死神の流儀 (ふーじん)
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洗礼

グランバロア編終わったので、前々から書きたかったPKプレイヤーの話を書きました。
とりあえず切りよく第一章終了まで書き溜めしたので、一時間おきに予約投稿します。


 □王都アルテア バラライカ

 

 繁忙期を乗り越え、正月回りの所用を片付けて人心地がついた頃。

 アタシはようやく<Infinite Dendrogram>を遊ぶ余裕を得、サクッとキャラメイクを終えてアルター王国へ降り立った。

 

 <Infinite Dendrogram>。

 今やその名前を知らないゲーマーはいない超有名タイトルだろう。

 半年ほど前に真のVRMMOという触れ込みで発表され、当初はそれまでのVRMMO界隈のアクシデントの数々から半信半疑で迎えられたそれが、時を経るにつれ圧倒的神ゲー――及びクソゲー――との評価を得て、ゲーム業界の台風の目となっているタイトルだ。

 

 その理由はいろいろあるけど……まぁ今更振り返るまでもない。

 一昔前のweb小説界隈で溢れていたようなVRMMOがそのまま現実になったと考えれば大体あってる。

 管理AIだとかいうやたらリアルな挙動の案内役NPCのガイドを受けて、七つあるという初期スタート地点から王国を選んだのには、特にこれといった理由は無い。

 単にゲームといえばファンタジーという安直な考えから、一番それっぽい国を選んだだけだ。

 レジェンダリアとも迷ったが、あっちはファンタジー()()()という点で却下し、程々に中世ファンタジーな王国でとりあえず始めてみようと思った次第である。

 

 結果としてその判断は大正解だったと言える。

 これまでのVRMMOモドキとは比べ物にならない圧倒的五感のリアリティ。

 そこらを行き交う目的別に配置されたわけではない、そのままを生きているNPC――ティアン。

 先んじてこのゲームを遊んでいたプレイヤー達、<マスター>。

 

 まるで異世界トリップだ。

 ログイン前までは謳い文句を大言壮語に思っていたけど、実際に体感してみればこれは()()であると直感できる。

 単なるゲームプレイから一転して異世界旅行となり、これを格安の月額料金だけで体験できるのなら、神ゲーとの評価も納得できるといったところだった。

 

「マジで違和感無いのよねぇ……」

 

 チュートリアル空間でも確認した自分のアバターを再度動作確認して、その違和感の無さに改めて感心する。

 リアルで自分の体を動かすのとなんら遜色無い感覚に満足すると、さてどうしたものかと考えた。

 

 手持ちは猫から配布された初期装備に五〇〇〇リル。

 武器は取り回しが良さそうという理由で選んだ短剣一つ。

 そして事前に調査しておいたこのゲームの仕様を鑑みて、まずはジョブに就くべきだろうと判断する。

 

「となりゃあ……よし。もしもし、そこのお兄さんちょっといい?」

「はっ、いかがしましたか!」

「転職できる施設ってどこにあるか分かるかしら?」

 

 そこでアタシは近くにいた衛兵に声をかけた。

 生憎まだ降り立ったばかりで右も左も分からない身の上だからね、ここはテストがてらティアンに尋ねてみるのがいいはず。

 直立不動で門の警備をしていたティアンは、アタシの左手を見て得心した様子を見せると、キビキビとした動作で一方を指差し、メインメニューのマップ画面を開いて説明した。

 

「こちらの通りに沿って歩き、右手に見える大型の施設になります。基本的なジョブクリスタルはそちらに揃っておりますので、あちらで係の者に問い合わせていただければ分かるはずです」

「そ。ご丁寧にどうもありがと、助かったわ」

「職務ですので。<マスター>殿、王国へようこそ!」

 

 びっくりするほど流暢な反応だ。というよりは、リアルの人間よりもよっぽど人間らしいほどに。

 職務に忠実な人間らしい模範解答を得て、感謝を述べて立ち去ろうとするとそう背中に歓迎の言葉を受ける。

 今のところ、アタシの<Infinite Dendrogram>への好感度は右肩上がりを記録していた。

 

 ◇

 

 衛兵さんの案内通りに城下町を歩いて、合間に屋台飯を買い食いなどしているうちに、目当ての施設が見えてきた。

 リアルでいう役所みたいな雰囲気だけど、デザインは王都の街並みに合わせた西洋風のそれだ。

 そこにスタンダードなやつから突飛なやつまで、いろんな装備を着込んだ人間が出入りしていて、見ているだけでちょっと面白い。

 そんな中初期装備丸出しの自分はなかなか物珍しいようで、特に先発<マスター>の見守るような眼差しに若干眉をハの字にしながら受付まで歩いた。

 

「ご用件をどうぞ」

「こいつを活かせるようなジョブあるかしら? おすすめあるなら聞いときたいわ」

 

 と、装備している短剣を見せながら尋ねたところ、すぐに返答があった。

 どうやら【短剣士(ショート・ソードマン)】とかいうのが短剣スキルに長けたジョブらしい。

 転職に特別な条件を必要としないありふれた下級職の一つで、状態異常攻撃が得意なようだ。

 

「転職をご希望でしたらあちらのジョブクリスタルに手を触れてください。表示されたメニュー画面のジョブ一覧から選択すれば転職可能です」

「ありがと。んじゃ早速就いてくるわね」

 

 淀みないガイドに熟練を感じつつ、案内通りにサクッと転職。

 ステータス一覧に【短剣士】のジョブ名が表記され、晴れて初就職達成というわけだ。

 そーいや就職するのはリアル含めて初めてねぇ。こちとら自侭な自営業で雇う側だから新鮮だわ。

 

 ログイン前に見てたwikiで紹介されてたけど、この【短剣士】から条件を満たして上級職の【牙剣士(ファング・ソードマン)】に転職できるみたいだし、<エンブリオ>も孵化してない今はそれを目指して活動するのが当面の目標としていいかしらね。

 孵化した<エンブリオ>の性能次第では方針転換もやむなしだけど、こればっかりはランダムだからねぇ。

 

 ま、さっきも言ったけど月額料金で異世界旅行できるならそれだけで元は取れてるわ。

 仕事の合間に息抜きする程度なら十分すぎるでしょ、気にせずいこいこ。

 

 ◇

 

「おっ、新顔だな? 初心者には東西南北最寄りのフィールドがおすすめだぜ。東は平原、西は海道、南は山道、北は森林さ」

「ご丁寧にどうも。趣味?」

「まぁな。こうしてニュービーにアドバイスするのが好きなんだ、頑張れよ!」

「ういうい」

「っとあぶねぇ、南門近くの<旧レーヴ果樹園>はやめときな。ありゃあ詐欺だからよ」

「あらそうなの。そりゃ危ないわね、ありがと」

「いいってことよ。じゃあな!」

 

 役所から出たところ、そうアドバイスをくれた物好きな先輩<マスター>に礼を述べながら、今しがた教えられた四つのうちどこへ向かおうか考える。

 と言っても名前以外に判断材料が無いし、どこも同程度の狩場っぽいので、ここは一つ運頼みで決めてみようか。

 

 というわけで短剣の切っ先を地面に立てて倒れた方角を確認したところ、柄は東を向いていた。

 <イースター平原>か……どんな相手がいるかはわかんないけど、初心者向けってことならどうにかなるでしょ。

 ヤバくなったら逃げりゃいいし臆せず進めー。

 

 ◇

 

 そうして訪れた<イースター平原>で、アタシは何度目かの戦闘を繰り広げていた。

 相手は【リトルゴブリン】とかいう雑魚モンスターの定番が一匹。

 ジョブレベル一のアタシでも互角に戦える相手ということは、ここら一帯では一番弱いモンスターの一種だろう。

 

