このぼっちな少女と狂戦士に祝福を! (一雪氏)
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始まり
1話


 目を覚ますと、見知らぬ場所で椅子に座っていた。

 

 ここはどこだ?と疑問に思い、あたりをキョロキョロと見回していると

 

「■■■さん、ようこそ死後の世界へ」

 

 背後から女性の声が聞こえた。

 

 振り返ると、まるで澄んだ川や湖を思わせるほど透き通った青色の髪をした、綺麗な女性がいた。

 

 その女性はゆっくりと歩いて、自分の前にある椅子へと座り

 

「あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました」

 

「短い人生でしたが、あなたは死んだのです」

 

 と微笑みながら、淡々と説明するように言ってくる。

 

 はて、何故そのようなことになったのか思い返してそうとして

 

 「…………っ?!」

 

 激しい頭痛とともに、ぼんやりと今までの自分の人生と直前までの出来事を思い出した。

 

 

 「…………………」

 

「思い出しましたか?」

 

「……えぇ、まぁ。……ところで、あなたは誰ですか?ここは一体なんなんですか?」

 

 そう女性に問いかけると、まるで女神のような微笑みを浮かべながら

 

「まずは名前からね!私の名はアクア。日本において若くして死んだ人間を導く女神よ」

 

 ……どうやら、本当に女神だったらしい。

 確かに女性からなんか後光的なのも見えるし、非現実的だがわざわざ嘘を吐いて、俺を騙す理由が分からない。

 

 ……まぁ、人なんてただ騙して人が苦しんでる姿を見るのが好きってやつらも沢山見てきたわけだけど……。

 

 「で、この場所は死んだ人たちに私たち女神が直接会って、これからのことを決めてもらうための神聖な空間なわけね?ここまではいいかしら?」

 

「はぁ、なるほど?」

 

とりあえず、女性……女神だからアクア様の説明に頷くと、機嫌が良くなったのかさらに優しく微笑みながら、

 

「あなたには2つの選択肢があります。ゼロから新たな人生を歩むか、天国的なところへ行っておじいちゃんみたいな生活をするか」

 

「でもね、実を言うと天国って場所はね。あなた達が想像しているような素敵なところではないの」

 

「ゲームや漫画の娯楽も無し。そもそも肉体が無いから美味しいものを食べたり、エッチなことだって出来ないし。天国にはなーんもないの。永遠に日向ぼっこみたいな生活をするような場所なの」

 

 みたいな説明をされた。

 

 ……それ、生きながら死んでいるのと大差ないのでは?

 

「そんな退屈なところ行きたくないわよね?」

 

 俺は一度頷いた。

 

「そこで一つ、良い話があるのよ!あなた、ゲーム好きでしょ?」

 

 まぁ、引きこもりになってからは、暇な時間を潰すためにゲームや漫画みたいなサブカルチャーにどっぷりとハマってたからな。

 

 

「実はね? 地球とは違う世界でちょっとマズイ事になってるのよ。

って言うのも、地球のファンタジーゲームに出てくる魔王ってのがいて、その連中にまあ、その世界の人類が随分数を減らされちゃってね」

 

 

「で、その星で死んだ人達って、まあほら魔王軍に殺された訳でしょう? もう一度あんな死に方はヤダって怖がっちゃって、死んだ人達は殆どがその星での生まれ変わりを拒否しちゃうの。このままだと、その星は確実に滅びちゃうのよね」

 

 

 ……今サラッと説明されたけど、その星はもうダメのでは……?

 

「そこで!!別の世界で死んだ人なんかを肉体と記憶をそのままにして、今言った星に送ってあげたらどうかってことになったの」

 

 ……それ、何も力がない自分が行っても絶対また死ぬだけなのでは?

 

 そんな思いが顔に出てたのか、アクア様がニッコリと笑って

 

「だから大サービス!!何かひとつだけ好きなものを持っていける権利をあげているの。とんでもない武器だったり強力な才能だったり」

 

「あなたは記憶を引き継いだまま人生をやり直せる」

 

「異世界の人にとっては即戦力になる人がやってくる。ね?お互いにメリットのある話でしょ?」

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………悪くないかもしれない。

 

 どうせあのままの、引きこもってただただ理由もなく生き長らえてる夢も希望もない未来よりかは全然いい。

 

 俺は完全にやる気満々になっていた。

 

 アクア様は、そんな俺の顔見て決心がついたことを悟り、大きく頷いて

 

「さあ、選びなさい!あなたに一つだけ、何者にも負けない力を授けてあげましょう!」

 

 

 能力やら武器やらが書いてあるチラシのようなものを、まるで紙吹雪のようにばらまいたのだった。

 

 

 

 

 

 ーーーさて、これらの紙の中から自分が一つだけ選び、力として持っていくのだから、慎重に選ばないといけない。

 一つ一つ武器やスキルの内容に目を通して、これから第二の人生を悔いが残らないようにしないといけない。

 

 

 そんな感じで、まるでRPGにおける自分のキャラメイクをしているみたいに少しワクワクしながらやっていると

 

 

「……ねえー早くしてー。どうせ、何選んでもそんな変わらないわよ」

 

 ……。

 

「他の死んだ人の案内もあるんだからー、早く早くぅ」

 

 

……初めて会ったときの女神としての態度は何処へ行ったのだろうか。そう思わせるほどに目の前の(この姿だけ見れば)自称女神様は、ポテチをパリパリと食べながら文句を言ってくる。

 

 その姿を見て、口から出そうになった言葉を飲み込みながら、真剣に紙に目を通していると

 

[魔獣化]

 

 というスキルを見つけた。

 その紙に書いてある内容について、目の前の椅子に座っているアクア様に質問しながら、どういうスキルなのかの確認作業を進めていく。

 

 そして、スキルを決めて旅立つ準備が出来たことを俺はアクア様に伝えた。

 

 「……いいのね?そのスキルは強力よ。だけど、さっきも言ったけど代償もすごいわよ?あとから変えられないんだけど、本当にいいのね?」

 

 「はい、大丈夫ですアクア様」

 

 「……わかったわ。じゃあ魔法陣から出ないようにね」

 

 

 そうして俺の足元に、幾何学模様のサークルみたいなものが浮かび上がる。

 

 「では、■■■さんの希望は、規定に則り受諾されました」

 

 この人、今更女神ヅラするのか……。

 まぁ、これも仕事の一つなのだろうから、あまり詮索しないでおこう。

 

「さあ勇者よ!願わくば数多の勇者候補からあなたが魔王を倒すことを祈っています」

 

 本当にそんなこと思っているかどうかも怪しいものだが。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、どんどん俺の身体が地を離れて浮かんでいき、頭上の光へと飛んでいく。

 

「さすれば神々からの贈り物として、どんな願いでも叶えて差し上げましょう!!」

 

「さあ、旅立ちなさい!」

 

 こうして俺はアクア様の激励のもと、光の柱の上へ飲み込まれていきながら、第二の人生が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 ーーーここはある里の近くの森の中。

 

 一人の少女が手に持っている小枝で、地面に魔法陣を描きながら鼻歌を歌っていた。

 

 その様子は、ご機嫌なように見えて全く目に光が灯っていないこともあり、非常に不気味だったが、それを指摘してくる人は誰もいない。

 

「ふんふんふーん♪……これで、よしっと!」

 

「えへへ、初めてにしては上手く描けたかな、魔法陣♪」

 

そんな一人ぼっちの少女は、完成させた魔法陣を満足そうに見つめながら

 

 「……誰も友達になってくれないんだもの。仕方ないよね?仕方ないよね?……そうよ、これは仕方ないことなのよ」

 

そう言って

 

 「……もう、悪魔が友達でもいいかな…………」

 

 

 魔法陣が黒く凶々しく輝きだす。

 そして、いかにも邪悪な何かが出てそうな雰囲気を漂わせ始めた。

 

 しばらく、少女はじっと魔法陣を見つめていると

 

 「……なんてね。紅魔族の長になる者が悪魔召喚なんてダメよね。私ったら何を考えてるのかしら」

 はぁー、とため息を吐きながら、独り言をこぼす。

 

 ただ自分は、友達が欲しいだけなのに。

 

 一人ぼっちは寂しいから誰か側にいて欲しいだけなのに、と心の中で呟きながら、深呼吸して気持ちをリセットさせる。

 

 そして、召喚魔法を止めようと、呪文を唱えた。

 

 黒く光り輝いていた魔法陣が、召喚魔法が中断されたことによってゆっくりと光が小さくなっていく。

 

「これでよしっ、と。……はぁ。今日はもう家に帰ってゆっくり休もうかな……」

 

 今日で何回目かのため息を吐きながら目を閉じる。

 明日にはまた、自分のライバルと勝負してどっちが上か競いあったりする学校生活が始まるのだ。

 

 その光景を頭に思い描きながら笑みを浮かべ、明日も一日頑張るぞっと気合いを入れて目を開けると

 

 

「……え?」

 

 

さっきまで光り輝いていた魔法陣の上に、化け物が立っていた。

 

 その巨人と見紛うほどの巨躯を持った、筋肉という鎧を纏ったという表現がしっくりくる外見。

 

 その鎧はもはや顔にまであると言っていいくらいには、顔つきがゴツゴツした岩みたいであった。

 

 服についても、腰から下を隠す為の服?布?みたいなものを履いているだけでほぼ全裸と変わらない、人の姿をした何かがこちらを鋭い目で見つめていた。

 

 「お、おおお、落ち着くのよ、私!れ、冷静になって考えるの!だ、だって召喚魔法は完成させてないんだから、いきなり何かが出てくるなんてありえないわ!!……そ、そうよ、これは幻覚!と、ととと友達が欲しくて欲しくてたまらなかったからって、げ、幻覚を見るなんて、私ったら、もう!」

 

 

顔を引き攣らせながら、まるで自己暗示をするかのように叫び、そのまま自分のほっぺを片手でつねる。

 そうやって正気に戻ろうとして

 

  「■■■■■ーーー!!」

 

 目の前の化け物が雄叫びあげたことで、これは現実なんだと理解し

 

 「………………」

 

そのあまりの威圧感から、もう私はここでこの化け物に殺されるのだと。もう助からないのだと。

 そんな、あまりの恐怖と絶望感から悲鳴をあげることすら出来ずに、少女ーーーゆんゆんは立ったまま気絶した。

 

 

 




 「このすば」をアニメで知り、そのあまりの面白さからついつい映画まで観てしまうほどハマってしまい、あれやこれやと妄想した内容の一部を小説として書いてみようと思いました。

 処女作なので、温かい目で見て下さい。


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第2話

 

 「………………ん、んぅ……?」

 

 重い目蓋をゆっくりと開きながら、ゆんゆんはボンヤリとした頭で目を覚ました。

 

 最初に見えたのは、普段毎日朝起きたら目に入る天井だった。

 

 それから体をゆっくりと起こして、まわりをキョロキョロと見回すと、そこは自分の部屋であり、窓から差し込む光がやや暗いことから、もう夕方であることが分かった。

 

 

 「…………夢?」

 

 確か自分は、真昼に森の中で悪……友達を召喚しようとして、外に出かけていったはずだったのだが……

 

 「……私、ちょっと疲れてるのかなぁ……。」

 

 まさか、気付かずにお昼寝した夢を現実と間違えるなんて。

 

 ましてや、その夢が友達欲しさから悪魔召喚の儀式を行うものだったなんて、私の精神は自分で思っているより相当参っているらしい。

 

 「でも、あんなにハッキリと感じたものが夢だなんて……どれだけぐっすりと寝てたんだろう……」

 

 はぁ、とため息を吐く。

 夢の中で感じた恐怖や絶望感は、あまりにも鮮明に思い出せるもので。

 こんなことがもし続くのであれば、ちょっと洒落にならないレベルである。

 少し父や母、それから……私のライバルにも相談してみようかな……

 

 あのライバルは私のことを、ちゃんと心配してくれるだろうか。

 そんな暗い気持ちになりかけたが、ウジウジと考えても仕方ないと気持ちを切り替えて、ベッドから出た。

 

 「……もう外も暗くなってきてるし、お腹空いたなぁ。ご飯、出来てるかな?」

 

 こんな暗い気持ちになるのはお腹が空いてるからで、空腹を満たしたら気分も良くなるだろう。

 

 そう思い、私はリビングへと向かうため、私は自分の部屋のドアまで歩いてそのドアを開けようとしたら、先にドアが開き

 

 「…………あ」

 

 そこに私のライバルーーーめぐみんが目の前に立っていた。

 

 「えぇ?!ど、どどど、どうしてめぐみんが家にいるの!?あ、わかったわ!私に勝負を挑みに来たのね!」

 

 「ふふ♪めぐみん、もしかして明日まで待ちきれなかったの?」

 

 「いいわ!もう遅い時間だけど、めぐみんの方から勝負を挑みに来たのなんて初めてだし、その勝負受けて立つわ!」

 

 

 さっきまで暗く冷たい気持ちでいたせいなのか、めぐみんがこんな時間に私の家にいることの不自然さすら冷静に考えることが出来ず、私はなんとも言えない嬉しさに舞い上がって、早口でめぐみんを挑発していた。

 

 いつもなら、こんな挑発を受けためぐみんは絶対に私のことを許さないし、必ず倍返しくらいはしてくる。

 

 私たち紅魔族の中でもかなり短気なめぐみんは、少なくとも喧嘩や挑発をされて、それを買わないなんてことはしない子だ。

 

 そんなめぐみんが

 

 「……………………」

 

 私の挑発をポカンっと聞いた後、顔を下に向けて少しずつ震え始めた。

 

 

 「……え?えぇっと……めぐみん?一体どうしたの?なんで下を向いてるの?」

 

 予想外の反応に、ビシっと挑発の為のポーズをやめてあたふたしていると、突然めぐみんがガバッと顔を上に上げて

 

 

 

 「うわぁぁぁぁああぁあぁあぁあん!ゆんゆん、無事ですか?!無事なんですか?!!大丈夫だったんですか!?」

 

 

 号泣していた。

 大泣きだった。

 というか、めぐみん、鼻水が……

 

 「って、えぇ?!なんで、なんでめぐみん泣いてるの?!何があったの?!」

 

 「それはこっちのセリフですよ!!だって、だってあなた......あの怪物に……」

 

 あの気が強いめぐみんがこんなに怯えてるなんて……

 それと……怪物??

 

 「……ねぇ、めぐみん。ゆっくりでいいから、説明してくれない?あなたが私の家にいる理由とか、その……さっきの怪物の話とか」

 

 めぐみんは私の目を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと頷き、今日会ったことを話てくれた。

 

 

 

 

 ーーーそれは、今日の真昼を過ぎたくらいでした。

 

 私は、妹のこめっこと森の中で一緒に遊んであげていたときのことです。

 

 

 こめっこと楽しく川で水遊びをしているとき、何処からか足音が聞こえてきたんです。

 それも、普通の人が歩いたときには出ないようなズシンっ、ズシンっと重たく力強い足音でした。

 

 嫌な予感がした私は、こめっこと一緒に慌てて音が響いてくる方向から考えて、隠れられそうな草むらに逃げたんです。

 

 

 しばらくすると、足音の正体がやってきました。

 

 その巨人と見紛うほどの巨躯でありながら、身体中に筋肉が浮き出ていて、一応見た目は人の形をした何かでした。

 

 その姿を見た瞬間、私はあれは魔王軍の関係者、いや、幹部クラスの魔物が現れたのだと思いました。

 

 ……え?そりゃあ、怖かったですよ。あれを見て怖くないと感じる方がマズいと思いますね。ただそこにいるだけなのに、それくらいの威圧感を肌で感じました。

 

 ……で、その怪物の肩に誰か人が担がれているのが見えて……それがゆんゆんだったんです。

 

 それはまるで、普段お昼にお肉屋さんから骨付き肉を買って帰る主婦みたいな雰囲気があって。

 

 しかも、あなたはあなたで完全に伸びてるのが分かるくらいには気絶してるっぽかったので。

 

 あぁこのままじゃあ、ゆんゆんが食べられると思ったんです。

 

 え?そのときにはゆんゆんが死んでた可能性?

 ……まぁ、それも少しは考えましたが、あなたは見える範囲で出血はしてませんでしたし、首や手足なども折れている雰囲気はなかったので、生きてる可能性が高いと考えたのですよ。

 

 

 しばらく様子を観察してると、その怪物はあなたを草がある地面に下ろして、そのまま川まで歩いて水を手で掬って飲み始めました。

 

 私はこめっこと一緒に、なんとかゆんゆんを助けられるスキはないかと探すため、隠れたまま移動しようとしたんです。

 

 でも、その怪物は私が一歩後ろに下がったときに、いきなり水を飲むのをやめて、こっちを睨み付けてきたんです。

 

 いくら草むらとはいえ、まだかなり距離があった場所から……川を挟んで反対側にいた私が、一歩動いただけの音で居場所までバレるとは思わないじゃないですか……

 

 で、私はこめっこを抱えて逃げようとしたときです。

 

 怪物ーーーあいつは立ち上がって雄叫びを上げながら身を屈めて……次の瞬間には私の目の前にいました。

 

 早すぎて見えませんでしたが、あれはたった一瞬であの距離を縮めることが出来るほどのスピードを持ってたんです。

 

 ……そのとき、あっ、私死んだなっと思ったんですが、何故か私の姿を確認したら、今度は短く雄叫びを上げて去って行ったんです。

 ……あなたをそのまま置いて。

 

 

 正直言って生きた心地がしなかったのですが、もしあれがまた気まぐれで追いかけて来たら今度こそ死ぬって思って、あなたを私が背負って急いでこめっこと里に戻り、ゆんゆんの自宅まで運んでそのままお邪魔させてもらってたんですよ。

 

 で、あなたを連れて帰ってから時間もかなり経ったので、あなたが起きたかどうか確認しに来たという訳です。

 

 

 

 「……もし、ゆんゆんがあの場所に居なくて、私が爆裂魔法を覚えていれば、あんな目には合わなくて済んだはずなんです。あぁ、これはやはり早く、爆裂魔法を覚えないといけませんね!」

 

 

 めぐみんはいつもの調子で爆裂魔法は最強だと強がっているけど、顔は引き攣っているし、足はガタガタと震えているしで、ビビっているのがバレバレだった。

 

 「……ありがとう、めぐみん……」

 

 そんなめぐみんを見て、私はすごく嬉しかった。

 そんな危険で怖かったであろう状況なのに、私を迷いなく助けようとしてくれたなんて……

 

 私の思いが伝わったのか、めぐみんは震えるのをやめて顔を背けながら

 

 「べ、べべ別にそんな、お礼を言われるようなことではありませんよ……。昔、あなたがこめっこにしてくれた事と大差ありませんから……」

 

 そう言って照れているめぐみんを見て、あぁ、私のライバルはやっぱり最高だなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、そもそも何故ゆんゆんは森の中にいたんですか?と言うより、私の話を聞いている様子を見る限り、その怪物のことを知っているみたいでしたが……」

 

 

「あぁ、それはね……?…………!」

 

 

 少し落ち着いて、私のベッドに腰掛けためぐみんが私に問いかけたことに、さて何と返そうかと頭の中で内容をまとめて説明しようとしたとき、気づいてしまった。

 

 めぐみんの話からして、私が夢だと思っていたことは現実だった。

 

 つまり、あの怪物と出会う前のことも現実だったわけで……

 

 ……紅魔族の族長の娘である私が、悪魔召喚の儀式をしてたことを話すの?

 しかも、召喚しようとした理由が、悪魔でもいいから友達が欲しかったからって……?

 

 

 恥ずかしいどころの話ではなかった。

 

 こんな話をしたら、めぐみんどころかまた里中から変わり者扱いが加速してしまう。

 

 私は誤魔化すことにした。

 

 

 「……わ、わわ私も森の中に遊びに行ってて、ぐ、ぐぐ偶然、そう偶然!めぐみんが話てくれた見た目の化け物に会ってね!」

 

 「ほう」

 

 「で、えぇと……そう!私も魔法で戦いを挑んだのだけど、あっさり負けちゃって!」

 

 「……ほう」

 

 

 「そそ、それから私はそのまま気絶しちゃって!気がついたら自分のベッドだったからすごくビックリしたわ!」

 

 「………………なるほど」

 

 「だ、だだだからね!私もあまり詳しいことは分からないっていうか!そんな感じなの!」

 

 「…………………………」

 

 じーっと、私の目を真っ直ぐに見てくるめぐみんに、なんとか誤魔化せたはず。

 何故だか説明すればするほどめぐみんの目が細くなっていったけど、なんとか誤魔化せた……はず。

 

 「……分かりました。えぇ、分かりましたよ」

 

 よし!誤魔化せた!

 

 

 

 「ゆんゆんが私に隠し事をしてることは分かりました」

 

 

 

 誤魔化せてなかった。

 冷や汗がダラダラと出ているのが分かるぐらい、私はあわあわとしていたと思うが、そんな私を見てめぐみんは、まぁいいです、とため息を吐きながら言った。

 

 「ゆんゆんも、今日は辛かったでしょうし、これくらいにしておいてあげます」

 

 「その代わり、落ち着いたらきちんと話してもらいますからね?」

 

 優しく微笑みながら私の心配をしてくれるめぐみんに、罪悪感が天井突破しそうになったが、なんとかあははっと笑って誤魔化した。

 

 

 「……とりあえず、もうご飯の時間ですし、ゆんゆんのお母さんも心配していますから、リビングまで行きましょうか」

 

 そう言れてみれば、お腹が空いていたのを思い出し、私とめぐみんは一緒にリビングに移動した。

 

 そこではソファーで毛布を被ったこめっこが、すやすやと寝ており、私の母は台所でご飯を作っていた。

 

 ご飯の量がいつもより多いことから、めぐみんとこめっこもここでご飯を食べるのだろうということがわかった。

 

 「あら、ゆんゆん。目が覚めたの?気分はどう?」

 

 料理の手を止め、振り返って私の心配を口にする母は、しかしのほほんとした顔をしていた。

 

 私の母はマイペースで少し天然なのだ。

 

 「うん。大丈夫だよ、お母さん。ちょっと気絶しただけだし、別に具合は悪くないし」

 

「そう、ならよかったわ!もうすぐご飯が出来るから、こめっこちゃんを起こして食べましょうか」

 

 そう微笑んだ母はそれから料理を再開したので、私とめぐみんはこめっこを起こし、一緒に食卓を整えてご飯を食べた。

 

 今日のご飯はいつもよりとても美味しかった。母が気合いを入れて作ってくれたのだろう。

 

 断じて友……ライバルと一緒にご飯を食べることに舞い上がってるわけではないのだ。

 

 「そういえば、お母さん。お父さんは?まだ仕事?」

 

 私の父は里の族長でもあるので、仕事が忙しいときは一緒にご飯を食べられないことはよくあるのだが

 

 「何を言ってるのよ。ゆんゆんとめぐみんちゃんが森の中で危ない目に遭ったと聞いて、里の男達を何人か集めて調査しに行ったわ。今日はもしかしたら帰ってこないかもね」

 

 と、呆れ顔で母に言われて、父達が私達のことを心配してくれてることへの嬉しさと、父達が危ない目に遭ってないかの心配で少し反応に困ったが、気にしないでしっかり食べなさいと母に言われ、一心不乱にご飯を食べてるめぐみんとこめっこを見て、私も気持ちを切り替えてご飯を食べた。

 

 「今日はゆんゆんの家に泊まっていきますから。私の両親にもゆんゆんのお母さんにも許可は頂いているので」

 

 そう言っためぐみんは、こめっこと一緒にお風呂に入ったあと私の部屋に来てベッドに寝転んだ。

 

 「勘違いしないでください。べ、別に心配だから一緒に寝るわけじゃないです。今日は夜も遅いし、仕方なく、そう仕方なく!一緒に寝るだけなんですからね!」

 

 自分の両親に許可を貰いに行く時点でそのまま帰れば泊まらずに済んだのでは?と野暮なことは聞かずに、はいはいと軽く返して3人で川の字になり、幸せな気持ちになりながら眠りについた。

 

 

 

 ……あれ?なんか忘れているような?

 

 …………まぁ、いっか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話

 私は今、人生の中でもトップレベルでめちゃくちゃ焦っていた。

 

 

 

 

 

「森の中に悪魔召喚用の魔法陣を見つけたぞ!」

 

「しかも、上級悪魔さえ召喚出来そうなくらいの、完成度の高い、すごい魔力が込められた魔法陣だった!」

 

「魔王軍だ!魔王軍のせいに違いない!あいつら、本格的に紅魔の里を攻めるための準備をしてやがったんだ!」

 

 

 

 

 私の父ーーーひろぽんを筆頭に昨日森の中を探索していた男たちが、残されていた魔法陣を発見し、よくも家の娘を危ない目に遭わせやがって!といかにもすぐ魔王軍と戦争をするぞと気合いを入れる大人達がいた。

 

 紅魔の里は住んでいる人たちのほぼ全員がアークウィザードであり、上級魔法を扱えるためか、魔王軍だってほとんど攻めてこないような場所だ。

 

 そんな場所だからこそ、おいそれと危険な目に遭うこともないし、本格的にマズい状況になれば手を打つのも早い。

 

 紅魔族は基本、知力が高く喧嘩っ早い性格をしていることもあり、私の父とめぐみんの父ーーーひょいさぶろーさんが中心となって、既に魔王軍討伐部隊が編成されつあった。

 

 

 

 その様子を眺めながら

 

 

 

 

 ……どうしよう。言えない。今更、その魔法陣は私が描きましたなんて言えない……!

 

 と、私は頭の中で大パニックを起こしていた。

 

 というか、昨日の私は何故魔法陣を消してなかったことを忘れていたのだろう。

 

 まぁ、悪魔召喚の魔法を中断してすぐあの怪物が目の前に現れたのだから、ショックで頭からその出来事が抜けたことは仕方のないことだったはずだ。

 

 

 魔法陣だって、呼び出したのが低級の悪魔みたいな、友達として仲良く会話が成立するわけがないものを召喚しても意味がない。

 

 そこで賢い私は、それならと上級悪魔を召喚するため、紅魔の里にある魔法学校の図書館に忍びこみ、禁書の棚からそれに関する書物を調べあげ、数日に渡って準備を整えた。

 

 そのおかげもあり、召喚用の魔法陣は里のみんなに誤解を与えるには十分な代物となるまで完成したのだが

 

 

 

 ……マズいマズい!本当にマズい!昨日嘘をついて誤魔化した出来事から、頭のいい……紅魔族随一の天才であるめぐみんは気付くはずだ。

 

 

 あぁ、バレちゃう。魔法陣を描いたことがバレたら、芋づる式に学校の図書館の禁書を読んだことも、動機が友達が欲しいからなんてアホみたいな動機も全部バレちゃう!

 

 

 しかも、状況証拠が正しいだけに、事態がすごく壮大な勘違いした方向に話が進んで、大事になってるし!

 

 

 これ、どうしよう……

 

 

 

 

 

 ちらっと、今回の件での緊急招集により集まったメンバーの中からめぐみんの方を見ると

 

 「じーーーーーーーー…………」

 

 と、こっちを見つめるめぐみんと目があった。

 

 お前が犯人だろ、と如何にも言いたげな目をしてるので、おおよそ事態を察しているのだろう。

 

 

 ダラダラと冷や汗を流している私を見た父が

 

 「ゆんゆん、大丈夫か?気分が悪いなら家に帰って休んでていいからな?」

 

 と優しく声をかけてくれた。

 

 「そうそう!昨日は大変な目にあったんだし、休んでおけよ!」

 「怪物なんて、俺たちが束になってかかれば楽勝だぜ!」

 「めぐみんも、家でお母さんとこめっこと待っててくれていいんだ。お前も被害にあったからわざわざ集まってくれたんだろうが、後は俺たちに任せておけ」

 「そうだぞ!学生はまだ家でいい子に留守番してなって!」

 

 

 この場に集まっている里のみんなの優しさが、私の心に「罪悪感」という名前の矢として容赦なく突き刺さっていく気がした。

 

 

 「……そうですね。そうさせていただきます。ほら、ゆんゆん。行きますよ」

 

 「え?!で、でも……!」

 

 「ここにいても、私はまだ魔法は使えませんし、あなたは本調子じゃないのでしょう?なら、家に帰って休むべきです。暇なら、私の家に遊びに来て貰っても構いませんから」

 

 

 私が顔を真っ青にして、もうダメだ、お終いだ!いっそのこと全て告白して楽になろうと考えたときに、めぐみんが私に家に来いと誘って来た。

 

 普段の私は喜び勇んでその提案に乗るところだが、あいにく今回はそれに乗ることを躊躇した。

 

 

 何故なら、めぐみんの顔が後で尋問してやると言いたげなものであったからだ。

 

 紅魔族特有の、感情が昂ると目が紅くなることも、上手く里のみんなから見えないように私を引きずりながら見えないように位置取りをしていることから、彼女の本気具合が伺えた。

 

 

 「だ、大丈夫よ、めぐみん!私だってもう子供じゃないんだから!別に1人でだって家に帰れるわよ!」

 

 「遠慮しなくてもいいのですよ?私の家に来てもらえば、こめっこだって喜びますし。昨日は私がゆんゆんの家に泊まらせていただいたのですから、今日はゆんゆんが私の家に泊まっていってくださいよ」

 

 

 私が抵抗しても、めぐみんは絶対に離さないと力強く私の服を掴んでいた。

 

 

 ……ちょっと嬉しいのだけど。えぇ、本当にちょっとだけ嬉しいのだけど。今回はめぐみんに流される訳にはいかない!

 友達って言っておけば、いつでもホイホイと従うようなチョロいマヌケじゃないんだから!

 

 そう思い、キッっとめぐみんを睨み付け、めぐみんのお誘いを断ろうとしたところで

 

 

 「だって、私達は……最高の友達なんですから……」

 

 

 めぐみんの恥ずかしそうに言いながら、掴んでいた手を離し、今度は袖を優しく摘むようにクイッと引っ張りながら上目遣いでウルウルとさせているのを見て。

 

 

 

 私は、ホイホイと流されるままにめぐみんについて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「自分でやっておいて何ですが、あなたちょっとチョロすぎませんか?ぼっちを拗らせすぎたんですね。詐欺には気をつけるのですよ」

 

 「ぼ、ぼっちじゃないからぁ!それにチョロくもないし!こ、これは、あれよ……そ。そう!せっかくめぐみんが家に遊びに来てと誘ってくれたんだし、こんな機会滅多にないから誘いに乗ってあげただけだし!勘違いしないでよね!」

 

 「……それを世間では、ぼっちでチョロいというのですよ」

 「?!」

 

 

 道中めぐみんといつもの口喧嘩をしながら、私はめぐみんの家の玄関前まで来ていた。

 

 

 「姉ちゃん!おかえり!ゆんゆん、いらっしゃい!」

 

 

 玄関を開けると、トテトテと小走りかつ笑顔でお出迎えしてくるこめっこがいた。

 

 「ただいま帰りましたよ。こめっこ、大人しく家で待ってましたか?」

 「うん!いい子にしてまってた!」

 

 まだ5歳であるこめっこの、無邪気な顔を見て和んでいると

 

 「……大人しく待っていたと言う割には、ローブの裾が泥だらけなのですが。こめっこ。お姉ちゃんは怒りませんから、正直に言いなさい?本当にいい子にしてたんですか?」

 

 「うん!お母さんに外に出たことがバレないようにはいい子にしてた!」

 

 「全然良くないよ?!」

 

 あっけらかんとしたその態度に、私はついついツッコミを入れてしまった。

 

 このバレなきゃ悪いことはしていないみたいな態度はやっぱりめぐみんの妹だなと思うし、いつ見ても大物になりそうな子だなと思う。

 

 「……言っときますが、今のあなたの状況も、私やこの子と大差ありませんよ?」

 

 

 ボソっと小声で私だけに聞こえるように呟いためぐみんにビクっとしていると

 

 

 「ゆんゆんが家に来るなんてめずらしいね!何かあったの?」

 

 と聞いてくるこめっこに

 

 「えぇ。昨日はゆんゆんの家に泊まらせてもらったでしょう?そのお礼と、少し相談したいことがあったので、わざわざ家に来て貰ったんですよ」

 

 「ふ〜〜〜ん………………お礼はともかく、ただの相談ならいつもの公園ですませてたから、他の人にはないしょのお話なんだね!」

 

 

 「……あとで何か私がストックしてる食べ物でもあげますから、大人しくしていてくださいね?」

 

 「わかった!姉ちゃんの部屋の机の、2段目の引き出しの奥に隠してるお菓子をちょうだい!」

 

 「?!?!ま、待ってください!なんで知って……あっ!私の部屋を勝手に漁りましたね?!普通そんなところにお菓子があるなんて分かりませんよ!いつ部屋を漁ったんですか!!」

 

 「あさってません。たまたまです」

 

 「こめっこ?!」

 

 

 お出迎えしてくれたときと同じように、トテトテと小走りで家の奥に走り去って行く姿を見て、ナチュラルに嘘をつかれためぐみんがショックを受けた顔をしていた。

 

 走り去った方向へ手を伸ばしているめぐみんの姿が、また憐れみを誘う。

 

 

 ……こめっこちゃん、恐ろしい子…………

 

 

 まだ小さい子どもなのに、あのめぐみんすら手玉に取っている光景に私が戦慄していると

 

 「あら、おかえりなさい。めぐみん。ゆんゆんもいらっしゃい」

 

 こめっこと入れ違いぐらいで、めぐみんの母ーーーゆいゆいさんが玄関に出てきた。

 

 

 ゆいゆいさんも見た目は私の母と同じく、おっとりとした感じの女性だが、さすがめぐみんの母親と言うべきか、時々かなりエグいことを平気で、しかも笑顔でやっちゃう人だ。

 

 やると決めたら必ず実行するタイプなのだろう。

 

 絶対に怒らせてはいけない。

 

 

 「ごめんなさいね。今ちょっと仕事が忙しいから、昨日家のめぐみんとこめっこを泊めてくれたのに、碌なおもてなしも出来ないわ。一応、後でめぐみんの部屋にお茶を持っていくわね。今日はゆっくりしていってちょうだい」

 

 「い、いえ!お、お構いなく!」

 

 「そうですよ、お母さん。お茶が欲しくなったら後で自分で取りに行きますから。仕事をしててください」

 

 「あらそう?悪いわね」

 

 

 ゆいゆいさんは申し訳なさそうに言って、また仕事場に戻って行った。

 

 

 「さて、いつまでも玄関にいるのも何ですし、さっさと私の部屋に行きますか」

 

 「う、うん!お邪魔します!」

 

 「邪魔するなら帰ってください」

 

 「えぇ?!?!あ、あなたが誘ったくせにそんなことを言う?!ちょ、ちょっと!待ってよ、めぐみん!昨日のしおらしくて可愛い気があっためぐみんはどこへ行った……!まっ、待って本当に置いていかないでぇ〜……!」

 

 

 

 

 

 「さて。それでは昨日のことについてキリキリと吐いてもらおうか」

 

 「ま、待って!ちょっと待って、めぐみん!言うから!言うから部屋に入ってから、私を部屋の隅に追い詰めるようにジリジリとにじり寄って来ないで!怖い!怖いから!」

 

 

 さっきからいろいろと散々な目にあったが、今までのは序の口だったらしい。

 

 めぐみんの部屋に入った瞬間に感情の昂りが抑えられなくなったのか、眼を紅く光り輝かしためぐみんがそこにいた。

 

 体全身で怪しい動きをしながら迫ってくるめぐみんに、私はもう半泣きだった。

 

 「さぁ、さっさと吐け。全部吐け。キリキリ吐け」

 「ごめん!ごめんなさい!ごめんなさい!!嘘ついたことは謝るから許して!」

 

 

 土下座しながら謝る私を見て、めぐみんは、はぁーっとため息を漏らした。

 

 

 「…………別に怒ってませんよ。昨日はあなたが隠し事をしてるってことは気づいてあえて見逃したのですから。えぇ。こんなに大事になることを隠してたことには一切、そう一切怒っていませんとも!」

 

 「怒ってるじゃない!めちゃくちゃ怒ってるじゃない!!まだ眼が真っ赤なんだけど!?」

 

 「問答無用です。さぁ吐きなさい。包み隠さず全部吐きなさい」

 

 「え、えっと、その……どこから話せばいいか頭の中でまとまらなくて!こう、実は私はそんなに悪くないかもと言うか!環境が悪かったかもと言うか!だから、お願い!もうちょっと優しくして欲しいって言うか!」

 

 「吐け」

 

 「………………ハイ」

 

 

 

 めぐみんのあまりの迫力に、私は昨日一体何が起こったのか、何故そうなったのか、その動機まで全てを時間をたっぷりと使って白状したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の出来事を全てを白状し終え、燃え尽きて真っ白になった私を

 

 「…………あなたがぼっちであることは知ってましたが、これほど拗らせているとは思わなかったですよ」

 

 

 目頭を押さえながら、めぐみんは私を憐れんでいた。

 

 

 「うぅ……。ねぇ、めぐみん。私はどうしたらいいと思う?やっぱり、正直に全部話す方がいいよね?そうしたら、これだけの騒ぎを起こしたんだから、もう族長になる資格はなくなると思うけど、仕方ないよね?悪い事をしたんだから、みんなに謝らないと……」

 

 

 「…………………………………………」

 

 

 「…………?めぐみん?」

 

 

 私が力なく弱音を漏らすのを聞いて、静かになっためぐみんが気になり顔を上げてみると。

 

 

 

 そこには目を閉じた、普段は滅多に見られないくらい真剣に考え込んだめぐみんがいた。

 

 

 しばらく熟考したまま動かないままだっためぐみんだが、フッと目を開けて

 

 

 

 「もしかしたら、なんとかなるかも知れません」

 

 

 ニヤッと、いかにもな悪い笑顔を浮かべながら私にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 



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第4話

 

 

 

 「え、本当に!?こ、こんなに絶望的な状況なのに、どうにかなるって言うの?!っていうかこの状況から、どうしてそんな結論が導き出せるのっ?!?!」

 

 

 

 「……落ち着いてください、ゆんゆん」

 

 

 

 めぐみんの、いつも通りである自信満々な態度に、この状況が何とかなるのかと思わず舞い上がった心が落ち着いていき、深呼吸して、私はめぐみんが次に言う言葉を待った。

 

 

 落ち着いた私を見てから、今から順序立てて説明しますね、っとめぐみんが前置きした。

 

 

 「まず、さっきのゆんゆんから聞いた話と、私が昨日体験したことを一つ一つ箇条書きにしてみましょう。そうすることで、何故私がなんとかなると考えた理由がわかると思いますので」

 

 「う、うん!分かったわ!!」

 

 

 めぐみんはゴソゴソと、自分の机から数枚の紙とペンを探し出した。

 

 「今から書く事にあなた自身が体験したことで、間違いがないか確認してください」

 

 「りょ、了解!」

 

 めぐみんがさらさらと、出した紙に私が話した内容を、簡潔にまとめていく。

 

 

 

 ・ゆんゆんが友達欲しさに、悪魔召喚の魔法を行使しようとした。

 

 ・その為に、ゆんゆんは学校の図書館に忍び込み、そこにある禁書から、召喚魔法について学んだ。

 

 ・しかし、途中で正気に戻り、悪魔召喚の魔法を途中で中断した。

 

 ・その際に、確かに魔法陣の輝きがなくなっていくのを見て、魔法の行使がきちんと中断されたことを確認している。

 

 ・目を閉じて、気持ちを切り替えためぐみんの目の前に突然現れた怪物を見て、ゆんゆんは何も出来ずに気絶した。

 

 

 

 「これで、あなたから聞いた情報は以上です。何か間違いがありますか?」

 

 「ううん。これで間違いないわ!…………なんか、事実だけ並べられると余計に落ち込むわね、これ……」

 

 「我慢して下さい。自業自得です」

 

 

 バッサリと切り捨てられた私は、また涙が出そうになったが、自分で蒔いた種なので、流れそうになった涙を静かに飲み込むことにした。

 

 

 「……落ち着きましたか?では、次に私が体験したことを書いていきますね」

 

 さっきの箇条書きした紙とは別の紙を取り出して、今度はめぐみんが体験したことをまとめていく。

 

 

 

 

 ・めぐみんとこめっこは川で仲良く遊んでいたとき、重く響くような足音が聞こえ、急いで草むらに隠れた。

 

 

 ・しばらくすると肩にゆんゆんを担いだ、巨人と見紛うほどの巨躯でありながら、身体中に筋肉が浮き出ている人の姿をした怪物が見えた。

 

 

 ・怪物はゆんゆんを草がある地面に下ろして、怪物はそのまま川まで歩き、水を手で掬って飲み始めた。

 

 

 ・ゆんゆんを助けようとしためぐみんとこめっこは、草むらの中とはいえ、たった一歩歩いただけで居場所を見抜かれてしまう。

 

 

 ・逃げようとしためぐみんとこめっこに対して、一瞬で距離を詰めることが出来るスピードを怪物は持っていた。

 

 

 ・その場から動けなかった、めぐみんとこめっこを見て、怪物は短く雄叫びを上げ、ゆんゆんを置いたまま去って行った。

 

 

 ・めぐみんはゆんゆんを背負って、こめっこと急いで里に帰り、ゆんゆんの自宅に行き、族長に起こった出来事を話した。

 

 

 ・事態を把握した族長は、里の男達を何人か集めて森の中を捜索した。

 

 

 ・そして、ゆんゆんが描いたであろう魔法陣が、次の日に発見されたという知らせがあり、ゆんゆんは参考人として族長達に呼びだされた。

 

 ・そして、こめっこを家に送り届けためぐみんが、里の男達が集まってる緊急招集された場所へ様子を見に行った。

 

 

 

 「以上が、私が昨日から体験したことをまとめたものですね」

 

 

 「……こうして見ると、たった一日くらいしか時間経ってない中で、いろいろなことがあったのがよく分かるわねぇ…………」

 

 書かれたメモを並べながら、私はめぐみんの話を聞いた。

 

 

 「まず、この怪物なのですが、こいつが魔王軍の幹部が呼び出した悪魔ではないことは明らかですね」

 

 「う、うん。だって、いきなり来てもいない魔王軍が、近寄ることすら嫌がるのに、冷静に考えてみると、突飛な発想よね。……それに、魔法陣描いたの私だし」

 

 「そうですね。しかも、ゆんゆんはこの魔法陣を使った召喚魔法を途中で中断してます」

 

 「うん。確かに途中で止めたわ。それに、魔法陣から出る光が消えていくのもちゃんと確認したし」

 

 「なるほど。あなたが魔法を中断し目を閉じて、気が抜けたあとに目を開くと既に怪物がいた。これであってますか?」

 

 「うん。もういきなり現れたからビックリしたわよ」

 

 「ゆんゆん、気絶したことをビックリしたで終わらせないように…………。ふむ。なるほど、なるほど。やはりここで一つ、議論をする上で言っておかないといけない事があります」

 

 

 「え?今までの話でなんか大事な話ってあったっけ?とりあえず、事実確認をしていただけだと思っていたのだけど……?」

 

 

 今の話から必要な話とは何かさっぱりわからず、めぐみんに直接聞くと

 

 

 

 

 

 「……それは、今の話とこのメモに書いてある箇条書きから、あの怪物が必ずしも悪魔であるかどうかは、まだ判別出来ない、と言うことです」

 

 

 と、めぐみんは言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……え?あれって悪魔じゃないの?あんな見た目してるのに?

