秘密遊戯 -I must be cruel, only to be kind- (流火)
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エピソード1 『I must be cruel, only to be kind』
第一話 都市伝説の中で


 

 

 

 

――――――――――――――

悪の訪れを期待するとは何たる狂気。

ルキウス・アンナエウス・セネカ(古代ローマの政治家、哲学者、詩人)

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 リアリティとリアルは違う。

 真実と事実は違う。

 

 

 小学生の頃、世界は不思議に満ちていると眼をキラキラさせて駆け回っていた。

 今は逆だ。

 オカルトに手を出し、都市伝説を検証し、これは偽物。これは勘違いとラベルを貼っていく作業。

 

 

 小学生の頃、世間では事件に溢れており、それを解決する探偵になりたいと思っていた。

 高校生になる頃には、事件の1つや2つ巻き込まれて解決したいと思っていた。

 そんな可愛げのある熱意が、実際の事件を1つ1つ検証していく内に冷たくなっていく。

 現実に起きた事件では高度なトリックなど実在しない。

 百歩譲ってそういう事件があるとしても、小説の名探偵の様な事件に巡り会える悪運を持たない。

 本当の探偵は……浮気調査とか素行調査とか、それはそれで面白いかもしれないけども。

 

 結局の所、現実というのはつまらないものだ。

 人は誰しも、自分の中の理想と現実とで折り合いをつけ、それで大人になっていく……と、高校二年生である俺が言っても説得力はないが。

 夢は砕け、鬱屈した感情が支配する……自分は何者になりたいというのだろう?

 警察官、科捜研、探偵、ミステリー小説家……いっそ、法医学者とか、検察官か?

 選択肢は数あれど、決定打というのはまるでない。

 それも含めて思春期かと思いつつ、今日も都市伝説狩りに挑む。

 

「十数人を集めて殺しあい? それに対抗する組織……? いや、検証する意味あるのか……これ……」

 

 

 

 

………

 

 

 

 

ピーピー ピーピー

 

「あー、やな夢――――ここ、どこだ?」

 

あんまり宜しくない目覚めから、一気に眼が覚める。

頭が硬いベッド、廃墟のような部屋、あんまり生活感を感じさせない埃。

最近理系を選択した高校二年生である俺――川瀬進矢としては、廃墟探索に行った事もあるので、まるで廃墟の中で居眠りでもしてしまったかのようだ。

ただし、直近の記憶が正しければ学校から帰ってる途中から意識が途切れている。

記憶喪失や夢遊病になったとかでないかぎりは、自らここに眠っていたとは考えにくい。

 

服は間違い無く高校の制服だ。通学で使用している鞄もある。

流石に、高校の制服で廃墟巡りに行くような馬鹿な真似はしない為、間違い無く自分で来たわけでは無い。

分からない事が多い為、まずはこの耳障りな目覚まし時計(?)君を探すと、縦10cm×横6cm程の端末を発見する。

所謂、携帯情報端末――略してPDAという奴だろう。

意味深というかなんというか、ともあれ開くしかない訳なのだが。

 

ふんふん、画面にはダイヤの3が表示されている……ジョーカー殺せる最弱カードですか。

 

 

『解除条件 3:3名以上の殺害。ただし、首輪の作動を含まない』

 

 

おう、怖い怖い。最近はゲーム脳をこじらせてる人が多くていけないな、人の事あまり言えない気がするけど。

で、首輪ということは――何か違和感があったけど、首の周りがゴツゴツしてる事を確認した。

おーけい、把握した。ピザ配達人首輪爆死事件っていうのがある。

 

 

2003年にアメリカ合衆国で起きた事件で、一人の男が爆弾に首輪をかけられ、銀行強盗をさせられるという事件だ。

要点だけ掻い摘まむと被害者の男は、爆弾つきの首輪を犯人につけられ、同時に指示書を渡された。

指示書には、仕掛けられた爆弾の起爆を遅らせ、最終的には解除する「鍵」を入手する為の課題を、時間制限付きで列挙されていた。

しかし、そんなこと上手く行かず、指示された行動である銀行強盗で警察に捕まり首輪は爆発――後に警察が検証したところ、どう足掻いても首輪の解除は無理だったらしい。

 

資料参照できないので曖昧だが、そんな感じの事件があった。

とはいえアメリカと日本は違うだろうし、一応普通の高校生やってる身として、この状況は現実的とは思えない。

ベタに頬を引っ張ってみるが普通に痛かった。まぁ、夢ならその内覚めるだろう。悪夢かもしれないが非日常の夢を見るのはめずらしいし、目覚めるまで楽しまなければ損ってものである。

PDAを操作すると、ルール一覧という項目がでてくる。

 

 

 

【ルール1】

参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

 

【ルール2】

参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 ~9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。

 

【ルール6】

開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間全てを勝利者とし、20億円の賞金を山分けする。

 

【ルール7】

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

 

「20億って、ちょっと現実味ない話だな……」

 期待半分、恐怖半分といった心持ちで呟く。このルールから察するに3人殺せって比喩的な話ではなくて、生命活動を停止させろって意味っぽいな……と思いつつ。大体分かった。情報が足りないって事が分かった。

 この催しがトランプを模している……例えば、ゲーム大会であると仮定するのであれば、総人数は13かJOKER含めて14人。はたまた、52人というのもあり得る。

 

次にマップ機能を確認する……なんか凄い迷路がでてきた。しかも、1階から6階まであり、現在位置が全く分からない。

おう.……心が折れそうだ。この大迷宮が本当かどうかは、やはり歩いてみないと分からないだろう。

 

(この地図が本物だったとしたら、いよいよアウトなんだろうけど)

現実感のない漠然とした不安だけがある。

いずれにせよ、明確な悪意に晒されている事は理解できる。

PDAを弄くってみるが解除条件、ルール一覧、MAP機能……他には無さそうだ。PDAにはコネクタがあり、首輪にもコネクタが接続できそうな接続口は指で触って確認したが、ルール1を鑑みるに流石に突っ込んでみる訳にはいかないしな……。

そして……この時、思考に没頭していた俺は気づけなかった。既に部屋の前に人がいることに

 

「こうなったら、情報を集め――うぉ!?」

「きゃ――って、総一?」

「いや、誰だよ。総一って……」

 

ドアをガチャリと開くと、目の前には綺麗な高校生の制服らしきものを着た女の子がいた。

心の準備が出来てなかったところに、至近距離での遭遇に少々驚いたが……深呼吸深呼吸。

目の前の女の子が、首輪をしている以上……自分と同じ境遇というのは間違い無さそうだ。

 

「コホン……あー、俺の名前は川瀬進矢。多分、君と同じ状況だと思うけど。誘拐されたのか、気付いたらここで眠っていた」

「あ、ごめんなさい。そっくりな知人が居て、私は桜姫優希……同じく、目が覚めたら近くの部屋に居たわ」

「そっか……お互いに大変だな、大変なのはこれからかもしれないけども」

「どういうこと……?」

 

 訝しげに女の子――桜姫優希はこちらを見ている。

 クラスで女子とほぼ話さない自分にとっては少々辛く、つい目を逸らしてしまう。理性はちゃんと警戒しろと言っているのだが……クラスで2~3番目位(自分の審美眼基準)に可愛いだろう女子に1対1で話すのは滅多にないことなので、そこは仕方ないと諦めよう。ともあれ、自分自身思考を纏めておきたいところだったので、相談相手が出来たのはありがたいところだ。例え、後で殺し合いを強要されることになったとしてもである。

 

「このPDAだ。とっても物騒な事が書いてあっただろう?」

「そうね……死亡とか……ころ、す……とか」

「残念ながら全て真実だ」

「え!?」

「順を追って説明したいので、まずPDAに書かれている事を教えてくれ」

「わ、分かったわよ……」

 

 できるだけ端的に、できるだけ論理的に……自分の説が正しいかどうか、他人に分かりやすく説明する。

 大事なスキルだ。名探偵の気持ちになって考えてみよう。

 突然、本題に入るのはコミュ障の証だって? 悪かったな、自覚してるよ。

 

 

 

 

『解除条件 9:自分以外の全参加者の死亡。手段は問わない』

 

 

【ルール3】

PDAは全部で13台存在する。

13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、

ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。

この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。

他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、

読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。

あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

 

【ルール5】

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。

侵入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると

首輪が作動し警備システムに殺される。

また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、

最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

 

 

「……誰が、そこまで見せろと言った」

「教えてと言ったのは貴方よね?」

「分かった、分かったよ。こっちも全部見せる、じゃないとこっちが悪者みたいじゃないか……」

 

 自分の解除条件である、3人殺しの解除条件を含めてルールを見せつつ溜息がでてくる。

 真実だの、真実じゃないだの言ってる割にはどうにも緊張感がない。目の前の美少女も緊張感はあるようだが解除条件を見せてきたので、自分も毒気を抜かれてしまっているのかもしれない。……自分より酷い条件なのに太い神経をしていらっしゃるのか、やはり現実感がまだ足りてないかのどちらかだろうか。

 

「ルール、3・5・6・7が揃ったか。欠けた部分はあるが、大体わかったような気がするな。歩きながら説明するぞ」

「え!? ……貴方って凄くマイペースなのね」

「友達少ない自覚はあるよ、同級生と話が合わなくてね」

「自慢気に言うことじゃないと思うのだけど……」

 

 通学用の鞄からノートを取り出し、マッピングのお時間だ。昨今のゲームではオートマッピングという便利な機能があるが、ここでは無さそうなので、こういうアナログな手段に頼らざるを得ない。古くからゲーマーだった兄貴の影響を受け、たまにゲーマー熱が出てくるのである。

 

「なんとなく、貴方がどんな人間か分かったような気がするわ……」

「褒め言葉として受け取っておくよ、じゃあ解説していこうか。まず、自分達の状態を再確認していこう。まず、誘拐された時の状態を思い出していこうか、最後の記憶は多分1人で下校している時に唐突に意識を失って此処に来ていた。ここまでは一緒で良いかな?」

「うん、そうね……私は二人で下校していた時だったけど……総一は大丈夫かしら?」

「俺とそっくりと言ってた人だっけ? 今は良いか、えー……屋外で突然、誘拐した相手に顔バレせずに誘拐を実行するっていうのは非常に難易度が高い筈なんだよ。勿論、ミステリーとかでたまにある都合の良いクロロホルムとかあれば話は別だけど、犯人はよほど計画的か慣れている人物の犯行なんじゃないかな。二人の証言だから、偶然ってこともあるけど、ルールが揃う頃に全員が似たような証言をすれば、確定すると思うよ」

「納得できる話ではあるわね……誘拐される心当りはないけど」

 

 

 気絶するレベルのクロロホルムを吸い込めば命が危ない。それなら、食事なり飲み物に何か盛られたと考えた方が自然なんだろうか?

 誘拐される心当りに関しては全くない。美人である桜姫優希ならまだ分かるけど、それでも計画的誘拐をしたにしては今の状況は杜撰に過ぎるとは思う。……あくまで、普通の誘拐なら、だが。

 

「それは同感、第二に……首輪とPDA、まだ完全に揃ってないけど現時点で20億円の動機と人が遭遇しやすくなる侵入禁止エリアル-ルがあり、洗練されているように感じられるし……何より、1つのPDAに完全にルールが揃ってない時点で、強い悪意を感じるね。もしかしたら、とんでもないルールが紛れ込んでて、うっかりルール違反を踏んでペナルティが発生して死ぬ事を黒幕は誘発させようとしてるかもしれないんだぜ?」

「そう言われればそうかもしれないけど……」

「俺は国語の授業を真面目に受けているもので、問題文を作る作者の気持ちがよく分かるんだよね」

「……どちらかと言えば、ゲームのやり過ぎに思えるけど?」

「強気で否定できない……」

 

 桜姫にジト目で見られている事に、心中で涙目になりつつマッピングを続ける。

 突っ込みを入れられつつも、最後まで推理を聞いてくれる姿勢である桜姫はありがたい存在だ。

 俺も喋るのは止められない、だって彼女の言う通り自分はゲームのやり過ぎで、語りたがりな性質があるオタクだから。

 

「では、気を取り直して、第三……この建物について、自分歩いた範囲内でも相当広いことが分かる。今、面積を確認する為に歩いているんだが……歩けば歩くほど、この地図の信憑性は増すばかり。そして、これだけの大きなビルを用意できるというのは、やはり誘拐した連中が只者ではないという証明になる訳だ」

「……分かったわよ、貴方が頭が良くて、お喋りが好きな人間ってことはね。だけど、貴方は大事な事を言ってない。目を逸らしてるのか、敢えて喋ってないのかまでは分からないけど。そこが一番大事な事なんじゃないかしら」

「痛いところを。……そうだな、このゲームが全て真実だと仮定すると、話は次の段階に移ってくるわけだ」

 

 桜姫の射貫くような瞳が、注がれてくる。視線は正直痛いが、疑っているというより試している――と言った雰囲気を感じる。この桜姫優希という少女……訳の分からない殺人ゲームに参加させられ、恐怖に怯えるだけの女という訳では無さそうだ。女の子に見つめられるの恥ずかしい……という現実逃避はさておき、敢えて話題にあげなかった部分に思考を移す。

『解除条件 3:3名以上の殺害。ただし、首輪の作動を含まない』

『解除条件 9:自分以外の全参加者の死亡。手段は問わない』

 ルール3と5を手に入れた事で、この解除条件の危険性もはっきりしてくる。つまり、俺は生き延びる為には誰か3人を殺さねばならず、目の前の桜姫優希に至っては自分以外の全員に死んで貰わないといけないということだ。

――このゲームに対しての自分のスタンスを述べる前に、それは起こった。

 

 

 

 

 

 

「う、うわああああああああ!」

 

大地を揺らすような爆発音。

ズカァンという音、男の悲鳴。

その意味を考えようとするが、目の前の桜姫優希は聞くが早いが駆けだしていった。

ノータイムか、早いなー……その決断力は羨ましいと思いつつ後ろを追いかける。

 

「無駄だと思うが、一応忠告するぞ! ゲームに関する何かしらが、起こっているんだと思われる。命の保証はしかねるぞ!」

「分かってるわよ、だからこそ急いでるんじゃない!」

「あー、うん。正論だな、ごもっともで」

 

 こちらとしても、多少のリスクを飲み込みつつ情報収集は必要だ。桜姫優希がリスクを負ってくれるというのなら、更に言うことはない。

 程なくして、その男は見つかった。

 右足を引き攣った中年の男性、必死の形相をしているが……右足に怪我を負っており、速度は遅い。

 そして何より、その首輪は赤く点灯していた。

 

「おじさん! 大丈夫ですか!? その怪我、何があったんです!?」

「ど……どうもこうもない! あ、あれに追われているんだ……!」

「ボール……?」

 

 桜姫が男に問うと男は自分の後ろを指さす。そこにあるのは、数十もの金属製のボールだ。それらが整列して動いている。歩くスピードよりやや遅いその金属ボールは、ゆっくりとこちらの方向に転がってきている。よく分からんが、大体察した。

 

「桜姫……あのボールを止めるぞ」

「え、止めるって……」

「詳しい話は止めながらする。手段は周囲の部屋から、物を取り出してバリケードを作る。オッサンはその間に逃げるんだな!」

 

 

 言うが早いが、部屋に飛び込み廃材やら段ボールやら家具を取り出して廊下に敷き詰めていく。桜姫も困惑しながら、同調して協力して動いた。突貫だが、なんとかボールが辿り着くまでに、簡易バリケードは完成する。

 完成後はバリケードを離れて、あの中年男性を追いかける手筈だった。

 

「たぶんだが、あれがルール1の警備システムだ。どういう機能なのかは想像でしかないが――」

「きゃ!?」

 

 爆発音がする。

 振り向くと、爆発音によりバリケードが崩れ去り、幾つかのボールが雪崩れ込んできた。

 そう簡単に止まってはくれない……ルール1.【一度作動した首輪を止める方法は存在しない】だったか。正直、あの中年男性の命運は尽きたようにしか思えてならないが、もう少し足掻いてみよう。

 

「もっかいバリケードを作るぞ! あのボールが無くなりさえすれば――」

 

 どうなるというのか、正直次にどのような手で来るのか興味本位があると言えばある。

 そのまま俺と桜姫は、中年男性を追いながら遅滞戦術のようにバリケードを張り続けていた。

 ただし、ボールは減る事もなく増え続けている。

 

「おい、オッサン! 何があったんだ!? どうして、その首輪が発光するような事態になっている!?」

「知らん! 儂は何も知らん、何もしてないのに……! 気付いたらこうなったんだ!」

「それ、何もしてないのにパソコンが壊れたと同レベルの信憑性だよ!?」

「そう言われても……ヒィ!? 上から落ちてきた!」

「何!?」

 

 バリケードを作っていた俺と桜姫が駆けつけると、すでに中年男性のすぐそばにボールが複数存在していた。そして、その数は上――開いているエアダクトというべき場所だろうか?――からドンドン落ちてきている。もう、助ける事はできない……そう判断した俺にできることは1つしか無かった。今にも中年男性を救わんと飛びかかろうとしていた、桜姫優希の腕を掴む事しかできなかった。

 

「駄目だ!」

「――ッ! そう、い……ち」

 

 抵抗するかと思われた桜姫優希は予想に反し、掴んだ瞬間に嘘のように身体中の力が抜ける。そして、複数の爆発音と断末魔が響き渡り……中年男性が死という塊になるのに――時間はそう掛からなかった。

 火薬の臭い、焼かれた肉と血の臭い……バラバラになっていく服と下半身……恐るべき形相の死に顔。今まで、探偵ぶってた心の余裕なんてあっという間に吹き飛ばすような圧倒的なリアルがそこにあった。一部始終を目撃してしまった。

 ――だが、一方でこうも思うのだ。

 

(俺は興奮しているのか……このような事になるのを、心のどこかでずっと――)

 

 

 自分の中の何かが変わりつつあるのを感じる。

 迷いの無い足取りで、死んだ中年男性だったものに近づこうとする。その腕を、桜姫優希が掴み……放さなかった。



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第二話 選択の重み

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
川瀬進矢:3:4.5:3人の殺害
桜姫優希:9:10:自分以外の全員の死亡
DEAD:???:DEAD:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???



 

 

 

 

 

――――――――――

自由とは、身に降り掛かった事に対し、どう行動するかという選択。

ジャン=ポール・サルトル(フランスの哲学者、小説家、劇作家)

――――――――――

 

 

 

 

 

 

ピロリンピロリンピロリン

――そういえば、ボールの対処に忙しくてPDAの音を無視してたな……

 

『追跡ボール:体当たりして自爆する、ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す自走地雷。移動速度は時速6キロ。爆発の威力はそれほどでもないから何個か当たらないと死なないし、走って逃げれば大丈夫かも?!』

 

 ……悪趣味な遊び心のある文面に冷や汗がでる。

 追跡ボール――足が怪我した状態で逃げられるとは思わないし、ゆっくりなぶり殺しにしてるようにしか見えない。必死になっている自分達をおちょくっているのだ。

 悪意に晒される事で、少しだけ正気に戻る事ができたのは皮肉である。

 

「腕を放してくれるとありがたいんですが」

「……分かってるの?」

「今、改めて実感したよ」

「首輪を解除しないと、私たちは……死ぬ」

「そして、首輪を解除するには殺すしかない……だな」

 

 爆発は男を消し飛ばすと同時に、俺達の現実感の無さをも吹き飛ばしていた。桜姫優希の方は力無く座り込み、俺の腕を捕まえて離さない。……俺も、こんな時でなければ美少女に縋られて悪い気分はしないが、正直言ってこういうときに女の子を慰める言葉を知らない。というか、なんだろう……俺では相応しくない、というのが正しいのだろうか。此処には俺しかいないわけだが。だから、ここは……『川瀬進矢』の言葉を伝えるしかない。

 

「確かに俺達はただの被害者かもしれない。誘拐され、首輪をつけられ、人を殺さないなら死ねと来た。全くもって役満だ。20億の慰謝料を貰っても到底足りないだろう……だが」

 

 興奮を落ち着ける為に深呼吸する。彼女はもうちょっと狂乱すると思っていた、あるいは呆然として何もできなくなるか……だが、桜姫優希はじっと、ただ俺の眼を見ている。涙目になりつつも、まだ希望を残した眼で見ている。

 ……すこし、眩しかった。

 

「最後に決めるのは自分自身だ。ゲームに従って殺すか、抗って死ぬか。その選択肢だけは、常に俺達に残されているんだ。そして、その決断だけは他人に委ねる事はできない。殺人者になるか、抵抗者になるか……それは自分で決める事なんだよ、桜姫優希」

 

 別に、強い信念があってそう考えている訳じゃない。むしろ、自分自身少なくとも日常生活においては流されやすい方だと思っている。だから、流されない為の戒めとして、ゲームに乗るにしろ乗らないにしろ……自分の意志で自己決定する事が大事だと、半分自分に言い聞かせるように言う。

 

「……私は、私は乗らない……誰も殺さないし、殺させない。こんな悲劇はも……」

 

 そして、目の前の彼女は全身を震わせながらも、辿々しく言葉を紡いでいく。……正義感が強いのだろう、殺人を選択肢として残している俺とは大違いだ。仮の同行者としては都合が良いのかも知れない、手段を選ばない人間は危害を加えてくる可能性があるわけだし。

 

「それが君の選択なら、尊重するし……一先ずは協力しよう。少し、休んでいるといいよ。汚れ仕事は男の役目だろうし」

「どうするつもり?」

「PDAの回収、かな。無事か分からないけど」

「……私も、行くわ」

「止めといた方……って無駄そうだな。同じく、君の事が分かってきた気がするよ」

 

 表面的には柔軟に物事を受け止めているが意志はあんまり強くない俺――川瀬進矢、物事を素直に正面から受け止めるが芯は強いのだろう桜姫優希。解除条件は最悪だが、最初に会えたのが桜姫優希というのは幸運……なんだろう。ついでに、男のPDAも壊れてなかった為、このゲームにおける運を使い切ったのかもしれない。

 

『解除条件 7:開始から6時間目以降に全員と遭遇。死亡している場合は免除』

 

「世の中上手くいかないものだな……こんな簡単な解除条件の人が、ルール違反で死亡し、ヤバい殺人条件の持ち主が生き延びるとは」

「川瀬君……亡くなった方に失礼よ」

「あー、そうだな……名前聞き忘れてた。ゲーム開始から1時間半、せめて冥福を祈るとしよう」

 

 自分のPDAを鞄の中にしまい、二人揃って、惨劇死体の前で手を合わせる。

 別の慈愛の心に目覚めた訳ではなく、死者を悼むというのは生者の心を整理させる為のものである。急展開で、少々頭の休憩をしたくなったのだ。それに……爆発音を聞きつけたのか、複数人の足音が聞こえてきた。

本当の勝負はこれからだ。ここからの怒濤の展開で、この最初の犠牲者の男なんてすぐに忘れるだろう。今しかないから、せめて祈らせて貰おう。

 

 

 

 

 

 

駆け寄ってきたのは4人。

若いチンピラ風の金髪の男性、身なりの良い妙齢の女性、学年トップレベルに美人な若い長身のツインテールで白いワンピースの金髪女性、生意気そうな背の低い少年。

死体へのリアクションをそれとなく観察したが、特に怪しい挙動は見当たらなかった。共通の特徴も無さそうに思える。

クローズドサークルに複数人集まり人が死んでいる。ミステリー小説みたいだ。

だから、頑張って探偵しないとな。と、気持ちを新たに状況を説明する。

 

 

「ということで、バリケードを作って自走式爆弾――追跡ボールって言うらしいです―― から男を守ろうとしたんですが、別方向から追跡ボールがやってきて逃げ切れずに死亡。追跡ボールは中々に凝ったデザインをしていたと思います。特注品なんですかね?」

 

 PDAに新たに追加された項目である、ペナルティの説明を交えて説明する。ここに来た人間全員のPDAにこの項目は追加されているようだ。実際に死人が出てしまっている以上、最早このゲームが冗談であるとは済まされないと全員が真面目そうに聞いている。エアダクトの存在に関しては、悪用されたら危険なような気がしたので、念の為伏せておく。

 

「つまり、ルール違反して首輪が反応して殺されたって訳か」

「多分そうですね。ルール違反したタイミングは目撃してないので、今のところ、ゲームを信じてない男が首輪にPDAを読み込ませて発動してしまったというのが有力な推理だと思うのですが」

「PDAを読み込ませたら死ぬって書いてあるのに……馬鹿なオッサンだな」

「ちょっと君、死んだ人を悪く言わないの」

「チッ、分かったよ……」

 

 この状況で一番怖くて頼りになりそうな金髪男に推理を披露していると、少年が横で感想を漏らし、桜姫がそれを咎める。真面目な学級委員長タイプだとは思っていたが、この状況で貫けるのは大したものである。

 

「確かに馬鹿だとは俺も思うが、愚かな行動っていうのは人間取ってしまうものだから……あんまり笑わないであげような? ただ他山の石にはすべきだ。具体的には欠けたルールを埋めていきたい」

「そうね……そんなインチキなゲーム、嘘だと思ってたけど……人がしんでしまったとなると冗談では済まされないもの」

「2番目のルールに書かれてる件……ですね?」

「そういうことですね。ただ、此処だと集中できませんし、部屋を変えませんか?」

 

 ルール交換に神妙な顔で応じるのは美人のお姉様方(?)お二人である。ここでパニック映画みたいに、取り乱す人間が居たら大変頭が痛くなる展開だったが、一番危惧してる桜姫優希も踏みとどまってるようだし、最年少っぽい少年は逆に死体に興味津々っぽくて親近感があるし、大人3人は頼りになりそうだ。

 なんて考えていると、ルール交換に異を挟んでくる人間がいた。

 

「それは違うわよ。ルールより、もっと重要なものがあるわ」

「マジか、なんだろうか……えーと、桜姫さん?」

「それよ、川瀬君」

「はい?」

「だから、私たち二人は自己紹介したけど。他の人とはやってないわよね?」

「あー、ごもっともです……」

 

 ……なんか、頻繁にペースを狂わされるのは気のせいだろうか?

 桜姫優希……真面目そうなのと、光というか陽属性を持ってそうなので、日常生活ではあまり関わりたくない側の人間なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「ということで、纏めます。一人を除き単独行動中に人気のない場所で誘拐されてた。ただし、誘拐された時点の記憶はなく、気付いたら此処で目覚めている。我々の中に知り合いはおらず、共通点らしきものもない。何なら県もバラバラ……個人まで特定された計画された誘拐っぽいですね。此処までしか言えないのが、もどかしいところですが」

 

 

どこにでもいるごく普通の高校二年生である俺、川瀬進矢。

彼氏と二人で下校中に誘拐されたらしい高校三年生、桜姫優希。(年上だった! やばい、先輩って言わなきゃ!)

大学二年生でキャンパスを歩いてる途中に誘拐されたらしい金髪美女、矢幡麗佳。

中小企業の社長らしく、最近年齢が気になるお年頃らしい郷田真弓。

荒事慣れしてそうな、自称どこにでもいるごく普通の会社員である手塚義満。

塾帰りで攫われた子供扱いされると怒りたくなるお年頃である中学二年生、長沢勇治。

犠牲になった男を含めれば、7人。このゲームに参加したプレイヤーが13人ならば丁度過半数がここに集まっているということになる。

 

 

「まっ、それ以上そこを掘り下げても仕方ない。俺達は何をしたら死ぬか確かめなくっちゃな」

「そうね……ルールと解除条件を交換しないと」

「ルールの交換は賛成だが、解除条件は別だな」

「え、どうしてかしら?」

 

 手塚はルールの交換だけを提示し、郷田はルールと解除条件の交換を提示する。ただし、手塚は解除条件の交換を拒否した。解除条件はアキレス腱になりうるので当然だが、拒否をするということは手塚への警戒度を1段階引き上げた方が良いのかも知れない。……人の事は言えないが。

 

「そいつはルールを交換すれば分かることだな」

「首輪の解除条件は、文字通り命が懸かっているので、デリケートな話になります。だから、先にルールが分かってからでも遅くないと思いますよ」

「そうね……分かったわ」

 

 一旦、手塚に同調しつつ、様子見に移る。矢幡麗佳、長沢勇治も反応からすると解除条件交換には慎重な姿勢のようだ。桜姫優希は不安そうに、俯いている。解除条件酷いからな……分かるよ、ちょっとフォロー入れてやろうか。

 

「と、いうことでー? 解除条件を交換するのは宜しくないとオモイマスー」

「わ、悪かったわよ……」

「川瀬のお兄ちゃん、どういうことだよ?」

「ふっ、俺と桜姫先輩は既に解除条件を交換してしまった仲ってことさ」

「確かにそうだけど、含みのある言い方ね……」

 

 ここで解除条件を交換した仲だとカミングアウトするのは一見すると悪手だ。だが、俺と桜姫優希の解除条件が直接的な殺人条件となると話は別だ。これをカミングアウトすることで、自分達はカミングアウトしても問題無い解除条件の持ち主ですよーとアピールしているのだ!

 それに気付いているのか分からないが、解除条件が解除条件なので深く突っ込めない桜姫優希は歯痒そうな表情をしている。これで簡単に解除条件が推測されることは無くなっただろう。

 

 

「かー! 見せつけてくれるね! おい、お前等……イチャイチャカップルは放っておいてルールを交換するぞ」

「ははは、こんなゲームに恋人同伴で参加するのは死亡フラグなので、彼女居ない歴=年齢なのを感謝しているところですよ。手塚さん」

 

 自虐ネタをぶっ込みつつ、そういえばここ綺麗どころの人が多いなーと思う。こういう時に恋愛脳になると、本当に死にそうなので自重しよう。平常心平常心、心拍数が上がっているのは恋じゃなくて命の危機に対してである。

 心を落ち着けて鞄の中からノートと筆記用具を取り出す。それに反応してか、手塚が問いかけてくる。

 

「ん? 何やってんだ川瀬?」

「何って、記憶力に自信がないもので……書き留めておこうかと」

「なるほどな、後で紙とペン借りて良いか?」

「別に構いません、というか……全員分、筆記用具と紙くらいならお渡ししますよ」

 

 どのような方針で動くにせよ、今のところ自分は協力的ですよーアピを欠かさない方が良いだろう。メンバー全員にノートを破って渡しつつ、ルールの交換を開始しよう。

 さてさて、ここで重視しなければならないのは、ルールそのものより、ルールの傾向で主催者が自分達に何を求めているかを読み取らなければならない……気がする。

 

「皆、書き写す準備はできたわね? じゃあ、ルール3からだけど……」

 

 音頭は郷田社長が取るらしい。流石社長である。幸か不幸か、全てのルールをこの場で集めきる事ができた。

 尚、俺がメモに記載した事項は下記に纏める。

 

 

 

【ルール1】

参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

 

 

【ルール2】

参加者には1 - 9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 - 9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。

※特記事項:自分を除けば、郷田社長が一番ルールを把握している印象。

 

 

【ルール3】 所持者:桜姫優希、矢幡麗佳

PDAは全部で13台存在する。13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

 

 

【ルール4】 所持者:矢幡麗佳、郷田真弓

最初に配られる通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。これは、通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプのカードをほかの13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。制限時間などは無く、何度でも別のカードに変えることが可能だが、一度使うと1時間絵柄を変えることができない。さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることはできず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たすことができない。

※特記事項:ジョーカーに関して手塚は深く考え込んでいた、長沢は鼻で笑ってジョーカーどうでも良さそうだった。

 

 

 

【ルール5】 所持者:桜姫優希、長沢勇治

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

 

【ルール6】 所持者:郷田真弓、(川瀬進矢、PDA3)

開始から3日間と1時間(73時間)が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。

※特記事項:長沢大興奮、矢幡と手塚が本当かどうか疑問を呈するも、郷田社長が複雑な仕掛とそれにかかる費用を根拠に『案外くれそうな気がする』と述べた。

 

 

【ルール7】 所持者:長沢勇治、手塚義光、(川瀬進矢、PDA3)

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

 

【ルール8】 所持者:川瀬進矢(PDA7番)

開始から6時間以内は全域を戦闘禁止エリアとする。違反した場合、首輪が作動する。正当防衛は除外。

※手塚に飛びかからんばかりに反発していた長沢がとても大人しくなった。

 

 

【ルール9】 ※手塚義光、川瀬進矢(PDA7番)

カードの種類は以下の13通り。

A:クィーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。

2:JOKERのPDAの破壊。

またPDAの特殊効果で半径1メートル以内では

JOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。

3:3名以上の殺害。首輪の発動は含まない。

4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。

首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。

5:館全域にある24個のチェックポイントを全て通過する。

なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントが全て記載されている。

6:JOKERの機能が5回以上使用されている。

自分でやる必要は無い。近くで行われる必要も無い。

7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。

8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。

6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。

9:自分以外の全プレイヤーの死亡。手段は問わない。

10:5個の首輪が作動していて、更に5個目の作動が2日と

23時間の時点よりも前で起こっていること。

J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が

2日と23時間時点で生存している。

Q:2日と23時間の生存。

K:PDAを5台以上収集する。手段は問わない。

 

 

 

 正直俺自身内心驚いているが、どれもこれも知らない人にとっては衝撃的なルールで反応を観察するのが楽しかった。特にテンション高かった長沢が8番のルールを聞いて非常に大人しくなった所とか。状況を考えると洒落にならないが、かわいいぞコイツ。手塚がからかいたくなるのも分かる。

 それはそれとして、特にルール9の解除条件を聞いた時の全員の驚きようは別格だった。俺と桜姫先輩は『え、他の解除条件ってこんなに簡単だったの?』という驚きだったが、他の全員はヤバい条件ばかりで驚いたんだろう。俺としても、まさか最初に知った2つの解除条件が最悪の解除条件だったことは苦笑を禁じ得ない話である。

 全ての解除条件が分かり、場の空気が険悪になってきているので、牽制球を投げてみよう。

 

「いやー、しかし残念ですね? 解除条件の交換を拒否した時は、てっきりヤバい解除条件を引き当てたんだと誤解してましたよ、手塚さん」

「油断も隙もねぇ奴だ。だが、俺は自分の解除条件を言うつもりはないぜ?」

「どうしてかしら? みんなで協力しあって早々に首輪を外したほうが良くないかしら?」

「郷田さん、私も解除条件を交換するのは反対です」

「麗華さんまで!? ……どうして?」

「参考のため、理由を教えて貰って宜しいでしょうか?」

 

 ルールの交換が終わった以上決別も近そうだ。自分も身の振り方を考える必要がある……と頭では分かっているのだが、職業病のように他の人のPDA番号を推理したくてたまらなくなってきている。

 解除条件の交換反対派は手塚、矢幡。消極的反対っぽいのが、長沢。交換賛成派が郷田ってところだろうか。

 割と多くの人間が解除条件を教えたくないらしい、そこに違和感がある。ルール9の解除条件一覧を確認すれば分かるが、一番危険な解除条件である3と9は俺と桜姫先輩、残りの殺害条件はAのみだと思うんだが……教えたくなさそうな解除条件候補はAとQ、持つ人次第で危険になり得る解除条件は4と8と10とKってところか。この辺の人が多いのか……? あとは、ジョーカー関連の2と6だが、特に6はジョーカーがアキレス腱になり得るからその辺か。

 逆に、郷田社長はブラフでなければ危険な解除条件ではなさそう。Aを警戒する様子もないからQでもない。ジョーカーに対する言及もないし、素直に考えれば5かJ辺りと見た。

 パッと思い浮かぶのはこんなところか、後は各自の意見を聞いて推理を狭めていこう。

 口火を開いたのは手塚からだ。

 

「……解除条件だ。競合するものもあるし、中には全員殺しなんてものもある。想像してみろよ、オバサン……あの震えてるお嬢ちゃんがもし、その解除条件を引き当ててたら、アンタは協力して殺されてやるのかい? それとも、その子にだけ諦めて死ねって言うのかい?」

「それは……」

 

 ピクリと桜姫先輩が反応する。その通りなんだよなー……と内心思うが黙っておく。フォローを入れるか迷ったが、全員殺しを引き当てた桜姫先輩がどのようなスタンスで動くか観察する為にスルーさせて貰う事としよう。

 続いて矢幡が自分の意見を述べる

 

「それだけではありません。仮に協力できる解除条件が集まったとしても、JOKERなんてものがある限り、それも安全とは思えません」

「偽装機能ありますもんね。えー、お客様の中にジョーカーをお持ちの方はいらっしゃいませんかー?」

「川瀬お兄ちゃん……それで、ジョーカーが名乗り出る訳ないと思うよ」

「誰か1人こういうのがお約束かなって……」

 

 長沢に呆れられたような目で見られる。俺はただ空気を緩ませようとしただけなのに、哀しい。

 同じく呆れた目線で見ていた手塚が口を開く。

 

「JOKERだけじゃねーよ、20億山分けってのがある。首輪を解除後に金目当てに裏切られる事もある、あのガキみてぇにな」

「お前を殺せば賞金が上がるんだろ? 一石二鳥じゃん」

「長沢君、止めて! 手塚さん、矢幡さん。貴方たちもです!」

 

 タンと、桜姫優希が手を床にたたきつけて立ち上がる。……この場の全員の視線が桜姫優希に釘付けになる。彼女は怒っていた……それは理不尽を強いる主催者に対してなのかもしれないし、その主催者の思惑通りに疑心暗鬼に囚われている自分達に対してなのかもしれない。

 

「私は! 協力して、首輪を解除するべきだと思っています! 殺すとか、裏切るなんてまっぴらです! ましてやお金の為だなんて!」

「じゃ、どうしろって言うんだよお嬢ちゃん? そういや、解除条件は既に交換したんだって? さぞかし、安全な解除条件を引き当てたんだろうなぁ」

 

 カチンと来たのか、桜姫先輩は震える指でPDAを操作し、その後で全員に提示する。画面は解除条件を示している。このゲーム内における最凶であろう解除条件を……

 

『9:自分以外の全プレイヤーの死亡。手段は問わない。』

 

「わ、私はこのゲームには乗りません! 誰も殺す気はありませんし、他の人解除条件が殺人ではない限り協力します! そして、首輪を解除しなくても助かる方法を見つけて見せます!」

 

 本人も自分で何を言ってるのか分からないかもしれない、それくらい浮ついているのが見て取れる。PDAの画面は震え、声も辿々しい。だが、その信念だけは恐らく本物なのかもしれない。力強く言葉を続ける。

 

「お金が欲しいなら、私の分なら幾らだって渡します! だから止めましょうよ! 人を疑い合って殺し合うなんてことは……ッ!」

 

 目に涙を浮かべながら、それでも彼女――桜姫優希は自分の主張を全て……言い切って見せた。彼女はただ1人、この疑心暗鬼が渦巻く殺人遊戯に抗おうとしているのだ。

 

 桜姫先輩は決断した。……次は、俺が決断する番だ。



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第三話 合理性の不合理

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
川瀬進矢: 3 :4.4:3人の殺害
桜姫優希:9:10.2:自分以外の全員の死亡
矢幡麗華:?:4.5:???
郷田真弓:?:4.1:???
手塚義光:?:3.7:???
長沢勇治:?:8.8:???
DEAD:7:DEAD:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???



 

 

 

 

 

―――――――――――――――

信じる者に対して証拠は不必要である。信じない者に対して証明は不可能である。

スチュアート・チェイス(米国の経済学者)

―――――――――――――――

 

 

 

 

 場の空気は解除条件を交換するかしないか、から一転した。

 桜姫先輩が『自分以外の全員殺し』の解除条件を掲げ、ゲームを拒否した事によって。

 怒濤の展開だ……既に解除条件を知っていた俺以外は一瞬膠着状態に入る。

 

 

 ここで流れが変わった以上、桜姫先輩に乗ろう。

 この決断が正しいのか、それは分からない。不安も大きい。

 しかし、俺の何倍も桜姫先輩は怖かった筈。だからこそ決断する事ができたのだ。

 9番の宣言で注目されている桜姫先輩を庇うように、矢面に移動する。

 

 

「やれやれ、折角解除条件に関して庇っていたのに無駄になってしまったじゃないですか」

「悪かったわよ……だけど、信じて貰うには隠すわけには行かなかった。それだけよ」

「まっさか、既に交換してる人間が全員殺しとはね……ククク。そいつぁ、盲点だったよ」

 

 

 呆れたように手塚が呟く。俺も、自分で仕掛けたブラフが速攻で台無しになってしまったのは予想外だ。残念だとは思わないけども。

 手に持っていたPDAを鞄に戻し、自分本来のPDAを手に取る。

 

 

「あーあ、折角目立とうとしたのに、2番目だと効果も半減ですよ。俺はPDAナンバー3、3人殺しのスペードの3であることをカミングアウトします」

「おま……そのPDA、まさか……!」

「油断ならない奴……!」

「最悪な条件を引き当てて、それを自ら明かすなんて馬鹿な奴だなぁ!」

「桜姫さん……川瀬君まで……!?」

 

 

 わざわざ手に持っていたPDAを鞄に戻し、もう一つのPDAを手に取ってから解除条件の画面を見せる。そう、ルール交換の時に使用していたPDAは自分のではなく、死んだ男の物だったのである……! 本気出せばこうやって騙す事ができたんだよ、だけど俺はそんなことしないよアピールである。 

 尚、手塚と矢幡の鋭い視線が一斉に俺に突き刺さる。シャイな人間にとっては少々辛い展開である。長沢なんて笑っている、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよチクショー。背後の桜姫先輩を除けば心配そうに事態の推移を見守っているのが、郷田社長だけだ。

 

 

「か、川瀬君……」

 

 

 心配そうな声色をしている桜姫先輩を手で制して、これから話す内容を頭の中で整理する。

 賽は既に投げられた、後は覚悟を決めるのみだ。

 

 

「生憎ですが、俺は桜姫先輩のように優しい人間ではありません、貴方たちが団結して最大人数を生き残らせる方針で行くなら協力します。大人しく、解除条件を満たさずに生き残る方法を探す覚悟を決めますよ」

 

 

 これは最初から考えていた妥協案の1つだ。自分の命は惜しい、だがすぐに殺すと切り替えれる程、俺の頭は柔軟でもドライでも無かった。また、自分1人の命が、3人の命と釣り合うと思えるほど思い上がることもできない。ただし、このゲームに参加してる人間が救いようのない人間ばかりなら、前提が変わる。

 

 

「ただし、疑い合い自分本位の殺し合いを行う人間は容赦無くナンバー3の解除条件の餌にさせて貰う予定です」

 

 

 要約すれば【皆が殺し合いに乗らないなら乗らない、皆が乗るなら乗る】……やはり俺は流されやすい人間なんだろう。だが、この局面では抑止力として使わせて貰う。

 桜姫先輩が情で攻めるなら、俺は論理で殺し合いを止める。

 別に自分自身、正義感が強い訳では無いと思うが、なんだろう……盤面が整ったから攻めたというのがこの場合俺の行動決定としては正しいのだろうか? 決して絆された訳では無い、ハズ。

 

 

「川瀬君、私は貴方にも誰も殺させないからね」

「今、殺し合いを抑制しようとしたのに、背中から撃たれた気分なんですが」

 

 

 なんとか、苦笑いの表情を作って桜姫先輩に返す。

 少し気が楽になったので、此処で畳みかけよう。

 

 

「改めて提案です。解除条件の交換をしませんか? 自己犠牲と殺人を除けば、解除条件の協力を約束します」

「その解除条件を公開して協力……!? そんな事を言って信じられる訳ないじゃない!」

「分かりました、説明します」

 

 

 矢幡の鋭い目線を受け流しつつ、間髪入れずに回答する。

 内心は不安でいっぱいだが、ここは自信満々に話さないといけない局面だろう。

 

 

「貴方たちは他人を信用できない理由を3点挙げました」

 

 

 PDAを持たない左手で3を示してみせる。

 この場合、疑念を一気に消し飛ばす事はできない以上、分割して1つ1つ潰していく事が必要となる。そして、俺の論理は桜姫先輩の行動により完成している。

 

 

「一つ目、PDAの競合と殺人条件。直接的な殺人条件はA、3、9……内2つはカミングアウトした通りです。Aは特定個人の殺害なので、Qでない限り恐れる事はありません。俺達が皆さんの解除条件を手伝っても良いですし、俺達を無視して団結し解除条件を達成しても構いませんよ?」

 

 

 僕と桜姫先輩以外の全員が顔を見合わせる。殺人条件の持ち主の自己犠牲があれば13人中最大10人生還可能なルール。内、切り捨てられるべき2人が協力体制を見せる譲歩をしているのだ。少しは効果が無くては困る。

 

 

「二つ目、ジョーカーがあるから信頼できない。まず、危険ナンバーの俺達ですが、ジョーカーの持ち合わせはありません。言うまでもなく、3と9なんて偽装する価値もない。桜姫先輩、ジョーカーなんて持ってませんよね?」

「え、えぇ……持ってないわ」

「で、ついでに言えば多人数が居る場で番号を一斉公開してしまえば、偽装した場合被ってしまう可能性が半分程度あります。ジョーカー警戒すればこそ、ここで一斉公開すべきでは?」

 

 

 このメンバーが実際にできるかと言えば自信はないが、単純により多く生き延びる方法としては冴えたやり方だと思っている。 尚、死んだ男のPDA番号を伏せているのも、被り確率を上げる為である。殺人ナンバーが自分が解除条件ですって明かすよりは100倍勇気はいらなさそうなんだけどな!

 

 

「3つ目、お金の問題に関しては当人で話し合って解決してください。我々は欲で生きる動物ではなく、理性と叡智の光に生きる人間なんですから」

「はっ、そい面白い冗談だな」

「無理だよ、川瀬のお兄ちゃん。手塚がそんな提案呑まないって」

「貴方たちの論理は全部、斬り伏せたつもりなんですけどね?」

 

 

 感情、論理……その2つで攻めてみたが、糠に釘とでも言おうか。3人の表情を見るに手応えがない。そこで、俺は自分の重大な思い違いに気付いた。

 手塚が嘲るように口を開く。

 

 

「ついでに言えば、4つ目に殺して奪った他人のPDAを使って、自分のPDAはこれですってジョーカー以上に確実に偽装できるってか? だから、信頼されるには今公開するしかねぇ、それは分かった。だが、何も解決してねぇよ」

「先に指摘されてしまった……しかし、何も解決しないとはどういうことです?」

 

 

 ――参ったな、思ったより全員の意志が固そうだ。

 今持つ自分の札を全て使用して、疑心暗鬼を止めようと考えていた。

 だから、俺は疑う理由を全て論理で以て粉砕した。

 

 

「で、結局の所、6時間経過したら、こいつらは信用できるのか? 俺は出来ない」

 

 

 しかしながら、彼等は理由があるから疑うのではなかった、疑う事に後付けで理由を付け足していた。それだけなのである。どれだけ疑う理由をぶった切ったとしても、本当に裏切るか、裏切らないか……その保証を俺にすることはできないし、裏切りが発生した場合責任を取ることもできないのだ。

 

 

「川瀬の兄ちゃん、折角楽しいゲームなのにさ。水を差さないでくれよ。それに僕――いや、俺は手塚を殺さないといけないんだし」

「俺は殺しより、犯人当てや脱出ゲームの方が好きでね。俺が好きなゲームに変えたいと思ってる所なんだよ」

 

 

 中学生時代は殺す方が好きだったな、と若干懐かしい思いに囚われつつ……彼の意志を変える事はできない事を悟った。……少なくとも今は。

 

 

「お前たちはこのゲームに乗っている。自分の解除条件を満たす為に、解除条件を敢えて明かし……取り入ろうと考えている。そうなんでしょう?」

「そんな……! 矢幡さん、私はそんなつもりじゃ……!」

「考えたわね、お人好しなら騙されて殺されていたでしょう……でも、私は騙されない……!」

 

 

 青白い顔で指摘するのが矢幡麗華だ。ここまで疑ってくるってことは……何かしら心理的外傷(トラウマ)でもあるのだろうか、俺達に悪意がある事を信じて疑っていないみたいだ。桜姫先輩が慌てて否定をするも、全く心に響いてる気がしない。まぁ、なんだかんだで俺自身、いつでもゲームに乗る事は可能な状態であるのは確かだ。そこを指摘されたら……それこそ、PDAを破壊するしか証明の方法が無くなるだろう。

 再び醸し出される険悪な空気、一番早く立ち上がったのは手塚だった。

 

 

「ハハッ、お前等。短いつきあいだったな?」

「手塚さん、やはり俺達の事は信用して頂けませんか?」

「その気骨は買うがな、その嬢ちゃんの言うようにどっちかが演技をしているとなりゃ脱帽だ。だが……本気でそんな事を言ってるんなら、長生きできねぇぞ――お前達」

「お優しいことで」

 

 

 決別の言葉は鋭く、あるいは最後に見せた優しさなのかもしれない。いずれにせよ、そのまま手塚は去り無情にも扉は閉まる。だが、それを追う影は勿論存在した。

 

 

「手塚さん! 待ってください!」

「ちょ……桜姫先輩!?」

「川瀬君、私は手塚さんを説得するわ! この場はお願いするわね!」

 

 

 俺の背後から桜姫先輩が手塚の去った扉に走っていく、如何にもアウトローの格好をした手塚に対して迷わず走って行ける根性は大したものだ。俺も正直、追いかける度胸はないし、発想すら無かった。俺も追いかけた方が良いのだろうか、一瞬迷うが事態は同時並行で動いていた。

 次に立ち上がったのは矢幡麗華である。

 

 

「では、私も失礼します」

「麗華さんまで? どうして!?」

「人を殺さないといけない人と一緒に居られませんから」

「それ、死亡フラグでは……?」

「お前と一緒に居るよりはマシよ」

 

 

 次に立ったのは矢幡麗華、引き留めようとした郷田を素っ気なく断り、俺の半ば独り言めいた言葉に絶対零度の目線で突っ込みを入れた。美人にここまでにらまれた経験は正直ないので、思わず緊張して出遅れてしまう。バタンと手塚とは逆方向の扉が閉じられた。

 その扉に郷田社長が駆け寄る。

 

 

「私は麗華さんを追います、女性一人では危ないですので」

「期せずして、ペア結成って事ですか。道中ご武運を祈ります、共にゲームを生き延びましょう」

「えぇ、貴方の言葉、私は良いと思うわ」

 

 

 郷田社長はわずかに微笑んで矢幡麗華が閉めた扉を開け、すぐに視界から消えていった 

 元々、6人は多すぎるからある程度分かれて行動しようとは考えていたが、こうも一気に人が減るとは思わなかった。自分は頭の中で考え込んでしまうタイプだが、即断即決こそがこのゲームでは肝心なのかもしれない。

 

 

「という訳で逃がさん……お前だけは……」

「げ……逃げ遅れた……!」

「残念だったな……諦めて俺と協力プレイしてもらおうか!」

 

 

 こっそりと部屋を離れようとしていた長沢の先回りを行い、退路を断つ。といっても、長沢も強く反発する様子はない。

 ――なるほど、一番問題が根深そうな手塚は正義感の強い桜姫優希。

   殺人条件に怯えている矢幡麗華には、殺人条件ではない郷田社長。

   人を殺したいと豪語する少年には、ちょっとだけ倫理観がまともな先輩である俺。

 ここに集まった6人の中、ゲーム積極派、ゲーム慎重派で二人組を作るのであれば、これ以上のないグループ分けができたのかもしれない。

 

 

 可能な限り、力を尽くしたかもしれないが、結局は流されに流されてしまった……何だかんだで次善の状況になったが、ここでぐずぐずしてても仕方ない。改めてこのゲームの攻略を組み立てていこう。

 

 

「長沢勇治……協力して、楽しいゲームにしようぜ?」

「川瀬の兄ちゃん、さっきは目立ってたな……だけど、このゲームは僕――いや、俺の方が活躍するんだからな!」

「はっはっは、これは負けていられないな」

 

 

 長沢に手を伸ばすと、渋々ながら応えてくれた。今までの立ち回りから最低限は認めてくれたんだろうか……? 

 過ぎた事は仕方ないが、もう俺の自信はボロボロだよ畜生。

 それでも、ゲームに乗りそうな(というか乗ってる?)危うい少年とはいえ、中学生を殺したくはない。戦闘禁止時間が解除されるまでまだ時間がある。なんとか誘導しきらなくては……と決意を新たにする。

 

 

――自分が中学生時代にこのゲームに参加していたとしたら、似たような事をやりかねないので他人の気がしないとかそういう事を思っていたりするが。

 

 



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第四話 ゲーマーズブリーフィング

 

 

 

 

 

 

――――――――――

人生はゲーム、楽しみなさい。人生は宝、大切になさい。

マザー・テレサ(カトリック教会の修道女)

――――――――――

 

 

 

 

 

「……川瀬のお兄ちゃん、誰も帰ってこないね」

「まっ、それならそれで俺達は自由に動けるってことで」

 

 

 周囲の部屋から見つけた缶詰を開いて、ルールを交換した部屋にて長沢と2人で朝食を食べていたが誰かが来る気配はない。最初の犠牲者を見つけた時がゲーム開始から1時間半、ルール交換とその後の一悶着で1時間程度、長沢と2人になって周囲の部屋捜索、食事、マッピングによる位置特定に大体30分。戦闘禁止解除まで残り3時間といったところか。

 最低限の武器――と言っても少し長い木の角材だが――を見つけたため急に襲われてもなんとかなるはずだ。

 逆に言えば見つけられたのは2人で一日分の食料(美味しくない)と水と二本分の角材のみ。このゲームはダンジョンRPGのようにダンジョン探索を行いながら他プレイヤーと競争する趣向であるらしい。見つかる物に関しては当たり外れがありそうだが、これが殺し合いである事を前提に考えると外れなんだろうか?

 

 

「よし、今後の方針だが。基本的にはできるだけ多くの人間を生存させるように動く、よって他人の首輪解除の協力していく事になる」

「正直、上手く行くとは思えないんだけど……駄目そうなら僕――いや、俺は降りるぜ?」

 

 

 怪訝そうに長沢は言う、とはいえ俺だって相手が長沢だけならば打つ手はある。根拠は簡単、コイツは面白そうなら着いてきてくれそうだと見た。その点、手塚や矢幡より扱いやすいだろう。俺にとっては相性の良い相手だ。

 さぁ推理ショーを始めよう。

 

 

「そんな事言っちゃって良いのか? お前の解除条件って4か10のどっちかだろ?」

「ぶっ!? …ど、どうしてそう思ったんだよ、お兄ちゃん!?」

「ふっふっふ、初歩的な事だよワトソン君」

 

 

 危ういところもあるが、やっぱりかわいいなコイツと思いつつ自信満々に語りはじめる。

 落ち着いて考える時間もあったし、皆の解除条件を2、3択には絞れている。外れてるかもしれないけど。

 

 

「おかしいとは思わないか? 俺は3と9……3つ中2つの殺人条件の持ち主を知っているのに、あの時、郷田社長以外が解除条件の交換を反対しだしたんだ。桜姫先輩がするなら分かるけど、どう見てもおかしい」

「あー、そっか! 僕――いや、俺から見れば殺人条件の人が解除条件の交換が嫌だって言ってるように見えたけど、お兄ちゃん達は殺人条件を持っていたから……!」

 

 

 うんうん、長沢も理解力と発想力はあるようだ。助手になる権利をやろうと内心思いつつ、話を続ける。

 

 

「そう、その時点で嫌だって言ってる人は、A、4、8、10、Q辺りに絞られるってわけだ。薄く、JOKERが弱みになりうる6もあるのかな」

「じゃあさ、なんで僕のが4か10だって思ったの!?」

「……まず、6と8はない。JOKERに対する反応でね。JOKERを過剰に恐れていた矢幡麗華がそのどっちかだと思ってる。あと、Qにしては殺意が高いし、特定個人を狙うようなAである様子も見られなかった。だから、4か10濃厚。単純な消去方だなー」

「うげ、こえぇ……」

「言葉には気をつけろよー」

 

 

 一人称が僕に戻ってますよーという突っ込みを入れようと思ったが止めておきつつ、ビックリしている長沢を楽しそうに眺める。まぁ、今回は殺人条件の大部分を把握できていたのが大きいので、それがなければ誰かが殺人条件だと誤認してたかそもそも推理出来なかったと思う。ありがとう桜姫先輩。

 

 

「参考までに言えば手塚は4か8か10,郷田社長は5かJってとこ」

「すげーな……えーと、手塚はほぼ僕と同条件だけど確かジョーカーに関して何やら考え込んでたから、8の可能性もあるってことか。あのオバさんは、確かに交換に積極的だったもんね……あれ? でもそれなら、全員と遭遇する7番の可能性もあるんじゃないの?」

「よくぞお気づきになりました」

 

 

 2つある内の片方のPDA、死んだ男のPDAを操作し、解除条件を開く。そこには7が表示されていた。

 そういえば、この7番のPDA。誰も渡せとも番号を開示しろとも言わないから、すっかり忘れてた。言ってくれれば、8かKのカミングアウトと引き換えに渡しても良かったんだが……誰も俺を信用してくれなかったんだろうか?

 

 

「あーそうか、死んだオッサンがその解除条件だったのか……簡単な解除条件だったのにな。でも兄さんも馬鹿だね、このPDAを使えばジョーカーを使う事なく、安全に他の人を騙せたって言うのにさ」

「最初に解除条件を交換してなければな、あの全員殺しの解除条件を引き当てていきなり見せてくる桜姫先輩に言ってくれ。お陰でなし崩し的に、交換してしまった」

 

 

 あの時はこのゲームの趣旨を理解できていなかったというのもある。最初に見た条件がよりによって最悪な解除条件2つだった事もあり、自分が平均的な解除条件だと誤解していたのだ。全てのルールが揃って無かった以上、あぁいう事故は起こりうるものだろう。

 しかし、あの悪手が無ければ俺自身全く異なる選択をしていた可能性があり、人生何が起きるか分からないものだ。

 

 

「桜姫の姉ちゃん、強かったよなー。それで、川瀬のお兄ちゃん好きになっちゃったとか?」

「別に好きになった訳じゃない、ただちょっと彼氏に嫉妬した」

「お兄ちゃん絆されてやんのー!」

「う、うるせー、うるせー! 長沢こそ、あの3人だったら誰がタイプなんだよ!」

「いや、あの3人は全員ちょっと……」

「……分かるわー」

 

 真面目な学級委員長タイプの桜姫優希、美人だが性格がキツく疑り深そうな矢幡麗華、美人だが年齢が高そうで推定バリバリのキャリアウーマンな郷田社長。……うん、全員綺麗だが恋愛対象としてはちょっとって感じだな。恋愛対象に選ばれないという意味では、別ベクトルで俺達も人の事は言えないのだが……。

 って、イカンイカン。気付いたら話が逸れてしまっていた。話を戻そう。

 

 

「コホン、解除条件に関して教えてくれるかどうかは長沢に任せる。4か10を持ってる事前提で話しを進めるぞ。5とJとQは時間がかかるし、早期クリアの為にはジョーカーを見つけて、2と6とKに協力を仰ぐのがベスト。この時点で4が解除され、10も多分問題ないはず。使用済みPDAを破壊し8もクリア。これが今の俺の想定する理想的な展開」

「すげぇ! RTA動画みたいだよ! お兄ちゃん」

「途中でガバ展開があったらごめんなー。あとは、此処まで来たら、AかQ……大穴で手塚がジョーカーを持ってると思う」

 

 

 尚、大穴で手塚ジョーカーって言うのは、ルール4を見た時何やら考え込んでいたからだ。その考え込む理由が、ジョーカーを初期配布されていたがルールに記載がなく用途が分からなかったとかなら納得がいく。

 あとは、殺人条件の首輪をどうにかする為には、どういう手を取るにしても時間が必要になると思うからその時間を稼ぐ為にRTA……リアルタイムアタックをしないといけないわけですね。

 あとは、首輪解除者が多数出たら流石の手塚や矢幡でも信じてくれるんじゃね? という打算もある。信頼とは実績……これがビジネスの基本! とどこかで聞いた事があるような気がする。

 そんな風に希望的観測を抱いていると、そういえばと長沢が口を開く。

 

 

「結局、残りの6人と接触しないといけないわけだ……どういう人間が参加してるんだろうね」

「これはちょっと怖い方の仮説なんだけど……解除条件の危険性ととその人個人の危険性はもしかしたら反比例してるかもしれない」

「……ど、どいうことだよ、お兄ちゃん」

「解除条件がヤバい人ほど信頼できる人で、人間的にヤバい人ほど解除条件が緩い」

「あー、そっか……お兄ちゃんと桜姫のお姉ちゃんの行動見てると、確かにそれっぽいな。だけど、それならお兄ちゃんはあのオバさんを疑ってるって言うの?」

「少なくとも、郷田社長は金に困ってるんじゃないかな……とは思ってるよ」

「お金に困っている……? そうか! あのオバさん、俺が20億って騒いでた時に『案外あるかも?』って言ってたな! しかも、他のルールには否定的だったくせに、その時だけ! なるほど! そうか! なるほどなー!」

「うんうん、そういうことだよワトソン君。でも、オバさんは止めてあげてね?」

「なんでだよ? オバさんはオバさんじゃん!」

 

 

 お前も子供扱いされたら怒るだろ? と突っ込もうと思ったが止めた。

 表情がコロコロ変わる長沢を見るとなんとなく微笑ましい気分になってくる。分からなかった事が分かるようになっていくっていうのは楽しいもんなー。コイツは素直な奴だし、いきなり後ろから裏切ってくるということはないだろう……たぶん、きっと。

 

 

「ところでさ、どうして僕――いや、俺のことをワトソン君って言うのさ」

「気分? いや、1人でこのゲームを勝ち抜くのも大変だから助手が欲しくてね、君を探偵助手に任命しよう」

「ミステリー漫画の読み過ぎなんじゃね?」

「何を隠そう、小学生時代に将来の夢で『探偵』って書いてクラスの皆に笑われたのがトラウマだ。だが、こういう事態に巻き込まれたのなら話は別だ。大興奮だよ、この事態を引き起こしている黒幕の正体を俺は暴いてやりたくて仕方ないね」

「お、おう。確かにそれは、興味あるけど……」

 

 

 大丈夫か? という目で長沢が俺を見る。ぶっちゃけ、ここまで規模が大きいとなると多分大丈夫じゃないだろう。とはいえ、相手が何であろうと基本は一緒だ。情報を集め、そこから作戦を組み立てる。……今考える事じゃないな、まずは生存優先だ。このゲームを主催する存在への考察は、最低限大多数の首輪解除の目処がついてからにしよう。

 

 

「まっ、それは捕らぬ狸の皮算用。まずは生きて帰らないとな……で、俺達はまずKのPDAの持ち主を探す必要があると考えている。というか、他の番号は分からんが、KのPDAの持ち主の居場所だけなんとなく分かるというべきか?」

「え、マジ? そんな事推理できるの!?」

「国語のテストと一緒だよ、作者の気持ちになって考えて――じゃなくて、このゲームを主催してる側に立って考えてみよう」

「確かにそういう問題多いけどさ……えーと、Kは解除条件としては割と簡単だけど……すぐに首輪の解除条件が満たされてしまったらつまらない?」

「そういうこと、ぶっちゃけ最初に集まった人の中でKが居ないと思ったのもそれが理由。同じ理由で人が集まりそうなMAP上のエントランス付近にもKは居ないと思う、だからその逆を探せばKと遭遇出来る可能性が高い」

「なるほど、ね。それでもまだ範囲は広いんじゃない?」

「ある程度の目算が立てば、後は足で稼ぎましょう」

「げっ、最後は根性論かよ……」

「足で稼ぐ、それは捜査の基本!」

「……テンション高いね、お兄さん」

 

 現場百回は捜査の基本にして奥義だからテンションが高くなるのは仕方ない。何より、このゲーム……テンションが下がる事が数多く発生しそうだから今は気合い入れていかないとね。

 尚、ここまでの推理は完全ランダム配置だったら意味はない。ただ、ここまで来ると意図があって解除条件の配布、ルールや初期配置等はやってると思うんだよね。殺人条件の持ち主には、ルール8.【6時間以内の戦闘禁止】は配らないとか。解除条件2と6と8にはジョーカーを配らないとか。ランダムとは書いてるけど、証明できない所では恣意的な運用をしてきそうというか。

 ルールに関して100%信じるというのも怖いなこれ……。

 

「そんな事しなくてもさ……進入禁止エリアもあるんだし、階段付近で待てば絶対会えるんじゃねーの?」

「良い質問だね、ワトソン君。だけど、これはルールを全て知ってる俺達だからこその視点だ」

「全てのルール……あぁ! そうだった、他の人達は全部のルールを知らないんだった」

「そうなんだよね……序盤でルール知らない事による死因は3つ。PDAを接続する事による事故死、誘拐犯と誤認して襲ってしまう事による戦闘禁止違反、そして、進入禁止エリアを知らずに1階に留まってしまう事だろうから」

 

 侵入禁止エリアの事を考えればひとまず上を目指す事が無難ではあるのだが、JOKERを探すとなるとJOKER所有者が1階に留まり、そのまま進入禁止になる事が一番避けたい事である。

 となると、1階にいる間はルール5【進入禁止エリア】を紙に書いて、人を探しながら名前記載の元、一定間隔で通路に落としていくのがベストだろう。

 ルール5の拡散という観点が無ければ、エントランス付近に行きたかったんだけどね。

 

『ルール5により、開始から24時間経過で1階から順次下のフロアが進入禁止エリアになっていきます。進入禁止エリアに居たら首輪が作動するので、上に上がって下さい。皆で生きて帰りましょう! by川瀬進矢』

 

 名前を書いてアピールを忘れないっと。

 こういう事を欠かさないのがモテる秘訣なのだ、モテたことないけど。

 

「休憩はこんなものか、あとは歩きながらかな。あと置き手紙書いていこう。大体今後のプランはこっちの置手紙に書いておくから、読んでおくように」

 

『桜姫先輩へ

 あの後、矢幡さんと郷田社長が二人組を作って場を離れ。

 不肖、川瀬進矢は長沢君と行動を共にする事になりました。

 今後のプランとしては、他の人の解除条件の解除の協力しつつ、人捜し優先で情報収集を行っていく予定です。自分達は、エントランスの反対側をぐるっと回って2Fに行いきます。もしも、桜姫先輩がこれを見た場合はエントランス方面をお願いします。開始から12時間~18時間の間は1F~2Fの階段付近で休憩を取ろうと思います。もし居なかったら、何かしらのイレギュラーがあったとお考えください。その後は順次階段で上に上がっていく予定です。幸運を祈っています』

 

 「こんな感じか、手に入れる情報次第で予定は大きく変わるだろうから、予定は未定。悪意のある人間に見られても困るから、深くは書けない」

「手塚辺りに見られたら、階段付近で襲われるんじゃねーの?」

「強気で否定できないけど、その時は俺の解除条件の錆にするだけだから……」

 

 手塚がそうなった場合、桜姫先輩の運命はお察し……二重の意味で生かしてはおけない奴だ。手塚に着いていったのは、桜姫先輩の決断だし、俺も手の届かない範囲ではフォローのしようがないので、この場合は祈るしかない。

 俺達は部屋を後にして、大迷宮へと足を踏み出した。

 

 

 

 

「でも、残念だな……川瀬のお兄ちゃんと行動してたら、誰も殺せないじゃん。悪い奴がいたとしても、殺すのは川瀬のお兄ちゃんだし」

 

 歩き出してから程なくして、長沢はふと呟いた。

 人を殺したいというその言葉。恐らくは長沢が、このゲームの参加者に選ばれるようになってしまったその欲求。俺は、何故長沢がそういう欲求を持つのか、よく考えれば知らない。だが、今はそれを止めなければならない。

 皮肉な話だが、長沢はゲームに参加している理由がハッキリしている分、そこさえなんとかできれば信用できるプレイヤーだと俺は考えている。

 

 

「このゲームで殺人? 止めとけ止めとけ」

「どうしてだよ、川瀬のお兄ちゃん。そりゃ、僕――いや、俺だって人を殺したら罰せられるのは分かるよ。だけど、このゲームは多分何回……あ、いや。もしかしたら、何十回もやられていて、明るみにもなってない。人を殺しても法律で罰せられないって事じゃん」

 

 

 法律で裁かれない殺人は、許されないのか?

 殺人ゲームに巻き込まれてしまった以上は当然出てくる命題である。

 長沢は中学生ながら頭は回る、生半端な反論では納得しないだろう。

 ……このゲームって、もしかして他の参加者をなんとか説得して折衷案を探し出し、信頼関係を築いていくゲームなんだろうか? ゲームなら、選択肢が出たりするし、トライ&エラーが効くから楽勝なんだけど、リアルだと一番苦手な奴だ。

 現に先ほどは失敗してる訳だしな。

 

 

「うーん、道義的な反論は意味無いっぽいから、理論的に反論するけど。複数回もやるって事は、この催しは個人の悪趣味じゃなくて多く人間が関わっている大規模なものだと考えられるよね。法で罰せられなくても、多くの人間に自分は殺人をした人間だと弱みを握られてしまうじゃないか」

「良いじゃんそれ、多くの人間に自分は人を殺せる人間だと認めてもらえるってことだよ」

 

 

 そうきたかー、自己顕示欲って奴だな。

 一概に否定できない欲求ではある。俺も陰タイプだが、人一倍に自己顕示欲はある方だと思う。自分の能力以上に目立ちたい、チヤホヤされたい。

 だが、殺人という手段で成功体験を得たとしても、それは破滅への入口だ。ミステリー小説からの引用だが『殺人は癖になる』って、某名探偵も言ってたし。……首輪の解除条件が【3人殺し】の俺こそ、自戒しないといけない言葉だなこれ。

 正直に言おう、向き合わずに適当に受け流したい。

 だが、ここでハッキリさせた方が良いのかも知れない。長沢勇治という人間はどの道を選ぶのか。

 

 

「それは……悪い人間に認められて、このゲームを運営する側や俺達を見てる奴らに雇われる事を目指すのであれば、それが正解だ。だが、同じ認められるなら、このゲームをぶちのめして名探偵として凱旋するのが俺の目標だ」

 

 

 ちょっと極端な二択になってしまったが、結局の所、自分が何をしたいかだ。

 俺だって自分の命は惜しい。だが、抗う事に決めた。これは、誰かの影響を受けたかもしれないとしても、俺自身の選択だ。

 そして、長沢勇治はまだ選択していない。俺のスタンスは既に伝えた以上、無理矢理連れ回して後で暴発させるよりは、今ハッキリさせよう。

 ――敵になるか仲間になるか。

 

 

「ここまでなし崩しで強引に同行してたが、やはりフェアな条件として選択肢提示しようか、長沢勇治。ここで俺の助手になり、共にゲームを生き延びるか。それとも、ここで俺と袂を分かつか。選択しろ」

 

 

 何時しか歩みを止めて、長沢勇治と向かい合う。

 もっと上手いやり方があるのかもしれない。だが、少なくとも今の俺にはこのやり方しか思い浮かばなかった。

 長沢は腕を組んで考えて、やがて口を開いた。

 

 

「川瀬のお兄ちゃんさ……このゲームを楽しんでるよな?」

「……あぁ、楽しんでいる。もしかしたら、このゲームで俺以上にゲームを楽しんでいる人間は居ないかもしれないぞ? ……桜姫先輩には秘密にしといて」

「……どうしようかな~、チクっちまおうかな~」

「止めて、止めて……」

 

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた長沢相手に力無く抗議の声をあげる。とはいえ、冗談だと分かってはいるのだが。

 長沢は笑みを浮かべながら、ポケットからPDAを取り出した。

 

 

「僕――いや、俺のPDAは4番、解除条件は【首輪を3つ集める事】だよ。ご名答だね、川瀬のお兄ちゃん」

「公開しちゃって良いのか? 大事なものだろう?」

「良いも悪いも、そういうことなんじゃないの? ……仲間になるっていうのはさ」

「そうか……そうだったな。改めて、俺と長沢は解除条件を交換した仲ってことだ」

「お、おう……そのフレーズ気に入ってるんだな、お兄ちゃん」

「秘密の共有こそが、人間関係を深めていくんだよ……多分」

 

 

 安堵の溜息を漏らしつつ、ようやく1人仲間入りだ。

 一先ず、長沢については心配しなくてもいいだろう。

 他の2人組は果たして上手くやれてるだろうか……。

 ここまで人間関係で苦労するなら、確かに1人の方が楽だとは思う。というか、普段は単独行動が多いしな。

 

 

 ――善性でコミュニケーション能力が高く、潤滑油のような人を仲間にしたいな……

 

 

 長沢と2人、通路を歩きながら俺は静かにそんな現実逃避をしていたのであった。

 尤も、本当にそんな人が居た場合、俺自身が信じ切れるかといわれれば全く別の話なのだが。

 



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第五話 誰も助けてくれないということ

 

 

 

――――――――――――――

希望は最悪の災いだ。苦しみを長引かせるのだから。

 

フリードリヒ・ニーチェ(ドイツの哲学者、古典文献学者、思想家)

――――――――――――――

 

 

 

 

「うおー! すげー、階段が瓦礫ばっかりだ。完全に通れないよ」

「地図にバツ印が書いてあったから、通れないんだろうなとは思ってたけど、ここ通るには重機とか要りそうだな」

 

 

 長沢と二人で人捜し優先のダンジョン探索を始めて1時間程、未だに誰とも会えない状態が続いていた。人捜しがてら、ついでに行ってる物資捜索では治療用の救急箱と更に二人で一日分の食料を手に入れる事に成功している。

 尚、流石に重くなってきたので鞄の中の参考書と教科書はその場に置き去りになった。日常を切り捨てて、非日常を受け入れているような複雑な気分だ。……また買えば良いんだろうけど。尚、愛読のミステリー小説はまだ鞄の中に入ってたりするので、優先順位はお察しである。

 

 

「地図上では、バツ印が書かれた階段が4個。バツ印が書かれてない階段が1個。1階から2階への階段は、3階への移動には使えずに1つの階段で1階層上がる事ができるのみ……と」

「ふーん……どこにも書かれてないけど、それくらい自分で考えろって事か」

「主催者は自分で考えさせる主義っぽい……と言えば聞こえは良いけど。考えない奴は容赦無く脱落させてきそうだな」

 

 

 二人で状況を確認するように口に出す。

 情報の1つ2つの違い、また書かれている事から何を読み取るか……考える事が多くて、少しパンクしてきそうだ。こういう時は、考える事を絞って1つずつ整理しないと……と思っていると長沢が思いついたように口を開く。

 

 

「それにしてもさ、川瀬のお兄ちゃん。殺し合いのゲームにしては、全然良い武器手に入らないじゃん。それで考えたんだけど、もしかして上の階に行けば行く程良い武器が手に入るんじゃないか? RPGじゃありがちじゃん、奥に行くほど良いアイテムが手に入るって」

「あー、なるほど。確かにそこは違和感だった。角材で人を殺せって言われたら、ちょっと物理的な意味で難しいし、鈍器で何度も殴るのもハードルが高すぎる……ただ、もしそうなると、結構怖い想像しちゃうな」

 

 

 少しずつ武器が凶悪化していく、つまり――徐々に殺し合いを激化させていく為のシステムとなる。それは後半になっていけば行くほど、相互に話し合い説得するのが困難になっていくんじゃないか? という疑問に繋がっていく。

 

 

「つまりこういうことか――」

「だからさお兄ちゃん――」

 

 

 長沢と俺は同時に口を開き、自分の考えを述べた。

 

 

「1Fの内に可能な限り多くの参加者に会うべきだ」

「早く上の階に行って、優位を取るべきだよ」

 

 

 ……………沈黙。

 意見が割れたー!?

 いや、言いたい事は分かるけどね。

 

 

「どうしてさ、川瀬お兄ちゃん! 僕――いや、俺の考えが正しかったら、それに気付いた他のプレイヤーも上の階を目指し始める。それに、人捜し優先でもまず2Fに行って武器を確保して、1Fに戻るでも良い訳だし」

「いや、長沢の意見は正しいと思うよ? その仮説が正しいかどうか、検証もしたいし。優先順位の問題ってだけ。武器を持って説得となると軋轢が生まれそうだし、もっと信頼できる仲間を作るか桜姫先輩と合流できれば、武器捜索組と人探し組に別れていきたいなと思ってる。問題は報連相になるんだけどね……」

 

 

 リアルタイムで通話機能がある何かとかあればなーとは思っている。尚、余談だが自分の高校は携帯持ち込み禁止なのでまだ携帯を持っていない。情報交換時に圏外だと聞いてはいるが。

 しかし、上の階に行けば行く程武器が過激になるのか……うーん、思いつかなかったが、考えれば考える程信憑性は高そうに思える。いや、自分の頭だけで考えても仕方ないか、折角仲間が居るのだし。

 あと、長沢拗ねちゃう。

 

 

「いや、スマン。もうちょっと考えよう、武器が上階に行けば行く程、過激になってくる仮定が正しいとして考えられる参加者の行動を精査したい」

「う~ん、僕……いや、俺だったら上の階の武器を持って、下の階でバリケード作って階段を封鎖するかな。同じ武器だったら、例えば川瀬のお兄ちゃんや手塚に勝てないと思うしね」

「で、それをされたくないから……さっさと上に行きたい訳ね」

「うん、もし自信満々なプレイヤーが居たら、例えばもう3Fを目指して1F階段を封鎖する奴が居るかも知れないし」

 

 

 長沢の言葉に少し考え込む。

 全力疾走すれば、開始から6時間まで出来そうではある。ここまで、初手で全力投球できる人間が居たら、逆に尊敬の念が湧くだろう。

 もし、階段が封鎖されていたらどうするか……そう難しい話じゃないか、想定無しだったら焦るかもだけど。

 

 

「現段階では、どの程度の武器があるか想像するしかないしな……ただ、完全に封鎖されたとして、確かに武装面では不利になるが悪い事だけじゃない」

「へー、どんなの?」

「一つ目は突破側が人数の有利を確保する。数時間越しの我慢比べになるとすれば、人数が多い方が有利になるということ。二つ目は、下にいる人間同士で団結できる。時間が迫れば、普段協力できない矢幡さんや手塚みたいな人間とも協力できて、そのまま同盟関係を結べるかもしれない……背水の陣だからあまりやりたくないけど」

「そっか、でもあの二人はさっさと上に上がっちゃうと思うけどな~」

「手塚は封鎖する側になりそうだと思うのは偏見だろうか?」

「うーん、どっちもあり得そうだね」

 

 

 結局のところ、最善の手段というのは無さそうだ。

 言ってないが階段を封鎖しても、上から奇襲される危険性はあるわけだし。

 1Fにあって現状見つけたのは、壊れた家具・角材・救急箱・食料類。となると2Fはギリギリ合法な武器、木刀とかエアガン・スタンガン系列があるんだろうか。……銃が出てくるとして、どこからだ? 更に6Fはどうなるんだろう? 危険度の上昇のペースが気になる。

 そして、長沢の意見を聞いていると俺も別ルートで上の階に行きたくなるところだ――案自体は2つあるんだが……今は良いか。

 

 

 せめて、長沢が高校生だったら、別れて行動する事を提案していたんだけどな。

 などと思考に耽っていたら、長沢がシッと人差し指を自分の口に当てる

 

 

「川瀬のお兄ちゃん、誰か居るよ」

「っと、すまん……」

 

 

 遠くに角材を持った小柄な少女を発見する。

 遠目で見た限りは、短く切りそろえた髪に小柄な体型。多分、中学生前後。

 ボーイッシュな服を着ており、女子の中では比較的話しやすい印象を受ける。

 ……思ったより、遭遇する人間の平均年齢低くないか? 何だろう、主催者に青少年の”心の闇”期待されているの? キレる若者として暴力振るって欲しいわけ?

 いや、真意は兎に角、まずは接触せねば。

 

 

「御嬢さーん! 良いかなー!」

 

 

 まずは、手に持っている角材を置いてから声を張り上げる。

 

 

「ッ!? ……誰!」

「多分同じ境遇だと思うんだけど、この場に誘拐された川瀬進矢という者です。高校二年生」

「僕、いや――俺は長沢勇治。中学二年生」

 

 

 両手で万歳の格好をし、左手にPDA.右手に何も持ってない事をアピールし、少しずつ近づきながらまずは話し合いをしましょうのポーズを取る。長沢は少し後ろで真似してくれた。相手から見れば若干シュールな光景に見えるかもしれない。

 少女の方は警戒を解かずに、キッと睨み付けながら口を開いた。

 

 

「あたしは北条かりん――中学三年生」

 

 

 でも、素直な人間なのだろうか。名乗られたら同程度の情報を返してくれた。

 さて、どうしようかな。情報量的には多分、こっちが圧倒してると思うんだけど。

 

 

「ちょっと情報交換したいんだけど良いかな、お互い誘拐されて気が立っているのは分かる。正直、俺もこんな首輪を着けられて困惑している。その角材は持ったままでも良いけど、今はルールで指定されてる戦闘禁止時間だから、早まった真似だけは止めてね?」

「あ……そういえば、そう書かれてた。ってことは、13人居るんだろうか……?」

 

 

 ふんふん、ルール8を持っているっと。

 13人という言葉から、もう1つはルール3か4だな。

 

 

――悪いな北条さん。人間って汚いんだよ。

 

「多分そうだとおもうね、あ、俺のPDAナンバーは3。大富豪において、最弱カードであるが革命すれば最強になり、地方ルールによってはジョーカーを倒せるカードだ」

「え……!? い、いや、それだと僕のPDAナンバーの4が微妙みたいじゃないか!?」

 

 

 PDAを操作し、ナンバーを提示する。

 一瞬、後ろの長沢が困惑する声を挙げるも、意図を察したのかPDAナンバーを提示する。

 アドリブ対応ありがとう、長沢。

 可笑しかったのか、少女はクスリと笑い、自分のPDAを提示した。

 

 

「ハハ、あたしのPDAはKだよ。Aや2には負けちゃうけど、強いカードかな?」

 

 

 あ、今純粋な笑顔を見て心が痛くなった。

 と罪悪感を感じつつ、内心ガッツポーズをする。

 Kの解除条件は【5台以上のPDAの収集】。JOKER警戒するなら6台必要、だがそれでも楽な部類だ。早期に会いたかったナンバーでもある。

 

 

 ――となると、今取れる方法は1つ。

 

 

「あー、北条さん。情報交換の前に1つ言っておかないといけない事があって……」

「え……どうしました?」

「今、俺はとても悪い事をしました! 本当に申し訳ありませんでした!」

 

 

悪い事をしたら謝る、道徳授業で学んだ基本を実践した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー……と言うことでですね、悪い大人がいたらこのように騙してくるかもしれない訳なんですよ。いたいけな少女が悪い大人の犠牲になるのは俺も心が痛いので、このように実演する事で注意喚起をですね」

「これは酷いよ、川瀬のお兄ちゃん」

「ま……まぁまぁ、悪気はないのは分かったから」

 

 

 突然の謝罪に対して訳が分からないといった風な北条に対し、ルールの中に解除条件一覧表があり、番号が分かると解除条件も連鎖的に知られてしまう事を伝えた。また、あくまで解除条件の伏せ合いとなり、無意味な牽制を生まない処置であることを丁寧に説明した。

 少々、時間を使ってしまったが、手始めに謝罪したのが功を奏したのか、あまり険悪にならずに済んだ。

 

 

「……と、ともあれ、キングは当たりだ。【PDAの5台以上の収集】、俺と長沢……あと3人か。できれば、戦闘禁止の間に解除できればベストだけど、そう上手く行かないかなー」

 

 

 尚、俺はPDAを2台持っている為、此処で言う3人とはジョーカー警戒してPDA6個以上集めるという意味である。

 だが、北条はその言葉に対して、警戒心を取り戻したようで、硬い表情で返してくる。

 

 

「いや、どうかな? PDAって、文字通り命綱なんでしょ? 一時的でも預けてくれる人なんて居るんだろうか?」

 

 

 ……警戒心強くない? 正しい警戒心だとは思うけど。 

 いや、そういう人物なのか、理由があるのか、両方か。

 北条かりんにも、何かしら理由があってこのゲームに参加する事になってしまったんだろうし。

 

 

「じゃあ、はい。俺のPDAあげる。先ほどのお詫びだと思ってくれ」

「え!?」

「俺の解除条件なんだけど、【3人以上を殺す事】なんだよね。自分の首輪を外すのに役には立たないけど、他の人の首輪が外すのには役に立つだろう?」

 

 

 ピクリ、と北条の警戒ゲージが上がった音がした。

 目を見開いてこちらを見ている。

 バッドコミュニケーションだった……尚、絶対どこかで言わないといけない模様。

 

 

「俺は”善良”な人間を殺すつもりはないよ、ただ解除条件とは関係無く疑心暗鬼で殺し合いが始まったり、襲いかかってくるような人間まではその限りではない……という事で良い子にしててね?」

「わ、分かった……」

 

 

 かりんは俺のPDAで解除条件を確認している。

 硬い表情はそのままだ、頭の中でちゃんと情報纏まってるかな? 

 ちゃんと伝わってるか不安になる。

 それとも、中学生にして、ギブアンドテイクじゃないと不安になるタイプなんだろうか?

 

 

「あー、それと別に100%善意でPDAを貸し出す訳じゃないから安心してくれ。長沢、解除条件を説明して」

「分かった、僕――いや、俺の解除条件は【首輪を3個収集すること】。解除した首輪を貰えるなら、貸し出すよ」

「そっか、そういうことなら……」

「そんなに不安なら俺のPDA叩き壊して良いから……」

「流石にそれはちょっと」

 

 

 先ほど、自分で命綱って言ってたし流石に壊すの躊躇するのは分かる。自分の解除条件もあるしな。

 となると、殺人条件を引いた俺がどうするつもりか心配なのかな?

 

 

「俺の首輪に関しては、今は割と情報収集段階でノープランだが、なんとかする。他の解除できる首輪を全部解除した後でな。お前達は、俺の気が変わる前にさっさと首輪を解除して進入禁止エリアと化した下の階層に避難しとけ?」

「おいおい、そりゃないよ川瀬のお兄ちゃん。このゲームは最後までプレイしないと勿体ないって!」

 

 

 長沢は注意喚起を聞かない。知ってた。

 でも、マジで最終日付近になると俺の近くに居て欲しくない。まだ初日だから、死の実感は遠いが。直前になった時の自分を信用できるかと言えば微妙だし。

 

 

「……あの、ちょっと良いかな?」

「どうした、北条さん」

「進入禁止エリアって、何?」

 

 

…………沈黙。

 

 

「「あ」」

 

 

 俺と長沢が同時に声をあげる。

 ……ルールを説明するの忘れてた。普通、先にルールを交換するだろうから、解除条件の話を先にしちゃったので……つい……。

 

 

 

 

 

 その後、近くの部屋に入り今までの状況を簡単に説明しつつ、ルールを全て伝え終わった。

 北条さんからは何だろう、最初に会った6人とはまた別の印象を受ける。

 何というか、生きるのに必死――悪く言えば、余裕がないのか?

 必死にルールを読み込んでいるのを感じる、もうちょっと落ち着いても良いのでは無いだろうか。水飲んで良いよと拾ったペットボトルを渡したりしたが、断られてしまった。仕方ないので、自分で飲んでいる。

 長沢は少し離れて、話を聞きながら部屋の外を警戒中だ。

 

 さて、ルールを聞きながら反応を観察していたが、普通は驚くであろう解除条件一覧のルール9を除けば、特に反応を示していたのはルール6【賞金20億の山分け】であるように思える。

 わざわざこんなルールがあるわけだし、金が必要な参加者を当然準備しているってことかな。

 

 

「あー、ごめん。踏み込んだ話をしちゃって良いのかな」

「……あ、ご、ごめん……! な、何の話?」

「まず、深呼吸をしてくれ」

 

 

 スーハー、スーハー。

 一緒に深呼吸をする。

 深刻な事情の悩み相談をやった事が、冷静に考えれば実はない。

 ……やばい、緊張してきた。

 

 

「で、改めて……踏み込んだ話をしちゃって良いのかな?」

「踏み込んだ……話?」

「お金が幾ら必要なのか、何故必要なのか」

「……」

「ごめんね。この点に関しては先にコンセンサス……もとい、合意を取っとかないと後で大変な事になりそうだからさ」

「う……う、ん……妹が、さ」

 

 

 覚悟を決めたのかぽつりぽつりと、北条はゆっくりと喋っていく。 

 要約すると、妹が生まれつきの重病にかかっており大金が……具体的には3億8000万円必要。

 アメリカの医療費はヤバいとは噂には知っていたが、健康保険外の民間医療費ってやっぱりヤバいんだな……と場違いな事を考える。

 両親が居なくて、家族はそんな死にかけの妹だけ……重い……。

 両親健在で3兄弟の真ん中な俺としては、小説や物語とそう変わらないレベルの遠い話。

 しかし、確実に近くに……現代日本で起こっている話なのだ。

 

 

「だからさ、川瀬さん……あたしは絶対にお金が要る。だから――」

「ぜ、全部言わなくて良い。君の言いたい事は分かった。大体分かった……ちょ、ちょっと待って」

 

 

 強い意志が込められた北条の視線から逃れるように、頭の中でそろばんを弾く。

 3億8000万……20億を12人で割ると、1億6666万。二人分で3億3332万……結論は出た。

 

 

「長沢! 5000万出せ、それで解決する!」

「はぁ!? いきなり何を言ってるんだよ川瀬のお兄ちゃん!?」

 

 

 話を聞いていたのか聞いてなかったのか、驚いて長沢は声をあげた。

 できるだけ畳みかけるように話しかける。

 

 

「5000万引いても、1億以上残るだろ!? 最新式ゲーム一式買っても、1千万も使わないだろう!? 何に使うんだ、課金ゲーに5000万課金チャレンジするの!? 遊園地貸し切りで遊ぶの!?  ゲーム会社を会社毎買うのか!?」

「いや、そんな勿体ない事には使わないけどさ……ナチュラルに人の賞金を宛てにしやがった」

「……神様、仏様、長沢様……どうか私めに5000万円を恵んで頂けはしませんでしょうか?」

「ちぇ……仕方ない。5000万な、分かったよ」 

「よっしゃあ!」

 

 

 仕方ないなぁ、という呆れた表情をした長沢を尻目にバンザーイのポーズをしてみせる。

 長沢は勢いで押し切ればなんとかなると思った……ではなく、ちょっと児童相談所案件な重苦しい空気に耐えられなかったのだ。

 コホン、ちょっとだけ真面目モードに戻ろう。

 

 

「ということで、俺の分を合わせれば3億8000万だ」

「……え?」

「気にしないでくれ、流石に女の子に頭を下げさせるのは違うからな。元々あぶく銭なんて、身につかないものだし、金に困った参加者がいたらこうするつもりだった。……こんなに重い事情だったのは、正直予想外だけれども」

 

 

 ふぅ、3億8000万で良かった。いや、日本人の平均生涯賃金普通に超えてる気がするので、そんな少ない額でもないんだけど、10億越えだったら他の参加者を説得するのに死ぬほど奔走してゲームで死ぬ前に過労死する羽目になっていたに違いない。

 一安心一安心と、安堵しようとしたところで、北条が声を張り上げてくる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? こんな大事な事を簡単に決めちゃって良いの!?」

「ぶっちゃけると、生き残る為に考えないといけない事が多いので、簡単に決めときたいのが本音」

「いやいやいやいや、大金だよ!? 命を狙われる代わりに貰えるお金なんだよ!?」

 

 

 北条かりんは焦っている、なんだろう……どこかでバッドコミュニケーションをしてしまったのだろうか。

 ちょっと、北条さんの側に立って考えてみよう。

 ふむふむ、いきなり悩んでた問題が見知らぬポッとでの人間が出てきて解決してくる。話がうますぎる……都合が良すぎる……【これは詐欺だ!】となっている。

 俺だったらそう考える――ヤバいじゃん!?

 

 

「……コホン、さては疑ってるな。北条さん、それは正しい警戒心だ、大切にしておけ」

「あ、いや……」

 

 

 口ごもる北条さん。まぁ、何か言って前言撤回されても困るだろうし、どう喋れば良いか分からないんだろう。……俺も、どう喋れば良いか分からない。こういうのは、ここに居ない桜姫先輩の仕事じゃないか!? と愚痴を言いたい気持ちで一杯だ。

 何か喋らなければ……メリットもないのに、どうしてお金を渡すかの話だったよな。

 

 

「まず、勘違いしないで欲しいんだが、俺は勿論善良な人間ではない。例えばこの地球上では、3秒に一人の割合で人間が死んでいるらしいが、それで心が動いた事はない。発展途上国の紛争のニュースを聞いても、へー……で終わる。北条さんに近い話をするなら、難病の子供に募金した事はない」

「じゃ、じゃあ……どうして?」

「そりゃあ……単純な話で、俺だって助ける手段がある仲間は助ける」

「……え」

「……あ、ごめん。今、勝手に仲間認定してた」

「ぷっ」

 

 

 人との距離感の測り方が下手ですいません。

 い、いや、この殺し合いに巻き込まれた人全員が広義の意味では仲間だし、何も間違ってないから……と心の中で言い訳をしていると、長沢が会話に参加してくる。

 

 

「たまに思うけど、川瀬のお兄ちゃんって頭が良いのに……馬鹿だな?」

「う、うるせー! 間を取り持ってくれる人間が居ないのが悪い! 俺は元々、リーダーなんて柄じゃないんだよ! 誰か俺より相応しい人が、北条さんを慰めて格好良く救ってくれよ! 俺は横で、フォローと助言だけやっていたいんだよ!」

「桜姫のお姉ちゃんに同調してたのってそういう……」

「俺1人であれやるの無理だからな!?」

「情けないカミングアウト……女に頼るなんて、ダッセェ!」

「じ、自覚してるから、声を大にして言わないで!? あと、北条! 便乗して笑ってるんじゃねーぞ!?」

「アハハハハハハ!」

 

 場が完全にグダグダになってしまった。畜生、これだから人と話すのは嫌なのだ。

 改めて北条を仲間にする為の方策を考えよう。

 ……こっちが一方的に善意を押しつけている状態が宜しくないんだよな、多分。

 3人だから、実質プロジェクトチームの作成である。つまり、チーム目標を決めて、自分達全員が同じ方向を向いているという事を確認して団結する必要があるんだな。

 オーケーオーケー、やってやろうじゃないか!

 

 

「くそう……では、仲良しコンビから仲良しトリオになるにあたって、俺達のチーム目的を北条に伝えよう。流石に、北条も俺達が何を目的に動いてるか分からない状態で仲間入りも何も無いだろうしな」

「アハハハ……あ、うん」

「なんか、オンラインゲームのギルドみたいになってきたね」

「オンラインは手を出した事が無いんだよな……でだ。チームだけど別にルールとかはない、ここで俺が言いたいのは、単純に一緒に生き延びる為のチームを作るんじゃなくて……それぞれにとって一番大事な事を共有して尊重……協力し合うこと。例えば、北条さんは【妹の為に賞金3億8000万を持って帰り、治療する】事が何よりも大事」

「う、うん! あたしは絶対に……ゲームが本当なら……かれんのために」

「これをチーム全体の目標にする」

「「え!?」」

 

 

 2人が同時に驚いた声をあげる。

 

 

「長沢は何で驚いているのカナー、さてはお前人の心が無いな?」

「……わ、分かってるよ……ただ……。う、上手く言えねー」

 

 

 人の為に自分の利益にならない事をやるのは、違和感があるとかだろうか?

 長沢も、深く話をしようとすると児童相談所案件になる気がするんだよな……。

 ……あれ? どうして、此処に俺居るの? 場違いじゃない?

 い、いや……まずは長沢の話からだな。

 

 

「長沢……ゲームの楽しみ方は文字通り色々あるんだ。完膚無きまでにパーフェクトゲームを目指すとか、自分が活躍するとか、悪い奴ぶっ飛ばすとか。今、お前に必要な事は……何をするのが楽しいのか、探してみる事だと思う。【楽しんでゲームをクリア】する。これが俺達の第二の目標」

「……わ、分かったよ、川瀬お兄ちゃん」

「い、命がかかったゲームなのに……楽しむんだ……」

「俺達の楽しいゲームクリアの為に、お前の妹も一緒に笑顔にしてやんよ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 二人共微妙に釈然としていない顔をしているが、現時点と俺の力ではこれが限界かなーと思う。

 勿論、楽しむと言っても緊張感は必要だと思うよ? ただ、北条さんに肩の力を抜いて欲しいだけです。長沢の方は、まだ宿題段階だな。

 

 

「で、最後! 【このゲームの真実を知ること】、これは俺……川瀬進矢の目標な。正直分からない事ばかりで、謎が沢山あるこのゲームの事を俺は知りたい。俺にとってはこれが一番大事な事で、この目標を達成する為には殺し合ってる場合じゃない。結果的には殺し合いを止める側に立ってるって訳だね」

「このゲーム……の真実……」

「だからさ、北条さん。俺達は基本的にちゃらんぽらんコンビなんだよ、エンジョイ勢という奴で……要するに、子供がお金の事なんて気にしなくて良いってこと」

「……あ……」

 

 

 釈然とした顔から、ハッとした顔に北条の姿が変わる。

 ようやく気付いてくれたか。確かに3億8000万は手が届かない金で一生働いても届かない額ではある。だが、自分で働いて得た金という訳でも無いし、貰えるかも分からない。俺達にとっては、やりたいことのついでに貰えれば良いなーレベルの降って湧いた代物だ。

 そう深刻に捉えなくても――

 

 

「あたし……その……あたし。絶対にかれんを守らないといけないんだって……誰も助けてくれなくって……ずっと1人で頑張ってきて…! だから、だから……」

 

 

 あ、あれ……??

 ……俺は自分の立てた作戦の失敗を悟った。

 

 

「あたし……自分でやるしかないと思ってて……殺すしか……っ! ないって……!」

 

 

 北条かりんは泣きだしてしまった……。

 いや、どうして泣きだしたかなんとなく分かるけども!

 どうしよう……どうすればいい?

 気の利いた言葉……気の利いた言葉……。

 

 

「……川瀬のお兄ちゃん、泣かせてやんの」

「そっとしておいてあげる優しさを持つのだ、長沢……」

 

 

 鞄からタオルだけ取り出して、北条さんに渡しておく。

 泣き止むまで待って、追加の情報交換を考えたら6時間までのモラトリアムはほぼ終わりか。

 

 

 泣いてる北条かりんを見て、ふと思う。

 ――両親は居ない、家族は妹1人、重病……治療に3億8000万。

 俺が考えるのは可哀想……というよりは、残酷だと思う。

 治らない死の病というだけなら、ただの不可抗力だ。

 だが、3億8000万の希望なんて……そんなもの果たして希望と言えるのだろうか?

 こんな希望があるから彼女は、誰も信じられなくなり……このゲームで殺人の最後の一押しをさせてしまったのだ。

 

 

 ――こんな境遇だから、彼女はこのゲームに……いや、違うな。

 

 

 生まれつきの病……3億8000万。両親不在、そしてこのゲームは【過去何十回も行われている】。

 北条かりんの両親は、このゲームで亡くなったんじゃないだろうか? 娘にリベンジさせているのか?

 そもそも、病院に主催者の息がかかっていて3億8000万と伝えている?

 彼女が人間不信になるように誘導があった?

 

 ……分からない、分からない。

 証拠も根拠もない、怖い想像でしかない。

 

 今はただ、ここに居るメンバー全員で生き延びることを考えるべきだ。

 

 

 …………

 

 

 思ったよりこのゲームって大変だな。

 仲間が増える度に責任も増えてる気がしてならない。

 全員、年下な所為もあるのだろうが。

 他人への感情移入なんて、滅多にしないんだけどな。

 でも悪い気はしない。生き残る動機が気付いたら増えているというのも、これが騙し合い上等の殺し合いゲームであると考えれば皮肉な話だが……。

 



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第六話 はじまりは突然に

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
川瀬進矢: 3 :4.0:3人の殺害
長沢勇治:4:7.2:首輪を3つ収集する
桜姫優希:9:10.2:自分以外の全員の死亡
北条かりん:K:5.1:PDAを5個以上収集
矢幡麗華:?:4.8:???
郷田真弓:?:4.1:???
手塚義光:?:3.7:???
DEAD:7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???



 

 

 

 

 

――――――――――――

子供は大人の言葉ではなく、人となりから学ぶ。

カール・ユング(スイスの精神科医、心理学者)

――――――――――――

 

 

 

 

 

北条さんが泣き止んだ後、少々休憩を挟み……しんみりとした空気を変える為に叫んだ

 

「では、改めて……仲良し3人組結成ー!」

「川瀬のお兄ちゃん、もっとマシなチーム名無いの!?」

「……センスの良い名前が思いつかなかったし、考える時間が勿体ないから仕方なかった」

「少し前まで殺すか殺さないか迷っていたあたしは一体……」

「馬鹿だな」

「……い、いや……そ、そうだけど……!?」

 

 色々と引きずってそうな北条のフォローを考えた。

 彼女の場合は視野が狭くなっていたのがある、つまり視野が広くなるように幾つかの考え方を教えてあげれば問題ないはずだ。

 

「真面目に言うなら、北条さんは間違っていない。というか正しい。しかし、人間というのは自分が正しいと思っている時こそ、一番残酷になれる生き物と言うことを忘れないでいてくれれば良い」

「うぅ……確かに、そうかも」

「ついでに言えば追い詰められていたから仕方ないけど、俺が考えるにそこまで思い詰める必要は無かった」

「え!? でも……こんな殺し合いのゲームに報酬を分けてくれる人がそう多く居るなんて、やっぱり思えないよ」

「俺が北条さんの立場なら3パターンの展開を想定してたかな」

 

 はい、川瀬先生のスマートな今回のゲームにおける3億8000万円回収ルート講座を北条さんに行います。箇条書きにすると

1.13人協力して、最大多数の首輪が外せるような展開になれば2、3人くらいは報酬面で協力してくれる人がいる。

2.殺し合いが本格化してしまった場合、1人信頼できるパートナーを見つければ問題ない。

3.信頼できるパートナーが見つからないような殺し合いゲームなら、わざわざ自分で殺しに行かなかったとしても生存者は勝手に5人以下になる。

(言いながら思うのだが……桜姫先輩があの場にいなかったら3ルート濃厚だったんじゃないかこれ? 居なかったら、多分俺様子見してただろうからな……その場合長沢と北条さんもゲームに乗って……こわっ、3人殺し不可避じゃん)

 

「こんな感じで臨機応変に3億8000万の報酬を手に入れる! 中庸の精神万歳!」

「むぐぐぐ、悔しい……。人を騙してPDA番号を聞き出すだけのことはあるよね」

「他人のPDAを、さも自分のPDAを扱ってる風にルール交換もやってたんだぜ?」

「ハハーン……さては君達、割と根に持ってるな???」

 

 なんか上手くやれそうだからやった。反省は少ししている。

 弄られるだけでは面白くないのか、反撃する余裕があるならもう大丈夫だな。

 空気は回復したし改めて情報交換を開始しよう。ルール交換が終わった以上、あとは遭遇した人物情報だけなのだが。

 

 

 

 

 少し離れた通路を3人で歩きながら、北条が見つけたという人物を探す。

 戦闘禁止が解除される前に、ワンチャンを狙ってもう1人位誰かと会えないかと探しているが、そこまでの運は無かったようだ。

 

「体格ががっしりしている、強いオーラを持った短髪黒髪の成人男性がこの辺を歩いていたんだな?」

「う、うん……怖かったら、話かけられなかったけど」

「まぁ、ルールあっても、そんな人が歩いてたら普通は怖い。見つけられないのが残念だが、俺達視点で9人目の参加者だな。残り4人か」

 

 北条さんは1人だけ一方的に確認したが、それ以降は誰とも会っていないらしい。

 どうやら、最初にいきなり1人の犠牲者を確認して、多人数と遭遇した俺達は相当運が良い方のようだ。

 北条さんと逆の立場だったら、悪い考えを拗らせてしまうところだったかもしれない。

 戦闘禁止解除まで数十分。

 解除直前に他の参加者に出会ったとしても、会話中に戦闘禁止された場合無用な混乱を生み出しかねない。

 残り時間は、今までの情報の整理と作戦会議にあてよう。

 

「さて、現状信頼できるのは桜姫先輩、北条さん、長沢。最低限警戒が必要なのが、俺と郷田社長。最警戒が必要なのが、手塚と矢幡さんってところだな」

「なんで川瀬お兄ちゃんは自分を警戒側に置いてるのさ」

「……自慢じゃないが、俺だって死ぬのは怖いってことだよ」

 

 初手で予防線を張るのは俺自身どうかと思うが、怖いものは怖いので念の為、自分自身を警戒側に置く。

 今は良いだろう。だが、例えば正当防衛であっても誰かを殺してしまった時、首輪解除に必要な殺害人数が3から2になってしまえばどうか? 1になった時に、その誘惑を抗えるか?

 今は初日だ。だが最終日ならどうか、最後の1時間なら、10分前なら……俺が仲間を殺しにかからないと言い切れるのか???

 自分自身、人生でそこまで追い詰められたことはない為、それ以上は観測しないと分からない。

 

「だから、早めに北条さんの首輪を解除し、PDA8番の為に俺のPDAを破壊するのがベスト。道が閉ざされれば、誘惑が無くなってその分思考に費やせるからな」

「大丈夫だって! あたしは、川瀬さんのこと信じてるから!」

「!?!?!?!?」

「いや、なんでそんな凄い反応するの?」

 

 北条さんが俺に対して純粋な笑顔を向ける。

 凄い不意打ちを受けた……落ち着け俺。

 信じてるからな! って言って、裏切るのに罪悪感を持たせる作戦か何かだ。……こんなことを考える俺は心が穢れているのだろうか?

 どうあれ、ダイレクトに信じてるって言われるのはとても恥ずかしいことが分かった。

 

「あ、いや……えー、北条さんは自分の生存を最優先して頑張って?」

「じゃあ、こう言えばいいかな? 川瀬さんには、生きて帰ってあたしに報酬を分けて貰わないと困るんだよね」

 

 悪戯っぽく北条さんが微笑んだ。

 よし、こっちの方が俺好みの回答だ。

 そういうので良いんだそういうので……手玉に取られたりしないよな?

 

「ほーう? 言うようになったな。先ほど提示したプランを考えると俺に固執する必要はないんだぞ」

「そういえばそんなこと言ってたね、でも助けられるだけだとあたしが納得できないから」

「うっ……良い心がけだな。そんなこと言ってたら首輪外れても酷使するからな!?」

「うーん、川瀬さんの作戦なら信用できるかな?」

「もう少し疑って!?」

 

 ほんのちょっと前までは、どうやったら信じて貰えるか考えていた筈なんだが、立場が逆転してしまったような気がする。これは……もしかして、日常生活で今まで発揮してこなかった……俺の人徳!?

 なんて現実逃避は止めよう。

 ……えーと、何の定義もなしに普段全然関わらないタイプの人間とコミュニケーションを取ろうとしたから俺が混乱してるんだな。となると、この2人との距離感は仲の良い従兄弟レベルの親戚程度だと考えておこう。

 

「確かに――僕、いや俺もお兄ちゃんがどんな悪巧みでペナルティ突破するか楽しみなんだよね」

「人聞きが悪い!? くそう、見てろよ……二人共生きてたら見せてやるよ、俺の完璧な作戦を」

 

 2人の中の川瀬進矢像が気になりつつ、色々自棄になりながら答える。

 完璧な作戦? 存在しないという欠点を除けば完璧だよ?

 ……さて、信頼されること自体に悪い気はしないのだが、真面目な話だ。真面目な話。

 

「あー、畜生! かわいいなー! お前等、よしよし……絶対に生き残るぞ! さて、じゃあ……このチームで行うフォーメーションを説明する」

「おー! フォーメーション!」

「と言っても難しい話じゃない。近接戦闘なら俺はそこそこ強い、小中で剣道やってたから素人には負けないと思う」

「マジかよ兄ちゃん! 完璧じゃん!」

「俺が6年剣道やって分かった事は、俺に剣道の才能はさっぱり無い事なんだけどな」

 

 具体的には弱小校で辛うじてレギュラーは行けるが大会は負けばかりだ。負け癖がついて、割とトラウマだ。

 元々身体が弱いところを剣道で鍛えまくって、ようやく平均レベルになった感じだ。

 実戦経験はゼロだし、木刀持ってヨーイドンした場合、手塚と戦って勝てる自信が全くない。

  

「確かに、川瀬さん……あんまりスポーツの人って雰囲気じゃないもんね」

「将来の職業の選択肢の1つが警察官だったから、惰性でな」

「川瀬のお兄ちゃんが警察官になるとか大丈夫か???」

「どういう意味だ長沢!?」

「確かに川瀬さんがお巡りさんになったら……他のお巡りさんが可哀想だよね?」

「それは、事件をガンガン解決して仕事を奪っちゃうという意味だよな?!」

「不良刑事になって、川瀬はどこだ!? って何時も上司に追われるんだよな」

「ギャグ漫画展開じゃねーか!?」

「あ、分かるー! 川瀬さん、悪い事して実演しただけって言い訳するんだよね?」

「ブルータス……もとい、北条……お前もか」

 

 やばい、話が逸れまくってる。

 緊張感がなさ過ぎるのも良くないぞ、尚突っ込み側に回ってる俺が言っても説得力がない。

 まだ、ギリギリ戦闘禁止になってないから良いんだが、終わったら気を引き締めさせることを決意した。

 

「さて、真面目な話……万が一戦闘になったら、俺がメインで戦い長沢が援護、北条が周辺警戒しつつ敵の隙を伺ってくれ。万が一、別方向から更に敵が来た場合は北条と長沢の2人で当たれ」

「りょーかい!」

「分かった」

「で、勝てないと思ったら撤退は俺が指示するんで、2人は逃げろ。俺は殿を務める」

「「え」」

「え、じゃない。負ける時は上手に負けるんだよ。で、逃げる為に伝えることが2点ある。1点目は合図とそれに合った撤退場所を細かく決めて行くんで、覚えてくれ。覚えろ。最悪バラバラに逃げないといけない可能性もあるしな」

 

 正直、俺の判断で俺1人が死ぬ分に関しては自分自身の責任で諦めもつくのだが、俺を信じて着いてきてくれる2人が死んでしまったら、ちょっと立ち直れないかもしれない。

 だから、考える。生き延びる為にどうするべきか、俺達3人組は、人数としては多くても直接戦闘能力に関しては大したことない。あと、不覚にもこの2人に情が移った! 持ってる手札は全て使ってやるよ!

 

「はい、2点目。こちらの部屋にはエアダクトがあります。なんと、このエアダクト、移動しながらそれとなく確認してたけど部屋同士で繋がってたりする。部屋に追い詰められたらこれで逃げろ、俺以外は体格的に有利が取れるはず」

 

 部屋にあった机の端に移動させ、机の上に乗り目立たないように隠された蓋を外してみせる。そこには、大人でも這って通れそうな通路があった。まさか、第一犠牲者を助けた時に発見した時が、割と便利に使えそうな切り札に化けるとは、【情けは人の為ならず】とは馬鹿にならないものである。

 

 

「おぉ! すげぇ! 隠し通路じゃん!」

「……言われてみればそうだな」

「隠し通路ってことは、もしかしたら隠し部屋とかもあるんじゃない!? レアアイテムとか入ってる奴!」

「はしゃぎすぎだ長沢。だが、一理あるのが悔しい……」

 

 俺は生存優先で考え、長沢はエンジョイ勢だから思いつく方向性が全然違うから当然なんだが。視点が複数あるのは何だかんだで助かる。隠し部屋なんてイレギュラー一直線だ、単純に潜伏場所として良さそうだし、強い武器もそうだが、解除条件とは関係無くペナルティから逃げる方法とか欲しい。

 などと考えていたら、北条さんが少し困ったような顔をしていた。

 

「ごめん、あたし……ゲームとかよく分からなくて」

「マジか、すまん。帰ったら布教しようか?」

「いいの? でも、ウチ……お金ないから」

「大丈夫だ、金なら出す……長沢が」

「僕かよ!?」

「なんだよー、北条さん妹いるんだから4人プレイできるぞ。俺アクション系下手くそだから、長沢先生にご教授願いたいな」

「川瀬のお兄ちゃん、僕――いや、俺を持ち上げればなんでもしてくれると思ってない!?」

「あ、バレたか」

「ブッ」

 

 北条さんが吹き出した顔を見て少し安心する。

 やばい……なんだかんだで、自分も話を脱線させてしまった。

 北条さんが曇った顔をあまり見たくなかったので、つい口を出してしまった。

 あれ……俺ってもしかして、殺し合いゲーム向いていないのでは?

 

「話を戻すが、ゲームと違ってやり直しが効かないから俺不在時に判断に迷ったら、自分の命を最優先して構わない。死ぬ気で生き延びてくれ」

「分かった」

「川瀬お兄ちゃん心配性だな」

 

 さらっと矛盾したことを言いつつ、北条さんは真剣に、長沢はやれやれと言った調子で返答する。

 俺の考えた作戦はここまでだ。あとはそれこそ出会ってない人と出てない情報次第と言える。

 勝負とは始まる前から始まっているを実践するように6時間経過前から全力で考えたが、はてさて……上手く行ってくれるだろうか。

 

「このゲームはルールも解除条件も本質の一部でしかない。隠し要素も推理要素も、いくらでもある筈だ……逆に言えば不確定要素こそが、俺みたいな解除不能組にとっては希望でもある。何かあれば北条さんもガンガン意見出しを頼む」

「流石に、川瀬さんの話聞いてたらあたし……自信無いけど」

「視点が違うってだけで十分だよ。俺と長沢は、ゲームという先入観に囚われているけど、ゲーマーだからこそ気づけないこと、引っかかってしまう罠も逆にあるかもしれないしな」

「分かった、頑張ってみる」

 

 真剣な顔でかりんがうなずく。

 伝えられることは全て伝えきっただろうか?

 

 

「このゲームで最も大事なことは、諦めずに思考を止めないことだ。諸君、健闘を祈る」

 

 ――ピロリン、ピロリン、ピロリン

 言い終わると同時にPDAから音が鳴り、画面を確認する。

『開始から6時間経過しました! お待たせいたしました! 全域での戦闘禁止の制限が解除されました』

 ナイスタイミングだ完璧に決まった。

 

「川瀬のお兄ちゃん、もしかしてタイミング合わせてた?」

「……上手く決まったと思ったのにオチつけてくるの止めろ長沢!」

「ちょっと格好良いと思ってたのに、川瀬さん狙ってたの……!?」

「やっぱりな」

 

 緊張感は大事だが、戦闘禁止解除で過剰にピリピリしない為に、タイミングを上手く合わせたが長沢に見抜かれてしまらない結果となってしまった。

 一同、顔を合わせて笑い合う。

 こんな始まりも悪くないのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 

「誰も……居ない」

「ふぁ~、もう皆2階に行っちゃったんじゃないの?」

 

 そして、2時間が経過した。

 飽きっぽいのか、長沢は欠伸をしながら返答している。

 北条さん分の食料を確保したこと以外は、何の成果も得られていない。

 集中力と緊張感というのは長く続かないもので、今の状況は正直まずい。

 ……方針を変えるか。

 

「予定より早いが、【進入禁止エリア】のルールも十分に撒き終えたと判断して、早めに2階に上がって休憩するか」

 

 この距離とペース配分を考えると、休む時間は増やすに越したことはない。

 何故なら、最終日は休み無しで動かないといけないかもしれないのだから。

 ……なんて考えていたのが悪かったのだろうか、戦闘を歩いていた俺が気付いた時は、何かを踏んづけてしまったようだ。

 

「……ちょっと、待て。今、何か踏ん――!」

 

 ――ガラガラガラ……!

 

 足下に目をやったタイミングで、上から音が聞こえる。

 すかさず、上を見るがそこから鉄の何かがが落ちてくるのが見える。

 スローモーションで自分の頭上に落ちてきている……だが、身体の方が動いてくれない。

 

「……え?」

 

 ……え、まさか……これで終わ――。

 

「危ない!」

「うお!?」

 

 背後から北条の声……そして、衝撃、視界がぐるっと回る。

 強かに床に身体を叩きつけた。

 

 ――ガシャン!

 

 と何かが床に衝突する衝撃音。

 辛うじて受け身が間に合ったが、何があった? 

 

「川瀬さん、大丈夫!?」

「び、びっくりした……うわ、もしかして罠か?」

「アイタタタ……何があったんだ」

 

 ゆらりと立ち上がりつつ、ぱっと見、鉄格子が降りてきて俺が他の2人と別れてしまった状況までは把握した。

 位置関係的に考えれば、鉄格子の真下に居て潰れるルートに居た俺を、北条が突き飛ばしたことが分かる。

 見た目通り、反射神経が良かったんだろう。俺と長沢はまともな反応が出来なかった。

 仲間の大切さを理解する殺し合いゲームですね!?

 

「あー、俺に関しては問題ない。それより、床にスイッチのような出っ張りがあり、それを俺が踏んでしまったようだ。ダンジョン物だと分かっていたのに、罠という発想が出なかったのが、悔しくてたまらない」

「そこかよ! まぁ、大丈夫そうだな……」

「北条もありがとな、このゲームを一番舐めてたのは俺だったかもしれない」

「気にしないで、これからも川瀬さんに頑張って貰わないといけないんだし」

「はいはい、受けた恩は返しますよ……分断系罠か、ちょっと待て合流地点を検討する」

 

 PDAを取り出すと……『罠』の項目が追加されている。

『踏み板やトリガーワイヤーで起動する罠の1つ。参加者の殺傷よりも集団の分断を目的としたもので、直接死亡する例はまれ』……死にそうだったんですが、それは。

 なんて内心突っ込みを入れつつ、地図を見る。

 うーん、割と遠回りになりそうだ……まぁ近くで合流できたら、分断罠の意味は無いだろうから仕方ない。

 となると、取るべき手はエアダクトによる抜け道探しか?

 思考に入った俺に前から長沢の大声が聞こえてくる

 

「っ!? ……川瀬のお兄ちゃん、横に跳んで!?」

「はぁ!?」

 

 また何かあったのか!? 咄嗟に横にジャンプすると、その真横に後ろから何かが凄い勢いで通り過ぎる。その何かは、鉄格子に当たりそのまま長沢と北条さんの間を通り過ぎ、床に突き刺さる。

 ――何だ、矢か!? 

 めまぐるしく動いていく状況に、一気に身体全体に緊張感が走る。

 

「あのオバさん! このゲームに乗りやがった! ルール交換時に見せていたあれは全部演技だったんだよ!」

「マジで!? ……郷田さん!?」

「……あの人がっ!」

 

 後ろを振り向くと、クロスボウ……?を構えたルール交換時以来の郷田真弓その人が居た。

 既に次の矢を装填しているらしく、その手に迷いは見当たらない。

 ――慣れすぎだろう!? 経験者か何かか!? 

 もう、これは問答無用といった空気だ。交渉の余地は無さそうだ。

 1つだけ言えることは、郷田が居たのはこちら側で良かった……という事だ。

 

 息を吸い込み……大きく叫ぶ

 

「……二人共! 逃げろォ!!!!」

 

 

 ――ヒュン

 俺の叫び声と同タイミングで無慈悲な風切り音がして二射目が長沢の元に吸い込まれていく――

 

 



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第七話 生兵法は怪我の元

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
川瀬進矢: 3 :4.7:3人の殺害
長沢勇治:4:7.0:首輪を3つ収集する
桜姫優希:9:10.2:自分以外の全員の死亡
北条かりん:K:5.4:PDAを5個以上収集
矢幡麗華:?:4.5:???
郷田真弓:?:4.4:???
手塚義光:?:3.7:???
DEAD:7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???
???:???:???:???



 

 

 

 

 

――――――――――――

運命は一つの災いを与えるだけでは満足しない。

プブリリウス・シルス(紀元前1世紀頃のローマの作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

「あら、残念……思ったより、動きが良いのね」

 

 

 冷たい言葉を肌で感じながら――衝撃を全身で受け止める。

 反射的に長沢の前に立ち、学生鞄でガードした。

 学生鞄に深々と突き刺さった矢が視界に入る。

 怖い怖い怖い、反射的に動いたが貫通したら死んでいたぞ!?

 矢なんてほぼ見えないも同然だ、こんなもの一度防げただけでも奇跡も奇跡だ。

 

 

「北条! 長沢を引っ張ってでも連れて行け! 長沢! 落ち着いたら、お前が頭脳になって考えろ!」

「で、でも……川瀬さんは……!?」

「ちょっと、死なない程度に……あいつをぶっ飛ばす!」

 

 

 長沢は狙われた事で、一時的に硬直したと判断し、北条さんに撤退支援を依頼する。

 同時に学生鞄のすぐ取り出せる位置に置いてあった、ハサミを取り出し牽制として郷田へと投げた。咄嗟なのでコントロールは上手くいかない、軽く動いた郷田によって回避されてしまった。

 あの人もよく分からん人だな……俺の観察した印象と行動が全然違う。俺の見立てでは、報酬面でトラブルが発生する事は考慮に入れていたが……初手で襲われる事は想像すらしてなかった。

 長沢の言う通り全て演技だったのか……!? 考える時間がない……!

 

 

「大丈夫、俺は負けない……頼んだぞ」

「う、うん……!」

「ま、負けんなよ……! 川瀬のお兄ちゃん!」

 

  

 遠ざかる足音2つ……、まずは一安心か。

 鞄の中から、片手で持てるサイズの非常食が入った缶を取り出し、更に郷田に投げる。

 その後、即座に角材を片手で構え、郷田の元に突進する。

 

 

「くっ……!?」

 

 

 郷田は缶を避けながらクロスボウを投げ捨て、ナイフを投げる。

 回避行動の為に、一時スピードを落として横に跳び、その間に郷田は逃げ出した。

 

 

「逃がすか……!」

 

 

 このまま見逃すか、危険人物を追うか……一瞬悩んだが、そのまま追いかける事に決めた。その理由は武器だ、1Fでクロスボウは見つかっていない。つまり、郷田が持っている武器は明らかにこの階層では一段階上の武器だ。つまり、彼女は2階……場合によっては3階に上がって1階の人間を狩っているものだと考えられる。既に上階に上がる度に、武器が強くなる事に気付いている証拠だ。だから、後で脅威度が上がる前に今リスクを取った方が良い。

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に始まった追いかけっこだが……時間をかけても、距離が中々詰められない。

 中学まで運動部だった俺だが、その目から見る限り郷田真弓は走るフォームが綺麗だし、息を乱してる様子もない。ちゃんとしたスポーツをやってる人の走りだ。……妙齢の女性に体力負けしそうなのが哀しい。

 どうして、こんなゲームに乗ったんだ!? 等、何度か問いかけてみたが返答はない。……走りながら喋るのは体力を消費するだろうから仕方ないか。……俺も何度かやって、息が切れてきたから反省している。

 

 

「うおっと!?」

 

 

 言葉の代わりに返ってきた投げナイフを辛うじて回避して、追い続ける。

 走りながらの癖にそのコントロールは的確だ。

 瞬間的なスピードを上げすぎると、投げナイフのカウンターの餌食になってしまうため、持久走の様相を迎えているが考えが甘かった。

 これだけ追いかけているならどこかで行き止まりにうっかりぶつかっても良い筈なのだが、襲撃した時点で逃走ルートを綿密に決めていたのか、迷う素振りも見せない。追ってる側である筈の俺が、現在地点が分からなくなってきたレベルである。

 ちゃんと理性的に殺しに来た証拠だ……まさかっ!?

 

 

 ――釣り出されているのではないか?

 

 

 その疑念が頭を過ぎり、鞄から保存食の缶を取り出した。

 脳内の桜姫先輩が食べ物で遊ぶな! と怒ってるような気がするが、手元にあるまともな投擲武器がこれしかないから仕方ない。あとで、このゲームのスタッフが美味しく頂いて欲しい……! 等と思いながら、郷田に全力投球した。

 

 

「……きゃ!?」

 

 

 郷田の足に直撃し、溜まらず足をもつれさせ転倒した。

 

 

「ハァハァ……手間取らせやがって……」

 

 

 ナイスシュート! と自分でも惚れ惚れとしたい、良い投げだったが……正直言って、油断はできない。俺の中の郷田社長像は現時点でバリバリの文武両道キャリアウーマンだ。……社長である事が嘘でないなら、反社会的組織のペーパーカンパニーの社長まで想定してる。護身術・格闘術の1つや2つ体得してたら、情けない事に接近戦で返り討ちにあってしまう。

 角材の間合いを活かして痛めつける? なんか悪っぽいぞ。いや、できるなら殺してPDA奪っときたいんだけどね。まだ時期尚早かなって……。と迷ってたのがいけなかったのが、突然大きな声が耳に入る。

 

 

「きゃああああ! 誰か、誰か助けて!!!!!」

「ハァ……? あんた、いきなり何を……って、マジか」

 

 

 郷田社長が叫び声を挙げると、走ってきた方向の逆側の通路から駆け足が複数聞こえてくる。

 ……状況を確認しよう。ここにいるのは息が上がった男女二人、女の方は倒れ、男の方は角材を女に向けている。

 どう見ても襲っているのが逆にしか見えねぇ……! いや、襲ってるのは確かだけれども! 速攻で、郷田社長をここでぶちのめす……? いや、それだとより容疑が決定的になってしまう……!

 郷田社長と言い合いになってしまえば、水掛け論になってしまう。その場合、信用勝負弱者である俺が、社長という身分の人間に弁舌で勝てるとは思えない。あるいは、来た人間がゲームに乗ってたら三つ巴になるのか……!? どうする……!? どうする……!?

 

 

 悪いパターンに嵌まっている事を自覚しながら、打開策を思いつかない。

 だから、次に起きた出来事によって不覚にも郷田への警戒すら完全に吹き飛んでしまった。

 

 

「大丈夫ですか……!? ……え?」

「…………ッ!? お、俺……?」

 

 

 ……時が止まるような衝撃を受ける。

 足音が聞こえた通路から見えたのは、制服や一部髪型こそ違えど毎日鏡で見るような顔をしていた。

 

 

 兄弟でもこんなに似てないんだが……! と内心思いつつ、勝手に頭の中で点と点が繋がっていく感覚を受ける。桜姫先輩……彼氏、俺とそっくり。まさか……まさか……、ど、ど、ど……どうすれば!? 思考が巡り、それ故に身体の方が硬直してしまう。

 向こうも困惑していたようだが、情報量が少ない分正気に戻ったのは向こうの方が早かったようで、俺から郷田社長をかばう位置に素早く移動して鉄パイプを構えている。……構えを見る限りは素人だ、戦えば勝てるとは思うんだが……っ!

 

 

「御剣さん!」

「咲美さんは下がってて!」

 

 

 冷静さを失い取り乱している俺は、更に追撃を受ける。

 御剣と呼ばれた男性を追うようにやってきた女性は、桜姫優希その人と一瞬見間違える程……そっくりだった。半ばパンクした思考から、うっかりと言葉を漏らしてしまう。

 

 

「え……さくら、ぎ……せんぱ……い?」

「……っ! 今、お前何て言った!? 優希を知っているのか……!?」

 

 

 あ、やばい。失言した……俺、今凄く失言した!

 向こうの警戒ゲージが上がった事を認識しながら、皮肉にも自らの失言で冷静さを取り戻した。……落ち着け、少なくとも郷田社長を庇っている様子を見れば、二人はこの殺し合いゲームに”乗っていない”。つまり、俺の今やるべき事は危険人物の排除は損切りし、最低限この二人と郷田社長を引き離す事だ。俺がどう思われるかは、この際目を逸らして後で関係を修復するのがベスト、か?

 なるべく手短に方針を纏めるが、時間は待ってくれず事態は動いていく。

 

 

「ふ、二人共、気をつけてください! あの人の解除条件は3番……『3人以上の殺害』なんです!」

「……ッ!」

「な、なんだって!?」

「そ、そんな……」

 

 

 

 二人からの警戒が更に増し、ひりつく険悪な空気を肌で感じる。

 咄嗟に弁解しようとしたが……本当の事なので、反論できない!?

 それを言ったら桜姫先輩なんて9番の『全員殺し』なんだが、桜姫先輩の彼氏にそれを不用意に言ってしまえば、どうなってしまうか俺には全く分からない。言うにしても、何か変なノイズを混ぜてきそうな郷田社長の居ないところで言うべきだ。

 もしかしてこの殺人ゲームにおいて、凄く重要なターニングポイントの中心に勝手に放り込まれてしまっているのではないか……!?  一世一代の大勝負、覚悟を決めるぞ……川瀬進矢!

 

 

「本当に乗ってしまったって言うのか……こんな、ふざけたゲームに……!」

「まずは自己紹介をしましょう。……はじめまして、川瀬進矢と言います。恋人同伴の殺人ゲーム参加、心底同情します……みつるぎ、そういち先輩?」

 

 

 どんな肝試しでも、どの剣道大会でも感じたことのない震え上がりそうな緊張感に耐えながら、慎重に火薬庫に火種を投げ込むが如き言葉を選ぶ。

 御剣先輩の必死さはそれだけ、桜姫先輩の事を大切に思っている事が分かる。……罪悪感がやばいが、このやり方しか思い浮かばなかった…!

 

 

「優希に会ったのか……!?」

「桜姫先輩……彼女は実に良い人でしたよ。実にね」

「お前っ……!」

 

 

 できるだけ顔に冷笑を作り、全力で挑発する。

 さて……俺の即席で考えたプランは、恋人の桜姫優希の現状が知りたいなら追いかけて来い! というシンプルなものである! ぶっちゃけ、今の桜姫先輩の情報なんて欠片もないが、意味深な事を言うだけ言って逃げる! 男なら誰もが一度はやってみたい(?)作戦だ。このゲームが開始されてから、奇策ばかり打っているからランナーズハイも併せてテンション上がってきますね! あとでごめんなさいするから、その辺ワンパターンな気もするが。

 御剣先輩は必死だと思うが……俺も俺で大真面目……おあいこだよ!!

 ……パンチ何発で許してくるかな???

 

 

「流石に、3対1は不利……逃げさせて貰うとしますか」

「ここまで言って逃がすと――!?」

「はいドーン」

「なっ!?」

 

 

 メイン武装である角材を御剣先輩に放り投げ……全力ダッシュを開始する。

 走る方向は……咲美って呼ばれた、桜姫先輩激似の女性がいる方向である。その為に、武器である角材を投げ一瞬御剣先輩の注意を逸らす必要があった。まだ体力は持つ、なんとかあの女性を引きずって、郷田社長と引き離すのが目的だ。ちょっと強引だが、なんとかやり遂げてみせる……!

 

 

「きゃっ……!」

「スマン……ちょっとついてき――」

 

 

 

――ガシャン

――ガシャン

 

 

「――え?」

 

 

――ガラガラガラ

――ガラガラガラ

 

 

 つい先ほど聞いた音が前方と背後から聞こえ、思わず立ち止まる。

 これから咲美と呼ばれた女性の腕を掴み、引っ張って連れて行こうとした通路、そして、俺と御剣先輩の間に、凄い勢いで上から遮蔽物が降りてきている。

 その後ろで、PDAを操作している郷田社長の姿を視認した。

 

 

「……シャッター……だと!?」

「ま、待て……! さ、咲美さん!!!」

 

 

 ――ガシャン

 無慈悲な音が聞こえ、通路が塞がれてしまった。

 ガンガン! とシャッターの向こうシャッターを叩きつける音がする。

 だが、見る限りこの防火シャッター……特殊な状態を想定しているものなのか、通常のシャッターより強度が高いと思われる。少なくとも人力で突破するのは不可能に思える。

 

 

 シャッターの向こう側から声までは正確に聞き取れないが、大きな声が何度も反響している。悔しいんだろう、怒ってるんだろう……方向性は違えど、俺もその気持ちは一緒だ。

 俺の目論見は完全に潰えた。御剣先輩と危険人物である郷田社長を二人っきりにしてしまったのだ……!

 ついでに言えば、シャッターとシャッターの間に完全に塞がれてしまった。この間には部屋もエアダクトも見当たらない。このままでは『進入禁止エリア』まで女の子と二人っきりでジ・エンドルートである。

 その死に様はちょっと嫌だな……なんて考えていると、天井から音がして梯子が降りてきた。パッと見た感じ、これで2階に上がれそうだ。完全に詰みになる、という事は無いらしい。

 

 

「いやぁあっ、いやぁぁぁ!」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 現状を確認した俺に、大きな悲鳴が隣から聞こえ現実に引き戻される。

 咄嗟に、咲美と呼ばれた女性の腕を放して距離を取るが、ひきつけを起こしたかのように震えて座り込んでしまう。

 

 さて、この女性視点で現状を列挙してみよう。

・ゲームに乗ったと思われる男性と二人っきりである。

・その男性の解除条件は殺人が必須である。

・頼りになる仲間と分断され、ひとりぼっちである。

 

 ……これは酷い。俺でもパニックになるかもしれない。

 過失割合だけで言うのなら10:0で俺が悪いんですけどね……!

 マジでどうすれば良いんだろう!? 誤解を解くのが先決だが、まず話を聞いてくれる状態になるまで時間がかかりそうだ。

 

 

「あ、うぁ、ああぁっ」

「ほ、ほら、君に危害を加える意志はないから……ね?」

 

 

 両手をパーにして挙げて見せるが、反応はない。

 咲美氏は自分の身体も支えられる状態にないようだ。

 成功率低くてもカウンターでも決める位の気概があれば、までは言わなくても、部屋の隅に逃げるなり動けて欲しいんだけど……。北条さんならやれたぞ? ……多分。

 この状態だと、女の子引っ張る大作戦はこの時点で破綻していたのかもしれん。

 ……生兵法は怪我の元って言葉をしみじみと痛感する。このゲームは全てぶっつけ本番のガチンコ勝負である事が憎い。

 

 

 今までこのゲームで出会ったプレイヤーは桜姫先輩のような否定派にせよ、手塚のような積極派にせよ、何だかんだで動機があり、自分の意志が強かった。だが、この人はどちらでもないように思える。ホラーやパニック映画で言えば、犠牲者枠というかパニックになる枠というか……

 人を殺せば優位になるゲームにおいて、こういう人間を前にして、どうするかでその人間のモラルが試されるのである。つまり、今、俺のモラルが試されている……!

 いずれにせよ、1つだけ言える事はある。恋人そっくりだという理由があるにせよ、この人を連れて動いてた御剣先輩は間違い無く良い人であるということだ。あの桜姫先輩の彼氏であるのなら、当然なのかもしれないが。

 

 

 ……2階からの合流ルート、女の子の説得……長沢、北条すまない――あんなに綿密に合流ポイント決めてたのに、ちょっと合流無理そうだ。観測してる限り、まだ他の人の死を確認していない事だけが救いか。

 

 

 全く、思い通りに行かない事ばかりだ。少し、疲れた……。

 一旦、この場で座り込み、これからの事を考えつつ乱れていた息を整え直すのであった。

 

 

 



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第八話 報われない願い

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

人は恋に落ちた瞬間、嘘つきになる。

ハーラン・エリスン (米国のSF作家・脚本家)

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 さて、殺し合いゲームが始まってそろそろ9時間と言ったところ、俺――川瀬進矢は、震えている女子高校生の前で落ち着いて食事をするという選択をしている。久しぶりの持久走で疲れたのだ。乾パンと角砂糖美味しいです。

 尚、学生鞄に刺さってたクロスボウの矢が保存食の缶を2つ貫通していて滅茶苦茶震え上がっているのは秘密である。これは武者震いなのだ、多分。勿体ないので、穴が開いてる保存食を消化中だ。

 

 尚、シャッターを叩いていた音は数分でしなくなった。御剣先輩も、シャッターの向こうでは食事に入った俺がいるとは思うまい……。俺の脳みそは今、色々考えすぎて糖分切れです。物理的にどうしようもないから、御剣先輩は危険人物と一緒でも頑張って生き延びて欲しい……マジで。

 

 勿論(?)、一人だけで食べるなんて事はしていない! ちゃんと、咲美氏の前にも開封した保存食を並べている。一切、手をつけられてないけど。

 落ち着いた頃を見計らって声をかける。

 こういう時にどう声をかければ良いか分からない。まぁ、なるようにしよう。

 

 

「えー、この度は淑女の腕を掴み強引に引っ張るという、紳士としてあるまじき行為を行ってしまい、非常に申し訳なく思います。一応、ちゃんとした理由があるので、できれば聞いて頂けると非常に助かるのですが」

 

 

「は、はい……」

 

 

「あ、保存食もどうぞどうぞ、つまらないものですが……」

 

 

「お、お気遣い、ありがとうございます……」

 

 

 伏し目がちに咲美氏が答える。

 よし、大丈夫そうだな(?)。しかし、見れば見るほど、桜姫先輩とそっくりなのに纏っているオーラが全然違う……。アレだ、陰オーラだ。俺や長沢みたいなオタクタイプではなく、単純に根が暗いタイプだ。ボッチは二人集まっても、ボッチ二人になるだけだぞ!? いや、話さない訳にはいかないのだけど。

 

 

「まずは、自己紹介を。もうバレてしまっているので、隠す必要もないですね。PDAナンバー3番、『3人殺し』を配布された川瀬進矢です。高校二年生……3日間よろしくおねがいします」

 

「姫萩咲美……高校三年生、です。……あの、その……」

 

「殺しません」

 

「え?」

 

「殺しません……えーと、姫萩先輩? 逆なんですよ、あなたが殺人ナンバーである俺を恐れるのは分かります。ですが、俺としては恐怖は正しい対象に向けて欲しいです。クロスボウで問答無用で撃ち抜いてきて追い詰められると臆面もなく助けを呼んだ郷田真弓っていう人物が、今御剣先輩と一緒に居る所とか」

 

「み、御剣さんが!?」

 

「お、おう……予想外の反応」

 

 

 学生鞄の矢が刺さった部分を説明しながら、経緯を説明しようとすると、御剣先輩の方がピンチですよって部分で大きく反応を示した。自分より、他人の方が心配なタイプか? ……分からんでもない、俺も今長沢と北条の事が心配でたまらない。

 となると、弁解しようと思ったが、彼女の仲間である御剣先輩に関係する情報を優先して話した方が良いのかも知れない。

 

 

「経緯を説明すると、あの郷田社長に問答無用で襲われてしまったんですよ。……で、危険人物を無力化する為に追いかけて、追い詰めていたら急に郷田社長が助けってって声を挙げたのであんな事態になったんですよ。厚顔無恥とはこのことですね、で、なんとか二人を郷田社長を引き離そうとしたらシャッターで分断されてしまったという次第です。大変失礼しました」

「い、いぇ……そういうことなら、仕方ないかと……」

 

 

 シャッターが降りた時PDAを操作していたように見える郷田社長。恐らくは、PDAの機能でシャッターを下ろした可能性が高い。で、罠を操作できるという事は、罠が見えていたのではないだろうか?

 姫萩先輩が落ち着くまで、何度か自分のPDAに隠しコマンドがないか等を探ってみたが、そのようなものは無さそうだった。考えられるのは……RPGという都合上、人を殺す度に経験値が手にはいって、PDAがレベルアップするとかそういう機能があるんだろうか? 割とありそうな仮説なのが怖いところだ。

 おっと、目の前の相手をスルーして、考察に入るところだった。姫萩先輩は御剣先輩が不安なのか、シャッターの向こうをしきりに気にしているように見える。

 

 

「御剣先輩は本当に心配です、俺も無事でいて欲しいと本気で思っていますが。これに関しては、本当に彼を信じるしかないと思います。まっ……彼も愛する彼女の為にいざって時は死力を尽くして頑張ってくれるんじゃないでしょうか?」

 

「御剣さんに……彼女?」

 

「え?」

 

「どういうことなんです? そもそも……どうして、そんな事を知っているんですか? 川瀬、さん……は御剣さんとは初対面なんですよね?」

 

 

 今まで心ここにあらずだった、姫萩先輩の目が少し鋭くなる。

 先ほど、相対した時は恋人同伴云々を喋ったと思うが、すっかり記憶から飛ばされてしまっているようだ。しかし……この反応はもしかして、もしかする奴なんだろうか? いや、俺も興味あるよ? 桜姫先輩の彼氏がどういう人物なのか。

 

 

「あー、主催者の采配か分からないけど……このゲームで最初に会ったのが、姫萩先輩とそっくりな女性……桜姫優希先輩なんですよね。で、彼氏と一緒に居た時に誘拐されたらしくて、俺とそっくりな知り合いがいるって言ってたから……御剣先輩を見たら察しました」

 

「そ、そうなんですか……そういえば、そう言ってましたもんね。どういった人なんですか?」

 

「た、対等な条件で……お互いフェアに行きましょう。俺は桜姫先輩の格好良い所を時系列に沿って語るので、姫萩先輩は御剣先輩の格好良い所をお願いします」

 

「……分かりました」

 

 

 ……よし、これで自然な流れで情報交換だ。

 流れは兎に角、内容がおかしい気がしてきたぞ??? 

 (まだ恋じゃないけど)……これはもしかして、俺にとっては今までの人生で一番ガチな恋バナになるのか? 殺し合いゲームとは何だったのか。

 

 

 

 

 

 

~姫萩咲美の証言~

 

 

 

 このゲームの私は序盤、散々と言っても良かったです。

 PDAを確認して、訳も分からず周囲を移動していると、一人の太った中年男性と出会いました。

 私は身構えましたが、その中年男性は漆山権造と名乗り、腕を掴んで迫ってきました。「お金を払うから良い事をしよう」……と。

 私はパニックになり、必死になって振りほどきました。

 そんな私に男はムキになって殴り、それからの事はあまり覚えていません……ただただ必死に逃げ続けていました。

 そして走り疲れた後は、部屋の隅で蹲っていました。

 

 そんな私を見つけたのが御剣さんでした。

 御剣さんは私を励まして、一緒に入口に行こうと提案してくれました。

 また、事情を話すと絶対に私を守ると言ってくれたんです。

 途中で罠に引っかかりました、私がワイヤーに引っかかったと思ったら鉄の棒が振り降ろされてきました。御剣さんは、私を庇って学生鞄で防いでくれたんです。

 その時からでしょうか、私が御剣さんの事を信頼できると心から感じたのは。

 

 入口にあるエントランスホールでは、シャッターで入口が閉められていました。シャッターには破れた部分があったんですけど、その先にはコンクリートの壁が出来ていました。コンクリートはツルハシのようなもので掘られた痕があったんですが、更に埃を被っていました。

 コンクリートと罠、この2つからこのゲームは本気である事を痛感した私たちは、ルールを交換して首輪の解除を目指そうという話になりました。この時、御剣さんが先に解除条件『A』の『Qの殺害』を明かした上で、誰も殺すつもりはない とはっきり言いました。その上で、私の解除条件を優先して解除しつつ他のプレイヤーを探していこう……と。

 私は人を殺さないといけない条件に驚きつつも、解除条件『5』……『24箇所のチェックポイント』を回るPDA画面を見せました。「それなら丁度良いから、チェックポイントを回りながら人を探そう」と御剣さんは提案してくれました。チェックポイントを2ヶ所回った後の話です、鉄パイプを持った金髪でチンピラ風の若い男に出会いました。手塚義光と名乗ったその男は、私たちを見て少し驚いた表情をしましたが、その後、御剣さんと手塚さんは交渉を始めました。

 この時、ルール一覧と引き換えに、罠の存在をこちらが伝えていました。他にも手塚さんがこっそりと御剣さんと話していたように思えますが、その時の私はルールの内容だけで頭が一杯になっていました。

 

 PDAが鳴ったのはその時です。開始時間から6時間が経過していました。すると同時に手塚さんが襲いかかってきたのです。しかし、御剣さんは予想していたのか難なくそれを回避、私を連れて逃げました。手塚さんも深追いするつもりはなかったようで、パニックになった私を御剣さんは落ち着けてくれました。その後、チェックポイントを1ヶ所周り、1階最後の場所に行く途中で悲鳴が聞こえてきたので二人で行きました。

 そこからは、川瀬さんも知っている通りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、なんで土下座されてるんですか?」

 

「いや、デリケートな話を聞いて……」

 

「気にしないでください、私も……その、理由は分かりましたので」

 

「ハイ……恐縮デス」

 

 

 今明かされた衝撃の真実! 第一犠牲者である漆山権造の死因は姫萩先輩に手を出そうとして抵抗され、逆上して襲いかかってしまったことによる戦闘禁止違反だったのである! そんな被害にあった女性の腕を掴んで走ろうとした自分は、事情を知らなかったとはいえギルティ認定せざるを得ないので一回土下座しておいた。

 一方で良い知らせとしては、戦闘禁止解除前に手塚と桜姫先輩が別れていたであろうことだ。少なくとも、戦闘禁止解除直後に桜姫先輩が死んだという事が無くてホッとしている。

 それはそれとして、お互いに簡単に今まで起きた事を確認しあった。こちらからは、桜姫優希先輩が第一犠牲者が出た時にいかに格好良かったかと、6人で集まった時にゲームに乗りそうな流れを断ち切ろうと格好良く動いてた桜姫先輩を強調しておいた。それを聞くと、姫萩先輩はとても哀しそうな表情になった。

 

 

「あー、これはアレですね。世の中って顔じゃないですね」

 

「哀しくなる事言わないでくださいよ!?」

 

「プラス思考に考えましょう。自分が好きになるような人間は、元から競争率が高いため恋人がいて当然……とか?」

 

「わ、私は御剣さんが別に好きになった訳では……」

 

「まだ出会って数時間なので、致命傷になる前で良かったですね」

 

「うぅ……」

 

 

 形は若干異なれど、恐らくは相互に恋人の片割れに惹かれつつあった俺と姫萩先輩。そう、これはアレだ……恋愛の資本主義! 恋愛の貧富の差! 既にモテる人間は周囲を惹き付け、モテない人間は永遠にモテない的な奴だ。顔が全く一緒だからこそ、逆に残酷だ……。

 こんな、ドロドロにするのが主催者のコンセプトなのか? 哀しい、こんな事は許されない。真面目に言うのであれば、この殺し合いゲームは御剣先輩と桜姫先輩が主役で、俺達二人は脇役っぽい。……主役になれないのは残念だが、脇役だと認める事で見えてくる光明もなくはない、か。

 

 

「まぁ、我々が恋愛において最底辺なのは置いといて」

 

「……き、傷口抉ってきますね」

 

「これからの目的に関してですが、【桜姫優希先輩と御剣総一先輩の同時生還】を目指すというのはどうでしょう?」

 

「……え?」

 

「いやだってほら、御剣先輩がA『Q殺し』で、桜姫先輩が9『皆殺し』ですよ。絶対、このゲームの主催者はこのカップル引き裂こうとしてますよ、俺だって流石にリアルでカップル爆発するのは見たくないです」

 

「表現は兎に角、割と洒落にならないですよね……」

 

 

 姫萩先輩は力無く答える。

 Qの解除条件の持ち主がまだ誰か分かってないけど、嫌な予感しかしない。短絡的に考えれば、QとAで恋人同士にしても良さそうなものだが、それを外すとなるとどういう意図があるのだろうか。いずれにせよ、悪意に塗れてるんだろうなぁ……という信頼だけはある。

 それはそれとして、姫萩先輩についてだが、生きる動機そのものが薄いタイプのように思える。死ぬのは怖いが、それはそれとして日常に帰りたくも無いというか。根が暗そうなところから、なんとなく虐められているのかなーとか無責任な事を思うが、ならば生きる目的があれば軌道修正そのものはできるかもしれない。

 ……残念ながら、俺は冷酷な事しか言えない訳なのだが。

 

 

「我ながら馬鹿馬鹿しい事は重々承知の上ですが、お二人の幸せの為に頑張りませんか? 勿論、他に姫萩先輩にやりたいことがなければ……ですけど」

 

「……」

 

 

 姫萩先輩は迷いを顔に出す。

 好きになったかもしれない相手に恋人がいることが分かり、自分の中でその感情がはっきりしたのかもしれない。その上で、報われない恋に命を懸けてみないか? という俺の誘いである。これを提案したのは、変な方向に暴走されたら困るというのもある。

 

 

「み、御剣さんが……今、生きてるとは、かぎら――」

 

「生きてる」

 

「え?」

 

「御剣先輩は生きてますよ、このゲームに恋人が参加してるって知ったんだ。死に物狂いで生き延びてると俺は信じてます」

 

 

 姫萩先輩の迷いに間髪入れずに答える。

 俺の願望もゼロとは言えないが、桜姫先輩の彼氏であるならばこれくらいやって貰わないと困るという期待が含まれている。此処で死んじゃうような男なら桜姫先輩に相応しく無い認定を(俺が勝手に)下すので、その仮定を考える意味はあんまりないのだ。

 

 

「……み、御剣さんは、このゲームでひとりぼっちで震えている私の手をとって引っ張り上げてくれました。守って、くれました。それが恋人に、似ていたから……という理由なのは、少しショックですが。それでも、私にとって、それは救いでした」

 

 

 伏し目がちに、姫萩先輩はぽつりぽつりと答えていく。

 自分の本心を吐露するのは非常に勇気が必要な事だ、俺だって普段は暗い女子から本心を聞くなんてことはありえないだろう。期せずして、同じ立場になってしまった共有者だからこそ、話してくれるのだ。

 

 

「ですが、こんな狂ったゲームで私が御剣さんに出来る事なんて………」

 

「俺は、やらない理由を聞きたいのではなく、やるかやらないかを聞きたいだけなんだよな」

 

「川瀬さんは、酷い、です……」

 

「よく、人の心がないって言われます」

 

「そこまでは、思って……ないですけど」

 

 

 姫萩先輩は目元に浮かんだ涙を拭いながら、僅かに微笑む。

 それは穏やかな笑みだった。そして、綺麗な笑みだと自然と感じた。

 

 

「今まで生きてきて、良かった事なんてありませんでした。そんな闇から、私を引っ張り上げてくれたのが御剣さんです。死ぬのは、まだ怖いですけど……それでも、御剣さんのような人こそ、生きて帰って欲しいと…………幸せになって欲しいと。そう思います。強く、思います……」

 

 

 ゆっくりと、噛みしめながら、自分の気持ちを確認するかのように姫萩咲美は決意の言葉を紡いで見せた。

 そこには、最初に二人っきりになった時に震えて縮こまっていた姫萩咲美の面影は全く見えない。恋する乙女は強いって奴なんだろうか?

 ……ここまで言われたら、俺も自分の感情を吐露しないと卑怯っぽいんですけど????? 折角、自分の気持ちに蓋をしてたのに……くっ!

 

 

「俺はちょっと違うけど、桜姫先輩が格好良かったからかなですかね。女性に対する評価としてはどうかと思いますが、皆が自分の事しか考えてない中で、周囲全てを敵に回す覚悟で啖呵切れる人は中々いないでしぁら」

 

 

 姫萩先輩になんとか桜姫先輩の魅力を伝えようと思ったが、何か違う気がしてきた。どうして、俺は桜姫先輩が立ち上がった時に、庇うように立ち上がってしまったのか? あの時、俺は何を見ていた?

 ……理性が訴えている、これ以上、この記憶を掘り起こすのはあまり良い結果にはならないと。だが、生半可な気持ちで姫萩先輩に相対するのは失礼であるし、何より桜姫先輩の魅力を知ってもらって、御剣先輩の事を諦めて貰わないといけないのだ。

 

「そう……そうだった。彼女は強いだけじゃなくて、弱さも併せ持つ人だった。弱い癖に、間違いや悪から目をそらせない人だった。震えながらも、間違ってる事を間違ってるって言えた桜姫先輩が綺麗だと思ったから……そして、そんな桜姫先輩が皆に糾弾されれるところを、彼女が折れてしまう所を見たくないと……そう思ってしまったのか」

 

 頭を抑え、記憶を1つずつ辿りながら、自分でも気付いていなかった感情を吐露する。……結局の所、俺はルール交換の時、何1つとして理性的に動けていなかった。あの時の行動、そしてそれからの行動……俺は本当に俺らしく動けていただろうか?

 只、彼女がこの殺し合いに屈する所を見たくなかった。それだけだった。

 同時に、気付く……気付いてしまう。何故、桜姫優希が解除条件9番の『全員殺し』を割り振られてしまったのか。彼女の『正義』を折り、殺し合いに乗らせる事そのものが目的なのだと。俺は本来、彼女の心を折る為に近くに居たのだと……。

 

 

「……掘り下げたら割と最悪な気分になってきた。ですが、これで姫萩先輩を同じ目的を持つ仲間として認める事が出来そうです。姫萩先輩はどうです? 認めてくれますか?」

 

「勿論です。川瀬さんこそ、ありがとうございます……お陰で、私のやりたいことがハッキリしました」

 

「いや、俺にとってもメリットのある話でした……そろそろ移動しましょうか、確か解除条件が5番のチェックポイントを回る奴でしたっけ? まだ1階が終わってないなら、急いだ方が良いでしょうし」

 

 

 なんとも言えない心地悪さを自分から剥ぎ取るべく、ゲームの進行の話に移る。2階から回り込まないといけない事、1日終了時点からの進入禁止エリアの2点を加味すると急がなければならない筈だった。

 だが、姫萩先輩はその言葉を聞くと少し気まずそうな顔をする。

 

 

「その話なんですけど……」

 

「? どうかしましたか?」

 

「ご、ごめんなさい! JOKERで5番に偽装していました、実は私の本当のPDAって『Q』だったんです……!」

 

「………………………………マジか」

 

 

 

 色々と前提条件が変わりそうなカミングアウトに思考が一瞬硬直する。

 驚愕と共に、なんとか姫萩先輩と信頼関係を築けて良かったと思うのであった…………。

 

 



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第九話 殺し合いの均衡

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.1 :Qの殺害
川瀬進矢 :3:4.8 :3人の殺害
長沢勇治 :4:7.2 :首輪を3つ収集する
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
桜姫優希 :9:10.2:自分以外の全員の死亡
姫萩咲美 :Q:7.5 :2日と23時間の生存
北条かりん:K:5.1 :PDAを5個以上収集
矢幡麗華 :?:4.2 :???
郷田真弓 :?:4.1 :???
手塚義光 :?:3.7 :???
???  :?:??:???
???  :?:??:???
???  :?:??:???



 

 

 

 

 

――――――――――――

闇の中を友と歩むのは、光の中を一人で歩むよりいいものだ。

ヘレン・ケラー(米国の教育化、社会福祉活動家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 念願のJOKERを手に入れていた事が判明した俺達は、2階に上がって部屋を物色していた。探すと出るわ出るわ、スタンガンにコンバットナイフ、そして先ほど殺されかけたクロスボウさんだ。

 階層が上がる度に武器が過激化するという長沢仮説は大当たりだったらしい。ここから更に上の階層に拳銃等があれば、折角JOKERを発見したのに、JOKER解除条件の人と敵対してしまえばコミュニケーションを取るだけで一苦労になってしまいそうである。

 

 

「うーん……微妙。あ、姫萩先輩はスタンガン持っておいてください」

 

「この武器を見た感想が微妙、というのもどうかと思いますが……」

 

「あー……俺はナイフより、木刀の方が欲しかったし、クロスボウって威嚇にも牽制にも向いてないんですよね……連射できて人が死なない分エアーガンのが良いかな。一番良いのがスタンガンですが、ちょっとリーチが足りないのでね……」

 

「そういう意味の微妙……ですか」

 

 

 呆れたような顔をしている姫萩先輩にスタンガンを押しつけ、思考する。

 郷田社長はやはり、2階から武器を回収したようだ。そして2階にクロスボウがあるのであれば、3階か4階にいよいよ実銃が現れる可能性が高いだろう。

 その場合、5階と6階が色々とお察し状態になる為、やはり早期首輪解決が望ましい。望ましいんだが……やっぱり武器は必要か。

 幸か不幸か、ここから1Fへの階段と3階への階段の距離を比較すると、3階の方が近いため、3階に寄った後に1階への階段に移動し、長沢・北条・桜姫先輩・御剣先輩の合流待ちという方針が望ましいだろうか。上手く行けば北条さんの首輪はそれで外せるんだが、楽観視はできない。

 

 

「使う気は無いけど、クロスボウは持つだけ持って行こう。……どうしました、姫萩先輩?」

 

「あ、すいません。色々探っていたら、食料類の下にこんなものが……」

 

「はい?」

 

 

 ……どれどれ、箱の中を覗くと、そこにはマッチ箱程の大きさと厚みのプラスチック製の板が転がっていた。記憶を辿れば、1階で何度か見たことある気がするが、気にもとめなかった。箱の底にあったらしい。

 姫萩先輩が取り出し、掌に載せて眺めている。『tool:player counter』

と書かれたそれは、側面から端子が覗かせており、たとえて言うのならカセット型のゲームソフトのようであった。

 

 

「つーる、ぷれいやーかうんたー?」

 

「ちょっと待ってください先輩、確かPDAに……はい、ビンゴっと」

 

 

 ポケットからPDAを取り出し、接続口を確認する。側面にあるコネクタはバッチリと嵌まりそうだ。用途不明で、あんまり気にしていなかったがもう少しこのコネクタの存在理由を考えておくべきであった。

 

 

「こんなものをPDAに差してしまって、大丈夫でしょうか? その、ルール違反……とか」

 

「このPDAは厳密に言えば、俺のPDAじゃなくて初期配布者も死んでいるのでルール違反でもセーフです」

 

「……そういえばそうでしたね」

 

 

 その辺の事情は全て話しており、漆山の事を思い出してしまったのか、ちょっと嫌な顔をしている姫萩先輩である。……今のはちょっとデリカシー無かったかも。反省……! 反省します!

