飛んでたわけじゃなくて、オレにひっついてた形だからしょうがない。それに運動は得意じゃないからな、あずさは。

 

「ごめんごめん。でもこの時間を譲りたくなかった」

「少し恥ずかしかったけど、良いよ。達也くんの面白い顔も見られたし」

 

 この後、会場では総合優勝した高校で貸し切って祝賀会が開かれる。これは総合優勝した高校の特権のようだ。

 あずさは酔いが収まってから参加するようで、近くにあった椅子に座らせた。他の学校の生徒はダンスパーティーが終わって出ていく中、オレは主に同級生にさっきの飛行術式もどきについて詰問される。

 CADが特殊なものだから消耗が抑えられたと言い、その証拠にグランスライムを見せた。最高級CADだからか、皆納得してくれた。

 

 あと気になったのは鈴音先輩が真由美会長に詰め寄られてるけど、気にしなくて良いか。十文字先輩が鈴音先輩を庇おうとして矛先が向いた。あの人紳士だなあ。

 というか。変な噂流れてたけど良いんだろうか。十文字先輩と真由美会長がうんたらかんたらって。さっきも実際踊ってたし。そんな噂が流れてる割には真由美会長、達也に意味深な目線向けてるしちょっかいかけてるよなあ。

 達也ってモテモテなんだよね。将来誰と付き合うんだろ?それを脇から眺めたいけど、深雪の絶対零度からは逃げたいなあ。

 



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横浜編1

 九校戦が終わってすぐ。ボクとあずちゃんは四葉本家に来ていた。もちろんルーラを使って。時間もかからずに移動できるし、移動している姿を見られないから秘密の魔法にうってつけだ。一緒に移動できるのは手を繋いでいる人だけなので最大二人だけっていう制限があるけど大した問題じゃない。

 最近オレが表に出すぎということで深夜様による精密検査を一日がかりで受けた。その間あずちゃんはまた分家のお姉様方に遊ばれていたらしい。

 

 検査も終わって次の日。まだ集まっていた分家の黒羽姉弟と一緒にお茶会をすることに。今回は女装を強要されなくて良かった。文弥くんも仕事じゃなかったために男の子の格好をしている。

 受験生なのにこんな余裕でいいんだろうか。魔法科高校受けるはずなのに。夏休みの勉強は大事だっていうのは今世でも変わらないはず。九校戦の会場に来てたからあまり勉強進んでいないんじゃないかな。

 それで受験失敗するような子たちじゃないけど。

 会話の内容は、この前終わったばかりの九校戦について。

 

「あずささんはさすがですわ。調整なさった魔法はどれも選手に最適化されていましたもの」

「あはは。エンジニアとして頑張っただけですよ」

「いえいえ。九校戦の中でも一高は群を抜いていました。あずささんももちろん、司波達也さんでしたか?彼は高校生とは思えません。モノリスでも一条の御曹司を倒していましたし」

「あー、達也くん。凄いですよねえ。いくらFLTに通っているからって、飛行術式をあそこまで完璧に調整されたらわたしの面目丸つぶれですよ〜。簡単な調整くらいしか手伝えませんでした」

 

 あずちゃんがFLTで色々学んでいるのに、ただ親が働いているだけの達也くんが完璧にやっちゃったらあずちゃんが自信をなくすのもしょうがないことだけど。

 達也くんがシルバーで開発者なんて知らないからこそだよね。単純な技術でやったと思ってるあずちゃんからすれば高校生離れした天才だろう。

 文弥くんが褒めるけど、達也くんとは関係ないフリをしなくちゃいけないからこんな感じで話している。二人は達也くんのこと大好きだから語りたいんだろうけど、守秘義務から話しちゃいけないところもわきまえている。

 あずちゃんは深夜様は知ってるのに、達也くんと深雪ちゃんとの関係性に気付いていない。深夜様を十代にしたら深雪ちゃんになると思うんだけどなあ。父親の遺伝子がまるで機能していない。

 

「達也くんはねえ。知識量が半端じゃないし実戦も抜群。モノリスの選手だったボクより強いんだから笑っちゃうよ。彼が二科なんて制度が間違ってる」

「そうなのですか?新さんのポンコツは知っているのでモノリスに出たこと自体驚きましたが……。あのような素晴らしい方が学校の制度上補欠だなんて、制度そのものがおかしいです」

 

 あーあ。亜夜子ちゃんプンスコだよ。こういうところ深雪ちゃんそっくり。はとこだし似ていて当たり前だけど。

 非公式戦略級魔法師が補欠扱いってどう考えてもおかしいよね。普通の魔法が苦手で発動速度が遅いってだけで実戦では負けなし。その結果をモノリスで発揮してみせても現状の制度じゃ一科に転科はないと思う。

 まあ、学校側も魔工師の育成不足を痛感して魔工師用のクラスを新設するとかどうとか検討しているらしい。なんでそんなことを四葉というか黒羽一家は手に入れられるんだろ。話し始めたのはつい最近だって話なのに。

 ボクも来年はそこに入ろうかな。そうすれば来年九校戦は選手として出なくて良さそう。

 

「昔はサイオン量も指標の一つだったのにね。それが残ってれば達也くんは一科だったんだろうけど。あのモノリスでの実績でも達也くんの学校の実技自体はそこまで高くないから……」

「残念ですわ。力ある者が認められない世界なんて」

「あずささん。それでも一科に上がれる人もいるんですよね?それってどういう場合なんですか?」

「一科の人が退学したり、何か問題を起こして不適切だって思われて枠が空いたら特例的に上がれる人が毎年二人くらいいるよ。魔法大学から百人の確保を言いつけられてるからできるだけその数の確保として一科の補充はしてるね。けど一科の人も一定数防衛大に行くから、二科の人もちょっとは魔法大学に進学するんだけど」

 

 素行悪い人っているもんなあ。入学したての頃とか。ああいう傲慢な人が成績落として自信をなくして魔法を使えなくなるケースがたまにあるんだとか。やっぱり特別な力を持つと一般人よりは傲慢になっちゃうんだろうな。

 一から三高まではこの上下システムがあるけど、四から九高はそもそも一学年百人だからこの上下システムがない。魔法師の数が限られてるし、使えなくなる人も出てくるんだからそれくらいで推移するのは仕方がない。

 それに人口減少化が進んでる。第三次世界大戦のせいで数が減ったとかなんとか。

 

「ピッタリ百人で区分けするのもどうかと思うよね。一般校の理数科や国際科みたいに専攻したい教科があるならわかるけど、純粋にその学年で上から百人を優秀な人間として割り振るなんてさ。その学年が優秀で百人以上優秀な人がいても、百一番以降の人は扱いが変わる。他の学年だったら一科だったかもしれないのにって考えると、馬鹿げた制度だよねえ」

「本当ですわ。教員の数が少ないのはわかりますが、それは教育の放棄です」

「そういうのが嫌だから二人は四高に行くんでしょ?」

「本当は一高を受けるつもりだったんですよ!夕歌姉さんも通っていましたし、情報を集めるなら東京か、せめて横浜に近いほうがいいんです!なのにお父様の意向で四高に……」

 

 黒羽家の意向なら仕方がないじゃないか。それに本音は二人とも達也くんと同じ学校に行きたかっただけだと思う。

 亜夜子ちゃんは達也くんラブだからね。貢さんが許さなそうだけど。

 達也くんハーレム作れちゃいそう。ハーレムなんて言葉死語らしいけど。モッテモテだねえ。そして深雪ちゃんの絶対零度が発動するんだね。

 

「東京は十文字の領分だから。……十文字家はいま大変なのはわかるけど、七草って仕事してるの?ここ最近関東で事件起きすぎなんだけど?」

「四葉への嫌がらせが多いとご当主様が仰っておりましたわ。それで本業を疎かにしているのかと。何かございました?」

「ボクにあずちゃんがいるって分かり切ってるのに、婚約の話持ってきたんだよ?ありえなくない?」

「「ウワア」」

 

 さすが双子、息ピッタリ。でもその感想もよくわかる。

 

「もしかして棒倒しを見てですか?」

「そうそう。それで娘の誰かと婚約とかって話が出て。ウチの会長なんて五輪家との婚約話があるのにそれでも含まれてたからね。娘を道具にしか思ってないんだなって失望したよ」

「あれ……?会長って十文字会頭ともそういう話が出ていたような……?」

「私は四葉の傍流とはいえそのようなことにならなくて良かったですわ」

 

 まあ、真由美ちゃんも被害者だよね。だからこそ達也くんにちょっかいを出しちゃうんだろうけど。いや、でも達也くんにちょっかいかけたらどうなるかわかってないのかな?それはそれで十師族として問題だけど。

 七草は一家揃って本質を見誤る性質でも受け継いでるの?そんな一家が日本の首都近郊を牛耳ってるって不味くない?

 そんな感じで雑談をしながら過ごした。三日くらい駐在して、その後はFLTで過ごした。やりたいこといっぱいあったし。

 雫ちゃんに別荘のお誘いがあったけど、メンバーが一年生ばっかりであずちゃんが浮いちゃいそうだし、ドラクエシリーズでやりたいことがあったからパスした。あずちゃんも夏休み明けに生徒会選挙があるからその準備もあったし。

 

 夏休み明け。生徒会選挙は会長立候補があずちゃんだけだった。というわけで一応信任投票があったんだけど真由美ちゃんの引退前のことで一悶着。生徒会に選出するメンバーで二科という制限を撤廃するってやつ。

 それでちょっと会場が荒れたけど、深雪ちゃんが一喝。それで信任投票は無効票だらけになって頭を抱えたけど、ちゃんと生徒会は発足。

 会長あずちゃん。副会長深雪ちゃん。会計五十里先輩。書記ボク。男女半々だしいいバランスになったんじゃないかな?

 

「でもおかしい……。何でこの時期なのに、手を持て余してるんだろう……?去年なんてすっごく忙しかったのに」

 

 あずちゃんがそんなことを呟いている。選挙が終わって引き継ぎも終わって、直近のイベントである論文コンペの準備を進めている段階だ。

 引き継ぎは鈴音先輩とハンゾーくんが頑張ってくれたから問題なし。深雪ちゃんはそのまま継続だし、真由美ちゃんも各組織や職員との関わり方についてのマニュアルを残してくれたらしい。だからそこそこ書類を処理していくだけの作業なんだけど。

 

「論文コンペが鈴音先輩と五十里先輩主導だから、どっちも生徒会経験者で楽ってことじゃない?」

「そう、かな?確かに市原先輩が受けたい援助を具体的に纏めてくれるから対応しやすいけど」

 

 そんなあずちゃんの返事を聞きながら書類を纏めていく。論文コンペの会場警備の人員かあ。これは部活連と風紀委員会に掛け合わないと。モノリスに参加した人は強制参加だって書いてあるけど、生徒会に参加している場合会場警備は免除。

 つまりボクは欠席していいと。会場には行くけど警備をしなくていいのは楽だ。ボクの名前だけ外して確認を取ろう。後で下に降りようか。

 

「中条会長。こんなにスムーズに仕事が終わっているのは新さんの処理能力が高いからだと思いますよ?」

「あっくんが?そんなに仕事割り振ってるっけ?」

「会長が割り振る前に終わらせてるから、処理する全体の量が少ないんです」

 

 深雪ちゃんがそう言うけど、生徒会として活動する時間に全部終わらせようと思って真面目に仕事してるだけじゃん。家に仕事残したくないし。

 

「あっくん?」

「あずちゃんに確認取らなくてもいい仕事を終わらせてるだけだよ。先生が欲しがってるデータの検索と提出とか、風紀委員会からの報告書の確認とか。こんな確認、FLTでいくらでもやってるんだし」

