『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活! (IXAハーメルン)
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第一話

アルファとカクヨムにも投稿していますが、せっかくアカウントを作ったのでこちらでもデータ保存用兼新話執筆用として投稿しようかなと
アルファの執筆機能死ぬほど使いにくいんですよね


 突然隣の山田がナイフを振るい、私の足を浅く切りつけた。

 無様に転び、泣きそうになる。

 

「え……!?」

「それじゃ、あとはよろしく!」

 

 手を伸ばし助けを求めるも、アイツらはニコニコ笑顔で走り去ってしまった。

 奥からはドスドスと強烈な足音を立て、私をぶち殺そうと嬉々として駆け寄ってくるオーク。

 

 死ぬ、のか。

 

 本当は探索者なんてやらず、幸せに暮らしたかった。

 普通の家族と笑ったり喧嘩したりして、友達とスイーツ店巡りをしたかった。

 

 それが現実は、十五になってそうそう、こんな場所で何も出来ずに死ぬ。

 

 はあ……本当に最悪だ。

 拾い集めていた希望の実を一気に口へ放り込み、最後の晩餐を終える。

 

 サクサクと青臭く、苦く、渋く、酸っぱい。

 食べるドブが人生最後とは、我ながら悲しいものだ。

 

 希望の実は食べると一日分の食事が不要になるほど、栄養とカロリーがある。

 その代わり吐きそうなほどまずいが。

 

 希望の実を食べ尽くせば、目の前にいるのは絶望のみ。

 

『グオオオオオオオッ!』

 

 高々と掲げられた石斧。

 ああ、最後にショートケーキ食べたかった……

 

 

「あ……お金ない……」

 

 財布を天高く掲げ、硬貨が一枚たりとも転がり落ちてこないことを確認する。

 なんてことだ。施設から貰った大切なお金だったのに、人生で2度目となる憧れだったショートケーキやら、スイーツやらに全部使い切ってしまった。

 だって夢だったんだ、お腹いっぱい甘いものを食べるの。

 

 夢なら仕方ない、誰も見ていない中一人頷く。

 

 人々があくせくと行き来する中、公園のベンチでこの先どうするか頭を抱える。

 

 私は結城フォリア、現在住所不定の15歳だ。

 色々あって母親から保護され児童養護施設にいたのだが、15という年齢になり多少の金と共に追い出され今に至る。

 名前から分かる通りハーフで、見た目だけは整った外国人に見えるらしい。

 だから何だって話なのだが、そんなことよりお金をくれ。

 

 本当は働き場所も決まっていたのだが、なんだか工場長がねちっこく私を見てくるのが気持ち悪くて、直ぐに辞めてしまった。

 ごめん、誘ってくれた人。

 

 さて、この先どうするかという話だが、いくつか選択肢がある。

 ソープに沈むか、バイトを掛け持ち生き延びるか、命を懸けて探索者になりダンジョンへ潜るかだ。

 

 いやはや、栄養不足で15だというのに小学生ほどの身体をしている私がソープなどに行けば、恐らく数日持たずに死ぬのが目に見えている。

 バイトもそこまで体力が持つとは思えない。

 

 だが、その体力不足を解決するのが、ダンジョンへ潜ることだ。

 詳しいことは知らないが、三十年ほど前に異世界と繋がった? らしく、世界各地にぽこじゃかとダンジョンが生まれた。

 その中で戦えば魔力が染み渡り、どんどん身体が強くなる……らしい。

 

「ダンジョンで鍛えて、体力を付けてからバイトをする……完璧」

 

 ダンジョンでとれるアイテムや素材は高価で取引されるらしいが、私がそこまで強くなれるとも思えないし、最低限の体力をつけれればいいのだ。

 ダンジョン内には食べられるものが生えているらしいし、それを食べれば食費もかからない。

 

 なんて天才的なんだ、自分の考えに拍手を送りたい。

 スニーカーの紐をキュッと結び、気分一新その場から走り去った。

 

 

「えーっと、新規登録……ですか?」

「うん、お金一円もないから」

「……お母さんとか呼んできてくれるかな? 小学生一人だと登録できないのよ」

 

 ようやくたどり着いた探索者協会、受付の女性が眉を顰める。

 カウンター……だと頭しか出ないので、椅子に立って交渉をするが、困った顔で拒絶されてしまう。

 

 なんてことだ、完全に小学生だと思われている。

 お母さんは今どこに居るかもわかりません、多分ソープに沈んでいますとは言えない。

 困った……

 

 するとカウンターの裏から、筋肉モリモリのゴリラっぽいハゲが現れた。

 凄い筋肉だ、ぴくぴくしてて気持ち悪い。

 

「おう、どうした園崎」

「あ、マスター。その、この子が探索者になると言って聞かなくて……」

「探索者にならないと死ぬ。本当に無一文」

「ふむ……《鑑定》 なんだ、もう十五じゃねえか、登録できるぞ」

「嘘ぉ!? 《鑑定》……あ、本当だ……申し訳ありません、今から登録しますね!」

 

 なんと筋肉ゴリラのおかげで窮地を免れることが出来た。

 ありがとう筋肉ハゲゴリラ……ハゲゴリラは失礼かな、筋肉にしよう。

 

 それにしても鑑定、か。

 きっとスキルという奴なのだろう。あまりになじみがなさ過ぎて失念していたが、確認方法があるなら最初からそうしておけばよかった。

 

 スキルという奴は始めてダンジョンに入ると、ステータスと共に必ず付与されるらしい。

 その中でも鑑定は基本的かつ必須なスキルで、真っ先に皆が取ると知り合いの万丈が言っていた。

 私もダンジョンで食べ物を漁るのなら取るべきだろう、お腹壊すと困るし。

 

 名前、年齢、住所は無しと伝え暫く待てば、一枚のプレートが手渡された。

 伝えたことだけが書かれている,簡素な金属の板。だがこれが冒険者の証。

 登録は無料だ。レベルの高い探索者というのは一般人と比べ、絶大な力を振るうことが出来、それを生み出すために各国が躍起になっているから。

 

 なんだか体力をつけるために来ただけなのに、こうやって持ってみれば不思議な実感がわいてくる。

 取り敢えずバイトを掛け持ちできるくらい体力つけて、お腹いっぱい甘いものを食べるために頑張ろう。

 

「お嬢ちゃん」

 

 カードをリュックに仕舞うと、突然筋肉が話しかけてきた。

 

「なに?」

「事情は知らんが探索者は過酷だ。それだけの価値があり、国も目を逸らしているとはいえ、最初の一年で三割が死ぬ……これで包丁でもなんでもいい、身を守れる武器を買ってこい」

「え……? いいの?」

 

 筋肉が手渡してきたのは、一枚のお札。

 ケーキがニ十個位買える、凄い大金だ。

 

 私が二度見するとニカっと白い歯を見せ、陽気に笑う筋肉。

 やっぱりこの筋肉はすごい良い奴だ。



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第二話

「これください」

「まいどありー」

 

 ちゃららっちゃらー

 フォリアは 金属バットを 手に入れた!

 お金を7000円失った!

 

 昔施設に来た卒業生の、木戸さんにやらせてもらったゲームの音声が、脳内に鳴り響く。

 ナイフや包丁はもっと安く手に入るが、切れ味の手入れや接近して戦うとなれば危険が危ない。

 そこで適当に振っても威力がそこそこあって、手入れも不要、その上振る事に特化した小学生用金属バットを手に入れた。

 

 本当はこの一万で安いホテルでも借りて、バイト面接した方が良かったのだろう。

 でも筋肉の笑みを思い出すと、彼を裏切るようなことはしたくなかった。

 

 大人用の奴も考えたのだが、値段が跳ね上がるのと重かったので諦めた。

 まあこれで護身は十分だろう。

 さあ、早速ダンジョンにれっつごーだ。

 

「えいえいおー」

 

 掛け声を上げたら、横のサラリーマンに凄い見られた。

 ちょっとぞくぞくした。

 

 

 今日私が向かうのは、最低難易度であるGクラスの花咲ダンジョンだ。

 スライムとかネズミがたくさんいるらしい。

 

「君、本当にひとりでダンジョンに入るつもり?」

「え? うん」

 

 ダンジョンへの侵入許可を待っていると、後ろにいた三人組が話しかけてきた。

 男二人、女一人のパーティで、近くの大学生らしい。

 一人で並んでいる私を心配して、俺達のチームに入らないかと誘ってくれた。

 

 気遣ってくれるなんて、多分いい人たちだ。

 体力をつけるためとはいえ、確かに一人で潜るのには不安があった。渡りに船という奴で断る理由もなく、それを受け入れる。

 男二人は茶髪と金髪、女は金髪だったのでもしかしたら、私と同じハーフなのかしれない。

 

 

「それじゃあ、入ろうか!」

『おー!』

 

 リーダーだという金髪の山田、その声に合わせ皆で掛け声を上げる。

 

 遂にギルドの登録証を見せ、迷宮探索の許可が下りた。

 これからは他のダンジョンであっても、自己責任で侵入することが出来る。

 

 踏み入れたダンジョンは、どこかじめっとした草原だった。

 その瞬間、無機質で電子的な音声が脳内に鳴り響く。

 

「……! ステータスオープン」

 

―――――――――――

結城 フォリア 15歳

LV 1

HP 2 MP 5

物攻 7 魔攻 0

耐久 11 俊敏 15

知力 1 運 0

SP 10

 

スキル

悪食 LV5

口下手 LV11

―――――――――――

 

 凄い、本当にステータスが出てくるんだ……!

 自分自身不思議に思う程、この超常現象に素直に感動していた。

 耐久が高いのは良く母親に殴られたからで、速度が高いのは多分こっそりご飯を食べていたからだろう。

 

 三人の大学生もワイワイと、スキルがどうだとか、ステータスが高いだとかで互いに騒ぎ合っていた。

 遂に手に入れた能力、そして初期値として渡されているスキルポイント。

 ここまでは話に聞いていたままだし、定石通り鑑定を皆でとって、私たちの冒険は始まった。

 

 

 ……と、これがここ一週間での出来事だ。

 皆で朝に集まって、一時間ばかしダンジョンに潜る。

 互いの身の上話なんてこともして、両親を頼る箏の出来ない現状も話したら、大西……金髪の女は泣いてくれた。

 

 食事は迷宮内に落ちている、希望の実という種で過ごしている。

 渋くて苦くて酸っぱくて、更にドブのような匂いがする。いや、もはや食べるドブと言っても過言ではない。

 でも栄養が大変豊富で、ダンジョン内で食料が尽きた時は、これを見つければ生き延びれると言われている、大変凄い実なのだ。

 

 まあ本当に不味いので、私以外は誰も食べていないだろうが。

 

「なあ、そろそろFランクのダンジョンに潜ってみないか?」

 

 お金は山分けと、互いに不満もおそらく少なく、平穏なダンジョンライフを過ごせていた。

 男その2、もとい飯山がそう切り出すまでは。

 

「え……でも危ない……」

「大丈夫だって、俺達ならいけるよ!」

「確かに……ここでちんたらやっているより、上のダンジョンでレベル上げした方が効率いいよな」

「そうね! スライムとネズミばっかで飽きてたところだわ!」

 

 流石に危ないだろうと止めたのだが、三対一では分が悪く、Fランクである落葉ダンジョンへと行くことに決まった。

 他の三人と比べ基礎的な力のない私は、この時点でレベル3。他の三人は10を超えていたので気が大きくなっていたのだろう。

.

.

.

 

「ハァ……ハァ……! こんなにヤバいところだなんて聞いてねえぞ……!?」

「ま、まって……私はっ、レベル低いから……!」

 

 後ろから爆音を上げ、巨大な斧を片手に走ってくるオーク。

 俊敏こそある程度はあるが、体力も低くレベルも劣っている私では、三人を追いかけるのがやっと。

 少しでも足を縺れさせれば、このまま捕まって死んでしまうだろう。

 

 やはりというべきか、Gランクの踏破すらしていない私達ではステータスが足りず、落葉ダンジョンでまともに攻撃が通ることは無かった。

 無謀だったのだ、何もかもが。

 

 皆の顔が恐怖に引き攣り、どうにか逃げようとジグザクに走り回る。

 しかし匂いで追いかけているのか全く撒ける気配もなく、このまま死ぬのか……そんな雰囲気が漂い始めた。

 

 その時、大西が山田に何かを耳打ちした。

 飯山にもそれを伝え、にやりと笑う三人。何か逆転の一手を思いついたのかもしれない。

 

「ね、ねえ! なんか思いついた?」

「ええ、最高の案がね……!」

 

 ひょいと大西がナイフを抜き取り……一閃。

 私の太ももを浅く切りつけた。

 

「え……!?」

 

 驚愕、そして激痛。

 そのまま地面を無様に転がり、痛みに呻く。

 一体何で……!?

 

「ごめんねぇフォリアちゃん。貴女スキルも習得しないし、基礎ステータスもよわっちいから要らないのよ。元々肉壁として確保したわけだし、なんか表情変わらないのも不気味なのよねぇ。まあ追放ってことで、あとはよろしく!」

 

 あとから分かった事だが、本来パーティを組む場合経験値がパーティメンバーにも流れるらしい。

 その分経験値の取り分が減るとかはなく、みな平等にレベルアップすると。

 

 そう、私のレベルは3で三人のレベルは10超え。

 つまり元からパーティメンバーとして組んでいたわけではなく、有事の際の肉壁として確保されていたにすぎない。

 いや、もしかしたら最初は打算ありきの好意だったのかもしれないが、天涯孤独な身の上などを知って、使い捨ててもバレないことに気付いたのかもしれない。

 

 どちらにせよ私は、ゴミ屑の様に捨てられたわけだ。

 

 手を伸ばし助けを求めるも、アイツらはニコニコ笑顔で走り去ってしまった。

 奥からはドスドスと強烈な足音を立て、私をぶち殺そうと嬉々として駆け寄ってくるオーク。

 

 死ぬ、のか。

 

 本当は探索者なんてやらず、幸せに暮らしたかった。

 普通の家族と笑ったり喧嘩したりして、友達とスイーツ店巡りをしたかった。

 

 それが現実は、十五になってそうそう、こんな場所で何も出来ずに死ぬ。

 

 はあ……本当に最悪だ。

 拾い集めていた希望の実を一気に咀嚼し、最後の晩餐を終える。

 希望の実は食べると一日分の食事が不要になるほど、栄養とカロリーがある。

 その代わり吐きそうなほどまずいが。

 

 希望のみを食べ尽くせば、目の前にいるのは絶望。

 

『グオオオオオオオッ!』

 

 高々と掲げられた石斧。

 ああ、最後にショートケーキ食べたかった……

 

『希望の実の特殊効果による、レベル10以下の復活判定が行われます』

『失敗』

『失敗』

『失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗……成功』

 

『称号 生と死の逆転 を獲得しました』

『ユニークスキル スキル累乗 LV1 を獲得しました』

『スキル 経験値上昇 LV1 を獲得しました』

 

 脳裏に響く不思議な音を聞いて、私は気絶した。



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第三話

 夢を見た。

 まだ両親をパパ、ママと呼んでいて、普通の家庭だった時の夢。

 多分小学生になるより前、初めてショートケーキを食べた。

 二人共笑顔で……

 

 

「――ろ、起きろお嬢ちゃん!」

「……あ」

 

 目を開くと真っ白な光が突き刺さり痛い。

 火にも炙られていないところを見ると、地獄ではなさそうだ。

 死んだ私はどうやら、天国にいったらしい。

 

 光になれれば、目の前にいたのは筋肉。

 なんてことだ、天使というのは凄い美女やイケメンではなく、筋肉ムキムキのハゲゴリラだった。

 衝撃の事実に口を開ける。

 

「天使は筋肉ハゲゴリラだった、これは小説の一文になるかもしれない」

「誰が筋肉ハゲゴリラだコラ……その様子じゃ体調に何か問題はなさそうだな」

 

 どうやら私は別に死んでいないようだ。

 筋肉曰く私は落葉ダンジョンで倒れていたところを、偶然通りかかった探索者によって救出、教会へと運び出されたそうな。

 ここは教会に併設されている無料の医療施設、探索者が強力な存在なので国が金を払っているのだ。

 

 どうしてあんなところに潜ったんだ、筋肉は私に怒るが、私だって本当は入りたくなかった。

 事情を説明したが、パーティの正式な登録をしていないなら、その証明は難しいと渋い顔で告げられた。

 そんな気はしていた、でなきゃあまりに躊躇が無さすぎる。

 ああ、人間なんて信じるんじゃなかった。

 

「これからどうするんだ? ……お前がその気なら、協会の職員として推薦状を書くのもやぶさかじゃないが……」

「いや、探索者としてこれからは一人でやっていく」

 

 筋肉の話はあまりにありがたすぎる申し出だったが、私だってクマムシくらいのプライドはある。

 ゴミみたいな扱いをされて、少し、いや結構傷付いたし、あいつらは絶対に許せない。

 でも今の私だと雑魚だ、多分切り掛かったらその場で肉袋になる。

 

 だから頑張る。

 今までは体力をつけるだけが目的だったけど、強くなる。強くなってあいつらをボコす。

 えーっと強い奴が偉いってのは……焼肉定食? そう、焼肉定食の摂理に従って、私は己の欲望のままに奴らを喰らってみせるのだ。

 

「そうか……ほら、これお前の武器だろ?」

「おお、愛しの金属バット」

「悪くない選択肢だ。遠心力を利用すれば弱くてもそこそこの威力が出るからな」

 

 筋肉にも褒められた。

 人に褒められたの久しぶりかも、えへへ。

 

 

 まだ体調も完璧じゃない、ここで休んでろ。

 筋肉はそう言ってこの部屋から去っていった、協会の支部長らしく忙しいのだろう。

 

 さて、人が居なくなったところで確認することがある。

 死ぬ直前か直後か知らないが、聞こえたあの音とスキルについてだ。

 

「ステータスオープン」

 

 

―――――――――――

結城 フォリア 15歳

LV 3

HP 10 MP 15

物攻 11 魔攻 0

耐久 23 俊敏 29

知力 3 運 0

SP 0

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 lv1

 

 

称号

生と死の逆転

―――――――――――

 

 やはりというべきか、あれは夢ではなかったらしい。

 気になるのは当然『スキル累乗』『経験値上昇』『生と死の逆転』だろう。

 目の前に出たウィンドウを突けば、各々スキルの詳細も確認できる。

 

―――――――――――

 経験値上昇 LV1

 パッシブスキル

 経験値を獲得する時、その量を×2倍

 

 スキル累乗 LV1

 パッシブ、アクティブスキルに関わらず、任意のスキルを重ね掛けすることが出来る

 現在重ね掛け可能回数 1

 

 生と死の逆転

 死を乗り越え、運命を切り開いた証

 称号獲得者に『経験値上昇』と『ユニークスキル』を付与

―――――――――――

 

 成程、このへんてこなスキルや称号たちは、私が死んで生き返ったから手に入ったようだ。

 確か希望の実でLV10以下復活判定だとか言っていたから、そのおかげだろう。

 

 しかし希望の実で生き返るとは、今まで聞いたことがない。

 いったいどれほどの低確率なのか、一個や二個食べたから大丈夫です、という物でもないだろうし、LV10以下でないと判定も出ないとなれば、今まで誰も知らなかったのも当然だ。

 要するに私は、最後の最後に悪運があったという訳らしい。

 

 累乗、るいじょー……ぎりぎり覚えている。

 学校で学んだ、同じ数字を掛け合わせると凄い大きい数になる奴だ。

 序盤は足し算が上でも、続けていけば足し算なんか足元にも及ばない桁になるらしい。

 

 ……もしかして

 

「『スキル累乗』発動、対象『経験値上昇』」

 

 もしかして、もしかしてだ。

 例えばこの『スキル累乗』を発動して、経験値上昇が『×4倍』になったとしたら……

 

 『スキル累乗』のLVが上がって、重ね掛けの回数が三回、四回と増えていく時、二倍が四倍、四倍が八倍、八倍が十六倍……ちょっとその先は計算できない。

 算数は苦手なのだ、そもそも勉強できないけど。

 

―――――――――――

 

経験値上昇 LV1

 パッシブスキル

 経験値を獲得する時、その量を【×4倍】

 現在『スキル累乗』発動中

 

―――――――――――

 

「は、はは……!」

 

 心臓が、震えた。

 涙がとめどなく溢れ、全身に力が漲る、

 

 私は今、銀杏塩辛に覆われた現実を払拭する、とんでもない力を手に入れてしまったかもしれない。



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第四話

 とんでもない力……かもしれないと分かれば人間現金なもので、早速試したくなってしまった。

 金属バット、というのもなんだか寂しいので名付けてエクスカリバー、いや、カリバーを握りしめベットから飛び上がる。

 迷宮ではボスなどから強力な武器が産出するが、その他にも自分の武器を使いこめば、その分強力になるという話を聞いたことがある。

 カリバーは私の愛バットとして名前を轟かせてもらおう。

 

 さあ、迷宮だ。いざ迷宮、今すぐ迷宮だ。

 もうそれしか今は考えられない。

 廊下を早足で抜け、階段を降り……

 

「あら? 貴女目覚めたのね?」

「……?」

 

 突然見知らぬ女の人が話しかけてきた、新しい宗教加入かもしれない。

 こういった手合いは慣れている、うちにも毎日のように来ては、知らないと追い払っていたから。

 無視と放置、王道の一手だ。

 

「あ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! アンタ助けてあげたのあたしなのよ?」

「え……そうなんだ。ありがとう」

 

 命の恩人だった。

 深々と頭を下げ、しっかりと感謝の意を伝える。

 お礼はしっかりしなさいと、兼崎先生に教わったのだ。

 

 穂谷汀(ほたになぎさ)と名乗ったその人は、顔の美醜は良く分からないけど、凄いスタイルのいい人だった。

 しかも一人でダンジョンなんて危ないと、一緒に潜らないかと、膝を曲げて顔を合わせ提案してくれた。

 いい人そうだし、もろ手を挙げて喜ぶ……ことは出来ない。

 

 思い出すのは、大西の歪んだ表情。

 一週間とはいえ一緒に戦った仲間を、何の慈悲もなく切り捨てる人間。

 ああ、だめだ。どうやら私は残念ながら、他人を心から信用するのが恐ろしくて恐ろしくてたまらないらしい。

 いつ背中から斬られるのか、壁としてぞんざいに扱われてしまうのか、頭の中をぐるぐるしている。

 

「ごめん、自分一人でがんばる」

「そう……じゃ、じゃあ電話番号あげるわ! 何か困ったらここに電話してね!」

「電話持ってない……」

 

 私の言葉を聞いて痛々しいものを見たような、何とも言えない顔になる穂谷さん。

 暫しの無言が続き、土日にはここに来るから、何か困ったら話してねと言って彼女は去っていった。

 

 いい人だ。

 信じれない自分がちょっと情けない。

 ……んんっ、何とも言えない出会いだったが、それはともかくとしてダンジョンに行こう。

 勿論今回はFランクの落葉ではなく、Gランクの花咲ダンジョンだ。

 

 

 草むらの影、透き通った見た目の蠢く粘液。スライムだ。

 足音を消し、ゆっくりと近づいて……

 

「ほーむらーん」

 

 スコンッ!

 

 両手でカリバーを握り全身を使い、振り回す様にかちあげる。

 見事スライムの中心を捉え、そのまま真っ二つに。ついでに軽く踏み潰してスライムは絶命した。

 

 本日10匹目、さらに経験値四倍となっているので実質四十匹目のスライム。

 当然経験値もたんまりと入り

 

「来た!」

 

 脳内に響き渡る、無機質で電子的な音声。

 これで通算四回目、漸く訪れたLV5のレベルアップ音だ。

 気を付けないと鼻息荒くなってしまう程度には、テンションが上がってきた。うほうほしてきた。

 

 どうして私がこんなに興奮しているのか、それはレベルとSPの関係だ。

 単純に言えばSPはレベルが5の倍数の時、一定数付与される。

 勿論強力なスキルのレベル上げや習得には大量のSPが必要で、高レベルに成程SP自体も豊富に貰えるらしい。

 

「ステータスオープン」

 

―――――――――――

結城 フォリア 15歳

LV 5

HP 18 MP 25

物攻 15 魔攻 0

耐久 35 俊敏 43

知力 5 運 0

SP 10

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 lv1

 

 

称号

生と死の逆転

 

装備

カリバー(小学生向け金属バット)

―――――――――――

 

 確実に成長していることを、自分でもはっきりと理解してきた。

 走ってもすぐに息が切れないし、最初は何度もバットを振り下ろして倒したスライムが、今では一撃で四散する。

 ちょっと頭もよくなったかもしれない、分かんない。バカのまんまかも……

 

 取り敢えずSPが手に入った、それが一番重要なのです。

 スキルという物は多岐に渡って、剣術などのオーソドックスな物ならば、スキルレベルごとにどんな能力になるのか知れ渡ってる。

 

 しかし一方でユニークスキルやレアなスキルは、どうなるかいまだ不明なものも多い。

 ユニークである『スキル累乗』、死に戻りという厳しい条件の『経験値上昇』は、そのどちらも情報が全くない。

 ここに来る前ネットカフェで頑張って手書き検索したのだが、一切情報が出てこなかったので、スキルポイントを振るのはなかなか度胸が居る。

 

 鑑定と同じく、基本的なスキルならSPによる習得も可能だ。

 今はあえてこの二つに触れず、戦闘能力の充実をするのも手だろう。

 むむむ、これはちょっと悩むぞ……ちらっ

 

―――――――――――

スキル累乗LV1→LV2

必要SP:100

 

経験値上昇LV1→LV2

必要SP:10

―――――――――――

 

『経験値上昇がLV2に上昇しました』

 

 ……はっ!?

 

 数値を見た瞬間、勝手に指が動いてしまった。

 上昇が上昇して面白い、空高くまで飛んでいけそう。

 好奇心とレベルアップの興奮を求める自分を止められなかった、だってレベル上がるのが早いほど強くなれるに決まっているし、きっとこれは間違っていない。

 

 別に自分のスキルへ他人がどうこう言う訳ないのだが、つい誰かへ弁明したくなってしまった。

 うむ、上げてしまったものは仕方ない、仕方ないのじゃ。

 どれどれ、どれだけ変わったのかな……

 

―――――――――――

 

 経験値上昇 LV2

 パッシブスキル

 経験値を獲得する時、その量を×2.5倍

 

―――――――――――

 

 50%の上昇。

 最悪1%刻みで上がるなんて思っていたが、神様というのは案外私に甘いらしい。

 6.25倍の経験値上昇、ぞくぞくが足から脳天へ登る。

 もし、次上がれば経験値効率は9倍、その次は12.25倍……!

 

 おっと、ダンジョン内だというのに、つい気持ち悪い笑みを浮かべてしまった。

 

「スライム……倒す……!」

 

 ぶんぶんとカリバーを振れば、相棒も私の着々と増す力に唸り声をあげる。

 重くて振る度に掌が痛かったのに、今では長年の相棒もかくやという程馴染み、強力な一撃を放てるほどになった。

 

 七日間毎日一時間狩り続けて、漸く上げた2レベル。

 しかし今の私は、たった一時間足らずでその結果を上回る戦闘をこなした。

 さらに今後戦えば戦う程、私の成長はより飛躍的に跳ね上がる。

 

「行こう」

 

 戦おう、もっと。

 

 

 その後日が暮れるまでカリバーを振り回し、私のレベルはあっという間に10まで上昇した。



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第五話

「スライム倒してきた」

 

 合計107個、小指の爪程しかない大きさのスライムの魔石を袋に詰め、カウンターに乗せる。

 スライムのは濁った灰色だが、より強い敵に成程鮮やかに、各属性の色を宿す様になり高価だ。

 とはいえスライムの魔石も沢山拾えて使えば消滅する電池みたいな扱いで、一個20円で買い取ってもらえる。

 

 ダンジョンが生まれて三十年ほど、魔導力学の発展は目覚ましいもので、既に電力であった半分は魔力で補われていた。

 

「あら……一人で頑張ったの?」

「頑張った」

 

 最初に小学生扱いしてきた女、園崎さんが目を丸くする。

 昨日までは何度もスライムをカリバーでしばいて漸く討伐、一時間で数匹狩れればいい程度だった。

 当然カウンターの彼女もそれを知っていて、私の成長速度に驚いているようだ。

 

 ふふん、まあ余裕だったね。

 2140円、今までのなかでもぶっちぎりの稼ぎだ、これなら今日もネットカフェに泊まることが出来る。

 この前筋肉に貰ったお金と、自分で稼いだお金でなんとかネットカフェに泊まっていたが、すっからかんだったので助かった。

 

 レベルが上がるほどスライムを倒す速度も、散策する速度も上がっているので、明日はもっと稼げるだろう。

 だが今日はここで直行するわけではなく、やらなくてはいけない調べ物があった。

 

 

「うー……!」

 

 勉強は苦手だ。

 

 文字を読み進めるたびガンガンと痛む眉間を抑え、しかめっ面でページを捲る。

 読んでいるのはここら一帯に存在するダンジョン、そのボスや適正ランクについてだ。

 協会には探索者を支援するため図書室があり、こういった本が充実してその上無料で読むことが出来る。

 

 ダンジョンは大まかにGからAまでランクが割り振られているが、その実同ランク内でも適正レベルは上下、Aの上位となればレベル50万超えの探索者でも歯が立たない。

 まあ私がいる花咲ダンジョンは雑魚オブ雑魚なので、適正ランクは1から10らしいが。

 そう、10が適正ランクの上限……つまり今の私と同じだ。

 

 でもこれ、多分パーティ組んだ時の話だよね……?

 

 ボスの部屋に入ると、なんと閉じ込められて倒すか死ぬまで扉が開かないらしい。

 俊敏と耐久が高い代わり攻撃力が低く、攻撃スキルもない私。もし攻撃がまともに通らなければ、体力が尽きて死ぬまで全力のシャトルランをする羽目になる。

 

「どうした、本なんて抱えて唸って」

「あ、筋肉。花咲のボス、入っても大丈夫なのかって」

 

 突然筋肉が現れ、私の手元を覗いてきた。

 筋肉はここのトップだと聞いたが、もしかしたら暇なのかもしれない。

 

 レベル10になったのでボスに挑戦するか迷っている、素直にそう伝えると彼は肩の筋肉をぴくぴくとさせ、『鑑定』していいかと尋ねてきた。

 『鑑定』はスキルや称号以外のステータスを無許可で見ることが出来る、無言で他人を鑑定するのはマナー違反だ。

 きっと私の話が本当か疑っているのだろう、勿論ここはおっけー、彼は頷き『鑑定』を行い、私の話が本当だったと驚き喜んだ。

 

「凄いじゃないか! たった一日でここまで上げるなんて、滅多に出来る努力じゃないぞ」

「ねえ筋肉」

「ん?」

 

 筋肉は良い奴だ、もし筋肉に『スキル累乗』や『経験値上昇』の話をしたら、色んな相談に乗ってくれるだろうか。

 私は頭も悪いし、一人だといつか致命的な失敗をしてしまうかもしれない。

 ふと、弱気な自分が覗いてしまって、慌ててそれを掻き消す。

 

 他人は信じないって決めた。

 筋肉は良い奴かもしれないけど、良い奴が約束を守ってくれるとは限らない。

 それに筋肉は協会の人間で、たった一人の、しかも孤独で住所不定な人間の平穏なんかより、組織全体の利益を求めるのは当然の事。

 二つのスキルは私がもっと強く、誰かに何かされても跳ね除けられるくらい強くなってから、その時に相談しよう。

 

 誤魔化す様に口角を引っ張り上げ笑う。

 

「ボス、倒せるかな」

「おぉう……無理やり作った笑顔がなかなか下手くそだな。っと、ちょっとその本貸してみろ」

 

 私の笑顔に引きつつ手を伸ばす筋肉。

 本をペラペラと捲り何度か頷くと

 

「まあ、行けるだろう。鈍器スキルは持ってるのか?」

「持ってない、でもSPは10ある」

「そうか、今後も打撃武器を使うなら取っておけ。ここのボスはスウォーム・ウォールだからな」

 

 その太い指が差す写真は、いくつものスライムが重なって茶色くなっている壁。

 表面は硬く、中はスライムが詰まっているらしい。

 刃物だとうまくダメージを与えられないが、打撃などで壁を壊し、中身を引きずり出せば後は普通のスライムと変わらない。

 

 本にはここまで詳しい戦い方が載っておらず、特徴だけ軽く羅列されているだけだった。

 筋肉は筋トレではなく、モンスターにも造詣が深いようだ。

 すごい。

 

「筋肉ありがとう!」

「気にすんな、お前は放っておくと直ぐに死にそうだからな」

 

 直ぐに死にそうというか、もう一回死んでいる。

 すくっと立ち上がり、彼は仕事があるからもう行くと告げ、背中を向けた。

 

 が、扉の前でくるりとこちらを向き

 

「無理に笑顔作るより、最後の方が似合ってたぞ」

 

 ハゲ頭を光らせて、立ち去ってしまった。

 笑顔……?

 

 良く分からない、筋肉は時々頭がおかしくなる。

 ぐにーっと両頬を人差し指で押し、彼が最後に言った言葉の意味を暫く考える羽目になった。



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第六話

 翌日、花咲ダンジョン最奥にて。

 

 ここは見た目からして草原、ボスエリアと言っても何か大きな扉があって、中に構えているなどと言うことは無い。

 その代わりボスエリアには、草が一本も生えていないのだ。

 強いて言うのなら学校のグラウンド、入れば地獄の体育が始まってしまう。

 

「ふぅ……よし」

 

『スキル 鈍器 LV1 を獲得しました』

『鈍器LV1 により ストライク を習得しました』

 

 ウィンドウへ手を翳し選択、お目当てのスキル。

 筋肉の助言に従い、鈍器スキルを習得した。

 

―――――――――――

 

鈍器 LV1

 

 打撃系武器の威力が1.1倍

 

 アクティブスキル

 ストライク 習得条件:鈍器 LV1

 消費MP5

 質量を利用した横の殴打

 威力 自分の攻撃力×1.5倍

 

 冷却時間 3秒

 

―――――――――――

 

 『スキル累乗』とはまた別の、新たなアクティブスキル。

 『鈍器』自体に攻撃への補正がかかるのは驚いたが、つまりはこの名前を叫べば技が発動するのだ、そう本に書いてあった。

 冷却時間はそのまま、二度目を発動するまでに必要な、待機時間か。

 

 ……一度も使わないでボス戦に挑むのは危険かもしれない。

 

 丁度横にスライムがふよふよ震えていたので、掴んで放り投げ

 

「『ストライク』」

 

 ぐいっと、何もしていないのに体が勝手に動き出す。

 

 輝くカリバーがスライムの中心をしかと捉え、衝撃を受け爆散。

 

「うへぇ……」

 

 ねちゃぁ……っとしたスライムが顔面にぶっかかり、そのまま消滅。

 

 もう十分だ、大体わかった。

 スキルという物の強力さ、十分に理解できた。

 あまり試し打ちをしていてもMPが無くなるだけ、もしボス戦で0になりましたなんて目も当てられない。

 さっさと突入しよう。

 

 あ、でもその前に。

 

「いただきます」

 

 ポケットから食べなれたそれを取り出し、口に放り込む。

 

 カリ……コリ……

 

 そこら辺に落ちている苦くて、渋くて、酸っぱい希望の実。

 レベル10というその制限ギリギリ、今まで知られていないのだから、復活する可能性は笑ってしまう程低確率なのだろう。

 それでもこの実はこの一週間私の食事として、そして私の未来を切り開く希望に繋がった。

 だから食べた、願掛けだ。

 

 私は勝ち続ける、さいきょーになる。

 

 でもやっぱり不味いので水で流した。

 

 

 足を踏み入れた瞬間、雰囲気が変わったのを理解する。

 

 首の後ろがちりちりと灼け、何者かに見つめられているような、全身を這う不気味な感覚。

 しかし何もいない。まるで私と何者かが戦う闘技場の様に、黒々とした円形の大地がそこにはある、

 

 サク、サク、と慎重に足を進め、三分の一ほどまで差し掛かった瞬間

 

 ドンッ!

 

 影が落ちたと思いきや、空中から巨大な壁が落ちてきた。

「……っ! 『鑑定』!」

 

――――――――――――――

 

種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 200 MP 37

物攻 27 魔攻 11

耐久 50 俊敏 1

知力 7 運 11

 

――――――――――――――

 

 ヤバい、めっちゃ強いではないか。

 

 名前がある辺り一概にボスと言っても個体差があるのか、写真で見た同族よりも黒々としている。

 大きさは縦横共に二メートルほど、でこぼことしてスライムが重なった跡があり、子供が泥を重ねて作った壁みたいだ。

 

 そして何よりもHPと耐久が異常に高い、まさにボスといった風貌。

 100ですら見た事が無いレベルなのに、突然200だなんて何を考えているんだ。

 これは不味い、筋肉は行けるだなんて言っていたが、想像以上に強そう……

 

 ……と、ここまでちょっと距離を取って考えていたのだが、スウォームはピクリとも動かない。

 もしかして本当に壁で、攻撃とか一切してこないのかな……?

 それならとんだ見掛け倒しじゃないか。

 

 最初の緊張感から外れ、気の緩みまくった私はホイホイ近寄って

「そりゃっ……!?」

 

 カリバーを振ろうとした瞬間、拳の様に太い棒が壁から高速で伸びた。

 

 速い……!?

 

「げ……ぇ……」

 

 ミシ、と骨が軋み、後ろへ吹っ飛ばされる。

 ゴロゴロと回る視界の中、自分の失敗を悟った。

 ああ、やってしまった。戦いの最中だというのに、どうしてそう簡単に気を許してしまうのか。

 

「ステータス……オープン……!」

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 12/28 MP45/50

 

――――――――――――――

 

 鑑定してみれば、そこにはたった一撃で半分を切った己の貧弱なHP。

 耐久が高くてよかった、下手すれば即死だったかもしれない。

 

 くらくらと頭が揺れ、視界がぼんやりと定まらない。

 痛む腹を抑えながら立ち上がり、奴を見て見ればいまだに動くことは無く、ただそこに立ち尽くしている。

 

 成程、こうやって調子に乗って寄ってきた初心者を、手痛い攻撃でぶっ飛ばしてきたわけだ。

 今の痛みで十分に目は覚めた。あいにくと私は俊敏に自信がある、ちまちま削って逃げる作戦で行こう。

 

 全力で駆け寄り、横に素振り。

 激しい衝撃が腕を伝い泣きそうになるが、気にせずそのまま走り去る。

 足を止めればあの一撃が来て、今度喰らってしまえばもう二度と立つことは出来ない。仲間がいれば回復なども出来るだろうが、私にそんなものはないのだ。

 

 足元へ背後から迫る棒、それを蹴り飛ばしそのまま前転。

 無事攻撃の範囲外へ離れることに成功した。

 

――――――――――――――

 

種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 184/200 MP 37

 

――――――――――――――

 

 ……先はまだ長そうだ。

 

 腕と手首をぐるぐるとまわし、短く息を吐く。

 一撃喰らえば死ぬ、そのくせ相手のHPは未だ多く、戦いの終わりは見えない……だというのに、なんだか楽しくなってきた

 

 私はもしかしたらマゾだったのかもしれない。



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第七話

「そりゃ! 『ストライク』!」

 

 輝くカリバーがスウォームを強かに打ち据え、既に感覚がない腕はそのままに、足だけは勝手に前へと進む。

 

 だがこれで終わりじゃない。

 

 此方へにょいと伸びてきた棒をかちあげ、そのまま二度、三度と殴打。

 こりゃたまらんと戻っていくそれだが、今度は深追いせずに撤退。

 壁に近付くほど棒と接触する可能性は上がり、複数本出されれば回避が間に合わないかもしれない。

 

 戦い続ける中で分かった事がいくつかあった。

 伸びてきた棒にもダメージが通るという事と、調子に乗って棒を叩き続ければ手痛い反撃を喰らうという事。

 まるで初心者にヒットアンドアウェイの基本を教え込むように、スウォームはそれを繰り返していた。

 

「『鑑定』……!」

 

――――――――――――――

 

種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 52/200 MP 37

 

――――――――――――――

 

 残り四分の一、ここまでくればもうゴールは間近だ。

 黒光りしていた表面、しかしいつの間にか随分とボロボロに剥げ、中でスライムが蠢いているのが分かる。

 安全を重視して叩きやすいところを狙っていたが、あそこなら攻撃もきっと通りやすいし、次の『ストライク』はあそこを狙おう。

 

 一方私のステータスと言えば

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 9/28 MP 35/50

 

――――――――――――――

 

 一撃喰らってから、あまり変わっていない。

 ただ一つ、残念な話がある。

 スウォームが非常に硬いからなのか、ストライクを打つたびにちょっとずつダメージを喰らっているらしい。

 掌は摩擦と衝撃で真っ赤だし、腕はもう感覚が全くないのだ。

 

 これ以上長引くと、もうカリバーを振るうことが出来ないかもしれない。

 ……ストライク連打で、身体が拒絶反応を起こす前に決めよう。

 

 沈黙を保つスウォームへ全力ダッシュ、棒の射程距離に入ったタイミングで

「『ストライク』!」

 

 スキルに導かれるようにして、本来は慣れていても難しい、走りながらのぶん殴りを両立。

 だがこれで終わりじゃない。今の一撃で壁の一部がより崩れ、カリバーをねじ込める程度には隙間が生まれた。

 横を駆け抜けた瞬間方向を反転、勢いを足のばねで逆転させそのまま振りかぶり……

 

「『ストライク』……!?」

 

 ガンッ!

 

 突然スウォームが赤銅色に輝いたかと思うと、返ってきたのは今までの衝撃とは比ではない、金属同士ぶつけ合ったような痺れ。

 スキルだ、スウォームはスキルを隠し持っていたのか。

 

 突っ立って驚いている暇はない、その瞬間が命取りになるから。

 そのままカリバーを胸に抱き、勢いに任せ地面を転がり距離を取る。

 そしていつもの射程距離外へ辿り着き、回りすぎて吐きそうな口を抑えつつ立ち上がった。

 

 一体何が起こったんだ……!?

 

「おえ……『鑑定』……」

 

――――――――――――――

 

種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 23/200 MP 0/37

物攻  魔攻 11

耐久 161 俊敏 4

知力 7 運 11

 

――――――――――――――

 

 ああ、冗談は本当に勘弁してほしい。

 先ほどまでの耐久が50、しかし今は161。

 引いて111、MPのええっと……いち、に……三倍分きっちり増加しているじゃないか。

 

 要するにこれが彼の隠し玉というわけか、何とか追い詰めた初心者も白目を剥く、凶悪な奥義だ。

 今の感覚からして、恐らく二度目のストライクはまともにダメージが入っていない。

 二度ストライクを使って、残りの私のMPは25。五回発動したとして倒し切れるかどうか、反動でそもそも私が死にそうだが。

 

 どうする……?

 

 お昼ごはん用に希望の実はいくつかあるし、あれが切れるまで待つか?

 でもどれくらい時間がかかるか分からない、もしかしたら永遠に切れないかもしれない。

 それにもし相手のHPが自然回復したら……今、やるしかないよね。

 

 でも通用するような一手なんて……あっ

 

「ステータスオープン!」

 

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 7/28 MP 25/50

.

.

.

 

 スキル累乗 LV1

 パッシブ、アクティブスキルに関わらず、任意のスキルを重ね掛けすることが出来る

 現在重ね掛け可能回数 0

 

――――――――――――――

 

 これだ!

 経験値上昇に使ってばかりで、他の使い道を一切考えていなかったが、『スキル累乗』は『アクティブスキル(・・・・・・・・)』にも使えるんだ!

 

 私の残りHPは5、もしかしたら反動で死ぬかもしれない。

 どこもかしこも痛いし、実は結構涙が出てる。

 だがこれこそがきしめん爽快の一手だと、私の本能が告げていた。

 ……やろう。うだうだ悩んでいたって、永遠に終わらないんだから。

 

 若干凹み始めた相棒を握りしめ、しかと前を向く。

 ただ黙し続ける黒い壁、だが私はこいつに奇妙な親近感を覚えていた。

 

 何も言わず、淡々と、しかし大切なことをいろいろと教えてくれる、まるで先生みたいだ。

 私の小学校の頃の佐藤先生はニコニコと表面上は優しくも、髪の色で虐められても何もしてくれなかったが、スウォーム・ウォール先生は厳しくも素晴らしい先生なのかもしれない。

 

「いくよ……先生。『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 

 疾走、肉薄。

 迫りくる太く黒い棒を寸前で避け、カリバーを顔の横に構える。

 果たしてこの動きはスキルによるものなのか、それとも私の意志がそうしているのか。

 

 どうでもいい。

 

 この一撃を、この一撃に私は全力を注ぐだけなんだ。

 

「うわああああっ! 『ストライク』ッ!」

 

 無意識に死を恐れているようで、ちょっと情けない叫び。

 だがいつもより輝きを増したカリバーは的確に振られ、吸い込まれるように割れ目へその身を滑りこませ

 

 ドッ……ゴォンッ!

 

 その壁を、爆散させた。

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 3/28 MP 15/50

 

――――――――――――――

 

 視界の端に映っているのは、HPはレベル1の時より下になった、他人に小突かれれば死んでしまいそうなそれ。

 だが勝った、私は賭けに勝ったんだ。

 感動の雄たけびを上げるのもおっくうなので、凹んだ相棒をぶん投げ、地面へ大の字に寝転がる。

 

 私の先生はゆっくりと姿を溶かし、最後に残ったのは薄い茶色の魔石。

 あ、ちょっとまって。

 経験値が入ってくる前に、『スキル累積』の対象を『経験値上昇』へ戻しておく。

 危ない危ない、感動で忘れるところだった。

 

『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

.

.

.

 

 鳴り響く無機質な電子音と、無感情な女性の声。

 だがそれが何よりも最高な勝利のファンファーレで、土と若干鉄臭い地面の上で、私はその酩酊感に暫し酔いしれた。



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第八話

 ボスを倒して一定時間経つと、探索者の身体はダンジョンの入り口へと転送される。

 理由は不明だが、ボス戦で消耗した身体で来た道を戻るというのは危険が伴うし、ありがたい仕組みだ。

 花咲ダンジョンからボロボロの身体を引きずって、やっとこさ協会へと向かったのだが

 

「え!? に、二千円にしかならないの……!?」

「ええ、スウォーム・ウォールの魔石ですよね? 一応多少は魔力が多いので色を付けるとして、それでも二千五百円くらいですね」

 

 ボロボロの身体で協会に向かい、漸く手に入れた先生の魔石を売ろうとしたのだが、あまりに世知辛い現実が私を待っていた。

 二千円じゃネットカフェで過ごしたら無くなってしまう、五百円も併設のシャワー代金で吹っ飛ぶし……

 

 一万円くらいは貰えるだろうと、そのお金でどんなケーキを買おうかとわくわくしていたのに。

 やはりもう少しレベルが上がり、効率のいいダンジョンに潜れるようにならなければいけないようだ。

 

「それにしてもアレを物理だけで倒す人、初めて見ましたよ」

「……?」

「スウォーム・ウォールは魔法がよく効きますからね。魔法職の人が居ればすぐに討伐できますよ」

「……!?」

 

 つらい、おせちがからい。

 そういえば私を追放だ何だと言って切り捨てた三人も、既にレベル10を突破していたはず。

 もしかして私がいないときに、魔法で楽々討伐していたのか。

 それならばあの自信も分かる。私がスライムを必死にシバいている間に、スウォームを何度も倒してレベルを上げていたのかもしれない。

 

 一人で戦い続ける弊害がだんだん浮き彫りになってきた。

 回復、そして魔法。すべてを網羅するのはあまりに不毛、まんべんなくというと聞こえはいいが要するにただの器用貧乏。

 

「分かった。魔石はそれでいい……」

「え、な、泣かないでください。信頼できる仲間を見つければ、きっと今度は簡単に……」

「泣いてない。仲間なんていらない」

 

 だが私には『スキル累乗』がある。

 たとえ器用貧乏でスキルレベルが高くなくとも、賭け合わせていけば高性能な魔法として代用できるはず。

 仲間なんていなくとも、器用万能に私はなる。

 

 園崎さんからお金を受け取り、足早にカウンターから離れる。

 私以外にも魔石や素材、ドロップアイテムを売ろうと待っている人はたくさんいて、ずっと噛みついていれば目を付けられてしまう。

 ぶっちゃけソロの探索者がダンジョンで殺されてしまえば、それが他殺かモンスターによる戦死なのか判別がつかない。探索者は割とブラックかつアウトローなのだ。

 

 紙切れ二枚と一枚のコイン。

 命を賭けた見返りは、あまりにちんけなものだった。

 

 

 ギルドお抱えの回復術師に千円支払い、回復魔法をかけてもらう。

 幸いにして私はHPが低いので、たった一回でも十分全快にまで届き、皮がむけピリピリと痛かった掌も、すりむいたりした足も綺麗サッパリ治った。

 

 そして千五百円だけをポケットに突っ込み、ギルドを後にして……

 

 

「ステータスオープン」

 

―――――――――――――――

結城 フォリア 15歳

LV 17

HP 42 MP 85

物攻 39 魔攻 0

耐久 107 俊敏 78

知力 17 運 0

SP 10

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV2

鈍器 LV1

 

称号

生と死の逆転

 

装備

カリバー(小学生向け金属バット)

―――――――――――――――

 

 よしよし、レベル上がってSP入ってる。

 

 これから一人で戦っていくうえで必要なのはなにか。

 高威力の魔法スキルか、バットに何か魔法剣的なことを出来る力か。

 違う、回復だ。昨日の死ぬか避けるかのチキンレースも、『ストライク』で死ぬかどうかのギリギリを攻めるのも、回復で余裕を保てていれば何とかなった。

 

 回復ポーションも存在するが高い、最低基準で一本五千円なんて貴族しかつかえないぞ。

 住所不定の十五歳にはぜいたく品過ぎる。

 

 だが私はMPが高いのに魔攻が0という、嫌がらせのようなステータス。

 これでは魔攻で回復量が決まる回復魔法は使えないし……

 基本スキルとはいえ無数にあるそれをソートしていく中、一つだけ光るものがあった。

 

―――――――――――

 

活人剣 LV1

攻撃時、ダメージの1%を回復に転化する

必要SP:20

 

―――――――――――

 

 うーん……活人剣か。

 回復量が微妙でいまいち使いにくく、あまり人気がないスキルだと聞いたことがある。

 しかし今の私にはこれしかない、のかな。うん、これを取ろう。

 とはいえそもそも、今の私ではSPが足りない。

 

 相棒を握りしめ、歩みを進める。

 時刻は12時を過ぎた所、レベルアップでステータスも上がったし、やるべきことは決まっている。

 先生を殴りまくって、お金と経験値をもらうのだ。

 

 

「先生、お金と経験値ちょうだい」

 

 ドゴォッ!

 

 カリバーを叩き付ければわかるのは、以前ストライクを発動した時と同程度の威力が出ているという事。

 レベルアップによって上がったステータスのおかげで、それほどの攻撃を行っているのにも関わらず、衝撃によってダメージを受けるという事もない。

 手に馴染む、とでもいうのだろうか。

 成長を感じる。

 

 二度、三度と擦れ違い打ち据えていけば、今度は茶色いスウォームの壁に罅が入った。

 HPは満タンで、上がった耐久も併せて数発攻撃を受けても、何ら問題はない。

 

 受け流し、滑り込み、跳躍。

 

 再三にわたる執拗な一か所への攻撃は罅を砕き、弱点を空中へと晒した先生。

 最後は『スキル累乗』で決まりだ。

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 

 声を受け、呼応するように輝きを増すカリバー。

 土を舞い上げ跳躍した私はスキルに導かれ、全身を独楽の様に大きく振り回した。

 

 深く息衝き一点を見据える、余計な所に力はいらない。

 

 ドンッ!

 

『合計、レベルが4上昇しました』

 

 ステータスの差という物は、なんと恐ろしいのだろう。

 あれだけ苦戦した相手に私は、たったの30分ほどで討伐を終えてしまった。

 経験値もお金もくれるなんて、先生はカモだ。



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第九話

 戦う程に行動は最適化され、引き際はより明確に自分の前へと現れる。

 

「『ストライク』」

 

 目の前へ伸びてきた棒を殴打、そのまま突撃。

 勿論近付くほどに棒の数は増えるが、片手やわき腹を掠る程度なら問題はない、無視して直進。

 多少のダメージなら活人剣によって補えるからだ。

 

 そして壁に肉薄した瞬間

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 

 輝くカリバーが打ち据え、スウォーム先生は四散した。

 

 ……が、何も起こらない。

 レベルアップの無機質で電子的な音声が、一切聴こえなかった。

 時間は既に夕暮れ。草原に見えるこのダンジョン内でも外の時間に連動して、草木が赤く染まっている。

 

「むぅ……明日から場所、変えるべきかなぁ」

 

 初めて先生と戦ったときは、一気に七レベル上がった。

 次は四、その次は二、一つ前は一、そして遂にこの討伐ではレベルが上がらなくなってしまったのは、『スキル累乗』によってのごまかしがきかなくなってきた証拠か。

 先生のレベルは5、たとえボスモンスターという条件を考えても……

 

 ふとここで、ステータスを呼び出す。

 

―――――――――――――――

結城 フォリア 15歳

LV 24

HP 56 MP 110

物攻 53 魔攻 0

耐久 149 俊敏 127

知力 24 運 0

SP 0

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV2

鈍器 LV1

活人剣 LV1

 

称号

生と死の逆転

 

装備

カリバー(小学生向け金属バット)

―――――――――――――――

 

 レベルは既に二十四。

 スライムを狩り続けるだけでは到達しえない数値だが、現在日本の最高ランクは百万近いという。

 最強を目指すのならば、この地を離れ次のダンジョンへ向かうべきだろう。

 

 黒々とした土の広がったボスエリア。

 私の血と汗、そして砕かれた無数の先生がここには染み込んでいる。先生は死んだらすぐ消滅するけど。

 だからだろうか……

 

 

「ありがとうございました……」

 

 

 気が付くと私は、そこで深々と頭を下げていた。

 基礎を、これからどう進むべきかを教えてくれた先生、そしてこの花咲ダンジョンに私は感謝を捧げる。

 

 ダンジョンは未だに分からないことが多いし、日々新たな発見があり、そして人が死んでいる。

 人を見れば襲い掛かってるモンスターがいるし、崩壊すればモンスターが溢れ出し、小さな町が壊滅することだってある。

 それでも、それでもこの花咲ダンジョンは、私にとって恩師だった。

 

 だから頭を下げた。人類の敵だとか異世界の先兵だとか言われていても……

 

 もうここに来ることは無いだろう。

 だが、これから先無数のダンジョンを巡り、私はレベルアップを続けようとも、ここを忘れることは無い。

 

「さようなら、花咲ダンジョン、先生」

 

 ボス討伐による強制転移が発動し消えゆく視界の中、その煌々と染まった草原を見続ける。

 私の旅立ちを祝福するように草たちが風と踊り、葉擦れの音が私の背中を押した。

 

 

「はい、一万円ですね」

「みょ……!? んんっ、確かに受け取った」

 

 園崎さんに貰ったお金を大事に、それはもう財布に仕舞ってポケットの中で握りしめ協会を抜ける。

 怖い、受け取った一万円の重みに、無意識ながら身が震えた。

 

 確かに筋肉から一万円を借りた(筋肉はやると言っていたが、勿論返すつもりだ)が、あれとこれとは価値が違う。

 私が自分の力で稼いだ、正真正銘私だけのものだ。

 周りの人間が全員私の一万円を狙っている、そんな気すらしてしまう。

 

 昔、もう死んだおばあちゃんが元気だったころ、封筒に修学旅行代として十万円を貰った。

 大切にベットの裏に仕舞っておいたのだが、ママ……母に見つかってしまい、そのまま没収されて賭博代になってしまった。

 勝つから大丈夫なんて言っていたが当然戻ってくるわけもなく、皆が修学旅行をしている中、一人で登校して桜の木に付いた蜂の巣を観察していた。

 

 お金は人を狂わせる。

 もしこの一万円を誰かが見たら、私のお金を奪いに来るかもしれない……

 

 そうだ、少し使ってしまおう!

 

 ケーキにして食べてしまえば細かいお金になるし、ぱっと見ちょっとお金を持っている小学生に見えるかもしれない。

 そう、別に私がケーキを食べたいとかそういう訳ではなく、身の安全を確保するためにケーキを買うだけだ。

 

 

 ぶらぶらと歩いていれば、狐のマークが特徴的な洋菓子屋さんを見つけた。

 結構人が入っている、人気店なのかな。

 

「いらしゃいませー」

「はぁぁ……!」

 

 入った瞬間に広がる、バターとバニラの甘い香り。

 幸せだ、ここに住みたい。

 

 今日は贅沢にも三千円払い、鍵付きのネットカフェの個室を借りてきたので、カリバーは置いてきた。

 流石に洋菓子店にバットを持ち込んで入ったら、下手したら追い出されてしまう。

 

 ショーケースに並ぶのは、一つ一つ丁寧に作られて、キラキラと輝く色とりどりのケーキたち。

 どれもつやつやと目を引き、ショートケーキを食べようと考えていた頭が、あちこちへ引っ張られてしまう。

 もんぶらん……名前は聞いたことがある、栗のケーキだって。チーズケーキも食べてみたい、ああ、悩む。

 

 しかしずっと貼り付いていては他の人に迷惑がかかるし、無数に絡みついてくる誘惑の糸を断ち切り、バシッと決めた。

 モンブランだ、私はモンブランを食べるぞ。

 一週間くらい前にショートケーキは一杯食べたので、ここはあえて王道から外れることにした。

 

「あの、この和栗のモンブランください!」

「はーい、280円ね」

 

 安い!

 この前食べたショートケーキは一個五百円もしたのに、この店が安すぎるだけなのかも知れない。

 凄い、これからもここに通おう。

 

 お姉さんが丁寧に箱へつめ、お手拭きなどを貼り付けるのをわくわく眺める。

 プラスチックのフォークも付けてもらい、こちらへ手渡される宝石箱。

 なんて高貴な存在なのだ、ケーキ様だ。恭しく受け取り、両手で大事にホールド。

 お姉さんのありがとうございましたー、とどこか抜けた声を聞きながら、私は狐のケーキ屋さんを去った。

 

「ふふん……」

 

 優しい風が吹く夜道を、速足気味に歩く。

 

 ケーキ、ケーキだ。

 施設から出てきたときはもうそれしか考えていなくて、味わうことなく一気に食べてしまった。

 これからレベルが上がっていけば好きなだけ食べられるし、卒業したという感動の為にも、今日はゆっくりと味わおう。

 

 だが突然、前を歩いてきた女性がふらふらと揺れ、こちらへ近づいてきて

 

 ドンッ!

 

「あ……」

 

 くる、くる、と回り、弧を描いて飛んでいく真っ白な箱。

 手を伸ばすが届かない、そのまま道路へ。軽い音と共に一度、そして微かに二度地面を跳ね……モンブランは車に踏み潰された。

 

「あ、ああ……」

「あらーごめんねぇ、お姉さんよそ見してたわ。怪我とかない? 大丈夫?」

 

「ああああ……! わ、わたっ、わたしのっ、わたしのもんぶらん……!」

「あらー……想像以上に重そうだわ、これ」



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第十話

「ふんふん、それで探索者を……」

「うん」

 

 私のモンブランを台無しにした女は、私にケーキを奢るからと店を逆戻り、更に夜風の吹くテラス席で紅茶と共にモンブランとショートケーキをごちそうになった。

 名前を剣崎(けんざき) 真帆(まほ)、ダンジョンの研究と探索者の二匹のワラジムシを踏んづけているらしい。

 茶髪を適当に結んだり、よく見ると靴下があべこべなあたり、多分結構身だしなみは適当な人だ。

 

「貴女の名前は?」

「結城フォリア」

「あらー、私の尊敬してる先生と同じ苗字ねぇ」

 

 ダンジョン探索の第一人者で、旅に出ると言って十年近く姿を消しているらしい。

 尊敬される結城さんもいるのか、失踪した私の父とは大違いだ。

 でも十年近く帰ってこないって、多分その凄い結城さんも多分死んでると思う。

 

 まあ剣崎さんのことはどうでもいい、そんな事より目の前のケーキだ。

 モンブランは濃厚な栗の風味がするうにょうにょとした奴の下に、コクはあるがくどくない生クリーム、更にど真ん中には茶色い栗がドンと入っている。

 全体的に柔らかいのだが、土台になっているクッキーのようなものがサクサクとしていて、ちゃんとアクセントになっていた。

 

 おいしい、すごくおいしい。

 甘い、さくさく、とろとろ、ほくほく、いいにおい。

 

「あらー、たかがモンブランで凄い幸せそうな顔」

「初めて食べた、おいしい」

「……お母さんとか、買ってきてくれなかったの?」

「……」

「あらー……お代わりとか欲しいなら好きに言ってね。お金なら余ってるから」

「うん」

 

 剣崎さんはいい人だった。

 ケーキをたくさん奢ってくれたし、持ち帰りで二つ、フルーツタルトとアップルパイも持たせてくれた。

 

「私はここの近くにある大学で研究室開いてるから、なんかあったら来るといいよ」

「え、それって……」

 

 近くにある大学、既視感が私を襲う。

 そう、私の足を切り見捨てた三人、アイツらも近くの大学生だと言っていた。

 ここらに大学は一箇所しかないので、同じ大学であることは間違いない。

 

 思い出すだけでも腹が立つ。

 あれのお陰で『スキル累乗』や『経験値上昇』を手に入れたとはいえ、死んだことに変わりはない。

 

 それにアイツら、絶対私以外にも肉壁扱いして、今なお殺しているはずだ。

 会った時にはみんなレベル1であった以上、私が初めての犠牲者ではあるだろうが、人の性質はそう簡単に変わらない。

 寧ろ味を占めてより積極的に、無知な相手を使い捨てている可能性が高い。

 

「ふむ……」

 

 だが剣崎さんの反応は、あまりいいものではなかった。

 

「少なくとも私の講義や研究室に、そういった三人はいなかったはずだが。男二、女一で山田、飯山、大西でしょ?」

「だ、だってあいつら大学生だって……!」

「もし、最初から君を使い捨てにする考え、或いはそれに近い考えを持っていたのなら、態々本当のことを伝える必要もないんじゃないかな?」

「そう……か……」

 

 確かにその通りだ。

 両親の病気で生活費がきついから頑張るだなんて言っていた大西、ダチの為なら何でもするだなんて言っていた二人も、きっと全部嘘だったのだろう。

 許さないだなんて言いながらも、少しだけ信じていた自分の間抜けさに苛立つ。

 やっぱり人は信じれない。

 

「ま、まあもしかしたらうちの大学生ってのは本当かもしれないし、一応事務に聞いて調べておくわ。一週間くらいしたら来なさい、報告してあげる」

「うん……」

 

 きっと向かったところで、新たな情報を得ることは無いだろう。

 それでも会ったばかりの私の言葉を信じて、あれこれと動いてくれる彼女には感謝している。

 最後に頭を下げて、剣崎さんとの会遇は終わった。

 

 

「ふぅ……」

 

 ネットカフェに戻り、小さな鍵を回したところで漸く緊張が緩む。

 

 大学に在籍していた、していないはともかくとして、結局私の目的は変わらない。

 上に登れば人脈とかでいくらでもあいつらを探すことが出来るし、そしたら見つけ出してぼこぼこのぼこにしてやるんだ。

 

 そうと決まれば次潜るダンジョンを決めなくてはいけない。

 手書き入力をカチカチとやりつつ調べた所、どうやらこの近くにはもう一つGランクのダンジョン『麗しの湿地』があるようだ。

 花咲は超初心者でも潜ることが出来たが、そのダンジョンはGランクでもトップクラス、推奨レベル15~50らしいので気を抜いてはいけない。

 

 推奨レベルとは読んで時の如く、おおよそその程度のレベルがあればまともに戦っていける基準で

 G 1~50

 F 50~500

 E 500~1000

 D 1000~10000

 C 1万~10万

 B 10万~50万

 A 50万~100万

 人類未踏破ライン 100万~

 

 となっている。

 上に行くほど幅が大きくなってしまうのは、レベルが上がるほど多少のレベル差は無視できるようなるからだ。

 人類未踏破ラインのダンジョンは幾つか確認されているが、当時のトップランカーたちが潜った『天蓋』では150万レベルがうじゃうじゃいたらしいのでちょっとヤバい。

 

 これを見れば分かるが麗しの湿地は間違いなくG最高峰、生温い覚悟で挑んでは私が飲み込まれる。

 

 ふと、横に立てかけられていたカリバーが目に入った。

 随分と傷だらけで、小さなへこみも目立ってきた相棒。

 普通のバットとして使うのならこんな短期間でボロボロにはならないだろうに、私に買われたのが運の尽き、こんな無残な姿になってしまった。

 

 ……買い替えの時だろうか。

 

 鈍器スキルを十二分に使うのなら、モンスターを殴るために作られていないバットよりも、しっかりしたメイスやハンマーを買うべきだ。

 それにしても名前を付けたのは失敗だった、あまりに愛着がわいてしまっている。

 掌の皮がべろべろになるまで振るって、私の成長を共に分かち合った、唯一と言っていい仲間。

 

 今後SPが溜まれば『アイテムボックス』等の便利なスキルも取れるようになり、今みたいに手で持たなくとも問題が無くなる。

 仮に武器を変えることとなっても、それまでカリバーは捨てずにとっておこう。



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第十一話

 早朝、凹んだカリバーを片手に町を出る。

 『麗しの湿地』は近くと言っても隣町、徒歩で行くのは大変だし電車を利用するつもりだ。

 そう、電車。一駅移動するのにも二百円かかる、お金持ちしか使えない乗り物である。

 

 本当にこれで良いのかドキドキしつつ、一番安い切符を購入。

 閑散とした駅のホーム、朝露でしっとりと湿り、薄く霧が漂っている。

 電車に乗るのは一体いつぶりだろう。霧を裂いて奥から現れた金属塊を見つめ、私は感傷に浸った。

 

「あ、筋肉」

「ん? お、お嬢ちゃんか。遠出か?」

「うん。麗しの湿地」

「おー……あそこかぁ……」

 

 私の話を聞いて、筋肉がものすごい嫌そうな顔をする。

 ネットでは人が少なくて穴場だと書いてあったのだが、もしかして金稼ぎとしては不味いだとか、トラップが凄いだとかあるのだろうか。

 これは選択を間違えたかもしれない、もう少し調べておけばよかった。

 

 私の雰囲気を察してか、

 

「ああいや、難易度はそこまででもないから安心しろ。それよりもそのバット、一週間で随分と使い込んだな」

 

 物凄い露骨に話題を変えてきた。

 まあ乗ってあげよう。

 

 先生という壁に叩き付け続けたカリバーは、やはり他人から見ても随分と酷い見た目らしい。

 今のところ大きな亀裂などもなく、攻撃をすれば即折れるという物ではないのだが……

 

「そんなに気に入ってるなら、ユニーク武器になるのを狙うのも良いかもしねえな。バットがユニーク武器ってのは聞いたことが無いが」

「ユニーク武器?」

 

 筋肉曰く、同じ武器を使い続けると人間と同じくレベルが上がり、自分だけが使えるオンリーワンの武器になるらしい。

 魔力が染み込む? とかなんとか、そんな感じで進化するとのこと。

 その過程でスキルが付いたり、切れ味や魔力の伝導率が上がって魔法の威力が云々、要するにすごく強くなる。

 上位の中には好んでユニーク武器を使って、複数本所持している強者もいるらしい。

 

 ははぁ、昔聞いた迷宮で武器を使いこむほど強くなるというのは、このユニーク武器の事だったようだ。

 特にスキルっていうのが気になる、炎とか纏ったりするのだろうか。もし魔法攻撃が可能になったら、私の弱点も補える。

 ユニーク武器すごい、夢がある。

 カリバーは私の相棒として末永く頑張ってもらいたい、手入れのオイルとか買った方が良いのかな。

 

 筋肉にユニーク武器を目指すと伝えると、筋肉は三角筋をぴくぴくさせて頑張れと笑顔を浮かべた。

 彼は筋肉まみれな身体をしているが、色々なことを知っている。支部とはいえ協会のトップだから、実はすごい奴なのかもしれない。

 そして仕事があるからと立ち去った彼に手をふり、私も電車へ……

 

「あ……」

 

 時計を見れば筋肉と出会ってから、既に五分ほど経っている。

 勿論、そこに電車はいなかった。

 

 

 結局それから十五分ほど待って、漸く次の電車が現れた。

 閑散とした駅のホームからして分かるが、当然その電車内にも人は少ない。

 数人本を読んだり寝たり、ゆったりとした時間が流れる中ポケットを漁り、いくつか希望の実を取り出す。

 

 カリ……コリ……

 

 相変わらず恐ろしいほど不味いそれ、しかしながら一週間以上ずっと食べてきたので、もはやこれを口に運ぶのがルーチンワークになっている。 

 昨日先生を何回も倒したおかげで、未だに五千円以上お金は残っていた。

 しかし何があるか分からないし、余裕で暮らしていけるという金額ではない。ただで食事を済ませられるのなら、それに越したことは無い。

 

 それにお金を使うのなら食事より、新しい服が欲しかった。

 施設を出た時一応着替えは二着貰った。だが今着ている服もそうだが、寄付として施設に送られたお古。

 全部よれよれだし、私だっておしゃれがしたい。

 

 いや、おしゃれしなくてもいい、せめてよれよれじゃない服が着たい。

 町ですれ違う同年代の女の子がキラキラと綺麗な服や靴を履いて、笑顔で友達と何かを食べ歩きしている。

 そしてチラリと血や泥塗れの私を見て、クスクスと隣の人と笑われるのが辛い。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 考え事をしながら食べていれば希望の実は既になく、食べきってしまったことに気付く。

 次の駅までまだ時間がかかりそうなので、ぼうっと外を眺める。

 

 ゆっくりとズレていく地平線、目の前を過ぎ去る木々。

 ここからでも見える天を貫く巨大な蒼い塔は、ずっと遠くにある人類未踏破ダンジョンの一つ『碧空(へきくう)』。

 きっと三十年前の人がこの光景を見たら、酢醤油狼狽するに違いない。

 

 そこら辺に放置されている、かつて使われていたという電柱には何もかかっておらず、世界が電力から魔力へ切り替えた痕跡が残っている。

 今乗っている電車もそうだ。形骸化した名前だけは残っていても、そこに電気を使った『電車』は存在しない。

 

 ゆっくりと身体が前に倒れ、流れていた景色が次第に現実を思い出す。

 電車が止まり、ゆっくりと扉が開かれた。

 

 足に挟んでいたカリバーを握りしめ、短く息を吐く。

 ここが『麗しの湿地』の最寄り駅、歩いて数分でダンジョンに向かうことが出来る。

 初めてくる町、初めて行くダンジョン。怖くないわけがない、でもきっと足を止めてしまえば、私は二度と歩き出せなくなってしまう。

 

 考えるのは止めた、私が出来るのはカリバーを振り回し、レベルを上げ続けるだけだ。

 

 

 よっぽど人気がないのだろう、草があちこちに生え荒れ果てた門。

 それを開くとぶわっと生臭い匂いが流れ、目に入ったのはポコポコと不気味な音と気体を放出し続ける、目に痛いピンクの沼。

 一目見てもう帰りたい、絶対ダメなところだここ。

 

 踏み込んで暫し探索すると、小学生ほどはあろうかという巨大なピンクナメクジが、てらてらとあちこちに這っていた。

 

『お゛ぉ゛……』

「き、きもちわるい……! 『鑑定』」

 

――――――――――――――

種族 アシッドスラッグ

名前 ゲニー

 

LV 15

HP 70 MP 44

物攻 78 魔攻 51

耐久 31 俊敏 6

知力 12 運 8

 

――――――――――――――

 

 先生よりレベルは断然上とはいえ、ステータス自体は大したことがない。

 目に悪い蛍光ピンク色、ぬめぬめてらてらと最悪な見た目を除けば。

 

 帰りたい。



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第十二話

 ヌメヌメテカテカ、その上蛍光ピンクの悍ましい巨大ナメクジ。

 はっきり言って最悪の存在だ、どうしてこんなものを神様は生み出してしまったのか。

 近寄りたくない……

 

 しかし二百円も払って来た以上、その分と明日の宿泊代は稼がなくてはいけない。

 一体このナメクジがどんな魔石を落とし、いくらになるのかは知らないが、最低一匹、精神が持つなら出来る限り大量に狩る必要がある。

 そして明日からは来ない、絶対に来ない。

 

 天を眺め、流れていく雲へ意識を飛ばす。

 ああ……よし、覚悟はできた。

 

 ステータスを見る限り速度はなく、先生の様に変形をするとも思えない。

 一気に殴って戦いを終わらせよう。カリバーを握りしめ、『スキル累乗』の対象を『ストライク』へと変更。

 正面から一気に駆け寄り

「そいっ……!?」

 

 見た目通りいうべきか、ぐにゃりと柔らかな反応。

 しかし半分ほどまで沈み込んだかと思うと、異常なまでの反発力が突然生まれ、餅つきでもしているかのように身体が後ろへと突き返される。

 反動で片足立ちになり、そのままゆっくりと後ろへ倒れていく私。

 

 今の感触、打撃全く効いていない気がする。

 

 ここで倒れてしまうと泥にダイブすることになるし、どう見ても肌に悪そうなこれに触れたくない。

 ちょっと体勢的に無理があるかもしれないが

 

「『ストライク』!」

 

 スキルによる強制的な姿勢の変更、そして生み出された回転は姿勢を立て直すには十分。

 ぐるりと右足を中心に一回転、体勢を崩して上半身を倒しつつ、かちあげる様に放たれた『ストライク』はアシッドスラッグを大空へと舞いあげた。

 

 泥を撒き散らし、どう、と地面へ転がるピンクの物体。

 ついでに私も遠心力で体を起こし、体勢を元に戻す。

 

 ちょっと腰捻ったかもしれない、痛い。

 でも今の私には『活人剣』があるので、多少身体を痛めていても相手を殴っていれば治るはず。

 おお、そう考えると凄いぞ『活人剣』。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

種族 アシッドスラッグ

名前 ゲニー

 

LV 15

HP 48/70 MP 44/44

――――――――――――――

 

 全然効いていない。

 いや正確には効いているのだが、本来与えられるダメージには遠く及ばない。

 今の私が全力でストライクを発動すれば、先生相手にも80程度のダメージを与えられる。

 だというのに実際はその四分の一ほど、たとえ見かけの耐久が低かろうとスキルや本体の能力次第でいくらでも抑えられるという訳だ。

 

 困った、打撃が効かないのなら斬撃か魔法と言いたいが、残念ながらそのどちらも私には扱えない。

 幸いにして『スキル累乗』によって『ストライク』を発動したときの消費MPは10、その上私は無駄にMPが高いので、ここは一気に殴り飛ばしてしまう方が良いだろう。

 

 バットを横に構え、のんびりと起き上がっているナメクジへ肉薄、側面に重ねて全力の横薙ぎを繰り出す。

 目のあたりがパカリと開き、何かしようとしているが遅い。

 先手必勝、緩慢な行動が終わる前に攻撃してしまえば、相手は何もできずに倒される。

 

 その顔面へとカリバーが吸い込まれていき……

「――『すとらいく』?」

 

 が、空振り。

 

 あれ?

 

 間違いなくその顔に叩き込まれたはずのカリバー、しかし一切の衝撃がなく、まるで空を切ったかのように無抵抗。

 というか突然、カリバーが物凄い軽くなった。

 

 一体何をされたのか、ピンクナメクジを見て見れば、子供の水鉄砲程度の勢いでビューっと、なにやら粘液を吹き出していた。

 そしてその前に転がっているのは、見慣れたべこべこに凹んでいるカリバーの上半身。

 手元を見れば半分ほどから溶け、今なお少しずつ金属部が消えていくカリバー。

 

「……あ」

 

 カリバー、溶かされた。

 

『武器破損による、ユニーク武器化判定が行われます』

『固有名称を確認、判定確率の補正完了』

 

『成功。固有名称カリバー』

 

「おお」

 

 真っ二つになったカリバーであったが、私が握っていた柄からにょきっと新しく生えてきた。

 ピカピカだ、一体どういう仕組みなのか分からない。

 

 こういう時どんな顔をしたらいいのだろう。

 ずっと使ってきた相棒が溶かされ真っ二つになったかと思えば、まさか新品になって生えてくるとは思わなかった。

 

 筋肉曰く使い込んでいれば進化するとのことだったが、破壊されたときにも判定があるようだ。

 どうやらユニーク武器になったのは、名前を付けたおかげでもあるらしいし、所持者の愛着とかでも成功率が上がるのか。

 

 私が相棒の復活に感動していると、いつの間にか方向転換を済ませたナメクジがこちらを向いていて、プッと何かを吐き出した。

 

 速い……!?

 

 

 本体の緩慢な動きとは対照に、その吐き出された粘液の速度は成人の全力投球程度はある。

 目の前に物が迫ってきたら誰しも顔を覆ってしまう様に、私もカリバーを盾にしてその場に立ちすくんでしまった。

 不味い、これではせっかく治ったばかりのカリバーが、また溶けてしまう。

 

 想像以上に粘度が高く、ねっとりとカリバーへ張り付くそれ。

 微かに飛び散った粘液は服の端を掠め、瞬間、そこらが黒焦げ、果てには穴あきとなる。

 

 もしこれを直接受けたら……!

 

 背筋に氷を投げ込まれたような気分だった。

 誰だってわかる。金属の塊があっという間に溶け、服は触れた所から黒く焦げる。

 生身に直接、更にはカリバーで守っていなければ顔に当たっていたわけで、そうなったらポーションも回復魔法もない私は、死神と握手するしかない。

 

 ああ、だけど私の代わりにカリバーは壊れて……

 

「あれ、壊れてない?」

 

 そこにあったのは粘液を纏わせつつも、ピカピカと誇り高く輝く金属バット。

 一度ナメクジは放置して、入り口付近まで撤退。

 

 まさか筋肉が言っていたように……

 

「『鑑定』」

 

 

―――――――――――――――――――――――

 名称 カリバー(フォリア専用武器)

 

 スキル 不屈の意志

 逆境を乗り越え、運命に抗うと決めた少女の武器

 彼女が歩みを止めぬ限り、この武器は傍へ寄り添い

 続けるだろう

―――――――――――――――――――――――

 

 カリバー……!

 

 良く分からないかっこいいことが書かれているが、要するに私が生きていれば壊れないってことだよね。

 なんだろう、息子が立派に成長して、今度は俺が助けるよって言ってくれているような気分だ。

 

 無性に頬ずりしてあげたい衝動にかられたが、残念ながら今は粘液がべっとりとついていて、そんなことをしてしまえば顔が無くなる。

 だがこれでもう、武器の心配をする必要は無い。

 

「行こう、カリバー!」

 

 復活した相棒は、粘液でてかてかと輝いていた。



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第十三話

 という訳で、無事相棒が復活したお祝いとして、ナメクジをサンドバッグにすることにした。

 

 全く垂れる気配のない粘液、カリバーに貼り付いたまま。

 洗い落とすべきかとも思ったが、ここにある水源は怪しい気体が発生しているピンクの沼のみ。

 いくら壊れなくなったとはいえ、あの中に突っ込み洗うというのは流石に気が引ける。

 第一アレに入れて洗うことが出来るのか、毒とかありそうだしむしろ汚れるだろう。

 

 動きの遅いピンクナメクジ、幸いにして少し離れてカリバーの鑑定をしていても然程遠く逃げることもなく、うねうねとそこらを這っていた。

 正面から行けばあの速い粘液弾が飛んでくる、だが側面に回ってしまえば……

 

「『ストライク』!」

 

 ジュッ

 

 攻撃はいくらでも叩きこめる!

 

 先ほど同様もんどりうち、泥にその身を埋めるナメクジ。

 だが一つ違うのは、まるで塩を掛けられた普通のナメクジの様に、グネグネを激しく身体を蠢かせ呻いているということ。

 よく見てみれば殴られたところから煙が出て、滑っていた表面が乾いている。

 

 そういえばさっき服に飛び散った時も、そこが焦げて穴が開いた。

 どういう仕組みかは知らないがこの粘液、当たったところが乾いたり、あるいは熱くなって燃えたりするらしい。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

種族 アシッドスラッグ

名前 ゲニー

 

LV 15

HP 3/70 MP 44/44

状態 脱水、火傷、酸蝕

――――――――――――――

 

 笑ってしまうくらいめちゃくちゃ効いてた。

 

 見続けていれば刻一刻とHPが削り取られ、あっという間に0へ。

 薄い水色の魔石がごろりと転がり、私の打撃ではびくともしなかったピンクナメクジが、いとも簡単に死んでしまった。

 必殺だ、まさに必殺、特効という他ない。

 『ストライク』では全くダメージが与えられなかったが、この粘液がまとわりついたカリバーで軽く突けばナメクジ狩り放題だ。

 

 いつも通り無機質な声が私にレベルアップを告げる。

 それも一じゃない、一気に三上がった。

 たとえボスとしての補正がかかっていても、その三倍あるピンクナメクジはステータスで劣っていても、経験値は十分にあるようだ。

 

「ふ……ふふ……!」

 

 にやにやと、自分でもちょっと変な笑みがこぼれる。

 だってこんなにおいしい話があるだろうか。誰もいない不人気なダンジョンで、恐らく破壊不可の武器がないと出来ない攻略法で、その上経験値が高い。

 最高だ。

 帰りたい? 冗談じゃない、麗しの湿地愛してる。

 

 まだピンクナメクジはそこら中にいて、カリバーに纏わりついた粘液が切れても、ちょっと突いて吐かせればいくらでも補充できる。

 

 

 地面を蹴り飛ばし全力疾走、のんびり這っているナメクジを次々に辻斬り、もとい辻殴り。

 ダメージを通して倒す必要はない。どうせ粘液が染み込めば勝手に死ぬし、倒しきれなくとももう一度粘液を擦り付ければいい。

 五体、六体、そして七体目を殴ったあたりで、流石にカリバーに纏わりついていたそれが無くなってきたことに気付く。

 

 湿地を走り回っていれば同然音が響くし、ナメクジたちは私を敵としてターゲットし始めている。

 当然離れれば奴らは近付けないし、その場合選んでくるのは……

 

『お゛ぉ゛ぉ゛……!!』

 

 シュッ!