 

 

 私はその疑問を、目で訴えるようにめぐみんへとぶつけてみると、言いたいことはわかる、というように一回頷き

 

 

 「まず、ゆんゆんが目を離した隙に、しかも魔法陣の上に現れたことから、中断した悪魔召喚の魔法が何らかの影響を受けて誤作動し、現れた悪魔があの怪物だと見るのが、一番分かりやすく、筋が通りそうな話になると思います」

 

 「うん。私も、その可能性をずっと考えてたから、気まずかったわけだし……」

 

 

 「まぁ、そうでしょうね。あれだけの巨体に、ゴツゴツした筋肉を持ち、しかも人型をしていることから、いきなりあれを初めて見た人のほとんどは、あの怪物を悪魔だと思うでしょう」

 

 

 「しかも、私とゆんゆんが怪物から聞いた声らしきものは、ものすごく響く、まるで獣のような雄叫びのみ」

 

 

 「確かに、あれは迫力があったわね……。今でも思い出すと身震いするもの」

 

 

 「そうですね。で、このことから、怪物と会話が通じるかどうかは分からないため、現状では直接悪魔かどうかを聞いて確認出来る保障はありません」

 

 「ですが、今までの話から考えると、あの怪物が悪魔だと考えるには、不自然なことがたくさんあるのですよ」

 

 

 

 「えっ?!そ、それって、何?!不自然なことって一体何のことなの、めぐみん!!?」

 

 

 

 私の疑問に対して、ふーっと、喋りっぱなしだっためぐみんは、一呼吸おき

 

 

 

 

 

 

 

 「…………それは、悪魔の存在理由から考えると、もしあの怪物を悪魔として仮定した場合、致命的な矛盾が起こるからです」

 

 

 

 

 

 

 ……致命的な、矛盾…………?

 

 

 

 

 「……いいですか?ゆんゆん。悪魔というのは、自分を召喚した召喚者から叶えたい願いを聞き、悪魔がそれに応じて契約するこで、初めて召喚者の願いを叶えるのです。その代わりに、契約したことへの対価を召喚者自身に必ず要求してきます。ここまではあなたも知ってますよね?」

 

 

 「う、うん!学校でも習ったし、禁書の本にも最初のページに載っていたもの。私が叶えて欲しい願いも、私と友達になって欲しいって決めてたし。その為ならどんな対価でも払う覚悟があったわ。でも、それが何…………か…………!!?」

 

 

 「……その覚悟を決める前に、一言相談して欲しかったんですが…………。まあ、今はいいです。その顔は気づいたみたいですしね」

 

 

 私の反応から、自分と同じ結論に辿り着いたのだと察して、めぐみんがニィっと笑顔を浮かべた。

 

 

 ……そ、そうか!もしあの怪物が悪魔で、魔法陣が誤作動して召喚された場合、召喚者は私ってことになるから……

 

 

 

 「もし悪魔なら、召喚者である私に何もしてこないのはおかしいし、ましてや私を置いて立ち去ること事態がおかしいんだ!!だって、まだきちんと契約もしてないんだから!」

 

 

 めぐみんの言いたいことが分かったわ。確かに矛盾している。

 

 どうしてこんな、簡単なことに気がつかなかったのだろうか。

 

 この様で学生時代はめぐみんの次に優秀だったとか、自分のことながら聞いて呆れちゃうわ……

 

 

 「……ま、まぁ、ゆんゆんは被害を受けた当事者で、しかも後ろめたいことをしたという意識があったから、冷静な判断が出来てなかっただけだと思いますよ?」

 

 「うぅ……。めぐみん…………!」

 

 めぐみんが優しく慰めてくれたおかげで、私はなんとか立ち直り、話を元に戻す。

 

 

 「そう。悪魔としては、召喚されたこちら側に留まる為には、召喚者との契約が不可欠のはず。にもかかわらず、ゆんゆんを放置して去って行くことへの、悪魔側の利点が全く思いつかないのですよ」

 

 「確かに、その通りだわ!……じゃあ、めぐみんは、あれが悪魔じゃないとしたら、一体なんだって言うの?あの雄叫びの感じからして、新種の魔物だって言いたいの?」

 

 私の新たな疑問に対して、めぐみんは首を横に振った。

 

 

 

 「その線も十分ありえるのですが、そうだったとしても、今度はまた新たな疑問が生まれるんですよ」

 

 

 「え、今度は一体、何が不自然になるっていうの??」

 

 

 「ゆんゆんならすぐに分かると思いますよ。ヒントは、怪物の移動手段です」

 

 

 

 「???……………………………!あ、あぁ!!」

 

 

 めぐみんの言いたいことが分かったわ!

 

 

 

 「足音ね!」

 

 

 「正解です。ゆんゆん」

 

 

 

 もしあの怪物が悪魔じゃないと仮定したとき、私の描いた魔法陣はなんの関係もない、ということになる。

 

 つまり、あの怪物は、召喚魔法で呼び出された訳じゃないのであれば、一体何処から来たのか。

 

 

 

 「あの怪物がもし新種の魔物であったとしたら、移動手段は一体何だったのか。もし、それが自分の足で来たのだとしたら、あなたがいくら気を抜いていたとしても、目の前に来るまでには足音から、異変を察知出来るはずなんです」

 

 

 「なのに、実際は怪物が目の前に現れるまでゆんゆんは近づかれていることに、全く気づけなかった。ならば、あとは他にどうすれば、気づかれずにあの怪物がゆんゆんの前に立つことが出来るのか」

 

 

 

 めぐみんと同じように、私も残りの考えられる手段を推理した結果

 

 

 

 「 [ テレポート ] のような魔法を用いた、名前も知らない第三者からの転移で送られてきた可能性!!」

 

 

 これだ。これしかない。

 あらかじめ登録した場所へワープさせるという、上級魔法の一つ [ テレポート ] のような魔法で転送されたのなら、怪物がいきなり目の前に音も立てずに現れたことへ、一番矛盾せずに説明出来る。

 

 

 「私もそう思いますよ、ゆんゆん。 [ テレポート ] によく似た、もしくは、その派生型のような魔法またはスキルが使われた。これが一番しっくりくる説だと思います」

 

 めぐみんが同じ結論に辿り着いたことに満足そうにしている。

 

 「……もっとも、今の説が正しいのだとしたら、あの怪物が別に魔物に拘る必要がなくなるのですがね」

 

 

 少し困ったような顔をしながら、何故なら、とめぐみんが前置きして

 

 「もし 何かしらの手段で転移が可能で、第三者がそれを使ったのであれば、上級悪魔を向こう側で召喚し、契約を第三者がした状態で転移させれた可能性も出てきますからね」

 

 「た、確かに!…………ん?じゃあ、今までの議論は一体何だったの?」

 

 

 これまでの議論の意味が分かなくなった私に

 

 

 「話を始める前に言ったではないですか……。『あの怪物が悪魔かどうかは判断出来ない』っていうことですよ。まぁ、その結論に辿り着くまでが長かったので、忘れても仕方ありませんけど、覚えておいて欲しかったですね……」

 

 当たり前のように返された返事に、そう言えばそうだったと思い出す。

 他に何か引っかかるところはないかとめぐみんに聞かれ、少し考え込んでいると

 

 「……あれ、そういえば………………」

 

 「どうしました、ゆんゆん?」

 

 「あのね、めぐみん。もし第三者からの転移であの怪物が送られてきたとしたら、その第三者って、魔王軍の幹部の可能性もあるよね?何でめぐみんは最初にその可能性は無いって言ったの?」

 

 「あぁ、それはですねぇ…………」

 

 

 

 

 そのとき、めぐみんのお腹がグゥーと鳴り、ちょっと気不味い雰囲気が流れた。

 

 ……確かに、お腹空いたなぁ。

 

 チラッと窓の外を見て見ると、もう日が暮れていた。

 

 もうそろそろ家に帰る時間だろうから、私もそろそろ帰らなくちゃいけない。

 

 

 「……この続きは、晩ご飯を食べてからにしましょうか。ゆんゆん、あなた、今日は私の家に泊まって行くのでしょう?」

 

 「え?!い、いいの、めぐみん?!お泊まりしてもいいの?!」

 

 「別に、家に泊まりに来るくらい、いつでも構いませんから。そんなに嬉しそうな顔をしないで下さいよ……」

 

 「だ、だだだ、だって!こんな機会滅多にないんだから!ちょっとくらい、はしゃいでもいいでしょう?!」

 

 「はいはい。まったく、ゆんゆんはいつまでも子どものままですね。私を少しは見習って欲しいものです。学校はもう卒業したのですから、もう少し大人になったらどうですか?」

 

 「ひ、酷い!酷いわ、めぐみん!私達同い年でしょう!?何自分だけ大人ぶってるのよ!?体型なら私の方が大人…………あ、ごめん」

 

 

 「おい、今体型に関して私に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

 

 

 いつもやっていたように、私とめぐみんはお互いに罵倒しながら、好き放題言いあう。

 

 こんなめぐみんとの関係が嬉しくて、私は好意に甘えてご飯を食べようと、めぐみんと一緒にリビングへと足を運んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 私の中のめぐみんは、爆裂魔法への欲求が抑えられていれば、かなり賢いイメージです。


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第5話

 

 「……ねぇ、めぐみん。これをご飯と呼んでいいの?なんかお粥というより、お湯に米粒が浮いてるって感じのものが出てきたんだけど……貧乏なのは知っていたけど、これはさすがに、ちょっと……あんまりだと思うわよ?あまり健康的とは言えないわ」

 

 「……仕方ないじゃないですか。これがいつもの我が家の食卓ですよ。というか、ゆんゆんも察して下さい。まだ5歳のこめっこと、昨日危ない目に遭ったばかりの娘である私を構う事なく仕事に戻っていった母を見た時点で、我が家の経済状況を察してください」

 

 「そ、そうよね!めぐみんのお母さんも、すごく忙しそうだったもんね!」

 

 小声でめぐみんに謝りながら、私は用意してもらったご飯を眺める。

 

 

 

 めぐみんの両親は2人で魔道具開発と販売の売り込みを仕事にしているのだが、魔道具がすごく尖った性能をしていて、ほとんどが売れないか安値で買い叩かれているため、常にお金がないのだと、前にめぐみんから聞いたことがあった。

 

 リビングに降りてみてもゆいゆいさんの姿が見えなかったので、めぐみんと一緒に仕事場に顔を出してみた。

 

 そこで、いろいろな作業をこなしながら、ゆいゆいさんが独り言で

 

 「お金が……。お金が……ない。お金がないの……。お金……。今月も……赤字…………」

 

 と呟いていたのはびっくりした。

 

 めぐみん曰く、いつものことらしい。

 

 私達が来たことにすぐ気づいて、今からすぐにご飯の用意するわぁ!待っててねぇ〜!、と切り替えがすぐ出来るゆいゆいさんを見て、私はめぐみんの家の闇を見た気がした。

 

 「せっかくゆんゆんちゃんがお泊まりに来てくれたんだもの!!今日は奮発して、なんと!!おかわりもあるわよ!ささ!遠慮せず、おかわりが欲しかったら言ってね!」

 

 「あ、あはは……。ありがとう、ございます……」

 

 食事の準備が整い、調理場から戻ってきてちゃぶ台を囲んで座っている私達に向けて笑顔でおかわりを勧めてくるゆいゆいさんに、私は笑って誤魔化しながら話題を変えるために、こめっこの方を見る。

 

 「……というか、こめっこちゃんだけなんだか木の実やらキノコやらをモシャモシャと食べてるんだけど。どこで手に入れて来たのかな?」

 

 「今日会った大男から貰った!」

 

 「え?大男って誰……?」

 

 「ゆんゆん。多分、里の外の人ですよ。こめっこは『紅魔族随一の魔性の妹』を名乗ってるだけあって、自分で食べる食糧は、近所の人やこの里に来る旅行者からタダで貰ったり、外に出て自分で調達したりしてくるんです。お腹が空いたらいつも、割と勝手に何か食べてます。たまにそれを、家族みんなで分けるときもあるくらいですからね」

 

 おかげで無事健やかに育ってくれそうですと、優しくこめっこの頭を撫でながら微笑むめぐみんを見て、なんだかなぁと私は思った。

 

 やっぱりこういう環境だと、子どもも逞しく育つのだろうか。

 

 このまま成長していけば、間違いなく大物になるであろうこめっこを見て、私もお腹が空いてる彼女を見かけたら何か食べ物を上げようと思いながら、目の前のお粥もどきを啜った。

 

 

 

 

 

 お腹の中がほぼお湯で満たされた気分になる食事を終え、お風呂に入り、疲れを癒やした私達は、めぐみんの部屋に戻って来ていた。

 

 「さて、布団も整えたし。さっきの話の続きといきましょうか」

 

 「そうね!確か、あの怪物が魔王軍の幹部が転移させてきたものとは違うって話だったわよね?」

 

 布団の上に座り、枕を抱いて一息ついた私にめぐみんが頷く。

 

 「えぇ。あの怪物なんですが、私達が必要以上にビビっ……警戒しすぎただけで、よく考えればあれは人を襲う気は全くないのだと思いますよ」

 

 「それも何か根拠があるの?随分と自信があるように見えるのだけれど?」

 

 

 私はめぐみんにその理由は何かと聞くと、めぐみんは私達の体験を箇条書きにしたメモ2枚を持ってきて

 

 

 「いいですか、ゆんゆん。まず、さっきまでの議論から、あの怪物が魔物なのか悪魔なのかも分かりません。なので、これについては一旦保留としましょう」

 

 「ですが!あの怪物がどちらにしても、もし魔王軍の幹部が送り込んできたものだと仮定するならば、やはり不自然なことがあります」

 

 「不自然?不自然って何が?」

 

 

 

 

 

 

 ピッと人差し指を立てて

 

 「それは私達が、無事に生きて里に帰って来ているということです」

 

 めぐみんが言った。

 

 「もしあれが魔王軍の幹部の手下だとします。その場合、目的は紅魔の里の侵略ないし何かしら里を攻撃をする準備のためでしょう」

 

 「ふんふん。それでそれで?」

 

 「……ゆんゆんに尋ねますが、もしあなたが今から里を攻撃しようとしている前に自分の目撃者がいたらどうしますか?しかも、その目撃者が敵だと分かっているのですよ?」

 

 「……!あぁ!そ、そうよね!普通目撃者を消すわよね!襲うことがバレるリスクなんて放置したくないし!!なら、私達が生きているってことは……」

 

 「見逃してもらったか、そもそも敵じゃないか、二つに一つです」

 

 

 

 さらに、と話が盛り上がってきたからか、めぐみんの目が紅く光り輝き始めながら。

 

 

 

 「あの怪物がゆんゆんを担いで川に来たときに、ゆんゆんを石がある地面ではなく、わざわざ草が生えている場所に置いたということ。そして、私はともかくまだ小さいこめっこがいるにも関わらず、隠れていた私達の姿を確認しただけで去って行った」

 

 「目と鼻の先まで瞬時に接近してくるスピードや、ゆんゆんを肩に担いで運んで来たことから、見た目通り力強さもあるはず。ですから、まだ小さな子どもがいる状況、そのまま私達3人を人質として捕まえることだって簡単だったはずです」

 

 「さらに、私達を見逃してそれを尾行し、里の位置を把握した後で、奇襲をかける、なんてこともあの怪物はやれたはず」

 

 「にも関わらず、私達を逃がしたどころか、今の今まで里を攻撃して来てはいない」

 

 

 「これらのことを総合して考えると、あの怪物には、私達への敵意というものが無い。もしかしたら、私達人間と友好的な関係を築いていたのではないか、と判断できるはずです」

 

 

 と、めぐみんが考えた推理を私に披露した。

 

 

 ゴクっと唾を飲みこんだ私を見て満足そうに頷いためぐみんは

 

 

 

「結論をまとめましょう。今日私がなんとかなると言ったのは、あの怪物に関しては放置しても問題ないと考えたからです」

 

「そもそも敵意がない相手なんですから、あれが私達に拘る理由はありません。捜索に向かった父達が怪物と出会ったとしても、彼らに危害を加えることはない。私達の対応からして、あの怪物の方が先に逃げるのではないかと思うからです」

 

 「また、もしこの里とは違う場所に別の目的があったのだとしたら、あれだけのスピードがあるのです。既にこの周辺にはいなくなっている可能性が高いのですから」

 

 

 

 だから別に何の問題もないのだと、めぐみんは微笑みながら私にそう言った。

 

 

 「な、なるほど!流石はめぐみん!私のライバルで、『紅魔族随一の天才』と言われているだけはあるわね!」

 

 

 

 「ふっ。論理的に考えれば、これくらい当然ですよ。あなただって、普段通り冷静に考えれば気づけたはずです。……まぁ、その褒め言葉は貰っておきましょう♪」

 

 

 ふっふっふっ!と胸を張りながら、ドヤ顔で嬉しそうにするめぐみん。

 

 

 「よって!!ゆんゆんが気にしていた怪物の被害は考えなくてもよいのですから、このことを明日に探索から帰ってきた父達にこのことを伝える!あとは魔法陣のことが有耶無耶になってしまえばいい!脅威がないのであれば、わざわざずっと警戒する必要もありませんから、そのうち忘れ去られますよ!これで無事解決です!!よかったですね、ゆんゆん!」

 

 「う、うん!なんだか気が楽になったわ!ありがとう、めぐみん!!」

 

 

 普段の私なら、そんなことしていいの?!とか言うところであるが、背に腹はかえられない。

 

 私はめぐみんの提案に乗ることにした。

 

 

 

 「さて、結構遅くまで話をしてしまいましたね。もうそろそろ寝ましょうか」

 

 「そうね!これで何も心配することはなくなったし、安心したわ!」

 

 「そうですよ!別に誰かが危険な目に遭って帰ってくるとか、そんなことあるはずありませんし!」

 

 「えぇ、そうね!誰かが被害に遭って、帰って来ない人が出てくるとか、そんなことあるわけないもんね!!」

 

 「そうです!そうです!それに、たとえ放っておいたとしてもその内危険がないことが分かって、里のみんなも飽きて探索をやめることでしょうし!触らぬ邪神になんとやらです!」

 

 

 すっかり安心した私は、今日の朝に感じた恐怖とか罪悪感が嘘みたいになくなっていた。

 

 

 

 ……身体が軽い!こんなに心安らかに眠るなんて初めて!!

 

 

 「それじゃあ、おやすみ、めぐみん!」

 

 「はい、おやすみなさい。ゆんゆん」

 

 

 めぐみんが部屋の灯りを消し、布団に潜り込んだのを見て、既に布団の中に入っていた私も、スッキリした気持ちで目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………ねぇ、めぐみん。これ、どうするの?」

 

 「…………」

 

 

 

 「ねぇ、めぐみん。めぐみん。これ本当にどうするの??」

 

 「……………………」

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ……………ちょっと……どうするのよぉぉぉぉぉおおおーっ!」

 

 

 目を閉じて、耳を押さえながらしゃがみこみ、『私関係ない』みたいな態度を貫くめぐみん。

 

 

 「ちょっとぉぉ!?聞こえないフリしてる場合?!どうするの?!ねぇ、私どうしたらいい?!」

 

 「…………自首すればいいのでは?」

 

 「そ、そんなぁ?!ちょっと前までの、あの頼りになるめぐみんはどこにいったのよぉ!?考えてよ!!ちゃんと考えてよ!?どうしたらいいか一緒に考えてよ、ねぇ!!めぐみん!!!」

 

 知らんぷりを決め込んだめぐみんの肩を、私はガクガクと揺らしながら必死にお願いしていた。

 

 

 何故こんなことになったのか。

 

 それは、私がめぐみんの家に泊まってから7日間の出来事のせいだった。

 

 

 

 

 

 私達の為に編成された探索隊が、編成されたその日に地図を使って探索するエリアを担当する班と日時を決めて、一つ一つのエリアを効率よく、それでいて徹底的に探索出来るようにスケジュールを決めた。

 

 

 探索を一日また一日と行っていけばいくほど、あの怪物がいたという痕跡が様々な形で見つかったらしい。

 

 

 

 曰く、木の実がなる木がある場所で、その木に怪物が登るために出来た爪跡があった。

 

 

 曰く、何かを探していたのか、つい最近出来たのであろう地面を掘り返された場所があった。

 

 

 曰く、一撃熊やオークといった、この里付近で見かけられる魔物の死骸があった。

 別に野生に生きる者たちなのだから、弱肉強食の世界からして、食う食われるがあり、食べ残しとなった死骸が残ることは多々あるためおかしなことではない。

 

 ーーーおかしいのは、それらの死骸が全部、何か重たい鈍器のようなもので殴りつけられたり、頭を捻じ切られたりしていることだった。

 

 明らかに食べる為ではなく、殺すために行われたことである。

 

 

 極めつけは、フェンリルという水・氷を自在に操る魔物で、その脅威はベテランクラスの冒険者が全滅するほどであり、その強さから『森の覇者』と呼ばれているのだが

 

 

 

 そんなフェンリルが2匹、両方の顔面が潰れた状態で並んでて死んでいたのを発見されたらしい。

 

 死体がある場所が全く荒れておらず、固まった血溜まりの広がりかたから、片方の顔をもう片方の顔に向けて叩きつけたらしく、即死したと思われる。

 

 

 恐らく番(つがい)だったのだろうその2匹の最後がお互いのキスで、味は血の味だったとか、なんて背筋が凍る話だろうと思う。

 

 

 

 そして一番怖いことは、これだけ痕跡を残しているのに、噂の怪物を全く発見出来ないことだった。

 痕跡からしてそう遠くでは活動していないはずなのに。

 

 まるで、こちらの動きを全て把握しているかのような。

 

 

 

 初日の探索から帰った族長達に、私達は『あの怪物は敵意がないから心配ない』と伝えたが、その時点でかなりの痕跡が見つかったため、怪物の目的が何なのか分からないなら、あまり楽観視することは出来ないのだと、至極当たり前の返事が返ってきた。

 

 そして、これまで探索が続けられた結果がご覧の有り様というわけである。

 

 

 これらの報告を受けた族長は、探索5日目には里中に厳戒態勢を敷き、まだ小さな子どもや学生、里に来ていた旅行者に、無闇に里の外に出ないように呼びかけた。

 

 

 『こんなことは今まで生てきた中で初めてだ』と、里の中の年長者の1人が呟いた言葉が頭から離れない。

 

 

 

 「ねぇ!!予想してたよりなんだか大事になってきたんだけど!!?め、めめ、めぐみん!わ、私のせいじゃないよね?!そうだよね?!……なんか言ってよ、お願いだからぁーーーっ!」

 

 

 「…………………………」

 

 

 

 7日前からどんどん状況が悪くなっていくことに、あれだけ自信満々だっためぐみんは今やまるで役に立たなくなり、それを見た私は余計にパニックになった。

 

 



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第6話

 

 

「もう一度、今度は今日まで起こった出来事も含めて、考えを整理してみましょう」

 

 

 あれから全く役に立たなくなっためぐみんに対して、私は半泣きになりながら説得を行い、なんとか気持ちを持ち直させることに成功した。

 

 

 とりあえずお昼を少し過ぎた時間になったので、私達はお腹が空いたこともあり、2人で落ち着いて話し合うためいったん場所を変えることにした。

 

 

 

 移動して着いた場所は、喫茶『デッドリーポイズン』。

 

 紅魔の里の中で喫茶店と言えばここ!となるくらいには有名店である。

 

 その店で出される軽食やランチ・飲み物に関しての味が絶品であり、店内の雰囲気も変に派手すぎず地味すぎない、店主のセンスがキラリと光っている内装なため、里の中にも外にも一定のコアなファンがかなりいるらしい。

 

 惜しいのは『デッドリーポイズン』なんて飲食店としてどうなのかと問われるくらい、恥ずかしい店名だけであり、これが改善されればもっと里への旅行者が気軽に入れるのではないか、と私はいつも考えているのだけど。

 

 あれだけ喫茶店を経営することに関してセンスのいい店主に私が、それとなく、そのことを提案しても、「そんなことを言う里の住民はゆんゆんだけだよ?」と言って聞き入れてくれないし、里のみんなも「何か問題ある?むしろカッコいいじゃん!」みたいな顔をするので、私だけ感性がおかしいのではないか、といつもよく考えこんでしまう。

 

 

 

 

 そんな喫茶店に入り、内緒の話をしても聞こえないくらい店の奥の方の席に座って、店員さんに渡されたメニューから、私とめぐみんが決めたオーダーを注文した。

 

 お店に入る前に、めぐみんが『お金がないので奢ってください』と真顔で言ってきた。

 

 普段ならそれに少しは抵抗する私だが、相談内容が内容だけに今回は文句を言わず奢ることに。

 

 

 

 「まず、私達への敵意がなく、いきなり現れたあの怪物にはここ、紅魔の里への目的も執着もないはず。だから、どこかにすぐ去って行くだろうと言う私の仮説は、この7日間で里の近辺から見つかった怪物がつけたであろう痕跡から否定されました」

 

 

 この喫茶店の名物である「ナポリタン大盛り」をズルズルと食べながら、めぐみんは自分の考えを整理するように話してくれる。

 

 

 「こうなると、もうあの怪物の正体が何かとか、目的が何なのかとか、私達が考えて本当に結論に辿り着けるのかも怪しくなってきました。私達を見逃した理由とか、何故里の近辺に居座り続けているのかも、今ある情報だけでは、何が正しくて何が間違いなのかも分かりませんしね」

 

 「最悪、やっぱりあれはゆんゆんが呼び出した悪魔であり、一度は見逃したが何らかの事情があってあなたを探している、なんてことも考えられます」

 

 

 「でも、わざわざそんなことをする為に、あの怪物がこの近辺を探し回っているとは思えないわ」

 

 

 私はランチメニューである「ミックスサンドとサラダのセット」を注文し、お皿にあるサンドイッチの一つを手に取って、一口ずつ齧りながら、めぐみんの説を否定した。

 

 

 「だって、もし私を探すためにこの近くにいるのだとしたら、既に探索隊と鉢合わせてもおかしくはないでしょう?あんなに大きな足音を立てながら歩くのに、この7日間での収穫がその怪物の痕跡らしきものだけなんて、不自然よ!」

 

 「それに、森の中を私を探して彷徨っているのだとしたら、何故直接、紅魔の里には現れないの?めぐみんの説を今まで聞いてきた限りだと、あの怪物には一定の知性が感じられるわ。なら、この近くで私がいる可能性が一番高い里に来ていない時点でおかしいじゃない?」

 

 

 「そう、そこなんですよねぇ…………」

 

 

 ナポリタンを食べ終え、コップの水を一杯飲み干しためぐみんが、食べ終わった皿をテーブルの端に寄せて、机の上にグデっと頭を置きながら、お手上げだみたいな雰囲気で言ってきた。

 

 

 

 「……あの怪物の行動に、まるで一貫性がないのですよ」

 

「この里に襲撃するわけでもなく、離れていこうともしない。私達を見て襲ってこないあたり、意外と大人しい部類のモンスターかと思えば、一撃熊やオーク、果てはフェンリルと言った別のモンスターを食べる為ではなく、ただただ残虐的に倒していっていることから、見た目通りの攻撃的で、非常に危険な部類のモンスターかもしれない」

 

 「……どちらにせよ、あれが一体何をしたいのかが全く見えてきません……」

 

 

 

 ハァー、っとため息を吐くめぐみん。

 

 

 

 

 

 「…………本当、こんなことなら直接あの怪物に会って、目的を聞ければいいのにって思うわ……。ハァー、一体どうすれば……」

 

 

 めぐみんの無気力そうな顔から出る『もう無理。わからん!』みたいな雰囲気に引きずられて、私も一緒に暗い顔をして俯きながらそんなことを言うと。

 

 

 

 

 「…………そうか、その手が……。ゆんゆん、こうなったら、直接あの怪物に会いに行って目的を聞いてみますか?」

 

 「へ??」

 

 

 ガバッと顔を上げためぐみん。

 さっきまでの雰囲気がなくなったことから、何か思いついたみたいだけど……

 

 

 「会いに行くって、どうやって??大人が大勢で、しかも7日間も探し回ってたのに全然見つからなかったのよ?私達だけでどうやって見つけるって言うのよ?それに万が一見つけることが出来ても、どうやって会話するのよ?」

 

 

 

 ついにおかしくなったのだろうかと、相談に乗ってもらっている立場なのに失礼なことを考えていた私に、チッチッチッ、と人差し指を振りながら自信を取り戻しためぐみんが言った。

 

 

 「あの怪物に知性があることは分かっているので、会話が成立する可能性はかなり高いと思っています。問題なのは、これまでの痕跡から、あの怪物はやはり危険なのかもしれないということだけ」

 

 

 ですが、と一度説明を区切る。

 

 

 

 「里を襲撃してきていないことや、残虐的に倒した死体が報告されているのはモンスターのみです。あれが現れてから4, 5日の間に来ていた、里の外の旅行者には被害が出ていないことから、まだあの怪物は人に対しては危険ではない可能性も残っているのですよ」

 

 「た、確かにそうかもだけど、それは流石に楽観的すぎない?」

 

 

 めぐみんその考えを、確信は出来ないのだから危ないと私は言った。

 

 そんな私を、わかってますよ、と頷きながらめぐみんが続けて。

 

 「何故そんなに楽観的なのか、ちゃんと根拠もあります。それを示すためにはまず、あの怪物が今何処にいるのか。このあと私達がどうすればよいのかを占ってもらうのですよ……彼女に頼んで、ね」

 

 「……?……………!あ、あぁ!なるほど!!そうか、その手があったわね!なら、すぐに会いにいきましょう!」

 

 

 めぐみんの提案の意図が分かった私は、急いで残りのサンドイッチを食べて、会計を済ませてからその件(くだん)の女性が住んでいる家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうやら、今日は家にいるようですね」

 

 「うん!ちょうどよかったわ!」

 

 

 目的地に着いた私達は、その家の前にある『OPEN』の看板から女性がいることを知り、一先ず安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 その女性ーーーそけっとさんは、『紅魔の里随一の美人占い師』であり、その占いはほぼ百発百中という凄い人なのだが、紅魔の里の人はあまり彼女に頼ることはないため、もっぱらお客さんは里の外の人達ばかりらしい。

 

 

 

 ちなみに、里のみんなが彼女をあまり頼らない理由は『占いで自分の未来が分かるなんて、そんなのつまらない。未来とは、自分の力で切り拓いていくものだ!!』という理由らしい。

 

 

 

 

 そんな彼女は時々、暇になっては『修行してくるわ!!』と言って、里の外に出て行き、しばらく帰ってこないこともあるらしい。

 

 私は、この騒動中にまだ彼女が里に居てくれてよかったと思った。

 

 

 

 

 

 「さぁ、行きますよ。ゆんゆん」

 

 「ま、待ってよめぐみん!ご、ごめん下さ〜い……」

 

 

 扉を開けて中に入って行くめぐみんの後ろをついて行くと、中は外が明るさとは反対に薄暗いことから、カーテンか何かで光を遮断しているのが分かり、代わりの光源としてランプの光が淡く部屋の中を淡く照らしていた。

 

 

 

 「あら、いらっしゃい。めぐみんにゆんゆん。久しぶりね、元気にしてた?」

 

 

 その部屋の真ん中にある丸いテーブルの上には、占いで使うのであろう水晶玉が小さなクッションの上にあり、そのテーブルを基準に私達と対になるよう置かれている椅子に、そけっとさんが優しく微笑みながら座っていた。

 

 スラっとした容姿に出るところはきちんと出ている、同じ女性でも憧れてしまうプロポーションを持った彼女を見て、やっぱり美人だなぁと私は思った。

 

 

 

 「今日はそけっとに、是非占って欲しいことがあって来たのですが」

 

 

 

 「……それは今、里で騒ぎになってる、例の怪物のこと?それとも、ゆんゆんがきちんと紅魔族の族長になれるかどうかについて?」

 

 

 

 「ッ!?」

 

 「やっぱり、知っていましたか……」

 

 

 そけっとさんの言葉にビクッと反応することしか出来なかった私とは別に、めぐみんは予想通りといった顔をした。

 

 

 「……そもそも、占いで未来が分かるそけっとが、里に危機が訪れるかも知れない状況で、何もしないなんてことがあるはずない。にも関わらず、族長達にそけっとが何も未来のことを伝えていない時点で、あの怪物は里に危険を及ぼすことはない、と考えれば分かったことなのですよ」

 

 

 「ふふっ♪正解!……流石に今回の件はマズいと思ってね?私はすぐに里の将来を占ってみたんだけど、あの怪物が里を破壊するなんて未来は見えなかったわ」

 

 「なら、そんなに焦ることもないかなって思って。噂になっている怪物のことについていろいろ占ってたの。例えば……怪物はどこから来たのか、とか……ね?」

 

 

 そけっとさんが、とても言いづらそうに目を逸らしながら、私の目をチラッと見ながら言った。

 

 

 

 

 

 「その…………偶然、ゆんゆんが魔法陣を描いているところが……」

 

 

 「わあああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だ、大丈夫ですよ、ゆんゆん!そけっとは商売上、口は固い方ですから!きっとバラしたりなんかしませんって!」

 

 

 「うぅ……ありがとう、めぐみん!!」

 

 

 最近はすっかりめぐみんに対して涙脆くなってしまった私を、そけっとさんがふふふっ♪と笑いながら口を手で隠して見ていた。

 

 

 

 「ごめんなさいね♪ついからかい過ぎたわ♪今回の占いはタダにして上げるから、それで許してちょうだい?」

 

 

 「ほ、ほら!そけっともこう言ってますし!よかったですね!ゆんゆん!

 

 

 「うん……うん!ありがとうございます、そけっとさん!」

 

 

 「いえいえ。代わりに、私が助けて欲しいときには、2人とも必ず1回は私を助けること。それで完全にその件については水に流してあげる♪」

 

 

 「ッ!?は……はい…………」

 

 やはりタダより高いものはないらしい。

 

 これからはもっと誠実に生きていこう。

 

 

 

 

 

 「……さて、お遊びもこれくらいにして……。2人とも、あの怪物について何を占って欲しいの?」

 

 再び落ちこんでいる私を他所に、そけっとさんがめぐみんに聞いていた。

 

 一度私の方を向いて『任せろ』と目で言ってきたので、私は『わかった。任せるね』と一回頷く。

 

 そしてめぐみんが、そけっとさんにこう質問した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの怪物がこの数日、何処を拠点にしているのか。そして、その怪物が拠点にいるタイミングについて占って貰えますか?」

 

 

 

 



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第7話

 

 

 

 そけっとさんの家に向かっている間、私はめぐみんが立てた作戦の内容を聞いていた。

 

 

 「この7日間、痕跡は見つかるのに里の探索隊が怪物と遭遇していないことから、怪物はもしかしたら何らかのスキルを使ってこちらの動きを察知しているのかも知れません」

 

 

 

 「そんな便利なスキルだと……思い当たるのは『敵感知』のスキルとか?でも、あの怪物が移動するときに響く足音からして、探索隊に気づかれる前に察知できるとしたら、かなり離れた距離から、既にこちらの動きに気づいてるってことになるわよ?そんなに便利なスキルだったかしら、あれ」

 

 

 

 私が学校に通っていたときに授業で習った『敵感知』スキルの特徴を思い出しながら、私はめぐみんに疑問をぶつけてみた。

 

 

 『敵感知』。それは近くにいる敵の気配を感知し、その数も同時に把握することが出来る。相手を敵だと考えていれば、モンスターだけでなく人間も感知可能と言う非常に便利なスキルで、バランスのとれた冒険者パーティの中で斥候役の人が必ず習得しているスキルだった。

 

 

 モンスターの中でも、非常に五感が優れているモンスターは、自然とこのスキルを持っているものだ。

 

 

 私達人間がこれを習得するには、『人や物音に敏感に反応出来るようになる』という訓練のもと、才能ある人は自動的に習得出来るし、才能がない人でもスキルポイントを使えば簡単に習得可能である。

 

 

 

 冒険者の職業によってスキルポイントを使って習得する際に必要なポイントの量が変わる中でも、比較的どの職業でも割と使うポイントは少ない方だ。

 

 

 

 

 そんなスキルだが、使ってみると実際は意外とシビアなもので、『敵感知』のスキルに引っかかるための範囲はそんなに広くなく、才能がない人なら効果範囲の拡張が出来ても精々半径50mくらいだったはずだし、才能ある人でも精々が1kmだ。

 

 

 

 そもそも、相手側に『敵感知』スキルを無効化するようなスキルを使われると、範囲内にいても感知されなくなる。

 

 過信し過ぎると痛い目に遭うスキルだった。

 

 

 

 

 「えぇ。まさに『敵感知』のようなスキル、もしくはそれに近い何かを使っているのでしょう。もしかしたら、その上位互換のような、独自のスキルか何かを持っているのかも知れません」

 

 

 「そこで!あの怪物がいる拠点の場所と、その拠点にいるタイミングをそけっとに占ってもらいます。あの怪物だって生きているのですから、四六時中常に気を張っている訳じゃないはずです」

 

 

 「拠点にいる間は休息をとっているはずなので、一番怪物が気を抜いているベストタイミングで奇襲をかけることが出来るはず。そうなれば後は、直接目的を聞き出してそれを叶えてやれば!あとはこの里から離れるように交渉出来るはずなんです!」

 

 

 「な、なるほど!さすがはめぐみんね!抜け目ない作戦に脱帽だわ!!」

 

 

 「ふふんっ♪そうでしょう?そうでしょうとも!!」

 

 

 

 

 

 

 私の褒め言葉に気を良くし、すっかりと自信満々な態度を取り戻しためぐみんと私は、そけっとさんの家に到着し、彼女にその作戦を簡潔に伝えた。

 

 

 

 「……なるほど。考えたわね。……よし、分かったわ!今からその二つについて占ってあげる」

 

 

 

 そけっとはめぐみんの作戦を聞いて感心したように頷き、そのまま水晶玉に手をかざすと、そこに魔力を送り込み始めた。

 

 魔力が注入されていくにつれ、水晶玉が淡くそして暖かく光始めた。

 

 

 「あ。一応言っておくけど、私の占いはそこまで万能じゃないわよ?私だってまだ占いを極めたわけじゃないからね。過去のことを覗くのだって出来るときと出来ないときがあるし。未来を占うのだって、必ず当たるとは限らないわ」

 

 

 「おや。今更、弱腰になるとは。あれだけ煽っておいて外れたときの言い訳なんて、カッコ悪いですよ?」

 

 「めぐみん!?お願いしてやってもらってる立場なんだから、煽らないでよ!!す、すみません、そけっとさん!!」

 

 

 

 「ふふっ。いいのよ、ゆんゆん。別に気にしてないから。……それに、めぐみんの言う通りなんだし。でも、所詮は占いでしかないから。里のみんなも言ってるでしょ?『未来は自分で切り拓くもの』って。私もそう思うわ」

 

 

 「……なら、何故。あなたは占い師なんかになったのですか?」

 

 

 めぐみんの失礼極まりない質問に嫌な顔をせず、そけっとさんは優しく微笑みながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

 「……ほら、人にはさぁ、長い時間を生きていると、もうどうしたらいいのか、自分では分からなくなる時ってあるじゃない?そんなときに、誰かの為に……誰かの未来を支えることが出来るような仕事が、とても素敵に思えた。だから、この仕事をやっているのよ」

 

 

 「「…………………………」」

 

 

 

 

 

 

 その優しさ溢れる思いを聞いて、私は友達欲しさに悪魔召喚をしようとしたことを思い出した。

 

 

 

 ーーーあんな馬鹿なことをする前に一度、そけっとさんに相談すればよかったのかな……

 

 で、でも!あの恥ずかしい出来事があったからこそ!まためぐみんとこうしてお話し出来るようになったのだし!

