(旧)娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない (丹波の黒豆)
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第1章
1)ネタ公爵になっていた男


「おぎゃあ、おぎゃあ」

 

 ある日。日本で大学生をしていた筈の俺が目を覚ますと、目の前で赤ん坊が泣いていた。

 そこはどうみても異国の大金持ちの家の中であり、どうにもメイドさんにしか見えない姿の美人さんが、丁寧にその子をあやしている。

 

 だんだん意識が覚醒してきた俺は、この髪がようやく生え揃ってきた頃の赤ん坊の名前が、セシリアである事。そして俺の名が、ジルクリフである事を思い出し(・・・・)

 思わず顔をしかめた。

 

 あ、コレ俺が姉ちゃんにやらされた魔法学園ファンタジー系の皮をかぶった鬱乙女ゲー“夜明けのラプソディア”の世界ですわ。一応自分の顔を確認してみよう。

 

「公爵様、お嬢様が泣いているのにイキナリ手鏡を取り出してどうしました?」

「いや、俺の顔が怖く見えたのかと思ってな」

 

 それだけ言ってメイドさんから軽く笑われるも、確認終了。

 そこにはまだ若いが無駄に迫力がある魔王じみた顔をした、紫ロン毛のイケメンが写っていた。希望はなかった。希望、なかった。

 

 なんで俺がゲーム内でも1番人気の“悪役”令嬢、セシリア様の人生を狂わせた元凶で、育児放棄上等の虐待系クソオヤジ。ゲーム内害悪ランキング1位の、ジルクリフになってんだよ!

 

 嫌われすぎて多くのネタ動画の素材として使われて、逆に変な人気が出たというこの生粋のネタ公爵が、この俺だと。

 

(軽く、死にたい)

 

 思わず放心していた俺は、改めて赤ん坊を見た。

 つまりこの子がセシリア様。

 

 父親に虐待されても、それでもいつか自分の正しさを認めてもらう日を願って、民や国の為にその生涯を捧げると誓った、あの悲劇の悪役令嬢なのか。

 

 彼女は普通の悪役令嬢ではない。

 多くの“夜明けのラプソディア”ファンイチオシのキャラであり(もちろん俺も)、

ゲームの鬱要素の8割を被る被害者。

 

 国の為、愛する人の為に悪役を演じ続け。その婚約者に捨てられても。自分と共に悪党どもを、自分を追放したヒーロー達に討たせてみせた、不屈の淑女。

 

 言葉通りの"悪役"の令嬢なのである。

 

 ちなみにこのゲーム、ヒロインやヒーロー達は皆、無自覚クズか無能か真正クズ揃いという問題作なので、プレイヤーから事実上の主役認定を受けているのが彼女だったりする(なお、この事実は中盤まで隠されていて、そこまでは普通の乙女ゲーに見えるという畜生ゲーの模様)

 

 そ、それはともかく。

 

(そうだ、虐待!)

 

 原作において俺はこの子の髪の色を理由に、虐待を続けてるんだ。

 王国に伝わる虹7色の魔力属性。

 その色が髪の毛と性格に反映されるこの国で、彼女は両親と違う黒髪に生まれついた。

 

 この王国において両親の不貞の証とされる、悪魔の色である、異端の"黒の魔力"を持つ者として生まれたんだ。

 

 魔力的にも妻に強い執着心を持っていて、誰よりも妻に尽くしてきたこのジルクリフは、ソレ故に"妻の側に不貞があるのでは"と考えてしまう。

 そして初めて妻を疑ったこの男は、その怒りと妻を亡くした悲しみを、妻の遺した子供に全てぶつけ始めた。

 

 結果。それがセシリア様をあんな"悪役"にしてしまうのだから、コイツが害悪である事は疑いようがない話だ。

 

 いや、しかし待て。

 

 その時。自分の記憶を映画か何かのように手早く確認した俺は、まだ間に合うと確信する。妻が死んだ事で臥せっていたこの男が、ようやく娘を目にするのが今日のハズなのだ。

 

 ン?

 

 このタイミングで俺がジルクリフに成り代わるって、それって本人。……セシリア様を見たあまりのショックで、お亡くなりになったとかしてない?

 ……少なくとも人生投げやがったなあの野郎。

 

 ザマァ!

 

 色々思う所が残るがまぁええわ。酷いことにならんで済んだなら、どうでもええ。それで俺の推しが助かるなら問題なしよ。

 改めて今メイドがあやそうと奮闘するその娘、未だグズるセシリア様の方を向いて今の状況と向き合おう。

 

「……抱かせてくれるか」

「ええ、お抱きになってあげて下さい。抱き方はですね……」

 

 美人メイドさんにレクチャーされながら、彼女を自分の手で抱き上げるパパ一年生。いや自分が前世は童貞だった事を考えれば、むしろ俺はあの救世主を産んだ聖女様さながらの奇跡の存在。

 "処女妊娠"に等しい神聖なアレ。

 言うなれば"童貞パパ"と呼べるのではあるまいか。

 ……なぜだろう。

 意味は近いハズなのに、このあり得ないほどの残念感は。

 

 ……。

 

 俺はそっとソレ以上考える事を辞めて、セシリア様へと集中する。そのお顔を窺うと、なんと俺を見て今までぐずっていたその顔に、パッと咲き誇るような笑顔が浮かびあがったではないか。

 

 え。

 まじで。

 

 こんなくぁわいい子を虐待とか、マジなんなの。

 死ねよ俺。……死んだよアイツ。

 はは、ありえない。もうね。この瞬間俺はわかっちまったよ。どんな事が起ころうが、この子は俺が守るべきだって。

 

 あぁコレ。

 

 ……きっとこれが、魔力による性格の強制力だ。

 俺の魔力の重力は、持ち主に紫の髪と、強い執着心を与える。今ね、…俺。少なくともこの子に望まれれば。

 なんでもやれるって思えるし。

 命だって、投げ出せるって、素直に思えるもの。

 

 これは俺の想像なんだが。

 例えばこのジルクリフって、妻のミリアに同じように執着してきたから、彼女が生きてさえいれば実際に娘が不義の子だろうが呪われてようが、彼女に一言"愛して"って言われるだけで、文句すら言わずに受け止められたんじゃないかって思うのよ(まぁ事実は、自分の実の子を虐待してたゴミクズだけども)

 

 ともかく。執着の魔力に囚われてる奴って、自分の外に自分の判断基準を完全に置いているみたいで。執着対象以外の事はホント、どうでもいいって価値観なんだわ。

 

 今の俺。完全にセシリア様以外、どうでもいいって思えてるモノ。

 彼女を抱いているのが嬉しすぎて、思わず笑みが溢れてしまって。それを見て娘が、笑顔で返した瞬間。俺の覚悟は定まった。

 

「かわいいな。……この子の為ならなんでもやれる。そう言い切れる」

 

 そんな新人パパさんの決意を、メイドに微笑まれながら、考える事は言葉通り。なんでもだ。なんでもやらないとならない。

 

 この娘を不幸になど、させるものかよ。

 虐待など間違ってもしないし、貴族が腐りきってて領民が泣いているのがデフォのこの国で、彼女を育てたいとも思わない。彼女を幸せにする為に邪魔になるというならば、貧困だって、国だって、世界だって俺の敵だ。

 

 そう。抗う為に。

 俺はなんだってやってやる。

 とりあえず、まず成すべき事は。

 

 不意に。娘の履いていたいかにも吸水性の悪そうな、絹ごしらえの分厚いパンツが目に入る。

 

 ……。

 

 まずは、おむつから始めよう!

 



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2)とりあえず女性を巻き込んでゴー

 おむつの吸水性は、とても大事なモノである。それは子育ての手間を大きく減らすし、衛生面の維持にすこぶる役に立つ。

 

 現在この国のおむつは、貴族でも絹とコットンを貼り合わせたとても分厚い代物であり。正直これで子供のおもらしを全て解決することは、できないのではなかろうか。

 多い日には不安しかない。

 

 ぜひ娘の清潔を保つ為にも、至急の改善を要求したい。

 

 しかし子供をあまり大事に扱わない中世文化を下地に持つこの世界で、そのまま“もっといいオムツ作りてぇ”などと提案するのは、ちと難しい話だ。

 そう思った俺は、平民はともかく貴族の中では大きな力を持つ一大勢力である、女性達を味方につけてこの問題の解決にあたる事とする。

 

 そう。皆さんご存知。

 生理問題である。

 

 おむつと生理用品に必要とされるのは、共に吸水性。同じ分野の品ならば、より多くを味方につけやすい題材を選んでの発言の方が、遥かに実現させやすいのは誰しも理解する事だ。なりふりなんて構わない。

 

 俺は現実主義者なんだよ、理系だからな。

 

 そこで俺は、その生理用具のプレゼンの為に、この世界でのそれらの事情をまず調べ上げる事にした。知らないモノは改善できない。

 物の改善において、事前調査ほど重要なモノはない。

 

 そこで分かったのはまず、この生理にあたって、この世界では。いやおそらく中世では女性のソレを担っていた道具はこう、ふんどしに近い一枚布で。

 それをベルト状のガードルで留めただけの簡単な道具だけで、彼女らからでる経血を全て受け止めていたという事実である。

 

 そんなモンを使う必要があったから、女性達はスカートを履いていたし、洋の東西問わずその文化が育ったと考えると趣深い。女性の服が筒状なのには、しっかり意味が有ることなんやな。

 

 んで、この布な。たまに女性のお月のモノをたっぷり含んで、地面へ落ちるらしくて。もちろん血まみれで。

 また彼女らから出たその体液は、それ自体は汚くないが、それを媒体に流行り病の元が生まれることもある。血液は栄養いっぱいで、雑菌もそれが大好きだからね。

 

 それらを指して女性は“不浄”の者と扱われ、様々な方面で割と忌避されていて、だからどこでも女人禁制というルールがポコポコ出来上がるのが、中世というご時世であるし、この世界での女性の立場であるようだ。

 

 これはもう、なおさら娘の為にもオムツを完成させざるを得ない。

 

 史実においてそんな経緯を払拭し、女性の社会進出の原動力となったモノのひとつが、間違いなく生理用品の発達だからだ。

 

 少なくとも私は将来立派な淑女となるだろう娘に、そんな理不尽な環境で暮らして欲しくはないし、今も吸いきれないオムツの不快さをかかえる彼女を、このままにはできない。

 

 と、言うわけで領地の貴族の淑女達、錬金術工房、魔術開発局の女性達を巻き込んでのプレゼン開始。

 

 結果、反応は上々、すぎた。

 

 男女で差のない魔力という力の性質から、わりと男女平等雇用の機会が多い貴族社会では、より身近な問題でもあったのだろう。

 

 女性達の食いつきが、もの凄い。

 

 後に育児分野にも繋がる技術という話も好感度の後押しとなり、このプロジェクトは堂々発進。

 皆で優れた吸水性を持つ素材の発見と、開発に取り組む事に相成った。

 

 多くの女性スタッフに包まれての開発は、何やら色々気を使ったが、一番ぶったまげたのは、この国の性的モラルの低さである。

 こう、現代人なら女性のデリケートな部分の話なので、普通はマネキンとか使う所を、貴族社会では迷いもなく連れてきた、若い使用人の娘さんを使うとかね。

 

 封建社会にセクハラとか言う言葉はないんやね。

 コラ、メイドさんの口にスカートの端を咥えさせてパンツを脱がせるのはやめなさい。

 それは俺に効く。

 いやはや童貞パパには刺激の強すぎる、過酷な労働環境であった。

 

 しかしここである事実がわかる。元々貴族の礼儀やら言い回しやら知らん俺が、貴族の彼女達相手にどうすべな、と悩んでいたら。

 なんと脳内に元のジルクリフの言語能力が残っていて、俺の言葉は全て、ヤツの使う言葉遣いに変換出来ることが判明した。以後これを元クリフ言語変換と呼ぶ。

 

 だがヤツの言葉遣いはやたらキザったらしい言葉を重ねる妻モードと、その他の人に使う傲慢魔王モードしかない為、もはや選択肢はなく、実質妻モード一択の縛りプレイである。

 

 俺の言葉で歯が浮くぜ。

 本当にジルクリフお前、お前さぁ(怒)

 

 まぁそんなこんなで苦労しながら、平民達からも案を募集し、様々な素材で吸水性を試したこの一大プロジェクト。

 その栄光を勝ち取ったのは、なんとあのスライムさんだった。とある冒険者が、自分の村の民間伝承的に使っている乾燥剤だと言って持ってきた、乾燥スライムの粉こそが、もっとも優れた吸水性を誇る素材であったのだ。

 

 この世界では水辺をうろうろし、貴重な水源から多量の水を奪うだけの迷惑生物が、多くの人の役にたつ無二の存在へとその価値観を変えた瞬間である。

 

 これをスライムポリマーと名付けよう(適当)

 

 このスライムポリマーは彼等の持つ性質通り、少量で多くの水分を吸い取れる為、それを使った試作品はそれまでの生理用品では考えられない薄さを実現し。

 試しに使用感を見て貰ったうちの使用人達からは、泣いて喜ばれる結果となった。

 

 やっぱみんな苦しんでたんやなって。

 

 後日、領内の川沿いに大規模なスライム農場を作り、彼等を計画的に増やす事と、その加工工場を作る事が満場一致で可決。他領の女性貴族達という多くのスポンサーを経て、実働する運びになるのだが、それはもうわりと俺の興味の外である。

 

 技術の特許についてもフリーで他領、他国も使えるように伝えた。

 もう面倒になってきたからが、本音なのだが、

 

「こういう生活必需品に関する技術は、どこかで囲い込むより開放して少しでも安くなった方が、世の女性と子供達の為だから」

 

 と体面を気にしてインテリぶったら公爵株爆上がり。なんか後に他領、他国問わず色んな女性から感謝状やら招待状をもらう羽目になり、更に面倒が増えた事は、この公爵の目を以ても見抜けなんだわ…

 

 そしてスライムナプキンの名前に俺の名が使われそうになった時は、本気で止めた。

 いつか娘に自分の名が付いたもん履かれるとか、まぁちょっと勘弁して頂きたいと。

 

 と、ともかく。

 

 そんなわけで今俺のこの手の中に、薄く履きやすくなった新型のオムツをつけた娘の姿がある。

 生まれてもう三ヶ月。

 そろそろハイハイを覚えても可笑しくはない頃合いだろうか。

 

 セシリア様が元気に這い回るその時まで、なんとか動きやすいコイツが、間に合ってくれて本当によかった。

 

「ばぁ、ばぁ」

 

 今日も俺の腕の中で元気に動き、お気に入りの俺の紫の長い髪で遊んでいる彼女を見ると。すっかり髪の毛が黒く生え揃い、将来母親譲りの美人さんに育つと確信できる、実に賢そうな顔立ちであると窺える(親バカ)

 

 最近、時折彼女の黒髪を見て失礼な事を抜かす奴が出てきたが、そんな奴には相応の目に遭ってもらっている。

 “呪わしい黒髪の悪魔を即刻殺せ”とか言ってくる宗教とかホントなんなの。あんなのが国教として蔓延ってるのはありえないので、即行この国から追い出してやった。

 その後宗教者達が行っていた、大小たくさんの不正が見つかり正直げんなりする。どいつもこいつも腐ってやがるぜ。

 

 まぁええわ。終わった事ですわ。

 

 さて次はアレだ。

 アレしかない。

 俺はオムツと同時に取り掛かってきた、この国一番の大問題にとりかかる。

 

 つまり。

 

 この国のメシは、まずい。

 



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3)おダシの国の人だから1

 日本のメシはあの世界でも有数の旨さを誇っていたと俺は思う。日本料理がではなく。日本人の作る料理が、である。

 そこには根本的に徹底したダシの文化の影がある。

 ダシと旨味。それらが効いている料理が旨いと知っている日本人の作るメシは、基本的に旨い。

 

 そしてソレを支える優れた食材も見逃せない。

 

 徹底的に食べやすく品種改良された食材は、工夫のない時代のモノより圧倒的に、美味い。

 確かに水分不足の土壌で、大した農薬も使わず作った野菜は味こそ濃いが皆エグみが強すぎて、なんと言うか、"中世ってまだ未開地なんやな"って理解できてしまう仕上がりなのだ。

 

 そしてそんな素材が冷蔵庫などなく、もちろん鮮度を保てずに保管されている場合。

 どんな調理法が発展するか。

 

 その1つの可能性が、野菜を煮出した水を沸き立たせてその汁を捨て、また崩れるほどに煮込み直す某イ◯リス式の地獄文化であり。

 そんな食材の旨味の一切を捨てて、ダシの事など考えず多数の調味料だけで味を整える悪魔の所業こそが、我が国の料理である。

 

 見た目だけはよく工夫されているそれらを初めて口に入れた時、俺は果てしなく深い虚無の宇宙を漂う事になった。

 

 やべぇ、俺の国の料理が不味すぎ問題。

 こんなモンで育ったらそりゃどんな奴だって冷血漢に育ちますよ(超偏見)

 

 この国いわくの高い料理を食して"ああ金かかってんな素材と調味料の値段的に"としか感想を抱けないような代物は、きっと料理と呼ばないほうがいい。

 むしろ料理に失礼である。

 

 こんな世界ぶっ壊してやる。

 食育は大事なんやぞ!

 

 そんな決意に燃えた俺が手掛けたのはまずはダシの文化への理解であった。

 日本に生まれて20年間。みっちり姉ちゃんによって仕込まれた(ヘタレな)男である俺にとって、料理とはすなわちホームグラウンド。

 今まで散々姉ちゃんのわがままで鍛え上げられ、工業大に入った癖に、「料理人という人生もいいもんだよな……」なんて考えるまでに追い詰められた弟力が火を吹くぜ!

 

 なぜか少しだけ濡れる瞳の端を拭って、俺が決意と共に拵えたのがこの一品。

 ダシのなんたるかを知らせるのに一番良いものを用意する準備が、当方にはある。

 

“コンソメスープ”

 

 この肉をわざわざ細かくミンチにし。

 数々の香味野菜を細かく切って卵白と一緒に混ぜた後、それを長時間沸き立たせずに煮込んで、澄んだスープと仕分ける作業を1サイクル12時間。

 その後、半日冷まして最初の行程から2~3回繰り返すという、恐ろしい手間をかける料理界の風雲児で、馬鹿舌共にダシの凄さをわからせてくれるわ。

 

 いや、フランス人も大概変態なんやなって。

 

 ちなみに自宅でTVに影響された姉ちゃんにコレを作れとめいれ…、いや頼まれた時は。

 3連休の初日から始め、連休の終わりにやっと完成したコイツの姿と、それにかかった材料費のあまりの高さのダブルパンチで泣きに泣いた記憶がある。

 ……正直めっちゃつらかった。

 

 いや味はもちろん大変美味かったけれども。

 俺はそれでコンソメスープの素って奴がいかに凄いモンなのか、誰よりも学んでいたりする。

 

 そんなスープの練習の為、俺の指示通りにひたすらこのスープ作りに挑んだ我が家の料理長のケリーがなんども深刻な表情で、「……どうかしている」と首を横に振りながら調理し続ける姿が、なんだが昔の自分と重なって泣けてきたが、モノ自体はどうにか完成。

 

 多くの使用人とその他の人に味見させ絶賛をされたこのスープを使って、俺は今回のプレゼンに勝ちにいく。

 

 我が家の食堂で、新しい領地の伝統を築く為にと催した試食会。

 その席に着くのは我が領地に仕える貴族達。

 並ぶのはコンソメと、それをダシに使った現代料理の数々である。

 

 さぁ実食。

  

 この時の為に作った、貴族料理がまずいもう一つの理由である毒味による冷めを解消できるアイテム。

 石焼き式保温プレートを使って振る舞われた温かい料理は、彼等の度肝を抜くのに十分だった。

 

「う、うまい」

「これはなんだ。俺は今まで何を食っていたのだ。エサか、豚の餌なのか?」

「むぅ、この深みはまさに飲む肉料理……」

 

 そう。これがダシの旨さよ。

 

 美味い料理とは高い素材と調味料が無駄に使われたモンじゃないんだ。それだけの手間暇がかかったモンを言うんだと。

 ここぞとばかりに新常識を彼等に説明。

 

 そしてこの料理を領営事業とし、固形ダシを作って領地で売りだし、ダシの文化を根付かせたいと言い出した俺に、そこから賛否両論が飛び交った。

 それらを簡単にまとめてしまえば。

 

 “確かに食ったことないほど素晴らしいが、食材のコストと手間がかかりすぎるだろ”

 コレが反対意見の主である。

 

 それに対し、

 大量生産でコスト安くする為の領営事業化なのよ。

 ダシ取りに使った肉と野菜はシチューとかにして、食料対策の一環として領民に捨て値で売るつもり。

 

 絶対大量購入して他領で儲けようとする転売ヤーが出るだろうから、特別関税を商品の100倍の値段にすればいんじゃない?もちろん脱税者は財産没収で。

 これより遥かに高い砂糖とか売られてるんだから問題ない。高くても欲しい奴は納得して買ってくれるよ。

 などと言って説得していく。

 

 そう。この策には我が領に揺るぎないブランド商品を作り上げるという魂胆もある。

 

 北の森のエルフの足元商法である砂糖の暴利、金以上というその馬鹿げた販売価格を受け入れている貴族相手に、領民達が少し頑張れば買えるコンソメの値段を100倍にした所で、問題視などされないのである。

 そうして吸い上げたお金は我が領民の為に、ありがたく有効利用させて頂きます。

 

 外貨欲しい。欲しくない?

 

 俺のこの揺さぶりに多くの貴族達が頷いたが、それでも食料事情の問題から渋る奴らが残ったから、彼らを納得させる為、俺は最後の手段を取った。

 

 食料が足りないならば、今まで腐らせて捨ててきた食料を使えるようにすればいい。そうすりゃ生産量が上がらなくても使える食料が増えるだろ。

 

 そんな発想を持って作られた夢の装置が、俺の合図で食堂に運び込まれる。

 

 俺が用意したのは冷蔵庫。

 冷凍庫つきの、冷蔵庫である。

 

 そう。

 俺は本気なのである。

 

 ……食育は、大事なんだよ。

 



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4)おダシの国の人だから2

 ファンタジーの世界で冷蔵庫?

 と、思う方もいるかもしれない。でも作れる。

 作れてしまうのが科学の怖さだ。

 それが今目の前に鎮座している。

 

 仕組みは簡単。ここにあるのは説明用のより簡単なモノだからなお簡単。

 

 この手前にある連送式空気入れ、つまりはエアコンプレッサーモドキを用意して。

 

 直径3cm、長さ30cmほどに円形に内部をくり抜いた金属筒の、両端の真ん中に筒を絞るように穴をあけ(右の方を大きめにする)。

 左側5cmほどに開けた別の穴からエアコンプレッサーを繋げて、圧縮空気を噴射させると。

 

 その辺りのみ内部溝を深く作っていれば、その筒の中の外面近くを、圧をかけられて高温になった空気が螺旋上に駆け回り、右の穴から出ていく。

 するとそれ以外の空気が気圧差で減圧されて冷やされていき、熱い空気と混ざることなく左穴から出てくる。

 

 はい、これが工業でよく溶接なんかの部分冷却で使われるエアクーラーとかボルテックスクーラーとか呼ばれる、空気圧式熱交換器くんの構造です。

 

 で、このエアクーラー。

 

 こんなでも必要な空気圧に耐えられて、しっかりした部品強度と精度があれば-60度近くまで冷やしてくれる優れモノ。

 まぁその温度で長時間運営するには、空気中の水分凝固とかの問題をどうにかしないといけないけどね。

 

 うん。冷蔵庫とかクーラーの原理って別にフロンとかアンモニアとか専用冷媒がなくても問題なく稼働はするんだよ。

 空気だって圧縮すれば熱くなるし、減圧して膨張させればちゃんと冷えてくれるんだ。

 

 こう、エネルギー効率とか装置寿命とか、水分凝固の問題とか無視すれば十分使える代物なんだわ。

 何より他の冷媒より遥かに安全なのが素晴らしい。

 

 んで熱交換器って本来、温度を熱さと冷たさに分けるのが前提だから、最初から設計してやれば冷やしながら立派に温水器とか、温風装置としても利用できる。

 

 動力源があればもちろん電気なんかも必要ないし。

 

 動力?

 水車みたいな自然動力使えば大丈夫。場所は選ぶけど設置はできるよ。船とか馬車とか、ある程度大きい乗り物の移動時に出る力を利用して組み込むのも簡単だから、凄い便利。

 流通革命おこせるぜ。

 

 いやホント工業系の学生でよかったと思うわ。

 正直クーラーと冷蔵庫のない夏なんてありえんからな。

 

 これで娘に暑い思いさせなくてすむわ。

 

 ん、ここに水は流れてない?

 ああ、この横行な連送式空気入れの上部に俺の重力魔力を通すじゃろ。

 すると空気入れの上部が重くなって独りでに空気を入れ込むじゃろ。

 今度は魔力で上部を軽くすると、別づけのスプリングで上部が浮くじゃろ。あとは繰り返すとこう、ここでも動かせるんだわ。

 

 お、みんな異常に食いついてきたね。

 

 驚いてる所にさらに追い打ちをかけてその冷たさをアピールしよう。貴族でも高価と思える水の上位魔石、氷の魔石を使ってしか今まで実現できなかった冷たい飲み物を、ここぞとばかりに配って実体験させていく。

 ついでに事前に作っておいた氷をたっぷり入れてサービスは忘れない。おもてなしの国の人だもの。

 

 そうして渡しながらこれで食料を冷やしたり、凍らせれば食料生産量が変わらなくても食料自体が多く残せるし、他国から安い時期に大量購入とかできるようになるよ、と。

 

 とすかさずプレゼン。

 

 止めに、これと同じ重力動力で上下させたピストンで、クランクを回してギアを高速回転させるこの重力エンジンを使ってですな。

 

 こう、食材をみじん切りにするミキサー君やら、撹拌装置を見せてやったらどうよ。

 コレ使えば作業の簡略化が出来てコスト抑えられるだろ。

 

 お、おう。

 みんな驚いて固まっていただけで、もうコンソメ案には賛成と。それよりこれらの道具達の設置をどうするか説明を求めると。

 

 そらとりあえず街に引いてる水路利用して、国営の冷凍倉庫と大浴場を隣り合わせに作って見ようかと。

 国主体で箱物作って平民を直接雇用すれば、給金を彼らに直接渡せるし、景気もよくなるんじゃないかな。

 

 は?

 それはもうコンソメがどうのとかの問題じゃない?

 他にも考えてることも教えろ?

 

 まぁ後は同じく水車と温水利用して、大型自動洗濯機を作って国民の洗濯を国で請け負ったり、国の子育てを賄う大型共同育児施設作って平民女性の手を空ける。

 

 んで次に起こす機械化産業で働ける女性確保したりとか。

 

 あ。共同育児施設は、領営の人材育成学校の前身な。そこに繋げるつもりだ。

 

 ん?

 話が壮大すぎる。

 機械化産業ってなんだって?

 

 (ミキサーとかを指差しながら)なんとなく想像できるじゃろ。ああいうの使って人力を省略させて大量に安定した物を作る産業のことな。

 

 ……。

 

 今日は帰らせない?

 いや俺はこれから娘に。

 

 は、離せ、俺は公爵だぞ。

 

 そして公爵である前に、娘のパパだ!

 くっ貴様ら、覚えてろよ!

 

 




この作品はKAKERU先生の「科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記」から多くを学ばせて頂いた上で執筆しております。こちらの話の熱交換器云々は、まさにそこからの発想です。

先生の作品はどれも本当に着眼点が一味も二味も違うモノなので、もし興味が湧かれた方はぜひ手にとって見て下さい。
人は選びますけどハマる人にはたまりませんよ(笑)


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5)アレが出来たら当然ね

「お、やってるね親方?」

「おう、ジル坊」

「これ、お土産。この前のヤツのお礼ね」

「はっ、気ぃ使うな。

 ありゃワシにとっても面白れぇ仕事だったからトントンよ」

「まぁこれからの事もあるしねぇ」

「おう。ユウとった車ゆうヤツの原型、できとるぞ。見てけ」

「マジか。ドワーフパネェな」

「はっ、ワシがすげぇんじゃ、ワシが」

「親方パネェな」

 

 翌日の朝。

 あのステキな道具を作ってくれた、領のお抱え職人に礼を言いにその工房に来たら。その次のどころかだいぶ先の、想定だけの試作もしてない品が出来てたとか。

 

 この人、いやこのドワーフ確実に寝てないだろう。だが自信に溢れた無茶苦茶いい笑顔をしている。まさにツンデレ、いや職人の鑑のような男だ。

 

 たぶんこの親方に教えた旋盤とかドリル盤とかが、余りに面白かったんだろうな。

 水車式なら十分中世でも作れるし、円形に素材削ってボールベアリング作れば精度も上がる。さらに作った水車で水車を作り直してを繰り返して行けば、もっともっと精確になる。って言ったのがついこないだなんだけど。絶対作りこんでるな。

 

 だって今親方の作ってる道具って手作業じゃ作り難い精度だもの。一体、何徹してるんだよこのちょびヒゲオヤジ。

 正直ちゃんと寝て欲しい。

 

 そして俺も寝たい。昨日は徹夜だったわ。

 

 いや、今は自動車が優先だ。

 そこに鎮座していたのは、前回の重力動力を利用して動く設計の、飾り気のない、とてもクラシックな木製自動車である。

 

 エンジンは前回の重力エンジンを採用している。

 これは内燃機関と蒸気機関に使える燃料が見つからなかった事と、他国が真似しづらい技術を使いたかったのが原因だ。

 

 この領で貴族の血を引く者が一番多く持っている魔力の重力だが、実はこれ地面からみて縦方向に軽くするか、重くするかしか出来ない地味魔術である。

 

 そりゃ単純に重い武器と鎧を手軽に装備でき、時に重さで強化できる魔術であるし弱くはないのだが、際立った遠距離攻撃がなく、高速と言うほど早く動けないと言う、近距離特化にしても困った魔術であると言わざるを得ない。

 

 だが重力エンジンを利用してこの縦の力を横の移動に使えれば。その事情は大きく変わってくるだろう。

 それに燃料見つかった時に推移できるようにしとけば、技術的に無駄にならんしね。

 

 しかし重力エンジンは、ピストンパーツの純粋な重さを重力増加させて圧力へと変える為、正直内燃機関より遥かに効率の悪い代物だ。

 

 果たしてコレ、動くかね?

 

 見た感じピストン部分の上部を長く、重くすることで単純に4つのピストンに大きな圧がかかるようにしたそのエンジンは、控えめに言って不安定に見える。

 

「はよ乗って魔力通してみぃ」

「わかった」

 

 ふむ。

 言われたとおり。そのとりあえずの試作として木製フレームで作られた車に乗って、まず重力エンジンに魔力を通してみる。

 

 ブン、と。

 

 車のキー代わりに、クズ魔力石の粉を使ってエンジンまで魔力経路を繋ぐ為に描かれた紋章に、重力増加の魔力を込めると、とたんに車の前方がガタガタと浮き沈みしだす。

 

「「あ」」

 

 ああそりゃ重力エンジンって、ピストンを重力操作で単純に重くしたり軽くしたりを、繰り返して得る力で動くんだから、こうなるわ。今まで地面に直接固定された重力エンジンしか動かしてなかったから、気付かなかった。

 

「こりゃ、改良がいるのう」

「ですな」

 

 渋い顔で飛び跳ねマシンを見つめる親方と俺。

 

 うん。とりあえずそれとは別に、無理にでも動かしてみよう。

 今度は重力エンジンの動きを維持しながら、車体に魔力を通し、それを限りなく軽くする。するとどういうわけか0G、無重力にしたときだけ車の揺れが完全に止まった。

 

「「は?」」

 

 なんで?

 いや、おかしいやろ。

 

 ……。

 あ。

 

「親方、もしかすると大発見だわ」

「どういう事だ」

「これ、乗算なんだ。

 重力で重くしたモンを、さらに包み込んだ別の重力操作で0にしようとすると、その重量が全部0になるっぽいな」

 

 例えばエンジンのピストンパーツの重さが20kgとして20G、20倍の重力をかけると実質400kg。それを外側から0G、無重力にするとなんとピストンパーツを含んだ乗り物自体の重量が0になる。

 そんな感じの計算がされてるらしい。

 そんな馬鹿な。

 

 これ、内部からみても重量0になってるなら、そもそも重力エンジン自体成り立たないぞ。しかし目視で見て取れる目の前のエンジンは絶賛上下に稼働中。

なんでよ。

 

 とりあえずおそるおそるクラッチを踏み、ギアを一速へ入れてみる。

 

 動く、だと?

 

 まぁ速度は出ないし、無重力走行だと空気圧があっても次第に車体が浮いて空転始めるだろうけど。それ以外だととんだロデオカーになるけども。

 けど動いた。立派に。

 

 ふう。とりあえず親方にお願いしようか。

 

「親方、エンジン設計見直すぞ」

「おう、すぐに取り掛かるわ」

「その前に試したい事があるから、ちょっと魔力通せる箱2つ作ってくれる?

大小2サイズで」

「おお、任せい。持ってくる」

 

 あるんかい。有り難いけど。

 すぐに渡されたその鉄の箱の小さい方を大きい箱に入れ、地面に置く。

 まず小さい方を重力増加して20倍の重力、20Gかける。

 次に大きい方にも20G。

 

 それを持ち上げようとするも断念。

 くっそ重い。

 こりゃ間違いなく20G×20G=400Gの世界の重さのですわ。

 大体箱がそれぞれ1kgとして本来の40kgって重さじゃないもの。

 

 400kg以上の風格ですよコレは。

 

 なるほど。この世界では重力で重くなった物は“その重量の物体”として扱われ、その外にある重力でそれごと“さらに操作”できる仕様らしい。

 

 完全に乗算である。

 

 あまりの発見に親方と見つめ合う。

 

 その後めっちゃ実験した。

 

 親方と夢中となって色々やった結果。

 無事に新型重重力エンジン構想完成。重力を重ねるから重重力。これで理論値で加工精度さえ上がれば内燃機関に負けない力を生み出せる強力なエンジンが完成するだろう。

 

 魔力消費もずっと据え置き。

 術式が複雑化したからピストン作成時に、重力使いが魔力を込める必要が出てきたが、それも技術漏洩を防ぐいいプロテクターになるだろう。

 

 というか今の所、重力使いじゃないと動かせないのは難所だな。装置の効率化求む。

 ま、とりあえず。

 

 いいモン作ったぜ。

 

 その日の夕暮れ、高いテンションのまま屋敷に戻ると、多くの部下達に囲まれる。

 

 え、俺に話が。

 領地開発の件で。

 明日じゃダメかな。ダメか。

 

 そのままドナドナされた俺が開放されたのは深夜。気合だけで起きていた俺はそのままのテンションで娘に会いに行き、美人メイドさんからこっぴどく叱られて退散。

 泣きながら領地の書類を整理して、やっと就眠。

 

 過労死は、避けたいです。

 



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6)その時、騎士団は驚愕した

 親方とのエンジン談義から10日程経った頃。

 俺は騎士団の鍛錬場の中にいる。

 多くの騎士たちが不思議な顔で見守る中、俺はソイツのお披露目を始めた。

 

「では諸君。これから我が国を守る、君たちの新しい力をお見せしよう」

 

 言って。ソイツに乗り込んで鍵代わりに重力魔法を通し、始動させる。とたん、エンジンというよりもモーターである新型重重力機関が静かに高速で回り始め、発進の準備を整えた。

 

「いくぞ」

「「「「おおぉぉぉ!」」」」」

 

 俺がそう一言いうと、重力魔法でソイツの重さを軽くしながらアクセルを踏む。

 すると、その()の塊が動き出す。

 ソイツは段々とスピードを上げ、馬上訓練も出来るその広い訓練場の内周を走破していき。

 

「な、なんという速さか」

「あのような出来損ないの石の馬車にしか見えんようなモノが」

「確実に馬より速いぞ、アレは!?」

 

 その途中で掲げられた攻撃目標のワラ薪に向かって、コイツの目玉である自動巻式城塞用バリスタで狙いをつけて。

 俺はそこを走り抜けながらその大きすぎるバリスタの銃身を動かし、車体の右方向へと向けて連射した。

 

「な、立ち止まる事すらなく!?」

「なんだあの速さ。あんな短い間に何発撃ってるんだ?」

「城塞用の3人巻きが、なぜあんな速度で撃てる……」

 

 止まること無く瞬時にワラ薪をズタボロにしたソイツは、再び騎士達の前に姿を現す。

 そこでブレーキを踏みながら、かけた重力魔法を薄めていくと、ソイツは増えた自重も手伝って緩やかに止まった。

 

「「「「「あ、あ、あ、あ、あ」」」」」

 

 皆が皆唖然の表情。

 そりゃなんか石を城壁ごと切り出したような、無骨なフォルムの車輪付きの謎装置が馬すら超える速度で走りゃあ、驚くだろうよ。

 

「これが君たちの新たな騎馬の一つ、名を自動車という。

 喜べ諸君。もう重力騎士が鈍重と言われる時代は終わったぞ」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」」

 

 堂々と騎士たちの前で宣言してやった俺。

 ああやっぱ脳筋には、技術は見せるより魅せた方がええよね。

 わかりやすく興奮していらっしゃる。

 

 はは、すごかろうすごかろう。

 

 皆、俺の名を讃えおるわ。

 でもさ。違うんよ。

 

 あれから話に出た試作戦闘用車両をさ。

 その後、10日もせずに仕上げてくるあの親方が一番ヤバいからな。

 なんなのあの人。

 

 頼むから寝てくれ。

 

 改めて俺は自分の乗っていたその石作りの戦闘用車両一号機を見て、2日前に親方に呼び出されたことを思い出すのだった。

 

 

「出来たぞジル坊」

「なにがよ親方」

 

「ほれ、こういうヤツじゃろがい。お前が言うとった戦闘車両とかいうの」

「ふぁっ」

 

 リアルでふぁっ、とか声上げたの初めてだわ。

 なにこの石を直接切り出したようなゴツい見た目の、クッソかっこいい装甲車もどきは。

 しかもその車体のボンネット中央に、こう、なんとも攻城兵器感が漂うクロスボウのお化けことバリスタさんが、前方視界にケンカ売りながらも、どでんと、乗っかってるとか。

 もう戦車じゃないかコレ。

 

 完全に仕上がってるわ。

 なんで加工しづらい石でこんなモン出来るんだよ。

 わけわからん。

 

 頭がハテナで一杯だった。

 

「くく、お主のその顔が見たくての。

 買うたのよ」

「なにを?」

「奴隷に身を落とした土の民の元貴族を、よ」

「うぉん?」

 

「アイツラおったら土魔法で、石の切り出しなんぞ粘土こねるより容易いもんじゃわい。ほれ、オメェ鉄も足らんいっとったじゃろ。

 ならここはもう石でいこうや、な?」

 

「うぉ、このドワーフイケメンすぎるだろ!」

 

 なんてこった。完全に盲点。車は鉄で作るもんだって思ってたけど、そりゃ加工しやすく準備しやすいってんなら石材でも、もちろんいい。

 だって俺ら重力使いは重さなんて関係ないからな。

 石材利用、有り。全然有りだよ。

 

 うおぉ、なんちゅう事考えるこのちょびヒゲオヤジィ。

 今親方は、俺チャートドワーフランキングダントツ1位に輝きました!