 ギイギイと耳障りな雄叫びを上げて、当たるを幸いに武器を振り回す姿は拙いものだ。

 けどVRMMO特有のリアルな主観視点で見たそれは、普通にゲームを遊ぶよりもずっとプレッシャーが伸し掛かる。

 まぁコントローラーぽちぽちのコマンド選択とは違うわけだからね、マジもんの殴り合いなんて縁遠い一般人からすれば如何に可能だからと言っても怖いだろう。

 安全とわかっててもジェットコースターやお化け屋敷を怖がるようなものだ。幸いアタシはそのへん図太いからヘーキだけど。

 

 動きそのものは余裕で対処できても、殺意を持って武器を振るわれることそのものが一種の壁。

 だけどアタシはお構いなしに棍棒を振り上げた右腕を蹴り上げ得物をスっぽ抜かせると、ガラ空きになった腋を初期装備の短剣で斬りつけた。

 バトルでの刃物の扱いなんざ知るわけないけど、とりあえず刃を立てるようにして振り抜いたところ、派手に鮮血を噴き上げて【リトルゴブリン】が絶叫した。

 

 腋下に太い血管が伸びているのは【リトルゴブリン】も同じらしい。

 人体で言えば間違いなく致命傷の一撃はこのモンスターにも適用され、出血に合わせて見る見るうちに弱っていく。

 このゲームの仕様上敵のHPやバステといったステータスを把握するにはスキルが必要だが、それで確認するまでもなく【リトルゴブリン】は死にかけている。

 失血と共に動きは緩慢となり、手放した棍棒を取り戻すこともできずもがき苦しみ、やがて弱々しく倒れ伏して息の根を止める。

 そうして間違いなく死んだと確信できた瞬間、死体は光の塵となって消え失せ、如何にもゲームらしくドロップアイテムが遺された。

 

 ふーむ……色々と見えたことがあるわね。

 このゲームの戦闘って、リアルとフィクションの間の子って感じみたい。

 HPは存在するし、殴られれば減って、〇になれば当然死ぬ。

 けど刃物で攻撃すれば相手には裂傷が刻まれて、リアルで切りつけられたのと同様に血を流して、流し続ければ死ぬ。

 HPの全損による死と、外的要因による死の両方がありえるって感じかしらね。

 相手のステータスが見えないから確証は持てないけど……ああそっか、自分で試してみれば――

 

「っ……」

 

 そう考えたところで、不意に背中を強烈な違和感が貫いた。

 簡易ステータスに表示されたアタシのHPがみるみるうちに減っていき、その傍らには【出血】の状態異常表示が。

 ちょうどアタシが【リトルゴブリン】へしたのと同じように、今度はアタシがその傷を負って死にかけている。

 

新世界(ニューワールド)へようこそぉ、ニュービー。オレのサプライズは気に入ってくれたかな?」

「…………」

 

 脱力感に膝をついたアタシの前に、そうねっとりとした声音を囁き一つの影が現れた。

 アタシよりは幾分かマシな装備を身に着けた、ニタニタとした笑みの男。

 見た目は二十代かそこら、如何にも悪役といったモヒカンヘアーで、右手には奇抜な意匠のクロスボウを握っている。

 左手には『舌を伸ばした奇怪な異形』の紋章――<マスター>だ。となるとクロスボウがそいつの<エンブリオ>ということか。

 察するにそのクロスボウのボルトでアタシの背中を射抜いたらしい。

 

「ダメージで満足に声も出ねぇか。生憎だが背中のボルトはアンタのステじゃ抜けないぜ。流石に孵化もしてねぇジョブレベル一桁に抜けるような代物じゃねーよ、オレの【チュパカブラ】はな」

「…………」

 

 自慢げに、舌舐めずりするように固有名詞を吐くそいつ。

 成程、こいつの<エンブリオ>は【チュパカブラ】というのか。

 血を啜るUMAとして有名だけど、ボルトが刺さった背中からの出血の勢いが強い……つまりはそういう能力らしい。

 

「どうして、って顔してそーだから教えてやるけどよ。オレがアンタを狙ったのに大した理由はねーぜ。単に手頃なカモがいたから狙っただけだからな。孵化もしてねぇ<マスター>は逆にレアだから、いっちょトロフィー代わりに仕留めてやったのさ。なんせこのゲーム、チュートリアル以降運営の関与は無ェらしーからなぁ……BANのリスクも無くPKできるなら、そりゃ狙うっきゃねーべ?」

 

 ああ成程……そういうゲーマーか。

 確かに利用規約にもPK等の行為を処罰する旨の文言は無かったわね。

 FPSでもないのに今どき攻めた姿勢のゲームだとは思ったけど……実際に味わってみると堪らんね。

 とはいえまさか……ガチの初心者相手に粋がってPKするようなお寒い輩と早々に出くわすなんて、流石に想定外だったけど。

 

「ま、洗礼だと思って死んどけや。また三日後に遊びに来な……ヒャハッ。ヒャーッハッハッハァー!!」

 

 そう高笑いしてアタシを見下すそいつの姿を最期に、アタシの意識は一時途絶えた。

 

 

 To be continued



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タナトス

 □???

 

「してやられたわねぇ……」

 

 あちらで死を迎えて意識が途絶えた次の瞬間、アタシは夢から醒めるようにリアルで目覚めた。

 痛みは痛覚設定をオフにしていたおかげで感じなかったが、背中をボルトが貫く違和感や、失血と共に冷えゆく手足の感触が生々しく体に残っている。

 柄にもなく冷や汗すら流れていくのを感じて、アタシはヘッドセットを取り外した。

 

「成程ね、これがクソゲーとも呼ばれる所以なわけ。確かに悪質なプレイヤーに粘着されたら、初心者はそれだけで詰みでしょうね」

 

 よもやその犠牲者にアタシがなるとは思わなかったわけだが。

 PCを起動して検索エンジンを開き、デンドロ関連のまとめ記事を眺めていく。

 プレイ開始前にも散々見てきたけれど、そこで繰り広げられる賛否入り交じる論争の本旨をアタシは初めて肌で感じた。

 

 こりゃ確かに、気の弱い人間なら一発アウトだわ。

 PKを別としても、ただの雑魚モンスターとの戦いですらコントローラー操作のゲームにはない重い緊張の連続で、まして血を見ることすら厭うような人間には敷居が高すぎるというものだろう。

 普通のモンスターでこれなら、アンデッド相手にはどうなるんだって話よ。アタシは現実視点で描画設定を決めたけど、これがCGでもアニメ調でもキツいことに変わりはない。

 

 まして同じプレイヤーの悪意によって死んだんじゃあ、ねぇ?