 

 ……うん。今度何か悩み事が出来たときは、私もそけっとさんに占ってもらおうかな……

 

 

 

 

 

 

 「…………そろそろ占いの結果が出るわ。2人とも、暗い顔をしてないで話を聞いてね?」

 

 

 「は、はい!」

 

 「………………はい」

 

 

 

 慌てた私とめぐみんの返事を聞いて、占いの結果を教えてくれる。

 

 

 

 「…………これは、川ね。どこかで見た川……ちょっと思い出せないのだけど、その川を辿っていった先……そこの近くに洞窟があるわ。そこの洞窟に住んでいるわね……。もし、奇襲をかけるとしたら………………!?こ、これは?!」

 

 

 「ど、どうしたのですか?一体、何が見えたんですか!?」

 

 

 めぐみんの問いかけに、水晶玉を覗き込んでいたそけっとさんは顔を上げてこう言った。

 

 

 

 「今からすぐに森の中へ向かいなさい。すぐ出発すればまだ間に合うわ」

 

 「何が?!一体何が間に合うというのですか?!」

 

 「も、もう少し詳しい説明をお願いします!!」

 

 

 「そんな時間はないわ!これは一刻も早く怪物がいる場所を探さないと、大変なことが起こるわよ!」

 

 

 「「えぇ?!?!」」

 

 

 何がなんだかわからない私とめぐみんは、『ほら急いで急いで!』と急かされながら、そけっとさんの家を追い出された。

 

 

 

 

 「ど、どうしたのですか?!さっきまでは、あの怪物は危険ではないと言っていたではないですか?!」

 

 「そ、そうですよ!!そんなに慌てて、一体これから何が起こるっていうんですか!?」

 

 

 

 私達の文句に対して、『いい。よく聞いて。その理由を手短かに説明するわ』と言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「このままだと、こめっこちゃんがピンチよ」

 

 

 真剣な顔で、そんなことをそけっとさんは言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇ!?な、何でこめっこちゃんの話が?!怪物の居場所の話でしたよね?!と、とにかく、こめっこちゃんを探さないと?!行くわよめぐみん!!…………めぐみん?」

 

 

 

 

 

 「こ、ここ……こめっこ……こめっこが…………」

 

 「め、めめ、めぐみん落ち着いて!おおおっ、おっ、おちおち、落ち着いて!?」

 

 

 そけっとさんの言葉がショックで、体が左右にフラフラと揺れ始めためぐみんの肩を、私は掴んで揺さぶった。

 

 

 

 「…………こめっこがああああああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 「落ち着いてったら!もう!!しっかりしなさいっ!」

 

 「ヘブッ!?」

 

 

 こんなに動揺しているめぐみんは、あの時以来だ。

 

 そのおかげで、私は冷静になることが出来た。

 

 まるで普段の私みたいなパニックを起こすめぐみんを正気に戻すため、私はめぐみんに一発ビンタをした。

 

 

 ……結構いい音がしたけど今は仕方ない、後で謝ろう。

 

 

 

 「こめっこちゃんが危ないんでしょう?!なら、今こそ姉であるあなたがパニックになっちゃダメじゃない!!しっかりしてっ!」

 

 

 

 「……ハッ!?た、確かにそうですね!こうしてはいられません……!ゆんゆん!私と一緒にこめっこを探しに森の中に行きますよ!中級魔法使いのゆんゆんがいれば、最悪戦闘になっても時間稼ぎくらいは出来るはずです!ほら、モタモタしてないで急ぎますよっ!」

 

 

 「えぇ!?ま、待って待ってしっかりしろとは言ったけどいきなり早口で喋らないで背中を押さないでちゃんと走って行くからああぁぁぁー!」

 

 

 

 「気をつけて!まずは、あの川を見つけなさい!私も里にいる他の大人達をかき集めてすぐに行くわ!!」

 

 

 

 

 私はそけっとさんの言葉を聞きながら、めぐみんと一緒に森に向かって走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ぶふっ!も、もう、ダメ!た、耐えられない…………!あはははははっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……!め、めぐみん落ち着いて!あてもなく探し回ってもキリがないよ!」

 

 

 「で、ですが……!こ、こめっこ!こめっこがああぁぁぁ!」

 

 「あなたまだ正気に戻ってなかったの?!落ち着いてったらっ!」

 

 「これが落ち着いていられますかっ!!こめっこが危ないかもしれないのですよ?!は、早く助けに行かないと!!」

 

 

 私達は今、そけっとさんが言っていた川を見つけるために森の中を当てもなく走り回っていた。

 

 

 

 「こめっこーーーー!」

 

 「こめっこちゃーーーーん!何処にいるのーーー!?」

 

 「返事をして!こめっこちゃーーん!」

 

 「おい!こめっこちゃんはいたか?!」

 

 「いや、全然見つからねぇ!!」

 

 本当は私とめぐみんでこっそりと奇襲をかけるつもりだったのが、状況が状況だったので、里の周辺の警備をしていた大人達数人に森の中に入ろうとしたところを見つかり、だったらと事情を説明して、こめっこちゃん捜索を手伝ってもらっていた。

 

 

 めぐみんは私の中級魔法のことを信頼してくれてたけど、私1人で戦うよりも魔法使いとして優秀な、上級魔法を使える人達がたくさんいた方がいいという判断だ。

 

 

 もしかしたら、私がやったことがみんなにバレるかも知れないが、『こめっこちゃんの命』と『私が族長になれるかどうか』を天秤に掛けて、どっちが大切なのか考えるまでもなかった。

 

 

 大人達に事情を説明している間、めぐみんが私の行動に目を見開いて驚き、そして俯いていて動かなくなったのは気がかりだったが、しばらくしてこめっこちゃんを探す方が先だ、と言わんばかりにめぐみんが走り出したので、そのことについて聞くタイミングを逃した。

 

 

 まだ捜索し始めて1時間も経っていないだろうが、そけっとさんの占いによる「こめっこちゃんのピンチ」のタイムリミットが正確に分からない以上、体力はともかく精神的な疲労がドンドンと溜まってくる。

 

 

 

 「というよりっ!川を探せってアバウトな指示だけじゃあ、どの川なのか分かりませんよ!もう探索してない場所の中にある川沿いは全て調べましたが、近くに洞窟なんて見当たりませんし!」

 

 

 めぐみんが空に向かって絶叫している中。

 

 「……ねぇ、めぐみん。もしかしたら私達、勘違いしていたのかも知れないわ」

 

 「勘違い??い、一体何に気づいたんですか、ゆんゆん!!」

 

 

 私はそけっとさんの言葉を思い出して、気づいたことを言った。

 

 

 「あの怪物を大人達が探索するときに、効率よくする為にって、1日事に調べる範囲を決めたじゃない?同じところを何回も探索しないように、それこそ入念な計画を立てて」

 

 「……何が言いたいのですか、ゆんゆん?」

 

 「つまり、つまりね?一度、徹底的に調べた場所をもう一度探すなんてほとんどしてないでしょ?なら、あの怪物が一度身を隠して探索隊をやりすごし、いなくなり次第、調べ終わった場所に潜んでいたとしたら…………絶対に見つからないわ」

 

 「ッ!?」

 

 

 「……それに、そけっとさんが言ってたじゃない?『あの川を探せ』って」

 

 

 

 私の言葉にハッと気づいためぐみんに一回頷いて。

 

 

 「わざわざ『あの』ってつけるくらいだから、私達にとってこの件で関わったことがある川なのよ。で、『あの川』って言われて最初に思いつくのは……」

 

 

 「「あの怪物と私(めぐみん)が初めて遭遇した川っ!!」」

 

 

 私達はお互いに頷き合って。

 

 

 「めぐみん!!その川まで案内して!」

 

 「分かりました!!任せてください!みなさん、こめっこが居そうな場所が分かりました!一緒に来てくださいっ!!」

 

 

 

 「「「「ッ!?了解!!!」

 

 

 

 私達はめぐみんの案内のもと、件(くだん)の川へと向かっていった。

 

 

 

 

 ーーー待っててね、こめっこちゃん!!今、助けに行くからっ!!

 

 

 

 

 

 



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第8話

 

 

 

 

 「ありました!洞窟です!ここがそけっとが言っていた洞窟ですよ!!こめっこおおおぉぉぉー!!返事をしてくださーーい!」

 

 

 「ちょ、ちょっとめぐみん!大声出さないでよ!バレちゃう!私達が来たことが怪物にバレちゃうからっ!?」

 

 

 

 私達がめぐみんの案内で辿り着いた川沿いを上っていくと、上流付近の斜面に小さな洞窟が確かにあった。

 

 

 川が近くにあるだけあって地面が少し湿っているため、私達とは違う大きな足跡がここを行ったり来たりしていることから、ここで間違いないだろう。

 

 

 探索隊の報告では、ここは最初の頃に徹底的に捜索し、そのときにはこんな足跡はなかったと大人達が驚いていた。

 

 

 ……そして、その大きな足跡とは別の小さなーーーまだ子どもくらいの足跡が残っていた。

 

 

 

 「ゆんゆん!ゆんゆん!こめっこの足跡が!こめっこがこの中に!!」

 

 

 「う、うん!分かってるわ!よ、よし!それじゃあ行こう、めぐみん!みなさん、よろしくお願いします!!」

 

 

 

 「おうよ!任せな!なーに、こめっこちゃんは生きてるさ!」

 

 「そうそう!あの愛らしくて逞しいこめっこちゃんに限って、死んでるなんてありえないよ!」

 

 「あぁ!もし仮にこめっこが危ない目に遭っていたとしても、俺たちが助ける!最悪、俺がしんがりを務めて絶対にお前たちを里に無事に帰してみせるさ!…………それに………………別にその怪物のことを、倒してしまっても構わないのだろう?」

 

 

 「こんなときに、いつものお約束みたいなセリフは要りませんから!!それ、フラグって言いますから!!」

 

 

 私は若干不安になりながらも、めぐみんと一緒に大人達の後ろに並んで、洞窟の中に足を踏み入れて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 洞窟の中はずっと一本道になっており、私達は足跡を追うまでもなく、また特に何かある訳でもなく最奥に辿り着く。

 

 

 そこは一本道の狭さと比べると空間が少し広がっており、怪物が寝床にするには十分なスペースがあった。

 

 

 最奥を一通り探索すると、怪物がベッドにでもしているのか葉っぱを敷き詰めたような場所と、洞窟の壁の小さな窪みには木の実やキノコの類が大量に置かれている場所があった。

 

 

 ……てっきりあの見た目からして、主食は獣の肉を丸齧りしているのかと思ったんだけど。意外だわ……

 

 

 私は、恐らく怪物が普段食べている食糧を見て、思わずそんなことを思ってしまった。

 

 

 

 「ゆんゆん!こっちの辺りを一通り調べてみましたが、こめっこはいませんでした!も、ももももしかしたら、も、もう、あの怪物に、た、食べ……」

 

 

 「ううん。多分、大丈夫よ?ほら、これを見て!あの怪物、普段は木の実やキノコを食べていたみたいだし、こめっこちゃんのことを食べるとは思えないわ」

 

 「で、でも!それなら、こめっこは一体どこに!?洞窟の前についていた足跡は?!あれがこめっこのものなら、何故足跡はこの洞窟に入るときのものはあって、ここから出るときのものはなかっ…………!!」

 

 

 

 

 

 そのとき、洞窟の入り口の方から響く足音が聞こえてきた。

 

 どんどんとこちらに来る音からして、怪物が帰ってきたのだろう。

 

 

 「「こっちだ!めぐみん!ゆんゆん!!」」

 

 

 小声で私達を呼ぶ方を見ると、大人達が固まって手招きをしていた。

 

 私とめぐみんが音を立てないように近寄り、大人達と手を繋いで

 

 

 「「『ライト・オブ・リフレクション!』」」

 

 

 姿隠しの魔法を使用して、息を潜めた。

 

 

 

 

 怪物がもし、こめっこちゃんを捕まえていた場合、隙を伺ってみんなで奇襲を行い、助ける。

 

 私達はお互いに目で会話して意思を統一してから、怪物が来るのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと足音が近づいてくる。

 

 

 耳を澄ませてみると、あの怪物の唸り声と、それから少女の楽しそうな声が聞こえてきて……………

 

 

 

 

 

 

 「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 「あれー!?姉ちゃん、ゆんゆん!どうしてここにいるの??」

 

 「■■■■■!」

 

 

 そこには、驚いて思わず魔法を解いてしまった私達を見ながら、これまた驚いた声を上げたこめっこちゃんと、彼女を肩に乗せた、あの怪物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……つまり、こめっこちゃんは数日前から、この怪……大男さんと遊んでいたの?」

 

 「うん!そうだよ!毎日ね、ごはんくれた!!」

 

 「そ、そうなんだ…………」

 

 

 あれからこめっこちゃんに、何故、あの怪物と一緒にいたのかと聞くと、ここ数日一緒に遊んでいたお友達だからと答えられて、頭の中がパニックになりそうなのを必死に抑えながら話を聞いていた。

 

 

 こめっこちゃん曰く、めぐみんとこめっこちゃんが私の家に泊まりに来た次の日に、めぐみんの家にこめっこちゃんを送って行った後。

 

 彼女は昼ご飯を食べようと台所を漁ったが、まともに食べらそうなものがなく、母であるゆいゆいさんは仕事で忙しそうだったからと、いつものように食糧を確保するために森に入って行ったのだとか。

 

 

 

 そして、森の中を探索しているときに喉が渇いたらしく川の水を飲もうと、前日にめぐみんと遊んだ場所まで行ったところで、怪物……彼と会ったらしい。

 

 

 

 しばらくは、彼に向かって威嚇していたこめっこちゃんだが、彼が何もしてこないことから敵意がないと分かり、そこから会話を試みたらしい。

 

 

 彼はこちらが言っている言葉は分かるらしく、こっちの質問は理解出来るのだとか。

 

 

 問題は、言葉は分かるのに彼が言葉を話せないらしく、どうしても会話が一方通行になってしまう。

 

 

 しかし、紆余曲折あって彼と会話を成立させる手段を思いついた彼女は、昼に彼の元に会いに行っては一緒に遊び、暗くなる前に家に帰る日々を過ごしていたのだそうだ。

 

 

 

 ……ちなみに、何故、怪物のことを彼と呼んでいるかというと、彼女が怪物に何者なのか聞いてみると、怪物は人間で男である答えたからだという。

 

 

 

 ……前日に怪物からあんなに怖い目に遭わされたのに、まるで動じないこめっこちゃん凄すぎだわ………………

 

 

 

 そして、そけっとさんの占いで『こめっこちゃんのピンチ』と言っていたものはというと……

 

 

 

 「……それで、今日は彼と川魚を食べようと思って、川の上流の奥の方に行き、取ってきた魚を洞窟に持ち帰って来たところに…………」

 

 

 「うん!姉ちゃんとゆんゆんがいるからビックリした!ねっ!」

 

 「■■」(コクっ)

 

 

 未だに、ここが私の定位置だ!、と大男の肩から微動だにしないこめっこちゃんと、彼女を肩に乗せた彼が、同意するように頷いた。

 

 

 こめっこちゃんを乗せた肩の反対側の手にはバケツがあり、中には大量の川魚が泳いでいた。

 

 

 

 この川魚には微量の毒性があり、生で食べると死にはしないが、3日間は必ずお腹を壊すため、食べる際には毒抜きをしてから『焼く』か『茹でる』かをして、調理しないといけないものだ。

 

 

 こめっこちゃんと大男は、どうやらこれを生で食べる気だったらしい。

 

 

 「は……はは、ははははは…………」

 

 あまりにもしょうもない理由に、めぐみんはさっきから渇いた笑いしか浮かべていなかった。

 

 あんなにも自分の妹を心配して、危険かも知れない場所に飛び込んだのにこの仕打ちである。

 

 その姿を見て、ちょっと可哀想だなと私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 もう日が暮れ始め、辺りが暗くなってきたので、私達は今里に帰るために川を下っている。

 

 ……大男も一緒に。

 

 とりあえず、この大男は別に危険な存在ではないから、厳戒態勢を解いても大丈夫だと里のみんなに伝えるため、彼にもこのまま里に来てもらうことになった。

 

 ……こめっこちゃんが、彼の肩から全然降りてこないからっという理由もあるが……

 

 余程、居心地が良いのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 そして、今までの騒動にドッと疲れながら私達が里の門まで帰ってくると、そこには里のみんなと彼等を集めたであろう、そけっとの姿が。

 

 

 

 彼女の占いはある意味では当たっていたし、こうして里のみんなを集めていたことから、悪気はなかったのだろうと思い、心配してくれた彼女達に手を振ろうとして。

 

 

 

 「おーーい!みんな!さっき、そけっとから面白いものが見れると聞いて集まったんだけど……って、デカッ!?お、おい!後ろのやつは一体なんだよ!?」

 「あれが、噂の怪物?!」

 「い、いや、待て!あのデカいのの肩に乗っているのは……こめっこじゃねーか?!」

 「本当だ!!てか、なんでめぐみんとゆんゆんが外に出てるんだ??」

 「おい!面白いものってのは後ろのやつか??てか、なんでこめっこちゃんがそいつの肩に乗ってんの??」

 

 

 

 

 

 

 野次馬だった彼等に振ろうとした手をそのまま下ろして、この状況を作った女性へと視線を向ける。

 

 

 

 『計画通りっ!!(ニヤッ) 』

 

 

 

 そんな顔で私達の方を見ていた彼女が、今回の件において確信犯だと分かり、私とめぐみんは額に青筋を立て、『よし、殴ろう。もちろんグーで!』とそけっとに掴みかかりに行こうとして。

 

 

 

 

 「我が名はこめっこっ!!紅魔族随一の魔性の妹にして、知性ある巨神を従えし者!!」

 

 

 「「「「お、おぉ!!カッコいい!!!」」」」

 

 

 

 

 こめっこちゃんが大男の肩から飛び降りてビシッとポーズを決め、紅魔族特有の名乗りをあげながら、近くにいた彼についての自己紹介を興味深そうに聞いている里のみんなを見て。

 

 

 私とめぐみんは、なんだかもう、どうでもいい気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と、言うわけで。あの怪物……大男さんは人間で、こちらに危害を加える存在ではなかったのですよ」

 

「そうなの、お父さん!だから、もう安全だよ!」

 

 「うーむ……しかしなぁ……。彼が人間っていうのはこめっこちゃんが聞いたって話だけだし、彼が嘘をついている可能性もあるよ?」

 

 

 「……うちのこめっこは、あのように賢く、そして逞しく育ちましまた。ですが、あれでもかなり寂しがり屋なのです。それに、まだ小さいですが人を見る目を持っていると私は思っています。そんなあの子が、彼の肩にずっと乗っているんです。……信じてみてもいいかと」

 

 「うーむ…………。せめて、何か彼が人間であるという、確かな証拠があればなぁ……」

 

 

 

 私達は場所を私の家に移し、こめっこちゃんと大男を連れて来た経緯を話し、もう安全だと族長である父に説明しているのだが、やはり里の長としての責任があるのだろう。

 

 あんな人の形をしたモンスターみたいな見た目をしていることが、どうしても引っかかるらしい。

 

 ……証拠…………証拠かぁ…………

 

 

 「あっ!!」

 

 「ん?どうした、ゆんゆん?」

 

 「何か思い当たることがありましたか?」

 

 「『冒険者カード』を見せてもらえばいいのよ!ほら、一撃熊とかオークとかを倒せるんだから、昔は冒険者をやっていた可能性は十分あるわ!」

 

 

 「「あ、確かに!!」」

 

 

 人間で、お金さえあれば誰でも必ず発行できる『冒険者カード』があれば、それ自体が証拠になる。

 

 

 私達は期待を込めて彼に『冒険者カード』を持っているか尋ねると、一瞬驚いたような顔をして

 

 

 「■■、■■■■…………」(フルフルッ)

 

 

 と、顔を横に振って持ってないと教えてくれた。

 

 

 「そう……。だったら、『冒険者カード』を作りに行けばいいのよ!そこで彼に自分の個人情報を書いてもらえば、彼が人間であることの証明にもなるし、彼が何者なのかも分かるわ!」

 

 「良い案ですね!そうしましょう!」

 

 「うむ!そうと決まれば、今から発行してもらいに行くか!こう言うのは早い方がいい!」

 

 「えぇ!?も、もう夜も遅いし、今から行ったら迷惑だよ?明日にしよう?」

 

 

 外はもう真っ暗であり、大男の肩に乗っていたこめっこちゃんがウトウトとし始めたので、大男と一緒に私は自分の部屋のベッドに彼女を運んでもらった。

 

 今はもう、ぐっすりと眠っている。

 

 

 「むう……だが、私はすぐにでも彼のことが知りたい!人間なのに言葉が話せないこととか、彼の肉体からしてステータスはどうなっているかとか、とても興味がある!」

 

 「あ、実は私もです!……ゆんゆん、あなたもでしょう?」

 

 「えっ!?ま、まぁ、確かに気になるけど……」

 

 「大丈夫だ、ゆんゆん!私はこの里の長だからな!!多少は無理も利くさ!」

 

 「……もう、しょうがないなぁ。えっと……そういうことなので、今から『冒険者カード』を作りに行くに行こうと思うんだけど…………」

 

 

 「■■■!」(コクッ)

 

 

 私達の提案を受け入れてくれたように頷いた彼とともに、私達はもう辺りが真っ暗で、まだお店の灯りがついているところがチラホラとある里の商店街に向けて、私達一行は家を出発したのであった。

 

 

 

 

 



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第9話

 

 

 

 

 「我が名はぺぷちど!『アークウィザード』にして、上級魔法を操るもの!紅魔族随一の旅先案内人にして、この里の外交的な雑務をこなすもの!いらっしゃい!族長、ゆんゆんにめぐみんも!おっ、彼が噂の大男かい?本当に噂通り、大きいねぇ〜!」

 

 

 「こんばんは、ぺぷちどさん。夜遅くにすみません!」

 

 「やぁ、ぺぷちど。悪いね、もう閉店の準備の最中だったろう?」

 

 

 「別に構わないよ。族長の頼みだ、とりあえず用件を聞こうじゃないか!」

 

 

 

 

 ぺふちどさんのお店は表向きは里の外交関係の窓口みたいなものだ。

 

 紅魔の里を訪れた旅行者に向けて、里で流行りのお土産やオススメ観光スポットへ行くための地図などの作成と配布と言った、観光案内を主に収入源にしている。

 

 

 それとは別に、里に何か依頼を持ち込まれたときには一旦私の父がその件を預かり、依頼内容が問題なければ、ぺぷちどさんのお店の掲示板に依頼書が貼られ、その依頼を里の誰かが受ける。

 

 

 彼のお店は、その中継点のような役割も持っているため、族長である父とは仲が良かった。

 

 

 

 

 

 そして、『冒険者カード』は本来ならば、『冒険者ギルド』という場所に置いてある魔道具を使わないと作ることが出来ない。

 

 カードを作成するためには、前払いでお金が必要なのだが、紅魔族は全員、ある程度の年齢になると学校に入ることになり、そこで生徒は出世払いという名目で『冒険者カード』を作ることになる。

 

 

 そのときの費用や、カードを作るための魔道具の管理も、外交的な問題から、このお店が全て管理しているのだ。

 

 

 私達は歓迎するよと笑顔のぺぷちどさんに、さっきの件についてお願いすると。

 

 

 「はぁー、なるほどね。そんな話を聞いたら、是非俺も知りたくなるってもんさ!……よし!ちょっと待っててくれ!」

 

 

 快く受け入れてくれ、一旦店の奥に入ると件(くだん)の魔道具を持ってきてくれた。

 

 

 「ほら!まずこのカードに自分の名前を書きな。それから自分の身長と体重なんかも書いて、この魔道具のここにカードを置くんだ。で、最後にこの丸い球の上に手を乗せりゃあ、いい。あとは勝手に魔道具がステータスを記入してくれるぜ!分かったか?」

 

 「■■■!」(コクッ)

 

 

 「よしよし、分かったみたいだな!あ、身長と体重に関して、もし憶えていないなら言ってくれよ?こっちで測る魔道具があるからな!」

 

 

 「■■!」(コクッ)

 

 

 『冒険者カード』を作成する手順の説明を真面目な顔?で聞いている大男を見て、これでまず彼の名前が分かるなと私は思った。

 

 彼が人間ならば、当然名前があるはずであり、いつまでも大男や怪物と呼ぶことは失礼だろう。

 

 

 「■■■■■!」(トントンッ)

 

 

 「ん?ああ、身長と体重の欄か。了解!ならこっちに来てくれ!」

 

 

 「■■!」(コクッ)

 

 

 「よし、その場から動くなよ?えっと……身長が約250cmで、体重が……300kgオーバー!?うわぁ、うちのこの魔道具じゃあ、これ以上は測れないぞ?……お前さん、本当に人間なのか??」

 

 

 「…………■■■」

 

 

 「ん?どうした?落ち込んで。ちょっと太っちまったか?大丈夫だよ!ここまでくれば誤差だよ、誤差!!」

 

 

 「………………」

 

 

 

 ……どうやら彼は、ぺぷちどさんと仲良くなったらしい。

 

 意外と社交的なのだろうか?

 

 こめっこちゃんとも、仲良さそうだったし。

 

 もしかしたら、私とも友達に…………

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思っている内にカードに記入を終えたのか、それをぺぷちどさんへと渡し、指示通り魔道具の丸い球の上に大男は手を置いた。

 

 

 

 『冒険者カード』にステータスが書き込まられる風景を見て、彼は驚いた顔をしていたが、私達は魔道具が作動したことにホッとしていた。

 

 

 これで彼が正真正銘の人間だと分かったのだ。

 

 

 肩の力を抜いた父と目が合い、お互いに良かった良かったと静かに頷きあう。

 

 

 

 

 記入が全て終わった『冒険者カード』をぺぷちどさんが魔道具から取り出して、名前の部分を確認してもらうと

 

 

 「…………なんじゃ、こりゃ?」

 

 「ん?どうしたんだ、ぺぷちど。何か問題があったか?」

 

 「いや、問題っつうか……名前の部分だけが変な文字になっているんだが」

 

 

 「「「はっ???」」」

 

 

 ぺぷちどさんからカードを受け取り、私達3人で確認すると

 

 『??? ?????』

 

 「「「何、これ??」」」

 

 

 全く見たこともない文字になっていた。

 

 ……これじゃあ彼の名前が分からないじゃない…………

 

 本当に、彼は何者なのだろうか?

 

 いきなり私の目の前に現れるわ、言葉は分かるのに話せないわ、挙げ句の果てに名前すら分からないなんて。

 

 何か事情があるのだろうか?

 

 

 「って、何ですかこのステータスやスキルは?!」

 

 「え!?ど、どうしたのめぐみん。いきなり大声出して」

 

 「いや、見てくださいよみんな!冒険者としてのレベルとステータス、それから持ってるスキルのところ!」

 

 

 めぐみんが指指す部分を見ると

 

 

 「うわ?!なんじゃこりゃ?!名前の部分ばかり意識が行ってたが、このステータスやべぇぞ!?」

 

 

 「本当だ!パワーとスピードが見たこともないくらい高い!知力は平均より少し高くて、幸運はそこそこ、魔力は最低レベルだが、それを補って余りあるくらい、パワーとスピードが突出しているじゃないか!これってベテランの冒険者でも、中々いないんじゃないか?!」

 

 

 

 「いや、それだけじゃないぜ!!<パッシブスキル>の欄を見てくれ!『怪力』や『物理耐性(特大)』、『魔法耐性(小)』に『自己回復(微)』とか、物理アタッカーとして優秀なものばかり持ってるぞ!それに何だ、この『魔獣化』ってスキル!!こんなスキル、見たことも聞いたこともないぞ!?」

 

 

 

 「……あれ?めぐみん、彼のカードに『敵感知』みたいなスキルが載ってないよ?というか、1個も<アクティブスキル>を持ってないわよ、彼!」

 

 

 

 「え???……ほ、本当です!じゃ、じゃあ彼は一体、どうやって探索隊を撒いていたのでしょうか?……私、非常に気になります!」

 

 

 

 

 

 

 「■■……■」

 

 

 私達が彼の『冒険者カード』を見てワイワイと騒いでいると、蚊帳の外に置かれた大男が困ったように声を上げた。

 

 

 「あ、ご、ごめんね?あなたも見たいよね、『冒険者カード』。ほら、みんな!彼にカードを渡してあげようよ!」

 

 「ちょっ!ちょっと待って下さい!!まだ、もう少しだけ、じっくりと見たいです!」

 

 「そうだぞ、ゆんゆん!こんな面白……もとい、不思議なことはない!見ろ!このレベルの低さで持っているステータスやスキルの多さは不自然だ!これは何か秘密が」

 

 

 「めぐみん?お父さん?」

 

 「「…………ハ、ハイ」」

 

 

 ……全く2人とも、もっと彼のことを考えてあげなきゃダメじゃない。

 

 ほら、こっちを寂しそうに彼が見ているじゃない。

 

 

 

 めぐみんと父から『冒険者カード』を預かり彼に渡してあげると、説明を受けずにカードを操作していた。

 

 

 ……『冒険者カード』は持っていなかったのに、使い方は分かるの?

 

 

 ますます私は、彼のことが分からなくなった。

 

 

 

 

 

 「……あのスキル欄に載っていた『怪力』や『自己回復』はかなりレアなスキルですが、それ以上にあのスキルは一体何なのでしょうか?」

 

 

 「さぁな?俺の店も『冒険者ギルド』の真似事を長いことしているが、あんなスキルは初めて見たぜ?」

 

 

 「もしかしたら、あのステータスの高さだけじゃなく、彼が言葉を話せないこととか、彼の身体が異常なほど筋肉が発達しているのは、そのスキルのせいなのかもしれないね……。スキル名からして、ちょっと嫌な予感がするし」

 

 

 「「「「………………」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 「■■■■■ーーー!!」

 

 

 「「「「ッ!?」」」」

 

 

 

 私達が大男の『冒険者カード』に書いてあったスキルについて話し合っていると、カードの操作が終わったのか彼が声をかけてきた。

 

 

 彼が見せてきたカードを見てみると、職業やスキルポイントを使った割り振りを決めていたみたいだ。

 

 彼の職業の欄には、さっきまで記されてなかった『バーサーカー』の文字が。

 

 

 「……まぁ、あのステータスやスキルなら、最初から上級職である『バーサーカー』が選べても不思議ではありませんね」

 

 「つってもよぉ、『バーサーカー』を選ぶなんてお前さんも変わり者だなぁ……」

 

 「…………■■■■」

 

 「あ、いや、馬鹿にしてるわけじゃないのよ?だから落ち込まないで!ね?」

 

 

 めぐみんとぺぷちどさんが言ったことにショックを受けたのか、ちょっと悲しそうな雰囲気が彼からしたので慰めてみる。

 

 

 さっきから彼を観察しているけど意外と感情豊かなのだろう。

 

 ……ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

 

 

 「いろいろ彼には聞いてみたいことはあるが、まず先に決めないといけないことがある」

 

 「……名前、だよね。お父さん」

 

 「あぁ、彼の本名が『冒険者カード』で分からない以上、とりあえず仮の名前を決めないと。いつまでも『彼』と呼ぶのは不便だからね。……すまないが、名前をここで決めていいかな?」

 

 

 

 「■■■!」(コクッ)

 

 

 彼の了解も得られたので、ここにいる私達で名前を決めることにした。

 

 

 彼の見た目からして、カッコいい名前がいいな……。

 

 カッコいい名前……カッコいい名前……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……『らんらん』」

 

 !?

 

 「め、めぐみん?そ、その名前は、いくらなんでもあんまりじゃ……」

 

 

 「お、いい名前じゃないか、めぐみん」

 

 「あぁ!筋肉美に溢れるお前さんにピッタリだぜ!」

 

 「えぇぇぇぇー!?」

 

 

 私がおかしいの!?私の感性がおかしいの!?

 

 

 

 

 バッと『らんらん』なんて名前をつけられそうになっている彼を見ると

 

 

 「…………■■■■■」

 

 

 誰が見ても分かるくらい、露骨に嫌がった顔をしていた。

 

 

 「ほ、ほら!彼も嫌がってるみたいだし、別の名前にしようよ!?ねっ!?」

 

 

 「そういうゆんゆんは、何か案はないんですか?文句だけなら誰でも言えますよ?」

 

 

 「え?私!?」

 

 

 めぐみんの質問にまだ彼の名前の案が出てこない私は、必死になって考えた。

 

 

 カッコいい名前……カッコいい名前……。

 

 あっ!

 

 

 

 

 「シンプルに、『バーサーカー』、とかどう!?ほら、彼って本名があるわけだし、あんまり変な名前はつけれないじゃない?それならいっそ、『バーサーカー』って職業は珍しいんだし、それを名前にしてみるとか!!」

 

 

 「おや、ゆんゆんにしては上出来な名前じゃないですか。何だか複数いる『バーサーカー』の職業を選んだ人の中でも唯一無二って感じがしますしね。この名前でどうです?」

 

 

 

 「…………■■■■■!」(コクッ)

 

 

 ちょっと悩んでいた気がするが、気に入ってくれたみたいで良かった。

 

 

 

 「よし決まりだ!それじゃあ大男くん。今日から君は、バーサーカーだ。よろしく。君は家がないからね、しばらくは私の家に泊まっていきなさい」

 

 

 「■■■■!」(コクッ)

 

 

 2人は握手を交わし、これからバーサーカーさんがどうするかはまた明日以降に話し合うことになった。

 

 

 

 ぺぷちどさんにお礼とお別れの挨拶をして、私達は今日はもうそれぞれの家に帰ることになった。

 

 

 私のベッドで寝ているこめっこちゃんを起こさないようにめぐみんが背中に背負って、彼女の家に帰るのを見送る。

 

 

 途中、こめっこちゃんが寝言で『かくれんぼ……楽しいね……』と言っているのを聞いて、まだ遊び足りないのかと、私とめぐみんは苦笑いした。

 

 

 手を振ってめぐみんを送った後、家の中に入り、お風呂を済ませた後。

 

 『今日はすまないがリビングに毛布を敷いて寝て欲しい』と頼んだ父に従い、いそいそと寝床を準備している彼に向けて

 

 

 「……おやすみ、バーサーカーさん」

 

 

 と一声かけてから、自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 ーーーこの数日は、いろんなことがあったなぁ…………

 

 

 ここしばらくのドタバタした、もう二度とこんな大変な目には遭いたくないと思いながら。

 

 

 けれど、どこか楽しかった日々を思い出して。

 

 

 明日からまた始まる、全く新しい日々が幸せでありますようにと、祈りながら、私はベッドに入って、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




 


 この作品のオリ主こと『バーサーカー』くんのセリフですが、割とフィーリングで会話シーンを決めております。


なので、セリフの中の「■■■!」みたいな■に入る文字が何かとか、そんな細かくは決めてないので、皆さんも勘でどんなことを言っているのか、想像しながら読んで頂けると助かります。

それでは、長文失礼します。



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始まり[裏]
第1話


オリ主「待たせたな!」


 

 

 

 アクア様に異世界に飛ばされて最初に見たものは、とても可愛いらしい少女だった。

 

 

 

 その少女は黒髪で一見素朴な見た目をしているが、よく見ると『癒し系』と呼ばれる顔付きで、全体的にスラリと整った体型をしている。

 

 おまけに発育も良い。

 

 随分と小柄に見えるが、それは女神様に聞いていた通り俺の身長が高くなっただけで、見た目通りの年齢なら標準的な身長だろう。

 

 

 間違いなく美少女に分類されるだろう容姿をしていた。

 

 

 

 

 そんな目の前にいる少女は、何やら目を閉じて、

 

 「こんなことしてちゃ、ダメだよね……。よし!明日こそ、明日こそ頑張る!!私は明日こそは頑張るんだ!」

 

 と独り言を言っている。

 

 

 

 

 その少女の他に俺が首だけ動かして見た光景は、木で囲まれた中にぽつんと空いた空間が広がっていて。

 

 俺を囲うようにして、ファンタジーでお馴染みの『魔法陣』らしきものが描かれており。

 

 そして、少女の他には誰もいなかった。

 

 

 

 ……異世界に転送された場所が林?森?の中で、異世界人とのファースト・コンタクトが、こんな場所でひとりぼっちで独り言を喋っている少女とは、女神様は一体何を考えているのだろうか?

 

 

 

 そりゃあ、女神様に「なるべく人のいない場所に転送してください」とは言ったけど、この状況は意味不明すぎる……

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、彼女は

 

 

 「明日、もう一度めぐみんに会いに行って……また勝負を挑んでみよう……」

 

 「何だか、最近はずっと避けられている気がするけど……。気のせい、だよ……ね?…………うん!絶対そうだわ!!」

 

 「だ、だって!めぐみんが、私のことを嫌うなんて、あるはず……ないし……」

 

 「……うん…………明日には、きっと、前みたいに……うん。頑張るぞっ、私!!」

 

 

 

 と未だに意味不明の独り言を、ボソボソと口から漏らしていた。

 

 

 

 

 

 やがて少女は自分の思いに折り合いがついたのか、しきりに頷いて満足したし、やっと顔を上げて目を開いてくれた。

 

 

 ……よし。ハッキリと言って延々と独り言を言っている姿は少し怖かったけど、なんだか人の良さそうな雰囲気ももっているし、試しにコミュニケーションを取ってみよう。

 

 

 

 『こんにちは、はじめまして。ちょっと邪魔して悪いのだけど、ここは一体何処ですか?』

 

 

 

 そう社交的な感じで少女に質問しようとして、

 

 

 

 「お、おおお、落ち着くのよ、私!れ、冷静になって考えるの!だ、だって召喚魔法は完成させてないんだから、いきなり何かが出てくるなんてありえないわ!!……そ、そうよ、これは幻覚!と、ととと友達が欲しくて欲しくてたまらなかったからって、げ、幻覚を見るなんて、私ったら、もう!」

 

 

 

 

 ……何故か目の前の彼女は、顔をゆっくりと上げて俺と目線があった瞬間に、いきなり錯乱し始めた。

 

 

 

 少女の体がしきりに痙攣を起こしたように震え始め、目線があちこちに泳いでいる。

 

 

 片手でほっぺたを力強くつねっている姿が、まるで『ここは現実じゃない、悪い夢なら覚めてくれ!』と言わんばかりだった。

 

 

 

 ……この子、ちょっとヤバい子なのだろうか?

 

 

 とりあえず、あまりにも恐怖を露わにした彼女を落ち着かせようと慌てて声を掛けようとして。

 

 

 

 「■■■■■ーーー!!」

 

 

 

 まるで雷鳴が轟くかの様な、威圧感ある咆哮が自分の口から飛び出したことにまず驚き。

 

 

 

 そして、彼女がほっぺたをつねった格好で立ったまま白目を剥いて気絶していることにさらに驚いた。

 

 

 

 

 ……あの、女神様。確かに代償は凄いと聞いていたけれど、想像とちょっと違うんですが……

 

 

 

 

 

 今はもう会えない女神様に、何だかなぁ、とため息を吐きながら、俺は彼女が立っている地面を見て。

 

 

 

 ……とりあえず、この子を人がいる場所まで運ぶか。

 

 流石にこのままにしておく訳にはいかないしな……

 

 

 

 俺は自分で望んだ、しかし想像以上に筋肉質で色黒な体を眺めて、再度ため息を吐きながら、彼女を肩に担いで歩き始めた。

 

 

 「■■■……■■……」

 

 ……ちょっと……これは……うん、気にしない、気にしない……

 

 

 彼女を支えるために足を持っていた自分の片手に、若干生暖かい液体が触れた気がしたが、うん、これは汗だと思うことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズシンっ、ズシンっと地鳴りのような足音を立てて、俺は森の中を歩き進んでいく。

 

 

 とりあえず、具体的な目的地がない状況で、俺は何処かに川が流れていないか探し回っていた。

 

 川を発見し、あとはそれに沿って下っていけば、もしかしたら人が住んでいる場所の近くに出られるかもしれない。

 

 最悪、森の中で1日を過ごすとしても、水の確保は必須だ。

 

 

 異世界に転送されて早々に『脱水症状で死にました』なんて酷すぎるしな。

 

 

 

 そうしてあてもなく歩き回っていると、奇跡的に水が流れる音が聞こえてきた。

 

 

 「■■■■■……!」

 

 

 俺は肩に担いだ少女が落ちないように気を配りながら、音が流れる場所へと歩みを進める。

 

 

 

 

 無事に川に辿り着いた俺は、未だに気絶したままの彼女を寝かせても大丈夫そうな場所を探し、ちょうど草むらが生い茂っている場所へとゆっくり、慎重に肩から降ろした。

 

 

 

 ……ずっと彼女を担いで歩いていたのに全く疲れていない。

 

 前の世界から考えると、比べ物にならないくらいの体力の多さに改めて驚き、手を握ったり広げたりして感動を噛み締めようとして。

 

 

 ……手、洗うか…………

 

 

 自分の手の平がべっとりとしていることに気づき、若干げんなりした気持ちで川に近づき手を洗おうとして。

 

 

 ……そりゃあ、あの子も気絶するよな…………

 

 

 そう川に写った自分の顔を見て納得した。

 

 

 

 

 そこには巨人と見紛うほどの巨躯を持ち、肌は色黒で、体中の筋肉はまるでそれ自体が鎧であると言わんばかりなほどムキムキとしていて。

 

 一応人の原型を保ってはいるものの、明らかに顔付きが人間のものではないくらい、厳ついものだった。

 

 

 こんな姿をした奴が前の世界にいたら、誰だって即、警察に通報するだろう。

 

 俺だってそうする。

 

 

 俺は脳内で、この姿のままどうやって人と最低限のコミュニケーションが取ればいいのか考えたが、時間の無駄だなと切り捨てた。

 

 

 そもそも、他人とはもう関わりたくないと思ってたし、その考えがあったからこそ、あの時、数ある選択肢の中からこのスキルを選んだのだから。

 

 

 頭を振って気持ちを切り替え、俺は川に手を突っ込み、冷たい水の中で手を洗う。

 

 

 ……それにしてもこの川、水が凄く綺麗だな……

 

 

 試しに汚れていない方の手で川の水を掬いながら飲んでみると、蛇口の水道水のような鉄の味が全くしない。

 

 これがいわゆる『水本来の甘さ』と言うやつか。

 

 自然の水の味というものに、俺は感動していた。

 

 

 

 

 

 そのとき。

 

 

 

 

 

 

 ガサッ

 

 

 !?

 

 

 

 突然、川の対岸にある草むらから何か動いた音がした。

 

 

 ……そう言えば、あの女神様からこの世界にはモンスターと呼ばれる存在がいるのだとか聞いた。

 

 

 今までは運良く出会わなかっただけで、危険なモンスターがたくさんいる世界では人々は生き抜くだけでも厳しいのだと。

 

 

 

 ……危険は先に排除すべきだ。

 

 

 

 この世界に転送される前に選んだスキルとやらでどこまでやれるのか、試してやろう。

 

 

 「■■■■■■■■■■ーーー!!」

 

 そう思い、俺はすぐに立ち上がって、さっきまでは少女を担いでいたために出せなかった力を脚に込め、地面を蹴ってみると。

 

 

 

 

 

 たった一歩踏み出すだけで川の対岸まで届いてしまった。

 

 

 いや凄いな、これ。

 

 

 流石、女神様が強力と言うだけのことはあるな。

 

 

 

 俺は感心しつつ、そのままもう一回地面を蹴って、目の前の脅威になりそうなものを排除しようと、何かがいるであろう草むらに飛び込むと

 

 

 

 「あっ……うっ…………ひっ……」

 

 

 

 と怯える眼が紅く光っている少女と、彼女に口を塞がれている、同じように眼を紅く光らせた小さな幼女がいた。

 

 

 

 

 

 ……危なかった。あと少し気づくのが遅れたら、そのままこの子達を殴ってしまうところだった。

 

 

 

 

 

 ちょうどいい。この子達にさっきの子を任せよう。

 

 

 少しあの気絶した少女より見た目が幼いが、同い年くらいでこっちの方が顔付きはしっかりしてそうな雰囲気だし。

 

 

 恐らくここで遊んでいたのだろうから、もしかしたら人が住んでいる場所も近いはずだ。

 

 

 俺を見て静かに逃げようと思うくらいなのだから、やっぱり人がいるところにこの姿で近づかない方が良さそうだしな。

 

 

 

 

 

 「■■■……!」

 

 

 

 

 俺はそのまま彼女達に背中を向けて、彼女達を怖がらせないようにゆっくりと森の中へ歩き去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく森の中で食べ物を探しつつ、俺はさっきの川がある方向を見失わないように気をつけて歩いていた。

 

 かなり歩いたはずなのに、全く食べ物が見つからない。

 

 『脱水症状』の危機はさっきの川まで戻ればなんとかなるが、今度は『飢え死に』の危機だった。

 

 転送されて一日目なのに、生きることがハードすぎませんかね?アクア様……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか食べれそうな木の実を見つけ、腹ごしらえをすることが出来た俺は、今度は森で一夜を過ごす怖さというものを思い知っていた。

 

 

 『辺り一面が、真っ暗闇で覆われる』とはまさにこういうことなのか。

 

 こんなにも、月明かり以外何も見えないとは思わなかった。

 

 

 この身体になってから、音に敏感になったとはいえ、こんな真っ暗な場所では目に頼るのも限界があるし、出来ればモンスターに襲われるのは避けたい。

 

 

 もう野宿する場所も見当たらないし、森の中で生えている中でも高い木に登って、じっと唯一光り輝いている月を眺めながら、今日の出来事について振り返っていた。

 

 

 

 とりあえず、モンスターとの戦闘は何とかなることを確認出来ただけでも収穫だ。

 

 

 

 歩き回っている途中で遭遇した、熊みたいな姿をして、でも熊にしてはやたらと爪が長かったモンスターに襲われたとき、さっきは試せなかったパワーがどんなものか、俺が貰ったスキルはどれほどのものなのかと全力で戦った結果。

 

 

 「■■■■■■■■■■ーーー!!」

 

 「ギャッ!?」(グシャ)

 

 

 

 

 一発、頭を殴ったら即死した。

 

 戦闘時間、僅か3秒くらいの出来事である。

 

 

 

 

 攻撃される前に熊もどきの頭を殴って怯ませようとしただけなのに、モンスターの頭が、まるで『柘榴(ザクロ)を壁に向かって思いっきり投げました』みたいな惨状になった。

 

 

 あの熊もどき、見た目からして多分かなり強いモンスターだと思うんだがそれを一撃で倒せる。

 

 

 自分で望んだことながら、俺はこの過剰なほどのパワーに戦慄した。

 

 

 ……あの子達を殴らなくて、本当に良かった。

 

 

 さっきの熊もどきならまだしも、人の頭があんな風になる光景は見たくない。

 

 ましてや、相手が少女と幼女とか寝覚めが悪すぎる。

 

 

 ……あの子達は、無事にあの少女と一緒に住んでいた場所に帰ることが出来たのだろうか。

 

 

 ……今日の事がトラウマになっていなければいいが……

 

 

 ……いや、まずは自分の心配が先だな。ここが何処かも分からないし。

 

 

 

 「■■■……」

 

 

 

 異世界に来て新たな人生を送るつもりだったのにも関わらず、早くも前途多難な状況に、どうしたものかと思いながら、俺はただ夜が明けるのを待ちつつ、これからどう生きていくのかを考え続けたのであった。

 

 

 

 

 

 




というわけで、今回からオリ主である『バーサーカー』くん視点の物語が始まります。

基本的には章のメインは原作組のキャラクター視点で進み、[裏]ではオリ主がどんな風に過ごしていたのか、何を思っていたのかを描いていこうと思います。

なるべくグダグダにならない様に、書いていこうと思っているので、是非お付き合い下さい!