 まぁ他のドワーフ知らんけれども。

 

 そっか。強度と重量的に石なんざってなるけど、そんなモン重力制御でどうにかなるし、元々ゴムがまだないこの世界なら、タイヤの問題も気にならん。

 停車時にはタイヤのシャフトが曲がらんようにひと手間いるけど、ソレ以外はパーフェクトじゃないの。

 

 分厚くフレーム切り出して、あと必要な部品だけ鉄で作って石の中へと魔法で埋め込めば。

 

 あっという間に一台完成。

 は、天才だわ。

 この人。

 

「上についてるこの巨大な、車幅程のバリスタは?」

「もちろん重重力製の連射砲よ。元は城塞用の一品じゃ。

 その速射性は、驚異の一秒一射。今、太矢の自動補給装置も考えとるわ」

「射線は動かせるのか?」

「元軸に取り付けた縦横のギアに、お主らが重力を通すことで、運転しながら上下左右に狙いがつけれるように仕上げたぞ」

「すげぇな親方、満点だ」

 

 これだけのモンを10日かからずかよ。

 このチート職人め。やべぇな。

 

 そこらへん詳しく聞くとどうにも自分の弟子やら知り合いの工房やらを全力で巻き込んでパーツごとの作成を依頼しとるらしい。

 完全に本工場と子会社の関係や。

 買い叩きにならないように、国庫から親方の工房に渡す予算増やさないと。

 

 いつの間にか領営事業が勝手に生えた。

 まぁいいや。改めて親方に聞きたいことがあるし。

 

「動かしてみたの?」

「試運転はセバス殿に頼んだわい。

 なんでも早く騎士達に受給したいから、どうにか量産してくれと慌てとったわ。今頃、奴隷市場さらって土魔法持ちを買い漁っとるだろう」

 

 知らん所で家の執事が大忙しな件について。まぁその判断は正しいから万能執事セバス爺ちゃんに全部任せるべ。

 あ、もしかするともう俺の考えた事とかもやってくれてるかも。……後で確認だな。

 

 今は目の前の確認が先だよな?

 

「そういや結局、新型重重力機関は全部自転式に変えたんだったよな?」

「おう」

 

 例の重力に重力重ねる方法使うなら、十分小型でもクソ重く出来るからな。

 

 それを歯車の内部に詰め込んで、魔力伝達をその前方だけにすりゃそこだけ重くなるから、後は自然と自重で転がって高速回転しだすのよ。

 

 バックは逆に後方だけに伝達すりゃできる。

 

 この高速回転。ようは仮想的な自由落下のことで、最大時速72kmまで上がる。それがさらに、最後に外側にかけた重力倍されるので、物凄い速度で回り出す。

 

 実はコレ。

 

 内部は超重化してるけど、外から見ると最終的にかけられた重力魔法の重力比の物でしかない。

 

 だからこの性質をうまく使えば、重力加速度の変化を利用してシフトチェンジすら単一の歯車機構でまかなってしまえるという、ヤババイ技術。

 

 それが新型重重力機関の正体だ。

 完全に魔法チートの産物だわな。

 

 おかげで必要なパーツが少なくて助かってるがね。

 

「ま、実際は魔力コスパん為に、重を20位重ねとるけどの」

「うぉ、それだけでも大変だったろ?」

「いんや別に。要は魔力伝達を個別にできて、内に入れたモン、今回は鉛つこうたが。

 コレが重くなるようにすりゃえんじゃから、外側包むのは革でええ。むしろピッチリ詰まって薄いほうが伝達用の魔力粉も少のうて済む」

「おう、そっか。

 別にギア内部で摩擦される訳じゃないもんな」

「そういうことじゃ」

 

 実質重力魔法流せりゃ、たった一枚の歯車だけで超強力モーターとして稼働するコイツの応用性は果てしない。

 

 まぁ横に寝かされると、とたんに無力化される弱点とかあるけど。

 チェーンソーの動力には向かんわな。

 

「流石にスピードメーターはないやなぁ」

「そういう細かいとこは全然じゃ。実際鍛冶屋の仕事じゃねぇし。まぁしばらくは体感で頼むわ」

「充分すぎるわ。馬にメーターついてないもの」

「はっ、そりゃそうじゃ」

 

 充分、充分。ブレーキもゴムないから革製だけどやむなしよ。せいぜい重さで調整するしかないわ。

 あ。

 

「コレ、停車時シャフト大丈夫か重量的に?」

「止めるときゃ車のタイヤ上に引き上げる仕組みよ」

「ああ、動かす時は重力での軽量化前提なのな」

「おうよ。ブレーキ時に重量戻すときも全部戻したら自重でバキっといくぞ。止めるときゃ自動で引っ込むようにした」

 

「おおぅ。そりゃ難儀だわ。

 ……なぁコレの重さ受ける車輪の数増やせばそんなんなくても持つんじゃない?」

「あ!

 ……確かにの。抜かったわ。よし、今から組むか」

「や、とりあえずこれはこれで充分だから」

 

 充分。充分すぎるよ。

 だってこれ実質大型バリスタ備えた城壁が猛スピードで走り回るようなもんだもの。

 しかも本来の射撃速度の何十倍の速度で人貫通する太矢打って来るとか。

 怖すぎでしょ。

 

 異世界ヤバいわ。

 

 これでウチの防衛力が飛躍的に上がる。

 娘を守る為の戦力の強化はとにかく急務だったからな。

 それに増えた機動力は、娘により新鮮で美味しい物を食べさせるのに役立ってくれるだろうし。

 

 素晴らしい。素晴らしいじゃないか。

 早く量産しないとな。

 

 あーでも、とりあえずアレだな。

 親方にお礼が先だわ。

 

「ふ、く。

 そうか。はは、親方にゃまた礼をせんとなぁ」

「ええぞ別に。つーか、オメェがワシに教えてくれたモンの方がどう考えても高ぉついとる。

 ワシが逆に礼言いてぇぐれぇじゃわ」

 

「じゃあ礼はそっちでいいってか?」

「無論よ、ジル坊」

 

 爛々とした目で俺に言い切った親方に。

 俺は感謝を込めてバイクの概念を教えてあげた。

 

 

 そして2日後の今日。

 未だ興奮冷めやらぬ騎士達の前、バイクの試作品が置かれている、と。

 ……。

 

 親方ぁ、ちゃんと寝てくれ!!

 

 

 

 

 後日、俺はまた親方に感謝を込めて技術を贈った。

 



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第1章 第2話の裏側で
2.1)【別視点】赤の領の侯爵令嬢


この章の話は全て
2)とりあえず女性を巻き込んでゴー、の別視点です。


 あらあら、これはなんて素敵な集まりなのでしょう。

 

 ワタクシ、赤の領の侯爵家の娘スカーレッドは、紫の領のご当主であるジルクリフ公爵様の空色便(※風魔法を使った速達便の事)を使っての呼びかけに、もう居ても立っても居られずに自分の家を飛び出しました。

 

 これまで多くの男性から顔をしかめられてきた、お月の触りのご不浄をより清潔に・快適に・そして誰の非難なく過ごせるような道具を作りたい、だなんて。

 

 今までそのようなモノと女の誰もが諦めていた問題を解決したいと、男であられる公爵様がおっしゃったなど。

 そんなお話を聞かされたらもう私は止まれません。

 

 自分の魔力の情熱に任せて飛び出せば、そこは遠く離れたアーディン領。私は多くの女性達と一緒に肩を並べ、その研究に参加していたのです。

 

 ここにいるのは女性を憂う同士達。

 そう思うとワタクシの胸はどうにも熱く燃え上がります。

 

 そんな期待に応えるべく公爵様は、自らの領地の研究室の中、とても手際よく会議を進めていきます。

 

 皆に伝えたい事を事前に資料にまとめ上げ、多くの例えを用いた人を飽きさせない緩急あるスピーチと共に説明されるこの研究の趣旨に、誰もが今は釘付けです。

 王国学校の教授すら霞むそのわかりやすさに、ワタクシ達は目を見開くばかり。

 

 なんと聡明なお方なのでしょうか。

 

 未だ22才というワタクシのバカ兄達と変わらぬ若年でありながら、その威風にはまさに王者の風格が感じられます。

 誰よりも強い魔力の証たるその濃紫の御髪の下に、それに恥じぬ威厳を持ったこの美貌の人が、このような才知に優れた賢者であるとは。

 それでいて女性の不遇を嘆いて心を痛め、実際に手を上げるだけの行動力があるなんて。

 

 実に素晴らしい方ですわ。

 ふと横目を見れば、そんな彼を見て頬を染める女性達の姿が目に留まります。

 

 フフ、これは公爵様は大変ですね。

 

 まさに他人事の感想を述べて。ワタクシは改めて公爵様の話に没頭していくのでした。

 

 

 それからしばらく。

 

 女性の夢の実現に燃えたワタクシは、その情熱をそのまま研究へとぶつけました。公爵様のお話は実に理にかなっていましたし。研究の為に手を惜しまない彼の姿が、ワタクシを更に燃え上がらせてくれました。

 

 そして、その日がやってきました。

 

 ワタクシは公爵様が提案した討論の場で、自分の説明をよりわかりやすく相手に伝える為に、実物の必要を感じ自分のメイドに「下着を脱いで皆にみせろ」と言いつけてしまうのです。少ないとはいえ男性の目も交じる衆目で、

 

「机の上に乗ってスカートをめくり、自分のモノを見えるように用意しなさい」

 

 と、バカな命令をしてしまいます。

 

 幼い時からワタクシと付き合いの長い彼女は、少しだけ恥じらいを見せて戸惑うも、その命令に従おうと言われた通りに机に乗って、自らスカートを咥えこみ下着を下ろそうとしました。

 その時です。

 

 公爵様が鋭い声で、それをお止めになりました。

 

「すまない。

 集まって頂いた紳士淑女の皆様の気勢を削ぐわけではないが。

 女性の尊厳を守る道具を作るという高い志を持ったこの集まりで、例えメイドであるとはいえその女性の尊厳を傷つけるような真似を皆様にさせてしまうのは。

 

 皆様をこの場に集めた者として、実に心苦しく思うのだ。どうにも娘が彼女のように誰かに辱められたならば等と思うと、とても平穏ではいられんのだよ。

 

 どうかこの小心者の心の平穏の為と思って、こちらに用意したハリボテを使って実験を進める事をお許し頂きたい」

 

 そう言われ。

 そこにいる誰もががハッと息を飲みました。

 

 女性の尊厳を守る為といいながら、同じく女性である彼女の尊厳を踏みにじる行いを行う事は間違っていると。正道を損なう事だと。

 公爵様はそんな当たり前の事すら忘れたこの愚かな女の事を気遣って自らを道化にし、この場を抑えてくれたのです。

 

 平民には何をしても許されるという貴族社会に毒されることなく、優しくもハッキリと告げられたその言葉は。そこに集まる多くの淑女にある伝承を思い出させました。

 

“貴族とは立場の為に生きる者、自らが汚れる事を恐れず、誇ることなく務めを果たす者なり” 

 

 幼き頃に誰もが聞いた夢物語に謳われる、今は遥か昔に失われてしまった真の貴族の誓いの言葉。国の為に、民の為に命を捧げたそんな英雄譚の理想の姿が、……目の前にあるなんて。

 

 実在するなんて!

 

 そんな方の前でワタクシはなんと愚かな行いを、してしまったのか。そう思ったとたん。ワタクシの魔力が急に冷えていく事を感じました。情熱が、心が。止まっていきます。

 

 永遠とも思える一瞬の沈黙の後。 

 

 弾けたように時は再び動きだし。

 誰もが公爵様のこの勇気ある行いを称賛する中。ワタクシはもう自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて、うつむいて、言葉も出なくなりました。

 

「あ、うぅぅ……」

 

 考えてすぐ実行する。ソレだけが取り柄なのに。 

 今すぐに自分の非道をわびて頭を下げる。それだけの事がすごく遠くて。そんな事すら出来ない自分が、情けなくて涙が溢れてきます。

 

 集まる視線が恐ろしくて、英雄の目が恐ろしくて。

 そうして何も何も出来なくなったワタクシを。

 

 ……救ったのは、他からぬ公爵様でした。

 彼はすぐにワタクシの元へとやってきて、どこまでも優しく諭すのです。

 

「ネイル嬢。

 今回の件は他の誰かが受けたであろうその事を、貴方が受け止めて、皆に知らせてくれただけの話だ。

 そう自分を追い詰める必要はない」

「……で、です…が。わ、ワタク…シは」

 

 公爵様のよく通るお声を受けて、それでも震える声で言いよどむワタクシを見て。公爵様は静かに、しかし堂々とお言葉を続けます。

 

「今の君の顔を見れば、誰もが君が悔いている事に気づくだろう。そしてもう決して繰り返さないだろうことも。それに気づける君は、誰よりも尊い。

 ならばそれをなじる者こそが。

 

 恥じるべき事であると俺は思う」

 

 ワタクシを真に気遣う優しいお言葉に、ふと見上げれば。公爵様のその威厳あるお顔に、どこまでも柔らかい笑顔を浮かべていらっしゃって。

 ワタクシの顔を伝う涙を、ご自分のハンカチで拭きながら。……どこまでも優しく優しく諭して下さるのです。

 

 その周囲から。

 

 公爵様のお言葉に賛同する淑女達の声が届き、ようやく固まったワタクシの心が溶けてゆくのを感じました。

 そうして動けるようになったワタクシは、お返事を返すのがやっとです。

 

「……はい、は…い」

 

 それから公爵様はどこかの道化のようにわざと砕けた笑顔を作って、ワタクシの肩を優し小さく叩きながら、軽い口調で促しました。

 

「さぁ。君のいつもの熱意を見せてくれないか。君が伝えようとしてくれた事を、ぜひ俺たちに教えて欲しい。

 我々の夢を実現する為にね?」

 

 まるで重い空気を全て振り払うように、公爵様にまったく似合わない陽気さで放たれたその言葉は。どうやらワタクシを完全に立ち直らせる魔法の言葉だったようです。

 

「……ええ、ええ、もちろんですわ!」

 

 それを聞いたワタクシの胸にはいつもの情熱が、いつも以上の情熱が溢れていました。

 そうして見事、ワタクシを救い上げた英雄は。

 興奮冷めやらぬ淑女達の騒ぎを軽く鎮め、主役は貴方だと言わんばかりにその場を退き、もうまるで何事もなかったかのように振る舞うのです。

 

 それから自分が何を喋ったのか、何があったのかを。……実はあまり覚えていません。

 ただ言えることは。ワタクシの中をこれまでになく情熱が迸り、この身を焦がす程に高ぶって。

 気づけば会議が終わっていて。

 

 その後にわざわざ改めてワタクシとそのメイドの部屋へと訪ねてくれたあの方が、

 

「すまない。もっと早く止められれば、誰も恥をかかずに済んだのにな」

 

 と。こんなバカな女に改めて謝ってくれた事実だけ。

 

 そんな素敵な英雄様に。

 恋を抱かぬ乙女が、一体どこにいるのでしょうか?

 

 気づけばもう、手遅れでした。

 ワタクシはあの瞬間に。あの方に何もかもを、奪われてしまっていたのです。

 

 他人事のように、傍観していたワタクシはもうどこにもいなくて。今、この瞬間を逃して。

 誰かに公爵様を奪われたらと思うと、何よりも怖くて。

 

 その激情のまま、自分の魔力に身を委ね。

 

 ワタクシは愛を叫んだのです。

 思いの丈をぶつけたのです。

 

 ああ、公爵様。

 英雄譚の王子さま。

 

 どうか、この思いを受け取り下さい。

 ワタクシの、胸は、この情熱は。

 今にも弾けてしまいそう!

 

 

「すまんな。俺の心は未だ亡き妻の下にある。今は自分の娘以外を愛せない。

 ……それに俺の娘は黒の魔力持ちだ。

 だからこそ俺は、妻とこの身の潔白を誰よりも示さねばならんのでな。

 何、私程度の男はいくらでもいるものさ」

 

 それがワタクシに告げられた、終わりの言葉。

 一方的に呼び出して。

 好意を伝え、一夜だけでもと愛をねだった。

 

 そんな女に似合う結末。

 

 ああ、ああ!

 でも、でも。

 そんなのずるい。ずるいです公爵様。

 

 どこまでも高潔で、気高いなんて。

 

 そんな理由で断られたら。

 もうどこまでも。

 諦められなくなってしまうのに。

 情熱が、より情熱が燃え上がるだけなのに。

 

 貴方のようなお方など、どこにもいよう筈がない!!

 

 あの方が去った後。

 ワタクシはその場に控えさせていたメイドに尋ねます。

 

「ねぇ、エリゼ」

「はい、お嬢様」

「ワタクシが紫の領に嫁ぎたいと言ったら、お父様はどう思うかしら」

「……おそらくお認めにはなられないかと」

 

 ええ、そうね。赤の領から紫の領は遠いもの。血縁の旨味は少ないから、決して父は認めようとしないでしょうね。

 

 でもそれがなに?

 

「そう。でもねエリゼ。

 ワタクシはもう、止まれないわ」

 

 止まらないの。

 

「この熱が。

 この身を焼き尽くすまで」

 



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2.2)【別視点】空の領の公爵令嬢

 おおぉー。

 ここどこだっけ?

 

 ボク、空の領主の娘ソランはただいま絶賛迷子中。

 今紫の公爵様のお家に来てるんだけど。

 いつも通り魔力のままに好奇心に惹かれながらフラフラ~ってしてたら、迷っちゃった~。

 

 あ。何だろこのいい匂い~。

 

 フラフラ~

 

 おお。ここは厨房みたい。

 すっっっっごくいいにおい。

 ねね、そこの料理人の人。

 

 それって今日のボクらのお昼ごはんかな?

 

 え~違うの~。

 ボクそれとっっても気になるんだけど。

 ねぇちょって味見させてよ?

 

 え。

 コレって紫の公爵様の指示で作ってる特別な料理だからダメなの?

 じゃあ公爵様から許可とったらいいんだ~。

 ボクお願いしてくるから。

 

 いっぱい美味しいの作っててねぇ~。

 (ぴゅーーーー)

 

 …………

 

 (ぴゅーーーーと戻ってきて)ねぇねぇそれで今、公爵様ってどこにいるか知ってるかな?

 

 

 うぁぁぁい。

 

 お友達と一緒にみんなでうるうるってお願いしたら、特別に食べさせてくれるって。

 うれしいなぁ。

 

 でも公爵様最後に何か言ってたような?

 まぁ、別にいっかぁ

 

 おおおおお、すっっごくいいにおい。

 もうこれだけで、おいしい。

 ゆうしょお。いっとーしょー!

 

 いっただきま~す!

 

 んーーーーー。

 ふぁぁぁ、何これ何これぇ~、

 すっっごくて、もう。

 

 すっごぉい!

 

 何にも入ってないスープのはずなのに、お肉とお野菜いっぱいだよぅ♪

 いくらでも食べられちゃう!

 

 お肉をそのままスープにしちゃったみたい。

 お野菜そのままスープにしちゃったみたい。

 ふしぎ、ふしぎー!

 

 なんなの、なんなのぉ。

 

 おいしぃー!

 

 こんなおいしいの初めてだよぉ。

 ありがとー公爵さまー。

 

 え、こんなおいしーのに失敗作なの?

 そんなの絶対おかしーよ!

 

 ボクが食べたので一番おいしかったのに。

 ほら、みんなもそういってるよ?

 

 ……だめなの?

 ……ホントに?

 

 エグミが残ってる?

 味のまとまりがまだ悪い?

 

 そ、そんなことないよぉ!

 そんなのホンのちょっとじゃん。

 え、料理人さんが一番分かってるの?

 

 妥協は出来ないって?

 完璧って意味のスープだから?

 

 ふぇぇぇ、すごすぎて全然わからないよぉ~~~ 

 

 でもすごい。絶対すごい。

 

 コンソメスープ絶対すごいよ!

 

 ねぇねぇ。

 この料理。

 紫の公爵さまのトコでしか食べられないよね。

 

 ボクこれ毎日食べたいな。

 

 え。

 

 完成したらこのすーぷをこの街の特産品にするの?

 領民なら毎日飲めるような値段で売るって。

 

 ならボクも欲しい!

 え、外には高くして買いにくくするの?

 領民の分がなくなるから?

 

 ふぇぇぇ、ならボクここの子になりたいよぉ。

 うう、ダメなの分かってるけどぉ。

 

 え。

 

 スープでダシをとった料理を出すから機嫌直して?

 

 ダシって何?

 このスープで下味つけた料理ってこと?

 

 ぜったい、食べる!

 

 

 ふぁぁぁ、しゃぁぁわせぇぇぇ。

 もうボクこのスープなしの料理食べられないよ~。

 

 え、そうなるから最初に言った?

 うう、聞いてたかもぉ。

 

 でもそんなの。

 こんなにすごいってわからないもん。

 

 ほら、ボクの友達もみんなそんな顔してるし。

 むずかしー顔してるの、ウーちゃんだけだよ。

 いつもの事だし!

 

 ねー公爵様。

 このスープ使ったら他にも料理って作れる?

 え、色々ありすぎて困る位、作れるの?

 

 ボクそれも知りたーい!

 

 ねぇねぇ公爵様。

 このスープいつ完成するの?

 何が足りないの?

 

 ボクもお手伝いするから、早く作ってよぉ。

 

 え、色々材料を試してる?

 一から作るのにみ、3日もかかるのぉ?

 

 お、おいしいハズだよぉぉぉ!

 

 ぜったい頭おかしい!

 

 じゃあさ、じゃあさ。

 ボクが食べ物いっぱいある緑の領のユリちゃん家からたくさん食材運んでくるから、それでいろいろ試すのはどぉ?

 

 ボクの風魔法ならお空飛んでもうピューんだよ。

 ピューん!

 

 ほらほら。

 みんなも協力したいって言ってるしさぁ?

 

 うん、頑張る!

 

 (上目遣いで)えへへ。

 だからボクタチがここにいる間ね。

 スープの味見させてもらえるかなぁ?

 

 わぁぁぁぁい。公爵様だぁいすきぃ!

 

 完成したら絶対買いにくるからね!

 ボクの分、残しておいてね♪

 

 

 こうしてアーディン領は、自領と他領を繋ぐ優秀な風使いの少女と契約した。

 この空色の髪を左右に2つ揺らす、幼く見える少女の存在が後に、急速に拡大するアーディン公爵家にとって大きな福音になることを。

 今はまだ誰も知らない。

 



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2.3)【別視点】青の領の公爵令嬢1

ここから4話は青の領の公爵令嬢視点です。



 水を司る青の領の、その公爵令嬢である私ウェンディは、不本意ながらも父の命令で紫の領へと来ていた。

 

 正直女性の生理を快適に過ごせる道具だのには、まったく自分の魔力の根源たる探求心は動かなかったのだが。

 青の領とは嫁取りやら宰相選別やらで何かと悪縁がある宿敵が、その行動の原動力たる妻の死後、どう動くかを見極めてこいというのが父上のお達しだ。

 

 公爵令嬢と言ってもその魔力を十全に受け継げなかった、4番目に生まれた出がらしの悲しい性で、私はこんな所に来ているわけだが。

 

 しかし会が始まり、件の公爵様が会の進行をし始めてから私の考えは一変した。いや、むしろ不満など。そんなモノを言っている余裕はどこにもなかった。

 

 は、何だ。

 何なんだ、この男の異常な“技術”の数々は。

 

 事前に用意された紙に書かれた“ぐらふ”とかいう数値を視覚化した資料は、誰が見ても、例え数値に疎い者が見ても一目でわかる研究者にとってまさに世紀の大発明。

 しかもそれが一種類ではなく折れ線、棒、円形と。…用途に合わせて使い分けられているとか。あ、ありえんぞ。

 

 しかもその説明の巧みな事よ。

 資料の切り替わりに合わせてわざと緩急をつける事で、本当に自分の伝えたい事を的確にわからせるそれは、…まさに見事の一言。

 才能?

 いいや。コレも技術だ。この男が持つ会議の技術。自分の意見を確実に通し、主張を勝ち取る発表者の魔法だ。

 

 ああ、それからも。

 

 全員でまず否定をすることなく議題に対して有効だと思える事を次々と発言していくことで、ほんの僅かな着想すら逃さない手法「ぶれいんすとーみんぐ」。

 

 自分の本来の思想とは別に分けられた2グループに別れて、お互いの主張を通す為に発言しあう事で、多角的に問題点を洗い出す「でぃべーと」

 

 どれもこれも。

 

 知の探求者たる水の魔力に導かれた者が知を競い合う我が青の領の、その水準の遥か上を行く未知なる技術。

 ただの一つでも、一度それが世界に流れるだけで研究の歴史を大きく一変させかねない劇物!

 

 なぜだ。なぜこの男のこの高度な技術に、皆気付かない。研究者ならばコレほどの、これほどの気付きを与えるこの男の異常さを何故騒がない?

 これはいずれも国や学派で秘匿すべき、真理の頂きに繋がる技術だぞ。

 

 いや。そうだ。ここにいるのは普段私が青の領で相手取る研究バカ達ではないのだな。多くは普段、唯の淑女として暮らす女たち。

 分析に長けた生粋の研究者など、水の領の私くらいなの、か?

 

 は、は。なんて皮肉。

 

 いや、これが狙いか。

 淑女達相手なら技術漏洩する事はないと、そう踏んだか公爵。

 ああ、ならば残念だったな。何故ならここに私がいるぞ。さぁ全て吸い尽くしてやるさ。知の探求こそ私の根源。

 お前の底を見てやるぞ公爵。

 

 

 あ、ありえんぞ。

 ジルクリフ・グラビディアス(G)・アーディン。

 

 お前の頭はどうなっている?

 喋れば喋るほど。話せば話すほどに世界の技術の枠を超える化け物め。

 

 貴婦人達との会話に出た、何でもない世間話がみな劇物だ。意識が、いや水準が根本的に違う。違いすぎる。

 

 女性の美しさを際立たせる水銀入りのおしろいが、有毒だと。多くの金属を多く取り込む事が人にとって有害である事を説明し、わからせてみせるとか。

 美しさの秘訣は“びたみん”と“みねらる”。肉や野菜の中に含まれるそれらをバランスよくとることが重要だと、まったく聞いたことがない未知の要素を説明してみせる。

 

 胸の大きな女性の肩こりの原因すら簡単に説明してみせ、それを解消する為の道具を軽く提案してみせると。あまつさえソレと女性の履く下着にもっと美術的な価値をつければ、より女性の美しさを際立たせると筆をとって書いてみせるなど。

 

 あ、頭がおかしくなりそうだ。

 

 こと知識という限られた分野において、その発言の真贋を見極める魔力を持つこの私が。……だからこそ今、狂いそうだ。

 

 この男は、完全におかしい。

 

 何も嘘をついていないなど。

 その知識は正しいと、私の魔力が告げるのだ。

 

 私が命を叡智に捧げる真の探求者であるから、確信して言えるが。

 

 技術というモノは飛躍しない。

 

 一歩一歩人が歩むように。先人達の教えを辿ってジリジリと前に進むものだ。時には戻り、時には迷いながら進むのだ。

 

 では、この男はなんなのだ。

 ならばこの知識は、綺羅星のようなそれらは。一体どこから得たというのか?

 

 は、は。

 知れば知るほどに、狂いそうになる。公爵の底がまるで見えて、……こない。

 このゆるく縮れた長い青髪を、ここで散々に掻きむしりたくなってしまう。

 

 私が公爵がしていた女性の下着についての、貴婦人達のと何気ないやりとりを聞いた後。彼女達が明らかに聞いた話を元に、その商品化を図ろうと企んでいる所を見かけ、思わず黙っていられずに公爵にそれを告げたことがある。

 優れた技術の権利とはそれを生んだモノの為にある。私はソレを軽んじる彼女達の行いが許せなかった。

 

 しかし公爵は。

 

「ああ。俺のあの与太話を実現してくれるのなら、これほど嬉しい事はない」

 

 と答え、私が自分で事業化しないのかと問うと。

 

「これでも公爵は忙しい仕事でね。他にもいくらでもやらなければならない事があるんだ」

 

 となんでもない事のように答えた。そこで至った。

 ああ、そうか。この男にとってあの綺羅星のような技術の数々は。モノの根幹すら揺らがせかねない叡智の泉は。……本当に何でもない事なんだと、気付かされた瞬間だ。

 

 私はそれだけ聞くと公爵から離れ、出口の見えない底なし沼へと堕ちていった。

 しかしそれはまだ、ほんの入り口に過ぎなかったのだ。

 底など当然、見えやしない。

 



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2.4)【別視点】青の領の公爵令嬢2

 ようやくその研究が終わりを告げ、これから皆が紫の領を去ろうという頃合いに。

 公爵が我々の健闘を讃え、大きな晩餐を用意してくれたので私達はみなその会場にいた。

 

 コンソメか。これもまた異常な代物だな。今日でコレが、このダシが効いた料理が食えなくなると思うと、研究にしか興味のない私ですら気が重くなるよ。

 こんな劇物。一度味わったらもう辞められん。そう。コレは劇物なのだ。砂糖と同じか、それ以上の。一度それを味わえば決してもう辞められぬ麻薬の類だ。

 

 第一コンソメなどという言葉は、……どこにもないんだ。その癖にそれは正しい(・・・)と来てる。

 

 は。認めようジルクリフ・G・アーディン。お前という化け物は私などの手におえんヤツなのだろう。

 確かにとんだ傑物だよ。

 

 だがお前は相手が悪かった。

 お前はもう王国宰相である我が父上に、脅威であると見なされた。

 だからこそこの後。

 

 お前は地獄に墜ちるのだ。

 

 私が引き入れ手引した、あの俗物な神の下僕達の手にかかってね。

 ああ、お前は凄いさ。凄い奴だジルクリフ。……だがね。お前には目に見える弱点があるじゃあないか。

 

 ならばそれを突いていくのが貴族というヤツだろう。

 貴様を信望する淑女達の前で自分の娘を悪魔だと罵られ、その死を求められた時。

 

 お前はどうするジルクリフ。

 

 娘を守る為に神に楯突くか?

 それとも己を守る為に娘を神殿に捧げるか?

 

 ……どちらにしてもお前は終わりだ。

 

 貴様が神殿に楯突くならば責任を持って我が領は他領を率い、貴様を神敵として打ち倒してやろうじゃないか。

 貴様が娘を売るのなら。それを見たお前が呼んだ淑女達は、お前を娘を売った程度の男として多くの国で言いふらしてくれるだろう。

 そこから信用を、切り崩してやればよい。

 

 ふふ。……ずるいとは言うなよ。この為に我が青の領は、あのくだらん烏合の衆に金を渡して、神の権威とやらを吹聴して来たのだからな。

 一介の貴族が国を超えて力を持つ神殿を敵に回す愚を、どうかお前が選んでくれる事を祈っているよ。

 

 ふふ。そう考えるとこの美食の数々も悪くない。

 まさに最後の晩餐というヤツだ。

 しっかりと味わうがいい。

 

 そうして私が弄した策を思い返し、その美味なる料理の数々に舌鼓をうっている内に。誰かが食卓の話題としてアーディン領の今後を公爵に問うたらしい。

 

 ジルクリフはその問いに、いつものように何でもなく答えた。

 

「これから私は、平民達が豊かに暮らせるような領を築くつもりです」

 

 と。その場の貴族達にとってあまりに異質な答えが、返ってきた。

 我々貴族にとって平民とはいくらでも替えがきき、我ら貴族にその富を捧げ続ける奴隷のような存在だ。

 いくらジルクリフが真の貴族など言われていても、実際に平民を豊かにする意味などその実、皆ピンとこないのだ。一部の頭の軽い女はそれで納得しているみたいだがね。

 

 そんな彼等にジルクリフは詳しく説明しましょうと、言葉を続けた。

 難しい話はなんなので笑い話に形をかえて、貴族を羊飼いに、民を羊に例えて、面白可笑しく語っていくのだ。

 

・・・

 

 ある裕福な羊飼いの羊は、とてもとてもやせ細っていた。羊飼いがあまり羊に餌をやらず、その癖いつも羊たちから毛と肉を採ってやろうとするからだ。

 あんまり羊飼いが無理やり毛と肉をとるものだから、餌もロクに与えられないかわいそうな羊たちは次第に数を減らしていき、羊飼いの得られる毛と肉は減るばかり。

 

 それに怒った羊飼いは自分の羊の毛と肉を売った金を世話役に渡し、もっと羊から毛と肉がとれるようにせよと命じたそうだ。

 

 金を貰った世話役は、いつも羊飼いが贅沢な暮らしをしている事を知っていた。だからそれに自分もあやかろうと、その金を少しだけ掠め取る。一人だけならまだしも大世話役の下の子世話役も、その下の下人さえも皆くすねるものだから、さぁ大変だ。

 

 結果。羊の下に与えられる餌を買うその金は、ほんの僅かなばかりとなった。

 当然。羊はやせ細るばかり。

 

 次に羊飼いは、また無理やり羊たちから毛と肉を集め、今度は商人に金を渡して同じ命令をすることにした。商人は物の価値に詳しいのでこの金を持って、他の牧場から羊を買ってきた。今と同じ程に飢えてやせ細った羊を。

 

 この結果。羊の数が増えてより多くの毛と肉がとれるようになった事に満足した羊飼いは、今まで以上に羊から大量の毛と肉をとり。それが少なくなればその度に商人に金を渡した。

 

 商人が金を渡される度に、やせ細った羊は増えていく。

 

 しかし羊飼いから与えられる餌の数は変わらない。だから羊一匹に渡される餌はどんどん少なくなり、羊は皆どんどん痩せていった。その度に羊の値は安くなり、商人はまたどこかから羊を大量に買ってくるのだ。

 

 そんな事が何度も続き、いつしか商人が買い付ける羊がいなくなった時。……それは始まった。もはやろくに餌すら与えられない羊達が、可哀想に次々と死んでいったのだ。

 餓死した羊は肉にはならず。その毛ももはや商品にはならなかった。

 

 羊飼いは商人に金を与え、役人に金を与え、羊を増やせと命じたがもはや羊飼いに羊を売るものはなく。

 結果。羊飼いの羊は元いたそれよりずっとずっと数を減らしていったんだ。

 

・・・

 

 その男が語るお伽噺調のその例え話を耳にして、私の背筋は凍りついた。

 

 ああ、ああ!

