IS ULTRAMAN AGUL (青い人間)
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一章
第一話 逃亡の果て


初めまして青い人間です。

先ず初めに読者様方の貴重な時間を無駄にしないためにも、第一話を読む前に活動報告に投稿した注意事項を読んで頂けたらと思います。

タグ付け等はご指摘あれば直すかもです。

『IS』『ウルトラマンガイア』のクロスオーバー作品(ウルトラマンはスーツとして登場)です。

人生初の長編作品はりきって行きましょー!




あと三人称視点の文章ですが、二章からは一人称視点にするかもしれません。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほがらかな笑顔をよく浮かべる人でした。

 

 

 

 誰よりもすごい人で、周りの大人達よりずっと物知りだったくせに、いつも子供みたいな我儘で俺を困らせてました。

 

 周りはその人を『天才』と呼んで、敬遠していましたが、俺にとってはよく勉強を教えてくれる近所のお姉さんぐらいの感覚でした。

 

 一緒に研究して、一緒に笑って、互いの夢を語り合いました。

 

 研究が思うようにいかない時もあって、そんな時は必ず俺に八つ当たりしてました。

 

 けど顔は楽しそうで、失敗だろうとあの人にとっては新しい発見のうちだったんだと思います。

 

 あの人のことが好きでした。

 

 あの人に教えてもらったことは、全部がかけがえのないものでした。

 

 あの人と一緒に、無限さえ突き抜けるような夢を見ていたあの時間が、なによりも幸せでした。

 

 

 

 ……もう思い出に縋るのはお終いです。

 

 

 

 いずれこうなる事は必然だった。早いか、遅いかの問題でそれが今だったってだけだ。

 

 人間が利己的な存在である以上、あの人の夢はただの『兵器』としてしか理解されない。そして、それは変えようのない人間の本性だ。

 

 どれだけ間違いを重ねようと、自らの過ちに気付く事は出来ない。

 

 たとえ未来に希望があったとしても、それが実現する事はもう叶わない。

 

 

 

 だから先生、あなたの夢は

 

 

 

 ここから先には行けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の日本海沖合には雲一つ無い。

 

 文明が作り出した光が埋め尽くす陸地では見ることの出来ないような、美しい星明りが大海を静かに照らしていた。

 

 そんな星空の下、一隻の大型貨物船があろうことか船のすべての明かりを消し、日本へ向け航行していた。

 

 本来、陽の光が差し込まない為に昼夜を問わず電灯の光が保たれた船内の廊下も、今は非常用の赤色灯だけが頼りの薄暗さに覆われ、不気味なまでの静寂に包まれていた。

 

 そんな中一人の男が甲板へと続く狭い階段を、息を切らし脚を引きずりながらも懸命に駆け上がっていた。

 

 むさ苦しい長髪はボサボサに乱れている。目尻は上に向けられやや鋭く見えるが、顔立ちは端正と言えるだろう。

 

 それら白髪混じりの頭髪や少し大人びた顔からして、20代後半の様な風貌だが実際にはそれよりもずっと若い。

 

 背丈は大体170後半程度で、痩せ気味のその男はよれた黒いワイシャツの上に所々穴が空き土汚れのこびり付いたカーキ色のコートを羽織っていた。

 

 ズボンの汚れも酷いものだったが、それ以上に目立つのが右のふくらはぎにべっとりと付いた血の跡だった。

 

 出港する間際のこの船に忍び込み、今まで使われていない船室に潜んでいた彼がこうして外に出ているのには理由がある。

 

 異変の始まりは数時間前に遡る。

 

 その時点においては、この船も様子も今とは打って変わった通常航行をしており、各々の持ち場で仕事する船員を散見出来た。

 

 しかし、全くの突然。まるで虚空から出現したかの如く、数人の招かれざる客がこの船に入り込んでいた。

 

 機動性重視の軽装備は夜の闇に紛れるよう黒ずくめに塗装され、マスクと暗視ゴーグルによりその表情はうかがい知れない。

 

 些細な物音一つ立てず船上に、船内の中心部に入り込んで行くその姿は亡霊のごとき不気味さを纏っていた。

 

 無論、船員達が自らの仕事を怠っていた訳ではない。レーダー等の機械面はもちろん、周囲の海を目視で警戒する巡視も生真面目な船乗り達は適切にこなしていたのである。

 

 しかし、彼等の手並みは軽々とその監視網をすり抜けてみせた。

 

 まず彼等は、周囲の海を警戒する船員達に一切気付かれず船長室まで侵入した。

 

 そして就寝中だった船長をその手に持った自動小銃で脅し、船員を食堂に全員集め誰も外に出ないように厳命させてから、悠々と船内で“目標”である彼をを探し始めたのだった。

 

 すぐに船内の異常に気付いた彼は様子を見る為に船室から顔を出したが、運悪くその直後にその集団の一人に遭遇してしまった。

 

 そいつは出会い頭の銃撃により彼の脚を負傷させ、船内の袋小路に追い詰めるべく、数人がかりで包囲網を敷いていた。

 

 しかし彼もいざという時の為、船員達に見つからないように気をつけながら船内を見て回り、その構造を完璧に頭に入れていた。

 

 その為、彼は退路を絶たれる寸前に、手持ちの目くらまし用のフラッシュバンをありったけ使い、命からがら敵の包囲網を突破する事に成功した。

 

 そして今、満身創痍の状態で階段を駆け上がっていた彼は、甲板に出る一つ手前の階の船室に飛び込む事に成功し、中で身を潜めていた。

 

 退路の少ないこの船室に入った事が、普通であれば得策では無い事は彼にも分かっていた。

 

 しかし、彼はこれまでに幾度となく彼等の襲撃に見舞われて来たのだ。この航海でも船員達に見つからないように、冷たい船室で長時間隠れざるをえなかった彼の体力は著しく消耗している。

 

 断続的に襲い来る激しい頭痛と吐き気、冷や汗は先程から止まる気配がなく、それはこれまで蓄積されてきたダメージが限界に差し掛かった証だった。

 

 その為に彼は、このままの状態で敵が張っているであろう甲板に飛びだす前に、せめて少しでも息を整えることを選んだのだった。

 

 しかし、この誰もいないこの船室に入ったことは、今彼が考えている策に必要な準備の為でもあった。

 

 彼は身体の異常を思考の外に振り払い、生還に向けた考えを巡らせていた。

 

 再び見つからないように、そして何より自分を追ってきた“奴ら”が、船員達にこれ以上の危害を加えない事を最優先にして頭を働かせる。

 

(さっきのは消音機(サプレッサー)付きの装備だったな……暗殺チームか。ならこの時点で船員を皆殺しにしてないという事は、恐らく任務が終われば無事に解放されるだろう……)

 

 その根拠は先程船員達に集まるよう放送を流したのが、ここの船長だったからだ。

 

 熟練した部隊が暗殺等の目的で大型船を襲撃する際、大きく分けて2つのやり口があるといわれる。

 

 1つは証拠隠滅の為に船にいる全員を皆殺しにした後に船を沈める方法。もう1つは船長を脅迫し船員達を任務が終わるまで何も知られぬように隔離させる方法である。

 

 後者の方が外部からの注目を集めない分効率的だが、どちらを取るかは主に部隊の規模や技量次第だった。

 

(くそっ…装備も全部使い果たした。奴らどうやって俺が潜り込んだ船を見つけたんだ……!)

 

 彼は憎々しげにそんな事を考えながら、鞄から包帯を取り出し手際良く止血に取り掛かった。

 

 傷の方は見た目よりは浅いようで、これならば多少激しく動いても問題は無いと彼は判断する。

 

 武装集団は目標がこの船に搭乗している事を確認した以上、殺すか逃げられるかしなければ陸に着くまで船に居る事は明白だった。

 

 しかしその間に船員達が無事である保証は無く、業を煮やした武装集団が船を爆破し、目標共々海の藻屑にしようとすることは充分あり得る。

 

 となれば、彼が考えたのはこの船からの脱出。

 

 それも、武装集団が自分が脱出した事に気付かずに船を爆破することのないように、武装集団に自らの脱出を認知させる必要がある。

 

 彼は立ち上がり、ただ一つそれだけを残して他の中身を失った鞄の中からロープを取り出し、静かに開けた窓に括りつけた。

 

(普通にこの窓から逃げれば奴等が気づかない可能性がある。なら一度甲板に出て注意を集めた後に、船縁に走り海に飛び込む。そしてそのまま脱出したと見せかけ、この窓から垂らしたロープに掴まり戻ってくる。やはりこの手か……)

 

 ここから日本まではそれなりに近く、泳げない距離ではないが問題があった。

 

 武装集団が船員達に気づかれずに潜入出来たという事は、離れに小型ボートを配置してそこから泳いでこの船に侵入した筈である。

 

 泳いでいる所をボートに見つかる可能性は高く、だからと言って見つからない為に日本まで息継ぎせずに潜っていることは人間技ではない。

 

(幸いこの距離なら俺が泳ぐと判断したとしても奴等は怪しまないだろう。奴らは闇雲に撃ってくるだろうが、溺死体はすぐに浮かんでくるものでは無い。俺の死体が確認出来なくても不自然では無い筈だ…。)

 

 方針が決まれば、後は覚悟を決めるだけだった。

 

 彼は深呼吸を一つしてドアを細く開ける。

 

 先ほどのようにドアを開けて数歩で敵と邂逅といかないよう、入念に安全を確認する。

 

 敵が潜んでいないと判断した彼は、甲板へ続く階段へ向かうべく部屋を出た。

 

 先ほど上ってきた階段に向かうため、来た道を戻ることになる。

 

 逃げてる最中は必死だったため、気づかなかったが廊下は肌寒く、出血していた傷に刺すような痛みを感じてくる。

 

 相変わらず廊下の電気は落とされたままで、等間隔に取り付けられた非常灯の真っ赤な明かりによって不気味な形相を醸し出していた、

 

 頭痛は激しさを増し、意識が遠のくような感覚さえ感じるようになったが、彼は必死に踏みとどまる。

 

 彼はいつでも動けるように腰を落とし、慎重に、しかし可能な限り急ぎながら進んでいく。

 

 先程走っていた時には一瞬に感じられた廊下の道のりが、今はやけに長い気がした。

 

 得体のしれない冷や汗も、止まらなくなった震えも顧みず、彼は廊下を突き進んだ。

 

 そしてついに、彼は階段へたどり着く。

 

 警戒しながら階下を覗き込んでみるが、先ほど追われていた時とは打って変わり静かであり、船底から腹に響くような低い船のエンジン音が聞こえるだけだった。

 

 上へ続く階段には脇道は無く、ここで敵に挟まれることは、この逃亡劇の悲惨な結末を意味している。

 

 彼はあまりの静寂に一抹の不安を覚えるも、その場で一呼吸置き階段に足をかけた。

 

 階段は少し湿っており、滑らないように一段ずつゆっくりと上っていく。

 

 しかし既に、彼の意識は最早風前の灯火だった。

 

 武装集団との邂逅から今に至るまで、逃げるか殺されるかの極限状態だった彼の神経はすり減りきっていた。周囲を警戒しつつも、意識はどこかぼんやりとした感覚に陥っている。

 

 非常灯の赤い光が幻惑的に揺れ、それはまるで自分を誘っている鬼火のように見えた。

 

(周りは……誰もいないな? いや、いたところで何になる? 所詮は……くそっ、思考が。……それよりもだ! これまで何人を巻き添えにしてきたんだ!? これ以上はもう誰も……あぁ!またか! いいから真っすぐ進め!)

 

 飛びかける意識の中で自分を叱咤して、なんとか足だけは前に運ぶ。

 

 彼は無意識にポケットに手を伸ばす。中には彼がこうして命の危険を冒してまで日本へ向かう原因となった一通の手紙が入っていた。

 

「先生、俺は……」

 

 不意に呟きが漏れたところで、彼はふと我に返った。

 

 後方の少し離れたところに数人の気配を感じる。

 

 彼は自分が詰んだ事を悟った。

 

 階段は一本道、逃げ場などある筈もなかった。

 

 最後の最後に油断し、警戒を怠った詰めの甘さに不思議と悔しさは感じない。こんな物か、と幕引きの呆気なさに身体から力が抜けるようですらあった。

 

 彼は立ち止まり一呼吸置く。覚悟を決め、再び歩を進める。

 

 追い詰められた以上ゆっくりと上る必要もなく、後方の足音を捨て置き、残り数段を一息にに上る。

 

 今更ながら、頭痛も吐き気も何も感じなくなっていた。

 

 思考はまるで深い霧が晴れた後のようにクリアだった。

 

 ついに彼は、あれほど遠く感じられた甲板に出る扉の前に立った。

 

 重厚そうな鉄の扉の隙間からは強い光が漏れ出ており、扉の向こうからこちらを照らしていることがわかる。

 

 そしてもう一点、扉で遮られくぐもって聞こええるが、彼は確かに()()()()()()()()()甲高いエンジン音を聞き取った。

 

 そこで彼はすべて理解した。

 

 何故、船員たちを一か所に集めたのか。早々に異変に気付き部屋を出るも敵と鉢合わせたのか。警戒していたにも拘わらず、自分が一本道の階段を上り始めてから後ろに付かれたのか。

 

《船外からのサーモグラフィ透視》 それさえ出来ればこれらの事に合点がいく。

 

 無許可で乗り込んだ彼が船員達と一緒に食堂に集まれるはずもなく、船内に熱源が孤立していれば居場所の特定はたやすい。

 

 だが、いくら熱源を孤立させて見つけやすくしたとしても、通常の赤外線サーモグラフィカメラでは壁を隔てた向こう側の探知など不可能である。

 

 しかし、それを可能とするマシンがこの世には存在する。彼は扉の向こうに“それ”がいることを確信した。

 

 どこにも逃げ場はなく、引き返す事も出来ない。彼は覚悟を決め、ゆっくりと扉を開ける。

 

 凍てつくような潮風が吹き込み、眩いライトに照らされされ一瞬顔を背けるも、歩を進める。

 

 “それ”をにらみつける。

 

 世界のパワーバランスを崩壊させ、それまでのあらゆる技術を過去のものにした天災科学者の夢の結晶。

 

 彼は、自然とその名を口にした。

 

 

 

 

「インフィニット・ストラトス……ッ!」

 

 

 

                  

 

 




読んで頂きありがとうございます。


この作品の主人公である「彼」誰なんでしょうか?