 

 粘液による狙撃だ。

 大丈夫、私の俊敏はおそらく同レベル台と比べても高いし、落ち着いて対処すれば十分回避できる速度。

 先ほどこそ意外な攻撃にびっくりしたが、今度は全て余裕をもって避け、射線上へカリバーを振り回すことでたっぷりと粘液を確保することに成功した。

 

 粘液をくれたお返しとして一気に接近、つん、と飛び出した目や顔へカリバーを叩き込む。

 皆身体をグネグネと動かせ大喜び、ついでに見物へ来た他のナメクジたちも襲撃。

 さながら様子はパーティ会場、DJフォリアによる粘液祭りである。

 

 さあもっと来い、全員私の経験値になってもらう。

 もっと、もっと強くならないと。

 

 

 二十分ほど駆けずり回ったあたりで漸くひと段落、周囲に山ほどいたナメクジたちは全員グネグネと動き回り、一匹たりともこちらへ近づいてくる様子が無い。

 どうやら全員に粘液を叩き付け終えたようだ。

 

「ふぅ……」

 

 柔らかな泥にバットを差し込み、いつの間にか滲んでいた汗を拭う。

 春とはいえこうも動き回ってしまえば汗がすごい出る、跳ねた泥や粘液で服もボロボロだ。

 小さな粘液が跳ね肌を焼いたりもしたのだが、簡単に倒せる興奮で痛みが無く、そのうえ活人剣は最低1回復するようなので直ぐに完治。

 恐らくがっつりぶっかかればまた話は変わってくるのだろうが、この程度ならさほど問題は無かった。

 

『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

 

「あ、きた」

 

 どこかでほわりと小さな光、ピンクナメクジが死亡して消滅した証拠。

 直後にレベルアップ。

 一匹死に始めればあとは早い、次から次へと無機質な音声が鳴り響き、気が付けばあれほど蠢いていたナメクジたちの姿はなく、小さな水色の魔石が泥水を浴びてキラキラと輝いていた。

 

 綺麗だった。

 いや、蛍光ピンクの沼は確かに気持ち悪い見た目なのだが、きらきらと幾つもの魔石たちが反射し、不思議な色合いを生み出している姿は、何とも言えない物だ。

 むしろそんな色合いだからこそ、現実感のない不思議な美しさがそこにはあった。

 

「ステータスオープン」

 

――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 38

HP 84 MP 180

物攻 81 魔攻 0

耐久 233 俊敏 225

知力 38 運 0

SP 30

 

――――――――――――

 

 経験値累乗の効果が十二分に発揮され、ここに来てから僅か小一時間で十四もレベルが上昇してしまった。

 その上SPも30増えたとあれば、もはやいうことが無い。

 麗しの湿地、最高である。

 

 泥にうずもれた魔石を一つ一つ拾い集め、ポケットへ入れていく。

 どうせもう服も泥まみれだし関係ない。ダンジョンの近くには血などを流すため水道が設置されているし、頭からそれを被ってしまえば全部流れる。

 ついでにカリバーもそれで洗ってしまって、日向ぼっこで身体を乾かそう。

 

 合計37の魔石、恐らくいくつかは埋もれたままだが、そういった魔石はまた魔力となってダンジョンに吸収されるらしいし、放っておいても問題ないだろう。

 一体いくらになるのか、わくわくする。

 沢山稼げたら、希望の実ではなくちゃんとしたご飯が食べたい。

 レストランに行って、この前女の子たちが話していたミラージュ風ドリアというのを食べてみたいし、ジュースも飲みたい。

 服も安いので良いから欲しい、これから暑くなっていくし今着てる長袖で暮らすのは厳しいだろう。

 

 泥の上を闊歩し入り口へ向かう……が、何か白い物体が落ちていた。

 四角く、ちょっと突いてみれば柔らかい。

 灰色の泥の上、当然それは良く目立つ。

 

 来た時はこんなもの無かったのに……あ、もしかしてこれがドロップアイテムって奴だろうか。

 私の運はなんかとんでもないことになっているので、そういった手合いには今まで出会ったことが無かったが、運が0でも落ちないという訳ではない様だ。

 ふふ、一体何だろうこれ。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――

 

アシッドスラッグの肉

 

――――――――――――

 

 ふふ、本当になにこれ。

 食べれる?



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第十四話

 水道からだばだばと贅沢に水を出し、手や足、泥の飛び散った上着やズボンも洗っていく。

 カリバーは水に漬けると、物凄い水を飛び散らせて蒸気を出すのが怖かった。

 ついでに泥の上に落ちていたので、ナメクジの肉も一応洗っておく。

 

 流石に外で脱ぐわけにも行かず上から水を被っているが、ダンジョン探索で温まったとはいえ冷える。

 サッと脱いで軽く絞り着なおし、なんかの大きな平たい記念碑の上で日向ぼっこ。

 日に当たれば春の日差しはぽかぽかと温かく、眠気が襲ってきた。

 

 このままごろりと横になり寝てしまいたい気分だが、それをするより先にナメクジ肉をどうするか考えなくては。

 粘液だとかがドロップするならともかく、肉が落ちるとは思ってもいなかった。

 まさに青天のムキムキだ。

 

 果たしてこれは食べられるのか、いや、見た目も綺麗で食べられそうな雰囲気は纏っている。

 

 触ってみればイカというか、貝のぐにぐにしたところみたいな感触。

 あのピンクナメクジの肉だとは思えないほど、白くてきれいなのが不気味だ。

 食べるにしても生ではなく、せめて過熱して食べたい。泥の上に落ちていたし、そうでなくともナメクジの肉なんて何があるか分かったものではない。

 生肉とキノコは生で食べるとヤバい、それを私は嘗ての生活で学んでいた。

 

 勿論捨てるなんて考えはない、食べられるものは食べるべきだ。

 

「……協会ならキッチンか、焚火出来る場所ないかな」

 

 という訳で帰ることにした。

 

 

 入れる袋も用意していなかったのでナメクジ肉を握って持っていたら、通りがかったおばさんからビニール袋を貰った。

 雨も降っていないのにずぶ濡れなことを心配されて、警察を呼ばれかけたりもしたが、どうにか電車で無事に帰還、そのまま協会へ直行する。

 

「なんだガキ、探索者志望か? 世間の物語程楽しいものじゃねえよ、さっさと帰れ」

「これ、魔石」

 

 いつものカウンターだったのに、園崎さんがいなかった。

 髪の毛を激しくツンツン尖らせた目つきの悪い男が、出会って早々帰れと警告する。

 

 五分ほどガキじゃない、鑑定しろと繰り返し伝えて渋々鑑定、漸く私が15だと認めてもらえたが、それでもつっけんどんな調子は変わらない。

 なんて失礼な奴なんだ。

 髪の毛では飽き足らず、態度まで攻撃的じゃないか。

 

 むかつくので名前を憶えてやろうとネームプレートを見れば、そこには見慣れた園崎の文字。

 

「なんだよ、人の顔見てんじゃねえぞ」

「別に。早く買い取って、あとキッチンとか借りれる?」

 

 態度は悪くとも仕事はしっかりこなすつもりらしく、なにか魔石をいじくったり台に乗せたりと忙しい。

 しかし園崎さんと比べて精彩を欠いているというか、手際が悪い。

 始めてみる顔だし、新人なのかも。

 

 時間がかかりそうなので、適当に協会内を見回す。

 時刻は昼頃、皆ダンジョンへ潜っているのだろう、私のほかに探索者は数人しかいない。

 緻密な飾りのついた鎧を着込んだ、ぴかぴか光る剣を担いだ男だとか、大きな宝石が付いた杖を持っている女がいる中、一人バットを持っている私は凄い目立った。

 

 私みたいな初心者は置いておいて、探索者の多くはダンジョンからドロップする武器や防具を纏う事が多い。

 かつて最盛を迎えたらしい科学技術による武器などは、低レベルのダンジョンなら確かに強力な物だった。

 しかし難易度が上がるにつれ人々の身体能力や敵の攻撃力も飛躍的に上昇、つまりまともに効かなくなってしまうのだ。

 銃を撃とうと高レベルのモンスターなら皮膚で弾いてしまうし、レベルが上がった筋力で直接殴ったほうがダメージが出る。

 

 迷宮から出る装備は良く分からないが、なんか硬かったり切れ味が良かったりする。

 というわけで、高い金をはたいてそんなものを纏うより、ドロップ品を狙う方がいい。

 勿論それで諦める人類ではなく、科学技術と魔法の融合も日々行われていて、それが私の乗った『電車』だったりする。

 

「……い、おい、鑑定終わったぞ」

「ん」

「協会の裏に鍛錬場があるから、火使うならそこでやれ。他の探索者も偶に勝手にコーヒー沸かしたりしてるし」

「ん、ありがと」

 

 払われたお金は一万八千五百円、ピンクナメクジの魔石は三十七個拾ったはずだから一個当たり、えーっと……五百円かな?

 

 軽く小突くだけでこんなにお金がもらえるなんて、穴場という話は本当だった。

 これから数日間、ボス戦に突撃するまでは麗しの湿地でお金を稼ぎつつ、レベルも一気に上げてしまおう。

 存外の収入、服もボロボロになってしまったし、丁度いいので新しく買いに行こう。

 心が躍る。自分で服を買いに行くなんて初めてで、どんなものを買ったらいいのかもわからないけど。

 

 そして名も知らぬ彼に聞いた鍛錬場、そんなものがあるとは知らなかった。

 

「あ、おい待て結城」

「なに?」

「これ持っていけ、五百円で貸し出ししてるから。ちゃんと返せよ」

 

 ポイっと投げ渡されたのは、おもちゃの銃みたいななにか。

 よく見れば魔石が嵌め込まれており、ボルトを回転させて撃つことで火を出したり、水を出したりできる便利アイテムらしい。

 これで火を付けたり、終わった後は消火しろとのこと。

 

 五百円玉を投げわたし、ありがたく借りる。

 私も欲しいのだがダンジョンのドロップ品で、模造品も数十万するらしいので諦めた。

 

 銃とバットを手にぶらぶら歩き、協会の後ろへ向かう。

 確かに話に聞いていた通り踏み固められた地面が広がっていて、所々消し炭の後があった。

 そして休憩用の椅子もいくつか設置されていて、その一つに見慣れた姿。

 

 背中まであるつやつやの黒髪、ぴんと張った背筋。

 園崎さんだ、何か食べてる。

 

「園崎さ……ん……」

「むぐ……っ!?」

 

 後ろから覗き込んでみれば、彼女の手元にはボロボロに千切られた文庫本。

 それを指先でちまちま引き千切っては、まるでお菓子でも食べる様に口へと運ぶ。

 鼻歌交じりな辺り、本当においしいらしい。

 

 紙って食べること出来たんだ、私も何もないとき新聞食べればよかったのかな。

 雑誌とかもよく道に転がっているし、それを拾い食いすればお腹ペコペコでも苦しまずに済んだかも。

 

 声を掛けた瞬間物凄い勢いで振り返り、目を真ん丸に見開く園崎さん。

 私の声を聞いた彼女の口の端から、ぺらりと小さな紙片が零れ落ちた。



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第十五話

 彼女の口角からぺらりと風を舞う小説の破片、それを摘まみ上げ口へと運ぶ。

 

 もさもさとして無味、だが微妙にインクと紙の匂いがじんわりと溢れる。

 つまり不味い、流石に希望の実よりは食べようと思えば食べられるが。

 雑誌だとか小説だとか関係なく、紙は食べるものではないし、食品として扱われているのを見たことが無い。

 もしかしたら私が知らなかっただけかもと思って食べたが、至極当然の現実が風味となり鼻を通り抜けた。

 

「え、ちょっ、な、なんで食べっ!?」

「園崎さんは紙食べるの好き? 私は苦手かも」

 

 もしかしたら美味しい食べ方があるのかもしれない、炒めればいいのかな。

 

 暫しわたわたと両手を動かし、なにやら思案している園崎さん。

 人に見られるの嫌だったのかな、悪いことしたかもしれない。

 

「い、いや私は……そう、スキル! ユニークスキルの能力で食べることが出来るの!」

「へえ、すごい。うらやましい」

 

 そんなユニークスキルもあるなんて、本当にうらやましい。

 素直に感心していた私だが、園崎さんは椅子に座ったまま、何故か私の様子を窺うように下目使い。

 

「……変じゃない? 気持ち悪くない?」

「……? なんで?」

「――ううん、なんでもない! ごめんね変な所見せちゃって、鍛錬でもしに来たの?」

 

 園崎さんの挙動が一番変だ、とは言えない。

 私なんてよれよれぼろぼろの服を着て、バットを片手に町を闊歩しては、誰も食べない希望の実を常食している人間だ。

 紙を食べる以外普通な園崎さんより、多分私の方が社会的に駄目な存在だと思う。

 

 彼女に袋の中身を見せ、これを焼いて食べたいというと興味を持ったらしく、私も横にいていいかな? と聞いてきた。

 勿論断るわけもなく、椅子を一つ引っ張ってきて、彼女と焚火を作って囲むことにする。

 

 焚火などやったことが無かったが彼女が詳しく、辺りに生えてる木々の枝を拾い集めては積み上げあっという間に組み上げてしまった。

 最後に食べていた小説をぺりぺりと千切り

 

「あ、しまった。これじゃ火がつけられないわね」

「これ使う?」

「あ、もしかしてキー君から借りてきたの? ありがとうね」

 

 手慣れた様子でトリガーに指をかけ、紙片へ火をつける。

 暫し残った小説で仰いでやれば炎は大きく育ち、木の枝を舐めてぱちぱちと猛り始めた。

 肉を枝に付け地面へ刺し込んでやればじっくりと炙られ、ジュクジュクと美味しそうな臭いや音が溢れ出す。

 とはいえそこそこ分厚いし、ゆっくり焼くべきだろう。

 

 二人で揺れる炎を見ていると不思議と口も軽くなり、園崎さんは色々と話し出した。

 キー君とはあの受付のムカつく奴で、彼女の弟でやはり今日から協会支部へ配属となったらしい。

 口は悪いけど良い子だから仲良くしてあげてね、そう笑う彼女の横顔は、一人の姉として弟を大切にしているのが分かる。

 

 ……正直気は進まないがまあ、買取や受付でいつもお世話になっているしちょっと様子を見るくらいなら、考えなくもない。

 

 彼女いつも人の少ないこの時間にここに来ては、のんびりいろいろな本を食べているそうだ。

 本に篭もった書き手の思いや、文章の内容が色々な味となって楽しめるらしい。

 良く分からないけど、私には思いもよらない味を食べることが出来るなんて楽しそう。

 いつか私にもそんなスキルが生えてこないかな、なんてつぶやいたが、彼女は引き攣った笑みを浮かべるのみだった。

 

 雲が流れていくのを眺めながら、のんびりと肉が焼けるのを待つ。

 微かに透明がかっていたナメクジ肉であったが、しっかりと火が通ったらしく軽い焦げ目と、白くなった内部。

 

「いただきます」

 

 噛みつけばあの殴った時の弾力は何処へやら、さっくりと柔らかく簡単に食い千切れる。

 味は油もなく淡白で、しかし噛めば噛むほどしっかりとした旨味が溢れ、満足感があった。

 触った時の感触通りと言えば通りか、塩味こそ足りないがこれは貝だ。旨味の強さといい、大きな貝を食べているような食感と味。

 

 なんて良いものを見つけてしまったんだ。

 

 希望の実は確かに食べるだけで栄養が取れるが、恐ろしいほど不味いし流石に飽きる。

 この味なら塩を買って掛けるだけでおいしく食べられるし、希望の実の味を誤魔化すのにも十分、しかも狩場で拾えるのだから言うことが無い。

 ドリアは後回しだ、今はこれを食べてお金を貯めよう。

 

 むごんでもにゅもにゅと食べていると、横から視線を感じる。

 ちらっと向いてみれば園崎さんが私の手元を見つめ、しかし慌ててそっぽを向いた。

 ならない口笛なんて吹いて、この人は嘘や演技が下手だ。

 

「一口食べる?」

「いや、流石に貧乏の中毎日頑張ってる子のご飯を貰うことは……」

「いいよ、どうせ明日も拾うだろうし」

 

 口では嫌がっていても、身体は正直だ。

 ずい、ずい、と突き出してやれば臭いが鼻をくすぐり、結局彼女も一口食いついた。

 

 お上品な小さい一口であったが旨味は確かに伝わったらしく、一瞬口を止めて、そのまま無言で呑み込んだ。

 

「あ、美味しいわね……!」

「うん、おいしい」

 

 そういえばだれかとご飯を一緒に食べたのは、随分と久しぶりな気がする。

 いや、施設では他の子どもと一緒に食事するのだが、ほぼ強制なそれとこれとはまた別の話だ。

 

 もう一口食べるかと突き出すも、流石に断られてしまう。

 結局ほとんどを自分で食べつつ園崎さんと話していると、後ろから大きな影が降りた。

 



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第十六話

おう園崎……っと、弟もいるから分かりにくいか。美羽、この書類なんだが……」

「あ、筋肉」

 

 筋肉だ。

 何やら分厚い書類を片手にせわしなく何かを確認しているあたり、どうやら園崎さんと事務についての話があるよう。

 

 筋肉といったワードに反応し、私がいたことに気付く筋肉。

 怪我はないか、何か変なことは起こらなかったかと聞いてきたので、今日起こったことを教えてあげる。

 粘液を使えばピンクナメクジを簡単に倒せるという事、カリバーがユニーク武器になって壊れなくなったこと、そしてナメクジ肉は凄い美味しいという事を。

 

「ほう……見た目や酸で人気が無い場所だったが、そういった方法があったか。ガラス製の武器なんかを用意すれば、誰でも簡単に狩れるかもしれないな……」

「あ、でもカリバーがユニーク武器にならなかったら、私も危なかったかもしれない。スウォームの時もそうだけど、筋肉は多分倒せるだの適当過ぎる」

「あー……悪い。ちょっと細々した感覚が怪しくてな」

 

 実は結構この事について怒っていた。

 お前ならいけると勇気づけるのは良いが、結構死にかけることもあったし、彼の大丈夫はいまいち信用が出来ない。

 

 頭を掻き、ばつの悪そうな顔で謝る筋肉。

 まあ結局今のところは生きているから許すが、彼の知識量は信用しても大丈夫という言葉は信頼しない方がいいかもしれない。

 

「ああそうだ、お嬢ちゃん」

「……?」

「アシッドスラッグの肉は魔法触媒になると聞いたことがあるが、食う奴は初めて見た。 腹壊すなよ」

「……!?」

 

 うまいうまいと食べていた私と園崎さんが、顔を見合わせ驚愕する。

 大丈夫……だいじょうぶだよね?

 

 

 翌日、特に体調の異常などもなかった。

 

 良かった、これならナメクジ肉を食べていっても問題なさそうだ。

 さて、今日も今日とてダンジョン探索と言いたいところだが、その前にすることがある。

 

 紙コップに無料の水を注ぎ、ネットカフェの個室でステータスを開く。

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 38

HP 84 MP 180

物攻 81 魔攻 0

耐久 233 俊敏 225

知力 38 運 0

SP 30

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV2

鈍器 LV1

活人剣 LV1

 

称号

生と死の逆転

 

―――――――――――――――

 

 なんてことは無い、私のステータス。

 しかし昨日のナメクジ狩りでSPが入ったので、何かスキルを強化するなり、基礎スキルを習得するなりを考えている。

 

 一般的にスキルはレベルと基礎SPを掛け合わせることで、次のレベルにおける必要SPが計算できる。

 基礎SPというのはLV1からLV2にあげる時必要なSPで、私の『経験値上昇』なら10だ。

 すると高ランカーのスキルはとんでもないレベルになるんじゃないか、なんて思うが、現実はそう上手くは行かない。

 なんとスキルレベル10ごとに必要SPが10倍へ跳ね上がってしまう。

 例えば『経験値上昇』の基礎SPは10だったが、スキルレベル11へ上げるためには100SPではなく、1000SP必要になる

 勿論その分メリットもあって、新たなスキルを習得したり、性能が大きく上がるのだが。

 

 まあその話はレベル数万、Cランカー以上でないとあまり関係のない話。

 今の私には遠い話である。

 

「うーん……どうしよ」

 

―――――――――――

 

スキル累乗LV1→LV2

必要SP:100

 

経験値上昇LV2→LV3

必要SP:20

 

鈍器LV1→LV2

必要SP:10

 

活人剣LV1→LV2

必要SP:50

 

―――――――――――

 

 勿論悪食や口下手のスキルレベルは考慮に入れない。

 第一私は悪食と言われるほどそこまで変なものは食べていないし、口下手なんて変なスキルこれ以上上がっても困る。

 希望の実はダンジョンの遭難者が口をそろえて、あれが無ければ死んでいたという程凄い実なのだ。

 同じ口で、次遭難したら餓死を選ぶなんて言うほど不味いが。

 

 すると現状上げられるのは『経験値上昇』と『鈍器』の組み合わせか、レベルが上がるのを待って『活人剣』や『スキル累乗』を上げるかになる。

 

『経験値上昇がLV3に上昇しました』

『鈍器がLV2に上昇しました』

 

 が、やはりここは『経験値上昇』と『鈍器』だろう。

 『活人剣』は案外便利なスキルであったが必要SPが高いのと、今調べてみた所1%しか効果量が上昇しないらしい。

 今のところLV1でも十分戦えているし、無理にあげる必要はない。

 

 そして私の一番の強みである『スキル累乗』だが、恐らくSP100まで我慢してこのままで上げるより、SPが溜まるごとに『経験値上昇』を上げていって成長を加速していった方が、恐らく効率が良いと考えた。

 

 まあ計算は苦手なので、あっているかは分からない。

 ぶっちゃけ誤差だと思うけど、本音を言うと経験値が沢山入ってレベルを上げたほうが楽しそうという、すごい個人的な考えだ。

 最終的な目標は誰にも嫌がらせされない最強になる事だし、多少過程が変化しようとどうでもいいのだ。

 

――――――――――――――――――

 

経験値上昇 LV3

 パッシブスキル

 経験値を獲得する時、その量を【×9倍】

 現在『スキル累乗』発動中

 

鈍器 LV2

 パッシブスキル

 打撃系武器の威力が1.15倍

 

――――――――――――――――――

 

 経験値上昇は予想通り三倍、スキル累乗の効果もかかって九倍。

 しかしながら鈍器は1.2倍まで上がると思いきや、想像以上にこまごまとした数値になってしまった。

 勿論『ストライク』のように、基礎スキルを上げていくことで生えてくるスキルもあるので、これが無駄だとは言わない。

 

 よし、今日もナメクジいじめに行くか。

 

 紙コップの水を一気に飲み干しクシャッと潰すと、私はカリバー片手に立ち上がった。



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第十七話

「ほい」

 

 粘液付きバットで殴打。

 

「つぎ」

 

 近寄ってきたナメクジはお仕置き。

 

「よっと」

 

 近寄ってこないナメクジも襲撃。

 我ながら野蛮だが仕方ない、冒険者とはそういう物。

 ウホウホ筋肉帝国の使者として、これはいわば使命なのだ。

 

 昨日の焼き戻しの様に、周囲にはグネグネと蠢くナメクジたち。

 そいつらが次から次へと死亡し姿を光に変え、ドロップした魔石を私が回収する。

 暫くするとまたピンクの沼からナメクジたちが這い出てくるので、歓迎パーティ代わりにその頭を粘液付きバットで殴り飛ばす。

 

 あ、ナメクジ肉落ちた。

 

 昨日おばさんから貰ったビニール袋に放りこみ石の上に放置、どうせここには私以外誰もいないし、盗まれることもない。

 昨日ナメクジを簡単に倒せる方法を筋肉に伝えたのだが、彼は私がここで暫く狩り続けるだろうから、それが終わったら情報を公開すると言っていた。

 

 まあ私の場合は『スキル累乗』と『経験値上昇』の組み合わせで、他人とは比にならない成長速度なので、恐らく一週間もすればここから去ることになる。

 そうしたらここは一躍人気ダンジョンになるだろう。見た目は確かに汚くとも簡単に倒せるなんて、初心者垂涎の経験値稼ぎ場になるのは間違いない。

 

 さらに有用な情報には報奨金が出るらしく、なんと五万円も貰ってしまった。

 今の私は七万円も持っている、大金持ちだ。

 このお金で服を買おうと思ったのだが、『麗しの湿地』では泥や酸が跳ね直ぐに汚れてボロボロになってしまうし、ここを攻略してから新しく買うことにした。

 

『レベルが上昇しました』

 

 石の上でぼんやりとナメクジたちが消滅するのを待っていると、レベルアップの音声が耳へ飛び込んできた。

 流石にレベルの上昇も緩やかになってきたとはいえ、スキルレベル自体を上げたことによって、今なおレベルアップは起こる。

 しかしながらナメクジのレベルは15、今のレベルアップにより私のレベルは40となったので流石にもう厳しいだろう。

 

 麗しの湿地は推奨レベル15~50、今までは入り口近くでナメクジを狩ってばかりいたが、そろそろいい頃合いか。

 普通ならもっと低いレベルで奥へ向かうのかもしれないが、私はソロで致命的なダメージを受けた瞬間おしまいだ。

 少し慎重すぎるくらいがいい。

 

 オークに頭を潰される直前の、手足から血が引く感覚を思い出し身が勝手に震えた。

 流石にもうあれは勘弁してほしい。

 

 

 カリバーを掴み上げ、石の上から飛び降りる。

 泥が飛び散るが今更だ、駆けずり回ってフルスイングを繰り返しているせいで、既に全身泥まみれだし。

 一度ナメクジたちを壊滅に追い込むと、彼らが沼から出てくるまである程度時間がある。

 その間に悠々と闊歩、沼地を進んで行く。

 

 しかし先ほどまで何もなくだだっ広い泥が広がっていたというのに、奥に進んで行くと三メートルはあろうかという巨大な蓮の葉が、あちこちからにょきにょき生え始めた。

 勿論沼の色とそっくりな花も咲いていて、随分と幻想的な雰囲気がある。

 モンスターが動くような影もなく、気が抜けていたのだろう

 

「……!?」

 

 音もなく後ろに忍び寄っていた、そいつに気付かなかった。

 

 始めに感じたのは奇妙な動きづらさ、そして遅れて走ったのがわき腹への激痛。

 先生との戦いで考えるより先に回避行動が身に染み付いていて、そのまま泥の中を前転し、鑑定を発動しつつ振り返る。

 

――――――――――――――――

 

種族 パラライズ・ドラゴンフライ

名前 ララミア

LV 37

HP 121 MP 71

物攻 277 魔攻 84

耐久 21 俊敏 301

知力 57 運 41

 

――――――――――――――――

 

 音もなく背後に忍び寄っていたのは、一メートルほどの巨大なトンボ。

 薄い灰色の身体は泥の色と混ざっており、遠目からだと気付くことは難しいだろう。

 私が追撃を回避したことで警戒を始めたのか、その場でホバリングしてこちらの様子を窺っている。

 

 薄く透明なその羽、しかし今は赤く染まっている。

 あれにやられたようだ、なかなかいい切れ味じゃないか。

 

 睨み合い、どちらが動くかを待つ。

 レベルの高さもさることながら、自信のあった俊敏ですら負けてしまっているあたり、下手に殴り掛かれば手痛い反撃を喰らうのは間違いない。

 耐久は見るからに低いので、攻撃さえ当ててしまえば一撃で倒せるだろうし、冷静になれ私。

 

 カリバーを低く構え、一触即発の一瞬を待つ。

 

 不意に首を回転させたかと思うと、猛烈な勢いで真正面から突撃してくるトンボ。

 

 そちらがその気なら、正面から叩き潰してやる。

 

「『ストライク』!」

 

 輝く斜めの振り上げが唸りを上げ、トンボの頭を叩き潰さんとその飛行ルートへ差し掛かる。

 ナメクジの粘液弾を受けていたのも功を奏して、そういったタイミングを計るのも上手くなった。

 

 筈だった。

 

「……っ!?」

 

 トンボはつい一瞬まで恐ろしい速度で接近していたというのに、ストライクの範囲ギリギリでピタッと止まっていた。

 ホバリングだ、こんなに身体が大きいのに小さなトンボと遜色ないほどの。

 獲物を見過ごし、大きく弧を描くカリバー。そしてご自由にどうぞとばかりにがら空きな、私の胴体。

 

 やってしまった!

 

 冷たい汗が背中を流れる。

 声によるスキルの発動はだれでも綺麗な軌道を描けるが、その代わりに決まった形しか描けない。

 勿論敵に当たらずともそれは変わらなくて、スキルの余韻として一直線に振り切ってしまった私の隙を、トンボが見過ごすわけもなかった。

 

 世界が色を失い、時の進みが遅くなる。

 動かぬ身体でどこか冷静に、この状態は不味いと脳が警戒を鳴らしている。

 だがそんな考えている私を嘲笑う様に、脇の下へもぐりこんできたヤツは、先ほど切り裂かれた脇の肉を噛み千切った。

 

「う……あぁ……っ!」

 

 視界が激痛で赤く染まり、堪らず悲鳴が漏れる。

 抑えた所からぬるりとした血が出ているが、幸いにして傷はそこまで深くはなさそうだ。

 私の肉がよほどうまかったらしい。口元を蠢かせつつ蓮の葉に止まり、じっと見つめるトンボ。

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 40

HP 76/88 MP 185/190

 

――――――――――――――

 

 恐らく同レベルの中でも高い耐久のおかげで、致命傷という程ではない。

 とはいえ一撃で一割以上持ってかれたし、血も出ているし、今も痛すぎて涙が止まらない。

 どうしてこんなヤバい奴が居るんだ、さっきのナメクジは一体何だったのだ。

 

 今までスライム、先生、そしてナメクジと全て遅い敵ばかりで、積極的に高速戦を仕掛けてくる奴は居なかった。

 慣れない戦法、その上二発も攻撃を受け止めてしまったとあれば、これはなかなか分が悪い。

 逃げるにもこの速度だ、背中を狙われて美味しく頂かれてしまうだろう。

 

 辛いが、戦うしかなさそうだ。

 まだやりたいことが沢山ある、ここで死ぬわけにはいかない。

 

 唇を強く噛み締め、私はカリバーを構えた。 



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第十八話

 さて、どう動く……?

 

 空中にピタッと止まり、首をねじってこちらを観察するトンボ。

 一方私はゆっくりと擦り寄り、一撃が届く範囲にまでトンボが動かぬよう祈るのみ。

 当然殴られてはたまらないトンボも必死であり、少しでも触れそうになれば、つい、と滑らかに空をかけ距離を取る。

 

 足元はぬかるんでいて、その上俊敏値でもトンボに負けている。

 無駄に走って追いかけっこをしたところで、障害物がないトンボの方が有利なのは決まり切っているので、どうにかこちらの範囲内に奴を誘導するしかない。

 虫という生き物は本能で動いているとばかり思っていたが、どうやらこのトンボに関していえば確かな知性を感じる。

 

 無機質な複眼が私を見つめる中、おもむろにポケットへ手を入れ、希望の実を口へ放り込む。

 

 どうやってアレに攻撃を仕掛けた物か……おえ、まっず。

 

 食べなれた不味さが口内と鼻をタコ殴りにして、気付かず焦りに襲われていた思考がリセットされる。

 魔法などの飛び道具は無く、私の攻撃に使えるスキルはストライクのみ。

 いや待て、ストライクで遠距離攻撃は……

 

 出来る!

 

 周囲を見回しその場を疾走、お目当ての物は泥の上、半分ほど沈んだ形でそこらに転がっていた。

 

 カリバーの先でほじくり叩きあげ、泥まみれのそれを握る。

 ざらざらと硬く冷たい灰色、握った私の手には先ほどまで埋まっていた地面の冷たさが、じんわりと染みた。

 なんてことは無い、ただの石だ。

 

 それをいくつか掘ってはポケットに突っ込む。

 

 大切なことを失念していたよ、バットは物を殴って飛ばすものだって。

 てっきり壁やナメクジをサンドバッグにするための物だと思い込んでいたが、そういえば元々スポーツ用品だった。

 

「うりゃ! 『ストライク』!」

 

 私が逃げ出したと思い込んだのだろう、一撃を叩きこもうと直線状に飛んできたトンボ。

 その真ん前へ、スキルによる全力の加速を受けた石が飛び込んだ。

 

 

 が、直前になって視認したのだろう、翅を大きく揺らめかせるトンボ。

 それもギリギリで避けられ、また一直線にこちらへ飛翔。

 

「ほーむらーん!」

 

 石に集中しすぎたのだろう、駆け寄っていた私には気付かなかったらしい。

 今まで聞こえなかったトンボの翅音が聞こえるほどの至近距離、一瞬彼の瞳が私を貫いた気がした。

 だから何だって話なんだけど。殺すね。

 

 掬い上げるような私とカリバーの一撃が、そのくりくりとした複眼を叩き潰した。

 

 こすれ合う金属のような絶叫、なんかねちょっとした体液。

 もがき苦しむように蠢く足、透き通るような翼が泥に塗れ汚く染まっていく。

 バットに少しナメクジの粘液が残ってたみたいで、じゅわじゅわと煙が出ているのが、見ているこちらまで痛くなる。

 

 虫に叫ぶ喉はないと思うので、多分本当に翅かなんかが擦れているだけだと思う。

 いやまて虫って叫ぶのかな、私が知らないだけかもしれない。

 まあどうでもいいか。

 

 トドメの一撃を打ち込もうとカリバーを握り直し、地面で暴れるトンボへ近づいたところで

 

「ひゃ……れ……?」

 

 かくっと、足から力が抜けた。

 

 足だけじゃない、カリバーを握っていた両手すらも力が入らない。

 一体何が……

 

 ふと思い出すのは、このトンボの正式名称であるパラライズ・ドラゴンフライだったか。

 ははん、なるほど。

 パラライズってのは確か、麻痺とかそんな感じの意味だったよね。

 大体わかった、さっき切り裂かれたか噛みつかれたかしたときに、麻痺毒を打ち込まれたみたいだ。

 

 積極的に攻撃を仕掛けてこなかったのも、その内麻痺するからってわけだ。

 本当に頭いいなこのトンボ、賢過ぎて嫌になる。

 

 動かなくなった身体は重力に導かれ、私は泥に横顔を突っ込んだ。

 泥に埋もれていない右目で見て見れば、ふらふらとゆっくりながらも飛び上がり、残った片方の複眼でこちらを睨みつけるトンボ。

 ゆっくりと顔半分が溶かされているがお構いなし、死ぬならば私もろともというわけだ。

 

 不味い、全く体が動かない。

 死にたくない……!

 

 今までの精密な飛行と打って変わって、荒々しく翅を掻き回しすさまじい羽音を立てるトンボ。

 得意の大顎は無くともその鋭い翅は健在、そのまま突っ込まれれば無傷じゃ済まない。

 それにここはダンジョンの中で、ただぶっ倒れていたらいつ他のモンスターに襲われるか。

 どうにかここを切り抜けないと……

 

 痙攣した腕、力が入らない。

 だが逆に、痙攣しているせいで私の手は、カリバーを握った形のままだ。

 頼む……発動してくれ……!

 

「『しゅきりゅりゅいひょ(スキル累乗)ひゃいひょひぇんひゃ(対象変更)すふょらいふゅ(ストライク)

 

 カチリ、と、私の中で何かが切り替わった。

 

 来た。

 たとえ活舌が麻痺で死ぬほど悪くても、そこに『私の意志』 があれば発動するらしい。

 

 見る見るうちにこちらへ近づくヤツの顔を見ながら、天へ祈るような絶叫。

 

「ふひゃああああああっ! 『すふょらいふゅ(ストライク)』!」

 

 ドンッ!

 

 泥の柱が天高くに登り、私の身体も一緒に空へ撃ちあがる。

 眼下に見えるのは、最大の仇を殺そうと突撃するも、爆音とともに突然姿を見失ったトンボ野郎。

 

 スキルの効果は、その身体を強制的に決まった動きへ導く。

 麻痺した身体でもMPによる操り人形として働き、『スキル累乗』の強化によって性能を引き上げられた『ストライク』は、私の身体を発射するエンジンの代わりを十分に果たした。

 

すふぇーふゃふゅ(ステータス)

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 40

HP 31/88 MP 170/190

 

――――――――――――――

 

 やっぱり無理にスキルを発動させたのと、地面にストライクを叩き付けた反動をもろに喰らったせいで、結構ダメージを受けてしまっているようだ。

 まあ、トンボは耐久が低いし『累乗ストライク』と『活人剣』の組み合わせである程度回復できるから、死なないはず。

 多分、だいじょぶだいじょぶ。

 

 地面を這いつくばるライバル、だが私の勝ちだ。

 

「『スヒョライヒュ(ストライク)』!」

 

 ミチィッ!

 

 若干麻痺が引いて回復した滑舌でストライクを発動すれば、引力も合わさってその胴体にみっちりと食い込み、そのまま衝撃波で爆散する。

 

『レベルが上昇しました』

 

 聞きなれた音声と共にトンボの姿が消え、空の様に水色の魔石だけが残った。

 今回はなかなかヤバかった。ここまで追い込まれたのは、先生にお腹をぶっ飛ばされたとき以来かもしれない。

 泥の上とはいえ衝撃で痺れる足、着地の体勢であるがに股のまま、どうにか戦いに勝利した安どのため息を漏らす。

 

 あ、『経験値上昇』に『スキル累乗』の効果乗せるの忘れてた。



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第十九話

 恐らく一体倒すだけでレベルが1上がったので、このトンボは相応の強敵だったのだろう。

 勿体ないことをした。

 一々『対象変更』と宣言しなければ変えられない現状は、なかなかにして面倒だ。

 どうにか短縮して発動、それか意志だけでの変更が出来ないだろうか、戻ったら試行錯誤するべきだろう。

 

「ケホッ……ステータスオープン」

 

――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 40

HP 12/92 MP 150/200

 

――――――――――――――

 

 無理やりスキルを使ったからだろう、死にかけだ。

 

 切り裂かれたわき腹と、無理が祟ったのだろう、胸や足がジンジンと痛い。

 手を当てて咳をすれば響く鈍痛と共に、喉の奥から生臭い鉄の風味がせり上がってくる。

 眉を顰めてそれを吐き、流石に戦闘の継続も厳しいので協会へ戻ることにした。

 

 辛い。

 心の中で誰かが、もう十分レベルは上がっただろうと、バイト生活に逃げても良いんじゃないかと甘く囁く。

 バイト生活が嫌だとして、ナメクジを倒すだけでも一日数万円と、十分以上のお金が稼げる。

 無理に先へ進もうと戦い続けなくとも、最強を目指さなくても良いんじゃないか。

 

 私の足を止めようと吹き込んでくる悪魔、それを薙ぎ払う様にカリバーを振り回す。

 弱気になるな、一度足を止めたら二度と立ち上がれないぞ、私。

 拾ったトンボの魔石を握りしめ、折れそうな心へ活を入れる。

 

「帰る前にナメクジ殴っておこう……」

 

 痛む身体を引きずりながら、トンボの後だと癒しに感じる蛍光ピンクな奴らを思い出す。

 遅くて、サンドバッグになって、HPも回復出来て、お金にもなる最高な奴ら。

 これはストレス発散じゃない、HP回復のためだ。

 本当だよ。

 

 

「魔石」

「ちっ、なんだお前……!? お前身体どうしたんだよ!?」

「なんだっていい、戦うなら怪我するのは当然。換金」

 

 今日も受付にいたのは園崎弟、たしか園崎さんはキー君とか言っていたか。

 HPは半分ほど回復して傷口もある程度塞がり、鈍痛も薄れているとはいえ服がボロボロなのは変わらない。

 相変わらず入り口の水道で洗ったとはいえ泥汚れも残っているので、それを見て驚いたのだろう。

 

「大丈夫な訳ねえだろ! 回復術師の人来てくれ!」

 

 頼んでもいないのに、勝手にお抱えの回復術師を呼ばれてしまった。

 まあ流石に今日は利用するつもりだったので良いのだが。

 

 柔らかな光に包まれ、全身から痛みが引いていく。

 薄く貼っていた皮膚の下に肉が生まれ、食い千切られたはずの所はしっかりと、周りとの色差もなく元通りに回復した。

 回復魔法と名乗るだけあってさすがの効果量である。私も魔攻があれば使えたらと思うと、口惜しい。

 

「ありがと、千円」

「ああいらんいらん、俺が払っとくから! じゃ、ありがとうございました」

 

 ポケットからお金を取り出すが、園崎弟に押しのけられ、勝手にお金を払われてしまった。

 

 これは困る。

 

 他人に自分の物を渡す分には気にしないが、他人に施されると後で何を要求されるか分かったものではない。

 筋肉から一万円もらったときはお金に困っていたし、良い奴そうだからありがたく頂いて後で返すつもりだが、園崎弟は口が悪いし情けを掛けられたくない。

 園崎弟を手で払って千円を手渡そうと画策したのだが、何度やっても手で遮られてしまう。

 結局今回は奢られてしまった。

 

「だから言ったんだ、ガキは無理しないで帰れって。遊びじゃねえし危ねえんだよ」

 

 相変わらずウニの様に鋭い髪型で、いがぐりの様にツンツンとした言葉を吐いてくる。

 危ないのなんて分かってるし、もう何回も死にかけている、というか一度死んでいる私には今更の話。

 もういい、こいつの名前はウニで十分だ。

 

「うるさい、お前に私の何が分かるんだ」

 

 なおもしつこく寄ってくるウニ、それを無視して協会を出れば、流石に仕事中の奴も追ってくるのは諦めたらしい。

 園崎さんに仲良くしてくれなんて言われたが、やっぱりこいつとは仲良くできない。

 せめて髪型と言葉をもっと丸くしてくれないと、話していてイライラする。

 

 五十三個のナメクジ魔石と、トンボの魔石ひとつ。

 合計二万八千五百円、今日も最高額を更新した。

 報奨金とここ数日の稼ぎを合わせて十万円、そろそろ銀行口座か金庫を用意した方が良いかもしれない。

 『アイテムボックス』が一番安心ではあるのだが、この前見た時は500SP必要だったので、流石に入手するまで遠すぎる。

 

 欲しいものややりたいことは沢山あるが、それにはレベルを上げる必要がある。

 取り敢えずもう昼近いし、ナメクジ肉と希望の実で昼食にしよう。

 そうビニールを開いたが、手が止まる。

 

 火どうしよう。

 

 あいつにお願いしてあの銃を借りるのが一番だが、それはどうも気に食わない。

 

 ふと目についたのが、入り口にマッシブな両親と子供がポージングを決めている人形で有名なコンビニ、ファミリーマッチョ。

 大手チェーンなだけあってこの街にも一件、人の集まるギルドの前に立っている。

 

 きらりと輝く歯を見せる素敵なスマイルを浮かべ、筋肉程鍛えられてはいないが、黒々とした筋肉を見せつける人形達。

 うーん、不気味だけどまあここでいいかな。

 コンビニに入るのは生まれて初めてかもしれない。どんなものが置いてあるんだろう、雑貨品だから多分ライターとかも売ってるよね。

 ちょっとわくわくする。

 

 私は店員の声を受けながら、冷たい空気の零れるコンビニへと足を踏み入れた。



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第二十話

コンビニに入ったはいいが、バットを買った以外買い物というものをそもそもしたことがない私。

 バットは入り口近くに立てかけてあったし、手に取ってすぐ買うだけで済んだ。

 しかし果たしてコンビニのどこに、何があるのかが全く分からない。

 

 どうしよう、ふらふらと見回して歩いていたら、万引きと間違えられないだろうか。

 警察呼ばれたり、果てには今持ってる十万円が盗んだものだと思われたらどうしよう……!?

 

 考えるほどに揺れ動く頭、落ち着かずに動き回る手。

 不味い、分かっているのに挙動不審になってしまう。

 このままだと逮捕……!?

 

『あの子が万引きなんてするとは思ってもいなかった』

 

 目線を隠された筋肉が、ネットニュースで取り上げられているのが脳裏に浮かぶ。

 違う、私は何もしていない。

 筋肉の見た目の方が、私の何倍も犯罪チックじゃないか。

 あああどうしよう、一回出た方がいいのだろうか。誰か、そう、園崎さんか筋肉でも引き連れて……!

 

「ねえ君」

「ひゃい!? わっ、私はまだ、な、何にもまだしてない!」

「何言ってんのよ……アンタ、あたしが拾った子よね?」

「……あっ」

 

 声をかけてきたのは、穂谷さんだった。

 元気そうでよかったわ、と、笑顔で背中をバシバシ叩いてくる。

 太ももに差した無数のナイフ、動きやすいように関節や胸のみ装備で守っているあたり、私と同じで俊敏の高いステータスだろう。

 

 希望の実で復活した後気絶した私を、わざわざギルドまで運んでくれた彼女。

 ずっと戦っているのであまり曜日感覚というものがないが、今日は土曜日らしく彼女も探索に来たらしい。

 

「あんた随分と挙動不審だったけど、もしかして……だめよ、スライムじゃ稼げないのは分かるけど。そんなことするくらいなら、うちで養ってあげるからやめなさい」

「ち、ちがう! 実は……」

 

 やはり傍目から見ても相当アレな動きだったらしい。

 別に隠すこともないし、変な疑問を持たれるのも嫌なので、ナメクジ肉を見せつつこれをギルド裏で焼くからライターか何かが欲しいと素直に伝える。

 

 ようやく納得がいったようで、手を引かれてレジにまで連れていかれた。

 ライターの類は子供が下手に扱って火事になることがあるので、そもそも陳列されていないらしい。

 気をつけて使うのよ、と、購入後に何度も言われた。

 

 完全に子ども扱いされている気がする。

 

 まあいい。

 運よく彼女と出会ったおかげで、追い返されることもなくライターを手に入れることが出来た。

 早く肉を食べよう、おなかすいたし。

 

「しかしあんた……服ボロボロね」

「戦うから仕方ない」

「いや、それにしても酷過ぎるわ。あの筋肉禿達磨は見てて心が痛まないのかしら……今から時間ある?」

「ある……けど……」

 

 警戒している私に苦笑して

 

「別に取って食うわけじゃないわ。妹のお古だけど服とか靴余ってるから、サイズ合うやつ持って行きなさい」

「え……」

 

 お古と言われて思い浮かぶのは、よれよれのびのび、サイズが合わないだぼだぼの服たち。

 今私が来ている奴だって、私の身長に合うものがないので小学生用の謎な猫が描かれたやつだ。

 好意はありがたいが、流石に気が引ける。

 お金もあるしきれいな服が着たい。

 

 しかし何を勘違いしたのか、子供は遠慮するなとずいずい詰め寄る穂谷さん。

 その肉も調理してやるからと押され、結局断り切れずに彼女の家へ行くことになった。

 

 どうしよう。

 

 

「ほら上がった上がった」

「……お邪魔します」

「じゃあご飯作ってくるから、そこで座ってなさい!」

 

 穂谷さんの家は大きな一軒家だった。

 玄関に並んでいる靴とかもピカピカだし、ボロボロで泥まみれのスニーカーを横で脱ぐのが恥ずかしい。

 場違いだと言われている気分になる。

 

 しかし彼女はそんなこと気にも留めていないようで、大きなソファに案内されると、そこで待っていろと小走りで去ってしまう。

 あまりにどんどん変わっていく状況にどうしたらいいのか分からず、ソファの端っこで三角座りをして待つ。

 私なんかが足を伸ばしていると、敷かれた綺麗なカーペットを汚してしまう気がして。

 

 大きな木製の壁掛け時計、いくつも並んだ、幸せそうに笑う姉妹や家族の写真。

 高い天井といい、私なんかが入ってはいけない隔絶した生活環境だ。

 いや、私も昔は一軒家に住んでいた……気がする。だが父が居なくなってからだったか、それも売り払ってしまって……

 

 昏い記憶に浸っていた私の意識を、穂谷さんの明るい声が引き上げる。

 

「なんちゅー座り方してんのよ……ほら、普通に座りなさいったら。あのよくわかんない肉、イカっぽいわね!」

「わぁ……!」

 

 彼女が突き出してきたのは、トマトベースのパスタ。

 湯気と共にいい香りが漂ってきて、見ているだけでおなかがすく。

 

 本当はこんな手間のかかったものを作ってもらう気などなかったのだが、フォークを差し出されてしまえば辛抱たまらなかった。

 受け取り、はぐはぐと無言で口の奥へ押し込む。

 美味しい。

 ただ焼いただけのナメクジ肉とは大違いで、トマトや玉ねぎのうまみと共ににんにくの風味が後押しして、食べれば食べるほどフォークが止まらなくなる。

 

 どんどん食べていくと、一緒に食べていた穂谷さんがまだ食べられるかと聞いてきたの頷けば、奥からフライパンを持ってきておかわりまでくれた。

 

「ゆっくり食べなさい、むせるわよ」

「うん」

 

 冷たい水の入ったコップを机の上に置かれる。

 気が付けば皿は空っぽで、久しぶりの満足感だけが残っていた。

 

「……普段何食べてるの」

「希望の実」

「希望の実ぃ!? あのクッソ不味いって言われてるやつ!? あんた本当に大丈夫!?」

「食べなれると耐えられる」

 

 彼女にポケットから、一つ手渡す。

 

 訝しみながらもそれを受け取った穂谷さんは、ぽいと口に放り込んでかみ砕いた。

 あ、慣れてないのにそれは……

 

「!?」

 

 その瞬間、彼女の顔から表情が消え、顎が全開に。

 さらにかみ砕かれた希望の実がごろっと転がり落ちた。

 

 三分ほど待っただろうか、突然穂谷さんの体がぶるぶると震えたかと思うと、そのまま一気に部屋から走り去る。

 遠くで水音がするので、多分トイレか洗面所に行ったのだろう。

 私は母の下にいた時生ごみを漁ったりして変なものを食べていたおかげで、悪食スキルが育つ程度には味に強い。

 しかし恐らく何もない彼女には、耐えることは不可能だ。

 

 ぼうっと外を眺めながら、彼女が返ってくるまで待ちつつそう思った。

 食べるくらいなら餓死すると言われる不味さは、伊達巻ではないのだ。



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第二十一話

 戻ってきてからコップに牛乳を注ぎ、一気飲みする穂谷さん。

 それではどうしようもなかったのかパックへ口づけし、そのまま飲み干した。

 

 冷凍庫を開き、様子見とばかりに小さなアイスを一つ頬張り

 

「だめね、なんも味感じないわ」

 

 それでもだめだったらしく、今度は薄いピンクな液体の詰まった小瓶を棚から引っ張り出し、無言で一気飲み。

 聞いたことがある見た目なので恐らくポーションだろう、色が濃いほど高品質なのでそこまで高くはないはず。

 漸く味覚が治ったらしく、アイスを食べて安堵の表情を浮かべた。

 

 することもないし暇なので、それを鑑賞しつつ希望の実を齧っていたのだが、穂谷さんに変なものを見る目で見られた。

 ひどい。

 不味いと分かっていて、慣れていないのに一気に食べる方が悪いと思う。

 

「大丈夫?」

「こっちのセリフよ。あんた味覚本当に大丈夫? 味蕾死んでない?」

 

 味覚と未来に何の関係があるのだろう。

 希望の実のあまりのまずさに、思考回路まで狂ってしまったのか。

 

 未来に関しては、間違いなく最強のルートが開いてはいる、

 勿論その過程で死なない、という前提があるが。

 問題は割と死にかけまくっていることだ、果たして私はいつまで生き残れるのだろう。

 

「未来? 未来はすでに掴んでる」

「いやそうじゃなくて……まあいいや。希望の実ばっかじゃなくて、たまには美味しいもの食べなさいよ。美味しい食事は万物の基本だからね」

「うん」

 

 命を張っているだけあって、探索者というのは恐ろしいほど儲かる。

 まあピンクナメクジを超効率よく狩る人間は私くらいなので、Gランクで一日数万稼ぐことはなかなか難しい。

 しかしFランクの上位、4,500レベルにもなれば魔石の買取価格も上がり、パーティで活動していたとしてもお金に困ることはないだろう。

 それだけ魔石という突然世界に生まれたアイテムは、とんでもない価値を秘めているのだ。

 

 稼ぎも増えてきた今、食事にもある程度お金を回す余裕はある。

 料理なぞ出来ない私は彼女の言う通り、外食というものをするべきなのだろう。

 しかし希望の実はなんとなく、今後も食べていく気がする。

 あのまずさが癖になるのだ。

 

「さ、食事も終わったし服選びましょ!」

「う……」

 

 遂に来てしまったか……

 

 

「やだ、すっごい似合ってるじゃない! 今度はこっちも着てみて! はいこっち向いてポーズ!」

 

 妹の物だという服を着せられ、その姿をテンション高く撮影する穂谷さん。

 チェックのスカートにブラウンのトップスなど、もしかしてこれ小学生用の服ではないのか。

 いや、可愛いのだが何だろう、この敗北感。

 

 うちの妹より似合うわー! と高々に笑う彼女。

 妹さんは現在高校一年、私と同年代らしい。

 同年代なのに……同年代なのに、彼女が小学生の時の服がぴったり……

 私の母は身長もスタイルも良かったはずなのだが、遺伝より成長期の食事の方が大切というわけだ。

 つらい。

 

 これも、これも、ついでにこれも、と、どんどん積み重なっていく服の山。

 流石にここまで盛られると、持って帰ることが出来ない。

 

「あんたどこに住んでるの? 持って行ってあげるわ」

「ネットカフェ」

「……っ!」

 

 一瞬目を見開き、そのあと目を伏せた穂谷さん。

 

 そんな驚くことかな、いや、驚くことなのかもしれない。

 ホテルなんかよりも安いし、それが当たり前すぎて気にしたことがなかった。

 ……もうそろそろ、どこか家を借りる方がいいのかもしれない。

 アイテムボックスも将来的に習得する予定ではあるが、それまでに武器ドロップなどしたら置いておく必要があるし。

 

 これ持って行きなさい、といって手渡されたのは、大きなリュックサック。

 あちこちにひもだのベルトだのがついていて、結構ごちゃごちゃしている。

 

「登山用リュックよ。元々あたし登山部でね、山登りの体力つけるために探索者始めたの。今のアンタには必要でしょ、ぶっちゃけダンジョンの方が山登りより面白いから使わなくなったし、持って行きなさい」

「え……いいの」

「いいの! ビニール片手にダンジョン探索するなんて聞いたことないわよ!」

 

 そのあとは彼女と相談して、可愛らしい見た目の服より、パーカーや短パンなど運動に適したものをリュックへ詰めていった。

 本当は可愛いの入れたいと渋られたのだが、ダンジョンの探索でボロボロになってしまうので、気が引けると断ったのだ。

 

 背負ってみれば随分と大きいが、長さの調整できるベルトのおかげでしっかりと身体に固定できるし、そこまで運動の邪魔にはならなそう。

 本格的な戦闘の前には外してどこかに置いておくだろうが、登山用なだけあってしっかりした作りだし、ダンジョンの過酷な環境でも十分使えるだろう。

 

 お礼をしたい。

 こんな私にあれこれくれるなんて、それに登山用リュックなんて絶対高い。

 

 ……手元には、十万円ある。

 

 きっと彼女に手渡そうとしても、断られてしまうだろう。

 

「ふぃー、お疲れ! ちょっと待ってなさい、お菓子持ってくるわ!」

 

 鼻歌交じりに奥へと消えていく穂谷さん。

 ふむ……

 

 

「おまたせー! ってあれ? フォリアちゃーん?」

 

 ポテチとジュースを用意してリビングに戻ると、金髪の少女、フォリアちゃんはリュックと共に忽然と消えていた。

 

 

 フォリアちゃんは私が落葉ダンジョンでパーティと探索をしていた時に、気絶していたところを拾った少女。

 ちなみに名前は拾ったときに『鑑定』で覗かせてもらった。死んでるか生きてるかの確認をする必要があったので、仕方のないことだった。

 うん。

 

 服装を見たり話を聞く限りなかなかに壮絶な生活を送っていたようで、髪は傷んでいて雑な切り方だし、表情はあまり変わらないが多分いい子だ。

 どうにも放っておくと死んでしまいそうで気にかけていたのだが、久しぶりに見かけたので家まで拉致した。

 うちの随分生意気に育った妹の服を押し付け、あれこれと世話を焼き、割と素直で可愛いから何ならうちで養ってもよかったのだが……

 

「あら? こりゃまた……」

 

 机の上に置かれていたのは、いつも机の上に放置されているメモ帳と、その下に挟まれた十万円ほどある札束。

 メモに残された文は要約すると、あれこれと世話を焼かせるのが心苦しいので、勝手ながら去らせてもらいますとのこと。

 十万円はそのお礼だと、綺麗な文字で書かれていた。

 

 はてさて、困った。

 恐らくこの十万円は彼女が稼いだお金なのだろうが、流石に服数着とリュック程度のお礼としては多すぎる。

 まあ確かにいいリュックではあったが、それでも服と合わせて五万円が良いところだろう。

 

「……また会ったら、その時に返してあげればいいかな」

 

 それまでこの十万円は、大切に保存しといてあげよう。

 マーカーで文字を書いた袋に入れたあと、アイテムボックスに仕舞いこんで、彼女の無表情に隠された食事時の笑顔を思い出す。

 

 フォリアちゃんはいつか死んでしまいそうな儚さはあれど、どこか強烈に魂を燃やす輝きもあった。

 探索者は危険がつきものだし、安全マージンを取って自分のレベルより数段階下のダンジョンで、小遣い稼ぎに土日だけ戦う者も多い。

 私もそうだ。私のレベルは七万程度あるが、危険なCより安全に稼げるF、D級ばかり潜っている。

 それでも一回の探索で数万円になるし、メンバーで分配しても十分な稼ぎだ。

 

 ……けれど、彼女を見ているとなんだか、自分ももう少し前に進もうという青臭い感情が湧いてくる。

 今度メンバーに相談してみようかなぁ……



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第二十二話

 さて、穂谷さんには悪いが無言で家を出てきた。

 お金は今日のネットカフェ代を除いてすっからかんだが、なんなら今から先生をシバいたりしても稼げるし、そこまで焦る必要はない。

 

 リュックサックはものすごい便利だった。

 普段移動するときはカリバーを片手に握っていたが、今はリュックへ横にぶっ刺してベルトで押さえればしっかりと抑えられる。

 手もフリーになってすこぶる行動しやすい、こんなのを気軽にくれた穂谷さんには感謝している。

 あとはさっさと戻ってお昼寝でもしたいところだが……まあ、まだ試すことがある。

 

 向かう先は協会の裏、鍛錬場だ。

 

 

 時刻は午後三時を回った程度、想像以上に穂谷さんの家へ長居し過ぎた。

 相変わらず人のいない鍛錬場だが、恐らく夜になると多くの人が集まっては、ここでバーベキューでもやっているのだろう。

 あちこちに残る黒い燃えカス、もう名前鍛錬場じゃなくてバーベキュー会場にでも変えた方がいいと思う。

 

 しかし今日の私はナメクジ肉を焼くのではなく、ちゃんと鍛錬をしに来た。

 目的は一つは思いついたことの実験、そして『スキル累乗』を宣言なし、或いは短縮して発動することである。

 

 今日の戦いで分かったが、たとえ体が麻痺していてもスキルによって身体を無理やり動かすことは可能だ。

 そして『ストライク』が外れた時、それを認識しているにもかかわらず、動きを止めることが出来ないのも分かった。

 

 ふとそこで考えたのが、二つのスキルを繋げて使ったらどうなるのか、ということだ。

 

 今私が持っているアクティブスキルかつ。身体をつかうスキルは一つ、『ストライク』のみ。

 だがSPで習得できる基礎スキルは無数にあって、当然その中にはアクティブスキルもある。

 朝のナメクジ狩りで丁度40レベルに上がってSPも10余っているから、何か習得して試すには絶好の機会だろう。

 うまくいけばスキルの硬直時間とでもいうべき、攻撃後の余韻を打ち消すことが出来る。

 

 もしかしてこれって……私だけが気づいてるんじゃないか……!?

 

 正直自分で自分が恐ろしい。

 だってそうだろう、強力なスキルは大体詠唱だとか、溜めだとか、撃った後に身体が硬直したりする。

 でもスキルを繋げていけば、そのデメリットを一部なかったことにできてしまうのだ。

 特に私みたいな一人で戦っている探索者は一瞬の隙が命取りで、それを潰せるならそれほど大きなこともない。

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 41

HP 90 MP 195

物攻 87 魔攻 0

耐久 251 俊敏 246

知力 41 運 0

SP 10

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV3

鈍器 LV2

活人剣 LV1

 

称号

生と死の逆転

 

装備

カリバー(フォリア専用武器)

 

―――――――――――――――

 

 さてはて、私の攻撃力はだいぶ低く、あまりアタッカーには向いていないステータスだ。

 しかし今のところナメクジの様に打撃耐性がある敵を除いて、攻撃時特に困ることはない。

 『累乗ストライク』、小柄とはいえ私の体すら空高く打ち上げてしまう威力を発揮する、これさえあれば今後もそこまで急いでほかの攻撃スキルをとる必要もないか。

 

 攻撃スキルから攻撃スキルに繋げるのも興味はあるが、それはもう少しSPに余裕が出てから。

 となると今回とるべきは……

 

―――――――――――――――

 

ステップ LV1

 

 消費MP1

 任意の方向へ、強制的なステップ

 最大距離 10cm+俊敏値補正

 

 必要SP:10

―――――――――――――――

 

 これだろう。

 主に前衛職が習得するらしいが、ストライクの隙を攻撃された時でも、これを発動すればうまくよけられるはず。

 ふふ、完璧だ。

 

 早速習得したらリュックを端っこの方に置き、カリバーを持って鍛錬場の中心へ。

 

「ステータスオープン」

 

――――――――――――――

 

 

 

結城 フォリア 15歳

LV 41

HP 90/90 MP 181/195

 

――――――――――――――

 

 HPは十分、MPも多少使った分が回復している。

 これなら失敗して何か起こっても、即死はしないよね。

 

 カリバーを右下に構え、深く深呼吸

 

「『ストライク』!」

 

 いつも通りカリバーが輝き、素早い斜めの切り上げ。

 ちょうど目前にまで差し掛かったところで

 

「『ステップ』!」

 

 勝手に足へ力が籠められ、まだスキルの途中だというのに勝手に世界が歪む。

 そして気が付けば私は、わずか数十センチとはいえ前へと進んでいた。

 

 きた、成功だ!

 

 手に汗がたまり、『スキル累乗』と『経験値上昇』を組み合わせた時と同じくらいの興奮が沸き上がる。

 『ステップ』を発動した瞬間、カリバーを握った腕が重力に引かれ落ちた。

 これはつまり抗いがたいスキルの誘導が、ステップを発動したタイミングで消えたということ。

 上書きに近いのかもしれない。

 

「『ステップ』!『ストライク』!『ステップ』!」

 

 交互に使っていくことで、とんでもない速度で前進する私の身体。

 ストライク走法とでもいうべきそれは、MPが続く限り行える画期的な戦闘方法……の、はずだった。

 

 興奮のまま、猛烈な速度で鍛錬場を駆け回っていた私。

 しかし突然

 

「はうっ!?」

 

 腰へ雷が落ちたかのような、とんでもない激痛によってその場に崩れ落ちた。

 

 すわ敵襲か、ダンジョンが崩壊したのか。

 異常に痛む腰は一体どうなったのだ、私の下半身は切り落とされてしまったのか……!?

 足を見てみればどうやら着いている、一応動くがあまり感覚がない。

 

 周囲を首だけ動かして見回しても敵などおらず、何か騒ぎが起こっている様子もない。

 

「す、すてーてす……」 

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 41

HP 47/90 MP 61/195

 

―――――――――――――――

 

 やばい、なんかHPめっちゃ減ってる。

 MPはストライクとステップのせいだろうが、HPが減る要素なんて今までなかったはず……

 

 上手くいっていて完璧な作戦であったが、突然異常なダメージを受けてしまえばどうしようもない。

 これ以上の実験は原因がわからないと危険だ、協会に戻って回復魔法を受けてから、ネットカフェで考え直さないと……死ぬ。

 

 歩くほどに鋭い痛みが腰を襲い、そのたびに奇妙な声が口からこぼれる。

 せっかくもらったリュックを引きずりながら、這うようにして私は訓練場を後にした。



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第二十三話

 うう、痛い……

 先生に出会った当初腹パンされた時も痛かったが、今回はそれに匹敵するかもしれない。

 

 カリバーを支えにして中腰になり、よたよたと歩いていく。

 

「かい……ふく……!」

「大丈夫か君!? ちょっと回復魔法使える奴来てくれ! 協会の術師でもいいから!」

 

 麻婆の体で協会の入り口へたどり着くと、丁度探索を終えたのだろう、壮齢の探索者によって抱き上げられ協会へ運び込まれた。

 優しくしてほしい……振動が響いてすっごい痛い。

 

 数人に囲まれて床に安置、暫くすれば奥からお抱えの術師が現れ私に回復魔法をかけた。

 中には園崎弟、ウニもいて大丈夫かだとか、いったい何にやられたんだとか言っている。

 ウニの様子からして鬼気迫るものなので、騒ぎがどんどん大きくなっていき、私を切りつけた奴がいるのかなどと話がどんどん大きくなっていく。

 

 ヤバい、どうしよう。

 

 逃げよう。

 明日しれっと戻ればなんとかなるはず。

 何もありませんでした、うん。

 

「ど、どいて!」

「おい結城待てって! 速っ!?」

 

 ストライク走法で一気にその場を脱出。

 繰り返すとまた腰が大変なことになる気がしたので、人だかりを抜けた後はそのまま走って逃げた。

 

 その場で探索者の一人が私の動きを見て

 

「あー。ありゃ自殺ダッシュやってるわ」

「じゃあさっき苦しんでたのは……」

「その反動だろうなぁ……」

 

 そんな会話をしていたとは知らずに。

 

 

 検索で疲れた目を休めるように瞑り、嘆息。

 あまりに衝撃的な内容に、襲ってきた悲しみや羞恥を流し込むように紙コップの水を飲み干す。

 

「自殺ダッシュ……」

 

 

 吐き出すようにこぼれた言葉、それが今見たページに書かれていたタイトルだ。

 手書きであれこれ検索したところ、どうやら私のやったスキルの重ね掛けはそんな呼び方で、ある程度知れ渡っていた。

 

 探索者の身体は強い。

 流石に今の私だとわからないが、レベルが数百、数千になれば、たとえトラックに引かれようとも平然としていられるほどの耐久力になる。

 数十万のレベルならば地雷を踏もうが、なんちゃら爆弾といわれるようなものを食らってもかすり傷すらつくまい。

 だが、基本的な構造は人間なのだ。

 

 目が乾けば痛いし、食事をずっと取らなければ死ぬ。

 めったなことではならないが、関節を逆に曲げれば折れる。

 『怪我をしにくくなる』がしないわけではないというのが、今回の自殺ダッシュの問題点だった。

 

 『ストライク』に限らず攻撃スキルは角度こそある程度自由に変えられるとはいえ、綺麗な一直線を描くようにスキルが導く。

 それは効率的なダメージを与えられると同時に、攻撃後の余韻自体が衝撃を和らげる役目もあるから。

 しかし私はそのスキルの導きを、『ステップ』によって無理やり遮った。

 

 例えばめちゃくちゃ重たいものがあったとして、それを振り下ろしたとしよう。

 そのまま重力に任せて落とすのは簡単だ。

 だがその途中で腕を止めて、無理やり上に持ち上げたならどうなるか。

 関節を痛めたり、下手したら折れることだってあり得る。

 私がしたのはそういうことだった。

 

 ストライクによって踏み込み、腰のひねりも加わった理想的な攻撃。

 振り切ることで余計な衝撃を逃がすはずが、強制的に動きを書き換えてステップをしてしまった結果、余計な衝撃は逃げることなくそのまま私の腰を直撃、さらにそれを繰り返したことによって無事、そこそこ高い耐久力を誇る私の腰は破壊されたということ。

 

 あなたが思いついたそれは、『誰もやらなかった』のではなく、『やって駄目だった』ものです。

 高レベル、スキルが強力であるほど、より大きな衝撃が体にかかるので気を付けましょう。

 

 と、悲しい一言。

 

 強いて言うのなら『累乗ストライク』のあとに『ステップ』をしなくて良かったと、自分を慰める。

 下手したら一発で腰の骨が砕けていたかもしれない。

 

 しかし自殺ダッシュ、もといストライク走法は確かに危険ではあるが、実際相当便利な動きではある。

 実際上位の探索者はこれを応用して戦っているらしいので、一切使えないというわけではない。

 要は使いようだ。さっきの私みたいに駆けずり回るのではなく、必要な時に最低限使うことが大切なのだ。

 

 将来的にポーションを多用できるほどお金を手に入れたら、たとえストライク走法で身体を痛めてもその場で回復できる。

 回復出来ればデメリットなどないのと変わらない、無限に高速で移動できる裏技だ。

 だからこの発見は無駄ではなかった、未来で役に立つ予定がある。今そう決めた。

 

 ……希望の実でも食べて寝よ。



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第二十四話

 家々の屋根から太陽が顔をのぞかせ、人々が起床する時間に私はダンジョンへ向かう。

 

 今日も今日とてダンジョン探索、貧乏ヒモ暮らしとはまさにこのこと。

 ポケットの中には千円、これではネットカフェと言えど、最低レベルの部屋にすら泊まることが出来ない。

 果たして昨日十万すべて置いてきたのは失敗ではなかったかと、己の悪魔が囁く。いや、あれは親切にしてくれた穂谷さんへの感謝もあるのだと、天使と共に悪魔をフルスイング。

 

 さて、せっかく彼女から服をもらったとはいえ、今の服装は相変わらずボロ切れだ。

 お古と言われて最初こそ気が引けていたが、貰ってみればどれも新品の様に綺麗でかわいい服ばかり。

 そんなのをダンジョンに着て行き即ボロボロにするのは気が引けるし、折角ならいつかお金に余裕が出来た時、休みの日に着たいものである。

 

 しかし流石にボロボロ過ぎて、警察に見られたら虐待か何かと勘違いされてしまう。

 そこで私が思いついたのが……

 

 

「らっしゃーせー」

「これください」

「まいだりー」

 

 ちゃららっちゃらー

 フォリアは 黒のTシャツを 手に入れた!

 お金を600円失った!

 

 昨日ファミリーマッチョに入った時気が付いたのだが、なんとコンビニにはTシャツまで売っているらしい。

 どれも男物でSサイズでもだぼだぼではあるが、着る分には何の支障もないだろう。

 すごいぞコンビニ、なんでもあるな。

 

 そのままトイレを借りてぼろ切れを脱ぎ、さくっと着替える。

 コットン100%と書いてあるだけあって肌触りも柔らかく、ダンジョンで汗をかいてもしっかり吸ってくれそうだ。

 脱いだ服はこのまま捨ててしまうとコンビニの人に迷惑がかかるだろうし、リュックの奥へしまい込んでおく。

 『活人剣』で回復しきれない怪我をしたとき、これを包帯代わりに抑えるだけでも全然違うと思う。

 

 細々したお金はあれどおおよそ残り四百円、丁度『麗しの湿地』を行き来できる金額だ。

 新しい服を着ると気分がいい、今日も一日頑張ろう。

 

 

 朝食である希望の実をゴリゴリかみ砕きつつ、相変わらずピンク一色の湿地へ足を踏み入れる。

 もはや手慣れたもので、粘液を受けては顔の横をつつき、ナメクジたちを魔石へと変換していく。

 

 このまま奥に潜ってしまうのも手ではあるが、想像以上に敵のレベル上昇が激しい。

 個体によって多少上下するとはいえ、アシッドスラッグたちの平均レベルは15。

 一方で昨日出会ったパラライズ・ドラゴンフライはなんと37、このダンジョンの推奨レベル上限が50だったことを考えると、大量に倒すことはなかなか難しい。

 最低限の魔石は回収しておいて、たとえ奥で何も倒せなかったとしても稼ぎが出るようにしておく必要があった。

 

「32、33……37かな。よし」

 

 キラキラ輝く魔石たちを拾ってはビニールに詰めてから、リュックの中にしまう。

 既にナメクジと私のレベル差は26、『スキル累乗』をかけてからいくら倒してもレベルが上がる気配はない。

 しかしこれくらいあれば数日分の宿泊代にはなる。

 

「さて……いくか」

 

 カリバーに纏わりついた粘液は、強力な武器になるのであえて落とさない。

 

 歩みを進めて行けば、周囲にはあの巨大な蓮たちが乱立し始めた。

 戦っているうちにわかったことだが、このピンクの沼は色こそヤバいが、特に毒などもなさそうだった。

 

 ……蓮って確か根っこも、種も食べれたよね。

 いや、蓮根は地下茎だっけ? まあいいや。

 

 綺麗な花を見ていると湧いてくるのが、あくなき食欲。

 葉っぱは流石にざらざらとして固そうだが、もしかしてこの茎も表の皮をむけば食べられないだろうか。

 毒があるかもしれないが、即死でなければどうとでもなるし、最悪ゆでこぼせばある程度毒も抜けるだろう。

 ぜひともチャレンジしたい。

 

「むっ」

 

 そんなことをつらつら考えていたのだが、ふと目の前の葉が揺れ意識を向ける。

 トンボだ。昨日のあいつそっくりなのが葉の上にとまり、じっとこちらを見つめていた。

 

 やはり羽音もなく忍び寄っている。

 気を付けなければ、もし首をあの鋭い翅で切り裂かれたり、食い千切られてしまえば一巻の終わり。

 カリバーを正面に構え、周りにもほかの敵がいないかゆっくり見まわす。

 

 残念ながら、やはりいた。

 

 一、二……三匹!?

 

 気を抜き過ぎたか、いつの間にこんな集まっていたのか。

 どいつも蓮の葉に止まり、興味ないですよといった雰囲気をまとわせつつ、しかし私が動けばしっかりとその複眼で追っている。

 ギリギリだった。きっと後一分でも気を抜いていたら、私は殺されていた。

 

 まさかこいつら、普段は群れで行動してるのか……!?

 

 あれだけ苦戦した相手なのに、さらにそれが複数来るだなんて冗談じゃない。

 幸いにして昨日拾ったいくつかの小石、そして今のところ傷一つないのが唯一の救いだ。

 

「……っ」

 

 フォンッ

 

 あまりに微かな音。

 気を抜いていれば耳にも入らない音を立て、背後にいた一匹が飛び立つ。

 

 振り向きざまに一閃、が、当たらない。

 そもそもこちらへ飛んできていない……!?

 

 首元をひやりと冷たい一陣の風が撫でた。

 いる、後ろに。

 

「『ステップ』! 『ストライク』!」

 

 屈んであえて後ろへステップ、直後に私がいた前と横から、二匹のトンボが交差するように飛び込んだ。

 私の後ろにいたトンボはまさか突っ込んでくるとは思わなかったようで、急浮上。

 ツンとむけられた尻へかち上げストライクを叩き込まれ、無様に地面へと転がった。

 

 そのまま放置しても酸で死ぬだろうが、前回の様に道連れ狙いで特攻されてはかなわない。

 複眼の中心、脳みそがあると思われる場所へカリバーを振り下ろし、ぴくぴくと痙攣を始めたのを確認してから離脱。

 直後に消滅したそいつから経験値が流れ、『経験値上昇』に『スキル累乗』をつけたままであったのもあり、レベルが2上昇した。

 

 死角からの見せかけな攻撃、そして背後へ現れてからの二重誘導。

 本当に頭いいなこいつら、私より絶対頭いい。

 

 仲間があっさりやられたことで、私の認識が『獲物』から『敵』へと変わったらしい。

 蓮の葉の上に逃げ、ぐりぐりと首を傾げこちらを観察している。

 昨日のあいつは今の一匹の様にあっさりとは倒せなかった、これから本番というわけだ。

 

 緊張で額から垂れた汗をぬぐい、二匹を睨みつける。

 

 かかって来い、トンボどもめ。



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第二十五話

 頭上をゆっくりと旋回する二匹のトンボ、どうやら私の隙を狙っているようだ。

 みすみす受けてやるわけにもいかない、しかし何もしなければ緊張で神経をすり減らすだけ。

 あちらか、こちらか。どちらかが仕掛けなければ、この膠着が解けることはないだろう。

 

 逃げるか……?

 

 倒した一匹の魔石を回収できないのは残念だが、命を失うよりはまし。

 ストライク走法なら、おそらく奴らの飛翔速度も振り切ることが出来るし、ダンジョンの外に逃げてしまえば私の勝ちだ。

 ダンジョンが崩壊した場合はこの限りではないが、その場合ダンジョンの様子自体が普段より異なるらしいので、今はあり得ない。

 

 が、その時になって突然、旋回していた二匹のトンボがくるりと回転、そのまま重力に合わせて滑空してしてきた。

 槍の様に鋭く素早い。

 狙いは当然私、残念ながら逃げ遅れたらしい。

 

「……っ、『ストライク』!」

 

ポケットから小石を取り出して上にトス、ゆっくりと落ちてきたそれを『ストライク』で一閃。

 全エネルギーを一身に受け急加速した石ころは、吸い込まれるようにトンボの頭へと……当たらない。 翅の角度を変えることで、速度を失うことはなく避けられた。

 

 やはりだめだったか。

 苦し紛れで小石を一気にストライクで放出、しかし二匹とも綺麗な曲芸飛行を披露し、全部華麗に回避。

 その間に距離をとっていた私に気づき、いったん地面へと接近するも急浮上、また空の上で旋回を始めた。

 

 あいつら完全に、空にいれば攻撃が届かないって分かってる……!

 ずるいずるい、私も空飛びたい。

 空飛んであいつら叩き落したい。

 

 背中を見せれば、間違いなく襲ってくる。

 様子見の段階はとうに超えていて、狩るか狩られるかの二択のみ。

 

 

 ポケットへ手を突っ込むと、残っているのは手のひらほどしかない、たったひとつの石のみ。

 直線上に飛ぶ石ころひとつでは、どうやっても避けられてしまう。

 どうにかして広範囲を攻撃するか、隙を着いて攻撃をするしかない。

 耐久は低いのだ。どんな小さな一撃でも、当たりさえすれば

 

 ん?

 小さな?

 急転直下の閃き、だがあまりに不確定。

 私の低い物攻で行けるか……? いや、やるしかない。

 

「ピッチャー、変わりましてレベル43。結城フォリア、結城フォリア」

 

 失敗すれば腕くらい吹っ飛ぶかもしれない、絶対痛い。

 やだなぁ、なんでこんなやつら居るんだろう。ナメクジぐらい雑魚ばっかだったらきっと楽しいのに。

 恐怖をごまかすように、茶化してカリバーを握る。

 ごめん穂谷さん、後で綺麗に水道で洗うから。

 

 彼女からもらったリュックを泥の上に置き、その場から遁走。

 ちらりと見れば空から降り、私の背後へぴったりと並んで飛んできているトンボたち。

 

 来い、私を追え……!

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』!」

 

 輝くカリバー。

 私のその姿を見て、一瞬で停止しその場にホバリングするトンボたち。

 やはりそれはストライクの範囲外で、完全に当たらない範囲を見極めているのが分かる。

 

 バカめ、人間を舐めるなよ。

 

 おりゃ! 『ストライク』っ!」

 

 空を切った……のではなく

 

 バッコォン!

 

 祈りは天に通じた。

 『累乗ストライク』の力を受けた石ころは粉々に砕け、まるで散弾の様に破片が一直線に飛んで行っく。

 今更慌てて飛んだところで遅い。直列に並んでいたうちの一匹、私に近かったトンボは全身へ破片を受け地面を舐める。

 翅までもが穴だらけになっている、効果は抜群といったところか。

 

 『ステップ』で最後の一匹が襲ってくる前に詰め寄り、地に落ちたそいつの頭を叩き潰す。

 レベルアップ、これで44レベル。

 最後の一匹になろうと相変わらず慎重で、蓮の葉に止まってはこちらを観察している。

 

 これで一対一、カリバーを奴へ突き付けて挑発。

 さあお仲間は全員あの世に送ってやったぞ。

 次はお前か?

 

 煽りが通じたとは思えないが、一対一の構図になった以上飛び掛かるしかないと判断したのだろう、急加速による肉薄。

 こちらも石はすでに尽きている、攻撃を当てるか、当てられるかの二択だ。

 真正面20メートルほど、ここで『累乗ストライク』を……!?

 

 右足が……動かない……!?

 

 『ストライク』を打ち込もうとしたのだが、右足が何かに引っ張られているように固く重い。

 そのうえ勢いをつけていたからだろう、泥の上に転んでしまった。

 

 蓮の根か石にでも引っかかった……!?

 

 違う。

 私の予想したそれらは、どちらも外れ。

 足首をがっちりとくわえていた奴は、沼の中に隠れるためだろう、つややかなピンクの金属光沢をもっていた。

 

――――――――――――――――

 

種族 パラライズ・ラーヴァ

名前 ナゴスケ

LV 22

HP 56 MP 32

物攻 82 魔攻 4

耐久 204 俊敏 37

知力 32 運 11

 

――――――――――――――――

 

 トンボの幼虫、一般的にヤゴと呼ばれるもの。

 彼らの下顎は普段折りたたまれているが、獲物を狩るときは実によく伸びる。

 マジックアームの様に伸びた下顎で、上下左右自在に伸びては相手をがっしりと捕まえ、そのまま口元へと引きずり込む。

 

 私の足を捕まえていたのは、恐らくこのトンボの幼虫。つまりヤゴだ。

 金属光沢をもつ巨大なピンクのヤゴが水中から顎を伸ばし、私の足を引きずり込もうともくろんでいた。

 

「はっ、はなせっ!」

 

 何度も蹴り上げるが、まるで金属の塊を叩いたような鈍い音。

 成虫のトンボとは打って変わって、鈍足だが異常なまでに頑丈。

 いくら蹴ってもびくともせず、ずりずりとすさまじい速度で顎を縮め、私を沼の奥底に引きずり込もうとしていた。

 

 しかし敵はヤゴだけではない、こちらに飛び掛かっているトンボもだ。

 

 前門のトンボ後門のヤゴ。

 まさか親子で仲良く協力を仕掛けてくるとは、思いもしなかった。

 地面をひっつかもうにも下は泥、指を突き立ててもゆっくりと捲れ上がり、何の意味もなさない。

 

 口の中に入り込んだ泥の、嫌な風味と食感。

 ああ、最悪だ。どうすればいい、どうすればここから生き残れる。

 考えろ、私……!

 



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第二十六話

 トンボが寄ってこないようにバットを振るい、しかしそのたびに沼へと引きずられていく身体。

 ヤゴの大きさは50cmほど。私の身体が大人の男、せめて年齢相応の大きさならまた結果は異なっていたのだろうが、小学生並みの身体では容易に引き込まれてしまう。 

 

 必死に抵抗するが、泥は私の足を掬うばかりで何の役にもたちはしない。

 てかてか輝く金属光沢のピンク、その中心に座すどす黒い複眼が、私にニヤリと嘲笑を投げる。

 こいつだけじゃない。よく見てみればてらてらと、水中から私を見つめる無数のヤゴたち、その黒々とした瞳が揺蕩っている。

 

 あの中に落ちてしまえば一巻の終わりだ。 

 

 蹴ってだめなら…… 

 

「……引っこ抜くぅ! 『ステップ』!」

 

 そばに生えている蓮の茎を握りしめ『ステップ』を発動、導きによって左足だけは泥を力強く蹴飛ばし、それにつられて右足へ噛みついたヤゴも一緒に沼の中から引きずり出された。

 

 どうだ、ざまあみろ。

 

 まさか引きずり出されるとは思っていなかったのだろう、空中を抵抗もなく舞うヤゴ。

 さらに驚きからか、顎は私の足から外れている。 耐久高いし多分こいつも堅いだろう。ちょうどいい、小石の代わりになってもらおう。

 また死ぬのかって、正直めちゃくちゃ怖かったんだからな。

 

 

 ちゃーらっちゃっちゃー

 

 ピッチャーフォリア選手、再登板です!

 

「ぶっとべ 『ストライク』!」

 

 ミチィッ!

