理滅の刃 (瓢さん。)
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プロローグ~その者の名は~

 がんばって投稿します!

 よろしくお願いします!


 大正時代の日本。

 

「ハァーッ……ハァーッ……!!クッ……」

 

 草木も眠る丑三つ時に、一人の男が草原を駆けていた。

 

 いや、男は男でも、人間ではない。超人的な身体能力を持ち、人を喰らいその力を得る。

 

 そう、男は鬼であった。

 

「ハァッハァッハァッ……なんなんだあの男は!」

 

 その鬼が逃げていた。何かに恐怖するように。何かから必死で逃れようとしていた。

 

「あの噂は本当だったのか!クソッ!」

 

 最近、鬼の間でとある噂が流れていた。

 

 曰く、鬼舞辻無惨の直属の配下である十二鬼月ですら、その者を避ける。

 

 曰く、その者の攻撃は、かすり傷だけでも死ぬ。

 

 曰く、その者に会ったなら最後、殺されるしかない。

 

 鬼は噂を信じていなかった。十二鬼月が避ける?かすり傷でも死ぬ?ありえない。そう思っていた。

 

 

 今日その者に会うまでは。

 

 

「クソッ……俺は十二鬼月になるまで死ねない!死んでたまるか!」

 

 

 男は罪人であった。盗み、殺し、強姦。生きるために、何でもやった。

 

 しかし、男は捕まった。不運にも、殺そうとした相手が警察だった。

 

 本来ならその男は死刑になるはずだったのだが、幸運にも、鬼舞辻無惨によって、鬼に変えられ、生き延びた。

 

 自分を助けてくれた主のため、人間の時以上に人を殺し、そして食った。

 

 鬼は幸運にも、自分に向けられた鬼殺隊の刺客を幾度となく退けることができた。

 

 しかし、鬼にとっての幸運はここまでだった。

 

 それ以上の不運が今日、襲ってきたからだ。

 

 

「ほう。人を殺し喰らってきたものが死にたくないとのたまうか」

 

 

 声が聞こえた。

 

 死を告げる絶望の声が。

 

 思わず足が止まった。

 

 鬼は恐る恐る後ろを振り向く。

 

 そこには、一人の少年が立っていた。年は十六ほどか。黒髪黒目で、鬼殺隊の上に、見たこともない服を着ていて、腰に一本の刀を差している。少し今までの隊員とは外見が違うが、それだけではただの鬼殺隊員だ。なぜ鬼がそこまで怖がるのかわからないかもしれない。

 

 しかし鬼は少年と会った時に悟った。

 

 自分の死を。

 

「まあよくもそこまで逃げたものだが、その程度で俺を撒けると思ったか?」

 

 声が近づく。脂汗がにじむ。鬼の頭に今までの一生が駆け巡った。

 

 貧しく生きるためなら何でもやった人間の頃。人を殺し、喰らい続けた鬼の頃。

 

「グ……グアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

 鬼は爪を鋭くし、男に襲いかかった。同時に、血鬼術を発動する。

 

「血鬼術――<運負天賦(うんぷてんぷ)>!!」

 

 その血鬼術は、日常に転がる運を貯め、ここぞというときにその運を解放する。

 

 鬼が今まで何回も鬼殺隊隊員を退けてきたのは、この力のおかげである。

 

 運が良ければ、攻撃も当たらなく、逆にこちらの攻撃がよく効くようになる。

 

「アアアアアアアアアアアッ!」

 

 鬼の爪が今までで一番疾い速度で少年へと向かう。すべての運をこの手に凝縮する。

 

 当たっていれば、柱ですらも致命的な傷を負うであろう一撃。

 

「殺してやるううううううう!」

 

 しかし、幾万の奇跡と、幾億の幸運を積み重ねようとも、この男の前では何の意味も存在しなかった。

 

 

 

(ほろび)の呼吸、(ほのお)(やいば)――」

 

 

 少年の右腕が刀の柄にかかる。

 

 時間が、ひどくゆっくりと流れていた。

 

「――<焼死滅炎(しょうしめつえん)>」

 

 一閃。鬼の首と胴体が別れ、体が崩れ落ちた。少年は目に言えぬ速度で鬼の首を斬ったのだ。それにより、鬼の首と胴体が永遠の別れを告げた。

 

「き……さま……の……名前……は……」

 

 地面が目の前に近づいてくるのを感じながら、鬼は最後の力を振り絞り、自分の首を斬った少年に問いかける。

 

 瞬間、目の前が真っ黒に染まった。闇ではない。炎だ。黒い炎が自分の首を、いや体をも燃やしている。

 

 熱くはない。熱いという尺度を超え、ただ黒炎が自分を燃やしている。

 

 すべてが燃え、自分の何もかもが灰燼に代わるその瞬間、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の名をとくとその頭蓋に刻め。俺が魔王――アノス・ヴォルディゴードだ」

 

 

 

 




 滅の呼吸はオリジナル呼吸です。


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目覚め

二話目です!


「どこだ、ここは?」

 

 

 目覚めた俺の一言目はそれだった。

 

 俺は昨日の記憶をたどってみる。昨日は久しぶりの雑務でさすがの俺もくたびれた。

 

 それでも何とか昨日中にすべての仕事を終わらせ、家に帰って眠ったのだが、起きてみれば全く知らぬ場所で目が覚めた。それに加えて、着替えた覚えもないが、俺の服装は魔王学院の制服になっていた。疑問に思うのも無理はなかろう。

 

 周りを見渡す。どうやら町のようだ。しかし、街並みが俺の見慣れたものとは全く違う。このようなところは俺の世界にはない。

 

 建物の造りや道の補整の程度、そのほかのいろいろな要素から、俺は自分が元の世界とは全く違う世界にいるのだと結論付けた。

 

 まさか、世界というものが複数あるとはな。異世界というものが存在するということは、今の今まで俺も知らなかった。

 

――たとえば、こうは思わないかい? 僕たちが理の外にいるのは、この世界に外がある証明だって。

 

 まさか、あの男の言葉が当たっていたとはな。業腹なことだが、受け入れるしかないようだ。

 

 しかし、これはいったい誰の仕業によるものだ?世界間での転移など、大魔法に類ずるものなのは間違いない。何せ世界を移動するのだからな。

 

 魔法陣も複雑、使う魔力も大量に必要だ。そこらのものにできていい芸当ではない。

 

 それこそ、神にでもならない限り、な。

 

 しかし、彼らが俺をこの世界に転移するはずがない。元凶は取り除いた。する理由がない。

 

 つまり、現状確認できていることは、何もないということか。

 

 そこまで考えを巡らせたところで、自分の体のある異変に気付く。

 

 

「俺の体が……人間になっている?」

 

 

 そう、俺の体が魔族ではなくなっていた。人間になっていた。どういうことだ?

 

 試しに<火炎(グレガ)>を使ってみる。魔法陣を展開した瞬間、俺の手から炎が噴き出した。その炎は一瞬で大きく広がり、周りのすべてを焼き尽くそうと暴れまわる。火が燃え移る前に俺は<火炎(グレガ)>を解除した。

 

 ふむ。<火炎(グレガ)>にしては威力が大きくなりすぎている。魔力の調節は完璧だった。

 

 ならば、考えられるのは――

 

 

この世界は、魔法に対する抵抗力がない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 そう結論を出すのに時間はかからなかった。魔眼()を使い、この世界の深淵をのぞいてみたが、俺の推察は合っているということを結論付けるものだった。

 

 つまり、俺の世界では普通に使っている<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>でも、この世界で<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>を使えば、世界を滅ぼすほどの威力になってしまうということだ。

 

 運よく滅ばなかったとしても、世界に重大な損傷を残すのは間違いないだろう。

 

 それは、治癒魔法とて例外ではない。使えば最後、過回復で全身が腐りグズグズになってしまうだろう。

 

 つまり、俺がこの世界で生きていくためには、この世界で魔法を使ってはならない。

 

 この世界について何も知らない状況で、魔法を使えないのはなかなかに窮屈だ。

 

 治癒も蘇生も出来ないのは、不便だしな。

 

 時間があるならば、この世界でも魔法が使えるようになるがな。

 

 幸い人間になっても身体能力は変わらなかった。

 

 それだけでも十分だ。

 

 すると、南の方角でうっすら、剣戟のような音が聞こえてきた。

 

 俺は音が聞こえた方向に向かって駆けだす。すぐにその場所にたどり着いた。

 

 

「君って意外ととっても強いね!!だけど俺の血鬼術を喰らって肺はもうボロボロでしょ?救ってあげるからもう抵抗はやめよう?ちゃんと食べてあげるから、さ!」

 

 

「ハァッ……ハァッ……くっ……」

 

 

 そこには、二人の人間がいた。

 

 一人は女だ。かろうじて立ってはいるものの、体中がボロボロだ。蝶の髪飾りをつけ、見たことがない服と、珍しい刀を身に着けている。胸をおさえている。どうやら肺を傷つけたらしい。

 

 もう一人は、男だ。白橡色の長髪に血をかぶったかのような赤黒い模様が浮かんでいる。服装も髪と同じ血のような模様が描かれた赤と黒の服を着込んでいる。目に刻まれているのは……あれは文字か?読めぬ。

 

 瞬間、俺は男は人間ではないと、瞬時に悟る。

 

 男のまとっている気配が、人間のそれと全く違っていたからだ。

 

 この世界にも、人と魔族が存在しているのか?しかし、見る限り、男は魔族ではない。この世界特有の種族なのだろうか。

 

 女と人ならざる男は相対している。戦っているのか。しかし、このままでは女が負けてしまうだろう。

 

 やれやれ。この世界がどこか知らぬが、まずはあの女を助ける。そして、この世界について教えてもらうとするか。

 




まあこのままじゃ鬼なんてすぐ滅びちゃいますんでね、アノス様には魔法を使えないというハンデをつけさせてもらいました。

アノス様を人間にしたのは、アノス様が魔族だったら、さすがに気づかれちゃうかな……。と思ったからです。


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魔王との遭遇

今回はカナエ視点でお送りしたいと思います。


「ハァッ……ハァッ……くっ……」

 