その名は……もう少し先で分かります。


書き溜めがちょっとだけあるので、近々2話も投稿します。遅筆なのは許してほしいです……。


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第二話 解氷

 ――2136年。人類は人口の増加による停滞期に陥り、世界中で食料不足や貧富の格差などの社会問題が発生していた。

 

 誰もが変革を求め欲していた時代に、それは突如として現れた。

 

 IS《インフィニット・ストラトス》

 

 それはたった一人の少女によって開発された、宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツ。

 

 その画期的な発明はCPUからセンサー類、装甲用の合金にいたるまでの全てが、従来のテクノロジーをはるかに凌駕しているものだった。

 

 人々は手にしたそれをこぞって解析し、模倣し、量産した。

 

 その結果経済、産業、物流、そして軍事力など現代のあらゆる情勢はほんの数年で一変し、本来であれば百年以上はかかるであろう科学の進歩は一気に繰り上がったのだった。

 

 そして人類はその心の成長を待たずして、身に余る力を手に入れることになった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前にこの浜辺に来たのはいくつの時だったか。

 

 曇り空の下、広い浜辺には人ひとり見当たらない。季節相応の肌寒い潮風が頬を撫でる。

 

 この季節の日本海は荒れ模様も多く、海底の砂が巻き上がった海は濁り曇っていた。

 

(たしか午後から雨の予報だったかしら。)

 

 現在私は在学しているIS学園の冬休みを利用して、地方に所有する別荘を訪れていた。

 

 いくつか所有する内では比較的よく利用する場所で、子供の頃は長期連休になると訓練のために父に連れてこられた。この浜辺はそこから少し歩いた所にある。

 

 波打ち際を眺めていたが、おもむろに手首に付けていたブレスレット型の端末を起動し、登録してある大学病院の電話番号にかける。

 

 きっちり2コールの後に繋がる。

 

「すみません、更識です。いつも妹がお世話になっています。」

 

 毎回同じあいさつから始まり、同じ経過を聞き、通話を終える。代り映えのない報告を聞くたびに、私はひどく陰鬱な気分になる。

 

 最初の頃はもしかしたら何か変化があるのではないかと期待する時もあった。

 

 しかし、一年経った辺りからは電話口の看護師の辟易が混じった声を聴くルーティーンに成り代わった

 

 妹の更識簪が病に伏したのは5年前のことだった。

 

 当時、抜きんでたISの才能を見込まれ、専用機の開発に明け暮れていた私がその報告をきいたのは、完成させた専用機を妹に披露すべく帰宅したときだった。

 

 医者から告げられた病名は聞いたこともないもの。

 

 日本人には前例が無く、確実な治療方法も不明。

 

 ただ一つ確かなことは病魔が更識簪を()()しない限り、彼女は眠り続けたままということ。

 

 他人に聞かれたくない話ではあるが、今別荘を利用しているのは私一人だけで、わざわざここにきて電話をする必要はなかった。

 

 ここまで足を運んだのは、部屋で一人で掛けるよりはいくらか気がまぎれるかもしれないという、なんとなくの思い付きだった。

 

 しかし結局のところ、どこで電話を掛けようと同じなのだ。

 

 そして、そんなことは私自身にも分かり切ったことのはずだった。

 

「何やってんのかしら、私」

 

 自然と漏れ出た言葉。それは、この数年間常々思っていることだった。

 

 その時、ひと際強い風が吹いてきた。

 

 しばらく浜辺にいたので体もだいぶ冷えてきた。目的の電話も済み、ここに長居する必要もなかったので帰路に就くことにする。

 

 ふと、少し離れた波打ち際に広がる奇妙な光景に目が留まった。

 

 周りに散乱する、流木や夏の海水浴客が捨てたごみなどではない。何か人工物の破片のような物体が、大小様々に散ばっていた。

 

 近づいて拾い上げると、それは所々錆びついた平たい金属片だった。

 

 おそらく漂流してきたものであり、見たところこれ自体は何か珍しいものでもない。

 

 しかし、同じような塗装の色をした金属片が多数散乱していることを私は奇妙に思った。改めて辺りを観察する大きいものでは2ⅿ以上のものもあり……。

 

「うそ……」

 

 それは間違いなく人間の腕だった。

 

 ひと際大きな金属片の陰に見つけたそれに一瞬衝撃受けるも、すぐに駆け寄り体にのしかかっていた金属片をどかす。

 

 下敷きになっていた腕の主は、うつぶせで横たわる若い男性だった。

 

 羽織っているコートは海水を含み重くなっていた為、仰向けにするのに難渋するも、すぐに呼吸を確認する。

 

「……まだ息がある。」

 

 改めて確認すると呼吸、脈拍共に安定していて命に別状はなさそうだった。

 

 ただあちこちに傷が見られ、体温も低下していた。すぐに濡れた上着を脱がして病院に連れていく必要があると判断し、コートを剥がす。

 

「――これは」

 

 しかし隠れていた右足の傷を見た私は、それまで手際よく進めていた処置の手を止めた。

 

 他人が見ればただの傷に見えただろう。ただし私にとっては違う。

 

 その傷は私が手を止めるだけの“見覚えのある傷”だった。

 

                   

 

 

 

 

 

 

 

 生来、寝起きは良かったつもりの彼だが目覚めた時、自らの状況にいささか困惑した。

 

 まず、いつの間にか着ていた浴衣にも、寝ている自分に掛けられていた布団にも、自分が寝ているこの和室にも覚えがない。

 

 何故だか彼は記憶がひどく混乱し、寝る前の事が酷くぼんやりして思い出せなかった。

 

 そのため眠りから覚醒したのは少し前だが、目を閉じたまましばらく様子を窺っていた。

 

 しかし、誰が来るでもなく部屋の外にも人の気配がしないので、今はこうして身体を起こして周りを観察している。

 

 畳の敷かれた部屋には和室らしく座布団やら高そうな壺やらが置かれているも、エアコンの空調が効いているしテレビもあった。こんな快適な環境で寝たのは、いつだったかイギリスを逃亡中に匿って貰った屋敷の時以来だった。

 

(それにしても、ずいぶん久しぶりに熟睡できた。ずっと寝ている最中だろうが気を張っていたからな。船に乗っている最中も寒さに耐えながら……)

 

「――ッ!」

 

 そこまで思考が至り、ようやく眠る前の記憶を思い出す。

 

 布団から飛び出し机の上にあったリモコンでテレビをつける。

 

 用心のため、液晶に映像が映し出されると同時に消音してからチャンネルを変える。何度か操作を繰り返したのちに、丁度目当ての内容を取り扱っていたニュース番組で止めた。

 

『今月15日未明、日本海沖合にて入港予定の貨物船の積み荷の一部が爆発し貨物の一部が炎上する事件が起きました。尚この爆発による負傷者は無く、乗組員は全員救助されたとの……』

 

 そこまで聞きテレビの電源を落とす。ひとまず負傷者は無かったようで彼は深く安堵した。

 

 彼はこれまでの逃亡中も周りへの被害が無いよう最大限注意してきたつもりだった。

 

 それだけに今回大勢の船員を巻き込んでしまった事は、彼にとって痛恨の極みだった。

 

(今回、日本への渡る為に船に密航したのも苦肉の策だったが、ISが出張ってきたからには、今まで以上に慎重な行動に徹する必要があるな。さもなければ()()()()死人が出る…………。)

 

 嫌な記憶と最悪な結末が頭をよぎり、思わず彼は舌打ちする。

 

 経験上、この事を考え込んでも不快な感情が募るばかりだと分かっていたので、すぐに思考を切り替える。

 

 今のニュースと自分の記憶からして妙な点があることに気が付いた。

 

 甲板に出てISに囲まれたあの時、自分はイチかバチかで船の横から海に飛び込むためにハーフデッキを突っ切ろうとしたはずだった。

 

 実際に彼は扉から走り出し、船から飛びでる一歩手前の位置までたどり着いたのである。

 

 だが本来であれば、ハイパーセンサーを搭載したISの前では、とっさの動きも見逃さず瞬時に彼を蜂の巣にすることの可能な筈だった。

 

 そうならなかったのはいくつかの幸運と不自然の産物。

 

 彼を後ろから追い立てていた潜入部隊がかなり近くまで彼に迫っていたこと、それによりISが味方への誤射を恐れたこと、そして……。

 

(なぜか、爆発が起きて海に投げ出された……)

 

 最初はISからの爆発系の武器を撃たれたものと思ったが、ニュースを聞く限り爆発は積み荷から起きたものだという。

 

 普通、コンテナの中から爆発が起きれば破片が彼に直撃したはずだ、それに爆発が起きたのが積み荷の内部か外部なのかは、現場の破損状況を見れば間違えようが無い。

 

(捜査にあたった警察が隠蔽した?もしくは……)

 

 しかし、そんなことを今考えても確かめようがなかった。彼はかぶりを振ってそのことを思考の隅に置く。

 

 とにかくあの爆発で自分は海に投げ出された、そして何者かに救助されここで寝かされていたのだろうと彼は判断した。

 

(普通、日本じゃ救急隊を呼んで病院に連れて行くんじゃないのか?)

 

 改めて自分の体を確かめる。

 

 船で撃たれた右脚の傷は先程まで気が付かなかっただけあり、包帯こそ巻いてあるが痛みは無かった。

 

 しかし、自分がどれだけの時間寝たきりだったのかは不明だが、身体の節々が鈍く痛み、ひどい倦怠感と吐き気が感じられた。

 

 早いうちにここから出て目的地に向かいたいが、見たところ着替えや鞄は部屋に無い。

 

もっとも鞄に関しては海で流されてしまった可能性が高いため彼もあまり期待はしていなかった。

 

 足音を殺してふすまに近づく。

 

 開いて外をを覗くと、そこは吹き出し窓が続く廊下になっていた。

 

 窓の外は松の木やら庭石やらに彩られた和風庭園になっており、垣根に遮られ家の外までは見えない。

 

 時刻は昼頃だろうか、窓からは日差しが差し込み廊下は明るかった。廊下には誰もおらず、遠くから人の気配がすることもない。

 

 まさか素性の知れぬ人間を放置して、住人全員が外出するとは考えにくい。

 

 しかし、日中にも拘わらず外から喧噪も聞こえないこの家は、無人としか思えないほどに静まりかえっていた。

 

 彼は耳をすましてみたが、自分の呼吸がやけに大きく聞こえるだけだった。

 

 廊下に出ると、先ほどまで温い布団で包まれていた身体が冷たい空気に晒される。

 

 体調は万全とは言えずもう少し体力を取り戻してから出発するべきだが、襲撃により時間を失った以上彼は早く目的地に向かおうと急いていた。

 

 すぐに自分の着替えを見つけてここを出なければと、彼は家探しを始めようと一歩踏み出したところで……。

 

 

 

「目、覚めたんだ」

 

 

 

 ――静寂に差し込まれる凛とした声音。

 

 緊張を悟られないよう、彼はなるべく自然に声の方を向く。

 

 澄んだ空を思わせる水色の頭髪にワインレッドの瞳。

 

 その女はやわらかな微笑を浮かべ、こちらの瞳を真っすぐに覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

投稿機能等々探り探りの第二話です。

彼の名前……。

忘れてるわけじゃないんです。
もう少しお待ちを。

それから投稿の進捗等々を報告する為にTwitter始めようと思います。

活動報告にURLを載せるので、小説の進み具合が気になってくれる方はそちらを覗いてみてください。


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第三話 天才より

 一瞬、彼は強い眩暈に襲われるも不調を悟られぬように平静を装う。

 

 彼が目の前の女を見て思ったのは、『美しい』という至極単純な一言だった。

 

 顔のパーツの全てが、およそ美人と呼ばれる人間にあるべき場所に収まり、各々が存在感を放っている。

 

 その完璧なまでの()()()()()は、どこか作り物地味ていて非現実的でさえあった。

 

 彼女の特徴的な水色の髪は長めのショートに切り揃えられ、サイドは外に跳ねていた。小顔でシャープな輪郭をしており、まつ毛は長く、くりくりとしたワインレッドの瞳はガラス玉のように透き通っている。肌は色白で、ともすれば血色が悪く見える程であったが、それすらも彼女の非現実的美貌に一役買っているようだった。彼女は白いオフショルダーのトップスに暗い色のパンツという服装。シンプルなネックレスを付けているだけでその他の装飾品は特に付けておらず、どうにも狙ったかのような清楚さが感じ取れた。

 

 

 

「身体の調子はどう?脚の怪我の方はもう大丈夫だと思うのだけれど」

 

 彼女はゆったりとした動きでこちらへ近づいてくる。

 

 物音一つたてず現れた女に、彼は強い警戒を抱く。彼女の色白の肌も相まって、実はこの女は幽霊なんじゃないかとすら思えた。

 

 彼は何も喋らずじっと彼女の目を見る。

 

「あら、私ったらいけない。起きたばっかりで貴方も混乱するわよね」

 

 彼女はたった今思い出したと言わんばかりに、ぽんと手を打った。

 

「貴方がこの近くの浜辺で倒れていたのを私が見つけたのよ。見たところ怪我してるみたいだったし、身体も冷えきっていたからここまで引っ張ってきてお父さんに診てもらったの。」

 

 彼は沈黙で続きを促す。

 

「私のお父さん関東の病院でお医者さんの仕事してて、傷の手当や点滴の取り寄せなんかも出来たから」

 

 彼は説明を注意深く吟味する。でき過ぎのような気もするが、一応の筋は通っている。

 

(これで闇医者がよくやる『怪しい傷について詮索をしない分の料金』でも請求されれば信憑性も増すがな……)

 

 相手の素性は勿論、ここがどこなのかすらも分からない以上、相手が悪意のある人間なら、喋っても相手の術中に嵌められる可能性が高い。

 

 彼は沈黙に徹して、彼女の所作を注意深く観察していた。

 

 人間の感情とは往々にして、本人の意思とは関係なく身体に出てしまうものである。

 

 それは身振り手振りだけでなく声の張りから相手との距離、多くの要素が感情と密接した関係にある。

 

 それらはノンバーバル・コミュニケーションと呼ばれ、古くから様々な研究がされてきた。

 

 例えば人は、相手よりも自分が優位に立っていると考えている場合、相手と視線を合わせる時間が長くなると言われている。その点、彼女は状況的優位な筈だが、彼と視線を合わせる時間が非常に短い。

 

 また、先程から彼女がしきりに人差し指で鼻の下を触れていることは、主に心配事の存在を表し、彼女がこちらの体調を気に掛けていることには一定の信ぴょう性があった。

 

 その他、複数の点を知識と照らし合わせてみても、彼女が脅威となる存在である可能性はかなり低いと彼は判断する。

 

 しかし、そうしている間にも彼は体の不調に襲われていた。

 

(こいつは問題無いとして、さっきからこの眩暈はなんなんだ……)

 

 隙を見せないよう努めて無表情を浮かべていたが、そのせいで顔に力が入っていたのだろう。彼女は仏頂面で黙りこくってる男に対し、次第に戸惑いの色を見せてきた。

 

「えーっと、もしかして私の言ってる事、信じられなかったりする?」

 

「……治療の件で礼が言いたい。父親は今どこにいる?」

 

 警戒の必要が無い以上、無闇に不安がらせるのも得策ではないと彼は判断し、ここで初めて彼女に喋りかけた。

 

 突き放すような口調だったが、それでも彼女は彼が話を始めたことがたまらなく嬉しいといった風に笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう!でもお父さん今出掛けてて……夕方になったら帰ってくると思うわ!」

 

「他の家族は?」

 

「お母さんも今はいないし、家にいるのは私だけよ」

 

「(不用心だな……)今みたいに1人の時に、俺が起きてきたらどうするつもりだったんだ」

 

「お母さんには、失礼の無いよう応対しなさいって釘をさされてたわよ?」

 

「……お前の両親は急いで抑制帯でも買いに行ったのか?」

 

「いいえ?親戚のおうちに顔を出しに行ってるのよ?」

 

 この家の人間、少なくとも彼女は目の前にいる素性の知れない怪しい男が、自分に危害を加えるなど露程も考えていないのだろう。

 

 彼女は、何故彼がそんな事を聞くのかさっぱりといった風な顔でいた。

 

 医者の親を持ち、裕福な家庭でこれといった不幸もなく育った世間知らずの女の子―――。

 

 彼は目の前にいる女の人物像をそう捉える。彼は彼女に対する警戒が次第に馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 だがそこで、緊張を緩めたせいか、彼はいきなり強い眩暈に襲われた。

 

「ねぇ、まだ顔色が悪いようだけど……」

 

「……チッ。今日は何日だ?」

 

 彼はあまりの眩暈に舌を鳴らすも、そのまま心配の声を遮って質問した。

 

「3月17日、あなたを見つけたのが15日の朝だから丸二日寝ていたことになるわ」

 

 日付を聞いた途端、彼は眉をひそめる。

 

「俺はもうここを出る。着替えを返してくれ」

 

「でもあなたずっと寝たきりだったし、なんだかまだ辛そう。……もう少しここで休んでいった方がいいわよ」

 

 確かに、彼は二日間身体を動かせなかったこともあり、起きた時から体中が不調を訴えていた。

 

 彼自身は平静を装っているものの、傍から見てその身体の不調は明らかなのだろう。彼女は彼の身体支えるために駆け寄ろうとする。

 