 この男は今、経済の真理を述べているのだ。水の国の自称知恵者達がどう頭をひねっても解決出来なかった問題を、ズバリ切り分けて見せやがった。

 

 役人を小間使いと例え、商人の在り方をそのまま口にして。この国の腐敗の原因をまさに今、言い当てて見せた。

 そして何より。コイツは、平民を資産として、市場そのものとして見ていて。市場から餌という名の金が消えれば、市場そのものが死ぬ事を教えてくれたんだ。

 

 羊飼いと役人が腐っていれば、金は市場に回らず。その市場の価値で利を得る商人に金を渡せば、その市場を富ませるのでなく、商売の範囲を広げて、新たな貧民を雇い入れる。

 横へと増えてさらに一人一人が貧しくなった民の、衣食住、最低消費だけで市場の資産を食いつぶせば。

 ひいては市場そのものが死ぬのだと。

 

 国に生産力がなくなるのだと。

 

 何気ない顔で言ったのだ。

 

 そんな話を聞いて、すっかりお伽噺か何かだと思い込んだこのバカ者達は、羊達が可哀想とか、愚かしい羊飼いだわと、愚にもつかん事を宣っているが。

 

 それこそが私達の、お前達の、この国の有り様だろうに。

 この男は、……つまりこう言っているのだぞ!

 

 お前達は愚かしい、と。

 

 今この時。

 現在形で笑顔で猛毒を、致死の毒をばら撒いている。

 

 笑いながら、笑わせながら、面白可笑しくみせかけて。私達の行い全てを否定する言葉を語り、コイツは今。貴族の在り方そのモノを完全に否定して見せたのだ。

 

 い、一体どんな神経をしてる?

 

 恐ろしい(輝かしい)、底なしの、化け物め(知恵の泉よ)

 ああ、お前は危険だ(もっと教えろ)ジルクリフ(叡智の使者よ)

 

 ああ、こんな話を(真理の続きを)これ以上聞いてはいけない(早く語って見せてくれ)この男に少しでも(あるのだろう)余裕を与えるな(解決策がお前には)

 水の領の為に(私の探求を満たす為に)今すぐこの男を(すぐにその先を)貶めなければ(聞かせておくれ)

 何をするか(私の未知を)わかったモン(貴様の叡智でもって)じゃない(満たしてみせろ)

 

 だから動け(自領が滅ぶとも)私の身体(構うものか)

 

 コイツを(私の魔力が)今すぐ(そうしろと)貶めるんだ(言っている)

 

 思わず顔を歪めて(頬を緩め)動かない身体を呪い(語られる未知を夢みて)、私は心からそう思った。

 



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2.5)【別視点】青の領の公爵令嬢3

・・・

 

 そんな羊飼いに自分の娘が生まれ、愛しい娘に自分の全てを与えたいと思った羊飼いが自分の羊小屋を手ずから調べ、そのあまりの酷さに絶望し。

 娘の為にやり直す事を決めた。

 

・・・

 

 あの話の続きはそんな冒頭から始まって。

 そして本題である傾いた国の立て直し方にと続く。

 

 だがそれは私の求めたモノではなかった。

 

 公爵の語った内容など縮めてしまえば語る程の事でもない。

 傾いた国の解決策などたった一つ。

 民を治めるモノが正しく民と国が富む事を考えて実行し、彼等を守り導いていく。

 

 要約すればたったこれだけ。

 

 この答えを聞いた私は、大きく落胆した。

 それはもう我々経済に携わるモノがとっくの昔に出した結論であり、そして私の目も正しいとは認めたが、実現不可能と判断されているモノなのだから。

 

 はは。なんだ。

 コイツの叡智もこんなものか。

 

 そう構えていた気が抜いていた時の事だ。

 アイツからアレが飛び出したのは。

 

・・・

 

 そして羊飼いは妻が死ぬ時に見せた夢から、熱を熱さと寒さに分ける道具を作り。羊たちが夏は涼しく、冬は暖かく暮らせるようにしました。

 そして冷たい食べ物をいつでも食べられる箱と凍らせる箱を作って、羊たちの餌が腐らないようにしたのです。

 

・・・

 

 は?

 

 いきなり公爵の話がおかしな方向に走っていった。

 誰もが耳を疑う言葉を吐きながら、その道化らしいふざけた語り口をさらに強めていったのだ。まるで冗談だと悟らせるように。

 

 そこからはもう、その場の淑女達。私と我が従姉妹殿である空の領のお姫様ソラン以外の、全ての淑女が腹を抱えて笑い転がされる羽目になる。

 

 そんな中。私だけは背筋を凍らせていた。

 

 そう。ここからだ。

 ここから公爵は、

 どこまでも荒唐無稽な絵空事を繰り返していく。

 

 曰く、疲れを知らず馬のいらない馬車を作って、千里も先の場所から多くの物を買付けるとか。

 曰く、それは馬の1000倍、いや2000倍の力を持っているという。

 曰く、牛よりも強い力で農地を耕すカラクリを作り、あっという間に畑を広げ。

 曰く、一分で100以上の精緻な工作品を、人の手も借りずに作り出す工場を作り。

 曰く、多くの羊をのせて、はるか上空を高速で飛ぶカラクリで海を越え。

 

 そしてこれだ。極めつけのコレだ。

 

 空気から作った肥料で育てた小麦でパンを焼き上げる。

 

 ああ、こんな馬鹿げた現実感のない話。

 純真な子供しか素直に喜べない。決して本当の事とは思えない。

 誰もが公爵の作り上げた愉快な話と笑うだろう。

 

 でもな。でもさ。

 

 嘘じゃ、……ないんだ。何…一つ……。

 

 物の知識、その技術が可能であると識っていて話しているかどうかを見抜く。私の魔力の、そのほとんどを占めるこの左目が。叡智の神に捧げた探求者の瞳が告げるんだ。

 そんな技術が確かに実在してるって。

 

 この男は。

 何一つ嘘をついて、……いないんだ。それなのにあまりにも技術が違いすぎて、皆には冗談のようにしか聞こえないだけ。

 ありえない事に。コイツは皆の前で一切の真実を語る事で、今から行う自分の行いをごまかしてみせた。一切を笑い話に見せかけてみせたんだ。

 

 はは、なんてデタラメ。

 

 頭が、おかしくなりそうだ……。

 

 ・・・

 

  ・

  ・

  ・

 こうしてようやく満足した羊飼いは。これで愛する娘を幸せにできると胸を張り、その娘といつまでもいつまでも幸せに暮らしました、とさ。

 

 私はね。そんな未来を手に入れる為に、まずは平民を豊かにしようと、思うのですよ。

 

 ・・・

 

 やっと公爵の長い例え話が終わった。

 

 周りにいる淑女達はソラン以外。みな偽りの笑い話に転がされている。随所に盛り込まれた公爵の娘へ愛情の深さが伝わる言葉も合わせて、漫談としては大成功の結果だろう。

 

 そこまで聞いてやっと分かった。

 コイツは経済を難しくなんざ考えてない。

 

 ある程度、最低限に役人や商人を押さえたら。

 後は自分のその異常な技術の数々で、一度市場の価値を全て壊して。……そこから正しく民が富むように作り直す気なんだ。 

 

 それだけの力がある。我々とは違いすぎる巨人の類だ。 

 経済の叡智なんて関係なかった。

 技術という他の叡智で、ルールごとぶっ壊そうとしてるだけ。

 技術で殴って、経済を倒すんだ…。

 

 そ、そんなの化け物以上じゃないか!

 

 ……ああ。それでも。

 私は聞かなければならない。

 彼が領主なのか、その先の存在なのか。

 

「大変面白い話だったよ公爵様。ところで質問が幾つかあるがいいかね?」

「ええ、もちろん」

 

「羊飼いの羊小屋はとても立派だろう。もし羊飼いの所に、他の羊飼いから逃げたやせ細った羊が逃げてきたとすれば、羊飼いはどうするだろう」

「もちろん羊飼いにとって羊はいくら増えても嬉しいものですから、受け入れますね」

 

「では。その結果羊小屋が狭くなったら、羊飼いはどうする」

「新たに羊小屋を立てて羊達を迎えるでしょう」

 

「そうか。最後に、羊飼いの下に逃げてきた彼等の元主が、羊を返せと言ってきたら?」

「まずは交渉を。それでダメなら、……そうですね。

 良い羊飼いは優れた牧羊犬を飼い、羊を守る立派な柵をこしらえているものです。そして多くの狩人とその友の猟犬に繋がりを持ち、いつでも羊達の危機に備えているものなのです。

 

 もしその不埒な輩がその柵を越えて、羊達を追いかけてくるなら、……彼等には相応しい鉄槌が下されるのではないでしょうか?」

 

 問う度にさっきと同じ、ふざけた口調で答えた公爵の言葉に笑いが起こった。

 もちろん。私にそんな余裕は、ない。

 

 は、はは……。

 隠そうともしないのか。

 ハッキリ言った。

 

 言いやがった。

 

 コイツは今ハッキリと。

 腐った国から民と土地を、力ある者が吸い上げるのは当然だと、そう言ったんだ。かかってきても叩き潰すと。

 

 言い切った。

 

 これで証明された。

 

 コイツはやるぞ。

 ……国取りを、する。

 

 それだけの覚悟と、力がある。

 いつかこの世界のルールは、コイツに全てぶっ壊される。

 

 吸い上げた金で民を富まし、更に多くを吸い上げる土台を作って。他領の民も何もかも。コイツに飲み込まれる事になる。

 

 それすら視野に入れて動くコイツはもう領主じゃない。

 王だ。もはや一国の王。

 

 王族らしい威厳を持った男?

 当然だろう。

 

 こいつには、その覚悟がある。

 ただそれだけの事なのだ。

 

 私があまりの事実におののいていると。横目でソランが公爵に向かって騒がしく訴えかけていた。

 

「ねぇねぇ公爵様!

 何かさっき言ってた凄い道具、どれか見せて貰えないかなぁ?

 ボクすっごく見てみたいんだけど!」

 

 そちらを見ると。キラキラした目でソランが、公爵の前でくるくると回ったり、飛びついたりしている。

 周りにいる淑女達の目もどこか温かい。

 完全にほら話を信じてしまった子供を見る目だ。

  

「では、一つだけ」

 

 そんな彼女に請われて公爵は涼しい顔で自分の執事に、ソレを持ってこさせた。

 

 公爵の肩幅ほどの、一見翼を広げたまま止まった、あまりに無機質な出来損ないの鳥のおもちゃのようにしか見えないソレをよく見ると。その羽根の両下にはなぜか四角いコブがつき、そこから顔の方に風車のようなモノが1つずつのびている。

 

 公爵はそれに自分の重力の魔力を流しながら、皆に言う。

 

「これより見せるは、本日の余興を締める羊飼いの奇跡の道具。空を飛ぶカラクリに繋がる、そんな不思議なおもちゃです。

 これからの時代、風魔法に頼ることなく人が空を飛ぶ。そんな未来の夢のほんの欠片を皆さまに見せられればご愛嬌。

 どうか皆さま、ご照覧あれ」

 

 言い終わるのを待たずに食卓の上へと水平に投げられたソレは、紫の魔力を輝かせながら横すべりに宙を舞い。

 次第に回り初めた2つの風車で風を掴むと。

 そのままゆっくりと飛び始めた。

 

 重力の魔力では重くするか軽くする事しかできず、決して横には物を動かせない。そんな王国の常識を簡単に壊しながら。

 ソレは食卓の上をゆっくりと、……飛んでいく。

 

 多くの淑女が息を飲み驚きの声を上げ。ソランが輝いた目でソレを追い駆け。公爵に懸想する女達がその頬を朱に染める中。

 

 私は必死にそのおもちゃを凝視した。あの風車を動かしてあれが進んでいるのはわかるが、そのタネがわからない。

 重力魔法でそんな事が可能なのか?

 クソ、わからない。

 

 しかし続けて語られた公爵の言葉に、私はさらに驚く事になる。

 

「今はまだ私の力を使わなければ動かず、その速さもなんとも頼りないモノではあるが。さらに羊飼いの力が強まればいずれ誰でも魔力なく、これなど比較にならない速さで空を飛ぶ時代が来るでしょう。これでそんな眩い夢を皆さまが見られたとしたら。

 

 私の手品も中々、捨てたモノでもないでしょう?

 

 さて。この夢のある話の真偽を語る事こそを、今日の余興の締めとしましょう」

 

 この彼の言葉一つで。

 会場にいる者はもう何が嘘で、何が本当かわからなくなって大騒ぎだ。だが皮肉な事に、彼は一つも嘘などついていない。

 

 ああ、そうか。

 そうなのか。

 

 人は……いつか。

 魔力がなくても。

 あのようなモノで空を飛びまわる。そんな時代が来るのだな。

 

 静かに食卓の中程で折り返し、公爵の元へと戻らんとする希望の翼の下で。

 

 我が従姉妹殿はあまりの興奮に公爵へと飛びついて、手伝わせてと叫びだし。

 長い赤髪の女を中心とした公爵を想うモノ達が、それに対抗するように声を上げ。

 多くの淑女達が公爵の話がどこからが冗談で、どこからが本気なのかと論議する。

 

 そんな彼らを見つめながら。

 公爵はただ微笑むのだ。

 まるで王族の如き威厳を持った、いつもの姿で。

 

 その混迷に満ちた食堂で。

 

 あまりの感動に、私はその右目から涙を流した。

 

 今。完全に私の心は、奪われた。

 コイツは本気で作ろうとしているんだ。かつて人類の栄光を極めたという古代王国すら霞む、輝かしい超技術国家を。

 

 ああ、目の前の男が簒奪者であっても。

 例えこの世界の破壊者であってもいい。

 

 私もその夢を追いかけたい。

 貴方の作る世界を共に築きたい。

 

 その気付きは、私の胸を締め上げて熱くした。

 彼の事をもっと知りたいと魔力が疼き、不思議と頬に熱が籠もるのを感じる。

 

 

 そんな時だ。

 無粋の極みがその場所に現れたのは。

 

「さぁ公爵殿。今日こそは貴方の娘、邪悪な黒き悪魔の申し子を我々に渡して貰いましょうか!」

 

 乱暴に開かれた扉の先を見ると。そこには愚かな私が招き入れてしまった腐り果てたクズども。

 神官達の姿があった。

 



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2.6)【別視点】青の領の公爵令嬢4

「またお前らか。今度はどこから潜りこんだ?」

「神は常に我々正しい者の味方ですから」

 

 公爵にどこまでも冷徹な目で睨まれても。神官達はそれを全く意に介さず、自分の正義を主張して傲慢に答えた。

 

 突然の招かれざる客を見て、その場にいる淑女達にどよめきが奔る。

 神官達は自分の勝利を疑わない笑顔を浮かべ、そんな淑女達に自称の神託をつげていく。

 

「おお。これはお集まりの貴族の皆さま。このように場を荒げてしまって申し訳ありません」

「実は私達は神のお言葉を受けて、このジルクリフ卿の黒い魔力を持つ呪わしい娘を浄化する為に神殿に渡せと、再三申し上げているのですが」

 

「頑なに神の慈悲を無視し、あろうことか夫婦の汚らわしい不貞の証を、何よりも誇らしい愛の証など言って、世に過ちを広める始末。実に困っているのです。」

 

 神殿の教えでは、父と母の不貞の結果生まれる神の罰とされ、周囲に大きな災いをもたらすと呼ばれる黒い魔力持ち。そんな公爵の弱点である娘を、今この時とばかりに集まった貴族達へ主張し始めた彼等。

 

 どんなに優れた人物であっても黒い髪の子を生んだ事が動かぬ悪の証拠として、子供を神へと捧げさせ、それを惨たらしく殺すことで、彼等は自分が神の意思に大きく貢献したと声高に叫び、その栄誉を求める。そういう人種だ。

 

 彼等は自分の栄達の為、容赦なく公爵の娘を貶めていく。

 人を射殺しそうな目で、公爵は静かに言葉を耐えている。

 

「これでは王国の節度が保たれず、いずれこの国に大きな乱れを呼びましょう」

「周囲に災いをもたらす黒き悪魔に一刻も早く正しく神の罰を与えねば、いずれ大きな災厄の種として、この王国を傾ける騒動となり……」

 

 実際それが悪かどうかなどは関係ない。そうあって貰わねば困る。

 それが神殿という組織であり、神から治癒の奇跡を授かるという彼等はそれだけの権威を、国境を超える形で持っている。

 もっとも。

 彼等が治癒の魔力を使う所を私は少なくとも一度も見たことはないが。

 

 あまりに神官達がうるさかったのか。ソランが私に抱きついて来て嫌そうな顔をしている。しょうがないので私は彼女の頭をなでてやる。

 

「何卒。正しき正義を理解する紳士・淑女の皆さまに、どうかこの哀れな公爵殿を正道へと導く手助けをお願いしたい」

 

「今すぐ黒の呪いを浄化してぇ、……然るべき感謝を神に捧げさせるのです」

「黒の呪いを受けた家具達もそのままでは良くない。ほほ、さぁ我らに預けたまえ。その浄化をして差し上げましょうぞ」

 

 暗に手間賃をよこせと。

 子殺しを求めた親に言う彼らは、どんな悪党よりたちが悪い。

 

 だがこの神殿の庇護を失えば神の敵と認定され。国を超えた多くの領主達への討伐指令を出されてしまうのは、事実。

 そんな誰も付き合いたくないような輩。

 

 それが神殿に対する貴族達の大体の見解であり。

 ……我が青の領が政敵を潰す為に使う常套手段でもある。

 はぁ。やはり私の領って最低だな。

 

 長い彼等の主張が終わり、すっかりと場が鎮まりかえった食堂で。

 まず口を開いたのは公爵だった。

 

「それだけかね。

 俺の答えはいつも通り。セシリアは・俺の一番・大切な娘だ・渡さん! 以上だ」

「貴様ぁ、まだそのような事をぉ!」

「見ましたかこの神に対する邪悪な態度を。これが黒の呪いに侵された者なのです」

 

 明らかな侮蔑を込めて。彼は一つ一つの言葉にたっぷりと力を込めて言い放った。

 

 次第に奥方世代の者たちが口々に囁き始め。

 それからゆっくりと若い世代も続く。

 

 このままじゃあ公爵の立場が危ういな。今彼を失うのは何よりも大きな損失だと気付かされた私は。

 自分で撒いた種に自ら幕を下ろす為に、密かに右手に魔力を込めた。まぁ最低でも自分の家から追われるだろうけど、仕方ない。

 

 そう考えて私が奴らの公爵への無礼を理由にその息の根を止め、どうにかこの場を収めようと動き出す。

 

 その前に。

 ……なんと私にくっついていた筈のソランに、先に越されてしまった。

 

「公爵様が、自分の娘を見捨てるわけないじゃんバカーーーーー!!」

「「「な!?」」」

「ちょっ、おまっ?」

 

 あ、まずい。

 ガチギレだ。

 

 そんな予想外の彼女の剣幕に不意をつかれ、対応出来なかった私と。固まった神官達を置き去りにして、彼女は口早に自分の主張を喋り出した。

 

「公爵様はいっつも娘の為にとか、幸せにしたいって言ってるの。そんな人が娘を見捨てるはずないし、ボクは公爵様が間違ったトコ見たことないモン!

 みんなが幸せに暮らせる為にって本気で頑張ってる人がジャアクなハズないじゃん。

 親に自分の子供を捨てさせようとするキミ達の方がぜったい、ジャアクじゃんクソ神官!!」

「な・な・なぁっ!!」

 

 ソランは相手の立場で態度を変えるような子じゃない。と、いうか、……出来ない。

 根っからの風の民であるこの空の領のお姫様は、自分の好奇心以外に縛られない存在だ。

 こ、これだから風の民ってヤツは……。

 

「ソラン待て。謝るんだ。いいね?」

「なんで? ボクぜったい間違ってないモン。ウーちゃんだってそう思うでしょ!!」

「……人には立場という者があるんだよソラン?」

「そんなの知らないよ!

 公爵様を庇うボクが気に入らないなら、ボクもジャアクでいいもん。パパだってそう言うよ!」

「おい、事を大きく!」

 

 とりあえず我が従姉妹殿を説得。

 無理かぁ。

 参ったな。諌めるタイミングも逃したし。

 

「「「わ、ワタクシ達もジルクリフ卿は、間違ってないと思いますわ!」」」

 

 ソランを抑え込むのに手間取っていると赤の領の侯爵令嬢を筆頭に、震える声で公爵に懸想している連中が暴走を始めた。いや無理すんなよ君ら。

 

 ……ああ、これホントにまずいな。

 

 この流れで私が神官達を殺せばお姫様。ソランが神殿を敵に回しかねない。自分達の為に手を下した私の無実を証明するとか言い出されたら、絶対あのその場のノリで動いてる風の領の貴族達のことだ。よく考えずに神殿と対立し始める。絶対する。

 それだけは避けたい。

 

 公爵はなぜか事態を見守ってるし。

 くそっ、もう。どうすればいいんだよ!

 

「き、キサマら全員神の敵だっ。この不浄者どもがぁぁあ!!」

「女の分際で恥を知りなさい!」

「ご自分の立場も考えられないとは、……これだから女性はいけませんね」

「「「あ?」」」

 

 そんな時に寄りにもよって、女性差別に意識高いこの集団に対して奴らが放った言葉が、より公爵の味方を増やす。

 

「もう。パパに言いつけてやるんだがら。神官達がジャアクだからダメだってぇ!」

「……おい。そりゃあ流石に!」

「はっ、誰になりと言いつけるが良いわ小娘ぇ!!」

「バカっ、コイツがパパっつったら空の領の公爵の事なんだよ! 大戦争になるぞ、おい!!」

「「「はぁ、なんですと!?」」」

 

 だからコイツの一族は人生をノリで動くアホばかりなんだって。その癖行動力があるから奴らに愛されるお姫様が泣きつけば、なんとなくで神殿を排斥し始めるぞ。

 

 王国中に速達ネットワークと風魔法による通信網を持つ厄介な風の騎士達が、その最速の機動力を使って。

 あの気分屋ども根っからのゲリラ屋なんだぞ!

 能力のあるバカは、たちが悪いんだ。

 

 ああそうか。これ、ソランが公爵になついちゃった時点で、……神官達を招き入れた事自体が私の失態かぁ。流石にここまで過剰に反応するとか思わないよ。

 完全にさっきの話でこの子公爵の事、気に入っちゃったもんなぁ。好奇心が抑えられないんだろう。

 同じような魔力持ちだから、気持ちがわかるのが悔しいとこだ。

 

「「「どうやら正義はジルクリフ卿にあるようねぇ、愚かな神官達」」」

 

 王国でも特別な意味を持つ風の領の参戦に、最後に残っていた淑女勢力。形勢有利とみるや即勝ち戦に乗っかる実にこの国らしい貴族の、マダム達がついに動いた。

 まぁ動く、よなぁ。

 風の領だけは敵に回したくないって、誰だって思うもの。国営事業の速達便が止まるから誰も望まない。神殿だって望まないんだ。

  

「ウーちゃん。ウーちゃんはどっちの味方!?」

「もちろん公爵様の味方に決まってるだろ!」

「「「なぁっ?」」」

 

 当然私も、そんな貴族らしい女なわけで。

 もう私がそう叫ぶしかなくなった時。

 

 初めて公爵が動き出した。

 

「ふふ。少しばかりどうなるか見守ってみたが、……どうやら貴様らに神の加護とやらは、ないらしいな。対して私は女神達に愛されているらしい。」

 

 その冷笑を崩さず。

 あくまで神官を見下しながら公爵は言った。

 

 ああそうか。

 そういう事なのか?

 

 もしかすると。彼は最初からコレを狙って、女性達の問題に関わったのか?

 

「クソぉっ、この異端者どもめぇ。黒の呪いに侵されたゴミどもがぁ!!」

「ほ、ほら見ろこのように、黒き娘は災いを呼ぶのだ!」

「お前も魔王だ、ジルクリフ」

 

 彼等の公爵すら巻き込んださらなる暴言に、一気に食堂内の淑女達の温度が下がり。その多くが貴族らしい加虐者の顔になった時。

 彼は一言。

 

「これは私の問題ですから。ですからどうか皆さまお下がりを。このような些事に貴方方の手を煩わせたとなれば、家名の名折れです」

 

 そう言って淑女達に笑いかけた。

 その笑顔が余りに綺麗だったモノだから、彼女達は皆、言葉を失った。

 そう。それほどにもう。

 

 彼女達の公爵への好感度は高い。高くしなければならなかった。

 

 ああもう。我が意を得たと言わんばかりの笑顔じゃないか。クソぅ。

 

 もし彼が男達をここに多く呼びつけていたなら。

 この場にいる者が男達、諸侯で在ったなら。喜んで彼等は公爵を見捨てるだろう。土地を直接任された彼等なら、公爵を蹴落とす為にその背中を蹴るチャンスを、絶対に逃さない。

 だが、それが女性なら?

 

 女性の問題を解決しようと自ら動いた美貌の人が。

 何事も親身になってくれて、紳士な態度をとり続け。様々な愉快な話題で、彼女達の意識を自分に向けた後なら。

 

 ……話が違ってくる。

 女性である彼女等は、男たちほど立場で縛られていない。感情や恋心に揺られて、ソレは時に道理を超えて動く事がある。

 

 それが今の状況だ。

 

 何故、男の彼が解決したがったのが、女性の生理問題だったのか。それは女性達と信頼を築きやすい話題だったから、じゃないのか。

 社会的に立場が低い彼女等の方が、王国での指折りの上位者のジルクリフ卿には仲間につけやすいし、あの美貌の公爵には色々都合がよかったんだ。

 

 そして集まる女性は皆、差別意識に敏感な人たちとなる。

 

 だとしたら、ジルクリフ卿は。

 神殿に対抗する為に、娘を守る大きな人脈が欲しかったんだ。子への愛情が、男達より深い彼女らと信頼関係を築いて。共に神殿をはねのける仲間を、作り上げたかったんだ。

 

 我が子の未来の為に。

 

 そして彼女達は必ず語り継ぐ。楽しげにお茶会で、ジルクリフという素敵な男がいる事を。

 そしていかに彼が真の貴族と呼ぶに相応しい存在であるか、その娘がどれだけ彼に愛されているか語るんだ。

 

 彼女達は必ず話す。

 

 そうすれば。それは広まり。

 彼の黒髪を持つ娘は呪わしい子でなく、その男の宝として上書きされる。

 

 生きるための場所を、……得られる。

 

 

 はは。……ああ、踊らされたな。

 

 この晩餐自体が、彼の作戦か?

 晩餐でした話はこの誘導の為か。

 そう考えればこのタイミングで、あのような本来隠すべき話をして、わずかながらの真実味すら与えたのも頷ける。

 

 はは、辞めてくれ。

 本当に心臓に悪い人だな。

 

 道化芝居を見せられていたと思っていた私こそ、真の道化という奴か。

 

 ああ、もう状況も終わりそうだな。

 私と同じ。

 行き場を失った道化達を裁くのは、王の仕事だ。

 

「潔く神の罰を受けるのだ、魔王!」

「この悪の権化めぇ!」

「の、呪わしい忌み子だ。やがて大きくなればこの国に、反乱を呼び込むぞ。あらゆる悪徳を率いてな!」

「あ?」

 

 未だに騒いでいた神官達の最後の言葉に。

 公爵が突然、キレた。

 たった一言。あまりの怒りに漏らした声と共に。

 

「「「な、がぁっっっ!!」」」

 

 その瞬間。室内全てが紫に包まれて。

 神官たちが重力によって身体を無理やり沈まされていく。

 

「俺はな、そうならないように、頑張っているんだよ」

 

 言いながら一歩進むごとに、彼等の身体が沈みこむ。

 

「娘と妻の、その正しさを証明する為に、誰よりも正しくあろうと努めている」

 

 周囲の淑女達が頷く。

 真の貴族と彼を讃えて。

 

「娘は反乱など起こさない」

 

 ソランと赤髪達が頷く。

 きっと互いに色々思う所があるのだろう。 

 

「悪徳など率いない」

 

 ああ、そうだ。貴方がいるなら。

 悪徳などは、……その存在を許されまい。

 私がその言葉に頷いた。

 

「俺がそれをさせるものか。愛する娘の為にならな。俺は喜んでお前らの魔王になろう」

 

 ああ、そうだ。

 貴方を呼ぶには。

 

 それが一番相応しい。

 誰よりも正しい、破壊者の貴方なら。

 

「頭を垂れて、ひざまずけ」

「「「あがぁぁぁっっ」」」

 

 彼等に近づいた彼の最後の言葉に。

 もはや重力に耐えきれなくなった神官達が無理やりに、魔王様へと拝礼をさせられた。

 

 そこで彼等は意識を手放す。

 

 その姿は。

 紫の威厳を放って怒る、まさに魔王そのものだった。

 

 全てが終わった後。彼は自分の執事に向かって文字通り神官達を投げつけると、老齢の執事は魔力を展開し、返事と共にそれを全て軽々と受け取ってみせた。

 そうして彼は、淑女達へと向き直り。

 

「私の娘の為に怒って頂いた事、深く感謝する」

 

 深く深く頭を下げる。

 淑女達が英雄の勇姿を讃え、輪となって彼を取り囲む中。

 私は来るだろう断罪の時を待つ。

 

 ああ、そうか。

 

 元からこの私には、貴方の元で探求をする権利など無かったのだな。

 まぁ仕方ない。これが愚かな私への罰という奴か。

 はは。諦めきれんよなぁ。

 畜生。……ちくしょう。

 

「ウーちゃん、具合悪い?」

「ああ嫌。……少し自分の愚かさが嫌になってね」

「? ウーちゃんは賢いよ?」

「そういう意味じゃなくて……、まぁいいか」

 

 ああ、ソラン。

 助かるよ。おかげで少し気が紛れた。

 

「あ、公爵様~」

 

 ゆっくりと公爵が近づいてくる。

 私の破滅を告げる人が。

 

「キミ達に感謝を。よくやってくれた」

 

 はは、感謝。感謝か。

 ずいぶんと皮肉がたっぷり利いてるじゃないか。

 だから私も、せいぜい流れに乗っかってやる。

 

「ああ。私の道化ぶりは貴方の役にたったかい?」

「十分だ。そしてキミは道化ではない。

 大切な仲間だよ」

「え?」

 

 しかし返ってきたのは、予想外の言葉だ。

 な、仲間。仲間だって?

 

 あ、あの時神官に言った私の言葉を、味方だって話を汲んでくれているのか。

 そ、そんな事。

 

「これからもよろしく頼む。ソラン嬢共々な」

「い、いいのか。だって私は!」

 

 あまりに自然に私にそんな事を言うものだから。私はとっさに聞き返した。

 ああ、この人は。

 

「キミのおかげで、被害が出ずに済んだ。礼を言う他に何かあるかね?」

 

 ああ、全部。全部知った上で。

 私のこの心情すら読み取って、飲み込んでしまうのか。

 この人にとっては私の愚かさなど、大した問題ではないと?

 

 はは。私は彼の敵にすら、なれていなかったんだ。

 

「キミがソレを望むかぎり、否やはないさ」

「ああ、望む。望むとも。私も、……作りたいんだ。どこまでも探求したい。貴方の目指す羊小屋を。その世界の全てを、……貴方と共に!」

 

 ああ、どこまでも器が大きい。貴方の技術と共に、まさに巨人のソレだ。

 こんな私を、笑って許し迎え入れた。この人はきっと、一度の罪は笑って許す。そういう大きな人なんだ。

 

 誓うとも。

 もう、貴方の(もと)を離れたりはしない。

 貴方の下を離れたりは、しない。

 

「では、頼りにさせて貰おう」

 

 満足そうに、愉快そうに。

 軽やかに私の王はいい、また淑女達の輪の中へ。

 

 どこまでも王者の威厳を纏わせて。

 

「わぁ、ウーちゃんも公爵様の楽しいヤツ、手伝いたかったんだぁ。ボクも一緒ー」

「ああ、そうさ。私の心が告げてるんだ。彼の全てを知りたいって、さ」

 

 ソランが喜びを込めて飛びついてきた。

 そのぬくもりが、何だか今私が手にしたモノのようで。

 

 私は彼女を、ギュッと抱きしめた。 



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第2章
7)ある執務室での攻防1


 あれからまた数カ月程、経った。

 もうそろそろ夏が始まりそうな時期。公爵家ではすっかりコンソメの味が馴染み、そろそろ国営の冷凍倉庫と浴場が領地にチラホラと出来始めた頃。

 

 それはある日の執務室。

 重重力式動力クーラーが利いた涼しい部屋の中で、俺は何気ないありふれた会話を、年老いた執事長へと切り出した。

 

「なぁセバス」

「はい、なんでしょう旦那様」

「もう、…限界だ。俺はもっと娘との時間を、……大事にしたい」

 

 それはもう本心だった。ここしばらく我が領では「バカかよ」って位に忙しい日々が続いていた。

 役員に残業手当が付かない事を理由に馬車馬のようにこき使われる、まるでブラック経営の中小企業管理職のような状態が、もうずっと続いているのだ。

 

 その間、足りない時間は全て睡眠時間と、愛する娘とのふれあいの時から捻出された。

 正直もう睡眠は減らせないから娘分が減り続けている。

 

 もう、耐えられない。

 

「……旦那様、お気持ちはよく分かりますが、これらはご自身の提案なされた事の結果でしょう。不正貴族や役人達を炙り出す為に、信用できるモノで書類確認を行うべきだと、ご自分でおっしゃったではないですか」

 

 我が優秀な右腕にして、この地獄を共にする戦友はもっともな事を言う。

 せやねん。クソ役人多すぎ問題。

 むしろクソ役人しかいない説まである。

 

 領主が民に税の徴収を希望すると、クソ役人が一人関わるごとに一つ、また一つとそこに自分の取り分を敷いていき、平民が払わされる額が1.5~2倍に膨らんでいくという、どこかの国で聞いたことがあるような税金中抜き問題。

 

 これでウチの領は随分マシな方というのだから、もう本当にこの国は腐っている。

 

 これをまず解決しないと平民の暮らしなんざ絶対よくならない。それが分かっていたから、こう。

 

 ブチギレた俺はすごく専制国家らしいやり方で解決した。してしまったのである。

 

 つまり役人のトップである貴族を物理的に重力で潰して、次の役人長にこう言ったのだ。

 

「次に税を集める際、同じように税をごまかす輩が出れば、君もこうなるだろうな」

 

 周囲に全力で重力の魔力を張りながら、そう言ってやった。

 20G、つまり自重の20倍の重さをいきなり落とされた小太りのその男は、何の抵抗もなく潰された。

 

 この国では俺しか出せない(・・・・・・・)、この高出力の重力の射程は20m。魔法の撃ち合いでは頼りない距離だが、室内ならば話が違う。

 

 やれる事こそ少ないが、閉鎖された場所で俺に勝てる貴族は、実はそう居なかったりする。

 

 腐っても将来的に国一番の大魔力を持つ、公式チート・セシリアたんのパパなのよ。血筋で魔力が引き継がれるこの国で、その娘の親の魔力が、少ないなんて事はない。

 実は魔力量だけなら娘とも張り合える、規格外品だったりするのだ、この体。

 

 これでゲーム内では娘の虐待しかしてないちょい役って、ホントどうなんだジルクリフ。

 

 ……まぁええわ。話を戻そう。

 

 そうして俺が罰を与えた結果、そこに汚いシミが出来たが、こういう問題は罰が軽ければ軽い程に発生も、再発もしやすくなる。

 手加減は一切しない。

 

 ん、人を殺す事に抵抗はなかったのか?

 

 ……ゆっくり領地を変えてたら根本から折れそうな国で、その大本が分かってて犯罪者殺せないとか、甘い事言ってたら領地ごと沈むわな。

 一応普段から人の命預かっとるし。

 そこはもう覚悟完了よ。

 

 それに、娘の為にできる事はやらざるを得ないよね(執着心発動中)

 

 はい。害虫駆除が領主のお仕事です。

 悲しいけどコレが現実なんですよ。

 

 でもこういう事が出来るから、専制国家は民主主義より経済の復帰力が強い。上がマトモになれば十分立て直しが効くからな。

 

 流石に自分の死すら恐れずに、ちょっとした贅沢がしたい程度の事で罪を犯そうとする輩はそう多くない(居ないとは言ってない)

 爵位が1つ違えば逆らえず、2つ違えば生殺与奪を握れるこの国では、組織のトップが意識を変えるだけで、速やかにその正常化が行える。

 

 多くの血は流れるだろうが、方法を選ぶ時間がない。

 

 まぁ上の足をわざと引っ張る為に中抜くヤツとか、誰かを貶めようとするヤツが絶対出てくるから。その辺りきちんと背後関係を洗う必要があるけども。

 

 ああ。ちなみにコレ。自分に社会的な地位や、実績。あるいは多くの支持者がいないと逆に反感買って、内外から潰される原因になるから気をつけてね。

 

 俺の場合はまず公爵であり、生理用品という実績があり、女性という大きな支持層が居たから出来た事なのよ。

 一度ついた名声って、苛烈な改革に無駄にいいイメージ与えてくれるから。

 

 やっぱオムツは偉大なんやなって(白目)

 

 ま、その分敵も増えたけれども。

 そんなわけで目出度く、我ら管理職の仕事はオーバーフロー。現状の状況を作った原因は、……俺だ。セバスがそれを責めたくなる気持ちはよくわかる。

 

 だがな。

 俺にはソレより大事な事がある。

 理由が、……あるんだ。

 

「それは分かっている。必要な事だった。

 だがなセバス。

 乳母のメアリーに聞けば娘のセシリアは、もういつでもハイハイが出来るようになってもおかしくない時期だというのだ。

 親としてその姿を見守ってやれないと言うのは、どうだろうか!?」

 

 そう、一大事なんだ(執着心発動中)

 



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8)ある執務室での攻防2

 そう、一大事なのだ(2回目)

 カメラのないこの世界でそれは、セシリア様のハイハイは自分の目で見て焼き付けるしかないというのに。

 

 クソっ、俺はなぜ今までカメラの類に興味を持って来なかったんだ!