 

 息苦しい。呼吸がうまくできない。胸をおさえるも、それで苦しさがまぎれるわけじゃない。

 

 今、私は窮地に陥っていた。

 

 鎹鴉からの情報をもとに向かった場所で遭遇した鬼は、なんと鬼舞辻無惨の直属である十二鬼月の中でも二番手に位置する上弦の弐。

 

 そのまま戦闘に移行したが、相手は上弦の鬼。私の攻撃が全く通用しない。

 

 戦っているうちに血鬼術を使われていたのか、肺を傷つけられてしまった。全集中の呼吸が大きく乱れ、追い詰められていく。

 

 目の前の鬼は屈託なく笑っている。しかし、その瞳の中からは何の感情もうかがえない。

 

 

「君って意外ととっても強いね!!だけど俺の血鬼術を喰らって肺はもうボロボロでしょ?救ってあげるからもう抵抗はやめよう?ちゃんと食べてあげるから、さ!」

 

 

 言葉と同時、一足飛びに接近した上弦の弐の手に収まっている扇が煌めく。

 

 私は何とか日輪刀でその一撃を防御した。

 

 しかし次の瞬間、パキン、という音とともに日輪刀が真っ二つに折れてしまった。そんな。

 

 

「さあ、俺とともに永遠を生きよう」

 

 

 そのまま扇が私に迫る。それは、確実に私の命を絶つであろう、必殺の一撃。

 

 私は死を覚悟した。脳裏に浮かぶのは蝶屋敷に住む大好きな子たちと、愛するたった一人の家族である妹。

 

 せめて最後に、もう一度だけ会いたかった。だけど、それはもう叶わない。目に涙が浮かぶ。

 

 私は目をつぶり、おとなしくその一撃を待った。だけど、

 

 

「貴様、何をしている?」

 

 

 その一撃は私に届くことはなかった。

 

 閉じていた目を開けると、私の前には一人の少年が立っていて、扇をその手で受け止めていた。見慣れない服を着ているが、自分よりも小さい。

 

 なんで男の子がここに?そう思ったのは一瞬だった。

 

 

「あなた、早く逃げなさい!死にたいの!?」

 

 

 力を振り絞り、少年に向かって叫ぶ。今、私の、胡蝶カナエの目の前にいるのは、人ではない。人の命を簡単に奪う、恐ろしい鬼なのだ。

 

 なんで扇を受け止められているのかは知らない。考えなくていい。今は少年を助けることを優先しないと。

 

 お願い、逃げて――そう願ったけど、

 

 

「叫ぶな。おそらく肺を傷つけている。死にたくないなら口を閉じていろ」

 

 

 目の前の少年にそう一蹴され、この状況だがポカーンとしてしまう。

 

 叫ぶな?口を閉じていろ?少年のくせになんて言葉遣いだろう。

 

 すると、目の前の鬼が口を開いた。

 

 

「おいおい、せっかくの食事を邪魔しないでおくれよ。俺は男はあまり食わない主義なんだ」

 

 

 言うが早いか、上弦の弐はもう一つの扇で少年に斬りかかる。

 

 

「クッ!!カハッ……」

 

 

 少年をかばおうとしたが、うまく動けない。私のせいで――そんな後悔が胸の中に生まれる。

 

 

「とりあえず死んでもらおう――――がばあぁっ!!」

 

 

 上弦の弐が吹き飛ばされた。

 

 

「……は?」

 

 

 目の前のありえない光景に頭の中が真っ白になった。

 

 私の瞳に映っているのは吹き飛ばされ倒れている上弦の弐と、その上弦の弐を殴り飛ばした一人の少年。

 

 

「くはは。その程度の強さで俺を殺すだと?」

 

 

 上弦の弐が体を起こす中、その少年は泰然と笑った。

 

 

「身の程をわきまえろ、下郎が」

 

 

 これが、この先の未来にて鬼舞辻無惨を滅した少年と、私、胡蝶カナエが出会った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は本当に人間かい?俺を殴り飛ばすなんてそれこそあのお方ぐらいだと思うけど」

 

 

 上弦の弐が目の前の少年を注意深く見る。その顔には先ほどの笑みなど一切なく、ただただ目の前の敵を観察していた。

 

 

「人間だ。今は、な」

 

 

 今は?どういう事だろう?私はそう思ったけど、黙っていた。別のことに思考を割いている時間はない。

 

 

「それよりも、貴様、今こいつを喰うといったか?」

 

 

 こいつ?まさか私のこと!?叫ぶなとかこいつとか、この子には一回、言葉遣いというものを教えてやらなければ!と場違いにもそう思った。

 

 私の心中とは無関係に、戦場の状況は動いている。

 

 

「言ったよ?誰もがみんな死ぬのを怖がるから、俺が喰ってあげてるんだ。俺が喰った人はみんな俺の体の中で永遠に生き続ける。もう苦しくないし、つらくもない」

 

 

 それがさも当然のことであるかのように、上弦の弐は言葉を続ける。

 

 

「俺は喰った人たちの想いを、血を、肉を、しっかりと救済して高みへ導いてあげてるんだ。今から食べるその子も一緒だよ。俺の体の一部となって幸せになるんだ」

 

 

 聞いているだけで、私の気分が悪くなる。悪辣。それ以外にこの鬼を表現する言葉が見つからなかった。

 

 

「聞くに堪えぬな。それを本気で言っているのならお前の脳は腐っているぞ」

 

 

 少年が吐き捨てるように言葉を発する。声からは、嫌悪感がありありと漂っていた。

 

 

「初対面なのになんでそんなに怒っているのかな?可哀そうに」

 

 

「黙れ。そのような軽い言葉で物を語るな」

 

 

 そう少年が言葉を発した瞬間、空気が、冷えた。いや、実際には冷えていないのかもしれないが、空気が冷えたと私は感じた。

 

 そして、その源が、目の前の少年から来ていることも。

 

 

「そのような独りよがりで、自分勝手な理由で人を喰ってきたのか」

 

 

「ならば―――心置きなく、貴様を滅ぼせるというものだ」

 

 

 少年がそう言った瞬間、少年から膨大な殺気が発された。

 

 そのあまりの激しさに私の身体が震え、汗が流れ出る。

 

 瞬間、少年の頭上に巨大な氷柱(つらら)が落ちてきた。

 

 氷柱(つらら)が少年を串刺しにする――瞬間、少年は地を蹴っていた。

 

 その速さは柱である私でさえ視認することができない。鋭い蹴りが上弦の弐に向かって放たれた。

 

 上弦の弐もその攻撃を読んでいたのか、冷気をまとった扇子で蹴りを迎え撃つ――瞬間、少年の姿が消えた。

 

 

「え……?」

 

 

 上弦の弐が一瞬硬直する。周りを見渡すも、少年の姿が見当たらない。

 

 しかし、私には見えていた。

 

 

 

 

 

 少年は、上弦の弐の後ろに立っていたのだ。

 

 

「どこを見ている?こちらだ」

 

 

「な……」

 

 

 上弦の弐がすぐさま振り向こうとするが、少年が上弦の弐の頭を鷲掴みにするほうが早かった。

 

 そしてそのまま、上弦の弐を地面に叩きつける。あまりの威力にドッゴオオオオオンと轟音が鳴り響き、地面がひび割れる。

 

 それは一度だけではなく、何度も、何度も、地面に叩きつけられる。

 

 

「グッ!?グガッ!?グバッ!?ガッ!?」

 

 

 上弦の弐は苦しみ、顔面から血をまき散らしながらも、氷でできた巫女を二体作り出し、凍結させようとする。

 

 少年は顔から手を放し、一度離れた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 上弦の弐は息を乱していた。少し汗が浮かんでいる。

 

 私は唖然としていた。あまりの光景に、動くことすらままならない。

 

 くくく、くはは、と笑い声が聞こえる。

 

 少年は上弦の弐に向かって笑っていた。

 

 

「だから言っただろう。貴様ごときが俺を殺すことはできないと」

 

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

この世界では魔法は使えないけど、魔力が消えたわけじゃないから、アノスはいつも通り自分の力を抑えてるぞ!
今アノス様が使っている力は全力の力と比べて塵ほどにも満たないくらいだぞ!


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希望の光

今回もカナエさん視点です。


 戦闘が始まった。しかし、私にはそれが本当に「戦闘」なのかどうか、判断がつかなかった。

 

 上弦の弐が扇子をふるい氷の蓮の葉や蔦を出し、攻撃するも、少年はそれらをなんて事のないように踏み割り、引きちぎる。蓮の葉や蔦からは強烈な冷気が発せられているが、少年は凍ったり動きが鈍る様子はない。

 

 

「君って、なんで凍んないの?ほんとにめんどくさいなぁもう!」

 

 

「その程度の氷で俺が凍ると思ったか」

 

 

 上弦の弐はその後も次々と私には見せなかった氷の血鬼術で攻撃するも、少年はそのすべてを薙ぎ払い、踏み潰す。

 

 上弦の弐に匹敵する血鬼術を放つ、上弦の弐そっくりの人形が、とてつもない冷気をまき散らし、あらゆるものを破壊する巨大な大仏が、少年の拳や蹴りで簡単に破壊される。

 

 そのまま少年が上弦の弐の間合いに入った。上弦の弐の扇子が煌めくが、扇子が少年に届く前に、少年が上弦の弐の腕をつかんでいた。

 

 

「こんなもの…………ッ!?」

 

 

 上弦の弐が少年の腕を振り払おうとするも、その腕は一ミリたりとも動かない。尋常じゃない力を持っている。

 

 

「その程度の力で、俺の腕を動かせると思ったか?」

 

 

 そのまま少年は上弦の弐に向かって膝蹴りを食らわした。グシャメキボキィと上弦の弐から鈍い音が連続で響く。

 

 

「がはっ……」

 

 

 その一撃だけで上弦の弐が吹き飛ぶ。赤い飛沫が数滴、道路に染みを作った。

 