 しかし、彼は右手を前に突き出し拒絶の意思を示す。

 

「これくらい大したことはない。それよりも着替えと、この辺りの地図があれば見せてくれ」

 

 先程の話通り打ち上げられたのが近くの浜辺なら、潮の流れからして目的地もそれほど遠くない筈だとと彼は推測する。

 

 しかし、移動手段が手に入らず目的地まで徒歩となると話は別だった。距離によっては日が変わる間際にたどり着けるかどうかといったところだろう。

 

 そのため、彼はここで休んでいるわけにはいかなかった。

 

「着替えなら、貴方が寝ていた部屋の押し入れに入れてあるけど……あ、ちょっと待って!」

 

 聞くが早いか、彼はおぼつかない足取りで押し入れに向かおうとする。

 

「ねぇ、急いでるのかもしれないけどやっぱり心配よ。」

 

 彼は彼女の言葉を無視する。他人の家だろうとお構いなしに押し入れを開け、中から自分の着替えを取り出した。

 

「足の傷だってまた開くかもしれないわ。お父さんが帰ってきたら車を出してくれるだろうから、今は安静にしてましょ?」

 

「なぁ、見たいのなら別に構わないが。気が済んだら地図を持ってきてくれないか?」

 

「ッ! もう!」

 

 彼女はそのまま足を鳴らしながら部屋を出て行った。

 

 足音が遠ざかったところで、彼は嘆息した。腹の内を探るためとはいえ挑発しすぎたかもしれないと、少しばかり後悔する。

 

 しかし、あの調子ではここを出ていけたとしても付いて来かねない様子だったので丁度良かったか、と気を取り直して着替えに取り掛かった。

 

「ん?」

 

 そこで服を掴む手が妙に痺れていることに気が付く。

 

(これは……)

 

 疑問の答えを思いつく間もなく、彼は足元がひっくり返ったような感覚に陥る。

 

 視界に映る景色にピントが合わなくなり、立っていられず膝をつく。そのままゆっくりと畳の床に崩れ落ちていった。

 

 

 

 しばらくしてから彼女が廊下から声が響く。

 

「ねぇ、着替え終わった?地図持ってきたわよ?」

 

 返事が無いので、彼女は不審に思った。そのまま部屋を覗き、畳の上で伸びてる彼を見つけた。

 

 まさか一刻を争うような容体かと一瞬身体が強張るが、彼の腹が飢餓に喘ぐ間抜けな音を鳴らすの聞き、彼女は深く息をついた。

 

「この人、どのくらい胃に物を入れてなかったのかしら……」

 

                

 

                    

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 

 芸術の都パリ、その夜明け前の冷たい風が女のハミングを運んでゆく。

 

 パリの観光名所エッフェル塔と言えど、もうすぐで日の出に差し掛かるこの時間では周囲の人影は少ない。

 

 ましてや地上276mに位置する展望台は、人ひとりいない無人の空間だった。

 

 しかしこの場において、時間帯などはさして関係ないのである。

 

 何故なら彼女がいるのは展望台の、さらにその()だからだ。

 

 そこには無数のアンテナが伸びているだけであり、強風から身を守る壁など存在しない。

 

 まさしく死と隣り合わせの空間に彼女はいた。

 

 そんな危険な場所にいるにもかかわらず、彼女はワルツでも踊るかのように、アンテナとアンテナの間をすり抜けていく。

 

 そして同時に彼女は手元で何やら作業をしているようだった。

 

 彼女は今、絵を描いていた。

 

 薄く紫がかった頭髪は腰の辺りまで伸びており、あちこちが跳ねて乱れている。肌の血色は悪く、化粧の類を一切していない事が分かる。しかし目じりが垂れたその瞳には、見つめられた者の骨の髄まで蕩かすような甘さを含んでいた。服装はタイトな黒いセーターの上に丈の長い白衣を身に纏っている。目立った装飾品は身に着けていないが、耳には白衣のポケットから伸びるイヤホンがついており、彼女が何かの音源を聞いていることが分かる。いかにも医者や科学者のような格好だったが、芸術の都を意識したのか頭にはベレー帽を被っており、それらがどうにもアンマッチだった。

 

 いや、アンマッチというならそれだけに止まらない。

 

 まず、ハミングとイヤホンから発せられる音源のリズムはまるで噛み合っていなかった。

 

 ハミングの調子が上がったかと思えば、足は空き巣に入る泥棒のごとくそろりそろりとした動きに。

 

 フラメンコのようなキレのある足裁きになったかと思えば、筆を動かす腕は流麗な線を描く。

 

 各々が切り替わるタイミングも、変わる方向性も全てがバラバラ。

 

 統一性のある動作は何一つとしてない。

 

 それは傍から見て居たら、とても奇妙な光景に見えるだろう。

 

 その無秩序な動きに不可解さ、あるいは何とも言えない不愉快さを感じるかもしれない。

 

 しかし実際のところ、この動作にはいちいち気にする程の深い意味は無い。

 

 まずこの動作は、絵を描くだけでは暇だった彼女がなんとなく身体を動かしている、貧乏ゆすりのような物なのだ。

 

 そしてなぜ貧乏ゆすりが、こんな器用で一貫性のない動作になっているのかは、実に単純な理由だ。

 

 動作に彼女の性格が出ているだけなのである。

 

 人間は誰しも、「明るい音楽なら激しい動きをするものだ」「青い色は冷たそうだ」といったように、この場合にはこうというカテゴリー分けを無意識にするものである。

 

 そして、より多くの人と共有出来るカテゴリー分けの線引きを『一般的な感性』と呼ぶ。

 

 彼女はその『一般的な感性』というものが著しく欠落していた。

 

 彼女は固定観念という物を持たず、発想は決して常識に捕らわれない。

 

 言い換えれば彼女の思考回路は完全にフリーダムな状態なのだ。

 

 100人が青黄色の次は赤と言い張ろうが、彼女の回答は色以外の物を指すかもしれない。

 

 80億人が空の下は海と陸と断言しようと、彼女から見る空には上も下も無いかもしれない。

 

 彼女はどんな過程でも結果を決めつけはしないのだ。

 

 物事を秩序立てて型にはめる事を嫌い、乱雑と自由を当然とする。

 

 聡明叡智にして理解不能。

 

 IS開発者篠ノ之束(しのののたばね)とはそういう女だった。

 

 

 

「そういえば、そろそろ助手君は目覚める頃かね……?」

 

 ふとそう言いながら、彼女はキャンバスから顔を上げる。

 

「ん~最後に監視衛星から確認した時には、変な女にお持ち帰りされてたけど……ま、助手君なら上手くやり過ごすか」

 

 そう言って彼女は再び筆を動かし始める。

 

 

 

 10年前、各国の政府機関によって全世界同時にその存在が公表されたIS。

 

 現代科学の粋を集めたとしても、実現不可能とされるような技術をいくつも搭載したそれを、博士号も持たない無名の女子高生が開発したという事実に、少なからず疑いの声も出た。

 

 しかし、そんな声が出たのも政府の発表後に行われた学会発表までのことだった。

 

 篠ノ之束本人の希望により途中質問可能という異例の技術発表だったが、それはISの技術力とは別に、世人が到達しえない絶対的天才がいる事を世界に知らしめる事になった。

 

 発表は、束が当時の科学ではまだ使われていないような単語を交えて解説し、その度に出てくる各分野のエキスパート達の質問に即答しては、彼らが驚きの表情を浮かべながらも納得して着席する、その繰り返しだった。

 

 確かに、途中質問可能の形式でなければ、誰も内容を理解できるものではなかっただろう。

 

 一連の光景は、最早発表というよりは講義に等しかった。

 

 オリンピックなどの実力を比べる趣旨では無かったが、この発表により彼女こそが人類史上最も優れたの頭脳の持ち主である事は証明されたも同然だった。

 

 無論、そんな存在を世界が放っておくはずが無い。

 

 国や企業果ては宗教などのあらゆる組織が彼女の身柄を手に入れようとし、現在彼女は世界中から追われる身となっている。

 

しかし、こんなところでのんきに絵を描いているところからして、彼らの努力が未だ実ってないことが伺える。

 

 

 

 不意に、足元に気配を感じ彼女は視線を向ける。

 

「お、設置完了かな?」

 

 そうつぶやいた彼女の足元には何もない。

 

 否、一見すると分かりずらいが狭い足場の一部に、空間が奇妙に歪んで見える箇所があった。

 

 15㎝程の歪んだ空間は、足場の色から徐々に元来の色に戻っていき、輪郭をあらわにする。

 

 それは、束がとある作業の為に放っていた機械仕掛けのカメレオンだった。

 

 カメレオンは彼女の白衣をよじ登り、そのまま愛玩動物よろしく肩にちょこんと鎮座した

 

「こっちもあと少しで…………よ~し! これで完成だねぇ~!」

 

 完成した絵は良く言えば抽象的、悪く言えば高熱にうなされる幼稚園児が描いた、家族の似顔絵のような出来栄えだった。

 

 そして彼女は、なんの未練も無しに絵を画材と一緒に足場の外に放り投げた。無論、違法行為だ。

 

 彼女は耳からイヤホンを外し、丁寧に古い音楽プレイヤーに巻き付け始めた。

 

「あれから3年。まるで時間が止まっているみたいに長く感じられたけど、ようやく始まると思うと不思議と一瞬だった気もするよ。……今日、逃げ続けるばかりだった君の人生は転機を迎える。プレゼントをどう使うかは任せるけど、しっかり見届けさせてもらうよ。」

 

 巻き終わった音楽プレイヤーをポケットにしまい、物憂げに目を細める。

 

「気に入ってくれるかな……」

 

 それはまるで、想い人に囁きかけるような声音だった。

 

 彼女は目をつむって、気を取り直すように一つ息をつく。

 

「しっかし意外だねぇ~」

 

 夜が明け、暗い空に橙色の絵具が少しづづ混じっていく。街が目覚めてゆく光景を見下ろして、彼女はつぶやいた。

 

「散りゆくとしても、憐憫すら湧いてこない……」

 

 

 

 

 




三話読了ありがとうございます。

ISよりあの天才博士が登場です。
こっちでは天災ではなく天才として書いていくつもりです。
つまりキャラ変が激しいという……。

読書の方々に気に入ってもらえるような子に育てていければなぁ、と思います。


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第四話 温いそうめん

 ――――空は息の詰まるような分厚い黒雲に覆われていた。

 

 発展した科学を誇示するようなあの近未来的な街並みは、木造りのハリボテだったかのようによく燃えている。

 

 気が付くと俺は夢の中にいた。

 

 よく同じ見る夢という事ではない。

 

 しかし、すぐにこれが夢だと気づいた。目に映るほとんどが今ある筈のないものであふれているからだ。

 

 そう、周りはあり得ないものばかり。

 

 静かなモーター音で街中を飛び回っていたホバーカーはあちこちに乗り捨てられ、先ほどから盗難防止用のブザーをけたたましく鳴らしている。

 

 俺にはイマイチ造り手のセンスが理解できなかった前衛的デザインの高層ビルも、今はかがり火として街を明るく照らしている。

 

 ISの誕生により科学は飛躍的発展を遂げたとはいえ、流石にここまでSF映画じみた街はまだあるまい。

 

(宗教家達のいう地獄とか、黙示録的っていうのは、こういうものなんだろうな)

 

 そんな考えがぼんやりと頭に浮かんできた。

 

 現実であれば危機的状況と言えるだろう。

 

 しかし、夢の中と分かっているからなのか心はひどく落ち着き払っていた。

 

 周りは炎に囲まれているものの、どこか別の場所、遠い国の出来事のように感じられる。

 

 俺は視線を正面に向けた。

 

 こんな悪い冗談のような夢の世界に、ただ2人だけ、やけにリアリティを感じる存在がいた。

 

 1人はボロボロの黒いスーツを着て、がれきの上に横たわっている。白衣姿のもう1人はその前に立って、いつもと変わらない甘ったるいたれ目でこちらを見つめている。

 

 それはどちらも見知った女性で、俺にとってなによりも大切な二人だった。

 

 白衣の彼女は何も語らない。俺はただなんとなく、あの人はこの惨状を俺に見せつけているような気がしていた。

 

 侮辱され、踏みにじられた己の、復讐の正当性を問いかけているのだと。

 

 スイスの心理学者ユングの説によると、夢とは見ている者の深層心理を表すといわれる。

 

 それによるならば、この夢は俺が無意識のうちに考えていた光景ということになる。

 

 俺はつまらないものを見た時のような気分になり、顔をしかめた。

 

 こんなことを考えていた自分の無意識とやらに、心底嫌気がさしてきた。

 

 不意に、先ほど出会った女の声が聞こえてきて、この夢は終わることになる。

 

 けれど、俺がこの先を見続けたからといって、倒れているもう一人の女を助けられた訳ではないし、白衣の女にかける言葉も見つからなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 ずずっ…………ずっずずずっ……。

 

「ごめんなさい、そうめんってほんとは夏に食べるものなんでしょうけど。私が作れそうなのこれぐらいしかなくて」

 

「ん……」

 

 ずずずずっ……。

 

 彼女の謝罪をてきとうに聞き流して、彼は勢いよく麺をすすった。

 

 起き抜けの彼を出迎えたのは、安っぽいプラスチックのざるに盛られた大量のそうめんだった。

 

 すでに自分の服に着替えた彼は、隣の台所で軽く片付けをしている彼女を差し置き、先に食べ始めていた。

 

 確かに冬にはあまり食べないかもしれないが、軽くてさっぱりしているので、久しぶりに胃に入れるものとしては正解だった。

 

 つゆは彼の胃を気遣ってか少し温くしてあった。

 

 市販の物らしいが、空腹だったためどんどん箸が進む。彼はざるに盛られていた麺の一塊をほとんど一口でたいらげていく。

 

「おかわりがいるならまた茹でるから言ってね」

 

 そう言いながら、台所から戻った彼女は机の向かい側に座り、自分も食事を始める。

 

「いや、これだけ食べれば十分だ。食事まで世話になって悪いな」

 

「……そんな、これぐらいしか用意出来なくて恥ずかしいくらいよ。普段はお母さんが料理してくれるからレパートリーも少なくて」

 

「そんなものだろ」

 

 元々彼がかなりの勢いで食べていたところに彼女も加わり、大量にあったそうめんの減りは一段と加速した。

 

「そうかしら。でもあなたもお嫁さんに貰うなら、やっぱり料理出来る人の方がいいでしょ?」

 

「別に」

 

「飛びっきり不味くても良いの?」

 

「特にこだわりは無い」

 

「ふーん結構寛容なのね」

 

「家事は女がするものなんて考えは昔の話だろ」

 

「確かにそうかもしれないわ。最近は女尊男卑なんて言葉も聞くものね」

 

「……そういう意味を抜きにしてもだ」

 

「なら、貴方が料理出来たりするの?」

 

「いや」

 

「……それでいて相手も出来なくていいのね」

 

「食事は栄養が取れればそれでいい」

 

「あー、こだわりは無いってそう言う事」

 

 それから少しの間二人は黙って麺をすすり、また彼女の方から話し始めた。

 

「ねぇ?今更なんだけど、なんであなたあんなところで倒れていたの?」

 

 彼それまでよりも幾分かゆっくりと咀嚼してから答えた。

 

「……色々あったんだ、あまり詮索するな」

 

「えー、気になるわよ。あなたを見つけた時、周りに船の破片みたいなのが沢山落ちてたわよ?あなた最近ニュースでやってた爆発した貨物船に乗ってたんでしょ?当たり?」

 

 彼は口に運ぶ途中だった箸を止め、目の前の女を見た。

 

 彼女はこちらの視線に気づかず、食事を続けている。空腹で倒れる前と同じ髪、同じ服装だが僅かに違和感があった。

 

 同一人物ということに間違いは無い。

 

 しかし、なんとなく最初とは像がぶれるような、まるで別人を相手にしているような感覚があった。

 