 おまけに二四時間のログイン制限というペナルティまで負わされて、場合によっては貴重な休日が台無しよ。

 

 けど……

 

「これで泣き寝入りするわきゃ、ないわよねぇ?」

 

 お生憎様、アタシの信条は「やられたらやり返す」、だ。それも二度と歯向かえないよう、徹底的に。

 

 アタシはすぐさまデンドロ関連の匿名掲示板を開き、そこにあるPK被害報告スレッドに目を通した。

 色々と規格外を誇るデンドロだけど、MMOという体裁を取っている以上必ずこの手のコミュニティはある。

 ましてや運営による制裁を期待できないとあれば、悪質なプレイヤーの情報はただちに共有され、自衛のために対策を講じられることは必至。

 とはいえガチで()()()()されるような有名PKなんかは、被害拡大を抑えるために拡散は基本的に避けられ、詳細な情報はゲーム内で高額で取引されているようだけど……

 

「ああ、やっぱりあったわね」

 

 しかしアタシの目当てであるモヒカンヘアーの情報は、被害報告と一緒に尋ねてみればすぐに返信があった。

 ていうかモヒカンヘアーという文言に過剰な反応を示した某から、めっちゃ具体的な情報が上げられてきて軽く困惑する。

 曰く「モヒカンの面汚しだとかなんとか」。そういや<モヒカン・リーグ>とかいう有名クランがいたわね。

 その名前とメンバー全員モヒカンスタイルという特徴から、まとめ記事とかでもネタにされてる皆のおもちゃ。ただし活動内容は慈善活動が主と名前に似合わず善良な連中だ。

 

 アタシがここでアイツの名前を見つけられると考えたのは、あの一連のやり取りを振り返った結果だ。

 言うことなすこと小物臭い男だったけど、実際その印象に間違いは無いだろうというのがアタシの判断だった。

 というのも<エンブリオ>を孵化させた<マスター>でありながら、孵化もまだな上にジョブレベルも雀の涙なニュービー相手にああも時間を掛けてしまっているのがその証拠。

 

 嬲り殺しが目的? ああ、それはあるかもね。けどBANの恐れがないと知って好き好んでPKするんなら、アタシならもっと徹底的に()()

 だって<マスター>には痛みが基本的に無いんだもの。それなのに見えもしない背後からのアンブッシュで、失血死をただ待つだけというのは些か以上に()()()()()()

 痛みがないなら見える範囲で手足を解体するなり潰すなりして、より視覚的な恐怖を与えるべきだ。

 それこそ二度とデンドロを遊ぼうだなんて考えられないほどに、ヤると決めたなら徹底的にヤらなきゃ。

 だのにアイツときたら得意げにペラを回すだけで、片手落ちったらありゃしない。

 

 まぁ多分にアタシの趣味が入った主観的な感想だけど、要はPKの中でも所謂エンジョイ勢というやつだろうというのがアタシの考え。

 なにせこのデンドロ、既にガチなPKってのはとんでもないビッグネームが生まれてて、それこそ王女拉致だとか貴族惨殺だとかいう重犯罪をしでかしたやつの名前がテンプレにでかでかと載っている。

 そんな中ニュービーすら一撃で仕留められず、高説を垂れるだけで満足してしまうような奴が口を閉ざされてしまうほど大した奴であるとは思えない。

 そう思って尋ねてみれば、案の定なんら貸しを作る必要もなく容易く情報が手に入った。つまりは有象無象の木っ端ってことだ。

 

 多分アイツ、<マスター>しかキルしてなかったんだろうね。

 確かティアンの殺害はあちらの法で一発アウトの犯罪で即指名手配だ。指名手配された上で他国にセーブポイントを持たずデスペナルティになれば、<監獄>行きという重大なリスクを負う。

 一方<マスター>間でのいざこざは、その範疇に留まる限りあらゆることが合法だ。ただPKを楽しむだけならティアンを害する必要は無い。

 

 で、ここからが本題。

 有志によって提供されたあのモヒカン野郎の名前はヘルヒーホー。

 保有エンブリオの名は【チュパカブラ】。能力特性は出血と吸血。

 到達形態はⅡ。メインジョブは【弓狩人】。合計レベルは五一と、アイツもほとんど初心者と変わらなかった。

 要は本当にただのイキり野郎だったというわけだ。さも片手間のようにアタシをキルしてきたけど、上位勢からすれば目くそ鼻くそなのはほんとアレ。

 

 そしてそんなどこに出しても恥ずかしいクソ野郎にアタシは、当然お礼参りをするつもりだった。

 

 ◇

 

 二四時間が経過してログインしたアタシは、再び王都アルテアの土を踏んだ。

 デスペナからのリスポーンは、最後にセーブしたポイントからの復帰となる前情報通りだ。

 

 ここからどう動くかだけど……それを決めるためにあるものを待つ必要がある。

 そしてそれにはアタシがログインすると同時に輝き出した左手が応えてくれた。

 ナイスタイミング。

 

「ボクは恥ずかしい……半身の窮地に目覚めが間に合わなかっただなんて……」

 

 が、それは。アタシ自身予期せぬ形で実現しようとしていた。

 左手の宝石の発光は<エンブリオ>孵化の兆し。

 黒い光という相反するような現象を伴って生まれたそれは、アタシが予想していた武器やモンスターといった形とは違って、正真正銘()()の姿をしていた。

 

「ごめんなさい、マスター。キミの()にボクは間に合わなかった。だけど今からは違う。死は常にキミの手の内にある。ボクの名乗りを以てその証を立てよう」

 

 目深に被った背の高い毛皮帽子。

 埋もれるようにして纏った厚手のコートは、目元以外の一切を覆い隠している。

 唯一覗ける瞳の色は、深い藍色をして輝いていた。

 

「ボクの名は【刻死乙女 タナトス】。これよりキミの刃となるもの。キミの<エンブリオ>であり、TYPE:メイデンwithアームズという形を与えられしもの」

 

 落ち着いた涼やかな声音でそう名乗りを上げ、少女は全身を一振りの()()へと変えた。

 切っ先から柄頭まで、飲み込まれるような黒一色をした夜の如き短剣。

 それがアタシの右手に収まって言葉を続ける。

 

「キミとボクは一心同体。これより先永遠に、ボク達は運命共同体となる。キミの望みはボクの望み。さぁ往こう、今こそ報復の時だ」

 

 ――これは()()()を引いたかもしれない……。

 

 ◇

 

 まぁ如何にもいざ出陣っていう名乗りを上げたとこ悪いのだけど、まずは事前確認なのよね。

 タナトスと名乗った我が<エンブリオ>を人型に戻し、適当なカフェに寄って席を設ける。

 幸いデスペナでリルは落とさなかったみたい。おかげでひもじい思いはしないで済んだ。

 

「……いいさ、慎重なのは美徳だよ。獲物を仕留めるには入念な準備が必要だからね。たまたまボクの気が逸っただけだ。たまたまさ、本当だよ」

「はいはい、むくれないの。可愛い顔が台無しよ。ほら、まずはスイーツでも楽しみましょ」

「む。スイーツ……」

 

 出鼻を挫かれてぷいと顔を背けたタナトスをテーブルいっぱいのスイーツで釣り出す。

 ちなみに今の彼女は暑苦しさ満点なコートを脱がせて、声から想像したとおりの可愛い姿が顕わになっていた。

 流石にあんな格好じゃあ食事も不便だものねぇ。本人もこだわりこそあれ固執するほどのものでもないらしく、言えば普通に脱いで着席していた。

 露わになった全身は、青みがかって透き通るような白髪に白い肌。西洋風の美貌をして、人形のように愛らしい。

 ちなみに服はどこかへ消えている、あまり気にすることではないようだけど。

 

「マスター。キミに一つ忠告しておくことがある。ボクのような特に人間に類似した<エンブリオ>は独特の食癖を持つものだ。人間の言う好き嫌いとはまた違うが……基本的に食癖に沿う食事以外は摂らないと考えてほしい」

「あらそうなの。ならこのカフェで大丈夫だったかしら……?」

「問題ない。ボクの好みは甘いものだ。スイーツなどは特に大好物だと本能が訴えている。キミの選択は最適解であると太鼓判を押すよ」

「そ。ならよかった。では親睦会といきましょうか。一心同体とはいえ、コミュニケーションは必要だものね」

 