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第2話

 

 

 異世界に転送されて2日目の、お昼時?を少しだけ過ぎたであろう頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きしゃーっ!!」

 

 

 

 

 

 俺は小さな幼女に威嚇されていた。

 

 

 

 

 

 ……???

 

 

 何故こんな状況になったのか、自分でも全く理解出来ない。

 

 

 俺は頭の中を一度整理するために、今までのことを思い出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木の上で一夜を過ごすという、普通に生活していればまずありえない状況から今日一日がスタートした。

 

 

 流石に昨日は木の実と川の水のみで凌いだこともあって、お腹の中が空っぽだった俺は、朝日が登って明るくなり次第、また森の中を探索した。

 

 しかし、やはり中々食べても問題なさそうな食べ物は見つからず。

 

 

 それどころか、昨日の熊もどきの他にも、前の世界のゲームにいた『サラマンダー』みたいなモンスターに火を吹かれたり、オーク……うん、あのオークの集団に襲われたりと大変だった。

 

 

 特にオークについては……やめよう。思い出したくもない。

 

 

 きっと俺に『一撃でモンスターを倒せるからと言って、慢心してはいけない』のだと、あのオーク達は教えてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとう。次もまた出会ったら、必ずお前達を抹殺する。

 

 

 

 

 

 

 結局、朝から昼近くにかけて、食べ物を探して森の中を歩き回ったのに対し、得られたものは僅かな木の実や食べられそうなキノコが数個と、モンスターとの豊富な戦闘経験だけだった。

 

 

 ……そういえば、昨日の夜に一晩考えてみたのだが、この世界は前の世界の「よくあるファンタジー系のゲーム」と似た様なもので、モンスターを倒すと経験値が得られるとか女神様が言っていた気がしたが……

 

 

 どうやってレベルが上がったかどうかを確認するのだろうか?

 

 

 女神様に質問したときは、『ん?それは向こうの世界に行ったら分かるわ!今は心配しなくても大丈夫よっ!』と自信満々に言われたため、そういうものかとそのときは疑わなかったが、やり方が全然分からない……

 

 

 試しに昨日、『ステータス・オープン!』と口に出してみたが全く反応がなかった。

 

 

 それどころか、どれだけ言葉を話そうとしても口から出るのは咆哮と唸り声のみ。

 

 

 

 見た目の時点で人とのコミュニケーション難易度が高いだけでなく、言葉すら話せない。

 

 これでどうやってコミュニケーションを取ればいいのだろうか。

 

 

 相手の言葉を理解出来るのが唯一の救いだろう。

 

 

 だからどうしたと言う話だが。

 

 

 人がたくさんいる場所にはあんまり行きたくないとは思ったけど、まさかここまで会話が成立しなくなるレベルとは思わなかった。

 

 

 

 あの女神様が言っていた代償の一つとして、『相手と会話をするのが大変になる』と聞いたときは、引きこもっていた俺にとって、そもそも人と会話なんてしたくないし、する必要がなかったから、それくらいは大丈夫だろうと思ったのが失敗だったのだ。

 

 

 生きていく上で、他人とのコミュニケーションは不可欠。

 

 

 

 そんな当たり前の話すら分からなくなっていたとは。

 

 

 これじゃあ、昨日、この世界で初めて会った少女のことを笑えないな。

 

 

 

 俺は今更そんなことを考えても仕方ないなと思い、とりあえずもう真昼にであろう時間帯。

 

 

 とりあえず、昨日見つけた場所とは別の川を探すため、森の中を再び歩き、ついに別の新しい川を見つけた。

 

 

 ……この川沿いに沿って何処か人気のなく、食べ物も豊富にありそうな遠い場所に行こう。

 

 

 そう考えた俺は、長い遠征をすることになりそうなので、そのための準備を初めた。

 

 

 手に持っていた食糧を、そこら辺に生えていた大きな葉っぱと蔓を使ってコンパクトに包み、それをサイドバッグのように肩に掛けることが出来るように、別の蔓を何本か束ねて、一本の紐になる様に編んでいく。

 

 

 引きこもっていたときの有り余る時間を活用してインターネットから、いつ使うかわからないアウトドアの知識を学んだことが役に立つとは思わなかった。

 

 

 ちなみに、アウトドアの知識を勉強していた理由は、『世界が滅びたときでも1人で生きていける様にするため』という、もう人としてどうしようもないものなので、このことは墓場まで持って行くつもりだ。

 

 

 

 

 ……まぁ、もう他人とのコミュニケーションは絶望的だし、今更知られることもないから、関係ないか……

 

 

 

 そんなことを思いながら、川の近くにある木を1本引き抜いて椅子代わりとして木を横に倒し、そこに座ってしばらくサイドバッグ作りに励んでいると。

 

 

 

 川の対岸の方から、何か小さな足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 またモンスターでも来たのかと顔を上げ、もう近づいて襲ってきたときだけ迎撃すればいいやと思っていたので、俺は足音がする方に身体を向けて、しばらく音の正体が現れるのを待っていると

 

 

 

 

 「あっ!!昨日のでっけぇゴブリン!!」

 

 

 

 

 昨日、草むらにいた幼女が、草むらをかき分けて出てきた。

 

 俺を見つけた途端に小走りで近寄ってきながら、『見つけたっ!』と言わんばかりに指差してくる。

 

 

 

 

 ……というか、ゴブリンってこの世界にいるのか。

 

 まぁ、ファンタジーの定番だし、いるのだろう。

 

 ……というか、いきなりゴブリン呼ばわりは酷くないか?

 

 俺のイメージでゴブリンって雑魚モンスターなんだが……

 

 

 「■■■■■ーーーー!」

 

 「ッ!?」

 

 

 

 

 ついつい俺はその場から立ち上がり、「流石にゴブリン扱いはあんまりだ!」と返そうとして、それが威圧するような咆哮へと変わる。

 

 

 幼女の体が一瞬だけ、ビクッと跳ねた。

 

 

 

 ……しまった。これじゃあまた昨日の二の舞だ……

 

 

 せっかく気絶した少女を返品したのに、今度は幼女を運ぶことになるのか………

 

 

 俺は何だか面倒なことになりそうだ、と後悔していると。

 

 

 

 

 

 

 

 「きしゃーっ!!」

 

 

 

 何故か幼女が威嚇を始めた。

 

 

 ……えぇっと。

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 「■■■■■ーーーーーー!!」

 

 

 「きしゃーっ!!」

 

 

 「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーー!!」

 

 

 「きしゃーーーーっ!!」

 

 

 

 ……どうしよう。この子、全然怯まない。

 

 

 たかたが1日と少ししかこの身体との付き合いはないものの、自分の容姿の迫力が凄まじいことは自負していたし、実際に気絶した子もいたのに。

 

 

 一生懸命に両手を使って威嚇?のポーズを取る姿はただただ愛らしい感じで全く怖くない。

 

 

 ……もう放っておこう。

 

 

 これだけ度胸がある子だ、そのうちどっかに行くだろう。

 

 

 

 何故だか少し負けた気がしたが、気のせいということにした。

 

 

 俺がサイドバッグ作りを再開するために丸太に座り直した姿を見て、興味を失ったのが伝わったのか、威嚇した声を上げるのをやめた幼女が小走りに近寄ってきて

 

 

 

 

 何故だか俺の身体をよじ登り始めた。

 

 

 

 ……この幼女、凄すぎる。

 

 いくら俺が敵意がないからといって、言葉でそれを伝えたわけじゃないのに、この堂々とした態度。

 

 

 

 この子は将来、大物になるな。

 

 幼女の行く末が何となく見えた様な気がした。

 

 

 

 

 

 身長差のせいでずっと幼女が俺を見上げる形だったが、俺の肩までよじ登り、そこに座ることで幼女の目線の方が少し高くなったことにご満悦な顔をしているので、

 

 

 

 「■■■……?」(コテンッ)

 

 

 

 とりあえず、「何の様ですか?」みたいな感じで唸り声を上げると同時に顔を傾けてみた。

 

 

 これで、通じるといいが……

 

 

 「ゴブリンの人、ここで何してるの?」

 

 

 ……幼女ちゃん。だからゴブリン扱いはやめてください。

 

 

 

 

 「■■■■■」(フルフル)

 

 

 「?何?ゴブリンの人」

 

 

 「■■■■■■■」(フルフルフルフル)

 

 

 「??…………っ!あ、分かった!ゴブリンじゃないって言いたいの?」

 

 「!!■■■■■!」(コクコクッ)

 

 

 

 お、おぉっ!!通じた!コミュニケーションが取れたぞ!!

 

 

 

 何だ、一時はどうやって他人と最低限の意思疎通を取ろうか悩んでいたが、何とかなりそうではないか。

 

 

 ……問題は、まずコミュニケーションをスタートさせるところまで持って行けるかどうかだな……

 

 

 

 「じゃあ、ゴブリンじゃない人。ここで何してるの?」

 

 

 

 ……幼女よ。君の中ではその二択しかないのか?

 

 

 

 俺はその質問にどのように答えようかと少し悩んでいると

 

 

 

 「もしかして、しゃべれない?」

 

 

 「!?■■■■■!」(コクコクッ)

 

 

 幼女とは思えないほどの理解力から導き出された推理に、俺は激しく頷いた。

 

 

 「そっか。ん〜〜…………」

 

 

 俺の返事に何か悩み出した幼女は、しばらく俺の肩の上に座って腕を組み、何か思いついたのか、ピョンと肩から飛び降りて

 

 

 

   ○ | ✖️

 

 

 と地面に○✖️を書き、

 

 

 「私の質問を答えるときに使って!」

 

 

 そうニッコリと笑いながら俺に提案してきた。

 

 ……何だこの子、頭いいな……

 

 本当に見た目通りの幼女なのだろうか?

 

 

 俺は静かにこの幼女の頭の回転の速さに戦慄していると、その隙に幼女はまた俺の肩によじ登って座った。

 

 

 どうやらその位置が気に入ったらしい。

 

 

 「じゃあ質問ね!ここで何してるの?はっぱで遊んでるの?」

 

 

 「……■■」(✖️を指差す)

 

 

 「そうなの?じゃあ何してるの?」

 

 

 「■■■■■」(葉っぱを広げて、入っていた木の実やキノコを見せる)

 

 

 「…………じゅるっ」

 

 

 「!!■■■■■!!!」(必死に✖️を指差す)

 

 

 

 「けち」

 

 

 「ッ!?」

 

 

 いや、違うな。この子見た目通りの幼女だ。

 

 知らない人に食べ物を貰ってはいけないと習わなかったのだろうか?

 

 

 

 「じゃあいいや。なら次の質問!あなたは悪魔なの?」

 

 「…………■■■」(✖️を指差す)

 

 「そうなの?でもうちの姉ちゃんが、あなたのこと悪魔だって言ってたよ?」

 

 「……■■…………■」

 

 

 

 ……自分の見た目的に、否定しづらいな。

 

 

 恐らくあのとき、この幼女の口を手で塞いでいた子だろう。

 

 

 まぁ、かなり怖がってたし。俺の事を悪魔呼ばわりしても仕方ないと言えば仕方ない……か。

 

 

 「じゃあ、あなた魔王軍の人?」

 

 

 「■■■」(✖️を指差す)

 

 

 

 

 違うんだ幼女さん、俺は一応、勇者として呼ばれたんだ。

 

 

 

 

 

 「なら、あなたは人間?」

 

 

 「■■」(○を指差す)

 

 

 

 「そうなんだ。人間にはぜんぜん見えないね!」

 

 

 「…………■■■」

 

 

 なんとか俺のことを人間であると知ってもらえたので、友好の印にと幼女が乗っていない方の腕を上げて、握手をするため手を開いて待ってみる。

 

 んっ、と言いながら幼女は握手をしてくれた。

 

 

 

 

 「わたしの名前はこめっこだよ。よろしく。大男の人!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでね!なんか『魔王軍が攻めてきた!』って里のみんなが慌てててね!今日からこの森の中をみんなでたんさくするんだって!」

 

 「…………■■■」

 

 「『絶対に逃がさん!』って言ってたよ?大男の人どうするの?」

 

 「…………■■■■■■」

 

 

 俺の立場は想像以上にマズいことになっていたようだ。

 

 

 

 幼女ーーーこめっこと友好の握手をした後、彼女は俺にいろいろな話をしてくれた。

 

 

 彼女の家は貧乏だから、毎日とは言わないが日々の食事がかなり貧相なもので、お腹がいつも空いてるのだとか。

 

 

 そのため自分の食い扶持を得るために、里の人や里の外の人にお願いして分けてもらったり、森の中に入って食糧を確保したりしているんだとか。

 

 

 最近は里に割と近い場所だと、もうこの季節の食べ物は粗方取り尽くしたとか。

 

 

 ……どうりで森を歩きまわっても、食べ物が見つからないわけだ。

 

 

 というか、こめっこの持っていた地図を見せてもらったのだが、彼女が住んでいる里とこの場所の距離は、そこそこ離れていると思うのだが……。

 

 

 以前はもっと森の奥の方まで食べ物を取りに行っていたみたいだが、安全だと思っていた場所にも魔物が現れ、一度襲われてからそこに行くのは禁止になったのだとか。

 

 

 そんな彼女の逞しい武勇伝を一通り聞き終えて。

 

 

 今日もお腹が減ったから食べ物を調達に行こうとして、里の人たちが集まって話し合いをしていたこと、そして聞いた限り俺のことを討伐しようとしていることが分かった。

 

 

 

 

 ……おかしいな、確か女神様に魔王を討伐する勇者って名目でここに来たのに。

 

 

 いつの間にか俺が、魔王軍の関係者として討伐されそうになっていた。

 

 

 

 

 

 俺は人がほとんどいない田舎みたいな場所で、静かに安全に暮らしていければいいと思って、女神様の提案を受けたのに。

 

 

 そんなささやかな幸せな人生すらも、俺は掴むことが出来ないなか。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に落ち込んでいると、頭をペシペシと叩かれる。

 

 

 顔を上げると幼女が俺の顔を覗きこみながら

 

 

 「助けてあげようか?」

 

 「……!!■■■■■■!?」

 

 「うん、いいよ!」

 

 

 そんなことを優しく微笑みながら言うこめっこのことが、俺は天使に思えた。

 

 

 ……あぁ、こめっこ。君はなんていい子なのだろうか……

 

 

 随分と久しぶりに感じた純粋な優しさというものに涙が出そうになるのを我慢して、彼女を期待の目で見た。

 

 彼女はそんな俺にニヘっと可愛らしく笑い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だからご飯ちょうだい!!」

 

 

 「………………■■■■」

 

 

 「うむ。くるしゅうない」

 

 

 

 

 そう言ってこめっこは、木の実やキノコを要求してきたので、俺は彼女にみかじめ料を払い助けてもらうことになったのであった。

 

 

 

 



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第3話

 

 

 こめっこと『俺を助ける代わりに、彼女へご飯を提供する』という相互契約を結んだ俺は、彼女が残した地図を頼りに森の中で潜伏生活をすることになった。

 

 

 彼女と契約を結んだ後に、俺が集めた食糧と交換で地図を渡したあと、『今日はこの辺をたんさくするらしいから、近寄らないように!」とアドバイスをくれた。

 

 

 しかし、わざわざ『予備の地図上げる!』とこめっこは言っていたが、普通は地図なんて2枚も持って歩くだろうか。

 

 

 

 ……もしかして、最初から俺に渡すために?

 

 

 そもそも、いくらあの子が精神的に逞しいとはいえ、昨日一緒にいた彼女達も含めて、あんな怖がらせるようなことをした俺がいるのに、昨日の今日で森の中に入ってくること自体、おかしな話……

 

 

 ………………

 

 

 

 ……深く考えすぎ、か…………

 

 たまたま持っていたものをくれた。

 

 そう言うことにしよう。

 

 

 ……にしても、彼女はアドバイスが終わった後に、『日が暮れる前には家に帰らなきゃ!大男の人、明日も朝、ここに集合!』と言って、そのまま走り去って行ったが。

 

 

 ……あれが、『まるで台風みたいな子』という表現をされる子供なのだろうか。

 

 彼女は言葉が話せない俺に対して、『沈黙という時間を与える気はない!』とばかりにずっと何か話していた。

 

 こっちは頷くか、質問に指で○✖️を指すくらいしかしてないのに、よくあんなに話すことがあるものだ。

 

 おかげで、昨日森の中で一日中過ごしたときと比べても、彼女がいなくなっただけで、辺りの静けさが増した気がした。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ……もしかして、俺は今、『寂しい』と感じているのだろうか。

 

 

 前の世界にいた頃には、もう無くしてしまった感情だと思っていた。

 

 

 彼女と会う前までに、他人とのコミュニケーションが取れないことに悩んでいたのだって、別に誰かと仲良くなりたいとか、そういう理由ではなかったのだ。

 

 

 ただこの世界で生きていくために必要な、自分の利己的な目的を達成するために、仕方なく考えていただけで。

 

 

 

 もう他人のことで、一喜一憂するのは無駄なことなのだと、あれだけ痛い目に遭ったはずなのに。

 

 

 

 

 「■■■……」

 

 

 

 

 

 ……やめよう。考えるだけ時間の無駄だ。

 

 気分が悪くなる。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、今最優先に考えるべきものは俺の食糧だった。

 

 

 なけなしの『木の実とキノコ』が『地図』に変わったことについてだが、これは見方を変えれば非常に助かることである。

 

 

 何せ、地図にはこめっこ達がまだ食糧を探索していない場所も書かれており、今いる川を目印にすれば、確実に探索範囲が広がるのだ。

 

 そこに行けば、ここよりは沢山の食べ物にありつけるだろう。

 

 食糧を渡した分の利益が返ってくる期待値は、かなり高い。

 

 

 懸念はモンスターの襲撃だが、ここ周辺のモンスターと戦ってみた感じ、俺の強さは女神様に貰ったスキルの恩恵により敵無しと言ってもいいだろう。

 

 

 ただし、オーク。お前はダメだ、強い弱い以前にもう会いたくないモンスター筆頭だ。

 

 

 

 まぁ、会ったら先手必勝して殺すが。

 

 

 

 慢心する気はないが、身の危険についてはこめっこの言っていた『探索隊』だけだ。彼女の一方的な自己紹介を信じるなら、彼女は紅魔族と言われる人々らしく、なんでも魔法のエキスパートらしい。

 

 

 炎を吐くあのトカゲ以外はみんな物理攻撃しかしてこなかったし、トカゲについては最初の様子見以外は口を開こうとした瞬間に頭を潰しているので、魔法の怖さというのが今一きちんと実感が出来ないが、エキスパートと言うからには相当強いのだろう。

 

 

 接近戦ではかなり自信もついたが、大人数に遠距離から魔法で攻撃され続けたら、流石に動けずに負ける気がする。

 

 

 俺はこめっこのアドバイスに従い、探索隊とやらに鉢合わせないよう注意しながら、再び森の中を歩き回ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日、こめっこと待ち合わせをする場所の近くの木をいくつかまとめて地面から抜くことで、集合場所の目印にしてから、しばらく地図を見ながら森を歩いた結果。

 

 今までのことが嘘だったみたいに、沢山の食糧を手に入れた。

 

 

 ……地図を貰えて、本当によかった。

 

 

 森の中を闇雲に歩き回らずに済むことを考えると、昨日と比べてかなり効率的で有意義な1日だった。

 

 

 体力的には全く疲れないのだが、精神的な疲労はやはり溜まっていくので、やはり居場所が明確に知ることが出来るのはありがたい。

 

 

 もう日が暮れ始めたので、俺は昨日と同じように今いる周辺の高い木に登って夜を越すことにした。

 

 

 

 

 

 ……この身体になってからあまり気にならなかったが、今日で徹夜2日目だ。

 

 そろそろ目を閉じるだけの仮眠で済ませていると、森の中で無防備に意識を失うように眠ってしまうかもしれない。

 

 

 そうなったらいくら身体が前の世界と比べて頑丈そうになったとは言え、モンスターに襲われて死ぬだろう。

 

 

 そろそろきちんとした睡眠が取れる拠点が欲しいな。

 

 

 ……というか、実際問題として、俺の身体はどれほど頑丈なのだろうか。

 

 

 モンスターに遭遇する度に基本的にワンパンで倒せる上に、自分からモンスターの攻撃を受けるとか、そんな危険なことはしたくない。

 

 

 だが、自分の攻撃に対する耐久力も把握しておかないと、いざと言うときに困る気がする。

 

 

 そもそもの話、何故俺は異世界に来たときに、上半身が裸で、下半身が歴史の教科書に書いてあるギリシャ人が着ていた服?見たいな布をスカートを履いて、それをベルトで固定しているだけというような格好なのだろうか?

 

 

 一応勇者として呼んだのなら、それこそ勇者や騎士が来ている格好いい鎧とかにしてくれればよかったのに。

 

 

 ……もしかして、女神様流の気の利かせ方なのだろうか。

 

 

 『魔獣化』なんてスキルを好き好んで選ぶ変わり者には、獣らしく服は要らないと?

 

 

 ……今度もし会うことになったら、絶対文句を言おう。

 

 

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、明日のこめっことの待ち合わせ時間に遅れないように、今はしっかりと休むことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう!大男の人!ごはんちょうだい!」

 

 

 「■■■■■■……」

 

 

 「ありがとう!!」

 

 

 次の日、集合する正確な時間を朝ということ以外決めてなんかいなかったため、早めに昨日の川の集合場所で待機していた俺の側まで走り寄ってきたこめっこが、挨拶しながらご飯を要求してくる。

 

 もしゃもしゃと俺が渡した食糧を朝ごはんとして食べている姿を見て、昨日はあまり興味がなかったため少し聞き流していたが、彼女の家はどれほど貧乏なのだろうか。

 

 彼女と契約した以上、流石に同じものばかり渡すのもどうかと思うし、俺も昨日で木の実とキノコを採取出来る穴場を見つけたため、そろそろ新規開拓したいところだ。

 

 

 とは言え、俺がこの森の中で食べることの出来ると知っている物はかなり限定されている。

 

 

 こめっこがご飯を食べている間は暇なので、俺は何か新しい食糧となる物はないかと考えてみたが……。

 

 

 まず、モンスターや動物を殴り殺し、肉を手に入れたとしても、それを焼く為の手段がない。

 

 そもそも動物の体から肉を解体するやり方なんて知らない。

 

 流石に殺したばかりの、それこそ新鮮な血が滴る生肉を齧りつくのだけは、ごめん被りたかった。

 

 まだそこまで人間を捨てていない。

 

 

 

 また、川魚を捕まえて、生肉よりはマシだろうと踊り食いを決意したのに、全く魚を捕まえることが出来ない。

 

 

 俺が動く度になる地響きのせいで魚が逃げていくのだ。

 

 

 木の実やキノコだって、前の世界と品種や特性、毒の見分け方だって変わっている可能性がある状況で、『少し齧っては様子を見る』を繰り返し、食べても身体が全く痺れたりしないようなものを、一から覚えていったのだ。

 

 

 「…………■■■」

 

 

 そんなことを考えて、拠点の問題といい、食糧の問題といい、異世界生活3日目も、相変わらず前途多難だな、と俺はつい苦笑いをしてしまった。

 

 

 

 

 「ごちそうさま!!」

 

 「■■■■■■」

 

 

 朝食を食べ終わったこめっこに『お粗末さま』と返しながら、今日の予定はどうするのか彼女が話すのを待ってみる。

 

 

 すると彼女は

 

 

 「今日はひみつきちを作ります!さぁ、しゅっぱーつっ!」

 

 

 彼女は俺に屈めと指示を出してきたので、仕方ないなとそれに従い彼女を肩に乗せて、頭をペンペンと叩きながらそんなことを言ってくる。

 

 ……肩に乗るのはもう許すから、足をブラブラと揺らすのはやめなさい。

 

 

 「■■■■■■!」

 

 「ん?あっちだよ、あっち!」(ペシペシ)

 

 「…………■■■」

 

 

 駄目元で注意してみても、流石に俺の言いたいことが伝わらなかったのか、再度指示を出すこめっこを見て、『まぁ、今更もういいか』と思い、彼女の案内に俺はもう黙って従い、移動することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでねー、みんなが立ててた作戦を聞いて思ったの!確かにこーりつ的だけど、それってつまり、一度探した場所はもう探さないんだって!なら、先にみんながたんさくした場所に隠れたら、絶対バレないって!」

 

 「■■■■■…………」

 

 

 こめっこが俺を助ける為に立ててくれたのだろう、嬉しそうに『聞いて聞いて!』と俺の頭をペシペシと何度も叩きながら、彼女が考えた計画を俺は歩きながら聞いて戦慄していた。

 

 

 なんと彼女は、自分の父親が探索隊にいることから、彼らが立てた作戦がいつでも聞けることを逆手に取ってスパイ活動していたらしい。

 

 

 こんな幼女が、しかも実の娘がまさか裏切り者とは思わなかったのであろう、彼女の父親は割と何でもペラペラと喋ってくれたらしい。

 

 

 その内容を聞いて、だったら作戦の裏を突けば大丈夫だと。

 

 

 そう当たり前の様に言ってくる彼女に、何回目になるのであろう驚愕と畏怖を覚えた。

 

 

 将来的に大物になるなんて、とんでもない。

 

 

 

 既に、この子は大物だったのだ。

 

 

 

 しかも、毎日作戦がどうなっているか聞くことが出来るため、作戦を変更されてもすぐにカバー出来ると言う。

 

 

 凄い。本当に凄い。

 

 

 これからは彼女のことを、こめっこさんと呼ぼう。

 

 

 

 

 

 「着いたっ!今日からここを、私達のひみつきちとする!」

 

 「■■■■■」

 

 

 そうして、探索隊の網をすり抜けるように彼女の案内で辿り着いた場所は、地図で確認したところ、俺が最初に発見した川の、おそらく上流付近の斜面にある小さな洞窟だった。

 

 

 川が近くにあるため、水の心配をする必要がなく、洞窟の中はずっと一本道になっているため、洞窟内で迷って困るなんてこともない。

 

 一本道の先、一番奥は少し空間が広いのも拠点として申し分ない。

 

 洞窟につい最近来た探索隊の人たちの足跡がまだ残っていることから、少し湿気ているのが分かる。

 

 

 身を隠すには素晴らしい場所だった。

 

 

 

 ……どうして、こめっこさんはこんな場所を知っているのだろうか?

 

 自分の父親から聞いたとか?

 

 だが、洞窟の場所を聞いただけなら、地図を見ないと案内は出来ないはず……

 

 そんな疑問が頭に浮かぶが、俺からそのことについての質問が出来ない以上、この件についてはとりあえず放置することに決めた。

 

 

 

 「明日からはここで、かくれんぼだね!」

 

 

 ただ。

 

 そう言って、無邪気に俺に笑いかけてくるこめっこさんを見て。

 

 

 この子は、もしかしたら。

 

 

 ……ただ、誰かと一緒に遊びたいだけなのかも知れないな。

 

 

 と、俺はほんの少しだけそう思ったのであった。

 

 

 



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第4話

 

 

 こめっこさんが、今日もまた日が暮れる前に帰らなきゃと言うので、最初に会った川の場所まで俺は送り届けることにした。

 

 

 この洞窟から、彼女の住む『紅魔の里』まで距離もある上に、モンスターに襲われたら、こめっこさんだけでは危険だと判断したからだ。

 

 

 ……この子は、俺が助かるために立てたあの計画を思いつくほどに聡明なのに、何故か無駄に好戦的だからな……

 

 

 洞窟までの案内をしている途中でモンスターに襲われたときも、俺の肩の上から『きしゃーっ!!』と威嚇するため、彼女を護りながら戦うのに苦労した。

 

 

 一時は熊もどきの群れと遭遇して、次々と襲いかかってくるモンスター相手に文字通り『千切っては投げ、千切っては投げ』を繰り返すハメになったし、何発かこめっこさんを庇って攻撃されてしまった。

 

 

 まぁ、おかげで俺の身体は見た目以上に頑丈だということが分かったし結果オーライであったが。

 

 

 

 まさか、熊もどきのあの鋭い爪で攻撃されて、傷一つないとは。

 

 確かにこれだけ身体が頑丈なら、鎧は必要なさそうである。

 

 寧ろ、鎧を着て戦う方が、身体を自由に動かし辛くなりそうな気がするし、もう上半身は裸で戦う方が楽そうだと思った。

 

 

 これで注意すべきは、まだ体験してない『魔法による攻撃』のみだ。

 

 

 

 ……あの女神様、まさか、これを見越していたからこそ、俺をこんな服装にして、この世界に転送したのか。

 

 

 ……もしかしたら、俺をこんな辺鄙な森の中へ、しかも独り言をブツブツと呟く少女の目の前にわざわざ転送したのも、何か理由があるのかもしれない。

 

 

 ここ最近の徹夜で疲れていたためか、段々と俺は『実はあの人、偉そうに女神ヅラしておいて、何も考えていないだけのバカなんじゃないか?』と思い始めていたが、気のせいだったみたいだ。

 

 

 疑って悪かった、女神様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えながら、俺は太い首に跨がり肩車された彼女の太ももを、しっかりと両手で落ちないように掴みながら走る。

 

 景色が目まぐるしく変わっていくほどの速さに興奮したのか『きゃーっ!!すごい、すごい!』みたいなことを何度も繰り返し叫んでいた姿は、まさに年相応な子どもだった。

 

 

 

 

 

 そうして彼女を送り届け、『明日は直接洞窟に行く!』と約束したが、もしも何かあってはいけないと、俺は念のため送り届けた場所近くまでは迎えに来ようと決めた。

 

 

 

 そうして、彼女が手を振って帰っていくのを見守り別れた後、再び洞窟に戻って来た俺は、ここを更に拠点らしくするための準備を始めることにした。

 

 

 

 改めて洞窟の奥にある広い空間を探索してみると、全体的に自然に出来たものにしては空間が綺麗な円柱の形をした場所で、所々が風化してはいたが、大部分の壁が、まるで何かヤスリか何かで削られたのかと言えるくらい凹凸が少ない気がする。

 

 

 目立つものがあるとすれば、壁に小さな、しかし横長の長方形の形をした窪みが一つだけ。

 

 

 

 ……もしかして昔、誰かがこの洞窟を人工的に作ったのだろうか?

 

 

 そんなことを一瞬考えたが、こめっこさんはそんな事を一言も口にはしていない。

 

 

 結局、この場で考えても仕方ないと思い、俺はちょうどいい、とその壁の窪みに寝床を作るために集めた乾いた葉っぱを置いて、その上に持ってきた食糧を置く。

 

 地面に直に食糧を置くよりは、まだ衛生的なはずだ。

 

 

 ……まぁ、気分の問題ではあるが。

 

 

 後は、地面に寝たときに身体を痛めないように、大量の葉っぱを敷き詰めるようにして、簡易ベッドの完成だ。

 

 

 今まで木の上で夜を越していたことを考えれば、寝ている間にモンスターに襲われる心配が減っただけでも、寝床としてはとても快適で。

 

 

 2日も徹夜した俺は、ベッドに横になって目を閉じ、そのまま泥の様に眠ったのだった。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 異世界生活4日目にして、ようやく拠点を手に入れた俺は朝日が本格的に登り始める前の、まだ少し薄暗さが残っている時間に起床し、川の水で身体を洗い、朝ごはんを食べる。

 

 

 今日の最初の予定は、まだ紅魔族の人達が森の調査を始める時間の前に、洞窟内にある食糧の備蓄を増やす為、まだ俺が行っていない場所を探索することだ。

 

 

 朝方にいろいろな場所に俺が行き、そこで動き回ることによって何かしらの『俺がその周辺にいたという痕跡』を残せば、探索隊を撹乱出来るかもしれない。

 

 

 探索が始まる時間帯とその場所が分かっているからこそ出来る作戦でもある。

 

 

 これを考えたのはもちろん、天才幼女のこめっこさんである。

 

 

 こめっこさん、流石です。

 

 もう貴方に足を向けて寝られません。

 

 地図を頼りに森の中を探索して、俺とこめっこさんのご飯である木の実やキノコを手に入れるだけ。

 

 昨日までと何も変わらない。

 

 

 このときの俺は、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、何の前触れもく突然現れた。

 

 

 パキィ、パキィ、とまるでガラスが割れるときみたいな軽い音が聞こえ、それが草木が一面に広がる地面の上に出来る氷の音だと気づく頃には、その音を立てていた正体が見えた。

 

 

 透き通った銀色の毛並みに、白い角みたいな物が生えている頭と俺の身体とほぼ同じくらいの体を持つ巨大な狼が2匹、白く輝く息を吐き出しながら、こちらへと歩み寄ってくる。

 

 

 その足取りは、明らかに俺のことを警戒しているのか、ゆっくりと、着実に俺との間合いを測っている感じがした。

 

 

 

 

 ……うん、ちょっと待て。

 

 昨日までは、こんな明らかに強そうなモンスターは森の中にはいなかった筈だ。

 

 

 というか、足元の氷といい、口から出ている白い息が少し反射してキラキラと光っていることといい、明らかに前の世界では物理的にありえない現象だ。

 

 

 前に遭遇した『サラマンダー』みたいなタイプだとは思うんだが、明らかにこちらの方が強そうである。

 

 油断したら確実に殺される。

 

 そんな、明らかに命の危険な状況に出くわした俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かつてないほどの、高揚感を得ていた。

 

 

 戦ってみたい。

 

 

 この2匹の巨大な狼と、全力で戦ってみたい。

 

 

 そんな気持ちが、何処からか沸々と湧き上がってくる。

 

 

 「■■」(ニィッ)

 

 

 自然と持ち上がる口端が、好戦的な笑みを形作られていくのを感じたのか、まるで氷を連想させる蒼く光輝く瞳が、徐々に真っ赤に輝き始める。

 

 獣らしく目を血走らせながら、俺のことを睨み付け始め。

 

 

 そして、まだ朝日が雲から差し込み始めた頃。

 

 

 

 

 「■■■■■ーーー!!」

 「「ガルルルルルッッ!ガアアアッッッッ!!」」

 

 

 同時に空へと獣の如く響く咆哮を上げながら、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 「■■!」

 

 今までは、どこか心の中でブレーキをかけていたのだろう、これまでとは比べ物にならないくらいの速度で、俺と近くにいたモンスターの方へ一瞬で肉薄し、小手調の、それでいて渾身の一撃を込めて殴りかかってみた。

 

 

 「ガウッッ!?ガアアアッ!!」

 

 

 銀狼の顔面に確かに拳が直撃したのだが、どこか硬い手応えを感じたことから、今までの雑魚とは違うとより確信する。

 

 

 当たった感触からして、単純に皮膚が硬いのもあるだろうが、拳が直撃する瞬間に顔に白い霧みたいな物が現れ、当たった瞬間に氷の破片が宙を舞ったことから、もしかしたら氷の膜を張ったと思われる。

 

 

 なるほど、これが魔法か。

 

 

 その魔法の効果もさることながら、俺の全力の攻撃に対応出来たことに対して、ますますこいつらと戦うことが楽しくなってきた。

 

 

 

 「ガウッ!!」

 

 

 

 今度は、『お返しだ』と言わんばかりに吠え、そして噛み付いて来ようとしたもう1匹の狼に対して、俺は回避ではなく迎撃した。

 

 「■■■!」

 

 「ギャウッ!?」

 「ガフッ!!」

 

 俺はさっき殴った狼が衝撃で一瞬怯んだ隙に首に腕を回して締め上げながら、それを基点に身体を捻り、牙を剥き出しにして突っ込んでくる狼に裏拳を叩きこんだ。

 

 

 こんな動き、前の世界では一度もやったことないのに、身体が自然と動く。

 

 まるで、外付けで『どう立ち回って戦えばいいのか』知らぬ間に学習させられていた感覚だ。

 

 

 普段ならこんなこと、恐怖しか感じない筈なのに、寧ろどんどんと興奮してくる。

 

 

 

 そんなことを考えながら、裏拳を叩き込まれた狼の方を見ると、拳を振り抜いた方へぶっ飛んで行き、しかし転がりながら衝撃を受け流したのか、はたまた狼の皮膚が想像以上に堅いのか、すぐに立ち上がって突撃してくる。

 

 おそらく、今首を締め上げている仲間を助けるためだろう、動きに迷いが全くなかった。

 

 

 

 

 「ガウッッッッ!!」

 「ッ!?■■■■■ーーーッ!!」

 

 

 すると、吹き飛ばした狼が仲間を助けるために突撃してきたタイミングとほぼ同時に、首を絞め上げている腕と脇、それから横腹が突如として氷結した。

 

 

 冷たいを通り越して焼ける様な痛みについ手を緩めた瞬間に凍りついた腕に噛み付いてきた。

 

 

 昨日、物理攻撃は効かないとか高を括っていたツケが、噛みつかれた腕から血として流れ出る。

 

 しかも、噛み付いた場所が徐々に凍りついていくのを見て、戦慄した。

 

 このままじゃあ、腕が壊死してしまう。

 

 

 「■■■■■!」

 

 「ギャッッ?!ギャウッッ!?」

 

 

 そう判断した俺は、噛み付いている狼の目を噛まれていない方の腕を振り上げ、ピースサインをしながら狼の両目を潰した。

 

 

 そして噛む力が緩んだの瞬間にその狼の喉を掴み、突撃してくるもう1匹の狼の顔面に喉を掴んだ狼の角の周辺を目掛けて。

 

 

 「「ギャッッ!?ギャ、ギャウウッッ…………」」

 

 

 お互いの角がお互いの脳天に突き刺さる様に、勢いよくぶつけた。

 

 

 さっきみたいに魔法で幕を張るタイミングも、攻撃のカウンターをした故にある筈もなく。

 

 銀狼の硬い皮膚もお互いの角のかなり先端が尖っていることから、もしかしたら貫通するのではと頭で考えたわけではなく、正しく本能に従って行動した結果上手くいっただけである。

 

 

 「■■■■■ーーー!!!!」

 

 

 

 ようやく終わった死闘への喜びから、俺は全力で空に向かって勝利の雄叫びを放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何故、あんなことになったのだろうか。

 

 

 勝利への余韻を噛み締め、そしてゆっくりと冷静になって自分の行動を振り返って考えてみる。

 

 

 あんな一歩間違えば死ぬなんて状況で、戦わなければならない様な理由がある訳でもないのに、自ら首を突っ込んで行くなんて。

 

 

 これが、アクア様の言っていた『魔獣化』の代償というやつなのだろう。

 

 

 ふっ、と俺は4日前の、この世界に来る前にあの女神様が言っていた内容を思い出した。

 

 

 

ーーー

 

 

 「『魔獣化』って言うのはね、あなたの世界のゲームで言うところの『祝福(ギフト)』ってやつに近いわ」

 

 「ほら、あんたの世界にも居たでしょう?小さい子どもの頃から何かきっかけや理由もなく、なのに『誰にも真似出来ない、素晴らしい才能』を発揮する人が」

 

 「女神として言わせてもらうと、あなた達の魂は常に輪廻転生してるのね?で、前世の記憶があるって言う人の本物は、確かにあるのよ、"記憶"がね」

 

 

 「でもそれは、あなた達の脳の中にある"記憶"と言うよりは、前世で魂に刻まれた"記録"って言った方がいいかしら?」

 

 「例え身に覚えがないことでも、魂が"記録"している内容が誰にも少なからずあって」

 

 「それが偶然、はっきりと"記録"を引き出せるからこそ、そう言う人達は活躍出来るの」

 

 「要するに、チートってやつねっ!!」

 

 「え?それと『魔獣化』のスキルと何の関係があるのか?1人で盛り上がってないで説明しろ、駄女神??全く、この女神様たる私に何て言い草なのかしら!?謝って!私のことを駄女神なんて呼んだことを、早く謝って!!」

 

 

 「……よろしい。寛大で優しい私は、貴方のことを許してあげましょう。で、何だったかしら?あぁっ、そうそう!『魔獣化』の話だったわね?」

 

 

 「つまり、何が言いたいかって言うと、その『魔獣化』のスキルを選んだ瞬間に、貴方の魂に「魔獣」の要素が混じるのよ」

 

 「え?ますます分からない?えっと、つまりね?貴方は貴方としての魂をベースに「魔獣」の魂が混ざって、貴方が「魔獣」っぽくなるわ!」

 

 「具体的に言うと、今のあなたから考えられない程の運動能力や動物特有の硬い皮膚とか、そういう特性がそのスキルから貴方が得るものなのよ。ほら、貴方の世界の動物ってさ、人間にはないいろんな凄い能力を持ってるでしょう?