「詮索するなと言ってるだろ」

 

「言い方がダメ、さも何か秘密がありますって言ってるようなものよ。あ、そー言えば私貴方の名前まだ聞いてなかったわね。ねぇお互い自己紹介しましょ?」

 

 彼女は明らかに今までと違い、こちらの目的や経緯を探る質問に踏み込んでくる。

 

 そして彼は彼女が踏み込んだ質問を始めたのが、自分が出されたそうめんをたべ始めてしばらくしてからだということに気が付く。

 

 彼の違和感は徐々に確信に変わっていった。

 

「お前、そんな喋り方していたか?」

 

「ん~?()()()変えてないけどねー。あ、最後のもーらい!」

 

 彼女はゆっくりと咀嚼し、食べ終えてからごちそーさまと手を打った。

 

 

 

「つゆ美味しかった?」

 

 

 

「お前……ッ!」

 

 彼は素早く立ち上がり、彼女と距離を取る。憎々し気に先ほどまで自分が使っていたつゆに目をやった。

 

「ふふっ、冗談よ。毒なんて使わなくても、あなたと交渉するだけの材料はもう握ってるし」

 

「なんだと?」

 

 彼は今度こそ油断なく彼女の一挙一動を観察した。

 

 先ほどまでの世間知らずのお嬢様は見る影もなく、むしろその手の人種を誑かす性悪女がするような意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 彼女は自分がポケットに手を入れる。

 

 それだけで身構える彼に、警戒しすぎよとぼやきながら一通の手紙を取り出した。

 

 それは彼が恩師から送られ、大切に持ち歩いていた手紙だった。

 

 着替えた際にポケットから無くなっていることに気付いていたが、海で漂流中に無くしたものだとばかり思っていた。

 

「これ読ませてもらったわ。『3/17までに 新潟港 佐山倉庫へ』最低限の情報しか書かれてないのは、こうやって謎のお姉さんに読まれた時のためかしら?」

 

 それは書いた本人の性格ゆえの物なのだが、彼は黙って話の続きを聞いた。

 

「行先が分かったならあとは簡単。あなたが無理にでも行こうとするなら、警察をそこに向かわせるなり騒ぎを起こして邪魔するわ。もし私をここに拘束しても、しばらくしたら私の仲間ここに来るから無駄。なんにせよ私の要求を聞いてくれなければ、貴方は穏便にここに向かうことは出来ないってこと」

 

 彼は平静を装いながら口になかで歯噛みをした。騒ぎを起こされれば当然自分を狙っている奴らの目を引くことになるのは間違いない。

 

それは何としても避けたい彼は、瞬時に頭の中でブラフを組み立てていく。

 

「別に構わない、怪しいことをしようってわけじゃないんだ警察が来ても正直に話せばいい」

 

「その割には私のこと随分警戒していたようだけど?」

 

「それは極秘の仕事の途中だったからだ」

 

「仕事?」

 

 彼が眠っている間に調べようはいくらでもある、かなり苦しい賭けだった。

 

「そうだ、俺があの船にいたのは日本のある商社と取引をするためだ。このことはうちの役員の中でも一部の人間しか知らない。そんな身で爆発事故が起きて見ず知らずの女に拾われたと来た、警戒するのも当然だろ?」

 

「ニュースでは乗組員の行方不明者なんて無かったわよ?それに調べてみたけど乗組員に日本人の名前は無かった」

 

「父方の家系が中国なんだ、なんなら中国語でも喋れる。ニュースに関しては知らないね、大方うちのお偉いさんが圧力でもかけたんだろ」

 

立て続けの質問で誤魔化すつもりだったのかもしれないが、彼は冷静に対処する。

 

 爆発事故という不測の事態後の対応を把握しているとしたら違和感がある、後半をぼかしたのはあえてのこと。前半は実際に中国語を喋れるが故の脚色だった。

 

だが、彼女は机に頬杖をついて勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「ん~及第点ではあるけどまだまだわきが甘いわね」

 

「何のことだ?」

 

「目を覚ましても暫くは寝たままのふりをして相手の様子を窺う、沈黙に徹して相手のボディ・ランゲージの観察、機転も利くようだしその点は褒めてあげる」

 

「……それはどうも」

 

「でも、一度自分に害はないと判断しただけであそこまで油断するのが駄目。全体的に知識はあるけど、それに頼りきってるって感じ。今まで人に騙された経験が少ないのかしら?」

 

「……」

 

「乗組員に日本人がいなかったってアレは嘘。長い航海で20人程度の同僚の名前も知らなかったなんて事は無いわよね?」

 

 彼は自分の迂闊さに思わず舌打ちをした。

 

「まぁ今回は状況把握できる時間に差がありすぎるし、仕方なくはあるけどね。これからは清純そうな女の子でもころっと信じちゃだめよってこーと♡」

 

つまり彼は起きてから今に至るまで彼女の手のひらで踊っていたということだった。

 

そんな状況と彼女のひとを食ったような喋り方も相まって、彼は苛立ちを隠さずに言い返す。

 

「それで……偉そうに人を評価するのは勝手だが、お前は結局何がしたいんだ?はっきり言って、お前に俺の邪魔をする理由は無いだろ?」

 

「もう……拗ねないでよ。私、貴方の敵じゃないわよ?むしろ協力できるかもしれないわ」

 

「協力?」

 

 そこで、彼女の雰囲気は再度ガラリと変わる。

 

今度は先程までと違い、真剣な表情で真っすぐに彼の瞳を見つめていた。そしてその口から出たのは意外な言葉だった。

 

 

 

「手紙の場所に着くまで、私があなたを守ってあげる」

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

彼女の本性がだんだんあらわになってきました。(勿論二話で登場したあの人ですがここでは『彼女』と呼びます)
原作でも魔性のお姉さんって感じのキャラだなぁと個人的には思っていたので、その辺はあまり変えてませんね。

理由は後々に説明しようと思うのですが、ISヒロインの中で一番好きなのは彼女だったりします。

お気に入りのキャラですし、頑張って彼女の魅力を表現していきたい……。


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第五話 怪しい同伴者

「手紙の場所に着くまで、私があなたを守ってあげる」

 

 

 

 予想外の言葉に彼の疑念の眼差しはいっそう鋭さを増した。険を含んだ口調で彼は問いただす。

 

「まるで俺が誰かから狙われているような言い草だな。船の爆発の事なら、ニュースでも言っていたがあれは事故だ」

 

「爆発の件だけで判断したんじゃないわ。あなたの傷の手当は私がしたんだけど……それ銃創でしょ?」

 

「流石、医者の娘は傷跡にも詳しいらしい」

 

「茶化さないで。とにかくあなた危険な連中に狙われているんでしょう?だったら私に任せてちょうだい。目的地までの地理は把握しているし、多少の荒事も大丈夫。本当ならあなたはもう少し休んでた方が……」

 

「待て」

 

 彼は、一気にまくし立てて話を進めようとする彼女を制止する。

 

「勝手に話を進めるな。確かにこの傷は撃たれて出来た物だが、俺だって撃ち返して相手を殺しているかもしれない。危険な連中がいると言うのなら俺がその可能性もあるだろ」

 

「その傷ライフルで撃たれたんでしょ?多分7.62㎜の。相手はそんな大型の銃を持ってるようだけど、あなたは銃を撃つ人の筋肉の付き方じゃないわ。過去に撃たれたような傷跡も沢山あったし、それに……」

 

 彼女は僅かに目線を伏せて言う。

 

「……一方的に撃たれた人の傷って、なんとなく分かるものよ」

 

 彼は、彼女の表情に陰りがさしたような気がした。だがそれはほんの一瞬で、彼女はすぐに彼の目を真っすぐ見上げた。

 

「もちろん、あなたが悪人じゃないって確証は無い。だから行った場所であなたがすることが、もしも法に触れる事なら私が止めるわ」

 

「……なら俺が狙われているとして、どうしてお前が俺を守る必要がある?それも相手は銃を持った連中と知った上でだ、お前はなんなんだ?」

 

「先に謝っておくけれど、私の立場について教える事は出来ないの。言っても多分信じてくれないし知っても意味がない。私があなたを守ろうとしているのは、極めて個人的な理由からくるもの。私の立場とは関係ないわ」

 

「相手は銃を持っていると言ってる。多少頭と口は回るようだが、それらが銃口の前でもまともに動くと?頭どころか身体もすくんで動けなくなるだろうな。そうなればお前は殺されるし、運良く生きてたとしても薬漬けにされて死ぬまで慰み者だ」

 

「そうやって非道い言葉で脅せば、私が怖気づくと思ってるならやめてくれない?癇に障るだけだから」

 

 彼女は微笑みを浮かべて言ったが、その声音には明らかに怒気が含まれていた。

 

 それにたじろいだわけでは無いが彼の次の言葉が出るまでには少し間があった。

 

「……銃だけじゃない。相手はISを使ってくるとしたら?」

 

「IS?」

 

 その言葉に彼女が訝しむのも無理は無い。

 

 通常、ISの使用は国が徹底して管理しており、個人でISを所持する所謂専用機持ちですら所定の区域から持ち出すのにいくつもの申請が必要なのだ。

 

 唯一の例外は、数年前に全世界に知れ渡ったとある襲撃事件に使用された3機のISのみである。

 

 しかし、その後に表舞台に未確認のISが現れる事は無く、現在では襲撃事件もどこかの国の物が秘密裏に使われていた、というのが通説になっていた。

 

 したがって、常識を持ち合わせた人間からしたらISに襲われるなどというのは、すぐに陰謀論を持ち出すタイプの『ちょっとイタい人』の妄言にしか聞こえないだろう。

 

 だから彼女はその言葉を、はったりと解釈してしまったのだった。自分を怖がらせて、引き下がらせる為のものだと。

 

「私、少なくともあなたよりは生き残る自信あるわ。私の方が強いもの」

 

 その確かな自信を帯びた言葉に、今度こそ彼は押し黙ることになる。

 

 彼としても、目の前の女がただの一般人でないことは薄々感じていた。

 

 銃創を見ただけで相手の武器を的中。ノンバーバル・コミュニケーションの知識があり、なおかつそれを応用して自らの印象を自在にコントロールする。

 

 そんなことが出来る日本人は、先ず一般人とは呼ばない。

 

 出逢ってからというもの彼女にまんまと欺かれ、油断させられていた彼だったが、目の前の人物について測りかねてた。

 

 確かに今まで手玉に取られていた訳だが、状況だけ見れば彼女は彼に危害を加えてはいない。

 

 むしろ海で凍え死んでいたかもしれないところを助けられ、先程までは食事も出してもらった恩すらある。

 

 その点も彼は充分理解していた。

 

 だからこそ彼女の行動が不思議に思えて仕方が無かった。

 

「……分からないな。協力するというのなら、なぜこちらの不信感を煽るような真似をした?」

 

「それはー……あなたがやたら警戒してるから、ついからかいたくなっちゃって」

 

「真面目に答えろ」

 

 ごめんごめんと、彼女は笑いながら彼をなだめた。

 

「でも私だって、あなたが悪人じゃないっていう確信はなかったんだから用心するのは当然よ。あなたが私と同じ立場でも印象操作の一つや二つするでしょう?」

 

「……まぁ、な」

 

 そもそも彼は自分の印象をころころ変える芸当など出来ないのだが、それは言わない事にした。

 

「そうよ!用心するのは大切なことなんだから!そこは許してちょうだい?ね?」

 

 なぜか彼女は今日一番の明るい笑顔を見せる。

 

 どこか彼女に丸め込まれた形になったが、彼は追及することはしなかった。

 

 話が堂々巡りになってきている事に、彼は軽くため息をついた。

 

「結局、お前は正体を明かさない、目的も話さない。分かったのは普通の女じゃないってだけだ。……これでどう信用しろと」

 

「あら?目的なら言えるわよ?あなたを守ること」

 

「信じられないな」

 

「でしょうね」

 

 そこで彼女は再び真剣な表情で、彼をまっすぐ見つめた。

 

「だから今は信用できなくてもいい、ただ納得はしてほしいの。私があなたを守ることを」

 

「…………。」

 

 

 

 彼は、目の前の女の、場面によって表情を使い分ける所が好きではなかった。

 

 相手をリラックスさせたいときはにやにやと笑って見せ、こちらを守るだなんだと言う時はときは目線を決して外さない。

 

 相手の心を揺さぶって、自分の意に沿わせようという魂胆が見え透いている。これだけわざとらしいと、もはや本人の癖のような気もしてくる程だった。

 

 正直なところ、本当に彼女が味方だったとしても、彼はこの危険な旅路に同伴者を作る気はさらさら無かった。

 

 今までも、不運な境遇の彼に差し伸べられた手が無かったわけでは無い。だがその度に彼はその手を払いのけてきたのだ。

 

 それに感謝しない程に薄情な男ではないが、ついて回られるのは彼にとって余計な世話だった。

 

 現に彼はこうして五体満足で生き延びることが出来ている。

 

()()()()()()()()()彼はその選択を間違いだとは考えない。

 

 だが、今回だけは状況が違っていたのだった。

 

「……やはり、お前の事は信用できない」

 

「分かるわ」

 

「だが納得しなければ、お前は俺の邪魔をするという」

 

「えぇ、そうなればあなたは絶対に手紙の場所にたどり着けない」

 

「…………もういい、好きにしろ」

 

「……ごめんなさいね」

 

 謝るくらいなら、と彼は思ったが口には出さなかった。

 

 よし、と彼女はこの話に区切りをつけるように手を打つ。

 

「そうと決まればさっそく準備開始ね、着替えてくるからここで少し待っててちょうだい。それか、食器片づけてもらえると助かるわ」

 

 彼女はさっさと立ち上がり、部屋を後にする。

 

 やりこめられたような気がして、彼は半ば腐っていた。

 

 しかし、ただ待っているのは苛立ちが増すだけだと考え、言われたとおり片付けに取り掛かる。

 

 だが、そーそー()()()()と廊下から声がして彼女はすぐに戻ってきた。

 

「ねぇさっきも言ったけど、私達まだお互いの名前すら知らないじゃない?いい加減自己紹介くらいしましょうよ。ここからは一蓮托生の運命共同体なんだから☆」

 

「死後の世界なんて信じていないが、死んだ後もお前と一緒なんてごめんだな」

 

 彼は片付けをしながら、バッサリと切り捨てた。

 

「まーた拗ねてる……ねぇ私の名前は更識刀奈(さらしきかたな)。あなたは?」

 

「俺は……」

 

 ほんの一瞬、刀奈が見ていても気づかない程度だが、彼は目線を遠くにやる。

 

「……藤宮博也(ふじみやひろや)だ」

 

「そ……、よろしくね藤宮君。じゃ、これ飲んでおいて」

 

 そう言って、刀奈は薬で使うようなカプセル状の物を机の上に置いた。

 

「なんだこれは?」

 

 藤宮はカプセルを拾いあげて、彼女に聞いてみた。

 

「解毒薬よ。あなたのつゆに入れておいた毒の」

 

「は?」

 

「言ったでしょ?用心は大切だって。今から飲んでおけば間に合うから、早めにねー」

 

 唖然とする藤宮をおいて、刀奈は今度こそ部屋を後にした。

 

 彼女が出ていった部屋は実に静かで、先程まで自分が使っていたつゆがやけに存在感を放っている気がした。

 

 藤宮は先程、準備をすると言った後に戻ってきた刀奈の言葉を思い返す。

 

 答えを知る者はもうここにはいない。

 

 だから彼が思わず洩らした疑問は、虚しく溶けていくだけだった。

 

 

 

「忘れてたって、自己紹介のことだよな……?」

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

遂に「彼」名前を出すことが出来ました。

一応補足しておくと、彼は原作『ウルトラマンガイア』に登場する藤宮博也と同一人物という設定ではありません。

見た目も現実の人間と絵では想像しにくいというのもあるので、藤宮博也に似ている織斑一夏ぐらいに考えて書いています。



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第六話 元ブリュンヒルデ

「……分かった、いやこっちの事は気にしなくていい。じゃあ」

 