 上弦の弐に少年がさらに攻撃する。踵落としが上弦の弐の顔面にめり込み、鈍い声が漏れた。

 

 

「その程度では世界を千周しても俺には勝てぬぞ。もっと全力を見せてみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こっているのか、私には全くわからなかった。幻惑の血鬼術をくらっていると思ったほうが、まだ現実的。

 

 一般人が鬼を倒す事自体は、稀ではあるけど確かに前例はある。

 

 鬼殺隊の岩柱、風柱の二人がそうだったと聞いている。

 

 だが、それは下級の鬼が相手だからこそ出来た芸当だ。

 

 しかし、十二鬼月は一般人じゃ歯が立たない。十二鬼月に丸腰で挑むというのは、頭の螺子が何本か外れている行為だ。

 

 いや、十二鬼月の中でもあの鬼はは上弦の弐。上から二番目なのだ。一般人でなくとも鬼殺隊の隊員のほとんどが瞬殺だろう。

 

 しかし、私が今見ているのは本物だ。血鬼術にかかっているわけではない。その事実が私の頭をなお混乱させる。

 

 ただの少年が、上弦の弐を圧倒している。いや、もう『ただの』少年と呼ぶべきではない。

 

 上弦の弐を上回る力と、柱である私でも見えないほどの速さ。

 

 人間なのかも怪しいところである。しかし、彼の雰囲気は間違いなく人間だった。鬼とは違う、生命の輝きある人間の。

 

 

―――次元が、違う。

 

 

 少年について私は、そう感じた。

 

 そして、一つの結論に私の思考は至る。

 

 彼なら、もしかして。鬼殺隊の長年の悲願を―――

 

 

「姉さん!」

 

 

 そこまで考えたところで、もう聞くことがないと思っていた耳朶を打った。この声は――

 

 

「姉さん、大丈夫!?」

 

 

 振り向くと、妹のしのぶが駆けつけてきた。

 

 鎹鴉によって知らせられたのだろう。

 

 

「よかった、姉さんが生きててよかったっ……!」

 

 

 

 しのぶは泣きながら私に抱き着いてくる。あの少年が来なかったら、私は今頃死んでいただろう。私も妹を強く抱きしめる。

 

 そうだ、あの少年はいまどうなっているんだろうか。

 

 

「大丈夫よ。それより――」

 

 

「ふむ。これだけの攻撃を浴びせても死なないとは。しかも、即座に傷が治る。興味深いな。」

 

 

 

 少年の声が聞こえた。先ほどと変わらない。泰然とした響きで。

 

 見ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

 上弦の弐が地に伏し、少年がその頭を踏みつけていた。

 

 少年の視線は、虚空に向けられていた。その思考を読むことは、出来ない。

 

 

「くっ……」

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 

「……え……」

 

 

 しのぶはその光景を見て絶句していた。ただの少年が、上弦の弐を圧倒している。目でそれを認識しても、頭がそれに追いつかないのだろう。

 

 

「姉さん……あの少年は……なんなの……?」

 

 

 しのぶは、何とか声を絞り出し、私に聞いてくる。

 

 その声は震えていた。仕方がないこと。あの光景は、それほどまでに衝撃的なのだから。

 

 現に今、私も驚いている。少年の身体にはかすり傷一つついてない。もはや理の外の存在としか言いようがない強さ。

 

 私は、妹の問いに対して静かに首を振る。

 

 

「分からないわ。私が言えるのは、あの少年によって、私は助けられたという事、そして―――」

 

 

 私は、目をつぶり、心を落ち着かせる。

 

 私はあの少年について何も知らない。だけど、彼は私たちの敵ではない。これは断言できる。

 

 そして、私たちは彼によって少しずつ変えられてゆく。そんな「予感」がした。

 

 だから、私は目を見開き、断言する。

 

 

「彼が、鬼舞辻無惨を殺すことができるかもしれない人だという事」

 

 

 



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恐怖

今回はアノス様視点です。


「ふむ。これだけの攻撃を浴びせても死なないとは。しかも、即座に傷が治る。興味深いな。」

 

 

 俺は、地に伏している男の頭を踏みつけながら、そうつぶやいた。

 

 周りには、この男が使っていた扇子のかけらが散らばっている。うっとうしいから、とりあえず砕いたのだ。

 

 この男は、実に不思議な体をしていた。腕を、足を切り落としても、即座に生えてくるのだ。

 

 それは、首でも例外ではなかった。首を切り落としても、またすぐに生えてきた。このような体質の者は我が世界にはいなかった。

 

 恐るべき再生速度だ。まあ、実力が伴っていないので、大した脅威でもないが。

 

 殺せないのと死なないのは似ているようで実は違う。殺せないほうが恐ろしいのだ。

 

 

「グッ……」

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

 

 足の下の男が何やら呻いているが、関係ない。

 

 どうやらこの再生力は体だけのようだ。<根源死殺(ペプスド)>を使えればよいのだが、この世界では使えない。

 

 

「貴様、先ほどまで使っていたのは何だ?この世界では魔法は使えないはずだが」

 

 

 もうひとつ、俺が気になっているのはこいつが魔法を使っているということだ。いや、魔法ではないか。こいつからは魔力とは違う、別の力を感じた。それを使って術を行使しているのだろう。

 

 もしかしたらその力で、俺はこの世界に転移してしまったのかもしれぬ。

 

 正直大した威力ではなかったが、ほかにも使い手がいるかもしれぬ。それと、その術が俺も使えるようになれるのか、そんな興味があった。

 

 

「俺が君に教えると思うかい?」

 

 

 男が拒否する。仕方ない。俺は足にさらに力を込める。ミシミシ、と男の頭が鳴った。

 

 

「グッ!?アガアッ!?」

 

 

「貴様に拒否権はない。とっとと教えろ」

 

 

 いくら再生するとはいえ人間並みの痛覚はある。死なない程度に死ぬほどの痛みを与えてやれば、いずれ吐くだろう。

 

 

「わ、分かった!け、血鬼術のことだね?あれは俺たちにしか使えないよ!人間は使えない!」

 

 

 血鬼術というのか。人間には使えない、と。少し残念だ。

 

 こいつが知っている情報はこのくらいか。

 

 さて、どうやってこいつを殺すか。首を切っても死なないなら、方法は一つしかない。

 

 俺は男の頭から足を放す。

 

 

「……え……?」

 

 

 突然頭から足を放されて驚いたのか、男がゆっくりと頭を上げる。

 

 そこには俺の人差し指があった。

 

 そしてそのまま、指をはじく。

 

 

「――がしゅ……。……。…………」

 

 

 男の、上半身が消し飛んだ。

 

 

「ふむ、全身を消し飛ばすつもりではじいたのだがな。力加減を間違えてしまったか」

 

 

 すぐに、男の体が再生する。

 

 

「き……君……い……今……何を……?」

 

 

 男が困惑に満ちた顔で俺に問うてくる。

 

 

「なに、貴様の再生が無限に続くわけがないと思ってな。殺しても死なぬなら死ぬまで殺すだけだ」

 

 

 再生には何らかのエネルギーを使っている。無限に再生するなどという理不尽なものではない。

 

 まあ、無限に再生するなら無限に殺せばいいだけなのだが。

 

 男の顔が恐怖に染まる。

 

 

「あ……あれ……?なんだい……?これは……?体が……う、動かない……」

 

 

 男はおそらく人間の感情を知らない。ゆえに、自分のこの感情が何かわからないのだろう。

 

 この男の目には、何の感情も宿っていなかったからな。

 

 しかし、今は違う。

 

 

「わからぬか、男」

 

 

 一歩、俺は歩を刻む。

 

 男の体は地面に根を張ったかの如く、まるで動かなかった。

 

 

「それが恐怖だ」

 

 

 息を飲み、目を丸くして男は俺を見つめる。

 

 その視線は脅えており、その足は完全に竦んでいた。

 

 

「どうだ?初めての感情を得た気分は?俺としては感想を聞きたいところだがな」

 

 

「お……俺が……恐怖なんて……」

 

 

 身動き一つ取ることができず、男がガタガタと震える。

 

 俺は容易く奴の前まで歩いていき、その指を男の額に向けた。

 

 

「とりあえず死ね。あと何回再生するのか知らんが、終わるまでやるまでだ」

 

 

 そして、指を再び弾こうとしたとき―――

 

 

「危ない!」

 

 

―――黒き閃光が俺の背後から襲い掛かってきた。

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様に血鬼術が効かないのは、体に魔力を張り巡らせているからだぞ!

体に巡っている魔力が、血鬼術を相殺しているんだ!


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逃亡

ふと思ったんですけど、カシムと獪岳って似てると思うんですよね。

兄弟子だし、途中でグレたし、なんやかんやあってパワーアップしてるし、弟弟子に倒されるし。


 俺は身を屈めて閃光をかわし、そのまま地をけり一度距離をとる。

 

 

「今のを…避けるのか……」

 

 

 そこには、もう一人別の男が立っていた。

 

 男は、この世界の者たちと同じ不思議な服を着ており、長い黒髪を後ろで縛っている。

 

 しかし、俺が注目したのはその顔だ。

 

 額や首元にかけて炎のような痣らしきものがあり、 六つの目を持っていた。真ん中の両目には男と同じ何やら文字のようなものが刻まれている。右目の文字のようなものは男とは違うようだが。

 

 女と同じ妙な剣も持っている。まあ、見た目は女のそれよりもはるかに禍々しいが。

 

 雰囲気からして、間違いなく先ほどの男よりも、強い。

 

 

「こ……黒死牟……殿……」

 

 

 男がつぶやく。なるほど。あの男は黒死牟というのか。

 

 

「童磨…何をしている…」

 

 

 黒死牟は童磨と呼んだ男にそう問う。

 

 

「そ……そうは言うが……あの男……あの男は、異常だ!」

 

 

 童磨が震えながら俺を指さす。

 

 

「わかっている…ここは…一度退くことだな…」

 

 

 なるほど。こいつは俺の強さを理解している。しかし―――

 

 

「俺がお前たちを逃がすはずがないだろう」

 

 

 会話から察するに、黒死牟と童磨は仲間だ。つまり、黒死牟も人間を食っている可能性が高い。ここで殺さねば、被害は止まらないだろう。

 

 黒死牟に向かおうとする寸前、黒死牟が動いた。

 

 黒死牟が剣をふるうと、無数の三日月型の斬撃がこちらに向かって襲ってくる。

 

 躱すのは容易い。しかし、後ろには先ほどの女がいる。

 

 今はもう一人が女のそばにいるようだが、果たして一人であの斬撃の雨をすべて防ぐことができるか?