 

 弾ける甲殻、吹き出す白い中身。

 蝉の幼虫は揚げると表面はサクサク、中はトロッとして美味しいらしい。

 ヤゴも体の構造は大体同じらしく、硬い表面とは逆に中は随分柔らかそうであった。

 

 バラバラになった体、特に下顎が吹き飛んだ先はトンボの元。

 尻の先にそれがかみつき、悶えつつ飛翔。

 ヤゴの存在は確かに厄介ではあったが、沼に近づきさえしなければどうってことはない。

 

 空中で一回転した後地を這い、超低空飛行でこちらの足を切り裂こうと近づくトンボ。

 限界まで引き寄せてからジャンプ、横に生えていた腕より太い蓮の茎がトンボの翅に切り裂かれ、どうっと泥をまき散らして倒れる。

 その茎を踏んで跳躍、今度は私が背後からの襲撃だ。

 

「『ストライク』!」 

 

 最期の一撃はあまりにあっさりしたもの。

 翅のど真ん中、胴体への痛撃を叩き込まれ羽虫は沈黙した。

 

 消えて魔石になる直前、スキル累乗の対象を元に戻す。

 

『レベルが2上昇しました』

 

 これでレベル46。

 今日はさほどダメージを受けていないが、ちょっと疲れた。

 前もってナメクジどもをシバいておいてよかった。ヤゴの魔石はいくらになるか分からないが、トンボ以下と考えればあまりいい金額にはならないだろう。

 

 ちらりと奥を覗けば、まるでコロシアムの様に巨大な蓮の葉が、ぷかりと水上に浮かんでいる。

 きっとあれが『麗しの湿地』におけるボスエリアなのだろう、今はまだ行こうとは思えないが。

 果たしてどんなボスが待ち受けているのか、気になりこそすれど、今の私が確実に倒せる保証はない。

 

 花咲ダンジョンもそうだったが、一人で戦う場合適正レベルの上限は気にしない方がよさそうだ。

 Gランクダンジョンなら最低+10程度あって、ようやく安心して戦えるほど。

 さらにレベルが上がるほど、多少のレベル差は誤差となる。

 

 いい方法を思いついたから、明日からはナメクジ以外でレベル上げをしよう。

 

 

 

 

「ほいっ」

 

 87匹目のナメクジが溶けた。

 

 今日も今日とてナメクジ狩り。しかし今までと違うのは、経験値や魔石が狙いではなく……

 

「きた、なめくじ肉」

 

 泥の上に転がったのは、ぷりぷりと真っ白に輝く美味しい奴。

 そう、ナメクジ肉だ。

 

 

 

 今日は運がよく、すでに五個落ちている。

 大きなビニール袋にそれを詰め込んで、リュックの中へ放り込む。

 今日のリュックに詰め込まれているのはそのナメクジ肉と、大量に持ち込んだ小石、そしていくつかに切られたピンク色のロープだ。

 ピンク色のロープはいろんな店を探してようやく見つけた。息の荒いおっさんに後をつけられたりしたが、まあその話は置いておこう。

 

 

 目標の数が集まったのでリュックを背負い、ダンジョンの奥へと進む。

 着いたのは昨日と全く同じ場所。切り倒された蓮も残っている。

 

 ピンクのロープはかなり頑丈なもので、大体10mほどの長さで切られている。

 その上にナメクジ肉を括り付け、反対側はしっかり立っている蓮の茎へ巻き付けてから、ぎっちり縛り付けた。

 そして勢いをつけてナメクジ肉を投擲、沼の奥へと無事着水。

 これを合計五回繰り返す。

 

 

 

 すべてが終われば、あとはのんびりしておくだけ。 切り倒された蓮の茎、その上にある葉っぱへ腰とリュックを下ろし、カリバーを握って奇襲に気をつけつつ休む。

 

 もう大体わかるだろう、釣りだ。

 まったく探索者に人気のないこのダンジョン。恐らくあのヤゴたちの主なエサは、沼の奥から出てくるピンクナメクジ。

 しかもピンク色をした沼の中に、よく目立つ純白の肉が放り込まれたとあれば……

 

 クンッ、クンッ

 

 来た来た。

 わっさわっさと蓮の葉が揺られ、ぴんっとロープが張る。

 一気に引っ張り上げれば予想通り、いや期待以上の成果。五匹ほどのヤゴが一つの肉に食らいつき、沼の奥底から引きずり出された。

 勿論逃がすわけがない。びったんびったん暴れるそいつらの頭へ、丁寧にカリバーを振り下ろす。

 

 そして食いついたヤゴが居なくなった肉は沼へ投擲、廃棄がなくてエコだね。

 

 

 引っ張る。

 

 叩き潰す。

 

 『レベルが上昇しました』

 

 完璧だ……!

 想像以上にうまくいった永久機関は、わずか十分ほどで私のレベルを上昇させた。

 ちなみにヤゴの魔石は700円だったので、一回の釣りで三千五百円の稼ぎ。

 

 ふと、ひもを結んでいないはずの蓮が揺れた。

 勿論それを見逃すわけにはいかない、トンボが飛んできた合図だから。

 

 多分ではあるがこいつら、群れで行動しているわけではなく、同じ獲物を狙った場合協力するのだと思う。

 この釣りをする前に散策したのだが、最初は一匹が後ろから着いてきては隙を狙っていて、気付かない振りをしていたら数匹寄ってきた。

 そしてある程度集まったところで、一気に襲ってくるのだ。

 逆にこちらが気付くと、数が集まっていなくとも襲ってくる。

 

 

 つまり放置して長引かせるほど、ほかのトンボたちが飛んできては協力して厄介になる。

 一匹見つけたらすぐに殺すのが大切だ。

 傍らに置いてあったリュックから石ころを五つ取り出し、手のひらでぐっと握る。

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』!」

 

 ファン、とかすかな音を立てこちらへ飛び込んでくるトンボ。

 もうあきた、私は学習する賢いゴリラだぞ。

 いやゴリラは元から賢いんだったか、まあどうでもいい。

 

「うほうほ、『ストライク』!」

 

 石ころによる散弾が突き刺さり、地面へと転がるトンボ。

 『ステップ』で一気に肉薄、そしてカリバーで頭を叩き潰す。

 

 『レベルが上昇しました』

 

 ふっ。

 『麗しの湿地』、他愛もないな。



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第二十七話

 真横をトンボが駆け抜け、ロープと一緒に巨大な蓮の葉までもが切り倒される。 

 

 モンスターに壊されないように頑丈なのを選んだから、そこそこ高かったのに……

 悲しみに暮れたいところだが、残念ながらそんなことをしている暇はない。 

 

 手慣れたもので、三つほど石ころを同時に投げては、一直線になった瞬間を『ストライク』。

 破片に翅をズタボロにされ落ちたトンボ、その頭を叩き潰して終わり。

 

『レベルが上昇しました』

 

「む……そろそろ終わりにしようかな」

 

 ヤゴ釣りを始めてから四時間余り。今の様に切られたロープが二本、そして何度も食いつかれボロボロに、すでに肉がついていないロープが一本。

 初めて出会った頃こそ必死こいて倒していたトンボであったが、石による範囲攻撃が抜群の効き目を発し、比較的容易に倒せるようになった。

 

「ステータスオープン」

 

―――――――――――――――

 

 

 

結城 フォリア 15歳

 

LV 60

HP 128 MP 290

物攻 125 魔攻 0

耐久 365 俊敏 379

知力 60 運 0

SP 50

 

スキル

スキル累乗 LV1

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV3

鈍器 LV2

活人剣 LV1

ステップ LV1

 

称号

生と死の逆転

 

装備

カリバー(フォリア専用武器)

 

―――――――――――――――

 

 レベル60。

 『麗しの湿地』、その推奨レベルを10上回った。 そう、ボスに挑む目安レベルとして設定していた、推奨レベル+10の値だ。

 

 

 

 麗しの湿地は恐ろしいほど人気がない。この数日間毎日潜っているのに、私以外の探索者と一人も出会わないのが何よりの証拠。

 

 それゆえボスに関する情報が、笑ってしまうほどない。

 

 ネットカフェで調べたのだが、大体が『ナメクジキモイ!』『トンボに腕切り落とされた!』などといった恨みつらみばかり。

 ボスに挑戦するといった書き込みすら見当たらなかった。

 

 こんな時はアレだ、困った時の筋肉頼み。

 

 

「あん? 『麗しの湿地』のボスに挑む?」

「うん」

「……なんか早くねえか? 早く強くなりたいってのは分かるが、焦り過ぎは身体に悪いからな。レベルはじっくり上げて行けばいい」

「……?」

 

 翌日、園崎さんに許可をもらってカウンターの奥、筋肉の部屋へ質問しに入る。

 

 しかし何か勘違いされている気がする。

 あ、そうか。

 私のユニークスキル『スキル累乗』はあまりに異常だし、筋肉にもその存在を教えてなかったんだった。

 

 筋肉が誰かへ漏らすとも思えないけれど、世の中絶対はあり得ない。

 ここは珍しくこそあるが普遍的な、『経験値上昇』の存在を彼に伝えておくべきか。

 レベルが上がるほど『1レベル』の価値は落ちるし上がりやすくなるが、私の『スキル累乗』と『経験値上昇』のコンボは、それでも説明できないほど異常な上がりを見せることになる。

 

 下手に勘繰られる前に、前もって伝えておけば多少はその眼も和らぐだろう。

 

「レベルはもう60ある。私は『経験値上昇』を持ってるから」

「ああ、だからこの前のレベル上昇も早かったわけか」

 

 ちょっと情報を渡せば、筋肉は勝手に納得してくれた。

 

 腕を組み、麗しき湿地のボスについて何か考え込む筋肉。

 これはもしや……

 

「あー……悪いんだが、麗しの湿地については知らん。あそこ人気なさ過ぎてな、協会の本にも書かれてないなら情報はない」

「そう……」

「推奨レベルが設定されている以上、恐らく一度は協会の関係者が挑戦しているはずだ。でなきゃ知らずに入った犠牲者が増えるからな」

 

 確かに誰も見たことがないのなら、推奨レベルの設定なんてできない。

 筋肉へお礼を言って部屋を抜け出し、協会の図書室で本を漁れば確かにボスについて書かれていた。

 「メタルスネイル」、金属質なカタツムリらしい。 うん、それだけ。

 前回のスウォーム・ウォール同様、ステータスもレベルも何もなくただ写真と名前が張られているのみ。

 

 前から思っていたが使えないなこの本、絶版にしろ。 

 

 

 カタツムリもナメクジも大体同じだろということで、恐らく動きは鈍重だと予想。

 メタルなどと響きからして固そうなので、相当長期戦になりそうな予感がする。

 そうなった場合、HPの低い私は大変不利である。

 勿論『活人剣』による回復もあるとはいえ、カタツムリがナメクジの酸みたいに一撃必殺級の攻撃を持っていて、さらに食らってしまった場合などでは使い物にならない。

 

 ならどうするか?

 

 そろそろ私も、ポーションの類を用意するべきかなと思う。

 しかし果たしてポーションとはどこで売っているのか。

 もしかしたらコンビニなら売っているかもしれない。なんたって服まで売っているのだ、逆にない方がおかしい。

 

「らっしゃーせー」

「すみません、ポーション売ってますか?」

「プロテインならありますよー」

「プロテインってなに? ポーションの仲間ですか?」

「まあ筋疲労を労わるという点ではポーションみたいなものですねー」

 

 早速ファミリーマッチョで店員に聞いてみれば、これがおすすめだと言って袋を取り出された。

 プロテインというポーションの仲間らしい。

 何味が好きかと聞かれたので、イチゴ味を買った。おまけでシェイカーもついてきた、お得だ。

 

 ポーションというものはどれも高く、最低品質でも五千円すると聞いていたのだが、なんとプロテインは四千円で買うことが出来た。

 しかも水に溶かせば五十杯分になるらしい、一杯あたりええっと、80円? すごいコスパだ。

 どうしてみんなプロテインを買わないんだろう、ポーションより断然安いじゃないか。

 ぜひともこれはみんなに伝えるべきだと思う。



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第二十八話

 だまされた。

 プロテインはポーションじゃなかった。

 掲示板というところでプロテインは普通のポーションより安いと書いたら、皆にめちゃくちゃ馬鹿にされた。

 プロテインも知らないなんて小学生か? だとか、脳が筋肉に侵されて常識的な分別がつかなくなったんだろ、だとか、何もそこまで言わなくていいじゃないか。

 

 くそぉ……くそぉ……

 

 四千円もしたのに、このままでは無駄にお金を使っただけになってしまう。

 それだけはあってはならない、お金は大切だ。無駄にすることだけは許されない。

 悔しかったのでプロテインについて調べたら、どうやら単純にたんぱく質の補給として運動後に飲むものらしい。

 探索者はレベルアップで身体能力が上がる、しかし当然ながら単純な鍛錬、つまり筋トレや運動でも身体能力は上がる。

 

 関節は逆に曲がらないし、無理をすれば身体を壊す。鍛えれば身体能力が上がるのも至極当然であった。

 

 日々の探索自体過酷なトレーニングのようなものだし、これは普通に飲む価値があるのではないか。

 もしやと思って購入したプロテインの公式ホームページへ飛んでみれば、あの探索者である剛力さんご愛飲などとうたって、ムキムキの禿が力こぶを作っていた。

 というか筋肉じゃないか、お前広告塔までやってたのか。

 

 というわけでポーションでこそなかったが、プロテイン自体は飲む価値がありそうなので、探索後に一杯ひっかけることに決めた。

 ……ポーションどうしよ。

 

 

 ポーションについては諦めた。

 いや、最低品質の物は見つけたし気休めに買ったのだが、性能があまりに低すぎる。

 恐らく使ったところで、傷を取り敢えず塞げればいいところだろう。

 

 麗しの湿地のボスエリアは、校庭程はあろうかという真ん丸な巨大な蓮の葉だ。

 軽く石を投げてみたが全く揺れることもなく、相当頑丈なので走り回っても問題なさそう。

 

 大きな石の上に座り込み、どうやってボスを倒すか考える。

 

 今残っているSPは50、基礎スキルならある程度習得は可能だ。

 しかし初めて先生と戦った時とは異なり、今の私には『鈍器』、そしてそれに付随する『ストライク』があるので今すぐに欲しいスキルがあるわけではない。

 『ステップ』やストライク走法で緊急回避もどうにかなるし、今は温存しておこうか。

 

 もし、死んでしまったらどうしよう。

 

 いや、死んでしまったらどうしようもないのだが、ふと足元へ忍び寄っていた恐怖心が背中を撫でる。 つくづく自分の弱さが嫌になる。

 一人でできると何度も言い聞かせているのに、こういった『本番』が近づくとどうしても心が弱ってしまう。

 

 何度傷ついて、何度倒れて。本当にそんな苦しい道を、ずっと進んでいかなくちゃいけないのか?

 もう何度目か分からない、逃げてしまえという甘え。

 

 きっとこれはもう治らない。これから先も何度も同じ考えが頭を埋め尽くして、私を楽な方へと誘うのだろう。

 

 ポケットをまさぐって、ずいぶん少なくなってきた希望の実をつまむ。

 そして口の中へ放り込めば、青臭くて、苦くて、渋くて、酸っぱいこの世の終わりみたいなフレーバーが、ガツンと脳天を叩いた。

 

「あーあ、生きるって辛いなぁ!」

 

 リュックのベルトを全身に巻き付け、動き回っても邪魔にならないように。

 岩から飛び降りて泥を散らす。そしてカリバーを握りしめて、ブオンと素振り。

 思えば随分と身体能力も上がった。大丈夫、私は強くなってる。

 

 私を食おうと狙いをつけていたが、衝撃に驚いたヤゴが慌てて水中へ潜った。

 

 辛くて、苦しくて、ゴールが見えなくて泣きそうだ。

 それでも選んでしまったから、私は今日もバットを振るう。

 

 本当、私はマゾかもしれない。

 

 

「ほっ……」

 

 ツンツンと足で軽くつつくと、柔らかくもしっかりとした感触。

 大丈夫そうだ。

 

 ボスエリアである蓮の葉に全身が入った瞬間、背後に不可視の壁が生成される。

 これでもう出ることはできないし、誰も私を助けに入ることもできない。

 まあ助けてくれる仲間なんていないんだけど。 

 

 軽くジャンプ、素振り、反復横跳び。

 

 水上というだけあって若干揺れるし、衝撃が吸収されている気がする。

 斬撃や魔法と異なり私の打撃は衝撃がダメージソース、叩きつけなどが吸われてしまう以上、もしかしたらこのフィールドは相性が悪いかもしれない。

 

 小さなシミが蓮の中心を黒く染め、けたたましい音を鳴り響かせて着地。

 水も、蓮の葉も、そして私自身も大きく跳ね飛ばされ、そして元の位置へ。

 メタルというからにはつややかな金属調かと思いきや、一円玉の様に少し掠れた銀色。

 

「わっ……とっと」

 

 でかい、大型トラック程の体長にそれを越す高さがある。

 校庭ほどある巨大な葉の上だというのに、その大きさは見劣りしない。

 

 メタルスネイル、『麗しの湿地』に存在するボスは、全身がまるで剣山のようであった。

 鋭利で私の腕程はあろうかという針がその肉をびっちりと覆い、微かに揺れる度しゃらり、しゃらりと擦れ合う。

 その音は凉しげというよりは、悪寒が走るか。

 下手に何も考えず突っ込んでいけば、すぐにでも貧相な生け花が生まれそうだ。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

種族 メタルホイールスネイル

名前 クレイス

LV 60

 

HP 1360 MP 557

物攻 555 魔攻 76

耐久 600 俊敏 39

知力 71 運 11

 

――――――――――――――――

 

「なんか種族もレベルも聞いてたのと違うんだけど……」

 

 種族に関しては、ダンジョンによってボスが数種類あるところも存在するので、まあいいとしよう。 レベルは推奨レベルを軽々と通り越し、私と同じ数値だ。絶対おかしいだろ、おいあの本書いたやつ出てこい。

 絶対に殴り飛ばす。

 さらにボス補正もかかっているのか、私を超える耐久にトンボを鼻で笑う物攻、そしてついに越してしまったHP三桁の壁。

 

 リュックに思いつく限りの対策を詰め込んできたとはいえ、これは死ぬかもしれない。

 カリバーを握っていた右腕が、ぬるりと滑った。

 無意識に荒くなっていた息をのみこみ、覚悟を決める。

 

 それにしても先生といい、ダンジョンのボスというのは、上から落ちてこなくてはいけない決まりでもあるのだろうか。



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第二十九話

 針まみれのカタツムリ……ハリツムリの、唯一予想通りだったのは緩慢な動き。

 デカい体に殻まで金属質な全身もあり、こちらへ寄ってきてはいるもののあまりに遅い。

 わざわざ待ってやる必要もないし、先生の時みたいに愚直に近づいてカウンターを食らう気もない。 というかこの攻撃力、下手しなくても直撃したら死ぬ。

 

 飛び道具を持っている可能性も気にして側面へ移動、リュックに仕込んであった石ころをその場に散らす。

 私が用意してきた作戦は三つあり、そのうちの一つがこれ。

 することはごく単純。遠距離から『ストライク』で石を打ち込み続ければ、遅い敵なら嵌め殺すことが出来る可能性だ。

 

 気分は甲子園球場。

 ツンツンと冷たい、グレてしまった不良ハリツムリへ、私が熱い野球精神を叩き込みたいと思う。

 野球のルール知らないけど。

 

「ふっ、『ストライク』!」

 

 まずはお試し、『スキル累乗』は使うと石が砕けてしまうので今回はなしの方向で。

 

 輝くカリバーの推進力を受けた小石は真っ直ぐに突き進み直撃、が、しかし針と針の間へ挟まり速度を失った。

 針くらい折れると思っていたのだが、これはまさか…… 

 

 二発目、三発目も間髪入れず発射。

 が、しかしそのどれもが針の隙間に埋まり、やはり何一つ折れることなく終わる。

 やはりか。ピンクナメクジと同じでこいつ、衝撃にめちゃくちゃ強い。

 体表こそ金属でおおわれているが、本質はナメクジもカタツムリも似たようなものなのだろう。

 

 表面へ垂直の攻撃がだめなら、横からの攻撃はどうだ。

 横からの薙ぎ払いならば衝撃を吸収されることもないし、針をへし折ることさえできれば直接叩くこともできる。

 

 ズリ、ズリ、とハリツムリ自体は愚鈍な動き、しかしバカでかい身体と不安定な葉の上なので振動が凄い。

 ただ葉の上を這いずっているだけだというのに、立っているこちらも下手すればバランスを崩してしまいそうになる。

 焦る必要はない、しっかり踏み込んで近づけばいい。

 

 正面を取らないよう周りながら距離を詰め、足に生えた針をカリバーで軽く薙ぎ払う。

 

 カンッ!

 

「折れた……!」

 

 予想は見事的中。

 

 見事な棘も横からの攻撃には脆く、へし折れた針達がくるくると回って沼の中へと沈んだ。

 勿論その図体からすればごく一部、人でいえば爪の先が欠けた程度に過ぎない。が、しかしダメージを与えることが出来る証拠にはなった。

 

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

種族 メタルホイールスネイ

名前 クレイス

LV 60

 

HP 1358/1360 MP 557/557

 

――――――――――――――――

 

 全く削れていない。

 ま、まあこれならこのカタツムリ動きも遅いし、ちまちま削っていけば……

 

『オ……』

 

「ん?」

 

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!』

 

 

「うるっ……さぁ……っ!?」

 

 ハリツムリの天を衝く絶叫、口の中にも無数に生えた針がシャリシャリと互いにぶつかり合い、不愉快な金属音が撒き散らされる。

 あまりの爆音に耳を抑えているにも関わらずまったく意味がない、その上振動で全身の皮膚までがビリビリと引き攣った。

 果たして今私は立っているのか、寝ているのか、平衡感覚すら失う。

 

 あまりに突然の豹変、一体何が起こったのか。

 理解が追い付かない。

 まさか針は折っていけなかったのか、それともダメージを一でも食らうと、がらりと動きが変わってしまうような敵だったのか。

 

 慟哭が終わった瞬間を見計らい、葉の端へと駆け出す。

 ハリツムリのツン、と飛び出した目がグネグネと左右している。

 何が起こっているかさっぱり認識できていないが、少なくとも近くにいるのは危険な気がした。

 

 一体何を仕掛けてくるんだ……

 魔法か、それとも全身の針を飛ばすのか、ピンクナメクジみたいに酸でも吹くか……?

 

 ふいに、ふくらはぎをねっとりと、何かが舐めた。

 

「え……?」

 

 今私たちは一対一の戦いをしていて、誰もその邪魔をできないはず。

 なのにどうしてだろう、どうしてこんなに無数の存在から睨みつけられているような感覚が、体中を這い摺り回っているのは。

 いやな予感は大体当たる、焦って飛びのいた場所にそいつらはいた。

 

 沼の奥底から這い出てきたのは、ピンクの憎きアイツ。

 ゆっくりと葉の上に出てきて、丁度近くにあった私の足へ、奴らの目が触れたらしい。

 

 そういえばお前たち全滅したら沼からどんどん出てきてたな、なんてのんきな感想が脳裏をよぎる。

 

 そして何度も受け慣れたこいつらの攻撃は……

 

「す、『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 

 無意識のストライク走法。直後、私が立っていた場所から激しく白煙が立ち込めた。

 酸だ。

 すんでのところで避けられたが、もし直撃していたらその瞬間にすべてが終わっていた。

 

 顔中に冷たい汗が吹き出し、心臓が奇妙な鼓動を始める。

 

 しかも一匹じゃない。

 周りを見回せば、水中からにょきにょきと突き出す目、目、目!

 居る。十匹、二十匹、それだけで済むだろうか。 じわりじわりと寄ってきているのはきっと、ハリツムリの絶叫こそが彼らを集めるための呼び鈴だったのだろう。

 

 冗談だと言ってほしい。

 こっちは一度入ってしまえば、勝利以外で二度と出ることが出来ないというのに。

 ずるいずるいずるいずるい! お前らは仲間を呼び放題だなんてバランスが狂ってる、正気じゃない!

 ふざけるな。こんなの、こんなの死ねって言ってるようなものじゃないか。

 

「か……『鑑定』っ!」

 

 

 

 頼む、弱くあってくれ。

 しかしどうせ無理だと、心の端で私が叫んだ。

 

――――――――――――――

 

種族 アシッドスラッグ

名前 ジョン

 

LV 47

HP 223 MP 126

物攻 237 魔攻 167

耐久 41 俊敏 6

知力 12 運 3

 

――――――――――――――

 

ああ、最悪だ。



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第三十話

 こんなのあんまりだ。

 レベル47? しかもこの周りにいる無数のナメクジが、全部それと同程度のレベル?

 終わってる、詰みだ。

 

 カリバーを適当にぶん投げて、ハリツムリに突撃したくなってきた。

 多分あの大きさに踏みつぶされたら一発で死ねると思うし、どうせなら苦しむ前に終わらせてしまえ。 なんならナメクジ共の酸を頭からかぶれば、ちょっと苦しいだけで済む。

 

 ナメクジが鎌首をもたげ、喉が脈打った。

 気分は絞首台を前にして、すべてを諦めた死刑囚。

 ほら、前に進め。一直線上に飛んでくるであろう粘液を受ければ、私は簡単に……

 心はそういって諦めてしまいたいのに。

 

「……っ!」

 

 気が付けば身体は勝手に動いて、いつも通りカリバーの先に粘液を絡めとっていた。

 

 まだだ。

 私はまだ戦える。

 走って、息をして、飛び回れる。

 

 冷静に考えれば、この状況を上手く使う事で逆に、勝利への道が開けたのかもしれない。

 深く呼吸。

 酸素をしっかりと取り入れて、大してよろしくない頭を上手く回転させる。

 

 レベルは上がっていても、対処方法は変わらないはずだ。

 いつも通り粘液で顔面を張り倒して、酸で死ぬのを待つ。

 『ストライク』はこのまま温存だ、どうせこいつらには打撃が全く効かない。

 それにMPが切れてしまえば直接的な殴打しか攻撃手段がなく、そうなれば高いHPと耐久を誇るハリツムリを倒すのはほぼ不可能。

 

「『ステップ』!」

 

 前後左右から襲い掛かる粘液弾、その間隙を縫ってナメクジたちに接近。

 確実に顔へ叩きつけ、即座に離脱。

 

―――――――――――――――

 

種族 メタルホイールスネイル

名前 クレイス

LV 60

 

HP 1358/1360 MP 407/557

 

―――――――――――――――

 

 叫びでどれだけ変わるかと思ったハリツムリの動きは、相変わらずちんたらとどんくさい。

 人間でいうなら召喚士。本体の棘はあくまで飾りで、メインの攻撃手段は大量に呼び出したナメクジによる圧殺かな。

 注目するべきはMPが相当減っていること、ナメクジを呼ぶのもノーコストというわけにはいかないようだ。

 使えて後二回、それさえ乗り越えればあとはデカい的だろう。

 

 そしてこの呼んでくれたナメクジ、使わないわけにはいかない。

 

 カリバーを溶かしてしまうほどの強烈な酸だ、きっとあいつの針にもよく効くだろう。

 さばききれない数のナメクジはこちらで処理しつつ、ヘイトを稼いでハリツムリを盾にする。

 

「そりゃっ! 『ステップ』!」

 

 蹴る、カリバーで顔を殴る、蹴る。

 私の背後には見慣れた、自身の酸にもだえ苦しむピンクな奴ら。

 いくらレベルが変わろうと多少耐えられる時間が延びるだけで、基本的な体の構造は変わらないのはモンスターも同じだ。

 

 外周を全力で駆け抜け、酸を擦り付けるのとヘイトを稼ぐのを半々で行っていく。

 

『レベルが上昇しました』

 

 背後から薄い光が立ち上ったかと思えば、レベルが上昇した。

 流石トンボ以上の高レベルに、ボスが呼び寄せたナメクジなだけはある。

 今は『ストライク』を使う必要がないので、『経験値上昇』に『スキル累乗』を重ねているおかげでもあるだろう。

 

 数えて行けばジャスト五十匹、これがハリツムリの一度に呼べるナメクジの数か。

 

 全身に無数の針が生えているハリツムリだが、つるつると硬質な殻には大きな針が点々と着いているのみ。

 動きも遅い、ならばすることは一つ。

 

「よっ……こいしょっ!」

 

 足をかけ、よじ登る。

 

 ナメクジは円周上にまんべんなく存在しているが、ど真ん中にいるハリツムリの巨体に遮られ、私の姿を見失う可能性があった。

 

 できる限り多くの粘液をぶつける方が討伐の成功率は上がるし、それなら丁度いい櫓としてついでに働いてもらおう。

 

「おらーかかってこい! 私はここだぞー!」

 

 どうせ言葉は通じないが、適当に手でメガホンを作りカリバーを振り回す。

 

 にょきっと地面から伸びるナメクジの目線が、私の全身へ突き刺さった。

 蠢き、さざめき、一斉に脈動しだすピンクの肉塊共。

 

 そうだ、よく私を狙えよ。

 絶対に外すな……!

 

 高台にいるからだろう、普段よりナメクジたちの揺れも、そして溜めも長い。

 メトロノームの様に上下へ揺れていた頭が次第に大きく、力強いものへと変わっていく。

 上、下……上。

 

 コポ……

 

「……!」

 

 本当に小さく、何かが湧きだすような音が重なる。

 その瞬間私は身を空中へ放り投げ、ハリツムリの身体から離れていた。

 

 風に舞う前髪、その数センチ先を粘液が掠める。

 刹那、無数の粘液たちが私のいた場所へ殺到、そして合体、巨大な塊となってその下へ落下した。

 そのまま軽く後転してエネルギーを分散しつつ着地。

 

 立ち上がる白煙、一瞬の静寂。

 

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?』

 

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

種族 メタルホイールスネイル

名前 クレイス

LV 60

 

HP 843/1360 MP 407/557

 

――――――――――――――――

 

 蒼穹へ絶叫するハリツムリ。

 背中に生えていた巨大な針がでろりと溶け、痛みに引き攣った皮膚が全身の針をピン、と立たせる。 

 ツン、と生えていた目はぐるぐると弧を描き、その苦しみから逃れようと暴れまわっていた。

 

 へへ、ざまあみろ。

 

『合計、レベルが7上昇しました』

 

 ついでに近くにいたナメクジたちにも粘液が降りかかり、哀れにも一瞬で絶命した。

 もう背中は粘液まみれなのでこの作戦は使えないが、たった一度でHPの四割ほどを一気に削り、その上酸のおかげで継続ダメージも期待できる。

 

 勝機が見えてきた。

 

 もし紙ぺら一枚程度の時間飛び出すのが遅れていたら、私もあそこの仲間入りをしていたのだろう。

 無意識のうちに震えていた手が、カタカタとカリバーを揺らす。

 後頭部が熱い。緊張と興奮、そして間近に迫った死が私を撫で、意識を沸騰させようと笑いかけている。

 

 震える手で希望の実を口に放り込み、吐くほどのまずさでむりやり意識を冷静に保つ。

 

 大丈夫だ、いける。

 

 痛みから逃げるためにか、殻の中へと全身をねじ込むハリツムリを正面に、私は希望を飲み込んだ。



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第三十一話

 殻の中へ閉じこもったと思えば、小刻みに揺れだすハリツムリ。

 何をしているんだ。

 死を悟って絶望した? モンスターが? まさかそんなわけはあるまい。

 ぬぐい切れない奇妙な違和感、何かを見逃している気がする。

 

 いや、大丈夫だ。

 確実に酸は効いていたし、勝利へ近づいている。 どうせ私の打撃はまともにダメージを与えられないし、それならこの隙にピンクナメクジ共の殲滅に取り掛かろう。

 

 適当に横にいた奴を蹴り飛ばし、口元へカリバーを宛がう。

 せり上がってきた粘液はそのまま目の前のカリバーへ、そしてそのまま自身の顔面へと返品された。 私自身半分は倒していて、先ほどの二次被害でも相当数減っている、これで後は消化試合を……

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……』

 

 またか、慌てて耳をふさぐ。

 葉がビリビリと揺れ、波がさざめき沼をかき回す。 殻に入っているせいだろう、少し籠った声のピンクナメクジ招集。

 

 叫びに呼応するように、にょきにょきにょきと相も変わらずピンクの目玉が生え、ゆっくりゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 まあいい、どうせハリツムリはもうすぐに死ぬんだ。

 呼んでくれたナメクジ共は、レベル上げのえさにでもなってもらおう。 

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 77

 

HP 96/162 MP 268/375 

 

―――――――――――――――

 

 大量のナメクジのおかげで、レベル自体もこの挑戦前から相当上がっている。

 結果論ではあるが、ハリツムリはステータスと比べてそこまで苦戦することもなかった。 

 

 カリバーを担ぎ上げ、揺れる葉の上を闊歩。

 葉の上に上がってこようとした奴を優先し、丁寧に顔を張り飛ばす。

 無機質な電子音と、無感情にレベルアップを告げる声、そして私がカリバーを叩きつける水音だけが交互に響いた。

 

 それにしても酷い揺れだ、酸で葉っぱがボロボロにでもなったのだろうか。 

 

「うわっ……と、と……!?」

 

 ひときわ大きな揺れの後、再度響くハリツムリの絶叫。

 これで三度目、もう招集は使えまい。 

 

 シャラ……

 

 ひときわ強烈な揺れ。

 それは葉だけでなく、ど真ん中に鎮座するハリツムリも同じで、殻に籠ったまま大きくガタガタと揺れていた。

 

 にわかに鼓膜を叩く、不吉な金属音。

 違和感が次第に膨らみ、不気味な焦燥感となって喉元を焼く。

 まただ。何か、何かがおかしい。何かを見逃しているのに、それが何なのかがわからない。

 

 私は何を見逃している……?

 

 ふと思い浮かんだのは、ハリツムリの名前。

 

『メタルホイールスネイル』

 

 メタルはいいだろう、金属的なアレだ。

 ホイールは輪っか? だろうし、スネイルはまあ、多分カタツムリだとかそんな感じの意味じゃないか。

 いや待てよ、なんでホイールなんだ?

 

 見た目からして針まみれだし、ニードルとかじゃないのか。

 

 小さな疑問、その答えはすぐに返ってきた。

 

「……!?」

 

 私の目に飛び込んできたのは、自身が閉じこもった殻を回転させ、バカみたいな勢いで突っ込んでくるハリツムリ。

 その背中には先ほど融かされたはずなのに、堂々と天を穿つ巨大な針。

 しかも先刻とは異なり、本体の肉にも生えていたように無数の針が、殻の周りへびっしりと生えている。

 

 ああ、なるほど。

 誰がハリツムリはナメクジを呼ぶことしか出来ないって言ったんだ!

 さっきの絶叫はナメクジを呼ぶものじゃなく、これを生やすためだったんだ!

 

 

「す……『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 

 一直線にこちらへ突っ込んでくる化け物を避けるため、即座にストライク走法で距離をとる。

 ミチミチと脹脛が悲鳴を上げ、これ以上使えば以前と同じく大怪我に繋がるぞと、全身が私に告げた。

 殻に籠りゆらゆらと揺れていたのは、葉の振動を受けていたらではない。

 ハリツムリが自ら体を揺らして、殻を動かそうとしていたから。むしろ葉は逆、揺らされている側であった。

 ホイール(輪っか)だなんて冗談はやめてほしい、何もかもを踏み潰すその姿は戦車だ。

 

 こうなればもう敵も味方も関係ない。

 

 私の背後をぴったりと追い続け、何もかもを破壊しつくす暴虐の化身へと変わったハリツムリは、その道中にいる蠢くナメクジたちを次々に貫き、踏みつぶし、肉塊へと変えていった。

 

『合計、レベルが3上昇しました』

 

 何もしていない、ただナメクジたちの間をすり抜け走っているだけなのに、後ろでどんどん踏みつぶされていくせいでレベルが勝手に上がる。

 

 酸が吹き出しその身に塗れ、白煙が吹き出した。 が、関係ない。

 融けた針の奥から更に針が生まれ、必死に抵抗するナメクジたちを食らい尽くす。

 むしろ酸の力も得て、葉の上に無数の穴を生み出していった。

 

「はぁっ、冗談はっ、はぁ、よしてほしいっ!」

 

『合計、レベルが3上昇しました』

 

 逃げるほどに私とあいつの距離は縮まり、たなびく服を回転する針が切り裂く。

 

 このままだと追いつかれる、距離を取らないと……!

 

 

「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステッ……!?」

 

 

 視界が後ろに溶け、距離が生まれた瞬間だった。 突然膝から力が抜け、世界がゆっくりと色を失っていく。

 

 やってしまった。

 

 自殺ダッシュ、名の通り使い過ぎれば死へ一直線。

 地面に身を叩きつけ、転がる。

 致命的な失敗を理解した瞬間、私の背後へあまりに刺激的な影が訪れた。

 

 

 全身の痛みに耐えて身を持ち上げ、後ろから迫ってくる絶望に息をのむ。

 

  轢くのは一瞬だ。転がっているナメクジの様に急所を外し、一撃では死なない可能性もあった。

 だから、確実に殺すのなら殻に籠って潰すのではなく、己の足に生えた針で刺し殺す方がいいと判断したのだろう。

 身を隠していた殻から飛び出し、布団の様に私を覆おうと広がるハリツムリ。

 

「……っ! 『ストライク』ッ!」

 

 ギチィッ!

 

 咄嗟に飛び出た怒号。

 衝撃に耐えきれず、情けなく尻餅をつく。

 

 目の前数センチの所まで針が迫り、力が抜ければこのまま死ぬと分かった。

 

――――――――――――――――

 

種族 メタルホイールスネイル

名前 クレイス

LV 60

 

HP 142/1360 MP 0/557

 

――――――――――――――――

 

 鑑定が指し示すのは、酸により刻一刻と減っていく、既に死を間近にしたハリツムリの姿。

 だがこれだけHPがあれば、私を叩き潰し殺すのには何の支障もない。

 

 ふと、力が抜けた。

 

 三秒。

 

 クールタイムでもあり、スキルの導きが続く時間が過ぎたのだ。

 

「ああぁ……!」

 

 スキルの効果がなくなれば当然、ゆっくりと私を押し潰す巨体。

 頬へゆっくりと針が沈み込み、ねっとりとした血が首筋へ垂れていく。

 針の先から垂れた粘液が頬を掠め、やけどの跡を残す。

 

 何もかもが痛いはずなのに、溢れんばかりに湧き出すアドレナリンのせいだろうか、何も感じない。

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 84

 

HP 67/176 MP 257/410

 

―――――――――――――――

 

 視界の端に開かれたステータスが、じりじりとHPの減少を伝えた。

 勿論減少速度も、そして現在のHPもカタツムリ以下なので、このまま耐えきるのも不可能。 

 

「『スキル累乗』対象変更っ、『ストライク』ッ! ……ぁあああっ! 『ストライク』ッ!」

 

 カリバーが輝き、虎の子である『累乗ストライク』をその足へと叩き込んだ。

 衝撃を受け揺れるも、しかし私から退くまでには至らない。

 

 そしてカリバーが点滅し、ふっと力が抜ける。

 

 ストライクを撃つたび、にわかに状況が好転したかのように見える。

 しかし力を切らすたび、ゆっくり、そしてより深く針が肉へ突き刺さっていくのを、私は頬の感触から理解していた。

 

 死ぬのか、私は。

 まだ何もできていないのに、まだやることがたくさんあるのに。

 

 遂に足が完全に踏みつぶされ、忘れかけていた激痛が脳天を横殴りにした。

 

 喉から悲鳴が絞り出される。くそっ、私は……!

 

『レベルが上昇しました』

 

 視界の端でナメクジが溶け、レベルが上がる。

 今更上がったところで、どうしろっていうんだ。

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 85

 

HP 23/178 MP 71/415

物攻 175 魔攻 0

耐久 515 俊敏 554

知力 85 運 0

SP 100

 

スキル累乗LV1→LV2

必要SP:100

 

 

―――――――――――――――

 

どうしろって……こうするしか無いじゃないか……!

 

『スキル累乗がLV2へ上昇しました』

 

―――――――――――――――――

 

スキル累乗 LV2

 

パッシブ、アクティブスキルに関わらず

任意のスキルを重ね掛けすることが出来る

 

現在可能回数2

 

―――――――――――――――――

 

「……ぁ、ぁぁぁぁあああああああっ! いったいんだよぉぉぉぉおっ! 『ストライク』ッ!」

 

 ドンッ!

 

 怒りと恐怖がごちゃ混ぜになった新たな『累乗ストライク』は、巨大な肉布団をめくりあげた。

 

 最後の一押しになったのだろう。

 叩きあげられたハリツムリは、再度私へ覆いかぶさる前にHPを失い、光となって消えていった。

 胸元にコロンと転がったのは、きらきらと中に星の見える、透明なハリツムリの魔石。

 

 遠くなる意識をどうにかつかんで、『スキル累乗』を『経験値上昇』へ、そしてポケットの中に入っていた最低品質のポーションを無理やり飲み込む。

 

 多分これ飲まないで気絶すると、出血多量で死ぬ気がする。

 

 鳴り響くレベルアップ音を聞きながら、ハリツムリの魔石を胸に抱き、狭まる視界へ手を伸ばす。

 

 

 ああ

 

 ケーキたべたい……

 



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第三十二話

 ここ最近はダンジョンに一切潜っていない。

 いやー、流石にあの死闘を乗り越えて、さらに毎日戦うってのはきつい。

 ほとんどネットカフェに引きこもっては、映画を見たりしていた。

 

「おう、よく来たなお嬢ちゃん」

「うん」

 

 そして筋肉に言われた通り一週間後、私はハリツムリの魔石をうっぱらったお金を受け取りに来ていた。

 いや勿論本当は翌日に魔石を売りに行ったのだが、なんとあのハリツムリ、協会には登録されていないモンスターだったらしい。

 

 うん、なんか名前おかしいと思ったんだよね。

 しかも推奨レベルより高いし、技えげつないし。

 知力が低かったしもし魔法が使えたなら、もっと楽に倒せていたかもしれないけど。

 

  というわけで未確認の魔石、一体どんな効果を秘めているか分からないというわけで、検証だとかに時間がかかった。

 取り調べは凄い怖かった。

 なんたって筋肉並みにムキムキな人とか、腹筋バキバキに割れてる女の人とかがすっごいまじめな形相で私を見つめつつ、延々と質問を突っ込んできては紙にがりがりと書き込みしていくのだ。

 

 誰だってビビる、しかもあの人たち多分超強い。

 だって腰に凄いピカピカ物理的に輝く武器差してたし、あれ多分ドロップ武器ってやつだ。

 

「んじゃこれが石の買取、調査、情報提供代だ」

「ん。……ん?」

 

 ぽんっ、と手渡されたのは、分厚く重い封筒。

 軽く封じられていたそれをぺりぺりと破り中をのぞけば、一センチほどはあろうかという紙束。

 

 え、なにこれ。

 

「百十五万だ。ほとんど新たなモンスター、しかもボスだからだな。本当は銀行とかに振り込んでおきたかったんだが、お嬢ちゃん口座登録してないだろ?」

「ひゃ、ひゃくま……?」

 

 百万ってどういう意味だろう。

 百万って、百万?

 

 あれ、ちょっと待って。

 百万ってなんだ……百万は万が百で……百がマンだから……?

 

『やあ! 僕百万君!』

「百万君!? 誰!?」

『僕はマネー王国から君と友達になりに来たんだ!』

「どういうことなの……!?」

『さあ、僕と一緒に飛び立とう!』

 

 巨大な札束に手足の生えた百万君が、私に向かって手を差し伸べた。

 手を重ねれば、私の身体は空高くへと……

 

「……ちゃん、お嬢ちゃん。大丈夫か、意識飛んでたぞ」

「……え? 百万君は?」

「あん? 何言ってんだ?」

「あ……うん、何でもない」

 

 というわけで、私はとんでもない大金を手に入れた。

 これはあれか。

 悪いこと、苦労した後にはいいことがある、人生万事最強の馬というやつか。

 

 ど、ど、どうしよう……!?

 

 

「だ、だれもいないよね……?」

 

 人が怖い。

 突然金の亡者がゾンビの様にわらわらと、そこら辺から生えてきて私のお金を奪っていかないか怖い。 大丈夫かここは、まだマネーウイルスに侵食されていないだろうか。

 

 協会を抜け大通り、真昼間なだけあって人はいない。

 百十五万円の入った封筒様はリュックの中、服で二重に包んで大切に守っている。

 銀行だ。筋肉も言っていたが銀行を開設して、それから何をするか決めよう。

 

 裏通り、冷たいコンクリの壁に背中を当て、大通りの様子をうかがう。

 

 こちらフォリア部隊、敵確認できません。

 今より銀行へ突撃しま……

 

「お、いたいた」

「ひゃあっ!?」

 

 つん、とわき腹をつつかれ、奇声が喉奥から湧き出した。

 

 そこにいたのは相変わらずちぐはぐな靴下、適当に茶髪を結んでいる剣崎さん。

 この街の近くにある大学で、ダンジョンの研究をしている人だ。

 今日は前回会った時とは異なり、私服ではなく白衣そのまま。

 

「け……剣崎さん……!」

「やあ、探したよ。一週間後に来てって言ったのに、二週間過ぎてもまだ来ないから、剛力君……協会のトップに直接話付けてね」

 

 筋肉、もとい剛力。

 名前まで筋肉にあふれているなあいつ。

 

 どうやら剣崎さんは筋肉とも知り合いらしく、私が一週間後に現れることを知っていたらしい。

 まあダンジョンの研究をしていると言っていたし、協会の支部長でもある筋肉と面識があるのは、何らおかしいことではない。

 

 命がけの戦いを繰り返して忘れていたが、そういえば彼女には、あの三人組が大学にいないか調査を頼んでいたのだった。

 教授となれば忙しいだろうに、わざわざ私に会いに来てくれるとは。

 いい人だ。

 

「まあこんなところで話すのもなんだ、ついてきなさい。近くにいい喫茶店があるんだ」

「え……うん」

 

 本当はさっさと銀行へお金を預けに行きたいのだが、そもそも最初に頼んだのは私だ。

 颯爽と白衣をはためかせる彼女の後へついていく。

 ああ、それにしてもこの百万円何に使おう……!



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第三十三話

「好きなもの頼んでね」

「うん」

 

 剣崎さんに連れられ入ったカフェは、むき出しのレンガがどこか懐かしい、シックなお店だった。

 ちょっと硬めのソファに対面で座り、すぐに会話して終わりというのも寂しいので、軽く食事もすることに。 

 今日はお金をたくさん持っているので、好きなものを頼める。

 

 ええっと、紅茶と、ケーキは……ナポレオンパイ? 

 

「ナポレオン・パイはイチゴのミルフィーユのことね。ここのはカスタードじゃなくて、クレームディプロマットを挟んであるから重すぎずフレッシュなミルクのフレーバーが……」

「……?」 

 

 物凄い早口で語り始める剣崎さん、興奮しているのか顔が凄い赤い。

 よくわからないけどミルフィーユというのがこのナポレオンパイで、彼女が興奮するくらい美味しいというのは分かった。

 行きつけの店だと言っていたし、これが好きで通っているのかもしれない。

 

 私と剣崎さん、二人とも同じナポレオン・パイを一つずつ、紅茶とコーヒーで注文。

 早々に届いたカップの中身を啜り、一息ついたところで話は始まった。

 

「端的に言おう。君をダンジョン内で見捨てたという三人は、やはりウチにはいなかった」

「うん」

「なんとなく予想はついてたって顔だね、ごめんよ」

「ううん、大丈夫。私も強くなってるから、自分でも探せる」

 

 実際剣崎さんと以前会ったときに、恐らく見つからないと言われていたので心の準備はできていた。

 ……いや、はっきり言ってしまうと、私は今の今までそこまであの三人を気にしていなかった、というのが本音だ。

 ダンジョンに延々と潜り続ける日々、恨み言を思い出す暇もなかった。

 しかしこうやって面と向かって存在を告げられれば、不思議なことに心の奥底へ、消えていたはずの澱が積もっていくのが分かる。

 

 都合よく醜い感情だ。

 憎しみを忘れていたはずなのに、そう簡単にまた生まれてしまうなんて、本当はそこまで恨んでいないのじゃないか?

 犠牲者を増やしたくないだなんて言っておきながら、本当はどうでもよくて、自分自身の恨みを正当化するために、誰か存在しえない犠牲者を人形にして遊んでいただけなのでは。

 

 ……いや、そんなわけがない。そんなわけないのだが……自分の感情がどんなものなのか、自分自身でも整理が出来なかった。

 

 憎いのか、悲しいのか、思い出すのも辛いのか、それとももうどうでもいいのか。

 たった二週間前の出来事なのに、もう遠い昔のように感じる。

 殺されたのは当然あれっきりだが、殺されかけたことはもう何度もあった。

 その経験が記憶の傷口に染み渡り、死を味わうという昏いはずの過去が、実は普通じゃないのかと錯覚させてくるのだ。

 

 靄のかかった感情を胸に抱き、ぼうっと空調に揺られる観葉植物を眺めていると、そっと皿が机に置かれた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 にこりと微笑むウェイター。

 皿の上には何か茶色の、クリームが二回ほど挟まれた物体。

 ほう、これがミルフィーユというやつか。

 

「さ、食べましょ。あまり考えすぎない方がいい、月並みな言葉だが復讐は何も生まないからね」

「……うん」

「いいかい、ミルフィーユってのは一度倒してから食べるんだ。上からナイフやフォークを入れると……」

 

 初めて食べたミルフィーユはカラメルがほろ苦く、甘酸っぱいイチゴとクリームが美味しかった。

 

 

「そういえば君、今もまだネットカフェに住んでるの?」

「うん、安いから」

「うーん……確かにホテルとかよりかは安いだろうけど、まとまったお金が貯まったらマンションか、アパートでも借りた方がいいんじゃないかしら? ここらなら1LDKで五万もしないとおもうわ」

「……!」

 

 確かに。

 今まで生きるのに必死だったし、お金が一気に稼げるようになったのは『麗しの湿地』で戦う様になってからだったので、そんなこと考えたこともなかった。

 しかし今借りてるネットカフェの部屋は鍵付きで一日三千円、一か月で十万円ほど。

 掃除だとか、水道代だとかもかかるとはいえ、賃貸に住んだ方が合計は安く済む気がする。

 

 あ、でも家電とかも買わないといけないのか…… 冷蔵庫に掃除機、テレビとかも見てみたいし、調べ物をするのにパソコンも必要……そう考えると狭くてネットカフェの方が……うーん。

 いや待て、調べるときだけネットカフェに行けばいいのか?

 しかし……いや、うん、今持っている百十五万円を使えば、大体の物は買いそろえられるのか。

 

「うん、じゃあ今から借りに行く」

「え!? 今から!? お金ない内に無理に借りる必要もないんじゃ……」

「あ……ううん。ダンジョン毎日潜ってるから、借りるくらいなら全然できる」

 

 そうか、剣崎さんと出会ったとき、私のレベルは20もなかったはず。

 あのころと比べたら経済状況は雲泥の差、『スキル累乗』によってレベルアップ速度も異常に高いなんて、普通の人にわかるわけもない。

 

 ユニークスキルについては隠しつつ、既に私はFランクダンジョンへ手を出せる程度にはレベルが上がっていると伝える。

 勿論すさまじい成長速度だと驚かれはしたが、まだ期待のルーキーとしてありえなくもない程度。

 よく頑張ったとほめられた。

 

 

「それなら大丈夫そうね、保証人はいるのかしら?」

「ほしょー……にん……?」 

 

 ほしょーにん……保証人、かぁ……。



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第三十四話

 その後の流れを端的に記すと、ネットカフェを抜けて協会近くに建てられた、探索者向けのビジネスホテルへ泊まることになった

 契約だのなんだので、部屋を借りるのは私一人では大変。

 それに探索者は上に行くほど儲かるが、その代わり命をかけて戦う職なので、結構偏見の目が根強く残っている。

 その苦労を無視できるのだから、高くついてしまったとしても払う価値があるだろう。

 

 剣崎さんは保証人になろうかと言ってきたのだが、出会ってまだ二度目だというのに、あまりに甘すぎるのが怪しく感じてしまった。

 いや、勿論彼女を心の底から疑っているわけではないのだが、どうにも他人を心底信じることが出来ない。

 

 それにアパートだのマンションだのを借りるとして、家電や水道、ガスなどの契約もあるし、正直面倒だ。

 勿論アパートなどを借りた方が安いのは分かっているが、『スキル累乗』を駆使して戦っていけば、きっと私はもっと強くなれる。

 お金だって稼げるし、それならすでに全部準備されているホテルを借り続けた方が楽だ。

 何より隣近所のあれこれを気にする必要があるし、そういうのは避けたい。

 

 そしてホテルのロビーにて。

 

「まあ、あんまり無理しないでね。なんなら大学に来てくれれば、寮とかこっそり転がり込んでもいいし」

「うん。でも大丈夫、私は強くなるから」

「……はぁ、心配だわ」

 

 太陽が頭上に上がるころ、私は剣崎さんと別れた。

 心配され何度かやはり止められはしたが、彼女にユニークスキルの話をするわけにもいかないし、どうにか押し切ることで済ませる。 

 

 

 靴を脱ぎ部屋に上がり、リュックを端へ下ろす。

 小さなテレビ、電気ポット、一人用のベット。

 冷蔵庫やクーラーまでついている、借りたホテルは一泊一万円もするだけあって、かなり設備が整っていた。

 探索者向けのビジネスホテルらしく、入り口近くには汚れを落とす水道なども設置されている。

 

 真っ白なシーツの敷かれたベットへ手をのせれば、ゆっくりと沈みこんで柔らかい。

 

 生唾を飲み込む。

 

 今まである程度柔らかいとはいえ、設置された椅子の上で寝起きしてきた。

 施設で寝るときは布団だったし、ベットなんてずっと昔に使ったきり。

 本当にここで寝ていいのか? 寝たら永遠に動けなくなったりしないよね?

 

 ポスン、と身体を投げ出す。

 微かに反発するがふんわりと身を包み、柔らかくて暖かい。

 いいにおいがする。 

 ホテル凄い、ネットカフェとは全然違う。

 こんな気持ちいい物知らなかった、もっと早くに借りていればよかった。

 

 正直長期滞在プランがあるとはいえ、一日おおよそ一万円もするなんて高すぎる気もしていた。

 だがその考えは撤回だ。

 これは借りてよかった。それこそもっとお金をためて一軒家を持つとかでなければ、お風呂まであるし、洗い物だけコインランドリーで済ませればいいのだから。

 

「さいこぉ……!」

 

 柔らかな布団に包まり、天井へ勝利のこぶしを突き上げる。

 

 よくよく考えれば賃貸なんぞ借りても、探索者として色んなダンジョンへ潜るのならただの足かせでしかない。

 その時々に合わせてホテルを借りる、そうすれば各ホテルの特色も楽しめるし、完璧な選択じゃないか。

 

 頑張って戦ってよかった。

 私は探索者になって初めて、心からそう思った。

 

 

 しばし布団でごろごろしていると、くうと腹が鳴る。

 

「あ……」

 

 そういえば今日はいくつかの希望の実と、剣崎さんと一緒に食べたミルフィーユくらいしかない。

 希望の実も随分と在庫が減っている。

 花咲ダンジョンで相当量拾って帰っていたのだが、麗しの湿地のはピンクの沼にずっと浸かっていたであろうしあまり食べたくないので、拾っていないからだ。

 一食分はあるが……折角だし、外食をしよう。

 

 うん、これは仕方のないことなのだ。

 希望の実の在庫が心もとないのだから、外へ食べに行くのは至極当然のこと。

 

 別に誰からか責められるわけではないのだが、ポケットに一万円だけを突っ込み、部屋を抜ける。

 

 何を食べよう、温かいものが良いな。

 春もだいぶ深まってきたとはいえ、短パンにシャツだと夜はやはり寒い。

 穂谷さんから不細工な猫の描かれたパーカーをもらっていてよかった。一応持ってきたそれを羽織ると、だいぶ寒さがましになる。

 

 ポケットへ手を突っ込み、あてもなくぶらぶらと夜の街を歩く。

 

 ふと目に飛び込んできたのは、ずいぶんとレトロなリヤカーに真っ赤な暖簾。

 らーめん、と手書きで書かれている。

 今時まさかこんな、それこそ教科書に載っているようなものが出てくるとは思いもしなかった。

 

 しかし丁度いい。

 ラーメンなんて学校の給食で妙に伸びた奴か、施設で出てきたちゃちい物しか食べた記憶がない。

 今日の夕飯はこれにしよう。

 見たことのない過去の情景が脳裏に浮かび、無意識のうちに頭上の暖簾を、意味はないが押しのけ席へ座る。

 

「ラーメンください」

「へいらっしゃい! 味は?」

「えーっと、じゃあ醤油で」

 

 若い男の人だ。

 ちゃっちゃかと茹で上がった麺のお湯を切り、あっという間にラーメンを作り上げていく。

 ナルト、ネギ、メンマ。そして分厚いチャーシューが一枚……

 

「これはおまけ。お嬢ちゃん可愛いからね!」

「え……いいの?」

 

 しかし正面からさらにもう一枚、チャーシューが追加された。

 

 本当にいいのか、視線を向ければニカリと白い歯を見せ笑う青年。

 いい人だ。

 無意識に笑みがこぼれる。

 

 醤油の香ばしい香りと、てらてらと水面を揺蕩う油。

 熱い湯気が立ち上り、夜風に冷えた頬をやさしくなでれば、唾液が口内にあふれる。

 胸いっぱいに良い匂いを吸い込み、ぱきっと割った箸を早速突っ込もうと

 

「おう、チャーシュー麺くれ!」

「よぉ、鍵一じゃねえか! 協会の仕事はどうだよ!」

「まあまあだな。危なっかしいガキがいてさ、心配で見てらんねえんだわ」

 

 したところで、横に既視感のあるやつが座ってきた。

 いがぐりの様にツンツンととがった頭、目つきの悪い三白眼。

 

「げっ、なんでお前ここにいんだよ!」

 

 こっちのセリフだ、ウニ。



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第三十五話

『……』

 

 互いに無言でラーメンをすすり……たかったのだが、あまり麺類を啜るのが上手くないのと、熱いので蓮華の上で小さいラーメンを作って、吹いてから食べる。

 

 えへへ、美味しい。

 

 多分魚介系のスープなのだろう。

 あっさりとしているが、決して手を抜いていたり、出汁をケチっているわけではない。

 魚の風味が鼻をくすぐり、舌の上でうまみが主張した後、くどくなりすぎる前に喉奥へ消えていく。 細めの麺ではあるがしっかりもちもちとしていて、スープとよく絡んでいる。

 メンマも歯ごたえが良いし、ふとすれば物足りなく感じてしまうスープを、とろとろのチャーシューが補っていて言うことがない。

 

 いい店だ、おいしい。

 

 設置されていた胡椒を振りかけてみれば、また一味変わる。

 華やかで刺激的な風味、ちょっとピリッとした辛さが食欲をあおり、次へ、また次へと箸が進む。

 

『ご馳走様』

 

 気が付けばスープまで飲み干していて、隣のウニとほぼ同時に丼を返していた。

 

「なに?」

「別に、何でもねえよ」

 

 こちらをじっと見つめ、何か言いたげなウニ。

 目つきが元々悪いので、まるで私を殺そうとしているようにも見える。

 もう少し柔和な表情を浮かべられないのか。

 

 何か切り出してくるかと思って少し待っていたのだが、何も言ってこない。

 こいつは苦手だ。

 何も用がないのなら帰らせてもらおう。

 

「あっ、ちょ、ちょっと待てって!」

「なに?」

「う……あ、アイスでも食いに行かね? 奢るからさ」

「えぇ……」

 

 去ろうとした瞬間、右手をグイっと引っ張られ止められる。

 

 ようやく口を開いたと思えば、この寒空の下アイスを食わないかという提案。

 話に誘うにしたってもう少し何かあるだろう、まあ乗るんだけど。

 

 

「ほら」

「ありがと」

 

 コンビニの端、全面ガラス張りの席に座り待っていると、横からウニが真っ白なソフトクリームを差し出してきた。

 

 受け取り、ぺろりと舐める。

 ひんやりとして甘い。

 店内は空調が効いていて暖かく、ラーメンで火照った体にアイスの冷たさが染み、案外心地よかった。

 

「なあ、協会の職員にならないか?」

 

 行きかう車のテールランプを目で追い、ウニが口を開いた。

 

「やだ」

「やだ、じゃねえよ! ……お前も聞いてんだろ、探索者は一年で三割は死ぬんだよ。特にお前みたいなソロはな。お前がどんどん強くなっていってるのは分かる、向いてるんだろうな。それでも……」

 

 筋肉にも一度誘われているが、断ったのをウニは知らないのだろう。

 いや、それだけじゃない。

 私がダンジョンで使い捨てられたことも、きっと筋肉はほかの人に教えていないのだろう。

 ムキムキピクピクな見た目に反して律儀な奴だ、やっぱりあいつは信用できる。

 

 しばしアイスを揺らし、逡巡するように口をパクパクするウニ。

 そういえばウニはキャベツを食べさせると、身が詰まって美味しくなるらしい。昨日見たネットニュースにそう書いてあった。

 果たして目の前のウニの口にキャベツを突っ込めば、もう少し目つきと態度が丸くなるのだろうか。

 

「俺さ、15の頃探索者になったんだよ」

「ふーん」

「興味なさそうだな……まあそれでな、色々あったんだがダチが死んでさ、俺だけが生き残ったんだよ。昔から力だけは強くてな」

 

 中肉中背な見た目のウニだが、見た目に反して筋力があるらしい。

 がむしゃらに武器を振って友人を殺した敵を倒して、そのまま逃げるようにその場を離れてから探索者をやめたと。

 それからダンジョンに入ろうとは思わないが、お前は死に急ぐみたいで見ていられないと。

 

 

 ……妙に最初からとげとげしかった理由は分かった。 一応私を心配して、やめさせようと画策していたらしい。

 へたくそか。もう少しかける言葉というものがあるだろうと指摘すると、ウニは眉をしかめて顔をそむけた。

 

 危ないからやめろ。

 安定した協会の仕事を仲介するし、それでいいじゃないか。

 言いたいことはわかる。でも……

 

「でも私は、ダンジョンを回るのが好きだから」

「……っ」

 

 未知のものと遭遇して、少し走っただけで疲れていた身体が強くなって、楽しかった。

 いつも何かに怯えていた私には、ダンジョンで命を燃やして戦うということが……でもほんとうに、それだけなんだろうか。

 

 ウニへ言い切ったはずの私の言葉なのに、それに強い確信は持てないでいた。

 私には今、私がどうしてダンジョンで戦っているのかわからなかった、

 

 私がダンジョンに潜るのは、現実逃避に近いのかもしれない。

 戦って、けがをして、普通の人として社会の歯車に上手く嵌まれなかった自分自身を、どこかゴミ屑のように扱うことで許されようとしているのかもしれない。

 いったい誰に許されようとしているのか、それは分からないけれど。

 

「はぁ……なんでそうなるかなぁ……」

「だめ?」

「ダメだけど俺が何言っても聞くつもりないだろお前……」

 

 コーンの先を口に放り込み、ガシガシと髪をかき回すウニ。

 長々とため息を吐き

 

「……死ぬなよ」

「忠告のつもり?」

「当たり前だろ!」

 

 一度死んでいる私には、あまりに今更な話だ。



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第三十六話

「むにゃ……」

 

 ふわふわで暖かいベッドの中、ただひたすらに惰眠を貪る。

 ぼんやりと霞む視界、壁にかかった時計が早朝を告げていた。

 

 あさ、朝かぁ……

 

「……ダンジョンいかないとっ!?」

 

 不味い不味い、もうこんな時間なのか!

 

 思考回路は完全に停止しているが、ここ二週間で慣れてしまった、夢半ばの状態で探索の準備を進める。

 服、カリバー、そして数の少なくなってきた希望の実。

 カリバー以外はビニールに包んで、リュックの中へと突っ込み……

 

 そこにあったお札を見て、そういえば今はそんなあくせく探索しなくてもよかったのだと思い出す。

 

 お金をいっぱい手に入れたのはいいが、正直何をしたらいいのか分からない。

 美味しいものはいっぱい食べたいが、果たしてお金が底を尽きるまで延々食べられるかといえば、それはだいぶ難しい。

 服でも買おうかと思ったが、あいにくと穂谷さんからもらった服があるし、すぐボロボロになるからダンジョンに着て行くことのできない以上、そんな沢山の洋服は要らない。

 

 するとなると……お金はあるが、何をしたらいいのかがわからない。

 

 我ながらつまらない人間だ。

 お金が欲しいと言いながらも、いざ大金を手に入れてみれば、さほど欲しいものが思い浮かばなかった。

 お金は最低限あれば、それ以上は要らないのかもしれない。

 

 あれだ。

 もし戦闘不能になって探索者をやめた時でも生きていく分のお金が貯まったら、あとは適当に寄付でもすればいいのかな。

 

 ふと目に入ったのは、リュックの中へ縦に突き込まれたカリバー。

 一応毎回汚れは落としているし、破壊不可なので新品のように輝いている。

 

「ダンジョン……か……」

 

 1万円だけ残して、あとのお金は全部部屋にあった金庫に放り込み、リュックを背負う。

 カリバーを握って手にポンポンとぶつけて、久しぶりの感触を味わう。

 一週間戦っていなかったが、ああやってウニに語ったせいだろうか、ダンジョンに潜りたい欲がむくむくと湧いてきた。

 

 それになにより、何もせずに一日を過ごすよりも、頑張った後のご飯の方がおいしいだろう。

 

 

「らっしゃーせー」

「これください」

「マチョチキサラダチキン味ですね、160円でーす」

 

 希望の実が心もとない数なので、今日の朝食はウニから聞いたホットスナックとおにぎり、そして今まで買っていなかったがペットボトルのお茶だ。

 昨日ファミリーマッチョにウニと訪れた時、こういった店は詳しくないから何かおすすめはあるかと聞いたらこれを推された。

 

 サクサクとしたチキンの食感、こんがりと揚がって香ばしい衣と刺激的なスパイスの刺激。

 油と濃い塩味におにぎりがよく合う。

 こってりとした口内をさっぱりとしたお茶、あと栄養が気になったので数少ない希望の実もついでに流せば、あっという間に食べ終わってしまった。

 

 いけるじゃないか、コンビニご飯。

 

 唇に残った油をペロリと舐め、おしぼりで指先を軽くぬぐう。

 ビニールにごみを詰め込み、ゴミ箱へ放り込んでふと思う。

 

 そういえばかつてはビニールなどのごみ処理に、世界中があくせくしていたらしい。

 今はダンジョンに埋めてしまえば、ものによって時間の差はあれどそのうち魔力へと変換されてしまう。

 電力から魔力への切り替えのため技術自体はさほど進んでいないが、ダンジョンの現れる前と比べて生きやすさは格段に上がっているのだろう。

 

 空高くへこぶしを突き上げ、大きくあくび。

 

 さて、今日からまた気合い入れて頑張りますか。

 

 

 ダンジョンへ行く前、なんとなしにステータスを開く。

 

「ステータスオープン」

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 117

HP 242 MP 575

物攻 229 魔攻 0

耐久 707 俊敏 778

知力 117 運 0

SP 60

 

スキル

 

スキル累乗 LV2

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV3

鈍器 LV2

活人剣 LV1

ステップ LV1

 

称号

生と死の逆転

 

装備

 

カリバー(フォリア専用武器)

 

―――――――――――――――

 

「おお……」

 

 すると、なんかビビるくらいレベルが上がっていた。

 

 私が今行こうとしていたダンジョンは、もう潜り慣れたピンクなあそこ、『麗しの湿地』だ。

 だがこのレベル、ハリツムリのレベルすら倍上回っている今、次の段階へ向かうべきだろう。

 

 次の段階……そう、Fランクダンジョン。

 そしてここの近くにあるのは、私が一度殺された場所でもある、人型が多く存在する『落葉ダンジョン』だ。

 

 腕が震え、視界がぼやける。

 

 自分ではかつての状況を冷静に見れていると思っていたが、トラウマというものはそう簡単に消えてくれない。

 本当に潜っていいのだろうか、もしオークが斧を大きく振りかぶったとき、私は冷静に戦うことが出来るのだろうか。

 分からない。

 分からないけれど……立ち止まっていては、先に進めないことだけは分かる。

 

 ポケットに手を突っ込むと、最後の希望の実が指先に触れた。

 

 いけるさ、きっと。

 落ち着くためにいつも食べていたそれ、しかし今食べる必要はない。

 ただ軽く握りしめるだけ、それだけでも十分心は静寂に沈む。

 

 ここまで頑張ってきて、すべてを乗り越えてきた。 トラウマごとき、大した壁じゃない。

 『落葉ダンジョン』はFランクの中でも、難易度が最低レベルの物。その性質上多くの人が毎日潜っているし、『麗しの湿地』みたいに未確定な情報はほぼない。

 

 さあ、忌々しい過去の記憶を乗り越えよう。



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第三十七話

 落葉ダンジョンは私が初めて挑戦する、ダンジョンらしいダンジョンだろう。まあ二回目だけど。

 重厚な扉を抜ければ魔石のランプが壁に掛けられ、地下へどんどん進んでいくほどに強敵が現れる。

 私が頭をかち割られたオークはその中でも最底辺、レベル50程度。

 とはいっても当時の私からすれば絶望的なレベル差、まともに太刀打ちできるわけがなかった。

 

 ホテルを出たのは明朝、まだ入り口の扉前に人は少ない。

 

 入り口近くに設置された台、その上に置かれているのは簡易的な地図の印刷された紙。

 協会が用意したものだろうそれを一枚……一応二枚抜き取り、片方は折りたたんでリュックへ詰める。 こうやってみると相当広く、あちこちへとルートが分岐しているようだ。

 しかしその多くはマップの中心、地下へと続く階段へつながっているので、どの道を通るかなどはあまり気にする必要もあるまい。

 

 取っ手へ手を伸ばし……動きが止まる。

 本当に開けていいのか、私は……

 

 何度めか分からない逡巡。

 無機質な金属の冷気が、恐怖で血の気が引いた指先へ伝播する。

 目をつむり深呼吸、深々とした息衝き。

 

「よし」

 

 開いた瞬間、背中を押すように空気が雪崩れ込む。 緊張で火照った頬を風が舐め、肩の上で適当に切った髪の毛が風と戯れる。

 果たして鬼が出るかじゃがいもが出るか、まあ落葉ダンジョンには実際鬼が出るのだが、

 

 戦いへ身を投じる前に、レベルアップで入手したSPを『経験値上昇』へ叩き込む。

 

―――――――――――

 

経験値上昇LV3→LV4

 

必要SP:30

 

―――――――――――

 

『経験値上昇がLV4へ上昇しました』

 

 これで経験値効率は3倍から3.5倍、そして……

 

「『スキル累乗』対象変更、『経験値上昇』!」

 

―――――――――――――――

 

経験値上昇 LV3

 パッシブスキル

 経験値を獲得する時、その量を【×42.875倍】

 現在『スキル累乗』発動中 

 

―――――――――――――――

 

 LV2に上がった『スキル累乗』、その効果によって三乗された経験値補正は、膨大なものとなる。

 

 薄暗い通路、ランプの明かりに照らされたカリバーが私へ笑いかける。

 戦えるか……って? 勿論だ。

 私が歩みを止めぬ限り、カリバーだけは私のそばに寄り添い続けてくれる。

 相棒が一緒にいてくれるというのに、私が折れるわけには行けない。

 

 ◇

 

 通路を歩きながら、未体験の感覚に戸惑う。

 花咲、麗しの湿地とそのどちらも視界が開けたダンジョンだったので、こうやって制限された道を進む感覚に慣れない。

 しかしトンボの様に突然どこからか現れ襲撃されない分、これはこれで悪くないか。

 

「……っ!」

 

 ジャリ……ジャリ……と砂を噛む足音、ぼうっと明かりに照らされた巨漢。

 オークだ。

 その見た目からすれば奇妙に思えるほど鍛え抜かれた、筋肉の割れた腕を見ればわかる。

 二メートルほどの巨漢。突き出た腹はただ太っているのではなく、堅牢な筋肉の上に分厚い脂肪というクッションをかぶっているのだろう。

 

 壁に掛けられたライトの光を受け、粗末な出来の石斧が私を嘲笑う。

 また来たのかと、お前も学ばないやつだと。 

 

『グオオオオオオオッ!』

 

 向こうもこちらを見つめ、狂喜の雄たけびを上げた。

 

「ひっ……!」

 

 レベルだって圧倒的にこちらの方が上。

 そのはずなのに、なぜか足はすくみ、喉が引き攣る。

 人間がどれだけ扱い慣れても火を恐れるように、優位を理解していても、根源的な恐怖が私の身体を縛っていた。

 

 ドスドスと鈍重な音を立て寄ってくるオーク、滲んだ汗が首筋を伝う。

 

 目を逸らせない。

 私は、わたしは……!

 

『オオオオオオオオオオッ!』

 

「やっ……、やだ……っ」

 

 斧というにはあまりに武骨な石の塊が、私の身体をぐちゃぐちゃに叩き潰そうと、その牙を剥く。

 

 やっぱり来なければよかった。

 Fランクのダンジョンなんて無数にあるのだから、わざわざここでなくとも、多少遠出してでもほかの場所を選べばよかったのだ。

 だからこんな目に合う、だから二度、私はここで無様に死ぬ。

 

 トンボの飛翔と比べたら遅い一振り。

 それを避けるわけでもなく、オークへ攻撃をするでもなく……私はただ反射に従って、頭を守るようにカリバーを構えて……

 

 

 カンッ!

 

 

「……ん?」

 

 響いたのは、馬鹿みたいに軽い音。

 

 カンッ! カンッ! カンッ!

 

『ブモオオオオオオオオッ!!』

 

 私の目の前で汗だとか、唾液だとかを振りまき、必死に石斧を振り回しているオーク。

 だがバットへ伝わる衝撃はあまりにしょっぱく、冗談なのかと思ってしまう。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

 

種族 オーク

名前 アニー

 

LV 50

HP 200 MP 0

物攻 192 魔攻 0

耐久 326 俊敏 89

知力 7 運 13

 

――――――――――――――

 

 耐久特化のステータスだが、肝心の耐久も当然だが私以下。

 そこそこあるはずの攻撃力だが、私自身耐久特化なステータスの上、カリバーが破壊不可なのでただでさえ高い耐久力が、カリバーで受ける場合にはさらに跳ね上がっている。

 

 その結果、オークさんによる全力の振り下ろしは、めちゃくちゃ情けない音を立てて終わってしまった。

 

『オオオ?』

「……?」

 流石におかしいぞと、こちらを見つめ首をかしげるオーク。

 

 それに合わせこちらも首をかしげる。

 

 目と目が見つめあい……

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 

 

 取り敢えず殴っとくか。

 

「『ストライク』ッ!」

 

『ブオオオオオオオオッ!?』

 

 輝くカリバーがその腹に突き刺さり、高耐久の上から致命的な一撃を食らわす。

 首を垂れ膝をつき、呼吸のできなくなった苦しみに喘ぐオーク。

 その首筋へ再度『累乗ストライク』を叩き込むと、彼は光となって消えて行った。

 

『レベルが上昇しました』

 

 

 オーク克服しました



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第三十八話

 しばしオークさんたちと戯れて分かったのは、今の攻撃力があれば『累乗ストライク』でなくとも、オーク相手に十分ダメージを与えられるということ。

 例えば前から歩いてきた二匹のオーク。

 

「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」 

 

 ストライク走法で一気に肉薄、横に力強く払われた斧、さらにはオークの肩を踏みつけ飛び越え背後へ。

 がら空きの膝裏へただのストライクを一撃。

 

 水袋が叩きつけられたかのように鈍い音、支えを失い崩れる巨体。

 ぶつぶつと荒れていてまばらに毛の生えた頭を追撃、瞬間、HPが0になりオークは姿を消した。

 既に数体これを繰り返していて、多少のパターンこそ変わるがさほど苦労もなく戦いは終わる。

 

 あれほど恐怖の権化だと、勝てるわけがないと思っていた存在は乗り越えてみれば、なんとちっぽけな相手だったのか。

 安心したというか、どこかあほくさいというか。 いや、はっきり言って今の私は乗り越えた興奮からか、普段よりだいぶ結構調子に乗っていた。

 

『レベルが上昇しました』

 

「ほら、仲間死んじゃったよ」

 

 カリバーを軽く回し煽れば、意味は伝わっていなくとも意図は十分理解したのだろう、醜い鳴き声を上げて突撃してくるもう一匹。

 はっきり言って瞬殺を狙うのでなければ、カリバーすら本当は使う必要がない。

 

 この攻撃すらなんならカリバーなしでも受け止められる……が、単に受けるのもしゃくだ。

 斜めに受け流され地面にめり込んだ斧、そこから伸びる腕。

 踏みつけ宙を舞い、体を思いきりひねって喉元を蹴り飛ばす。

 三角跳びの要領で壁、地面、そして最後に跪いたオークの頭を踏み潰せば、濁った叫びがこぼれて怪物は息途絶えた。

 

「ふふ、弱い弱い」

 

 鼻歌交じりに魔石を拾い上げ、ぽいぽいとリュックへ投げ入れる。

 既に数十個単位で集まっていて、ずっしりと重たいそれ。

 帰るか、なんてちらりと思考をよぎったが、落葉ダンジョンの推奨レベルは最大で300、奥に進めばもう少しレベルを上げられそうでもある。

 

 三乗にまで引き上げられた経験値上昇、そして加速するレベルアップによってスキルレベル自体もさらに1上げたので、戦うたびにレベルが上昇する快感。

 今日の分は十分集まったし、ちょっと奥を見に行くくらいなら全然問題ないだろう。

 

 スニーカーの紐を結びなおし、肩をぐるりと回す。

 入る前はなかなか憂鬱な気分であったが、慣れれば結構このダンジョンも悪くないじゃないか。 

 

 

 カツーン、カツーンと響く足音。

 

 真っ暗な階段を抜けて行けばたどり着いたのは、相も変わらず変わらない薄暗い通路。

 あの後地図を見つつしばし進んでいたのだが、オーク、オーク、たまにゴブリンとあまり面白みがなかった。

 ゴブリンは背も小さくオークより弱弱しかった。恐らく群れて強みが出てくるのだろうが、落葉の一階では基本単体で行動しているようで、カリバーで軽く殴れば死んだ。

 

 MPも有り余っているし、誰も拾っていないので希望の実も結構落ちている。

 食事の心配もないし適当に拾ったそれをかじりつつ、もっと奥へ進むことにした。

 

 一つ不満なのは、地面に砂こそあるが石ころがないこと。

 散弾として扱えるのはかなり便利なのだが、こうも見当たらないと今度から持ち込みを考える必要があるかもしれない。

 まあ相手のレベルが上がると、そもそも石屑程度でダメージを与えられない可能性もあるけれど……

 そういえば魔石を砕いたらどうなるのだろう。

 

 

 

 今まで考えたことがなかった。

 魔石はお金になる。貧乏人には売る以外の選択肢がなかったが、余裕が出てくればそういった考えも出てくるか。

 ウニが渡してきた銃の様に魔石を使って火を出したり、それらを解析して発達していった魔導技術がある以上、何の効果も示さないわけはないだろう。

 

 今度暇になったら、安全な場所で試してみよう。 ここで失敗して重傷負いましたなんて、笑い話にもならない。

 

 特にいうこともなくぶらぶらと歩いていくと、今まで見たことのない奴が現れた。

 曲刀とでもいうのか、大きく曲がった剣に、ボロボロではあるがしっかりとした皮鎧。

 見た目はゴブリン、だがこれはなかなか強そうだぞ。

 

「『鑑定』」

 

―――――――――――――――― 

 

種族 ゴブリンリーダー

名前 ソーナ

LV 103

HP 161 MP 70

物攻 291 魔攻 0

耐久 157 俊敏 239

知力 122 運 43

 

――――――――――――――――

 

 ほう……

 

 一階層潜っただけだが、一気に敵のレベルが上昇した。

 ステータスも相応に上がっていて、リーダーというだけあってステータスのバランスも良い。

 攻撃と速度特化であったトンボより攻撃力も高いので、油断すれば普通の人ならば手痛い反撃を食らうことになるだろう。

 

 まあ、私には関係のない話だが。

 

「ふっ」

 

 踏み込み軽く素振り、勿論これにみすみす当たるわけもなく、軽く後ろへ飛ぶことで避けられる。

 

 

 予想通り。

 相手からすればそれが全力か、或いは手を抜いた攻撃かは分からない。 

 なんたって私自身俊敏値が高く、はたから見れば素早い一撃に見えるだろうから。

 

 だからそれが隙になった。

 

「『ステップ』」

 

『ゴォッ!??』

 

「『ストライク』」

 

 後ろに焦って飛んだからだろう、ゴブリンリーダーは、さらに踏み込んできた私に対処しきれなかった。

 すれ違い、輝くカリバーに引っ掛け疾走。

 体重が非常に軽いのでそのまま横の壁に叩きつけると、ずるりと力なく落ち、消滅した。

 

『レベルが3上昇しました』

 

 他愛もない。

 

 ニヤリと笑みをこぼし茶色の魔石を拾い上げると、私はさらに奥へと足を進めた。



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第三十九話

 ゴブリンナイトが粗末な盾を振り回し私を牽制、奥からアーチャーが弓を射かけてくる。

 が、既にそこに私はいない。 

 

「じゃま。『ストライク』」

 

 『ステップ』で接近していたのだが、盾によって視界が遮られていたせいで気付くのが遅かったのだろう。

 最後に彼が見ていたのは、私がカリバーを振りかざす姿。

 

『ゴゲェッ!?』

 

 盾ごとひしゃげ、脳天が衝撃にシェイク。

 地面を舐めたその首筋を踏み潰し宙へ跳ね、こちらへ追撃を行おうと構えるアーチャーを、その弓ごと叩き潰す。

 手足に跳ねたゴブリンたちの血が同時に消え、戦闘は終わった。

 

『合計、レベルが5上昇しました』

 

「……ふぅ」

 

 第二階層の敵はゴブリンリーダー、ゴブリンナイトなどゴブゴブしている奴らばかりだった。

 どれも高い俊敏に加えて、リーダーは攻撃、ナイトは耐久と割り振られており、本来強敵といえる存在ばかり。

 しかし私のレベル自体加速的に上がっている今、さほど苦労する相手ではなかった。

 

 ちょっと強くなりすぎたかな。

 

 今までが苦戦続きだったので、こうもあっさり敵を倒してしまえるとつまらない。

 特にひどいのが『累乗ストライク』で、ゴブリンナイトの堅牢な盾の上からでも容易に倒せてしまえる。

 

 どさりとリュックを下ろし魔石を積み込もうとして……すでにパンパンに詰まっているのを思い出す。

 流石にゴブリンの魔石よりアーチャーやナイトの方が高いだろうし、入りきらない分は適当に壁へ投げつける。

 もったいない気もするが、ダンジョンが溶かしてくれるだろう。

 というかあれだ。好奇心からダンジョン奥に進んでいたが、流石に魔石が持ちきれなくなったのなら、おとなしく帰った方がいいだろう。

 

 微かに残ったペットボトルのお茶をぐいと飲み干し、私は踵を返した。

 

 

 

 

 帰ってきたらもう空が随分暗く、協会にも人が溢れていた。

 地下なので時間感覚があやふやだったのだが、どうやら随分と長い時間潜っていたらしい。

 

 どれだけのお金になるのかワクワクする。

 ダルそうな顔をしているウニの前でリュックをひっくり返し、どさどさと魔石を転がしどや顔。

 目を真ん丸にしてビビってるウニの顔を見るだけで笑える。

 

「……二十三万五千円だ」

「ん」

「ちょっと待てお前」

 

 二十万!?