 繋いでいた電話を切る。そこで織斑千冬は息をついた。

 

 緩やかなカーブを描く海沿いの道、静かな運転で進む軽自動車の助手席に乗り彼女達は予約したホテルに向かっていた。

 

「更識さんからですか?わざわざ東京から来てくれたのに、悪い事しちゃいましたね」

 

 そう申し訳なさそうな声音で話かけてきたのは、運転している山田真耶だった。彼女達は教員として所属しているIS学園の同僚同士であり、今も仕事の一環として地方で開催される講習会に講師として共に参加する予定だった。

 

「いや、そうでもない。なんでもこっちで急用ができたらしく、断りの電話のつもりで掛けてきたらしい」

 

 そういって千冬は電話がかかってくる前と同じく助手席側の窓に顔を向け、後方に流れゆく景色に目をやる。

 

 外には広い砂浜が続いているが、まだ肌寒いこの季節では海も荒れており、人一人見当たらない。

 

 予定ではこの時間、彼女は当初の目的である講習会の檀上で『IS飛行におけるフレキシブル軌道運動の基礎』について語っているはずだった。

 

 しかし、この近くの近海で起きた貨物船の積み荷爆発事件という、一見講演会とは無関係の事件により状況は一変した。

 

 実際、二日前に彼女達が東京でこのニュースを聞いた時には、そういえば会場から近い場所だな、という認識でしかなかった。

 

 だがこの爆破した積み荷というのが、実は二人の前に行われる講話に使う機材だったことが発覚したのである。

 

 確かな爆発原因も依然として不明らしく、講習会に参加する人間を狙ったテロの可能性もあるため、講習会は中止という判断が下された。

 

 かくして、高速で四時間かけて来た二人だったがつい先ほど決まったというその話を現地で聞かされ、その足で既に予約していたホテルに早めのチェックインをしに行く最中なのであった。

 

「更識は元から、講習会の手伝いが無くてもこっちにある別荘に用があったんだ。急用とやらもこっちでできた物らしい、案外丁度良かったかもしれないぞ」

 

「そうだといいんですけど……」

 

 そう言う山田の顔は浮かばない。

 

 少し前まで彼女は、自分が携帯を切っていたせいで中止の連絡が来なかったと、千冬に謝り倒していたが未だに気にしているようだった。

 

(どうにも、この同僚は私に対しては卑屈になるな)

 

 千冬としては、これ以上陰鬱な空気のまま二人でいるのは勘弁してほしかった。

 

 これ以上引きずられても迷惑だったので、彼女はなんとか公演の話から逸らすことにする。

 

「そういえば、更識が頼まれた仕事を断るのは珍しいな」

 

「あ、確かに!更識さんって仕事は完璧にこなすタイプですし。頼んだ仕事を断るなんてこれが初めてじゃないですか?」

 

 話題に食いついてくれたようでなによりだが、実際のところこの事は千冬も不思議に思っていた。

 

 更識楯無という生徒は、どんなに難しい仕事も命令とあれば実直に遂行し、確実に水準以上の成果を上げる所謂優等生である。

 

 予定が重なるなどして事前にというケースを除けば、頼んだ仕事を途中で断られる事など今までなかった。

 

 それは仕事の大小関係なく、今回のような簡単な手伝い程度でも変わらない。

 

「ひょっとして、男の子関係だったりするんでしょうか!」

 

「……いや、あいつのプライベートなんて聞いたこともないが、普段からあの激務をこなしていて男がいると思うか?そもそも遠方に出ていて男がらみの急用ができるものだろうか」

 

 更識は彼女達より先に何日か前から現地入りしていて、所有する別荘で用事を片付けてから会場で落ち合う予定だった。

 

 そのため今はこのそのため車内にいないが、実はまだ東京にいるなんてことも無い。

 

「それは勿論、旅先で出逢った男の子とのラブロマンスですよ!」

 

「……あぁ、そうかもしれないな」

 

 またこの同僚はおかしなことを言いだしたなと、千冬は密かに嘆息した。

 

 千冬にとって山田真耶という女は、職場の誰よりも勤勉であり、最も信頼できるパートナーといっても過言ではない。

 

 しかし時として彼女は夢見がちな、白馬の王子様を信じる少女のような発言をする。

 

 だが、色恋沙汰とは無縁の人生を歩んできた千冬にとってその手の話題は、適当に話を合わせる事にすら自信がなかった。

 

 今も、学生時代も、千冬は周りの何倍も多忙だった。その苛烈なまでの半生には男と遊んでいる隙間など一ミリ足りともなかったのだ――。

 

 

 

 

 

 

 『()ブリュンヒルデ』

 

 それが今の織斑千冬表す肩書である。

 

 全21ヵ国が参加する、ISによる対戦の世界大会である『モンド・グロッソ』。国内大会を制した選りすぐりの実力者達が、地上最強の機動兵器と謳われるISを用いて戦うこの大会。

 

 実質、人類最強と言えるその優勝者に与えられる称号が『ブリュンヒルデ』である。

 

 しかし、世界大会とはいうものの、これまでの開催は2回のみとモンド・グロッソの歴史はまだ浅い。

 

 今でこそ近接や射撃等の種目別の試合に分かれ、ルールや出場規定など見直しも形にはなってきているものの、千冬の参加した第一回は出場選手は各国からそれぞれ1名ずつという少人数であり、危険行為のみを禁じた総合格闘技のような有様だった。

 

 そのため開催前は、本当にこれで人類最強が決まるのかと疑問に思う声も少なくはなかった。

 

 だが、千冬はそれらの疑問を完璧に打ち砕いてみせた。

 

 世界でもレベルが高いとされていた日本の国内大会だったが、千冬はすべての試合をただの一撃も食らうことなく勝ち上がり、優勝候補としてその名を世界中に轟かせた。

 

 当然モンドグロッソでは、他国の選手は対オリムラ用の作戦や装備を用意してくるため、誰もが千冬の苦戦を想像した。

 

 だが、ふたを開けてみればそれらの対策も、千冬の前では激流に飲まれる藁にも等しい無力だった。

 

 接近格闘術や機動技術など、すべてにおいて他の追随を許さない圧倒的実力により千冬は二位以下をねじ伏せた。

 

 その時、世界中の誰もが認めることになった、織斑千冬こそが人類最強の存在であると―――。

 

 

 

 

 

 

 窓の外に顔を向けていた千冬は、ちらりと運転席に目を向けた。

 

 先程の恋愛話は、なぜ自分には浮いた話が無いのだろうから一転、今は再び自分の不甲斐なさを嘆く、ナーバスに突入している。

 

 千冬は同僚のこの、ころころと表情が変わるところを密かに気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 無論、千冬も簡単にそれだけの実力を手に入れた訳ではない。

 

 苛烈なまでの鍛錬とそれを実行する決意があってこそ、千冬はその力を手に入れられた。

 

 千冬の半生はISと共にあったといっても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 再び千冬は窓の外に目をやる。だらだらと続く浜の景色など、彼女は既に見飽きていた。

 

(山田君も、私より優秀な所がいくらでもあるのだから、卑屈になるようなことは無いと思うのだがな……)

 

 千冬は無意識のうちに、自らの脚をさする。

 

(まぁ、今となっては……ISも私より乗りこなせるだろうな)

 

 空は厚い雲に覆われ、その向こうの青さなど微塵も感じさせない。

 

 隣にいる同僚の話は耳をすり抜けていくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀奈との舌戦の後、藤宮は彼女と地図を確認してルートを軽く擦り合わせ、屋敷を出発していた。

 

 現在は目的地まで車で移動中である。

 

 運転は刀奈、藤宮は万が一敵に顔を見られる事を恐れ、後部座席で寝転んでいた。

 

 刀奈と言えば、流石にオフショルダーでは寒かったのか家を出る前に着替えており、現在は紺色のブラウスに白いダウンコートを羽織っていた。

 

「ごめんなさいねー、古い車だから結構揺れるでしょ?酔いそうになったら教えて頂戴」

 

「いや、平気だ。しかし今どき日本でガソリン車に乗るとは思わなかったな」

 

「でしょー?燃料も市販じゃ売ってないから、車好きの人が個人輸入したのを売ってもらってるのよ。ちなみにこれはコレクションとかじゃないわよ、あの屋敷もう使ってない別荘だからこれも車庫で眠ってたってだけ」

 

 整備してあるのか等は藤宮も気にはなった。しかし元々は公共交通機関を利用なかったのは、一般人を巻き添えにする事を危惧した彼の都合なのだ。よって、とくに不満を言うつもりはなかった。

 

 寝たまま窓の外に視線を向けると、木々の切れ目から射してくる日光に少し目がくらんだ。

 

 現在の時刻は午後一時半。屋敷から目的地の港までは、この山道から都市部へ向かいその先の工業地帯を抜けていくという道筋で、順調にいけばあと1時間とかからずに到着できる。

 

(問題はどこでこの女を撒くかだな……)

 

 表面上は普通に会話している藤宮だが、腹の内では彼女を出し抜く策をめぐらせているのだった。

 

「ねぇ?着いたら分かることだしもう聞いちゃうけど、なんの為にその倉庫に行くの?」

 

「手紙に書いてある通りだ、お前も読んだだろ」

 

「ん?時間と場所しか書いてなかったけど?」

 

「そうだ、つまり何故その倉庫に行くかは俺にも分からない」

 

投げやり気味に藤宮は答えた。

 

「え?あなた、自分で目的も知らないのに向かってるってこと?」

 

「強いて言うならその場所に行くってことが目的だな」

 

 恐らく刀奈の最初の質問には言外に「銃で撃たれてまで」という意味も含んでいただろう。

 

 その事は藤宮も察してはいたが、実際に目的を知らされてないのは噓偽り無い本当のことだった。

 

 必要の無いところで噓は付かない。それは洞察力に長けた刀奈に対して不用意な噓は、逆に怪しまれる元だと判断した藤宮の対抗策でもあった。

 

(思うに、この女が先程からぺらぺらと喋っているのは、こちらの緊張を解き自分を信用させるつもりなんだろう。ならば逆に、俺が策に嵌り自分を信用したと思わせればそれ以上の手段を取らない筈だ。そうして目的地に着く直前でこの女を撒けば、邪魔をされる心配もない……)

 

「その手紙を出したのは、俺にとって恩人のような人だ。だから行かなければならない」

 

「……ねぇ?あなたってここに来るまでに割と無茶して来た訳でしょう?それを踏まえると、今結構危ない考え方を喋ってると思うのだけれど自覚はある?」

 

「あるさ、別に盲目的になってる訳じゃない。だが実際にあの人は俺の何倍の賢いんだ。従っておいて間違いは無い」

 

「ふーん、そっか。その人のこと信頼してるのね」

 

 とは言うものの、刀奈も内心では彼の答えを全く信用していなかった。

 

 藤宮の答えは、目的を隠したいが為に作った出まかせという線も充分に考えられた。だから彼女は最初から、この質問で真実を聞けることは全く期待していないのだった。

 

 それは単に全く気にしないのも不自然だと思っての質問だった。

 

(どうも、まだ私の事警戒してるようなのよね。別にそれでもいいんだけれど、彼いざって時に大胆な行動に出そうで怖いし……最悪、また昏倒させちゃおうかしら)

 

 出会ってから数時間、半ば刀奈の脅迫により出来上がったこのコンビだが、その間に信頼や絆といったものが産まれる様子はない。

 

 交わされる会話は全て、相手の出方を窺うけん制のような物だった。

 

 お互いがそうならないように意識している為ギスギスしてはいないが、表面上の会話だけに空虚なものだった。

 

 

 

 ふと、藤宮は身体を起こして後部座席の窓から外を覗く。

 

(そろそろ通るか……)

 

 それは更識邸で地図を確認した際に、気になった点を確認する為の行動だった。目的の地点に差し掛かり、そちらに目を向ける。

 

(やはり林の中……か)

 

「ん~?どうかしたの?」

 

「いや、同じ体制で疲れただけだ。なんでもな……」

 

 不意に、車から聞こえた異音に気づき言葉を切る。

 

「あら?」

 

 刀奈も異常に気づいたようだがその直後、再度異音が聞こえて唐突にエンジンが急停止した。

 

「あ、あらら~?」

 

 当然の事ながら、動力を失った車は物理法則に従いゆっくりと減速していく。

 

 そして、路肩に入ったところで遂に力尽きた。

 

 刀奈はエンジンを再始動すべくキーを捻るも、セルが回る音が虚しく響くだけだった。

 

 何度か試した後に、エンジンがかからない事を察すると諦めたのか、刀奈は神妙な面持ちでシートにもたれかかる。

 

 ここは街からまだ距離のある山道、他の車が通る様子は無い。

 

エンジンが切れた車内は重い沈黙に包まれ、互いの息遣いだけがやけに大きく聞こえた。

 

「……なぁ?」

 

「待って、言い訳させて頂戴」

 

「いや、こっちが先だ。お前さっきあの屋敷はもう使ってない別荘だと言っていたが、この車何年放置していた?」

 

「えーと…………10年くらい、かなぁ」

 

「……だろうな」

 

 このまま寝ていても、仕方がないと判断した藤宮は、車を降りてエンジンルームを見に行く。

 

「お前は、周りを警戒していてくれ」

 

「ねぇ?怒ってる?あとこれ治るかしら?」

 

「さぁな、工具は積んであるか?」

 

「あ、持ってく」

 

 トランクを開けて中を確認する。ライトで照らすが配線等の断線は見当たらなかった。

 

(異音は二度あった。一度目は何かモーター音のようだったが……)

 

 原因と思しき場所を確認する、古さは感じるが特に異常は無かった。一目で分かるような不具合ではないらしく、藤宮は工具を使い、手際よくパーツを取り外し始める。

 

「機械とか詳しいの?」

 

「前に発展途上国にいた頃もあったが、むこうじゃガソリン車はまだ現役だ。これぐらい出来ないと不便だったからな」

 

 藤宮は各部を確認しながら応える。

 

「へぇ……そうなの。ねぇ?あなたの職業ってもしかして、世界中を旅して回ってる冒険家!とかだったりする?」

 

「だから詮索するなと言ってるだろ……分かったぞ、これだ」

 

 工具でカバーなどを外した結果、遂に見つけた原因、それはエンジン内にあるベルトだった。

 

「タイミングベルトが切れてバルブクラッシュしている。まぁ経年劣化のせいだろうな」

 

「それ……分かりやすく言うと?」

 

「致命傷ってことだ」

 

 藤宮は早々に修理を諦め、外した部品もそのままにバンパーを閉じる。彼は眉間にしわを寄せて、今後の方針を練り始める。

 

 本来であれば、あと一時間程で目的地に到着していただろうことを考えると、この時間のロスは大きい。さらに、巻き添えを防ぐために歩いて向かうとなれば、当然敵に発見されるリスクも高くなるだろう。

 

 しかし今日中にたどり着くには、今から新しい移動手段を調達していている時間は無い。苦肉の策だがすぐにでも徒歩で向かう必要がある。

 

 そこまで考えたところで、藤宮は気づかれないように刀奈に視線を向ける。

 

 彼女は自分で直そうとしているのか、ベルトをガチャガチャと弄っていた。

 

 護衛を買って出た彼女だが、その協力が自分にとって追い風となっているのかというとそうでもない。彼女といると一進一退を繰り返すような歯がゆさを感じてならなかった。

 

 無論、それが刀奈が意図しての事だという確証は無い。彼女を問い詰めた所で根拠の無い押し問答になるだけだろう。

 

 正直なところ、一刻も早く彼女を撒きたい藤宮だが、今は共に行動せざるを得ないのだった。

 

「ここからは歩いて向かう、車は置いていくが構わないな?」

 