「会社の仕事と比べられたら、生徒会の書類なんて片手間で終わるか。相田くんは凄いねえ」

 

 そういう五十里先輩も実家の手伝いをしているからか、それとも純粋に優秀だからか仕事を終わらせるのが早い。深雪ちゃんも言わずもがな。

 優秀すぎるためにやることがほとんど終わっているということ。平穏でいいじゃない。

 

「花音が残念がってたよ。風紀委員会の事務その2を取られたって」

「その1は達也くんですよね?そもそも事務仕事って全員で受け持つものじゃ……」

「それはそうなんだけど。でも司波くんと森崎くんがやってくれるからまだいいやって言ってたよ」

「堕落してません……?」

 

 それでいいんだろうか、新風紀委員長。とやかく言うつもりはないけど。

 そんなこんなで新学期は何事もなく平穏に始まった。

 けど、監視の目が複数。ムカつくな。オレを探ってるんだろうけど、やるべきこともやらないで馬鹿なことをしている十師族には呆れるしかない。

 この証拠はもちろん四葉に送ってある。達也にも報告済み。達也の方も似たような感じだとか。オレより先に深雪が怒りそうだ。そうならないように自分のことをまず鎮めよう。

 



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横浜編2

 それは九月も下旬になった頃。生徒会などの学内組織も新体制に慣れて、論文コンペの準備も着々と進んできた頃。

 達也くんからの一言だった。

 

「え?達也くん、平河先輩の警護を受け持って、論文コンペ自体の執筆の手伝いもするの?」

「ああ。内容が俺にとっても興味のある内容でな。市原先輩に誘われて手伝うことにした。発表者には名前が載らないが、来年以降の経験になるだろうと言われてな」

「ああ……。『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』だっけ。それなら手伝うのもわかるかも。風紀委員会としての決定でいいんだね?」

「千代田委員長にも承諾を得てきた」

 

 達也くんが報告書を持ってきたので書類の不備がないかを確認する。ないね、さすが達也くん。これくらいならボクでも承認のハンコを押せる。

 論文コンペは産学スパイが発表者を襲うことがあるために、大会前後は学内で護衛をつけることになっている。風紀委員会じゃなくても、発表者がこの人なら信頼できるって思えば誰でもいい。一応風紀委員会と生徒会にこの人が就きましたって報告が必要だけど。

 

「あれ?登下校も護衛ってするんでしょ?よく深雪ちゃんが許したね?」

「わたしもお兄様と平河先輩と一緒に行動するもの。許可もするわ」

「ウワァ」

 

 ブレないなあ、この兄妹。これは亜夜子ちゃんはじめ色々な女の子が苦労する。というか最近ほのかちゃんが達也くんとの距離をめちゃくちゃ詰めようとしてるけど、何かあったんだろうか。

 修羅場には関わりたくないから戸締まりしとこ。

 その日の生徒会の仕事なんてそれくらいだった。五十里先輩が抜けていても、全く問題なく回せている。やることがなくてあずちゃんと深雪ちゃんとお茶会をするか見回りをするかの二択しかない。

 そんな暇を持て余しながらも家でCADの分解など好き勝手やっていたら、達也くんから夜に連絡が来た。しかも秘匿回線の方じゃなくて、家の一般回線の方に。

 

「達也くん?何かあった?」

「あった。小百合さんが何者かに襲われた。FLTを狙ってのものだ」

「えっ!?」

 

 ピンクのパジャマ姿のあずちゃんが驚くが、ボクは声を出さなかった。

 ただ穏やかじゃないなと思っただけで。

 

「何?トーラス・シルバーの情報目当て?それともドラクエシリーズ?」

「いや。あの人がとある筋から引き受けたレリックを持っていることが漏れたらしくて、そのレリック目当ての犯行だろう。小百合さんは無事だが、中条会長も当分FLTには立ち寄らないでください。親父からの伝言です」

「レリックぅ?」

 

 魔法的な意味のオーパーツ、レリック。何でそんなものを社外に持ち出したんだろうか。FLTそのものが襲われたんならボクの両親から連絡が来るはずだし。

 ドラクエに関連するレリックなら興味があるけど、そもそも一生かけてお目に掛かれるかもわからない貴重品だ。そんなものを不用意に持ち出してることがおかしいと思うけど。

 

「小百合さんが無事で良かったですけど……。襲撃犯の正体はわかっているんですか?」

「いいえ。FLTで縁故の軍が動いてくれていますが、つい先ほどの出来事なのでまだ特定できていません。会長も新もFLTには関わりが深いので、外を出る際にも警戒を。新は家の電子防御の警戒度も上げてくれ」

「わかった。達也くんと深雪ちゃんなんて特に関わりの深い関係者なんだから、平河先輩の護衛も気を付けてよ」

「わかってる」

 

 小百合さんというのは達也くんの父親の再婚相手。FLT社長の司波龍郎さんと深夜様は去年の今頃離婚している。その一ヶ月後に再婚した相手が小百合さん。達也くんたちからすれば義理の母親に当たる。

 達也くんたちは司波家として偽装しているから、関わりは書類上深い。

 小百合さんはずっと龍郎さんと愛人関係だったらしいから、達也くんたちを嫌っている。泥棒猫の子供たちを自分の子どもとして接しないといけないんだから。

 

「身内の不手際で迷惑をかけてすみません」

「達也くん、頭上げてよ。これくらい迷惑じゃないし、身内って思ってないんだから頭下げる意味ないよ?関係が冷え切ってる義理の母親の不始末で達也くんが謝る理由はないし」

「そうです。今のところ実害は出ていませんし。達也くん、謝らなくて大丈夫ですよ」

「……ありがとうございます」

 

 それからも確認をいくつかして、達也くんと連絡を切る。その後警戒レベルを上げてから真夜様に連絡を。達也くんもしてるだろうけど、あずちゃんがいるから形式的にせざるを得なかった。

 ひとまず、当分の間FLTに接触禁止。両親との連絡も最低限に。最低限の護衛をこちらに送ってくれることになった。ボクらって襲われたら貧弱だから仕方がない。

 それと、魔法のリミッターを少し広げていいと許可を得た。産学スパイに対応するために、気分が悪くならない程度に警戒するように言われた。

 この前四葉本家に行ってから、感知魔法の範囲が広がった。今まではそれまでの距離に留めていたけど、もっと広げていいと言う。

 なんか、ここ一年で厄介ごとが多いなあ。

 

「論文コンペも近いのに、怖いなあ」

「警戒しないとね。あずちゃんも護衛つける?」

「元風紀委員のあっくんがいるのに?」

「ボクのダメさわかってるくせに」

「いざとなれば頼れるのもわかってるよ?」

 

 ズルいなあ、あずちゃんは。そんなこと言われたら頑張るしかないじゃないか。

 レリックに論文コンペ。どう繋がってるんだか。四葉でも何かわかったら連絡をくれるだろうから、それまでは警戒しつつ日常生活を送るべきかな。

 FLTに顔を出せなくなったのは痛い。もうすぐ「鎧の魔剣」が完成するからできるだけ現場で働きたかったんだけど。家でデータを蓄積させるしかないな。

 まあ、名前だけ借りた全くの別物になる予定だけど。

 

 

 今日は厄日だ。そう思うことにした。

 達也の家だけハッキングを受けたと聞いて、オレたちも危ないかもと学校で感知魔法を最大限行使して。

 学校をサボってまでそれに接触。片方は悪意の薄く、ただ監視だけしていたジロー・マーシャルなるスパイを監視するための人員、らしかった。嘘はないと思ったけど怪しかったのでもっとわからないように監視しろと忠告。

 もう片方の方は達也を狙っているようなこびりつく悪意。一目だけ見て撤退しようと思ったけど、まさか姿を見た者全員を殺しに来るバーサーカーだとは思わなかった。

 いきなり殺しに来たけど、ピオラを事前に使っておいたから避けられた。随分ガタイがいい。それに顔の作りからして中国系だろうか。この時代結構外国人で血が混じってるから、見た目だけじゃ相手の素性なんてわからないけど。

 

「うおおおおお!」

「話なんて、する気がないわけだ!」

 

 相手は肉体強化を自身に施して素手で殺しにかかる近接型。ならばとオレはトベルーラで空からチマチマと攻撃を開始。さすがに相手は飛行術式までは用意できていなかった。達也もあれを海外に流したのはUSNAだけって言ってたからな。大陸には流してないんだろ。

 ただ、チマチマっていうのがダメだ。オレの魔法じゃ全く傷が付かず、初級呪文も障壁魔法のようなもので防がれる。いや、障壁魔法か?あれ。

 鎧を纏ってるような。一条が使っていた装甲魔法の方が近いか。

 中級呪文を使う?こんな街中で?四葉の応援を待つって手段もあるけど。

 コイツは思考が危険だ。確実に一高に敵意を抱いている。となればあずさをはじめとした皆が危ない。

 なら、これは正しい排除だ。

 

「ベタドロン」

「ガッ!?」

 

 敵の大男の動きが止まる。重力を数倍にでもしたような攻撃呪文。ライデインほど目立たないし、一対一なら重宝する魔法だ。

 だけど。

 

「ガア!」

「ウワーオ。これを一つの魔法と肉体だけで破るなんて。やっぱりかなりの手練れらしいね。もしかしたらあなたを放っておいた結果、誰かが殺されるかもしれない。そんな危険人物、見逃せるはずないよねえ?」

「うおおおおおおお!」

 

 その大男はビルを垂直に駆けて登ってきた。どこのニンジャかな?質量があるからか、ビルの側面がボロボロだ。

 空を飛んでいるオレを殺すとしたら空にやって来るしかないんだけど。

 ただ空は。達也以外ならオレのテリトリーだ。

 

「バギマ」

「ゴヒュ!?」

 

 無数の真空刃が鎧の装甲を突破したのか、大男が血を吐きながら吹き飛ぶ。移動用じゃなく殺意を込めた中級呪文だ。敵単体ならこれでもかなりの殺傷力を持つ。

 吹き飛ばした大男の後ろに、もう一つバギマを発生させる。着ていたコートもズタボロにして、裂傷も酷いことになりながらもオレは手を休めない。

 徹底的にバギマで削り、間で麻痺させるためにデインも挟んで空中でハメ殺しにしていた。コイツはオレたちを敵に回した。最近怪しい出来事が立て続けに起こっている中に殺意を持った危険人物だ。おそらく一連の騒動に何かしら関わっているんだろう。

 

 魔法を使ってヤツの意識がブラックアウトするまで呪文を使い続けて、意識が完全になくなったところで地面に叩き落とした。

 生きてはいる。身体中骨やら筋肉やらボロボロだけど。これ昔だったら全治何ヶ月なんだか。というか再起不能ってやつかもしれない。

 一応ベタンで拘束していると、すぐに黒服を着た集団が駆けつけた。黒羽の部隊だ。

 

「新様。遅くなり申し訳ありません」

「あなた方は飛行魔法を持っていませんから。仕方がありません。これの引き渡しと情報の引き抜き、お願いしていいですか?」

「もちろんです。それと、この男は呂剛虎(リュウカンフウ)。大亜連合本国軍特殊工作部隊の魔法師です」

「ああ……。もしかして有名な魔法師だったりします?」

「かなり。対人近接戦闘においては世界十指に入ると称されていますので」

「なるほど。このこと、学校にも報告していいですよね?逃げられたとかで警戒心高める方向で」

「それがよろしいかと」

 

 近接が凄くても、空に逃げた相手まで口封じで殺そうとしたらこうもなる。こんな確認をしている間にかなり厳重に大男を捕縛していた。

 しかし、口封じだか理由はわからないが、こうも強力な男が何でこんなところに?一人で一高を襲ったとしても、被害は出せても捕まるか死ぬしかない。斥候にも諜報にも向かない人材のようだけど、おそらく単体最高戦力を送り込んだってことは殺すべき相手がいた?