 

 口から零れそうになった言葉を抑えこむ。

 本来四人か五人で潜るのでもらえる分は減るのだが、私の場合ソロなので全取りなのもあるのだろう。

 今日も稼ぎが大金だった。

 

 内心本当に受け取っていいのか震えつつ、表面上は冷静に振舞っていたらウニに腕を掴まれる。

 

 

「姉ちゃん、ちょっと受付変わって!」

「もう、キー君協会では美羽さんでしょ!」

「悪い頼んだ! お前はちょっとこっちこい!」

「離せウニ、なにするんだ」

 

 ぐいぐいと腕を引っ張られ、ギルドの奥へと連れていかれる。

 振り払おうと腕を回したのだが、以前本人が言っていたように妙に腕力が強く、三桁レベルを達成した私ですら抵抗が出来ない。

 しぶしぶついていく。

 

 奥にいたのは筋肉、なにかパソコンをいじっている辺り協会の仕事だろう。

 筋肉と電子製品、果たしてここまで合わないものがあるだろうか。

 カレーにケーキを乗っけるくらいミスマッチ過ぎて、変な笑いが出てきそうになる。

 

「あ、剛力さん。こいつの協会預金作りたいんですけどいいですかね?」

「あん? 別に構わんが……そこまでお嬢ちゃんの稼ぎ多くないだろ」

「それがもう落葉の二階層まで潜ったっぽいんですよ。無理はすんなって昨日伝えたばっかなんですけどね」

「ほぉ……」

 

 探索者は最初の一年で三割死ぬが、その多くはGランクの50レベルからFの100レベル辺りだ。

 なぜかというとそこらで一気に相手の行動が幅広くなり、集団で押しつぶしていた探索者は歯が立たなくなるから。

 この前のハリツムリだってそうだ。私がソロだからあんな戦い方できただけで、もし物理攻撃手段しかないパーティなら即壊滅していただろう。

 

 まあ、私は勝ったんだけど。

 

「100レベルに一か月で到達か……まさかそこまで早く成長するとは、流石先生の……」

「先生?」

「じゃあこれ書いといてくれ」

 

 先生とは一体何なのか、私の言葉を遮って何かを取り出す筋肉。

 

 ポンと胸元へ押し付けられたのは一枚の書類。

 裏になんかあれこれと契約だなんだと書かれているが、見ていて頭が痛くなる。

 渋い顔をしていたのが分かったのだろう、横のウニが私から奪い取り概要を説明してくれた。

 

 協会預金とは魔石を売ったりしたお金をすべて預金しておけるシステムで、税金など細々したものを全部自動で支払ってくれるらしい。

 私の様に住所不定で探索者になるものは多いが、そういった人々は税金の支払いなどが適当で問題が噴出したので、国営の協会側が一括で管理するようになったとか。

 探索者は一般人と比べて身体能力が飛びぬけているので、暴力に走った時の被害もデカい。

 

 面倒事を生み出して事件が起こるよりも、多少の手間をかけて未然に防ぐほうが効率的だと、筋肉は肩をすくめた。

 

 国もちゃっかりしているな。

 事件を未然に防ぎつつ、搾れるところからはしっかりしぼっているわけだ。

 

 まあ私は税金のあれこれなんて分からないし、勝手にやってくれるならそれほど楽なものもない。

 書類に名前や性別、年齢を書き手渡すと、今度は協会のプレートを出すように言われる。

 

 リュックの奥底から引っ張り出し渡すと、端っこに大き目な穴を開けられてしまった。

 そこに何やら変な紫の宝石をつけ、血を垂らせば登録は完了だと告げられる。

 

 紫の宝石は光に照らすと複雑な文様が見えるが、内部に複数の魔導集積回路が刻まれており、血の登録による魔力の波長を読み取って本人確認を行うことで、かつての暗証番号式よりも高度なセキュリティを……長々と説明されたがつまり、私以外には使えないクレジットカードだということだ。

 

 便利だ、すごい。

 

 取り敢えず言われるままに針で血を垂らし、ぼうっと宝石が光れば登録は完了。

 協会がある街なら大体使える、落としたら作り直すのに金がかかるぞと脅されて話は終わった。

 端っこにもう一つ穴を開けてもらい、貰った紐で首に垂らすよう指示される。子ども扱いされている気がするが、落とすのも怖いのでおとなしく従う。

 

 ついでに登録料を十万円も毟られた。

 お金がかかるなら最初に言っておいてほしい、ウニがすまん忘れてたと頭を下げる。

 許す。



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第四十話

 プレートが便利な財布に進化した後、私は協会の図書室へ訪れていた。

 

 Fランクの魔石は、勿論レベルによるとはいえ、使い捨ての電池代わりに使われることが多い。

 軽く火を付ける程度ならスライムの魔石でも相当持つし、流石に風呂一杯の水を出すとなれば一発でなくなってしまうかもしれないが、使い終わった魔石はチリになり風に溶ける。

 要するにゴミが出ない。

 こんな理想的なエネルギー源人類が飛びつかないわけもなく、世界各地で開発が今も進んでいる。

 

 だから高く売れるし、探索者は儲かる。

 

 そんな素敵素材を今から私は敵へ叩きつけ、ましてやぶっ壊そうと目論んでいるのだから、自分でも正気とは思えない。

 とはいえお金自体は容易に確保できるようになった今、そんな狂気の沙汰に身を投じるのもやぶさかではない。

 

 ぺらぺらと魔石に関する本をめくっていけば、四冊目にしてようやく見つけた。

 魔石の耐衝撃性と破損時の危険性について……要するに壊れたらどうなるかってことだ。

 

 魔石の耐衝撃性と破損時の危険性について

 

 

 現在生活に深く浸透している魔導力学ではあるが、その多くが魔石によって補われているのはご存じの通りだろう。

 特にFランクの魔石は最も流通しており、手軽な……

 ……ここで普段魔石を研究している我々が注意すべき点を……

 以下の表を見てもらえば分かる通り、魔石による衝撃波というのは、各石に保有される魔力に比例して……

 ……また魔石は属性による指向性を示すため、純化していない魔石を破壊した場合、空間に滞在する魔力を消費して各属性の原始的な魔法を発揮することが……

 

 ……見ていると頭痛がしてくる。

 どうして論文だとかの類はこうも長々と書くのか、私にも一発でわかるように書いてほしい。

 

「あー……」

 

 なんか要するに、ぶつかって砕けたら爆発するし、属性によって火が付いたり凍ったりするらしい。

 まあそもそも魔石は、一般人が全力でアスファルトに叩きつけた程度では壊れないのだが、レベルの上がった私なら別だ。

 あと発生する爆発の威力は魔石に溜まってる魔力量で決まるらしい。 

 

 これを読んだ私は……

 

「……やれば分かる!」

 

 色々放り投げた。

 

 下手したら手元で爆発して大変なことになるが、うまく使えば手ごろな爆弾として使えるわけだ。

 しかもこれ、魔力量によって左右されるということはつまり、魔法ダメージとして期待できるのではないだろうか。

 魔法が使えない、というより使ってもダメージの低い私にとって、これは存外の事実であった。

 

 今すぐにでも試したい、爆発させたい。

 けれど魔石は先程全部うっぱらってしまった、不覚だ。

 今からダンジョンに向かって魔石を取りに行くのもありだが、流石に空も真っ暗だしなぁ……

 

 今日は帰ることにしよう。

 

 

 というわけで今日訪れたのは『麗しの湿地』。

 『落葉ダンジョン』と悩んだのだが、あちらは地下ダンジョンというのもあって、爆発の威力が高かった場合下手したらこちらまで被害を被る。

 その点を考えるなら、広々とした沼地の方がいいだろう。

 

「ふんっ!」

 

 ピンクナメクジの胴体をカリバーで殴り飛ばすと、以前は弾き飛ばされていたが、圧倒的レベル差もあって大きく吹っ飛び、そのまま消滅する。

 

 ふふん、弱い弱い。

 ナメクジごときが私に勝てると思うなよ。

 

 酸なんて使う必要もないし、ストライクも不要。 格下のダンジョンで戦うことのなんと楽なことか。上のダンジョンへ挑むのをやめ、魔石回収だけで生きていく人の気持ちもわかる。

 魔石を拾い上げ、10を超えたあたりで回収を終える。

 

 今日の目的は魔石を集めることではなく、魔石を叩きつけること。

 

 しばし奥へ進んでいくと巨大な蓮が乱立し始める、ヤゴやトンボが多くあらわれるエリアだ。

 ここで魔石を一つ上に投げ

 

「『ストライク』!」

 

 まずは軽く一発目、ストライクを受けぐんぐん距離を伸ばしながら、沼へと向かう。

 ここからでも罅が入り、スキルが発動するときのようにそこから光がこぼれるのがわかる。

 そして水の奥底へと沈んでいった……

 

 何も起きないのか。

 

 落胆。

 想像だとド派手に爆発するのかと思ったが……と、その時。

 

 ドンッ!

 

 決して派手ではない、ともすれば聞き逃してしまいそうな破裂音。

 緩慢に水が揺れ、暫く待っているとぷかーっと、何匹ものヤゴが浮かび上がってきた。

 光になって消えないので、死んではいない。恐らく気絶しているだけであろうヤゴたちが、次から次へと水上に浮かび始める。

 

 なんだっけこれ……パチンコ漁?

 

 確かそんな名前だったはずだが、衝撃波によって水中のヤゴたちが一気に気絶したようだ。

 水のせいもあってそこまで派手ではなかったが、ナメクジの魔石でこれなのだから結構使えそうだ。

 やばい。

 自分でいうのもあれだが、私は天才かもしれない。



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第四十一話

 魔石の実験も終わりお腹もすいてきたので、帰ることにした。

 初めの頃はびくびく乗っていた電車だが、今では慣れたもの。

 流れるように切符を買って、華麗に搭乗だ。

 

 とろけるように後ろへ流れていく木々、遠くで空へ伸びる人類未踏破ダンジョン『蒼穹』。

 

 あ、ピザ食べたい。

 

 

 青は食欲を減退させる色だというが、運動後でおなかの空いていた私には真逆であった。

 後ろに『とろけていく』木々といい、空へ『伸びる』蒼穹といい、ピザを食べたい欲が刺激されるだけ。

 一度思考がそちらへ向いてしまえばそれしか思い浮かばない、ピザだピザ、ピザを食べよう。

 ピザトーストなら施設で出たが若干冷えて固まっていたし、丸くて大きなピザなんて食べた記憶がない。

 

 きっとこれは昨日部屋に備え付けられていたテレビを見たのも、多分に影響しているのだろう。

 とろりととろけるチーズ、分厚い生地を口いっぱいに頬張るCMの俳優が思い出される。

 あ、でもどうやって頼もう?

 

 

 

 結局ギルドで話をしたらどうせ昼間は人が来ないからと、電話を借りるついでに皆で昼食にすることになった。

 頭割りするか? といった流れにもなったが、ここは私が払うことに。

 初めて筋肉に出会ったとき一万円を貰ったし、そのおかげで今の私がいるようなもの。

 恩返しというにはいささか俗っぽいが、たまにみんなで食事するときくらい私が奢ってもバチはあたらないだろう。

 

「ほら」

「ん」

 

 ウニは私に奢られることを最後まで渋っていたが、携帯を借りることでどうにかなだめた。

 前は目つきや態度が悪いとウザかったが、今は今で融通が利かなくてウザい。

 

『はい、ピザマッチョです!』

「えっと、ピザください」

『はい! 注文はお決まりでしょうか!』

 

 あ……そうか、どんなの頼むかも決めないといけないのか。

 困った、どんなものがあるか分からない。

 

「お任せで良いんじゃないか?」

「じゃ、じゃあ一番人気の奴お願いします」

『一番人気はタンパクMAX四種のアソートピザですね!』

「うん、それの一番大きいサイズください」

『耳までソーセージや耳までチーズはいかがですか?』

 

 耳までチーズやソーセージ……!?

 え、どういうことなの……?

 耳の中にアツアツのソーセージやチーズを突っ込まれちゃうのかな、流石にそれは嫌だ。

 

『最後まで楽しめると大好評いただいております!』

「人気なの……!?」

『左右の耳に半々でチーズとソーセージを入れられる欲張りセットもありますよ!』

「右耳と左耳にチーズとソーセージ……!?」

 

 そんなのが大人気だなんて、日本人疲れすぎじゃないか。

 

『いかがでしょうか?』

「あ、じゃあそれで……」

『サイドにドリンクとポテトとチキンと……』

 

 結局ごり押しされて全部頼んだ。

 

 

『かんぱーい!』

 

 ソーセージや鶏肉、ステーキの細切れなどタンパクMAXの名前だけあって、肉、肉、肉って感じのピザ。

 しかし甘辛いソースや、酸味のきいたトマトソースなどそれぞれ味がしっかりと考えられていて、決して飽きることはない。

 しかも端っこの余った生地の部分、何もないのかと思いきやソーセージやチーズが詰まっていて、最後までたっぷり楽しめる。

 

 うまい……!

 

 想像通り、いや、想像以上だ。

 なんかよくわからない葉っぱが乗っているが、それも爽やかな香りがして良い。

 これはいい物だ。月一くらいでピザパーティー開こう、今決めた。

 

 ピザに舌鼓を打っていると、筋肉が寄ってきた。

 

「おう、ごちそうさん」

「うん」

「コーラ飲むか?」

 

 コップを手渡すとなみなみと注がれる黒い液体。

 グイっと飲み干せばすっきりと爽やかで甘酸っぱい、脂っぽくなった口内を流す。

 

 そういえば今まで筋肉と会うときは、大体何か質問するときだったので、こうやって近くにいるのに何もしないのは不思議な気分だ。

 どうして筋肉はここのトップをしているのだろう。 彼の筋肉や普段の様子を見ていれば分かる。こいつはめちゃくちゃ強い、それに探索者はレベルアップで多少の衰えは無視できる。

 わざわざ稼ぎの減るトップなんてやる必要がない。

 

 と、気になって聞いたが、彼が浮かべたのは苦い顔。

 まあわざわざやっているのだから、何らかの理由があるのだろう。

 別に気になる程度で、無理に聞く必要もない。

 

「あ、見てキー君! フォリアちゃん笑ってるわ!」

「痛っ、見えてる見えてる! 姉ちゃんレベル高いんだから叩くなって!」

 

 ポテトをつまんでいると、ダブル園崎が何やら叫んでいた。

 

 ダブル園崎と筋肉、そして私。

 のんびりと焚火を囲んではピザやポテト、チキンを炙ってのんびりの昼食。

 楽しい。

 施設を出た時はバイト詰めが一番で、死ぬ危険がある探索者なんてすぐに辞めるつもりだった。

 けどこうやって誰かと笑えるのなら、探索者を続ける選択は間違いじゃなった気がする。

 

「そういやお前、ポーションは持ってんのか? 金に余裕が出てきたなら買っとけよ」

 

 ウニが焚火を消しながら言ってきたそれで、そういえばポーションをこの前使ってしまったことを思い出す。

 あの時買ったのは最低レベルの物だったが、今ならもう少し良い品質のが買えるだろう。

 一本あるだけでも緊急用として使えるし、できる限り高品質のを買っておいた方がいいか。

 

 どこかでいい物が売っていないか聞くと、ここからちょっと離れたところに、協会で買い取ったものを卸している場所があるらしい。

 以前行ったときはそんなところ分からなかったと伝えれば、協会に所属してる人以外には紹介していないから当然だと、ウニはあきれたように首を振った。

 

 ポーションはどんな傷でも治すが、魔力を保持していない人間、つまりダンジョンに潜ったことのない人間には一切の効果がない。

 あくまで体内の魔力に働きかけ、治癒能力を増幅することで体を治しているのだとか。

 実は回復魔法も同じ仕組みだとか。そういえば確かに、協会に加入する前は回復魔法を受けたことがなかった。

 そういう事だったのか。

 

 しかしそれを知らない人は何でも買い占め、転売したり、どうして効かないんだと怒鳴り込んだり、案外大変らしい。

 お前が買ったのは転売した奴をさらに薄めた奴だろうな、呆れたように笑うウニ。

 

 なんと。



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第四十二話

 朝。

 一杯の水を飲み、希望の実を食べようとリュックを漁って……

 

「あ……」

 

 昨日の夜最後の一つも食べてしまったのだと思い出した。

 

 思えばこの一か月間、私の探索者ライフは希望の実から始まって、希望の実に支えられてきたといっても過言ではない。

 心の支えとしても食べていたし、単純に貴重な栄養源としても食べてきた。

 普通の人のガムだとかたばこみたいなもので、とりあえず口に含む生活を送ってきた結果……

 

「うあー……取りに行くか」

 

 若干依存みたいなものが入っていた。

 

 いや勿論希望の実に依存性などは確認されていない。第一依存性なぞあったら、次遭難したら食べずに死を選ぶなんて言われないし、そのおぞましい不味さをどうにかする手段も確立されているはず。

 しかし一か月食べることがルーチンワークだったせいで、こうやってなくなってしまえば極度の不安に襲われてしまうのだ。

 

 現状私が知っているダンジョンは三か所。

 花咲、麗しの湿地、そしてトラウマを克服した落葉だ。

 しかし麗しの湿地に落ちている奴はちょっと食べたくないし、落葉に行くなら希望の実よりも、魔石を優先的に詰め込みたい。

 

 となれば答えは一つ、花咲ダンジョンに向かおう。

 リュックに入っていた着替えをポイポイと抜き、空っぽに。

 たっぷり採取して、今後も切らさないようにするのだ。

 そして最後、カリバーを一応突き刺して、協会のプレートだけ首に垂らして準備完了。希望の実をたくさん食べるための採取という、恐らくこの世の中に私以外存在しえない特異な存在が誕生した。

 

 

 壊れかけの扉をがたがたと鳴らし、どうにか件の店へ入る。

 中には一人の男が、ライトの元のんびりと本を開きつつ、茶菓子をつまんでいた。

 ここに来たのは他でもない、ポーションを買うため。

 勿論花咲ダンジョンで希望の実狩りもするが、どうせなら一緒にポーションも買ってしまった方がいいだろう。

 

「やあお嬢ちゃん、お使いかな? スーパーならここから……」

「ん」

「ほう……既に預金へ加入、か。ごめんよ、注文は?」

 

 早い切り替えだ、楽でいい。

 

 ここの店主だという眼鏡をかけた茶髪の青年、古手川さんがにっこりとほほ笑む。

 筋肉に聞いた店はもはや店という体を成しておらず、ただのボロイ民家であった。

 なるほど、確かにこれなら知らなければ店に入ってくることもないだろう。

 

 しかし安全という点ではどうなのか、泥棒に入られたら根こそぎ持っていかれそうだ。

 そう聞けば古手川さんは笑みを浮かべ、聞きたいかい? と囁く。まあ当然ダンジョンを牛耳っている協会が絡んでいるのに、何も準備していないわけがなかった。

 別に興味もないので断り、店内の物色を行う。

 

 見たことのないモンスターのドロップアイテムや、使いにくそうな武器、そしていくつかの指輪。

 透明な冷蔵庫の中には赤い液体、ポーションの類が当然完備されている。

 

 はて、ポーションは冷やさないといけないのか。

 

 私の告げた疑問へ、古手川さんは眼鏡をきらりと輝かせ、その必要はないと告げる。

 見た目がそっちの方がいい、僕銭湯に売られてるコーヒー牛乳が好きなんだよねとドヤ顔。

 どうでもいいこだわりだ。協会はこんな奴に重要そうな店を任せていいのか、予算無駄に使われてるぞ。

 

 経営は適当だが品ぞろえ自体はよく、見たことがないほど濃い色のポーションもたっぷり完備されている。

 ほとんどはダンジョンで買い取ったものだが、時折研究室の方から人工的に作られたものも卸されるそう。

 前回のポーションは粗悪品だったらしいが、それでも効果は確か。なければ今の私はいなかっただろうし、今回は奮発して五十万するのを一本だけ買った。

 名をドラゴンブラッド、上等な深紅。光に翳せば魔力が多いのか、反対側へ通さないほど濃いのに、不思議ときらきら輝いている。

 

 

 

「ありがと」

「これからもごひいきに、ね」

 

 突然両目を何度も瞬かせる古手川さん。

 何がしたいのかと思えばウィンクか、出来てないけど。

 

 

 小さな金属製の扉。

 これを潜り抜ければ、あの花咲ダンジョンになる。

 不思議な気持ちだ。

 

 初めてここへ潜ったときは何も知らず、ただ必死にスライムを殴ってばかりいた。

 今も殴ってばかりな気がするが、身を取り巻く環境も、そして経済状況も随分と良くなった。

 そして今度は生きるためではなく、趣味(?)の希望の実を集めるためにここへ訪れることになるとは、卒業だと頭を下げたあの時の私には想像もつかないだろう。

 

 そうだ、先生にも会いに行こう。

 ヒットアンドアウェイ、ソロ戦闘のイロハを教えてくれた壁な彼。

 お腹をぶん殴られたときはあまりの激痛に視界がチカチカしたが、今ならまた話は別。きっと直撃を受けても、ちょっと痛いな程度で済んでしまうだろう。

 

 小さな吐息、ひんやりと冷たいドアノブへ手を伸ばし……

 

「ダメですよ! 小さい子はダンジョンに入るなんて、危ないですからね!」

 

 脇の下からひょいと抱き上げられ、遠ざかるドアノブ。

 

 また面倒そうなやつが来た気がするが、持ち上げられてしまっては仕方がない。

 後ろを振り向くと一人の女が、にこにこと何が面白いの笑顔を浮かべていた。

 

「誰?」

「あたしですか? あたしは泉都琉希(せんと りゅうき)です! 琉希お姉ちゃんと呼んでもいいですよ!」

 

 

 離せと伝えれば、割とあっさり地面へ戻された。

 しかしダンジョンに入ろうとするたび道をふさがれ、危険だから駄目です! と目の前でバッテン。

 ウニがさらにめんどくさくなったような性格だ、一応私の心配をしているようではあるが。

 

 琉希は学費を払うために今日からダンジョンへ挑むつもりだと、胸を張ってプレートを見せつけてきた。

 ちなみに十五歳らしい、タメじゃないか。

 恐らく人当たりがよさそうとでもいうのだろう、そういった雰囲気をまとっている。

 足元へ乱雑に置かれた小型のチェーンソーがなければ。武器になるものを探して倉庫を漁っていたら、偶然見つけたらしい。 

 

 お前まさか、それでダンジョン潜る気か。



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第四十三話

「えっ、フォリアちゃん15なんですか!?」

「ん」

「じゃ、じゃあ誕生日は……」

「四月一日」

「私は三月三十一日です! やっぱり私の方がお姉さんですね!」

 

 ……うざ。

 

 面倒だったので泉都に協会のプレートを叩きつけると、それはそれで凄まじく慣れ慣れしくなった。 一人で潜るのは寂しかっただの、一緒に潜りましょうだの、聞いてもいないことを勝手に話しては、いつの間にか一緒に潜ることが決まってしまった。 一々抱き着いてくるのも暑苦しい。

 

 構うとより一層ヒートしてきそうだったので、無視して花咲に入ることにした。

 取り敢えず今日と明日の分程度を確保したらさっさと退散しよう、そう心に決めて。

 

 軽い……いや、軽く感じる扉を開き、あの見慣れた草原へ足を踏み入れ……

 

「……っ!?」

「わあ……! 花咲なだけあって、本当にお花畑なんですね!」

 

 広がっている景色に目を疑う。

 

 泉都の言う通り、かつての青々とした草原の姿はどこにもなく、一面に咲き乱れる花、花、花。

 鮮やかな緋が巨大な絨毯の様に、どこまでも広がっていた。

 私が入ったのは春先であったので、もしかしたらまだ開花時期ではなかったのかもしれない。

 いや、そもそもダンジョンに季節の概念があるというのが、ここ最近で一番の驚きだが。

 

 もしかしてこの花々が希望の実をつけるのかと思ったが、どうやらそういうわけではなく、葉っぱを押しのければ相も変わらず希望の実は転がっていた。

 本当に謎だ、謎の種だ。

 モンスターの餌にでもなっているのかと思ったが、モンスターが食べているという報告も今のところないらしい。

 

 

「あ、ステータス出ましたよフォリアちゃん! 見てください! ほら!」

「……『鑑定』」

 

 見てくださいと言われても、ステータス欄は開いたところで他人からは見えない。

 本来は確認をとる必要があるが、今回は本人も見てくれと言っているのでいいだろうと、『鑑定』を使わせてもらう。

 

―――――――――――

 

泉都 琉希 15歳

LV 1

HP 11 MP 13

物攻 4 魔攻 17

耐久 8 俊敏 5

知力 4 運 99

SP 10

 

―――――――――――

 

「……!?」

 

 運99……!?

 

「どうですか! スキルも一つついてましたよ! 回復魔法だそうです!」

 

 回復魔法……!?

 私なんて悪食と、デメリットでしかなさそうな口下手しかなかったのに……!?

 

「ふ、ふーん……普通かな。私は二つあったし」

「ええっ!? すごいですね!」

 

 泉都のどこまでも純粋な言葉が心に突き刺さる。

 いいもん、私には『スキル累乗』があるし。

 別にレベル一のステータスがどうだからといって、この先に大きな変化が訪れるわけでは、ないとは言えないが、すべてが決まるわけではない。

 これは決して嫉妬ではない、純然たる事実だ。

 ……本当だ。

 

 それにしても花が伸びているせいで、スライムがどこにいるかもわからない。

 どうせ今日はモンスターを狩る気がないからどうでもいいが、これなら泉都もここではなく、ほかのGランクダンジョンに潜った方がいいのではないか。 いや待て、なぜ私が他人の心配なんてしているんだ。放っておけば勝手に、そのうち飽きて帰るだろう。

 

 黙々と希望の実を集めていると、後ろから視線を感じた。

 泉都だ。

 何が楽しいのかずっとこちらを見て、にこにこ笑っている。学費を補うために探索者になったのなら、私を観察なんてしていないで早くレベルを上げろと言いたい。

 

 ……希望の実を無理やり食わせて追い払うか?

 

 邪な思考が過ぎるが、頭を振って考えを振り払う。 どうにもこいつが近くにいると、考えが変な方向へ飛んでいく。

 

 

「何集めてるんですか?」

「……希望の実」

「私も手伝いましょう!」

「その必要はない」

 

 断ったというのに勝手に横にしゃがみ込み、希望の実を拾ってはこちらへ手渡してくる。

 

「これ何に使うんですか?」

「食べる」

「食べるんですか!? どれ一つ……ふむふあ゛っ、ま゛っ」

 

 口へ突っ込む前に勝手に、それも数個一気に口の中へ放り込み、勝手に悶絶を始める泉都。

 今までにないパターンの人間だ。

 何を考えているのかが全く分からない。甘い言葉ですり寄るでもなく、お姉ちゃんだと言いながら情けない姿ばかり、新手の宇宙人を見ている気分になる。

 

「あ、フォリアちゃん笑いましたね!? もぉ……!」

「勝手に食べたのはそっちのほう。私は味について一切言及してない」

「そんなぁー……」

 

 情けなくへにょりと眉を歪ませる泉都。

 その背後に蠢く影、姿の見えなかったスライムだ。 騒ぐ泉都の声を聞きつけて寄ってきたのか。いやまて、スライムが能動的に襲ってくるなんて聞いたことがない。

 

 脳裏に疑問が浮かんだその時、スライムがぴょんと軽く飛び掛かった。

 

「はれ……? からだ……が……?」

 

 泉都が、二つになった。

 

「は……?」

 

 冗談みたいに血を飛ばし、ゆっくりと倒れていく下半身。

 千切れた上が私の手元に転がって、茫然とこちらを見つめている。

 

 ありえない、こんなの絶対に。

 だってスライムでしょ? 確かにレベル一でバットだと倒すのに時間かかったけど、そんな、人を襲って、あまつさえ身体を真っ二つ……?

 

 悪い夢でも見ているようだ。

 だってさっきまで笑ってて、そこに確かにいて……

 痙攣だけを残して、血だまりに沈む足。

 それを食おうとしているのか、ゆっくり、ゆっくりと近づきのしかかる、透明の物体。

 

 なんなんだ、『あれ』は。

 

 私の知っている『スライム』じゃない……だってここはGランクダンジョンでしょ……?

 

 

「泉都……? ね、ねえってば……」

 

 

 何か伝えようと口を動かすも、何も聞こえてこない。

 だめだ、このままだと死んじゃう……なおさないと……そうだ、朝買ったばかりの

 

 

「ぽ、ぽーしょん……!」

 

 震える手でリュックからポーションを取り出し振りかけるが、何も起こらない。

 既に彼女は事切れていた。

 何が起こったのかもわからず、間抜けな面を晒して。

 

 一体何が起こったんだ。

 だってここはただのダンジョンだったはずで……

 いや、違う。

 気付いていたのに、見逃していた自分の察しの悪さが嫌になる。

 ダンジョンの様子が普段と異なるなんて、原因は一つしかないじゃないか……!

 

 

 起これば町一つが滅びる『ダンジョンの崩壊』、その兆候に決まってる。



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第四十四話

 何度も触り、慣れたはずの真っ赤な液体。

 ねばつき絡みつく感触はなぜか、不気味なほどの違和感を伝えてくる。

 手の中で冷たい肉塊へと変わる泉都を抱きしめ、茫然と目の前の怪物を見る。

 

 何なのだ、あのスライムは……!

 

 彼女の血を浴び、てらてらと輝くスライム。

 いや、本当にスライムなのか、あの化け物は。

 私の知っている奴らは弱く、レベル一が体当たりされようとちょっと痛いだけ。

 こんな、こんな簡単に人を殺すなんて……!

 

「か……『鑑定』っ!」

 

――――――――――――――――

 

種族 バイティングスライム

名前 ガッツ

LV 200

HP 347 MP 234

物攻 723 魔攻 0

耐久 377 俊敏 201

知力 257 運 33

 

――――――――――――――――

 

 200……!?

 

 冗談だろう、そう言ってほしい。

 

 天を仰いで、自分が今見たものがでたらめだと、何度も暗示をかける。

 だってここはFランクの、しかも最低レベルのダンジョンだぞ。

 ありえない、こんなのあってはならないだろう。

 

 しかし現実は非常で、その数字が変わることはなかった。

 

 もっと私が早くに異常を察知していたら……もしかしたら、泉都は死ななかったのかもしれない。

 後悔が押し寄せる、しかしもう遅い。

 手の中にある(・・)泉都の亡骸が、私を責めるように見つめていた。

 

 ……逃げないと。

 このダンジョンから逃げて、自分より強い存在に危険を提示しないと。

 200なんてのがうじゃうじゃいるのなら、生きて出られるわけがない。

 誰でもいい。筋肉でも、剣崎さんでも、穂谷さんでも誰でもいいから、レベルの高い人を呼ばないと。

 

 幸いにしてスライムは目が見えないらしく、生きている私よりも、目の前へ転がってる泉都の下半身に夢中だ。

 肉を食み、じっくりと溶かしている。

 俊敏は私の方が高い、距離さえ開ければ十分逃げられるだろう。

 

 ごめん、泉都。

 

 朽ちた彼女、その上半身だけをリュックへ差し込む。

 下半身まで持ち帰ることはできないが、せめて上だけでも。

 今背負っているリュックは登山用故大きく、少女の上半身だけならどうにか入った。

 

 唇を噛み締め、血に濡れた手でカリバーを握りしめる。

 逃げないと。

 

「……『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 

 今は体の傷だとか、スキルを中断することによる反動だとかを気にしてはいられない。

 ただ逃げて、このダンジョンから逃げ出すために、ストライク走法を躊躇せず使う。

 

 みるみる後ろへ溶けていく景色、グンと加速し軋む全身。

 飛び出した私の音に気付き、こちらへ跳ね寄ってくるスライム。

 しかし一度距離を開ければ最後、俊敏に関しては私の方が高いので、どうにか追いつかれずに済みそうだ。

 

 途切れ途切れ、息を荒げそれでも走り続ける。

 すべてはここから逃げて生き延び、情報を協会に届けるため。

 

 私たちが希望の実集めをしていたのは、入り口からほど近かったというのもあってすぐに見慣れた門へたどり着いた。

 

 助かった。

 心に安堵が満ち、涙腺が緩む。

 朝に入ったばかりだしダンジョンの崩壊までまだ時間があるはず、これで後は筋肉に全てを委ねればいい。

 

 門へ手をかけ、深い溜息が零れ……

 

「……んでっ、なんで開かないの……!?」

 

 目の前ですり抜けた希望に、慟哭した。

 

 開かない。

 何度も拳で叩いても、何度押し込んでもピクリともしない。

 

 そんな、こんなのあんまりだ。

 だってやっと助かると思って、それを目の前で取り上げるなんて。

 

「あけ、あけ! 開けてよ! ねえ! やだっ……ねえお願いっ!」

 

 ガンッ、ガンッ、ガンッ

 

 拳から血が滲み、恐怖に指先から血が引く。

 

 いやだ、死にたくない……!

 私はもっとやりたいことがあって、もっとみんなと……!

 

「す……『ストライク』! 『ストライク』! 『ストライク』ッ!」

 

 しかしどんなにカリバーで殴っても、返ってくるのは無機質な金属音だけ。

 昏く重い心の中に、絶望という暗闇の中に、理不尽への小さな怒りが灯る。

 私が一体何をした? こんなところに閉じ込められて、モンスターに肉をしゃぶられるような罪を、一体いつ犯したっていうんだ。

 

 ……やるしかない。

 

 もうだめだ、どうせ私は死ぬんだ。

 投げやりな感情。

 ならそれまでにダンジョン内のモンスターを少しでも殺して、外に漏れる数を減らさないと。

 後ろ向きな行動理念。

 

 ガサッ

 

 草が揺れ、私を追ってきたスライムが姿を現す。

 

 ああ、いいさ。

 殺してやる。

 お前も、ほかのモンスターも。全員私が地獄に道連れにしてやる。

 

 ぴょんと飛び掛かり、その透明な牙を剥くスライム。

 きっと泉都はこれに食いつかれて、真っ二つにされてしまったのだろう。

 

「ふんっ」

 

 横へ身を逸らし、その口元へカリバーをねじ込む。

 

 重い。

 キリキリと音を立てる鋭い牙は、並大抵の武器ならかみ砕いてしまうのだろう。

 カリバーが破壊不可でよかった。

 

 そのまま地面へ叩きつけると、べちゃりと広がるスライムの身体。

 中心にこんもりとした膨らみが生まれ、そこにスライムの核があると分かった。

 そうだ、落ち着け私。

 レベルや攻撃力こそ高いが所詮はスライム、冷静を保てば十分に戦える。

 

 核めがけて、全力でカリバーを振り下ろす。

 

 確かな手ごたえ。

 確実なダメージが入ったことを、その感触が私に教えてくれた。

 

 さらなる追撃を叩き込もうと体を捻じったときに、奇妙な違和感を感じる。

 

「……っ!?」

 

 足が……動かない……!?

 

 いや、足だけじゃない。

 胴体も、腕も動かない。

 

 喉元に冷たく、鋭い感覚が当たった。

 

 スライムだ。

 スライムが全身を細く伸ばして私の身体を縛り、牙の様に尖らせた先端を当てていたのだ。

 

 やられた……!

 核を見せつけていたのは罠、私に勝利を確信させるため。

 肉を切らせて骨を断つ、まさかスライムがそれをやってくるなんて……!

 

 スライムがゆらりと後ろへ揺れ、勢いをつけて私の喉を掻き斬ろうとした瞬間……

 

「ふぁ……なんか窮屈ですね」

 

 後ろでもぞもぞと何かが動き、スライムの狙いが逸れた。

 どうやら私を縛るときに、リュックごと縛り付けていたらしい。

 助かった。

 

 全身の拘束が緩み、そのチャンスを逃さずスライムの核を蹴り上げる。

 

「ひゃああっ!? なっ、地面が揺れてっ!?」

 

 貰った。

 

「『ストライク』!」

 

 見事ど真ん中を叩き潰し、粉々に砕けるスライムの核。

 光へと変わり、おぞましい怪物はこの世から消えた。

 

「一体何が起こってるんですか……?」

 

 後ろから間抜けな声が聞こえ、足から力が抜ける。

 勝鬨を上げたいところだが、それより色々あって疲れた。

 

 ……本当、さっき希望の実食べてて良かったな泉都。

 

「ところで私のスカートが見当たらないんですけど、何処にあります?」

「後で取りに行くからちょっと黙ってて」



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第四十五話

 しばしの休憩を取った後、今度は周囲を警戒しつつ声を潜めて話し合う。

 

 やはりというべきか、彼女も希望の実によって復活したらしい。

 称号に『生と死の逆転』、経験値上昇、そしてユニークスキルの獲得をしたらしいので間違いない。

 そして肝心のユニークスキルだが……

 

覇天七星宝剣(はてんしちせいほうけん)、らしいです」

「……よくわかんない」

 

 覇天七星宝剣……長いので宝剣と呼ぶが、七種類までどんなものでもユニーク武器として扱い、好きな時に取り出し操れるらしい。

 よく分からないが強そうだ、名前からして。

 

「フォリアちゃん……」

「なに?」

「私が守りますからね……」

 

 私の肩を抱き、きらきらとした瞳でこちらを見つめる泉都。

 

 冗談もたいがいにしてほしい。

 レベルからして守るのは私、むしろまた死なれても困るのでお願いだから後ろにいてもらいたい。

 

 もう、目の前で死なれるのは勘弁だ。

 

 

 

 戦闘を避け、探索を重視した結果、どうやら今ここにいるスライムたちは『最低レベル』が200程度だということが分かった。

 そう、最初に私たちが出会ったやつこそが最弱で、ある意味運がよかったとすら言える。

 あと泉都のチェーンソーは仕舞ってもらった、音がうるさくてスライムたちに襲われかねない。

 結局彼女の『宝剣』をどうやって使うのかというと……

 

 スライムが体の先を三つに分裂させ、こちらへ三方向からの同時攻撃を仕掛けてくる。

 ステップで横へ一発目を回避、反動に任せ跳躍で二発目、そして無防備になった宙に浮かぶ体へ三発目が向かい……

 

「フォリアちゃん!」

「ん」

 

 彼女の『宝剣』はそれこそなんでも武器として登録できた。チェーンソーも、そこら辺の平たい岩すらも。

 そして何もかも好きに操作できるということは、空中で動かぬ足場としてこれ以上都合のいい物もない。 

 

 彼女の掛け声とともに宙に輝く平たい岩が生まれ、そこに足をかける。

 踏み込みくるりと一回転、私がそこから離れた直後に三発目が殺到。

 無防備になったスライムの核、そこへ重力も合わさった振り下ろし。追ってストライクを叩き込めば派手に砕け散り、スライムの身体は一瞬震えると光になって消えていった。

 

 これで最初の奴を除き、ようやく一匹目。

 草むらに隠れているせいで探すのも一苦労だが、見つけた後も目を疑うようなレベルだったりで、まともに太刀打ちできるか怪しいのがわんさかいる。

 今の奴もレベル200、これで泉都も多少はレベルが……

 

「わぁ、フォリアちゃん! レベル100以上上がりましたよ!」

「は?」

 

 能天気な声、そしてその直後。

 

『レベルが21上昇しました』

 

「……は?」

 

 聞き慣れた無機質な声と、聞き慣れない異常なレベルアップ。

 ありえない。だってさっき同じようなレベルのを倒したときは、13の上昇だったはず。

 それだってかなり驚異的な上がり幅だというのに、それ以上上がるだなんて……

 

 まさか……と、ふと頭に浮かんだ考え。

 

 このパーティ、もといバディは二人とも『経験値上昇』を持っている。

 まさかすべて別枠で計算されて、最後に同じ値が私たちに割り振られているのか……?

 私の『累乗経験値上昇LV4』は経験値64倍、そして彼女の恐らくLV1である『経験値上昇』が合わさり、128倍になっているとしたら……一応、21レベルの上昇もありえなくはない。

 まさかとは思ったが、そうとしか考えられなかった。

 

 そもそも『経験値上昇』自体結構レアなスキル、果たして『生と死の逆転』以外での入手方法があるのかすら分からない。

 少なくとも基礎スキルには存在せず、所有者が二人そろうことは皆無だろう。

 凄まじい性能への興奮と共に、どこか付きまとう恐怖。

 一体自分が何に恐怖しているのか分からない、分からないけれど、脳内で警告を鳴らし続ける何かがあった。

 

「……フォリアちゃん」

「なに?」

「この希望の実に関する情報、誰かに話したことは?」

「ない……けど……」

 

 先ほどまで能天気に笑っていたはずの泉都、彼女の顔はいつの間にか凍り付いていた。

 

「この情報……絶対に誰にも話さないでください。……夥しい数の人が死ぬのを見聞きしたくなければ」

「……っ!」

 

 そうか、それだ。

 ずっと胸中を取り巻いていた不吉な感情は、無意識のうちにそれに気づいていたから。

 

 もしこの情報が世界へ知れ渡れば、国や地域によっては人々に無理やり希望の実を食わせ、『生と死の逆転』を取得させようとするだろう。

 高レベルの探索者は存在だけで一級の兵器を上回る。それが多少の犠牲と共に量産できるのなら、絶対に行う連中は出てくる。

 勿論どれだけの確率で復活するかすら分かっていないのにそんなことをすれば、きっと……

 

「まあここから生きて出ないと、そもそも誰かに話すも何もないんですけどね! あはは……」

「ほんと最高、すごい笑った」

「全然顔笑ってませんよフォリアちゃん」

 

 くすりとも笑いが零れない中、どちらからともなく立ち上がる。

 ずっと座っていても話は進まない、戦わなければ生き残れないから。

 

 私と同様、これから先彼女の戦闘方法も、ユニークスキルが中心となるのは間違いない。

 七種類のユニーク武器を相手の相性によって使い分けるのは、相応の苦労がある分万能だ。

 問題はその分必要なスキルも多くなり、器用貧乏になる可能性が高いことだが……

 

「よっ、ほっ!」

 

 チェーンソーに乗りながら石を振り回している姿を見る限り、器用貧乏よりは器用万能になりそうだ。

 レベルが上がったことでステータスも上がったので、音の出るチェーンソーを使う許可を出した。

 今の彼女なら先ほどのように、一撃で死ぬということもないだろう。

 当然戦闘慣れは一切していないが、どうやら本人が相当に器用らしく既にらしい動きが出来ている。

 初めはなんだこいつと思ったが、これなら少なくとも背中を任せても問題ない程度には成長してくれそうか。



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第四十六話

「じゃあいきます……よっ!」

 

 絞り出すような掛け声に合わせ、平たい岩が猛烈な回転を纏い草を薙ぎ払う。

 気配を察知したスライムが飛び出し、その体を細くくねらせて木の枝へ括りついた。

 当然その状態になれば核への守りも薄くなっているので、一気にストライク走法で肉薄した私が一撃、レベルアップにより当初より威力の増したそれを受け、スライムは全身から力を失った。

 

『合計、レベルが3上昇しました』

 

 淡々とした声を聞きながら、魔石の回収を済ます。

 スライムがどこにいるのか分からないなら、引きずり出してしまえばいい。

 最初にこれを言い出したのは琉希の方だった。

 

 勿論複数体出てくるなどのデメリットもあったが、彼女自身ある程度戦えるようになったことと、多少の傷なら回復魔法を扱えるというのがこの作戦を後押しする要因となった。

 今まで『活人剣』による地味な回復しかなかった私にとって、回復魔法で多少の無茶が効くというのは、すこし、いや、だいぶ革命的な変化だ。

 

 今の上昇によって私のレベルは472、泉都のレベルは415にまで到達。

 はっきり言って異常なまでの速度だ。自分でもレベルが上がり過ぎて、何が何だかよくわからなくなってきた。

 あれ? レベルって一回で10くらい上がるのが普通だったっけ……?

 

「だいぶレベルの上昇も落ち着いてきましたね……」

「うん、そろそろ」

 

 互いにコクリと頷き、視界の先に広がる花の生えていない場所、ボスエリアを睨みつける。

 今はまだボスの姿はそこにない、大方いつも通り、上から落ちてくるのだろう。

 このダンジョン、花咲に存在するモンスター、その性質はダンジョン崩壊寸前とはいえ大きく変わらない。

 スライムは名前こそ違えどスライムだし、恐らくボスとして出てくるのも先生の仲間。

 そこに勝機があると私は睨んでいる。

 

 私たちがスライムと戦っているのはレベル上げもあるが、それ以上に重要なのが奴らの魔石。

 先生と同じタイプの敵ならば、大きな移動はしてこないだろう。

 遠距離から魔石を爆弾としてぶつける、または琉希の飛ばす石に乗り上空から降らすことで、さほど苦労なく倒せないだろうかと私は企んでいる。

 

 分かっている、そううまくいかないだろうということは。

 レベルが高すぎて魔石爆弾が通じない可能性も大いにあるし、そもそもほぼその場から動かない敵である保証もない。

 しかしできることはすべて準備しておきたい、次死んで生き返られる保証はないのだから。

 

「はぁ……お腹空きました……」

「希望の実食べる?」

「勘弁してくださぁい……どうしてそれそんな、真顔で食べられるんですか……」

 

 気が付けば琉希と互いに笑い、軽口を飛ばすようになっていた。

 

 周囲の草はすべて薙がれていて、スライムの姿は見当たらない。

 ここに閉じ込められてから半日ほど、ようやく私たちはすべてのスライムを狩り終えたようだった。

 

「ステータスオープン」

 

―――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 472

 

HP 952 MP 2350

物攻 339 魔攻 0

耐久 2863 俊敏 3263

知力 472 運 0

SP 620

 

スキル

 

スキル累乗 LV2

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV4

鈍器 LV2

活人剣 LV1

ステップ LV1 

 

称号

生と死の逆転 

 

装備

カリバー(フォリア専用武器)

 

パーティメンバー

 

泉都 琉希

 

―――――――――――――――

 

 もうなんだか、入った時と比べてステータスが上がり過ぎて、何が何だか分からないのが正直なところだ。

 しかし明確な弱点として表れてきたのが、圧倒的な攻撃力の低さ。

 今まではよかった。私も敵もレベルが低いから、攻撃力が多少低くとも補うことが出来たから。

 しかし耐久と比べて十倍の差がつくとなると、たとえ私の耐久がそもそも高水準だとしても、流石に厳しいものがある。

 

 ……ここは攻撃力を補うという点でも、『鈍器』のレベルと『スキル累乗』のレベルを上げるべきか。

 

 200SP使い『スキル累乗』のレベルを3に、250SPで『鈍器』のレベルを一気に2、LV4まで上げる。

 協会の本に書いてあったのだが、鈍器のレベルが3になれば確か……

 

――――――――――――――― 

 

 

 アクティブスキル

 スカルクラッシュ 習得条件:鈍器 LV3

 消費MP20

 重力を利用した強烈な一撃

 威力 自分の攻撃力×3倍

 

 冷却時間10秒

――――――――――――――― 

 

 習得できるのが、このスカルクラッシュ。

 消費MPがストライクと比べて一気に跳ね上がるが、威力は折り紙付き。

 まあ私の場合MPに対するダメージ効率は多分『累乗ストライク』の方が上だが、逆に言えばMPに糸目をつけなければ『累乗スカルクラッシュ』のほうが断然一発の威力は上になる。

 

 ここぞというときに頼れる、必殺技みたいなものだ。

 

「こっちも終わりましたよー」

 

 途中から本格的に戦闘へ参加し始めた琉希も、彼女の戦闘スタイルに合わせて自分でスキルを割り振ってもらった。

 私に任せるなどと最初は言っていたが、スキルは今後の彼女を支えるもので、あとから振り直しはきかない。

 流石に必須級の鑑定は最初に取らせたが、それ以外は自分で決めさせた。

 

「『覇天七星宝剣』は?」

「それが1レベル上げてもなんも効果なかったんですよね……回復魔法を3LVに、それといざという時のために金剛身ですね」

 

 金剛身は確か数秒だけ耐久を上げるスキルだったか……

 回復魔法や『宝剣』の遠隔操作で戦う彼女、いざというときに耐えられるスキルは悪くないかもしれない。

 残念ながら『宝剣』の方は、私の『スキル累乗』同様レベルが上がるごとに顕著な変化があるかと思ったが、そううまくもいかなかった。

 

 ユニークスキルがどう伸びるかなんて分からないし、仕方がないことではある。

 

 ともかく互いに準備を終え、頷きあう。

 彼女の浮かせた平たい岩の上に乗り、そのままボスエリアへ直行。

 この先どうなるか分からないが、全力を出して天任せだ。



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第四十七話

 侵入した直後、それはやってきた。

 

 ドンッ!

 

 激しい地響きを上げて降り立ったのは、巨大な白銀の壁。

 やはり先生と同じ、スウォーム・ウォールの仲間だったようだ。

 

 琉希の岩に乗ったまま恐らく攻撃の当たらないであろう高度まで飛び、遠目から観察を行う。

 

 ピクリとも動かない白銀の壁だが、表面には複雑で緻密な模様が描かれている。

 華美といっても過言ではなく、どこか高貴な雰囲気があるのはレベルが上がったからか。

 モンスターにそんな概念があるのか知らないけど。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

 

種族 グレイ・グローリー

名前 

 

LV 1000

HP 20000 MP 37432

物攻 6532 魔攻 4521

耐久 3542 俊敏 2026

知力 2567 運 53

 

――――――――――――――

 

「灰色の栄光ですか……意味深ですね」

「……名前よりステータス見て」

 

 きらりと目を輝かせ、琉希が壁の種族を読み上げる。

 どうして種族に注目してしまったのか、何よりも先にみるべきはその隔絶したステータスだろう。

 スライムが赤子に見えるほど膨大なHP、そしてその他のステータスもまんべんなく高く、私自慢の耐久すら余裕で追い抜かれている。

 

 これは結構辛い戦いになりそうだなぁ……

 

 かつて先生に強烈な一撃を入れられたのを思い出し、腹がきりりと痛む。

 何より俊敏がそこそこ高いのが不安だ。

 ただの壁にしか見えないが、何をしでかしてくれるのか。

 

 とはいえ遠距離から見ているだけでは戦いが進まない。

 一度入ってしまった以上、奴を倒すかこちらが死なない限りここから出ることもできないし、動かないなら動かないで遠慮なくやらせてもらおう。

 

 リュックを下ろし、琉希に手渡す。

 まずは最初の予定通り、魔石による爆撃だ。

 

「じゃあいきますよ! ほいっ」

 

 ポイっとちょうどいい場所に投げられたスライムの魔石。

 私は餅つきの要領でそれを

 

「ほーむらーん」

 

 カリバーで叩き落していく。

 

 次から次へと横から投げられてくるそれを、壊れない程度に罅を入れつつ打っていく作業。

 勿論この程度では、たとえ当たったとして大したダメージにもならず、地面は土なので衝撃で砕けることも期待できない。

 だがそれでいい。

 

 時間にして五分ほどそれを続けた。

 そして……

 

「はい、最後の一個です!」

「了解。『スカルクラッシュ』ッ!」

 

 

 光り輝くカリバーが力強く振り下ろされ、最後の魔石だけは粉々に砕いた。

 まるでカリバーの輝きが乗り移ったかのように煌めき、細かな振動を帯びて地面へと転がっていく魔石の屑。

 それを確認した私たちは石の上に伏せ、一気に急上昇する。

 

 一秒、二秒……

 

 その瞬間、世界から色と音が消えた。

 

 

 ドォォォオォォンッ!

 

 

 全身を焼き付くように強烈な爆音と熱気。

 最後の魔石が砕け爆発した直後、その衝撃波によって連鎖的に砕かれた魔石たちが、何度も何度も空気を叩き続ける。

 破壊不可であるはずの『宝剣』によってユニーク武器化された岩が、あまりの衝撃に大きく揺れ動き、振り落とされるかもしれない恐怖と戦いながら、ひしと岩の端へ縋り付いた。

 

 

「……終わった?」

「みたい、ですね……」

 

 暫くして音と暴風が止み、二人顔を見合わせ下を覗く。

 

 焦げ付き、いまだに煙を上げる土。

 壁があったそこには巨大なクレーターが生まれていて、その中心にいたのは……

 

――――――――――――

 

種族 グレイ・グローリー

 

LV 1000

HP 17237/20000 MP 19543/37432

 

――――――――――――

 

軽い煤に体を汚しながらも、悠然と立つ『白銀の騎士』であった。

 

「なっ……」

 

 壁は一体どこへ行ったのか、いや、あれこそが壁なのか。

 細く長いレイピアを顔の前で縦に構え、ピクリともせずその場に立ち尽くしている。

 その顔がゆっくりと動き、昏く深い鎧の奥底、そこに座す鋭い瞳が私を見た気がした。

 

 気が付くと目の前には、その騎士が剣を振り下ろそうと構えていて……

 

「……フォリアちゃん!」

 

 鳴り響く駆動音、飛び散る眩い火花。

 

 私を突き倒し、かの騎士が振り下ろした剣をチェーンソーで受け止める琉希。

 しかし押し負けているらしく、ゆっくりとその剣が彼女の頬をなぞった。

 

「……っ! 『ストライク』ッ!」 

 

 がら空きであったその胴体へ『ストライク』を叩きつければ、大きく身体をくの字にして、反対側へと吹き飛ばされていく騎士。

 

「ごめん」

「ええ、ラーメンおごりで良いですよ!」

 

 まさか地面からここまで飛びあがり、無理やり岩の上に乗ってくるとは思いもしなかった。

 もし彼女の反応が少しでも遅れていたら、私の首は既に切り落とされていただろう。

 その事実に心臓が激しくなり、背筋へ冷たいものが駆け抜ける。

 

 何より不味いのは相手がここまで飛びあがることのできる事実。

 高所は相手が来れないのならアドバンテージになるが、逆に手が届いてしまうのなら、ただ逃げ場が少なくなっただけ。

 どうせ魔石ももうないし、ここにずっといる意味もない。

 

 琉希もうなずき、互いに飛び降りる。

 軽く衝撃を散らすため転がりカリバーを構えたあたりで騎士も体勢を立て直し、ゆらりと剣を構えた。

 先手必勝、真っ先に殴り掛からせてもらおう。

 

 地面を蹴り飛ばし一直線、騎士の正面へ肉薄。

 

「『ストライク』」

 

 かつて先生にも有効であった横を走りぬき、すれ違いざまの一撃。

 しかしかの存在もこれに反応しないわけがなく、絡めるように剣を伸ばし、カリバーを弾き飛ばそうとその身を間隙へ滑り込ませてきた。

 

 だが私だって、当時より強くなっているんだ。

 舐めるなよ。

 

「『ステップ』!」

 

 剣とカリバーが触れ合う刹那、バックステップによって騎士の正面、加えて手元へとスキルの導きによって、無理やり身体をねじ込む。

 ゴギリ、と不気味な音がして、背筋へ小さな痛みが走る。

 ちょっと無理し過ぎたか、そう思った直後に暖かな光が溢れ、痛みが消え去った。 

 

 琉希の回復魔法だ。

 ただスライムを減らすのも退屈だったので『ストライク走法』の話をしたのが、うまいことここで作用してくれたらしい。

 

 回復魔法って本当に便利だ、これなら無理をしてでも遠慮なく攻撃できる。

 

「『ストライク』っ!」

 

 目の前へ迫ったその腕に合わせてカリバーを薙ぎ払えば、騎士の一刀自体の衝撃も合わさり、金属同士がつんざくような爆音を響かせた。

 

「かはっ……!」

「フォリアちゃんっ!? 『ヒール』!」

 

 そしてそれに耐えきれず、紙屑の様に空へ舞い、地面へと叩きつけられる私の身体。

 力、そして体格、すべてが負けている私が競り負けたのだ。

 騎士の腕も多少の歪み見せているようではあるが、この程度では致命傷にも程遠い。

 

 肺から空気が無理やり引きずり出され、衝撃と酸素を失ったことによりひどく痛む頭。

 追って琉希の回復がかかるが、流石にキツい。

 叩きつけられたときに頭も打ったのか、妙に体がふらつき、抉り出されるような吐き気が喉奥から湧き上がってくる。

 

 ヤバい、こいつめっちゃ強いわ。

 

 どこか遠く感じる視界の中、駆け寄ってくる騎士を見つめて浮かんだ感想は、そんな幼稚なものであった。



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第四十八話

 あー……きついなぁ……

 

 地面を駆けているのか、それとも空を浮かんでいるのか分からない。

 ふわふわとした体感の中、ただひたすらに攻撃を避けるため身体を動かし続ける。

 騎士を中心として走り続けているのだが、あちらも下手な手を切ることはなく、じっと構えてこちらを補足し続けている。

 

 一体だれが花咲で希望の実を取ろうだなんて言い出したんだ、私か。

 私が来なければ琉希が死んでいたと考えれば、まあどうにか無理やり自分を納得……させれなくもない。

 いや、やっぱりきついな。

 

 出来ることなら累乗スカルクラッシュを叩き込んで、一気に有利へ戦闘を持っていきたい。

 しかしこの騎士、隙が全く無いのが困りもの。

 途中で方向を変えてもすべてぴったり追っているようで、まったく背中を見せてくれない。

 琉希も無言で叩き潰そうと岩を投げたりしているのだが、まるで目がついているように全て避け、なんなら岩の上へ曲芸師の様に乗って、隙あらば琉希も叩き斬ろうとすらしている。

 

 仕方ない。

 

 その場に立ち止まり、カリバーを下ろす。

 そこまで疲労は濃くないが、あえて肩で呼吸。

 

 さあ、どう動く……?

 

 じっと観察していると、微かに鎧が輝く。

 ジャリ、と、砂の噛む音だけを残して姿が掻き消え、瞬きの直後、既に目の前で剣を振りかぶっていた。

 恐ろしいほどブレもなく、真っ直ぐに振り下ろされる細剣。

 

 驚くほどの超加速、だがこれは読んでいた。

 剣の軌道に合わせてカリバーを斜めに構え、そのまま地面へと叩きつけてやれば、流石の切れ味をした剣が土へとめり込む。

 勢いに任せ一回転、

 

「『ストライク』っ!」

 

 続けざまに横腹への一撃。

 微かに揺れへこむ鎧を見つつ、その場から離脱する。

 

 私が離脱した後、平然と剣を抜き取り再度構える騎士。

 その動きは相変わらず精細なもの。

 鎧の上からだと中々硬い、大したダメージにはなっていなさそうだ。

 それにしてもこちらの瞬きに合わせて接近だなんて、ダンジョンのモンスターのくせに随分と小賢しいじゃないか。

 

 今の一撃で鈍い痛みが両腕に走ったが、奥から飛んできた琉希の回復魔法によってそれも吹き飛ぶ。 回復の有無で戦闘の難易度が段違いだ、もうなしでは戦えないかもしれない。

 

――――――――――――

 

種族 グレイ・グローリー

 

LV 1000

HP 15286/20000 MP 15543/37432

 

――――――――――――

 

 MPが先ほどと比べて、4000程度減っている。

 どうやらあの超加速、スキルか魔法かは分からないが、永遠に使っていられるものでもないらしい。 また、かの攻撃はどれも鋭い物だが、直線的でもある。

 はたして何かがあれの元になったのか、或いは偶然騎士という形をとったのかは知らないが、攻撃自体も正々堂々としたものらしい。

 

「それじゃあ私も行きますよ!」

 

 私が下がったのと同時にチェンソーを片手へ握り、轟音とともに素早く琉希が切りかかった。

 私も後ろでただ見ているわけにもいかない。ストライク走法で同時に近づき、彼女の攻撃に少し遅れて、背後から所謂偏差攻撃を仕掛けることにする。

 

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 

 目の前にはじっと立つ騎士。

 

 どちらかを対処しようとすれば、片方は食らわざるを得ない。

 琉希の攻撃は多様だが威力に劣り、私は威力だけはある。彼女の派手に音を散らす攻撃を陽動として、激烈な私の一撃を叩き込む。

 空中で私と彼女の視線が交差、微かに頷き全力で武器を振り回す。

 

 この時私たちが失念していたのは、かの騎士が元々は壁であること、そして人間と同じ動きしかできないという思い込み。

 

『……っ!?』

 

 意識したときは既に遅く、騎士の身体は180度周り、こちらへ剣を向けていた。

 飛び掛かった空中で姿勢を変えることはほぼ不可。ゆっくりと風を切り迫りくるそれを見つめ、なにもできずただその時を待つのみ。

 

 上半身だけ円を描くようにぐるりと回し、一気に周囲を切りつけたのか。

 そういえばこいつ、先生と同じようなモンスターだったな。人型じゃありえない攻撃もできますってか。

 

 ざっくりと胸元を切り裂かれ、燃えるような熱さを理解した直後、私たちの身体はゴミ屑の様に空を舞っていた。

 

「げぇ……っ!?」

 

 深紅の花びらをまき散らし、ボスエリアを飛び出して飛び出して転がる体。

 不味い、もう既にボスエリアと、普通のマップの垣根が消えている。

 ダンジョンと街の境界が消えるのも近いだろう、そうなったら……

 

 灼熱の激痛と共に、絶望が胸へ押し寄せる。

 最悪の失敗をやらかした。二人同時に痛撃を食らってしまえば、片方のミスを補うことすらできない。

 

 霞む視界の奥底、生まれたての子豚のように体を震わせ、立ち上がる琉希。

 その近くにいるのは白銀の騎士。

 レベルも低く、私より耐久の低い彼女がもう一度攻撃を受けてしまえば……

 

 奥歯を噛み締め、伏せた体で無理やりスキルを発動。

 

「……『ストライク』ッ!」

 

 轟音、飛び散る花達。

 ブチ、ブチと、何か切れてはいけない物が千切れた音がした。

 

 処刑人のように剣を構える騎士の頭上、私が空を舞う。

 

 耳が聞こえない、手先の感覚もない。

 死ぬのか、私は。

 

「……ぁあぁあああッ! 『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』!」

 

 たとえ体が満足に動かなくとも、スキルの導きなら動かすことが出来る。

 痛みに震える体も、死の恐怖に凍り付いた心も、何を抱えていようと動かすことが出来る。

 今の私は操り人形だ。傀儡師の采配に全てを委ね、ただ目の前の騎士を叩き潰せばいい。

 

 彼女の首元へと振られかけた細剣、しかし私の接近に気づき反転。

 そして避けきることも、反撃をかますことも出来ないことに気づいたのだろう、剣を斜めに構え防御の姿勢をとる。

 

 その程度で耐えられると思ってんのか、私の攻撃を。

 

 漏れ出た声は絶叫。

 ごうと風を斬り、嘆きすら背後に残して飛んだ私が、渾身の一発を叩き込む。

 

「……っ! 『スカルクラッシュ』ッ!」

 

 垂れた血で赤く染まった視界。

 微かな手ごたえと共に、キン、とあまりに軽い金属音。

 盾にした剣をへし折り奥の兜ごと叩き潰し、地面へめり込ませる感覚だけが伝わってきた。



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第四十九話

 確かに攻撃はめり込んだ……はずだった。

 

 体の半分を叩き潰されながらも、しかし光に溶けることなく、堂々とその場に立つ白銀の騎士。

 ひしゃげた兜の隙間から、涙の様にでろりとスライムの身体が零れる。

 どこまで行っても体を形作ているのはスライム、たとえ頭らしきところが潰されようと、それが死に繋がることはない。

 

――――――――――――

 

種族 グレイ・グローリー

LV 1000

HP 5287/20000 MP 543/37432

 

――――――――――――

 

 まだ……生きて……っ!?

 

 累乗スカルクラッシュは威力も折り紙付きだが、その分衝撃も強力。

 肩も、腕も、着地の衝撃も。何もかもが全身を縛り付け、体を捻ることすら不可能。

 カリバーを叩きつけた体勢のまま、私は半分から先の折れた剣を振るそいつを、ただ見ることしかできなかった。

 

 無理、だったか。

 

「『リジェネレート』! 『金剛身』ッ!」

 

 横から私を突き飛ばす何か。

 身体が倒れかけの駒みたいに揺れ、一歩、二歩とそこから離れる。

 

 スキルの効果だろう、輝く体で半分の刃を受け止めていたのは、琉希だった。

 肩から胸にかけてバッサリと剣が食い込み、その痛みに歪む顔。

 彼女の黒髪が血に染まり、濃く、艶やかな濡烏へと変化していく。

 

 食い込んだ剣を抜こうと力を籠める騎士だが、彼女の肉体自体が回復魔法でゆっくりと回復し、その突きこまれた剣をぎっちりと抑えて離さない。

 

「『覇天七星宝剣』……ッ!」

 

 生み出されたいくつかの岩が騎士の身を打ち据え、壁となって二人を押さえつけていく。

 そんな状態になっても彼女の瞳は生に輝き、私の目を貫いていた。

 

「……フォリアちゃんっ!」

 

 ……やるじゃん。

 

 もう動かないと思っていた身体に力が漲り、不思議と足が地面を踏みしめる。

 

 跳躍、振りかぶり。

 

「はァァッ! 『スカルクラッシュ』ッ!」

 

 ガッ……チィッ!

 

 今度は鎧だけじゃない、その奥底にあったこぶし大の核すらも砕き、スライムの粘液をまき散らして騎士は力尽きた。

 

 限界をとうに超えた膝が崩れ、カリバーすらも適当に放り投げる。

 痛くない場所がない。

 全身血まみれ、全身打撲まみれ。もちろん私だけじゃなく、琉希だって同じだ。

 というか彼女の方がその身だけで攻撃を受けたので、猶更酷いことになってる。

 

「あー……もうむり……」

 

 白銀のそれが輝きを失い、端からゆっくりと黒ずみ光へと変わっていく。

 傍目にそれをとらえ、笑ってしまうほどだるい身体を無理やり動かして、『スキル累乗』を『経験値上昇』に戻してから倒れる。

 

『合計、レベルが1076上昇しました』

『専用武器、カリバーにスキルが付与されました』『条件の達成により、称号が付与されました』

 

 バカみたいなレベルの上昇、後なんかカリバーについたり、色々出てきた。

 しかし今はそれよりも……

 

「つかれた……」

「ですねー……」

 

 騎士が完全に消滅した直後、私たちを取り囲んでいた深紅の花が一斉に散り、風へと流されていく。 最後に残ったのは、見慣れた草原。

 どうやらダンジョンの崩壊は、完全に食い止められたらしい。

 

 もう何もしたくない、おなかすいた。

 けーきたべたい。

 あー……

 

「フォリアちゃん、後でラーメン食べに行きませんか?」

「死にかけて絞り出した言葉がそれ?」

「死にかけたからこそですよ……『ヒール』」

 

 彼女が搾りかすのような魔力で『ヒール』を唱えると、まったく動かす気が湧かなかった体に、ほんの少しだけ活力が戻る。

 

「よっこいしょ……」

 

 はたしてダンジョン崩壊したときの仕様が普段と同じかは分からないが、ちんたら寝ていてドロップアイテムを拾う前に叩き返されては困る。

 一体何が落ちているかは分からないが、せめて魔石くらいは拾わないとやってられない。

 体にムチ打ち立って、騎士がいた元へ足を運ぶ。

 草に埋もれていたのは、素朴な木製のペンダントと、彼が使っていた細剣、そして一つの魔石。

 ひょいと剣を拾い上げ、鑑定をかける。

 

――――――――――――――――――

 

イエニスタ王国の騎士に配給される、正式仕様の細剣

白銀の鋭い輝きは王国の敵を畏怖させ、使い手を奮励させる

 

物攻 +1000

俊敏 +1000 

 

――――――――――――――――――

 

 

 どこだよイエニスタ王国……聞いたことないぞ。

 まあ説明文は放っておいて、その効果は凄まじい。

 めったに流通しないのでダンジョンのドロップ武器は初めて手にしたが、ここまで強力な武器、他人が手放さないのもよくわかる。

 

 まあ、私にはカリバーがあるし、もっとふさわしい人間がいるだろう。

 

 ぽいっと琉希に投げ渡せば、彼女はしかと受け取り、しかしいぶかしんだ顔つきでこちらを見る。

 

 

「いいんですか?」

「命救われたお礼」

「やぁんフォリアちゃんがデレましたぁ! このこのぉ!」

 

 にこにこと笑顔を浮かべすり寄り、猛烈な勢いでこちらの頬をつついてくる琉希。

 

 ……うざ。

 

 無視して魔石、そして最後のペンダントを拾い上げる。

 随分とボロボロだし、真ん中に小さな宝石らしきものが付いている以外、全体的につくりが安っぽい。 こりゃあんまり高く売れそうにないか。

 

 一応どんな効果があるか分からないので『鑑定』をかけるが、あまり期待もできない。

 はあ。

 せっかくボロボロになったというのに、手に入ったのが魔石、二人で折半するとなれば猶更空しい。

 

「『鑑定』」

 

 手のひらに握ったそれへ視界を向けたその時、世界が漆黒に染まった。



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第五十話

 気が付くと私は、小さな部屋に立っていた。

 窓際には木製の机があり、壁には無数の本が収納された本棚、そしてしわくちゃな服などが適当に放り出されたベット。

 窓を覗けば古臭い、それこそアニメだとか、映画だとかに出てきそうなデカいお城まで見える。

 

 羽ペンだとか、よく分からない謎の置物だとか、妙にちぐはぐな時代感覚。

 今時こんなものを使っている人なんているのか、もしいたらとんだ変わり者だろう。

 

 はて、そもそも一体ここはどこなのか。

 

 首を回し再度見直すが、やはりこんな部屋、というかこんな場所記憶に一切ない。

 私は確かに白銀の騎士をぶっ潰して、ちゃちなペンダントを弄っていたはずなのだが。

 もしかしてあのペンダントには、こんなリアルな映像でも見せる技術が詰まっているのだろうか。

 中々やるじゃないか。大して売れなさそうだなんて言って悪かった。これはもしかしたら当たりの魔道具かもしれん。

 

 もしかして触れるのかと思って手を伸ばしてみたが、残念なことに空を切る。

 本の中身など気になったのだが、そう上手くもいかないか。

 

「ふぁ……つかれたぁ……」

「……っ!?」

 

 突然背後から声がして、吃驚し肩が跳ねる。

 

 そこにいたのは金髪の少女、いや、勿論私ではない。

 見た目こそ人間そっくりだが耳が長く尖っている、長い髪を一つに縛った女の子であった。

 

 やはり私のことは認識していないようで、こちらへ一直線へ歩いてきては身体を通り抜け、そのまま机へと座り込む。

 そしてガサゴソと机の中を探って紙束を取り出し、ふんふんと楽し気な鼻歌、端にあった羽ペンでさらさらと何か書き記していく、

 ちょっと覗いてみてみたが、全くもって何と書いてあるか分からない。

 

 ……退屈だ。

 

 彼女は何か空中を見上げては何か思いつき、図などを示していくのだが、どれも見たことがない物ばかり。

 最初こそ興味をひかれたが、意味が分からなければ見ていても何の楽しみもない。

 色々気になることはあるがそれより飽きた、早く帰ってケーキ食べたい。

 

「ふぃー……これで貧者でも栄養を取ることのできる……」

 

 少女がどこか年寄臭い嘆息をこぼし、ぐいと背伸びをする。

 その時胸元からちらりと見えたのは、あの妙にちゃちなペンダントだった。

 どうやら彼女の持ち物だったらしい。

 

 ドンドンドンドンッ!

 

『ひゃっ!?』

 

 弛緩した雰囲気の部屋に響く、激しく荒々しいノック。

 突然襲撃していたそれに驚いたのは、どうやら私だけではないらしい。

 

 恐る恐る扉を開け、外をうかがう少女。

 

「な、なんだお前たち!」

「魔導研究者のカナリアだな? 貴様の同僚から情報提供を受けた、国家反逆罪で束縛させてもらう!」

「はぁ!? ちょ、ちょっとまて……何の痛っ、やめっ……」

 

 ずかずかと足音を立て入ってきたのは、確かに私が倒したはずな白銀の騎士。

 それも一人や二人ではなく、既にこの部屋……いや、家をぐるりと囲んでいるらしい。

 いつの間にやってきたのだろう、窓の外にもずらりと並んで、全員剣を携えていた。

 

 目を白黒させ驚愕していたカナリア? とかいう人であったが、外に並んでいる騎士たちを見て諦めたのか、手を上げ敵意がないことを主張していた。

 何が何だか分からない。

 え、この人悪い人なの? 見たところそんなこと考えていなさそうな雰囲気だったけど。

 

「くそ……お前たち、証拠もないのに無辜の民を脅すことに恥はないのかっ! 騎士というのは誇り高いものだろう、貴君らの剣は何のために捧げたのだっ! 弱者を甚振るためかっ!?」

「黙れ、悪漢に貸す耳はない!」

「あうっ……!」

 

 鋭い拳が少女の顎を打ち据え、ふらりと崩れ落ちる。痛そう。

 うつ伏せになった彼女の後頭部をブーツで踏みつけ、荒々しくその身をロープで縛り付ける白銀の騎士。

 どう見てもこっちの方が悪者なんだが、私からは何にもできない。

 

 それにしてもどこか既視感がある。

 嵌められたっぽい感じといい、誰かに騙された感じがあるのは、かつての私を見ているみたいだ。

 めっちゃむかつくんだよね、分かるよその気持ち。

 

 波乱の展開に見ているこちらも手に汗握る。

 うーん、よくできてるなこれ。

 この映像誰が作ったんだろ、どこかの映画かなにかだろうか?

 

 痛みと苦悩に呻くこの子の顔とか、本当にそれが起こってるみたいだ。

 

「王国の騎士たちよ……貴様らの行いは誇り高きその名、地に堕とすぞ……っ!」

「連れていけ!」

 

 あ、連れていかれちゃった……

 

 

 

 

「……ちゃん、フォリアちゃん! おーい! ぺちぺちっと」

「お」

「あ、やっと動いた。どうしたんですか突然固まっちゃって」

「え……今の映画……?」

「映画ですか? いいですね! 私キャラメルポップコーンとつぶつぶのアイス食べたいです!」

 

 目の前でふにゃりと溶けるアホ面。

 

 あれ、今、変なの見てた気が……私だけ……?