「えぇ、それはいいのだけれど……ごめんなさい、私あなたを守るなんて言いながら」

 

 屋敷で啖呵を切った手前、責任を感じているのか、刀奈は伏し目がちに謝罪する。

 

「気にしていない、とにかく急ぐぞ。こんな山道を歩いているとかなり目立つ」

 

「あ、そうね。……ねぇ?街に入ったら私が道案内していいかしら?車じゃ通れないような人目に付かない道なんかも知ってるの」

 

 失態の穴埋めをしようとしているらしく、食い気味に刀奈は提案してくる。

 

 藤宮の方も、いつまでも気にされるのは迷惑だったので了承する。それに、もしも目的地から外れた道を行こうとしたら察知するだけの自信が藤宮にはあった。

 

「ねぇ?地図は持っていかなくていいの?私はいいけど、あなたは念のため持っておいた方がいいんじゃないの?」

 

 歩き始めようとした藤宮に刀奈は助手席に置いてあった地図を取りだして見せてくる。だが藤宮は「必要無い」とだけ言って歩を進める。

 

「必要無いって、万が一私とはぐれたらどうするのよ?あなた端末も持ってないでしょ?」

 

 そう言いながら、刀奈も彼を追って歩きだす。彼女が横に並んだところで、藤宮は特に何事も無く問いに答えた。

 

「あっても邪魔なだけだ、町の道は全て覚えたからな」

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

織斑千冬登場です。本作品ではこの人もなかなか魔改造しましたのでその辺りはご了承ください。

作品の内容とはあまり関係無いのですが、織斑姉弟の下の名前はどちらも季節の名前がありますよね。

そういえば、原作ISでは亡国機業にオータムと言うキャラがいましたが、何か関係あるんでしょうか。

アニメを見ていた当時、ふとそんな事が気になりました。




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第七話 ISと人間

 

 

 

 現在の時刻は午後三時過ぎ。無事に山道を抜けた藤宮達は都市部の中心に近いショッピングエリアを歩いていた。

 

 とはいえ人だかりのある所はどこから攻撃されるかも分からず、巻き添えが出る可能性も高い。彼らは大通りを避けて、なるべく人目の付かない路地裏などを選んで移動していた。

 

 空には多少雲がかかり始め、辺りは仄暗い。

 

 排気ダクトから出る空気のせいか、冬にもかかわらず肌にべたつくような湿気に包まれていた。

 

 まさに街の裏側といえる場所ではあるが、全く人がいないわけではない。

 

 狭い通路に座りこんだ浮浪者、やけに目がぎらついた若者や、ブランド物で着飾っているがどこか化粧のくたびれた女。

 

 時々すれ違う人間は一様に、ただならぬ気配を身に纏っており、路地裏全体の空気が張り詰めているようだった。

 

 土地勘のある刀奈に先導を任せた藤宮は歩きながら、時折建物の切れ間から見える表通りに目を向ける。

 

 地方の都市とはいえISにより生み出された技術を享受するこの現代は、藤宮が知る数年前の日本の街並みとは大きく変わっていた。

 

 何よりも目に付くのは、街中をせわしなく動き回るロボット達だ。

 

 掃除用や介護用、警邏用等々の市が公共設備として各所に配置させた多様なロボット達が自分たちに与えられた仕事をこなし、人間たちの生活に違和感なく溶け込んでいた。

 

 どのロボットも実に静かなモーター音で動き、四肢を使って難なく段差を乗り越え、アームを器用に使って物を持ち上げる。

 

 それらは全てAIによるオート機能であり、人間はただ口を使って命令するだけで彼らを利用できた。

 

 他にも、公共交通に類するバス、タクシーは運転が自動化されていて運転席というものが存在しない。

 

 頭上には配送用のドローンがいて、それなりの数が飛び交っているが、お互いがぶつかり合うような様子はまるでない。

 

 これは刀奈が家で使っている時点で気づいたことだが、道行く人々が使っている携帯端末も進化していた。

 

 数年前まで薄型のタブレットだった物が手首に嵌めるリング型に変わっており、使用者はコンタクトレンズ型のスクリーンを装着して、手元に投影されるホログラムを操作する仕様になっている。

 

 立場上、都市など人工の多い場所を避けて生活していた藤宮ではあるが、時代に取り残されないように情報だけは新しい物を仕入れるようにしていた。

 

 しかし、こうして数年ぶりに実際に見る生まれ故郷の様変わりした様子には目を見張るものがあった。

 

「あなたって育ちは外国だったりするの?」

 

 物珍し気に大通りを見ている彼に、歩きながら刀奈が質問する。

 

「いや、単純に帰って来るのが久しぶりなんだ。……随分様変わりしたな」

 

「えぇ、そうね。ここ2、3年の間に色んな物が出来たり無くなったりしたわ。もちろんそんな事はいつの時代でも同じことが言えるのでしょうけど、ISが出来てからはそのサイクルスピードが比べ物にならない」

 

「IS、か。確かにあれだけの発明でなければ、こんなペースで文明が発達することはないだろうな」

 

 刀奈は妙に含みがある言い方に違和感を感じた。

 

「他に要因があると思うの?」

 

「あるさ、元々人間に備わっていた『欲深さ』だ。それが無ければISがどれほど優れた技術であったとしても、もっと緩やかな発展だっただろうな」

 

「あら、哲学ね」

 

「茶化すな」

 

 口だけは剣呑に咎めるも、気にした風でも無く彼は続ける。

 

「ISの恩恵がここまで早く一般に普及したのは、そもそもがその技術で物流や情報インフラが発達したせいもある。だが、根本はもっと単純だ。人間がそれを急いだからだ」

 

「当たり前じゃない?自分たちの暮らしが今よりもっと豊かになるって知ったら、誰だって早くそうなってほしいと思うものよ」

 

 彼はうつむき、どこか沈んだ面持ちで、彼女の言葉に応える。

 

「だが、欲っていうのは人間を前へ前へと急かす割には、進む道を見えずらくさせる。車やインターネットが開発された時も、普及した後になってそれが危険性も伴う事に気づいたんだ。少し考えれば分かっただろうにな」

 

「今の人間はISの危険性が見えてないって言いたいの?」

 

「あぁそうだ。ISが発表された当初はどの国も他国を出し抜くために、検証もろくにせず本来とは違う使い道に利用しようとした。だから()()()()()だって起きる」

 

「……。」

 

「……絶対に起こる失敗なんて無い。あるのは予想すれば避けられる過失だけだ」

 

 刀奈も彼の言う事故には心当たりがあった。それはこの時代、情報社会に属した人間なら誰もが知っている惨劇。

 

 彼に気づかれぬよう刀奈は後ろに目を向ける。出会ってからの警戒して強張った顔ではない、失望に打ちのめされ擦り切れた男の顔がそこにはあった。

 

「早すぎたんだよ、人間がISに触れるには。なのに誰もその事実を認めようとはしない。あまつさえ自分達は立派に使いこなせるなんて思いあがった結果がこの異常なまでの発達速度なんだ。そんなもの見てくれだけのハリボテにすぎないのにな……」

 

 堰を切ったように吐露された独白の余韻は、二人の間にしばしの沈黙をもたらした。

 

 しばらく歩いてから急に、なんの前触れも無く刀奈はその場で立ち止まった。

 

 唐突なものだからうつむいていた藤宮は彼女を追い越してしまう。妙な挙動をとる刀奈に藤宮は胡乱な目を向けると、彼女は怪訝そう、というよりは心配そうな顔を浮かべていた。

 

「それって、ちょっとおかしくない?」

 

「なに?」

 

「急ぐことが欲深さに直結するなんて考え極端だと思うわ」

 

「……ならなんだって言うんだ?犠牲を払ってでも実用化を急ぐのは当然だったとでも言うのか?」

 

「犠牲を良しとは言ってない。でも実際にやってみなきゃ分からないことだってあるわ。少しづつ失敗を重ねて成功に向かうことだって立派な進歩じゃない?」

 

「……。」

 

「あなたの言うように全ての危険が予測して回避出来るなら、失敗や犠牲も全て、本当は必要の無い、無駄な物だったってことにならない?」

 

 それはまるでいたずらをした子供に言い聞かせるような口調だったが、決して神経を逆撫でするような類のものではなかった。

 

 藤宮は次の言葉が出せない。

 

 その理由は刀奈の目だった。

 

 それはまるで、本当にそう思っているのかと問いかけるような、何かを懇願するような目だった。

 

 藤宮は熱の籠った部屋に涼風が吹き込むような感覚を胸の内に感じていた。

 

 確かに彼女の言葉は正しい。

 

 藤宮も分かってはいたのだ、たった今自分が喋った主張は明らかに筋が通らないと。

 

 口を衝いて出た言葉は理性というフィルターを通したものではなく、事実と客観性に欠ける幼稚なエゴイズムだと彼自身分かっていたはずだった。

 

 

 

 

 ISの存在は藤宮博也にとってのコンプレックスに等しい。

 

 ISが関わると時々、自分でも気づかない内に心がささくれ立ち、ISを利用する人間を無条件に否定したい感情に駆られることが彼にはあった。

 

 単なる悪癖とは違う。藤宮のとある境遇からして発露せざるを得なかったそれは、ある種の呪いのようなものだった。

 

 

 

 だがそんな事情など刀奈にはもちろん知る由もない。彼女には同伴者が突然おかしなことを言いだすという、気味の悪い光景に感じられただろう。

 

 いままで普通に話していただけに、心配するのも無理はなかった。

 

 決まりの悪さを感じて藤宮は早々に会話を締めることにした。

 

「確かにお前の言う通りかもな、今言ったことは忘れ……」

 

「―――でもね、私あなたの言う事も分かる気がするわ」

 

 終わる筈だった会話は、刀奈の意外な言葉で続く。

 

 感情的になって事実を伴わない持論を並べ立てたと藤宮は自覚していただけに、それを肯定される事はある意味恥の上塗りでしかなかった。

 

 それとも適当にやさしい言葉を並べて、こちらの警戒を解こうとしているのだろうかと藤宮は勘ぐる。

 

 だが刀奈は、続く言葉に身構える藤宮の横をすり抜けすたすたと歩き始めてしまう。

 

「おい……」

 

 声を掛けるも刀奈はそのまま歩みを止めない。

 

 肩透かしの展開に釈然としないが、藤宮としてもこの話題を切り上げたかったので何も言わず後ろをついていくことにした。

 

 日は徐々に傾きつつある。ここまで襲撃にあうことなく順調に進めたが、それを僥倖と思える程藤宮は楽観的ではない。

 

 追っ手と刀奈の両方の障害を乗り越えなければいけない以上、少なくとも刀奈に対しては残りの道のりのどこかで行動を仕掛けなければならない。

 

 目的地まであと3時間ほどの距離、藤宮は来るべきタイミングを虎視眈々と窺っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女達は周りを行き交う人々と完全に同化し、誰もそれがただ一つの目標を持った集団だとは思いもしなかった。

 

 彼女らはスーツやパーカーなど不揃いな恰好をしていたが、皆一様にツールバッグやギターケースなど長物の()()を入れられるケース類を持ち歩いている。

 

 不意に、各自が身に着けたリング型端末が同時にメッセージの着信を告げた。

 

 

 

 

 

 

『ターゲット確認。当該区域の構成員は行動を開始せよ』

 

 

 

 

 

 

 メッセージに添付されていた位置情報プログラムが起動し、この地区のマップが写しだされる。

 

 そしてターゲットの現在地を指すアイコンは、都心部近くのショッピングエリアで点滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後しばらく、お互い無言で足を動かしていた。

 

 路地裏を抜けシャッター街へ、そこからさらに進んで住宅街へ。

 

 雲が散った空には橙色が混ざり始め、時折家路を急ぐ学生やらサラリーマンやらとすれ違う。

 

 あれ程うるさく、藤宮が答えなくても勝手に一人で喋っていた刀奈はその間何も喋らない。

 

 また何か企んでいるのではないかと警戒していた藤宮も、あまりにも喋らずこちらを振り返りもしない刀奈が次第に不可解に思えてきた。

 

 この女は自分が後ろをついてきている事を確認しているだろうか?いっそここで自分だけ足を止めても気づかないのではないか?とすら思えてくる。

 

 藤宮は足元に目線を向ける。

 

 太陽との位置関係を考えても、影を見られて止まったことがばれる事は無さそうだった。

 

 本当に立ち止まってみようかとしたところで、不意に刀奈は大きく息をついた。

 

「はぁ……やっぱりこのままじゃ駄目よね」

 

 数十分ぶりに喋りだしたと思えば、第一声は謎の独り言から始まった。

 

「……なんのことだ?」

 

「ちょっと色々考えていたの」

 

 そう言って刀奈は歩を緩め、歩きながらお互いの顔が見える所まで来る。

 

「私、さっきの話を聞いていて思ったの。あなたはきっと悪い人じゃないって」

 

「……どうしてそうなる」

 

「私は悪人だけど、あなたは私とは違うと思ったから」

 

 そう言う刀奈の顔は自嘲するような卑屈さは感じられない。自分はそういう人間だと割り切ったような表情だった。

 

 怒らないでほしいのだけど、と刀奈は前置きをしてから語り始める。

 

「どちらかというと、あなたって傷付けられる側の人間なのよ。ISか、もしかしたら全く別のものかもしれないけど、何か大切な物を抱えていてそれを傷つけられた経験のある人。そしてそれが原因で今の社会を生きてる人間を否定する」

 

「……お前が勝手にそう思っているだけだ」

 

「ふふっ、かもしれないわね」

 

 刀奈は薄く笑う。まるで姉が年の離れた弟にするような笑い方だった。

 

「もちろん私には、あなたの過去に何があって、どんな想いでさっきの話をしたのかなんて分からない。否定するどころか、恨んですらいるのかもしれない」

 

 藤宮は黙って刀奈の話を聞く。

 

「……けどあの事故の話をする時のあなたは、犠牲者をいい気味だと嗤う人の顔じゃなかった。大勢の人の死を悔やんで、辛そうだった」

 

「……。」

 

 

 

「きっと根が優しいのね」

 

 

 

 いつの間にか、町工場が密集する工業地帯に入っていた。周りから聞こえてくる重苦しい機械音の中、刀奈の声はやけに明瞭に聴こえる。

 

 

 

「そんな風に、傷つけられた相手の為に悲しんだり出来る人が、これから行った先で悪い事をするはずがないって思った……」

 

 

 

 藤宮は自分の中で、疑問や興味が湧いてくるのを感じていた。それは出会ってから常々思っていた、この怪しい同伴者の正体や思惑などに対するものではない。

 

 

 

「だから私、本当の事を話そうって決めたの」

 

 

 

 純粋に刀奈がどんな人物なのか、藤宮は知りたくなっていた。

 

 

 

「私が、今まで案内してきた道筋って実は……」

 

 

 

 それは藤宮自身も自覚していない、出会ってから初めて抱いた歩み寄りの気持ちだった。

 

 

 

「なぁ少し待……ッ!?」

 

 

 

 刀奈の言葉を遮り発言しようとした藤宮だったが、唐突に強い衝撃を受けて後ろに吹っ飛ぶ。

 

 

 

 確かに目を開けていたはずだが、突然の出来事に藤宮は何が起きたか理解が追いつかなかった。

 

 

 

 ただ、吹っ飛ぶ瞬間に空気の抜ける様な乾いた音が聴こえた気がした。

 

 

 

 それが消音器付きの銃声だと気付いた時には既に、彼の身体はアスファルトの上に沈んでいた。

 

 

 

 

 




第七話読んでいただきありがとうございます。

今回はこの作品における世界観や、人とISの関係に踏み込んだ事を書いたのでかなり難産でした。

少し無理矢理な展開も多かったかなと反省しつつも、今の実力を出し切った気がします。

何事も試行錯誤ですね。

次回も頑張ります。

今よりもっと納得出来る文章へ!