 ターゲットを確定していて、それを確実に殺すために送り込まれた?この辺りか。

 

「どうせ尋問するのでしょう?わかったことがあったら、いつもの回線で詳細を送り込んでください」

「かしこまりました。この男の護送にいくらか人員を送りますが、下校時間までには全員こちらに復帰します」

「わかりました。それまでは学校でおとなしく過ごしていますよ」

 

 彼らを見送った後、オレも学校に向かう。なんだかんだでお昼だ。あずさと千代田先輩に報告もそうだけど、十師族の二人も呼んでおこう。場所は風紀委員会室でいいか。あんなところお昼に誰か来るとは思わないし。生徒会室でもいいけど、どっちかに呼べばいい。

 というわけでその四人に緊急事態ということでお昼に集合をかける。達也たちは後ででいいや。

 結果生徒会室で話し合いになった。三巨頭で摩利先輩だけ除け者にしたけど、まあいいか。

 

「それで相田。緊急事態とは何だ?」

「朝方ボクの感知魔法に引っかかったので、怪しい人物を追跡しました。結果、呂剛虎だと思われる男に襲われました」

「あっくん怪我は!?」

「すぐ飛行魔法で逃げたから。向こうも空を飛べることがわかったら撤退したし。というわけで大亜連合がこの学校を標的にしている可能性があります」

「……なんてこと。新くん、情報を掴んでくれてありがとう。でも今後はそんな無茶をしないこと。あーちゃん悲しませたらお姉さん怒るわよ?」

「はい。気を付けます」

 

 オレだって姿確認して、写真でも撮ってそれで終わりにするつもりだったのに。向こうが気付いて殺そうとしてきたんだから仕方がないじゃないか。

 全員呂剛虎を知っていたようで、特にあずさと千代田先輩は青ざめている。十師族の二人は一応冷静に振る舞ってる。そんなに有名な人だったのか。これからは研究だけじゃなくてもうちょっと外の情報も調べておこう。

 

「それで、この情報ってどこまで話すべきかわからなくて。市原先輩たちには伝えるべきでしょうけど、そうしたら護衛を増やさないといけないでしょう?十師族の二人にはどうにか手伝ってもらうとして」

「そうだな。十文字家は論文コンペに向けて横浜を中心に展開している。だから七草に頼るしかないな」

「わかったわ。父に進言します。狙われているのが一高なのか論文コンペなのかわからないから……。あーちゃん。私と十文字くんの連名で警戒文を各校に送りましょう。もちろん学校側にも報告して」

「わ、わかりました」

「魔法師協会には俺の方から連絡をしておく」

 

 七草が部隊を展開することになったって黒羽の皆さんに伝えておかないと。真夜様にも連絡はするけど、魔法師協会からも連絡が行くはず。

 

「……中条、千代田。論文コンペに参加する者と護衛を受け持つ者には事情を説明するが、それ以上には情報を漏らさないつもりだ。もちろん護衛はすぐにでもつけてもらう」

「十文字くん。それって産学スパイを警戒してってこと?」

「ああ。過去にも学生がそうであった事例がある。十文字家から軍にも協力を要請するつもりだ。大亜が動いているとなれば電子的な防衛にも協力してくれるだろう」

「学生の領分を越えてますよ……。というか、今年からなんだって一体……」

 

 千代田先輩が学生として切実な愚痴を零したが、ごもっとも。いきなりブランシュのテロ工作に始まり、九校戦でのシンジゲートたち。そして今回の騒動。

 どれも高校生が体験する事案じゃない。どれも一回高校生活で経験すれば災難と言われるのに、それがもう一年間で三回目だ。嫌にもなるだろう。

 オレだってもう嫌だし。平穏に暮らしたい。危険なことなんてしたくない。オレもあずさも暗殺とか戦争になったらあっさりやられるほど貧弱だ。戦う人じゃないんだからそれも当然なんだけど。

 さっきの奴だって飛行術式がなかったから一方的にできただけで、達也みたいに戦うのは本質的に違う。やりたくないっていう心理的リミッターがかけられているというべきだ。

 

「俺たちもすぐに動く。中条と千代田もすぐに報告に動いてくれ。中条はまず相田と一緒に校長へ。千代田は護衛を受け持っている生徒へ」

「わかりましたっ!あっくん、行くよ」

「うん。学校側にも動いてもらわないとね」

「ああ、待って新くん。襲われた時、だれかに頼れなかった?私たちはそんなに頼りないかな?」

「何言ってるんですか。頼る前に相手は逃げましたし。それにボクにできないことだらけで先輩方をこうして頼ってますよ?顔を覚えられたっていうのは本当にまずいですし」

「……新くんはもう少し、その仮面の使い方を覚えた方が良いかもね」

 

 ……へえ。良く見ていらっしゃる。事情を知ってる四葉の人間以外に指摘されたのは初めてだ。千代田先輩はわからないようで首を傾げているが、あずさは目を丸くしている。

 十文字先輩も気付いていたのか、動じていない。本当に巌のような人だな。憧れる。

 

「どうしてそんな二面性が必要かわからないけど、そんな調子じゃいつか人に嫌われるわよ?」

「十師族の方々は本当に目が良いですね。対人関係で鍛えられているからでしょう。……逆に返しますけど、十師族だからって何でも手を出そうとしたら破滅しますよ?一条にも前にそう言いました。あなた方は少々驕っている。九島閣下にしろ、あなたの父君にしろ。持っている力が大きいからこそ、増長している」

「そんなに傲慢に見えるかな?」

「ここ八王子だってあなたたち七草の領分でしょう?そこに戦争中の敵魔法師が忍び込んでいる時点で腑抜けていると思いますが?」

「ちょっと、相田君?」

 

 いきなりオレと七草先輩が敵対し始めたから、千代田先輩が止めようと立ち上がる。なぜ身内で争わなければいけないのかって思いだろう。

 できることとできないことがあるのは人間なのだから当たり前。だからって国防を掲げて、他にも色々手を出している者が国防を怠っていたらこうも言いたくなる。

 

「七草先輩。国防よりも国内の一魔法師を探ることを優先するのはやめた方が良いですよ」

「……何の話?」

「先輩は七草家の行動を全部把握していないんでしょうけど。おたくの手の者がボクたちの家を監視しているのは気付いてるって言ってるんです。物理的にも、電子的にも。たかが婚約を断っただけで執着するその粘着性、不愉快です。そんなことする暇があったら大亜のスパイを探してくださいよ」

 

 九校戦以降、家を監視する者がいた。調べたら七草の家の者。大方四葉と関係があると睨んで監視しているんだろうけど、良い迷惑だ。

 そのことは知らなかったようで、七草先輩は表情を曇らせるが知ったこっちゃない。

 

「それは、証拠があるのかしら?」

「この人、先輩のボディーガードですよね?以前生徒会選挙の際に見たことがあります。ボクの感知魔法舐めないでくれます?」

 

 端末で見せるのは一つの映像。オレの家の周りを警戒している黒服たちだ。つい昨日の映像だったりする。

 この人、本当に知らなかったんだな。親しい人が学校の時間に何をしているかなんて。

 

「精霊魔法について探ろうとしてるんでしょうけど。その割に近くにいる化生体に気付かないのはどういう了見です?この学校とか監視されてますよ?」

「何?化生体?」

「烏です。倒すだけならすぐでしょうけど、消してどういう状況になるかわからなかったので放置しています。八王子に展開している七草に処理してほしいんですが?ボクを探るために古式魔法師を動員しているんでしょう?」

 

 十文字先輩が聞き返してくる。オレだって精霊魔法にそこまで詳しくないが、監視の術式なら感知魔法の範囲に入れば気付く。オレが消して面倒なことにならないようにあえて放置しているのに。さっきの大男の近くにいた監視は黒羽が処理してくれた。

 敵ならまだわかるけど、国内の魔法師に監視されるっていうのは意味がわからない。だからここのところ結構イラついてた。

 

「……父に即刻辞めるように進言します。化生体の対処にしても」

「お願いします。言っておきますけど、ボクの精霊魔法なんて限定的に強力なBS魔法みたいなものなので、調べたって何も出てきませんよ?九校戦の雷撃だってあそこが富士山麓に近かったからこそですし。……一条からボクについては調べないって師族会議で決まったって聞きましたけど、それって嘘だったんです?」

「すぐに辞めさせるから!父を謝罪に行かせます!ごめんなさい新くん!」

「謝罪とかいりません。監視をやめてくれればそれで良いです。ボクとあずちゃんの愛の巣を十師族に監視されてるって現状が気に食わないだけで」

「本当にあの狸親父は!何で私の後輩に手を出すのよぉ!」

 

 七草先輩が発狂した。いや、同意見だけど。九島閣下に釘を刺されて、師族会議でも決まったことを無視してオレを監視するとか横暴が過ぎる。

 四葉の弱みを握りたいんだろうけど、越権が過ぎる。これは真夜様も嫌うわけだ。先輩は知らなかったからこの場合は被害者か。だからって優しくしたりしない。

 

「ああ、皆さん。ボクが強制的に人格を抑えてることはここだけの秘密にしてくださいね?そうじゃないとボクが発狂しちゃいますから」

「……その精神干渉型魔法のせいか?」

「そうです。これのせいで頭の中生き物や精霊の声で煩わしくて。それで精神を壊さないようにあえて明るい性格にしてるんです」

「あっくん、言っちゃって良かったの……?」

「良いんだよ。だから九島閣下に十師族へ牽制してもらったんだから。ボクを一人の魔法師として認めてくれた閣下がご配慮くださったのに、どこかの家がかき乱してくるからさあ」

「あーちゃん!どんなことしてでも新くんの首根っこ掴んでてね!私もあのクソ親父を懲らしめてくるから!」

「あ、はい」

 

 あずさの両手を握って涙を浮かべてまで懇願する先輩。これで監視がなくなるなら良いけど。この人たちにバレたのは観察眼もあるけど、大元は七草の監視で苛立ってたせいだし。婚約をふっかけてきたせいだから。

 いや、ホント。七草うっとおしいなあ。閣下への宣言通り潰したくなってくる。先に手を出してきたのはあっちなんだから、報復する権利はありそうなものだけど。

 ……こうやって破壊衝動が出てくるから、嫌なんだよ。誰も傷付けたくないのに、実行しようと心が乱れる。その原因を取り除くためなら元会長といえどもキツく当たる。それが将来的な被害を減らせると思ってるからこそ。

 

「……すまない、相田。俺も師族会議で再び強く進言しよう」

「お願いします。そもそもボクにそこまで価値あります?FLTでCAD作りたいだけなんで、十師族に引き抜かれても何もしませんよ?」

「魔法師としても魔工師としても相田は優秀だ。そこは自信を持て。十師族に恭順するような人間じゃないと伝えさせてもらう」

「本当にお願いします……。ボクはただあずちゃんと平穏に暮らしたいだけなんですから」

「ああ。任せてくれ」

 