 仕組みが分からんから流石に作れん。

 

 ちくしょうめ、……ちくしょうめぇっ!

 

 だったらもうなんとしても娘に構う時間を、増やすしかないだろ。

 そんな当たり前の理屈が。

 どうもセバスには理解できないらしい。

 

「男親で子供のハイハイする瞬間に立ち会う親御様はそう居りませぬからな。ですから旦那様には安心して作業を続けて頂きませんと」

 

 うごご。やはり人の心がわからぬセバス。俺の訴えはあえなく却下されていく。

 しかし今日の俺には不退転の覚悟があり、その用意もある。この厳しくも優秀な老人から、ある言葉を引き出すまで。

 

 俺はこの執事にねだる事を、…辞めない!(クズゥ)

 

「いや、しかしだなセバスよ。セシリアには俺しかいない。いないのだ。俺が我が娘の成長を見守ってやらないでどうする?  誰が娘が大きくなった時に、その成長の有り様を我が子に伝えるというのだ。それは親の俺の仕事だろうが」

「幸いセシリア様にはメアリーがついております。そちらから存分にお聞きできますから、どうぞ、執務をお続け下さい」

「しかしな、セバス!」

「旦那様。やるべき事を、まず、やって頂ければ、私も文句はございません!」

 

 掴んだ。

 これだ。この流れだ。

 俺のあまりのねちっこさに目の前の老人が苛ついて少し声を荒げて言ったその言葉こそ、俺が何よりも望んだ勝利の鍵だ。

 

 その嬉しさから、私は思わずニヤリと笑った。

 こちとらまるで魔王のような謎の迫力を持ったイケメン妖怪・紫ロン毛である。その笑みはさぞや邪悪に見えた事だろう。

 

 俺はあえてそれを隠さず、自分の顔の前に人差し指を一本立てて、彼が出した条件を確認する。

 

「ほう。つまりセバスは、この書類仕事を終わらせる手立てさえ見つければ、俺に娘との時間をくれるというのだな?」

「ええ。この旦那様がお始めになった仕事に関わる、膨大な書類の山を片付けることが出来たなら、何も文句はございませんよ?」

 

 手で書類を示しながら言った俺の挑発に、いつもと変わらぬポーカーフェイスで、よどみなくそういい上げた我が自慢の執事。

 この時。

 俺の勝利へのプランが、固まった。

 

「その言葉を待っていたぞ、セバス」

 

 くく。冷静なコイツにその言葉を言わせるのは手間だったぜ。だが、この勝負もう俺の勝ちだ。

 

「入ってきたまえイルマ君」

 

 見事言質をとった俺は、自分の奴隷(・・・・・)に送れる魔力信号で呼び出しておいた、その下級貴族の女性を部屋の中へと促した。

 

「はい、公爵様。仰せのままに」

「旦那様、何を…」

 

 すると執務室の扉が開き、薄紫のセミロングをした知的な美人。その豊かすぎる胸を今にも零しそうな、肩口が大きく開けたドレスに白衣を羽織ったその女性が、手はず通り自分の発明品を押して入ってくる。

 

 コロ付きの事務デスクをさらに大きくしたような形の、まさに机然としたその巨大な発明品の上には、ブラウン管のテレビじみた姿の箱と、クラシックなタイプライターのような装置が乗っかっているのが見える。

 

 彼女がそれを部屋まで運び終えると、それまでうっすらと流されていた、彼女の紫の重力の魔力が色を消し。

 改めて彼女はその装置の前へと陣取って、その自己主張の激しい胸を右手でもって押さえながら、高らかに宣言した。

 

「これこそが公爵様の願いを叶える大発明、ゴーレム式(・・・・・)自動帳簿計算機1号です。

 そしてこれから多くの歴史を塗り替えるだろう偉大なる“公爵様”の、最大の功績となるものですわ!」

 

 この人手不足すぎる領地の危機に、なんと俺が用意したのはこの世界の技術を利用した、異世界製のコンピューターだった。

 

 領内の帳簿計算に特化しているが、簡易ではあるがキーボードとモニターも用意された、立派なパソコンの卵である。

 

 そう。

 人が足りないなら、機械を使って楽しようぜ。

 まさかの電卓を飛び越えてのこの発想。

 

 これは勝った。第三部完。

 

 ……。

 

 お、おう。

 ところでイルマ君。ちょっと熱が入りすぎてやしないか。

 

 なんか説明しながら、今にも蕩けてしまいそうな顔してるんだけども。

 唯でさえ素肌が多くみえるそのドレスから今にも零れそうな胸を、自慢げに手でもって押さえて上向きに仰け反って語るもんだから、こう。

 

 なんというか、……危機感が凄い。

 

 あっれぇ。

 この娘って化粧っけとかない、クールな発明大好きっ娘のハズなんだけどな。オムツ開発の時に錬金局で知り合った時は、少なくともそうだったよ?

 

 はっ、これが彼女の発明に対する想い。

 

 このプレゼンを絶対に勝ち取ろうとする、強い意思の現れなのか。説明者の見た目の印象は、商品競争においてとても大事だが。

 ここまで大胆なイメチェンは流石の公爵も驚いた。

 

 その意気込みはアッパレと、言う他あるまい。

 

 よし。

 ならばお前と俺で、絶対にコイツで勝利をもぎ取ってやろうじゃないか。

 

 なにせ俺と娘との、大事な時間がかかってるんだからな。

 



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9)ある執務室での攻防3

 ああでも、本当にイルマさんと早くに出会えて良かったぜ。

 俺は思わずセバスへの説明の前に、彼女と出会った時の事を思い返した。

 

 それは生理道具開発の際、提案者サイドという事で、次々に出される提案の統計分析とかを、家の図書室で領内の者と一緒に作業してた時の事。

 その作業が結構な手間で。

 

「ああ、なんとか自動化できんもんかなぁ」

 

 なんて呟いたのが始まりだ。

 そんな時。

 

「ふふ、ゴーレム達がもう少し賢ければ良いのですけどね」

「え、その話詳しく」

 

 なんて言われれば、誰だって飛びつく。

 それが見た目から研究大好きなのがひと目で分かる、ボサボサヘアした白衣の女性。つまりイルマ君であったのだ。

 見た所、二十代前半位だろうか?

 

 いきなり話に食いついて来た俺に、イルマ君はあたふたしながら答えてくれた。

 

 計算って出来る、出来ない?

「えっと、一桁の計算が限界でして」

 

 その時、俺に衝撃奔る。

 え、一桁の計算が出来ちゃうんですか。もの凄いなゴーレム。もの凄く凄いなゴーレム。その後俺は不屈の意思でイルマ君に詰め寄って、怒涛の如く質問攻めし。

 

 それが、大きさに拘らなければ最小で手のりサイズのおもちゃとしても作れる。そしてその頭脳は、大きさに比例しないものであるらしいと知った時。

 ならば人の形に拘らなければもっと小さくできるか、との問いに。

 

 できると答えが返ってきた時。

 

 確信した。これでコンピューターが作れることを。

 やばい、やばすぎる。異世界。

 コンピューターの最小単位が2進数じゃなくて、10進数とか。本当にやばい。そんなの量子コンピューターに近い代物じゃん。

 完成すれば、1と0しかないスイッチ回路の集まりだった元の世界のコンピューターより、確実に高性能なぶっ壊れになるぞ。作ろうゼロシステム。

 

 すごぶる興奮する俺を前に、ポカンとした表情のイルマ君。なぜ俺がそんなに喜んでいるのかわからない彼女に俺は。

 ちょっと領一の秘匿技術になりそうなので。二人きりの場所で、しゃべらないと契約用紙を使ってくれるなら話そう、と持ちかけると。

 俺の迫力に怯えたのかおどおどしながら頷いてくれた。

 それから彼女と二人きり、狭い個室で説明会。

 

 例えば

 392

+259

 

 あるゴーレムに一桁の足し算をさせ。繰り上がったなら隣のゴーレムに知らせ、自分は残った数字1を記憶。

 次のゴーレムは2桁目同士を同じように計算。ただし隣のゴーレムから知らされているので1をさらに足す。繰り上がり、数字は5を記憶。

 最後に3桁目同士を同じように計算。繰り上がりがあるのでさらに1を足し、数字は6を記憶。それらを表示させる仕組みを作れば651という計算ができる。

 

 これらは一桁の計算しか行わせていないが、我々にとってはちゃんと計算しているようにしか見えない。

 

 そう言った瞬間、イルマ君から全ての表情が消え、次の瞬間に大爆発した。

 

「す、素晴らしいですわ公爵。せ、世紀の大発明ですわ!」

 

 好きな事に興奮する妙齢の女性ってかわいいよね。

 

 そう思いながら俺は次々と、引き算、掛け算、割り算の計算を実演してみせた。

 その度に大興奮し、気絶しそうになる彼女を引き止めながら、続けて文字を描かせる手法やら、彼等へのたくさんの命令をまとめて、決まった事をやらせる機械語、この場合ゴーレム語か。の概念を語り。

 

 そして、これを用いて現在手作業でやるしかない計算を自動的に行ってくれる道具や、文字を打ち込める道具、そしてそれらを発展させた自動計算や高度演算を行える物。さらには領の全ての知識を集めた図書館のような道具が作りたいなどと言った時。

 

 彼女が顔を赤くしながら、俺の手をとって言ったのだ。

 

「い、偉大なる公爵様。どうか私にそれらの道具を作る栄誉をお与え下さい」

 

 そして彼女の側から技術漏洩を防ぐ為、今すぐ奴隷にして欲しいと持ちかけられて現在に至る。

 そっからは彼女に、パソコン作りに集中して貰う為に生理道具開発から外れて貰い、他にもパソコンの簡単な仕組みなどを説明して。最初に計算機が出来ればいいなぁ。なんて話してたら。

 

 なんともう帳簿計算機。仕上げてきた。

 

 完全に天才の仕事ですイルマ君。キミは偉い。そしてエロい。

 ちなみにモニターとかどうやったのって聞いたら、使用時に属性色に光る魔力石の性質を利用して、それを微小化したものをゴーレムにつど点灯させるようしているらしい。

 

 それを光らせる為には魔力が必須で、今の所、重力がある所なら、つまりどこでも魔力が微量ながら自動回復する重力の魔力石、重力石を大量に使用することで補っているようだ。

 

 まぁ重力石なら特産品だし、この領地のモノなら自分の魔力で充填できるし、使い勝手が良いのでは。

 実際、重重力機関にも使われていて完全に電池代わりである。光がなくても動く太陽電池みたいなもんだけど。

 今は単色だが、魔力石は虹の七色と白と黒の9色ある。いずれカラーモニターなんてのも出来るようになるかもしれない。

 

 しかしモニター代と、大量すぎるゴーレム並列回路。そしてその小型化にかかった研究費用がバカ高いな。公爵でもちょっと考えちゃうレベル。

 まぁこれは元クリフ時代に割かれていた妻用予算の中から支払っておく。すでに解体したものの、集めた予算が膨大すぎてな。使い所よ。

 

 ジルクリフ、お前もう、ホントお前ぇ……。

 

 ……よし整理終了。改めて説明に戻ろう。

 

「で、これは一体どういうモノなのですか?

 と、いうよりイルマ男爵は何故、奴隷契約などを?」

「それは私が公爵様より受けた知識があまりにも偉大すぎるからですわ。

 技術漏洩を考えましたら、奴隷化は最適の手段でしてよ。

 ですから私はこの身も心も、命さえも、もはや公爵様のモノなのですわ」

「言い方ぁっ」

 

 ええ、確かにしましたけど奴隷に。本人たっての願いで。

 そんなにモジモジしないでおっぱいの人。ああ、こうして見るとブラジャーも作りてぇなあ。生理道具開発の際に、誰かが作ってくれるって言ってたから信じるか。

 

「ふむ。公爵様、お世継ぎは計画的に……」

「してないからな!」

「「いっそ手を出して下さればよろしいのに……」」

「おい、俺で遊ぶな!

 取り敢えずコイツの説明だ、説明!」

 

 では改めて本日の目玉である、このゴーレム式自動帳簿計算機1号の説明を始めよう。

 

 コイツは簡単にいうとパソコンのようにキーボードでデータ入力していく、関数ソフトに似た作りの代物だ。マウスがないのと、今の所最初から設定してる計算以外をやらせようとすると、かなり動きが重くなるという自由度の低さが難点だが。

 それでもコイツは画期的だった。

 

 その機能と言えば、自領のそれぞれの村ごとで取れた税収を入力することで、今まで手作業でやっていた数々の計算を全部まとめて行ってくれる。

 

 さらに面倒な基本税収の計算などもデータ入力であっという間。さらには家の家計簿だってつけられるスゲーヤツである。

 

「こ、これは、また凄まじいモノですな」

「じゃろ」

「ええ、これはとても良いモノです」

「「いえーい!」」

 

 よっし、プレゼン成功。

 我が宿敵のポーカーフェイス、セバスが驚愕した上で慄いていらっしゃる。

 とりあえずイルマさんと、手を叩いて喜び合う。コラ、抱きつくんじゃない。そんな格好で抱きしめられたら、色々やばいんだぞおい。

 

 さらに過去データの打ち込みも今の所、前5年分なら可能。以後増量中である。

 というか実はそれも奴隷を使って終わらせている。

 

 この奴隷というのは古代王国時代の奴隷魔術をかけられたモノで、奴隷となったモノは主人の言いつけに逆らえない、それでも逆らおうとすると死ぬといった物騒な代物で、いわゆる相手の生殺与奪や行動の自由すら握れる、真にヤバい魔術の事である。

 

 わりと貴族社会では一般的らしく、よく犯罪者や、使用人相手にホイホイ使われるモノであるこちら。そちらを使った読み書きはできるけど計算はできない奴隷に、ひたすら入力をやらせ続けたのである。

 計算が出来る奴隷は少ないが、読み書きが出来る奴隷はわりといる。そういう事だぞ。

 

 すると今まで手こずっていたあの忌まわしき手計算作業必須の書類達は、みるみる数を減らしていき、この魔道具の中に吸い込まれていったのだ。めでてぇ。

 

 そして、ここで俺の計略発動。

 実は俺の机の上に乗っている書類はブラフ。

 もうすでに帳簿計算機に打ち込み作業済のものがほとんどだったんだよ!

 

「そして残りの書類も、今、これで確認終了だ」

「な、なんですと!」

「はっはっはっ、約束された勝利とは存外楽しいモノだなセバス」

「ああ、素敵ですわ公爵様~」

 

 かたわらに巨乳の美女を侍らして嗤う邪悪な魔王。

 誰が見ても今の俺の姿はそう見えるだろう。

 

「ではな、セバス。

 俺はこの勝利を、我が娘に捧げよう。

 イルマ君。キミは引き続き、この素晴らしい魔道具の使い方をセバスに教えて差し上げろ」

「わかりましたわ、公爵様」

「だ、旦那様。どれだけセシリア様の事を可愛がりたかったのですか!」

「無論。どれだけでも、だ。

 ふはははは、さらばだ、セバス!」

 

 くく、勝った。

 もうコレ以上ない位。

 私は昼間からセシリアに会いに行ける喜びを深く噛みしめると、颯爽とその部屋を出て。

 

「俺が来たぜ!」

 

 呼んでもないのにやってきた、ちょっとDQNな感じの若作りのおっさん。

 隣の領を治めているハズの風の領の主に会うことになった。

 

 は、は?

 

 え、なんで。ほわい?

 

「俺が来たぜ!」

 

「わぁい、公爵様~」

「すまん、ジルクリフ卿。止められなかった」

 

 無駄に元気、無駄なテンションなそのおっさんの。

 横には、例の開発で知り合った、

 空の公爵令嬢ソランと。

 なんだか、かわいそうな青の公爵令嬢のウェンディ。

 

 そして多くの使用人達が、その後ろでおろおろ困惑している様子が窺えた。それを見て、彼を止めようにもまったく聞かなかったことが分かり、合掌。

 後で使用人と一緒に水の子も慰めてやろう。

 分かってる。キミはきっと被害者だ。

 

「おう、オメェ。最近スゲェモン作ってんだって!?

 俺が、それを、見に来たぜ!」

 

 いや呼んでねーから帰ってくれおっさん。

 せ、セシリア~~!

 



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10)”夜明けのラプソディア”1(文字消し)

 
 文章内の【 】内を文字消ししています。
隠されたネタを楽しむ人用です。

◆文字消しが面倒な方は次の話に進んでください◆

同じ話の文字有りバージョンがアップされています。
お手数をおかけしますが、どうかご協力ください。



 さて、ここでちょっと原作を振り返って見るとしよう。

 

 この世界の原作である鬱乙女ゲー”夜明けのラプソディア”は異色の問題作などと言われているとはいえ、乙女ゲーなのである。

 つまりそこにはプレイヤーの代わりに物語を導く主人公であるヒロインと、その攻略対象である5人のヒーロー達が、当然存在するわけで。

 

 ゲームの中盤までこのゲームのヒーロー達は、とても魅力的なキャラクターとしてプレイヤーの目に映る。

 

 だが残念ながらこれは鬱乙女ゲー。

 それは紛れもない製作者サイドの罠であり、彼らの魅力はハリボテだ。

 

 なぜならばこのゲーム。

 悪役令嬢とその仲間達以外。

 無知か無能かクズしかいないのだから。

 

 これがこのゲームの隠された真実であり。

 その軽快で明るく楽しげなOPムービー を見て、こんな真実にたどりつける人など、いるわけないし。

 「真実の愛を探しましょう」というどこにでもありそうなキャッチコピーの真の意味を理解出来たなら、頭がおかしいと断言してあげるべきだろう。

 

 さて、そんなゲームのあらすじは。

 

 【出身の知れない】平民の出であり、王国の伝説に謳われる光の聖女候補として、

この国では見ないだけの、北のハイエルフの、魅了の魔力を無自覚に持っている】ヒロインが。

 

あの権威主義者の】神殿に見いだされ、【身に合わぬ野望を抱いた地方】男爵の養子になる所から始まり。

 

 魔力持ち達が通う事実上の貴族学校である、王国魔法学院に、

最低限の貴族の礼儀作法すら教えられずに】入学し、そこで些細なことから【身分違いの】上級貴族であるヒーロー達と知り合って仲よくなり、その絆を深めていく。

 

 という流れになっている。

 

 この時点でもう色々不穏な言葉が混じっているが、【 】の部分は中盤以降までプレイヤーに隠されている情報なので、気にしない方向で。

 そうしないと君も乙女ゲーの暗黒面に囚われることになるぞ?

 

 いいね?

 

 大丈夫。【 】を飛ばせば割とどこかで見かけるような設定だから。その中身は保証できないけども。

 危険物かな?

 

 で、ヒロインちゃんなんだけど。

 

封権社会の平民なら命惜しさに、決して貴族と平等などとは思わないハズなのに

 彼女はまるで現代人のように、皆に命の平等をささやき。

 

 平民達や下級貴族に対するより上位の貴族の横暴を、

何の権力も持たない聖女候補という無意味な肩書でもって】身体を張って止めようとする好人物だ。

いつ無礼打ちされてもおかしくないのに、である

 

身分差を重要視する封建社会で

 誰にでも別け隔てなく、身分など関係ないと主張する彼女は、我々プレイヤーにも共感できる事が多く。

 まさに【現代のお優しい民主主義国家ならば】聖女と呼ばれるのにふさわしい人だと言って良い。

王国のルールを破壊する、罰されるべき側の人間だけども

 

 そんな【どこか平和な環境で育ったような】、誰にでも優しく、気高く、美しすぎる少女に、上級貴族達である5人のヒーローは恋をする。

 

爵位で魔力に大きく差が出るし、魔力継承が子3人までしかできないから、階級を大きく超えた恋愛は、禁止されていても。

 全員に婚約者がいてもお構いなしだ

 

まずは揃ってクズスタート。それがこの安心のラプソディア・クオリティよ

 

 じゃあここで。

 気になる彼らの魅力的を少しだけ紹介していこう。

 

 まずはこの人。メインヒーロー。

 

 この【もはや形だけとなった王家の】金色の髪の雷の王子は、婚約者であるウチの娘、セシリアがヒロインちゃんを、

次期王妃の立場として、身分違いの行いを悟らせ、他の貴族から彼女が行き過ぎた罰を受けぬように】何度も何度も怒鳴りつける度に。

 

 それを【本来彼女を叱るのは、自分の役目なのにも関わらず】激しく叱責して、ヒロインちゃんの事を守り。

国の秩序を自らがガンガン乱していく問題児だ

 

もう王家には何の力もない癖に】この傾いた国を立て直したいという【過程すら深く考えていない】自分の夢を【経済や政治すら学ぶ事なく、なぜか

 手に持った剣を振るいながら笑顔で彼女に語る姿は、多くの乙女の心をときめかせた。

 

 後にヒロインちゃんへの数々の非道から、【彼女が貴族的に何も間違ってないと理解しながら】セシリアに【後ろ盾が欲しくて婚約を頼み込んだ王家側から一方的に】婚約破棄を言い渡す彼は、まさに理想【しか描いていない、夢の中】の王子さまと言えるだろう。

 

 【とりあえず、この王子はゲーム内害悪1位の座を俺と競うライバルであったりもする。

 絶対許さぬぞ貴様。絶対な?

 あと俺もな。

 ……死にたくなるわぁ。

 

 お次は火のヒーロー君。赤い髪の、いかにもストイックな騎士という見た目をした公爵家の跡取りだ。

 

上級貴族なのに、下級貴族職の騎士になりたいという】赤髪の火のヒーローは、他者に奪われぬ為に誰よりも力をつけたいと、【統率側であるにも関わらず、個人の剣技ばかり】いつも鍛錬をかかさない、【組織の一員になりたいハズなのに】一匹狼を貫く熱血漢だ。

 

ええ、矛盾しかない……。

 

 下級貴族を【身分差から来る、正当な理由で】痛めつける上級貴族達を、【やはり身分差の為、抵抗すら許さない彼が】その自慢の剣技で蹴散らして、ヒロインちゃんを抱きしめて言う「騎士の手は唯、自身の愛する者を守る為にある」というセリフは多くの乙女の心を射止めただろう。

 

軍人がその力で国より自身の家族とか愛を優先する事は、基本的に最低の行為だけどな。

 

 水のヒーローの事は長くなるし、【胸クソ悪いんで】割愛するが。

 

「キミと一緒ならボクはなんでもやれる気がする」

光の聖女というお前の肩書を利用できるという意味でな】という言葉で彼の人となりをなんとなく掴んで頂きたい。

 【ドクソメガネめ

 

 土のヒーローは辺境育ちでヒロインちゃんと共に常識に疎く。朴訥で、王都に関わる騒動に無関心な性格の人。よくも悪くも話題にならない。

 

 でも正義感も金銭感覚も十分まともで、多くの金を【貴族に危ない遊びが流行らぬよう、流行を探し、資金が少しでも新規市場に流れ込むように、呼び水として】市場でばら撒く悪役令嬢の姿を見て、憤る位にはまともな奴だったりする。

貴族的に正しいセシリアの行動に全く気づかず、コイツだけ純粋に分かってないのはダメすぎだけどな。大領地の跡継ぎが義務教育レベルの常識も学ぶ気ないとか、ひどすぎる

 

 まぁ自分のストーリーでも辺境の食料問題の為に古代王国期に作られた種を探している辺り、このヒーローの中では一番マシである。

 実際ヒーローランキングでは、彼がいつも実質トップの2位だしな。

 

 ゲーム内でも彼の願いだけは、ちゃんと叶うしね。

早くに遺跡を調べさせ、種がないと知ったセシリアが長年の研究成果を、遺跡に置いていくからな。すでに踏破報告済みの遺跡を延々調べる男に、一度の社交で渡せた種を、そっと仕込むしかないと言う、ヒーローの闇深すぎ問題よ……

 

 どうだろうか。

 これだけを知れば”夜明けのラプソディア”がいかに素晴らしいゲームであるか伝わっただろうか。

 

 なんだか胸が熱くなるね。

 

 こいつらがウチの娘の非道を訴えて、よって集って悪役令嬢の排斥を行うのが、ゲーム中盤。

 以降彼女は学園から姿を消し、それまで彼女が抑えていた数々の問題にヒロイン達が直面して初めて。

 ”プレイヤー”はこの【 】の事実を知る事になるんだわ。

 徐々に、パズルのピースを集めるように。

 いつか気づくのよ。

 

「ふぁっ? あ、あの悪役令嬢。

ホントは悪役演じてただけなんじゃ。

 むしろ誰よりも重要人物じゃん」って

 

 あ、ちなみにこれ、誰がそんな騒動を抑えてくれてたかっていう話。ゲームの登場人物はみんな基本的に気付かないから?

 

 ここがポイント。

 ひどすぎワロタ。いやワロエナイって(泣)

 

 そりゃあ、こんなモン。

 ネットじゃあ色々騒がれるわな?

 

「う、うわぁ。私の推し、クズすぎっ」

「何このプレイヤーの夢を根本から折ってくるゲーム(怒)」

「ふぇぇ、私はなんて事を……!

は、このクズ男達。何なんですかね、一体(怒)」

「気づいたら私は自分で本当のヒーロー? ヒロイン?を追放していました。許されない……(泣)」

「え、アレ。私がやった事って。え?

 うぉぉ、ろ、ロードじゃあ!

 時は戻る。

 彼女こそ真のヒーロー。追放なんてダメゼッタイ。

 せ、選択肢がない、だと……?(絶望)」

 

 と、よくみんな重い思い(誤植ではない)に燃え上がったモンである。色んな意味で。

 

 これが世にいう、第一次セシリアンショック。

 我々ラプソディアンが味わった世界最初の奈落の底よ。

 地獄の底は乙女ゲーの中にあったんや。

 

 こうしてひどすぎるヒロイン、ヒーロー達の姿を目の当たりにした俺たちが、徐々に選ばれたセシリア臣民へとその在り方を変える事は、世の当然の摂理であろう。

 

 んで。

 

 ここでもうやってられるかって。

 辞められるようなゲームなら良かったんだけれども。

 それでもやりたくなる程に、このゲームを作ったシナリオライターには腕があって、BGMから演出まで手が込んでたのが、みんなの不幸の始まりよ。

 

 だからこそ、だからこそ。

 俺たちはその後にこれ以上の絶望を都合7回、味わう事になったんだわ(血涙)

 

 ド許さぬ。

 

 姉よ、オマエはなんてモン弟に無理やり押し付けてくるんだ。完全にトラウマだわ。

 セシリア様、絶対幸せにするからな。

 

 ……うん。それはおいとこうか。

 長くなるし、関係ないからね。ぐぬぬ。

 で、ここでもう1人、語っていないヒーローがいるんだけどもな?

 

 それが風のヒーローであり、今回の主題なんだけども。

 ま、何が言いたいか、と問われますとね?

 

「なんだこりゃ、ウチで食うコンソメよりも格段にウメェじゃねぇか!

てめぇ、ウチに手抜きのモン送り込みやがったなぁ」

「そんな訳ないじゃん、パパのバカァ。

 前に何度も説明したジャン!!」

「ほ、本当にすまないジルクリフ卿、こ、こういう人なんだ……」

 

 只今俺、その風のヒーローの親である人物から絶賛、罵倒を受けている最中なんです。

 

 なぁ、アポなしでいきなり訪ねてきたヤツに、“まぁいつも世話になってる子の親だから”って、飯出してもてなしたら、それが美味いってキレられるヤツの気持ち考えて。

 

……。

 

 ああ、もぉ。コイツ絶対風のヒーロー、ゼリック・W・スカイバレーの父親じゃねぇかぁ。

 だってこんな感じなんだよ、アイツって普段から。もう顔と家柄と実力も揃ってるけど、性格だけが完全に、我が道を行く系ヤンキー兄ちゃんなんだよぉ。

 年とってそのまま四十手前に育ったら、多分こんなおっさんになるわ、きっと。 

 

 このワイルド系空髪褐色金ネックレス親父。

 記憶の中じゃ領主会議で何度か合ってるから知ってたんだけど、実物のインパクトが酷すぎる。のっけからもう、ストレスしかない。

 

 なんで娘のソランちゃんがいい子に育ったか、甚だ(はなはだ)疑問なんじゃけど。

 うごご。

 

「テメェコラ、聞いてんのかおいっ。このクソガキっがぁ!」

「もぉー、話聞いてよパパ~~~、ボクも怒るよぉ!」

「ダメですよギドリック叔父様! ほ、ホント、ごめんなさい公爵様……」

 

 もう今すぐ謝って、つかもう帰れよぅ、うう。

 

 ど、どうしてこんな事に。

 世界の意思が俺をセシリアから引き離そうとしてやがる。

 

 あ、諦めねぇ。

 俺は絶対セシリアたんを可愛がるんだ!!

 



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10)”夜明けのラプソディア”1(文字あり)

 こちら前話の文字隠しなしバージョンです。



 さて、ここでちょっと原作を振り返って見るとしよう。

 

 この世界の原作である鬱乙女ゲー“夜明けのラプソディア”は異色の問題作などと言われているとはいえ、乙女ゲーなのである。

 つまりそこにはプレイヤーの代わりに物語を導く主人公であるヒロインと、その攻略対象である5人のヒーロー達が、当然存在するわけで。

 

 ゲームの中盤までこのゲームのヒーロー達は、とても魅力的なキャラクターとしてプレイヤーの目に映る。

 

 だが残念ながらこれは鬱乙女ゲー。

 それは紛れもない製作者サイドの罠であり、彼らの魅力はハリボテだ。

 

 なぜならばこのゲーム。

 悪役令嬢とその仲間達以外。

 無知か無能かクズしかいないのだから。

 

 これがこのゲームの隠された真実であり。

 その軽快で明るく楽しげなOPムービー を見て、こんな真実にたどりつける人など、いるわけないし。

 「真実の愛を探しましょう」というどこにでもありそうなキャッチコピーの真の意味を理解出来たなら、頭がおかしいと断言してあげるべきだろう。

 

 さて、そんなゲームのあらすじは。

 

 【出身の知れない】平民の出であり、王国の伝説に謳われる光の聖女候補として、

【この国では見ないだけの、北のハイエルフの、魅了の魔力を無自覚に持っている】ヒロインが。

 

【あの権威主義者の】神殿に見いだされ、【身に合わぬ野望を抱いた地方】男爵の養子になる所から始まり。

 

 魔力持ち達が通う事実上の貴族学校である、王国魔法学院に、

【最低限の貴族の礼儀作法すら教えられずに】入学し、そこで些細なことから【身分違いの】上級貴族であるヒーロー達と知り合って仲よくなり、その絆を深めていく。

 

 という流れになっている。

 

 この時点でもう色々不穏な言葉が混じっているが、【 】の部分は中盤以降までプレイヤーに隠されている情報なので、気にしない方向で。

 そうしないと君も乙女ゲーの暗黒面に囚われることになるぞ?

 

 いいね?

 

 大丈夫。【 】を飛ばせば割とどこかで見かけるような設定だから。その中身は保証できないけども。

 危険物かな?

 

 で、ヒロインちゃんなんだけど。

 

【封権社会の平民なら命惜しさに、決して貴族と平等などとは思わないハズなのに】

 彼女はまるで現代人のように、皆に命の平等をささやき。

 

 平民達や下級貴族に対するより上位の貴族の横暴を、

【何の権力も持たない聖女候補という無意味な肩書でもって】身体を張って止めようとする好人物だ。

【いつ無礼打ちされてもおかしくないのに、である】

 

【身分差を重要視する封建社会で】

 誰にでも別け隔てなく、身分など関係ないと主張する彼女は、我々プレイヤーにも共感できる事が多く。

 まさに【現代のお優しい民主主義国家ならば】聖女と呼ばれるのにふさわしい人だと言って良い。

【王国のルールを破壊する、罰されるべき側の人間だけども】

 

 そんな【どこか平和な環境で育ったような】、誰にでも優しく、気高く、美しすぎる少女に、上級貴族達である5人のヒーローは恋をする。

 

【爵位で魔力に大きく差が出るし、魔力継承が子3人までしかできないから、階級を大きく超えた恋愛は、禁止されていても。

 全員に婚約者がいてもお構いなしだ】

 

【まずは揃ってクズスタート。それがこの安心のラプソディア・クオリティよ】

 

 じゃあここで。

 気になる彼らの魅力を少しだけ紹介していこう。

 

 まずはこの人。メインヒーロー。

 

 この【もはや形だけとなった王家の】金色の髪の雷の王子は、婚約者であるウチの娘、悪役令嬢セシリアがヒロインちゃんを、

【次期女王の立場として、身分違いの行いを悟らせ、他の貴族から彼女が行き過ぎた罰を受けぬように】何度も何度も怒鳴りつける度に。

 

 それを【本来彼女を叱るのは、自分の役目なのにも関わらず】激しく叱責して、ヒロインちゃんの事を守り。

【国の秩序を自らがガンガン乱していく問題児だ】

 

【もう王家には何の力もない癖に】この傾いた国を立て直したいという【過程すら深く考えていない】自分の夢を【経済や政治すら学ぶ事なく、なぜか】

 手に持った剣を振るいながら笑顔で彼女に語る姿は、多くの乙女の心をときめかせた。

 

 後にヒロインちゃんへの数々の非道から、【彼女が貴族的に何も間違ってないと理解しながら】セシリアに【後ろ盾が欲しくて婚約を頼み込んだ王家側から一方的に】婚約破棄を言い渡す彼は、まさに理想【しか描いていない、夢の中】の王子さまと言えるだろう。

 

 とりあえず、この王子はゲーム内害悪1位の座を俺と競うライバルであったりもする。

 絶対許さぬぞ貴様。絶対な?

 あと俺もな。

 ……死にたくなるわぁ。

 

 お次は火のヒーロー君。赤い髪の、いかにもストイックな騎士という見た目をした公爵家の跡取りだ。

 

【上級貴族なのに、下級貴族職の騎士になりたいという】赤髪の火のヒーローは、他者に奪われぬ為に誰よりも力をつけたいと、【統率側であるにも関わらず、個人の剣技ばかり】いつも鍛錬をかかさない、【組織の一員になりたいハズなのに】一匹狼を貫く熱血漢だ。

 

 【ええ、矛盾しかない……。】

 

 下級貴族を【身分差から来る、正当な理由で】痛めつける上級貴族達を、【やはり身分差の為、抵抗すら許さない彼が】その自慢の剣技で蹴散らして、ヒロインちゃんを抱きしめて言う「騎士の手は唯、自身の愛する者を守る為にある」というセリフは多くの乙女の心を射止めただろう。

 

 【軍人がその力で国より自身の家族とか愛を優先する事は、基本的に最低の行為だけどな。】

 

 水のヒーローの事は長くなるし、胸クソ悪いんで割愛するが。

 

「キミと一緒ならボクはなんでもやれる気がする」

【光の聖女というお前の肩書を利用できるという意味でな】という言葉で彼の人となりをなんとなく掴んで頂きたい。

 【ドクソメガネめ。】

 

 土のヒーローは辺境育ちでヒロインちゃんと共に常識に疎く。朴訥で、王都に関わる騒動に無関心な性格の人。よくも悪くも話題にならない。

 

 でも正義感も金銭感覚も十分まともで、多くの金を【貴族に危ない遊びが流行らぬよう、流行を探し、資金が少しでも新規市場に流れ込むように、呼び水として】市場でばら撒く悪役令嬢の姿を見て、憤る位にはまともな奴だったりする。

【貴族的に正しいセシリアの行動に全く気づかず、コイツだけ純粋に分かってないのはダメすぎだけどな。大領地の跡継ぎが義務教育レベルの常識も学ぶ気ないとか、ひどすぎる】

 

 まぁ自分のストーリーでも辺境の食料問題の為に古代王国期に作られた種を探している辺り、このヒーローの中では一番マシである。

 実際ヒーローランキングでは、彼がいつも実質トップの2位だしな。

 

 ゲーム内でも彼の願いだけは、ちゃんと叶うしね。

【早くに遺跡を調べさせ、種がないと知ったセシリアが長年の研究成果を、遺跡に置いていくからな。すでに踏破報告済みの遺跡を延々調べる男に、一度の社交で渡せた種を、そっと仕込むしかないと言う、ヒーローの闇深すぎ問題よ……】

 

 どうだろうか。

 これだけを知れば“夜明けのラプソディア”がいかに素晴らしいゲームであるか伝わっただろうか。

 

 なんだか胸が熱くなるね。

 

 こいつらがウチの娘の非道を訴えて、よって集って悪役令嬢の排斥を行うのが、ゲーム中盤。

 以降彼女は学園から姿を消し、それまで彼女が抑えていた数々の問題にヒロイン達が直面して初めて。

 “プレイヤー”はこの【 】の事実を知る事になるんだわ。

 徐々に、パズルのピースを集めるように。

 いつか気づくのよ。

 

「ふぁっ? あ、あの悪役令嬢。

 ホントは悪役演じてただけなんじゃ。

 むしろ誰よりも重要人物じゃん」って

 

 あ、ちなみにこれ、誰がそんな騒動を抑えてくれてたかっていう話。ゲームの登場人物はみんな基本的に気付かないから?