 

 琉希にそれとなく聞くも、帰ってきたのは頓珍漢な回答。

 キャラメルポップコーン……いや違う違う、今のを見たのはどうやら、私だけのようだ。

 まるで夢でも見ていた気分だ、なんだったんだアレ。

 

 手に握るのは、やはり変わらぬペンダント。

 しかし鑑定をかけても、ついぞあの映像を見ることはできなかった。

 

「フォリアちゃーん! お腹すきましたし、早く帰りましょう!」

「あ……うん」

 

 まあいいか。

 どうにかダンジョンの崩壊も食い止められたし、二人とも死なずに済んだし。

 

 足元に転がっていたカリバーを拾い上げ、リュックへと突き刺す。

 当初の予定だった希望の実集めはできなかったが、今から集める気にもならない。

 あまりに濃い半日で寿命が縮まった気がする。筋肉に今回のことを報告して魔石を売り払ったら、暫くの間はごろごろしていよう。

 

 随分ボロボロになったスニーカーの靴ひもを結びなおし、深く息を吐く。

 

 柔らかな風に背中を押され、私は琉希の下へと駆けた。



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第五十一話

「ま……まだ……?」

「大丈夫ですよフォリアちゃん……もうすぐ……かはっ」

 

 カリバーとさっき拾った剣を杖代わりに、ふらふらと歩く私たち。

 目も霞むし、歩いた後には点々と血が垂れていた。 周りの人々も異様な私たちの姿に何か感じているが、通報するべきなのか、探索者の出来事に巻き込まれないように遠目で放置するべきか戸惑っている。

 テンション高く花咲ダンジョンから抜け出した私たちであったが、そもそも多少回復魔法を使ったとはいえ全身ボロボロ、あまりの苦痛に呻きだすのはすぐであった。

 アドレナリンが切れた後はただの地獄、息をするのすらおっくうだ。

 

 しぬ……しんでしまう……

 薄く塞がってはいるがぱっくりと斬られた胸元がジンジン痛むのを抑え、ようやく目の前に見えてきた協会の扉を睨みつける。

 正直もう歩きたくない……あっ。

 

「琉希……協会に岩投げて人呼んで……」

「あ……それいいですね……はは、『覇天七星宝剣』……」

 

 ビュンと猛烈な勢いで飛んでいく岩。

 ああ、これはまずいな。ぼんやりとした思考の中、速度の出過ぎた岩を眺めてそう思ったが、止める言葉が上手く喉から出てこない。

 疲労困憊が極まっているせいで、思考や行動がちぐはぐになってしまう。

 

 その時、協会のガラスを突き破って、一人のハゲが飛び出してきた。

 

 筋肉だ、筋肉がやってきた。

 彼は別段焦った様子もなく岩の射線上に立ち、何気ない様子で踵落としを決めた。

 その瞬間岩は土を巻き上げ地面へめり込み、すべてのエネルギーを失う。

 

 レベル1000を超えた探索者の一撃、それを止めたにも関わらず特に身体を痛めたこともなく、誰だ岩なんて投げてきたのは! などと茹蛸の様に顔を赤らめ怒っていた。

 

「もうむり……」

 

 限界ギリギリであった体。

 ついでに筋肉のパワーを見せつけられ、私は気絶した。

 

 

「ん……」

「おう、起きたか」

 

 霞む視界、魔灯の柔らかなオレンジの光。

 ふんわりと温かいベッドの上で寝転がっていることに気づく。

 そして横から伸びてくる暑苦しい顔、筋肉だ。

 

「事情は大体この子から聞いた」

「フォリアちゃんおはよーございまーす!」

 

 ついでにもう一人、黒髪の少女の顔も伸びてきた。 琉希だ。ここは協会の二階にある、職員の仮眠や緊急時のベッドらしい。

 私が寝ている間にダンジョン崩壊の件については聞いていたらしく、今回の岩投擲に関しては不問となった。

 よく食い止めたと、後でもう少し細かい話が聞きたいから、起きたら降りて来いと言って筋肉は部屋から去る。

 

 相変わらず話の分かる奴だ。

 

 ベッドのそばにはリュックが置かれていて、ペンダントや魔石もそこから頭を覗かせている。

 魔石はさっさと売るとして、ペンダントは正直よく分からない。

 私が見たあの映像は一体何だったのか気になるし、一応とっておこうと思う。

 ……もしかしたら本やネットで調べてみたら、案外私と同じような体験をした人が居たりしてね。

 

「大丈夫ですか?」

「まあまあ、そっちは?」

「私はほら、リジェネがある程度残っていたので!」

 

 力こぶを作り、にかっと笑う琉希。

 ふと胸を触ってみれば、そこに傷はもうなかった。私の傷も治っている。

 恐らく協会の回復術師に治されたのだろう、費用は預金から勝手に引かれているのだろうか。

 

 壁へ供えられた時計が示すのは六時。

 窓の外は若干薄暗くなっているので、もう直に夜の帳が下りるだろう。

 

 毛布を下ろしリュックを背負う。

 この時間帯は受付が混む、さっさと並ばないと相当待たされることになる。

 もういいんですか? と首をかしげる琉希に頷き、私達は一階へと向かった。

 

 

「んー……魔力が少ないな。これなんかに使ったとかじゃないか?」

「ちゃんとさっき戦って取ってきたやつ、その機械壊れてるんじゃ?」

「そんなことねえよ。崩壊寸前のボスで1000レベルだろ、本当はこの数百倍あってもおかしくねえ」「おかしい、絶っ対おかしい。筋肉はうそをついている、うそつきんにく」

「まあまあフォリアちゃん落ち着きましょう、ね? 取り敢えず調査に送りましょう! はい決定! 終わりでーす!」

 

 琉希が件の魔石を取り上げ、ぽいっと送付用の箱へ放り込んで蓋をしてしまう。

 

 白銀の騎士、その特徴や技などを筋肉が聞き取り書き終えた後、どれくらいの魔力があるか測ってみようという話になった。

 内蔵されている魔力量によってどれくらいで売れるかもわかるし、モンスター自身の指標にもなる。 そして筋肉は天秤のような機械を引っ張ってきて魔石を乗せたのだが、途端に顔をゆがめた。

 

 話と魔石内の魔力が釣り合わないというのだ。

 

 勿論そんなわけない。

 確かにあの白銀の騎士は化け物みたいに強かったし、レベルに見合ったステータスをしていた。

 魔石だけがカスみたいな魔力だなんて、あまりに奇妙過ぎる。

 

 しかしこれは事実だと筋肉は言い張り、二人睨み合うことになった。

 別にお金が欲しいわけじゃない。

 ただ信じていた筋肉がこんなくだらない嘘を吐くというのが、私にとっては何よりも気に入らなかった。

 

「はいじゃあ剛力さん後はよろしくお願いしまーす! さあフォリアちゃん、ラーメンでも食べに行きましょう!今日は私が奢っちゃいますよー!」

「筋肉、うそつきはいつか後悔することになる」

 

 結局筋肉は過ちを認めることなく、話はお開きになる。

 ずりずりと琉希に引きずられ、無理やり協会から出されてしまった。

 

 

「……いや、本当のことなんだけどなぁ……ぶっ壊れちまったんかな」

 

 機械を滾々とつつき、軽く状態を確認する剛力。

 傍らにあったCランクの魔石をのせてみれば、やはり正しい数値を示す。

 壊れているわけでもなく、本当にこの『グレイ・グローリー』の魔石だけが明らかに魔力が少ないようだ。

 量にしてゴブリンリーダーと同じ位、数千円程度の価値しかない。 

 

 彼女らの話が本当なら、絶対にありえない数値だ。 魔石は死後モンスターの魔力が固まったもの、それこそモンスターの身体を構築している魔力まで吸い取られたなどでもなければ、そう減るものではない。

 

「……まあ、しゃあないな。ないもんはない」

 

 箱をしっかり封じ込め、上にモンスターの特徴などを書いた紙を張り付け、嘆息する。

 

 ダンジョンは毎日奇妙な出来事が報告される。

 一々そんなことを気にしていたようでは、協会支部のトップなど務まらないのだ。



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第五十二話

「ほーそんなことがねぇ……」

「あいつは私を裏切った……」

「すみませーん、おかわり麺硬めでくださーい! 味玉とチャーシューも追加で!」

「あいよっ!」

 

 赤い提灯の下、ウニの友人が作るラーメンを啜る。 どんなに気分が曇っていようと、彼の作るラーメンは常に透き通った味をしていて、陰った私の心を晴れさせた。

 

 チャーシューうま

 

「剛力さんのことは信じてたんだろ? じゃあ本当のこと言ってんじゃないかい?」

「……たぶん、そう」

 

 いや、私だってなんとなく、あいつが嘘をついていないのかもしれないとは、心のどこかで考えている。

 カッとなってつい怒ってしまったが、落ち着いて考えれば所詮はレベル1000の魔石。

 それより上のがうじゃうじゃいる界隈で、その程度をちょろまかすために信用を裏切るようなことをするかと思うと……

 

 じゃあ一体何故魔石の魔力が減ったのか、全く分からない。

 魔石に関連したものといえばボスが落とした剣、そしてペンダントくらいだし。

 まさか剣のドロップやペンダントの映像と関係が……? いや、ドロップアイテムの有無で魔石の魔力が減るだなんて、現状聞いたことがない。

 

 ……分からん。

 頭をわしわしと掻いてポケットへ手を突っ込み……そういえば希望の実の採取を、全くできずに終わったことを思い出す。

 つい癖で希望の実に頼ってしまっている、はぁ。

 

「すみませーん! もう一杯くださーい!」

「食べるの早くない?」

「え? 普通ですよ、普通! 今日半日何も食べてませんし!」

 

 そういえば私とこいつ、まだ会ってから半日くらいしか経ってないんだっけ……

 

 ずるずると猛烈な勢いで麺を食い進める横の黒髪。 可愛らしかったがボロボロだった服は既に着替えられ、コンビニで買った安い短パンと簡素な白いTシャツに代わっている。

 なんだか私が食べ終わらないと、いつまでもおかわりしていそうで怖い。

 彼女も負けじと麺を啜り、どうにかほぼ同じタイミングで食べ終える、

 

「ご馳走様でしたー!」

「ごちそうさま、支払いは……協会預金って使える?」

「あいよっ! 探索者の方もよく寄ってくれるからね!」

 

 なんかよくわからない機械へプレートの石を押し付けて、二人分のお金を一気に払う。

 琉希は私が払うだの言っていたが、そもそも相手は苦学生、レベルも滅茶苦茶上がったとはいえ探索者になったばかりの彼女に奢られるほど落ちぶれてはいない。

 支払いは余裕がある人間がやる、当然の摂理だ。

 

「結局奢られちゃいましたね! それじゃ!」

「うん」

 

 ……あ。

 

 ずっとパーティを組むつもりだったけど、もしかして私だけの思い込みだったのだろうか。

 聞くのに少し躊躇してしまう。

 もし、え? ずっと続けるつもりだったんですか? なんて嫌悪感出されたらどうしよう。

 私は顔が変わらなくて怖いなんて言われるし、初対面で扱い悪かったし……笑顔の裏で、内心嫌悪されていたりしたら……

 

 思えば私の考えはほとんど一方通行だった。

 先ほどは子供っぽく怒ったところも見られてしまったし、あきれ果てているのかもしれない。

 ああ、どうしよう……もしかしたら探索者なんて危険だし、今日のダンジョン崩壊で凝りてもうやめるだなんて可能性も……

 

 背を向けた彼女に手を伸ばし、そしてひっこめる。 私の気持ちを伝えても嫌がられないのか分からない。

 もし断られたその時、私は普通の顔を保っていられるだろうか。無様に涙をこぼしてしまうかもしれない、そうしたらまた迷惑をかけてしまうのかも。

 

「あ、そうだ! 今度いつ探索行きます?」

「え……?」

 

 くるりと振り向き、琉希が何気なく聞いてきた。

 

「う……」

「ま、まさか私を捨てるつもりで……!? 一緒に死線を越えたのに……!?」

「ちっ、ちがっ……! じゃあ明日」

「明日は学校なので……」

「あ……じゃあ日曜」

「了解です! それじゃ!」

 

 ……行ってしまった。

 

 ま、まぁ、別に私はパーティなんて組まなくとも、1人で戦えたのだが。

 別に嬉しくなんかない、本当だ。



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第五十三話

 ホテルに帰った後ベットに寝っ転がり、照明へペンダントを翳す。

 

 真ん中に嵌ったのは小さな赤い石。きらきらと光を受け輝いているが、別段何か飛びぬけて凄い訳でもない。

 しかしあの剣が普通のドロップ武器だとして、明らかに雰囲気が違うのはこのペンダントのみ。

 魔石の魔力が減っていた原因はこれくらいしかない、はず。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――

 

 カナリアのペンダント

 町で売っていた

 彼女の愛用品

 

――――――――――――

 

 が、しかし、やはり何も起こらない。

 突然体が暗闇へ飲み込まれることもなければ、映像が浮かび上がるわけでもなく、ただペンダントの情報が浮かび上がるだけ。

 全くもって手掛かりがない。

 

 はて、一体どうするべきか。

 

 しばし考えこめば思い出すのは、いつ会っても靴下のちぐはぐな研究者、剣崎さん。

 彼女はダンジョンの研究者であったはずだし、何かこの『カナリア』だとか、剣の説明にあった『イエニスタ王国』だとかについて情報を握っているかもしれない。

 

 

 翌日、大学へ向かう途中で剣崎さんと出会った。 一体どこへ行くのかと思えば花咲ダンジョン、ダンジョンの崩壊が発生したのでその調査だと。

 

 なんと奇遇な、というか昨日の今日なのにフットワークが軽い。

 

 それを止めたのは私だと話せばめをぱちくりさせ、話を聞かせてくれと喫茶店へ誘われる。

 勿論私も聞きたいことがあるので了承、そのまま顔を突き合わせる形となった。

 

「あー……君もそれ拾ったんだね」

 

 ボスのドロップは何だったのかなんて言われたものだから、一本の剣と、ここにあるペンダントがそうだと突き出す。

 彼女は軽くそれをいじくりまわした後、イエニスタ王国について言及した。

 

「や、やっぱり何か……!?」

「うん、勿論知らない。この世界において『イエニスタ王国』なる国は、いまだかつて存在したことがないからね」

 

 いや、イエニスタ王国だけじゃない。

 ベラディナ帝国、キザリス教国……ダンジョン産の物から確認された国は多数あれど、それらはすべて歴史上に存在したことがないらしい。

 奇妙な話だ。

 ダンジョンが国の名前を作り出したのか、それとも世界から消えたのをダンジョンだけが覚えているか。

 

「ダンジョンが異世界由来だという説は、この国々の名前から来ているんだ」

 

 剣崎さんはコーヒーをクイと飲み、そう締めた。

 異世界の存在をだれも確認したことがないので、あくまで机上の空論。

 目の前に広がる広大な宇宙ですら生物の存在が確認できていないのに、だれが異世界にいる生物の存在を証明できるのか。

 

 ……もしかして私が見たあの映像、とんでもない物だったんじゃ。

 

 いやまてまて、今のところ二度目を見ることもないし、あれは白昼夢だったのかもしれない。

 第一説明してくれと言われても、ペンダントがうんともすんとも言わない以上、私の妄想だと言われるのがおちだ。

 

「剣崎さんは異世界の存在、信じてる?」

「……ある。いや、存在を確信している」

「ふぅん……」

「興味なさげだね」

「仮にあったとして、別に関係ないし……」

 

 ドライな考えかもしれないけれど、人ってそういうものだろう

 今も遠くでは多くの子供たちが死んでいますなんて言われても、確かに多少はかわいそうと思うが、別にそのために命を張るわけでもない。

 身近に、または自分自身が体験しなければ、実在していようが興味なんてわかないのが性質だ。

 

 まあ仮にダンジョンが異世界に繋がっているのだとしたら、いつか行けたらいいとは思う。

 どんなケーキがあるのか気になるし。

 

「それで、カナリアって尖った耳の人に聞き覚えは?」

「……さあ? 聞いたことがないな、異世界のエルフかもしれないね」

 

 ぶらぶらと彼女の前でペンダントを揺らし、軽く尋ねてみる。

 期待はしていない、ダンジョンなんて分からないことだらけだし。

 

 訝し気に首を傾げ、足を組み替える剣崎さん。

 まあペンダントの持ち主である一個人の名前なんて、一体だれが知っているというのだって話だ。

 そこら辺に落ちている新聞紙を、誰が買ったかなんて分からないのと同じ。

 

 丁度その時ミルフィーユが届いたので、会話はいったん区切られた。

 彼女に倣った通り横に倒し、サクサクと頂いていく。

 

 こんがりと焼けた小麦と、芳しいバターの香りが良い。

 食べれば食べるほどフォークも進み、一口が大きくなるのですぐに減ってしまって……

 

「あ、そうだ」

「ん? まだあるのかい?」

 

 減ってと言えばそう、一番大事なことを忘れていた。

 魔石の魔力が減ってしまっていたこと、これより大事なことはない。

 

 が、やっぱりこれも不明。

 

「魔石の魔力が勝手に減る、か……」

「なんかあるの?」

 

 いくつか話は出てきたのだが、そのどれも当てはまりそうにない。

 モンスターにモンスターが食われたときは魔石が出ないなんて、そりゃそうだろう。

 大人数で組むと魔石が出なかっただとか、私たち二人だったしこれもない。

 敵の魔力を吸い取る攻撃を受けた時、魔石が溶けたなんて話も出てきたが、やはりこれも違うだろう。

 第一あそこには私たちと、白銀の騎士しかいなかった。

 

 結局話は行き詰まり、情報が特に更新されることもないまま終わる。

 そういえば白銀の騎士、グレイ・グローリーについても面白い話が一つあった。

 大体のモンスターについているはずの個体名が、なぜか存在しなかったのだ。

 

 これについて剣崎さんに伝えると、何らかのバグかもしれないとあまり興味はなさそう。

 どれだけの数があるかは分からないが、聞けばダンジョンのモンスターの個体名は時々被りがあるらしい。

 もしかしたら名付け親が飽きたのかもねと、いたずらな笑み。

 

 相変わらず謎が多い。

 

 モンスターの名付け親か……物凄いいかつい顔してそうだなぁ……



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第五十四話

 剣崎さんと相談、と言うにはあまりに進展がなさすぎるそれをした後、そのままホテルへ直帰……してカリバーだけを回収、落葉ダンジョンへと向かう。 することは勿論新たなスキルの習得と、カリバーの新スキルの確認。

 

 本当はすぐにでも確認したいのだが、あまりに強力過ぎたり派手だった場合街中で使うのは厳しい。 勿論協会の裏で軽い運動だとか、バーベキューで火をつけます程度なら問題ないが、建物を壊したりした場合速攻でしょっ引かれるだろう。

 一人一人が強大な力を持ちうる以上、結構探索者の扱いは厳しいのだ。

 

 本当は希望の実集めで花咲へ行きたかったが、どうやら調査で人が多く来るらしい。

 あまりに人が多いところは苦手だ、疲れるしうるさいから。

 

 真昼間に一人でぶらぶら歩いていると、相変わらず街には人が少ない。

 琉希もそうだが若者は学校へ、社会人は会社へ。 ダンジョンが生まれようと大衆のルーチンワークはさほど変わることがなく、皆『普通』を『普通』に許容して生きている。

 

 つい数か月前まで己自身がそこに組み込まれていたのに、気が付けば私という歯車は世間から外れ、一人、奇妙な体験と共に転がり続けている。

 いったい私はどこまで転がり続けるのだろう。

 そしてその転がり続けた先に、一体何が待ち受けているのだろう……何も分からない、何も見えない。

 

「ふぁ……」

 

 大きく背伸びして、全身の筋肉を伸ばす。

 今日も快晴、ぽかぽかと暖かい。

 

 いくら考えたって分からない物は分からないし、似たような悩みを持つ人間は、それこそ何千年も昔からごまんといる。

 そんだけの人が考えておきながら、いまだに人生でこういった悩みが出たら、必ずこうしなさいなんて大衆に受け入れられた結論は存在しない。

 つまりこれまでの道に、そしてこれから私が進む道に正解なんてものは存在しなくて、きっと何度も悩み続けて探っていくことになるのだろう。

 

 まあしいて言うならあれだ。

 ケセランパサラン。

 

 

 快晴だといった直後にダンジョンへ潜るのはどうなのだろう。

 そんな私のポケットは拾った希望の実でパンパン、こうもぎっちり詰まっていればまともに動くことすら支障が出る。

 

 ……このままでは、ね。

 

 私がリュックを背負ってきていないのには、これも多分に関係している。

 昨日のダンジョン崩壊、その過程では私は四桁一気にレベルアップという、誰が聞いても驚愕するであろう躍進を遂げた。

 それによって私は、なんと2000ものSPを入手している。

 

 ここまで言えばもうわかるだろう。

 そう、私が入手するのは……

 

『スキル アイテムボックス LV1 を獲得しました』

 

「おほー」

 

 ポケットからばっさばっさと希望の実を取りだし、空間にできた揺らぎへ叩き込んでいく。

 左右のポケットに詰まっていた希望の実、その全てを叩き込んでもまだ入る様子。

 調子に乗ってカリバーを突っ込んでみれば、残念ながらこれは無理な様子。

 壁へ押し付けているような違和感が返ってきて、どんなに強く押し込んでも進むことはない。

 

 しかしこりゃ便利だ、魔石もこれならある程度入りそうだし。

 

 あまりの便利さに感動した私、ちょっと悩みこそしたが、残っていた1500ポイントも使って『アイテムボックス』をレベル3にまで上げてしまう。

 『スキル累乗』も率先してあげたいところだが、あまり上げ過ぎてもそこまで攻撃力が必要ない。

 白銀の騎士戦でも何度か『累乗スカルクラッシュ』『累乗ストライク』を使ったが、正直身体が結構ヤバい状態になっていた。

 

 下手したらスキルを使った瞬間、体が真っ二つに千切れてしまうかもしれない。

 レベルアップによる恩恵で強靭な体になっているとはいえ、ストライク走法、もとい自殺ダッシュ同様、スキルの使い方によっては身体を痛める。

 さらに『累乗』なんてしていった先には、冗談抜きで……今後はある程度、慎重にスキルのレベルを上げていく必要があるだろう。

 

 いやな想像をしたところで頭を振りかき消し、レベルを上げたアイテムボックスに意識を向ける。

 

 再度カリバーを入れてみれば、今度は何とか丸ごと入ってくれた。

 しかし希望の実とカリバーでやはり限界、これ以上は入らないらしい。

 琉希がいるときは回復魔法でどうにかなるが、ソロの時はやはり傷口を抑える布などが欲しいので、リュック自体はまだ必要そうか。

 

 しかし動き回るとき、リュック内の魔石が動いたりしてまごつくこともあったし、魔石を持たないだけでも相当行動しやすいな。

 

 SPをつぎ込んだ価値はあった。

 これには私も勝利を確信、納得のガッツポーズ。

 今後はおやつついでにケーキを、アイテムボックスに入れて持ち込むのもありかもしれない。

 

 アイテムボックスへ突き込んだカリバーだが、再度引っ張り出す。

 

 軽く素振り、相棒、私、共に調子は上々。

 相変わらず新品同様、傷一つない美しい金属バットだ。

 よしよし、ういやつめ。前々から考えていたが今なら余裕があるし、あとでスポーツ道具店にいって拭く用の油買ってやるからな。

 

 さて、探索者を始めてからずっとそばにいた相棒だが、先日の戦いでなんかスキルを獲得しただとか聞こえてきた。

 確かにカリバーは壊れないというだけで強力だが、騎士の剣の強力な効果を見た後だと、やはりちょっと物足りない感はある。

 今後戦い続ける中で何の能力もない武器を振るうのは、拳を痛めにくいなどそりゃ素手よりはましだが、流石に勘弁してもらいたい。

 

 そんなタイミングで新たなスキル、これはもはや天命といっても過言ではない。

 神が私に、カリバー一本で戦い抜けと言っているようなものだ。

 

 ふふ、私のために進化するなんて、お前もなかなか献身じゃないか。

 さあ見せてみろ、お前の新たな力を!

 

「『鑑定』!」



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第五十五話

「『鑑定』!」

 

―――――――――――――――――――――――

 

 名称 カリバー(フォリア専用武器)

 

 スキル

 不屈の意志

 巨大化

 

 逆境を乗り越え、運命に抗うと決めた少女の武器

 彼女が歩みを止めぬ限り、この武器は傍へ寄り添い

 続けるだろう

 

―――――――――――――――――――――――

 

 カリバーの新スキルは、あまりに単純なものであった。

 どこまで行っても文面通りの意味にしか受け止められない、大きくなるだけ。

 

 どうやらMPを消費することで、縦横太さ好きなように変形できるらしい。

 変化量に応じてMPの消費も変わるようなので、木の上に何か引っかかったなどであれば、まあ使えなくもなさそう。

 しかし思っていたのはこう、なんというかド派手なイメージ、例えば魔法剣ならぬ魔法バットとか……だったのでちょっと拍子抜け。

 

 まあそう使いにくい能力よりかは、こういったシンプルなのも悪くないのかな。

 

「ふーん……『巨大化』っ!?」

 

 取り敢えずすべて三倍くらいにしてみるかと、軽い気持ちでスキルを発動した瞬間だった。

 重力が突然横方向に発生し、体が無理やりに引きずり込まれた。

 

 ガンッ!

 

 返ってきたのはやたらと重くなり、腰が抜けたかと思うほどの衝撃。

 太くなったカリバーの先が地面へめり込み、持ちづらくなったグリップを取り落としてしまう。

 焦り、動揺。

 今の私はきっと、ひどく滑稽な顔をしているだろう。

 

 ちょっと待って、ホンマに重い。

 

 落ち着いて拾ってみれば、流石レベル四桁を超えた身体能力、そこまで苦労なく持ち上げることが出来た。

 しかしながら重いものは重い。子供用金属バットとは言った何だったのか、恐らく一キロもない程度であったはずのカリバーが、今じゃ数十キロはあるんじゃないかと思うほど。

 特に元々先っぽの方が重かったのもあって、グリップを持つくらいならまだしも、持ち上げて『累乗ストライク』を振るとなれば肩がぶっ壊れそうだ。

 

「ふぬぬ……っ! しょあーっ!?」

 

 試しに振ってみたが、これがまたアホかってほど重い。

 全力で踏ん張っているのに体がもっていかれる。

 振り回される役目はどっちだって話だ。あーだめだめ、中止中止。

 

 軽く嘆息。

 さっくり元の大きさに戻し、カリバーを『アイテムボックス』へ戻す。

 ちょっと冷静になって考えたら、めり込んだ状態でも触って、小さくさせてから拾いなおせばよかったなこれ。

 

 どうやらこれ、大きさだけでなく質量自体も相応の物になっているらしい。

 一体どんな仕組みだ、どっからその質量は来たのかがさっぱり分からないぞ。

 大きくなるだけなら谷の先など、遠くの物を突くなどに使えたかもしれないが、ここまで重くなると厳しい。

 遠くの物を突く前に取り落として、川だとか溶岩に流されていきそうだ。

 

 そういえば紛失した場合って、専用武器はどうなるのだろう。

 

 考えたことがなかった。

 はたして忠犬カリバー公として戻ってくるのか。実験は失敗した場合のダメージが大きすぎて、全くやろうという気にならないが。

 

 

 大まかにスキルなどを調べ終えた後、私は適当にダンジョンを進んでいくことにした。

 別にダンジョンを舐めているわけではないが、今のレベルはFランクの適正上限である500を、既に1000以上超えている。

 ちょっと探索するくらいなら、別にさほど問題ないだろう。

 

 うーん、まずい。

 

 ポイポイと希望の実を口の中へ放り込み、久しぶりの絶望的な不味さを堪能する。

 舌が痺れるほど渋く、涙が出るほど酸っぱく苦い。その上喉の奥底から湧き出す青臭さまであるのだらなぜここまで不味いのか理解が出来ない。

 たとえ気が狂った人間でも、これを一つ口に放り込めばすぐに正気を取り戻すだろう。

 

 まああまりの味にやられて、さらに頭がおかしくなるかもしれないけど。

 

『ブルルルルッ! フンッ!』

 

 ぼけっと歩いていると、オークとばったり出会った。

 

 

 こんなに恐ろしい奴、世界に存在しないなんて思っていた時もあったなぁ。

 風を斬り、猛烈な音を立て襲い掛かる石斧を見て、のんきな感想。

 

「でも……もう私の方が強い」

 

 

 希望の実をパキ、とかみ砕き喉で笑う。

 

 

 常人をミンチへ変えるような攻撃も、あの騎士の一閃と比べれば赤子とさして変わらない。

 ヤクザキックで合わせれば斧はへし折れ、そのままオークごと壁へと叩きつけられる。

 

 おらおらー、かかってこいやー

 

 以前来た時ですらさほど苦労しなかったのだから、今戦えばなおさらだ。

 カリバーを使うまでもなく、パンチやキックだけですべて倒していけるのだから、レベルアップの恩恵は計り知れない。

 

 

 振られた剣を二本指でキャッチしてどや顔をしたり、ステップで背後に回って頬を突いたりして遊びつつ、ダンジョンの奥底へと降りていく。

 そして潜り始めてから二時間。

 疲労感など全くないまま、私はボスエリアである巨大な扉の前で軽くストレッチをしていた。

 

 落葉ダンジョン、ちょろいぜ。



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第五十六話

 落葉ダンジョン、その最終階。

 スニーカーの紐を結びなおし、トントンと軽くつま先で地面をたたく。

 調子は上々、気分はハイテンション。

 一つ歌でも歌いたくなるようないい気分だ。

 

 ただ一つ残念だったことは、私のレベルが上がり過ぎたせいか、道中で全くレベルが上がらなかったこと。

 まあ仕方ない。

 レベル400の時ですら200レベル相手に、琉希もいて1上がるかどうかであったのだから、二倍どころか十倍近く離れている敵もいる落葉でレベルが上がるなど、そううまい話もないか。

 魔石はいくつか拾ったが、今はさほどお金が入用でもないし、必死こいて集める必要もない。

 

 さて、ここのボスはどんなやつかな……っと。

 

 ギィ……と、ちょっと手入れがされていなさそうな音、壊さぬようにゆっくりと扉を開ける。

 

 ダンジョンの扉って壊れるのかな……人が全く入っていない『麗しの湿地』ですら問題なかったし、これもあくまで雰囲気づくりなのかもしれない。

 

 はて、ダンジョンの雰囲気づくりとは? 謎が深まるばかりだ。

 

 扉を抜けた先だが、これが暗くてよく見えない。 じっと目を凝らせば、何やら奥にぼんやり輝いているのが見える。しかしそれだけだ。

 だが足音がやけに響くので、どうやら相当このボスエリアがしっかりした密室ということは分かった。

 ひとつ入り口近くに設置されていたランプをかっぱらってくれば良かったか? いやしかし戻すのも面倒だし、今更戻るわけにもいかない。

 

 いっそ『累乗ストライク』でカリバーを思いっきり輝かせて、ちらちらと状況を確認して戦うか? なんて考えていた時だった。

 

「お」

 

 ボンッ

 

 ゆらりと揺れる私の影。

 見上げればはるか遠くの天井で煌々と燃えている、動物のらしき頭蓋骨を寄せ集めた趣味の悪いシャンデリア。

 いやぁ、これはないな。趣味があまりに悪すぎる、もう少し可愛らしくできない物だろうか。

 天井をしばし眺めていたのだが、ちらちらと視界の端で輝くもの鬱陶しい。

 一体何かと睨みつけるとそこにあったのは、私の身長と同程度はあろうかという、巨大な淡青色のクリスタル。

 綺麗な六角形にカットされており、全体を金色の金属で装飾されていて、見るからに豪華。

 

 くるり、くるりとゆっくり回っていて、カットされた部分がシャンデリアの光を受け乱反射、それが私の視界へ飛び込んできたようだ。

 何かに吊り下げられているわけでもなのに、不思議と数十センチ浮かんでいる辺り、やはりあれもダンジョン産の物というわけか。

 

 あれ持ちだしたら高く売れそう。

 

 一瞬邪な考えが浮かぶが、ほかに何かモンスターが居ないあたりあれがボスらしい。

 ボスなんて外に持ち出したら……いや持ち出せるかは分からないが、人工的なダンジョン崩壊にも近いことが起こる。

 死刑か無期懲役か、どちらにせよまともな最期は遂げられそうにないかな。

 まあ死と隣り合わせの探索者やっている時点で、結構な人数がまともな最期なんて遂げられないだろうけど。

 

 何はともあれあれがボスだというのなら、まずはステータスの確認だ。

 明かりがともっても何もしてこない辺り、先生や白銀の騎士同様、接近したら変形して何か攻撃を仕掛けてくるのかな?

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

 

種族 ゴブリンキングダム

名前 マイケル

 

LV 500

HP 10000 MP 75383

物攻 0 魔攻 0

耐久 0 俊敏 0

知力 3876 運 40

 

――――――――――――――

 

 ……なんだこのステータスは。

 ダンジョンの命を懸けた渾身のギャグなのだろうか、小学生ですら鼻で笑いそうだが。

 

 HPとMP、それと知力だけは高い。

 しかしその他のステータスはちょっとお粗末というレベルを超えている、スライムの方が幾分かましだ。

 大方なんらかのカードを隠し持っているのだろうが、それにしたってこれは……

 

 何より名前が酷い、宝石にマイケルだなんて何を言っているのかちゃんちゃらおかしい。

 それにキングダム……ええっと、王国? だなんて、誰もいないじゃないか。

 支える者のいない王なんて、地面に円を描いて俺の領土! なんて言っている子供じゃあるまいし。

 

 さんざんな言い方だが、ほいほい近づくことはしない。

 どうせ近づいたらなんかしてくるんだろうなぁ……と、流石の私でも学んでいる。

 

 カリバーを上に構え、縦の衝撃に備える。

 

「『巨大か゛げぇ……っ!?」

 

 突然襲い掛かってきた横からの衝撃、流石にこれは予想していなかった。

 

 想定外の衝撃に変な声が零れるが、ダメージ自体はさほどでもない。

 くるくると全身を吹き飛ばされながらも脳内は冷静、何度か空中を回転しつつ壁に着地、そして蹴り飛ばし地面へと帰還。

 一体何が行ったのか、元居た場所へ注意を向ける。

 

 デカい。

 

 最初の感想はその一言。

 手に握っているのは木のこん棒だろうか、それだけでも私の胴体より太い。

 緑の肌はゴブリン特有のそれ、しかし腕、足、体、そのどれを取っても今まで出会った奴らとは比例できないほどの、バカみたいなサイズ。

 

 こんな奴一体どこにいたのか。

 まるで突然現れたみたいに気配もなく私の背後を取り、ぶっ飛ばしてくれた。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――

 

種族 ホブゴブリン

名前 イーナ

 

LV 500

HP 2741 MP 0

物攻 632 魔攻 0

耐久 3071 俊敏 202

知力 13 運 40

 

――――――――――――――

 

――――――――――――――

 

種族 ゴブリンキングダム

名前 マイケル

 

LV 500

HP 10000 MP 74883/75383

 

――――――――――――――

 

 ……なるほどね。

 

 どうやらこのゴブリンキングダムとやら、MPが減っている辺り召喚士に近いらしい。

 背後を取ったのではなく、背後に『召喚された』ってところだろう。

 そして減ったMPは500、ホブゴブリンのレベルも500。

 

 レベル差があり過ぎてどうかと思っていたが、中々面白くなってきた。



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第五十七話

 棍棒を避け股座へ身を滑り込ませ、その膝を裏からヤクザキック……が、ちょっとよろめくだけで倒れない。

 私の攻撃力の低さもさることながら、ホブゴブリンの耐久力に割り振られたステータス、これが厄介だった。

 バックステップで一度撤退。今回は使う必要ないかと思っていたが、アイテムボックスからカリバーを引っ張り出す。

 

 押し潰すような振り下ろし、棍棒を横へ薙ぎ払う様に叩き、降りてきた頭へ

 

「『ストライク』!」

 

 まずは一発。

 

――――――――――――――

 

種族 ホブゴブリン

名前 イーナ

 

LV 500

HP 2085/2741 MP 0

 

――――――――――――――

 

 ただでさえ高い耐久に加え殴った部位が堅牢な頭蓋骨、衝撃に手がビリビリ痺れる。

 その身を起き上がらせようと呻く巨漢、ついでにもう一発頭へ『ストライク』を叩き込んでから一度撤退。

 

 奥へ目をやれば『ゴブリンキングダム』はくるり、くるりと光を反射しつつ静寂を保っている。

 数で圧殺してくるかと思ったが、高みの見物でも決めているつもりか。

 まあいい、ちゃっちゃか終わらせよう。

 

「……『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』」

 

 体勢を立て直したヤツが、私を潰そうと連続の叩きつけ。

 しかしどれも遅い。

 軽く何発か避けた後、微かな溜め。渾身の一発であろうそれに向かって、全力で突撃。

 

「『ステップ』!」

 

 当たらないようにぎりぎりを避けたのだが、これまた衝撃波が凄い。

 服や髪がばっさばっさと煽られる辺りステータスで勝っているとはいえ、ダンジョンのモンスターというのは怪物なのだなと、しみじみ思う。

 ぴしぱしと頬に当たる砂粒を感じつつ、その巨碗へ足をかけ首元へと駆けあがる。

 

 こうやって動き回っている自分が、まるで別の世界にいる存在にすら感じられた。

 現実感がないというか、自分なのに自分だという実感がないというか。

 そしていつも死にかけた時に思うのだ、ああ、あほなことしたなぁって。

 

「『スカルクラッシュ』!」

 

 カリバーが背中に当たるほど反った体、指で曲げられた定規が元に戻るように、私の身体も撓りとスキルの導きを受け元へ戻ろうと軋む。

 そして体が一直線になった、その瞬間。

 

「『巨大化』!」

 

 三倍ほどの長さに変化したカリバーが、強かにその頭蓋骨を打ち据えた。

 体が振り回されてしまうのなら、もともと踏ん張りの効かない空中や、攻撃を決める直前に巨大化させればいい。

 

 着地と同時に大きさも元通り、背後でホブゴブリンが光へと変わる。

 

 攻撃直前での『巨大化』、これは結構使えそうだ。 確かに巨大化した直後は反動がかなりあるのだが、振り下ろし中などタイミングをしっかり選べば、ダメージは最小に抑えられる。

 

 重さはしっかりと増えているのでダメージの底上げも狙えるし、使い方次第では強力な武器だろう。

 そして今、ボスマップにほかのモンスターはおらず、キングダムと私の間にはだだっ広い地面が広がるのみ。

 このチャンス、十二分に使わせてもらう。

 

 ホブゴブリンの魔石を拾いあげ、すかさず

 

「『ストライク』」

 

 クリスタルへと、砕かぬよう力を抑え叩き込む。

 ホブゴブリンは特に属性などないだろうが、ダメージとしては十分なものになるだろう。

 一直線に父親の下へと戻り、輝きを放つ魔石。

 

 ……が、しかし即座に現れたモンスターたちがそれを受け止め……こちらへ投げ返してきた。

 

「ちょっ……!?」

 

 ドンッ!

 

 全身へ襲い掛かる衝撃波。

 這う這うの体で爆風から転がり出て、口の中に入った砂利を吐き出す。

 別に絶望的なダメージではないが、痛いものは痛い。

 

「けほっ、けほっ……んんっ」

 

―――――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 1548

 

HP 2794/3014 MP 7640/7730

 

―――――――――――――――――

 

 やられた。

 

 己の意志で発動する魔法と違って、あくまで魔石爆弾は魔力が暴走しているようなもの。

 対象を選ぶことなんてないし、こうやって冷静に投げ返されてしまえば、使用者に牙を剥くのも当然。

 数えるのもうんざりするくらい大量のゴブリンたちが並んで、こちらへ勝鬨かの様に叫んでいる。

 一体しか出していなかったのは、どうやら私が遠距離の手段を持っていないと思っていたからか。

 

 今の魔石爆弾は完全に失敗だったな、無駄に警戒させるだけで終わってしまった。

 

 仕方ない、多少の消耗は覚悟でいこう。

 

「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 

 私が動き出したのを皮切りに、ゴブリンたちの大群もこちらへを押しつぶさんとばかりに突撃。

 全身へ勢いをつけ全力での疾走、そして跳躍。子供がおもちゃを投げたように、くるくると回る私の身体。

 視界に見えるゴブリンたちは、数こそ多いがレベルは100かそこら。

 

 それならこれで行けるはず……多分。分からない、失敗するかも。

 

「『スカルクラッシュ』! 『巨大化』!」

 

 五倍ほどに伸ばしたカリバーは重く、みち、みちと筋肉が軋む。

 どうやら継続的な戦闘を考えるのなら、ここら辺が限界らしい。

 恐らくこれ以上『スキル累乗』や『巨大化』を重ねたら、ぼっきりと骨が逝く。本能的に理解できるほど、ぎりぎりの一撃。

 

 どう、と鈍重な一撃。

 ゴブリンたちの集団に一文字が刻まれ、空白地帯に魔石が転がる。

 その瞬間限界に近かった体から、すぅっと痛みが抜けた。普段はあまり効果を感じられない『活人剣』だが、こうも一気に倒してしまえば、ある程度は実感が沸く程度の効果はあるらしい。

 

 ……まだ行けるか?

 

「……っ、『ストライク』ッ!」

 

 

 

 奥歯をぐいと噛み締め、土へ踵をめり込ませる。

 流石に厳しい。

 腕にかかる負担が凄まじいが、そんなのお構いなしだと、スキルの導きは私を操る。

 風を、空間を、そしてゴブリンたちを薙ぎ払うカリバー。

 

 数にして四分の一ほど、大量にいたそれをゴミの様に叩き飛ばし、痛む肩で息。

 

 力を入れ過ぎたせいか血圧が上がり、頭がくらくらする。

 もうやりたくない。



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第五十八話

 飛び跳ねて叩きつけ、時計の様にぐるりと回って薙ぎ払い。

 たまに槍だとか弓矢が飛んできたりするが、上がった耐久力のおかげだろう、さほどダメージを受けることもない。

 

 暫く暴れていると、途中から一撃では死なないゴブリンが出てきたので、飛びながら『巨大化スカルクラッシュ』をメインに叩き込んでいると、ゴブリンの数が減っていることに気づいた。

 伸ばしたカリバーを振り回すときに、手に伝わる衝撃が随分と収まってきたからだ。

 

――――――――――――――

 

種族 ゴブリンキングダム

名前 マイケル

 

LV 500

HP 10000 MP 0/75383

 

――――――――――――――

 

 ……MPが切れて召喚すらまともにできなくなったようだ。

 倒した数からしてMP切れからは程遠いと思ったのだが、途中から硬くなった辺り、もしかしたらレベルを多少上げて召喚するようにしていたのかもしれない。

 

 臣下のいなくなった王国を、はたして誰が一体国だと認めようか。

 こうなればもう後は叩くだけなので、道を塞ぐゴブリンをなぎ倒しつつ詰め寄り

 

「『スカルクラッシュ』!」

 

 一発全力で叩き込んでやれば、哀れにもクリスタルは砕け散ってしまった。

 同時に周りで生き残っていたゴブリンたちも同時消滅、しかし私が倒していないからだろう、残念ながら魔石を落とすことがなかった。

 

『レベルが上昇しました』

 

 1000以上あるレベル差、ここに来るまで、そしてここで倒したゴブリンたちの分も合わせてようやく1レベル。

 ダンジョン崩壊に立ち会って理解したが、今の私のレベルがあろうと、Fランク以上のダンジョンが崩壊したときにはまともに太刀打ちできないだろう。

 なんたって推奨上限が10レベルのダンジョンですら、1000レベルの化け物が生まれるのだ。Fランクなら押して図るべし、だ。

 

 生活が安定したことで、正直腑抜けていたところがあると思う。

 今回最初に殴り飛ばされたのだって、もっと慎重に周囲を見回していれば食らうことはなかったし、より上位のダンジョンならあの時点で死んでいた。

 今回は希望の実集めついでに訪れたが、もっとレベルを上げるためにも、より上のダンジョンへ向かわなくては。

 

 ドロップした魔石は『ゴブリンキングダム』そっくりの淡青色、シャンデリアの光を反射して輝いている。

 相変わらずほかのドロップは無し。

 そういえばこの前の騎士戦後、参照のできないスキルと共に運が1上昇していて少し期待していたのだが、所詮は1ということだろう。

 

 ぐいと背伸びをして、とれたて新鮮な希望の実を口に放り込む。

 

 ふぃー、疲れた。

 

 

 

「魔石……なにそれ?」

「あ? 猫だよ猫、ダンジョンに入り込んでたのをほかの探索者が拾ってきたんだ」

 

 協会へ足を運ぶと、ウニが黒い物体を撫でていた。 拾ってきた本人も家だと飼えないということで、協会で預かることになったらしい。

 腹を見せてうにゃうにゃと、ウニに撫でられて情けない姿を見せている。

 

 どれ、一つ私も撫でてみるかと手を差し出せば、鋭い爪が手のひらを襲う。

 

 

 にゃふーっと満足げな鼻息、どうやら私が気に食わないらしく一撃浴びせてきたようだ。

 まあレベル差でダメージなんて全くないので、無視してそのまま撫でる。くふふ、お前ごときが私に勝てると思うなよ。

 柔らかくて暖かい。良いな動物、動物飼いたいかも。

 

「めっちゃ嫌がってるんだけど」

「うん」

「あんまり嫌がらせするなよ……」

 

 ポケットから魔石を取り出し、ごろんと机に転がす。

 ウニも心得ていて、それに手を……

 

『あっ』

 

 横からひょいとそれを咥え上げ、猫が飲み込んでしまった。

 こ、このやろう。

 

「吐け」

『ミ゛ィィィィっ!』

「こらこら振るな振るな、お前も吐き出せって」

「吐け、痛っ」

 

 脇の下から掬い上げわっさわっさと揺さぶっていると、その爪が頬を薄く切る。

 触っても血は出ていないがひりひりと痛むし、跡にはなっていそうだ。

 

 代金は後で弁償するとウニは言うが、ぞんざいに置いた私にも問題がある。

 今回は互いに悪かったということで弁償もなし、それより魔石なんて飲み込んだ猫の調子が心配だ。 本人はいたってマイペースに毛づくろいしていて、全く苦しんだり痛がるそぶりを見せない。

 

 魔石なんぞ絶対に体に悪いのに、本当に飲み込んで大丈夫だったのだろうか。



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第五十九話

 日曜日、一週間ぶりとなる琉希との会遇。

 午前の九時に協会の前で出会い、一週間で随分と協会に馴染んだヤツを彼女が見つけた。

 

「やーん、可愛いですね!」

 

 ぐにぐにと琉希の腕の中で揉まれる黒猫……もとい、クロ。

 きんきらの黄色い瞳をぱちくり、きゅうと黒目を細めて気持ちよさそうに撫でられている。

 ゆらりと揺れる長い尾、気分は上々らしい。

 

 なぜか私以外の人間にはなついていて、どんなに撫でられようとも抵抗をしない。

 しかしひとたび私が手を伸ばせば……

 

『フシャーッ!』

「む……」

 

 半ギレ状態で切りかかってくる。

 完全に嫌われてしまった……というか最初から嫌われていたので、あんまり変わってないのか。

 いったい私の何が気に食わないというのか、引っかかれるのは無視してそのまま撫でる。

 

 ふふん、猫ごときが私に勝てると思うなよ。

 

 み゛よぉぉ、と地獄の底から響くような鳴き声、勿論力をかけているわけでもなく、やさしくなでている。

 どんだけ私に撫でられたくないんだ、そんな声出されるともっと撫でたくなっちゃうじゃないか。

 

「相変わらず相性悪いなお前たちは」

「あ……」

 

 背後から筋肉が現れ、ぽんとこちらの頭を撫でてくる。

 瞬間、私にいじられていたクロがぴょんと起き、彼の肩へと飛び乗った。

 クルクルと機嫌よさげに喉を鳴らし、彼の頬へ顔をこすりつけているのだが、どうやら協会の職員の中でも筋肉が一番のお気に入りらしい。

 

 いったい私と何が違うんだ。筋肉か、やはり筋肉なのか。

 

 彼がポケットから取り出したカリカリを旨そうに食べているので、こちらも便乗して希望の実を差し出す。

 しかし軽く嗅いで猫パンチ、希望の実は要望に沿えなかったようだ。

 

「……そろそろいいか?

「うん」

 

 クロを下ろした筋肉、琉希、そして私が協会の奥へと進む。

 勿論話す内容は先週のダンジョン崩壊、その調査結果と魔石についてだ。

 

 三人ソファに腰を下ろし、顔を付き合わせる。

 

「どっちから話してほしい?」

「私は探索者になったばかりで詳しくないので……フォリアちゃん、後は任せました!」

「ん、花咲のダンジョン崩壊について」

 

 

 ダンジョンの崩壊はめったに起こるものではないが、一度起こってしまえばとてつもない災害と化す。

 そのくせ噴火などと違って予兆なんてものがほぼなく、私たちの様に予兆を察知しても知らせるため外に出ることが出来ないのだから質が悪い。

 ダンジョン内は当然通信機器なんて使えないので、それが一層情報伝達の困難さを上げていた。

 

 つまり私たちの様に予兆に巻き込まれ、その上で情報を持ち帰る存在は珍しいということ。

 出来る限りダンジョンについて情報を仕入れたい協会側もそういった手合いに対しては、随分と手厚い扱いをしてくれる。

 普段は魔石の売り買い程度の扱いでも、こういうときばかりはあれこれ情報の融通をしてくれると言訳だ。

 

「花咲ダンジョンは完全に鎮静化していた、崩壊はもうしばらく起こらないだろう」

「一度収まったからって二度目はないって根拠は?」

「経験則、だな。少なくとも今のところ、同じ場所が短期間で崩壊の予兆を見せたことはない」

 

 ダンジョンが世界に生まれて三十年弱。

 果たしてその時間が根拠として十分に働くかは人によるだろうが、少なくとも私よりは情報に通じているだろう。

 協会が大丈夫だというのなら、私があえて食って掛かる必要もない。

 花咲は沈静化してもう崩壊の危険性はない、私もそれでいいと思う。

 

 どういう理論かは知らないが、ダンジョン崩壊が確かにあったという証拠も確認したらしい。

 嘘をついても意味はないというわけ、まあ嘘なんてついていないから私には関係のないことだが。

 

「んでこれが崩壊を止めたってことで、協会からの報奨金な」

 

 筋肉が机の下から、一枚の封筒を取り出す。

 一枚の封筒といっても相当分厚く、一つの箱とでも言われた方が納得できるほど。

 随分と好待遇だ。

 

「ええっと、私はそこまで活躍していないので……」

「半分は私の口座に入れといて」

「そう言うと思って既に半分に分けてある」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ。筋肉はさらにもう一つの封筒を取り出してきた。

 必死に断って返そうとする琉希であったが、彼女が居なければ今の私はこの世にいなかった。

 断られる方が困るので、無理に押し付けてしまう。

 

 私の分は筋肉が机の下に仕舞い、コホンと一つ咳。

 

 次の話こそがメイン、なぜ魔石の魔力が少なかったのかについてだ。

 魔石は研究所へ送られたはずだが、そこなら何か原因が究明できるかもしれない。

 しかし彼の顔は、以前と同じく渋い物。

 

 ……これはあまり期待できなさそうだ。

 

「一つだけ、分かったことがある」

「ほほう、一体何でしょう!」

「魔石の魔力だがな、抜き取られたんじゃなく最初から少なかったらしい。数値にしておよそレベル二桁程度」

 

 最初数値を図ったとき、筋肉は魔力を使ったんじゃないかと聞いてきた。

 しかしどうやらあの魔石、そもそも入っていた魔力が少なかったと……ふむ。

 勿論ダンジョン崩壊の痕跡などがあった以上、虚偽の報告だとも取れないので、はっきり言って研究所もお手上げだと。

 

 お前、まさか魔石を間違えてないよな? なんて疑いの目。

 失敬な、ちゃんと渡した。

 第一魔石なんて持っていたところで、私が使うことはほぼない。

 強いて言えばウニから借りる銃だろうが、あの程度なら1000レベルもあるモンスターの魔石を使う必要もない。

 

「……怒らないんだな」

「うん、前はごめん」

「気にするな」

 

 まるで犬か猫でも扱っているように、雑に頭をぐりぐり撫でられる。

 髪がぐちゃぐちゃになる、やめろ。

 

「なんか親子みたいですね」

「別に……そんなんじゃにゃい」

「あっ、噛んだー! 恥ずかしいんですね、分かりますよ!」

 

 横で見ていた琉希がにやにやと、いやな笑み。

 筋肉が親だなんて冗談じゃない。

 親なんてどいつもまともじゃない奴らだ、そんなもの……

 

 話も終わったので、琉希の手を引っ張って部屋を出る。

 熱くなった頬は隠して。



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第六十話

これで無事全部移動完了です

ありがとうございました

――――――――――――――――――

 

「今日行くダンジョンだけど……」

「あ、ちょっとその前に良いですか?」

「なに?」

 

 きりりとした琉希の顔。

 にやけがない、一体何が彼女をそんな顔にしたのか。

 

 

 

「髪型はいかがなさいますかぁ?」

 

 茶髪を緩く巻いたお姉さんが、私の髪を弄って甘ったるい声で話す。

 目の前には巨大な鏡、そして普段より輪をかけて固まった私の顔。

 何もかもが暖色で構成された部屋……というより街にある美容院だ、ほかにも若い女性が何人か座って、あれこれ談笑しつつ髪の手入れをしている。

 

 どうして私はこんな場所にいるんだろう。

 今までまともに関わったことのない場所にいるので、全身が凄いむずむずする。

 髪なんて適当に肩から上で切っていたので、髪型をどうするかなんて言われたところで、適当にしろとしか言えない。

 

 しかし初対面の相手、そう気軽に話すのも気が引ける。

 どうしよう……逃げたい、帰りたい、ダンジョンいきたい、希望の実食べたい。

 何なのだこれは、どうすればいいのだ。

 

 どうしたらいいか分からなくなったので、ここへ連れてきた本人へ救援要請。

 

「りゅ、琉希……!」

「フォリアちゃん可愛いんですけど、こう、髪とかあんまり手入れしていないのが気になっていたんですよね! この機に色々やっちゃおうかなって!」

 

 後ろから一応返ってきたが、返答が返答になっていない。

 くそっ、前も横もニコニコニコニコした奴らに囲まれていて、逃げ道がない。

 なんでこいつらこんなに笑顔を貼り付けているんだ、普通の表情はどこに置いてきたんだ。今すぐ私が嵌めなおしてやる。

 

 他人へ無防備に首筋を晒すのが、こんなにも不安になるとは思ってもいなかった。

 手癖なのか知らないが、櫛で何度も襟足を梳かれるたびにこそばゆさと恐怖が交互に訪れ、一秒たりとも落ち着けない。

 

「髪質は細くて柔らかいのでぇ……してー……トリートメントをー……」

「ウッス……ウッス……」

「あっ、それならカールさせて……ーを……」

 

 何言ってるかさっぱりわからん。

 ニコニコともはや私は置き去り、琉希と美容師の激しい舌戦が頭上で繰り広げられる。

 下手したら苦手な数学よりも分からない、あーあー、もう少し日本語でしゃべってくれ。

 

 硬く目を閉じ、すべて放り投げて椅子へ身を沈める。

 確かにおしゃれはしたいと以前考えていたが、こうも複雑怪奇だとお手上げだ。

 もう知らん、お金は払うからあとは全部任せた。

 

 

「すっごい可愛いですよ!」

「そ、そう?」

「ええ、ええ!」

 

 パチパチパチとテンション高く拍手、ゆるく巻かれた私の髪。

 髪を洗ったりトリートメントをかけたり……あれこれやっていたらしいのだが、気が付けば既に三時間以上経過していた。

 その上その店専売のシャンプーだのトリートメントだのを買わないかと勧められ、よく分からないまま買ってしまった。

 もしかして私はいいカモ扱いされたのでは、と気づいたときにはもう遅く、紙袋片手に美容院の前で茫然。

 

 怒涛の勢いであれこれと押し付けられ、何を言っていたのか半分……いや、四分の一も理解できなかった。

 取り敢えずそれらは全部、空にしていた『アイテムボックス』へ放り込む。

 髪質は一日二日で改善するものでないし、毎日使ってくれなどと言われた気がするので、一応今日から使ってみようとは思う。

 

 はあ、疲れた。

 美容師との会話は楽しくもあったが、なんか物凄いあれこれ喋ってくるし、なぜそこまで話すことがあるんだとこちらが聞きたくなるくらい、次から次へと話題が飛び出て目まぐるしい。

 舌噛まないのだろうか、口の中にばねでも仕込んでいるんじゃないか?

 

 近くのハンバーガーショップに入り適当に注文、ポテトを食べながらジュースを吸い込む。

 うまい。

 ポテトが香ばしいのは、揚げ油にラードを使っているからだろう。

 壁に貼ってあった紙にそう書いてあるので間違いない。

 

「ふぃー……、それでダンジョンなんだけど」

「次はですねー、服を買いに行きましょう!」

「ま、まだ行くの……!?」

 

 終わらない店巡り、一体何が彼女をそこまで駆り立てるのか。

 

「何言ってるんですか! コンビニの服ローテなんて、十五の女の子がする生活じゃありませんよ! もっとかわいい服着て、楽しいことしましょうって!」

「い、いや……よく分かんないし……」

「じゃあ私が教えてあげます! なんならお金は私から出しますから!」

 

 金を出すから一緒に行こうだなんて、まるで私がヒモみたいじゃないか。

 いやお金は私もあるからそんな気にしなくていいのだが、ダンジョン……まあいいか。

 

 分厚いハンバーガーを一口、うまい。

 横目で琉希とちらりと見れば、彼女も笑顔でエビバーガーに食いついていた。

 

 なぜ私なんかに構うんだろう。

 無口だし、自分でいうのもあれだが態度も素っ気ないし。

 人当たりのいい彼女だからきっと友人も多いだろう、わざわざ私とつるむ必要がないだろうに。

 最初は何か企んでいるのかと思いきや、多分大体の行動をそこまで考えてやっているようにも思えない。

 

 全くもって理解できない。

 まだクロの方が考えを理解できる気がする、どれもこれもが突拍子もなさすぎる。

 

「なに笑ってるんですか?」

「……別に」

 

 ……別に笑ってなんかいない。

 ただ顔が、そういう風に見えただけだろう。



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第六十一話

久しぶりなのでゆっくりではありますが、続きを書いていきたいと思います。

―――――――――――――――――――

 

 先週は結局彼女と遊び歩き、ダンジョンに向かうことが出来なかった。

 まああれはあれで楽しかったのだが、それでは色々と困る。

 今日も出会って早々カラオケでも行こうと言ってきたので、いや待て待てと、そもそも琉希も学費を稼がないといけないのじゃないかと説き伏せ、落葉へと潜ることになった。

 

 本当はもう少し上のレベルに行きたかったのだが、彼女のレベルが上がったのはあまりに偶然、そこまでの本来積むべき経験を一切積んでいない。

 仕方のないことである。

 

 それはいい、それはいいのだ……が。

 二人でダンジョンに潜ってから、奇妙な出来事が起こっていた。

 

「……落ちた?」

「落ちませんねぇ……」

 

 ダンジョンに入ってから彼女と手のひらを翳し、パーティ契約を結んでからのことだった。

 魔石が落ちない、一つたりとも。

 どちらかが隠しているだとか、暗くて見えないとかではない。

 一つたりとも落ちることがないのだ、たとえ階層を潜ってもそれは同じであった。

 

 思い出すのは白銀の騎士と戦った後、なぜか魔力の減っていた……というより異常に少ない保有量であった魔石。

 だがしかし今日はその肝心のペンダントも、一つたりとて持ってきていない。

 何が原因なのか、どうして魔石が落ちないのかさっぱり見当もつかない。

 

 どうしたらいいんだ……?

 

 思わずその場で頭を抱えしゃがみ込む。

 

 私はいい、まだお金は沢山ある。

 しかし琉希は割と死活問題だ。

 なんたって彼女が探索者になったのは、そもそも学費を稼ぐため。

 今は花咲のダンジョン崩壊で貰った報奨金があるとはいえ、それだけでは流石に学費に足りないだろう。

 

「ま、まあそういう時もありますよ! 帰ってこのままゲーセンでも行きません?」

「うん……」

 

 互いに手のひらを重ね、パーティの契約を解除する。

 なんと空しい帰還だろう。

 一時間ばかり狩り続けたというのに、成果がないとはここまで虚無に満ちたものだったのか。

 

 

 一階へ戻ったときの事であった。

 来た道をトボトボと歩き、成果なくスカスカのリュックをぶらぶら振り回す。

 

「お」

 

『フゴッ!』

 

 丁度目の前にオークが居て、こちらと仲良く視線が交わった。

 

「ほいっと」

 

 琉希の掛け声とともに岩が飛び掛かり、ぐしゃっと豪快な一撃。

 流石に二桁もレベルが離れていれば、どんな適当な攻撃でも一撃で沈む。

 それに何度も倒しているので、何か興奮だとか、得られることもないので淡々としたもの。

 

 しかしそこに転がっていたもの、それが私たちの動きを停止させた。

 

 つやつやと輝く、手のひらに乗る程度の石ころ。

 しかしただの灰色ではなく、その透き通る見た目は間違いなく……

 

『魔石……!』

 

 先ほどまで私たちが欲してやまなかった、貴重な収入源であった。

 二人で顔を突き合わせ、頷く。

 

 魔石、魔石だ。

 モンスター狩りの時間だ。

.

.

.

 

「落ちましたね……!」

「うん」

「どうしてさっきまで落ちなかったんでしょう……?」

「うーん……?」

 

 私たちの前には、リュックいっぱいの輝く魔石たち。

 ダンジョン1階から最終階、そのすべてが今までの落ちなさは何だったのかと思ってしまうほど簡単に、ボロボロと魔石を落としてくれた。

 

 まあ最終階と言えばボスエリアで、この奥に行けば『ゴブリンキングダム』が待ち受けているのだろう。

 しかしボスエリアはパーティメンバー以外入ることが出来ないので、今の私たちでは片方だけが侵入することになる。

 片方だけ元来た道を戻るのも大変なので、彼女と再度パーティ契約。そしてそのままボス戦を重ねることとなった。

 

 

 

「おお、あれが……『鑑定』」

 

 くるり、くるりと蒼い結晶が回り、相変わらず趣味の悪い骨のシャンデリアが、高校と輝きを灯す。

 今回は特にボスが前回と変わるなんてこともなく、以前私が訪れた時同様、ゴブリンキングダムがお迎えしてくれた。

 

 琉希の瞳がせわしなく動き、軽く何度か頷く。

 ステータスもやはり私が戦ったときと同じで、事前に伝えていたことを確認し終えたようだ。

 MPによってモンスターを召喚し、次々と襲い掛からせてくる。

 やはり同様の戦闘方法らしく、私たちの後ろに現れたホブゴブリンの攻撃が、彼女の平たい岩によって阻まれた。

 

 そして背後に回った私が膝を叩き潰し、彼女のチェンソーで首を跳ね飛ばされる。

 まあこのレベル差の探索者が二人だ、苦戦しろって方が難しい。

 そしてそこには……

 

 魔石が、落ちていなかった(・・・・・)

 

 ふむ……



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第六十二話

「パーティ、解散しましょう」

「あ……う……」

 

 それは薄々気付いていて、私が心から恐れていた言葉。

 せっかく仲良くなったというのに……人というのは、こうもあっさり関係を切り捨ててしまうのだろうか……。

 

 

「『スカルクラッシュ』!」

 

 MPを使い切ったクリスタルに、輝くカリバーが振り下ろされる。

 HPこそある程度あるとはいえ低い耐久、渾身の一撃は容易くその身に罅を入れ、ついには粉々に砕いてしまう。

 そして私は『スキル累乗』を『経験値上昇』へ乗せようとして……やめた(・・・)

 

 ごろりと転がる魔石。

 レベルアップは無し。

 やはり、か。

 

 予想が当たってしまった絶望感に、頭がくらくらする。

 ああ、どうか琉希だけは気付かないでくれ。

 

「あ、魔石落ちましたよ!」

「うん……」

「あれ、元気ないですね……どうかしました?」

 

 ひょいとのぞき込んでくる顔を、私は真正面から見ることが出来ない。

 

 どうやら気付いていないらしいが、このまま彼女に何も伝えず必要がるのかと思うと、心が苦しかった。

 とくとくと、激しく心臓が鳴る。

 

 いいのか、本当に何も言わなくて。

 自分の中で誰かが叫んだ。

 このまま何も言わなければきっと、彼女は何も気づくことなく、私と一緒に探索者として戦ってくれるだろう。

 けれどそれはつまり、彼女の善意を、無知を利用しているだけで……結局、私を使い捨てたあいつらと同じことを、私もすることになる。

 

 世界がぐにゃりと歪み、私たちの身体が落葉の入口へと戻された。

 拳の中で握りしめられあ魔石が、いやに冷たく感じる。

 

 だめだ、言おう。

 頬の肉を噛み締め、悪魔の甘言に揺れる心を、無理やり元の世界へ呼び戻す。

 

「琉希……魔石が落ちないのは、私のせいかも、しれない」

「ええっ!? 何言ってるんですかフォリアちゃん!?」

 

 目を真ん丸にして驚愕する彼女。

 かもしれない、と言ったが、本当は九割がた確信している。

 それはさっき魔石が落ちた時点で、証拠は十分集まってしまったから。

 

 以前剣崎さんと話したとき、彼女は魔石が出なかった条件のうちに

『大人数で挑んだ時、何も出ないことがあった』

 そう言った。

 

 ダンジョンには不思議なことが多く、それもきっと何らかの条件に引っかかったのだと、私はそう思って関係ないと切り捨てた。

 だが違う。これこそが私たちの前で、魔石が落ちなかった理由。

 

 普通は報酬の分配や狭い通路での連携、多くの理由で大人数のパーティを組むことはない。

 だからこそ、その必要性が薄かったからこそ、そこまでこの情報は重要視されていなかったのだろう。

 

 経験値はどんな敵と何人で戦おうと、基本的に同じ量をパーティメンバーが貰うことが出来る。

 探索者の中では常識らしい。

 だが一体経験値とはどこから出てきて、どうやって分配されているのだろう。

 

 勿論詳しいことは分からない。

 だがもし、だ。

 もし私の予想がすべて当たっているのならば、経験値というものは……魔力か、それになるためのナニカじゃないのか、そう思う。

 

 魔石はモンスターの身体を作る魔力が集まったもの……らしい、そう本に書いてあった。

 もし『レベルアップ』と名乗るこれがその魔力の一部を吸収して、私たちの身体を強化していたとしたら……『スキル累乗』で『経験値上昇』を強化し、その上琉希の『経験値上昇』を掛け合わせ、二人分を更に吸収している私たちは、実質大人数で魔力を貪っているのと同じなのではないか。

 

 白銀の騎士の魔石、その魔力が少なかったのも、そして今まで魔石が落ちなかったのも当然。

 だって私たちが、すべての魔力を平らげてしまったから。

 魔石になる分まで一切を吸収してしまったのだ、何も出るわけがない。

 

 私はこの仮説が正解にほど近いと、予知めいた確信を抱いている。

 

「……そう、ですか。なるほど」

 

 私の拙い説明を聞き、琉希が納得したように数度頷いた。

 

 私たち二人がパーティを組む限り、この問題が解決することはない。

 私はできる限り早くレベルを上げたいが、彼女が探索者になった理由は学費を稼ぐため。

 ……だから嫌だった、彼女に伝えるのは。

 せっかく仲良くなったというのに、もう別れるなんて。

 

 どうか言わないでほしい、パーティを解散するなんて。

 情けない感情だ。たった数日しか顔を合わせていない相手に、こうも縋り付いて泣きたいというのは。

 けれどその感情を捨てることもできずに、私は彼女へ救いを求めるように、眉を歪ませて目を向けた

 

「パーティ、解散しましょう」

「あ……う……」

 

 何気なく、特に何かを気にすることもなく、彼女はその言葉を紡いだ。

 言わなければよかった。

 押し寄せる後悔が心に穴を開け、そこに住み着く醜い化け物が、私の偽善的な行為を嘲笑う。

 

 それは薄々気付いていて、私が心から恐れていた言葉。

 せっかく仲良くなったというのに……人というのは、こうもあっさり関係を切り捨ててしまうのだろうか……

 

 気が付けば口の中を強く噛んでいたらしく、じんわりと鉄の匂いが鼻をくすぐる。

 仕方のないことだ。自分をなだめすかしたいのに、押しつぶすような冷たい感情は、私を雁字搦めに押さえつけてやめることがない。

 

「……うん、じゃあ、ね」

 

 じんと熱くなった目頭を隠すように、琉希へ背を向ける。

 もう、彼女と会うこともないだろう。

 

 彼女と出会ったのもそもそも偶然で、本来は交わるべきでなかった人間だった、そう思おう。

 偶然絡まった紐が解けたに過ぎないのだから、何を惜しむ必要があるだろうか。

 私は……わたしは……

 

 どうせ元々天涯孤独の身だ。

 家族もいないし、良くしてくれたおばあちゃんももうこの世にはいない。

 偶然できたメンバーが居なくなるくらい、別に大したことでは……

 

「あっ、ところで来週はいつ会います?」

「……うん」

「土曜と日曜開いてるんですけど、フォリアちゃんはどっちがいいですか?」

 

 ……うん?



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第六十三話

 

「あれ、どうしたんですか顔なんて抑えて? どこかにぶつけました?」

「……なんでもない」

 

 ちょっと大きめの勘違いをしていただけだ。

 

「耳赤くなってますよ? 風邪ですか?」

「……ちょっと黙ってて」

 

 あー……あー……。

 うん、あー……。

 

 そうか、別にパーティをずっと組んでいる必要も、別にないのか。

 会いたいときに会って、遊ぶだけでいいのか。

 どうやら私はちょっとだけ、重く考えすぎていたのかもしれない。

 

 

「うーん……着替えどうしよう」

 

 リュックに下着、そして着替えと言いたいところなのだが、それが悩みどころ。

 

 というのも、これから向かおうとしているダンジョン、Dランクの『炎来』がなかなかの厄介者なのだ。

 名前からして分かる通り、ここ大変熱いらしい。

 

 暑さの対策は二種類。

 長袖ロングスカートで直接身が焼けるのを防ぐか、Tシャツ短パンで……つまり一般的な夏の暑さ対策をするかである。

 理想としては通気性のいい長袖ロングスカートなのだが、私の強みは高い耐久力と俊敏、厚着をすればそれだけその強みを殺すことになる。

 

 こういう時、動きの少ない後衛として戦えないことが歯がゆい。

 

「悩むけど……まあ仕方ないか」

 

 そもそもスカートなど持っていないので買うことになるのだが、それも面倒だ。

 まあいつも通りの服装で良いだろう。

 二リットル入る水筒も買ってきたので、たっぷりの水とご飯代わりの希望の実も放り込んで準備完了。

 

 さて、行くか。

 

 

「人多い……」

 

 電車を出てまず飛び込むのは、右や左へと動き回る黒い頭たち。

 剣などの武器を持っているのは探索者、しかしそれだけではなく、単純にスーツなどを着込んで仕事へ向かう人も多い。

 まあ駅なのだから当然か。

 

 電車に揺られ小一時間、『炎来ダンジョン』が存在する街は私が住むところからそこそこ遠かった。

 これを毎日はなかなか疲れる。

 私自身居住地があるわけでもないし、ダンジョン攻略まで拠点をこちらに移すのもありかもしれない。

 

 それにしても……出口の改札が分からない。

 

「……っと。あっ、すいません……ん……」

 

 人の流れに合わせふらふらと、あちらこちらへ身体が流されていく。

 誰もかれもがあくせく忙しない、どうして人はこうも毎日を落ち着きなく生きていくのだろう。

 

 結局人々が向かうのは出口だろうしと、抜け出すのは諦めて流れに身を任せ、じわりじわりと前進。

 汗、化粧品、そして洗剤の匂いなどが混然一体となって、普段人ごみに慣れていない私には中々強烈な匂いだ。

 進んだ距離自体はさほど長いものでもないし、時間も大して立っていないはずなのだが、改札が見えた時には私は疲労困憊になっていた。

 

 まだダンジョンに潜っていないのに、どうしてこうも頭が痛くなってくるのか。

 ちょっぴり疲れた。

 ポケットに手を突っ込めば多少の小銭、そして目の前の駅構内にはお誂え向きの、ガラガラなチェーン喫茶店。

 これは神様がちょっと休めと言っているに違いない。

 

 コーヒーの香ばしい香りにふらふらと誘われ、暖かな印象の板張りされた店内へ足を踏み入れる。

 

 苦いものは嫌いだが、コーヒーの匂いだけなら好きだ。

 泥水より苦い点を除けば、紅茶に勝るとも劣らない良い匂いだと思う。

 

 紅茶とクッキーを頼み、窓際の席で漸くゆるゆると体の力を抜く。

 

「ふぅ……あち」

 

 腑抜けた気持ちでカップを傾けた瞬間、とろりとした琥珀色の液体が口蓋を焼く。

 

 地味に痛い……

 

 よく考えればもう夏も近い、アイスで頼めばよかったかもしれない。

 ざらりとした火傷を舐めながら、横にあったスティックシュガーを一本、二本、三本と流し入れていく。

 

「ちょっとよろしくて?」

「え?」

(わたくし)、こういうものですの。貴女学校は?」

 

 警官特有の制服に身を包んだ女性が私の肩を叩き、向かいの席へ座り込む。

 穏やかな笑みを浮かべた彼女を見て、私は驚愕に目を剥いた。

 

 髪型が凄い。顔の横の髪をなんだっけ……コロネ? そう、パンのコロネみたいな感じで巻いた人だ。

 物凄い邪魔そうな髪型だ。この現代においてこんな髪型にするだなんて、一体何の罰を受けているのだろう。

 それとももしかして、虐められているのだろうか。

 

 彼女が胸元から取り出したのは、一つの警察手帳。

 そこには自信ありげに胸を張った、しかし髪型は普通のショートカットな彼女。

 名前を安心院(あじむ) 麗華(れいか)、髪型だけではなく名前も凄い。

 

 ふむ……

 

「単刀直入に言いますわ、最近ここらで事件が多発していますの。目撃者の証言には必ず、『金髪の女性』がそこにいたと」

「うん」

「貴女、見たところ学校も行かずにフラフラと、こんな時間に喫茶店でお茶とは、ずいぶん余裕がありますわね?」

 

 これはもしかしなくとも、完全に疑われているのではないか。

 

 背筋にたらりと、冷たいものが通る。

 

 いやいや、勿論私は犯罪なんて犯したことがない。

 頭は悪いが基本悪いことはしない、その弁えているつもりだ。

 まあ復讐を胸に抱いている時点であまりよろしくないのかもしれないが、それはそれ、これはこれ。

 面倒な勘違いをされても困る。こういった勘違いは放置するほど、後々になって重くのしかかってくると相場が決まっている。

 

 あわててリュックから探索者のプレートを取り出し、彼女へ突き出す。

 探索者になれるのは基本15以上、これで私が小学生だとか、或いは中学生だとかの勘違いは解消される……はず。

 

 ふむふむと確認を終え、手帳へ何か書き込んでいく麗華さん。

 よしよし。

 

 相手が警察だと思うと、別に何か悪いことをしたわけではないのに、不思議と息が詰まるのはなぜか。

 取り敢えずさっさといなくなってほしい。

 お茶が冷める……いや、飲みやすくなるためには冷めた方がいいのか。取り敢えず見知らぬ人間と、痛くもない腹の探り合いなんてする趣味はないのだ。

 

「よく分かりましたわ……貴女が事件に関与している可能性が高いということが!」

「は?」

「事情を聞きたいので、任意同行して頂いてもよろしくって?」

 

 よろしくないが。

 

 ……取り敢えず

 

「お茶飲んでからでいい?」



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第六十四話

「伊達さん! (くだん)の事件の重要参考人を連れてきましたわ!」

「ちょっと待ってろ……ええ、はい、了解です」

 

 安心院さんに連れられたどり着いたのは、駅の近くにある交番。

 中にいたのは濃いひげ面の男性、電話に耳を当て暫く応答をしてはペンを動かし、顔に似合わぬまじめな態度で相手へ何か確認している。

 どうやら彼は安心院さんの同僚らしい。

 

「どうやらあの女がまた目撃されたらしい。留守は頼んだ、その子も……迷子か? このお姉さんが対応してくれるからね」

 

 軽くしゃがんで目線を合わせにこりと微笑むと、彼は自転車に飛び乗ってどこかへ行ってしまった。

 まああの女とやらが私とそっくりな金髪の、先ほど安心院さんが言っていた事件の重要参考人、その本人なのだろう。

 

 奇しくも、私が何もしゃべらずとも別人であることが判明してしまったわけだが……私を連れてきた本人は扉を開けた体勢のまま固まり、こちらを唖然と見つめていた。

 

「帰っていい?」

「え、えーっと……お茶でもいかがかしら?」

 

 

 巻き込まれてしまったものは仕方なく、そして巻き込まれてしまったからには、どんな事件が起こっているのか気になるのが人間の性。

 いったいどんな事件が起こっているのか。

 私の疑問を聞いた彼女は、深い溜息と共にカップのコーヒーを揺らした。

 

「軽い万引きから接触事故、異臭騒ぎ……どれもよくある何気ない、よくある事件ですわ。しかしその全てに同じ人物の影があったとすれば話は別、本格的に調べることに……」

「ふぅん……」

 

 確かに彼女の言う通り、生きていれば時々あるような事件であり、そこまで気にする必要もない気がする。

 内容に一貫性もないし単なる偶然、それで片付くようなものばかり。

 そんなことでも意識しておかなくてはいけないのだから、警察というものは大変だ。

 まあ私からしてれば偶然立ち寄った街で起こっていること、そこまで深入りしようといった考えもない。

 

 大量の砂糖と半分以上牛乳で薄めたコーヒーを飲み、貸し出されたパイプ椅子から立ち上がる。

 

「何かあったらここに来ると良いですわ」

 

 ひらひらと手を振り、彼女がこちらへ笑みを向ける。

 ちょっとばかし可笑しな喋り方と髪型ではあるが、どうやらこの安心院さん、印象と比べてそこまで変わった人でもなさそうだ。

 なおさらなんでこんな振る舞いをしているのか、まあいいか。

 

 安心院さんへ手を振り交番を出て、真っ直ぐに人々の群れを抜けていく。

 既に彼女から『炎来』の場所は聞いてあるので迷うこともない。

 

 私がいた街と違って都会的な場所だけあって、上を向いて歩けば空が狭い。

 灰色の建造物が無数に並んで天高くへ伸び、進んでも進んでも新たに表れる。

 

 そんな街のど真ん中に目的のダンジョンはあった。

 

 石畳に覆われた広場の中心、泥などを落とすためだろう併設された水道、そして幾らか集まった人々。

 Dランクという、一気にランクの中でも差が生まれる域、そして交通の便が非常にいいということもあって、ここまで一か所に探索者が集まっているのは初めて見たかもしれない。

 真ん中に堂々と立っているのは巨大な門。しかし当然その奥に何かが続いているわけではなく、そこからダンジョンに飛ばされるようだ。

 

 一人、しかも金髪で背の低い女がいるのだ、当然人々の視線は私に集中する。

 気まずい。

 

 カリバーを『アイテムボックス』から引っこ抜き、無言で人の群れを抜けていく。

 視線から逃れるよう気が付けば足早に、ダンジョンの門へ歩み寄ってその身を沈める。

 えも言えぬこう、ぬめっとした感触が肌を撫でたと思えば、いつの間にか周りの景色が一変していた。

 

「おお……」

 

 真っ先に飛び込んできたのは、山火事かと言わんばかりに燃え盛る木々。

 しかしよく見てみればそういうわけではなく、何かが燃える特有の不快なにおいも、ましてや肌を焼くような熱も感じない。

 この状況こそが、『炎来ダンジョン』そのものなのだ。

 

 炎の名前を冠しているだけはあり、なにもかもが燃え盛っている幻想的な景色。

 真っ赤な足元の石ころを蹴飛ばすと、ふんわりと生れ出た火花の蝶が散る。

 舞った深紅の蝶が手のひらに舞い降り、やけどするかと慌てて振り払うも、肉が焼ける感覚も、それどころか蝶の実体すらそこには存在しなかった。

 その熱はじんわりと暖かい程度。

『炎来』は思っていた灼熱の空間ではなく、この場所を形作っている炎は蜃気楼のように幻影そのもの、そこにあるようで存在しないようだ。

 

 足元に這えているのは彼岸花のようにもみえるが、その花弁は煌々と揺らめいて一秒たりとも同じ姿を保つことなく、刻一刻と移り変わっている。

 つんつんと軽く指先でつつくと、花粉の様にも見える火の粉が風に乗って飛び散った。

 

 草原、ピンクの沼と来て、今度はすべてが幻想の炎でできた森、か。

 まるで異世界に来たみたいだ。

 いや、そもそもダンジョンの門を潜った時点でどこかに飛ばされているので、本当にそうなのかもしれないが、何とも言えない感情が今更ながら湧き上がってきた。

 

 ぬるい風が頬を撫で、木々をやさしく揺らす。

 彼らはそれに落ち葉ではなく火花で答え、ぱちぱちと燃える音を奏でた。

 

「……あったかい」

 

 恐る恐るカリバーを伸ばし木肌に触れ、それを指先で撫でる。

 やはり木も灼熱というわけではないらしく、今度は抱き着いてみれば人肌ほどの暖かさ。

 木のぬくもりだなんてチープな言い回しだが、炎来ダンジョンではそれを全身で体感することが出来た……本来の意味は違うだろうけど。

 

 どれもこれもが面白い。

 ひとつ鼻歌でも歌いたくなるような、どこまでも不思議な世界に心が躍る。

 

 総じて気温は外と大して変わらず、長そでを持ってこなかったことはある意味正解であった。

 視線から逃げるため急いで飛び込んだせいだろう、緩みかけた靴紐をきゅっと結びなおす。

 

「ふぅ……」

 

 首を軽く回して深呼吸。

 炎来ダンジョンは見た目こそどこか恐ろし気な光景かもしれないが、触れてみれば親しみの湧く良いダンジョンだった。



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第六十五話

 地面に広がった落ち葉すらも燃え上がる道を、ひたすらサクサクと進んでいく。

 『炎来ダンジョン』は森といってもかなり見通しがいい、木々が鬱蒼と生えそろっている訳ではなく、整備された山道の様にも感じられた。

 

 しかし問題が一つ。

 いくら見通しがある程度いい森とはいえ、私の行く先を導くような道も、ましてや案内してくれるような人もいない。

 つまり、どこがゴール……つまりボスエリアなのか分からない。

 

 あー……入り口にやっぱり『落葉』と同じで地図とかあったのかなぁ。

 というかあんまり進み過ぎたら永遠に戻れない気がする、どうしよう。

 落ち着いて見回していれば良かったと思うが、過ぎてしまったことはどうしようもない。

 

「お」

 

 門を中心として見落とさぬよう、ぐるりと円を描くように探索をしていると、目の前に一匹のモンスターが現れた。

 

 まるで風に舞う様に、私程ある巨体の重さを感じさせない、ふわり、ふわりと空を舞う蛾。

 小さな蛾などは不快感が勝ってしまうだろうが、ここまで大きく、しかも全身にビードロ状の、しかし柔らかそうな赤橙色の毛が生えていて、どこかマスコットキャラのように抜けた感覚さえ覚える。

 ともすれば目立ちすぎな気がする橙色の羽、しかしこの森ではきっと保護色なのだろう。

 

 もしかして……ちょっと光ってる……?

 

 いや、本体が光っているのではない。

 羽ばたく度に飛び散っている辺り、鱗粉?のようなものが、まるで火花の様に輝いているようだ。

 

 それにしても全く敵意を感じない。

 穏やかな昼間の波の様に静かで、全くこちらを倒そうという気概が感じられなかった。

 今まで出会ってきたモンスターは、どいつもこいつも殺意に満ち溢れていたので、こんなに何もしてこない相手は不思議な気分だ。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

種族 モスプロード

名前 イリス

 

LV 1200

HP 4324 MP 3221

物攻 386 魔攻 4551

耐久 1377 俊敏 1201

知力 2654 運 67

 

――――――――――――――――

 

「もすぷろーど……」

 

 二の腕をぽりぽりと掻きながら、モスプロードなるこの巨大な蛾のステータスをじっくりと観察する。

 

 見た目からもわかる通り、物理的な攻撃はさほど強くなさそうだ。

 ステータスからして魔法型……といっても何か魔方陣だとか、魔法をぶっ放してくるような気配もない。

 謎だ。

 

 それにしても手や足が痒い。

 さっきまで(・・・・・)こんなに痒くなかったのに、次第に強くなってる感じがする……!?

 

「……っ!」

 

 喉奥に引っかかったような違和感に、両手を突き出し目を見やる。

 肌の上にきらきらと、煌々と輝く木々の光を受け、小さな何かが光を反射した。

 

 違う! 攻撃をする気がないんじゃなくて、もう攻撃は始まっていた(・・・・・・・・・・・)だけだ!

 

 慌ててその場から飛びのき、蛾から距離を開ける。

 私の腕に突き刺さっているのは、きっとこの蛾のきらきらと輝く体毛か、羽から飛ばしている鱗粉。

 目に見えないほど小さく細いそれが風に舞い、私の露出していた四肢に突き刺さっていたのだ。

 

 何がマスコットだ、こんな凶悪なマスコットが居てたまるか。

 

 よく見まわしてみればその鱗粉は風に乗り、きらきらとそこらへ浮遊している。

 特に空気の淀んで溜まった場所には、大量のそれが集まって、空気が薄い黄色に見えるほど集まっている。

 

 どうする……?

 

 あれに近づくのは得策ではないだろう、どう考えても全身に針が突き刺さる。

 けれど遠距離攻撃用の魔石も、石ころですら今日は用意していない。

 自分の備えの悪さに臍を噛む。

 

 かゆみでうまくまとまらない頭を振り、出来る限り接近しないような攻撃を考える。

 

 もっとカリバーを伸ばして、遠距離から叩く?

 無理だ。それには取り囲む木が多すぎて、あれに届くほど伸ばして振り回すことはできない。

 それに今も私が感付いたことに警戒して、相当高くまで舞い上がってしまっている。

 

 しかしこのままにらみ続けているだけでは、攻撃なんてまともに当てられそうにないぞ……

 このまま背を向けて逃げるのも悪くないが、何も倒せず帰るのはちょっと面白くない。

 

 と、その時、木々の隙間に不気味な音が響いた。

 

 カチ、カチ、と、規則的な音。

 それは天高く、私を見下すように空を舞う蛾の、背中から。

 

 

 ドンッ!!

 

 

「お゛……げ……っ!?」

 

 肺を巨人に無理やり握りつぶされ、空気がすべて絞り出されるような吐き気。

 

 その灼熱と衝撃は、確かに何もいなかったはずの背後から。

 背骨から伝わって全身を打ち砕くような爆発。

 天と地がぐるりとねじ曲がり、ゴムボールの様に私の身体は吹き飛ばされ、幻の炎が広がる地面を舐めていく。

 

 なにが、おこって……!?

 

 痛みすらまだ到達しないほど混乱した脳内。

 しかし私が現状を確認する前に、頭を守るように丸くなって飛ばされた身体は『淡黄色の空気』の中へ転がっていく。

 無数の小さな針が腕へ、足へと突き刺さって痛痒感を伝える。

 

 ああ、もうっ!

 動けば動くほど針が突き刺さって、苛立ちを掻き立てて止まない。

 

 だが体中の痒さは直後、強烈な熱と激痛へ変わった。

 

 

 ドンッ!!!

 

 

「ぎいいいぃ……っ!?」

 

 死にかけのセミが絶叫するより醜悪な声が、喉から捻り出される。

 

 今度の爆裂は、私の身体ごと飲み込むようなもの。

 腕が、足がちりちりと灼熱を伝え、針が燃え盛って肉の裏から神経を殴りつける。

 痛みに視界が虹色に点滅して、流す気もないのに涙がとめどなく溢れた。

 

 痛い、いたい、いたいっ!

 

 喘ぎ、声が絞り出され、天を仰いで罪人が処刑人に慈悲を乞う様に、赤く爛れた両腕を突き出す。

 しかし彼はゆらり、ゆらりと空を踊り、いっそ残酷なまで冷静に、私が力尽きるのを待っていた。

 

 毛か鱗粉か、もしくはそのどちらもが大変良く燃えるようで、相手に突き刺した後爆発に誘導して、その肉ごと焼き尽くす。

 そんな蛾の攻撃方法を今更理解したところでもう遅い。

 この戦い、出会った時点で終わっていたらしい。

 

 ああ、最悪だ。



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第六十六話

 痛みを堪えて地べたに這いずる私と、悠然と空を舞う蛾。

 連鎖する爆発に身を焼かれて以降、あの蛾は全く地上へ降りることがなかった。

 私が息絶えるその瞬間まで、絶対に近寄るつもりがないのだろう。

 

 もはやこれまでか。

 諦めに目をつむり、終焉のその時を静かに待とうと、震える四肢から力を抜いたその時だった。

 

「くそっ、ここでもアクセス出来なかったか……! チッ、チッチッ! もっと大きな断層でないと……しかし魔力が足りん……!」

 

 奥から、一人の女が『空を飛んで』やってきた。

 

 目深に被った地味だが大きなつばの帽子、もう夏も近い季節、その上暖かな気温のダンジョン内だというのに、全身を大きなコートで包んでいる。

 しかし何より特徴的なのは、そんな帽子をかぶっているにも関わらずはみ出た、長い金髪(・・)

 

 何か考え事をするように顎へ手を添え、ブツブツと前も見ずに空を飛び続ける。

 彼女も、そして私に注目していた蛾も互いの存在に気付かず……

 

 ドンッ!

 

「ああ? チッ、邪魔だ。くそっ、不愉快な時にばかり出てきおって!」

 

 その巨大な羽根へと体当たりするようにぶつかった彼女は、舌打ちを繰り返して苛立たし気に、激しく髪を振り乱す。

 顔は全く見えないが、何もかもに激高しているような、見ているこちらが恐怖する雰囲気。

 先ほどまで燃えるような熱を持っていたはずの全身が、なぜか突然凍り付いたように冷たく感じる。

 

 この感覚は、かつて母だった人に甚振られた、あの日々の感覚そっくりだ。

 じわりと、何度も執拗に蹴り飛ばされた背中が、幻想の鈍痛を思い出す。

 

 分厚いコートの中から出てきたのは、粗暴なその口調とは真逆のほっそりとした腕。

 それは顔の周りに飛ぶ羽虫を振り払うように、あまりに適当に振られ……その瞬間、私を苦しめていた蛾は、激しく身を地面に叩き付けていた。

 

 強い……!

 

 ピクピクと激しい痙攣、そして透明の体液をまき散らし地面でのたうつ蛾。

 彼女はその元へ降りると、荒々しく、激情を隠しもせずに何度もその身を蹴り続けた。

 最初はその大きな羽根を、二度と飛べないと一目で分かるほど。次にその柔らかな腹を、端から形も残らぬよう。

 戦いではなくただの蹂躙。それも金が必要だからなどではなく、一方的な八つ当たり。

 先ほどまで命を狙い、返り討ちにあった私が言うことではない気がするが、それはあまりに残酷な仕打ちにも見えた。

 

 痛みも忘れ茫然と見る私に、蛾が光へと変わったのを確認した彼女の、鋭く冷たい瞳が突き刺さる。

 

 殺される……!?

 

 先ほどまでの諦めも含んだ感覚ではなく、本能的な恐怖とでもいえばいいのか、彼女の蒼い瞳に睥睨されるのが恐ろしかった。

 自然と頬は引き攣り、額から汗が垂れる。

 ゆっくりとその腕が動き出し、くたばりかけの私を捻りつぶすように……

 

「ふん、まだ(・・)生きていたか」

「え?」

 

 バシャバシャと頭から掛けられたのは、冷たくどこまでも紅い液体。

 血? いや、違う。

 さっきまで赤く爛れてていた四肢も、掻き毟るほどの痒さに襲われていた顔も、燃えるほどの熱さも、全てが消えていく。

 ポーションだ、それもとびきりの。

 

 彼女の手に握られているのは、今も液の滴っている小瓶。

 

 私を……助けてくれた……?

 

「え……? あ……ありがとう……」

「数日したらここは崩壊する、死にたくなければ逃げるんだな」

「ま、待って……!」

 

 表情一つ変えずに伝えられたのは、あまりに衝撃的な話。

 

 ダンジョンの崩壊、その予測なんて聞いたことがない。

 もしそんなことが容易に行えるのなら、定期的に報道される山間部の村の全滅、街での阿鼻叫喚などは一切なくなるだろう。

 だというのに彼女はさも当たり前の様に私へ伝えると、制止も聞かずに飛び去ってしまった。

 魔石すら興味がないのか、その場にごろりと転がったままだ。

 

 ……意味が分からない。

 

 彼女の残していった魔石を拾うのも気が引け、これ以上戦う気にもなれない。

 微かな頭痛とふらつき。

 こんなに暖かいのに鳥肌の収まらぬ腕を撫で、『炎来』の初探索は終わった。

 



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第六十七話

 一体彼女は何者だったのだろう。

 喫茶店で一人座り頭を抱える。

 

 一瞬で蛾を倒してしまった実力といい、高性能のポーションを特に気にすることもなく使ったことといい、相当高レベルの探索者なのだろうか。

 しかしそれよりもあの冷たい目と、蛾を甚振る態度。

 他人へ躊躇いもなく慈悲を施す態度とは真逆に、奥底から吹き出すような凄まじい激情を感じた。

 

 そして……ダンジョンの崩壊、その予言。

 

 今までは文字で、或いは耳でちょっとばかり聞く程度の情報だった『ダンジョンの崩壊』。

 しかし直面して初めて分かった。

 その圧倒的な暴力性を、常人と隔絶した世界の差を。

 

 『花咲』という最低レベルのダンジョンですらあそこまで難易度が跳ね上がったのだ。

 もしDランクのダンジョン、その上こんな町のど真ん中に位置するものが崩壊したとなれば、きっとその時は……

 

 私はこの確証もない情報を警察に、安心院さんへ伝えるべきなのか。

 しかし彼女の金髪、安心院さん達が追っている事件の重要参考人と同じ。

 どこの事件にも必ず現れる辺り、今回の情報を伝えてしまえば、犯行予告にも捉えうるかもしれない。

 もしそれで彼女が捕まってしまえば、私は命の恩人へ仇で返すことになる。

 

 誰かに相談するったって、一体だれに?

 協会の関係者はだめだ。

 筋肉達はいい人ではあるが、公的な機関に関係している以上、その情報を警察に伝えないとは限らない。

 むしろ人的被害を減らすためにも、積極的に情報を公開する可能性の方が何倍も高い。

 

 琉希に……?