 澄ませた表情をフフンと得意げに緩ませて、テーブルに並んだスイーツを頬張る姿は一転して年相応の少女そのもの。

 まーなんとも可愛らしい<エンブリオ>が生まれたものだけど、こうして見ると単なる武器が生まれてくるよりは、こうしてお喋りもできる連れ合いの方が張り合いがあるってものだろう。

 

 それに見た目がアタシのストライクど真ん中だし。

 少年と見紛うマニッシュな美貌に声音。背丈もアタシの胸元くらいとやや小柄で、若干素直クールっぽい性格といい何もかもがアタシ好みだ。

 堪らず頬を緩めながら食事姿を見守っていると、その視線に気付いたタナトスがタルトの切れ端を刺したフォークを差し出した。

 

「まったく……欲しいならそう言い給えよ。このアップルタルトは絶品だよ、マスター」

「ふふ、ありがと。……うん、美味し。この店は当たりねぇ、覚えておきましょうか」

「それは名案だよ、マスター」

 

 どうやらご満悦らしい。初期資金がそろそろ心許ない感じだけど、彼女が喜んでくれたのなら釣り合いは取れてるかしら。

 なにせ彼女がアタシの本命だものね。まだ詳細は確認してないけど、間違いはないという確信はある。

 あとやっぱり可愛い子を憚ることなく愛でられるっていうのは良いわよね。生みの親(<マスター>)の特権ってやつだわ。

 

「さて……そろそろいいかしら、タナトス?」

「うん、満足したよ。なら今度こそ報復といこう、マスター」

「その前にアナタの能力を教えてくれないかしら? あとアタシのことはバラライカと呼んで頂戴」

「了解したよ、バラライカ。ならボクの力を開示しよう……手元のメニュー画面を見てくれ」

 

 まぁ口で説明するより画面で見たほうが手っ取り早いものね……。

 で、メインメニューのステータス画面に追加された<エンブリオ>の項目を見てみれば……

 

「……んふふ」

「ご満足いただけたかな? バラライカ」

「ええ、大満足よ。これなら()()もしっかりできそうだもの。アナタは最高の相棒だわ」

「当然だよ。ボクはキミのための()なのだから」

 

 ウィンドウに表示された固有スキルの効果を見て、これならイケると確信する。

 そして頭に留めておいた幾つかの情報のうち最も適しているだろうジョブを思い浮かべ、

 

「また転職しなくちゃね」

「うん? このまま行かないのかい?」

「ええ、どうせなら確実を期したいもの。それにアイツを見つけ出す必要もあるしね」

 

 作戦をタナトスに伝えたところ、しばらくして得心したように彼女は頷いた。

 

「なるほど。確かに合理的だ。やや時間は掛かるだろうけど、場当たり的に臨むよりは余程具体的で建設的だ」

「張り切っちゃってるところ悪いけれど、ね」

「構わない。例え逃げようとも、如何に隠れようとも、死は必ず追いつくものだ。……そう考えると寧ろこちらの方がいいな。実にボク好みだと言える。やはりキミはボクに相応しい<マスター>だよ、バラライカ」

「アナタこそ、アタシに相応しい<エンブリオ>よ、タナトス」

 

 ニヤリと互いに顔を見合わせて、会計を済ませて店を出た。

 

 

 To be continued



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狩りの時間

 □【???】バラライカ

 

 タナトスの発現から親睦会のティータイムを終えたあと。

 アタシはしばらく<イースター平原>に出て狩りをした後、ギルドで転職を経てから再びフィールドへ出ていた。

 しかし今度の狩場は王都北の<ノズ森林>だ。

 

 東の<イースター平原>と違って視界を遮る高木が密集し、敵も味方も隠れる場所が多い。

 このフィールドに出没するモンスターは【ティールウルフ】を始めとした獣型モンスターが多く、平原よりも集団との遭遇が多い傾向にあるらしい。

 

 以上、wiki調べ。こういう各国首都近隣のフィールドは秘匿する意味も無いので広く周知されている。

 これより遠くのフィールドになると、自分で足を運んでマップを記録するか、地図屋でマップを購入して開示する必要があるらしいけど、初心者狩場は既に探索し尽くされているからねぇ。

 

 で、ここでアタシが何をしているのかと言うと、それはもちろん狩りだ。

 ただし鬼ごっこと隠れんぼしながら、だけど。

 具体的には隠形からのアンブッシュを意識しながら、なるべく敵に見つからないように行動している。

 つってもまぁ、こういうのはセンスが物を言うものだ。ちょっとしたコツを掴めば案外すんなりいく。

 

『バラライカ……キミは案外とんでもないね』

「そうでもあるわ。肝心なのは気配を()()のではなくて()()()()()ことよ。昔取った杵柄ってやつね」

 

 木陰に身を隠し、しかし短剣と化したタナトスへ軽口を言えるくらいの気の抜き加減で忍び、獲物の様子を伺う。

 こうしてる間にもまた一つスキルレベルが上がり、五感が研ぎ澄まされていく感覚を覚えた。まぁ気分的なものだけど。

 

 視線の先には【リトルゴブリン】。

 このフィールドには獣型モンスターが多いとは言ったが、【リトルゴブリン】は王都近隣の狩場ならどこにでもいる。所謂スライム枠だ。

 何をしているのかと言えば隠すほどのものでもないから言ってしまうが、つまるところ尾行だ。

 

 隠れ、潜み、後を追う。この行動が今のアタシにとって何よりの経験値となる。

 このゲームはジョブレベルとは別にスキルレベルが存在し、これは必ずしも経験値の獲得によって上昇せず、対応する行動を取り熟練することで伸びていく。

 【リトルゴブリン】の尾行を開始してから既に数時間。上手いこと同じ個体を見つからず追い続けたアタシのスキルレベルは、既に幾つかが三に到達していた。

 

 下級職で到達可能なスキルレベルの上限が五だから、既に半ばを超えていることになる。

 これは進捗としてはなかなかのスピードだろう。行動の成否が成長に直結するスキルならではの仕様は、アタシにとって有利に働いている。

 

 所謂プレイヤースキルというやつだ。

 一昔前のVRMMOモノみたいに、自前のスキルでゲーム内性能を有利に運ぶという試みは、このデンドロにおいては真実機能している。

 これもデンドロが神ゲーでありクソゲーと呼ばれる所以の一つ。限度はあるが、PSの多寡である程度の性能差は覆せてしまえるのだ。

 勿論リアルではできないからといってゲーム内でできないわけではない。ていうか下手にリアルの癖を持ち込むよりはシステムの補正に任せた方がずっと有意義だ。

 

 今回の場合は単純に、アタシの資質がこういうことに向いているというだけのこと。

 しかも今のアタシの隠形は【リトルゴブリン】にはともかく【ティールウルフ】相手になると嗅覚によって即バレしてしまうので、尾行中に【ティールウルフ】と遭遇してしまった場合三つ巴不可避だったり。

 今尾けている彼もこれで五匹目で、以前の四匹は狼どもとの遭遇戦によってまとめてアタシに始末されている。

 相手によっては時間かかるけど、()()()()()()()という意味ではウチのタナトスはすこぶる優秀なのよねぇ。

 

『あぁ……例えようのない充足を感じるよ……。キミが彼らの命を刈り取る度に、武器としての本懐が悦びの声を上げるんだ……。キミはまさしくボクを使いこなしてくれている……武器として、メイデンとして、<エンブリオ>として。これに勝る喜びは無いよ、バラライカ』

 