 

 あの女一人に、これを防ぎきれるか、と聞かれたら難しいだろう。

 

 仕方ない。

 

 俺は向かってくるすべての斬撃を踏みつぶし、流し、掴んで別の斬撃と相殺させた。

 

 

「そうすると…思ったぞ……」

 

 

 ペペンと、音がした。弦楽器が奏でられたような、そんな音だ。

 

 見ると、二人の足元に、扉が現れていた。見たことがない扉だ。

 

 扉が開き、二人の姿が消えようとする。

 

 

「逃さぬ」

 

 

 俺は瞬時に黒死牟の前に移動する。そのまま拳を振りぬこうとするが―――

 

 

「残念…だったな……」

 

 

 その前に扉が閉まり、次の瞬間扉が消えた。

 

 

 

 

 

 逃げられたのだ。

 

 あれは空間系の血鬼術だろう。童磨よりも、黒死牟よりも遥かにあの血鬼術のほうが厄介だ。おそらく範囲もとてつもなく広い。

 

 俺は油断していた。二人の血鬼術はそれほどでもなかった。ゆえに、逃げられるとは思わなかった。

 

 俺は手を強く、強く握りしめた。手のひらから血がぽたりと落ちる。

 

 

「あの……」

 

 

 声をかけられた。振り向くと、先ほど「危ない!」と叫んだ少女が立っていた。

 

 助けた女と同じ蝶の髪飾りをしている。

 

 

「姉を、助けてくれてありがとうございました」

 

 

 なるほど。この少女と女は姉妹なのか。

 

 

「気にするな」

 

 

 

 そういうと、少女は俺にこんな提案をしてきた。

 

 

「あの……よかったら私たちの屋敷に来ませんか?」

 

 

 

 



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蝶屋敷への誘い

今日は二話連続投稿です!

途中でしのぶさん視点挟みます。


「屋敷?」

 

 

「はい。あなたは姉の命の恩人です。ぜひ私たちの家、蝶屋敷に招待したいと思いまして……」

 

 

 屋敷を持っているのか。まあ、この世界に来たばかりで泊まるところも使える金もなかったからな。家に招待してくれるのはありがたい。

 

 

「そうか。では言葉に甘えるとしよう。彼女は大丈夫なのか?」

 

 

「はい。しかし、私では姉を運ぶことは出来ません。なので、背負ってもらえませんか?」

 

 

 見たところ、彼女は小柄で、人間一人を背負い走れるほどの筋力はない。

 

 俺に頼むのも無理はないだろう。

 

 

「分かった。お前の姉は俺が責任をもって家まで送り届けよう」

 

 

「ありがとうございます。なるべく早く治療をしたいので、私は全力で駆けさせていただきます。あなたも出来るだけ速度を上げてついてきてください。万が一、もしついてこれなくなったら、この鴉が道案内をしますので……どうか、お願いします」

 

 

 少女は腕に乗った鴉を掲げる。

 

 俺が付いていけないなどという、そんな心配をする必要は全くないが、彼女なりの配慮だ。ありがたく受け取っておこう。

 

 

「了解した。すぐに向かおう」

 

 

 俺は少女の姉を背負った。

 

 

「では……行きます」

 

 

 

 そして、少女と俺は、強く地を蹴った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだついてくる……」

 

 

 私、胡蝶しのぶは後ろからついてくる少年をちらりと見る。彼は私の真後ろにピタリとついてきていた。

 

 先ほどまで上弦の鬼と戦ってたとは思えないほどの速さだ。

 

 私は今、姉さんを一刻も早く治療するために自分が出せる最高の速度を出している。

 

 死ななかったとはいえ、肺の傷は深い。早く治療しなければ、それこそ呼吸ができなくなって命を落とす可能性がある。

 

 しかし、先ほど姉さんを救ってくれた少年は、その私に当然のようについてくる。

 

 姉さんを治療するためだから、速度は速くてもいいけど、それでも驚愕を隠せない。

 

 自慢ではないが、私の素早さは鬼殺隊の中でもトップクラスだ。それこそ柱の域に達するくらいには。

 

 それ故に、少年が私に追いついているという事実を、受け入れられていなかった。

 

 ……いや、信じられていないことがあるとするならば、ほかにもある。

 

 私は先ほどの光景を思い出す。目に焼き付いた、鮮烈な光景。

 

 任務を終え、蝶屋敷に変える道中、姉が上弦の弐と遭遇したと鎹鴉から聞かせられた時、私は心臓が止まるかと思った。

 

 お願い。姉さん生きて。死なないで。頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

 必死で姉さんのところに向かった。汗が絶え間なく全身から噴き出るが、暑いとは微塵も思わない。全部冷や汗だ。

 

 それから私がどのように走ったかはあまり記憶にない。何回か道を間違った気がする。それでも私はやっとの思いで戦いの場に着いた。

 

 肺を傷つけられながらも、姉は生きていた。それを理解した時、どれだけ安堵したか。一瞬、膝から力が抜け、転びそうになったほどに。 

 

 だけど、次の瞬間、その安堵は吹き飛ばされた。

 

 一般人としか思えない少年が、十二鬼月の中でも上位に位置する上弦の弐を圧倒していた。

 

 その光景は、たとえいつになっても忘れることはないだろう。

 

――彼が、鬼舞辻無惨を殺すことができるかもしれない人だという事。

 

 姉さんが口にした言葉が頭によぎる。

 

 その言葉が、急に現実味を帯びてきた。彼なら、本当に鬼舞辻無惨を―――

 

 思考がそこに行きそうになった瞬間、目の前に見覚えのある建物が見えた。

 

 そう、私たちが住んでいる屋敷であり、傷ついた隊士の治療もしている建物、蝶屋敷だ。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 俺は今、屋敷の来客用の部屋にて待っていた。少女には遅れることなくついていった。

 

 少女は姉の治療をしている。肺は傷ついているが、ほかに目立った外傷はなく、命は助かるそうだ。

 

 一時間ぐらい待っただろうか。襖が開くと、そこには少女と女が座っていた。

 

 女は布団から身を起こしている。

 

 

「お待たせしました。私は胡蝶カナエ。こちらは私の妹、胡蝶しのぶです。命を助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 

「気にするな。たまたまそこを通りがかっただけのことだ」

 

 

 カナエは開口一番、俺にお礼を言った。あと数瞬あそこに行くのが遅かったら、カナエの命はなかったかもしれぬ。ぎりぎりのタイミングだった。

 

 しかし、名前のような姓だな。どちらも名前が胡蝶で名字がカナエとしのぶ。それでいて姉妹とはな。

 

 二人を区別するためにとりあえず姓のほうで呼ぶとするか。

 

 

「そういえばまだ自己紹介していなかったな。俺の名はアノス。アノス・ヴォルディゴードだ」

 

 

 そう自己紹介すると、カナエが思案顔になり、俺に聞いてくる。

 

 

「アノスさん……。あなたは、もしかして外国の方ですか?」

 

 

 外国?外の国ということか?名前を聞いただけでそのことを聞くとは、どういうことだ?

 

 

「まあ、そこらへんも含めて、お互いに聞きたいことが沢山あるはずだ」

 

 

 そう言うと、カナエの顔が真剣なものになり、その視線はまっすぐに俺を捉えていた。

 

 

「そうですね……。お互いに聞きたいことは山ほどあると思います」

 

 

 そうだろうな。お互いに聞きたいことは山ほどあるだろう。

 

 俺は殺しても殺しても死なず、魔法のような術を使うあの存在のことを。

 

 そして、俺が転移してきたこの世界について。

 

 カナエたちはその存在を圧倒していた俺の素性を。

 

 おそらく、あれはこの世界の人間が簡単に倒せるものではないのだろう。

 

 

「では、まずは私から聞きましょう」

 

 

 カナエは意を決して、俺に問うた。

 

 

「アノスさん。あなたはいったい、何者なのですか?」

 

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は今日泊まるところがなかったら、学生服を売って金を稼ごうとしてたみたいだぞ!