 なんか気の利いた言葉を考えたが思い浮かばなかった所に、PDAが鳴り響いた。PDAに項目が追加されている。一瞬、姫萩先輩と目を合わせた後に読み進めた。

 

 

『このツールボックスをPDAの側面コネクターを接続することで、PDAに新たな機能を持ったソフトウェアを組み込み、カスタマイズすることが可能です』

『ソフトウェアを組み込めば、他のプレーヤーに対して大きなアドバンテージとなりますが、強力なソフトウェアは起動するとバッテリー消費が早まるように設定されています』

『使いすぎてPDAが起動しなくなり、首輪を外せなくなる事がないように注意しましょう』

『なお、ひとつのツールボックスでインストール可能なPDAは1台のみです。どのPDAにインストールするかは慎重に選びましょう』

 

 

 

「なるほど、PDAを強化するものなんですね……川瀬さん、どうしました?」

 

「うっ……何度か似たようなものを見つけた筈なのに、滅茶苦茶大切なものを見落としてた……!? 凄く大事なものじゃないか……!? 俺の注意力低すぎ……!?」

 

「お、落ち着いてください、川瀬さん……!」

 

 

 全てを読み終えた、俺は酷い脱力感に襲われた。

 俺は自分が思ったより探偵適正が低いのかもしれない。場合によっては、命を左右しかねない大切な情報を見逃していた。そして、それを能力が低いと勝手に見ていた姫萩先輩に発見されたのだ。これは、思い上がりも甚だしいというべきか。

 とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。

 

 

「ふっ……俺は今、ようやく無知の知に到達しました」

 

「『自分は無知である事を知っている』……ですか。だ、大事な事ですね? ……十分、引っ張って貰ってるとは思いますけど」

 

「フォローが身に染みます……」

 

 

 多分、アレなんだよなぁ。状況証拠から考えて郷田社長は、少なくとも、罠かシャッターを操作する機能(操作できるのなら、罠の位置が分かる機能を併用している可能性高)、条件は不明だが周囲の人間の位置が分かる機能、最低この2つを持っていたのだ。これだけ広い建物なのだから、他のプレイヤーの位置が分かる機能がどこかにあるというのは道理なのだが、ゲームに乗ったプレイヤーが一方的に持っている状態は望ましくない。

 

 

 

「気を取り直して、使ってみましょうか。姫萩先輩、どうぞ」

 

「……え? 良いんですか?」

 

「こういうのって特別な理由がない限りは見つけた人に優先権があるんじゃないかなって思って」

 

「……川瀬さんって、そういうの気にするんですね」

 

「俺はこれでも、対等な条件で仲間になったつもりなんですー」

 

「すいません、そうでしたね」

 

 

 わざとらしく、むくれてみせ和やかな空気で、QのPDAに差し込んでみる。説明書きを読むに残り生存者の数を表示するツールらしい。気になるけど実用性を考えると、外れな奴だ。【消費バッテリー:極小】なのは、まぁそうだろうなって感じはある。

 …………姫萩先輩がインストールしますか? の部分で『はい』『いいえ』の選択で『はい』を押すと、インストール中の画面が表示される。よくある、バーが伸びてきて0%から100%まで待つタイプのようだ。

 え、100%になったら今の生存者数が表示されるの? ……

 

 

「うわっ……これ心臓に悪い」

 

「い、言わないでくださいよ……!?」

 

「生きてる人数表示されるだけって、悪い想像ばかりする奴じゃないですか」

 

「ですけど……知らない訳にはいかないですよね」

 

「そうなんですよねー……」

 

 

『インストールが完了しました。ツールボックスをコネクターから外してください』

 

 

 ……姫萩先輩がやや震えた手で、ツールボックスをPDAから外す。画面は、初期画面に戻っている。ゲーム開始から約10時間経過、そして……

 

 

――残り生存者数 12名

 

 

 

「よっしゃー! セーフセーフ! 無駄に心配してしまった」

 

「良かったです……」

 

 

 桜姫先輩、長沢、北条さん、御剣先輩……ついでにその他諸々生存確認!

 二人でほっと息を吐く。いやー、こんな緊張要らなかった。

 もし生存者8人とか言われてたら、最悪の事を考えたプレッシャーで暴走していたかもしれない。

 

 

「誰だって、最初の一人にはなりたくないだろうから。まだ殺し合いの均衡が崩れてないようで何より」

 

「殺し合いの均衡……ですか?」

 

「ゲームに乗った人は現在二人確認してるけど、それでも、誰も殺してない状態と誰かが既に殺人を起こした時点だと心理的ハードルが全然違うだろうってことです。日本人的に言うなら、『みんなやってるからやる』の悪い版というべきかな」

 

「あぁ、割れ窓理論……とか、そういう話ですか」

 

「そう、誰かが死んだら均衡が崩れるように一気に展開が進んでしまう気がするんですよね。皆がちゃんと生きているのも救いですが、まだ始まってないのは助かります」

 

 

 現時点で、殺し合いに乗ったと思われる人物は郷田社長と手塚。そのいずれも、だれも殺せていない。つまり、この二人さえ無力化できれば、自分と桜姫先輩御剣先輩カップル以外の生還に関しては何とかなる可能性が高い。むしろ、ゲームに乗らないと決めた以上、そこがスタート地点ととらえた方が良いのかもしれない。

 

 

「でも、私としては、少し安心しましたね。川瀬さんも、ちゃんと仲間の事を心配してたんだな……って」

 

「え、それは流石に酷すぎじゃないです?」

 

「ふふ……冗談です。これで心起きなく、桜姫さん、長沢君、北条さんの3人に会ってみたいと思えます」

 

「一応、置き書きで開始12時~18時頃は2階に上がってすぐの部屋で休む予定にしてるんで、トラブルが無ければそこに集合なんですが……懸念事項としては悪意のある人間に置き書きを読まれた場合ですね。という事で3階行きましょ3階」

 

 

 3階に上がりたい旨を伝えると、姫萩先輩がジト目になる。

 暴力とかそういうのが完全に縁が無いか、嫌悪感を抱いてるタイプの反応だ。

 ……これは、隠された俺の欲望がバレてるな。

 男女間の思考の溝を感じる。

 姫萩先輩があきれた様子で口を開く。

 

 

「……つまり、武器が欲しいんですね」

 

「そんな…! 別に3階の武器に興味があるとか、格好良い武器ないかなとか思ってないです! 信じてください!」

 

「ハァ……これを、語るに落ちるって言うんですね」

 

「真面目に言うなら、スタングレネードや催涙弾が欲しいですね。あとは特殊警棒とか」

 

「そ、そうですね……誰も傷つけないのが一番ですから。……本当にそう思ってますよね?」

 

「……男のロマンを置いといて、実用性だけで言うなら」

 

「……男の人のそういうところは良くわかりません」

 

「悲しい」

 

 

 本気半分、冗談半分の言葉は置いといて便利な非殺傷武器が欲しいのは本当だ。だが、流石に、殺し合いゲームで非殺傷武器を求めるのは難しいのは理解している。違法に改造されたエアーガンとか威力どれくらいなんだろうか。

 武器談義はさておき、俺は、3階の武器が一つのボーダーラインだと思ってる。すでに2階の武器がある程度回収されたから……というのもあるが。そこから先は、制御できない範疇になると……俺の直感が囁いているのだ。

 

 

「冗談はさておき、このまま犠牲を出さずに終わるために、3階の武器を回収して手塚と郷田を一気に無力化しましょう」

 

「分かりました、頑張ります…!」

 

「くれぐれも無理はしないでくださいね」

 

 

 危険人物をどうにかしようという思考だけは一致しているみたいで、長い迷宮へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ……俺たちの移動速度、遅すぎ?

 

 

 

 というペースで2階から3階への階段前ホール手前に到着する。

 階段ホールは静かで誰かがいる様子はない。

 

 ここまで1時間経過、クロスボウの警戒を含めた周辺警戒及び罠警戒に思ったより時間を喰ってしまった。ここまで歩いて罠らしきものは1個しか見つけていないので、罠自体はほとんどないのだが、だからこそ油断したころにやってくる性格の悪い奴だ。運が良ければ、3日間罠に気づかずゲームをクリアするプレイヤーが出てもおかしくないレベルである。

 移動優先でほとんど探索に時間は費やしていないが、物欲センサーが働いてしまったのか、此処まで追加のソフトウェアは無し。1階で数回見逃してしまったことが、非常に重く感じる。

 収穫と言えば、投擲用のナイフを十数本手に入れたことくらいか。クロスボウさんはこれにて廃棄となりました。

 

 

 さて、2階にいる俺たちだが実は階段の昇降を未経験である。

 下のホールには待ち伏せはなさそうだが、上のホールに待ち伏せがないとは限らない。2階に遠距離武器であるクロスボウがあったのだから、3階はクロスボウ以上の何かがあると構えた方が良い。そんな悪い想像しかできない状態で、どうやって3階に上がればいいのだろう?

 

 

「よし、作戦会議! 作戦会議しましょう」

 

「あ、はい!」

 

 

 というノリで、休憩を兼ねて近くの部屋に移動した。

 長時間の緊張で、少々テンションがおかしくなった気がする。

 

 

「あー、中々疲れました。この殺し合いゲームって、ルールだけ分かってるトレーディングカードゲームをやってるような気持ちになりますね。ルールは分かるけど、進行は考察するしかなく、相手の持ってるカードの効果をお互いに知らないまま戦っているというか」

 

「カードゲームは従兄弟に何度か教わった事あるんですけど……私は、ちょっと上手く覚えられませんでしたね。そう考えると、やはり此処は私には向いてないのかも」

 

「姫萩先輩がいないと、俺は追加機能について死ぬまで気付かなかったかもしれないので十分役に立ってますよ」

 

「あれは運が良かっただけですよ…」

 

 

 姫萩先輩が目を伏せて答える。

 先輩のタイプだが、自己肯定感が低いタイプというのが正確な所なんだろうか。

 暗いから虐められる。虐められるから暗くなるそんな悪循環に嵌まってしまった感じで。

 突っ込んだ話はあんまりしたくないが、顔採用以外だとそういう理由があってこのゲームに御招待されてしまったのだろうか?

 ……うーん、どうしたものか。ちょっと探ってみよう。

 

 

「姫萩先輩……唐突ですが、趣味はなんですか?」

 

「え? 突然なんですか?」

 

「いや、なんというか。話が全然合わないので、せめて共通の話題がどこかに転がってないかなーと」

 

「趣味…うーん、料理とか、お裁縫とか」

 

「今、我々は分かり合えないことが判明いたしました」

 

「すいません……」

 

「いえ、家事力ゼロな俺が悪いんです」

 

 

 大体、家事関係は母親任せにしてしまっている弊害が出てしまった。

 奇妙な縁……というか想い人の縁? で、殺し合いゲームの協力関係になっているが、姫萩先輩は日常じゃ絶対縁がないタイプ故に距離感がちょっと掴みきれないのである。

 こういう時に甲斐性のある男性がなんて答えるのか全然分からない。

 御剣先輩のような初対面の女性に名前呼びできるようなイケメン力が欲しい。顔は一緒だけど。

 そんなことを考えていると、少し考え込んでいた姫萩先輩が言う。

 

 

「あ、でも部屋にあったガスコンロと保存食で簡単な料理位ならお作りできますよ。良かったら作りましょうか?」

 

「え、あんな食材で料理を!? あー、それならむしろ教えてほしいですね。大学に行ったら一人暮らししたいんですけど、現状すべてインスタントと学食で食いつなぐ算段だったので」

 

「それは流石に栄養バランスが悪いのでは……でも、流石に一朝一夕では私も教えられませんよ?」

 

「望むところですね。このゲームが終わったら、北条さんと妹さん、長沢君を誘って、ゲームする予定なんですよ。桜姫先輩と御剣先輩も誘ってオフ会しましょうオフ会、その時に料理も教えてください。俺の察するに、北条さんも長沢も料理ダメ勢と見ました」

 

「そうですね……皆が無事に帰る事ができれば、それも良いかもしれません」

 

「それを目標にして頑張りましょうか」

 

 

 まだ生存が上手くいくか分からないところで、うっかり未来の話をしてしまった。

 微笑む姫萩先輩は綺麗であると同時に儚さを感じる。大丈夫? 生還が無理だと思ってない? とは流石に聞けない。

 信頼関係はある、仲が悪いというわけではない。

 ただ、陰属性二人だと間を持たせるのが難しいのだ。俺も陰属性で、多人数の中で独りぼっちになる事は余裕なんだが、二人っきりの時に気まずい空気が流れるのは避けたいタイプだ。ここは他力本願だが、北条さんと長沢の若くて明るい中学生パワーが必要だと考える。そう、何もかも自分だけで解決しようとするのが間違いなのだ。

 

 まぁ、そんな馬鹿な考察をしつつ、階段を上がるときの案は思いついた。

 

 そう、やりたいことがあったんだった。

 男なら誰もがやりたいシリーズ。北条さんは持って無さそうだったが、姫萩先輩なら多分持ってるだろう。 

 

 

「そうだ、姫萩先輩……手鏡とか持ってないですか?」

 

「手鏡、ですか? 持っていますけど、何かに使うんです?」

 

「突然ですが、特殊部隊ごっこをしたくなりまして……ほら、手鏡で顔を出さずに、部屋の中を確認したり、通路の角を確認したり。そう……こういう事態になれば、男なら人生に一度はやってみたいかもしれない奴!」

 

「本当に突然ですね!? ……安全以外の部分はよく、理解できませんけど」

 

「男女間の意識の差を感じます……。良いでしょう、このゲームが終わったら男のロマンのすばらしさをたっぷり教えてあげます。むしろ、実演して良さを分かってもらうべきですかね?」

 

「き、期待して待ってますね? 私も格好いいと思う気持ちは無いわけじゃないんですけど……こう、真似できないな、と」

 

「ハハハ……お気遣いどうも。真面目に言えば、ここから先に銃がありそうな気がするので、顔を出して先を確認したくないというか。念の為ですよ。半分はやってみたいからですが。よし、行きましょう」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「何も無いよりは良いんじゃないでしょうか。あ、姫萩先輩はホールで後方警戒お願いします。俺が先に3階に上がって、問題無ければ呼びますので」

 

「分かりました」

 

「では、作戦会議終了ということで……ミッションスタート!」

 

 

 

 姫萩先輩から手鏡を受け取った後、部屋を出て階段前ホールに特に異変が無いことを確認する。

 

 

 

 

 特に音もない、静かなものだ。正直、警戒のし過ぎという奴だろうと俺も思う。

 ただ、遊び心がなければ、この命懸けのゲームで精神が持たないとも俺は思うのだ。

 その遊び心を理解してもらえないのが非常に悲しいところなのだが……いや、姫萩先輩は心に余裕があるからこそ遊び心があると誤解しているのか? その辺、意識の違いがあるなら後で話し合おう。

 

 

 さて、手鏡を使い、階段を確認する。

 

 

――誰もいない。

 

 

 ホールで姫萩先輩が警戒していることを確認し、足音を立てないように静かに階段を上っていく。人生で一番緊張感のある階段登りだなと、なんとなく思う。

 

 

 手鏡を出して、3階階段前ホールを確認する。

 

 

 ……おっと、人影が二つ。知らない体格の大きい男の人、そして見覚えのある金髪の女性が、それぞれ黒い何かを構えて――

 

 

 

――パァン!!!

 

――パリーン!

 

 

 

 手の先に衝撃を感じ、持っていた手鏡が砕け散る。

 

 

「は……?」

 

 

 …………どうして?

 いや、冗談半分だった懸念が、本気であったという事実なのは分かる。だが、認識が脳まで到達するのに、時間が少々かかってしまった!

 怖い! 普通に顔だししてたら、俺の脳天がこの手鏡の運命を辿っていた! ヤバい! ヤバい!

 

 

「逃げるぞぉ!!! 撤退、てったいーーー!!!」

 

 

 正気に戻った俺は全力で階段を駆け下る。

 同時に、姫萩先輩に向けて叫ぶのであった。



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幕間1 闇の中の闇

 

 

 

 

 

 

――――――――――

人は皆、悪魔。我々がこの世に地獄を作る。

オスカー・ワイルド (アイルランドの詩人、作家、劇作家)

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 時は巻き戻り、【ゲーム】が始まる1月前

 どことも知れぬ闇。

 闇の中の闇の中で……

 ディーラーと呼ばれる役職の男が、他の黒服の人間達に資料を交えて話しだす。

 

 

「皆様お集まり頂きありがとうございます。では今回のゲームの最終確認……の予定でしたが。直前になって要注意人物のリストに興味深い人物がリストアップされまして。こちらの資料を御覧ください」

 

 

【川瀬進矢 職業:高校二年生】

戦闘力★★★☆☆

中学までは剣道をやっている。但し元々の身体が弱く、総合的な身体能力は並。

知性★★★★★

理論派。ネットでは都市伝説キラーを自称しており、情報整理及び矛盾や欺瞞を見抜くのが得意。直接対人でどこまでやれるかは不明。また、日常においてはアイディアマンとして頼られている面がある。ネット上の活動で、組織の一端に触れる可能性を考慮され、今回要注意人物にリストアップされた。

積極性★★★☆☆

ミステリー小説や都市伝説の検証、謎解きが好きで、未解決事件や詐欺の実地調査を行う等積極的な人物であり、スリルジャンキーな傾向もある。ゲームそのものには積極的になると思われるが、実際に殺人を行うかと言えれば疑問、能力を考えると直接的な殺人条件を与えるべき。

精神力★★★☆☆

特筆すべき点はない。一般家庭に生まれ、家庭環境も特別良くも悪くも無い。人生において大きなトラブルに巻き込まれた事はない。ネットで頻繁にグロ画像を見たりしている為、グロ耐性はあると思われる。

社交性★★☆☆☆

クラス等では、親友と言える人間はいないが、孤立しているというわけでもない。基本的な社交性・空気を読む能力はある。他人を尊重するタイプのオタク。ただし、自分から何かするタイプではなく、社交性は低め。

 

 

「ふーん、興味の方向性と好奇心が強すぎる所と頭が良すぎる所為で、知ってはいけない事を知って消されてしまうタイプの人間ね……でもこれだけ見れば、今回のゲームにねじ込む必要はあるのかしら? 次回でも良いのではないかしら?」

 

 

「はい、その通りです。ゲームマスター、此処で彼が選ばれたのは正直に言えば、顔採用という所です。顔写真を御覧ください」

 

 

 ゲームマスターと呼ばれた女性の意見に応え、ディーラーは顔写真を配布する。

 写真に写る顔は平凡な男子高校生ではある、だがここにいる人間にとっては特別な意味があった。

 ゲームマスターの女性は顔に邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「なるほど、ナンバーAとそっくり……解除条件はどうするの?」

 

「積極性を考慮し、ナンバー3【3人殺し】にしようかと……元々ナンバー3だった少年は、その積極性から殺人が必須ではない過激な条件にすれば問題無いでしょう。この変更で、他の参加者の解除条件も微修正はしていきます。【ナンバーAに恋人そっくりのナンバーQを殺させ、ナンバーAの恋人であるナンバー9に皆殺しを決意させる】という当初の大筋は変えませんが」

 

「恋人とそっくりの男が殺人を犯す所を見せて、ナンバー9に精神的ダメージを負わせるも良し。ナンバー3がナンバー9を殺害して、復讐鬼と化したナンバーAの暴走に期待するもよし……予想された本筋から離れてもエッセンスとして美味しいでしょうな」

 

 

 ディーラーの言葉に呼応して、企画部を担当している黒服が展開予想して話す。

 どう動いても問題無い、ゲームが停滞しなければ。

 しかし、ゲームマスターの女性は懸念点を述べる。

 

 

「ちょっと待って! でも逆に、ナンバー3がナンバー9と協力関係になる可能性もあるんじゃないかしら? 丁度互いの苦手分野を補うような二人だし、ゲームを止められたら少し序盤が辛いんじゃない?」

 

「その時はゲームマスター、いつものようにお願いします」

 

「この糞ディーラー……! 分かったわよ、でも頭脳派の人間だと、早期に警戒されてしまえば私も厳しいわ」

 

「その時はサブマスターにナンバー3を刺させる二段構えでいきます。団結したら、内側から潰す方向で」

 

「確か今回のサブマスターは……あー、うん。いけるかな」

 

「我々の思惑を全部打ち破る程のプレイヤーなら、それはそれで盛り上がるので問題ないです」

 

「それ現場が一番苦労する奴じゃない」

 

 

 ゲームマスターの女性は不満を述べつつ、コーヒーを飲む。とはいえ、彼女にとってはそうなってしまったら面倒臭いなレベルの代物ではあるが。

 

 

「では、次に他の修正する解除ナンバーと、入れ替えるプレイヤーに関してですが――」

 

 

 そして会議は続いていく……。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 そして現在に戻る。

 

 

「だから言ったんじゃないの! ゲームが鈍化しちゃってるじゃない!」

 

 

 バン! と女性が壁を叩きつける。

 ゲームマスターは激怒した。

 このゲームが終わったら、直前になって参加者を変更したディーラーをぶん殴ってやろうと決意した。ゲームマスターに人員選定の権利はない、ただしゲームメイキングの責任は大体ゲームマスターに降り注いでくる。査定やボーナスに影響しかねないのだ。現場責任者の悲哀である。

 

 

 そもそも、最初のルール交換とその後から想定から外れた展開になっているのである。あの場面でナンバー9を完膚無きまでに追い詰めて、正義をたたき折る必要があった。だが、ナンバー3とナンバー9にガンガン動かれるとゲームを動かす側としてはたまらない。たとえて言うのなら、ゲームを促進するゲームマスターとゲームを抑制するゲームマスターに別れて戦っているような気分になる。

 

 

 既に、ゲームへの積極性評価★★★★★だったナンバー4とナンバーKが全然ゲームに乗る気配はないし、他のゲームに乗っている人員も慎重な姿勢を見せている。既に人が1人死んでルールが本物だと分かった今となっても、誰だって最初に殺す人にはなりたくないのだ。別に自分でやってもいいのだが、あくまでゲームの参加者自ら、その一線を越えさせるという体裁を守りたいという事情もある。その動機を上手く与えるのが、ゲームマスターの手腕になるのだ。

 

 

 勿論、疑心暗鬼の種は今も複数撒き続けてはいる。

 だが、発芽するのは時間がかかり、時間を掛けてしまえば、既にJOKERを手にしたナンバー3に好き勝手動かれてしまい、彼の思惑通りに首輪解除者が大量発生する可能性がある。そうなった場合、逆方向でゲームの均衡が崩れ去ってしまう。

 過去のゲームで、そのような展開が無かった訳ではない。しかし、それはあくまで主催者側の幾重にも張り巡らされた悪意を乗り越えた末に許されるハッピーエンドである。なにより、顧客の賛同が必要となる。

 

 

「おっと、いけない。肌に影響が出てしまうわ……やっぱり、3か9のどっちかよね。片方だけならどうとでもなるから、この2人のどちらかに危機に陥って貰い、あわよくば死んで貰う。でも、あくまで今回のショーのメインディッシュはナンバー9の心を折ることだから、試練に遭って貰うのはナンバー3……となると、どうするのが良いのかしら?」

 

 

 思考する、まだ保存食の缶を投げられて若干痛みを感じる脚部を撫でながら。

 もし、余裕ぶっこいてハイヒールで参戦していたら、ナンバー3をナンバーAとナンバーQのいる地点まで誘導できなかっただろう。ゲームを止める方向に大胆に動いてくる知性派は本当に厄介だとゲームマスターは知らず溜息を吐く。

 だが、頭に過ぎった知性派という言葉が、次の展開を浮かび上がらせた。

 

 

「そうだ、やっぱり知性派への試練と言えば……圧倒的な暴力、よね? そのまま蹂躙されても、機転を利かせて乗り越えても、観客受けは良いでしょうし」

 

 

 観客に心地よく死んで貰う為、その死にはドラマが必要だ。例えば自分が頭良いと思っている人物に対して、その想定を上回る事態で計算違いを起こさせ殺す、というのは1つの絵になるだろう。

 丁度良い人材はすぐ近くにいる。

 3階に入って銃を手に入れ、更に探している二人組が。

 そして、ナンバー3とナンバーQは今3階を目指している。

 そうだと決めたら、PDAに耳を当て、ディーラーとの連絡役であるオペレーターに通話を始める。

 

 

「もしもし、3階の二人組に探知機能の追加ソフトウェアを渡して頂戴。種類はディーラーに任せるわ」

 

『了解、でも良いんですか? ワンサイドゲームになりかねないのでは?』

 

 

 現時点で銃を手に入れているのは組織側の人間を除けば3階の二人のみ。

 彼等が本来ならもっと上階にある筈の探知機能を手に入れてしまえば、一方的な展開になる事が容易に想定される。一方的蹂躙は、ギャンブルである事を考えればあまりよろしくない。

 

 

「それは、一人か二人が死んだ時点でエクストラゲームを始めて武装を平均化すれば問題無いわ。案に関しては、これから口頭で簡単に説明するから、細かい部分はディーラーに調整をお願いするわね」

 

『分かりました』

 

 

 ゲームの加速させる為、ゲームを崩壊させない為、パワーバランスを傾けるのは一瞬だけだ。

 幸か不幸か、3階に居る二人組は冷静で合理的判断ができる人物である。

 だからこそ、彼等はその誘惑をはねのける事は出来ないだろう。ゲームに乗る事が合理的な状態さえ生み出せば良いのだから、合理的な人間を動かすのは簡単だ。

 

 

「以上、お任せするわね」

 

『了解しました、初日なのに展開を急ぎますね』

「ふふふ……古参の顧客にも配慮しないと、ね。かつて2ndステージがあった時代のようにそれが起こる前と後には全然違う空気になるように。あとはサブマスターの根強いファンにも、喜んで貰えるかしら?」

 

 

 オペレーターに手短に説明を終えたゲームマスターは、よいしょっと立ち上がる。

 長沢が考察したように、このゲームは何十回も行われている。そして、このゲームマスターは古参も古参、ルールが全然違う時代から組織の人間として殺し合いゲームを運営してきた。だから、過去の積み重ねにより、大抵の事はなんとかなるのだ。

 

 

「それでも尚、生き延びて……このゲームを止めたいのであれば、我々は歓迎するわ。我々のやり方で、ね」

 

 

 そして、ゲームマスターは自分に向けられたカメラに向かって話す。

 どう展開が動いても良いように、観客へのサービスを欠かさない。

 なにせ、ゲームマスター自身にもどうなるか分からないのだ。彼女にできる事はただ、面白い展開になるような布石を撒くことと、既に進んでしまったゲームの方向性を修正することしかできないのだから。

 

 

「私って、本当に仕事熱心よね。あー、忙しい忙しい」

 

 

 既に一生遊んで暮らせる資産を持っている筈のゲームマスターは、自分の芸術品を構築するかのようにゲームに戻っていった。




組織側視点、
原作では桜姫優希の事故による参加者再設定デスマーチと色条優希を参加させてしまうトラブルの2点で、大幅に介入が弱体化していたという解釈があったりなかったり。


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第十話 2ndステージ

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.1 :Qの殺害
川瀬進矢 :3:7.3 :3人の殺害
長沢勇治 :4:7.2 :首輪を3つ収集する
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
桜姫優希 :9:9.8:自分以外の全員の死亡
姫萩咲美 :Q:8.5 :2日と23時間の生存
北条かりん:K:5.1 :PDAを5個以上収集
矢幡麗華 :?:3.8 :???
郷田真弓 :?:4.1 :???
手塚義光 :?:4.1 :???
???  :?:??:???
???  :?:??:???
???  :?:??:???



 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

全ての悪事と同じく、残酷な行為に動機はいらない。その機会さえあればいいのだ。

ジョージ・エリオット (英国の作家)

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「か、川瀬さん……! 何が!?」

 

「先輩! 走って!!! 兎に角、走って! 来た道を引き返します!!!」

 

「は、はい……!」

 

 

 銃撃を受けたと理解した俺は、階段を転がり落ちるように駆け下り、困惑した表情の姫萩先輩に叫ぶ。

 後ろからは階段を駆け下りる音がする、一刻の猶予もない。これは、逃げ切れるか……? 銃だけなら、まだ良い。問題は追加ソフトウェアの存在だ。郷田社長のようにシャッターを操るソフトウェアがあったら、俺達は詰む。……無い事を信じて、今は逃げるしかない。

 

 

「川瀬さんは逃げないんですか……!?」

 

「牽制するだけですよ! 先に速く逃げてください!」 

 

 

 階段上から聞こえる足音から判断して、ギリギリ見えるか見えないかのタイミングを聞き分け、腰に差していたナイフを投擲する。その後結果を見届ける事なく振り返り、姫萩先輩の後を追いかける。背後からは階段にナイフが当たる衝突音がした。当てるに越した事は無いが、別に当たらなくても良い。向こうのスピードを遅らせるのが主目的だ。

 

 

 郷田社長、逃げながらあんな的確な投擲をやったのか!? とある意味で感心する。他人がやっていたからそこまで難しくないと思っていたのだが、コントロールは上手く行かない。

 

 

 しかし、考える余裕はない為、逃げるしかない。相手は交渉も降伏勧告無しで問答無用の射撃を行ってきたのだ。交渉の為のカードは複数持っているが、相手が交渉のケーブルについてくれなければ意味がない。

 目の前を走る姫萩先輩と一定の距離を取りつつ、走り続ける。

 自分と姫萩先輩、二人の走るスピードと体力を考えるに、俺が後ろいくのが合理的だ。

 

 

 

「次を右! その先、真っ直ぐ! 突き当たり右!」

 

「……! そういうことですね!? 分かりました」

 

「正直、ルートを考える余裕はないので、絶対間違えないでくださいよ!」

 

 

 誘導ポイントは、この階で唯一発見した罠がある場所だ。

 現在の所、確認した罠は二種類。罠を発動させた人間に危害を加えるタイプの罠と、分断するタイプの罠。期待している罠は後者のものだ。 

 だが、実際の所、罠の種類は分からない。前者であった場合、逃げに使える手を一手失うばかりか、最悪発動させて怪我をし、逃げられなくなってしまう可能性がある。

 

 

 普通に走って撒けるとは流石に思えない。正確に言えば、二手に分かれれば逃げ切れるかもしれないが、万策尽きる前にそれを選ぶ気はない。

 次点でエアダクトの使用だが、それも一度は相手に自分達を見失わせる必要がある。

 

 

――パァン!

 

 

 

「きゃっ!?」

 

「冗談きついですよ! 矢幡さん!」

 

 

 銃弾が俺のすぐ近くの床を抉る。

 すぐさま曲がり角から出てきた矢幡麗華に向かって、投擲ナイフを投げる。すぐに彼女は引っ込み、ナイフは壁にぶつかった。

 距離は体感で十数メートル、俺の知識の中では追って追われる中で易々と銃弾は当たらない距離ではあるが、安心はできない。

 

 

 

 走る、走る……走る。

 

 

複数回ナイフを投げた所為で右肩が痛くなってきた。拳銃に投擲用ナイフで対抗するのは、他に選択肢がないとはいえ我ながら無謀に過ぎるだろう。

 

 

 

―パァン! パァン!

 

 

 銃声が鳴る。

 すぐ真横を銃弾が通り過ぎた錯覚を覚える。

 いや、それは錯覚ではなかった。いつの間にか、服の裾が破け左腕辺りから痛みを感じる。

 辛うじて振り向きざまにナイフを投擲し、男は曲がり角の手前に引っ込んだ。

 

 

―あの男、銃の持ち方が堂に入ってるし、狙いが正確すぎやしないか!?

 

 

 郷田社長といい、あの男といいこの殺し合いゲームはきっとバランスが崩壊している。もしかしたら、銃弾が掠った事すら運が良かっただけなのかもしれない。

 ……これは勝てない、武装が同条件であっても、勝ち目はない。

 

 

「川瀬さん! もう少しですから!」

 

「問題ないです! 近づいたら、足下気をつけて!」

 

 

 

――本当に逃げて良いのか? どうにかしてあの二人を無力化する方法があるのではないか?

 

 

 目標地点である罠に近づくにつれ。勝ち目はない事は分かっているのに、できもしない事を考えてしまう。

 逃げ切ったとしても、あの二人が桜姫先輩や長沢、北条を殺してしまうのではないか? という懸念が頭から離れないのだ。

  

 そんな事を考えてしまったのが悪かったのか、後ろの曲がり角から銃を構えた男が出てくるのを視認する。咄嗟に腰に差していた投擲ナイフを取ろうとするが、その時に持っている分は全て投げきって居た事に気付いた。

 

 

――まずい、射線ドンピシャだ。

 

 

 後先を考えず、反射的に横に跳ぶ。回数を数えていた訳ではないが、弾を撃った回数を考えれば、向こうもそろそろ弾切れになってもおかしくない。だから、一瞬逃走が遅れても問題ない……そういう判断だった。

 

 

―パァン、パァン!

 

 

 だから、次に起きる展開は完全に予想外だった。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

「……え? せ、先輩!?」

 

 

 

 銃声がしたと思うと、前方から誰かが倒れた音がする。

 男と姫萩先輩の距離は約30m程、理論上届く距離なのは分かるが、当たる距離という認識が完全に抜け落ちていたのだ。

 

 

「ち、く……しょう!!」

 

 

 咄嗟に、腰にかけていた最後の武装であるコンバットナイフを取り出し、両腕で投げる。狙いもなにもない一撃ではあったが、二人の次の行動を数秒遅らせる程度の牽制にはなる……かもしれない。結果を確認する時間はなく、姫萩先輩の元に駆けつける。

 

 

「くっ……!」

 

「かわせ、さん…………逃げ、て……」

 

 

 姫萩先輩の制服の背中が少しずつ血で染まっていくのが見える。素人判断のパッと見だが、致命傷ではない……だが、治療できるかといわれれば微妙だ。

 許される迷いは一瞬。見捨てるか連れて行くか。

 メリットとデメリット、理と情……様々な事が頭を駆け巡るが、考える時間は姫萩先輩との距離を詰めるほんの一瞬だけ。

 

 

「先輩! 捕まってください!」

 

 

 時間がなさ過ぎて、自分が何故そちらを選んだか……自分でも分からないような決断。

 ただ、こう動いてしまった以上、今更引き返すことはできない。

 やるしかない、やるしかないのだ。

 

 

「おろして……くださ……」

 

「黙って、今は俺にしがみつく事だけを考えてください」

 

 

 なんとか姫萩先輩を背中に背負い、前に進む。

 あと、少しだ。罠まで、数十メートル。それが非常に長く感じる。

 姫萩先輩はずっしり重く感じるが、それ以上に腕の力が弱々しい。

 事がここに至っては、最早、罠が分断系の罠である事に賭けるしかない。

 頭脳は役に立ってくれない。あとは、自分に残された気力体力と……悪運を信じるしかない。

 

 

 この殺し合いゲームで、少々無理をしすぎたのか、体感では割と限界に近い、罠を踏んだ後で、外れだった場合、そこから姫萩先輩を見捨てて逃げる体力はもう残っていない。こうなるなら、つまらなかったとしても、高校でも運動部を続けておくのが良かったと後悔する。

 

 

―前へ、前へ…………

 

 

―パァン!!!

 

 

「あ…………うぐっ」

 

「まだ……まだぁ!」

 

 

 銃声が鳴り、衝撃が身体全体に走る。辛うじて体勢を整え直すと、前に進む。どこかに被弾したのを感じるが、確認する余裕はない。幸か不幸か、自分の身体を動かすのに異変は無い。牽制がなくなり、反撃ができない状態になった俺は、一刻も早く進むしか手はないのだ。

 

 

「これで、終わりだぁ……!」

 

 

―カチャリ

 

 

 と、倒れ込むように、床にある突起を踏みつけ音が鳴る。

 待望の罠だ、運命の審判を待とうとすると、突然重力を感じなくなる。

 地面は割れ、下の部屋……そしてベッドが見える。人を抱えているから、受け身も取れない。そのまま無抵抗に落下した。

 

 

「それじゃ……あばよおおお!」

 

 

 絞り出すように、後ろの二人に向かって別れの挨拶を行い、そのままベッドに着地。なんとか、体勢を整え姫萩先輩を上からの射線から逃し、ぐったりした姫萩先輩を部屋の隅で寝かせる。そして、先輩の所持品であるスタンガンを拝借した。

 万が一、矢幡と男の二人組が落ちてきた場合……落ちたタイミングの一瞬の隙を逃さず、男をスタンガンで気絶させ、次に矢幡と至近距離で交戦する必要があるからだ。

 

 

「ハァハァハァ……」

 

 

 二人の乱れた息と自分の鼓動がやけに大きく感じる。一瞬の時間が、とんでもなく長い時間に感じられる。

 そして、足音が落とし穴に到達する頃には、既に天井が閉じられていた。再び開くかもしれないと警戒するも、そのような様子は無い。

 一度発動すると、二度は発動しない罠なのか……?

 

 更に暫くスタンガンを構え、ようやくそれを降ろす事ができた。

 

 

―……逃げ切った?

 

 

 そして、姫萩先輩の方に振り返り。僅かに感じていた安堵が粉砕された。

 床は真っ赤な水溜まりができ、それは現在進行形で広がり続けている。素人目でも、それが致命傷なのは明らかだった。

 

 

「……っ!? 先輩!」

 

 

 救急箱から包帯を取り出し、失礼して制服を脱がせていく。

 所謂、女性甘いの臭いは全く感じられず、血の独特な臭いだけが場を支配する。被弾箇所は2ヶ所、最初に確認したのは背中の左端寄りで貫通もしている。だが、新しく出来た銃創は背中の上部中央付近。恐らく肺に到達しており、しかも、貫通していない。弾は未だに体内に残ったままだ。

 ……彼女を、背負っている時に受けた衝撃はこれのことだったんだろう。

 

 

 血はとめどめなく流れ続け、抑えている包帯が真っ赤に染まる。

すぐに新しい包帯に取り替えるが、結果は変わらない。理性では分かっている、もう助かりようがないと。例え、どんな名医でも、最新の医療機器が万全に揃っていたとしても。

 

 

「川瀬……さん」

「先輩……」

 

 

なんて声を掛ければ良いのか、そもそもどこで間違えたのか……どこから間違えていたのか。それとも、間違いを積み重ね続けてきたのか。

 恨み言を言われるなら、別に構わない。

 最後の言葉になるかもしれない、姫萩先輩の言葉を待った。

 

 

「私を……殺してください」

 

「嫌です」

 

「私はもう、たすから……な」

 

「死ぬのであれば、御剣先輩に殺されてください。ここで、貴方が死ねば、御剣先輩は首輪の解除手段を失うんですよ!?」

 

 

 死の間際に他者の身を案じる。

 もっと自分本位な事を言って欲しい……という俺の気持ちとは裏腹に、その気持ちが分からない訳ではない。

 姫萩先輩は自分の終わりを悟り、最後に何かを遺せないかあがいている。短い付き合いではあるが、彼女がそういう人間なのは分かっている。

 ……だからこそ、こんなゲームで死んで欲しくないのだ。

 

 

 どうすれば良い?

 姫萩先輩の思いを叶えるのが、良いのか……。

 ほんの少し、悩んでいる間にもどんどんと血は流れていくというのに。

 

 

「川瀬、さんは……優しい、ですね」

 

「……俺は、自分本位なだけですよ。俺は姫萩先輩の命を背負って、これからの人生を生きたくなりません。心に傷跡を残すなら、想い人にしてください」

 

「……ふふふ、アニメの、見過ぎ……です」

 

 

 ケホっと血を吐く。

 なんとか、姫萩先輩を抱きかかえ、部屋の外の通路に移動する。……誰も居ない。近くに御剣先輩がいるなんてミラクル……発生する訳がない。

 力無く、姫萩先輩を床に横たえ、彼女の手を握る。……始めて握った彼女の手は非常に冷たかった。

 

 

「いままでの人生……何も、良い事は、無かった。でも、最期の最期で、初めて……信じられる人が……できた。だから……だから……」

 

「……」

 

「このゲームに……参加できて良かっ、たです。ありがとう……ござ……」

 

 

 そして、沈黙。

 何も聞こえない。力を失い、急速に冷たくなっていく姫萩先輩の手。

 姫萩咲美という人間と、短い付き合いである俺には、その言葉の意味は分からない。もっと、彼女と話をすれば良かったという後悔の念が湧いてくる。

 彼女の顔は非常に穏やかだった……だが、いくらなんでも、これはあんまり過ぎるのではないのではないか? 

 人の死を見るのは二回目、だが受ける衝撃の比は1回目のそれとは比較にすらならない。……死に顔の印象は全然違うというのに。

 

 

 自分はもう少し何かができる人間だと思っていたし、多分、姫萩先輩を助けたのもその延長だ。それが、結果的に彼女にとっての救いになっただけ。しかも、肉体的には何も守ることができなかった。

 もしも、事件にさえ巻き込まれれば、活躍できると思っていたし、その準備も自分なりにしてきたつもりだった。しかし、現実はどうしようもなく、ただただ翻弄されるだけだった。

 

 PDAからアラームが鳴る。

 取り出し力無くソレを眺めていると、画面が少しずつ変化していく。

 

 

「……」

 

 

―『エクストラゲーム』?

 

 

 無機質だったPDAの画面が、何故か陳腐な装飾を施された一昔前のRPGゲームのスタート画面のようになっていた。

 そして、何も押してないのに画面が変化し、あるキャラクターが出てくる。ハロウィンでよく見るジャック・オー・ランタンを3等身にデフォルトしたようなキャラクター。所謂、マスコットキャラクターという奴だ。

 

 

 ジャック・オー・ランタンは軽快な音楽に乗って、ステップを踏みながら画面の端から中央に向かって進んでいる。

 そして中央に辿り着くと、画面上部に登場した『start』という文字を指さす。

 

 

「ゲーム主催者からのアクション……か」

 

 

 それがありえない願望であることは分かっている、だが姫萩先輩をここからでも救う手段があるなら……という希望を持って、スタートボタンを押した。

 

 

 すると、画面が一度全て消え、ジャック・オー・ランタンが大写しになる。そして、音楽の音量が上がる。

 

 

『お楽しみ! エクストラッゲーィム!』

 

 

 怪人は文字付きで喋り始める。

 あえてコミカル調にすることで、参加者のヘイトを買うというレベルの低い虐めなんだろうと理解した。ペナルティの時も似たような文体だったということもある。

 

『やぁ、僕の名前はスミス! このゲームのマスコットキャラクターを務めているよ! これを見ているお友達、初めまして!』

 

「……」

 

『……ん~、元気が無いぞ。もう一度! 初めまして!』

 

「覚えてろ、必ずお前の中の人に到達する……覚悟しろ」

 

 

 更にもう一度。思わずPDAを叩きつけて破壊したくなってしまう。だが、それは流石に駄目だ。言葉ににじみ出るだけに留めた。

 

 

『おう、怖い怖い。そんな怖い君達に朗報だ! ずばり! 仲間を殺して、ボーナスゲット!』

 

 

「……は?」

 

 

『裏切りのタイミングを見計らっていた諸君、その判断は正解だ! 今裏切れば、数々の特典が……! 初回特典付きだよぉ!』

 

 

―ピロリンピロリンピロリン

 

 

 姫萩先輩が持っていたPDAが鳴る。俺のは鳴っていない。

 それが意味することは、即ち……。

 

 冷たくなった姫萩先輩のPDAを受け取る。

 そこに書かれていた文字は【生存者数11名】。 

 恐らくは、姫萩先輩の命の灯火が消えたのだろう。

 

 

『具体的にはゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡した場合、君の欲しがっている物をお渡しするよ! …………って、はやい! はやいよ!! 初回特典は売り切れました!』

 

 

「……ふざけやがって」

 

 

 自分でも出したことのないような冷たい声が出る。 

 姫萩先輩の死が利用され、汚されたようで狂いそうな怒りが襲う。違う、狂ってしまいたかった。目の前で、穏やかな顔で倒れている姫萩先輩がいなければ、もっと取り乱したかった。

 

 

『ボーナスが気になる人が居たら、個別でメッセージ送るからね! 期限は今から1時間! この放送が終わったら、最初のプレイヤーにボーナスの内容を個別に送信するよ!』

 

 

「…………」

 

 

 ボーナス。

 つまり、武器……追加ソフトウェアか。

 皮肉な話だ、それを狙っているのだろうというのは分かる。

 守るべき人が居なくなってから、誰かを守り殺す為の武器を配布する。

 これが彼等のやり方なのだ。

 人の心がない、というのも違う。俺達を人間だと思っていないのだろう。俺達はただの……ゲームの上の駒に過ぎないのだ。俺がいつも、ミステリー小説や映画を見ている時のように……。ゲームでキャラクターを、操作している時のように……。

 

 

 

―ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

生存者10名

 

―ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

生存者9名

 

 

 無機質にPDAが鳴り続け生存者は減り続ける。

 完全に同タイミングで、同じように誰かが死ぬとは思えない。裏切ったんだろう……誰かが誰かを。

 ボーナスがメインなのか、同行者を信じることができなかったのか、そこまでは分からないが……。

 

 

「ははは……なんだよ……この、追加ソフトウェア。完全に、外れじゃないか……」

 

 

 涙声が混じった言葉を出し、全てを理解する。

 今までは気楽に誰かを信じることができた。それはもうできない、誰かに信じられることも、誰かを信じることも……。

 ゲームの均衡は崩れた。

 これが本当のゲームの始まりなのだ。



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幕間2 彼と彼女の決断と結末

 

 

 

 

 

―――――――――

人はしばしば、運命を避けようとした道で、その運命と出会う。

ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ (17世紀のフランスの詩人)

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な!? PDAナンバー『5』だって!?」

 

「は、はい……どうかされましたか?」

 

 

 御剣総一にとって、このゲームは波乱の連続だった。 

 恋人に良く似た少女である姫萩咲美に出会い同行している内に、罠にかかり、その後ルールと罠情報を交換した手塚義光に攻撃された。

 そして、姫萩咲美の解除条件である『5』の【24ヶ所のチェックポイントの通過】をクリアしながら、他の人を探していたところ、目の前の女性……郷田真弓の悲鳴が聞こえ、駆けつけたところ自分とそっくりな男子高校生である川瀬進矢と出会った。だが、彼は総一の恋人である桜姫優希の存在を示唆するだけして、仲間である姫萩咲美と共にと分断されてしまった。

 

 だが、総一にとっては自分の事よりも、恋人である桜姫優希がこんな狂ったゲームに参加している……ということはそれが一番重い事実だ。

 正直、気が気でなく目の前の女性を無視してでも、駆けだして探しにいきたい。

 だが、そういう訳にもいかず、郷田真弓と名乗った中年女性と情報交換をしていた。

 ルールは相互に全て把握していたので、まずお互いに解除条件を……という話になったのだが、郷田真弓はまさかの姫萩咲美と同じ解除条件だったのである。

 

 咲美のPDAも郷田のPDAも、どちらも画面を確認したが同じだ。

 念の為、郷田に事情を説明し1Fのチェックポイントの位置表示も確認させてもらったが、総一の記憶が正しければ全て一緒に思える。

 

 

「ど、どういう事なんだ!?」

 

「きっと、JOKER……なんでしょうね……」

 

「……っ!? 偽装機能……!」

 

 

 どっちが、とは言えない。

 今まで行動を共にしてた姫萩咲美がJOKERで自分を欺いていたとは思いたくないし、だからと言って郷田真弓がJOKERであると決め打つ事もできない。ただ、どちらかが確実にJOKERであり騙しているというのが確実な問題だった。

 

 

「私を疑っているんですね……」

 

「……!? い、いえ……そんな事は……」

 

「いえ、正しい判断だと思います。私も先ほどのPDAナンバー3番、川瀬進矢君に襲われるなんて、夢にも思っていませんでしたから」

 

「そ、そういえばどうして、あの男の解除条件を知っていたんですか?」

 

「話せば長くなるんですが………ルール交換の時に一緒に居たんです、御剣さんともう一人とそっくりな二人組。桜姫優希さんと、川瀬進矢さんに……」

 

「優希……っ!」

 

「桜姫さんは、恋人と一緒に居たときに誘拐されたと言っていました。それが、貴方なんですね……」

 

「は、はい……!」

 

 

 この時点で総一に、郷田の話を聞かないという選択肢はなくなった。

 勿論、目の前の女性がJOKERで欺いていると可能性は否定できない。

 川瀬進矢と共に分断された咲美が心配という気持ちもある。

 だが、それを上回る人物が桜姫優希なのだ。

 

 

「一人の男性がルール違反で死亡し、その時に6人集まりました。その時に、お互いに首輪の解除条件を交換できない……そのような空気になった時に、異議を唱え、殺し合いを否定し、全員で協力すべきと声高に主張していたのが桜姫さんでした」

 

「それは……彼女らしい行動だと思います」

 

「それに異議を唱えたのが3人、彼女に同調したのが自分が殺人の解除条件【3】だと自ら明かした川瀬進矢1人……そして、恥ずかしながら私はその場に踏み込めず傍観するしかありませんでした」

 

「…………そう、ですか」

 

 

 総一はその時の情景がありありと想像できる。

 幼い頃、桜姫優希はいじめられっ子、無視されていた子を庇い、仲間に入れた結果、自分が虐められてしまう状態になった事がある。不条理に対し、反抗した結果として不条理の矢面に立ってしまうのだ。この狂ったゲームでも彼女が変わらなかった事に対し安堵する一方、それは彼女が現在非常に危険である事を意味する。心無い人間なら、桜姫優希を良い餌としか思わないだろう……という事は悪意に疎い総一であっても容易に想像しうるからだ。

 総一の表情が暗くなっているのを察したのか、郷田はPDAを開きながら口を開く。

 

 

「……あ、大丈夫ですよ。桜姫さんは生きてます」

 

「どうして、分かるんですか?」

 

「私のPDAには、追加ソフトウェアがインストールされており残り生存者数が分かるからです」

 

 

 そう言って郷田は自分のPDA画面を開示した。

 【生存者 12名】、確かにそう表示されている。郷田が言う最初にルール違反で死んだ男という話が真実であれば、まだ誰も死んでいないということになる。

 

 

「そうですか……良かった」

 

「追加ソフトウェアは、武器や食料と同じように部屋で見つけました。ダブらせてしまった【プレイヤーカウンター】をお渡ししますね」

 

「何から何まで、ありがとうございます」

 

「とんでもありませんわ、御剣さんは命の恩人ですもの……あと私にできる事は危険人物の事を教える事位ですね……」

 

「ど、どういう事なんですか?」

 

「御剣さん、貴方は桜姫さんの事が気になるんでしょう? 行ってあげてください」

 

「……すいません」

 

「悪い事なんて、何もありませんわ。私も、大切な人が居たら同じようになっていたでしょうし」

 

 

 総一は郷田から、ソフトウェア【tool;player counter】を受け取りながら、どうしてもJOKERで人を騙すような人間であるとは考えられなかった。やはり、姫萩咲美に騙されたのか……? という疑念が、芽生える。彼女は、恋人である桜姫優希とそっくりであるが故に、総一の中で無意識の内に甘い判定を下していたのかもしれないのであった。

 

 

「私の知る危険人物は5人います」

 

「……5人も!?」

 

 

 そんな総一の心中を知ってか知らずか、郷田の説明は続く。

 川瀬進矢はルール交換時はゲームに否定的かつ他プレイヤーに協力的だったが一転して、ゲームに乗った狡猾なプレイヤー。解除条件交換に否定的でそれぞれの理由でゲームに意欲的だった、矢幡麗華、手塚義光、長沢勇治の外見的特徴とそれぞれの言動の説明。更に、矢幡麗華に関しては、クロスボウで実際に襲ってきたと言うのだ。

 そして、突然ナイフで襲いかかってきた短髪茶髪のボーイッシュな少女が居たと郷田から聞く。

 

 

「既に12人中5人もゲームに乗ってるんですね……俺も手塚って男に襲われてます」

 

「そうですか、手塚さんが……尚更急いであげてください。私の解除条件では、貴方の邪魔にしかなりませんから」

 

「本当に申し訳ありません、郷田さんも……お元気で」

 

「えぇ、御剣さんもお元気で……桜姫さんに出逢えたら、『私が心配していた』と伝えてください」

 

「必ず伝えます……!」

 

 

 【プレイヤーカウンター】をインストールした後に総一は駆けだした。

 走るルートは優希を探しながら、咲美が居るであろうシャッターの向こう側へ迂回するのだ。

 何が本当で何が嘘か、分からない。一秒でも早く優希を見つけたい、焦燥感だけが総一を支配していた。

 だから、郷田の黒い笑みに気付くことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァハァ……もう他の人は二階に上がったのか?」

 

 

 大回りして、シャッターの向こう側に回った後に誰も居ない事を確認し、その後も一階を駆けずり回って……早数時間。総一は誰も見つけられていなかった。幸運にも追加ソフトウェアを幾つか発見し、その内の1つ【地図拡張機能】により戦闘禁止エリアの場所を把握した為、1階の【戦闘禁止エリア】を回ってみたが、使われている痕跡すら無かった。

 その点に関しては運が悪かった事と、1階に居る他プレイヤーが未だに【地図拡張機能】の追加ソフトウェアを発見しておらず、戦闘禁止エリアに到達していた人物がいなかった事が原因であるが……勿論、総一にはその辺の事情は知るよしも無い事であった。

 

 

「と、なると……上の階か、階段の近くで休憩するのも有りかな」

 

 

 総一は落ちていたメモを拾い上げ、考える。

 

 

『ルール5により、開始から24時間経過で1階から順次下のフロアが進入禁止エリアになっていきます。進入禁止エリアに居たら首輪が作動するので、上に上がって下さい。皆で生きて帰りましょう! by川瀬進矢』

 

 

 誰を信じれば良いのか、何を信じれば良いのか……。

 現状、総一にとって絶対に信じられる人物は恋人の桜姫優希しかおらず、姫萩咲美も、郷田真弓も、川瀬進矢も……信じきることができない。

 生存者数は12人から変わっていないものの、ゲームに積極的と思われる人間が多数確認される今は少しでも彼女の情報が欲しかった。この疑心暗鬼が渦巻く裏切りと殺し合いのゲームにおいて、正義感の強い純粋な桜姫優希が長生きできるとは思えないからだ……そんな彼女だからこそ、何に代えても―と思うのだ。それこそ、自分の首輪の解除条件を度外視しても。

 

 そのまま、1階から2階への階段を目指している時にそれは起こった。

 

 

『お楽しみ! エクストラッゲーィム!』

 

 

 PDAの画面にスミスと名乗るカボチャの悪魔が現れ、恐ろしい事を話し出したのだ。

 

 

『裏切りのタイミングを見計らっていた諸君、その判断は正解だ! 今裏切れば、数々の特典が……! 初回特典付きだよぉ!』

『具体的にはゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡した場合、君達の欲しがっている物をお渡しするよ! …………って、はやい! はやいよ!! 初回特典は売り切れました!』

 

 

 そして、スミスが話している間にも次々とPDAがアラームを流し、反応していく。

 まるで指し示しているかのように、生存者数が減っていくのだ。

 

―ピロリンピロリンピロリン

 

生存者11名

 

―ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

生存者10名

 

―ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

生存者9名

 

 

「くっ……! 一体……何が起こってるって言うんだ……!?」

 

 

 突然エクストラゲームで、隣の人物を裏切れば特別ボーナスをあげるという趣旨の内容がPDAに送信されたかと思えば、プレイヤーカウンターが一気に3人減った。つまり、最低でも二人以上の組が3組存在し、その3組でエクストラゲームに乗った人物が存在する事を意味する。

 そして総一の知る限り、桜姫優希は絶対に裏切る側に立つ事はなく、裏切られる側の人物である。誰かに裏切られ、殺される優希を想像して吐きそうな思いに囚われる。

 だが、次の瞬間、その驚きを吹っ飛ばされるような言葉がPDAから飛び出てきた。

 

『おめでとう! ! 御剣総一君、裏切りチャレンジ成功だ!!! ボーナスをあげよう! 初回限定特典付きさ!』

 

「馬鹿な!? どういうことだ!? 俺は誰も殺してなんかいないんだぞ!」

 

 

 そこで、自分とは直接無かったため、聞き流していた具体的なボーナスの条件の部分を思い出す。

 それは、『ゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーの死亡』。

 御剣総一にとって、その条件に該当する人物は1人しか居ない……!

 

 

「まさか、まさか……咲美さん!?」

 

 

『その通り、全くせっかちなんだからさ。ちゃんと人の話を最後まで聞いてから、殺して欲しいよね。……とと、ちょっとボーナスの方は準備がいるから先に初回限定特典をお渡ししよう』

 

 

「くそ……人の命をなんだと思ってる……! ボーナス、だなんて……!」

 

 

『へぇ、それが桜姫優希の現在位置の情報だとしても同じ事が言えるのかな』

 

 

「この……っ!」

 

 

 総一は、咲美の死を知り憤慨するも……優希の現在位置がボーナスになるなら話は別だ。

 どうして姫萩咲美が死んだのか、死ななければならなかったのか……気になる事は沢山ある。だが、こんな場所であるからこ文字通り一刻も早く優希に会わなければならないのだ。

 

 

『でも、簡単に教えるのは違うかな? そうだね、2つの道を示そうかな』

 

「……そう簡単に教えてくれる訳無い、か。だが、2つの道って何だ」

 

『まず、初回限定特典として……PDAナンバーを1つ指定してね! そのナンバーのPDAの初期配布者の現在位置を教えてあげるよ! いつまでもひとりぼっちだと可哀想だからね!』

 

「……っ! そうきたか」

 

 

 総一は考える。

 このゲームを考え、実行している連中は相当に性格が悪い事は間違いない。

 自分が優希と合流したい気持ちすら何らかの手段で知り、利用しているのだ。

 その葛藤を感じ取ってか、更にカボチャは畳みかけるように言う。

 

 

『もし失敗しても大丈夫! 僕達はね、君の恋人を想う気持ちに感激しているんだ。だから、覚悟を示してくれれば、無条件で桜姫さんの現在位置を教えるよ!』 

 

「覚悟? 覚悟だって……どういうことだよ」

 

『君が、参加者の1人を殺した時点で、無条件で桜姫優希の現在位置を教えるよ! 時間は無制限だからね! これも初回限定特典の範疇だと思ってね!』

 

「そんなの……できるわけ、できるわけないだろ!」

 

 

―他人を信じろ、困ってる人は助けろ

―ズルはするな

 

 

 恋人である桜姫優希から常日頃から散々言われている事が総一の頭の中で反響する。

 勿論、その約束が無かったとしても人を殺すなんて事を御剣総一ができるわけないのだが。だから、解除条件が『Qの殺害』であっても、ここまでQの所有者を殺そうと動かなかったし、動けなかったのだ。

 

(だけど、優希と命と引き換えなら―? いや、俺は何を考えているんだ)

 

 頭をブンブンと振り、総一は頭の中から悪い考えを排除する。

 総一自身、このゲームの狂気に少しずつ呑まれているのかもしれなかった。

 

『愛しい彼女を救いたい、だけど救う為には愛しい彼女の最も嫌う手段を取らないといけない……あぁ、なんて悲劇なんだろうね!』

 

「……黙れよ! お前達がやっているんだろう!?」

 

『おっと、怖い怖い。でも大丈夫だよ、彼女のPDAのナンバーさえ当てればその必要もないからね! 自分の番号を外せば12分の1! さぁ、はりきって当ててみよう! 制限時間は10分だよ! 僕も他のプレイヤーのボーナスの準備で忙しいからね!』

 

 その心中を知ってから知らずか、カボチャの悪魔の言葉に怒りが沸騰しそうになる。

 だが、カボチャの悪魔の言うことは正しい。ようはここでPDA番号さえ当てれば良いのだ。

 ……総一は考える。この殺し合いゲームを運営している奴らは、相当に性格が悪い。

 そして、自分のPDAは【A】の『Qの殺害』が解除条件となっている。

 そして恋人とのゲーム参加……つまり、1つしか無い。

 他に考え得る可能性はない、悩み……そして決断した。

 

「……スミス! 『Q』のPDAの初期配布者の場所を教えろ!」

 

『了解! 今の、『Q』の初期配布者の位置はここだ! ボーナスは、その近くの部屋に別途配置するから、初期配布者の位置に到着する頃にはまた連絡するからね!』

 

 マップが表示され、緑色の光点が示される。

 今の位置から結構遠い、それでも総一は可能な限り最短のルートを算出し、急いで走り出すのであった。全て、彼等の思惑通りに動かされている事に気付かぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、間違ってない……生き残る為には、仕方なかったのよ……!」

 

矢幡麗華は自分の事が分からなくなっていた。

 

――初めて人間を撃った。

 

 それは別に良い。殺さないと殺されるのだから。

 それでは何故、今このように狼狽しているのだろう?

 割り切っていた筈だった、生きて帰る為なら文字通り何でもする筈だった。

 

 そして、彼女は解除条件の都合上誰か襲い、そして殺す必要があった。

 生きる為に人を殺す、それはやむを得ないことだ。 

 そうしなければ、殺されるのは自分なのだから。

 非戦を訴えている、桜姫優希と川瀬進矢……彼等も人を殺さないと帰る事ができない。今はそうであっても、いつか必ず裏切るだろう。だから、先手を打って攻撃した。

 

 ここまでの経緯を説明しょう。

 

 ルール交換直後に別れた後、戦闘禁止時間解除直後に郷田に襲われ逃げ切り、しかし高山浩太という仲間を得た彼女は上階の方が良い武器が入るという判断の下、3階に到達していた。

 そこで手に入れたのは銃、そして参加者の首輪の位置を特定する追加ソフトウェア。ソフトウェアによると、既に3階に到達しているプレイヤーは自分達二人のみ、それ以外には3階への階段近くにいるプレイヤーが二人いた。

 銃を手に入れた事で麗華は動揺していたが、傭兵だという高山は銃があるという事実を重くみたものの、銃そのものには恐れる事はなく、頼もしさがあった。正直に言えば、麗華としては高山が何時裏切る人物かヒヤヒヤものであったが、万が一敵に回したとしても勝ち目はないことは明らかで、やむを得ないという面が強かった。

 

『決断の時だな、銃を持っているのは俺達だけ。他のプレイヤーはこの階に上がらない限りは銃を手に入れる事はできない』

 

『分かっていた事ですが、本気で殺し合いをさせるつもりなんですね……今、仕掛けて大丈夫でしょうか? もっと強い武器を探すのは?』

 

『その手段は否定はしないが、3階で拳銃だ。ただでさえPDAを破壊する可能性がある、これ以上の破壊力があればまともにPDAを得る事ができなくなる。解除条件上、お互いに困る事になるだろう?』

 

『なるほど、分かりました。では、まず3階に上がってくる二人組ですね』

 

『あぁ、それまでに構えを教えておく。音で気付かれては困るから、実際には撃てんがな』

 

 幾つか打ち合わせをした後に、階段前で待ち伏せする。

 大した事のない時間の筈なのに、恐ろしく長い体感時間を経てソレが飛び出した。

 高山は迷わず、飛び出したそれを撃ち抜いたが。血が吹き出るのではなく、ガラスの割れる音が響く。

 

『……ほう! 鏡か。切れ者でもいるのか、尚更逃がすわけにはいかないな。追いかけるぞ』

 

『は、はい……っ!』

 

 そこからはひたすらに追いかけっこの持久戦。相互の体力の消耗具合を考えると狩猟と言っても良かったかもしれない。

 銃とナイフ、至近距離ならば兎に角、その強さは比べものにすらなならい。

 最初は銃の反動に驚きはしたものの、高山の手ほどきで徐々に慣れていく。

 半分は人殺しの練習のようなものだった。

 

『冗談きついですよ!? 矢幡さん!』

 

 相手はPDAナンバー3番、『3人殺し』の川瀬進矢だ。一緒に居た女性は、ナンバー9『皆殺し』の桜姫優希と瓜二つというレベルで似ているが、制服は違う。どうせ殺すのだ、関係はない。

 牽制用の投げナイフを使い切らせ、距離を詰めてトドメを刺す。そういう流れだった。

 

 そして時が訪れる。

 高山が、遙か遠くにいる桜姫優希似の高校生を撃ち抜くことで……だ。

 これは何度か撃った麗華にとっても恐るべき腕前であり、敵に回さなくて良かったと安堵するものだ。

 川瀬進矢が破れかぶれにコンバットナイフを投げたが、問題なく回避する。

 

 高山はこれにて弾切れ、次に撃つのは麗華の番だ。

 だが、麗華の腕では逃げる川瀬を撃ち抜くことはできないだろう。

 一人殺せるだけでも上出来か……そう思ったところで、川瀬進矢がとんでもない行動にでる。

 

『先輩! 捕まってください!』

 

 彼は撃たれて足手まといの仲間を、背負って逃げ始めたのだ。

 ……本物の馬鹿だ。ルール交換の時に出会った時の彼は、理知的で底知れない人物だった。

 それこそ、わざと殺人条件を開示して尚、解除条件達成に支障はない……むしろ、公開して信用を得ることで、裏切りを画策できる人物だと、そう思っていた。

 麗華は困惑しつつも、それでも当初の目的通り、スピードが落ちた彼を追いかけ震えた手で照準をつける。

 

……その時、自分の手が震えている事実気付くも、理由までは分からず、最初の殺人であると躊躇しているのだと思い、自分の心に抗いその背中を撃ち抜いた。

 

 銃弾は彼が背負っていた女性に当たる、当たり所は急所と言える場所だろう。だが、衝撃を受けた筈の彼は踏みとどまり、そのまま走り続けた。

 

 そのまま追いかけ、さらに複数の銃弾を撃ち込む事は彼女にとって容易だった。

 しかし、ここで初めて人を撃った感触に支配され、麗華は動けなくなってしまう。

 そして、高山が銃弾の装填を終え、彼等に照準をつけるのとほぼ同時にそれは起こる

 

『それじゃ……あばよおおお!』

 

 そして彼等の存在は消える……違う、落ちていく。

 すぐに麗華と高山は二人でその場にかけつけるが、その時には丁度落とし穴が閉まり始めていた。

 

『彼等に迷いはなかった、最初からこの落とし穴狙いだったのか……?』

『あ……あ……』

 

 高山は冷静に状況を分析している状況を尻目に、麗華の心の軋みがここで全身を支配し座り込む。

 

 そして、矢幡麗華は初めて自らの過ちを自覚した。

 少なくとも川瀬進矢は本当に殺し合いの打破を目指しており、そして桜姫優希も殺し合いに乗らず、彼等は誰も殺すつもりはなかった。彼等のあの時の言葉は、全て真実だった。

 そして、命を賭しても他人の為に動ける人間だった……。

 襲われたなら仕方ないと割り切れた、相手が無抵抗だったとしてもいずれ殺人に積極的になる人物だから、殺すのは仕方ないと割り切れた。

 

 だが、よりによって命を懸けて仲間を助けるところに、無慈悲な銃弾を撃ち込んでしまった。

 彼女は、自分に手を差し伸べようとした人間を疑心暗鬼から手を振り払い、彼等が裏切らない人間だと証明したタイミングで殺してしまった。

 

『わ、私はこのゲームには乗りません! 誰も殺す気はありませんし、他の人解除条件が殺人ではない限り協力します! そして、首輪を解除しなくても助かる方法を見つけて見せます!』

『生憎ですが、俺は桜姫先輩のように優しい人間ではありません、貴方たちが団結して最大人数を生き残らせる方針で行くなら協力します。大人しく、解除条件を満たさずに生き残る方法を探す覚悟を決めますよ』

 

 麗華の頭の中で、彼等がかつて言った言葉が反響する。

 ……仕方ないから殺した、という言い訳はもうできない。

 川瀬進矢が、他人を見捨てるような人間だったら良かった。麗華自身が既に何人も殺して、後戻りができない狂気を孕んでいれば良かった。

 しかし、彼女はまだ正気でゲームに飲まれ切っていない。自分を客観視する余裕が残っていた。

 矢幡麗華は残された理性により、自らの愚かさが故に殺人鬼に堕ちた自分を自覚してしまい…………嫌悪し、恐怖した。

 

 どんなに覚悟を決めたつもりであっても、彼女は大学の自由さが合わず、周囲に馴染めなかった普通の女子大生に過ぎないのだから……。

 

「私は、間違ってない……私は間違ってなんか……!!!」

 

 自分の罪を自覚するが故に、漏れる声が嘘である事が分かってしまう。

 罪悪感が胸を支配し、周囲が何も見えなくなってしまう。

 仲間の声も、PDAからの音も……。

 それは彼女にとって致命的な隙だった。

 だから―

 

『君達に朗報だ! ずばり! 仲間を殺して、ボーナスゲット!』

『裏切りのタイミングを見計らっていた諸君、その判断は正解だ! 今裏切れば、数々の特典が……!』

 

 裏切り、裏切り……そう、矢幡麗華は裏切られるのが怖かった。だから、彼等の手を払いのけた。

 そして、終いには彼等に銃弾を返した。

 それが一番安全だったから……。

 心の中から罪の意識が溢れてくる、周囲の音も景色も全て聞こえない程に。

 だから、彼女は自分に向けられた銃口に気付くことができなかった。

 

 

――パァン!

 

「……か、はっ……!」

 

 

 完全に悪に徹する事もできず、差し伸べられた無償の善意を信じる事もできなかった。

 結局のところ、矢幡麗華はどうしようもなく人間だった。

 人間であるが故にこのゲームを生き延びる事ができなかった。

 

「……悪いな、確実な方法をとらせて貰った」

 

 エクストラゲームで高山浩太に送られてきたボーナス、それはメッセージに『tool;joker search』と書かれていた。確実に生き残る手段、それが彼に本来行わせないであろう裏切りを行わせた。

 

(あぁ……そうか、間違えた。私ったら……いつも、そう……人を疑い、過ぎちゃう……から)

 

 そして、自ら作った血だまりに倒れ、その血だまりを広げていくのだった。

 もしも、次があれば……そんな馬鹿な事を考えながら、矢幡麗華の命の灯火は消えた。

 強い猜疑心を持ち、裏切らない人間の手を撥ね除けた彼女は、よりによって裏切りによって自分の人生を終えることとなった。



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第十一話 正義が折れる時

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:4.9 :Qの殺害
川瀬進矢 :3:5.3 :3人の殺害
長沢勇治 :4:6.2 :首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.1 :24ヶ所のチェックポイントの通過
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
桜姫優希 :9:8.8:自分以外の全員の死亡
姫萩咲美 :Q:DEAD:2日と23時間の生存
北条かりん:K:6.1 :PDAを5個以上収集
矢幡麗華 :?:DEAD:???
手塚義光 :?:4.1 :???
高山浩太 :?:??:???
???  :?:??:???
???  :?:??:???


 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

この世に壊れやすいものは沢山ある。人の心は簡単に折れ、夢も希望も簡単に砕け散る。

ニール・ゲイマン (英国の作家)

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おめでとう!! 川瀬進矢君、裏切りチャレンジ成功だ!!! ボーナスをあげよう! 初回限定特典付きさ!』

 

「……それ、御剣先輩にも言ってますよね」

 

『ちょっと、ボクにはなんのことを言っているのか分からないな~』

 

 姫萩先輩の死により一人ぼっちなら泣き崩れたくもなるが、このカボチャ野郎の煽りの所為で皮肉にも正気に戻りつつ、無理している自分を自覚する。

 2ヶ所における裏切りによる、死者の発生。この際、他の連中はもうどうでもいいとして、桜姫先輩、長沢、北条さん、御剣先輩の安否が非常に気になるところだ。だが、焦って駆け出して探してもそう見つかるものではないので、耐えている。

 今やるべきことは、どんなに心が激情の濁流に飲まれたとしても、頭の中だけはクールに働かせることだ。

 でなければ、目の前のPDAを破壊してしまうだろう。

 

『仲間を失って傷心の君にとってもいい話を持ってきたんだよ~』

 

「分かりました。言葉のやり取りをしたくないので、メッセージだけ送ってください」

 

『つれないなぁ~、もう~。ジャジャーン! 今回の初回限定特典! それは君の仲間が今、大ピンチな状態なんだ! 場所を教えるから助けに行ったらどうかな!? 運が良ければ間に合うかも!?』

 

「……」

 

『あれれ~、どうしたのかなぁ。聞こえなかった? 君の仲間が死ぬかもしれないんだよ~?』

 

 ……仲間、死。

 俺の中で姫萩先輩の体の血が止まらず、どんどんと冷たくなっていく様子がフラッシュバックする。体全身が震えそうになる。

 知らない人が死ぬのは興味がない、曽祖父が死んだ時は寿命だったから納得もできる。だが、仲間の死がここまで辛いものだとは知らなかった。一生、知らずに過ごしたかった。

 

「御託は良い、早く言え」

 

『はいはい、場所は地図に表示するから。頑張って走ってね~! ボーナスは別途、準備しておくからねー!』

 

 地図に緑色の光点が示される。場所はここから割と近い。

 手早く、姫萩先輩が持っていたJOKERのPDAを回収し、現在位置を確認する。急がなければ……と頭では思っているのだが、心に熱意が宿っていないことに気づく。姫萩先輩の死であらゆる事象に無気力・無感動になっている感覚。諦観に近いそれが、確かに俺を支配しようとしていた。

 

「今は、今だけは……お前の誘導に乗ってやるよ、スミス」

 

 ジャックオーランタン、旅人を誘導し道に迷わせ、ドブや沼地に誘導する逸話がある妖怪。主催者が意図して、ジャックオーランタンをマスコットキャラクターとして使用しているのであれば、スミスの言葉に従い続ける限り、この殺し合いゲームの主催者の思惑通りに動いていることになる。それはたまらなく悔しかった。

 

「……姫萩先輩」

 

 移動ルートを頭の中で描き終わった俺は、最後に通路の扉の前で横たわっている姫萩先輩を見る。彼女は、殺し合いゲームに向いた人間ではなかった。だが、死ぬ最期の瞬間まで人を思いやれる強さを持ち、自分がどれだけ不幸であっても人の幸せを祈れる優しい人間だった。最初の印象はあんまり宜しくなかったが、それでも尊敬に値する人物だったのは間違いない。彼女の生き様を見届けたのは俺だけだ。だから……どれだけ辛くても、自分の心に彼女の記憶を刻み込まなければならない。

 

「俺も、貴方と会えて……よかったと思いますよ」

 

 知らない内に流れていた涙を拭い、踵を返して走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 走る……走りながら気づいた事だが、俺は感覚が麻痺していたとは言え相当に疲れている。制服は上下、血と汗でびっしょりだ。血の部分は、俺ではなく姫萩先輩の治療を行った時と、抱えて通路に移動した時についたものだが。

 これを見られてしまえば、俺が誰かを裏切ってボーナスを手に入れたようにしか見えないだろう。

 まぁ……どうでも良いか、そんなこと。

 今、やらなければならない事は、危機に陥っている仲間と合流する事。その上で俺のことを信じられないのであれば、ボーナスで受け取るであろう武器だけ渡して別れれば良いだけの話だ。

 

「……ここか」

 

 扉を蹴破るようにドーン! と開け、今もつ唯一の武装であるスタンガンを構えて入る。二人の人物が向かい合うように話していたので、向こうが反応する間に全力で間に入り、スタンガンを向かい合う片割れの男性……鉄パイプを肩に担いでいる手塚義光に構えた。

 

「どうも、お久しぶりです。元気そうで何よりです。手塚さん……そして、桜姫先輩」

 

「……川瀬、君」

 

「川瀬の方か……彼女が追い詰められて、彼氏登場ってか?」

 

「見た目だけはそうですけどね」

 

 そして、後ろにいる桜姫先輩はルール交換時と比べて明らかに変貌……衰弱している。

 その制服は俺ほどではないにせよ、血で濡れ、あの時に見せた強い意志のある瞳も弱々しくなっている。顔がそっくりなので、ひきつけを起こしていた時の姫萩先輩と重なる、死を受け入れるようなーーそんな追い詰められ方をしているように思える。

 勝気なオーラが姫萩先輩との大きな違いだったと認識しているのだが、その部分を残しつつも折れかかっているという印象だ。一体何があったのか?

 

「前会ったのは、10時間近く前だったか? お二人さん、随分雰囲気が変わったじゃないか。血でデコレーションするのが流行ってんのかね?」

 

「そういう手塚さんは、お変わりないようで羨ましいですよ」

 

 桜姫先輩は血で濡れているが、手塚の方は埃などの汚れ以外は全く汚れが見られない。精神的にも体力的にも、まだまだ余裕があるように見える。つまり、恐らくだが、桜姫先輩が追い詰められている原因自体は手塚とは無関係だ。

 手塚は皮肉げな笑みを迎えて俺たちを観察している。

 

「おぉっと、勘違いしないでくれよ……クックック。俺はお嬢ちゃんには何もしてない、ただ言葉で優しく教えてあげただけだ。正義なんて、この場じゃ何も役に立たないってな。そいつは、川瀬も分かったんじゃないか? それとも、その血は誰かを裏切ってついた血か……? そいつは、怖い。俺も早く逃げねぇとな?」

 

「エクストラゲームの話なら、初回限定特典で桜姫先輩の危機を知り、すっ飛んできた次第ですよ。俺はまだ誰も殺してませんが、一度仲間を死なせてしまった以上、手加減のブレーキは壊れてるかも知れませんね」

 

「仲間が死ぬ今際の際にエクストラゲームが発動したって? それを信じろって言うのか? 初回限定特典で殺しやすい人間を教えてもらったの間違いじゃないか?」

 

 手塚は嘲笑うがごとく、証明できないところを指摘する。もし、正気の俺ならもっと怒りの感情が湧いたのかもしれないが、思った以上に感情が動かない。むしろ、指摘してくれて助かったと言う印象さえ受ける。桜姫先輩相手にこれを有耶無耶に進めるわけには行かないからだ。

 

「……証明できない事を声高に言うのは趣味じゃないので、事実だけを述べます。矢幡麗華さんと明らかに荒事慣れしている大柄な男性の二人組にやられました。死亡したのは姫萩咲実さんです……手塚さんはご存知ですよね? 他にも郷田真弓さんがゲームに乗り、クロスボウで学生鞄を撃ち抜かれる被害を受けて散々ですよ」

 

「クックック、あのオバさん……とんだ狸だったって訳か。で、なんでそれを俺に伝える? 伝える意味はあるのか?」

 

「……理由はシンプルです。手塚さんは、まだ交渉の余地があると判断したからです。先ほど言った、3名の危険人物は対話の余地がなくてトラウマなんですよ。手塚さんが解除条件8番なら、Kの解除の後に使い終えたPDAを交換条件として使用する準備があります。解除条件10番なら……お亡くなりになられた方の現在位置を教えますよ」

 

 たとえ、悪意があり、隙を伺っていて一瞬の隙でも見せれば逃さず殺しに掛かってくるような相手だとしても、話が通じるだけマシ。自分でも呆れるような妥協点だが、本当にそう思えてしまっているのだから、俺はこの殺し合いゲームに相当毒されてしまっているに違いない。更に皮肉なことに、基本的に単独行動だったと思われる手塚義光は誰も裏切る余地がなかった、と言う点では信頼できる人物なのだ。

 PDAの番号を言われた手塚は一瞬、険しい顔をするもすぐに不敵な笑みに顔を戻した。

 

「なるほど、ね……そこまでバレてるとなると、中々に情報を集めてるようだな。良いぜ? 手始めに、その姫萩咲実って女の場所を教えてくれや。それで、この場は見逃してやるよ」

 

「地図のココです。ついでに言えば、俺が逃げ切れたのは2階の落とし穴のおかげなので、先の二人組が仲間割れしてくれれば真上に首輪があるかも知れませんね。希望的観測ですが」

 

「なるほど、ね。まっ、お前の言うことが本当なら行ってみるとしますかね。ククク……それで、リーチっと」

 

 幸運に笑いが止まらないといった表情で手塚は嘯く。

 エクストラゲームが始まってから、そうたいした時間は経っていない。それでリーチと言えることは、少なくとも一人の裏切りを把握していると言うことか。

 そして、桜姫先輩がそれでに関わっており追い詰められている……後で細かく話を聞いておきたいところだ。

 それはそれとして、手塚が笑ってる顔がムカついてきたので、皮肉の一言でも返してやりたい気持ちになった。

 

「解除条件10番で良かったですね? 情報収集さえ密にしておけば、そこまで達成は難しくない条件です。殺し合いが激化すれば特に」

 

「俺は3番の条件も当たりだと思うぜ? そいつは、お前も薄々気づいてるんじゃないか?」

 

「倫理面をスルーすれば、楽勝だったかも知れませんね。乗らないと決めたので、その仮定は無意味ですが」

 

「そいつは、残念だな。良い仲間になれると、思ったんだが」

 

「既に、自分には勿体ないレベルの仲間がいるので、手塚さんも良いお仲間に恵まれますことを心からお祈り申し上げます」

 

「可愛くないやつ」

 

 手塚は口では吐き捨てるように言っているものの、表情は楽しそうだ。

 もしも、最初に遭遇したのが桜姫先輩ではなく、手塚だったら全く異なるゲーム展開が会ったかもしれない。皮肉の応酬となっているが、険悪というわけでもない。気を許せないが、案外話が合うところはあるみたいだ。

 皮肉げな顔を一瞬だけ真剣な顔に切り替えた手塚が言う。

 

「で、川瀬、俺は常々聞きたかったんだが、お前は本気に首輪の解除条件を満たさずに生還する方法があると思ってるのか? それとも、愛しの彼女と一緒に死ねるならそれも本望ってか? クックック……熱いねぇ」

 

「心中趣味はない、と言うか。心中するなら桜姫先輩はもっと相応しい相手がいるので、その場合俺は一人寂しく死にます。で、解除条件以外で首輪をどうにかする方法ですが、少しずつ輪郭が見えてきたような。まだ外縁部を手探りで探っているような、そんな不確かなものですよ」

 

「そんな不確かものに自分の命を預けようって? 正気かよ」

 

「質問に答えてませんでしたね。首輪の解除条件を満たさずに生還する方法はあります。そこは確信があります。俺は、他人の善意はとにかく、悪意は信じられる人間なのでこのゲームの主催者の悪意を信じています。そしてもう一つ、俺個人としては推理を外して死ぬならそれも本望ですよ」

 

「……クックック。若さって奴か、羨ましいね。悪意を信じるってのも、面白ぇ。お前たち二人の末路は、首輪を外した後でとくと見せてもらおうかね」

 

「手塚さんこそ、そんな観客席にいるような気分だと、どこかで足元を掬われて痛い目に遭うかもしれませんよ」

 

「そうだな、精々仲間を作って裏切られた馬鹿どものようにならないよう、気をつけますよっと」

 

 成功を期待しているとも、失敗して墜落するところを嘲笑いたいとも、どちらとも取れる笑みを浮かべ手塚は応じる。

 精神的に言うならば、もしかしたらいままで出会ったプレイヤーの中で一、二を争う程度にタフな感覚を受ける男だ。自称、どこにでもいる会社員とは何だったのか、それは相互にツッコミを受ける話なので、蒸し返す気はないが。

 話は終わったとばかりに、少しずつ距離を取っていく手塚だが、何かを思い出したようにポケットを弄り出す。

 

「おっとそうだ、これをやるよ」

 

 そして、取り出した小さなそれを、俺に投げ渡した。

 右手はスタンガンを構えていたため、左手で受け止めると、それは追加ソフトウェアのようだった。【tool:network phone B】 と書かれている。

 

「こいつは俺からの餞別だ。相互に連絡を取り合える追加機能があるらしい。あとは、そこのお嬢ちゃんをどうにかしてやんな。俺としては折れたままでも、一向に構わないんだが、それだとちょっと面白くない」

 

「追加ソフトウェア、ね。そういえば、桜姫先輩をどうして殺さなかったんですか? やろうと思えば6時間経過後すぐに、やれたんじゃないです?」

 

「ルール交換後、あんまりにも煩いから、つい老婆心が出ちまってな。こいつはただ殺すよりも、信念が折れた時に殺した方が良さそうだ、ってな」

 

「なるほど、良い趣味してる」

 

「クックック、今も良い顔してるが、お前の絶望顔も楽しみだよ。じゃあな」

 

「あぁ、最後に一つだけ。長沢と北条さんって言う、茶髪の短髪の女の子に手を出したら、貴方を殺します。あの二人は首輪解除の目処が立っているので、それはお忘れなく」

 

「おぉ、怖い怖い。まっ、心の片隅程度には置いといてやるよ。その二人なら一度会ったぜ。2時間位前だったか? 隙がなかったから襲えなかったけどな」

 

「元気そうなら良かったですよ」

 

 今度こそ、話は終わった。

 手塚は一度だけ、鉄パイプを下ろし、タバコに火をつけて歩いていった。

 臭いが残るものをわざわざこの局面で使用する意味が正直、俺には分からないところだが、ヘビースモーカーも大変なのかもしれない。

 念の為、手塚が視界から見えなくなるまでスタンガンの構えを解かず、そして緊張感を続け過ぎてしまっていたので座り込む。

 

「……ごめんなさい、助かったわ」

 

「いえ、どう言う形であれ、エクストラゲームで生き延びてくれて良かったです」

 

「生きては、いるけど……私、何もできなくて」

 

「その辺は、このゲームに参加してる御剣先輩に慰めて貰えば良いですよ」

 

「総一が……っ!? やっ、ぱり……その、どこに居るか分かる?」

 

 姫萩先輩が御剣先輩に彼女が居る旨の話をした瞬間、立ち直ったことを思い出す。これが……人徳っ! いや、恋人なら当然なんだろうが、少々複雑な気分だ。現在、俺は『顔か!? 顔なのか!?』と言う自虐ネタが封印されている為、そのネタは内面否定に繋がって非常に危険です。いや、どうでも良いんだけど。

 

「ごめんなさい、心当たりはありません。出会ったのも3時間前ほどですし、次会ったら殺されそうな気がしますし」

 

「こ、殺されるって……貴方一体何をしたの!?」

 

「あー、これ喋らないといけない奴ですよね。えーと、海よりも深く山よりも高い訳が……」

 

「言い訳は駄目よ」

 

「……ハイ」

 

「似てるのは見た目だけかと思ったけど、悪い所は似てるのね」

 

「御剣先輩ってダメンズなんです? まぁ、そこは良いか。細かい事情を話しますが、その前に確認しなければならない事があります」

 

 これから喋らないといけないことを考えると非常に気が重いことは確かだが、

精神的疲労は見えつつも言い訳をする自分に鋭く指摘する桜姫先輩を見るとなんとなく安心感を覚える。俺自身、相当精神的に参っているに違いない。

 さて、確認したいことだが、ぶっちゃけると桜姫先輩の今のスタンスと覚悟だ。ゲームが始まった時と今では、もう前提が大きく違い過ぎている。たとえ、桜姫先輩がどのようなスタンスを抱えても、俺は桜姫先輩の味方であろうとは考えているけど、それは口を噤むとして聞いておかなければならない。

 

「貴方の恋人である、御剣総一先輩のPDAの解除条件は【A】、【QのPDAの所有者を殺す】ことです。で、本当に色々あった結果、結果的に今のQの所有者は俺になっています」

 

「それは……心配してないわ、どんな解除条件でも総一は誰かを殺せる人間じゃないもの」

 

「伝聞で聞く限りは、俺もそう思います。大事な事は次、あと二人知らない人が居るんですが、現時点での俺の所感だとこの殺人ゲームは、やはりある程度意図があって配役が決められているようです。それを読み取れば、この殺し合いを止める切片になりうるのではないか、と俺は考えていました」

 

「多分、貴方と会ったことのない二人なら、私が一緒に行動してたわ。葉月さんと、なぎさ、さん……だけど……」

 

 痛ましい顔で桜姫先輩が二人の名前を言う。恐らくは、桜姫先輩が今の状況になった直接の原因に関わることなんだろう。何が起きたかは、後で聞くしかないが。

 

「エクストラゲーム、ですね。これで全員か……細かい話は後で聞きます、そして俺はここまでで一つの結論に至りました……この狂ったゲームのメインキャストは御剣総一先輩、桜姫優希先輩のお二人です」

 

「何が、言いたい……の?」

 

「様々な可能性を検討していましたが、エクストラゲームで確信しました。このゲームはある程度やらせ要素のある殺し合いリアリティショーだと言うことです。そして、仲睦まじい恋人の悲劇を観客達が求めて、場合によっては介入が有り得ると考えています」

 

「私と総一、が……そんな、そんな、ことって」

 

「前置きは長くなりましたが、俺の言いたいことは以下の通りです。他の人間は気にせず、二人で生き残る方法のみを考えた方が良いのではないかと」

 

「言いたいことは、分かったけど。……どうして、そんなことを言うの? それを言って、貴方に何の意味があるの?」

 

「最初はただの殺し合いゲームだと思って、大方針を決定しましたが、前提が大きく変わったので、それを踏まえて桜姫先輩がどうしたいのかを聞きたいだけです。そう示し合わせた訳でも有りませんが、結果的には協力者のようになった訳ですし」

 

 内心では完全に仲間認定している訳だが、それは此処で言及することではない。結局のところ、現実を踏まえてどうしたいかだ。

 問いかけに対し、桜姫先輩は全身を震わせ、涙を浮かべる。

 

「本当はこうしてたら駄目だって、分かってる。でも、どうしても……頑張れないの。他の人を、信じられないの……怖いの。ごめん、なさい……あの時はあんな事言ったけど、やっぱり総一に会いたい。 ……いつもの日常に、帰りたいよ……」

 

「一番ずるいのは先輩ですよ。……とはいえ、まだゲームが始まって半日なのに、思えば遠くに来たものですね」

 

「本当に、そうね……ごめんなさい。頼りにならない先輩で」

 

「こちらこそ、生意気ですが力になれない後輩で申し訳ないです」

 

 女に涙には勝てないと言うが、姫萩先輩の死を見届けてトラウマになっている俺が桜姫先輩を見捨てることはできない。だが、これではどん詰まりだ。彼女を立ち直せるとしたら、俺ではなく御剣先輩の力が必要であり、関係性は良好ではない。

 ……そして、何よりも理解できてしまうのだ。桜姫先輩が、俺で例えるなら長沢と北条さんが裏切りあっているのを、目の前で見たようなショックを受けている。そして、今の俺の精神状態は、実質的には桜姫先輩と大差ない。感情を表に出すのが大変苦手なのと、輝かしい日常というものがないから、強い羨望を抱かないだけだ。

 更に、スミスが俺を桜姫先輩の場所に誘導したのは、まだ折れて貰っては困るという主催者側の意思表示に他ならない。これから更に心を折ってくる何かが予想される以上、俺は今の桜姫先輩を責めることもできない。

 

(郷田真弓、矢幡麗華と組んでる男の二人組、桜姫先輩がこうなった原因の人物、御剣先輩との軋轢をどうにかして、手塚ともなんやかんや良い関係を築きつつ、主催者の思惑を上回り、首輪の解除条件を満たさず生還する方法を探す簡単な作業か……絶対、どこかで破綻する。もっと、現実的な案はどこかに転がってないだろうか)

 

 悩みは尽きない。なんだろう、もしかしてこういう時に姫萩先輩が居たら、上手く桜姫先輩を叱咤してくれたんじゃないか? という疑問が芽生える。……現実逃避しても仕方ないか、もう居ない人間に頼っても仕方ない。

 今、生きてる人間だけでどうにかするしかないのだ。

 

「じゃあ、御剣先輩に合流するまでは、不肖川瀬進矢が代理人を務めさせていただきます」

 

「……私のことは放っておいても良いのに」

 

「それをやったら、本格的に御剣先輩に殺されてしまうので勘弁してください。それに、桜姫先輩がいないところで仲間も作って約束もあり、よりによって故人との約束までできて、もう俺は止まれないんですよ」

 

「なか、ま……」

 

「根深そうですね……」

 

 仲間という言葉で、桜姫先輩の顔色が真っ青になる。

 人間不信の状態が強いようだ。俺が辛うじて対象外っぽいのは顔補正か何かだろうか。

 本題から入って、一気に今後の方針を纏めようとしたのが悪かったのかもしれない。

 しかし、その故人との約束が【桜姫先輩と御剣先輩を二人とも生還させる】なのは、今の状況を見ると皮肉にしか見えないというか。軽い気持ちで人と約束をしてはいけないの好例な気がする。

 

「……ゆっくりで良いから、話していきましょう。これまでの事と、これからどうするかを」

 

「そう、ね」

 

 どんよりとした暗い空気の中、ポツリポツリと桜姫先輩は話し始めるのであった。

 

「全部、話すわ……私が行動を共にしていた、葉月さん、渚さんのことをーー」



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第十二話 一人ぼっちの正義の味方

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.1 :Qの殺害
川瀬進矢 :3:6.6 :3人の殺害
長沢勇治 :4:7.2 :首輪を3つ収集する
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
桜姫優希 :9:9.5:自分以外の全員の死亡
手塚義光 :10:3.9 :2日と23時以前に首輪が5個作動している。
姫萩咲美 :Q:DEAD:2日と23時間の生存
北条かりん:K:5.1 :PDAを5個以上収集
矢幡麗華 :?:DEAD :???
郷田真弓 :?:4.1 :???
葉月克己 :?:??:???
綺堂渚  :?:??:???
???  :?:??:???



 

 

 

―――――――――――――――――――

トラウマは苦しみの源とは限らない。それぞれの目的に沿ったものをもたらすのだ。

アルフレッド・アドラー (オーストリアの精神科医、心理学者)

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

~桜姫優希の証言~

 

 

 まず、手塚についてね。

 情報交換を終えた後、手塚を追いかけていた私は結構な距離を走った後に、彼とは普通に話をしたわ。

 彼の言い分だと、百歩譲って私が、1万歩譲って川瀬君は辛うじて話をして交渉できるラインだけど、他の人間は交渉するレベルですらないみたいね。

 

『人を殺しちゃ駄目だの、誰にも殺させないだのそういう道徳の話はどうでもいい。建設的な話をしようぜ、お嬢ちゃん。でなきゃ話は此処で打ち切りだ』

 

 私としては不服ではあったんだけど、対話をしないと始まらないし今後の事と具体的な協力体制について話をしたわ。内容を羅列すると……

 

1.手塚の解除条件は10番、60時間以降に解除条件達成以外の首輪解除方法の目処が立たない場合は私と川瀬君の首輪は無抵抗で発動させる事。今は口約束で構わない。→私の分のみなら承諾

2.代わりに手塚は私と川瀬君、及びその仲間は襲わない。襲撃された場合は除く

3.私と川瀬君がルール交換の場で主張していた内容は正しい、今の私たちが裏切るつもりがないのは分かる。だが、最終的に裏切りは絶対に発生する(と手塚は主張した)為、一緒に行動するつもりはない。

4.協力してくれるなら、その分の対価は相互に渡す。具体的に手塚が欲しい情報としては死んで首輪が作動していない死体の位置や解除した首輪が作動するか検証する。あとはこのゲーム全般の情報ね。

5.ゲームが完全に停滞すると絶対良くない事が起こるので、無警戒な奴らがいたら襲うと主張する手塚と私がひたすら口論していた。

 

 大体1から5の順番に話し合いをしていたけど、結局は相互に折れてしまった形ね。

 

『人を動かしたいなら、まず結果を出す事だ。俺はこれでも相当嬢ちゃんに譲歩してやってるんだぜ? まっ、精々足掻いてみるんだな。嬢ちゃんの末路、楽しみにしてるからよ』

 

 なんて、言ってたわね。

 私も、川瀬君と合流しないといけなかったし、手塚を止めるには手塚以外の人に協力を仰げたら、と思ったの。その後、ルールを交換した部屋に戻ろうとしたけど少し迷ってしまって……なんとか辿り着いた時には川瀬君の置き書きを見つけたわ。

 

『桜姫先輩へ

 あの後、矢幡さんと郷田社長が二人組を作って場を離れ。

 不肖、川瀬進矢は長沢君と行動を共にする事になりました。

 今後のプランとしては、他の人の解除条件の解除の協力しつつ、人捜し優先で情報収集を行っていく予定です。自分達は、エントランスの反対側をぐるっと回って2Fに行いきます。もしも、桜姫先輩がこれを見た場合はエントランス方面をお願いします。開始から12時間~18時間の間は1F~2Fの階段付近で休憩を取ろうと思います。もし居なかったら、何かしらのイレギュラーがあったとお考えください。その後は順次階段で上に上がっていく予定です。幸運を祈っています』

 

 この内容を見た私は、現在位置を特定した後にエントランスに向かった。

 そして、エントランスで初老のスーツ姿の男性と白と黒のフワフワしたゴスロリ衣装をした女性を見つけたわ。男性が葉月克己さん、女性が綺堂渚さん。

 

『僕は葉月克己、仕事からの帰り道で誘拐されてしまったようだね』

 

『私は綺堂渚って言います~、バイト帰りに攫われちゃったみたいです~』

 

 二人共、機械には疎かったみたいでPDAも上手く使えず、ルールに関してもよく分かってなかったから状況も含めて全部説明したわ。解除条件についても教えて貰ったわ、葉月克己さんが2番の【JOKERの破壊】、綺堂渚さんがジャックの【24時間以上行動を共ににしたプレイヤーが、2日と23時間生存する】。

 私の解除条件である9番【自分以外の全員の死亡】について教えた時は、二人共とてもびっくりしていたけれどそれでも協力を約束してくれたわね。戦闘禁止が解除されたのも、これくらいの時間だったかしら。その後も私の知っている事を二人に話して、川瀬君との計画通りに人捜し優先の情報収集を行う事で同意したわね。

 他にエントランスで分かった事は、このゲームが初回じゃないかもしれない事位かな。……そこの情報は被ってるみたいね。

 

 その後数時間は殆ど成果は無かったんだけど……食事を見つけて、追加ソフトウェアを見つけて……一応護身用に長物や果物ナイフを回収したわね。捜索が終わった後、時間が余った時に、階段付近はもしかしたら危険かもしれないと思って、川瀬君とタイミングを合わせる為に12時近くまで休んだの。18時まで休憩するなら、私たちが主に見張りをしようという話をしてね。

 料理とかも作って休んでたんだけど、渚さんの料理は絶品だったわね。私も料理をする方だけど、格が違うというか……。話がズレたわね、12時が近づいていよいよ出発しようという時にエクストラゲームが始まったわ。

 

 といっても私は何も気にしなかったの、葉月さんは人の良い人畜無害……悪く言えばこの状況じゃ頼りないかもしれないけど、それでも年長者として引っ張ろうとしてくれてる頼りになるおじさん。渚さんは、ゆったりしているようで根っこの精神は強いし人の事を思いやる優しさもある、何よりムードメーカーで殺伐とした空気を和らげてくれる人だったから。

 

 生存者数が12人から11人になった時も、私たちの事より、川瀬君や長沢君の事を心配してたわ。

 

 だから、次に起きた事を信じられなかった。

 ……今でも信じられない。

 

 

 鮮血が舞って、私の視界が赤く染まった。

 渚さんが葉月さんの腕をナイフで切り裂いた、と気付いたのは少し時間が掛かった。

 

『うっ……何が、起きて……』

 

『ど、どうして……』

 

 蹲る葉月さんの姿を見つつ訳も分からず私は呆然とするしかなかった。

 そんな私の事を、渚さんは何時もと変わらない笑顔で、平然と言ったの。

 

『どうして? 分からない事を聞くわね優希ちゃん。裏切られる前に殺してるだけだよ~、だってそうでしょう? 人は誰だって裏切るんだもの』

 

『そ、そんなの……葉月さんは裏切るような人じゃないわ! な、渚さんだって……!』

 

『ま、待ってくれ! 渚さん……何か、何か、理由があるんだろう。 優希さんは、離れていてくれ』

 

 

 腕を斬られて、血が凄い勢いが出ている葉月さんが私を庇うように立って言ったわ。

 渚さんは少し考え込んだ様子で

 

『……理由? そうだね~……大事な家族の為、って言えば殺されてくれるのかしら?』

 

『だったら……だったら、尚のこと、君に人殺しをさせる訳には……!』

 

『立派ね。もっと早く会えていれば――いえ、感傷ね。貴方みたいな人は……このゲームじゃ長生きできないのよ』

 

 葉月さんは、なんとか渚さんを抑えかかろうとしたんだけど、そんな葉月さんに対して渚さんは果物ナイフを振るった。彼女がやっていた料理と同じように、滑らかに。何度も、何度も。

 そして、葉月さんは渚さんに到達する前に倒れてしまったわ。

 ……訳も分からず、呆然としている私に彼女は言った。

 

『これで分かったかしら~? それとも……まだ分からない?』

 

 私のPDAが震え画面の生存者数が11人から10人になる。

 ……まだ葉月さんは息をしていた。渚さんは私に近づこうとしたけど、そんな渚さんの足を葉月さんは手で掴んでいた。

 

『……そんな、かなしい、目で……やらせな』

 

『もう、遅いのよ』

 

『止めてーーー!!!』

 

 そして、葉月さんにナイフが振り下ろされそうになった時、ようやく動けるようになった私が渚さんを突き飛ばそうとした。だけど、気付いたら視界が反転して温かいぬるりとした感触があった。葉月さんの上に投げ落とされた事に気付いた。

 

……それが結果的にトドメになってしまったのか、PDAの生存者数が10人から9人になったわ。

 

『あ……く……葉月、さん……そん、な……』

 

『良かったね~、優希ちゃん。これで、貴方も仲間を殺してボーナスゲットよ』

 

『何を……言ってるの?』

 

『エクストラゲームの内容をよく読んだ? 【ゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡】だから、貴方もボーナス対象に入ってるのよ?』

 

『……っ! そういう事を聞きたいんじゃ無い! 今までの渚さんは全部演技だったの!? 最初から裏切るつもりで、仲間の振りをしていたとでもいうの!?』

 

『馬鹿ね~、最初からそう言ってるじゃない。貴方が仲間だと思っている川瀬君もそう、そしてどこかで別のグループが1人裏切っている。殺される前に、このゲームの本質を理解できるなんて、貴方はとっても運が良いわ』

 

『……どうして!? どうして、私じゃなくて葉月さんを殺したの!? 解除条件9番の私を信じられないなら、ボーナスが欲しいのなら……私を殺せば良かった!』

 

『質問が多いわね。私~、貴方のような人が嫌い~。昔の私を見てるみたいで、ね。逆に聞くけど、人が人を殺すのに大した理由が必要かな~? 今の貴方の顔が見たかったから、って言えば納得する?』

 

 渚さんは果物ナイフを構えて微笑む。……話が通じない。

 何時間も一緒に行動してきた筈なのに、一緒に居た渚さんとは思えない。

 怯える私に向かって、渚さんは血を滴らせたナイフを持ってゆっくりと近づいてきた。

 恐怖心が沸き、私は逃げるしかなかった。……ただただ、怖かった。

 

『生きていれば貴方も私と同じになるわ。貴方は自分にとって一番大切な物の為に、それ以外の全てを裏切る』

 

 彼女のその言葉だけが今も、私の中にずっと……反響している。

 

 ……ひたすら逃げていた私は、手塚に出会って襲われて事情を説明させられてた。 

 あの時の私は、怖くて……手塚に殺されても構わないと思ってたのかもしれない。

 だけど、私と川瀬君にそっくりなコンビが居たと言われて……もしかして、総一が此処に居るんじゃ無いか? って思ったところで、川瀬君が入ってきた。

 そこからは、貴方も知ってる通りよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お互いに酷い目に遭いましたね。ゲームの洗礼という奴ですか……甘く見てたつもりは無かったんですけどね。悪い事も沢山ありましたが、総合的に見れば可能な範囲でお互いにベストは尽くしてましたね」

 

 相互に全ての情報を共有して考えを纏める。

 出会った出来事に関してはおおよそ共有できたと思うが、不確定情報が明らかになるにつれて見えてくるのは希望ではなく、明らかな絶望の壁だ。

 もう後戻りはできないし、するつもりもないがゲームに乗る方が明らかに楽だったのは間違い無いと思われる。

 

「ベスト……この結果が、こんな結果が私たちのベストだなんて……」

 

「はい、そうです。死亡者数だけで見るなら、失敗ですが。それでも全てが無駄だったとは思いません」

 

「……もしかして、慰めようとしてくれてる?」

 

「いいえ、事実だけを言ってます」

 

「その辺、貴方って頑なよね」

 

「テンションがもう少し高ければ別なんですけどね」

 

 

 まともに人を慰めるやり方なんて知らないし。

 イケメンな御剣先輩だったら、こういう時にどうやって慰めていたんだろうか?

 人のやり方を意識しても仕方ないか。

 俺は俺のやり方、つまり原因から潰していくしかないな。

 ちょっとリスキーだが踏み込むしかないか。

 

 

「……で、綺堂渚さんですか。桜姫先輩がこうなった原因は」

 

「うん……あの人の顔が、言葉が頭から離れなくて……」

 

「後出しかもしれませんが、なんでそんな人を信用しちゃったのかな~って印象ですが」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

「良いですか先輩。天然で優しい清純派女性は実在しません。腹が黒く、男をその気にさせて弄ぶタイプです」

 

「え、えぇ~……それは流石に、極端過ぎるんじゃない?」

 

「良くて処世術として、猫被ってるんだろうな~って俺は考えます。でなきゃ、既に彼氏持ちです」

 

「総一と逆に、女性に夢を見てなさすぎなのも問題な気がしてきたわ……」

 

 

 そういう女性に騙されて酷い目に遭った友人を何人か知っています!

 というのは極端な話としても、殺し合いゲームの中で完全に動機がない安全な解除条件の人間は逆に怖いと思わなくもない。そう考えると、俺の仲間は解除条件がヤバいか、殺し合い乗る動機がある人間だけしかない。姫萩先輩が唯一例外だったが、あの人はゲームにおいて役割があり、ついでに恋バナした仲だったから……。

 

 

「本気に近い冗談はさておき,どうして綺堂渚が裏切ったか知りたいですか?」

 

「そりゃ、知りたいけど……わ、分かるの!?」

 

「証言からの推理で良ければ……桜姫先輩が分からないのは、まぁ当事者だから仕方ないかなって気はしますが」

 

「……はいはい、川瀬君は頭の良い人間ですよーだ」

 

「お褒めに与り光栄です。と、言ってもそう大した推理じゃないですよ。証言を聞く限り、綺堂渚は裏切りをしなければならなかったんでしょうね。ゲームの参加が初回じゃない印象を受けますし、主催者側に近い人間だったんでしょう」

 

「主催者側……誘拐犯側の人間ってこと!?」

 

「はい。……と言っても、ゲームが停滞した時に裏切る役割だけを持っていて他は同条件だったとか、完全に向こう側の人間だったとか、程度までは分からないですけど」

 

「…………そっか、じゃあ最初からこの殺し合いは止められなかったんだ」

 

「止められそうになったら、なったで、何らかの促進策を幾つか持ってるんでしょうね。厄介なことに」

 

 

 息を吐く。

 これが一番ややこしいところだ。

 もし、全てが上手くいってゲームを止められたとしても胴元にひっくり返されてはたまらない。俺は最初、このゲームは抜け道ありのフェアな殺し合いゲームだと思考を固定されてしまっていた為、この罠に気付くことが出来なかったのだ。固定観念に囚われてはいけないのは分かるが、ある程度思考を決め打たないと行動が間に合わないのが辛いところだ。

 

 

――ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

 

「出たなカボチャ」

 

『スミスだよー! 折角、君達にボーナスの話を持ってきたて言うのにさ!』

 

「……ボーナスか……葉月さん……」

 

『いやぁ~豪快な投げられっぷりだったね! 若さ爆発! そんな君のボーナスだけど、首輪の解除条件の緩和だよ! 流石に【自分以外の全員の死亡】は他の条件と比べても厳しすぎるよね? だから、【自分以外の生存者数が1名以下】に変更してあげるよ!』

 

「ふ、ふざけないで……そんなの、何も意味が―」

 

『これで愛しの御剣君と一緒に生還できるよ! 元の日常に帰れるんだ! 良かったね!!!』

 

「な……っ!?」

 

 

 ……なるほど、精神操作が上手だなーと他人事のように思う。

 鞭で弱みをつくったところで、弱みを見逃さずに飴を差し出す、桜姫優希はこの誘惑に耐える事ができるか……? ってやつだ。察するに、綺堂渚はこういう展開になる事を見越して、あのような動きと言動だったんだろう。……完全に組織側の人間だと決め打って問題ないかな。

 

 

『続いて、川瀬進矢君! 君へのボーナスは武器だ! PDAに位置を表示するけど、隣の人に奪われないように注意してね!』

 

「一周回って尊敬してきたよ、スミス」

 

『わぁ、こんな事言われたの初めて! ありがと! ゲーム頑張ってね!』

 

 

 ――プツリとPDAが切れ、元の待機画面に戻る。

 さてさて、今後の動きはどうしようか……桜姫優希がこれでゲームに乗るような人間であったのならば、俺も今後はもう少し気楽に動けると思うんだけど。

 ここで変に話を拗れさせても仕方ないと思った俺は、スタンガンを遠くに放り投げた。

 

 

「一応、おめでとう……って言った方が良いんですかね。これは」

 

「…………ねぇ、川瀬君」

 

 

 一旦、桜姫先輩の様子見る為に、一回話しかけてみた。

 その時に、普段とは声色が異なる桜姫先輩に気付く。

 何かの覚悟を決めた顔で、でも……殺意とはまた別な感情がある。

 

 

「……ずっとおかしいと思ってたの、どうして貴方は私の味方でいるの?」

「今、そういう話をする場面ではないと思うんですが」

「お願い、答えて」

「……」

 

 

 ……嘘は許さないという強い瞳。

 出来れば、曖昧な関係で終わらせたかったんだが。 

 まぁ、そんなの逆の立場なら信頼できるわけがないか……関係をハッキリさせる、か。

 俺は桜姫先輩の事をよく知らないが、それでもなんとなく彼女らしい行動なのかもしれない。

 

 

「……桜姫先輩は美人ですからね、一目惚れして見捨てられなくなるってよくある事じゃないですか?」

 

「それは嘘」

 

「一応、一世一代の告白だったんですが」

 

「ごめん。でも、貴方って女性に夢を持たないタイプでしょ? それは私には適応されないの?」

 

「……あとは姫萩先輩との約束もあります、【二人を生きて帰そう】ってね」

 

「その話を持ちかけたのは川瀬君よね? 貴方が始めた事よ」

 

「……桜姫先輩を人間として尊敬してるから、ゲームに負けて欲しくなかったから」

 

「それは、どうして……?」

 

「……俺を、疑ってるんです?」

 

「いいえ」

 

 

 全部本当の事を言っている、その筈だ。だけど、桜姫先輩はどうやら納得がいかないらしい。正直、自分を掘り下げるのは俺はあんまり得意じゃない、他人を観察する方がよほど気楽だ。だが、桜姫先輩との今後の信頼関係を考えると避けられない話で、心がピリピリしてくる。

 喋らなくなった俺を前に、桜姫先輩は自分の考えを整理するように話し始める。

 

 

「そう……それが、おかしいのよ。総一以外、誰も信じられない……他の人が怖い……そう思っている筈なのに、貴方の事を警戒できない……疑えない」

 

「……結局の所、桜姫先輩も顔で人を判断するタイプだったんじゃないんですか?」

 

「それはないわよ、私は総一の事を顔で好きになったわけじゃないもの」

 

「……ごもっともな話ですね」

 

「川瀬君――貴方はどうなの? どうして、今……スタンガンを放り投げたの? 私が裏切るとは、思わなかったの?」

 

「裏切るんですか?」

 

「……裏切らない、けど」

 

 

 少しだけ桜姫先輩が眼を伏せる。

 ……自分でも、何を言ってるのか……何が言いたいのか分からないのか分かっていないのかもしれない。

 いずれにせよ、桜姫先輩は人間不信になりつつある自分自身と向き合おうとしているのは理解した。

 

 

「なんとなく、言いたい事は分かりましたが。信じるとか信じないとか、裏切るとか裏切らないとか……俺に言われても分からないですよ。人間、7~8割信用できれば十分じゃないですか」

 

「その、7~8割に貴方は命を賭けるの? 信頼関係を築くのは前提で、死ぬ可能性はもっと高いのに?」

 

「……今までは、殺人へのハードルが高いと油断してた面もありますし、大なり小なり自分自身への過信もありましたけど」

 

「今は? 長沢君と北条さんが裏切り合ってないと言い切れる? 今まで仲間にした人全員と一緒に生き残ろうと思ってる?」 

 

「……少なくとも、ゲームに乗らないように説得したのは自分です。責任は取りますし、約束は守ります」

 

「例え、どちらかが裏切ってたとしても?」

 

「……そうですね。かもしれません」

 

 

 あんまり考えないようにしていた事だが、勿論、長沢と北条さんの二人が裏切り合っている可能性は十分ある。

 もし、本当に裏切っていたとしても、彼等を責める事は難しい。

 北条さんには絶対生き残らなければならない理由がある、長沢はそんな北条さんの動機を知っている。少なくとも疑い合う根拠は十分にあり、俺から見ても二人の人間としての相性はあまり宜しくないように感じられる。

 過失割合で言えば、あの二人を二人っきりにしてしまった俺にも何割か責任の所在が問われるだろう。

 

 

「やっぱりそうだった。貴方は人の事を信じていない……違うか、過剰に期待してないというのが正しいのかしら?」

 

「そりゃあ、過剰に期待されても迷惑でしょう。桜姫先輩もこの殺し合いゲームで勝手に期待されて解除条件9番になったのは、とても迷惑ですよね?」

 

「そうね。あと、川瀬君で気になっていたのは……貴方自身は殺し合い否定派だけど、殺し合いに乗る事そのものについては否定してないわよね?」

 

「……バレましたか? 隠す気も無かったんですが、基本的には他人の選択と決断を尊重するタイプですからね。人を殺そうとするなら、殺されても仕方ない程度には考えてますが……今となっては殺せないでしょうけど」

 

「……実は今、私が武器を隠し持っていて川瀬君を殺せると言ったら? 貴方はどうするの?」

 

「抵抗はするでしょうが、逃げる体力もないし素手だと流石に負けるかも知れませんね」

 

「…………」

 

 

 丁寧に、1つずつ……手探りで、俺が他者との間に設けている境界線を確認していく作業という印象を受ける。俺を信じたい、信じる根拠が欲しい……そういったところなんだろうか?

 女性……以前に他人にそこまで細かい部分を話をしたことがないので、緊張する。恐らくは、桜姫先輩も初めてなんじゃないだろうか?

 ……羞恥プレイか何か?

 正面から信用しようと頑張るのは、ある意味で彼女らしい真っ直ぐさと思えなくはないけども。

 

 

「……そう、大体分かってきたわ。最後に、これは確認だけどルール交換が終わった後の解除条件の交換の話になった時に、川瀬君はわざわざ私が矢面に立って説得するのを待ってたわよね?」

 

「……気付かれてしまってましたか? ズルい人間である事を見透かされてしまいましたね」

 

「責めてる訳じないの……ただ理由が分からなかったから。もしかしたら、恩を着せたかったとか、何かしらの企みがあると思ったんだけど……やっと分かったわ」

 

「……誰だって、最初に駄目な事を駄目だと言うのは難しいですよ。特に、他の人全員が否定的だったらね」

 

 

 人を観察しているのだから、人に観察される事もあるだろう。

 と理解はしているのだが、そこまで見透かされていたとなるとやっぱり見る人は見ているんだなという感想になってくる。変に神格化されるよりは等身大の自分を見てくれる人の方が良いかもしれないが。

 

 そして、ようやく桜姫先輩は納得がいったという顔で、微笑んだ。

 ズルい事は駄目だとか、歪んでるとかそういう否定の言葉が来ると一応構えていたのだが、そういう気配は微塵も無い。

 

「そういう理由も勿論あるんでしょうね。…………でも、違う。貴方ほど、頭は良くないけど。私はこう思うの、貴方はもしかしたら私だったのかもしれない」

 

「……全然違うと思うんですけど」

 

「全然違うから、私も気付かなかった。疑ってみて、初めて気付いたのよ」

 

 逆に貴方はまだ気付いていないの?

 という眼で訴えかけられているように感じる。

 ……多分、気付いてないわけではないと思うのだが、それを口に出すのがはばかられるというか、上手く言葉にできない。

 

 

「小さい頃の私は融通が利かなくて……正しい事をしようとして、現実と何度もぶつかった。何度も、孤立した。それでも、総一が居てくれたから……私は私のままで居られた。『私は間違ってない』って言ってくれる味方がいた」

 

「……突然の惚気話に胸が痛くなるけど、イケメンですね。嫉妬すら湧かなくなりますよ」

 

「川瀬進矢君……貴方は、総一が居なかった私なのよね? 誰も肯定してくれなかったから、誰もが認めざるを得ない論理を身につけた。かつての自分と重なるから、あの時……私を助けてくれた? 違う?」

 

「……!」

 

 ……ゆっくりと桜姫先輩の言葉を咀嚼していく。

 頭に静かな衝撃が広がる、と同時に思い出す。

 幼少期の記憶が脳内に駆け巡る――融通が利かない自分。思い通りにならない現実、間違ってない正しい事をしている筈なのにひとりぼっちになっていた自分。

 ならばと人に役立てる自分になろうと努力したら、今度は役に立つのが当たり前になってしまい、やって当然で誰にも感謝されずに、ただこき使われる日常が始まった。何度も何度も空回りし、そして孤立していった。とても、昔の話。

 

 ……自分が何故、探偵という職業に憧れたのか。謎を解くため? 解いて、人に驚かれて認められたいから?

 違う、正しさだ。自分が正しいと思うことを、論理立てて人に説明できる。そして人に納得され、正しいと思って貰える……それがミステリー小説におけるどんな難事件でも華麗に解いてみせる名探偵に重なり、憧れた。

 自分でも忘れていた、俺自身の原風景。

 忘れてた筈の記憶が、脳裏に確かに再生されていく……。

 

 

「普通なら理想と現実がぶつかれば、現実を優先するのが人間よ。だけど、貴方は理想を優先しながら、現実と折り合う道を探し続けていた。自分が傷つかないように、相手を疵付けないように……それでも正しい道を進む。それがひとりぼっちの正義の味方――川瀬進矢という人間だった。だから、同類かも知れないと思った私を見極め、協力する事に決めた。私も、無意識で心を許した……違うかな?」

 

「………………誰かに見透かされるのって、思ったより最悪な気分なんですが」

 

 ピシャリ、と。

 綺麗な、それでいて鋭い目線で問い詰められる。

 少なくとも、今の俺にはどんな名探偵よりも鋭い、逃げられない言葉だと思った。

 ……観念するしかなかった。

 

 ここまで、自分のことを見抜かれたのは初めてのことだ。

 しかも、よりによって彼氏持ちだ。一番自分を理解してくれる人は、もう心の隙間に入り込めないほど恋人と強固な絆を気付いているのだ。

 

 

「ごめんね、考えてたの……私は、どうして貴方を信用できると思ってたのか。私も顔で人を判断しているのか悩んでたけど、分かったらそう難しい事じゃなかったわね」

 

「そうですね……先輩が立ち直れたなら、必要経費だと思っておきます」

 

「うん、こんな私だけど改めて協力してくれる? 皆を……総一を、長沢君を、北条さんも、川瀬君を……もしかしたら、渚さんも。ついでに、手塚さんも。他の人も、助けたいの。一緒に生きて帰りたいの。私と総一だけで生きて帰っても、何にもならないの」

 

「手塚はまだしも……そこに綺堂渚を入れるのは優しさではなく、狂気ですよ。でも、そういう桜姫先輩、嫌いじゃ無いですね」

 

「ふふ、ありがとう」

 

「厳しい道になりますよ?」

 

「貴方はそれで諦める人間なの?」

 

「桜姫先輩が諦めたら、諦めるかもしれませんね」

 

「他力本願……でも要するに、諦めないって事ね」

 

「そうなりますね」

 

 

 同じ姿でも人はここまで印象が変わるのかと少し驚く。

 血で赤く染まっていても、既に一度挫折を味わっても、強い瞳を持った桜姫先輩を俺は素直に綺麗だと思った。

 勿論、折れて震えている桜姫先輩もあれはあれで良か――って俺は何を考えているんだ。

 

 

「不思議な事で、ついさっきまではもう駄目だと言う諦観が強かったんですが、桜姫先輩が変わっただけで気持ちが上向きになりましたね」

 

「うん、もう大丈夫。私も色々思い出したから、総一が好きな私で居られるわ。川瀬君がここまで頑張ってくれたんだから、先輩として次は私の番ね」

 

「同じく、俺も主催者の連中に良いようにされた分を返さないと気が済まないので、負けませんけどね」

 

「頼りにしてるわ、川瀬君」

 

「こちらこそですよ、桜姫先輩」

 

 

 

 お互いにボロボロではあるけれども、このゲームにおける問題は何も解決していないと言っても過言ではないけども。問答無用で、自分のルーツを思い出さされ、根っこでは同類である事を確認した俺達は、改めてこのゲームでの反抗を誓い合った。

 

 状況は何も変っていない。 

 温かで、そして確かな希望の灯火のぬくもりが心臓に宿っているのを感じるのであった。




シークレットゲームは最初に会う人がメインヒロインの法則!(恋愛関係になるとは言ってない)


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第十三話 彼女の遺したもの

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.1 :Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:6.6 :3人の殺害
長沢勇治 :4:7.2 :首輪を3つ収集する
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
桜姫優希 :9:9.5:自分以外の全員の死亡
手塚義光 :10:3.9 :2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:??:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲美 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:5.1 :PDAを5個以上収集
矢幡麗華 :?:DEAD:???
郷田真弓 :?:4.1 :???
???  :?:??:???



 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

人を賢くするのは過去の思い出ではなく、未来への責任感だ。

ジョージ・バーナード・ショー (アイルランドの劇作家、評論家

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 桜姫先輩と改めて協力関係を結び直した俺達は、スミスにより示されたボーナス地点に移動していた。部屋は普通の物置のようだったが、その部屋には真新しい箱が複数置いてある。埃の上に足跡や……人が入った痕跡がある事を考えると、人力でこれは置かれているものだと思われる。隠し通路が色々ありそうなんだが、気にしても仕方ない。

 まずは武器を気にするべきだ。

 意を決して二人で1つずつ箱を開けていく。

 

 

「こ、これは……もしかして……!?」

 

「……先輩、落ち着いてください。エアーガンですね、軽いですよ」

 

 

 拳銃の話をしていたので、桜姫先輩が驚愕の声を挙げるが、触ると普通にプラスチック製で軽い銃だった。説明書も同梱されており、小さなBB弾を撃つタイプのハンドガンタイプのエアーガンだ。俺が過去買った事あるのは対象年齢10歳以上のものだが、此処ににあるのはもっと威力が高いモデルに違いない。2丁ある。

 

 

「エアーガンって……不良が使うような?」

 

「それは偏見ですよ!? ……縁がないならそう思っても仕方ないですが、サバイバルゲームや競技とかで色々使います。あとは害獣対策とかで」

 

「ふーん? やっぱり、使った事あるの?」

 

「対象年齢10歳以上の奴は、その年齢になった時に一応。その年のお年玉でね。銃の構え方を映画見ながら練習したり、楽しかったですよ」

 

「貴方ってそういう人よね……。でも、これから私も使わないといけないみたいだし……実銃と比べたらよっぽどマシなのかな」

 

「18禁、あと違法な威力のあるエアガンもありますが、所詮撃ち出すのがプラスチックですからね。皮膚が腫れたり、内出血を起こす程度で済むんじゃないでしょうか。目に入れば失明の危険はありますけど」

 

「危険なのは分かるけど、相当マシな気分になってる時点で私もこのゲームに毒されてしまったみたいね……」

 

「実銃にエアーガンで対抗しようとするのは割と間違ってますけどね。無いよりはマシかと」

 

 

 桜姫先輩の呆れ混じりの表情を見る度に、姫萩先輩の事を思い出して辛くなる。

 あれの前なら、もうちょっと大はしゃぎしながら、武器の解説ができていた自信があるのだが……いや、それはもっと呆れられる奴だ。

 説明書を読みながらプラスチックの銃弾を装填、桜姫先輩に断りを入れてから試しに部屋に転がっていた段ボールを撃ってみる。静かな射出音を発しつつ、見事に貫通した。

 

 

「す、すごい……こんなに威力があるんだ……」

 

「……と、このように至近距離なら段ボール程度なら貫通するみたいですね。窓ガラスだって割れるでしょう。人に撃つのは絶対駄目な奴ですね、こんな状況でなければ……ですが」

 

「……私が、こんなものを持たないといけない時がくるなんて、思ってもみなかったわ」

 

「いや、上階には実銃ありますからね!? 3階で拳銃なので、4階以降はもっと酷いと思われます」

 

「そ、それは分かってるけど……」

 

「まっ、気を取り直して構え方を教えますよ。正しい射撃姿勢が、命中率を大きく変える……らしいです!」

 

「そ、それって伝聞よね!? 凄く……不安……」

 

「そこは小学生時代の俺の銃への愛情を信じてください」

 

「……川瀬君が凝り性なのは分かってるから」

 

 

 小学生~中学生時代の懐かしさに記憶を飛ばしつつ、洋画等でよく見る構え方をレクチャーする。本当は射撃姿勢は2つあるのだが、その内の片方……ウィーバースタンスという構え方だ。

 利き腕側の足を引き、正面から見て身体を半身になるようにする。利き腕を真っ直ぐ伸ばし、逆の腕は添えるようにして握る。安定して射撃しやすく、身体が正面に対して半身になる為、被弾率が下がる撃ち方だ。反面、左右の振りが難しくなるが、迷宮のような通路での射撃戦と考えればこちらの方が適切だろう。

 もう1つの撃ち方が、左右の振り重視で被弾しやすい撃ち方なので安全性重視となる。

 

 

「はい、上手上手……あとは実際に撃ちながら調整していきましょうか」

 

「ありがたい……本当にありがたいんだけど……お礼を言うのが複雑な気分」

 

「良いですよ、お礼なんて。拳銃を真剣な目で構える桜姫先輩綺麗なので、俺がお礼を言うべきです」

 

「…………そこを褒められても……」

 

 

 ……テンションが上がりすぎて、今滑ってしまった事を実感する。ちょっと桜姫先輩の顔が赤いかもだが。……御剣先輩、大丈夫? 褒められ慣れてない反応じゃない? 普段、ちゃんと彼女褒めてる?

 血塗れの制服で銃を構える女子高校生、桜姫先輩だからかもしれないが良い絵になってると思う。新しい性癖に目覚めてしまうかもしれない。

 そんな余裕を持った事を言えるのも、実銃じゃなくてエアーガンだからでもあるが。

 少し気まずくなったので、銃の撃ち方講習を切り上げて武器の捜索に移った。

 

 

 

 

 

 

「で、結局この部屋にあったのは木刀に特殊警棒、エアーガン二丁……あとは、スタングレネードと催涙ガスグレネードがそれぞれ複数個ずつってとこですね」

 

「私たちにとってはありがたいけど、殺し合いをさせたいにしては違和感があるわね……何を考えているのかしら?」

 

「……すいません、すごく……こう、すごくこのラインナップに心当りがあるんですが」

 

 

 首を捻っている桜姫先輩が、姫萩先輩と重なる。ちょっと癖が違うというか角度が違う気がする、姫萩先輩が生きてる時に見比べたかった!

 それはさておき、姫萩先輩との会話を思い出す。確か2階の武器に駄目だししてたり、3階の武器が欲しいという話をしていた時のような気がする。

 

 

『あー……俺はナイフより、木刀の方が欲しかったし、クロスボウって威嚇にも牽制にも向いてないんですよね……連射できて人が死なない分エアーガンのが良いかな。一番良いのがスタンガンですが、ちょっとリーチが足りないのでね……』

『真面目に言うなら、スタングレネードや催涙弾が欲しいですね。あとは特殊警棒とか』

 

 そして、エクストラゲームの時のスミスの言葉……

 

『具体的にはゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡した場合、君の欲しがっている物をお渡しするよ! …………って、はやい! はやいよ!! 初回特典は売り切れました!』

 

 

 

 欲しがっている物をお渡しするって文字通りの意味だったかー、うっかり欲しいって口を滑らせたもの全部じゃないか! ……やっぱり全部盗聴されてるんだな、某映画化された殺し合い小説もそんな感じだった。筆談してもバレそうだし、秘匿したい会話はどうすれば良いのやら……モールス信号スキルとか今猛烈に欲しい。

 悩みながら、姫萩先輩とあった会話の内容を桜姫先輩に説明する

 

 

「と、いうことで、主催者の粋な計らいに感動して、言霊信仰に目覚めそうですね」

 

「……つまり、これ全部川瀬君が、欲しいって口を零した武器なのね。というか、私以外にもそんな感じだったんだ……」

 

「姫萩先輩は桜姫先輩とそっくりだったので、呆れる顔もそっくりですよ! ……本当に双子みたいなので、できればお二人がお会いするところを見たかったですね」

 

「……本当、残念ね……」

 

 

 姫萩先輩の事を思い出してしまったので、うっかりと話題に挙げてしまう。失敗してしまった。でも、そっくり過ぎるんで桜姫先輩と一緒に居ると姫萩先輩の事を思い出してしょうがいないのだが……。

 しんみりしすぎた、考え方を変えよう。

 

 

「いずれにせよゲームに否定的な俺達二人に非殺傷武器を渡してくるなんて、このゲームの主催者側からの俺達に対する明確な挑発ですね。これは」

 

「そうね、逆説的に言えば、私たちがこれらの武器で殺し合いを止めれるものなら、止めてみろという事になるから……私たちがこの武器を持っても問題無いと思ってる?」

 

「捕捉するなら、主催者側は俺達のスタンスを容認しているという意味もある気もします。いずれにせよ体力的にボロボロ状態なので、長沢と北条さんと合流して休憩を取りたいですね。、二人に裏切りが発生してない場合……彼等二人にまともな武器がないのが懸念事項になるので」

 

「確か、総一にはボーナスがいってるんだったわよね。複雑だけど、武器があるなら大丈夫かな……」

 

 

 ボーナスが行ってる所為で、俺が姫萩先輩を殺したと誤認されてそうで怖いんですけどね! という言葉を飲み込みつつ、俺も御剣先輩の事は心配ではある。御剣先輩自体というよりは、桜姫先輩と御剣先輩の関係を使って主催者側が何をやらかしてくるかが心配だ。メインキャストが桜姫先輩と御剣先輩。サブキャストの俺……次のエクストラゲームってそういう方向性になる? 極論、3人の内、1人の生贄で済むなら……俺一人の犠牲でも、なんて桜姫先輩の顔を見てたら考えてしまう。本当に最悪の場合の話だけど、セカンドプランとしてならアリか……。

 まぁいい、そろそろ眠気が混じってきた頭で考えても良いアイディアは浮かびにくいだろう。

 思考を切り替えて次の具体的行動に移る。

 

 

「おっと、姫萩先輩の事を思い出してたら、JOKERの存在を思い出しました。一応、偽装機能の使い方を先輩に教えておきますね。万が一の時の為に」

 

「…………万が一、ね。でも分かったわ、6番の人の為に使っとかないとだもの」

 

「尚、偽装回数はまだ2回です。その6番の候補が3人しかいなくて、全員敵なのが複雑なんですけどねー」

 

 

 PDAを2つ取り出す。

 1つは姫萩先輩の『Q』のPDA,もう1つは姫萩先輩から偽装機能の使い方をレクチャーして貰い……『5』から『Q』に偽装を変更しておいたJOKERとなる。すっかり忘れていたが、前の偽装から1時間は経過しているため、偽装機能の使用が可能だ。

 

 

「こちらに取り出しましたるは、QのPDAと、『Q』に偽装したJOKERのPDAです。種と仕掛ばかりですが、どちらが本物か見比べてみてください先輩」

 

「うーん、どっちが本物なのかしら? ……ちょっと待ってね」

 

 

 ピコピコと操作していくが桜姫先輩は首を捻るばかりだ。

 色々な機能を試しているが偽装機能がどこにあるか分からないらしい。まぁ、俺も最初教わった時は教わるまでさっぱり分からなかったから人の事は言えないのだが。

 教えるモードに入っていた俺だが、続いての桜姫先輩の一言に衝撃を受けて眠気が吹っ飛んでしまう。

 

 

「解除条件だけじゃなくて、ルールも一緒……あら、追加機能も入って――」

 

「……ん!? ちょ……! ちょちょ!!! 待ってください! えー!? ルールと追加機能が一緒なんですか!?」

 

 

 頭の中に電撃が走る錯覚を感じる。

 どうして今まで気付かなかったのか、それが正しければ偽装機能で他人を騙すなんて用途が霞むレベルでJOKERは有用ということになる。

 

 

「きゅ、急にどうしたのよ? 今初めて知った顔して」

 

「今、初めて知りました……とんでもないですよ! これ!」

 

「……とんでもないって……どういうこと? 説明してくれる?」

 

「はい、まず俺のルールを書き写したノートを御覧ください」

 

 

 怪訝な顔をしている桜姫先輩に対して、鞄にしまい込んだルール交換の時に使用したノートを見せる。

 世の中、備えあれば憂い無し、である。

 

【ルール3】 所持者:桜姫優希、矢幡麗華

【ルール4】 所持者:矢幡麗華、郷田真弓

【ルール5】 所持者:桜姫優希、長沢勇治

【ルール6】 所持者:郷田真弓、(川瀬進矢、PDA3)

【ルール7】 所持者:長沢勇治、手塚義光、(川瀬進矢、PDA3)

【ルール8】 所持者:川瀬進矢(PDA7番)

【ルール9】 所持者:手塚義光、川瀬進矢(PDA7番)

 

 

「こんな感じに、相手の持ってるルールが分かっていればその番号に偽装すれば、その人物の持っている解除条件を特定することができます」

 

「ルールを書いてる時にやたらと、手を動かしてるかと思ったけど……ルールの所持者までしっかりと書いてるのね……」

 

「知らない筈のルールに言及するうっかりさんが居ないか精査する為にメモってたんですが、ここで役に立つとは思いませんでしたよ。もう一つ目が、追加機能のコピーですね……ぶっちゃけ、偽装がおまけレベルで強いじゃないですか……JOKER……!」

 

「今、Qの追加機能は『生存者数の表示』だけだけど。他の番号に偽装すれば、そのPDAナンバーにダウンロードされている追加ソフトウェアを全部把握する事ができるし、全部使う事ができる……そう言いたいのね」

 

「ですね……このゲーム、隠し要素多すぎる! もっと早く気付いていれば……姫萩先輩だって……なんとか……!」

 

「川瀬君……悔やんでも仕方ないわ……大切なのは、今気付いてJOKERどう有効利用するかということ。違う?」

 

「仰るとおり……です」

 

 

 なんか、姫萩先輩が追加ソフトウェアを見つけた時も似たような事をしたような……と既視感を覚えつつ考える。どのPDAナンバーに有用な追加ソフトウェアが入っているか。今、武器が手に入った以上次に欲しい物は決まっているようなものだ。

 

 

「今からどの番号に偽装するか考えます。思うに、郷田社長……あと、矢幡さんと組んでた男性のどっちかが他の参加者の場所を表示するレーダーのような追加ソフトウェアを導入していると睨んでます」

 

「総一が近くにいると分かって、助けを呼んだ郷田さん。待ち伏せをしていた矢幡さんともう一人、ってことね。それなら、番号は判明してない『5』『6』『8』……『8』以外、危険はなさそうなPDAなのに」

 

「……無難に考えれば『5』の【24ヶ所のチェックポイントの通過】が郷田社長だと思います。単独行動向けというか、『6』と『8』の【PDAの5個破壊】と【JOKERの偽装機能を5回使用】が組んだと考えるのが自然ですので。ただ、そういう目で見ると……郷田社長も誘拐犯側に近い人間なんでしょうね。それ以外に襲われた理由が説明つかないですし、殺すというより盤面を乱しているという印象が強いですから」

 

 

 郷田社長のムーブを振り返ると、最初は良識的に動く、戦闘禁止解除後に問答無用に襲撃する、そこから先は推測だが御剣先輩がその時点で死んでいなかった以上偽情報などを渡してコントロールしたと考えるのが妥当なところだ。

 もしも、9番の【全員殺し】の解除条件の持ち主が判明してなければ、9番を疑っていた。

 あるいは金目当てでも首輪を解除してから殺し合いを始めるとか幾らでもやりようがある筈なのだ。

 

 ちなみに、綺堂渚が『J』の【24時間以上行動を共にしたプレイヤーの生存】である事を考えると、綺堂渚に課せられた本来の役割は首輪解除後に解除したパートナーを殺害する終盤の盛り上げ役。郷田真弓の役割が、序盤の火付け役と全体の調整……ってところか。……流石に3人も主催者側の人間居ないよな???

 疑心暗鬼になりすぎても仕方ないが、過去の解除条件の難易度と危険度が反比例しているという仮説は大体当たってて哀しいところである。

 そんな風に思考を迷走させていると、桜姫先輩が意見を出してきた。

 

 

「じゃあ、『5』に偽装する?」

 

「ところが、姫萩先輩は『5』で結構な時間PDAを操作してたみたいなんですが、地図にチェックポイントが表示されていた以外で、追加機能に気付いていなかったみたいなので……何かしらの特権は表示されないのでは?」

 

「え…………なんか、すごく……ずるい……わね」

 

「対等な殺し合いじゃないですからね、仕方ないですね。ということで、『6』か『8』のどちらかが良いと思います」

 

「その2つなら、私は『8』にダウンロードする……と思うわ」

 

「その心は?」

 

「単純に『6』の解除が終わった後に、『8』の解除条件【PDAを5個破壊する】のに『6』を破壊したいから。その時に便利な機能が無くなるのは怖いから……かな」

 

「なるほど、合理的意見だと思います。それに賛成です、8番に偽装しましょう」

 

 

 この2択まで絞れてしまえば後は悩む時間が勿体ないレベルなので、さくさくと桜姫先輩に見せながらJOKERを操作しPDA『8』番に偽装する。ルールは3と4……ルール交換時に矢幡麗華言っていた番号と一致する。矢幡さんの解除条件は『8』番確定だ。

 そしてビンゴだ。……追加機能を発見する。

 

 

「……【tool:collar search】って書いてますね。この場合、綴りは似てますが色ではなくて」

 

「首輪って意味よね……つまり、首輪の位置が分かる?」

 

「動かしてみます……おう、バッテリーが減りましたね。数%位? 多用はできなさそうです……使用するとその時点での全ての首輪の位置が分かるタイプみたいです」

 

「……! つまり、総一の位置も分かる!?」

 

「首輪の持ち主までは分かりませんが、推理すれば、多分?」

 

「見せて見せて!」

 

「一緒に見ていきましょう」

 

 

 段ボールの上にPDAを置いて1つずつ情報を付き合わせる。

 まず、自分達の居る場所に2つ。1Fだと姫萩先輩が亡くなった場所に3つ、その近くに位置に1つ。1~2階の階段付近の2階に二人組が1つ、少し離れて首輪が1つ。2Fで自分が落ちた落とし穴付近に1つ、2~3階の階段付近の3階側に1つ。

 反応は11個である事を考えると、作動してしまった首輪は映らないものだと考えられる。

 

 

「……よし! とあんまり喜んでいられませんが、矢幡さんともう一人の男の間で裏切りが発生したみたいです。長沢と北条さんの間に裏切りは発生していません、あと御剣先輩も無事だと考えられます!」

 

「確かに複雑だけど、それだけは良かったわね……うん。2階の二人組が、長沢君と北条さん。1階の1つが手塚さん、確定してるのはそれだけよね」

 

「あの二人が分断されたりしてなければそうかと……。ここで気になってくるのは、御剣先輩が初回限定特典で何を得たか……ですね。俺の場合はピンチの仲間――桜姫先輩との合流でしたが」

 

「総一なら……私に会う事を望むはずだわ、でもスミスがそれを簡単に認めるはずがない」

 

「似てるから【間違えちゃった☆】って姫萩先輩の位置に誘導した可能性は十分にあ

りますね」

 

「凄く怒りが湧いてくるけど……やりかねない、わね」

 

 

 あとは1~2階の近くに仲間である3人が全員集合しているという楽観視はできないというのがある。無駄に場合分けをしすぎても頭がこんがらがるので、絞って考えると、1Fに手塚と御剣先輩……2階に長沢と北条さん。そして、1階と2階にそれぞれ郷田社長と綺堂渚がいると思われる。

 ……各個撃破のチャンスと言えば、チャンス……だが。

 

 

「ちょっと時間はかかりますが、姫萩先輩の場所に戻って御剣先輩に合流……トンボ返しで急いで2Fに向かうというプランで行きましょうか?」

 

「それだと、長沢君と北条さんを危険に晒してしまうわ。私が1Fに行くから、川瀬君は2Fのグループをお願い」

 

「流石に、危険じゃないですか? いえ、ハッキリ言えば桜姫先輩が心配です」

 

 

 しかし、俺の意見は桜姫先輩に却下されてしまった。

 どちらかを優先するのではなく、どちらも優先する。そのシンプルな答えを、俺が考えなかった訳では無い。ただ、姫萩先輩の死のトラウマが……という言い訳は止めよう、言葉通り桜姫先輩が手の届かないところでリスクに晒されるのが怖い。

 先ほどの本音トークで桜姫先輩に感化されすぎてしまったようだ。

 

 だが、そんな弱音に近い心情を抱いている俺に対して、桜姫先輩は厳しい表情で訴える。

 

 

「良い? 川瀬君、私たちは今までスミスと誘拐犯の良いように操られていた。でも、このタイミングで首輪探知機能を手に入れて全員の場所を知る事になったのは誘拐犯達にとっても想定外なのよ……ここで時間をかければ、対処されてしまう。だから、今此処で、すぐに動いて……黒幕の想定を超えなければいけないのよ!」

 

「……ぅ、それは……そうなんですが……」

 

「それに、総一が居れば大丈夫よ。私と総一が揃えば、できない事は無いんだから」

 

「嫉妬心と同時に同情心が湧くような奇妙な気持ちになりましたが、そういうものなんでしょうね……」

 

 

 反論する言葉を探そうとするが、何もかもが正しい意見だ。

 これは、主催者も想定していないであろう降って湧いた機会、俺達二人の命を両方危険に晒す行為ではあるものの、不利な盤面を一気にひっくり返せるような……そんな逆転のチャンスだ。

 自分の命だけなら容赦無く掛け金として乗せる事ができるだろう。

 桜姫先輩を仲間として信用している。先程言った、7~8割の信用という言葉は撤回してもいい。

 ……だが、あえてこの感情に名前をつけるなら恐怖だろうか。

 

 全てを見抜いてるかのような目で、桜姫先輩が語りかけてくる。

 

 

「男ならちゃんとしなさい! 一人で皆を助ける事はできないけど、二人ならカバーし合う事ができる。ましてや、もっと居るのよ! 長沢君と北条さん……そして総一がね」

 

「桜姫先輩……ならば、自分の命を大事にしてください。貴方が生きて帰れば、それだけで一人の人間を救ったということです」

 

「えぇ、皆で絶対に生きて帰りましょう!」

 

 

 結局は折れる羽目になった俺は、自分の命を大切にできないものに人命救助する資格が無い原則を持ち出す事しかできなかった。とはいえ、桜姫先輩の言うことはどこまでも正しい……なにせ、俺達は何も取りこぼさずにゲームをクリアする事を既に選んでいるのだ。ここで今更躊躇する俺が間違っている。

 桜姫先輩の真摯な目で見つめられて、敵わないと思う一方で、こういう人だから信用できるんだろうなという気持ちもある。……不意に胸に悔しさが湧き上がる。何に悔しさを覚えているのか分からない。彼女の強さはひたすらに眩しく、俺には刺激が強すぎるのかもしれない。

 だけど、この言葉は言わなければいけない気がしたので自然と口から発せられた。

 

 

「貴方にとっては二番目かもしれませんが、このゲームで最初に会ったのが桜姫先輩で良かったです」

 

「馬鹿! そういうのはゲームが終わってから言いなさいよ!」

 

「今言わないと御剣先輩に殴られるじゃないですか!」

 

「総一はむしろそれくらいやれた方が私は安心なんだけどね……」

 

 

 桜姫先輩についていける平和主義者ってだけで御剣先輩は相当な大人物ではないのだろうか? 俺は訝しんだ。

 ……さて、名残惜しいが、時間を浪費するわけにはいかない。

 急いでスタングレネードと催涙ガスグレネードを折半し、分配する。また近接武器の配分としては、俺が木刀で桜姫先輩に特殊警棒を渡しておく。

 

 

「おっと、桜姫先輩。JOKERと『9』のPDAを交換しましょう」

 

「北条さんの解除条件、ね。分かったわ」

 

「1時間経過後に『10』に偽装してください、手塚と混線する可能性もありますが、それで通話できるようになるはずです。勿論、手塚を通じて会話できるならそれでも構わないです……ただ、あんまり手塚に油断しないように、細かい部分は任せますが」

 

「そうね。川瀬君こそ、首輪探知を失う分、二人を見失わないようにね」

 

「そこはなんとか食らいついてやりますよ、選んだ以上……あとはお互いにご武運を」

 

「心配する必要は無いわ。私たちは死なないためではなく……生きる為に戦うんだから」

 

「やっぱり……敵わないですね」

 

 

 桜姫先輩に、心の底からの感嘆の言葉を漏らしつつ、別れを告げる。

 次に会えるかはもう分からない。どちらかが死んでいるかも知れない。

 不安もある、躊躇いもある。だけど、桜姫先輩を……いや長沢も、北条さんも、姫萩先輩も……俺はもう誰も裏切れない。だから選択肢は1つだけ。

 

 

 そして、1つの想いが俺の中にある事を自覚した。

 

 ――桜姫先輩に勝ちたい。

 

 どうしてこんな想いが出てきたのか分からない。今まで俺はライバルと思える人物が居なかったし、同類だと思えた人物にも会った事がない。全てにおいて未知で新鮮な相手だからかもしれない。この殺し合いゲームが始まってから、知らない感情が暴れすぎて情緒が壊れそうだ。

 ……だが、不思議と悪い気はしない。

 

 

 その為に、エクストラゲームに頼らずにこのゲームをクリアする方法を編みだす事が必要になる。

 難しい宿題になりそうだ。

 

ひたすら2階の階段へと駆けている俺は静かに……しかし、強く強く決意した。

 

 



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幕間3 戦闘禁止エリアでの攻防

 

 

 

―――――――――――――――

子供というものは大人の話を聞くのが苦手だが、真似をするのは得意だ。

ジェームズ・ボールドウィン (米国の小説家)

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「たまにいるのよね、殺そうとしても中々死なないプレイヤー。直接手を下す訳じゃないから、仕方ないけど。まさか高山さんから逃げ切るとは思わなかったわ」

 

『エクストラゲームも、上手くいきませんでしたからね。でも、お客様からの反応は上々ですよ』

 

「計算外だったのは、長沢君とかりんちゃんの間で裏切りが発生しなかったことね。優希ちゃんと川瀬君の仲も上手く引き裂こうとして失敗しているから、疑心暗鬼の効果というよりはむしろ団結を促したかもしれない、か」

 

 

 ゲームを運営している側の視点に立っているゲームマスター……郷田真弓は、手に持っている拳銃をくるくると指で回しながら、片手で主催者側の連絡役の男と通話をしていた。停滞したゲームをエクストラゲームで促進させようとしたが、完全には上手くいってない為にどう修正するかを考えなければならないのだ。

 

「そろそろ、私も一休みしたいけど……放置してたらかりんちゃんの首輪が解除されちゃうのよね。1階は渚ちゃんに任せて私は合流の妨害かなぁ」

 

 自分の首輪解除条件【5】の【24ヶ所のチェックポイントの通過】を達成する、ゲームを上手くコントロールする。両方やらないところがゲームマスターの辛いところだ。尚、ゲームマスターは今のところ2階までのチェックポイントを全て回りきっている。

 本音を言えば、殆ど誰も到達していない内に3階のチェックポイントも回りきり休憩を取りたかったのだが、他の首輪解除者が出てしまうのも不味い。

 その為に、合流地点を決めていた長沢勇治と北条かりんを襲撃し、場所を変えさせる必要があった。だが、そのミッションを遂行する際にPDAに緊急連絡がある。

 

 

『すいません、ディーラーより緊急連絡が! 川瀬進矢、桜姫優希ペアがJOKERで【8】番に偽装。【首輪探知機能】を取得し、二手に分かれ川瀬進矢が2階に桜姫優希が1階の人が集まってる地点にそれぞれ急行しています!』

 

「え!? 早いわね。そう……間違いなく、私たちの妨害を意識した行動ね。やるじゃない……。少し待って、どうするか考えるのと、1階の方は基本的にディーラーと渚ちゃんに任せる方向で行くわね。幼馴染みの恋人同士の再会なら、彼女の出番だし」

 

『了解、基本的には自分からは殺さない方針でいくそうです』

 

「うーん、となると……危機を乗り越えた川瀬君は兎に角、解除間近な北条さんか長沢君のどちらかに退場して貰おうかしら……そういえば北条さんにはセカンドプランがあったわね。アレを使えば極論、首輪解除しても問題無いかしら?」

 

『大丈夫ですか? マスターの身が危なくなる諸刃の剣なのでは?』

 

「あら? 私はこれでも彼等プレイヤーに感心してるのよ? 彼等が私の期待に応えてくれるのなら、私だって相応の対応を取るわ。私だってこのゲームに命を懸けてる立場なのだし」

 

『もう仕事と結婚してますね……これは』

 

「う、うるさいわね! ともあれ、長沢君と北条さんのところに行きますか……ディーラーに伝えといて、【私】は誰も殺さないってね」

 

「あ、はい。そういう方向ですね。了解です」

 

 通話を切り、郷田真弓は溜息を吐く。

 今回は疑心暗鬼の裏切りのゲームはあんまり上手く機能しなかったようだ。

 そして、サブマスター……綺堂渚の裏切りのカードを速攻で切ってしまった以上、取れる札は普段以上に限られてくる。例えば、ゲームマスター自身の経歴を利用した演出とか……勿論、リスクもあるが、別に構わない。自分がゲームのキャストになれば、制限付きではあれど自分の手でプレイヤーを殺す事も幾分か許されるようになるメリットもあるからだ。

 

「うわ……二人共移動速度速すぎ……これが若さって奴なのね。こういう時は、年長者としての威厳を見せつけてあげようかしら、ピンチの時のアドリブ対応こそがベテランの腕の見せ所ってね」

 

 優秀な教え子に教育意欲が上がる教師のように仕事への熱意を上げつつ、郷田真弓は駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりさ、最悪の事を考えないといけないと思うんだ」

 

「最悪って……やっぱり?」

 

「川瀬お兄ちゃんが死んだってこと」

 

「う、うん……」

 

 

 2階の戦闘禁止エリアで空気が重い中、長沢勇治と北条かりんは食が進まない状態で保存食に手をつけながら今後の事を話し合っていた。

 二人は郷田の襲撃で川瀬進矢と分断された後、取り決めた合流地点で待っていた。しかし、一向に川瀬進矢が来なかった為、次の集合地点兼休憩場所である1階から2階に上がってすぐの場所に居た。そこで待っている間にエクストラゲームが発動してしまい、幸運にも追加ソフトウェア【地図拡張機能】を発見していた二人は、長沢の機転で拡張された地図に表示していた少し離れた場所の戦闘禁止エリアまで二人で駆け込んできたというわけだ。

 これで最低限二人の間に裏切りは発生しない状況にはなったものの、エクストラゲームの期間は1時間ある。気まずい時間を過ごしてきたがエクストラゲームが終わるまでに、これからの状況を改めて考えなければならない状態になっているのだ。

 【生存者カウンター】を手に入れ、生存者が12人から9人に減っている事で、二人共気分が沈んでいるが、最悪の場合であっても彼等に諦めるつもりはないし、それは許されていない。

 

「エクストラゲームが始まってすぐに3人死んだから、9人中3人は裏切り者ってことになる。で、手塚や麗華が誰かと組むような人間には思えないから、そいつらは死んでない。僕――いや、俺達を除けば裏切り者じゃないやつは2人しかいない……で見分けがつくわけがないから……はっきり言おうか、誰も信じられない」

 

「そっか……やっぱり、ゲームに乗るしか、無いんだ……」

 

 一度、ゲームに乗らずにクリアできる希望を見てしまった分、かりんの表情は暗い。

 誰かを殺したくはない、だけど妹は何に代えても助けたい。そして――裏切られて、かりん自身が死ぬような事になってしまえば妹のかれんも一緒に死ぬ事になってしまう。

 長沢はかりんの様子に若干居心地が悪くなりつつも、川瀬との会話を思い出す。

 

『ここまでなし崩しで強引に同行してたが、やはりフェアな条件として選択肢提示しようか、長沢勇治。ここで俺の助手になり、共にゲームを生き延びるか。それとも、ここで俺と袂を分かつか。選択しろ』

 

(川瀬の兄ちゃん……あんな事を言って死んだら世話ないよ。僕一人じゃこのゲームをどうにかするなんて無理だけどさ、クロスボウから庇ってくれた恩もあるし、その分の借りくらいは返してやるよ)

 

 らしくない、そう思いつつ長沢はかりんと組む事に決めた。勿論、数時間かりんと二人で行動して一人より二人の方が、このゲームは圧倒的に有利だと体感したというのもある。

 元々はそういうスタンスだった筈なのに、人を殺すのに気が進まないような感覚を覚えつつ長沢はかりんに提案した。

 

 

「もし、約束の18時間が終了して川瀬のお兄ちゃんが現れなかった場合、首輪を外す為に二人で2~3人殺せばゲームクリアだ。『4』の【首輪の3つ収集】、『K』の【PDA5個以上収集】はどっちも相性は良いしね」

 

「な、長沢は……。それでいいの……!?」

 

「川瀬お兄ちゃんが居なければそうするつもりだったし、北条だって一緒だろ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「まっ安心しなよ、北条が誰かを殺せるとは思ってないから。俺が3人位、簡単に殺してやるよ」

 

「……ごめん……長沢、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

(あれ!? 何か勘違いされてる気がする?)

 

 長沢は困惑した。長沢の異常な面である【人を殺してみたいという欲求】をかりんが知らないから仕方ない事だが、長沢がかりんの為に手を汚すと覚悟した解釈したのだ。普段なら、驚かれたり恐れられたりする反応を貰っているし期待している長沢は当然、この事に気付くのだがわざわざ訂正するのもおかしな話だ。

 それに、自分がやりたい事が結果として仲間の為になるというのなら……長沢としても悪い気はしない。何故そう思ったかは分からないが、少なくとも今の長沢はそう思った。

 

「そ、そう泣くなよ! ほら、川瀬お兄ちゃん生きてる可能性だって……あ……」

 

 泣いているかりんを前にして、気恥ずかしくなった長沢は最悪の事態を考えるのを止め、川瀬が生きていた場合を模索しようとしていた時に気付いた。自分のPDAを取り出し、急いでのぞき込む。

 

「生きてるよ! 川瀬のお兄ちゃん生きてる!」

 

「ど、どういう、こと……?」

 

「ほら、エクストラゲームで【ゲーム開始6時間以降から、2時間以上行動を共にしたプレイヤーが死亡した場合】ってスミスの奴が言ってただろ? 僕達は川瀬のお兄ちゃんと2時間行動を共にしていた。だけど、ボーナスの話が一切来ていない、だから川瀬のお兄ちゃんは生きてるんだよ!」

 

「あ……そ、そっか! そうだよね! 川瀬さんが死ぬわけ無いもんね!」

 

「それは極論だけど、合流できなかったのは何か事情があるんだろうな」

 

 長沢は素直に感情を表にするかりんに呆れながら思考する。例えば、怪我をしたとか、他のプレイヤーに襲われたとか……別の誰かにお節介焼いてる可能性もあるといえばある。

 そんな事を長沢が考えていると、かりんが荷物を纏めて立ち上がった。

 

「って、立ち上がってどうしたんだよ? 北条」

 

「あ、ごめん……少し考えたんだけど、川瀬さんが生きてるなら集合場所に行った方が良いんじゃないかと思って」

 

「エクストラゲームが終わるまで、あと数分だからそれまで待った方が良くないか?」

 

「その……パニックになってた私に配慮して、戦闘禁止エリアまで連れてきてくれたんだよね? 急な事で驚いただけで、冷静になってみれば長沢が裏切るなんて思ってないから」

 

「あ、あぁ……落ち着いたなら良かったよ」

 

 長沢は申し訳なさそうな顔をしているかりんを見て、大丈夫か? という気持ちになりつつ、なんとなく川瀬がかりんを放っておけない風になっている理由を理解した。放っておいたら、誰かに騙されてしまいそうな危うさと純粋さを併せ持っている。

 仕方ない奴だな……と、信用されている事にむず痒さを感じつつ長沢も荷物を纏め始めた。

 

「ともあれ、早く会いに行くのは俺も賛成だよ。あの人、絶対俺がいない間にゲームを楽しんで――」

 

 

 長沢が立ち上がった時、前触れも無く戦闘禁止エリアの扉が轟音と共に吹っ飛んだ。

 

 

「えっ!?」

 

「うわ!?」

 

 扉はかりんの真横を吹っ飛び、入口の家具が倒れた。

 幸運にも二人に怪我は無い。

 爆発はドアの外で起こったみたいで、爆発は殆ど外側に回った事もある。無論、数秒爆発が遅れていた場合はドアに近づいたかりんが大怪我をしていた可能性が高いが。

 

「な、何が起こったの!?」

 

 腕で顔を押さえつつ、かりんは何が起こったか分からないといった風に驚く。その横で、長沢は危機感から頭を働かせルールを思い出していた。

 

【ルール7】

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

 

「そうか! 戦闘禁止エリアの中で攻撃したら駄目なだけで、外から中を攻撃する分には問題無いのか! おい! 北条、確かこの部屋にエアダクトがあったよな!? そこから逃げるぞ!」

 

「な、なるほど!? う、うん! 分かった!」

 

 勿論、長沢も戦闘禁止エリアに何か裏があるのではないかとは考えていた。だが、銃や爆弾等、直接ルールの穴を突ける武器を見る機会が無かった為、このルールの抜け道にまだ気付いていなかったのだ。長沢は迂闊に戦闘禁止エリアに入った事を後悔するも、今は事態を脱出するのが先だ。

 戦闘禁止エリアの奥のエアダクトの入口をかりんが開け終えた所で、卵形の何かが戦闘禁止エリアに転がり込んでくる。狙い計ったかのように長沢の足下の近くに。

 

(拾って投げかえ――いや、駄目だ! 反撃もアウトだ!)

 

 危機に際して長沢の生存本能がきちんと警告を発したのか、更にルールを思い出す。戦闘禁止エリアでは正当防衛すら許されていないという、そのルールを。

 

【ルール8】

開始から6時間以内は全域を戦闘禁止エリアとする。違反した場合、首輪が作動する。正当防衛は除外。

 

 

「北条! 早くエアダクトに逃げ込め!」

「う、うん!」

 

 自分がエアダクトに入るのが間に合わない、そう判断した長沢は戦闘禁止エリアのソファを遮蔽にするように飛び込んだ。……長沢は知らない事だが、手榴弾の威力では致命傷こそは免れるかもしれないが、防ぎきることはできない。

 しかし――

 

――――プシュー!

