アンヒルてぇてぇ (もっもっも)
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アンヒルてぇてぇ
しわだらけのシーツの上で、私は一人丸くなる。
「んっ……」
孤独には慣れていたつもり。だった。
「は、あ……っ」
一度触れてしまえば、それがどれだけ脆い鎧だったか、思い知らされる。
「アンジュ……」
あたしを必要だと言ってくれた。世界が、友達が、母親が。誰も必要としてくれなかったあたしを、ただ受け入れてくれた。
「寂しいよ……」
だから、我慢できると思っていた。この身体を苛む孤独を忘れ、あいつの前でだけは、笑っていられると。
「アンジュ……」
まるで言うことを聞いてくれない私の身体を抱きしめ、今日も一人長い夜を過ごそうと、にじむ涙をシーツにこすりつけたその時。
こんこん。どれだけ乱暴に振る舞っていても、こうした所作に育ちの良さが滲んでしまう。
静かに、それでいてしっかりとした声色で、ドアの向こうから声が響く。
「ヒルダ、起きてる?」
「ア、アンジュ?」
彼女の声を聞き間違えるわけがない。それでも、先程までこうして名前を呼ばれたいと願っていたのだ。これが寂しさの余り聞いてしまった幻聴ではないと言い切れない。
「ええ。入るわよ」
「ちょ、まっ……!」
がちゃりとドアノブが回り、ドアの隙間から光が差し込んでくる。元皇女殿下とは思えない無遠慮さだ。
あたしは慌ててショーツを引き上げ、ソファに投げ捨てたままのシャツを羽織った。
「あら、お邪魔だったかしら」
「別にそんなんじゃねーよ」
強く、優しい瞳。こうしてからかわれて、悪態を返すだけのなんでもないやり取り。だってのに、あたしの胸はバカみたいに高鳴ってしまう。
紅潮してしまう頬を見られたくなくて、うつむいて下ろしたままの髪で隠した。
「何の用だよ」
できるだけ感情を隠せるように、冷たく言い放った。
アンジュはまるでそんなの気にしていないと言わんばかりにあたしの横を通り抜け、先程まであたしが寝ていたベッドに腰掛ける。
「用事がなきゃ、恋人の部屋に来ちゃいけないの?」
「なっ……!」
何を言っているんだ、こいつは。お前の恋人は、あのヘタレな騎士だ。だからあたしは。
「あなたが来ないから、来てあげたっていうのに、お茶もでないのかしら」
「お、お茶なんかねーよ……ほら」
きっとからかわれているだけだ。大丈夫、もう、大丈夫。
私が冷蔵庫から取り出した缶ビールを受け取り、プルタブを引いて一気にあおるアンジュ。桜色の唇からつうとつたい、ネグリジェに包まれた胸元にこぼれて。
「何見てるのよ」
「っ、みてねーし」
「見たくないの?」
「は、はぁ!?」
不敵に笑ったアンジュはもう一度缶を傾け、立ち上がり、立ちすくむ私の顎を掴んで。
「んっ……」
冷たさを失った苦いそれが、流れこんでくる。その味は、切なく、泣きたくなるほどに優しかった。
「……アンジュ、なんで……」
「私、てっきりヒルダのほうがこういうの慣れてると思ってたんだけど」
目尻から勝手にこぼれていく涙。それは落ちる前に、そっと拭き取られた。
「だって、お前には、タスクが」
「で? それがどうしたの?」
「な、はぁ!?」
鼻先の触れる距離。あたしを射すくめる蒼から目を離すことが出来なかった。
「私はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。第一皇女よ? 愛人の一人や二人、居て当然じゃない?」
「……はっ……そうだな、そうだったな」
今は亡い、ミスルギ皇国。こいつは何も知らない痛姫だった。だけどこいつは、友達に、家族に、世界に。それまで信じてきた全てに裏切られて、それでも、上を向いて立ち上がって。
そんな、お前は。
「アンジュ……!」
あたしの、王子様なんだ。
「遠慮なんて、ヒルダらしくないのよ。気持ち悪いわ」
「うっせ、ばーか……」
きつく抱きしめた。嫌がるどころか、もっときつく、抱きしめ返してくる。
「好き……大好き、アンジュ……」
「それで?」
「……っ」
性悪で、生意気で、ムカつく。
「あたしを愛して……」
乱暴で、ワガママな、優しいキス。
あたしはそれが、嬉しくてたまらなかった。
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