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彼方の世界、此方の世界

本日二話目です!最新話を見る方は一話お戻りくださいませ。


「素手で上弦の弐を圧倒したかと思えば、指をはじくだけで頑丈な鬼の体を粉々に粉砕する。後から来た上弦の壱の攻撃にも難なく対応した。しかしあなたはただの一般人。あなたが鬼であったなら、まだ少しでも納得できた」

 

 

 カナエは先ほどの光景を思い出すように言葉を紡ぐ。

 

 

「しかし、あなたから感じる雰囲気はまごうことなき人間。それに、上弦の弐の、本当に人間なのかという問いに貴方は『今は』と答えた。つまり、あなたは元は人間ではないということ」

 

 

 自分の推論を披露したカナエは俺の目をまっすぐ見て、訊いた。

 

 

「アノスさん……あなたは、あなたはいったい何者なんですか?」

 

 

 

 これは、ごまかしきれぬな。俺のことをよく見ているし、聞いている。ヒントを与えすぎたか。

 

 だがしかし、あの時は仕方がなかった。殺しても死なぬあの存在を誰もが無傷で済ませるにはあの方法しかなかったからな。

 

 いくらごまかしたところで、後から疑念が浮かんでくるだろう。仕方ない。本当のことを言うとするか。

 

 

「まず言っておく。これは、真実であり、俺の世迷い言では断じて無い」

 

 

 前置きをし、俺はカナエたちに語った。

 

 俺は、この世界ではなく別の世界からきた存在であり、もとは人間ではなかったということ。この世界に来た時になぜか人間になってしまったということ。

 

 俺が、元の世界では魔王と呼ばれ、魔族という人間とは違う種族である存在が住む地を統治しているということ。そして、人間と魔族は、友好的な関係を築いていることも。

 

 魔族は、人間を超越する身体能力を持つ。しかし、常軌を逸した再生力はなく、太陽の光に当たっても別に何も問題はないということ。

 

 俺の世界では魔法といった、血鬼術とは違う術を使っていること。そして、それは人間も使えるということ。

 

 

「本当ですか!?ならば、私たちに、魔法は使うことは出来ますか!?」

 

 

 この話をした瞬間、けっこうな具合で食いつかれた。しかし、見た限り、カナエたちに魔力は感じない。彼女たちは魔法を使えないだろう。

 

 そのことを告げると、見るからに落ち込んだ。仕方ないだろう。唯一使える俺とて、この世界では使えないのだから。

 

 そのほかにも、俺の世界の種族など、いろいろな話をした。

 

 噂と伝承からなる不思議な存在、精霊。

 

 地底に住まい、竜から生まれし種族、竜人。

 

 一つ一つが固有の秩序を持ち、とても強力な力を持つ存在、神。

 

 

「かっ、神!?あなた、神と会ったことがあるんですか!?いや、そもそも、神って実在するんですか!?」

 

 

 神の話をした時、二人は非常に驚いた。なんでも、この世界にとっての神は、絶対的、超越的な力を持つ人格的な存在であり、ほぼすべての人間にとっての信仰対象だそうだ。

 

 見る限り、相当な信仰を持っている。それも、ジオルダルに近いレベルで。

 

 世界が違うと、文化もここまで違うのか。興味深い。

 

 

「ならば、俺の世界での神とお前たちの世界での神は違うのだろうな」

 

 

 俺たちはその存在を便宜的に神族と呼んでいるにすぎぬ。考え方はその世界それぞれだ。

 

 

「……なんだか、よくわからなくなってきました……。別の世界が存在したり、そこでは不思議な術を使うことが一般的であったり、神が実際に存在したり……」

 

 

 カナエがこめかみをおさえる。混乱しているようだ。しのぶも大体同じ反応をしていた。

 

 まあ、いきなりそのような話をして混乱しないほうがまれだ。この反応はもっともと言えよう。

 

 

「……でも、信じます」

 

 

「ほう?」

 

 

 俺は眉をピクリと動かす。

 

 

「あなたの話は確かに世迷い言ととらわれても仕方がないでしょう。だけど、私は信じます。あの光景を見せられて、信じないわけにはいかない。何より」

 

 

 カナエのその桜色の瞳が俺の目をしっかりと見据える。

 

 

「何より、あなたの言葉には嘘がない。あなたは嘘をつく気はさらさらない」

 

 

「なぜわかる?」

 

 

「女の勘です」

 

 

 勘か。そのようなもので見抜かれるとは思わなかったな。

 

 

「ちょ、姉さん!?この話を信じるんですか!?」

 

 

 しのぶは信じていないようだ。まあ、こちらが普通の反応だな。

 

 別に彼女がおかしいわけではない。

 

 

「じゃあ、しのぶはあの光景が嘘だというの?……いいえ、本物よ。彼に今までの常識は通用しないわ。彼が常識から外れているのだとすれば、このようなことがあっても不思議はない。もう、今までの理屈が通用しないと考えたほうがいいと思うの」

 

 

 その言葉を聞いて、しのぶは黙り込む。

 

 しのぶも俺が戦う光景を見たはずだ。あの二人がどの程度の強さなのかは知らないが、少なくとも人間一人では倒せるものではないのだろう。

 

 

「別に信じなくてもよい。だが、これだけは覚えておけ。いくら現実から逃れようと、いくらありえないと叫んでいても、俺の言葉はすべて事実だ。それは変わらぬ」

 

 

 俺は事実をしのぶに突きつける。

 

 受け入れられないことなど慣れている。暴虐の魔王と名乗っても信じられないこととてあったしな。

 

 だが、時間があれば、受け入れられる。

 

 

「……確かにあなたは、姉さんを助けた。その事実は変わりません。それと同じなのでしょうね……」

 

 

 しのぶはぽつりと言葉を漏らした。

 

 

「私も信じます。姉さんを助けた人の言葉だから、信じないわけにはいかない」

 

 

 しのぶは藤色の瞳に決意を宿らせ、そう言った。

 

 

「カナエ、しのぶ、ありがとう」

 

 

 俺は頭を下げ、礼を言った。

 

 

「いえ、いいんです。アノスさんは事実を言った。私たちはそれを信じた。ただそれだけのことです」

 

 

 カナエはそう言うが、言うは易しだ。それを実行できる者は少ない。

 

 信じないものもたくさんいるだろう。

 

 

「このことは他言無用にできないか?異世界から来たなど誰も信じぬだろうしな」

 

 

 ゆえに、俺は提案した。異世界から来た人間がいるとなれば、信じる信じないは別として、大きなパニックになることは間違いないだろう。問題ごとはなるべく避けたい。

 

 カナエもそのことを理解したのか、二つ返事で頷いた。

 

 これで、俺の秘密はこの二人だけが知ることとなった。

 

 

「今度は、俺から聞かせてもらうぞ」

 

 

 そう言った瞬間、空気が引き締まる。二人の表情も自然と固くなった。

 

 

「まずはこの世界についてだ。先ほどこの世界に来た故、俺はこの世界の知識を持っていない。まずはこの世界について教えてほしい。そして」

 

 

 俺は先ほどの存在を思い出す。カナエはあれと戦っていた。

 

 そして、それは一人だけではない。つまりは、あの存在に関する何らかの組織があると思うのが妥当だ。

 

 しかも、規模はかなり大きいだろう。このような大きな屋敷は、二人だけで買えるような代物ではないのだろう。つまり、この屋敷が帰るほどの財力を持つほどの組織だということ。

 

 

 

「お前たちが戦っていたあの不死の存在。あれについての詳細を教えてほしい」

 

 

 

 

 

 

 俺はこの世界について、様々な情報を得た。

 

 まず、この国は日本というらしい。日本の外にも世界は広がっていて、数百の様々な世界があるという。

 

 そして、名前なのだが、驚いたことに、最初が姓で後が名前だという。

 

 つまり、胡蝶が名字でカナエが名前だということか。それならば、カナエとしのぶが姉妹であるという納得がいく。

 

 日本の外の国では、俺と同じく、名前が先で名字が後らしいがな。珍しい国だな、日本というのは。

 

 この世界には魔法と言ったものは存在せず、そういうものは空想作品の中だけだという。

 

 魔法がないのなら、抵抗力がなくとも生きていける。俺が異常なだけなのだ、彼らにとって何ら不自由はないな。

 

 このほかにも、今が「明治」という時代だということや、使っている文字が違うことなどを聞かされた。

 

 こうなってくると、言語が通じるのが奇跡だという風に思えていくな。

 

 意思の疎通ができるだけでも、出来ないのとは天と地ほどの差がある。

 

 そして、カナエたちは俺のもう一つの質問にも詳しく答えてくれた。

 

 俺が戦ったのは、鬼という生命体らしい。

 

 遥か昔より存在し、人を喰らい、力を増し、その力で人々を脅かす種族。

 

 基本的に不老不死で、日光でしか殺せない。

 

 しかも、魔族と同じく人間を超越する身体能力を持ち、上位の鬼はその鬼固有の術である血鬼術を使うとされている。

 

 そして、その血鬼術を使う鬼の中でも頂点に位置する鬼たちを、十二鬼月という。

 

 俺が戦ったのは、上弦の壱と弐。つまり、鬼の中でも一番目と二番目に位置する存在だったらしい。

 

 あれで一番目と二番目か。まあ、上弦の壱は少しだけだったからな。別にまだ能力を隠しているだろう。

 

 そして、鬼を倒すために作られた組織が、「鬼殺隊」。そこにカナエやしのぶは所属している。隊員はおよそ数百名。

 

 生身の身体で、人間を超越する鬼を狩る。自分が傷ついても、たとえ命を落としても。

 

 「悪鬼滅殺」の心を持って。

 

 すべては、鬼を滅ぼし人々を守るために。

 

 しかし、心だけでは鬼は殺せない。鬼を殺すための武器がなければ戦いにもならない。

 

 鬼殺隊は鬼を殺すための武器を持っている。それが、日輪刀と全集中の呼吸。

 

 

「……以上です。私の話は役に立ちましたか?」

 

 

 カナエからすべてを聞いた俺は考え込んだ。

 

 超速で再生し、人を食らい、その者固有の術を使う種族、鬼。

 

 俺の世界にはそのような種族はいなかった。

 

 俺にとっては弱かったが、俺の世界の者も多少は苦戦するだろう。

 

 何せ、夜ならば死なないのだから。しかし、最終的には倒せるだろう。

 

 しかし、この世界ではそうではない。この世界の人間たちにとって、「鬼」というものは、恐ろしい存在。

 

 この世界には魔力も、魔剣も、聖剣もすべて存在しないのだ。そのような力を持たないような一般人にとって、鬼は到底太刀打ちできない存在。

 

 この世界は曲がりなりにも平和な世界。その中途半端な平和がこのような事態を招いたのだろう。

 

 全集中の呼吸もまた興味深かった。

 

 人間が鬼に対抗するために生み出した呼吸法。身体能力を独特の呼吸によって上昇させ、鬼を殺す。それぞれ型があり、型によって繰り出せる技が違う。

 

 俺の世界では呼吸というのはあまり重視してこなかった。そんなことをするより魔力を上げたほうが敵を倒しやすいからだ。

 

 しかし、この世界の人間は魔力を使えない。なので、勝つために、様々な研究をした結果、呼吸という方法に行き着いたのだろう。

 

 日輪刀というのも初耳だ。

 

 首を斬ることで、鬼を殺すことができる、唯一の武器。鬼を殺すことに特化した魔剣のようなものか。

 