 今回の一番の被害者は千代田先輩だよな。十師族でもオレに深い関わりがあるわけでもないのに秘密の共有をさせられたんだから。

 何もかも、オレたちの平穏をかき乱す七草が悪い。十師族から落ちないかな。

 達也と深雪には四葉で呂剛虎を捕縛したことは伝えたけど、だからこそ狙われやすいかもと警告しておいた。狙いは論文コンペなんだか、達也のレリックなんだか。達也も早々に手放した方が良いと思うけどな。研究したいんだろうけど、個人が持つには過ぎた代物だ。

 



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横浜編3

 七草真由美は激怒した。

 必ずかの邪智暴虐なタヌキ親父を滅せねばならぬと。

 あの男は娘の心がわからぬ。だから真由美に対して複数の婚約を持ちかけ、更には学校の後輩にまで手をかけた。しかも相手には婚約者がいる相手だというのに。

 その相手に手を出したばかりか、同棲している家へ監視の人員を送り込むなど、人間のすることではない。必ず問い詰めねばならぬ。

 だから家に帰って鞄を置くと、ドタドタと足音を立てて父の執務室の扉を強引に豪快な音を立てて開け放った。

 

「真由美。淑女としてあるまじき行動だ。改めるように」

「うっさいわね、このタヌキ親父!今日という今日は我慢ならないわ!」

 

 注意した隻眼の男、七草弘一は眉をひそめた。よく思われていないことはわかっていても、ここまで声を荒げられたのは初めてのことだったからだ。

 

「今すぐに相田家に送ってる人員を取り下げて!婚約を断られたからって、そこまでする!?」

「怒りはそのことか。撤退などさせるか、あの家は継続して監視させる」

「何でよ!あの精霊魔法?感知魔法?エンジニアとしての腕?何にせよ、十師族に関わりたくないって言ってるのよ!これ以上醜態を晒さないで!」

「本人からそう言われたのか?フン。奴は四葉の関係者だぞ?あちらに手を出される前に警戒をしておかなければならない。四葉は厄介ごとを産み出すからな」

「四葉?ご両親がFLTで働いているだけでしょう?」

 

 FLTはフォア・リーブス・テクノロジーという名前なので直訳すれば四葉に関係がありあそうだが、日本の企業にはその名前の恩恵に授かって四葉や八葉を名乗る企業が多い。FLTもそういった企業の一つだと思われている。

 

「相田家は四十に田んぼの田で四十田(あいだ)と読む数字落ちだ。第四研究所で精霊魔法を扱っていたとは聞かないが、感知魔法が精神干渉魔法の副産物ならおかしな話じゃない」

「……調べたの?数字落ちなんて詮索してはいけないって決めたのは十師族なのに!」

「随分と古くに落ちたために調べるのに苦労したがな。だが、かの家が大漢への報復にも参加していたことは確認している。あの家は、十師族の中でも危険なのだ」

 

 そう言われて、真由美は更に頭に血が上った。父親は身内を警戒しているが、それ以上の出来事が今起きていることに気付いていないのか。

 

「なら八王子に呂剛虎と思われる魔法師が侵入してたことは何か対処してるの!?こっちの方が危険じゃない!」

「バカな。大亜の魔法師が何故八王子にいる?」

「知らないわよ!新君が接敵して逃げてきたの!もうすぐ十文字家から通達されるはずよ。十文字君が監視カメラの映像から撤退するかの魔法師を確認したって言ってたわ」

「なぜそれをすぐに言わない」

「国防よりも四葉を警戒しているクソ親父の目を覚まさせようとしたからに決まってるでしょ!」

 

 真由美は端末で十文字から伝えられていたが、弘一は知らなかったらしい。だが間も無くその通達が来るはずだ。

 ちなみに。その映像は黒羽がすぐさまハッキングして作った偽映像である。横浜方面に逃げて途中から大陸由来の隠蔽魔法を使ったかのように見せている。本人は今、四葉の本拠地で拷問されている頃だろう。

 東京の守護者が聞いて呆れると、真由美はガルルと父親に対して唸ってみせた。

 

「四月の一件も九校戦も後手に回り続けてるのに、どうしてそんな体たらくなのかしら!?十文字家が大変なんだから、七草が余計に頑張らないといけないのにやってることは一高校生のストーカー!?バカじゃないの!」

「……ここのところ横浜で続いている事件の余波か?しかしそこまで入り込まれているとは、三矢は何を……」

「他所の家のせいにする気!?もう関東に入り込まれたんだから、対処すべきは私たちでしょ!」

「真由美、出ていけ。すぐさま師族会議を行わなければならん」

「相田家の監視を解くのが先よ。九校戦や今回のことで借りがある相手を危険だからって監視するのは筋が違うわ」

 

 真由美のその言葉で弘一は七草の者を撤退させた。目の前で指示を出したことで真由美は部屋を出て行く。

 だが、弘一は諦めていない。バレたのならもっと遠くから、違う形で監視すればいいと考えていた。そのために一時撤退させただけだ。

 四葉の秘密兵器かもしれない少年。数字落ちとは格好の身を隠せる場所だ。もしかしたら彼こそが四葉の後継者かもしれないと考え、弘一は警戒を続けたまま。

 四葉の一強状態では、十師族が成り立たなくなる。それを警戒するのは最大派閥の七草だからこそ。

 そして解せないのは九島老師が彼を十師族に取り込まないように進言したこと。これを弘一は怪しんでいた。数字落ちだからと言われたらその通りだが、四葉が増長することを良しとしなかった老師が、四葉に関連のありそうな人物を老師の権限で守ったのだから。

 何かあるとは思っている。その何かを探るために、人員は保ったまま。

 

 

「ハッ。距離は取ったみたいだけど、まだいるじゃないか。距離を離せば、アプローチを変えればバレないと思ってるのかねえ」

 

 厄日の夜。また家の周りで感知魔法を使って、更にはハッキングとかも確認してみたけど、まだ七草の監視は続いてる。

 これ、達也にも伝えておこう。軍がいっそ怪しい集団としてひっ捕らえてくれないだろうか。社長夫人が襲われた関係で今も軍がこの周辺を警戒しているらしいし。それにしては朝方軍の人たちに会わなかったけど。

 多分警戒をしていたのは横浜なんだろうな。港に不法侵入しようとした船があったらしいし、論文コンペもある。魔法師協会もあるから警戒するならあっちだ。

 こっちに割かれている人材が少ないんだろう。

 

「あっくん調べ物?」

「ストーカーの確認。電子攻撃だって七草のものとわからないような弱いものをいくつか仕掛けられてるよ。……たった3km先で潜伏してたってこっちは気付けるのに。黒羽の皆さんに連絡しよう」

 

 お風呂から出てきたあずさに報告しながら黒羽に依頼を送る。達也が軍を動かしたことも伝えたから、そこまで調べ物はできないのかもしれない。

 あ、メールが来てる。あずさが居ても開けていいやつ、だな。アドレスが家向けだ。ってことはあずさと一緒に確認する内容か。

 

「あずさ。本家から」

「メール?」

 

 開いて、内容を確認する。

 八王子に大亜を含む海外スパイが多く侵入していること。一勢力は世界の抑止力とも言うべき調査員たちであるため害意はなし。

 大亜の狙いはFLTに運び込まれた魔法式を記録・保存するというレリック目当て。魔法後進国であるため、魔法師の発展に繋がるレリックを確保したいのだろうということ。大亜に所在がバレた理由は国防軍の経理から委託先が漏れたという杜撰なもの。

 また、大亜の最終目標は横浜の魔法師協会を襲撃して論文データなどの奪取、及びそのまま開戦に踏み込むかもしれないとのこと。軍艦を横浜に向けているという。

 ……これ、あずさに見せて良かったんだろうか。師族会議で十師族には伝えるとも書かれてるけど。

 半日でここまで情報を抜き取るなんて黒羽の部隊は凄いな。

 

「戦争……」

「三年前から続いてるからね。論文コンペに合わせてるのか……。多分この内容は十文字先輩から伝えられるから、達也にもすぐ伝わるな」

「四葉からの情報なんて言えないもんね……。でもあっくん、あの人喰い虎をよく倒せたね?」

「空飛んで遠距離からチマチマと。向こうが遠距離技なかったから相性の問題だよ」

 

 一条とかみたいに遠距離魔法が得意だったらやりにくくて仕方がない。オレの呪文はどうしたって呪文の名前を言わないと発動できない。その発声よりも前に魔法を使われたらオレは負ける。死ぬ。

 最初から距離が離れて戦う近距離特化の人ならどうにかなるってだけ。レンジの問題だけど。

 家に帰ってからあずさに本当のこと伝えたら仰天してひっくり返ってた。そこまで有名な魔法師だなんて知らなかったんだから仕方がないじゃないか。

 

「大亜もそうだけど、七草邪魔だなあ……」

「かいちょ……真由美さんが進言してくれたから距離を離してくれたんだろうけど、まだ警戒されてるんだね。やっぱり呪文を見せちゃったから?」

「いやあ、どちらかっていうと九校戦の前夜祭で精神干渉魔法を対処したことらしいよ?あの場に七草の当主いたらしいし」

「……それも呪文だよね?」

「感知したのは魔法だから。精神干渉魔法ってことで四葉との関わりを疑われて、数字落ちってことがバレて警戒したままってところだろうね。中条家も調べられてると思う。あずさがレアすぎるから」

「いたってなんてことのない家なのに……」

 

 ただ単にあずさが突然変異なだけなんだよな。それを七草が怪しんでいると。

 というか数字落ちって本当は調べちゃいけないはずなんだけど?両親もオレが呪文を使えることを知らなかったら四葉に顔を出す気もなかったらしいし。

 四葉がオレや達也、深雪っていう戦力を抱えてるのは事実だけど。人数も少ないしそこまで危険じゃないって思うのはオレだけだろうか。七草は質も量も確保しているって聞くし。そりゃあ怒って一つの国を滅ぼしたのはマズイかもしれないけど、真夜様拉致られたら報復くらいするのも当然じゃないか?酷い実験もされたらしいし。

 これはオレの破壊衝動から来る感情だろうか。それとも一般人の感覚なのか。イマイチわからない。

 

「戦争については軍と十文字家、それと三矢に任せるしかないだろうね。師族会議が行われたなら流石に色々と動くだろうし。人喰い虎ってあっちのエース魔法師なんでしょ?それを倒したんだから、まずは一歩リードだと思いたいけど」

「主力を取り戻すために行動を早めることもあるかも?」

「ああ、ありそう……。あずさ、学校でも基本的に一緒に行動しよう。何があるかわからないよ、これ」

「うん……。学校もなぜか狙われてるんでしょ?」

「たぶん達也たちがFLTの関係者で、レリックの保管場所を知ってるとか思ったんじゃないかな。戦争の余波で失いたくないから確保しておきたいとか。流石に八王子に外国の軍が部隊を展開するのは無理だと思うけど……」

 

 揚陸してから港町を襲撃なら海で準備しておけばいいけど、陸地の八王子に部隊を即時展開はできないはず。人員を空輸するにしたって、そこまでして一高を襲うとは思えない。横浜の魔法師協会の方がデータや機材も揃ってるだろうし、海外の部隊が展開するなら立地的にも適している。

 オレはそういう軍での行動とかは詳しくないけど、一般的に考えてもそういう思考になる。あえてそれを囮に八王子に大部隊を展開して強襲する、なんてあるだろうか。そこまでのものが一高にあるとは思えない。

 

「人喰い虎が偵察だったのか、狙う人物がいたのか。彼で終わりってことはないだろうし。……はあ。魔法を全開にするしかないかぁ」

「範囲増えたんだっけ?今ってどれくらい感知できるの?」

「半径10kmで球体の中に入れば全部。まあ、全開にすればって話で、普段は1kmくらいに抑えてるけど」

「……前って200mとかじゃなかった?」

「深夜様が制限をかけてたらしいけど、九校戦で危なくなったからって制限取っ払ったらしいよ?その代わり精神安定剤を常備しなくちゃいけなくなったけど」

 