 

 ここがポイント。

 ひどすぎワロタ。いやワロエナイって(泣)

 

 そりゃあ、こんなモン。

 ネットじゃあ色々騒がれるわな?

 

「う、うわぁ。私の推し、クズすぎっ」

「何このプレイヤーの夢を根本から折ってくるゲーム(怒)」

「ふぇぇ、私はなんて事を……!

は、このクズ男達。何なんですかね、一体(怒)」

「気づいたら私は自分で本当のヒーロー? ヒロイン?を追放していました。許されない……(泣)」

「え、アレ。私がやった事って。え?

 うぉぉ、ろ、ロードじゃあ!

 時は戻る。

 彼女こそ真のヒーロー。追放なんてダメゼッタイ。

 せ、選択肢がない、だと……?(絶望)」

 

 と、よくみんな重い思い(誤植ではない)に燃え上がったモンである。色んな意味で。

 

 これが世にいう、第一次セシリアンショック。

 我々ラプソディアンが味わった世界最初の奈落の底よ。

 地獄の底は乙女ゲーの中にあったんや。

 

 こうしてひどすぎるヒロイン、ヒーロー達の姿を目の当たりにした俺たちが、徐々に選ばれたセシリア臣民へとその在り方を変える事は、世の当然の摂理であろう。

 

 んで。

 

 ここでもうやってられるかって。

 辞められるようなゲームなら良かったんだけれども。

 それでもやりたくなる程に、このゲームを作ったシナリオライターには腕があって、BGMから演出まで手が込んでたのが、みんなの不幸の始まりよ。

 

 だからこそ、だからこそ。

 俺たちはその後にこれ以上の絶望を都合7回、味わう事になったんだわ(血涙)

 

 ド許さぬ。

 姉よ、オマエはなんてモン弟に無理やり押し付けてくるんだ。完全にトラウマだわ。

 セシリア様、絶対幸せにするからな。

 

 ……うん。それはおいとこうか。

 長くなるし、関係ないからね。ぐぬぬ。

 で、ここでもう1人、語っていないヒーローがいるんだけどもな?

 

 それが風のヒーローであり、今回の主題なんだけども。

 ま、何が言いたいか、と問われますとね?

 

「なんだこりゃ、ウチで食うコンソメよりも格段にウメェじゃねぇか!

 てめぇ、ウチに手抜きのモン送り込みやがったなぁ」

「そんな訳ないじゃん、パパのバカァ。

 前に何度も説明したジャン!!」

「ほ、本当にすまないジルクリフ卿、こ、こういう人なんだ……」

 

 只今俺、その風のヒーローの親である人物から絶賛、罵倒を受けている最中なんです。

 

 なぁ、アポなしでいきなり訪ねてきたヤツに、“まぁいつも世話になってる子の親だから”って、飯出してもてなしたら、それが美味いってキレられるヤツの気持ち考えて。

 

 ……。

 

 ああ、もぉ。コイツ絶対風のヒーロー、ゼリック・W・スカイバレーの父親じゃねぇかぁ。

 だってこんな感じなんだよ、アイツって普段から。もう顔と家柄と実力も揃ってるけど、性格だけが完全に、我が道を行く系ヤンキー兄ちゃんなんだよぉ。

 年とってそのまま四十手前に育ったら、多分こんなおっさんになるわ、きっと。 

 

 このワイルド系空髪褐色金ネックレス親父。

 記憶の中じゃ領主会議で何度か会ってるから知ってたんだけど、実物のインパクトが酷すぎる。のっけからもう、ストレスしかない。

 

 なんで娘のソランちゃんがいい子に育ったか、甚だ(はなはだ)疑問なんじゃけど。

 うごご。

 

「テメェコラ、聞いてんのかおいっ。このクソガキっがぁ!」

「もぉー、話聞いてよパパ~~~、ボクも怒るよぉ!」

「ダメですよギドリック叔父様! ほ、ホント、ごめんなさい公爵様……」

 

 もう今すぐ謝って、つかもう帰れよぅ、うう。

 

 ど、どうしてこんな事に。

 世界の意思が俺をセシリアから引き離そうとしてやがる。

 

 あ、諦めねぇ。

 俺は絶対セシリアたんを可愛がるんだ!!

 



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11)俺の魔力が告げている

「テメェ、こら、答えろクソガキィ!」

「当家でのコンソメは我がシェフが精魂込めた三度仕込みの逸品だ。固形化に小麦粉を使う量産物などと比べてくれるなよ、ギドリック」

 

 俺は今にもこちらに掴みかからんばかりの勢いで叫び上げた、その空髪褐色金ネックレスDQN中年に、吐き捨てるようにしてその理由を教えて差し上げた。

 そらね。門外不出の味よ。ウチの料理長が頑張った分美味いじゃろ。

 材料費もかかっとるし。

 

 ああそれにしても俺もな。

 

 普段から元クリフ言語変換で貴族の言葉を使ってるんだが、コレ丁寧な言葉で喋れるのって、妻のミリア用しかなくてな。

 女性なら何とかごまかせるんだけど、男には傲慢魔王モードを使わざるを得ない。だっておっさんに対して、キザったらしく甘い言葉連発する妻モード、使えんだろ。

 

 若作りでも40前っぽいおっさんに、生意気な言葉を連発する22才の強面兄ちゃんが今の俺だと考えると、どっちもどっちと言えばソレまでなんだな、これが。

 

 もうホントジルクリフ、お前さぁ……。

 

 おおう。娘さん二人がオロオロしとるな。特に水の子が酷い事になっとる。どんまい。

 

「なら今度からコッチ俺のトコに送れや坊主っ。こりゃウメェ、気に入った!」

「はっ、価値相応な値段だが、貴様に払えるかね?」

 

 相性悪すぎぃっ。

 さっきから俺、挑発しかしてないんだけど。

 もう全然悪者じゃん。

 

 え、自分の言葉で話さないのかって?

 いや俺、姉ちゃんから色々仕込まれてきたエリート弟じゃん。いわばへたれ界のプリンスよ。

 DQNとか苦手でさホント。

 

 このレベル(・・・・・)が相手だと言葉変換しないと声が震えてマトモに会話できる気しないのだわ。セシリアの為ならともかく。

 結構こっちで色々やってきたけど、こういうのって治らんもんなんだなぁ(遠い目)

 

 ああ、俺もさぁ、ホントにさぁ……ちくせう(泣)

 

 いや神官程度なら怖くないんだよ。

 でもコイツ圧が普通じゃない。

 本能的に食われそうって思っちまう程、強力なんだよ。

 うっかり震えちまいそうになる。

 

 そんな自分の震えを隠す為に放った魔王モードのその言葉に、挑むようにDQN中年が吠えた。仕方ないから俺はDQN中年に、ソイツの値段を教えてやった。

 

「あ? んなモン俺様がビビるって思ってんのか、テメェ、あ?」

「ふっ、ならば普及品のコンソメに100をかけた程度の額だ。端金なのだろう? しかと支払え」

「は?」

 

 そしたらはい、固まった。

 そんな貴族様でも少し引いちゃうようなお値段。それがウチのスペシャリテの値段です。輸送に氷とかもいるからね。仕方ないね。

 まぁウチじゃタダ同然だけど氷。ボロ儲けって最高だわ。

 あ、再起動した。

 

「ザっけんな、オイ。んなフトーな暴利払えっかコラァ!

 ケンカ売ってんのか、オイ?」

「あいにく買い手には困っていないがな?」

「(ホラ)吹くなやっ、ワッパっ!」

 

 おおぅ。今にも飛びかかってきそうだな、このおっさん?

 なんて物騒な殺気だよ。やめてくれ。

 やるとなったら命がけなんだから。

 

 暴利は認めるが不当じゃないって。

 もうそれで売れてるしな。

 

 ウチは持ってる奴から絞りとるのがモットーなんだ。貴族の溜め込んでるものを引き出して、市場に流さにゃならんのだ。

 

 その件に関しては、ソランちゃんに頭上がらないな。彼女の人脈は凄まじかった。

 風の民の行動範囲の広さ、正直舐めてたわ。

 伊達に国内郵政と通信網を請け負ってるわけじゃないな。

 

 まぁ今絶賛、その風の民のトップに思いっきり怒鳴られてると思うと、複雑なんだけども。

 そんな風に考えこんでると、娘さん達の援護射撃が。

 

「もーーーーーーー、パパ黙ってよ!

 公爵様の言ってる事はホントだもん。樹の領の人とか、アルザ叔父さんだって、文句言わずに買ってくれてるんだよ!」

「はぁーーー?

 んなバカ見てぇな値段で、誰がこんなモン買うんだよ。

 バカか、バカなのかみんな!」

 

「ふん、ならば貴様はその“こんなモン”、を欲しがるバカの親玉だな?」

「っだコラっ、やんのかオイ!」

 

 ふぇぇ。

 “こんなモンって、アンタ今それ欲しがってたよね!?”

 ってつい口に出して突っ込んだら、この通りの翻訳具合よ。ニヤつきながらそんな事言ったら、俺の方が完全に悪モンじゃねぇか。

 

 さすが強面妖怪・紫ロング。じ、自分で自分を追い詰めていくスタイルだ。

 ネタ公爵の名は伊達じゃない(泣)

 

 う、うかつにしゃべることすらできんとは。自分の口から飛び出したあまりの衝撃に、俺がすっかり固まってしまった時。新たな救い手が割り込んできた。

 

「お、おちついてギドリック叔父様。ソランの言ってる事は本当だから。アルザ王などすっかり気に入って、ソランに頼んで国に直送して貰ってるよ」

「なんだぁ、アイツそんな事、俺の娘にやらしてんのかよ。文句言ってやろうかソラン?」

 

 おん、このおっさんわりと娘思いなのか?

 俺にはわかるぜ。その顔は。

 本気で娘のことを思う男の顔だ。

 むむ、親類とはいえ娘の為に王族に意見するとか、……できるな、このおっさん。

 

「ボクがやりたいからやってるの!

 アルザ叔父さん達、すっごく喜んでくれるんだから。これはゲージツだーって」

「間違いありませんよ叔父様。アルザ王を含め、かの料理の国の料理人が言葉を揃えて皆この味を絶賛しています。“完璧”の名に恥じる事なき逸品であると」

 

 ああ、いい子達だわ。

 特に水の子はよく出来た子だ、ホント。

 普段から何かと自由なソランちゃんの手綱をしっかりと握ってくれるし、何かとウチの研究とか手伝ってくれるから、ホントにありがたい。あのクソメガネとの血縁である、水の領のお嬢様とは思えんわ。

 

 あとでいっぱい労ってあげよう。

 

 ふふ。かわいい少女達の影に隠れてしゃべる事もできない今の俺、最高にかっこ悪いぜ。

 だが仕方ない。今俺が口を開けば大概ロクな事にならんもの。公爵にもできない事はあるのだよ。わりといっぱい。

 

 ああ、そう言えばソランちゃんの事よ。

 水の子がよくお姫様呼びしてたから、なんなんかねって思ってたんだけど、どうやら本物のお姫様らしい。

 この国の左隣にある陽光の国の王族の血が流れてるノーブル少女だったのよ。

 

 おかげでこのフランスとオランダ足して割らないような農業大国の王様に、うちのコンソメが売れて売れてしょうがないという。まっこと外貨うまうま祭りである。

 

 まぁホントは食料払いして欲しいんだけど、ウチとは地繋ぎじゃないから難しいのよな。

 ウチは歪みの大森林って、瘴気と霧に満ちた国規模の森に西と南側囲まれて、後はほぼ自国の領にしか接してないから。他領、それこそ目の前の親父の許可がないと、かの国と外交が出来ないのよね。

 んで許可がおりないからやむなしよ。

 

 今のところは(・・・・・・)

 

 おっと、そんな現実逃避をしていたら。

 どうやら状況が解決したようだ。

 

「ほー、そーなんか。アイツが認める程のモンなら、この値段が適当なんだな。おうわかった。じゃあ、それはいいや(・・・・・・)

「わ、分かってくれましたか、叔父様。」

フン(ええ)なんとか人語位は(理解してくれたら)理解できたようだな(いいんですよ)?」

「はっ、オメェは、相変わらずナマイキな小僧だな!」

 

 わかった相手に、全力でイキるスタイル。

 

 ふ、いつまでもなまいき盛りの22才です(泣)

 

 イカンな。これまで自分より格上相手と話さなかったから問題にならなかったが、この口調。……いつか大けがするぞ。俺もちゃんと言葉遣い勉強せんと。

 

 ヒーロー達のこと笑えねえわ。

 

 認めたくないがこのDQN中年。同じ公爵だけど俺より格上扱いだからな。そんだけ風の魔力は特別ってことだ。

 魔力の量以上の価値を持ってる。

 

 ん、しかし変だな。あの喧嘩っぱやくてキレやすい風のヒーローの親だったら、普通こんだけ言われりゃ殴りかかってきてもおかしくないんだけど。

 アイツはいつだって自由に生きるとか言いながら勝手をやっては、誰かれ構わず噛みつく狂犬のような男なんだが。

 それにしちゃ割と心広くないか、このおっさん。

 圧はすげぇけど。

 

「ぶー、仲よくしてよ~~!」

「はは、悪かったよソラン。むくれんなホレ。ああ、あれだウェンディも悪かったわ」

「ええ、分かって下さればいいのです」

 

 ふむ。パタパタと自己主張する2つの腕に合わせて空色のツインテールをピョンピョコさせるソランちゃんの頭を、苦笑いを浮かべて撫でながらも、同時に姪っ子もなだめてみせるあの手付き。手慣れておるね。

 

 美人メイドさんに嫌な顔されながらも、日々娘を喜ばす為の撫でテクを、過剰に磨く俺ならばわかる。

 ありゃ熟達の匠の技だわ。

 

 むぅ、ヤハリ。

 コヤツ身内には優しい系ヤンキーなんだな。

 アレは本当に娘が可愛くて、仕方ないって顔だもの。

 

 っく、悔しいが、認めようゼドリック。

 お前、実はいい父親だな?

 

 思えば原作の風ヒーローも、誰の話も聞かない野郎だったが、ヒロインちゃんにだけはめちゃくちゃ優しかった記憶がある。

 きっとこいつも王族の妻を娶れるくらいだから、家族に対しては誠実で激甘な男なのだろう。

 

 そう俺の魔力(執着)が告げている。

 

 最近気づいたんだが、俺はどうやら妻と娘を大切にする男(世のいいパパ達)を、嫌いになれない性分らしい。ずっとセシリアたんを可愛がってたら、いつの間にかそうなってた。おかげで魔力がさらに増えた気がする。

 

 うーん、そういう事なら少しだけ話を聞こうか。どうにかすぐに追い出そうと思ってたけど、良パパのよしみで耳を傾けてやろうじゃないが(同士を見る目)

 

 しかしうらやましいなオッサン。娘をそんなに可愛がれて。

 俺も早く娘可愛がりてぇ(執着心発動中)

 

 あ。だが、そうだ。

 その前に俺も彼女らにお礼言わないと。

 

「(色気を込めて微笑みながら)麗しく咲く双輪の乙女達よ。

 我が真贋を謳ってくれた事、感謝する。

 後ほど女神のような君たちのあり方に恥じぬよう、俺の全てをもって報いるとしよう。

 この身になんなりとお命じを、麗らかなる我が姫君たちよ」

「にゃ~~~~」

「ふぇっ!」

 

 あ、やばい。

 つい気を抜いて、力を一切抑えずに嫁モードで喋ってしまった。こ、これじゃ唯の痛い奴やん。くっそ相変わらずめんどくさいな、元クリフ言語翻訳。

 少し気を抜くだけでこれだとか、ツライ。

 

 お、おう。二人とも引いとるわ。

 アレは完全に滑った男の姿を見るのが恥ずかしくて、つい顔を背けてしまった女性の顔なのだわ。微妙な沈黙が、心に響く。

 つららい。

 

 そんな俺に、妙に突っかかってくるDQN中年。何やらおかしな事を言い始めた。

 

「オメェ、親父の前で娘、口説くたぁいい度胸だな、あ?」

 

 あん? んなわけないだろ。父親の前で娘口説くとか、なんだその外道は。そんな輩は俺が許さん。ついでにこの国のクソ王子はこの俺が裁く。

 そんな俺の苛立ちを、全部込めて言葉にすれば。

 

「(底冷えする笑顔で、魔力すら纏いながら)はっ、貴様、何を言っている。俺は淑女に相応しい対応をしたまでのこと。それに下心を感じるなど、心がさもしい証拠だなギドリック」

「お、おう。おお? 俺が間違ってんのか、ん?」

 

「ボク、びっくりしちゃった(てれてれ)」

「(小声で)……本当に心臓に悪い人だ」

 

 どうやら向こうも己の間違いに気づいてくれたようだ。 

 DQNでも奴は娘を大事にする人の親。誠意を持って話せば会話は出来る。俺は学んだ。

 娘を愛するパパに根っから悪い奴などいない。俺の魔力(執着)がそう言っている。

 

 そう思うと俺の震えがやっと止まった。

 よし、これで魔王解除できるわ。うーん、貴族的な言い回しがいまいちわからんけど、普通に話しても大丈夫だろ。

 傲慢モードよりマシだ。

 

「で、何のようですかね、ギドリックさん。こちらも暇じゃないんですけどね?」

「なんだオメェ。いきなり、さん、とかつけて、丁寧な言葉使い出すんじゃねぇ坊主。

 逆に気持ちわりぃわ……」

((似合わない……))

 

 気を遣ったら、全力で貶された!

 全力で、…うぇっ、て顔で言い切られた!

 クソ、やはりDQNと弟は分かり合えないものなのだな。うごご。

 そんな気持ちを持って彼を睨むと。

 

「ああ、そうだった。そうだった。すっかりメシに夢中になって忘れてたわ」

 

 ついうっかりと言った軽い笑いが返ってくるとか、格上とはいえ、ちょっとオッサンを懲らしめてやりたくなった。

 どこかうろんげな瞳で奴を見つめていた俺は、直後、気付かされる事になる。

 

「オメェのよ。

 人が乗れる空飛ぶアレ。俺ぁ、アレを見にきたんだわ?」

「ハッ!」

 

 ニヤリと凄みのあるいやらしい捕食者の笑みを浮かべて言った、そのギドリックの言葉におもわず絶句し。

 見開いた目で、笑顔を凍らせて。

 思い知るのだ。

 

(おいおい、なんでバレてんだウチの極秘事項が)

 

 風の民の真の力。

 その諜報力の恐ろしさを。

 

 おい、どうやらコイツ。

 ……息子みてぇな小物じゃねぇぞ。

 ホンモン(大悪党の大親分)の風格がありやがる。

 



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12)泣く子と風の民には勝てない

 あの後、DQN中年から端的に。

 “お前の手の内を他の領の奴らにバラされたくなかったら、飛ぶ乗りモンに乗せろや”

 と脅された俺は、結局従う事にした。

 

 理由は簡単だ。

 空の領と用意もなく戦う位なら、今はこちらが折れた方がマシだから。

 風の魔力って異常に厄介なのよ。

 

 風、というか空気はどこにでもあるから、他に比べて発生が速いし、風に剣とか矢を乗せて飛ばせば射程も長くて威力も十分。

 纏えば空を飛んで誰よりも高速で移動できるし、広範囲の音を拾って情報収集を行えて、逆に音を殺して無音すら作れる。

 しかも音を飛ばして遠距離通信網すら作り上げられるとかもうぶっ壊れてるとしか言いようがない。

 ゲームバランスぅっ! て、なる。

 

 絶対マトモに相手なんかしたくないんよね。

 

 しかもコイツらが国に固まってくれてたら、まだやりようがあるんだけど。アイツラ国営で郵便と通信任されてるから、一気に殲滅するのもそもそも無理だし。

 一回戦争始めたら、そのクソ速い機動力と射程活かして、遠距離通信しながら空からどこででも奇襲仕掛けてくるゲリラ集団とかね。

 ダメじゃないそんなん。

 

 だからみんな、神殿ですら風の民とは事を荒げたがらない。彼らと戦うなら多少の不利益は呑んだほうが、マシだもの。

 そんだけ優秀なのに中身はもれなくヤンキー兄ちゃんとか、本気でどうかなんだ空の領。

 救いがあるのはその性格で、ワリと知りたい事知って好奇心満たせたら、一つの事に全然執着しない事だろうかね。

 いや、情報カツアゲされるとかツラミしかないけども。

 

 それでも娘の為なら戦うけどさ。それならそれで用意の為に時間稼ぎは必須なんだわ。

 

 ならもう情報教えていいかなって。どうせ諜報完全に防げないなら、逆にここでまだバレてない凄いモンドカンと教えてビビらせるしかないじゃない。

 

 というわけでこれは想定内、想定内なんだよと。

 呪文のように唱えて自分を落ち着かせて見ているわけだ。ちくしょうめぇ(泣)

 

 そんでどんな思惑だよって一応尋ねたら、笑って。

 

「見たことねぇモンがあったら見てぇだろ」

 

 とか言うもんだから俺は不覚にも“ああ、風の民だわ”と、納得してしまった。ホントにノリで生きてるなアンタら…。

 確実にソランちゃんと、風のヒーローの両方の血筋を感じる。うむ。業が深い。自由と好奇心両立とか、もう探検にでもいけばいいと思うよ、君たち。

 

 もちろんその場に居たソランちゃんと、水の子はこっちの味方となってくれてたけど、そこは流石DQN中年。完全に迫力で有無を言わせずわがままを通したね。

 ……まぁ正直、途中からソランちゃんも飛行機に乗りたくてソワソワしてた感は否めんが。

 

 こ、これだから風の民は!!

 最初から俺の味方は水の子だけだ。仲良くしような?

 

 風のヒーローは力で無理やり屈服させようとするだけだったからよかったけど、コイツホントにシャレにならないな。

 自分の能力理解してなんでもやってくるとかよ。

 

 ……しかもなんかまだ隠してそうだし。

 

 まぁしゃあない。考えてもわからん事は後回しよ。

 わかってる事から解決せんと先に進めん。

 

 おし。とりあえずこの手の脳筋は、現物で殴ってわからせる。悲しいかなソレが真理よ。

 ならば俺の知識でその好奇心吹っ飛ばして、格の違いってヤツを見せつけてやるわ!

 

 このチキンレース、買ってやるからな!

 

「ふっ。いいだろうギドリック。そこまで言うなら見せてやろう。風魔法に頼らない、人の知恵が築いた未知への翼を」

 

 そんな強がりを言って、この不毛な戦いに挑むことに。

 俺にメリット、特にないんよな……。

 な、なんでこんな事に、娘よ……うう…。

 

 

「おお、コレよコレ。俺はコレに乗りたかったんだわ!」

「わぁ、何これおっきい、面白そう!」

「じ、ジルクリフ卿、……こ、これは。

 前に見たおもちゃよりもずっと無機質で、洗練されているじゃあないか!」

 

 只今現地入り。

 いや公爵家の玄関前の庭に、しょうがないからセバスに頼んで運んで貰ったんだけども。皆さんそれぞれに大変楽しんでいる模様。

 喜んで頂けて何よりです(白目)

 

 てか水の子お前もか?

 現物見るともう駄目か。そっち側か。

 まぁ俺も気持ちは分かるけども。未知のガジェットはワクワクするしね。仕方ないかな。

 とりあえず紹介しとこうか。

 

「これがウチの技術で作り上げた飛行する道具、その第1号だ。飛行機とでも呼んで貰おう」

「ヒコーキおっきい!」

「ほう、なんとも直球な名前じゃねぇか。そういうのは嫌いじゃねぇぜ?」

「ひ、飛行機。これが、この巨大なモノが空を飛ぶのか。……デタラメじゃないか」

 

 そうね。大っきいのよ。

 装置を小型化するより巨大化させた方が楽だったんで。

 作り手はもちろんあの人、職人チートの爺さんだ。

 

 その形は近代形の戦闘機に近い代物で。

 主翼がシュッとした三角形状で翼の両脇・胴体の根本に一つずつ、見た目だけならいかにもそこからジェット噴射出しそうな、胴体に対してでかすぎる立派な専用重重力機関が搭載されており。

 その噴射口の上部から翼にかけて突き出した2つの大きな尾翼が、最高に戦闘機っぽいシルエットを醸し出している。

 そしてその重重力機関の両隣には、さらにミサイルめいた秘密兵器の姿が2本取り付けてあるという、なんとも戦闘機らしい姿をした一品である。

 

 ある理由から複座型を採用したコイツの大きさは20mを超えていて、まぁ初めて見たらそれだけでちょっとした衝撃を受けるわな。

 

 そんな見た目だけ近代風戦闘機、それが実験戦闘機1号君だ。

 

 正直空力のバランスがしっかりつかめていないから、飛行効率はまだあまりよくないし、重量軽減しないと飛ぶことすら出来ないけれど。

 機体を無重力化したら取り敢えず墜落しないので、深く考える必要はなかった。自重軽くしすぎると空転始める車より、重重力機関の力をそのまま活かせるから、飛行機のほうが重力使いにとって遥かに扱いやすい代物だったりする。

 

「凄い。これは石で出来ているのか?

 そうか土魔法を使って石材を操ったんだ。だとしたら中には鉄の補強材が入ってるのだろうか。これは興味深い」

 

 おお、水の子。一気にテンション上がってるな。分かる分かるぞ理系少女よ。

 

 実はこの戦闘機。木材と石材を中心として出来ていたりする。木材を基本フレームにして土魔法の力を借りて石材をかぶせた木筋構造、そんな変態チックな代物だ。

 いや、あの石材の車作ったあとね。

 石材だけだとその、折れたりしたのよ。派手に車体が。そこから学び、軽量化と加工のしやす……

 

 

「おい、坊主。早く乗ろうぜ!

 ヒャッハーっ!!」

「わぁあい!」 

 

 説明させろや!

 くっそう自由人どもめぇ。

 

 そもそも複座なんで4人は無理と言ってみるも。

 

「そんなん、女どもは俺らの膝の上でいいだろ?

 コイツらも絶対乗りたいんだから、それでいいだろ。

 十分乗れるって、なぁ!」

「うん、乗れそうだよぉ!」

 

 そこにDQN独特の暴論が飛び出した(超偏見)

 貴様。その年で何の抵抗もなく年頃の自分の娘を膝の上に乗せて、しかも嫌な顔ひとつされんとは。やりおるわコヤツ(親バカ目線)

 俺もそんなパパになりたい。

 

 いや、じゃなくて。

 そりゃ、アンタは自分の娘だからええかも知らんがお前。こっちは他所様の年頃の娘さんやぞ。どんな顔して膝に乗せりゃあいいんだ。そんなのに慣れてたらとっくに童貞ちゃうわいと、抵抗するも。

 

 俺の嫌がる空気を察して、水の子が泣きそうな顔で震え出したので、断念。いや置いていかないから。

 その顔は、……卑怯だろ?

 

 そんなん誘うわ。

 

 というわけで奇しくも。

 スレンダーながらも出るトコはちゃんと出てる女の子を足に乗せて操縦する、絶対に反応させてはいけない童貞パパ・inフライヤーという、俺の社会的信用をかけたもう一つのチキンレースが同時開催される運びになった。

 

「あ、あうあう………」

 

 お、おう。

 乗りたくもない男の膝の上に乗ったストレスからか、はたまた飛行への緊張からか、小さくなって俺に腰掛けて震えるのは辞めて下さい水の子ちゃん。

 

 それは俺に効く。

 

 仕方ない。

 頭、は無理そうだからこう、手を重ねて落ち着くようにポンポンやってやろうじゃないか。安心しろ。これでも俺も娘相手に日々撫でテクを磨く男だ。

 そら、落ち着かれよ少女よ。

 

 あ、軽く睨まれてふいってされた。

 おや、コレってセクハラでは?

 すいませんでした!

 

 もはや一刻も早くこのイベントから解放されたい俺は、キャノピーを閉めて、手早く次々と発進準備を進めていく。

 

「わくわく!」

「(小声で)貴方ばかり私の心臓に悪いのは狡いと思う……」

「おお、コイツはどう飛び出すんだ、なぁ?」

「ああ、それはな」

「はい、かしこまりました旦那様」

 

 最後の準備が終わり、俺がセバスに合図を送ると、俺の重力魔法で重量が0になった機体を彼がひょいと掲げ。

 

「では皆さま。よい旅路を」

 

 空の方へとぶん投げた。

 

「なっ」

「おー」

「うわっ!?」

 

「発進!!」

 

 同時に各重重力機関に魔力を通し、そのまま出力を上げれば。ただ広い空そのものを滑走路にした異世界式の発進準備が整うのだ。

 なんせ無重力状態だから、落下しないんだよ機体がな。じゃあ滑走路とかいらないだろ。

 くく、初見じゃちょっと驚くよな?

 

「オメェの領のその変なトコで豪快なトコ、どうかと思うわっ!!」

「ふふ、味なモノだろう!」

 

 よし、無事に一泡吹かせてやったぜ。

 

 ああでも機体。やっぱ持ち上げられちゃうんだよなぁ重力魔法(・・・・)で。いくら重量0にしても、普通動くはずないのになぁ。

 つまりコレは重力魔法であって、重力魔法ではないんだなぁと改めて確信する。

 質量操作、出来てるんだモノ。

 

 そんな事を考えながら機体は空へと登っていく。

 さて、目にもの見せてやろうじゃないかギドリック。

 

 お前の心が、折れるまでな!

 



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13)風の限界を超えて行け

「凄い、凄いぞ公爵様!

 こんな、こんなに速く飛ぶモノなのか、飛行機とやらは?」

「わーけっこうはやーい。

 こんなに大きいのに不思議~!」

「がはは、コイツぁ結構ご機嫌じゃねぇかぁ!」

「……喜んでくれてなによりだ」

 

 飛び出してすぐ、重力抵抗も無視して飛ぶこの巨体ガジェットは、乗りこんだ者達の心をひとまず掴めたようだ。

 

 おお、さっきまでモニョモニョしてた水の子まで復活したわ。

 やはりいつでも俺を助けてくれるのは技術と娘の2つのみ。これでハッキリ分かんだね(親バカ)

  

 さてこの試作戦闘機1号君。

 2機の専用重重力機関から吸い込んだ空気を、大型ギアに内蔵させた数多のファンで加速させて圧縮噴射させるコイツは、機体重量が0な事もあり、実際かなり高速で飛ぶ。

 

 速度計測してないから分からんが、だいたい時速で500~700km位は出てるんじゃないかな。

 

 さらにファン内蔵の大型ギアを横として、それらはその左右に配置された同じ数の縦軸ギアと噛み合っており、本来重重力機関の欠点である、大地とギアが水平になったら動かなくなるという弱点をちゃんと補った作りとなっている。

 

 そのギア動作の切り替えはあのゴーレム君だ。

 

 ゴーレム君は一桁の計算が出来るだけでなく、それが複雑でなければ物事を直接見て、命令に従った動きをしてくれる万能魔道具なので、この手の“目の前の物が動かなくなったら”別のスイッチを入れる、なんて動作は簡単にこなせる。

 

 だからソイツを利用して、重重力機関がいつでも最適に落下エネルギーを取り出せるように重力制御を自動化し、縦横ギアの動作すら制御させたのがこの専用機関というわけだ。

 

 いやぁイルマ君、本当に優秀な人だわ。

 飛行機作りの為に親方と顔合わせさせたら、どっちも別分野で腕がある職人だから衝突しないかな? と心配したが、会ってすぐお互いに自分の作った物を見せあって、

 

(無言で握手)

 

 秒で打ち解けあった時は、流石に笑えた。

 ホンモンの職人には言葉はいらないんだなって、学んだわ。

 

 さてそんなウチの技術の結晶なのだが、機体が高速安定してからしばらく。お嬢さん二人には十分受けているようだが、どうにもギドリックの食いつきがイマイチだ。

 後部座席確認用のバックミラーを覗くと、“思ってた程でもねぇな”って顔に書いてある。

 実は予想通りの反応だった。

 

「何か不満でもあるのかね、ギドリック?」

「おう。こいつなんだがよ。

 こういっちゃ何だけどこう、未知っていうには違くねぇか?」

 

「えー、そうかなー?」

「なんでですか叔父様! 風魔法の力を使わず、こんなにも速く、高く飛べているのに。これが未知の技術でなくて、何が未知だというんです!」

 

「いや、まぁそうなんだろっけどなぁ……」

 

 全然納得出来てないって顔だな。いや、そうであってもらわないと困るんだ。だってアイツを叩き伏せられなくなるだろう?

 

 だから俺はこれからアイツの、その不満を直接突く。こういう時、魔王モードはとても便利だ。

 何せ煽る事しか出来ないからな(震え声)

 

「くく、物足りんかねギドリック?」

「まぁな。

 言ってみればコイツ、俺やソランより遅ぇじゃねぇか。そりゃ国の連中でもこの速度で飛べんのは、わずかだけどよ。

 でも別に未知ってほど大したもんじゃねぇよな?」

 

「そーだけど、こんなに大っきいのが飛ぶんだよー。十分すごいよー?」

(高速で頷くウェンディ)

 

「いやまぁ、そうだけどよ。

 こう、……自分の出来る事以下のモン見せられても、ああ凄ぇなって、ならんだろ。

 まぁ単純に、コイツは便利そうだからウチの領にも欲しいがよ」

 

 そうなんだよ。

 恐ろしい事にコイツら。

 風の大魔力持ちは加速度Gの影響があって音速こそ超えられないが、それに近い速度で飛べる。風を操り空気抵抗を味方につけて、空気圧すら調整し、空気を自分で作成して、単独でその速度を出せるんだ。

 

 そんな奴らが自分より遅くて小回りも利かない道具に、心底驚くとは思えない。

 自分の出来る事が出来ないモンを、正しく評価できる奴は少ないからな。

 だからこそ、ひっぱり込める。負けない賭けが、できるんだ。

 

「ふむ。では賭けをしないかギドリック。

 これから俺の見せる事で貴様の度肝を抜ければ、俺の勝ち。そうでなれば俺の負けだ」

「ほう、面白ぇ。何を賭けるよ坊主?」

 

「さてね。己の格でもかけようか」

 

 メンツ。格。理系にとっちゃ数字以下のそいつらが、何より重視される風の民。それを賭けさせる。

 一度でも上に立った相手には、彼らは敬意を払うようになる。逆に負ければ言わずもがな、だが。

 

 両面表のコインを握った状態で、裏が出るのを恐れる程。俺は馬鹿でも臆病でもないんだよ。

 

「ふはは、いいだろう坊主!

 そんだけ言うなら見せてみろや。俺が簡単に腰引けると思ってんなよ小僧が!」 

 

「どうやら賭けは成立だな、ギドリック。せいぜい吠え面をかいてくれたまえよ空の領主殿?」

「はっ、言ってろやボンクラがっ!」

 

 お互いに啖呵を切り合って見事、交渉成立。その横で、

 

「わぁ、すっごく楽しそうだね!」

「いや、楽しむ事じゃないだろ絶対」

「なんでー。ウチじゃみんなよくやってるよー?」

「ソレ普通じゃないからな!」

「あはは、ボクわかんなーい」

 

 いつも水の子がどれだけ彼らに面倒をかけられているか、よくわかる会話が飛び交っているのを聞いて。

 なんだか無性に水の子に優しくしてやりたくなった。

 

 はは、でも膝の上ではしゃぎ過ぎるのは勘弁な。

 無防備な少女の振る舞いに、精神がガリガリ削られていくぜ。

 (社会的に)死にたくないんだ!