 

 投げられた手榴弾は爆発する事なく大量の煙が吐き出された。

 目と鼻、喉が同時に痒くなり思わず涙目の状態で咳き込む事になる。

 

「ケホケホ……あの、ババア……ッ!」

 

 長沢の掠れている視界の先には部屋の入口の先で銃口を向けている郷田真弓の姿があった。以前、郷田を追って行った川瀬はどうなったのか? 不安は多いが、まずは戦闘禁止エリアから外に出るのが先決だ。今はなんとか銃弾を避けつつエアダクトまで逃げなければならない。

 

「頑張ったわね、ボウヤ……そして、さようなら」

「ふざけるな! こんなところで……負けて、たまるかよぉ!!! ゲホゲホ……っ」

 

 後ろで何発か銃声を聞きながらも、長沢は走りながら鼓舞するように大声を出すが、そこで息を吸い込み催涙ガスを吸い込んでしまうのはどうにも締まらない。

 それでも、なんとかエアダクトの中に長沢は飛び込んだ。

 

 ――そんな長沢の耳に、扉が吹っ飛んだ時とは比べものにならない大音量が届いた。

 

「くっ、な、何が起こったんだ……?」

 

 脳味噌が揺らぐ程の大音量に、長沢の意識は数秒朦朧とするが、なんとか正気に戻り状況を確認する。その大音量の発生源は、どうやら戦闘禁止エリアの入口側……先程、郷田が立っていた場所で発生したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ったわね、ボウヤ……そして、さようなら」

 

 長沢を追い詰めていた時の郷田は、感心しながら喋っていた。

 戦闘禁止エリアのルールを盲点に二人は気付いていなかったものの、攻撃を受けた際の対応としてはお手本になるレベルだ。郷田としては、ここで片方をルール違反で殺そうと考えていたが、ここまで上手く対応されてしまえば見逃さざるを得ない。

 危機感を持たせる為に、拳銃で数発を上手く長沢の近くに撃ち込み、長沢はエアダクトの中に逃げ込んだ。

 

 しかし、追い込みを駆ける時ほど、狩りをしている側には隙が出来てしまうものだ。

 

――カラン

 

「……っ!?」

 

 後ろから、足下にスタングレネードが転がりこんできた事に気付いた郷田は、急いで有効範囲から逃れようとする。そんな郷田に向かって、小さく鈍い痛みが身体に走った。遠くから、エアーガンのBB弾が服越しに当たったのだ。

 拳銃を放り投げて、耳を塞いで伏せた郷田はスタンガンの凄まじい音響を伴う轟音に意識を飛ばしそうになるも、なんとか意志の力でねじ伏せた。だが、強い目眩や耳鳴りが郷田の頭を支配する。

 強い立ちくらみを覚えながら、まだ正常に機能していない視覚と聴覚を働かせ、下手人をなんとか認識しようとする。捉えた下手人――川瀬進矢は、疲労困憊の状態でエアーガンを構えていた。

 

 

「ハァハァ……攻守、交代と行きましょうか……俺の可愛い助手達に手を出した報い、受けてもらいますよ」

 

「やってくれる、じゃない……! ふふっ……、番狂わせが多くて、参っちゃう、わね!」

 

 

 郷田は転がりながら拳銃を拾い、川瀬に向けようとするが、急接近した川瀬の木刀に拳銃を叩き落とされる。

 

 

「俺の、一番得意な……間合いでね!」

 



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第十四話 ゲームマスターの脅威

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.5:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:6.1:3人の殺害
長沢勇治 :4:6.9:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.8:24ヶ所のチェックポイントの通過
???  :6:3.2:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗華 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:9.5:自分以外の全員の死亡
手塚義光 :10:4.4 :2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:??:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲美 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:3.5 :PDAを5個以上収集



 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

悪魔は更なる不幸を生み出そうと常に画策している。人間の飽くなき復讐心を利用して。

ラルフ・ステッドマン (英国の風刺漫画家)

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ……! ハァハァ……!」

 

 主として冬に行われる体育の持久走が俺は大大大嫌いだった……好きな人間なんて極一部の例外を除けば居ないだろうが。剣道部に所属していた時の朝練でも、持久走を行う事があり疲れる割に実力に反映された気が全くせずに苦痛だったものだ。

 で、なんでそんな事を回想しているかというと、もっと真面目に体力作りをしておけば良かったと今猛烈に後悔しているからだ。

 

 裏切り上等の暴力前提の頭脳戦ゲームというより、コミュ力と足腰のゲームという印象が今のところ強い。社会のどこでもコミュ力は通用するけど、殺し合いゲームでも結局はコミュ力か! コミュ力は全てに通用するのか! 陰のオタクの俺には辛いよ! 

 などと両腕両膝の感覚が無くなりそうな疲労を感じつつ、現実逃避しているとようやく先ほど首輪探知で二人居た部屋が見える位置まで来ていた。

 部屋の前では、郷田社長が何かを構えて部屋に向けているのが分かる。何度か聞こえた発砲音から、それが拳銃であると思われる。 ……だが、幸運だ、その発砲音のお陰でまだ俺に気付いて無さそうに思える。攻撃をしている時はどうしても防御に対する意識が無くなってしまうもの……つまり、完璧なタイミングだ。

 

 ここまで、罠警戒を一切排除した、安全性と体力無視の全力疾走を行ってきた。唯一、気をつけていたのは音をできるだけ出さないようにしていた位だろう。その甲斐があってか、完全に虚を突けそうなのは間違い無さそうだ。後は、撃たれている先にいるであろう長沢と北条が怪我をしていないのを祈るのみ、である。

 ポケットからスタングレネードを取り出し、安全ピンを引き抜きグリップを握る。これで何秒かした後に大音響と大光量を撒き散らかしてくれる筈だ。もしかしたら、長沢と北条が余波を喰らってしまうかもしれないが、後で謝るとして今は全力で郷田社長に投擲する。

 

(うおっ! 右腕が痛い! 明日絶対筋肉痛になる奴だ!)

 

 まだゲームが始まって約13時間だというのに、既に身体全身が悲鳴を挙げていた。先ほど、矢幡と男の二人組に追われていた時に、投擲用ナイフを投げすぎたらしい。明らかにペース配分を間違えているが、命には代えられないので、自分の危険信号を無視して腰に差していたエアーガンを構える。郷田がスタングレネードに気を取られている隙に少しでもダメージを与える為だ。

 

(反応良いな。やはりプロか)

 

 BB弾を2発ほど発射するが、郷田はエアーガンによる妨害をものともせずに、スタングレネードから距離を取り、耳を伏せ伏せる。素人がこんな動きをできるとは思えないので、この時点で郷田真弓が素人の線を完全に消した。

 スタングレネードが爆発するタイミングを見計らい、通路の曲がり角に身を隠し耳を塞ぐ。

 

 身体の……脳の芯を震わせる程の大音響が俺を貫いた。

 20m近く離れている筈の俺ですら、意識が揺らぐ程の衝撃。百聞は一見にしかずという言葉を思い出すが、防音装備もできれば一緒に用意して欲しかった……。

 

 

 そんな事を考えつつ、息を落ち着けながらエアーガンを構えて通路の先を見る。

 その先には眼鏡を落として、やや目の焦点の合っていない……しかし、必死な表情をしている郷田真弓の姿があった。

 

「ハァハァ……攻守、交代と行きましょうか……俺の可愛い助手達に手を出した報い、受けてもらいますよ」

 

「やってくれる、じゃない……! ふふっ……、番狂わせが多くて、参っちゃう、わね!」

 

 キッと、回復しきってない目で強がる表情を郷田は作り、反転した。そこで、俺は気付く……郷田の狙いは、その数m後ろにある黒光りしたもの……すなわち、拳銃だ。拳銃に向かって飛び込んでいる……!

 

(流石に、エアーガンで実銃は無理っ!)

 

 そう判断した俺は、エアーガンを放り投げ、木刀を手に郷田に向かって駆けだした。スタングレネードのダメージが抜け切れてない郷田はスピードが遅かったおかげで、郷田が拳銃を手にして俺に向けようとした瞬間に木刀で叩き落とす事ができた。

 

「俺の、一番得意な間合いでね!」

 

 一回目、郷田社長を追い詰めた時もそうだが、この展開に持って行きたかった。相手はプロだ、銃器の腕も格闘の腕も絶対俺に勝ち目はないだろう。唯一、勝ち目がありそうな間合いが、”俺も”経験者である1m~2m程度の刀剣類の間合いなのだ。

 

「年は取りたくないものね、まだ若いつもり……だけれども!」

 

 そのまま郷田の肩に向けて振り下ろした木刀を、郷田は腰にかけていた大型ナイフを手に取り受け止める。忘れもしない、俺が拾い投擲したコンバットナイフと同型だ。そのまま、素早く木刀を数発打ち込んでいくが、郷田は全てを捌いて見せた。

 

「くっ……特殊部隊出身か何かですか!?」

 

「当たらずとも、遠からず、ね」

 

 リーチと重量の軽さから攻撃はこちらが一方的に行っている状況だが、武器の強度面では圧倒的にコンバットナイフの方が上だ、捌かれ続ければいずれ木刀の方が先に折れるだろう。

 勿論、武器の優劣だけでなく、それぞれの疲労状態も大きく影響している。両腕の感覚が半ば麻痺している疲労状態の俺の攻撃は万全の時のソレと比較すれば大きく精彩を欠いてるし、スタングレネードのダメージが抜け切れていない郷田も重傷を負わない程度の攻撃は何度か掠って受けている。

 だが、回復速度で言えば郷田の視覚と聴覚の方が圧倒的に早いだろう。そうなると、俺としてもジリ貧だ。長沢と北条が援護に来てくれれば、また状況は変わるがそればかりに期待することもできない。また身体に無理をかける事になるが、ここが俺の勝負の大一番だ。

 

「じゃあ、引退させてあげますよ!」

 

「……言うじゃない、坊や」

 

 攻撃に全ての集中力を費やし、ラッシュのペースを上げる。郷田自身へのダメージ狙いの攻撃で畳みかける。そして、その全てを郷田はコンバットナイフで受け止める。限界が近づいてきて相手が同じ人間か疑わしくなってくるが、本命は別だ。

 フェイントで一発気を逸らした後に、スパーンと一閃で、郷田の持っていたコンバットナイフを弾き飛ばす。

 

「チェック……ッ!」

 

「なっ!?」

 

 今までの郷田へのラッシュは全て陽動、本命は最初からコンバットナイフの持ち手だった。だから、わざと攻撃を一部単調にして分かりやすく相手が慣れた所を、不意を撃って持ち手を攻撃したのだ。

 剣道の才能は無かった俺だが、こうした心理戦による主導権争いだけは得意分野だった。

 勝利を確信した俺に、郷田は薄く笑いかけた。

 

「はい、油断した」

 

「え……っ!?」

 

 次の瞬間、ほんの一瞬だけ出来た隙を郷田は見逃さず距離を詰める。なんとか、攻撃に転じようとするが郷田は姿勢を下げる事で木刀の振り下ろしを回避し、次の瞬間両足が地面を離れ浮遊感が俺を襲った。

 

「がは……っ!?」

 

 郷田の足払いを受けたと一瞬経って理解する。長時間の走行により、体幹もガタガタになっていた俺は、それに抗う事ができず、地面に叩きつけられる。そんな俺の首元に硬いモノが突きつけられた。

 

「これが、本当のチェックメイト、よね?」

 

「ハァハァ……まい、りましたね……年季の差、ですか」

 

「試合なら……貴方の勝ちだったかもしれないわね」

 

 辛うじてまだ動く左手で、ズボンの左ポケットに入れていたスタンガンに手を伸ばすが、どう考えても郷田が俺の首を撃ち抜く方が早いだろう。

 持ってる手札の数の差、とりわけ実戦経験の差と言われれば俺だってどうしようもない、喧嘩の経験ですらゼロなのだ。無茶言わないで欲しい。

 身体の節々が痛い、多くの後悔が頭を巡ってくる。やっぱり二手に分かれれたのは失敗だった……という気持ちよりも、桜姫先輩の信頼に応えられなかった自分が不甲斐ない気持ちが強い。結局、俺も何者にもなれず巨大な悪意に翻弄され殺される存在に過ぎないのだ。

 

 

「川瀬お兄ちゃん!!」

 

「川瀬さん!!!」

 

「ふふっ……遅かったわね、二人とも」

 

 

 意識を払う余裕が無かったので、足音も聞こえてなかったが、郷田が撃ち込んでいた部屋の反対側の通路から長沢と北条の二人が、クロスボウを持って現れる。おかしい、助けに来たのは俺の筈のなのに……気付いたら人質にされている。これが、ミイラ取りがミイラになるって奴か。

 現実逃避はおいといて、負けた以上は残されるであろう二人の為にも覚悟を決めるか。

 

「ハァハァ……なんで、此処に――いや良くやった。俺に構わず、郷田を撃ってくれ」

 

「な、何言ってるのさ! 川瀬さん死ぬ気なの!?」

 

「よ、よく見ろ、郷田の銃は超小型だ。装填数は2発かそこら、俺を殺した瞬間に郷田は詰む。郷田の命と1:1交換できるなら……十分、俺の勝利と言えるのではないだろうか」

 

「よくこんな時に格好つけてられるな……お兄ちゃん」

 

「呆れた……二人がそれを選ぶのなら、私も覚悟を決めないといけないのだけど」

 

 ほんの僅かに見えた拳銃は、俺でも見えるとても小さなモノ。暗殺用の超小型拳銃……所謂デリンジャーという奴だ、ミステリー小説でよく出てくる奴なので分かった。

 死への恐怖で首がチリチリしつつ、一応まだ命を諦めているわけではない。北条さんは俺の言葉を真に受けて必死な表情を浮かべているが、長沢は気付いている筈……『最後まで諦めずに、考える事』って言ったのは他ならぬ俺自身なのだから。つまり、これは弱みを握られない為の交渉の前段階という奴だ。今、俺と郷田はお互いに命を握り合っている状態と言って良い。

 ……自分の命を交渉のテーブルに置くのは流石に初めてで怖い。

 

「――今のうちに推理を伝えとく。郷田真弓は主催者……誘拐犯側の人間。解除条件は5番。役割は、ゲームの疑心暗鬼を促進させること。もう一人、綺堂渚って人が居て、解除条件はJ,役割はプレイヤーと信頼関係を築いた後の裏切りってとこ」

 

「はい、9割正解。お喋りが過ぎると寿命が縮むわよ?」

 

「縮む寿命が、残り少な過ぎるんですが……」

 

「……それもそうね」

 

 ……さて、強がりの軽口を叩きつつ、向こうも命は惜しいだろうし、これがやらせ込みのリアリティショーであるという推理が正しければ、あっさり殺される事は無い……はず。こ、殺されないよね???

 

「そうか、最初から紛れ込んでいたのか……つまり、オバさんがこのゲームのボスってことか!」

 

「そうよ、長沢君。私だけではないけれど、かりんちゃんにとってはそうかもね」

 

「ど、どういう、こと?」

 

 てっきり、交渉タイムかと思ったが郷田からの話が逸れる。激昂モードの長沢に対し、北条さんは困惑した表情を浮かべている。だが、ここで何やら嫌な予感を俺は感じた。俺や長沢になくて、北条さんにだけあるもの……その違和感。確か、北条さんと出会って間もない頃――

 

「まずい! 北条さんっ! その話を聞くな――ぐえ」

 

「はい、川瀬君は黙っててくれる? その明晰な頭に風穴を作りたくなければね」

 

 危険を察知した俺は、なんとか注意喚起をしようと声を挙げようとするが、それに対し、一瞬にして郷田は俺の上半身を持ち上げ、左腕で首を締める体勢に移行する。右手で左腕を剥がそうと力を入れようとするのだが、もう殆ど力がはいらない。血行が早い状態の今締められると一瞬で意識が飛びそうなので大人しくするしか無さそうだ。

 今の俺からは郷田の表情は見えないが、冷酷な表情をしていそうな気がする。

 

「貴方の両親と一緒にゲームに参加した頃を思い出すわね、確か3年前だったかしら?」

 

「え…………?」

 

「あぁ、確か交通事故で死んだ事になってるのよね? それ、偽装だから。貴方たちもこのゲームで死んだら、”そういうこと”になるのよ? 単純に行方不明者として数えられるかもしれないけど」

 

「確かにこのゲームはもう、何度も……いや何十回もやってると思ったんだけどさ……まさか――」

 

「――そ、今でも覚えてるわ。娘の高額な医療費の為にゲームに乗った北条夫妻、父親は娘と同じ年頃の女の子を庇って死亡、母親の方はゲームクリア直前に仲間だった人間に殺されたわ――つまり、私にね」

 

「お、お前――!」

 

「撃ちたければ撃てば良いわ、私を撃てるモノなら、ね?」

 

「ッ……!?」

 

 激昂のままに撃とうとした北条だったが、よりによって人質である俺の所為で攻撃できずに止まる。北条さんのクロスボウを構えている両腕が震え、蒼白な表情をしているのが見える。

 俺の中で郷田に敗北してしまった自己嫌悪感と、北条さんに敵討ちをさせるべきではないという使命感の両方が胸に溢れてくる。

 長沢も珍しい驚愕の表情を浮かべているが相対的には冷静だろう……目配せすると反応した。右手で郷田の左腕を押さえたまま人差し指だけ振って、ちょいちょいと長沢に向けて【撃て】と指示しているつもりだが、ちゃんと伝わっているだろうか。

 長沢の位置なら俺が左手で、何かしようと企んでいる事を推測できる筈。もしも事態が動いたら賭けても良いのだが、流石に怖い。

 耳元で不快な郷田の声が響く。

 

「勘違いしないで、かりんちゃん。私は、貴方を祝福しているの。だって、そうでしょう? 貴方はこれで首輪が解除できるの、亡きご両親の願いであるかれんちゃんの治療が叶うのよ? 今、私の腕の中にいる川瀬君がPDAを集めたお陰でね、尤も彼の命は、ここで――」

 

「そんな、止め――!」

 

――ヒュン

 

 北条さんの言葉を遮るように、クロスボウの矢が放たれる。

 覚悟を決めたであろう目をした長沢の手か放たれたものだ。放たれたのは俺と郷田のすぐ真横、ギリギリ当たらないような距離だ。才能あるぞ長沢ァ!

 

「ぅ、うぉおお……!」

 

 郷田の一瞬できた隙をついて、右手で郷田の拳銃を持つ手を抑え射線を上に逸らす。

 

――パァン!

 

 銃声が耳に響き、右手の抑えが無くなったことで首の圧迫が強まり意識が遠ざかるが、その時には左手にスタンガンを手にしていた。電気を流しながら、郷田に振りかぶると郷田は拘束を解き飛び退いた。

 

「ゲホゲホ! 舐めプとは余裕ですね!」

「それが結構大変なのよ!」

 

 拳銃の射線に入らないように、横に飛びつつ立ち上がるが、その間に郷田は扉が破壊された奥の部屋に逃げて行った。

 ……生きた心地がしなかった。

 気を緩めては駄目だとは分かっていても、足がもう棒のようになっていて、両手も指一本動かしたくない。

 俺の中のアドレナリンが切れたようだ。

 

 カランカラン、とクロスボウが落ちる音がする。

 振り向くと矢の装填を終えて、油断無く部屋の中にクロスボウを構える長沢と蒼白な表情で膝をついた北条さんの姿があった。

 

「……パーフェクトだ、長沢」

 

「僕は良いから北条の事気にしてやってよ。はぐれた後、ずっと気にしてたんだからな」

 

「……ハイ」

 

 気にしてなかった訳じゃないし、むしろ心配度は北条さんの方が圧倒的の上なんだけど、なんて声かければ良いか分からない。女の子のフォローは一番の苦手分野なんだ、このゲームで何故か経験値は溜まってるかもしれないけど。

 

「川瀬さん生きてて良かった……良かったよぉ……」

 

「……心配かけたな、北条さん」

 

 色々と郷田社長が北条さんの両親の死について言及したのに、一番目に出てくるのが俺の安否である事に気恥ずかしさを覚えつつ。北条さんに近づいていく、歩くのが割と辛く足を引きずるような歩き方になる。

 

「ほ、本当だよ! 大怪我してるじゃないか! 本当に大丈夫なの!?」

 

「ん? あぁ、負傷という意味では割と無傷だよ。疲れがヤバいだけで」

 

 俺の制服は姫萩先輩の血で酷い事になっている。知り合いじゃない相手に見られたら、ヤバい人だと思われても仕方ない。だけど、2人は警戒どころか心配しかしてないようだ。ちょっと不安だが、総合的に言えば可愛いな。

 頭を撫でるべきかと手を伸ばすと、北条さんは俺の手を取って立ち上がった。

 

「大丈夫じゃ無いよ! 川瀬さんの馬鹿! ばーか!!!」

 

 そして泣き腫らした眼で俺を睨み付けるのであった……。

 違うんだ、こうなんか違うんだ……と頭の中で言い訳を考えるも、疲労の所為か思考力が働かない。

 返す言葉を決めかねていると、そのまま北条さんは俺の胸に飛び込んで大声で泣き始めてしまった。

 

 助けて……という期待を込めて長沢に顔を向ける。

 

「一回くらい殴られれば?」

 

 呆れた声で長沢は言った。

 俺に味方は居なかった。

 

 



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第十五話 分かり合えぬ者達

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.2:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:6.0:3人の殺害
長沢勇治 :4:6.2:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:5.4:24ヶ所のチェックポイントの通過
???  :6:3.2:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗華 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:9.9:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:4.7 :2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:??:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲美 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:2.0 :PDAを5個以上収集


 

 

 

 

――――――――――――

私は死を恐れない。人生とは命を懸けたゲームなのだから。

ジャン・ジロドゥ (フランスの外交官、劇作家、小説家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

【生存者数 8名】

 

 無機質にPDAが振動する。

 生存者数が9人から8人に変わった。無意識に【Q】のPDAを握る力が強くなる。……下で誰かが死んだか、もう驚く気はない。候補は桜姫先輩、御剣先輩、手塚、綺堂渚の内誰かだ。

 俺も一歩間違えれば、ここに表示されている人数は7人になっていたかもしれないし、覚悟はしていた。誰が死んだかは、ちょっと精神衛生上限界なので考えないが。

 

 予め、【Q】のPDAにインストールしたトランシーバー機能で手塚へ手短に『近くに2人居る、片方は御剣先輩で絶対に手を出すな』と『桜姫先輩が武器を持って救援に行く事』の2点を一方的に伝えている。走ってる間は応答する余裕は無かったし、今は向こうに応答する余裕が無さそうだ。戦闘中にいきなり連絡を受けても困るだろうから、一旦、桜姫先輩がJOKERで【10】に偽装可能になるであろう時間まで待つしかない。

 

「また……誰か、死んだの?」

 

「みたいだ。実は1Fで人が集まってる場所があってな、多分そこで誰かが死んだんだと思う」

 

 不安そうに涙目状態の北条さんが、至近距離で上目遣いでのぞき込んでくるので恐る恐る頭を撫でつつ説明する。ちょっと端的過ぎる説明の為、周囲を警戒していた長沢が疑問の声を挙げた。 

 

「ど、どうして分かるんだよ? 川瀬お兄ちゃん」

 

「追加ソフトウェアに首輪の位置が分かる奴があって、同時に二箇所で戦闘が発生してそうなので桜姫先輩と二手に分かれて助けに来たんだよ」

 

「助けに……来た?」

 

 当然の長沢の疑問、助けに来た筈だったんだよ長沢。どうしてこうなっちゃったんだろうか、羞恥心が心の中に湧き上がる。思考を巡らせるが、もう自棄になった俺は男前に認める事にした。

 

「い、言いたい事は分かる! 言いたい事は分かる! 正直、自分の剣道経験を過信していた! 言い訳の余地はなく、郷田に不意打ち成功したまでは良かったんだが、その後普通に戦って負けました!」

 

「どっちが助けたか分かんねぇなこれ」

 

「そ、それだけ強い人だったんだよね? 誘拐犯側の人間なんだし……」

 

「地味にフォローが痛い! 真面目な所感を言うなら、初見の対戦型アクションゲームで熟練者相手にする程度にキツかった」

 

「……あー、流石にキツいな」

 

「ほとんどやった事ないけど、上手い人は上手いもんね」

 

「……川瀬進矢に同じ技は二度通用しないから、たぶん、きっと」

 

 

 同情してくれるのはありがたいが、敗北の所為で心が痛い。

 年長者としての威厳が崩れ落ちていく音を感じつつ、せめてもの強がりを言うのが精一杯だった。まぁ、俺のプライドが傷つくことで、死者が出た動揺が二人から薄れてくれるならまだ良いか。

 なんて考えたのが悪かったのか、俺のフォローをしていた北条さんの目が厳しくなる。

 

 

「でも、川瀬さんの負けた後の対応が最悪すぎるよ! 俺に構わず撃てって何なのさ! 本当に怖かったんだから!」

 

「確かに、命の1:1交換とか、カードゲームか何かのやり過ぎじゃないかって気がするな。現実にリセットボタンはないし、命は残機制でもないんだよ川瀬お兄ちゃん」

 

「なんだろう、一番言われたくない人に言われてるような」

 

「兄ちゃん! 僕は真面目に言って――」

 

「分かってる、分かってるから」

 

 

 二人の攻勢に思わずタジタジになりつつ、流石に自省モードになる。これがつい先程、人に『自分の命を大切にしてください』と言った人間の姿である。

 怖いのは確かなんだけど、このゲームに参加してからの経験が俺を変えてしまったんだろう。すなわち、【仲間の死を看取るよりは自分が死んだ方がマシ】という狂気にも似た思いがある。

 

 本音を言ったら絶対怒られる奴だ。

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 そして、その自覚を強めるようにPDAが再び鳴った。

 嫌に自分の心音を強く感じ、動悸が早くなる。

 俺達の選択を嘲笑うかのようにPDAの画面表示が変わっていた。

 

【生存者数 7名】

 

 

「俺はさ……自分以上に仲間に死んで欲しくないんだよ。桜姫先輩も、北条さんも、長沢も……あと、ついでに御剣先輩も」

 

 

 もうその内の二人は死んでいるかもしれない。という衝動を抑え込みながら、噛みしめるように呟く。先程、桜姫先輩に言った【7~8割の信頼】とは究極的に裏切られても自分が傷つかない為の予防線であり、喪ったとしても冷静さを保っていられるラインなのだ。日常では上手くこの距離感を操れていた筈なのだが、このゲームの中でうっかりと自らに課した枷を踏み越えてしまったのが俺の失敗だと言える。

 

 

「ふ、ふざけないで! それで残された人がどう思うか……どれだけ傷つくか分かってるの!? 川瀬さんだって家族が居るんでしょう!?」

 

「流石に、北条さん程には分かってないと思うけど……十分分かってるつもりだよ、分かってるからこう言うんだよ。家族には申し訳ないけど、さ」

 

「分かってない! 分かってないよ! お父さんとお母さんが死んだ時、私がどれだけ悲しんだか! 全然、川瀬さんは分かってない! 私だって長沢だって、はぐれた後は川瀬さんの事を凄く心配してたし、エクストラゲームで生存者が減った時は凄く怖かった! 死んだんじゃないかって、胸が張り裂けそうだった!」

 

 

 泣きはらした目で、北条さんは自分でも何言ってるか分からないかもしれないスピードで俺に詰めかける。ここまで強く哀しい主張は、人生の中で初めて見たかもしれない。彼女は良くも悪くも真っ直ぐだ、それだけ両親に愛されて育った――なんて思考が過ぎり、ゲームに対する嫌悪感が胸を満たす。

 ……あぁ、糞。

 そうだよ。これなんだよ。

 自分が何故、このゲームに参加してこうなってしまったのかを理解した。

 姫萩先輩の死だけではない、悪循環だ。北条さんが、俺の自己犠牲を否定すればするほど、だから死なせたくないという思いが強くなる。

 だからすれ違ってしまう、どうしようもなく平行線を辿る。

 ――だってそうだろう? 北条さんは、親の死の真実を知って、敵討ちではなく当時の哀しみを繰り返さないように動ける人間なのだから……

 

 

「まず2点。俺は死ぬつもりはないし、死にたくもない。ただ、どっちかを選べと言われたら迷わないってだけ。その点に関しては北条さんは、俺よりも分かってる筈だよ」

 

「それは……そうだけど……でも……」

 

「そして、俺には家に帰ったとしても、ここまで俺のために怒ってくれる人間はいない。俺の事を理解してくれる人もいないし、俺と通じ合って一緒に楽しめる人間もいない。楽しく恋バナした人間もな。俺の家族は、みんな良くも悪くも自立してるから大丈夫」

 

 

 喋りながらこのゲームで会った人間を思い出していく。

 出会う人間に恵まれなければこうはならなかった、そして恵まれてしまったが故にこうなってしまった。俺は誰に対しても、死んで欲しくないと思うわけじゃ無い。あくまで自分が【尊敬】している人間が死んで欲しくないし、悲しんで欲しくないだけだからだ。

 だが、どう言っても北条さんは納得しないだろう。

 泣きはらした目に哀しみを溢れさせ、反対の言葉を絞り出していく。

 

 

「川瀬さん……あたしたちはチームだったんじゃなかったの? 私に賞金を分けるっていう約束だったじゃない……それは嘘だったの……?」

 

「今の生存者数は7人、俺が死んだら6人。1人当りの賞金額は3億3333万、予定通り長沢から5000万融通して貰えば届く。妹さんを救うのに何も問題はないんだよ」

 

「ちがう! そういうことを聞きたいんじゃない! 川瀬進矢……自分の命を駒みたいに考えて、アンタは歪んでる!」

 

 

 北条さんの激昂を真っ正面から受け止める。

 こういうのは俺のとても苦手なところだが、それでも目を逸らすことは出来なかった。そして否定することもできなかった。

 理屈では勝てないからこそ、北条さんの感情は暴走している、と思う。そして、それを嬉しく思う俺はどうしようもなく――歪んでいるのだ。

 

 

「人の心がないとか冷たいとかよく言われてるけど、歪んでるは初めてだなぁ……でも、その通り、俺は歪んでいる。ゲーム参加する前も、そして今も……俺は自分の命を大切にしていない。だから、『命』を大事に思ってる北条さんとは決してわかり合えないと思う」

 

「分からない、分からないよ……どうしてそんな風に考えられるの?」

 

「前提が違い過ぎるんだよ、ここに来る前の俺は何もかもが退屈だった。つまらなかった。生きているという実感を得られるのが、死が近しい時だけ。危ない事にも何度か突っ込み、一時的な満足を得て、それだけだった」

 

 

ゲームに参加する前の俺は、よく言えば要領の良い人間だった。だから、つまらなくて代償行為に勤しんでいた。その中には人に迷惑をかけない程度に危険な行為も含まれている。何故なら危険こそが【生】を感じる手っ取り早い行動だからだ。

 一方で、このゲームに参加してからの俺はどうか? 今までの灰色だった景色が色鮮やかになるかのように気持ちが高ぶっていた。そして、過去に封印していた想いを取り戻した。だが、根本は変わっていないんだろう。

 それを分かってくれそうなのは、幸か不幸かこの場所にいる。

 

 

「その気持ちはちょっと分かるな。危ない事に突っ込んだ事はないけど……流石、お兄ちゃん、とも言いにくいけど、さ」

 

「今は違うよ、やりたい事がある。将来の夢もできた。人に離別の痛みを味合わせる訳にもいかない。自分がやられて嫌な事を人にはしないっていうのは、道徳の基本だからな」

 

「頼むよ、川瀬さん……あたしにとっては、このメンバーの誰が死んだとしても、負けなんだよ」

 

 

 もし、涙が涸れてなければまた泣きだしていたかもしれない。そんな悲痛な声で北条さんは言う。思えば、俺は彼女を泣かしてばかりだ。

 女の子を泣かせる経験なんて、幼少期を除けばほぼゼロなのに……このゲームに参加してから解除した実績が多すぎる。

 あぁ、弟ともうちょっと喧嘩しておけば良かった。と、ふと家族の事を思い出す。……喧嘩してれば、治め方も理解出来ていたかもしれなかった。

 ついでに兄の事を思い出し、家族の力を借りる事に決めた。

 

 

「俺は、そんな北条さんを尊敬するよ。妹のために一生懸命なところも、真っ直ぐな所も、命を大事に思っているところも……まぁ、北条さんの事を全然知らないんだけど」

 

「きゅ、急に何を言ってるのさ! 卑怯だよ! そういうこと言うの!」

 

「『人は分かり合えない』『尊敬し、認め合うことはできる』『人の悪いところを探すな、良いところを探せ』『相手を否定するな』『見返りを求めるな』……他にも色々あるけど、我が家のベテランゲーマーである兄貴の教えだ」

 

「そのお兄さんの言ってる事は分かるし、良い事だと思うけど……ちょっと、他人を突き放してるような気もする……」

 

「そう? 僕――いや、俺は分かるなぁ。なんか、川瀬お兄ちゃんと話してるときは手塚や他の連中のような嫌味っぽさが無かったし」

 

 

 俺にとっての暗黒の小学生低学年時代に兄貴から伝授を受けて、辛うじて文化的最低限のコミュニケーションを取れるようになった偉大な教えだ。他のコミュニケーション方法を殆ど知らないというのもあるが。

 元々、コミュニケーションに困ってない北条さんのような人間には突き放してるように見えるかもしれない。

 北条さんはね……パーソナルスペースが狭すぎるんだ。悪い事ではないし、むしろ羨ましくもあるけど……パーソナルスペースが広い俺としては緊張してしまう。特に異性に対しては。

 ――という事で、微妙に気まずい空気から俺は逃げる! 長沢の方向に!

 

 

「ちなみに、俺は要所要所で俺が見えてない視点で物事を見てくれる点、土壇場で俺の振った無茶ぶりをこなしてくれる点――最後に、俺が万が一北条さんに危害を加えても守れるようにちゃんと警戒していた点で、長沢のことを尊敬している」

 

「流れ弾じゃねーか!? ていうか、バレてるのかよ!? 確かに警戒してたけど、僕自身のためだよ!? 北条の為なんかじゃねーし!?」

 

「はいはい、ツンデレツンデレ」

 

「て、おい! 抱きつくなよ!? 頭撫でるな!? 子供扱いするなぁ!?」

 

 

 俺の腕の中でじたばたする長沢だが本気で逃れようとはしてないのが分かる。

 仕方ない、一回北条さんに抱きつかれて泣かれてるから、バランスを取るため(?)に俺は長沢に抱きつかなければならなかったのだ。北条さんに先手を取られてしまったが、相手を抱きしめたい位心配だったのはぶっちゃけ俺も一緒だったし……正直すまん。

 でも、ウチの可愛げのない弟と同い年だし、可愛く思うのは仕方ないね!

 

 ひとしきり満足したところで、俺は二人に向き直った。

 2人共ベクトルは違えど顔を赤くして、不満そうにしている。

 空気を変えよう。

 鞄からPDAを1つずつ取り出し、床に置いていく。

 

 

「まぁ、こんなしっとりした話ばかりするのも何だ。大事な事もある、北条さん。首輪を解除するぞ」

 

「え!? ど、どういうこと?」

 

「俺の『3』、長沢の『4』、最初の犠牲者の『7』、桜姫先輩の『9』、姫萩先輩の『Q』。ジャスト5個だ」

 

「はやっ……早いよ川瀬お兄ちゃん! どうやって手に入れたんだよ!」

 

 驚愕の表情を浮かべる二人。その顔が見たかった。

 『PDA5個以上の収集』……大変だったな。元々のPDAの持ち主に思いを馳せると、心がギュっと締め付けられる痛みに苛まれる。

 その思いを隠すように、慎重に言葉を選ぶ。

 

「ちょっと状況が複雑なんで、1から説明した方が良いな……ちなみに桜姫先輩の『9』は見つけたJOKERと交換で借りたものだ。俺の言質で良ければ、ここにJOKERはない。まぁ、不安ならもう一個PDAを見つけるまで解除は待てば良い。信頼とは関係無く、リスク管理上当然の事だろうし」

 

「やっぱり、川瀬さんは歪んでるよ」

 

 

 ……北条さんが膨れながら呟いた。

 俺が何か間違えた事言っただろうか?

 表情の変化から推測するに、考えられるのは、リスク管理の部分だろうか……そこが怒るポイントなのか俺はよく分からないが。

 

 

「………誰もが、北条さんのように真っ直ぐは生きられないよ」

 

「そういう事じゃない! 長沢、PDAを出して」

 

「え……あ、あぁ」

 

 

 真剣な表情に、長沢は抵抗せずにPDAを置く。そして、床には5つのPDAが揃った。

 北条さんはPDAを手に取り、辿々しい手つきでそれでも躊躇はなく凄い勢いでPDAの端子を1つずつ首輪の接続口に繋いでいく。首輪の収集とは、具体的には異なるPDAを差し込んでいくという意味らしい、ルールに書いてないので、少々びっくりしたが。

 何かこの工程に意味があるんだろうか? プログラムの処理上の問題? あるいは、実はここでJOKERを差し込んだらアウトなのかもしれない。JOKERの持ち合わせはないため、意味の無い想像だが。

 

――ピロロロ ピロロロ ピロロロ

 

聞いた事のない音声、そして緑の発光ダイオードが北条さんの首輪から発せられた。

 

『おめでとうございます!貴方は見事にPDAを5台収集し、首輪を外す為の条件を満たしました!』

 

――カシャン

 

 無感動で機械的な電子音と共に北条さんの首輪がアッサリと端子の部分から2つに分かれて外れるのだった。

 

 

「ほら、大丈夫だった」

 

 

 そして、北条さんは自信満々に清々しい笑顔で言ってのける。

 ちょっと急展開過ぎてついていかなかった、可愛いけど落ち着いて欲しい。注意を述べようと口を開く。

 

 

「あのな、早く首輪を外したいのは分かるが、もう少し――」

 

「全然! 分かってない!!!」

 

「……北条さん?」

 

 

 笑顔を一瞬にして怒りの表情に豹変させる北条さん。

 何かを間違えてしまったようだ。だが、何を間違えたのか分からない。

 

 

「あたしが言いたいのは! それだけ、川瀬さんの事信じてるってこと!」

 

 

 心をナイフで刺されたかのような痛みを受け。同時に嬉しくもある。

 ハリネズミのジレンマという言葉がある。要約すると、生きるのに1人では寒すぎる。だが、近づき過ぎると針が刺さって痛い。

 例えるなら、今の俺の状態はそれに等しい。

 

 そして、北条さんは全く攻撃の手を緩めてくれないようだ。

 

 

「もう1つ! 誰も死んで欲しくないのは分かった、分かったけど……それなら、一人で抱え込むのは止めて! あたし達はチームなんだよ!? 【皆で生きて帰ること】を目標に入れて!」

 

「あぁ、そっか。それを入れてなかったって事は――川瀬お兄ちゃん……最初から、一人で無茶するつもりだったのか」

 

 

 北条さんの凄い剣幕から繰り出される言葉と、それに納得したように話す長沢。……深い意図は無かったんだが、基本的にリスクのある行動を取るなら自分でやる気持ちではあった。

 この考え方、もしかして傲慢で2人を侮辱しているのだろうか? それでも、俺は言わずにはいられない。

 

 

「……あくまで相互に互いの目標を尊重する為のチームだ。人の為に命を賭けろなんて、流石に言えなかっただけだ。自分の命ならまだしも、他人の命に責任は取れないよ」

 

「だから、一人で抱え込むのは止めて! あたしもそうだった。かれんも、一人でなんとかしなきゃ……ってずっと思ってたから、誰も信頼できなかった。このゲームに参加しても、他の人を殺して5人以下にしないといけないって考えて、他の事なんて考えられなかった!」

 

 

 必死な形相で、北条さんは自らの罪の告白する。

 そう考えていたのかもしれない、とは思っていたが自分で言うとは思わなかった。だが、北条さんがここまで言うって事は……北条さんから見て、俺は最初に会ったときの北条さんのような状態にまで追い詰められているように見えるのだろうか?

 いや、追い詰められているのは事実だ。助けを求めるという発想がないのも、北条さんと同じ。それでも、少し事情が異なると思うけれど。

 

 

「……確かにそうだが、これは俺の個人的事情だ。そして、北条さんの至上目標はあくまで、【妹の治療】のはず。まだ、1Fが進入禁止になるまで時間はあるけど、時間になったら1Fに降りるべきだよ………北条さんの言葉は本当に嬉しいけど、一時の感情に流されるべきじゃない」

 

「分かった、全部分かった。でも、川瀬さんは1つ勘違いしているよ。あたしは、妹の治療に3億8000万円必要だと確かに言った。だけど、あたしは医療に詳しくないし、ましてや英語なんて全然喋れない。どこかで詐欺に遭うかも知れないし、藪医者を掴まされるかもしれない。だから、あたしは――一人じゃかれんを救えない! 川瀬さんに生きて帰って貰わないと困るんだよ!」

 

「……ゲームが終わってからも、他力本願宣言きたなこれ」

 

 

 これで証明終了だ!

 と言わんばかりの剣幕で北条さんは俺に言葉を叩きつける。

 

 俺は頭を抱えた。

 一見情けない発言のように見えなくも無いが、俺が自分本位で皆を助けようとするなら、自分だって自分本位でお前を助ける! という主張は、筋が通っているのかもしれない。自分がやりたいからやるという主張になれば、もう考え直させる論理がない。

 

 北条さんの言葉への反論を考える。

 授業レベルの英語なら悪くないが、英会話に通じるかと言われれば微妙だ。医学知識に関しては軽い応急手当や趣味で覚えた検死知識、あとはミステリーに良く出てくる薬品レベルしか分からない。あと、社会で習った『セカンドオピニオン』とか『インフォームドコンセント』とか、そういう制度があるって名前だけ知っているというレベル。だが、そんな言い訳が今の彼女に通じるとは思えない。

 

 最後に彼女を止める方法……1つだけ浮かんだが、これ言わないといけないのか? 止めるというか、彼女の覚悟を問う意味以上の何者でも無い気はする。

 

 

「……最後の最後で、命惜しさに2人を殺そうとするかもしれないぞ。俺が1人も殺してないと言って、お前達は信じられるのか?」

 

「殺したいなら殺せば良いよ」

 

「どうして、そう言い切れる!? 北条さんには生き残らない理由があるはずだろう!?」

 

「うん、そう。あたしはかれんの為に生きないといけない。だけど、今まで周りの大人達は可哀想だとか適当な同情だけして、誰も助けてくれなかった。それでも、このゲームで私を諭してボロボロになってPDAを集めて助けてくれた人が、全部嘘だったというのなら……この世にかれんを残してはいけないよ」

 

「そこまで言われるのは、過分な評価というかなんというか……」

 

「それに、何度も言ってるけどあたしは川瀬さんを信じてる。信じてるから、何があっても『信じろ』って言えば良いの! それだけで十分だから!」

 

「……ハァ、もう俺の負けでいいよ」

 

 

 北条さんの純粋な真っ直ぐな目に見つめられ、もう勝ち目がない事を知る。

 自分よりも2歳年下の筈の女の子にここまでやり込められるとは、このゲームが始まった時には想像すらしていなかった。

 このゲームに参加してる女性は、戦闘力か精神力のどっちかが強い人しかいないようだ。勘弁してほしい。

 

 

「川瀬お兄ちゃん負けてやんの~。前にも言ったけど、勿論、俺も首輪が外れたとしても最後まで着いていくぜ」

 

「もうどうにでもなれだよ! 俺は警告したからな!?」

 

「うん、改めて仲良し3人組で、頑張っていこうよ!」

 

「素直に宜しくしたくない……」

 

 

 パッと明るくなった北条さん、そして周囲を警戒しながら沈静化まで見守っていた長沢の2人を見る。

 半ば自棄になって諦めてはいるが、素直に認めたくはない。

 ……どうしてこうなった。

 悩んでいる俺に対し、北条さんは何かを察したように言う。

 

 

「そっか、喧嘩した後は仲直りしなきゃだもんね。じゃあさ、下の名前で呼び合おうよ。仲直りの記念にさ」

 

「突然、何を言い出しやがりますかこの子は……」

 

 

 不肖、川瀬進矢。

 女友達と言える人間はおらず、ましては下の名前で呼び合うなんてはしたない……はしたない? 事は、全然経験がない。

 当たり前のようにこのような提案ができる北条さんは、陽の者。これは分かり合えない。長沢もきっとそう思――

 

 

「確かにそうだな。じゃあ、改めてかりん宜しく」

 

「うん、勇治宜しく!」

 

 

 長沢の裏切り者―――!

 そういえば、コイツ矢幡さんの事、普通に下の名前呼びしてたな! 

 気にしてるのは俺だけか!

 俺がナイーブなだけか!

 いや、落ち着け……相手は中学三年生。二歳年下だ、強く女子だと意識しなければいい。ビークール、ビークール。

 

 

「そういうことなら、仕方ない。えーと……かりん、さん」

 

「かりんで良いよ、あたしも進矢って呼んで良いかな?」

 

「よ、宜しいのでは無いでしょうか……かりん」

 

「敬語なんて、使わなくても良いのに」

 

「恥ずかしがってるな、これは」

 

 

 2人の言葉を受け、目を逸らす。

 北条さ――訂正、かりんの笑顔に結局断り切れず、下の名前呼びをしなければならなくなった俺である。

 命懸けのゲームの真っ最中に、どうしてこんなことになっているのか。こうなると分かってたから、わざわざ距離取っていたのに……うぅ。

 

 そして、目を逸らすというミスをしてしまった為、かりんが至近距離に来ている事に気付かなかった。

 

「その、進矢……さっきは、あたしを心配してくれてたのに、歪んでるとか言っちゃってごめんなさい」

 

「……!? あ、いやうん。別に気にしてないよ……事実の指摘オールオッケー。でも気にする人は気にするだろうから、気をつけて」

 

「さっき言った事は全部本音だよ。だけど、あたしは進矢の歪んでいる部分含めて尊敬しているし好きだよ。そこは……勘違いしないでね」

 

「勘違いしてないから大丈夫……。こっちこそ、ほう……かりんの気持ちを蔑ろにしたというか、覚悟を軽視していたというか……ごめん」

 

 

 ……至近距離で不意打ちのように、色々喋るのは止めてくれないか!

 女の子の甘い匂いを感じ、直視できなくなる。小悪魔だ。

 顔が火照ってるような気がするのは、今までの疲れと喧嘩による興奮によるものです。多分。

 

 とはいえ、これがかりんなりの誠意なのかもしれない。

 思えば不毛なやりとりをしてしまったものだ。

 だが、ここまで激しくお互い喧嘩? というか本音をぶつけ合ったのはうまれて初めてかも知れない。

 

 

 ……そろそろ現実を直視するしかないか。

 『Q』のPDAを取り出す。

 二人のプレイヤーの死、誰が死んだか観測する覚悟。

 俺と桜姫先輩が選び、そして取りこぼした結果を。

 

 

「一人で抱え込むのは駄目って、あたし言ったよね?」

 

「……ハイ」

 

「僕、離れといた方が良い?」

 

「此処に居ろ! 3人で情報共有するから!」

 

 

 少なくとも、ここにいる二人は取りこぼさなかった。いや、助けたと言えば非常に微妙な過程だったが、それでも生きている。

 ここから立ち向かっていこう……このゲームの理不尽へ。

 

 

 



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幕間4 手塚義光の華麗なる逆転劇

 

 

 

 

――――――――――

幸運の方程式を持っているというギャンブラーは、大なり小なりイカれている。

ジョージ・オーガスタス・サラ (英国のジャーナリスト)

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「つまり~、総一君はこのゲームに参加してる。恋人さんを探してるんだね~」

 

「え、えぇ……渚さんは、見かけませんでしたか?」

 

「あの女の子とそっくりな子なのよね~。ごめんなさい~」

 

「そうですか……」

 

 

 御剣総一が、初回限定特定で『Q』の解除条件の初期配布者の元に駆けつけた時、そこに居たのは通路の地面に座り込むゴスロリ姿の女性と、胸から大量の血を流して倒れている姫萩咲実の姿だった。

 一瞬、優希とあまりに似てるその姿に気が遠くなったが――ゴスロリ姿の女性――綺堂渚に慰められ、優希がまだ生きているかもしれないという希望から正気を取り戻す。

 

 それでも、咲美の死がショックである事に変わりはない。綺堂渚に話を聞いた所によると、彼女は総一の少し前に駆けつけ、治療しようと近づいてみたのだが、既に死亡していたらしい。彼女のゴスロリ服に血が付いているのはその為なのだろう。

 唯一の救いは、咲実の死に顔が穏やかだった事だ。この殺し合いで出会ってからずっと怯えてた咲実からは考えられない表情、彼女に何があったのかは分からない。それでも誰かに裏切られ、非業の死を遂げた訳ではなさそうなのが唯一の救いだった。本当に最悪の中の、一筋の光程度のものではあるが。

 

 そして、今……エクストラゲームで提示されたボーナスとやらを受け取る為に移動している。無論、そのボーナスが姫萩咲実の死と引き換えのものであるというのが、非常に辛いところなのだが。

 移動しながら、綺堂渚と情報交換しており、綺堂渚が解除条件『J』で『24時間以上行動を共にした人物が、2日と23時間生存している』が判明している。つまり、綺堂渚は『Q』の初期配布者ではなく、スミスの言葉を信じるのであれば姫萩咲美こそが『Q』の初期配布者だったという事になる。

 

(だったら、『JOKER』で偽装するのも仕方ないか……俺が『A』だもんな。)

 

 これで、『A』を配布された総一は『Qの所有者の殺害』による解除条件が達成不可になったのだが、総一に優希とそっくりな咲実を殺す事は元から出来なかっただろう。優希がゲームに参加していると分かった今なら尚更だ。だから、総一はその点に関しては惜しいとは思わなかった。最優先事項は、恋人である桜姫優希との合流に他ならない。

 そして、ボーナスで指示された部屋につくと、真新しい箱が置いてあった。その箱を開くと、思わずため息が出る。己の馬鹿さ加減に。

 

「……咲実さんが死んだっていうのに、どこかでまだ大丈夫だと思ってた自分が居たのかもしれないな」

 

「総一君? どうしたの~?」

 

「ボーナスは……銃、でした」

 

 映画やドラマなどでよく見る黒光りするソレを見た時から嫌な予感はしていた。しかし、持ってみるとそれはずっしりと重く否応なしに本物である事を実感させられる。持ち運びたくはないが、他の人間も持っている事を考えると持たない訳にもいかない。

 何より、これを見つける事で総一は一つの事実が分かってしまった。

 

(咲実さんの傷跡、あれは銃で撃たれた跡だったんじゃないか?)

 

 いざという時に撃てるかは分からない、だが優希を守れない事の方が余程辛い。だから総一は銃を握る決意を固めた。その様子を不安そうな表情で渚が見ている事に総一は気付き、脳内にスミスの声が反響する。

 

『君が、参加者の1人を殺した時点で、無条件で桜姫優希の現在位置を教えるよ! 時間は無制限だからね! これも初回限定特典の範疇だと思ってね!』

 

(……馬鹿な! 俺は何を考えているんだ!)

 

 頭を振る。今考えるべきことはそんなことじゃない。

 ここまで走りまわって捜索した以上、優希は既にこの階に居ないのではないか? と総一は考える。ならば目指すべきは上階だ。そして、総一は綺堂渚を見捨てて先に行くという事も出来ない。このゲームは魔境だ、彼女のような無害そうな女性が真っ先に狙われるのは想像に難くない……総一の恋人の優希のように、あるいは死んでしまった咲実のように。

 ……恐らくは、手塚のようなかつて総一を襲ってきた人物に殺されてしまうだろう。   

 だから、総一は渚に同行を提案し、渚はそれを快諾した。

 そして、進入禁止エリアの事もあるので一旦は2Fを目指す事を伝える。

 その前に、せめて咲実の遺体から彼女の身元が分かる物を回収しようと移動した時にそれは起こった。

 

『貴方は解除条件を満たす事ができませんでした』

 

 「え?」

 

 無機質な電子音……それは咲実が倒れていた筈の部屋から聞こえてくる。思わず駆け寄ると、そこには炎上するかつて咲実だったもの……そして、離れた位置でそれを見ていた手塚の姿があった。

 

 瞬間……総一の頭が沸騰したかのように怒りがこみ上げてくる。

 手塚のような人間がいるから、咲実は死んだ。手塚のような人間のせいで、優希が死ぬかもしれない。

 咲実の死は総一自身が考えてる以上に深く、総一の心に浸食し……結果、普段彼にできないであろう拳銃を手に取らせた。取らせてしまった。

 

「げっ……御剣……お前、まさか――!」

 

「そ、総一君……!?」

 

 それに気づく手塚、驚きの声を上げる渚……それが総一にとってやけに遠くに聞こえた。

 

―――パァン!

 

 銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「川瀬よぉ……そういう大事な事は、もっと早く言えや!」

 

 どうしてこうなってしまったのか、手塚は走りながら一人愚痴る。姫萩咲美の死体を発見し、首輪を作動させたまでは良かった。だが、その行動を見咎められたのか、川瀬進矢そっくりの高校生――御剣総一に後ろから発砲されたのである。

 警戒を怠っていなかったのが幸いし、なんとか回避したがそのまま追われている。しかも、桜姫優希に裏切り者と聞いたゴスロリ女と組んでいるようだ。二人組に追われながら、PDAから、『近くに2人居る、片方は御剣先輩で絶対に手を出すな』『桜姫先輩が武器を持って救援に行く』と聞こえたが、もっと早く言って欲しかったというのが手塚の本音だ。

 

 尤も、先に御剣総一に一度襲いかかったのは自分自身なので、自業自得と言えば自業自得なのだが、それはそれこれはこれである。

 

「……ったくよ! こちとら誰も裏切ってない善良な一市民だっつーのに、向こうは裏切り者の拳銃持ちとかパワーバランスが酷すぎるぜ!」

 

 向こうがエクストラゲームのクリアで、武装面での優遇を受けている事に愚痴る。

 尤も、ボーナスこそはないもののエクストラゲームのお陰で死者が増え、『10』の解除条件である首輪の作動が満たしやすくなっている面を鑑みれば完全に手塚が不利な条件でもないが、生き延びなければ意味は無い。

 

「手塚! 撃ってしまったのは悪かった! 殺すつもりはない! ただ、これ以上誰も傷付けさせる訳にはいかない! 降伏してくれ!」

 

「やなこった!」

 

 先手で撃ってきた御剣総一を何歩譲ればを信じられるかは微妙だが、無量大数歩譲ったとしてもその横に居るゴスロリ女――綺堂渚を信じる事はできない。だから、手塚としての回答はNOのみである。

 面倒な事に最初に御剣総一と遭遇した時は、やや抜けてる印象を受けたが、当時同行していた姫萩咲美の死か……或いは恋人である桜姫優希の参加している事を知ってか、その両方により完全に余裕の無さそうな真剣な表情をしている。

 当時襲いかかった事を後悔するがもう遅い。何か鈍そうな二人組だから、行けそうだと思ってつい襲ってしまった。反省はしていない。

 そして、鈍い御剣総一はもういない。こういう人間とまともにやり合うわけにはいけない、手塚は本能的に察知していた。

 

 故に鉄パイプを捨ててでも全力で逃げる、逃げるは恥だが……死んでしまってはどうにもならないのだ。

 そして、手塚の苦労はなんとか功を結んだ。

 

「ハァハァ…………あとは勝利の女神様にお任せするとしますかね!」

 

 追ってくる二人とは別方向から聞こえてきた足音に向かって、手塚は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 桜姫優希はある程度『8』に偽装したJOKERからある程度事態を正確に把握していた。一つの首輪が二つの首輪に追われている、追いかけている側は分からないが追われている側は手塚義光である。彼が誰かと二人組を作る事はあり得ず、彼が逃げる事態になっているという事は襲われたからである。

 故に優希は、移動ルートをある程度見極める事で逃げる側と上手く合流できるように動いていた。そして、その目論見は成功し、逃亡している手塚義光と遭遇に成功した訳だ。

 

「手塚さん!」

 

「…………よし、ツキが回ってきた! お嬢ちゃんの恋人だろ! なんとかしてくれ! じゃあな!」

 

「え、えぇ!?」

 

 そして、手塚はそのまますれ違うようにして走り去ってしまった!

 優希は困惑するが、二人の足音を無視する訳にもいかない。念の為、ポケットに入れているエアガンを抜けるように警戒する。だが……気になるのは、手塚の呟いた言葉だ。桜姫優希の恋人……それが意味する言葉は…………。

 

「ゆ、優希!? 良かった! 無事だったんだな!?」

 

「……っ! 総一、その女から離れて!」

 

「え!?」

 

「遅いわ」

 

 総一と渚を確認すると素早く優希はポケットからエアガンを取り出して、渚の方へと向けた。だが、それよりも素早く、渚は総一が腰に差していた拳銃を抜き取り、総一の首に組み付いて銃を総一の脳天に向ける。総一としては、誰よりも大切な優希と出会って一瞬緩んでしまうタイミング……何も抵抗出来なかったのを責めるのは酷なタイミングである。

 時間はややズレるものの、奇しくも2階と似たような場景が繰り広げられていた。

 

「優希ちゃん、さっきぶりね~。玩具の銃で、本物の銃に勝てるか……試してみる?」

 

「うっ…………!」

 

「そんな、渚さん……貴方は一体!?」

 

 総一に銃を向けられ、優希は悲痛な顔で手を震えさせながら、それでも銃を下ろさない。そして、優希が人に銃を向けるような人間ではない事を誰よりも知っている総一は、混乱しつつも、雰囲気が変わった綺堂渚が全ての原因だという事を悟り、困惑の声を挙げる。

 それに、反応したのは優希だった。

 

「渚さん! もう止めて! 葉月さんだけじゃなくて、総一まで殺そうって言うの!? そんな事して、貴方は何がしたいの!?」

 

「ふふふ……私が優希ちゃんの愛しい総一君を殺す? それはちょっと違うわね。正確には優希ちゃん……貴方次第かしら~?」

 

「……どういう、こと……?」

 

 

 異常な状態に、目が笑っていない状態で穏やかな笑顔を浮かべる渚に、銃を構えながら困惑した表情で優希が返す。優希には渚は何を考えているか分からない、そして一歩間違えば総一が殺されるかもしれない……だから、必然返す言葉は慎重になる。

 

「そうだね~。私は~、優希ちゃんがどれだけ総一君の事を大事に思ってるか知りたいな~。世界で、一番大事?」

 

「……えぇ、世界で一番大事よ」

 

「じゃあ、こうしましょう」

 

 意図を問いかねている優希に対して、渚は、右手で総一に突きつけてる銃を優希に投げ。懐からもう一つ、拳銃を取り出し総一に改めて突きつけ直した。

 

「今から1時間以内に貴方が誰かを殺せば、私は総一君を無傷で解放する。出来なければ、此処で総一君を殺す。こういうゲームはどうかしら?」

 

「……んな!? 優希ッ! そんな話聞く必要は――!」

 

「成程、誰か……と言うのは、例えばの話――私自身でも良いということね」

 

「優希!?」

 

「……ふふっ、それは考えてなかったわね。でも、それも一つの選択かしら? 総一君? 優希ちゃんの解除条件知らないよね? 彼女の解除条件は9番なのよ」

 

 

 感心したようなそれでいて可笑しそうな声色で、渚は優希の秘密を総一に話す。

 総一が驚き絶望する反応を楽しむかのように。

 

 

「9番? ……ま、まさか……自分以外、全員の死亡…………最悪の解除条件じゃないか!?」

 

「その通りよ、総一。でも、貴方の【A】と変わらないわ。一人でも殺せないから、何人かなんて関係ない」

 

「それは……そうだが……だからって、自分を犠牲にしなくたって!」

 

「――総一」

 

 

 優希は覚悟を決めた目で、足下の銃を拾い自分の側頭部に銃口を突きつける。

 ……本当に死ぬ気は無い。一人で此処に来た時点で、皆で生き残る覚悟は決めている。

 

 

「私は総一を信じてる。だから、総一も私を信じて?」

 

「……っ!?」

 

 

 故に作戦はこうだ――自分を撃つと見せかけ、総一か渚の足を撃つ。

 渚に一瞬の隙ができる事を願い、同時に突進し、体当たりで渚と総一を引き離す。その後、なんとかして渚の銃を奪いとる。というのが一連のプランだ。

 場当たり的で、運任せな行動が多い為、撃たれるかもしれない総一の協力が不可欠となる。

 

(……川瀬君ならもう少し上手な方法を考えるかもしれないけど、これが私の精一杯。でも、銃の構え方は教えて貰ったし、あとは上手くやるしかない。総一を救う、渚さんを救う。全部やる! やってみせる!)

 

 心の覚悟を決め、優希は二人を見る。

 総一は自分の身が撃たれる事も厭わず、渚の拘束から逃れようとしている。

 それは渚への隙を生みだし、絶好のチャンスを生み出しているように思える。

 そして――その時が訪れた。

 

 

「優希! 止め――」

 

「お前達のショーは、つまんねぇんだよ」

 

「「………え!?」」

 

 

 桜姫優希、御剣総一……そして、綺堂渚、誰もが予想しなかった乱入者が登場する。

 桜姫優希の真後ろから一筋の水が噴射され、御剣総一……そして、綺堂渚に降りかかる。否、発射されたそれは水ではない。保健室や病院の臭いである消毒液の臭いが、通路に充満する。

 

 

「主演交代の時間だぜ? ガキ共」

 

 

 大きな水鉄砲を構え、鉄パイプを持ち不敵の笑みを浮かべた手塚義光が桜姫優希の後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 手塚義光は桜姫優希を見捨ててそのまま逃げ出した。というのは半分正解だ。

 間違えになる半分の部分は、介入する意志があるにはあったという部分である。

 だから、尻尾を巻いて逃げた時、手塚は近くの部屋に転がり込み、何か打開できる道具が無いかを駄目元で探してみた。

 しかし、所詮は1階で見つかる道具だ。壊れた家具や、良くて鉄パイプ……拳銃に対抗しうる武器になるようなものは見つからない……その筈だった。

 ただし、その部屋は真新しい箱が一つだけあり、手塚はその箱を開けてみた。

 すると中には子供が使うような玩具の銃が沢山入っていたのだ。

 例えば祭りで射的に使うような銃、プールで子供が使うような水鉄砲、音だけ鳴る玩具の銃……つい先程、実銃に撃たれて一歩間違えば大怪我を負っていたであろう手塚に取っては酷いブラックジョークアイテムとしか思えない。

 

 よし! 無理! 諦めよう! あとは、桜姫の嬢ちゃん1人で頑張ってくれ!

 と心の中で別れを告げ、部屋を出ようとした手塚の頭に電撃が走る。

 そして手塚は自分の所持品の中から救急箱を取りだした、その中には消毒用エタノールが入っていた。

 

「ククク……これを、こうすれば……不運も、こうやって一捻りすれば転じて福となるってな」

 

 大きな水鉄砲を取り出し、その中に消毒用エタノールを入れる。リスクはあるが、これを使えば相手の銃を封じる事が出来るようになった。相手が馬鹿なら、そのまま自滅するかもしれない。もしも、自分が銃を持っていれば絶対に思いつかないであろう方法……相手だけが一方的に銃を持つ今だからこそ、選択肢となる禁じ手だ。

 

「あとは様子見、と行かせて貰いますかね。上手く行けば、これで俺の首輪は解除だが……流石にそれは高望みしすぎか?」

 

 

 

 そんな訳で、通路の角で聞き耳を立てていた手塚だが、どうにも3人の様子がおかしい。このゲームは首輪を解除する為に、各プレイヤーが解除条件を達成する事を目指すゲームだ。殺人条件で自分の解除条件達成を諦めている人間に関しては、手塚も把握しているが……それとは全く別の状態に思える。

 ふと、解除条件達成以外での首輪解除を目指していた川瀬の言葉を思い出した。

 

『手塚さんこそ、そんな観客席にいるような気分だと、どこかで足元を掬われて痛い目に遭うかもしれませんよ』

 

(なるほど、ね……つまり、これはショーって事か。ってことは、あの綺堂渚って女はさながら仕掛け人。首輪外しても、そういう人間が生き残ってたら、俺も安心できねぇわな)

 

 彼等の言動を確認するに、正義感の強い桜姫優希に恋人を救う為に殺人を強要している。結果、桜姫優希は自殺でも良いんだな? と覚悟をしている状態だ。

 手塚としては、全くよく分からない思考回路をしているが、ここまで徹底していると手塚からしてもいっそ感心できる状態だ。首輪の解除条件だけを考えるなら、ここで桜姫優希に死んで貰った方が手塚としては楽なのだが……少々、気が咎める。

 

(全てが奴らの思惑通りってのも、面白くないわな)

 

 自分の中で気持ちを納得させ、自然と口からソレが出てきた。

 

「お前達のショーは、つまんねぇんだよ」

「「え」」

 

 水鉄砲を発射させ、人質を取ってる状態の2人に振りかける。揮発性の高い消毒用エタノールだ、それを全身に浴びている状態で発砲なんざしようものなら、発砲した側が火だるまになるだろう。

 

「主演交代の時間だぜ? ガキ共」

 

 3人の驚愕した表情に満足しつつ、鉄パイプを持ち優希を越えそのまま綺堂渚の方に突き進む。残念ながら、手塚義光に人質なんて通用しない。御剣総一が人質になるのであれば、総一毎鉄パイプで叩きつぶすまでである。それが分かっていたのか、渚は総一を突き飛ばし逃げ出した。

 

「まさか、貴方が戻ってくるだなんて……!」

「おいおい、俺の行動は俺が決める。むしろ、感謝して欲しい位だ。ここで、アンタが俺に叩き潰された方が、きっとこのゲームは盛り上がるぜ?」

「手塚さん、できれば穏便に!」

「チッ、お人好しめ」

 

 そのまま渚を追い詰め、鉄パイプを振り下ろすが渚は俊敏に回避し、通路脇の扉を開き部屋中に逃げ出した。手塚は急いで追いかけて、扉を開けようとするも鍵がかかったのかビクともしない。

 

「逃げられたか、まっ……そう簡単にはいかねぇか。千載一遇のチャンスだったんだけどな」

 

 綺堂渚という女は只者ではない、だから此処で殺しておきたかった。

 だが失敗してしまった。一筋縄ではいかない、分かっていたつもりだったが……残念でならない。仕切り直しのお時間だ。

 

「助けてくれたのは本当にありがたいんだが……どういうつもりだ? 手塚」

「そう警戒しなさんな、あの時、お前達二人を襲ったのは、あんまりにも警戒心がない二人だったからこの場所がどれだけ危険か教えてやっただけ、さ。尤も、あんまりにも動きがとろかったら授業料として命を頂いていたけどな」

「できるだけ人を襲わないように、あれだけ言い含めたのに……でも、助けてくれたのはありがとう」

「俺は契約違反は何もしてないぜ、感謝の気持ちがあるなら言葉じゃなくて実物が欲しいけどな?」

 

 カップルに警戒されながら、手塚としては苦笑を禁じ得ない。何せ、本当に顔がそっくりな二人組が入れ替わり立ち替わりで似たような反応をしてくるからだ。しかもタイプが違うお人好し揃いときた。よくもまぁ、こんなメンバーを集めてきたものだと自分を棚に上げて感心する。

 

「助けてくれたから教えるけど、姫萩さんの真上辺りにさっき首輪の反応があったから、間違い無く誰かがそこで死んでいるわ」

 

「なるほど、ね……じゃあ、正真正銘あと1個で俺の首輪が外れるのか」

 

「手塚……ッ! 解除条件、そういうことか!」

 

 ギロリと手塚は優希と総一を見てみる。二人は、武器を向ける事はないものの警戒の姿勢を強める。別に二人を殺して、首輪を解除しようだなんて少ししか考えていないというのに、そんなに警戒しなくてもと思わなくも無い。

 

「はっ、武器も情報も負けてる相手にわざわざ喧嘩を売る度胸はねぇよ、お前達を襲うよりは川瀬の方で首輪解除の目処が付いているって話だ。俺はそこに便乗させ――」

 

 

――パァンパァンパァン

 

 

「――がはっ」

「「……え?」」

 

 手塚の身体に3つの穴が開き血が噴き出して倒れる。下手人は御剣総一、桜姫優希の両名では無い。そして――綺堂渚でもない。手塚義光は総一と優希と話をしながらも、常に渚の奇襲への警戒を怠っていなかった。だから、これはあり得ない奇襲――文字通り、彼等3人全員の死角から現れた完全なる奇襲だった。

 天井に穴が開き大柄な男が飛び降りてきて、二丁の拳銃をそれぞれ桜姫優希・御剣総一に突きつける。

 

 

「――PDAを置いて降伏しろ。この男のようになりたくなければな」

 

 

 低く冷酷な声が通路に、響き渡る。



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幕間5  全てを疑え

 

 

 

 

 

―――――――――――

人は皆、燃え盛る家に住んでいる。消防車は来ないし、出口もない。

テネシー・ウィリアムズ (米国の劇作家)

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ここまで細かくゲームが作り込まれているとは……これを作った連中は頭がどうかしてるぞ」

 

――尤も、実行に移そうとしている俺自身、既に頭がおかしくなっているのかもしれないが。

 

 大柄な男性、高山浩太は殺した矢幡麗華から回収したPDA【8】にインストールされている追加機能である『首輪探知機能』、そしてのPDA【6】にインストールされている矢幡麗華を裏切ったボーナスで手に入れた『JOKER探知機能』、そしてボーナスと同時に手に入れた『tool:door controller』……『ドア開閉機能』を使いそれぞれの地図を見比べながら、静かに自嘲した。

 

 彼が思い出すのは、落とし穴を使って逃げた男……矢幡麗華が言うには川瀬進矢という男子高校生。あの時は、こういう逃げ方があるのかと感心していた。落とし穴は進入禁止エリアの事を考えれば危険である、同時に移動ルートとしての有効性を彼は示したのだ。

 そして『JOKER探知機能』で、JOKERが少し走った場所のすぐ真下にある事で、駄目元で『ドア開閉機能』を確認した所、この『ドア開閉機能』は真下へのドアを開閉ができる事に気付いた。『ドア開閉機能』自体、シャッターの開閉やドアの施錠・解錠をこなせる撤退と追撃両方に使用可能な優れものであり、直接的な利便性と応用性が利くという大当たりな追加機能だったという訳だ。

 唯一の欠点は地図を見ながらPDAを操作する必要がある為、即応の対応が非常に困難な部分である。せめて複数人で動いていれば、もっと上手く使えたのだろうが……矢幡麗華が使えなくなってしまったのだからそれは仕方の無いことだ。人を殺してあのような状態になってしまうのは、戦場ではよくあること。高山としては裏切るつもりはなかったが、エクストラゲームで錯乱した彼女に先手を打たれる可能性もあった。総合的に考えて、切り捨てざるを得ないと判断した。

 

 現在、高山はボーナスの受け取りに指定された2~3階の階段付近から、首輪とJOKERが集まっている真下への扉が開閉可能な地点に急行している。下にいる首輪4つがどういう関係なのかは分からない。だから、襲撃するタイミングが重要だった。

 

――4人は流石に厳しいか、できれば一人離れたタイミングがベストだな。

 

 欲を言えばJOKERの持ち主が1人になった所を襲撃したいが、時間をかけすぎると、首輪4つが全員離れてしまう可能性があるし、『首輪探知機能』のバッテリー消費も馬鹿にならない。だから、メリットとリスクを天秤にかけた結果の3人いる時の襲撃を決断した。

 3人に対して1人で行う奇襲ではあるが、高山はそれほど自分の作戦に不安には思っていなかった。このゲームは、地図の存在からどうしても二次元的に戦略を練ってしまう傾向にある。前後左右の警戒はできても、上下からの攻撃は意識から外れてしまう。だから、最悪、相手が全員高山のようなプロであっても問題なかった。

 そして、高山は1階上に居るにもかかわらず、息を殺し、同時に情報収集を欠かさず最適なタイミングを見極めていた。

 

(膠着が崩れたか、今だ)

 

 【6】のPDAを操作し、移動して離れた1人と3人を分断する為にドアの鍵を遠隔で閉める。高山と同じ機能を持っていない限り、その部屋から3人へ介入するのは困難だ。

 次に『JOKER探知』と『首輪探知機能』を見比べ、奇襲時のターゲットを決定。これは万が一にも『JOKER』を破壊しない為の処置だ。高山浩太の解除条件は【JOKERの偽装機能を5回以上使用する】。つまり、『JOKER』が破壊されれば1巻の終わりであり、『JOKER』の持ち主に自分の命を握られる解除条件なのだ。本来、もう少し慎重な筈の彼が、リスクを冒して行動を起こしているのはそのような理由があった。

 

(至近距離の二人どちらかが『JOKER』持ち。となると、一人になってる方を射殺し、残りを降伏勧告……これでいく)

 

 できれば、上から『JOKER』持ち以外の二人を襲いたかったが、3人の内二人が至近距離にいる為、GPSの誤差から探知機能でもどちらが所有者か分からない。二人までならどうにかなるだろうという事で、高山は作戦の決行を決断した。

 『ドア開閉機能』で、目の前にある真下への扉を開放する。高校生の男女を視認、そして一人になっている鉄パイプを構えた金髪の青年に拳銃の照準を合わせる。

 

――パァンパァンパァン

 

 素早く、3連発。

 血を吐いて、青年はそのまま倒れ込む。姿から、矢幡麗華より聞いた手塚義光という男性だと思われる……とはいえ、致命傷は負わせたので関係無いが。

 

 PDAをポケットに入れ、数メートル下の1Fまで飛び降り残りの高校生の男女に両手でそれぞれ拳銃を持ち突きつけた。

 

「――PDAを置いて降伏しろ。この男のようになりたくなければな」

 

「……っ!? させ、るか……!」

 

 一瞬遅れて、男子高校生の方が女子高校生の射線を遮る。身体を盾にしてでも、守るというつもりだろうか? 献身的な少年ではある、無意味ではあるが。

 この時、高山は川瀬進矢と姫萩咲美の後ろ姿しか見ていなかったので、二人の顔の違和感には気付かなかった。それよりも、今は飛び降りた時の通路の臭いの方が懸念事項だった。

 

(ふむ、脅しのついでに手塚という男にトドメを刺したかったが……アルコールの臭いがキツい、念の為、発砲は止めといた方が良いか)

 

 可燃性ガスの充満による爆発の危険性は高山も十分に承知している。

 場合によってはコンバットナイフによる交戦に切り替えた方が良いか? そのような思考をしていた高山に女子高校生――麗華からの服装情報から桜姫優希――の方が男子高校生を制して答える。

 

「……待って、総一。ねぇ、貴方……解除条件は6番。【JOKERを5回以上使用する】事よね?」

 

「ほう? どうしてそう思う?」

 

「私達は殆どの人の解除条件を知ってるの、それで組み合わせから貴方と矢幡麗華さんは『6』と『8』ってところまでは特定している。そして最後にこれよ」

 

 桜姫優希はPDAを取り出し、画面を見せる。そのPDAには【8】の数字が表示されていた。矢幡麗華のPDA【8】を今彼女が持っている筈が無い、つまりそれは『JOKER』である事は間違い無い。

 

「JOKERで偽装すれば、その番号のルールまで分かる。だから、私達は麗華さんが【8】番だと分かった。JOKERを渡すから……さっさとどこかに行ってくれないかしら?」

 

 怒気を放った声で彼女は言う。

 拳銃を向けられているにしては怯えの無い反応。矢幡麗華から聞いていた前情報以上に、勇敢な少女だと高山は思った。

 先程襲った少年少女の二人組と併せて考えれば、高山は組む相手を間違えたらしい。

 裏切った高山の言える事ではないが。

 

「なるほどな、そこから特定してくるとは強かな事だ。JOKERをくれるなら否はない」

 

「受け取ったら早く私の視界から消えて。私はすぐにでも手塚さんを治療しないといけないの」

 

「……無駄だとは思うがな」

 

「それを決めるのは貴方ではないわ」

 

「やれやれ」

 

 鋭い目線で射貫かれ、高山は困ったように苦笑する。

 左手に持つ銃を、腰に差し『JOKER』のPDAを受け取ろうと油断無く歩みを進める。何かあったら右手の銃を何時でも放てるように。

 

 この時、高山は十分に警戒していたつもりだった。だが、それは首輪解除の鍵である『JOKER』を確実に手に入れる為の警戒だ。もっと慎重に行くはずだったが、一番欲しい情報を桜姫優希にいきなり言われてしまった為、一方向への警戒が削がれてしまっていたのだ。

 

 だから、最初に異変を気付いたのは、いざとなったら桜姫優希を庇おうと見守っていた男子高校生――御剣総一だった。

 

「優希! 危ない!」

 

「……え!? きゃっ!」

 

 いつの間にか高山の足下に水たまりができ、高山から手塚まで水の線路ができあがっていた。……否、それは水ではない。消毒用アルコールだ、既に臭いが充満していた為、高山はそれに気付くのが遅れた。水鉄砲で殆ど音がしなかった事も一因であった。

 だから、高山が気付いた時には死にかけの手塚が懐からライターを取り出し、線路に着火する瞬間だった。

 

「情けなんざ、いらねぇ……ッ」

 

 着火した炎は、消毒用アルコールの線路を伝い猛スピードで高山の元に迫る。

 高山は咄嗟に横に跳んで回避するが、僅かに間に合わず濡れた靴とズボンの裾から着火する。

 たまらず、着衣火災時の基本である床に転がって消火を実行せざるを得なくなった。

 

「……くそっ! 火か……ッ!」

 

「……おかわりも、どうぞ……ってな……ッ!」

 

 手塚は出血と痛みで狙いを殆どつけられていない。しかし、持っているものは軽量で反動もない水鉄砲。ある程度雑な狙いでも、転がっている高山に消毒用アルコールが降りかかり炎の威力が増していく。

 しかし、残量を全て使い切る前に、転がりながら高山が投擲したコンバットナイフが水鉄砲に突き刺さり、手の届かないところまで吹っ飛ばされてしまう。

 それでも十分な火が高山に回っている、死にはしないまでも少なくとも下半身の皮膚が焼け爛れ、歩けなくなるかもしれない程度の火が。

 

「やる……なッ! だが……それだけじゃ……ねぇんだよ……ガハッ」

 

 そして、手塚は携帯型のカセット用ガス缶を近くに転がっていた自分の鞄から取り出した。これは、1Fに配置されている携帯型ガスコンロに付属していたものだ。一見、このゲームで配置した食事を調理する為に設置されたもののように思える。だが、水鉄砲でアルコール消毒液を噴射する事を思いついた手塚にとっては、最早このガス缶は相手を爆殺する為のものにしか思えなかった。

 だから、相手を確実に殺す切り札として……何時でも取り出せるようにしていたのだ。

 

「地獄で……また、会おう……ぜ?」

 

「こんな火、ごときで……ッ!」

 

 手塚はガス缶を高山に向けて転がし、高山の至近距離で火に巻かれ爆発する。

 凄まじい衝撃と爆音が一帯に響き渡る。誰の物ともしれない肉片が飛び散り、高山浩太と手塚義光の意識は同時に途絶えた。

 

――――ピロリンピロリンピロリン

 

 炎上する音と共に、どこかでPDAの音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

「――ん!」

 

 深い深い闇の中……凄まじい重さを感じつつも、それでも意識が浮上する感覚がある。どちらかと言えば、強引に引っ張り上げられているというのが正しいのだろうか?

 息苦しさ、水が自分の身体にかけられる感覚。

 そして、大切な何かが自分の身体から徐々に喪われていく……。

 だが、誰かに呼びかけられ、手塚義光は目を覚ました。

 

「手塚さん!!!」

 

「……嬢ちゃん、か……ゲホッゲホッ」

 

「優希! 手当をするから、なんとか話しかけ続けてくれ……!」

 

「……無駄、だっ」

 

 呼吸が苦しい。息をする度に咳き込み、恐らくは血を吐き出している。

 肺がやられて喋る度に激痛が襲っている。

 だが、それでも、1人で死んでいくと思っていた手塚は不思議な事に悪い気分はしなかった。思えば、最初にゲームの様子見を決めた時から、自分らしくなく、ヤキが回ってしまったのではないかと内心自嘲する。

 悪党の自分に必死に手当する2人が、どこか滑稽に思える。

 結局、手塚は自分に芽生えた気まぐれを最期まで貫く事を決めた。

 

「このゲームに、勝ちたいか……?」

 

 既にこのゲームの正体はおおよそ分かっている。

 それを踏まえて、どうすれば良いか。

 手塚はすでに答えを得ている。

 

「だったら、全てを……疑え」

 

 手塚はもう殆ど感覚のない両手で、それぞれ優希と総一を掴む。

 

「固定観念を、捨てろ。このゲームのルールは……絶対じゃ、ない」

 

 優希と総一は治療を続けながら手塚の声を必死に聞いている。

 二人の手塚へ呼びかける声は、既に手塚には届いていない。

 

「もっと……絶対的な、ものが……ある」

 

 遠ざかる意識を必死に食いしばりながら、手塚自身、自分の声が聞こえない状態で喋り続ける。

 

「奴らを……上手く、使え」

 

 次に手塚の視界がぼやけていき、優希と総一の姿が輪郭でしか見えなくなる。それでも、手塚の言葉は止まらない。

 

「それが……お前達に、残された……」

 

 力強く握りしめていた筈の手塚の両手が、少しずつ力を失っていく。

 なるほど……これが、死というものか。どこか遠くで、手塚の冷静な部分が俯瞰する。冷たくなる自分が怖く、こんな時に必死に人のぬくもりに縋ろうと動く自分が、滑稽で仕方なかった。

 

「唯一の……勝ち筋、だ」

 

 そして、それが手塚の最期の言葉となった。

 手塚の死への手向けは、彼に全然似合わないであろう女の涙となった。

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな事になるなんて……高山さんと手塚さんが死亡。あの二人が生き残っちゃったのね」

 

 綺堂渚が迂回して、通路の角から状況をのぞき込んだ時には全てが終わっていた。

 消毒用アルコールとガス缶による爆発戦術にせよ、『ドア開閉機能』を用いた真上からの奇襲にせよ、ゲーム経験が豊富な綺堂渚をして初めて経験するものだ。組織側のカメラマン――サブマスターである彼女だが今生きているのは、数々の思惑が絡み合った結果の幸運によるものだとハッキリと理解している。

 

 だが、自分の生死すら綺堂渚にとってはあまり重要な事では無かった。

 そんな事よりも、手塚の死に哀しみながら、再会を喜び涙ながらに抱き合う幼馴染にして恋人の二人の方が余程、渚にとっては重大事項だったのだ。

 

(どうして、あんな風に信頼し合えるの!? 解除条件が競合しなかった、私と真奈美ですら銃を向け合ったのに!)

 

 今でこそ組織側の人間となっている綺堂渚だが、彼女も元は誘拐された一般参加者だった。御剣総一と桜姫優希と同じように、誰よりも大切な幼馴染と一緒にゲームに参加させられていた。だが、渚に大量のお金が必要である事を知っていた幼馴染の麻生真奈美は最終的に渚を信じる事ができず銃を向け合う事になった。結局、金のために組織側の人間になったが、結局は自分と同じ疑い合う人間を見て、自分達は間違っていなかったのだと負の満足感で自分を充足させる目的が無いと言われれば嘘になるだろう。

 渚と異なり、御剣総一と桜姫優希の場合は金銭的な問題はない、だが解除条件は双方殺人条件であり、競合している――厳密に言えばエクストラゲームの結果、二人だけの生還は可能――にも関わらず、お互いがお互いを信頼し合い支え合っている。

 

 既に、このゲームは【正義感の強い桜姫優希に恋人の総一そっくりな川瀬進矢の殺人を目撃させ疑念を植え付け、恋人の御剣総一が優希そっくりな姫萩咲美の殺害を実行する事で総一を含めて皆殺しを決意させる】という趣旨から大きく外れてしまっている。だからこそ、彼等をゲームの狂気に引きずり込む為にエクストラゲームを行ったというのに、尚抗い続けている。

 

(それでも、誰かが裏切る筈……そこから、全てが瓦解するのよ。御剣総一が、川瀬進矢が、長沢勇治が、桜姫優希が、北条かりんが……きっと、この中の誰かが)

 

 奇しくも、組織の人間をカウントしなければ、殺人条件の持ち主が過半数の状態となっている。そこで大集団を作ったとしても、瓦解するのは明らかだ………渚の論理だけではなく、客観的に考えてそうなる。

 ダメ押しに、組織側から幾つかの疑心暗鬼の種が蒔かれる事になるだろう。かつて、渚が真奈美に裏切られた時のように。渚が真奈美を裏切った時のように。

 それが人間だ。命を天秤にかけられれば、他人を裏切る筈なのだ。

 

――――本当に?

 

 だが、そんな綺堂渚の昏い信念には、罅が入っていた。

 思い出すのは、渚が総一を人質にした時。

 優希が乱入してくる事は直前に連絡を受けていたものの、あのタイミングは渚にとっても準備不足であり、手塚が言うように傍から見れば滑稽な人質作戦に見えたかもしれない。

 それでも、誰か1人の命と大切な人の命を強引に天秤にかけさせ、彼女は迷わず自分の命を諦めた。それは、ある意味で当事者の総一よりも渚にとって衝撃的な出来事だったのだ。

 桜姫優希の発した一言が渚の心を捉えて離さない。

 

『私は総一を信じてる。だから、総一も私を信じて?』

 

 

 ……IFを論じても仕方ない。

 だが……もしも、手塚が乱入しなければどうなっていたのだろう?

 それは神ならぬ渚には分からぬ事であった。

 

 しかし、その出来事は今まで持っていなかった考え方を渚に発芽させるに至る。

 彼等が自分と同じ人間ならそれでいい。

 だが……万が一。否、億に一……彼が本当に裏切らないのだとしたら。

 間違っているのが自分で、彼等が正しいのだとしたら。

 その時は……その時は――

 

 

――【悪】として、【正しい】彼等に裁かれよう

 

 

 それは、綺堂渚が親友の麻生真奈美を殺して以来、初めて芽生えた強い目的意識だった。だから、綺堂渚は自分の信じる人間像に殉じ、悪として徹する事に決めた。



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第十六話 被観測者達の憂鬱

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.9:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:5.5:3人の殺害
長沢勇治 :4:4.8:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.4:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗華 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:8.2:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:4.3:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:3.1 :PDAを5個以上収集



 

 

 

 

――――――――――――――

アメリカ人はプライバシーの意味すら分かっていない。この国にそんなものは存在しないのだ。

ジョージ・バーナード・ショー (アイルランドの劇作家、評論家)

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 仲直り……仲直り? して情報共有タイムとなる。

 とはいえ、3人で情報共有するならもっと多くのメンバーで情報共有を行い、無駄は省いていきたいのが人情ではある。そこそこ時間経過したのだから、『トランシーバー機能』を試してみるのがベストだろうか。

 

「先程も言ったが、桜姫先輩と俺は二手に分かれた。二手に分かれた理由は、『首輪探知機能』もあるが『トランシーバー機能』の存在が大きい。この『トランシーバー機能』は手塚のPDAにダウンロードされている……俺達は手塚を通じて通信するか、【JOKER】で手塚のPDA【10】番に偽装して連絡を取り合う予定……だった」

 

 尤も、そのプランは死亡者が二人も出ている時点で、最悪の結果を辿っている可能性が十分あるわけだが。

 

 『Q』のPDAを手に取り、追加した『トランシーバー機能』の項目を押す。

 ソフトウェアをインストールした時の説明で『トランシーバー機能』は通話時のみバッテリー消費する事は確認済み、無駄話は極力省かなければならない。

 そんな風に考えていると、手塚の名前を聞いたからか勇治が不満げな声を挙げる。

 

「へぇ、手塚って【10】番だったのか……アイツがゲームに乗ってないのは意外だったけど、大丈夫なのかよ?」

 

「こっちが隙を見せずに、組むメリットを提示し続ければ……多分?」

  

「僕――いや、俺はそこが心配なんだけど。首輪を解除するまでは兎に角、解除した後に賞金目当てに裏切るんじゃないか?」

 

「…………………………手塚を信じろ」

 

「ハハッ、これは考えてなかったって顔だな」

 

 勇治の疑念に少し間を置いて答えると、やれやれと勇治が呆れた表情で答える。

 首輪解除後の話は割と取らぬ狸のなんとやらだ。俺の想定の範囲外である。

 流石にリスクを考えると、手塚はそんな事をしない……はず。

 大丈夫だよな???

 

 そんな風に思考をしていると、かりんの表情に陰りが見える。 

 

「賞金の話になると、アタシがそうなってたかもしれないから……」

 

「あ、悪い! かりんがどうこうという話じゃなくて」

 

「話が脱線してるぞ。もう終わった話を蒸し返さなくて宜しい――いや、言われた言葉をそのまま返せば良いのか? 俺達はかりんを信じてるから、ノープロブレム。それでも悩みたいなら、一人で抱え込まないで貰おうか」

 

「むぅ、その言い方はずるい」

 

「言った事は帰ってくるのだよかりん君」

 

 賞金という言葉に不安そうな声を挙げたかりんを、封殺する。

 不満そうな表情をするが、俺がずるいというのなら最初に言ったかりんの方がずるいという事になるが宜しいか?

 感情のぶつけ合いなら兎に角、議論では絶対に負けてやらない。決して、先程の事を根に持っているわけではない。

 

 ……さて、話を戻そう。

 トランシーバー機能を使わなくては。

 

「話を戻すが……『トランシーバー機能』を使ってみるぞ。向こうの状況次第だけど、情報共有も纏めてやりたいからな。俺が話し始めるまで、静かにしといてくれ」

 

「りょーかい」

 

「わかった」

 

 3人で真剣な表情でうなずき合い、『トランシーバー機能』を起動する。

 まだ戦闘なり何なりが起こっている可能性がある為、音で気付かれる訳にはいかない。

 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……そして、誰が死んだか。

 

 

 

――スイッチオン

 

 

 

 3人で息を殺してPDAに耳を傾けてみる。

 するとすすり泣く音がPDAから聞こえてきた。

 ……女性、だろうか? 

 二人死者が出たというのなら、それで泣きそうな女性というのは俺の知る限り一人しかいない。

 

『総一……私、誰も助けられなかった……! 手塚さんが、手塚さんが……!』

 

『優希は悪くない、何も悪くない。それを言ったら俺だって……!』

 

 

 

――スイッチオフ

 

 

 

「……………………そっとしておこう」

「「…………」」

 

 通話する為だったのに、何故か盗聴してしまったかのような気まずい空気が流れる。

 このトランシーバー機能、さては向こう側の盗聴ができるな??? 

 もしかして、手塚はそれを織り込み済みでトランシーバー機能を渡してきたのでは? 怖い。

 

 ……現実逃避はさておき、恐らく手塚は死んだ。

 そして、桜姫先輩と御剣先輩は生きている。

 今はそれだけで良い。細かい情報交換は後回しにして問題無い。

 二人が落ち着いたら、勝手に連絡をくれるだろう。

 微妙な空気を払拭する為、なんとも言えない表情をしている二人に俺は言った。

 

「今から、今から俺は……とっても不謹慎な事を言います」

 

「お、おう?」

 

「すーはー…………桜姫先輩と御剣先輩……生きてて良かったぁあああ!」

 

「ちょ、ちょっと進矢!?」

 

 全ての感情を吐露するがごとく、その言葉を吐き出し、脱力して壁に寄りかかりつつ倒れ込んだ。

 懸念事項は沢山あるが、それでも仲間全員の無事を確認した結果、安心すると同時に蓄積していた疲労が全て俺に襲いかかり、立ち上がる機能を失った。もう限界だった。

 勿論、一緒に勇治とかりんが居るからというのもあるんだろうが。

 緊張感というのは長くは続かない、少なくとも俺はそうなる。

 

「2人共……生きてて良かった……。正直、シャワー浴びてもう寝たい……気を抜くと落ちそう」

 

「お兄ちゃん。突然、駄目親父っぽくなったな!?」

 

「うるさーい、緊張の糸が切れたんだよ! というか何だよあれ! 何だよあれ!!!」

 

「不貞寝してるようにしか見えねぇ」

 

 勇治に呆れた言葉を投げられる。

 手塚を悼む気持ちもある、ゲームが怖いという気持ちもある。

 それでも一度切れた感情の糸というのは中々元に戻らない。

 ゲーム開始から13時間を過ぎといったところか、ゲームが午前8時スタートとして21時……普段、そこまで健康的生活を送っているわけではないが、ここまで濃ければ体力も限界を迎える。

 一緒に居るのが桜姫先輩とかだと、つい背伸びしてしまうのでその影響もあるのかもしれない。

 

「その、ごめん……桜姫さん、は聞いたけど……御剣さんって誰?」

 

「あー、二人は知らなかったか。桜姫先輩には俺激似の恋人が居て、このゲームに参加している。上手く2人共再会できたようだな、良かった良かった」

 

「言ってる事と表情が全然合ってないよ!?」

 

「不貞寝してる理由はそれだな?」

 

 ……そんな事は無いと、思う。思いたいんだけど。

 別に表情を取り繕うとは思っていなかったが、思ったより不満げな顔をしていたらしい。

 それはこう……あれだ。

 俺は二人で幸せに生きて帰って欲しいが、二人のイチャイチャを見たいわけではないのだ。

 姫萩先輩が生きてたら、俺と同じような気持ちを抱いている筈だ。多分。

 

「……面白そうだから、もうちょっと聞いてみようぜ?」

 

「絶対にノー! 二人のプライバシーは俺が守る!」

 

「その二人が残りの仲間なんだよね? 私、全然知らないから……く・わ・し・く、聞きたいんだけど」

 

「そうだね、その情報は大事だね。だから、かりんさん。圧をかけないでください」

 

 顔は笑顔で目が笑ってないかりんに、震え上がりつつ、二人に渡すべきではない玩具を渡してしまった感がある。

 相手は中学生二人、そういう話題に興味津々なのは当然の理だ。

 しかし、俺だって疲れ切ってる時にあの二人の話はしたくないし、聞きたくない。

 つくづく、俺の心に優しくない殺人ゲームだ。せめて、使うのは頭脳と身体だけにしてくれないか!

 

――リア充爆発しろ!

 

 と、心の中で念じた瞬間に閃く。

 これ、ゲームに視聴者がいたら視聴者も思ってる奴だ。

 つまり、ゲームの主催者側は二人を引き裂こうと次の手を打ってくるやつだ!

 こんな閃き方したくなかった!

 くっ、どうすれば……どうすればいい!?

 

 悩んだ結果、疲れた頭は疲れた並の最適解を俺にもたらした。

 

「コホン……二人共、落ち着け。これから合流して、話す機会は幾らでもあるんだ。そういう話題は本人達に聞け! 俺としては、寝る準備とかしておきたい。地べたはきついし……あと、身体を拭くくらいはしておきたいかな。汗が臭いとか(桜姫先輩に)言われたら精神的に死にそう」

 

「……ごめん、進矢疲れてるんだったよね。でも後でちゃんと説明してよね」

 

「進矢兄ちゃん逃げたな……シャワー室ならあったぜ、戦闘禁止エリアの中に」

 

「戦闘禁止エリアって……あっ」

 

「おー、シャワーあるのか! で……何か問題あるのか?」

 

 露骨な話逸らしをなんとか成功? させつつ、まずは体力を回復させる事が最優先だ。

 体力の衰弱は、精神の衰弱に繋がるとかなんとか。今、ダイレクトに衰弱している俺が言うのだから間違い無い。

 

 で、休憩には戦闘禁止エリアがうってつけのように思える。

 今まで俺に遭遇する機会は無かったが、そこで休めるのなら万々歳ではなかろうか?

 と思わなくも無かったが、かりんの心配そうな表情を見る限り駄目そうな気がしてきた。

 長沢が悪戯っぽい笑顔でとある部屋を指さした。

 

「ちなみに戦闘禁止エリアはあそこな」

 

「……おかしいな、俺にはさっき郷田真弓って人が爆発音をさせて扉を破壊してたり、銃をバンバン撃ち込んでた部屋しか見えねぇ」

 

「やっぱり、気付いてなかったか。進矢お兄ちゃんも、結構抜けてるよね」

 

「……つ・ま・り、外から中に攻撃できて、しかも反撃がアウトな訳ね! 全然気付かなかったよ! 俺はルールの穴に気付かず、二人を命の危機に晒してしまいました!」

 

 指摘される事でようやくルールを思い出してきた。

 

 ちょっと、見落としが多くて反省が間に合わないレベル。

 いや、『戦闘禁止エリア』っていかにも安全アピールが逆に危ない雰囲気を醸し出しているのは分かるけど、実際に見つけてなかったから考えてなかった。

 答えが先に来てしまったから、実際俺が気づけていたか分からないけど……これで二人の内、どっちかが欠けてたらなんて想像したくもない。

 

 くそう、俺は何度見落としで後悔すればいい!?

 唯一の慰めは、今のところ見落としで直接的な仲間の被害に結びついてない事くらいだ。

 

 そんな事を考えていたら、頭に手を置かれて撫でられた。

 顔を上げると優しげな表情をしてるかりんが俺の頭を撫でている、気恥ずかしいような情けないような。

 

「だから一人で抱え込まないの。誰も気付けなかったことなんだしね。それに、攻撃を受けて勇治がすぐに気付いてくれたし、進矢が教えてくれたエアダクトがあったから無事に逃げ切れたわけだから……」

 

「俺の方が凄いけど、100歩譲って進矢お兄ちゃんとのコンビネーションプレーだと認めないでも無いな!」

 

「マジでありがとう勇治ィ! 思い返せば綱渡りしてる箇所が思ったより多い……もしや我々は全員が全員相互に命の恩人なのでは???」

 

「あ、確かにそうかも。ここにいる誰がいなくても、生きていられた自信がないもの」

 

「……認めたくないけど、そうだな。1人だったら、死んでたかもだ」

 

 罠で死にかけた俺をかりんが突き飛ばして、勇治へのクロスボウをおれが庇って、戦闘禁止エリアで危なかったかりんを勇治が守った。

 人は1人で生きていけない。

 一般論ではそうだが、直接的に実感する時が来ようとは思わなかった。

 どれだけ強がっても俺達は人1人分の力しか持ち得ないのだ。

 それを実感したのかしみじみと、かりんは続ける

 

「いきなり騙された時はどうなるかと思ったけど、2人に見つけて貰えた私は運が良かったんだ」

 

「いや、確か偶然じゃないよ」

 

 呟いたかりんに対し、長沢がまたもや悪戯っぽい笑顔を浮かべて返した。

 ……ん? 何か嫌な予感を感じるような。

 

「進矢お兄ちゃんが、僕と2人の時に、まず『K』の人を探そうって言ったんだ。結果、見つかったのがかりんだから、全ては進矢お兄ちゃんの手のひらの上だったんだよ!」

 

 な、なんだってー!

 そういえばそんな事言ってたな。すっかり忘れてたよ。

 燃料を投下されたかりんは楽しそうに笑う、連係プレイで人を追い詰めようとするのやめない?

 

「へぇ、じゃあアタシは進矢の狙い通りに捕まっちゃった訳なんだ?」

 

「その言い方、語弊がある!? あー、アレだ。首輪解除しやすそうだったから、早く接触しておきたかったんだよ」

 

「酷い! あたしの首輪が目当てだったのね!?」

 

「強気で否定できないけど、その発言はドラマの見過ぎだ……」

 

 かりんからの攻勢? を受け流しつつ、ゲームの始まりの頃を思い出す。

 このゲームでRTA的に首輪を次々に解除していこうと考えていたのが酷く遠い昔のように感じられる。

 どうしてこうなったのか後悔は多いが、それでも3人で冗談を言い合えるだけまだマシな状況なのかもしれない。

 

 思いを馳せていると、胸ポケットから音が聞こえてくる。

 

『……痴話喧嘩ができる程には元気そうで安心したわ』

 

「げ!? 桜姫先輩!? ……あー、違うんです。こうなんか、違うんです」

 

「浮気がバレた男みたいな反応で、ウケるな兄ちゃん」

 

「お前が始めた話題だぞ、勇治ィ!」

 

 あんまりなタイミングでの通話スタートにより、反射的に何も考えてない言葉が出てくるが、冷静に考えなくてもボロが出てきた駄目男っぽい発言になってしまった。

 ……回復早いですね桜姫先輩。

 こんな俺の姿、見られ……聞かれたくなかったよ。

 

 この『トランシーバー機能』とは仲良くなれそうに無い。

 気を取り直せ、立ち直れ俺。

 胸ポケットから『Q』のPDAを取り出す。

 

「コホン……こちら川瀬進矢、長沢勇治、北条かりん。以上3名、全員俺のプライド以外は無事、合流完了してます」

 

『私も総一と無事に合流したわ……だけど……』

 

「プレイヤーカウンターが反応してるので察してます。それでも、お二人が生きてて良かったです」

 

『……ありがと。手塚さん、あともう一人。名前は分からないけど――解除条件6番の男の人が亡くなったわ』

 

「……ッ!? 俺達を3階入口で襲ってきた二人の片割れですか……あ、ごめんなさい。まず自己紹介をしましょう」

 

『ごめんなさい、そうだったわね』

 

 移動ルートと経過時間から考えて、どう動いても桜姫先輩の位置に間に合わない気がするが何があったんだ?

 しかし、姫萩先輩を殺した二人組は既に両方共、あの世にいるのか……と無情感がある。

 姫萩先輩が仇討ちを望むような人ではないのは分かるが、それでも複雑な気分だ。

 

 さて、気になる事は多い。

 情報交換の続きを行いたいが、かりんの心配そうな視線に気付いてストップをかける。

 情報強者の二人だけで話すのが話は早い……だが、今は5人で情報と状況の共有が最優先だ。

 連帯感という意味でもそうだし、俺の事情からしても必要な事だ。

 気持ちは重いが。

 

「聞いてますよね、御剣先輩? 俺は謝らなくてはいけないし、そして話をしなければいけない。亡くなった姫萩先輩について」

 

『……一応、川瀬……は、はじめましてじゃないけど。他の二人にははじめましてだよな。俺は御剣総一、高校三年生で一応優希の幼馴染兼恋人だ』

 

「僕――いや、俺は長沢勇治。中学二年生、進矢お兄ちゃんとそっくりなお兄ちゃんか……会うのが楽しみなんだよな」

 

「あたしは北条かりん、中学三年生。進矢から少しだけ話を聞いて、ます」

 

『あら、可愛い声ね。 私は桜姫優希、総一の恋人です。一応じゃなくて、ちゃんとした恋人だからね』

 

 なんか、御剣先輩と桜姫先輩の今のやりとりだけで力関係がちょっと見えたような……これで全員か。

 多いようで、少なくなってしまったような気持ちになる。

 とはいえ、姫萩先輩以外で中高生の死者は出てないから、意外と子供は不思議な力に守られている殺し合いゲームなのかもしれない……全然優しくないけど。

 

「これで、全員ですね。残り2人は明確に主催者側、折り合えない相手です。今までの流れと、これからどのように全員で生き残るか話し合っていきましょう」

 

 俺から口火を切り、今までの事を話し始めた。

 

 

 

 

 

 俺は姫萩先輩の事を全て御剣先輩に話した……つもりだ。

 どういう表情をしているのか、トランシーバー越しには分からない。

 伝えられるのは言葉だけだ、その時の空気感も感情の機微も何も伝えられない。

 ちゃんと伝わっているだろうか? と不安になる。

 

「……ごめんなさい、結局は2時間と少ししか一緒に居ませんでしたから、俺も姫萩先輩について分かったつもりにしかなってません。ただ、最期まで皆が生きて帰れるように願える人物だったのは確かです。彼女の死の一因は間違いなく俺にあるので、ゲームが終わった後なら幾らでも非難を受け付けます」

 

『いや、咲実さんの遺体を見れば、彼女が何も恨まずに亡くなった事は分かる。哀しいけど、川瀬は何も悪くないよ。俺達を誘拐した奴らが悪い』

 

「……恐縮です。では姫萩先輩の最期の願いは、御剣先輩に叶えて貰いましょう。生きて幸せになってください、まぁ――俺がそうさせるんですが」

 

『正直、最初会った時とお前の印象が全然違ってビックリしたよ』

 

「あの時はアレで本当に必死だったので忘れてください」

 

 ふぅ、と息を吐く。 

 肩の荷が降りたわけではないが、一つやるべきことを終えた気がする。 

 人一人の命、ただそれだけなのに心に掛かる重圧が重かったのは確かだ。

 心に刻まれたトラウマは一生癒える事は無いかも知れないが、それも彼女の生きた証として受け入れよう。

 

「次は、エクストラゲームが開始後の話をしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 そこそこの時間をかけて、おおよそ全ての概要情報は交換できた、と思う。

 突っ込み所も言いたい事も多すぎるが、まず言うべき事はこれだ。

 

「……人質になって男のプライド死んだなって思ってましたけど、御剣先輩が仲間だと知って安心しました。あと親近感が湧きました」

 

『いや、そんな所で親近感を感じられてもだな……』

 

 俺の中で御剣先輩への好感度が上がった!

 いや、俺も含めて必死だったんだろうけど、結果今生きてるからネタにできるのだ。

 命があるっていうのは素晴らしい事だ。

 

「人質の際の対応考えると……桜姫、さんって進矢と同類じゃん!?」

 

『強気で否定できないけど、ちょっとショックね。その表現』

 

 呆れた表情をしたかりんが叫びのと苦笑しているような桜姫先輩の言葉がPDAの向こう側から聞こえる。

 桜姫先輩と同類と言われてしまえば、俺としては非常に恐縮です。

 桜姫先輩にもっと自分の命大事にして! 

 俺はブーメランが返ってくる事を恐れない男だ。御剣先輩に怒られれば良いと思うよ。

 

「桜姫先輩って無茶ばかりするんですよ! 御剣先輩もっと叱ってやってください!」

 

「お前が言うなーーーー!!!」

 

「ちょ、かりん……揺らさないで……! 頭揺さぶられると、ちょっと吐きそう」

 

『俺がついてる以上、優希には絶対無理させないさ。北条さんも頑張れ』

 

 かりんが大声で叫び俺の方を両手で掴み、ガンガンと振る。

 ……疲労の所為で、頭が……頭が。

 御剣先輩とかりん、何か変な所で通じ合ってないですか? 

 

 俺の無茶は勝算があっての無茶しかないので、無茶じゃないって言えば許されるだろうか?

 勇治の咳払いが聞こえてくる。かりんの攻撃が止んで、正直助かった。

 

「まともなのは僕だけか……で、銃に水鉄砲で対抗するって手塚正気かよ。しかも、『ドア開閉機能』ってそんな事できるのかよ……」

 

「……やっぱそれだよな。どれだけ考えて安全を確保しても、理外の一撃はどうしようもないというか、攻略本や攻略wikiのありがたさが分かった」

 

 頭を真面目モードに引き戻しつつ、大人の男二人の戦略に思いを馳せる。

 初見殺し……このゲームはやろうと思えばどこにでも隠し要素が隠されており、知恵と知識でどこまでも悪巧みができるのだ。

 そして、残った敵が主催者側二人と考えると、相手は熟練者でこっちは素人5人。うん、まともにやっては勝てないのは確定しているようなものだな。幸いなのは、向こうには何かしらの縛りがあるであろうことくらいか。

 

「それにしても、よく爆発で無事でしたね。『6』と『8』のPDA」

 

『炎が着火した時点で、鞄の中にPDAを入れて放り投げてたみたいなの。壊れるより、奪われた方がマシという判断だったんでしょうね』

 

「なるほど、死中に活を求めるようなクレバーさですね」

 

 死んだけど。という言葉は呑み込む。

 俺の印象でも、あの男は相当に隙がなくて手慣れている印象だった。

 だから、姫萩先輩の仇を含めなくてもここで死んでくれて良かった……と思ってしまうのは非情だろうか?

 

 ……そして桜姫先輩は気付いているんだろうか、その男の奇襲の大凡の原因は俺が作った事に。

 俺が桜姫先輩にJOKERを渡したから、男に狙われた。俺が落とし穴で逃げたから、男はおそらく『ドア開閉機能』の床利用に気付くことができた。

 

 悪意がなく、全てが偶然だ。だからか、桜姫先輩は何も言わない。

 ここで俺がそれを言及しても、気を使わせてしまうだけだ。だから俺も何も言えない。

 ……実質俺の動きが桜姫先輩と御剣先輩を危機に陥れ、手塚を死へと導いた遠因となった。

 手塚が裏切るんじゃないか? という話をしてた後に、こんな結果になろうとは……。

 

「進矢?」

 

「……ん? あぁ、悪い。最初にかりんがあの男に話しかけなくて、良かったと思ってな」

 

「大丈夫、でもないけど。その時の私だったら、そういう人は信用できずにすぐに別れたと思う」

 

 悪い思考のループに入ってた俺の耳に心配そうなかりんの声が聞こえる。

 咄嗟に言い訳を思いつくが、そう言われると最初のかりんから今のかりんが全然想像できない。

 全方向警戒モードと、信頼モードの落差が凄くて心配になる。

 彼女の境遇と彼女自身の性質を考えればそういう風になるのは仕方ないのかもしれないが。

 

 なんて考えていると、PDAから御剣先輩の声が聞こえてくる。

 

『結果、首輪目当ての別の悪い男に捕まったんだな』

 

「そのネタ引っ張ってきます? 俺はこれでも人の悪意を看破するの専門です、詐欺って長続きしないのでやったらすぐごめんなさいしますよ」

 

「でも、悪い人ってみんなそう言うよね?」

 

「良い人だってそう言うから破綻してる論理じゃないか?!」

 

「大丈夫! 進矢が悪い人でも、最後までついていくから!」

 

「悪い人を否定する気無し!?」

 

 笑いながら、かりんが俺の隣に来て座る。お前本当に、将来悪い人に騙されても知らないぞかりん!?

 まぁ、単純に良い人ってだけではこのゲームはクリアできないだろうから、俺としては悪い人呼ばわりされても構わない。

 ここは清濁併せ呑むのがベストだろう……今、ここにいる5人でそれが一番できそうなのは俺だけだ。

 

『強固な信頼関係で結ばれてるのね。それで、私は手塚さんの最期の言葉が気になってるの……同じ悪い人として、川瀬の意見を聞きたくて』

 

「俺イコール悪い人をメンバー統一見解にしてくるの止めてくれません? それで、手塚の言葉……ですか」

 

 勝手ながら、手塚の死の一因を担ってしまった人間として彼の言葉を活かす責任が俺にはあると思う。

 桜姫先輩から聞いた手塚の言葉を咀嚼するように思い出していく。

 

【このゲームに、勝ちたいか?】

【だったら、全てを疑え】

【固定観念を捨てろ。このゲームのルールは絶対じゃない】

【もっと絶対的なものがある】

【奴らを上手く使え】

【それがお前達に残された唯一の勝ち筋だ】

 

 俺なりに解釈はあるし、得意げに推理をしたい。

 だが、今までの俺の失敗がそれにブレーキをかける。

 そのやり方は話がはやいが、俺達全員の為にならない。

 

「手塚さんの言いたい事は俺なりに分かります。でも、全部ではありません。それに、今まで何度かやらかしたのと同様に見落としがあるかも知れません。だから、全員で考えていきましょう。手塚が分かったんだ、悪い人仲間として分かるよな? 勇治?」

 

「俺にも擦り付けるのかよ! えっと……文字通りに受け取ればルール以上に重要なものがあって、それを踏まえて誰かを利用しろって意味だよな」

 

『川瀬君が、このゲームはやらせ前提のリアリティショーって言ってたわよね? 私がエクストラゲームで、条件が一部変わってるから、皆で生き残れるエクストラゲームを起こさせる、とか』

 

「でも、エクストラゲームってあの一緒に居る人を殺せって奴だよね? スミスがそんな条件を出すとは思えないよ」

 

『待ってくれ。ショーってどういうことなんだ。そもそも、何の為にこれが行われてるって言うんだ!?』

 

「……今のは俺が悪いですね、バッテリー問題もあるので項目を分けて考えていきましょう」

 

 議論がとっちらかりそうになったので、ストップをかける。

 だが、重要な要素は全て出てきたと思う。

 締めと要点だけ俺が捕捉するという形で、基本的には皆の話についていく形にするのがベストかな。

 

「『このゲームはそもそも何か』『手塚の言う奴らとはどういう意味か?』『エクストラゲームの利用』……まぁ3点かな。内、エクストラゲームに関してはまだ保留にしましょう。何かしらの落としどころは向こうが用意するとは思ってますが、判断材料が足りなすぎます」

 

 正確に言えば、向こうが用意するエクストラゲームの予想はついている。

 だが、郷田真弓の言葉から十中八九それは隣にいるかりんに関係すると思われる。デリケートな話になるのであれば、公開の場で議論するのは望ましくないというのが俺の判断だ。

 ついでに言うなら、エクストラゲームに頼るのは最後の手段というのあるが。

 

「ゲームは何かに関しては、ショーである根拠に関して桜姫先輩に話した通りだと思います」

 

『確か……【殺し合いを促進させるエクストラゲームの存在】【私や総一、川瀬君や姫萩さんをはじめとした、意図的な配役】だったかしら? 加えて言うなら【エクストラゲームの結果、私達に被殺傷武器を渡した事】、あと【誘拐犯側の渚さんの行動】もショーである事を裏付けている気がするわね』

 

「僕も見られてるんだろうなとは思っていた。けど、文字通りの見世物、か。僕達は殺し合いゲームの参加者というよりは、殺し合い映画の登場人物ってことか」

 

「映画や小説とかで人が死んだり殺したりはよく見たよ、だけど本物の人間にやらせるなんて、そんなの正気じゃない……」

 

『一体、何が目的でそんな事を……ッ!?』

 

 ふーむ、比較的冷静に議論ができそうなのが、桜姫先輩と勇治。

 感情が受け入れて無さそうなのが御剣先輩とかりん。

 イメージ通りと言えばイメージ通り。

 勿論、推論に推論を重ねている部分もあり、全てが真実ではないだろう。

 しかし、前提条件をある程度正確に把握しなければ、打つべき手が見えてこない。

 だから、心を鬼にして此処は少し冷たくなろう。

 

「目的は、それは需要がある……つまり楽しいからでしょう。で、俺もこのゲームを主催している連中が宇宙人やら火星人なら良かったと思いますが、間違いなく正気の人間が行っていると思います」

 

『どうして、そう思うの?』

 

 PDA越しに聞こえる桜姫先輩の端的な言葉。

 勇治の顔は彼にしては珍しくやや焦りの表情があり、かりんからは怯えが見えた。

 できれば、皆で意見を導き出したかったが、この結論だけは俺だけしか言えない。

 

「高校レベルの世界史知識があれば、人間がどういう存在なのか分かる筈です。そして、そうでなくても、知ってる筈です。俺も、桜姫先輩も、御剣先輩も、勇治も、かりんも。外の経験から大なり小なり知っている筈です。この殺人ゲームは、極めて人間的なものですよ」

 

 人は他人が傷つく姿に何かしら感じ入るものがあるらしい。

 ローマの闘技場は有名な話で、昔は処刑が娯楽だったというのもそう。あるいは人種や宗教が変われば、相手を人間扱いせずにどこまでも残酷になれるという例もある。

 俺だって、インターネットでグロ写真を見たり、趣味の悪い小説やゲームだってよくやる。

 

 そして、そういう悪さというのは大なり小なり各人が抱えている筈なのだ。

 ここにいる5人の内、俺と勇治以外はそういう印象があんまりないだけで。

 

 しかし、そうじゃない3人でさえ、他人との関わりで、人間が完全に善性だとは誰も思っていない筈だ。

 正義感が強く、それ故に孤立した桜姫優希。彼女の唯一の味方だった、御剣総一。

 歪みを持ち育った長沢勇治。両親がおらず、大病を抱えた妹を抱えていた北条かりん。

 多くの悪意に囲まれて生きてきた筈だ。

 自ら積極的に危険や悪意に飛び込もうとしていた、俺とは違い望まずして。

 ……なんだ、俺はやっぱり悪い人じゃないか。

 

「俺達はゲームのプレイヤーじゃない、奴らにとっての駒に過ぎない。その認識こそが、スタートラインだと、そう思っています」

 

『そう……川瀬君。貴方の言いたい事が少し分かったわ、【奴ら】とはこのリアリティショーを執り行っている人間ではない。ショーを見ている側の人間、視聴者……彼等を上手く使えってことね?』

 

「えぇ、手塚はそう言いたかったのでしょう。そして、これでようやく具体的な話を進めることができますね」

 

 青い顔で俺を見つめるかりんの表情を見て、手を伸ばそうとして止めた。

 今は安心させるべき時ではない。

 

 これで前置きは終わりだ。

 全員で生き残る為にどうすべきか、それを話し合わなければならないのだから。 

 これを見ている連中にもちゃんと聞こえるように。



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第十七話 皆で作る物語

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.9:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:5.5:3人の殺害
長沢勇治 :4:4.8:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.4:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗華 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:8.2:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:4.3:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:3.1 :PDAを5個以上収集


 

 

 

 

――――――――――――――

前を見ていても点と点は繋がらない。後ろを振り返って初めて繋がるのだ。だから信じるしかない、その点と点がいつか繋がると。

-スティーヴ・ジョブズ (米国の実業家、アップル社の創業者)

――――――――――――――

 

 

 

 

 人を信じられないという根拠は全員が持っている。

 そして、その記憶を俺が掘り返させた。だから、少し空気が重い。

 いじめたい訳じゃない、信頼に傾いてた皆の思考をフラットにし、真実に向き合う為の処置となる。

 俺だけでクリアできるなら皆を巻き込みたくない、これは散々一人で抱え込むなと言われた俺なりの誠意だ。 

 

 必要な事だが、全員の思考と心の整理の為に時間を置く。

 そして、俺自身も考える。

 

 ……俺は間違った事をしているのかもしれない。

 知りすぎた場合、このゲームから解放されるんだろうか?

 俺1人で推理して、解決策だけ提示するのが正しいのではないか?

 かりんにあんなに怒られても何度だって思ってしまう。

 俺のこれは……もしかしたら、皆を日常に返せなくさせるかもしれない。

 こんなゲームに参加してしまった時点で今更かもしれないが。

 

 沈黙を破るように勇治が口を開いた。

 

 

「これが、ショーなのは分かった。何度も行われているという証拠はある。ゲームが始まった時はそこまで考えてなかったけど、間違い無く人間がやってるというのも納得した。……で、何者がやってるかに関しては進矢兄ちゃんは当たりはつけてる?」

 

「当然の疑問だな。それに関しては想像はしてるけど、今考える必要はないと思う。具体的に言うのであれば、6階に配置されている武器を用意できる存在は何者か? で消去法で絞れるんだ」

 

 

 現時点であんまり良い想像ができないんだが、明言は避けておく。

 今まで信じていた日常が何だったのやら、今ではもう分からない。

 俺の中で社会に対する不信感がやばい。

 

 幸か不幸か、他の4人はそれよりも此処にある武器の事が気になるようだ。

 

 

『……3階で拳銃なんだろう? 6階の武器なんて、想像したくもないんだが……』

 

「凄い兵器って……1秒間で50発とか、そう言うやつ?」

 

 かりんが心配そうに言う。

 拳銃レベルならとにかく、本格的なミリタリー知識は専門外だ。

 思う存分破壊活動したら気持ちよさそうだな、と思ったのは秘密にしておこう。

 

『絶対、私達に扱えないでしょ』

 

「一瞬でミンチになる……核兵器のような相互確証破壊はこのゲームじゃ無理でしょうね。だから、低階層での決着を急いだんですが」

 

「相互確証破壊って何だ?」

 

「お互いにお互いを滅ぼし合う武器を持って、戦争を防ぐ冷戦構造の仕組みだよ勇治。撃たれても確実に相手を殺せるという状態になければ成立しないし、一歩間違えれば人類全滅するけどな」

 

 そんな世界情勢が俺達が生まれるすぐ前にあった。

 こんなゲームが存在してる時点で、俺の世界史知識も信頼できなくなってきたんだが。

 武器の危険性を考えると『Q』とか『J』のような、ゲーム終了ギリギリまで生き延びる解除条件の人は、最終階までに敵全員皆殺しにするのは十分ありな選択肢に思える。酷い話だが。

 

『私達に例えるなら、郷田さんとも渚さんとも早めに決着をつけたいところね』

 

「休んだ後にね。では、落ち着いた所で、そろそろ具体的な話をしましょう」

 

『実際問題、俺達全員で生き残る方法があるのか? 申し訳無いんだが、俺としては優希と合流してから、考えるつもりだったから……ノータッチだった』

 

「大丈夫……とは言えませんが、希望は提示できます。まずはおさらいから、ルール5・6を御覧ください」

 

 人差し指をこめかみに当てながら、自分の中で纏めた情報を整理する。

 これから行うのは、あくまで考え方の一つの例示だ。

 希望は所詮空想だ、形にするのは俺達全員で。

 

 

【ルール5】

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

【ルール6】

開始から3日間と1時間(73時間)が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。

 

 

「全員が知ってる通り、進入禁止エリアが徐々に広がる仕組みになっています。『Q』と『J』の解除条件が『2日と23時間の経過』になる為、そこまでは6階は問題無いと考えられます。【2日と23時間】から、【3日と1時間】まで、極論、最長二時間進入禁止エリアを生き延びれば勝利者になれますね」

 

「お兄ちゃん。理屈は分かるけど、不可能な点に目を瞑れば……って奴じゃないかそれ?」

 

『そうね……少なくとも、私と川瀬君で最初の人を助ける為に、頑張ったけど何分も持ってないし……助かる仕組みになってないんじゃないかしら?』

 

「そう、まともにやれば生きて帰れないでしょう。ただし、【本当にルール通り】なら、俺は勝利者になる自信があります」

 

「進矢、それって本当!?」

 

 

 不審そうな表情を浮かべる勇治に、パッと明るい表情を浮かべるかりん。

 嘘はついてないけど、話は最後まで聞きましょう。

 でも、こういうところがかりんの良いところかもしれないので、複雑な気分だ。

 

 

「どういう流れで警備システムが作動するか考えてみました。桜姫先輩、最初の犠牲者――漆山権造氏の首輪の状況を覚えてますよね?」

 

 トントンと人差し指で首輪を叩いてみせる。

 尤も、PDAの向こう側には見えないだろうが、なんか格好良いのでやりたくなってしまった。

 身振り手振りを交えるのは推理の基本なので仕方ない。

 

『え、えぇ……確か赤いLEDランプが発光していたわね』

 

「つまり、ルール違反を行った場合、違反信号が首輪から発せられ、警備システムが作動。首輪から発せられている信号から、ルール違反者を認識する。警備システムがルール違反者を殺害する。ルール違反者の死により、首輪の信号が停止。以上、ルール違反が発生した場合の4プロセスだと考えられます」

 

「誤作動とかがあったら洒落にならないもんな。となると、進矢兄ちゃんの言いたい事が分かってきたかな」

 

「ほうほう、続けてくれ」

 

「プロセスの一番目か二番目、信号さえ抑えてしまえば事実上、ペナルティを抑えたのと同じってこと!」

 

「正解! 補足するなら、電波を吸収する金属は俺も詳しくないけど、【首輪探知機能】と併用して検証していけば、完全に遮断できると睨んでいる」

 

 得意げに話をする勇治に満足する。かりんも感心した表情で喜んでおり、安堵の溜め息がPDAの向こう側から聞こえる。

 これが俺のプランAだ。

 ヒントは【首輪探知機能】の存在。そこから、ペナルティの動線を考え、それを止める方法を割り出した。

 電波吸収体に関しては、そこまでの知識はないが、検証できるとは思っていたのだが……。

 

 勿論、これには大きな落とし穴が1つある。

 

『それで、ルール通りなら、という前置きはなに? 手塚の言う【このゲームのルールは絶対じゃない】ということと、何か関係があるのかしら?』

 

「まぁ、気付いちゃいますよね。何故、このプランが駄目なのか? それは、今までの話の流れを考えれば分かるはずです。ヒントはそのものズバリ、手塚の言葉なんですが」

 

 探偵というより教師か俺は、と心中で自分に突っ込みを入れつつ、皆の答えを待つ。

 ……手塚の言葉、か。

 もしかしたら、手塚は俺より踏み込んだところまで届いていたのかもしれない。

 そう考えると惜しい男を亡くしたものだ。

 一方で、あの男が素直に自分の考えを教えてくれるとも思えないのが難点だが。

 

 うーん、と勇治が悩んだ顔から、ゆっくりと言葉を発する。

 

「前にも似たような事を言ったような気がするな。簡単に生きて帰られると……つまらないから、とか?」

 

「端的に言うと、そう」

 

『……つまらないだって!?』

 

「そ、そんな理由で!?」

 

 御剣先輩とかりんの怒りの混じった驚きの声が聞こえる。

 まぁ、この2人はそういう反応になってしまうか。

 難しいな、主観を排し客観的に見ろって言っても、この2人だと持ち味殺してしまうかもしれん。

 いっそ、俺と勇治で考えて、二人には意見が暴走しすぎないように良心回路として動いて貰った方が良いかもだ。

 

『落ち着いて総一、私だって正直腸が煮えくりかえる位怒ってる。でも、今は生きて帰る方が大事よ、こんなふざけたゲームで死なないために』

 

 あ、桜姫先輩、表情が見えなくて言葉は落ち着いているのに凄く怒ってそうだ。

 そんなオーラをPDA越しに感じる。怖い。

 でも、場は引き締まった。桜姫先輩頼りになります!

 厳しい意見を言える人が俺だけだと割と辛いのだ。

 

 

「桜姫先輩、ありがとうございます。話を続けますと、この殺し合いゲームをショーと捉えた場合、凡作や駄作になる事が許されないということです。チートでズルして、全員生還。そんなご都合主義的な展開、絶対にありえないんですよ。だから、俺のプランで進めた場合、エクストラゲームの介入がある。または、首輪作動による警備システムを自動による殺害ではなく、手動による殺害に切り替えてくると思われます……某殺し合い映画みたいに、首輪が爆発するシステムなら、あるいは上手くいったかもしれませんけどね」

 

『じゃあ、絶対に皆で生き残る事はできないの?』

 

「そうではありません。このプランが駄目だと言うだけで、勝ち筋はあります」

 

 すぅ、と息を吸い込む。

 前置きが長くなってしまった。

 かりんを見る、勇治を見る。

 桜姫先輩のルール交換時における理不尽に立ち向かう姿を思い出す。

 御剣先輩の桜姫先輩がいる事をはじめて知った時の必死な姿を思い出す

 

 俺達は全員で生き残りたい。その願いを、自分の推理に載せる。

 部屋にある目立たないように偽装された監視カメラに向かって、宣言する。

 

「全員生存は……ドラマチックでなければならない! これが俺の結論です! 視聴者に全員生還する事を認めさせる、それが絶対条件です」

 

 部屋は沈黙に包まれる。

 上手く伝わっただろうか?

 あるいは、もっと良い方法がどこかに転がっていただろうか?

 いずれにせよ、望む望まないに関わらず、ゲームは盛り上がるように動く筈だ。

 その流れに逆らおうよりは、逆らわずに流されながら全員生存の芯だけを保ち続ける必要がある。 

 

「……館のシステムを利用する、追加ソフトウェアを利用する、ルールを利用する。あるいは、まだ見つけてない追加要素があるかもしれません。そして、郷田真弓と綺堂渚、スミスすらも……名作の全員生還展開を作るという意味では妨害者ですが、ある意味では協力者です。……大方針として俺はこうするしか思いつきませんでした。ここから先はこれから考えていきます。……もしかしたら、桜姫先輩の正義を汚すことになるかもしれません。申し訳、ありません」

 

 見えていないであろう、桜姫先輩に頭を下げる。

 

 全員生還する為に、甘んじて役者として踊りきるという選択。

 そして、ドラマチックであるという事は、イコール困難な道という事だ。

 今更、それに臆す事は無いだろうが、賛同を得られるかどうかが懸念事項になる。

 

「あたしは、最初から言ってる通り進矢を信じてるから!」

 

 横から跳びつくように、俺の腕を掴むかりん。

 信じてくれるのはありがたいけど……ここまで信頼されてると、一周回って罪悪感を感じる。

 これは、俺自身の自信の無さの現れなのかもしれない。

 

『どういう形であれ、私は全員で生き残る事を望んだ。そして、川瀬君はそれを現実的な所まで落とし込もうとしている。感謝しかないわ』

 

『あぁ、解除条件を満たさずに首輪を外す方法はいずれにせよ探すつもりだったが、正直、ここまで考えられなかったと思う。重ね重ねありがとう』

 

「お礼はお二人の生還で良いですよ。これからの道筋は皆でまた後で、考えていきましょう。で、どうした勇治?」

 

 PDAの向こう側の言葉に安心しつつ、今だ返事をしていない勇治の方を見る。

 何やら考え込んでいたので、何か理論に穴があったんだろうかと不安になってきた。

 何だかんだで、コイツは頭が回る方だ。精査しているのかもしれない。

 

 視線に気付くと、ハッとして勇治は答える。

 

「あ、いやさ。3人組を作った時に、進矢兄ちゃん言ってたじゃん。俺達の目標は【楽しんでゲームをクリアすること】【このゲームの真実を知ること】……で、状況に合致するから、やっぱり全ては進矢お兄ちゃんの手のひらの上だったんじゃ……」

 

「ふっ、バレてしまっては仕方な――ってんなわけあるかー! 偶然だぞ!」

 

 その時はその時で真面目に考えて話していたが、そういう意識はなかった。

 偶然にもメンバーの目的を束ねる事が、ゲーム攻略の最適解であるというのであれば、ある種運命的ではあるかもしれない。

 全員、合流が終わったら改めて皆の目標を結集しようと思う。

 

 微笑ましそうな桜姫先輩の声がPDAから聞こえてくる。

 

『ふふっ、本当にしょうがない二人ね。でも、長沢君も……思えば最初に会った時とは全然印象が違うわね』

 

「そう? あー、進矢お兄ちゃんの所為だね。桜姫のお姉ちゃんの為に協力して欲しいって頭下げられまくって……」

 

「さらっと事実を捏造するな!? お前、実は俺の事嫌いだな!?」

 

「でも、彼氏に嫉妬したって言ってたじゃん!」

 

「そこだけ真実言うのやめろ!」

 

 とんでもない事を勇治が言い出したので、慌てて止めようとするが、この場合大声で止めようとする方がアウトである。……反射的に出してしまったのが俺です。

 くっ、長沢勇治、14歳。未だ火遊びが好きなお年頃……絶対に許さねぇ!

 まぁいい、こちとら一度もモテたことがない陰属性。

 こういうのは、最初から一切期待してなければダメージは少ないと経験則から学んでいる。

 故に、自分の失恋すらネタにできる! 

 

 というか、桜姫先輩は今まで何人の男を泣かせてきたか気になるんだけど。 

 何を言おうか思考を纏めると御剣先輩の声が聞こえてきた。

 

『優希と付き合うって、ゲームで会ったばかりのお前には分からないけど結構大変――』

 

「御剣先輩! 恋人にそんな事言っちゃ駄目です! ちゃんと褒めてください! しっかり、捕まえてください!」

 

「なんか変なスイッチ入ったな兄ちゃん」

 

『あー、実はそうなのよ。総一ったら、結構口に出さなくても伝わってると思っちゃうタイプで、ハッキリ言ってくれないのよね。……ちゃんと伝わってはいるんだけど』

 

 やばい、話がグダグダになってきた。

 俺の言いたいことは大体言い終えたから問題無いといえば問題無いのだが。

 それに、二人には二人の愛の形があるんだし、俺が口出しするのも野暮な話ではある。

 それはそれとして、俺の嫉妬ポイントが溜まったので御剣先輩に攻撃は仕掛けるけど。

 

「あーそうだ! 今だから言えるんですが……このゲームがショーだと最初に思った理由って、出会う女性出会う女性、皆美人だったからなんですよね。御剣先輩もそう思いますよね!?」

 

『いや……なんで、そこで俺に振るんだ!? ……コホン、優希が居ると分かってからは、心配で心配でそれどころじゃなかったぞ』

 

『ふふっ、そういうことにしておいてあげる』

 

「むむむむ……」

 

 仲良い事はよきかなかよきかな、と思ってると不満げな声が聞こえる。

 至近距離な気がしたが、俺は言ってないぞ……と思ったら隣に居たかりんだった。

 まさか、かりんが嫉妬勢……?

 ちょっと意外だが、境遇が大変だったから満足に恋愛が出来なかったんだろう。

 頭をポンポンしておこう。

 

「大丈夫だ、かりん。お前は多分、現時点でクラスで2~3人の男子に好かれてるタイプ。女っ気ないと言われてるかもしれないが、かりんなら大体の奴は頑張ればギャップで落とせるぞ。俺みたいに、うっかり恋人持ちの人を好きにならなければな。頑張れかりん!」

 

 かりんが彼氏作ったりしたら寂しくなるが、苦労した分青春を取り戻すべき。

 勇治も難しいが女作れば変わりそうな気がする。

 まぁ成功体験ゼロの俺にアドバイス求められても、失敗例しか教えられない訳だが。

 

 なんて考えてると、かりんが膨れた表情で俺に寄りかかってくる。

 

「進矢は、やっぱり……何も分かってない……」

 

「これは、進矢お兄ちゃんが悪いな」

 

『あー……そういうことね』

 

「……???」

 

 桜姫先輩と勇治はなんか納得してるが、どういうことだ?

 ふむ、もしかして、かりんも恋愛で痛い目を見た事があるのかもしれない。

 それを突っついちゃったとしたら、俺にデリカシーが無いと言うことになるのか?

 うーん……俺の中の北条かりん像とその仮説は合わない気がする。

 

 出力される結論がおかしいなら、入力された情報に抜けか誤りがあったか?

 それとも、人間関係の経験値不足だろうか。

 分からないものは仕方ない、桜姫先輩と勇治が理解してるなら、必要なら教えてくれるだろう。

 

 かりんの頭を撫でながらとりあえず謝る。この距離感は少しずつ慣れていくしかないか。

 

「えー……察しが悪くて悪いな。……で、話を戻しますが、馬鹿みたいな着想点でも、点と点が繋がれば、本質を見抜ける事があるということです。もし、主催者側が全員生還を想定してなかったとしても、状況次第では道をこじ開ける事ができるかもしれません。だから、最後の一時まで考えて考えて考え抜きましょう。俺はここで点を提示しましたが、前提条件が全く異なる生還方法があるかもしれません。一度言いましたが、このゲームで最も大事なことは、諦めずに思考を止めない事です」

 

「……うん!」

 

『あぁ、勿論だ。俺が諦めるなんて、あり得ない』

 

 かりんは小さいながらも力強い返事を返しもたれかかる力を強める、御剣先輩も決意を固めてくれたようだ。

 一方で、勇治は複雑そうな表情をしている。

 ……俺の論理に穴があるなら言葉に出して欲しいんだが。

 

「なんで、そこまで頭が回るのに気付かないんだ……」

 

『そこは総一に似てるのね……』

 

 そして、呆れたような桜姫先輩の声。

 分からない事を分からないままにしておきたくないから、教えて欲しい。

 察するにかりんに聞かれたらまずい話っぽいので、後でそれとなく聞いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 という訳で諸々の情報交換は終了した。

 桜姫先輩と御剣先輩は、JOKERの偽装機能を5回使用した後、爆死した男の首輪を解除した後に合流する事になっている。情報交換で1時間経過して、JOKERが偽装可能になっていたので、実質後1時間だ。

 そして、それまでに俺達3人組でやらなければならない事は、休憩環境を整える事だ。

 かりんの首輪が解除される事で、戦闘禁止エリアはかりんに限り問題無くなった。また催涙ガスグレネードは時間経過で霧散している。それでも極力入りたくない場所である事には違いない。

 しかし、シャワーは浴びたい! ということで出入り口は1箇所の為、入口を抑え、且つエアダクトに廃材等を詰め込み封じ込めを実施する。あとは、戦闘禁止エリアの食事は外と比べてマシな為、調理等は戦闘禁止エリア内でやりたいという事情がある。

 

 ベッドはともかく、まともな掛け布団や枕を戦闘禁止エリア外に運び出し、防衛と撤退が容易そうな場所を探し出し簡単なバリケードを作って寝れる環境を整える。

 どんなに疲れてても、効率よく休む為の努力は怠ってはならない。なんて強がってみるが、かりんが一番頑張っていた。疲労で頼りにならない状態になっているのが、今の俺です。

 勇治? あいつは、俺の持ってた武器や郷田が落とした残弾僅かな拳銃に興味津々になり、俺とかりんで叱ってやったよ。

 

 それはそれとして先程の見逃しについて、それとなく勇治と桜姫先輩に聞いてみたのだが……

 

「あー……僕から言える事は何も無いかな」

 

『本当に必要なら北条さんから言ってくる筈よ』

 

 との事だ。

 二人がそう言うのであれば、知らなくて良い事なのかもしれない。

 殺し合いには直接関係ない事象だろうから、深く考える必要もないだろう。

 御剣先輩も分かってないみたいだしな。

 

「よーし! 一段落! 進矢兄ちゃん! 見張りしながら、エアガン撃つ練習してていいか!?」

 

 そして、大仕事をなんとか終えると勇治がテンション高めにエアガンを手にする。

 ……その為に頑張ってたんだもんな、お前。

 尚、射撃の体勢とかは伝授済みである。

 

「はいはい、そういう約束だったもんな。絶対人に向けんなよ! さて、シャワーだが、かりん。先に入るか?」

 

「あたしは、5人集まった時の為に料理の仕込みしようかなって。進矢、先に入っといて良いよ」

 

「なんか、気を使わせてるようで本当に悪いな。あと、俺と勇治も料理関係壊滅でスマン」

 

「気にしないで、あたしは他に役立てるところがあんまりないし」

 

「そんな事無いと思うけどな。じゃあ料理楽しみにしてるよ」

 

 料理と言えば姫萩先輩の事を思い出すな……あー、結構引きずっている。

 忘れようとしても、制服についた血がほぼほぼ姫萩先輩のものなので、忘れようがないという哀しみ。

 でも、ゲームが終わったらこの制服廃棄されちゃうんだろうか……それもそれで嫌だな。

 

 

 なんて、更衣室に入って鏡を見ながら考える。

 ……溜息、あんまり気分を落としてもよろしくない。

 くだらない事でも考えるか。

 

 このゲームがアニメであるなら、シャワーシーンが初手俺で『誰得だよ!』って視聴者に突っ込まれる奴だろうか。

 ふはははは、桜姫先輩とかりんのサービスシーンなんて絶対に流してやらないぜ! 

 ……ん?

 

 

 何か今、大事な事が頭に過ぎったような……?

 

 

「シャワー室に盗撮カメラあったらどうするんだよ!!!」

 

 ドン! 自分の馬鹿さ加減に一瞬呆気にとられた後、思わず壁を叩きつける。

 一瞬、戦闘禁止エリア内で大丈夫だろうか!? と心配になったが、壁を叩いた程度なら問題無さそうだった。命をかけたレッドゾーンチェックは流石にやりたくない。

 それよりもまずい、シャワー室は罠だ。

 命の危険はないが、人間の尊厳的な意味で罠だ!

 

 制服を着直して、俺は更衣室を出て調理の準備に入っているであろうかりんの元に走った。

 

 

「かりん! かりん! すまん、一緒にシャワー室に来てくれ!」

 

「え、えぇ!? いきなりなんなの!?」

 

「あ、すまん。言葉が足りなかった。シャワー室に盗撮カメラがあるかもしれないから、一緒に探してくれ!」

 

 最初に叫んだ内容で、かりんが顔を真っ赤に染める。

 焦りながら要件だけ口にするのは、誤解を招く奴だな。

 案件が案件なので、俺も少し冷静じゃなかった。反省している。

 

「え!? ……ほ、本当に趣味悪いね、このゲーム」

 

「大丈夫だ、かりん。俺が全ての盗撮カメラを見つけてみせる! ついでに言うなら、戦闘禁止エリア内だが、首輪が外れたかりんなら監視カメラの破壊が可能だ! この為に、首輪を外したと言っても過言ではないな!」

 

「進矢ならあたしの考えつかない用途を思いつくかと思ったけど……これは流石に予想外だよ!?」

 

「ははは……俺も想定してなかった」

 

 驚愕の表情を浮かべるかりんに、俺も苦笑を返す。

 このゲームでリアル探偵知識……【盗撮カメラの発見】を使うチャンスだ! どうして、はじめて実践する場面がこんなところなんですかね。

 複雑な気分もあるが、折角手に入れた知識だ。嫌悪感と同時に、高揚感もある。

 こんな俺だから、他人に理解されず、恋愛とか絶望的なんだろうが。

 さぁ、理不尽と戦おう!

 

「準備は良いか? いくぞ! かりん! このゲームの放送倫理は俺達が守る!」

 

「きゅ、急にテンション高くなったね……」

 

「兄貴は言っていた……『オタクには決して踏み越えてはならない一線がある』と!」

 

 かりんはひたすらに呆れた表情だ。

 殺人ゲームで、放送倫理を気にし出す男……それが俺です。

 普段は表現規制反対派なんだが、リアル女性のサービスシーンは許容範囲外となる。

 一日目の最後の一仕事だ!

 1つ残さず盗撮カメラを駆逐してやる!

 

 

 

 

 頭の冷静な部分は考える。

 ……俺の行動はもしかしたら、視聴者ウケは悪く、全員生還に不利に働いてしまうかもしれない。

 でも、これは仕方ないよな? 

 例え彼等の操り人形だとしても、俺達1人1人には尊厳がある。

 命の為に、魂を犠牲にするのは本末転倒なのだ。

 そこは、決して切り離せない……大切な一線だ。



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第十八話 隠されたモノ

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.4:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:5.0:3人の殺害
長沢勇治 :4:4.8:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.7:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗華 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:8.0:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:4.9:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:3.1 :PDAを5個以上収集



 

 

 

―――――――――――

時はすべての傷を癒すといわれているが、私はそうは思わない。傷は残るのだ。時がたてば正気を保つために皮膚は新しい組織で覆われ、痛みは和らぐ。だが傷跡は残る。

ローズ・ケネディ (104歳まで生きた、ケネディ兄弟の母)

―――――――――――

 

 

 

 

さて、隠しカメラはどこに隠すか。

まずは片方から覗くと鏡、片方から覗けばガラスになるマジックミラーを疑う。見分け方は、直接触って鏡の中の自分の指と直接触れ合えばマジックミラーだ。あとは部屋を暗くして、集中的に光を当てる……この場合はかりんの携帯電話のライト機能で当ててみれば向こう側が見える可能性がある。

 ……はい、アウト。割るのは面倒なので、テープで段ボールでも上に貼り付けておこう。

 ついでに暗闇の中でライトを当てれば、レンズと反射してそこで発見できる可能性がある。また、どう考えても不要なグッズ等カメラが付いている可能性がある備品は全てシャワー室の外に出しておく。

 また、設置場所の定番と言われている排水溝や換気扇から小型カメラを発見。シャワー室に火災報知器がついているのは……どう考えても、カメラが仕込まれてそうだが。少々場所が高すぎる。

 

 どんだけカメラ仕込んでるんだ……。いくつのアングルを撮りたいんだ。高揚していた気分は大分落ちてきて、ドン引きだ。もう、シャワー浴びるの諦めるか??? 

 弱気な気持ちになってくるが、こうなってしまえばもう自棄である。ここで負けていたら、ゲームの全員生還なんて絶対無理だろう。ついでに言うのであれば、俺が不安になってると、かりんに伝播してしまうかもしれない、気合いを入れ直す。

 

 椅子の上からかりんを肩車して火災報知器をかりんに金槌で破壊してもらう。……ごめん、女子中学生の重量舐めてた。あるいは、俺の体力がもうほぼほぼ尽きているからだろうか、足の感覚が無くなってきている。万が一、ここで倒れたりするとまずい、全身全霊でかりんを支える。

 

「うおおおー! まだか! かりん!」

 

「も、もうちょっと待って! うん、終わった! 大丈夫!」

 

「OK! ゆっくり、降ろすぞ……!」

 

 震えはじめる足をゆっくりと降ろして、かりんを降ろした後に力尽きて地面に四つん這いになり息を荒げる。

 重い、辛い、重い、辛い、重い、辛い……俺は何をやってるんだろう?

 知識として、カメラの設置場所の定番は知っていたが、マジで隠されているとは思わなかった。主催者達の悪意に涙が出そうだ、全部見つけ出せた自信が全くない。……幸い、数に余裕があるのでバスタオル巻いてシャワー浴びる事を徹底させるしかないか。

 

「ちょっと、進矢! 重いって聞こえてるよ!」

 

「……マジ? ごめん、疲れで本音が……ってあ」

 

「本音って何!? そんな事言ってるからモテないんじゃないの!?」

 

「返す言葉がねぇ……」

 

 普段、コミュニケーション時には言葉を選ぶのに頭を大分使っている自覚があるが、今はもう脳みそ空っぽで喋っている気がする。なので失言が多いのは仕方無い……嫌われたらどうしよう。

 いや、かりんを下の階に降ろさせるには嫌われた方がいっそ良いんだろうか?

 

「……あ! 今のはちょっと、アタシの方がデリカシー無かったかも! ごめんごめん!」

 

「あ、いや……こういうのって気を使われた方が地味に辛いというか……って、かりん?」

 

 四つん這いでダウンしている状態の俺の頭が、温かいもので包まれる。何だろうと思えば、女性の良い匂いがしてきた。つまり、上半身の部分を正面から抱きしめられている。そして、頭を撫でられている。

 ……やばい、ドキドキしてきた。微妙に情けない気がしなくもないけど。

 

「進矢ってさ、何か見てるとアタシの妹のかれんを思い出すんだよね。一番辛いのは自分な癖に、周りには何でも無いように振る舞ったり、笑顔で大丈夫だって言ったり。弟ができたみたい」

 

「え、ちょ……姉目線!? 普通逆じゃないか!?」

 

「進矢なんて、出来の悪い弟で十分だよ! 何度言っても聞かないから。アタシはかれんにだって何時も思っている。弱音を吐いて欲しい、愚痴を言って欲しい、恨み言を言って欲しい……我儘を言って欲しい。全部受け止めるし、受け止めたいから。……それともアタシってそんなに頼りにならないのかな?」

 

「頼りにならない、とはちょっと違うと思うが……」

 

 かりんの弱音を聞き、点と点が繋がった。

 つまり、かりんは無茶を繰り返す俺を妹と同一視し、弟扱いしているという事だ。首輪が解除されても戦闘禁止エリアに行く事に同意しなかったのも、散々命を蔑ろにする俺に対して怒った事も、やたら俺にくっついてくるのも全部これで説明できる。 謎は全て解けた!

 気付いたであろう桜姫先輩と勇治が言い淀んだのも分かる、俺だって言えない。こんな真実。

 

「心配させたくないっていうのは分かるの。言葉にしたって何も解決しないことも……アタシが何もできないってこと――」

 

「はい、ストップ。かりん、ストップ! 1人で考えを悪い方向に進めてるのはお前だ! 妹の方は伝聞でしか知らないが、俺が思うにお前達姉妹は似た者同士だよ!」

 

 話の流れが悪い方向に進んでいるのを察知した俺はかりんの腕を引き離す。改めて向き直ると今にも泣き出しそうな表情をしているかりんと眼が合う。思わず眼を逸らしたくなるが、なんとか見つめ返す。

 

 ……思うにかりんは今自信を失っているのではないか?

 

 頭脳担当は俺や勇治、桜姫先輩が担当している。

 戦闘は、男性陣が頑張るだろう。

 精神的な支柱という意味では、桜姫先輩が強いし、そんな桜姫先輩を御剣先輩が支えている。こっち3人は俺が担当。 

 考え直せば、チームにおけるユーティリティプレイヤーである俺の負担が重く、かりんが心配になるのも分かる。

 決して蔑ろにしているつもりはなかったが……かりんの正義感や責任感を考えれば、もっと頼って欲しいと思うのも無理はない話だ。ゲームに役に立つかどうかが、人間の価値を決定する訳ではないが、俺が逆の立場だったらもっと気に病んでしまうかもしれない。

 

「かりん、俺はお前の事を尊敬している。大した姉貴だと思うよ。でも、全てを話してないのはお互い様だ。お前だってこのゲームは怖いだろう? いや、ゲームの前からそうなのか……両親を喪って病気の妹と二人っきり、そんな状況でお前は妹に弱音を吐いたか? 不安にさせないように気丈に振る舞っただろう?」

 

「それは……そうだけど……」

 

「かりんの妹だって、かりんの弱音を聞きたかった筈。はい、証明終了」

 

「むぅ……あたしは、間違っていたって言いたいわけ?」

 

 膨れっ面を返すかりん。

 偉そうな事を言っているが、そこまで思い詰めるような大切な家族がいないので想像でしかない。ただ、例えば俺が両親と兄を喪って、重病になった弟と二人っきりになったと考えれば、かりんのように気丈に振る舞えるだろうか? 答えは否だ。そこは自信を持って言い切れる。

 人間として、或いは兄として姉としての話なら、圧倒的にかりんの方ができてるだろう。その気持ちを乗せて俺は喋る。

 

 

「ところがどっこい、そうでもない。立派な姉だよ、かりんは。……ただ、かりんが妹に抱いてるのと同じ感情を抱かれていただろうってだけ。はい、かりんにとって妹のかれんさんはどういう人?」

 

「……それは……世界で一番大切で、自慢の妹……だけど」

 

「そう……向こうもきっとそう思ってる筈。で……それでも気になるならゲームが終わって、病気が治った後にその辺また話し合えば良い。うん、ゲームが終わった後にやる事が増えたな」

 

「何か……丸め込まれた気がする」

 

「丸め込んだからな」

 

「あっ! 酷い!」

 

 涙が零れそうだったかりんの瞳が、冗談めかして怒りを表す表情に変わる。……少し安心した。

 今までの会話から考えるに、かりんはもしかしたら、自分が姉として頑張らないといけないという使命感で、2人ぼっちの世界を乗り切っていたのかもしれない。

 そう考えると、精神的に一杯一杯になるこのゲームで、姉ぶろうとするのも分かる話だ。……弟扱いには納得いかないが、2日間くらいは我慢してもいいかという気持ちになってくる。

 

 

「そこまで言うんだったら、責任取って、あたしの弱音吐く練習に付き合って! あと聞く練習の為に進矢も弱音吐いて!」

 

「逃げ切れなかった……」

 

「やっぱり! 逃げるつもりだったんだ!」

 

「ははは、冗談だよ冗談」

 

 どの道、かりんとは2人で話さないといけない事があったので、俺としては否はない。話す内容が重いので避けたかった気持ちはあるが、避けてはいけない話でもある。

 お返しにかりんの頭を撫でる。

 罪悪感が胸を満たす。そう思うのは複雑な理由があるが、少しずつ分かってきた。それを言うのは正しいのだろうか? 結局の所、俺はかりんの事を信じ切れていないのだ。彼女は最初から俺を信じてくれてるというのに。

 向かい合うのに耐えきれなくなった俺は、壁に寄りかかって座ると、かりんは横に座った。

 

「ねぇ進矢、どうすれば、桜姫さんみたいに強くなれるのかな……」

 

「ブッ……!? 急にどうした?」

 

「だって、あたしって2人に守られてばっかりだけど……桜姫さんは進矢も頼りにしてるし、信じ合ってるのが分かるから」

 

「別に、かりんにはかりんの良いところがあるだろう? 良いところだけ吸収していけば良いじゃないか」

 

「……それは、そうかもしれないけど」

 

 不満げなかりんの頭を撫でる。

 かりんの気持ちは分かる。本質的に彼女は、正義感・責任感が強い人間だ。だから、少しでも力になりたいんだろう。

 ……その対象が俺というのはなんともむず痒い話ではあるが。

 

「大丈夫だかりん。それは皆が感じてる事だよ、もっと力があれば……俺だってもっと多くの人を助けられたかもしれない。でも、その悔しさは次に活かせ、今は……今持ってる物で戦うしかない。頼りにしてるよ、かりんお姉ちゃん」

 

「その言い方、逆に馬鹿にしてるように聞こえるよ」

 

「人を弟扱いするからだ」

 

「むむむ……本当に頼りにしてる?」

 

 かりんの瞳から懇願の表情が窺える。

 どうしてここまでやってくれるのやら俺には分からない。

 かりんといるとどうにも……俺が悪い人である事を再認識せざるをえない。

 

「全く、大したお姉ちゃんだよお前は。それに、かりんが居なくなったら俺と勇治が暴走した時、誰が止めるんだ?」

 

「いや、それは自分で止まりなよ……」

 

 かりんは表情を変化させ安堵と呆れが入り交じる。

 真剣な表情をしたかりんといると、心が締め付けられ、逃げてしまった。

 彼女の純粋さは、俺には辛い。

 

「で、進矢の弱音はなに?」

 

「誰かが死ぬことが怖い」

 

「あ、今……誤魔化したね」

 

 無難に先程言った事を繰り返そうとするも、かりんはからかうような笑みを浮かべ見透かした。

 

「嘘はついてないんだけど」

 

 前にも言ったようなこの台詞、明確に嘘をつくのを無意識レベルで避けているのは俺の癖のようなものだ。

 

「進矢は隠し事が下手なんだよ。かれんの方が上手いよ」

 

「俺、そんなに分かりやすい?」

 

「よく見たら、癖とかすぐに分かるよ」

 

 マジですか……自分でも知らなかった哀しい真実。

 普段、人とある程度一線を引いていた所為だろうか、自分でも知らない癖が沢山あったらしい。このままだと、俺より皆の方が俺の事に詳しくなる疑惑がある。

 

「凄く恥ずかしい、今後の教訓にしよう」

 

「次は上手く騙そうって!?」

 

「勘弁してくれ、俺だってできるだけ隠し事無しにしたいの!」

 

 かりんの鋭い目線を受け止めつつ、なんとか眼を逸らさずに見つめ返す。

 どうして、ここにいる女性は皆……俺と向き合おうとしてくるのだろうか。そんなに俺が、後ろめたい事を隠してるように見えるんだろうか……隠してるけど。

 

「分かった、信じるよ。それで、その話は私を何度かチラチラ見てたのと関係ある?」

 

「かりんの距離が近すぎるからだよ! というのもあるが……正解でもある」

 

 一般的に社交的な人間な程、パーソナルスペースが狭く、男性より女性の方がパーソナルスペースが狭い傾向にあるらしい。そして、パーソナルスペースに侵入されると俺はバグる。具体的には、嫌でも自分と向き合ってしまう。

 勿論、相手がかりんだから……というのもあるかもしれないが。

 

「へぇ、女の子扱いしてくれてるの?」

 

「お姉ちゃんが過保護過ぎて、反抗期になる弟の気分を味わってるんだよ」

 

「あたしが居ると負担ってこと!?」

 

 かりんの表情にわずかに怯えが混じり、俺の服の裾を握られる。

 だが、その言葉はある意味で確信を射ていた。

 悪い意味だけではないのだが。

 

「負担ではあるけど、負担であるって事は悪い事だけじゃない。ここに来て始めて知ったよ、俺は普段……それから逃げていた。だから、本当に分からない事が1つある」

 

 自立という言葉に逃げて、1人で生きようとしていた。

 本当は1人が寂しかった筈だ、少なくとも今は寂しいと思う。

 同時に、隣にある温もりを得た事による失う恐怖が常に俺を苛んでいる。

 違う、それもあるが……もっと、別の恐怖だ。

 

「かりんがどうして俺を信じてくれるのか、幾つか考えてみた。それで、思ったんだが、もしかりんが俺の賞金分担案を起点とした信頼なら、俺はかりんを騙してる事になるんじゃないかと思って」

 

「え、なにそれ……そんな事で悩んでたの!?」

 

 かりんの表情が驚きと呆れが混じった表情になる。

 ……俺だって、自分がどうしてこう思うか分からない。

 かりんの信頼が、失望に変わる事が怖い。

 それでも思わずにはいられないのだ。

 ――すなわち、かりんが信頼しているのは、かりんの中での想像上の俺であって、本当の俺ではないのではないか? ということに。

 

「だって、あれ位の事……誰だって言えるだろう? このゲーム中なら、桜姫先輩、御剣先輩、姫萩先輩……あとは、伝聞だけなら葉月さんって人も言えるだろう。当たり前の事だから、俺はかりんにそんなに信じて貰えるに値する人間じゃない。それを、最初にちゃんと言っておきたかった」

 

「……進矢って、やっぱり馬鹿でしょ」

 

「馬鹿で悪かったな」

 

「だって、そんなことで悩んでると思わなくて……」

 

 かりんの表情が心配に染まるのを確認し、試し行動という言葉を思い出す。

 子供が親の愛情を確認する為、恋人が愛情を確認する為にわざと相手を困らせたり試したりするという行動だ。これは、主に相手を信じてないから発生する行為である。子供から親に行う事は健全だ、でも恋人同士で試しすぎると多くの場合は破局の道まっしぐらとなる。

 では、何故大人になって、試し行動を行うのか……?

 それは相手を信じられないトラウマがあるからだ。

 他ならぬ、俺自身に。

 

「かりん……根拠はそれだけじゃない。俺が最初に積極的に動けたのは、桜姫先輩に乗っかっただけだ。だから、桜姫先輩に会えなければ、かりんに会えなかっただろうし、もしかしたら見捨てていた可能性もある。殺し合ってた可能性もな」

 

 俺は、桜姫先輩を助けたつもりだった。

 だが、本当は融通が利かなくて、虐められていた小さい頃の自分を助けていた。

 当時、誰も助けてくれなかった事の代償行為。自分の意志で動いてたつもりで、結局の所深層意識に行動を支配されていた。

 

 そして、未だに俺は過去に囚われている。

 だから、恐怖している。

 隣の少女にいつか裏切られるなら、失望されるなら……せめて、今、失望されたいと心のどこかで本気で思っている。

 

「最後の根拠として、かりんは『外だと誰にも助けて貰えなかった』って言ってただろう? 俺だって、このゲームの中じゃないとお前を助けられない、外でなら助けようともしなかっただろう。だから、俺はかりんが外で出会った連中と何も変わらない。変わらないんだよ、かりん」

 

 言葉を続ける内に、少しずつ息が荒くなり、動悸が激しくなるのを感じる。

 かりんの表情を確認するのが怖くなって眼を伏せる。

 昔と比べて強くなったつもりだった。

 事実、推理力やら殺人ゲームのクリアとか要領よく生きるとか、そういう表層的な強さは昔と比べて段違いだ。

 

 だが、人間としてはどうか?