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第八話 最善

 撃たれた、と藤宮が気付くのに時間を要したのは無理もなかった。

 

 倒れた時、したたかに頭部を打った藤宮の視界は明順応のごとく、ちかちかと花火を散らしている。

 

 それは銃を持った敵を前にして致命的な隙になっただろう。

 

「走って!」

 

 しかし、まともに動く頭を取り戻すより先に手を引かれ、無理やり身体を引き起こされる。

 

 足をもつれさせながらも、辛うじて藤宮は走り出すことに成功する。

 

 混乱する頭の中、背後から聞こえる足音に追いつかれたら終わりだという事は、少なくとも理解出来た。

 

(撃たれた?いや、身体に出血は無い?なら何故あの時倒れて……?)

 

 走りながら藤宮は必死に状況判断を急ぐ。

 

 追っ手の数は三人。全員が消音機付きの拳銃を手にしており、それが断続的に藤宮達に向けて火を噴いている。

 

 今、走っているこの道は左側が大規模な工場になっていた。突き当りのT字路までは長いフェンスが続く100m程の一本道になっており、射線を切る遮蔽物も見当たらない。

 

 しかし、突き当りを右に曲がればある程度入り組んだ道が続いてる事を彼は記憶していた。

 

 それを利用して敵を撒く為に、二人は体力温存など度外視でこの一本道を駆けていく。

 

 数日の間寝たきりだった藤宮にはこの全力疾走は辛く、今にも肺がはち切れんばかりだが、脚だけはその速度を緩めることなく前に運ぶ。

 

 そして藤宮達は、辛くも突き当りの前に差し掛かる。

 

 そこでなぜか、藤宮のすぐ横を走っていた刀奈は一瞬ペースを上げ前に出た。

 

「だめ!こっちからも来てる!」

 

 先に角を右に曲がった刀奈はすぐに敵の存在に気づき、そのまま後ろの藤宮の腕を強引に引っ張って方向転換させる。

 

 当然、藤宮は急激な逆方向の張力でよろける事になる。

 

 しかし、刀奈はその体制の崩れた藤宮にほとんど体当たりする形で無理やり支える。

 

 その結果、二人は大きな隙も晒さず逃走を再開した。

 

 一瞬、何が起こったのか分からず、藤宮は惚けた顔で刀奈の方に目をやる。

 

 彼女は相変わらず涼しい顔で入っているが、一連の動きは明らかに要人警護の経験がある者のそれだった。

 

 刀奈の底の知れなさに気を取られる彼だったが、違和感に気付く。

 

 先程、刀奈は自分を引っ張る際に腕を掴んだ。そしてその掴まれた部分に感じる僅かな湿り気。

 

 嫌な予感がする彼は、横を走る刀奈に恐る恐る目を向け、そして彼女の手から滴り落ちる血に気付く。

 

「……当たったのか?」

 

「平気よ!飛び込んだ時に掠っただけ!それより早く!」

 

 最初、飛び込んだ時というのがいつの事なのか藤宮には分からなかった。

 

 しかし徐々に正常に機能し始めた頭は、曇りがかった直近の出来事に精彩さを取り戻す。

 

 藤宮はそこでようやく、最初の銃撃時に彼女が自分を押し倒して、銃撃からかばった事に気付く。

 

 つまりは刀奈がいなければ、初めの一撃で藤宮はあえなく死んでいたという事だった。

 

「……」

 

 今走ってるのは、先程まで横に続いていた工場の正面側になっており、さらに長い一本道が続いている。

 

 T字路を右折しようとしてた理由も、ここを通らない為だった。

 

 藤宮は自分の腕に付いた、彼女の血に呆然と目をやる。

 

 黒いシャツの為分かりずらいが、肌で感じるべったりとこびりついたその量は、深手ではないにせよ弾丸が当たったことを意味していた。

 

 沸き立つ悔恨で萎えそうになる心を奮い立たせ、彼は一つの決意をする。

 

 

 

(やはり、これが最善か)

 

 

 

 彼はさりげなく、横を走っている刀奈の後ろに回る。

 

 そんな藤宮に気付いた刀奈は、彼が疲れてペースダウンしたのかと思ったが、決してそうではない。

 

 別段、息が上がった様子でも無い藤宮に、刀奈は訝しむ。

 

 ただ漫然とした行動ではない。

 

 それは刀奈を射線から守るべく、自らの身体を肉の壁にするため。

 

 

 

 藤宮の決意とは即ち、刀奈だけを逃がす事だった。

 

 

 

 この街の地図を見た時、彼はあらゆる襲撃パターンを予測して計画を立てていた。

 

 各危険個所の有無、逃げ込めそうな建物、使えそうな道具、生き残る方法を何通りも頭の中で組み立てていき、それらを「誰かを巻き添えにする一定以上の確率」というフィルターにかけた時、この方法はすんなりと出てきていたのだ。

 

(俺が立ち止まって囮になれば、少しは隙が出来るはず……。それに必要なのは度胸ではなくクレバーな考え方だ。俺が死ぬことでこいつだけでも逃げ切れる、それがこの場での最善だ)

 

 自分の生命に対して冷酷になる準備を頭の中で反芻する。明らかに、走っている事だけが原因じゃない動悸が藤宮を襲っていた。

 

(死ぬことなんて大した事じゃない。0よりも1を取るだけの数字的な話だ。冷静になれ……)

 

 藤宮は一度大きく息を吸い、鼓動を整える。

 

 彼は無理やり、覚悟は出来たと自分に言い聞かせた。

 

(体当たりでもすれば、より効果的か?なら相手との距離を見計らって、なるべく唐突に、いや、本当にこれで――)

 

 

 

「あまり思い切ったことはしないでね、藤宮君」

 

 

 

 藤宮が顔を上げると、前を走る刀奈と目が合う。自分を責めるようなその視線に、彼の中で熱くなっていた何が急激に冷めていく。

 

「……何のことだ?」

 

「いいえ、気のせいならいいのよ。なんだか今、ひどく侮辱された気がしたから」

 

 そう言って刀奈はにっこりと笑う。その微笑みには明らかに怒りと皮肉の両方が込められていた。

 

 彼女が藤宮の考えを見通していることは明らかだった。しかしそれを分かっていて、なお自分を止めた刀奈に彼は反発する。

 

「分かるだろ、被害を確実に出さないためにはこうするのが最善だ。お前だってこんなことの為に死ぬことはないんだぞ!」

 

「相手の方ちゃんと観察してる?」

 

 言われて藤宮は後方に目を向ける。しかし、追っ手は変わりなく藤宮達を追い続けており、刀奈が何を伝えようとしているのか彼には理解できなかった。

 

「分からないかしら?あの人達はね意図的に弾丸を外してるの」

 

 刀奈の言葉に、藤宮は一瞬目を丸くする。

 

 また冗談でも言い出したのかと思うも、彼女はいたって真面目な様子だった。

 

「……何故そう言い切れる?」

 

「さっきから着弾してるのは足元や外壁ばかり。銃の構え方を見ても、当てる気が無いのが良く分かるわ」

 

 無論藤宮には、この極限状態で相手の構え方を見てる余裕など無い。しかし、ここまで直線的な道で一発も当たらないのは、たしかに不自然だと藤宮も気づく。

 

(いや……そうじゃないだろ)

 

 刀奈の言い分に納得しかけた藤宮だったが、すぐに思い直す。

 

 確かに彼女の考えの通りなら、この場を乗り切る事は可能だろう。

 

 しかし、その考えには明らかな穴があるのだ。

 

 埋めずに進めば、最悪の場合共倒れになるであろう大きな穴。

 

 だが、それに気づいた藤宮は同時に違和感を覚える。

 

 これまで見てきた刀奈の状況判断能力を考えると、こんな明らかなリスクを見逃すとは思えなかったのだ。

 

 ならば必然的に、彼女が分かっていてこんな策を提示してきたことになる。

 

 何故?と彼は考えをめぐらした。

 

 これまでの刀奈の行動、表情、言葉、声音などの全てが早送りされた動画のように藤宮の中で再生されていく。

 

 やがてそれらを全て見直した時、彼は観念したかのように1つの結論にたどり着いた。

 

 

 

(前提が、間違っていたのか……)

 

 

 

「恐らく、向こうはここで私達を仕留めるつもりはないみたいね。どこか人気から離れた所に追い込んで、それから……ってところかしら」

 

「……なら、さっきのような回り込んでくる別働隊が出てくる。どこかでそれを突破する必要があるな」

 

「あら?調子戻ってきたじゃない」

 

 そう言っていやらしい目線を向けてくる刀奈を彼は無視する。

 

 だがそれは、これまでのような追い詰められた余裕の無さによるものではない。

 

 反応が無い事が満足だったらしく、彼女は話を続ける。

 

「安心してちょうだい、最終的に追い込まれるポイントはいくつか予想出来てる。そこまでにいくつか()()()をしてあるからそれを使って追い込みルートから抜けるわ」

 

「仕込みだと?」

 

 刀奈は意味ありげな笑みを浮かべ、ブレスレット端末を指で弾いて見せた。

 

「まぁ、そこは見てからのお楽しみって事にしておくわ」

 

「どこまでも秘密主義な女だ」

 

「あまり余裕気にされて感づかれるのも嫌だしね、目標が焦ってくれてた方が追う側も油断するものよ」

 

 それ以上、刀奈に問い詰めることを藤宮はしなかった。

 

 敵がわざと弾を外しているという刀奈の考えは、結局のところは相手の考え次第という危険極まりない判断に違いない。

 

 実際にそうだったから良かったものの、読みが外れてこの場で撃ち殺されることも充分にありえた。

 

(けど、こいつはそれを分かってて俺を止めた……)

 

 藤宮は刀奈に向ける。

 

 刀奈は涼しい顔で彼の隣を走っている。

 

 それは()()()()()、彼女が今まさに危険な賭けに出ているとは露程も感じさせない様子だった。

 

「……」

 

 一度刀奈と目が合い、彼女は不思議そうな顔をするが、藤宮は何も言わず視線を前に向ける。

 

 

 

 藤宮は最初に銃撃される前、一つ思ったことがあった。

 

 敵か味方か分からない、信用の出来ないからではなく、ただ刀奈という人間が知りたくなった。

 

 自分が何故そう思ったのか、彼は今になって分かった気がした。

 

――全ての危険が予測して回避出来るなら、世の中の失敗や犠牲なんてものは全て本当は必要の無い、無駄な物だったってことにならない?――

 

 そう言った刀奈の目を思い出す。

 

 彼にはもう刀奈への不信は無い。

 

(食えない女だが敵ではない、今はそれでいい。……あぁ、だけど)

 

 二人は無事に直線を走り抜け、十字路を曲がる。曲がらなかった方の道にはどちらも連中の仲間らしき人影があり、やはり刀奈の読みは正しかったことが証明された。

 

 藤宮は彼女に見られないように、薄く笑った。

 

(こんな奴もいるんだな)

 

 

 

 




第八話読んでいただきありがとうございます。

前回、色んな理由をつけて難産とか言ってましたが、それ以上に時間をかけてしまいましたね。

日々、理想の文章と自分の実力との折り合いというか葛藤を続けて時間が過ぎていきます。

第九話はもう少し早く書かねば!


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第九話 差し伸べられた手

 日没も近いこの時間、街は昼と違った忙しなさを見せる。

 

 1日の労働を終え、疲れきった表情で帰路に着いているサラリーマン。仲間内で騒ぎながら今宵の酒盛り場所を探す大学生達。様々な家庭の事情から、家に帰る事を渋る少女。そして、背の高い雑居ビルの屋上に、そんな人々を見下ろす視線があった。

 

 それは転落防止のフェンスに寄り掛かり、腰の辺りまで伸ばした茶髪を風に靡かせる1人の女。

 

 整った顔立ちをしているが、化粧の類は一切ない。険を含んだ雰囲気を一切隠さず、特徴的な三白眼は抜き身のナイフを彷彿とさせる。

 

 名はオータム。

 

 背中に鷲のワッペンをあしらったカーキのフライトジャケットにジーンズ。淑やかさとは程遠く、どこか欧米人男性のような服装だが、男顔負けの威圧感を放つ彼女はそれを見事に着こなしていた。

 

 おもむろに彼女はポケットに手を入れ、煙草の箱を取り出す。慣れた手つきで1本取り出し、咥え、火をつける。

 

 フィルターを通して肺に流れ込む煙が、胸の奥に染み渡るようなほろ苦さを感じさせた。

 

 多くの愛煙家にとって、それは至福の瞬間と言っても過言ではないのかもしれないが、今に限ってはそうではない。

 

 彼女の足元には既に吸い殻が3本程捨てられており、既に充分なニコチンが摂取されている事が分かる。

 

 それでもなお、新たな1本に手をつける程に彼女は、ここ数日間の自分を取り巻く状況に苛立っているのだ。

 

 そして丁度、その原因についてであろう連絡に端末が震える。

 

「首尾は?」

 

 通話に出るやいなや、相手先である部下の言葉を待たずしてそう言い放つ。

 

「現在、対象はポイントD-4のバリケードを突破。隣接していた廃工場を通過中です」

 

「はぁ!?なんでD4が突破されてんだ!担当は居眠りでもこいてやがったのか!?」 

 

 声を荒げるオータムに対し、部下は報告は変わらず淡々とした調子で続く。

 

「いえ、配置していた隊員によると、対象が通過する直前に封鎖していた通路の外壁が一部崩落。そこを通って包囲網の外に逃げたと」

 

「……なんだそりゃあ」

 

 辟易する彼女は気が抜けたように、風に流されてゆく灰を目で追う。しばしの間が置かれた。

 

「……廃工場って言ってたな?どうせ一般人に気付かれねぇ所に追い込むつもりだったんだ。D4だと予定ポイントよりは人気があるかもしれねぇが充分だ。さっさと追い詰めてとっ捕まえろ」

 

「対象に同行している女についても、ですか?」

 

 それも彼女の苛立ちの種の一つだった。

 

 同行者の報告を受けた時の彼女の荒れ方たるや、電話口の部下の鼓膜を破らんばかりの様子だった。

 

 そも仕事、私事関係なく物事が思い通りに進まなければ憤りを覚えるのが彼女である。

 

 この数年間、あの手この手で追跡を躱されてきただけでもかなり頭に来ていた所を、この国に向かった頃からは特にイレギュラーが多発し、フラストレーションは限界まで達していた。

 

 先ず船上で対象を追い込んだ時は、焦った追い込み役が連携を無視して不用意に近付き過ぎたせいで発砲のタイミングを見誤った。

 

 そして日本に入国する直前、別任務の部隊から緊急の応援要請があったらしく、オータムの部隊からも数機のISと隊員がそちらへ向かう羽目になってしまった。

 

 索敵タイプのISを一機放っておけば、このような人海戦術の追い込み漁などする必要はなかったのだが、運悪く用意していたそれは要請側に持って行かれてしまい、残ったISは戦闘用の一機のみであった。

 

(積み荷が爆発したの時もそうだ。事前に仕込んでたんだか知らねぇが、普通自分ごと爆風で逃げる奴があるかよ……)

 

「中隊長?」

 

 このところの不運を思い起こしていたオータムは部下の声により、目の前の現実に呼び戻される。

 

 短くなった煙草を足元に落とし、踏み潰しながら彼女は部下に指示を出す。

 

「あぁ、そうだ。とりあえずはそいつも捕獲しろ。生かして帰しはしねぇが、野郎の前で殺して暴れられても面倒だ」

 

「了解しました」

 

 通話は部下の方から切られ、オータムは深く息をつく。

 

 フラストレーションというなら、この国に向かうと分かった時点からそれは溜まり始めている。

 

 日本と言えば、IS発祥の国としてその利権を活用し、アメリカや中国などの列強の仲間入りを果たした急進国として名高い。

 