 街丸々感知できるせいで、雑多な感情まで把握できるようになってしまった。人の感情が頭に流れ込んできてパンクしないようにと飲み薬を処方された。

 この家を襲撃して来るのが七草なのか大亜なのかわからないから、最近は寝る時も全開にしてるけど。そのせいで薬を飲む回数が増えた。

 本当に七草だけはどうにかして欲しいんだけど。邪魔すぎる。

 

「一旦引いたと思わせて攻め込んで来るってこともあるよなあ。特に今夜なんて狙ってきそう。夜も警戒しないとかあ」

「大亜の方は黒羽の皆さんが対応したから足はついてないんだよね?」

「でもこの街で消えてるわけだから調査員は送ってくるはず。七草も油断させたところで寝首をかいてってこともあるだろうし。……ゆっくりしたい」

「ホントだね。落ち着いたらどこかに遊びに行く?」

「賛成。甘いものいっぱい食べてダラダラしたい」

 

 

 あっくんの目は閉じてる。だけど、脂汗がすごい。

 身体は眠っていても、魔法を使って襲撃がないか備えてる。きっとわたしを守るため。

 あっくんは自分のことにあまり頓着しない。今日人喰い虎と戦ったこともそう。九校戦の事故の時も、四月の一件だって他人のために行動していた。

 自分の怪我や、秘密よりも目の前の人を守るために行動してきた。

 もしもあっくんが一人暮らしをしていたら寝る時まで魔法を使ってないと思う。家の警護システムに任せて、それから対処したはず。

 

「あっくんの重りにはなりたくないなあ……」

 

 そう思いながらも、やっぱりあっくんのことは好きで。離れたくなくて。

 少しでも負担がなくなればいいなと思って、唇に唇を合わせてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……起きてたってことは言わないでおこう。あずさが慌てるだろうし。……でも本当に夜中でも監視してるんだな。一発ガツンと言わなきゃダメか?)

 



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横浜編4

 翌日。オレたちが投稿すると達也たちを見かけた。深雪と二人だけのようだ。

 

「中条会長おはようございます。新おはよう」

「お二方、おはようございます」

「はい。達也くんも深雪さんもおはようございます」

「二人ともおはよー」

 

 どうせ校舎までは一緒なんだから並んで歩くことにした。なんてことなく達也の隣に立ったらこっちをじっくりと眺めてきた。

 

「どうかした?」

「いや、新。お前どこまで警戒している?隠さなくていいのか?」

「やっぱりその眼凄いねえ。ちょっと嫌なことあって警戒しっぱなし。制御もできてないけど今は警戒を優先してる。化生体、まだうろついてる」

「……なるほど。監視されているわけだ」

 

 昨日の放課後の内に達也と深雪も論文コンペ関係者として人喰い虎のことは学校側からも通達されているし、黒羽から本当のことを知らされてるはず。

 達也の最優先は深雪を守ること。だけど深雪は生徒会だし、達也も論文コンペの関係者だ。横浜にはどうしたって来るだろう。

 オレも行く。いざという時は、オレが戦うことになるかもしれない。

 

「今日デモ機の実験やるんだって?風紀委員会の警備は?」

「増員される。全員出動で部活連にも協力を頼んでいる」

「そっか。あずさ、オレたちも見学に行こう」

「え……?誰も生徒会室に残らないのはダメじゃない?深雪さんは実験見たいだろうし」

 

 あずさも深雪に毒されてきたなあ。四六時中一緒なはずないのに、一緒になれる機会があったら一緒にいるものだと思ってる。

 達也がガーディアンだから、間違いでもないんだけど。

 

「中条会長。デモ機の実験は大事なものですし、生徒会が視察するのも大事かと」

「そう、ですね。全員で見に行きましょうか。それくらいの時間でしたら生徒会室を空けても問題ないですよね」

 

 そんな話し合いをして校舎の中へ。達也とは昇降口が違うから別れて、あずさとも階段で別れた。

 深雪と二人で歩いてると男子の悪感情一割増しになるんだよな。オレとあずさの関係知っていても、深雪の隣は別なわけね。

 

「新さん。無理しないでくださいね?」

「何のこと?」

「魔法の常時展開です。あなた一人頑張って倒れられたら、中条会長を泣かせてしまいます。それは御免被るわ」

「わかってるよ」

 

 でも、早速間抜けを見付けた。というかオレの魔法が進化しすぎてる。いや、元に戻ったと言うべきか。

 動向を気にしておこう。動くとしたら放課後だとは思う。昼休みならまだ調整とかで一般人が近寄れないはずだし。

 精神汚染もそうだけど、誰かに絞れば思考まで読めるっていうのは、悪魔の力だ。

 

「新さん?」

「ん、大丈夫。やることができただけ」

「聞かない方がいいですか?」

「だね。あまり口外したくない」

 

 他にも精神汚染されている人がいないか調べてみるけど、いない。化生体の監視はまだ続いてる。

 七草、諜報はあんたたちの分野だろ。もっと動け。青少年が苦しむ世界を作ってるのはあんたたちの努力不足じゃないのか?

 一つの家で何でもできるなんて思っちゃいない。けど、関東は四葉が秘密裏に手を差し伸べても手が足りていない。それだけ危険塗れだっていうのに。

 また苛立ってきた。授業始まる前に甘い物でも買いに行こうか。糖分が欲しい。

 

 

 結局、その人物が動いたのは放課後。

 今は中庭でデモ機の稼働実験が行われている。それをあずさと深雪と一緒に見守っている。

 そして件の人物が学校へ申請している魔法の範囲内に入ったのと同時にピオラを使ってその人物に近付いて即座に足払い。倒れたところを両手を後ろへ回して片手で抑え、足で体重を乗せることで地面に拘束した。

 いきなりのことで驚いた人たちが数名、見慣れたという感情の人が多数。

 オレの魔法の関係で何もしていないのに拘束される人は一定数いる。魔法を使う直前で蹴り飛ばされて拘束された人も結構いる。案外風紀委員の時オレは抑止力になれていたらしい。

 今回もそんな一環だと思われたのだろう。拘束した人物を見るまでは。

 

「相田君!?なんで関本先輩を拘束してるの!」

「千代田先輩、関本勲の左胸にパスワードブレイカーが収まっています。しかもどうやら、大亜製の物みたいですよ?デモ機のデータを吹っ飛ばすつもりだったみたいですね」

「なっ!?」

 

 正確に言い当てたからか、関本の表情が青くなる。

 声にも出さず、彼は近寄っただけだ。それで全てを看破されたら血の気も失せるだろう。

 千代田先輩がオレを止めたのは、唯一残っている三年生の風紀委員だから。むしろ彼は抑止側だ。そんな人物が犯罪ツールを持っているとわからなければ声も荒げる。

 いくらオレの摘発方が特殊とはいえ、千代田先輩は直に見たことなかったはずだし。オレが拘束したまま千代田先輩が左胸を調べると黒い機械が。調べれば結果は出ると思うけど間違いなくパスワードブレイカーだ。

 

「沢田君と森崎君はこのまま現場維持!私は関本先輩をこのまま連行します。相田君も手伝ってくれるわね?」

「もちろんです。森崎君、よろしく。あずちゃんと深雪ちゃんはひとまず生徒会室戻った方がいいかも」

 

 森崎が捕縛用の手錠と縄で雁字搦めにして、CADも回収。そのままオレと千代田先輩で教員に引き渡し。生徒指導室で尋問的なことを開始する。

 

「相田君のことは知ってたけど、まさか犯行前にできちゃうものなの?」

「すみません。常時発動型なので制御なんてできないんですよね。だからもし隠し事があるならボクの半径200mに入らない方がいいですよ」

「啓と一緒の時はそうするわ」

「そうしてください。時々すっごい感情の波が襲ってくるので。表情に出さないようにするの大変なんですから」

「な!」

 

 一瞬で千代田先輩の顔が赤くなる。まあ、学校で何考えてるんだって何回か思ったし、釘を刺しておくだけ。最近は物騒だからずっと使ってるけど、平時は本当ならオフにしてるし。

 婚約者同士がいちゃつくななんて口が裂けても言えない。オレとあずさも一緒だし。

 でも普段はオレたち抑えてる。この人たちがオープンすぎるだけだ。

 

「……忘れなさい」

「できるだけ。でも感情がわかるだけで内容は普段ならわかりませんよ」

「アレ?関本先輩を拘束した時は詳しいこと言ってなかった?」

「その人に集中すれば単語で色々頭に響くんですよ。それを文にしただけです」

「解析結果出ましたよ。相田君の言うように大亜製のパスワードブレイカーです」

 

 調べに行った先生が戻ってきて結果を教えてくれる。まあ、正確に関本の頭の中を見たから誤情報を渡されていない限り外れてなかっただろうけど。これでデモ機を壊そうとしたのは事実だし。

 

「まあ、関本先輩は精神汚染されているみたいですし、病院だかそういう施設だか知りませんけど、そこに送るべきだと思いますよ?」

「精神汚染?」

 

 また、という表情をした人が多数。四月にあった手口と似ているのだからそういう反応になってしまっても仕方がない。スパイに仕立てるなら元から内部にいる人を使うのが一番コストがかからない。

 

「月一回検査をするようになっただろ?」

「その一回をパスしたら一ヶ月は安泰じゃないですか。そうやって抜けたんだと思いますよ」

「……相田。他に汚染されている人間は学内にいるのか?」

「お昼に見て回りましたけど、おそらくいません。範囲外だったり今日休みだとわかりませんけど」

 

 範囲を全開にして調べていないことは確認済みだけど、提出している魔法の範囲内だと断言するには心許ない距離だ。だからあえて濁す。四葉からも秘匿しろって言われてるし。

 先生たちは明日にでももう一回調査をするか話し合っている。そして関本を特殊鑑別所に送るという話をしている。

 目的とかも聞いてみるけど、口を割らない。けど、オレは全部心の声が聞こえるわけで。

 

「デモ機、データの吸い上げ。え?……達也くんとボクの私物を探ろうとしていたみたいです。目当てはレリック」

「レリック?何でそこで司波君と相田君の名前が上がるのよ?」

「まあ、調べればわかることだしいいか。先日街中で達也くんの親が襲われたんです。FLTにレリックがあるんじゃないかという情報が流れたらしくて、手当たり次第の襲撃があったみたいですね。達也くんの親もボクの親もFLTで働いてるので、レリックを持ってると勘違いしたんでしょ。持ってないし」

 

 オレは。達也はまだ持ってるらしい。さっさとFLTか軍に返せばいいのに。研究したいんだろうな、達也のことだから。

 

「FLTは警戒態勢をとってますけど、まさかボクたちまで標的にされるなんて。襲撃犯はまだ見付かっていませんけど、この感じだと大亜の関係者ですかね」

 

 もう関本の全身から赤という色が抜けていく。ここに来て一言も喋っていないのに情報がダダ漏れになればここにいることも辛いだろう。

 手を緩めることはない。敵の尖兵になったんだから、容赦なんて必要ない。

 

「関本先輩はオープン主義者ということで精神汚染を食らったみたいですね。それに論文コンペの選考から外れたことで市原先輩への僻み嫉妬も利用されたと。……それでデモ機を壊してもアンタが代わりになれるはずもないのに」