 当初は平静だったタナトスも、一時間も尾け回して獲物を狩る頃にはこうして恍惚の表情を見せていた。

 薄々わかっちゃいたけどウチの<エンブリオ>はどこかネジが飛んでいる。

 別にそれが悪いってわけじゃあないけど、アタシには似合いってことかしらね。

 

『存在意義の違いだよ、バラライカ。ボクはキミの報復の殺意から生まれた<エンブリオ>だから、その一助となれる行動に忌諱を覚えるはずもない。寧ろ目的に向かって前進している実感から、法悦すら覚えるくらいだよ』

「なら、本命を仕留めたときにイッちゃわないように気をつけないとね」

『はしたないことを言わないでくれ給えよバラライカ。だけど、そうだね……獲物を前に舌舐めずりは三流以下のすることだ。黙して静かに、愛するように寄り添うべきだ。死とはそういうものだ』

 

 死、死、死となにかにつけて呟くタナトスだけど、それがこの子の信条らしい。

 若干厨二病入ってる感じがして面白い。少なくとも退屈はしないから、やっぱりこの子はアタシの素敵な相棒だわ。

 

『そんな安っぽい言葉と同じにしないでもらいたいものだね……それよりもバラライカ、そろそろいいんじゃないのかい?』

「そうね、スキルレベルも十分揃ったし、そろそろ決行してもよさそうかしら」

 

 タナトスの言葉を受けて潮時と判断し、背後から奇襲を仕掛け【リトルゴブリン】を斬りつける。

 こいつの急所は幾度か戦う内に完全に把握している。正面から交戦したならともかく、無防備なところを仕留めるのは今や赤子の手を捻るより簡単だ。

 

 敢えて致命には至らない脚の腱を寸断して機動力を削ぎ、脇腹を突いて流血を強いる。

 HPはあまり目減りせず、しかし歩けず【出血】の勢いは緩やかに長引くような傷だ。()()()()()()()

 突然の負傷にもんどり打って転がり狼狽える【リトルゴブリン】の姿を暗がりから見守り、終始理解できない表情のまま事切れるのをじっ……と見届けた。

 

「手応えあり、と。本番でも上手くいけばいいわね」

『きっと上手くいくさ。ボクのマスター。さぁ、今度こそ、本当に、報復の時だよ!』

 

 はいはい、今度はちゃんと寄り道せずにいくから。そんな露骨に念押ししないの。

 

 ◇

 

 フィールドでのレベリングを終えたアタシは、再び王都に戻って一旦休息していた。

 現在のジョブレベルは二二。スキルレベルは狙っていたものが三に至り、ひとまずこれで不足は無いだろう。

 より格上の相手を食うならもっとレベリングに時間をかけるべきだが、あのモヒカン相手なら十分なはずだ。

 デンドロが従来通りのMMOなら流石に分が悪かっただろうけど、画面向こうのアバターではなく正真正銘自分の体を動かすこのゲームなら、少なくともアイツ相手には有利に立ち回れる見込みがある。

 

 このゲーム、就いてるジョブが下級職一つ二つのうちは戦闘力に然程差は無く、物を言うのはスキルだと事前の調べで把握している。

 無論あまりに隔絶した差だとワンチャンすら無いけれど、アタシとアイツのステータス上の差は下級職一つ分。

 一方情報はあちらが杜撰な悪行によって手の内がバラされてしまっているのに対して、アタシはついさっき<エンブリオ>が孵化しただけの完全なルーキー。手の内がバレるという余地が無い。

 

 そしてアタシの手札にはタナトスと新ジョブ。

 想定している戦法を恙無く実行できれば、ローリスクハイリターンは得られるはず。

 

「んぐんぐ……すごいよバラライカ、このレムの実は最高だ」

「あらほんと、こりゃ美味しいわね。苺みたいな味にリンゴの食感……? あちらで食べるフルーツよりずっとイケるじゃない」

「報復を果たした暁には、これを使ったデザートを所望するよ。これはいいものだ」

「そうね、そうしましょうか。アナタが頼りだもの、功績には報いないとね」

 

 ところで王都に戻って何をしているのかと言えば、メイデン体に戻ったタナトスと二人で食べ歩きだ。

 お金の方はレベリングのおかげで多少なりとも潤ったし、装備を揃えるのでもなく買い食いする程度なら気にする必要もない。

 王都を四分する大通りには幾つかの屋台が軒を並べていて、中でも【レムの実】とかいうフルーツが彼女のお気に召したようだった。

 

 一個五〇リル、日本円換算にして五〇〇円になる高級フルーツだけど、モンスターを狩れる人間にとっては大した額でもない。

 しかしその味わいはリアルの高級フルーツと比べても格別で、前述した通りの不思議な味と食感ながら、タナトスだけでなくアタシも唸るほどの逸品だった。

 

 そうそう、こういうのがこのゲームの醍醐味よねぇ。

 忠実に再現された五感だけではなく、リアルには存在しない未知の美味はこのゲームならでは。

 正直こうして街を歩いてるだけで楽しいから、中には旅行目的に遊ぶプレイヤーも多いでしょうね。

 以前も言ったけどまるで異世界旅行だ。皆が皆アタシみたいに戦闘向きの<エンブリオ>に目覚めるわけじゃないでしょうし、戦わなくても楽しめるゲームデザインには脱帽しかない。

 

 とはいえPKを掣肘すらしない運営の姿勢には思うところもあるけれど……ま、そこは自助努力よね。

 

「タナトス」

「見つけたんだね。わかった、ボクは戻っているよ」

 

 そうしてタナトスと二人王都をぶらついていると、ようやくお目当てのものが見つかった。

 忘れもしないモヒカンヘアー、ヘルヒーホーだ。

 何か成果があったのか最後に見たのと同じニタニタ顔で上機嫌に店から出てくるところだった。

 

「…………」

 

 相手の姿を認めたアタシは、スキルを発動して尾行を開始した。

 といっても露骨に逃げ隠れするわけじゃない。そんな真似をしたら却って浮く。

 肝要なのは違和感を失くすこと。人通りの多い王都なら、逆に気配をそのままに雑踏に紛れ込むことで有象無象の一部となる。

 

 建物が並ぶ大通り沿いは遮蔽物も多く、行き交う人々の雑踏で一個人を追うには邪魔が多すぎるが、そこはアタシのジョブがサポートしてくれる。

 未発見状態から痕跡を辿って探し出すならともかく、一度視認した相手を追い続けるには今のジョブは最適だ。

 

 【狩人】と【弓狩人】の二つにしか就いていないヘルヒーホーなら、アタシの尾行に気付く可能性は低い。

 狩人系統も獲物を追って仕留める職種なだけに、当然追われる際に役立つスキルも揃っているが、こちらはより()()()()()()()()()ジョブだ。

 狩人系統と比べて戦闘力をオミットした分よりスキル効果は高く、【斥候】や対応する装備を身に着けていない相手なら十分に対処可能。

 あとはそこにほんの一匙、アタシの腕前を足してやれば……奴はまるで気付いた様子も無く無防備な背中を晒していた。

 

『北に向かったね。行き先は<ノズ森林>のようだよ、バラライカ』

「好都合ね。最悪路地裏で殺ることも考えたけど、一番良いフィールドに出てきてくれたわ」

 

 鼻歌交じりに歩きながら北門へ向かう奴の背を見ながら、アタシは尾行を続行した。

 

 ◇

 

「♪~~」

 

 <ノズ森林>に出たヘルヒーホーは、音程の外れた下手な鼻歌を唄いながら、【弓狩人】らしくクロスボウでのハンティングを楽しんでいるようだった。

 森林は狩人系統の絶好の狩場だ。それも開拓されきった<ノズ森林>なら自分の庭も同然だろう。

 