 誰かを死なせたくないから、自分の命が惜しくない? 本当に?

 違う。

 死ねばこれ以上、誰かに裏切られなくなる。

 相手の中で、かりんの中で桜姫先輩の中で神格化され、失望される事もなくなる。

 それは、死ぬよりも怖い事だと無意識レベルで感じていた、度し難いことに。

 

 目を逸らしている間に、横にいた筈のかりんは正面に移動していた。

 

「……進矢ってさ、あたしの事嫌いだったりする?」

 

 のぞき込むような眼で、感情を映さずにただ見つめてきた。

 

「嫌いじゃないよ」

 

 短く答える。

 かりんが何を考えているのか読めない。

 

「うん、分かった」

 

 そして、かりんはゆっくりと近づいて俺の事を抱きしめた。

 あやすように頭を撫でられる。

 

「……かりん?」

 

「あたしはさ、ずっと見てたよ。進矢の事。あたしたちを励ましたり、ずっと考えてたり、悩んだり。自分がボロボロのくせに助けに来たり……死んで欲しくないって言ったり。酷い解除条件を引き当てて、怖いはずなのに」

 

「……」

 

 先程のかりんとはまた違った小さく、力強い声。

 まるで妹か弟をあやすかのような声。

 聞きながら、愕然とする……かりんの身体の小ささと、それと比較にならない力強さに。

 

「そんな進矢が、桜姫さん……に会うか会わないかで、大きく何かが変わるとはあたしは思えないよ。もっと、自分を信じてあげてよ。進矢が何に苦しんでるか、あたしには分からないけど」

 

 ……心が苦しい。

 無意識に、かりんの身体を抱きしめる。

 同時に、話をしていないのに、自分の心に気付いてくれる事が無性に嬉しかった。

 

「それに、進矢は外の大人と一緒じゃないよ。それとも、もしもこのゲームで賞金が出なかったとしたら……進矢はあたしを、見捨てる?」

 

「見捨てない……見捨てるわけないだろう」

 

「うん、だから……あたしは進矢を信じてる。もし、進矢が自分の事を信じられないというのなら、あたしが進矢の分も進矢を信じる。進矢は、間違えるし自分の命を大事にしないけど……何時も皆の事を第一に考えてくれてる。そこは信じてるから」

 

「――ぁ」

 

 気付かない内に眼の中に涙が溢れている。

 本当は、本当は……気付いていた筈だ。

 俺はかりんの信頼が怖いと思うと同時に、その信頼こそが最も欲しかったものである、と。

 なのに、俺が行った事は信頼を撥ね除け、かりんは事情も分からず気持ちを汲んでくれた。

 

 この中で愚かな人間が居るとしたら、間違い無く俺であり

 

「……あれ、俺、なんで――」

 

「良いよ、進矢。喋ってくれて、ありがとう」

 

「あ……くっ、かりん……ありが、とう」

 

 

 受け止めるかりんは、慈愛に満ちていた。

 

 ずっと、ずっと……誰かの信じてるって言葉が聞きたかった。

 誰かの為に戦う自分を、認めて欲しかった。

 1人だけじゃなくて、皆で理不尽に抗いたかった。

 

 その後、とめどなく感情があふれ出し、年下の女の子に小学生ぶりである大号泣をすることになったのであった。



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第十九話 帰るべき日常

 

 

 

 

――――――――――

お伽話はドラゴンの存在を教えるものではない。そんな事、子供たちは知っている。ドラゴンを殺すことが出来るとお伽話は教えるのだ。

G・K・チェスタトン (英国の作家)

――――――――――

 

 

 

 

 シャワー室に静寂が支配する。

 防音が効いているのか、2人の吐息と心音しか聞こえない。乱れた心拍は徐々に落ち着いてきた。

 落ち着いたら落ち着いたで、別の現実に向き合わなければならないのだけれども。

 

「どうして、分かったんだ」

 

「……何が?」

 

「俺が言って欲しい事とか」

 

 ひとしきり泣いて冷静になった俺は、恥ずかしさと情けなさが同居するなんとも言えない心境になった。

 ……それを誤魔化すように、いつの間にかかけがえのない存在になりつつあるかりんを抱きしめながら疑問をまず言葉にする。

 かりんの顔が見れない。

 

「昔、かれんが……あたしに嫌われようと色々やってた事を思い出してね。その時のかれんに雰囲気が似てたから」

 

「……凄いな、かりんは」

 

「大した事は無いよ。ただ……あたしは、それしかできないだけ」

 

 自分の死を悟り、相手を悲しませない為にわざと嫌わせようとする手法か……本心ではないので、大事な人なら看破されるだろう。

 経験値の差により、見事に見破られてしまったわけだ。全く……頼りになる。

 

「これはもう、かりんを今後は女の子扱いはできないな」

 

「それ、どういう意味?」

 

「立派な大人の女性だってこと」

 

 格好良いこと言ってるように聞こえるだろう?

 相手が年下の女の子だと恥ずかしいから対等だと思って、恥ずかしさを薄れさせてるだけなんだぜ? 

 ……かりんならバレてるかもしれない。

 

「ようやく、あたしの魅力に気付いた?」

 

「気付いてたと思ってたけど、低く見積もっていたようだ」

 

「なーんて、進矢もあたしを過大評価し過ぎ。本当に大した事はできないから」

 

「誰かを精神的に支えるって事は大した事なんだよ、少なくとも俺にはできないからね」

 

 パーソナルスペースをずっと意識してきたが、今はもうそんな気持ちがなくなっている。完全に入り込まれてしまったというべきか、今では密着距離で安心感を覚えている。

 この殺し合いゲーム始まって以来、一番心が穏やかになっているのかもしれない。思えば最初は高揚感で、恐怖を誤魔化していたんだろうなと今なら分かる。

 

 さて……本題に入るか、今までは前置きだ。

 前置きで思ったより重い話になって、泣いてしまったのは俺のミスです。

 

「で、この流れで言うのもなんだけど。かりんとだけ話したい大事な話があるんだけど……」

 

「え、何それ!? ちょ、ちょっと、待って……まだ心の準備が」

 

「落ち着け。心の準備が必要な話ではあるけど、多分方向性が全然違う」

 

 声がうわずったかりんに何となく考えが読めたような気がして苦笑する。

 いや、抱き合ってるから、こういう思考になるの分かるけども! ……ちゃんと、ちゃんとこうなってる合理的理由が無くはないから!

 

 恋愛面?

 俺、失恋後は1ヶ月間次の恋愛はしないというマイルールがあります。クールダウン大事……そんな事、考えてる時点で意識はしているのだけれども。

 

「かりんのご両親について……話して、大丈夫か?」

 

「うん、あたしも……聞いて欲しい」

 

「好きだった?」

 

「.……うん。二人共仕事とか、かれんの病気を調べたりするのであたしにあまり構えない事を気にしてた。2人が死んだのって、かれんの治療費に3億8千万が必要って聞いてすぐなんだ……今思えば――」

 

 かりんの髪を撫でて言葉を止める。思わず抱きしめる力を強める。

 湧き出るのは罪悪感だ。ゲームに参加した当初、興奮していた自分を思い出す。ここまで、周到に悪意があって人の人生を狂わせているとは思わなかった。だというのに、彼女を救うには結局はゲームを行っている連中の力を借りざるを得ないのだ。

 

「そっか、大丈夫。そこまでか――ごめんね。かりん……ごめん」

 

「悪い癖だよ……全てを背負い込もうとするの」

 

「直そうとは思ってるんだけどな、時間が許すなら思い出話を沢山聞きたいよ」

 

「うん……あたしも、聞きたいし話したい」

 

 生き残る方法を必死に考えてる筈が、もっとかりんの事を知りたくなってしまう。これもまた、生きて帰る理由が増えたと思っておく。

 それまでは、全力を尽くそう。許されるならかりんがそうしてくれたように、今はまだ細かい事情を知らなくても心の支えになろう。

 

『ゲームの事を話す。これから行われる事を考えて、主催者が何をしてくるか考えたんだ。誰にも聞かれたくないから、今は2人だけで共有したい』

 

『う、うん……分かった』

 

 お互いに抱き合いながら、耳を近づけて小声で話をする。手で身体に浴びない場所のシャワーを出し、雑音を放出し、盗聴されても聞き取れないように工夫する。

 

『エクストラゲームではきっとかりんが主役になる、郷田真弓との因縁を使う気だ。……かりんはどうしたい? できるだけ、尊重する』

 

『あたしは……このゲームが始まった時、このゲームが本当である事を願っていた。それに……あたしにとっては、かれんの事が一番大事』

 

『大丈夫、全部喋ってくれ。迷惑なんてことはない』

 

『お父さんとお母さんも、きっとあたしとかれんの幸せを祈ってると思う。だけど……憎いという気持ちが無いというなら、嘘になる、と思う』

 

 雑音が支配する世界の中で、かりんの言葉を必死に拾い上げる。

 これを残酷な運命と言うには、少々人の手が介在し過ぎた。それでも、かりんに背負わされた運命は、その重ねた年月と小さな身体に比して大きすぎる。彼女を救うなんて大言壮語は言えないが、せめて俺にできる……いや、やりたいことは……。

 

『そっか……約束するよ。このゲームは絶対、俺が終わらせる。どういう決着であれ、郷田真弓に落とし前をつけさせる。……どうしても、殺したいというのなら、止めはしないが、せめて……俺に罪を共有させて欲しい』

 

『バカ、そういう時は止めるものじゃないの?』

 

『明らかに一時の感情ならクールダウンを要求するけど、ちゃんと決めた事なら俺は止めないから』

 

『……あたしは、皆の方が大事だし、進矢に人殺しになって欲しくないよ』

 

『うん、そうだよね。俺もかりんに人殺しになって欲しくない』

 

 不謹慎ながら、殺人を否定したかりんの事を嬉しく感じる。

 法が正しく機能しなければ私刑が横行するらしい。その為に法があり、個人に代って法が人を裁くのだ。だが、このゲームは完全なる治外法権。あるのは個々人のモラルのみ。

 そんな中で残されたモラルは何よりも尊い。

 

 だから、自分の中で浮かんだ懸念を伝えるのが心苦しい。

 俺がこのゲームを主催する側の人間なら、5人の中で誰を裏切らせるか……裏切らせる要素があるか……誰が裏切ったら一番盛り上がるか、それが分かってしまう。

 

『それと、もう1つ……懸念事項を伝えておく。全員生還の為にルールをねじ曲げる事と引き換えに、賞金の剥奪があり得る……かもしれない』

 

『……!?』

 

 かりんの身体がこわばる。

 思うに、このゲームの主催者は命の選別をさせるのが大好きだ。そして……それを誰にさせるか? と問われればかりんだろう。

 

 日常に戻って普通の高校生やってる俺には……訂正、今の仲間全員の力を合わせても短期間で三億八千万を調達する事は絶対に不可能だ。

 だから、最悪の事態を想定し、かりんに心に準備をして貰う必要があった。

 

『その場合、俺の命までならくれてやる。だから、早まった事はするな……痛っ。最悪の場合って意味だぞ、死ぬ気でどうにかする方法を考えるって意味だ。予想してるのと、予想してないのとでは対応が全然変わるからな』

 

『冗談でも死ぬとか言うの禁止……あたしも、早まった事は絶対しない。進矢を信じてるから』

 

 うっかりと禁句を漏らしてしまい、背中をつねられてしまった。もう死ぬ気はないのだが、口癖になってしまったか? 気をつけよう。

 

 ……やれやれ、ここまで期待されてしまえばやるしかないか。

 

 正直賞金に関してはそこまで心配していない。視聴者に配慮したドラマチックな全員生還を目指す事をわざわざ主催者に宣言したからだ。賞金放棄宣言には命を懸けてショー台無しにするストライキ敢行する覚悟である。

 ……死ぬ気はないのでチキンレースになりそうだが。

 

 

「さて、最後に……言っておきたい事だけど」

 

 大きく深呼吸して、かりんを引き離し、彼女の大きな瞳と眼を合わせる。仄かに紅潮した優しげな表情をした彼女を見て、恥ずかしさで一杯になる。顔を逸らしたくなるのを堪え……言葉を続ける。

 

「俺は十分、かりんの優しさを貰った。強さも信頼を受け取った……絶対に皆で生き残って帰るから、1階が進入禁止エリアになったらかりんは降りて構わないぞ」

 

「矛盾してるよ。絶対に生きて帰るなら、あたしが降りたら1人だけ仲間外れじゃん」

 

「ごめん、野暮な事を言った。だったら、ゲームの最後まで俺に付いてきてくれるか?」

 

 更に、強く降りるように促そうとして止めた。

 偽らざる本音を言うのであれば、かりんはこのゲームに参加するまでに十分苦労をしたのだから、ここで苦しむような事にならないで欲しいと思う。

 だが、感情面で言うならば絶対に降りる事を承知してくれないだろう。感情論による言い争いになれば、俺は絶対勝てない……既に証明済みだ。

 理性的に考えれば、下に降りたかりんにだけ、変なエクストラゲームが飛ぶ危険性を否定しきれない為、それならば一緒に居た方が安心なのかもしれないと自分を納得させる。

 

「うん。エスコートお願いね。あたしも頑張るから」

 

「エスコートって、よくもまぁそんな言葉が出てくるな。……分かったよ。そう言われてしまえば直々にハッピーエンドまでエスコートするよ」

 

 

 立ち上がり、座ったかりんに手を伸ばす。

 ぱっと明るい表情を作ったかりんは、俺の手を握って立ち上がった。

 体重的にかりんは軽いと思うが、心情的には重い。まぁ仕方無いか。それだけ大切って事なんだから。

 

 目指すべきハッピーエンドはまだまだ遠いが、なんとかしよう。

 既に頭の中で道筋はできている。

 問題になってくるのが、郷田真弓と綺堂渚の存在。何をしてくるか方向性までは読めても具体的にどうくるかはでたとこ勝負になる。地力で勝ってる相手に対抗するにはどうするべきか……中々難しい問題になるだろう。

 

 ……全く、戦闘力で格上の人間を殺さずに無力化しようだなんて無謀すぎる話だ。女の子の横に居たら格好つけたくなってしまうのは、どうしようもない男の性だな。

 

 かりんへの手を握る力を、強める。

 ゴールへの道は、まだまだ遠い。

 

 

 

 

 

 

「……ふー! スッキリしたー!」

 

 その後、かりんは改めて料理に、俺はシャワーを浴びることとなった。

 シャワーを浴びてすっきりした俺は、服を着替えて更衣室を出ると料理の良い匂いがしてくる。おかしい、この殺し合いゲームは乾パンと角砂糖で乗り越える覚悟だったのだが。

 いや、ありがたいんだけどね。この匂いはカレーっぽい。多人数で食べるには持ってこい、なのか?

 手伝える事があれば、手伝いたいが……邪魔になってもいけないな。そっとしておこう。顔を合わせるのが恥ずかしいわけでは、多分ない。

 

「勇治、そっちはどうだ?」

 

「さっき、桜姫のお姉ちゃんから連絡があって、『6』番の男の首輪解除できたからこっちに向かうって」

 

 襲ってきた男は死後に念願叶って首輪が外れたらしい。彼にとって、何の意味もないだろうけど。いずれにせよ、死者の首輪を外せる事が分かったのは収穫だ。後は、PDAを5個破壊すれば矢幡麗華の首輪を外す事が出来る。これで勇治の首輪収集条件はクリアできるってわけだ。

 

「おっけー、エアーガンの調子はどうだ?」

 

「そっちはバッチリ! 本音を言えば実銃撃ちたいけど」

 

「……銃弾数発しか残ってない拳銃で、練習はできないかな」

 

「仕方無いから、明日を楽しみにしとくよ」

 

 段ボールに書かれた的は見事に中央を貫かれている。才能はあるらしい。

 実銃では反動がある分どうなるか分からないけども。牽制はともかく、人を撃つのはな……うまいこと致命傷を避けるなんて運試しの部分が多そうだ。

 

 さて、勇治の横に立つ。

 大した用事がある訳でも無いが、合流してから男二人になってないのでボーイズトークを少ししたくなった。

 

「俺も楽しみだよ。ところで……勇治は、俺と組んで良かったと思うか?」

 

「急にどうした? お兄ちゃん」

 

「いや、色々と激動の中でゲームの方向性が変わったから、勇治は今楽しめてるのかなって思って」

 

 出来るかぎり話をしながら上手くやっているつもりだが、勇治がどう思っているか分からない。こう……勇治は、アレだ。俺の少年犯罪知識が放っておかさないのである。

 ニュースになるような少年犯罪は犯さなくても、一歩手前の予備軍っていうのは沢山居る。そういう人間を、おそらく組織は情報網から拾い上げゲームの参加者にしているのだ。

 そう考えると、【3人殺し】貰った俺は3人殺すような人間と思われていたという意味で心外だが。

 

「そうだな、用意されたレールじゃなくて、道なき道を切り開く感じで楽しいよ。進矢お兄ちゃんはかりん泣かせすぎだと思うけど」

 

「……!? 聞かれてたかッ」

 

「実際、そこのとこどうなのさ?」

 

「まず誤解を解く、泣いてたのは俺だ。で、どうってどういう意味?」

 

 分かってないなという勇治の顔。

 いや、分かってはいるけど、恋愛面っていう意味なのは。

 ただ……俺の中で、吊り橋効果疑惑があるから、ちょっと心を決めかねてるだけで。

 

「鈍い……女としてってことだよ。正直、人を好きになるってよく分からないんだけど、人のを見るのは面白くはある」

 

「おいおい、勇治。遅れてるな、俺なんて勇治の年齢の頃には一回女の子に告白して玉砕済みだぜ」

 

「自慢して言うことじゃない!?」

 

「0戦0敗より、1戦1敗の方が男らしいじゃないか!」

 

 まぁ、その時の俺は相手がどうこうというより恋に恋してた面が強いと思うけど。作戦も何も無かったし、痛い思い出だ。相手は俺より強い剣道部の女の子で、性格的には気が強かったしちゃんとしてた……桜姫先輩寄り? 

 俺は強い女性が好きらしい。

 しかし、かりんに気付かされたけど、今思えば俺に恋愛は難しかっただろう。自分の片想いの間は気にならないけど、相手から好意を向けられると人間不信で萎縮状態になるって俺自身知らなかったし。仮に告白成功しても長続きしなかった気がする。

 

「敗北を恐れないのは……男らしい、のか?」

 

「ハハハ、まぁ恋愛どうこうはこのゲームが終わってからゆっくり考えれば良いんだよ。こんな場所じゃ、どうせ冷静な判断はできっこないし」

 

「……向こうは絶対そう考えていないような? まっ、俺には関係無いか、好きに弄っておくよ」

 

「馬に蹴られないように気をつけて」

 

 悪戯っぽい笑みを勇治が浮かべる。

 思い返せば、勇治はちょくちょくやらかそうとしていた気がする。そう考えれば、確かに俺は鈍い……というか無意識に思考から除外していたな。まぁ勇治が楽しめているなら良いか、楽しむ部分を間違えてる気がするが。

 

 あんまり踏み込み過ぎない程度に、もう少し根幹に踏み込んでみよう。

 

「じゃあ、勇治……ゲームは置いといて、日常生活はどうだった? 家とか学校とか」

 

「うげ、それ聞くのか……進矢お兄ちゃんは良いよな、楽しい兄ちゃんが居て」

 

 話題を振ると勇治はしかめっ面をした。

 俺もあんまり学校が好きというわけでもないので、それ以上に酷そうな勇治の気持ちは大体分かったような気がする。

 

「その答えで十分分かった。俺も似たような感想を抱いてたんだけど、結局のところこのゲームが終わったら日常に帰らないといけないわけだ」

 

「そうだな、まっ……帰ったら賞金たんまり貰えるわけだし? 暫く好き勝手遊ぼうかなって思ってるよ」

 

 あんまり楽しく無さそうな表情で勇治は言った。

 もし、このゲームに参加しなければ……多分俺も似たような状態だった気がする。

 

「あー、その事なんだけど、進矢お兄ちゃんのありがたいお言葉を聞く気はない?」

 

「……げ、説教でもするっていうのかよ?」

 

「違う違う……このゲームに対する考え方の話。こう例えるのはちょっと、抵抗はあるけど」

 

 折角、このゲームで勇治に知り合えた訳だし、お節介ながら彼の生きて帰った後の事が気になり始めてきた。皮算用なのは確かだけど、健やかに育って欲しい。

 そういう時にまた兄弟の力を頼るのは恐縮だが。

 

「児童文学で日常に問題のある子が、ひょんな事からファンタジー世界に冒険して、成長して日常に帰るという黄金パターンがある」

 

「そんな子供っぽい本読まないんだけど」

 

「結構名作あるからオススメだぞ。それで、ここで大事になるのは内面の成長だ。例えば、このゲームで得た銃や賞金で、家に帰っていじめっ子なり気にくわない奴に報復したとして強くなったと言えるのか?」

 

「ぐっ……言いたい事はなんとなく分かったよ」

 

「このゲームにそれを当てはめるには血を流しすぎたけれども、勇治に宝籤にあたった人みたいに破滅しないで欲しいんだよ。ズルしてチートして、日常が上手く行くわけないんだから」

 

「それも、進矢お兄ちゃんの兄貴の教えって奴?」

 

「残念、俺の弟の方だ。ちなみに兄貴の方はズルしてチートしたいっていつも言ってる」

 

「お、おう……台無しだな」

 

 良い事を言おうとしたつもりが、オチをつけてしまった。

 考えてみると弟にはいつも迷惑をかけているな。帰ったら優しくしてあげよう。

 

 弟が力説している場面を思い出す、某有名児童ファンタジー小説のコンセプトが大体そういう感じなのだ。

 安易に力を求める小説が多すぎるんだと、表層はそこではなくて大事な根幹を大切にしろと……趣味があんまり合わない弟が言っていた。

 ……俺? 俺はミステリーが一番なので、中立だけど。

 人間としてまっとうなのは弟の理論だな。

 

「ともあれ……いじめっ子に対抗できる精神性だったり、理不尽に立ち向かい意志だったり、色々な考え方に触れて勇治は勇治らしく成長して欲しいと……自称兄貴分の俺は思うわけなんですよ」

 

「ハァ……お兄ちゃんはお兄ちゃんで真面目だな。それと……自称は要らねぇよ」

 

 勇治は溜息を吐いて、諦めたように呟くのであった。

 

 

 

 

 その後、勇治からエアーガンを受け取り、勇治はシャワーを浴びて貰う。

 俺はと言えば、戦闘禁止エリアの入口前に座り込み、銃弾を掠めてた腕に包帯を巻く。シャワー浴びた時に痛くて痛くて仕方無かったのだ。

 『銃創』って漢字で書けば格好良いし、弾丸で撃たれた痕って考えれば日常では考えられない凄い事ではある。結果さえ伴えば立派な男の勲章だったんだが……残念だ。

 

 さて、考えよう……見張りという名の考察タイムだ。

 考えるべき内容はやはり、残された主催者側の人間二人だ。どうせ真っ向勝負で勝ち目はないんだ、となると得意分野で勝負するしかない。すなわち、考えて考えぬくことだ。

 

 思考の海に沈んで暫くした後、戦闘禁止エリアの中から声が消えた。

 

「あ、進矢! 料理できたよ!」

 

「おっけー! こっちは二人も2階に上がってきたらしい、首輪探知の結果によると綺堂渚と郷田真弓は3階に上がってるっぽい。暫くは安全だな。配膳、手伝っておくよ」

 

 奇襲はなし……最低限警戒していたが、ここからさらに人数減らせば俺達の勝ち目は薄くなる。このゲームがショーであれば、3日間の戦いを演出しなければならない。だから、短期決戦過ぎるのも困るだろうという判断だ。

 また、結果が分かりすぎているショーというのも面白くない。ある程度、戦力の均衡は必須となる。……ただでさえ熟練度の差があるのだから、人数差を削る事はないと考えた。

 

 シャワーの音は止み、更衣室からは着替えている音。

 

 ……全員集合か。

 

「スミスく~ん、5人揃ったら出てきて欲しいんだけど。俺達は全員生き残りたい、お前達はショーを盛り上げたい。win-winな関係でいれる内に、話し合いたいと思うんだけど……そこのところどう思ってるのかな?」

 

 このゲームが強者が弱者を一方的に殺戮するものではないことは把握済みだ。郷田真弓と綺堂渚の言動が証明している。だから、カモフラージュされた監視カメラに向かって俺は話しかけた。

 

 正直、スミスとの交渉で全員生還作戦は上手く行くわけがないとは思っている。

 でなければ、スミスのベースを旅人を迷わせるジャックオーランタン以外にしているだろう。

 

 では、何故呼びかけるか?

 

 どう動くか分からない郷田真弓と綺堂渚の行動を制限したいからだ。あの二人に勝つには、まず盤面のルールを整える必要がある。 ルール無用で戦えば、俺達の負けは必至であり当然の処置だ。

 

「また、悪い事考えてる」

 

「それは違う、と思うぞ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべたかりんに指摘された。

 失礼な、悪巧みは苦手な方だよ。

 今やってるのは、既に見つけた要素からできるだけ勝ち筋を広げようとしている作業だ。

 

「その表情、あたしは好きかな。でも……他の人の彼女に色目使ったら駄目だからね? 分かってる?」

 

「正論過ぎてぐうの音も出ない……」

 

 かりんが少し顔を赤らめつつ、からかうように言う。

 その言葉にドキリとして、自省の念が芽生えてくる。

 

 色々分かりやすかったというか、隠す余力があまりなかった為、桜姫先輩への好意がバレバレだったようだ。

 人間関係って難しいね!

 嬉しい悲鳴なんだろうけど。



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第二十話 トリック・オア・トリート

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

ハロウィーンは楽しくもなんともない。この皮肉な祭りには、子供たちの大人に復讐したいというどす黒い欲求が反映されているのだ。

ジャン・ボードリヤール (フランスの哲学者、思想家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

戦闘禁止エリアの近くの部屋に簡易的なテーブルを準備し、配膳の準備を終えるとほぼ同時にカップルの姿が見えてきた。

 俺とそっくりな男の方――御剣先輩が声を挙げる。

 

「……おーい! そっち行って大丈夫か?」

 

「御剣先輩! 桜姫先輩 大丈夫ですよ!」

 

「……凄い、本当にそっくり。双子みたい」

 

 お返しに声を挙げる俺の横で、かりんが感嘆の音を漏らす。

 

 身長はほんの少し俺の方が低くて……なんか陽っぽいオーラをそこはかとなく感じる事以外は大体鏡で見る俺の顔とそっくりだ。

 世界には3人はそっくりさんが居るらしい。人口爆発により、その言葉が生まれた当時より人が多いのだから探せばもっと居るだろうって感想だ。

 わざわざそっくりさんを探して殺人ゲームに参加させるのは……手間暇かけるのを厭わない凄い事だ。ミステリー小説のすさまじいトリックのために努力する犯人の比ではない。このゲームにかかった費用の計算なんて怖くてやりたくないな! 

 

 それはそれとして、御剣先輩とは今まで真面目な話しかしてなかったので少しは砕けた喋り方で話をした方が良いのかもしれない。

 

「先輩! 突然ですが、お兄ちゃんって呼んで良いですか!?」

 

「突然なんだ? 止めてくれ、変な気分になってくるだろ」

 

「あら? 弟が居た方が、総一もちゃんとやれるんじゃない?」

 

「優希も悪乗りするな!?」

 

 兄弟みたいって言われて悪乗りしてしまった。別に反省はしていない。

 ……待てよ、御剣先輩が兄なら桜姫先輩は義姉さんになる……? アリでは?

 

「食事準備してるから! 食べながら話を……しましょう!」

 

「ちょ……かりん!? 強く引っ張らないでくれ!?」

 

 なんて思考が頭に過ぎってると、かりんに腕を引っ張られていた。心が読まれてる??? なんとなく不機嫌そうな表情になっていた。

 今の発想はちょっと業が深かったわ。ごめん、反省してます。

 

「お、桜姫の姉ちゃんに……進矢お兄ちゃんが二人!??」

 

 丁度勇治も戦闘禁止エリアから出てくる。

 来たな、兄弟ネタの元凶。

 揃ったことだし、冷える前に全員集合の食事ができるな。

 

「勇治、わざと言ってるよな!? さて、細かい話は食事しながらで良いでしょう。かりんお手製の料理楽しみです」

 

「えへへ……でもインスタントとかをちょっとアレンジしただけだから、納得できないよ。帰ったらちゃんとしたものを作るからね!」

 

 俺の楽しみという言葉に反応してか、かりんの表情がぱっと明るくなる。女の子の……それもかりんの手料理か、やばい嬉しい。まさか俺が生きている間にそんな機会に恵まれるとは……あっ

 

「ごめん、かりん。嬉しい筈なんだけど……死亡フラグって怖くね?って気持ちが唐突に溢れてきた」

 

「ちょっと川瀬君、ゲームのやりすぎとアニメの見過ぎよ。北条さんに変な事教えちゃ駄目だからね?」

 

「良いよ、桜姫さん。あたしは、絶対に進矢を死なせないし、進矢の悪い所も変な所も全部知りたいから」

 

「あー……ストップ。落ち着け、かりん。今のは俺が全面的に悪かった」

 

 恥ずかしさと嬉しさが入り交じった複雑な感情を味わいつつ、かりんの肩に手を添える。かりんの気持ちはアレだ、桜姫先輩に俺を取られたくない故の敵愾心とかだ。通信時にかりんから発せられてた嫉妬オーラは、俺に対してだったらしい。今気づいた。

 気持ちは嬉しいけど、かりんの不機嫌オーラが止まらない。どうやって止めれば良いか……ちょっと経験値が足りないので分からない。

 誰か助けて……という気持ちで御剣先輩の方を見る。

 

「川瀬は良いな、全部理解しようとしてくれる彼女がいて」

 

 違う、そうじゃない。

 

「……あ、そう見える?」

 

 彼女という言葉に反応してか、かりんの機嫌が良くなった。

 御剣先輩は正しかったのか、かりんがチョロいのか。

 それはそれとして家に帰った後、見られたらまずいハードディスクデータは念入りに隠しておこう。……心の中で決意する。

 

「北条さん、ちゃんと捕まえとかないと駄目よ。きっと無理しちゃうから」

 

「ブーメランが返ってきた……!?」

 

「うん! 無茶しようとしたら、首根っこ掴んででも止めるから」

 

「容赦がないな!?」

 

「諦めろ、川瀬……こういう時、女には勝てない」

 

「良かったじゃん、進矢お兄ちゃん」

 

 仲良くなりそうな女性陣を尻目に、御剣先輩が諦めた表情で俺の肩をポンと叩いた。……心中お察しします。

 しかし、勝手に外堀を埋められていく感覚……まだ出会って一日も経ってない以上、スピード展開はよくないのではないか。

 まずはカレーを食べて落ち着こう。

 ひとまずは皆で仲良くできそうで良かった。

 

「良い事だとは思うけどね……冷めたら勿体ないし、後の話は食べながらしようか」

 

「はーい」

 

 戦闘禁止エリアから拝借した椅子に座ると、かりんが元気に応じて軽やかに隣に座った。自意識過剰でなければ周囲から生暖かい目で見られている気がする。……お互いに隠し事苦手だから仕方ないか。幸せを現実のものとするために、何としても生きて帰らなければ。

 全員が手を合わせた事を確認する。

 

「「「頂きます!」」」

 

 皆で食事を始める。

 尚、カレーは普通に美味しかった。

 初めて食べた味だが、日常の味という感じがした。

 こういうので良いんだよ、こういうので。

 

 

 

 

 

 

「スミスー! カボチャー! 元ネタはカブー! プリーズギブミーチョコレートー! 天国からも地獄からも出禁野郎ー!」

 

「うーん、返事はないわね。何か条件があるのかしら」

 

 ある程度、和気あいあいと食事が進んだところで、ゲームの話に移った。

 エクストラゲームに関するお話だ。

 現在、主催者側がどのように動いているか分からない。

 今後の指針とするため、向こうがどう出るかを知りたいのだ。

 その為に先ほどからスミスを呼びかけるも返事が無い為、いつしかスミスへの悪口大会へと発展していた。……何をやってるんだ、俺は。

 

 正気に戻った俺は桜姫先輩の言葉をヒントに返事がない理由を考える。

 こういうのは決定権を持つ側が強いのは当然な訳で……。

 

「条件……条件、参加者側から好きにスミスを呼べずに、あくまで主導権は主催している側である事を示したいんでしょうかね。俺たちが眠りに入ったころに唐突にエクストラゲームが始まったり、罠で強制分散分断させたところや、襲撃で傷ついたところを……みたいな感じで」

 

「うわ、性格悪ぃ……自分が圧倒的強者って立場を崩したくないのか」

 

「進矢……大丈夫なの?」

 

「うーん、方向性としては幾つか考えてるけど、どうにか相手を交渉のテーブルに乗ってもらいたいところだ」

 

 不満げに喋る勇治と心配そうに見つめてくるかりん。

 かりんの柔らかい茶髪を撫でつつ、ちょっと手詰まりだ。

 考えとしては、一旦このまま睡眠に入って様子見。あえて、主催者側の意図に乗って分断されたうえでエクストラゲームに乗っかる。等々、ある程度リスクを見越した対処療法的な消極案しか浮かばない。主導権を握られるというのは、あんまりよろしくないが……最終決定権を持つのが相手側である以上、仕方ない事なのか?

 

 くっ、格好よくスミス召喚の詠唱っぽい事をしたのに恥をかいてしまった。ノリが悪いぞスミス! 出てこいスミス!

 

「よし、食べながら次の案を考えよう……焦っても、敵の思惑通りになりそうだからな」

 

「うん、そうだね……あたしも焦っても仕方ないと思う」

 

「あー……その件なんだが、一つ案があるんだが、俺に任せて貰っても良いか?」

 

「……御剣先輩?」

 

 一旦思考を打ち切り、残り僅かになったカレーに手をつけようとしたところで、何やら考え事をしていた御剣先輩が真剣な表情で声をかけてくる。

 なんだろう……この雰囲気は、思わず背筋をピンと伸ばす。

 

「何か思いついたんですか?」

 

「あぁ、だけど……後戻りはできないかもな」

 

「勝算は?」

 

「お前の推理が正しければ十分にある」

 

「なら、お願いします」

 

 ……何を思いついた?

 それは分からないが、疑う事は止めた。

 俺と御剣先輩の関係はほとんど無いと言っていい、だが隣にいる桜姫先輩が信頼に満ちた目で御剣先輩を見ているのに気づいた。

 だから俺も信じる事にしたのだ、かりんに怒られるかもしれないが。

 

 それに、どうなろうと事態さえ動いてしまえば俺がなんとかすればいいという自信もないことはない。失敗しても皆でフォローしあえばいいのだ。

 

「よし……何とかしてみる。でも、後戻りはできないかもだから、フォローは任せたぞ」

 

「勿論です。御剣先輩」

 

「総一、無理しないでね」

 

 御剣先輩は緊張した表情で立ち上がると、桜姫先輩も立ち上がり、手を握り合う。……これが愛か、二人が視線を向ける方向は偽装された監視カメラである。なんだ、何を言って交渉のテーブルに引っ張り出すつもりなんだ?

 そして、御剣先輩は大きく深呼吸をする。

 

 推理ショーの始まりなんだろうか?

 俺も食事の手を止め、勇治とかりんの手をそれぞれ握った。

 

「――おい、そこで見ている連中! 俺とゲームしようぜ!」

 

「……ッ!?」

 

「聞こえてるのは分かってるんだ! ……この映像を見ているあんた達だよ!」

 

 ……そういうことかっ!?

 このゲームはリアリティショーだというのなら、視聴者が居る筈だ……それも、おそらくは生中継で。

 俺は脚本家や運営側に直接交渉しようとしていた。……だから、上手くいかなかった。手塚は言っていた、【絶対的なものがある】。俺はそれを、【視聴者に納得できる方法での全員生還】と解釈したが、もっと直接的な解法……視聴者に今後の展開を決めさせるという意味だったのか。

 視聴者はゲームを運営している連中の資金源だとすれば……この言葉に耐えられない。思いついてしまえばシンプルな答え……コロンブスの卵。

 だが、この局面であれば神の一手だ。

 

『ちょっと、ちょっとー! それは反則だよー!』

 

 スタンバイしてたのか、唐突にPDAがスミスの表示になり怒った表情で現れた。だが、なんとなく郷愁を漂わせた雰囲気を感じる……まぁ、俺がそう感じているだけなんだが。なんというか、お前たちも苦労してたんだな……みたいな同情心が唐突に湧き出てきた。

 御剣先輩がスミスに向かって言葉をつづける。

 

「なんだ。いるんじゃないか。 trick or treat? って言葉があってな。お菓子をくれなかったんだから、いたずらをされても仕方ないだろう?」

 

『ぐぬぬぬ、ハロウィンの主役であるジャック・オー・ランタンに向かって何事だ!』

 

「いいや、ハロウィンの主役は子供たちだよ」

 

 ……緊張からか、御剣先輩の声が若干上ずっているのは分かるが、それでも格好良さは損なわれない。……やばい、男だけど惚れそう。

 違う。落ち着け、俺。

 道はこじ開けられた。主導権を握り続けなければ……前のめりを続けないと負けてしまう。

 

 俺も話に入っていこう。

 

「こうやって出てきたってことは勝負ができますね。楽しいゲームにしましょう」

 

『やれやれ、お客様に呼びかけるなんて前代未聞だよ! ……油断した! ぺっ!』

 

「なーんだ、やる気はあるんじゃないか。やる気がなさそうだから、客に尻を叩いてもらおうかと思ったじゃないか」

 

 悪態をつくスミス君もかわいいです。

 なるほど、視聴者が変に暴走してコントロールが離れる前に、損切りのようにスミスが現れたというわけか。理解できる思考回路だ。

 勇治なんて尊敬のまなざしで御剣先輩を見ている……悔しい!

 

 ええい、ここから先は俺のターンだ!

 

「勝負の内容はシンプルです。俺たちはフェアなプレイを望みます。5対2と言えばこちらが有利ですが、正直5対1でもあなたたちが本気を出せば圧倒しますよね? そして、ルールが無ければ舐めプで互角の戦闘を演出する……それも面白くない。だから、縛りを設けた上でお二人には全力で戦ってほしいんですよ」

 

『そして、引き換えに皆で生き残るチャンスが欲しいってことだよね?』

 

 話が早い。想定された展開ということだな。

 舐めプされて勝負された時の屈辱感というのは悲しいものだ。ゲーマーとしてよくわかる。見てる側だって、そんなもの面白くないだろう。だから、縛りが必要になる。……命が懸かっている事以外は、俺の理解できる範疇で物事は進んでいるな。

 

『だけど、僕たちだってすでに決まったルールを覆すのは難しいんだ。それは分かるよね?』

 

「見てる連中が納得する程度には厳しい条件が必要ってことですね。十分分かってます……さっき言いましたよね? win-winな関係であろうって、さっきのスルーは貸一つって事で」

 

『うわ、図太い……いや強かっていうべきかな』

 

 せっかくなので、御剣先輩の案を無駄にしないべくさらっと貸しにしておく。

 相手の負い目を見逃さないのが、交渉のコツだ。視聴者が見ている以上、この貸しは見逃せないだろう。

 

 ついでに言えば、御剣先輩のおかげでテンション上がってきたので……せっかくなので、俺の推理を話そう。

 

「じゃあ一つ推理します。このゲームはそれこそ何十回も行われてきた、ならば……今回のように参加者が団結して、ゲームの主催者側の人間がバレた事例は存在する。だから……こういう事態になった時の、対処法のマニュアルも存在している!」

 

『ぐはっ……! バレたー!? いいもん、今回は底知れない邪悪スミスじゃなくて、ドジっ子スミス路線で行くもん!』

 

「……それでいいのか。ショービジネスも大変なんだな」

 

 御剣先輩のあきれた声が漏れる。

 邪悪スミスも俺たちにかかれば小動物スミスよ。

 さて……問題はその対処法マニュアルの内容だな、容赦なく死ね! ってしてくるのか、今更……裏切りの誘発を目論むのか。

 

 考え込んでいると、PDAの画面上のスミスはキリッっとした表情にきりかわった。今更取り繕っても感が凄い。

 

『君たちの解除条件が詰んだ首輪は3つ。だから3つの試練を与えよう……』

 

 そして、PDAに新しい項目が追加される。

 まぁ読む方が早いからね。というか、準備万端じゃねーか!

 なんで俺の声を聞き届けなかったんですかね?

 ただの嫌がらせかな? 

 いや違うな……ちゃんと高度な計算に基づいた嫌がらせだな。

 

「そうか、本来は俺たちを3つに分断させて、それぞれに1つの情報だけ渡すつもりだったのか」

 

『エスパーやめてよ!』

 

「相手の側に立って、考えを読む事は俺の得意分野の一つ。道徳教育の基本です」

 

「兄ちゃん、それって相手の嫌がる事は進んでやりましょうって奴?」

 

「そうそう」

 

「逆の意味でしか聞こえないよ進矢!?」

 

 かりんの突っ込みを受けるが、逆の意味でしか使わないから仕方ないね。

 さてさて、顔を突き合わせて向こうから提示される条件を読み込もうか。

 

 

【試練1.ゲームマスターの解除条件は『5』番である。君たちが3階に到達した時点で、4~6階のチェックポイントを回り始める。『K』の初期所有者がゲームマスターの殺害に成功した時点で、『3』の初期所有者の首輪が解除される】

 

【試練2.ゲームの中央制御室への秘密通路の入口が6階に存在する。秘密通路の中は自動攻撃機械で防衛されており、戦闘が必須である。ゲームマスターとサブマスター以外のプレイヤーは2日と23時間の経過までに、コントロールルームにあるメイン端末のパスワードに解除したいPDA番号の初期所有者の番号を打ち込むことで、その番号の首輪を1つだけ解除することができる。一方、サブマスターは2日と23時間の経過までメイン端末を守り切る事でも解除条件を達成するものとする】

※秘密通路の入口の場所を開示されている。

 

【試練3.首輪解除者を殺害した場合、殺害者の首輪が外れる】

 

【条件:双方エレベーターの使用は不可とする】

 

「なるほど、ね……」

 

 大体わかった。考察の余地は沢山あるだろうが、ひとまずは全員生存の希望は見えてきた……気がする。

 安心させる為、かりんの手を握る力を強める。

 

「ゲームマスターとサブマスターってなんだ? 想像はできるんだが」

 

 頭を働かせていると、御剣先輩の言葉が聞こえてくる。

 うん、言葉の定義は大切だな。

 これを読み違えてしまえば、ルールに穴を作られることになる。

 そして、このゲームを動かしている連中はそれが大好きだ。

 

『大体役割の違いだね、ゲームの運営を主として担っているのが郷田真弓――【ゲームマスター】。プレイヤーと行動を共にして、撮影を主として行っているのが綺堂渚――【サブマスター】』

 

「殺害の部分はどうにかならないの? 貴方たちは二人を切り捨てるっていうの?」

 

「そ、そうだよ……あたしだって、殺したく、ない」

 

『それは違うよ、優希さん。そして、残念だったねかりんちゃん』

 

 組織側の人間とはいえ……あるいは親の仇とはいえ、殺人を許容できない桜姫先輩とかりんにスミスの冷たい声が浴びせられる。

 

『殺害条件はこのゲームのゲームマスター及びサブマスターの両名から、それぞれ提案を受けて僕たちが承認したものだ。そもそも、プレイヤーに負けてしまえば組織での居場所を失う……このゲームに命を懸けてるのは、君たちだけじゃあないんだ。だから、ここは譲れないよ』

 

「糞……マジかよ」

 

「……そんなの、正気じゃない」

 

 迫真に迫ったスミスの言葉に、御剣先輩と桜姫先輩が悔しそうな表情で言葉を漏らす。ふむ、命を懸けた相手に譲歩を引き出すというのは確かに難しい……というかほぼ不可能だろう。

 まぁ、それは良い……俺としては大切な条件はそこではない。

 良い覚悟だとは思う。だが、ハッピーエンドを目指すには二人の覚悟も踏みにじらなければならないのだ。

 

 そう、俺は俺の道を行く!

 

「いや、十分だ。そこまで話ができれば、次の条件について話ができるな」

 

『次の条件って、どういうことだい?』

 

「3つある。一つ目、ゲームマスターとサブマスターにはゲームを行う上で特権があるんだろう? それの剥奪、あるいは剥奪できないまでも持ってる特権の情報の開示を要求する。知らないことで初見殺しされるのが一番興ざめだ。フェアプレイでいきたいってのは共通の認識だと思うけど?」

 

『まぁそれに関してはそうだね。 オッケー、機能の制限に関しては実施する。持ってる物に関してはJOKERを通じて確認できるようにするよ。だけど、ゲームマスターのPDAは1個しかないから、1度のみバッテリーフル充電可とするよ』

 

「把握しました。まぁ無難な落としどころか」

 

 JOKERで見れるようにすれば、JOKERで把握できるし、こっち側でも使用することができる。十分フェアと言えばフェアだ。バッテリーに関してはこっちにあるPDA数を考えれば、使用量としてはそんなもんだと言える。向こうもスラスラ言ってきた以上、条件は既に考えていたってことだどう。

 第一の条件に関しては確認のようなものだ。スミスから言質さえ取れればそれで良い。……本命は次以降だな。

 ……本命を本命と悟られないことが交渉の鍵です。

 

「二つ目、以後俺たちの作戦会議の内容や手札の情報をお前たちや盗聴結果から、郷田真弓、綺堂渚両名に伝える事を禁じる。というか、それの警戒のせいで話せないことが多いんだよ! 俺は!」

 

『まだ喋る事多いのかよ! 観客受けは良いから、良いけどさ!』

 

「うむ、ナイス突っ込みだよスミス」

 

 喋って万が一、伝えられてしまったらすべての作戦がご破算になってしまう可能性が上がる。だから、このゲームで全員生き残る為の具体的な話が今まで一切できなかった。

 エクストラゲーム? 保険だよ、それは。

 ……俺がスミスと話をしたかったのは、次に話すことですべてだ。

 

「三つ目、このエクストラゲームを正真正銘最後のエクストラゲームにしろ……後からルールの書き換えや、都合が悪いから条件の変更、その他介入は無し。それを観客に誓え」

 

『うわぁ……滅茶苦茶怖い、今までで一番首を縦に振りたくないッ!』

 

「都合が悪くなったら、ルールの書き換えや露骨な調整とか殺人ゲーム運営してる側として恥ずかしいかなーって俺は思うんですー。プライドってものがないんですか? プライドってものがー」

 

 ルールの穴を見つけたとして、それを後だしで無しにされるのが一番つらいことだ。だから、ここをまず封じ込める必要があった。あとは、かりんにも言ったことだが賞金をやっぱり無しって言われるのが俺達にとっては一番のウィークポイントである。

 どこまでスミスの中の人が俺の思惑を理解しているか分からないが、嫌な予感は感じているのだろう。そんなスミスを追加で煽る。我ながら安い挑発だとは思うが、本命はこれでエクストラゲームすらオマケなのだ。

 

『フンガー! ここまでボクを虚仮にしたのはキミが初めてだよ! 川瀬進矢! そこまで言うのなら、キミのいうハッピーエンドとやらを掴み取って見せろよぉ!』

 

「って言うように観客か上司に言われたのか?」

 

『……フン、ボクを見くびるなよ川瀬進矢! ボクの独断で! ボクの責任で! キミの条件を呑もうって言ってるの! 観客に誓うよ!  二つ目と三つ目の条件を呑む、生半端な事をするんじゃないよ! これが盛り上がると判断したから、ボクも命を懸ける!』

 

「ゴメン、スミス……お前も漢だったわ」

 

『これで貸し借り無しだよ!』

 

「把握した」

 

 ……スミスの返答がやや意外だったが、ある種の納得もある。

 このゲームはそれほどまでに大金が動いている興行だということだ。

 俺たちやゲームマスター・サブマスターが替えの利く駒であるのと同様に、このゲームを動かしている人間は全員替えの利く駒なのだ。恐ろしいことに、このゲームは替えの利く駒だけで運営されていると言った方が良いのかもしれない。

 本当の意味でヘイトを向けるべき相手の影すら、俺たちはまだ踏めてない。    

 えげつないな、全く。

 

「さて、俺としてはこれで構いませんが……先輩方や勇治とかりんは何かありませんか?」

 

 気づいたら、スミスと俺の二人の世界になっていた為、ちょっと冷静になって周囲を見渡す。

 全員が見入っていたようで、しばし無言となる。

 ……正直悪かったと思っている。

 

「川瀬君、何か考えがあるのよね?」

 

「えぇ、勿論ですよ。桜姫先輩」

 

 真っ先に口を開いたのは桜姫先輩だ。

 桜姫先輩が言うのは当然……誰も死なずにクリアする方法という意味だろう。

 その為に最初から頑張ってきたのだし、これからもその為に険しい道を進み続けるしかないのだ。その第一段階として生存者同士団結する事、第二段階で俺の条件を主催者側に呑ませる事が必要だった。これで、ようやく折り返し地点と言って良いだろう。

 

「……あたしは、進矢を信じてるから……それだけしかできないけど」

 

「良いんだよ。かりん、お前には誰も殺させないから」

 

「……うん」

 

 次にかりんが俺の腕に絡みついてくる。

 不安げな声を安心させるように話すが、かりんの掴む力は弱まらない。

 また、無茶するんだろうと思われているようだ……ぶっちゃけ、その通りです。

 苦労するのは全員だろうけどね!

 

「いよいよ、仕掛けるんだな?」

 

「そうそう、ようやくだよ。勇治にも沢山働いてもらうからな」

 

「ヘヘッ、任せとけって!」

 

 楽しそうに不敵な表情で勇治は笑った。

 本当に頼りにしてるからな、勇治!

 

「途中までは頑張ったんだが……やっぱり敵わなかったか」

 

「そんな事はないですよ、御剣先輩が居なければ俺の策は成らなかった。それは確かな事です」

 

「格好良かったわよ、総一。普段からそうしてくれると、ありがたいんだけどね?」

 

「ははは……努力はしてるつもりだよ、優希が自慢できる男になるって約束したしな」

 

「うん……でも、総一は総一のままでいいからね。無理だけは止めてね?」

 

「分かってる。優希を悲しませることは絶対にしないから」

 

 ……ちょっとこのカレー甘いよ。もっと辛口が良かったな!

 じゃなくて、二人の仲睦まじさに目を焼かれそうになる。

 かりんが期待した目で俺を見ているような気がするが、ちょっと俺たちにはこのレベルは早すぎるというか……もうちょっと時間かけたいところだ。

 

 なんて考えていれば、勇治から肘で突かれる。

 

「ここで頑張らずして何時頑張るんだよ、お兄ちゃん」

 

『漢見せろー! 川瀬進矢ー!』

 

「お前もそっち側かよスミスっ!?」

 

 参加者同士の恋愛も見世物の一部って言うのが俺の意欲を奪ってるんだよぉ!? うん、でも不安定な関係を維持し続けるというのは不安なものだろう。というか、俺が不安だった。だから、ハッキリと伝えようか。

 

「かりん、良いか?」

 

「う、うん」

 

 かりんの腕を離し緊張した状態で、向き合う。

 シャワー室の出来事以来、なんだかんだで目を合わせると気恥ずかしさが先にきてしまう。それにこんな異常な状態で関係を進めるのは……俺の主義に反する。だから言うべき言葉は唯一つ。

 

「帰ったら、必ず俺の気持ちを伝えるから……二人で、いいや全員で生きて帰ろう!」

 

「もう……仕方ないな。でも、分かった! 皆で帰ろうね!」

 

 俺の言葉を聞くとかりんは一瞬不満げな表情を浮かべたが、ぱっと切り替えて明るくなる。こうやって、かりんの表情がコロコロ変わる様を見ていると、気づけば鼓動の高まりを感じるのだ。

 

 死亡フラグなんてもう知らん!

 もとより生きて帰る目のが薄いのだ。

 ならばすべてのフラグをへし折ってでも生き残る気概が必要だ!

 

 つまらないジンクスなど、恐れている場合ではないのだ!

 

『うんうん、生きる目的があるのは良いことだ。ゲームを色鮮やかにしてくれる。それじゃあ、お邪魔カボチャな僕はここで退散かな? エクストラゲームはもうないから、もう二度と会うことはないかもしれないけどね!』

 

「それはない、必ずお前の中の人に到達するって宣言はまだ無効になってないからな。首を洗って待ってろよ!」

 

 思い出すのは以前のエクストラゲームの時だ。

 姫萩先輩が死んだあの時と比べれば吹っ切れてはいるが、あきらめたわけでも忘れたわけでもない。

 

『しぶといなぁ……だったら、このゲームが終わったらウチに就職する? 進矢君でも、総一君も、どっちも歓迎だよ!』

 

「「断る!」」

 

 御剣先輩とハモった。

 向こうもダメで元々だろうが、流石にその選択肢はない。

 

『残念。ゲームの盛り上がりは皆に託したからね! じゃあね!』

 

 こうして、スミスはプツリと消え、PDAは通常の画面へと戻った。

 一筋縄ではいかないこのゲームだが、なんとかか細い綱渡りから落ちずに済んだようだ。

 

「……では、全員条件はすべて整ったことで、俺達全員の勝利条件をハッキリさせましょう。【7人全員の生還】……異論ある人は手を上げてください」

 

 誰も上げない。問題無さそうだ。

 あっても困るけど。

 

「OK,なら次の段階……郷田真弓と綺堂渚を殺さずに無力化する事を念頭に、動いていきましょうか……でも、その前に寝ましょう。超眠いです」

 

「……そうだね、正直くたくただもんね」

 

「具体的な方法を知りたい気持ちはあるけど、分かったわ」

 

「明日は今日より大変な一日になりますよ……きっとね」

 

 大変だった一日目が終わりを迎える、後は見張りの順番とかシャワーの順番とかそういう細かい事はあるけども。そういう細かい事を話そうとした時にPDAが震えた。

 

【PS:特別サービス! 開始から24時間まで戦闘禁止にします。 そこまで言うなら、ボク達の悪意を全て乗り越えてみせろ! 地獄で待ってるぜ! byスミス】

 

「……お前は地獄に行けないから、ジャック・オー・ランタンなんだよなぁ」

 

 送られてきたメッセージに苦笑する。

 こうして俺達の一日目は終わった。



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第二十一話 幸福な目覚め

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:6.4:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:6.0:3人の殺害
長沢勇治 :4:5.1:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.9:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:5.0:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:4.5:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:4.1 :PDAを5個以上収集


 

 

――――――――――――

心身ともに健全ならば、悪天候なるものは存在しない。どんな日も美しく、激しく吹き付ける嵐にさえ、血湧き肉踊るのである。

ジョージ・ギッシング (英国の作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 規則正しい生活を送っていれば人生大抵の事はなんとかなる。

 これは、生活習慣の乱れが著しい俺や兄貴に対して、弟が何時も口酸っぱく言っていた言葉だ。本読んだりゲームしたり、ネットしたりで夜更かし多い日常だったから、言われても仕方無いのだが。

 

 だが、眠るのは常に憂鬱だった。

 何故なら、目覚めというのは基本的に憂鬱なものだからだ。

 

 ただし、それは昨日までの話ということで、今日からは新生川瀬進矢として頑張っていこう。少なくとも、ゲーム中の3日間はネット断ちゲーム断ちができるのだ。

 デスゲームで行うソーシャルデトックス! 電子ドラッグからの脱却! 

 ……無しだな。

 

「いっちにーさんしー」

 

 軽くラジオ体操を決めて、一日の準備は万端だ。

 難があるとすれば右手がとても痛い、筋肉痛である。

 痛いだけで済んでいるので、御の字ではあるけども。

 

 戦闘禁止だった為、見張りは基本的に一人のみが交互で実施。疲労の状態から俺が最後の見張りに回されている。ありがたい。

 箱を通路に持ち出して簡単な机にし、ノートを広げる。

 これから1時間半ほど、一人で見張りな訳だが……。

 

「はい、進矢。コーヒー淹れといたよ」

 

「おう、ありがとう。じゃあお休み」

 

「? あと少し寝る位なら、一緒に見張るよ。もう少ししたら、皆の朝食も作らないといけないし」

 

 それとなく休憩を促してみたが、かりんは首を傾げた。

 何と1つ前の見張り役のかりんが交代の時間になっても寝るつもりは無さそうだ……残り時間を考えると寝ないという選択も分からなくも無い。

 

「……気持ちは嬉しいけど、やっぱり少しでも休んだ方が良いんじゃ」

 

「大丈夫、進矢と一緒に居るのが一番元気出るよ」

 

「……!? ……あー、俺もそうだけど」

 

 隣に座るかりんが可愛すぎて辛いです。

 口にするのは恥ずかしいので、ちょっと目を逸らして小声で同意する。

 

 細かい見張りとかは皆に任せて熟睡余裕だったが、なんか皆で気を使ってこんなルーティンになったんだろうか。どんなに生きる気持ちで溢れていても死ぬときは死ぬだろうし、少しでも一緒に居させたいもんね……客観的に見れば分かるよ。自分の立場で見れば恥ずかしいけど。

 

「それで、『JOKER』で確認した機能一覧を見てるの?」

 

「まぁね、向こうがどういう戦略で来るか考えないと」

 

 手元のノートには、今まで見張りしてた人が書いていた自分達が持っていない各PDAをJOKERで覗いた結果が記されている。要するに郷田真弓と綺堂渚の持っている手札だ。俺達の手札と付き合わせて、考えていかなければならない。

 尚、現在見えてる範囲だと各PDAにインストールされている特殊機能は以下の通りである。

 自分の位置を表示するGPS機能とか、生存者数表示する機能は省き特殊な機能のみを記載している。

 

 

PDA【2】 ※推定所有者:綺堂渚

『爆弾とそのコントローラーのセット』……遠隔爆破可能な爆弾。JOKERで起爆は可能だが、爆弾の位置は不明。

『遠隔操作可能な自動攻撃機械のコントローラー』……現在コントロール不可状態、詳細不明。

『エアダクトの見取り図』……エアダクトの地図を拡張する。

 

PDA【5】 ※初期所有者:郷田真弓

『首輪探知機能』……起動してない首輪の位置を表示。解除された首輪を含む。

『ドアのリモートコントローラー』……ドアの開閉、ロックが可能。シャッターや上下のドアも開けられる。

『罠探知機能』……罠の位置を表示する。

追記:バッテリーが切れた際、1回のみバッテリーが全快する

 

PDA【J】 ※初期所有者:綺堂渚

『JOKER探知機能』……JOKERの位置を表示する。

『動体探知機能』……地図上の動体による振動を感知する。

『ジャマー機能』……自分の周辺のみ探知機能を無効にする。バッテリー消費大。

 

 

 

 頭を巡らせながら、コーヒーカップを口に運ぶ。

 やばい、コーヒーが美味しすぎる。

 普段はカフェインを取る為のものという認識しかなかったけど、かりんが淹れ隣に居るというオプションがついただけで驚きの甘さに。ブラックだけど。

 

「よく、何も入れなくてそんな美味しそうに飲めるね」

 

「そうだな、かりんが淹れたからかな」

 

「ただのインスタントなんだけど……」

 

「そう? じゃあかりんが隣に居るからか」

 

「……恥ずかしげもなく、そんな事言う」

 

 赤く染めた頬を膨らませ、かりんはミルクを入れたコーヒーを飲む。

 心地よい沈黙が場を支配した。できれば、かりんも同じ気持ちであると願いたい。

 劇的な何かは必要ない。こうして、心穏やかな幸せが何時までも続けば……なんて考えてしまう。

 

 このように、立場が変われば価値観も変わってくる。

 うん、この殺し合いゲームもそろそろ飽きてきたので全力を出してさっさと終わらせよう。

 嫌な事は後回しにせず、さっさと片付けろとは俺の弟の座右の銘である

 

「よし……コーヒーも堪能したことだし、色々検証してみよっか」

 

「検証? あぁ、次の悪巧みってことだね!」

 

「違いますー、俺が悪巧みするんじゃなくて、奴らの悪巧みを検証するんですー」

 

「大丈夫! 全部分かってるって!」

 

 何を分かってるか言ってみて? ん?

 なんて冗談はおいといて、かりんにはやはり笑顔が似合う。泣いてる顔も、可愛いと言えば可愛いけど。

 この子を何度も泣かせた奴酷すぎない? 俺です。

 ……ちゃんと信頼に応えないとな、気合いを入れ直さなくても気力で溢れている。

 こんな気持ちになるのが初めてで、やっぱり死にそうで怖い。

 死なないために頭を働かせよう。

 

 

 

 

 

「という事で検証結果の復唱をどうぞ」

 

「うん! えーと、【現在位置表示のソフトウェアは厳密にはPDAの現在位置を表示する】【エアダクトに入ったら探知・位置表示が効かなくなる】【ドアのリモートコントローラーは、鍵の部分に詰め物すればロックしても開けれる。逆にガムテープでドアの開閉はできなくなる】!」

 

 数十分後、かりんと色々検証した結果をノートに纏める。

 厳密にできる事・できない事を定義するのって大事だと俺は思う。

 知っている、知ってないで多分命を左右する結果になると思う。

 それぞれの考察は後に回すとして、判断材料だけを今は集めた状態だ。

 尚、ドアのリモートコントローラーに詰め物する奴はミステリーでオートロック突破によく使う手口だから試してみたかった。遊び心は捨てきれなかったよ……。

 

「宜しい。まぁこれだけあれば色々と悪用できそうだなー」

 

「やっぱり、悪巧みじゃないか!」

 

 かりんの鋭い突っ込みを受けた。

 俺は悪くない、俺が悪巧みするのはどう考えてもこのゲームを作った連中が悪い。

 でも、適応して悪巧みできるって事はやっぱり俺も悪い人って事だから――

 

「……蛇の道は蛇って事で」

 

「ぶっ。結局、そうなるじゃん」

 

 こういう結論になってしまう。

 まぁ、良い人って言われるより悪い人って言われる方が、心は安定するんだけどね。

 皆に良い人って言われた時の事を想像すると、多分心が持たない。俺も悪ぶりたい年頃なのかもしれない。

 狡猾パワーで残りの二人を無力化するのだっ!

 直接戦闘力も設備理解も負けている俺達は、それが唯一の勝ち筋だしな。

 

 なんて話してると女性が寝てる方の部屋から音が聞こえた。

 かりんは此処に居るのだから、桜姫先輩が目覚めたようだ。

 ちなみに、それぞれの寝る部屋は俺の力説により男女別とさせて頂きました。当然ですね。

 

「二人共、おはよう」

 

「優希さん、おはよう!」

 

「おはようございます、先輩。もしかして、起こしてしまいましたか?」

 

「あ、違うのよ。今日はかりんちゃんと一緒に朝食を作る予定だったから」

 

「そうそう、色々教えて貰おうかなって」

 

 まだ眠そうな表情をしている桜姫先輩が部屋から出てくる。

 俺が寝ている間にお互いに下の名前を呼び合う仲になっていたようだ。

 相性は良いと思ってたけど、打ち解けるのが早い!

 

「まだ、一時間近くあるのに、そんなに手間かけなくても……」

 

「あら? こんな事言われてるわよ、かりんちゃん。これは、女心が分かってないわね」

 

「大丈夫、進矢にその辺の事は期待してないから」

 

「えー」

 

 笑顔で頷き合う二人に、一人置いていかれる。

 どういうことなの……。

 悩んでいる俺に桜姫先輩が諭すように言う。

 

「良い? かりんちゃんはね――」

 

「わわわ! 待って! 優希さん、自分で言うから!」

 

「ちょ、ちょっと……かりん!?」

 

 かりんが上擦った声を出しながら立ち上がる。

 その後、かりんは後ろに回り込み抱きついてきた。

 心地よい重みと柔らかさを背中から感じる。

 

「昨日、優希さんと話して決めたんだ。進矢が皆を守るなら、アタシはそんな進矢を支えて守ろうって! 大した事はできないかもしれないけど、とびっきり美味しい料理を作るからね」

 

「もう既に胸がいっぱ……じゃなくて、ごめん。こういう時になんて言えば良いか分からない。かりんの信頼と優しさには結果で示す! 結果で示すから……!」

 

「ふふっ、これは負けられなくなったわね。川瀬君」

 

 微笑ましそうな表情で桜姫先輩は笑う。

 背中に居るかりんの表情は分からないが、心なしか心拍数が上がってるような気がする。

 どっちの心拍数かは分からない。

 ……俺の中でかりんがどういう人物か形容するなら、やはり信頼できる大切な人という比重が一番大きいだろう。

 恋だと霧散霧消してしまうかもしれない、愛だと反転して憎悪になるかもしれない。

 吊り橋効果を意識してしまう以上、どうしてもそうなる。

 ……まぁ、信じてるって言われただけで俺は救われたので、最悪どうなってもかりんの意志を最優先しようとは思うが。

 

 もしかして……このゲームで俺が死ぬとしたら爆死なのでは?

 むしろ、ゲーム主催者側の二人が観客に見せる為に悪ノリで爆殺してくるのでは???

 リアル爆発オチなんて最低だぞ!?

 追加ソフトウェアもあるしヤバい、爆発物に対する警戒をアップしないと。

 現実逃避気味にそんな事を考える。

 

「川瀬君、かりんちゃん……二人の世界に入っているのは結構だけど、そろそろ料理を始めないと間に合わなくなるわよ」

 

「はーい!」

 

「ありがとな、かりん」

 

 離れていく温もりの余韻に浸りつつ、戦闘禁止エリアの奥に移動する二人を見届けた。

 ……一人、静かになった戦闘禁止エリア入口でPDAナンバー【10】を見る。

 見てる項目はペナルティの部分だ。

 

『追跡ボール:体当たりして自爆する、ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す自走地雷。移動速度は時速6キロ。爆発の威力はそれほどでもないから何個か当たらないと死なないし、走って逃げれば大丈夫かも?!』

※漆山権造

 

『スマートガン攻撃システム:ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す為に全域に配置された攻撃システムの1つ。首輪が作動した状態でシステムの感知エリア内に侵入すると識別信号とサーモグラフィに誘導されて4機の銃が目標を攻撃する。サーモグラフィの温度が低下するか、識別信号が止むまで攻撃は続く』

※葉月克己

 

『火炎放射器:可燃性の液体を噴射して着火する、ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す装置の1つ。液体の燃焼温度は低く即死はしないが、一度火がつくと消火は極めて困難。頑張れば生き延びれるかも!?』

※姫萩咲実

 

 

 ……昨夜こっそりと御剣先輩に聞いたが、姫萩先輩は見るも無残な姿となり髪は殆ど残っておらず、全身が焼け爛れていたらしい。原因は言うまでもなく首輪を作動させた事にある。

 実行したのは手塚だが姫萩先輩の場所を教えたのは俺だ。そして、無駄にはなってしまったが、手塚もまた生き残る為にやったことだ。

 それでも、彼女をそのような姿にしたのは事実だ。それが引っかかる。

 

 『Q』のPDAを取り出す、生存者数を表示機能とトランシーバー機能の追加ソフトをインストールしている為、使用頻度としては一番多い。だが、このPDAを使う度に姫萩先輩の事を思い出してしまうのだ。

 もう誰も犠牲にしない為に戒めだと考えている。御剣先輩は許してくれた。

 勝手な想像になるが、姫萩先輩も許してくれたと……そう思う。

 

「俺は、間違ってない……よな?」

 

 今の俺は幸せだ。それは断言できる。

 

 一方で小さな痛みは確かに残っている。必要な痛みだとも思う。

 これでいいのか――と気付いた時には考えてしまうのだ。

 

 ……俺の考えてる全員生き残り策は、本当に希望なのだろうか?

 皆を絶望に叩き起こすだけの、偽りの希望に過ぎないのでは無いか?

 全員生き残る方法なんて都合が良すぎるとは思う、

 

 だけど好きなのだ。皆の事が。誰かが死ぬところなんて見たくないのだ。

 ……だから、命に代えてもと思ってかりんに怒られてしまったのだが。

 死ぬつもりはないが、死んで欲しくない気持ちはその時より遙かに強くなっている……それは確かな事だ。

 

「本当に勝手な事ですが……死んでも意思がもし残るのであれば……応援して欲しい……です」

 

 天井を仰いで、姫萩先輩を悼みながら気付けばその言葉が出てきた。

 当たり前の事だが、返事は無い。

 

 最初に様子見なんて考えてた自分を馬鹿馬鹿しく思う。

 無理な話だったのだ、3人殺して生き残る事なんて。

 

 もし、俺が誰かを殺す為に引き金を引く時は、それは――きっと、誰かの為の時だけだ。

 そんな時が来ない事を祈る。

 

 

 その後、手塚が予備で持っていた小さめの水鉄砲を取り出し、その中に唐辛子を溶かした水を仕込んでいたら、二人に食べ物で遊ぶなと怒られた。

 馬鹿な……アルコールを入れるよりは、こっちの方が正規で安全な使い方じゃないのか!?

 尚、アルコール入れるのも考えたが、自爆と誤爆による意図せぬ殺人をするのが怖いので非殺傷なやり方に変えた。

 

 

 

 

 

 

 

『開始から24時間が経過しました! 3時間後に1階は進入禁止エリアになります! まだ1階にいる人は、速やかに上のフロアに移動してください』

 

 アラームが聞こえた後、俺以外の男二人も起き出し、和やかに朝食の時間となった。

 朝食にしては種類豊富で色彩豊かだ。

 やや重たい量とも言えるが、次に食事を取れるタイミングが何時になるか分からない以上、食べれる時に食べておくべきだ。。

 ……桜姫先輩は言わなかったが、恐らくは彼女の言っていた女心の中に、どちらかが死ぬ可能性を否定できないので、最期になるかもしれない料理に全力を尽くしたかったというのもあるのだろう。

 口にするのは野暮な話なので、俺も言わないけども。

 

 限られた材料の中でよくもここまで……うん、美味しく食べるのがせめてもの礼儀か。

 あと、今更だが何時も料理を作ってるお母さんありがとう。お礼を言わずに死ぬかもしれないのが、ちょっと哀しい。

 親不孝者にならないように頑張ろう。

 

「優希。料理は美味しいし、ありがたいけど……こういう時にオクラ入れなくても良いだろう?」

 

「このゲームが終わっても、生きていくから当然じゃない。皆が見てるからちゃんと食べなさい。それともアーンした方が良い?」

 

「いーや、オクラなんて食べられなくても栄養バランスは十分だ。生きていける」

 

 何か横で桜姫先輩と御剣先輩の口論? 訂正、痴話喧嘩が始まった。

 何時ものやりとりなのか、別に険悪な空気ではない。……こういうのも良いかも?

 わざと苦手なモノを入れてくる戦術、お母さんが昔よくやってた奴だな!

 生活を送る上で食べれる物のレパートリーが増えた方が、良いだろうしな。

 

 だから、勇治。そのグリーンピースはちゃんと食べなさい。

 勇治が除けようとしたものを、無言で止める。

 不満げな表情で勇治は睨み付けてきた。

 頬張っているので、言葉は出てこない。無言で親指だけ立てておく。頑張れ。

 

 そんな様子を見てか、かりんが心配そうな表情で声をかけてきた。

 

「ごめん、聞いてなかったね。進矢に好き嫌いやアレルギーはあるの?」

 

「アレルギーは花粉程度……好き嫌いは人並みだとは思うけど、かりんの作ったモノなら変な味付けじゃなければなんでも美味しいよ。どうしても駄目なものがあったら言うけど、今のところ全部美味しい」

 

「えへへ、そっか。良かった」

 

 好き嫌いはなくはないが、母親の尽力により余程変な味付けではなければ嫌いなものでも食べれなくは無い程度に改善されている。そこに愛情ブーストが加わるとなれば、全部美味しいと言える。

 念の為、ここで言う愛情とは、美味しく食べれるように工夫されてるという意味で『愛情があれば大丈夫!』という意味ではないです。

 フィクションのような飯マズが居なくて良かった。

 

 その後、御剣先輩と勇治は死にそうな顔で全部平らげた。

 死地を乗り越えたような表情をしてるように見えるだろ? 苦手なモノ食べただけなんだぜ?

 ……気持ちは分からないでも無いけど。

 

 ここで死地を乗り越えたのだから、次の死地も頑張って乗り越えような。

 

 

 

 

 

 食事が終わった後、荷物は纏めておいたので3階への階段に移動する事に決めた。

 現在時刻はおおよそ開始から、25時間。

 急ぐ理由は1Fがあと2時間で進入禁止エリアになる為だ。

 2Fで落とし穴に落ちた俺は正確にその脅威を理解している。

 つまり、1Fが進入禁止エリアになった時に落ちれば死ぬし、時間ギリギリの時に落ちたら絶望的なタイムアタックに挑戦しなければならなくなるという事だ。

 勇治は『時間によって性質の変わる罠』と表現した。格好良い表現だ。

 

 ついでに言えば、探知機能とドア開閉機能の組み合わせで主催者側の二人が落としにかかってくる可能性もある。

 勿論、罠探知機能とドア開閉機能の両方を持っている為、そこまで恐れる事はないのだが、わざわざリスクを被る必要もない。

 この位置からなら、約2時間あれば次の階段に移動する事は可能だ。

 

 ちょっと、首輪の問題で寄り道する必要はあるが。

 

 

「相談ですが、矢幡さんの首輪を解除しに行きませんか? これで勇治の首輪の方はクリアできるので」

 

「僕は別に急いで解除しなくても良いと思うけどな、首輪が外れればできる事は増えるけどさ」

 

 首輪を外すであろう勇治本人は慎重だ。

 それは別に、エクストラゲームの【首輪解除者を殺せば首輪が外れる】の部分を恐れてる訳ではないだろう。

 どちらかと言えば首輪を外す事の代償に対する抵抗にあるものと感じる。

 

「勇治の言うことは正しいんだが、解除した首輪で実験したい。もし選択肢として利用できるなら、首輪をガンガン使うかもしれない。その場合、首輪が足りなくなるから、先に懸念事項を潰しておきたい」

 

「つまり、考えがあるのね?」

 

「さっきみたいな悪巧みだね!」

 

「うん、否定はしない。方法は見てからのお楽しみって事で」

 

 ……これが、信頼って奴か。

 もし俺の考えている事が上手くいけば、郷田に速攻をかけれる秘策がある。

 それに、上手く行かなければ正攻法でいけば良いだけだ。

 

「なるほどね、まぁ良いよ。首を斬ってみたい思ってたし」

 

「それは無し!」

 

「なんでだよ! PDAを5個壊すのは勿体ないじゃん!」

 

「いいや、首を斬る行為はこう……良くないモノを呼び寄せる。カルマ値が上がってバッドエンドルートに直行する!」

 

「ちぇ……そういうなら、仕方無いな……」

 

「いや、そこは納得するところじゃないからな? 首を斬るのは俺も反対だが」

 

 どうしても他に手が無ければ、俺も首切断に舵を切ったかもしれない。

 だが、他に手がある状態で首切断に踏み切るのは流石に気が咎めた。

 その選択が直接的に不利になるものであったとしてもだ。

 それに、首を斬ったらアレだ……ゲーム的に言うのであれば、精神的なデバフと好感度デバフがかかる。

 うん、やめておこう。

 

「問題は破壊するPDAよね。いっそ、この機会に私達のPDA破壊しちゃいましょうか。使わないしね」

 

「そうだな。俺のも、そこまで大事なソフトウェアをインストールした訳じゃ無いし、破壊して問題無い」

 

「御剣先輩のは――いえ、なんでもないです」

 

 いざという時の保険として取っておいて、俺が『Q』持った状態で殺されれば――なんて言おうとして止めておいた。

 安定志向は良いのだが、それを言うと全員から総スカンを喰らうのは明らかだ。

 また、かりんに怒られ……泣かれてしまう。

 

 というか、そんな事考える男で申し訳ない。心の中でかりんに詫びる。

 実用的には、『A』の破壊は道理にかなってるだろうし。

 

「お二人がそう言うと思って、俺達のPDAをノートに纏めておきました」

 

 他の4人に見張り時間に書いてたノートを見せる。

 敵だった男がPDAを守り切った事により、この選択が取れるので、そこは複雑な気分ではある。

 

●破壊するPDA

『A』『3』『7』『9』『K』

 

●破壊しないPDA(重要な追加機能以外は省く)

『4』:首輪解除に必要

『6』:ドア開閉機能、JOKER探知インストール済み ※残りバッテリー9割程度

『8』:首輪解除に必要、首輪探知インストール済み ※残りバッテリー6割程度

『Q』『10』:通話機能インストール済み ※残りバッテリー双方9割程度

『JOKER』:偽装機能によるソフトウェアコピー ※残りバッテリー8割程度

 

 「丁度、PDAが5人分残って良い塩梅です。『JOKER』はプラスアルファという事で、その場その場で必要な人に持たせましょう」

 

「よく纏めてたわね」

 

「時間のロストは惜しいので、安全面以外で時間を削れる分は積極的に削ろうかと……誰がどのPDAを持つかは、また別途相談ですね。じゃあ行きましょうか」

 

「はーい」

 

 その他、隊列の並びや、それぞれの役割・担当を決めて出発する。

 これも大体事前に御剣先輩に考えて貰っていた事だ。

 御剣先輩なら、女性陣や中学生である勇治が安全寄りで、俺達がややリスクのある布陣にすると信頼している。

 ……口にしたら、御剣先輩以外の人に怒られそうだが、男二人の秘密って事で。

 

 

 

 歩いて数分、緊張からか沈黙が続く。

 思い出したように、俺は口を開いた。

 

「あぁそうだ。ちょっと気持ちを整理したいので、俺は矢幡さんに会おうと思っているんですが……皆さんはわざわざ見なくて大丈夫ですよ」

 

「いやいや、俺の首輪解除の為だからな! 逃げる訳にはいかねぇよ!」

 

 真っ先に反応したのは勇治。

 さては死体を見たいだけなのでは……と喉まで突っ込みがでかかったところで、瞳に怯えを感じた。

 あー、格好付けたい方か。それなら、気持ちを尊重した方がいいのかもしれない。

 男として、俺もそっち側だから……うん。

 

「ちゃんと矢幡さんを説得できなかったのは私なんだし……矢幡さんを追いかけてたら、もしかしたら止めれたかもしれない。だから、私も会いに行くわ」

 

「矢幡さんは俺達より年上なので、その辺は自己責任だと俺はドライに考えますけどね」

 

「それでも、よ」

 

「こうなったら、優希は何て言っても止まらないからな。せめて、俺も付き添うよ」

 

 桜姫先輩の強い意志を込めた瞳に御剣先輩は諦めたように話す。

 

 あの時、桜姫先輩が手塚に、俺が勇治に…………そして、矢幡さんに向かったのは郷田だった。

 人を信じられないから単独行動にした筈なのに、その結果危険人物に追われ、裏切られる最期って皮肉過ぎるな。

 

 人の身体は1つ、手は2本。

 誰か1人を止めれただけでも十分だろうが、そこは理屈じゃないんだろう。

 俺も姫萩先輩に対して後悔の念を抱いているため、共感はする。

 

「アタシは、もしかしたらアタシがやっていたかもしれない事と向き合わないといけないから……それに、進矢が苦しんでるなら支えたい」

 

「……あー、かりん1人だけ離れると危険だしな。それなら一緒に来てくれた方が良いか」

 

 かりんの真っ直ぐな瞳に射貫かれ、思わず目を逸らす。

 こういう事を直接言うのはズルいと思います。俺も結構言う方なのかもしれないが。

 なんだろう、お互いに攻撃重視で心のガードがボロボロなのかもしれない。

 

 羞恥で顔が熱くなる。

 

「素直じゃないな、川瀬」

 

「あら、微笑ましいじゃない」

 

「今、一番言われたくない人達に言われましたよ!」

 

「いや、どっちもどっちだからな」

 

 勇治がジト目でそう言った。

 恥ずかしさで、穴があったら入りたい……いや、この場面で落とし穴に落ちたら洒落にならないのだけど。

 それでも、できれば最後までこのメンバーで欠けることなく、頑張っていきたい。

 俺がそうするのだ、皆と!

 

「来るのは構いませんが! 折角食べた料理を吐くことだけは許しませんからね!?」

 

「はーい」

 

 かりんが笑顔で頷いた。

 信頼に応えるって結構大変だが、かりんが言った通り皆を守りたい。

 向こう側はどこまで想定して、どういう罠を張ってくるか分からない。

 それでも、誰も欠かさず速攻でゲームマスター郷田真弓を倒してやろう。

 そう決意するのであった。

 




次回:単話IFルートにしようかなと思ってます


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IFルート the night is long that never finds the day

【幕間3 戦闘禁止エリアでの攻防】
【第十四話 ゲームマスターの脅威】
から分岐

【幕間4 手塚義光の華麗なる逆転劇】
【幕間5 全てを疑え】
が同時並行で発生後


鬱展開注意です



 

 

 

――――――――――――

見るもの全ては夢のまた夢。

エドガー・アラン・ポー (米国の作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

――ビービー

 

『貴方は首輪の解除条件を達成する事ができませんでした』

 

「え……ど、どうして!?」

 

 首輪からの無機質な音声で、首輪を装着している少女――北条かりんは困惑の声を挙げた。

 

 ここは戦闘禁止エリアの中。

 手榴弾らしきものを外に投げ返した。

 その手榴弾らしきものは爆発ではなく、戦闘禁止エリアの外で煙をまき散らした。

 そこまでは良かった。

 

 しかし、そんな彼女――北条かりんの首輪のLEDが赤く発光し、無機質な電子音が鳴り響く。

 反射的行動だったが、あくまで行ったのは自己防衛だ。だからかりんには何が起きているのか理解できなかった。

 

 

「ここが戦闘禁止エリアだからだよ! この場所では、正当防衛すら戦闘扱いになるんだ! 外から攻撃されても、反撃できないんだ!!!」

 

 

 そんなかりんに殆ど悲鳴のような絶叫である長沢の言葉が頭に入ってくる。

 戦闘禁止エリアの罠に気付いた時には、全てが手遅れだった。長沢はこれでも賢しい子供である。だから、一度は守ろうとしたかりんの死が逃れられない事も、その責任がルールの穴に気付けないまま戦闘禁止エリアに入ってしまった自分にある事も……全て気付いてしまった。

 

 取り乱した長沢を見て、かりんの心は逆に安定を取り戻した。1つずつ現実が頭の中に入ってくる。

 自分の死の確定、敵はまだ居て仲間は依然として危険な状態にある。

 ……そして、何よりも、妹のかれんを守らなければならない。大切な人の存在が、かりんを正気に引き戻す。

 そして、やらなければならない事を自覚した。

 

 

「……そっか、長沢は凄いね。全然分からなかったよ。アタシのPDAを渡しておくから……かれんの事、お願いするね」

 

 

「な、何を……言って……」

 

 

 錯乱したかりんに、責められる事を想像していた長沢は呆然とした表情で答える。

 かりんの手は震えつつも、無理矢理笑顔を作り出していた。これが、かりんの姉としての最後の意地とも言えた。

 

 

「川瀬さんに……よろしくね!」

 

 

 そして、かりんは無理矢理PDAを長沢に押しつけ、コンバットナイフを手に走り出した。

 投げ返した催涙ガスグレネードの煙の中に突入し、戦闘禁止エリアの外へと。

 

 

「ケホッケホッ!」

 

 

 催涙性のガスに耐えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッゲホッ……引っかかってくれたのは良いけど、ちゃんと私がダメージを受けないと戦闘扱いにならないのが珠にキズよね」

 

 

 一方、戦闘禁止エリアの外ではこのゲームの進行を管理しているゲームマスター――郷田真弓が咳き込んでいた。

 目から涙が出て鼻腔が刺激されるが、目標は達成した。参加者を直接殺す気はなかったが、ルール違反に誘導させる事こそが今回の目的である。どちらが違反に引っかかったかは分からない。それでも問題はない、彼女の目的は達成した。

 

 だから、後はその場を離れるだけだった。

 

 

「……あら、判断が速いわね」

 

 

 郷田は目の涙を拭いつつ、戦闘禁止エリアの中から駆けだしてくる音を拾う。

 郷田の知る限り、ルール違反を行った人間が辿る末路は限られている。

 訳も分からず死ぬ。恐慌状態になる。周囲を道連れにしようとする。ペナルティからなんとか生き延びようと足掻く。

 そして、今回の場合は――仲間を守る為、ルール違反の原因に相打ち狙いで最後の攻撃を仕掛けてくる事だ。

 

 レアなパターンなので、こっちの方が盛り上がる。――相手がゲームマスターの郷田じゃなければ上手くいった……かもしれない。

 

 

 「ケホッケホッ……!」

 

 

 目を閉じて、涙を浮かべながら郷田は戦闘禁止エリアの外に駆けてくる北条かりんの姿を目視する。

 その首輪には赤い発光……ルール違反の証が点灯していた。

 

 無意識に、郷田は口端を吊り上げる。

 このゲームのショーとしての意味を考えるなら、北条かりんの方が都合が良かった。理由は2つある。

 1つ目は、北条かりんの首輪解除が目前だったこと。初日である今、まだ首輪解除者は出したくなかった。

 もう1つは――

 

 

「はい、残念でした」

 

 

――パァン!

 

 

「……え……ッ!?」

 

 

 郷田は拳銃を早抜きし、かりんの右膝を撃ち抜いた。熟練の技で、催涙ガスにやられていたかりんは訳も分からずに走った勢いそのままに地面に転がる。

 

 

「ぐッ……! ちく……しょ……う……ッ!」

 

 

 負け惜しみの言葉がかりんから紡がれるが、激痛と共に足が言うことを聞かない。

 これでもう、北条かりんの希望は摘まれた。

 

 

「結局、貴方も貴方のご両親も、私に希望を摘まれるのね。運命って残酷よね~」

 

 

「そ、それって……どういう……!」

 

 

 立ち上がろうと歯を食いしばるかりんに対し、郷田はペナルティからの安全な距離を確認する。

 郷田は慎重に近づきながら口を開いた。

 

 

「良い? 3年前の話よ――」

 

 

 ショーの演出の為に、郷田は口を開く。ペナルティ執行までのほんの僅かな時間に北条かりんを絶望に叩き落とさなければならない。

 郷田真弓はこの瞬間が大好きだった。そして、全てに集中しているが故に背後が疎かになってしまったのだ。

 

 倒れている北条かりんを見下しているところに、郷田の背後から木刀が降りかかってきた。

 

――グキッ

 

 

「きゃ……!?」

 

 

 それは、物理的にも心理的にも完全な不意打ちだった。

 郷田はまず右肩に何かが折れた音と共に鈍い激痛を感じる。そして足元に衝撃が走り、地面と衝突する。たまらず、拳銃を取り落とした。

 

 郷田真弓は突然の激痛に耐え忍びながら、至近距離から大声を聞いた。

 

 

「北条さん! 大丈夫か!?」

 

 

 それはまだ、遠く離れた場所に居た筈の1階から、この場所に急行してきた川瀬進矢の声だった。

 

 

「ふふっ……でも、ちょっと……手遅れだったわね」

 

 

 郷田は受け身を取れず、そのまま地面に衝突するが……薄れゆく意識の中で、辛うじて口から毒を吐いて見せた

 

 

 

 

 

 

 

ビービー

 

『貴方は首輪の解除条件を達成する事ができませんでした』

 

 地獄の長距離走を終わらせた俺が見た光景は、やはりまた地獄だった。

 渾身の力を振り絞って、郷田の頭に振り下ろしたい衝動を堪え、右肩に木刀を叩きつけた俺はそのまま郷田の足を払い、北条さんの元に駆けつける。

 右足を撃ち抜かれた北条さんの首輪は赤く発光している。

 それは、最初に犠牲になったPDA『7』の持ち主、漆山権造と同じ現象だ。

 

 

「川瀬さん……生きてて、良かった。でも……アタシから、離れて!!!」

 

 

 北条さんからは安堵と、悲痛にも似た懇願の大声。

 彼女は自分の運命を悟り、そして俺を巻き込まないようにしているのだ。

 そんな姿が、つい先程亡くなった姫萩先輩と重なる。

 正直、吐きたいし泣きたい……それで、事態が解決するなら、それこそ幾らでも。

 

 

 ――全く、どいつもこいつも。

 

 

 だが、俺は自分の思うより諦めの悪い人間だったらしい。

 つい数時間前、俺は北条さんと長沢に言った。

 『このゲームを生き残る上で一番大事な事は最後まで諦めずに、思考を止めないこと』……自分で実践する時が来た。

 

 だから、そのアイディアが頭に浮かぶのに秒も必要無かった。

 そう、この局面だからこそ取れる最終手段が此処に存在する。

 

 

「諦めるな北条さん! 顎を挙げろ! 目を閉じて、震えを止める! ……そして――後は俺を信じろ!」

 

 

「……え」

 

 

「早く!!!」

 

 

 郷田が取り落とした拳銃を拾い、ペナルティに巻き込まれるのも厭わずに北条さんに素早く近づき、首輪に銃口を向ける。

 驚いた北条さんと一瞬だけ目があった。

 

 

「う、うん……分かった! 駄目だったら、かれんをお願い」

 

 

「いいや、君を連れて帰るね」

 

 

 そして、北条さんは目を閉じて、首輪を狙いやすいように顎を上げた。

 全く、このゲームで出会う奴らは勝手に人を信じやがって……! 俺は信頼なんてそんなに返せないぞ……いや、もう首輪を撃つしか無いのだが。

 

 視界の端で壁に穴が開いて、銃口らしきものが出てくるのが見える。もう一刻の猶予もない。

 

 

 南無八幡大菩薩――!

 このタイミングで一番縁起の良い祈りの言葉は思いつくが、祈りでちゃんと当たってくれる訳でも無い。

 古文の授業を思い出す。

 平家物語だったか、遠く離れた波打つ小舟の上にある竿の先に付いた扇の的を射貫くよりは楽勝だ!

 なんで比較対象がソレなんだよぉおお!!!

 

 現実逃避したいのは山々だが、集中しろ……俺……!

 

 疲労もあるが、恐怖と共に汗びっしょりで全身が震えている事が分かる、照準を付ける時間は一瞬しかない。知識としての撃ち方だけは知っているが、実銃を触り撃つ事なんてこれが初めてだ。やたら銃が重い。悪い事ばかり考える。

 だけど……一番不安なのは北条さんだ。

 だから、覚悟を決めなければならない。

 彼女の悲願を遂げるために……!

 

  

『さようなら北条かりん様』

 

 首輪の音声に急かされるようにして、俺は重い引き金を引いた。

 

――パァン!!!

 

 鮮血が飛び散る。

 

 首輪は表面が僅かに欠けたのは確認できたが、その後すぐに赤で俺の視界は覆われた

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 ……諦めてた訳ではない。

 けれど、本当は分かっていた。

 現実的なやり方ではない……ということは。

 

 やはり、俺は北条さんを助ける事はできなかった。

 ……俺が、殺した。

 

 機械音がやけに遠くに感じる。

 このまま北条さんはペナルティで、身体が蹂躙されるのだろう。――至近距離にいる、俺ごと。

 それでも構わない……疲れた。

 働かない思考の隅っこで、冷たくなった俺は静かにそう感じた。

 

 

『またのご利用を御待ちしています』

 

 

「馬鹿野郎おおおお!!!!!!」

 

 

――ダダダダダダダダ!!!

 

 電子音と長沢の声、銃声がほぼ同時に聞こえ。 

 衝撃と共に俺の身体は宙に投げ出された。

 グチョリと、既に何度か感じ……そろそろ慣れてきそうな肉片と血の感触を感じる。

 

 痛みは……無い。

 

 

「……え?」

 

 

「へへ……良かった……」

 

 

 正気に戻った俺は、身体に感じる重みから長沢の声を聞いた。

 違う、身体が赤く染まった長沢が俺の上に乗っている。

 俺を突き飛ばした長沢が、俺の代わりに銃弾をその身に受けたのだ……そう理解が追いつく。

 ただ、頭の中では理解できただけで、脳が納得を拒んでいた。

 

 

「ちぇ……本当は格好良く、突き飛ばして……無傷を狙ってた……んだけど……ゲームの……主人公みたいには、いかない、な」

 

 

「な……何やってるんだよ! 長沢! お前、誰かを庇うとか……そんなキャラじゃないだろ!?」

 

 

 依然として、銃弾は北条さんに降り注ぎ、北条さんの身体は痙攣を続けている。

 だが、その方向に意識を向ける余裕すら俺には無かった。

 横一列に銃弾を掠めた長沢は明らかに致命傷で……それは本来俺が受けるべき銃撃だったからだ。

 

 

「俺さ……本当は、北条の奴も……守ってやるつもりだった、んだぜ? ――ゴホッ」

 

 

「喋るな……待ってろ! 長沢!」

 

 

 長沢は口から血を吐く。

 両手で傷口を押さえようにも、血は流れ落ち続け……どんどん長沢の身体は冷たくなっていく。

 死ぬべきだった俺が生き延び……死ななくて良かった筈の長沢の身体が……。

 

 急いで救急箱を荷物から取り出すが、包帯は既に使い切っていた。

 尤も、合っても無くても何も変わらなかっただろう。

 ……この行動自体、ただの現実逃避に違いないのだ。

 

 

「け、っきょくさ……僕は主人公じゃ……無かったんだよ。かなしい、けど……それだけだよ……」

 

 

「長沢……ごめん、ごめんなさい……」

 

 

 寂しそうに悟った顔で、長沢は小声で言葉を続ける。

 声の小ささと銃声で殆ど掻き消えてしまうため、俺は長沢を抱きしめて至近距離でその言葉を聞き漏らさないように聞いていた。

 他に出来る事は何もなくて、だというのに感情が死んだように涙が出てこなかった。

 

 

「謝らな、いでよ……僕じゃ勝てなかったけど……お兄ちゃんなら、きっと……ゲームを、託す……よ」

 

 

「……」

 

 

 こうして、長沢の音が全て途絶えた。

 

 何度繰り返せば良いのだろう?

 どうしてこうなってしまったのだろう?

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 身につけている【Q】のPDAが絶え間なく振動を続ける。

 プレイヤーカウンターの生存者数の減少を通知しているものだと思われるが、それを見ようとも思わなかった。頭を支配している事は唯1つ、後悔だ。

 

 俺を信じてついてきてくれた3人は皆……死んでしまった。

 それに比して、今の自分は殆ど無傷だ。

 体力的には底を尽きているかも知れないが、外傷という意味では右腕に掠った銃創のみ。

 これが意味する事は……もう1つしかあり得なかった。

 

 

(そうだよ、どうして今まで気付かなかった? どうして期待してしまったんだ……)

 

 

 【俺を信じたのが悪い】……そう結論付ける事ができる。

 昔、虐めや理不尽に屈せずに馬鹿正直に真っ正面から対抗しようとした時、俺から幼馴染みや親友だと思っていた人物はどんどん離れていった。手を差し伸べた筈の、虐められていた人物すらも、俺を虐める側にいつしか回っていた。

 ……だが、間違っていたのは俺で、正しかったのは彼等だったとしたら?

 俺を信じて着いてきたら、きっと俺はその元友人達を死なせるか……それに準じた不幸に突き落としていたに違いないのだ。

 

 姫萩咲実、北条かりん、長沢勇治がそうなったように。

 

 ……桜姫優希は、俺にとって太陽のように輝かしい人間だったと思う。

 それに同調し、彼女のように俺もできるなんて……大言壮語と言うのすらおこがましい待望を抱いてしまったから、俺は皆を殺してしまったんだ。

 さながら、ギリシャ神話で太陽に向かって蝋の翼で飛び立ったイカロスのように。

 結局のところ、俺は彼女も裏切る事になってしまうのだろう。

 これはもう、殆ど確信と言って良かった。

 

 

(だが、外道には外道なりに……最期に、やる事があるだろう!?)

 

 

 それでも、立ち上がる力は尚も全身に溢れてくる。

 殺意や復讐心というより、それは使命感に近かった。

 俺の中で何かが壊れたのか、あるいは誰も助けなくて良いと開き直った事で重荷が無くなったのか、理由はもうどうでも良かった。

 

 いつしか、警備システムの銃声はやみ、蜂の巣と形容すべき穴だらけの北条さんが目の前に居た。

 そして、その後ろにはふらふらと立ち上がって踵を返そうとしている1人の姿がある。 

 俺は銃を持つ力を強め、この場からこっそり離れようとしていた郷田真弓に銃口を向ける。

 

――パァンパァンパァンパァン!!!!!

 

 

「あ、ぐっ……!?」

 

 

 銃弾を撃ち尽くす勢いで発砲する。

 反動で腕が悲鳴を挙げそうになるも、皮肉にも北条さんを撃った事で反動の威力は把握済みだった。

 右肩の骨が逝ってたのか彼女は俊敏に動く事ができず、そのまま身体にいくつかの穴を開けて倒れ伏す。

 

 

「ハァハァ……」

 

 

 残弾が無くなった事を確認すると、拳銃を放り捨て立ち上がる。

 歩きながら落ちている木刀を拾い上げ、郷田の元にふらつきながら進む。

 彼女に襲われるのは2回目で……推定、このゲームを主催している側の人間。

 だが、こうなってしまえば、彼女も所詮はただの人だった。

 少なくとも、死は平等――同じ人間に違いなかった。

 

 

「言い残す事があれば、聞きますけど?」

 

 

 胴体に二発、左腕に一発、死ぬかは分からないが……治療無しなら放っておけば死にそうな傷。

 郷田は荒い息をしながら、俺と眼を合わせた。

 その顔に皮肉げな笑みを浮かべながら。

 

 

「……かわせ、しんや……貴方の、せい、よ」

 

 

「はい?」

 

 

 息をするのも苦しいのか、その音量は小さい。

 だが、はっきりと聞き取る事が出来た。

 その呪いの言葉を。

 

 

「エクストラ、ゲームを起こしたのも……かりんちゃんの、死も、長沢君の死も……そもそもの咲実さんの死も、全部……貴方の行動がきっかけで――」

 

 

――グチャリ

 

 全身全霊の力を込めて木刀を郷田真弓の脳天に振り下ろした。

 勘違いされる事もあるかもしれないが、木刀は十分人を殺せる武器だ。

 初めて自分の意志で、それを執行した。

 郷田の頭が割れ、中から赤いモノが零れ出す。

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 PDAが振動し、郷田の死を通知した。

 

 

「そんなの……言われなくても、分かってる。全部、全部……分かってる」

 

 

 物言わぬ姿になった郷田に話しかけながらも、【Q】のPDAを取り出した。

 

 

【生存者数 6名】

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

【生存者数 5名】

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

【生存者数 4名】

 

 

「なんで、俺は……まだ、生きてるんだよ」

 

 死屍累々の惨状に対して、最初に出てきた感想はそれだった。

 最早、俺の帰りたい場所……帰るべき場所なんてどこにも無かったけれど……簡単に死ぬ事すら許されないのかもしれない。

 それならそれでもいい。

 俺が誰も守れないと言うのであれば、せめて俺のような外道を殺し続けるまでだ。

 そうすれば、何時かは死ねるだろう。

 

「あぁ、そうだ……郷田の首を斬って、首輪を回収しておくか」

 

 良心が欠乏した俺は、亡きかりんの持っていたコンバットナイフを手に郷田に近づいていくのだった。

 別に恨みがあるとかそういう訳では無くて、誰が生き残ってるにせよただ首輪が必要だったからだ。

 

 こんな時でも、普段通りに頭が回るのが妙に腹が立つ。

 確か、死刑執行人の斬首や切腹時の介錯は熟練の技だという。

 首切り素人で包丁すら余り扱った事のない俺は大変苦労するだろう。

 斬首失敗は珍しくなかったし、失敗して苦しんで死ぬ事が多かった。

 だからこそ、サクッと痛みも無く死ぬ事ができるギロチンは当時【人道的な処刑方法】として知られたのだ。

 さてさて、ギロチンがどれだけ人道的だったか、歴史の体験学習の始まりだ。

 

「無駄に傷付けたくは無いけど、我慢してね?」

 

 返事がないのは分かりきっていたので、それは独り言で感傷も同然だった。

 そのまま俺は、無感動に郷田の首にコンバットナイフを振り下ろした。 

 

 

 

 

 

 

「どういう……こと?」

 

「なにが、起こってるんだ?」

 

 それはもう嫌な予感で済むようなものでは無かった。

 1階で周囲には男性の焼死死体が一人、男性の銃殺死体が一人。

 そして、生きて立っているのは高校生の男女二人だけだった。

 その内の片方である女子高校生――桜姫優希は手塚を看取った後、PDAに表示されている生存者数を確認していた。

 

【生存者数 4名】

 

 1時間前、エクストラゲームが始まった時には12人が生きていた筈だった。

 それが、今となっては3分の1の4人。

 

 生存者を確認する。今、この場にあるのは優希と、総一。

 そして亡くなった手塚義光と体格の良い男。あの短時間で、渚が死んだとは考えにくい。

 つまり、二手に分かれた側の川瀬進矢側で何かが起こったのだ。

 川瀬進矢、長沢勇治、北条かりん、郷田真弓の内、生き残っているのは1人だけ。 

 

 最悪の場合は郷田真弓が生き延び、最良でも仲間を二人失っている。そんな状態だった。

 手塚の死を悼む時間すら無い。急いで手塚のPDAである【10】を回収し、優希は総一に手早く簡単な事情を説明した後にトランシーバー機能を使用した。

 

「誰か! 誰か聞こえる!? お願い、応答して!!」

 

『ん、あぁ……桜姫先輩ですか。良かった生きてるみたいですね。御剣先輩は大丈夫です?』

 

「え……えぇ。川瀬君も、良かった。すぐ向かうわ、その場でじっとしてて!」

 

 PDAの向こう側からは、つい先程別れた川瀬進矢の声が聞こえた。

 ……そう、こんな状況なのに取り乱した様子も無く冷静な声だったのが、逆に不気味だった。

 良からぬものを感じた優希は、今の進矢を一人にしてはならないという直感を感じたので、すぐに向かう旨を伝えた。このゲームで一人ぼっちになる心細さを、優希はよく理解していた。

 

『……となると、手塚と綺堂渚が死んだという事ですか?』

 

「違うわ、私達以外で生きているのは渚さんよ。一応、気をつけて」

 

『そういうことか。なるほど……それは良かった。では、桜姫先輩……違うか、桜姫優希。来なくて良い、これでさよならだ』

 

「だ、駄目よ! それは、駄目!」

 

 だが、進矢から返ってきたのは明確な拒絶の反応。

 どうしてそんな事を考えてしまうのか、細かい事情は分からないまでも察する事は出来る。

 皆の死の責任を感じている。

 優希がそうなのだから、直接仲間の死に立ち会ったであろう川瀬進矢の心労が如何ほどか……想像することすらできなかった。

 

『殺した』

 

「……え?」

 

『姫萩咲実、北条かりん、長沢勇治、郷田真弓……全員俺が殺した。次は綺堂渚。貴方たち二人が最後。これで、このゲームは終わりだ』

 

「止めて! 貴方はそういう人じゃない筈よ! お願い、頭を冷やして!」

 

『このゲームが始まって以来、一番頭が冷えてると自認してる。それじゃまた、次に会うときは敵同士ということで』

 

――プツリ

 

 トランシーバー機能は完全に停止した。

 ……止めなければならない。

 震える手で『10』のPDAを持つ優希はそう思った。

 ボロボロなのは、今生きている全員だ。

 それでも、川瀬進矢を一人で行かせてしまったのは優希の責任である事は間違いなかった。

 

 しかし、彼女の願いが果たされる事は無かった。

 優希と総一の行く手をシャッターが阻む。

 遠回りしても、また別のシャッターが。

 どの道から抜けようとしても、二人の居る場所は囲まれていた。

 

『お待ちかね! エクストラゲィィム!』

 

「どういうことだよ! スミス! どうして、この場所から出られない!」

 

『二人共! ごめんね! 長沢君の分の裏切りボーナス分が、川瀬君に権利が移ったんだけど、【君達二人を隔離して欲しい】って! 期限はゲーム開始から20時間の経過か、4人の内誰か1人が死ぬまで! ボーナスだから、仕方無いね!』

 

 防火シャッターの種類までは知らないものの、化学工場用の防火シャッターだろうか?

 普段目にする防火シャッターと比較しても遙かに強高度な事は見た目で分かる。

 

「ふざけ……ないで! こんな、シャッターなんて……ッ!」

 

 それでも、優希は手が真っ赤になるのを厭わず叩き続けた。

 そんな優希を、総一は迷わず抱きしめた。

 

「……総一」

 

「お前は凄いよ。この異常な空間でも、普段と変わらない優希で居てくれて、俺は凄く嬉しい」

 

「そんなこと、ない。私は、何も……できてないのよ、総一」

 

「この前、約束したよな。お前に自慢できる俺になるって。大丈夫、優希のやりたい事は必ず俺がやらせてみせる……その為の道は俺が作るよ」

 

 総一は決意の籠もった声でできるだけ優希を安心させるように囁いた。

 この時、優希は総一が自分の世界を支えてくれる掛け替えのない人物であると再認識する。

 総一もまた、このゲームで変わってなかった事に安心感を覚える。

 

 ……だからこそ、不安な面もある。

 もしも、川瀬進矢が総一に会えなかった優希だという仮説が正しいとするのなら。

 その場合の行動は――優希にはなんとなく予想が付いてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ダダダダダダダダダ!!!

 

 殺し合いゲーム会場――3階。

 赤く染まった黒と白のゴスロリ服着た女性――綺堂渚はひたすら走り続けていた。

 追うものではなく、追われる側として。

 探知機能の使用、ジャマーソフト、サブマシンガン、ドアコントローラーによる逃走妨害。

 物量からの詰め将棋のごとき押し込みを受けていた。

 

 それ以外にも渚に不利な要素は幾つかあった。

 残り生存者数が4人ということで、ゲームマスター権限が渚に渡ることが無かったのが1つ。

 もう1つは、20キロ前後はある撮影機器を外さない状態で戦っている事だ。既に、サブマスターとしての役割を終えた渚ではあったが、外す気にはなれなかった。

 ……無意識に死を望んでいたのかもしれないが、それは渚すらも分からぬ事であった。

 

 

(エレベーターも使わずにどんな魔法を使って一気に5階まで駆け上がったのかしら? そして、組織側の人間がプレイヤーを武装で圧倒するのはアウトでも、逆はセーフ、か。やっぱり、年貢の納め時だったのね)

 

 

 そして、最後の1つに生き残る意志がどうしようもなく欠如していたことだ。

 今の川瀬進矢は武装面では圧倒しつつも、慎重な堅実さを崩していない。

 それでいて、巧妙で狡猾だ。

 現に今、少しずつ逃げ道を失っている。

 

 練度だけでは、どうしようもない差が開いていた。

 

 

(それでも、捨て身でいけば2~3割の勝機は見いだせるけど――)

 

 

 此処に至って殺人への躊躇。

 自分は本当にどうしようもない人間だと、渚は自嘲するしかなかった。

 渚は川瀬進矢と話した事はないけれど、チラッとだけ見た川瀬進矢の表情はギラギラした頃の自分とそっくりだと直感的に感じる。彼女が、麻生真奈美を裏切り……人間の全てに絶望し、組織側の人間になったその時と。

 

 だけれども、その在り方は全然異なるように思えた。

 故に、渚が立っている理由は生きる意志ではなく、ただの敵愾心だった。

 それも恐らくは、八つ当たりに近い何かだった。

 それだけ彼のような存在を認めたくなかった。

 

 

(うん、彼を殺そう。私は、全力で貴方を否定するわ! 川瀬進矢!)

 

 

 逃げながら自分の意志を固め、地図を見ながら反撃するポイントを見極める。

 この時の渚は、少々ゲームを俯瞰する視点が足りてなかった。

 

 自分が誘導されている事に気付いた時は、既に手遅れだった。

 

 

「え――きゃっあ!?」

 

 

 渚は移動したポイントの近くで、天井が開き爆弾が落ちてくるのを目視した。

 大爆発の衝撃が渚を襲う。

 

 その技は例えるなら空爆だ。

 

 【ドアのリモートコントロール】と【爆弾とそのコントローラーのセット】の合わせ技で、天井から落ちてくる爆弾に渚は辛うじて伏せる体勢しか取れなかった。

 だが、それも寿命を少しだけ延ばす結果をもたらしたに過ぎず、顔と頭だけは守れたものの爆発で渚はその胴体に致命傷を負うこととなった。

 

 組織側の人間が、プレイヤーにゲームギミックで翻弄されるとはなんたる皮肉だろう。

 薄れゆく意識の中、渚は自嘲する。

 

 

――カチャリ

 

 

 そのまま意識が重くなっていくままに身を任せようとした渚は、すぐ近くで発生した音が意味分からなかった。

 目を開くと、川瀬進矢が渚をのぞき込みつつ、渚の両腕に手錠を掛けていた。

 

 

「どういう、つもり……?」

 

 

「ハァハァ……良かった、ちゃんと生きてた。いや、大した事じゃないんだけど、桜姫優希が最期に貴方と話したそうだったので、無力化しておいた」

 

 

「はぁ……馬鹿なの? それが、さっきまで……殺し合い、してた相手に対するたい、ど……?」

 

 

「……それに対する回答としてはそうだな、まず馬鹿なのは肯定するとして……殺し合い初心者なので、お手本を見せてくれればありがたい」

 

 

 ゴン、渚は弱々しく手錠のついた両手を進矢に叩きつけた。

 殆ど力は残っていなかったが、ムカついたのだ。こんな人間に負けた自分が、恥ずかしい。

 

 

「普通は……もうちょっと憎悪を向けるものよ。呪いを吐き合うの。私は組織の人間よ……多くの人を裏切って、殺した……のよ」

 

 

「あぁ、成程……桜姫せんぱ――、桜姫優希が貴方を助けたいって言った理由が分かったような。そういうことか」

 

 

「なに、一人で……納得、してるのよ」

 

 

「いや、お金に困ってるなら、桜姫優希に頼る? 通話ならPDA渡すけど」

 

 

 ゴン、ゴン! 渚は力の限り、進矢を叩き続ける。

 どうにも話がズレる。

 少なくとも、渚にとってあり得たかも知れない死の光景にこんなものはなかったし、これまで渚が見てきた死の中でもこんなのはなかった。

 

 自分の考える人間像から、川瀬進矢が外れすぎていた為、叩き続けた。

 寿命が縮む原因になることが分かっても、ずっと。

 

 

「要らないわよ、そんなの……そんなことより――貴方はどうする、つもり?」

 

 

 そうして、渚は自分の悲願であった家族の救済を放り投げ、進矢の意図を聞く事にした。

 お金に困ってるなら桜姫優希に頼れ、つまりそれは自分の生存を諦めた事に他ならない。

 意図は分かるが、本人に直接聞きたかった。

 

 

「別に大した事じゃない、死んだ方が良い人間は……もう一人いるってだけだ」

 

 

「そんな事、しても……あの女は貴方に感謝する事は……わよ。やっぱり、馬鹿じゃない、の……」

 

 

「馬鹿な事はさっき肯定しただろ。俺は間違い無く……桜姫優希を裏切ったのだから、罵倒される位が丁度良いし罵倒して欲しいよ。おっと、そういう事か――成程成程、俺、絶対罵倒なんてしてやらないわ」

 

 

「なに、それ……やっぱり、私……貴方の事がどうしようもなく、大嫌い、みたい……」

 

 

 裏切り……相手を生かすために非道に手を染める裏切る。

 それは、かつてこのゲームで親友を裏切って生還した渚にとって……ありえない裏切りと言って良かった。

 そんな優しい裏切り者に対する最後の障害となり、殺される事になる以上の皮肉な死に方はないだろう。

 こんな死に方をする位なら、今まで渚が見てきた人間に殺される方が余程マシだった。

 

 そして、渚は己の命が尽きつつあるのを悟り、川瀬進矢の手を手錠のついた両手で握った。

 言葉とは裏腹に、身体から失われる熱量が恐ろしく、人の温もりに縋りたかった。

 

 

「気が合うね、俺も俺の事……大嫌いだ」

 

 

「そう……ふふ、実は……私もなのよ……」

 

 

 渚は思う。

 やはり自分は罪深い存在なのだと。

 川瀬進矢という男が、自分と同じ所まで堕ちてきた事に……嬉しさを感じてしまう。

 堕ちてくれたからこそ、この温もりを感じ取れるのだ。

 自分とは全く異なる希望を見る事ができたのだ。

 

 あるいは、最後の最後ではなく……もっと早く会えてれば何か変わったのだろうか?

 それはもう、ありえないIFの話だ。

 つまらない現実逃避……それでも、今までの彼女自身の軌跡を思い……考えずに居られない。

 

 こうして、綺堂渚はその命尽きるまで、川瀬進矢の手を握り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【生存者数 3名】

 

 

 

「思ったより、早かったね……どういう裏技を使ったのかは知らないけど」

 

 

「いいえ、遅かったのよ……私達は遅すぎた」

 

 

 

 綺堂渚が死んでほんのすぐ後、桜姫優希と御剣総一が駆けつけてきた。

 探知機能を使って、二人がエクストラゲームを終える前に隔離を突破したのは見えていた。

 ゲームを主催している連中のやることだ、縛りに抜け道を作る事は意外でも何でも無いが……それでも感心する。同時に、俺のための急いで駆けつけた事に後ろめたさを感じるが。

 あとは『Q』のPDAを持った俺が、【Qの所有者の殺害】が解除条件である『A』のPDAの持ち主である御剣総一に殺されれば【自分以外の生存者数が一名以下】の『9』の条件と同時に解除条件が達成され、俺の目的が叶うだろう。

 しかし、ここで1つ計算外が発生した。

 二人が来るのが早すぎる……殺される為の仕込みが何も出来ていない。

 時間に余裕があれば、ミステリー小説で稀によくあるトリガーを引いたら、下手人も無自覚に自動で相手を殺してくれる複雑なトリックに挑戦したかった。

 

 

 無い物をねだっても仕方ない、駆けつけた二人に俺は拳銃を向ける。

 他に出来る事は何も無かった。

 あとは、俺がなんとか御剣総一に殺されるだけだ。

 目算が崩れ去った以上、それが一番の難題だった。

 

 

「決戦の場は整えた。さぁ……ファイナルゲームだ!」

 

 

「俺は――絶対にお前を殺さない!」

 

 

 不敵な表情を作る俺に対し、御剣総一は高らかに宣言した。

 その言葉に、桜姫優希と再会を果たした時の事を思い出す。

 

 

『貴方の恋人である、御剣総一先輩のPDAの解除条件は【A】、【QのPDAの所有者を殺す】ことです。で、本当に色々あった結果、結果的に今のQの所有者は俺になっています』

 

 

 こんな事を以前、桜姫優希に言ってしまったから、意図が全部バレているようだ。

 口は災いの元だ。難易度大幅アップである。

 

 やれやれ……此処で否定するから、逆に二人を生かしたいという思いが強くなる。

 こういうのを何て言えば良いのだろう? 殺され甲斐がある?

 傍目から見れば滑稽にも見えるだろう。殺さない為、殺される為の最終決戦が始まった。

 

 

 

 

 





元々、この小説を書き始めた時は大雑把に二通りのルートを想定しており、その内の片方です。割とダイジェストなので、省いてる箇所も多いですが。
片方をお蔵入りにするのは、少し寂しかったのでIFルートとして放出しました。
『進矢が長沢にエアダクトの事を伝えるか否か』、『戦闘禁止エリアで長沢がエアダクトを思い出せるか』でこっちのルートに分岐します。特に選択の違いとかではないので、遠いようで紙一重の世界線です。
SSのタイトルは、こっちのルートを意識して作ったものです。




こっちのルートで最初の段階に決まっていたのは
①解除条件『3』の達成、一番最初は仲間殺し(長沢かかりんのどっちか)。介錯でもルール違反からの首輪撃ちチャレンジでも良い。
②仲間が全員死んだ時点で桜姫優希と御剣総一以外の皆殺し決行。
③『Q』を持った状態で、総一に殺されて死ぬ。生還者は桜姫優希と御剣総一(EPⅠ準拠だから、生還者数も含めてEPⅠっぽいEND)


で、後は割と流れで書いてます。
流れで書いた所為でこっちのルートなら初日で終わる勢いですね。
IFルートで使った裏技は本編で種明かしするかもしれません。


進矢君強キャラにして反省しているような、そうでもしないと生存がご都合主義になってしまうような難しい……。あと、ここまで読んだ原作プレイ済の方には分かると思いますが、進矢君のキャラ造形の4分の1は渚さんの原作における言動の影響を受けてます。


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第二十二話 それぞれの境界線

 

 

 

――――――――――

あらゆる人間の心の中に、善と悪の境界線が存在する。

アレクサンドル・ソルジェニーツィン (ロシアの作家)

――――――――――

 

 

 

 

 

 美人系、可愛い系、癒やし系、色とりどりの美女・美少女が集まったこの殺し合いゲームショーだが、純粋に一番美人なのは矢幡麗佳さんだろう。俺の適当評価で良ければ、他の女性はクラス上位勢とすると学校トップ狙えるのが矢幡さんだ。グレードが違う。

 何が言いたいかと言うと、不謹慎な話にはなるがそれが矢幡麗佳の遺体だと分かっていても一種の芸術じゃないかと俺は思った。

 

 白いワンピースは真っ赤に染まっており、腕は組まれて、顔にはタオルを掛けられている。タオルを取るとその瞼は閉じられていた。あの男が殺してから、わざわざ整えたのだろう。……血と状況が分からなければ、あるいは眠っているものと勘違いしていたかも知れない。

 死体は胸部に銃創が数発分……流れてる血からも考えて、恐らく心臓を撃たれての死亡。幸いなのは即死に近く、苦痛をあんまり感じなかったであろうということくらいか。

 

「思ったよりも、大したことねーな。あの最初の男と比べたら全然だ」

 

 スプラッターな死体を以前見ていた勇治も俺と同じ意見なのか、口に出す。

 

「本当に、この人が裏切られて殺されたの? ……その、もっと酷い状態かと思ってたよ」

 

 一方で、かりんは声色としては震えているものの、困惑の色も混じっている。俺の服の裾を握ってくるのが可愛いので、かりんの手を握っておいた。

 

「確かにな……死体に慣れてきた自分が嫌になってくるよ」

 

 御剣先輩もまた桜姫先輩の手を握り、自嘲気味に呟いた。

 それでも、ペナルティによる惨殺死体と比べたら天地の差だろう。

 死体を見慣れているであろう警察官や救助隊ですら、陰惨な現場におけるスプラッター死体で心を病む事はあるのだから、ゲームが終わったら何度か夢見るかもしれない。……生きて帰れれば。

 

「犯罪心理学的に言うのなら、殺人を犯せば普通は罪悪感がある。だから殺した相手をそれ以上痛めつけない程度の善性があったんだろう、殺した男には」

 

「彼のやった事は絶対に許さないし、大嫌いだけど。姫萩さん、矢幡さん、手塚の3人を殺した人とはいえ……あの男もまた、このゲームに無理矢理参加させられた被害者でもあるのよね」

 

「……100%悪い人なんて居ないでしょう。100%良い人が居ないのと同様に」

 

 桜姫先輩の言葉に返しながら思いを馳せる。殺した人も、殺された人……それぞれがちゃんと人間だった。皮肉な話だが、それを再確認する。

 

 そこまで考えたところで、握っている手の震えを感じて、憔悴した様子のかりんに目を向ける。幸か不幸か、このゲームで今まで遺体を見る事が無かったかりん。それはある意味で運が良かったとも言えるし、悪かったとも言える。

 だが、遅かれ早かれなら今のうちに見るべきではある。これ以上、同じ光景を生み出さない為に。

 こんなもの、本来は彼女の受けるべき試練ではないのは確かだ。一方でかりんの選択には、尊重したいとも思う。だから、寄り添おう。どこまで寄り添えるか分からないが。

 

「かりん、大丈夫か?」

 

「う、うん……大丈夫。ただ、早い内に進矢や他の皆と会えなかったら……アタシ、とんでもないことをするところだったんだなって思ったら……怖くて……」

 

 見るからに気落ちしているかりんを、もう片方の手で頭を撫でる。

 彼女のそういう正義感や真っ直ぐな心は正直好感が持てる。……一方で、真面目に考えすぎな気もする。隣にそういう事をあんまり考えて無さそうな勇治もいるんだから、足して2で割れば丁度良い。一方で、それぞれの持ち味でもあるから微妙なところだ。

 

「思い詰めるのは良くないけど、今の気持ちは大切にしような。最悪の事態は避けられた訳だし、取り返しが付く範囲だ。次に活かしていこう?」

 

「……うん」

 

 そして、かりんは俺の身体に甘えるように寄りかかった。

 ………3年前に父親と死別したかりん。俺がかりんに対して担うべき役割はどちらかと言えば甘えられる立場なのかもしれない。だが、一方的な関係は望むところではないので……俺が言うべき事は、自立を促すこと。そして、もう1つ……自立とは独りぼっちで立つ事じゃないということを伝えることだ。

 

「さっき言ったように100%正しい事ができる人間は居ないんだから、かりんが間違えば俺がまた正す。逆に、俺が間違えばかりんが俺を叱ってくれれば良い、他の誰かでも同様だ。昨日、俺に真剣に怒ってくれたようにフォローし合えば良いんだ、それが仲間ってものだろう?」

 

「そうだね、進矢って放っておくと……危ない方向にすぐ行っちゃうし、一人で抱え込んじゃうもんね。アタシが守るからね」

 

 そして、かりんは俺の手を強く握った。

 ……俺の内心の要求は流石に酷だったか。これからの事を考えると、せめて今は甘やかしたい。密着するかりんの身体は柔らかく心地よい。そして、周囲の視線がやや痛い。

 よし……ここは周囲になすり付ける作戦でいこう。

 

「……守られる側なのは否定しないけどさ。ほら、もっと危ない奴が居るぞ、勇治とか」

 

「俺かよ」

 

「ぶっ……! そうだね! 危ない事しようとしたら、アタシがちゃんと止めるよ」

 

「ヘイヘイ、でもあの二人は……無茶しないと多分勝てないと思うけどな」

 

 不満げな表情をしながら、勇治は答えた。内容に関しては俺も同感だ。これから何度もきっと怒られるのだろう。仕方無い、格上を非殺前提とはそれだけリスクが高いのだから……上手くやるつもりだけれども。

 俺をオチに使うなよという目線を勇治から感じる。すまんな。

 かりんの心の整理にはもう少し時間が必要そうだ……一方で時は有限だ。

 

「じゃあ、気を取り直して首輪をはずしていこうか……お願いします」

 

「分かった、そっちも頑張れよ」

 

 まだ離れてくれないかりんをあやしつつ、俺はそう言った。

 御剣先輩は苦笑して、理解のある顔でPDAを取り出していく。皆の理解があって嬉しいなー……。

 まぁ良いか。せめて震えが止まるまでは、かりんに付き合おう。

 彼女は立派なレディであろうとはしているが……年齢的にはまだ子供だからね。

 そういう意味では勇治は、ちょっと背伸びし過ぎなのかもしれない。男だからか、甘える事をあんまり知らないからか……両方か。

 

 

 

 

 

――――ピロロロ、ピロロロ

 

『おめでとうございます! 貴方は見事にPDAを5台破壊し、首輪を外す為の条件を満たしました』

 

 ……既に死んだ人の首輪解除光景って皮肉過ぎるな……御剣先輩と桜姫先輩はこれで二度目だったか。

 一方で、矢幡さんの生前言ってた事も分かる。死者に驚いたり、恐怖したり俺達だが……一方で死者にに襲われたり、殺される事もないのだ。殺せば安全――日本に住んでて、その結論にいち早く至るのは――正直怖いが。少しだけ話をした印象で彼女は頭が良さそうだったので、頭の回転の速さが仇になったのかもしれない。

 悪い時には悪い事しか考えられないものだ。思考のサイクルが悪化すれば、俺だってそうなる可能性があった。このゲームはそういうものなのだろう。

 だから……俺はそれを反面教師にして、良いサイクルに思考し、生きる為の布石を積み上げていこう。

 

 

――ピロロロ、ピロロロ

 

『おめでとうございます! 貴方は見事に首輪は3本収集し、首輪を外す為の条件を満たしました!』

 

 カシャリと勇治の首輪が2つに分かれて外れる。

 これで、殺人条件以外の俺達の首輪は全て外せた事になる。

 

「おめでとう! 勇治! はーい、両手上げてー!」

 

「お兄ちゃん、僕よりテンション高いな!?」

 

 何となく、両手を上げてハイターチ。

 皆でハイタッチだ。……これはリア充っぽい儀式だ。

 なんというか、かりんの首輪解除の時はお祝いする空気じゃなかったのと、死体を見た事による暗い空気を払拭するためにあえて明るくしている面がある。

 

「やったね! 勇治!」

 

「良い事なんだから、喜びましょうよ! ハイターチ」

 

「俺も嬉しいぞ長沢」

 

「……本番はこれからだろ!? 全く、首輪外れた程度で大げさだな」

 

 ハイタッチには応えつつも、皆からの温かい言葉に頬を染めて顔を逸らす勇治であった。かわいい。

 いそいそと首輪を回収しておく。これで俺の手元には現在、解除済みの首輪が4個になったというわけだ。それを訝しげな表情で勇治が見ていた。

 

「そ、それよりもだな! 進矢お兄ちゃん、その首輪どうするんだよ?」

 

「首輪は切り札だ。まぁ見てれば分かる。話は歩きながらやろうか、罠のないルートは分かってるから……矢幡さんにお祈り、しよっか」

 

「う、うん……そうだね」

 

 俺の言葉にかりんは頷き、勇治は不満げな顔を覗かせる。

 ……正直、俺も姫萩先輩の件で矢幡さんに思うところはあれど、死者に憎悪をぶつけても仕方無いわけだし。

 でも、俺のように割り切れれば良いという訳でも無ければ、勇治のように割り切れない事が間違いとは言えない。

 

「わざわざ、こんな奴に祈る必要……あーもう、分かったよ!」

 

「分かれば宜しい」

 

 最終的には、桜姫先輩の笑顔に勇治は折れた。

 御剣先輩が勇治に対して同情的な目線を向けている。

 勇治は渋々といった表情だが……形だけでもというのは世の中には幾らでもあるわけだ。

 

 皆で、手を合わせる。

 矢幡さんに対してもそうだが、この場所の真下にいるであろう姫萩先輩にも意識を向ける。

 これ以上、このゲームに犠牲を出さないという決意を載せて。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何から話そうか……えーと、大目標【7人全員の生還】。これを達成する必要条件が、【郷田真弓の無力化】【綺堂渚の無力化】【首輪か警備装置をなんとかする】の3つが必要になります。……で3つ目は、本当に最後の仕上げだから。まず、郷田真弓と綺堂渚の二人を倒す事を考えていきましょうか」

 

 3階への階段に移動しつつ、話を続ける。

 立ち止まって話続けても良かったが、流石に遺体の前で話をするのは気が滅入るので止めておいた。

 一度通ったルートでもあるし、罠探知機能で場所も把握している。襲撃の警戒だけしながら、考えを纏めながら話す。

 それに反発する人物が1人居た。

 

「待ってよ進矢! 本当に解除条件を満たさずに……首輪をどうにかする方法があるの?」

 

「……当然の疑問だな。あるよ、今それを言う気はないけど」

 

「それは、どうしてなの?」

 

 かりんが不満げに頬を膨らませた。

 今更ながら、かりんは矢幡さんの死を見て、死を身近に感じ、俺達3人の事が心配になっていたのかもしれない。かりんの潤んだ大きな瞳を見ていると、誰かを残して逝く事は凄く罪深いものだと心がチクりと痛んだ。

 

「それに関して、話している時間が勿体ないのが1つ。もう1つ、まだ主催している連中と観客に知られたくないのがある」

 

「これを言っちゃなんだけど、情報の抱え落ちとかあるから話して置いた方が良いんじゃ無いの?」

 

 空気が変わった事に対して、かりんを援護するように勇治が話す。

 ……そうだった、これだけはちゃんと話しておかないといけない事があった。

 

「必要無い。俺達5人の誰か1人が欠けた時点で、俺の考える方法は取れなくなる……奴らの言うエクストラゲームに乗るしかなくなる。だから、俺が言えるのは、誰も死ぬなってだけだ。……1人1人が、皆の命を背負ってるものだと思え」

 

「そこまで言うなら分かったけど……優希さんも御剣さんもそれで良いの?」

 

 納得してるようで、納得できてなさそうなかりんは桜姫先輩と御剣先輩に助けを求めるように話を振った。そういえば、当事者ではないかりんが必死になっているものの、先輩方御二人はそこまで興味が無さそうだ。

 

「川瀬君がここで嘘を吐くとは思えない……というのもあるけど。どっちにしろ、総一と一緒だからそこまで怖くないのよね」

 

「俺もそう――じゃなくて、優希は俺が守るから死なせないよ!? ……俺は郷田さんと渚さんで頭一杯一杯なだけだ」

 

「凄いリア充理論を見た」

 

 御剣先輩が恥ずかしそうに顔を逸らすが、言いたい事は身体から漏れている。要するに『生きる時は一緒だし、死ぬときも一緒だからあんまり怖くない』って事だ。

 そのリア充理論はちょっと俺の想像の範囲外だったなーって、って思う一方で二人の内どちらかが欠けたカップルを俺は見たくないので協力するけど。

 

「全員の理解が得られたということで、次の話に行きましょうか。郷田さんと綺堂さんについて、エクストラゲームのおさらいと行きましょう」

 

 

【試練1.ゲームマスターの解除条件は『5』番である。君たちが3階に到達した時点で、4~6階のチェックポイントを回り始める。『K』の初期所有者がゲームマスターの殺害に成功した時点で、『3』の初期所有者の首輪が解除される】

 

【試練2.ゲームの中央制御室への秘密通路の入口が6階に存在する。秘密通路の中は自動攻撃機械で防衛されており、戦闘が必須である。ゲームマスターとサブマスター以外のプレイヤーは2日と23時間の経過までに、コントロールルームにあるメイン端末のパスワードに解除したいPDA番号の初期所有者の番号を打ち込むことで、その番号の首輪を1つだけ解除することができる。一方、サブマスターは2日と23時間の経過までメイン端末を守り切る事でも解除条件を達成するものとする】

※秘密通路の入口の場所を開示されている。

 

【試練3.首輪解除者を殺害した場合、殺害者の首輪が外れる】

 

【条件:双方エレベーターの使用は不可とする】

 

「はい、勇治君。ここから読み取れる見解をお願いします」

 

「りょーかい」

 

 あらかじめ、昨日の夜に見張り時間で相手がどういう手で来るかどうか、想定しておくことを勇治に宿題として課していた。俺は俺で見解はあるのだが、見逃し防止の為に複数視点で考える必要がある。

 

「まず、文字通りなら、ゲームマスターのオバさんとは追跡ゲーム。サブマスターの姉ちゃんとは拠点の攻防戦になる……ように見えるけど。今までルールの穴を散々突いてきた連中だから、そうシンプルにはいかない事は分かるよな?」

 

「戦闘禁止エリアとか、危なかったよね……」

 

 かりんの言葉に、全員が無言で頷く。

 なんというか保険会社の契約書みたいなルールだ、と保険会社に対する偏見全開の感想を抱く。

 

「規則ってそういうものじゃないのに……」

 

「法律ってそういうところありますけどね。まぁ今回はルールの穴を突き合うゲームなので、逆に利用してやりましょう。これがそういうゲームである以上、相手も縛られているということですし」

 

 学級委員長気質の強い桜姫先輩の零した言葉に、皮肉を若干交えつつ励ましの言葉を投げる。桜姫先輩は複雑そうな表情をするも、俺に頷いた。

 勇治はそんな俺達の様子を確認しながら、言葉を続けた。

 

「話を戻すけど、このエクストラゲームはあくまで解除条件を規程してるだけで、二人の行動を縛ってる訳じゃないんだよね。だから、極端な話、今この瞬間に試練3で俺とかりんを殺して首輪解除する事もできなくはないんだ」

 

「そうか! いや、でもこのゲームは同時にショーでもある。俺達がチートでゲームクリアできないのと同様に、ルールに縛られると同時にショーという体裁は二人も守らないと行けないんじゃないか? 少なくとも、二人は長期戦を望むだろう?」

 

 勇治の見解に、御剣先輩が声を挙げる。

 手塚の行っていた話――絶対的なモノに対する縛り。主催者側の二人のスポンサーに対する配慮の話だ。ただ、ここから先は感覚的な印象が強く、正しい答えを出すのは難しいかもしれない。

 勇治は満足そうに御剣先輩に頷く。

 

「そう、ゲームマスターとサブマスターにとっての枷はそこなんだよ。御剣のお兄ちゃん。だから完全に逸脱しない範囲で、何かしらの罠を仕掛けてくると思うんだ」

 

 喋りながら、勇治は鞄からノートを取り出す。

 【エレベーターは使えなくてもエレベーターシャフトで移動する】

 【ゲームマスターを襲っている間に、サブマスターに奇襲される。逆の可能性有】

 【JOKERで追加ソフトウェアを確認できたが、ツールボックスで持ち歩いてた場合、直前でインストールされれば対応できない】

 等など、考えられる可能性が書き連ねている。

 かりんや御剣先輩は感嘆の声を挙げるが、勇治は少し暗めな表情で首を振る。

 俺もよく考えているなとは思うが……ここまで考えると、アレだ。

 

「正直、キリがないわよね。私も、思いつく事はあるけど……それでも、相手は複数回ゲームを経験しているのなら、まだ私達が知らない何かがあるかもしれないわけだし」

 

悲観的なようで現実を見た言葉を言う桜姫先輩に対し、勇治はちっちっちと指を振って応えた。

 

「そうなんだよ、桜姫のお姉ちゃん。だから、発想を逆転させるんだ。こっちから完全に相手の意表を突く。具体的な作戦はまだだけど、1つ思いついた事があるんだ……進矢お兄ちゃんはどうかな?」

 

 そして、勇治は挑戦的な目を俺に向ける。

 ここまで考えてくれて、俺は嬉しいです。

 

「奇遇だな、俺も1つ……思いついた事はある。それで、桜姫先輩が昨日言ってた事をやればいいわけだ。意訳すると【黒幕の意表を突いたら、速攻で徹底的にやって相手に対処させない】だったか」

 

「へー、格好良い事言うじゃん。お姉ちゃん」

 

「確かに、近いことを言ったけど、よくもまぁ……ポンポン思いつくわね」

 

 テンション上げている俺と勇治を尻目に、頼もしさと呆れの両方の感情が入り交じっている様子で桜姫先輩が息を吐いた。かりんと御剣先輩も、似たような表情をしている。

 もっと褒めてくれても良いのに。

 いや、褒めて貰うのは上手く行った後で良いけどね。

 

「じゃあ、具体的な話を詰めていくか――」

 

 3階への階段が見える範囲まで来たので、かつて姫萩先輩と上がるための作戦会議をした部屋に移動し、手に入れた情報から作戦を詰めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議に1時間ほどを費やし、大方針と地図の再確認、役割分担を決めた。完璧な作戦だ……と自画自賛をしたいが、あとは上手く行くことを祈るしかない。運に賭けるところも多いのだ。正直に言えば、不安も不安である。

 

「不確定要素は多いけど、大体は決まったな。人事は尽くしたし、後は祈ろう」

 

「……川瀬と長沢を敵に回さなくて良かった」

 

「何言ってるんですか、御剣先輩。一番頑張って貰うのは先輩ですよ、桜姫先輩に良い所見せてください。……それにしても意外でしたね、御剣先輩が卓球部だったとは」

 

「意外ってどういうことだよ?」

 

「もっと陽キャっぽい部活やってるかと思ってました。サッカーとかテニスとか」

 

「酷い偏見だな!?」

 

 役割を振る際に、御剣先輩の所属している部活が卓球部である事が判明した。尚、話を掘り下げようとすると桜姫先輩に勧められて~とか、ラケットを誕生日プレゼントで貰って~とか惚気に近い話が返ってきたので掘り下げるのは止めた。俺の中で卓球部のイメージがリア充の部活に更新されました。

 聞いてる印象からすれば、単純な身体能力だけなら、御剣先輩>俺>桜姫先輩=かりん>勇治 な感じはする。 直接、勇治に言ったら怒られそうなので言わないけど。

 

「俺も運動しとけば良かったかな~、でもなぁ……」

 

 不満げな声を挙げる勇治、部活動ってこう……運動的には弱者側の俺は本当に辛くて大変だから、俺も高校までは続けられなかったんだよね。だから、勇治の気持ちが凄く分かる。

 まさか、こんな非常時に使う機会があるとは思わなかった。

 

「最近はそれどころじゃなかったけど、汗掻くのって楽しいのに」

 

「かりん、それは持つものの発言だ。我々運動できない側は幼少期から散々低い順位で戦ってヒエラルキーが落ちて、自己肯定感が育たないの!」

 

「気持ちは分かるけど、川瀬君は川瀬君で、一応持つ者の側じゃない。自分にないモノだけを見ても、仕方無いわよ」

 

「……そこは否定しませんが」

 

 かりんの言葉にちょっと反発してみると、桜姫先輩に正論パンチを受けた。

 持たない部分にコンプレックス感じるのは健全だが、囚われすぎてもよくない。バランスが大事か。

 とはいえ、苦痛だったスポーツ関連も、帰ってみたらやってみたいレベルには懐かしさはあるのだけど。

 

 

 さて、2階から3階への境界線を越えた瞬間に命懸けの戦闘だ。

 もう少し息抜きをしたかったけど、時間は待ってくれない。

 あとは賽を投げるのみ……最後に心構えの話をしようか。

 ということで咳払いを1つ。時間を確認して、口を開く。

 

「……さて、いよいよ作戦開始ですが、1つ言っておきたい事があります。郷田真弓にせよ、綺堂渚にせよ……正直、言いたい事も思う所もあります。ただ、先程言った通り100%悪い人間は居ないものです。その点、俺達が考える事はたった1つで良い、ですよね? 桜姫先輩」

 

「誰も死なせず誰も殺さない……そして自分が死なない。要するに【7人全員で生き残る事】、ね?」

 

「迷ったり分断されたりしたら、その言葉を思い出してください」

 

 桜姫先輩と出会って、ここまで進めた。

 レールもほぼ新しく敷き終えたから、後は適宜修正を入れながら走るだけだ。

 

「二人共、優しすぎるんだよ……そういうの嫌いじゃないけど」

 

「優しいというより、甘いんじゃないか?」

 

 思う所はあれど、反対はしないかりんと勇治。

 俺を信じて着いてきてくれたのもそう、首輪が外れても俺達の為に動いてくれているのもそう。だから、俺は二人に最高の結末を見せてやりたいと強く思う。

 

「その甘さが良いんじゃないか、ここまで来たら皆で生きて帰ろう。……それが出来なかった人も居るんだし」

 

 ……御剣先輩は桜姫先輩を見ながら、誰かを思い出すかのように遠くを見ている。

 なんとなく、その気持ちが分かったような気がする。

 ややしんみりした空気を払拭するように俺は叫んだ。

 

「よーし! では、正々堂々、敬意をもって、お二人を罠に嵌めていきましょう!」

 

「おー!」

 

 俺の叫びに応えてくれたのは勇治だけだった。

 一呼吸置いて、他の3人から突っ込みが入る。

 皆の心は1つにならなかったよ……。

 

 

 こうして若干グダグダな空気の状態で、3階に臨む事となった。



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第二十三話 狂気の舞踏会開幕

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:5.5:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:5.9:3人の殺害
長沢勇治 :4:4.2:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:4.4:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:5.5:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:4.4:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:4.4 :PDAを5個以上収集


人数オッズ
7人生存:300倍
6人生存:10倍
5人生存:4倍
4人生存:3倍
3人生存:3倍
2人生存:4倍
1人生存:10倍
全滅:300倍


 

 

 

――――――――

真実と知識の判断ができると思っている者は、神々に嘲笑され身を滅ぼす。

-アルバート・アインシュタイン (ドイツの物理学者)

――――――――

 

 

 

 

 時は半日ほど遡る。

 

 行動ゲーム理論においてK思考というものがある。

 頭脳戦や心理戦でみられる心理の読み合いで、相手がどこまで読んでくるかを前提として戦略を決める事だ。

 大雑把な説明すると、何も考えずに表面的な最適解を行う場合をK=0と仮定。

 相手がK=0の行動を取ると仮定した場合の対策をK=1。更にその対策の対策がK=2という考え方だ。

 但し、これは統一されたルールの下での読み合いが前提となる。

 諸々を考慮した結果、郷田真弓は1つの結論を下した。

 

「……うーん、やっぱり勝てないわね。これ」

 

 4階の一角でペンを回しながら、諦めたように郷田真弓は息を吐く。

 郷田真弓は数多のゲームマスター経験から、自分の勝機の無さを自覚した。

 自分では勝てない時は勝てないと認める事も、長生きの秘訣である。

 組織の内部における査定を犠牲にしても、死んだらどうにもならない。当たり前の話だが。

 

「はぁ、これが若さか。自分の加齢が嫌になっちゃうわね。」

 

 勝てない理由は1つ。

 5人を倒す為の丁度良い方法がないことだ。

 極論、ゲームマスターとしての知識を利用したチートや6階の武器で無双する手段はあるが、それをやるとゲーム終了後に組織に殺されかねない。

 一方でチート無しで札の切り合いを行った場合、何かしらの裏技を使われてしまう。。

 完全に対等な条件であれば分からないが、関係各所に配慮する必要がない以上、なんでもあり度はプレイヤー達の方が上なのだ。

 

 勿論、本当の本当に追い詰められた時用の禁じ手は幾つか用意してはいるものの、できれば使わずに生き延びたい。

 観客が盛り上がる方向で、そういう意味で言えば今のプレイヤーと完全に同じ立場である。

 そういう意味では完全に同じ土台に立っているのかもしれない。

 ということで、取るべき手は1つ……。

 

『合理的思考で勝てなければ、合理性を投げ捨てれば良いじゃない』

 

 というシンプルなものだ。

 

 少し話は変わるが、ゲームの人選は性質や能力と言った様々な要素を加味して可能な限りバラバラになるように配慮して選択されている。それはゲームの多様性を担保し、全く異なる人間同士の殺し合いを含めた交流から物語を産み出す為に存在する。

 そして、その人選理論は組織側の人間……ゲームマスターとサブマスターにも適用されている事を郷田は察している。

 理論を重んじるのが郷田真弓、(本人は認めてないかもしれないが)感情を重んじるのが綺堂渚と言った風に。

 

 そして、死亡率の上昇と引き換えにゲームにおけるどんでん返しは、合理性を越えた感情から生まれるものだ。

 だから、今回のゲームマスター・郷田真弓の戦略はこうなる。

 

『渚ちゃんに任せて、自分は囮になる』

 

 人と人をぶつけさせるのが本領である郷田は、やはり自分の職業病からは逃れられないのであった。

 

 

 

 

 

 

「はーい、こういうのもなんだけど初めまして渚ちゃん。お噂はかねがね」

 

「初めまして~、郷田さん。こちらこそよろしくおねがいします~。私はまだまだなので、こういう展開初めてで」

 

「良いのよ渚ちゃん、営業トークなんて。同じ組織の仲間でしょう?」

 

 表面上は和やかに、ただし腹の底では信頼という言葉はない。というより必要がない。

 ゲームマスターとサブマスターは同じゲームの現場担当とは言え、役割の都合上連携する事はほぼ無いのだ。

 

 だが、ゲームを管理する都合上、それぞれ人の心理を読み取るのに長けている。

 故に、郷田真弓は綺堂渚が表面上はニコニコしているのは、自分の本心を覆い隠す為であると正確に理解した。

 

(観客は純粋に娯楽として、裏切りや殺し合いを通じた人間模様を楽しんでいるけど、渚ちゃんは人同士の裏切りを見て自分の罪の正当化を図っている……か。そう考えると、今回のゲームの展開で重要な役割を担ってる一人には違いない、と)

 

 人同士の裏切りを観測し、場合によっては自らが裏切る、裏切りのサブマスター……それが綺堂渚のゲームにおける役割だ。

 渚が仮面を被っている事は分かっても、その本心までは郷田には分からなかった。

 だから、郷田は渚に期待する。

 自分の命がかかっている状況であるのは間違いないのに、郷田はこれからの展開が楽しみで仕方無かった。

 

 そもそも、郷田に言わせてもらえばこのゲームの観客は分かっていないのだ。

 プレイヤーと同じ空気を吸いながら、殺し合いゲームに干渉する方が、ただ見ているよりも余程楽しいというのに。

 自分が組織の駒という自覚を持ちながら、それでも尚、ゲームマスターという何時でも切り捨てられ兼ねない立場に居た理由はそれである。少なくとも、郷田にとっては、ゲームマスターという仕事は『楽しく』、『給料が良くて』、『やりがいのある』仕事だった。文句は多々言うけれども。

 

「それじゃあ、これからの作戦について話していきましょう――」

 

 ディーラーから提示されたルールの穴の解釈。

 持っているPDAの入替や所有している追加ソフトウェアの使用方法。

 殺害をする場合のプレイヤーの優先順位や、それぞれのプレイヤーから受けた印象や戦闘能力を打ち合わせする。

 とはいえ、あくまで話し合えるのは基本方針と禁止事項に対してのみだ。

 数時間後にプレイヤー側から指摘が入るようにキリがないのである。

 ゲームは流動的でコントロールすることは完全にできない。コントロールする側だからこそ、よく分かっている。

 

「分かりました~。基本的には、好きに動いて良いんですね?」

 

「えぇ、一戦闘での殺害は一人のみ。最初に首輪解除者を殺して、こっちの首輪を外すのは無し……やるなら二人目以降にする。襲ってこない限りは、プレイヤーを全滅させない。この3つを守ってくれれば良いわ、中央制御室でのみ皆殺し可能だけどね」

 

「は~い」

 

 にこやかに渚は笑った。

 その心の奥底を郷田はうかがい知る事は出来ない。出来ないが、ベテランゲームマスターである郷田をして、何故か背筋が凍り付くような錯覚を覚えた。

 プレイヤー達は気付いているのだろうか?

 このゲームの今後の鍵を握っているのは間違い無く、綺堂渚だろう。

 

「あ、そうそう……最後に言って置くけど」

 

 だから、郷田はその猛獣の枷を解き放つのに躊躇はなかった。

 20kgはある、サブマスターに装着されたその枷を。

 

「その重たい撮影機材……全部外しちゃって良いわよ。本気でやりなさい」

 

「……え?」

 

 その言葉に今度こそ渚は素で驚いたような表情をする。

 まるで、その発想が無かったかのように。

 郷田の職業病と同様に、渚もまたサブマスターとしての職業病があったのかもしれない。

 不意に、渚は笑い出した。

 

「うふ、あははは……! そうですね、どうして気付かなかったんでしょう? 私、どうかしてたのかもしれません」

 

「フェアプレイがプレイヤー達のオーダーよ。だから、その通りにしてあげるの。当然でしょ?」

 

 その反応を見て、郷田もまた満足して皮肉げな笑みを浮かべる。

 

 プレイヤーの一人である手塚が今際の際に言ったように、この世界にはどうしようもない絶対的なものがある。

 だから、絶対的なものに逆らわず、自分の楽しめる死なない範囲内で彼等のために踊り続ける……それが賢いやり方である。

 それが長年染みついた郷田真弓の生き方だ。

 一方で別の可能性があるのであれば、それを叩き潰したいとも、見届けたいとも、礎になる覚悟も、その全ての意志を持ち合わせていた。

 いずれにせよ、後はなるようにしかならない。

 ゲームマスターもまた、神ならぬ身であることに違いはないのだから。

 

 

 

 

 

 

時は現在時刻に戻る。

ゲーム開始から約26時間。

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

『貴方は解除条件を満たす事ができませんでした』

 

「ていっ!」

 

 解除された首輪に自分の持つPDAを接続し、首輪は赤いアラームが鳴り始める。

 そして、ルール違反になった事を確認し、首輪を閉鎖された階段の間のコンクリート片の隙間のできるだけ奥まった所に全力で投擲する!

 

「解除された首輪がルール違反になる事を確認、条件の一つ目をクリア! 次は開通する事を祈る!」

 

「進矢! 良いから早く離れて!」

 

「おっと、すまんかりん。ペナルティがくるぞぉ! 離れろォ!」

 

 場所は3階~4階間の×印が書かれた階段。

 一先ずは問題なく3階まで到着した俺達は、俺提案の一つ目の奇策に取りかかった。

 それは以下の仮説を組み合わせたものだ。

 

『仮説①:解除された首輪は起動する。根拠は解除条件10が2日と23時間以前の発動であること、首輪探知の反応がある事から電源が生きている事の2つ』

『仮説②:他人のPDAが役に立つ事から、首輪も同程度に役に立つのではないか?』

『仮説③:首輪が起動するのであれば、首輪1つ使い潰せば警備システムで×印の階段は開通する可能性がある。根拠は、体格の小さいプレイヤーであればツルハシ等駆使して、瓦礫の中に入り込んでペナルティを回避を試みる事ができ、それによる生存を防ぐ為木っ端微塵にする必要がある……毒ガス? 視覚的にちゃんと死んだ方が観客的には良いでしょ?』

 

 そして最後に、このゲームは知恵を巡らすプレイヤーの味方だ。

 だから十中八九俺の試みは成功する。

 

「た~まや~」

 

 爆発するスマートボールに自動で攻撃する自走式砲塔、壁から飛び出てくる砲台等々。

 破片が飛んでくるのが怖いので、直接現場を目視する事はできない。

 それでも、すごい轟音が次々に響き、たまらずに耳を押さえる。十分に距離を取った筈の俺達でも、衝撃が伝わってくる。

 ペナルティって怖いね! そう思う。

 気分は警備装置によるペナルティというよりは、どちらかと言えば発破工事ではあるけども。

 

 この作戦が上手くいった場合のメリットは複数ある。

 一つ目は、武装面だ。経験則から上階に行けば行く程武器が良い。そして、3Fから4Fの階段と4Fから5Fの階段は遠く離れている。しかしながら、2Fから3Fの階段と4Fから5Fへの階段は実を言えばそう遠くない。つまり、3Fから4Fの階段を1つだけ開通すれば速攻で5階に辿り着けるのだ。

 二つ目は移動ルートの問題。1つしか移動ルートがなければ、主催者側は自作罠を作り放題だ。だが、今回のように自由に階段を開通できるとなったらどうだろう? 移動ルートの多様性が増し罠なんてスルーできる……勿論、最低限の警戒は必要だが。

 三つ目は主導権の問題。郷田は4Fから6Fまでのチェックポイントを回らなければならない。そして、通常ならこっちは3Fから馬鹿正直に4Fに移動している間に大半のチェックポイントは確保できるだろうが、一気にワープ染みた挙動でこっちが5Fに移動できるなら話が変わる。こちらが待ち伏せする側になれるのだ。

 

 いやー、美味しい話だ。全てが上手くいくなんて、そんなまさか――。

 

 

 なった。

 

「すごい、進矢の言った通りだ」

 

 始まってから数分後、そこには半分位の瓦礫が粉砕されて、開通した階段の姿があった。

 かりんが感嘆の言葉を漏らすが、俺自身本当に上手くいった事に正直、興奮が隠せない。

 はてさて、どこまでが主催者側の思惑通りなのか――そこまでは分からないが、一歩前進だ。

 さて、後はサクサク進んでいこう!

 

「よーし、野郎共ー! 電撃作戦のお時間だ!」

 

 ペナルティが治まった事を確認し、先頭で声を挙げる。

 

「よしきた!」

 

 その後ろを勇治が続く。

 

「お、おー?」

 

 若干躊躇いがちにかりんも続き。

 

「命かかってるんだ、気を引き締めていこう」

 

 軽いノリを御剣先輩が締めようとする。

 

「何かあったら私達でフォローしましょ」

 

 そんな俺達を微笑ましく桜姫先輩が見ていた。

 

 

 

 

 

 ショートカットして5階に到着。

 奇襲も待ち伏せもなし、良し。

 地図拡張機能で武器がありそうな部屋は大凡把握している。

 基本的な行動に関しては決まっていたので、手早く武器と追加ソフトウェア捜索に移った。罠探知で罠の位置も把握していたので、ここは作戦会議で引いたレールを走るだけである。

 

「うおー! すっげえええ! これだけあれば、あんな奴ら楽勝じゃね!?」

 

「いいか? 勇治。くれぐれも、必要時以外には絶対に引き金に手をかけるなよ!? 銃社会アメリカでは事故による死が凄く多いんだ! 銃口も向けちゃ駄目だぞ! 絶対だぞ!」

 

「いや、進矢お兄ちゃん。何度も言わなくても一度言われれば分かるって」

 

 テンションを上げている勇治に対し、俺もまた興奮を隠せない状態で注意事項を力説する。

 正直言って、拳銃より上の銃器に関しては俺の知識の範囲外だ。

 ちょっとハワイで銃の撃ち方を教えてくれる親父に恵まれなかった。

 ライフル、サブマシンガン、ショットガン、アサルトライフル……っぽいということまでは分かるが、それだけの武器が此処にはある。少なくとも暴力団の抗争を考慮に入れてすら、オーバースペックな気がする。銃社会アメリカのギャングの抗争はこの武装レベルなんだろうか?

 6階の到着を待たずして、もう運営組織のバッグについてる存在を考えたくなくなってきたが……とりあえず此処は日本じゃ無い筈……無いよね?

 

「長沢君。表面的な注意事項はそうだけど、大事な事は皆で生きて帰る事なんだからね?」

 

「そうだぞ、人を殺す武器って事を忘れちゃ駄目だ」

 

「なんだよ、俺を悪者みたいにっ!」

 

 あ、視界の端で勇治がふて腐れた。

 とはいえ、目的を考える以上は過剰にでも、銃を恐れるべきなのかもしれない。

 運用を考える以上は、俺や勇治みたいに調子にのってヒャッハー! って撃ったら目的が台無しになりかねないわけだし。

 いや、そんな風には撃たないよ……撃たない筈だよ。タブン……。

 

「ということで、人を殺す武器って事をちゃんと認識して頂いている御剣先輩にサブマシンガンをお渡しするんで、郷田の追い込みをお願いします」

 

「え、えぇ!? いや、分かってるよ。そうだよな、俺がやるしかないもんな」

 

「大丈夫よ、総一。私も一緒に行くんだから、何があっても二人一緒よ」

 

「馬に蹴られる事覚悟で言うなら、此処まで来たら何があっても責任も結果も5人全員で背負うものですよ」

 

 あんまり二人の間に口を挟みたくは無かったが、一番身体を張る役目は御剣先輩には違いない。

 あるいは、うっかり相手を殺してしまう可能性もそうだ。

 俺も自分の判断で自分だけに被害が降りかかるのであれば、どれだけ楽だったかと思う。

 けれども、それでは目的を達成することはできない。

 何度も言われて、言ってきたように皆で一丸となってやるしかないのだ。

 

「……ごめんなさい、そうだったわね」

 

「川瀬もホラ、あれだ。大切な人をきっちり捕まえておけよ、一番不安な状態だと思うぞ」

 

「う、うぐ……そうですね。い、言われなくとも……」

 

 御剣先輩が軽く笑いかけてくるが、心にずしりと言葉が染み込む。

 ブーメラン返ってきた……!

 立場が逆転すると、とても難しいこの状態。

 俺とかりんの関係はこう……微笑ましく見られているが何も確定していない不安定な状態には違いない。

 何時死ぬか分からない状態で確定させるべきではないという……言い訳? 建前? に基づいているが、本音でもあるはずだ。

 

「こうしてみると、本当に兄弟に見えるわね。……川瀬君が何に悩んでるか分かってるつもりだけど、この状態で正解なんて無いと思うから、やりたいようにやれば良いんじゃないかしら?」

 

「そ、そーですね……善処します」

 

 えー、あとは若い二人にお任せするとして……軽い返事をしてそそくさと離れる。

 先輩方は問題無さそうだ。

 今後の動きを頭の中でおさらいする。

 

 まず、作戦では……御剣先輩と桜姫先輩の二人が郷田をメインで追跡する。

 その時には発砲が必要な為、此処にある武器込で判断すると御剣先輩がサブマシンガンを、桜姫先輩がエアーガンとスタングレネードや催涙ガスグレネードの使用を行い二人組で追い込みを実施する。

 今、拗ね気味でかりんに慰められている勇治は、JOKERで『5』番に偽装して貰い、首輪探知とドアのリモートコントローラーによる別働隊での銃撃を含めた追い込み補助を並行で行う。その際、先輩二人と勇治の二組でそれぞれトランシーバー機能で連携して移動をしてもらう。

 かりんが潜伏している場所に誘導して、3方向からやってしまうのが理想。

 俺は5階のリモートコントローラーで下に開閉する扉に待機して、あの男がやったように何時でも上から奇襲なり救援なりできるようにする。後詰め兼、予備選力だな……同時に、もう1つ目的はあるけども。

 

 結局の所、安全な場所も役割なんてない。

 だが、何度か考え直してみたが、俺と勇治ではこれ以上の作戦は思いつかなかった。

 まだ持ってない情報などがあれば、もっと冴えたやり方はあるかもしれないが、現時点ではこれが一番冴えたやり方なのだ。

 

 気持ちを整理つつ、まだ不満げな表情を残す勇治と、武器を恐れているかりんの所に近づいていく。

 

「あんまりいじけるな。一番頭使う役割は任せたぞ、勇治」

 

「進矢お兄ちゃん、こんなの楽勝だって! だけど、良かったのかよ。かりんの奴を一人にして」

 

「アタシは大丈夫! 皆で生き残る為だもの、それに二人が一生懸命考えた作戦だから……これくらい平気」

 

 話しかけると、強がってかりんを気遣う勇治と少し硬い表情で返事するかりんの二人。

 命が懸かってる状況……俺も高校受験の時を比較にするのが馬鹿らしい位緊張している。

 ……後悔しないように、やりたいようにやる……か。

 俺の中で素直な言葉を喋るべきなのは分かる……だが、素直な言葉とはなんだろう?

 

 俺達を放っておけば、生きて帰れるのに俺達の為に上に残って危険な役割を担ってくれる二人。

 中学生の時に、俺は二人と同じように強くあれただろうか?