 きっと人のいい彼女なら頷いてくれる……けど……

 

 頭を振るい、甘えを飛ばす。

 

 きっと協力してくれるけれど、彼女には家族が居る。

 初めて出会ったときは運よく生き返ったが、次はなく、ダンジョン崩壊は並大抵の探索とはわけが違う。

 死ぬ可能性の方が高いし、巻き込むわけにもいかない。

 

 私一人で対処しよう。

 何、誰にも気づかれないうちに倒してしまえば、それは何も起こらなかったも同然だ。

 

 手元の紅茶にミルクを注ぐと、透き通った琥珀色の液体が濁っていく。

 

 どうせ私が死んでも、悲しむ家族なんていないから。

 どこにいるか分からない母も、生きているのか分からない父も、私が死んだと聞けば清々したと笑うに違いない。

 

 口がへの字に曲がった私の顔を、喉奥へと流し込む。

 砂糖を入れ忘れたミルクティーは何とも空虚な味がした。

 

 

 嘘か誠か分からない情報。

 けれど来るかもしれないその未来に備えるには、何はともあれレベルが必要だ。

 幸いにして今回のダンジョンである『炎来』はダンジョンの中でも人気があり、情報は出そろっている。

 

 喫茶店から飛び出した私が向かったのは、駅でも、ホテルでもなく、この街にある協会の図書室。

 やはりというべきか併設された図書室に飛び込み、一人分厚い本を捲れば現れるのは、相も変わらず軽い特徴だけ書かれた簡素なモンスターの紹介。

 

「えーっと……」

 

 無数に連なった文字を指で追っていけば、炎来ダンジョンのモンスターについて軽く書かれた項を見つけ出した。

 炎来ダンジョンの推奨レベルは1000から5000、Dランクの登竜門といったところか。

 

 文字を見る度襲い掛かる軽い頭痛、その上目もくらむ。

 レベルがいくら上がろうと、本に対する拒絶感は失われないらしい。

 しかし切羽詰まった現状、不快感をねじ伏せペンを動かし、コンビニで買ってきたメモ帳へ情報を纏めていく。

 

 琉希とのパーティを組んで早めに分かったことだが、経験値上昇をいくら上げたところで、吸収できる経験値には上限がある。

 現在の『経験値上昇』はLV4、恐らく『経験値上昇』のレベルを1……いや、2ほど上げて『スキル累乗』をかけてしまえば、その時点で吸収できる経験値は最大値に届くだろう。

 無駄にSPを使わずに済んだのは行幸だ。

 

 二日だ。

 数日といっていたからには、流石に三日以上の余裕はあるはず。

 二日間でレベルを上げ切り、出来ることならより上のダンジョンに向かってレベルを上げ、崩壊が起こる前に『炎来』へ挑戦し、白銀の騎士同様ボスを倒す。

 

 情報を纏めたメモをアイテムボックスへ放り込み、椅子から立ち上がる。

 

 よし。

 今から叩き潰しに行くから待ってろ、蛾。



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第六十八話

 最後に普段より重い(・・・・・・)リュックを背負い、拘束ベルトをしっかりと嵌めていく。

 上半身ほどあるとはいえぴったりフィット、これで準備は完了だ。

 

 ……が、

 

「んー……微妙」

 

 手足を軽く捻り動かし調子を確かめるが、どうも落ち着かない。

 その原因は私の足を包み込む青いアレ、ジーンズのせいだ。

 

 あの蛾の何より厄介なのは、手足に張り付く鋭い毛や鱗粉。

 動きやすく足を守れるものということで選んだのだが、聞いていた話と違ってってとても硬い。

 ごわごわを通り越してごわってぃだ。

 なんだあの店員は、どうしてプロテインといい店員は嘘をつくのか。

 

 不満に合わせてカリバーをぶんぶん振り回し、数時間ぶりの『炎来』、その門へと足を運ぶ。

 

 時刻は既に夕方。

 あれだけいた人々も既に去った後のようで、辺りには人っ子一人いない。

 子供も間違えて入ってしまえば危険だからだろう、昼間はなかった柵が突き立てられていた。

 

 濡れないようにだろう、シートの被せられた台から地図を一枚抜き取れば、そこには適当に描かれた円形の図。

 門を中心として広がった円形の森、それが『炎来ダンジョン』の基本的な形らしい。

 それにしたってあまりに簡素過ぎてどうなんだ。まあ書くことが特にないほど、ただの広々とした森ということなのかもしれないが。

 

 ぐにゃりと歪んだ門の先、昼間の様に明るい燃え盛る木々。

 一応空は次第に暗くなっているのだが、こうも明かりが周りにあればそんなのは関係ない、ということなのだろう。

 景色はまだ特に変化なし、ダンジョンの崩壊がこの先起こるかもしれないだなんて、この風景を見慣れた人間には思いもよらない……かもしれない。

 

「……よし」

 

 パチパチと炎が爆ぜる音を背に、緊張からかピクピクと勝手に動く瞼をぎゅっと閉じ、胸の奥底に溜まった息を吐きだす。

 

 大丈夫だ、大丈夫。

 ダンジョン崩壊が起こる確証なんてないんだ、落ち着いてレベルを上げよう。

 あそこが崩壊するかも、なんて虚言は日々あちこちで飛び交っていて、今回のそれだって起こらない可能性の方が、起こる可能性よりも何倍も高い。

 第一助けてくれた人が言った話とはいえ、証拠もないのに完全に信じるだなんて狂ってる。

 このレベル上げはハレー彗星の噂話を信じた人が、無駄にタイヤを買い込んだのと同じで、いつか笑い話としてネタになるかもしれないからやるだけ。

 

 お腹の奥底にこびり付いた不気味な確信を覆い隠すように、自分の気持ちを軽くするように、いくつもの言い訳を積み重ねていく。

 

 暫しそうやって自己暗示をしていると、何か柔らかなものがこすれ合う音が鼓膜を叩いた。

 

 ……来た。

 

 音のする方向へ首を傾け、こちらへゆらゆらと近寄ってくる蛾を睨みつける。

 

――――――――――――――――

 

種族 モスプロード

名前 コットン

 

LV 1200

HP 4323 MP 3021

物攻 376 魔攻 4542

耐久 377 俊敏 199

知力 650 運 38

 

――――――――――――――――

 

「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 

 地面を蹴り飛ばし、スキルの導きに逆らって蛾へ飛び掛かる。

 以前と違って積極的に私が攻撃へ向かったからだろう、ゆらりゆらりと、ゆっくり旋回してその場から立ち去ろうと行動を始めた。

 

 やっぱり、遅い。

 

 思った通りの行動。

 そのままストライク走法でその身を抜き去り(・・・・)、真正面へと立ちふさがる。

 

 確かにこいつの爆ぜる針は厄介だ。

 だが効果が発揮されるのには時間がかかるし、その前に行動を終えれば何の価値もない。

 私の高い俊敏値と危険な走法の組み合わせは、同レベル帯では比肩する者がいないだろう。

 最初こそ気を抜いていたが、魔攻に特化したこいつのステータスでは、いくら逃げたくとも逃げられまい。

 

「『巨大化』! ……っ! せやっ!」

 ドンッ!

 

 上昇して逃げるより素早く振るわれ、その身に届くほど長く伸びたカリバーが打ち据え、鈍い水音を響かせる。

 そのまま遠心力に身体を振り回され、二度、三度と激しく地面の草を飛び散らす。

 翅は折れ曲がり、ヤシの葉じみた触角は千切れ、その柔らかな腹は大きく凹んで透明な体液をたらりとこぼしてた。

 

 

――――――――――――――――

 

種族 モスプロード

名前 コットン

 

LV 1200

HP 2034/4323 MP 3001/3021

 

――――――――――――――――

 

 初手さえ取ってしまえばなんてことはない、耐久の低さも相まって蠢くサンドバックだ。

 

「『ストライク』」

 

 叩き付けられた衝撃だろう、蛾の周りに舞っていた金色の粒子を吹き飛ばし、むやみに針が刺さらぬようゆっくりと近づく。

 それでもやはり残っているものが多少はあるようで、チクチクとささくれるような不快感が、顔やむき出しの掌へ纏わりついた。

 

 この程度なら十分許容範囲だ。

 なんたって私には……

 

「『スカルクラッシュ』!」

 

 『活人剣』で、十分カバーできる。

 

 微かな手ごたえとどこか気の抜けるような音。

 手や顔にあった刺激がゆっくりと消える。

 脳天を叩き潰された蛾は微かに脚を振るえさせ、直後光となって風に流されていった。

 

『レベルが73上昇しました』

 

「よし!」

 

 カッと熱くなり、全身から高揚感が沸き上がる。

 危険こそあれど流石はDランクダンジョン、レベルの上がり幅もかつてないほど。

 これなら崩壊までに間に合うかも……

 

 いや違う違う、崩壊なんて起こらないかもしれないんだ。

 

 ごろりと転がったのは、蛾の毛と同じく赤橙色の魔石。

 どれほどの値段になるか気になるし、今から協会で確認したいところではあるが、今回はこれも貴重な武器になるかもしれないので、リュックの中へ放り込む。

 

 ……もっと、レベル上げないと。



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第六十九話

「はぁ……っ! はぁっ……! ……痛っ」

 

 カリバーを振り続けていたからだろう、気が付けば掌には熱が籠り、ぐっと握った瞬間に血が滲んだ。

 

 目を落とせば飛び込んでくるのは、燃える地面の植物に負けず劣らず真っ赤に染まったグリップ。

 私が戦いに集中していたのもあって、気づいてはいないだけで何度か切れては、『活人剣』で回復しては何度も切れていたようだ。

 既にダンジョンに潜ってから数時間は経過している、ちょっと休憩しよう。

 

 周りを二度見まわし、耳を澄ます。

 大丈夫、羽音や足音は特にしない。

 

 どさりと、近くにあった木の根元へ腰を下ろし、アイテムボックスから水筒を一本取りだす。

 きゅぽんと軽快な音。

 よく冷えた水を喉奥へ流し込めば、するすると止まることがない。

 相当水分を失っていたのだろう、なにもいれていないのに微かに甘く感じる。

 

「ふぅ……」

 

 そしてその水の甘みを台無しにするのが、アイテムボックスから取り出した希望の実。

 一気に二粒かみ砕けば、二倍の不幸が口の中に広がる。

 しかし長時間動き回る探索者、こう簡単にカロリーを補給できるのは便利だ……味にさえ耐えることが出来るのなら。

 

 口直しにコンビニで買ってきた飴、味はイチゴミルク、カラリと口内で転がしていると、耐えがたい眠気が脳天から、じわり、じわりと襲ってきた。

 既に頭上には満天の星空。とはいって果たして輝くこれらが、私の世界のそれかは分からないのだが。

 

 ああ、だめだだめだ。

 ダンジョンで警戒もなく寝るなんて、寝首を掻いてくれというようなものだ。

 私はここで死体になるために潜っているんじゃない。

 

 頬の肉を噛んでは、眠らぬよう忙しなく指先を動かす。

 

 だるい……

 

 しかし私の努力とは裏腹に、手足を何度曲げようとも、全く眠気は飛んでくれそうにない。

 むしろ動かす度に侵食を強めて行って、ゆっくりと体の動きが絡め捕られていくようだ。

 

 震える膝を強引に動かして立ち上がり、霞む目を激しく瞬かせて辺りをうかがう。

 

 せめて身を隠せるような場所はないのかと探せば、どうにか私一人なら入り込めそうな木のうろ(・・)を見つけた。

 ここに生えている木はどれも太く立派なものばかり、うろも相応にして大きなものだ。

 

 ちょっと地面から高いところにあるが、むしろそれくらいの方が襲われにくいだろう。

 元々運動なんて得意じゃないし、木登りなんてあまりした事が無いのだが、案外するすると登れてしまうのは、レベルが上昇して腕力などが付いたからかもしれない。

 

 往々にしてこういった木のうろには水が溜まっているものだが、不思議と人肌程度の温度があるお陰か、手を突っ込んでみれば中は乾いていた。

 

 うん、これなら……

 

 眠気の枷が纏わりついた手足を丸め、胎児よろしく身体を丸めてうろへすっぽりと入り込む。

 外から襲われては叶わないので、リュックを蓋代わりに構え、暫しの休息をとることにしよう。

 

 ごつごつとしていて硬く、木の何とも言えない香ばしい匂い。

 決して人とはかけ離れたものだが、その木が持つ確かな温もりが体を包み込み、疲れた体をそっと支える。

 ぽかぽかと温かい。

 指も、手のひらも、足も。感覚が薄れていく。

 

 ピン、と張り詰められた心の糸が、意識が、端から……

 

 

 

 ふと気が付けば私は木の中でも、燃える木々の中でもなく、人工的な建物の中にいた。

 照明が周囲を白く染め、微かに混じったオレンジの色彩が暖かな印象を与える。

 

 デパート、かな……?

 

 あまり入ったことがないけれど、きっとそうだ。

 視界の端にちらつくエスカレーターや、続々と並べられたマネキン達が、私がどこにいるかを教えてくれた。

 一体何があったのか分からず唖然としていると、突然後ろから声が聞こえ、肩が跳ねる。

 

「フォリアちゃんはどれがいいかしらぁ?」

「うーんとね……」

「ママ、まだ終わらないのか? いい加減腹が減ったよ」

「まあアナタ、女の子の買い物は時間がかかるものなのよぉ」

 

 心臓が激しく鳴った。

 

 金髪の少女と、その傍らで服をあれこれと当てては、これでもあれでもないと入れ替えては、笑みを浮かべる妙齢の女性。

 どこかからか戻ってきた黒髪の男がその様子を見て、呆れたように嘆息。早く帰ろうと返された催促に、彼女はいたずらな笑みを返した。

 

 ああ、これは夢だ。

 不思議な確信。

 どこまでも優しくて、きっとこんな日々が続くと思っていた、何も知らなかったときの夢。

 なんで、こんな夢、見たくないのに。

 

 もう何時の事かすら分からないほど昔、私の両親が二人揃っていた時、きっと私は普通の家族をしていた。

 けれどいつしかパパはどこかに行ってしまって、同時にママはおかしくなってしまった。

 普通はいつの間にか異常になっていて、異常が私の日常になった。尋ねてもママは何も教えてくれない、ただ憎々し気な表情を顔に浮かべて、私を蹴りつけるだけ。

 

 パパ、パパ。どこにいるの……?

 パパがどこかに行かなければ、こんな悪夢を見なくてよかったのに。

 今からでも戻ってきてくれれば、私の終わらない悪夢は終わるのに。

 

 ただ立ち尽くして、私は目の前で続けられる喜劇を眺め続ける。

 私がいたはずの舞台、けれどもう二度と登ることはできない。味のしないガムを何度もしゃぶるように、思い出の中の甘みを反芻するしかない。

 

「もう、しょうがないわねぇ……じゃあ帰りましょうか」

「うん!」

 

 手を繋いだ家族たちは笑顔で、ゆっくりとその場から去っていく。

 私ただ一人を置き去りにして。

 

『ま、まって……!』

 

 筋肉だって、琉希だって、園崎姉弟だっていい人だろう。

 探索者になって、いい思い出も増えた。

 けれどそれより、そんなのより、この時に戻れるのなら、わたしは……!

 

 けれど彼らが一歩、また一歩と踏み出す度、私の背後から世界がセピア色に染まっていく。

 追いかけ走っているのに絶対に追いつけない、絶対的な距離が広がっていくことが、心の奥に深い絶望を積もらせていった。

 

 いやだ……!

 夢で良い、現実になんか戻らなくていい。ここで良い、ここがいい、ここに居たい。

 

 三人の背中に向かって突き出した右腕が、紐となってゆっくり解けている。

 夢が醒めようとしているのか。

 抑えようとした左手も、両足も紐になって、するり、するりと天へ昇っていく。

 

 ここはお前の居場所じゃない、そう言われているみたいに。

 

 気が付けば私の身体すらもふわりと浮かんで、世界が黒茶色に飲み込まれた。



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第七十話

 突然訪れた意識の急浮上は、船酔いにも似た気持ち悪さがあった。

 

「……んあ」

 

 よく思い出せないが、なんだか嫌な夢を見ていた気がする。

 

 狭く暗いうろの中で最初に感じたのは、そんな微妙に思い出せない違和感。

 リュックを蹴っ飛ばして蓋を外し飛び降りれば、既に星が昇ってきた太陽の光によって薄れてきた空。

 

 少し寝過ぎたか? いや、それでも2,3時間ほどしか経ってないはず。

 そう満足いく環境でも時間でもなかったが、我慢ならないほどの眠気は随分と消え、もう少しだけなら頑張ることが出来そうだ。

 

 もしゃもしゃになった髪を軽く手で梳き、寝ているうちに垂れていた涎と涙を袖で拭う。

 変な場所で寝たからだろう、少しばかり違和感のあった関節も、暫し伸ばしてやれば直ぐに元へ戻った。

 

 軽い嘆息。

 

 マラソンというものは疲労感しか感じないが、終わりの見えないマラソンはなおの事辛い。

 正直泣きそうだ。

 今すぐこの場で手足をじたばた振り回し、髪を振り乱して叫び、どうにもならない現実に狂ってしまいたい。

 だってそうだろう、崩壊時のレベルなんてどれくらい上昇するか、さっぱり分からない。

 どこまでレベルを上げればいいのか、どこまで準備をすればいいのか……考えれば考えるほど、どうしたらいいのか分からなくなってくる。

 

 背後から現れた巨大な蛾。

 寝起きで頭が働いていないからか、その接近に気が付くのが遅れる。

 しかし休憩もなしにレベルを上げ続けた結果、あれだけ苦しめられたその針も、もはや肌に刺さることはない。

 

「……『ステップ』」

 

 草葉を蹴り飛ばしてその背後に回り、引っ掛けるように伸ばしたカリバーで殴りつける。

 貧弱な私の攻撃力ではあるが、レベル差が開いたのと蛾本体の装甲の薄さもあり、一撃で光へと変わった。

 

 しかしレベルは……上がらない。

 

「『ステータスオープン』」

 

―――――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

LV 3157

 

HP 3011/6232 MP  4035/15575

物攻 5709 魔攻 0

耐久 18961 俊敏 22058

知力 3157 運 1

 

SP 3540

 

スキル

 

スキル累乗 LV3

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV4

鈍器 LV4

活人剣 LV1

ステップ LV1

アイテムボックス LV3

 

―――――――――――――――――

 

 今までなら一体でレベルが上がらなくなってからも、暫くは同じ敵と戦っていた。

 慣れないモンスターと苦労して戦い勝つより、慣れた方が安全だから。

 けれど今は安全マージンだとか、余裕を保ってだなんて甘いことは言ってられない。

 

 虎屋に入らなければずんだ餅は食えないのだ。

 だからこそできる限りのことはしておく。

 

 ここは当初の予定通り、『経験値上昇』をLV6へ。

 そして必要SPの問題で上げてこなかった『活人剣』を、一気に10まで上げる。

 消費SPは合計で、えーっと……2340となった。

 

 活人剣を上げたのは、何も勢いではない。

 今までほとんど効果を感じることのなかったこれだが、琉希との共闘、そして今回の針による細かな怪我で、回復の重要性を一段と噛み締める結果になった。

 

 またずっと悩んでいたのだが、これ以上『スキル累乗』を上げた場合、私の身体はもう持たないだろう。

 特に『スカルクラッシュ』、これを使うたびに、腕が引きちぎれるような激痛が脳天を殴りつけ、視界がくらむのだ。

 もう本当に辛い。めっちゃ痛い。

 けれど私は魔攻が伸びないので、『強化魔法』だとか、『回復魔法』の類は効果がないし、使うたびにポーションを飲んでいたら破産してしまう。

 SP効率は恐ろしく悪いが、渋々『活人剣』を上げることにしたというわけだ。

 

 そして次、活人剣のレベルを更に上げようとした時だった。

 

「5000!? ……あっ、そっか」

 

 500とばかり思っていた必要SPであったが、突然一桁跳ね上がっていることに仰天し、すぐに納得する。

 そういえばスキルは10上げる度に、次の必要SPが10倍へ増えるんだった。

 スキルレベル10なんて遠い未来のことだと思っていたが、案外あっという間にたどり着いてしまったようだ。

 残念ながら次の階段を上るには、またレベルを相当上げる必要がありそうだが。

 

 レベルが上がったことで実質的には減ってしまったHPだが、活人剣LV10によって吸収量は1%から10%にまで上がった。

 元が元とはいえ効率は10倍、これなら直ぐに回復できるだろう。

 

「……っ」

 

 遠くから微かに見えた太陽、緋色の光線が目を突き、軽いめまいに体が震える。

 

 宵闇は既に空を去った。

 あとどれだけ余裕が残されている?

 レベル上げが終わった後にもすべきことがあるし、のんびりしている暇はない。

 

 サクサクと実をいくつか食べ、簡単に食事を終えてからカリバーを握り、リュックを背負う。

 緩んできた靴紐をキュッと握れば、だいぶ頭もはっきりしてきた。

 

 ……私で、私が何とかしないと。

 

―――――――――――――――――――――――

今回から言い間違いは最後に解説を置いていこうかと思います。

虎屋に入らないとずんだ餅は食えない:虎穴に()らずんば虎子を得ず

 

意味 危険を冒さなければ大きな成功は得られない



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第七十一話

 気分一新、探索を進めよう……としたのだが……

 

「……っ! もう! また!?」

 

 気に張り付いて休んでいたのか、ひらひらとこちらへ舞ってくる蛾、蛾、蛾!

 何匹殺したのか覚えていない、絶滅させる勢いで潰しているというのに、次から次へと絶えることなく飛んでくる。

 いい加減うんざりだ、そのオレンジの身体は見飽きた。というか視界に映るものどれもが燃えていて、物凄い精神が疲弊する。

 

 めんどくさい……もういいや。

 

 げんなりとした気分。

 後ほど使う予定であったが、リュックに詰め込んだ石ころを一つ握りしめ、全力でぶん投げる。

 これが上手くクリーンヒット、その太く大きな胴体ど真ん中を打ち抜き、ふらりと地面へ叩き落される蛾。

 勿論レベルは上がらない……一応『経験値上昇』に『スキル累乗』をかけているのだが……。

 その上必要であるとはいえ、『経験値上昇』を上げてしまった影響で魔石も落ちないので、全くもって何の喜びもない。

 

 もしかして奥から来た金髪の彼女も、これにうんざりしてぐちゃぐちゃに殺したのかも知れない。

 いやそれにしたって物凄い形相であったが。

 

「あーもうだめだめ、作戦変更」

 

 ポケットに突っ込んでいた地図を引っ張り出し、……結構くしゃくしゃだったので、ちょっと引っ張って……、地形を確認。

 多分ここらへんだろうか、いや、もう少し右……? まあいいや、何とかなるだろう。

 どこにいるのかよく分からなくなったので、もう一度ポケットに突っ込みなおす。いや、私は悪くない、門の場所くらいしか書いていない地図が悪い。

 

 深く息衝き、両手で顔を覆ってしゃがむ。

 

 蛾が多すぎる……!

 

 いつからこの森は昆虫博物館になったのか。昆虫博物館としても品ぞろえが悪すぎる、文句言いたいから館長を呼べ。

 レベルも相応に上がってきたし、もう面倒だから垂直に外周へ向かおう。

 

 進行方向をぐるっと九十度回転、とはいっても視界はやはり燃える木々なのだが。

 

 五分、十分と慎重に探索を続けたが、本当に先ほどから視界に変化がない。

 そう、火の粉を散らす炎の花、風もないのに揺らめく真紅の木々、そして多少開けた場所で、こんもりと盛り上がった落ち葉の塊達……誰が掃いているわけでもないのに、森の中で落ち葉の塊……?

 

 

『ケェッ?』

『ケェッ?』『ケェッ?』『ケェッ?』

『ケェッ?』

 

 

 最初の鳴き声に反応して、一つ……二つ……いや、数えきれないほど沢山。

 落ち葉の山だと思っていた何か(・・)から、ぴょこぴょことひょろ長い頸が伸び、無数の真っ黒な眼光が私を貫く。

 

 

「お……?」

 

 

『ケエエエエエエエエッ!』

「んもっ!?」

 

 気が付けば視界いっぱいに飛び込んできたのは、私の拳程はある極太の爪。

 

 避けられない……!?

 

 雄々しく太いその足から繰り出されたのは、ガツンと身体を吹き飛ばすほどの強烈な蹴り。

 ギリギリ顔の前に差し込めたカリバーごと空を舞い、認識したときには地面をボールの様に転がり、どうにか体勢を立て直して目の前を睨みつける。

 

 最初の印象はダチョウだとか……ええっと、うん、ダチョウっぽい巨大な鳥。

 それが何匹も地面に寝転がり落ち葉に擬態していたようで、次から次へと立ち上がっては、私の動向を見ている。

 けれど地味なそいつらの羽とは違って、赤を基調とした目が痛くなる極彩色の羽は、やはりこの森では保護色となるようなもの。

 私がいたであろう場所の土が吹き飛んでおり、一匹だけ群れから離れてそばにいる辺り、どうやらとんでもない勢いで蹴り飛ばされたようだ。

 

 開けた場所は、このダチョウっぽいナニカの巣、もしくは会合場所? のようなものだった。

 初めてのモンスター、その上群れに出くわすとは運が悪い。

 

 魔法じゃなくてよかった……

 

 爪が掠めて切れたのだろう、額に垂れる血を拭い胸を撫で下ろす。

 痛みには最近慣れてきたところではあるが、魔法で焼かれた痛みはまた一味違って、ちょっとだけ、いや、結構堪えがたいものがあった。

 その上こちとら頑丈さにかなり自信があるのだが、魔法攻撃にはとことん弱いステータスをしている。

 もし今の速度で顔面に魔法を叩き込まれていたら、今頃昨日の焼き戻しの様に痛みへ呻く羽目になっていただろう。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

種族 ストーチ

名前 イッソ

 

LV 3700

HP 8324 MP 3221

物攻 7087 魔攻 5432

耐久 9085 俊敏 15432

知力 2654 運 55

 

――――――――――――――――

 

 全体的に高水準、その上かなり俊敏も高い。

 人によっては初手のキックで終わっていたかも……本当に運がよかった。

 壁に投げつけられたトマトを想像し、無意識の身震い。

 

 私を蹴っ飛ばしたのは群れの中でも体格がよく、レベルもその分高いのだろう。

 とはいえ後ろにいる奴らも当然雑魚ではない。このダンジョンにいるのだからステータスは生半可なものではなく、気を抜けば代償を支払うことになる。

 ここは……

 

「『ステップ』! 『ストライク』!『ステップ』!」

 

 先制を仕掛けて、出来る限りダメージを与えよう。

 

 蹴り飛ばされ一度は大きく空いた空間であったが、ストライク走法にかかれば大した距離ではない。

 群れのど真ん中に高速で飛び込むと、まさかここまで堂々と殴り込みに来るとは思っていなかったと見えて、動転した鳥たちは一斉に跳躍、私を取り囲むようにあたりへ散った。

 

 静寂、睨み合い。

 屈強な足でにじり寄り、次第に縮まっていく円。

 傍から見れば私は自分から飛び込み、勝手に追い詰められた八方ふさがり……かもしれない。

 

「……スキル対象変更、『ストライク』」

 

 でも最悪の時は最高のチャンスであると、以前ネットカフェに合った漫画に描かれていた。

 まあ言ってた人ラスボスだったけど。

 そもそもこれはわざとやったので、ピンチでも何でもない。

 

 以前私が『巨大化』を使った時、重さによろめき、まともにに振るうことが出来なかった。

 これは力が足りないわけではなく、どうやら体重が軽いせいで大きくなったカリバーの重さとつり合い、うまく踏ん張れなかったからだ。

 

 じゃあ、もし私の体重を何かで補ったら?

 そう、例えば……リュックに石を詰め込むとか。

 

『ケェエエエエエエエッ!』

 

「『巨大化』! 『ストライク』ッ!」

 

 身を屈め、かの敵を蹴り潰そうと一斉に飛び立ったダチョウ共。

 けれどそれをただ見ているだけなわけもなく、手に握った相棒は既にすらりとその身を伸ばしていた。

 およそ5メートル。

 斬馬刀もかくやというほど長く伸びたカリバー、元は子供用とはいえ質量も当然跳ね上がっている。

 

「ふ……ぬぅぅぅぅっ!」

 

 馬鹿みたいに長い鉄の棒。それを『累乗ストライク』で周囲へぶん回すのだから、モンスターだって食らえばもんどりうつだろう。

 

 ぶちぶちと色々ダメそうな音が聞こえ、その直後、捉えた鳥どもを殴りつける無数の衝撃か腕へ伝わる。

 それでも身体は止まらない。

 一度発動してしまったスキルは、たとえ体がどうなろうと、基本的には勝手に動き続けるのだ。

 

 舞う無数の羽毛、続く重々しい打撃音。

 

「ほげっ」

 

 視界いっぱいの真紅。

 

 ついでに叩ききれなかった鳥に蹴り飛ばされ、再度空を舞う私の身体。

 喉元への猛烈な蹴りに一瞬昏倒し、背中に走る衝撃で覚醒。

 

「……っ! ゲホッ、コホッ」

 

 忘れていた呼吸を思い出し、胸いっぱいに酸素を吸えば口内に広がる鉄臭い風味。

 口の中を噛んでしまったようだ。

 

 そりゃ全部倒すのは無理だよね。

 上手くいくと思ったんだけどなぁ……



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第七十二話

 痛っ……、カリバーどこだ……あ、あった。

 

 ぼやけた視界で何とか探り当て、手のひらに広がる金属の冷たい感触、しかしここでは命綱の武器。

 慣れたそれに一瞬気が緩み、しかし今は戦闘の最中であることを思い出し、思考が一気に現実へ戻る。

 

「……っ!」

 

 突然激しい足音が響き、振動が身へ伝わった。

 

 見上げれば、一匹が私を蹴り飛ばしたのが隙と見えたらしく、雁首揃えてこちらへ向かってくるダチョウ。

 

 くそっ、あいつも中々に良い一撃をくれた、視界が鈍い点滅を繰り返し前もまともに見えない。

 立とうにも上下がひっくり返ったようだ、その上膝もがくつく。

 

「たたないと……」

 

 癖にもなっているが、意識を戻すために頭を振……ろうとして、いや、まずいなと気を取り直す。

 ノーなんちゃらって奴だろうし、振ったらなおの事ヤバそうだ。

 あー不味い。落ち着け私、冷静になれ。

 

 どうにか元に戻ってきた視界であったが、右も左も鳥、鳥、鳥。

 木の根元近くに転がった私を嘲り、無機質な視線がこの実を貫く。

 飛び道具? それともさっきみたいに範囲攻撃を恐れているのか、完全に取り囲まれたというのに、今度は一斉攻撃をせずに待っているのも厭らしい。

 

 鳥頭ってすごい賢いって意味だっけ?

 辞書を突き付けたら理解してくれるかな? いや、無理か。

 

 燃え上がる木の根元で蹴り殺されるなんて嫌だ。

 けどどうやって、どこに逃げる?

 右も左も、前も後ろも囲まれている。モグラの様に下へ穴を掘るのも、鳥の様に上空を舞うのだって……

 

 ちらりと見上げた私の目に飛び込んできたのは、二つに分かれた巨枝。

 

 ……私が両手を広げても、お空はちっとも飛べない、が。

 

「……『巨大化』!」

 

 今までにないほど勢いよく、天を突くようにどこまでも伸びたカリバー。

 しかし今突くのは天でも、ましてや目の前の鳥でもない。

 二手に分かれた太い枝の、丁度ど真ん中……はちょっと外れて、その少し手前。

 

「とっとと、引っかかった!」

 

 (くび)れた部分が上手く引っ掛かり、衝撃に枝が揺れる。

 そう、私の作戦は至極単純。枝にカリバーを引っ掛けて巨大化を解除すれば、そのまま上にあがるのでは? と、それだけ。

 

 いけるかどうかなんてやってみれば分かる。

 

「ぉおほおおっ、よしっ!」

 

 解除した瞬間上方向への凄まじい加速、負荷に筋肉が悲鳴を上げ、キリキリとした痛みが突き抜ける。

 しかしその痛みこそが成功の確信。

 間近に迫った枝を掴んでひょいと飛び、華麗にその上へ着地。

 

 どんなもんよ、飛べない鳥はただの鳥だね。

 

『ケェェェェェッッ!』

「やば……ちょっ、木蹴るなこら」

 

 ド、ド、ド、ドッ!

 

 機関銃もかくやという激しい音とともに木くずが飛び、わっさわっさと私の立つ巨木が揺らされる。

 真面に立っていられないない揺れ、たまらず幹へ縋り付く。

 

 流石人間を何メートルもぶっ飛ばす脚力というべきか、木の周りを取り囲んだダチョウたちは空を飛ぶ代わり、天にいる存在を叩き落すことに決めたらしい。

 なんちゅう脚力をしているんだあいつら。

 先ほど殴り飛ばした奴らも数匹は首が折れ痙攣しているが、それでもまだ死に至ってはいない。

 

 ううん、どうしよう。

 まだそれには至らないけれど、きっと直ぐに倒れるだろう。

 木の枝を伝って逃げてもいいけれど、今の私には逃げられない理由がある。鳥ごときにビビって街が崩壊しては元も子もない。

 

 

 仕方ない。

 本当はあんまり使いたくなかったけど、こんなことで時間を使っていられないんだ。

 

「ほいっ、そりゃ! ついでにもう一個!」

 

 リュックの中から拾っていた蛾の魔石を叩き落していくと、そのどれもが粉々になって散っていく。

 私が何かをしたのに警戒しこちらへ顔を向けた鳥たちを傍目に、私はリュックで顔を覆う。

 

 

 ――キィン

 

 

「あれ?」

 

 が、想像していた衝撃はなく、顔を覆っていたせいで何が起こったのかすらよく分からなかった。

 

 おかしいな、蛾の爆発みたいなものを期待していたんだけど。

 その割には妙に静かだ。

 コケコケと喧しく木を蹴り飛ばしてくる衝撃も、鳴き声すら聞こえない。

 

 恐る恐る覗くと、そこにはひっくり返って泡を吹く鳥たち。

 死んでいるわけではない。死んでいるのならこちらのレベルも上がっているはずだし、なにより微かに動いている。

 音もない、爆風もない、鳥たちが魔石に触れたわけでもない、なのに気絶する……何故、原因は?

 

 試してみるか。

 

「ふんぬっ。おああああああっ! 目があああっ!?」

 

 一つ手の上で砕くと、突然溢れ出す凄まじい光。

 視認した私の目を鮮烈に焼き尽くす眩いそれを投げ捨て目を覆うが今更だ、一応警戒して顔を逸らしていたのに全く意味がなかった。

 

 これが複数炸裂したのを直視したのだから、そりゃ当然ひっくり返るか。

 にしたって間抜けにも目の前で犠牲者が出たのに自ら割る私も馬鹿だ。

 

「ん、いた。『スカルクラッシュ』!」

 

『レベルが122上昇しました』

 

 足先で探り当て、気絶する鳥を叩き潰した瞬間、真黒に塗りつぶされた視界が一気に鮮明になる。

 レベルの上がった『活人剣』の効果で治ったのだろう、光で目を焼き潰されるものどうやらダメージ扱いになるようだ。

 それにしたって迂闊だった、もし活人剣のレベルを上げていなかったり、周りの鳥たちが気絶していなかったら死んでいた。

 

 だけど。

 

「朝食にはちょっと重いかな? 『スカルクラッシュ』」

『ケ゛ェ……』

 

 振り下ろしたカリバーが目を瞑ったダチョウの頭へ、生々しい音を立て沈み込み、色々なものが飛び散る。

 勿論その直後、光の粒へと変わるのだが。

 

『レベルが104上昇しました』

 

 私の前には高レベルで、しかも全く動くことのない経験値たち。

 これをさっさと倒さない理由はない、そうでしょ?



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第七十三話

『ボギョォッ!?』

 

『レベルが3上昇しました』

 

 真っ赤に燃え上がった(・・・・・・・・・・)ダチョウを殴り飛ばし、最後に頭を叩き潰す。

 戦っている最中、突然全身が燃え上がり突撃してきたのだが、先ほどの閃光の影響が抜けていなかったのと、そもそも私のレベルが上がっていたのもあって苦も無く撃破。

 その身すべてが光となって溶けていった。

 

「よし、よし……くふ」

 

 体がふわふわする。

 

 太陽は今ちょうど天高くに上り時刻は昼頃。

 金髪の彼女から情報を聞いて一日。ダチョウたちは基本的に群れで行動しているようで、蛾の魔石で目を奪えばあとは経験値の塊、レベルを上げるにはうってつけであった。

 

「ステータスオープン……」

 

―――――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

 

LV 5244

HP 10406/10406 MP 634/26010

 

―――――――――――――――――

 

 間に、合ったか。

 

「キヒ……」

 

 なんだ、余裕だったじゃないか。

 コキコキと首を鳴らし、案外あっさりと上がったレベルに口角が吊り上がる。

 

 当初の予定では二日ほどかかるかもしれないと睨んでいたのだが思ったよりも早く『炎来』の推奨レベル上限にまで届いた。

 MPこそ『スカルクラッシュ』や『ステップ』のせいで減ってはいるものの、無駄にSPを注ぎ込んだ『活人剣』の調子はすこぶる良好で、全身にあった疲労感は気が付けば消えていた。

 むしろレベルが上がっていくほどに、全身の感覚がすさまじく鋭敏(・・・・・・・)になっていくのを理解し、次へ、その次へと戦いたくなってしまう。

 渇望とでもいえばいいのだろうか。足りない、この程度じゃ満足できない。

 

 いつの間にか鋭く伸びた爪でポリポリと頬を掻く。

 

 ボスを殺しに行こうか、なんて考えていた時だ。

 

「あれ? フォリアちゃん?」

 

 ヒトの声が鼓膜を叩いた。

 

 一人、二人、三人か。

 武器は短剣、槍、そして魔法使いらしき杖持ち。最初に襲う(・・)なら短剣使いだろうか、素早いのをつぶしたほうが後々楽そうだし。

 うん、そうしよう。

 

 一直線に全速力で懐へ入り込み、首元へ顔を近づける。

 甘い、いい匂いがする。

 木々の明かりに照らされた白い首筋、おいしそう。

 

 どうせこのダンジョンに居るならレベルは5000以下だ、大した反撃もできないだろう。

 

「やだ、そんな嬉しかったの? 久しぶり、元気にしてた!?」

「ぐぇっ!?」

「ちょっと(なぎさ)、抱くにしてももう少し手加減しなさいよね。あたしたち適正レベルと離れてるんだから」

「げほっ、げほっ……あ、あれ……? 穂谷さん……?」

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 今私、なにしようとしてたんだっけ……?

 

 

 

 

 

 

 ふと気付けば目の前には笑顔の穂谷さん。後ろに立つ二人の女性はパーティメンバーだろう、呆れたような顔をした背の高い人と、微笑んでる人。

 穂谷さん。蘇生した私を落葉で拾ってくれたり、今も使っているリュックサックをくれた優しい人。

 

 いつの間に目の前にいたんだろう、全く気が付かなかった。

 戦っている途中から妙に体がふわふわとして、現実感がなくなってきた辺りからあんまり覚えていない。

 うーん? まあいいか。

 

「久しぶり」

「うんうん、久しぶり! ここまで来れるくらいレベル上げたんだ、すごいわね!」

「まあ、うん。へへ、穂谷さんもレベル上げに?」

「いや、私たちは本来もっと上が適正なんだけど、ずっと本格的な戦闘はしてなかったからね。徐々に鳴らしてるのよ」

 

 君のこと見てたら、なんだかやる気が湧いてきたのよね。と、お茶目に笑いウィンク。

 

 そうか、穂谷さんはもっとレベルが高いのか……

 いや、待てよ。

 

 ピンときた。

 これは好機だ。レベルも高いし、彼女はたぶん信頼できる人。

 レベルも相当高いらしいし、探索者として必然協会に所属しているが、あくまで一員としてだ。

 

「ねえ、穂谷さん。その……相談があるんだけど」



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第七十四話

「その……えっと、ダンジョンが……」

「……? ダンジョンが?」

 

 ……崩壊する、かもしれない。

 証拠も根拠もないけど、そんな気がするから数日間付き合ってくれ……なんて言って、信じてくれるのか。

 

 頭二つほど高いその先、茶色の瞳が私を見ている。

 

 どう考えても、信じてくれる気がしない。

 人間性がどうだとか、信頼関係がどうだとか関係なく、少なくとも私が似たようなことを言われて信じるか、それを考えれば必然的に結論は出ている。

 

「……ううん、なんでもない。久しぶりに会えてよかった」

「ええ、ええ! これから昼食行くんだけど、フォリアちゃんも来る?」

 

 いいよね?

 後ろの二人に彼女が確認を取り、二人も特に嫌がることなく頷く。

 

 昼食、か。

 魅力的な提案だ。ここに入ってからまともな食事もしていない、調理されたものを食べたい。

 けど

 

「いや、私はもう少し潜る。ありがとう」

 

 その提案を、今の私は蹴ることしかできなかった。

 

 本当に起こるのか、いつ、どうやって?

 何もわからないけれど、やっぱり私はこの不気味な確信から目を逸らすことはできない。

 

 かくなる上は、やはり当初の予定通り、ダンジョン内で崩壊が起こるまで待ち、直後にボスへ突撃して倒すしかない。

 

「そう、じゃあまた、ね」

「うん、さよなら」

 

 時間がどれだけ残されているのか、できる限り行動を速くしなければ。

 

 

 協会直営の店でポーションを買い足し、ダンジョンに潜ってから数時間。

 ダチョウを倒してもレベルがほぼ上がらなくなり、疲労も大分溜まってきたので、木のうろへもぐりこんで寝てきた時の話だった。

 

 うるさい……

 

 何かが叫んだり、暴れ回っている。

 いい感じに眠れていたというのに、これではそうもいかない。殴り殺して寝てやろうか、寝起きで不機嫌なまま鼻を鳴らす。

 

 ひょっこり外を除く、黄色く燃える木々。

 だがそこで起こっていた惨劇に、私は思わず口を覆った。

 

『ケ゛ェッ! オゴッ……コォ……!』

 

 今まで私が戦っていたダチョウ、のはずなのだが、異常に体がデカい。

 そして周りにいるのは見慣れたダチョウ。しかしそのすべてが足をバキバキにへし折られ、しかし死んではいないようで僅かにその身を震わせていた。

 そして化け物は……周りにいたそいつをひょいとついばみ、丸呑みにしてしまう。

 

 なんだあの化け物は……!?

 

 今まで何度かダチョウの群れと戦ってきたが、あんな奴はいなかった。

 あんな巨体見落とすわけない。

 

――――――――――――――――

 

種族 ストーチ

名前 ゼノ

 

LV 5137

――――――――――――――――

 

「ごせ……っ!?」

 

 名前こそ今までと同じなのに、そのレベルはけた外れ。

 遠来の推奨レベルである5000なんて飛び越している、絶対におかしい。

 しかも、だ。一匹、二匹と周りのダチョウを飲み込むごとに、そのレベルは数十という単位ではねあがっていく。

 

 まさか、これがダンジョン崩壊の兆し……!?

 

 考えるより先に体が動いていた。

 カリバーをアイテムボックスから引っ張り出し、その場から飛び出す。

 

「スキル対象変更、『スカルクラッシュ』」

 

 着地、疾走。

 

 これ以上肥えられても困る。

 

 刹那の瞬間に肉薄し、跳躍。

 サッカーボールほどある巨大な瞳が、キュウと狭まった。

 

「『巨大化』、『スカルクラ……』!?」

 

 その頭を叩き潰さんと、高々と掲げたはずのカリバー。

 しかしスキルを唱える間もなく、その首はぐんぐんと空へ伸びていき、手の届かない位置へと起き上がってしまう。

 

 やっば……!

 

 スキルに導かれ、しかし空を切る。

 空中、移動手段は当然ない。

 ぐるりと回った体で最後に見たのは、こちらへと振りかざされる暴力的なまでの巨頭だった。

 

 ミチィッ!

 

「お゛っ……げぇ……!?」

 

 その時、腹へ酷く不快感が走った。

 

 今まで多くのものを殴り飛ばしてきたが、自分がボールのように吹き飛ぶのはなかなか慣れない。

 このダチョウ共は私をボール代わりにするのがお気に召したようだ。

 

 土、落ち葉、草。

 口の中へ飛び込んできたすべてを吐き出し、空中で二転。

 太く硬い木の幹へ着地し、ずり落ちる。

 

「あ゛ぁ……ぺっ」

 

 ぺろりと服を裏返すと、二本のどす黒く太い線。

 嘴がめり込んだのだろう、触るとビリビリとした痛みと共に、膝から力が抜ける感覚が通り抜けた。

 

 巨大ダチョウは動かない。

 というよりその巨体に足が埋もれていて、動こうにも動けないのか。

 しかし襲ってきた私は敵と認識しているのだろう、しかとこちらを見つめている。

 

 さて、どうしたものか。

 

 見回し、地に伏すダチョウへターゲットを変える。

 ここから距離も近く、巨大なあいつからは離れているそいつは、私をじっと見つめ何か言いたそうな雰囲気をまとっていた。

 

 うむうむ、私が君の仲間の仇を取ってやろう。

 

「『ストライク』」

 

 メキョッと脳天へ一発、苦しむことなく彼は旅立っていった。

 残されたのは彼らの羽に似た魔石。君の遺志は私が受け継ぐから、安らかに眠ってくれ。

 

 そういえばモンスターに天国はあるのだろうか。



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第七十五話

 ダチョウ君の遺志を受け継ぎ魔石と、ついでに体力の回復も済ませた。

 一家に一台活人剣、ありだね。

 SPの効率めちゃくちゃ悪いけど。

 

 コロンとオレンジに輝く魔石。

 ちょっとおいしそう。一口くらい食べても……って、そんなことする余裕ないか。

 

「ほいっと」

 

 ぐっと握り、小さな罅が入ったのを確認してぶん投げる。

 

 仲間を食われたダチョウ君の遺志をその身で噛み締めろ!

 

 輝きを纏い、まっすぐにその胴体へ吸い込まれる魔石。

 でっぷりと太った巨鳥。それを目で追いながらも、体の重さに慣れていないのか、それとも余裕ぶっているのか避ける気配はない。

 

 

 刹那の静寂……耳を劈く爆音!

 

 

 多少離れているはずだが、それでも爆風がこちらの顔を舐め、弾き飛ばされた土が服にまき散らされた。

 

 発動したのはシンプルな爆発。

 だがそれは消えることなく、巨鳥を薪として一層のこと激しく燃え上がった。

 ナパージュ弾だっけ?的な感じ。

 

 おお……もっさもさの羽がよく燃えてる、すごい熱そう。

 見てるとおなかすいたなぁ……鳥の丸焼きとか食べてみたいかも。

 

 燃えてて殴ろうにも殴れないし、近づき手持無沙汰で暫くぼうっと見ていたのだが、なんだか喉に引っかかるような違和感に気付く。

 顎に指、頭に疑問符。

 なんだ?

 

 あ……苦しんでない……!?

 

「やば……!」

 

 気付きと変化は紙一重、鋭い眼光が深紅のカーテンからこちらを見定める。

 豪炎を切り裂き、その大頭が私を啄もうと飛び掛かってきた。

 

 キツツキよろしく、しかし絶え間ない地響きを伴って地を穿つ嘴。

 右へ、左へと命がけの反復横跳び。

 しかし首の長さも有限、ある程度の距離を取ればそれ以上は伸びず、全身に纏っていた炎をぶるりとかき消し、巨鳥は高々と嘶いた。

 

 見た目こそでっぷりと太ってかけ離れた姿だが、これでもちゃんとストーチ(ダチョウ)

 炎の扱いはお手の物ということだ。

 

 睨み合い。

 鳥も背中に沿ってたたまれた翼を振り、こちらが何も仕掛けてこないことをけん制する。

 なぜ襲ってこないって? 誰が攻撃圏内にわざわざ行くかっての。

 

『ケェェェェッ!』

 

 巨大な目を引ん剥き勝鬨を上げると、突如としてその体が空中へ浮かんだ。

 支えるのは、その膨らんだ体に見合わぬすらりと長い脚、とはいっても小さな木ほどの太さはあるが。

 

「いや立てんのかい」

 

 思わず毒づいてしまう。

 

 太った体はさぞ重かろうと思っていたのだが、案外軽やかな動きでこちらへと駆け寄ってくる。

 もっさもっさとした羽の塊が来る様子はなかなかにファンシーで、どこかコミカルな雰囲気もあった。

 動けるデブ? いや、単純に大量の羽で膨らんでいるだけで、別に太っているわけではないのかもしれない。

 

 単純におなかいっぱいで動きたくなかったのね。

 仕方ない、誰にだってそういうときはある。

 

 それにしてもどうしよう。

 激しく動き回る巨大な胴体、その上ここまで体高があるとなればまともに殴れない。足元に近づくのも爪長くて危ないし……

 熱気にやられて噴き出した汗を拭い払う。

 

 あ、木登れば顔にも近づけて一石二鳥じゃんね。

 

「とうっ! ……むっ」

 

 びょいーんと跳びあがってしなる枝を握り締めたその時、どこかしっくりこない感覚に戸惑う。

 元々不思議と人肌ほどの温度があった木の表面であるが、今はそれ以上、触っていて熱いと感じる程度には温度が上がっていた。

 ずっと触っていれば低温やけどくらい起こしそうだと、早めによじ登って枝の上に立つ。

 

 うむむ。

 いつの間にか燃える葉の色が白くなっているのもそうだが、どうやら気付いていないだけでモンスターの行動だけではなく、もっと小さなことも変化しているらしい。

 これ以上熱くなるのなら流石に木の上へ逃げて……なんてことも難しいかも。

 

 バチンッ!

 

「ふぁ!?」

 

 目の前の枝が消える。

 

 バチンッ! バチンッ!

 

 突然の消滅は足元から。

 意識外からのそれに最初は気付かなかったがこの巨鳥、跳びあがってその嘴で枝を切り落としていっている。

 あまりに巨大な体のせいで狙いが定まっていないが、どこまで鋭利な嘴なのだろうか、滑らかな切断面はうかうかしていた場合の末路を示していた。

 

 ふざけた奴……!

 

 上へ横へと跳んで枝を乗り移れば、あちらも徐々に慣れてきたと見え、次第に正確となっていく突きがすぐ横を突き抜け木片が飛び散る。

 このままだジリ貧だ、なんとか手を打たないと。

 

――――――――――――――――

 

種族 ストーチ

名前 ゼノ

 

LV 5600

HP 6324/17843 MP 2221/5451

 

――――――――――――――――

 

 レベルの上昇が止まってる……消化が終わったってとこ?

 それよりHPやMPが妙に削れてるのが気になる……さっきの火は対してダメージを受けてなさそうだし、なんでだ?

 いや、そうか。モンスターといえど私と同じなんだ。レベルが上がった直後は、まだHPが最大値まで回復していない……!?

 

「枝ぁっ!?」

 

 確かに先ほどまで枝があったはずなのに、伸ばした右手が空を切る。

 

 やられた!

 ただむやみに私を狙っていただけじゃない、逃げる先まで考えて枝を切り落としていたのか!

 まんまと追い込まれたってわけだ。もう、ほんと頭良すぎて嫌になっちゃう。私の頭が悪いだけ?

 

 空が遠のき、世界が逆転した。

 天は地に、地は天に。

 レベルが上がろうと逆らえない重力の枷が身体を縛り付け、ゆっくりと地面、いや、巨鳥の赤黒い喉奥へ誘う。

 

 終わった。



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第七十六話

 落ちる。

 呆けた体は緩やかに宙を泳ぎ、踏み締めるものを失った足は投げ出される。

 一瞬熱くなった頭がさっと冷たくなるのが分かった。血の気が引くなんて表現があるが、まさしく今のことを示すのだ。

 

 大きく、黒く、深く、柔らかな喉が隆起して、私が飛び込んでくるのを今か今かと催促している。

 さながら気分は一寸法師。

 

 いや待てよ。

 どこまでが胴体かわからないほど羽で膨れ上がった体より、今目の前にあるここ(・・)の方が何倍も狙いやすくて、柔らかいじゃん。

 

『キョエエエエエッ!』

 

「きょ……『巨大化』っ!」

 

 ゆっくりと大きくなっていくカリバーが、私と共に喉奥へ吸い込まれていく。

 

 時間にしてみれば一瞬。

 いつも速過ぎるとまで思っていたその速度が、今はもどかしいほどに遅い。

 その程度一口だと鳥が嗤う。

 

 これじゃ間に合わない……! もっと、もっと速く……!

 

「『巨大化』っ! 『巨大化』!」

 

 叫ぶほど、願うほどに巨大化の速度は跳ね上がった。

 そうだ、それでいい。

 もっと大きく、もっと太く、もっと重く!

 

 突然巨大になった棒が口に飛び込み、目を引ん剥き嘔吐(えづ)こうと喉が隆起する。

 だが私の体より太く、そして長く伸びたそれは見た目相応の重量があり、落下の速度も合わさってそう簡単に吐き出せるほどちゃち(・・)なものじゃない。

 もはや握るではなく抱き着く。振り落とされないよう必死に抱き着き、そのまま落下。

 

 重みで叩き潰し、ミチミチと肉繊維を割いて穿つ生々しい感触が身体を伝わる。

 

 極太のカリバーは顎を引き裂き、その巨体をものともせず頭の先から下まで潰し、無理やり刺し貫いた。

 

「おお……」

 

 太く大きくなったカリバーが、小さな建物ほどの巨鳥、その脳天から地面を抉っている姿は、なかなかにファンタジーで愉快な光景だ。

 しばらく焼き鳥とか食べられないかも。

 

『レベルが407上昇しました』

 

 わずかに痙攣し、これでも死なないのかと驚愕したが、流石にここまでやられればモンスターと言えど死ぬらしい。

 光が散らばり、巨大化したカリバーとそれに抱き着く私だけが残され、レベルアップを伝える声が鼓膜を打つ。

 

 安堵と共にゆっくり『巨大化』を解き、地面に着地。

 

 モンスターがモンスターを喰い、巨大になる。もしかしたらそれを繰り返した先、花咲のスライムたちのように変異もあるのかもしれない。

 もしそうだとしたら……ちんたら一匹一匹倒していては間に合わないだろう。

 いや、それどころかモンスターたちのレベルアップが私より速ければ……

 

 ぶるりと身震いしたその時、無数の影が私の背後から燃える木々の光を遮った。

 

「な……っ」

 

『ケェェェェッ!』

『ケッケッパラッポ』

 

 気が付けば首が折れ寝転がっていた鳥たちは消え、その代わりに、先ほどのものほど大きくはないとはいえ、何匹もの巨鳥がこちらを無機質な瞳で見つめていた。

 

 なるほどね。

 

 

 

 

「なんですのそれ」

 

 朝。

 署への出勤を終え派出所へ足を運んだ安心院が見たのは、一般的なパソコンほどのサイズがある、奇妙な機体を弄る伊達の姿であった。

 

「ああ、まだ試作品段階だが、年々崩壊の件数が増えてることを受けてな。崩壊間近になると噴出する魔力量が跳ね上がるのを検知しているらしい」

「ほえ……凄いですわね」

「技術の発展は日進月歩って訳よ。ああそうだ、上のランプが点滅したら崩壊間近って訳らしい。 こいつは『炎来』専用だが……ま、そう簡単には光らねえよ」

「はあ、それってその……そんな感じで真っ赤な感じですの?」

「そうそう、真っ赤な感じ。丁度そう、こんな風に……」

 

 ライトは真っ赤に点滅し、朗々と警戒を二人へ呼びかけていた。

 

「い、いやあああああっ!? けっ、警察に通報ですわ!?」

「俺たちがその警察だアホ! お前は署と協会に連絡しろ、俺は先に入口の封鎖へ向かう!」

 

 

 街の中心部から僅かばかり離れた『炎来』の入り口。

 普段は探索者達が集って最終準備に取り掛かる広場であるが、今日は異様な喧騒に包まれていた。

 

 集まったのは物々しい格好をした人々、普段『炎来』に潜っている探索者や警察など、戦闘員として実力のある者たちだ。

 鳴り響くサイレン、切羽詰まった顔で市民が走り去る。

 

「はい皆さん落ち着いてー、回復魔法使える人はこっちに集まってー。君、危ないから動画なんて撮ってないで、避難所にお母さんお父さんと一緒に行こうねー」

「探索者の皆さんはこちらへ、レベル4000未満の方は崩壊時に備えバリケードの構築に回ってもらいますわ! もう、ちょっと喧嘩しないの! あっ、こら、探索者なのに逃げない! 義務でしてよ!?」

「ほっとけ安心院! どうせ逃げる奴らは使い物にならねえ!」

「あの……」

 

 役所の倉庫で腐っていたポーションも今日ばかりは大盤振る舞い、机の上に広げられ、好きに持って行けとばかりに放置。

 ある者は高価なため普段買わないので嬉々として複数ちょろまかし、ある物は一つ匂いを嗅いで顔をしかめる。

 

 明朝から始まった混乱のさなか集まる探索者、それを誘導する安心院達の背後から一人の女性が声をかけた。

 

 こんな忙しいときにいったい何の用だ、くだらない内容だったら張り倒してやろうかしら。

 しかしこんな時に取った態度が後々面倒な奴(マスコミ)らに目を付けられ、実家にまで影響が及んでしまうのだから面倒だわ。

 

 苛立ちに笑顔を張り付け、安心院は後ろを振り向く。

 はたして、そこにいたのは……



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第七十七話

 果たして、そこにいたのは……穂谷。

 昨日フォリアと出会ってからこんな事態になり急いできたものの、彼女の姿が見当たらず場を仕切っていた警官へ声をかけたのであった。

 

「金髪の子、見かけませんでしたか? こう……バット持ってて、いっつもフラフラしてる子なんですけど」

「はあ……金髪の子ですの……? それって……」

 

 金髪……ふと思い当たる安心院。

 関係があるにしては、件の少女と随分年齢が離れているように見えるなと、目の前の女をいぶかしげに睨む。

 

 脳裏に過ぎるのは一人の少女。

 いないのなら逃げただけじゃないのか。そう口に出そうとした安心院であったが、ダンジョンに入り込んだ者がいないか確認のため、逆再生で早回しされていた監視カメラの映像に、ちらりと映ったその姿を見て絶句する、

 

「今のって……」

「まさか……」

 

 夕方から明朝分の再生を終え、現状確認できた探索者は彼女一人……出てきた様子はない。

 より大型のダンジョンに潜る場合大量の食糧を準備し、数日かけて潜ることは当然ある。しかしながら『炎来』は森とは言え、さほど大きなものではない。

 何故そんな時間から潜っているのか不明だが、おそらくダンジョンに潜っているのは彼女一人。

 

 崩壊が起こった時、ダンジョン内のモンスターのレベルがどれほど上がるかははっきりしていない。

 GランクダンジョンがDやCに匹敵することもあれば、ランクが1段階上がるだけで終わることもある。

 しかしながら一概に言えることは、普段の適正ランクほどしかない探索者では太刀打ちできないことが多い、ということだ。

 

 数日前、安心院がフォリアと初めて出会ったとき、彼女は安心院に『炎来』の場所を聞いてきた。

 それはつまり、今の今まで炎来に潜ったことがないということ。彼女の年齢からしてDランクを大きく飛び越えるほど経験を積んでいるとは考えられない。

 Dランクの壁は大きい。一般的にCランクへ手をかけるのには年単位、どんなに早くても半年はかかるだろう。

 

 はっきり言って、フォリアの生存は絶望的であった。

 

「……っ! 私先に突入してますわっ!」

「馬鹿ッ! おい待て安心院っ、もう侵入から半日以上経ってる! 生存は絶望的だ……ああっ、クソッ! おい! 俺とハコ(交番)の相方で先に偵察して来る!」

 

 手配されている拳銃を片手に、安心院が真っ先に飛び出す。

 手を伸ばした伊達であったが当然声は届かない。人々をかき分け門に飛び込んだ彼女を追い、同僚へ適当な理由を告げるとその場を立った。

 

 治安維持のため時には探索者の相手をする警官。

 魔石を使う拳銃での対応をすることもあるが、基本はその身一つでの鎮圧であり、一定以上のレベルを上げることは必須であり、戦闘能力は並みの探索者を凌ぐ。

 

「それなら私も……!」

「心配してるところ悪いがアンタはバリケードに回ってくれ!」

 

 渋い顔。

 しかし現状それが一番なのを穂谷は理解し、物憂いげに頷いた。

 

 実際のところ、普段パーティを組んでいない人間同士が緊急時に協力するというのは、途轍もない疲弊が伴う。

 またDランク以上のモンスターがダンジョンから溢れたとなれば、たとえ一匹でも甚大な被害になるのは間違いがない。

 その上自身にもパーティメンバーがおり、勝手に行動するのは迷惑がかかる。

 穂谷自身歯がゆくはあったが、この緊急時、苦いものを飲み込んで二人にここは任せるほかなかった。

 

 

 

 

 蒼く燃え上がる木々、普段は穏やかな森が狂い悶えているようにも感じれた。

 安心院がこの街に配属されて一年。今まで見たことのない異様な光景は、浮世離れして幽雅であり、しかしどこか空恐ろしいものがある。

 

 武者震いか、それとも本能的に命の危険を悟ったのか。安心院はぶるりと身震いをし、こぶしを握り締めた。

 

 彼女は小柄。

 異変に気付きさえすればその身をどこかに隠し、うまく生き延びている可能性だってある。

 しかしどうやって探したものか。発信機なんてもの彼女についているわけないし、一人で端から端まで探すのは骨が折れるだろう。

 いっそ大声で呼びまわるか……

 

「待て安心院、一人での行動は危険だ! 俺も同行する!」

「っ! 伊達さん……」

 

 その時背後から走ってきた伊達が、彼女の肩を叩き冷静になるよう諭したことで、安心院はハッと我に返った。

 

 何も考えずに飛び出してしまったことで、先輩である伊達が尻拭いをするように追ってきてしまったのだ。

 こういった状況で一番失ってはいけない冷静さ。それを真っ先に放り投げ、人々への指示や避難誘導等の職務も放棄し、一人この場にきてしまった。

 警官失格だ。

 

 ああ、ダメですわ。

 大見得を切って家を出てきたというのに、結局物事を知らない間抜けな女のまま。お兄様に嘲笑われた通りですわね……

 

「申し訳ありません! ですが」

「……一時間だ。一時間捜索して見つからなければ速やかに撤退、入り口で待機して突撃部隊と合流する。いいな?」

「……っ! はい!」

「んじゃこれ持っとけ」

 

 突き出された箱の中にはいくつかのポーションと、拳銃の詰め替え用に手配された魔石。

 思えば自分はそれを持ってきていない。本当に何も考えずに飛び出してきてしまった事に、再び恥じ、顔を赤らめる。

 勿論徒手空拳での戦闘技能(スキル)はいくつか収めているし、アイテムボックスの中に武器を入れているが、手数は多いほど良い。

 

 安心院はニヤリと笑った男にしかと頷き、箱を受け取った。

 

「お前緊急時なんだし、いい加減その口調どうにかならねえのか」

「いやその……幼少期から染み付いてて、気を付けてもなってしまうのですわ……です」



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第七十八話

『ケェッ?』

『ココ?』

 

 木の影から真ん丸な奴らがひょっこりと顔を出し、くりくりとつぶらな瞳でこちらを見る。

 せめて腰くらいの高さならまだかわいげがあるのだが、どいつもこいつも数メートルの巨体で爆走して来るのだから、愛おしさのかけらも感じない。

 ぶっとばしたい。

 

「まだ出てくるの……!?」

 

 苛立ちにため息でも一つ吐いてやりたい気分だが、そんなことをする暇もない。

 気の抜けるような鳴き声だが既に同じ声を上げる存在を数時間殺して来たので、いい加減にうんざりしてきた。

 

 広大な森。たとえ共食いをしていたとして、それでも次から次へ湧いてくるモンスターは一向に尽きることがない。

 こんな状況だというのにレベルが上がる度、どこかふわふわとした、非現実的な感覚に襲われる。

 うまく事の進まない現状に間違いなく心は苛立っている……はずなのだが、自分の心が自分のものじゃないみたいに、愉快な感情が勝手に湧き出してくる。

 これがランランハイハイというやつか? 自分の感情が気持ち悪いと思ったのは初めてだ。

 

 疲れて変になってるのかな……

 

 固まった眉間をほぐしぎゅっと相棒の柄を握る。

 

 幸か不幸か、ダンジョン崩壊の最初も最初、出だしに遭遇することができたおかげで、今のところ敵のレベルに対応しきれないということはない。

 もちろん相手のレベルにばらつきがあるのはそうだが、こちらだって数か月頑張って戦ってきたので多少のレベル差なら何とか覆せるし、なにより相手のレベルが上がるほど私のレベルも加速的に上昇する。

 これは『スキル累乗』と『経験値上昇』の組み合わせができるからこそで、普通の人ならこうはいかなかっただろう。

 

 だが遭遇するモンスター……ほとんど巨大ダチョウだが、蛾はレベル差があるダチョウに一方的に食われている……自体のレベルも、猛烈な勢いで上がってきている。

 きっと丸ごと食べているので、私同様に経験値か魔力を余すことなく吸収して、すべてレベルアップにつながっているんだと思う。

 要するに滅茶苦茶ギリギリの状態なのだ、戦う手を止めると相手のレベル上昇速度が上回ってしまうから。

 

 私と同じようなレベル上昇をする存在がここまで厄介だとは思ってもいなかった……

 

 泣きたい。

 めっちゃ泣きたい。

 インチキレベルアップも大概にしろ、ずるをしてレベルを上げるなんてずるいぞ。

 大体モンスターがレベルアップするとかダメだろどう考えても、大食いでカレー食べてるときに突然カレーがどんどん辛くなったら困るでしょ。

 

 何よりもきついのは敵の体が大きくなることで、殴ろうとまともに攻撃が入らないこと。

 『巨大化』と『累乗ストライク』の併用はMP的にも、肉体的にも消耗が激しく、治るとはいえ使う度に走る全身への激痛は、精神的にもこちらを疲弊させてくる。

 

「くっ……『巨大か……」

 

 唱えた瞬間からずしりと来るはずの重さは、そのわずかな片鱗すら見せてはくれなかった。

 いや、重さだけではなく、スキルを使ったとき特有の、体へ何かが巡る感覚もない。

 

 MPが切れたんだ……!

 

 ステータスを開くまでもない、疲労で鈍くなった頭でもそれは直感で理解できた。

 

 多少睡眠をとったとはいえ二日間戦い続けた結果、レベルアップでは回復しないのもあって、ついにスキルを一回発動するだけのMPすらも切れてしまった。

 何より私は『スキル累乗』によって重ね掛けした分だけ、消費するMPが跳ね上がる。

 ここまで持っただけマシかもしれない。

 

 にしたってこれはいかんね、どうしたものか。

 失敗前提、死ぬ覚悟。ダンジョン崩壊が起こった場合間違いなく死ぬとは思っていたが、あっさり死んでたまるか。

 私はまだ、やってないことが星の数だけあるんだから。

 

 一瞬ぶれた意識の間隙を縫い、一斉に鳥たちは全身へ炎を纏い、地を駈けた。

 こちらへ驀進する炎の塊。体は大きくなろうと何の問題もなく、ダチョウの技は扱えるらしい。

 

「しぃ……っ!」

 

 ギリギリではあったが直前に気付くことで、地面を転がりながらの回避は間に合った。

 

 激しい熱波が背中を駆け抜け、髪が熱に犯される匂いが鼻を衝く。

 

 ズゥゥ…………ン

 

 勢いを抑えきれなかったのだろう、

 私が数人手を広げたって覆えそうにない大きな幹も、その巨体による突進にはひとたまりもなく、メキメキと嫌な音を立てへし折られる。

 しかしそれをものともしない。纏わりついた木屑を身震い一つ、無傷ではい出てきたダチョウは長い首で辺りを見回し仲間と何やら合図を取ると、再び獲物(わたし)をただまっすぐに見据えた。

 

 『経験値上昇』にかけた『スキル累乗』を一旦解除して魔石を確保、即砕いてぶん投げて全力ダッシュ……かな。

 多少ダメージを食らうのは前提で行くしかないよね……嫌だなぁ、痛いの。

 あの赤と白の肉が裂け、罅が入った骨が軋み、筋肉が震えて痛みを伝える感覚は永遠に慣れることはなさそうだ。

 

 よし、行くぞ。ぶっ飛ばすぞ。

 

「う……お、お、おぉぉぉ!!」

 

 震える膝を押しつぶす勝鬨、疲労を吹き飛ばす絶叫……を上げた瞬間、突然横から何かが駆け抜けてきた。

 

「行け安心院!」

「かっ、確保ぉぉぉぉぉぉッ!」

「ほげぇっ!?」

 

 どこかで聞いたことのある男の声と、どこかで見たことのある巻かれた黒髪。

 誰かが猛烈な勢いで腹に突き刺さってきたと思ったら、さっきまで私を喰おうと睨みつけてきた鳥たちの頭が次々に爆散した。

 

 え、なにこれ。



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第七十九話

 警察にあるまじき巻かれた髪型、変な口調、確か名前もすごい変わっていたはず。

 この人は確か……確か……

 

「あ、あじたまさん……?」

安心院(あじむ)ですわ」

「あ、安心院さん……」

「ええ、もう大丈夫ですわ。いったん入り口まで撤退して……」

 

 そうなにかあれこれと話す安心院さん。

 それと確かもう一人の男性は彼女の先輩だったか、二人はまるで私を救出しに来たかのような態度。

 なんでこの二人が、ダンジョンの中に……?

 

 悪寒が走った。

 

 まさか、既に街にまでモンスターが流出して……!?

 ダンジョン内の異変に気付くには、それくらい起こる必要がある。もっと早く気付けるのなら山間部の村が崩壊だとか、大騒動になるわけがないのだから。

 私が考えていたタイムリミットなんてあくまで予測で、実際にどうなるかなんて分からない。

 早く起こったってなんもおかしくはなく、それが現実に起こってしまったのだとしたら……

 

「おい安心院! くっちゃべってる余裕あるならっ、手伝ってくれねえかなぁ!?」

「あっ、はい! フォリアちゃんはちょっと下がっててくださいまし」

「私も戦える」

 

 分からない、情報が少なすぎる。

 けれど少なくとも今はここから離脱して、二人から話を聞かないと。私がやらないと……

 

 考えは前へ前へ動こうとしているのに、膝は震えるし、視界はぐにぐにとねじ曲がって定まらない。

 

 くそっ。

 さっきまで上手くごまかせていたのに。

 

「手先の震え、発汗……多分低血糖と極度の疲労ですわね、そこに座ってこれを食べておきなさい。お茶と白虎屋の羊羹ですわ」

「戦える、私は……やらないと……」

「あのねぇ、そんな体で横に居られても危険ですの! 第一子供は大人に甘えなさい! はい座って! 食え!」

「ふもっ」

 

 ぐっと肩を押さえつけられ地面に足が触れた瞬間、わずかに残っていた立とうという気力や力が完全に霧散して、ぺったりと尻が地面に付いた。

 

 手元には彼女がアイテムボックスから取り出した一口サイズの羊羹。

 押せば包装からつるつるとした黒いそれがにゅるりと出てきて、小豆独特のにおいが鼻をくすぐる。

 

 甘い。

 

 落ちていた希望の実ばかり食べていた舌に、羊羹のどこまでも純粋な甘みが突き刺さった。

 

 

「伊達さん、今行きますわ!」

「ああ、一気に終わらせる。20秒稼げ」

「ええ!? ……もうっ、『風神招来』、チェストォッ!」

 

 伊達の無茶ぶりに抗議する時間も惜しいと、風を纏った拳で殴り掛かる安心院。

 彼女に時間稼ぎをさせていったい何をするのかと思えば、彼はなにやら武器の分解を始めたのだから理解できない。

 しかしこれでも一応ある程度は信頼した相手、まずは目の前の敵に専念することとした。

 

 時間にして三十分ほど、無事件の少女を確保した安心院は安堵に胸をなでおろし、しかしその状況に危機感を抱いている。

 

 ダンジョンの大きな変化は崩壊寸前の予兆。

 どの指南書にも必ず書いてある、もはや常識とはなっている知識。

 普段赤く燃える木々が、今では真っ蒼な炎をめらめらと上げているのだから、一刻も早くここから逃げ出したいのは人としての心理だろう。

 しかしそれよりも気になるのは、彼女の全身にへばりついた泥や、『戦える』と食いついてきたこと。

 

 まさか、さっきまで一人で戦って生き残っていた……?

 

――――――――――――――――

 

種族 コロッサル・ストーチ

名前 セーラ

LV 13700

HP 38320 MP 13221

物攻 27567 魔攻 19022

耐久 49085 俊敏 83721

知力 8343 運 11

 

――――――――――――――――

 

 この巨大な化け物相手に……?

 あり得ませんわ、D級ダンジョンに居ていい敵じゃありませんもの。

 

 最初安心院が一人飛び出して来たのだって、D級にまだ馴染み切っていないはずの彼女がまともに生き残れるわけがないからこそ。

 たとえ崩壊前のボスに食いつけるほどレベルを上げていたとして、いくらレベルが全てではないとはいえ、それですら仮定を多く含んだ非現実的な話だ。

 

 一体彼女はどうやって、もしそれが有用なスキルなら手の内に囲い込むのも……

 いや、まだあまり話したことはないが、そういったことを好むような子ではなさそうですわね。

 

 

「『跳躍』ッ、セアッ!」

 

 光を纏った弾丸となって空に舞い上がり、巨鳥の頭を捉える。

 

 小さな人間が巨大なモンスターに立ち向かうとき、狙うべきは目やつま先などの弱点。

 セオリー通りのその攻撃はやはり確実であり、バスケットボール大の巨大な瞳に彼女の拳が突き刺さると奔流した風が一瞬で中へ注ぎ込まれ、透明なゼリー状の何かがはじけ飛ぶ……そして(まさ)しく目の前にいた安心院の全身へ降り注いだ。

 

「ほぉぉぉ……!」

 

『ギョォォォォォォォォッ!!』

 

 ねっとりとした粘液に絡みつかれ、何とも言えない残念な気持ちのまま地面へ降り立つ。

 モンスター本体が消滅すれば消えるのだが、たとえそうだとしても気持ちのいいものではない。

 なんだか匂いとか残ってそうな気分になるし。

 

 片目を吹き飛ばされた巨鳥が大声で喚き上げ、その主犯である安心院をぎょろりと睥睨した。

 

 早くお風呂に入りたいですわ……

 

 彼女を追い詰めるようにゆっくりと、しかしその巨躯故激しい振動と轟音をばら蒔き歩み寄るモンスター達。

 次の一手を考えていた彼女へ男の声が届く。

 

「すまん、ちょっと待たせた!」

「先輩、待たせる男は嫌われますのよ?」

 

 悪態を吐き跳躍すると、男の、そして座り込んだ少女の元へ戻る。

 

「馬鹿、ヒーローは遅れてくるんだよ」

 

 男はニヒルに笑い、カチリと引き金を引いた。



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第八十話

 彼の撃ち出した小さな弾丸は無数の魔方陣を貫き、加速的に巨大な火球へ変貌する。木も、草も、そしてモンスターすらも等しく飲み込む暴虐の化身として。

 相性だとかそういったものすら焼き切ってしまう、純白な熱量の塊。

 

 今まで攻撃魔法という物を直に見たことはなかったけど、なるほど、これが魔法か。

 もちろん相性だとか、敵への向き不向きも存在するのだろうが、もしこれを自在に扱えたのならそれほど探索が楽になるものもないだろう。

 自分の妙に偏ったステータスが本当に口惜しい、0ってなんだ0って。

 

「あ、調整失敗したなコレ……」

 

『ええ!?』

 

「わりわり、二人とも身寄せろ。『金剛身』『クレネリアスの絶護』」

 

 さほど悪いとも思っていなさげな口調のそれに驚愕し、しかし何かできるわけでもなく彼の背後へずりずりと身を寄せる。

 アイテムボックスからだろう、サッと透明なシールドを取りだした伊達さんはそれを真正面に構えると、手早くスキルを唱えて衝撃に備えた。

 

 直後、爆風。

 光と音の繚乱はまるで天地がひっくり返ったかと思うほど、耳も目もおかしくなりそうだ。

 肉片がこちらまで飛び散り、ぺたりと盾へ張り付いた後即座に光へ変わっていく。

 

「な、な、なんですの……これ……」

 

 唖然と二人口を開き、はっと意識を戻した安心院が伊達へ詰め寄る。

 

「ちょっと派手にやり過ぎたな、使う魔石のレベルは五桁以下にした方がよさそうだわ」

「いやそうじゃなく! 支給の銃でこれだけの威力出るわけありませんわ!」

「ああ、そっちか」

 

 伊達さんはポケットからいくつかの……なんだこれ、私から見たらよく分からないなにか、謎のパーツを取り出し得意げに語った。

 

「純化機構と放出量制御装置だ」

「じゅんかきこーと……?」

「制御装置……?」

 

 彼が見せてるそれ、明らかに外してはダメそうなものなのだが。

 え、この人警官なんだよね? 大丈夫? 街の平和任せちゃダメな人じゃない?

 

「今使われてる魔道具は基本ダンジョンから見つかったものを解析したものなんだがな、全部純化機構ってのが組み込まれてるんだわ」

 

 じゅんかきこー……? 耳慣れない言葉過ぎてさっぱりだ。

 私は普段その性質を利用しているが、魔石にはモンスターごとに属性や能力が異なる。どうやらじゅんかきこーとやらがその魔力の性質を綺麗に整え、扱いやすいように変えているらしい。

 やはり外すのはあまりよろしくなさそうなものだが、じゅんかきこーを通すと魔力が減衰し、合計量自体は減ってしまうものだとか。

 放出量制御装置はそのまま、一度に使う魔力の量を調整するものだろう。

 

 つまりそれを外しちまえば魔術を発動しつつ、魔力の制限が無くなって超火力ってわけ。

 銃を撫でニヤリと笑う伊達。

 

「ほら安心院、お前の銃出せ」

「え? あ、はい。でも何故?」

「そりゃお前、お前のも改造するからだよ」

「はぁ!? ちょっと返していただけます!? 大体備品を改造なんて規律違反ですわ!」

「ばれなきゃ犯罪じゃねえんだよ、大体規律違反なら勝手に飛び出したお前も人のこと言えねえだろ。ほら早くしろ、武器は強いほうがいいに決まってんだろうが!」

「う……そっ、それはともかくっ! いーやーでーすーわーっ!! 放してください! あほーっ!」

 

「警官って自由なんだ」

「この人だけですわ! ダメな大人、参考にしてはいけない存在ですの!」

「警察はいいぞぉ! 最新鋭の魔道具も触り放題だし。おっと、そういやさっきの話はあんまり一般人には知られてないんだったかな! んなははは!」

 

 

「体調は?」

「うん、もう大丈夫。羊羹ありがとう」

「ええ、まあおやつだったのですけれど……たとえ普通の食事で栄養を補給していたとしても、激しい運動をするときにはエネルギー……糖質や脂質をしっかり補給することが大切ですわ。お菓子でも、何でもいいですけれど持ち込んで、次からは気を付けるとよろしくてよ」

「これ食うか、うまいぞ」

「うん」

 

 カセットコンロを『アイテムボックス』から取り出した彼は、袋麺に野菜や肉などをバターで固めた、ぺミカンと言うらしい、を放り込んで煮込んだものを、紙のカップに注いで手渡してきた。

 かなり気温的には温かな場所ではあるが、それでも冷たい食事よりは温かいものの方がおいしいと感じるのは不思議なものだ。

 

 ずるずると麺を啜りこってりした汁を飲み干すと、ようやく体も普段通りに動けるよう活力がみなぎる気がしてきた。

 

 いつもは日帰りだったし希望の実だけを食べていれば、物足りない分は外で食べて補えたから気が付かなかった、ただ普通の食事分だけでは補えないという事実。

 もしかしたらずっと気分だとかが悪かったのも、これに原因の一端があったのかもしれない。

 戦っている間に知る常識らしいが、私はスキルの都合上あまり人とも関われないし、何より探索者になってまだ半年たっていない。

 

 ただ力があるだけじゃ、届かない場所がある。

 知らないことがあまりに多すぎるのに、どこでどうやって知ればいいのか分からない。

 私は何が見えていないの? どこまで理解できてるの?

 何も分からない。

 

 こんな時頭のいい人ならどうするのだろう。いや、頭がいい人はこんなことをそもそも考える必要もないのかな。

 

「それで、見ての通り私たちはあなたを救助しに来たわけですけれど」

「え? あ、うん」

 

 ぼうっと考え込んでいるときにかけられた声で、びくりと背筋が伸びた。

 

「一つ、聞いてもよろしくて?」

「え……何?」

 

 

「何故貴女はあんな時間に、一人でダンジョンへ潜り込んだのかしら?」

 

 それは、聞いてほしくなかった言葉、かな



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第八十一話

「しょ、それは……」

 

 なんだ、何を疑われてるんだ……?

 

 ニコニコと先ほどと変わらぬ雰囲気、けれどどこかピンと張り詰める何かを感じる。

 私がダンジョンの崩壊が起こることを知っていたと、そういいたいのか? 落ち着け、それは流石にあり得ない。

 

 続けざまに安心院さんは、私から何か聞き出そうと詰めてくる。

 

「侵入時刻は十四時四十七分、トライするにしては少しばかり遅い時間ですわね?」

「お、お昼休みも終わったし、腹ごなしかな」

 

 まだ、私が金髪の女だと思っている?

 何かを企んでいるとでも思っているのか……?

 

「安心院、そろそろ準備しろ」

「……困ったことがあれば何でも相談をしてくださいまし、ね?」

 

 完全に把握されてそう……

 

 

 

 困りましたわね……

 

 へにょりと眉を八の字にするフォリアを見て、安心院は内心どうしたものかとため息を吐いた。

 

 監視カメラの映像からして探索者の出入りがあった夜までダンジョンから出ることは可能、深夜遅くになってからダンジョンの崩壊が始まったと推測される。

 つまり深夜までこの少女は、ダンジョンから出ようとしなかったと考えられるのだ。

 いったいどうして、どんな理由があって?