「相田、それ以上は」

「先生、止めますか?精神汚染を受けなければなんて甘いことを言いますか?精神汚染を受けるということはそんなことをしそうな人物と接触するような場所に行ったということ。しかもここまで市原先輩に都合のいい敵対者だってことは一高のことも相当敵に話して利用されてますよ。魔法師の卵なら自衛をすべきだ。風紀委員にもなっていたんだから、それこそ自衛の大切さなんてわかっているはずなのに。精神汚染を受けたのは関本先輩の迂闊さが原因です」

 

 オープン主義者の会合に参加して、そこで精神汚染食らってるんだから弁護の余地なしだろ。魔法の情報を国外に漏らさないように魔法師が海外渡航を禁止されてるのに、全ての情報をバラすようなオープン主義者の会合に行ったら自分は馬鹿ですって言うようなものだ。

 しかも海外渡航が禁止になったのは真夜様が大漢に連れ去られた一件を教訓にしている。それで一国が滅んでるのに情報の大切さもわからない馬鹿が騙されて敵の操り人形になったことを庇うつもりなんてない。

 オレは末端とはいえ四葉の人間だ。真夜様が苦しんだことから何も学んでいないバカなんて蔑視の対象にしかならない。

 

「ボクじゃ精神汚染はどうにかできないので。もう戻っていいですか?」

「そう、だな。相田、助かった。戻っていいぞ」

「相田君、ありがと。やっぱり風紀委員会でその能力活かして欲しかったわ」

「事務作業押し付けられるから嫌ですよ。それにこの力嫌いですし」

 

 あとは風紀委員会と先生方の管轄だろ。今頃あずさが十文字先輩と七草先輩、あとハンゾー君に連絡してるだろうしオレも報告書書かないと。

 これで当分学校生活は大丈夫なはず。学外は軍や警察、十師族や黒羽に任せていいだろ。

 学校への報告書とは別に黒羽と四葉に提出するやつ書かないと。

 これ以上精神汚染で尖兵は増えないはず。こんなやり方何回繰り返したって無駄だし、一回バレたら手口がバレて警戒して、逆探知される。

 オレのこと狙ってくるか?化生体の監視も学内までは及んでないみたいだから、オレが関本を止めたってことはわからないだろうし。多分大丈夫なはず。

 ミルクシェーキの缶買いに行こ。甘いもの一気飲みしたい。

 



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横浜編5

 横浜中華街。そこの有名な飲食店の一室で、ある男達が密会を行なっていた。

 大亜の特殊工作部隊の隊長、陳祥山(チェンシャンシェン)と横浜中華街を影から牛耳っている(チョウ)の二人だ。

 陳は本国から横浜に攻め入るように通達されていて、実際下準備のために密入国して様々なことに手を出してきたが、その表情は暗い。

 その理由は部隊のエースである呂を失ったからだ。

 

「周先生。我が部下の行方は……」

「申し訳ありません、閣下。私も手を尽くしているのですが、東京近郊での防犯カメラの映像が偽装されていることまでしか掴めておらず。彼がどこにいるのか、誰に捕まったのかすらわかっておりません」

「そうですか。まさか一高の生徒にやられたはずはありませんし、それなら防犯カメラをどうにかするとも思えません。つまりは軍や十師族、またはこの国に紛れ込んだイリーガル……」

「はい。この国の軍と十師族は精強です。彼を尋問してこちらの狙いを掴んでいることでしょう」

 

 周はそう言う。それくらいの予想は陳でもできていた。

 しかも陳からすれば一高へ送り出したスパイもいつの間にか捕まっていたのだ。何も成果を上げずに。その口封じをしたかったが、こういう時に確実に口封じができる実力者が捕まっている。ただの襲撃じゃスパイを殺せない。

 そもそもの失敗はレリックを持っているであろう司波達也を捕らえるために最強のエースを投入したのが間違いだったのだ。自分達が送り込んだ部隊が全滅させられたことで危険度を引き上げて確実に抹殺しようとしたら、返り討ちにあったのか。

 

 狙っていた司波達也も、可能性のある学生の相田新も、何事もなかったかのように学校生活を送っていることは確認済み。化生体のことはバレていないようだが、こちらが打った手はことごとく失敗している。

 レリックを狙った襲撃。FLTへのサーバー攻撃。疑わしい者の抹殺。一高へのスパイ。何もかも失敗だ。最近では東京に放っている監視すら徐々に消されている事実。こちらは十師族の手によるものだとわかっているが、それだけ。

 何も自体は好転していない。

 

(だというのに、本国はタイムスケジュールも変えようとしないし、部下を取り戻すなら自力でやれと宣う!近接戦闘では世界的に有名な呂を見逃すとかバカか!?それとも戦争に勝利すれば後からどうにでもなると思ってるのか!)

 

 陳はそう叫びたかったが、本国の襲撃は間も無くだ。こちらの作戦は筒抜になっているのかもしれないのに、日時も場所も変えずにそのまま突っ込もうとしている。

 そのための人員が、既に横浜に数多く上陸している。

 陳はこれが地獄への片道切符にしか見えなかった。

 

 三年前、彼らは負けているのだ。上陸もまともにできず、敗走している。だからこそ今回は更に時間をかけて作戦を考え、実行しようとしている。そこに掛けた時間と労力から、今更作戦の変更など効かないと思っているのだろう。

 日本の魔法師育成は進んでいる。むしろ大亜は遅れているのだ。魔法師の絶対数が足らず、質は向こうが上。いくら武装を強化して数を揃えても、三年前みたいに失敗するのではないかという考えが支配する。

 腹心の部下がいなくなったという精神的苦痛も、それに拍車をかけた。

 

「閣下。それでも本土決戦は実行されるのですよね?」

「そうです。先生には我々もお世話になりました。見返りはこの中華街への被害を最小限に抑えるで間違いはなかったですかな?」

「はい。ここは第二の故郷と言っても差し支えありません。魔法師協会のビルとは離れているので作戦の邪魔にはならないと思います」

「ですな。我々も恩人に銃を向けることはしません。当日は建物の中にいるよう通達を出していただければ。大通りなどはどうしても様々な兵器が通りますから」

「わかりました。そのようにいたしましょう」

 

 

 その日、達也は風間少佐から秘匿回線を受け取っていた。何の用事かと思ったが、最初は雑談だった。

 それも、親友に関することだ。

 

「達也。相田新は凄いな。あの精神干渉型魔法の前では悪事なんて働けない」

「関本勲の件ですか?確かに新の前で何か悪事を働こうとしたら即座に捕まります。九校戦でも見せた通りですね」

「彼は、軍に敵対しないな?」

「恐らくは」

「恐らく。貴官にしては随分と曖昧だな?」

 

 風間の苦笑に、達也は眉一つ動かさないままその意図を語る。

 達也だからこそわかっている真実を。

 

「もし軍が新の周辺を脅かすのであれば、新は相手がどんな組織であってもその力を振るいますよ。十師族でも軍でも国でも」

「七草と大亜のことか。それはこちらでも把握している。だがまだ直接的な行動に移していないようだが?」

「できる限り力を振るわないように、自分で制御しているとのことでした。あの精神干渉型魔法はそれが主目的の魔法で、感知については副産物だと」

「全く。君達四葉の傍流はどうなっているのだね?」

 

 風間の言葉通り、一部の人間は達也と深雪、そして新が四葉の血筋だということを知っている。達也と深雪は三年前の沖縄戦が原因だが、新については元四十田家ということが知られているからだ。

 そして三年前。沖縄戦を契機に四葉真夜が新のことを伝えて干渉しないように伝えた。数字落ちであることと、怒らせなければただの一子供であることを伝えたために。

 軍で三人のことを知っているのは独立魔装大隊だけだ。

 

「スカウトはしないのでしょう?叔母上に止められているはずです」

「精神干渉型魔法で自分を抑えないといけないような人間を軍に徴用しようとは思わん。軍としては静観だな」

「そうしていただけると助かります。俺も新とは戦いたくありませんから」

「それは心情の問題か?実力の問題か?」

「どちらもです。新を怒らせれば、俺はなすすべなく殺されるでしょう」

「……再成を用いてもか?」

 

 達也が恐れられる理由の一つ。どんな傷を負っても、たとえ死んでしまっても。24時間以内であれば復活させられる奇跡の産物。その対象が受けた苦痛を全て背負うという代償もあるが、何にしても破格の力だ。

 それを持ってしても、達也は殺されるという。

 

「いくらオートスタートが可能とはいえ、俺の知覚外から魔法を使われたら死にますよ」

「彼の射程はそこまであるのか?」

「俺の眼がそこまでないということもありますが、新は本当に怒ったら見境なしに実行しますよ」

「過去に実例があると?」

「新は記憶にないでしょうが。海外の魔法師による誘拐事件が昔ありまして。四葉の人間でしたが、その子供が殺されたのを知ってその組織を壊滅させていますよ。六歳の時の話です」

「十年前……?まさか反魔法師団体の『グレイス』が壊滅した件か?大亜にも繋がっていて、四葉が潰したという?」

 

 風間も知っている事件だ。日本の魔法師が一人誘拐殺害され、四葉が即時その組織を潰したという。四葉が触れざる者(アンタッチャブル)と呼ばれることに一躍かった事件だ。

 それを四葉じゃなく、六歳の少年が一人でやったものならば?

 

「四葉の秘密主義だから気にしていなかったが、まさかそんな……」

「事実です。叔母上に資料を頼みましょうか?新に手を出さないことの裏付けとしてなら快く送ると思いますが」

「いただこう」

 

 そのデータを受け取った風間は本格的に頭が痛くなった。達也が言っていたことが事実であること、たった一人で組織を壊滅した事実。

 そのデータの検証結果から達也に匹敵する魔法の使い手だとわかって、風間はそのデータを処分した。手元に置いておきたくないデータだったからだ。

 たった一つの魔法で各地に点在した反魔法師団体の施設を一切間違えず、周辺住民に被害を出さずに仕留めたなどという科学的にもあり得ない検証結果を見せられてどうしろというのか。

 戦略級魔法師を超える存在を秘匿しようとしている四葉に倣って、劇物は封じておくのが吉だと判断した。そしてその情報を誰にも渡してはならないと。

 パンドラの匣は、閉じておくのが一番いい。



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横浜編6

 結局、論文コンペ当日まで問題は起きなかった。化生体の監視は続いたけど、何か動くということもなし。対処が完全に後手に回っているのは七草が無能なのか、敢えて泳がせているのか。

 当日になっても四葉の黒羽と新発田が横浜に展開してくれている。何かあったら動いてくれるんだろうけど、戦力としてはそこまで多くない。軍にも所属していなく、その上で十師族として領地を持っていない四葉が出張るわけにはいかないからだ。

 なにせ確定情報ではないとはいえ、大亜は横浜と同時に他の場所も同時多発的に狙う可能性があるからだ。三年前の沖縄と佐渡ヶ島への侵攻作戦と一緒。だから十師族は自分達の領土を警戒している。

 

 絶対に襲って来るだろう場所を七草と十文字、それと三矢任せだ。そこに軍と警察も警戒に当たってるけど、それでどうなるんだか。

 オレはあずさと一緒に八時に会場入りしていた。一高の発表は三時からなのでメイン発表者の鈴音先輩はまだ来ていないけど、会場の警備などを受け持ってくれる人達のために一高生徒会として挨拶をしなくちゃいけなかった。

 あとは達也と五十里先輩が会場控室の確認とかデモ機の確認をするから、それの立ち合いもしなくちゃいけない。他の学校との挨拶回りもあるからやることはいっぱいだ。

 やることを頭の中でリストアップしていると、スーツを着た女性がこちらに近付いてきた。その人はオレの顔を見ると笑顔でこちらへやっててきた。

 