 その火付けとなったISが、かなり軍事方面に傾いた技術だっただけに、一部の評論家からは大日本帝国の再来とまで言われていた。

 

 だがオータムにしてみれば、結果は分かりきっていた。

 

 所詮、それは篠ノ之束という一個人の才能ありきの躍進である。

 

 ISの恩恵でのし上がったところで、この国の人間の本質は野心なんてものとは程遠い。

 

 その視線は一所に集まりやすく、大きな声に従うことで安心を得る事なかれ主義……つまりはオータムが忌み嫌う人種だった。

 

(どいつもこいつもバラバラに動いてるようで、中身は変わりねえ量産品じゃねぇか……)

 

 彼女はほぼ無意識に、新たな煙草を出そうと懐に手を伸ばす。

 

 だが、パッケージに手を掛けた所で彼女はぴたりと手を止める。

 

(あと二本か……)

 

 残念なことに、彼女が好む銘柄はこの国では簡単手に入らない物だった。

 

 入国するにあたり数カートン持ち込んでいたのだが、大部分はホテルに置いてきたうえに、今日は予想以上に手持ちを消費してしまっていた。

 

(ホテルまで戻るのも面倒だな……)

 

 そも、今彼女がこうして対象の追跡にも加わらず紫煙をくゆらせているのは、怠惰により仕事をサボタージュしているからではない。

 

 今回、彼女に与えられた任務は対象を捕獲した後の護送であり、単に今は出番ではないというだけだった。

 

 それゆえに、戻るという選択肢が全くない訳ではでは無かったが、それは彼女の仕事へのスタンスからすると、どうにも憚られた。

 

「……あいつら手伝った方が手っ取り早いか」

 

 それがしばしの熟考の結論だった。

 

 彼女は振り返り、屋上の出入り口に向かう。

 

 億劫な足取りとは裏腹に、その顔に浮かべる笑みは獲物を見つけた狩人のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのあれ……お前何をしたんだ」

 

 走りながら藤宮は聞く。

 

 二人は追っ手の包囲網を抜け、工場の敷地内を走っていた。

 

 工場と言ってもそこは既に廃業して久しいらしく、人気の無い寂れた場所だった。

 

 広大な面積の敷地は無機質なコンクリートの外壁に囲まれ、かつては多くの従業員達が行き来していたであろう通路も錆やら投棄された機材やらで酷い有様だった。

 

『あれ』つまりは、こうして追っ手の包囲網を抜け出せた要因となった、例の仕込みの事だった。

 

 この廃工場の横を走っている時、刀奈は突然端末を操作し始めたのだった。藤宮が横で覗いている分には、特に変わったプログラムを開いている訳では無く、一般的な電話機能のキーパットでいくつかの番号を打ち込んでいるようだった。

 

 それで信号か何かを送ったのか、次の瞬間には少し先の外壁の一画が崩れ始める。

 

 まるで老朽化の果てが丁度訪れた様にコンクリートの壁はぼろぼろと崩壊していき、最後には人一人がギリギリ通れる様な穴が開いた。

 

 そして、目の前で起こった異様な現象に驚く藤宮を刀奈が押し込む形で工場内に飛び込み、現在に至るのだった。

 

 藤宮の問いに対し、彼女は顎に人差し指を当て、大袈裟な態度で考え込む。

 

「うーん……魔法少女パワー?」

 

「端末使ってただろ」

 

「だって簡単にタネをバラしちゃつまらないじゃない?それとも藤宮君って、マジックショーでトリックとか探しちゃうタイプ?」

 

「いちいちもったい付ける必要が有るとは思えないだけだ」

 

「あら合理的思考。そういうの疲れない?」

 

「性分だ、変わる方が疲れる」

 

 ふと藤宮は、刀奈が魔法“少女”と言える年齢なのか気になったが、それを口にする程に無神経な男ではなかった。

 

 以前として敵に追われている状況に変わりは無いが、刀奈の仕込みにより工場内に侵入した時から追っ手との距離が開いたおかげで、有効射程から外れ、あれだけ続いていた牽制射撃も止んでいた。

 

「大方の予想はついてるけどな。崩しやすいよう事前に壁を多少壊しておいて、端末から遠隔操作で炸薬をかけたってところか?」

 

「ん〜まぁ八割方正解ってところね。使ったのは火薬じゃなくてモーターよ」

 

「……モーター?」

 

「そう、予め破砕した外壁のいくつかにピアノ線を取り付けて、モーターでそれを引っ張って外壁を崩壊させる。発破だと崩れ方にムラが出来るから確実性に欠けるのよ。()も大きくなっちゃうしね」

 

「音……」

 

 不思議そうに呟く藤宮に、刀奈は補足する。

 

「この時間帯ならまだ通行人がいてもおかしくないし、破裂音なんてさせたら人が集まるかもしれないわ。巻き込むなんて事は藤宮君もしたくないでしょう?」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 それはどこか気のない返事だった。

 

 藤宮が気掛かりなのは音を立てない理由等ではない。

 

 『音』そのものについてだった。

 

(そうだ、あの音はたしか……)

 

「藤宮君!こっちよ!」

 

 藤宮が考えを巡らしながら走っている内に、刀奈は工場内に通じる鉄扉の前で立ち止まっていた。

 

 そこは、敷地内のいくつかの建屋の中でもひと際大きく、恐らくこの工場拠点におけるマザー工場としての役割を担っていたのだろう。

 

 その両開きの扉の前で、刀奈は大きく手を振って彼を招いている。

 

 最初から開いていたのだろうか、重厚に見える扉は既に開かれていた。

 

 工場内は薄暗く、藤宮のいる位置からでは中の様子は確認出来ない。

 

 無論、この状況でわざわざ建物に入るなど、包囲してくれと自分達から言っているようなものだった。

 

「なんでまた……ッ!」

 

 しかし追っ手は近づいてきており、藤宮に迷っている時間は無かった。

 

 彼は刀奈の後に続いて工場に飛び込み、協力して扉を閉める。

 

 所々錆が目立つ扉だけに、どこかで引っかかって閉まらないのでは、と不安に駆られたが、意外にもそれはスムーズに閉めることが出来た。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 扉を閉めた瞬間それまでの世界から隔絶され、耳鳴りがしそうな程の静謐に包まれた。

 

 徹底された防音構造が施されてるとしか思えない程の静けさに違和感を感じる藤宮だったが、それよりも異常なのは工場内の有様だった。

 

 天井付近にある高い窓から射し込む陽光に照らされるその場所は、およそ、通常の生産活動をしていたとは思えない程に荒れ果てている。

 

 机や椅子などの事務用品、果てはフォークリフトや横倒しになった加工機やらの背の高い大型機械がと打ち捨てられており、まるでゴミ捨て場の様な形相を呈している。

 

 周りを見渡したところ、入口付近の壁際にも機材が進出しているせいで、壁伝いに進む事も出来そうになかった。

 

「この工場、結構前に倒産しちゃったって聞いてたんだけどね。私、あの別荘にしばらくいた時期があって、その頃は割と沢山の人がいたのよ」

 

 扉に鍵をかけ終わった刀奈は語りながらゴミの山へ侵入して行き、藤宮も後に続く。

 

「何かの機械部品を造ってたらしいけど、ここ最近の技術競走に着いていけなかったみたいね。潰れる時はほんとに急だったみたいで失業者も沢山出たらしいわ」

 

 藤宮はショッピングエリアの路地裏を歩いていた時を思い出す。

 

 言われてみれば、時折すれ違った浮浪者達は高齢者が多く、彼等があのようになってしまった背景を少し想像してしまった。

 

(技術競走の激化か、大方の理由は察しが着くな……)

 

 先を行く刀奈の足取りは淀みなく、機械と機械のぎりぎり人一人が通れるような間を縫うように進む。

 

 入口から見た時は分からなかったが、中は正しく廃棄された機械達の迷宮と化していた。

 

「しかし、この有様は……」

 

 この工場で生産していた部品だろうか、ひとかたまりに積まれた何かの部品を乗り越えながら藤宮は不満を漏らす。

 

「維持費削減の為に、少しでも敷地を減らそうとしたんじゃないかしら?その為に使わなくなった機材をここに集約したとか」

 

 確かに、少し先にはパレットステージが設置されている区画があり、元々は倉庫として利用していた様にも見えた。

 

「それにしても、ここまで散らかすのか」

 

「……さっきも言ったけど、倒産するって話は急だったらしいし、急いでたんじゃないかしら」

 

 刀奈は後ろを振り向かず、そう説明した。

 

 歩くうちに、二人は入口から見て右側の壁際に出る。そこは入口付近と違い、ある程度足の踏み場もある為、そこからしばらくは壁伝いに進む事ができた。

 

(……?)

 

 ふと、藤宮は足を止める。

 

 そこだけ他とは壁の色が若干違ったのだ。

 

 今はもう倒産したとの事だがそれなりに歴史はあったのだろう。この建屋も相当年季が入っている様で、錆や油汚れによって壁は全体的に汚れが目立っている。

 

 しかし彼の立った所、丁度一般的な片開きのドアくらいの範囲だけが妙に真新しいように見えた。

 

「藤宮くーん、こっちよー」

 

 声の方に目を向けると、壁際を少し先に進んだ所にあるパレットステージに登る階段に刀奈がいた。

 

 上に向かう事、登る事に、藤宮は疑問を抱く。

 

 追われてる以上、どこかしらで追っ手を撒かなければならず、さもなくば永遠と鬼ごっこを続ける羽目になる。

 

 それなのに刀奈が包囲されやすそうな屋内にわざわざ入ったのは、何か策があっての事だと藤宮は考えていた。

 

 例えば、マンホール等から地下水道に逃げ込むなどである。

 

 だが、刀奈は上に登ろうとしていた。

 

 これがもしも出会ったばかりの時ならば、藤宮は理由を彼女に問いただしたかもしれない。

 

 しかしこの時、既に藤宮の中では刀奈に対する一定の信頼が産まれていた。

 

 飛んで逃げる手段を用意出来るとも思えないが、工場に侵入する時の仕込みといい、刀奈が何かしらの備えをしている事は彼にもなんとなく想像出来た。

 

 そんな漠然とした期待が、それ以上不審に思う事をさせなかったのだ。

 

 藤宮が向かって来る間も、彼を見下ろしながら彼女はそこで待っている。

 

「その辺り、足場が脆くなってるから気を付けて」

 

 彼女はそう言って、階段に足をかける藤宮に手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤宮達がゴミの山を進む間、追跡者達は着々と建屋周辺を包囲していた。

 

 その数は藤宮達を追っていた数名だけではない、各箇所に配置されていた人員が次々とこの場所に集結し、今では20名ほどの規模にまで膨れ上がっていた。

 

 少々予定とは違う形になったものの、屋内という袋小路に追い込めば、後は囲うように人員を配置し、追い込み漁を始めるのみ。

 

 最後の詰めとなるであろう突入班は、獲物を弄ぶシャチの群れのごとく浮き足立っていた。

 

 それらを統率する小隊長にあたるスーツ姿の女は、実に冷ややかな面持ちで彼女等を後ろから眺めていた。

 

 律儀にチャンバーチェックをしているのはまだ可愛い方で、数名はこの国には持ち込むのも苦労しそうな粉物を吸引していた。

 

(全く、しくじったらオータムにドヤされるのは私なのよ……)

 

 そこで彼女のヘッドセットに、包囲役として招集されていた最後の班から連絡が入る。

 

「こちらE1(エレーナ・ワン)、各員配置完了しました」

 

「了解した。指示があるまでその場で待機、まもなく状況を開始する」

 

 そう言って小隊長にあたるスーツ姿の人物は通話を切り、先程藤宮達が入っていった鉄扉に目を向ける。

 

 そこには既に発破役が仕掛けた小型の爆弾が扉の錠に当たる部分に仕掛けられていた。

 

 扉の前には、その手に持った自動小銃の出番を今か今かと期待する突入班が焦れたように彼女を指示を待ち侘びていた。

 

(まぁ、気持ちも分からなくはないけどね)

 

 この任務に参加しているのはいずれもここ数年間、今回の対象の捕獲任務に就き、辛酸を舐めてきた連中ばかりだった。

 

 それは小隊長の彼女も同様で、毎度手を替え品を替え自分達の追跡から逃れてきた奴を初めてここまで追い詰めたとなると、多少なりとも期待に気持ちが高ぶる。

 

 彼女の場合、他の隊員のように自分達の追跡を徒労と化してきた奴に対する怒りなどではなく、これで奴を追って世界中を飛び回るような面倒な任務から解放されるというところが大きいのだが。

 

 そして先程の連絡により、最終の包囲班が持ち場に着いたことを確認し、全ての準備は整った。

 

 小隊長は端末を操作し、起爆プロトコルの画面を表示させる。

 

「各班に継ぐ。扉の起爆を合図とし、これより状況を開始する」

 

 ホログラムの起爆ボタンに触れた瞬間、破裂音と共に扉の鍵は破壊され、突入班は勢いよく建物内に飛び込んで行く。

 

 それに続き、やおら中に入ろうとしたところで彼女は後ろから声をかけられる。

 

「小隊長、これを」

 

「え?」

 

 まだ若い、生真面目そうな補佐から差し出されたのは自分用のアサルトライフルだった。

 

 後方指示をするのみで、実際の捕獲にあたるつもりは無かったために忘れていたが、確かに建物内に侵入する以上は持っておかなければならない。

 

(どうせ使う事もないのだろうし、要らないでしょう……)

 

 気のない返事をして受け取った彼女は、そのまま補佐と共に建物内に侵入する。

 

「何よコレ……」

 

 機材やら廃棄物やらで雑然とした様子に、辟易した彼女は辺りを見渡す。

 

 建物内全域はゴミで溢れかえっていて、これでは対象を見つけ出すのも苦労するかもしれないが、奥にあるパレットステージに上がって全体を俯瞰出来れば、幾分かマシに見えた。

 

 仮に時間が掛かろうと、この工場内には地下に繋がる様なマンホールも無い事は事前の調査で分かっているため、建物の周囲を固めていれば逃げられる事はまずありえない。

 

「β(ブラボー)1から2は対象の捜索をしながら奥のパレットステージに進め。そこからサーマルスコープで屋内全体の捜索をせよ」

 

 彼女は通信を飛ばし、扉付近の壁にもたれて掛かる。

 

 隣では補佐がアサルトライフルを構えながら、周囲を警戒している。

 

 そんな仕事熱心な様子の部下を横目に、彼女は今回の任務が終わった時のことを考える。

 

(今回の任務が成功すれば功績として本社へ異動出来るでしょうし、そうすれば現場なんて泥臭い任務や、あのうるさいオータムとも……)

 

 その時だった。

 

 誰も触れていない扉が、ひとりでに勢いよく閉じた。

 

「なんで扉が──」

 

 彼女の言葉は、そこで中断される。

 

 轟いたのはある筈の無い銃声だった。

 

 無論、苦労して持ち込んだ彼女等の銃火器が火を吹かない理由は無い。

 

 ありえないのは銃声の質。

 

 突入班が使用する銃弾とは火薬の量がまるで違う。

 

 恐らく50口径レベルの重火器を用いなければ、あれ程の轟音は発生しないだろう。

 

 では、今のは誰の銃声だったのか?

 

 その答えは隣に直立した部下の()()()

 

 自分に飛び散った赤やら白やら黄色やら、色とりどりのパーツが彼女を批難するように物語っていた。

 

 

 

「なん……ボェグッ!?」

 

 

 

 そして彼女が自らの浅慮さを悔いるのに

 

 二発では充分過ぎたのだった。

 

 

 

 

 

 




8月連休が僕に力(時間)をくれました。

ほぼ1年ぶりの投稿になってしまいましたね……。

9月の半ばくらいまでは仕事が佳境なので恐らく何も出来ませんが、それが終わればとりあえず一段落しそうなので、十話はもう少し早く投稿出来ればいいかと思います。


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