 まあしかし、罪もない人間を殺し喰うというのは許されることではない。

 

 少なくとも、鬼によってこの世界の平和は崩されようとしている。別の世界の住人だからと言って、他人事と言うわけにもいかぬな。

 

 元の世界に帰るとしても、この世界のことをよく知り、この世界の文化を持ち帰るのもよいかもしれぬ。

 

 そして、鬼を倒し、この世界に平和を取り戻す。

 

 それが、今俺がやるべきことだ。ならば、まずやることはただ一つ。

 

 

「なるほど。理解した。理解したうえで、問おう。俺は、鬼殺隊に入ることはできるか?」

 

 

 それは、鬼を殺す組織である鬼殺隊に入隊すること。

 

 話を聞くに、鬼を殺せる日輪刀は鬼殺隊が独占しているとみられる。

 

 ならば、鬼殺隊に入り、日輪刀をもらい、鬼を殺すほうが効率がいい。

 

 鬼についての情報ももらえるだろうしな。

 

 

「「えっ……」」

 

 

 カナエもしのぶも驚く。俺がその提案をするとは思っていなかったのだろう。

 

 

「俺としては、元の世界に戻りたいところだが、あいにく方法を知らぬ。そして、俺が元の世界に戻るまでにどれだけの時間を要するかもわからぬ。ならば、その空いた時間を、お前たちと同じく人を守るために使ったとしても何ら不思議はないだろう」

 

 

「し、しかし……」

 

 

「そして、何より――人々を守りたい。別世界だからといって、見て見ぬふりはしない。この世が平和でないのなら、その元凶を取り除く。すべては、人々のために」

 

 

 俺は決意を声に宿し、二人に訴えた。

 

 さて、どうか。

 

 

「……分かりました。私達鬼殺隊としても……あなた程の方が入隊してくれるというのであれば、これ以上無い幸運です」

 

 

 カナエは根負けしたようにため息をつく。

 

 まあ、鬼殺隊にとってこれを断る理由はないだろう。

 

 つまり、鬼殺隊に入るという俺の要望は叶ったのか?

 

 

「ですが……残念ながら、あなたをすぐに隊士として認める事は出来ません。隊律上、入隊希望者には必ず、最終選別と呼ばれる試験を受けてもらわなければならないのです。もっとも、アノスさんの実力ならば容易に合格はできるでしょうけど……」

 

 

「ふむ。入学試験のようなものか」

 

 

 まあ、そうだろうな。そううまくはいくまい。鬼殺隊に入るのなら、最低でも鬼を倒すこのができるくらいには戦闘力がいる。

 

 俺ならば楽に通過できるとは思うがな。

 

 

「して、その最終選別とはどういうものなのだ?」

 

 

 俺は最終選別の内容についてカナエに聞く。

 

 カナエが口を開こうとする――

 

 

 

 

 

 その、次の瞬間。

 

 

 

「伝令、伝令!!

 

 胡蝶カナエ、一週間後ノ柱合会議ニハ件ノ少年ヲ同伴サセヨ!!

 

 繰リ返ス!!

 

 胡蝶カナエ、一週間後ノ柱合会議ニハ件ノ少年ヲ同伴サセヨ!!」

 

 

「「ッ!?」」「ほう」

 

 

 突如として、客間に一羽の鴉が飛来する。

 

 

「ほう。この世界にも使い魔がいるのか」

 

 

 魔法が使えない割には、喋る鳥はいるのだな。

 

 そんなことを思っている俺に対して、二人の顔は深刻だった。

 

 

「どうした?柱合会議とは何のことだ?」

 

 

 俺はカナエに聞く。

 

 カナエ重い表情で説明した。

 

 

「柱合会議とは、半年に一度、鬼殺隊の実力者が集まり話し合う会議です。そこには鬼殺隊のトップも参加します。」

 

 

 つまり、とカナエは続ける。

 

 

「鬼殺隊のトップは、あなたに柱合会議で会いたいとおっしゃっています」

 

 

 

 




 まあ、上弦の鬼を素手で圧倒したとなれば、そりゃ呼ばれますよね……。


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柱合会議

アノス様と産屋敷耀哉。どちらも高いカリスマ力を持った二人。

そんな二人が会ったらどうなるんでしょうかね。


 柱。

 

 それは鬼殺隊における、最高位の称号。

 

 呼吸を極め実力に秀でた剣士九人からなる、文字通り鬼殺隊を支える存在のことらしい。今は、カナエ、冨岡を含め六名しかいないそうだが。

 

 そんな彼等が、半年に一度集い情報共有をし合う場こそが、柱合会議であるとのこと。

 

 鬼殺隊の活動方針を決める、極めて重要な会議。

 

 柱ではない隊士は原則として参加が許されていないらしい。

 

 故に、隊士ではない一般人が招かれる事は、極めて異例の事態であるとカナエから告げられた。

 

 

「着きました、アノスさん。ここが、お館様のお屋敷……産屋敷邸になります」

 

 

 一週間後。

 

 事後処理部隊『隠』に連れられ、俺ははカナエと共に柱合会議の場―――産屋敷邸を訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、ここ一週間は蝶屋敷に泊まらせてもらった。蝶屋敷は、鬼殺隊隊員が負傷した時の病院の役割も果たしているらしい。

 

 蝶屋敷では、この世界の時代の文化や言葉を教えてもらったり、胡蝶しのぶの作業現場を見学したりしていた。

 

 胡蝶しのぶは鬼殺隊の中でも異質な存在で、非力により首が斬れないので、特注の日輪刀で毒を鬼の体に注入することで、鬼を殺している。彼女は薬や毒に造詣が深いようで、鬼殺隊の中でも重要な立ち位置だ。

 

 日輪刀も特別なものらしく、鞘の中で毒を調合できるという優れものらしい。一度その刀を作った者に会ってみたいものだ。

 

 カナエは昨日はずっと寝ていた。目立った外傷はないとはいえ、肺の傷はかなり深い。柱を引退することになるかもしれないと彼女は言っていた。

 

 全集中の呼吸の元である肺を傷つけられたのだ。仕方ないのかもしれぬ。

 

 

 

 

 まあそんなこんなで柱合会議の日にちになった。

 

 カナエは歩けるほどには回復したが、体を少しでも激しく動かすと、体に激しい痛みが走るらしい。

 

 日常的に過ごすには、問題ないらしいが。

 

 それにしても、もう動けるとは、なかなかの回復力だ。

 

 

 

 

 

 産屋敷邸に着くと、入り口に一人の男が立っていた。

 

 二つの柄の羽織を組み合わせたような羽織を羽織っている。

 

 

「あら、冨岡くん。久しぶりね」

 

 

「……胡蝶か」

 

 

 冨岡と呼ばれた男はこちらを振り向く。

 

 

「この人は冨岡義勇といって、鬼殺隊の柱の一人、水柱を務めています」

 

 

 カナエが親切にも説明してくれた。

 

 確か、柱は極めた呼吸の流派に従って肩書を持つのだったか。

 

 つまり、彼は水の呼吸を極めた者か。

 

 

「その男は誰だ」

 

 

 義勇が俺についてカナエに聞く。

 

 この様子だと、俺のことはまだ伝えられていないと考えているのが妥当か。

 

 

「この人はアノスさんといって、私を助けてくれた人よ。上弦の弐から私を守ってくれたの」

 

 

 上弦の弐、という言葉が出た瞬間、冨岡の瞳に驚きの感情が現れる。

 

 やはり、奴はそう簡単には倒せないやつだったらしい。

 

 

「彼については柱合会議でも話されるわ。とりあえず会議の場へ急ぎましょう」

 

 

 とりあえず話を切り上げ、俺たちは産屋敷邸の庭に向かった。

 

 

 そこには何人かもうそろっていた。あれが柱なのだろう。

 

 

「派手に遅いぞ!胡蝶!冨岡!」

 

 

 そのうちの一人が冨岡とカナエに話しかける。

 

 全身に宝石をつけた男だ。なるほど、男自身もなかなか派手だ。

 

 

「ごめんなさい。ところで、御館様は?」

 

 

 カナエが派手な男に聞く。御館様が鬼殺隊の最高管理者というのはカナエからすでに聞いている。

 

 

「御館様ならまだだァ。ところで胡蝶、そいつは誰だァ。柱でもない人間がこんなところに何の用だ」

 

 

 と俺を指さしたのは、全身傷だらけの男だ。なかなか凶悪そうな顔をしている。

 

 

「彼は私の命の恩人よ。そのことについては、御館様から話されるから、それまで待ちましょう」

 

 

 とカナエが答えた。心なしか俺を見る目がきつくなったような気がするな。別に何もやっていないのに、どういうことだ?

 

 

「南無……。カナエを救っていただき感謝する」

 

 

 盲目の男が俺に感謝する。常に涙を流しているのだが、涙が出やすい体質なのだろうか?

 

 それはさておき、おそらくこの男が鬼殺隊の中で最も強い男なのだろう。にじみ出る雰囲気がほかの者たちとは違う。勇者学院の者たちとも互角に張り合えるだろう。

 

 俺がそう思っていると、屋敷の奥から声がかけられた。

 

 

 

 

 

 

「よく来てくれた、カナエ、義勇。これで皆、揃ったようだね」

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は実は剣を使うのはあまり得意ではないんだぞ!

なのに魔剣大会で優勝したんだ!


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産屋敷耀哉という男

UA10000突破!閲覧していただきありがとうございます! 

この時って柱五人しかいなかったんだよね……。こっから四人増えるって相当ですな。


 襖の奥から声がかけられる。

 

 その一声を聞いただけで、俺は御館様と呼ばれる人物がかなりのカリスマ力を持っていることを感じた。

 

 なるほど、慈愛がありながらも威厳に満ちている声だ。彼が、鬼殺隊にとって無くてはならない人物だということがよくわかる。

 

 現れたのは一人の青年だ。顔には何やら痣のようなものが浮き出ている。見たところ体が弱そうだが、それで鬼殺隊の最高管理者をやっていけるのか?