 

 

 「代償としては、魂に「魔獣」の要素が混じるから、貴方が魔獣っぽくなるわ。戦うことに『血湧き肉躍る』みたいな好戦的な性格になるとか、そんな感じ!」

 

 「え?まぁ、確かに。そんな感じだと危ない人みたいよね。それに、意識疎通だって上手くいかなくなるかもしれないし」

 

 

 「でも、スキルの強さは折り紙付きよ?特に"獣"の要素を取り込むから、特に物理的な攻撃なんかは超強くなるわ!」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 ……うん、『何が好戦的な性格になるかも』とか、『獣っぽくなる』だ。

 

 

 さっきのあれは、完全に『理性を失った獣』ではないか。

 

 

 ……よし、しばらくはやっぱり、あの洞窟で大人しくしよう。

 

 今後のことは、後の自分が考えるさ……

 

 

 そう現実逃避しながら、そろそろ日が昇り、紅魔族の探索隊が本格的に活動し始める時間となるため、俺はその場をすぐに走り去ったのだった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 ………………

 

 「……フム。これはこれは……。また厄介な……。まぁ、よろしい。今はこれを"回収"して、死骸を破棄することにしましょうか……」

 

 

 「……えぇ、えぇ。また何処かでお会いしましょうか、『ケダモノ』よ」

 

 「ふふっ、ふはは、あはははははハハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 

 



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第5話

 

 

 食糧の調達に行った筈が、巨大な銀狼2匹と死闘を繰り広げ。

 

 そこで負った傷を庇いながら、俺は拠点である洞窟まで帰ってきていた。

 

 帰り道の途中で、噛まれた腕と凍りついた脇腹に出来た怪我の痛みが徐々に、本当に徐々にだが、痛みが少しずつ減っていった気がする。

 

 

 噛まれた腕に出来た咬み傷は、あの銀狼の魔法によって噛まれた場所が凍りついたこともあって、焼ける様な痛みはまだするが、それが咬み傷から流れ出る出血を抑えてくれていたのもあり、見た目ほどの大怪我ではなかったのは不幸中の幸いだった。

 

 それでも、この短時間で、普通なら痛みが引いていく筈がない。

 

 こんなに早く傷ついた身体が治っていくことに、俺の身体は『本当にどうなってしまったんだろうか』と苦笑した。

 

 

 あの女神様の言う通りならば、この異常な怪我の回復速度も『魔獣化』のスキルによる恩恵なのだろうか……。

 

 

 ……このスキルの恩恵で生き延びられたことを考えると、今さら疑問を持っても仕方ない、か。

 

 

 アクア様曰く、「『魔獣化』は俺の魂をベースとして混ざることによって恩恵を得る」って言っていた上に、きちんと「スキルを選んだ後は、もう変更は出来ない」ともハッキリと言っていた。

 

 

 

 よくよく考えると、その説明の仕方は、最早『祝福』ではなく『呪い』の類に近いだろうと、今なら思うのだが。

 

 

 異世界という未知の場所で暮らすとして、もし俺が『伝説級の装備』を選んだとしても、その武器を奪われたら無力化されるし、最悪貰った武器が俺には扱いきれない代物ならば、完全に無駄になるし。

 

 

 何より、『伝説級の武器』や『唯一無二のスキル』みたいな『何かに頼ることで強くなる』という内容のものより、『自分の身体を最大の武器にして強くなれる』という内容が気に入ってこの『魔獣化』のスキルを選んだのだから。

 

 

 こうなった以上、俺はただこのスキルの『恩恵』を全て受け入れるしかない。

 

 

 ……それに『新しい世界』で『新しい人生』を送れるチャンスを女神様から貰ったのに、『前のどうしようもなく弱い自分』のままではいたくなかったのだ。

 

 

 『自分を変えられるチャンス』という名の『糸』が与えられたのだ、そうしたらもう、あとはそれを掴むしかないだろう。

 

 

 

 

 ……よし、決めた。

 

 これから先は、無闇にモンスターへ向かって、俺からは襲い掛からないように注意して行こう。

 

 普段から獣の様にモンスターを倒していると、その内、身も心もかなり早い段階で『獣』なりそうだ。

 

 この世界で新しく『俺』の人生を生きるために、俺は常に理性を保つよう、普段からいつでもすぐ冷静になれる訓練を、毎日する必要性を感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「??大男の人、さっきから目を閉じて何やってるの?」

 

 「………………」

 

 瞑想中です。邪魔をしないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界生活6日目、腕と脇腹に出来た傷が完治した俺は、ここ最近の日課となりつつある、『こめっこさんを洞窟への送り迎えをする』ことと『ご飯を献上する』こと以外は、この洞窟で基本的に大人しく過ごしていた。

 

 

 朝日が昇る前に外に出て、食糧の備蓄を増やしながら、出来るだけこの洞窟から離れた場所に痕跡を残す。

 

 最近では木を何本か引き抜いてその場に放り投げたり、地面に穴を掘ってみたりと、少しおざなりになってきたが、まぁ大丈夫だろう。

 

 

 モンスターとの戦闘も、極力避けるようにしている。

 

 

 ……というか、ここ最近は何故か俺の姿を見た瞬間に逃げて行くモンスターが増えた気がする。

 

 

 熊もどきなんか、俺を見た瞬間に泣き叫びながら、踵を返して全力で逃げてしまうのだ。

 

 

 ……何だろう、群れがあって、俺のことを情報として仲間と共有しているのだろうか?

 

 

 それとも、前に倒した仲間の血の匂いでも俺の身体からして、それに反応しているのだろうか?

 

 

 

 ……まぁ、川で毎日必ず水浴びしているとはいえ、家に風呂やシャワーがあった前の世界から考えたら、全然衛生的ではないし、仕方ないのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 そして、前はモンスターとの戦闘で運動が出来ていたのが、ほとんど戦闘もしなくなり、更に洞窟内に籠城することで、身体が鈍っていきそうだったので、最近は腕立て伏せや腹筋などの体力基礎トレーニングをすることにしている。

 

 

 前の世界では、引きこもり故に不健康が祟り、筋トレなど3〜5回やっただけで、全身が悲鳴を上げていた俺の軟弱な身体だった。

 

 だが、今のこの身体には100〜200回をワンセットとして、いろいろな筋トレの種目を網羅しても、全然汗一つとしてかかない。

 

 ちなみに、こめっこさんは俺が腕立て伏せをしているときに、背中に乗って遊ぶのがお気に入りみたいだ。

 

 ……恐らく、彼女は俺を使って『お馬さんごっこ』をしている気分なのだろう。

 

 

 

 だが、流石に3日間もほとんど洞窟内に籠って2人で長く過ごしていると、やることが無くなる訳で。

 

 

 

 俺は前に『俺は常に理性を保つよう、すぐに冷静になれる訓練』として、『瞑想』を始めていた。

 

 

 前の世界では鉄板的とも言える精神力を鍛える方法であり、その効果は、『注意力や思いやりといった心理的機能の改善を促す』、『怒りの感情をクールダウンさせ、不安や抑うつなどの、負の感情を落ち着かせる』と言った、まさに俺が今求めてやまないものだった。

 

 

 銀狼との戦闘みたいに、高揚感から我を忘れて突撃した結果、命を落としたくはない。

 

 

 とは言え、具体的に『瞑想』と言っても、正式なやり方を知ってるわけではないので、付け焼き刃みたいなものだが、『とりあえずやらないよりはやった方がマシか』と考え、漫画やアニメなどを参考にしてやっている。

 

 

 

 あぐらで座りながら背筋を伸ばし、目を閉じて、鼻から息をゆっくり吸い込みながら、何も考えないようにするだけ。

 

 ついでに、両手を膝の上に乗せて、その親指と人差し指をくっつけて丸を作り、中指残りの3本ずつを揃えてピンっと真っ直ぐ伸ばした、通称『仏様スタイル』である。

 

 

 これをするだけで、ご利益がありそうだ。

 

 

 ……まぁ形だけ真似してみても、全く『無の境地』なんて、一欠片も感じないのだが。

 

 

 まぁ、『瞑想』をし続けていけばその内、様になってくるだろう。

 

 

 

 そう考えて、今日も俺は、時間を許す限り深呼吸をしながら『瞑想』していた訳だが。

 

 

 

 

 

 「聞いてる?」

 

 「…………」

 

 「……ねぇっ!?おーい!」(ペシペシ、ペシペシ)

 

 「………………」

 

 

 

 

 

 「………………………………」

 

 「………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 「…………(すぅ)。起っきろーーーーっ!!」

 

 「ッ!?……■■■■?」

 

 「ひま。あそぼ?」(ペシペシ、ペシペシ)

 

 「■■■…………」

 

 

 こめっこさん、俺の身体をよじ登って、耳元で大声を叫ぶのはやめて下さい。

 

 

 

 最初は大人しくご飯を食べていた彼女だったが、暇になった途端に俺に構って欲しいのか、『遊んで!!』アピールが激しい。

 

 

 彼女がご飯を食べて終わったことにすぐ気がつかなかったことから、俺は自分で思っているより、かなり集中していたらしい。

 

 

 「…………■■?」(首を傾げる)

 

 「えっとね!今日は何してあそびたい?」

 

 「■■■…………」

 

 

 

 

 こめっこさんも、ここで出来そうなやりたいことをやり尽くしたのか、俺に意見を聞いてくるようになった。

 

 

 ……そりゃあ、まあ、毎日毎日ここに来ては、大抵彼女が1人で喋くり倒しているのを、唸り声で相槌を打っているだけだし、話のネタも尽きるだろう。

 

 おかげで、彼女の話によく出てくる『姉ちゃん』なる人物のことにやたらと詳しくなった。

 

 最近では、『いつもカッコ良かった姉ちゃんが、最近まで落ち込んでいたけど、ゆんゆんとお泊まりして元気になった』とか。

 

 

 ……こめっこさんもそうだが、『ゆんゆん』とは、人の名前なのだろうか?

 

 紅魔族って人達は、随分と変わった名前をつけるんだな、と俺は思った。

 

 

 

 

 「ねぇー。何かない?」

 

 「■■■…………」

 

 

 

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、また『何かないか』と催促された。

 

 

 

 ……まぁ、確かにここで過ごしていると暇を持て余すのは分かる。

 

 だが、暇を潰せるような娯楽が皆無なのも、また事実だ。

 

 前の世界なら、ネットやゲーム、漫画やアニメを観ていれば無限に時間を潰せたが、そんなものはない訳で。

 

 

 俺は、こめっこさんの要望に応えるべく、必死に時間を潰せる方法を考えた。

 

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 

 ……あっ。

 

 

 「■■■■■■■■■」(カキカキ)

 

 「ん?お絵描きするの?…………これは、お魚さん?」

 

 「■■■■■!」(片手で絵に向かって、パクパクとした動作をする)

 

 「ふむふむ。お魚さんが食べたいんだね?」

 

 「■■!」(コクッ)

 

 「わかった!なら、捕まえよう!」

 

 「■■■■」(コクッ)

 

 

 せっかくだから、俺はこれからの食生活を豊かにする為、新しい食糧として魚を食べたいと言ってみた。

 

 

 以前は俺1人でなんとか魚を獲ろうとして失敗し続けた結果諦めていたが、天才幼女であるこめっこさんなら、何か魚を獲るいい策を考えてくれるかもしれない。

 

 

 川魚の中でも小さい部類を捕まえて、食べ方は最悪、踊り食いすればいいだろう。

 

 ここは上流付近にあるのだから、川の水は下流よりさらに綺麗なはずだから、衛生的にもマシだろう。

 

 

 後は魚の捕まえ方だけだ。

 

 

 頼みますよ、こめっこさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界生活7日目。

 

 太陽の位置から、お昼を過ぎてから1時間から2時間くらい経った頃。

 

 

 「大量だね!」

 

 「■■!」(コクッ)

 

 

 こめっこさんを乗せた肩とは反対側の俺の手には、彼女の家から持ってきたらしいバケツがあり、その中には大量の川魚が泳いでいた。

 

 

 彼女が立てた作戦はこうだ。

 

 

 まず、俺が直接川の中に入って魚を獲ろうとしても出来ないことを彼女に見せた。

 

 すると彼女は、川魚を捕まえるコツである『水の流れがある場所で闇雲に魚を追わない』、『水辺に生える植物の根本に魚はよくいるから、そこを狙う』といったことが、出来てないからだと指摘してきた。

 

 

 さすがです、こめっこさん。物知りですね。

 

 

 そこで、彼女は前に俺が蔓を編んで紐を作っていたのを覚えていたのか、『今日は編んだ紐で簡単な網を作って欲しい』とお願いしてきたので、彼女をいつもの場所に送り届けた後、ひたすら蔓をかき集めて網を作った。

 

 

 翌日である今日、その網の出来栄えに合格を出してもらった俺は、彼女をいつもの定位置である肩に乗せ、洞窟がある場所より更に上流にある川魚の流れが穏やかになっている場所を探し。

 

 

 そこで川辺にある草むらの一部を、半円に囲う様に網を張ってから

 

 「えいやっ!!」(ポイッ)

 

 ポチャ

 

 ブブブブブブッ

 

 「■■■■■!?」

 

 バシャバシャッ(網に魚が突っ込んできた音)

 

 「フィーーーーーーーッシュ!!」

 

 「ッ!?」

 

 彼女の家から持ってきた『音の鳴る魔道具?』の試作品を草むらに向かって投げた。

 

 

 彼女曰く、音の振動で魚を住処から追い出して捕まえれば良いのだと。

 

 さすがです、こめっこさん!いつも、頼りにしています!

 

 

 ……というか、その掛け声、この世界にもあるんだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大量だ!大量だ!……じゅるりっ」

 

 「■■■■!!」

 

 「うん!早くごはん食べよう!」

 

 「■■!」(コクッ)

 

 

 そして、ホクホク顔のこめっこさんと俺は、拠点である洞窟に帰り、

 

 

 

 

 

 「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 「あれー!?姉ちゃん、ゆんゆん!どうしてここにいるの??」

 

 「■■■■■!」

 

 

 

 

 洞窟の奥、俺が寝床にしている場所から突然、こめっこさんと同じ目の紅い黒髪の大人が数人と、この世界に来て最初に会った女の子がいきなり目の前に現れた。

 

 

 ……え?どういうことだ??何が起きた?

 

 

 

 

 



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第6話

 

 

 

 「……つまり、こめっこちゃんは数日前から、この怪……大男さんと遊んでいたの?」

 

 「うん!そうだよ!毎日ね、ごはんくれた!!」

 

 「そ、そうなんだ…………」

 

 

 俺の肩の上に乗っているこめっこさんに、何故彼女が俺と一緒に行動をしているのか、その理由について質問している少女ーーーゆんゆんを見ながら、俺は地面にあぐらをかいて座っていた。

 

 

 

 

 

 

 この世界に来て最初に出会った少女2人と大人3人の黒髪の集団が、俺の目の前に何の音もなく、前触れもなしに、突然姿を現らわした後。

 

 俺達ーーー主に肩に乗っているこめっこさんを凝視しながら驚きの声を上げた後、彼等は瞬時に身構えた。

 

 恐らく俺がこめっこさんを捕まえたと勘違いし、彼女を救うべく、俺と戦闘を始めようとしたのだろう。

 

 特に、大人達の動きを見て、その切り替えの早さに、彼等は普段から戦い慣れていることが分かった。

 

 そんな彼等を見て、俺の肩から「すとっぷ!!」とこめっこさんが制止の合図を出した。

 

 

 「大男の人は悪い人じゃないよ。わたしとね、ずっと一緒にあそんでくれたの!!」

 

 

 そんな彼女の言葉に、黒髪の集団はまたギョッとしたようにこめっこさんを見て、ようやく戦意を収めてくれた。

 

 

 

 

 ……危なかった。

 

 いくら洞窟の奥であるこの場所が広い空間はいえ、こんな閉鎖されたところで、相手を殺さないように戦うには、今の俺の戦闘経験からは厳しい。

 

 異世界での戦闘で、俺は全力で戦わなくてもモンスターはほぼ即死させるほどの過剰火力を、まだ制御できていない。

 

 下手を打って、恐らくこめっこさんのことを探しに来たのだろう人達を殺してしまうのは避けたかった。

 

 ……それに、前にこめっこさんに聞いた話で、『紅魔族は魔法のエキスパート』だと言っていたことから、戦い始めて相手の強さを肌で体感したら、また我を忘れてしまうかもしれない。

 

 

 この世界に来て、一番お世話になっている肩の上に乗っている彼女の知り合いの人達や、俺が我を忘れた為に彼女のことを傷つけてしまうかもしれないことが、俺は怖かったのだ。

 

 

 

 

 

 こめっこさんの合図により、俺と黒髪の集団とは一時休戦の形でひとまず落ち着き、彼等の中から代表として、ゆんゆんが事情をこめっこさんに聞き始めたのだ。

 

 その結果、俺に敵意がないこと、俺が人間であることを彼等に知ってもらい。

 

 

 

「……それで、今日は彼と川魚を食べようと思って、川の上流の奥の方に行き、取ってきた魚を洞窟に持ち帰って来たところに…………」

 

 

 「うん!姉ちゃんとゆんゆんがいるからビックリした!ねっ!」

 

 「■■」(コクっ)

 

 

 

 今日はこめっこを連れて、川魚を獲りに行っていただけであることを理解してもらうと、『なんだ、そうだったのか』と大人達には安心してもらえることが出来た。

 

 

 

 ……最初にこめっこさんに会ったときに一緒にいた少女、恐らくあれが『姉ちゃん』なのだろう少女は、話の途中にチラチラと俺とこめっこを何度も交互に見ていたし、俺達が捕まえた川魚が入ったバケツを見て、「は……はは、ははははは…………」と乾いた笑い声を出し始めたときは、若干怖かったが。

 

 それだけ、妹であるこめっこさんのことが心配で堪らなかったのだろう。

 

 優しいお姉さんなんだなっ、と俺は未だに目が若干死んでいる少女を見て思ったのだった。

 

 

 ーーーそんな姉を心配させたくなかったのだろう。

 

 こめっこさんが俺と出会った経緯を説明しているときに、『食糧を確保するために森に入っていき、森の中を探索していたら喉が渇いので、川の水を飲もうと前日に俺と会った場所まで行ったところに、また俺と出会った』みたいなことを言っていたが。

 

 

 俺とこめっこさんが2度目に出会った場所は、前日に俺と会ったときに流れていた川とは、別の川であるし。

 

 

 何より、俺を見つけた途端に小走りで近寄ってきながら、『見つけたっ!』と言わんばかりに指を差してきたことや、『地図の予備を持っていた』こと。

 

 以上のことから、さっきのこめっこさんの話を聞いて、やはりどう考えても最初から、彼女は『俺に会いに来た』のだとしかもう思えなかった。

 

 

 彼女は『俺のことを探すことが目的』だったとお姉さんにバレれば、彼女が今よりも余計に心配することが、こめっこさんには分かっていたのだろう。

 

 

 ……そんな、純粋な、まるで天使に見えるくらい輝いた笑顔を浮かべながら、しれっとみんなに嘘を吐く、そんな小悪魔幼女こめっこさんを見て、俺はなんて末恐ろしい幼女なんだと感心と戦慄の感情を抱いていた。

 

 

 

 

 そんなこんなで、お互いの事情の説明と自己紹介を終えると、外はもう日が暮れ始め、辺りが暗くなってきたので、紅魔族の彼等は里に帰るために川を下ろうということになった。

 

 ……俺も一緒に。

 

 俺とこめっこさんの作戦が功を成しすぎたのか、今紅魔の里では俺に対する厳戒態勢が敷かれているらしく、それを解く為に一緒に来てくれと大人達に頼まれたのだ。

 

 自分から蒔いた種なのだから、自分で何とかするべきだろうと思い、未だに俺の肩の上で足をブラブラとさせながら座っているこめっこさんと一緒に川を下って行くと。

 

 

 

  「おーーい!みんな!さっき、そけっとから面白いものが見れると聞いて集まったんだけど……って、デカッ!?お、おい!後ろのやつは一体なんだよ!?」

 

 「あれが、噂の怪物?!」

 

 「い、いや、待て!あのデカいのの肩に乗っているのは……こめっこじゃねーか?!」

 

 「本当だ!!てか、なんでめぐみんとゆんゆんが外に出てるんだ??」

 

 「おい!面白いものってのは後ろのやつか??てか、なんでこめっこちゃんがそいつの肩に乗ってんの??」

 

 

 

 

 ーーー視線。視線。視線。

 

 そこには大勢の里の住人が、里の門に集まり、数多の視線をこちらに向けていた。

 

 ほとんどが困惑と好奇心によるものであったが、その中には確かに畏怖の視線もあった。

 

 

 

 

 それらの視線に晒されて、俺の身体は小刻みに震えそうになるのを必死に抑える。

 

 ……ここは、前の世界とは違うのに。

 

 誰もが、俺を裏切って、痛めつけ、そしてーーー大切だと思っていた人達からも切り捨てられた、そんなクソみたいな世界とはもう別の世界に来たはずなのに。

 

 さっき洞窟の中では、耐えることが出来たはずなのに。

 

 

 

 

 

 ーーーまた、拒絶されるのか。

 

 新しい世界に来て、女神様から貰ったスキルがあって。

 

 新しい身体になり、前の世界とは比べものにならないくらい、強い自分になれたはずなのに。

 

 

 大勢の人から向けられる視線の前に怯えることで、俺は理解した。

 

 ーーー強くなったのは、大きくなった身体ばかりで、心は全く成長していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そもそも、何故こんなに俺の身体は震えそうになっているのだろうか?

 

 前の世界で、拒絶され、1人ぼっちになることに何の感情も湧かなくなっていたはずなのに。

 

 

 

 ……いつの間にか、誰かが一緒にいてくれるのが、当たり前に感じ始めていたからでーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まかせて!」

 

 「ッ!?」

 

 

 

 耳元に小さく、それでいて力強い、心が安らぐような暖かな囁きに意識が戻り、声のする方を向く。

 

 

 そこには、たった数日だが、ずっと俺の側にいてくれた女の子が、いつもの笑顔を向けてくれていて。

 

 ピョンッと俺の肩から飛び降り、ビシッと何かのポーズを決めながら、

 

 

 

 「我が名はこめっこっ!!紅魔族随一の魔性の妹にして、知性ある巨神を従えし者!!」

 

 

 「「「「お、おぉ!!カッコいい!!!」」」」

 

 

 

 そんな、中二病みたいな、でもとても頼りになる姿で名乗り上げて、

 

 

 「なぁ、こめっこよ。その人って一体……?」

 

 

 「ん?この人はねぇ!ーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーーわたしの、『友達』なの!!」

 

 

 「…………■■■」

 

 

 そう笑顔で俺のことを紹介してくれる、この世界に来て初めての『友達』の言葉に、俺はなんだか救われた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「と、言うわけで。あの怪物……大男さんは人間で、こちらに危害を加える存在ではなかったのですよ」

 

 「そうなの、お父さん!だから、もう安全だよ!」

 

 「うーむ……しかしなぁ……。ーーー」

 

 

 「友達」である『こめっこ』に、俺のことについてを里の人達へ紹介してもらうことで、あそこに集まった住人に俺を受け入れてもらった後、俺はゆんゆんの案内で、彼女の家ーーー豪邸に招待された。

 

 彼女は良いところのお嬢様だったらしい。

 

 ……そんな子が何故、あんな森で独り言をボソボソと呟いていたのだろうか。

 

 まぁ、彼女には彼女なりの何か理由があるのだろう。

 

 俺は彼女へのそれ以上の詮索はやめた。

 

 

 それから、俺達がゆんゆんの家に着いた時には、外はもう真っ暗であり、俺の肩に乗っていた「こめっこ」がウトウトとし始めたので、俺はこめっこをお姫様抱っこをして、ゆんゆんと一緒に彼女の部屋のベッドを運んだ。

 

 

 スヤスヤと眠っている俺の『友達』に優しく毛布を掛けて、彼女の頭を撫でていると、その光景を見たゆんゆんがひどく驚いていた。

 

 

 

 ……違うんだ、ゆんゆん。俺はロリコンではない。

 

 だからその、信じられない目で俺を見てくるのはやめなさい。

 

 

 

 

 そんなことがありながらも、俺達は今度はこの豪邸の書斎みたいな場所に案内された。

 

 そこで改めて、そこにいた彼女の父親である族長に、『俺は危険な存在ではない』ことをゆんゆんや、こめっこの姉であるめぐみんに説明してもらっていたが、族長の反応は芳しくない。

 

 やはり責任ある立場だと、迂闊な判断で里の住人を危険な目に合わせるようなことは出来ないのだろう。

 

 

 俺は話を聞くしか基本的に出来ないので、話し合いがどうなるか黙って成り行きを聞いていると。

 

 

 

 「あっ!!」

 

 「ん?どうした、ゆんゆん?」

 

 「何か思い当たることがありましたか?」

 

 「『冒険者カード』を見せてもらえばいいのよ!ほら、一撃熊とかオークとかを倒せるんだから、昔は冒険者をやっていた可能性は十分あるわ!」

 

 

 「「あ、確かに!!」」

 

 

 

 ……冒険者カード?

 

 そんなものは持っていないと俺が首を振ると、

 

 

 「そう……。だったら、『冒険者カード』を作りに行けばいいのよ!そこで彼に自分の個人情報を書いてもらえば、彼が人間であることの証明にもなるし、彼が何者なのかも分かるわ!」

 

 「良い案ですね!そうしましょう!」

 

 「うむ!そうと決まれば、今から発行してもらいに行くか!こう言うのは早い方がいい!」

 

 「えぇ!?も、もう夜も遅いし、今から行ったら迷惑だよ?明日にしよう?」

 

 「むう……だが、私はすぐにでも彼のことが知りたい!人間なのに言葉が話せないこととか、彼の肉体からしてステータスはどうなっているかとか、とても興味がある!」

 

 「あ、実は私もです!……ゆんゆん、あなたもでしょう?」

 

 「えっ!?ま、まぁ、確かに気になるけど……」

 

 「大丈夫だ、ゆんゆん!私はこの里の長だからな!!多少は無理も利くさ!」

 

 

 

 そう言って彼女達は、俺の冒険者カードのことについて盛り上がっていた。

 

 

 

 ……さっきの話を聞いていると、もしかしてスキルとかレベルが上がった確認って、このカードが必要なのでは?

 

 ……あの駄女神。何でこんな大事な情報を言わないんだ。変なところで横着しやがって。

 

 ……あのまま何も分からないまま、どこか人のいない場所に隠居していたら、永遠にレベルが上がったのか分からずじまいだった。

 

 次に奴に会ったときには、タダでは済まさん。

 

 

 

 

 そう沸々と怒りが込み上げて来て、『いけない、いけない、平常心、平常心』と冷静になるために俺は少しだけ瞑想した。

 

 次第に心が本当に落ち着いてくるのを感じて、この訓練やっていて良かったと俺は思った。

 

 

 

 「……もう、しょうがないなぁ。えっと……そういうことなので、今から『冒険者カード』を作りに行くに行こうと思うんだけど…………」

 

 フッと目を開けて声のする方を見ると、ゆんゆんが気遣わしげにこちらを上目遣いしながら、そんなことを聞いてきた。

 

 

 ……俺も族長やめぐみんと同じで、自分のステータスとやらが知りたい。

 

 「■■■!」(コクッ)

 

 「よし!決まりです!なら、さっさと行きましょう!」

 

 「ま、待ってよ!めぐみん!置いて行かないでぇー!!」

 

 「はっはっはっ!賑やかだなぁ!よし、君も支度……は、出来てるか。なら、行くぞ!俺について来い!」

 

 「■■!」

 

 

 3人の提案はまさに『渡りに船』だったので、俺は今から『冒険者カード』を作りに行く意見に賛成し、彼等の案内に従って後をついて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第7話

 

 

 

 俺はめぐみん、ゆんゆん、族長の3人の案内で、夜の『紅魔の里』の中を歩き、まだ灯りがついている場所に辿り着いた。

 

 

 その場所の至る所に、『服の絵』や『コーヒーカップに湯気が出ている絵』や『剣と盾の絵』などの看板が建物に掲げられていることから、どうやらここは、この里の商店街みたいな場所らしい。

 

 

 

 その一角にある、この里の門からこの場所への最短の道を歩けば、まず最初に目にするような場所に『人がキャリーケースを引きずって駆け込む様な絵』が描いてある看板のお店に入ると、

 

 

 

 「我が名はぺぷちど!『アークウィザード』にして、上級魔法を操るもの!紅魔族随一の旅先案内人にして、この里の外交的な雑務をこなすもの!いらっしゃい!族長、ゆんゆんにめぐみんも!おっ、彼が噂の大男かい?本当に噂通り、大きいねぇ〜!」

 

 

 と、なんだか一目見るだけでも面倒見の良さげな、黒髪をオールバックにした身長の高く、顔からして歳も若い男性が出迎えてくれた。

 

 

 ……こめっこも言っていたが、この里で流行っているのだろうか、この挨拶。

 

 ここに来るまでにも、他の里の住人にも似たような挨拶をされたし、もしかしてこれ、この里の一般常識なのか?

 

 

 

 そんなことを考えている間に、このお店の店主であろうぺぷちどが、店の奥から『冒険者カード』を作るための水晶の付いた専用の装置を持ってきて、俺にカードの作り方を教えてくれた。

 

 

 「ほら!まずこのカードに自分の名前を書きな。それから自分の身長と体重なんかも書いて、この魔道具のここにカードを置くんだ。で、最後にこの丸い球の上に手を乗せりゃあ、いい。あとは勝手に魔道具がステータスを記入してくれるぜ!分かったか?」

 

 「■■■!」(コクッ)

 

 「よしよし、分かったみたいだな!あ、身長と体重に関して、もし憶えていないなら言ってくれよ?こっちで測る魔道具があるからな!」

 

 「■■!」(コクッ)

 

 

 そうして、そのカードに名前を書こうとしたとき、俺は気が付いた。

 

 

 ……そういえば、この世界の言葉は女神様が分かるようにしてくれたが、文字までは分からないのだが……。

 

 日本語で名前を書いても、果たしてこの装置は、きちんと読み取って作動してくれるのだろうか。

 

 

 少しどうするか考え、まずは俺の身長と体重を測ってもらうことにした。

 

 今の俺は『魔獣化』のスキルの影響によって、どれだけ身体に変化があったのか、まずは見た目からどうなっているか知りたい。

 

 

 体重と身長を測る魔道具とやらは、前の世界でその2つを同時に測れる器具と形は全く同じだったので、特に戸惑うことなく測ることが出来た。

 

 

 「えっと…… 身長が約250cmで、体重が…… 300kgオーバー!?うわぁ、うちのこの魔道具じゃあ、これ以上は測れないぞ?……お前さん、本当に人間なのか??」

 

 

 ……なんだそれは。

 

 身長はまぁ、見た目からして高いとは思っていたのでそこまで驚きはないが、この7日間での俺の運動量からして、体重の重さのほとんどは筋肉なのでは?

 

 ……そりゃあ、モンスターをパンチ一撃で倒せる訳だ。パンチ一発で一体何kg出ていたのだろうか。

 

 

 

 「…………■■■」

 

 「ん?どうした?落ち込んで。ちょっと太っちまったか?大丈夫だよ!ここまでくれば誤差だよ、誤差!!」

 

 「■■」

 

 

 俺は数値に驚いていただけで、ぺぷちどの励ましは見当違いのものだったが、気さくに話しかけてくるこの人の態度が少し嬉しかった俺は、彼の話に合わせるように頷いておいた。

 

 

 そして俺は、さっきの身長と体重をカードに記入し、最後に名前の部分は考えても仕方ないと思い、そのまま日本語で名前を書き、ぺぷちどに渡した後は彼の指示通り魔道具の丸い球の上に手を置いた。

 

 魔道具が『冒険者カード』に何かを記入している光景は、まるで何処かの工場でレーザーカッターを使って作業しているみたいな、でもどこか神秘的な雰囲気を感じさせるようなもので。

 

 改めて異世界に来たという実感が持てた俺は、カードが出来上がるのを楽しみに待った。

 

 そして……

 

 

 「…………なんじゃ、こりゃ?」

 

 「ん?どうしたんだ、ぺぷちど。何か問題があったか?」

 

 「いや、問題っつうか……名前の部分だけが変な文字になっているんだが」

 

 

 「「「はっ???」」」

 

 ……は???

 

 どういうことだと思っていると、ぺぷちどが俺に見せる前に族長達にカードを見せ、そして3人共同時にそこに書いてある名前の欄に驚いた後、俺のスキルについて盛り上がり始めた。

 

 

 

 …………

 

 「■■……■」

 

 「あ、ご、ごめんね?あなたも見たいよね、『冒険者カード』。ほら、みんな!彼にカードを渡してあげようよ!」

 

 

 

 俺が何とも言えない気持ちで彼等を眺めていると、こちらに気づいたゆんゆんが残り2人を説得してくれて、俺にカードを渡してくれた。

 

 そのカードの名前の欄を俺も見てみると

 

 

 

 『??? ?????』

 

 ……何だこれ?

 

 俺の名前が文字化けしていた。

 

 どういうことだ???

 

 やはり日本語で名前を書いてはいけなかったのだろうか?

 

 そう疑問に思いつつも、『まぁ、こうなったものは仕方ない』と思い、とりあえず今はレベルとスキルの確認が先だと、『冒険者カード』の名前の欄の下を見る。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

< adventurous level (冒険者レベル):>

『8』

 

<the profession of an adventurer (職業) >

 

[リスト]ーーー

 

< Status (ステータス)>

 

・Strength (筋力):○○

 

・Health (生命力):○○

 

・intellectual power (知力):○○

 

・Magic pow (魔力):○○

 

・Dexterity (器用度):○○

 

・Agility:(敏捷性):○○

 

・Luck (幸運):○○

 

ーーー

 

< Passive Skills (パッシブスキル)>

 

・魔獣化

・怪力

・物理耐性(特大)

・魔法耐性(小)

・自己回復(微)

・毒耐性(微)

 

< Active Skills (アクティブスキル)>

 

・nothing(なし)

 

< learnable Skills (習得可能スキル) >

・緊急回避

・投擲

 

< History of subjugation (討伐履歴) >

 

・nothing(なし)

 

 

< Skill Points (スキルポイント) >

 『24』

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 そこには、これらのことが分かりやすく書かれていた。

 

 ……ん???

 

 ちょっと待て。これ、いろいろとツッコミ所が満載なのだが……

 

 

 まず、さっき族長達3人が騒いでいたステータスの方は、恐らく『魔獣化』のスキルによる影響だろうから、他の人達がどんな数値になっているのかの比較対象がいない為、今は考えないものとして。

 

 

 冒険者レベルが『8』になっているのも、まぁ、あれだけモンスターを倒せば上がるだろう。

 

 

 …… <パッシブスキル>に『毒耐性』があるのも、まぁ、森の中で木の実やキノコを食べられるものを探す中で、舌がピリピリしたものも一口が少しでも種類と量はかなり食べたので、納得は出来る。

 

 

 ……何故、<討伐履歴>の所には何も書いていないのだろうか?

 

 もしかして、『冒険者カード』を作った後じゃないと記録されないのか?冒険者レベルは上がるのに。

 

 それに。

 

 

 ーー俺が一番気になっているのは、『冒険者カード』に書かれていたこの世界の文字が、俺がカードを手に取った瞬間に「英語と日本語」に変わったことだ。

 

 

 このことから、このカードは使う人の母国語に自動的に変換されるのだろうことが推測できる。

 

 ……それなら、俺の名前を日本語で書いたときは何故、文字化けを起こしたのだろうか?

 

 

 考えれば考えるほど謎が深まるが、焦ってもしょうがない。

 

 

 

 せっかくだし、「ゲームみたいな世界」に来たからにはRPGの醍醐味である『キャラクターの成長』をやってしまおうか。

 

 

 そう思い、書いてある『スキル』や『職業のリスト』の文字を触ってみると、本当にゲームみたいな操作パネルみたいなものが、文字から浮かび上がった。

 

 女神様が確か、「あっちの世界で冒険者として活躍すれば、スキルの強化や新たにスキルを習得出来たりもするわ!」とか言っていた。

 

 とりあえず、俺はモンスターとの戦闘を積極的にはやらない方針にしたが、この異世界では何が起こるか分からない。

 

 ……それと、これからもあのオークどもみたいな奴に襲われる可能性も捨てきれないし、強くなるに越したことはないだろう。

 

 そうして1人であれやこれやと考えた結果、俺の『冒険者カード』の中身はこうなった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

< adventurous level (冒険者レベル):>

『8』

 

<the profession of an adventurer (職業) >

 

『バーサーカー』

 

 

< Status (ステータス)>

 

・Strength (筋力):○○

 

・Health (生命力):○○

 

・intellectual power (知力):○○

 

・Magic pow (魔力):○○

 

・Dexterity (器用度):○○

 

・Agility:(敏捷性):○○

 

・Luck (幸運):○○

 

ーーー

 

< Passive Skills (パッシブスキル)>

 

・魔獣化

・怪力

・物理耐性(特大)

・魔法耐性(中)

・自己回復(小)

・毒耐性(微)

 

< Active Skills (アクティブスキル)>

 

・緊急回避

 

< learnable Skills (習得可能スキル) >

 

・投擲

 

< History of subjugation (討伐履歴) >

 

・nothing(なし)

 

 

< Skill Points (スキルポイント) >

 『0』

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 あの銀狼との戦闘で『魔法耐性』と『自己回復』は今後も必要になるだろうということで、その2つの強化をこれからは最優先にするのと、『緊急回避』というスキル名に惹かれて、そのスキルをスキルポイントを使って習得した。

 

 

 『緊急回避』はこれからずっと戦闘をしていけばいつか覚えそうだったが、生存率を高めるものは早めに習得するべきという判断である。

 

 

 

 冒険者カードの設定が終わったので、未だに俺のことについて話し合っている族長達に声をかけ、俺のカードについての感想をあれこれと言ってくる。

 

 

 ……『職業:バーサーカー』は失敗だったか。

 

 でも、森での俺の戦い方からして一番しっくりくると思ったのだが。

 

 それに、他の職業は今一ピンっとくるものがなかった。

 

 ……というか、『職業:冒険者』って意味が分からないのだが。

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、今度は俺の名前の話になり、今日から俺は『バーサーカー』という名前になった。

 

 ……うん、まぁ、『バーサーカー』と『らんらん』の二択なら仕方ない……よな?

 

 

 

 『これじゃあ、さっきの『職業:冒険者』はもう馬鹿に出来ないな』と思いながら、俺はぺぷちどとめぐみんに別れを告げ、今晩はゆんゆんの家に泊まらせてもらうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、久しぶりに暖かい毛布に包まって、熟睡して疲れをとった後、朝食を食べながら、族長にこう言われた。

 

 「明日にはキミの仮住まいの家が建つから、そっちで暮らしてくれ。大丈夫!困ったことがあったら手を貸すよ!」

 

 

 ……まぁ、行く当てもないからな。

 

 

 『家なんて魔法で1日で出来る』と豪語する族長に、俺は今日からこんな凄い人達が住む場所で暮らすことを考えて。

 

 

 この里の住人の人柄や、既に『ゆんゆん』や『めぐみん』と言った知り合い、何より友達である『こめっこ』が暮らすこの里での生活も、『悪くはないのかもしれない』と俺は思った。

 

 

 

 




これにて、『始まり』の章は終了です!

次回から、第1章に入りたいと思います。



……本当は、この7日間の『こめっこ』視点なるものを、1〜2話ほど考えていたのですが、後回しにしました。


いつか、しれっと番外編として載せようと思います。

……いつになるかは未定ですが(汗)

・追記
『バーサーカー』のステータスの「○○」の部分には数値が入ります。
この辺はアニメでもあんまり言ってなかったですし、何よりここを細かく設定すると、それこそ何かしらの矛盾が出て来そうなので。

この辺は『敢えてボカして誤魔化す』ことにしました!

許してください……



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第1章
第1話


お待たせしました!


 

 

 「『エクスプロージョン』!!」

 

 ーーー轟音。

 

 『それ』は、私を追いかけていた、ただひたすらに巨大で、漆黒の毛を生やした魔物を、なすすべもなく吹き飛ばすほどの圧倒的な力だった。

 

 膨大な魔力を注がれて発動した魔法による影響は、熱を伴った突風として辺りに吹き荒れ、放たれた場所が深く抉れるほどに凄まじい。

 

 

 ーー今の魔法は、一体何なのだろう?