「お久しぶりです。九校戦以来ですね。相田君」

「防衛省の藤林さんですね。お久しぶりです。その節はお世話になりました」

 

 九島閣下のお孫さん。藤林響子。オレとあずさは一緒に頭を下げる。

 防衛省の人が何故ここにとも思ったけど、軍と警察が動いていれば防衛省も動くかと納得していた。

 

「論文コンペでの引き抜き、ということですか?」

「それも仕事の一つだわ。それとあなたへの警告を」

「警告?なんでしょう?」

「あまり、オイタはしない方がいいわよ?嘘つきは彼女さんにも嫌われるんじゃない?」

 

 ああ、うん。なるほど。彼女のこと調べたけど人喰い虎のこと言ってるのか。黒羽の皆さんに彼女にはバレるかもしれないって言われていたからあまり驚きはない。

 あずさは思いっきり驚いちゃってるけど。

 

「まあ、文句があるなら僕じゃなくて関東を守護すると宣っている十師族か侵入を許した軍に言ってほしいです。それに彼女には正直に伝えてますから」

「あら、耳が痛い。……防衛省から忠告よ。今日は危ないから、何かあったらすぐに避難しなさい」

「わかりました。忠告ありがとうございます」

 

 大亜がやって来るんだろう。防衛省がそこまで掴んでいるのは優秀なんだろう。逃げろっていうことは逃げ道があるってこと。調べてあるけど確か地下通路が避難経路であったはず。それをあずさともう一度確認しておこう。

 藤林さんはそのまま他の人にも用事があるようでオレ達とは別れる。あずさと確認しつつ防衛部隊の皆さんにも挨拶する。十文字先輩が責任者になって、後は各校の腕自慢がこの会場を警邏する。

 一条も発見した。

 

「相田。それに中条さんも」

「ヤッホ。ごめんね、僕生徒会だからそっち参加できなくて。その代わりに良い人材揃ってるでしょ?」

「ああ。問題はないさ。中条さんも生徒会長就任おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 藤林さんが接触しようとしてたのは彼でもカーディナルジョージでもないのか。なら誰に声をかけているんだろう。市原先輩はまだ来ていない。他に目ぼしい人材でもいたのか、十文字先輩を訪ねているのか。

 一条とも話していたけど、十師族でも大亜を警戒しているようだ。四葉も出張ってるけど、やっぱりメインは七草と十文字。専守防衛できれば良いんだけど、全方位をカバーするのは無理だろう。軍も動いているとはいえ本気の戦争なら物量とかも半端ないだろうし。

 一条ともそこそこ話して、会場に戻る。もうすぐ始まるのだから席についていないといけない。

 

 開会式が終わってすぐに各校の発表に移る。最近色々なことがあって眠いけど、今日は大ごとになるとわかっていたからずっと起きていた。正直他校の発表なんてまるで頭に入ってこなかった。興味ない内容ばっかりだったっていうのもあるけど。

 ご飯も事前に買っておいたサンドウィッチを食べて、時々魔法の範囲を広げて調べるけどまだ大きな動きはない。もしかして作戦が変更になったのだろうか。あの人喰い虎は大亜でもエースだったんだから、中核を失って計画の見直しがあったとか。

 楽観的かもしれないけど、防衛省が動きを掴んでいるんだからそんなはずないか。

 お昼ご飯を食べ終わった後、僕は指定された席から離れる。

 

「あっくん?」

「ごめんあずちゃん。ちょっと外行ってくる」

「もしかして……」

「ああ、違うよ。でもそろそろかなって思っただけ。夜戦になるなら軍とかに任せるけど、夕方とかを狙うなら第一陣はそろそろ仕掛けそうだから。深雪ちゃん、あずちゃんのことお願いね」

「わかったわ。新さんも気を付けて」

 

 護衛に深雪ちゃんは何か間違ってる気がするけど、とりあえず大ホールからは出る。人がいっぱいいたら動けないし。

 警邏している皆さんに挨拶しながら、外の空気を吸いたくなったって言って外に出る。鈴音先輩とその護衛の摩利ちゃんと真由美ちゃんも来たけど、軽く挨拶するだけ。不審がられたけど気にしない。

 そんな感じで外で目を閉じながら調べ物をしていて午後の三時過ぎ。獲物が引っ掛かった。

 

「デイン」

 

 装甲車に向けて雷を落とす。この論文コンペ会場に向かっていた日本の物じゃない装甲車三台に落雷を当てて炎上。炎上したと思う。達也みたいな眼はないからわかんないけど。

 やっぱり第一陣が動いてる。街中でも始まった。港とかでも軍艦が近付いてきたな。それにどこにいたんだか、結構な数の敵兵が横浜に入り込んでる。

 

「始まった……」

 

 戦争だ。すぐに端末を取り出して、十文字先輩に繋げる。

 

「十文字先輩。始まりました。街で火の手が上がってます」

「外にいるのか?警備の者を外に回す。相田は中に入って避難準備を始めてくれ」

「了解です。運営側への連絡お願いしますね」

「任せろ」

 

 当分こっちに向かってくる部隊がないことを確認して、会場に戻る。10km半径にいないのなら、いくら装甲車でもここに来るのに若干の時間はあるはずだ。歩兵なら尚更。彼らの本命はここじゃないんだから思い切った部隊を送ってくるとも思えない。

 部隊を展開させるなら街中だと思うけど。安全策でシェルターに避難するのが今は一番だ。

 会場は若干パニックになっていた。運営委員会の大人が現状を伝えて論文コンペの中止を訴えかけていたが、それを聞いてすぐに動き出せる高校生ばかりじゃなかった。

 

「あっくん!」

「あずさ、始まった。時間がかかっても地下通路を移動してシェルターに行こう。ここは防衛には向いていないし、それこそ狙われる機械や論文もある。長居する意味はないよ。……深雪は?」

「達也くんと一緒に、デモ機のデータを消すって言ってました。それが終わればすぐシェルターに向かうと」

 

 半分嘘だろう。多分このまま達也は軍人として出撃する。既に軍は展開準備をしていたんだから、そのまま遊撃隊か何かで参戦するはずだ。深雪の安全を脅かされて黙っていないだろうし、今回のことなら四葉が出撃を許可している。

 あずさにはその辺りを秘密にしているから言わなかっただけ。

 

「……とりあえず落ち着いて、先生たちと一緒に点呼を取ろう。それですぐに移動できる準備が必要だ。真由美さんは?」

「確認取るとかでどこか行っちゃった……」

「じゃあやっぱり指揮を執るのはあずさだ。オレも手伝うから安全に移動しよう」

「うん!」

 

 それから点呼を取ってこの会場に来ていた人と、デモ機のデータを消すために残る人、警邏隊を除いた一高の会場にいる人を全員確認した。

 まずは警邏隊の先鋭が地下通路の安全確認のために先行して、それに一高から順番に続くことになった。各校の護衛に森崎などの学校の警邏や風紀委員が就き安全性を確保して避難が始まった。一般人は一高の後に続く形になっている。

 オレも魔法を全開にして危険がないかを探る。最初の内は順調に進んでいた。先行している人達も敵の部隊と鉢合わせすることはなかった。

 けど。

 

「森崎くん。ここの上、地上と地下ってどれくらいの深さがある?」

「そこまで深くないから、精々10mってところじゃないか?……まさか」

「うん。真上を何かが通ってる。その何かまではわからないけど、無差別に爆破したりしないよね?」

「今通っている場所はどこかの重要施設へ繋がる道じゃない。それこそシェルターへの道くらいだ。だから無差別じゃない限り爆破はしないと思うが」

 

 さすがボディーガードの家系。しっかり地図を頭に叩き込んでいる。

 オレも感知魔法を全開にしているけど、そこまで無茶な、無差別なことはしないと思ってた。

 けれど、その予想を上回る悪意が、一気に膨れ上がる。

 

「ッ!皆、対ショック態勢!揺れが来る!」

 

 サーモグラフィーを使ったのか、それとも戦略的な何かがあったのか。

 多大な爆薬を持って上が激しく揺れ、コンクリートでできた天井が罅入り、軋む音が鳴り響く。

 

「崩れる!ここから離れろ!」

 

 すぐさま立ち上がる者。動けないけど大丈夫な場所にいる者。落下する物に備えている者。

 そして天井が崩れ。

 あずさの真上に、コンクリートの塊が降り注いだ。

 



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IF 竜の現れた日

 

「あずさっ!!」

 

 手を伸ばす。だけど、間に合わない。魔法も呪文も、咄嗟の出来事に使えなかった。

 崩れ落ちた天井から降り注ぐ鉄塊。それにあずさが飲み込まれたのが、スローモーションで脳裏に焼き付く。

 誰かの悲鳴。焦る声。動きだした人。

 オレも、一目散にあずさに駆け寄った。どうして。どうしてあずさの頭上を狙ったかのように瓦礫が降り注ぐんだ。バギを使って瓦礫を除去して目に映ったのは、血だらけで呼吸が荒いあずさ。

 

「あずさ!ベホマ!」

 

 人目なんて気にせずに呪文を使う。でも、血は止まらない。傷も塞がらない。

 オレの呪文も完璧じゃない。生命力が残っている人間じゃないと、ベホマもベホマズンも使えない。効果を発揮しない。

 それが示す結果は。

 

「あ、あずさ……!ダメだ!諦めないで!」

「あっ……くん……。泣いちゃ、ダメ、だよ……」

「何で!クソっ!ベホマ!ベホマ!ベホマズンっ!」

 

 手から黄緑色の光は出る癖に。あずさの状態は一向によくならない。顔からも赤い色が抜けていく。手を握っても、段々熱が外へ流れていく。

 

「あずさ、何とかするから!待って……!何でだよ……!深夜様も穂波さんも水波も治せたのに!何であずさはダメなんだよ!?」

「あっくん……。もう、わかるの……。ごめんねぇ……。ドジで、咄嗟に動けなくて……。運もなくて……」

 

 

 

 

──愛してるよ──

 

 

 

 

 耳に辛うじて届いたその言葉と一緒に、握ったあずさの手から力が抜ける。口が、動かない。目から涙がこぼれ落ちる。

 心臓の、鼓動が聞こえない。

 

「あ……。あああああああああああ!?ザオラル!ザオラル!……ザオリク!」

 

 いくら叫んでも、オレの手に呪文の光は集まらない。

 オレでは、蘇生呪文を使うことができない。

 

 

 

 

 

「あずさ……。あずさあああああああああああああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経ったのか。おそらくそんなに時間が経っていない。

 それでも目が痛いほど涙を流して、あずさのことを抱きかかえて。

 状況は一変し、時間は進む。

 あずさがいない世界は、酷く色褪せて、味気なかった。

 

「……相田。敵戦力は排除した。今も警戒を続けてるけど、第二陣は見当たらない。……でも、ここにいたら危険だ」

「森崎……」

 

 敵兵と思わしき人間が血溜まりで倒れている。その死のサンプルがあって、あずさの死を実感する。

 動かない身体。呼吸をしない、辛そうな表情。

 もう、言葉も交わせない。あの笑顔も見られない。

 一番、大切な人。

 

「森崎。あずさをシェルターまで運んでくれる?君にしか、任せられない」

「……っ!わかった。僕が必ず中条会長をシェルターまで安全に連れていく」

 

 あずさを抱き渡して、オレの制服の上着を脱いであずさにかける。包帯もないし、さっきの戦闘で負傷した人もいるだろう。その人達の医療道具を使うわけにはいかない。

 