 そうだ、この作戦も……今の俺の意志も、かりんと勇治のお陰に違いないのだ。

 だから……二人の意志に応えてやりたい。

 

「進矢?」

 

「どうしたんだよ、お兄ちゃん」

 

 右手でかりんの手を、左手で勇治の手を握る。

 こういうのは月並みだが、二人の手は柔らかく、脆そうで、温かく、掛け替えのないものだ。

 

「言いたい事は多いけど……その、ただありがとうって言いたくてだな」

 

 部下に死んでこいと言えるのが指揮官の資質であるなら、俺は二度とやりたくない。

 皆で生き残る為に、大事な人の命を賭けなければならない矛盾。

 二人の命をチップとして加えなければ全員生存のベッドすらできなかった現実。

 それに対して文句言わなかった二人が嬉しく、代替案を思いつかなかった自分に腹立しさすら感じる。

 でも、ここで言うべきは謝罪ではなく、本当に感謝の言葉しかない。

 

「二人がいなかったら、ここまで来れなかった」

 

 声が震える。

 二人の命を賭けさせつつ、身勝手にも絶対に死んで欲しくないと思う。

 俺の言葉を聞いたかりんと勇治の反応は、なんというか呆れだった。

 

「おいおい、かりん。進矢兄ちゃん、こんなこと言ってるぜ」

 

「全部終わってから言ってよ、話したい事は本当に沢山あるんだし」

 

 かりんも勇治もなんでもない事のように軽く笑う。

 やっぱり、俺はここで死ぬのかもしれない……死亡フラグを乗り越えなければ――

 仲間達と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、手短に試し撃ちして銃の反動のチェックと、リロードの練習を行った。

 反動の強い銃を絶対大丈夫だと強気で主張する勇治の説得に苦労した以外は、特に問題は発生していない。銃の使用に関しては本当に最低限で、狙う事を考慮に入れないで狙った方向に撃つレベルで……だが。

 俺達に銃の専門家がいるわけではないので仕方無いのだが、本当に殺すつもりはないので用途としてはそれで問題無い。

 

 丁度良い銃器とPDAを分配して勇治と桜姫先輩、御剣先輩と別れる。

 3人は郷田を狙う為に4階に移動した。

 PDAの配分は以下の通りである。

 

『4』『6』:ドア開閉機能、JOKER探知機能 所有者:北条かりん

『8』:首輪探知機能     所有者:御剣総一

『Q』:通話機能インストール済み 所有者:桜姫優希

『10』『JOKER』:通話機能インストール済み  所有者;長沢勇治

 

 ……俺のPDA? 作戦で使うPDAを算出してたら、俺の分が完全に無くなった。

 PDAレスで頑張ります。

 

 5人だと随分賑やかだった気がするが、今はかりんと二人っきりだ。

 かりんは待ち伏せという関係上、階段ではなくドア開閉機能で降りる必要があるからだ。

 一応、ロープも持っている為、飛び降りるなんて危険な行動は取る必要はない。

 二人きりになって、寂しいやら恥ずかしいやら……3人が心配な気持ちと作戦への不安も大きい。

 

 緊張と警戒……それと、何を喋れば良いか分からず緊張してた事もあり、事務的な事以外は殆ど喋らずに落下ポイントに到着する。

 下の階へ開閉可能なドアには、縄梯子が括り付けられ柱に繋がっている。

 開閉した瞬間に、下の階に縄梯子が落ちる仕組みになっているのだろう。

 

「なるほど、周到な事だな……既に見せた方法の応用なら幾ら使っても自然だ。公平感がある戦術と言える」

 

 しゃがみ込んで縄梯子を触ってみる、頑丈そうだ。

 これを使って、3次元的な移動で俺達を翻弄しようというのが郷田の目論見の1つだったんだろう。

 俺の奇策によって台無しにされてしまったが、まだ敵の策の内1つを潰したに過ぎない。

 

 ここでかりんともお別れだ、何を言えば良いのだろう。

 最悪の事を考えれば今生の別れになるかもしれない、彼女に対して。

 大事な人をしっかり捕まえておけとは最初に俺が言った事の筈なのだが、それを達する事はできなかった。

 

「かりん……作戦は大事だが、兎に角生きてくれ。誰も死ななければやり直せる、それが何よりも大事な事だ」

 

 少し硬くなっているかりんに対して、眼を逸らさずにそれだけ言う。

 頭を悩ませるも、結局は事務的な事しか言えなかった。

 大事な事は大事な事なんだけど、必要な言葉はそっち方面じゃないと思うんだ。

 

 ちょっと申し訳なさを感じている俺に対し、かりんは大きく息を吸い込んだ。

 そして決意したように、近づいてくる。

 

「――ッ!?」

 

 唇に温かいものが触れる。

 気付けば文字通り目と鼻の先にかりんの顔があり、そしてすぐに離れた。

 俺に飛びついてきたのだ、と気付いたのはその暫く後……完全に反応できなかった。

 

「ふふ……進矢から勇気貰っちゃった」

 

 紅潮した顔をして悪戯っぽく微笑むかりん。

 俺も顔が熱くなり似たような状態になってるんだろう。

 ちょっとずつ分かってきたが、かりんは相当におませな女の子である。

 それでも、例えこのゲームの結果がどうなろうと、今のかりんの表情を生涯忘れられないと思う。

 

「じゃ、じゃあ行ってくるね! また後で、会おうね!」

 

 そして、そのままかりんはPDAを操作して、ドア開閉機能を使って下に降りていった。

 

「……負けた。後で覚えてろよ、かりん」

 

 そんなかりんに対して、俺はそんな負け惜しみの言葉しか送れなかった。

 女はしたたかって奴なのだろうか?

 正直敵う気がしない。

 何が勇気を貰っただ。

 勇気を貰ったのは……俺の方だ。

 俺はこれを幸せなファーストキスにする為に、このゲームをハッピーエンドで終わらせないといけないんだ……男として。

 

 かりんが降りたのを確認し、縄梯子を回収する。

 下へのドアが閉まっていくのを名残惜しく見届けるが、今は未来の為に行動する時だ。

 

 PDAを失い、地図を喪失した俺だが、先程の武器庫で1つ良い物を発見した。

 周囲の音を拾って、大音量で流してくれる耳掛け式の集音器である。

 それを取り付け周囲の音を聞き取り、奇襲を事前に察知するのが目的だったのだが――付けてすぐにそれを投げ捨てた。

 

「なーんだ、わざわざ別れるのを待っててくれたんですか、綺堂渚さん」

 

「えぇ、此処に居るのが貴方で良かったわ――川瀬進矢君」

 

 音がした方向にサブマシンガンを向ける。

 そこに居たのはこのゲームに似つかわしくないようで、ある意味で似合っているゴスロリ服の美女――初対面の綺堂渚が日本刀を携えていた。

 

 5階で一人浮いたプレイヤーが居れば綺堂渚狩りに来る……此処までは、計算通りだった。



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幕間6 詰め将棋の遊戯盤

 

 

 

 

――――――――――

復讐を果たしてこそ、相手を許す気になる。

スコット・アダムス (米国の漫画家)

――――――――――

 

 

 

 

 

 ゲームで運営側を打倒するヒロイックな展開になった時、ゲームマスターとサブマスターは倒されるべき悪となる。

 十数回目のゲームにして、初めての展開だが綺堂渚としては……ある種の感慨のようなものが、無きにしもあらずだった。

 少なくとも、渚が知る今までのゲームの全ては、プレイヤー同士で死屍累々の展開だった。ゲームマスターとサブマスターを除けば、平均生存者数2~3人。解除条件を遵守すれば10人は生き残れるように設計されているというのに、人と人同士が信じられない為に決まって破滅的なエンディングとなる。

 

 今回もそうなる筈だった。

 1つだけ普段と違う部分があるとしたら、解除条件を遵守しても生き残れない筈の3人が団結した事だろうか。

 参加者を纏め上げ、悪の殺し合いゲームの手先を殺す。

 スーパーヒーロー……とでも例えれば良いのだろうか。

 それはとても陳腐で、最後までやり遂げる事は非常に難しい事は他ならぬ渚が一番良く識っている事だ。

 

 そして、最初のゲームで誰よりも大切だった筈の幼馴染の親友を殺し、十数回の血塗られたゲームの進行を補助してきた綺堂渚は最後に立ちはだかる悪の権化として確かに相応しかった。

 後は自分が殺されればめでたしめでたし、ハッピーエンドである。

 

 数十回ゲームに参加した今になって、渚は考える。

 自分がこんなにもゲームに参加していたのは家族の借金の為だけではない。

 自分と同じ選択をする人間を見て、自分の行為を正当化する為だけではない。

 正しく団結する人々を見て、『お前は間違っているのだ!』 と突きつけて欲しかったのかもしれない。

 

 だが、今更だ。

 それを受け入れるには、最早渚は穢れすぎた。

 彼等に感じる確かな怒りと憎悪は、八つ当たりに違いないのだ。

 

 加えて言うのであれば――。

 

『自分が殺される事で、彼等にもまた人殺しの責を負わせる事ができる』

 

 なんて想いが渚を支配していたりもする。

 あるいは、一人位殺した方が、彼等も本性を剥き出しに渚の知る人間になってくれるのではないかとも思う。

 結局の所、渚自身……自分のやりたい事がはっきりしていなかった。

 

 身体の方は軽くなったというのに、気持ちは重いままである。

 悩んだ渚が出した結論としては――

 

 結局の所、組織の尖兵として……サブマスターとして動く、という単純な答えだった。

 カメラは持たなくても、綺堂渚は組織の戦場カメラマンでありインタビュアーでもある。

 だから、何を考えているのか、どういう思惑があるのか、直接やりとりするしか無いのだ。

 

 ターゲットは勿論決まっている……どう接触するか、それだけが問題だった。

 

 

 

 

 

 

――――ダダダダダダダダダ!

 

「そう来たかー! 余裕ぶっこいてないで、査定なんて放り捨てるべきだった!」

 

 サブマシンガンの銃弾が郷田から少し離れた場所の床と壁を抉る。

 御剣総一の射撃は威嚇射撃なのは分かるが、桜姫優希の持つエアーガンのBB弾は容赦無く身体に狙ってくるので逃げない訳にもいかない。

 追ってくる二人の移動スピード自体は慎重に慎重を重ねているが、ドアコントローラーの利用ともう一人の長沢勇治のスタングレネードによる牽制攻撃もあり、じりじりと袋小路に追い詰められている。

 

 だが、その慎重さも渚が場所を現すまでだろうという事も郷田には分かっていた。

 何故なら、二人はエアダクトがある地点で必ずスピードを落としてくるからだ。

 地図にエアダクトが拡張されてなければ、エアダクト内部の場所検知は不可能、それに気付いているからか、エアダクトに対して最大限の警戒をするようにしているのだろう。

 

 ただ、頼みの綱の綺堂渚も郷田視点ではどこに襲撃をかかるか分からない。

 だから、最低限この場は自分で切り抜ける必要がある。

 今、郷田が持っているPDAは2つ。

 最初から持っている【5】のPDA、渚から受け取った【2】のPDA。

 そして、襲撃を受けた直後に【2】のPDAに【PDA探知機能】の追加ソフトウェアをダウンロードしたばかりである。

 詳細は以下の通り。

 

PDA【2】

『爆弾とそのコントローラーのセット』

『遠隔操作可能な自動攻撃機械のコントローラー』

『エアダクトの見取り図』

『PDA探知機能』

 

PDA【5】

『首輪探知機能』

『ドアのリモートコントローラー』

『罠探知機能』

 

 

 逃げながら郷田は次の一手を考えなければならないのだ。

 愚痴を吐きつつも、郷田はちゃんと何枚かの手札を用意してこの勝負に臨んでいる。

 

 手札一枚目、罠のシャッターの利用。

 ……残念ながら、罠の位置を完璧に読まれており、罠を目指す行動自体が相手に読まれてそうなので却下

 

 手札二枚目、ドア開閉機能で5階に逃げる。

 ……PDA感知機能を使用した結果、PDAの内2つが、正に逃げようとした5階の場所から4階に移動している模様。恐らく、川瀬進矢と北条かりんと推定。縄梯子は撤去されたものと思われる、却下。

 渚の移動ルートとして解放だけしておくに留める。

 

 手札三枚目、自動攻撃機械、遠隔爆弾の使用

 ……自動攻撃機械を準備してたのは5階。遠隔起爆できる爆弾は諸事情で使えない、却下。

 

 手札があっても、電撃的に5階に上がられてしまった為、殆どブタ札になってしまったのが哀しい事だ。

 頼みの綱は、この『PDA探知機能』……なのだが。

 探知機能を使った所、既に逃走ルートの先にはPDA2つと首輪1つが動いている。

 ジワジワと包囲してくる算段なんだろう。

 さて、ここからが読み合いの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時は数十分前の2階の作戦会議に遡る。

 

「――という訳で、首輪を一個生贄に捧げて、5階までショートカットできるわけなんですね」

 

「その為にPDA壊して首輪解除したのか……理屈は分かるけど、進矢兄ちゃんがどういう思考回路してるか分からねぇ」

 

「今までのルール傾向からして、行けそうだと思えるのが哀しい所ね」

 

「上手くいった……として、問題はそこからどうするかだよね」

 

 まず、5階にショートカットで行く方法を進矢が説明する。

 説明する本人以外には呆れられてながら感心されつつも、問題はその先だ。

 武器と位置のアドバンテージを得たとして、次の攻め手をどうするか……掲げる目標が全員生存なのだ。

 これだけで、目的を達成できると思ってる人間は誰も居なかった。

 

「はいはーい! ここは、俺の考えた案でいこうぜ!」

 

 そんな空気の中で、長沢勇治だけが楽しそうに得意げに手を挙げる。

 進矢の発案した作戦は有効として、次は長沢の手番だった。

 

「嫌な予感はするが、なんだ?」

 

「嫌な予感とは失礼だな、御剣の兄ちゃん。そう難しい事じゃない、首輪探知機能とか位置表示機能ってあれば便利過ぎて使いすぎちゃうだろ? だけど、信じ過ぎちゃ行けないって事だよ」

 

「それって探知機能に見えなくなるソフトの話だよね、あとエアダクトの中にはいれば見えなくなるし」

 

 長沢はJOKERに表示された光点を示しながら、探知機能の危険性を指摘する。

 首輪探知で数時間前に検索した光点の中には郷田真弓と思われる光点は4階にあるが、綺堂渚と思われる光点が6階に存在する。一見便利なものだが、便利さに頼りすぎると大きな落とし穴がある……というのは、JOKERで発見した『ジャマー機能』と進矢とかりんの二人で検証した『エアダクト内は検知不能』という落とし穴は判明している。 

 

「ジャマーソフトがあるし、俺としては正直ジャマーのジャマーが欲しい」

 

「カードゲームかよ」

 

 この2つの落とし穴を上手く使われてしまえば、下手したら誰かが死ぬ事になるため、対策は必須だった。

 しかし、進矢としてはカウンターカードのカウンターカードが無いために難儀していたのだ。

 

 悩んでいる進矢の姿を見て、長沢は満足そうな笑みを浮かべて言った。

 

「この探知機能だけど、要はGPSだ。進矢お兄ちゃんが言ってたように、発信元を抑えれば探知機能に映らなくなる。 ジャマーソフトなんて無しに」

 

「……え、マジでぇ!? そんな裏技許されて良いのか!?」

 

「おいおい、最初にヒントを出したのは進矢兄ちゃんじゃないか。気付かなかったのかよ?」

 

「理論上は、そうだけれども……そこで思考停止してたな」

 

「まぁまぁ、アタシなんて二人の話についていくのが精一杯なんだし、そこまで落ち込まなくても良いよ」

 

 驚愕の声を挙げる進矢に対して、今度こそ長沢は勝ち誇り、胸を張った。

 答えのすぐ近くまで踏み込み、そこで止まっていた事に気付いた進矢は愕然として落ち込んだ。

 そんな進矢にかりんは肩に手を置いて慰めていた。

 総一はそんな二人に苦笑しつつ、質問を長沢に投げた。

 

「理屈は分かったが、実際どうやるんだ?」

 

「簡単だよ。これ、戦闘禁止エリアにあったアルミホイルな。アルミホイルは携帯の電波を遮るんだ、で俺の見張り時間に試してみたら首輪探知機能に引っかからない首輪の誕生ってわけ。へへっ、これを上手く使えば倒せるじゃないか?」

 

「あー、なるほどね。なんかどこかで聞いた事あるような気がする。携帯なんて縁の無い代物だったから思いつかなかったけど」

 

 残念ながら、携帯電話を持たざる男である川瀬進矢には携帯の電波に対する知識が薄かった。

 【首輪をアルミホイルで囲ってしまえば首輪探知機能に表示されなくなる】

 分かってしまえば簡単すぎるシンプルな事実。こういうのをコロンブスの卵とでも言うべきか。

 ジャマ―ソフトなんてものがあるから、他に消す方法なんて存在しない……そんな先入観を持ってしまう。

 だけどこのゲームにおいて、その思考は命取りだ。

 そして、気付いてしまったが故に、何もかもを疑わざるを得なくなる。そういう悪辣さが見て取れた。

 

「……えーと、一応、長沢案に補足しておく。多分、郷田はPDAの探知機能を持ってると思う。根拠は、自分の位置を表示するGPS機能の位置表示がPDAの場所依存なのに、PDA探知の存在が今のところ示唆されていないから、それを念頭に次の作戦を考えていこうか」

 

「そっちは考えてなかったなぁ。僕――いや、俺は、動体感知機能の対策も考えたんだけどさ、スタングレネードとか使って誤魔化せないかな? 皆が寝てる間は出来なかったから、ちょっと実験したいんだけど」

 

 こうして立て板に水という言葉に相応しい勢いで、作戦会議は進行していく。

 長沢と進矢ペアのそれぞれがそれぞれの目線で突飛な案を出して、もう片方がその案の欠点や応用を考えるという方式だ。

 その奇想天外な案を5人全員で現実的な所まで落とし込み、パズルのように組み合わせる。

 それは、これから行う事が殺し合いであるという前提を忘れる位、楽しい事であった。

 

 それはそれとして、川瀬進矢と長沢勇治の二人は組ませたらヤバいという印象を他の3人に刻みつけたのはちょっとした余談である。

 

 

 

 

 

――ズガァン!!!!

 

 

 「――ッ!? 鬱陶しい!」

 

 

――パァンパァン!

 

 

 比較的すぐ近くで爆発したスタングレネードに、郷田は片耳だけを塞ぎ牽制射撃を行う。

 辛うじて生きてる視界で、長沢勇治らしき影が壁を遮蔽にして隠れたのが分かる。

 少しずつ余裕が無くなってきた。

 理由は1つだ。

 追ってくる3人のPDAと首輪が探知機能が消えたり、点灯したりを繰り返している。

 ジャマーソフトが複数あるというよりは、GPSの発信妨害の裏技に気付いたという事だろう。

 郷田も存在だけは知っているが、ゲームマスターとして使ってはいけないモノだという認識が強い。

 

 これにより、郷田の中での探知機能の信頼性が急激に低下している。

 何よりも重いのは、この裏技を最後の切り札ではなく、見せ札として使ってきているという事実である。

 

 もちろん、ゲームマスターとして身体を鍛えてるから少々のダメージで済んでは居るが、持久戦の様相を見せてくると人数が多い方が有利なのは間違い無い。

 ……そして、もう1つの懸念事項は――

 

「優希! もうすぐ、一分だ」

 

「分かったわ!」

 

 かけ声と共にグレネードらしき球体が転がってくる音。

 郷田は扉を遮蔽にするように飛び込み、閉じる。そして――

 

 

 ――ズガァン!!!

 

 脳が震える程の大音量が、身体を震わせ聴覚が少しずつ役に立たなくなっていく。

 

(やっぱりそうか、彼等は【動体探知センサー】の弱点にも気付いている……参ったわ。お手本のようなゲームの攻略ね)

 

 強すぎる振動に対し、動体感知センサーは効力を発揮しなくなる。

 これが、動かない対象は検知できない事と双璧を為す動体探知センサーの穴と言える。

 スタングレネードのような許容範囲の衝撃を超えた場合、1分ほど動体探知センサーは検知不能になるのだ。

 彼等は追い込みと同時に1分間隔で大振動を起こす武器を使用している。

 ……恐らくは、郷田が動体探知センサーを持っている事を見越して無効化しているのと、渚が持っていた場合奇襲を難しくする為だろう。

 

 今の郷田に渚の位置を注意する余裕はないが、少なくともこの電撃作戦とも言える不意打ちで渚の救援を期待できる程、郷田は楽観的ではなかった。

 だから、ここは自分1人で窮地を脱する必要がある。それが大前提である。

 

 

(――さて、かりんちゃんと進矢君の2人はどうしてるかなっと)

 

 

 2つのPDAを確認しながら、郷田は走る。

 体力は結構削られては要るが、これでも郷田はプロだ、あと2~3時間は連続戦闘にも耐えてみせる。

 だが、体力的には頑張れても、バッテリーと弾薬の方は別だ。

 拳銃でサブマシンガンに対抗できるとは、さしもの郷田も思わない。有効射程が違い過ぎるし、待ち伏せをした場合はスタングレネードの餌食になるだろう。

 なんとか、誰か1人を殺すか重傷を負わせて戦力を削り戦線から一旦離脱したいところだ。

 

(逃げるルートは2つ……なるほど、ね。これは不自由な二択か)

 

 そして、郷田に突きつけられた逃走ルートの選択肢は二択。

 1つはPDA1個と首輪1個、PDA1個がそれぞれ別の部屋に挟み込むように存在している通路。

 もう1つは文字通り何もないが、隠れる場所は複数ある通路だ。

 他のルートは全て行き止まりに続いており、またドア開閉機能で施錠されている。

 

 まるでじゃんけんだ。

 PDAと首輪がある方向に隠れてると見せかけて、何もない通路に潜伏。

 そして、そう見せかけて馬鹿正直にPDAと首輪がある方に潜伏。

 どっちもあり得るし、どっちにも1人ずつ潜伏している可能性も勿論ある。

 

 考える時間は殆どない、わざわざ川瀬進矢の仕掛けた土台に載ってやりたくもないが、だからと言ってサブマシンガンのある方向に逆走するのはそれはそれでリスキーだ。

 

 そして、奇しくも選んだ郷田の選択は川瀬進矢の選択と一緒だった。

 

 ――つまり、道が無ければ作れば良い。

 

 袋小路に見せかけて、通路の行き止まりで【ドア開閉機能】で3階に落ちる事ができる場所が1つだけある。

 その通路に続く扉は【ドア開閉機能】で、施錠されており、もしかしたら川瀬進矢はそこまで読んで……ガムテープ等で完全に塞がれているかもしれないが、ならば爆破するまでだ。

 

 そう考えた郷田は虎の子の手榴弾を手に、扉の前に投げ込んだ。

 そして振り返り拳銃を抜いて、後ろで追いかけてきている総一達に射撃を撃ち込みながら、起爆を待つ。

 この距離では郷田の腕でも銃撃は当たらないので、容赦無く当てるつもりで撃ったが、総一が壁を影に隠れるのを確認した。

 

――ドゴォォォン!

 

 手榴弾の起爆を確認し、煙が郷田を包み込む。

 

(1人位、削っておきたかったけど……悔しいけど、一旦撤退ね)

 

 埃を浴びる事覚悟で、郷田は舞い上がった埃の中に飛び込んでいく。

 一先ず、これで……進矢の策は脱却できた筈だ。

 郷田としては敗北感で一杯だ、思惑から外せたとは言え、これでは損切りと言っても差し支えない。

 それでも、最終的な勝利の為に1敗を恐れてはならない。

 郷田はそう考えていた。

 

 

「……ケホッケホッ――え?」

 

 だから、郷田が煙を抜けた先で鋭い目線で銃――水鉄砲を構える短い茶髪のボーイッシュな少女……北条かりんの姿を視認した時に完全に硬直してしまったのは酷だと言えるだろう。

 

 ――鍵のかかっている封鎖された扉の向こうに伏兵はいない。

 

 郷田真弓は誘導されている事に気付かず、川瀬進矢の心理トラップに見事に引っかかってしまったのである。

 

「このゲームで死んだ皆の……仇!!!」

 

「あ、ちょ――ギャアア!」

 

 そして、水鉄砲から発射された水が郷田の顔に直撃し、眼球と鼻腔から強すぎる刺激が襲う。

 それは立つ事ができなくなる程の強烈な痛みで、郷田はその場で体勢を崩しのたうち回る。

 川瀬進矢お手製の唐辛子水が十全にその役割を発揮した。

 その数秒後、郷田の至近距離で轟音と閃光が炸裂し、完全に意識を失う事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……緊張した。でも、全部2人の計画通りだった……」

 

「へへっ……僕達全員で追い詰めたんだ、これくらい当然だよ。ハァ、ハァ」

 

 長沢勇治は、完全に意識を失った郷田に対して後ろ手で手錠を掛けた。

 

 皮肉な事に、ゲーム盤を支配しているゲームマスター郷田真弓も今回ばかりは川瀬進矢の読み通りに動いた。

 進矢は信じたのだ……郷田真弓が危機的状況で最適解の選択肢を”生み出す”事ができる、そんな優秀な人間であると。

 そして、見事に郷田はその術中に嵌まってしまった。

 不自由な二択は罠に見せかけたただのブラフで、PDAと首輪が置かれていた事以外に何の仕掛も無かったのだ。

 

 結局の所、郷田真弓は優秀過ぎた。

 ――だから、負けた。

 

「良かった、二人共無事で。あー、作戦成功か……似たような事をもう一度しないといけないと考えると、結構しんどいな」

 

「そ、そうね……川瀬君も心配だし、もう二度とこんな事やりたくないというのが本音だけど」

 

 少し遅れて、汗だくの御剣総一と桜姫優希が部屋に入ってくる。

 走った時間自体は十数分と言ったところだが、銃を人に向けながら撃つという行動は想像以上に精神力を磨り減らしていた。

 とはいえ、この作戦の成否は全員の信頼関係と努力にかかっていた比率は大きく、自らの任務をこなした全員の勝利である。

 そういう意味では必然的な勝利でもあった。

 

「御剣さんも優希さんも大丈夫!? ……その、怪我はない?」

 

 勝利の余韻もあるが、かりんは戦った全員が怪我をしていないか心配そうに駆けつける。

 

「なんとか、な。ちょっと休みたいけど」

 

「私も、総一が守ってくれたからね」

 

 このとき4人は気付いていなかった。

 この【試合】に関して言えば完勝した。

 だが、郷田真弓の本領は自身の戦闘能力ではない……という認識がなかった。

 完全敗北をしつつも、郷田は確かにもう1つの役目を遂行して見せていたのである。

 

 

――ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

 

 PDAが鳴る。

 

 

「え――嘘、でしょ……?」

 

 

 それを確認し、困惑した表情で、泣きそうな瞳で他の3人に言葉を求めるかりん。

 しかし、それに応えられる人間は居なかった。

 ただ、PDAだけが無慈悲に現実を伝えていた。

 

【生存者 6名】

 

 PDAは無機質に残酷に嘲笑うように――現実を表示していた。



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第二十四話 夢の終わり

 

 

――――――――――

誰かが命を懸けたからといって、それが真実とは限らない。

オスカー・ワイルド (アイルランドの詩人、作家、劇作家)

――――――――――

 

 

 

 

――コロンコロン

 

 サブマシンガンを構えた俺、日本刀を持つ綺堂渚……目視だと約20m。

 その中間地点で野球ボールのサイズの金属球が転がる音が響いた。

 咄嗟に、下へのドアを回避しつつ後ろに下がる。

 

 流石に、綺堂渚が銃器無しで無策で来るわけがない。

 とはいえ、手榴弾やスタングレネードではない……となると、これはなんだ?

 破裂するその瞬間に視認しないように、念の為片目だけ閉じる。

 

――プシュー!!!

 

 そんな俺に聞こえてきた音は弾から大量の煙がでる噴出音。

 途端に美しい白と黒のゴスロリ姿は見えなくなる。

 念の為、近くにあった扉を遮蔽にして銃撃に備えるが、そんな俺に聞こえてきたのは足音だ。

 

 その足音が速く、凄い勢いで駆ける音が近づいてくる。

 

 ……もしかして、正面突破か!?

 こっち、サブマシンガンを持ってるんだが!?

 予想外の行動に焦る。

 まるで、死んでも構わないという特攻に近いが、殺さない方針を掲げている俺達には特効だ。

 とりあえず、明後日の方向に牽制射撃を行う。

 

――ダダダダダダダ!!!

 

「……マジ、か」

 

 弾丸が連続で撃ち出される衝撃を感じつつ、俺は呆然と言葉を零した。

 俺の抵抗空しく綺堂渚は目を瞑った状態でスピードを落とす事なく、煙を突破した。

 銃撃音が聞こえている状態でのそれは……なんというか怖い。

 1つ分かったのは、俺が綺堂渚を撃てない事を見透かされているという事実だ。

 さもないと、こんな事はできないだろう。

 欠片も恐れずに突っ込んでくるのは安全を考えると……どうかと思うが。

 それはそれとして心配事が1つ生まれてきた。

 

(桜姫先輩と勇治、あと御剣先輩大丈夫か!?)

 

 もしも、郷田が似たようなスタンスを取った場合、自分達の考えた作戦が全て無効になった事を意味する。

 その場合、誰かの脱落――死は免れない。

 だが、すぐにそれを振り払う。

 まず、自分が生き延び無ければ話にならないからだ。

 綺堂渚と俺の距離はあともうほんの僅か――辛うじて、理解する。

 彼女が日本刀を持っているのは、ハンデのつもりなんだろう……同時に、武器を制限する代わりに全力で叩き潰すという意思表示だ。

 その為に、危険を冒してわざわざ俺の一番得意な間合いに来たというわけだ。

 正気とは、思えない――ショーとして考えれば、正しい事なのかもしれないが。

 

 完全に日本刀の間合いに近づいた時に、綺堂渚は目を開いてその昏い瞳と目が合う。

 

「――やっぱり、撃てなかったわね」

 

 完全に予想外だ、正面から真っ直ぐ斬りかかられるとは想像していなかったのである。

 

「……完全に、裏をかかれました」

 

 そして、日本刀が振り下ろされる。

 この距離では役に立たないサブマシンガンを放棄して回避、ここまで持ってきた木刀に持ち替える。

 まさか、こんな展開になるとは思わなかったが、こうなったら相手に付き会うしかなかった。

 不安なのは武器の強度だが、なんとか上手く戦うしかない。

 形成は一気に不利になったのは間違い無い……巻き返さなければ!

 

 

 

 

 

 隙を伺いながら、打ち合う事数回。

 

 技量だけなら俺が上回っていた、だが戦闘そのもののセンスは綺堂渚の方がずっと上。

 パワーもそうだし、一番恐ろしいのはスピードだ。あるいはそれを維持するタフネスもなのかもしれない。

 恐らくだが綺堂渚は剣道・剣術経験者ではないのだが……武術の達人が本来とは別の武器で襲ってきているという表現が一番正しいのだろうか。

 震え上がりそうな現実だが、背負うモノがある立場である事が辛うじて俺を防戦一方で抑えてくれていた。

 

「貴方の本気はこんなもの? 馬鹿にしてる?」

 

「……これでも、勝利を奪い取る気満々ですよ!」

 

 せめて気持ちだけは負けないように奮い立たせる。

 皆との約束もある。どれだけ勝率が低くとも1%の勝利を今のこの場で掴み取らなければならないのだ。

 

「そう……じゃあギアを上げていくわね」

 

「……っ!?」

 

 だが、現実はあまりにも無慈悲だった。

 一応、慎重に打ち合ってた勝負から一転、綺堂渚のラッシュが始まる。

 速く力強く、芯のある攻撃の数々――鋭さだけが足りないが、足りてたら最初の一合で死んでいた。

 綺堂渚が無手でも勝てる自信があんまりない。

 

 桜姫先輩から聞いた綺堂渚を思い出す。

 葉月克己という人物を鮮やかに切り刻んで見せた……と。

 料理をしない俺には馴染みの薄い話だが、肉……人体を斬る行為は非常に繊細な作業らしい。

 バラバラ死体や内蔵を取り出す惨殺死体を生み出す猟奇殺人鬼の場合、その手口の鮮やかさで犯人は医者か肉屋だと想定される。有名所だと、ロンドンを恐怖に陥れたジャック・ザ・リッパーのように。

 つまり……綺堂渚は、そういう職種に縁がある人物かは置いといて……人体を切り刻む事に慣れている。

 人を斬れば一人前とはどこで聞いた言葉だったか。

 

 小説や映画ではある種の憧憬を抱いていた存在であり――実際に目の前にすると冷や汗が、止まらない。

 

(とにかく、勝利……勝利を――!)

 

 右腕の筋肉痛は重いし、何なら攻撃を受け流している木刀が軋みを挙げている気がする。

 抗うのだ……覆すのだ、その気持ちだけで俺のもう一つの武器である脳味噌をフル回転させる。

 

 まず、距離を離す案は却下。

 綺堂渚の脚力を考えて、徒競走でスピードも体力も多分負ける。あるいは、後ろから撃ち抜かれるかの二択。

 

 逆に密着距離も勝ち目がない、絞め技か投げ技で落とされるだろう。

 

 時間を稼ぐのもこの距離では無理だし、恐らく郷田を捕らえるまで俺が持たない。

 

 スタングレネードとかでの自爆攻撃も試してみたいが、綺堂渚の動きは速すぎるので、ただの自滅になりかねない。

 

 PDAは持ってないし……操作する余裕は無かっただろう。

 

 考えれば考える程、戦いに集中するしか無かった。

 当たり前の話だが、今の間合いが一番俺の勝率が高いのだ。

 綺堂渚はわざわざ不利な方法で戦闘に臨んでいる。

 それで、この勝率なのは……単純に戦闘力の差が絶望的にあるという無慈悲な現実だ。

 

 地力の差という、無慈悲な現実が――同じ人間とは思えなくさせている。

 

(もし、俺が綺堂渚に勝機があったとすれば――)

 

 こんな事に思考を割くのは無意味だ。

 だが、思わずに居られない。

 煙幕弾を投げられた時点で、サブマシンガンで蜂の巣にするべきであったと。

 不本意である、だが俺が死んだら次は御剣先輩か? 桜姫先輩か? 勇治か? かりんか?

 優先順位を間違えた結果、9割9分ここで俺は死ぬ。大切な人達を巻き添えにして。

 生きる理由が増えてから死にそうになるとは皮肉な話だ。

 

 あー、死にたくない……! 糞ッ!

 油断? 慢心? 注意不足? 見落とし? 必死さが足りなかった? いずれにせよ、反省は後だ。

 現実逃避してる場合ではないのに、現実逃避したくなる。

 どうしようもなく、俺は今追い詰められていた。

 

 諦める訳にはいかなかった。

 勝ち目がない戦いと負けられない戦いが被ってしまう不幸があったが、最期まで戦う覚悟を決めた。

 

(見極めろ……何かないか、何かないか……!?)

 

 余裕はない。

 だが、こういう防戦一方な戦いだけなら慣れている。

 僅かな余力を用いて1%の勝機を見つけ出さなければならない。

 付け入る隙はどこにある?

 

 眼を合わせる。

 じっと見ている暗く鋭い瞳に吸い込まれそうになる。

 ……流石に、そこから何かを読み取れる気はしないが、全てを見透かされているような怖さがあった。

 

 バトル物のアニメや漫画なら、こういう魅惑的な衣装をした女性キャラクターが日本刀を振り回すというのは、魅力を感じるがこうして実際に戦うと見とれる余裕すらない。

 どうして、こんな人がこういう道に入ったのやら……ふと疑問が頭を掠める。

 

 なんて考えていると、息を切らす事なく綺堂渚は口を開いた。

 

「ねぇ、川瀬君……どうして、貴方は――そんなに弱いの?」

 

 質問の意図は分からない、だが返答できる程度に攻撃が緩んできた。

 勘弁してください、貴方の前では人間の9割9分は弱者ですよ! と突っ込みを入れたいが、そうもいかない。

  返す言葉に迷い思案を巡らせる俺に対して綺堂渚は更に言葉を続ける。

 

「どうして、貴方は――こんなに足掻いてるの?」

 

 

 俺が思うに、ショーとしての演出で『弱いのになんでそんなに足掻くんですか?』って意味なのだろうか。

 少なくとも、ショーという体裁を整える余裕があるだけ羨ましい事だ。

 

 ……自分の弱さに涙が出てきそうだ。

 剣道でもいつもボコボコにされ、このゲームでは郷田真弓にフルボッコにされたんだっけか。

 虚弱な身体に産んだ両親を恨んだ事は正直、一度や二度ではない。

 そして、そろそろ限界を告げそうな俺の木刀……。

 

 ――ッ!?

 

 見えたっ! 1%の勝ち筋……!

 あとはそれに、全力を込める……!

 まずは気持ちで、勝つ!

 

「……俺が弱くて尚足掻く理由ね。最初は、自分にない輝きを持つ人に憧れた」

 

 思い出す。

 このゲームに抗おうとして、誰も犠牲にしないと宣言した桜姫先輩。

 彼女がいなければ俺がどうなっていたか、想像したくない。

 

 最初は借り物の正義感だったが、今は俺の願いでもある。

 改めて、彼女の勇気を今だけ借り受けたい。

 戦う相手は理不尽で……正攻法では敵わない相手なのだから。

 

 だから、俺は一歩踏み出して攻勢に出た。

 

「助けられたかもしれない仲間が死んで、二度と同じ轍は踏まないと思った」

 

 今でも覚えている、姫萩先輩の体温が失われていく感覚。

 胸は苦しく、自分の命すらどうでもよくなり、自棄になっていく絶望。

  

 俺は愚かにも犠牲を出さないと、完全に実感することができなかった。

 この気持ちを誰にも味合わせる訳にはいかない。

 そして、まだあの世にはいけない。

 姫萩先輩に殺される。

 

 受けられる事もお構いなく、隙が出来る事もお構いなく、ラッシュを叩きつける。

 

「ゲームで自棄になった俺を叱って! 俺を信じて、一緒に戦ってくれる人がいる!」

 

 過酷過ぎる運命を歩んでなお、優しさと正義感を失わない女の子。

 全てを1人で抱え込もうとしてた俺を叱って、一緒に背負わせて欲しいと言ってくれた……かりん。

 

 どれだけ言い繕っても、俺自身チョロい人間である事は間違い無かった。

 信じてくれてるという事実が、これだけ力を奮い立たせてくれているのだから。

 

 そして同時に少しだけ直感する。

 綺堂渚も俺と同じく……何かを背負っている。

 

 俺の作った隙に、綺堂渚は容赦なく横薙ぎで日本刀を叩きつけ、辛うじて木刀で受ける。

 

 だが、これで限界だ………持ち手に衝撃を受け木刀はパッキリと折れた。

 

 一瞬のタイムラグでなんとか後ろに身体を引き日本刀を回避――そして、そのまま折れた木刀で我が身を厭わず、突進しその折れた刀身を綺堂渚に突きつける。

 

 そして俺の世界は反転した――。

 

 

 

 

「クッ……ガハッ……!」

 

「じゃあ、此処で貴方が死ねば、貴方は裏切り者って事ね」

 

 なんとか床に手を置き、立ち上がろうとした進矢に刀が突きつけられる。

 冷徹な瞳で渚は進矢を見下ろしていた。

 

 進矢の狙いは単純だった。

 昨日、郷田に負けた時と同じ……武器が破壊された一瞬の緩みを突く。

 綺堂渚が武術の競技者であれば虚を突かれたかもしれない一撃。

 だがしかし、彼女は幾度も死線を乗り越えたベテランの域に達するサブマスターだった。

 だから、日本刀をそのまま手放し、左肩で木刀を受け止め、そして勢いのついた進矢を投げ飛ばした。

 

 鈍い痛みが渚を襲う。

 ただの打撲傷か、骨が折れたか……いずれにせよ一撃は必要経費と割り切った。

 

「ハァハァ……えーと、綺堂さん……もし、このゲームで興行的に問題無く……全員生き延びる方法があると言ったら、乗ってくれますか?」

 

「世迷い言よ」

 

 渚の皮肉にも乗らず、覚悟を決めた眼で進矢は渚を見る。

 渚も眼を逸らさずに、刀を突きつける体勢を維持し、進矢の言葉を切り捨てる。

 進矢の首の皮膚に刀身が当たり、赤い一筋が流れ落ちた。

 少しだけ進矢は顔を歪ませるも、その目は

 

 渚は嫌悪する。

 川瀬進矢のこのゲームにおける在り方を。

 弱い癖に眼が死んでおらず、諦めない。

 殺すのは簡単だった。

 だが、川瀬進矢がそうである事と同様に渚もまた相手を殺す事が勝利条件ではなかった。

 そもそも、自分がどうしたいのかも渚は掴んでいなかった。

 

 渚が一番最初に参加した『ゲーム』では親友だと思っていた人間に裏切られ、殺している。

 信頼なんてものはない、それが普遍の人間の定理。

 繰り返されるゲームの中の裏切りを観察し、渚はそう納得させていた。

 そして、はじめて、はじめて……渚の世界を破壊する存在がこのゲームで現れる。

 

 渚は歯を食いしばる。

 

 ぐちゃぐちゃの気持ちを進矢に向ける。

 憎たらしく腹立たしく羨ましく妬ましく、大嫌いだった。

 

 そんな渚の心境を知ってか知らずか、進矢は声を上擦らせながら言葉を続ける。

 

「では天邪鬼らしく、これから幻を構築する作業を始めましょうか……このゲームの隠れた設計思想を暴かせて頂きます」

 

「そんなものはないわ……あってたまるものですか!」

 

「じゃあ前提条件から、このゲームは3日と1時間の生存で勝利だ。そして、鍵は6階が進入禁止になってから、どうやって生き延びるか」

 

「お生憎様ね。それを試みたプレイヤーは過去に何人か居たけど、全員死んでるのよ」

 

「なら、俺達が初めてだ。視聴率を取りに行きましょう。先駆者ボーナスですよ」

 

 渚の返す皮肉にも、力強い言葉が帰ってくる。

 持っている日本刀に力を込めようとするが、渚はそれ以上日本刀を押し込むことができない。 

 憤懣と憎悪、自分を守る為に彼を殺さなければならない。

 物理的に刃物を突きつけているのは渚の方だ。

 だが、心理的にはどちらなのだろう?

 

「俺の経験上ルール違反のペナルティは二種類あります。1つは設置型、もう1つは移動式。ならば、理論上は設置された警備システムを破壊して、規定時間内に移動式の警備システムを迎撃し続ければ勝者になりますよね」

 

「確かに、完璧な理論ね。不可能という事に目を瞑れば」

 

「綺堂さん程に強くてもそうですか? まぁ、そうですね。1人でやろうとすれば、どんな天才でも限界があるでしょう。だから、俺は貴方に協力を要請しているんですよ」

 

 皮肉か……川瀬進矢が次に出す言葉を直感的に理解する。

 聞きたくない。

 耳を塞ぎたい。

 

 口を塞ぎたい。

 息の根を止めたい。

 

 悩んでいる渚に対して、進矢は喋っても良いと判断して言葉を続ける。

 

「皆で生き延びる為に、首輪解除者の協力が必要だ。解除した首輪を使って、設置型の警備システムを破壊する。首輪解除者は、警備システムに狙われない事を利点に移動式の警備システムを迎撃する」

 

「馬鹿馬鹿しい! 理想論よ! それはっ! 『人間』がそんなに信頼できる訳がないでしょう!?」

 

「信じるかどうかは全部聞いてから判断してください。 俺としては、ゲームの設計思想と考えると、首輪を余らせず使い切った方が美しいかなと思いまして」

 

 10人の首輪を先に解除し、3人分どうしても首輪を解除できない人間の為に13人で警備システムに対処する。

 首輪が10個も余る……リソースを全て使い切るのが、遊戯盤と考えれば美しい。

 ミステリー小説で、出てきた伏線を全部使い切って解決編を終えるように。

 

 もしかしたら、あり得たかも知れない理想に渚は困惑し、刀を持つ手が震える。

 恐れるのは川瀬進矢の言葉だけではなく、既に実行寸前まで来ているゲームの展開にもだった。

 渚は今この瞬間、自分の手で綺麗な理想をぶち壊せる事に気付いてしまった。

 

「そう考えると武器もそうですね。5階の武器があれだから、6階の武器ってもっと危ないんでしょう? 人同士で戦えば骨も残らないような武器。プレイヤーへの示威・見せ札に見せかけて……本当は対警備システム用」

 

「嘘、嘘よ……!」

 

 渚は否定したかった。

 夢物語が現実になる事を何よりも恐れた。

 

 だが、進矢が言葉を続けるにつれ、夢は現実となってきた。

 ふざけるな、と昏い気持ちが心を満たす。

 言葉を止めない進矢が悪魔のようにも見える。

 

「じゃあ、綺堂さん……貴方はどうして、このゲームの解除条件がトランプを模してるか知ってます?」

 

「……は?」

 

 進矢は首元の痛みを堪えつつ、努めて悪戯っぽい笑みを作る。

 今度こそ、渚は虚をつかれた。

 渚は考えた事もなかった。

 最初のゲームに参加した時、理不尽をありのままに受け止めるしかなかった。

 

 また、組織の人間として研鑽を積んだ時も、幾度も参加したゲームでも説明される事は無かった。

 ただのモチーフ……ゲームという悪夢の象徴、それ以上でも以下でもなかった。

 

 そんな渚に対して、それが今際の際の言葉になる事を覚悟で叫ぶように進矢は叫ぶ。

 

「ルイス・キャロルの名作童話である【不思議のアリス】の終盤……女王陛下に処刑を命じられたアリスはこう言うんです、『お前達なんてただのトランプのカードだ!』。そして、夢が覚める。このゲームも、それと一緒だ。解除条件なんて、ただのトランプという意味であり、それ以上の何者でもない。ルールの製作者はそういう風に作ったんですよ! そうする事が、一番悪趣味だから!」

 

 『ただのトランプ』。

 その言葉を聞いて、渚は夢から覚めるような衝撃を受ける。

 茶番、そんなものに惑わされて彼女は親友と殺し合った。

 数多くの人間がこのゲームで散っていった。

 

 確かに渚の夢は覚めた。

 そして、次は現実と向き合わなければならなかった。

 全てのこのゲームの全容を知ってしまった今、渚は今までのようにいられない。

 真奈美と殺し合った自分、裏切った人々、今まで亡くなかった参加者……全て頭を駆け巡る。

 誰も彼も、茶番だったというのなら――。

 

「綺堂さん! 貴方は、大切な人の為に戦ってるんでしょう!? それが誰か分かりませんが、俺達と一緒に戦ってくれませんか!? 後悔はさせません!」

 

 進矢は決断を促すように必死に畳みかけ、日本刀を首に突きつけられながらも右手を伸ばす。

 今までの渚の反応から、進矢は渚の真実の一端に辿り着いた。

 渚が大切な誰かの為に戦っていて、その罪悪感を誤魔化し正当化しながら、血に濡れているという真実に。

 そして、進矢としてはそんな渚を捨て置く事はできないと判断した。

 プランは示した。

 ショーという体裁を整える。

 お金の問題であれば、皆と相談してなんとか工面する。

 他の問題なら一緒に考えればいい、かりんの言ったように1人で抱え込むのは良くない。

 具体的な事は後で話せば良い、今はなんとか手を取り合えれば……。

 

 進矢はそのように考えていた。

 

 

「ふふ……ッ! アハハハハハ!」

 

 

 川瀬進矢は綺堂渚という人間を致命的なまでに見誤っていた。

 そんな進矢に対して渚は高笑いする。

 いつしか、渚の昏い瞳は幽鬼のように虚ろな瞳を映し出す。

 

 底冷えするような瞳に対し、それでも進矢は目を逸らさずに見つめ返した。

 どうして渚がそのような高笑いをするのは進矢には分からない。 

 あるいは、渚自身分かっていなかった。

 

 

「そう……貴方は、私を裁いてもくれないのね」

 

 

 力無く、渚は答える。

 見たくなかった、信用してゲームを乗り越える人々を。

 耐えられなかった、自分がその中に混じる事が。

 妬ましくて、壊したくて、でも綺麗で、力になりたい気持ちも無いわけでは無くて。

 自分を罰したくて、現実に絶望して、それでも何かを世界に残したくて――。

 目の前の男の心を折ってやりたくて……。

 

 たった1つの冴えたやり方を渚は見つけた。

 

 

「貴方にとっては、これは悪い夢だったのかもしれない……カードのおもちゃだったのかもしれない」 

 

 

 だから、渚は日本刀を降ろし躊躇なくそれを実行した

 

 

――――ピロリンピロリンピロリン

 

 

『貴方は首輪の解除条件を満たす事ができませんでした』

 

 

 PDAを自分の首輪に読み込ませる、その動作を。

 

 

「だけど、私にとっては生きている全てだったのよ」

 

 

「な……ば、馬鹿野郎ぉぉおおおお!」

 

 

 進矢の絶叫が通路に響き渡る。

 そんな姿の進矢を見て、渚は笑顔を返した。

 自分なんかの為にそこまで必死になるのがちょっとだけ嬉しく、彼の思惑を潰す事ができて嗤った。

 

 

「良い、ハッピーエンドを」



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第二十五話 狂気の舞踏会閉幕

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

罪の告白を免れるには自殺するしかないが、自殺そのものが告白なのだ。

ダニエル・ウェブスター (19世紀の米国の政治家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「良い、ハッピーエンドを」

 

 俺は自分の死を覚悟した。もしかしたら、一瞬後に綺堂渚に斬り殺されてもおかしくなかった。

 それでも、決死の覚悟で最後の説得を行った

 

 だが、結果は想定外も想定外である綺堂渚の自殺とも言えるルール違反。

 

 最初の犠牲者である漆山権造で見た光景だ。彼女の首輪のLEDが赤く発光していた。

 何が起こったかも分からず、どうしてこうなったのかも分からない。

 ただ、泣き笑いの表情を浮かべる彼女に対して、俺は叫び続けた。

 

『さようなら、綺堂渚様』

 

 しかし、ふと無機質な電子音で正気に戻った。

 まだできる事はある。1%の確率でも、彼女を救えるかもしれない方法はあった。

 内ポケットに忍ばせていた最後の切り札である、拳銃を取り出す。

 それを使えば――

 

「無理よ」

 

『またのご利用をお待ちしております』

 

 俺の行動に対して綺堂渚は、短く制する言葉を使う。

 しかし、他に手段はない。あるはずがない。

 だからこそ、俺は反発の声を挙げようとする。

 

「そんなの、やってみないと」

 

「よく見てて、川瀬君。私が――」

 

 力強い言葉を発する綺堂渚の元に壁からワイヤーが高速で殺到する。

 ものすごいスピードのワイヤーを渚は最小限の素早い動きでひらりと避け、日本刀で断ち切った。

 あまりの光景に、俺は言葉を失った。

 

「貴方たちの道を――拓いてあげる」

 

 

 

 銃弾が飛び交い爆発音が幾度となく鳴り響く。

 壁からは毒薬らしきカプセルが何度も発射されるも、俺が投げ捨てたサブマシンガンを拾った綺堂渚によって射出装置は次々に破壊されていく。そして、綺堂渚は装置から発射された全てを回避してみせた。

 

 その繰り返し。

 最小限の弾丸を使用して、人間の視覚でギリギリ捉えられるか捉えられないかの攻撃を紙一重で回避し続ける綺堂渚は……場違いな感想を抱くとすれば……儚い美しさを感じた。

 生きて帰れる筈がない、だが最後まで足掻き続ける……そんな、死の舞踏だ。

 

「弾倉!」

 

「はい!」

 

 弾が切れたと同時に、綺堂渚が叫びそれに呼応して俺は弾倉を投げ渡す。

 それを優雅にキャッチしてみせた綺堂渚はそのまま滑らかに交換してみせた。

 

「最初のワイヤーは刺さったら高圧電流が流れて死ぬ。回避不可能だから、先に壊しておきなさい」

 

 いや、貴方回避したよね!? って突っ込みを挟むには、少々渚の表情は真剣過ぎた。

 確かに渚は規格外過ぎる。ただ、彼女がどうしてこうするかは分からない……俺にできる事は彼女をできるだけ長生きさせる事と、そして彼女の生き様を見届ける事。それだけだった。

 

「スマートガンは現れてから発射まで5秒のタイムラグがあるから、それまでに破壊しなさい。これが一番多いから」

 

 4基別方向から出てくるスマートガンシステムを1基1秒で破壊するのは無謀過ぎるが、それを達成して見せた渚は事も無げに言い切った。不可能を可能にするとは彼女の為に用意された言葉なのかもしれないとも思う。

 

「カプセルを射出する奴は、片方だけなら死なないけど、二種類受けたら苦しんで死ぬわ。対処は楽な方ね」

 

 そして、渚はスマートボールを一個ずつ銃撃して爆破していく。

 無尽蔵にも等しい警備システムの攻撃に、最小限の動きで最大の成果を上げ続けた。

 合間に俺への警備システムの解説を挟み続けながら。

 

 固定式の警備システムが無くなった後は、追跡ボールの物量による攻撃だった。

 そして、それ故にどうしようもなかった。

 俺からすれば超人レベルの綺堂渚だが、無尽蔵の体力というわけではない。

 そうでなくても、銃弾が無限にあるわけでもないし、サブマシンガンだって使いすぎれば耐久力に問題が出てくるだろう。

 

 破壊、破壊、破壊。

 補充、補充、補充。

 繰り返される銃撃に硝煙の匂いが通路に充満する。

 それでも、追跡ボールは止まらない。

 

「最後に言える事は、警備システムはギリギリで耐えられる量が常に投入されるという事よ。貴方たちのような馬鹿な人間に――希望を抱かせる為にね」

 

 渚は予備の銃弾を使い尽くし、使い物にならなくなったサブマシンガンを追跡ボールに投げて爆発させる。

 そして、懐から二丁の拳銃を取り出し、飛んで向かってくる爆発するドローンを次々に撃ち落としていく。

 その弾丸を撃ちきった時、彼女を守るものは……もう何も残されていなかった。

 

 綺堂渚を守る為に、俺も含めて全ての弾丸を撃ちきって居たからだ。

 遠くから数十の追跡ボールがまた集まってくる。

 自分の運命を悟った渚は、最後に自分のPDAを俺に投げ渡した。

 

「さようなら、川瀬進矢君。貴方の事は大嫌いだったけど、それでもハッピーエンドを祈る気持ちは本当よ? だけど、耐えられないし許せないの。救われようとしてる自分を――じゃあね。困らせてごめんね。貴方は何も――悪くないわ」

 

「……」

 

 そして、空虚な眼で俺に微笑んだ。

 この瞬間――綺堂渚が喋っている瞬間だけ、追跡ボールの動きが止まる。

 それが、ショーとしての演出であると気付いた時――もう俺の中で吐き気が止まらない。

 

 俺に綺堂渚の気持ちが分かる筈はない。

 ただ、唯一察する事があるとするなら、罪悪感だ。

 何故、人を殺さずに首輪を解除する方法が存在する事が悪趣味なのか、それは既に解除条件の為に止むにやまれぬ状態で殺してしまった人物にそれを突きつけた場合の結果を考えれば自明の話だ。

 綺堂渚は恐らく苦しんでいた、だからこそ……俺の提示した全員生存案を拒絶した。

 そして拒絶したのは、綺堂渚は止むに止まれぬ事情で人を殺さないといけない理由はあったものの……根は悪い人では無かったからだ。

 

 そこの機微が分からず俺はどこかで、致命的なミスを犯した。

 あるいは、綺堂渚はそもそも自身の救いを求めていなかった。

 いずれにせよ、出来る事は何も無かった。

 

 あふれ出る涙を抑えて、俺は言った。

 

「渚さん……ありがとうございました」

 

「馬鹿ね。やっぱり嫌いだわ……私の後を追ってきたら絶対に許さないから。二度と会いたくないわ」

 

「皆に、伝えておきます」

 

 空虚な表情で寂しく笑い、そのまま綺堂渚は走り去っていく。

 追跡ボールの群れを走り幅跳びで、跳躍し回避……そのまま見えなくなっていった。 

 

 彼女の完全な拒絶と言外から滲み出る優しさ。

 このゲームの主催者側の人間というラベルこそあるものの、綺堂渚は間違い無くゲームによって人生を狂わせられた人間であるのは間違い無かった。

 だが、このゲームが始まった時には既に行き着くところまで行き着いていた。

 元々が良い人だったんだろうという事が分かってしまう故に、胸に苦しい思いだけが残る。

 

 暫くした後に遠くで連続して爆発音がして、受け取った『J』のPDAが振動する。

 生存者が、減った……それを知らせる音だ。

 時間確認の為、かりんから借りた携帯電話の時刻を確認する。

 約20分、それがペナルティ発動開始から綺堂渚が生き延びた時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 合理的に考えると、自分以外全員生存させる手段として渚さんの取った方法はアリと言えばアリだ。

 このゲームがショーであるという前提に立てば、全員を生かすために自分が犠牲になり道を拓くというドラマチックな展開がこれを可能にすると言える。

 俺の虚論だったかもしれない、警備システムから生き延びる手段に文字通り魂を捧げたとすら言える。

 もしかしたら、俺もかりんに怒られていなければ取っていたかもしれない手段。

 

 だけど、理屈ではそう思うことができても、到底納得できるものではなかった。

 だからといって、何か死んだ人間に何かが言える訳でも無く。

 空虚に無駄な時間を過ごしていた。

 

 

「進矢! ……進矢ァ!!!」

 

 

 あまり長い時間呆然とはしていなかったと思う。

 ただ、階下から聞こえてくる大切な人の言葉でふっと意識の糸が張った。

 生きている、大事な事だ。

 実感は薄いが、少なくとも今俺は生きていた。

 

 『J』のPDAに表示されている生存者数を見る。

 少なくとも、渚さん以外は誰も死んでいなかった。

 俺はすぐに、下のかりんに姿を見せて外していた縄ばしごを階下に放り投げる。

 

 思うことは多々ある、ただ今は――

 

「良かった……! 怖かった、怖かったよぉ……」

 

「馬鹿、俺が死んでたら、ここで渚さんに撃たれてたかもしれないんだから……もっと自分の安全に気を配れ」

 

「もう! 馬鹿……!」

 

 かりんの温もりを感じたかった。

 梯子を凄い勢いで駆け上がってきたかりんは、泣きはらした顔でそのまま飛びついてくる。

 渚さんとの戦いで何度か感じた死の危機、その時に浮かんでいたのは何時だってかりんで……いつの間にか自分の中で大きな存在になっている事を実感させられる。

 

 

「……って、首から血が出てるよ!? こんなに出たら死んじゃうよ……!」

 

 

 飛びついた後で、俺自身すっかり忘れてた首の怪我に気付いたかりんは、持ってきていた鞄の中から救急箱を取り出す。確か渚さんに負けた時に首に刀を突きつけられた時の傷か、自分では見えないが、血がしたたり落ちてたようで、服と床が赤く染まってきている。

 

 言葉では注意しているが、もしも立場が逆だったら同じ事をしていたかもしれない。

 それでも、大切な人の無謀な行動にはちゃんと一言言っておかなければいけなかった。

 

「今の今まで気付かなかったから大した傷じゃない。それよりも、かりんに死んで欲しくないから、危険な行動は駄目」

 

「あたしだって進矢に死んで欲しくないよ!」

 

「全く、仕方無いな……ごめん、ありがと」

 

 諦めてかりんの治療を受け入れる。

 別離なんて敵であっても何度も感じたくない。

 当日知り合った仲間ですら大きいな疵を残すし、ましてや大事な人を失う事は想像するだけで身を引き裂かれる思いだ。この温かみが冷たくなる事なんて、想像もしたくない。

 

「おーい、かりん! って、なんだよ。お楽しみ中か」

 

「よせ! 長沢! ……川瀬! 落ち着いたら、郷田を捕まえた部屋に来てくれ……色々あったんだろうし、頑張れよ」

 

 下からなんか男二人の言葉が聞こえてくる。

 別にそういう配慮は要らなかった。

 いや、俺というよりはかりんへの配慮か……生存者数が減った時のかりんの反応とか、直接見ては無いが酷そうな表情をしそうなのは予想できる。

 嬉しいようなムズ痒いような、いやそれもまた生きてこそなんだけど。

 

「あー、そっちはどう? 皆、無事? 郷田は捕まえた?」

 

「……全部上手くいったよ、怪我もしてない」

 

「そっか、良かった」

 

「もう、仕方無いんだから……」

 

 そして、気が抜けたのか、一気に疲れが襲ってくる。

 考えてみたらあれだけ戦って、説得して、渚さんの死に様を見届けたのだ。

 死に隣接するプレッシャーは相当なもので、1時間に満たない時間であっても、既に一日分は疲れている。

 怒濤の展開に次ぐ怒濤の展開で昨日も負けず劣らずだった気はするが……。

 

 それから消毒液の染みる痛みに耐え、かりんは俺の首に包帯を巻きおえる。

 血は既に止まっていたようで、特に問題はなかった。

 

「何から何までありがと……あと、難しい役目を任せて成功させたのに、肝心の俺がこのザマでごめん」

 

「何でも良いよ、進矢が生きてれば。でも、今はちょっと……」

 

 治療を終えたかりんは、俺に縋り付いてきたので、しっかりと抱きしめる。

 俺が緊張の糸を切らしたかのように、かりんもまた気が抜けてしまったのだろう。

 大きな声こそは挙げないものの、小さな泣声が胸の中で聞こえてくる。

 

 かりんの体温を間近で感じると、なんとなく1つ推測をしてしまう。

 かりんは妹が一番大事だ、だけど人間だから勿論大事な物は1つじゃない。

 過大評価でなければ、かりんの中で俺が大事な存在になっていて欲しい。

 だから俺はこう考える……渚さんは、一番大事なものの為に、それ以外の全てを犠牲にし続けたのだと。

 

『生きていれば貴方も私と同じになるわ。貴方は自分にとって一番大切な物の為に、それ以外の全てを裏切る』

 

 渚さんは、そう桜姫先輩に言ったらしい。

 遅すぎるが今更気付いた。

 大切な物を切り捨てずに済んだ方法を、今更俺が提示しても俺は彼女を追い詰めただけなのだ。

 今、俺が生きてこうしてかりんと一緒に居られるのは、ひとえに渚さんに残された良心のおかげに過ぎない。

 

 勿論、渚さんがあり得たかも知れないかりんであったという事は俺の想像であり、妄想なのかもしれなかったが。

 

 泣いているかりんの頭を撫でながら、別の女の事を考えていたらかりんは頭を上げる。

 至近距離でかりんの顔がきて、ちょっとドキっとした。

 

「……進矢、ごめん。アタシも、もっと強いつもりだった……もっと頑張りたいのに、進矢と会って弱くなっちゃったかも」

 

「大丈夫、俺はそんなかりんが大好きだから――って、あ……」

 

 

 泣いてるかりんを慰めたくて、元気付けたくて……自然とその言葉が出てしまい、すぐ後に失言だと気付く。

 ゲームから帰ったら言うつもりの言葉でそう伝えていたからだ。フライングしてしまった。

 焦る俺を前に、涙を浮かべたままのかりんは……表情だけを悪戯っぽく妖艶に微笑んだ。

 

「大好きって、仲間として? それとも、女として?」

 

「えーっと……ですね……」

 

 先程までの弱気なかりんは何処へ行ったのか、一気に退路が無くなりタジタジになる。

 どう見ても分かって言っている奴だ。

 あー、自分で吐いた唾は飲み込めない!

 まぁ、俺の拘りはもう良いか……いい加減、認めてしまおう。

 ちょっと桜姫先輩と御剣先輩の事を言えなくなってしまうけども。

 

「……私、川瀬進矢は……北条かりんさんの事が、異性として好きです。ラブです」

 

 渚さんを説得しようとした時とは別の意味で緊張感に包まれ、正直自分が何を言ってるか分からなくなる。

 えーとえーと、言葉の定義は大切だよな。

 誤解の余地のない言い方しないといけないよな……公文書かよ。

 ……最後のプライドとして、かりんと眼だけは逸らさなかった。

 

「ブッ! 緊張しすぎ、アタシも進矢の事大好きだよ! ずっと、一緒に居ようね!」

 

 そんなカチカチになった俺に対して、かりんは吹き出し笑顔になった。

 顔が羞恥心で熱を帯びるが、そんなかりんの笑っている表情が好きになってしまったので逆らえない。

 失言がきっかけというのも締まらないが、それでもかりんが元気になって心底ホッとする。

 

 皆で一緒に生きて帰る道は閉ざされても、かりんとの未来は少しずつ近づいている。

 次が最後の試練だ。

 1つずつ大切なものを失いながら、それでもここまで来た。

 その試練が果てしなく辛いものになりそうなのが、問題だが……また1つ背負ってる命が増えた身として、生き延びなければならないのだ。

 

「でも、良かったの進矢? 帰ったら言うんじゃなかったっけ?」

 

 憎たらしい位可愛い笑顔でかりんが問いかける。

 失言したのは俺だけど、逃げ道を塞いだのはかりんなんだよなぁ……。

 この野郎……潤んだ瞳が可愛い過ぎて辛い。

 さっきまでの涙はどこにいった。

 そんなところも好きなので、俺は末期です。

 生きてて良かった、お互いに……先程亡くなった渚さんの事を思い出して胸の痛みがチクりとする。

 

「……良いんだ。帰れるか分からない状態で告白は不誠実だけど、もう生きて帰るって決めたし、かりんを幸せにするって決めたから。逆説、もう決定事項なので、抵抗は無意味です。諦めて俺の手で幸せになってください」

 

「あー、捕まっちゃったー……絶対だからね? あたしの幸せには進矢が居ないと駄目だからね?」

 

 悪戯っぽい笑みと明るいかりんの瞳の中に懇願するような不安そうな光が混じる。

 ……先程、かりんが言ってたとおり弱くなったというのは間違い無い。

 少なくとも、かりんと出会う前には一人でも割と平気だったし、かりんも一人でずっと頑張ってたって言ってた。

 そして、恐らくは渚さんは一人で頑張り続けた人間としての……1つの末路だったのかもしれない。

 だから、寄りかかり寄りかかられながら生きていきたい。

 1人の弱い人間として。

 

「勿論、分かってる。絶対……生きてやる。じゃあ、皆の所に行こうか。何があったのか、全部話さないといけないし」

「そう……だね。進矢……一緒に幸せになろうね!」

 

 少し名残惜しそうに、かりんが身体を離す。

 はにかむ彼女の頭を撫でてやる。

 もう幸せなので、目的は達成されています……と言うのは野暮だろうか? ……野暮だな。

 

 「あぁ、そうだ。1つ忘れてた」

 

 絶対に言わなければならない事があった。

 正直、自分が死んでもおかしくない根拠は何個もあったが、今生きていると言い切れる根拠は1つある。

 くじけそうになった時……何度も俺を奮い立たせた。

 渚さんとはあのような結末になってしまったが、それでも俺は感謝しないといけない。

 

「かりんに貰った勇気がないと、多分死んでた。ありがとう」

 

「勇気って……あ、あー」

 

「だから、お返し!」

 

「ちょ――」

 

 思い出して真っ赤になったかりんに、肩に手を載せ向き合い、素早く唇を合わせる。

 恋愛は勢いだとかなんとか、少なくとも理性でやるものではないだろう。

 ということで半分自棄なカウンターだ!

 柔らかく、ほのかな温かさがあり……どこか甘い気もする。

 最初のキスよりちょっと長い間のキスを終え、そそくさと縄ばしごを降りていく。

 

「ほらほら、皆を待たせるのは悪いし、早く行くぞ!」

 

 逃げるところも含めて、最初のお返しであった。

 『J』のPDAのおかげで、全員の居る場所は分かる。

 顔が赤いであろう事は、とりあえず走って誤魔化そう。

 手を繋いで一緒に登場とか、ちょっと恥ずかしすぎるし……。

 

「ちょ、ちょっと進矢ー! ……もう! 酷いよ!」

 

「眼には眼を! 歯には歯を!」

 

「全くもう!」

 

 上に真っ赤に膨れた顔のかりんが見える。

 

 ……IFを考えても本当に仕方無い。

 やりたいことをやっていこう。

 俺が俺らしく生きる、それが自己満足ともいえる渚さんへの手向けである。

 さぁ、次は警備システムに1時間生き延びる方策を考えていこう。

 

 かりんから逃げようと走り出したのだが、かりんの足は速くあっさりと手を捕まれてしまった。

 

「絶対に離さないからね!」

 

「仕方無い……一緒に行こうか」

 

 ……どうやら、手を繋いだまま皆と合流しないといけないらしい。

 疲れもあるが、運動神経が低い俺が恨めしい。



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第二十六話 タワーディフェンスゲーム

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:4.5:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:4.1:3人の殺害
長沢勇治 :4:3.2:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:6.4:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:4.5:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:DEAD:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:3.4 :PDAを5個以上収集


人数オッズ
6人生存:8倍
5人生存;4.5倍
4人生存:3倍
3人生存:3倍
2人生存:4倍
1人生存:10倍
全滅:300倍


 

 

 

 

――――――――

私の影響力の秘密は、それが常に秘密であること。

サルバドール・ダリ (スペインの画家)

――――――――

 

 

 

 

 

 

「――以上が俺と渚さんの戦いの顛末です。完敗して、このゲームを託されました。彼女が何者で何を背負っていたか知り得ない事ですが、彼女もまたゲームの被害者の1人だったという事でしょう」

 

 かりんと手を繋いでいた事をからかわれつつ、別れていた間に起こった事を情報共有する。

 勿論、その中には俺達が全員生きて帰る方法である、警備システムを生き延びる方法を含んでいる。このゲームにおける敵はもういない、存分にそれに集中できるというものだ。まだ1階も進入禁止になっていないが……その為に、俺達はこのゲームの決着を急いだわけだし。

 

「渚さんがそんな事を……そっか、うん……分かった、うん」

 

 話を聞き終えた桜姫先輩が涙を浮かべ、それを御剣先輩を慰める。

 あの渚さんの様子を見れば、助けたいという気持ちが湧くのは分かる。あの死に方が渚さんなりの償いだったとしても、それが正しい償いとは思いたくない。

 だが、死んでしまった人間にそれ以上何も言える事はない。やるせない気持ちだけが胸中に広がる。

 勿論、それは渚さんだけではなく、このゲームで死んでしまった全ての人を想っての事ではあるが。

 

「それにしても意外だなー」

 

「何がだ、勇治」

 

 しんみりした空気になっていると、勇治がその話には興味なさそうな気のない様子で俺に言葉を投げてきた。

 

「皆で生きて帰る方法だよ、思ったより正面突破だった。納得もするけどね……そのためのRTAだったんだなーって」

 

 勇治は斜め上の回答を期待してたのか、ちょっと不満げな表情である。

 俺だってそういう回答があれば、遠慮無くそっちに走りたかったんだが、残念ながらそういう都合の良い方法は見つけられなかった。

 せめて冴えた回答をしようと思考を巡らせる。

 

「そうか? 別に大した事じゃない。今思えば……着想を得たのは、桜姫先輩が皆で協力して首輪を解除して、解除条件を満たさずに首輪をどうにかする方法を探すって言った時だな。そこから逆算して、そうした時に”だけ”見えてくる光明があり、情報を拾い集めるにつれ仮説は確信になった」

 

「私……殆ど何もできてないのに、そんな事言われても納得できないんだけど……」

 

「1%の閃きと99%の努力の本当の意味が近いんですかね。エジソンの言いたかった事は1%の閃きがないと99%の努力は無駄になりかねないという意味なので」

 

 もしも、人が集まった時に殺人条件引き当てた奴は死んで貰うしかないって論調になった場合は、お前達が生きる権利を行使するなら、俺も生きる権利を行使してやるよぉ! って逆ギレ(?)っぽい事をした可能性が高い俺である。本当にしたかは分からないけど、大なり小なりゲームに影響を受けていたかもしれない。

 桜姫先輩は俺にきっかけを与えたかもしれないが、スタートの一歩は大事だったということだ。1%が無ければ、今の俺は無かったのだ。

 

「色々と複雑だけど……渚さんも俺達の生きて帰る事を願ってたんだな。だから、俺達も生きて帰ろう。川瀬の案は全員生存で辛うじて生きて帰れる……かもしれないという案だ。だけど、俺達はもう6人しかいない。単純計算でも……1人2倍は頑張らないといけないしな」

 

「結構大変だよね……ソレ」

 

 御剣先輩は桜姫先輩を励ますように言い、かりんがやや青い顔でその言葉に応えた。かりんの不安げの表情は敵は居なくなったが、実際に俺達3人が生きて帰る事の難しさを実感したからかもしれない。

 俺の理想だと、10~8人の首輪解除者の奮闘で殺人条件の3人を警備システムから守るというものだ。ついでに言えば、ゲームマスターの郷田真弓には首輪解除しないから、一緒に死ぬか生きるか選べ(強制)という二択を迫る予定だ。現実的に考えて、首輪を解除したかりんと勇治にかかる負担が重すぎる。

 正直な心中を吐露すると先程の死闘で、判定勝ちにしてもらって主催者さん達に全員生還にして貰えないかなーと俺も願望を抱くところだ。ありえないことだけども。

 

 ……現実逃避しても仕方無いので、まずは議論を進めよう。

 無理だと分かれば、望み薄だが残り時間で別の方法を探さないといけない。

 

「そうだな、かりん。ということで、本ゲームのゲームマスター様の裁定を仰ぎたいところです。 狸寝入りの時間は此処までですよ?」

 

「あら……気付いてたのね? 残念、隙を伺っていたのに」

 

「鎌かけです。残念でした」

 

「可愛くない子」

 

 充血した瞳に、埃だらけで汚く濡れている高級服は痛々しく。都落ちという言葉を連想させる。

 後ろ手に手錠をかけられた郷田真弓はそれでも、ギラリと視線を向けた。その眼はまだ死んでおらず、隙を見せる事を躊躇させる。

 かりんの母親の直接の仇で、憎々しいこの殺人ゲームを執り行ってる組織の現場責任者。同時にヘイト役でもある。コイツが全て悪いと責めるのは簡単だが、それは同時にこのゲームの主催者の思惑通りという事でもあるのだ……残念ながら。

 だから俺は苛立ちを若干表に出した声色で、丁寧に交渉を持ちかけた。

 

「選択肢をあげましょう。首輪を解除された上で俺達に殺されるか、俺達と一緒にペナルティの警備システムに抗うか、選択肢は2つに1つ。賢い返事をお待ちしています」

 

「さっきもそうだけど、よくも糞みたいな二択を用意してくれたわね」

 

「やだなー、話を聞くにさっきの郷田さんは見事に不利な二択を脱却して見せたらしいじゃないですか」

 

「……ケッ」

 

 不機嫌そうに郷田は吐き捨てる。

 正直、彼女に容赦する理由は何1つとしてなく、それでも運命共同体になってしまったという事実が面倒ではある。直接的な悪口を言うのは憚られるため、思いつく言葉は皮肉ばかりだ。

 

「貴方の案は甘いと言わざるを得ないわね。良いとこ、成功率は10%。だけど、私と渚ちゃんが協力すれば成功率は50%程度には引き上げれるんじゃないかしら?」

 

「50%ねぇ……ショーとして見たらそれくらいの数字が良いってことか?」

 

「賭けとしても、よ」

 

「うわ……」

 

 郷田の言葉にマジか……という空気が全員に広がる。

 俺達は命を賭けた競走馬のようなものだった……いや、プレイヤー側からの視点何かが変わる訳でもないのだけれど。むしろ、冷静に考えれば賭けである方が、ある程度のゲームの公平性が担保されるからありがたい......のか?

 ただ、そんな悪趣味な事が裏で大規模に行われている事に対して、ドン引きはする。俺個人として言うなら暴くべき悪がそこにはあり、しかし大きすぎて手を出すと消される深淵がある。

 嘘をつくときは大きい嘘の方がバレにくいとどこかで聞いた事がある。何度かそういう殺し合い関係の都市伝説を聞いた事も掲示板で見た事もあるけど、本気で受け取った事は一度もない。自分の節穴っぷりが嫌になってくる。

 まぁ、良い。今は大事な事じゃない。

 

「このゲームがショーだとか、賭けだとか……そんな事はどうでもいいです。それを利用してどうするかが、この場において大事になってきます」

 

「あら、賢明な判断ね。でも、正しいわ……1つだけ善意で警告してあげる。このゲームから生きて帰ったら、このゲームの事は全て忘れなさい。ゲームの真実を追った者はもれなく……」

 

「もれなく?」

 

「拒否権のない次のゲームの招待状をプレゼント! 正直、貴方とはもう二度と会いたくないし」

 

「地味に、ゲーム側の人間としての最大限の善意あるお言葉っぽいのが分かるのが辛い」

 

「本人だけじゃなくて、関係者も呼ばれるかもしれないわね?」

 

「くっ……!」

 

 

 誰を想像したのか、かりんが青い顔で郷田を睨む。

 

 これがデスゲームでよくある? リピーター枠って奴か。

 この殺人ゲームだと、ゲームから生き延びて尚、ゲームの存在を公にしようとする人物がもれなくリピーターにされてしまうようだ。今思えば……だが、ゲームの存在を告発しようとする都市伝説めいた掲示板での発言等は、頻繁に削除されてたり投稿者が消えてたりしていた。それを俺は自作自演だろうと思っていたが、こんな裏事情があったなんて想像できるか!

 

「どうします? かりん……と桜姫先輩、俺は俺なりに考えはありますけど」

 

「どうするも何も、今は生き残る事に集中よ。他の事は雑念と思った方が良いわ」

 

 端的に返すのは桜姫先輩だ。

 この人の考え方は基本的に真っ直ぐで好きです。

 ……恋愛的な意味では無くて。

 

「それは確かに、捕らぬ狸の皮算用ですもんね」

 

「目の前に捕まった狸はいるけどな」

 

「勇治、誰が上手いこと言えといった」

 

 頷いた言葉に、勇治が補足する。

 諭すような言葉を口では言うが、ちょっと面白かった。

 完全に拘束した相手なら強気になれる……分かるよその気持ち!

 ついでにいえば、ちょっと位足蹴にしても許されると思うよ! しないけど!

 

 一瞬だけ勇治に共感して、手を握る力を強める口数の少ないかりんの方に注意を向ける。

 何を考えているか分からないが、その顔はとても強張っているに感じた。

 

「……そう、だね。今は皆で生きて帰る事を考えよう、進矢に考えがあるなら……聞いておきたいし」

 

 かりんの手を握る力を強める。

 悩みがなんとなく分かった気はするが、解決できるかは分からない。

 後でまた話し合うしかないな……かりんと目を合わせて頷き合った。

 

「納得してもらって結構、私も生き残った人には良い余生を送って欲しい……これは本音よ? 一応ね」

 

「どの口が……!」

 

 かりんの目が怒りに満ちるが、それを抑える。

 郷田もまた分かって言ってるのだろう。

 捕まって尚ショーとしての演出を盛り上げようとしている、ギリギリのラインを踏み込んできているというか。

 

 ……話を変えよう。

 

「郷田真弓、貴方の善意も悪意も結構です。具体的な話をしていきましょう。現在時刻がゲーム開始から27時間とちょっと……つい先程、1階が進入禁止になった所です。キリが良い時間で考えれば、72時間目に全域が進入禁止になる……残り約45時間。1時間を生き延びる為にあんまり無駄にしたくないですね」

 

「具体的手段、ね。私が言えることは私はあくまでこのゲームのゲームマスターだということよ。だから、貴方たちの提案には乗るし質問には可能な限り答えるけど、私自ら貴方たちを導いたり指揮することはない……と前もって断っておくわね」

 

「おいおい……自分の命が懸かっている自覚があるのか!? いや、違うのか……順序が逆なのか? 自分の命を大切にできないから、人の命を大切にできないのか!?」

 

「あー……」

 

 郷田の命がかかっている状態に対しても、ゲームマスターという職業を貫こうとする姿勢に御剣先輩が思わず突っかかる。何故かその内容に心が痛くなるような気持ちがしつつ、なんで昨日かりんに怒られたか客観的に理解できたような気がした。

 

 「それはちょっと違うわよ、総一君。私は私として生きる為に、そうであらなければならないの……質問の答えにはなってるかしら?」

 

「そんなの……まるで歯車みたいだよ!」

 

「えぇ、私もまた組織の歯車の一人……高級歯車であると自負はしてるんだけどね」

 

「……っ!」

 

 その言葉に怒ったのはやはり、かりんだった。

 昨日の言葉で言えば、郷田は当時の俺の比ではなく歪んでいた。

 修正不能な所まで、骨の髄まで組織に課せられた役割が染み込んでいる人間。

 俺個人から見ても郷田は優秀な人間だと思っている……そんな人間を、殺し合いゲームの現場責任者として使い潰しているという異常な事態。考えれば考えるだけ、頭がおかしくなりそうな現実。

 

 郷田の気迫に、かりんが圧し負ける。

 そんなかりんの姿を見て、郷田は溜息をついた。

 

「でも、死ぬとしても組織に有用な駒である事を証明して死ぬとしましょう。1つだけ私から案を出させて貰うわ。私は最初から警備システムが解除されている部屋を1つ知っている。これはこのゲームをやってる組織すら知らない情報よ。あるテロリストが昔、この建物にこっそり細工をしててね……後でログで行動洗って怪しい部屋を独自に調べたらそうだった……って訳。その部屋を拠点にすれば良いんじゃ無いかしら」

 

「いや、殺人ゲーム会場に細工するテロリストって何だよ」

 

「だーめ、細かい事を聞くと危険が危ないわよ?」

 

「そんな頭痛が痛いみたいな……」

 

 突っ込み所が多いが、拠点防衛に向いた場所は郷田の方で見繕い済みらしい。

 深い話を聞いてみたいところだが、止めておいた方が良いのだろう。

 得意げに郷田は言葉を続ける。

 

「私は他にも私独自の情報を沢山握ってるわ、切り捨てられたら、情報は全部闇の中……そうして有用性を示し続けるのがゲームマスターとして長生きする秘訣なのよ。……あー、1つだけと言ったけど良い案思いついちゃった。組織って身内には結構甘いところあるのよ……だから――」

 

「何か嫌な予感がしてきた」

 

「川瀬君、ゲームマスターかディーラーにならない? 身売りすれば生存率大幅アップよ。私も今の糞ディーラーよりは組織も新陳代謝して若い血を入れた方が――」

 

「ぜったいに駄目!!! 進矢もそんな話を聞いちゃ駄目だからね!」

 

 

 俺が口を開く前に隣のかりんが凄い剣幕で止めた。

 そこまで怒ってくれなくても、ちゃんと断るつもりだったのだが……アレか、皆の為に自分を組織に身売りするような人間だと思っちゃったんだろうか? 強気で否定できないが、少なくともかりんが居る限り絶対にそんな事はしないぞ。

 ……当たり前のようにここでかりんが出てくる自分にびっくりすればいいのか、かりんが居なかったら普通に選択肢に出てくる自分に呆れるべきなのかどっちか分からない。

 

 早口にまくしかけてた郷田はかりんの剣幕に気圧され、残念そうに口を閉ざした。

 先程と完全に逆の構図になっている。

 

「部屋の件だけ受け取っておきます。これからの流れですが、幾つかあるので紙にちょっと書き出していきますね」

 

 

①エクストラゲームに則りコントロールルームで一人の首輪を解除する

②かりんか勇治で手塚の首輪を解除しにいく

③拠点に武器と資材を集める

④拠点構築

⑤武器の訓練

⑥5個分の首輪を使用した警備システム破壊

 

 6つの議題を箇条書きにしてみる。

 こんなところか、こうしてみると45時間って結構短いかもしれないな……1つずつ話をしてみよう。

 問題があれば適宜修正しつつ、あるいは議題追加すればいいわけだし。

 

 

 

①エクストラゲームに則りコントロールルームで一人の首輪を解除する

 

 

「首輪解除する人を決めないといけないですね……桜姫先輩に一票入れときます」

 

「あら? じゃあ私は川瀬君に一票で」

 

「俺も川瀬に一票だ」

 

「進矢に決まってるでしょ!」

 

「進矢お兄ちゃんで」

 

「……あっれー?」

 

「何この茶番」

 

 首輪解除しようとしたら流れるように、4票という圧倒的な得票により俺の首輪解除が決まってしまった。……罪悪感を感じる。

 

「それだけ皆に生きて欲しいって思われてるんだから胸を張れば良いの、それよりも問題は自動攻撃機械だけど……私達にとっては前哨戦のようなものね。あんまり慣れたいものでもないけれど、万全の体制で行きましょう」

 

「……そうですね、先に武器をある程度集めて、時間としては二日目の締めにやるのが良いですかね」

 

 細かい所はまた攻略する前に郷田に解説して貰うとして、大凡そのような方針におちついた。

 

 

 

②かりんか勇治で手塚の首輪を解除しにいく

 

「じゃあ僕――俺が行くよ、手塚の様子も見に……かりんの奴に行かせる訳にもいかないし」

 

「大丈夫なの? 一人で平気?」

 

「おいおい、子供のお使いじゃないんだからさ。ちゃちゃっと行って帰ってくるよ」

 

「一応、通話機能付きのPDAを持っていけ。それと扉開閉できるPDAを使ってできるだけショートカットしていけ。あと、罠探知のPDAも――」

 

「分かってるって!」

 

 首輪解除しに行くのは勇治に決定。

 手塚の死体が見たいのか、かりんに見せたくないのか……どっちも本音ではあるやつだな、これ。敵もいないわけだし、勇治に任せるのが吉……と。

 

 

 

③拠点に武器と資材を集める

 

 

「結構な肉体労働になりそうだが……拠点の位置が前もって決まってるだけ、楽……か? 台車とかないかなー、流石に手だけじゃきつい」

 

「6階にあるわよ? 台車」

 

「あるのかよ!」

 

「そりゃあるわよ……台車でしか運べない武器とか多いし」

 

「なにそれこわい」

 

 台車でしか運べない重量級武器……本当に対人用じゃなくて対警備システムを想定していますよね!? という突っ込み待ち武器が沢山ありそうでわくわくもする。それはそれとして、実物を見るのが超怖くなってきたな。

 

 

④拠点構築

 

 

「やること自体は結構多いんだよね、防壁を複数にわたって作って第一防衛線、第二防衛戦、第三防衛線、最終防衛線を作ってタワーディフェンスゲームをしないといけないわけだし」

 

 解説しよう。タワーディフェンスゲームとは、自分の領地に進入してくる敵を倒すタイプのリアルタイムストラテジーゲームのことである。ゲームの種類が頻繁に変わる殺人ゲームもあったものだ、特定のジャンルばかりやるゲーマーじゃなくてよかった。オールラウンダーがベストです。

 

「エアダクトを塞ぐことも忘れたら駄目よね。どんなに塞いでも爆破してこじ開けてくるでしょうけども」

 

「最悪の場合に備えて、逃げ込む用の第二拠点とか作った方が良いんじゃねーの?」

 

「マジで時間と資材の勝負だな……これ」

 

 やることが多いというか、どれだけ手を尽くしてもやりすぎるという事はないというか……45時間あるが実際に拠点構築に使えるのは3分の1から半分が良い所だろう。

 

 

 

⑤武器の訓練

 

 「なんか凄い武器を見つけたら郷田先生にお願いする。できれば全員居る所でやった方が良いから専用で時間を取るか、1回目が対コントロールルームへの通路チャレンジを兼ねて。2回目が首輪を使った警備システムの破壊を兼ねて、3回目が拠点防衛に……4回目をリハーサルとする。時間は怖いけど、配分としてはこんなもんか」

 

「結構楽しみなんだよなー、これ」

 

「なー」

 

「いや、その感想もどうなんだ?」

 

「御剣先輩が漢のロマンを分かってないよー、これは不味いと思わないか勇治」

 

「人生の半分を損してるよなー、進矢お兄ちゃん」

 

「なんか理不尽だ……」

 

 武器の訓練の話になると一転、俺と勇治のコンビのテンションがちょっと上がる。実際撃ってみたいのだ……何故なら……男だから?

 女性陣からどう思われようとも、男だから! 男だから! 中学二年生の回路を全開にしたい! 高校二年生だが、中学二年生の心こそが人生を楽しむ一番の秘訣だ!

 

「総一は行かなくて良いの?」

 

「いや、無理……」

 

「二人が楽しそうで良いなぁ」

 

「北条、頼むから染まらないでくれ……」

 

 

⑥5個分の首輪を使用した警備システム破壊

 

 

「この首輪の数ならもう1ヶ所は安全地帯を創れるわね。それが限界かしら?」

 

「創れる場所が1箇所なら、もう決まったようなものですね」

 

「……なるほど、ね?」

 

 郷田と二人で地図と突き合わせながら、安全地帯兼第二拠点の場所を決定する。今選びうる中では最善を尽くせているとは思う。これで生存率50%……越えるだろうか?

 どこまで進んでも、心の靄がはれる事は無い。

 常に博打を打ち続けている状況は確実に精神を消耗させている自覚はある。

 

「あとは実際に武器を見つけて安全地帯を作る時に、コツなりなんなり教えて欲しいところですが」

 

「あら、私は渚ちゃんの出番を奪う程無粋じゃないわよ? 私から言える事は、移動式と固定式に着目する事自体は悪くない発想だと思うわ。精々、頑張って頂戴」

 

「おい、ペナルティ対象者」

 

「おっと、そうだった」

 

 大丈夫かこいつ……という目線で郷田を見る。

 俯瞰的に参加者を駒みたいに見る職業病なんだろう。

 確執はあるが、それでもゲームで全員生き延びるという意味では仲間なのだ……複雑ではあるが。それも、ゲームを盛り上げる方向でなら信頼できるという実情がある……実際は何十~百人を死地に追いやった大罪人かもしれないが。

 あるいはそれだけの人死に触れたからこそ、人を駒としてしか見れないのか。そう考えると憎いけども、どうしようもなく哀しい存在でもあった。

 そこで俺は思考を打ち切った。これ以上、郷田真弓という個人に感情移入する必要はなく、あるいは逆に呑み込まれる事を危惧してものである。

 

 

「勇治は、手塚の首輪解除に移動。それ以外は拠点構築の為に武器と資材を集めていきましょう。では、作戦開始!」

 

 

 1時間ほど話し込んだ後、次なる行動に向けて皆で動き始めた。

 尚、郷田の処遇に関してだが桜姫先輩と手錠プレイ……もとい、手錠で繋がれながら移動する形となった。俺と御剣先輩でそれぞれ主張したが、その分肉体労働しろとの事であった。まさか、かりんにやらせるわけにもいかないし……そう言われると桜姫先輩が適任ではある。

 

 手錠……ね。

 ふと、繋がった二人を見て思う。

 長いゲームの歴史、うっかり手錠が繋がれたまま鍵を無くしたうっかりさんとかいるんだろうか? それはそれで面白そうだ。ショーとしてみれば、外側からはドタバタコメディに見えなくも無い。

 絶対に俺は嫌だけど。

 ということで、鍵だけは絶対に無くさないように、所持している御剣先輩に強く言っておいた。



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第二十七話 匣の外の世界

 

 

――――――――――――

愛することは人の宿命。一人では見つけられない人生の意味も二人であれば見つけられる。

トマス・マートン (米国の修道司祭、作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 数時間経過した。

 昼食を手短に食べた後、5階の武器、6階の武器をひたすらに御剣先輩と運搬する。

 その繰り返し……シミュレーションゲームとかではマウスやキーボードをポチポチしてればキャラクターが自動で拠点構築したりしてくれるのに、なんて愚痴を吐きたくなってくる。

 日頃の運動不足が祟ってくるのだ。

 ありがたい面も勿論ある。

 これだけ武器がないと、1時間警備システムの群れに持たない……正の面と負の面は表裏一体だ。肉体労働をしている間はネガティブな思考も若干薄れる。

 

「よし、いくぞ……ヨイショ……っと!」

 

 6階の倉庫にて、台車を首尾良く手に入れた俺達は二人で声を合わせて機関砲……? というべき重火器を持ち上げる。

 語彙力が無くなってきたが、なんかでかい砲弾を連続して撃つ装置だ。

 明らかに対人戦を優に上回るその兵器は対戦車でも考えているのかなと思う。

 ……警備システムに戦車っぽいものが現れてももう驚かないのだが。

 

「最初こそは熱が上がってきましたが、繰り返すと辛いですね」

 

「……確かに、気が滅入るな。これ」

 

 かりんと桜姫先輩と郷田の3人は俺達が運んだ重火器……主に設置型の武器を郷田の指揮の下で設置している。

 使えば人をミンチにする兵器が沢山ある、もし殺し合いが進んだ状況で6階に来た場合……冷静に考えてもサブマシンガンとかのが殺し合う分には良いな、うん。

 しかし、常軌を逸した武器は人の正気を奪うのは十分なのかもしれない。

 だからこそ、対警備システムに専念するという発想が生き残ってる内に団結をすることができて、良かったとも思う。

 

 それはそれとして、精神的に滅入るのは仕方の無い事である。

 さっきの勇治とテンションを上げた一幕?

 テンションが下がって冷静になったのが今です。

 重火器にはロマンがある、しかし熱は何時か下がる……クールダウンした俺が見るのは現実だ。

 そう、リアルだ……武器の出所何処だよという事を考えてしまう。

 

「……川瀬、一回休もう。俺ちょっと疲れた」

 

「そうですか? 分かりました、20分位休憩しましょうか」

 

 そして、テンションがおかしくなった時はペース配分が乱れる。

 御剣先輩に言われてようやく、自分の汗に気付いた俺は近くの木箱に座った。

 ペットボトルの水を飲み、水分補給に努める。

 やったことはないし、危険度はないだろうが軽作業や引っ越しのアルバイトとかこんな感じなんだろうか……炎天下じゃないだけマシか?

 なんとなく手で顔を仰いでいると、御剣先輩が話しかけてくる。

 

「こうして、二人だけで話すのって初めてだな。なんというか……新鮮だ」

 

「帰ったら家系図を見たくなりますね。幸い俺は母親似らしいので、ウチの親父が御免なさいという事態は無さそうです」

 

「普通におぞましい想像してくるな!?」

 

「冗談です」

 

 若干引いた顔をする御剣先輩に苦笑してみせる。

 顔がそっくりで最初に連想する言葉がそれなのは、普段見ている本やらの影響だ。

 住んでる所を聞く限り、地方レベルで住んでる場所が離れている為、そんなことはありえない訳だが。

 見れば見るほど鏡かなーと思う、兄貴と全然違う。遺伝子仕事しろ。

 

「何か話しましょうか? 残念ながら、こういう時に話す事が思い浮かばないんですが」

 

 思考を巡らせる……何を話せば良いんだ?

 普段学校では寡黙寄りな俺にとっては、一番難しい事だ。

 このゲームの事を除けば話題なんてあるんだろうか?

 ここはベタに天気の話……残念、ここは密室だった。

 趣味の話、絶対合わない。

 恋バナ……俺が恥ずかしくて死にます。

 ……無難に相手に合わせておこう。

 

「1つ聞きたい、何か抱え込んでる事はないか……もし、俺で良ければ相談にのるぞ」

 

「何ですか藪から棒に」

 

「察するにお前は抱え込むタイプだ。違うか?」

 

「どうして、俺が抱え込むタイプだと思ったんです?」

 

 急な話転換にびっくりするが、一先ずは乗る。

 思ったより御剣先輩がまじめそうな表情をしていたからだ。

 俺ってそんなに人に心配されるタイプなんだろうか?

 皆優しいというか、過保護というか……。

 少なくともウチの家族は放任主義というか諦められているので、やや新鮮ではある。

 

「それはだな……何度か『疲れてないか?』と質問した時にお前は平気だと強がって見せた。だが、さっき休もうと言った理由に俺が疲れたから休むって言った時、お前は同意した」

 

「あー……自分から言い出すのって難しいですよね。そういう風に言ってくれて、助かります」

 

 記憶を辿れば、作業中に御剣先輩に何度か言われた気がする。

 そして、冷静に考えれば体力面で俺は御剣先輩より下だ。

 ……強がるのは男の特権ではあると思うが、配慮されてしまうとなんとも締まらない。

 だけど、感謝はすべきだ。

 そう思ったのだが、御剣先輩から出たのは否定の言葉だった。

 

「そういう意味じゃない。なんと言えば良いか……一生懸命なのは良い事だよ。だけど、余裕を持つことだって同じ位大事な事だ」

 

「気を使わせて申し訳無い……と言いたい様な。手慣れてるんですねー、って気持ちになるような」

 

「まっ、酷い奴が何時も隣に居るから慣れてるってのは正解だな」

 

 ようやく、御剣先輩が真剣な理由が分かり、二人で苦笑しあう。

 酷い奴というのは勿論、暗黙の了解で桜姫先輩の事だ。

 今までの言動からありありと想像できる……御剣先輩も苦労してたんだなって気持ちが強い。一方で、大切な人がついてきてくれるからこそどこまでも頑張れるのだろうとも思う。

 その輝きに惹かれた以上、既に恋人持ちの人がモテやすい法則の理由が分かってしまった俺であった。

 

 なごやかに話を続けていたが、御剣先輩がふと気付いたように言った。

 

「そういえば、敬語なんて使わなくて良いぞ。学校じゃあるまいし、先輩なんて言われるとちょっとくすぐったい。北条さんや長沢の奴だってそうだし」

 

「いや、先輩は先輩なんで……今更変えても違和感あるんで良いです」

 

「俺が微妙に距離を感じるんだよ。川瀬って頭良いからさ、先輩面できる面がないし」

 

「あー、俺も御剣先輩とは仲良くなりたいとは思ってはいるんですけど……」

 

 どこかで聞いたそんな話、昨日かりんとちょっと言い争いをして仲直りして、苗字呼び止めようって言われたんだった。

 距離を詰めてくる……それを自然にやれるんだから、ズルいぞ。いや、俺がそのスキルを持たないだけで、普通の人は息をするように仲良くできるのかもしれないが。

 どうあれ、俺はその御剣先輩の意思に応える事は出来ない。

 ……口にするのも憚られるくだらない理由で。

 

 心なしかシュンとしている御剣先輩を見ると、口にした方が良いのかこれ? 

 って気持ちになってきたが。

 どの道、こんな話……話せるとしたら唯一御剣先輩くらいなのである。

 

「笑わないと約束してくれるなら、言います。あと誰にも言わないのであれば」

 

「笑わないし言わないけど、どうしてだ?」

 

「えーーーっとですね。はい。御剣先輩から先輩を外すとしたら、桜姫先輩からも外さないといけないじゃないですか、それが答えです」

 

「??? つまり、優希の事は先輩呼びしたい。俺はついで……どういうことだ?」

 

「…………もういいです」

 

 若干、顔に熱を帯びつつ勇気を出して唱えたその言葉の回答は疑問だった。

 脱力する。

 俺のその言葉ってこんなに分かりにくい言葉だったんだろうか?

 

 桜姫先輩を先輩呼びした時にはその自覚は無かったが今では自覚はある。

 桜姫先輩に彼氏がいると知った瞬間、俺は彼女と距離を取らなければならないと直感的に理解した。その時に一番都合が良かったのが、先輩+敬語だったのである。

 正直に言って、御剣先輩と姫萩先輩の敬語使用はその辻褄を合わせる為だ。

 

 それを今も適用し続けるのは俺もどうかと思うが、ちょっと波長が合いすぎるのが悪い。

 勿論、かりんが大好きだという言葉は偽らざる本音だ。そこに迷いはない。感情のベクトルが違うのだ。

 だから、今の距離を維持する事が一番問題にならないと思う。皆の幸せを壊したくないのだ。

 ……そこまで心の繊細な部分は流石に口にはできなかったが。

 

「まぁ、川瀬がそこまで言うなら、良いけど」

 

「……桜姫先輩、頑張ってください」

 

「どうしてそこで優希の名前が出てくるんだ?」

 

「……」

 

 ……溜息が出た。

 いざって時に頼りにはなってるし、頭の回転が悪い訳でも無いけどなんだろう……この鈍さは、さっき見せた鋭さはどこに消えたんだ。

 まぁ、これで桜姫先輩と長年幼馴染やってるのなら、上手くできてたんだろう。

 桜姫先輩の張り詰めた感じと、御剣先輩の緩い感じで上手く調和が取れていたのだ! 多分! きっと!

 下手に神経質なよりは精神的強度は強いかも知れないし、だからこそ深刻な話も相談しやすい面があるのかもしれない。

 

 数秒頭を抱え込んだ後、頭を上げて言葉を探す。

 御剣先輩の言う通り、一人で抱え込みたくない相談したい内容は実際にある。

 かりんにも、桜姫先輩にも、相談しにくい内容が……そして、長沢には多分、こういう話は本当に理解して貰えないだろう。

 

 

「話を戻しますが……抱え込んでる事ですね。ありますよ、こんな事はもしかしたら……心に余裕がある故の悩みかもしれませんが」

 

「心に余裕がある故の悩み? ゲーム自体の事じゃないのか?」

 

「えぇ、気が早い事に……ゲームが終わった後の事を心配しているんですよ」

 

 振り返るのは、儚く舞う綺堂渚の死に様だ。

 あの時に考えていた事は3つある。

 一つ目は……こういうのはアレだが、渚さんの強さへの感銘。

 二つ目は、警備システムの傾向と対策。

 そして、三つ目は―

 

「俺は、純粋に恐怖しているんです。今まで送ってきた日常が砂上の楼閣であったという事を……ヤクザの興業であれば、某国のテロリストであれば、どこぞのカルト宗教団体であれば、どれだけ良かったか」

 

 百を優に超えるの数の自動攻撃機械。

 拿捕したものの流用では説明がつかない。

 例えばサブマシンガンやアサルトライフル……機関砲といった部類であれば、テロリストであれば持っている。

 だが遠隔操作式の自動攻撃機械だけは別なのだ。

 俺もミリタリー0に詳しい訳では無い、だがあれは超大国アメリカの最新鋭の無人兵器の特注兵器である事は間違いない。

 つまり、大規模すぎるアメリカ軍からの横流しがあったと考える事すら、生ぬるく。元から繋がって取引している、又は大元と考える事が自然なのだ。

 

「どれだけ凄くても銃だけなら良かった、だけど使ってる技術が最先端過ぎる……断言しますが、敵は統治機構そのものです。そして、このゲームが日本だけで行われているとも考えにくい、つまり世界だ。真実の蓋を開けてみると、敵はあまりにも強大すぎる……」

 

 まだ纏まりきってない不安を、御剣先輩に対し1つずつ言語化していく。

 

 奇跡を何度重ねれば達成できるか分からないが、1つの確信に近い推測がある。

 もし、ゲームを大本から破壊できた場合の……被害についてだ。

 手元に資料がないので大雑把な計算になるが世界の超上流階級……世界人口の0.01%の人間がこのゲームに関わっていると仮定しよう。2010年世界人口が大体70億として、ゲームの運営に関わる関係者は約70万人。それも各業界トップや第一人者ばかり。ゲームの存在が公になった場合、フランス革命のようなギロチンラッシュから始まり、社会不安と統治機構の信用の喪失による秩序の崩壊。その被害は計り知れない。

 ……このゲームの規模はあまりにも大きすぎた。

 少なくとも俺にはどうすることもできない。

 理性的であれば理解できるからだ、ゲームの存続で流れる血とゲームの潰す事で流れる血を比較すれば潰す決断なんてできようもない。

 大切な人全てを失ってでも、世界がどうなってもいいという覚悟を持てない。

 犠牲になる人を見て見ぬふりすることしかできないのだ。

 

 ぽつりぽつりと不安と罪悪感のある告白を御剣先輩は無言で聞いている。

 こんなどうしようもない事を話してしまって良かったんだろうか?

 そんな思いもあるがもう止まらない。

 誰かを救えなかった痛みともまた違う、信念の折られた降伏宣言だった。

 それが悔しくて、声に涙が混じる。

 

 少なくとも、このゲームを生き延びれなかった人間にとっては贅沢な悩みだ。 

 だが、間違い無く俺の中での世界は崩れ落ちた。

 心のどこかではそうなる事を想像し、あるいは期待すらしていたのかもしれない。

 だが、身勝手にも俺はその結果に絶望している。

 

「……ここまで誰にも言ってなかったんですが、親父は警察官なんですよ。高卒で入って、今では捜査一課の警部。格好良いでしょう?」

 

「警部……所謂、現場からのたたき上げって奴か。それなら、皆に言えば――いや、違うのか。だから、苦しんでるのか」

 

「はい……希望であると同時に、絶望に裏返る可能性があり言えませんでした。このゲームを主催している奴らは俺が帰って【父親に通報しても問題無い】と判断している。何だったんでしょう? 少なくとも、親父は家族をないがしろにするレベルで仕事熱心に治安を守ってきました。……それに何の意味があったんでしょう? 俺にはもう、何も分かりません」

 

 俺にとって親父の事で思い出せる事は余り多くない。

 ただ、事件の事については積極的に聞いたり、警察内部の事情について機密に問題ない範囲で話をした事が主な交流だ。それでも、今思い返せば、幼少期の正義感は親父の真似事という面が強かったのかもしれない。

 あんまり家族に構ってくれず、仕事こそが本当の家族なんじゃないかと思える親父の事を――俺は嫌いで、それでも尊敬していた。

 

 だが、心のどこかでヒーローのように思っていた親父の生き方そのものが否定された事によって、帰ってからのビジョンを失ってしまったのである。

 元々は、このゲームが終わったら、どうやってこのゲームを潰そうかを考えるつもりだった。

 あまりにも楽観した意見だったと思う。

 6階の武器を見れば、大体の背景組織は予想できるとは言ったが、心のどこかでこうなる可能性を無視していたのだ。

 

「すいませんね、愚痴みたいになっちゃって。馬鹿みたいですよね、まだ生きて帰れると決まった訳でも無いのに、こんなことで悩んじゃって」

 

 謝罪する、休憩時間として定めていた20分を過ぎたか……話しすぎた。

 否定もせず、肯定もせず聞いてくれた御剣先輩には感謝しかない。

 俺もここまで自分で思い詰めているとは思わなかった。

 もう少し気楽に話すつもりだったのだが、思考を整理し言語化すると自然と涙ができたのだ。

 

 御剣先輩は気まずそうに頭を掻く、命がかかっている状態でこんな事で気を遣わせるとは本当に申し訳無い。

 気を取り直し、立ち上がろうとしたところで御剣先輩は口を開いた。

 

「別にそんな事はないと思う、戻るべき日常そのものを信じられなくなったって事だもんな。だけど、そうだな……えーと、なんと言えば良いか」

 

「無理に励まそうとしなくて良いですよ、俺もこれからは皆で生きて帰る事だけを考えて動きます」

 

 そう言って、そのまま作業を再開させようとしたが、思ったより御剣先輩は頭を悩ませている。

 いや、口にするのを躊躇っているようにみえた。

 間を置いて、意を決したように御剣先輩は俺に言った。

 

「そうじゃない! 俺が、言いたいのは……そう。ここだけじゃなくて、この世界そのものが腐った『ゲーム』なのかもしれない! それでも、そんな世界であっても優希の隣が俺の居場所だ。逆に優希が居なかったら、平和でゲームのない世界でも駄目なんだ」

 

「……っ」

 

 惚気か……と突っ込むには、御剣先輩の表情は真剣過ぎた。

 俺の考えていた事とはあまりにも方向性が異なるその回答――だが、何故か目から鱗が落ちる思いがする。

 そのまま御剣先輩は俺を真っ直ぐに見据えて問いかける。

 

「川瀬、お前は違うのか? お前にとって、北条さんはそう思える人じゃないのか?」

 

「……そう、思える人ですが……」

 

「それに、川瀬のお父さんの事は知らないけど、川瀬進矢を生んでここまで育ててきたのなら、十分意味はあるだろ? 皆、助かってる」

 

「……なんというか、そうなんだけど……凄く悔しい。御剣先輩ってズルわぁ……」

 

 立ち上がる気力を無くし、再び頭を抱える。

 沈んでいた心に熱い物を感じて、複雑な心境になる。

 桜姫先輩は今まで何人の男を泣かせたんだろう? と疑問を持っていたが、御剣先輩も今まで何人の女の人を泣かせてきたのか気になってきた今日この頃である。

 何が一番悔しいかと言われれば、御剣先輩の言うことが全て正しいと俺の心が思っている事である。

 

「なんというか、本当にすいませんね。情けない所を見せて」

 

「気にするな、遅かれ早かれ似たような悩みに直面する奴が近くにいるから、予行演習だと思ってる」

 

「桜姫先輩の予行演習扱いです!?」

 

 御剣先輩は誰とは言ってないが自然と誰だか分かった。

 横から聞いても気恥ずかしかったのに、本人にも似たような事言うのか……真似できない!

 そういう方向性では一生、御剣先輩には敵わないと痛感させられた。

 ということで、恋愛面において俺の中で御剣先輩は師匠扱いさせてもらおう。

 

「そもそも、幼馴染からのカップルと全然違って、俺とかりんはまだ会って二日目です。かりんは純粋すぎて、一緒にいるとなんか騙してるようで心が痛くなるような気がするんですが」

 

「積み重ねってのはどうしてもあるよな。騙してる気がするなら、答えは簡単だ。本当に幸せにすれば、騙してる事にならない」

 

「分かりました師匠!」

 

「……師匠!?」

 

 驚いた御剣先輩にしてやったりと涙を残した顔で笑みを浮かべて立ち上がる。

 さて、気持ちを取り直して、武器の運搬を再開するとしよう。

 こうして話してると、無性にかりんの顔が見たくなってきた。

 

「うーん、師匠じゃ駄目ですかね。兄貴は被るし、お兄さんとか……」

 

「どういうことだよ!?」

 

 なんとなく心の距離は少し縮まり、言葉を交わしながら二人で再び武器を運びはじめた。



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第二十八話 二人で見る未来

 

 

 

 

――――――――――――

深く愛されれば人は強くなり、深く愛すれば人は勇敢になる。

老子 (春秋時代の楚の思想家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

 何度かの重量兵器の運搬の後に、集合時間となる。

 なんとかギリギリ作業が終わったら、集合場所の本命である最終防衛用拠点予定地に移動する。

 ……かりんだけがまだ集合場所に着いていなかった。

 【動体振動センサー】でPDAを確認するが、元気に持ち場で動き回っている。恐らくは作業に夢中になってか、多分時間に気付いていない奴だ。

 ちょっと遠いから……まぁ、後で迎えに行くか。

 

「お疲れ様でした。作業は一旦此処までで、勇治はあと2時間位で帰ってくるから、そしたら訓練して……今日中に中央制御室を攻略予定。その後、ちょっと遅い夕食を食べて寝る。良いですね?」

 

 準備は万全とは言いがたいが、最低限拠点構築と防衛線に必要な重火器は揃っている。防衛線もかりんの尽力の跡が見えバリケードの形としてはできてきている。本音を言えばもっと急ぎたい気持ちもあるが、これでもペースが早いほうだ休憩も必要だと判断する。

 機関砲の方は先程、郷田監修の元で試射してみたが、轟音と共に普通にコンクリート壁を抉った。今更だがこの建物って、どういう構造をしているのやら……柱とか色々大丈夫なんだろうか? 建造物の力学に関しては流石に分からないが、やり過ぎて建物が自体が崩壊するエンディングは勘弁して欲しい。爆発オチなんてサイテーって奴だ。

 

「という事で、御剣先輩……郷田担当は1時間、1時間としますが、前半後半どうしましょうか?」

 

「あ、それなら、前半は私達で担当するから、後半にお願いするわ。川瀬君はかりんちゃんの事をお願い、結構無理してるみたいだから」

 

 罰ゲームの郷田と手錠で繋がれる係を決めようとしたら、桜姫先輩が横から口を挟んだ。

 まだ来てないかりんの事を心配するのは当然と言えば当然か。俺一人で行く流れだな、分かってはいたけど。

 

 

「人を罰ゲームみたいに……」

 

「実際罰ゲームなんだよなぁ。分かりました……かりんとも、そろそろ話しとかないといけないと思ってたので」

 

 

 郷田から愚痴がこぼれる。郷田担当は罰ゲームではあるが、俺個人としては何だかんだで機密に抵触しない範囲で色々話しを聞いておきたい気はしなくもない。

 不満げに話す郷田だが、資材運搬や銃の使い方指導などは割とまともだった。自分の命もかかっている状態の為当然とは思うが。とはいえ、完全に信用できないのは変わらず推定大量殺人犯なので、罰ゲームも良い所だ。

 特にかりんとは基本的に近づかせないようにしている。

 

「そういうことなら、こっちが後だな。頑張れよ川瀬」

 

「最善を尽くしますよ、御剣先輩」

 

 

 先程の話の後にも少しずつ悩みを話しあったり、軽い恋バナを交わした御剣先輩が親指を立ててきたので、こっちも親指を立てて返す。そんな俺達を桜姫先輩が微笑ましそうに見ていたので、ちょっと気恥ずかしかった。

 

 

 

 

「か~り~ん~! 遅刻だ!!!」

 

「あ、進矢……本当だ!?」

 

 罠がないかPDAで確認しつつ走る事数分、散らかった物置の中の資材を整理しているかりんを発見する。汗だくになっており、ほんのり良い匂――もとい、疲れてそうだ。だが、元々スポーツ少女といった印象のあるかりん、むしろ似合うなんて印象を受ける。時間を忘れて集中していた表情から一転、あたふたした表情に変わったのが可愛い。

 ……俺の眼のかりん贔屓はおいといて、持ってきた鞄に手を突っ込む。取り出したるは、戦闘禁止エリアの冷蔵庫で冷やしたミネラルウォーターである。

 

「全く、仕方無いな。はい、水。次はちゃんと時計を見てペース配分を考えろよ。携帯のアラーム使ってくれ」

 

「はーい、ごめんなさい……それと、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 適当な木箱に腰掛け、かりんに水を渡す。

 横に座ったかりんはごくごくと水を飲んでいるのを横目に、鞄からタオルを取り出す。暫くしてよっぽど喉が渇いていたのか、美味しそうな音を立てながらかりんは息をした。すかさず、汗で濡れた髪をタオルで拭いてやる。くすぐったそうに、かりんはそれを受け入れた。……正直言って、タオル受け取って欲しい、それともこのまま俺が拭く流れですか?

 

「進矢、皆の所に行かなくて良いの?」

 

「そっちは大丈夫、これから2時間休憩だから。だから、ゆっくり休め。終わったらまた一仕事だ。それも、もっと過激な」

 

「うん、分かった」

 

「全く、かりんは頑張り過ぎなんだよ。正直、一人にしたのは失敗だったかもな」

 

「だって、誰にも死んで欲しくないもん」 

 

「全く、この子は」

 

 俺の言葉にかりんは口を尖らせる。かわいい生き物である。

 顔までタオルで拭いてやった後にかりんにタオルを渡す。流石に服の中とかは俺にはどうしようもないわけだし。なんて思ってたら、普通に服の下をタオルで拭き始めた……もう少し恥じらいを持って? いや、信頼なんだろうけど……眼を逸らしますよね。

 

「1つ、かりんに謝らないといけないと思った事があってな」

 

「謝らないといけないこと?」

 

 かりんが整理して、整然と物が取り出しやすい状態になった倉庫を見ながら、1つの話題を切り出す。これは、今の作戦を思いついてからずっと俺の思考の奥底で刺さった小骨のように引っかかっていた。

 勿論、昨日事前に相談していた事でもある。同意は取っていたと思うし、こうするのがベストだった。だけど、それは恐らくこのゲームから帰った後にも永遠に燻り続ける問題だ。

 なぁなぁに終わらせてしまうのは良くない事だと俺は思ったのだ。

 

「……かりんの復讐の機会を、永遠に奪ったことを」

 

「……あっ」

 

 正直、復讐ということに関して、俺はよく分かってない。大切な人が死んだ事はない。唯一、それに近かった姫萩先輩に関しても、死んだ時に復讐の気持ちが浮かんできた事は終ぞ無かった。彼女は多分、復讐を望むような人間ではないというのもあるが、何よりも自責の念が強かったからだ。それが冷たいかって言われると、俺には分からない。だけど、かりんは別だ……両親は、近すぎて重すぎる。両親との仲は特別良くは無い俺でも、それは分かる。

 そして、かりんは俺と大きく違うと思う。彼女の無邪気な明るさと正義感は......恐らく、両親に深く愛されたが故に培われたものなのではないか? そう感じるのだ。

 

 気まずくてかりんから眼を逸らしていたが、不意に右手に力がかかる。かりんの手の柔らかなぬくもりが、右手から俺に伝わってきた。

 

「あたし、ね。本当に進矢には感謝してるんだよ? 一人だとこのゲームから生きて帰る事はできなかったと思う。できたとしても、きっと誰かを殺してた。そうしたら、元の日常に戻るなんてできっこなかった。……だから、殺させなかったんでしょう? 機会をくれただけで、十分だから」

 

「……かりん」

 

 ……なんとなく、そんな回答が来るとは思っていた。期待していた。

 それに気付いてしまい、安心している自分に少し嫌になる。

 かりんの右手を握る力を強める。

 彼女に何をしてやれるか、何を言えば良いのか……それだけを考える。

 

 思い浮かばない。

 ただ、1つ引っかかったところがある。

 細かい部分だが、そこだけは修正しなければならない気がした。

 

「1つ誤解があるので正しておくが、俺はかりんが人殺しになったら元の日常に戻れない云々は……正直、あんまり考えてなかった」

 

「え、じゃあ何を考えてたの?」

 

「えーと、あれだ。好きな子には何時までも綺麗な身体で居て欲しいとか、そういう感じ」

 

「ブッ……! あははは、何それ……ちょっとクサすぎるんじゃない? 進矢って結構馬鹿だよね?」

 

「馬鹿じゃないですー。ちょっとロマンチストなだけですー」

 

 かりんの笑い声が聞こえて、ようやくかりんの表情をのぞき込む。

 やっぱり、彼女には笑顔が似合うのではないだろうか。勿論、どの表情も好きではあるが。

 俺は基本的に冷めては居るが、ロマンチストでもあるとは思っている。逆か、ロマンに走って色々調べた結果現実が冷たすぎるから、普段冷めてるような印象で見られるだけだ。

 ということで、少なくともその2つは俺の中では矛盾していない。

 

 ……本当に幸せにすれば、騙した事にならない、か。

 御剣先輩の言葉を脳内で反芻する。彼女の為にできる事がまる筈だった。例えば、気に病んでいる事を取り除く事とか。

 

「クサい台詞ついでに言っとくけど、今なら分かるよ。このゲームが始まった時のかりんの気持ちが」

 

「始まった時……って、進矢に会う前とか?」

 

「そうそう、大切な人を救う為には何だってやってやるって気持ち。かりんと会った時には想像する事しかできなかったけど、今ならはっきりと分かる。この笑顔の為なら、なんだってやれるってな」

 

「……ちょ、ちょっと進矢! 嬉しいけど、すごく恥ずかしいんだからね……!? というか、本当に何でもしたら駄目だよ! 絶対に、駄目!」

 

「分かってる、分かってるから……俺が言いたいのは、かりんは何も悪くないよってだけ」

 

「うぅ……」

 

 かりんの顔が紅潮し、あたふたと変わっていく。

 かわいいと思ってると、俺の右腕に縋り付いてきた。あんまり顔を見られたくないらしい。

 駄目だと繰り返すかりんの頭を左手でゆっくり撫でてやる。

 恥ずかしい気持ちはあったけど、かりんの中にある人を殺していたかもしれない自分を少しでも払拭できれば嬉しい。無理でも共有できればと思う。

 

 我ながらクサい台詞だと自分でも思うのだが、現在進行形で想いが強くなっていくのはどうにかならないものか……かりんの信頼を裏切る事だけは絶対にしたくない。

 

「……ねぇ、進矢」

 

「どした?」

 

 暫くかりんの髪を撫でていたが、ようやく正気を取り戻したらしきかりんが気まずそうに頭を上げてくる。腕に縋り付いていたので、結構な至近距離だ。

 かりんの大きな瞳と眼が合って、やや潤みを帯びた瞳孔が綺麗だと思う。

 ………何か期待しているような表情をしている、気がする。

 

 くっ、恋愛初心者の俺にもやって欲しい事は分かるけど……どうすれば良いか分からない! だが、かりんにイニシアチブを握られるとまだ越えるには早い一線を越えてしまうような気がする。

 ゆっくりと自然に眼を閉じたかりんの顔が近づいてくる。

 ……止めとくか。少なくとも、ゲーム中だと後で後悔する事になりかねない……もう遅いかもしれないけど。あと衆目環境だ。

 

 ほんの数瞬で諸々を検討し終えた結果、俺は容赦無くかりんの額にキスをした。

 

「……進矢? ちょっと???」

 

「残念でした。かりんにはちょっと、まだ早い」

 

「むー、子供扱いするなー!」

 

 かりんを抱きしめて、腕の中にいるかりんの不満げな声を聞く。

 腕の中でかりんが軽くじたばた暴れるが、離さない。実質半分は拘束だった。

 1つ学習した、かりんは子供扱いしてやれば、年相応になる。今まで、レディ扱いしてたから色っぽかったのだ。……もっと早く気付けば良かった、反省。

 

「真面目に言えばこれでいいんだよ、帰ってからの楽しみを残しておく方が良い。俺って、満足するともうここで死んでいいやって気分になりかねないから」

 

「もう、進矢って結構ヘタレだよね?」

 

「ヘタレで良いんですー! 人の人生を背負う決断は勢いだけでやるべきでは無いんですー! 大事だからこそ、異常な殺し合い環境で決断すべきじゃないと思うんですー!」

 

「あはは……真面目だ。でも、女としては、ちょっと嬉しいかも」

 

 冗談めかして、かりんの言葉に反論し、かりんを解放する。

 かりんは苦笑しながらも、恥ずかしそうに顔を逸らしていた。

 死ぬかもしれないから悔いの無いように……との二択だったが、理性が勝った。

 名残惜しい気持ちもなくはないが、未練がある位が多分丁度良い。

 

 再びかりんは俺の右手を握り、目を俯かせて恥ずかしそうに口を開いた。

 

「帰ってから……そうだ。帰ったら、かれんに紹介するね。……彼氏だって。きっと、びっくりするよ。『お姉ちゃんに彼氏!?』って、いつも女らしさがないって言われてるから」

 

「ダウト、俺は女らしくないかりんを見た記憶がありません。今度から女らしくない感じでお願いします」

 

「や・だ! 進矢ってからかうと楽しいから!」

 

「悪魔だ! 小悪魔だよ」

 

「女の子を悪魔扱いは酷くない?」

 

「そう思うなら言動を見直してくれ」

 

 中学生相手にタジタジになる俺が悪いのか、悪戯っぽい笑みを浮かべるかりんを見て思う。

 でも冷静に考えてみれば、かりんは男とも気さくに話せるタイプの女子である。俺の免疫が足りないだけで、これが普段の『女らしくない』かりんなのかもしれない。

 ……まぁ、対人経験の無さが露呈して、俺が無様さを晒すだけなら良いんだが。

 

「家族への紹介か、こっちのが大変だよ……『どうやって、こんな可愛い良い子を騙したんだ!?』って全員に言われるのがありありと想像できる」

 

「そこは大丈夫! ちゃんとお金で買われたって言うから!」

 

「全然大丈夫じゃない! 主に俺の家庭内ヒエラルキー的な意味で」

 

「えへへへー、捕まっちゃった」

 

「アウトォ! もっとマシな言い訳を考えて!?」

 

 俺の手を握る力を強めて、かりんが笑いかけてくる。

 半分本当の事を言っている分、性質が悪いというか、やっぱりかりんには敵わない。

 冗談めかして言えば、俺の家族も分かってくれ――分かってくれるか? 自信が無くなってきた。逆の立場――例えば兄貴が似たような事をしたら、多分信じないだろう。哀しいね。

 

「楽しみだなぁ……そうだ。進矢は何かやりたいこととかある?」

 

「中学三年生のかりんに受験の為に勉強を教えないといけないという使命を感じていたところかな」

 

「むー!!!」

 

 勉強という言葉に反応して、かりんが威嚇するように不満の声をあげた。

 今だけは小動物みたいで可愛い。

 勝ったな、コミニケーション力でマウントとれないならどうすればいいか、自分の得意分野でマウントを取る事である。すなわち、学業だ。いや、二学年年下にそれでマウント取るのはかなり大人げない事なんだが。

 

 少し反省していると、何故か顔を赤らめたかりんが言いにくそうに口を開く。

 

「あ、そうだ。じゃあ保健体育を……」

 

「それはちょっと、かりんには早すぎると思いますー! 年上をからかうんじゃありません」

 

「スポーツ特待を目指すって言いたかったんだけど、進矢さんは何を想像したのか言ってごらん?」

 

「嘘だ! 絶対、確信犯だろ! それなら、保険体育なんて表現しない筈だ」

 

「えへへ、バレたか……最近は部活やってないから、スポーツ特待はないんだよね。成績もあんまり良くないから、頼りにしてるよ、し・ん・や!」

 

 ……ちょっとー、この子を『女の子らしくない』って言った人誰だ?

 身内じゃ分からないかー、そっかー。

 ムカツクところはある。

 だが、恥ずかしさの入り交じった、かりんの満面の太陽のような笑顔を見たら全部許してしまう。

 これが惚れた弱みって奴だ。

 お互い様だろうけども。

 

 こうやって色々と遠慮無いところまで踏み込んでくるのもまた、1つの信頼か。

 大丈夫だと思ってるから言ってくるのだ。

 子供が親にやる試し行動の一貫だと思えば……両親を亡くしてるかりんを考慮すると、重すぎる。父親のいない心の隙間に入り込んだようなものなのかもしれない。

 

 でも、この笑顔を守っていきたいのは本当だ。

 だからゲームを生き残る次の一手を考えなければならない。

 ……これが最後の安息の一時だな。

 

「かりん、これからゲームを終えるまで二人っきりでゆっくり話すのはこれが最後だ。後は悪いけど、ずっとゲームに集中していたい。だから、やって欲しい事や話したい事があれば今のうちに頼む」

 

「……そう、だよね。分かった。実は誰にも話した事はないけど、将来の夢があるんだ。このゲームから帰ったら協力してくれる?」

 

「分かった、約束する。ただ、勉強とかで良ければいくらでも見るけど、スポーツは勘弁な」

 

「あはは、進矢って結構頼りないね?」

 

「……いや、名選手は名監督にあらずだ。勉強すれば見てやれるかも、いける大丈夫だ」

 

「進矢が地味にショック受けてるー。違うから、冗談だからね?」

 

 頼りないと言われて反射的にムッとして反論してしまった。

 思ったより、かりんにそう言われた事がショックらしい……。自分でも知らない内に結構な見栄っ張りだったのかもしれないし、かりんの前では見栄を張りたいのかもしれない。

 仕方無いね、男だから。

 

 それにしても、と思考を巡らす。

 将来の夢――か。

 このゲームは辛い事だし、現実は狂気の上に成り立っている虚構の世界だとしても、立ち止まる理由にはならない、か。

 

 しっかりと先を見据えている彼女に恥じないよう、俺も頑張って生きていきたい。

 右手にかりんの温もりを感じながら、気持ちを強くしていった。

 

 それから、自分達の休憩時間が終わるまで二人でとりとめのない話を続けた。

 かけがえのない、このゲーム最後の平穏な時間を噛みしめながら。



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第二十九話 実質チュートリアル

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:4.1:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:4.1:3人の殺害
長沢勇治 :4:3.6:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:3.2:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:4.0:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:DEAD:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:2.9 :PDAを5個以上収集


人数オッズ
6人生存:8倍
5人生存;4.5倍
4人生存:3倍
3人生存:3倍
2人生存:4倍
1人生存:10倍
全滅:300倍


 

――――――――――――

子供が闇を恐れるのは無理もない。大人が光を恐れる時、本当の悲劇が訪れる。

プラトン (古代ギリシャの哲学者)

――――――――――――

 

 

 

 

銃撃の音が絶え間なく響き渡る。

手にしたアサルトライフルは最初のウチは重く、引き金を引いた際の反動に精一杯だったのだが、それも少しずつ慣れ銃の癖に意識を向ける余裕すらある位だ。

 こうして、砲台や超小型小銃を搭載した小型のキャタピラ等の無人兵器を倒していくわけだ。勿論、それだけではなく壁からの火炎放射器やサブマシンガンも1つずつ丁寧に壊していかなければならない。

 神経を使う作業を繰り返した結果、そろそろ初心者マークは卒業しても良いのかもしれない。初めて着る防弾チョッキの重さだけが、どうにも慣れないけども。

 

「へっへっへ! 何体でも何十体でもかかってこいんってんだ!」

 

「油断だけはするなよ勇治、少しずつ攻勢が激しくなるって言ってたろ。相手はまだスライムなりゴブリンだ、調子に乗るな」

 

「でもさ、進矢。相手が人じゃないってだけで結構気が楽だよね?」

 

「それは全くその通りで、経験値稼ぎ頑張ろうな」

 

 二日目も終盤にさしかかり、勇治が手塚の首輪を回収した後に、郷田による銃の指導を受け、中央制御室への秘密通路を俺達は進んでいた。

 主に俺と勇治とかりんの3人がメインで射撃をし、御剣先輩がライフル銃でカバーに、桜姫先輩が銃の交換等の補助、郷田が指導兼最終カバーを担っている。

 

 危ない時は郷田に爆裂手榴弾を投げて貰い、リセットしたりはするものの、特に大きな怪我などはなく郷田以外は何度か役割を交代しつつ進んでいるというわけだ。

 無理はせず安全マージンをしっかりとり、不測の事態に備えながらゆっくりと通路を進む。銃の重量と反動で腕がジンジン痛み、明日また筋肉痛コースかな? と思えるのが唯一の欠点だろうか?

 

 ……時間制限などがあれば緊張感もマシマシだっただろうが、命は懸かっているのは分かっているものの少々リラックスしすぎてしまう。

 そんな空気を感じたのだろう、御剣先輩が呆れ混じりの声を漏らす。

 

「……思ったより敵が少ないな、これじゃあまるで……突破される事を前提とした兵器みたいだ」

 

「実際、その通りよ」

 

 疑問を呈した御剣先輩にゲームマスターである郷田が解説するように答える。こうやってゲームマスターがプレイヤーの手に落ちた時、種明かしをすら仕事の内なんだろうなと……ふと思った。

 

「殺し合い映画を見るとして、団結したプレイヤーがクライマックスで黒幕と対決する……そういう展開の為に用意された場所なのよ、ここは」

 

「私達の必死の反抗さえも、全てはショーということね」

 

 怒りを抑えた声で桜姫先輩が答える。

 緩急を付ける為に中央制御室への秘密通路の道は、最初の的は易しめに少しずつ強くなっていくという設定が取られている。予備知識なしで挑んだとして、何となく体感できる程に難易度が上がっているのが分かる。そして、都合の良いことに、こちらの射撃の腕も上がって行っている気がする。ここは、そういう修練場のような場所なのだ。

 だから、見方を変えれば結論も変わる。

 

「プラス思考に考えれば、この通路の警備装置すら全員生存の為のパワーレベリング装置のように思えます。それにショーならショーで、賭博なら賭博で結構です。このゲームを見ている皆さんに、俺の生き様を見せつけるつもりで戦ってますからね」

 

「……それもそうか、世の中理不尽なんて沢山ある。文句を言うよりは、進んで闇の中に光を灯しましょう」

 

「貴方たちのような人間ばかりなら、私の今まで参加していた『ゲーム』は全く違うものになっていたかも知れないわね……感傷だけど」

 

 多分、郷田にだけは一番言われたくない言葉だと思うぞという言葉を呑み込み、自走兵器を蜂の巣にする。勇治とかりんの二人が取り逃がした相手だ、ちらりと二人に目線を向けるとすまなさそうな目配せが帰ってきた。まぁ、次は頑張れ。

 ……思う所は多々あれど、憎悪抜きでゲームの運営側の人間と話せる機会というのはそうはない。そして、今まで接してきて察した事なのだが、恐らくは郷田にとってこのゲームは空気のようなものなのだ。このゲームが自分の価値観であり、人生にすらなっている。……ある意味で、ゲームの加害者であり被害者であるのかもしれなかった。

 

「こうしたゲームを運営し楽しむのが人間の本質なら、こうして手を取り合って団結できるのも人間の本質。どっちかだけ見てれば、人間の本質を見失いますよ」

 

 あるいは油断しすぎだったのか、この時の俺は自走兵器から目を逸らさずに……しかし、間違い無く本音の言葉を吐露した。本で読み、歴史を調べ、調査して得た知識はこのような殺人ゲームを運営する人間には薄っぺらいかもしれない。だけど、それでも16年生きて出た性善説にも性悪説にも由らない、俺の人間に対する理解だった。フラットなだけとも言う。

 しかし、帰ってきた言葉は別の人物から帰ってきた。

 

「私も、川瀬君の言葉は正しいと思う。だけど、私は信じているわ」

 

 郷田と手錠で繋がれた状態の桜姫先輩の声だった。皆で使った銃器の弾倉の交換をぎこちない手つきで行いながら、はっきりとした意思を持って彼女は言った。

 

「皆が信じさせてくれてる……というべきなのかしら? 歴史がそうであるように人間は間違いを自覚して尚、間違い続ける程愚かじゃ無い。例え歪な理由でも、利益からであっても全体として正しい方向に進み続けるって。これだと……ちょっと他人事ね。私が必ずそうさせてみせる! 将来の夢が今決まったわ! 皆! 勝つわよ!」

 

 それは、ある意味でゲーム最初に多人数で集まった時よりも強い意思の光が芽生えていた。カリスマ性の発現とでも言うべきだろうか……彼女の言葉に皆が呆れを混じりつつも、確かに力強く頷き合った。

 

「若さって良いわね……見届けさせて貰うわよ。このゲームも、このゲームが終わった後も、ね」

 

 盛り上がりながら戦う俺達を、部外者であり敵である郷田はただただ見続けていた。

 

 

 

 

 

 

「――ハァハァ、自走兵器は、強敵でしたね……」

 

 それから数十分、疲労困憊状態で疲れ切った俺は壁を背にして、ひたすら息をし続けていた。これでもベストを尽くしたと思うのだが、肩に被弾一発、右腕に一発、胸に被弾一発……全部防弾チョッキ越しなのが救いか。威力の低い口径だったから、多分大丈夫。骨が折れてるとか罅が入ってるとか、そういうのは後でお医者さんに見て欲しいけども。

 

「悪いな川瀬……危ない部分を任せっきりにしてしまって」

 

「あー、良いんですよ御剣先輩は桜姫先輩の最後の砦ですからね。死なない程度に被害担当になるのも俺の役目です」

 

「全く……進矢って痛いの好きだったりする? わざとやってる?」

 

「やってないわー! あー、タンク役ってこういうのが仕事の内なんで、はい」

 

「もう、無茶しすぎだよ」

 

「ごめんなさい……」

 

 安全と思われる場所まで退避した後に、かりんからの説教を受けながら防弾チョッキを脱いで治療を受ける。

 結局の所、前評判通り後半になってくると4人の銃撃では完全に防ぎきる事ができず、一番フル防御モードだった俺が一番危険な位置に立ち続けて戦ったということだ。いけるかと思ったからいってみたが、反省すべき場面は多いのかもしれない。もうすこし、慎重に行けば被弾ゼロだったかもしれないし。

 

「一人の尊い犠牲があったけど、次が最後の関門よ。さっき見えた扉の先にある部屋の奥に下への階段があって、『中央制御室』への扉があるわ」

 

「そうですかそうですか、自分の立場が分かってないようですね。郷田さん。手錠外してあげるから、次の部屋一番乗りとかどうですか???」

 

「……仕方無いわね。嘘は言ってないんだけど、ゲームで例えるなら次の部屋が魔王部屋よ。多分、武装が万全であっても私ソロだったら死ぬわね」

 

「げっ、普通に入ろうとしてたぜ……危ねぇ危ねぇ」

 

 桜姫先輩と交代で手錠を付けて、くっついた郷田と俺である。

 軽口をたたき合う俺と郷田にかりんから微妙な視線が来ているのを感じつつ、先程無警戒に部屋へ入ろうとしてた勇治がホッとしているのを見守る。止めて良かった。

 

「つまり、部屋に入る前に回復してゲームデータはちゃんとセーブしとけって事ね」

 

「進矢、そういうのは無いからね?」

 

「モノの喩えだから……真面目に言えば、扉を爆弾で吹っ飛ばして破壊された扉の先に炸裂手榴弾を投げ込む。部屋の中からロケットランチャーなり、手榴弾が返ってくる事を警戒して簡易的なバリケードは欲しい、そんなところかな……」

 

「オッケー! 僕――俺準備してくる! 結構武器使っちゃったしな!」

 

「あっ、長沢君! こら……いっちゃった、追いかけてくるわね」

 

「分かりました、御剣先輩は扉の方の警戒をしておいてください。向こうから奇襲してくる可能性も無いとは言えませんので」

 

「俺はまだ余裕あるからな、分かった。ゆっくり休んでいてくれ」

 

 長沢と桜姫先輩が足りなくなった武器を補充し、御剣先輩には警戒を依頼する。慌ただしく人が居なくなり、休憩の為に俺とかりん……郷田が残った。

 あれ、もしかして……成り行きとはいえメンバーミスった?

 心の焦りを知ってか知らずか、郷田はなんともない顔で話しかけてきた。

 

「今、心の底から部屋で待ち受ける魔王役をしなくてよかったと思うわ……」

 

「やだなー、人が居たら催涙ガス弾とスタングレネードに変更しますよ。それとも、唐辛子水鉄砲の方が良いですか?」

 

「――フン」

 

 ホッとしている様子の郷田に皮肉を浴びせかけ、笑いかける。と同時にフリーになった手でかりんを抱きしめ、郷田との間に俺が入る。確執はある、だが無駄に憎悪しすぎるのも目が曇ってしまう。難しいなと思うが、2日間、我慢をかりんに強いているのが申し訳無いとは思う。

 そんな俺の心情が分かっているのか分かっていないのか、人の心が分からないような冷徹な声で郷田は続けた。

 

「真面目に言うなら、ペナルティによる最後の1時間はさっきの数倍は敵がいるし、休憩時間もない。この程度で怪我をしているようじゃ、先が思いやられるわ」

 

「それは確かに耳が痛く――」

 

「……勝つよ」

 

「かりん?」

 

「進矢は絶対に勝つ。皆で絶対に生き延びる。気にくわないけど、アンタも死なせない。どんな障害があったって、絶対にこんなゲームに負けない!」

 

 庇おうとしたかりんが、いつの間にか前に出て郷田と向き合う。止めようかとも迷ったが、何かしら考えがあるのか強い意思を感じて止めた。少なくとも、そこに憎悪は感じられなかったし、かりんが強い女性である事は他ならぬ俺がよく知っているからだ。

 

「中々言うじゃない。勿論……私も貴方達が勝つ事を望むわ。そうじゃないと、生き延びられないもの。で、貴方はそれで良いの? かりんちゃん?」

 

「良くないよ。ねぇ、アンタは……このゲームで生きて帰ったらどうするの?」

 

「そうねぇ、このゲームが終わったらまた次のゲームに、勿論……組織が今回の私の失態を許してくれるなら、だけど」

 

「そこだよ! 折角、命が助かるんだよ!? どうして、こんな事を続けるのさ! このゲームが大きすぎて止められないのはアタシだって分かるよ! だけど、アンタは止められるじゃない! 折角、助かる命をこんな事に使う事……それをアタシは許せない!」

 

「……っ!?」

 

 かりんの剣幕に郷田は初めて驚愕の表情を浮かべる。まるで、その発想が無かったかのように。そして、俺自身も驚いている。”それ”が生きる根幹となっている彼女にそう説得するという発想が無かった、あるいは無理だと無意識に諦めていた。

 だけど、その真っ直ぐさこそが北条かりんらしい正義感なのかもしれない。

 彼女の言葉は少なくとも……

 

「そう、ね……考えた事もなかった。まさか、ゲームの参加者に……かりんちゃんにそんな事を言われるなんて、思ってもなかったわ」

 

 郷田の心には届いたようだ。

 かりんの手が震えている事に気付いた俺は、かりんの手を握ってやる。今のかりんに言える事は何も無かった、せめて横にいることだけが俺の使命であると感じたからだ。かりんは俺の手を握り返すと、言葉を辿々しく続ける。

 

「今でも許せないけど……さっき優希さんが言ってたように、過ちは正せるものだとそう思う。強制はできないけど、折角命が助かるのなら、人の命を弄ぶ仕事は辞めて欲しいんだ。沢山悩んだけど、それがアタシの気持ちだから……!」

 

 途中で言葉に詰まることが何度かありつつも、目に涙を浮かべて……それでも郷田から眼を逸らす事なくかりんは言い切った。……かりんの綺麗な真っ直ぐさは危うげさえ感じる、だから好きだ。心が凍りついた人間の説得なんて、俺にはできない……表面的に会話するのが精々だ。自らの正義感で、他人にぶつかる事ができるのは彼女の美徳に違いなかった。

 

「……今回のゲームで学ぶべき事が多かったのは認めるわ。でも、今は私じゃなくて、自分達が生き延びる事に集中しなさい。これが、私のゲームマスターとしての忠告よ」

 

「口を挟むつもりは無かったんですが、1つ聞きましょう。ゲームマスターで無くなった貴方は何者なのですか?」

 

「……分からないわ」

 

 野暮だと思いつつも口を挟み、郷田は言葉少なく返した後は口を閉ざした。

 かりんは自分の中の感情に整理がつかないようで、涙を堪えながら郷田を見つめ続けている。

 俺も郷田に対して思考を巡らせるが、結局の所、自分を救えるのは自分自身だ。俺の基本スタンスがそうなので、誰かの心を動かすというのが基本的に難しい。

 郷田は少し化粧で隠されていた皺を額に寄せて思案し、答える。

 

「仮の話をしましょう。例えば私が急に人間としての良心に目覚めたとして……それでも、このゲームマスターという仕事を止める事は無いわね」

 

「それは、何故なの?」

 

 女性同士のにらみ合い……かりんの剣幕に対して、郷田もまた殺意にも似た威圧感を返す。正直に言って、ここまで来たら俺に言える事は何も無いだろう。なんというか、役者不足だ。もし、どっちかが一線を越えようとするなら止めるが。

 

「分からないの? 私はこのゲームで数十回ゲームをしてきた。多くの人を死に追いやった。法で裁かれる事が無くても、他の生き方なんてないの……ゲームマスター・郷田真弓。それが私よ。今更、人としての良心に目覚めたら……そうね。このゲームでの死を選ぶわ。貴方達のような正義感の強い人達に殺されれば、ゲームも盛り上がるんじゃないかしら?」

 

「この……ふざけないで……! アタシは真剣にこんな事を止めろって言ってるのに!」

 

「私も真剣よ。私はこのゲームで生きて、このゲームで死ぬの……だから、どうしても止めさせたいなら、私を殺しなさいな」

 

「……っ!!! このっ……!」

 

「かりん、そこまでだ」

 

 手が出そうになりつつあるかりんと、挑発する郷田の間に立つ。

 結局の所、二人の意見はおそらく平行線だ。価値観だとか住む世界が違いすぎる。……郷田を殺すのが、正しい、か。法で彼女が裁かれる事は無い、ここで生かせばまた次のゲームに……俺達の生存率を考えれば、郷田には生きて貰っていた方が得。合理抜きにしても、自分に人を裁く権利なんてあるのか――色々と頭の中で理屈は過ぎるが、モヤモヤとした感覚は抜ける事はない。かりんがはっきり言ってくれた事もあるが、俺も似たような心情はあるのだ。

 

「……郷田さん。俺は貴方に言える事は限られてますが、本当にゲームマスターになるしかなかったんですか? かりんや俺の年齢の時に、人の人生を弄ぶ仕事をするのが貴方の夢だったんですか? 何がきっかけで、どういう心境でこんなゲームに関わる事になったか、このゲームから生きて返ったら一度振り返ってはくれませんか? 不躾ながら、これが俺の願いです……せめて、一緒に生きて帰る者として、ね」

 

 強い感情は向けない、努めて理性的に俺は郷田に訴えた。

 何が正しいかなんて、俺にも分からない。だけど、せめて正しくあろうとは思う。そう自然と思えるのは、かりんが後ろにいるからでもあるし……このゲームで共に過ごした仲間達の影響もある。

 

「……中々、痛いところをついてくるわね。若者って、本当に嫌いだわ」

 

 郷田は顔を俯かせ、俺から顔を背ける。もしも、手錠が無ければ逃げていたかもしれない、そんな反応。俺達にこれ以上言える事は何も無かった。後は、郷田自身の人生だと思う。そもそも、郷田の人生を詳しく聞き出すには、残されたゲームの時間はあまりにも短く余裕が無かった。

 

「おーい! 進矢お兄ちゃん! 色々武器持ってきたぜー!」

 

「おう、よくやった勇治。早速、やるか!」

 

「おう!」

 

「……なんで、こんな男共はテンション高いのやら……あら、かりんちゃんどうしたの? 大丈夫?」

 

「う、うん……大丈夫! アタシも、頑張るから!」

 

「あぁ、頑張ろうかりん。それと、ありがとな」

 

「ううん、感謝するのは私の方だから!」

 

 俺とかりんのやりとりに、勇治と桜姫先輩は疑問の表情を浮かべるが、まぁいいかと武器の準備に取りかかった。

 こうして、中央制御室の手前の部屋は爆破され、次々に投げ込まれる爆裂手榴弾により内部の兵器は粉々になった。爆発オチなんてサイテー。

 

 

 

 

 

――ピロロロ ピロロロ ピロロロ

 

『おめでとうございます! 貴方は見事にエクストラゲームをクリアし、首輪を外す為の条件を満たしました』

 

――カシャン

 

 中央制御室には、巨大なコンピューターがあり、また監視カメラの映像と思われるディスプレイが整然と並んでいた。そのコンピューターのパスワード画面に自分のPDAナンバーを打ち込んだ結果の音声が響き渡る。

 何度か見た緑の発光ダイオードと共に、俺の首元がすっきりする。

 手元には外れた首輪……うーん、現実感がない。

 

「やったー! おめでとう進矢!」

 

「やったな川瀬」

 

「良かったわね川瀬君」

 

「楽勝だったな! 進矢兄ちゃん!」

 

「こ、こんなのチュートリアルのクリア報酬だから……本番は明日だからな!?」

 

「全く進矢は素直じゃないなぁ」

 

「悪かったな」

 

 皆に祝福されても、素直に喜べない俺である。

 褒められ慣れてないというかなんというか……いっそ開き直りたいが、中々難しいね。それに、本番はここじゃないというのも本当だ。焦点を当てるべきは、最後の進入禁止になった1時間なのである。

 どうするかと思案していると、コンピューターにひっついている異物を発見する。

 

「ところで、郷田さん。このコンピューターにひっついてる爆弾はなんだ?」

 

「あ、それ? 追加機能の遠隔操作で起爆する爆弾よ。貴方達がジョーカーで念の為起爆させていたら、この中央制御室が爆破されてたってわけ。面白いでしょ?」

 

「……なんだと!? エクストラゲームでそんな事してしまっていいのか!?」

 

 冷淡に返す郷田に対して、御剣先輩が驚愕の表情を浮かべる。俺も中央制御室に入った時は無警戒で、まさかコンピューターに爆弾が仕掛けられているとは想定外も良い所だ。俺のミスで全員死亡があり得たと考えればゾッとしない話だ。

 

「『私達が』中央制御室を爆破するのは勿論駄目よ、だけど『プレイヤーが』破壊する場合はその限りじゃ無いわ」

 

「戦闘禁止エリアの件といい、オバサン達ほんっっっとうにに性格悪いな!?」

 

「ある意味筋が通っているのが、一番酷いな」

 

 勇治の文句も尤もだが、観客に対する言い訳という体裁は整っている。今回のエクストラゲームは、サブマスターが『中央制御室のコンピューターを守り切れるか?』又は『首輪を解除したプレイヤーを殺害できるか?』の二択だった。今回、結果として双方がほぼガン無視していたが、ジョーカーで未使用で場所不明の遠隔爆弾を発見したら、まぁ……押したくなるという気持ちも分かる。そして、それこそが罠で、プレイヤー自身がコンピューターを破壊して自分の生存の道を狭めましたー! というオチは、多分……ウケるだろう。 苦労して中央制御室に行って、そこにあったのはコンピューターの残骸という骨折り損である。

 

「ここがそういう悪趣味な場所なのは分かってるけど、過ぎた事は仕方無いわ。今はせめてこの爆弾を有効利用しましょ?」

 

「優希さんの言う通りだよ、それに……進矢からこれからどうするか聞いておきたいし」

 

 思考の海に入りかけた所を桜姫先輩とかりんの言葉で、、現実に引き戻される。こういう時に女性が強いというのか、目標に対して真摯というべきなのか、ともあれ……俺も本題に戻ろう。

 

「今日はもう寝るというのは置いといて、明日――最終日の話か」

 

 正直、ここまでの攻略で頭一杯一杯だったので、そこまで深く考えてなかった。

 一応、考えはあるといえばある。

 本当に上手くいくか不安なので、思考を整理する時間が欲しい……と考えていると郷田が口を挟む。

 

「先に言って置くけど、このコンピューターは首輪の解除をしてから操作を受け付けなくなったようね。少なくとも、私に割り振られたパスワードじゃ操作できないわ」

 

「大丈夫だよ、オバサンには最初から期待してないし」

 

「長沢君、貴方にだけは銃器の使い方はもう教えてあげないわ」

 

「どうしてだよ! ケチ!!!!!」

 

 ゲームマスターでも、一応生物学上女性として分類されており、年齢に関する話題はナイーブらしい。勇治が食って掛かっているが、スルーしておこう。そこをフォローする義理を俺は持ち合わせていなかった。

 

「明日の朝目覚めたら銃器を少し鳴らして、首輪のペナルティを使って安全地帯の作成……バリケードの強化。そして、最後の作戦があります」

 

「作戦!? 良いねぇ! そういうのを待ってたんだ!」

 

「流石に耳聡いな、そこは」

 

 作戦という言葉に、勇治は敏感に反応して俺に笑いかけた。

 郷田をはじめとした、他の皆も苦笑している。相変わらずだが、悪い気はしない。

 

「俺はできるだけ秘密主義は避けようと思っていたのですが、作戦はゲーム終了7時間前……ペナルティ開始6時間前くらいに発表しようと思ってます。理由は、今の話を聞かれてこのゲームの主催者に対策されたら困るからですね」

 

「えー……折角聞きたかったのになぁ」

 

「ゲームマスターとして言うなら、それが賢明ね。どういう類いの事を考えているか分からないけど、今からならどんな物資でも調達するでしょうけど、6時間となれば調達できる物資は限られる……まぁ、今この建物にある兵器でなんとかするしかないでしょうね」

 

 自分で提案する事は殆ど無いが、助言としては的確な郷田である。このゲームの主催者連中の裏事情を知らないので、複雑だが正直ありがたい。……それが、ゲームを盛り上げるために必要な行為だったとしても、だ。

 ……俺も観客の方々にサービスした方が良いのかなぁ、あんまり媚びたくはないけどなぁ。

 

「1つだけ言えるのは、昨日【チートでズルして全員生還は無理】だって言ったけど、申し訳無いがあれは嘘だった……という事ですね。大事なのは観客の納得とウケを両立させれば良い。昨日はドラマチックと表現しましたね。それを達成する妙案があります。だから、ここで川瀬進矢は宣言します! 絶対に6人全員で生き残ってみせる! とね」

 

 諸刃の剣だが、ハードルを上げる!

 こうすることで、観客の注目度を上げ、主催者に俺の秘策を妨害されにくくするのである。それにどれだけ効果があるか分からないが……やった方がマシだと判断した。やる気を出した主催者が警備システムを強化してくるとか知らない。

 

「まぁ、俺の秘策は完全に防げない可能性もありますので、基本方針としての警備システムの迎撃準備は万全にお願いします。あ、と……念の為、勇治も他に良いアイディアがないか考えて置いてくれ。こういうのはアイディアを出し合っていくべきだろうしな」

 

「そいつは当然だな、分かった! 進矢兄ちゃんに負けないアイディアを考えれば良いんだな!?」

 

「頼んだ。勿論、他の皆も何か思いついたら相談してくれ。そして……今日は、そろそろ眠く、なってきたな……」

 

 勇治のにんまりとした勝ち気な笑顔を見届けつつ、欠伸を耐える。

 さてさて、上手く行くだろうか……正直、負けても悔いはない程度に頭は使っていると思うが、大切な人の命が懸かっていると話は別なのである。

 答え合わせの配点命で、不敵に笑う名探偵ってマジで尊敬する……俺には無理だ。好きな人の前では、勿論虚勢を張らせて貰うが。

 

 自分の中で浮かんだ秘策を脳内で検証しつつ、俺達はゲームの二日目を終えた。




スミス「やぁみんな! 申し訳無いけど賭けのベッドの期限は次話投稿までとするよ! そこで期間限定で新しい項目を追加してみたから予想してみてね!」


1.ハンサムな川瀬進矢の秘策により見事に全員生還する 2.5倍
2.優秀な仲間が助けてくれる。2倍 (個人名まで当てた場合15倍、但し郷田は除外)
3.秘策無効。素直に警備システム1時間耐久レースしろ 1.1倍


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箸休め回 現代社会を絡めた組織の考察

※注意!
 この話は夢オチです!
 本編に関係ありそうで、割と関係ありません!
 それでも許せる方はどうぞ……!
 ぶっちゃけ、ただの考察回です。割と雑です。



 

――――――――――

悪とは常に凡庸で、常に人間的なものだ。それは我々の寝床や食卓に潜んでいる。

W・H・オーデン (米国に帰化した20世紀最大の詩人の1人)

――――――――――

 

 

 

 

「そういえば、昨日桜姫先輩が世界史に絡めた話をしていて思ったんですが、現代社会や日本史と絡めて考えればこのゲームを運営している組織の輪郭が見てくるかもしれませんね」

「急にどうした? 進矢お兄ちゃん」

「なんか思いついたんで、話したくなった」

「お、おう……」

 

 食事が粗方終わって戦闘禁止エリアにて団欒中、ふと俺にある閃きがあった。

 このゲームの攻略には関係無いが、このゲームそのものの正体に対するある発想だ。

 クリアには関係なくても、ゲームの背景を洗っておきたい。

 一応、俺の普段のゲームプレイに対するスタンスなので、このゲームにも適応された訳だ。

 俺の言葉に呼応して、勇治……そしてかりんが反応する。

 

「また面白そうな顔してる、何思いついたの?」

「うーん、面白いというかちょっと難しい話なんだけどな。このゲームは数兆~数十兆円……あるいはそれ以上の金が動いていて、そこに相応の働く従業員がいて顧客がいる。そして、金の流れがあるって事は、表の世界の経済や政治と切っても切り離せないんじゃないかってこと」

「むむむ……確かに、アタシには難しい話かも」

 

 隣のかりんが頭を悩ませるのを見て、新しい一面が見れて可愛いとおもう。

 ごめん、できるだけ分かりやすく説明したかったがこれ以上は無理だった。口に出したら、それはそれで不機嫌になりそうなので内心で謝っておく。

 中学生にはちょっと早い話だったかも知れない、高校生でも多分早いけど。

 

「かりんちゃんが困ってるわよ。私達は最近受験勉強で、日本史や現代社会の勉強もしてるけど、ゲームの影も形も無かったと思うけど……」

「……俺も色々勉強させられたけど、確かに無かったな」

「総一はもっと自発的に勉強して欲しいわ」

「二人のイチャイチャはおいといて、考えてたのはゲームの存在からの逆算ですよ。帰納法って言えば格好良いですかね。多くの人が関わっているということは、このゲームには発祥があり歴史がある。……強制参加者としては反吐がでますが、裏舞台で苦労してる人もいる。それだけ大きければ、絶対隠しきれません」

 

 イチャイチャしてる2人を尻目に、考えを進める。あんまり詳しくない、詳しくないのだが……まぁにわか知識で良いか。俺の学校の歴史の授業の先生みたいに、できれば皆に楽しく聞いて欲しいので分かりやすい言葉を意識しよう。

 どれだけ非日常的な箱物であったとしても、実在する以上は何か大きな流れの中で作られた筈だ。

 

「この建物1つを例にしましょう。土地に関しては場所が分からないから省略するとして、設備の多さからこのビルはゲームの為だけに作られた物というのは分かりますよね? で、ビルを作るには土台の基礎工事、鉄筋やコンクリートの材料の運搬と組み立て、同じく内装や外装、水と配線、監視カメラ……をこれだけの広さに施す必要がある訳です。あぁ、隠し通路とか落とし穴、罠やペナルティを隠す場所も必要ですね。工期もかかるし、必要人員も多い……大金はあるとしても課題は多そうだと思いませんか?」

「あー、進矢お兄ちゃんの言いたいことなんとなく分かる。僕――俺も、ゲームは好きだけど、ゲームを作るソフトを買った時はすぐに投げたもんね」

「それは俺も投げる。で、どうやってそれを満たしたかを考えたら、そういうのが全部安くて人が余っていた時期があったなと思いまして」

「あ、川瀬……言いたい事がなんとなく分かったぞ、俺達が生まれた頃の話だが――バブル崩壊か」

「えぇ、御剣先輩。その通りです」

 

 要素を並べていくと、御剣先輩が自分と同じ答えに辿り着く。

 この推理が正しければこの建物は1990年代前半に施工開始され、築十数年ということになる。その割にはボロい気がするが、そこは建物管理が殆どされてないことと戦闘でスクラップビルドされているから、劣化具合はそんなものじゃないかなって気がする。

 

「えーっと、ごめんなさい。聞いた事はあるんだけど、バブル崩壊って?」

「バブル崩壊っていうのは、私達が生まれる前に起こった経済的な問題ね。私も高校までで習った範囲しか知らないんだけど、お金の取引で株価や土地の値段が上がり続けて、持っているだけで大儲けできる時代があったの。だけど、その値上がりは熱に浮かされた人の持っている幻想で、中身がないのに大きく膨張しているからバブルと言われる。そして政府の引き締めの結果、泡が弾けるように株価や土地の値段が下がったからバブル崩壊って言うのよ……うーん、ちょっと分かりにくいかしら」

「分かるような、分からないような……」

「すまん、ぶっちゃけ中学公民だから、中学3年生の範囲だ。物の価値ってのは一定じゃない。一般論として、欲しがる人が多ければ高くなるし、少なければ低くなる。で、時代の勢いっていうのがあって、土地とか株を欲しがる人が増え過ぎた……だが熱ってのは何時か冷めるって話だ……ん? 待てよ」

「どうした? 進矢お兄ちゃん」

 

 中学生の二人になんとかバブル崩壊を説明しようとするが、流石に教科書のない状態で口頭で伝えるのは難しい。教科書? 奴は、武器や食料品と引き換えに1階に置きっぱなしだよ。

 頭を捻らせた結果、別の方向のアイディアが湧き出してきた。

 つまり、歴史っていうのは一面だけ見ても分からず、全体の流れを理解する必要がある。

 バブル崩壊があるって事は、その前にバブルがあるって事で――

 

「ちょっとずつこのゲームの歴史の流れが分かってきたぞ。このゲームの始まりは分からないが、このデスゲームが本格的に活性化したのがバブルの時で、バブル崩壊のタイミングを見計らってこの建物を作った……そういう流れなんじゃないかな?」

「ちょっと話が飛んだな、どうしてそういう結論になるんだよ。進矢お兄ちゃん」

「根拠は防犯カメラのカラー撮影が1980年代バブル期真っ最中だったということ、あとこの建物のコンセプトと思われるダンジョンRPGも発祥は大体1980年代初頭だからな。元々は前身のローマの剣闘士のような殺人ゲームはあったのかもしれないが、防犯カメラで遠隔で見れるというのは安全上大事で、カラーである方が臨場感がある。あと、バブルってのは成金が多いからな……そういう人間に支えられて、このゲームは大きくなったんじゃないかと想像するよ」

「……言われてみればそんな気はしてきたけど、あんまり知りたくなかった殺人ゲームの歴史ね……」

「現状こじつけですが、言葉にするとそれっぽいですね」

 

 俺達にとっては生まれる前にバブルがあって、生まれた直後にバブル崩壊なんだから全然現実感がないが、親世代は経験しているから完全に縁が遠いという訳でも無い。我が家は公務員だから、バブル関係ノータッチだろうが。

 だが、バブル崩壊期に建設されたって事はそこそこ自信ある。人員や材料の余剰がないとこんな巨大建造物は建てれないし、雇用の為に政府も黙認したのかもしれない。……主導かもしれないが、それは置いておく。

 

「でも、そう考えてみると、結構このゲームやってる連中ってしみったれてるよな! スーパーの安売り日とか待ってるみたいだ」

「歴史上、夢も希望もなく切実だな! って事はよくある。有名所なら黒船来航かな、日本に衝撃を与えたソレは、アメリカ海軍視点に立つと予算の問題で苦労していた……とか、歴史の授業で聞いた」

「……良いなぁ、僕――俺のところの歴史のセンセーなんて、子守歌だぜ?」

「先生による当り外れってあるよな」

 

 こうして、何故かうちの先生は大当たりだの、大外れだのという話に移っていく。

 教える側も人間だから、しょうがない面はあると思うが、教師も大変だな。教師といえば、今回のゲームには教師はいない……最近のデスゲームものだとよくいるイメージだったのだが、まぁそれは良いか。

 

 ……ハッ! あの先生は良いとか、あの先生は悪いとか、そんな会話をするなんて、まるで陽キャみたいじゃないか……!