 

 くっ。こんな悲しい時間、一刻も早く終わらせる。

 

 全ての元凶に制裁を下すべく、俺は楽しいことが大好きな少女の手を借りるべく、自分(・・)の言葉で話しかけた。

 

「ではソラン君。

 その後部座席には操作レバーがあるだろう。それを握って、キミお得意の高速飛行を使ってみてくれないか?」

「え、何々公爵様。どういう事?」

 

「コイツは元々風使いが複座で乗ることで、その本領を発揮するんだ。キミの力を借りたいのだが、いいかね?」

「なんか楽しそう、やるー!」

「感謝しよう」

「へぇ?」

 

 好奇心一杯に良い返事をくれた彼女の後ろで、お手並み拝見とばかりにギドリックが、不敵な笑顔を浮かべているのがイラッと来た。

 

「あ、ボクの魔力がこの子に流れたよ公爵様ー。これでいつもみたいにピューンって飛べるの?」

 

「そうだ。言うなれば今この飛行機はソラン君の身体の一部なんだよ。君の魔力でどこにでも飛べる」

「……そうか、風の魔力石を使って飛行機自体を魔法の発動体にしてるのか、そういう事。なのかも。いや、それにしてもこの大きさの物を、……馬鹿げてるだろ」

 

 お、凄いな水の子。正解だよ。

 コイツは飛行機の形をした魔法の杖のようなモンだ。魔力を流せば浸透し、自分の身体の延長として、魔法を使いやすくしてくれる道具が発動体なら。

 ソレを馬鹿でかくしただけのモンがコイツであり。

 

 めちゃくちゃでかい空飛ぶ魔女の箒。それがこの飛行機の正体なのだ。

 

「わぁすごぉい。よぉし、やってみるねー!」

「おい何だよソレ。

 めっちゃ楽しそうじゃねぇか!」

 

 こいつなら本来自分にしかかからない高速飛行の魔術も、飛行機ごと包んでくれるって寸法よ。

 ここからは風使いソランちゃんが、この飛行機の動力となる。

 

「たっのしー!」

「ソラン。後で俺な。俺に代わってくれ!」

「えー、どうかな~」

「頼む、この通り!」

 

 彼女が魔力を込めた途端。飛行機が今まで以上のスピードで飛び始める。

 おお、やっぱ貴族っておっかねぇわ。

 個人が戦略兵器そのものだもの。

 

 あとオッサン必死だな(白目)

 

 そんな時。

 突然ある事実に気づいたらしいギドリックが、大声を上げた。

 

「おい!

 なんでコイツで飛んだ方が、俺ら1人で飛ぶより速くなるんだ。おかしいじゃねぇか!」

「あ、ホントだー!」

 

「それは俺がコイツの重力を操って、機体の重さを0にした上、その負荷を完全に無視しているからだ。

 お前らだけでは高速飛行の際に起こる加速度による重圧、お前らの言う風の壁をどうにもできんが、俺達にはできる。

 そしてお前らが加われば、飛行機は空気抵抗すら無視できるんだ。だから速くなるのは当然だろう」

「……やっぱりか。……これは魔法界の大革命だぞ」

 

 そりゃ加速度Gによる身体負担も、空気抵抗も全部無視できるなら、単純にアホほど速く飛べるようになるわい。

 

 だから複座で風魔法の力を借りるのが前提になってんだよコイツ。

 ソランやDQN中年ほどの出力がなくとも空気抵抗と空気圧、酸素問題が全部解決するから、重力使いと風使いを乗せただけで飛行機ってのは、ほぼ難点がなくなるんだわ。

 

 ……ホントチートだよな魔法って。

 

 しかし説明が難しすぎたらしく、先方から苦情が発生。

 

「何言ってるか、わっかんねぇ!」

「叔父様達が1人で飛ぶより、軽くなってるから速いんですよ!」

「おう、なんかわかった!」

 

 早速、水の子ちゃんが手速く解決してくれる。

 感謝する風の民の対応係の人よ。

 

 ……さてそろそろ仕上げかな? 

 

「ねぇねぇ、公爵様。この子もっと速く飛べないかな。だって今この子が飛ぶのに使ってたヤツ、動いてないよね?」

「もちろん飛べる。そしてこの先こそが、君たちに見せたかったものの一つだ」

 

 彼女が当然そう思ったように。

 

 もちろん、2つの違う動力を合わせれば、そのスピードは跳ね上がる。他の問題もまるっと無視できるなら、重重力のリミッターすら外してさらに力を得られるんだもの。

 

 当然今よりずっとずっと速く飛べるさ。

 そう、これで。

 

「これで、こちらも本気が出せるしな。ソラン君、そのまま高速飛行と空気抵抗の制御を頼む。ギドリックは機内の空気圧を維持して、新鮮な空気でも作りあげてくれ」

「あ? おう。なんか知らんが分かったわ」

 

 これでもう、コイツを縛るものは何もない。

 抑え込んでいたギアの重さを跳ね上げて、後は先を目指すだけだ。

 

「空気抵抗、重力圧共にオールグリーン。

 重重力ブースト展開!」

 

 風に乗って、風を切って。その先に行きつく世界へ。

 

「わ、突然速くなったー!」

「おいおいこりゃあ、さっきと段違いじゃねぇか!」

「わぁ、ボクこんな速さで飛んだ事ない!」

「ああ、こんな。こんなのは、凄すぎる!」

 

 重力抵抗の壁により、今までどんな風使いでも越えられなかった向こう側の世界へ。

 

「お、おいコレ!」

「うん!」

「「今、風使いの限界を超えた!」」

「これが風魔法の限界の、向こう側の世界……」

 

「はは、やるじゃねぇか坊主。オメェ……」

 

 音速を超えた先、さらに先すら見せつける。

 

「ふっ、まだまだ。これからだ」

 

 まだまだ。

 

「嘘、はや、速すぎるよこの子!」

「嘘だろ、もう限界速度の2倍は出てやがる。

 ば、バケモンかよコイツっ!」

「信じられない……」

 

 不敵に嗤い。

 向かう先は、遥か天の上。

 

「わ、わ、公爵様。

 た、高く上がりすぎだよこの子。このままじゃ世界の外側にまで飛んでっちゃう!」

「ジルクリフ卿、まさか貴方は!」

「お、おい。バカか、坊主!

 このまま行ったら天の怒りに触れちまう。世界の果てにぶつかっちまうぞ!」

 

 風使い達ならば誰でも知っている禁忌の領域。どんなに好奇心にかられても、その先から帰ったものがいないからと、行くことを禁じられた場所。

 

 だがね、そうじゃない。言ってやる。

 

「バカか、ギドリック。

 この世界に、果てなどない!」

「狂ってんのかテメェ!

 神の教えだ、その先はねぇ!」

 

 戻って来れなかった彼らは風がなかったから、操れなくなっただけなのさ。根本的に風がないその場所では、飛行魔法すら使えない。

 たとえ空気噴射で戻ったとしても、その後の加速からなる重力圧に、とても耐えられなかったんだろう。

 だがね。あるんだ。

 

 もう確かめた。

 

 だから嗤って言い切ってやる。

 

「識っているだけさ、ギドリック。

 その先にある世界をな。せいぜい死にたくなければ空気の作成と圧の維持に努めろよ、空の領主殿。俺如きの見せるモノに、恐れる事などないのだろう?」

「くっ、そがぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「ふぇぇ、ボクぺったんこやだよう!」

「大丈夫だ、ソラン。ジルクリフ卿は嘘をついてなんか、いない。……いないんだ!」

 

 宇宙は、この世界にも存在する。そして、重力と質量。空気の問題から解き放たれた飛行機は。

 火の魔力石で熱を弾いて温度を保ってやれば簡単に、な。

 

 宇宙すら翔ける船となるのさ。

 

「なんだここ。

 夜か。いきなり夜が来やがった。

 星が、天の星が、……瞬かねぇ」

 

「わぁ、周りに風がまったくないよ。でもとっても静かで、なんてキレイなとこなんだろう……」

「ああ、そんな。

 アレは。じゃあアレが、……私達の住む世界なのか」

 

 さぁ、神話の終わりを掲げよう。

 

「ようこそ未知の領域へ。

 君たちは今、初めて宇宙(ソラ)を識ったのだ」

 

 

 



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14)重力の魔王1

「どうだ、世界に果てなどなかっただろう。

 ああ。太陽は直接みるなよ。この場所には我々の住む場所と違って遮るモノがない。

 あまりの光に目が潰れるぞ?」

 

「うぉっ、そうなのか?

 ソラン、絶対見んなよ!」

「にゃー、危なかった!」

「ああ、夢みたいな光景だ……。

 我々の世界は青かった。あんなに青かったんだな……」

 

 さすがにみんな驚いとるな。

 異世界人にも宇宙の偉大さは有効だったわ。

 

 おおう、水の子ちゃんが感動のあまり泣き震えてガガーリン(動詞)してる。

 そしてこの振動は、ちょっとまずい(社会的に)。

 やりたくないが俺も力業を使わざるを得ない。

 

 ……今すぐ彼女を後ろから抱きしめてでも止めないと、死んでしまいます(社会的に)

 

 ついでにごまかしの為にこちらもガガーリンネタで返してみよう。これでこのセクハラも有耶無耶になりますように。

 どうか雰囲気でごまかされますように。

 

「泣いているね君。神の姿でも見えたかね?」

「ははっ、…いえ、そんなモノは見えませんでした。神殿の言ってる事なんて嘘っぱちだ。

 神々は、……天になど居なかった。

 居なかったのです。…ジルクリフ卿」

「……ありえねぇ事だがな。これでまた神殿が胡散臭くなったぜ」

「それはよかった」

 

 俺もよかったです(社会的に)。

 許された。許されたよ俺。

 ありがとうガガーリン。

 

 地球じゃなくて俺が青くなるトコだった(白目)

 

 しかし神殿か。

 アイツラ胡散臭いよなぁ。

 

 娘の事を悪く言うし、俺は全力で神殿が嫌いだ。

 別に神様は否定しないけども。

 この世界に転生した俺自身が、そういう未知の存在がいる事のある意味証明だしな。

 

 だからなおさら俺は神殿のヤツラが大嫌いだ。

 

 しかし奴らの信憑性が落ちるなら、いつかお手軽宇宙体験ツアーとかやってもいいかもな。

 ツアー料金も美味しそうだし。

 

 くっくっくっ。

 

 そんな黒い事考えてたら、後部座席から歓声が爆発した。

 ふぉっ、なにごとですか?

 

「すっっごぉいっ!

 ねぇねぇ公爵様、ここが“果て”じゃなかったら、どこが“果て”なのー? “果て”なんてホントにないの?」

 

 あ、はい。

 これはどうしましょう。彼女らしいコドモっぽさ満載のご質問よ。

 でも良い質問だな。

 

 ここは一科学者として、素直に世界の素晴らしさを伝えよう。

 

「ふむ。それが分からないんだ。あまりにも広大だからな、ここは」

「そうなのぉ?」

 

「我々の目にしている空に浮かぶ星々は、我らがいつもみている太陽のようなモノでね」

「えっ!」

「ああ、聞いた事があります。天体学者たちの言う説の一つですね」

「へぇ、アレ全部太陽なんか?

 なんで眩しくならねぇのよ」

 

「それはあまりに遠くにあるから、眩しくないんだ。

 仮にもし我々が風の限界速度で一番近い場所に向かい続けても、我々の人生では到達できない程に、……遠いんだ」

「ふぇぇぇ、そんなにっ!」

「はぁっ!?」

「………(静かに目を閉じ思いを馳せる)」

 

「ああ。

 世界は広い。

 

 我々もそんな宇宙に浮かぶ、太陽の周りにある一つの小さな星に生きる存在に過ぎない。

 そんな我々の生きる星の中だって見ろ、まだまだ見知らぬ土地だらけだ」

 

「ああ、そうだな。……その通りだ」

「(わくわくを溜め込んでいる)」

 

「王国など、宇宙基準で考えれば小さすぎるというわけさ。

 喜びたまえ風の民。世界はまだまだ知らぬ事に溢れているぞ。君たちの人生では決して味わいきれん程にな」

 

「(爆発)ふぁぁぁっ、すっごぉぉっい!!」

「はは、マジかよ……。サイコーだな……ソレ……」

「なんて素晴らしい。探求に終わりはないんだ……」

 

 ロマンが溢れる真実だよなぁ。

 

 しかし全員に信じてもらえたか。

 証拠がないから誰か疑ってかかっても可怪しくなかったんだけども。同じ学者肌相手にゃ苦労すんのよね、こういうの。

 まぁそんな余裕もない程に、魅せられるよなこの光景は、さ……。

 

「ねぇねぇ、なんで公爵様はそんな事知ってるのー?

 なんでそんなにいろんなモノが作れるようになったの?」

 

 おおう、ソランちゃんの良い子のお子様質問コーナーが止まらんぞオイ。

 そいつに答えてもいいんだけれど。

 

 でも実は機体の太陽熱を火の魔力石で反らし続けているだけだから、出来れば早く帰りたいんだけど。ほっとくと蒸し焼きになるし、なんかで影が差すと凍え死ぬのよね、実際。

 

 それに放射線とかマジで怖いしな。

 娘が大きくなってればソレは(・・・)彼女の魔力で防げたかもしれんけど。

 

 しょうがない。進みながら話そうか。

 とりあえず落ち着いた水の子から手を離して操縦に専念よ。

 実は操縦桿に重重力ギア仕込んでるから魔力通せば手放しでも操縦出来るけどね、コレ。

 

「実はここにはあまり長居出来なくてね。

 今は機体の外の灼熱を、火の魔法石でコントロールして温度上昇を防いでいる最中だ。

 他にも長居できない原因はあるが、それを語るには時間が足らない。

 

 出来れば帰りながら話したい。

 ソラン君、高速飛行の魔法を空気作成に切り替えてくれるか。後は機体の方で調整してくれる」

 

「わぁ。わかったぁ」

「おいおい、物騒な話だな?」

「火の魔力石で熱を遮断しているのか。すると本当は火使いも組み込みたい所なんだな」

 

 よし、重重力機関内部に空気の生成成功だな。しっかり推進力が得られてる。

 後はこのまま放物線を描くように、自分の星に向かって下っていけば帰れるな。宇宙はこっちもアレ(・・)の実験の時以来だからな。

 帰りは慎重に行きたいもんだ。

 ああ、大事な事をまだ聞いてないな。

 

「これでよしと。ああ、それとギドリック」

「あん?」

 

 不意をつかれてボケっとしてるおっさんに、チェックメイトを突きつけてやる。

 

「これで賭けは俺の勝ち、という事でいいのかね?」

「おう、いいぜ。流石にこれだけやられりゃ降参だ。認めるぜジルクリフ(・・・・・)

「!?」

「くく、こんだけの事が出来る男を、いつまでも坊主とは呼べんわな」

「……そうかね」

 

「わぁ、仲直りだね!」

(それは少し違うんじゃないかソラン?)

 

 いよっしぁあ!

 

 あああああああ、長かったわぁ。

 これにてDQN中年来訪編めでたく完よ。

 最後に変なツンデレ見せて、全力でいい笑顔しやがったおっさんが引き起こした騒動もこれで解決。俺よく頑張った。

 

 褒美は娘との時間でいいぞ(要求)

 

 そんな風に内心舞い上がってると、おっさんが更にデレを見せてくる。

 

「これならオメェとは手ぇ組んだ方が良さそうだ。どうだ。その印を交わさねぇかオイ?」

「ふん。考えてやらん事もないな」

「は、そりゃ結構なこったジルクリフ」

 

 デレ期ですか?

 いつも通り元クリフが邪魔をして俺がツン期に入ったけれども。

 おお、ホントに?

 ここで風の領と手が組めるなら今回の件、余裕でお釣りがくるな。

 

 一気に空方面の問題が解決するし、上手くすれば航空列車(・・・・)構想がもう動かせる。

 しかも隣国の陽光の国との取引も、その道中の空の領が許可するなら普通に食料払いで貰えて大バンザイよ。

 歪みの大森林の上を通って無理やり空輸しなくてよくなったのは、本当にデカイ。

 

 これならいくらでもコンソメの生産量を上げられるし、大幅にコストカットも図れる。

 ……これは他国との大規模交易が可能になるぞ。

 

 そうなったらまずはあの、激高足元価格の砂糖をばら撒く北のど畜生エルフ達を、逆に俺の甘味沼に沈めてやんよ(愉悦)

 

 そんで次はその金で航空戦力を揃えたら、海の上を飛んで行く大航海時代の幕開けだ。

 ふはは、愉しくなって参りました。

 

 新食材でセシリアに一杯美味いモン作ってやれるぞ!

 

 無限に広がる明るい未来に、俺が軽くトリップしてしていると。

 

「そうだ、こういう時ぁ同盟の証ってのがいるわな。

 どうだ、テメェんトコの娘とウチの坊主。どっちも生まれたばかりで年もチケぇしよ。

 いっちょ婚約させとくか?」

「断る」

 

 急に現実に引き戻された。

 コイツ何言った?

 ウチの娘とお前んトコの風のヒーロー(ボンクラ息子)が婚約だって?

 

 冗談じゃない!



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15)重力の魔王2

「あ? テメェ。

 俺のガキじゃ不服だってのかジルクリフ!」

 

 ああ不服、不服だとも。

 いや、というよりもだな。

 

 そこじゃねぇ。

 お前の息子がボンクラだろうが、そうじゃなかろうが、そこは関係ないんだわ。

 

「公爵様、ウチと親戚になるのイヤなの……」

「……ジルクリフ卿。この婚姻が結ばれれば空の領との結束で、神殿からの嫌がらせにも対抗できるようになります。貴方の娘の為にもなるんです。

 これ以上の縁談はありません。

 どうか、……どうか御一考を」

 

 泣きそうな顔で娘さん達が言ってくるが、……それでもコレだけは駄目だ。

 水の子の言い分はイヤというほど分かってるし、多分オッサンがウチとの事を考えた上で言ってくれた事だってのも、……分かるんだ。

 

 でも、それでも俺は受けられん。

 

 誰が言おうと同じなんだよ。

 だってさ。

 

「誰が相手でも不服さギドリック。

 なぜなら娘の明日を決めるのは俺ではないからだ」

 

 娘の、セシリアの将来は、本人のモノなんだから。

 確かに俺は娘に執着している。

 でもそれは、彼女の人生を縛りたいってわけじゃない。ないんだよ。

 

「は、どういうこった。貴族のコドモの将来なんぞ、親に決められるモンだろうがよ」

「いいや、いいやギドリック。

 それはウチには当てはまらない。我が娘、セシリアの未来は、彼女自身のモノだよ空の領主。俺はただ、その為に行動している」

 

「公爵様……」

「……ジルクリフ卿、貴方は」

 

 彼女がどんな人生を選ぼうと。

 それに納得しているのなら、それこそあの原作の酷すぎる婚約者の王子にだって。

 俺は娘を嫁がせる覚悟が、あるんだ。

 

 その上で娘を幸せにできるように、俺は力を求めている。娘が選んだモノごと俺が幸せに出来るように、俺には何より力がいるんだ。

 娘に降り注ぐ不幸を、全部ぶん殴ってやる為に。

 

 彼女の未来を決めるのは俺じゃない。

 原作では何一つ選べなかった悲劇の“悪役”令嬢。

 

 ……セシリア・ガンマ・アーディン、彼女自身だ。

 

 娘がより多くの中から自分の望む未来を選べるように、準備するのが俺なんだ。その幸せを望んで、それが叶うように。

 全力で手を尽くすのが、俺なんだ。

 

 俺はそんな父親でありたい。

 

「テメェ今、何やったのか分かってんのか。俺の顔にドロぉ塗ったぞ。折角まとまりそうなモンに、横から水ぶっかけやがった!」

 

「パパ、おちついて!」

「くっ、叔父様いけません!」

 

「ああ、分かっているさ空の領主。だが娘の未来が関わるならば、俺はこの世界全てだって敵に回して戦う覚悟がある」

 

 ここで非難されるべきが俺だと、理解していても。

 これだけは、譲れない。

 

 この執着の名にかけて、そこだけは譲れない。

 娘の未来は、娘のモノだ。 

 

 その為に俺はとうに悪魔に魂を渡したぞ?

 科学という名の、悪魔にな。

 

「吠えんなガキが!

 できもしねぇ事言いやがって。チットは大人になったと思ったら、こっちの勘違いかよ!」

「いいや出来るさ。今から証拠を見せてやってもいい」

「はぁっ!? じゃあやってみろや、クソがっ!」

 

「……公爵様こわい」

「ジルクリフ卿、貴方は何を……」

 

 ああ、できるとも。

 それを証明する事は、とてもとても簡単なんだ空の領主。

 翼の下の、2本の魔道具を使えばな。

 

 目的地を修正して、……歪みの大森林を超えた先。あそこがいい。

 長年人の交流を拒んできた神話の魔物に、盛大な墓標をくれてやろう。

 

 ……しかし機内の沈黙が痛いな。

 

 ……少し喋るか。

 いや、いいか。

 

「おい」

「ん?」

 

「娘が、よ。

 ……なんか質問してただろうがよ。ソレ、教えろや」

 

 ああ、そうか。

 確かにソランちゃんが聞きたがっていた事があったか。

 なら道中、その話をするのも悪くない。

 

 このピリピリした空気の中ですっかり小さくなってしまった彼女を、このままにしておくのは、…流石に心が痛むしな。

 

「ソラン君、俺が何故様々な事を知っているか、知りたいんだったね」

「……うん」

 

 ああ、……ごめんな。

 すっかり俺の怒気に当てられて怯えさせちまって。全く大人失格だ。一度ゆっくりと口から息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせよう。

 冷静に、ならないと。

 

「……妻の残した遺産だよ。

 俺の妻。導きの青き星のミリアが死と引き換えに見せた、長い長い夢のおかげさ」

 

 その気まずい沈黙を打ち破る為。少しだけ自分の事実に脚色を加えた、いつか娘に教える為にと用意していた物語を語りだす。

 

「公爵様の奥さん?」

「星読みの未来視。ミリア様の力……」

「(小声で)あの女の夢か、……笑えねぇな」

 

 星を詠み、未来を見られた妻の特殊な魔力は貴族の中でも有名だ。誰もが彼女の力を求めたが、自身の愛ゆえに、水の領からさらうようにして我がモノにした男が言う“夢”の話は。

 ……さぞ説得力があるだろう。

 

「夢の中では俺は別人でな。こことは違う魔力すらない世界で平民として暮らしていた。

 俺はそこで得た知識を使っているだけに過ぎない」

 

「平民!?

 そんな、これだけの真理を知れる平民なんているわけがない!」

「……おう、そりゃ流石におかしいだろオメェ……」

「……すっごい学者さんだったのぉ?」

 

 俺の語りに我慢が出来なくなったのか、むっすりとしていたギドリックまで話に乗ってくる。そうだよなぁ。こっちの世界の人間だったらそう思うわなぁ。

 俺だってこっちで生きて全く知らずに聞いたら信じないわ、こんな事。

 

「まさか。

 ただの学者の卵だったさ。

 その世界では平民は当たり前のように高等教育を受けられて、これくらいの真理なら、片手間に数分とかからずにどこからでも調べられる叡智の図書館を、誰もが利用できた。

 ……それだけだ」

 

「……へっ、無茶苦茶言いやがって」

「そんな、想像すらできない……」

「…すごすぎて分かんない」

 

 インターネットは凄いよなぁ。

 スマホは神。

 ホントそう思う。

 

「魔法すらないその世界は、それだけ俺たちの世界と隔絶した技術に包まれていた。

 俺が先日語ったおとぎ話なんて、その世界の技術の、ほんの欠片を切り取っただけに過ぎないんだ。

 俺はそれをこの世界でも再現しようと、考えているだけさ」

 

「わぁ……」

「……なんて、ことだ」

 

「テメェにソレができんのか?」

 

 率直に尋ねられた。

 その軽い口ぶりとは逆に、バックミラーごしに俺の目を恐ろしいほど真剣に見つめてくる空の領主。

 ならば、俺もせいぜい真面目に答えてやるとしよう。

 

「この世界には魔法がある。あの世界では難しかった事も、無理だった事も。魔法を使えば簡単に達成できる事が多い。

 この飛行機も、その一つだ。

 ……それでわかって貰えるだろうか?」

 

「ヒコーキ、すごかった……」

「異なる世界の技術を重ねて。…この人は更に上を行くつもりなのか。

 それはもう、……まったく新しい学問だ」

 

「……」

 

 俺の言葉に黙り込んでしまった男を横目に、目的地が見えてきた。

 

「アレ、ここ砂の大砂漠かな?」

「あの広すぎる砂漠はどうみてもそうだな……」

 

「ようやく目的地に到着だ。これから我が領の力をお見せしよう」

「おう、見せてもらおうじゃねぇか。その御大層な力ってヤツをよ」

 

 ウチの領の南、国程ある大森林を超えた先。

 砂の国の先の大砂漠。

 

 砂ばかり続く大地の、そのど真ん中。

 長年東と西の人々の交流を阻んできた巨大生物(サンドワーム)達の巣窟が俺の目標だ。

 

「……出来れば使いたくなかったが、仕方ないか」

 

 つい一言、本音がもれた。

 ああ、俺は人に力を見せつける為に、これから多くの無関係の生き物達の命を奪うんだな。

 そう思うと、気が重い。

 

 不意に自分の身体が揺れているのが分かった。また彼女が震えているのだろうか?

 いや、違うな。

 

(ああ、怯えてるのか俺)

 

 ふと、俺の手に少女の手が添えられた。

 ああ、水の子(・・・)

 いや、ウェンディ(・・・・・)か。

 

 現金なモンだ。

 娘の為に力を示そうとする自分の震えを支えられて、ようやくこの娘がまともに認識できるようになるとか。

 

 俺の執着心も筋金入りだな。

 

 本当に娘に有用かどうかでしか、人を判別できやしないなんて。

 意識しないと、どんどんあやふやになる。

 元クリフのこと、笑えねぇなぁ。

 

 ……。

 

 ありがとう。少しだけ勇気を貰ったわ。

 後は娘の事を思えば。

 ……いくらでも動けるさ。

 

 ああ、クソ。

 あの兵器の使用を少しでもためらわせる為に、自分で依頼した音声認証の設定が忌々しいな。

 ……恐ろしく効果的じゃないか。

 

「ゴーレム式音声認証、リミットブレイク」

 

 おかげで人前でこんなこっ恥ずかしくて厨二くさい文句を言い上げなければならんとか、最高に皮肉が効いてる。

 理系にこれは正直きつい……。

 

「“これは娘の明日を築く墓標にして、我が妻が落とした涙のひとしずく”

 “穿たれるのは、星の鉄槌”」

 

「じゅもん?」

「大規模魔法を展開するつもりだろうか。しかしこんな術式は聞いた事がない」

「なんでもいいさ、見りゃあ分かるだろ」

 

 その文句を唱え終えた瞬間。

 俺の言葉の一つ一つを解析して適合させたゴーレム達が兵器のキーを解除する。

 

 成層圏からここまで飛んできた加速を殺さずそのまま、その兵器に込める。

 途中からソランに頼んでいた高速飛行も加わったその落下加速は、恐ろしく速い。

 切り離すのは、右翼についたミサイル型のアレだ。

 

「“星の海の涙(ミーティア)”」

 

 次の瞬間。

 あまりにも暴力的な質量による衝撃が。

 

 幻想世界の大地を揺らした。

 

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

「いやぁーっ!?」

「あ、ああ、嘘、だろう。

 いままで人々を苦しめてきた砂蟲の巣が、あんなに簡単に……?」

 

 20m以上の巨体を誇る神話生物達の巣である砂の大地を、叩きつけたような衝撃が襲う。

 辺りの地面が消し飛び、中にいる生物たちの生存を許さない破滅的な光景が広がっていく。

 

【小型大質量兵器】

 

 戦闘機から切り離す為にその兵器に使用される重重力は全て重力の魔力石で補っている。この魔石を活用すれば短時間、対象の重さを1.2倍にできるのだが。

 それを100回重重力処理すれば

 100乗すれば。

 

 たとえ1kgの物質でも82万トンになる。

 

 落下速度の限界点は外側一枚の1.2倍、時速86kmしかないが、そこに至る直前まで20Gの世界をマッハ3近くで落ちるように飛んできたコイツで誘導してやれば。

 十分にその速さが伝わる。

 

 その落下摩擦から重重力機関を守る為に、あとは分厚い防護処理が施されただけの鉄塊。

 つまりコイツはマッハ3の空中から放たれる質量82万トンの投石の類いだ。

 

 その質量×速度の二乗が攻撃力の。

 

 それだけで都市を滅ぼせる威力を持った、ただ重いだけの質量兵器。

 それが右の翼に備えた力だ。

 

「いやっ。ヤツらまだ、あの衝撃の中を生き残ったヤツがいるぞ!」

「やー、あばれてるよ!」

「このままじゃ砂の国に突っ込むぞ、ありえない程の被害が出る!」

 

「問題ない」

「はぁっ!?」

 

 生き残った30m以上の巨体を持った神話生物達が、突然に己を襲った衝撃に怒り狂い、地中から姿を表し暴れだした。一匹でも討伐には名うての勇者の力が必須の、生まれついての生物兵器。

 あの衝撃を耐えるとは、……流石だな。

 

 だが、それだけだ。あぶり出しは終わった。

 ……次は誰にも防げない。

 

「ゴーレム式音声認証、ラストブレイク」

 

 次の一撃を開放する為の文句を唱える。

 とたん。

 機体内でけたたましくアラートが鳴り響き、警告を始める。

 

【警告、貴方は禁忌を犯そうとしています】

 

「ふぇっ!?」

「っな、なんだコレ!」

 

【警告、貴方の力は使用を誤れば星を滅ぼします】

 

「な、何を、何をなさるのです公爵様!」

 

【警告、……どうか思いとどまって下さい。マイロード】

 

 ああ、イルマ君。

 ……ホント胸にくるイイ仕事だわ。レコードの仕組み教えたら、それをきちんと活用してくれるとか。こりゃすぐに、ゴーレム式の自動音源装置もできるな。

 

 でもな。

 これだけ自分に使わせまいと枷を用意していても、娘の為なら平気で引き金を引くのが、俺なんだ。

 騒々しくなった機内の中で。

 俺は禁忌を解き放つ為に、最後の文句を唱え始めた。

 

「“ここに終わりをもたらそう。それは執着の果てに行き着く滅びの檻”

 “尽く、喰らい尽くせ”

 

 “魔王星(ディザスター)”」

 

 次の瞬間、左の翼から右の時と同じように、ミサイル状のそれが落下していく。

 その後何が起こるか知っている俺は、機体速度を最高にしてとにかくその場から離脱する。

 

 そしてそれが地表付近に至った時。

 

 光すら喰らう漆黒の球体が全てを呑み込んだ。

 同時に周囲に吹き荒れ始めた風の渦が、獲物を求めて暴れ始める。

 

「な、んだよ。あの、暗闇は……。

 全部呑み込みやがった!」

「ダメー、あの風に捕まったらこの子もいっぱいケガしちゃう。風をそらさなきゃ、……えい!」

「な、なんだ。どうしてあんな事が起こる。

 何があったらああなる。分からない。

 欠片すら、わからないぞ。

 

 分かってる事なんてたった一つだっ!

 ……あんなモノ、もう誰も……敵わないじゃないか」

 

 左の翼に詰め込まれたモノは右と同じ重重力機関で出来ている。右とは違って1.2倍を116枚。たった16枚増やしただけの代物だ。

 

 その重力は、……15億倍。

 

 これだけの超重を与えた時、今までそれぞれ区切られた小さな世界にだけ影響を与えていた重力魔法は、その性質を変える。

 重力が、多次元に影響を与える力である事を示すように、他の世界をも吸い込もうとし始める。

 

 地表付近に至ることでゴーレムによって起動されたこの兵器は。

 その瞬間、ブラックホールを発生させ、自らを作り上げた術式ごと全てを吸い込んでいく。もちろんそれは暗黒が光を呑み込むのと同じだけの、瞬き以下のわずかな時間。

 術式は壊れ、その瞬間の事象のみが残って。

 

 周囲全てを喰らい尽くす。

 

 それはただただ重いだけの重力兵器。

 

【小型ブラックホール爆弾】

 

 すぐに光を取り戻したその大砂漠に残されたのは、大きな球体に食い尽くされた砂の跡。

 国すら破壊する、悪魔の兵器の爪痕だ。

 宇宙でやった最初の実験の時は死にかけたし、ホントにもう使いたくもなかったんだけどな……。

 

 さて。

 誰もが言葉を失う中で、俺は改めてソイツに呼びかけた。

 

「空の領主」

 

 脂汗が浮き上がる男の顔を見ながら。

 俺はゆっくりと答えを告げる。

 

「滅ぼす事など簡単なんだ。殺し尽くす事など容易すぎる事なんだよ。

 でもな。

 それではきっと娘は笑ってくれない。それでは俺の娘は、……本当の幸せを得られない。だが貴様が娘の明日を奪うというなら。誰かが娘の未来を傷つけようとするなら。

 ……俺は使うぞ。娘の為に。

 

 あらゆる敵を、飲み干してやる」

 

 誰かが息を呑む音が聞こえる。

 静かに俺の魔力が、空を包み紫に染め上げていく。

 その中で。

 

「だから王国に住まう者どもよ。

 ……俺に“コイツ”を撃たせるな」

 

 俺は力一杯言い切った。

 浸透した魔力のように、重く沈み込んだ空間で。

 その静寂を切り裂いたのは、ヤツの笑い声だった。

 

「ふふ、はははっ、はははははっ!

 娘の為。

 全部、全部娘の為にかジルクリフ。

 それでここまでやるのがお前という男か、ジルクリフ・グラビディアス・アーディン!」

 

 何がおかしいのか、その男は目に涙すら浮かべて馬鹿笑いを続けている。

 しかしどこか違和感がある。 

 この前の男は、風の領主のコレは。

 

 人を貶める類いのモノじゃない。

 きっと歓喜。いや安堵に近い?

 ……魂胆が読めないな。

 

 だが問われたならば答えるまでだ。

 

「どこまでもやるさ。愛しいあの子の為ならば、どんな手段でも使ってやるさ」

「くくっ、わかったぜジルクリフ。いや」

 

 不意に馬鹿笑いしていた男は表情を変え、今まで見せたことのないような真面目な面持ちで、機内で器用に体を動かして、貴族式の礼をした。

 まるで貴族が王族にやるように、最上級の礼儀をもって彼は俺に宣言する。

 

「紫の領・領主、ジルクリフ・グラビディアス・アーディン殿。

 

 今ここに空の領・領主、ギドリック・ウィンドリア・スカイバレーは。

 貴公に対する数々の暴言と貴領への多くの越権行為を、我が領からの宣戦布告であったと認め。ここに貴領への降伏と今後の隷属を宣言する」

 

「はぁ?」

 

 俺がとっさに漏らしたその声を聞き、オッサンがニヤリと笑った。

 どうやら人を驚かせる事では、俺は一生このオッサンに勝てないらしい。

 



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16)【別視点】背負うモノ1

ここから2話はギドリック視点です。


「いきなり何を言い出す空の領主。

 わけがわからんぞ」

 

 くく。

 本当に何一つわからんって顔してんなぁジルの奴。

 まぁ当然だ。

 わからんように振る舞ってたんだから、ネタが割れちゃあ台無しよ。

 

 とりあえずこのまま畳み込もう。

 コイツは懐が広い分、色々甘いんだけどな。流石に一度頭冷やしてから話して、どうにかなるとは思えないわ。何事も熱い内って奴よ。

 

「言葉の通りで御座いますジルクリフ殿。

 私は自身の、引いては自領の罪を贖う為に当然の申し出をしたまでです。

 ウェンディ・ウル・シアン。お前は俺の罪を証言できるな?」

 

「叔父様?」

「パパ……」

 

 ……おう、あの冷酷な水の領育ちのウェンディすらこの状況で固まっちまうとか。

 ……ちっとこの先不安になるな。

 

 ウチのソランはあんなんだから、その分オメェにゃしっかりして貰いてぇとこなんだがな。

 水の領のクソジジィがコイツを見放したってんなら、オメェはもうウチの子よ。しっかり養子として引き取る準備はしてっから、そのウチ直々に鍛えてやんよ。

 

 ま、そりゃ後の話よ。

 

 今はヤルことやるだけだわ。

 

「一つ、私は紫の領主邸宅に無断で訪れ、その騎士を含む屋敷のモノの制止一切を振り切り、そこに侵入した事を、ここに認める。相違ないな?」

「は、はい!」

 

「一つ、私は……etc. etc」

 

 自分の罪がいかほどか洗いざらい宣言していく。

 まぁワザとやっといて何だか、我ながらヒデェな。こんなモンどれも相手に戦争吹っかけてるようなモンだわな。

 

 しかしこんだけ色々煽られといてよ。

 

 あんなスゲェモン隠し持ってる癖に、喧嘩しづらい相手ってことでキレんかったジルは流石だわ。

 とても22だかの若造の度量じゃねぇ。

 

 でもな。

 オメェもコレにゃあ、気付かんかったな?

 

「一つ、私は貴公の魔力性質を理解しながらその唯一の娘に縁談を持ちかけて、他に跡取りが生まれない可能性に気づいた上で当方の嫁として彼女を引き抜き、事実上の領地簒奪を仕掛けていたことを、ここに認める。相違ないな?」

 

「なにっ!?」

「えっ、なにそれパパ!?」

「あっ! そうだ。……その通りだ。そう、……なる。なんてうかつ……」

 

 やっぱ詰めが甘ぇわな。

 

 ま、仕方ねぇか。

 コイツは俺と同じなんだもの。そういう細かいトコまで学べてねぇってだけの話だわ。

 ……嫁の為に親父追い出した簒奪者。

 

 そういう小技は学べんよな。

 わかるよ、後輩。

 

 ま、おかげで最後の決定的な手札が通ってくれた訳なんだがな。

 これを俺本人が口に出しちまったら、それこそ戦争吹っかけてましたって証拠になるからな。上等上等。

 これで安心して負けられる。

 

「以上を以て、私はコレを風の領の、紫の領に対する侵略行為であったと認め。

 

 貴公が見せた先の武功を持って、改めてここに降伏と今後の隷属を宣言するものである。貴公には戦時法に則った良識的な対応を期待する」

 

 ……さぁて、どうなるかね。

 

 かぁなり無理やりな感じもするが、一応筋は通した筈だ。

 

 俺ぁコイツの性格なら十中八九ノッてくると思ってるんだがね。少なくとも罵倒してご破産なんてしない奴だと思ってるんだが。

 

 コイツばかりは神頼みよな。

 天の先にゃあ居なかったみたいだが、どうか頼むぜ太陽神(お天道さん)よ。

 

「……なぜ隷属の必要がある?