「相田、お前は……」

「あの穴から出て、大亜に打って出る。……止めないでよ」

「……死ぬなよ」

 

 トベルーラを使って地上に出る。魔法の効果で敵が誰だかは瞬時に把握できる。

 けど、このまま戦争に出て行ったらオレの貧弱な身体じゃ弾丸一発で死にかねない。

 なら強固な身体を。銃弾なんて当たらない俊敏な肉体を。悪人を斬首する双頭剣を。

 

「モシャス」

 

 褐色肌に、緑色の防具。緋色のマントに、悪魔のような角を生やして。

 オレは、「破壊と殺戮の神」となろう。

 魔法で補足した機動兵器に、ロックオンと同時に呪文を使う。

 

「ギガデイン」

 

 何十本もの雷が横浜に降り注ぐ。雷を発生させてしまったためか、黒い雲が辺りを埋め尽くして嵐を運んできた。ルナ系の呪文は使っていないのに。

 近くにいた敵には剣を振るって身体を両断したり、首を跳ね飛ばした。逃げようとした者も残さず捕まえ、腕力だけで建物へめり込ませたり、蹴り飛ばして地面に埋めたりした。弾丸が身体に当たっても、高い防御力から全く痛くなかった。傷にもならない。

 悲鳴をあげながら逃げても、敵ならば容赦しない。相手も同じことをこの場でやってきたんだから。相手は殺すのに自分が同じ立場になったら逃げるなんて許されるはずがない。

 

 日本人には被害を出さず。ひたすらに敵だけを屠っていく。化生体をバギクロスで一掃し、魔法師相手にはギガスラッシュとグランドクロスで確実に抹殺し。

 横浜本土からは敵性戦力を全て排除した。

 それでも海の方にまだ原子力空母などがいるようで、それらも抹殺しないとこの戦いは終わらないとわかっていた。

 

「ジゴスパーク!」

 

 海上にいた軍艦は全部排除できたけど、まだ海に敵がいる。ああ、潜水艦か。これ以上呪文で何かをやろうとしたら海の生態系が壊れる。

 なら、直接潰さないと。

 

「ドラゴラム」

 

 紫色の巨大な竜に化ける。真・竜王がモデル。サイズもバカみたいな大きさになったけど、これぐらいしないと。大亜の本土にも行くんだし、飛ぶ力は大事だ。

 

「新!新なんだろう!?もうやめろ!」

 

 ……誰だろう。よくわからない色のスーツを着て空を飛んでいる誰か。聞き覚えがあるかもしれないけど。

 どこで聞いたんだっけ。

 思い出せないということは、そこまで重要な人物じゃないんだろう。そんなことより今は。

 あずさを殺したやつらを殲滅することが大事だ。

 これ以上オレの大事な人を苦しめないために。

 悪の病巣は全て、刈り取る。

 

 初めてのドラゴンの身体なのに、どうやったら飛べるか感覚でわかった。軽く飛んで日本に、オレ達に悪意を向ける存在へドラゴンクローを浴びせる。いくつかはひっくり返して横浜港に打ち上げて、いるだろう軍に対処を任せた。

 ……日本も悪意だらけじゃないか。日本を苦しめるバカは止めないと、あずさがゆっくり休めない。

 あずさが生きた日本は。あずさにとって大事な人がいる日本は。

 

 オレが、守る。

 東京を始め、いくつかの施設を焼き討ちにする。日本を滅ぼそうとするスパイ達を抹殺した後は、予定通りに大亜へ。

 大亜はもう要らない。魔法とブレスでその痕も残さず消し去ってやる。

 

 

 緊急の十師族会議と並行して、国会なども紛糾していた。各代表者が一堂に会していたが、その阿鼻叫喚な理由はいきなり現れた紫の竜だ。

 魔法という超常の力があるとはいえ、あんなファンタジーにしか存在しない生き物が現れて大亜の軍を打ち払ったかと思ったら、今度は国内で暴れて政治家や十師族の一つである七草家本家などを襲撃。

 そしてすぐに大亜へ攻め入って、まもなく大亜が滅びる寸前とのこと。

 大亜は徹底抗戦をしていて、隠し持っていた核ミサイルなどを使ったが、それが通用していないことが衛星通信からわかった。どんな攻撃であっても、あの竜を傷付けられないのだ。

 

「なぜ七草は襲われた!?あの竜は何なんだ!!」

「十師族ならあれを討伐できるか!?戦略級魔法師ならどうか!?」

 

 その答えは、誰にもわからない。本当に突然現れて、日本を守護したかと思えば日本を襲い、大亜を攻撃し始めた。

 その意図がわかっているのは、あの竜の正体を知って報告した司波達也と、彼の大元である四葉のみ。達也は軍にもあの竜の正体を告げなかった。告げてしまえば、軍が竜を処分すると思ったから。

 そして会議の途中で、新しい情報が駆け巡る。

 

「あの竜、大亜を滅ぼして今度はUSNAの西部を襲ったらしい!」

「見境いなしか!?」

 

 あの竜を討伐すべきか、静観すべきか。

 意思はあるのか、無意識にただ暴れているだけなのか。

 結局その行動が読めず、まともに会議は進まなかった。終わった後に、達也は自宅で深雪と一緒に四葉真夜と通信していた。

 

「達也さん。あの竜は本当に、新さんなのですね?」

「はい、叔母上。こちらの呼びかけに答えず大亜を殲滅していました。その時は今とは違う姿をしていましたが、おそらくモシャスを使っていたのかと思われます」

「そう。じゃああのドラゴンもモシャスで?」

「いいえ。あの姿になる前に新はドラゴラムと言っていました。叔母上はその呪文に心当たりはありますか?」

「ドラゴラム……。最強の竜になる呪文って言っていました。使えるとは言っていませんでしたが、モシャスが使えるのなら使えてもおかしくはないでしょう」

 

 真夜は新から散々ドラクエについては聞いていたこと、そして記憶力が良かったために些細な話から思い起こせていた。新が使える呪文も使えない呪文も、物語も。よく真夜には話していたものだ。

 

「新さんの自意識がどこまで残っているのかわかりませんけど。敵対したら誰でも簡単に死んでしまうものね。身内を倒すわけにもいかないし、静観しましょうか。達也さんも深雪さんも、あのドラゴンの正体については口外しないように」

「「わかりました」」

 

 それから一ヶ月。世界から犯罪がなくなる。犯罪が起きそうになったらどこからか竜が現れ、殲滅していくのだ。人を害そうとすれば周りの人間は守られて、実行しようとしていた人間だけが竜に殺される。

 反魔法師団体もテロリストも、ことごとく秘密基地を探り当てられて殲滅させられた。そのせいで世界から悪という言葉がなくなる。何かをしたらあの竜がやってくるのだ。一つの流星のように突如として現れ、その悪人を裁いてすぐに消える。

 それがルーラを用いているということがわかるのは、四葉の者だけ。

 

 酷い人体実験をしている研究所なども攻め込まれ、実験を受けていた人間には身体の治癒を施されて国へ返され、実験を行なっていた科学者とそれを主導、認可した団体や国の上層部は焼く。そうしていくつかの国は名前をなくしたが、確実に世界は良くなっていった。

 紫の竜が世界の守護竜として崇拝され、竜を守る団体や宗教まで世界で台頭する。

 

 そんな中、世界でも有数の大国ではあの竜を退治しようという話が出ていた。世界に与える影響が大きすぎると。犯罪をなくすために国が焼かれては結果として世界の食料が減ったりして人間が困窮すると。

 今やっていることは其の場凌ぎでしかないと、子供の癇癪と同じだと結論付けた。

 討伐に意欲を見せた国は戦略級魔法師を攻撃の要として、その周りを守る魔法師や軍も徴兵して竜の討伐に移った。

 

 日本はこれに不参加。唯一の戦略級魔法師も身体が弱く、まともに戦場に行けないこと。また日本自体はそこまでの被害を受けていないこと。

 日本軍が非公式戦略級魔法師の出兵を許可しなかったこと。

 竜は新ソビエト連邦の広い大地に誘き寄せられて、そこで各国の義勇軍と交戦。

 

 

 

 その結果は、竜の勝利だった。

 なにせ竜は傷付いた瞬間にベホマという傷を全快させる呪文を唱えて、襲ってきたら雷を落とし、竜巻を起こし、ブレスを吐き。一撃必殺でもなければ殺せぬ怪物になっていた。

 たとえ戦略級魔法を用いようとも。竜の鱗は堅牢で一撃では倒せず。受け切った後は傷を一瞬で治して反撃に出た。戦略級魔法を同時に使っても片方は避けられたり呪文で相殺されたりして決定打となり得なかった。

 義勇軍が壊滅しかけて撤退を始めると、竜は興味がなくなったのかその場で丸くなって撤退を見逃した。襲ってこなければ何もしないと言うように。本当にその竜は攻撃したり、また犯罪が世界のどこかで起きない限りはそこから動かなかった。

 

 竜はそれからアンタッチャブルとされて、近付く者もいなかった。悪意がなければ近付くことも可能だったが、祈りや願いを叶えてくれるわけではない。私利私慾で利用しようとする者は例外なく潰された。

 まるで心を透かされているかのように。

 竜の力が強大すぎて、戦争も犯罪もなくなった。だがそれでも、竜に対抗すべく兵器や魔法の開発は進む。

 今は竜が悪人だけ裁いているが、もしもその規則が曲がったら殺されるのは人間という種そのものになる。それは勘弁だと生存本能から決戦に向けた準備が進む。

 

 その準備を、竜は止めない。自分に向けられた悪意は興味がないかのように、ただ静かにしているだけだった。

 そんな水面下の動きがどこでも起きている中、その竜に近付く一人の少女がいた。

 茶髪で小柄で。愛嬌のある幼い顔つきで。

 その竜を心から、心配している少女。

 

「あっくん。もういいよ」

 

 少女が、竜の顔に触れる。瞼を閉じて、眠っているような竜へ、優しく語りかける。

 護衛としてきていた少年と絶世の美少女の二人組は心配そうにその様子を見守っていたが、竜が暴れる様子がなかったのでそのまま待機していた。

 

「ごめんね。わたしのせいであっくんに辛い思いをさせちゃった。でも、もういいの。悪意のない世界じゃなくてもいい。ちょっと大変な世界でもいい。わたしはあっくんと一緒に過ごせるなら、どんな世界でもいいよ」

 

 寄り添うように抱き着く少女。その声を聞いて、目を開けて姿を確認して。

 竜は、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ……ず……さ……?」

 

 

 

 

 

 

 

「うん、そうだよ。達也くんの魔法で、治してもらったの。凄い魔法だよね。死んじゃったのに、24時間以内だったら生き返れるんだって。達也くんには凄い負担をかけちゃったけど」

「あずさ……!」

「うん、ここにいるよ。だから、帰ろう?竜のあっくんじゃなくて、ありのままのあっくんが見たいなあ」

 

 その言葉を契機に、竜はボロボロと崩れていく。

 その中心にいたのは一高の制服を着た一人の少年。まだ十代の、幼い少年だった。

 その少年へ、少女は駆け寄る。後ろで見守っていた達也と深雪が防寒具を持って極寒の地に薄着でいた親友へ服を着せていく。

 

 

 

 その日、唐突に世界を変革した竜は姿を消す。これ以降、その竜が現れることはなかった。

 世界は再生への道を進み、また犯罪や戦争が起きても。

 彼らは笑いあって、この世界を歩んでいく。

 




こちら、一応IFENDです。


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