 いや、今のは滅茶苦茶偏見ではあるけど。

 

「話を戻しますが、今まで話していてペナルティや中央制御室までのルートに出てきた自動攻撃機械の出所は分かってきましたね」

「1つや2つなら、まだ戦場で拾ってきたって希望はあるけど、あそこまで数があれば確定だよな……」

 

 気を取り直して、このゲームを運営している連中の考察に戻る。

 以前、俺の弱音を聞いてくれた御剣先輩は何を話したいか察したようで、言葉を濁した。

 俺も正直、この話題に踏み込むには勇気が要る。それでも、ゲームの主催者の正体を明かしたかった。何故なら、幽霊とは戦えないからだ。真実を見極める、それは俺の仕事だ。

 

「進矢お兄ちゃん。ぶっちゃけ、アメリカ以外あるの? 他のどんな国でも、あんなに作れないだろ?」

「勇治……俺はお前が羨ましい! じゃなくて、アメリカだろうな」

「紛争地帯で似たような物をテレビで使っているのは私も見た事あるわ……まさか、自分で戦う事になるとは夢にも思わなかった」

「アタシはあんまりテレビは見ないけど、凄くにハイテクだもんね……映画や小説の世界に入り込んだような気分だったけど、進矢の話を聞いてると現実なんだなぁって思ってきたなぁ」

 

 裏にアメリカ軍が居るという結論を出すのに凄く勇気が居たという俺に対し、勇治はあっけらかんとその結論を口にした。重要な事が分かっているのかいないのか、あるいは俺が気にしすぎなだけなのか。

 女性陣の方は逆に自体を重く受け止めているようで、やや沈痛な顔を覗かせている。

 とはいえ、ここまでは御剣先輩に話した通りだ。勇気を出してさらに一歩踏み込んだ推測をしてみよう。

 

「より現実感が出るというか、さもしい話をすると、2000年代初頭から始まったテロとの戦いって儲からないらしいです」

「そりゃ戦争なんて儲からないだろ、人や物が死んで傷ついていくだけだ」

「あー、そういう話じゃないですよ御剣先輩。武器を作る側、軍産複合体の話です。冷戦時のような軍拡競争からの大量生産とは無縁で、ソフト面ばかりの向上ですし技術ばかりで数は要求されない。……そこで考えたんですが、このゲームを主催している連中はそこにつけ込んだんじゃないでしょうか? ゲームに協力すれば金が手に入る、無人兵器の実験場にもなる……良い事ずくめです。人権にさえ目を瞑ればね」

「そこは一番目を瞑っちゃいけないところだろ……」

「でも、こうやって繋げていけるってすげーな! 進矢お兄ちゃん! 帰ったら色々勉強したくなってきた!」

「ふっ、面白いだろ? 歴史ってのは究極的には現代に繋がってるからな……それが分かるまでの勉強が辛いのがたまに傷だが」

 

 勇治とだけ盛り上がりつつ、考察を進めていく。

 人体を実験に使えば科学技術はより進歩するとかなんとか……長期的に見れば悪影響の方が大きいらしいが、気付かれなければ良いんだよ! という精神だろうか?

 そう考えると、裏社会では人体実験とかも普通に行われてそうで怖いんだが、あえて言及しないでおこう……少なくともそういう証拠が出てきたわけでもないし。

 

「勉強っていうのは確かにそういう一面があって素晴らしいと思うけど、この応用方法は私としては何か違う気がするわね……」

「よく分からないけど、進矢の頭が良いってことは分かった!」

 

 呆れた様子の桜姫先輩と、思考停止した様子のかりん。

 女性陣に引かれてて少し哀しいです。

 ……まぁ、俺も最初に思いついた時は思考停止したから、うん。

 

 大体、今でている情報から思いつくのはこんなところか……割と当てずっぽうが多くて、推理と言えない代物だったかもしれないが、一体どこまで正解なのか――

 

 

――パチ、パチ、パチ、パチ

 

 

「郷田!? 何故ここに!? お前はベッドに拘束していた筈じゃ!?」

「ふふふ、面白い話が聞こえてきてね。混ぜて貰おうかと思って」

 

 いつの間にか郷田が部屋の中に現れ、拍手の音で気付く。

 冷徹な笑みを浮かべた郷田に驚く俺達だったが、更なる展開に目を見開いた

 

――ピロリン、ピロリン、ピロリン

 

『ざ~んねんでした! 君達は知りすぎた! 処分させてもらうよ!』

「なっ、どういうことだよ!?」

「言葉通りの意味よ、進矢君……組織の事は深追いするなって、私は忠告した筈よね?」

 

 御剣先輩ご桜姫先輩の首輪から赤いLEDの発光がなされる。

 同時にPDAからスミスの嘲笑の声が聞こえ、周囲の壁が開き自動攻撃の機関銃が4機銃口を覗かせてくる。

 

「あの世でも仲良くね、皆」

「くっ、か……かりん!」

「進矢!」

 

 逃げ切れない、そう判断した俺はせめてかりんを庇う為に無意味だと知りつつ抱き寄せようとする。

 そして、かりんも同じ判断だったのかこちらに飛びついてきた。

 

――――ダダダダダダダダダダダダダダ!!!

 

 そんな俺達に無慈悲な音が聞こえてくる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっでぇ……夢見た」

 

 死の瞬間、思わず飛び起きる。

 久しぶりの悪夢だが、なんだかんだ冷や汗でびっしょりである。

 まだゲーム中である事を自覚し、同時に生きてて良かったと心から思う。

 夢の中とはいえ……あの死に方は正直無いな、御剣先輩にあんな弱音を吐いたのは本音が8割で残り2割が主催者に抵抗の意思がないことを示し、俺含めた皆に危害がむかないようにする為のものだし。

 ……計算込みで情けないという気持ちもあるが。

 

 あるいは、こんな夢を見たのは未練があるのかもしれない。

 真実の追求を捨てて皆との幸せを選んだ自分だが、完全に真実捨てきれない……という所か。

 うーん、夢の中で俺が話した妄言……大体合ってそうで怖いなぁ。

 

 しかし……やれやれ、我ながら度し難い。

 皆の命には代えられないというのに。

 さて、寝直すか。




本作の舞台設定はシークレットゲームコンシューマー版発売年の夏(2008年)と設定しています。2008年ではまだ出てきてない概念をうっかり、進矢が話したり思考で出てきたりするかもしれませんが、『この世界ではそうなってるんだよ!』と思ってください。完璧な時代考証は無理です……。
でも時代考証は好きです、世界観が広がるので。

しかし、リベリオンズが丁度10年前の1998年と考えれば、中々プレイヤー視点大変ですね。まだ、某殺し合い小説すら出てないので、デスゲームものっていう概念がほぼないのでは?
まぁシークレットゲームの世界だと、デスゲームものはリアルからの逆輸入って事になるんでしょうが。闇が深い。




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第三十話 遊戯盤を破壊せよ

 

 

 

 

――――――――――

重要なのは誰がゲームを始めるかより、誰が決着をつけるか。

ジョン・ウッデン (米大学バスケットボール界の名将)

――――――――――

 

 

 

 

「……っ~! 朝? か」

 

 意識が浮上して、視界が開かれる。

 微妙にまだ微睡んでいる脳を少しずつ目覚めさせる。

 寝てる途中で変な夢を見た気がするが……寝直した俺は無事にぐっすり寝ることができた。

 PDAで時間を確認するが、少々早起きだったらしい……でも二度寝するのもな……と思いながら隣を見る。

 そこには完全に無防備な状態のかりんが気持ちよさそうに眠っていた。

 

 ……どうしてこうなったのか説明しよう。

 昨日の夜も必死に男女別睡眠を訴えた俺だったが、そこで桜姫先輩にストップをかけられた。曰わく「かりんちゃんの不安な気持ちに寄り添ってあげなさい」。その後、顔を真っ赤にしたかりんが頷き、男二人の援護射撃もあり……あれよこれよとこのような形になったのである。

 間違いがあったらどうするんだよ!? ……いや、疲労のせいで秒で熟睡したけど。

 

 ……気持ちは微妙に分からないでもない。失敗すれば俺達は今日限りの命だ。

 だからこう……最後に悔いのないように、というのも分かる。

 でも、こういうのはやっぱりもう少し段階を踏んでですね――デートとかして、積み重ねてもっとお互いの理解を深めてですね。

 さて、理性には一応自信ある方だが、それだけでは足りないな……という訳で、今こそ目覚めろ俺の父性!

 かりんは身長的には俺の肩くらいだから、それで誤魔化せる筈ッ!

 

 冗談は置いといて、かわいい寝息を立てているかりんの髪を撫でてみる。

 さらさらして気持ちいい。なんか、俺を信頼しきってるような安心した表情を見ると、一瞬でも邪な考えを抱いてしまった事に罪悪感を覚える。いや、邪なのは俺じゃなくて俺以外の全員だと思うけど。

 思い返せば、今までのかりん……そして、今までの俺も全部ゲーム中の、つまり非日常に巻き込まれた状態としての顔しか見せてないんだよな。勿論、非常時に見せる顔こそがその人の本来の顔という意見はあるだろうが、多くの人はその本来の顔を見せずに一生を過ごすのだろうし。日常の顔だってちゃんと見たいと思っている。

 ……今更日常に縋るのもアレだが、お互いに何も背負ってない状態で笑い合いたいものだ。

 その程度の願いを抱く自由はあるはずだ。

 ――俺は兎も角、かりんの今までの苦労を思えば……。

 

 こうして、何があっても悔いの無いように暫くかりんの寝顔を堪能させて貰った。

 尚、眠っているかりんも非常に可愛かったが、起きた時の反応も同様であった。

 俺は悪くない、俺の横で眠っていた君が悪いのだよ。

 

 

 

 

 

「安全地帯の構築は完了! 第二陣及び避難ルートも作成完了! 周囲のエアダクトは全部潰しておいたし、本陣へは3方向からの進入路があるが、いずれも重機関銃、機関砲、軽機関銃により第三防衛線、第二防衛戦、第一防衛線を設置! 防衛線で使えないグレネードランチャーとロケットランチャーは、ドア開閉機能で降りてきた化学用防火扉を破壊して瓦礫の山を作って進入路を制限! ゲームマスター郷田の指導により付け焼き刃とはいえ戦闘能力も仕上げた! ここまで準備対策すれば、かつて一名の生還者も許さなかった、1時間の警備システムの群れと言えど――」

 

「どうして、進矢お兄ちゃんはいよいよって時にそんなフラグ立てするかなぁ!?」

 

 数十時間後、もうクタクタになった俺は完成した簡易要塞を前にこんな風に調子に乗っていた。

 というより疲れからかテンションがおかしくなっていた。

 昨日もそうだったが、要は重量物の運搬作業が主だからだ。

 軍人の仕事は歩く事、運ぶこと! こんなんばっかだから! ……多分。

 仮眠取りたい……いや、もう最後まで寝るつもりはないのだが。

 

「むしろ、凄く疲れてるのによくそんな事言えるわね……」

 

「進矢はきっと皆を元気づける為に言ってるんだよ、た……多分」

 

「いや、あれは疲れてるからあぁなってるだけだな」

 

 はい、三者三様の意見が出ましたが御剣先輩正解です。

 既に足腰痛い筋肉痛ですが、明日は壮絶な筋肉痛コースです。

 あと昨日、撃たれた部分も赤く腫れてて痛い……ただの打撲なら良いんだけどね。

 ともあれ、最後に戦いぬくための体力は残っている……筈。

 残り6時間以上余裕はあるわけで、それまでに体力の回復に勤めればいいだけだしな。

 それに最後の1時間だと分かっていれば、身体に悪い”ダメ、ゼッタイ”な禁断のドーピング術もある。

 使いたくはないけど……命の瀬戸際で健康に気を遣っても仕方無い……。

 喫煙者ならガンガン煙草吸いたくなる局面なのかもな。

 疲れてるのは皆だから文句は言わないけどね。

 

「疲れてるなら、丁度良いわね。折角だし、沢山作ったもんね。かりんちゃん」

 

「うん! 戦闘禁止エリアの中ってやたら食材があるから作り過ぎちゃった」

 

 という訳で拠点構築は大体完了したので、俺達は今、ちょっと遠くにある戦闘禁止エリアまで移動している。

 尚、6階以外は既に進入禁止だ。昨日、秘策を公表すると言った進入禁止6時間前も近い。

 それが分かっているのか分かっていないのか、相変わらず女の子二人はたくましい事で良い事だ。

 良い事なんだが……

 

「本当に多いな、海外舞台のホームパーティドラマならこんな感じか?」

 

「……うおおお! うまそー! 頂きます!」

 

「なんか見覚えあるな、大分前家族ぐるみで一緒にバーベキューした時確かこんな感じだった」

 

「お、おう……凄いですね、幼馴染って。はい、勇治ストップ」

 

 抜け駆けしようとした勇治を止める。

 いや、別に抜け駆けしてもいいんだろうが、こういう場の空気というものが一応ある。

 美味しそうなカレーの匂いやら肉の匂いが部屋に籠もっている。

 疲れ切った身体に食欲が湧いてきて……これが最期の晩餐になるのはかなり勿体ないなと気持ちを新たにする。

 一方で俺に手で止められている勇治が不服そうに言った。

 

「良いじゃないかよ! 進矢お兄ちゃん! こんな美味しそうな料理なんだぜ! 冷める前にさっさと食べなきゃ損だよ!」

 

「あら、それは嬉しいわね」

 

「優希、普段はこういう時率先して止めて叱る側じゃなかったっけ?」

 

「そんな事無いわ。それをする必要がない時はしないわよ」

 

「……作った人に感謝して、あと食べる前に洗ってくれ」

 

「ちぇ、進矢お兄ちゃんも一言多くなってきたなぁ」

 

「進矢、お父さんみたい」

 

「……うっさい」

 

 微妙にいたたまれない気持ちになりながら、頂きますして食事の時間に入る。

 これはちょっとガラじゃないんですー!

 働いてください、桜姫学級委員長! いや、別に学級委員長ではないらしいが。

 でも、普通に食事は美味しい。悔しい……この一食の為に働いてきたような気がしてきた。

 最後の仕事はこれからだけど、今だけは団欒しながら至福の時間を過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

「で、何時までだらだらとホームパーティやってるの?」

 

「お堅い人だなぁ、郷田さんは……考えはあるんですから、焦らなくて良いじゃないですか」

 

 それから数十分、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。

 ずっと黙っていた郷田が口を開いた、PDAを開くと丁度6時。観客への配慮かな?

 あるいは青春が眩しいのか、自分の命が懸かってるのかはてさて……これは問わないでおこう。

 さて、話を始めようかと周囲を見渡すと……桜姫先輩が真面目そうな表情で先に口を開いた。

 

「……この時間が来てしまったのね。まず私から1つ、かりんちゃん、長沢君、川瀬君……ここまで一緒に頑張ってくれてありがとう。でも、1つ言って置かなければならない事があるわ。私達は貴方達がこのゲームを降り――」

 

「ストップ、ストップ! そこから先は、俺じゃなくて……そうですね、かりんと勇治に答えて貰いましょう。どうだ? 二人共」

 

 突然、とんでもない事を言い出そうとした桜姫先輩を手で制し、他の二人に言葉を向ける。

 正直、そういう事を考えないでもなかったけど俺の意志は最初から決まっていた。

 だから、答えさせるべきは俺じゃ無くて残りの二人だろうと考えたからだ。

 

「アタシはもう最後まで二人で守るって決めてるから! 優希さんが何を言っても無駄だからね!?」

 

「そうだよ、此処まで来たんだから僕も最後まで戦うぜ! 仲間外れなんて御免だからな!」

 

 かりんが、桜姫先輩に抱きついて、勇治が力説する。

 ……やれやれである。

 逆の立場なら桜姫先輩と同じ事を言ってたかもしれないので人の事は言えないけど。

 

「もう、二人共仕方無い子ね」

 

「だから、言ったろ? 心配する必要無いって」

 

「……それはそうだけど」

 

 かりんを抱きしめながら桜姫先輩は涙ぐんでいる。

 大丈夫だ。皆を生きて帰すのは俺の役割だ。

 その為にここまで頑張ってこれたし、団結する事ができたんだ。

 郷田一人なんか気まずそうだが、スルーしておく。

 空気を壊してしまうようで皆には申し訳無いが、そろそろ始めさせてもらいましょう。

 

 パンパンと手を叩いて、口火を切る。

 

「誰も異論はないということで、作戦会議を始めましょう。ここまでのおさらいですが、最後のルール違反した1時間を生き延びる為に固定式の警備システムを解除した首輪で破壊、また最初から警備システムが無い部屋を選出し移動式に警備システムを1時間迎撃できるように防衛線を作りました」

 

「ゲームマスターとしては、生き残れる可能性はゼロとは言わないけど……正直前例がない事だから、確実かどうかは分からないわね?」

 

 だからさっさと秘策とやらを出せと郷田の目線を感じる。

 さっさと本題に入りたいようだ、だが断る!

 探偵トークは、ちょっと遠回しなのだ。俺のミステリー小説歴がそう言っている。

 

「やれやれ、郷田マスターはせっかちであらせれる。ここでポイントになるのはどう移動して攻撃してくるかだと思います。地面を這う小さいもの、基本膝下レベルの高さで大きくても腰に届くか届かないか程度……そこで、俺は考えました。相手の移動手段そのものを奪ってやれば良いのではないか? と」

 

「でも、進矢お兄ちゃん……それって結構難しいんじゃないか? あの瓦礫の山だった階段すら開通させられたんだぞ? 時間稼ぎはできるだろうけど、それ以上は無理じゃね?」

 

「そう、そうなんだよ。勇治。だから、ここで大胆なアイディアが必要になってくるわけだ」

 

「大胆なアイディア、ねぇ……」

 

 興味津々に聞いてくる勇治と、呆れたような表情をする郷田。

 ちなみに桜姫先輩と御剣先輩やや呆れ側で、かりんの信頼の目線がちょっと痛い。

 まぁ普通に勿体ぶった言い回しだしな……すまんな、観客サービスなんだ。

 

「ある、絶対に破壊されず……それでいて移動式警備装置を完全に無力化する手段が」

 

「一応言っとくけど、そんなもの無いわよ。制御室で、警備システムそのものを無力化する権限がまだ私に残っていれば可能だったかもしれないけど……今はアクセスできないし。何より、そんな手段、組織が許さないわ」

 

「そうですね。その通りです。だから、ゲームの土台そのものを揺るがします。前提をひっくり返す、禁じ手を打ちます」

 

「……本気みたいね」

 

 郷田が観客を気にしてか、前提条件の再確認を行う。

 というか、俺自身が言ったことだ。このゲームにチートはない、と。

 このやり方が許されるか分からない、分からないからこそ……観客の期待を煽って、探偵スタイルの推理ショーみたいな方式を取らせて貰ったのだ。つまり、これは趣味ではない、実利だ。誰が何と言おうとも実利だ。

 だから俺はその答えをようやく言う事ができる。

 

「戦国時代や三国志とかの戦記もので一番有名なのは火計・焼き討ちでしょうが、思うに二番手は水計だと思っています。何が言いたいかと言うと……この6階、水没させちゃいません?」

 

 ちょっと悪戯っぽい笑みを作る。

 皆は少し呆然とした表情をしていた。

 

 

 

 

 

 俺の作戦はこうだ。

 6階にある食堂、トイレ、風呂場の蛇口を全部開いて、排水溝を封じる。

 そして、6階から5階への階段とエレベーターの下部を封鎖する事により、5階への水を堰き止める。勿論、6階から5階への落とし穴や開閉可能なドアも同様だ。

 するとどうなるか? 膝下程度には6階が冠水する。

 そして、膝下まで冠水してしまえば、実質自動攻撃機械は完全に水没する。

 今まで戦った自動攻撃機械を全部調べて見たいんだが、見た限り水陸両用なんて高性能機械ではない。

 つまり、水中ではあいつらは動けないのだ。

 そして、水はどれだけの爆発物を用意しても破壊は不可能。酷い話である。

 

 課題は勿論沢山ある……その1つが組織と観客が許さないだろうということ。

 だけど、ぶっちゃけ……こういう展開見たいと思わないか? 俺は有りだと思う。

 これは一回だけの殺し合いゲームなら許されなかったかもしれない、だけど繰り返されるゲームのあくまでたった1つだ。水没作戦で警備システムを生き残る回があっても良いと思う。

 

 という訳で、皆に納得して貰えたと思ったのだが――

 

「惜しいわね……だけど、その作戦は不可能よ」

 

「どうして無理なんですか。割と自信あったんですけど」

 

 それに立ちはだかったのが、思案顔で作戦を検討していた郷田である。

 最初は上手くいくかもと賛同してくれていたのだが、何か穴があったらしい。

 あるいは、一番俺の案を検討してくれてたのは郷田だったのだが……。

 

「答えは簡単よ。この建物にそんなに水はないわ。学校の貯水塔をイメージして貰えばいいんだけど……ここは普通の水道局からは独立してるし、大量の水は使えないの。作戦自体はユニークで採用してあげたかったけど……残念だったわね、坊や」

 

「ぐぬぬぬ……そっちか、主催者と観客の方しか見てなかった……」

 

 所詮は高校生の浅知恵だったらしい。

 他のロジックなら論破なり、打開策なりを思いついたかもしれんが、元々のリソースが足りないと言われれば話は別だ。 

 悔しい、だけど……冷静に考えればここは僻地か離島だ。

 普通に風呂や食事で水を使っていたから気付かなかっただけで、水は大切にすべき場所なのである。

 思いついた時は神の一手とすら思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。

 

「すまん、駄目だったみたいだ……皆の信頼に応えられなくてすまない」

 

「良いんだよ、進矢。それなら普通に最後の1時間を乗り越えれば良いんだからさ」

 

「かりんの言う通りだよ。それに、僕――俺だってそこまで良いアイディアを思いついた訳じゃないしな……」

 

 励ましてくれる二人、場の空気は悪くなったというわけではないが少々ショックである。

 やっぱり、楽してズルしてゲームクリアなんて方向を探そうとしたのが間違っていたのか……。

 ……ともあれ、気を取り戻さなければ――。

 

「まぁ、現実なんてこんなもんよ。あとはどれだけ、警備システムと戦えるか」

 

「川瀬が一生懸命考えてくれたのは伝わってるからさな。何も落ち込まなくて良いんだよ」

 

 格好付けてこの結果なのが恥ずかしいだけです御剣先輩ー!

 観客を説得させる為という理屈もあるが、演出過剰過ぎた。

 顔に熱が籠もっているけど……まぁそれはいい。

 結局のところ、正面から警備システムに抗うしか無い、か。

 皆の命を危険に晒すしか無い、分かっていた事だ分かって――

 

「――できるかもしれないわよ」

 

「……え?」

 

 

 諦めかけていた俺に、その凜とした声が届きハッとする。

 そこにはまだ思案顔の桜姫先輩が、手を数えながら思案している様子を見せていた。

 そして、時間が経つにつれ自信を含ませてこう言った。

 

「うん、大丈夫。問題ないと思うわ。今の川瀬君の問題を全部解決する方法があるわね」

 

「さっきも言ったけど、そんなものないわよ。あるとして、それが組織に許されると――」

 

「許されるわよ、だって”それ”はあくまでその組織とやらに準備されたものだもの。だから、ズルじゃないわ」

 

 

 ――どういうことだ? 桜姫先輩は一体何の話をしている?

 まず、俺の言った『水』による封鎖案は……大体合っている。

 見落としでもあったか? 何が見えている……でも、彼女は自信満々だ嘘をついてるようにもハッタリとも思えない。

 

「一昨日の夜から、私はずっと違和感を感じていた事が1つあるの……それで今、ようやく……川瀬君の作戦を聞いて1つに繋がったわ。このゲーム、無意味なものは無く、何かしらの意図で用意されたものばかり。でも、どう見ても無意味なものが大量にあって、なんでそれがあるのか分からなかった……」

 

「すいません、此処まで言われて全然分かりません。何の話をしてるのか、さっぱり」

 

「川瀬君が分からないのも無理がないと思うわ、だって貴方の苦手分野だものね」

 

 ……どういうことだ???

 わからない、ここまで多くのヒントを出されて尚、俺には理解できない。

 ……俺が苦手? なんのことだ? 何の話をしているんだ?

 というか、普通に格好いい。

 他の人が疑問符を浮かべてる中で、御剣先輩だけ落ち着いてるのが微妙になんかムカついた。

 

「あんまり勿体ぶって言うつもりはないから言うけど、戦闘禁止エリアにある【食材】の話ね。その中でもとりわけ、【小麦粉】がやたら多いのよ。しかも、3日で13人分を優に越える量がね。昨日、川瀬君に食べ者で遊ぶなって怒った私が言うのも非常に抵抗があるけれど、水で緩くなった小麦粉を床に敷き詰めれば移動式の警備システムを封じ込める事ができるんじゃないかしら?」

 

「あ! 確かにあった!」

 

「……まさか、そんな……そんな方法で……」

 

 最後に自信満々に言い切った桜姫先輩に対して、声を挙げるかりん……そして、郷田が呆然とした顔で声を絞り出した。

 一方で俺自身だが、衝撃で何も言えないでいる。

 確かにこの方法なら俺の言った条件をクリアする形で、俺の目的を達成する事ができるだろう。

 俺の案は水没とすると、桜姫先輩の案は沼地の作成とでも言うべきか。

 バリケードは破壊されても、足場の破壊というのは難しいものなのだ。

 

 

「なんてね。あーあ、川瀬君に影響されて私も悪い子になっちゃったみたい」

 

「うーん、床に小麦粉を撒いてドロドロの水浸しにするなんて酷い悪ですね」

 

「6階を水没させようとした川瀬君には負けちゃうかなー?」

 

 

 作戦決行前に笑い合う。

 こうして警備システム稼働前の最後の作戦の準備に取りかかかった。

 人事は尽くし……あとは決戦のみだ。




次回、ゲーム最終話予定です。


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第三十一話 死者の上に生きている

プレイヤー:カード:オッズ:解除条件
御剣総一 :A:CLOSED:Qの殺害
葉月克己 :2:DEAD:ジョーカーの破壊
川瀬進矢 :3:CLOSED:3人の殺害
長沢勇治 :4:CLOSED:首輪を3つ収集する
郷田真弓 :5:CLOSED:24ヶ所のチェックポイントの通過
高山浩太 :6:DEAD:ジョーカーの偽装機能を5回以上使用
漆山権造 :7:DEAD:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳 :8:DEAD:PDAを5個破壊する
桜姫優希 :9:CLOSED:自分以外の生存者数が1名以下
手塚義光 :10:DEAD:2日と23時以前に首輪が5個作動している。
綺堂渚  :J:DEAD:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実 :Q:DEAD :2日と23時間の生存
北条かりん :K:CLOSED:PDAを5個以上収集


 

 

 

――――――――――

海は危険だ。凄まじい嵐も吹き荒れる。だが、そうした困難があるからといって船出を思いとどまったことはない。

フェルディナンド・マゼラン (ポルトガルの航海者、探検家)

――――――――――

 

 

 

 

「デスゲームというのは生き残る為には何でもしないといけないし、手段を選んでられないわけだ。そして、今俺は最高に悪い事をしている気がする!」

「その何でもの中に、小麦粉と水を床にばらまく事が入ってるとは予想してなかったし、確かに悪い事だけどこれじゃない感が凄いよ! でも、アリだね進矢お兄ちゃん!」

 

 戦闘禁止エリアの中を見ると出るわ出るわ、25kg入りの業務用小麦粉の袋が幾つも……確かにこんなものがあったら疑問に思うかスルーする。『粉塵爆発用かっ!?』とネタで言ったら、『いや、粉塵爆発は意図的に起こせないよ』と冷静な突っ込みを勇治から受けてしまった……哀しいな。まぁ、簡単に起きたら小麦粉が超危険物質になってしまうけども。

 急ぎで6階の別の戦闘禁止エリアと、首輪が解除された組で5階の戦闘禁止エリアの一室から小麦粉の袋を確保する。とはいえ、許された時間は6時間しかなく……根こそぎとはいかない。

 十分な量とは思うが、正直幾つあっても足りないという本音はあるし、地面を伝わずに殺しに来る手段がないとも限らない。

 それでも敢えて言おう。

 

 「ドロドロで足を取られる小麦粉の山に沈むが良い……!」 

 

 爆破しても一向に構わない、何故なら障害物を破壊するのに爆破は便利だが、足場を取られているような状況で爆破は微妙だからだ。

 キャタピラ型なら、それでも抜けてくるかもしれないがスピードは遅いので落ち着いてライフル等大口径の弾で対処したいところだ。

 タワーディフェンスとしての体裁は整ってきたな……。

 実際問題どれくらいの自動攻撃機械が襲ってくるのだろうか。

 中央制御室に行った時はこっちが攻める側だったから、守る側なら同数でも楽勝。

 渚さんに一斉に襲ってきたレベルの数なら1時間対処可能だろうが、向こうにも準備する時間というものが会ったためそれだけではないだろう。

 

 可能な限り勝機は積み上げた。

 文字通り人事は尽くしたと言える。

 後は天命を待つだけ……なのだが、不安は尽きない。

 安全に絶対は無いのだ、当たり前の話だが。

 

 という事で、不安を紛らわす為に某エナジードリンクを2缶目キメておいた。

 普段は過剰摂取なんて絶対しないからね、良い子は真似しないでね。

 

 

 

 

 

 

「いざ、時間が近づいてくると結構緊張してくるわね……」

「そうだな……でも大丈夫だよ、ここまで頑張ったんだからな」

 

 まだやりたい部分は数多いが、既に進入禁止エリアになるまでの時間はほぼ残されていない。

 時間も残り少ないので、最終防衛ラインの奥の部屋に全員集合している。

 首輪がついている桜姫先輩と御剣先輩は流石に不安なのか、手を繋いで慰め合っている。

 無理な話とはいえ、完全に不安を払拭させる事ができなくてすまないな……という気持ちになる。

 とはいえ、決めたのは死ぬ覚悟ではなくて最後まで生き抜く覚悟だ。

 だから心を鬼にして頑張らせて貰おうじゃないか。

 

「申し訳ないですが、最後に作戦会議です。警備システムが襲いかかってくるのは3方向まで絞りました。その内、固定式の警備システムを排除した進入路が一箇所だけなので、桜姫先輩と御剣先輩と郷田さんにお願いします。もう1つが、勇治とかりん。最後の1つは俺が担当する。全体指揮は桜姫先輩で、PDAはJOKERと混線する事が判明しているので、1時間はバッテリーも持つので常時通話可能状態にしておきます」

「やっぱり、進矢の負担大きいんじゃないがな……? 大丈夫なの?」

「そうは言うがなかりん。これが多分ベストな配分なんだ……あとこういうのは、発案者が危険を受け持たないと誰もついてこないって大原則がある」

「今更それを気にする人が居るとは思わないけど……首輪問題がなかったら、二人一組で守れるのにね」

「まぁ、なんとかしますよ。色々と考えはありますしね……既に仕込みもありますし」

「みんなビビりすぎなんだよ! ここまで準備したんだから楽勝だって!」

 

 ここでつきまとってくるのは、やはり首輪問題だった。

 首輪をしている人間はどうしても、行動可能範囲が狭くなってしまう。設置型の警備システムの破壊できた箇所は少ないからだ。

 ちなみに、郷田に渚さんがやったような、「強引な警備システムの回避・破壊できる?」って聞いたら、「若い子と一緒にしないで」という回答を頂いた。まぁ、可能だったとしてもあんなリスクのある行動は流石にお願いできないけども。

 

「俺は長沢に賛成かな、不安は勿論あると思う。だけど、ここまで一緒に頑張ってきた仲間を信じる事にする」

「もう……総一は楽観的過ぎよ」

「良いんじゃないですか? 気にしすぎても仕方無い時だってありますよ。一人だと、ここまで来れなかった訳ですし、俺も賛成です」

「アタシも、此処まできたら皆で生き残るしかないと思うよ……でも、進矢! 危なくなったら、ちゃんと言ってよね! 助けに行くから!」

「……ハハハッ、そりゃ勿論。最終防衛ラインまでくれば、他が守り切れても俺から突破されたら洒落にならない」

「そういう意味じゃなくて、進矢が心配だって言ってるの!」

「分かってるよ、大丈夫大丈夫」

 

 不安も大きいが、なんとか皆で慰め合う。

 かりんの力強い声を聞いて、ここまで頑張ってきて良かったと思う。

 せめて1時間一緒に居てやれればとも思うが……人物配分的に仕方無い。

 かりんを任せようと勇治の方を見ると、勇治は悪戯っぽく俺に笑いかけた。

 

「なんなら、俺が一人でもいいけど?」

「勘弁してくれ、かりん……勇治の事を頼む」

「危なっかしいのは二人共だからね……分かったけど、進矢も絶対に無茶しちゃ駄目だよ?」

「まぁそうだな、このゲームが終わったら彼女を不安にさせない強い男になれるように努力する」

「そうだけど、そうじゃなくて……」

 

 流石に無茶をしないという約束はできないので、若干誤魔化す形になってしまった。

 それが分かっているのかいないのか、かりんはあからさまに不機嫌そうな顔になってしまう。

 申し訳ないが、それはそれで可愛い。

 何て言えば良いか考えていると、しょうがないなと言いたげな表情で勇治が言った。

 

「まぁ、話す事は話したし? 邪魔者は退散するか、僕は先に準備しとくからかりんは後で来て良いぜ」

「え?」

「それもそうね、総一……行くわよ」

「あ、ああ」 

「この状況が分かってるのか分からないのか……全く」

 

 そして、勇治の言葉を発端にどんどんと人が消えていく。

 数十秒もしない内に部屋には俺とかりんだけが残された。

 それじゃ俺も……と逃げ出したいと一瞬思ったが、万が一これが今生の別れということもあり得る。

 勿論、死ぬ気はないのだが、心持ちと現実は異なるからだ。

 ここで二人っきりにしてくるとか、やっぱり皆の心は邪だな……という恨み言は吐きたくなるが。

 

 かりんの方もこの急展開に困惑しているようで、何を話せば良いか分からないようだ。

 『弱音を吐いて欲しい、愚痴を言って欲しい、恨み言を言って欲しい……我儘を言って欲しい』……か。

 一昨日、他ならぬかりんが涙ながらに俺に訴えていた事を思い出す。

 そして、俺は知っている……かりんの小さな身体に秘める心強さと正義感を。

 格好付けて元気づけるのが正しいのかもしれないけど……俺って本当に不甲斐ないかもしれないな。

 

 

「本当の事を言えばだな……俺は怖いよ。俺が死んで、かりんを哀しませるのも怖いし……かりんが死んだら、どう生きていけば良いか分からなくなると思う」

「進矢……」

 

 悲痛な顔をしたかりんが、俺の手を握ってくるのでそれを握り返す。

 結局の所、かりん相手に強がって見せたところで、どうせ彼女は俺の本心を見抜いてくる。

 だから、本当に申し訳な――というより、情けないが……甘えさせて貰う事とする。

 時間は少ないから、手短にという事になるが。

 

「アタシだって、そうだよ……進矢が居なくなったら、どうすれば良いか分からないもん……絶対に居なくならないで……」

「分かってる、分かってるよかりん」

 

 だが、かりんからの反応もまた恐怖と怯えだった。

 考えてみれば当たり前だ。かりんはまだ中学三年生で、今まで気丈に振る舞ってきてもただの少女に過ぎないのだ。

 そして、俺は彼女の前で何度も死にかけてる……それがトラウマになってても不思議ではない。

 それでも、彼女と別れなくてはならなくて――せめて前を向いて欲しかった。

 あと別れる時はかりんの笑顔が見たかった。

 

「だからかりん、取引をしよう」

「……取引って?」

「俺の勇気をかりんに渡す、だからかりんの勇気を俺にくれ」 

「勇気って……うん、分かった」

 

 昨日似たようなシチュエーションがあったからか、それだけで理解し合う。

 約束できる事は何も無く、ただ彼女に対する大切だという想いを乗せて、かりんにゆっくり近づいて行く。

 そして、撫でるように唇を合わせる。

 かりんは緊張からか目を閉じているが、俺を受け入れ為すがままだ。

 柔らかくて短い髪をゆっくりと撫で、その身体を抱きしめた。

 そうすることで、かりんの温もりの大切さと小さい身体で如何に大きな物を背負ってきたかが分かる。

 だから……守りたい、と自然とそう思う。

 

 長い間そうしていたような気もするし思ったより短い期間だったかもしれない。

 名残惜しいがかりんの身体を離した。

 今のかりんの恥ずかしげな表情を一生忘れないように刻み込む。

 

「……約束する。かりんが嫌って言うまで、俺はかりんの傍にいる。ずっと一緒にいるから」

「うん……アタシも約束する。何があっても、ずっと進矢の隣にいる、進矢を支える」

 

 お互いに覚悟を決めたのか、自然と言葉が出てくる。

 死んだとしても、生きていたとしても、どちらでも通じる約束をする。

 結局のところ、こんな事しか言えないのが情けなかった。

 

「かりん、そっちは任せるから」

「うん、進矢こそ……アタシが居なくても泣かないでね」

「ブッ、なんだそれ」

 

 割と洒落にならない事を、かりんを赤らめた顔で笑いかけて言った。

 それでも、元気が戻ってくれたようで良かった。

 俺もかりんから貰った勇気があって、1時間戦えそうだ。

 哀しい事に、もう日常も含めてかりんが居ないと駄目になってしまったようだ。

 ……これ以上は未練だな。

 

「じゃあ俺は行くけど、かりん……好きだよ」

「……ッ。もう、アタシも……好き、だから……」

 

 まだ、ちょっと動揺を隠せないかりんは可愛かった。

 これ以上不安を抱えても仕方無いし、かりんだって強い女性だ。

 だからもう大丈夫な筈だ。

 そう信じて振り返って進もうとしたところで、かりんが口を開いた。

 

「進矢……返ったら、またしようね!」

 

 ……完全に調子戻ったようだな!?

 かりんの赤みが差した満面の笑みを見てそう思う。

 おい、全く……安堵したような呆れたような。

 勿論、そういうところも好きだから末期って言えるんだけども。

 

「勉強頑張ったらな」

「進矢のケチ~!」

 

 かりんの不満そうな声を聞きながら、決戦の場所に移った。

 ……やれやれ、結局締まらなかったな。

 それで丁度良いのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

『貴方のいる場所は進入禁止エリアです。退去しない限り15秒後にペナルティが執行されます』

 

 そしてついに運命の時刻が始まる。 

 今手元にあるのは『Q』と『2』のPDAだ。

 何故、『2』を持っているかは後に回すとして、『Q』のPDAの通話機能をON状態にしている為、向こうの首輪の警告音が聞こえているという訳である。

 

 ……やれやれ、結局最後まで姫萩先輩の力には頼らないといけないわけだ。

 頼むぞ全く。

 15カウント……ペナルティ執行開始か。

 

「こちら川瀬、異常無し」

『こちら桜姫、異常無いわ』

『こちら長沢、異常無し』

 

 最初の確認は、固定型の警備装置が発動するかどうかと自分達の立っている場所周辺に移動式の警備装置が出てくる入口がないかどうかだ。安全地帯は作っているし、今の俺に首輪はないが固定型の警備装置が襲ってこないとも限らないのが1つ。移動式の警備装置が出てくる隠し入口があっても問題ないように、コンクリート壁下部を念入りに機関砲で抉っておいたが、完全に安心しきれなかったのが1つ。

 だが、直接バリケードが横から破壊されるという事態にはならなかった第一関門はまず突破だ。

 

 本命と戦えずして終わりとなると流石に哀しいからな。

 さて、次だ……俺の受け持つ通路の第一防衛ラインの先には曲がり角がある。その角に、風呂場にあったマジックミラーを設置しているので、曲がり角の先もよく見える。ここを俺がワンマンで担当できているのは、敵が来る方向が一方向だけだからというのも勿論ある。勇治・かりんはT字路担当、桜姫先輩・御剣先輩・郷田は十字路担当と……人数による優劣はそこまでないと思う。

 集音器を耳につけているが、音が聞こえてきたのでそろそろはずそう……まずは小手調べ、最初に見た漆山権造を殺したあの追跡ボールが十数は見えてくる。中央制御室に行った時と同じか、最初はスライムで最後に魔王という流れ……やっぱりチュートリアルだったな。

 

「追跡ボール確認、挨拶代わりだ!」

 

 携帯式のグレネードランチャーを発射し、L字路の角の向こう側に榴弾を飛ばす。

 小麦粉の山兼沼はL字路のこちら側にあるのだが、わざわざそこまで来させてやる道理は無い。

 絶対の防御ではないのだから、できるだけ時間を稼がせて貰う。

 念の為伏せて、爆発音を聞き届ける。

 

『こっちも挨拶代わりだ!』

『絶対違う。こっちも交戦に入るわ』

 

 そして次々に通話機能越しに連絡がはいる。

 後方から爆発音や銃撃音が聞こえてきた。

 とはいえ、気にしてもいられないので、状況確認……マジックミラーが割れてて見えない……。

 なので、次の手を打たせて貰うか。

 

「自動攻撃機械君発進……さぁ、良い子だから頑張ってくれよ?」

 

 俺は一人ぼっちの防衛戦だが、小麦粉の山の向こう側にはPDAの拡張機能で操作可能な自動攻撃機械が居た。勿論、この戦いにおいて自動攻撃機械の出番は殆ど無い……何故なら火力が低すぎるし命中精度も悪いからだ。

遠隔操作可能な起爆装置はガムテープでくっつけているので自爆はできるがそれはおいておく。

 本戦いにおける自動攻撃機械の一番の出番はこれからだった。

 

(よし、十全に見えるな……敵は全滅するも、再度追跡ボールの襲来……別の射撃型も混じってきてるな)

 

 ちょっとずつ難易度が上がってきている事を確認しながら、PDAを通じて自動攻撃機械君の視界を確認する。要は観測手の役割だ。人が見えないところは機械に視界を確保してもらい、俺自身は適切なタイミングで攻撃する。最初の数分はこれで稼ぐ。……そして、限界を迎えたところで自動攻撃機械君には自爆してもらう……すまんな。

 

「勇治、弾は無駄にせず……ガンガン撃て!」

『矛盾したオーダーだな!? 分かってるって!』

『敵の攻勢も本格的になってきたわね、暫く通信できないかも!』

 

 どこも厳しいようだ。

 俺も厳しいとは思う。

 だけど、俺達はやはり絶対に死ぬわけにはいかないし、その為に戦い抜いてみせる!

 

 

10分経過……グレネードランチャーと自動攻撃機械の足止めでは止められない量の警備装置が襲いかかってくる。

       自動攻撃機械君は立派に自爆した。

 

20分経過……設置型の重機関銃で、小麦粉沼に足止めされている警備システムを破壊する作業だけなら良かったのだが、徐々に空中から爆弾なりを搭載したラジコンヘリが襲来し撃ち落とす作業が追加された。

 

30分経過……空中の敵が飽和してきて、こちらも重機関銃が弾切れ。

       サブマシンガンで応戦するも、小麦粉沼が突破されはじめる。第一防衛ラインを敵の警備システムごと爆破し、第二防衛ラインまで下がる。

 

40分経過……通路の半分は埋め尽くすであろう、小型戦車が現れる。

       マジか、中ボス戦かよぉ!?

       と突っ込みながらライフル弾や手榴弾を撃ち込むも全然効かない、そして第二防衛ラインに機関砲はない。

       軽機関銃しかない、頼みの綱の小麦粉山も軽々と乗り越えてくる……チートだ。

       やむを得ず、郷田お手製のダイナマイトを使用して、小型戦車の破壊に至る。

       だが、第二防衛ラインもダイナマイトで半壊状態なので実質相打ちである。

 

50分経過……このペースならギリギリなんとかと思ったが……

 

『こちら、川瀬……第三防衛ラインまで交代!……くっ、なんだこれは!? 煙幕か?』

『ちがうわ! 催涙ガスよ! 本気で殺す気みたいね!』

 

 機関砲で警備システムを少しずつ抉っている最中に、通路の向こう側からゆっくりと視界が遮られているのを目撃して叫んだ俺は、郷田からの余裕の無さそうな声を聞く。

 参ったな、ガスマスクはあるといえばあるが、視界を遮られている状態では警備システムの攻撃は止められない。

 考えている間にも真綿で首を絞めるかのような速度でガスがゆっくりと近づいてくる。

 

『皆、最終プランよ! 川瀬君、長沢君、北条さんは持ち場を放棄して、こっちに来て!』

『『『了解!』』』

 

 そして桜姫先輩の一声で、思考を切り替え持ち場を離れる。

 最終局面に入ろうとしていた。

 

 ……さて、最終プランの説明をしよう。

 といっても難しい話でもない、最終防衛線を守り切れなくなるというのは俺も想定の範囲内だった。 

 だから、逃げ場が必要というだけの話だ。

 そして、その逃げ場というのが同じ6階では駄目だったというだけの話……このゲームでは既に何度も行った事ではあるが、つまり床への開閉ドアを使用して5階に降りてしまえば良い。今回は毒ガスだったが、例えば炎上した場合は酸欠や一酸化炭素中毒を考慮して大きく場を離れて仕切り直しする必要があるからだ。

 

 そして、その床への開閉ドアが丁度、御剣先輩・桜姫先輩・郷田が防衛しているラインの場所にあるのだ。

 集まったら、お互いにボロボロで硝煙の匂いを漂わせていたのは苦笑するしかないが、それでも軽傷程度で良かった。

 挨拶している余裕もなく、簡単に5階の安全確認を済ませて、布団をまず5階に落としてから俺とかりんで飛び降りた。

 

「川瀬、異常なし」

「北条、異常ないよ」

 

 背中合わせになり、かりんの体温を背中で感じつつ銃を構えるが5階はまだ何も無い。

 これから襲いかかってくるんだろうが、あと8分ほど……なんとか生き延び無ければならない。

 

『こっちは3方から焼夷弾が放たれたみたいね……もうちょっと粘るから準備しておいて、先に長沢君に武器を落としてもらうから』

「了解」

 

 ガスマスクをつけているからか、微妙にくぐもった桜姫先輩の声が聞こえる。

 クライマックスはここからか!

 そこから数秒で、サブマシンガン等と手で持てる銃器が落ちてきて、そして勇治が飛び降りてくる。

 落ちてきた武器の内、手榴弾を取り出して……少しずつ動いてきた追跡ボールを吹き飛ばしておいた。

 

「本当……キリがないよね」

「正直言えば、どれだけの金が飛んだか考えたくもない」

「楽勝なゲームより、これくらいのが丁度良いって……ケホッ! ケホッ!」

 

 俺達より長く6階に留まってガスマスクをしていなかった勇治は咳き込む……ガスマスクをする時間を惜しむ状況でもあったが、無茶しやがって……。

 とはいえ、ゴールは既に見えている……ここまできて負けるなんてあってはならないのだ。

 

『20秒後に降りるわ! 3人共……準備お願い!』

「了解!」

 

 もう一回手榴弾を用いて、3人が駆け抜ける方向の進入路にいる追跡ボールを排除する。

 勇治の方はサブマシンガンを構えて、かりんは俺の背後の敵をサブマシンガンで迎撃していた。

 付け焼き刃とはいえ、二人共なかなかサマになっている……今の状況じゃなければ見とれるくらいだが、俺もショットガンを構える。

 

『じゃあ、いくわよ!』

「はい! 俺が右、勇治が左、かりんは後ろで頼む!」

「おっけー!」

「わかった!」

 

 そして、桜姫先輩、御剣先輩、郷田の3人が飛び降りてくるとほぼ同時に壁が開き銃器が飛び出してくる。

 ……ッ! スマートガン攻撃システム! 4機の銃による同時攻撃かッ!

 銃声が響く。

 俺のショットガンは無事にスマートガンを一機破壊する。

 勇治とかりんのサブマシンガンもそれぞれ一機ずつ破壊する……が、まだ足りない。

 そしてもう間に合わない。

 

 更に銃声が響き渡る。

 

「全く、これだから素人は嫌なのよ。詰めが甘い……さ、行くわよ」

 

 最後の1機を郷田は大型の拳銃による早撃ちで破壊し、そのままガスマスクを外しライフル銃を拾い駆け抜けていく。

 それにならい、御剣先輩と桜姫先輩もガスマスクを外して銃器を拾い……郷田に続いた。

 

 役割分担は簡単だ。

 首輪を解除してない3人で走って道を切り開きながら、撃ち漏らしの処理やサポートは首輪解除済みの3人で行う。

 そして、ゴールはそう遠くない。

 昨日、身を以て固定式の警備システムを全て破壊した綺堂渚が亡くなった場所だ。

 

 結局の所、俺は……俺達は最後まで誰かに頼りっぱなしだったのかもしれない。

 もしも出会い方が違えば……彼女ともわかり合う事はできたんだろうか?

 IFの事を考えても仕方ないが、どうしてもそう考えてしまう。

 

 1つだけ言える事は、結局最後の最後まで渚さんのお世話になりっぱなしだったということだ。

 ……彼女の命が礎となり、俺達に勝利をもたらしたのだ。

 

 このシナリオを考えた主催者の上の連中は趣味が悪いと思う。

 まさに彼女の死が最後の最後で俺達の運命を分けたのだ。

 

 

 

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

 

『ゲームの終了時刻となりました』

 

『只今をもちまして、全日程を終了させていただきます。参加者の皆様は、大変お疲れ様でした』

 

『今回のゲームの勝者を発表いたします』

 

 

『ナンバーA 御剣総一』

 

『ナンバー3 川瀬進矢』

 

『ナンバー4 長沢勇治』

 

『ナンバー5 郷田真弓』

 

『ナンバー9 桜姫優希』

 

『ナンバーK 北条かりん』

 

 

『以上、6名の方となります』

 

『壮絶な死闘を戦い抜いた勇敢なるプレイヤーたちに盛大な拍手を』

 

『この3日間の経験が、プレイヤーの皆様の人生の糧になりますことを切にお祈り申し上げます』

 

『それでは皆様、またのご来場を心よりお待ちしております』



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エピローグ 桜を想う

――――――――――――

今年の自分と去年の自分は別人。それは愛する人も同じ。変わりゆく相手を、自分も変わりながら愛し続けられたら、幸運である。

サマセット・モーム (英国の小説家、劇作家)

――――――――――――

 

 

 

 春の始まりというのは、学年が変わったり卒業式だったり入学式だったりと変化を伴うものだ。

 新しい出会いを求めたり、新しい環境に期待したり……まぁ俺も普通の男子高校生レベルではそういうものにワクワクしていた時もあり、何度も裏切られ結局何も変わらないじゃないか! となったり。

 内心鬱憤が溜まっていた事もあったが、今年の春は初めて普段とは異なる感想を抱く事になる。

 すなわち、俺は変化を望んでいないし……むしろ恐れている。

 

 例えば、最近色気づいた彼女が高校デビューで男子にモテモテになり、何度も告白されるとか……

 これが持たざる者から持つ者になった代償だというのか……等と黄昏れてみる。まだ朝だけど。

 

 電車に乗って、桜が散る景色を眺めながら半年以上前の事を回想する。

 

 

 

 あの忌々しい殺人ゲームが終わった時、PDAから音声がしたと思ったら俺達は意識を失った。

 そして、目が覚めたら病院で治療中だったというわけだ。

 軽傷、重傷の差はあれど……少なくとも俺達は全員ボロボロの身体で生きて帰る事ができた。

 お互いに生還を喜び合ったが大変なのはその後だった。

 

 まず、その病院というのがかりんの妹の北条かれんの病院だった事。

 心の準備ができてないのに、急に見舞いに来たかれんちゃんに突然の挨拶をする羽目になったのだ。

 あの時のかりんはバグってたし、俺もバグっていたような気がする。

 その狼狽っぷりは今でもネタにされる程である。

 

 次に大変だったのは俺達が大金を得て病院送りにされた事のカバーストーリーについてである。

 旅先で出会った俺が、偶然海外のカジノに最後の望みを抱いていたかりんと出会い境遇に同情した結果、実はかねてからの俺の友人(だった事になっていた)御剣先輩と桜姫先輩と共に海外に飛び、カジノで不良少年の勇治と出会い協力して大金を手に入れた事になっていた。

 その後、大勝ちした代償としてカジノか他の客に目を付けられて襲撃された……という筋書きである。

 

 いいのか? そんな雑なカバーストーリーで本当に良いのか!?

 と色々と突っ込み所満載だったが、現地での知らない写真はあるし、渡航記録は残されてるし、何なら飛行機の搭乗券すら持っていた。あと、いつの間にかパスポートまで取っていた事になっていた……外務省終わってるな。

 しかも、よりによってこんな時だけ行動が早いウチの家族(父親を除く)が病院に見舞いで来襲し、根堀葉掘事情を聞かされそうになって凄く大変だった……主にかりんとの馴れ初めとか。

 

 ……結局の所、色々となんとか2人で頑張って捏造した話を聞いた俺の家族の反応は大体以下の通りだった。

 母『二人共、ウチの子にするー!』

 兄『進矢と喧嘩したら言ってくれ、そっち側につくから』

 弟『兄が変な事したら言ってください、制裁するので』

 

 ……三人共、何か他に俺に対して言う事ない???

 むしろ、俺に味方が誰もいない???

 最終的に俺の味方は遅れてやってきた親父だけだった……それはそれで複雑である。

 逆にかりんの妹のかれんちゃんとは普通に仲が良くなり、趣味の話だけならかりん以上に合った。

 調子に乗って『お義兄さん』って呼んで良いんだよ? って言ったら、かりんに睨まれてしまった……まだ早すぎたか。

 

 結果として、俺とかりんは家族公認の仲になり外堀が速攻で埋まった。

 別に良いんだけど、家庭内の居心地が若干気恥ずかしくなった。

 御剣先輩がやってたような惚気の先制攻撃とかできれば、俺もそこまで恥ずかしい思いをしなくて済むかもしれないが、ちょっとレベルが高すぎた。

 

 その後、かれんちゃんの病気に関してだが、不自然なまでに道筋が整えられていた事。

 それとウチの家族と仲間総出で協力したため、夏休み中には手術も終わり……かつての不調が嘘のように回復傾向に向かっていった。

 どこかでしっぺ返しが来るんじゃないかと正直ビクビクしてた幸福恐怖症の俺だったが、特にそんなものはなかった。

 毎週末、かりんと会って受験勉強の進捗管理とかれんちゃんの復学の手伝いをしながら、ゆっくりとこの日常に慣れ……受け入れていった。

 

 時は巡り、あの殺し合いが実は夢だったんじゃないかと思う事がある。

 現金……という冗談はおいといて、胸の痛みがそんな事はないと教えてくれるけども。

 

 

 

 

 さて、回想に耽る間に電車は目的地につき、降りて改札口を出る。

 散る桜は美しいし、思えば俺はずっとそれを求めていた。

 だが、本当は多分違う……桜というのは一年の内に精々一月程度開花し、多くの時期は葉桜だったり蕾の時期だったりする。

 人生が色彩豊かになった今の俺にとっては、葉桜も蕾も美しいものだ。

 満開の桜だけを探し求める必要はなくなった。

 喩えとして、これが適切なのか分からないけども。

 

 ついでに言えば、今日は満開を楽しむ日である。

 

 なんて考えていると、桜の名を冠する苗字を持つ仲間が丁度真横にいるのが見えた。

 

「あ、桜姫先輩。お久しぶりです。っと、御剣先輩も……大学受験の合格おめでとうございます」

「あら、同着みたいね。ありがとう、次は川瀬君の番ね」

「進矢も早いな……集合時間30分前だぞ?」

「総一がいつも遅いから早めに来ないと安心できないの! 大学生になるんだから――」

 

 2人のやりとりを見て、相変わらず何時ものような感じで安心した。

 いざという時にしか頼りにならないのだと、ゲーム後に桜姫先輩が愚痴っていたのを思い出す。

 ただ、桜姫先輩の愚痴の半分以上は惚気である。

 真面目な人は恋愛に嵌まってしまえば泥沼という言葉は、桜姫先輩には十分以上に適用されているようだ。

 桜姫先輩には冗談交じりで、そういう忠告をされた事がある。

 気をつけよう、もう手遅れ?

 

 直接会うのは、かれんちゃんの手術以来で二人の痴話げんかすら懐かしい。

 持ってきた小包を取り出し、桜姫先輩に差し出す。

 

「あ、お二人とも……こちらは少し早いですが桜姫先輩の誕生日プレゼント兼やや遅いですがホワイトデーの義理クッキーです。園内は飲食物持ち込み禁止なので、此処でお二人で食べるかロッカーにでも入れておきましょうか」

「あら、ありがとう。クッキーを焼くなんて、ちょっと印象と違うわね」

「はい……初心者なので味に関しては大目に見てください」

「おう、助かる。朝食べる暇が無かったからな」

「まったく、総一が自分で起きれないのがいけないんでしょ?」

「……分かってる、分かってるんだが」

 

 二人で言い合いながら、クッキーを食べ始めた。

 俺は空気よんで、そっと離れた。

 これはアレだ……御剣先輩に憎々しさを感じなくもないが、なんとなく理由は分かった。

 俺を含め男子高校生の99%は同意するのではなかろうか?

 すなわち、幼馴染の彼女に起こして貰いたいのである!

 そこから抜け出せなくなっているのである! やっぱり、桜姫先輩はダメンズウォーカーじゃないか!

 ……一生起こして貰えば良いんじゃないかな。

 

 周囲を見渡すと、以前より背が伸びた少年の姿を発見する。

 思ったより早いな、まぁ電車の都合とかあるだろうけど。

 

「よう、勇治……直接は久しぶり、兄貴と昨日遅くまで遊んでたんだって? 遅れるんじゃないかと心配したぞ」

「進矢兄ちゃんー! 寝坊なんてしないって、夜更かしなんて何時ものことだし」

「相変わらずだな、ちゃんと寝ろ……身長的な意味で」

「それは言わないお約束だろー!」

 

 俺達に気付いた勇治はこっちに走ってきて、冗談を言い合う。

 勇治はやはりというべきか、俺の兄貴と意気投合して最近は動画作成やらネットゲームやら色々遊ぶ仲になっているらしい。ぶっちゃけて言えば、兄貴に勇治取られた。

 そんな勇治も将来やりたい事ができたらしく、以前より精力的に勉強しており成績が伸びたと自慢を聞いたりもした。

 北条家に二人で遊びに行って、たまに四人一緒にゲームする事もありかれんちゃんとの仲もそこそこ良好である。

 

「お、御剣のお兄ちゃんと桜姫のお姉ちゃんは相変わらずか……良いなぁ。ちょっとちょっかいかけてくる!」

「ほどほどになー」

 

 そんな勇治だが、最近ようやく男女の仲というのに興味を持ったらしく俺に色々と相談を持ちかけてくるようになった。

 具体的に誰というのは無さそうだが、何かあったら相談に乗ろう。

 尤も、俺も御剣先輩もその辺のアドバイスは全然駄目駄目だろうが。

 

 受験生だった桜姫先輩と御剣先輩はかれんちゃんの手術以降ほとんど会えていなかったので、それまでどういう進展があったかで話が弾む。

 勇治の自分の事を良く見せようとする癖は相変わらずだったが、実際の努力の質に関しては大きく成長が見られていると思う。

 

「そういえば、かりんとかれんの奴遅くね? そろそろ時間だぜ? まだ退院してから2ヶ月だよな……体調大丈夫か?」

「そうね……元気になったとは聞いてるけど」

「いや、連絡が来てないから……多分、問題ないと思う……遅刻してる理由は――察してる。そろそろだな」

 

 受験勉強もあり一月くらい会ってなかった……恋人の事を思い浮かべる。

 勿論、ほぼ毎日電話のやりとりはあるし、応援の為にバレンタインデーにチョコレートを贈ったり、ホワイトデー前に合格祈願を兼ねたクッキーを贈ったりしているので別に寂しいというわけではないのだが。

 お返しは来年、俺の受験の時にお願いするということで。

 

 そんなかりんだが、受験が本格化する前に行ったデートでは時間ギリギリになることが割と多かった。

 何故ならば――

 

「もう手遅れでしょう、お姉ちゃん! 駄目でももう直してる暇なんてないから!」

「ちょ、ちょっとかれん、って事はどこかおかしいの!?」

 

 丁度、姉妹の声が聞こえてきた。

 ゲーム中でも、やたらはりきって頑張りすぎてしまう少女であるかりんである。

 元々興味はあったのかもしれないが、こういうイベント事……クリスマスのデートとかでは服装・化粧・髪型とやたらと張り切るのだ。……そして、緊張してしまうのか、ギリギリになって不安になっていつも化粧室で調整して時間ギリギリにやってくる。

 俺もあれからファッションにはそこそこ気を遣うようになったが、流石にかりんには敵わない。

 

 少し待ってると視界に入ってきたかりんは、出会った当初と比べて随分と髪も伸びて、化粧も相まって綺麗になったと思う。水色と白の寒色系のファッションは、満開の桜の中で輝いて見えた。今までも十分可愛かったが、本人としては美人系を目指しているらしい。

 そこまで頑張らなくて良いと思う一方で、毎回変わったかりんに会う事を楽しみにしている自分が居るのも事実だった。

 

「進矢義兄さんと勇治さんおはようございます! 桜姫さんと御剣さんはお久しぶりです! あの時はお世話になりました!」

「ちょ、ちょっとかれん! まだお義兄さんじゃないよ!?」

「……衆目環境で言われるのは凄く恥ずかしいな。久しぶり」

 

 桜姫先輩や御剣先輩、勇治からの微笑ましい目線を感じながら、久しぶりの挨拶を交わす。

 かれんちゃん先輩二人に囲まれて色々積もる話をしているようだ。

 

 そして、俺とかりんと言えば……かれんちゃんの不意打ち先制攻撃により顔を赤くしてぎこちなくなっていた。

 ちょっと訂正、デートとかになるとまだこんなものだ。家デートという名の試験勉強する時は普通なのだが。

 

「かりん、合格おめでとう……よく頑張ったな」

「そんなの、進矢が色々教えてくれたから……」

「違う違う、合格はかりん本人の努力の成果だよ」

 

 まず、服装とか褒めた方が良いのかなーとか思いつつも、かりんが可愛すぎて思考がやや硬直気味だ。

 話したい事は沢山あった筈なのだが、当たり障りのない言葉しか出てこない。

 そのまま当たり障りの無い言葉を少し交わしたところで――

 

「あーもう、じれったいなぁ!」

「わ、わぁ!?」

「うおっ、と!」

 

 かれんちゃんがかりんを俺に突き飛ばしてきた。

 衝撃と共に、かりんをなんとか受け止める。 

 頻繁にからかってくるかれんちゃんにもの申すのは後に回すとして、かりんの質量とぬくもりを感じて、やはり自分にとってのかけがえのない人だと感じる。

 

「……び、びっくりした。進矢、大丈夫?」

「かりんが綺麗過ぎて、正直……大丈夫じゃない」

「な、何言ってるの進矢!?」

 

 顔を真っ赤に染めたかりんをみると、少し落ち着いてきた。

 ようやく、ちゃんと言えた……ハッキリと言うべきと御剣先輩に何度か言っているが、実行するのも中々難しい。

 周囲の一目を感じる一方で、今まで受験で、沢山の事を我慢させたのだから、少しはかりんを甘やかしてもバチは当たらないと思う。

 

「可愛くて綺麗で、他の男に取られないか不安になる……だから、そんなに頑張らなくて良いんだよ」

「そんな事無いって! でも、不安になるなら、ちゃんとアタシを捕まえててよね! し・ん・や!」

「はいはい」

「受験終わったから、沢山遊んで色々な所に行こうね!」

 

 そうして、かりんは顔を赤らめたまま屈託の無い満面の笑みを浮かべた。

 その後ろではかれんちゃんがしてやったりと笑っている。

 恥ずかしいが、他の皆も一様に笑顔だ。

 

 今日はかれんちゃんの快復祝い兼先輩達とかりんの合格祝いに遊園地に行く手筈となっている。

 桜が舞い散る駅前で、春の温かな風が俺達を迎え入れてくれた。

 

 

 

 勿論、俺達は知ってる。

 ゲームは人知れず、まだ続いている事を――

 生き残った俺達はやはり、ゲームの影響から逃れる事はできないのだ。

 だが、生き残った者の責務として諦観ではなく希望を見て未来に進んでいこう。

 

 これからもずっと、皆と……かりんと一緒に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時は半年ほど遡る

 ある秘密のゲームを中継しているとある豪華客船にて……

 

 スーツ姿をした男が、上品で豪華な服を着た観客に囲まれ朗々と語っていた。

 

「……さぁ! いかがでしたか? 皆さん、今回のゲームは! 6名生還、久しぶりの大規模な生還となりました!」

 

 ここは狂った殺人ゲームの観客席。

 最早、この世のあらゆる娯楽をむさぼり尽くした結果、行き着いた者達のみが座れる場所である。

 観客に語りかけているのはディーラーと呼ばれる男で、観客席側の進行を務めている責任者だ。

 

「今回の展開は王道的なゲームの運営を倒すだけではなく、まさかの運営側の人間とすら恐喝まがいの手法で手を組み……本ゲームのあらゆるギミックを駆使して、無事に最後の1時間の生還を達成しております。尚、正攻法で警備装置をくぐり抜けたのは今回が初めての記録となります。彼らの悪意を乗り越える愛と知恵と友情に運営として敬意を表します」

 

 ――尤も、鬱展開や人間の愛憎劇・裏切りを求めていた人間にとっては不満かもしれないが。

 とディーラーは内心苦笑する。

 だが、そのような悲劇的な結末はハッピーエンドもあるからこそ映えるのだ。

 真のバッドエンドは幸せな未来を掴み取れない事による落差から発生しうる。

 だから、今のこのゲームはこのようなギミックになっていた。

 

「そして、一部質問があったので全体にてお答えさせて頂きます。当ゲームの最後の1時間の仕掛は、ゲーム中の推理にありました通り『参加者から運営側を除いた11名のプレイヤーが全員協力すればクリアできる難易度』になっております。今回は6人でしたが、人数の少なさをまさか小麦粉で補うとは……最近の若い人間は恐ろしいですね」

 

 ちなみに、ディーラーとしては小麦粉作戦が出るまでは最後の1時間で首輪をしている人間は全滅すると睨んでいた。

 正直に言えば素直に感心している。

 ゲームマスターが知らない機能を含め、ここまでゲーム内のギミックが使い倒されるのは運営側冥利に尽きると言えた。

 

「一方で、今回のゲームによりちゃんと参加者同士協力し合えれば全員生還も夢ではない事が分かりました。今まで犠牲になったプレイヤー、これから犠牲になるプレイヤーは愚かなものですね! ちゃんと考えて協力すれば、全員生き残れるしお金まで配って貰えるというのに……それができない。人間というのは儚く哀しい生き物です」

 

 まぁ、それは自分達も含めてだろうが、とディーラーは内心自嘲する。

 しかし、自分は安全で人の不幸と愚かさを嘲笑うというのは、逆らいきれない快感があるというのもまた事実であった。

 

「ただ、少し問題が発生しましたね……今回で仕掛が粗方使い倒されてしまったため、また皆様方に満足して頂ける何かを検討しなければなりません。例えば、【同じ人物でPDAを配り直してゲームをする】など……おっと、物理的に不可能でしたね」

 

 観客席がドッと笑いに包まれる。

 この殺戮遊戯では使い倒されたジョークであった。

 それだけこのゲームがご愛顧されている証でもある。

 ひとしきり終わった後、ディーラーは「おや?」と計器を見て何かに気付いたように首を傾げて見せた。

 

「丁度良い、今回のゲームを生き延びた悪運のゲームマスターにお越し頂いたようです。この問いに関しては、郷田真弓マスターにお答えして頂くとしましょう」

 

 コツコツと足音が聞こえてくる。

 身体はボロボロであったが、服だけは着替え直した眼鏡の女性――郷田真弓が一直線にディーラーに向けて歩いて行った。

 

「ゲームマスター……お疲れ様でした。1つ質問なのですが、今後このゲームを進めるに当たって、斬新な展開を進めるには何が――ゴホォオオオオ!」

 

 郷田に話しかけるディーラー対して、真っ直ぐしすぎた右ストレートが顔面に直撃する。

 ディーラーは辛うじて受け身だけはとるものの吹き飛ばされ、観客席は再び笑いに包まれるのであった。

 ディーラーが殴られた箇所をさすりながら、恨みがましく郷田を睨み付けるのに満足してか、郷田は口を開いた。

 

「あー、すっきりした。素晴らしい斬新な展開、か……そうねぇ。【ゲーム直前に重要な鍵を担うプレイヤーが突然死する】とか【プレイヤーの中に居てはいけない人間が混じってしまう】とか面白いんじゃないかしら? 貴方達が右往左往するという意味で」

「イタタタ……それ、最終的に苦労するのマスターですよ?」

「貴方達が私に頭を下げざるを得ないってところが良いのよ」

 

 郷田の回答は100%私怨だった。

 笑っているが目は冷徹だ。

 流石の郷田も、今回のゲームばかりは死を覚悟していたし、なんならルールに則っているとはいえ運営に殺されかけたのである。

 

「痛い痛い……では私からも提案を、【組織側の人間が大ポカをかまして、最序盤に重要プレイヤーを大怪我ないしPDAを壊してしまう】というのは如何でしょう? 胸躍る展開になると思いませんか?」

「どうやら、一発じゃ足りなかったみたいね? その喧嘩、買ったわ」

「はつはっは、現場の人間ほどではありませんが、激戦後の貴方が私に勝てるとお思いで?」

 

 こうして、ゲーム終了後の余興が始まった。

 勿論、ディーラーと郷田は長い付き合いの腐れ縁でありプロだ。

 少しだけ、ほんの少しだけ積もり積もった私怨が混じっているが……ちゃんと一線を越えることなく、観客席を盛り上げていった。

 



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EP2 予告

 

一つ目の物語は終わり、別の世界の物語が始まる――

 

 

過去に発生した出来事が変わり、プレイヤー達の解除条件は配り直される。

 

「……ここは、一体?」

「進矢君、大丈夫? 私のこと、分かる?」

 

 そして、絆を結ぶ相手が変わる事により、ゲームの展開もまた、全く違うものとなる。

 

「外傷性健忘症ね、余程の事が無い限りはすぐに思い出すわよ……脳で大出血がしてなければ」

「なにそれこわい」

「麗佳さん、脅かさないでくださいよ……。早く、病院に行くのが正解なんでしょうけど」

 

 そして始まる更に熾烈な戦い。

 罠で己の記憶を失った少年は、狂ったゲームを暗中模索で進み続ける。

 

「少なくとも、ゲームが本物だと思って少女を殺した人間がいる。それは確かな事だ」

「さっきから言ってるじゃない。ゲームはもう、始まってるのよ」

 

 裏切りと疑心暗鬼が渦巻く世界で、プレイヤー達は本性を曝け出す。

 

「それって……首が、斬られて……!?」

「解除条件、かな」

 

 選べる道は2つある。

 それでも己の正義を貫くか――

 

「俺は絶対に貴方を裏切らない! 貴方に人を殺して欲しくない!」

 

 自分や大切な人の為に鬼になるか――

 

「アタシは! 妹の為に、必ず生きて帰らないといけないの!」

 

 過去と未来を見通せず、自分すら信じられない暗闇の中、少年は決断を迫られる。

 

「誰かを殺さなければ生き残れないとして、どうすればいいと思う? 殺す? 殺さない?」

 

秘密遊戯 エピソード2 『Man shall not live by bread alone』

 

 

 あるいは決断できぬままに、事態はより深刻になっていく――。

 

「し、仕方無いじゃないか! 儂だって……儂だって死にたくないんだ! 生きたいんだよ!」

 

「中々、面白い奴だ。どうだ? そんなやつら切って俺と組まねぇか?」

 

「殺してやる!!! お前だけは絶対! 僕の手で殺してやる!!!」

 

「私が何も考えずに言ってると思いますか!? 一生懸命考えたんです! こうするしかないんですよ!」

 

「君の勇敢さは認めよう。……ここは命を賭ける場面ではないと思うがな」

 

「選択肢なんてないわ! 貴方の言ってる事は力の伴わない絵空事よ!」

 

「ふふふ……渚ちゃん、これは貴方が始めたゲームなのよ? 本気で途中下車できると思ってるの?」

 

「貴方は絶対にこのゲームをクリアする事はできない。だって、私が殺すもの」

 

 記憶が戻った時、少年の瞳に映るのは希望か――絶望か――

 

「や~めた! 何もかもめんどうくさい! どうでも良くなった! 寝る! おやすみ!」

 

 あるいは諦め、全てを放り出すというのも1つの決断かもしれない




ここまで読んで頂いた方々に最大限の感謝を!
完結させるまで書いたのは初めてです!
宜しければ感想お願いします。

後書きは活動報告の所にネタバレしない程度に書いとけば良いのかな……?
需要があれば次も頑張ります! ゲームの難易度は上がります。


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エピソード2 『Man shall not live by bread alone』
第一話 空白からの始まり


 

――――――――――

私の持っている物が私を意味するなら、それを失った時の私は何者なのだろう。

エーリッヒ・フロム (ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者)

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 クリスマス……リアルが充実している人間にとっては天国で、しかし受験生にとっては追い込みの大事な時期。

 別に受験生じゃなくても、俺には縁はない――という自虐は置いといて、気がついたら机に向き合って勉強をしていた。

 受験というイベントが迫っている事に、少々の焦燥感と興奮を抱いている。

 

 すくなくとも、俺は変化する事を望んでいた。

 つまらない日常の何かが変わるのでは無いかと願っていた。

 とはいえ、勉強の繰り返しは正直飽きる。

 

 中学レベルの勉強なんて、決まった範囲のものをどれだけこねくり回して性格の悪い問題を出せるかどうかだろう。範囲の知識は粗方頭に入っているので、あとはどう応用して発展させた問題を解くかだ。

 成績は悪くない方だと思うのだが、点数が下振れすれば合格ギリギリにはなるだろうという危機感はあった。

 

 そもそも、そんな机にかじりついて自分の学力ギリギリの所に行こうとする価値があるのかと自問する。やりたいことの方向性は決まっている。だが、それで良いのか? という思いが熱意を奪っていた。

 結局の所、今の俺に芯と言える物はない。

 

 

――一度、考え直してみるか。

 

 

 丁度良いところで切り上げ、あるノートを取り出す。

 『探偵ノート』と名付けられたそれは、数年後には黒歴史になっているかもしれない痛々しく、そして熱意に溢れたものであった。

 

 俺は事件というものが好きだった。自分が正義の味方側である事もそうだし、頭を捻って複雑な状況を推理するのも好き。犯人を追い詰めるという行程も好きで……あるいは――

 ノートの内容を眺めていた俺は、部屋の外で物音がするのに気付いた。

 

 

「……親父、またこれから仕事?」

 

「進矢か? 勉強お疲れ。全く、こんな時に嫌になるね」

 

 外に行くと仕事用の外出着の着替えをそそくさと終え、外に出ようとしている捜査一課の警部である父親に出会う。記憶が正しければ、今日は昼間に別のイベントで仕事していて夜間にもまた呼び出しとは、多忙な話である。

 クリスマスイブに呼び出しとはプライベートもあったもんじゃない、何があったか知らないが哀しい話だ。勿論、大きなイベントなので事件も当然起こりうる事なんだが。……一家団欒というわけではないが、少なくとも一緒にクリスマスケーキは食べれなさそうだ。

 

「やっぱ警察は嫌だなぁ、なんでリア充の為に苦労しなきゃいけないのやら」

 

「本人の前で言うか、いやそうなんだが」

 

 

 気持ち良く事件解決にだけ取り組んでいたんだよ!

 そんな都合の良い気持ちが強い俺である。

 

 

「だが、社会の日常を守ること、ハレの日を守る事。どっちも大事な仕事だ。大変なのは事実だが、俺は誇りに思ってるよ」

 

「ご立派だなぁ、俺の夢はどうやって叶うのやら」

 

 手にしたノートを見る。

 中には未解決事件について、俺がインターネットや書籍で調べている物を纏めている。高校になったら実地でも調査して、更に踏み込んでみたいと考えている。

 

 だから、正直言ってスピード違反や一時不停止のネズミ捕りを初めとして、現実の雑多な事件に興味など無いのだ。いっそ、自分で世界を驚かす事件を起こす側になった方が夢に近いのは? 等という破滅的な意志が過ぎるほど興味がない。

 

 どこかで折り合いを付けなければならないとは分かっているのだが……。

 

「俺も当初はそんなものだったけど、青いなぁ進矢は! ……良いか? 確かにそういう華々しい事件だとか、迷宮入りした事件が脚光を浴びるっていうのは当然だ。花形だよ。だが、日頃起きる俺達警察にとっては小さな事件だってその当事者にとっては人生の一大事だ。人命に大小はない」

 

「確かに、年間行方不明者約8万人……これはあくまで警察に届けられた数。統計で言えば味気ないけど、一般人にとっては行方不明届けなんて人生に一度あるかないかのビッグイベントか……」

 

「そういうことだ! 最終的にその殆どは見つかるものだとしても、万が一ということもあるしな。おっと、時間がまずい。要は俺達が正義の味方っていうのは間違い、治安を――引いては日常を守るのが仕事だ。進矢向きじゃなさそうだな?」

 

「俺からすると守る程のものか? と思ってしまう……じゃ、親父いってらっしゃい」

 

「いずれ進矢も分かる時が来る、じゃあ受験勉強頑張れよ! ……もう一人の受験生の頑張っている姿も見たかったけどな」

 

「今日、3回も言ったんだけど兄貴については俺はもう諦めた」

 

「ハハッ……まぁアイツも最後は帳尻合わすだろ」

 

 

 信じてるのか諦めているのか、身支度を終えた親父はそのまま玄関へ駆けだしていく。

 こういう話を親父とするのは随分と久しぶりな気がする。

 普段忙しいというか、親父の本当の家族は俺達じゃなくて仕事の方だ。

 ある意味で羨ましいとも思う……そうなるなら一生独身でやるかとは思っているが。

 

 しかし、年間8万の行方不明者ねぇ……8万もあるなら、モノホンがどこかにあるかもしれないな。

 木を隠すなら森の中というが、砂漠の砂粒からダイヤモンドを探すような作業になるけども。

 高校生……高校生になった時の楽しみにして、勉強を再開するか。

 

 探偵ノートを奥へとしまい込み、過去問題集に取りかかろうとした所で、ふとある言葉が過ぎった。

 鬱屈とした思いを抱えていたからか、昏い感情が駆け巡る。

 その感情が我儘で、無意味で、理不尽なのは……他ならぬ俺が一番良く分かっていた。

 だが、自分の意志で止められないからこその感情なのである。

 

――治安を、日常を守るのが仕事……か

 

「守って欲しい時は守ってくれないくせに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……君!」

 

 突然、頭に衝撃が走り、俺の中での景色が崩れる。

 随分と遠くから、呼ばれているような声を感じる。

 ぼんやりとしていた視界が徐々にクリアになっていく。

 ピントが徐々にあってくると、それは人の形を形成していった。

 白と黒の装飾の多い服、よく目立つウェーブのかかった長い髪と大きな髪飾り。

 ……そして、銀色に輝く首輪。

 

「進矢君、大丈夫!? 私の事、分かる?」

 

 今度こそ視界がはっきりする。

 ドアップで心配そうな表情をした女性が自分を見下ろしているのが見えた。

 

「うっ……!」

 

 頭が、痛い……思わず、手を動かし、反射的に頭の方に手をやろうとする。

 

「頭を触ったら、駄目だよ! 進矢君! まだ安静にしないと!」

 

「えーっと……」

 

 そして、女性は動かそうとしていた俺の手を握った。

 状況を完全に掴む事はできなかったが、頭の痛みからして触ってはいけないものらしい。

 とにかく、動かなければならない……そんな衝動があり、立ち上がろうとし――ふと、疑問に思う。

 

「……あー、すいません。進矢君って、もしかして、俺に言ってます?」

「え……ほ、本当に大丈夫?」

 

 記憶を辿る……自分は何だ?

 少なくとも該当する部分はない。

 目の前の女性は誰だ?

 自分の事を知っている反応なのだが、それも分からない。

 困惑している俺に対して、目の前の女性は焦った表情で言葉を続ける。

 

「き、きっと、頭を強く打って混乱してるだけだよ~。だから、落ち着いて……ね?」

「俺、頭打ったんですか?」

 

 そう言われると頭にガンガン痛みが走っているのも分かる。

 正直言って、微妙に思考が覚束ない。

 目が覚める前、何やら夢を見ていたような気がするが……今もまだ夢から抜けきれていないような感覚。

 強いて言うなら、目の前の女性に心配かけているのは申し訳無いとは思うが。

 

「うーん、思い出せるような何かよく分からないな……ここはどこだ? 何月何日? どうして俺は頭を打つような事に? 貴方のお名前は……くっ、駄目だ! 何がなんだか……」

 

「お、落ち着いてよ~、進矢君! 無理に思い出さなくて良いし、分かる事なら私が1つずつ答えるから~」

 

「あ、すいません。……スー、ハー、こういう時は5W1Hを順番に詰めていきましょうか」

 

「5W1H……あぁ! 『いつ・どこで・だれが・なにを・なぜ・どのように』って事ね~。そういうところは~、進矢君のままだなぁって思うんだけどぉ」

 

「俺らしさとは一体……」

 

 半ばパニックになりかけた俺の頭を、安心させるような声色が響き一先ず深呼吸して落ち着く。

 何がなんだかよく分からないが、目の前にこの人がいることだけが俺にとっての救いのように思えた。

 独りぼっちだったら、どうなっていたことやら。

 

 興奮した心を落ち着かせ、質問を開始する。

 最初は勿論、誰(who)の部分から始まった。

 流石に人を呼ぶときは代名詞じゃなくて固有名詞の方が良いだろうからな。

 自分の胸ポケットに入っていた生徒手帳と目の前の女性の証言を組み合わせる。

 

「川瀬進矢、16歳。高校二年生。家族構成は両親と兄と弟の5人家族。9月12日生まれで血液型はA型、部活動には所属しておらず飲食店でアルバイトをしておりバイト帰りの帰宅中に攫われた……攫われた?」

 

「へー、9月12日なんだ! 私と丁度、1ヶ月違いだね~」

 

「もっと突っ込むところがあったような……そういう貴方は?」

 

「綺堂渚、誕生日は8月12日……年齢は~、秘密です~!」

 

「まぁ、そこは興味無いです」

 

「それはそれで酷いよ~進矢君~!」

 

「すいません。では改めまして……何歳なんですか?」

 

「進矢君の事なんて知りません!」

 

「えー」

 

 女心は複雑怪奇、真っ白な記憶の中に俺はそれを刻み込んだ。

 ……このままずっと拗ねられても困るのだが。

 困惑してると、少しだけ彼女は俺の方に視線を向けて言った。

 

「渚って私の事を呼んでくれたら許してあげようかな~?」

 

「分かりました、綺堂さん」

 

「それって~、許さなくて良いって事~!?」

 

 綺堂さんは頬を膨らせながらぷんぷんと怒りだした。

 別にそうとは思っていないが、女の人の名前呼びするなんて恥ずかしいし。

 それに何だろうな……綺堂さんに非常に申し訳無いし心当たりもないが、生理的な警戒感が……。

 彼女が悪いわけではないが、一回心を許すと甘えすぎてしまいそうな気がする。

 

 うん、これくらいの距離感が丁度良いなと謝りながら思う。

 尚、綺堂さんに聞いたら記憶を失う前からこんな感じだったと不満そうに教えてくれた。

 ……なら、問題ないな。多分。

 

 ちなみに5W1Hのwhen(日時)に関しては、ピンと来なかったがまだ夏休みに入ってない辺り。

 ……バイトと学校の無断欠席がヤバいと”俺”が嘆いていたらしいので不安になる。

 全く分からない事に恐怖を感じても仕方ない。

 尚、俺と綺堂さんは出会って3時間の仲らしい。

 割と赤の他人だった……と感想を漏らしたら普通に怒られた。

 

 where(場所)に関しては、正直よく分からないようだ。

 目覚めた時の部屋に置いてあったPDAにやたらでかい地図の機能があるが、1時間近く歩いて現在位置の特定は済んでいるらしい。

 ”俺”が逐一、綺堂さんに現在位置の共有をしていた事、更にPDAの使い方を詳しく教えたかららしい。よくやった俺。

 尚、今現在は逆に”俺”が綺堂さんに教えたPDAの使い方を、今度は綺堂さんから俺に教えるという状態になっている。

 よく分からんが、人に親切ってするもんなんだな……。

 

 次に、why(何故)だ。俺は何故記憶を失ったかについて。

 

「簡単に言えば~、罠に引っかかった私を進矢君が庇ってくれて~、格好良かったんだから~!」

 

「……罠ってなんですか、罠って」

 

「よく分からないんだけど~、床に突っ張りがあってそれを私が踏んだら、ドーンって鉄パイプのようなものが壁から私に振り下ろされたの。それで、進矢君が私を突き飛ばしてかわりに……」

 

「頭にドーン、っと……訳が分かりませんが、発生した事象は理解しました」

 

 綺堂さんが謝罪と感謝を交互に行うが、俺としてはその記憶が完全にないので恐縮するばかりだ。

 ……誰かを庇うなんて、格好良いな~と他人事のように思う。

 自分じゃないみたいだ。

 起きてる事象の1つ1つが、現実離れしていてまだ夢を見ているんじゃないかいと思う。

 綺堂さんが、おそらく現実に縁のない服装だからというのも拍車をかけているのかもしれない。

 

 脳は混乱しているが、そこは綺堂さんのゆったりとしたしゃべり方が都合が良かった。

 おかげで、辛うじて思考を整理する事ができている。

 だが、情報として受け取る事はできても、それをしっかりと吟味し考察する力まではない。

 ……そして、それが俺の記憶にアクセスし、何かを思い出すという事も無かった。

 

 更に話題を切り替えようとした時、ふと綺堂さんの雰囲気が一変した。

 

「最後に~、what(何を)とhow(どうする)の2つね。この2つはとても重要よ。私達は恐らく、とても悪趣味な殺人ゲームに参加させられていて……望むと望まざるとに関わらずルールと解除条件に縛られているわ」

 

「……ど、どうしたんですか、綺堂さん。急に雰囲気を変えて」

 

「進矢君のモノマネ~!」

 

「……」

 

 綺堂さんのお茶目な一面を垣間見つつ……自分がそんな雰囲気で言っていたという事は恐らく洒落にならない筈だ。

 自分の中に欠けたものにたいする欠落感、そして命の危機は明確に感じている。

 だが、どうすればいいのか分からない……いや、違うな。

 どうしたら、俺の命が助かるか、それは意識を取り戻した時に胸の内ポケットに入っていたPDAは無機質に告げていた。

 

『解除条件 A:クィーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない』

 

 この画面を見た瞬間、ある知識が俺の中で浮かんだ。

 

【刑法第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。】

 

 つまり、人を殺すというのは良くない事で、それは法律上でもしっかりと罰則が規定された事実であるということだ。

 しかしながら、記憶が無くて鈍くなっている俺でも分かる事はある。

 

 今、大事な事はそういうことではない。

 PDAのルールは告げているのだ、ターゲットを殺せ……さもなくば死ね。

 

 

「進矢君~?」

「うわっ!?」

 

 思考の海に潜り込もうとしていた俺は唐突に綺堂さんの大きな瞳と目が会う。

 一瞬、魅入られそうになりつつも、なんとか退避して息を整える。

 綺堂さんはクスクス笑いながら、少し心配そうな声色で俺に語りかけてくる。

 

「進矢君の条件が大変なのは分かるけどぉ、今悩んでも仕方無いとお姉さんは思うな~?」

 

「その反応は知ってるんですね?」

 

「うん! 進矢君に教えて貰ったからね~、私のはこれ~。むやみに人に見せてはいけないって進矢君は言ってたけど、特別だからね~?」

 

 綺堂さんは鞄からPDAを慣れてなさそうな手つきで操作し、俺に分かるようにかざした。

 ……できれば、一々思わせぶりな事を言わないで頂きたい。

 ついつい、気にしてしまう。

 

【解除条件 7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。】

 

「私達の他に11人居るらしいから、会って仲良くなれれば良いな~!」

 

「中々難しそうですね……というか遭遇?」

 

 うーん、頭を捻らせる。

 遭遇って表現は曖昧すぎやしないだろうか?

 Qの殺害なら分かりやすいが……何を以て遭遇と判定するのだろう?

 まずいな、1つ1つの要素を拾っていくとまた別の疑問が浮かんでくる。

 などと思っていると、綺堂さんが何かに気付いたようで「あっ」と自分の手のひらを叩いて言った。

 

「そうだった! 進矢君が開始から6時間経ったら、もしかしたら何かが起こるかもしれないって言ってたよ~!」

 

「何か? 『7』の条件の付帯条項に書かれている6時間以降の話ですよね……?」

 

「そうなのよ~、わざわざ6時間以降って但し書きしてる以上、欠けてるルールに絶対開始6時間に関するルールが残ってる筈なんだって~!」

 

「ふむふむ、すいません……これからルールに関して読ませて頂きますね」

 

「私のPDAも見せてあげるね?」

 

「? ありがとうございます」

 

 ルールを見るのにどうして、綺堂さんのPDAが必要なのだろう?

 という疑問を解決する為にルールを読み込んでいく、その疑問はルール2の時点ですぐに氷解した。

 今集まってるルールは欠けており、今はそれを拾い集めている最中なのだ。

 

 

【ルール1】

参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

 

【ルール2】

参加者には1 - 9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 - 9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。

 

【ルール3】 所持者:綺堂渚

PDAは全部で13台存在する。13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

 

【ルール5】 所持者:川瀬進矢

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

【ルール6】 所持者:川瀬進矢

開始から3日間と1時間(73時間)が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。

 

【ルール7】 所持者:綺堂渚

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

 

 

 ……さて、色々と頭が混乱していた俺だが活字を読んで1つの方向に纏ってくる。

 解除条件だけ【Q】を殺さなければヤバいのでは? と思い込んでいたが、このルールを見る限りはまずはルールを知り尽くさないとヤバい。

 どこまで本気かどうかは分からない。

 だが、少なくとも俺と綺堂さんは誘拐され、この建物には罠がしかけられている。

 ……そして、知らない内にルールに引っかかって死ぬ可能性があると。

 

 PDAの経過時間を確認する 『開始から5:30経過』……あと30分しかないな。

 どっかの誰かのせいで随分と時間をとってしまったらしい、自虐です。

 とにかく行動しなくては、意を決して立ち上がる。

 

「よく分からないが不味い事がはっきり分かりました……人を探しましょう、人を――」

 

「お、落ち着いて進矢君! 焦っても仕方無いよ~、地図で今の場所分からないんでしょ~」

 

「うぐっ……」

 

 だが、俺の目論見はあまりに拙速に過ぎた。

 その無様さを看破されたようで、綺堂さんに腕を捕まれてしまう。

 振りほどこうとまでは思わないが、焦る心持ちは変わらない。

 

「だけど、この手の何かって……兎に角急いで動いて、有利を取らないといけない気がして……」

 

「確かに前の進矢君も似たような事を言ってたけど……よ~し! ここはお姉さんにお任せなのだ~!」

 

「綺堂さん?」

 

 雰囲気を一片させてゴホンと綺堂さんは咳払いする。

 そしてキリッとした凜とした表情に変わる。

 なんかやたら気合いが入っているぞ?

 

「『焦っても仕方無い、解除条件は生き残る為の必要条件かもしれないがあくまでのその1つに過ぎない。まずは、今置かれている状況を把握する事に専念すべき。その為にはできるだけ多くの人に会わなければいけないわけだが……』進矢君はどこに行けば良いか、分かるかな~?」

 

「何かと思えば、俺の声真似ですか……正しいけど、俺何者だ? ちょっと待ってください」

 

 綺堂さんの表情がキリッとした状態からまた、にこやかな笑顔に戻り……コロコロ変わって可愛らしい人だなと思う。

 ……あんまり見とれている訳にもいかないので、PDAの地図に目線を落とす。

 深く考える必要はなさそうだ、目立っている施設は少ししかない。

 

「候補はエントランス、2階への階段、エレベーターってところですね。この選択肢ならエントランスですかね?」

 

「ぴんぽーん! 入口から出ようとしてる人が居たら止めないといけないし、エントランスならゲームに乗り気じゃない人が集まるんじゃ無いかって進矢君は言ってたよ~。あと、そういう人を狙う悪い人がもしかしたら居るかもだって=!」

 

「なるほど……そこまでは考えてなかったです。いや、自分の言葉って事に違和感を感じるんですが」

 

「進矢君も落ち着いて考えればそれくらいきっとできるよ~! だから、焦ったらだ・め!」

 

「は、はい……」

 

 焦りすぎた所為かメッという勢いで、綺堂さんに諭されてしまった。

 記憶に無い過去の自分の行いに助けられたというべきか……うん、落ち着こう。

 今の状況は不味いかもしれないが、少なくとも綺堂さんは信頼できるみたいだし……流石に、自分を信じてくれている? であろう相手に無様は晒したくない。

 

 綺堂さんに謝ると、彼女はぷんぷんしてた顔を綻ばせ軽やかに動き始めた。

 

「じゃあ、進矢君。私は地図で今の場所を確認してくるから、持ち物とか確認しておいてね~! すぐ、戻るから~」

 

「ちょ、ちょっと綺堂さん!?」

 

 地図の大体の場所は覚えているが、罠と俺の記憶喪失騒動で細かい位置を失念してしまったと聞いている。

 だから、ある程度この建物を歩いた記憶がある彼女がそれをする事は合理的ではあるのだが……。

 

「誰かいたり、何かあった大声を挙げてくださいね!」

 

「大丈夫! 平気、へ~き~!」

 

 

 と走り去ってしまった。

 天然そうで、割とちゃんとしてて、マイペースな人だな……。

 色々と引っ張られている部分はあると思うが、だからこそ助かっているのかもしれない。

 こういう異常事態に対する図太さは見習いたいところである。

 

 

――少なくとも、代わりに頭を強打してしまっただけの価値はあったのかもしれない

 

 

 俺は綺堂さんに対する考察を切り上げ、自分? の学生鞄を漁り始めたのであった。

 




エピソード1とは色々と設定が異なっている部分があったり、無かったりします。
(解除条件やプレイヤー等、ゲーム以前の背景等。ただし根っこは一緒です)


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第二話 人の心は交わらない

川瀬進矢:A:10.0:Qの殺害
綺堂渚:7:4.2:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
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一皮剥けば人は皆同じ。私はそれを証明するために、人間性の皮を剥ぎ取りたい。

アイン・ランド (米国の作家)

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『確認するけど、撮影対象に疑われて警戒されてしまい罠への注意が散漫になってしまった。信頼を深めようとしていた矢先に罠に引っかかり、よりによって撮影対象に庇われる。頭を強打した川瀬君は、記憶喪失に……それで間違い無いかしら?』

 

「――はい。間違いありません」

 

 進矢から一定以上の距離を取った渚は追ってきてない事を確認し、PDAで通話している。

 その表情は、先程……川瀬進矢と話をしていた時のようなほんわかさは消え失せており真面目な雰囲気だ。

 話の内容としては、渚にとっては哀しい事に――不祥事の叱責なのだが……。

 

 渚が進矢からある程度離れた後に状況報告の為にPDAでの通信を試みたところ、異例の対応とも言えるゲームマスターが対応してきた。基本的にゲームマスターとサブマスターは直接のやりとりを行う事はない。少なくとも、十数回のサブマスター経験を経ていた渚にとっても初めての事だった。

 つまり、今回の件はゲームマスターとサブマスターで直接やりとりしなければならない

程度には大きなミスをしてしまったということだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか……内心で渚は頭を抱える。評価の大小はあれどこんなミスをしてしまった事は渚にとっても初めての事である。

 

『渚ちゃん……ゲーム経験回数的にはそろそろベテランを名乗れる域だけど、回数を重ねて油断してしまったんじゃない? 一番人気プレイヤーよ? とんでもない額のお金が動いてるの! 分かってる? 貴方だけの責任じゃすまないのよ!?』

 

「本当に申し訳ありません……なんとか、この失敗を取り戻しますので」

 

 ――なんか懐かしいな、こんなやりとり……

 

 怒られながら、渚は奇妙な感慨に耽っていた。

 渚もこの組織に入る前の高校時代……かつては多くのアルバイトを掛け持ちしており、個数が多い分、アルバイト中には大失敗をした事が何度かある。その度にこのような叱責を何度も受けていたのだ。

 その後、借金を理由にゲームに参加する事となり、自分の命の為に親友すら手にかけた渚であったが、皮肉にもゲーム運営側としての才能は高かったようでそういう叱責には縁が無かった。

 

『取り戻して貰わないと困るのよ、全く……まぁ良いわ、具体的にはどうするつもりなの?』

 

「記憶喪失をチャンスと捉えるべきだと思います。二通り考えてます、一つ目のサブプランはこのまま信頼関係を結び私以外誰も信じられなくなった川瀬進矢に最後の一押しをする」

 

 渚はぱぁんと無表情で左手に銃の形を作ってみせる。

 進矢と話していた時とあまり変わらない表情ではあったが、言ってる内容自体は邪悪そのものであった。苦しめて殺すのも問題ないが、渚としてはこっち派である。

 その時の相手の反応で……自分は間違ってなかったと安心できるのだ。

 

『記憶がない分、信頼関係は築きやすくなったわね。もう1つは?』

 

「記憶喪失で能力が低下した分、私が彼をサポートし『Q』殺しを手伝います。つまり、肩入れ以外は当初の予定通りですね。こっちのプランを本命として動きます……私の動くタイミングは任せて頂いても?」

 

『下手に優遇措置をするよりはそっちの方が良いわね……分かったわ、こっちでも援護するから……記憶喪失は考えようによっては前例がないからチャンスよ。このチャンスをものにすれば、逆にボーナスすらあるかもしれない。場合によっては追加指令が出る場合もあるかもしれないけど……基本的には自分で判断して頑張りなさい、渚ちゃん』

 

「承りました」

 

 渚はPDAの連絡を切って、溜息がでる。

 今回のゲームは初っ端からケチがついてしまった。

 聞くところによると、元々予定されていた重要なプレイヤーの1人が数ヶ月前に事故死しているらしい。その結果、渚の撮影担当プレイヤーが川瀬進矢に移り、このトラブルである。

 厄の多い回だ……今回は長いゲームになりそうだと渚は感じる。

 具体的には歴代のゲームで二回目くらいに。

 

(それにしても、どうして疑われちゃったのかしら?)

 

 記憶喪失前、記憶喪失後の川瀬進矢の様子を比べると渚は1つの疑問が過ぎる。

 まず、記憶喪失後の川瀬進矢は……頭の回転は速いが普通に女性への対応が慣れてない感じの内気な男子だ。こういう男に対する対応は特に問題ない、最初の警戒心が強いだけで一度打ち解けてしまえば後はどうとでもなる。記憶が完全にない為、騙すのは純粋な子供に人間の闇を見せつけるような罪悪感はあるが、それも仕事の内だ。今までの人間と同じように、川瀬進矢も人間だという事を証明してやろう。

 問題は記憶喪失前……

 

(あれはただの警戒じゃない――彼は間違い無く、何かを掴んでいた。私を疑うに足る何かを……そうとしか、考えられない)

 

 渚は思い返すが失言したわけでもない、行動にも問題は無かったはずだ。

 結局の所、渚から川瀬進矢を最序盤から害する訳にもいかないため、記憶喪失という結果は運が良かったのかもしれない。

 とるべき道は1つ、記憶を取り戻す前に籠絡……例えば、擬似的な恋愛関係等を作ってしまえば良い。その後に悲恋を演出する等すれば、ゲームとしては十分盛り上がり不祥事は解決されるだろう。

 

 そこまで考えて自嘲する。

 川瀬進矢の本性も醜いものだとは思うが、それでも咄嗟に渚を庇ったのは事実……そして、今の川瀬進矢は未だ真っ白な赤子のような存在に近い。

 そんな人間を金の為、仕事上の評価の為に殺そうとしている綺堂渚は間違い無く醜悪な人間そのものであった。

 

 だからこそ、渚の選択肢は1つしかなかった。

 幸いにも川瀬進矢の解除条件は【A】。

 進矢の人間としての本性を暴く、いつものこと……ずっと繰り返してきた作業だった。

 

 ある程度、今後のプランを纏めた渚は鏡で自分の表情を取り繕い、進矢の元に駆けだしたのであった。

 

「進矢君~! 今居る場所が分かったよ~!」

 

 その明るい笑顔は、渚の本性を覆い隠す仮面である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、記憶は取り戻せないまでも自分について知る事は大切だ。

 

 綺堂さんが居なくなった事を確認し、持ち物チェックを行う。

 右ポケットには小銭が入っていた……なんだこれ?

 一先ず保留にし、左ポケットには携帯電話が入っている。

 起動してみたが、パスワードが分からな――と思いきや手が自然と動いて、普通に入る事ができた。脳が覚えて無くても、身体は覚えているらしい。

 【1224】……ね。

 待ち受け画面は家族だろうか、5人揃った写真がある。

 試しに自撮してみたが、これが俺の顔なのか……ふーんって感想しか出てこない。

 ここから分かる事は、俺は母親似で俺の兄弟と思われる2人は父親似ってことだけだな……うーん、疎外感がありそう。

 

 当然かもしれないが、圏外である。

 連絡は繋がりそうに無い。

 連絡先を見るが、家族以外はバイト先の連絡先なんだろうか?

 

 鞄を漁ってみると、給与明細やシフト表が出てきた。

 ……うむ、連絡先は家族かバイト関係者しかいない。友達は少なそうだ。

 ついでに言えば、写真一覧を見てみるが女性と取った写真とかはない……くっ、記憶がないだけで実は可愛い彼女が家で待っているという希望が断たれた!

 

 給与明細を見てみるが、大体月給は8万弱といったところか……こんなに働いてたら確かに友達作る余裕とかなそうだな。

 俺のコミュ力に問題があるわけではない、ヨシ! ……ヨシ?

 何故か残っている知識だが、これ以上働くと税金がかかったり扶養から外れたりするんだったか……世知辛いな!?

 よく分からんが、川瀬進矢はお金に困っていたのだろう。

 ……20億の山分けなんてもしかしたら、喉から手が出る程に欲しいのかもしれない。

 そう考えると、急に記憶取り戻すのが怖くなってきたぞ。

 

 うーん、もしかしたら綺堂さんもそうなのかもしれないな。

 よく分からないけど、あの服装って……普段着というよりは、そういう所? に勤めてると聞いた方が納得できる。勿論、記憶がないのでどういう所って具体的に言われても困るのだが。

 そう考えると、今の綺堂さんって仕事用の顔なのかもしれないな……そう考えた方が自然のような気がする。いずれにせよ、ちゃんと仲良くなりたいところだ。

 

 あとは教科書とノートと……図書館から借りた本が2冊。自分で買ったと思われる本が1冊。図書館の本はぱらぱらと捲ってみるとミステリー小説本と、もう1つが

節約料理本……だな、金がないらしい。

 自分で買った本は、探偵の手法に関する本みたいだ。

 俺はミステリーとか探偵とかに興味津々だったみたいだな。

 うっかり、この場で読み出さないように注意しなくては……。

 

「進矢君~! 今居る場所が分かったよ~!」

 

 おっと、色々と整理している内に綺堂さんが戻ってきたようだ。

 

「はーい、こっちも大体落ち着きました」

 

「大丈夫~? 何か思い出せそう?」

 

「そこは全然……多分、ミステリーや探偵物の本とか好きだったんでしょうが、自分を探るっていうのも複雑な気分ですね」

 

「確かに~、前の進矢君は探偵さんぽかったかなぁ……だけど、あんまり無理しちゃ駄目だよ~?」

 

「分かってますよ」

 

 心配そうな表情をする綺堂さんに恐縮しつつ、鞄に入っている物以外のものに視線を移す……、角材と救急箱?

 

「あとは、これはなんでしょう?」

 

「これはね~、この建物で見つけたものだよ~。悪い誘拐犯を見つけても、剣道やってた進矢君がこれでぶんぶんって倒してくれるんだって~!」

 

「そうなんですか……いずれにせよ、こういうものが部屋に置いてあったんですね」

 

 自分の新たな一面を綺堂さんに教えて貰いつつ、角材は俺が救急箱は綺堂さんが持つ事になっていたらしい。

 後はちょっとした食料や飲料が各部屋にあったようだ。

 ……本格的に殺し合いとしての体裁は整っているが、違和感もある。

 まともな武器は今のところ見つかっていない、何故だろう?

 まぁいいか、無いなら無い方が良い。

 

「それじゃあ、今の場所を教えて貰って宜しいですか?」

 

「うん!」

 

 俺の問いに綺堂さんは笑顔で頷き、この大きな建物を進み始めた。

 

 

 

 

 

『開始から6時間が経過しました。お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』

 

「うげ……そういうことか……」

 

「どういうこと~?」

 

 歩きはじめて、程なくすると開始時間から6時間経過する。

 エントランスへは、もうそこそこ近い位置には居たが罠を警戒しなければならないという事でそのスピードは遅い。エントランスまで目測であと30分はかかる距離だ。だからこそ、先に6時間経ってしまうのは避けられない事であったが……。

 

「つまり、持ってないルールに書いてあったんでしょうね、開始から6時間以内は全域が戦闘禁止って……」

 

 記憶がないこともそうだが、俺達がこのゲームにおいて大幅に遅れを取っているという事実に対して溜息をつく。

 焦っても仕方ないとは分かってはいるのだが……恐らく最初の6時間こそが、今後のゲームにおける重要なモラトリアムだったのだろう。

 尤も、ルールを知らない状態の俺達はうっかりと先制攻撃をしかけて、ルール違反をしていた可能性もあるにはあったので一概に不幸とも言い切れないのだが。

 

「気をつけましょう。今までも警戒はしていましたが、今後はより一層いきなり襲われる可能性があります」

 

「うん~、分かった~」

 

 あんまり不安になっても仕方無いので、綺堂さんの様子を確認してみる。

 そこまで焦ってる様子はなさそうだ……むしろ、心配そうな表情でこちらを見ている。

 演技というのは考えすぎだったか?

 記憶を失う前の俺が警告を何度か入れていると思ったのだが、ゲームに対する深刻さは感じられないように思える。

 この違和感を解消できる何かを、少なくとも今の俺は見つけ出す事ができなかった。

 

 いずれにせよ、1つ分かった事がある。

 俺はどうやら、相手の事をプロファイリングしてどういう人物か自分の中で明確にしないと気が済まない性質らしい。

 ……人間不信なのかもなしれないな。

 微妙に綺堂さんに申し訳無い気持ちになってくるが、このゲームにおいては必要な素質だとは思われるので複雑な心境である。

 

 

 

 

 戦闘禁止が告知され、20分近く経っただろうか?

 時たま会話をしつつ、罠と周辺の警戒をしながらエントランスに近づいた時にそれは聞こえた。

 

――ガシャン!

 

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 

「「っ!?」」

 

 女性の悲鳴……場所は遠くない、反射的に綺堂さんに視線を向けると自然と目が合い頷き合う。

 何かが起こった、それは確かだ。

 

「行きますよ!」

 

「う、うん!」

 

 念の為、角材を握りしめて悲鳴が聞こえた場所へ急行する。

 角を曲がって新たな通路の先へ走――。

 

「し、進矢君……危ないっ!」

 

「うおっ……な、なんだこれ!?」

 

 走ろうとして後ろから綺堂さんに左腕を掴まれ、絶句する。

 それを落とし穴……と表現するにはあまりにも大きすぎた。

 穴というか、通路そのものが無くなっていているのである。

 床面全体が一区画分まるまる抜けており、勢いのまま突っ走って綺堂さんに止められてなければ勢いそのまま穴に真っ逆さま……ゲームオーバーである。

 

 穴を覗き込むが……薄暗いのもあるが、床面が見えない。

 最低でも5m以上はあるのだろうか……先程の悲鳴を挙げた女性も、これでは助かるまい。

 悲惨な情景を覚悟して、携帯電話を取りだし床面にライトを当てようとしたが……その前に声が聞こえた。

 

「こ、ここにいるわ……」

 

 丁度、自分達のほぼ真下には壁面のわずかな出っ張りにしがみついている金髪の白いワンピースを女性がいた。

 これが逆だったら、俺の全力走り幅跳びでも逆側に辿り着けずゲームセットだっただろう。彼女の幸運第一段階はクリアだ、あとは俺達が助けられるかどうか……!

 

「良かった! ちょっと、待っててくださいね!」

 

 その女性は1mちょっと下、床に這いつくばり頑張って手を伸ばそうとするも届かない。

 身を乗り出し過ぎると、今度は俺と俺を引っ張るであろう綺堂さんごと落ちる事になるし……長いもの長いもの……パッと角材とか衣服、鞄が浮かぶが強度的に不安になる。

 だけど、そんなに悩んでいる時間はないのかもしれない。

 

「みつ、るぎ……」

 

 下で誰かの名前を呟いている女性が見える、死を悟って最期に大切な人の名前を呟くようなの止めてくれ!

 俺はまだ諦めてない! ……何か、何か!

 

「進矢君! 腰ッ! ベルト! ベルトを使えば!」

 

「ハッ、そうか! それがあったか!」

 

 焦った綺堂さんの声が聞こえ、腰のベルトを取り外す。

 灯台下暗しと言う言葉が過ぎる、所持品ではなく答えが身につけていた物にあったとは!

 強度的には、それでも不安が残るが……今までの候補の中では一番マシに思えた。

 もう時間的余裕はない、行くぞ……と覚悟を決めた時、後ろから声が聞こえた。

 

「麗佳さん! 大丈夫ですか!? ……え?」

 

 その顔は確かに先程撮影した俺の顔そっくりで……だからこそ、その人物は俺と眼を合わせて硬直した。

 男子高校生の制服や声の高さが一部違うところはあるが、少なくとも家族写真で見た兄弟よりはそっくりだ。

 俺が硬直せずに済んだのは、記憶を失い自分の顔を自分の顔だと認識できてないからかもしれなかった。

 だから、先に反応したのは必然俺だった。

 

「丁度良い! 女性が落ちかけてるんです! 引っ張り上げるのを手伝ってください!」

 

「……あ、あぁ!」

 

 動揺から立ち直ったその男子高校生は状況を理解すると、素早く俺達に協力してくれた。

 幸運その2……とりあえず、俺似のその人物に敵意はなく協力的だった。

 こうして天運に恵まれた結果、女性を無事に引っ張り上げる事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ……中々、重かっ――」

 

「し~ん~や~く~ん~……?」

 

「ひぇ……」 

 

 何とか女性を引っ張り上げた後、4人で座り込んで息を整えていた。 

 そこまでは良かったのだが、一息つこうとしたところ……無意識に失言してしまったらしい。

 じりじりと綺堂さんが俺に詰め寄ってくる。

 じりじりと俺は後ろに下がる、そして壁に背がぶつかった。

 綺堂さんの顔は今までに見たどの表情よりも笑顔だったが、眼が笑っていなかった。

 そして、その右手が大きく振りかぶられ――

 

「めっ!」

 

「きゃん!」

 

 しっぺが俺の額に直撃し、思わず変な声が出てしまった。

 痛いから、結構マシになってきたとはいえまだ頭痛が酷いから……心中で涙目になりつつ、綺堂さんの方を見るとぷんすこと怒った表情に変わり俺に諭してきた。

 

「女の人にそんな事を言ってはいけません!」

 

「はいぃ、ごめんなさい」

 

「謝るのは~、私にじゃないよね~」

 

 怖い、怖いから……!

 ヒエラルキーというものがあるなら、完全に綺堂さんの下になってしまった瞬間である。

 綺堂さんから眼を逸らして、俺とそっくりな男の方が先に見え何故か羨ましそうに俺達を見ている……気がする?

 怒られるの好きなのかな?

 いや、こんな事考えてると知られたらもっと怒られてしまう……!

 

 

「別に良いわよ、そんな事。それで? アンタ達は何者で、何が目的なの?」

 

 

 女の人にどうやって謝ろうか考えていた俺の耳に凜とした声が響く。

 疲労の混じった声以上に……その瞳は、明確に警戒の色を主張していた。

 よく見ると綺堂さんとタイプこそ違えど凄く美人――ではあるが、同時に何かしらの危うさを感じさせた。

 おかげで、色々あって頭から吹っ飛んでいた今の状況を思い出す事ができた。

 

「失礼しました。川瀬進矢……らしいです」

 

「綺堂渚っていいます~、渚って呼んでください~」

 

「矢幡麗佳、よ」

 

 女性――矢幡さんは綺堂さんのほんわかとした雰囲気にも負けず、そっけなく返した。

 ふーむ、今の状況が恐らく殺人前提のゲームに巻き込まれているという事をしっかりと理解しているということか……いや、それ以上の何かがあったのだろうか?

 よく見れば、矢幡さんの靴に血が付着しているが……彼女自身が怪我をしているという訳でもなさそうだ。

 

「麗佳さん、助けて貰ったんですから……もう少し感謝した方が――あ、すいません。御剣総一と言います」

 

「甘いわよ、御剣――もう、このゲームは始まってるの、下手に出たら良いように利用されるのがオチよ」

 

 男性――御剣さんの言葉を切り捨てた矢幡さんは俺が地面に置いていた角材を拾い上げ立ち上がり、一切の容赦の無い目線で俺達を見下ろすのであった。

 

 俺は自分が人間不信かもしれないと思っていたが、もっと人間不信であるべきだったのかも……少し哀しくなりながら、見下ろす矢幡さんを見つめ返した。

 

「もうちょっと、平和的に話せませんか?」

 

「それは……貴方達次第でしょうね」



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第三話 一方通行な以心伝心

 

 

 

――――――――――

女は男に頼らず自分の身を守る術を学ぶべきである。

スーザン・B・アンソニー (米国公民権運動の指導者)

――――――――――

 

 

 

 

「どうしてそんな事するんですか!? この二人は麗佳さんを助けてくれたんですよ!」

 

「そうね……一応、礼を言って置くわ」

 

「一応、って……」

 

 ……どうしてこうなった。

 という感情を、二人の言い争いを見ながらゆっくりと綺堂さんを庇うように前に出て、ある程度心を落ち着ける。

 この状況、このゲームは人死に……殺人がある程度前提となっているものだ。

 それに矢幡さんの靴についている血が何かあった事を物語っている。

 怒る権利はあると思うが、そうすると話が進まなくなってややこしい方向に進みそうだな。

 

 最悪、まだ外れている俺のベルトで角材に応戦する未来は避けたい。

 

「まぁまぁ、別にこのままの状態で話して大丈夫ですよ。何かあったんですよね。俺達の知らない、誰かが犠牲になるような……何かが」

 

「そ、そうなんですか~?」

 

 反応があったのは少し不安そうな声をした綺堂さんのみ、矢幡さんと御剣さんはそれぞれ黙り込む。

 本当に死人が出たかどうかまでは分からなかったので、犠牲という言葉を使わせてもらったが、この反応だと死んでそうである。

 よく見ると角材を持っている矢幡さんの手は小刻みに震えているので、単純に怖かっただけなのかもしれない。……あるいは、犯人不明なら疑われているのか。

 客観的見方をすれば、俺と御剣さんは良く似てるからいきなり現れたら身内かもって思うだろうし、組んで襲われたら勝ち目はないだろうから……この対応は、ベストでもベターでもないと思うが、最悪を見据えればアリなのかもだ。

 

「え、えぇ……話せば長くなるんですが――」

 

「女の子が一人、戦闘禁止時間解除直後に殺されたのよ。貴方達じゃないの?」

 

「ちょ、ちょっと麗佳さん!?」

 

「自己弁護しようにも被害者の情報を知らないと何も言えませんが、その時間……自分達は綺堂さんと一緒に二人でずっとエントランスを目指していましたよ。敢えて言える事があるとすれば、まだルールが揃ってないのに殺人なんてリスキーな行動取りませんよ」

 

 険悪な空気を感じつつも、別に疚しい事があるわけでもないので正直に答える。

 ……ただ、二人の共犯だと言われたら無罪証明するの厳しい。

 いずれにせよ、戦闘禁止時間解除直後に殺人とは凄いな……火付け人みたいな人がいるのかもだ。それか、元から危ない人……矢幡さんはそれを危惧している?

 

 今は目の前の状況を沈静化させる事が先決なので、言葉を続ける。

 

「俺としては一先ず、ルール交換と此処まで何があったかの情報共有……あと殺された人がいる場所まで案内してくれれば問題ありません。助けてた事に対して、これ以上なにかを要求する気はありません。だから、落ち着いて話をしませんか?」

 

「……分かったわ、その程度なら」

 

 矢幡さんは何やら深く考え込みながら、俺の意見に肯定した。

 即席の考えだが、最低限必要な情報交換と期限を区切る事で穏便に別れる事を選択する。矢幡さんが俺達と行動したくなさそうなので、無理に一緒に居るのも酷だ。

 一人でこのゲームを行かせるのに後ろ髪を引かれるのと、自己責任だからな……という僅かな葛藤が生まれるが、無理に一緒に行動するのも難しいだろう。

 

 ……そもそも、俺はどうしたいんだ?

 もやもやした感触を胸に抱きながら考え込んでいると、考え込んでいた矢幡さんは口を開いた。

 

「それで、そっちの持ってるルールは何?」

 

「確か……3、5、6、7でしたね。残り3つのルールが足りてないんですが、そちらはどうでしょう?」

 

「こっちは全部揃ってるから問題ないわ、そしてよく分かった――」

 

 特に何も考えもせず、ルール交換の為に未保持のルールを全て明かしたのだが、それを聞いた時だろうか矢幡さんは目を見開いて纏う雰囲気を変貌させる。

 角材を俺に向け、全力で威圧する雰囲気だ。

 

「――貴方が殺人条件持ちか、嘘をついているって事をね」

 

「……ふぇ?」

 

 矢幡さんの言葉で場の空気は凍り付く。

 俺を睨み付けるながら、隙なく角材を俺に向ける矢幡さんに対し……不覚にも見惚れて……思考が止まる。

 結論として言えば、彼女の言葉は大正解である。

 だが、どうしてその結論に至ったのか途中の考えが分からない。

 

「いきなりどうしてそんな事言うんですか!? 麗佳さん!」

 

「考えてもみなさい、御剣。このゲームが殺人前提のゲームだなんて、ルールだけではルール9がないと分からない。そして、揃っていた私達でさえあんなにルールの真偽を疑っていた。なのにこの男は、抵抗なく殺人ゲームという前提で動いている。つまり、そういうことよ」

 

 考える。

 何故、俺がこのゲームを殺人を前提としたゲームだと動きえたか。

 ……俺の解除条件の【A】は【Q】を殺すこと。

 これがなければ、もう少し気楽に動いていたかもしれない。

 凄い……その違和感を、矢幡さんは見抜いたのか!

 

 不意に鼓動が早くなった事を感じる。

 これは追い詰められた事の焦燥感か……それとも――

 いずれにせよ、下手に逃げても信頼関係を失うだけだろう。

 ここは矢幡さんの推理に敬意を評して俺のPDA番号を――

 

「実は~、2時間くらい前に別の罠に私が引っかかっちゃって、それでこの状況は危険すぎるって話になったんだよね。ね~、進矢君?」

 

「!? え、えぇ……そうですね、綺堂さん」

 

「それで、その時に進矢君が私を庇って頭を打って記憶を無くしちゃったの~」

 

「記憶をなくしたって、川瀬は記憶喪失って事なんですか!?」

 

 綺堂さんの言葉に矢幡さんと御剣さんは驚き、流れるように自分達の状況説明に移る。記憶喪失というのはやはり特異な状況らしい。

 そんな事よりも、今……綺堂さんに庇われた?

 

 記憶を辿りながら、綺堂さんと俺達の状況を説明しながら疑問に思う。

 綺堂さんは俺の解除条件が『A』だと知っている。

 俺の殺人条件を隠す理由が分からない。

 もしも、それが知られて俺が孤立したところで……解除条件を考慮に入れても彼女にデメリットはないはずだ。庇わなかったとしても、彼女の非は一切なかったはず。

 

 綺堂さんに目配せするが、彼女は人差し指を自分の口元にそっと置くだけだった。

 ……俺に恩を売るため?

 頭によぎったそれは、やはり訳が分からなかった。

 記憶を失い、右も左も分からない俺は客観的に見てただの足手まといにしか思えない。

 

「外傷性健忘症ね、よほどの事が無い限りはすぐに思い出すわよ……脳で大出血してなければ」

 

「なにそれこわい」

 

「麗佳さん、脅かさないでくださいよ……早く、病院に行くのが正解なんでしょうけど」

 

 矢幡さんと御剣さん二人の会話をどこか遠くで聞きながら、反応する。

 脳出血――極論、『Q』を殺して首輪を解除しても、俺は死ぬ可能性があるって事か。

 

「き、きっと、大丈夫だから~」

 

「綺堂さんは気にしないでください」

 

 聞いた直後には恐怖したが、話しながら少しだけ内心安堵する。

 何故安堵したか考え、今すぐ『Q』を殺さなければならないプレッシャーから解放されたからだと気づく。

 思ったより、人を殺さなければならない解除条件というのは精神的には重いようだ。

 一呼吸を置いて話しを終え、矢幡さんに話しかける。

 

「俺達はこんな所ですね、お二人はどういう経緯なんですか? ……話して、頂けますかね?」

 

 今度は俺が矢幡さんを睨み返す番だった。

 俺達は解除条件以外、分かる事は全部喋った……筈だ。

 もしも拒否されたらどうしようと思う。

 ……正直、俺達の持っている情報でルールが揃っている2人に有益なモノがあると思えないし喋った以上は利用価値がなくなったとも言える。

 

「分かってるわよ……私達の話だけど――」

 

 だが、予想に反し矢幡さんはこれまでの事情を話し始める。

 完全に会話をする気がない、というわけでもないということか。

 PDAに記載されたこのゲームのルールに関しては御剣さんのノートを見せて貰ったが、基本的には矢幡さんが話をして、御剣さんが補足するという形で話を聞いていく……。

 

 

【ルール1】

参加者には特別製の首輪が付けられている。それぞれのPDAに書かれた状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事ができる。条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。

 

【ルール2】

参加者には1 - 9のルールが4つずつ教えられる。与えられる情報はルール1と2と、残りの3 - 9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。 

 

【ルール3】

PDAは全部で13台存在する。13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。この時のPDAに書かれているものが、ルール1で言う条件にあたる。他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すのは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。

 

【ルール4】

最初に配られる通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。これは、通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプのカードをほかの13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。制限時間などは無く、何度でも別のカードに変えることが可能だが、一度使うと1時間絵柄を変えることができない。さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることはできず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たすことができない。

 

【ルール5】

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

【ルール6】

開始から3日間と1時間(73時間)が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。

 

【ルール7】

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

【ルール8】

開始から6時間以内は全域を戦闘禁止エリアとする。違反した場合、首輪が作動する。正当防衛は除外。

 

【ルール9】

カードの種類は以下の13通り。

A:クィーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。

2:JOKERのPDAの破壊。

またPDAの特殊効果で半径1メートル以内では

JOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。

3:3名以上の殺害。首輪の発動は含まない。

4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。

首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。

5:館全域にある24個のチェックポイントを全て通過する。

なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントが全て記載されている。

6:JOKERの機能が5回以上使用されている。

自分でやる必要は無い。近くで行われる必要も無い。

7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。

8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。

6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。

9:自分以外の全プレイヤーの死亡。手段は問わない。

10:5個の首輪が作動していて、更に5個目の作動が2日と

23時間の時点よりも前で起こっていること。

J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が

2日と23時間時点で生存している。

Q:2日と23時間の生存。

K:PDAを5台以上収集する。手段は問わない。

 

 

 

【矢幡さんと御剣さんの経緯】

エントランスにいく途中、それぞれ出会った人と合流しながら移動していた。

エントランスに到着した時点では6人。大雑把な人相と性格は以下の通り。

郷田真弓……女社長、身なりが良く礼儀正しい。大人でリーダーシップを発揮。

葉月克己……人の良い初老のおじさん。妻帯者で子供がいるらしい。

長沢勇治……生意気で危うい面もある少年。中学二年生。

漆山権造……誘拐されて矢幡さんにセクハラした親父。ルール違反寸前だった。矢幡さんは滅茶苦茶嫌そう。

 

エントランスはシャッターが降りており、破れている箇所もあるがコンクリートで入口が塞がれていた。コンクリートに掘ったような崩れた後があるも、埃が積もっておりこのゲームは複数回目である事を予測。

それに困惑している時に、戦闘禁止時間が終わりその直後に大きな音がして駆けつけると見知らぬ少女がペナルティで死んでいた。

矢幡さんが少女がPDAを持っていないか確認したが、無し。そのまま、場所を離れ御剣さんがそれを追いかけた。

 

 

 

 

 「……って、しまった! 郷田さんに矢幡さんを連れて帰るように言われてたんでした! 戻りましょうよ! あんまり待たせるのも悪いですよ」

 

 貰った情報を咀嚼しようとした頭に御剣さんの言葉が響く。

 他の人との合流か……ちらりと綺堂さんの方を向くと、目が合い彼女は首を傾げる。その様子はかわいらしいが、解除条件が『全員との遭遇』の反応とは思えない。頭が良いときとボンヤリしてる時の差が激しくて、俺には彼女が分からない……。

 

「……あのね。御剣、あのままエントランスに誰かが残っている筈ないわ」

 

 俺が綺堂さんに気を回している間に、矢幡さんが御剣さんに回答する。

 ……正直な所、この場で誰の気持ちが一番分かるかと言われたら矢幡さんだ。

 綺堂さんの事はよく分からない。御剣さんはこの状況でどこか危機感を抱いてるように思えない。

 ……俺自身、角材と敵意を向けられてそういう感想を抱くのはどうかと思うが。

 

「そんな、どうしてですか……!?」

 

「当然ですよ。少女が殺されたということは、近くに殺した人間がいるという事です。少なくとも、ゲームが本物だと思って少女を殺した人間がいる。それは確かな事です」

 

「さっきから言ってるじゃない。ゲームはもう、始まってるのよ」

 

「……そう、か。でも、だったら、尚更心配です」

 

 真っ先に心配そうな表情をする御剣さん。

 うーん、気持ちは分からなくはないのかも……俺で例えるなら、綺堂さんが危険な状況になれば心配はするだろうし。

 メリットとデメリットを勘案し、俺は口を開いた。

 

「俺はリスク承知でエントランスを確認したいですけどね、少女殺人犯なんて危険人物がいるなら誰かハッキリさせておきたいですし、場合によっては倒しておく必要があるかと」

 

「……っ」

 

「か、川瀬……ちょっと待て、倒すってその意味が分かって言ってるのか」

 

「……?」

 

 しかし、御剣さんを援護する目的で出した提案は何故か2人に引かれてしまった。何故だろうと思い、思考を巡らせるとすぐにその答えに行き着く。

 

「なるほど、確かに武器が角材だけでは不安ですね……準備が足りないという意味では――」

 

「し~ん~や~く~ん~?」

 

「……あれ?」

 

 そして、綺堂さんの言葉で更に何か間違えてしまった事に気付く。

 先程の二の舞は御免だと思い、咄嗟に身構えるがその前に綺堂さんは俺の右手を両手で包み込むように握りしめた。振り払おうとするも、思ったよりその握力は強い。……雰囲気に負けただけかもしれないが。

 

「お姉さんは~、進矢君にそういう危ない事はして欲しくないと思います~!」

 

「川瀬……渚さんを哀しませるような事は絶対にするなよ」

 

「でも、そうも言ってられないですよ。この状況は」

 

 綺堂さんは流石に気付いてると思いたいが今の俺の提案の半分は綺堂さんの為でもある。即ち、首輪解除の為だ。

 『参加者全員との遭遇』が解除条件である為、危険人物とも遭遇しなければならない。もう居ない可能性が濃厚であっても、4人の参加者がエントランスに居た以上は行く価値がある。死んでるなら死んでいるで、死亡確認をする必要がある。

 要素を並べてもそれだけの理由があるのだ、行く価値は高いだろう。

 

 等と考えていると、視界の端で離れていく影があった。

 

「付き合ってられないわね……もう良いでしょう? 助けてくれてありがとう。だけど、このゲームはその甘さが命取りよ」

 

「ちょ、ちょっと麗佳さん! どこに行くつもりですか?」

 

「俺達の事が信用できないので、1人で行動したい。1人なら気楽だし裏切られる事もないし、そもそも考え方が合わないので距離を置いときたいってところですね」

 

「麗佳ちゃん、そうなの~?」

 

「お前に見透かされるのが本当に……本当に、腹が立つんだけど、概ねその通りよ」

 

 距離をとった矢幡さんは歩みを止めて、俺の方を睨み付ける。

 今の空気、流石にせめて角材だけは返してくれ……等と言える雰囲気ではない。

 だが、それ以上に矢幡さんが離れるのが嫌だった。

 正直、険悪な仲しか築けてないが1人にしないでくれという気持ちが強い。

 思考回路という面では、矢幡さんと一番気が合う気がするのだ。

 他の2人は、全然分からない。未知への恐怖……とでも言えば良いのか。

 

「そして、私が一番疑っているのは川瀬進矢……お前よ」

 

 ……物凄く、片想いだったァ!?

 

「どうしてそんな事言うんですか!? 麗佳さん!!!」

 

 だが、理解はできる。

 その理由すら俺は分かってしまった。

 だから、声を荒げて反論した御剣さんが、どうしてそんな事を言うのかよく分からない。

 俺を信じるに足る要素なんてあったっけ? って自分で思考を巡らしてしまう。

 

「単純な事よ、御剣……第一に記憶喪失が演技である可能性があるわ」

 

「いや、流石にそんな事は――」

 

「えぇ、そうね。私もそう思うわ、だって記憶喪失の演技をするならもっと馬鹿のフリをする筈だもの」

 

「だったら、何故!?」

 

 他人事のようにまぁそうだろうなと思う。

 演技をするならもうちょっと馬鹿のフリとかやりようがある……俺以外には現状、演技が完璧な綺堂さんのように。

 いや、本当に演技かどうか分からないけど。

 

「第二に、記憶を取り戻した瞬間に豹変して裏切る可能性があるって事よ。もしかしたら、『今の』川瀬進矢は本当に優しい人で、他意はなく私を助けてくれたのかもしれない、でも記憶を取り戻したらどうなるか分からないわ」

 

 それは俺自身も心配していることだ。

 現状、境遇的に記憶を失う前の『川瀬進矢』はお金に困っているというのもある。

 自分で言うのもおかしな事だったので、指摘して貰えて逆に助かった。

 ……今の俺としては不本意であるが、否定する事はできない。

 現に、殺人条件のPDAを隠している訳だし。

 

「進矢君はそんな人じゃないよ~! 誘拐されて、右も左も分からない私を助けてくれたんだもの~!」

 

 唯一、記憶喪失前の俺を知っている綺堂さんは俺の手をぶんぶんと振り回しつつ、矢幡さんの言葉を否定する。

 その言葉はやや間延びしているように見えて、どこか怒気を孕んでいるような言葉に思えた。

 ……というか、まだ手を離してくれてなかったのか。

 

「止めてください、綺堂さん。矢幡さんの言う事は真実です。俺はあくまで、綺堂さんの信用を得て利用する為に行動を共にした可能性があります。むしろ、そう考えるのが自然だと思います」

 

「否定しないのね……私はお前の事が嫌いよ」

 

「俺は矢幡さんの事、結構好きなんですけどね」

 

「――フン」

 

 矢幡さんにそっぽを向かれ本気で嫌われてしまったように思える。

 哀しい気持ちはある。

 だが、話をしてようやく分かった。

 俺は綺堂さんと御剣さん以上に、まず誰よりも自分の事を信じていない。

 

 だから自分を信じて1人でもゲームを生き延びようとする、矢幡さんにどうしようもなく惹かれてしまっているのだった。

 御剣さんと綺堂さんからは彼ら自身の『自己』が見えない分、余計にそう思う。

 向こうからすれば大迷惑だろうが。

 

 ……まぁいいか、別に自分を信じる必要なんてどこにもない。

 大事なのは論理だ。

 矢幡さんのやり方は確固たる自分がある眩しさすら感じさせるが……誰かを傷付ける事前提の方法だ。

 その方法は避けるべきだとは思うし、俺自身それをされると困る部分もある。

 何よりも、ここで喧嘩別れすると後々殺し合う仲になってしまう危機感が俺の中で渦巻いている。

 

 それを防ぐ為にはどうするか?

 協力する事が得な状況を生み出せば良いし、それが無理でもなんとか消極的協力関係を維持していきたいと思う。

 

 強引でも良いから……なんとか、その状況を生み出すか。

 

「進矢君~、私は~?」

 

「すいません、綺堂さん。今、真面目な話をしてるんです」

 

「川瀬、少しで良いから気にかけてやってくれ……」

 

 声を掛けてくる2人に軽く返事をしつつ、脳内で今まで得た情報を素早くおさらいする。

 綺堂さんと御剣さん……どこかまだゲームに真剣になりきれてない2人。

 俺は別に2人に死んで欲しい訳では無いし、距離は取って欲しいが別れたい訳でも無い。

 ……2人と戦ったり、哀しませたりする未来は避けたい。

 

 俺と矢幡さんを断裂する、大きな溝はそこにあった。

 今の彼らが完全に演技で裏切りの危険を内包していたとしても、自分から切り捨てる事はできない。

 もしかしたら、俺の考え方は矢幡さんからすれば弱腰に映るのかもしれなかった。

 だが、矢幡さんの在り方が何もない俺に火をつけた。

 そして、臆病者には臆病者なりにプライドがある。

 

 ゲーム……ルール……どう動くべきか、どういうプランを構築するべきか。

 できるだけ多くの人が生き延びるには?

 争わずに済む方法は?

 

 ルールと情報を全て確認した時に、1つ考えていた事がある。

 だが、考えというのは出力しなければ机上の空論にすらならない。

 

 必要なのは勇気だ。

 戦う勇気……違うか、戦わないために死に物狂いで、ぶつかり合う勇気。

 

 記憶がなく、空虚な俺が持つ、唯1つのモチベーションだった。

 

 未だ俺の右手を握って離さない綺堂さんに苦笑しつつ、握る力を少しだけ強めて綺堂さんに頭を下げる。

 綺堂さんを疑い糾弾する資格なんて俺にはない。

 彼女に見限られたって仕方ない……俺はとても身勝手に違いなかった。

 

「綺堂さん、本当にごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

――うーん、これはちょっと失敗しちゃかったかなー?

 

 4人での情報交換を終え、渚はほんわかとする雰囲気の下で考えていた。

 すなわち、メインで監視しなければならない川瀬進矢との関係が上手く行ってない点である。

 上手く仲良くなれるように頑張ってきたつもりだったが、一点で渚は進矢の事を見誤っていた。

 

 原因は恐らく、川瀬進矢の自己肯定感が低すぎる事に由来する。

 自分に自信がなさ過ぎる為、自分に優しい人や好意を持つ人間を信じられずに……逆に敵意を持つ人間に共感してしまうタイプだ。

 記憶喪失前はそういう気配をあんまり感じなかったが、記憶喪失が原因なのかそういう人間になってしまったらしい。

 そういえば……ゲーム前に見たプロフィールでは、告白玉砕経験3回と書かれていた。そんな性格なら、さもありなん……である。

 

(別に構わないのだけど……そういう人間は一度信用が得られれば、完全に心の内側に入り込めるのだし)

 

 しかし、渚にとっては修正可能な範囲内のミスだった。

 むしろ、そう言うタイプの人間の方が一度信じた人間に裏切られた時に余程良い反応をしてくれる。

 ……多くの裏切りを見てきた渚にとって、それは日常的な事である。

 

 とはいえ急ぐ必要はあるだろう。

 記憶を失う前の川瀬進矢から、渚はとても疑われてしまっている。

 だから、記憶が戻ったとしても揺るがないような……そんな絆を築かなければならないのだ――最終的に裏切る為に。

 

 矢幡麗佳と情報交換は終え、もう一緒に居る事はできないだろう。

 御剣総一とはどうしようか……個人的には一緒にいてもいなくても、どっちでもいい。

 いずれにせよ、その決定権は渚にはない……今の状況はまだ、流動的だった。

 

(……進矢君?)

 

 手を握っている川瀬進矢の力を確認し目を向けると、申し訳なさそうな表情で渚を見る進矢と目が合う。

 

「綺堂さん、本当にごめんなさい」

 

 渚は進矢が記憶を失った時と同じ位、嫌な予感がした。

 

「矢幡さん……俺達から離れるのは、一緒に居るデメリットがメリットを上回っているからですよね」

 

「正確にはメリットが皆無だからよ」

 

「では、そのメリットを生み出す努力をします」

 

 ……未練がましい男は嫌われるわよ、と内心思いつつ様子を見守る。

 何をする気か、それは視聴者も気になる筈なのでカメラマンである渚は視線を外せない。

 

「俺達は、表面的に協力だとか言ってますが……その実、踏み込んだ話を一切していない。違いますか?」

 

「えぇ、そうね。戦闘禁止時間中もその話を避けていた。そして、今もするつもりはないわ」

 

「じゃあ、勝手にそれ話すと言えば聞いてくれますか?」

 

「ちょ、ちょっと進矢君!?」

 

 進矢がやろうとしている事に気づき、渚は思わず声を挙げる。

 だが、進矢の意思は硬そうで、それを止めれるようにはとても思えなかった。

 そして、進矢はPDAをトランプの切り札を掲げるかのように上げ声高々に宣言する。

 

「俺の解除条件は『A』……【Qを殺す事】が解除条件です。貴方の推理は正しかったんですよ、矢幡麗佳さん」



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第四話 川瀬進矢の【A】理論

 

 

――――――――――――

物の上下を逆さまにすると、状況が別の視点から見えてくる。

ウルスス・ヴェルリ (スイスのコメディアン)

――――――――――――

 

 

 

 

 

「あれ? 聞こえなかったですか? えー、俺の解除条件は――」

 

「私が唖然としたのは、お前のやってる事の意味が分からないからよ!」

 

「……失礼しました」

 

 反応が薄かったので、もう一度同じ事を言おうとしたが矢幡さんの怒声により掻き消されてしまった。

 ……逆の立場なら俺も似たような反応をしていただろう。

 ただ、【A】の解除条件であれば比較的公開しても問題ない解除条件であると思うし、交渉する手札がまだ残っている状態で物別れに終わってしまうのは哀しい。

 それが例え、一方的に情報アドバンテージを渡す結果で終わるとしてもである。

 

「それに、あんまり驚かれても困ります。13枚中3枚、【10】が準殺人条件としても約3~4分の1。4人集まれば、単純計算で1人は殺人が必須となる条件……だから、此処まで警戒してたんでしょう?」

 

「……理屈の上では確かにそうだけど。それは、解除条件を公開する理由にはならないわ。……それとも、私を脅すつもり?」

 

「こっちは矢幡さんの言いたい事は分かったんですけどね。先に言いました、『こっちが勝手に話すだけ』です。矢幡さんの解除条件を聞く気はありません」

 

「ふぅん?」

 

 矢幡さんの疑いの眼差しを受ける。

 観察していたが、御剣さん矢幡さん……共に大きな動揺は無し、すぐに逃げようとする気も無さそうだ。『Q』じゃないのか、上手く隠したか。

 最初の賭けは成功――【A】の公開後にすぐ離れる人間が居たら【Q】扱いされても仕方無いので、話を聞かざるを得ないという意図だ。 

 これで最低限、話は聞いて貰えそうだ。

 

「お、おい……川瀬……どうする気なんだ?」

 

「進矢君……」

 

「お二人共、すいません、今から説明しますから」

 

 心配そうにしている二人を落ち着かせるように声をかけつつ……矢幡さんから意識を外さない。

 解除条件を公開した以上、賽は投げられた。

 だが、怖い気持ちまでは抑えられない。

 喋っている中で、声が震えてないか気になってくる。

 

「まず、皆さんは解除条件【A】が危険な解除条件だと思っているようですが、それは大きな勘違いです」

 

「何を言うかと思えば……【Q】の為に死ぬとでも言うの?」

 

「違います。それは短絡的ですよ、矢幡さん。【A】の本質は――【Q】を守る事です。俺は今後の行動の全て、それを念頭に行動しようと考えてます」

 

「何が言いたいんだ……川瀬」

 

「……理屈だけは分かったわ、理屈だけは」

 

 御剣さんが疑問を呈する一方で、矢幡さんは納得してなさそうな表情で理解したようだ。

 綺堂さんはただ、俺達を見ている……その表情から何を考えているかは読み取れないし、俺も深くそちらに意識を回す余裕はない。

 各人の反応からどういう人間か見抜きたいという意図もあったが、綺堂さんだけはどうしても分からない。

 ちょっとパンチが弱いか……次は強い言葉を使う事にする。

 

「つまり、ゲームが活性化し、人殺しを辞さない人間が増えれば増える程、【Q】が死ぬ可能性が高まる。だから、俺は極力――誰も死なないように動くし、危険因子は排除する。――最期に【Q】を殺す為に」

 

「――ッ! 川瀬!!! 駄目だ!」

 

「………び、びっくりしました」

 

 そして、『殺す』という言葉を俺の口から話した瞬間に、御剣さんが表情を一変させる。

 彼にとっての禁忌、あるいは地雷に接触したようだ。

 驚きと恐怖もあるが、少し安堵する。

 矢幡さんから視線を外し、御剣さんと顔を合わせる。

 ようやく、彼の人物像の輪郭を捉える事ができそうだ。

 

「誰かを殺して、生きて帰るだなんて……俺は反対だ」

 

「天秤が自分の命じゃなければ、御剣さんの意見に賛成したいんですけどね」

 

「……確かに、そうだけど……! ……糞っ! それでも、何か別の方法が……」

 

「あるかもしれない? 御剣、誘拐して殺し合いをさせてくるような連中がそんなものを用意すると思う?」

 

「……ぅ、それでも……駄目だ。それで、生きて帰ったとして……何になるっていうんだ」

 

 ……まさか矢幡さんから援護があると思わなかったが、矢幡さんの畳みかけるような言葉で御剣さんはしどろもどろになる。

 だが、弱々しい部分はあれど芯の部分である殺し合いに反対という意志は変えるつもりはなさそうだ。

 どこまでが真実で、どこまで偽装かは分からない……疑ってもキリがない。

 一方で俺の狙いはある程度成功したと言える。

 下手に探り合いをするよりは、お互いのスタンスを明確にしてぶつかり合った方がよりその人物が見えてくるだろう。

 

「なるほどね、貴方の目的が分かったわ、私の答えはこうよ」

 

 そんな俺の下心を見透かしたのか、俺に向けて矢幡さんは言葉を続ける。

 

「私は絶対に生きて帰りたい、その為には何だってするわ! 例え、誰を傷付ける事になってもね! だから、川瀬進矢、貴方は正しい……そう言って欲しかったのよね?」

 

 強い意志を持って、矢幡さんはこの場で宣言する……と同時に、表情の中で俺に対して侮蔑の色を滲ませる。

 なるほど、言われてみればそうなのかもしれない。

 意志がはっきり決まっている以上、俺の消極的なスタンスは彼女にとって弱腰に違いない。

 一方で、二人の意見のぶつけ合いを見たおかげで俺自身ある程度スタンスを固める事ができた。

 

「お心遣いありがとうございます、半分は正しいです。ですが、もう半分は違います……もしかしたら、最終的に【Q】を殺さなければならないのかもしれない。それ以外に道はないのかもしれない」

 

 結局の所、やはり覚悟が必要だと思う。

 そうでなければ、矢幡さんと向きあう事はできはしない。

 御剣さんは何かしらの強い”動機”を持っていたが、まだ殺し合いという実感と覚悟を持てていなかった。

 だから、矢幡さんの強い言葉に圧し負けてしまった。

 ……そうならないために、俺は自分の意志を言葉に乗せる。

 

「それでも、【Q】を殺すのは、最後の最後……そうしない為の手段を探し続ける努力はするべきだし、矛盾してるようですが誰にも死んで欲しくないと自分は思ってます。綺堂渚、矢幡麗佳、御剣総一……この中の全員で生き残りたいと願ってます」

 

「難儀な人ね、好きにしなさい。そう言ってられるのも、現実にぶつかるか記憶を取り戻すか……それまでの事よ」

 

「例えそうであったとしても、今の俺の気持ちは真実です」

 

 疑わしい人はいる。

 相容れない人はいる。

 何を考えてるか読めない人も……それでも、殺し合いという結果は避けたいし、少なくとも此処に居る皆で生きて帰りたい。

 そして、最後にもう1つ。

 

「もう1つだけ、言わせてください。これは、俺が【A】を引き当てたから気付いたことですが、殺人条件を引き当てた人は皆、被害者です。正直、怖くてたまらないんですよ。殺人を受け入れようと、脳内で努力している自分に」

 

 いっそ【Q】が既に死んでしまっていれば良いのにとすら思えてくる。

 怪訝とした表情をする矢幡さんには俺の言葉は演技に見えるだろうか?

 だが、ある意味でそれは死の恐怖以上に俺を蝕みつつあるような気がする。

 今、強がっていられるのも、【Q】の正体が分からないからなのだ。

 【3】や【9】を引き当てていたら、俺がどうしていたか……想像したくもない。

 御剣さんを一瞥する。

 本当にそんなものがあるのか分からないが、言える事は1つだけだった。

 

「勝手ですが【3】と【9】の所有者も同じ気持ちだと考えています。今なら……いえ。今しか、ありません。まだ決意が固まってないのであれば、彼らにも協力を仰いでみようと思います」

 

 物別れに終わるとしても、その認識を共有する事が今回の【A】カミングアウトの目的だった。

 理想論? 現実が見えてない?

 そこは記憶がないから、仕方無いと言い訳するしかない。

 記憶喪失の俺に出来る事は、トライ&エラーを重ねて、少しでもマシな未来に進めるようにすることだけなのだ。

 

「川瀬……」

 

「私も1つ教えてあげるわ、実態のない希望を見せるのは……一番残酷な事よ、川瀬進矢」

 

 そして、歯を食いしばる気持ちで話した俺に対して、矢幡さんは少しだけ沈痛な表情を浮かべながら言う。

 ……その言葉に内心同意するが、言葉を荒げて反論する事を予想していた俺は少し拍子抜けだった。

 その結果、真横からの不意打ちを防ぐ事ができなかった。

 

「し~ん~や~、くーん!!!」

 

「わ、ちょ……綺堂さん!?」

 

「人が変わったと思ったんだから~! ちゃんと、厳しくても優しい進矢君のままで良かった~!」

 

「どういうことですか、それ……」

 

 一息つこうとすると、綺堂さんが俺の右腕に抱きついてきた。

 心配して見守ってくれていたのか、涙ぐんでるようにも思える。

 振りほどきたかったが、どうにも振りほどく気になれない。

 そんな俺達の様子を見て、矢幡さんは大きく溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「重ね重ね、同行ありがとうございます」

 

「今、お前に襲われたらたまらないからよ。それに、少しの間だけだわ」

 

 その後、なんとか矢幡さんの同行をエントランスまでの期間限定とはいえ、強引に首を縦に振らせる事ができた。

 名目としては、エントランスで待っているであろう人達と合流する事と、実際に死体を確認すること。

 そして、本音の部分では――

 

「で、何を話す気? くだらない事なら、すぐに走って逃げるわよ」

 

 こうして、矢幡さんと二人で会話する為である。

 なんだかんだで、矢幡さんは俺の意を汲んではくれたようだ。

 思考力の方向性自体は双方それほど変わらないようで、気は合うんじゃないかと一方的に思っている。

 ……実際に言ったら殴られそうだ。

 

 後方警戒の名目で後ろを歩いているので、前の御剣さんと綺堂さんの距離を目視で確認しながら矢幡さんに言った。

 

「情報交換の時に、自分達の中に『誘拐犯が混じっているかもしれない』って言ったらしいですね」

 

「えぇ、『ルールを確かめる為に解除条件を達成して首輪を解除すればいい』って言った御剣に対してね」

 

 4人で歩きながら、改めて細かい情報まで根堀葉掘聞いてくると、1つピンとくるワードがあった。

 俺の中の違和感を解決してくれるかもしれない情報である。

 話せば話すほど、矢幡さんの頭の回転には舌を巻く……俺一人では幾ら考えても限界があるので、正直ずっと仲間で居て欲しいのだが、それは甘えだろうか。

 

「この中に『誘拐犯の仲間』が居るとしたら……御剣さんと綺堂さん、どっちだと思いますか?」

 

「さっきはあんな事言っておいて、よくもそんな事が言えるわね」

 

 呆れたような声色で矢幡さんは言う。

 実際、俺も軽蔑されても仕方無いとは思う。

 だが、『誰も死んで欲しくない』から『裏切り者を警戒する』というのは矛盾しているようで、避けては通れない道なのだ。

 そして、こういう事を相談できる相手が矢幡さんしか居ないというのも事実。

 尚、矢幡さんは誘拐犯候補から除外している。別の問題はあるのだが……。

 

「……俺が思うに、人を疑うのは人を信じるのと同じ位大切な事です。あの二人には、どうにも前者が欠けてるように思えます」

 

「そういった人間から他人の養分になっていくのよ。でも、そうね……疑っていないのは『既に知っているから』と考えれば、確かに二人のどちらかが『誘拐犯の仲間』でもおかしくないのよね」

 

 矢幡さんは考え込む仕草をしつつ、俺の言葉に返答する。

 そして、どうでもよさそうに続けて言った。

 

「私には関係ないわ。どうせ組む気はないのだし……疑うのなら一緒に行動しなければ良いじゃない」

 

「うぅ、それもまた1つの解だと思うんですが……」

 

 あしらわれてしまった。

 矢幡さんが正直羨ましい。

 信用できない相手と一緒に行動する事になっても単独行動する自信がない。

 色々疑ってはいるものの、正直綺堂さんと最初に出会えてなければもっと悪い考えになっていたかもしれないのだ。

 

「1つだけ、忠告してあげる」

 

「なんでしょう?」

 

 己のダブルスタンダードっぷりに自己嫌悪に陥っている中で、矢幡さんは俺への敵意の表情を隠す事なく言った。

 そうやって睨まれると、ドキっとしてしまう。

 

「誰も彼もを助けようとしても、結局は抱えすぎて潰れるか……助けようとした誰かに裏切られるか。それが、お前の末路よ」

 

「……確信があるんですか?」

 

「当たり前よ。そして、それはお前自身が一番良く分かってる。記憶を失う前のお前自身は誰も信じてないし、期待もしてない……記憶を失って、トラウマすら忘れたのかもしれないけど。言動の節々からそれが滲み出てるわ」

 

「……」

 

 言われてみればそうかもしれない。

 否定する言葉を探すも、俺には返す言葉が無かった。

 

 俺は、俺の事を信じてついてきてくれる綺堂さんを疑っている。

 殺し合いを否定したがっている御剣さんを疑っている。

 そして、俺に敵意を向けてくる矢幡さんを信用している。

 ……敵意を向けてくるからこそ、そこに表裏がないと感じているのだ。

 

「正直、誘拐犯より記憶を取り戻したお前が一番怖いわ」

 

 吐き捨てるように言った矢幡さんは、そのまま俺の先を歩き始めた。

 あるいは矢幡さんもそうなのかもしれない。

 記憶を取り戻した俺という、裏が見えるからこそ……一時的な信頼関係が構築できている。

 

 今の俺と、以前の俺……何を信じれば良いのか――

 

「川瀬! ちょっといいか?」

 

 思考の渦は、御剣さんの言葉で掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 御剣総一は大きく落胆していた。

 

「はぁ…………」

 

 息を漏らしつつ、自省する。

 総一にとって、生きて帰る為に誰かを殺すというのは論外の行動だ。

 そんな事ができないというのもあるし、数ヶ月前に亡くなった大切な人との約束でもある。

 だから、他の人が早まった行動を取るつもりなら止めたかった。

 

 しかし、川瀬進矢・矢幡麗佳の会話を見る限り……彼ら自身それが間違っている事は百も承知であり、それでも尚生き残りたいという意志を感じて正しさを貫く事の難しさも分かってくる。

 総一だって分からない話ではない。

 今でこそ、生きる理由を失っている総一だが……彼にとって誰よりも大切な人である【桜姫優希】が存命であれば、彼女の元に帰る為に同じような気持ちになったかもしれない。

 

 分かるだけにせめて解除条件を代われるなら代わりたいが、ルール上不可能である。

 

(優希……お前だったら、どうしてた――?)

 

 居ない人から、その問いが帰ってくる事はない。

 代わりに、隣に居る女性から言葉が届いた。

 

「うぅ~、私ってそんなに女性としての魅力ないのかな~」

 

「どうしたんですか? 渚さん」

 

「だって、進矢君、ずっと麗佳ちゃんと話してばっかりなんだもの~!」

 

 微妙に涙目な渚と共に、後ろを見ると進矢が一方的に麗佳に話しかけてあしらわれているような印象だ。

 総一としては、進矢と渚の関係は少ししか知らないが、渚が進矢の事を心配しているのは分かる。

 だというのに、進矢は渚の事を鬱陶しそうにしているのである……が、完全に嫌いという訳でもなさそうだ。

 

『いや、アンタも結構こんな感じだったからね?』

 

 総一の脳内で大切な人の突っ込みが聞こえた気がした。

 もっと大事にすれば良かった……どれだけ後悔しても、彼女が戻ってくることはない。

 総一の胸の中に苦しいものが広がるが、ふと疑問が浮かぶ。

 進矢が殺人条件だと知りつつ、それでも当たり前のようについていっている渚に対して。

 

「そういえば、渚さんはあの場でどうするか言ってませんでしたね。俺達の話を聞いて、渚さんとしてはどう思います?」

 

「難しい話だよね~、これからの話は進矢君には秘密にして欲しいんだけど~」

 

「川瀬に? 分かりました」

 

 渚は考え込む仕草と共に、首を傾げる。

 言うか言うまいか迷っている様子で、数秒が経過やや暗い表情で渚は続ける。

 

「進矢君には、最初に会って色々助けて貰ったから~……何があっても、最後まで進矢君を味方になって、支えようと思うの~……そう、思ってたんだけど~」

 

「あぁ……」

 

 その進矢は今は麗佳に夢中だ。

 確かに麗佳は美人だ。そして危ういところもあるから放っておけない。

 それは総一も認める。

 

 だが、こんなに心配してくれる人を置いてそれはないんじゃないだろうかと思う。

 失ってからでは遅いのだ。

 後悔なんてしない方が良い。

 総一はゲームが始まって以来、今まで足りてなかった覚悟というものを、ようやくすることができた。

 

 すなわち――自分と同じような哀しみは繰り返させない、という決意を。

 

「分かりました。任せてください、渚さん」

 

「総一君?」

 

「川瀬! ちょっといいか?」

 

 不思議そうな表情をしている渚を置いて、総一は進矢の元に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 そんな総一に対して、冷ややかな視線が1つ。

 

(どうして私の任務は川瀬進矢との同行なんだろう? 総一君の方が良かった……)

 

 渚は内心で小さく溜息をした。



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第五話 とある復讐の終わり

川瀬進矢:A:9.0:Qの殺害
綺堂渚:7:4.2:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳:?:6.4:???
御剣総一:?:5.2:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???