 

 そう思っていると、カナエから、小さい声で、

 

 

「アノスさん、周りの皆のようにしてもらえませんか?」

 

 

 周りを見ると柱全員が御館様に向かって跪いている。例外はなく、皆、このひ弱な青年に従っているのだ。

 

 まあ、それがしきたりなら仕方がないか。

 

 俺はほかの柱がするように御館様に向かって跪く。

 

 

「さて、会議の前に……カナエ、彼のことを私たちに紹介してくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは鎹鴉が俺たちに柱合会議のことを知らせた直後のこと。

 

 

「アノスさん……。すみませんが、先ほどの約束を守れそうにはありません……」

 

 

 カナエが俺に申し訳なさそうに言う。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 俺はカナエに問う。どうしたのだ?何か約束を守れないようなことがあるのか?

 

 

「実は……」

 

 

 俺はカナエから柱合会議のこと、御館様のことを聞いた。

 

 

「御館様は嘘を見抜くのが得意なお方です。もしも柱の前で嘘をついていることが分かったなら、鬼殺隊全員から反感を買ってもおかしくありません。最悪、入隊試験を受けられないかも……」

 

 

 なるほどな。御館様というのが何者かはわからぬが、相当のカリスマを持っているようだ。

 

 

「つまり、俺が今カナエたちに言ったことをその御館様とやらの前でも話せ、と」

 

 

 カナエが頷いた。

 

 

「はい。御館様が嘘をついていないと言えばみな信じます。たとえあなたが異なる世界の出身だとしても」

 

 

 まあ、仕方がないことなのかもしれぬな。秘密などいつかばれるものだ。

 

 

「では、話すとするか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上弦の弐を素手で撃破したり、それになんだぁ!?別世界!?神!?派手過ぎんだろオイッ!!!!!」

 

 

 耀哉からの紹介を受け、俺は自らがここに至るまでの経緯を柱の面々へと説明した。

 

 その反応は、最初のカナエと同様―――困惑と驚愕の二言に尽きていた。

 

 こいつは何を言っているんだと、頭がおかしいんじゃないかと、五名全員が表情で露わにした程だ。

 

 しかしながら、カナエの説明と、

 

 

「彼は嘘を言っていないよ。おそらくすべてが真実だ」

 

 

 耀哉の保証があってか、俺の話が真実であると理解してもらえた。

 

 

 

 音柱である宇随天元は俺に好意的な反応をしてくれた。

 

 

「でも結局逃がしたんだろ?それじゃダメじゃねえかァ」

 

 

 風柱の不死川実弥は幾分か俺に反発したような態度だな。

 

 まあ、彼からしてみれば俺は、上弦の弐を屠るチャンスを逃した者のような扱いなのかもしれぬ。

 

 まあ、それは俺も不甲斐無いと思っているしな。

 

 

「違う世界から迷い込んでただ一人……。なんと可哀そうな……」

 

 

 岩柱の悲鳴嶼行冥からはなぜか哀れまれていた。

 

 まあ、転移して初日に住むところが見つかったというのはとてつもない幸運だったと俺は思っている。

 

 

「ふん。だからどうだというのだ」

 

 

 燃えるような髪型の男、炎柱の煉獄槇寿郎はあまり俺に興味を持っていないようだった。

 

 それに加え、ごくわずかではあるが、酒の匂いがする。飲んでいたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも、上弦の壱と弐の名前や外見、俺が体験した血鬼術なども事細かに説明した。

 

 

「アノスさん、あなたがここではない世界の出身だということは理解しました」

 

 

 突然、耀哉が俺に話しかけてきた。ほかの柱と同様に、呼び捨てで読んでもらっても構わないのだがな。

 

 耀哉が俺の目を見据える。そして、おもむろに問いかけた。

 

 

「そして、あなたは上弦の壱と弐と交戦したと言いました。正直に答えてください。あなたから見て、彼らは強かったのですか?」

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は何物にも縛られないってイメージがあるけど、こういう時はちゃんとするぞ!

ちゃんと一般人の感覚も持ってるんだ!


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嫉妬

今回はカナエさん視点です。


 御館様がアノスさんに投げかけた質問の意味を、私は一瞬理解しかねた。

 

 なぜなら、意味がわからないから。

 

 確かにアノスさんは強い。上弦の弐を素手で圧倒するほどに。

 

 ただ、アノスさんから見て、彼らが強いかどうかというのは聞いてこなかった。

 

 なぜなら、たとえ圧倒されたとしても、私たちからすれば上弦の弐というのはとても強い存在。だから、アノスさんから見ても強い存在だと思っていた。

 

 いや、そう思わざるを得なかった。

 

 あの時、アノスさんが上弦の弐を圧倒していた時、私は驚きとともに出てきたもう一つの感情を自覚していた。

 

 それは、嫉妬。

 

 私があれほど強ければ、私の目標である「鬼と仲良くする」という目標もすぐに達成できたのではないか。そんな思いが私の胸の中によぎった。

 

 だから、私は上弦の壱や弐が強いと思い込むことで、その嫉妬を抑え込んでいた。

 

 そうやって、現実から目をそらし続けてきた。

 

 なのに、

 

 

「弱かったな。俺からしてみればそこらへんにいる雑魚とあまり変わらなかった」

 

 

 アノスさんは私の思い込みを一瞬で吹き飛ばした。

 

 私の頭が真っ白になる。

 

 そんな様子を知ってか知らずか、アノスさんは更に続けた。

 

 

「俺がいた世界では、あの程度など売るほどいた。先ほど俺の世界では魔法が使えるといっただろう。人間も魔法を使えるのだ。たとえ腕を切り落とされようとも治癒の魔法を使えばすぐ直る。死んでも蘇生の魔法を使えば蘇る。鬼と大して変わりはない」

 

 

 この説明を聞いた時、私だけではなく柱の皆さんも絶句していた。

 

 売るほどいる?私が頑張っても傷一つ付けられない相手が?

 

 鬼と大して変わりはない?人間は傷ついてもすぐには治らないというのに?

 

 私は、なにか勘違いをしていたのかもしれない。

 

 彼は、鬼とはまるで次元の違う存在だと。仲良くなるならないの話ではない。

 

 それを悟るのと同時に、どうしようもない怒りが私の中からこみ上げてきた。

 

 

「ふっざけんじゃねえぞテメェ……。あれが雑魚だと!?俺たちが、俺たちよりも前の柱が挑んで殺された上弦を、雑魚だって言うのかァ!?」

 

 

 不死川さんも怒っている。ほかの柱たちもアノスさんに敵意を持って睨んでいる。当然だ。鬼殺隊の柱たちが敗れた上弦の鬼たちを雑魚だと呼ばれてうれしいはずがない。

 

 

「それと、人間と鬼が大して変わりがねえだと!?あんな存在と俺たちを一緒にするんじゃねえ!」

 

 

「別に貴様らと鬼を一緒にしているわけではない。俺の世界の人間と鬼が大して変わりがないと言っているだけだ」

 

 

 アノスさんがそう弁解のようなことを口にする。

 

 

「……ざ、けないでください……」

 

 

 怒りが私の口から漏れ出る。頭ではダメと分かっていながらも、口は止まらない。

 

 

「ふざけないでくださいっ!」

 

 

 私はアノスさんをキッと睨む。嫉妬が、怒りが、それ以外の感情がぐちゃぐちゃになって私の口からあふれ出る。

 

 

「雑魚……?ああ、確かにあなたからすれば雑魚かもしれませんね!だけど、みんながみんなあなたのような力を持っているわけではないんですよ!」

 

 

 私たちが何のために命を懸けているのか、何のために戦っているのか。

 

 それも全て、彼にとっては児戯に過ぎない。どうせ治ってしまうから。

 

 こんなことを言ったところで彼に届くはずがないとわかっている。

 

 視界がゆがむ。涙がこぼれる。だけど、言葉は次々と私の口から出てくる。

 

 

「あなたみたいな強さを持っていれば……私の夢は叶ったかもしれないのに……!!!どうして!どうしてあなたはそんなに強いのですかっ!!!!!!」

 

 

 ほかの柱たちはみんな驚いていた。いつも温厚な私がここまで自分の感情を出したことに驚いているのだろう。

 

 だけど、叫ばずにはいられなかった。恨みを吐かずにはいられなかった。

 

 死んだ仲間を、親を思うと叫ばずにはいられなかった。

 

 

「今、ハッキリと分かりました……。あなたはこの世界の存在ではない!」

 

 

 ハァハァと息を吐く。叫びすぎたせいか、傷ついた肺が鋭く痛んだ。

 

 

「強い……か……」

 

 

 

 アノスさんが呟く。

 

 

「確かに、お前たちから見れば俺は強いのかもしれぬ」

 

 

 アノスさんは、その黒い瞳に悲しさを滲ませながら、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、俺は一度たりとて自分が強いとは思ったことがなかった」

 

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は今は人間だけど、魔族の時と同じように、心臓を潰されても首チョンパされても死なないぞ!


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とある世界の、とある魔王の物語

カナエさん視点です。


 何を言っているのか、わからなかった。今、上弦を雑魚呼ばわりしたのに、なぜそう自分を卑下するのだろうか。

 

 私はそう思わない。

 

 いや、思わないわけがない。彼の力を目の当たりにして、そんな思考など頭の中には存在しない。

 

 彼は自分の力を理解していないのだろうか?