 無理やりそこに話を持っていって、一体何を企んでいる」

 

 は、やっぱコイツは甘い奴だ。

 ……もちろんいい意味で、だがな。

 

 こんな無礼千万の俺にでもちゃんと理由を求めてくる。さっきまでだってそうだ。俺がコイツの腹ぁ探る為に、無理やり怒らせた後でもよ。

 少し突けばウチの娘を気遣って、自分の秘密すら語ってくれるなんてよ。普通そこまで甘くねぇぞ。

 

 そこらへん。

 やっぱコイツは俺とおんなじなんだ。

 

 いっぺん懐に入れた相手にとことん甘ぇ。

 だからどうやっても俺の大切なモン、コイツの懐に入れて貰わにゃならん。

 そうさ。

 

 俺がそうする理由なんて、たった一つよ。

 

「我が子を守る。その為ですよジルクリフ卿」

「!?」

「「えっ!」」

 

 はは。

 そんなに意外かね。

 俺ぁこれでもよ。

 それだけ考えて生きてきた男なんだがね?

 

 ……ああ、やっぱ駄目だこういうの。

 男が分かりあうのは、もっと単純じゃねぇと。

 まずコイツに俺の腹の根全部聞かせんことにゃ、……何も始まらんわな。

 

 それで同情が買えるなら儲けモンよ。

 

「はっ、やっぱ性に合わんわ。

 こういうのはよ。

 すまん。

 

 こっから腹割って話すからよ。

 どうかジル。

 少しばかり話を聞いてやってくれねぇか?

 

 結構長くなるけどよ。……頼むわ」

 

「……わかった。

 が、それはここを降りてから話そう。もうすぐ俺の屋敷につくからな。」

 

 ああ、そうだな。

 せっかく腹ぁ割るんだ。

 面と向かって語り合わにゃあ意味がねぇな。

 

「おう、よろしく頼むわ」 

「パパ……」

 

 それだけ言うと。

 俺は不安そうな顔の娘を抱きしめた。

 そんな顔してくれんなよ。

 こっちまでシケた気分になっちまうだろ?

 

「大丈夫だソラン。

 ちょいと本音で語りてぇだけだ。

 オメェもどうかソイツを聞いてくれっかい?」

 

「うん!」

 

 ああ、こんなに素直に頷いてよ。

 全くすれてねぇ、この国にゃもったいねぇいい子に育ってくれたな。

 

 ……ちぃと呑気すぎるのが玉に瑕だが、まぁ俺の子としちゃ十分すぎる。

 コイツとウチの坊主、そしてバカども全部。

 守る為なら、俺ぁ何だってしてみせるさ。

 

 そいつぁきっと、オメェだって同じだろジル。

 コドモの為なら何だってできる。

 俺らはそういう人種、……父親なんだもんな。

 

 

 ジルの屋敷の一室。

 

 そう広くない談話用の小部屋の一つに通された俺たちは、各々テーブルの前に置かれた個掛けのソファーに座った。

 ほどなく用意された紅茶の匂いを嗅ぎながら、俺は本音をぶちまけ始めた。

 

「俺ぁよ。

 テメェでいうのはこっ恥ずかしいが、実の所。

 一等、家族って奴を大事にしてきた人間でよ」

「……ふむ」

 

「そいつには自分の嫁や子供だけじゃねぇ。ウチのバカどもがみんな、みぃんな入ってる。

 そいつら全部が俺の家族でよ。そいつら全部が、何よりも大切なモンなのよ」

 

 軽く両手を広げながら、俺にとっての家族って奴がどんだけ広い輪っかであるか、表しながら語ってやると。

 

「「……」」

「うん、みんな仲良し!」

 

 とたんにジルの表情が険しくなった。

 かか、相変わらずわかりやすい奴だ。自分の思いが全部顔に出やがる。

 ……あんまいい癖じゃねぇぞ、ソイツはよ。

 

 まぁ今はやりやすくて助かるがね。

 

「ソイツラが自由に生きて、好き勝手やれる場所を作ってやるってのが。それが俺の魔力が示す自由ってやつなのさ。

 ……どうする。疑わしいなら、誓約魔術だろうが奴隷魔術だろうが受けて立つぜ?」

「ふむ。いや、…それには及ばん」

「へっ、……そりゃありがとよ」

 

「ボク初耳だよ、ソレ?」

「私もですよ叔父様」

 

「かか、こういうモンは人前で言うこっちゃねぇわ。娘なんぞに話せるかよ」

 

 ホントこっ恥ずかしい話だからな。

 今まで誰にも話したことなんざねぇよ。

 でも俺にとっちゃあ、それが一等大事な事なんだ、コレがな。

 

「まぁ、俺も若ぇ頃は違ったんだがね。

 ……本当の自由がどうとか言って、暴れ回ってそりゃあバカやったもんさ。でもな。ソラル、…ソランの母ちゃんに会ってからはもうずっと、こんな感じよ」

 

 いやぁ、ありゃいい出会いだった。

 あの頃アイツにこっぴどく怒られてなかったらと思うとゾッとするぜ。

 スゲェ女に出会えたもんだ。

 

 ソラルに会ってから、色々見る目が変わってよ。

 今まで平気だった自分の領地の荒れっぷりが、妙に許せなくなったのよ。だから俺は。

 

「その後は領地のことなんざ考えなしの親父から領主のカンバン奪ってよ。少しは家族達がマシに暮らせるように色々やってきた。

 それからコイツが生まれて、更にコドモらが愛おしくなった俺は。コイツラに楽しく自由に生きて欲しいからって速達始めて、通信網拵えたりもしたんだぜ?」

「……」

「そうだったんだ…」

「あの大事業のきっかけが、そんなコトなんですか?」

 

「おう。当時はまだウチの領は舐められてたからな。まぁ能力はある癖に誰もそれを活かそうとしないウチの奴らが、……それだけアホだったわけなんだがなぁ。

 かか、笑うトコだぜ、ここ?」

「みんな元気がいちばんだよ~」

「あはは……」

「(小声で)……苦労しているな、風の領主」

 

 頭の痛ぇことに自分の魔力の強みを未だに理解してるか怪しいからな。頭に血が登ったら一発で吹っ飛ぶんだ。

 まぁそんな所もまぁかわいいっちゃ、かわいいんだけどよ。

 

 だから周りに俺らの力を分からせてよ。

 いろんな奴に戦う前から誤解させる為に、あの2つの事業が必要だったのよ。

 ようはでっけぇハッタリよ。

 

 そうして広まりゃ、普段の働きぶりみて向こうが勝手に勘違いしてくれっからな。実際ブチ切れたら空飛んでる旨味すら忘れて突撃していくから、高度な連携(笑)なんだけどな。

 

 ま、勘違いでも世に認められりゃあ立派な強さよ。

 ……流石にこれは誰にも言えんがな。

 

「ま、そんなこんなで、風の領は強くなった。

 水の狸や、樹の特権階級気取りの家に負けんくらい、強くな。

 強くなる度に、コドモらの自由が増えてなぁ。

 市場が活気づけば、それだけコドモらの好奇心が多く満たされてよ。他の奴らに邪魔されなくなったら、奴らは勝手に飛び出していく。

 そんなモン見てるとよ。

 ……俺はもう楽しくて、楽しくてたまらんのよな」

「パパのたのしーはみんなの笑顔なんだ〜。ボクもみんなが楽しそうだとたのしー」

 

 くく、俺ぁコイツのこういうトコ。……ホント好きだわ。風ってのは本来そういう奴の集まりだからよ。

 娘はそれでいいんだと思うわ。

 

「おう、そりゃよかったぜソラン。

 こんな風にソランがなぁんもひねくれずにすくすく育っていく姿を見てるとな。スゲェ満たされるんだ。スゲェ幸せな気分になれる」

「……ああ、そうだろう。娘の成長とは父親にとって何よりも満たされる事だからな」

「くく、そうだわな?」

 

「(小声で)正直ソランが羨ましいな。……何もかも水の領(ウチ)とは大違いだ」

「ぱぱっ!」

 

 おっと、はは。

 いきなり飛びつくのはやめとけやソラン。

 てて、腹の野郎。……また疼きやがる。

 

 コイツの母親の国は豊かでスゲェ。俺はそんな国の王族の母持ったコイツが、腐った国で生まれた事を後悔しないように、手ぇ尽くして来たんだわ

 そうして育った、育ってくれた自慢の娘なんだよ。

コイツは、な。

 

「はは。そんでよ。

 ……こんなコドモ好きの俺ぁ、どういうわけだか子宝に縁がねぇ。ドンナに頑張っても、コドモって奴が生まれんかった。

 ソランが生まれてそっからはずっと、ずっとよ。空振ってきたわけよ。

 

 でもよ。やっとな。

 やっとこの前、……俺んちに坊主が生まれたんだ。

 コイツがもう可愛いく可愛いくてしょうがねぇんだ、俺ぁ」

 

 大事な大事な俺の息子だ。

 絶対守らにゃならん俺の宝だ。

 でもな。

 

「そんでも、俺ぁ今年で45だ。

 こんなナリしてるけどよ。……もう長くねぇってわかんだわ。

 最近体の中で何かが仕切りに噛みつきやがる。

 どうにもおらぁ息子が大きくなるまで、……生きていられそうにねぇ」

「パパはまだまだ死なないよ!」

「……話には聞いていましたが、そこまでですか」

「(小声)そうか。お前の息子はそうして学べずに、……あんな風に育ったのか」

 

 とりあえず大きな声を上げて、俺を心配してくれる娘の頭を撫でてやる。

 でも情けねぇし、くやしいが。

 俺にもこればっかりはな。

 人間50まで生きれりゃ御の字の世の中よ。

 

 ……臓の腑やられちゃ、どうにもならん。

 

「そうしたらよ。思うわけよ。

 俺が死んだ後の自分の領のこととか、な」

 

 ああ沈黙が、痛ぇな。

 よけぇ腹が疼きやがる。

 それでも俺は語らにゃならん。

 

「……俺ぁよ。

 本当の自由ってのは、組織やら国やら。

 そんな大きいモンの責任背負った上でしか、成り立たねぇって思ってる。

 大事なモン全部守るにゃあ個人の力じゃ全然足らねぇんだ。

 

 責任背負ってちっとばかり不自由でもよ。

 それで自分の大事なモンが伸び伸び暮らせるなら大バンザイよ。

 本当の自由って奴ぁ。そういうモンだ。

 そうして背負える奴がいねぇと、領地ってのは上手く回らねぇと思ってる」

 

 言いながらジルの顔を覗いてみると、嫌でもアイツが分かってる側であることが見て取れた。

 

「はぁ……。

 でもな。俺ん領の奴ぁ、みんな気のいい奴だがよ。

 どうにもこうにもバカでいけねぇ。

 どいつもこいつも俺の言ってること、腹ん中じゃあ理解しきれてねぇ連中だ」

 

「ぱぱ、ボクがんばるよぉ?」

「……おう、期待してるわ。ウェンディ、どうかコイツをこれからも支えてやってくれや?」

「……叔父様」

 

 おう、迷惑かけるなウェンディ。……ソランはきっと"何を"頑張るのかも分かってねぇ。これが一般的な空の民の性分だ。ノリと勢いって奴よ。

 基本的に俺たちゃ統治側に致命的に向いてねぇ。

 

「そんな事を思うとよ。

 俺の死んだ後に、家族ら全部。見守ってくれるような奴がいねぇと、きっとロクなことにゃあなんねぇって。んなことがわかんだよ」

 

「(小声で)お前は正しいよギドリック。予想通り、原作じゃあ風の領は衰退してる」

 

「……この腐った国は、みんな当たり前にテメェの子らすら喰いモンにする。

 水の領の黒幕気取り共も、樹の領の優劣バカ共も、どいつもこいつも、だぁれもテメェのコドモのことなんざ考えてねぇ。

 

 家の為、自分の為に。

 コドモに何でもやっていいって、思ってやがる!」

 

 ああ、言っててホントに腹が立つ。そんでもってソレ以上に悲しくなる。

 言い切った後、全部怒りを吐き出しちまって、続く言葉に残るのはその悲しみだけだ。

 

「そんなのは、……チゲぇだろ」

 

 ここからはただただ見苦しい俺の、嘆きって奴だ。

 

「親がよ。

 ……コドモ守らんで。

 誰がこいつら守ってやれんだ。

 

 上のヤツがビッとしねぇで、誰がボンクラどもぉ。

 ……助けてやれんだよ。

 信じてやるのが、叱ってやるのが親だろうが。

 それがまともな親心だろ!」

 

 ちくしょう、歳取ると涙もろくていけねぇ。

 ……視界がぼやけて何言ってるか、分からなくなっちまう。

 

「どいつもこいつも信用ならねぇ。

 ……唯一まともなのは地の領の、辺境のジジィくれぇだ。でもアイツんトコは自分のトコで手一杯で、とても他に構ってる余裕はねぇ」

 

 ……真面目な奴ほど、この国じゃ余裕がねぇんだ。

 

「そんな時によ。オメェが変わったって聞いたんだ」

「……」

 

「水の領から奪った嫁を幸せにしたいからって。

 ソレまで無茶苦茶やってた親父から、俺と同じように頭ぁ奪い取ったヤツが。

 ……その嫁んことしか考えんかった嫁バカがよ。

 変わったって耳にした」

「えっ、公爵様が!?」

「「……」」

 

 ああ、今のコイツがやりそうにねぇ事だからソランの奴驚いてんな。コイツは元から必要な時にゃ誰にだって手を下せる、俺側の男だぜ。

 そこんとこ気ぃつけなソラン。

 敵に回すと一番怖いんだ、こういう奴はよ。

 

「そいつは嫁が望むなら何でもやる奴だった。

 嫁が喜ぶなら自分の街をどこよりもキレイにして。

 嫁が喜ぶから、領地の暮らしを変えていった。

 自分は欠片もソイツラの事を愛してねぇのに、ヨメに従って何でもやるんだ。

 

 まぁこの頃からスゲェ奴だったけどよ。

 でも俺ぁどうにもコイツが信用ならなかった」

 

 ああ。

 こうして言ってみりゃコイツって根っこはやっぱ変わってねぇのか。嫁が娘になって、その規模がバカみてぇに大きくなっただけ。

 でも全然違うわな?

 

「昔のコイツはホントに嫁以外、文字通りどうでもいいと思ってる奴だったからな。

 正直とても他人は背負えねぇ。

 そんな小せえ野郎だって思ってたのによ」

 

「(小声で)正解だよギドリック。ジルクリフとはそういう男だ」

 

「ソイツがよ。ヨメが死んで、娘が生まれて。……変わったって聞いたのよ。

 他人なんかに興味のなかった奴が、いきなり弱者に手さし伸べて。

 平民含めた全員豊かにしたいなんて。

 

 俺よりでっけぇ夢を掲げたなんて、聞きゃあよ」

 

 そりゃあ、オメェ。

 

「いても立っても居られんかったわ。

 それがホントかどうか。その夢にふさわしい力と知恵があるかないか、どんな器か見極めてよ。

 ……俺の家族を、任せていい奴なのかって。

 

 この目で確かめんわけににゃあ、いかんかった!」

 

「……そうか」

「ぱぱ……」

「……それでこのような事を」

 

 言い上げた後、俺は体に籠もった熱を吐き出すように大きく息を一つ吐く。

 

 その噂に縋るしか。

 俺にはもう手がなかったんだ……。

 

 だからワザと怒らせるようなことをしてでも。

 俺の身内を、自分と関わりのある奴を。

 どう扱う奴なのか。

 

 調べにゃならんかった。

 

「そいつがどうだ。

 蓋をあけりゃあ、予想なんて遥か上だ!」

 

 ああ、ビビったぜ。

 テメェが激怒してもいい場面で、見事に大局見抜いて動けるような奴になっててよ。妻だけに向けてきた優しさを、誰にでもちゃんと向けてくれるんだ。

 何よりその後のテメェの見せたモンの数々よ。

 

「誰も想像できんモン。

 人が無理って今まで決めつけた事。

 全部、全部超えていくじゃねぇか!」

 

 心底ビビった。……心底震えた。

 

「そいつぁまさに、空の先を往く男だった!」

 

 ああ、そうさ。

 オメェは俺の遥か上を行く男だ。

 オメェはよ、ジルクリフ。

 

 ……いつの間にか、めちゃくちゃスゲェ奴になってやがった。

 

「娘の為に、自分の守りてぇモン全部の為に。

 俺なんて目じゃねぇ程の、大看板背負ってよ!

 

 娘の為に、家族の為に堂々と。

 世界すら敵に回すと言って退ける。

 そんな男になってやがった!」

 

 言い切って、自然と体が震えだした。

 そんな底抜けの度量をよ。

 たった22の若ぇ衆が、身につけやがったとか。

 

「こんな嬉しいこたぁあるかよ。

 こんな事が、あるんかよ……」

 

 ……出来すぎた話じゃねぇか。

 

 おかげで俺は救われた。

 俺の家族は、助かるんだ、と。

 希望が持てた。

 

「ああ、間に合った。

 俺が死ぬ前に、……俺ぁ誰より頼りがいのある男に出会えたんだ」

 

 俺は今、確かに地獄は底から見上げた先で。

 救いの糸を見つけたんだ。

 

 感謝するぜ、ジルクリフ。

 俺が死ぬ前に、変わってくれた事を。

 俺は死ぬまでずっと忘れねぇ。

 

 だってよ。後は頼みこむだけだ。

 底抜けの器持った男にプライドなんざ放って、頭ぁ下げりゃあきっとよ。

 

 オメェは甘ぇから、きっと。

 俺の家族を助けてやってくれるだろ?

 

「頼む。

 もう全部、全部まどろっこしい事はなしだ。

 オメェに俺の全部をくれてやる。だからよ。どうか俺の大事なモンも、オメェの背中に背負ってやってくんねぇか」

 

「おいっ!」

「パパっ!?」

「叔父様!」

 

 地面に手ぇ付いて、俺ぁオメェの甘さに縋るだけだ。

 結局男の最後に残るもんなんざ、こんな不器用なやり方しか、……ねぇんだよ。

 都合のいい話だが、テメェの他に頼れる奴が居ねぇんだ!

 

「俺に差し出せるモンなら、全部差し出そう。

 そんかわり俺が死んだら。

 ……コイツラの面倒を頼みてぇ。

 

 俺の残りの人生、全部やるから。

 オメェが望むなら、俺の一番大切な娘だって、息子だってくれてやっから!」

 

 ただただ頭を下げて、年下の男に泣きついた。

 俺の命がいるんなら、今すぐだって差し出すぜ。

 好きに使え。無駄に散らせ。

 

 それでいい。

 俺の一番大切なモンだってくれてやる。

 クソどもに食い荒らされるよりゃずっと、……ずっと上等だ。

 

 だがらどうか、どうか頼むよ。

 

「どうかコイツラを。

 ……オメェの守るモンに入れてやってくれ」

「パパ、やめてよぅ、頭から血がででるの、もうやめてようぅ……」

「叔父様、ソレ以上は!」

「……」

 

 何度だって頭打ちつけて頼み込む。

 なりふり何てよ。家族を守ろうって決めた時から、とうの昔に捨ててらぁ!

 俺の領地ごとテメェにくれてやるから。

 

 頼む。

 

 頼むよ。

 

「頼むっ。

 俺の家族を、守ってやってくれ!」

 

 文字通り。全身全霊をかけた俺の必死の訴えは、しかし直ぐに破られる事になる。

 アイツが手ずから俺の前でしゃがみ込み、俺の体を気遣うように、それでも力強く引き上げるように起こしたからだ。

 

「……頭を上げてくれ、ギドリック。

 いや誇り高き風の民達の父よ」

 

 そんな奴に似合わない、少しばかり震えた声で言われた言葉は。

 俺の望んだ救いを含むモノだった。

 

 ああ、届いた。

 

 安堵から俺の全身から体が抜けていく。

 そんな中、アイツから聞いたその真実は。

 

「……少し、俺にも娘の話をさせてくれ。」

 

 生涯最大の衝撃を、……俺の頭に奔らせた。

 



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17)【別視点】背負うモノ2

引き続きギドリック視点です。


「これもまた俺が見た夢の話の続きなんだがな。

 ……その世界で俺は娘の魔力の、その正体を学んでいるんだ」

「……なん、だと?」

 

 ジルは、ジルクリフは誰もが思いもよらねぇ事を言い出した。

 王国の虹7色、どころか西側諸国の魔力のいずれにも当てはまらない異端の黒の魔力。

 その正体を知っていると言い出したんだ。

 それは俺たち魔力持ちにとっては最大級の発見だ。

 

「人の理解が及ばない力である黒の魔力の正体を、知っているというのですか!?」

「わぁ。じゃあソレを神殿のジャアク達にエイってすれば、公爵様の娘さんはもうジャアクって呼ばれないよねー」

「……そ、そうだ。ソイツはオメェの娘を守る何よりの力になるぜ?」

 

 驚く俺たちを前に、しかしジルは首を横に振りながら答えた。

 

「悲しいかな証明の類はできんのでね。信じる者にしか伝わらん。だが宇宙を見たお前達なら、……信じてくれると思っているがね」

 

「宇宙、……あの果ての先が関係するのか?」

「……それなら分からないかも。だってみんな知らないんだもん」

「あの光景を見なければ、信じられないモノというのは。難しいですね……」

 

 そっか。そりゃあ、今は誰にも信じて貰えねぇわ。ああ、ちくしょう。分かってんのにどうにもできねぇって、歯がゆい話だ。

 

「娘の為に憤ってくれて感謝する。……話を続けさせてくれ」

「ああ、……頼むぜ」

 

 ああ、オメェがそれを望むならいくらでも聞くさ。俺の大切なモン支えて貰う気なんだ。オメェの大切なモンだって教えてくれや。

 

「……それは遥か宇宙の、その彼方。

 死にゆく青き星がその果てに、全てを呑み込む黒き重力に包まれた時。

 新たな星が、宇宙に生まれる時に生じる力だ。

 ……娘の力は新たな星が生まれた事を、宇宙に告げるモノなんだ」

 

「えっ、ソレって!」

「導きの青き星のミリア様と、……ジルクリフ卿の、魔力」

「なん、だ、…そりゃっ!」

 

 おい、……そりゃ話が違うだろ。

 黒の魔力ってのは全然関係性の繋がらねぇ魔力持ち同士の間に突然生まれるから、不貞の証って言われてんだぞ。

 

 本来なら親のどっちかの魔力を引き継ぐか、属性違いで特殊属性の子が生まれる場合でも、火と水だったら熱湯だったり、風と水だったら泡だったりって、なんとなく親の魔力が感じられる所を、脈絡がねぇから黒は異端で、忌み子なんだ。

 

 それが、その前提が最初からおかしいとかよ。

 ……なんてモン抱えてんだコイツ。

 そんなモン俺だったら、絶対神殿許さねぇぞ。

 

 アイツラ全部、真っ黒じゃねぇか!

 

 同じ親として俺が抱いたこの激しい怒りを無視し、ジルは淡々と続きを謳い上げていった。

 

「その力は星の生誕を告げる産声にして、宇宙最強の力を誇る開闢の光だ。

 本来、人の目には見えない筈のその物質は、その時ばかりは何よりも光輝く。

 そして産まれた星を包むあらゆる混沌を切り開いて、ありえない程の距離を飛び。

 ……その誕生を宇宙に知らせる。

 その光の名は、……ガンマ線バースト。

 

 娘の魔力名。ガンマの力を表す現象だ」

 

「……それなら公爵様、やっぱりジャアクじゃないじゃん。神殿ジャアクじゃん!」

「だが悔しいが、……確かに誰にも証明できない。ジルクリフ卿の世界の技術が無ければ、分かる筈のない答えだ。……私の眼で嘘はないと、見抜けていても。証明とは取られない」

「おかしいだろ、ソレ……」

 

 おい、なんだよソレ。

 じゃあ、アレか。

 黒の魔力が悪魔の力なんて言って、アイツラコレまで殺してきたコドモら。

 

 ……みんな無駄死にじゃねぇか。

 

 これからも、ソイツラ生んだ奴らに。

 全部泣き寝入りしろってのかよ。

 おかしいだろ。おい。

 

 なぁ。何だ、コレ。

 

「……なぁ、ジル。そりゃあ、確かなんだな?」

「この執着の名にかけて、娘の事で下らん嘘など俺はつかんぞ」

 

「……すまねぇ、バカな事聞いた」

「……構わんよ」

 

 ああ、嘘なんかつかねぇよな。

 オメェが。グラビディアスが。

 ……その名にかけて、宣言するなら。

 

 王国でたった1人、7文字の魔力を持つ馬鹿げた魔力量の男が。

 

 自分の魔力に抗えるわけがねぇ。

 よその国なら王族並。魔力量で長さが決まる魔力名の、それより上がねぇ7文字だってお前が、魔力が多いほど抗えん魔力性格に、……抗えるわけが、ねぇんだ。

 

 ……ああ。

 神殿全部、焼き払おう。

 

 こりゃあ、駄目だ。

 何が神の正義を示すだ、馬鹿野郎。

 オメェら、親からコドモ奪う邪教じゃねぇか!

 

 俺はこの時、コイツが話したい娘の話ってのはこの胸くそ悪い事実の事だと思ってた。でもこの話には続きがあった。

 ……アイツの話は終わらなかった。

 

「……これと同じような事が、娘自身にも言えてな」

 

 引き込まれるように、俺たちはアイツの話にかぶりついた。時折生唾を飲みながら。怒りと、驚きの声を上げながら。

 

「実は妻が俺に見せた夢は、この国の未来にも及ぶ」

「なっ!」

「えっ」

「……そんな事が、……あるのか」

 

「この世界とその夢が少しだけ違うのは、その夢の中で俺は妻から一切の夢を授かる事なく。……先程お前が述べた通りの、…妻狂いの男だったという事だ」

 

 ああ、クソ。

 もう出だしから、こうだ。

 

 ……何もいい未来が浮かばねぇ。

 

「その夢で俺は、……あろう事か黒の伝承などを信じ、自分の信じるべき妻の不貞を疑って、彼女の残した娘を己の手で、…虐待していくんだ」

「うそ…、でしょ公爵…様」

「……今は聞こう、…ソラン」

 

 ああ、コイツが作り話じゃねぇってのが、……よく分かるぜ。奴の握りこんだ手見りゃよ。

 自分で今言った事の怒りによって、手の皮破ける程に握り込まれてやがる。

 

「楽に殺さぬ為にと態々神殿にすら渡さずに。…いたぶるように、会う度に罵ってっ!

 何の罪のない、……自分の子に、…“妻を返せ”と馬鹿らしく、……喚くんだ」

 

 ……頭に血を登らせたアイツが、無意識に魔力溢れ出させてるのが何よりの証拠だ。

 どんどんソレが色濃くなっていきやがる。

 それだけ執着が、自分の魔力が騒いでるんだ。

 感情が、バカほど多いコイツの魔力を、更に引き上げていってやがる。

 

 髪なんて見ろ。

 もう濃くなりすぎて()にしか見えねぇ。

 

「ああ、今でも。

 その事を考えれば、……死にたくなる。

 ()()()()を辱めた愚か者を!!

 ……どうして許しておけようか」

「ひぅっ」

「うぁ……」

 

 こんな地獄の鬼みてぇな形相を。

 地の底みてぇな殺意を、自分に向かって。

 ……嘘で放てるわけがねぇ!

 

 いや、やべぇぞ。

 娘ら二人、完全に魔力アタリ起こしてやがる。

 

 コイツ。

 完全に魔力を暴走させてるじゃねぇかっ!!

 

「ジルクリフ!!」

 

 咄嗟に俺が叫びながら、娘二人を包みこむように自分の魔力を展開すると。

 アイツはあっさり正気に戻った。

 黒くなってた髪の色も、今じゃ元に戻っている。

 

 ……アブねぇ。

 ありゃあ絶対開けちゃならん箱の類だ。

 俺は娘二人に近寄ると、その具合を確かめた。

 

「おう、大丈夫かお前ら?」

「うん、へいき。ボクびっくりしちゃった」

「……なんとか、…ですね」

 

 ああ、ソランはともかく。……ウェンディは魔力が少ないから大分しんどそうだわ。

 まぁソランのヤツが陽光の魔力で落ち着かせてるみてぇだから、大丈夫だろうけどよ。

 

「すまない三人とも。

 ……不覚にも魔力に流されてしまった」

 

「ううん、大丈夫。

 公爵様がホントにつらいんだーって伝わってきたから、ボク公爵様の方が心配だよ?」

「……あまりお気になさらないで下さい。

 ジルクリフ卿」

「おう、オメェこそ大丈夫かよ。

 尋常じゃなかったぜ?」

 

 つたう涙を拭いながら、即座にジルが俺らに頭を下げてきたが、……俺からすりゃオメェの方が心配だ。

 ……多分コイツは夢なんて言ってるが、コイツの見てきたモンはもっと生々しいモンなんだろう。

 自分の一番大事なモンを自分で傷つけた実感がありゃあ、ああなるって納得できる。

 

 ……つれぇな。

 どこまでも、……つれぇ。

 

「ああ、すまん。……詳しく話したいが、少し考えるだけでもこの有り様でな。

 必要な部分のみ、述べさせて貰おう」

 

「お、おう、そうしろ。

 ……そうしてくれよ」

 

「公爵様も、ぽわぽわしたげるね~」

「ああ、ありがとう。

 ……陽光の国の共感魔法か。感謝するソラン君。

 だか俺よりもウェンディの方を頼む」

「わかった~」

「……ああ、ありがとうソラン。大分よくなったよ」

 

 はっ、ロウソクみてぇな顔色しといてよく言うぜ。ま、ソランの陽気に当てられて大分マシになった感じか?

 一つ大きな息を吐いて改めて仕切り直すと、アイツは続きを語り始めた。

 

「俺の娘の髪は確かに黒い。

 ……しかし彼女がその俺以上に膨大な魔力全てを使い切れば、その真実が見えてくる」

 

【それはこの世界の原作が記す最後の真実。

 トゥルーエンドの、彼女の正体を知ったヒロイン達の前で明かされる、いつも通りこれから滅びゆく運命にある“悪役”令嬢の真実】

 

「自身の強すぎる魔力によってあらゆる色から守られた娘本来の髪の色は、……輝かんばかりに美しい、光をそのまま形にしたような、色なんだ」

 

「おい、そりゃ伝承の聖女ってヤツの!」

「光の聖女さまの髪の色……」

「そんな、……馬鹿な」

 

【王国において、救国の乙女たる光の聖女が持つとされる汚れなき光の色の髪。

 ソレを本当に持っていた少女こそが、彼女。

 ……セシリア・ガンマ・アーディンだという真実】

 

「ああ。娘こそがこの王国に伝わる救世主。

 その魔力は虹に収まるには強すぎて、……全ての色を寄せ付けないが故に、…ただ黒く見えるだけ。

 本来は全く透明の、誰よりも清き魔力を持った、…光の聖女という奴だ」

 

「マジ、かよ……」

 

【皮肉な事にその世界では。“光の聖女”は伝承通り。常に国を救い続けていたという、真実】

 

 誰もが息を呑む中で、アイツは1人喋り続けた。

 

「その力は確かに国を救う程だろう。

 その身に宿る不屈の魔力は、どんな困難すらも彼女に耐えさせてみせるのだろう。

 実際に夢の中の彼女は今より更に地獄と化した悪辣の王国で、たった1人抗って。

 

 その開闢の眩い光で、己ごと全ての悪を焼き。

 見事、暗闇の王国に新たな夜明けを告げたのだ。

 ……自らを犠牲にして、な」

 

 

 ああ、そうか。

 コイツはまさに、…地獄を見たんだ。

 自分の愛する娘が犠牲になって。

 ……救われたセカイを。

 

 そこに娘が居ない、そのセカイを。

 

「だがね。

 俺はそんな人生を、……娘に決して送って欲しくないんだ」

 

 これは正しく、……コイツが変わった理由なんだ。

 

「すまないがなギドリック。俺の本質はお前と違って妻狂いの時と何も変わらん。

 娘の為に、必要な事をやっているだけだ」

 

 いや、違うだろ!

 全然意味が、……違うだろ。

 

 まただ。またヤツの魔力が高まっていく。だが今度はさっきと違う。

 娘の代わりにアイツが何かを背負うという度に、どんどん色濃くなっていくが。

 

 ……だけど誰も傷つけない。

 

 強大なそれで、あくまで優しく包み込むように。

 アイツの覚悟に、背負った重さに呼応して。まるで全部を守るように、……広がっていく。

 

「娘がそんな運命を背負わされるというのなら、俺はその代わりに世界を救おう」

 

「娘が強大な敵を倒さねばならぬというのなら、俺はその代わりに全て退けよう」

 

「娘が笑って暮らせるのなら、俺はその為に世界の常識すら変えて見せよう」

 

「娘にふさわしい男になる為に。……誰よりも正しくあり続けよう」

 

 まるでアイツの覚悟を示すように、今は漆黒を示すその髪が。

 ……俺にはまるで邪悪なモンには見えなかった。

 誰も見たことねぇような威厳を放つソイツは、間違ってもそんなモンじゃねぇ。

 こんな男が、……邪悪であってたまるかよ。

 

「娘の為。

 全て、全て娘の為だギドリック。

 それが彼女の父親である俺が背負った役割だ。

 俺は、夢で見た彼女の運命など何一つ許さない」

 

 世界すら救うという特別な娘の業を、コイツは代わりに背負ったんだ。

 特別をそうじゃなくする為に、……コイツはなんでもやる気なんだ。

 

「娘の未来を守る為ならば。

 国一つ、世界一つ背負うことなど。

 どれほどの苦労があるものか」

 

 そう、大真面目に語ったコイツは。

 もはや領主でも、王でもねぇ。

 ……そんなモンじゃ収まらねぇ、別のナニカだ。

 

「……俺はな、ギドリック。

 世界全ての重みなど。

 …娘を守ると決めたその日から。

 とうの昔に、……背負っている」

 

 でけぇ。あまりにも、……でかすぎる男だ。

 目の前の男のでっかさに、気づけば涙が溢れてやがる……。

 ああ、くやしいぜ。

 

 俺はそのナニカを、どう呼べばいいか分からねぇ!

 お前を俺はどう呼べばいい。

 世界ごと、救世主を救うお前を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故なら俺は、父親だからだ」

 

 すとん、と俺は全部を理解した。

 ああ、そうか。……そうだ。

 

 “父親”だ。

 

 娘を、家族を守るのは。

 ……何時だって父親なんだ。

 俺が願って、思い描いた、…全部背負う男の呼び名だ。

 

 領主よりも、王よりも。

 重い覚悟を背負っただけの、唯の父親。

 それが、……お前か。

 

 最高だ。

 オメェ。……最高の男だぞ、ジルクリフ。

 

「……貴方の思いは確かに俺が受け取った。

 何、ただ少しばかり背負うモノが増えるだけだ。男には、父親にはよくある事だ。どうという事はない」

 

 ぐしゃぐしゃになった情けねぇ顔した俺の長年の悩みごとを、アイツはなんでもない事のように背負うと言った。まるでついでだと言う気軽さで、アイツは言うのだ。

 

「だから貴方の命も、貴方の宝も、それを頂くわけにはいかない。

 何かを守るのに、……そんなモノを求める程。

 

 このジルクリフの“執着”は安くない」

 

 背負うのは当たり前だと。

 だから何も気にするなと。

 

 まるで自分のコドモにでも、するように。

 

 この世界一でけぇその“背中”を、見せつけて。

 

「だから友よ。

 娘を思う同胞よ。

 頭を下げる必要など、どこにもないのだ」

 

 そうして俺を、同じ父だと気遣うんだ。

 ああ、これだけ魅せられて。

 気にせず俺が、……頷けるかよ!

 

 借りっぱなしじゃ、男が廃るぜ。

 胸はって父親、……名乗れなくなるだろうが。

 

 ふと娘達の顔を見れば。

 完全に()()()()()()()女の顔だ。

 そらそうよ。

 ……男の俺すらそうなんだ。

 

 完全にこの男に、イカれちまってる。

 

 コイツの前で。

 娘の前で、これ以上情けねぇ姿見せられるかよ!

 

 そう思った俺は、自分の胸の内をぶちまけた。

 

「おい、それじゃああまりにも俺らに都合が良すぎるだろうが!

 ……俺ぁっ、どうやったらオメェに受けたこの恩が返せる。

 どうやったらこの気持ちをオメェに伝えられる!」

「だったら娘の為に進む俺に、せいぜい力を貸してくれればいいさ」

 

「ああ、ああ!