 

 あまり大きな声で言えるようなことではないが、正直ダンジョンの管理はザルだ。

 大きな街では監視カメラ等が設置されているとはいえ、老若男女侵入しようと思えば、探索者等の許可証がなくともいくらでも入り込むことが出来る。

 第一エコな資源の獲得だ、人類の新たなる可能性だと謳って、許可証自体の入手も簡単すぎることを批判する声は多い。

 社会的には最終的な受け口としての役目もあり、一概にそれが悪いとも言えないのだが。

 

 もちろんそれだけ簡単に入ることが出来るのなら、悪用するものだって出てくる。

 子供をダンジョンで戦わせ、魔石だけは自分で売り払うことで利益を得ようとする親や、あまりよろしくない組織の者たちだ。

 恐怖や金など、彼らがその束縛から離れられない理由は多岐にわたる。だが間違いなくその犯罪として引っかかりにくい悪の芽は、確実に社会へ暗い影を伸ばしつつある。

 法整備だって未だに完全ではない、どうにかしっぽを捕まえ、そこから検挙へ繋げるのも安心院達の職務の一環であった。

 

 そう、安心院はフォリアが虐待の末、何やらそういったものに指示されているのではないかと疑っている。

 

 妙にいろいろと怯えた様子と言い、どこか落ち着かない動きと言い、正に教本に乗っていた通りですわ。

 体が小さいのはもしかしたら、まともに食事を与えられていなかったからかもしれませんわね。

 

 めらりと燃え上がる正義の精神、安心院は拳を握り締め、人生初となる巨悪の影に武者震いをした。……後ろで呆れたように眉を顰める、先輩の伊達に気付かないまま。

 

「まあ、仕方ありませんわね。では伊達さん……」

「ああ、まずは情報共有と行こうか……えーっと」

「あ、私? えっと、その、結城、だけど」

「結城か。よし、これより俺たちは入り口に向かってボスの討伐部隊と合流する。どんな奴かは分からんが、そいつを倒さないとここから出ることなんて出来ないからな……完全に崩壊したときはまた別だが」

 

 彼女の家庭環境などは置いておいて、それよりまずはここからの脱出が最優先。

 伊達の言葉に続けて、安心院は懐中時計を『アイテムボックス』から取り出すと、そっと二人の前へ置いた。

 

「丁度あと30分もすれば作戦決行時刻になりますわ」

「ああ。さっきの戦闘を見ていたら分かるだろうが、俺たちはある程度戦闘技能を備えている。君が戦闘に関わることはないし、合流までは基本的に守られる立場、合流後は後方支援として動いてもらいたい。おそらく突入部隊と言っても人数は相当絞られるからな、一人でも手が欲しいだろう」

「あ……うん。でも、私、戦えるし……せめて合流するまでは一緒に戦った方が……」

 

 積極的に戦闘へ参加しようとするその心持ち、それはありがたいものだ。

 だが彼女の体はきっと彼女が思っているより疲弊している。それは自身の疲労にすら気付けていない状況が、何よりもはっきりと示している。

 それに……

 

「少しは信頼してもらいたいですわ」

「ああ。こいつみたいに情けないところもまあ多々あるけど、これでも俺達は人守るためにこの仕事ついてんだわ」

「はぁ!? なんですのその言いよう!?」

 

 解せませんわ。

 私のいったいどこが情けないのかしら。

 今日はちょっとばかり考えなしに出てきてしまったところはあれど、これでも警察学校では優秀な成績を収めてきたつもりですわ……いや、今はそんなことを言っている暇はありませんわね。

 

 軽く首を振り、脇へ逸れた考えを振り払う。

 

 時々子供でも頭を抱えるような失態を犯す者や、組織の一部が腐り果てているところもあれど、警察という物に就く人間は多かれ少なかれ誰かを助けたいという精神でこの仕事に就く。

 特に昨今は人類がレベルアップという力を手に入れ、単純な暴力沙汰ですらかつての事件とは比べ物にならないほど、飛躍的に危険度が増している。

 それでも就くと決めてなったのだから、そう簡単に舐められては困る。

 

「大丈夫ですわ。私たちがきっと、あなたを守ってあげます」

 

 ぽんぽんとその金髪を撫で、安心院と伊達は互いに頷いた。



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第八十二話

「止まれ……よし、来い」

「フォリアちゃん」

「うん」

 

 延ばされた腕がくいくいと揺れ動き、待機していた私たちは彼のもとへと向かう。

 レベルを上げることに集中していた先ほどまでとは一転して、安心院さんたちと合流した今は戦いを避け続けていた。

 

 モンスターは軒並み巨大化していて、わずかに生き残った蛾も随分と姿が変わっているようだ。

 共食いしあう状況で本来弱者の立場である蛾が生き残っている。それはそれだけその存在が強力な存在へレベルが上がっているという証拠であり、やはり交戦を避けるのが良いだろうとの見解らしい。

 

 歯がゆい、もやもやする。

 

 崩壊を防ごうとして一人ここまで入ったっていうのに、結局二人は私のために危険を冒してここに入ってきて、成し遂げられたことは一つもなかった。

 私はただでさえ低い攻撃力をスキルの累乗で補っている。

 要するにMPがない私は今二人の援護もまともにできない、完全にただのお荷物だ。

 

 力だ、力が欲しい。誰の迷惑もかけない、誰にも世話をかけさせない、誰にも……誰にも……

 

「……妙だ」

「どうしましたの?」

 

 深い思考の迷宮に落ち込もうとしていた私の意識が、伊達さんの声によって引き上げられた。

 

「突入部隊が入ってきた気配がない。時間からして既に入っているのが当然なはずなのに……」

「……確かに、何も合図がありませんわね」

「合図?」

「ええ。侵入してきたのなら発煙筒など、一目でわかる合図があるはず。内部に囚われた人がいた場合、それを目安にしますの」

 

 なるほど、目安か。

 

 奇跡的な偶然だが彼女たちがダンジョンの崩壊に気付いたのは朝、偶々支給された魔道具によって判明したそうだ。

 仮に早朝からダンジョンの崩壊が判明して、緊急の呼び出しによって準備を行っていたというのなら……昼を過ぎて全くダンジョン内部に反応がないというのはおかしい。

 夜になればそれだけ視界は悪くなる。それはたとえ木々が燃え盛る森の中と言えど同じで、視界の悪化は避けられない。

 崩壊前に止めるのが目的ならば行動はすでに始まっていなければおかしいだろう。

 

 じゃあなんで人が入ってこないのか……?

 

 来る必要がなくなった? いや、木々の色は普段の赤からかけ離れた蒼、モンスターだって未だに成長を続けている。

 ダンジョンの崩壊は現在進行形で進んでいるのだ。

  

 それなら答えは……

 

「既に、モンスターが街に出てる……?」

「まさか、な」

 

 口では否定していても、ここにいる三人全員が理解していた。

 対処に追われているのなら来れないのも必然。いや、ボスのテリトリーであるダンジョン内にわざわざ入るより、外で構えていた方が討伐難易度も低くなるだろう。

 無言になり、しかし足取りだけは次第に早くなっていく。

 

 早くここから抜け出さないと。

 

 蒼い、どこまでも蒼い空。

 いつだって外とつながっているはずの見慣れたそれが、今日ばかりは飲み込まれてしまいそうに映った。

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 巨影が頭上を覆い、雲でも射したのかなんて、ちらりと脳裏に浮かんだその時。

 

 

「伊達さん、上にっ!」

「っ! がァッ!?」

 

 安心院さんの警告も遅く、先行していた彼の体が押し倒され背筋に爪がねじ込まれる。

 

 狼だ。

 全長10メートルは下らない、人の頭蓋骨なんて一口で噛み砕けそうな大狼。

 荒れ狂う激流のような毛皮は私たちを覆う木々のように揺らめき、次から次へと沸き上がっていた。

 

 その足元を覆う草が激しい水蒸気を立て散り、その隙から消し炭となっていく。

 

 

 やばい、こんなやつここで見たことがないぞ。

 どうやらスキルで耐えているようだが、それでもこんなのに長時間触れられてぴんぴんしていられるほど人間は素敵な生物じゃない。

 

 

 

『オオオオオオオォォォォンッ!』

 

 

 

 覇を唱える遠吠え。

 更にその爪先が伊達の肉へ食み込み、噴き出る汗と歪む顔。

 苦も無くあのダチョウ共を屠っていた彼ですらこう抑え込まれ全く動けないほどの力、うかつに近寄れば……

 

 けれど。

 

「い、今たすけっ……『ステップ』ッ!」

 

 ヴゥンと風を斬り振られるカリバー。

 

 彼らからもらったごはんで体も、先ほどより活力がみなぎっていた。

 MPだってちょっとばかしなら回復している、やってやるさ。

 

 熱気を掻き分け狼の足元に駆け寄る。

 

 熱い。

 熱気と水蒸気のむせかえるような刺激、それでも足は進み続ける。

 

 何か聞かれてしまうだろうか、普通じゃない私の力。

 でもいいよ。きっとこの人たちなら、嫌なところまでは踏み込んでこない。そんな確信があった。

 琉希とした誰にも話さないって約束は破っちゃうけどね。

 あ、あとあの金髪の人のことは話せない。このスキルのことだけなら、それにダメだったらあまり話さずに逃げてしまえばいいだけ。

 

 『スカルクラッシュ』はだめだ、振り下ろしたら伊達さんにあたってしまう。

 

 遠吠えの余韻に鼻をひくつかせ、ゆっくりと彼の首筋へ牙を近づける炎狼。

 私たちのことは歯牙にもかけていない、目すらくれていない。獲物は怯えて縮こまってろってか。

 

「スキル対象変更、『ストライク』」

 

 走って、ぶっ飛ばす。

 

「『ストライク』ッ!」



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第八十三話

 ミチィッ!

 

 柔らかいのに硬い。

 ビリビリとしびれる刺激が両掌に広がり、筋肉が、肌が震える。

 痛い。

 

 しなやかな毛皮の奥に隠れた強靭な筋肉と頑丈な骨、三つが組み合わさった狼の体は天然の複合装甲となって攻撃の衝撃を緩める。

 伊達さんへ近づけた口を遠ざけ私を睨み、だがこれといってダメージを負った様子はなかった。

 

 これでも細い木なら容易くぶっ飛ばしてしまえるはずなのだが……ふざけたやつだ。

 

「しょあっ! おほほ、ごめんあそばせ!」

 

 遅れて動き出した安心院さんが二人を飛び越し転がり、そのまま伊達さんを小脇に抱え距離をとる。

 彼がポーションを口に含んだのを目の端でとらえつつ牽制、二人のもとへ狼の意識がいかないように祈り振り回されるカリバー。

 

『クルルル……』

 

 ひょー、で、でかい……

 

 近づくほどに覇気が毛穴を開き、本能的な忌避感に脳が掻き毟られる。

 実際長さで比べたのならダチョウたちの方が上なのだろうが、空へ伸びる鳥と違って極太の手足や燃え盛る毛皮、鋭い眼光がかの存在をより一層恐怖の存在へと押し上げていた。

 生まれながらの絶対的な強者、四肢に力を滾らせたその大狼は凛として存在を私に知らしめる。

 

 少しでも目を逸らせば、一瞬で詰められて殺されるだろう。

 確信に冷や汗が止まらない。

 鳥だって、蛾だって相当な強敵だっていうのに、こいつはそんなの鼻で笑ってしまうほどの力が滾っているのを、わずかに対峙しただけで嫌というほど分からせて来る。

 

「……!」

 

 なにも見えなかった、ただ影が消えた。だから(・・・)跳んだ。

 

 草が吹き飛ぶ。土が抉れる。

 

 奴はただそこに居た、数舜前に私が立っていた場所に。

 元からそこにいたのだとでもいうように、なんの気負いもなく。色の変わった足元だけが、奴がそこに飛び掛かったことを示していた。

 

「……っ、ハァッ……! ハァっ……!」

 

 速過ぎる……!

 本当に気が付いたら居ましたって、冗談じゃない。

 どうにか距離を少しは取れたがこの速さ、ちょっとでも気が緩めばすぐに詰められてかみ殺されるだろう。

 

 緊張で息が上がる。

 

 どうやって、どうやってダメージを……いや、せめて皆で逃げる隙を……

 

「ィィイイイッヤッ!」

「あ、安心院さん……!」 

 

 その時、背後から奇声を上げ跳びあがった彼女。

 あまりの大声にびくりと声に震えた狼、息もつかぬ刹那に彼女は首元へと肉薄し、固く握られた拳を叩きこんだ。

 

 が、

 

「なっ……」

 

 一体どういったわけか、安心院さんはそのままずっぷり沈み込むように体に飲み込まれたかと思えば彼女の一撃は狼の体をすり抜け(・・・・)空を切る。

 勢いあまって土を跳ね飛ばし着地、彼女は大きく目を見開き振り返った。

 

 私を襲って来た時のように高速移動したわけでもない、それは私だって見ていたのだから確かだ。

 そこからピタリとも動いていないというのに、この大狼に間違いなく安心院さんの攻撃は当たっていたというのに、なぜかするりと身体をすり抜けてしまった。

 

 奇襲や搦め手を恐れたのか、それとも私たち……いや、彼女を明確な脅威として判断したのか、狼はその顔を低く伏せ唸り動こうとしない。

 今なら……

 

「……『鑑定』」

 

――――――――――――――――

 

 

プロメリュオス・ディヴィジョン

名前 

 

LV 55000

HP 590383/610383 MP 6890/6890

物攻 222048 魔攻 87362

耐久 110038 俊敏 300183

知力 88797 運 44

 

――――――――――――――――

 

 ごま……っ!?

 まさかこいつ、ここのボスなのか。

 数日とはいえずっとここに潜っていた私が見たことのない姿、明らかに先ほどの鳥たちと比べても飛びぬけたレベル。崩壊が始まった影響でボスエリアから離れて出てきた、そういうことなのだろう。

 

 目に飛び込んできたのは、もしかしたら一人で抑えられるかもしれない、なんて最初の頃考えていた私を嘲笑うかのように飛びぬけた異常なステータス。

 最初から勝ち目なんてなかった、間に合わせることなんて無理だった。

 

 情けないやら、無力感に苛立たしいやら、もう自分の感情が分からない。

 もっと力があれば、もっと早くに向かっていればこんなことにはならなかったのに。

 

 安心院さんと狼の睨み合いへ迂闊に手を出すこともできず、私はただ臍を噛むことしかできなかった。



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第八十四話

 身体を通り抜けてしまい攻撃の通用しない狼、上手く攻撃を避ける安心院さん。

 ポーションで多少の回復を見せているとはいえ未だダメージの抜けきらない伊達さんは、彼女の背後から援護を行っている。

 併せて実力は拮抗している……ように見えた。

 けれどこのままではじりじりと体力を削られていき、どうあがいても体格の小さな彼女が最後にはやられてしまうことは誰にだってわかる。

 彼女自身それを理解して風を纏い速攻を仕掛けようとはしているようなのだが、やはり攻撃が当たらなければ体力を削るなど夢のまた夢、体中にかすり傷が生まれ、その制服は確実に切り刻まれていった。

 

 もし彼女が倒れれば次標的になるのは伊達さん、そして私だ。

 

 有効打を紡ぐ方法は……ある。

 こんな時、は想定していなかったが、何か詰まった時のためにSPを全く使わず取っておいた。

 

 だが今何も考えずにレベルを上げて、体がもつのだろうか。

 

 そう思った瞬間、ピリリと幻痛が肩から駆け抜けた。

 

 息が漏れる。

 

 レベルと共に耐久や体力自体も大きく上がったからか、もしくは私が痛みに慣れたからか、攻撃スキルに『スキル累乗』を掛けても以前ほどの痛みに襲われることは少なくなった。

 けれどそれは今のスキルレベルだからだ。

 1上げるだけでも負荷が大きく上がるというのに、この巨狼へ有効打を与えるほどスキルレベルを上げて、私の体は戦いについてこられるのか。

 

「きゃあっ!?」

「安心院っ!? チッ、俺が前に出る!」

 

 巻かれた黒髪の端が飛ぶ。

 悲鳴の主はざっくりと腕を切り裂かれ吹き飛び、草片をまき散らしながら地を転がる。

 

 未だ背中からの出血が収まっていないというのに、彼女をかばうようにして盾を取り出し、銃を片手に援護から護衛へと回った伊達さん。

 されど相手も心得たもの。その巨体に見合わぬ小回りの利いた噛み付きや尾による薙ぎ払いを絡め、執拗に彼の傷口ばかりを狙っていた。

 

「逃げなさい!」

 

 満身創痍の彼女が遠くで叫ぶ。

 

「で、でも……!」

「いいから! 私たちは貴女が離れた後で逃げますわ! だから早く!」

 

 嘘だ。

 二人ともボロボロで、どう考えたって逃げられるわけがない。

 なんで、なんでそんなにまっすぐに、躊躇わずに逃げろなんて言えるんだ。

 単に憐れんで慈悲を施すんじゃなくて、顔のどこを見てもそれはどこにもなくて……私なんかのために命まで投げ捨てて、本当に意味が分からない。

 

 あいつら(・・・・)みたいに真っ先に切り捨てて逃げ出してくれれば、こっちだって気兼ねなく逃げ出せるのに。

 

 琉希だってそうだ。

 私より弱いくせに守るだなんだなんて言って、どいつもこいつも、本当に理解できない。

 ママもパパも居なくなって、何度も他の人にいじめられて、失敗を繰り返して、誰も彼もが嫌な奴らばっかだと思えたのに……どうして今さらになっていい人ばっかり出てくるんだ、なんで私なんかにやさしくするんだ、なんでそんな無条件に人にやさしくなれるんだ。

 もっと醜い本性見せてよ。

 もっと嫌な人間になってよ。

 

 じゃないと……

 

「逃げろ!」

「逃げて!」

 

―――――――――――――――――

 

 

結城 フォリア 15歳

 

LV 13324

HP 20334/26566 MP 3043/66410

物攻 26043 魔攻 0

耐久 79965 俊敏 93227

知力 13324 運 1

 

SP 20520

 

スキル

 

スキル累乗 LV3

悪食 LV5

口下手 LV11

経験値上昇 LV6

鈍器 LV4

活人剣 LV11

ステップ LV1

アイテムボックス LV3

 

Σ∀しょウ 浸食率 1%

 

―――――――――――――――――

 

 

 逃げられる、わけない。

 

―――――――――――

 

スキル累乗LV3→LV4

必要SP:300

 

―――――――――――

 

『スキル累乗がLV4へ上昇しました』

「う……ああああああっ! 『ストライク』ッ!」

「フォリアちゃん!? 何で……早く逃げなさいっ!」

 

 届かない。

 私の攻撃なんて避ける価値がないと、透過させるだけ無駄だと炎狼は鼻を鳴らす。 

 

『スキル累乗がLV5へ上昇しました』

『スキル累乗がLV6へ上昇しました』

 

「嫌だっ! 『ストライク』ッ!」

 

 火の粉が飛び散る。

 でも届かない、まだ足りない。

 

『スキル累乗がLV7へ上昇しました』

『スキル累乗がLV8へ上昇しました』

 

「ううううああああああっ! 『ストライク』ッ!!」

 

『ギャンッ!?』

 

 目の前にある私の腕なんかより太いやつの肉を殴り、初めて感じた手ごたえ。

 ようやく、届いた。



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第八十五話

「はあ……はあ……けふっ」

 

 臭い。

 ああ、錆臭い。

 

 喉が鳴る度に、紅く熱い粘液がせり上がる。

 擦り切れぬるりと滑る手のひらをズボンで軽く拭い、固く握りしめた。

 

「貴女……」

「わ、私だってやれる! 戦える! だから、だからこれ以上……」

 

 優しくしないで、私みたいなのに命を懸けないで。

 吐き出したかったそれ(・・)。なのになぜだろう、つっかえて出てこない。

 

 怖くて仕方ないのか。

 誰かにやさしくされるのが、誰かと仲良くなるのが。

 また裏切られてしまうかもしれないから。

 

 なのに、なのに嬉しくてたまらない。

 

 嫌な顔一つせず一緒にいてくれて、自分なんかのために命を張ってくれる人がいて、優しくしてもらえて。

 だから嫌なんだ。そんな人が死ぬのを分かっていて見捨てようとするのが、やっと見えてきた光が消えてしまうのが。

 怖くて、嬉しくて、苦しい。

 こんなに辛いなら最初から誰ともかかわりを持たなければよかった、ずっと一人でいればよかったんだ。

 

 探索者になってからずっと、ずっと言葉にならないぐちゃぐちゃの感情がぐるぐると身体を渦巻いて、私はずっとそこから抜け出せずにいる。

 

「フォリアちゃん!」

 

 戦いのさなか固まってしまった私を、初めての痛撃を与え『雑魚』から『敵』と認識の変わった私の首筋へ、怒りを滾らせた巨狼が飛び掛かる。

 憎しみに瞬く光彩、昏くよどんだ瞳孔がひどく印象的だった。

 

 反応なんて出来ない。

 ぺたりと湿った土が太ももを撫でた。

 

「あ……」

 

 

「しゃおらっ!」

 

 

 突如視界を遮った広い背中、破れたシャツの奥に治りきっていない傷口が見えた。

 

 ちっぽけな人間ごとき圧倒するあまりの巨体。

 彼はそれを盾として真正面から受け止めるのではなく、あくまで弾道を逸らすように盾を斜めに構えると、力強く地面に差し込んみぎりりと歯を食いしばった。

 

 きっと耐え難い痛みだろう、泣き叫んで喚きたいほどだろう。だが彼は頬をぴしりと引き攣らせ、それでも全身を硬直させ流しきれなかった衝撃をその身一つで受け止めた。

 筋肉が震え衝撃にたまらず噴き出した温い血しぶきが頬へ飛ぶ。

 それは彼が、伊達さんが生きているのだと、今命を燃やしているのだと何よりも雄弁に伝えてくる。

 

「おふ、めっちゃいてぇ……おしゃべりもいいがまだ戦いは終わってないぞ、流石に俺一人だと死んじゃうからよ」

「あ……ありがとう……」

「戦うんだろ?」

 

 ずい、と差し出された手のひら、厚く張った皮とごつごつとしたタコの跡。

 

「……うん」

 

 恐る恐る手のひらを重ねると、ぐいっと身体が引き起こされた。

 

 皆頷き大狼へ構える。 

 まだ私の感情(こころ)に名前を付けられそうにない。

 けれど、体を動かすことならできるから、まだ戦うことならできるから、だから私は二人の横に立った。

 

 

「それで、どうすんだよ!」

 

 伊達さんがシールドを構え攻撃をしのぐ裏、彼の叫びがこちらへ投げかけられた。

 最初こそ隙をつかれたが、防御に徹すればすべてとは言わずともある程度受け流すことが出来るらしい。

 だが傷は増えこそ減るものではない、三人戦いに参加しようとも長くは持たないだろう。

 

「攻撃がすり抜けるのが、厄介ですわねっ!」

 

 シールドが大きく弾かれた隙、裏から安心院さんが伊達さんの代わりに飛び出す。

 彼が体制を整える隙を彼女が埋める、このローテーションによって背水の一時的な膠着が作り出されていた。

 苛立たしいことだが私が肩代わりすることはできない、というより単純に耐えきれる自信がない。

 

 聞けば二人のレベルは四万程度、伊達さんの方が安心院さんより上とはいえ、彼は守護に特化していて決定打を打つ手段はあまりない。

 安心院さんの方はいくつか手があるとはいえ、それも消耗からあまり連打できるものではなく、一撃の威力ならレベルこそ大きく離れるとはいえ私に一兆の笹がある。

 

 それまで私が出来ることは……

 

「上から火球、正面から突進」

 

 まき散らされた土で視界の悪くなる盾役の彼らに、後ろから動きを報告することしかない。

 

「火球は私が! 『ウィンドブラスト』!」

 

 彼女の呟きと共に背後から一陣の風が吹き荒れ、無数の火球と土埃のこと如くが掻き消される。

 それに紛れ疾走する大狼の姿が露になった。

 

 熱い吐息、がばりと開かれた咢。

 

 男が頷き、両手でシールドを構え突貫する。

 

 

「『ブレッシングブライト』『怨嗟の呪縛』」

 

 

 虹の輝きに包まれた瞬間、彼の体は紅蓮の影に覆われた。

 

「……っ」

 

 ギィンと鼓膜を通り抜け、脳を揺らす激烈な音。

 吹き荒れる風に髪がうねり目もまともに開いていられない。

 何も見えない、聞こえない。

 

 脳裏に奇襲を受け地に伏せる伊達さんの姿が過ぎる。

 

「大丈夫ですわ、彼を信じて。『風神招来』」

 

 目も開けぬ真っ暗な世界の中、彼女の声だけがやけに響いた。

 

 信じる……信じる、か。

 そうだ、信じて、勝って、ダンジョンの崩壊を止めて、ここからみんなで出るんだ。

 

「……『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』」

 

 

 

 

 

「やれ!」

 

 

 

 

 切り裂かれた闇の中、炎狼の口へシールドをがっちりと挟み込み、土の中へ足をめり込ませながらも凛と立つ男の背中が見えた。

 

「行きますわよ!」

「『ステップ』!」

 

 二人並び立ち距離を詰める。

 風になり地を駆け抜ける彼女、スキルの勢いを跳躍に変え空を舞う私。

 

「……! チェストォッ!!」

「『スカルクラッシュ』!」

 

 狙ったわけではない、だが盾を挟まれ開かれた顎を無理やり閉ざす渾身の双撃は、ほぼ同時に放たれた。



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第八十六話

 ぐるりと一転して着地。

 

「んん゛、けほっ……」

 

 煙いし何も見えない。

 一瞬しっかりと当たった感覚はあったのだが、それより下からくる衝撃が凄まじく体が吹き飛ばされてしまった。

 

 じぃんとしびれた腕を軽く振り払い、ほっと嘆息。

 音がほとんどしない、ぱらぱら降りしきる砂の細かなさざめきだけが響く。

 

 どうやら無事に倒せたようだ。

 

「ねえ」

 

 これでダンジョンの崩壊も収まるかな?

 

「黙れ!」

 

 そんな私の問いかけは警戒を促す男の声に遮られる。

 

 

「え? い゛っ……げぇ……っ!?」

 

 

 揺らめく視界に現れた深紅の彗星。

 それは真っ先に私の右腕を打ち据え、握りの甘くなったカリバーが吹き飛ばされ、そちらへ向いた意識も一瞬後には腹へめり込んだ牙の鋭い痛みに掻き消される。

 

 ただ睨んでいた。

 私を、二度も己に痛撃を加えた存在を。

 虎視眈々と狙っていたのだ。間違いなく気が緩む瞬間、怨恨の一撃を見舞えるこの時を。

 

「はな……っ、あああああああああっ!」

 

 ぷつり

 

 あっさりとした軽快な音と共に肉へ抉りこむ牙、隙間から溢れた生温かな唾液が胸に伝う。

 振り回され、かき乱され、まるで絵も知らぬ子供が気儘に作り上げた粗悪な油絵のように、世界の色がぐちゃぐちゃに染まっていく。

 

 頭へ上る血が思考を緩慢な終焉へ導く中、

 

 こちらへ走ってくる誰かの姿に、

 

 

 わたし

 

 

 は

 

 

 

 ああ、おちる。

 

 

 

「くそっ」

 

 意識を失ったことを確認した炎狼が、少女を吐き捨てこちらへにじり寄ってくるのを後ずさりしながら、伊達はホルスターに仕舞っていた拳銃を抜き取り舌打ちをする。

 

 一斉の双撃、確かに間違いない一撃を加え、伊達自身一瞬ではあるが勝利を確信した……はずだった。

 しかし盾を構え真正面に姿を見ていた彼は気付いていた、炎狼が攻撃を食らった直後、痛みに目を剥きながらも盾から口を放し(・・・・・・・)、真っ先にその身を霧状に変え致命的な一撃だけは避けていたことを。

 安心院も違和感から止まることが出来たがフォリアは下からの衝撃に身を吹き飛ばされたため、それを確認することなく距離を開けてしまったのが原因だろう。

 

 たとえ茶色い砂嵐の中であろうとその優れた聴覚は場所を一瞬で特定し、彼女は噛み付かれてしまった。

 

 アイテムボックスから最後のポーションを取り出し、少女の保護へ向かった安心院に投げつけると、伊達はリボルバーに詰め込まれた魔石の数をちらりと横目で見る。

 

「2、か」

 

 どうやら捜索を優先し、道中では魔石の確保をしていなかったのが仇に出たらしい。

 己は守ることに特化している故、これが現状最高火力。

 あちら(プロメリュオス)も引くに引けず、しかし能無しに突撃することもなく様子をうかがっているが、疲労も摩耗もすでに限界を超えている、長くは持たない。

 

 ならば、

 

「安心院! 弾寄越せ!」

「はい!」

「あとその子抱いて距離取れ!」

「はい! ……はい?」

 

 投げ渡されたのは手のひらほどの小箱、中に詰まっているのは色とりどりの鮮やかな魔石たち。

 

 上出来だ。

 元々近接メインの彼女のこと、ここまで来るのに銃を使っていたのは数えられるほど。

 じゃらりと魔石を手のひらに広げると、男はそれを銃身(・・)へ押し込みつつ皮肉気な笑みを浮かべる。

 

 何があるか分からない以上、むしろ距離をとってもらわねば困るのだ。

 困惑と心配を隠さず、しかし信頼から少女を小脇に駆け出す彼女の背中を見送り、伊達は目の前の敵へ肩をすくめた。

 

「さて、最期のエスコート相手は残念ながら可愛い子ちゃんじゃなくて俺だ。生憎とダンスは苦手」

 

『ゲァァッ!』

 

「くそっ、最後まで言わせてくれよ!」

 

 飛び掛かってきた炎の塊を、二度は受けまいとぎこちない動きで地面を転がり避けると、取り出したシールドを正面にすくりと立ち上がる。

 地へ深々と爪痕を残し着地した炎狼、背後を狙いたいところだが先ほどの動きを見る限り、その尾すらも自由に動かし武器にしてくるのだから、そう安易に近寄ることもできまい。

 

 土を擦る音だけが響く。

 

 己が一歩進み、奴が下がる。

 互いに確実な一撃が届く距離から僅かに離れ、それでも決定打を狙って合間を図る擦り合わせが続いた。

 

 一歩、二歩……

 

 

「ぐあっ!?」

 

『クルルルッ!』

 

 突然走る目への違和感。

 

 威風堂々王然とした大狼が選んだ最後の手段は、前足で土を薙ぎ伊達の目を潰す、単純にして狡猾なもの。

 本能的に顔を逸らし守るように突き出された彼の腕へ、隙を見逃すわけもなく濡れ輝く牙が向かう。

 

 つぷりと肉を穿つ感触に目を細め勝利を確信した巨狼は、(獲物)が何一つ慌てない違和感に気付くことが出来なかった。

 

 

「最初に狙ってくるのは武器。そしてやはり何かに触れている間はお前、霧に成れないみたいだな」

 

 

 牙の隙間から覗く、冷たい鈍色の輝き。

 目前にあった鼻に自由であった片手をねじ込み逃げられぬよう握り締める。

 激痛に苛まれる右腕も、鼻奥へ突っ込んだ左腕も不快な滑りに包まれ眉を顰めつつ、伊達は引き金へ力を込めた。

 

 ともすれば聞き逃してしまいそうになる、小さな撃鉄の音。

 

 シリンダーに込められた魔石を火薬として、詰め込まれた魔石たちが連鎖的に爆裂、銃身へ刻まれた魔術刻印を中核として指向性を持ち、巨大な魔法陣を組み上げる。

 暴走すらをも構成に組み込んで、この刹那に賭けた凶悪な一撃がついに放たれた。

 

 燃え盛る王の影が最期に見たものは、己の口内から溢れ出す魔術の煌めきであった。



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第八十七話

「ん……」

 

 不快な意識の浮遊感、直後おなかから伝わってくる鈍痛に顔をしかめる。

 蒼炎(・・)に染まった空の下、後頭部から伝わってくる土と草の青臭さが、私が未だダンジョンから抜け出ていないことを教える。

 

 全身がだるい、頭もボーっとして働かない。

 いや、働かないのはいつものことだった。

 

「起きたか」

「あ……おん」

「体はどうだ、どこか痛むところは?」

 

 痛むところ……そういえばなんで私寝てたんだろう。

 無意識におなかを撫でた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。

 

 そう、確か

 

「あ、あの狼……!」

 

 そうだ、やったと思った瞬間に声を上げたところで噛み付かれて、私……

 

「大丈夫だ、もう倒した」

 

 そういって彼がポケットから取り出したのは紅蓮の、不思議と内側で炎が揺らめくようにも見える魔石。

 おいしそうだ。

 話を聞けば私が気絶した後、彼の手で仕留められたらしい。

 彼のポーションをかけてもらったおかげで死なずに済んだようだ。

 

 戦えるだなんて言って立ったのに、結局真っ先にやられて迷惑をかけてしまった。

 とんだ道化じゃないか。

 

 地面に座ったまま膝を組んでいると、彼が手のひらほどの紙箱を取り出し、こちらへずいと突き出してくる。

 中から覗くのは細長く白い何か。 

 

「どうだ、一本」

「いや……」

 

 たばこは嫌いだ。

 くさくて、なにより嫌なことを思い出す。

 第一未成年だぞ、警官が何してるんだ。

 

「ココアシガレットだ」

 

 目の前でカリカリ食べ始める男。

 お菓子のようだ、紛らわしい。

 

「もらう」

 

 甘い。

 

「見ての通りだが……」

「ただいま帰還いたしました。ダンジョンの崩壊は続いていますわ、どうやらあの狼は」

「ボスではなかった、か」

 

 どうやら偵察に向かっていたようでいつの間にか戻ってきた安心院さんの言葉に、続けた私のそれに二人は顔をゆがめ頷く。

 

 木々の色が元に戻っていないことで薄々は気付いていたことだが、確信を得たその瞬間心に昏く重い何かがずしりと引っかかる。

 あれですら雑魚の一匹、か。

 

 彼女はなおも渋い顔のまま、ぴんと人差し指を立てこちらへ顔を近づける。

 

「ただ、いい知らせと悪い知らせがありますわ」

「じゃあ悪い知らせから頼むよ」

「ダンジョンが完全に崩壊しましたわ」

「いい知らせの方はどうだ」

「おかげでダンジョンから抜け出せそうですわ」

 

 どっちも内容変わらないじゃないか。

 

 

「これが……」

「ああ。俺も実物は初めて見たが、確かに『崩壊』ってのがしっくりくるな」

 

 まるでガラスが砕けたように世界そのものへ罅が入り、その先に街の景色が見える。

 ようやくたどり着いた入り口ではあったが、見慣れたダンジョンへ潜る門完全に消滅してるようだ。

 

 足元へ転がっていた石を投げつければ、当たり前だが外へ転がっていく。

 隔離されて明らかに別世界へつながっていたはずのダンジョンと現実、それが完全に陸続きとなっていた。

 

 これが……崩壊。

 そしてなにより

 

「街、ボロボロだね」

「ええ、戦闘痕も深く刻まれていますわね」

「避難指示は早朝からされているからな、一般人の被害者は少ないはずだ」

 

 協会の地下にはこういった時に備え避難用のシェルターがあるらしい。

 もちろんそれ以外にもいくつか点在してはいるものの、基本的に最も大人数が収容できるのはそこだと。

 

 石畳はひっくり返されて下の土が見えているし、街灯や街路樹は根元からへし折られている。

 何もかもが滅茶苦茶で、凄惨というほかない。

 これが昨日まで普通の街として機能していただなんて決して考えられない。映像としてしか見たことのない災害が、目の前でありありと広がっていた。

 

 私がもっと強ければ……一人でどうにかできたのかもしれないのに。

 力があれば、力さえあれば。

 

 がれきを踏みつけ三人無言で歩く。

 

 何も音がしない。

 人の喧騒も、車のうなりも、モンスターの鳴き声も。

 戦いはすでに終わっているのか?

 それとも、町を破壊しつくしたモンスターたちはここを抜け出し、活動を他の場所に移したのか?

 

 その時、何かがはじけ飛ぶ轟音。

 

 方角は……

 

「おいおい、協会の方からしたぞ」

「急ぎましょう!」

 

 何かができると決まったわけではない、ボスですらなかった大狼に手間取っていた私たち。

 それでも、気が付けば走り出していた。



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第八十八話

 いったいどんな惨状が広がっているのか、恐怖に顔を固めたまま走り続けた私たちが見たものとは……

 

 

 ドンッ!!

 

 

「えぇ……?」

 

 必死こいて倒したはずな無数の炎狼達が、一匹、また一匹と一撃で空にかちあげられ輝く粒子へと姿を変えていく、あまりに衝撃的な光景であった。

 その震源地……? いや、狼花火の発射所? の中心にいたのは、全身筋肉で作られているのではと思ってしまうほど、すがすがしいまでの筋肉だるま。

 

 いや筋肉じゃん、なんでこんなとこいるんだ。

 

「やりますねあの人!」

「現役は引退したと聞いていたが……未だなお健在、か」

「おお良かった、生きてたか。丁度片付いたところでな、いいタイミングだ」

 

 めっちゃ気軽な挨拶して来るじゃん。

 

 

 あれから数日。

 

 筋肉曰く、今回のダンジョン崩壊について事前に察知をすることが出来たことで、どうにかモンスターが溢れ出す前に駆けつけることが出来たと。

 自分以外にも遠方より救援に来た探索者は多く、家屋の倒壊や様々な被害はあれど、幸い一般人(・・・)の犠牲者はいなかったようだ。

 

 そしてあの狼、ボスかと思わせといてボスでなかったあいつは、やっぱりボスだった。

 本体が無数に分裂してたった一匹で群れを作り上げるモンスターで、私たちが倒したのはその分裂体の一匹に過ぎなかったとのこと。

 ちなみに本体は分裂体の中に混じっていたものを、筋肉が気付かぬうちに叩き潰したことで終わった。

 

 伊達さんは精密検査のため休職、安心院さんは壊れた街を復興させるため瓦礫の処理へ駆り出されるとのことで、いろいろ話したいことはあれど一旦私は元の町へ戻ることになった。

 

 私も精密検査するべき?

 まあ大丈夫だろう、多分。

 

 そして今、協会に備え付けられたテレビの前で頬杖をつき、ボスを倒したヒーローインタビューをボーっと眺めていた。

 

『剛力さん、今回の活躍について一言を!』

『今回の敵はかなり手ごわいものだったとのことですが!』

 

 テレビの中にいる筋肉へ、報道陣のマイクが押し寄せる。

 

『あー、その前に一ついいですか。あ、マイク借ります』

 

『伊周泰作、大西亜紀、立花咲哉、西村健……今回のダンジョン崩壊にて勇猛果敢に戦い、そして人々のために殉職した探索者達の名です』

 

『探索者という職業は大変誤解の多い職です。常に武器を携帯し、粗野で、力だけが取り柄の社会でも最底辺に位置する職業……そうお思いになる方も多いでしょう。確かにそういったものもいないわけではない、最後の受け皿として存在するこの仕事へ就くそれなりの事情を持つ者だって少なくはない』

 

『けれど、彼らのように人々が安心して暮らせるため武器を手に取り、そして身を張って戦うものもいるということを忘れないで頂きたい。一人では決して今回のようにうまくは行かなかった、探索者だけではない、戦闘能力を持たない一人一人も協力して初めて得られる結果なのです』

 

「ものすごいカットされてるね」

 

 現場にいた私だから分かる、本当はもっとずっと長く語っていた。

 三分の一以下だ、これはひどい。

 

 いつの間にか横に座ってコーヒーを啜っていた筋肉が口を開く。

 

「まあいつもやってるからな」

「いつもやっていつもカットされてるの?」

「おう」

「意味ないじゃん」

「意味はあるさ。このニュースじゃ全部流してくれなくとも、フルバージョンはどっかで流されてるんだから」

 

 カップの中身を軽く啜り鼻を鳴らす筋肉。

 

 彼なら既に名声だって、金だってきっと腐るほどある。

 わざわざこんな反感を受けるようなこと言わずとも、適当に謙遜でもして称賛を浴びていればいいのに。

 

「強いやつが理想を語らないと、誰も理想なんて言えなくなっちまうだろ」

 

 ふぅん。

 

「自分で強いっていうんだ」

「事実だからな」

「剛力さん、本部からの通達届いてるんスけど」

 

 後ろから来たウニに頷き、奴は立ち上がると

 

「ああ、これ猫につけといてくれ。ボスが落としたんだよ」

 

 私の前に一つの首輪を置いて去っていった。



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第八十九話

 筋肉が置いていったそれは非常にシンプルなデザイン、一体何の物かは分からないがつやつやとした、皮で出来た黒い首輪。

 

 迷宮産の首輪、か。

 なんか変な呪いとかかかってないだろうな、心配だぞ。

 大丈夫だとは思うけど、あいつ結構大雑把なところあるからなぁ。

 

 まだほんの数か月前のことではあるが出会って数日後、かなり適当なアドバイスで死にかけたことを思い出す。

 まあ一人一人がどうなるかなんて深く考えていたら、協会のトップなんてまともに心が持たないのかもしれないけど。

 

 ……一応見ておくか。

 

「『鑑定』」

 

 机の上のソレに言い慣れたワードを掛けた瞬間……

 

 

 

 

「ん……ここは……」

 

 外だ。

 純白な石畳、大きな広場の中心に私はいた。

 

 あれ? いつの間にこんなところ出たんだろう。

 ついに私は痴呆で徘徊するほど頭がおかしくなって……

 

「放せ! くそっ、これはきっと何かの誤解なんだ! なあ!」

 

 ふと、背後からの声に気付く。

 

「おお……」

 

 全く気が付かなかったが物凄い量の人、人、人。

 ずらりと並んだこう、なんか物凄いごてっとした鎧を着た人や、ともすればコスプレか映画の撮影にでも見える豪華で重そうな服を着た人達。

 そして出入口なのだろうか、奥まで続く真っ暗な通路から引っ張り出されてきた1人の少女に驚く。

 

 見たことある人だ……

 

 日本にはいない……勿論コスプレを除けば、ピンと尖った耳、そして私と同じ金色の髪。

 名前をなんというのだったか。カメムシ? カメリア? カチョエぺぺ? ともかくそのような名前の人。

 前のダンジョン崩壊時に拾ったペンダントの持ち主、きっと異世界の……

 

 ああ、そうか。

 気付くのが遅れたがこれ、この前の不思議な体験の続きなのかもしれない。

 異世界、かもしれない不思議な映像。

 

「王よ、聴いてくれ! 私は生まれてこの方決して罪など犯したことがない! 裁きと守護の女神クレネリアスに誓ってもいい!」

「罪人はみぃんなそう言うのよ。知らないのかしら、カナリア?」

「クラリス! よかった、お前も説明してくれよ! お前だって私はそんなことしないの知ってるだろ!」

 

 あ、そうそう。カナリアさんね、カナリアさん。

 

 王と呼ばれた笑みを湛え豪華な椅子へ腰かけた若い男、いや、少年にすら見えるその人。

 彼の背後からゆるりと現れた一人の女性。彼女はチョコクリームみたいな肌と白い髪はきっと私の世界に存在しない姿で、けれど自然と似合っていた。

 そしてピンと尖った耳はカナリアにそっくりで、そのつながりか分からないがどうやら彼女らは既知の存在らしい。

 

 クラリスと呼ばれたその人はツカツカとカナリアへ歩み寄ると、彼女の首元につながった鎖を拾い上げ睨んだ。

 

 すっごい薄くてひらひらの服、寒くないのかな。

 ツタっぽい何かで編まれた靴も歩きにくそう、変わった服装してるね本当。いや、異世界ではこれが普通なのか?

 

「クラリス、お前寒くないのか? 腹を冷やすのは体に良くないぞ」

 

 あ、やっぱり変な服装なんだ。

 

「……貴女ほんっとうに昔から変わらないわね。誰かを疑うってことを知らない、純粋で……」

「なあクラリス、おい……いっ!?」

「昔からそういう態度が不快で仕方なかったわ。常に私の前を歩いて、そのくせこっちにも無邪気によってくる貴女のその態度が! 貴女さえいなければ私は……!」

「お前……何を言って……」

 

 軋む鎖、カナリアの零れる小さな悲鳴。

 クラリスに引っ張られた首元の真っ黒な首輪が悲鳴を上げる。

 

 なんだかよく分からないが仲が悪そうだ。

 鬱憤でもぶつけているのか、こんなのをずっと見させられるのだろうかと思っていた所で、王とか呼ばれていた少年が飄々とした笑みを浮かべ寄ってきた。

 

「もういいか?」

「我が王……失礼いたしましたわ。しかし罪人に近づくのは御身に危険が及ぶ可能性が」

「良い。聞きたいことがあるからな」

 

「研究者カナリア、『次元の狭間』についての研究を隠していたというのは誠か?」

「な……! なんでその話を……!?」

 

 次元の狭間。

 私の人生にこれまでも、そしてこれからも大きく関わる存在を初めて知ったのはこの瞬間であったが

 

「あっ、あの首輪さっきの奴じゃん」

 

 カナリアの首についていた首輪が先ほど筋肉に渡された首輪だと気づいた私は、この時そこまで次元の狭間なるものに興味を持っていなかった。



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第九十話

「な……何故……」

「私が報告したからよ。まさか第一人者である貴女がそこまで重大な情報を隠し持って……他国と内通し技術を売り払おうとしていたなんて、ね。ずっとこの研究について反対していたのはまさか、大金と共に隣国へ亡命でもする予定だったのかしらぁ?」

「……は? 何言ってるんだよお前」

 

 自分自身思ってもいない内容、いや、この小さなエルフが思いつくわけもない筋書き(・・・)をつらつらと語るクラリス。

 

 学会の異端児として名を馳せ、革命的な発明を次々と発表していたカナリア。

 彼女の存在によってこの国、さらにはこの世界そのものの技術は、この数十年で飛躍的に向上していった。

 

 だがそういった技術の発信は彼女が裏で発見し、『次元の狭間』と名付けた存在、そして研究の隠れ蓑に過ぎなかった。

 最終的にこれは人類の手に余ると結論付け、研究結果の抹消を決定したのだが……

 

「でも残念でしたぁ。貴女が内密に処理しようとしていた資料すべては私が回収したの、気付かなかったでしょ? 既に研究と試運転は始まっているわぁ」

「おま……お前…………!」

 

 幼馴染であり良き理解者だと思っていたクラリス。

 だが普段彼女が浮かべていた笑みの裏に渦巻く怒りや嫉妬を、カナリアは今の今まで気づくことが出来なかった。

 ふとした日常での違和感からカナリアの身辺を調べたクラリスは、彼女が情報を破棄する直前で『次元の狭間』の存在を知ることとなったのだ。

 

 クラリスの話に絶句し、パクパクと口を開くだけのカナリア。

 彼女にとっては初耳、しかし周りの人は平然としており既に織り込み済みの様子。

 たった一人、誰からも気付かれることなく観察している……半分ほど上の空だが……未来からの目撃者を除いて。

 

「天へ続く蒼の塔(・・・)、ここからも見えるでしょう? あれも研究の一環、いえ、研究の要よ。世界そのものへ干渉するために建てられたの」

「……! まさか……だってお前、あれは新しい観光名所だって……! 一緒に行こうって言ってたじゃないか!」

「……どうしてこんな頭お花畑に負けていたのかしら。」

 

 立ち上がりクラリスへ飛び掛かろうと怒りをむき出しにするも、軽く鎖をひかれただけでその小さな身は地面へと這いつくばり、何もなすことはできない。

 嘲笑う彼女の足元、カナリアは精いっぱいの声を張る。

 

「聞いてくれ王よ! あれは人類には早過ぎる、いや、手を出してはならない存在なんだ! どんな悪影響があるのか……」

 

 

「その悪影響とやらは『異世界』へのことか?」

 

『……!?』

 

 視界の端でちらちら動いていた王?とやらの言葉を聞き、心臓を鷲掴まれたような衝撃が走った。

 どうせ関係ないことだと、異世界のことだと高をくくっていた私の脳天を叩いて注意を促すような、そんな感覚。

 

 ま、ままっ、まさささささっまさか、ね。

 異世界ったって、私たちの世界であるとは限らない。

 ……だよね?

 

「な、ならば! 聡明な王ならばご理解下さるはず! 下手をすれば無辜の民、いや、異世界そのものが犠牲に……!」

「勘違いしているようだが……王という物は国と一心同体、己が国を導き、富ませることこそが使命であり運命なのだよ。その過程において必要なら周辺各国へ首を垂れ、罪を背負い身を削る。だが『次元の狭間』に眠る魔力は誰のものでもなく、恒久的に湧く得難い資源よ。万が一には異世界の存在が犠牲になる、それは悲しいこと」

 

「しかし己が国のためなれば、些末な事よ」

 

 もういいだろう。

 椅子から立ち上がり、背を向けその場から去る王とやら。

 入れ替わってカナリアの前に立ったのはクラリス、無言で会話を見ていた彼女は下卑た笑みを隠さない。

 

 言っている事がよく分からなかった。

 もっとわかりやすく言ってほしい。

 

「可哀そうだけれどごめんなさいねぇ、あの人国のためなら冤罪とか関係ないのよ。残念だけれど隠してたって事実を報告された時点で貴女は……」

 

 あら? 報告したの私だったわぁ。

 

 クスクス、ケラケラと。

 口角を歪ませひとしきり嗤った彼女は、項垂れたカナリアを見下ろし……ふと思い出したようにしゃがみこんだ。

 

「そういえば貴女の処刑方法知ってるかしら? 大好きな次元の狭間に放り込まれるらしいわよぉ? 確か中に入ったものはぜぇんぶ魔力に変換されて消えるなんて貴女の資料には書いてあったわね。大丈夫、その魔力も全部汲み上げて私たちが大切に使ってあげるわぁ」

 

 ツンツンと長い爪でカナリアの頬をつつきながら、にやついた表情で彼女の処刑方法とやらを語る。

 

 うーん……?

 この次元の狭間ってやつ、なんか所々で聞いたことあるような、ないような話が……あるような……ないような……?



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第九十一話

 二人が消えてからは驚くほどあっさりと話は終わった。

 淡々と、人の生き死にが決まるだなんて思えないほど非情に、髭を生やしたおじいさんたちは彼女の罪状等を読み上げ、冷酷な判決が下された。

 

 肝心の被告人は……

 

「立て」

 

「い…………嫌だっ! 死にたくない! ああああ死にたくないしにたくないいやだあああっ! はなせよっ! なあおい助けてくれよなあお前たちだってわかってるだろ!? 私が何したっていうんだよ! 変なことなんてひとつもしてない! 悪いことなんもしてないよぉ!?」

「静粛に」

 

 抑えきれない感情でぐちゃぐちゃに歪んだ顔。

 言いたいことは無数にある、だがむしろ多すぎて出し切ることが出来ない……そんな表情はあまりに痛々しくて見ていられない。

 

「お前らが使ってる物だって私が開発したもの多いんだぞ!? 恩恵だけ肖ってちょっと不都合になったら消すなんてずるいだろこんなのさぁ!? ばかあ! あほ! アホ王! バカ王! バカリス! アホリス!」

「黙れ!」

 

 見ていられないと思っていたのに、どうにも発言が微妙な緊張感を掻き消していくのは彼女の性格ゆえか。

 

「い、嫌だ! 黙らない! 黙らないぞ私は!! お前らこの先起きてても寝てる間も夢や脳裏で私のことを思い出して苦しむように記憶へ刻み付けてやる! 人間は嫌な記憶を忘れないように出来ているんだ! あの時助けていれば良かったと一生後悔し続けろ!!」

 

 ずるずると小さな体を引き摺られ両手を振り回し、涙と唾をまき散らしながら姿を消すカナリア。

 この先いったい彼女はどうなってしまうのか、無意識に追いかけようと足に力を入れたところで……

.

.

.

 

 

「ここまで、か」

 

 相変わらず終わりは唐突で、ふと気が付けば私は元通り協会の椅子へと、頬杖と共に腰かけていた。

 

 カナリアが付けられていた真っ黒で簡素な首輪。

 血も何も付着していない、ただつけていた主だけが不在で、恐らく鎖が付いていたのであろう部分にはなにもついていない寂し気な姿。

 彼女は既に死んでいるのだろうか、それともあれは現在進行形で……?

 ダメだ、どうにも見たそれがどこかふわふわとしていて、それこそテレビだとか映画の中の出来事のように思えてしまう。

 

 けど、たった二度しか経験がないけれどそのどちらもが彼女に纏わる出来事の映像だった。

 この首輪も、そして今アイテムボックスに放り込まれたペンダントも彼女の物。

 関係なんて。意味なんてないのかもしれない。ただ偶然私の手元にこれが転がり込んできて、ただ偶然私が『鑑定』をしたからあの映像が見えただけなのかもしれない。

 

 しかし、もし何か関係があるとしたら…………

 

 

『ふみ゛ャっ』

 

「痛っ、お前アホねこめ」

 

 ピリリとした頬に走る痛みがドツボにハマった思考を掘り起こす。

 

 目の前にはあいつ。

 私の不意を付けたことにご満悦な表情を浮かべ、机の上で右手をうにうにとさせて優雅な毛づくろい。

 例えるならば不敵なお嬢様と言ったところか。

 

 相変わらず生意気な奴め。

 そういえば筋肉が首輪、こいつに付けろとか言ってたな。

 

「おりゃ、捕獲」

 

 暴れるネコの鋭い爪を上手い事さばきつつ首輪を装着したはいいが、どこか何かが足りないような気もする。

 違和感があるようでカリカリと後ろ脚を使いひっかく姿を観察しているうちに、欠けたピースに思い当たるものが出てきた。

 

 鈴だ。

 猫と言ったら鈴だろう、鈴付けよう鈴。うんうん。

 

「おりゃ、ちょっとこっち来いアホネコ」

『み゛ぃ!?』

 

 買い物行っている間にどこかへ姿を消されても困るし、ついでにこいつも連れて行けば似合うのも見つけやすいだろう。

 

 脇へ手を差し込みでろーんと持ち上げ、ゴリっとした硬い物体が手のひらに突き刺さる。

 膝へ着地、感覚を頼りに毛を掻き分け見つけたのは黒く小さな石。

 石と言っても本当に爪より断然小さく、人によってはこれは砂の粒だと言うだろう、それほどまでに小さなものが固まっていくつか点在していた。

 

「なんだこれ……」

 

 かさぶた、かな……?

 

 爪で引っ掛けて弄ってみたがどうにもがっつり張り付いていて、引っ張ると痛むのかウナギとなってグネグネ体をくねらせ嫌がる。

 無理に取ってしまうこともできるが、かさぶたはあまりとらない方がいいとどこかで聞いたことがある。ステータスのない動物にポーションを使おうと意味がないし、どうせそのうち治って剥がれるのだから放っておこうか。

 

 まあどっかで喧嘩したとかだろう、猫だし。

 

「また喧嘩してんのかお前らは」

「違う、可愛がってあげてるだけ」

 

 ついでにもちもちと頬を引っ張って遊んでいると、コンビニから帰ってきたのかビニール片手のウニが反目で私と猫の攻防に口をはさんできた。

 ぷすぷすと膝の上から抗議の鼻音が聞こえるが無視だ無視、第一最初に喧嘩売ってきたのこいつだし。

 

「まあいいや……程々にしろよ」

 

 いまいち私の話を聞いていなさそうなウニの反応。

 

「別に喧嘩なんて……あ、ここら辺にペットショップとかある?」

 

 どうせ何言ったって信じてくれないし、さっさとここは退散するに限る。

 あ、こら暴れるなって。



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第九十二話

「ぺっとしょっぷ……ぺっとしょっぷ……」

 

 歩くたびに消え失せる四角く灰色の建物。

 気が付けば小さな公園と街路樹、そしていくつかの家屋だけが並ぶ不思議な通りに私はいた。

 

 妙だ。

 ウニの言う通りに道をたどったはずなのに、ペットショップどころか建物すらどんどん減っていく。

 これはまさか……

 

「ウニに騙されたのか……!」

 

 私は絶対に迷ってない。

 くそぉ……くそぉ……あいつゆるさん。

 大通りを抜けたらすぐだって言ってたじゃん! 大きな看板があるって言ってたじゃん! どこにもないんだけど!

 

 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、果てには帰り道すら分からなくなりネコは腕の中で居眠りを始める始末。

 もういっそ屋根の上でも飛んでいこうか、いや勝手に登ったらやっぱり犯罪になるのかな。

 

「わっ!」

「ひょおお!? ……りゅ、琉希。どうしてここに……」

 

 突然背後からかけられた大声に跳ねる肩、振り向けばにやにやと笑う彼女。

 

 普段平日だとか関係のない生活をしていて忘れがちだが、どうやら今日は休日らしい。

 まだ昼間だというのにも関わらず私服の彼女を見て気付くが、街中で会うのならともかくこうも閑静な住宅街で出会うのはなかなか不思議な事だ。

 

「どうしてもこうしてもここ私の家の近所ですよ? フォリアちゃんこそどうしてこんなところに……あ、もしかして私に会い」

「丁度良かった、ペットショップってどこにある?」

「あいに……あいに……はい、知ってますよ。一緒に行きましょう!」

「え、いや別に一緒に行かなくても場所さえ教えてくれれば……」

「行きましょう! ね! ね!」

「あびゃああ」

 

 猫と共に世界がかき乱される、奴も逃げようと腕の中で藻掻くがお前も苦しめ。

 ぬは、ぬは、ぬははうえええ……き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛……

 

 何が一体そこまで彼女を駆り立てるのだろう、肩をがっしりと掴まれ前後に揺さぶられてしまえばこちらは頷かざるを得ない。

 

 

 バンッ!

 

「こんにちはー! もう開いてますかー!」

「それはあけながら言う言葉じゃないと思う」

 

 開けて早々に匂ってくるのは、動物特有の据えた獣臭……かと思いきや逆、それどころかさわやかな花の匂い。

 加えて奇妙なことに、動物たちの鳴き声が全くしない。

 はて、一体どういったわけか……

 

「ここはワンちゃんとか置いてないんですよ、店主さんが飼ってるネコちゃんはいるんですけどね」

「あら、いらっしゃい琉希ちゃん。今日も勉強のおさぼりに来たのかしら?」

「あーあーそれはちょっと言っちゃだめです! ほらフォリアちゃん鈴探しましょう! ね! ね!」

「……!? え、ああ、うん」

 

 全く察知できなかった、一人の女性が後ろに居たことを肩に手を掛けられようやく気付く。

 

 閉じているのか開いているのか、一見その判断すら難しいほど目を細めたその女性。

 琉希の態度や会話を見る限りどうやら彼女がここの店主のようだ。

 気になることはあるのだが琉希にぐいぐいと手を引かれてしまえば振り払うわけにもいかないし、彼女もこちらを引き留める様子がないので店内を進めば、もう夏も近い、軽く汗ばんでいた体にクーラーの利いた店内は心地よかった。

 

 なのだが。

 

 こう……店主の前で考えるのも失礼なのだが、かなり広々としたわりに寂しい店だ。

 服やリード、ケージなどは並んでいる、とはいえやはりペットショップなのに動物たちがいないせいもあって空きが目立つ。

 一応ショーケースもあるというのにその中は空っぽ、冷たいガラスの奥に真っ白な壁だけが見えるせいで、余計モノ寂しい雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、鈴ありましたよ! どれにします?」

 

 勝手に戸棚をガサゴソと漁っていた琉希が引っ張り出して来たのは、色も形もとりどりの鈴が入ったケース。

 昔からあるような金色の爪ほどの大きさをしたものもあれば、魚の形、蝶ネクタイについたもの、変わり種では魚の形をした陶器製のものまであった。

 

 む……これは悩むぞ。

 

 こやつは全身真っ黒、首輪まで黒ときたものだから中々どの色にすべきか悩む。

 金ぴかなものが王道だとは思うが、しかしこれでは目立ちすぎな気もするなぁ……いや待て、それならあえて暗い色にするか……?

 

「ん……えーっと、これとか?」

 

 決めかねて適当に取り上げてみたそれは赤と黒のチェック模様をした蝶ネクタイ、真ん中で揺れる金の鈴がコロコロと音を鳴らしてかわいらしい。

 

 うん、案外悪くないんじゃないかな。

 

 手に取ってみれば不思議と気に入ってしまい、これがベストなようにすら感じる。

 まあ適当な性格ってだけかもしれないけど。

 

 足元をうろちょろしてた猫をホールド、試しに付けてみたらやはりしっくりときた……のだが、

 

『ミ゛ィ!』

 

「こら暴れるな、落ち着けアホネコ」

 

 着けた瞬間嫌がるように体をうねうねをくねらせ、床に地面をこすりつけて猛烈な勢いで暴れだした。

 まるでウナギかなにかのようだ。

 いったい何が気に入らないというのか、似合っていると思うのだが……

 

「鈴の音が嫌なのかもしれないわね、猫って耳いいから」

「……!?」

「確かここら辺に……ほら、これが音の出ないタイプね。これなら嫌がらないんじゃないかしら?」

 

 気付かなかった……この人気配がなさ過ぎて怖い。

 

 またもやいつの間にか背後にいた彼女が引っ張り出して来たのは、見た目こそそっくりだが揺らしても音のしないタイプ。

 流石はペットショップのオーナーというべきか、少しばかり嫌がるような素振りをしたがそこまでで、猫も今度はおとなしく首輪を受け入れた。

 

 私は音が鳴る方がよかったのだが……まあいいか。

 

「うん似合ってる似合ってる、貴女センスあるわ」

「そ、そう……?」

 

 そう言われてみればこっちの方が似合ってるような気がしてきた。



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第九十三話

「これうちの特製シチューね」

「うん、頂きます」

 

 このペットショップ、動物は置いていないが軽い食事が出来るらしく、琉希の

 

『ここのシチューはすっごくおいしいからすっごくおいしいんです!』

 

 と言語の崩壊した後押しもあり、時間もそろそろ昼だし食事を注文することとなった。

 

 食事を出しているのは店の奥、小ぢんまりとしたカウンター。

 ここに来る客の多くはペットと共にここで食事をとることが目的ですらあるらしい、そもそも客が少ないけどねと犬飼さん……この店のオーナーである彼女の名前らしい……は苦笑しつつの談。

 

 ううん、夏も始まろうというこの時期にシチューとはちょっとばかしズレている気がするが味はいい、冷房も動き始めて冷える体にはちょうどいいのかもしれない。

 

「ひゃー! からーい! お水くださーい!」

「え……なにしてんの……?」

 

 純白であったシチューはどこへやら、深紅に染まったそれをがっつき辛いと唸りながら水を求める彼女。

 

「え、一味入れないんですか?」

 

 一味……一味!?

 

 机の上にそんなものはなかったはずなのだが、彼女の傍らにはいつの間に用意されていたのか真っ赤な小瓶。

 どうやら頼めば出してくれるらしいが……

 

「入れないよ?」

「入れましょう!」

「やだ」

 

 しばしの駆け引きを繰り返し、その押しに負け入れる羽目となってしまった。

 

 舌に合わなければ彼女が完食し代金を払うという約束の元、わっさわっさと一味をぶち込まれ白を失うシチュー。

 己のあいでんなんとかを失い、どこか悲しげな雰囲気を纏わっているように見えるのは私の気のせいだろうか。

 

「……」

「ハイ一気に!」

「んん……!?」

 

 ……結構イケる。

 

 確かにこれは辛い、一口含むごとに体がカッと熱くなる。

 しかしただ辛いだけではなくどろりと煮込まれたシチューから感じる複雑な甘みなどが、その辛さをどっしりと包み込んでいた。

 見た目ほど辛くないのは牛乳のコクからきてるのだろうか。

 

 案外美味しい、悔しいけど。

 

「ね?」

 

 くそっ

 

 猫もカリカリの山に乗せられたツナにがっついている、いやカリカリも食えよ。

 

 

 食事が終わり、琉希は猫を連れ店の端にある動物と遊べるスペースで転がっている。

 気分も緩んでいたからだろう、何となしに先ほどから気になっていたことを口に出してしまう。

 

「ねえ、なんでここ動物置いてないの?」

 

 空気がピンと張り詰めたのが分かった。

 いくら私でも分かる、これはきっと容易に踏み入ってはいけないものなのだと。

 

「うち? んー……昔は置いてたんだけどね。これ言っていいのかなぁ……ほら、売れ残った子って処分されちゃうでしょ? 知ってすぐは割り切ろうと思ってたんだけど、やっぱり駄目だったわ。きっと私には向いていなかったのね、それでも簡単に廃業って訳には行かないのが辛いところなのだけれど」

 

 最初こそ言ってもいいのか悩む様子だったというのに、ジワリと溢れ出してしまえば最期、一度堰を切って溢れ出した感情の発露にこちらまで飲み込まれそうになる。

 無意識にだろう、カウンターの上で握り締められた彼女の拳は汗ばみ、爪痕が残るほど握り締められ震えていた。

 

 何か言い返さなくては。

 焦燥に脳が焼かれそうだというのに、唇は震え定まった言葉が出てきそうにない。

 

「あっ……えっと、その……」

 

 思い出したくないものだったのだろう、その細い瞳の奥に隠していたものなのだろう。

 じわりと端に浮かんだ涙が輝く。

 

 しまった。

 きっとこういうところが、私が人に嫌われいじめられていた要因なのかもしれない。

 だからお前はだめなんだ、何も考えていない馬鹿な自分が嫌になる。

 

「あー! いいのよ、ごめんなさいね若い人にこんな話。あんまり聞いてて気持ちのいいものじゃなかったわね」

 

 正直私は命の大事さだとか、生という物をあまり理解できていない。

 ダンジョンで死にかけて必死に生きている感覚へ縋っているだけで、ダンジョンで見知らぬ誰かが死んだと聞いても全く実感だとか、感情が大きく揺さぶられることもなかった。

 なのにどういうことだろう。こうやって目の前で、人間ですらない動物の命が散ることに痛みを覚えている人を目にすると、不思議と私まで心の奥がつんと痛んでくるのは。

 

 分からない。

 本当に最近は分からないことだらけだ。

 

「えっと……」

「んん、こほん。じゃあ貴女の悩み事でも聞こうかしら! こう見えても教えたりするのは得意なの、勉強で悩み事とかはない!? ほら、初めて会う相手だし普段は言えない悩みとか……!」

「分からない……」

 

 悩み事と言ったって、一番どうしたらいいのかわからないスキルのことはあまり人に言えないし……ああ、それなら

 

「どうしてみんな、他人のために命張れるのかな」

「……年頃の女の子が出す話題じゃない気がするわね」

「琉希もそうだった。私より断然弱いくせに、膝もがくがく震えて内心怖がっているのが丸わかりなのに、私が守ります、私が守りますって馬鹿みたいに言い切って」

 

 本当に理解できない。

 彼女や安心院さんたち、そして先日のダンジョン崩壊で命を張って死んでいった、姿すら知らない探索者の人たち。

 どうしてそうやって自分の命を張れるのだろう。必ず守れるわけでもない、守って誰もが崇め奉るわけでもない、むしろ世の中の大半はそんなことより自分の夕飯に何を食べるかの方が大切だろう。

 

 他人のために命を張るのなんて馬鹿だ。

 

「なにかいいましたー!?」

『み゛いぃぃ!』

 

 名前が出たのが聞こえてしまったのだろう、ネコとねこじゃらしを抱えこちらへ寄ってくる彼女。

 

「何でもない、向こうで遊んでて」

 

 その手にある猫じゃらしをひったくってぽいっと放り投げれば、ネコと共に走り去っていく。

 本当に能天気な奴め。

 

「うーん……誰しも守りたいものってあると思うの。家族や友人だとか、大切なものだとか、或いは目の前の命だとか……善人悪人関わらず必ず何かあるはずよ。いつ気付くかは分からないわ、もちろん失って初めて気付く人だっているでしょう」

「守りたいもの……」

 

 私の守りたいもの……

 

 家族だっていない、家なんてない、手持ちはスポーツ店で買った子供用金属バット(カリバー)や服など、大きなリュックに詰め込めば済んでしまうほど。

 そんな私の守りたいもの、か。

 

「もちろん人にとって線引きはそれぞれだけれど、全て等しく価値があるわ。他の人のために命を張れる人は、きっとその線引きの境界が広いのね」

「そう……なんだ……」

 

 私とは遠くかけ離れた人たちだな。



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第九十四話

 眉を顰め合わせた手のひらへ唇を当て黙り込んだ私へ、犬飼さんが不思議そうな顔を浮かべ語る。

 

「納得いっていないみたいだけれど、貴女もきっとその一人だと思うわよ?」

「え……?」

 

 私が? 冗談はよしてほしい。

 

「琉希ちゃんとダンジョンで一緒に戦ったのって貴女でしょ? 何度も話してくるのよ、金髪の子がーフォリアちゃんがーって」

「う……」

 

 目を細めたままにこやかに語る犬飼さん。

 たまらずといった様子でくすくすと零れる笑みからして、琉希がよほど熱心に語っていたであろうことが見て取れる。

 

 あいつ他の人にそんなホイホイ話していたのか、口が軽い。

 いやまあスキルのことは話してないのなら何でもいいのだけれど……それは横に置くとして、私が教会の広い人間だとは笑えない冗談だ。

 自分のことしか考えていないし、あれ(琉希)みたいに平然と命の危機に飛び込むことだってできない、その上やられたことはずっと根に持っている。

 

 いやな人間だ、私は。

 

「ふふ……自分のことって案外、他人の方が分かっているものよ。人の心は複雑なの、決して同じ形のない多面体ね。一つの面からでは決して見えない面も、離れた場所に立つ人からなら容易に見えてしまう」

 

 私の苦悩もなんのその、よく分からないことをつらつら語りつつ微笑を浮かべ、ゆるりと肘をつく犬飼さん。

 

 意味が分からない、もう少し分かりやすく言ってほしい。

 ……まあいい、要するに人間性の問題って話だろう。懐が深い人間は自分のことだけじゃなく他人のことへも気が回るし、私みたいな人間はそれが出来ないのだ。

 誰しもがきれいな心を持っているわけではない。犬猫の処分に涙をこぼす優しい世界で生きてきた、綺麗な心を持つ人には理解できないことだってあるから。

 

 彼女はきっと何か勘違いしている。

 昔から馴染みのある少女を助けた私、なんでも好意的に受け取ってしまうのに無理はないだろう。

 

「ほかに何か悩み事は? 貴女一杯抱えてそうだもの、吐き出しちゃいなさい」

 

 なんだその、悩み事の塊みたいな扱い。

 ……いや、確かにどうしたらいいか悩んでいることはたくさんある。けれどそう容易に言えるものではないし、ぱっと思いついたのだってさっき話してしまった。

 

「--じゃあ最後に一つだけ。すっごく強くなりたい、何にも負けないように。けどきっとただレベルを上げるだけじゃそれには届かなくて……」

 

 無意識に噛み締めたらしい唇へかすかな痛みが走った。

 

 そう、今の私にはきっと何かが足りないんだ。

 薄々気づいていた。レベルが上がれば多少の差は無視できるはずだったのに、なぜか攻撃を食らってしまったり、やられかけたり。

 

 スキルの都合上基本一人で戦うしかない私にとって、戦闘不能は即座に死を意味する。

 偶然あの金髪の女性に助けられていなければ、きっと今頃は『炎来』で誰にも気付かれることなくしたいすら分解されて……だから、だからそんなことが起こらないように、何にも負けないように、もっともっと強くならないといけない。

 

 戦いをやめればいい。

 

 当初の予定のように体力は十分以上着いたのだから、一般人として普通の生活を送ればいい……甘い考えが脳裏をよぎる度全身がざわついて妙な冷や汗すら出てしまう。

 それではきっとダメなのだ。きっとそれでは納得が出来ない、いつかまた耐えきれず燻る衝動のままに相棒(カリバー)を握って、何もかもを投げ飛び出してしまう予感があった。 

 

「貴女、戦いの鞭撻をしてくれる人はいないの?」

「べんたつ……?」

「ああ、指南、先生役のことよ」

 

 先生、先生か……。

 

「一生のうちに一人で学べることは限りがあるわ。けれど無数の人が学んだことを集約して、知識として蓄えていく。そうやって集約された知識の塊こそが『教え』、『教材』だのと口伝や記録になって次の人へより重厚になって伝わっていくの」

「はあ……」

「まあ要するに一から手探りより、先駆者から教えてもらった方が何倍も早いってことだわ。追いついた後で未開の世界があったなら、そこで自分自身がさらに切り開いていけばいいの」

 

 先駆者……つまり超強い人ってことか。

 超強い人なら一人心当たりがある。多分ここいらで、下手したら日本でもトップクラスの能力を持っているかもしれない人物。

 

 脳裏を過ぎるのは筋肉塗れのハゲ。

 

 なんたってプロテインのCMに起用されるくらいだ、その強さが周知されていなければ指名だって来ないだろう。

 街であの筋肉を見てスカウトされた可能性も無きにしも非ずだが。

 

「思いついたみたいね」

「うん、ありがとう」

 

 時計を見ればもう三時、別に急ぎの用事があるわけでもないが、長居する必要もない。

 それに今の話でやることが出来た。

 

「もう行く、ありがとう」

「ええ、また来てね」

 

 私みたいなめんどくさい人間、本当にまた来てほしいわけじゃないのかもしれない。

 だが、まあ、また来ても……いいかな。

 

 琉希とじゃれていたネコをひょいとつかみ上げ抱き、協会へと戻ることを告げる。

 彼女もいっしょに協会へ行くのかと考えていたが、今回はここへ残るらしい。どうやら犬飼さんに勉強を教えてもらうようだ。

 ちょっと寂しげな顔をしていたが、必死こいてダンジョンでお金を稼いで高校に行っているというのに、私と遊んで落第したとなれば笑い話では済まないだろう。

 

 二人にゆるりと手を振りドアノブへ手をかけ……

 

「フォリアちゃん」

 

 犬飼さんが掛けてきた声に止まる。

 

「……?」

「どんなに悲しいことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、貴女の暖かさを忘れないでね」

 

 はて、さっぱり意味が分からない。



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第九十五話

 昼頃を見計らい協会へ突撃、窓際の木漏れ日に当たっていた筋肉を確保。

 そして……

 

「筋肉……私を弟子にして。いや、弟子にしてください」

「断る」

「38……」

「筋肉……私を弟子にして。いや、弟子にして」

「断る」

「39……」

「筋肉……私を弟子にし」

「断る」

「40……もういい加減諦めたらどうですか? マスター」

「おう、本当にな……!? 待て、何故俺が諦めないといけないんだ」

「だって以前嘆いてたじゃないですか、助手になってくれるようなのがどこかにいないもんかって。ここ最近『崩壊』の発生数も増していますし……」

 

 助手。

 もちろん戦い方を教えてくれるのなら仕事の手伝いくらいしよう、きっとそれも経験になる。

 そうなれば必然、彼へ私のスキルについても教えることになるだろうが……きっと嫌なことはしないはず。

 

「うんうん、私ならお得。言うこと何でも聞く」

 

 後ろで何やら数えていた園崎さんがすっと横入りして来る。

 しかし彼女の説得も何のその、渋い顔で決して首を縦に振る様子がない。

 何もない私にポンっとお金を払ってくれたり、全くあてにならなかったとはいえ攻略情報を教えてくれたりと動いてくれた彼に似合わない行動。

 

 どうしたものか、これは頑として認めてくれなさそうだ。

 だが私にも教わりたいほど強い人といえば彼しかおらず、あまりここで譲歩はしたくない。

 仕方ない、次の一手を考えるか。

 

「わかった……」

「おう」

「勝手についていく」

 

 もし教えるのが苦手だったとしても、後ろについて戦っているのを見れば学べることはあるはず。

 それに気の良い筋肉のことだ、直に認めてくれるだろう。

 

 

 

 筋肉の朝は早い。

 まだ日も高く昇っていない頃、服の下からでも大胸筋をぴくぴくとさせながら電車を降り、静謐に包まれた街をゆっくり歩いて協会へとやってくる。

 

 都会じゃセミは夜でも鳴くらしいがここらじゃ決してそんなことはなく、薄暗く涼しいこの時間にはまだかすかに聞こえるのみ。

 こうしてブロックの裏で奴が来るのをじっと待っていようと、日差しに体が焼けることもない。

 

 そんなとき、視界の端で輝く何かを捉える。

 筋肉のスキンヘッドだ。

 

「む……こんな朝早くに奇遇」

「隠れてただけだろ」

「な……!? しょ、証拠がない。お前の発言に私の心は深く傷ついた、詫びとして弟子にすることを要求する」

「当たり屋みたいなこと言うなよ……ブロックの端からバットが見えてんだよ、もう少し隠す努力をしろ」

 

 なんと。

 まさか相棒(カリバー)が私の隠密行動を妨げていたとは、思わぬ伏兵であった。

 だが私は寛大な持ち主、一度の失敗で怒ることはない、うむ。

 

 私が相棒をなでなでしている間に筋肉は脇をすり抜け、すたすたと協会へと向かっていく。

 もちろんちょっとしてから私も気付き、今度は別に隠密する必要もないので後ろに張り付いている。

 

 その時ふと気付いたのだが、筋肉は足音が全くしない。

 軽い衣擦れとかすかにアスファルトのカスが蹴られる音だけ、どうやってるのかは謎だが特に意識をしているわけでもなく、その歩き方が完全に身についているようだ。

 これはきっと戦闘でも役に立つだろう、耳の良いモンスターなら足音で気付かれてしまうかもしれないし。

 

「こうか……?」

 

 見よう見まねの歩き方。靴底が地面へ擦れない様垂直に下ろし、ゆっくりと上げてみる。

 

 ダメだ。

 

 多少はマシになったがしかし、やはりはっきりと音が鳴ってしまった。

 物の少ないアスファルトの上ですらこれなのだから、きっと砂利の多い場所や落ち葉の上ではもっと派手に響いてしまうに違いないだろう。

 いや待て、そもそもそういった場所は出来る限り避けるのも対策の一つなのか?

 

 ううん、考えることが多くて頭が痛くなる。

 

「かかとから付けるんだよ、かかとからつま先にかけてぴったり地面に這わせてみろ」

「なるほど……こうか……!?」

 

 背後でいつの間にかにやついていた筋肉。

 

 おかしい、前を歩いていたはずなのに。

 気配のなさはともかく彼の指示は的確で、実際にかかとから足をつければ意識せず歩いていた時とは段違い、確かに足音はめっきり聞こえなくなった。

 だがこれは……普段使っていない筋肉に刺激があるようで、非常に足が攣りそうな予感がする。

 

「じゃあ俺は先に行くから、頑張れ」

「ちょっと……待ってああああああぁぁ?」

 

 攣った。



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第九十六話

 燦燦と日の差し込む大きなガラス、革張りの椅子と高そうなピカピカの机、その前に備えられたテーブルとソファは来客用か。

 協会の奥にある執務室に私はいた。

 

 執務室と聞けばはっと身構えてしまう硬さがある。

 しかし探索者協会と言えど所詮は田舎町の支部、大事な執務があるとき以外は割といろんな人がここに入ってきては、筋肉と軽い雑談ついでにお茶菓子を食べたりしているようだ。

 実際ここ一週間でも毎日のように誰かがここへ訪れているし、土産と言わんばかりの適当な菓子を置いていく。

 

 そう、筋肉に弟子入りを断られてから一週間が経っている。

 最初の頑として弟子にしないという態度こそ見せないものの、未だにあちらから積極的に何かを教えようといった雰囲気はない。

 だがじっくりと観察してみればその一挙一動が全て為になる、これが探索者の中でも上位の実力を持つ(?)らしい男の動きか。

 

 コーヒーカップ片手に紙を捲っていた筋肉の視線がこちらに向く。

 

「……何か用か」

「押忍」

「押忍じゃないが」

 

 私の脇に抱えられたのは分厚い本、その名も『ハルキの! 究極ナビ!』、表紙には青い武器片手にこぶしを握り締めた男の写真、今売れに売れているようだ。

 この本によれば初心者、特に弟子は師匠への返事を全て『押忍!』で答えるべしと書いてある。

 

 この本はすごい。

 難しい漢字は全く使われておらず文字もそこまで詰まっていないので、読む作業が苦手な私でも内容を容易に理解できる。

 三千円はちょっと高いかなと思ったのだが買って正解だったと思う。本屋の角で山積みになっていたのはきっと沢山売れるからだろう、在庫も十分というわけだ。

 

「そこでこれでも食ってろ」

「お……ありがとう」

 

 机の中から取り出されたクッキーの小袋。

 ぽいと放られたそれを受け取りソファに腰掛ければ『いつも』の時間が始まった。

 

 紙を捲る音とクッキーを食む協奏曲、眠くなりそうなほどの弛緩した時間。

 

 本当はもっと積極的に声を掛けたいし、戦い方を教えてほしい。

 だが私が思っていたよりずっと彼の仕事は忙しそうで、よく見せていたニカっと快活な笑顔はどこへやら、額にしわを寄せ文字を読み、忙しなくページを捲る様を見ていれば気が引けた。

 

 分かってる、私のしてることはすっごい迷惑なことだって。

 思い立った直後はなんて名案、思い立てばすぐ行動よとばかりに突撃したが、こうやって何もできず待てば待つほど次第に頭は冷えていって……強くなりたいのは事実だけれど、すぐにでも謝って他に何か手を探した方がいいんじゃないかって、頭の端で冷静な自分が語りかけてくる。

 

 沈む。ゆっくりと、深くに。

 体の端からゆっくりと血が引いて行き、自分でも思考の坩堝へと囚われていくのが分かった。

 

 ああ、駄目だ駄目だ。

 お前はいっつもそうだ、考えなしに動いて他の人にまで迷惑をかけて、あまりに遅い後悔をする。

 だから人に嫌われる……だから……だから……

 

 

 

 ジリリリリリッ!

 

 

 

 

 その時、鼓膜を叩くスマホの着信音に意識がすくい上げられた。

 

「……!」

「剛力だ。ああ――またか。場所は?」

 

 そこからは暫しの遣り取り、電話を耳に当てた彼をぼうっと見続ける。

 

 時間にして一分ほど。

 静かにそれを置いた筋肉の眼光がこちらに刺さった。

 

「崩壊の兆候を察知したらしい、今から出るが……」

「うん」

 

 

「ちょっとばかし遠出になるがお前も来るか?」

 

 

「……いく」

 

 その言葉でにわかに体が熱くなる。

 別に弟子にするとかの話とはかかわりがないだろう、単なる気まぐれなのかもしれない、一応聞いてやるかくらいの可能性が高いだろう。

 それでも、それでも其処に居ていい、そんな風に言われてるような気がした。

 

 

 特に大掛かりな準備はいらない、こまごまとしたものもあれど全て五分後には終わった。

 本当に必要なものは『アイテムボックス』へ放り込んであるし、恐らく普段からこういった生活の彼が準備をしていないはずがない。

 

 フロントで椅子に座って作業をしていた手を振り二人協会を出、電車へと乗り込む。

 相変わらずガラガラの車内、空調でよく冷えた空気が火照った体を包んだ。

 

「これから向かうのはEランクダンジョン、名前は何だったか……名前が長いんだが『草木蔓延る……いや忘れちまったわ。ともかく植物系のモンスターが多い所だ」

「植物……燃やすの?」

 

 燃やすのなら得意だ、とは言っても魔法を使うわけではない……第一私は魔法を使えない。

 燃やすというより爆発だが、魔法は使えないが魔石を砕けば爆発のおまけで火は出る。

 

 だが私の疑問に筋肉は緩く首を振る。

 曰く植物にあまり火は効かないと、油分を多く含むものならまた別らしいが。

 

「物理だ。ぶん殴るかぶった切れば解決する」

 

 なるほどね、私が一番得意な奴じゃん。



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第九十七話

「人いないね」

「市街地でなけりゃそんなもんだ」

 

 そんな会話と共に降りたのは、さびれた小さな町。

 朝に出たとはいえ数時間電車に揺られてきたここは中央からも大分離れていて、住民であろう人々がぽつぽつと遠くで揺れるだけ。

 流石に駅の近くだけあって小さな店はいくつかあるものの、どれもあまり客が入っているようには見えない。

 私の町に勝るとも劣らない、なかなかの過疎具合だ。

 

「ちょっとメシ買ってくる、お前は?」

「ここで待ってる」

 

 彼を見送り店前のガードレールに腰掛け、足をぶらぶら。

 

 店へ吸い込まれる筋肉と、すれ違いざまにぎょっとした顔で彼を見つめつつ親子が現れた。

 

「みて、みて! すっげー!」

「こら、人を指で指さない!」

「いって! なんだよー! あはは!」

「何が面白いの!」

 

 親と子、二つの笑顔が横を抜ける。

 どこにでもあって、私にはなかった日常。

 

 ああ、いいなぁ。

 

 勝手に目が追ってしまう。

 どこか罪悪感すら感じる、私と私じゃない人の隔たり。

 私も……私は……

 

 

 

「ハルキっ!?」

 

 

 うすぼんやりと歪んでいた視界がパンっとはじけて、突然鮮明に変わった。

 

「……っ!」

 

 先ほどまで笑顔だったはずの母親が、目の奥にひりつくほど必死の形相を浮かべ手を伸ばしているのが、やけに記憶へ残る。

 

 手に持っていた卵のパックが緩やかに空を舞う。

 届かないのに、届いても意味がないのに、それでも子供を引き戻すために。

 

 きっと特に理由なんてない、ただなんとなく。

 そう、ただなんとなく道路へ飛び出し走り出したその子の身へ、話にならないほどの巨影が襲い掛かった。

 

 トラックだ。

 運転手がゆっくりと目を剥き、慌ててハンドルを切っているのが見える。

 

 間に合わない。

 意識の片隅で理解したと同時、無意識に体は動いて――

 

 

「――!『ステップ』!」

 

 どこまでも反発的なアスファルトに靴がめり込み、轟々と風が耳を打った。

 

 どうにか飛び込んで彼の服をつまみ、頭を守るように掻き抱く。

 

 ああ、脆いな。

 

 小さな子供を抱いて過ぎった感想はどこかな曖昧なもので、少しでも力を間違えば私自身が彼を抱き潰してしまうことになると理解した。

 まだ探索者になって半年も経っていないというのに、少し走れば息が上がってしまうような体だったのに、気が付けば私の身体は随分と変わってしまったようだ。

 

 どうにか抱きかかえられた刹那の安堵。

 だが直感で分かった、抑えきれない。

 相手はまだ小学校に通っているかどうかといった年齢、それでも私の体格では抑えきれない勢いにつんのめる。

 

 誰かの叫びに野良猫が飛び跳ね、道路わきの躑躅(つつじ)へと消えた。

 

 

 うむ、仕方ないな。

 

 

「ごめんね、ちょっと痛いよ」

 

 きっと未だ何が起こっているのかも分からないのだろう、宙を彷徨う彼の瞳は私の姿を捉えきれていない。

 

 目標は花壇、柔らかな……とはいっても枝が刺さるかもしれないけれど、まあ車にぶっ飛ばされるよりは多分マシだろう。

 魔石とか魔石とか、あと魔石とか、最近は割と物を投げてきたのでコントロールには自信がある、多分。

 うん、大丈夫大丈夫。

 

 ずっと酷使し続けてきたと靴底のゴムが悲鳴を上げる。

 こりゃ買い換えだね。

 

 出来る限り優しく、しかし轢かれぬよう迅速に。

 ふわりと宙へ少年を放り投げ――

 

 

「--ふぬっ! よしんごへぎょべっ!?」

 

 私は轢かれた。

 

 

 

 妙に騒がしい、店から一歩出た剛力の眉が跳ね上がった。

 

「なんだありゃ……」

 

 緑茶を喉奥に流し込み睨んだ先には無数の人だかり、どうやら道路をみて大騒ぎしているらしい。

 

 田舎で大騒ぎが起こるだなんて相応にして厄介ごとと決まっている、さっさとこの場を去るべきか。

 そう嘆息と共に連れてきたはずの少女を呼ぶが、はたしてどういったわけか、どこにもあの目立つ金髪が見当たらない。

 とはいえちょっとばかしずれてはいるが決して悪い子ではなく、こっちの話を無視して勝手にダンジョンへ向かうと思えないのだが。

 

 ここでは昼に向かって強まるばかりな初夏の日差しがスキンヘッドをじりじりと焼き付ける、早めにダンジョンへ潜りたいと首を捻って探す彼の耳へ周囲の声が届いた。

 

『轢かれた……飛び込んで……』

『誰か救急車……』

 

「ちょっとどいてくれ! はいちょっと失礼しますよ!」

 

 一般人と探索者では力が違う、ただでさえガタイのいい男にとってそれは一層のこと。

 野次馬として集っていたそれらを軽く押しのけ踏み入ってみればやはりというべきか、件の少女が倒れていた。

 少し離れたところには中型のトラックが止まっており、フロントがべっこりと凹んだそれを見るかぎり轢かれたようだ。

 

 外傷は特になし、か。

 剛力はそっと少女を抱きかかえ確認を終えると、安堵のため息とともに『アイテムボックス』から取り出した服で枕を作り少女を寝かしつける。

 

 勘違いをよくされるが、探索者と言えど基本的に人は人。

 窒息すればそのまま死に至るし、病に侵され引退するものも多い。あくまで物理的な耐久力などが大きく跳ね上がるだけで、構造自体は変化ないのだ。

 一度に強烈な衝撃を受ければ気絶をするのも至極当然、まあ大概の怪我はポーションを飲んで解決してしまうのだが。

 

 何となしに道路へ飛び出し轢かれた……いや、違うな。

 

 野次馬とはまた異なる雰囲気を纏った親子、何が起こったのかよく分かっていない子供の頭にはまだ青い葉っぱが突き刺さっており、親は親で結城へ何かすべきかと手を彷徨わせながらも少し不気味なものを見る目で眺めている。

 意識を失った結城の手には小さな布、色からしてどうやらあの子の服の一部が切れてしまったらしい。

 

 さて、どうしたものか。

 状況は何となくわかってきたものの、それ以上に現状をどうやってまとめるか頭が痛い。

 

 周囲を取り巻くまなざしは様々、心配、恐怖、しかし最も多いのは奇異の目線。

 どうあがいても無言の肉塊になるであろう少女が傷もなく気絶しているだけ、その状況に人々の興味は津々というわけだ。

 あくまで探索者は身近な職業というわけでもなく、一般人に受け入れられることのないまま社会へ定着してしまった弊害。

 そこには暴力を徹底的に毛嫌いし、異物を排除したがる根本的な性が未だに残っている。

 

 その時、少女の固く閉じられた瞼が揺れた。



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第九十八話

「ん……?」

「起きたか」

 

 あれ……私なんで寝てたんだっけ……?