 木陰や藪に潜み、獲物を追って、クロスボウの一射で獲物を仕留める。なかなか様になっている。

 相手は複数匹からなる【ティールウルフ】の群れだが、そいつらの動脈部分にボルトを一発ずつ打ち込み、あとは逃げ隠れて獲物の息の根が止まるのを待つ。

 PKの時の印象とは違って合理的かつ冷静なやり口だ。軽い調子の口笛も余裕の表れかしらね。

 

 注目すべきは奴の<エンブリオ>だ。

 外部サイトでは【チュパカブラ】という名前と、出血と吸血という能力特性がリークされていたが、その実態を目の当たりにするとなかなか厄介な代物だと思わされる。

 

 クロスボウが放つボルトは複雑な()()()がついたストローのようになっていて、突き刺さった部分から勢いよく血を噴き出していた。

 特にそれは血流量の多い血管部分に刺さったボルトが顕著で、急所を射られた【ティールウルフ】は見る見るうちに弱っていく。

 一方多対一ゆえにヘルヒーホーも少なからず反撃を受けて手傷を負うのだが、そのダメージは突き刺さったボルトから血が噴き出すにつれて徐々に回復していっていた。

 

 チュパカブラとは主に南米で目撃されるという、家畜の血を啜るUMAの一種。

 その名を冠した奴の<エンブリオ>の特性も、その生態に由来したもの。

 (ボルト)伸ばして(飛ばして)血を啜る、実にチュパカブラらしい固有能力と言えた。

 

 正直なところ、本人の人格は別としてシンプルながらも優秀な<エンブリオ>だ。

 突き刺さったボルトからの流血は普通の傷よりも格段に出血量が多く、それを遠く離れた場所から一方的に仕掛けられるのは、こと狩りにおいてこれ以上無い有利になる。

 相手に継続ダメージを強いる一方で自分は持続回復可能というのも、継戦能力において頗る優秀だ。

 

 まさしくハンティングのために生まれたような<エンブリオ>だけど……惜しむらくは本人がその価値に気付いてない点かしらね。

 こんな性能をしているのなら、一撃を見舞ったあとわざわざ姿を現さず、そのまま逃げ隠れしていれば一方的にキルできるでしょうに、本人の調子乗りな性格がそれを台無しにしてしまっている。

 

 いや……モンスター相手には冷静な立ち回りができているから、PKの時だけ舞い上がっちゃうのかしらね?

 ゲームでモンスターを倒すのは普通のことだけど、同じプレイヤーを殺すというのは対戦ゲーでもない限り大抵は違法……というよりはシステム的に不可能なことが多い。

 そんな中運営直々に関与しないとの明言があり、<エンブリオ>という自分だけの能力があり、それを試せる絶好の機会があるのなら、少々魔が差しちゃっても仕方がない。

 

 ……そう考えるとこいつも案外可愛いとこあるわね。

 キルされたときはそりゃあ腹も立ったけど、丸一日も時間を置けば冷静にもなって怒りも多少鎮まるというもの。

 寧ろ入念に観察し続けたことで思いがけない発見があったりして、逆に愛着のようなものまで湧いてきそうだわ。

 

 ま、それはそれとしてきっちりお礼はさせてもらうけど。

 

「♪~~」

 

 何度目かの狩りを終えて、【ティールウルフ】のドロップが出現した場面。

 ヘルヒーホーがそれを鼻歌交じりに拾いにいって身を屈ませた瞬間――

 

「    」

 

 ――アタシは奴の背後に躍り出た。

 

 

 To be continued




【弓血鬼 チュパカブラ】
TYPE:アームズ 到達形態:Ⅱ
能力特性:出血、吸血
必殺スキル:未習得
モチーフ:南米に出没するという吸血性のUMA、『チュパカブラ』
備考:
 片手用クロスボウ型のアームズ。
 独特のかえしがついたストロー状のボルトを発射し、対象に出血を強いる。
 第二スキルによって出血量に応じたHP回復効果も有し、長期戦の狩りに長けた<エンブリオ>。
 ボルトは自動装填かつほぼ無尽蔵で、弾切れの心配は殆ど無い。
 シンプルゆえに嵌まれば強力で、使い方さえ間違えなければ一方的な狩りを展開できる。


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死神の烙印

これで第一章終了です。
ありがとうございました。


 □【???】バラライカ

 

「うおおおおおお!?」

 

 生き物が大きく隙を晒すタイミングは幾つかある。

 睡眠、排泄、食事、性交の四つはその最たるものだが、要は気分が良くなる行動で多くの場合気を緩めるものだ。

 仕留めた獲物が遺したドロップを漁るときなどは、ハンティングに勤しんでいたヘルヒーホーにとっては至福の瞬間に違いない。

 その意識の緩みをアタシは見逃さず音もなく忍び寄ると、装備に守られていない足首……僅かに露出していた腱をタナトスで寸断した。

 

 アキレス腱を断裂し片膝をつくヘルヒーホー。

 痛みは無いだろうが歩行を著しく阻害する強烈な違和感に声を上げ、慌てて周囲を見回す隙を突いて再び攻撃。

 今度はクロスボウを握る右腕に繋がる肩を突き刺し、ぐいと抉り抜いて離脱した。

 

「て、テメェ……こないだの……!」

「ハロー、モヒカン坊や。ご機嫌いかがかしら?」

 

 流石に目撃されずに再び隠れるほどのAGIは無く、二撃目を最後に発見される。

 ヘルヒーホーは左脚を引き摺り、左手で右肩を庇いながらも立ち上がり、敵意に満ちた表情でアタシを見据える。

 HPは然程目減りしていないだろうが、軽度の【出血】と【左アキレス腱損傷】の傷痍系状態異常で微弱な継続ダメージと行動阻害を負い、その動きは精彩を欠いていた。

 

「なるほど、リベンジかよ……てっきりブルってインしなくなるかとも思ってたが、とんだ跳ねっ返りだぜ……」

「こちとらやられたらやり返すのが信条よ。記念すべき一日目を台無しにしてくれたお礼はきっちりと返さないとねぇ?」

「けっ、気色悪ぃ喋り方してんじゃねーよ。このカマ野郎!!」

 

 一度は嬲り殺しにしたルーキーから反撃を食らった悔しさからか、そうアタシに吐き捨てるヘルヒーホーに肩を竦める。

 あちらとこちらで振る舞いに大差は無いはずだけど、そういやこっちでのアバターは男性だったわね。

 今まで話しかけたティアンも<マスター>も、既にサービス開始から半年……こちらの時間では一年以上も経った今じゃあ見慣れたものなのか、特にツッコミを入れる様子は無かったけれど、プレイを開始してさして年月も経ってないだろうこいつなら、異色に見えるのも無理ないかしら。

 

「今どきネナベなんて珍しくないでしょう? これでもキャラメイクには自信あるんだけどねぇ」

「余裕ぶりやがって……!」

 

 デンドロのキャラメイクは実に多彩だ。

 単なる人間体から獣を模した異形まで、適応できるかどうかはともかくメイクするだけならほぼ無制限。

 その範疇には性別も含まれていて、例えリアルではれっきとした女性だろうが、こちらでは男になることもできる。

 

 だからアタシは、「もし自分が男だったなら」というオーダーでキャラメイクした。

 結果としてなかなかの色男に仕上がったと思う。自分で言うのもなんだけど、元の素材が良かったからね。

 声も合成音声ではないナチュラルな色気のハスキーボイス。

 だからどうせ呼ぶならカマ野郎だなんて品のない呼び方よりも、オネェとでも言ってくれればまだ親しみが湧くのだけど。

 