 

 

 私が住んでいる里の大人達でも、あれほど圧倒的な、『理不尽なまでの暴力』を形にしたような凄い魔法を使っているのを、私は見たことがなかった。

 

 「お嬢ちゃん、怪我はない?」

 

 振り返れば、先程の魔法を放ったであろう野暮ったいローブを被った、それでいてその中身が巨乳であることが分かる程の、とてもプロポーションの良い女性が立っていた。

 

 

 「お嬢ちゃん、お名前は?」

 

 さっきの魔法の衝撃と、ローブを被った女性の胸に、目が釘付けになっていた私は、その声にハッとして彼女の顔を見る。

 

 その顔は、綺麗な赤色をした髪に、猫を連想させるような目をした美人なお姉さんだった。

 

 私はそのお姉さんの質問に、慌てて答える。

 

 

 

 「めぐみんです」

 

 「……そ、それはあだ名かしら?」

 

 「本名です」

 

 「……そ、そう」

 

 一瞬気まずそうな顔をしたお姉さんは、やがて気を取り直した様に私に言ってきた。

 

 

 「ねぇ、お嬢ちゃん。あなたの他に、ここに大人はいなかったかしら?」

 

 「いえ、見てません。」

 

 「そう……。おかしいわね。私が解放されたということは、邪神のお墓の封印を解いた人がいるはずなのに……」

 

 「???」

 

 「あぁ、ごめんなさい。気にしないで。お嬢ちゃんには難しい話だったわ」

 

 

 お姉さんはそう言うと、彼女が魔法で作ったクレーターの真ん中に歩いていき、そこで瀕死になっている黒い獣の頭に手を置くと。

 

 

 

 「……眠りなさい、我が半身。あなたが目覚めるには、まだこの世界では早すぎるから」

 

 そんなことを呟くと、彼女の手が突然輝き始め、それに合わせて獣の大きさがドンドンと小さくなっていく。

 

 

 やがてその獣が子猫ぐらいのサイズになると、それは霧のようにスーッと消え失せた。

 

 

 「……さて。それじゃあ、お嬢ちゃん。私はもう行くわ。あなたも、こんな場所に近づいたらダメよ?里の大人の人からも注意されてたでしょう?なら……」

 

 「そんなことより!どうしたら、お姉さんみたいな人になれますか!?」

 

 

 私はお姉さんへのお礼の言葉も忘れて、彼女にそう問いかけた。

 

 あの強烈な魔法が、圧倒的な力が周囲に及ぼす『凄まじい光景』が頭から離れない。

 

 

 ーー使ってみたい。私もあの魔法を使ってみたい。

 

 

 私は手に持っていたパズルのピースを握り締めながら、期待の目を向ける。

 

 

 

 「そ、そんなことって……。まぁ、いいわ?そうね……。たくさん食べて、たくさん勉強して、大魔法使いになれば、私みたいになれるかも、ね?」

 

 

 

 大魔法使いになれば、お姉さんみたいにあの魔法を使えるようになれるのか……。

 

 

 

「だから、あなたもこんな危険な場所で遊ばずに、お家に……。あら?お嬢ちゃん、手に持っているものは何?」

 

 

 「これですか?これは私が最近遊び場にしているお墓にあったパズルの欠片です。今日やっとパズルを解けたと思ったら、あの魔物が急に現れて襲ってきたんです。あっ、お姉さん、さっきはありがとうございました」

 

 「どういう事なの……?!」

 

 

 私が聞かれたことに対して答えると、お姉さんがいきなり上擦った声を上げてきた。

 

 

 「そ、それ、古の大魔法使いや、当時『賢者』と言われていた大人達が作った、最高傑作と言われる程の『封印』なのよ!?普通の人がこの仕掛けを解くのだって、一体どれだけの時間がかかるか分かったものじゃないのに……。あ、あなた、この封印された地にはいつから来ていたの?」

 

 

 「大人が『入っちゃダメ』とか『ここには何もない』とか言われている場所には大抵、金銀財宝が眠っているから、一儲けするには狙い目なんだと、お母さんが言っていたので毎日来てました。私の家は貧乏なので、お金の足しになれば良いなと思って」

 

 

 「本当にどういう事なのっ?!?!」

 

 

 何故だかお姉さんが彼女自身の頭に手を当てて、頭痛を堪えるような仕草をした後、私の隣まで歩いてきて、ポンっと頭に手を乗せた。

 

 

 「……とりあえず、お嬢ちゃんにお礼を言わなきゃいけないわね。ありがとう。ねぇ、お嬢ちゃん?あなた、何か願い事はあるかしら?」

 

 「願い事?」

 

 「そう、願い事。私ね、こう見えて、凄い力を持った大魔法使いなの。お礼に私が、お嬢ちゃんの願い事を何か一つ、叶えてあげるわ」

 

 優しく微笑みながら、私と目線を合わせながら、そんな事を言ってきた。

 

 

 ……ふむ。

 

 

 「なら、私の願い事は……」

 

 「お嬢ちゃんの願い事は?」

 

 

 

 

 

 

 

 「世界征服です」

 

 

 「…………。ご、ごめんなさいね?さっき言ったことは訂正させて?私はそこそこの力しか持たない魔法使いだから、そこそこのことしか叶えて上げられないかな?」

 

 

 ダメか。世界征服したら、ありとあらゆるものが手に入るのだから、明日から家族で食べるものだって豪華になると思ったのだが。

 

 

 

 ーーそれなら。

 

 

 

 「ーー私を、お姉さんの弟子にして下さい」

 

 

 そして、『私に、さっきの魔法を教えて下さい』と頼み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから成長して、私はこの里にある魔法学校に入学する。

 

 そこは、この里の子供達が一般的な知識や、魔法に関する専門的な知識をある程度学べる場所であり、この里の昔からの『しきたり』である、12歳になるまでに『アークウィザード』として『上級魔法』を習得するためのサポートをするためにある。

 

 

 ここ『紅魔の里』では、この『上級魔法』に位置する魔法を習得することで一人前として見なされるのだけど……。

 

 

 もう私は、それらの魔法には一切興味はなくなっていた。

 

 私が目指すものは『最強』。

 

 あのお姉さんに弟子入りし、短い時間の中で学んだあの魔法こそ、私の心が追い求めているもの。

 

 ただの魔法には既に私の眼中にはない。

 

 

 

 なので、この退屈な学校の授業も、『紅魔族随一の天才』である私には別に受ける必要もないのだが、成績優秀者に配られる『スキルアップポーション』が必要なため、真面目に出席し、好成績を取り続けなければならなかった。

 

 

 私達が『スキル』を覚えるためには、地道な訓練や実戦といった経験から自分を鍛えて覚えるか、魔物を倒したりして『冒険者レベル』を上げるか。

 

 もしくは、この希少な『ポーション』を飲んで『スキルポイント』を増やし、『習得可能スキル』にあるものをポイントを使って習得するかのどれかである。

 

 私は、学校に入学する前に作った自分の『冒険者カード』を見る。

 

 

ーーーーーー

<name (名前) >

『めぐみん』

 

 

< adventurous level (冒険者レベル):>

『1』

 

<the profession of an adventurer (職業) >

 

『アークウィザード』

 

 

< Status (ステータス)>

 

・Strength (筋力):○○

 

・Health (生命力):○○

 

・intellectual power (知力):○○

 

・Magic pow (魔力):○○

 

・Dexterity (器用度):○○

 

・Agility:(敏捷性):○○

 

・Luck (幸運):○○

 

ーーー

 

< Passive Skills (パッシブスキル)>

 

・毒耐性(微)

・悪食

 

< Active Skills (アクティブスキル)>

 

・nothing(なし)

 

< learnable Skills (習得可能スキル) >

 

・初級魔法

・中級魔法

・上級魔法

・爆裂魔法

 

< History of subjugation (討伐履歴) >

 

・nothing(なし)

 

 

< Skill Points (スキルポイント) >

 『7』

ーーーーーー

 

 

 

 入学して間もないが、私自身の優秀さと努力により、既に『スキルアップポーション』をいくつか教師から貰っている私の『スキルポイント』はカードを貰ったときよりは増えていた。

 

 それでも、『爆裂魔法』のスキルを習得する為に必要なポイントは『50』。

 

 まだまだ習得するには時間がかかるが、それでもお姉さんーー師匠が唱えた、『究極の破壊魔法』を手に入れるためなら、私はどこまでも頑張れる。

 

 そして、いつかは今も元気にどこかで旅をしている師匠に、私の魔法を見てもらうのだーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「めぐみん!分かってるわね?今日も勝負よ!!」

 

 「いいですよ。あ、ゆんゆん。先に弁当を下さい。今日は朝ご飯を食べてないので、お腹が空いてしまって」

 

 「え?そ、そうなの?なら、先にこれを食べて……って、違う!違うわ!これはあなたが私に勝った後に上げる商品よ!さぁ、あなたも『スキルアップポーション』を机の上に置きなさい!今日こそは、私が勝ってみせるんだから!!」

 

 

 いつもの学校の日常。授業が終わり、少しでもカロリーの消費を抑えるために机の上で居眠りをしようとしていると、紅魔族の族長の娘にして、文武両道の優秀な学級委員であるゆんゆんが、毎日何故か私に勝負を仕掛けてくる。

 

 彼女はこの学校で私に次ぐ優秀な生徒だが、紅魔族にあるまじきセンスの持ち主でもあり、他人との会話になると何故か挙動不審になりがちな、所謂『ぼっち』な子である。

 

 

 そして、私の自称『ライバル』でもある。

 

 

 この子は確かに優秀だが、それでも私の足元にも及ばない、私としては毎日勝負を挑みに来る『弁当配達係の人』という表現の方がしっくりくるのだが、本人は常に『ライバル』であることを強調してくる。

 

 

 まぁ、弁当の配達は割と助かっているので、文句はない。

 

 

 今日もいつも通り勝負して、ボコボコにしたらゆんゆんが泣いた。

 

 

 ……他の人とも話せばいいのに。

 

 

 他の同級生の『上級魔法』以上を覚える意欲も欠片もない、ハッキリ言ってレベルの低い人達とは、あまり深い仲になる気はない私でも、相手に不快感を与えないよう、表面上は仲良く当たり障りのない会話が出来るのに、里の次期『長』となるものが、『ぼっち』なのは大丈夫なのだろうか?

 

 

 まぁ、私が悩むことでもないか。

 

 

 そうして、いつものように弁当箱を空にしてから、私はそれを未だにメソメソしているゆんゆんに返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、めぐみん?あなた、もう『上級魔法』を覚えるための『スキルポイント』は貯まっているはずよね?どうして魔法を覚えないの?」

 

 

 ある日、私が教師から貰っていた『スキルアップポーション』の数を数えていたのか、ゆんゆんがこんなことを聞いてきた。

 

 ……ふむ。まあ、ゆんゆんならいいでしょう。

 

 少し「ぼっち』を拗らせてはいるが、族長を目指しているのだから口は固いと思うし、何より自称『ライバル』の秘密を周りにバラすような子ではない。

 

 私は、彼女に自分の夢を語った。

 

 ーー私は、爆裂魔法を覚えるつもりだと。

 

 ーー周りからは『ネタ魔法』なんて言われているが、『本物』を見れば、そんなことは些細な問題であり、全て覚悟の上であること。

 

 ーーそして、私は学校を卒業したら旅に出て、師匠に必ず私の爆裂魔法を見てもらうんだということ。

 

 

 私の夢を最後まで聞いてくれたゆんゆんは、私のことを応援すると言ってくれた。

 

 ーー思えば、このことを他人に話したのは、ゆんゆんが初めてだ。

 

 長く毎日勝負をしていたからか、情が移ったのか、いつしか私はゆんゆんのことを少しずつ認めていたのかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日も、私にとって普段と何ら変わらない日常の一部だったはずだった。

 

 こめっこと『森の中で遊ぼう』と家を出て歩いていると、暇を持て余してたゆんゆんとばったり会って、そのままいつものように勝負を仕掛けてきた彼女と一緒に森の中に入って。

 

 

 

 こめっこが私達がよそ見をしているときに、側から逸(はぐ)れてしまった。

 

 慌てて私とゆんゆんで彼女を探し、そしてこめっこを見つけたときには。

 

 

 

 

 ーー魔物に襲われていた。

 

 ーーなんで、どうして、この周辺には魔物が寄り付かないように、里の人達が駆除していて、いつもはこんな場所に魔物は来ないはずなのに。

 

 

 「めぐみん!早くこめっこちゃんを助けないと!」

 

 「ッ!?そ、そうですね!助ける方法を考えないと……」

 

 

 ゆんゆんの声に正気になり、私は自分の懐から『冒険者カード』を取り出して見る。

 

 そこには『スキルポイント』が『36』と書いてあり、『上級魔法』習得が『30』なことから、私が『上級魔法』を覚えれば解決する。

 

 しかし、私は迷った。

 

 迷ってしまった。

 

 ーーこれを覚えたら、『爆裂魔法』を覚えるのが随分と先になってしまう。

 

 そうして、わたしが『大切な妹のこめっこの命』と『叶えたい自分の夢』とを天秤にかけて迷っている間に、こめっこが『見たこともない頭に角が生え、目が赤く充血した魔物』に攻撃されそうになっているのを、私はただ見ていることしか出来なくてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『ライトニング』ーーーーッ!」

 

 

 私は、その声の主に目を向けた。

 

 そこには、いつもオドオドして頼りないと思わされるような姿ではなく。

 

 仲間を守るために立ち上がって戦う、立派な未来の『族長』の姿をした、ゆんゆんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 「……ハッ!……何だ、またこの夢ですか……」

 

 私は自室の布団に寝たまま頭だけを動かして窓を見る。

 

 そこから差し込む光から、朝になったのだと私は感じた。

 

 布団から身体を起こし、立ちあがろうとするとき、目から一筋の涙が溢れてきて、慌てて袖でそれを拭きとる。

 

 

 ーーもう、自分では立ち直ったと思ったのですが……。

 

 意外と自分の心は繊細だったのだろうか。

 

 ハァーっと溜め息を一回吐いて、『よし!今日も学校に行こう!』と気合いを入れて準備を始める。

 

 

 布団を畳み、服を着替えて、顔を洗っていると、外からいい匂いがする。

 

 『お隣さん』と私の家のご飯を作っているだろうその匂いに、フラフラと外に出て、そこに居た人達に私は朝一番の挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 「おはようございます。こめっこ、バーサーカー」

 

 「あ、姉ちゃん、おはよう!朝ごはんのお肉食べる?」

 

 「■■■■!」

 

 「えぇ、いただきますよ」

 

 私は前までとは比べものにならないくらい改善された食事を、こめっこと『彼』と一緒に食べることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 




第1章開幕から長文になってしまいましたが、これからゆっくりとストーリーが進んでいく、はずです!

早くアクセルまで辿り着くように頑張っていきます!



あと、いつも誤字報告ありがとうございます。

まだまだ文章が安定しない未熟者ですが、是非お付き合い下さい。


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第2話

 

 

 

 バーサーカーとこめっこが主犯であった通称『バーサーカー事件』が幕を閉じ、彼がこの里に馴染んできてから1ヶ月が経つまでに、いろいろなことがあった。

 

 

 彼がこの里に来た翌日、族長が彼と里の大人数名を連れてきて、『今からお前の家の隣に彼の家を建てようと思うんだけど、いい?』と私の両親に提案してきた。

 

 

 なんでも、『彼がこの里の集落や商業地区に住むには図体が大きすぎて、それに合わせた家を作るのは難しいから、そこから少し外れたこの場所に建てるのが理想的』という理由が一つ。

 

 

 そして、もう一つは。

 

 

 

 「あっ!!おはよう、大男の人!」

 

 「■■■」

 

 

 

 家の中から小走りで出てきて、バーサーカーに抱きついたこめっこがいるからである。

 

 私の妹は巨躯な体をした彼相手に怯むことなく、寧ろ非常に彼に懐いていた。

 

 バーサーカーもこめっこを可愛がっているのか、彼女を優しく抱きとめ、片手で彼女の頭を優しく撫でているし、仲が良い知り合いが近くに住んでいる方が、彼にとってもいいだろうということだった。

 

 

 ……一体、あの7日間で何があったのだろうか。

 

 

 常日頃から『魔性の妹』を自他共に認めているこめっこは、実際は『家族以外の人にはあまり懐かない』ということを姉である私は知っている。

 

 

 

 「彼もこめっこちゃんのことを気に入っているみたいだし、頼むよ、ひょいざぶろーさん」

 

 「うーむ……」

 

 「あら、いいじゃない。あなた。こめっこも彼に懐いているみたいだし」

 

 「それが問題なのだが……」

 

 「あらあら、子煩悩ですね。そんなことばかり言ってると、娘に嫌われてしまいますよ?」

 

 「むむむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちなみに、彼は『もしここに住ませてくれるなら、お隣さんに毎日食糧を提供する』という約束をーーー」

 

 

 「よく来てくれたね!バーサーカーくん!母さん、お隣さんの引っ越し祝いを!」

 

 「おほほ!家には大したものはありませんが、すぐ持ってきますね!」

 

 

 「■■■!?」

 

 

 

 

 ……途中、『初耳だ!』と驚いていたバーサーカーの姿が見えたが、気のせいだろう。

 

 

 そうして、私の家に『お隣さん』が出来たのである。

 

 

 恐らく族長が勝手に言った口約束を、彼は律儀に守ってくれており、毎日森の中に入って、木の実やキノコ、それからウサギやイノシシなどの動物を解体して、私の家に持ってきてくれていた。

 

 おかげで毎日の食生活がかなり改善された。

 

 もう、前までの『お粥もどき』を主食にせずとも良くなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいしいね!姉ちゃん、バーサーカー!」

 

 「そうですね、いつもありがとうございます、バーサーカー。ほら、こめっこも彼にお礼を言うのですよ?」

 

 「ありがとございます」

 

 「■■■■」

 

 

 

 片手を上げて『気にするな』と言いたげに手を振り、それから焼いた肉を頬張るこめっこを優しい目で見守りながら、彼は自分の肉を食べ始めた。

 

 ……家の近くに住む、どこかのご近所さんにも見習わせたいくらい、純粋な目をしていますね。

 

 一時期は彼のことを『ロリコンではないか?』と心の中で疑ったことがあったが、許して欲しい。

 

 

 

 「姉ちゃん、今日は家にすぐ帰ってくる?」

 

 「えぇ。授業が終わったらすぐ帰る予定ですよ」

 

 「そっか。なら、今日の晩ごはんもいつも通りバーサーカーと作っておくね!今日はウサギ肉とキノコを使ったサンドイッチだよ!」

 

 「ほう、それは楽しみです。今日も一日、気をつけて遊ぶのですよ?バーサーカー、子守の方、よろしくお願いしますね?」

 

 「■■」(コクッ)

 

 

 

 そう言って、朝食を食べ終わった私は、焼いた肉を乗せる為の皿を片付けるために家に戻ろうとすると。

 

 

 

 「あら、めぐみん。おはよう。もう学校に行くの?」

 

 そう言って仕事場から出てきた母に出会った。

 

 「えぇ。今日もゆんゆんを家に連れてきますから、時間を取っておいて下さい」

 

 「えぇ、分かったわ。気をつけて行ってらっしゃい!バーサーカーさん、私のお肉も用意してくれるかしら?」

 

 「■■」(コクッ)

 

 

 

 そうした最近の我が家の朝の風景を横目にしながら、私は学校に行く準備を済ませていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはようー、めぐみん!」

 「おはよう〜」

 

 「おはようございます、ふにくら、どどんこ」

 

 「ふにふらよ!あんた、数少ないクラスメイトの名前間違えてるんじゃないわよ!」

 

 「……冗談ですよ、ふにふら。おはようございます」

 

 「今の間は何!?全くもう!……いいわ。許してあげる」

 

 「そりゃどうも」

 

 

 

 学校に着いた私は、自分の教室に入るためにその扉を開くと、扉の近くにある席で談笑していたクラスメイトと挨拶を交わす。

 

 その後に私は、廊下とは反対の窓際にある自分の席に座り、いつものように朝の二度寝を始めた。

 

 前は余計なカロリーを使わないようにするための毎日の工夫だったが、食生活が改善された今、別に寝ずともクラスメイトの輪に混ざって談笑しても良かったのだが、日頃からのルーティンだったからか、何も考えずに蹲って寝てしまった。

 

 

 しばらくすると。

 

 

 「お、おはよう!めぐみん!」

 

 

 と、挨拶をしてくる声の方を向くと、ゆんゆんが隣の彼女の席に座っているのが見えた。

 

 

 

 「……おはようございます。おやすみなさい」

 

 「待って待って!会話をやめようとしないで!ほ、ほら!トーク!トークをしましょうっ!」

 

 「……何のトークをするんですか?」

 

 「えっ!?えっと……」

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 「き、今日もいい天気だけど、調子はどう?」

 

 「いい天気ですね元気ですよおやすみなさい」

 

 

 「待って待って!!そんな雑に扱わないでよ〜!」

 

 

 

 ……ゆんゆんを見ていると、嗜虐心を煽られる気がしますね。

 

 

 涙目でグスッと落ち込んでいるのをチラッと顔を机に伏せた状態で見てから。

 

 

 

 「……はぁ。今日の授業の予習は済ませてきましたか?ゆんゆん」

 

 「ッ!?も、もちろんよ、めぐみん!!明日は、今日の授業からの問題についてテストをするって言ってたからね!勝負よ、めぐみん!次こそは、学校の成績で勝って見せるわ!!」

 

 「はいはい、朝から元気そうで何よりですよ。……いいでしょう。その勝負、受けて立ちます」

 

 「ほ、本当!?や、やった!」

 

 「…………」

 

 

 

 たかだか私と勝負をする約束を取り付けたくらいで大喜びするゆんゆんに、私はいつも通りに対応出来たであろうか?

 

 今日の朝に見た夢をまだ引きずっているのか、ゆんゆんと会話していると、胸がチクチクと痛むような。

 

 ーーそして、変わらずに私と接してくれる彼女に対して『嬉しい』と感じているような。

 

 

 

 

 「やぁ、君達。学校に来て最初に話題にするのが『テスト』と『勝負』とは、相変わらずだね」

 

 「おや、あるえ。来ていたのですか?おはようございます」

 

 「あ、ある、あるえさん!お、おおお、おはっ!おはよう!」

 

 「はい、おはよう」

 

 

 

 そんなことを考えていると、いつの間にかクラスメイトであるあるえが私達の前の席に座っていた。

 

 いつも気怠そうな雰囲気を出す彼女は、授業開始ギリギリになって来るので彼女が来たら授業がそろそろ始まる合図代わりになっている。

 

 故に、いつも授業が始まる前に学校に着いたら私を起こしてもらうように頼んでいるため、クラスメイトの中ではゆんゆんの次によく話す人物である。

 

 

 

 「おはよう、諸君!それでは出席を取るぞ?……あるえ!」

 

 「はい」

 

 

 あるえが来たのとほぼ同じタイミングで、担任の教師が教室にやってきて、そのまま名簿を片手に出席を取っていく。

 

 この学校は、クラスが男女別になっているため、1クラスに生徒が約10人くらいしかいない為、すぐに私の名前が呼ばれる順番が来る。

 

 

 「めぐみん!」

 

 「はい」

 

 「ゆんゆん!」

 

 「は、はいっ!」

 

 「よし、全員居るな?それでは授業を始める!教科書とノートを開け!」

 

 

 私達の返事を聞いた担任は満足そうに頷くと、すぐに黒板に今日の授業の板書をし始める。

 

 こうして、いつもの私の日常生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし。今日の授業では、この前の授業でやっていた特殊な魔法についての続きを説明するぞ?その前にまずは、黒板に書いた『初級魔法』『中級魔法』『上級魔法』についての説明からもう一度復習する」

 

 

 

 3時間目の授業である『魔法学』は、私達『魔法のエキスパート』である紅魔族にとって、必修の授業。

 

 当然、クラスの雰囲気も真剣さが、肌でピリピリと感じ取れるくらいには、みんな集中している。

 

 かく言う私も、担任が黒板に書く内容を、無言でノートに書き写していた。

 

 

 その雰囲気に満足そうにしながら、担任が解説を始めた。

 

 

 

 「まず、これらの3つの魔法は知っての通り、私達が身近に使われている魔法の種類であり、我々はどんなに魔法の才能が有っても、『スキル』としてこれらを習得していなければ、魔法を使うことは出来ない」

 

 

 「そして、『初級魔法』を習得してさえいれば、後は日頃の鍛錬や『冒険者レベル』を上げるなどをして『スキルポイント』で『初級魔法』を強化していけば、自ずと『中級魔法』『上級魔法』も習得出来る」

 

 

 「しかし、このやり方では『中級魔法』を習得するだけでも、一般の人々では10年、『上級魔法』を習得するには30年かかると言われている。これは、最初にこれらの魔法を発見・研究してきた人々による記録から分かったことだ」

 

 

 「そこで、私達『紅魔族』は魔法について学び、安全に『上級魔法』を『スキルポイント』を使用した形で、大幅に『習得するまでに必要な過程』を飛び超えて習得するために、この学校に集まり日々学んでいるのだ」

 

 「そしてお前達は、『上級魔法』こそが最高の魔法だと思っていた筈だ」

 

 

 担任は、黒板に更に2種類の魔法を書き出した。

 

 

 「この世には、それらの魔法以外にも『固有魔法』や『儀式魔法』と呼ばれるものがある。『固有魔法』については先日までに散々説明したから簡単にまとめるぞ?『固有魔法』とは、魔法を長年研究し、才能ある者、つまり我々だな?彼等が編み出した特殊な魔法のことを指す。例として、『炸裂魔法』『爆発魔法』それから『爆裂魔法』が挙げられる」

 

 

 「先生!」

 

 「何だね?」

 

 「前の授業では、さっきの3つ、特に『爆裂魔法』はネタ魔法って言ってましたよね?そんなのを覚えても意味ないのでは?」

 

 クラスメイトの1人が、馬鹿にしている訳ではなく、真剣に担任に質問していた。

 

 

 ………………

 

 

 「確かに、『爆裂魔法』はネタ魔法だが、その威力は『固有魔法』の中でもトップの位置にいるのは間違いないのだ。それに、知識としてその魔法を知っているかどうかで戦闘時における対応も変わる。必ず頭に入れておけ」

 

 「は、はい」

 

 

 ……ふぅ。危なかった。危うくブチ切れるところだった。

 

 

 「まあ、『爆裂魔法』はネタ魔法なのは変わらないし、誰もこんな欠陥魔法を習得しようとは思わないだろうがな、ガハハ!」

 

 

 

 おい。

 

 

 

 「め、めぐみんっ!抑えて、抑えて!」

 

 

 ボソッと隣から小声で宥めるような声が聞こえ、授業中ということもあり、私は爆裂魔法を馬鹿にされた怒りを我慢することにした。

 

 ……今度、奴の担任としての素行不良を、校長にチクろう。

 

 

 

 「まぁ、冗談はこれくらいにして。そう言った熟練の魔法使いのみが、初級・中級・上級魔法を凌駕する魔法を生み出し、それを世間一般に広めずにいる魔法のことを『固有魔法』という。つまり、言わばそれは編み出した魔法使いの『人生』そのものといっても過言ではない」

 

 

 「それとは別に、今日やる魔法の授業は『儀式魔法』についてだ」

 

 担任は黒板に書かれていた『儀式魔法』の解説をしながら、その内容を黒板にまとめていく。

 

 

 「この『儀式魔法』はさっきの『固有魔法』とは逆で、数十名、数百名で唱える強力な魔法で、文字通り何らかの儀式や戦争の際によく使用されている魔法のことを指す」

 

「これらは、『新しい魔法を開発する』というよりは、『既存の魔法を用いて組み合わせることで新たな魔法として創造する』というのに近く、一般的に伝わっている『儀式魔法』は『初級魔法』『中級魔法』『上級魔法』の効果をより『増大』させたようなものが多い」

 

 

 「それでは、これからいくつかの『儀式魔法』についての例と魔法の効果、それが使用された背景などをまとめていくので、ノートを取るように。まずはーーー」

 

 

 

 授業に入る前振りを終えた担任が、黒板の前で解説を続けるのを聞きながら、私達はそれらの内容を全部、自分のノートに書き込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第3話

 

 

 

 「よし、今日の授業はここまで!昼休憩を挟んだ後、午後は『体育』の授業からなので、全員、校庭に集合するように。解散!」

 

 

 

 4時間目の授業が終了する鐘の音が鳴り、担任が教室から出て行った瞬間に、私達の待ちに待った昼休みの時間が始まる。

 

 

 クラスメイト達は各々自分のグループを形成して、そこで弁当を食べ始める中、私とゆんゆんは用事がある為、教室から出て行こうとした。

 

 私達が教室から出て行く際に、何故かクラスメイト全員がこちらをチラッと見てきた気がしたが、気のせいだろうか?

 

 

 

 

 「めぐみん。今日、お昼ご飯は食べなくてもいいの?」

 

 「えぇ。今日の朝ご飯はイノシシ肉を使った焼き肉でしたので、お腹はあまり空いてないですね」

 

 「朝から『焼き肉』って重すぎないっ!?」

 

 「朝から『何も食べない』よりマシでは?」

 

 「極端すぎるわよ!栄養バランス考えなさいよ!……ねぇ、めぐみん。ちなみに、ここにめぐみん用に作った弁当があるって言ったら、どうする?これ、たまたま、そうたまたまなんだけど!今日の私の弁当の余りで作ったものがーーー」

 

 「いただきます」

 

 

 

 『バーサーカー事件』が終わってから今まで、毎日弁当の余りが出るなんてあり得るはずがないのに、照れ隠しなのか毎回そんな言い訳をしながら、彼女は私の分の弁当を持ってきてくれるようになった。

 

 彼女から挑まれる『勝負』に勝ってから、彼女の弁当を強奪していた頃もあったが、食生活が改善されたため、最近は純粋にお互いの勝敗を比べて一喜一憂する健全な関係になった。

 

 まぁ、全て私の全勝だったが。

 

 

 よって、わざわざ彼女が私の弁当を作ってくる必要はないのだが……。

 

 

 

 「……ふぅ。ご馳走さまでした。美味しかったですよ」

 

 「ほ、本当!?よ、よかった〜!今日の卵焼きは自信作だったの!ど、どうだった?」

 

 「えぇ。いい塩加減でした。また腕を上げましたね」

 

 「え、えへへ♪ありがとう、めぐみん!」

 

 

 

 

 私は図書館のすぐそばにある小さなベンチで、ゆんゆんお手製の弁当に舌鼓を打ち、それを彼女に返した。

 

 前は弁当箱を返す際は、常にすすり泣いていた彼女だったが、今は満面の笑みを浮かべている。

 

 

 これもまた、最近のいつもの日常の風景になった。

 

 

 

 

 「さて、腹ごしらえはしましたし。そろそろ入りましょうか」

 

 「うん!」

 

 

 

 

 弁当箱を片付け終えたゆんゆんと一緒に、私達は図書館の中に入った。

 

 この図書館は、魔法使いを多く輩出する『紅魔の里』の学校の中にあるだけあって、ありとあらゆる種類の本が相当数、貯蔵され、管理されている。

 

 

 怪しげな『お伽話』が載っている本から、『ハウツー』本の類、果ては『禁書』と呼ばれるものまでもが、この図書館内にはあった。

 

 まぁ、『禁書』関係の本はかなり厳密に管理されていて、生徒がそれを読む場合は、先生立ち会いの元に行わなければならない。

 

 故に、『バーサーカー事件』の衝撃のせいで誰もが忘れてしまったようだが、ゆんゆんが描いた『悪魔召喚の魔法陣』に関連する書物は、本来なら閲覧禁止の棚にある。

 

 

 これを勝手に読んだ生徒は学校内だけでなく、里の中でも厳しい罰を受けるハメになるのだが。

 

 そんなことを承知で、『友達が欲しい』という理由だけで、ここに忍び込んで『禁書』を読み、悪魔を召喚しようとしたゆんゆんの精神が、異常をきたしていたのが分かるだろう。

 

 

 ……まぁ、その原因の大部分が『私のせい』なのだろうが。

 

 

 

 

 「めぐみん。今日は、この棚の中から探していこうと思うんだけど……」

 

 「分かりました。なら、私は今日はこっちの棚から探していきますね」

 

 

 

 今日の目当てである本を、私とゆんゆんは手分けして探すことにする。

 

 棚に並べられた本のタイトルを、指でなぞりながら探していると。

 

 『マイナースキル:完全網羅集<物理スキル編>』

 

 お目当ての本のタイトルを見つける。

 

 本棚からその本を抜き出し、中を開いてその内容を読み。

 

 

 

 「……これにも、載っていませんね」

 

 

 私達が知りたかった事が書かれていなかった為、その本を元あった棚に戻した。

 

 私達が昼休みを利用して、図書館で探していることはただ一つ。

 

 

 

 『魔獣化』とは、一体何なのか。

 

 

 

 

 「……あれから1ヶ月近く探しているのに見つからないとか、本当に何なのでしょうか、あのスキルは……」

 

 

 

 

 1ヶ月前、バーサーカーの『冒険者カード』に載っていたあのスキルの正体。

 

 族長であるゆんゆんの父親や、簡易冒険者ギルドみたいなこともしているぺぷちどが知らないとなると、どれだけマイナーなスキルなのか分かったものではなかったが。

 

 まさか、2人がかりで図書館内にある書物から、それに該当するスキルを探しても見つからないとか、そろそろ『この場所』で正体を探すのは、お手上げになりそうだった。

 

 後は、『禁書』の棚の欄から探すしかないが、こちらは族長やぺぷちどが探すと言っていたので、恐らく見つからなかったのだろう。

 

 

 

  ちなみに、バーサーカーの『魔獣化』のスキルについては、私とゆんゆん、族長にぺぷちど、それから私の両親以外には里の住人は知らない。

 

 『プライベートのことだし、彼にも理由がある筈だから、あまり事を荒立てないように』とは族長の言葉だ。

 

 私の家の近所にバーサーカーが引っ越して来たのだって、私の両親が、今は『全く売れる商品が作れない貧乏魔道具職人』だが、昔は『凄腕の冒険者』だったからというのも、引っ越し当時にバーサーカーには伝えてない理由の一つだった。

 

 

 

 もし、バーサーカーが里の住人に危害を加えるような事があれば、即座に『鎮圧』出来るようにしたかったらしい。

 

 

 

 ……まぁ、この1ヶ月の間で、彼が私の妹であるこめっこにあちこちと連れ回されている姿を見て、里の住人全員が、『彼は悪い人ではないのだ』と受け入れていた。

 

 今では、彼も立派な紅魔の里の住人である。

 

 

 

 

 よって、今、彼の『魔獣化』のスキルについて調べているのは、単純に『私達が気になるから』という理由だけであった。

 

 

 

 

 「ゆんゆん。そちらには目ぼしい本はありましたか?」

 

 

 

 

 私はさっきから静かになっている彼女がいる所に足を運んでみると、真剣な表情で本を読んでいる姿が見えた。

 

 その本のタイトルの名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『鳥類だって友達になれる禁断の書』

 

 

 

 「………………ゆんゆん?」

 

 「はわぁっ!?め、めめめ、めぐみんっ?!ち、ちち、違っ!違うの!こ、これはね、その!」

 

 

 「いえ、いいんですよ?私が目当てのものを探している際に、あなたが気になる本があれば、それを読むのを怒ったりはしません。ですが、なんなんですか?その本のチョイスは。タイトルが酷すぎですよ?酷すぎ……。………………これは酷い」

 

 

 「ちょっ!?ちょっと待ってよ、めぐみん!そんな哀れな人を見る目で私を見ないで!ほら、これ見てよ!人間はね、昔から伝書鳩みたいに、鳥と特別な関係を築いているじゃない?つまり、鳥と友達になって毎日遊ぶことだって……!」

 

 

 「鳥と友達になる前に、まず人間と友達になりましょうよ……」

 

 

 この子の『ぼっち体質』の根は深いらしい。

 

 ……どうしたら改善できるのだろうか……。

 

 私はため息を吐き、『あわあわ』と動揺している彼女の行く末が心配になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし!では、これより!『体育』の授業を始める。今日は始めての『戦闘訓練』の授業だ!我々紅魔族は『魔法のエキスパート』である。その自覚を持ち、戦闘の上で最も大切な物は何か。……ゆんゆん!答えは何だ!」

 

 

 

 「は、はい!えっと……。れ、『冷静さ』です!戦闘時における状況は常に変わっていきます!よって、その状況の変化を常に俯瞰して観察し、最適な行動・魔法を選択出来る『冷静さ』が大切だと思います!」

 

 

 

 「うむ!模範的な解答だ。模範的な解答すぎて詰まらん。50点!次、めぐみん!」

 

 「えぇっ!?」

 

 

 

 担任の評価が納得いかないのか、ゆんゆんが驚いた表情で固まっていた。

 

 ふっ、甘いですね。ゆんゆん。戦闘に大切な物なんて、始めから決まっている。

 

 そう!

 

 

 

 「破壊力です。『全てを圧倒的に蹂躙する力』こそ、ありとあらゆる状況を打破出来ます!」

 

 

 

 私が自信満々にそう答えると。

 

 

 

 「70点だな。確かに火力不足による、戦闘時の膠着状態になる可能性は非常に高い。逆に、火力があれば、そう言った状況は全て無視出来る。だが、それでは紅魔族の戦闘における大切なことがまだ足りない!」

 

 「こ、この私が70点、ですと……!?」

 

 「私なんて50点なんだけど……」

 

 「次、あるえ!」

 

 「はい」

 

 

 

 

 落ち込む私とゆんゆんを他所に、左目を眼帯で隠しているあるえが、その眼帯を人差し指で下からクイッと持ち上げて、こう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『格好良さ』です」

 

 

 

 「100点満点だ!流石はあるえだな!よし、『スキルアップポーション』をやろう!諸君!聞いていた通り、私達の戦闘に必要なものは『格好良さ』である!それは何故か……。ねりまき!答えてみろ!」

 

 

 

 「はい!私達が魔法を使う際に、その魔法の『威力』や『精度』と言ったものは、ある程度はスキルレベルや冒険者レベルに依存します。しかし!それ以外にも、魔法を使う前に自らの魔力を練り上げる『練度』というものがあるからです!この『練度』は、普段の魔法の修練だけでなく、魔法を使う際の『精神状態』にも影響を及ぼします。よって!呪文を唱える際に、如何に自らの精神を高揚させるかが重要になるからです!」

 

 

 

 「パーフェクトだ!我々紅魔族が最高の魔法を放つ、その為のベストなコンディションにするためにも、『戦闘時における華』というものは欠かせない!では今から、それを私が実演する。……刮目せよ!!」

 

 

 

 担任が何かの魔法を唱えると、綺麗な青空が広がっていたのが、突如として私達の真上だけ雲が発生し、そこから稲妻が何本か走り始める。

 

 そして、その中で一際大きい稲妻が担任の真後ろに落ちると同時に。

 

 

 「我が名はぷっちん!紅魔族随一の教師にして、やがて校長の椅子に座る者っ!!」

 

 

 「「「か、格好いい!!」」」

 

 

 クラスメイトが全員女子な為か、担任も『彼が考える格好良いポーズ』のまま、満更でも無さそうな顔をしていた。

 

 そんなクラスメイトを見て。

 

 

 「は、恥ずかしい……っ!」

 

 

 と、顔を両手で覆い隠していても分かるくらい真っ赤にしたまま、俯いて小さく震えていた。

 

 

 ……相変わらず、独特のセンスを持つ子である。

 

 これさえ直せば、優等生のゆんゆんなら人付き合いもマシになるだろうに。

 

 

 そんなことを考えていると、担任が手を叩いて、全員の注意を引いた。

 

 

 「よし!それでは、好きな者同士でペアを組み、お互いに『自分の格好良さ』をアピール出来るポーズを考え見せ合って、最高にクールな「名乗り』を研究するのだ!」

 

 

 担任のその言葉に、クラスメイトは各自で仲の良い人達とペアを組んで練習を始めていた。

 

 と言っても、私達紅魔族は子どもの頃から周りの大人の姿を見て、自分の『名乗り』を既に決めている者が多い。

 

 

 よって、その練習もみんなスムーズに行っていた。

 

 

 

 

 

 「我が名はねりまき!紅魔族随一の酒屋の娘にして、やがて居酒屋の女将を目指す者!……どう?あるえ」

 

 「いいと思うぞ。よし、次は私だな。……。我が名はあるえ。紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者!……。どうだ?」

 

 「ばっちしだよ!」

 

 

 

 

 

 

 「よし、やるわよ!……。我が名はふにふら!紅魔族随一の弟想いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

 

 「ふにふら……。ブラコンはちょっと……」

 

 「ま、まだ良い名乗りが思いついてないだけよ!!そういうどどんこはどうなのよ!?」

 

 「私?……。我が名はどどんこ、紅魔族随一の……!随一の……。何だっけ……?」

 

 「あんた、私よりよっぽど酷いじゃないっ!?」

 

 

 

 ガヤガヤと楽しそうに練習するクラスメイトを眺めて、さてどうしたものかと考えていると。

 

 

 「め、めぐみん!よ、良かったら、私と……!」

 

 「先生。今日は具合が悪いので、体育の授業を休ませてもらってもいいですか?」

 

 「ん?めぐみんが体調不良とは珍しいな。いいぞ、保健室に行ってこい。おっ?ゆんゆんが1人余るな。よし!私がペアを組んでやろう!お前には前から一度、そのズレた感性を矯正しようと思っていたのだ!みっちり指導してやるからついて来い!」

 

 「了解しました。では、失礼します」

 

 「えぇっ!?ちょっ!待ってよめぐみん!」

 

 

 ゆんゆんが私に手を伸ばして『行かないで!』みたいな顔をしていたが、私は彼女に『頑張れ』と軽く手を振り、そのまま保健室へと向かった。

 

 

 私は保健室の先生に事情を説明して、静かな空間にあるベッドの中に入り込み、布団を首まで引っ張り上げる。

 

 校庭からクラスメイトの声が聞こえてくる中、私は昔考えた『名乗り』を頭の中で復唱する。

 

 

 『我が名はめぐみん!紅魔族随一の天才にして、爆裂魔道を歩む者!』

 

 

 復唱して、今度は布団を頭まで被った。

 

 

 

 ……私は、この『名乗り』を上げる資格はあるだろうか。

 

 

 

 しかも、ゆんゆん相手に、堂々と。

 

 

 今日の朝の夢がフラッシュバックする。

 

 

 

 あのとき、『大切な命』と『自分の夢』を天秤にかけて迷い、取り返しがつかないことになりかけた、自分の才能に驕っているだけの、ただの『腰抜け』な私は。

 

 

 

 

 ーーー師匠みたいな、格好良くて、凄い大魔法使いになれるのだろうか。

 

 

 

 

 ……いけない。この気持ちには蓋をしたはずだ。

 

 

 

 忘れてしまおう。

 

 次の授業までには頭を切り替えよう。

 

 

 

 

 

 そう自分に自己暗示をかけながら、私は静かに目を閉じたーー。

 

 

 

 

 

 



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第4話

 

 

 

 「めぐみん、本当に大丈夫だったの?」

 

 「えぇ、大丈夫でしたよ。……あと、それ聞いてくるの、3回目ですよ?」

 

 「だ、だって、いきなりだったからっ!」

 

 

 

 

 放課後、ゆんゆんが心配そうな顔をしながら、私の顔を覗き込んでくる。

 

 5時間目の授業が終了し、私が教室に戻ってきてから、彼女はずっとこんな調子だった。

 

 私が『ちょっとフラッとしただけなので問題ない』とゆんゆんに言い聞かせているのだが……。

 

 

 全く、心配症な子である。

 

 

 

 

 

 

 そんなことをしている間に、クラスメイト達は家が近所の子達と一緒に帰って行く中、私とゆんゆんだけが取り残されていた。

 

 

 「ほら、さっさと帰りますよ。今日も家に寄って行きますよね?」

 

 「う、うん!」

 

 

 

 

 

 そうして私がゆんゆんと一緒に教室を出て、帰り道を歩いていると、帰り道の途中で喫茶店に寄り道していた、あるえとねりまきの姿が見えた。

 

 喫茶店のテラス席で、お茶と団子を買い食いしていた彼女達がこちらに気づいたのか、2人が手を振ってくる。

 

 

 

 

 「おや、2人とも。今日も一緒に帰っているのかい?」

 

 「最近はいつも一緒に帰ってるって、里の中で噂になってるよ?」

 

 

 

 

 紅魔の里の人口は、里と言うだけあって住人達の関係が密接で、ちょっとしたことでも噂となり、それが話の種になったりするくらいには、『魔法』以外のことに関しての娯楽が少ないのである。

 

 

 

 

 

 「えぇ。ゆんゆんが私の母に用事がありまして」

 

 「そ、そうなの!ゆいゆいさんに、ちょっと用事があって……!」

 

 「「ふーん…………」」

 

 

 

 

 

 ……何だろうか、そのニヤついた顔は。

 

 それに、教室で時々感じた視線に、よく似ているような……?