 

 ちょっと痛む首裏をそっと撫で、横に立っていた筋肉へ首をかしげる。

 頭も痛い気がする、けれど気のせいだといわれてしまえばその程度、まあモンスターの攻撃を受けたときと比べれば大したものじゃない。

 

「取りあえずこれ飲んどけ」

「んー? んあー」

 

 彼が差しだして来たのは血というには薄い、トマトジュースを三倍程度に薄めたらきっとこれくらいの色だといえる、小瓶に詰まったそれ。

 

 なんだこれ。

 そういえばさっき店に入っていた気がする、個人で作って売っているジュースか?

 

 言われるがままに飲み込めば鼻を衝くエキゾチックな吐き気、純粋にまずい。

 

「……あ、ああ! さっきの子! どう!?」

 

 じんわりとしみ込んだそれは曇った思考を洗い流し、少し前のことを明瞭に思い出させた。

 時間は先ほどから大して変わっていない、トラックだって離れたところに止まっているし、べっこりと凹んだあれはきっと私がぶつかった後だろう。

 歩くと少し足が震える、脳インドって奴かもしれない。

 

 見回せばさっきの少年が母親に抱かれてこちらを見ている、髪に小枝が突き刺さっているのはご愛敬。

 どれ、怪我がないかくらい聞いてやろうじゃないか。

 

「ねえ、その子大丈夫……」

 

 はた、と足が止まる。

 痺れてるわけでもない、折れてるわけでもない、さっき渡された……恐らくポーションのおかげで微かにあった体の不調も綺麗になくなっているのだから。

 じゃあなんでか、それは物理的な原因って訳じゃなく、目線を上に向ければ分かった。

 

 目だ。

 母親の目、異物を見るようなそれ。

 

 私はこの感覚を知っている。

 何度も何度も味わってきた、集団に馴染めない私を見る周りの目線だ。

 多くは私を嫌っているわけでもない、ただただ距離を取るだけ……それが一番、なによりも嫌な空気を纏っているのだ。

 

「本当にありがとうございました、お礼をさせていただきたいのでこちらまで連絡下さい」

「いや……その」

「本当に大丈夫ですので! では失礼します」

 

 行っちゃった……

 

 早口でまくし立て一枚の紙きれを私に押し付けると、何か言いたげな子供を引っ張り彼女はこの場から離れる。

 最低限やるべきことはやり、今すぐにこの場を離れたいということだろう。

 なんだろう、なんというか……

 

「本当に申し訳ありませんでしたァッ!」

 

 背後から襲い掛かる威勢のいい謝罪、脳内を回っていた考えが青空に吹き飛ぶ。

 

「ひょわあああ!? え? あぇ?」

 

 こ、こいつ誰だ……!?

 

「うええっと……」

「助けてくれたのが探索者の方で本当に良かった!! 今警察に通報したんで! どうか~……それでですねェッ! 一緒に……」

 

 ああ、さっきの運転手か。

 苦手だ、すごく苦手なタイプの人間だ。

 

 どこか漂う既視感、無駄に元気で死ぬほど近寄ってくるこの性格はどうにも慣れない。

 後ろに下がろうと前へ踏み込もうとぴったり張り付いて動けない、一体なんなんだこのマーク力は。

 

 めんどくさい……逃げよう。

 

「あーうあー……いや本当に……私は大丈夫だから! 元気! ちょーげんき!? き、筋肉! 行こ! じゃあそういうことで!」

「ん? ああ、悪いな兄ちゃん、急いでるから届け出は任せるわ。連絡あったらここに頼む」

 

 

 まずはこの町の協会支部へと向かい、ボロボロの服を着替えた後のこと。

 

「そろそろ靴も変えないとなぁ……」

 

 足に伝わるゴムの劣化し、違和感と共になる擦れた音に言葉が漏れる。

 ところどころ焦げやほつれも見えるスニーカーは、私が探索者になる前から履いてきたもので見るからにボロボロ、限界の一歩手前。

 戦う以上物の消耗が激しい、服は安いシャツとズボンで使い捨てに近い扱い――琉希と買いに行ったものはもちろんあるけれど、流石にそれをすぐ駄目になる戦いへ着て行こうとは思えないーーであったが、靴もやはり確実に襤褸くなっている。

 

 私のつぶやきを聞いた筋肉が、ふと話しかけてきた。

 

「探索者向けに靴や服を下ろしている店がある、興味があるなら調べてみろ」

 

 勿論迷宮の素材を扱う特注品になるから高くなるそうだが、なるほど、市販品を買って履くよりはそっちの方が戦闘に向いているだろうしいいかもしれない。

 服も何かいいのがないかな、ずっと味気のない服のままっていうのも寂しいし。

 ついでに琉希も連れて行ったらどうだろうか。どうせ彼女のことだ、以前二人で買い物行った時と同じように、大喜びであれこれ漁るに違いない。

 

 やはり長いこと探索者をやっている人間は情報量が違う、普段一人で戦う私では他の人から聞くこともないし、そもそもあまり他の人と交流もしないからありがたいことだ。

 けれど良いことを聞いたと上がる私の気分とは裏腹に、顎に手を当て考え込んだ筋肉。

 

 ただでさえいかつい顔なのにこの雰囲気、裏で何人か殺っているといわれても誰しもが頷いてしまうだろう。

 放置しようかなと思ったのだが師匠の悩みを聞くのも弟子の務め、ここはどーんと構えて聞いてやろうじゃないか。

 

「どしたの? おなか痛いの?」

「いや……お前は良かったのか、あれで」

 

 あれ? どれ?

 

 私が全く思い浮かんでいないことに気付いたのだろう、彼は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

 それは先ほどの事故、そして母親の態度についてだった。

 

 めっちゃ私関係じゃん。



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第九十九話

「んん……まあ、助かったんだから良いんじゃない?」

 

 引っかからないところがないとは言えないけれど、一切を許せないと怒り狂うほどでもない。

 慣れてるし。

 

「それがどうしたの?」

「いや、いいなら良いんだ。今回の仕事が終わったら飯奢ってやるよ、何が食いたい?」

 

 私の疑問を覆うように伝えられた言葉。

 別に深掘りするほど気になることでもなく、少し悪くなった空気に気付いていたので敢えて乗る。

 

 そうだな、食べてみたいけど一人では入りにくかったものと言えば……

 

「……ん、焼肉食べてみたい」

「おお、焼肉な。行きつけのがあるから行こうじゃねえか。そうと決まればさっさと終わらせよう、人仕事終わらせた後の食事程旨いものもない」

 

 普段の仏頂面がかすかに緩む、よっぽどなのだろう。

 そこそこ地位が高いであろう筋肉がおすすめするのだ、間違いない来るべき未来に私も心が躍ってきた。

 

 俄然地を踏む足に力が籠る。

 よし、頑張ろう。

 

 

 無数の人だかり、昼下がりの田舎町だというのに喧騒がとどまることを知らない。

 ぴょいと跳びあがれば遠くに見える警官の顔、コーンと貼られた立ち入り禁止のテープはまるで一大事件でも起こったかのよう。

 いや、ダンジョンの崩壊が起こるかもしれないという状況なのだから一大事件というのも間違いではないのだろう、

 

「立ち入らないで―! そこ、入らない!」

 

 大変そうだなぁ。

 

 探索者の扱いはあまりよろしいものではないが、好奇心は抑えられないようで、どうにか中に入って間近で観察したいと思う民衆が押し寄せては、それを警官たちが必死に抑えている形。

 崩壊を事前に察知できただけはあり、状況はあまり逼迫していなさそうだが、それでも危険は危険、警官たちの顔も随分と苛立っている様子。

 

「行くぞお嬢ちゃん」

 

 筋肉に呼ばれ後ろへ付いていく。

 

 一般人と比べて一回り大きな身長と、その引くくらいムキムキな肉体で押しのけられてしまえば、たとえ好奇心の高まった人であろうと道を開けざるを得ない。

 むしろ関心は一気に彼の方へ向かう。

 慣れているのだろう、気にした素振りもなくずかずか警官の下へ向かえば、彼らの顔へ一抹の緊張が走った。

 

 いくつか言葉を交わした後テープが持ち上げられ、彼らに催促されるがまま奥へ進む。

 むき出しの地面、どうやら突貫で整備されたようで所々に狩り残しが蔓延っていて、端に積まれた雑草から青臭さがツンと鼻を突く。

 

「植物系のモンスターとは戦った事あるか?」

「ない」

「そうか、じゃあ毒に気を付けろ。体調が少しでもおかしいと思ったら直ぐに言え」

 

 毒、毒か。

 おなかが空いて雑草をかじった時は暫く腹を下していたけれど、きっとそれとは比にならないのだろうな。

 

「毒と言っても種類は多岐にわたる、体に悪いものを大雑把に毒と纏めてるだけだからな。だが植物の毒は遅効性……利きが遅いものが多い。漫然として気が付いたときには手遅れになりやすいわけだ」

「ふむ……」

「だから小さな症状も見逃すな。特にお嬢ちゃんは体が小さい、毒の許容量も必然少なくなる上体に回るのも速いからな」

「おす!」

「押忍はやめろ、付いたぞ」

 

 いまいちよく分からなかったけど要するに体調が悪くなったら伝えろってことだろう、多分。

 

 たどり着いたダンジョンの入り口はツタで編まれた門、周囲には私の腰ほどまで伸びた木が何本買生えていて、地面もさほど踏み固められている様子がない。

 見たところこれは普段探索者があまり、いや、それどころか全く踏み入っていない。

 

 なるほど、ちょっと納得がいった。

 

 町の人々の様子、探索者を全く見慣れていなかったのはそういうことなのだろう。

 そもそもこの町には探索者が全くいない。元々はいたけれどいなくなった、最初からいなくなったのどちらかは分からないが。

 私の町では探索者がそこそこ定着している、筋肉の存在が大きいのかもしれない、おかげでそこまで偏見が強くない。

 

 これがここの空気ということだ、吸ってもあんまりおいしくないけど。

 

「準備はいいか?」

 

 気が付けば彼が扉に手をかけ、じっとこちらへ視線を注いでいた。

 慌てて『アイテムボックス』へ手を突っ込み、相棒(カリバー)をずるりと引っこ抜く。

 手に馴染む慣れた重さ、磨き抜かれた……磨いてもあんまり変わらないけど……つややかな表面が細長く私の顔を映す。

 

 相変わらず仏頂面だな、私。

 

「あい」

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 軋んだ音を立てゆっくりと開かれる門。

 はたしてその奥にあったのは……



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第百話

「うぇ……」

「あっちぃなぁ……」

 

 じめじめとした蒸し暑さ、どこかからか猛々しい唸り声が響く。

 視界と行く手を遮る無限の緑、しかし人工の灰色に慣れた私たちにとって何と目にやさしい光景だろう……と感動することはない。

 

 そう、ここはなんとかかんとかとかいう崩壊しかけのダンジョン内部。

 門の見た目から即ちそのまま植物系のモンスターが闊歩(?)する土地であり、内部環境自体が熱帯のジャングルさながらの様相を呈している。

 

 要するにめっちゃ蒸し暑いし周りに草木しかない、ダンジョン内部なので虫がいないことだけが救いかな。

 

「はぁ……」

「少し休むか、ほら」

 

 もう一時間は延々と戦いもなく歩いている。

 面白みもなくたまらず漏れた私のため息を聞き、気を利かせた筋肉が指さす先は丁度開けた土地で、どうぞここで休んでくださいといわんばかり。

 おあつらえ向きに大きな葉っぱ(・・・・・・)が二枚広がっているし、腰掛けるのにちょうどよさそうだ。

 

 青臭い匂いからかすかに漂う甘い香り、木々の隙間から漏れた風に乗せられ私を誘う。

 きっとこれはあそこに生えた黄色い花の物だろう、迷宮内にいるとは思えない平和そのもの。

 

「いいか、こういう開けた場所はまず警戒を怠るなよ。モンスター側もこちらを捕捉しやすい上、罠が仕掛けられている可能性を考慮し……」

「あー、つかれた……ァ!?」

 

 後ろで筋肉が何か言っている。

 目の前の大きな葉へ座ろうとしたその瞬間、

 

 

 ニチッ

 

 

 視界の暗転、ぷんと一層強く漂う甘い香り。

 

『ーーー!』

 

「は? え?」

 

 体が動かない。

 なにかみっちりとぬめらか(・・・・)なものに全身が包まれていて、その上ギリギリとゆっくり締め付けられる感触があった。

 真っ暗だしなんか肌はピリピリするし、挙句にくらくらとしてしまうほど濃厚な甘い匂い、こんなところにずっといたら頭がおかしくなりそうだ。

 

「うぁ……げぇふ……」

 

 まずい……呼吸、できなく……意識……

 

「きょ……『巨大化』……」

 

 只真っ直ぐに。

 

 掌から背後をすり抜け天を穿ち、私の身体を包み込み強固に閉じられた『ナニカ』を貫くカリバー。

 頭上から零れる光、ほんのわずかに緩んだ束縛と新鮮な空気を吸い込むと、ぼんやり靄のかかった思考が多少はクリアになった。

 

 やってくれたなクソ。

 

「『アイテムボックス』」

 

 空間が生まれ自由になった指先へ伝わる温かな感触。

 いったい何のモンスターかは知らない、だが魔石というだけで今は十分価値がある。

 全力で握り締めたその時、薄暗い小さな空間へ光が溢れ出した。

 砕ける音が手に伝わり、耳を劈き暴力的なまでの爆発音が耳の奥底へ雪崩れ込んでくる。

 

 爆破の一瞬広がった空間の真ん中、私は…… 

 

 

「ああああああ! うるさああああ!? 『ストライク』ッ!」

 

 

 全力でカリバーを振り回した。

 

 

「うおっ、出てきた」

「あ、筋肉」

 

 私を包んでいた草をげしげしと踏みつつ外へ抜け出すと、何やら身構えた筋肉の姿。

 曰く私を助け出そうとしていたようだが、まあこの程度私にかかれば簡単に対処できてしまうので何の問題もない、鳥取クローという物だ。

 

 ふふん、まあ余裕よよゆー。

 

――――――――――――――――

 

種族 バジリスクキラー

名前 イレイ

 

LV 1000

HP 5003/10024 MP 1021

物攻 1087 魔攻 3475

耐久 9085 俊敏 754

知力 43 運 11

 

――――――――――――――――

 

 それにしても私を包んでいた葉っぱ、どうやら一枚だけではなく何枚もが折り重なっていたらしい。

 モンスターではないかと思っていたのだがやはり、しかし今まで戦ってきたモンスターのように知的な行動をしてくるというわけでもなく、やはり植物というわけだろう。

 上の葉っぱはぐちゃぐちゃだというのに体力はいまだ半分以上残っていて、ここもやはり私の知っている植物同様、葉っぱが切り取られても根っこが残っていれば問題ないのか。

 レベルこそ低いがなかなか侮れないモンスターだ、多少レベルが高い程度であれば難なく食われてしまったかもしれない。 

 

 んー……ばじりすく……たしかイタリアンの奴に乗っかっている葉っぱだっけ。

 食用みたいな名前して随分とえぐい攻撃をしてくれたな、おらおら。

 

 

 残ったはっぱをげしげしと蹴っていると、筋肉が微妙な顔つきでこちらを見ていることに気付く。

 

 

「--いつもこんな無茶な事してるのか」

「ん? 何が?」

 

『合計、レベルが3上昇しました』

 

「……はぁ、取りあえず服着替えとけ」

 

 指摘されて下を見れば爆発の勢いでお腹のあたりの服が吹き飛んでしまったらしい。

 

 なにか顔を赤らめて言われたのならまた別の話だが、淡々と指摘されてしまえば私も特に反応することもない。

 まあ琉希のように普通の成長をしているのならともかく、私の身体を見てそんな反応をされても困るのだが。

 

 そんな感じで着替えた私と筋肉、そしてモンスターの居なくなったそこでしばしの休憩が始まった。



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第百一話

「んぐ……んぐ……ぷはっ」

「ほら、塩飴だ。ミネラルや塩分の補給もしっかりしろ」

「ん、ありがと」

 

 カラリ、コロリ。

 軽やかな音と共に広がる酸味と甘み、そしてわずかな塩味が口内に残るお茶の苦みや渋みを覆っていく。

 塩飴という物は普段食べると妙に塩辛くおいしいと思わないのだが、こうやって運動した後にはこの酸味や塩味が心地よく感じてしまうのはなぜだろう。

 

 しばし無言で飴を転がし静かな休息。

 温い風ではあるが木々を抜けるそれが汗に吹き付け、多少なりとも清涼感を与えてくれるのが嬉しい。

 とはいえ……流石にずっと無言というのも寂しい。

 

 でも私そんな会話上手じゃないんだよなぁ。

 あのうるさい琉希が今は恋しい、彼女がいればきっとうまく話題をつないでくれただろうに。

 

 あ、そうだ。

 

「ねえ」

「なんだ、飴もっと欲しいのか?」

「もらう……じゃなくて、筋肉って探索者じゃなかったら何になってたの?」

「そうだな……教師にでもなっていたかもしれん」

「へえ……」

 

 筋肉が教師か……

 

 シャツやスーツがパッツパツになるほど鍛えられた筋肉、光る坊主頭、無駄にさわやかな笑み。

 

 うーん

 

「似合わないね!」

「やかましい。普段むすっとしてる癖にこんな時だけ笑顔になるんじゃない」

 

 ぺちんと額へ一撃。

 

「あだっ……えへ、ごめん」

「ったく……お前は随分と軽口を叩くようになったな。そんだけ余裕があるならもう十分だろ、行くぞ」

「えー」

 

 小型の椅子や散らかった雑貨、器具などが畳まれては彼の『アイテムボックス』へ収納されていく。

 流石は協会の関係者、レベルもそれ相応の物はあるようでみるみる吸い込まれていき、私のしょぼいそれとは比べ物にならないほどの量をすべて仕舞い込んでしまった。

 どうやら休息はここまでのようだ。

 

 本当はもっと喋っていたかったけど、そうこう言っていられる状況ではないのも理解できる。

 

「協会の情報によればここはEランクのダンジョン、確認されている最大レベルは700前後。しかし先ほどのモンスターは……」

「1000、だったね」

 

 Eランクは500から1000のレベルまでが目安であり、先ほどのモンスターはその上限ギリギリ。

 確かに過ぎてないとはいえ、このような何気ない場所にいる――その上能動的に動かないようなモンスターですら高レベルともなれば、恐らく全体のレベル上昇は既に始まっていると考えていいだろう。

 

 脳裏に過ぎる炎来の記憶、モンスターが共食いによって瞬く間にレベルが上がっていく姿。

 

 まだEランクだなんて暢気な事を言っていられない、あっという間に上昇は終わりすぐに本悪的な崩壊が始まってしまうだろう。

 それを食い止めるためには早いうちにボスを探して倒さねば。

 

「でもここすごい広いよ、迷っちゃうんじゃ」

「ボスエリアの方向は既に把握している、情報も提供されてるしな。それに道に迷ってもほら」

「あ……」

 

 彼の指さす先をしばし観察したのち、ぴんと来た。

 よく見てみれば私たちが通った後の草だけがよく踏みつぶされて、うっそうと木の茂る森の中でもはっきりと見える程の道となっている。

 私は筋肉の後についていっただけだから全く気が付かなかったが、しっかり踏むことで痕跡を残していたのだ。

 

 これなら多少時間を喰うことにはなるが戻ることは可能、たとえ迷っても分かっている場所から再スタートを切れる。

 

「本当はもう少し開けたルートがあるしこんな獣道通らないんだがな、相当遠回りになる。ここへ着けたのは正確に一直線でボスエリアへ進めた証左だ、数時間以内に決着をつけられそうだ」

「わかった」

 

 いつもこういうことやってるのかな……やってるんだろうな。

 目につかないほど自然に行っているということはそれだけ手馴れているということ、彼にとってこの行為は何も特別な事でなく至極当然な日常ということだ。

 きっと私が気付いていないだけで他の安全マージンも取っているに違いない。

 

 私も手伝うか。

 

「ふん、ふん」

「……突然ジャンプし出して何してんだお前、体力が有り余ってるのか?」

「なんで!? 草踏むの手伝ってあげてるんじゃん!」

 

 人が素直に感心したのに何たる言われよう、そんなに私が突然理由もなくジャンプをするような人間に思われてるのだろうか。

 

「ああ、お前は体が小さいから効率が悪い。無駄に体力を使う必要もないだろ、俺の後ろにいろ」

「ーーーっ!?」

 

 ひ、人がほんの、ほんのちょっとだけ気にしていることを……!

 見ておけよ、私は別に体が小さかろうとどうとでも出来るんだからな!

 

「もう! 『巨大化』! おおおおりゃっ! 『スカルクラッシュ』!」

 

 密林に響く重厚な衝撃波。

 アルミの巨木が開くのは一つの大きな道、芽生えたばかりの木も、背丈ほどある草も、なにもかも叩き潰してまっ平にしてしまう。

 

 ふっ、私にかかればこんなもんよ。

 

「あのなぁ、MPはなるべく温存して」

「どう!? どう!?」

「……ハァ。お嬢ちゃん、よく見ておけよ? 『アイテムボックス』」

 

 呆れた表情を愉快げに塗り替えた筋肉はぬるりと、一本の巨大な剣を取り出す。

 それは無骨そのもの。何か装飾があるわけでもなく、肉厚で鈍い輝きだけがかの大剣を飾っていた。

 

 でも、似合ってる。

 

 名前も知らないその武器は彼の生きざまそのものであった。

 ダンジョンに入ってからいつもの陽気な様子はどこへやら、常に真剣な表情を宿していた彼の顔がにやりと歪み叫んだ。

 まるで人間の本能、生物の衝動を開放するように。

 

「ぬぅッ! 『断絶剣』ッ!」

 

 暴風……!?

 

 草木が、髪が、世界そのものが巻き上げられる。

 たった一度、なんとなしに彼の振り下ろした大剣はいっそ理不尽なまでの暴力を撒きちらし、飛び出した衝撃波は一直線に深々と森を切り刻んで猛進していく。

 

 絶対強者。

 ああ、これが探索者の頂点に立つ存在なのか。

 私なんか到底追いつけていない、絶望的なまでに彼と私の力は差があるのだと嫌でも理解してしまう。

 

 そして最後には、一つの道が生まれていた。

 

「ふっ、俺の方がもっと長く切り開ける」

「……え!? それだけのために出したの!? 心狭っ!」



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第百二話

 ダンジョンの環境は破壊されても勝手に治る。

 勿論壊された直後何事もなかったかのように復活するわけではないが、数日、或いは数週間、ふと気が付いたときには元通りになっているのだ。

 それを利用して産業に活用できないかも考えられているらしいが、内部の危険性などから未だ主流となることはない。

 

 と、まあそういうことは置いておき

 

「やり過ぎちゃったね……」

 

 そうつぶやいた私へさわやかな風が通り抜け、優しく頬を撫でていく。

 

 山の上の方で見る展望は絶景だ。

 普段私たちが見るような森とは様相が随分と異なり、青々とした木々はここから見ても巨大なものだと分かる上、にょろにょろとした謎の巨大な花があちこちに飛んで(・・・)いる。

 

 あれモンスターなんだろうなぁ。

 

 だが何よりよく目立つのは、ここまで続く一直線の巨大な破壊痕。

 

 そう、私と筋肉によって刻まれたものだ。

 最後らへんは『スキル累乗』までバシバシ使ってしまったのでMPが半分を切ってしまっている、まあモンスター自体がここは弱いのでそこまで問題ないけど。

 

 いや違う、本当はここまでするつもりなんてなかった。

 けどちょっと熱くなりすぎてしまったのだ、私は悪くない。

 元と言えば私が草をなぎ倒してあげたというのに、私よりレベルも年齢も上のくせして無駄に意地を張ってスキルを飛ばしたあいつの方が悪いのだ。

 

「だめだよ筋肉、ちょっとは自重しないとさ」

「なんでだよ! っと、低くしろ」

 

 軽く頭を押さえられ素直にしゃがむと、ヒュンと小さな風切り音。

 

 私の頭があった場所に彼の腕が伸ばされ握られていたのは、手のひらほどはあるだろう蛍光ブルーの()られた何か。

 かすかに甘い香りがする。

 

「あれか」

 

 目に見えぬほどの速度で振られた彼の腕、それから遅れるようにして破裂するような水音が響き、何かの塊が空から落ちる。

 

「モンスター?」

「ああ、花びらを細く撚って飛ばしてくるらしい。事前に聞いていた色とは違うが、レベルや種族が変わった影響だろう……まあそれはそうとして、このぶっ壊された森を誤魔化すいい案がある」

 

 ピン、とその太い人差し指を立たせ吊り上がる口角。

 下種い顔だ。顔面狂気と言っても過言ではなく近くで見れば子供は泣いてしまうに違いないこんな顔をするなんて、よほどとんでもない企みに違いない。

 そう、例えば……

 

「協会の人埋めちゃうの……?」

「埋めるわけあるか! これはボスが暴れたんだ、なかなか強大なやつだった」

「え?」

「これはボスが暴れたんだ、分かったか?」

 

 なるほど。

 

「よかった……まだ私は殺人犯にならないで済むんだ」

「ったく、アホな事を言うんじゃない。探索者が表でんなこと言ったら大事になるぞ」

「えへ……じゃあ行こ」

「おう」

 

 勿論この山に登って来たのはのんびり森を観察するためではない。

 このダンジョンにはいくつかこういった山があるのだが、そのうち一つの頂上丸々がボスエリアとして扱われており、ここはその限界ギリギリ。

 一歩踏み入れば抜け出すことは出来ない、生きるか死ぬかの戦いが始まってしまう。

 

 当然適正レベルでの話であり、私たちにとってはまあ大した敵ではないのだろうが。

 

「じゃあパーティ組むか」

 

 ずいと差し出された片手。

 ここのモンスターはレベルも低く互いに大したうまみはないのでパーティを組んでいなかったのだが、ボスエリアに入るとなれば別。

 そもそもパーティを組んでいなければ同時に入ることはできない上、筋肉が倒してしまえば彼は外へ転送されてしまい、私だけが置き去りだ。

 

 それはちょっと嫌だ、別に来た道をたどればいいのだけれど。

 

「あ、ちょっとまって」

 

 と、危ない。

 つい癖で他のスキルに掛けた後もすぐ『スキル累乗』を『経験値上昇』に戻してしまうのだが、他の人とパーティを組むのなら外しておく必要がある。

 まあ先ほどちょっと『累乗スカルクラッシュ』をパンパカ飛ばしたりしてしまった気がするが、互いに熱中してたし無数にあるスキルを把握しているとも思えないので大丈夫だろう……多分。

 

 別に低レベルのモンスターの経験値、彼からしたらするめのいかだだろうが何があるか分からない。

 それに協会の皆に怪しまれるのは嫌だ。

 

 そして数瞬後、彼に聞こえないよう小さく唱えスキルの変更は恙なく終わった。

 

 シダやつやつやの葉が足元を屯す今までの場所とは異なり、ここから見えるボスエリアはどうやら水辺のようでサラサラとかすかに水の流れる音がする。

 山なだけありちょっと高いというのもあって先ほどまでのじめじめ蒸し暑い環境から一転、清涼な風が時折吹くのも悪くない。

 

「行くぞ」

「うん」

 

 ついに私と筋肉、弟子(?)となってから初めての本格的な戦闘が目前へとやってきた。



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第百三話

 涼しい。

 

 意気揚々と踏み込んだ水辺にはモンスターの影もなく、穏やかな水面にはバラのようにも見える小さな花と、私が親分ですとでも言いたげに揺れる親玉の蕾が一つ暢気に浮かんでいる。

 動くものは風に揺られる周囲の木々と木漏れ日だけ。

 そういえば水辺は常に風が吹くと聞いたことがある、きっとこの頬を撫でる風もそのおかげなのかもしれない。

 

 ともすれば絵画の一面として切り取られてもおかしくない、幻想的でのどかな風景だ。

 

「あれ絶対そうだよね」

 

 だが、私はなんとなく察していた……池のど真ん中にある私たちの身長を優に超すほどデカい花がただの風景ではなく、大方ここのボスであろうことは。

 

 だってこいつだけ一つだけ濃紺のすっごい禍々しい模様が花びらに描かれてるもん! めっちゃ怪しい! めっちゃ怪しいよアレ!

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

種族 パラ・ローゼルス

名前

 

LV 4000

HP 90321 MP 5066

物攻 26033 魔攻 36043

耐久 59087 俊敏 3021

知力 21000 運 11

――――――――――――――――

 

 見た目は巨大なバラの花、もう巨大薔薇でいいよね。

 

 レベルはEランクを軽々飛び越えDランクの中でも中堅程度、多くの探索者が命の危険からある程度稼げるE、Dランクより先に進まないことを考慮すれば、ボスとしてステータスの飛びぬけているこのモンスターを倒せるか怪しいだろう。

 崩壊寸前の炎来と比べれば当然見劣りするものの、気を抜ける相手ではない。

 

 ちらりと横へ視線を向ける。

 

 ここでは筋肉がリーダーだ。二人で一気に攻めるのか、彼一人に任せるべきなのか。

 暫し静寂の中で顎に手を当て目を固く閉じた後、彼は……その大剣をアイテムボックスへ仕舞ってしまった。

 

 

「行ってみろ」

「……あい、『ステップ』」

 

 ドンッ!

 

 爆発的な加速、限界までの肉薄。

 前へ前へと体を押し上げる馴染み切ったその動きは、のんびり揺蕩う巨大花の枕元へ驀進させていく。

 相手も何かが接近してきたのに音か、或いは振動で気付いたようでがく(・・)を震わせゆっくりと花開きだすが、ちょっとばかり気付くのが遅い。

 

 

 おはよう、そして――

 

 

「まずは一撃ッ! 『スカルクラッシュ』!」

 

 挨拶代わりの一撃を叩きこむ!

 

 そのまま花びらを叩き切れるかと思ったのだがそう上手くもいかないようで、肉厚なそれを一部千切り取った程度でカリバーの勢いは押し殺されてしまい、足場もなく宙にぶら下がる。

 我ながら中々綺麗な開幕の一発を入れられたと感じた……が、単純に威力不足であったようだ。

 その間にも花びらははらり、はらりと広がっていき、同時に激しい水音を立てて水面が遠ざかっていくのが見えた。

 

 浮かんで……!?

 何して来るか分からないし、暢気にここでぶら下がってもいられないか。

 

「よっと! 『ステップ』」

 

 ちょうどいい深紅の壁が目の前にあるので遠慮なく足を叩きつけ、カリバーを引っこ抜きつつ撤退。

 漸く地面へと降り立った私の頭上には不思議と威厳に満ち、何か物語の神殿や王城を象徴していると言われても頷いてしまう壮大な薔薇が一輪、幽雅に漂っていた。

 

 た、高い……やっちゃったなぁ。

 あんな高くに飛ぶなら飛び降りずずっと上に乗っかって殴っていれば良かった、完全に失敗じゃないか。

 

 くるり、くるりとまるで地べたを這いずる私を煽るかのように右へ左へ回転しては空を舞い、何かキラキラしたものを降らせる巨大薔薇。

 勿論降りてくる気配はない、無駄に煌びやかな見た目をしているくせに汚い作戦だ。

 私は帰って筋肉と焼肉に行くのだ。そちらがそのつもりならこちらから行くまで、幸いにして弾は近くにたくさんあるのだから。

 

 そう、この水辺に浮かぶ小さな花たちも大方お前のお仲間なんだろう。

 

 近くにあったそれをひとつ掴み上げ、びたーんと勢いよく地面に叩きつければ光へと変わっていきみゃはり花たちの色と同じ薄紅色の魔石が転がった。

 レベルは低そうだが十分だ、爆撃には使えるだろう。

 

「おらおら! 降りてこいこりゃ! 降りてこないと落とすぞ!」

 

 子気味良い音に合わせ砕けていく魔石たちは輝きを纏い、空中へと散らばって母親の下で爆発四散していく。

 一つ打てはもう一つ、無数にある花たちは兄弟が爆発する姿を目の当たりにしつつ逃げる様子もなく――もしかしたら意思がないのかもしれない、魔石はあるのに――私の手によってかき集められては叩き潰され魔石を遺して消える。

 いくら投げても魔石はそこらに浮かんでいるものだから気持ちがいい、無料でバッティングセンター気分なんてお得だ。

 

 気分は青春野球部、汗の代わりに池の水が吹き飛ぶ。

 次第に一つ一つでは物足りなくなってきたので、がさっと手に掴める分一気につかみ上げ頭上へ放り投げる。

 

「『巨大化』 ……んんんんんっ! っしょぉ!」

 

 太く長くなったカリバーによってまとめて空へかちあげられた魔石たち。

 勿論てんでズレた方向へ飛びかける魔石もあるのだが、他の爆発に巻き込まれることで連鎖的に反応していき、結局は巨大薔薇へとダメージを与えたり兄弟を爆散して新たな魔石が転がる。

 砕く快感、爆発の轟音。

 

 えへ、超気持ちいい。



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第百四話

 しばし爽快な爆撃ゲームを楽しんでいたのだが、

 

「あれ?」

 

 魔石の供給源(小さい花達)が尽きた。

 あれだけ一面に咲き誇っていたというのに、今では私の手によって無残に荒らされボロボロになったやつらが、モノ悲し気にいくつか浮かんだり転がったりしているだけだ。

 いうなれば心無い人によって踏みつけられた花畑、或いは連続植物倒壊事件とでも銘打たれそうな光景が広がっている。

 

 なんだろう……モンスターなはずなのに突然物凄い罪悪感が湧いてきた。

 あれ? 私悪くないよね? 生きてるかも分からないモンスターなんだよね?

 

 突如として心に湧いてきた良心の呵責、興奮が冷めふと冷静になってしまった人間というのは、どうしてこうも気づかなくていいことに気付いてしまうのだろうか。

 しかし私の都合などモンスターは気にせず……というよりは攻撃の手が止んだからというだけなのかもしれないが、ここにきて漸くゆっくり降下を始めた。

 

「『鑑定』」

 

――――――――――――――――

種族 パラ・ローゼルス

名前

 

LV 3000

HP 70273/90321 MP 3066/5066

物攻 26033 魔攻 36043

耐久 59087 俊敏 3021

知力 21000 運 11

――――――――――――――――

 

 ええっと、いち、に……2割くらい? 長々と派手にやった割りにはあんまりダメージ入ってないなぁ。

 いや踏みつけて死んでしまうほど弱いモンスターの魔石で二割削れたのだから、相当ダメージが入っている方なのかもしれない。

 まあ自分から降りてきてくれるならこちらも動きやすいけど。

 

 先ほどの手ごたえからして外の花びらに攻撃しても大した影響は与えられなさそう、か。

 それなら……

 

「よっと」

 

 丁度3メートル程度の高さまで降りてきたので、距離をつけ駆けて跳びあがる。

 直径は20メートルはあるかもしれない。足でしっかり上に立ってはっきりと感じるのはその大きさと、鼓動しているかのようにも感じられる振動。

 所々に散らばっている黄色いものは花粉だろうか、先ほどまき散らしていたものもこれなのだろう。それにしても流石の大きさだ、紅く肉厚な花弁はその私程度が飛び乗ってもびくともしない。

 

 この花で押し花作ってみたい、町のモニュメントに出来ないかな。 

 

 だが何故だろう、巨大薔薇は花弁の上で歩き回ろうと全く私を振り落とそうとしない、それどころか再度浮遊して愉快な空中旅行まで始める始末。

 こういう時は何か目論んでいるだろうことは既に経験済みだ、簡単に気を抜いていてはいけない。

 一番怪しいのは……花の真ん中、おしべとかめしべとかがあるところだろうか。

 

 実際既に状況は大きく動いていたし、モンスターによる攻撃は始まっていた……そう、注意がおろそかになった私の足元へと。

 

「ひゃ!?」

 

 引きこまれ……!?

 

 気付いたときには既に足首へ食い込む太く硬い黄金色の触手。それは花びらの隙間と隙間、私の横から巻き付いていた。

 足元を掬われた人を転がすのはなんと容易いことだろう。近くで見れば細かくやわらかな毛の生えた花びらは非常によく滑り、掴む場所のないまま無慈悲に体は引き摺られていく。

 一本、二本、三本……腕を、足を、胴体を動かせぬよう次々に襲い掛かってきては縛り付け、強烈な力で体を花の中央部へと牽引されてしまう。

 

 嘘、触られた感覚も、巻き付かれた衝撃だって全く感じなかった……!

 現に今だって……まさかこの花粉、麻痺的な成分が……!?

 

 遅い気付きだが既に体の半分は花の隙間へと入り込んでしまっていて、水に濡れたおかげもあって全身に纏わりつきやすくなった私の身体は既に黄金色へと染まってしまっていた。

 

「あっ、カリバー……!」

 

 挙句の果てには意識の隙を突き、右手に握り締めていたカリバーすら巻き取られ、花の中心へ放り投げられてしまう。

 

 くそ、体の感覚が……

 

 

 だんだん……なくな……って……

 

 

 

 

 

 

 

 ないけど問題ない、すごいよく動く。

 

「あれ?」

 

 ぶちっ

 

 ちょっと違和感があったので力を込めて右腕を曲げれば無慈悲に千切れる触手。その瞬間まさか千切れるとは思っていなかったのか、他の触手の動きもピタリと止まった。

 

 あれ? なんで? 普通こういうのって動けなくなるものなんじゃ……まあいいっか。

 よくよく考えれば私はレベルがこいつより相当高い、転ばされた時はビビったが落ち着いてみれば余裕をもって戦える相手だ。

 ちょっと慎重に考え過ぎたのかもしれない。

 

 感覚は麻痺しているのだが体は動く、考え方を変えれば痛みを感じないということで、これはある意味利点ですらあるのかもしれない。

 ぶちぶちと触手を千切りつつ外に出れないかと足をバタバタしてみるが、よく滑る表面の影響で逆に体は内側へと飲み込まれていく。

 一度下まで行ってしまって花びらの隙間から抜け出すしかないのだろうか……いや、待てよ。

 

 確か私が引きずり込まれたのって、花の中心近くだったよな。

 

「んしょ、よいしょ……っと」

 

 重く大きなそれを押しのけへしのけ進んでいく。触手が上下から私を捕まえようと巻き付いてくるのだが、無視して引っ張れば容易く千切れてしまうので何の障害にもならない。

 花弁は根元から外に向かって広がるはず、根元へ続く方向をたどって進んでいけば……

 

「やっぱり! よしよし、今日の私は冴えてる」

 

 想像通り、突如として広々とした空間が広がった。

 ど真ん中に突き出るのは巨大な柱と、それを囲うように突き出すいくつもの細いそれ。花の中心にたどり着いたのだ。

 そしてその根元にはもう、見るからに弱点ですよと言わんばかりのプルプル柔らかそうな部位。

 ついでにそのわきにはどうぞこれでお殴り下さいませと言わんばかりに、先ほど奪われてしまったカリバーが転がっている。

 

 これはサンドバッグにしてくださいってことだよね、間違いない。



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第百五話

「どっ……こいしょっ!」

 

 ビクッ!

 

「よっこいしょぉっ!」

 

 ビクビクッ!

 

 ドラマー私によるソロリサイタルは大盛況だ。

 カリバーを激しく叩きつける度、薔薇君は歓喜に体を大きく震わせ謎の体液をまき散らして大喜び、私へ近づく触手たちもノリノリで七転八倒している。

 あまりにがいいものだからついついこちらも熱中してしまう、きっと彼らはこのために生まれたに違いない。

 

 だがまあ、これくらい殴っておけばそろそろ良いだろう。

 あまり『スキル累乗』による攻撃スキルは強烈だが、その分反動も激しいので一撃で仕留められる程度に削っておきたかった。

 

 呟きと共にスキルの対象は『スカルクラッシュ』へ、最期の一撃を放つための準備は整う。

 

 仄暗い静寂、私の吐息だけが朧げに空気を震わせる。

 

 

 

「ふぃ……これで決めえええっっとっっとぁ!?」

 

 

 

 想定外の変動。

 俄かに世界が猛烈に掻き乱され、まともに立っている事すら危うく膝をついてしまう。

 

 浮遊感、天地がひっくり返り薄暗かった世界が光に溢れた。

 残念ながらそう長く叩いていられるわけではないようで、突如として周囲が激しく上下し薔薇の外へと放り出されてしまったようだ。

 

「おう、大丈夫そうだな」

「あ、筋肉……?」

 

 背面から飛んできた声に振り向けば、いつの間にか取り出していた折り畳みの椅子に腰掛け、のんびりお菓子をつまんでいる筋肉。

 横にはペットボトルのお茶まで置いてある、完全にリラックス状態だ。

 崩壊しかけのダンジョン、さらに言えばボスエリアという戦いの地にあるまじき光景に唖然とする。

 

「まあ『鑑定』で状況は把握してたからな、危険そうなら助け出してたが……」

 

 問題はなかった、と。

 それでいいのか、私は本当にこれに指南してもらっていいのか、浮かびかかった疑問へ無理やり蓋を乗っけ押しつぶす。

 これはそう、信頼の証なのだ。この程度の敵には負けないという信頼、だから彼は動かなかったのだ。

 いや待て、思えば最初の頃からあいつ結構適当な奴だった気がするぞ……本当にこいつの弟子になって正解だったのだろうか……今からでも他の人の下に行った方が……

 

 いやいや、まだ戦いは終わっていない、無意識に渋く顰めてしまった顔へ冷静さを被せ前を向く。

 

 

――――――――――――――――

種族 パラ・ローゼルス

名前

 

LV 3000

HP 30223/90321 MP 1035/5066

 

――――――――――――――――

 

 ああ、くそやっぱり結構残ってる。

 

 私もあの薔薇も互いにどちらかと言えば耐久の方が優れている、レベル差は四倍ほどあれどボスであることもあって瀕死まで追い込むには足りなかったようだ。

 先ほどの『スカルクラッシュ』さえ叩き込めていればまた違ったものを、削りに熱中せず早々に切り上げて一発叩き込んでしまった方がよかったかもしれない。

 

―――――――――――――――――

 

結城 フォリア 15歳

 

LV 13344

HP 20446/26690 MP 56188/66725

 

―――――――――――――――――

 

 当然HP、MPともに私の方が有利。

 ……一気に攻めるか。

 

 

「よし……『ステ」

「おっと、待て待て」

 

 ブチっ

 

「いったぁ!? な、な、何すんの!?」

 

 『ステップ』で飛び出した背中に走る激痛。

 感覚が麻痺していたはずの身体にそれはあまりに強烈で、無意識のうちに出た涙と共に犯人を睨みつける。

 

「お前気付いてなかっただろ」

「え……なにそれ、雑草?」

「お前の身体に生えてるんだ、大方さっき植えつけられたんだろう」

 

 彼の手に握られていたのはひょろりと細長い植物の芽。

 しかしただの草ではないらしくつい数秒前まで青々としていたにも拘らずあっという間に萎び、色褪せ塵となって風に吹かれ消えてしまった。

 

 指摘に慌てて全身を見れば腕、肩、頭とあちこちに似たような青い芽がうぞうぞと蠢き犇めき、静かだがはっきりと目に見える速度で伸びていくことに気付く。

 

 気持ち悪……!

 

 あまりの悍ましさに半ば狼狽し引っこ抜くが、あちらこちらに生えていてすべてを取り除くのは難しい。 

 

 

「うええ、ちょっ、き、筋肉! 背中の取って!」

「注意不足だな、それに時間だ」

 

 パニック状態のまま涙目で抜こうと転がる私を背に、ここで遂に大剣を構える彼。

 

「『断絶剣』」

 

 刹那、轟と一陣の風が吹き荒れ、遅れてゆっくりと巨大薔薇が真っ二つにズレ落ちた。

 

 一撃。

 そこまで力んだ様子もない、なんとなしのたった一撃で決着はついた。

 

 戦いの地にあるまじき姿?

 違う。彼にとって戦いですらないのだから、必然力む必要もないのだ。

 

「あ……枯れた……」

 

 それと同時に私の身体を蠢いていた木の芽も綺麗さっぱり枯れ果ててしまった。

 どうやら本体が枯れることで種のこれも能力を失ったらしい。

 

 その大剣をゆっくりと虚空に差し込み素手になった男は、真っ白な歯を見せ私の頭に手を置きこういった。

 

「まあまあよくやった、65点といったところだな」



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第百六話

「うー……」

 

 ……悔しい。

 

「どうした、そんなに俺が倒したのが気に喰わんのか」

「そりゃそうでしょ! 何で倒しちゃったの!」

 

 いったい何の問題があるんだと言わんばかりの飄々とした顔。

 

 体力だって十分余裕があったしMPだって勿論、あの程度倒すのに何の問題もなかったはず。

 確かに全身へ植物が伸びていたのに少しパニックを起こしてしまったが、なにも途中で倒してしまうなんて……

 やっと良いところを見せられると思っていたのにこれか、本当に無様な姿だ。

 

「そんなに私……ダメだったのかな……」

「うえ!? 嘘だろ!? な、泣くなって!」

「泣いてない……!」

 

 ああ、まただ。

 またすぐにそうやってアタシは泣いて逃げようとする、現実を飲み込まずに流されてしまおうとする。

 そんなんじゃ状況は何も変わらないのに……だからお前は駄目なんだ。

 

「ほら泣くな泣くな、飴やるから」

 

 尖らせた口へカラリと甘味が転がった。

 

「んん……子ども扱いするな」

「ま、泣くほど悔しいがることは本気の証拠だ。良かったよ、お前がそれくらい本気で俺に嘆願してきたってのが分かってな」

「……髪ぐちゃぐちゃになるからやめて」

「ガハハ! 照れるな照れるな!」

 

 それからは私の不機嫌な声と、好き勝手に頭を撫でる筋肉の誤魔化すような笑い声だけが暫し続いた。 

 

「別にお前が倒しきれんとは思っていない、恐らくあの後一人でもなんとかなっただろうな」

 

 微妙な笑み表情を浮かべ筋肉は続ける。

 

「じゃあなんで!」

「まあ落ち着けって、こっちだって好きで横槍を入れた訳じゃない。俺はお前の師匠なわけだ……師匠ってのはちとむず痒いが、弟子の悪い点を矯正するのが役目だろ?」

「それってつまり……」

「ああ、お前の欠点がいくつか(・・・・)見えたから止めた」

 

 だからそう気に病むな、これから治していけば良いんだからな。

 そういって彼は白い歯を見せつけ笑った。

 

「そろそろ時間だ、戻るぞ」

 

 気付けば彼の身体はゆっくりと光が増していき、いつの間にか巨大薔薇の死骸も綺麗さっぱり消え失せていた。

 よく見ればボスの居たところには小さく光る黄色い小瓶と深緑に輝く魔石が転がっていて、そういえば今回は『経験値上昇』に『スキル累乗』を使っていなかったと思いだし慌てて拾い上げる。

 

 まだ心のもやもやは無くなった訳じゃない……けれどいつの間にか涙は引っ込んでいた。

 

 

 私たちがダンジョンから姿を現したその時、警戒を孕んだ突き刺さるような視線が交差し……

 

 

『うおおおおおお!』

 

 

 筋肉が右手を突き出した瞬間、歓声が爆発した。

 

 

 そこにいたのは武器を構えた人々、どうやらモンスターの氾濫に備えていたらしい。

 奥の方には一般人らしき人も見えるが果たしてその程度の距離になんの意味があるのだろう、もしモンスターが溢れ出したらあっという間に距離を詰められて殺されてしまうと思うのだが。

 

 崩壊寸前のダンジョンから何かが出て来た時、それは食い止めることが出来たか完全に崩壊が始まってしまったかの二択だ。

 私たちが無事に出てきたことで食い止めることが出来たと理解し、安堵と歓喜が極まったのだろう。

 

 その後は彼が人の群れに飲み込まれたり、まあ色々忙しない状況で指示しているのを私は横で眺めていた。

 たまに押し流されそうになるも足元を潜り抜け横に戻ってこられたのは、幸か不幸か私の身長が低いおかげだ。

 

 

「ところでその子は……?」

 

 

 心臓が跳ねる。 

 

 今まで横の筋肉の塊へ向いていたはずな無数の視線が、突如として一斉に私の方向へ飛び掛かってきた。

 人にこうやって見られるのは苦手だ。無意識に後ずさりし体を隠そうとするが、残念ながらここに何か隠れる場所はない。

 

「ご、誤魔化して……」

「ああこの子か。俺の弟子だよ、強いぞ」

「……ちょわっ!?」

「お弟子さんでしたか! 私~~~~の~~~でして、~~~……」

「うあ……えっと……その……」

 

 ただでさえまとまりきっていない感情の中に恥ずかしさやらなんやらが次々に乗っかり、話しかけられている内容が全く、一ミリも頭の中へ入ってこない。

 入った直後どこかへ流れていく気分だ。

 何!? なんて言ってるの!? ああもう無理!

 

「もう帰る!」

「あっちょっと……!」

「ちょっと恥ずかしがり屋でな、まあこれからよろしく頼むよ」

「はぁ……」



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第百七話

『かんぱーい!』

 

 店内に響く探索者達(・・・・)の声。

 あまりごちゃごちゃした飾などはなく、しかしそれでいて堅苦しいわけではない過ごしやすい……はずだった店は既に騒々しい雰囲気に飲み込まれていた。

 

「いやはや、なんかよく分かんないけどおめでとー!」

「ほーちゃんほーちゃん、あの子! アンタが拾った子がマスターの弟子になったお祝いよ!」

「そっかー! フォリアちゃんがかー! ……うええ!? マジで!?」

「キーくん、野菜も食べないとダメだよ」

「ガキじゃねえんだから姉貴はそんなこと気にしなくていいっつの! 好きに食わせてくれ!」

 

 本当は園崎姉弟だけ誘う予定だったのだが、それを横で聞いていた探索者が次から次へと伝言ゲームを行い、いつの間にか筋肉が店を貸し切りで焼肉を奢るという話になってしまった。

 

「横に張り付いて懇願したんでしょ? 君も勇気があるわぁ」

「あ、剣崎さん……あれ?」

 

 スススと横に座り込み、しれっと話しかけてきたのは剣崎さん。

 いやまて、この人大学の教授じゃなかったか、なんでこんなところにいるんだ。

 

「いやー、ちょっと剛力君と話したいことがあって協会を訪ねていたんだけどね。丁度いいからお邪魔させてもらってるわ! うーん、他人の金で食う肉は旨いっ! あっ、店員さん、この店で一番高い肉を持ってきて頂戴!」

 

 わはわはと愉快気に胸を揺らしぐいっとジョッキを煽る彼女、大分人としてダメな発言をしていたが聞き流しておく。

 

 そもそもこんな騒ぎになるとは思っていなかった、なんて言えない。

 私からすれば筋肉は気がよく身近にいる強い人程度の認識で、会う人会う人にこう、仰天するような反応をされるとは思ってもいなかった。

 

「まさか君があれの弟子になるなんて思ってもいなかったわ、奇妙な縁もあるものねぇ」

「え……?」

「私とアレ同じ研究室に所属してたのよ、それでその研究室の教授が」

 

 回顧しているのだろう、懐かし気に目を細め白衣の胸元をガサゴソと漁りだす彼女。

 あれー? 確かここら辺にあった気がするんだけどなぁ、間違って洗っちゃったんだっけと不穏な独り言が聞こえてくるも、突如ピタリと止まりにんまりと目が弧を描く。

 

「あったあった、ほらこれあ痛ァ!?」

 

 だがタイミングの悪いことに、件の男がやってきて彼女の後頭部を叩いた。

 

「おい剣崎、資料があるんならさっさと寄越せ。昔からお前は酔うとまともに言葉が通じなくなる」

「はぁ……ごめんねフォリアちゃん、詳しくはまた今度大学でってことで。いつ来るか教えてくれたらミルフィーユ用意しとくからさぁ。あーばっぐばっぐー」

 

 ……行ってしまった。

 

 何か伝えようとしていたようではあるが、話が主に彼女の中で完結しており、何が何だかさっぱり分からなかったぞ。

 まあ大分顔も赤くなっていたし大した内容ではないのだろうが。

 

 それにしても熱い。

 冷房は聞いているはずなのだが2、30人程度も集まってしまったようで、それ以上に人の熱気が凄まじい。

 

 水のお代わりほしいな、少し立ち上がりぐるりと当たりを見回したその時、わき腹をつつく何かに震える。

 

「フォリアちゃん、フォリアちゃん、ちょいちょい」

「ひょっ!? りゅ、琉希。来てたんだ」

 

 首元に紙のエプロンを巻き完璧に肉を食べる準備を整えた彼女が、しかし食事をするとは思えないほど絶望した表情を浮かべ背後に立っていた。

 

 一体何があったというのだろう。

 いつもは見ているこっちまで気の抜ける笑顔ばかりだというのに、もしかして何か嫌なことがあったのかもしれない。

 うん、精神的に何度か彼女には助けられたことがあるし、たまには私が相談に乗ってもいいだろう。

 

 彼女の横にはまだ中身の減っていない水を入れる奴(ピッチャー)もあったので、立ち話もなんだと私の横へ誘う。

 本当は筋肉が座る予定だったが、彼は彼であちこちで会話に混ざりつつ動き回っているので問題ない。

 

「ええ、そこで園崎さんと会ったので参加しました。ってその前に! 聞きましたよ……探索したんですか……? 私以外の人と……?」

「うん」

「うわあああん! フォリアちゃんのバカぁ! 私も他の人と探索しちゃいますよ!?」

「え……? 良いんじゃない……?」

「うわあああああああん!」

 

 風のように現れ、嵐のように

 

「君元気いいねぇ! この穂谷さんが肉を進呈してしんぜよう!」

「ははぁ! ありがたき幸せ!」

 

 去る前に、入り口付近で陣取っていた穂谷さんパーティが彼女を捕獲し、一緒に肉を焼き始めた。

 初対面のはずなのだが特に問題もなく和気藹々と会話を始める彼女たち、年齢差は多少あるが比較的少ない女性探索者同士、何か感じるものもあるのだろう。

 

 ……仲良さそうだし放置しておいてもいいか。



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第百八話

 もはや初陣を祝う会どころか唯の酒盛り場と化した店内。

 食べたいものも食べたし、周囲の人々は酔いが回ってまともな言葉も話せていない。見知った人が多いからまだだいぶましではあるが、それでも大人数で話して疲れたので、いい加減ホテルへ帰ろうと立ち上がった時だった。

 

「帰るのか?」

「うん、ごちそうさま」

 

 スキンヘッドの上から下まで茹蛸よろしく赤に染まった筋肉が話しかけてきた。

 

「そうか、これ土産の弁当だ。明日にでも食え」

「わ、ありがと」

 

 ずいと突き出された弁当箱をありがたく受け取る。

 持ち上げればずしりと伝わる確かな重さ、彼が出してくるのだから中身には期待していいのだろうか。

 

 ここのお肉は確かにおいしかった……といっても私はそこまであれこれと食べたこともないので、どこがどう良かったのかを上手く言うことはできない。美味しかった、それだけだ。

 いや、そもそも美味しかったのだが、あまり話したことのない人にバンバン話しかけられて正直しっかり味わえなかったというのも本当のところ。

 これなら一人でゆっくり楽しめるだろうし嬉しい。

 

「それと明後日……そうだな、午後に協会裏へ来い」

「え?」

「言っただろ? 訓練だよ訓練、ビシバシ行くから明日はしっかり休んでおくんだぞ」

「……! うん、じゃあお休み!」

 

 

 協会裏の練習場、その端に設置されたちゃちな休憩用の椅子に座り、机を挟んで私たちは対面していた。

 

「まずはなんで俺がこの前戦いを中断したか、だな」

 

 カラリ

 

 冷えた麦茶を一気に飲み干し筋肉が口を開く。

 

 まるで動物園の猛獣だ、正面にするとその膨張した筋肉の威圧感が一層凄まじいことになる。

 見慣れている私だから大丈夫だが、そんなことをしないと分かっていても一般人ならいつ首をねじ切られるか気が気でないのではないだろうか。

 

「話聴いてるか?」

「……も、もちろんダヨ?」

「ったく……いいか、もっかい聞くぞ。お前普段一人で戦ってるだろ」

「うん」

 

 事情を知っている琉希と時々戦うことはあれどその通り、私は基本的に一人で戦うことが多い。

 それは私だけに許されるレベルアップ速度の異常な仕組みを隠すため。別に他の人すべてを疑っているわけではない、ただ知られない方が良いに決まっているからだ。

 勿論最初のトラウマのせいで他の人と組むのが怖いのもほんのちょっとだけ、一ミリくらいはある。

 

 でも一人は危ない、当然そんなことわかっている。

 動けなくなれば誰も助けてくれない、生き延びなければ金だ力だと言えない探索では何よりも大きな欠点だ。

 筋肉だって勿論それがセオリーだと知っているだろうし……

 

「……やっぱり他の人と戦った方がいいって言うの?」

「いや、構わん。お前の戦い方はかなり三次元的、縦横無尽に動き回るからな。下手に他人と組んでも同士討ちを引き起こしかねん。それに……」

 

「お前、隠し事あるだろ」

「……!」

「カマかけてみたがやっぱりか。そう身構えるな、何かやろうとしてるならわざわざこんなこと言わんだろうが。ほら座れ」

 

 麦茶お代わりいるか?

 

 私の返答も聞かずじょぼじょぼ勝手にグラスへ麦茶の追加を注ぎだす彼。 

 人の秘密をカマかけで言い当てた割になんと適当な事か、悪びれる様子もなく座るよう諭されてしまえば渋々腰を下ろさざるを得ない。

 

 ストローで麦茶を吹き、納得いかない頬をぐにぐにと押し上げ睨む。

 

ふぁんふぇふぁふぁっふぁふぉ?(なんでわかったの)

「麦茶をぶくぶくするな、行儀悪いぞ。レベルアップ速度がまず第一に、最初の頃は少し速い程度だと思ってたんだがな、持ち込んでる魔石のランクが急激に上がり過ぎだ。その上崩壊した炎来で探索者になってまだ半年の人間が生き残っていたとなれば……」

 

 必然、ひっかるものはある、と。

 

「まあ安心しろ、気付いてるのはお前が探索者に志願してきたときから見ていた俺と園崎姉くらいだろう。あいつはあいつで隠し事があってな、お前のそれも言いふらさんだろ」

 

 普段受付であくびをしたりしている穏やかな園崎さんであるが、何か隠し事があるらしい。

 人は見かけによらないということなのだろうか、むしろ隠し事一つない人間の方が変なのか? 

 

 だがここで私の頭にピンとくるものがあった。

 

「それってもしかして本食べてたのと関係ある?」

 

 そう、以前私は偶然であるがそれを目撃したことがあった。

 本人はスキルだと言っていたが、思い返せばちょっと焦っていたようにも見えたのだが、気のせいではなかったというわけだ。

 

「なんだ、知ってたのか」

「うん、誰もいないからってここで食べてた」

「ああ……何度か注意したんだが、どうせ田舎の昼間協会に人なんて来ない。日向ぼっこしながら食べるのが最高なんですよなんて言ってたな……結局見られてるじゃねえか……他にも見られてねえだろうなあいつ……」

 

 先ほどの余裕綽々とした表情はどこへ行ったのやら、顔を覆い小さくつぶやく筋肉。

 気のせいか普段つややかなスキンヘッドすらしわがれているように見える、もしかしてあの人結構自由気ままにやっていたのでは。

 

「……まあそれだけならいいか。ともかく、お前も隠し事がある以上無理に他人と組む必要はない。だが一人なら一人で戦うなりの知識を持っておけ」

 

 と、若干ズレた会話の方向を本筋へ無理やり戻した筋肉によって、漸く講習(?)が始まった。



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第百九話

「例えばだ、この前のダンジョンでお前飲み込まれてただろ? 他にも」

「うん」

 

 あれはびっくりした、まさかただのデカい葉っぱだと思っていたら突然挟まれてしまうのだから。

 ああいうのを何というのだったか……食事中植物……? ともかくレベルのわりに堅牢な体をしていたし、もし同レベルの相手だったら逃げ出すことはできなかったかもしれない。

 

 うむ、なかなか奴も強敵だった。

 

「何深く頷いてるんだ……? 確かにあれを一人で抜け出せた点は評価に値する。機転が利くのはいい、長所だ。だが『機転が利く』ことに頼りすぎるのは短所だ、そもそも『機転を利かせる』必要があるような状況に陥るな」

「……? どういうこと? もっとわかりやすく言ってほしい」

「……危険を避けろ、意識をもっと周りへ配れ。そもそも確認を怠らなければ飲み込まれることもなかったんだからな。魔石の爆発は――お前は確か魔法が使えないんだったか、それならなるべく危険な使い方をするな。体の傍で爆発させたりとかはやめろ」

 

 私を指さし言い切った彼は、はあ、と嘆息。

 

「戦い方が一々邪道過ぎるんだよ。結城、お前は自分の身体をもう少し労われ。どうしてそんなに死に急ぐ?」

「別に……死に急いでなんかない」

「いいや、死に急いでるな。お前は自分のことなんてどうなってもいいと思ってるよ、だから一々向こう見ずな方法ばかり選ぶんだ」

 

 そんな事絶対ない、言い切るのは簡単なはずだというのに、なぜか彼へはっきりと伝えることは出来なかった。

 酸素が足りなくなった金魚のようにパクパクと口を開けて、暫し筋肉を睨むも何も出ずうつむいてしまう。

 

 これじゃまるでその通りだ、何も言い返せませんって認めてるみたいで……

 

「兎も角、俺に指南されたいってんなら今後は俺の指示に従え」

「……分かった」

 

 結局私は彼の命令を受け入れるしかなかった。

 

 

「マスター、お説教もいいですけど今日することはソレだけじゃないですよね? 模擬戦もするとか言ってませんでしたっけ? あ、これ麦茶のお代わり置いときますね」

 

 重い空気を払うように現れた園崎さんは、なみなみと新しい麦茶の入ったピッチャーをでん、と置き、ばしばしと筋肉の背中を叩いた。

 

 フォリアちゃんにはこれもあげるわ、と差し出されたのはミカン入りの牛乳寒天。

 日陰になっているとはいえ決して涼しいとは言えない外、ひんやりと冷たいそれを口に含むとほろりと崩れ、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。

 コンビニスイーツのように派手な甘さなどはない至極単純な出来、だがその味がすごくおいしい。

 

「おいしい、ありがとう」

「そう、よかったわ!」

「おい園崎、俺の分は?」

「え? ありませんよ? 残りは私が食べるので」

「……お前も後で説教な、覚悟しとけよ」

「ええ!? なんでですか!? 横暴ですよ、職権乱用です!」

 

 今すぐ持ってきますからちょっと待っててください!

 

 そう言い残し協会内へ走り去る園崎さん。

 その説教とやらはもしかして、先ほど私がもしかしてと尋ねてしまった、彼女が本を食べていたことについてだろうか。

 もしそうなら一寸可哀想なことをしてしまったかもしれない、言わなければよかった。

 

 彼女の背中を見送り天を仰ぐ筋肉。

 彼の顔には呆れや親しみなどの感情が幾重にも重なり、何とも表現しがたい表情になっている。

 

「ったく……昔は純粋で可愛かったのに、どうしてああなっちまったんだ」

「ねえ、模擬戦って?」

 

 そう、しれっと流されそうになっていたが園崎さんは気になることを言っていた。

 

 模擬戦、そのまんま受け取るなら私と彼が練習試合をするということ。

 だが模擬戦と言えば実力の拮抗している人が高め合うというイメージが強く、はっきり言って天と地の差があるであろう彼と私が戦おうと、それこそ一瞬で地面を舐めることになるのは想像に難くない。

 

「ああ、そういえばそうだった。やっぱり物を教えるのは実戦形式で体験した方が習得しやすいからな、一人一人に合った戦い方はあれど教えられることもある。戦いつつそれを指摘しようと思ってな」

「ああ、だから武器出せって言ってたんだ」

 

 そう、最初に出しておけと言われ、私たちの傍らにはカリバーや彼の大剣が縦掛けられていた。

 最初は彼自身模擬戦をするつもりだったのだろうが、あれこれ話して脱線を繰り返すことで、筋肉自身最初の目的を忘れてしまっていたようだ。

 

 私の問いかけに彼は頷き

 

「ああ。どうする、いけるか?」

「わかった、やる」

 

 もちろん私も彼の弟子になると志願した身、詳しく教えてくれるというのに断るわけがなかった。

 

 あと戦い方を否定されてちょっとムカついたところもある。

 私だってこれでずっと勝ってきたんだ、たとえ間違っているからと言って素直にすべてを飲み込めるわけがない。

 せめて一発は叩き込んでやる、これが私の戦い方だと少しは認めさせてやらなければ牛がのさばらない(・・・・・・・・)ってものだ。

 

 覚悟しろ筋肉、その艶ある頭をかち割ってやるからな。



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第百十話

 距離はおよそ5メートル、真上から灼熱の太陽光が照り付け、踏み固められ乾いた砂の上に立つのは筋肉と私だけの二人。

 肌の焦げる感覚が緊張感と共に肌へ伝う汗となる。

 

「そうだな、一発俺に攻撃を入れるかストップ宣言したら終わりにしよう」

 

 大剣を手に取ることもなく無手、なんなら片手をポケットに突っこんだまま彼が告げた。

 一発入れられるかだ条件だなんて完全に舐められてる、よそ見までして随分余裕綽々じゃないか。

 

 砂に手を当て(・・・・・・)、静かに目を瞑る。

 

 ピンと張った意識はしかしメトロノームのように揺れていた。

 いつ出る? いつ走る? 繰り返される思索は今だと叫び、けれど今出れば纏らない思考に絡めとられ足を縺れさせると理解している。

 

 落ち着け、整えろ。

 

 激しく揺れる感情の波は次第に静寂へ、浅い息は深くゆっくりとしたものへと移った。

 そうだ、それでいい……その感情で……

 

 

 

 ……行け!

 

 

 

「うおおお!」

 

 愚直なまでの猛進、見せかけの怒号。

 砂を巻き上げ、躊躇いもなく一直線にその元へ向かう姿に目を細める男、空気が揺らめき弛緩した僧帽筋がミシリと軋んだ。

 

 はったりだ。

 たとえ筋肉が油断しているとはいえ経験が違う、このまま傍へ足を運べば無慈悲に叩き潰されてしまうだろうと、そんなのは私にだってわかっている。

 ならば……

 

「『ステップ』!」

 

 彼の腕が届かぬ限界の距離、進行方向とは真逆へスキルの導きによって強制的に方向転換させられる私の身体。

 全身の骨が悲鳴を上げ、ピリリと走ったわずかな違和感を振り切り地面を大きく蹴り上げる。

 

 それは今までの勢い全てを殺し、私の身体を大空へかち上げた。

 風を突き抜けただただ高く、ここには腕どころか彼の大剣だって届きはしない。

 

「空中に足場はないぞ!」

 

 遠くなる地面で筋肉が叫んだ。

 

「かもね……!」

 

 すり足でその場から軽く身を逸らす彼。私の攻撃が当たらない距離、しかし確実に踏み込んで私を殴り飛ばせる所でしかと構えるつもりだ。

 だがここまでは想定通り。

 

 筋肉はさっき言ってたよね、機転を利かせる状況に立つなって。

 もしこのまま私が地面に降り立てば、きっと強烈な一撃を叩きこんでこういうはずだ。

 

『だから言っただろ、危険を避けろって』

 

 ……と。

 ならばあえてその状況を演じれば、必然的に彼の行動は絞られるはず。

 

「ヌゥッ!」

「おらっ! 食らえ!」

 

 そしてそこで裏を掻く!

 

 空中でばら蒔かれたのは拳一杯に握り締められた砂。

 全力で地面へ投げつけられたそれは激しい雨となり、私のことを目で追っていた筋肉の眼球へ襲い掛かる。

 

「ぐああーバカなー」

 

 その刺激は本能的な反射を無理やり引きずり出し、どんな存在でも首を横へ向けさせてしまう。

 やはりどんな高レベルであろうと目に砂が入れば体は動いてしまうもので、筋肉すらも抗うことはできずその太い首を大きく捻ってしまった。

 

 完璧だ、想像通り……いや、それ以上の成功に心が躍った。

 

 そう、走り出す直前にたっぷりと握りしめておいたのだよ!

 ぬはぬは! 想定外の目つぶしは痛かろう! 勝った!!

 

「しねえええええええええええ! 『スカルクラッシュ』!!!」

「お前マジか、あの演技で騙されちゃうのか」

 

 

 ガシッ

 

 

「ふあっ……!?」

「よっと」

 

 ポイッ

 

 空中で掴み上げられたカリバー、抗いようもない強烈な力で振り回され無慈悲に振り払われる私。

 見せつけ、煽るように高々と彼へ持ち上げられた相棒は、私が奪い返そうとジャンプするも、そのたび奪われないようサッと位置を変えられ弄ばれてしまう。

 

「か、返して……! あだっ」

「はいストップ。まず武器だけに固執するな、それと最後まで油断しない」

 

 おでこへ軽くカリバーをぶつけられ、無情にも告げられる終了の宣言。

 一撃を叩きこむどころかあっさり作戦の裏を掻かれ、挙句に武器まで奪われてしまう始末。

 淡々と指摘された短所は確かにその通りで、昂った精神の端にわずかに残った冷静な私が正しくだ、しかと頷く。

 

 思えばそもそもこれは私の欠点を見つめなおし強制してもらう指導、教えてもらった事なのだからそれを無下にする必要もない。

 ……勿論感情的に飲み込み難いものではあるけど、もっと強くなりたい、もっと力が欲しいといったのは私なのだから。

 

 くっ、次は殺す。

 

「ま、砂を使おうって考えは悪くないな」

「ふん……」

「それにしても死ねはないだろ」

「いやその……ちょっと興奮しちゃって……ごめん」



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第百十一話

 静かな密室。

 報酬はなく、しかし熱心に働くエアコンの無機質な送風音だけが絶え間なく響く。

 

 よく効かせた、ともすれば寒いとすら感じられる室温の中、よく洗われ心地よい香りのするシーツと布団に包まれ、蕩けた嗜好は目覚めと眠りの過渡に溺れる。

 誰しもが愛するはずの安らぎ、果たして自らそこを飛び出す人間なんているのだろうか……そう、私だってここから出るわけが……

 

 いたい

 

「んあ……」

 

 痛い

 

 そう、これはまるで全身をじっくり、よーく焼かれているように……豚の丸焼き、いつか食べてみたいな……痛い……燃える……いた、いたいたいたいたいたいたァッ!?

 

「いったぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 涙で視界がぼやける。

 吹き飛ばされた布団からは羽毛がまき散らされ、真っ白に染まった絨毯の上を無様に呻き転がる。

 

 何、何、何なになに何が起こってるの!?

 

 何度か体を焼かれた経験はあるがそのどれにも当たらない、耐えられないほどでもないが、しかし猛烈と言えるびりびりとした痛みは不快感が凄まじい。

 腕、足、そして顔。

 もだえる程に苦しみは増すばかり。すわ奇襲か、人の寝入りを襲うなど卑怯なり。

 

「な、なにが起こって……!?」

 

 全身の痛みをどうにか堪え、ベッド横へ備え付けられている鏡を覗き込む。

 そこに映っていたものは……

 

「ひ……

 

 

 

 

 

日焼けだ……」

 

 日焼けで真っ赤になった顔であった。

 

 

 

 

 

「すみません、適当にいいポーション二本くらいください」

「はいはい。おっと、結城ちゃんじゃないか。久し……ぶ……りっ!? うわっ!? どうしたんだい君全身真っ赤だけど!? うわうわうわぁ……え、ペイント?」

 

 眼鏡の奥にある小手川さんの瞳が何度も瞬く。

 先ほど自分でもびっくりしたが本当に全身真っ赤なのだ、以前の私とは姿が別次元なのだからそりゃ彼も驚くってものだろう。

 日焼けだと伝えれば繰り返し頷き、なるほどなるほど、確かに君肌白いもんねと、ようやく納得がいったようであった。

 

 探索者になる前は体力のなさもあって外に出て遊びまわることなんてなかった……友達もいなかったし……ので、ここまで酷い日焼けは初めてだ。

 だが不思議なことで、探索者になってからは随分外(?)で戦ってきたのにこんな風になったことはなかった。

 もしかしてダンジョン内にゆーぶい(?)なるものは存在しないのだろうか。

 

「じゃあ安いポーション飲んでみたらどうだい? 日焼けって要するに火傷の一種だからね、多分治るよ」

「え、ほんと!?」

「うんうん、多分。ちょっと待っててね、確か古いやつがここら辺に……」

 

 薄暗い店内、古手川さんが吊り下げられたランプを引っ張り、近くの箱をガサゴソと漁りだす。

 高いポーションは(彼の趣味で)ガラス張りの冷蔵庫へ、銭湯の牛乳よろしく整然と並べられているのだが、どうやら安いものや時間のたったものは相当雑に扱われているらしい。

 

 安物って言ったって数千円はするのに……なんて適当な……

 

「だってだれも買いに来ないしさぁ……たまーに一般人が売れって暴れるんだけど、売っても探索者以外には効かないしねぇ。はいこれ、お金は勝手に引かせてもらうから好きに飲んでよ」

「割引は?」

「んー……じゃんけんぽい!」

 

 突然叫ばれとっさに出したのはチョキ。

 そして件の彼の手のは……パー。

 

「えぇ……勝ったけど……?」

 

 唐突過ぎて何が何だか分からない。

 

「ありゃ、負けちゃったか、じゃあ半額にしといてあげるよ」

「ええ!? うわっ……っと」

 

 ぽんっと放り渡されたポーションは桜のように薄いピンク、質は決していいとは言えない品。

 けれどその薄さ故光を受けキラキラと輝いていて、これはこれでインテリアとして飾っておきたいようなかわいらしさがあった。

 

 イッキイッキ! と雑いコールにせかされぐいっと喉奥へ流し込む。

 とろりとなめらか、味はなく、しかし奇妙な『効く』確証を伴った不思議なその液体が体内へ滑り落ちた瞬間、視界内の真っ赤な両腕からさっと赤色が引く。

 効果てきめんだ。内心疑っていた私でも簡単するほどの効果、これはすごい。

 

 雑に割り引かれた割りにその効果の高さに目を丸くする私へ、彼は構うこともなくその裏事情を話し出す。

 

「誰も買いに来ないし正直叩き売りしても問題ないんだよね、僕も二日酔いの時は勝手に飲んでるし。ほら、協会って魔石の供給とかインフラ関連で相当儲かってるでしょ? 僕も本業あるしここ片手間みたいなもんだから」

 

 ほらこんな感じで。

 小瓶を取り出しキュポンと勝手に開き、ごくごくと飲んでこちらへ流し目。

 

「ね?」

「ね? じゃないけど。……って、本業?」

「そうそう。ここの奥工房なんだよ、協会から卸された素材で服とか靴作る……いわば職人? 的な?」

 

 なんで自分の仕事なのに疑問形なの……?

 

 まだ二度しかこの店を訪れていないがそのどちらでも本の虫であった彼。

 しかし決してここの店番だけが仕事というわけではなく、どうやら本業はほかにあったらしい。

 

 ん……? 何か今の話どっかで聞いたような……?

 

「あ! それってもしかして探索者向けの壊れない装備ってやつ?」

 

 脳裏に過ぎったのは昨日、筋肉と二人で崩壊を喰いとめにいった時交わした会話。

 いつかの機会に琉希と行こうと思っていたがまさかここだったとは。

 

 作ってもらおうかな……いやでもこの人に任せるのは……。

 

「そうそう、正確には壊れないってより壊れにくくて修復される、かな。専用装備って知ってる? 所持者本人が死ぬまで壊れない武器なんだけどね、それに近い仕組みなんだ」 

「へぇ……」

「とはいっても完全に消し飛ばされたりしたら流石に修復はできないよ。良くて半分くらいまでかなぁ、市販品よりは圧倒的に丈夫だから滅多にそこまで壊れることはないけど」

 

 ふふんと鼻を鳴らしドヤ顔。

 基本的にやる気のない人だと思っていたが自分が作るものには相当の自信があるらしく、今までで見たことがないほど彼の顔には誇りが宿っていた。

 先ほどまであった蟠りと躊躇いは彼の顔を見れば解けて消えた。

 

「じゃあ私のも作って、お願い」

「そういってくれると思ったよ。剛力さんから君の話は聞いてるんだ、よろしく頼むってね」

 

 さぁ、まずは靴の採寸を始めよう。

 

 彼の声と共に紐が引かれ、薄暗い店奥へ明かりがともった。



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第百十二話

 ひんやりと冷たい板に足をつけ、彼の傷だらけな指先が宛がわれる。

 ニヨニヨとして緩んだ顔はどこへやら、真剣な面持ちであれこれと見たことのない機材を当て、頷いてはメモを連ねていく姿は職人そのものだ。

 

 感心している私へ彼の何気ない言葉が飛ぶ。

 

「君背も低ければ足も小さいね、本当に15?」

「手踏んでいい?」

「だめだめ……はい足の採寸終わり。服はどうする?」

 

 服、服か。

 

 協会に来る人たちの服装の多くは私服だ。

 最低レベルのGやEランクダンジョンならともかく、高レベルになれば現代の技術で作られた装備など、その上から切り裂かれたり叩き潰されたりしてしまう。

 運よくダンジョン内で装備を手に入れた人は装着しているのだが……今のところ私は何も手に入れてない。

 

「やっぱり服は変えた方が防御力とか上がるの?」

「いや? そこらの服と違って破れにくくはなるけど、どこまで行っても服は服だからね。ただダンジョン内でも他の人に裸を見られたくないだとか、女性には結構人気だよ」

 

「んん……じゃあいい。私基本的に一人だし」

「そうかい。それじゃあデザインはどうする?」

「デザインも……あんまり、靴とかそんなに買ったことないから分からないし……あっ!」

 

 今まで履いてきたお古のスニーカー。

 ほつれ、ところどころ焦げ、何なら底のゴムだって擦り切れてボロボロになってみすぼらしい姿。

 でもずっと使ってきた相棒の一つだ、愛着の一つや二つはある。

 

 うん、やっぱり慣れてる見た目に近い方が良いかな。

 

 これと似たように出来ない?

 指さし彼へ見せれば、メガネを押し上げ意外そうな顔つきをする古手川さん。

 

「随分使い込んだねぇだねぇ……安物でデザインは簡素、丈夫さだけが取り柄って感じだけど本当にいいのかい?」

「ずっと履いてきたから、これがいい」

「そうかい、了解したよ。そうだな……一週間後に取りに来てくれ」

 

 

「あい、それじゃ」

 

 少女が去る。金髪と、その年齢に見合わぬ小さな容姿が特徴的な子だ。

 表情のあまり現れない顔なのだが、その声色や動きから不思議とどんな感情を抱いているのかが伝わってくるのは、きっと彼女の魅力なのだろう。

 

 しかし随分と顔つきが変わった。

 

 以前であった少女はもっと切羽詰まっていたように見える。

 だがその也は随分と息をひそめ、年頃の少女相応の雰囲気が多少ついたように僕には思えた。

 

「それにしても、なんだか先生を思い出すなぁ」

 

 かつて何度かダンジョン内のフィールドワークのため、友人と共に護衛した人物の顔がふと浮かぶ。

 

 先生とはこの近くにある大学でダンジョンの研究を行っていた人物だ。

 その分野ではトップクラスの座についていたらしいが、生まれつきの気質だったのだろう、気さくで感情のよく出る、それと苦いものが苦手で子供のような人物だった。

 一度彼の家に出向いたことがあったのだがその大きさと、海外の人(・・・・)で元探索者だという奥さんの美人っぷりに息を呑んだのは記憶に