「さてと、こちらの用件は理解してくれたかしら? とりあえず一回ぶっ殺すだけで勘弁してあげるから、精々足掻きなさいな」

「舐めんじゃねぇ! どうやら<エンブリオ>は孵化したみたいだけどよ、時間的に目覚めたてだろうが。返り討ちにしてやる!!」

 

 そう吼えてクロスボウを左手に持ち替え、アタシより幾分か素早い動きで照準を向ける。

 スキルの補正もあって淀みない動きだ。そして流石のアタシも発射されたボルトを見てから避けるなんて真似は出来やしない。

 このまま射られてしまえば一度目と同じ轍を踏むことになるだろう。けれどね……

 

「んなっ……!?」

「馬鹿ねぇ、何のために利き腕を殺ったと思ってんのよ」

 

 利き腕でもない左手で、片脚を潰された不安定な姿勢での照準なんてお粗末というにも程がある。

 不慣れな体勢で、しかも普段のようにアンブッシュでもない真正面からの攻撃なんて、射る前から既に避けたも同然。

 これがもし追尾能力のあるボルトなら話は違ったんでしょうけど、ダメージでレスポンスの遅れた常識的な射撃なら今のアタシでも容易に射線から回避できる。

 放たれたボルトはアタシに掠りすらせず背後の樹へ突き刺さった。

 

「ク、クソッ……!」

 

 一撃が外れ見切りをつけたのか手早い動きでアイテムボックスから小瓶を取り出すと、中の溶液を傷口に振りかける。

 【HP回復ポーション】だ。合計レベルから推測されるHP量を考えれば、恐らくは固定値回復タイプ。

 一般的に傷痍系状態異常は、減損したHPを回復することによって一緒に治療されるパターンが多い。

 普段は【チュパカブラ】の能力によって省かれているだろうアクションを取る動きは、意外なほど素早かった

 

 この回復行為を阻止することは今のアタシなら簡単だ。

 こちらに遠距離攻撃手段は無いけれど、接近してポーションを振り払うくらいの隙は十分ある。

 けれどアタシは敢えてその行動を取らず、ヘルヒーホーが回復しようとするのをじっくりと見守っていた。

 

 アタシの<エンブリオ>の効果の程を確認するために。

 

「な、なんで……!?」

 

 果たしてその結果は、アタシが意図していた通りのものとなった。

 【HP回復ポーション】を使用して間違いなくHPが全快しただろうにも関わらず、傷は変わらず刻まれたまま。

 せっかく回復したHPも負わされたままの傷痍系状態異常によって目減りしていき、それを簡易ステータス画面で見ているのか奴の顔が青褪めていく。

 ちょうど、アタシがこいつにキルされたときのように。

 

 TYPE:メイデンwithアームズ、【刻死乙女 タナトス】の第一の固有スキル――《死神の烙印》。

 その効果は『タナトスを用いた攻撃で与えた状態異常の回復を阻害する』というパッシブスキルだ。

 

 今の場合、タナトスによって刻まれた傷痍系状態異常の回復が阻害され、HPを回復しても治療できずにヘルヒーホーを蝕んでいる。

 阻害効果の程度は、初心者用狩場に出没するモンスターには回復能力持ちがいないために検証できず、自分の体で試そうにも回復不可能だった場合のリスクを考えぶっつけ本番での運用となったのだが……どうやら期待以上の効果を発揮してくれたようだった。

 

 少なくとも低品質の回復アイテム程度では治療できないことが確認でき、改めて効果の素晴らしさに感嘆する。

 初めてこのスキルをメニューで確認したときは、あまりに好都合な効果に作為的なものすら覚えたほどだけど、タナトス曰く発現する<エンブリオ>の能力には、直近で起きた出来事の影響が大きいらしい。

 

 言われてみればアプローチは違えど、結果的な効果はこいつの【チュパカブラ】と似通っているわね。

 あのときも回復できない【出血】のせいで殺されたわけだし、その意趣返しと考えればこれ以上無い方法かしら。

 あちらと違って近距離攻撃かつ、HP吸収効果が無い分その効力は高まっているようで、ヘルヒーホーは幾つものポーションを使用して治療を試みていたが、いずれも徒労に終わっていた。

 ポーション系アイテムにはインターバルが必要なのに、もったいないったらありゃしない。

 

「さてと」

「ひっ……」

 

 確認も終えていよいよ大詰めと近寄ったところ、一転して弱気になったヘルヒーホーの射撃が飛ぶ。

 だけどフィジカル面だけでなくメンタル面でも余裕を失くした射撃は、一射目と比べれば悲しいほどに拙く、特に意識するまでもなく外れていった。

 射撃には特に集中力と冷静さが必要になるからねぇ、今のこいつじゃあとてもじゃないけど有効打は出せないでしょ。

 

「お仕置きの時間よ、坊や」

『死の報いを受けるがいい』

 

 処刑宣告と同時にタナトスが言葉を発し、まずは四肢の動きを封じた。

 動作に必要な筋肉を寸断し、糸が切れた人形のように弛緩した体を地面に寝転がすと、ついで一撃で死なないよう、しかし血の流れ続ける血管を傷つける。

 

 そうして出来上がったのは壊れたお人形。

 じくじくと血を垂れ流し続けながら、身動きも取れずに蠢くだけの弱々しい芋虫だった。

 

「な、なんだよう……何をしやがるんだ……」

()()()()()()

 

 奇怪なオブジェを完成させて、アタシはそいつから距離を置いた。

 そしてひとっ飛びして樹上に身を隠すと、蠢くそいつが放置されるのをただ見守る。

 

「ほら、聞こえる? だんだん近づいてくる音が……」

「は……?」

 

 諭すように囁き耳を澄ますと、がさごそと草木を掻き分けて近づいてくる音が聞こえる。

 それは近づくにつれて足音を、やがては息遣いをアタシ達に伝え……のっそりと姿を現した。

 

 三匹の【ティールウルフ】だ。

 ヘルヒーホーが流した血の匂いを嗅ぎつけ、よだれを垂らして牙を剥いていた。

 そう、掃除は()()の役目だ。

 

「ま、まさか……おい、おいっ……!! 冗談だろう……!?」

「ところがどっこい、これが現実なのよねぇ」

 

 状況を察したヘルヒーホーが血相を変えて叫ぶが、残念無念これが結末。

 狼達にとってみれば思いがけない餌が、自分から皿に乗って提供されたようなものだ。

 一方ヘルヒーホー側は、これから一切抵抗できず、無防備なまま……痛みも無いのに身体を貪られ続けることになる。

 

「アナタの最期をじっくりと見届けてあげるから……安心して死になさいな」

「い……いやだぁああああぁぁぁぁああああ――――!!?」

 

 その光景を想像して緊張の糸が切れたのか、今度は子供のように泣き叫んで――だけど悲しいかな、打つ手もないまま敢えなく【ティールウルフ】達の()()()になってしまった。

 

 ◇

 

 狼達のディナーの詳細は敢えて述べるまい。

 まーそこらのグロゲーよりよっぽどアレだったとだけ言っておこう。

 

 あまりに凄惨な状況だったからか、ヘルヒーホーは途中で自害システムを行使したのか、周囲には驚くほど多くのアイテムが遺されていた。

 途中でご馳走が光になって消えた狼達は軽く混乱して周囲を警戒し始めたが、それを樹上からのアンブッシュでサクッと片付ける。

 ヘルヒーホーの尾行開始時に使用しておいた【消臭剤】で匂いを消したアタシに気付く間もなく急所を抉られ、【ティールウルフ】達はあっけなくドロップアイテムと化した。

 