 

 

――――――――――

人生における最大の悲劇は、幼子の死だ。それは全てを変えてしまう。

ドワイト・アイゼンハワー (第34代米大統領)

――――――――――

 

 

 

「川瀬……麗佳さんの件なんだが、俺に任せてはくれないか?」

 

「別に構いませんが……大丈夫ですか?」

 

 真剣な表情をした御剣さんは俺にそのような提案をする。

 先程、矢幡さんの圧に負けた時とは比較にならない真剣な表情である印象を受ける。

 あくまで彼女がゲームに積極的である事を止めたいようだ。

 俺には無理そうだから、御剣さんに別のアプローチを試して貰った方が良いのかもしれない。

 

「難しいのは分かっているが、彼女を一人にはしておけないだろう?」

 

「……それもそうですね」

 

「もし、二手に分かれざるを得ない時が来たら……お前は渚さんの方に着いていてやってくれないか?」

 

「綺堂さんが拒否しなければ元よりそうするつもりでしたが……むしろ、御剣さんが矢幡さんについて行ってくれるなら助かります」

 

「何だ、そうだったのか……良かった」

 

 御剣さんが息を吐く。

 俺が矢幡さんと話している間に綺堂さんと何かあったんだろうか?

 ……疑わしい部分は多いが、同行する人間を一人だけ選べと言われれば綺堂さん一択だ。

 記憶喪失後のフォローに関しては置いといても、落とし穴に落ちかけた時に守ってくれたり、解除条件を庇ってくれた恩がある。

 その分、彼女に何か返してやりたい。

 だが、それは俺の事情な訳で……

 

「意外ですね、綺堂さんは御剣さんと同行したいと願い出るかと思いました」

 

「そんな事はないぞ。川瀬、渚さんはお前の事を心配していた」

 

「俺を? 記憶に関しては彼女に助けられてますから、気にしてません。あんまり気に病まれると、逆に恐縮ですね」

 

「そういう事じゃなくて……あー、くそっ。単刀直入に聞くが、渚さんの事をどう思ってる?」

 

「本当に単刀直入ですね!?」

 

 ……うーん、つい先程麗佳さんに色々と疑っているという事を相談した手前、質問に窮する。

 窮するのだが、御剣さんは思いのほか真剣だ。

 質問の意図は何だろう?

 御剣さんも綺堂さんの事を疑っている?

 ……何か違う気がする。

 とはいえ、俺の中で綺堂渚像がハッキリしないから疑っている訳で……結構難しい質問である。

 だから、簡潔且つ誠実に答えるとするのであれば……

 

「正直に言って、彼女の事が良く分からないというのが本音ですね」

 

「……うぐ、アイツの気持ちが今になって分かってきた」

 

「……? どうしました?」

 

「いや、なんでもない」

 

 頭を抱えて何やら呟いていた御剣さんに何を言ったのか確認しようとしたが、はぐらかされてしまった。

 ……うーん、御剣さんが恐らく俺の知らない何かを知っているという事までしか分からないな。

 

「そこは二人の関係だ……俺が言うのも違うか」

 

 思考を巡らせている間に、御剣さんは言葉を零し、意を決した表情で俺の両肩を掴んだ。

 

「2つだけ言っておく、一つ目だが……俺は今でもお前が誰かを傷付けたり殺すのは反対だ。反対だが、”俺”は止めない。それでも、渚さんを悲しませるような事は止めてくれ」

 

「……分かりました。一人で早まった行動はしません。そちらこそ、矢幡さんと喧嘩しないでくださいよ」

 

 おそらくだが、誰と誰のペアを組んだとしても問題は発生する。

 組むならどこかで妥協が必要だ。

 想像もできないような事態に一緒に対処する必要があるだろう。

 果たして信頼関係を築けるだろうか……不安は多い。

 

「確かに矢幡さんと行動するのは大変そうだな……一応、解除条件も明かしておく」

 

「【J】ですか、麗佳さんをパートナーにするって事ですね」

 

「そうするつもりだ。できれば信じてくれれば、良いんだけどな」

 

 俺の言葉に御剣さんは苦笑する。

 【J】:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している。

 すなわち、御剣さんによる矢幡さんをゲームから生きて帰す事の宣言に他ならない。

 矢幡さんなら【JOKER】や、ゲーム終了直前の賞金の分配の危惧をするかもしれないが……。

 

「さて、お前に伝える事の二つ目だ。俺は矢幡さんを守る。お前は渚さんを守れ……絶対に、守り切れ」

 

「勿論その意志はありますが……二人共強い女性ですから、そこまでする必要ないのでは?」

 

「それは、弱気な事を悟られないように気丈にふるまってるだけだ。それに、二人が強い女性なのは俺も知っているが……どんなに強い人間でも死ぬときは一瞬だ」

 

「……ここはそういう場所ですからね」

 

 御剣さんの真剣な言葉に同意する。

 鉄の棒が振り下ろされる罠もあるし、落とし穴もあった。

 どっちも一歩間違えれば死に至る罠であったことは間違いない、回避できたのは運が良かっただけだ。

 もし、どちらかが死んでいたら今どうなっていただろう?

 俺は覚悟を決めるために少女の死に様を見に行こうとしているのかもしれなかった。

 

「あー、川瀬……言うべきか迷ったが言っておく。お前にとって……渚さんは、時に鬱陶しかったり耳に痛い事を言ってくるかもしれないが。それは全部お前の事を想って言ってくれていることなんだ。そういう事を言ってくれる人は大切にしろ……居なくなってから後悔しても遅いんだ」

 

「……分かりました。肝に銘じておきます」

 

 ……御剣さんの言葉を聞いていて一つ分かった事がある。

 少なくとも、彼の今の言葉は真実だ。

 誰か大切な人を失った経験があるのかもしれない。

 彼の後悔を、俺にさせまいと思っているんだろう。

 印象論だが、御剣さんは一旦信頼する事にする。

 

 となると、後は綺堂さんについてか……まず、綺堂さんが気丈に振舞っている行為を俺が偽ってると誤認してしまった可能性は否定できない。あるいは記憶を失う前に彼女とそれなりに親しかったか……。

 しかし、疑いすぎて彼女を危険に晒すのは本末転倒だ。

 気を引き締めて、生き残る為の情報を集めていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いない……? なんでだろう? ここで待っててくれる筈だったのに」

 

「そういうものよ。誰だって、自分の命は惜しいわ。そう言った筈よ?」

 

 御剣さんとの会話もそこそこにエントランスに到着した。

 しかし、そこには誰もいない。

 ……御剣さんの話では、郷田という中年女性に戻ってくるように約束したらしい。

 とはいえ、1時間半近く時間経過しているからな……確かにゲームの性質と時間アドバンテージを考慮すると離れるか?

 あるいは、もう一つの可能性がある。

 

「綺堂さん、確か救急箱の中に使い捨てのプラスチック手袋が入ってましたよね? 頂けますか?」

 

「う、うん……でも、何に使うの~?」

 

「御遺体の検分です」

 

「か、川瀬……お前本気か?」

 

 周囲に人がいない事を確認して、血が飛び散っている場所の中心部分……すなわち少女の死体がある場所に目線を移す。

 身体に風穴が幾つも開いており、血が部屋一帯に飛び散っていた。

 PDAにはこう記されている。

 

 

『スマートガン自動攻撃システム:ルール違反者や首輪の解除に失敗した人間を殺す為に全域に配置された攻撃システムの1つ。首輪が作動した状態で、システムの感知エリア内に侵入すると、識別信号とサーモグラフィに誘導されて4基の銃が目標を攻撃する。サーモグラフィの温度が低下するか、識別信号が止むまで攻撃は続く。』

 

 恐怖に見開いた少女と目が合い……身震いもするが、残念ながら俺達はそうならないために少女を教訓とせねばならない。

 まだ小学生位だろうか?

 このような子供にこんな残虐な行為をするとは痛ましい……恐怖もあるが、義憤もある。

 

 何よりも脳味噌が疼くのだ。

 真実を明らかにせよ――と。

 

「PDAは無かったわ、この様子じゃ首輪も壊れている。まだほかに調べる必要があるの?」

 

「えぇ、この子を殺した犯人を見つけないといけません。ルール通りここに居るのが13人であれば、容疑者は当時の目撃者6人と、俺達2人を外した4名……その全員を少女殺人犯と想定して行動するのは難しいです。何か絞り込む要素が欲しいです」

 

「無茶よ! こんなに銃で撃たれて身体がボロボロになってるのよ? 痕跡なんて見つかりっこ無いわ」

 

「そうかもしれませんが……そう決めつけるのは早いですよ」

 

 ――パシャ、パシャ

 と携帯電話を取りだし、少女を撮影する。

 現場を荒らす以上は写真を撮って保存する必要がある。

 あとはなんだ…………? えーと、ご遺体には敬意を持つんだったか。

 手を合わせて冥福を――祈るんだったか。

 

 濁流のように知識が浮かんできて、高揚感のまま言葉を続ける。

 

「まず、飛び散った血の殆どは乾いてますが、少女の周りの血溜まりは乾ききっていない。血が乾くのは約1時間だが、溜まってれば延びる。1時間半弱前に殺されたのは確かだと判断だとできます。次に、流れている血の量が多い……これが示す事は――少女は生きながらにして銃撃されたということです」

 

「そんな、ひどすぎるだろ……」

 

「お前、医者でも目指してたの?」

 

「あ、進矢君。記憶を失う前はそんな感じだったよ~!」

 

 後ろで気になるワードが出てきたが、まずは少女の事が最優先だ。

 軽く祈った後で、血溜まりを避けるように歩きまずは近くにある鞄を漁る。

 何時までも少女と呼称するのも忍びない。

 分かる事から1つずつ拾っていこう。

 

――おっと、目を閉じさせてやるのも忘れずにだな

 

「被害者の名前は『色条優希』……小学生。銃創の他の外傷は……頭を殴られてるな。戦闘禁止エリア解除と同時に裏切られて、殺された。小学生なら為す術もないな」

 

「それなら、実行者は少なくとも【3】と【4】じゃないわね。ルールを確認するにせよ、もっとスマートなやり方がある筈」

 

「解除条件だけで判断するなら……【8】【9】【10】【K】濃厚ってところですね」

 

「……総一君、大丈夫~?」

 

「あ、はい……大丈夫です。知人の名前と一緒で……」

 

 矢幡さんと話しながら、1つの仮説が浮かぶ。

 人の心が無ければ最適な手段がある。

 矢幡さんの言う解除条件全てで可能な最適解が。

 だとすれば、辻褄が合う……!

 

「……そうかっ! 犯人は、ペナルティで被害者を殺させ……その音で、他のプレイヤーをおびき寄せるつもりだったのか! そして死体を見て動揺してるプレイヤーに横殴り――それだけじゃない!」

 

 気付いてしまった真実に、警告と頭痛が頭の中に鳴り響く。

 まずいまずいまずい、頭の中に一気に焦燥感が駆け巡る。

 立ち上がり喋りながら、急いで周囲を見渡す。

 

「死体に釘付けになってるプレイヤーを狙――矢幡さん!」

 

「……えっ?」

 

「危ないっ!」

 

 ――ヒュン

 と風切り音がする。

 スローモーションのように鉄パイプが振り下ろされ、矢幡さんの頭に直撃――する筈だった。

 

「きゃ……っ!?」

 

 すぐ近くにいた、御剣さんに強引に引っ張られなければ。

 有限実行、彼は俺に言った通り矢幡さんのすぐ近くにいて、彼女の命を救ったのだった。

 

――ドン!

 

 地面に鉄パイプが叩きつけられる音がする。

 命の代償として、二人は覆い被さるように地面に転がり、矢幡さんの持っていた角材は遠くに放り出された。

 

 ……下手人であるアウトロー風の金髪男性と目が、合う。

 

「面白い事を言ってるねぇ、是非とも俺を混ぜてくれよ?」

 

 その皮肉げな笑みに、身震いするが……目は逸らさない。

 二人が倒れている以上、今対抗できるのは俺と綺堂さんのみ……まんまと引っかかってしまったが、俺が戦うしかないのだ。

 

「何か言えよ。だんまりじゃ、何も分からねぇぜ………!」

 

 ……が、流石に武器がない。

 一応、他の3人に攻撃がいかないように綺堂さんに目配せしながら牽制で男に近づこうとするが、それに応じてか、男は二人を飛び越え俺に距離をつめながら鉄パイプを振るう。

 横薙ぎの鉄パイプを辛うじて射程から離れる事で回避する。

 重量からか大ぶりではある。冷静に集中して回避に専念すれば、問題はなさそうだ。

 

「進矢君! 受け取って!」

 

「ありがとうございます!」

 

 時間を稼いだところで、綺堂さんが落ちていた角材を回収して俺に投げる。

 ありがたい……! 

 目配せで綺堂さんが角材にこっそりと移動していた事を確認したので、上手く事を運ぶことができた。

 ゴム手袋をつけた手で角材を上手くキャッチしながら、やはり彼女は頼りになる事を再認識する。

 

「形勢逆転! 女の子の殺人犯である貴方を拘束します!」

 

「チッ……! 深入りし過ぎたか……! だが、その女を殺したのは俺じゃないぜ?」

 

「踵の後ろに血がついてますよ?」

 

「な、マジかっ!?」

 

「はい、隙あり」

 

 嘘だ。

 だが、ほんの一瞬だけ彼の意識は自分の踵にいってしまう。

 その一瞬で十分だった。

 決定的な一撃こそは与えられないものの角材でラッシュをかけ、彼の余裕を奪う。

 俺が剣道をやっていたというのは本当だったらしく、重量に違和感こそはあるものの正確に振る事ができる。

 そして、部屋の隅に追い込む。

 これで逃げ場はない。

 

 それでも、男はその楽しそうな笑みを絶やすことなく……不気味だった。

 

「クク……ハハハッ、やるじゃねえか小僧。俺は手塚義光……お前、名は?」

 

「自己紹介とは余裕ですね、川瀬進矢です」

 

 言葉を返しつつも油断はしない。

 ちょっとでも逃げるそぶりを見せれば、決定的な一撃を彼――手塚義光に叩き込まなければならないのだから。

 余裕綽々の表情、何かある……!

 そろそろ、御剣さん矢幡さんも体勢を整えている。

 何も問題はないはずなのだが。

 

「川瀬進矢……か。中々、面白い奴だ。どうだ? そんなやつら切って俺と組まねぇか?」

 

「何を世迷い言…………を!?」

 

 後ろから駆け出す音、何が起きた? と後ろに意識が向かってしまう。

 

「――ちょ、麗佳さん!?」

 

「進矢君! 危ない!」

 

 御剣さんと綺堂さん、二人の声を脳で処理する余裕はない。

 

「隙、あり――だ!」

 

「ぐっ……がはっ!」

 

 意趣返しだと言わんばかりに、大きく鉄パイプが振るわれ辛うじて回避する。

 回避した直後、俺の腹部に手塚の回し蹴りが直撃し……角材を手放す事はなくとも、大きく後退した。

 素早く移動すると、右ポケットの中に入れている小銭の音が煩わしい。

 

 ……状況を確認、矢幡さんが逃げたようだ。

 このタイミングか……信頼されてないのは分かっては居たが、割とショックだ。

 

 蹴りは上手く急所に入ってしまったようで、正直痛い。

 右手を右ポケットの中に入れる。

 油断したつもりはないが……ここで勝つのはしんどいと判断する。

 ――正攻法では

 

「ここは俺がなんとかします! 二人共……逃げてください!」

 

「進矢君を見捨てられないよ~!」

 

「そうだ! できるわけないだろ!」

 

「御剣さん……【約束】しましたよね?」

 

「……くっ! そうだったな……! 分かったよ! 死ぬんじゃないぞ川瀬!」

 

 後ろから駆け出す音が聞こえる。

 一旦、これで問題ないだろう。

 矢幡さんの事も……そして、俺も。

 

「心配すんな、死ぬんならお友達も一緒さ」

 

「……残念だが、俺一人の命で我慢して貰おうか」

 

 右手で腹を押さえながら、絞り出すように手塚に答える。

 ……敗戦濃色のフリだ。

 

「俺もリスクは踏みたくない……だが、お前は此処で確実に殺しとかないとな?」

 

「恐縮です!」

 

 角材と鉄パイプ……2つが交差する直前に、右手の小銭を手塚の顔面目掛けて放り投げた。

 

「……なっ!? 小賢しいっ!」

 

(記憶を失う前の俺が、右ポケットに小銭入れてたのってこの為だったんだなぁ……)

 

 作戦の成功を見ながら、しみじみとそう思う。

 

 



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第六話 疑念と情の狭間で

川瀬進矢:A:8.2:Qの殺害
綺堂渚:7:4.4:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳:?:6.4:???
御剣総一:?:5.7:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
手塚義光:?:5.1:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???


 

 

 

 

――――――――――――

信じ過ぎると裏切られるかもしれない。だが、信じないと自分が苦しむことになる。

フランク・クレイン (米国の俳優、映画監督)

――――――――――――

 

 

 

 

「くっ! やるな! 坊主」

 

 ――カランカランカラン

 鉄パイプが地面に転がる音がする。

 手塚義光は自分の形勢不利を察知するや否やすぐさま武器を手放して全力で逃げ出した。

 

 判断が早い。

 逃亡の決断、それに伴う武装放棄……どちらでも一瞬遅れていれば俺の角材が彼に直撃していただろう。

 武器を持って、無手の相手は流石に追いつけない。あるいは体力の消耗が大きいだろう。

 あと、蹴られたお腹が痛いので全力疾走はあまりできない。

 

「あばよ! 今回はお前の勝ちで良いぜ!?」

 

「……引き分けとして覚えておきますよ!」

 

 鉄パイプを確保しつつ、相互に負け惜しみの言葉を贈る。

 俺の引き分けという言葉が恐らく正しいだろう。

 何せ、双方ほぼ無傷だ。

 ……ダメージはあるが、休めば取れる程度のものだろう。

 

「……進矢君、大丈夫~?」

 

「少しお腹痛いですが……大した事は無いと思います」

 

 そして、手塚を追いかけなかった理由その2である綺堂さんの言葉にやや呆れながらも、率直に現状を報告する。

 彼女が矢幡さんや御剣さんを追いかけなかった事を喜べば良いのか、悲しめば良いのか困惑している。

 

「……それよりも、どうして逃げてくれなかったんですか?」

 

「そんな事言われても、進矢君を見捨てられないよ~」

 

「お気持ちはありがたいんですが、俺が手塚義光に負けた場合、一緒に殺されていた可能性が高いですよ?」

 

「だけど、進矢君は勝ったよね~?」

 

「それは結果論です……」

 

 先程の戦闘を回想するに、危うい場所は多かった。

 雑感だが、筋力や体格等のポテンシャルは手塚のが上、技量は俺のが上くらいだろうか。

 まともにぶつかりあってはいないから、総合的にどっちが強いかは分からないが大して差はない以上は勝負なんて水物だ。次、どうなるか分からない。

 そして、何より……表層的な部分ではなく本質の部分であの男はヤバい。

 

「良いですか、綺堂さん。あの手塚って男の一番恐ろしいところは強さそのものではなく、狡猾さと残忍性です」

 

 思い出すのは、手塚義光が色条優希を殺してからの一連の流れ。

 そして、直接戦って気付いたことなのだが、手塚は人体の急所を狙う事に躊躇がない。

 既に殺人に手を染めた人間の余裕とでも言えば良いのか。

 例えば、俺の攻撃は無意識レベルで牽制や武器や肩・腕狙いの攻撃が多かったのだが、手塚はその制約に囚われていない。

 

 だから、彼とは戦いたくない。

 一方で止めなければならない相手でもある。

 だが、『拘束する』なんて言っておいてなんだが、冷静になってみれば拘束=間接的な殺人に近い。殺害を伴わない無力化なんて、余程運が良くないと現実的には無理だ。

 

 それを綺堂さんに説明したのだが……。

 

「そっか~。私、あの人嫌い~」

 

「だから、逃げて欲しかったって話をしてるんですよ」

 

「進矢君がそんなに私の事を心配してくれて嬉しいです~」

 

「? 別に誰が相手でも同じ事を言いますけど」

 

「進矢君ひど~い~!」

 

 綺堂さんのむくれ顔を見ながら……ここまで説明しなくても最初から分かっていて不要だったのかもしれないと思い直している。

 はてさて、彼女の顔を観察してもまさかそれだけで思考が読めるわけでもなし。

 ……ふつうに可愛いらしい――じゃなくて、脳内に警告があった。

 俺に優しい女性は大抵他の人にも優しいので思わせぶりでも、【絶対に心を許しては駄目】だというよく分からない警告が。

 

 そんなこんなで、暫く見つめ合っていると綺堂さんが腕を組んでかわいらしく威厳っぽいものを出して言う。

 

「どうしてもって言うのなら、進矢君が私の事を渚って呼んでくれるなら逃げるよ~」

 

「分かりました、綺堂さん。次も勝ちます」

 

「そういう意味じゃないんだけどな~!」

 

 冷静に考えてみれば、綺堂さんは一見抜けてるようで馬鹿ではない。

 逃げるべきか、逃げざるべきかなんて、自分で判断できる。

 ……後は本人の責任で問題無いだろう。

 

 それよりも、二人になってしまったのでこの問題に踏み込まざるを得ないのか……ひとまず、探り探りでいこう。

 

「そもそも、どうして名前で呼んで欲しいんですか? 何か意味あります?」

 

「だって、綺堂さんだなんて他人行儀過ぎるよ~!」

 

「……? 他人ですよね?」

 

「進矢君のいけず!」

 

 ……ぷんすかと怒りながら綺堂さんは可愛らしい。

 なんか、綺堂さんってからかうと表情をくるくる変えてくるのが面白い。

 ついからかいたくなるので、これが術中に嵌るということなのだろうか?

 

 十中八九演技だとは思っている。

 ……一旦、綺堂さんのそれを演技だと仮定してどうするか考えよう。

 

 これはお互いの本音ではない……ただのジャブだとする。

 記憶を失った俺は意図せずして、そして綺堂さんは意図して自分を演じている。

 そして、演じている限りは本気で怒る事も、悲しむ事も、喜ぶこともない。

 悪意が無かったとして、演技する理由なんてそれで十分だ。

 だから、それ自体は悪い事ではない……とは思うのだが。

 

「つまり、綺堂さんは俺と仲良くなりたいんですね?」

 

「そうだよ~! 進矢君が麗佳ちゃんに夢中でお姉さん寂しいんだから~!」

 

「……そう来ましたか、これからは独り占めですね。おめでとうございます」

 

「うぅ~、進矢君が反抗期になっちゃったよ~」

 

 さて、お互いに『仮面』を被り合ってる現状でどうするかが問題だ。

 大前提として、俺は真実を暴きたがりだ。

 記憶を失う前からそうだったんだろうか……謎があると解かずには居られないし、誰かと一緒に居ればその人物の人物像を無意識レベルで探ろうとしている。

 それが川瀬進矢という人間だったんだろう。

 

 だから、綺堂さんが本当はどういう人間が知りたいと思っている。

 そして、もう1つ――俺は綺堂さんの『仮面』を暴くべきではないと思っている。

 

「でも、お姉さんは知ってます~! 進矢君は本当は私の事信じてくれてるって~」

 

「うっ、そうですね。否定はしません……角材をあの時投げてくれてありがとうございます。ナイスパスでした」

 

「進矢君もナイスキャッチだったよ~」

 

 矛盾しているようだが、真相はシンプルだ。

 実際に話してみて、何度も助けて貰って感じた事なのだが……今の関係を心地よいと思っている気持ちもある。

 真実を暴いた場合は、それが崩壊する。

 そんな確信が俺の中にある。

 

 そして、少なくとも記憶のない俺にそれを決断するのは困難だ。

 何故なら、知っている人物が少なすぎるのが原因だが、相対的に綺堂さんは俺の中で大きな存在だからだ。

 

「それだけじゃないですね。落とし穴に落ちかけた時に助けてくれた事、解除条件を暴かれそうになった時に助けてくれた事……ありがとうございます。綺堂さんが居なかったら何度か死んでいたかもしれません」

 

「進矢君だって、私が危ない時は守ってくれるんでしょ~? お互い様だよ~」

 

「……まぁ、そうですね」

 

 推測だけなら綺堂さんがどういう人間なのか、大まかに輪郭だけは理解してきた。

 その想定によれば……彼女の正体暴きは、お互いの心に大きな傷を残す結果になるのは明白だ。

 

 そんな事する必然性はない。

 今のままで良いんじゃないか……そう自分に言い聞かせる。

 万が一、綺堂さんから裏切られるような事があっても……心さえ許さなければ問題無いだろう。

 綺堂さんに俺に対する利用価値があり続ける限りは、早々裏切られる事なんてない……その筈だ。

 

 よし、方針は決まった。

 意を決して綺堂さんに向き直ると、彼女はきょっとんとした表情になる。

 純粋……かは別として、綺堂さんのそういう表情を見ると罪悪感が胸に広がるのは確かだった。

 

「約束しますよ。解除条件【7】の達成。その後、首輪解除したら進入禁止エリアまで送るまで守ります」

 

「う、うん……進矢君はどうするの?」

 

「それを語るには情報が足りない……というよりは、まず参加者全員を知るべきですね。その点、解除条件【7】は都合が良いです」

 

「分かった~! 一緒に頑張ろうね~!」

 

 綺堂さんの笑顔はどこまでが本気で、どこまでが嘘なのか。

 ……俺にはさっぱり分からない。

 抜けられないぬるま湯の中で、俺は俺を守る為に彼女を拒絶する必要があった。

 だから――

 

「絶対に裏切る気はないので、俺に媚びたり仲良くする必要はないんですよ。綺堂さん」

 

「え? し、進矢君~!?」

 

「さて、じゃあ次はエントランスも確認しましょうか」

 

 疑問符を浮かべた綺堂さんから、逃げるように反転しエントランスに移動を開始する。

 後ろからは慌てて俺についてくる足音が聞こえてきた。

 

 

 今なら、矢幡さんに惹かれた本当の理由を理解できる。

 彼女は既にハッキリと決断していたからだ。

 優柔分断な俺にはそれが眩しく見える。

 

 綺堂さんの真相を暴くかどうか、手塚のような危険人物を殺すかどうか――【Q】を殺すかどうか。

 何もかも先送りだ。

 それでも、どこかで決断しなければならないだろう。

 正直に言って、亡くなった色条優希が【Q】だったら――と願っている自分がいる。

 矢幡麗佳と手塚義光の【Q】の可能性は切ってるので、まだ見知らぬ7人の内の誰か……今は綺堂さんの解除条件に付き合うのが妥当だろう。

 

 無意味だと知りつつ、いつか下さなければならない残酷な決断をする機会がこない事を祈るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ追いかけてくるなんて……本当に状況が分かってるのかしら? それとも、やっぱり私を殺す気?)

 

 罠を警戒して、今まで通ってきた道を遡るようにして矢幡麗佳は走り続けていた。

 しかし、逃げるにも限界はある。

 息があがってきている彼女に、追いかけてくる男性――御剣総一を振り切る体力はない。

 では隠れるか? と考えても多分、難しい。

 

 武器もない彼女は、合流するしか選択肢が残されていなかった。

 

(今はやむを得ず従って、先んじて殺す――それしか無いわね)

 

 麗佳は覚悟を決めた。

 一応、頭脳には自信がある彼女ではあったが身体能力はないし、殺し合いに特別役に立つ技能を持ってる訳でも無い。

 彼女が生きて帰る為には、何度か賭けをする場面に迫られる事もあるだろうと想定していた。

 そして、今がその時なのだ。

 

「麗佳さん! 一人で居るのは危険ですよ」

 

「ハァハァ……仕方無いじゃない、私にはあの場をすぐに離脱しなければならない理由があったのよ」

 

 息を切らしながら、体力の差を痛感する。

 ……御剣は相変わらずだと麗佳は冷静に判断した。

 麗佳は9割方……彼がまだ決断できていない一般人だと見ている。

 特別強くもなければ、弱くもない……悪意も善意も人並み。そういう人物だ。

 いずれ裏切られるにせよ、すぐに裏切る決断はできない。

 

 だから、賭けにはなるが既に覚悟を決めている非力な麗佳でも勝てる公算は高い。

 それを実行する為の武器を今の麗佳は持ち合わせていないのだけが問題だった。

 

「理由ってそんな……川瀬は俺達の為に戦ったんですよ! それに、此処は危ないです……皆で一緒に動きましょうよ」

 

「ほら、これを見ても同じ事を言える?」

 

 麗佳はPDAを取り出し、素早くPDAを操作して、その画面を総一に開示した。

 彼の顔が驚愕の色に染まる。

 

「は、ハートのクイーン……!? そんな……」

 

「これで分かったでしょう? このゲームの現実が」

 

 ……これで戻る理由は無くなった。

 だが、行動を共にする以上は麗佳に気の休まる時間は無くなる。

 無論、麗佳とて一般人である事には違いないし、心は悲鳴をあげている。

 それでも生きる為にはやるしかないのだ。

 例え、誰を蹴り落としたとしても。 

 

『殺すのは、最後の最後……そうしない為の手段を探し続ける努力はするべき』

 

(そんなものはないし、善意っていうのは――誰かの養分になるだけよ。誰よりも分かってるでしょう? 私)

 

 心の中で反響した誰かの言葉を内心で否定し、心の中を鋭利な刃物で武装した麗佳は冷たい総一を見つめる。

 驚愕の表情で『Q』が表示された画面を凝視している総一はそれに気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、今回の滑り出しはまずまずって所かしら……でも、序盤にもう一波乱欲しいところね」

 

 組織用の人間の待機室にて、本ゲームを現場で管理しているゲームマスターである郷田真弓は1つずつ状況を整理しながらどのようにゲームを運営していくか考えていた。

 普段は気合いを入れてする事ではないのだが本ゲームは数ヶ月前に目玉プレイヤーの一人の恋人が交通事故で亡くなったり、ゲーム中でもう一人の目玉プレイヤーが記憶喪失になったりとイレギュラーが多すぎる。

 勿論、観客の視点に立てばそれは歓迎すべきイレギュラーという事もあるかもしれないが、直接現場で働く身としてはたまったものではない。

 計画というのは修正されるのが当然ではあるが、リアルタイムで動かすのは経験と勘の見せ所だ。

 ベテランゲームマスターである郷田真弓をして、今回はちょっと予測がつきにくいのである。

 

 頭の中の算盤を弾き終えた郷田は、意を決して連絡係に回線を繋いだ。

 

「よし、まずは麗佳ちゃんと総一君に拳銃を渡して頂戴」

 

『宜しいのですか? 流石に贔屓になってしまうのでは?』

 

「名目は記憶喪失になったプレイヤーの救済目的のアイテムを拾ってしまったということで……面白い事になると思うから、ここは私を信じなさい」

 

『承知しました。こちらで見繕っておきます』

 

 実際、拳銃をグループに1個だけ配布するとして、それが贔屓になるかは微妙なところだ。

 不和の種という表現が近い、裏切りの誘発と緊張感を持たせるのが郷田の狙いだった。

 命中精度のあまり良くない弾数6発の拳銃で予備の弾丸が無ければ、それほど大惨事にはならないのは過去のゲームでも証明済みだ。

 

「あとのメンバーは……手塚君はもうちょっと待っててね。あともうちょっと頑張ってくれれば、ボーナス出せるから」

 

 手塚以外のプレイヤーは未だ積極的にならず……ただ、時間の問題ではある。

 既にゲームが真実である事は大凡広まっている。

 それまでの繋ぎは、麗佳・総一のペアに拳銃を配布する事で十分だと郷田は判断した。

 

 ある程度、ゲームの進行に問題無いと判断した郷田はメインになるであろう二人を画面に映した。

 

「うーん、記憶を失っててもあの二人の相性は悪いのね……仕方無いか、渚ちゃんには知らせてないけど二人は元々敵対関係になる予定だったんだし」

 

 独り言を零しながら、メインディスプレイを弄って録画を見ていく。

 尚、独り言は見られる事を意識して癖になってしまったものだ。

 時として思考を開示する事で評価が上がる事があるのだ。

 ゲームマスターとしての職業病なのである。

 

 

 ゲームマスターの豆知識はさておき、郷田としては二人の関係は見た目ほど険悪ではなさそうなように思える。

 少なくとも、今の状態でも初日を乗り切る事はできそうだ。

 

 

「進矢君が記憶を取り戻すまで、二人の関係にもう一押し欲しいわね……となると、やるしかないか」

 

 郷田は今後の動きを脳内でシミュレートしながら、ディスプレイの電源を落とす。

 郷田は自然と深い溜息をした。

 ゲームを面白くするためとはいえ、やりたくない事だって沢山あるのだ。

 

「嫌になるわね――愛のキューピット作戦」

 

 何が哀しくて、二人の間を取りもたなければならないのか……そんな自問をしながら、ハイヒールを脱いで動きやすい靴に履き替える。

 この作戦にはタイミングが重要だった。

 

 



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第七話 水面下の攻防

 

 

――――――――――――

自分がどんな酷い事を行うかが分かっていても怒りは抑えられない。人間に最大の禍をもたらすのが怒りである。

エウリピデス (ギリシャ三大悲劇詩人の一人)

――――――――――――

 

 

 

 

 

(最初から受け取っていたプロフィール通りではあるわね。正義感は強いけど、人間不信。誰も信じてない癖に、人を助けようとする――凄く、苛々する)

 

 渚は冷めた目線で、自分を突き放した川瀬進矢の後ろ姿を見つめる。

 どれだけ正義感が強かろうが、モラルに優れた人間だろうか……最終的にゲームに乗る。さもなければ、その前に死ぬ。

 それを知っている渚であるだけに、別に焦る気持ちはない。

 ただし、彼女に湧き上がる気持ちは止められない。

 

(でも、川瀬君は誰も裏切らないかもしれないわね。最初から誰も信じなければ、裏切られても傷つかない……傷つかなければ、本性を晒す事なんてないのかもしれない)

 

 渚は自分の胸の内に昏い炎が燃え上がるのを自覚する。

 その炎が怒りなのか、嫉妬なのか分からない。

 ただ、渚には1つの目的意識が生まれた。

 何としてでも、川瀬進矢の本性を暴き出そうと決意した。

 もし、誰かに裏切られた記憶を失っているとしたならば――もう一度、癒えない傷を川瀬に刻みこまなければならない。

 

(でも、今裏切ろうにも川瀬君が私を信じてくれない限りはダメージは少ない。つまり、裏切る為に信じて貰わないといけないわけで――)

 

 そしてそれは、渚にとってはいつもの事だ。

 既に両手で数えられない程は繰り返したお仕事、それでいて渚の初ゲームの再演。

 人間なんて誰もが裏切るのだ。

 そう信じてるからこそ、渚は進矢に対して酷い憤りを抱いている。

 同じ事を知っている筈なのに、全く異なる結論を出している進矢。

 

 それは渚にとって、世界の異物にとって他ならず。

 だからこそ、彼を今までと同じ人間である事を証明しなければならないのだ。

 

 誰も裏切らない強い人間上等。

 そんな人間も、誰かを裏切る事を証明できれば――綺堂渚の世界はより強固になる。

 だからこそ、まずは川瀬進矢を守ってる心の鎧を剥がす必要がある。

 

 仮面の下で決意を固めながら、思案を進める渚は、自分の服の中でPDAが振動している事に気付く。

 

(指令にしては早いわね……何かしら?)

 

 疑問を抱きながら、PDAを取り……その内容に笑みを浮かべた。

 どうやら、組織も同じ考えだったようで非常に――動きやすい。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、おかしいな。何故だ?」

 

「進矢君~、どうしたの~?」

 

「いや、このコンクリート壁なんですけど」

 

 御剣さんと矢幡さんの証言を信じてなかったわけではないが、何か気付きがないかエントランスに来た俺達。

 確かにエントランスには頑丈なシャッターが降りており、一部シャッターが破れ、その先でコンクリート壁が俺達が逃げ出す事を阻んでいる。

 ……それがおかしい。

 ルールを見る限り、そんな事をする必要がないのだ。

 

「どうして、このゲームを運営している連中はコンクリート壁なんて作ったんでしょうか? なんというか、優しすぎるように感じます」

 

「そ、そうなのかな~? 私は怖いと思うけど~」

 

「確かに一目見れば怖いです。その後は怒濤の展開で気付かなくても仕方ないかもしれません。でも……冷静に考えれば分かります」

 

 今はコンクリートがあるから、絶対に逃がさないという組織の意志を感じる。

 コンクリート壁を壊そうとした痕があるから、このゲームは複数回行われたである事も推測はつく。

 納得はする、だが――そうである必要性が分からない。

 

「俺はルールを読んだ時、最初に出るであろうルール違反は【ゲームから脱出しようとして、建物に出る】ルール違反で死人が出るんじゃないかと思いました。だからこそ、記憶を失う前の俺はエントランスへの移動を勧めたんだと思います。だけど、実際のエントランスは出れない構造になっている……ならばルール5に【屋外は進入禁止エリア】なんて書く必要はない。……これは、何かのヒントになり得るんじゃないでしょうか?」

 

「ヒントって、実は外にでる方法があるって事~? でも、仮に外に出れたしてもルール違反である事は変らないんじゃないかな~」

 

「えぇ、その通りです。今すぐ役に立つ訳ではないですが……それでも、覚えておいて損はないと思います」

 

「うん、分かった~!」

 

 実際、この思考実験が役に立つかは分からない。

 だが、現状首輪問題を解決する切片がないため、1つずつ検証して何かを掴まなければならない。

 同時進行で綺堂さんの反応を伺っているが、ややぎこちない気がする事しか分からない――まぁ、俺の所為なんだが。

 まだ諦めるには序盤も序盤だが、閉塞感が強いのが心を蝕んでくる。

 考えないようにはしているが、【Q】を殺すという別の安易な逃げ道が用意されているから尚更だ。

 他に何かないかと、キョロキョロとエントランスを見渡していると綺堂さんが声を掛けてきた。

 

「うーん、総一君と麗佳ちゃんはもう戻ってこないのかな~」

 

「帰ってこないって事は、二人は無事合流できたという事ですね」

 

「そっか~……麗佳ちゃん、もう私たちとは一緒に行動するつもりはないのかな」

 

「彼女の解除条件は知りませんが、彼女がそう判断した以上は――そうした方が良いんでしょうね」

 

 心配する気持ちはあるが、矢幡さんの事は御剣さんに任せよう。

 矢幡さんに関しては……解除条件で嫌な予感がするが、それを上手く言語化できない。

 何かが引っ掛かっている。

 だが、答えを導き出す為のピースが足りない。

 

 分からない事が多すぎる。

 いずれにせよ、矢幡さんに対して俺にできることが何もない以上は考えるだけ思考リソースの無駄だ。

 考えるべきは、今いない女性ではなく目の前の女性なのだ。

 

「むぅ〰……ね、ねぇ……進矢君? 私、何か悪いことしちゃったかなぁ~?」

 

「綺堂さんは何も悪いことしてないので、気にしなくていいですよ」

 

「で、でもでも! さっきから、進矢君何か事務的だし……私、家族や親戚からそういう事で、よく怒られちゃうから……」

 

「あぁ、苦労してそうですね。じゃなくて、今回の件に関しては100%俺が悪いので大丈夫ですよ」

 

「うぅ~、でも進矢君はゲーム壊した時の従兄弟と似たような雰囲気がある~」

 

 

 自分で作った空気とはいえ、居心地の悪さをひしひしと感じる。

 

 ――せめて、綺堂さんを信じるフリ位はするか……? 

 

 などと考えてみるが、俺にそんな器用さはないと思うし、不誠実だ。

 そういうのは態度に出てしまうものだと思うし、俺の中での綺堂渚は察しの良い人間だ。

 【彼女が信用できない】と【彼女を守りたい】の二つの想いが対立し、いっそ綺堂さんの方が見限ってくれれば……なんて、考えてしまう。

 ショックがないといえば嘘になるが、矢幡さんがそうしたようにだ。

 

 さて、自分の決断に後悔するのはここまでにしよう。

 選んだ以上、3日間我慢するだけだ。

 

 しかしながら、今の関係に悔いらしきものが以上、多少の修正は考慮に入れるべきか。

 記憶のない俺なりに考えてみるが、こういうのは多分だが双方の合意が居るんじゃないか?

 今の状況は、俺が一方的に突き放している状態だから、綺堂さんも納得できてないんだろう。

 ……多分?

 

 深呼吸して考えてみよう。

 結論は変わらないとはいえ、先程の綺堂さんへの態度は一方的な通告のようなものだ。

 相手の事情を一切無視して、コミュニケーションを断っている……これはよろしくない。

 つまり、改めて角の立たない断り方を考えるしかない。

 俺にその辺の記憶は欠片も無いが、幸か不幸か知識は生きている。

 

 ならば、基本に忠実にいこう。

 一つ、一方的になってしまった事の謝罪をする。

 二つ、俺は綺堂さんを蔑ろにしたいわけではないこと。

 三つ、今回の件の埋め合わせをすること。

 

 その上で、俺の目的である『適切な距離感を保った関係をゲーム中に維持する』という要求を通す必要があるわけだな。

 ……行けるか?

 分からんが、やらないよりはマシだろう! 多分。

 綺堂さんの反応次第でスタンスとかそういうのが透けて見えるかもしれないしな……。

 

 ということで、借りてきた猫のように大人しくなっている綺堂さんに向き合う。

 

 咳払いを一つ、改めてゲーム以外の事を話そうとしようとすると緊張してきた。

 

 

「綺堂さん! 冷たくしてしまって、ごめんなさい!」

 

 まず、頭をさげる。

 この作戦で大事なのは、俺が終始状況を握る事だ。

 なので、多少身振りはオーバーでも良い。

 頭を下げているので相手の表情は見えないが、急な行動で呆気に取らせる顔がイメージできる。

 

「し、進矢君……急に、どうしたの~? 大丈夫だよ、気にしてないから~」

 

「いえ、自分が悪かったんです。もう少し、自分の考えとか開示して相談するべきでした」

 

 そして、俺のオーバーな対応に綺堂さんが緩く許す言葉を出したところに、畳みかける。

 ここで、この状況を許容すると以前の緩い関係に逆戻りだ。

 相手を尊重しつつ、自分の要求を通すのが大事になる。

 

「なので、僭越ながら……今ここで俺の考えを述べさせて頂きます」

 

「う、うん……分かった」

 

 よし、綺堂さんの表情が真面目モードになった。

 スタンスのすり合わせ大事、あとで決裂するのは俺も望むところではない。

 やれるところはやっていこう。

 要点は次だ……ぶっこむぞ、俺。

 

 

「改めて話しておきましょう、ゲーム中に完全な信頼関係を結ぶのは無理だと俺は考えています。現に俺は【綺堂さん】の事を完全に信じる事はできません。」

 

「私としては~。ほかの人は兎に角、進矢君の事は信じてるんだけどなぁ~……それで、考えって?」

 

「このゲームが終わったら、仲直りに二人でデートしましょう! なので、この3日間はドライに当たる事をお許しください!」

 

 勢いのままに言葉を出し切り、頭を下げる。

 デートという単語にちょっと顔が熱くなるかもしれないが、必要経費だと割り切る。

 

 つまり、考えとしてはこうだ。

 俺は綺堂さんと仲良くなりたいという気持ちはあるけど、ゲーム中はゲームに集中したいので、このゲーム中は一線を引きますよ~という意志表示だ。

 綺堂さんが完全に白で、不安から過剰に俺に付き纏おうとしてるとしてもある程度不安は解消できるだろうし、逆に黒で俺を懐柔しようとしていたとしても口実を潰す事ができるだろう。

 

 埋め合わせはゲームが終わった後の自分に投げればいいのだ。

 

 完璧な作戦だ。

 

 ……あれ?

 今更だが、なんで牽制みたいになってるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 ――なるほど、記憶喪失の癖にゲームの本質をよく理解できてるわね

 

 川瀬進矢の言葉に内心では、同意しつつ……どうしたものかと渚は思考を巡らせる。

 このゲームでは誰も信じられない、さりとて一人でクリアするのは難しい。

 なので、クリアするだけの最適解を求めるならドライなままで、裏切り前提の利害の一致だけの協力関係を保つ……というのは一つのは解と言えるだろう。

 

 今まで、渚に対してこのようなアプローチをしてきた参加者は居なかった。

 天然でほんわかとした害の少ないプレイヤーとして振舞う渚に対して、1対1でそういう事を提案するプレイヤーはいない。

 適度に利用しようと考えるか、とりあえず同行し……その後は渚にデスゲーム中の清涼剤としての役割を求める事が多い。

 渚に与えられた役割から、それが一番冴えたやり方だった。

 

 (このままだと、郷田さんの作戦だけじゃ難しそうね……)

 

 しかし、川瀬進矢にその役割は必要ないらしい。

 組織の人選ミスじゃないの?

 と内心愚痴りたくなる渚だが、自分のミスから始まった事だ。

 今回の仕事はきっちりやり遂げなければならない、そして進矢の心をズタズタに引き裂く必要がある。

 

 命がけの仕事だ。

 セカンドプランだって当然用意はしている。

 滅多に使うものではないし、失敗した時のリスクもある。

 

(記憶があれば、多分通じなかったでしょうね。でも、今の川瀬進矢なら……)

 

 しかしただ殺すだけなら、かつてのゲームの再演にならず、ただの作業になってしまう。ショーも盛り上がらない。

 故に渚は黒い覚悟を以って、その作戦の実行を即断した。

 

 こうして渚は自分の中に叩き込まれた、ゲームマスター心得の一つ――『恋愛心理学と男の落とし方』の実践に移す。

 

 

 

「良かったー---! 進矢君に嫌われたと思ったよ~!」

 

「て、え……ちょ、綺堂さん!?」

 

 まずは、川瀬進矢に飛び掛から勢いで彼の両手を包み込むように握る!

 嬉しい表情を作り、至近距離で彼の表情を見つめると彼は頬を赤く染め、顔を逸らした。

 渚は内心で第一関門の突破を確信する。

 完全に嫌悪感を持たれてたらこの作戦はアウト、ちゃんと異性として認識されているということだ。

 

「き、綺堂さん……!? 俺の話を聞いてましたか??? ゲーム中は距離を置いてください! ドライでいましょう!?」

 

「うん、勿論聞いてたよ! 約束の、ゆびきりげんまんしようよ~」

 

「え、えぇ~。いや、良いですよ!? もう……ゆびきりしたら約束履行してくださいね?」

 

「は~い! ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます! やったぁ! 進矢君とデートできる~!」

 

「あぁ……はい、喜んでもらえて良かったですよ」

 

 

 恥ずかしそうに小指を差し出す川瀬進矢に対して、ぐいぐいと小指を絡めて『約束』する。

 もう、この場の主導権は渚のものだ。

 主導権を握り返そうと、川瀬進矢が言葉を発する前に強襲をもう一発入れておく。

 

「進矢君……『約束』、だから……絶対に一緒に生きて帰ろう、ね?」

 

 渚はサッとテンションを切り替えて、自分の両手を祈るように組み、悲しそうな表情を作って上目遣いで進矢と目を合わせながら言う。

 このようにサッとギャップを意図的に作ることで、男性の心を揺らがせる事ができるのだ。

 人の心を操るのはそのメカニズムさえ把握しておけば、難しいようで割と簡単なのである。

 

「え、えぇ……分かりましたよ! それは、ズルいですよ……綺堂さん……」

 

 川瀬進矢は顔を染めながら、半ば自棄になって渚の言葉を肯定する。

 ズルいのはズルいが第二関門突破だ。

 これでこの場は完全に渚が支配した。

 なので、最後の仕上げに移る。

 

「うん! じゃあ、私も進矢君との約束を守るね~。 つーん、つーん~」

 

「その擬音要ります? というか、離れすぎでは???」

 

「だって、進矢君の負担になりたくないも~ん」

 

 最後の技はあえて離れる! オーバーに離れる!

 近くに居た人がいきなり遠くに行くことで、逆に意識させる手法である。

 同時に、『約束』を大事にするというアピールも兼ねている。

 言うならば恋とは魚釣りであり、今の渚は餌だ。

 まずは餌の存在をアピールした後に、わざと離れる事で相手の方から追わせるのである。

 

「私も、もっと近くに居たいけど~、進矢君の為に心を鬼にして離れます~! つーん、つーん~!」

 

「……目が届く範囲と、すぐに助けに行ける範囲には居てくださいね?」

 

「は~い~!」

 

 小言を言いながらも、真っ赤な顔で頭を抱えている川瀬進矢を見て、渚は自身の作戦の成功を確信するのであった。

 

(お膳立ては済ませた……後は熟練のゲームマスターさんの手腕に期待、かしら? 川瀬進矢、貴方は最期にどんな顔を私に見せてくれるのかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の俺の気持ちをたとえるならなんて言えば良いだろうか?

 ひたすら壁を殴りたい?

 ベッドに寝転んで、足をじたばたさせたい?

 例えるならそういう感情で、つまり自分の中に制御できるかよくわからない熱い感情が生まれたようなもので。

 

(どうして、こうなった……! どうして、こうなった!)

 

 最初は自分の目的の達成に上手くいっていたと思っていたが、蓋を開けてみれば後半ずっと綺堂さんに翻弄されてしまった。

 一見すれば、彼女に悪意がなさそうな動きをしているのが本当に性質が悪い。

 

 ……綺堂さんの顔をまともに見れる自信がない。

 だが、こうして急に綺堂さんに距離を取られると、逆に不安になってくる。

 あの手塚という男のように、危険人物がどこかに隠れてるかもしれないし、あるいは罠が仕掛けられているかもしれない。

 綺堂さんの笑顔が、苦痛や恐怖に変貌するのが非常に……怖いのだ。

 

 それならいっそ近くに居てくれた方が……と思わなくもないが、それは本末転倒なのである。

 

(あぁもう、今後の事を考えなきゃいけないのに……! 俺の馬鹿、綺堂さんの馬鹿……)

 

 平常心を取り戻すにはもう少し時間が必要そうであった。



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第八話 純粋という危うさ

川瀬進矢:A:8.8:Qの殺害
綺堂渚:7:4.1:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳:Q:5.9:2日と23時間の生存
御剣総一:J:6.2:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
手塚義光:?:5.1:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???



 

 

――――――――――

真に邪悪なものは純心から始まる。

アーネスト・ヘミングウェイ (米国の作家)

――――――――――

 

 

 

 葉月克己――50代前半。

 彼の一人娘は独り立ち、人生における大仕事を一片付けしたところで、長年連れ添ってきた妻とどのような老後を過ごそうか……と考えている初老に差し掛かった普通のサラリーマンだった。

 生きている中で大きなトラブルに遭遇した記憶なんて数える程だ、それも多くの人が体験するようなイベントしかない。

 

 だから、このゲームに誘拐された時も最初に遭遇した中学生の長沢勇治に「このゲームは本物だよ!」と主張されても、中々信じる事はできなかった。

 しかし、据え付けの機関銃で撃たれ続け、痙攣しながら血を流し続ける少女を見た時に彼の世界は木っ端微塵に破壊される。

 

 今、この建物では葉月の中の常識は完全に通用しない。

 長沢勇治、御剣総一、郷田真弓、矢幡麗佳、漆山権造……同行していた全員がそれを思い知った事だろう。

 急に現れた下手人と思われる金髪の男から逃げだし、集まったメンバーは散り散りとなりつつある中、彼の選択は――

 

 

「……よしっ! ここまでくればあの金髪野郎も追いかけてこないかな」

 

「ハァハァ……長沢君。大丈夫……かい?」

 

「まっ、葉月のおっさんよりはね」

 

 

 まだ、子供である長沢と行動を共にする事であった。

 命の危うい状況にあっても――否、このような非常事態だからこそ、彼は子供を優先したのである。

 極論、自我同一性の危機にあっても、試されるのはこれまで積み上げてきた事――すなわち、自分が変わるわけではないのだ。

 

「でも、葉月のおっさんも勘が良いよ。僕――いや、俺についてくれば一緒に勝たせてあげるよ」

 

「はははは……やっぱり、長沢君は頼りになるな、ふぅ~」

 

 それを強がりと解釈して、葉月は息を落ち着ける。

 男たるもの、背伸びは必要だろう……自分も見習わなければと改めて葉月は己の心を叱咤した。

 

「もう、6時間経っちゃったし……流石のおじさんも、このゲームが本物だって事は分かってだろ?」

 

「あ、あぁ……あんなものを見せられた、からね。あんな……酷い……」

 

「しっかりしようぜ、おじさん! 首輪を解除しないと、俺達があぁなっちまうんだ! ということで……解除条件を教えて欲しいんだけど」

 

「そ、そうだね……すべてが真実ということなら、そういう事になる、んだね……」

 

 葉月は深く考えて居なかったが、おそらくは女の子が殺されたのもその解除条件の兼ね合いだろうというのはそんな葉月でもわかる事だ。

 危険な解除条件の持ち主が、自分が生き残る為にそのような凶行に及んだということになる。

 同じような目に逢わないために首輪を――という事だ。

 葉月は改めて自分の解除条件を確認する。

 

「えーと、僕の解除条件は【2】番、ジョーカーの破壊が――」

 

「パァン、はい葉月のおじさん死んだー!」

 

「え、えぇ!?」

 

「そう簡単に自分の解除条件を明かすなって麗佳が言わなかった? そんなんじゃ、悪い奴に体よく利用されちゃうよ? ……ってか、当たりじゃん」

 

 自分の解除条件を読み上げた葉月に対して、長沢は悪戯っぽく右手で銃の形を作り笑いながら答える。

 だが、6人で集まった時……確かにそのような話になったのだ。

 少女の死によって、色々と頭から飛んでいたが警戒するに越した事はない。

 尤も、葉月は別に長沢の事を疑っていなかったのだが。

 

「そうか、そうだったね……これから会う人も、疑っていかないといけないのか」

 

「……そうそう! 葉月のおじさんも腹芸とか覚えておいた方が良いよ? 僕……いや、俺なんて、絶対、おじさんは危険な条件じゃないと分かってたしね。俺だったら、どんな外れ条件でも平常心保ってるもんね!」

 

「そ、そうか……長沢君と一緒だと心強いよ。それで、長沢君の条件は何なんだい?」

 

「一方的に情報抜かれた可能性あるんだから、気を付けろよな? 僕、いや――俺のは俺に相応しいカード、つまり、『キング』だよ!」

 

 どどんと擬音が鳴りそうな満面の笑みで、長沢は【K】のPDAを掲げる。

 【2】のPDAの近くにあるので、それは【JOKER】ではない事は確実だ。

 

――こうしてみれば、本当に只の中学生なんだけどなぁ

 

 葉月は苦笑しながらも、長沢が安全な条件である事に心中で安堵する。

 それと同時に一つの疑問も産まれてくるのだ。

 

「あれ? それなら、6人で集まった時に解除できたんじゃ……?」

 

「いや、無理だね――誰が腹の内で何を考えてるか、分かったもんじゃないよ。大丈夫なのは、御剣のお兄ちゃん位かな? エロの親父も別の意味で裏はないかもしれないけど……」

 

 

「無理って、どういう意味だい?」

 

「……しっかりしろよな、おじさん。【JOKER】だよ【JOKER】、【JOKER】の持ち主が俺に、自分のPDAと偽って【JOKER】を渡して来たらルール違反――あの女の子と同じ運命だったんだぜ?」

 

「……!? まさか、そんな事が……」

 

「無い、とは言い切れないだろ?」

 

 葉月は、頭を殴られたような衝撃を受ける。

 得意げに言う長沢だが、同時に彼の表情には険しさもある。

 危険な人物がいるかもしれない。

 人を信じるな……と、葉月も頭では分かっているのだが、具体的な裏切りまでは想像できていなかったのだ。

 

「と、なると……すまなかったね。僕が【2】番である事を教えていれば、あの場で長沢君の首輪は安全に解除できたかもしれないのに……」

 

「あぁ、それは良いよ別に。あの麗佳が、PDAを預けてくれるなんて思えないし、何より――」

 

 ここで長沢は言葉を区切る。

 葉月も少し分かってきた、これは得意げに爆弾発言をしようとしている溜めだと。

 

「――そんな序盤に、ゲームをクリアしちゃったらつまらないじゃない! このゲームはこれから始まるって言うのにさ」

 

「な、長沢君……」

 

 これが今時の子供なのだろうか?

 葉月にとって遠い過去の話……葉月の中学時代~高校時代に思いを馳せればそういうクラスメイトに身に覚えが全くないわけでもないのだが。

 

 葉月は誘拐された当初、この事態の重大性を深く認識できなかった。

 それを何度も窘めてきたのが、外ならぬ長沢勇治なのだ。

 だが、その長沢もまた――この事態の重大性を本当の意味で深く認識できていないのかもしれない。

 

「っと、話過ぎちゃったな。まずは武器を探そうぜ、次にあの金髪野郎に会っても良いように」

 

「……そう、だな」

 

 苦悩する葉月の傍らで、何ともないように長沢は部屋を探し始める。

 葉月にできる事は、長沢を守りつつできる限り長沢が道を踏み外さないようにするしかなかった。

 そして、同時に――その使命感が葉月の正気を守っていた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ち着くんだ、川瀬進矢……少し頭が冷えたので考えてみよう。

 

 これを考察するのは非常に不本意だが、ズバリ……綺堂さんが俺に好意を持っているか否かを。

 

 恋愛が単純じゃない事は頭では分かっているのだが、単純に考えるなら好意を抱く理由ならある。

 俺の記憶にはないのだが、俺は綺堂さんを罠から庇って記憶喪失に陥っている事が一つ。

 二つ目は、これを好意と言って良いかは分からないが……単純な生存戦略に照らし合わせて考えれば女性としては、男性を誑かして好意的になってもらうのが効率が良いし、安心できる。

 

 ならば、先程の綺堂さんの行動としては、俺を篭絡しないと安心できないので、あのような行動を取らざるを得なかった……と解釈できる。

 逆に好意を否定する場合は、綺堂さんは誰に対してもそういう行動を取るだけで、俺は特別ではないというパターンも考えられる。

 そう……頭では分かっているのだ。頭では。

 

――身体は正直というか、俺の心臓の裏切り者ー--!!!

 

 しかし、高まっている鼓動だけはどうしようもなかった。

 記憶を失う前の俺は、よほど女性に免疫が無かったのか……友達が少なかったのか。

 今からでも、御剣さんとパートナーを入れ替えたいのだがさすがに無理か。

 等と現実逃避に走ってしまう。

 

 

 そして、もう一つ合理的に考えるなら――

 

(綺堂さんと一緒に日常に帰るために【Q】を殺す、という感情に身を委ねるのが生きて帰れる公算が一番高いのでは?)

 

 この考えが思い浮かんだ時、自然と身体の芯が冷たくなり身震いする。

 なんとも、甘美で魅惑的で身勝手な想像だろうか?

 ともすれば、この誘惑は殺人への忌避感を上回りそうな気持ちだ。

 

 そういえば、綺堂さんと一度も【Q】を殺す事の是非を相談していない。

 だが、それはできない。

 綺堂さんに【Q】を殺してでも、生きてほしいと懇願でもされてしまえば俺は耐えられないしれない。

 ……自分の事が完全に分からなくなってきた。

 

 もう少し、今殺し合いの場にいることを理解しなければならない。

 逆に命の危機にあるからこそ、命の危機による緊張感を恋からくる物と勘違いする『吊り橋効果』に陥っているのかもしれないが。

 

 ――よし、決めた。

 さっさと綺堂さんの解除条件を達成して、進入禁止エリアに行ってもらうべき!

 そうすれば、後方の憂いはなくなるはずだ!

 

 強引に自分を納得させ、少し遠く離れた綺堂さんに話しかける事にする。

 

「綺堂さんの解除条件の事を考えれば、1階から2階の階段で待ちましょう。今から向かっても、遅いかもしれませんが」

 

「階段~? どういうこと~?」

 

「ほら、地図の階段の部分にバッテンがついてますよね? 多分、そこは通れない場所だと思うんです。そして、何もついてない階段は一ヶ所だけ、そこしか通れないならそこで待っておけば全員に会えるんじゃないでしょうか? ……少なくとも、既に2階に上がった人以外は」

 

「あ~、なるほど~! そういえば、バッテンって書いてるところは瓦礫に埋まってて通れなかったよ~」

 

「記憶失う前に見てたんですね……」

 

「あ、ご……ごめんね~? ちゃんと言わなくて」

 

「いや、そこは良いんですよ」

 

 綺堂さんは申し訳なさそうな表情になるが、全ての情報を伝達するのは土台無理な話だし、そこは大事ではない。俺が綺堂さんの顔を直視できなくなっているからか、慌ててる様子が声から出ているが……別に不機嫌ではない事はできれば理解してほしい。難しいかもだが。

 もう一つ、やるべきことは【Q】を守る事だ。

 これを忘れてはならない……この場合、【Q】を守るとはどういうことか?

 

 

【ルール5】

侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。進入禁止エリアに侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。

 

【『A』の解除条件】

Qを殺すこと

 

 

 この置き書きをこの場に残しておくことだ。

 ルール5を知らないプレイヤーは地図で自分の場所を見つけた後、常識的に考えればエントランスに向かう筈だ。

 なので、できれば色条優希の死で衝撃を受けてゲームがヤバい事を理解して貰い、その後でこのルールを知っておいてほしいものである。ついでに、【A】の解除条件を書いておくことで【Q】に宣戦布告して、警戒を促しておく。

 俺が殺すまで死ぬなよ? って奴だ。

 尚、これを書き写している間、ほとんど綺堂さんの事を考えて居たのは俺だけの秘密である。

 

 

「そういえば、綺堂さん……俺が書置きしてる時、少し離れてましたよね? 何かありました?」

 

「別に大した事じゃないんだけど~、女の子が可哀そうだな~って思って……」

 

 少し沈痛な表情をして、綺堂さんは答える。

 察した俺は、色条優希の遺体があった場所に移動すると……彼女は手を組んだ状況で顔にハンカチをかけられていた。

 成程、綺堂渚という人物はそういう所に気を使える人物らしい……色々邪推してたのは全部間違いだったのでは? と罪悪感がふつふつと俺の中で湧き上がってくる。

 綺堂さんのそういう優しさを俺は――

 

(って、そうじゃないだろー! そういう事考えないのー! 御遺体の前で不謹慎だぞ! 俺!)

 

 強引に思考を打ち消し、悶々とした気持ちを抱える事になった。

 

 

 

 

 

 

「結局、ここまで誰とも会えずじまいでしたね……」

 

「進矢君~、私もうお腹ペコペコだよ~」

 

 そんなこんなで、ゲーム開始から大凡9時間となった今、2階への階段に辿り着いた。

 携帯電話によると、今の時刻は午後6時頃……そろそろお腹がすいてもおかしくない。

 途中で食事休憩をしても良かったが、どうせなら階段前の広間で食べたほうが待ちながら食べれるし効率が良いということで、ここまで歩いてきたのだ。

 ……残念ながら、いくつか部屋を見てきたものの目ぼしい武器等を見つける事は無かったのだが、そこは仕方ない。

 

「そうですね……ちょっと、2階に上がって上の広間に上がったら食事にしましょうか」

 

「賛成~! お姉さん、料理には自信があるんだからね~!」

 

 綺堂さんの手料理……うっ、心が高鳴る……。

 それならいっそ固形ブロックの保存食を食べたほうが良いのでは? と葛藤する俺である。

 いや、嬉しいけど、嬉しいのがその複雑というか……。

 

「そうですね、良い匂いがすれば……他の人も釣られて出てくるかもしれません」

 

「なるほど~! 良い作戦だね~!」

 

 それが本当に良い作戦かは置いといて、綺堂さんは満面の笑みで答えた。

 しばらく一緒に二人きりで行動して、仲間が欲しくなってくるこの頃である。

 前もってドライになると宣言しておいてよかった……ドライになってる風に照れ隠しができる。

 ……どこかで頭を冷やしたい、物理的に。

 

 綺堂さんの事を頭で考えてる余力で警戒しつつ、階段を上がる。

 

「……残念ながら、誰も居ないですね」

 

 だが、一つ分かる事はある。

 このゲームを行っている建物は全体的に埃っぽい。

 だから、移動するとよく調べれば残る足跡等の痕跡がある。

 勿論、埃が無い箇所もあり、追跡や個人の判別ができる程の精度はないが多くの人が通ったかどうかは分かる。

 そこから判断するに、既に少なくない人間は二階に上がっているということだ。

 

 ……解除条件【7】の事を考えれば、割と手遅れだった。

 罠の警戒で移動が遅くなったのもあるが、悔いが残る結果である。

 

 心中で色々考えこんでいると、隣で綺堂さんが声を発した。

 

「進矢君! 聞こえた!?」

 

「……? どうしました?」

 

「悲鳴だよ! 悲鳴~! 女の人の悲鳴が聞こえた~!

 

 と言うが早いが、綺堂さんは駆け出して行った。

 ……考え事をしていて、聞き逃してしまったらしい。

 武器を持たずに駆け出したのは、俺が絶対についてくるという信頼故だろうか?

 そんな彼女を慌てて追いかける。

 

「俺が聞こえなかったということは、結構遠いですね……場所は分かりますか?」

 

「う、うん! こっちだよ~!」

 

 綺堂さんの真剣な表情を見て、俺もスイッチを切り替え、角材を握りしめる。

 行く先に危険人物がいようとも【7】を考えれば行かざるをえないし、【Q】は守らないといけない。

 助けに行くのは合理的な判断である。

 

「了解! 場所の指示をお願いします!」

 

 こうして、俺達二人は次の死地へと躊躇わずに駆け出した。

 疲れていると思っていたが、目的が生まれてくるとそれを感じさせないのが不思議なところだ。

 

 しばらく走ると、男女の姿が見えてくる。

 太った中年男性が鉄パイプを持って、倒れている妙齢の女性を襲おうとしている……その姿が。

 スピードを速め、躊躇なく俺は二人の間に滑り込んだ。

 

「これ以上の狼藉は辞めてもらいましょうか? 漆山権造、さん?」

 

「あ、貴方は……?」

 

「なっ、また貴様か!? 御剣総一!!」

 

 ……ゴメン、その人はよく似た別人。

 



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第九話 ただの酷い茶番

川瀬進矢:A:8.8:Qの殺害
葉月克己:2:6.8:JOKERの破壊
綺堂渚:7:4.1:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
矢幡麗佳:Q:5.9:2日と23時間の生存
御剣総一:J:6.2:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
長沢勇治:K:6.5:PDA5個以上の収集
手塚義光:?:4.8:???
漆山権造:?:9.1:???
郷田真弓:?:3.6:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???



 

――――――――――――

ハンティングはスポーツじゃない。参加していることを片方は知らないのだから。

ポール・ロドリゲス (米国のコメディアン)

――――――――――――

 

 

 

 

「綺堂さん、一応周辺警戒をお願いします!」

 

「う、うん! 分かった~」

 

 ……息を整えながら状況を把握する。

 綺堂さんには念のため、周辺の警戒……これは女性――推定、郷田真弓さんの悲鳴から他のプレイヤーが乱入する事を警戒しての処置だ。

 目の前の漆山権造は顔に汗をビッショリ書きながら、鉄パイプを握りしめている。

 俺と御剣さんは顔はそっくりとは言え、制服をはじめとした服装など細かい部分の違いは多い

 冷静に注視すれば気付けると思うのだが、相対した今でも気づく様子はない。

 ……わざわざ、訂正する必要もないか。

 

「す、すいません……た、助かりました」

 

「……郷田さん、お気になさらず。動けるなら、安全な場所に下がっていてください」

 

「え、えぇ……ありがとう」

 

 後ろの郷田さんに返事をしながらも、視線は漆山権造から一切逸らさない。

 強さだけなら、あの手塚という男と比べれば撃退には問題無さそうに思える。

 ……問題はお互いにどれだけ負傷せずに相手を無力化できるか、だが。

 

 漆山権造は俺達の会話に対して、怒りを震わせるように言う。

 

「こ、小僧……正義の味方気取りか……! 前もそうだったなぁ…! さぞかし、安全な解除条件を引き当てたんだろうよ……!」

 

 あ、この漆山権造って人、隠し事できないタイプだ。

 女性を襲ったのは後でしばくとして、少しだけ親近感が湧いた。

 彼の怒りに嘘は見えない、身勝手かもしれないが真実――すなわち、外れ条件を引き当てたということだ。

 

「まぁ、そうですね。一旦、話し合いませんか? 貴方の解除条件が――」

 

「うるさい! うるさいぃ!!!」

 

 漆山権造の鉄パイプが空を切る音がする。

 怒りに身を任せたその一撃は手塚のそれと比較するとキレがない。

 

――相手を傷つける罪悪感を怒りでカバーしている、といったところか

 

 軽く動いて回避しながら、相手を分析する心の余裕がある程だ。

 乱暴に振り回すそれは、ラッキーヒットがありうるので少し怖いけれども。

 

「――3か9だったとしても、俺には話し合いに応じる用意があります」

 

「そうやって儂を騙すつもりか!? このゲームは本物だ! 話をしてる余裕なんてないんだよ!」

 

 まぁ正論と言えば、正論だ。

 解除条件を達成せずに生きて帰る手段は見つかっていない。

 ないかもしれない、それを探しているのは……今の俺に生きなければならない理由がないからかもしれない。

 

――人を殺すのが怖いので、自分を鼓舞しつつ一人殺して後戻りできなくさせたいといったところだな

 

 ここで正論を吐いても逆上させるだけだな。

 良心に訴えかける方法でいってみよう。

 

「本当にそれで良いと思ってますか? 漆山さん」

 

「し、仕方無いじゃないか! 儂だって……儂だって死にたくないんだ! 生きたいんだよ!」

 

「……えぇ、そうですね。全くです」

 

 正直に言ってしまえば、その言葉が聞きたかった……のかもしれない。

 生きる意志が欠如している今の俺では、解除条件を達成せずに生きて帰る方法を見つける公算は薄い。

 ならばその動機付けはどうするか?

 シンプルに【絶対に死にたくない殺人条件持ち】を仲間に引き入れてしまえばいい。

 

「だから、生き延びる為に協力しましょう」

 

「社会の荒波も知らない糞餓鬼がっ!」

 

 確かに、社会というものは全く記憶にございませんが。

 というボケを入れる暇もなく、大振りの鉄パイプを初めて角材で受け流す。

 漆山権造という人物、非常に浮ついていて半ば恐慌状態に思える。

 

 隙が多すぎるので、遠慮なく突かせてもらうか。

 

「手塚直伝、回し蹴りぃ!」

 

「グっ……畜生! 畜生!」

 

 隙を逃さず見様見真似の一撃を漆山の腹めがけて繰り出す。

 流石に、上手く入らなかったが、形成を逆転させこちらの攻撃のターンだ。

 

 と言っても、更にできた隙に漆山さんの鉄パイプを角材で叩き落すだけなのだが。

 

「謝っては貰いますが、今回の件は水に流しましょう……俺は今、解除条件を満たさない方法でのゲームからの脱出方法を探しています。協力しませんか?」

 

 ――カランカランカラン

 

 力なく床に転がっている鉄パイプを踏みつけながら、俺は極力感情を抑えた声で漆山さんに話しかける。

 油断はしない。

 漆山さんが突然、隠した武器を抜いて突進してきても対応できる。

 あるいは投擲武器でも同様だ。

 体力も精神も少しずつ、詰めていく。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! 信じられるわけ、無いだろうがァ!」

 

 ……そんな俺を見て、漆山さんは脱兎のごとく逃げだした。

 それもまた問題ない、追いかけっこには自信はない方だが、見た目から考えて相手が漆山さんなら十全に追い込む事が可能だ。

 

 何も問題ない。

 その時の俺は愚かにもそう判断した。

 油断していないつもりで、皮肉にも――完全に油断していたとも言える。

 

 

 

 

「進矢君、あぶない!!!」

 

「――え?」

 

 

 

 綺堂さんの声がしたと思うと、重量と衝撃を感じ俺の視界は完全に反転した。

 そんな俺のすぐ近くを何か光る物が通りすぎ、壁に激突した。

 金属音が鳴り響く音が聞こえるが……何が起こったのか、理解が追い付かない。

 体の自由を失い、俺の体は床に横たわる。

 

「……あらあら、そっちの女はトロそうだから、先に男を狙ったのに――思ったよりやるじゃない」

 

 ……冷たい声、見下ろす冷たい視線――そして、落ちるナイフの音。

 遅れて、後ろからナイフを投げられたのか……と理解する。

 

 だが、床に二人で折り重なっている状態の俺達にとって、その理解はあまりに……遅すぎた。

 

「でも、それで十分。二人とも、さようなら――」

 

 すぐさま第二のナイフが郷田の手から投射される。

 ……なるほど、人の死というのは呆気ないものか。

 感情が追い付かない……こういう時に記憶が戻ってくるといいのだが、そう上手くはいかず。

 今までのこのゲームの自分の行動が走馬灯のように思い出される。

 

 矢幡さんの事、御剣さんの事、手塚の事、亡くなった少女の事、そして、何より――

 

 スローモーションのように感じる時間の中、一つの意識が明瞭になる。

 そうだ。

 俺が死んだら、次は綺堂さんが死ぬ。

 もう、避けることがかなわないナイフ、ガードも不可。

 それがどうした?

 死を前に理解する。

 

 たかが、ナイフの一撃――耐えてみせろ。

 耐えて目の前の女、郷田真弓を撃退しろ――綺堂渚を守れ!

 最悪大動脈が斬られようと、即死はしない……ならば何も問題ないな!

 

 ――それが、彼女との約束の重さだ。

 

「そんな簡単に……終わって、たまるかぁぁ!」

 

 自らに気合を注入する為に叫ぶ、そして俺の首付近にナイフが吸い込まれていくのを睨みつける。

 目をそらさず、激痛に備える。

 

 だがら――

 

「進矢君は私が守る!」

 

 ドス! 

 ――カランカラン。

 

「――え?」

 

 想像していた光景と全く異なる状況に一瞬だけ思考が硬直する。

 綺堂さんがナイフを鞄で受け止め、叩き落したのだ。

 

「絶対に! 貴方のような人には負けない!」

 

「くっ」

 

 そのまま、綺堂さんは立ち上がり、鞄の中の物を手あたり次第に郷田に投げる。

 中に入っているのは筆記用具とか化粧品とかあとは保存食やペットボトルだ。

 当たっても大怪我はしないだろうが、痛いし注意は逸れる。

 

 いずれにせよ、出鼻は挫けたのだが……。

 

「あらあら、油断しちゃったわね。それじゃあ、また会いましょう?」

 

 そこは敵もさるものというところで、すぐに逃走を開始する。

 こちらも即応で追いかけようと動くが、立ち上がり一瞬足が硬直する。

 

 どっちを追いかければいい?

 

 郷田と漆山はそれぞれ反対方向に動いている。

 俺の地図の記憶が正しければどちらも逃げやすい通路だったはずだ。

 挟撃の危険性も考慮しなければならない。

 

 ……いや、まず最優先は安全か。

 そうだよな……そう、決めたんだもんな。

 

「綺堂さん、ありがとうございました」

 

「進矢君、大丈夫? 怪我はない?」

 

「えぇ、何も問題ありません……綺堂さんのお陰です」

 

「う・そ、だね~? だって、進矢君、目を逸らして言ってるもん~! 何か疚しい事があるんでしょ~」

 

「そ、そそそ、んな事は……ない、ですよ?」

 

 今の俺にとっての一番の難題は、綺堂さんにどうやって顔を合わせて話せばいいかという事だった。

 

 このままじゃ、駄目だ。

 俺は綺堂さんを守りたいと思ってて、守ってるつもりだった。

 だが、実際はどうだ?

 矢幡さんの時も、手塚の時も、そして今回も……綺堂さんが居なければ俺は死んでいた。

 本当に守られている足手まといは俺の方なのだ。

 

 まずそれを理解しなければ――彼女と対等になれない。

 そして、本当の意味で彼女を守る事なんてできはしないだろう。

 

(悔しさをバネに頭をフルスロットルで回転させるか……もしかしなくても、俺の本領って多分こっちだし)

 

 こうして、俺は新しい目的を得た。

 だが、心に一つ引っ掛かるものがある。

 それが何か、今の俺にはまだ分からず――これからの行動に思考の焦点を移した。

 

 

 

 

「絶対、怪我してるでしょ~? ほら、お姉さんに見せなさい~!」

 

「それは、こっちの台詞です! というか、綺堂さんこそ無理しないでください!」

 

「進矢君を放っておける訳ないよ~!」

 

 ――郷田さんの作戦は成功ってところかしら、一緒に仕事をするのは初めてだけど流石はベテランね。

 

 作戦自体は、非常にシンプルなものだ。

 郷田が襲われているところを、進矢に助けさせる。

 郷田が裏切って後ろから攻撃したところ、渚が身を挺して庇い守る。

 ただ、それだけ。

 単純すぎる故に破綻もなく、修正もしやすい。

 

 ナイフ投擲の際に、タイミングを合わせる事だけが緊張したが、そこは渚もベテラン。

 何も問題はなく、進矢に違和感も持たれていない。

 

 そして、どういう思考を辿ったかは分からないが、渚から見るに記憶喪失以前のギラギラとした瞳に戻ったような気がする。

 そして、渚はなぜ自分が川瀬進矢を嫌悪するのか、ようやく自分の中で理解した。

 

 彼の在り方は――高校時代の渚に似ている。

 人に裏切られ、傷つき、倒れ……けど、大切な人のために何度も立ち上がった最初のゲーム。

 そして、その末路は――ー大切な人からの裏切り。

 

 つまるところ、それが今の状況に近い。

 記憶を失った彼は家族への愛情こそは失っているものの、その分渚への比重が重くなっている。

 だから、記憶喪失期間限定で、当時の渚にとっての真奈美に……いま渚がなっているのだ。

 

 ――チェックメイト

 

 懐に入り込めば、後は好きに心理誘導可能だ。

 元々の計画では、川瀬進矢の【正義】をゲームで屈服させ、その心の隙をついて誘導し、彼にとって禁忌となる殺人へと誘導し貶める事が渚個人の目標だった。

 無理なら、ただ単に心を折り、屈服させるのでもいい。

 渚として、【強い】人間が、折れ……本性を見せる様を見れればそれで良いのだ。

 どんなに精神力が強い人間であれ、どんなに知性に優れている人間であれ、どんなに優しい人間であれ……須らく、人は裏切る。

 そのサンプルとして進矢は非常に優れている事に疑いようはない。

 

 記憶喪失と、それ以前に疑われた所為で計画が狂いに狂ったがなんとか修正できたようだ。

 ならば、次の目標は【Q】の殺害への誘導……という事になるのだろう。

 

「それで、進矢君……これから、どうしようか~?」

 

 郷田に投げたものを二人ですべて回収した後、渚は進矢に話しかける。

 相変わらず進矢は顔を合わせてくれないが、そこは問題ない。

 どこかでからかってやろうとは思うが、タイミングはちゃんと見極める必要がある。

 

「――郷田さん、怪しいですね」

 

「……え?」

 

「漆山さんのように、俺を御剣さんと勘違いするか……何かしらの反応を取るのが自然ですよね? だけど、彼女はそれを当然のように受け取っていた節がある。俺たちの知らない情報を持っているのかも……」

 

――ゲームの最初に、疑われてしまったのは私悪くなかったのでは?

 

 渚は自分に非がない事を再認識する。

 郷田がわざとヒントを残したのか、素でミスを犯したのか……渚には判断はつかない。

 強いて言うなら、進矢が鋭さを見せてくれれば見せてくれるほど、渚の失点が減るので歓迎すべきなのだろうか?

 

「た、確かに~! 私達以外だと、総一君と麗佳ちゃん……あと、あの手塚って人しか知らないよね!」

 

「えぇ、なので追いかけましょう! 今は少しでも情報が欲しいです!」

 

 けれども、導き出された答えは行動としては外れだ。

 万全の状態のゲームマスターとかくれんぼや追いかけっこして勝てるプレイヤーは存在しない。さらに運の悪いことに、郷田が逃げた方向にはほかのプレイヤーもいないのだ。

 (渚としては嫌だが)漆山権造を追いかけたり、2階の階段で張ったりする方がまだ成果の目があっただろう。

 だが、渚の立場でそれを口に出せないし、出すことはない。

 

(今は他が盛り上がってるみたいだし、適当に時間を潰しておけばいいか。今は雌伏の時だから、戦闘禁止エリアにさりげなく誘導して仲良しごっこでもしようかなー?)

 

 男の心をつかんで離さないコツ、それは胃袋を支配することである。

 そんな黒い思考を渚が抱いている事に欠片も気づかず、進矢は時間と体力を無駄に浪費することになったのであった。

 

 

 

 

 

 

――――ピロリンピロリンピロリン

 

『あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています。部屋の中での戦闘行為を禁じます。違反者は例外なく処分されます』

 

 郷田を追いかけて小一時間……結局、手掛かりさえ得ることはできなかった俺達は、不幸中の幸いにも戦闘禁止エリアを発見することができた。

 中は一応掃除されており、埃もなく……簡素な部屋である。

 ソファやベッド等の設備から、みすぼらしくはないが豪華でもないといったところか。

 

 しかし、今までの部屋を考えると……天国のようにも思える。

 

 リビング、寝室、調理場、更衣室、風呂場……特に誰かが隠れている様子もなく、以前他のプレイヤーが来た様子もなし。

 特筆すべき点は……

 

「やった~! 沢山食材がある~! お姉さん、張り切っちゃうからね~!」

 

 業務用冷蔵庫の中に、保存食よりマシな食材が沢山あることだ。

 調理器具が揃っており、ガスも通ってるから調理もできる。

 寛ぐのに十全な設備が整っている印象を受けた。

 ……階段で他のプレイヤーを待つつもりだったが、これだとここで食事する流れだな。

 

「いえ、綺堂さんにはお世話になっていますからね。ここは俺が料理しますよ。綺堂さんは休んでてください?」

 

「進矢君、料理作れるの~? 意外だけど、大丈夫?」

 

「はい! レシピ通り料理作れば良いんですよね? 楽勝楽勝」

 

「進矢君、今日はキッチン立ち入り禁止ね~」

 

「……はい」

 

 鞄の中に入っていた格安料理本を堂々と掲げてみたが、綺堂さんからしてみれば完全に初心者向けの本だったらしい。

 落ち込んでいた俺に、『ゲーム終わったら一緒に料理しようね』と綺堂さんは提案してくれたため、約束をすることができた。怪我の功名というやつだ。

 

「じゃあ、私は料理しておくから~。進矢君はお風呂とかに入ったり、寛いでて良いよ~」

 

「流石にそれはないです」

 

 ……さしあたっては、戦闘禁止エリアの探索だろうか?

 色々と計画がずれたので、修正をするために考える時間も必要だ。

 

 偶然、転がり込んできた戦闘禁止エリア……次に、この幸運に巡り合えるか分からない訳だし。戦闘禁止エリアと銘打ってるからには、6階にはそもそも存在しないとかそういう可能性もある。

 ゆっくりできるのは今しかないのかもしれない。

 郷田さんの事、漆山さんの事……首輪の事、そして――。

 

 (そもそも、このゲームが何の為に行われているか……だな)

 

 理由は分からない。

 一つ確かなのは監視されているという事だ。

 そして、監視されているのであれば……何かしらの結果か過程を期待されていると推察できる。

 

 では、何に期待されているのか……今までの誘拐されてきたプレイヤーを紐解けば、見えてくるかもしれない。

 俺、綺堂渚・矢幡麗佳・御剣総一・手塚義光・郷田真弓・漆山権造。そして伝聞だけの葉月克己と長沢勇治。

 

(今の所、思い当たるのは、みんな何かしらの問題を抱えているということだろうか?)

 

 金がない、人を信じられない、大切な人を失った、殺人に躊躇いがない、裏切りに躊躇いがない……大雑把に要素だけ挙げると、こんな感じで。

 ……だったら疑問が出てくる。

 今、一番――俺にとって、大事な人。

 

(だったら、綺堂さんは……どうして、このゲームに参加する事になったんだろう? 綺堂さんの役目は何だ? 何を期待されている?)

 

 知るべきではない、とそう思っていた。

 彼女の本性を知る事を無意識に恐れていた。

 だけど、知りたいと思う。

 何よりも、俺は矢幡さんにこう言った筈なのだ。

 

 『人を疑うのは人を信じるのと同じ位大切な事』である、と。

 

 実践できてないのは俺だ。

 そして、何だかんだでゲームの状況は矢幡さんの言った通りに推移しているように思える。

 今もなお、彼女と協力体制を作れなかったのが痛い。

 

 だが、流石に無理か……あの時の矢幡さんの眼は、俺と襲ってきた時の漆山さんの眼とよく似ていたように思える。

 せめて、御剣さんと上手く――え???

 

『私も1つ教えてあげるわ、実態のない希望を見せるのは……一番残酷な事よ、川瀬進矢』

 

 矢幡さんの言葉がリフレインする。

 聞いた時とは、まったく異なる意味で脳に響く。

 

『私は絶対に生きて帰りたい、その為には何だってするわ! 例え、誰を傷付ける事になってもね! だから、川瀬進矢、貴方は正しい……そう言って欲しかったのよね?』

 

 それは天啓というにはあまりにも惨く、そして俺にとっては遅すぎた。

 膝から崩れ落ちる、矢幡さんの言葉の真意が……いま、ようやく分かったのだ。

 

「……嘘だろ? おい……」

 

 腰から崩れ落ち、茫然と言葉を吐き出す。

 

 矢幡さんのあの言葉は、殺人条件を引きながらゲームに抗おうとした俺へ皮肉った言葉ではない。

 ……短い付き合いだが、矢幡さんはそういう皮肉を言う人ではないように思える。

 ではなぜ、そのような言葉を言ったか?

 

 答えは一つ、【同じ殺人条件を引き当てた人間】としての言葉だった。

 

 頭の良い矢幡さんが、それに気づかない筈はない。

 ならば、その言葉は、あるいは遠回しなSOS信号だった……かもしれない。

 

 だが、今更気づいたところで何もできない。

 矢幡さんも、御剣さんもすでに俺の手の届かない所に居て……そして、今生きているという保証もない。

 

 

 

 全ては、どうしようもなく――手遅れだった。



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第十話 真実を侵す勇気

 

 

 

――――――――――――――

自分が思う自分ではなく、隠している自分こそが本当の自分だ。

アンドレ・マルロー (フランスの作家、政治家)

――――――――――――――

 

 

 渚は元々、料理は得意ではなかった。

 家が貧乏だったので自炊自体は普通にやっていたが、それはどちらかと言えば食費を浮かせる為の行動である。

 食べ物自体は栄養と味がそこそこあれば良い考えていた。

 勿論、身近な人物の影響で見た目や味の繊細な部分を上手く表現できる事に憧れていた気持ちはあった。

 ただし、どうしようもなくそれをする余裕が無かった。

 

 そして、その人物がこの世から居なくなった後、その技術を渚は取得している。

 料理だけじゃない。

 服装や口調、雰囲気まで……狂気の域と言えるまでにそれを刻み込んでいる。

 

 その理由は、一言では言い表せない。

 実用的な理由を挙げるのであれば、無害さの演出による参加者の油断の誘発や、撮影のし易さがある。心理的な面だと、渚にとっての裏切りの象徴がその人物だから……なのかもしれない。

 

 いずれにせよ、渚は長年のサブマスターの経験則として一つ信頼を得るコツというのを理解している。

 サービス業や製作の基本の一つに、【神は細部に宿る】という言葉がある。

 疑り深い人物、猜疑心の強い人物を黙らせるのは言葉ではなく思いやりに溢れた行動なのだ。

 滑稽にしか思えないが、大事なのは外見ではなく(相手から見た)内面なのである。 

 

 そのスキルを磨いているからこそ、川瀬進矢の追求を免れ懐に入り込む事ができている……その筈である。

 そして、渚の経験則その2--猜疑心の強い人間は一度内側に入ってしまえば、おしまいだ。

 殻が強い人間は内部は柔らかいはずなのだ。

 だから、あとは仕上げだけ。

 

 細部まで整えながら、男性が好きそうな肉を中心として、野菜も食べやすいように配置しておく。

 このきめ細やかな料理は優しさを象徴しているように見えて、悪意からの産物でしかなかった。

 

(進矢君、貴方はいつまで貴方で居られるかしら?)

 配膳を整えながら、渚は少しだけ想いを馳せる。ゲームに乗り気ではない人間がどれだけ足掻こうと、ゲームは進行する。それは、他ならぬ渚自身がよく知っている事実だ。そして、もう動き出した歯車はもう誰も止める事はできないだろう。

 後の渚の役割は見届け、場合によっては最期の始末をするだけだと――そう思っていた。

 

 

 

 

「……普通に美味しくて、泣けてくるんですが」

 

「お代わりも沢山あるから、た~くさん、食べてね~?」

 

 優しい味――というのは陳腐な表現だと思うが、他にまともな表現が思い浮かばなかった。過去に食事をした記憶はないのだが、特別美味しいというわけではない。だけど、配慮が行き届いていて味と栄養のバランスが良く、胸に染み込む味ではある。料理なんてお腹に適度に入って、栄養がある程度取れれば良いと考えてたけど……うーん、俺が間違っていた。

 

 あんまり期待してなかった、と言えば嘘にはなるけども。 少しばかり悪いニュースや悪い想像ばかりしていたので、パートナーである綺堂さんの優しさが胸に染みるのだ。 そして、自分の不甲斐なさと募る疑心に嫌悪感を募らせてしまう。

 

――確定、かな

 

 誰も助けられない、何の結果も残せてないという焦燥。 そして、膨らむ綺堂渚を生きて返さなければという想い。その想いに反して、俺の理性は……現時点で、綺堂渚は【黒】だと考えている。

 

 パズルのピースは揃っていないが、ある程度拾い集めて無理やりつなぎ合わせればその輪郭は見えてくる。俺も悪意や敵意があってそう断定したわけではない。逆に――綺堂渚を守る為に、綺堂さんのゲームにおける役割や彼女の目的を理解し、そのサポートを行うために考えた。その目的に反して、俺の中の記憶に存在しない知識が勝手に彼女を黒だと断定したのだ。

 

(本人に直接聞くしかない……先延ばしにしたいのが本音だけど)

 

 少しずつ悪化している状況、望外な戦闘禁止エリアの存在、そして……戦闘禁止エリアを調べて気づいた事だが、恐らく階層が上になるにつれて武器が過激化する事。諸々の要素が、先延ばしを許してくれそうになかった。

 これから始まる尋問に近い行為を、戦闘禁止エリア外で行う度胸は流石に無い。

 

(本当に馬鹿みたいだな……いや、でも、後悔だけはしたくないし…)

 

 足りないピースは直接話をする中で補う。

 綺堂さんと決定的な亀裂が入るだろう……という事実は、綺堂さんの命の方が大事だ。

 あと、俺の推理で見逃した部分はないかを食べながら考える。

 

 死を忘れるな、次の犠牲を出すな。

 その使命感が俺を突き動かしていたのは間違いなかった。

 まだ、綺堂さんには伝えていないが、戦闘禁止エリアで見つけたPDAの拡張ツール……というものを実験的に使ってみたところ、俺のPDAはこう表示されるようになっている。

 

【生存者数 11名】

 

 自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも……勿論怖い。

 だが、何よりも俺が恐れているのは自分の手から零れ落ちることだと自覚する。

 今の俺にとって、それは綺堂さんだ。

 だから、受け入れよう……彼女を守る為に、彼女に嫌われるリスクを。

 仕方がない。不本意だが、取り交わした約束を破ることとする。

 

 このゲームにどんな仕込みがあろうと、乗り越えるのだ。

 そこに希望はなくても、意志はあった。

 

「進矢君、大丈夫~?」

 

「あぁ、ご、ごめんなさい……って、わぁ!?」

 

 考え事してたら、視界一杯に心配そうな綺堂さんの表情が映り思わず仰け反ってしまう。

 近い……近い!

 ……まぁ、そこまで近づかれるまで、気づかなかった俺も俺なんだが。

 

 あぁもう、自分の心音がけたたましい!

 反面、そういう事にダメージが無さそうな綺堂さんが恨めしい。

 今、理解した。

 

 俺は今、すごく怒っている。

 俺はこんなに心臓が高鳴ってるのに、綺堂さんにそういうのを欠片も感じられない。

 ……やはり不公平ではなかろうか?

 色々と私怨が入り混じっているが、建前を放り投げれば俺もそんなものだ。

 

 ――好意を持ったから知りたくなった。

 

 シンプルで丁度いいな。

 

「だ、大丈夫です……。ただちょっと、申し訳無いなと思っていたんです」

 

「申し訳ないって、何が~?」

 

「エントランスで綺堂さんとした約束を……破ってしまっていいものか、と」

 

「あ! なるほど~、本当は約束は守らないといけないけど、大変な事があったばかりだから、今ならお姉さん見逃しちゃうよ~?」

 

 慈愛に溢れた表情で綺堂さんは微笑む。

 なんとか、心高鳴らせつつ彼女を直視しつつも、頭の方は極力冷静にこれからの事を考える。

 

 ……今勘違いしたな、綺堂さん。

 あの約束は、俺が綺堂さんを過剰に意識しない為に行ったもの……というのも勿論ある。

 だが、本質としては【俺が綺堂さんの秘密を暴かないように行った】約束なのである。

 人には触れていけない領分がある。

 だけど、許可貰ったからこれからガンガン行こう!

 人はそれを詭弁と呼ぶ。

 

「ずっと、考えていました。俺が過剰に疑心暗鬼になっているだけじゃないか、逆に綺堂さんに好意を持ってしまったが故に真実を見て見ぬフリをしていないか? 慎重に、少しずつ……できるだけ客観的に考えていました」

 

 頭の中をフル回転させながら、言葉を紡いでいく。

 綺堂さんは無言だ。

 分かっているのか、分かっていないのか。

 もう、俺の中での思考は固まっている。

 踏み込むだけ、というのは分かっているのだが……つい、言葉は回り道してしまう。

 

「進矢君は、どうして……そう思ったのかな?」

 

「簡単な、推理ですよ」

 

 雰囲気を感じ取ったのか、綺堂さんの言葉は真面目な印象を受ける。

 もう引き返せない……だが踏み込む覚悟を持って、俺は右手で綺堂さんの左手を掴んだ。

 やや困惑した瞳を見せる綺堂さんに対して言葉を続ける。

 

「元から違和感がありました。だから思考を整理する為に、確定した真実から推理を広げていこうと考えました」

 

 緊張で顔が火照ってくるのが分かる。

 綺堂さんの掌は温い。

 しかし、それ以上に料理による手荒れや……この硬さは筋肉だろうか?

 ならば、綺堂さんのふわふわとしたゴスロリ服はそれを隠す役割も果たしているのかもしれない。

 直接体重を感じた訳ではないが突き飛ばされた時の重量感から、納得はする。

 ……また一つ、綺堂さんの事を知れて嬉しく思う。

 

「まず、何が真実かを考えていきます。嘘なんて幾らでもつける、嘘をつけない部分はどこか?」

 

 言葉を続けている間、綺堂さんは俺から目を離さない。

 思えば、違和感を感じたのは矢幡さんを助けた後だろうか?

 矢幡さんはパニックだった、御剣さんは……なんとなく理由を察した。

 察する事すらできなかったのは綺堂さんだけだ。

 

「俺は能力に着目しました。能力は低い方に偽ることはできても高く偽ることはできない。料理がわかりやすいですね。料理が下手なフリはできても、上手なフリはできません」

 

 そして、もう一つの違和感がこっちだ。

 ずっと能力を低めに小出しに出していたという点。

 少なくとも、俺は最初からフルスロットルで頭を働かせてたし、俺が会った人間は大体必死だったと思う。

 何度も命を救われた訳だけども、どうして彼女が必死じゃないのか不思議で仕方なかった。

 だから、俺の答えはこうなる。

 

「つまり、本当の【綺堂渚】は料理上手で、命の危機でも臆さず行動できて警戒心が強い。更に頭の回転が早く機転が効いて、場の空気を調整できる人物って事ですよ……ついでに言うなら、身体鍛えているところです」

 

「はぁ……あーあ、上手く行かないものね……」

 

 話を静かに聞いていた綺堂さんは、大きく息を吐いて自白同然の答えを口にする。

 確定情報で述べた以上は、もう誤魔化しようがないと判断したのだろう。

 

 決定打は俺に思わせぶりな態度を取ってきたことだ。

 薄々そうじゃないかと思っていたが……。

 男を舞い上がらせて適当に盾にした方がゲーム上では効率良いんじゃないかな? とか。

 綺堂さん男慣れしてるよねこれ……今まで何人に同じことしたの? とか。

 何度も疑心暗鬼になった甲斐があった。

 ……うん、泣きたいですね。

 

 しかし、それでも。

 そう……はっきりと自覚する。

 ……俺は綺堂渚という人物が好きだ。

 偽りから始まった関係であったとしても、もっと関係を深めたい。

 深める為に、この壁を取っ払わなければならなかった。

 その為に偽りの関係ではなく、嫌われてても本物の関係を築き上げる必要があった。

 ……完全な私利私欲である。

 

 今の彼女に対して、苗字呼びは不適切だろうか?

 そう思った俺は大胆に言葉を踏み込ませた。

 

「これで、ようやく本当の貴方と会話できますね……渚さん?」

 

 そして、俺は渚さんの左手を握りしめる。

 本当の勝負はここからだ、神経を集中して眼を合わせる。

 

「してやられたわね、記憶喪失のフリでもして私を誘い出した? 川瀬君?」

 

「残念ながら、そっちはまだまだなんですよねー」

 

 俺は本当の自分を知りえないがこれだけは言える。

 少なくとも、記憶喪失じゃなければこの行動を取る勇気はなかったかもしれない。

 だってそうだろう?

 記憶を取り戻した時、今の俺は消えるかもしれない。

 だからその前に、渚さんの事をもっと知りたかったし……彼女の力になる道筋を考え出したかった。

 

 少なくとも今の俺は、確定した死を前提に覚悟して動いているも同然だった。

 

 

 

 

 

 

「渚さんには言うまでもないことだとは思いますが、戦闘禁止エリアでは暴力禁止です。多分ですが、こちらでは正当防衛を含めて禁止されていると思います」

 

「……完全に捕まってしまったわね」

 

 戦闘禁止エリアに入ったのは失敗だったと心中で渚は嘆息する。

 本来なら渚と進矢の戦闘力を鑑みれば、どうとでもできるのだが……戦闘禁止エリア内では別だ。

 逆に正体追及に走ったのはだからこそ、なのかもしれないが。

 

 正体がばれかけるのはこれが最初という訳ではないが、最速記録は更新してしまった。本ゲームにおける渚の査定はこれで完全に死んだだろう。

 仕方がない部分は多い。

 記憶喪失になった川瀬進矢は迂闊な部分が多く、その分渚はフォローに奔走せざるを得なかった。

 記憶を失わせたのは渚である以上死なれてしまえば渚の責任、正体がばれるのも渚の責任ともなれば……その二律背反のバランスを上手く取り切れなかったことが敗因だろう。

 

(情に流されることを期待したけど、この様子だと逆効果だったみたいね……)

 

「さて、渚さん。できればあなたの口から、目的を聞いておきたいんですが?」

 

「折角だから、進矢君の推理を聞きたいな~……なーんて」

 

「良い根性してますね。では、僭越ながら……」

 

 とはいえ、渚は何もかもを放り投げるつもりはない。

 信頼関係はもう無くなっただろうが、今ならまだ自分を偽っていたことしかばれてないし……ここから組織の人間である事まで辿り着くのはもうワンクッション必要だ。

 そして、この状況を見ている観客も進矢の推理を聞きたいだろうとサブマスターらしい判断をする。

 

 そんな渚に対して、考え込むそぶりを見せる進矢はやがて口を開いた。

 

「まず、単純に考えたら、男を利用してこのゲームで優位に立とうとしたと考えるべきでしょうが……それだけでは、渚さんの行動に説明のつかない部分が多い。能力だけで考えるなら、渚さんに俺は必要無いでしょうからね」

 

 それはそうだ。

 渚が進矢を利用するという回答を出すには、渚は肩入れしすぎている。

 これではあべこべだ……その答えを出せるかどうか、渚は進矢を見る。

 ゲームを行っている組織側の人間である根拠は、まだ出していないはずなのだ。

 

「そして思ったんです。渚さんには、このゲームのクリア以外に別の目的があるんじゃないかと。そして、その目的のために俺が必要だったんじゃないかって……渚さんだけじゃないですね。解除条件だけの人もいるかもですが、このゲームでは他にも外的動機の持ち主は存在すると思ってます……このゲームにおける殺し合いを促進させるためにね」

 

 これも正解。

 川瀬進矢と御剣総一が瓜二つであることを始めとして、今までのプレイヤーを見てればある程度恣意的にプレイヤーが選ばれていることが分かる。

 得ている情報量からは、何が目的かはわからなくても何かを目的としてることは察することができるだろう。

 

「そこで考えました。仮定の話になりますが、俺と渚さんが最初に会うことが誘拐犯によって定められたことであったなら? 俺と渚さんには争いの種となる何かがあるんじゃないか?」

 

 進矢は左手でポケットに手を突っ込み、自らの給与明細を取り出した。

 給与の額は社会人として考えれば安く、学生として考えるなら平日・休日のほとんどを潰した精一杯の額……渚としては非常に見覚えのあるものだった。

 

(……え?)

 

 そして、初めて渚は動揺する。

 この情報は事前に受け取っていた川瀬進矢のプロフィールには無かったものだからだ。お金に困っているという一大情報が存在しない、そんなことありうるだろうか?

 

「お、驚いてくれましたね。渚さん、貴方には借金がある筈です。それも、普通に働いても返しきれないような……そんな莫大な借金が。俺は自分の事情までは分からないので断言はしかねますが、俺たちは同じ悩みを持つ共有者であり……同時に競合者でもあると、そう考えてます」

 

「――一緒にしないで」

 

 自分でも驚く程冷たい声が出たことに、渚は自分でも内心驚く。

 それでも、こうなってしまえばできることは一つしかなかった。

 それは開き直ることだ。

 組織のカメラマンというのはあくまで役割の一つに過ぎない、残酷に振る舞い進矢を怖気づかせる。

 そして、一身に彼の罵声を浴びるのだ。

 

 ――まさか、川瀬君だってここで心中するつもりはないだろうし……

 

「そうよ。私はお金の為に貴方を利用尽くして最後に裏切るつもりだった。貴方も馬鹿な男ね、気付いたら何も言わずに逃げたら良かったのに……気づかなかったら、もう二日間は良い思いさせてあげたのに。もしかして、期待してた? 駄目だよ、川瀬君……こんな所で会う人間を信じたら」 

 

 そして、怒涛の勢いで冷たい言葉を畳みかける。

 渚を拘束する手が緩めば儲けものだったが、進矢はそんな迂闊ではなかった。

 だが、それでも虚は突けただろう。

 仕事の失敗で、渚は半ば自棄になっている事を自覚しつつも、せめてこれまで溜めていた憎悪を進矢にぶつけるべく次の言葉を――

 

「俺、今の渚さんの事……結構好きですよ?」

 

「え……?」

 

 しかし、虚を突かれたのは渚の方だった。

 予想もしてなかった方向からの言葉に、一瞬言葉を失ってしまう。

 そして、脳が理解を拒んだ。

 

「あ、今ちょっとドキッとしませんでしたか?」

 

「……する訳ないでしょう。ふざけてるの?」

 

「いやいやいや、割と大真面目だったんですが」

 

「そう……私は貴方の事が大っ嫌いよ」

 

 無関心や利用相手からは随分と進歩したかなぁ、と言葉を零す進矢に渚は毒気を抜かれてしまった。

 色仕掛けが効いていたのは渚も理解したが、どうしてこうなったのかは分からない。

 そういえば、麗佳の時も似たような反応ではなかったか?

 そういう趣味なのだろうか?

 

 何度目かわからない心の中の嘆息を自覚しつつ、渚は調子を取り戻した進矢を憎々しげな眼で睨みつけた。

 

「それに渚さん、俺の推理はまだ終わってないですよ? 貴方の欺瞞を全て暴いて見せます!」

 

「女の子の秘密を暴こうなんて、マナーの悪い男ね」

 

「本人から許可貰ってるので大丈夫ですー!」

 

 そんなもの分かるか!

 と心の中で渚は悲鳴のような突っ込みを挙げたが、抵抗の術はなかった。

 



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第十一話 迷探偵は真実に辿り着きうるかについて

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

人はあらゆる衝突に対して、復讐や攻撃を伴わないような解決策を導きださねばならない。その土台となるのは愛である。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (アフリカ系アメリカ人公民権運動の最高指導者、牧師)

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 男女が手を握り合っている光景は外からどう見えるのだろうか、と現実逃避気味に考える。

空気は熱々なような冷え切っているような……自分でもわからない緊迫感に、全身から汗が吹き出る思いだ。

 

 

 戦闘禁止エリアの筈が、次の瞬間には殺されてそうな錯覚を受ける。

 ……激しくなる心臓の鼓動だが、それが恋なのか恐怖なのかもう何も分からない。

 分からないが、このまま突っ走るしか俺には選択肢がない。

 

 辛うじて、心の余裕を生みだしているのは皮肉にも好きな人の手を握ってるからだろうか?

 酷い話もあったものである。

 

「話を戻します。貴方は、ゲームをクリアするだけなら能力的には問題ないが、賞金が必要だった。だから、他の参加者を利用しようと考えた。自身で言われたように、最後に裏切る為に……でも、それだけじゃあないですよね?」

 

「……何が言いたいのか、分からないのだけど」

 

「貴方の行動に不自然な点が多すぎるって事ですよ」

 

 そして、恐らくだが……ここからが一番大事な所だ。

 先程の渚さんは、辛うじて言い逃れができるタイミングで自白した。

 つまり、怒っている……というのも事実ではあるが他にも要因があり、それを隠しているのではないかと判断できる。

 怖いは怖いが、俺だって渚さんの為に一歩も引けないし……。

 

 うぅ、さっきまでの綺堂さんがちょっと懐かしくなってきた。

 今も良いと思うけど、ちょっと心が休まらない。

 早すぎである。

 

「今までの出来事を一つずつおさらいしていきましょうか――」

 

 さて、まずは前提から話していこう。

 余裕がないのは多分お互い様なら、一気に畳みかけて根を上げさせてやる。

 

 

「そもそも……最初、気絶した俺からPDAを盗んで去れば良かったのでは?」

 

「あの時、一応庇われた負い目があったからよ」

 

「それでも、記憶喪失である事が分かった時点で見捨てれば良かった筈。状況説明する必要は無かった」

 

「その時は利用価値がまだあったし、最低でも開始6時間以降までは一緒に居なければならなかったから」

 

「じゃあ、矢幡さんが罠に掛かった時、どうして助けるようなことをしたんですか?」

 

「利用価値があるかもしれない相手に恩を売りたかったからよ」

 

「矢幡さんに武器を向けられた時、俺を庇った理由はなんですか」

 

「一番利用できそうな相手だったからね」

 

「手塚に襲われた時、リスクを侵して俺に武器を投げたのは?」

 

「敵が勝手に潰しあってくれるのよ? 上等じゃない」

 

 

 渚さんは気付いているのか、それとも無意識なのか。

 はたまた俺が完全に見当違いの回答を出しているのか。

 いずれにせよ材料は出揃った。

 間違っているかもしれないが――この場では俺の推理を真実に押し通す!

 

 

「渚さん……貴方って本当に――優しい人ですね!」

 

「……はぁ!? どうして、そうなるのよ!」

 

 無様で頓珍漢な推理だと言いたげな表情で渚さんは叫ぶ……俺もそう思う。

 だが、そうじゃないと言い切れるだろうか。

 

 渚さんは、俺をお金の為に利用して、最後には裏切るつもりだった……それは、真実だ。

 そして、渚さんは自分が悪く糾弾されるべきだと糾弾して欲しいとさえ思っているのかもしれない。

 一方でそれだけではない筈だ。

 

 渚さんが悪いだけの人間ではない事を証明してみせる。

 今この場で……!

 

 

――ここからが、本当の勝負だ!

 

 

 

 

 

 

(……どういう展開よ、これ)

 

 進矢が一方的に戦意を燃やしている中で、渚はというと困惑していた。

 

 進矢の推理を聞くに、恐らく誘拐犯側の……つまり、組織の人間である事まではバレてない。

 だから、このまま彼の推理に乗っかっていけば、どういう形であれ一先ずは解放されるとは思うのだが……。

 

(物凄く、嫌な予感がする……)

 

 その推理を聞きたくない渚であった。

 それを聞いたら引き返せなくなるような気がする……そんな悪寒がする。

 しかし、逃げ出すことはできない。

 

(……ガン無視は、客受けとしては最悪でしょうしね)

 

 渚には進矢の推理ショーに付き合う以外に選択肢がないのだ。

 

「分かりやすいように解説していきます。つまりは、こういう事ですよ」

 

 そんな渚の心境を知ってか知らずか……進矢は無遠慮に推理と言う名の論戦を叩きつけてくる。

 

「渚さん……貴方は大金を必要としている一方で、積極的に人を殺したくないと思っている。だから、中途半端になってしまったんです。それでもどうしても大金が必要だったので、無理矢理にでも俺と敵対し、殺人を正当化する為に、先程俺に強い言葉を使ったんですね?」

 

「想像力が豊かね……もし、そうだとしても、何も変わらないわよ。それとも、死ねと言えば死んでくれるの?」

 

 覚悟が決まらずに、中途半端になるプレイヤーは確かに存在する。

 それは渚もよく見てきたし、そういう人間を誘導した事も多かった。

  ……確かに、組織の人間であることがバレなければ、そう疑うのが自然かもしれない。

 

 そういうことにして、白々しく涙ながらに謝罪して同行するのが無難だろうか?

 

 黒い激情を抑え込みながら、それでも渚は思考だけは冷静に判断しようとした。

 

「うーん、俺が死んで渚さんがハッピーエンドになるなら一考の余地はありますけど、そうじゃないですからね。それに、勝手に死ぬのは流石に記憶を取り戻した後の大元の俺に申し訳ないですし……」

 

「言い訳がお上手ね」

 

「手厳しいですね」

 

 真剣なのか呑気なのか、よくわからない進矢の反応に渚の苛々が募り、つい口が悪くなる。

 そして、苛々としつつも渚は少しずつ進矢の意図を掴もうとする。

 

(目的は恐らく、私の懐柔……ってところかしら、鋭いけど判断は甘ちゃんね)

 

 ……なら問題ないか。

 と判断し、渚は一瞬気を緩めながら進矢の次の言葉を待った。

 

「さて、話が逸れましたが……渚さんは優しい人なのに、殺人を迫られるように葛藤してました。それは何故か? ……お金が必要なのは、渚さんではなく渚さんの大切な人の為だからです! 付け加えるなら、貴方の家族の為!」

 

「……ッ!?」

 

 間違ってはない、が……正解でもない。

 だが――

 

「そういう反応をするって事は正解ですね、渚さん」

 

「……貴方、私を試したわね?」

 

 正確に真実を射抜かれて、渚が動揺を見せたのは無理からぬ事だ。

 

 進矢としても真実である自信は無かったが、進矢と渚が【共有者であると共に競合者】であるという仮定。

 そして、進矢は自分の所持してる携帯電話の待ち受け画面が家族の集合写真であった事から、家族の為にゲームに乗ろうとしているのではないかと考えた。

 

 渚は否定せず、結果として今この場では進矢の推理は真実として扱われる事となる。

 

「最初から素直に言ってくれたら、協力しやすかったのに……隠してた渚さんが悪いんじゃないですかね?」

 

「それは無理よ……。協力を要請するには、額が多すぎるもの」

 

「20億円の山分けだとしても……という事ですね?」

 

「え、えぇ……」

 

 ここで、渚は躊躇する。

 金額を言ったとして、どうする?

 裏切り、殺すつもりだった渚を目の前の川瀬進矢は協力するだなんて言うんだろうか?

 助けて欲しいと懇願したら、助けてくれるのだろうか……。

 

 今までは完全に偽りの関係だった。

 初回ゲームで親友に裏切られて以降、ずっと本性を偽り……そして、何度も裏切ってきた。

 

 しかし、今回は例外も例外。

 正体はバレていないのに、本性だけがバレてしまっている状態だ。

 本性を偽らずして、自分は騙しとおす事ができるのだろうか、唐突な不安に襲われる。

 

(そうか、やっと――分かったような気がする。どうして、私が川瀬君にこんなに苛々するのか……憎く、思うのか……)

 

「……15億円、これが私の抱えてる借金額よ」

 

「そう、ですか……なるほど、それはとても--頑張らないといけないですね」

 

 絞り出すように喉から言葉を出した渚に対して、進矢は渚の手を放そうとした。

 しかし、今度は渚が手を離さない。

 進矢は一瞬怪訝な表情を浮かべるも、気にせずに自分の見解を述べる。

 

「賞金の4分の3ってことは、俺以外で後6人は仲間にしたい所ですね」

 

「……川瀬君、貴方は分かってる筈よ。自分がどれだけ、夢物語を語っているかどうかなんて」

 

「……そうですね」

 

 先程と打って変わって、二人の声は自然と静かに……しかし、力の篭った言葉になっている。

 

 渚は話しながら、自分が感傷に浸っている事を自覚した。

 そう……かつての渚だって、40億近い借金を背負っていた。

 そして、それを努力によってなんとかできるという希望を抱いていた。

 大切な家族の為、そして支えてくれる親友がいて……バイト先では評価され時給も上がって……。

 辛いことも、悲しいことも多かったが……それでも、努力で少しずつ状況を変えることができていた。

 

 今が闇の底で、後は上がるだけだと……滑稽に無根拠に、信じていたのだ。

 

「それでも、渚さんに皆殺しをさせるわけにはいかないし……何より、今の渚さんは俺に見放されたがっているように思える。だから、意地悪な俺としては絶対に――貴方を見捨ててあげない」

 

「――本当に、性質の悪い人間よ……貴方は」

 

 きっと、今の川瀬進矢は、当時の渚と一緒なんだろうと渚は考える。

 本当の地獄を彼はまだ知らない。

 だから、今も尚……愚かにも渚を信じようとして、手を差し伸べる事ができるのだ。

 

 渚は悩む、悩みながら……その意図に反して、想いが口から溢れてくる。

 

「私は、貴方の想像もできないような悪い事や酷い事を沢山してきたわ……川瀬君に助けられる謂れがない」

 

「悪い事したなら償わないといけないですね。15億を手にした後に、頑張らないといけなませんね」

 

「川瀬君の推理が正しいのであれば、他ならぬ貴方にお金が必要って事じゃない」

 

「そこは……渚さんを庇った俺の判断を信じます」

 

 渚は、進矢の提案を否定しようとする自分に内心で驚く。

 

 何度も繰り返してる事だった、いつもなら平気で笑顔で相手を地獄に落としている筈なのだが……。

 

(泣いて縋れば良いじゃない。悲痛な声を出して、お願いすれば、きっと川瀬君は断れない……)

 

 しかし、それができなくなっている自分に困惑する。

 何故か……少し考えて、渚は気づいた。

 渚は、今まで自分を偽っていた仮面を失いつつある事を――。

 

 そして、裏切りたくないという気持ちそのものが、渚に拒絶を選択させていた。

 

「……私は、結局、貴方を裏切るかもしれないわよ?」

 

「それはありますね。じゃあ、そうだな……約束してくれたら良いですよ」

 

「約束? 裏切らない約束の、どこに意味が――」

 

「失礼な、流石にそんな事は俺だって分かりますよ」

 

 しかし、何度拒絶しても、進矢は根をあげない。

 

 二人の握っていた手が離れ、進矢は改めて右手の小指だけを渚に向けて差し出す。

 

「俺の欲しい約束は、『騙すのも裏切るのも、俺を最後にする』って約束ですよ。最後の男にしてください!」

 

「……やっぱり、私――貴方の事が大っ嫌い」

 

 渚は吐き捨てるように言うと進矢を無視し、拘束が解除されたのを良いことに振り返って更衣室に向かう。

 時間に直せば大した時間ではなかったが、それでも頭に血が昇り色々な事を暴露された渚は頭を冷やしたかった。

 

「渚さーん! 嫌いは嫌いで、全然かまわないので、何かあったら俺に頼ってください!」

 

「なら、少し黙ってて」

 

「あ、はい……」

 

 歩きながら渚は過去を振り返る。

 

(今なら少しだけ真奈美の気持ちが分かる。彼女はきっと……当時の私に強い嫉妬心を抱いていたんだ。今の私が川瀬君に抱くのと、同じように――)

 

 渚の大嫌いという言葉は本心だ。

 一方で、それだけでもない。

 真実とは多面的で、多重構造なのだ。

 渚が多額の借金を抱えて、家族の為に頑張っているのが真実であるように。

 

(……私はどうすれば良いのかしら。どうしたいのかしら)

 

 何時もなら煩わしい組織からの指令も何もない。

 連絡を繋げようとしても、反応がない。

 

(私は、川瀬進矢抹殺の指令を……期待してるのかしら、恐れてるのかしら?)

 

 渚は勿論分かっている。

 両方の矛盾した答えは両方共に真であるという事実に。

 どちらになったとしても、渚は相応に傷つくのだろう。

 

 それでも、駒として徹すれば問題無かった。

 自分の意志での決断でなければ……まだ耐えられる。

 そんな組織の人間としての現実逃避だった。

 

(どうせなら、全部見抜きなさいよ……あの馬鹿)

 

 『仮面』を外して、渚は自分が今までどれだけ『真奈美の仮面』に守られてきたか、痛感する。

 この世界――地獄で生き抜くには素面では居られない。

 真奈美に裏切られた渚は心を凍てつかせ――そして、真奈美の仮面を被った。

 

 それを奪われた今、今まで通りサブマスター業を続けられるか……それは渚にすら分からない。

 

 そういう意味で考えるなら、無理矢理かつての綺堂渚という人物を探り当ててくる進矢に身勝手な怒りが湧いてくる程だ。

 

(まだ組織の人間である事はバレてないから、まず頭を冷やして次の対応を――)

 

ーードンドンドンドン!!!

 

 渚の思考は更衣室の扉のノック音で掻き消される。

 一人になりたかったのに、本当に煩わしい人だと渚の心が告げる。

 

「渚さん! ヤバいです! 多分ですけど、更衣室の中も風呂場も監視されてます!」

 

(あぁ――そういえば、そうだったわね)

 

 女性である事すら武器として使い、多くの人間を騙して殺してきた渚は――とっくの昔にまともな女性としての感性を失っていた。

 そういえばそうだったな、程度にしか感じない。

 それを自覚した時に、やはりもう生きている世界そのものが違う事を痛感する。

 

 冷たい闇の中、渚は身を焼く光を嫌悪する。

 

(川瀬君、私の闇は貴方が思ってるよりーーずっと、ずっと深いのよ)

 

 進矢は渚が悪人である事に気づいた。

 多くの人を騙して蹴落とした事にも気付いてるだろう。

 だが、その程度の認識に恐らく大きな隔たりがある。

 

 進矢の認識の甘さ……このゲームの現実こそが、進矢の希望を打ち砕く。

 

 ――そうなるに、決まっている。

 

(だから、絶対に……絶対に、私は川瀬君に期待しない)

 

 服装を整え、更衣室の扉に向かいながら……渚は乱れた自分の気持ちを新たにしようとする。

 どうせ、いずれ破綻する関係だ。

 

 かつての親友を殺した後のように、渚は自分の心が凍りついて居て欲しかった。

 正気になんて、戻りたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突貫工事をする事、1時間弱……一先ず、更衣室と浴室で隠しカメラを発見した俺は、戦闘禁止エリアで破壊行為を行っていいのか分からなかったので、片っ端から段ボールで射線を塞いでおいた。

 今や、通気口や鏡のある部分は大体段ボールとガムテープで封じられている。

 これで安全! ……な、筈だ。

 

 危ない……ところだった。

 浴室に向かおうとする、渚さんにちょっと疚しい気持ちを抱いた結果、今の状況を思い出し土壇場でガードできた。

 

 このゲーム最悪だな……くたばれ! と自分を棚に上げながら心の中で毒を吐く。

 

(戦闘禁止エリアって、俺の想像しているより……ずっと怖い場所なんじゃないか?)

 

 少し冷静になり、渚さんがシャワーを浴びているであろう扉の方向を見て思う。

 鍵の機能があるわけではない、つまり入り放題だ。

 覗こうと思えば覗けるし、それに反撃ができるわけでもない。

 俺が手を握ったら、渚さんが振りほどけなかったように……色々と落とし穴があるんだろう。

 

 つまり、今……特に俺から逃げもせず風呂に入った渚さんから最低限の信頼を得られたと考えておきたいが……。

 

(隠しカメラの事を言っても、反応少なかったし……最悪見られても良いと思ってるのか?)

 

 もし、行ったら、ゴミを見る目線で絶対零度の睨みを受けそうだが。

 それはそれで……じゃなくて、そういうことを含めて、俺は試されているのかもしれない。

 

 まだまだ、信頼を得る道は遠そうだ。

 それでも入口に立てた事を、まず喜ぶべきだろう。

 

 

(指摘するか迷ったけど、渚さんって……人に裏切られたトラウマを持っているだろうしな。それも、大切な誰かに……)

 

 

 気持ちを切り替えて、仕事後の紅茶を飲みながら、渚さんの事を考える。

 そう考えなければ辻褄が合わない事象が幾つかあるからだ。

 

 着想したきっかけになったのは、郷田の裏切りから俺を守った時だ。

 あの時、俺は渚さんに周辺警戒をお願いしていたが……郷田の事は全く、警戒していなかった。

 裏切る可能性を全く考慮していなかったわけでもないが、裏切るタイミングでもないと思ったからだ。

 もしも、俺と渚さんと立場が逆だったら、郷田の一撃をどちらかが受けていた事になる可能性が高い。

 

 結果論だが、あそこで、郷田を警戒するのは……はっきり言って過剰だった筈なのだ。

 

 そう考えると、芋ずる式に……渚さんが過剰に俺に色仕掛けしてくるのは、裏切られる可能性を限りなくゼロにしたかったという意図も含まれるのではないか?

 渚さんの俺への拒否反応は、信じる事に対する恐怖があるのではないか?

 と連想できる。

 

 一つ一つは根拠として薄弱でも、3つ集まれば……そこそこの根拠になるだろう。

 

 多分だが、矢幡さんもそういうタイプだ。

 どうにかしたいが、どうにもできない。

 ……強いて言うなら、極力甘やかす事位だろうか?

 

 しかしながら、心の問題に対してはすぐ解決できるようなものでもないだろう。

 実務的な問題……まずは15億の借金返済計画だな。

 どれだけ悩もうと、まずはそこを解決しないと何も解決しないのだ。

 実現に近づけば、渚さんも少しは気を許してくれるはず……そうなってくれれば、良いな?

 

 15億円とは中々高いハードルだが、『パートナーが何を目的に動いているか全く分からない状況』よりはマシだし、『会う人間を極力説得し、解除条件によらない首輪解除条件を探し続ける』よりは具体的で考えやすいように思える。

 はっきりとした目的があるのならば、あとは理想を現実にするだけだ。

 

 

 紅茶を飲み干し、携帯電話を開く。

 待ち受け画面には家族五人の集合写真が表示されている。

 ……どこかに旅行にでも行っている写真なのだろうか?

 皆、笑顔でいるように思える……改めてみると、俺の顔がやや幼い気もするが。  

 

 何を考えて、俺は家族写真を待ち受け画面にしたんだろう?

 俺の今の行動は果たして正しいんだろうか?

 

 記憶がある川瀬進矢は俺の行動を笑うだろうか?

 それとも怒るだろうか、悲しむだろうか?

 記憶がない俺には分かり得ない事であった。

 

 俺は、自分の行動に自信を持てないまま、携帯電話を額に当てて目を瞑り……静かに祈る。

 

 

 

――記憶が戻るのは、もう少し後回しでお願いします。身勝手で、ゴメン……

 

 



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第十二話 そして、もう片方の真実を

 

 

 

――――――――――――

人は人生における過ちを積み上げて、運命と呼ぶ化け物を作り上げる。

-ジョン・ホッブス (19世紀米国のベストセラー作家)

――――――――――――

 

 

 

 

 

『渚さん、この部屋の調査状況とこれからの方針についてを、ノートに纏めておいたので、良かったら目を通しておいてください。それじゃ』

 

 渚が風呂場で自分の頭をゆっくりと冷やした後、進矢はこのような言葉を残して入れ替わりに風呂場に入った。

 直接話すのが気まずいんだろう。

 

 それは、渚も同意だった。

 

 渚が机に目を移すと、学校で使っていると思われるノートが開かれており、その横には進矢のPDAとPDAの拡張機能のソフトウェアが二つ……そして、スタンガンとサバイバルナイフが置かれている。

 

(流石に、自分のPDAをそこに置くのはどうなのよ……)

 

 PDAの重要性は進矢が認識してない筈がない、その行為について渚は困惑する。

 信じている……という無言のアピールなのだろうか?

 裏切り者である自分に対する当てつけのように感じ、苦しみが渚を蝕む。

 そして、身勝手な怒りすら湧いてくるのだ。

 

 尚、進矢の真意としては男女二人きりの戦闘禁止エリアで風呂場に入るというリスクを負った渚に対し、返礼として自分もリスクを背負うべきだとPDAを貸したという流れなのだが、流石にそこまでは渚には伝わらない。(その際、PDAの地図の写真は、携帯で写真に撮っているので最悪持ち逃げされてもゲーム内で遭難することはない)

 

(大丈夫、私の今回の任務は『進矢君を信じて、サポートする事』……郷田さんからの連絡がない以上、何も変わってないわ。いつものようにやるだけよ)

 

 ……既に本性が暴かれている点はスルーする渚である。

 どうしてこうなったか渚にも分からないが、信頼関係が損なわれた訳ではないので問題ない筈である。

 服の裾を握りしめ、数年ぶりに感じる胸の痛みを無視しながら、渚はノートを確認する。

 

『この戦闘禁止エリアで見つけた有用な物は机の上に置いてます、PDAの拡張機能に使ってみればわかると思いますが――』

 

 拡張機能に関しては渚も知っているので読み飛ばす。

 この戦闘禁止エリアで進矢が見つけたのは【生存者カウンター】と【GPS機能】の二つ。

 【生存者カウンター】に関しては進矢が使ってしまったため、もう片方の【GPS機能】に関しては渚に使用権を譲る旨の事が書かれている。

 

 ……サブマスターである自分には不要な機能だ。

 だから、勝手に進矢の【A】のPDAにダウンロードしておいた。

 それを見たら彼はどう思うだろうか……と渚は想像する。

 

(私が優しい人だと、まだ誤った判断を下すのでしょうね)

 

 騙すつもりなら、行動が過剰過ぎる……進矢の推理はその点では正しい。

 だが、導き出された答えはどうしようもなくお花畑で、間違っていた。

 

 渚が進矢の為に過剰に尽くしてるのは、仕事でありサブマスターとしてカメラマンとしての役割だから……その一点に過ぎない。

 進矢には誘拐犯側の人間という視点がどうしようもなく欠如しており、その役割故の行動を別の理由で補完しているからか……完全に誤った結論に辿り着いているのだ。

 組織側の人間になった理由としての家族の借金を返す為とか、そちらが見抜かれた時は驚いたが――それだけだ。

 

 ――それならそれで、自分が組織の人間だと言った時の進矢の反応が見物だわ。

 

 ポタリと、進矢が用意したノートに水滴が落ちる。

 ちゃんと身体と髪は拭いて乾かしたつもりだったが、風呂上りだからか、まだ濡れていたのだろうと渚は判断する。

 渚は急いで顔を拭き直して、ノートの続きを読み始めた。

 

『●15億を得てのゲームクリアと正規じゃない生還方法について』

 

『最低4分の3の参加者を仲間につけての生還になる為、正攻法では難しい。首輪の解除および生還への協力の対価として賞金を要求するのが筋だと思われる。危険プレイヤーは拘束した後に賞金だけ貰う方向を模索していきたい』

 

『他の友好的なプレイヤーに関しては、各プレイヤーそれぞれ直接交渉しながら模索しなければならない為、個別対応になる』

 

『大事になるのはやはり、解除条件。そして、解除条件を介さずに生還する方法。それを見つけることができれば、それを交渉材料として【3】と【9】の生還が可能になり、条件として賞金を貰う方向で調整していきたい。ついでに、俺も生きて帰れる』

 

『この件に関して、方向性は3つ。【首輪】をどうにかする、【警備システム】をどうにかする、【ゲームそのもの】をどうにかする。俺達は賞金が必要なので、【首輪】か【警備システム】の二択が無難、自分のPDAのルールを再確認したが生存すれば勝利で正規の方法でとは書かれてないので問題ないと思われる』

 

『【首輪】か【警備システム】だが、今回は警備システムで考えていく。しかし、警備システムは全域が進入禁止エリアになった後に、生き残れるバランスではない筈である。そこで、安全地帯がどこかにないか考えてみた』

 

『結論から言えば外に活路を求めれるのではないか? と判断した』

 

『現状、俺の観測範囲では……1階のエントランスの入口、そしてこの部屋で見つけた物をはじめとする上の階層に行くほど武器が良くなるという仮説の2点が鍵となる』

 

『6階まで行ければ、1階のエントランスの封鎖をも破壊できる……かもしれない。この作戦の可否は別として、外は安全だと思われる根拠はある。それは、このゲームが過去何十回も行われたと仮定しても、外に出た形跡がないからだ。1度も使われてない場所に警備システムを配置するだろうか? あったとしても、ちゃんとメンテナンスされてるだろうか? ……願望が含まれている事は否定しないが』

 

『簡単な流れを説明する。前提としてどうあっても6階に行って武器を回収、1階のエントランスを破壊は間に合わない。解除条件を満たしたプレイヤーが事前にエントランスの障壁を破壊する事が必須となる』

 

『その後、エレベーターを利用して6階から1階に移動(この移動とは、具体的にはロープを用いて垂直下降するという意味)、即座にエントランスまで全力疾走する。エレベーターからエントランスまでそう遠くはないので、全力疾走で10分~20分程度で外に出る事ができる』

 

『勿論、課題が多く。希望的観測が多分に含まれる為、後ほど……この件について議論していきたい。他の案も含めて、これからも検討していく』

 

「良くもまぁ……こんな事を考えられるわね。馬鹿なのか無謀なのか、それとも頭がいいのか……分からなくなってきたわ」

 

 可能か不可能かで言えば、可能だ……と渚の長年のサブマスター経験が言う。

 渚は進矢がエントランスのコンクリート壁を見た時、これが『何かのヒントじゃないか?』と言っていた事を思い出す。

 破壊できる手段がどこかで見つかるのではないか? と進矢は思ったのだろう。

 6階の武器で1階のエントランスを破壊した場合がどうなるか、それは渚自身前例がないので分からない。

 

 (観客はどうなるか興味を示すかもしれないし、いずれにせよ組織の掌の上であることは間違いないけど)

 

 その展開が受けそうなら採用する、面白くなさそうなら採用しない。

 最悪、外に出た瞬間に出た人間が蜂の巣になるというバッドエンドを用意する可能性すらあるだろう。

 あるいは、組織は蜘蛛の糸を垂らすだろうか?

 進矢の案は、そういう類の希望である事を渚は正確に理解した。

 

(それでも、このゲームで希望を掲げ続けて抗う旗印になるのは川瀬君。そして、それを手伝うのが今回のゲームにおける私の役割、か)

 

 渚としては、進矢のやり方がうまくいくとは思えない。

 そして、うまくいってほしいとも思わない。

 

 勿論、進矢の進んでいる道に希望は欠片として存在しない。

 何故なら、渚の借金が15億程度なのは真実だが、ゲームの運営側の人間である渚は賞金の分配の例外に位置するからだ。

 確定したバッドエンドに、そうと知らず進み続けている愚かな男……それが川瀬進矢だ。

 

 それでも、渚は進矢の末路を見届ける決意を静かに固める。

 

 ――川瀬君、貴方の全てを……私に見せて。

 

 たとえ、自分が最後に引導を渡すことになろうとも

 

 

 

 

 

「細かい問題点はいくつか指摘したいけど、大きい問題点が一つ……この作戦で私以外を説得できると思う? そもそも対話の機会を作れる?」

 

「……やっぱり、そこが最大の問題になりますよね」

 

 一風呂浴びた後に、二人でデザートのプリンや果物を食べながら改めて作戦会議に移る。

 調理中に渚さんはデザートも仕込んでいたらしい、糖分が丁度欲しかったのでありがたい。

 すごく感謝したが、それはスルーされてしまった。

 

 ……そこは良いとして、浮上した問題点が大きすぎるんだよな。

 

「極端な話、川瀬君がどんなに完璧なアイディアを出したとしても、それを信じる人がいなかったらナンセンスよね? 一人で生きて帰れる方法なら、川瀬君だけ生きて帰る事はできるかもしれないけど」

 

「その点に関しては懸念していましたが、今は対策が思いつきません。えーと、ほら……渚さんの魅力パワーで相手をメロメロにして話を聞かせるとかどうです?」

 

「残念だけど、私の見立てなら……今までこのゲームで会った人だとそれが通用するのは川瀬君位ね」

 

「なんでだ」

 

 ……だからこそ、ターゲッティングされてしまった訳だろうし、そこは仕方ないが。

 御剣さんダメかー、そっかー……いや、素でいい人なら渚さんの話術使用しなくても良いのかもしれないが。

 

 ――懸念点は、御剣さんが今そもそも生きているか、どうか

 

 渚さんから返してもらったPDAを見ながら、まだ生存者数が11人である事を確認する。

 ありえそうで、現状考えられる最も最悪なパターンは矢幡さんが御剣さんを殺したパターンだからだ。

 

 渚さんに関しては……結局の所、どう思ってるのだろう。

 自分のPDAになんかダウンロードされてる【GPS機能】を見ながら、ふと思う。

 使用権を渡したんだから、俺のPDAにダウンロードする分には渚さんの自由なんだろうが。

 

「川瀬君――実際、貴方は総一君と麗佳ちゃんの事をどれだけ信頼してるの? 信頼できる根拠はある?」

 

「……」

 

 渚さんは俺の悩みを見透かしているのか、俺を覗き込みながら問いかけてくる。

 そして、俺はそれに答えることができないでいた。

 そもそも話したのだってほんの一時間弱、矢幡さんに至っては敵対的だった。

 希望的観測を述べるのは簡単だ。

 

 だが、そんな気休めなんて容易く渚さんに見透かされるだけだ。

 特に渚さんは――本人の命だけではなく、家族の命が肩にかかっているわけだし。

 

 しかし、それでもあきらめるわけにはいかない理由がある。

 渚さんによる皆殺しルートはなんとしてでも避けなければ……。

 まず俺は折れない覚悟を決めて、そこから考え方を決めるのがコツだな、多分。

 

「思うに、信頼関係を築くに……相互理解が足りないと思うんですよね。手塚と郷田は論外としても、他の3人とは協力できる余地はあると思います」

 

「……それを築ける機会があれば良いわね」

 

「それは……力づくで作るしか無いんじゃないんですかね」

 

「川瀬君が言うと説得力が違うわね」

 

「えっへん」

 

「……皮肉のつもりだったのだけど」

 

 呆れた様子で渚さんは目を閉じる。

 実現可能性は置いといて、戦闘禁止エリアに閉じ込めて強引にコミュニケーションをとる戦術は割とアリかもしれない。

 ……本人からすごぶる不評っぽいけども。

 

「……一部例外は居ますが、望んでゲームに乗ってるプレイヤーは居ない筈ですからね」

 

「そうね。だけど、私としては……この時点で他のプレイヤーは全員敵のようなものだと考えて動いた方が良いと思うわ。このゲーム、究極的には信じられる人間は自分だけよ」

 

「そうですねー、信じられるのは渚さんだけですね」

 

「はぁ?」

 

「……うん?」

 

 会話の流れで普通に頷いていたら、渚さんが怪訝な表情で俺を見つめる。

 険しい表情も可愛い……じゃなくて、ニュアンスを取り違えてたのか、気づかなかった。

 

「……言っとくけど、私はまだ川瀬君の事を信じてる訳じゃないし、私の事を信じても痛い目見るだけよ?」

 

「うんうん、頼りにしてます」

 

「私の話聞いてた?」

 

 俺個人としてはそれを口に出してしまうところが、良いと思う。

 裏切る人はそんな事言わない……多分。

 

 しかし、それを指摘してしまうと渚さんは……拗ねてしまいそうな気がする。

 なので、ここで俺が選ぶ選択肢は……スルー!

 ちゃんと話を続けたいからだ。

 

 でも、感謝の意志は伝えておこう。

 

「俺の考えに厳しい意見で指摘してくれるのはありがたいと思ってますし、それでも付き合ってくれて嬉しいですね。あと、細やかな心遣いに感動してますよ」

 

「……感謝される筋合いはないわ、私は自分の目的の為に川瀬君を利用してるだけだから」

 

「えぇ、上手く使ってください」

 

「……馬鹿ね」

 

 馬鹿じゃないです、他にやりたい事がないだけです。

 ……最悪、俺達以外全員敵だったとしても、運命共同体のようなもんだし。

 もうちょっと、まともな未来の為に努力していきたいところではある。

 いっそ、一回ゲームから離れてみるの手かもしれないな。

 

 まず、足元を固めていこうか。

 どうにも……俺の中で渚さんに見捨てられる恐怖というのがあるようだ。

 そして、なんとか力になりたい気持ちもあるが、どうにも空回ってるように思える。

 

 よし……渚さんともうちょっと、踏み込んだ協力関係になる必要があるな。

 そう考えた俺は、寝るまでの残り時間は渚さんとの親交を深める事に決めた。

 純粋に親交を深めたい気持ちは8割位です。

 

「そうだ、渚さん。折角なので、渚さんの家族の事を教えてもらって良いですか?」

 

「私の家族? 急な話ね……それは、どうして?」

 

「命を懸ける以上、誰の為に命を懸けるか知っておきたいのが一つ。渚さんの事をもっと知りたいのがもう一つですね」

 

「……そう。別に特別な何かがあるわけじゃないわよ」

 

「それが良いんじゃないですか、というか……俺だって自分の家族の事を全然覚えてないから、家族とはどういうものか知っておきたい面もありますね」

 

「仕方ない、わね ……でも、条件があるわ」

 

「条件?」

 

「貴方の家族についても教えなさい、勿論……今知っている範囲で良いわよ」

 

「なるほど、それがフェアですね」

 

 俺が教えられるのなんて、せいぜい家族写真位しかないけども。

 こうして寝るまでの時間、俺と渚さんはややぎこちないけれど、和やかな時間を過ごしたのであった。

 

 渚さんが悪い人だったとしても、理由があって悪い事をせざるを得ないだけならば……このゲームをクリアするころにはきっと、何のしがらみもなく、家族の元に返してやりたいと、そう思う。

 そして、もしも俺の記憶が戻ったしても、この気持ちさえ残っていればきっと大丈夫だと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゲームマスターの控室。

 

 PDAの地図に載ってない電子機器に囲まれたその場所はゲームの情報を管轄する部屋兼、ゲームマスターの休憩室である。

 ゲームの進行を担当するもう一人の組織側の人間……郷田真弓は一旦ゲームが落ち着いてきたので仮眠を取っていた。

 

 突然、PDAの振動で目を覚ます。

 やや寝ぼけた状態で、眼鏡の下をこすりながら発信者を確認する。

 ……【綺堂渚】、何度目かの連絡を確認し、PC端末を起動して情報を確認してから、着信に出た。

 

「……はい、私よ」

 

『郷田さん、どうして出なかったんですか!?』

 

「あー、ごめんなさいね。寝てたわ」

 

 そして、渚の焦燥した言葉を聞いて状況を確信した。

 郷田の言葉は半分は本当で、半分は嘘の言葉であった。

 渚の郷田への連絡は何度かあったのは把握している……その全てを郷田は意図的に着信拒否しているのだ。

 

 そして、今回……渚がとある条件を満たした為、郷田は渚の連絡に応じた。

 ただそれだけの事である。

 

『嘘をつかないでください、わざとだったんでしょう!?』

 

「だったら、何だっていうの?」

 

『ゲーム開始前、私に渡された参加者のプロフィール……それは捏造されたものだった。違いますか?』

 

「捏造、とは大きく出たわね……渚ちゃん」

 

――よしよし、順調ね。

 

 と郷田は、確信する。

 一時はどうなることかと思ったが、郷田にとって今回のゲームの状況はほぼ理想的な推移を見せていると言って良い。

 

 正直言って期待以上だ。

 郷田は喝采の言葉を述べたいほどだったが、冷静なゲームマスターの仮面を被りながら、渚に言う。

 

「……でも、そうね。”手違い”があって、誤ったプレイヤーのプロフィールが送られている可能性があるわね。良かったじゃない、渚ちゃん。重大な手違いがあって、大きな被害を受ける可能性がある場合、ゲームマスター規定に則って報酬3倍よ。借金返済へ大きなショートカットと思わない?」

 

『……ッ!?』

 

  

 PDAの向こう側で渚が息を詰まらせるのを察する。

 郷田としても経験者だから気持ちは分かる。

 

 参加者プロフィールに嘘を書かれると、計画が大きく狂ってしまうし、命の危険もある。

 だから、渚は怒っているのだろう。

 

 その狂った計画の修正すら仕事の範疇なので、本当にゲームマスター業は大変だ。

 不満は札束で殴って解決される事だけがホワイトである。

 

「……郷田さん、私はどう動けば良いですか?」

 

「本ゲームのゲームマスターとして命じるわ。渚ちゃん、自分で決めなさい」

 

「……」

 

「今回の件は、貴方がサブマスターからゲームマスターに昇格する――その登竜門よ。どうすればこのゲームが盛り上がるか、自分で考えなさい……フォロー位はしてあげるわ」

 

 PDAの向こう側で無言で話を聞く渚に対して、郷田は淡々と事実を告げていく。

 渚は既に十数回ゲームに参加しているベテランのサブマスターだ。

 初回ゲーム時は40億近かった借金も既に残り15億……はっきりと言うなら人気が出ている渚に対し、ゲームを運営する組織は期待しているのだ。

 

「貴方の家族の借金に対する健気な姿勢が評価されたのかもね、借金返済完遂に対して組織も尽力したいみたいよ」

 

「……だからって、このような」

 

「あら? 私レベルのベテランプレイヤーなら、普通の事よ? 事前に告知されなかったのは確かに手落ちではあるけれど、渚ちゃんが今まで殺した人間を忘れてるのが悪いんじゃないの?」

 

「……」

 

 渚は言葉を返さない。 郷田に言わせれば、渚は命に向き合えていない傾向があるように感じられる。

 正確に言えば、良心は残っている癖に自分の所業に向き合う強さを持ち合わせていない。

 だから、渚は逃げ……そして、今不意打ち気味に向き合う羽目になったのだ。

 

(良心が残っている方が、不確定要素が高くショーが盛り上がるからそれはそれで構わないんだけどね)

 

 良心を欠片も持ち合わせていない郷田としては、分かり合えないなと感じる。

 尤も、郷田は殺した人間の名前をすべて覚えておく派なので、本当の意味で相手の命を重んじているのはどちらかは分からない。

 

「それとも、もしかして期待しちゃった? 私も若いツバメに言われてみたいわ~……『借金を返すのに協力する』『悪事は終わってから一緒に清算しよう』『裏切るのは俺で最ご――」

 

『黙って!!!』

 

「……やだやだ、ほんのジョークじゃない」

 

 思ったより強い渚の言葉に郷田は一瞬たじろぐ。

 渚の心理掌握術と郷田の恋のキューピット作戦は予想以上に上手く行っている、郷田は判断した。

 

 郷田は驚くような表情を作りつつも、内心ではほくそ笑む。

 こんなにも、上手く行く事があるから……ゲームマスター業は辞められないのだ。

 

「それでも、折角だからお客様の為に言って欲しい物ね? ねぇ、どんな気持ちだったの? 心を開きかけた相手が、【一年半前に殺した男の息子】だと知った時は」

 

「……川瀬君は最初から知っていたんですね? だから、私を疑う事ができた」

 

「えぇ……【綺堂渚】がそうだという情報は持っていた。普段の逆パターンね。尤も、確証は無かったんでしょうけど」

 

 そもそも、今回のゲームで渚に伝えられてたショーのメインテーマは偽装だった。

 正確には嘘ではないが、メインではなくサブテーマだったのだ。

 

  それが、進矢の記憶喪失で乱れに乱れてこのような着地になってしまったが、むしろ本来のショーよりも盛り上がっていると言えるだろう。

 

「渚ちゃん、改めて――初回以来のゲームの主役抜擢、おめでとう。ご家族の為に、頑張ってね」

 

『――ありがとうございます、私がどんな人間だったか……はっきりと思い出す事ができました』

 

 郷田の皮肉に対し、渚は涼やかに受け流しているように見える。

 しかし、郷田は見抜いた……渚はただ自分の気持ちを押し殺しているだけである事に。

 

(渚ちゃんには悪いけど、私の仕事は渚ちゃんを追い詰める事も含まれているのよねぇ)

 

 だから、駄目押しで郷田は追い打ちを仕掛ける。

 

「ふふふ……不要だと思うけれど、念のため忠告してあげるわ、渚ちゃん。これは貴方が始めたゲームなのよ? 本気で途中下車できると思ってるの?」

 

『勿論、分かっています……私自身の手で終わらせますよ』

 

 こうして、PDAの通話状態が一方的に切られた。

 分かっているのか、分かっていないのか……今頃、観客席は湧いているだろうか?

 

 いずれにせよ、このゲームの大部分は郷田の手を離れ……ほぼ参加者の意志で動くような状態になった。

 じっくりとゲームの推移を観察しながら、必要な所を調整していけば問題無いだろう。

 どのタイミングで川瀬進矢の記憶が戻るのか、はたまたゲーム終了まで記憶が戻らないのか……そこまでは分からないが、それもまた不確定要素として歓迎される。

 

――それにしても、あの渚ちゃんの心を揺さぶるなんて……川瀬君。やるわね

 

「もしかしたら、更生を促し心を揺さぶる事こそが……最大の復讐……なのかもしれないわね」

 

 良心に耐えかね、参加者に情が移り任務を放棄・裏切りを行う組織側のサブマスターは多い。

 だが、そのような人間は例外なく死亡している。

 

 改心するということは、今までに犯した罪が裏返り……裁きの光となって、その人物の身体を、そして心を焼き殺すのだ。

 多くの裏切り者の末路を見てきたゲームマスターの郷田は、その事をはっきりと――理解していた。




当然の話ですが、進矢が記憶を取り戻してからがEP2本番です。
過去がずれてるので、EP1と比べて総一レベルでキャラ違うかもしれないですね。

次回幕間


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幕間1 逃げ道の使い方

川瀬進矢:A:9.1:Qの殺害
葉月克己:2:6.4:JOKERの破壊
綺堂渚:7:4.9:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
御剣総一:J:6.7:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
矢幡麗佳:Q:5.5:2日と23時間の生存
長沢勇治:K:6.2:PDA5個以上の収集
色条優希:?:DEAD:???
手塚義光:?:5.1:???
漆山権造:?:9.9:???
郷田真弓:?:3.3:???
???:?:?:???
???:?:?:???
???:?:?:???



 

 

 

 

――――――――――――

人は自ら迷い、自ら救われる。自由に生きるも囚われるも、己次第だ。

アンゲルス・シレジウス (17世紀ドイツの神秘主義敵宗教詩人)

――――――――――――

 

 

 

 

 総一と麗佳のゲームにおける旅路は、問題なく進んでいるように思えた。

 拳銃を1個だけ発見した時も特に諍いを起こす事はなく、ぎこちなくも連携を取りながら二人は動いていた。

 2階にも上がり、食事やその他の物資も十分といって良いほど備蓄できていた。

 だから、二人の認識が致命的にズレている事に気づいたのは、一人の参加者に会ってからだった。

 

「何やってるんですか、麗佳さん!!」

 

――パァン!

 

 映画で聞くような発砲音とは簡素な発砲音と、火薬の匂いを二人は感じる。

 麗佳は、中学生位の短い茶髪の女の子を見つけた時、迷わず発砲した。

 麗佳にしてはやや軽率と言えるかもしれないその判断であるが、一応ちゃんとした理由がある。

 

(このまま温い行動ばかりしてたら、きっと私は楽な方向に流されてしまう)

 

 麗佳のこれまでの出会った人物は、漆山権造・手塚義光という特段の危険人物を除いては特別悪い人間は居なさそうに見えた。

 だが、それはまだ本当のこのゲームの恐ろしさを理解していないが故である。 

 

 このゲームの行きつく先は疑心暗鬼からの血を血で洗う戦いである事を、頭が良い麗佳はしっかりと認識している。

 そして、それ以外の特別な能力を持ち合わせていない麗佳には分かるのだ……あくまで、麗佳自身はその事実に他の人より少しだけ早く気づけただけで、誰もが遅かれ早かれ気付ける事実である事を。

 そして、全員が気づいた時がこのゲームの本番だろう。 今は銃が一つだけしかないが、遠からず誰もが銃を手にする事となる。 誰もが覚悟を決めた時、麗佳に勝ち目はあるか?

 

 ――否、だ。

 

 だからこそ、麗佳は……今はまだ何の罪を犯していない年下の少女を撃たなければならなかったのだ。

 しかし、その銃撃は同行しているプレイヤーである御剣総一に防がれ逸れてしまい……少女に当たる事は無かった。

 

 ――やれやれ、安全な解除条件というのも困りもの、ね。

 

 総一から見せてもらった彼のPDAの解除条件は【J】……解除条件だけ考えれば麗佳を裏切る心配は薄そうではある。

 だが、麗佳から見た彼は危機感の足りない男という印象が強かった。

 

 それだけなら別に構わない。

 危機感という面で言えば、それが足りている川瀬進矢の方がよほど同行するに心穏やかでは居られないからである。

 むしろ、いざという時の盾役や囮等の保険としての価値を麗佳は見出していた。

 

(逆に言えば、その価値がないのであれば殺してしまっても問題ないわよね?)

 

 しかし、いざという時に邪魔されるのではその限りではない。 覚悟を決める為に撃った、しかし外してしまった以上……その目的は邪魔した男に責任を取ってもらえばいい。

 

(どうせ、御剣にとっても私は次のパートナーを見つけるまでの唯の繋ぎ兼保険だろうし)

 

 麗佳にとって、誰かと組むというのはどちらが先に裏切るか――そのチキンゲームに過ぎない。

 そう考えれば、御剣総一は既に十分以上その役割を果たし……これ以上は害悪とも言えた。

 

「麗佳さん! やめてください! どうして、そんな事をするんですか!?」

 

 麗佳が思考を巡らせている間に、総一に銃を奪われる。

 そして、先程狙った少女は銃声という威力に怯え、そのまま逃げ去っている。 一時銃を奪われるがそれは問題ない。

 

 麗佳は隠し持っていたナイフを取り出し、すぐさま横薙ぎでで総一の右腕を斬り裂いた。

 

「れ、麗佳さん……どうして……!」

 

 総一は警戒していなかったのか、それを直に受ける。

 制服を斬り裂き、鮮血が舞う。

 

 そして、取り落とした拳銃を麗佳は拾い……距離を取って、総一に向けた。

 

「御剣、貴方ってなにも分かってないのね」

 

「……っ!?」

 

 身体は熱くても、頭はクールに……それを麗佳は意識しながら、できるだけ冷たい思考で麗佳は総一に話しかける。

 銃を突き付けられた総一は、血が出た右腕を左手で抑えながら硬直する。

 麗佳は総一を見下しながら、それがあり得たかもしれない自分であると教訓にしなければならないと考えた。

 

「どうしてって、生きて帰る為に決まってるじゃない」

 

「そ、そんな事したって……! 帰れるわけ、無いじゃないですか……!」

 

 麗佳は深呼吸するが、拳銃を持つ手の震えが止まらない。

 どうやら、麗佳自身……まだ覚悟は決まり切らないらしい。

 

 麗佳が思い出すのは今まで出会った友好的なプレイヤーだ。

 それが、麗佳の殺意の刃を鈍らせている。

 

「人を殺して帰ったって、今までの日常に帰る事なんて、できないんですよ!」 

 

「知ったような事を……!」

 

(何なのよ、コイツ……斬ったのよ? 銃向けてるのよ!? 恨み言を言いなさいよ、命乞いをしなさいよ……!)

 

 引き金を引こうとする麗佳だったが……指が震えて上手く動かせない。

 深呼吸するが冷や汗は止まらず、全身に鳥肌が立っているような心地を覚える。 茶髪の少女を撃った時は躊躇しなかったのに、何故だろう……そんな疑問を抱くが、麗佳が導き出した答えはシンプルだった。 総一は目を逸らさずに、麗佳を見据えている……だから、麗佳は撃てないのだと。

 

(身体が弱いだけじゃなくて、心まで弱いなんて……本当に自分が嫌になるわね)

 

 ここまで来て、覚悟が決まり切らない。

 そんな自分を麗佳は嫌悪する。

 理性ではどうすれば良いかなんてわかり切っているのに、本能がそれを拒絶している。

 

 麗佳としても、例えば総一が反撃するなり恨み言を吐いてくれればそれを口実に撃てたかもしれない。

 だが、無慈悲に撃つには総一は無防備で誠実過ぎた。

 

 (……一人目さえ殺せば、後は躊躇する事なんてない筈。それなら――殺さざるを得ない状況を作る。これでいく)

 

 

 このままでは撃てない……冷静でなくても、麗佳は頭脳明晰だ。

 葛藤して総一に隙を作るよりは、自分の逃げ場を無くして、撃たざるを得ない状況を作る事を選ぶ。

 

「本当に鈍い男ね、御剣……日常に帰る帰らない関係なく、私は貴方を殺さないとそもそも帰れないのよ?」

 

「な、何を……」

 

「私は【JOKER】の初期配布者、【Q】と偽り……貴方を殺す機会を伺っていた、【3】のプレイヤーなのよ」

 

 麗佳はわざわざ自分に不利な情報を明かす。

 これは所謂、『ここまで話してしまったからにはお前はもう生かしておけない』という陳腐な状況を自ら作り出す為だ。

 ドラマや映画で、悪役が主人公に対して殺す前に長々と説明口調で話す事がある理由を少しだけ理解する麗佳であった。

 

 良心の呵責という弱い心を今ここで捨てるのだ。

 麗佳は引き金にあてた自分の人差し指の力を強める。

 総一は絶望したのか、項垂れている。

 

 下手に抵抗されるよりはそれでいいと麗佳は感じ――

 

「本当にごめんなさい、麗佳さん……」

 

「――え?」

 

 だから、麗佳は次に総一が発した言葉の意味が全く分からなかった。

 脳の理解が及ぶ前に、総一の言葉が続けられていく。

 

「……ずっと、一人で苦しんでたんですね。気づいてられなくて、本当に――」

 

「――さい」

 

 何を言っているのか分からない。

 ただ、自分の頭に血が昇っている事だけ麗佳にはある。

 目の前の男の口を早く閉ざさなければ……自分は手遅れになる事を麗佳は自覚した。

 

 排除しなければならない、麗佳の論理を……世界を破壊するこの男を……

 

「――うるさい!!!!!」

 

「麗佳さ――」

 

――パァンパァンパァンパァン!!!!!

 

 そして、麗佳は感情の赴くままに拳銃の引き金を引いた。 何度も、何度も――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉう、怖い怖い。坊やは、これが攻撃のつもりなんでちゅか~、カワイイでちゅね~」

 

「うるせえ! 俺を馬鹿にするな!!!」

 

「長沢君! あの男には敵わない……兎に角逃げるんだ!」

 

 場所が変わって、同じく2階通路では3人の男が追いかけっこしていた。

 長沢は金髪の男――手塚義光に牽制を兼ねて、投擲用ダガーを投げるが軽く回避されてしまう。

 

 勝てない――今はまだ。

 

 長沢は心の中で、苦々しく自分の敗北を認めつつ……今はただ逃げるのみだった。

 他にもナイフや角材等は見つけていたが、鉄パイプを持つあの金髪の男には勝てないだろう。

 その事実は揺るがず、今の勝ちに拘る必要はない。

 

 長沢は激情的な少年ではあったが、その一点に関しては徹底する程度には利口ではあった。

 3階にはもう近い、3階に行けばもっと良い武器がある筈だ。

 

 例えば――銃とか、それに類する武器があると長沢は期待している。

 

(それさえあれば、あの野郎なんて――!!!)

 

 しかし、そんな淡い希望を打ち砕くのが大人の悪辣さである。

 

「なっ!?」

 

「道が、通れない!?」

 

 長沢は現実逃避気味に地図を見直すが、地図にはその場所には何もないはずだった。

 現実はどうだ。 ワイヤーが編み物のように張り巡らせて、通路がふさがれている。

 

 茫然としてる二人の後ろから、手塚は余裕綽々な様子でゆっくりと近づいてくる。

 

「ざぁ~んねんでした、此処から先は通行止めですよっと」

 

「このルートを通る事まで計算通りって事かよ……!」

 

「そゆこと、お勉強になりまちたね。坊や」

 

「うっせ――」

 

「待ってくれ、長沢君」

 

 状況も相まって、手塚と戦う覚悟を決めようとした長沢だが、葉月の言葉で正気に戻る。

 カッとなって、葉月に口答えしかけた長沢だったが、葉月が思ったより険しい顔をしていて勢いが削がれてしまう。

 

「な、何だよ……葉月のおっさん」

 

「よく見ると、このワイヤーには歩ける位の穴がある。僕が奴を足止めするから、その間に逃げてくれ!」

 

「い、良いのかよ……それは、葉月のおっちゃんが危なくないか?」

 

「勿論分かってるよ。君がワイヤーの向こう側に言ったら、ナイフで僕を援護してくれ。その隙も、向こうに行くから!」

 

「そっか……なるほど、分かった!」

 

 葉月の真剣な表情に押されてか、長沢も真剣な表情で頷いた。

 確かに、そうするしかなさそうに思える。

 

 ならば葉月の生存率を高める為にも、長沢は急いで通路の向こう側に行かなければならないのだ。

 葉月は震える手で角材を手に持ち、手塚に向けて構える。

 攻撃ではなく、抗戦の構えだ。

 

――そこまで、手塚に思考が誘導されている事にも気づかずに

 

「全く、反吐が出る程……人間が出来てるねェ、オッサン」

 

 

 

 

 重ねて言うが、長沢勇治は利口な少年だ。

 もし、ここまでの道筋で罠についての情報を得られていれば、『それ』に気づけていただろう。

 情報が無くても、時間があれば、『それ』を考慮し検証することができただろう。

 

 だからそう、今日の彼は……ツイてなかった。

 と言うのは、そのように誘導した手塚に失礼かもしれないが。

 

(よし、行くか……! 絶対に生き残るんだ、僕と葉月のおっちゃんで――!)