 

 

 

 

 「そういえば、めぐみん。あの大男くんが近所に住んでから1ヶ月が経つが、彼は実際にどんな感じの人なんだ?いつもこめっこちゃんを連れて歩いているが……」

 

 「連れて歩いてるって言うより、こめっこちゃんのペットみたいだって噂もあるよ?私も2・3回だけ会ったけど、『彼女が行きたい場所に、尻尾を振ってついて行ってる』って印象だった!」

 

 

 「「ぶふっ!」」

 

 

 

 

 私とゆんゆんが、バーサーカーに対するねりまきの感想から、あの巨躯な身体にゴツゴツした顔と筋肉のシルエットに『犬耳』と『尻尾』が付いて、それが飼い主に対して『フリフリ』と尻尾を揺らしている姿を想像し、思わず吹いてしまった。

 

 

 確かに、普段の彼のこめっこに対する態度を見ていると、我が妹にとても甘い為、そんな風に見えないこともない。

 

 

 

 

 「そ、そうですね。確かに、バーサーカーとこめっこは仲が良いですよ?最近は彼が暇なら、いつも一緒に遊んでいるみたいですし。彼が森から持ち帰った食材で、一緒に料理とかもしているので」

 

 「へぇ〜!!あの見た目からして、最初の印象は怖かったんだけど、想像以上に面倒見がいいんだねぇ〜!」

 

 

 

 感心したように呟くねりまきを見て、ゆんゆんもそれに同意した。

 

 

 

 「そ、そうなのっ!!私も最初は凄く怖かったんだけど、ちゃんと私の目を見ながら私の話を最後まで聞いてくれるし、こめっこちゃんを見る目は優しいし!人は見かけによらないんだなっていい勉強になって……っ!!」

 

 

 「ど、どうどう!落ち着いて、ゆんゆん。そんなに一気に早口で喋らなくても、ちゃんと聞くから!」

 

 「そうだぞ?誰も急かしてなんかいないんだから、ゆっくり話すといい」

 

 「う、うぅ……。あ、ありがとう……」

 

 

 

 私以外と会話をするときはいつも緊張しているゆんゆんが、あるえとねりまきの2人に慰められて、少し顔を赤くしながら照れたようにお礼を言っていた。

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 「ほら、ゆんゆん。もうそろそろ行きますよ。家の母を待たせているのですから」

 

 

 「あっ!そ、そうね、めぐみん!あ、あの!ま、また明日!」

 

 「あぁ、また明日な」

 

 「じゃあねー、2人とも!」

 

 

 そう言ってその場から去るときに、あるえとねりまきの2人が私達に手を振りながら、またさっきのニヤついた顔をしてくる。

 

 

 ……本当に一体、何なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま帰りました」

 

 「ただいま、こめっこちゃん、バーサーカーさん!」

 

 「あっ!姉ちゃん、ゆんゆん、おかえり!」

 

 「■■■■」

 

 

 私とゆんゆんが私の家の近くまで帰ってくると、丁度バーサーカーの家から出てきた嬉しそうに返事を返してきたこめっこと、彼の家の玄関前で片手を上げて挨拶を返すバーサーカーがいた。

 

 

 

 「こめっこ、ただいまです。今日は一日何をしていましたか?」

 

 「今日はね!バーサーカーに文字の勉強をさせて、それから『神社』に遊びに行って、近くの『聖剣が刺さった岩』にあった剣を、バーサーカーが抜いてきた!これでバーサーカーも『選ばれし者』だね!」

 

 「ぬ、抜いてきた??こ、こめっこ、その剣は今、どこに?」

 

 「バーサーカーのお家に、記念でかざりました!」

 

 「「…………」」

 

 

 

 

 ……その聖剣は、この里の鍛冶屋のおじさんが作った、観光客寄せ用であり、剣を抜こうとする挑戦者が丁度1万人目を迎えた時に抜ける魔法がかかっているものである。

 

 確か、『聖剣を作ってからそろそろ2年が経つな!』とおじさんが言っていた記憶があるので、まだ聖剣が抜けるはずがないのだが……。

 

 

 私達は、バーサーカーの家の中にあるその剣を見せて欲しいと頼んだ。

 

 

 彼の家は、その身体の大きさに合わせて、かなり大きな掘っ立て小屋であり、家の中には彼が里の服屋から仕立ててもらった服を仕舞う箪笥と彼のサイズに合わせて作った布団しか家具がないはずだった。

 

 しかし、今日はこめっこが言った通り、その家の中に『聖剣』がアンティークとして飾られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「うわぁ…………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……『聖剣』が刺さっていた岩ごと。

 

 

 

 

 「…………。バーサーカー、これは後で、元の場所に戻しておいて下さいね?」

 

 「■■■……」(コクッ)

 

 

 

 バーサーカーも悪いことをしたと思っているのだろう、申し訳なさそうに頷いてきた。

 

 

 

 ……悪いことをしたと思っているなら、持って来ないで欲しかったのですが。

 

 

 

 恐らく、こめっこに『持って帰ろう!』とせがまれて、断れなかったのだろう。

 

 きっとこれを持ち帰る途中で、里の人達にこの惨状を見られているはずだ。

 

 これはまた、里中に噂が広がるでしょうね……。

 

 

 

 「こめっこも。これは村の大切な里の観光資源の一つですから、持ち帰ってはダメですよ?」

 

 「分かった」

 

 「あと、その近くにある『邪神の墓』にも近づいてはいけませんよ?あそこは立ち入り禁止ですからね?」

 

 「分かった」

 

 

 

 ここ最近は、バーサーカーというペットを得たからか、1日1日の食糧を確保する必要がなくなったから、年相応に外で遊び始めたこめっこに、私は注意をしておく。

 

 

 自分の二の舞にはならないように。

 

 

 私がこめっことそんな話をしていると。

 

 

 

 「あら。めぐみん、ゆんゆんちゃん、おかえりなさい」

 

 「ただいまです、お母さん」

 

 「こ、こんにちは!ゆいゆいさん!」

 

 

 私の家の玄関から、私のお母さんが出てきた。

 

 母が着ている服はいつもの部屋着や仕事着ではなく、激しく動いても破けない、『冒険者時代』に着ていた服だ。

 

 ここ最近ゆんゆんが来るようになってから、よく見る格好である。

 

 

 「ゆいゆいさん!今日もよろしくお願いします!」

 

 「はいはい。じゃあゆんゆんちゃんも動きやすい格好に着替えてらっしゃい」

 

 「はい!」

 

 

 元気よく私の母の言葉にそう返したゆんゆんは私の家に上がり、最近は私の部屋に彼女の服が置かれている箪笥から服を出して着替え、もう一度外に出た。

 

 

 そして。

 

 

 「いきます!」

 

 「いいわよ。いらっしゃい」

 

 ゆんゆんと彼女の『師匠』である母が、魔法における戦闘訓練を始めた。

 

 

 

 

 

 

 きっかけは、バーサーカーがこの里に来てから2週間経ったある日。

 

 彼が里に馴染み始めてから、誰かがこう言ったそうだ。

 

 

 

 

 「バーサーカーって見た目通り、本当に強いのか?」

 

 

 

 

 

 その言葉がきっかけで、里の中で自分の『魔法』の腕に自信がある人達が集まって、簡単な模擬戦という『イベント』をすることになった。

 

 バーサーカーに勝った人は、挑戦者の参加費を合計したものを、そのまま賞金として渡すと言ったもの。

 

 挑戦者は何度でも参加費を払えば挑戦できるし、飛び入りも可能。

 

 

 もちろん、バーサーカーが本気で殴ってきた場合、私達の方が悲惨なことになるのは、『バーサーカー事件』での魔物の死体から分かっていたし、私達も全力で『上級魔法』を使うと、彼の命が危ない。

 

 

 そういうことで、模擬戦の内容が『バーサーカーと彼への挑戦者との距離を空けて、バーサーカーは私達に直接的な攻撃はせず、私達がいる後ろの旗を奪えば勝ち。私達は全力で『上級魔法』は使わず、必ず加減をしながら、彼の膝を着かせたら勝ち』というルールにした。

 

 

 

 

 ……今思えば、彼に挑戦した紅魔族全員は、自分達の『魔法』の実力に驕っていたのだろう。

 

 

 

 

 彼の持つ『スキル』の数々には『魔法耐性』に『自己回復』、『緊急回避』があるのを、ぺぷちどの店に居た私達は知っていた。

 

 しかも、彼の『ステータス』や私自身の経験から、彼がその図体に似合わず俊敏に動けることも知っている。

 

 

 それらのことから、『イベント』の結果は私達にとっては簡単に予想出来たものであり、挑戦者には予想出来ないものだった。

 

 

 

 

 

 ーー私達が魔法を詠唱しようものなら、一瞬で距離を詰められて負ける。

 

 

 ーー使いなれた魔法を無詠唱で発動させても、ほとんどの魔法が直撃させてもダメージが通らないか、魔法そのものを直撃する寸前で避けられてしまい、そのまま距離を詰められ負ける。

 

 

 

 ーー例え魔法が直撃してダメージが通ったとしても、『自己回復(小)」を持っている彼は、かすり傷程度なら即座に治して立ち上がり、そのまま距離を詰められ負ける。

 

 

 

 次第に挑戦者はルールである『上級魔法』の加減をやめていったのに、それでも結果は変わらず。

 

 

 

 

 

 ……最早、彼を止められる者はいなかったのだ。

 

 

 ーーー私の母と父を除いて。

 

 

 特に父よりも凄かったのは、母とバーサーカーとの勝負で、その戦績は母の全戦全勝だった。

 

 

 しかも、母は『中級魔法』以上のものは一切使わずに。

 

 

 両親が昔、冒険者だったことは2人から話として聞いていたが、これほどに強かったとは思わなかった。

 

 

 族長がバーサーカーを私の家の『お隣さん』にしようとする訳である。

 

 

 

 その母とバーサーカーの模擬戦の様子を見たゆんゆんが、『イベント』終了後に、母へ『弟子入り』したいと頼み込んだのだ。

 

 

 

 ゆんゆん曰く、『ゆいゆいさんみたいに経験豊富で、凄い魔法使いになりたい』のだと。

 

 

 そして、その申し出をOKした母は、ゆんゆんの両親との間でも話あって、ゆんゆんに『いつでも家にいらっしゃい』と言い、それから学校終わりには毎日私の家に来るようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、今日はそろそろお開きにしようかしら」

 

 「あ、あり、ありがとう、ございました……」

 

 「あらあら。大丈夫?」

 

 「だ、大丈夫、です!」

 

 

 

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、2人の特訓を見ていると、今日の分は終わったらしい。

 

 2人の戦闘訓練は、魔法を使った遠距離戦ではなく、近接格闘も用いた接近戦が主流の、魔法使いとしては珍しい戦い方であり、訓練が終われば、ゆんゆんは必ずボロボロになっていた。

 

 

 魔法学校では、『体術』の成績も上位のゆんゆんだが、私の母のそれは、学校でやる『体術』が『おままごと』に見えるくらい激しく、その上、気を抜いたら魔法が飛んでくるため、ゆんゆんもついていくのがやっとらしい。

 

 

 

 

 「さて、それじゃあ、そろそろ晩ご飯にしましょうか。今からサンドイッチの材料を刻んだ物を持ってくるから、めぐみんとバーサーカーさんは、外で火を使う為の薪を持ってきて頂戴。こめっこは、その後サンドイッチを作ってね?ゆんゆんちゃんも、今日は一緒に晩ご飯食べて行きなさいな」

 

 「了解です」

 

 「■■」(コクッ)

 

 「分かった!」

 

 「は、はい!ご馳走になります!」

 

 

 そうして、少し早や目の晩ご飯を食べ、ゆんゆんが私の家のお風呂に入った後は、日が完全に暮れる前に自分の家に帰って行く。

 

 これもまた、最近の私の日常だった。

 

 

 

 「さて、それじゃあご飯もたくさん食べたし、食後の運動も兼ねてバーサーカーさんの特訓を始めましょうか!」

 

 「■■■!」

 

 

 

 

 

 ……食生活が改善されたからって、母は少しハッスルし過ぎでは?

 

 お金は『イベント』の賞金が臨時報酬になって、最近は懐が温かいのも理由かもしれない。

 

 

 

 そんなこんなで、近所に誰もいないことをいいことに、夜に母の魔法の音とバーサーカーの悲鳴がこだまするのも、ここ最近の日常になっていることにも何だかなぁと思いながら、私は明日のテスト勉強をした後、明日に備えて寝ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




本編が日常パートに入っていて、物語の展開が遅いと感じるかも知れませんが、一応伏線なんかを張っているので、そこはご理解下さい(汗



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第5話

 

 

 

 ーーー『女性が3人集まれば姦しい』なんて言葉は、最初に誰が言ったのか。

 

 

 「でさー、最近、この里に勇者候補の、爽やかイケメンな剣士が、魔王を倒す為の魔法使いを探しに来ててさ!あたし、この前ね、里でばったりとその人と会ってさ!そのときに、一目見て分かったの!絶対あの人って、あたしに気があると思うのよ!」

 

 

 「えぇ〜?本当に?でもこの前さ、ふにふらって『前世で生まれ変わっても一緒になろうって誓い合ったイケメンな相手がいる』って言ってたじゃない。その彼はどうするの?」

 

 

 「そうなのよねー、これって浮気?みたいな?恋多き乙女は辛いわよねー」

 

 

 「そ、そうなんだ!凄いねふにふらさん!」

 

 「…………」

 

 ……この痛々しい会話は、一体何なのだろうか。

 

 

 

 ある日、クラスメイトのふにふらとどどんこが、珍しく私とゆんゆんを昼食に誘ってきたので、教室の中で私達はご飯を食べているのだが、先ほどから、ふにふらが謎の恋バナを振ってきていた。

 

 果たしてどこまで真実なのか分かったものではないが、『彼氏がいる』と言っているふにふら本人と、どどんこは楽しそうに話をしているし、ゆんゆんも話を合わせようと、一生懸命に相槌を打っていた。

 

 

 そんな彼女達の話を、私は適当に聞き流していると。

 

 「そういえば、2人のこういう話ってしたことないけど、どんな人がタイプなの?ねぇ、ゆんゆんはどんな人が好き?」

 

 「えっ!?」

 

 

 どどんこにいきなり恋バナを振られ、驚愕の表情を浮かべたゆんゆんが、恥ずかしそうにしながら答えようとしていた。

 

 

 「わ、私は……物静かで大人しい感じの雰囲気で、私がその日にあった出来事を話す時に、傍で『うんうん』って聞いてくれるような、いつも優しく包みこんでくれる、そんな頼りがいがある人がいいなぁ……」

 

 

 「地味ねぇ……」

 

 「地味だねぇ……」

 

 「まぁ、ゆんゆんは変わり者ですからね」

 

 

 「変わり者!?私って、やっぱり変わり者なの?!」

 

 

 

 私達の感想に何か思うものがあるのか、ゆんゆんが涙目で慌てふためいていた。

 

 

 

 「じゃあじゃあ!めぐみんはどうなの?好きなタイプはどんな感じ?」

 

 

 「私ですか?そうですねぇ……。甲斐性があって浮気もしない、常に上を目指す努力が出来て、借金なんて絶対にしない。そんな、誠実で真面目な人がいいですね」

 

 

 「「「えっ?」」」

 

 

 …………。

 

 

 「……。何ですか、その反応は?」

 

 

 「いや……。めぐみんのことだし、『私の前世は破壊神だから、恋人はいません。ずっと1人で生きていけます』とか言うかと思ったから……」

 

 「そうそう。恋とか愛とか一切興味ない、血も涙もない女だと思ってたわ」

 

 「私も、前は勝負するときに、いつも『弁当をよこせ!』って言ってたから、めぐみんは食い気しかないのかなって……」

 

 

 

 「ぶっ飛ばしますよっ!?」

 

 

 

 

 

 なんて失礼な子達なのだろう、人を馬鹿にするのも大概にして欲しい。

 

 私がそうやって怒りを露わにしていると。

 

 

 

 

 

 「ごめん、ごめん!悪かったわよ。……なら、さ。めぐみんは、恋愛の対象って、男性?それとも、女性だったりする?」

 

 「はっ?」

 

 

 謝りながら突然、ふにふらが意味不明な質問をしてきた。

 

 

 

 

 

 「いや、ほらさ!めぐみんがこういう話に乗ってくるのって珍しいじゃない?だから、もうちょっと深く聞いてみようかな?って」

 

 「いや、それで何で恋愛対象に女性が入ってくるのですか?あり得ませんよ、女性となんて!」

 

 「そ、そうなの?」

 

 「そうです!」

 

 「「そ、そっかぁ……」」

 

 

 ???一体何なのでしょうか?

 

 私は訝しみながら、今日もゆんゆんお手製の弁当の残りを食べることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の学校からの帰り道、今日もゆんゆんと一緒に帰っていると、私の家の前に珍しい人物が立っていた。

 

 

 「おや、ぶっころりーじゃないですか」

 

 「あぁ、めぐみん。お帰り。ゆんゆんも。本当に一緒に帰って来てるんだね。ゆんゆんの家、学校から帰る道だと途中で反対方向に別れるのに」

 

 

 「ぶっころりーさん、先日はお世話になりました!」

 

 「あぁ、いいよ。気にしないで」

 

 

 

 彼は私やこめっこにとって、バーサーカーが引っ越してくる前には一番近所に住んでいると言えた、幼馴染であり兄みたいな存在で、この里にある靴屋の倅(せがれ)である。

 

 

 彼は『バーサーカー事件』でこめっこを洞窟の中まで探しに来てくれた大人達の1人であり、普段は家の靴屋の仕事を未だに継がずにニートをしていた。

 

 

 「今日はどうしたんです?私の家に何か用ですか?」

 

 「あぁ、ちょっとね。今日のバーサーカーくんとの訓練に、俺も参加させてもらえないかと思ってさ。ゆいゆいさんと彼にお願いをしようと思って来たんだ」

 

 「あぁ……。この間の『イベント』で、貴方、ボコボコにされてましたからね。良かったですね?洞窟内でバーサーカーと戦わなくて。何でしたっけ?『別にその怪物のことを、倒してしまっても構わないのだろう?』でしたっけ?」

 

 「言うなよ……。今でもそうなってたらと思うと、ゾッとするんだから……」

 

 「あ、あはは……」

 

 

 

 あの時の自分の言動に反省しているのか、ションボリと落ち込むぶっころりーに、ゆんゆんが苦笑いをしていた。

 

 

 「あ、そうそう。今日はもう一つ、めぐみんに用事があってね。明日は学校は休みだろう?1日空けておいてもらえるか?……。せっかくだし、出来ればゆんゆんも」

 

 「明日ですか?まぁ、別に良いですが」

 

 「わ、私もですか?」

 

 「あぁ、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだ。若い女の子の方が参考になると思ってさ」

 

 

 私達は、そう言って恥ずかしそうに頭を掻く彼の姿に、顔を合わせたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?相談とは何ですか?」

 

 

 翌日、3人で集まった場所は、喫茶『デッドリーポイズン』。

 

 前にゆんゆんと内緒話をした、店の奥の方の席に座って、ぶっころりーの奢りで頼んだコーヒーを飲みながら、私は彼にそう問いかけた。

 

 

 「あぁ、そうだな。えっと……。実は俺……。好きな人が出来たんだ」

 

 「「えぇっ!?」」

 

 「そ、そんなに驚かなくてもいいだろ……?」

 

 「いや、驚きますよ!ニートな貴方からそんなことを言われたら!」

 

 「ニートは関係ないだろ!?」

 

 

 私とゆんゆんが驚愕していると、ぶっころりーが抗議をしてきた。

 

 しかし、既に私とゆんゆんは彼の話を聞いていなかった。

 

 「こ、恋バナだ!めぐみん、2日連続で恋バナされたよ!」

 

 「まさか、ぶっころりーからそんな話をされるとは……。最近はみんな色気付いているのでしょうか?で、相手は誰なんですか?」

 

 「直球で聞いてくるなぁ。……その、な?俺が好きな人っていうのは……」

 

 

 真剣な表情をしながら口にしたその名前を聞いて、私とゆんゆんは再度、驚愕することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶店を出た私達は、彼の片想い中の女性がやっているお店へと向かい、彼女は留守にしていた為に一時解散しようとしたが、ぶっころりーに『心当たりがある』と言うので、そのまま彼について行くことにした。

 

 すると。

 

 

 「……ほ、本当にいましたね……」

 

 「う、うん……」

 

 「な?言った通りだろ?ここ最近、彼女を尾……調査していて、大体の行動パターンが分かったんだ!今日は雑貨屋に買い物に行く日だって!」

 

 

 「「…………」」

 

 

 私とゆんゆんは、この変態のストーカーを通報しようか真剣に悩むハメになったが、確かにお目当ての女性はそのお店にいた。

 

 それにしても。

 

 

 「まさか、相手がよりにもよって、そけっとですか。随分と高望みをしましたね」

 

 「おい、良いじゃないか。理想が高くったって、好きな気持ちは誤魔化せないものなんだ。めぐみんだって、そのうち分かることさ」

 

 「そのセリフも、ストーカーじみたことをしていなければ、格好良かったんですがーー」

 

 「おい、ゆんゆん。いくら君が族長の娘だからって、言って良いことと悪いことがあるぞ?」

 

 「いや、貴方のは間違いなくストーカーですよ」

 

 

 私が彼にそうツッコミを入れていると、彼は『いいから、早く聞いてきてくれ』と言わんばかりに指を差しながら、そけっとから遠巻きに隠れるようにして、指示を出してくる。

 

 

 「……まぁ、何にせよ、今は外で、しかもお店の中にいますから、私達が声を掛けても不自然な点はありません、か。ゆんゆん、行きますよ」

 

 「分かったわ。早くそけっとさんの『好みの男性のタイプ』を聞いて、こんな事はさっさと終わらせよう……」

 

 

 ぶっころりーのストーカーっぷりに思わず気が滅入った私達は、そけっとがいる雑貨屋へと足を運んだ。

 

 

 彼女とは、『バーサーカー事件』以来顔を合わせていないので、実に1ヶ月半以上ぶりに会うことになる。

 

 

 私達が近づいてきたことに気づいたそけっとが、私達にヒラヒラと手を振ってくる。

 

 相変わらず、たったそれだけの動作をしただけで、彼女の美人っぷりが分かるのだから、どれだけニートであるぶっころりーと釣り合わないかが、一目見て判断出来るというものだ。

 

 

 

 私とゆんゆんは、自然な感じでそけっとへの最初のアプローチとして、軽快に挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや、これはこれは。『紅魔族随一の美人(性悪)占い師』のそけっとではないですか。奇遇ですね」

 

 「お久しぶりです、『性悪』さん!」

 

 

 「待って!!今、貴方達、私のこと、凄いあだ名で呼ばなかった?!」

 

 

 

 

 

 おっと、しまった。つい、本音が。

 

 

 

 

 私に釣られて挨拶をしたゆんゆんが『しまった!』みたいな顔をしていることから、無意識に私が彼女に抱いていた『思い』と一致したみたいだ。

 

 

 ゆんゆんとお互いに顔を見合わせて、『仕切り直し』をしようと頷き合い、もう一度そけっとの方を向いた。

 

 

 

 「間違えました。テイク2で」

 

 「テイク2っ?!ま、まぁ、いいけど……」

 

 よし。

 

 私とゆんゆんがタイミングを合わせて、もう一度挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや、これはこれは。『誰かの未来を支えることが出来るような仕事が、とても素敵に思えた』とロマンチックなことを言いながら、その後、平気で人を騙して『してやったり!』というような顔で笑っていた、『紅魔族随一の美人性悪詐欺師』ではないですか。久しぶりですね」

 

 「ご無沙汰してます、『詐欺師』さん!」

 

 

 「待って待って!!さっきより、悪化してない?!というか、めぐみんに言われるのはともかく、優しいゆんゆんに言われると、凄く傷つくのだけど?!謝るから!あの時のことは謝るから、許して!」

 

 ダメです、許しません。

 

 ……まぁ、話が進まないし、今日はこのくらいで勘弁してあげましょう。

 

 「そんなことはともかく、奇遇ですね。そけっとは何を買いに来たのですか?」

 

 「そんなことっ?!……。まぁ、いいか。さっきの件は、また後日ゆっくりお話しをしましょう。今日は、可愛い小物とかを見に来たのよ。毎週末に雑貨屋に買い物に来るのが、丁度いい気晴らしになってね。貴方達は何か買い物をしに来たのかしら?」

 

 

 そけっとが私とゆんゆんにそう問いかけてきたので、私達は作戦を第二段階へと進めることにした。

 

 ーーさぁ、いきますよ。私に合わせてくださいね、ゆんゆん。

 

 ーー分かったわ!任せて!

 

 目だけで通じ合った私とゆんゆんで自然な感じで会話をしていく。

 

 『あの小物が可愛い』とか、『この小物が素敵』みたいな話から始まり、場が温まってきたところで、ゆんゆんが『こんな小物をプレゼントしてくれる人がいたら素敵だな』という完璧な前振りを経て、本題を彼女に聞いてみた。

 

 

 

 「そけっとは、今好きな人とかはいるのですか?こんな小物をプレゼントして欲しい人とか」

 

 「私?私は今は恋より仕事かな。あんまり恋愛については考えたことないわね」

 

 「「そ、そうですか……」」

 

 「???」

 

 

 

 私達の反応を見て、一瞬『何なのだろう?』と疑問に思った顔をしながら、特に買いたい物が見つからなかったのか、そけっとはそのまま店を出て行った。

 

 

 「ど、どうだった!?」

 

 

 私達の成果にソワソワした期待が滲み出ている彼に、私とゆんゆんは同時に告げた。

 

 

 

 「「前途多難です(ね)」」

 

 「そ、そんなぁ〜!」

 

 

 

 ガックリと崩れ落ちたぶっころりーが居た堪れなくなった私達は、もう少しだけ彼の片想いを応援することになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま帰りましたよー」

 

 「姉ちゃん、おかえり!」

 

 

 私がゆんゆんとぶっころりーと別れて自宅に戻ると、元気な声で駆け寄ってきたこめっこが出迎えてくれた。

 

 「おや、今日はバーサーカーとはまだ遊んでいると思っていましたが」

 

 「遊んでたけど、途中で家に帰らなきゃいけなくなって、一回戻ったときにね、何か『まけんの勇者』?って人と会って、バーサーカーを連れて行っちゃったんだー」

 

 「そう、ですか……」

 

 

 それは多分、『魔王を倒す為に仲間を集めている』という人だろう。

 

 私もいずれは『爆裂魔法』を習得し、旅に出てから、いろいろな冒険がしたいとは思っているが、バーサーカーは違う。

 

 魔物と戦うのだって、本来はあまりやりたくないと言った感じだった。

 

 この里の鍛冶屋が、以前バーサーカーに『あんたに特注の鎧や武器を作ってやるから、外に俺のことを紹介してきて欲しい』と頼み込んでいたが、彼は断っていた。

 

 

 一撃熊やオーク達をあれだけ虐殺しておきながら、戦闘は避けたいとか、本当によく分からない男である。

 

 

 

 「それで、途中で家に帰らなくてはならないような事とは、何ですか?」

 

 「今日ね、ペットを捕まえたの!その首輪がいるなって!」

 

 「ペット?」

 

 はて、こめっこのペットなら『お隣』に住んでいる筈だが……。

 

 「見る?しとうの末に打ち倒した、きょうぼうなしっこくの魔獣!!」

 

 そう言って、こめっこがそのペットを私に見せたいのか、また走って彼女の部屋に入った後、すぐに彼女が私のところに戻ってきた。

 

 そして、こめっこが抱き抱えてきた物は……。

 

 

 

 「これ!!」

 

 「にゃー……」

 

 

 

 ーーー頭に小さな歯形が付いて妙にグッタリとした、黒い子猫だった。

 

 

 

 

 

 




遅くなりましたが、『メリークリスマス!』です!


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第6話

 

 

 

 

 「ーーーこれは、また。随分と大物を捕まえてきましたね……」

 

 

 「うん!頑張った!最初はバーサーカーを見て全力で逃げようとしたんだけど、バーサーカーに捕まえてもらってね!それでも抵抗してきたから、かじったらおとなしくなったよ!」

 

 

 「勝ったのは喜ばしいのですが、無闇にかじってはいけませんよ?」

 

 「分かった!」

 

 私の言葉に、本当に反省しているのかどうか分からない返事をしてきたこめっこから、小さな黒猫を受け取る。

 

 

 余程怖くて大変な目に遭ったのか、黒猫は怯えるように、私の胸元に飛び込んで、そこで頭を寄せて丸くなった。

 

 

 「こめっこ、少しこの黒猫を預かってもいいですか?」

 

 「いいよ!後で首輪を付けるときは、また返してね!」

 

 「にゃっ!?」

 

 

 ビクッと震える子猫を預かった私は、その子を抱えて自室に入り、放ってやると、そいつは堂々と私の布団が置いてある場所に丸くなって陣取った。

 

 

 「ーーーさて、こいつは、どうしたものでしょうか」

 

 

 あれだけこめっこに怯えていたクセに、安全な場所に来た途端、この太々しさである。

 

 まるで、自分は『大物である!』と言いたげな態度を見て、私はこの子の処遇に頭を悩ませた。

 

 

 ーーー私の推測が正しければ、かなり面倒なことになっているはずだ。

 

 

 どうしようかと私は頭を捻ったが、どれだけ考えてもいい考えが湧かない。

 

 

 「……仕方ありません。あの子も巻き込みますか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「め、めぐみん。めぐみん、めぐみん……この子は、何?」

 

 「こめっこの使い魔です」

 

 「にゃー」

 

 

 ゆんゆんが問いかけてきた首輪がついた黒猫は、私の部屋の布団で丸くなったまま根を張り、一切動こうとはしない。

 

 私は、こめっこがこの黒猫を捕まえた翌日に、『ぶっころりーとの約束』の前に、ゆんゆんに相談したいことがあると言って、彼女を家に招待したのだ。

 

 

 

 「使い魔!?一昨日までは、こめっこちゃんに使い魔なんていなかったわよね!?一体、何処から連れて来たのよ!」

 

 

 「それについて、相談があるのですが……。とりあえず、この子を見てどう思いますか?」

 

 

 「え?ど、どう思うって言われても……」

 

 「にゃぁ〜……」

 

 

 私の布団で愛くるしい顔をしながら欠伸をする子猫に、ゆんゆんは訝しげな顔から、次第にキラキラさせた目を向け始めた。

 

 

 

 「う、うわぁー……。か、可愛い!ね、ねぇ、めぐみん?この子の名前は?もう名付けたの?」

 

 「『ちょむすけ』です」

 

 「…………」

 

 「『ちょむすけ』です」

 

 「いや、聞こえなかったわけじゃないわよ……。で、でも、もうちょっと可愛い名前にしない?ね?」

 

 「『ちょむすけ』です」

 

 「わ、分かったわよ……」

 

 

 

 諦めたように呟いたゆんゆんが、またキラキラした目をさせてちょむすけを撫でようと近づいていく。

 

 そして、ゆんゆんがちょむすけに手を伸ばすと、それを受け入れるように目を細めて、されるがままに撫でられる姿に目の輝きが増していく。

 

 

 

 「か、可愛い!可愛いよ、めぐみん!ね、ねぇ、抱っこしていい?この子、抱っこしていいっ?」

 

 

 

 どうやら、ちょむすけの持つ魅力に、ゆんゆんはメロメロになったようだ。

 

 

 「ちょむすけのこと、気に入ってもらえたようですね?」

 

 「うん!……?そういえば、めぐみん。私に相談したいことって何だったの?多分、この子のことだとは思うんだけど」

 

 「正解ですよ、ゆんゆん」

 

 

 ちょむすけを抱っこしてご満悦なめぐみんに、私は彼女に本題を話すことにした。

 

 

 「さっきゆんゆんは、『この子を何処から連れて来たのか』と聞いてきましたよね?」

 

 「え、うん。聞いたけど……。少なくともつい最近までは、この里にはいなかったよね」

 

 「えぇ。では、こめっこはちょむすけを何処から連れて来たのか」

 

 

 私は、一拍置いてから、ゆんゆんに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この子、邪神の墓から来た可能性が高いのですよ」

 

 「……。何ですって?」

 

 

 私の言っている意味が分からないのか、ポカンとした顔でそう返事をしてきた。

 

 

 「正確には、邪神の封印をこめっこが解いて出て来たのが、ちょむすけなんですよ」

 

 「もっと意味が分からなくなったわよっ!?えっ?ちょ、ちょっと待って!まさか、この子、邪神なの?こんなに可愛いのにっ??というか、何でめぐみんがそんなこと分かるのよ!?」

 

 

 抱き抱えたちょむすけと私を、交互に目線を動かして見てくるゆんゆんに私は昔話をした。

 

 

 

 ーー私も子どもの頃、一度だけ邪神の封印を解いたことがあるということ。

 

 

 ーーそのとき現れたのが、巨大で、漆黒の毛を生やした魔物であり、そいつに私は追いかけ回されたこと。

 

 

 ーーそして、その魔物をなすすべもなく吹き飛ばすほどの『圧倒的な力』を使ったのが、私が以前に話をした師匠であり、その際に弟子入りして、魔物を倒した魔法である『爆裂魔法』を習ったこと。

 

 

 ーーそして、師匠がその魔物を封印しようとした際に、魔物の体が小さな子猫の姿になったこと。

 

 

 ーー丁度、それは今のちょむすけと同じくらいの子猫の大きさだったことも。

 

 

 

 

 ゆんゆんは、彼女や他の里の住人達が知らない間に、私が一度封印を解いたことに対して頭を抱えていたが、最後まで私の話を黙って聞いてくれた。

 

 

 そして、『二つ疑問があるんだけど』と前振りをして。

 

 

 

 「まず、めぐみんが邪神の封印をどうやって解いたかは置いておくとして、そのときにあなたの『お師匠様』と出会ったのよね?前にこの話を聞いたときは何も思わなかったけど、その人の名前は何て言うの?」

 

 

 「それが、結局、名前を一度も名乗ってくれなかったのですよ。だからこそ、学校を卒業したら、今でも旅をしているだろう師匠に、会いに行くんです」

 

 

 「…………。名前を名乗らないってことは、『後ろ暗い』ことがあったんじゃないの?それに、めぐみんが封印を解いたときに、偶々、紅魔族じゃない外の人で、邪神を再封印出来るくらいの大魔法使いが、いきなりあなたの近くに現れるなんて、そんな出来過ぎた話は不自然じゃないかしら?その人、もしかしたら、邪神と何か関係あるんじゃ……」

 

 

 「でも、邪神みたいな邪悪な気配はありませんでしたよ?それに、とても親切で、優しい人だったのを覚えていますし」

 

 

 「うーん……。めぐみんって、いつもはツンツンしてるけど、本当は凄い優しくて、身内に甘いからなぁ」

 

 

 「…………。何ですか。私が助けられたらすぐ靡く、チョロい女だとでも言うつもりですか。随分と強きに発言するようになりましたね、『ぼっち』のクセに」

 

 

 「ぼ、ぼっちじゃないからぁ!」

 

 

 

 ここ最近では、あまりやらなくなったこの『やり取り』をすると、何だか懐かしく感じてきますね……。

 

 

 相変わらず、私以外のクラスメイトと話すときは、まだ緊張した顔になるため、彼女の『ぼっち』脱却までの道は遠い。

 

 

 

 「……コホン。それと、もう一つ疑問に思ったのだけど……」

 

 

 ゆんゆんは、しばらく頭を捻りながら、やっぱり分からないと言った感じで、私にこう聞いてきた。

 

 

 「こめっこちゃんは、どうやって邪神の封印を解いたの?」

 

 「何だ、そのことですか。なら、答えは簡単ですよ」

 

 「えっ?そうなの?」

 

 「えぇ。だって、こめっこは私の妹ですよ?」

 

 「……………………。そう言われると、不思議と説得力があるのはどうしてかしらね……」

 

 

 

 私の質問への解答を聞いて、釈然としない顔したゆんゆんが居たが、何か問題があるのだろうか?

 

 紅魔族随一の天才たる私の妹なのだ、私に出来たことは、こめっこにも出来ると思った方がいい。

 

 

 しばらく、何となく静かになった部屋で、抱っこしていたちょむすけを撫でまわしていたゆんゆんが『あれ?』っと声を上げて。

 

 

 

 

 「でも、こめっこちゃんはバーサーカーさんと一緒に居たのよね?何で彼は、こめっこちゃんが封印を解くのを止めなかったんだろう?あの人なら、こめっこちゃんがそんな危険なことをしそうになったら、真っ先に彼女を止めると思うんだけど……」

 

 

 「それこそ、何を言ってるんですか?バーサーカーはこめっこのペットですよ?こめっこの『おねだり』に甘いあの人なら、彼女がやることを黙って見過ごしてもおかしくありません。きっと邪神の封印を『遊ぶのには丁度良いオモチャだから』と説得された彼は、仕方ないなぁと見守っていただけでしょうし。貴方も、前の『聖剣』の件を忘れた訳じゃないですよね?」

 

 

 

 「……………………」

 

 

 

 

 ゆんゆんは、私の言ったことに対してしばらく考え込んだが、やがて納得したのか手を叩いて頷いた。

 

 

 

 「なら、バーサーカーさんにも話を聞きたいわね!本当にめぐみんが言った通りなのか、確かめたいし!……そういえば、今日はバーサーカーさんはどこにいるの?こめっこちゃんが遊びに出かけてないから、里の何処かにまたバイトに行ったのかしら?」

 

 

 「あぁ、彼なら今日は『魔剣の勇者』って言う人と森へ『狩り』に行きましたよ?何でも、その勇者から昨日、『是非、俺のパーティーに入って、共に世界を救おう!』とか勧誘を受けていたらしくて。何度も断っていたみたいですが、結局は押しに負けて今日だけその勇者に付き合うんだとか。確か、朝一番でバーサーカーの家を訪ねてきた『勇者?』と私は会いましたし、そのままバーサーカーを連れて出かけて行ったはずなので、しばらく帰ってこないと思いますよ?」

 

 

 

 「……何で『勇者』の後に疑問符がついたの?その人、前にふにふらさんが言ってた人よね?めぐみんから見て、そんなに強そうに見えなかったの?」

 

 

 

 ゆんゆんが中々鋭いことを聞いてくるので、私は今日会った『勇者』の印象を彼女に話した。

 

 

 

 「確かに、顔はイケメンでしたが、自己紹介のときに何度も何度も『魔剣の』を強調して言っていました。それはつまり、裏返せば『魔剣以外はあまり自信がない』と言っているようなものです。多分、バーサーカーとその勇者が戦った場合、私達と同じでなす術なくバーサーカーにボコボコにされるんじゃないですか?」

 

 

 「うわぁ……。それはちょっと、カッコ悪いかも」

 

 

 「でしょう?あれはきっと、想定外のことが起こったら、途端に頼りにならなくなるタイプです。ちょっと趣味じゃないですね」

 

 

 「うん、私も。後で、ふにふらさんと、どどんこさんにも教えてあげなきゃ!…………なんか脱線してない?」

 

 

 「貴方が聞いてきたのでしょうに……」

 

 

 

 鼻息荒く興奮したような表情から、急に冷静になったのかそんなことを聞いてくるゆんゆんに、私は呆れながら答え、ようやく本題の核心について話すことにした。

 

 

 

 「ゆんゆんに相談したいことは一つです」

 

 「何?めぐみん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『邪神の封印が解かれたことを隠す為には、どうしたら良いか』ということです」

 

 「えぇっ!?」

 

 ゆんゆんが驚いた表情をしながら、私へ身を乗り出して『信じられない』みたいな目を向けてくる。

 

 

 「めぐみん、邪神よ?邪神の封印を解いたのよ!?は、早くみんなに知らせなきゃ!」

 

 「落ち着いて下さい、ゆんゆん」

 

 「落ち着ける訳ないでしょっ!?大事件よ!」

 

 「そうですね。学校の『禁書の棚』から悪魔召喚の魔法陣を無断で学び、悪魔召喚一歩手前まで行ったことも大事件ですね?」

 

 「うぐぅ……っ!?」

 

 

 急所を突かれたように呻き声を上げるゆんゆんに、私は囁く。

 

 

 「ほら、貴方がまだ抱き抱えているちょむすけを見て下さい。こんなに可愛い子が、悪さをすると思いますか?」

 

 「う……」

 

 「それに、このことがバレたら、こめっことバーサーカーの里での扱いはどうなるんでしょうね?」

 

 「うぅ……」

 

 「ゆんゆん」

 

 「な、何よ…………」

 

 

 自分の良心と目の前の出来事に対して、『どちらを選べば良いか分からない』と言う表情をしたゆんゆんに、私はトドメを刺すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バレなきゃ、犯罪じゃないんですよ?」

 

 「にゃー」

 

 

 「う、うぅ、うううぅぅぅ………!!」

 

 

 

 

 側(はた)から見ても分かるくらいに目を回しているゆんゆんが、悪魔の囁きに屈するのは、時間の問題だった。

 

 

 

 ーーーふっ、チョロいですね。

 

 

 



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第7話

 

 

 

 悪魔の囁きに屈したゆんゆんと一緒に『とりあえず様子を見てから、どうするか決めよう』という結論になった。

 

 

 要するに、ただの問題の先送りをしただけだったが、私は頼りになる共犯者も出来たことで心が若干軽くなり、ゆんゆんはちょむすけに癒されることが出来て、まさに一石二鳥というやつである。

 

 

 それから、立ち入り禁止である邪神の墓には、頃合いを見てから、一度見に行って確認することにした私とゆんゆんは、とりあえず、昨日の約束したぶっころりーの『片想いを応援する』為に、これからぶっころりーの家へ向かうことにした。

 

 

 

 「それでは、留守番よろしくお願いしますよ、こめっこ。今日は母も父も仕事で出かけていて、家に誰もいませんから、大人しくしておくように。帰りに何か、お土産を持って帰りますからね?」

 

 「またね、こめっこちゃん!」

 

 「分かった!バイバイ、ゆんゆん!」

 

 

 

 玄関まで見送りにきたこめっこに向かって手を振り、私達はぶっころりーの家の前まで歩いて行き、彼の父親に部屋にいるニートを呼んでもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 「オラァッ!!いつまでも家でゴロゴロと寝てんじゃねーぞ!!」

 

 「ひいいっ!」

 

 

 ……もうお昼時なのですが、まだ寝ていたのですか。

 

 

 『ああいうダメ男を恋人には絶対したくないな』と心の中で静かに思っていると、悲鳴を上げながら、寝癖がついたままのぶっころりーが2階から駆け下りてきた。

 

 

 「酷いじゃないか、めぐみん!親父に『この変態バカ息子がぁっ!』って怒鳴られて叩き起こされたんだけど!一体、親父に何を言ったんだ!」

 

 

 「実はお宅の息子さんから、『一生を左右するかもしれない大切な、それでいて君達にしか出来ない相談事があるんだよ……はぁ……はぁ……!』と伝えましたが?」

 

 

 「悪意がありすぎるっ!?俺に何の恨みがあるんだっ!!」

 

 

 

 『ストーカーは死すべし』と思っているだけです。

 

 

 

 「そもそも、人と約束をしておいて、今まで寝ている貴方の方がおかしいのですよ」

 

 「そうですよ、ぶっころりーさん。早く寝癖を直して、着替えて来てください」

 

 「君達、俺に辛辣すぎないっ!?」

 

 「ほら、さっさと準備して、とっとと行きますよ!」

 

 「分かった、分かったから!」

 

 

 

 全く、この人ときたら、だらしないことこの上ないですね。

 

 

 ……まぁ、ご近所のよしみですし、『バーサーカー事件』のときには世話になったので、今回だけはお手伝いしますよ。

 

 

 私は、また2階に上がってドタバタと準備を始めたぶっころりーを待ちながら、今日の作戦について考えていた。

 

 

 

 

 とりあえず、一番手堅く関係を深めるためには、ぶっころりーの片想い相手であるそけっとの占いの店に通い詰め、常連になってから、彼女に『ぶっころりーの未来の恋人』を占ってもらうのはどうか、と私達は提案した。

 

 

 もし彼女の占いをする為の道具である水晶に、そけっとの姿が映ればそれで良し。常連になるまで関係を深めた後なら、告白を省いてそのまま恋人になればいい。

 

 

 逆に、もし別の女性が映ったとしても、そけっとには縁がなかっただけで、別の女性とは恋人になれる希望が生まれるので、傷は浅く済むはずだと。

 

 

 そう提案した私達に、あのニートは『占いをしてもらう金がない』とか宣(のたま)いやがったので、仕方なく占い代を工面するため、今日はぶっころりーと一緒に『冒険者の真似事』をしに行くことに決めたのだ。

 

 

 

 着替えを済ませたぶっころりーと共に向かったのは、一件のお店。

 

 

 

 「いらっしゃい!おぉ?めぐみんにゆんゆんに、ぶっころりーじゃないか。お前さんがここに来るなんて珍しいな」

 

 「ご無沙汰してます、ぺぷちどさん!」

 

 「おう!ゆんゆんも元気そうで何よりだ!」

 

 

 

 着いたのは、『紅魔の里の観光案内』だけでなく『簡易的な冒険者ギルド』のような仕事をしているぺぷちどの店だ。

 

 彼の店に貼られている依頼の中には、里の外の人達からの依頼で、この里の近くにある森の奥の方に生息する、並の冒険者では遭遇するだけで命が危なくなるような手強い魔物達の毛皮や内臓を、高値で買い取りたいというものがある。

 

 普通なら、誰も好き好んで受ける依頼ではない。

 

 だが、世間一般に紅魔族は『戦闘力が高い魔法のエキスパート』という認識であり、実際にこの里の大人は必ず『上級魔法』を習得している為、これらの依頼は、ただの小遣い稼ぎや、レベルを上げるための経験値稼ぎをする為のものでしかない。

 

 

 それくらい紅魔族は、他の種族の人達と比べても強いのである。

 

 寧ろ、そんな人達と戦って、そのほとんどを一方的に倒すバーサーカーがイレギュラーなのだ。

 

 

 

 

 「ぺぷちど、今は依頼で、魔物を倒して手軽に稼げるものは何かありませんか?」

 