「一丁上がりっと。タナトス、いい出来だったわよ」

「バラライカこそ素晴らしい手際だったよ。ああ……最高の報復だった……」

 

 メイデン体に戻ったタナトスが感激してしがみつくのに任せ、わしゃわしゃと帽子の上から撫でくり回す。

 実のところ今回のリベンジに関してはアタシよりもこの子の方が熱心だったから、無事達成できた喜びはずっと大きいのだろう。

 アイツがご馳走になってる間一番テンション高かったのもこの子だからね。短剣から思念が伝わってきてたわ。

 

「これでボクも心置きなく武器の本懐を遂げられるというものだよ。そしてこの一件で確信した、やはりキミはボクを使うに相応しい<マスター>だ。キミという主を得られた幸運に感謝しているよ、バラライカ」

「一々大袈裟なのよ、この子はほんと。ま、でも結果的に色々検証できたから塞翁が馬ってやつかしらね」

 

 ステータス画面を開き、今回のPKで得た成果にほくそ笑む。

 メインジョブに置いた【尾行者(ストーカー)】のレベルが一気に五も上がり、かつ《追跡》や《気配操作》のスキルレベルが四に成長していることを確認した。

 

 アタシがヘルヒーホーへのリベンジを果たす上で目をつけたこのジョブは、その名の通り特定対象を追うことに長けたジョブだ。

 獲物を追うという意味では狩人系統と似通っているが、より()()()()()ことに特化しているのがこのジョブの特徴。

 バレずに尾けるという点において、狩人系統の上位にあるジョブ系統と言える。

 

 その分狩人系統と違って攻撃に使えるスキルは覚えないから、タナトスが無ければ何の意味も無かったんだけどね。

 一応先に就いていた【短剣士】でレベルを上げて《ポイズン・エッジ》を覚えてきたんだけど、こちらはスキルレベルもステータスも低いから確実性に欠けると判断し、本番では結局使わずに終わっている。

 

 事前に調査しておいたこのゲームの仕様を利用した、デンドロならではのPK戦術というわけだ。

 wikiに基本的な情報を上げてくれた先人の有志達には頭が上がらない。

 とはいえこれ以上高度な情報はwikiにも載ってなかったから、今後はアタシも試行錯誤していく必要があるだろうけどね。

 

「まぁ相手が雑魚で良かったわ。これがもし上級職に就いたプレイヤーなら、流石に太刀打ちできなかったもの」

「そうだね……釣り合いの取れる敵という意味では、キミもまた幸運だっただろう。だけど勝機を掴んだのは紛れもなくキミの力量あってこそだよ、バラライカ。全ては結果だけが物語る」

「そーね。ほんともーせっかくの休日を余計な仕事で消費させられたんだから、次こそは自由に楽しみたいものだわ。けれどまぁ……」

 

 一連の出来事を振り返り、思いがけず去来した感動に身を震わせる。

 

「……楽しかったわね、PK」

「ああ! 最高の享楽だったとも! 彼の末期の悲鳴はとても甘露だったよ、バラライカ。ボクがボクとして生まれた意味が全て肯定されるような、この上ない至福だった!」

「けれど同じ轍は踏まないようにしないとね。少なくともああいう程度の低い真似は御免よ。どうせ殺すなら悪人の方が後腐れ無いものねぇ」

「悪人か……いいね、すごくいい。それはいい考えだよ、バラライカ。なんだかとても()()()()()()提案だ」

 

 そういや原典におけるタナトスの役目は、凡人と罪人の魂を冥府に運ぶことだったかしらね。

 英雄の魂を運ぶヘルメスとは真逆だけど、後ろ暗い汚れ仕事を担うならこれ以上無いモチーフかしら。

 タナトスの名を借りたこの子も、モチーフ元ということである種のリスペクトを感じているのかもしれない。

 

 だけどそうねぇ……なら、本気でやってみましょうか、PK。

 もちろん噂の<監獄>送りは御免だから手段は選ぶけど、こういう輩を返り討ちにすることや、殺しても問題がない悪人を始末するのは、とてもローリスクで面白い()()かもしれない。

 期せずして殺される側に回った経験が、却ってその楽しさを強調する結果になったというのは、皮肉かもしれないけれどね。

 

「ま、とりあえずは王都に帰りましょ。約束通りレムの実のスイーツを楽しまないとね」

「! はやく、はやく戻ろうバラライカ! ボクもうお腹ぺこぺこだよ!」

「はいはい、ちゃーんとリサーチ済みだから焦らないの。アイツのドロップで実入りもいいし、リベンジ祝いに豪勢にいくわよぉ」

「やった!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 後日再び匿名掲示板を訪れたアタシは、PK完了報告と共に情報をくれた某かに礼を述べた。

 そしてその後しばらく様子を見るに、どうやらヘルヒーホーはあの一件以来すっかり鳴りを潜めたらしく、今ではインしてるかどうかさえも定かではないとか。

 

 まったく、人を呪わば穴二つってこのことかしらね。或いは因果応報かしら。

 これを反面教師にして、アタシも気をつけて楽しんでいかないとね。

 

 いつしかレス数が伸びて過去ログに埋もれたヘルヒーホーの名前を偲びながら、アタシはPCを閉じた。

 

 

 To be NextEpisode




【刻死乙女 タナトス】
TYPE:メイデンwithアームズ 到達形態:Ⅰ
能力特性:状態異常回復阻害
必殺スキル:未習得
モチーフ:ギリシャ神話における死の神、『タナトス』
備考:
 背の高い毛皮帽子に全身を覆う厚手のコートの装いをした黒尽くめの少女。
 アームズとしての形態は夜のように昏い艶消しの黒をした短剣。
 若干厨二病が入ったような言い回しの素直クールボクっ娘で、食癖は『甘いもの』。
 ジャイアントキリング特性は『癒えない傷を負わせれば殺せる』。
 第一形態時点での固有能力は安価な回復アイテムの効果を阻害する程度だが、成長すればより強度は高まる可能性が高い。
 一撃離脱からの衰弱死を狙う、蛇のような戦法に向いた<エンブリオ>。
 能力モチーフには明らかに【チュパカブラ】の影響が入っているが、本人は多分認めない。
 メイデンのくせになんかヤバい勢の一員。マスター大好きっ娘。
 ステータス補正はAGIとDEXに長ける。

・バラライカ
デンドロではさして珍しくもないだろうネナベ<マスター>の一人。
少女愛好癖あり。性愛傾向は多分バイ。口調を変えようともしないせいでカマっぽい。
版権キャラで一番近いイメージはSN3のス○ーレル。間違いなくイケメンではあるが、オネェ。
名前の由来は愛好しているカクテルから。

・ヘルヒーホー
多分デンドロにはよくいるエンジョイPK勢の一人。
プレイ開始時期はバラライカと大差無いながら優秀な<エンブリオ>とシナジーしたジョブに就いていたのだが、如何せん本人が調子乗りなせいで詰めが甘い。
もし仮に調子乗りな性格が正されたなら、狩人として間違いなく一線級になれるポテンシャルはある。
あまりにもあんまりな末路を辿り、自害。以後音信不通。

・【尾行者(ストーカー)
尾行者系統下級職。字面が危ないジョブの一つ。
《追跡》《気配操作》などの汎用スキルを習得でき、攻撃性能が無い分より()()()()()()()()()()に長ける。
ステータス傾向としてはAGIの伸びが比較的良い。


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