 貸すとも、貸させて貰うさ。

 今日からオメェの望むモンは、俺の望みだ!

 空の領はオメェの翼だっ」

 

 口が勝手に動いた。

 俺の自由が、俺を勝手に動かした。

 絶望はどっかに消えた。

 

 もう、……前しか映らねぇ。

 

 コイツと肩を並べて行けるなら、コレほど嬉しい事はねぇ。

 

 自然と顔がニヤついた。

 アイツもそれに合わせるように、ニヤリと笑って答えを返した。

 

「ふっ、では俺は空と共に天を翔けよう。

 虹が横並びに飛ぶように、紫と空はどこまでも共に翔け上がるのだ。

 必要ならばその先までも。

 

 何、それは容易いことさ。

 

 全てを呑み込む紫と。

 遥か空を往く君たちが合わされば。

 ……天の果てなど軽く飛び越えてゆけるのだから」

 

 ああ、痛快だ。

 痛快だともっ。

 

 そのキザったらしい物言いが、

 今は何よりも心地良い!

 

「はは、はははは、ははははははっっ。

 そうだ。その通りだ、ジルクリフ!!

 オメェが今日、ソレを証明した。

 

 俺たちに見せてくれた!

 見せつけてくれたともっ」

 

「わぁ、……じゃあこれからボク達カゾクだね♪」

「相変わらず絵になる人だ……」

 

 ああ、翔ぶぜ俺は。

 俺は、俺らは今日、助かった。

 だから俺達ぁ、コイツの娘を助ける為にどこまでも翔んでやる。

 

 残り少ない命でも、ヤルこと全部やってやる。

 

 それが“父親”なんだろう。

 なら俺も。

 世界くれぇ、救世主様くれぇ救ってやるさ!

 

 まだ赤い顔で笑い合う娘二人を横目に見ながら、俺はそん時覚悟を決めた。

 その光景を眩しそうに見ながら、髪の色が元に戻ったその男は言い出した。

 

「ふふ。……ああ、なんだか無性に娘に会いたくなってしまった。すまんが君たち、俺が我が女神に会いに行く事を許してほしい」

 

 少しおどけるように、だがすこぶる理解できる事を口にしたヤツを止めるモンは、ここにいる筈がねぇ。

 

「おお、ぜひそうしろ。

 ああそうだ、俺らもオメェの娘に会わせてくれよ。テメェの宝を俺らにも見せてくれ!」

「わぁ、ボクも会いたい!」

「……あまり赤ちゃんの前でうるさくしたら駄目ですよ二人共?」

 

 誰もがそのままその娘に会いに行くのだと、信じて疑わなかった時。

 

「……いいやそれは駄目だ、ギドリック。

 この後使いの者を送るから、お前は直ぐにその全身を調べて貰え。

 二人もそれに付き添ってやって欲しい」

「なんだと!?」

「調べるって?」

「……まさか」

 

 しかし、ジルのヤツは予想と違った答えを用意してやがった。

 そこで俺はもう一度、驚かされる事になる。

 

「俺の見た夢の世界ではな。

 人は平均して80以上に生きる。100を超えて生きるような者もいるほどだ。

 ……そんな世界を覗いた俺が、その神秘にまったく手をつけていないと思うか?」

 

 不敵にニヤリとヤツが笑って。

 その言葉で俺らを完全に固まらせた。

 

「病への対応は清潔から始まって、深く人体の理解に終わる。

 神殿が恐ろしい禁忌としている人体を切り刻む術、それを突き詰めた先に真理はある」

「うそ、だろ?」

「いえ、本当……です」

「え、え?」

 

 とりあえず神殿は、燃やす。

 いや、それより……。

 

「俺はなギドリック。娘の為に100まで生きるぞ?

 ……我が領の医療知識は、少なくともそこらのやぶ医者よりは信用できる。

 お前にふさわしい処方をくれてやる」

「お、オメェってヤツは…、ホントどこまで……」

「パパっ助かるの!?」

「流石にそれは、いや、でも……」

 

 そんな言葉を言いながら、まるで散歩でも行くような気軽さで。

 ヤツは立ち上がって、部屋のドアへと進むんだ。

 そうして。

 

「そしてな、5年だ。

 5年持たせればお前は死なない」

「何っ!?」

「「えっ」」

 

 ドアを開けながら、何気なくそう言った。

 そしてそのまま振り返って手を胸に当てながら、まるで宣誓するように事実を述べた。

 

「我が娘のガンマの魔力の本質は透過と浄化。

 本来生物にとって危険な力であるガンマの力、その全てを()()()()()()()彼女はな。

 人には見えぬ体の内の邪悪すら見通して、その悪だけを選んで焼き滅ぼせる使い手だ」

 

 は…は、そりゃあすげぇ。

 ……ああ聖女様ってのは伊達じゃ…ねぇな。

 そんなモン、…反則じゃねぇか。

 

「娘が魔力を理解し扱えるようになれば。

 お前は死から解放される」

「ホントに、ホン…トに、俺ぁ……、生きられる…のか?」

「娘のことで、嘘はいわんさ」

 

「すご…い。ホント、すごいよ公爵様も。娘さんも……」

「……なんて、デタラメな。

 親子揃って、…規格外すぎる」

 

 ああ、また視界が霞んで、もう……何も…わからなくなっちまう。

 オメェ…よう。

 ホントにオメェ…よう……。

 

「でもいいの?

 ……公爵様。娘さんの未来は娘さんが決めるんだって、言ってたのに…」

「……俺は決して娘の未来を決めるような事はせん男だがな。……娘が進んで助けたいというのであれば、それを邪魔する事はない。

 それにな」

 

 暗にこれからの関係を信用していると、俺の娘に言ったソイツは。

 このぼやける視界の中で。

 突然、魔王のような迫力を纏って、ニヤリといかにも人の悪そうな笑みを浮かべながら、止めを刺した。

 

「俺は家族思いの働き者を楽に死なせてやるほど、甘い男(・・・)ではないぞ

 ……せいぜい長生きして息子を可愛がってやる事だ」

「く、は…はは……」

「わぁ……」

「ああ……、本当に…この人は」

 

 してやったりと、言った顔で。

 

「ではな?」

 

 言うだけ言ってサッサと背中を向けて出ていったその男は。その男のでっかい背中は……。

 

 さっき受けたばかりの、俺の生涯最大の衝撃を。

 ……あっさり塗り替えて見せやがった。

 

 

 かくして風は解き放たれた。

 これより紫と空は混じり合い、どこまでも高く高く天を征く。

 その色は奇しくも。

 

 あの空の果てで見た、輝く星々の海に似ていた。

 



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18)「そして始まる狂想曲《ラプソディア》」

今回はこれ以降のお話の予告回になります。


【虹の王国篇・オープニング予告】

 

 あの日、風使いの少女に押し負けて料理を振る舞った事で始まった空の領との関係は、こうして2つの魔力を引き合わせ、遥か高みの色へと導いた。

 

 そしてその美しい宇宙(ソラ)色は。

 その後沈んでいくだけだった王国中を駆け巡り。

 国の枠すら飛び超えて、西側諸国のあり方を大きく揺るがしていく事になる。

 

 いずれソレは、その彩りを増やしながら。

 世界全てを呑みこむ渦として、いつか一つの調べとなるだろう。

 

 目を閉じて、耳を澄ませばもう。

 

 ほんの少しだけ先の未来の。

 その足音が……聞こえてくる。

 

 

 ここは地の領。王国の屈指の大迷宮『歪みの大森林』の防衛ライン。

 歪んだ森から現れる大型魔獣と戦い続ける為に作られた、長過ぎる防壁の向こう側。

 屈強なる岩石騎士達が守護する、王国の脅威と戦うその最前線。

 

 常に森より多くの魔獣が湧いて出る、誰もが命の重みを痛感するその場所で。

 その身に歴戦を物語る誉れ高い傷の数々を帯びた、老いた武辺者の辺境伯が今。自領の伝令から報告を受けていた。

 

「ガンガロン様、ギドリック卿がお見えです。

 何やらこの魔獣戦域の状況を打開する、特別な兵器を持ってこられたとか……

「ほう、あのバラガキが、のう。

 ん、待て。……なんじゃこの音は?」

 

「なんだ、アレは!?」

「まるで奇っ怪な蛇のような物が、物凄い速さで飛んできている!」

「あれは人造の龍、なのか……。ガンガロン様、どうされます!」

 

「待てぃ。ありゃあ多分お味方だわな」

「は?」

 

「ジジィっ。

 テメェの加勢に来てやったぞぉ、オイ!」

 

「くかか、何やらたいそうなモンに乗ってきやがったなギド坊よ。……最近は領主らしい落ち着きが出てきたと思っとたが、オメェ見た目通り若返って、昔のバラガキ時分に戻っとるんじゃねぇか」

 

「だろっ。

 ゴキゲンなんだぜ、最近は。

 

 ……おう、オメェラっ。

 航空列車が着地したら、重力騎士達はコンテナから直ぐに城塞車を全両走らせろ!!

 その後離陸、上空からの砲撃支援よ」

 

「「「了解!」」」

 

「風騎士達の半分は空から索敵と通信に回れやっ。

 ……テメェラ、重力騎士達に働きで負けたら承知しねぇぞコラァ!」

 

「「「まかせろやオヤジ!!」」」

 

「ほ、コイツはスゲェなオイ。……一体どういう風の吹き回しじゃい?」

 

「こりゃあ隣のジルが全部拵えてくれたモンだっ。

 そっからオメェんトコの戦いを楽にするモン、色々持ってきてやったぜ。

 へへ、……これからは戦いが全部変わるぜ?

 

 だからアンタも、俺らに乗っかれっ。

 ……アイツとこの俺のでっけぇ夢にその力ぁ、どうか貸してやってくれねぇか!」

 

「ほっほっほっ。

 ここ最近ずいぶんスクタレとったバラガキが、……何やら面白ぇ方向に吹っ切れたようじゃな。

 ドレ、話を聞こうかねギド坊?」

 

 歳を重ねたその武人は大きすぎる槌を肩に、その騒がしい風の訪れに笑顔を浮かべ……。

 

 

 ここは陽光の国。

 その首都に燦然と煌めく太陽の宮殿。

 綺羅びやかな財宝に飾られたその王の自室、夏の盛りに高価な氷の魔力石を大量に使う事によって適度に冷やされたその部屋では。

 

 主である陽光王。国の豊かさに相応しい白地に金糸で飾られた豪華絢爛な衣装に身を包んだ三十路を過ぎたばかりの、白い狼のような荒々しい毛並みの髪に健康的なよく焼けた肌をした優男が。

 空色の髪を左右に大きく揺らしながら楽しそうに語る、ソランの言葉にその驚きを(あら)わにしていた。

 

「なんだと、天の果てなどないと申すか!」

「うんっ。

 すっごくキレイで静かなところっ。

 まるで夜空の中に包まれたような、そんなトコだったー!」

 

「くく、ふはは、はははははは!

 なんと、いう事だ。

 ……風の限界を超えた先、天の常識すら打ち破って見せるとは。

 

 くく、…聞けば聞くほど面白い男だな。

 アレほどの至高の料理を築き上げておきながら、風の魔力を持つ者すら至れなかった世界の果ての先を、人の手で暴いてみせるなど。

 ……ジルクリフ殿とは一体どのような御仁なのだ」

 

「娘さんの為なら、世界だってぜんぶ背負っちゃうすっごい人だよぉ。それでみんなが楽しく暮らせる場所を作ってくれる、みんなのお父さんみたいな人なんだー」

 

「わはは。何を言っているのかはよくわからんが、その瞳の輝きを見ればどれだけすごいかは伝わったぞっ、我が姪よ!」

 

「うん!

 それでねー。これからはボクんちと公爵様のトコ、それとガンガロンお爺ちゃんトコが、力をあわせてさんしょくどーめーで、カゾクになるんだってー」

「何!?」

 

「そしたらボク、今までよりずーっと公爵様のトコで色んなモノを見せて貰えるようになるから、今からすっごくすっごく楽しみなんだ~」

 

「さ、三色同盟。領地を繋ぐ大同盟か!

 その盟主はやはりっ!」

「公爵様だよー♪」

 

「ふ、はは、はははははっ!

 愉快、実に愉快である!

 

 ……ソラン。今から余が(したた)める文をジルクリフ殿に届けてくれるか。

 この陽光の国の王アルザが、貴方方の新たな門出を手ずからに祝いたいと」

 

「わぁ、アルザ叔父さんがボク達と一緒にお祝いしてくれるのー?」

 

「そうとも。

 長らく名前に恥じるばかりの有り様であったあの虹の国が、大きく変わろうとするその瞬間を余は自らこの目で焼き付けたいのだ。

 我が姪よ、よくぞ。

 ……よくぞ知らせてくれた。これは我が国にとっても、まこと大きな慶事である!」

 

「わぁい。みんなもきっと喜ぶよー」

 

「ふはははは、誰か、誰かおらぬか!

 すぐにあの“紫の領のジルクリフ殿”へと贈るに相応しい祝いの品を用意せよっ。

 

 ……間違ってもたかだか領主程度と侮るな。

 相手は余と同じか、それ以上に尊き身分にある者として完璧を極めて見せよ。

 完璧と名のついたスープ(あの至高の逸品の名)に負けぬ財を用意せよ!」

 

 空のような髪の少女が喜び跳ねるその横で、太陽の如き陽気を纏う白き狼はそう吠え立てて……。

 

 

 ここは赤の領。

 その領土の半分以上が荒れた火山地帯であるこの場所の、お世辞にも豊かとは言えない領地を治めているアルシュバルト侯爵家。

 本家であり、領主筋のレンシュバルト家の傍流であるこの家の当主の部屋で。

 今、赤いドレスのよく似合う少女が。……その真っ赤な美しい長い髪を振り乱して、自分の父に向かって叫んでいた。

 

「ですから、ワタクシはアーディン領のジルクリフ様の下に嫁ぎたいと、何度も申しているではないですかお父様!

 それをよりにもよって樹の領の、あんな豚のような男の下に嫁げだなんてっ!!」

 

「貴様、誰に向かって口を聞いている。

 領地の先も見えぬ小娘の分際で自分の我を通そうなどと、笑い話にもならぬわぁっ!」

 

「あう、ぐっ!

 ……な、何度でも言いますわ。

 当家へと贈られるわずかばかりの資産の為に、樹の領の、王国の養分を吸い上げ続ける、あんな醜いご老人のおもちゃになど、ワタクシは身をやつすつもりはございません。

 

 領地の先を考えろとおっしゃるのであれば、ジルクリフ卿こそが我が領に、いえ。我が国に真の豊かさをもたらす無二のお人。

 ……真の貴族であられるのです。

 あの方以外の殿方に、ワタクシはこの身を捧げようとは思えませんわ!」

 

「ふん、ジルクリフなどあの妻狂いの何の役にも立たぬ若造ではないか。

 そのような男に誑かされて、自らが領地の道具である事を忘れた愚か者に、もはや何の気遣いもいらぬ。

 身の程を知れぃ、小娘がっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「ふん、素直にこちらの言うことを聞けば、痛い目に合わずともよかったものを。

 おい、誰かっ。

 この愚かな娘に……。スカーレットに隷属の首輪をつけて、地下牢に入れておけ。

 

 ふっ、せいぜいきたるその日には、その身でゴキゲンをとって。

 ……我が領を富ませてくれよ娘よ?」

 

 未だ三色が交わらぬその日、悪辣な父の暴虐に赤き情熱の恋の華は、囚われ。

 

 

 ここは熱気溢れる砂の国。

 大砂漠での彼らの騒動の影響を強く受けたこの国では、今神殿からの使者達が、異なる月の神を崇める彼らの王城の謁見の間で、砂漠に相応しい軽装の出で立ちにターバンをまいたその王と、側近達を相手に自らの主張を通すべく奮闘していた。

 

「ですから。

 あれは我らが神の起こした奇跡なのです!」

「今までにない規模で天より落ちた神の裁きの跡。

 あれが何より動かぬ証拠!」

「天から飛来したあの白き美しい神の鳥が、我らが神のお力でなくてなんと言うのです」

 

「未だに半ば異教を掲げる貴方方・砂の民にさえ慈悲を与える。我が神のなんと素晴らしい事でしょう」

「貴方方はこれを機に完全に東方の異神を捨てて完全に改宗をなさるべきです。でなければあの神の怒りが、貴方方自身に降り注ぐことになりましょうぞ?」

 

「……ではその後起こったあの黒い暴風は何か。貴方方の神の教えにおいて黒は禁忌の色でしょう。アレもまた神の奇跡なら、貴方方の神は自ら禁忌を破る方なのですか?」

「あれはむしろ我々の古い教えに伝わる神、黒神様のお力に近いものであったと思えますが、いかがでしょうな?」

「そもそも神は祈りを捧げぬからと罰を下したりせぬ。祈りとは教えであり、人が間違わぬ為の知恵なのだ。神は人の正しさを教える為に、決して人の世界に手を貸したりはせん」

 

「なんと罰あたりな!」

「アレほどの慈悲を受けておきながら、神を恐れぬ異教徒どもめぇ」

「そのような事を言っていれば貴様らには罰が下りますぞ。神は全て見ておられる。

 白き神の鳥の怒りに触れてからでは遅いのです!」

 

「失礼する!

 アレイスター王、緊急事態です。……またあの日見た白き鳥が我が国に姿を現しました。

 どうやらヤツは、いえヤツらはこの首都に向かっているようでして……」

「何、真か?」

「はっ!」

「ええい。今日は虹の国からの使者と語らう大事な日だというのに。

 月光神は、我らに試練を与えなさったか!」

 

「はっはっはっ、やはり神は我々をいつでも見守って下さっている。そういう事ですなぁ」

「天威は示される。どうかお早いご決断を」

 

 ……彼らはまだ、白い鳥の真実を知らない。

 

 

 そう。

 もはや世界は、奏で始めた。

 その騒がしくも美しい曲の音が、ところ構わず広がって、……世界の色を変えていく。

 

 

【その白き翼に乗った重力と風の貴族の二人が】

 

「おう牛乳好き。今日はどこまで飛ぶんだっけか」

 

「……祭り好き、貴様本当に興味がない事は覚えんな。

 砂の国だ。我が主が秘密裏にかの国との国交を結びたいとの仰せでな。俺達はその先触れという事になる」

 

「へぇ、どうでもいいや。おっ、アレ神殿の連中じゃねぇか。アイツラこんな国まで出てきやがって。おい、アレちょっと脅かしてやろうぜ?」

 

「お前というヤツは。が、……貴様のそういう性分は嫌いではない」

「はっ、オメェの割と話の分かるトコ、好きだぜぇ?」

 

「スタンバイ。

 こちらウルリッヒより小隊各位へ遠距離通信。

 コレより重輸送型・航空小隊は神殿の者に対し威嚇機動に入る。

 ……我らが主の敵たる神官共に、己の愚かさを教えてやろうエルヴィン」

「おうともさ。

 まったく新しいカシラんトコは最高だな。まったく俺らを飽きさせねぇ!」

 

 

 

【王国を操る青の領の当主、その宰相が】

 

「おのれぇ、ウェンディっ。

 貴様、この父を謀りおったなぁ!

 かの領の事を探る為に放った貴様が、この儂の目を眩ませてくれたおかげで、完全にあの男の暴挙を許してしまったではないかっ。

 

 おのれ、ウェンディ。おのれ、ジルクリフぅ。

 このままでは済まさんぞ。

 神殿と貴族共を煽って、貴様らに目にものを見せてくれるわぁ!」

 

 

【その有能さから幽閉され、原作では開始前に殺されたこの国の第一王子が】

 

「三色同盟。ああ、すごいな。

 ……これでこの国の勢力が変わる。少しでも貧しさから民達が救われる。

 

 できるなら、会ってみたいな。

 このジルクリフ・グラビディアス・アーディンという御仁に。もはや何の力もないこの身だが。

 ……この国を憂いてその腰を上げてくれた恩人に、一言お礼を申し上げたい」

 

 

【多くの優れたドワーフの技術者を抱える陽光の国の右隣、ドワーデン王国の工房では】

 

「ほれ、オメェラ見てみぃ。

 これがワシんトコのドすげぇ坊主が作り上げた、自動車っちゅうモンよ」

 

「おお、なんじゃこりゃあ。馬もおらんのに、ものすげぇ速さで走っとるじゃねぇか!」

「しかも乗ってんのは、おい。

 ウチんトコの魔力なしの坊主じゃ」

「こ、コイツは、この魔道具は。

 まさか魔力使いじゃのうても動かせるかよっ!」

 

「おう、まだまだ発展途上じゃが、この新型機関。

 無限動力炉を使えば誰でも、いくらでも走らせる事ができる。

 

 どうよオメェら。

 ……命捧げてもワシらの国で、こいつを拵えてぇってヤツだけついてこい。

 コイツ以上にドすげぇモンに、関わらせたるわ」

 

 

【滅びた古代王国の末裔を称する、緑の領の権力者達が】

 

「ああ、いけませんなぁ。こうも下賤の者がうるさく息づくのは美しくない」

「少しばかり魔力が優れる風の馬鹿どもが、思い上がっているのでしょう。嘆かわしい」

「本当です。

 これは身の程を分からせてやりませんと」

 

「まずは商人たちを操って食料方面から締め上げてやりますかな? 他にもあらゆる流通を規制して奴らの懐をズタボロにしてやりましょう」

「いやいや、こんな時の為の猟犬ですぞ。

 王家の名を使い火と水の領をけしかけましょう。

 忍びを放って毒を潜ませるのもよい」

 

「ああ、それならばお隣の雨の国の者たちも巻き込んでみてはどうかね?

 どうやら彼らの当主は神殿に嫌われている様子。

 より多くの領主達の力を借りられる事でしょう」

 

「ふむ、これはよい機会ですなぁ。

 ここで最近あの国で広まりつつある美味なる食事の技術やら、魔導具の権利やらを堂々とむしりとってやりましょう」

 

「然り。あのように洗練されたモノは、……我らのような選ばれたモノにこそふさわしい」

「「「その通り、その通りだ」」」

 

「では諸君。愚かな劣等種たちの末路に乾杯を」

 

 

【王国の遥か北東。その魔力で白雪地方の国々を操る、北のエルフ達が】

 

【今はまだ弱小たる未来の鉄の大帝国が】

 

【魔蟲の大砂漠を抜け、長い旅路の果てに東の諸国より至った大国の王子が】

 

【そして、すっとんきょうな親バカが】

 

「セバス。やっぱり必要だと思うんだ」

「旦那様。今度は何が必要なのです」

「夢の国だ」

「は?」

 

「俺は三色同盟の盟主として。

 ここに娘の為に、誰もがその童心を取り戻すだろう約束された夢の国。

 ニャッピーランドの建設を宣言する!」

「はぁっ!?」

 

 

 幻想世界。

 その世界に生きる者たちが思い思いに、それぞれの命の音色を響かせて、悲しみの世界はその色を変えていくのだ。

 

 

「なんだお前、魔獣、いや精霊獣か?」

『君がジルクリフかい?

 ボクはレギン。時の中位を預かる高位精霊ってヤツさ。

 何だか楽しい事をしているヤツがニンゲンにいると風のヤツに聞いてね。

 ボク達も仲間に入れておくれよ?』

 

 

「どうやらパーティ会場には間に合ったようだな。悪いがな、その娘は貰っていくぞご老人」

「き、キサマは紫のっ、グフっ!」

「じ、ジルクリフ様……ああ!」

 

「さてご令嬢。……俺のような男の所でよければ、このまま連れ拐われてくれるかね?」

 

 

「土魔法が最高にチートな魔法だってのは知ってたがなぁ。……これほどか」

「おい、ジル坊。他になんか儂らが作れるモンはねぇか。

 まかせろい。外っツラだけなら儂らの魔法で何だって作っちゃるぞ!」

「終わっちゃうんだもんなぁ。たった3ヶ月で5年分の……開発予定地全部。魔法ってホントチートだわぁ……」

「がはは、今日も精一杯働いて汗かいてウマいビールとシチューで乾杯じゃあ」

 

「……終わっちゃうんだもんなぁ」

 

 

「おとうさまぁ、だいすき~!

 ぎゅ~」

「セシリアは、今日も天使だなぁ…」

「蕩けすぎですよリョーシュ様…」

「にゃ~♪」

 

 

「えっ、経済封鎖受けてんの。ウチが?」

「ええ、樹の領から食料品などが、後は水の領から工芸品などが入ってこなくなっています」

「んー、食料は陽光の国に置かせて貰った加工工場からいくらでも届くし、最近あそこら辺から流れて来る工芸品ってそもそも俺らが砂の国の機械工場で作らせてるモンだろ。

 そっち封鎖出来ないなら、意味ないよな?」

「ええ、恐ろしく無意味なんですよ」

 

「……まぁ、ほっとくか。無害だコレ」

「そうですね」

 

 

「愚かモノ達に神の裁きを見せつけろ。不死身の軍団、神聖騎士団の力、思い知らせてやる!

 全軍突撃、諸侯達と連携を計れっ」

「「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

 

「ニャッピーに中の人などおらぬわタワケぇっ!」

「ぶけらばっ!」

「おひいさま。

 ……エルフの姫がそのように、いけません!」

 

 

「オレだってオヤジみたいな、あの人みたいなオトコになるんだ。ジユーをつらぬく、めちゃくちゃかっこいいオトコにっ」

「くく。俺はともかくアイツの背中追うのは、……伊達や酔狂じゃできねぇぜ。

 ちゃんとわかってんのか、ゼリックよぅ?」

「ジョウトーっだっての、くそオヤジ!」

 

 

「私はこの学校で多くの事を学び…」

「うう、セシリア。学年代表の挨拶、立派だぞぉ…」

「旦那様。次は貴方の学長スピーチなのですから、そろそろご準備を」

「何、酷いヤツだなセバス。親から娘の晴れ舞台を奪うなど、とても人の所業とは思えん。

 こんな日にそんな仕事、パスだパス。

 ……学園とか、んなのどうでもいいわ」

「貴方が、建てた、学園でしょうに!」

 

 

「こ、これは!?」

「ふ、……これはお嬢様の安全確保の為にどわーふ達にこしらえさせた魔導式強化外骨格(パワード・ドレス)

 なずけて、……にゃんにゃんばにー」

「ど、どう見てもキグルミだった。

 くっ、流石はいつでも我が娘に忠義を貫く万能幼女メイド、メリーよ。

 これはいい仕事と言わざると得ない!」 

「(親指ぐっ)ふっ、……リョーシュ様もわかってるね」

 

 

「おう。ゴーレム構造体をフルにつこうてパワーアシスト行いまくる、まったく新しい4m級の大型騎士鎧よ。さしずめ機動鎧と言った所かのぅ?」

「あ、人型ロボだコレ。……なぁ、実用性ってあんの?」

「……正直あんまねぇな。コストが馬鹿たけぇわりに実がねぇ」

「「人型って弱いモンなぁ……(泣)」」

 

 

「ふん、おまえがセシリアか。ウワサ通りのみにくい黒髪の女だな……。

 しかしオレはカンヨーなのだ。

 キサマのチカラを王家に捧げるというなら、このオレ、第2王子マークソードがキサマとコンヤクしてやってもよいぞ!」

「……ほう、何か言ったか我がライバルよ?」

「あ、おとうさま」

 

 

「じ、ジルクリフ卿。これは、……思ったよりも恥ずかしいぞ」

「何、もっと力を抜いて全部俺に委ねてしまえばいい。ウェンディ、一切を飾らぬお前の全てを、……隅々までこの俺に見せてくれ」

「ひゃ、ひゃいっ」

 

(閉じられたドアの向こうで)

「み、耳かきとは、なんて大胆なモノなのでしょう……。次はわ、ワタクシもあの方に。

 い、今すく湯浴みをして来なくては!」

 

 

「おとうさま、ここおかしいよ?」

「ん、どうしたセシリア」

「こことここにムダがあるの……。魔力が流れづらくなってて。えと、こうした方がいいのかも」

「「あ」」

「公爵様、これは……」

「ああイルマ君。

 ……無限動力炉の欠陥が今、失くなった」

 

 

「セシリアは、……ボクが守る」

「くく、オメェも難儀な女に惚れたなニール。

 ……だが見る目は間違ってねぇ。

 せいぜい頑張れや我が息子、未来の辺境伯様よ」

 

 

「ソランおねーさん、楽しそう♪」

「うん、セッシーもニコニコだねー」

 

「うん。おとうさまと一日一緒。

 すっごくすっごく、うれしいの♪」

「ボクもセッシーが嬉しそうだと、すっごくたのしーよぉ」

「「きゃ~、たぁのしー!」」

 

「おーい、二人ともー。

 焼けたからそろそろ食べよう。

 海で食べる焼きそばはサイコーだぞぅ!」

「「はーい!」」

 

 

 そしてその騒がしい音色を嫌う、歪んだ悪意が最悪の存在を呼び起こそうとも。

 

 

「おのれぇ、ジルクリフぅ。

 貴様が悪いのだ。貴様が神を、我々を冒涜するから、我々は神すら喰らう獣を起こさなくてはならなくなった。

 ふ、はは、ははははっ。

 さぁ古代文明を滅ぼした古き龍・炎龍よ。

 今、目覚めの時だ!

 選ばれた血筋たるこの私に、喜んでその力を貸すがいいっ」

『ご苦労だニンゲン。そして、……死ね』

「ひ、ひぁぁぁぁっ!!」

 

『ああ、懐かしいな。久々の現界だ。

 ……ムシケラ如きに封印されたこの屈辱、我は決して許さぬぞ?』

 

 

「あ、ああ。このままじゃ赤の領は終わりだ」

「龍なんて。

 あんな怪物の前に、貴族も騎士も無力だろ」

「……もう領民捨てて逃げようぜ。

 命あってのモノダネだろう」

 

「ふざけるな貴様ら。

 誇り高き王国の剣である我々が、今この場を離れるなど恥を知れ!

 レンシュバルト家の武名にかけて、我が領地を獣風情の好きにさせるなど許せるかっ」

 

 

『ふっ、人間にしては愉しめた。だがそれだけだムシケラよ』

「くっ、もはやここまでか……」

 

『はは、騎兵隊の登場だ!』 

『こちらウルリッヒより各機へオープンコール。航空爆撃小隊、これより大型エネミーの制圧を開始する』

 

「あれは、三色連合の……」

 

 

『なんだと、重力兵器が効かないだと!?』

『我には神の力が及んだ武器しか効かぬわ。

 この神話結界を破れぬ輩に、我を倒す術などないと知れムシケラ共よ』

『ち、くしょー!

 この、インチキトカゲ野郎がぁ!!』

『各自散開し、撤収せよ。……殿は俺達が務める』

 

 

 彼らはその調べを、決して止める事を許さない。

 その果てに。

 

 

「やはりあの炎龍を止めるには、私が生贄になる他ないのです。レンシュバルトの、龍の巫女の血を継ぐ私の命でアレを封じる他、ないのです」

「姉上、そんな……」

 

「ふん。あの程度の獣に捧げるには、いささか君の命は勝ちすぎているように思えるな」

「じ、ジルクリフ様!」

 

「私はね。君達のような運命を持つモノが、それに翻弄される事を決して許さない。

 何、もう手は打ってある

 このジルクリフを信じて頂きたい」

「そんな……」

「ジルクリフ卿っ。姉上は、姉上は助かるのですか!?」

 

「もちろんさ。未来のヒーロー君。

 ……この俺が長き巫女の呪縛など、ヤツの身体ごと打ち砕いてみせよう」

 

 

『に、ニンゲン風情が、神の形を真似るとはっ!』

『ああ、これが俺の、俺たちの切り札だ。

 精霊憑依式・人造神機。……これなら貴様の結界も貫けるだろうよ。

 さぁ次元を超えた力の裁きを受けるがいい、炎龍よ!

 疑似縮退炉、臨界機動!』

 

『精霊機・ステラジウス。最近のボクのお気に入りの器なんだ。彼の奥さんの名前を冠する、まったく新しい人造の神機さ。ニンゲンってスゴイだろトカゲ君』

『レギン、この裏切りモノがぁ!』

『ボクはいつだって楽しい方の味方さ、ご同輩♪』

 

 超大すぎるその龍と、人の造りし神の器の2つが交わる時。

 

『おとうさん、やっちゃえー』

『ああ、力を貸してくれ、セシリア、ミリアーーーーーーー!!』

 

《攻勢支援衛星ミリアとの連携により重力時限干渉システムの起動を確認。

 対象のロックを開始します》

 

『貴様らぁーーーーーー』

『星を喰らう牢獄の終わりと、それすら破る極光の力を受けろ!』

 

 世界の命運は、その親子の背中に託されるだろう。

 

 

 

「……ああ、僕は絶対に忘れない。人が神話に打ち勝った、今日この日の戦いを……」

 

 ……その光景に、赤髪の少年は涙を流し。

 それはきっと誰かの悲しみを超える、新たな音色となって響くのだ。

 

 

 かくも彼らは、世界を音で包み込む。それは幻想世界の理からは大きく外れた代物なれど。

 

 誰も聞いた事がない不可思議と、可笑しさに包まれた、……何故だか心地のよい響き。

 

 時に切なく、時に騒がしく。

 その景色をくるくると変えて興じられるその調べの名は。

 想いの籠もった、この世に一つの……狂想曲(ラプソディア)

 

 しかし今はまだ、それはまだ見ぬ明日の話。

 ……だが。

 

 

 父親達が背負いしモノを言いあったその先で、公爵は宣言通り愛娘の部屋へとたどり着いた。

 そこには幼い娘の相手をする1人の美しいメイド姿の女性がいて、公爵の姿に気づくと彼女は自然に微笑みながら彼の訪れを喜んだ。

 

「あら旦那様、今日は随分とお早いお越しですね?」

「ふむ。本来はもっと早くに来れたのだがな。……また少々面倒を引き受けてしまってな。中々ままならんものだ」

「あらあら、それは大変ですこと」

 

「おお……、今日は我が姫君は起きているようだな」

「うふふ。ええ、お嬢様は先程から寝所の中で元気にコロコロなさっておられますよ。直にご自身でご自由に、どこへでもお動きになられるかと思います」

 

「うむ、何より。何よりだ。

 ……うん?」

「あらあら、まぁまぁ?」

 

「ばぁ、あう、ばぁ……」

 

「お、おお、せ、セシリアが、……俺に向かってっ、ハイハイでハイハイで近寄ってくる!」

「あらあら、うふふ。……旦那様はとても幸運でございますねぇ」

 

「ばぅ、あぅ!」

 

「ああ、ああ。幸運だとも。世界一幸運さ。

 はは。

 見ろ、俺の娘が自ら俺の元に来てくれた。

 ……こんなに嬉しい事はない。

 今日は間違いなく我が人生最良の日だ!」

 

「あら旦那様。

 これからお嬢様はいくらでもご自分でできる事が増えていきますわ。そうそうに最良を決めてしまうのは、少しお早いのではございませんか?」

 

「ふっ、わかってないなメアリーは。娘の為の最良はいくつあっても構わんモノだよ。

 それが父親という生き物だ」

「まぁ、それはとても幸せそうな生き方ですね?」

 

「もちろん。幸せだとも。

 ……ああ、セシリア。

 君は今日、自分で歩む自由を得たぞ」

 

「あぅ、あ?」

 

「そうだ。そうとも。

 そうやって君は何だってできるんだ。何だってやれるし、選べる。選べるように俺がする。

 だから君は安心して選ぶんだ。

 さぁ、世界が君の選択を待っているぞぉ?」

 

「きゃっ、きゃっ♪」

 

「あらあら。旦那様ったら……、あまりお嬢様を興奮させないで下さいまし?」

「おおぅ。すまんすまん。

 はは、……俺はいつまでもメアリーに頭が上がらんなぁ。なぁセシリア?」

 

「もう旦那様ったら。ご冗談ばっかり」

 

「あながち冗談じゃないんだよなぁ……。

 君と君の娘には、俺の姫君が大層お世話になってるからなぁ?」

「きゃぅ、めぅ♪」

 

「もう。ふふっ。いつもそのような事をおっしゃって私をからかうんですから。お嬢様からお父さまを叱ってやって下さいまし?」

 

「あう、らう!」

 

「おいおい、それでは俺に勝ち目がないぞ。

 はは、降参だ。

 ……俺は生涯君たちには叶わなそうだな」

 

「あう、らぁ」

「あらあら、うふふ……。本当にお嬢様は旦那様を好いておられますね。どうやらなさけないお父さまを慰めてくれてらっしゃいますよ?」

 

「うむ。セシリアは今日も、天使だなぁ……」

 

 

 彼女が世界の運命を握っている事だけは、間違いないだろう。

 この世界でいずれ始まる狂想曲は常に。

 

 彼女を中心に、……謳われるものなのだから。

 

【娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない】

 第一シーズン・虹の王国篇。

 オープニング。

 

「そして始まる狂想曲《ラプソディア》」

 

 さぁ。終わらない狂想曲を……始めよう。

 



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