 「ん?何だ、今から森に入るのか?まぁ、ぶっころりーがいるし、大丈夫だとは思うが、少し注意するんだぞ?何しろここ最近は、頭に角が生えている、見た事もない魔物が時々ウロウロしているって噂があってな」

 

 

 「角?それって、ゴブリンとかじゃなくて?」

 

 

 

 ぶっころりーの疑問に対して、ぺぷちどが腕を組み、頭を捻りながらそれに答える。

 

 

 「それが、なんか奇妙なんだよ。見た目は大柄のゴブリンに似ているんだが、眼が俺たちみたいに紅く光るし、明らかにゴブリンとは雰囲気が違うらしくてな。しかも、そいつを倒すと霧のように消えてしまうんだと。今日、『魔剣の勇者』って兄ちゃんとバーサーカーが一緒に来て、さっきの話をしたら、その魔物を調査してくるって言ってたぞ?」

 

 

 

 「「えっ!?」」

 

 

 「ん?お前さん達、何か知っているのか?」

 

 「「い、いや、別に、何もないです!」」

 

 「「???」」

 

 

 私とゆんゆんは、2人を何とか誤魔化すことに成功し、彼等がその魔物についてや依頼書の話をしている間。

 

 

 

 「……ねぇ、めぐみん。さっきの話って……」

 

 「えぇ。恐らく、あの時の……」

 

 

 

 私とゆんゆんの関係がぎこちなくなる前、こめっこが森の中で襲われたときに見た魔物の姿と、さっきの噂の魔物の姿が似ていることに私達は気づいた。

 

 

 ゆんゆんは私のことを気遣って、あのときの出来事を族長に話していないらしく、私もまた、あれはあのとき偶々出会った新種の魔物であり、それ以降は目撃されたという話は聞こえてこなかった為、誰にも話をしていなかったのだが。

 

 

 何故今頃になって、またあの魔物が姿を現したのだろうか。

 

 

 「よし。めぐみん、ゆんゆん。依頼を受けてきたぞ!さぁ、行こうか!」

 

 「あ、は、はい」

 

 「は、はい……!」

 

 

 私達の後ろで、『気をつけて行ってこい!』と見送ってくれるぺぷちどに挨拶をしながら、私とゆんゆんはこの話を彼等にするべきか悩んだが、『魔剣の勇者』とやらとバーサーカーが調査しているのであれば、その内に何事も無く事態が収束するだろうと思い、今は様子を見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー思えば、ここが分岐点だったのだろう。

 

 この後、私達は自分達の今までの行いに対して、その報いを受けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、今日の獲物は『一撃熊の肝』だ。さっさと済ませて帰ろう!」

 

 

 森の中に入り、私達の先頭を歩いていたぶっころりーが気楽にさっき受けた依頼内容を口ずさみながら、周囲にそれが近くにいた痕跡を探していた。

 

 

 一撃熊の肝は、『マジックポーション』類を作成するときに使う貴重品である物の一つで、里の外では高額な買い取り価格がついているものだ。

 

 

 占い代として稼ぐお金としては、申し分ない。

 

 

 しばらくすると、ぶっころりーが『待て』と指示を出しながら、彼がゆっくりと自分の視線を向けている方向へと指を差す。

 

 その先には、木の根をほじくり返して、そこにいる虫を食べている1匹の一撃熊の姿があった。

 

 

 

 「よし、それじゃあやるか!2人ともここに隠れて居てくれ。すぐ終わらせる。…………。『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 

 ぶっころりーが小声て呪文を唱え、光を屈折させて姿を見えなくした後、ゆっくりと近づいていき……。

 

 

 「??…………ッ!?グルァッ!?」

 

 「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 

 

 一撃熊が近づいてきたぶっころりーに気づいた時には、彼が無詠唱で発動させた、自分の手刀に沿って光の斬撃を繰り出す魔法により、袈裟斬りされていた。

 

 切った断面がゆっくりとズレていき、やがてそのまま崩れ落ちた『一撃熊だったもの』を確認してから、非常に満足そうにしているぶっころりーを、私達は見て。

 

 

 

 

 「……ねぇ、めぐみん。今のぶっころりーさんの姿を、そけっとさんに見せれば、恋人になれる可能性あるんじゃないかな?普段のあの人を見るより、よっぽど男らしくてカッコイイと思うのだけど……」

 

 

 「確かに、普段のニートっぷりを見せるよりかはまだマシですが、そけっとは修行と称して冒険者家業も嗜(たしな)んでいると聞きました。きっと、普段から家でゴロゴロしているニートよりも強い筈なので、その期待は薄いですね」

 

 

 「そっか。ぶっころりーさん、ニートだもんね」

 

 「えぇ。ニートですから、きっとダメでしょう」

 

 

 「君達、ニートニートうるさいよ!褒めるか貶すかどっちかにしてくれっ!」

 

 

 

 

 私達の冷静な分析にケチをつけながら、ぶっころりーは死体から肝を抜き取り、残った部分の死体処理をしていた。

 

 死体をそのままにしておくと、その死体の血の匂いから他の魔物を呼び寄せてしまうためである。

 

 私達は、しばらく彼の作業を眺めていると。

 

 

 

 

 「そういえば、ゆんゆんはだいぶ『中級魔法』の使い方が上手くなってたよな。なぁ、ゆんゆんも一撃熊、狩ってみるか?」

 

 「えぇっ!?わ、私がですか?」

 

 「あぁ。是非、ゆんゆんの魔物との戦いっぷりが見てみたいね。大丈夫!危なくなったら、俺がフォローするから!」

 

 「……。じゃ、じゃあ!そ、その、お言葉に、甘えて……一回だけ」

 

 「よし!なら、もう1匹探そうか!で、もう1匹の肝は、こめっこのお土産でも何か買う為の資金にしたらどうだい?」

 

 「いいですね。こめっことも約束しましたし」

 

 

 ぶっころりーの思いつきに満更でもないゆんゆんと、出かける前に私の妹とした約束を思い出した私は、もう1匹探すことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく探していると、今度は番(つがい)であろう一撃熊を発見した。

 

 

 

 「うーん……。よし!片方は俺が先に片付けるから、もう片方をゆんゆんがやってくれ」

 

 「ーー待って下さい。ぶっころりーさん、私に2匹とも任せてもらえませんか?」

 

 「えっ?ま、まあ、いいけど……。無理しなくてもいいぞ?ちゃんとフォローするからな?」

 

 「はい。ありがとうございます!」

 

 

 

 さっきのぶっころりーと一撃熊との戦いに当てられたのか、普段より好戦的なゆんゆんが一歩前に出る。

 

 

 ゆんゆんの存在に気がついた2匹の一撃熊が、彼女を目掛けて突進してくる。

 

 それに合わせて、ゆんゆんもその2匹がいる方向へ、全力で走って近いていった。

 

 

 

 「「ちょっ?!危なっ!!」」

 

 

 

 隠れていた私とぶっころりーが、『ゆんゆんが危ない』と思い、慌てて出て行こうとしたが、その心配は杞憂に終わった。

 

 何故なら。

 

 

 

 

 「はぁっ!!」

 

 「「ゴルアアアァァァーー!……ッ!?」

 

 

 

 先頭を走っていた一撃熊の片割れが、鋭い爪と強靭な前足から繰り出される攻撃で、ゆんゆんを引き裂こうと助走をつけて飛び付こうとした瞬間、ゆんゆんは、その股下を潜り抜けるように身体を滑らせて避けた。

 

 続いて2匹目が、身体を逸らしたゆんゆんに合わせて身を屈め、体当たりしようとしたところを、彼女は両手を後ろに突き出しながら。

 

 

 「『ウィンドブレス』ッ!」

 

 

 

 風を起こす『初級魔法』である『ウィンドブレス』を発動し、一撃熊を大きく跳びこえるようにして、またヒラリと避ける。

 

 

 ゆんゆんの姿を見失なった一撃熊2匹は、彼女を再度捕捉しようと方向転換するため、一度立ち止まった所を。

 

 

 

 「『ピット・フォール』ッ!」

 

 「「グルァッ!?」」

 

 

 

 『中級の土魔法』である、指定した場所に落とし穴を作る魔法で、一撃熊2匹がすっぽりと入るくらい深い穴へと落とした。

 

 

 垂直な縦穴なため、中々脱出出来ない2匹を見ながら。

 

 

 

 「『ライトニング』!!」

 

 「「グギャアアァァァーーッ!?」」

 

 「「う、うわぁ……」」

 

 

 

 抵抗出来ない相手に、一方的に自身の最大火力が出せる魔法で攻撃しているゆんゆんがいた。

 

 これには、私とぶっころりーも正直、ドン引きである。

 

 あれは、魔法使いの戦い方ではないだろう。

 

 

 

 

 

 私の母曰く。

 

『どうして相手の得意な場所で戦わなくちゃいけないの?自分が有利な場所から、一方的に攻撃すればいいじゃない♪』

 

 これが基本方針な母の指導を受けて、『優しくて思いやりの塊』だったゆんゆんは、時と場合によっては、今みたいに随分とエグい戦いをする様になった。

 

 

 族長やゆんゆんの母は一応母の指導方針に納得済みだが、紅魔族的には『正面から強敵を薙ぎ倒す』ことを美徳に思っている人が多いので、ここまでエグいことをする様になった娘について、私は彼女の両親に対して少し申し訳なく思った。

 

 

 

 「あ、めぐみん、めぐみん!見て見て!私、やったよ!」

 

 「……良かったですね、ゆんゆん」

 

 「うん!ありがとう!」

 

 

 私に褒められたことが嬉しかったのか、『えへへ♪』とだらしなく笑いながら一撃熊の肝を取り出しているゆんゆんを見ていると、横からぶっころりーがボソッと呟いてきた。

 

 

 

 

 

 「…………随分と差をつけられたみたいだな、『ライバル』さん?めぐみんももう『上級魔法』を覚えられるくらいはポイント貯まってるんだから、さっさと覚えればーーー」

 

 「ふんっ!!」

 

 「ぎゃあぁぁぁぁあーーーっ!?」

 

 

 私は、不埒者の鳩尾に渾身のボディブローを叩き込み、呻き声を出すニートを放り捨てて。

 

 

 「…………はぁ」

 

 

 私自身の『冒険者カード』を取り出して、『スキルポイント』と書かれている場所の『47』という数字を見つめながら、静かにため息を吐くのだった。

 

 

 

 




・オリジナル魔法『ピット・フォール』

術者が指定した場所を丸ごと落とし穴に変える魔法。

効果が及ぶ射程距離が短い分、熟練の使い手になると、落とし穴の形や規模を自由自在に変えられるようになる。


ちなみに、魔法名を『クリエイト・フォール』にしようかと思ったが、何かダサいなという個人的な感想と、『クリエイト』って名前になると、どうしても原作から初級魔法を連想してしまうという理由から却下されました。


次回、やっと物語が動きます!


……なのですが、年末年始はどうしても忙しく、もしかしたら毎日更新出来ないかもしれません。

更新出来なかった場合は『あぁ、忙しかったんだなぁ……』と思って下さい。

ですが!一応頑張って更新を試みてみるつもりなので、お待ちください!


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第8話

 

 

 「ーーーさて、それではさっさと帰ってから、肝を換金しに行きましょうか」

 

 「そうね。……あの、大丈夫ですか?ぶっころりーさん」

 

 「……まだ、ダメそう……」

 

 「全く、情け無い。女の子が一発殴ったくらいで、そこまでダメージを負うとか、男として恥ずかしくないのですか?これだからニートは……」

 

 「不意打ちで人の鳩尾にボディブローかます奴の方が、女としてどうかと思うんだがっ!?」

 

 

  ゆんゆんが一撃熊の死体の処理を終え、後は里に戻って商店街でこめっこのお土産を買いに行こうと急かす私に、ぶっころりーが文句を言ってくるが、知ったことではない。

 

 人が弱った所をからかうから、こうなるのだ。

 

 私は悪くない。

 

 

 

 ニートの戯言を無視して、私達は里に戻るため森の中を歩いていると。

 

 

 「おっ!あれ、カモネギじゃないか?今日はついてるな!」

 

 

 森の生活を悠然と歩いている、1匹の鳥ーーーカモネギを見て、ぶっころりーが興奮したように、それがいる方向へ静かに駆け寄っていった。

 

 

 カモネギとは、常に手にネギを持っている魔物であり、そのネギを使って作った料理や薬は、病気の治療効果を増大される為に非常に貴重な存在である。

 

 

 また、カモネギは何故か他の魔物が近くに居ても襲われないという特殊な性質を持っているため、紅魔族の中でもその性質について研究している人がいるという話を、私の担任が授業で解説していた。

 

 

 つまり、カモネギは高値で売ることが出来る相手が、この里には居る訳で。

 

 

 「やりましたね、ぶっころりー!これでしばらくは、占いに通い詰めるためのお金も貯まるんじゃないですか?」

 

 「あぁ!よし、挟み撃ちにして捕まえよう!めぐみんは前から頼む。俺は背後から攻めるから!」

 

 「了解です!………………。……ッ!よし、捕まえましたよ!」

 

「でかした、めぐみん!」

 

 

 

 思わぬ臨時収入に、興奮が隠しきれない私とぶっころりーが喜んでいると、ふと、さっきから一言も口にしていないゆんゆんが心配になり、彼女へ目を向ける。

 

 すると。

 

 

 

 「わ、わぁ!か、可愛い!」

 

 

 私が捕まえたカモネギの、無駄に愛嬌のある姿にすっかりメロメロになっているゆんゆんがいた。

 

 

 

 「……ゆんゆん。カモネギは一応、魔物です。どんなに可愛くても、これと友達にはなれませんよ?」

 

 

 「そんなことはないわ!『目と目を合わせて、相手の言いたいことを理解すれば、鳥とだって友達になれる。大切なのは、分かり合おうとする心と根気だ。』って、本に書いてあったもの!」

 

 

 「貴方、この間の図書館での本をまだ読んでいたのですか!?」

 

 

 

 そして、何度も言いますが、それは鳥にではなく、まず人間相手にやりなさい。

 

 

 

 「とにかく、魔物である以上は危険だってあるのですから、見逃すことはしませんので、諦めて下さい」

 

 

 「……ちょむすけがいるのに、めぐみんがそんなことを言うの?」

 

 「…………」

 

 「ねぇ、ちょっと。顔を逸らしてないで、私の目を見なさいよ、ほら!」

 

 

 「2人とも、何の話をしてるんだ?」

 

 「「な、何でもありませんっ!!」」

 

 「???」

 

 

 私とゆんゆんが小声で話をしていたのを不審に思ったぶっころりーを、上手く誤魔化しておく。

 

 

 

 「と、とにかく!このカモネギは連れて帰りますよ!別に、カモネギ自体は殺す訳ではないのですから、どうしても会いたいなら、売った人の所へ会いに行けばいいじゃないですか」

 

 「そうだぞ、ゆんゆん。別に心配することはないさ」

 

 「あ、そうなんですか?何だ、私はてっきり……」

 

 「『てっきり』?『てっきり』、何ですか?」

 

 

 私達の説得に安堵した表情を浮かべるゆんゆんに、私が彼女が思ったことを聞いてみると。

 

 

 「てっきり、カモネギのネギを売り捌いた後は、絞め殺してめぐみんの家の晩ご飯にするのかなって……」

 

 

 「以前ならともかく、今はそんな可哀想なことはしませんよ。バーサーカーのおかげで、食事で困ることも無くなりましたしね」

 

 

 「そっか!それなら良かっ……。待って。今、前なら晩ご飯にするって言わなかった?」

 

 

 

 笑ったり真顔になったりと忙しいゆんゆんに、ぶっころりーも私のフォローをしてくれた。

 

 

 「そうそう。カモネギがいくら倒すと大量の経験値が得られるレアな魔物で、しかも料理にすると凄く美味いからって、流石にめぐみんだってそんなことはやらないさ」

 

 

 そう言って、ぶっころりーがフォローを……。

 

 ……………………。

 

 

 

 

 「そ、そうですよね、ぶっころりーさん!ごめんね、めぐみん。私ってば、お金は手に入るし、レベル上げも出来るし、ご飯にもなるしで、そんないろいろな意味で美味しい存在だからって、流石に酷いことはしないわよね?めぐみんにも、可愛い生き物を愛でる心ぐらいはあ『キュッ!』………………」

 

 

 私がカモネギの首を絞めてた時に出た小さな悲鳴を上げたと同時に、ゆんゆんは笑顔から絶句した表情に変えて、そのまま固まった。

 

 

 私が自分の『冒険者カード』を取り出して見てみると、何と一気にレベルが2つも上がり、『スキルポイント』の欄が、前見た時よりも2ポイント増えていた。

 

 

 そんな私を未だに『信じられない』と言っているような表情で固まったゆんゆんに、私は戦利品とカードを自慢気に掲げて。

 

 

 

 

 

 「ーーーめぐみんは、レベルが上がった」

 

 「めぐみんの馬鹿あああああああああーっ!!」

 

 「これはひどい」

 

 

 

 

 大粒の涙を流しながら襲い掛かってくりゆんゆんと、呆れた様な顔をしてこっちを見てくるぶっころりーを置いて、私はさっさと里に帰るために走り出したのであった。

 

 

 

 決して、ゆんゆんから逃げているのではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひどい!ひどいわ、めぐみん!あんまりよ!そんなことをしていると、今にバチが当たるからね!」

 

 「わ、悪かったですって。つい出来心で……」

 

 「出来心で即座に絞殺が出来るとか、めぐみんには人の心ってものが無いの!?」

 

 

 さっきから謝り続けているのだが、ゆんゆんは私のことを許してはくれなかった。

 

 

 「おーい、カモネギスレイヤー、ゆんゆん。店の中だから、少しは大人しくしてくれ」

 

 「おい、その喧嘩買おうじゃないか。ドラゴンスレイヤーに語感が似ているからって、私が喜ぶとでも思ったのですか?ならば、その理由について、じっくりとその貧相な身体に聞こうじゃないかっ!」

 

 

 「何をする気だっ!?」

 

 

 

 このニートとは、どちらの立場が上か、ハッキリとさせる必要がある。

 

 

 そうして、私達が戯れあっていると、ぺぷちどの店のカウンター前が空き、私達の順番が回ってきた。

 

 

 「おう、お疲れさん!肝は無事に取れたかい?」

 

 「あぁ、バッチリさ。よっと……。これで良いだろ?」

 

 「おう!一撃熊の肝が2つに……。これは、カモネギのネギか?なら、これも買い取るぜ!ほら、依頼達成の報酬と追加の分の金だ。確認してくれ」

 

 

 

 ぶっころりーが代表でお金を受け取り、その額が正しいか確認してから、私とゆんゆんにもお金を分配してもらった。

 

 

 結構な額になり、非常に大きな満足感を私達が得ていると、店の入り口から今朝見たイケメン顔の剣士と、その彼が子どもに見えるくらいの圧倒的な体格差を持つ男が入ってきた。

 

 

 「ただいま帰りました。店主さん」

 

 「■■」

 

 「おぉ、お前さん達もお疲れ様!で、調査の方はどうだったんだ?」

 

 

 「それが、今日は何一つ収穫はありませんでした。噂の魔物とも遭遇しなかったですし。……まぁ、強いて言えば、今日はバーサーカーさんが如何に優れた戦士だってことが分かったことが収穫でしたね。……やっぱり、僕と共に、魔王を倒して世界を救いに行きませんか?貴方が居てくれるだけでも、凄く心強いんですが……」

 

 

 「■■■」(フルフル)

 

 「そ、そうですか……。残念です。もし気が変わったなら、また僕に会いに来てくださいね」

 

 「■■■…………」

 

 

 まだあの自称勇者は、バーサーカーの勧誘を諦めていないらしい。

 

 強面な顔が、少し困っているように歪んでいたので、私とゆんゆんは助けに入ることにした。

 

 

 「おや、貴方達も今帰って来たのですか?奇遇ですね」

 

 「おかえりなさい、バーサーカーさん!」

 

 「■■■■!」

 

 

 「あぁ、今朝のお嬢ちゃん。君達も依頼で森の中に入ったのかい?……ということは、お嬢ちゃん達も魔法使いなのかな?」

 

 「いえ、私はまだ魔法は使えません。そっちのぼっちとニートが魔法使いです」

 

 「「今何でわざわざ悪意ある言い方で紹介したんだ(の)っ!?」」

 

 「仲が良いんだね」

 

 

 私達が騒いでいると、剣士が微笑ましそうに見てくる。

 

 

 「僕の名前は『御剣響夜(ミツルギ・キョウヤ)』です。職業は『ソードマスター』で、王都では『魔剣の勇者』って呼ばれてます。よろしくね、お嬢ちゃん達」

 

 キラッと輝いているかの様な笑顔で私達に挨拶してくるミツルギにあわあわしながら『こちらこそ、よろしくお願いします』と自己紹介しているゆんゆんと、『ケッ!』みたいな顔をしているニートを見て、ミツルギが彼に苦笑をしながら握手をしようと手を出していた。

 

 

 ……やっぱり、どことなくこのスカした感じが気に入りませんね。

 

 

 顔がイケメンなだけに、実に残念な人と私は思った。

 

 

 「そういえば、さっきバーサーカーのことを『頼りになる戦士』とか言ってましたが、2人は今日は何をしていたのですか?」

 

 

 私がキツルギに気になったことを質問してみると。

 

 

 「いや、彼は本当に凄いんだよ!調査対象の魔物とは出会わなかったけど、それ以外の魔物とは戦うことになってね!そのときの活躍っぷりったらもう!あれが『八面六臂』、『獅子奮迅』の大活躍って言うんだって実感したよ!僕が魔剣を抜いて構えたときには、目の前の魔物の顔が、一撃で粉砕されていくんだから、最初は何が起きているのかすら分からなかったよ。こんな事は、前に王都でアイリス様と戦ったとき以来だ!」

 

 

 「■■■……」

 

 

 『ハチメンロッピ』とはよく分からなかったが、バーサーカーが接近戦で、相手をいつも通りボコボコにしたことだけは、彼の興奮した早口の説明から伝わってきた。

 

 褒められたバーサーカーが照れているのか、小さな唸り声を上げる。

 

 

 

 「それにしても、魔法使いを探す為にこの里に来て、まさか君みたいな人に会えるなんて思わなかったよ。最初見たときは、この里はあんな幼女でも『トロール』を飼い慣らせるくらい実力があるのかと思ってしまったよ」

 

 

 「まぁ、間違ってはいませんね。バーサーカーはこめっこのペットみたいなものですから」

 

 

 「め、めぐみん?!バーサーカーさんが聞いてるから!そんなことを言ったら……」

 

 

 「■■■■…………」

 

 

 「ほらぁ!彼が落ち込んじゃったじゃない!ば、バーサーカーさん、ほら、元気出して下さい!あれはめぐみんが、勝手に言っているだけですから!」

 

 

 「おい。人に罪を擦りつけるのはやめてもらおうか。ゆんゆんだって、納得してたじゃないですか」

 

 

 しかも、さっきゆんゆんが言ったセリフからして、『ゆんゆん自身が彼をペット呼びしていたことを知っていた』と自白していることに気づいていないらしい。

 

 

 「ちょっ!?今それを言う!?あぁっ!バーサーカーさん、気をしっかり持って下さい!」

 

 

 

 「お前達、店の中で騒ぎ過ぎだ。ほら、バーサーカーも体育座りしてないで、外に出るぞ。悪いな、ぺふちど」

 

 

 「別に気にすんな!これくらい賑やかな方が、平和って感じがしていいじゃねぇか。ま、気をつけて帰んな!」

 

 

 「わざわざ魔王軍だってこの里には攻めて来ようなんてしないんだし、この里が危険な目に遭う訳がーーーー」

 

 

 

 そんな、いつもの日常の延長がずっと続いていると錯覚していたのが悪かったのか。

 

 または、フラグを立てた、ぺぷちどとぶっころりーが悪かったのか。

 

 

 

 

 

 

 『緊急事態宣言、緊急事態宣言!里の中に、頭に角が生えた、噂の魔物が侵入しました。住人は速やかに、見つけ次第、魔物の駆除をお願いします!』

 

 

 「「「「「「………………」」」」」」

 

 

 

 カンカンという鐘の音と共に、里に流れるアナウンスが聞こえ、店の中にいた全員が一瞬で静かになり、冷や汗を流すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『ライトニング・ストライク』!」

 

 「『フリーズ・バインド』!」

 

 「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 「『カースド・ライトニング』!」

 

 「■■■■ーーーーッ!」

 

 「くそっ!キリがないぞ!どっから湧いて来やがるんだよ、コイツら!」

 

 

 

 ぺぷちどの店を出て、ぺぷちどやぶっころりー、それからキツルギは他の住人と合流して、即座にいくつかの討伐隊を編成し、侵入した魔物を迎撃しに行った。

 

 

 私とゆんゆんはまだ学生ということもあり、他の魔法が使えない子どもや妊娠中の女性達を、こういうことが起きたときの為に避難する場所として指定されている『魔法学校』へと向かっていた。

 

 

 その護衛として、討伐隊に加わらなかった人達やバーサーカーが、襲ってくる魔物を次々と蹴散らしていくが、全く魔物の数が減っている気がしない。

 

 

 それに、魔物の挙動をよく観察すると、魔物の方から里の住人に直接攻撃をしてくる様子はない。

 

 もし、里を侵略しに来た訳ではないのならば、一体こいつらは何が目的なのだろうか……。

 

 

 「めぐみん!そろそろ分岐点に着くわ!」

 

 

 「ッ!分かりました。みなさん、私達はここで離脱して、こめっこを迎えに行きます!バーサーカー、ついて来てください!」

 

 「■■■!!」

 

 

 「めぐみん、ゆんゆん!気をつけてな!」

 

 「先に行って待ってるから、早く来るんだよ!」

 

 「バーサーカー!しっかり守ってやんな!」

 

 

 「■■■■■!」

 

 

 

 そうして、学校がある場所とは反対にある我が家へと、私達は急いで走る。

 

 

 ……大丈夫。こめっこは5歳とは思えない程しっかりしてるんです。

 

 アナウンスを聞いたのであれば、必ず家の戸締りはしたはず。

 

 私の家が小さなボロ屋なこともあって、わざわざあの魔物がそこを襲ってくるとは思えない。

 

 大丈夫、大丈夫……!

 

 

 そう自分に自己暗示をかけながら、でも何故か嫌な予感が頭から離れない私は、こめっこの無事を祈りながら私の家へ向かい。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 「………………こめっこ?」

 

 

 無惨にも破壊された私の家のドアを見て、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 



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第9話

 

 

 我が家の中から、乱暴に引っ掻き回す様な音が複数、外にいても聞こえてきた。

 

 ……嫌な予感はあった。

 

 さっきの魔物は、人に直接攻撃をしてくることはなかったこと。

 

 もし、目的が何かこの里の中にある『もの』を探しに来たのだとしたら。

 

 それは、『邪神』かもしれない『ちょむすけ』のことではないか?

 

 こめっこが封印を解く前から、既に邪神の封印が解けかけていて。

 

 そのせいで、見たこともないような魔物が出てきたのだとしたら。

 

 ……あり得ない話ではない。

 

 ならば、家の中で留守番をしていたこめっこは、昨日『ペット』だと言ったちょむすけと一緒にいる筈で。

 

 それは、つまりーーー。

 

 

 「こ、ここ……こめっこ……こめっこが……」

 

 「め、めぐみん!?落ち着いてーーー」

 

「……こめっこがああああああああっ!」

 

 「落ち着きなさいって言ってるでしょうっ!!」

 

 

 「ぶべらっ?!」

 

 

 ゆんゆんに頬をビンタされ、私は正気に戻った。

 

 

 「前も同じ事あったけど、何!?めぐみんって、実は逆境に弱いのっ!?しっかりしてよ!」

 

 「そ、そうでした!こんなことを考えている場合ではありません!早くこめっこを助けないとーーー」

 

 

 意識を集中して、家の中から聞こえる音に耳を傾ける。

 

 魔物が私の家を漁る音は聞こえども、こめっこの悲鳴らしきものは聞こえこない。

 

 つまり、まだ『こめっこは魔物には見つかってはいない』ということだ。

 

 しかし、こめっこが家の中に隠れてるなら見つかるのは問題だ。

 

 家の中に忍びこんでこめっこを探して救出しようにも、家の中に魔物が何匹いるか分からない以上、リスクは犯せない。

 

 今、私達が取れる最善の選択は……。

 

 「そうだ!バーサーカー、威嚇するように全力で叫んで下さい!早く!!」

 

 「ッ!■■■■ーーーーッ!!」

 

 

 今まで呆然と立ち尽くしていたバーサーカーを急かし、全力で咆哮を上げさせた。

 

 バーサーカーの咆哮は、それを聞くだけで相手に命の危機を抱かれるくらい強烈だ。

 

 すぐ近くの外からそんなものが聞こえてきたならば、魔物がいくら探し物をしていようが無視出来ないはず。

 

 案の定、家の中に居た魔物が、慌てて外に飛び出してきた。

 

 

 「「「シャアアアアアアアアアーッッ!!」」」

 

 

 頭に角が生えた、爬虫類顔の魔物が3体、こちらに威嚇しながら私達を襲いかかってきたが。

 

 

 

 「■■■!」

 

 「「ヒギュッ!?」」

 

 「『ライトニング』!」

 

 「ピギャアアアアアアアア!」

 

 

 

 バーサーカーとゆんゆんの敵ではなかった。

 

 

 飛びかかって来た魔物の内、2匹をバーサーカーが一瞬で距離を詰めて頭を鷲掴みにし、後頭部から地面に叩きつけることで即死させ、残り1匹がバーサーカーの強さに慄いて足を止めた瞬間に、ゆんゆんが魔法で処理した。

 

 

 倒された魔物が霧になって消えていく。

 

 

 「ナイスです、2人とも!ゆんゆん、私と一緒に家の中に入ってこめっことちょむすけを探しますよ!バーサーカーは周辺の警戒を!」

 

 「分かったわ!」

 

 「■■!」

 

 

 私はゆんゆんと共に、こめっこの名前を呼びかけながら家の中を探してみたが、全く返事はない。

 

 だが、荒らされた家の中を隈なく調べたが、血痕らしきものもなかった。

 

 もし、家で留守番していたこめっこが魔物に攫われたのだとしたら、ちょむすけも一緒だったはず。

 

 ならば、わざわざあの魔物達が未だに家の中を探す理由がない。

 

 そうなると、考えられるのはーーー。

 

 

 「ゆんゆん、外です!こめっこは外に逃げた可能性があります!私はバーサーカーと一緒にこめっこを探してきますから、ゆんゆんはまだ荒らされてないバーサーカーの家に入って、私の家の中にある家具でバリケードを作って、窓からこめっこが帰ってきたら保護してください!」

 

 

 『では、そういうことで』と言い残して、私の家から外に出ようとすると、ゆんゆんが私の肩を掴んで引っ張った。

 

 

 「待ってよめぐみん!運動も得意じゃない上に魔法が使えないめぐみんが行っても足手纏いにしかならないわよ!最悪、めぐみんが人質になるか食べられちゃうのがオチだから!」

 

 

 「なら、どうしろって言うのですかっ!?言っときますけど、私はこめっこを探しに行きますよ!何があったとしてもっ!!」

 

 

 「めぐみん……」

 

 

 しばらくの間、お互いに気まずい沈黙が流れ、やがてゆんゆんが根負けした。

 

 

 「……分かったわよ、めぐみん。なら、めぐみんはこめっこちゃんが行きそうな所に心当たりはない?」

 

 

 こめっこの行きそうな所なんて、心当たりがある筈がない。

 

 あの子は、誰に似たのか根性が据わり、世渡り上手で、でも誰かの家に遊びに行くほど親しい友達はいなかったはず。

 

 最近はバーサーカーを連れてあちこち連れ回していたみたいだが、この状況でこめっこが行きそうな場所なんて私はこめっこから聞いてない……。

 

 

 

 「そうだ!バーサーカーなら!こめっことよく一緒に居たバーサーカーなら知っているかもしれません!」

 

 「ッ!そうね!彼に聞いてみよう!」

 

 

 

 私は外で待っているバーサーカーに事情を話して、こめっこが行きそうな場所を聞いてみた。

 

 始めは悩んでいた彼だったが、しばらくすると当てがあるのか人差し指を1本立てた。

 

 

 私とゆんゆんは、彼にその場所へ案内してもらう。

 

 ーーーこめっこ、無事でいて下さい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーそこは、里の外れにポツンと鎮座された邪神の墓。

 

 立ち入り禁止であるはずの場所から、さっきの魔物が忙しなく空へと飛び立っているのが、墓の近くにある街灯の魔法光に照らされることでより一層不気味な印象を与えてくる。

 

 

 「ねぇ、バーサーカー、いくらなんでもこんな所にはこめっこちゃんも来ないんじゃ……」

 

 「■■■……」

 

 不安そうな表情のゆんゆんの言い分ももっともだが、私はこの近くにこめっこがいる気がした。

 

 

 私とゆんゆんは茂みに隠れながら、バーサーカーは匍匐前進してもらいながら、墓にゆっくりと近づいていく。

 

 

 「……居ましたね」

 

 「……居たわね」

 

 「……■■■」

 

 

 墓の前にはこめっこが、ちょむすけを抱き抱えている魔物を中心にした、夥(おびただ)しい数の魔物達を相手に、邪神を封印するためのパズルを抱えながら無言で対峙していた。

 

 

 「ど、ど、どど、どうしようっ、めぐみん!このままじゃあ、こめっこちゃんとちょむすけがっ!」

 

 「落ち着いてください、ゆんゆん。今は様子を見て、助けられそうな隙を伺うのです。バーサーカーも、早まらないでくださいね?」

 

 「■■■……」

 

 

 ゆんゆんとバーサーカーに冷静になるように指示は出したが、内心では私は誰より慌てていた。

 

 バーサーカーに案内を頼むときに、遠回りになろうとも一度、討伐隊か避難所に顔を出して事情を説明しておけば良かった。

 

 

 未だに里の上空を飛び回っている魔物に向けて、あちこちから色とりどりの魔法が打ち上げられている。

 

 

 恐らく、あれは魔物達がこちらの異変に気が付かなかいようにする為の囮に違いない。

 

 これでは、里からの応援は期待出来ないだろう。

 

 

 私の判断ミスだ。

 

 おまけに、未だに墓から魔物が湧いて出ているため、下手な行動は逆に危険を招くこの状況。

 

 

 ……今、ここにいる3人で何とかしなければ。

 

 

 私があれこれと策を考えている間に、魔物達がこめっこを逃げられないように、ジリジリと囲んでいく。

 

 

 「ねぇ、めぐみん!マズいわ!早く助けないと!……めぐみん?」

 

 

 

 「大丈夫、大丈夫ですよゆんゆん。こういうピンチの時には、こめっこに都合よく眠っていた凄まじい力が覚醒し、ばったばったと魔物を倒していくのが『お約束』ってやつです。なので私達は、そんなこめっこの成長を陰からこっそり見守っていれば……」

 

 

 

 「何言ってるのめぐみん!?ねぇ、目が虚になってるんだけど!?」

 

 

 

 『万事休す』な状況に、私が現実逃避をしていると、こめっこは抱えていたパズルを地面に置き、両手をバッと高く上げながら。

 

 

 

 「きしゃーっ!」

 

 

 「ーーーねぇめぐみん、こめっこちゃん、あの数の魔物相手に戦おうとしてるんだけど!ていうか、ジリジリとにじり寄って行くこめっこちゃんに、魔物の方が怯え始めたんだけどっ?!」

 

 「■■■■…………」

 

 

 

 我が妹は将来は大物になるとは思っていたが、既に大物だったらしい。

 

 

 考えてみれば、バーサーカー相手に全く怯むことなく遊んでいたのだから、数が多かろうが彼より弱そうな魔物に怯える必要は、こめっこにとってはないのかもしれない。

 

 

 ……というか、魔物に抱き抱えられているちょむすけまでもが怯え始めたのだが。

 

 

 

 なんだか、このまま見守っていてもこめっこが勝ちそうな雰囲気が流れ始め、私達は余計に身動きが取れなくなっていると。

 

 

 

 

 

 「ーーーおやおや、まだ手こずっているのですか?」

 

 

 ーーー邪神の墓の側から魔法陣が出現し、そこから『そいつ』は現れた。

 

 

 

 そいつは長い髪は右が白く、左が黒いモノトーンになっておりまた、ところどころ外ハネをした黒髪の方は複数のとぐろが巻かれている特徴的な髪型をしており、右肩から袖までが赤と白の縞模様が描かれた服を着ており、それはどことなく、本で読んだ『ピエロ』を彷彿とさせるデザインになっていた。

 

 

 美形ながら奇抜で、そして何処か歪な出で立ちをした男性が、こめっこを見下ろしながら、鼻で笑った。

 

 

 「邪神に仕えし悪魔ともあろうものが、何を小娘1人に怯えているのか……。それに、私が直々にお前の魂を弄って、前より強化してやったのだ。さっさと始末して、あれの持っている魔道具と、邪神を私に献上せよ」

 

 

 男がちょむすけを抱き抱えている魔物にそう命じると、その魔物の目がさらに紅く光り輝き始め、それに呼応する様にさっきまで震えていた他の魔物達も次々と目が輝き始める。

 

 未だに威嚇するかの様に奇声を上げているこめっこの背後にいた魔物が、奇襲をかける様に襲いかかってーーー。

 

 

 

 「『ストーン・ウォール』ッ!」

 

 

 

 「ピギャアッ!?」

 

 「何っ?!」

 

 

 

 ゆんゆんの魔法で作った土の壁に、飛びかかった魔物が咄嗟のことで避け切れず、正面衝突し、その隙に私とゆんゆんがこめっこを守るように茂みから飛び出した。

 

 

 「そこまでです!我が名はめぐみん!紅魔族随一の天才にして、上級魔法を操る者!我が妹には、手出しはさせません!」

 

 「あっ、姉ちゃん!わたしのペットがアイツに取られた!」

 

 「こ、こめっこちゃん、この状況で、まだ余裕があるのね……」

 

 

 せっかくの私の決めシーンなのに、この2人は何をやっているんですか!

 

 私の横に並び立つゆんゆんが、あの奇妙な男にいつでも魔法を打てるように構える。

 

 

 「ちっ!もう来たのですか、忌々しい紅魔族め!……とはいえ、まだ子どもが2人と役立たずな幼な子が1人。この状況で飛び出してきたということは、他の増援はまだ来る気配はない様子。早まりましたね?」

 

 

 余裕そうに、しかし襲いかかるタイミングを測っているのか、魔物達は微動だにしなくなった。

 

 

 

 「ふっ、そんなものを待つ必要はありませんよ。言ったでしょう?私は『紅魔族随一の天才』だと。ここにいるゆんゆんも、中々の魔法の使い手です。戦力は私達だけで過剰と言うものですよ。さぁ、早く立ち去りなさい!今ならまだ見逃してあげましょう」

 

 

 「……ふむ。肝は据わっているのは分かりました。が、この状況で『私達と戦って勝つ』とは……。ハッタリにしてはいい啖呵でしたよ?」

 

 

 「ほう、私の言葉が嘘だと?」

 

 

 「えぇ。紅魔族は根っからの短気で喧嘩っ早い、扱いづらい性格をした集団ですからね。それなのに、まず攻撃してくるのではなく、魔法で防御した後に交渉してくること自体が、ハッタリだと言っている様なものです」

 

 

 「貴方、本当にぶっ飛ばしますよっ!?」

 

 「お、落ち着いてめぐみん!挑発されたらダメよ!」

 

 「……もうよい。お前達と戯れている暇はないのだ。その幼な子が持っている魔道具を此方に寄越せ。さすれば、お前達のことは見逃してやろう」

 

 

 

 私達のやりとりを見て、興が削がれたかの様な顔をした男がそんなことを提案してくる。

 

 

 「ふん!そっちこそ、早くちょむすけをこちらに渡したらどうです?それは私の家のペットですよ」

 

 「そうだそうだ!このペットドロボーッ!」

 

 「……ちょむすけ?もしかして、この邪神のことか?」

 

 「すいません、すいません!うちのめぐみんが変な名前つけてすみません!」

 

 「何で敵に謝っているんですか、ゆんゆん!?」

 

 「……はぁ。何だか馬鹿馬鹿しくなってきたわ。もうよい、さっさと魔道具を渡せ」

 

 

 

 呆れ顔になってすっかりと油断した男に、私はニィッと笑いながら罵倒した。

 

 

 

 「ふっ、戦いの最中に油断をするとは、まさに三流ですね!大人しく出直してくるがいいです!」

 

 「……貴様、実は馬鹿なのだろう?さっきは『紅魔族随一の天才』だとか抜かしていたが、実は唯の馬鹿であろう?会話中に一度も攻撃してこない所を見るに、打つ手がないのだろう?この私に有利な状況で、何故私が三流呼ばわりされねばーー」

 

 

 「いえ、貴方は三流ですよ?」

 

 「??それは、どう言う意味……」

 

 「だって貴方はーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーー私達の『増援』に、全く気づかなかったじゃないですか」

 

 「■■■■ーーーーッ!」

 

 「「ッ!?」」

 

 「にゃあっ?!」

 

 

 突然、背後の草陰から飛び出したバーサーカーの速さに対応出来なかったのか、ちょむすけを抱き抱えていた魔物は一瞬で距離を詰められ、腕に抱えていたちょむすけを左手で鷲掴みにしながら、背後を振り返ろうとした魔物の喉に右肘を叩きこむ。

 

 

 たったそれだけの攻撃で、魔物が絶命したのか力が抜けるように崩れ落ちる最中、ちょむすけを奪還したバーサーカーが走っている勢いを殺さずに、私達の元へとやってくる。

 

 

 

 

 「形勢逆転ですね?」

 

 「ッ!!こ、この、小娘があああああぁぁぁっ!!」

 

 

 「今です、ゆんゆん!」

 

 「『ライトニング』!『ストーン・ウォール』、『ストーン・ウォール』、『ストーン・ウォール』ッ!」

 

 

 ゆんゆんがあの男の反対側を囲んでいた魔物を、一筋の雷をもって一部を消し飛ばし、そして直線上に出来た『逃げ道』を囲うように、相手の視線を遮るように、土の壁を建てていく。

 

 

 「バーサーカー!私達を抱き抱えて全速力で逃げなさい!」

 

 「■■■!!」

 

 「え、ちょ、出来れば優しくってキャアアアアアーーッ!!」

 

 「あはは!早い早い!いっけぇ、バーサーカー!」

 

 「にゃああああああああーーっ!!」

 

 

 こうして、私の機転により、一時的に邪神の墓とあの不気味な男から逃げることに成功した。

 

 

 

 

ーーーしかし、あの魔物達と私達のこの『長い今夜の戦い』はまだ始まったばかりだったとことを、この後、嫌という程に痛感することになるなんて、この時の私は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 




明けまして、おめでとうございます!

すいません、投稿が遅くなりました。

ようやく1章も佳境に入ってきましたし、まだまだ書きたい話がいっぱいありますので、今年も、私とこの作品のことをよろしくお願いします!


・オリジナル魔法『ストーン・ウォール』
術者が指定した場所に土の壁を作る魔法。
壁は直立にしか作れないが、壁の強度や高さ、横の長さなどは自由に変更出来る。

しかし、その分魔力の消費量も比例するように多くなる。



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