 

 長沢は意気揚々と足を進め――地面から鉄の鋏が長沢の左足を包み込んだ。

 

――ガシャン!!!

 

――グシャ!!!

 

「うわあああああああああああああああああああ!」

 

 鮮血が周囲に飛び散る。

 あまりの痛みに、脳は熱として認識できず、しかし足の制御を失い長沢はワイヤーに倒れこむ。

 

 鋼鉄製のトラバサミが深々と長沢の足に喰い付いていた。

 

「な、長沢君……そん、な……がっ!」

 

「はい、隙あり! と」

 

 そして、その結果に茫然とした葉月に対し、手塚は突撃して飛び蹴りを放ち、葉月もバランスを崩し、ワイヤーに倒れこむ。

 

 戦闘不能……まではいかなくても二人に大ダメージを与える事ができた。

 

 

「これで3人っと……勝利の女神様に愛されすぎて辛いねぇ」

 

 

 下手人――手塚義光は皮肉げな笑みで二人に笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生きて、る?」

 

 銃声が何度も鳴り響いてから暫くして……総一は茫然とした様子で呟いた。

 

 よろよろと立ち上がり、床を見ると弾痕が4発分……そして、総一自身に傷はない。

 結局の所、麗佳は銃を撃つ事はできたが、それを総一に向けて引き金を引くことができなかった。

 

 それでも、あの乱射で一発も当たらなかったのは運が良かったのかもしれないし、或いはそれすらも麗佳のギリギリの意志なのかもしれない。

 総一にそれを知る由もないが。

 

 しかし、総一にとって、今はそんな事はどうでもよかった。

 

「俺の、馬鹿野郎――」

 

 銃を乱射した麗佳は、そのまま総一から逃げるようにして逃走した。

 総一はそれを茫然と見送ってしまったのだ。

 

「銃なんかにビビってる場合じゃなかっただろ……!」

 

 もう、銃弾は残っていないだろうし、丸腰で精神不安定な麗佳を一人にするわけにもいかない。

 それでも、銃弾を何発も撃たれて、縮こまってしまったのである。

 

 普通の男子高校生である総一がそうなってしまったとして、責める人間はどこにも居ないのだが、少なくとも総一はそれを恥じるべきことだと強く感じた。

 

 総一は自分の荷物を拾い上げ、麗佳が向かった方角に走る。

 

 リスクを負って麗佳の名前を叫びながら、追いかけるも――時、すでに遅しである。

 




スミス『ハイ皆ー! このゲームのマスコットキャラクターのスミスだよー! よろしくね!』

スミス『思うんだけど、なんかエピソードⅡってボクの出番が少ないような気がするじゃない? みんなのアイドルであるボクが出れないって、観客席から大ブーイングがあると思わない? 皆もそう思うよね!?』

スミス『そこで思ったんだけど、このゲームの醍醐味ってやっぱりギャンブル。誰が生き残るかクイズが必要ってわけだよ! でも、現状だとフレーバー要素でしかないよね?』

スミス『折角アンケート機能があるわけだし、5択までしかできないけど……使ってみるのも良いかなって思ったんだ! ボク天才?』

スミス『実際、アンケート機能を使えばどのプレイヤーが人気とか人気じゃないとか作中でネタにできるかもしれないしね。観客視点でゲームに介入できれば、それはそれで面白そうけど……まぁそこは原作の主旨に反するからできないかな?』

スミス『問題無さそうなら次回からお試しでやるねー!』


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幕間2 人間とは悪魔である

 

――――――――――――

死とは痛烈に苦しいものだが、生きた証もなく死ぬのは更に耐え難い。

-エーリッヒ・フロム (ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者)

―――――――――――

 

 

 誰もいない部屋を歩く。

 散らかった生活感のあるマンションの一室に、俺は一人歩き回っていた。

 ここはどこだと思ったが……少しすれば自分の家らしき場所である事に気づく。

 教科書にちゃんと名前は書いてあったからな。

 

 あとは同じ苗字と自分じゃないと思われる名前は俺の家族だろうか。 

 

「……そろそろ記憶を取り戻すのも近いってことかな」

 

 しばらく歩いて、これが夢である事に気づくと、自分の部屋らしき場所に移動する。

 すると誰もいなかった筈の場所に初老に差し掛かったような男性が座っている。不自然だが、不自然ではない……だって、夢とはそういうものだからだ。

 

 その人物は振り向いて、机にあるノートを俺に手渡してきた。

 

「やれやれ、少しは成長したと思ったが、こんな題名にしてるのはまだまだ子供だな」

 

「……大人になんかなりたくなかったんだよ。クソ親父」

 

 渡されたノートの題名は『探偵ノート2』。

 これは、ある事件が起こってから、それを追いかけ続けた成果が書かれている日記……だと思う。

 中身を見るがモザイクがかかっていて読めない。

 夢だからこんなものか。

 

「この件に関する調査は止めろ。父親命令だ」

 

「つまり、調査を続けろって意味だな」

 

「……違う。本当に止めろと言っているんだ」

 

 なんのことを言っているのか、実のところ俺には良くわからない。

 だが、目の前の男は真剣な表情で……本気で俺にそう言っている事が分かる。

 面倒だが、話を合わせるべきか……まぁいい。

 

「えー本件に置かれましては、持ち帰らせて頂き前向きに検討していきたいと思います」

 

「玉虫色の回答やめろ」

 

「冗談だよ。言う通りにするさ、『俺』はね」

 

「……含みのある言い方だな」

 

「誠実な回答だと言ってほしいかな」

 

 目の前の男性はこのゲームを調査するのをやめろと言いたいのは分かる。

 俺も、理性的に考えればそれは正しいものだと思えるし、それをする余裕も力もないと思う。

 しかし、自分の感情までは分からない。

 実際、記憶を取り戻した後の自分の行動までは保証できないのだ。

 

(この場合、どうして目の前の男にこのような事を言われなければならないかだが……)

 

 まぁ、興味持った事は徹底的に調べたくなる性分が自分にある事は、なんとなく察しがついたし、余計な事をして藪蛇を突っついてほしくないのだろう。

 この殺し合いゲームが深刻な事態である事は分かる。

 だが、その深刻さの程度が分からないのでなんとも言えないのだが。

 

「良いか? 進矢、大事なことは生き残る事だ。それ以外の事は些事だと思え、俺はそれに気づくのが遅かった」

 

「些事、か……」

 

 真剣に言われている言葉である事は分かるが、俺にはピンとこない。

 勿論、目の前の男が言っている事は正論ではあるのだが、引っかかる部分は多い。

 気づいてしまった過ちや、目の前で行われる惨劇を見て見ぬフリをしろというのだろうか? 不可抗力というのなら、話は別ではあるが……まだ検討段階なのだ。

 ふつふつと湧いてくるのは、目の前の男への反抗心だ。

 

 少し感情的になったのを自覚し、俺は一つの答えを得る。

 

「なるほどなるほど、これは俺の夢だから、死にたくないと思った俺がアンタにそんな事を言わせてしまった訳だ。悪い、そろそろ目覚める!」

 

「ちょ……おまっ……進矢!」

 

 意識がボヤけてくる。

 夢の終わりは近いらしい。

 男は慌てた様子で声をかけてくるが、俺はそれに対してにこやかに手を振った。

 

 

「これまで散々……! 俺の……を無視して……だ! 俺が……だ後位、頼みを聞いてくれ!」

 

 男の言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。

 俺の事を真剣に考えてくれている、というのは伝わってくるのだが……。

 如何せん、状況が状況だ。

 俺はもう考えて、そして決断しているのだ。

 

「多分だけど、俺には俺の事情があるんだろう。だけど、それは多分……このゲームに参加してる参加者全員が一緒だよ。皆が皆、それを主張して押し付けてしまえば……あとはもう、惨劇しか残らないんだよ。だから、俺は……俺の記憶なんて要らない」

 

「……馬鹿野郎」

 

 もう顔もぼやけて見えないがおそらく向こうの男は非常に呆れている顔をしている気がする。

 

 完全に意識が浮上する前、最後に音の声が聞こえた。

 

「――綺堂渚に気をつけろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

不思議なダンジョンのゲームでトラバサミというものがある。

効果は単純、罠に引っかかると、しばらくの間移動できなくなるというものだ。

アイテムや装備品は使えるので、大した事のないものだ。

 

そんな、長沢のイメージは激痛と身体の熱さが完全に打ち破ってくる。

肉は裂け、血が舞った無残な左足の回復にどの程度の期間が必要になるか、それは過去大怪我をしたことのない長沢には分からない。

ただ、包帯でぐるぐる巻きにして、ギプスなりをつけて、松葉杖を使うか車椅子を使う漠然としたイメージだけはある。

 

 ……勿論、それは治療を受ける事のできる日常の話であれば、だが

 そんなものはない今、当然このような結論が出てくる。

 

――痛い痛い痛い、なんでこんなことに! もう一回やればあんな奴に!

 

 ゲームのリセットボタンのようなものがあれば……という現実逃避。

 もしこれが、ゲームだったら長沢はいつもリセットしてきた。

 クソゲーだと判断すれば別のゲームを買えばいい。

 あるいはリアルで……例えば学校で起きた悪い事ならネットとゲームの世界に逃げ込んで消化してきた。

 だが、今は……そんな逃げ道はない。

 

「くっ……悪魔、め」

 

 揺さぶりを感じ隣を見ると、同じく倒れこんできた葉月の姿がある。

 最初は利用するだけのつもりだった。

 だけど、葉月は(長沢からすれば)頭は悪いが本当にいい人だったのだ。

 だから、気付けば二人で生きて帰れればいいと思っていたが……。

 

(このまま、二人まとめて殺されるしかない、ってのか……?)

 

 痛みを訴える身体を起こし、呆然と金髪の男を見る。

 殺したいと思った、何故なら……あの男は長沢の欲しいものを全て持っているからだ。

 子ども扱いするムカつく奴だから、と思い込んでいたが――今思えば、罠に対する注意を逸らすための挑発だ。まんまと引っかかってしまった長沢は、先程までの怒りを抑えつけ――そして、次に絶望的な痛みと死の恐怖を感じる。

 

 長沢勇治にはなにもない。

 何も為せずに、何も残せずに……。

 いっそ、大声で泣きだしたかった。

 小学生のような子供のように。

 

「畜生っ……! 畜生ー---!!!」

 

「すまな、い……長沢君、僕の所為で……」

 

 もう何もできない。

 何もかもがたりない。

 力も、知恵も、勇気さえも。

 

 

「じゃあな、オッサン」

 

 

 そして、金髪の男は油断なく葉月に近づき、鉄パイプをその体に振り下ろそうとする。

 強い奴から狙うという判断なのだろう。

 長沢の事を歯牙にもかけないその行動は、不意に……長沢の心に火をつける。

 

「ふざ、けるなぁあああああああ!!!!!!」

 

「うおっ!?」

 

 足の痛みをも無視して、今取り得る最大の力を使い手塚は長沢に飛び掛かる。

 男の片足を見事に抱きしめるように右の腕でしがみつき、左の手は自分のポケットのナイフを手にしようとする。

 

「どうやら、先に死にたいらしいなぁ!」

 

「がはっ!」

 

「な、長沢君!? ……む、無茶だ……!」

 

 しかし、その動きは背中に物凄い衝撃を受け中断させられる。

 鉄パイプのターゲットが葉月ではなく、長沢自身に移ったのだろうと察した。

 息が苦しい、骨がどこか折れたのかもしれないが、長沢自身にはただただ熱く感覚が無くなる。あまりの痛みに痛覚がなくなったのかもしれないが、長沢にとってはどうでも良い。

 こうなってしまえば、ただ……両腕で男の足を拘束する事しかできない。

 

「うる……さい! 今の、うちに、逃げろぉおお!!! ……葉月のおっさん!!!!」

 

「な、長沢君……っ、だ……だけど……!」

 

「家に、待ってる……家族が……がはっ!!」

 

「逃がしやしねぇよ。二人共な」

 

 二回目の鉄パイプが長沢に振り下ろされた時、それでも長沢は足を握る手を緩めなかった。

 今更、正義の心に目覚めたなんてことは断じてない。

 目の前の男に……世間の理不尽に、一矢報いたいという強い感情が長沢に生まれてくる。

 

「ちっ、放しやがれ! このクソガキがっ!」

 

「離、す……かよ。この……ば~~~~~~~か!!!」

 

 これは怒りだ。

 

 ゲームやインターネットを抜かしてしまえば、長沢は自分自身の人生の殆どが怒りで占めている事を自覚する。

 これは、長沢への呪いでもあり……そして武器でもある。

 そして、目の前の男こそが長沢の怒るべき”大人”なのだ。

 だから、長沢は負けられない。

 

 何度鉄パイプが振り下ろされようが、長沢は男の足を掴み続ける。

 これがちっぽけな長沢勇治としての、ちっぽけな抵抗だった。

 

(僕とは違うんだから、ちゃんと生き残ってくれよ……葉月のおっちゃん――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ、収穫は一人か。やってくれたな、坊主」

 

 手塚は、既に事切れた長沢を強引に引きはがす。

 油断したつもりはない、だが予想外の粘りで片方を逃した。

 結果として、反省点の多い戦いになってしまった。

 

「窮鼠猫を噛む……ってか? 次は気を付けるとするかねぇ」

 

 後頭部を搔きながら、手塚はそれっきり長沢から意識を外す。

 自分以外の人の生死に対して興味は無かった手塚であるが、ここまで冷酷で居られるのが正直に言えば手塚自身意外でもある。

 だが、人の命を背負う事や感傷に浸ると言った行為は手塚に言わせればナンセンスだ。

 

 このゲームに必要なのは『強さ』だという事を手塚ははっきりと認識している。

 その『強さ』とは、物理的な強さだけではなく心も含める。

 そんな手塚だからこそ、ここで小さな違和感に気づくことができたのだ。 

 

 そう、手塚の背後でゆっくりと扉が開かれる音に。

 

――ヒュン!

 

「……っとお!?」

 

 風切音がして、手塚は自身の持っていた鉄パイプを放棄して反射的に前に飛ぶ。

 手塚のすれすれの部分にノコギリが振り下ろされ、軽い風圧が冷たく手塚の首筋を撫でた。

 はずみで、手塚の茶色の帽子が宙を舞う。

 

「っぶねぇ!? ……明日は我が身って、悠長な言葉だなぁおい!」

 

「……ふむ、良い警戒力だ」

 

 振り向いた手塚に低い男の声が重苦しく響く。

 視界に入ってきたのは、今しがたノコギリを振り下ろした明らかに筋肉隆々とした青年。

 手塚が今までこのゲームで出会ってきた人間……否、これまでの人生で出会ってきた人間込みで最も強いのではないかと直感する。

 

「ちっ、漁夫の利かよ。随分と慎重な事で……とっ!?」

 

「お喋りしてる暇はあるのか?」

 

 手塚はさらにノコギリの連続攻撃前に、辛うじて距離を取り続ける。

 ……状況は最悪だ。

 まず武器だが、回避の為とは言え、鉄パイプを捨ててしまった以上、武器と言えるのは懐に隠し持ってるナイフ程度だ。右手で取り出して軽く牽制だけはしたものの、リーチが違うし、手塚の技量では攻撃を当てる事も受ける事もできない。

 次に退路だが、奇しくも手塚の後ろはトラバサミ付きのワイヤー地帯だ。

 自分が仕掛けた罠に、今度は手塚自身が苦しめられる――『因果応報』という言葉が手塚の脳裏に浮かぶが、全くらしくない事だと内心で苦笑する。

 そして、次に浮かぶのが無様に手塚に殺された少年だ。

 

「極限状態にっ……なると……! 人の本性が、出る……ねぇ!」

 

「どうした? 悪いが命乞いに興味はない」

 

「違ェよ。なんでっ、こんなゲームに、巻き込まれたか……そう思っただけだっ!」

 

 いざ、死が間近に迫った所為か……らしくなく手塚は感傷に浸る。

 死ぬのは仕方ない、生き残る為にゲーム開始直後に女の子を殺し、次に少年を殺したからだ。

 ただ、そう……心残りはある。

 先程手塚が摘んだ命は、不格好に惨めに……それでも意地は通した。

 あの糞餓鬼に負けるのは……少しばかり癪である。

 

 所詮、世の中は弱肉強食。

 だが、世界は広い以上、自分が弱い側になる事も当然有り得る……というか、そんな事ばかりだ。

 そんなときに取り乱すのは、手塚としても頂けないし……勝利の女神が最後まで諦めない人間に微笑む事を手塚は知っている。

 

(少し癪だが……あれを使うか)

 

 覚悟を決めた手塚は、左ポケットに手を突っ込む。

 すると、男の攻勢が激化する……何かやる事を止めたいのだろうが、無駄だ。

 

「喰らい――やがれ!」

 

「くっ……虚仮脅しか」

 

 そして、左手一杯の小銭を男に投げつけた。

 正直に言って、ただの一発芸だ。

 ここで無理して追撃しても、勝負は相手の勝利で見えている。

 それでも、攻撃は一旦緩み相手は体勢の立て直しが必要になるだろう。

 

 手塚にとってはその一瞬が欲しかった。

 

 手塚は一瞬の躊躇も見せずに、身体を180度反転させ駆け出し始める。

 目指すは……ワイヤー地帯。

 ワイヤー地帯の隙間の床にはトラバサミの罠があるが、ワイヤー自体には何の罠もないことは手塚自身確認済みだ。

 つまり、逆説的に言うのであれば――ワイヤーを伝って10m弱跳び続ければ罠に引っ掛からずに向こう側に行くことができるのだ。

 

 無論、失敗したら先程手塚自身で殺した少年と同じ目に遭う事必至なのだが。

 

「さぁ、今日の運試しと行きますかねぇ!!!」

 

「……正気か!?」

 

 手塚は一切の躊躇なく、地獄の綱渡りにチャレンジを始める。

 賭けるのは命、失敗すると命はない。

 だが、こういう賭け事に滅法強いのも手塚義光という男だった。

 

――一歩

 

――二歩

 

――三歩

 

 文字通り浮足立った状況ではあるが、身体に一切の震えはない。

 ワイヤーの弛みは容易に手塚のバランスを崩してくるが、思えば手塚の人生だってバランスは滅茶苦茶だ。だから、どうということはない。

 これが駄目なら死ぬだけだ、というのは一周回って気楽なもんだな。

 と手塚は他人事のように考えながら駆ける。

 

――四歩

 

―ー五歩

 

―ー六歩

 

 足のバランス感覚に乱れが生じつつも、手塚は冷静に次のワイヤーを見据える。

 あとは自分の悪運を信じるのみである。

 

――七歩

 

――八歩

 

――着地

 

 そして転がり落ちるように最後のワイヤーから飛び降りた手塚は地面に転がり込む。

 息も絶え絶えだが、それこそが生きている証でもあるのだ。

 

「……ハァハァハァ、たまには狂気に身を任せるのも一興、ってね。」

 

「……」

 

 男に追いかけてくる様子はない。

 呼吸を落ち着けつつ、まぁ当然かと手塚は思う。

 手塚が逆の立場でも、この状況は追わない。

 首輪なりPDAなりの回収があるからだ。

 目の前の餌を捨ててまで、危険人物の排除をするには少々リスクとリターンが釣り合わなすぎる。

 

「それじゃ、俺の命の取り分は回収させてもらうぜ……あばよ、旦那」

 

 結果として、手塚は殺した少年の首輪もPDAも何もかも奪う事が出来なかった。

 PDA以外の武器も何もかもを失った。

 残念だとは思うが、その事について後悔はない。

 五体満足な自分の身体がある、それだけで贅沢過ぎる話なのだ。

 

(そういえば、帽子落としちまったな……結構気に入ってたのに。まっ、仕方ねぇか)

 

 手塚は立ち上がり、振り向く事なく通路の先へと進んでいく。

 その顔には彼にとってのいつも通りの皮肉げな笑いが浮かんでいた。

 

 理不尽な世界、理不尽なゲーム。

 造られた遊戯盤の上の駒になってしまった自分。

 それでも、手塚は笑い続けるだろう。

 油断と慢心は駄目だ、しかし賭けに勝つのに必要な事は自分の幸運を疑わない事なのだ。

 

「クックック……今日の俺は、ツイてるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、困った事になった」

 

 金髪の男を取り逃がしてしまった青年――高山浩太は、男を見送った後、煙草に火をつけ口に咥える。

 彼は遭遇したプレイヤーからルールを一部交換しており、エントランス付近の少女の遺体から見て、現状恐らく騙し合い前提の殺し合いゲームに強制参加させられているという事を理解している。

 

 だが、完全に半信半疑だった部分もあり、偶然近くで戦いが発生したため、部屋に潜んで様子を伺っていたのだ。

 

 ……結果は完全に黒。

 

 疑いようもなく、殺し合いが発生しており……恐らくはもう歯止めがかからない状態にあるという事実を痛感した。

 だから一番の危険人物である金髪の男を排除しようと、不意打ちを試みたが逃げられてしまったというのがこれまでの流れである。

 

(尤も……一番の問題点は俺自身、まだ覚悟を決めきれてない事、かな)

 

 壁を背にして、周囲の警戒は絶やさず……しかし、彼らしくない物思いに耽る。

 そう、高山浩太は先ほどの戦いで、一つ大きなミスを犯している。

 

 それは、金髪の青年が少年と初老の男を襲っていたタイミングで奇襲をしなかったことだ。

 そのタイミングで、高山が金髪の青年を不意打ちで殺し、彼の獲物だった二人を横取りすれば、高山は解除条件を達成できた筈なのだ。

 

 すなわち、高山が引いた解除条件は以下の通りである。

 

【4.自分以外の首輪を3つ取得する。首を切り取っても、解除条件を満たし外すのを待つのも良い】

 

(参ったな、今まで煩わしいと思ってた戦時国際法がこんなにも懐かしいと思う日が来るとは思わなかった)

 

 話は変わるが、高山浩太は世界各国を回っている年季の入った傭兵である。

 人を殺した事も一度や二度ではない。尤も、自分で相手を殺したという確証を持てるのは、数えるほどしか無いのだが(大抵の場合、自動小銃なので自分と味方のどちらが殺したかどうか分からない)。

 そして、殺した相手に念のためトドメを刺した事もないことはないが、その目的以外で必要以上に遺体を傷付けた経験はない。 

 略奪や民間人への暴行等はもっての他であり、むしろそれを嫌悪する側でもある。

 馬鹿馬鹿しいかもしれないが、戦争には最低限のルールがある。勿論、そんなものを馬鹿正直に守ってる国なんて少ないし、現場としてもやってられない時があるのは確かだ。

 

(だが、この場所は違うということか……正直、相手が民間人だと油断してると死ぬのは俺自身だろうからな)

 

 

――心が痛まない訳でもないが、自分の命との天秤なら話は別か

 

 

 ……高山は重々しく決断を下す。

 尤も、その選択をする事自体は既定路線だ。

 ただ、少年と金髪の男の行動を見て、心が少々揺れ動かされたのも事実だった。

 ……何故なら、高山浩太にはそんな突き動かされるような意志力は持っていないからである。

 意志の強さと戦闘の勝敗に全く関係は無い、という事は高山も重々承知ではる。

 だが、何故か心に引っ掛かったのだ。

 

 このゲームをクリアした”勝者”には大金が支払われる。

 それは、『傭兵』という仕事の日本の物価と比較すればあんまりな安月給から解放される程に。

 それを得てしまったら、自分はどうすれば良いのか?

 何のビジョンもなく、高山は長い傭兵生活で自分の定めるべき道を完全に見失っていた。

 ……一方で、戦場以外に高山浩太に生きる場所がないのは確かな事実でもあるのだが。

 

 高山は静かに煙草を投げ捨て、ノコギリを握る手に力を籠める。

 そして、自然と口から言葉がこぼれ落ちた。

 

「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ」

 

 高山は別に神を信じているわけではないし、基本的に無宗教だ。

 だが、海外で無宗教となると危険人物として扱われるし、その関係で宗教には詳しくなった。

 つまり、これは只の社交術とも言える。

 ……そして、多くの理不尽から目を逸らすのに、実に便利だ。

 少なくとも、戦場においては。

 

「御心の天に成る如く、地にも成させたたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ」

 

 祈りの言葉を口にしつつも、高山は自分の行動が皮肉にしか思えなかった。

 とはいえ、歴史を紐解けば十字軍だって血に濡れた歴史だ。

 だったら、高山の行動も血で血で洗う歴史の繰り返しに過ぎないのかもしれない。

 

「我らに罪を犯すものを我らが許す如く、我らの罪をも許したまえ」

 

 正直に言えば、高山は自分が許されたいとは思っていない。

 だが、目の前の少年の罪は赦され、天国に行って欲しいとは思っている。

 敵味方両面で少年兵とは何度か出会った事はあるが、その末路は大抵悲惨なものだ。

 味方として考えればお世辞にも使えるとは言えないし、敵側なら良心から目を逸らしさえすれば良い的である。

 

「我らを試みに遭わせず、悪より救いたまえ」

 

 高山はしゃがんで、少年の眼を閉じてやる。

 後頭部は悲惨なものだったが、顔は綺麗でどこか満足そうな印象を高山は受けた。

 

「国と力と栄とは、限りなく汝のもの成ればなり」

 

 高山は少年の首筋にノコギリを添える。

 祈りながら高山は、人類はとんでもない存在を信仰しているのではないかとふと考える。

 もし、世界を創造した神がいるのであれば、それはやはり憎悪すべき対象ではないのだろうか?

 このゲームを主催する人間を創造したのであれば、その存在は悪魔と言っても差し支えはない筈なのだ。

 

「アーメン」

 

(他ならぬ俺自身……悪魔の一人か)

 

 そして、そんな高山の思考もこれから行われる惨事から目を逸らすための方便に過ぎない。

 高山浩太は静かに少年の首にノコギリを振り下ろした。




スミス『はーい! スミスだよー! 記念すべき第一陣はこのメンバーだよー! 5択だけど、複数正解有り得るからね』

2:葉月克己 倍率:6.2 コメント:長沢君の分まで頑張って欲しいね。
J:御剣総一 倍率:6.7 コメント:簡単には死ねないよねぇ???
不明:手塚義光 倍率:5.1 コメント:一番頑張ってるね!
不明:漆山権造 倍率:9.9 コメント:大穴って奴だね!
不明:高山浩太 倍率:4.1 コメント:一番安牌じゃないかな!

スミス『第一陣は第一人気を省いた男性陣だよ! 男と女を混ぜると、偏りそうな気がするしね。流石に全滅はない筈……無いよね? 奮ってベットしてね! 一応期限は第二陣開始か、この中の誰かが死ぬまでだよ!』

スミス『あ、そうそう! このSSでは賭けたらバッドエンドとかないから安心してね? 某漫画の引用だけど、安全である事の愉悦って大事だよねぇ!』


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第十三話 夢幻の貴方

 

――――――――――

人は他人に対して自分を偽るうちに、ついには自分自身に対しても偽ることになる。

-フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー (フランスの公爵で、モラリスト文学の作家)

――――――――――

 

 

 

 

 郷田との通信を終えた渚は衝動的に寝室から飛び出て、戦闘禁止エリアから外に出ようとする。

 しかし、戦闘禁止エリアの出入り口の扉にもたれかかるように眠っている進矢が居る為、渚は外に出る事はできなかった。

 進矢は悪意があってそうしたのではないのだろう……ただ、寝ている間に誰か来ないか警戒する為に出入口に陣取っているだけだ。だが、それにより渚は出る事はできなかった。

 

(って、何考えてるのよ私……ここで逃げるなんて、『組織』が許すわけないわよね……)

 

 本気で逃げようと思えば、エアダクトなり使えばいい。

 だが、その結果がどうなるかと言えば、職務放棄による処断なり、何かしらのペナルティが想定されるだろう。

 そして何より、衝動的に逃げ出そうとはしたものの、渚は本心から逃げたいと思っているわけではないのだ。

 

 渚は、あらゆる抵抗を諦め、眠っている進矢の隣に座る。

 部屋は静かで、聞こえてくるのは進矢の小さな寝息のみだ。

 ……こうして、じっと顔を見ても自分が殺した”あの男”と全然似ていない。

 川瀬だなんて特別変わった苗字というわけでもなし、気づかなくても仕方なかったのだ。

 

「……お互いに馬鹿みたいよね。ねぇ進矢君」

 

 起きないように小さな声で呟く。

 そもそも、今回のゲームがイレギュラー続きなのだ。

 八つ当たりと分かっていても、渚を庇って進矢が記憶喪失になった事すら腹立しく思えてくる。

 

(そうなってしまえば、こんな気持ちにならなくて済んだのに……何も知らずに憎み合えたのに)

 

 渚は本当に大切な何かの為に、誰かを犠牲にし続けた。

 始まりを親友の真奈美に、そして……今まで己が参加したゲーム全てで。

 誰もが最終的には、自分の目的の為に戦う……そういう場所なのだ。

 主な業務がサブマスターという名のカメラマンである渚は、人気プレイヤーの同行者だ。

 このゲームの爆心地付近で、何度も生き延びてきた渚には分かっている。

 迷いを見せた方が殺される。

 そういう場所ですらある。

 だから、渚は躊躇せず自らの目的の為に多くの命をゴミのように扱ってきたのだ。

 

「糞、親父……」

 

 寝言が聞こえた渚は緊張感のない進矢の顔を見る。

 相変わらず、緊張感も何も感じない。

 それを見て、渚は気持ちを燃え上がらせかけ――なんとか自分の気持ちを落ち着けようとする。

 

 頭に熱が上がりすぎると眠れなくなるからだ。

 3日間不眠でゲーム踏破はやったことはあるが、あれはもう二度とやりたくない。

 寝れる時に寝るのもまた生き残る秘訣である、あと肌にも大事だ。

 

「待っててね、進矢君……貴方の為に、特別な舞台を用意してあげるから――」

 

 多くを殺してきたのだ。

 郷田に指摘されるまで、殺した人間の名前を憶えてない事や、殺した人数を把握してないことまで気づいてなかったのだ。

 止まれる訳がないし、渚自身止まりたいとも思ってない……その筈だ。

 

 記憶があろうが、なかろうがそんな事は関係ないのだ。

 

 渚は進矢の手を握る。

 少し荒れていて……今の鍛えに鍛えた渚からすれば、貧弱な掌だと渚は思った。

 

(そして、絶対に――私が殺してあげる)

 

 渚は目を瞑る。

 殺した人間の名前や数こそは覚えていないが、殺した人間の容姿とその死に様は毎晩夢に出る。

 忘れようとしても忘れられない。

 その人物が第一印象とどういう考え方をしていたか、ゲーム中のスタンスの推移、その末路。

 どんな信頼も理想も最終的に叩きのめされるのであれば、希望を抱かせる人間こそが苦痛であり害悪なのである。

 

 それぞれの悲劇を回顧し、最後に一年半前に川瀬進矢の父親を殺した時のゲームを思い出す。

 

(貴方の顔が絶望で歪む時が、楽しみ――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~~……あれ?」

 

 渚はふと扉の横で壁にもたれ掛かって眠っている自分に気づく。

 自分にかけられた毛布と不自然な寝てる場所……戦闘禁止エリア。

 状況と共に眠る直前の記憶を思い出し、スっと眠気を飛ばしながら起き上がる。

 

「お、渚さん。おはようございます」

 

 そんな慌てた様子で飛び起きた渚に対して、進矢はキッチンからちょこんと顔を出して挨拶した。

 

「あ、う、うん。おはよう~」

 

「朝食もうちょっとなので、身支度でもして待っててください」

 

「わ、分かった~」

 

――いやいやいやいやいや、ありえないでしょ!? 何やってるの私!?

 

 辛うじて表情を取り繕い、渚は何でもないかのように装う。

 だが、気づいてしまった。

 渚は疲れか動揺からか……昨日の夜、川瀬進矢の横で眠ってしまっていたらしい。

 寝ないように気を張っていたわけではないが、あそこで寝てしまえば……あの男にどう思われてしまったのかは想像に固くない。

 

(冷静に考えればファインプレーだから、昨日の件で気弱になって夜眠れず進矢君の隣で眠ってしまった私……そういう路線で行けば何も問題無いから)

 

 顔を水で洗うと同時になんとか熱も覚ましつつ渚はそのように思い返す。

 何も問題なかった。

 

(今日はどういう路線で行こうかしら? 進矢君の提案に気後れしつつも、前向きな路線で行かないと……組織の恋愛指南思い出さないと)

 

「ご、ごめんなさい川瀬君……寝坊しちゃったかな?」

 

 慣れた手順で完璧に身繕いを終わらせ、戦闘禁止エリアの広間に移動する。

 そこには簡素な和食料理をテーブルに並べ終えた進矢が待っていた。

 

「? まだ、起床予定時刻より前ですよ。渚さんも大変そうなので、朝食作っておきました」

 

 進矢は首を傾げながら答える。

 (大体進矢の所為だが)調子の悪い渚だから、気を使われてしまったのだろう。

 と言ってもその料理も本当に素人作である。

 主食・主菜・副菜・デザート……栄養バランスは悪くないが、配色のバランス……つまり見栄えが悪い。

 と言っても、渚の目が肥えすぎているのもある。

 人の作った料理をここ最近ずっと食べてなかったのだ。

 

「一応……味見もしましたし、良い感じでした。大丈夫です」

 

「もう……キッチン立入禁止って言ってたのに。でも、せっかく作ってくれたんだから食べてあげる.。……頂きます」

 

 やや不安そうな目で進矢から見られている事を確認した渚は苦笑しながら箸を手にした。

 各料理を一口ずつ食べていく。

 大雑把で、調味料がやや濃いめな味付け。

 食べ物同士の噛み合わせが悪く、しっくりこない味。

 ……だけど、味わってみると、どこか懐かしい味。

 

 

『渚~! 料理を何だと思ってるの~! これじゃあ、食材が可哀そうだよ~!』

 

『良いの良いの! 料理なんて、そこそこ美味しくて栄養があれば十分なの!』

 

『渚は本当に何もわかってない~! 分かった、今度私が作るから私の家に来て!』

 

 自然とそんな過去のやりとりが脳内から溢れ出る。

 小学生時代だっただろうか……。

 もともと料理をしなかった渚が、頑張って料理を覚えた時……幼馴染の麻生真奈美に凄く駄目だしされた事を覚えている。

 その時から、渚は真奈美の料理の大ファンになったのだ。

 

「泣くほど不味い!? ご、ごめんなさいー!」

 

 ……ふと、進矢の言葉で正気に戻った渚は自分の瞳から涙が垂れている事に気づく。

 もう何年も思い出してすらなかった真奈美との記憶で、どうして今更泣いているのか。

 渚は自分が分からなくなる。

 あの大っ嫌いな女の事で泣く理由がないはずなのだ。

 

「違うの。ただ――食材が可哀そうだなって」

 

「もっと酷いです!?」

 

 ショックを受けてる進矢を尻目に渚は黙々と食事を進めていく。

 食べながら、川瀬進矢がどういう人物か少しずつ頭の中で纏めていく。

 料理初心者――彼が何故料理を始める事になったのか。

 その結論は簡単だ。

 渚と同じで、必要に迫られたからだ。

 

 一年半前の急な父親の失踪――ゲームによる失踪であるならば、遺族年金・生命保険・退職金等のセーフティネットは一切適用されない。

 つまり、一家の大黒柱が急に失踪した場合は、まず切実な問題として無くなった収入の穴埋めをしなければならなくなる。

 それが、進矢の言う『自分はお金に困っていた』の真実だろう。

 渚は拙い料理が、渚を責めているような錯覚を受けた。

 

 勿論、渚はすべて分かって殺している。

 何故なら、自分が死んだ時は自分の家族が同じ目に遭うのだ。

 自分の大事な人達の為に多くの人を陥れてきたのだ。

 今更、自分の行為を咎められたところで、笑って自分の行為を肯定することができるだろう。

 

「渚さん、ハンカチ持ってきました。無理に食べなくて良いですよ」

 

「……それはそれで、勿体ないでしょう」

 

 一旦、食事を止めてハンカチで目元を拭わせてもらう。

 昨日からだろうか、涙なんてずっと流してすらいないのに、何時の間にか涙脆くなってしまってた。

 それが目の前の男の仕業と考えると、やはり相容れない人間だと思う。

 そして、何故渚が川瀬進矢を受け付けないか……その理由を渚はようやく、理解できるようになった。

 

「渚さんがどういう事情を抱えてるか知りませんし、言いたくなるまでは大人しくしておきますが……渚さんの味方ではあろうと思うので、何かあれば言ってください」

 

「……そういう所が嫌いなのよ。馬鹿」

 

 つまり、川瀬進矢は信じてるのだ。

 【努力】をすれば必ず叶って、幸せになる未来が存在するという事を。

 今まで散々酷い目に遭ってきたくせに……世の中は理不尽だと知っている筈なのに、或いはだからこそなのか……

 このゲームに初めて参加する前の【綺堂渚】のように、前向きで力強く未来に進み続けているのだ。

 

――だから、私に騙されるのよ……進矢君

 

 今度こそ渚から涙が溢れてくる。

 演技ではない本気の涙。

 どうして、こんなに涙が出るのか……渚は考え、答えに至る。

 今まで【麻生真奈美の仮面】を自分につけていたのは、他人を欺くためだとずっと思っていた。

 全然違った、他ならぬ自分自身の心を守る為のものだったのだ。

 それを失ってしまえば、心の壁がない状態で全てを受け止めるしかできない。

 

「渚さん……」

 

 進矢は恐る恐ると言った様子で渚の背中をさすってる。

 そんなに心配されてしまったのか、腫物に触るかの如くだ。

 だが、渚はそんな進矢を見ても滑稽にしか思えない。

 結局は彼も記憶を取り戻せば、あとは問答無用で殺し合いになる関係だ。

 ならば、今ここにいる渚に優しい川瀬進矢は幻想に過ぎない。渚にとってそれは可笑しくてたまらないし、憎々しくてたまらない。

 

「ねぇ、進矢君……」

 

 渚は弱弱しく、進矢に寄りかかる。

 

 渚だって何時までもこのままではいられない。

 これから組織の人間としてやっていくために、【麻生真奈美の仮面】を被ったいつもの【綺堂渚】に戻らなければならない。

 

 どうすれば以前の自分に戻れる? そんなの簡単だ。

 

 川瀬進矢を殺せば元の自分に戻れるはずだ。

 だから渚は自らの激情に従うかのように、川瀬進矢の耳元で最大の呪詛を唱える。

 今の進矢ではなく、記憶を取り戻した後も縛れるように。

 

「私を、たす……けて……」

 

「約束します」

 

 そして、渚は進矢の肩で泣いた。

 その涙の意味は渚にも分からなかった。

 一つ言える事は、抱きしめられても全然安心なんてできないという事だ。

 何故なら、目の前で自分を抱きしめているのは全部渚にとって都合の良い幻想に過ぎないからである。

 渚がどのような感情を目の前の男に抱いていたとしても、彼は記憶を取り戻した時にはもうこの世にはおらず、泡のように消えている。

 

「進矢君の、ばーか……ここが戦闘禁止、エリアじゃなかったら……引き離して引っぱたいてたんだから」

 

「ハハハ、結構俺って最低ですね」

 

 それでも言葉とは裏腹に、渚は力強く進矢を抱きしめる。

 

 ――このまま世界が終わればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね。川瀬君、服汚しちゃって」

 

「この制服は洗濯しないでおきますね」

 

「……それはした方が良いと思うけどなぁ」

 

 ゲーム二日目の朝、目が覚めたら渚さんが隣で寝てたり、朝食作ったら渚さんが泣き出したり、波乱万丈だった。……元々、感性豊かで傷つきやすいから、天然を装ってた可能性に気づいてなかった。

 割とゴメンである。

 デリカシーピンチである。

 

 もしも、俺が今渚さんに騙されているのであれば『良かった、不幸な人は居なかったんだね』路線で自分を守るしかないのかもしれない。

 それはさておき……現実問題として、ゲームは続いているので行動はてきぱき動かなければならない。

 切実に仲間が欲しい。

 二人っきりだと色々ともたないぞ、主に俺が。

 

「冗談は置いといて、顔だけ洗いなおした方が良いですよ。準備とかはしておくので」

 

「そ、そうよね……川瀬君お願い」

 

 別にメイクなんてなくても、渚さんは普通にかわいいと思うが……そこは女性の感性的にはやりたいところなんだろう。

 

 色々あったが、ゲーム開始からまだ22時間しか経過していない。

 このペースであれば24時間前に3階には到着できそうである。

 眠らずに3階に行くべきか迷ったが、次に戦闘禁止エリアに何時行けるか分からなかったので、まずは体調を万全にすることを優先した形だ。

 ……結果は色々な意味で疲れた気がするが、体調的には万全と言える。

 

 俺はそそくさと食器を片付け、持っていくものの選別を済ませる。

 生存者数も未だ【11名】。

 これがゲームとしてどういうペースなのか良く分からないが、各プレイヤーの小休止とか取ってるか徹夜して上階を進んでいるとかで争いはあまりなかったということなのだろう。

 今は、寝ている間に人が死ななかった事を喜べばそれで十分だろう。

 

 これからのゲームの流れについてだが……

 今日は人を探しつつ情報なり、武器なりを増やして自分たちの行動材料・選択肢を増やして。

 最終日に手に入れた物次第で、相応の決着をつける。

 ってところか。

 15億の勝利条件が中々重く圧し掛かってくるが、出たとこ勝負でいくしかない。

 

 

(後の懸念事項は、俺の記憶が爆弾になりかねないってところだけど……)

 

 実は起きた直後、自分の鞄を探していた時にあるものを見つけている。

 【探偵ノート2】って書かれたノートが誰かから隠すかのように鞄の奥底に置かれていたのだ。

 夢の中で見たものと同じ……大事な何かが書かれているんだと思う。

 だが、少し考えた結果――俺はそれを読むのを辞めた。

 

 まだゲームが始まって24時間も経ってないが、俺は既に気づいている。

 このゲームは誰もが自分の中で大きな事情があり、その事情こそが誰かを傷付ける動機になっているということを。

 だから、俺が自分を取り戻してしまえば……もしかしたら、【川瀬進矢】は誰かを傷付けること、殺すことすら正当化してしまうかもしれないのだ。

 生き残る為に【Q】を殺すのかもしれないし、渚さんを傷付けるのかもしれないし、あるいは単純にお金の為に不特定多数を殺してゲームの最終生存者数を何人以下にする必要がでてくるのかもしれない……そこまでは分からないが。

 一つ言えるのは、ゲームにNOを突き付ける為に、俺の記憶は邪魔なのだということだ。

 

 だから、記憶を戻さない為に……この【探偵ノート2】は鞄の奥底に戻させてもらった。

 

「川瀬君、ごめん~! 待ったー?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 ぴょこぴょこと渚が洗面所から戻ってくる。

 ビフォーアフターの感想としては、彼女から感じる明るさが上がった。

 割りとライトな化粧なのかもしれない。

 

「それじゃあ、気を取り戻して……今日も頑張っていこ~!」

 

「なんか、雰囲気が明るくなりましたね?」

 

「えっと、こういう私は嫌かな……?」

 

「そんな事はないですけど……」

 

 少し不安そうな色を渚が出すが、否定するとパッと明るくなった。

 訂正、どういう気持ちの変化があったのか分からないが、化粧の雰囲気ではなく普通に明るくなっている。

 躁鬱の躁状態かもしれない、気を配っておこう。

 

 そのように見ていると渚さんは自分の手荷物の確認を終え、俺に向けて手を差し出してくる。

 

「それじゃあ、いこっか!」

 

「……何ですか、その手」

 

「……!? それは、えーっと……」

 

 指摘されるまで自分の行動の意味に気づいていなかったのか、そのまま顔を紅潮させながら硬直する渚さん。

 昨日の渚さんの面影は表裏含めて全然感じられない。

 昨日で渚さんの事を分かってつもりになってきたが、渚さんの事が全然分からなくなってきた。

 何だ? 男性掌握術パート2なの?

 日替わりで人格変わるの?

 

「ほら! 罠に引っ掛かっても、手を繋いでればカバーできるでしょ!」

 

「そういう問題ですかね……?」

 

「そういう問題なの! それとも、川瀬君は嫌……?」

 

 そして、渚さんは表情にスッと蔭を差した。

 やめてくれ、そういう空気は苦手なんだ……誰か助けて、俺が悪いの!?

 過去を振り返るとなんか俺が悪い気がしてきた……そっかー……。

 

「そうですね、言われてみればそんな気がしました」

 

「そっか! じゃあ、はい……特別、だからね?」

 

 根負けして、彼女の手を握ると、渚さんは表情をパッと明るくして恥ずかしそうに控えめに手を握る。

 俺も同じく居心地が悪くなり、少し顔を逸らす。

 今、こういうことをしている場合じゃないのだろうか?

 俺は訝しんだ。

 

「じゃあ、ここから3階までだねー。出発進行~!」

 

「お、おー」

 

 暗いより、悲しんでるより……百倍マシなのは確かだが。

 昨日の渚からは安心させるような心地があったが、今の渚からは周囲を明るくするような声色を感じる。

 どちらの方が優れているというわけではないが、なんとなくそう感じる。

 いずれにせよ、戦闘禁止エリアを出た俺達は再び殺し合いゲームの場に立つこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3階への階段までは特に何も問題は無かった。

 強いて言うなら、武器クロスボウを手に入れた位か、あんまり使う気はないが牽制として一応持たせてもらっている。

 あとは現在位置を表示するGPS機能も地味に便利だ。

 現在位置に気を払う余裕を罠や周辺警戒に移すことができ、心理的余裕の確保と移動時間軽減につながっている実感がある。

 

 だからだろうか、3階に着いて廊下へと踏み出し歩くこと30分弱……先に相手に気付くことができた。

 

 

「渚さん静かに……誰かいます。子供?」

 

 小柄な身体にボーイッシュな服装、短めの髪の茶髪。

 初めて見る子供だ。

 エントランスで亡くなった少女よりは年上……恐らくは中学生程度。

 渚さんの解除条件である全員生存を考えれば当たりの部類になるのだろうか?

 

「う、うん。進矢君、どうする?」

 

「ちょっと声をかけてみますか、渚さんは離れて――」

 

「べ~~」

 

「――一緒に行きますか」

 

「よろしい」

 

 あっかんべーのポーズをされてはたまらないので、掌を返す俺。

 注意深く周囲を見渡すが、彼女は休んでるのか顔を俯かせている。

 場所は小さなホール。

 周囲には誰も居なさそうだ。

 

 ……その年齢でこの環境は一人だと、随分心細そうだ。

 

 彼女への脅威よりも心配の方が上回る。

 武器は置いて、話しかける事とした。

 

「誰!?」

 

 少女は声をかける前に俺達に気付く。

 そして、腰から黒光りする何かを引き抜き、俺達に向けた。

 

――もしかして、それって拳銃か!?

 

 記憶がないが、知識からそれを当然のように理解し、反射的に前に出て渚さんへの射線を塞いだ。

 

「待って、君に危害を加える気はない! 武器もないし」

 

「嘘ね、覚えてるよ。2階であたしを撃ったでしょ、その時の金髪の女は殺した?」

 

「へ?」

 

 想定外の言葉に完全に固まる。

 

 撃った? この子を?

 誰が……俺じゃない、御剣先輩か矢幡先輩が?

 

 巡る思考と隠し切れない精神的動揺。

 それは銃を突き付けられた状態では絶対的な隙だった。

 

――パァン!

 

 腕が引っ張られ、ほぼ同時に銃声が鳴る。

 発砲音と着弾の音が響くと同時に、俺は通路の角まで引きずられた。

 

「ほら、ちゃんと手を繋いでて良かったでしょ?」

 

「……ありがとうございます」

 

 少し呆れた表情の渚が、俺を見下ろしていた。

 ……渚さん、腕の力が強い。

 俺、この人がいなかったら何回死んでたんだろ?

 感謝はあるが、今は撃ってきた少女の方だ。

 

「落ち着いて、君を撃ったのは……よく似た別人だから!!!」

 

「言い訳ならもっと、マシなのにしたら!?」

 

 ――パァンパァン!

 

 隠れてる角のコンクリートが抉れる。

 怖いは怖いが、逆の立場ならそう言ってたかも……。

 とはいえ、いつまでもコントやってる場合じゃない。

 目の前に広がる現実は残酷だが、それでも向き合わなければならないようだ。

 近づいてくる少女の気配に向けて、俺はどうするかを思案し始めた。



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第十四話 悪夢は追いつく

 

 

 

 

―――――――――――

この世の出来事は、予期せぬ時に突然起こる。人は自分を支配していると感じたいのだが、支配出来る時と出来ない時がある。我々は偶然の力には抗えないのだ。

ポール・オースター (米国の作家)

―――――――――――

 

 

 

 

 

『良いか進矢……日本の警察で支給される拳銃は――』

 

 緊張感と同時に、思考が勝手に巡る。

 俺の中で誰かの声と何かがフラッシュバックし、疑問の答えが分かる。

 ”俺”が実物を見るのは初めてだが、あの少女が持っていた銃には見覚えがある。

 子供の頃、誰かから教えてもらった筈だ。

 

「まぁ、攻撃したということで信頼はできないだろうけど……俺達にゲームに乗る意志はないんだ。この状況で良いから、話し合わないかい? お嬢ちゃん」

 

「関係ないよ! 私を騙すつもりなんでしょ!? お金を持って妹の所に帰る! その為に……悪いけど、死んでもらうよ!」

 

 ……そういえば、彼女の服に血がついてたな。

 怪我をしたのか、誰かに怪我をさせたのかまでは分からない。

 一瞬だけだったが、血走って殺気立った目と所々傷ついた皮膚から相応にこのゲームの洗練を受けている事を感じさせた。

 ……説得は難しそうではある。

 

 お金の問題というのも厄介な話だ。

 覚悟はしてたが、速攻で競合相手に出会うとは思わなかった。

 

「進矢君……一旦、逃げた方が」

 

「いや、この場でなんとかします。大丈夫です」

 

 ……少なくとも、”あの”銃に関しては恐ろしいが勝算はある。

 だから、俺は笑って心配そうな渚さんに応じた。

 状況は最悪だが、脳の方は不自然なほどに冷静だ。

 

(人を無力化する武器はあれがあったな……あの手で行くか。相手は冷静そうに見えないし、まだ銃の扱いに慣れて無さそうだ。こういう時に、相手を逆上させる言葉はっと)

 

「誰かを殺して手に入れたお金で、妹さんの治療をしても妹さんは喜ばないよ!」

 

「……っ、うるさい! お前に何が分かる!」

 

――パァン!

 

 銃声が聞こえると共に身体を飛び出させる。

 少女に小銭を投げ、彼女を中心として円を描くかのように少しずつ近づこうと走る。

 焦った少女は、更に銃を発砲させた。

 

――パァン!

 

 だが、当たらない。

 当然だ、固定された的ならともかく、素人が高速移動している対象を当てる事はできないだろう。

 その銃声を聞いて、俺は真っすぐに少女に突っ込む。

 

――カチャカチャ

 

「弾切れ……!? そんな……!?」

 

「残念、その銃って装填数5発なんだよ」

 

 予備の銃を持っている事を考慮しても、既に構えている銃を発砲するのと銃を持ち換えて発砲するのでは、取るべきアクションの数と難易度が段違いだ。

 真っすぐ敵が近づいている状況では猶更である。

 故に、あとはもう肉弾戦なのである。

 俺は迷わず、ポケットからスタンガンを取り出し少女に押し付けた。

 

「こんなところで……!」

 

「はい、バーン」

 

「きゃああっ!!!」

 

 電撃が少女に通電し、力を失い彼女は倒れる。

 気絶はしてないが、割と痛そうだ。

 戦いの趨勢を決めるのは一瞬とはいえ、命が掛かっている……終わってしまえば冷や汗もびっしょりだ。

 拘束するものは……ないので、一旦は武装解除する必要がある。

 身体検査という意味合いであれば、デリカシーという意味で渚さんにお任せする必要が出てくるだろうが。

 真っ先に拳銃と少女のPDAを取り上げ、内容を確認する。

 

 

【6 JOKERの偽装機能を5回以上使用。自分で使う必要も、近くで行う必要もない。】

 

 見事なまでに非殺人条件である。

 JOKERどこにあるか心当たり全くないけど。

 あとは彼女の目的次第だな。

 

「し~ん~や~く~ん~?」

 

「ひぃ」

 

 背後から猛烈に嫌な予感がした。

 振り返ると無理やり作り笑いを浮かべているような、渚さんの姿があった。

 ……俺何か悪い事した?

 女の子にスタンガンぶっ放した事は悪い事に入りますか???

 ……入りそうだ。

 

「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! 拳銃相手に突っ込むなんて危険すぎるよ! 何考えてるの!?」

 

「そ、そっちか……大丈夫だったから良かったじゃないですか」

 

「結果論! もし、進矢君が、死んだら……! 私は――、私は……」

 

 言葉を詰まらせる渚さん。目には悲しそうな表情で涙を浮かべている。

 ごめん……でもオチは見えたぞ。

 俺が死んだら15億をどうにかする目途が立たなくなるって奴だな、分かるよ。

 その為に資金の配分を含めて、女の子をどうにかしなければいけない訳だが……

 

 ふと、天啓のようにある言葉が脳裏に響く。

 先程、聞こえた言葉とは別の人物の言葉だ。

 

『気を付けろ進矢、このゲームで銃をぶっ放すと騒音でゾンビがワラワラ寄ってくるんだぜ』

 

 

 何のシチュエーションで聞いた言葉か忘れたがニュアンスは伝わる。

 なるほどなるほど、銃声とはそれそのものが大きな音を出してしまうと言う事だ。

 それをホールの奥の通路で視界に捉えた俺は、即座に判断を迫られる

 拘束した女子一名、もう一人の女、男一人……狙われるとしたら……俺だ!?

 

「小僧、死ねぇ!!!」

 

「嫌だぁ!?」

 

ーーパァン、パァン!

 

 少女から飛び退き、銃弾の射線から離れる。

 と言っても、結構な距離だったからそんな事をしても当たらなかったかもしれないが。

 そう思える程、拳銃を撃ってきた男ーー漆山権造の射撃が大雑把だった。

 片手打ち、反動を逃し切れてないフォームが悪いのだ。

 だが、いつラッキーヒットが炸裂するか分からず今度こそ分が悪い。

 なんとか女の子を連れて逃げなければーー

 

「ここで、3人……お前達を殺せばあと7人だぁ!!!!」

 

「しかも、皆殺し条件かよ!?」

 

「あたしのPDA返してもらうよ!」

 

「ちょ!?」

 

 そして、一つの事態に対処できても複合要因から発生するもう一つのトラブルまでは対処できない。

 先程スタンガンを当てた少女が即座に復活を果たし、俺からPDAを取り上げて拙い足取りで逃げていく。

 まだダメージは残っているだろうに、その意思力は感嘆に値するだろう。

 後を追おうと渚さんに目配せしようとしたら、信じられない光景を見る。

 彼女は慣れた手つきでクロスボウを構えていた。

 

「進矢君によくも!」

 

「渚さん何やってんの!?」

 

 あんまりな光景にツッコミをするが、もう彼女は止まらない。

 彼女はクロスボウを、漆山権造へとむけている。

 そして静止する間もなく、矢を発射した。

 

ーーヒュン

 

 矢は綺麗に漆山権造の持つ銃に当たり、そのまま拳銃は吹き飛ばされた。

 それがどれくらいの神業かは素人の俺には分からないが、まるで魔法でも見せつけられたかのようだ。

 

「ひ、ひぃ!?」

 

 事態を把握した権造は、そのまま情けない声を上げて逃げ出す。

 そして、衝撃ですぐに動けなくなったのは俺も同じだ。

 

「渚さん……今のって……」

 

「!? ……えーっと、進矢君! あの子を追いましょう!」

 

「は、はい!」

 

 少し悩むが、皆殺しのナンバーナインの漆山権造とジョーカー5回使用の少女では少女の方がまだ交渉相手としては的確だと言える。

 なによりも、相手はまだ子供なのだ。保護しなければという思いもあった。

 だから、俺は一時的に目の前に起きた出来事から逃避し、彼女を追うという意見に賛成した。

 

 無事に見つかる事を祈ったが、その願いは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦ってしまったから、次は完全に問答無用ですね……すいません、素人考えで事態を悪化させてしまったような気がします」

 

「それは仕方ないよ進矢君……横槍があるなんて分からなかったんだもの」

 

 結局、俺たちは10分少々で捜索を打ち切った。

 少女が銃を持っている事から、不意打ちで撃たれるとどうしようもないと言うのもある。そして、その時の俺たちに対抗手段がないのだ。

 最初から逃げれば、まだ彼女の心象を害せずに済んだんだろうか。

 いずれにせよ、難しい舵取りを今後も迫られそうである。

 

「二人の解除条件も分かったんだし、私達に怪我一つないからむしろ大戦果よ」

 

「言われてみれば、そうですね」

 

 そして、渚さんの言う通り名前は分からない少女と漆山権造の解除条件は判明した。

 少女もそうだが、皆殺しも重い……それでも、誰が持ち主か分かっただけでも収穫であると言えるだろう。

 

「不本意ですが、俺達も銃を探すしかなさそうですね……」

 

「――うん」

 

 渚さんが俯いた表情で、俺の言葉に同意する。

 

『銃を撃つ事態は最悪だが、最悪を背負ってもより悪い未来を回避するために撃つんだ』

 

 また、声が聞こえる。

 もう望む望まざるにかかわらず、俺の記憶は戻るのかもしれない。

 

 渚さんは何者なんだろう?

 当たり前のようにクロスボウを人に向けて放ち、火事場の馬鹿力だったのかもしれないが俺より力そのものは上。

 そんな疑問も過るが、関係ないかと振り払う。

 何者であろうと守るべき、そして大好きな渚さんには違いないのだ。

 ……全部、俺を守る為に行ってきた事だし、いずれ話をしてくれる時も来るかもしれない。

 

「あ、進矢君! この部屋とか、何かありそうと思わない?」

 

「確かに、今まで武器を見つけた部屋もこんなレイアウトでしたね」

 

 そして、ゲーム開始から24時間経ってくると物が置いてある部屋、何もない部屋……その見分け方が少しずつわかるようになってくる。

 いかにも何かありそうな部屋に、手を繋いだ俺達は一緒に入っていった。

 

 

 手分けして部屋の中を探す事約一分。

 他のボロ箱とは違う、雰囲気の異なる新し目の箱を見つける。

 物資は、今回のゲームに合わせて新しく補充されているようで、見つかりやすいのは良い事である。

 

 ……慎重に箱を開けると、黒光する拳銃を見つけた。

 そして手に取る。

 

「――チーフスペシャル・エアウェイト、ねぇ」

 

「進矢君?」

 

 怒涛の如く、知識が流れ込んでくる。

 知識だけではない。

 何故、この銃を知るに至ったのか。

 ……そうだ、親父に憧れていたから、親父の仕事について知りたかったんだっけ。

 まるで、自分を塗り替えるかのように――

 

 いや、違うな、この自分こそが本当の自分だ。

 

「日本警察に配備されてる、拳銃だな。軽量で使い勝手がいい」

 

 生まれた時、幼少期……

 父に憧れ正義を志し、それが原因でいじめられた事。

 父親に失望し、引きこもった時……兄にゲームに誘われ救われた時。

 少しずつ、昔から思い出してくる。

 

――自分が自分じゃなくなる。

 

 頭を抑え、抵抗を試みるが……大波相手に小石を置くがごとくだ。

 俺にはどうしようもなく無力。

 ただ、一つできることがあった。

 

「渚さん! 全てを思い出しそうなので……逃げてください!!!」

 

 何故、渚さんを逃がさなければいけないのか、その時の俺には全く分からなかったが。

 継ぎ接ぎだらけの記憶から、それを抽出することができる。

 1年半前――クリスマスだったか、俺の親父が消息不明になった……確か、このゲーム最初に目覚める前に夢を見た時……あれが親父と話した最期だった。

 

 衝動的に鞄の中から、【探偵ノート2】を取り出し、あるページを開く。

 

 わけのわからないまま金策と特待生の為に勉学に明けきれる傍ら、親父の影を追い続けた。

 そんな中、一週間前に新聞の切り抜きを使った脅迫状のような手紙が俺に届いたのだ。

 その中身は――ノートに張り付けてある。

 

【お前の父親を殺した人間は『綺堂渚』だ】

 

――カチャリ

 

 と銃の安全装置が外れる音が聞こえる。

 夢心地から現実に戻ってきた俺が見たのは、無表情で銃を構える【綺堂渚】の姿だった。

 彼女がいつどこで銃を手にしていたかは分からないが、現実としてそこに銃がある。

 そこで初めて分かる、逃がすべきは渚さんではなく自分であった事に。

 

「……本当、なんだな」

 

「いつか、悪夢が追い付てくると思ったけど……思い出さなければ、夢を続ける事ができたのにね」

 

 先程の少女や漆山権造とは違う気迫。

 がむしゃらな殺意ではなく、銃の達人が静かに殺意を向けてくる感覚。

 あの二人なら容易に抵抗できた。

 だが、今度こそ俺はもう諦観しかなかった。

 渚さんに感じていた愛情は霧散し、敵意を向ける気力も沸かない。

 

「このゲームはショーであり、見世物だ。俺は父の仇を取る役として呼ばれたが、そこで事故起こる。それが、外傷性健忘症だ。だが、【組織】はそれを好機とし、もっと悲劇的なショーにする事を思いついた」

 

「……えぇ、川瀬進矢。貴方は本当にてこずらせてくれたわ。そして、これがショーだからこそチャンスを上げる」

 

「……チャンス?」

 

「銃を取りなさい、川瀬進矢」

 

「……」

 

 考える。

 今、俺にできることは何か。

 銃を手にとったとして、綺堂渚に反撃し勝てる確率は万に一つもない。

 じゃあ、逃げるかと思ったが扉は綺堂渚の背にある為、俺に逃げ場はない。

 ……今、俺にできる最大の復讐は何か。

 

「俺は何もしない」

 

「ふざけるな!」

 

「うっ……」

 

 綺堂渚の蹴りが胴体に入る。

 やっぱりパワーが強い。

 だが、関係ない。

 

「お客様に絶望の表情をお見せするのが仕事? 苦悶の表情? 怨嗟の声を出した方が受ける? しないよそんな――がっ」

 

 綺堂渚のパンチが顔に入る。

 脳が震盪し、身体がフラフラになる。

 口の中切ったかもしれない、口内から血を吐き出す。

 だが、それだけだ……痛いは痛いが、分かっていれば我慢できる。

 

 このように死ぬまで無表情で耐えていれば、ショーとしては盛り上がらない。

 地味で、無意味な虚しい復讐もあったものである。

 

「どうして……どうして今更思い出すのよ!」

 

 そして、先に根負けしたのは綺堂渚の方である。

 彼女は瞳に涙を溢れさせ、俺に訴えかける。

 ……それに俺が応える事はない。

 当然だ。

 俺は俺で一杯一杯なのだから。

 

「アンタの事は、ずっとずっと大嫌いだった!!!」

 

「……まぁ女性に好かれた事は無いんで、そういう事もあるでしょうよ」

 

――ガン

 

 渚さんに踏みつけられる。

 一部人間にはご褒美かもしれないが、俺にはご褒美じゃない。

 

「今のまま、殺すのは簡単だけど……それじゃあつまらない、だからチャンスを上げるわ。川瀬進矢」

 

「そいつは……慈悲深い事で」

 

 皮肉交じりに俺は答える。

 ……綺堂渚の姿を見て、心が痛まない訳じゃない。

 だが、俺に何ができると言うのだ。

 彼女との関係のどこまでがショーで、どこまでが本物だったか俺に判別する術などないのだ。

 綺堂渚は俺を踏みつけていた足を離すと、距離を放していく。

 

「今から貴方をここから、落とす。上がってきた時が、貴方の最後よ」

 

「落とす、ね」

 

 それができる事こそ、ある意味で組織側の人間である事の証明ですらある。

 まさかの非暴力不服従が命を長らえらせるとは……誰が気づいただろうか。

 運が、良かった……のかもしれない。

 あるいは――

 

「絶対に上がってこない事をお勧めするわ。その時、貴方は絶対にゲームをクリアできない――だって、私が殺すもの」

 

「……分かってる癖に」

 

 その脅しは無意味だ。

 何故なら、俺が諦める事はないからだ。

 だから、少しボロボロになった身体を上げ、綺堂渚を見上げた。

 ……彼女の瞳は大粒の涙を溜めていた。

 

(……ばーか)

 

 身体が浮遊感に包まれる。

 衝撃に備えたが、柔らかい感覚を受けそこがベッドである事に気付く。

 その後、綺堂渚が落としてきたのか、俺の荷物と……先程の部屋に置いてあった拳銃が落ちてきた。

 そして、上の扉はゆっくりと閉まり、完全に見えなくなった。

 

(あんなに泣かれると恨めないじゃないか……卑怯だよ)

 

「思えば、ずっと二人でこのゲームは動いてたな」

 

 一人旅か……そう考えるだけで心細くなる。

 あの少女や漆山権造の気持ちが少しは分かってきた、この不安感に長時間耐え続ければおかしくなるに違いないのだ。

 

「これが本当の意味のゲームスタートか、随分なスロースタートだったな……」

 

――ピロリンピロリンピロリン

 

『開始から24時間が経過しました! これよりこの建物は一定時間が経過するごとに1階から順に進入禁止になっていきます』

 

「早いと言えば、早いし……遅いと言えば遅いが、やれるだけやるしかないか」

 

 荷物を手にして、銃をポケットにしまい込む。

 記憶を取り戻したとはいえ、まだ夢見心地から完全に抜け出せたわけではない。

 せめて、誰かと合流して小休止したいところではあるが――

 

 

「いやあああああああああ!!!!!」

 

 

 どこかから、女性の悲鳴が聞こえる。

 やれやれ、記憶戻って早々お仕事とはせわしないことだ。

 

(……まさか、な)

 

 ふと、ある疑問が俺の頭に浮かぶがそれを振りほどき悲鳴の元に急ぐ。

 

 

 扉をあけて、駆ける。

 すぐ近くに血を出して倒れている女子高生らしき女性と……金髪の男、手塚義光の姿があった。

 俺は迷わずに銃を抜き叫ぶ。

 

「両手を上げろ!」

 

 警告はマナーだ。

 必須ではないが、推奨される行為。

 拳銃を構えた感想としては軽いが、心は重たい。

 よくもまぁ、あの二人は簡単に撃てたように思う。

 俺はできれば、一度たりとも撃ちたくないんだがな……それとも、それが慣れる時が来るのだろうか。

 

「げっ、川瀬か!? だが、その銃……玩具か? 撃てるのか――」

 

――パァン!

 

 手塚から射線をずらして、一発射撃する。

 想定よりは反動が少なかった。

 

「事態が緊迫でないときは、威嚇射撃することが求められる。今回の場合は玩具でないことを証明する為に、撃った」

 

「はっ……あの黒いゴスロリの姉ちゃんはどうした? 裏切られたか? ん?」

 

「……黙れ」

 

 口の減らない奴だ。

 倒れている女子高生は青白い顔で、俺を見つめている。

 負傷箇所は背中だろうか、ナイフで刺されている……大きな血管をやられたか分からないが治療が必須だろう。

 ……少しでも遅れた場合は、殺されていたであろうことを考えれば間一髪だった。

 

「おいおいおい、図星かよ。金髪のねーちゃんにも裏切られて……こんな事を続けてたら、お前……死ぬぜ?」

 

「俺の命を心配するなら、自分の命を心配した方が良いんじゃないのか?」

 

「それもそうだ……じゃあな?」

 

 そして、手塚は去っていった。

 相変わらず食えない男である。

 だが、彼も無傷ではないのだろう……返り血かもしれないが、服装に所々血がついていたり、帽子が無かったりした。

 

 ……まぁ良い、いまするべきは彼女の治療だ。

 幸か不幸か、救急箱は手元に持っている。

 

「……患部の治療をしないといけないから、悪いけど制服脱がせないといけないぞ」

 

「助けて、くれるんですか……」

 

「ノーと言われてもな」

 

 不安そうな表情で揺らぐ彼女に対して、有無を言わさぬような口調で俺は言った。

 身体的にも精神的にも弱ってそうな印象を受ける。

 今まで出会ってきた女性たちは良くも悪くも、強さの印象が強いが……彼女からは儚さの印象が勝った。

 

「それとも、助けて欲しくなかったか?」

 

 だから、聞いてみる。

 彼女がどういう事情を抱えてここまで来たのか。

 

「助けても無駄ですよ……私はこのゲームで、この怪我で……2日と23日も生き残れません! せめて、Aの人に殺されようと……ここまで、頑張ってきたんです……!」

 

「え、えぇ……?!」

 

 絞り出すように彼女は答える。

 その言葉の意味することは一つしかない。

 そして、俺の中ですべては繋がった……。

 綺堂渚はこうなる事が分かって、俺を2階に落としたのだと。

 

(……やってくれたな、綺堂渚ァ!)

 

 心の中で俺は叫びつつ、治療の準備を進めるのであった。




男性陣の賭博投票アンケートは今回までで、次回から女性投票に入る予定。


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第十五話 姫萩咲実の絶望と希望

川瀬進矢:A:6.8:Qの殺害
葉月克己:2:5.8:JOKERの破壊
矢幡麗佳:3:6.1:3名以上の殺害
高山浩太:4:4.0:首輪を3つ収集
北条かりん:6.4:JOKERの偽装機能を5回以上使用
綺堂渚:7:4.6:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
漆山権造:9:9.9:自分以外の全員の死亡
御剣総一:J:6.3:24時間行動を共にしたプレイヤーが生存
姫萩咲実:Q:8.3:2日と23時間の生存
長沢勇治:K:DEAD:PDA5個以上の収集
色条優希:?:DEAD:???
手塚義光:?:5.1:???
郷田真弓:?:3.2:???



 

 

 

 

――――――――――

父親が何者であったかはどうでもいい。問題は記憶に残る姿だ。

-アン・セクストン (米国の詩人)

――――――――-――

 

 

 

「……強引ですね」

 

「時に強引に物事を押し切らなければならないときもある。あ、後ろ向いてますので準備できたら、言ってください」

 

 背中を怪我している女性が微妙に涙ぐみながら睨みつけてくるが、そこから視界を外し、周辺警戒に移る。

 特に足音等は聞こえない。

 一応、銃声が鳴り響いた為、呼び寄せられる他参加者がいるんじゃないかと警戒もしてみたが、何もなさそうだ。

 

 拳銃の弾数は残り4発……節約しないと、先程の少女の時みたいにいざというときに弾切れとなったら命取りだ。

 尤も、3階で拳銃なんだから……4階以降は弾数管理に気を遣う必要は無くなるかもしれないけども。

 

 服擦れ音を聞きつつ、そんな事を思った。

 ……女性の体と思ってちょっと意識しそうだが、正直に言ってそんな余裕はない。実際に応急処置なんてしたことはないし、負傷の度合いによっては今後の動きが変わるかもしれないのだ。

 救急箱を開いて、包帯や消毒液の準備をする。鎮痛薬もあるが……眠気も伴うみたいだ。……彼女の疲労度合いとこの階層の進入禁止エリアになる時間を考慮に入れれば多少は眠ってもらっても問題ないだろうが。

 

「すいません、脱ぎました……」

 

「こっちも準備おっけーです」

 

 ゴム手袋を装備した俺は、後ろから女性の背中を見る。

 ナイフは既に抜けてはいるが、傷口は素人判断だとそこそこだ。

 もしも、病院に運ばれていた場合は縫合処置等が取られてるんだろうが……材料もスキルもないし不可能だ。

 一応警察官を志す身ではあるが、グロ画像や実際の遺体を見るのと応急処置するのでは別のプレッシャーを感じる。

 俺がゴクリと息を吞んだとしても、それはそのプレッシャーの所為で女性の背中を見た事は一切関係ないと言い訳させてください。

 

「俺の保険体育知識からの確認ですが、水で傷口を洗い流しガーゼで圧迫して止血を確認後に包帯巻きますよ。OK?」

 

「は、はい……」

 

「では、キャッチフレーズは痛いのは生きてる証拠ということで、よろしくお願いします!」

 

「え、えぇっ!? ちょっと……!? 痛みに対するフォローは、無いんですかぁ!?」

 

 後ろ姿しか見えてないので、彼女の表情は伺えないもののなんか怯えてそうな印象を受ける。

 元気づける為だったのに……構わず俺は治療を開始した。

 拙いかもしれない治療ではあったが、幸運にも彼女の止血は無事成功した。

 万が一、致命傷だったら介錯を……という事が頭に過らなかったというのは嘘になるが、杞憂で済んでよかった。

 尚、彼女の悲鳴や喘ぎ声とかで俺の中で新たな扉が開きつつあったかもしれないが、それは御愛嬌ということでスルーさせてください。

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます。助かりました」

 

 改めて着替えなおして、女性は俺に頭を下げる。

 とはいえ、背中を刺されたので動きはややぎこちない。

 ちょっと空気が重い……というか、綺堂渚と暫く一緒だったせいか、彼女の発するオーラに慣れてしまったのか。

 なんとか、明るい空気にしなければと口を開く。

 

「いえいえ、ご馳走様でした」

 

「恥ずかしいので忘れてください……」

 

 俺も恥ずかしかったので対等……とは流石にならないな。

 AEDや人工呼吸もそうだが、人命は全てに優先するのでやむを得ない部分はあるけども。

 まぁ、恥ずかしがる元気があるだけマシかもしれない。

 

 ……一応、場を和ませる冗談のつもりだったが……もしかして、セクハラに該当したりする?

 

「じゃあ、これで貸し借り無しって事で行きましょう。血も止まった事ですし、このゲームから生きて帰る気力は湧いてきましたか?」

 

「助けてもらって申し訳ないのですが、冗談で言った訳じゃありませんよ……」

 

 真面目な話に戻すと、彼女は顔を伏せてそう言った。

 勘弁してほしいと思うが、目の前の女性は生を儚んで『A』に殺されたいらしい。

 ……俺自身の解除条件は一先ず伏せるべきだな。

 

 このゲームを運営している【組織】はある程度恣意的に人員を選んでいる事は想定の範囲内だが、【Q】にそういう人間を配置するのはよくないと思います!

 と声を大にして言いたいが、そこは我慢する。

 

 落ち着け……俺の隠れた特技である人間観察をフル稼働だ。

 

「俺は解除条件【A】の持ち主は知っています」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 ばっ、と女性は目を上げて教えて欲しそうに俺を見つめる。

 その解除条件【A】って俺の事だけどな!

 まぁ、理由を聞き出すのに多少のハッタリは必要だろう。

 

 「ただ、流石に貴方の事情を知らない限りは貴方を【A】の事を教えてあげられないですねぇ」

 

「うっ……それも、そう、ですね……」

 

 そう言うと、女性は再び俯き……そして、顔を上げて俺と向き合った。

 彼女としても足は重いが何かしらの使命感があっての動きのように思える。

 つまり、自信はなさげだが、目は真剣なのだ。

 

「わ、分かりました。お話します……誰かに話すのは、初めてですが。その代わり、【A】の持ち主の事を教えてくださいね」

 

「まぁ、悩みでも誰かに話せば気持ちが軽くなるかもしれないですし……良いですよ」

 

 そして、俺は嫌な予感がした。

 彼女の事情を知ることで、何かしらの深みに嵌まってしまいそうな気がしたからだ。

 ……もう手遅れか、腹を括ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女――姫萩咲実はそこそこ裕福な家の出だ。

 優しい両親に、一人っ子だが友人にも恵まれていたらしい。

 だが、その平穏が壊されたのは小さい頃に彼女の父親が大がかりな詐欺にあってからだ。

 

 元々、自営業を営んでいた父親はそれで破産――一家は離散した。

 つまるところは夜逃げしたらしい。

(消息不明なら、【ゲーム】に参加している可能性もあるが……その場合の結果は想像がつくので言わぬが花だろう)

 

 その後は親戚をたらいまわし、どの家でも余所者だった為、肩身の狭い思いをしてきたという。

 

「だから、私を待ってる人なんて誰も居ないんです。このまま、時間制限で死ぬなら……せめて、【A】の人に殺されようと考えたんです」

 

「……」

 

 やばい、俺の嘘発見センサーが全然反応してくれない。

 この話を聞いた【A】として、俺はどうすればいいの!?

 くっ、雰囲気的に同情を誘ってる風というよりは、早く【A】に殺されたいって雰囲気を纏ってる。勘弁してください!

 

 もしかしなくても、俺は彼女の想定で最悪レベルの【A】所有者だろう。

 何せ、俺視点でも最悪レベルの【Q】所有者だからな、間違いない。

 

「それで、【A】の方を教えて頂けますか……?」

 

「その前に、このゲーム内でどういう流れでそういう思考になったか教えて頂けますか?」

 

「恥ずかしいですけど、分かりました……」

 

 少なくとも、自分が【A】だとバラしてしまえば満足に情報交換できる暇が無くなりそうな事を察知したので、その前に彼女のゲーム内の動向を聞こうとする。

 

「私がこのゲームが始まった時に出会ったのは、北条かりんちゃんと高山さんです……3ゲーム開始から9時間経過後位でしょうか、3人でエントランスに到着しました。そして――女の子の遺体を見つけたんです」

 

 良し、順当に残りの参加者の情報をゲットだ。 北条かりんというのが、先程の銃を持った女の子だろう。妹が入院していて、心配だから早く戻りたいと何度か主張していたらしい。話を聞く限りでは、良くも悪くも普通の女の子な印象だが……あのようになってしまったのは、ゲームの性質上仕方ないか。説得は難しそうだ……【JOKER】があればそれを取っ掛かりに交渉はできるかもしれないが情報が足りない。

 

 高山浩太という人間は強そうで……ドライな人間らしい。冷静に二人を導いていたようだ。姫萩咲実曰く、悪い人ではないが良い人でもないとのこと。直接会わないとなんとも言えないが、話を聞く限りは同感だな……スタンスを決めかねていたのだろうが、中立的と言えばそんな印象だ。

 

「女の子を見つけた後はあんまり覚えてないんです……確か、エントランスに走って行って、完全に封鎖されているのを確認しました。そし……ずっと、へたり込んでいたと思います」

 

「へたり込んでいた?」

 

「は、恥ずかしいですけど、その……茫然として……諦めていたんだと思います。私はどうせ生き残れない、これが夢なら覚めて欲しい……と」

 

「……あー、別に恥ずかしがる事ではないと思いますけどね」

 

 殺し合いに適応できない――そういうタイプの人間もいるだろう。

 というか、今の平和な日本で完全に無作為に人を選んだとして、結構な割合でそういう現実を受け入れられないタイプの人間がいるのでは無かろうか。

 そうならない為に、このゲームを運営している【組織】はある程度、動機や人の性質を鑑みてプレイヤーを厳選している事は想像に難くない。

 

 ……そもそも、目の前の姫萩咲実は逆にゲームに適応できない人間だからこそ、このゲームに呼ばれた可能性が高いような気もするが。

 

(俺は、メインターゲットじゃない……気もするが)

 

 俺と姫萩咲実に接点はないように思える……だったら、自然と俺にそっくりなある人物が脳裏に浮かぶものだ。

 

「それに、時間はかかったけど貴方は立ち上がった……違いますか?」

 

「えぇ……ふと、目に入ったんです。入口に張り付けられたメモが……そこには、ルールの5番と、【A】の解除条件が書いてありました」

 

「あー……そんなものもありましたね」

 

 記憶喪失中の俺が書いた奴だ。

 記憶喪失中の俺の記憶は悪夢を見たかのように鮮明であり、自分であったのは間違いないが、自分じゃないような気もしてくる不思議な感覚を受ける。

 ただ、所詮は夢なので、普通に記憶を思い出すよりは難しい……思い出した。

 

 記憶を取り戻した俺がどっち側か分からないから、どっちに転んでも良いように一先ず【Q】を保護する方針だったな。

 その一環で、【Q】に警告する意味合いであの張り紙をした気がする。

 

「そこで思ったんです。私が、このままエントランスに居てルール違反で死んでしまえば、【A】の人を巻き添えにしてしまうのではないか、と」

 

「……」

 

 そう言って、姫萩咲実……訂正、姫萩先輩は俺を見た。

 そういう用途でそのような事をしたわけではないので、若干の気恥ずかしさを感じる。

 何も言えなくなった俺は、黙り込んで目を逸らした。

 

「だから、私は立ち上がって此処までこれたんです。助けてもらって申し訳ありませんが、お願いします……私に【A】の事を教えてください!」

 

「えーっと……」

 

 彼女は真摯に頼み込み、そして頭を下げる。

 ……そこまで言われると、恐縮というか居たたまれない。

 だって、俺……あの置き書き書いてた時に確か綺堂渚の事ばかり考えてた気がする。

 姫萩先輩が一世一代の覚悟を決められたという心情はダイレクトに伝わってくるのだが……罪悪感しか湧いてこない。

 

「お名前はお聞きしてませんが、貴方が良い人だって事は分かります! でも、私決めたんです」

 

 悩み沈黙していると、すかさず姫萩先輩は続けてくる。

 えぇい、このままだと埒があかない。

 彼女の覚悟に比類する何かを俺は持ち合わせていないかもしれないが、なんとか軌道修正を試みよう。

 

「ストップ! ストーップ! なんで死ぬ前提で話をしてるんですか!? ほら、姫萩先輩まだお若いですし、人生諦めるのは早いですよ! こほん、失礼……川瀬進矢と申します。高校二年生ですよ、せ・ん・ぱ・い!」

 

「年齢は若いかもしれないですけど、私はもう生きる希望を持てなくて……それに――」

 

 姫萩先輩の言葉を聞きつつ、俺はデジャヴを覚えていた。

 希望を持てない時期が俺にもあった。

 昔、俺の融通が効かなかった頃にいじめられた時……多分、そんな感じで半ば引きこもりだった。

 嫌な記憶だったから蓋をしていたが、彼女を復帰させるためその時の経験をなんとか利用せねばならない……!

 えーと、兄貴にゲーム漬けにされて、危機感覚えて復帰って感じだったか……参考にならねぇ。

 

 「最期になってしまいましたが……川瀬さんのような、良い人に会えました。だから、もう思い残すことはありません」

 

 そして、姫萩先輩は俺に向けて一生懸命笑顔を作る。

 俺の少ない女性経験の中でトップクラスの美しい笑顔だ――って、見惚れてる場合かー---っ!?

 

「勝手に! 納得しないでくださいぃ!?」

 

 まずい、普通のアニメやドラマとかだと『決意は固いようだな』とか『何を言っても意見を曲げるつもりはないみたいだな』とか言いかねない場面である。

 頭痛い……うっ、彼女――姫萩先輩を正攻法で説得するのは難しそうだ。

 何故なら――

 

「何も考えなかった訳ではないです。私なりに一生懸命考えました。こうするしか、無いんですよ。……私を助けて頂いた川瀬さんには、本当に申し訳ないと思っています」

 

「いや、そういう問題じゃないですけどね」

 

 万が一、姫萩先輩を殺した時の事を想像してみる。

 家に残した母親と、兄と弟……死別したであろう父親。

 

『殺し合いゲームで、「殺して欲しい」って懇願した女の子を殺して生き延びたぜ!』

 

『よく言った。地獄に落ちろ』

 

 超要約すると、こんな感じの展開が予想できる……色々な所に顔向けできない。

 逆に、俺の家族がそういう女の子を殺して生きて帰ってこられても反応に困るし……。

 最低でも半殺しコースかも……。

 いや、情けなくてカミングアウトすらできないだろうけど。

 

――あの手で行くか、許せ親父

 

 あんまり使いたくないし、俺に向いてない手段だが……使うしかないか。

 彼女の意見を翻させる為に発動する……『偽証』を!

 

「えーとですね、【A】の持ち主はとっても悪い人なんです! 姫萩先輩が命を懸けるに値する人物ではないと思います!」

 

 うん、嘘はついていない。 綺堂渚に対して空手形の約束をしたり、姫萩先輩を騙して希望を刈り取ろうとしたりしてる。女の子――北条かりんさんにもスタンガンをぶっぱなしたりしたな。とっても悪い人だ、間違いない。

 命を懸けるに値する人物ではないというのも本心である。

 

「そうなんですか……それは良かったです。私を引き渡せば、その分川瀬さんの危険が減るという事ですね」

 

「……そんな後ろ向きなプラス思考初めて聞いたよ!?」

 

 しかし、手ごたえは無かった。

 姫萩先輩はキマっているとはいえ、良くも悪くも一般人(の筈)。

 賞金の為に殺して回る人物がいるとは想像の範囲外なのだろう。

 もっと、組織の人間は人選を考えた方が良いと思う。

 

 次の手を考えなければ――。

 兎に角、彼女の想いの源泉を知らなければ話にならないな。

 俺は根負けしつつある雰囲気を出しつつ、呆れたように口を開いた。

 

「分かりました、次で本当に教えます。でも、どうして……姫萩先輩はそこまで頑ななんですか? 俺からすれば姫萩先輩の方が良い人に思えますよ」

 

「私は……良い人なんかじゃ、ありませんよ」

 

 俺の質問に姫萩先輩は目を伏せる。

 そしてそのまま、力なく微笑みながら……彼女はぽつりぽつりと、呟いた。

 

「私が【A】に殺されたいのは、私の為です……私はドンくさくて、どこに居ても役立たずで……迷惑をかけてばかりで。でも、最期に……誰かの為に自分の命を使えるんです。そうしたら、私でも……天国でお父様、お母様に胸を張って会えると……そう思うんです」

 

 彼女の言葉は小さく、弱々しい。

 それでも、俺は口を挟めず……何とも言えない胸の痛みに苛まれながら彼女の言葉を聞くだけだった。

 

(前言撤回、姫萩先輩はちゃんと俺をターゲットにした人選だった。ここまで、俺が狙い撃ちにされてるなんて……俺のプロフィールとかどこまで抜かれてるんだろう? 怖い)

 

 静かに聞きながら、思い違いを悟る。

 俺が記憶を失うのは想定外だったとしても、ここからが俺の本当の意味でのゲームスタートなのだ。

 

「まだ、亡くなったと決まった訳じゃないんじゃ……」

 

「分かりますよ! お父様も、お母様も強い人じゃないですから……私のように親戚を頼らないってことは、もう……」

 

 姫萩先輩は口調を強める。

 家族にしか分からない何かがあるのだろう。

 俺の口が挟める領分ではないと判断し、そこは口を噤む。

 口先だけの希望を言っても、彼女には何も響かないだろう。

 

「あ、ごめんなさい……。でも、これ以上、私に優しくしないでください。もう、良いんです。全部、私の為なんです……私の、我儘なんです」

 

 そして、姫萩先輩は瞳に涙を浮かべる。

 こういう動機なら、不本意だが俺が頑張るしかないか。

 論理的に諭すのは不可能、偽証して誘導するのも難しいとなると……。

 

「姫萩先輩の事情は分かりました。それでは、約束を守りましょう――」

 

 我儘には我儘で返す、これで行く。

 姫萩先輩の事情だけを聴いた以上、こちらが何も言わないのも不公平(?)だからな。

 俺はPDAを取り出し、右手で高々と掲げた。 姫萩先輩は驚きで、目を見開く。

 

「……!?」

 

「川瀬進矢、解除条件は【A】。クイーン殺しのエース。亡き父の復讐の為にこのゲームに参加している、来年警察官試験を受ける予定でした。そして――」

 

 正しさとは特に残酷な事もある。

 俺もそう思う。

 悪夢から目を覚ましたと思えば、もっと糞ったれで絶望的な現実だったのだから。

 

 そして、今度は無力で絶望している女性にそれでも歩けと俺は言わなければならない。

 閉じた眼を開き、この不条理な世界を見据える事を強制するのだ。

 

「――君を殺す気はない。そんなことしたら、あの世の糞親父に殺される」

 

「か、川瀬……さん?」

 

「とまぁ、そういう訳なので……死ぬのは諦めてください。姫萩セ・ン・パ・イ!」

 

 最大限の力を込めて、姫萩先輩に呼びかける。

 

――嘘つき

 

 と俺の理性のどこかで言った。

 だってそうだろう?

 今回、俺が【A】で姫萩先輩が【Q】だからそうなってるだけだ。

 逆だったらどうしてた?

 答えは――厳密にはそういう状況にならないと、なんとも言えないだろうが、それでも。

 

 俺は、正義というベールに包み隠して自分の我儘を押し通したのだろう。

 

 正しくなくても良い、最善を尽くそう。

 

 このゲームに対して、【組織】に対して、俺がどこまで通用するか分からないが……やれるだけの事はやってみるか。






スミス『1回目のベッドは閉じるよ! 投票してくれた皆はありがとう!』

スミス『男性陣の次は女性陣のベットのターンだよ!』

スミス『女性陣は~全員かな。ヒロイン外すか迷ったけど、問題ないかな』

スミス『奮ってBETしてね!』


矢幡麗佳:3:6.1:3名以上の殺害
コメント:この後に及んで迷いは禁物だと思うけど、出会いが悪かったね

北条かりん:6:6.4:JOKERの偽装機能を5回以上使用
コメント:かれんちゃんの為に頑張って欲しいね。今の偽装回数は秘密だよ☆(最低1回)

綺堂渚:7:4.6:開始6時間以降に全プレイヤーとの遭遇
コメント:彼女の今の心境や如何にだね

姫萩咲実:Q:8.3:2日と23時間の生存
コメント:女性陣の大穴枠だけど……進矢君と出会って倍率落ちるかもね

郷田真弓:?:3.2:???
コメント:ゲームマスターが死ぬわけないだろ!


スミス『1回目のギャンブルは葉月さんが一番人気、ゲーム舞台上では二番人気が葉月さん、一番人気が進矢って事になるよ』

スミス『長沢君を犠牲にしてしまった葉月さんが、これからどうなるか……乞うご期待だね!』


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第十六話 再び立ち上がる

 

 

 

――――――――――――

真の英雄的行為は、驚くほど淡々として劇的でもない。それは人に勝りたいという思いではなく、人に尽くしたいという思いからなされるものなのだ。

アーサー・アッシュ (米国のテニス選手)

―――――――――――――

 

 

 

 

 姫萩先輩は目を見開く。

 俺が【A】だと考えて居なかったんだろう。

 もし、【A】だったら、最初に【Q】のカミングアウト紛いの事をした時点で殺されたと考えて居たとか……ちょっと殺伐とした人生を送りすぎではないだろうか?

 

「か、川瀬さんが……【A】だったんですか!?」

 

「残念でしたね、姫萩先輩。俺は貴方を殺す気はありません……死ぬことを考えるのではなく、諦めて2日と23時間生き延びる方法を考えましょうか。そっちの方が建設的ですよ? きっとね」

 

「……どうして、ですか」

 

 彼女の綺麗な瞳に光が宿る。

 それが、怒りなのか戸惑いなのか哀しみなのか。

 ……いずれにせよ、彼女の気持ちを受け止める資格は俺にあるのだろうか。

 勿論、彼女が自殺しようとしたら止めなければならないだろうが。

 

「理由は言いました」

 

「それなら……どうして……貴方なんですか!?」

 

「……ごめんなさい」

 

 姫萩先輩は力弱く、俺の方を叩く。

 このゲームで、一人で過ごす辛さ……心細さを俺は知らない。

 それでも、彼女は誰かの為の生贄になる為に一人でずっと歩き続けてきた。

 そんな彼女に、この結末はあんまりなのかもしれない……俺が言えた事ではないけども。

 

「それでも、姫萩先輩は生き残るべきです」

 

 ――例え、このゲームで何人死のうとも。

 

 ――生きて帰った後の日常がどんなに灰色だとしても。

 

 そんな言葉が喉まで出てきて引っ込める。

 これは明らかに強者の理論だ。

 俺が彼女にかけるべき言葉は何だろう?

 ……ぱっと思いつかず、俺は口ごもった。

 

「それでも……嫌です」

 

「強情ですね」

 

「だって……それなら、両親の事を抜きにしても川瀬さんの方が生き残るべきだと思うからです」

 

「ストップです。そこから先は不毛な水掛け論ですよ」

 

 対人コミュニケーション経験に自信はない俺だが、これでも接客業を1年以上続けたのと兄弟喧嘩経験は無駄に豊富である。

 その経験からわかるのだが、二つの解決できない要素だけで対立してしまっては、上手く議論が進まない……つまり、感情的な言い合いになってしまう。

 

 そもそも、姫萩先輩は今視野が狭くなっている。

 一つの命題に囚われすぎなのだ。

 すなわち、【生きるべきか、死ぬべきかそれが問題だ】と。

 

「どうすれば良いかなんて、姫萩先輩は既に答えに辿り着いてる。先輩はそれに気づいてないだけです」

 

「答えに、辿り着いている……? 仰ってる意味が……」

 

「ちょっとニュアンスが違いますけど、【Q】が無駄死にすると【A】を巻き添えにしてしまう部分です」

 

「はい、死ぬ前に……やっと見つけた、私のできる事です」

 

「姫萩先輩が自分の能力だけを想定した範囲内ではベストだと思います。でも、元々……一人でできる事なんてたかが知れている。だから……えー、二人でもう一回頑張ってみませんか?」

 

「二人、で……」

 

 静かに俺の言葉を聞いていた姫萩先輩は呟きながらおれを見る。

 彼女は元々ゲームに積極的ではなく、消極的には反対していた。

 

 姫萩先輩は弱いから、自分の力が及ばないから諦めただけ?

 

 そうかもしれない。

 それでも、悪意と欺瞞に塗れたこのゲームに彼女は必要だ。

 だから必然、俺が彼女にかける言葉は一つしかない。

 

「俺一人じゃ、このゲームはどうしようもできない。姫萩先輩の力が必要です」

 

「私……足手まといにしかならないですよ」

 

 俺は立ち上がり彼女に手を伸ばすが、彼女は恐縮して手を伸ばさない。

 俺もまた、この行動が正しいかはわからない。

 立ち上がった結果、より悲惨な結末が待っているかもしれない。

 それでも、何もしないでいるより余程良いはずなのだ。

 

「俺だって、誰かさんの露骨な介入がなければ3~4回はゲームで死んでたんですが」

 

「川瀬さんのように戦う事はできないですし」

 

「直接戦うのは俺が頑張るから、その間に背中を守って欲しいですね」

 

「私に、何かができるとは思いません……」

 

「できるかできないかではなく、やるかやらないかです」

 

 視線が交差する。

 大事なのは意志だ。

 俺はよく失敗する事がある。

 失敗そのものは悪い事かもしれないが、それは挑戦の試行回数が多い事の裏返しでもある。

 失敗すればフィードバックして、次により良い結果を導き出せばいい。

 命が続く限り、それができる筈なのだ。

 ……ゲーム中で何度か死にかけた俺が偉そうに言える事ではないだろうが。

 

「川瀬さん……誰もが貴方のように強くはなれません」

 

「俺が強いかは別として、強くあろうとする事は誰にでもできます」

 

「……」

 

 姫萩先輩の瞳が揺れる。

 俺の理想とする強さは、親父のような正しさを押し通せる強さだけど……正直、全然自信がない。

 先程の綺堂渚に蹂躙された時の記憶は、記憶を取り戻したてだったからこそ半ばトラウマだ。

 

 ――綺堂渚には勝ち目がない。

 

 そんな気持ちはある。

 というか、綺堂渚の事が頭に過る度に俺は震えと共に逃げ出したくなる。

 逃げられるなら、というか……目の前の姫萩先輩を殺して逃げるという選択肢が目の前に一応あるが。

 実行に移す気概はなくても、絶えず悪魔は俺に囁き続けている。

 

「……分かりました。御迷惑でなければ、協力させてください」

 

「交渉、成立ですね」

 

 姫萩先輩が俺の差し出していた手を握り、立ち上がる。

 自分の中の後ろめたさが増えるが、同時に悪い声が聞こえなくなった気がした。

 これでは、どっちが助けて貰う側なのか俺には分からなくなってくる。

 

 そんな俺の想いを知ってか知らずか、姫萩先輩が少し涙ぐんだ瞳で俺を見ていた。

 

「川瀬さんは酷いです……貴方が【A】でなければ、私は諦められたのに……」

 

「それは、奇遇ですね。似たような事を俺も姫萩先輩に感じていた所ですよ」

 

 ……一応真実ではある。

 諦めるつもりはないが、諦める理由が増えるのは勘弁願いたいところだ。

 

「ふふっ、お気遣い頂き……ありがとうございます」

 

「そんなのじゃないと思うんですけどね」

 

 さて、このゲームで一度物理的にボコボコにされてしまったが……記憶喪失になっても、結果として身体は五体満足で済んでるし、生きてるだけでも儲けものだ。

 そして、生きてるからこそ何度でも再挑戦できる。

 

 よし、ここから仕切り直しといこうか!

 

――ぐぅ

 

 ……どこかから、気の抜けた音が聞こえた気がする。

 

「姫萩先輩……このゲーム中、ちゃんと食べてます? 睡眠ちゃんと取ってます?」

 

「い、言わないでくださいぃ!?」

 

 姫萩先輩はカァっと効果音が脳内で聞こえる位に顔を赤らめさせて、手を振る。

 カワイイ……じゃなくて、なんかごめんなさい。

 

 ここからどう動くにせよ、休憩が必要なのは確かだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

『●登場人物まとめリスト(仮)』

 

・安全

川瀬進矢

姫萩咲実

 

・未確認

葉月克己(気のいいおじさんらしい)

長沢勇治(生意気だが、頭の回る子供らしい)

高山浩太(頼りになりそうな精悍な男)

 

・不明

御剣総一(解除条件は【J】、矢幡を守る約束をしている。俺と顔がそっくり。北条かりんを撃った?)

八幡麗佳(解除条件は言動から【3】か【10】と思われる、御剣先輩を殺してないか不安。北条かりんを撃った?)

 

・要救助者

北条かりん(解除条件は【6】、重病で入院中の妹がいる……お金が必要っぽい)

漆山権造(解除条件は【9】、セクハラ親父らしい)

 

・敵

郷田真弓(解除条件不明、解除条件とは別の思惑で動いていると思われる。)

綺堂渚(解除条件は【7】,未遭遇は姫萩咲実と長沢勇治と葉月克己と高山浩太)

手塚義光(解除条件は【8】か【10】か【K】。少女殺害者,交渉の余地無)

 

・死亡確認

色条優希(手塚によって殺害、解除条件は不明。小学生の女の子)

 

 

 

 その後、食事の準備をしようとしたら『そこまではさせられません!』と強く止められた結果、姫萩先輩が食事の準備をしている間に【探偵ノート2】にゲーム参加者を纏めておいた。

 インスタントを中心としたものだったが、俺製作と比較して1.5倍は美味しい気がする。

 このゲームで出会う女子は、料理なんて栄養あって腹に溜まれば良いって言う価値観の破壊者ばっかりか!?

 

「御馳走様でした、美味しかったです。敗北感」

 

「ふふっ、満足して頂けて良かったです」

 

 ……まぁ、食事が楽しみになるのは良い事だろう。

 いや、女の子と二人で食べたから普段より美味しい食事に感じられたという説があるか?

 ……などと考えてると、ふと脳内に綺堂渚の恐ろしい笑みが過る。

 

――記憶喪失中の俺、何やってるんだ?

 

 記憶喪失中の俺の行動の落とし前をつけるのは、記憶を取り戻した後の俺なんだぞ!?

 どうして、あんな行動したんだ馬鹿野郎! と思っても既に後悔先に立たずとしか言えない。

 ……この問題は最終日の俺に任せたいところだ。

 って、いやいやそんな思考……兄貴じゃあるまいし。

 

(と言っても、綺堂渚側が何を考えて俺に接してたのか全然分からないんだけど。そういえば、笑いを堪えすぎると涙が出てくるって聞いた事があるな、それで泣いたのか? うぅ、一応必死だった自分が虚しくなってきたぞ)

 

 女の涙は裏切れないって言葉はあるけど、相手がプロの女優だったら意図して泣けるかもしれないし。

 記憶喪失中には分かってたつもりになってた綺堂渚という人物について、どういう人間か全然分からなくなってきた。

 

 頭を抱えるが、答えは出ない。

 そもそも、俺は1年半前に行方不明になった親父の事を学業とバイトの傍らでずっと探し続けてきただけで……。死んでいる事も覚悟はしていたが、復讐を考えるまでには至っていない――発想を飛躍させすぎなのだ。

 

「……川瀬さん、大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ……すいません。これからが、結構大変だなと思いまして」

 

「そう、ですね。私達以外で、はっきりと味方と言える人も居ないですし……」

 

「ゼロとイチでは、心持ちも大分違いますけどね」

 

「……そうですね。私も、心強いです」

 

 一応、食事中に俺の出会った人物も(綺堂渚の話は長くなるので除くが)姫萩先輩と共有している。

 それにより全プレイヤーの顔と名前は判別することができるようになった。

 特筆すべき点としては、このゲームに俺達の知り合いはいないこと。

 もう一つが――

 

「姫萩先輩、よく郷田に襲われて生き残れましたね」

 

「あの時は、本当にもう無我夢中でした」

 

 姫萩先輩から齎された新情報としては、郷田に襲われていたという事だ。

 ナイフで襲われ、間一髪だったらしい。

 

「手加減されていたとか、そういう感覚は無かったですか?」

 

「そこまでは、分かりません……ただ、あの人が転んでいた事は覚えています」

 

「ふぅむ……なるほど。参考になりました」

 

 違和感はあるが、何かを断定できる根拠ではない。

 ただ、疑念は付きまとう行為だ。

 もう一つ、決定的な何かがあれば……何かを掴めそうな気がする。

 

「他の方がゲームに乗ってるのは怖いですけど……私は少し安心してるんです。ほら、このノートで北条かりんちゃんや漆山権造さんを要救助者って書いてるじゃないですか」

 

「あぁ。別に大した事じゃないですよ。北条さんは妹の為に声を大にしてゲームに乗っている、漆山権造は自分が【9】だと主張してゲームに乗っている。つまり、彼らはSOSを出しながら加害行為に及んでいる。……客観的に見れば要救助者という判断になりますね」

 

「川瀬さんがそう言うのが嬉しいんですよ」

 

「……客観的に見れるのは、撃たれそうになったのが記憶喪失中の俺ってだけかもしれないですけどね」

 

 姫萩先輩の言葉に照れくさくなってちょっと顔を逸らす。

 そもそも、【A】を見捨てられなかった姫萩先輩に言われたくない言葉である。

 ……つまり、スタンスを姫萩先輩に合わせただけで俺が考えた訳ではない……はず。

 

「それに要救助者と書いてるだけで、助けられるかは分からないですよ。俺達は皆大海原に放り出された漂流者のようなものです。辛うじて体力が残っていて、泳げていても、溺れている人間に手を差し伸べれば引きずり込まれるのがオチでしょう」

 

 緊急避難の例で用いられる『カルネアデスの板』の話がつい過り、大海原という表現が浮かんでくる。

 ちなみに、『カルネアデスの板』とは簡単に言えば一人分の浮力がある板と、二人の溺れた人間で板を取り合って相手を殺せば、越した人間は有罪になるか? という思考実験の話だ。一応、日本の法律では無罪という事になるが、実際に殺せば本当に緊急避難になるか裁判で妥当性が論じられる事になると思われる。

 

「つまり、川瀬さんは双方が溺れずに助けられる方法を見つけたいという事ですね」

 

「えぇ。その場合の考え方としては、浮き輪や空のペットボトル等の浮力ある物を投げる。陸や船からロープや人の力で引っ張り上げる……プロの救助者なら後ろから羽負い締めって手もありますね」

 

 この場合、浮き輪や空のペットボトルは解除条件だ。

 北条かりんの場合は『JOKER』と賞金、【K】や【8】ならPDA.【4】や【10】なら首輪になるだろう。【9】や【3】には存在しない……残念ながら。

 

 次に陸からロープ等で引っ張り上げる……そもそも陸という概念がないな。

 ゲームの運営やあるいは視聴者に命乞いをすれば助けてくれるかって言えば違うだろう。

 彼らの慈悲に期待できるかと言えば無理だ。協力させる方法も思いつかない。

 いや、解除条件に拠らずに首輪を破壊なり、無力化する方法がこれか。

 なら、海の上でこれから船をDIYする必要が出てくるな。

 

 最後に背後から羽負い締め……これは相手の無力化だな。

 それ自体は、相手の命を救う事はできないが、少なくとも相手がだれかを殺す事はできなくさせる事が期待できる。

 問題は、無力化の難易度だ。

 大前提として、俺達はプロじゃないし……非殺傷武器で相手を無力化できるのって、スタンガン位だ。

 拳銃相手には不安過ぎる武装である。

 

「――というわけで、状況は中々に厳しいということです」

 

「そう、ですね。一番分かりやすいのは、解除条件が分かってる方に協力する事ですけど」

 

「取っ掛かりとしては、それで良いでしょう。だけど、それでは殺人条件の人はどうしようもない」

 

「はい……でも、川瀬さんは既に何かを思いついてるみたいですね?」

 

「バレてましたか」

 

 まぁ、こんな話はこれからする話の前置きにすぎない訳なのだが。

 ヒントは姫萩先輩と記憶喪失中の俺から編み出されている。

 

「まず、俺達の目的を定義してなかったなと思いました。皆で【よりよい選択肢を作る】ことにしようと思います。これは俺達にもそうですが、ゲームに乗った人達にです。『ゲームに乗るしかない、殺すしかない』と思っている方々にそうじゃない手段を提示し、生き残る方法を模索したいと考えてます」

 

「ふふっ……川瀬さんらしいです。私に対して、言ってくれたみたいにですね」

 

「姫萩先輩の優しさから着想を得ただけですよ」

 

「それは、言い過ぎですってば……」

 

 冷静に考えれば……こんな事を言い合える相手と出会えた俺は物凄く幸運なのではないだろうか?

 そんな事を恥ずかしながらも笑顔を浮かべる姫萩先輩を見て思う。

 

 って、マズイ……この空気は苦手だ。

 そもそも姫萩先輩は俺についていくしか選択肢がない状況な訳だし。

 冷静に考えれば俺って相当卑怯なのではなかろうか?

 

 うーん、ここは良い感じに空気を弛緩させたい!

 何か良いアイディア、良いアイディア……ふと、調理に使っていたボンベ式のガスコンロが目に入り……頭の中で稲妻が走った。

 不敵な笑みを浮かべ、姫萩先輩に話しかける。

 

「話は変わりますが、姫萩先輩……俺って、夏休みの宿題は初日に終わらせるか、遅くても第一週には終わらせるタイプなんですよね?」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「川瀬さん……ほ、本当にやるんですか?」

 

「マジです。大マジです」

 

 軍手をして、右手に握っているのは一本のナイフ。

 それをガスコンロの火に炙り、ナイフは赤々と光を発している。

 家でこんなことをやれば怒られる事は請け合いだ、ちょっと興奮してきた。

 

「そもそも姫萩先輩、目が覚めた時……首に違和感を感じるのって結構遅かったですよね? 重いとも思わなかったんじゃないです?」

 

「は、はい……違和感はありましたが、実際に手で触れるまでは気づきませんでした」

 

「つまり、首輪は相応に軽い金属で作られている。使用日数は3日だから腐食とかあまり気にしなくていい……材質はアルミニウムかその合金であることが考えられます」

 

「い、言われてみればそうですね……でも、他に軽い金属とかないんですか?」

 

「強いていうなら銀とかですが、それも倍以上あるのでアルミニウムと決め打って問題ないでしょう」

 

 そして、幸運にも俺の手元には今、高校化学の教科書がある。

 そこには鉄の融点は1536℃、アルミニウムの融点は660℃。

 つまり、完全に火で炙った鉄のナイフなら、アルミニウムの首輪なんてサクッと切れたりはしないだろうか? と思ったのだ。

 

 ……火傷するかもしれないので、被る用に2Lの水ペットボトルも用意してるけど。

 

「そろそろ試してみるので、手鏡を俺に向けててください。これで首輪が解除できれば儲けものですね」

 

「ど、どうなっても知りませんからね!?」

 

 姫萩先輩は嫌そうに俺に手鏡を向ける。

 いや、怖いのは分かる……というか俺も怖い。

 でも、これで首輪解除できたら、なんというか殺し合いそのものが馬鹿らしくなるじゃん?

 

 なので、俺はやるぜ!

 少なくとも、ゲームの運営者から警告がくるまで自重しないぜ!

 

 というわけで、首輪に赤熱したナイフを近づけ注意深く皮膚に接触しないように斬ろうとしてみる。

 しかし、何度か試しても熱で首がヒリヒリするだけで、首輪が傷つく気配はない。

 

 ……少なくとも、今回の試行錯誤は失敗に終わったと言わざるを得ないようだ。

 そもそも熱伝導的に斬れるようになればアウトだったか? まぁうん。

 

「……これは失敗ではない、上手くいかない方法を一つ発見しただけだ」 

 

「かーわーせさん?」

 

「ひぇ」

 

 負け惜しみ染みた事を言う俺の視界に、姫萩先輩の空恐ろしい笑顔が映る

 怖い。

 どこかの誰かの笑顔と被る。

 ごめん! 見てる側としては怖かったね!

 配慮が足りなかったかもしれないけど、仕方ないんだ!

 

「えー、本ゲームに置かれましては、製作者が正気ではないため、まともな方法で不正クリアはできないと思い、少々無謀な方法を試させて頂きました。姫萩先輩の制止も聞かずに突っ走ってしまいましたが、今後もそのような事が多々あると思いますので、これからもどうかお付き合いの程宜しくお願いします」

 

「しかも、まだやるおつもりですか!?」

 

「……まぁ、はい」

 

 姫萩先輩のオーラに対し、何故か兄貴直伝の言い訳術が炸裂すると姫萩先輩は呆れたように溜息をつく。

 それを見て、俺は不謹慎ながらちょっと安心する。

 あんまり俺が頼りになりすぎると、姫萩先輩は俺に頼りすぎて依存しちゃうかもしれない。

 それは健全な関係ではないと言える……つまり、これは計算!

 俺は悪くない!

 

「もし、似たような事をするつもりなら……事前に私に相談して、私のいるところでやってくださいね?」

 

「はーい」

 

「……」

 

 今、ものすごく呆れられた目で見られている。

 姫萩先輩の評価が下がったような気がする。

 哀しいけど、仕方ないね。

 

 良い感じだ。

 もっと姫萩先輩の評価を下げていこう。

 あんまり女性に期待されると気後れするという事に俺は気づいたのだ。

 これは断じて、綺堂渚の事を意識しての行動ではない……と思う。

 

「そもそも、昭和の脱獄王と呼ばれた白鳥由栄という人物がいるんですが、その人は味噌汁で手錠を錆びさせて外して、間接を脱臼させて、天井を登って狭い天窓を破って脱獄したんです。それくらいの狂気と根気がないと、正規ルール以外の生還は無理だと思いますね」

 

「それは確かに……凄いですね」

 

 姫萩先輩は目を伏せる。

 オタク知識の披露は大抵の場合、女性相手だと退かせる効果がある。

 意図して何やってるんだと思うが、言ってる事は間違ってるわけではないので問題は無いだろう。

 

 そして、もう一つ――

 

「あとは、首輪をどうにかする手段を見つけられないと、姫萩先輩に気後れさせてしまいますからね。やる事は多いですが、俺の命位はついでに拾い上げておかないといけないですからね」

 

「そう、でしたね……ごめんなさい。そこまで気づけませんでした」

 

「いえいえ、姫萩先輩は心配してくださったので、それに対して気後れする必要はないです」

 

 100%俺の暴走なのは事実だ。

 リカバリーできる範囲の暴走しかしないように、心がけてるつもりではあるが。

 

 首輪に関しては次の手を考えていこうか。

 

「さて……一回、睡眠を取りますか……休める時に休んだ方が良いですからね」

 

「今、眠気が割と飛んだんですけど!?」

 

「なんかすいません……」

 

 首輪を外せるかもしれない方法を思いついてテンションがハイになりすぎていた。

 それが実際の真相ではある。

 ちょっと後先の事を考えて無さ過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「一つ、良いですか……川瀬さん」

 

「なんでしょう?」

 

 床は固い。掛ける用の毛布は見つかったが、掛け布団はない。

 先程居た戦闘禁止エリアは遠いし、ちょっと時間が足りない。

 単独行動の時にほとんど眠れなかった姫萩先輩には申し訳ないが、ここは床に眠るので我慢してもらう事とする。

 時間のロスは重いが、極力パフォーマンスは出したいということでの折衷案となった。

 

 姫萩先輩の表情はとても疲れてるように見え、横になったらすぐに夢の世界に向かいそうである。

 ちなみに、俺は見張り兼簡易の警報装置――中身の入った缶を糸に吊るして、揺れたら音が鳴る物――を製作中だ。

 逃げやすそうな場所を決め、横になった姫萩先輩はふと――俺に声をかけてきた。

 

「復讐って、なんですか……?」

 

「……」

 

 できれば避けたかったが、避けるべきではなかった話だ。

 ずっと気になっていて、それでも聞けなかった事なのだろう。

 そういう意味では、姫萩先輩に負担をかけてしまったのかもしれない。

 

 しかし、それは俺自身……答えが定まってない問題で、そして避けられない問題でもある。

 

「今日はもう遅いので、起きたら話しますよ」

 

「私は川瀬さんを……信じて、良いですか?」

 

「……」

 

 誰を信じて良いのか分からない環境で、今の所一番信じられる相手の不安要素。

 不安だったのだろう、という事が察せられる。

 

 俺も答えられない。

 記憶喪失から目覚めたばかりの混乱も残ってるし、俺自身もこのゲームに対しては手探りなのだ。

 自信を持って言える何かは、俺には存在しなかった。

 

「それは、自分で決めてください」

 

「そう、ですか……私は、川瀬さんを――……」

 

 そして、姫萩先輩の言葉は途切れた。

 製作中の警報装置から目を外し、姫萩先輩に目を向けるとかわいい寝息が聞こえてくる。

 どうやら完全に眠ってしまったようだ。

 

(答えは聞こえなかったけど、それでも)

 

 こうして、安心した寝顔を見せているのが何よりも雄弁に答えを語っているように見えた。

 今、自分は重責を背負っている事を理解する。

 

――良いさ、やってやるさ

 

 俺は信じてくれる誰かを裏切れない、それで良いかと俺は思った。



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第十七話 たった一つの冴えたやり方

 

 

「それで……渚ちゃん。いつまで、そうしているつもり?」

 

「……」

 

「渚ちゃん!」

 

「は、はいっ!?」

 

「とりあえず、通信はちゃんと伝わってるみたいね?」

 

 通信で渚の声を確認して、郷田真弓は嘆息する。

 サブマスターである綺堂渚が川瀬進矢に入れ込むのはショーとしては別に構わない。

 だが、ここまで渚の精神的ダメージが大きいとなると、今後の動きに問題が出てくるかもしれない。

 それを確認する為に、郷田は渚に連絡を入れたのだ。

 結果としては黒ーーゲームでは稀に良くあるハプニングではあるのだが、自分の時は安定進行したい郷田である……捌ききる自信は勿論あるが。

 郷田は、渚の心中を察しながら口火を切った。

 

「川瀬進矢を【Q】の元に戻るのは面白い判断だったと思うわ。あそこで、【Q】が殺された場合、手塚義光を殺して首輪解除達成……そうなったら、無難だけどちょっと味気ないものね?」

 

「そう、ですか……それは良かったです」

 

「ふふふ、まるで川瀬進矢があそこで【Q】を殺せないのが分かってたみたいね。それほどまでに、彼を【信頼】してたのかしら?」

 

「……っ」

 

「ふふ、冗談よ。ゲームの円滑な進行の為に、相談しに連絡したわ。何せ、生存者数は未だ11人。戦闘自体は散発的に起こってるけど、ペースとしては遅いものね。一緒にゲームメイキングしましょう? 結構、慣れれば面白いのよ」

 

「……」

 

 画面の向こう側で渚は口を噤むのが見える。

 郷田が渚とゲームを一緒にするのは初めてだが、印象とは全然違うのに少し苛々する。

 

(初ゲーム以前の自分を取り戻した、って所かしら? ゲームマスターとしての昇格はない……のは別に良いとしても、私の査定が巻き込まれるのは嫌ね。となると、私の取るべき行動は――)

 

 今回のゲームは、自分に責が及ぶとしても言い訳の効く範囲だ。

 だから、たまには挑戦的に動いても良いかなと思う郷田である。

 安定進行が好みであっても、客に飽きられてしまえば元も子もないからだ。

 

「あるわよ、渚ちゃん」

 

「何が、あるって言うんですか……?」

 

 さて、あくまで今回のゲームの主導権を握っているのは渚だ。

 今回のゲームにおいて、組織から「〇〇を殺せ」だの「〇〇をしろ」という命令が渚に届く事はない。

 だから、郷田は驚愕に染まる渚の表情を見ながら、彼女を葛藤する方向で誘導することに決めた。

 それが一番観客が盛り上がる方向性だと郷田は確信したのだ。

 

「それは勿論、組織を裏切らず、川瀬進矢が生き残り、貴方の家族も救われるかもしれない。そんな、ハッピーエンドがね」

 

「――え? そんな方法……」

 

「信じられない? 聞いたら納得すると思うけど」

 

 渚が組織を裏切るか、裏切らないか……そのギリギリを見据えた上での最善の解決策を提示する。

 全てはショーの為に――郷田は皮肉な笑みを浮かべるのだ。

 

「貴女は咲実ちゃんから【Q】のPDAを奪い取り、進矢君に殺されなさい。それで、悪い人間は退治され、良い人間が生き残る。……最後は幸せなキスをして終了。 ……どう? 素敵なエンディングだと思わない?」

 

「それ―ーは――」

 

「もしかして、何か申し開きの余地があると思ってる?」

 

「っ……! ありま、せん……」

 

 沈痛な面持ちで渚は項垂れる。

 流石に死ぬのは怖いのか、あるいは他の感情があるのか……そこまでは郷田には分からない。

 それでもその姿から、組織側の現場に出る人間とゲームの一般参加者に大きな違いはない事を郷田は再確認する。ゲームマスターであっても、”黒幕役”という役職を割り振られた参加者に過ぎないのだ。

 

「よく考える事ね。これから組織の手先として生き続けるか、己の罪に押しつぶされて死ぬか」

 

「……郷田さん、は――どうして、そこまで平然と言えるんですか?」

 

「貴方位の時だったかしら……私は組織の手先として生きる事を選んだ。それだけの事よ」

 

 一時はどうなるかと思ったが、このゲームの主旨はこれから始まったばかり。

 

 郷田はこれからのゲームの道筋を脳内で描きながら、己の想いを口にした。

 激流を起こすのは自分、だが起きてしまった激流は郷田にも止められない。

 

「組織の手先として生きるのなら、そうね……ゲーム開始48時間までに進矢君の目の前で咲実ちゃんを殺して【Q】を奪う。最終日に進矢君と殺し合い……が無難なところかしら?」

 

「姫萩咲実さんを殺す……?」

 

――極限状態の選択こそが、このゲームを最も盛り上げるのだ

 

「殺したいと思ってるでしょ? 渚ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の人を仲間にしましょう!」

 

「……どうしたんです? 急に?」

 

「急にじゃないです、本当の緊急事態ならできましたが、もう無理です。プロの救急隊や医療従事者は顔色変えずにできるのすごくないですか? 俺、医療関係には絶対に就職しません……」

 

「そこまで嫌なら、わざわざ毎回包帯を取り換えなくても構いませんけど……」

 

「いやいやいやいや、化膿したりして熱でも出たらどうするんですか!? 病院に行ける環境なら入院するだけで済むかもしれませんが、この状況なら普通に死にますよ! 共倒れしますよ!」

 

「そこはちゃんと考えてるんですね」

 

 俺が焦って捲し立てると、姫萩先輩は自分の黄色いリボンを結びなおしつつ、困ったように呆れたように笑う。 ゲーム開始から約32時間、休憩を終えた俺達は食事を食べて、姫萩先輩の包帯を取り換えた後は魂の叫びをした。

 二次元なら憧れてたんだが、なんというかこう……ナマモノ厳禁!

 こういうのは特別な関係の二人がやるべきですね。いや、保守的過ぎるか?

 あるいは俺のプロ意識が足りないのかもしれない。

 

 考え込んでいると俺に姫萩先輩の呆れたような声が届く。

 

「それに、このゲームにはもう安心して背中を預けられる女性の方はいませんよ?」

 

「えーと、綺堂渚、矢幡麗佳、北条かりん、郷田真弓……本当ですね。絶望的なラインナップのような気がします」

 

 どうにかならないかと、各女性の名前を挙げながら、彼女達の顔を思い出そうとするが……凶行に及んでる冷たい表情しか浮かばない、怖い。

 

「だから、諦めてください」

 

「……ぐぬぬぬぬ」

 

 姫萩先輩はにっこりとした笑顔絵で無慈悲に宣告する。

 その言葉で俺は全てを悟った。

 

 あー……はいはい、これはあれですね。

 狼狽えてる俺を生温かい目で見てますね。

 お子様だなぁとか思ってる奴だね。

 仕方ないだろ、高校生男子なんて健全だったらただの猿なんだが!?

 文句あるか!? と喉まで言葉が出てくるが姫萩先輩に文句言っても、墓穴を掘るだけだな……。

 

 状況が悪すぎる、話を変えよう。

 

「茶番は此処までにするとして! そろそろ2階が戦闘禁止になるまで、残り3時間……3階まで上がりますかね」

 

「そう、ですね。すいません……私の所為で、動きが遅くなりました」

 

「体調が万全だった方が良いので、これが最速です。俺も、自分の考えをまとめる時間を貰えましたからね。動きに問題はありませんか?」

 

「はい、おかげ様で走る事もできそうです」

 

「なら良し、今は時間が追ってますから……細かい話は上でしましょう」

 

 解除条件を伴わない生還方法、俺と綺堂渚の因縁、15億円の確保の方法、このゲームに乗った人々を止める方法……話さなければならない事は沢山あるが2階が進入禁止になるのは残り3時間、共有するには時間がない。

 移動距離から考えて、安全マージンはある程度考慮しているが、トラブルがあればギリギリになりかねないのである。

 

 ……ん? 振り返りの途中で、変な事を一緒に考えていたような? まぁいいか。

 

 気を取り直して、俺は姫萩先輩にこれからの事を告げる。

 

「自分が先行して罠の確認と前方確認をするので、姫萩先輩は後方確認と地図の確認をお願いします」

 

「はい! 任せてください」

 

「ということで、こちらが自分のPDAです。どうぞ」 

 

「え、えぇ!?」

 

「地図を見るのは、俺のPDAの方が情報量が多いですからね。致し方ないです」

 

「そうでしたね。分かりました、責任を持って預かります」

 

「……あんまり気負い過ぎないでくださいね」

 

 俺が姫萩先輩に【A】のPDAを手渡すと、彼女は両手で抱きかかえるようにPDAを持つ。ちょっとお前そこを代われ……じゃなくて、反応が仰々しいぞ。いや、【Q】が【A】のPDAを持つと考えれば気持ちは分からなくもないが。 

 

 さて、自分の位置を表示する【GPS機能】は俺の【A】のPDAにダウンロードされていたが今はソフトウェアを更に追加している。姫萩先輩と休憩していた部屋から【地図拡張】と【現在階層の進入禁止までの時間を表示する追加機能】の二つを新しく見つけることができたのである。

 【GPS機能】との兼ね合いから、【地図拡張】は【A】に、【現在階層の進入禁止までの時間を表示する追加機能】を【Q】にダウンロードした。バッテリー消費も極小なので、恐らく入れ得な追加機能と判断したのもある。

 進入禁止までの時間を表示する機能はあれば便利程度の機能だが、地図拡張は倉庫や戦闘禁止エリア等の部屋の名前が地図に追加され有用な追加機能だといえるだろう。

 

 だが、ソフトではなくメンタル面で一つ問題が発生した。

 【A】のPDAで地図を見て【GPS機能】を使っていると、なぜか綺堂渚の笑顔や二人で話した会話の内容が浮かんでくるのである。確かに、この【GPS機能】は綺堂渚が無理やり俺のPDAにダウンロードしたものだが、自分でも気づかない内に心に負った傷は深刻なのかもしれない。

 自分のPDAを使うのは精神的に辛いと判断し、基本的に地図の操作は姫萩先輩に任せる方針でいる。それを姫萩先輩に伝えてはいないけども。

 

「でも、万が一分断されることを考えて、私の【Q】のPDAを持っておきませんか?」

 

「そこは、携帯に地図を写真撮ってるので大丈夫です。あ、ついでにこちらもお渡ししますね」

 

「……? 鍵、ですか?」

 

 次に俺が姫萩先輩に渡すのは鍵だ。

 これは追加機能のソフトウェアと一緒に見つけた、手錠と鍵のセットである。

 なんでこんなものが? と思ったが、一応殺人に手を染めるつもりのない自分たちにはそこそこ便利な道具のような気がする。

 実際にこれを付けて殺し合いをするとなると、馬鹿で滑稽のような気もしなくはないが。

 

「さっき見つけた手錠の鍵です。危険人物の拘束には心もとないですが、無いよりはマシだと思いまして」

 

「なるほど、川瀬さんが手錠を繋いだら鍵を持った私が離れてれば良いんですね? でも、川瀬さんが危険すぎるんじゃ……」

 

「危険人物を殺す、或いは放置するわけにはいかないから仕方ありません。その時に最善と思える方法を取りましょう……これで拘束できる人は一人なので、根本的な解決にはなりませんけどね。姫萩先輩はそれでいいですか?」

 

「良いか悪いかなら良くないですけど、他の方法を思いつきません。すいません……」

 

「そうですね。たった一つの冴えたやり方が、どこかに転がっていれば良いんですけどね」

 

 もしもそんなものがあったなら、迷わず飛びつきたい位である。

 だが、このゲームを運営している人間はそれを許しておらず、このゲームには存在しない概念だ。

 社会もそうだ、どこかに存在する正しい絶対的な概念というのを探し求めた事もあるが、そんなものは存在しない。騙し騙し、その時や場合に応じた努力を続けるしかない。

 

「偉そうに言いましたが、俺の手も二本……二人で生きて帰るだけで、精一杯な事かもしれませんけどね」

 

「……川瀬さん」

 

 姫萩先輩が心配そうな表情で俺を見る。

 うわー、気分落としちゃったかな? ちょっと、弱気になって申し訳ない。警察官が弱音を吐いたら、市民を不安にさせてしまうから、最悪な状況であっても瘦せ我慢でも強気でいるしかないという親父の言葉を思い出す。 言うのは簡単でも実践するの難しい、しっかりしなければ……と思いながら修正する言葉を考える。

 

 そんな俺と、顔を上げて俺を見据える姫萩先輩と眼が合った。

 

「――二本じゃないです」

 

「え?」

 

「腕が二本で足りないのなら、私の腕も使ってください!」

 

 姫萩先輩の力強い言葉に数瞬、あっけにとられる。

 ……あぁもう、俺は失敗ばかりだな。

 無意識の内に姫萩先輩を足手まといだとか、そんな風に思っていたのが態度に出てしまっていたのかもしれない。

 

 我が家の鉄則、誤ったら謝ろう……ダジャレじゃないです。

 

「姫萩先輩に謝罪しないといけないかもしれないですね」

 

「どうしてですか?」

 

「無意識の内に要救助者だと思っていたので」

 

「と、とんでもないです……! 実際に、怪我をしてますし、足手まといですし!」

 

「なんで卑下し始めるんですか……」

 

 謝ろうとすると姫萩先輩は急にあたふたして、俺を止めようとする。

 姫萩先輩が自分に自信が無いタイプなのはなんとなく理解したが……それでも、何とかこのゲームに抗おうとしたいのだろう。

 ならば、俺のするべきことは謝罪じゃないのかもしれない。

 

 となると、言うべき言葉は――

 

「そうですね、警察官は事件現場に向かう時はバディを組むものですからね。改めてよろしくお願いします! 姫萩先輩!」

 

「……! はい! よろしくお願いします、川瀬さん!」

 

 お互いに笑いあいながら、バディを結成する。

 さて……ゲーム開始から随分と時間が経ってしまったが、この殺人ゲームに挑ませてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください! 姫萩先輩!」

 

 歩くこと、十数分。

 通路の先に地面に広がる血痕、壁と壁を伝うワイヤー……そして、何かを被せてる毛布を見つける。その何かというのは、なんとなく想像がつくので俺は後ろからついてきている姫萩先輩を呼び止めた。

 

「どうしました?」

 

「多分、二人目の犠牲者です」

 

「そんな……!?」

 

 ここまで生存者数は【11名】から変わっていない為、二人目の犠牲者である可能性が濃厚だ。記憶を取り戻してからの初めての現場検証か、良い気持ちはしないな。

 記憶喪失中の俺が3階に行った時とは異なるルートを使っている為、ルート次第では綺堂渚と遺体発見していたかもしれない。そこはIFを考えても仕方ないが。

 

「とりあえず、確認しにいくので姫萩先輩は警戒をお願いします」

 

「川瀬さん……私も」

 

「姫萩先輩、俺が遺体を見て精神的ショックを受けたら、誰が俺を宥めてくれるんです? 二人同時に錯乱したら目も当てられないですよ」

 

「そうですか、分かりました」

 

 一緒に行こうとする姫萩先輩を止めと、不満そうに彼女は頷いた。

 その場で思いついた言い訳だから、見透かされている可能性もある。

 気持ちは嬉しいけども、彼女にあんまりそういう事に関わって欲しくないのかもしれない。

 

「今回は騙されておきますね」

 

「……ありがとうございます」

 

 そういう内心はバレバレだったようだが。

 

 

 

 

 

 

 

「被害者は長沢勇治、中学生……死因は何度も殴られた事による撲殺。首を斬られていますが、出血量から死後に斬られたものだと思われます」

 

「首、まで……そんなの惨すぎます」

 

「解除条件、でしょうね」

 

 姫萩先輩は少し手を震えながら、自分の首輪を握っている。

 無理もない反応だが、少し眩しいなと思う。

 ……俺としては、殺人ゲームに巻き込まれた現状、自分で殺すのは禁忌だが、既に死んでる死体の首を斬るのはギリギリ許容範囲か悩んでいるからだ。

 

――勿論、良いか悪いかの二択なら悪いに決まってるんだけどな

 

 首を斬った人間も、おそらくそういうスタンスだったのだろう。

 死んだ長沢勇治の首はタオルでくるまれており、目は閉じられている。

 首のない身体の方も、手を組ませて姿勢を整わせている。

 このような行動は犯罪心理学において、罪悪感があったと見なして構わないだろう。勿論、このゲームの狂気に呑まれて、今後そのような行動を取らなくなる可能性は十分にあるが。

 

「災害でも戦争でも、弱い立場の人間から死んでいくのは嫌になりますね」

 

「はい……」

 

 意気消沈した姫萩先輩を見て思う。遺体を平気で見れる俺自身すら――姫萩先輩から見れば異端の存在なのかもしれない。

 少し悲しくなりながらも、残念ながら時間がないため情報の共有を進めていく。

 

「まず、殺した人間はあの金髪の男――手塚義光です。周囲に小銭が転がっているのと、帽子が落ちていました」

 

 あの小銭を使った牽制攻撃を見たのは綺堂渚と手塚義光のみ、綺堂渚は犯行時刻から考えて長沢勇治が亡くなった時間に俺と一緒に居た筈だ。帽子と合わせて、そこは確定で良いだろう。そして、手塚義光は長沢勇治を殺した後、別の人間に襲われて帽子を失いつつ小銭で牽制して逃亡……この流れが一番しっくりくる。手塚の解除条件候補は【8】【10】【K】、これでは絞り切れない。

 そして、手塚を襲った人間かその後に来た人間が首を切断したという流れになる。解除条件は【4】の人間となる。……消去法で犯人候補は絞れるけど、大人の誰かだろうか。シリアルキラーのプロファイリングなら、切断面が汚いから犯人は医者か肉屋じゃないって評価を下すべきなのかもしれないが、医者や肉屋でも専用の凶器じゃないとこんな切断面になる可能性もある。保留しとこう。

 

 ついでに言うなら、長沢の遺体の先にある通路はワイヤーがぎっちり張られていて、隙間にはトラバサミの罠があった。長沢勇治の片足には、トラバサミが挟まっていた為、罠に誘い込まれたものと思われる。

 ……以上の分析により、手塚義光は知能と身体能力の両方が高い凶悪犯罪者ってところか。俺の技もきっちりラーニングされたし、俺もしたけど。

 考えたくないが、二回目の遭遇で牽制射撃に留めたのを後悔する時が来るかもしれない。そんな時がこない事を願いたい。

 

「……現場検証結果はこんな所ですね」

 

「よ、よくそこまで分かりますね」

 

 俺が簡潔に報告をまとめると、顔を青くした姫萩先輩が引き気味に頷いた。

 犯人の所業に引いてるのか、それを纏めた俺に引いてるのかこれだけでは分からない。

 ……まぁ、俺が引かれても仕方ないんだろうけども。

 

「親父なら――プロならもっと上手くやりますよ。それを目指してた訳ですしね」

 

 事態は深刻だが、それだけに囚われてもいけない。

 なので、俺は話を変える事にした。

 

「川瀬さんは……お父様の事、尊敬されてるんですね」

 

「あ-……尊敬はしてるかなぁ」

 

 そして、俺は話の逸らし方を誤った事に気付く。

 正直に言って、俺が親父に抱いている感情は複雑だ。

 思春期だからというのもあるが色々あるのである。

 

「?」

 

「こっちの話です。尊敬してますよ、はい」

 

 ただ、尊敬しているのは事実なのでそういう回答になった。

 その辺の事情も、落ち着いたら話せれば良いなとは思うが……。

 綺堂渚が俺の親父を殺した目算が高い以上は、むしろ深いところまで離さなければならないのかもしれない。

 勿論、後でということになるけども。

 

「姫萩先輩は――いや、なんでもないです」

 

 問い詰められると怖いので、それとなく姫萩先輩に話題を返そうとしたが、途中で彼女の地雷を踏むんじゃないか気づき俺は途中で止めた。

 姫萩先輩は父親が人が良くて騙された結果、心中したという重い過去がある。

 記憶があってもなくても、俺ってデリカシーがないのだ……悲しい。

 

 そんな懸念を吹き飛ばすかのように、姫萩先輩は俺の言葉に対して朗らかに笑って答えた。

 

「私はお父様の事大好きですし、尊敬してますよ」

 

「……敵わないですね」

 

 芯の強さという意味では、俺は敵わないのかもしれない。

 別に勝ち負けではないのだから、良いのだけども。

 

(父親……か)

 

 ふと、頭に過る。

 それは綺堂渚もそうなのかもしれない、と。

 この殺人ゲームがインターネットでよく見る、“ショー”であると仮定する。ショーであるかは分からないが、目的は娯楽である可能性が高いとは思っているが。

 その場合、綺堂渚が父親によって背負わされた借金か何かで、殺人ゲームに複数回参加し俺の親父を殺す。そして、俺が親父の仇討ち要員として、綺堂渚の対抗存在として呼ばれる……ふむ因果が回る、というか運営が回しているというところか。

 そして、それは今回のゲームだけではない、終わりなき憎悪や悲劇の円環のようで……ゾッとしない想像のように思える。

 

「……だったら、頑張らないとですね」

 

「はい!」

 

 悪い想像を振り切り、姫萩先輩に話しかけると、力強い返事が返ってきた。

 その言葉に不思議と気持ちが落ち着くのを感じる。

 俺もまだまだだな。

 

 その後、毛布を掛けられた長沢勇治に二人で手を合わせるとルートを変えて、今度こそ3階への階段に移動しはじめた。



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第十八話 二人の背負うもの

 

―――――――――――――――

他人のために出来る最高の事は、自分の財産を分け与える事ではなく、相手の持つ財産に気付かせること。

-ベンジャミン・ディズレーリ (英国の政治家)

―――――――――――――――

 

 

 

「流石に手鏡を使って曲がり角の先を確認するのは、警戒しすぎではないですか?」

 

「……ここから先は銃が普通にある領域なので、これくらいした方がいいですよ。相手が先に移動している自分たちに気づいて、通路に出た瞬間銃撃を受けたら死ねます。臆病であることは大事なことなんです、恐怖に負けなければね」

 

「そう、ですね……ごめんなさい」

 

「謝る必要は無いですけど」

 

 紆余曲折がありつつも、俺たちは無事に3階に到着した。

 ここまで待ち伏せがないということは、拳銃という武器を重く見て早く上に行った人間が多いということだろうか?

 1階が進入禁止になった時点で、死亡した人間がいない事から一安心しつつも……激戦が後回しになっている現状に歯がゆさも思える。一応、剣道経験者である自分からすれば、弱いとしても下層の方が有利が取れた筈なのだ。

 

 さて、3階に入ってから、数十分経過……特に遭遇もないため【地図拡張機能】も有効利用して倉庫から銃器を回収した。

 姫萩先輩に銃を持ってもらうのは、俺としても不本意ではあるのだが……致し方ないか。

 

(でも、背中を怪我しているんだから、上手く撃てないかも)

 

 上手く撃てない方が良いのでは?

 と思ってる俺は甘いだろうけども、そう思わずにいられない。

 とはいえ、このゲームに身を置く以上は俺も最悪を考えなければならない。

 

 この場合の最悪とは即ち、俺が死んだとしても姫萩先輩一人で生きのこれる方法を伝授することである。

 

「一旦、ここで休憩としましょうか。その前に銃の撃ち方を教えますが、俺も見真似ですけどね」

 

「じゅ、銃の撃ち方……ですか?」

 

「すいません、本当は教えたくないんですけどね」

 

「い、いえ……お願いします」

 

 憂いを含む姫萩先輩の言葉に申し訳なさを感じつつも、木箱の上に空き缶を置いてそれを的にする。

 

「と、言っても俺もプロじゃないんですけどね。仮でお手本をお見せします」

 

 そう言って、十分な距離を取り空き缶に向けて銃を構える。

 昔、親父から学んだ通りの銃の構え方をする。

 問題ない、教えて貰った当時は玩具の銃だったとはいえ、本職である親父からの指導もあるから構え方に関してはそこそこの自信がある。

 

(そういえば、俺の記憶を蘇らせたトリガーも拳銃だったっけか)

 

  つまり、それだけ元々の俺に印象深い物だったということだ。

 最後の一押しだっただけというのもあるかもしれないが、我ながらドン引きである。

 相当昔、誕生日プレゼントで親父からモデルガンを買ってもらったんだっけ……懐かしいな。それが警察としての親父の支給品と同じモデルでお揃いだ―とかはしゃいでいた記憶がある……尚、お母さんはドン引きしてた。すっかり忘れてたな。

 

 懐かしい気持ちになりながらも、俺は姫萩先輩に一通り教えていく。

 と言っても、基本中の基本だけだが。

 

「今は、ある程度相手の方向に向かって撃てれば良いです。牽制射撃だけでもできれば、相手がこっちを殺しにくくなります。撃つのも一発で良い、0と1は大きく違いますからね」

 

「な、なるほど……」

 

 姫萩先輩は強張った表情でぎこちなく傾く。

 やはり抵抗感は大きいか……気持ちは分からないが理解はできる。

 だから、ハードルを可能な限り下げているのだ。

 

(それだけじゃ、足りない時もいずれ来るだろうけどな)

 

 相手を狙って撃たない、そのやり方でも暫くは牽制射撃として機能するだろう。

 だが、それは今が二日目だからであり……全域が戦闘禁止になるまで余裕があるからである。

 時間が迫れば迫るほど、リスク度外視で戦わなければならない場面が出てくるし……【Q】の姫萩先輩はそこから逃れる事はできないのだ。

 

(この場合、真っ先に思い浮かぶのは【J】の御剣先輩との協力だが……果たして、今どうしていることやら)

 

 生きている事が確定したので自分と瓜二つな顔が過るが、生きている事以外は北条かりんを撃った可能性がある事以外は何も分からない。

 堂々巡りになりそうな思考を打ち切り、銃を両手で持ち逡巡している姫萩先輩に声をかける。

 

「じゃあ、早速……試してみましょうか?」

 

「撃たないと、駄目でしょうか?」

 

「駄目です」

 

「……」

 

 姫萩先輩は銃を手にして深呼吸する。

 少々強引だったかとは思うものの、これくらいの強引さは必要だと割り切る。

 間違ってるのは、俺なのかこのゲームなのか分からなくなってくる。

 それでも、姫萩先輩は意を決した表情で銃を缶に構える。

 

 全身に震えが見えるが、姿勢等は俺の教えた通りだ。

 姫萩先輩は息を止め、ゆっくりと引き金を引いた。

 

――パァン!

 

 乾いた銃声が鳴ると、空き缶から離れた方角の壁に銃痕ができる。

 それを確認した姫萩先輩は息を荒げて、銃を持つ手を降ろして座り込んだ。

 

「お疲れ様です、大丈夫ですか? 背中痛みますか?」

 

「いえ……違うんです」

 

 流石に心配になり、駆け寄った俺に姫萩先輩は否定の言葉をかける。

 彼女の顔は先ほどよりも青くなり、震えも強くなっていた。

 銃を床に置いて、両手で自分を抱きしめるようにして、姫萩先輩は言葉を吐き出した。

 

「簡単、だったんです。引き金が重いとか、反動が強いとか……そういうのじゃなくて、思ったより大したことないなって。そう思ってしまった自分が、怖いんです。……怖くて、怖くて……たまらないんです」

 

「……姫萩先輩」

 

 自分の心に言いようのない鈍い衝撃を受ける。

 彼女の言う事は正しく、綺麗で……そして、この場で生き残るのにそぐわないものだ。

 自分が間違っているとまでは思わないけれど、銃の撃ち方を教えて良かったのかわからなくなってくる。

 

「大丈夫ですよ、姫萩先輩」

 

「川瀬、さん?」

 

 だから、これから言う俺の言葉は気休めであり、罪悪感を薄めるだけの言葉に違いないのだ。

 それでいて、本心でもあるから厄介なのだが。

 

「今の気持ちを、姫萩先輩が忘れなければ……きっと、大丈夫です」

 

 状況に適応しなければ生き残れない。

 でも、変わらないで欲しい。

 都合の良い考えではあるが、俺の中での素直な感情だ。 願望と言い換えてもいいかもしれない。

 

「やっぱり、川瀬さんは凄いですね」

 

「そんなに大した話じゃないですよ。俺と姫萩先輩の違いはシンプルなものです」

 

 しかし、無理やりでも姫萩先輩には自分でゲームを生き延びて貰わなければならない。

 このゲームは俺が守れば生き残れるという類の生易しいものではないのだ。

 だから、彼女が生き残るには強くなる必要があるのだ。

 

 姫萩先輩の横にしゃがみ込む。

 

 ……強さ、一言で言うのは簡単だが、簡単に身に付けれるものじゃない。

 一度目を閉じて、自分の今までの軌跡を思い出す。 

 

「俺は親父の背中を追い続けて、今ここにいます。ここがどれだけ地獄でも、その道標があれば戦えます。ですが……それは俺の生きる理由なので、姫萩先輩とは関係のない事です」

 

 目を開くと、姫萩先輩は俺の話を静かに聞き入ってる。

 思えばこんな話をしたことは家族にすら殆どなかった。

 姫萩先輩に強くなって欲しい為とはいえ、俺自身思ったより心を開いてしまっているのかもしれない。

 

「それでも、姫萩先輩は自分の足でここまで来れました。なら姫萩先輩自身の生きる理由がきっとある筈なんです。それを思い出してください、その想いがあれば……きっと最期まで戦えます」

 

 ……生き残れる、とは言えなかった。

 だが、生存とは意志だ……それは間違いないと思う。

 そして、姫萩先輩なら自覚がないだけで大丈夫……な筈だ。

 まだ出会って数時間だが、そこは彼女の事を信じたかった。

 

「私は……」

 

 そのように考えて居ると、姫萩先輩は意を決した表情になり、俺に手を伸ばした。

 そして、両手で俺の右手を握った。

 

「……ふぇ?」

 

「川瀬さんを信じたい、です!」

 

「え、えーと……その、先輩?」

 

 姫萩先輩の手はひんやりしてて心地良い。

 綺堂渚の手と手の荒れ具合は変わらないが、柔らかい手――って何考えてるんだ俺!?

 

 一瞬、遠くに行きかけた思想を理性で引き戻したが、現実の把握に時間がかかる。

 大丈夫か? 俺の顔、赤くなったりしてない?

 

「その、嫌なら良いんですけど……」

 

「いいいい、嫌とかじゃなくて……ですね!?」

 

「そうですか、良かった」

 

 安堵したように、姫萩先輩は微笑する。

 その笑顔は綺麗ではあるけど……俺は何も良くないんですが!?

 何だろう、俺はさっきまで真面目な話をしていたような気がするんだが……どこで方向性を間違えたのだろうか。

 

「川瀬さん、こういう反応もするんですね……かわいいです」

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 悔しい心中が口から洩れたが、少し冷静になった。

 女子が男子に言う可愛いは今までの経験上、『異性として見てないけど、好感はあるよ』程度の意味だ。

 過去の失敗経験が無ければ舞い上がっていたかもしれない、危ない危ない。

 

 嬉しいけど、嬉しいけど! ここは心を鬼にしよう。

 

「一般論として……一般論として! こういう時に、誰かに依存してしまうのは危険だと思うので、一時的には良いですけど……もっとちゃんとした目的が見つければ良いかなと、俺は思いますね! はい」

 

「ふふふ……そうですね。でも、これが私の生きる理由です。変える気はありませんよ」

 

「……なんで、こんな時に限って意志が固いんですかね」

 

「大丈夫です。ちゃんと私にも理由があります」

 

 俺を握る姫萩先輩の手に力が入り、ほのかに熱を帯びてくる。

 そして、姫萩先輩は遠くをみるかのように視線を俺から外した。

 

「私も、川瀬さんと一緒です。お父様は詐欺に遭ってしまったけれど……それでも、お父様の言葉を信じて誰かを信じようとずっと努力してきました。信じて酷い目にあう事も多かったけど……それでも。諦めたくありませんでした」

 

 ゆっくりと、噛み締めるように姫萩先輩の言葉は紡がれて俺は言葉を挟めない。 手にかかる力はさほどではないが、その手を放すことはできず。

 視線を変えて俺を真正面から見る姫萩先輩、俺は静かに彼女の言葉を聞き続る……ことしかできなかった。

 

「そして、私にとっては今がその時です。だから、川瀬さんと一緒に……戦わせてください」

 

 想定してなかった言葉に胸が思わず高鳴ってしまうが……落ち着こう。

 俺たちはまだ出会って数時間、お互いの事を殆ど知らないはず。

 そ、それに俺にはもう心に決めた人物が……ってそういう話じゃないし、記憶喪失中の俺と混線しちゃってるよ!?

 

 脳内が軽くパニックになるが、こういう時は一旦一呼吸を置くべきだと思う。

 

「分かりました。落ち着きましょう、姫萩先輩……俺が悪い人で姫萩先輩を騙している可能性がまだ残っています」

 

 言ってて、自分が変な事を言ってる自覚はある。

 他の言葉を思い浮かばなかっただけと言えばそうだけど、どっちかと言えば逆か?

 俺が姫萩先輩に騙されている可能性を考慮した方が良いのでは?

 ほら、他に大金を手に入れて父親を騙した奴に復讐したいとか、大金を手に入れて新しい幸せを探すとかそういう目的で良いじゃないか!?

 

「ふふっ……変な川瀬さん。私は抵抗しませんよ?」

 

「抵抗して!?」

 

 ……こ、こうなるのは見えていた訳で、この話を続けると俺の分が悪すぎる。

 姫萩先輩が銃を持つプレッシャーは緩和したということで、望みから明後日の方向に飛びすぎてしまったとはいえ、目的は大体達成されている。

 

 ……うむ、相手の立場になって考えてみよう。

 よく考えれば姫萩先輩の生存確率を考えたら俺に全賭けするのは合理的なのかもしれない。

 

「そもそも? 信じるも信じないも、まだお互いの事をそこまで知らないですからね」

 

「そうですね、私としてはもっと川瀬さんの事を知っていきたいです」

 

「大した人間じゃないので、お手柔らかにお願いします……」

 

 女性にグイグイ来られるのは人生二回目なので、言葉が結構ドモっている気がする。

 尚、一回目は綺堂渚である……両方ゲーム中じゃないか?

 

 脳裏に綺堂渚の笑顔が浮かぶ。

 そうだ、俺は復讐という目的があるので、青春展開をする余裕がない筈!

 もう十分だ、話を変えよう。

 そうだ、諦めるな……きっと突破口がどこかにあるはずだ。

 

「は、話は変わりますが! 自分たちの解除条件って【A】と【Q】じゃないですか……本ゲームが恣意的に参加者を配役してると考えると、明らかに関連のある人物が一人いるんです!」

 

「関連のある人物……ですか? それは、綺堂渚さんじゃなくてです?」

 

「そうです。そして、その人物とは御剣総一先輩です」

 

 そのように俺は言い切って見せたが、姫萩先輩はポカンとして首を傾げている。 完全に心当たりが無さそうだ。

 推理外したか? 自信はないが、話を逸らすために続けてみよう。

 

「ほら……解除条件【Q】と一番相性良いのが【J】、一番悪いのが【A】。俺と御剣先輩は顔がそっくり、【A】が【Q】を襲い、【J】が【Q】を守る……そんな仕込みが行われていた可能性があります!」

 

「それ、川瀬さんが【A】の時点で破綻してませんか?」

 

「そうですけど! 話を続けさせてください! 俺は【A】だけど、因縁は【7】の綺堂渚にあります。そして、姫萩先輩にも御剣先輩にも因縁はない。だけど、御剣先輩と顔はそっくり……なら、姫萩先輩と御剣先輩に何かしらの関係があるものと邪推します」

 

 ある程度このゲームの参加者を把握した今だから言える事だが、もし序盤から【7】【J】【Q】でがっちりチーム組まれてたら俺は苦戦を強いられてたと思う。綺堂渚と信用勝負して勝てる自信はない……真っ向勝負でも勝ち目は無いが。

 まぁ、IFを考える必要はないか……今大事なのは、姫萩先輩と御剣先輩の関係性だ。どういう形であれ、何かしらの深い関わりがありそうな気がするのだが……。

 

「うーん、川瀬さんとそっくりな人なんですよね? 全く、思い浮かびませんが……」

 

「なるほど、顔と名前でピンとこない。ならば、予想してみましょう」

 

 考えろ……考えろ川瀬進矢。

 今、大事な事は姫萩先輩の俺への好意を逸らさせる事だ。

 これは別に俺がヘタレだからとか、そういうのじゃなくて……現状、俺の死亡率が高いであろう事に起因する。

 最悪の事を考えて、俺は姫萩先輩に生きる目的を作らさなければならない。

 

 えーと、何かヒットしそうだ。 そうだ、確か昔兄貴と一緒にプレイしたゲームで――

 

「かつて将来を誓い合ったけど、長い年月を経て忘れてしまった! ……これですね!」

 

「いや、これですねって……どういうことですか」

 

「恋愛物でよくある、片方だけ忘れずに約束をずっと想い続けているが、もう片方はケロって忘れてるタイプの奴ですね。終盤位に思い出す奴です、多分」

 

「随分、ふわっとしてますね!?」 

 

 姫萩先輩に完全に心当たりがないのに、関係性をでっちあげるならこれ以外思い浮かばなかったから仕方ない。

 幼稚園~高校生レベルでずっと一緒でそのまま付き合ってる人なんて、俺は見たこと無いし……俺自身、幼馴染と言えそうな人物は男ばかりで、イジメを期に縁を切っている。

 

「う~ん……思い出してみましたけど……全く、心当たりないですね」

 

「つまり、片思いなんですね」

 

「違います! そういう事実は無いって事です!」

 

 頬を膨らませて反論する姫萩先輩は可愛い。 さすがにアニメやゲームじゃあるまいし、そんな事は無いだろう……俺も冗談半分だ。

 

 どうやって話を畳もうかと考えると、俺の手を握る力が強くなった。

 

「仮にそんな過去があったとして、新しい恋の方が素敵じゃないですか?」

 

「俺は幼馴染を応援する派です! 幼馴染は負けない!」

 

「力説するって事は、川瀬さんにそういう相手が居るって事ですか?」

 

「そういう訳じゃないですが、負けた方に感情移入しちゃうタイプなんです!」

 

「あっ、それはちょっと分かるかもしれません」

 

 実際、俺は普段負ける側なので、負ける側の気持ちしか分からないと言い換えても良いが。

 

 ……結局、姫萩先輩と御剣先輩の関係は分からないままか。 何かあると思ったけど、気のせいかもしれない。

 あるいは、俺も綺堂渚の件で組織に教えて貰うまで、知らなかったように……本人達も知らない何かがあるかだが、今は追及のしようがない。

 

 ……そろそろ頃合いかな。

 そう思った俺は、姫萩先輩に言った。

 

「それで、どうですか? 緊張は収まりましたか?」

 

「え? あ、そういえば……そう、ですね。落ち着いたと思います」

 

「それは良かった、申し訳ないですが先に進む時間が来たようです」

 

 姫萩先輩は手を放す。

 彼女が名残惜しそうに手に意識を向けているのを見ないフリしつつ、PDAの地図を確認する。

 

 3階に上がって分かった事だが、おそらく各階が進入禁止になるのは9時間毎だ。となると、今日中には4階――理想を言えば、5階には到達しておきたい。不確定要素が大きいので、努力目標ではあるけども。

 

 ――何の為に戦うか、か

 

 生存者は未だ【11人】を維持しているが、何時減るか分からない。

 綺堂渚と握り合った手の温もり、そして姫萩先輩の手の温もり。

 どちらも俺は覚えてる。

 

 だが、幾ら頑張った所で、俺の手は二つ。

 意志は砕けなくても、自分の命を含め守れる物には限りがあるに違いないのだ。

 

 先手、先手で動こうとは思っているが……ゲームが終わる頃に何人生き残れるかは分からない。

 

 それでも戦わなければならない。 ゲーム開始前からの俺の目的の為、俺を信じてくれる姫萩先輩の為――そして――

 

――あれ?

 

(どうして、その中に綺堂渚が入っているんだ? おかしくないか?)

 

 今更、本当に今更ながら……自分の中で大きくなっている存在に気付く。

 そもそも、綺堂渚とは一体何者なのだろう?

 自慢じゃないが、人間観察能力はそこそこあるつもりだ。

 

 だが、俺の人間観察能力には一つ大きな欠点が存在する。

 一度でも、自分が好きになってしまった対象には上手く作用しないのだ。

 この欠点に気付くまで、3回恋愛で痛い目に遭ってしまったのでそれは間違いないと思う。

 

 それでも、頭を振り絞って綺堂渚の事を纏めようと……

 

「どうしました、川瀬さん? 誰かが亡くなられたとか?」

 

「あ、いえ……そういうのじゃないですけど」

 

 不安そうな姫萩先輩の声で俺の思考は現実に引き戻される。

 心なしか以前より距離が近くなった気がして、少し心が高鳴るのと……罪悪感。

 ……罪悪感!?

 

(もしかして、いろんな意味で修羅場!?)

 

 そんな事はない、妄想が強い事甚だしいのだが……何故か俺の脳が警鐘を鳴らした。

 違う、冷静に考えたらそんな状況になる筈がない。

 姫萩先輩はあくまで純粋に俺の事を信じようとしてるだけで……あったとして精々吊り橋効果という長続きしない代物だ。そして、綺堂渚は組織側に近しい親父の仇である。

 

「えーと、親父の仇と思われる綺堂渚について考えていました」

 

「そう、ですか……このゲームで私と会うまで、ずっと一緒だったんですよね? どんな人だったんですか?」

 

 そういえば、姫萩先輩には他の人の情報はすべて話しているが、綺堂渚についてはナイーブな話だからと話題にするのを避けていた節がある。 だから、そう聞かれるのも当然な訳なのだが……。

 

「……良く分からない」

 

「そう、ですか……」

 

 言いずらい雰囲気を察したのか姫萩先輩はこれ以上何も言わなかった。 想像してる言いずらさとは全然ベクトルが違うだろうけど。

 

 うーん……一人で勝手に舞い上がっているだけのような気がしてきた! いや、待て……今嫌な想像をした。

 

「ただ、彼女の強さは桁違いです。だから、もし遭遇する事になったら、俺が綺堂渚の相手をするので姫萩先輩は全力で逃げて――」

 

「嫌です」

 

「勝てる見込みが――」

 

「絶対に嫌です」

 

「……姫萩先輩の為に言ってるんですが」

 

「なら、私が残るのも私の勝手ですね」

 

「おかしい、姫萩先輩の押しが強い」

 

「それなら……川瀬さんのお陰ですね」

 

 銃を撃つ前までの、怯えはどこに行ったのやらである。

 姫萩先輩は満面の笑みで俺の言葉を何度もぶった切った。

 勿論、これが空元気を多分に含んでいるのは想像に難くないが……どうやら、やり過ぎてしまったようだ。 心強さは、感じるけども……。

 

「俺は多分、姫萩先輩の思うような人間じゃない気がしますけどね」

 

 姫萩先輩に信頼を向けられる度、考えてしまうのだ。

 彼女の為なら、俺は誰かを殺せてしまう。

 

 そして、こうも思っている。

 不殺でこのゲームを終わらせる事はできないと。

 

 つまり、彼女を守る為に、彼女の信頼を裏切らなければならないのだ。

 

(あと、15億必要なんだったっけか……我ながら、本当に度し難いよ)

 

 



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