 

 怒りが再び込み上げ、私は再び嫉妬の言葉を吐き出そうとした。

 

 

「俺の世界の話をしよう」

 

 

 しかし、その声を聞いた時、私、いや私たちは黙ってしまった。

 

 アノスさんの声が、今まで私が聞いたことがないくらいどうしようもない悲しみに満ち溢れていたから。

 

 そうして、彼は話し始めた。秘められし、彼の過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「二千年前、俺の世界では魔族と人間、精霊、神々が殺し合っていた」

 

 

 彼の声が、産屋敷邸に響く。

 

 

 「原因は今となってはわからない。しかし、きっかけは些細なことだったのだろう。どちらかが、どちらかを殺した。そして、殺された方は復讐をしたのだ。後はもうその繰り返しだ。殺されたから復讐し、復讐されたから殺す。憎しみは両種族の間で際限なく積み重なっていった」

 

 

 空気が静まり返る中、妙にアノスさんの声が耳を打つ。

 

 

 

「先ほど言ったとおり、俺たちは傷も魔法で治し死すらもなかったことにする。しかし、俺の世界では根源――お前たちの世界では魂と呼んでいるものだ――を殺す、つまり滅ぼすことができる。たとえ不老不死だとしても根源を殺されたのなら蘇ることも、輪廻転生し、生まれ変わることもない。たどり着くのは何もない『無』そのものだ」

 

 

 それを聞いた時、私たちは愕然とした。

 

 鬼殺隊はあくまでも鬼を「殺す」組織。私は死んでいった鬼に来世では幸せになってほしいと思ったことが何回かあった。

 

 しかし、彼の世界ではその来世をも殺さなければならない。輪廻転生をすることはない。

 

 

「魔族と人間はなぜ殺し合いをしていたのか。それは友のためであり、子のためであり、親のためであり、仲間のためだであった。唯一、確かだったのは、守るために剣をとったということ。しかし、その剣は敵を斬る度に血塗られていった。守るために、幾人もの命を葬ったその剣は、いつしか自らの大切な者さえ傷つける呪いを帯びていた」

 

 

 大切なものを護るために、相手を殺す。殺さなければ、殺されるから。

 

 それは、鬼を殺す私たちと何も変わりがなかった。

 

 ただひとつ、違うとすれば――、それがどちらか一方ではなく、お互いにそう思っていたということ。

 

 

「その刃で敵を討てば、必ずその報いを受けた。気づかぬ内に魔族も人間も、あらゆる者が、互いに呪いの剣を携え、悉くを戦火に飲み込み、なにもかもを斬り裂いていった。あの時の世界は、希望などとうの昔に潰え、巨大な拷問部屋となり果ててしまっていた。一切の光は当たらず、阿鼻叫喚だけが木霊する。あれはまさしく―――この世の地獄だった」

 

 

 私たちも鬼殺隊として活動するので仲間の死を見たことは何回もある。昨日まで同じ釜の飯を食べていた仲間が今はただの肉の塊になっている。そんなことはざら。

 

 それで精神を病み、鬼殺隊を抜けることになった人を私たちは何人も知っている。

 

 しかし彼は、私たちが体験したそれの何十倍、いや何百倍もの地獄を体験していた。

 

 死ぬなんて日常茶飯事。滅ぼされなかっただけでも運が良かった。そうやって毎日を生きていく。

 

 そんな世界、想像すらしたくもない。それに比べれば、私たちのいる世界など、どれほど楽か。

 

 気が付けば、先ほどまで怒っていた不死川さんでさえも、今は黙って話を聞いていた。

 

 いや、不死川さんだけじゃない。柱のみんなが、御館様が、みんなが黙って彼の話を聞いている。

 

 

「この世界でもそうであるように、人間はそもそもが弱い。しかし、なぜそのような種族が人間をはるかに超越する能力を持つ魔族と張り合えることができたのか?理由は二つある。一つは、魔族同士もまた争っていたからだ。我こそが国を支配するに相応しいと魔族たちは互いに争いながら、力を示し、領土拡大のために、人間界の侵略を行う者もいた」

 

 

 つまり、常に内輪揉めをしながら敵と戦っているということ。それも、常に仲間を敵と認識し、殺し合っている。

 

 逆にそれでよく戦争で優位に立ち続けたなあと私は思う。

 

 鬼殺隊は「鬼を殺す」という目的のもとに活動している。少しばかり諍いはあるものの、そこまで大きな事案に膨れ上がったことなど聞いたことがない。

 

 

「そして二つ目は――人間が、神や精霊と手を組んでいたことだ」

 

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 

 人間が、神と手を組む。

 

 先日、彼が言っていたように、この世界の神と、彼の世界の神は異なると言っていたけど、それでも神と呼ばれる存在に変わりはない。

 

 全知全能にして、この世の理を統べる、この世界を創造した唯一無二の存在。

 

 それが、人間と手を組んだというのだから驚愕の他ない。

 

 

「国の中でも外でも、常に戦火が放たれ、まとまらない魔族は、一致団結した人間たちの侵攻に、独力での対処を余儀なくされた。彼らが互いに争い続けるからこそ、人間たちと魔族の戦力は、均衡を保っていた。人間なんて、取るに足らない種族。魔族たちが、そう人間を侮っている間に、勝敗を決しようという思惑が人間にはあった」

 

 

 むしろ神などの協力者までを得てようやく互角って、魔族ってどれだけ強いのかという話にもなるのだけど……。

 

 

「そんな中、俺は生まれた」

 

 

 そして、これはまだアノスさんが生まれていなかった時の話に過ぎない。

 

 今までの話は言わば序章。本当の話はここからなのだ。

 

 

「父は生きているのかすら不明。母は俺を生む前に死んだ。死体から生れ落ちる気分は、なかなかどうして最悪だった」

 

 

「ひっ……」

 

 

 彼はその時のことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。

 

 喉の奥から悲鳴が少し漏れ出た。咄嗟に口をおさえ、溢れ出る悲鳴を必死でこらえる。ダメ。悲鳴を出してはいけない。

 

 他の柱も、信じられないような目で彼を見ていた。その目は、まるで自分とは全く違う、異質なものを見る、そんな感じの視線だった。

 

 私も、同じ視線を彼に向けていたのだと思う。

 

 唯一、向ける視線が変わらないのは、御館様とその御子息だった。

 

 その身に集まる視線を感じていながらも、彼は淡々と続ける。

 

 

「当時は、弱い者はいつどんな理不尽に襲われ、殺されても不思議ではない。それが赤子だろうが敵ならば殺す。そんな時代だった。運良く生き延び、成長した俺は、俺のようなものが二度と現れぬよう、戦争を終わらせ、平和を手に入れる。そう自らに誓った」

 

 

 戦争を終わらせ、平和を手に入れる。言葉にすると簡単なように思えるけど、国同士の戦争を終わらせることなんて、難しいなんてものじゃない。

 

 それは、この世界での歴史も証明している。

 

 一方が勝てば確かに戦争は終わるかもしれないけれど、それは平和とは言い難い。

 

 しかも、戦争を終わらせるにはまず魔族を統一させる必要がある。言うは易し、だけどそれを実行するには念入りな下準備と魔族たちを従えるほどの実力が必要。

 

 魔界の統一と人間たちとの戦争の終結。両方を並行して行うなど、不可能に近いものだったと思う。

 

 ゆっくりと、しかし着実にアノスさんは自分の理想に向けて進み始めた。

 

 

「俺は我が道をひた進んだ。気に入らぬ魔族を倒し、襲ってくる人間を退けては、己の意を通し続けた」

 

 

 時間が経ち、舞台はアノスさんが成長した数十年後へと移り変わる。

 

 

「俺に惹かれた者は分け隔てなく全て配下にし、俺に反逆した者はすべてを奪われた。守る者が増えるにつれ、俺はさらに多くの魔族や人間を滅ぼしていく。気が付けば、俺は暴虐の魔王と恐れられ、魔界中に名が知れ渡る存在となっていた。だが、それでよかった。悪名が轟けば、敵対する者は減り、配下を守れるからな」

 

 

 暴虐の魔王。

 

 その悪逆非道の二つ名とは裏腹に、彼は平和を、そして配下や世界を愛するとても善い人だった。

 

 暴虐の魔王と呼ばれたその後も、彼らは魔族と、人間と、神と戦い続けた。おそらく、気の遠くなるほど、ずっと。

 

 しかし、彼の目的は戦争を終わらせること。お互いの憎しみは積み重なったまま。どうやって戦争を終わらせたのか。

 

 

「戦争を終わらせようと思ったのは俺だけではなかった。俺は戦争を終わらせるために人間、神、精霊の協力者の魔力と俺の全魔力と命を使い、千年もの間、人間界、魔界、精霊界、神界、四つを分ける壁を作った。千年もの間、かかわり合いがなくなれば、互いへの怨恨も消え失せるだろう、そう思った」

 

 

 確かに、千年という年月はとてつもなく長い。

 

 人間の寿命は長くても百歳ちょっと。それほどの時間、敵と関わらない期間があるのなら、確かに憎しみは風化してしまうかもしれない。

 

 しかし、彼の言葉を信じるのならひとつ、疑問に感じることがある。

 

 彼は「俺の全魔力と命」を使ったと、そう、口にした。

 

 ならば、彼がそもそもここにいること自体がおかしくなってしまう。彼はとっくに死んでいるのだから。

 

 その疑問を読んだかのようにアノスさんが口を開く。

 

 

「俺が使う魔法の中に、転生魔法というのがあってな。前世の記憶や力をそのままに、先の時代に生まれ変わることができる魔法だ。それで俺は生まれ変わり、そしてこの世界にいる」

 

 

 なんというか……もう何でもありだった。それだと実際は死んでないようなものになってしまう。

 

 まあ、だとしても死にたくはないのだけれど。

 

 話がそれかけたが、つまるところ、彼は一度死に、その命を世界の平和のために使ったということ。己の命を使っても彼は平和を欲したのでしょう。

 

 

「俺が壁を作ったことで、世界は平和になった。魔族と人間は今や手を取り合い、ともに過ごしている。しかし、俺はたくさんの配下を、戦友(とも)を失った。配下や戦友はみな滅び、もはや、蘇生も転生も敵わぬ。皆、平和という俺の夢に魅せられて、滅びるまで戦ってくれた。忠実な配下ほど、先に逝ってしまったものだ」

 

 

 アノスさんの声は、悲しさに溢れていた。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 悲しみの底からにじみ出てくる感情は、無念さ。

 

 己の力不足に苛まれ、後悔の念に囚われる、私たちも何度も経験した感情だ。

 

 

「俺は彼らを守れなかった。配下が一人死ぬたびに俺は自分の力不足を呪った。俺にはまだ、力が足りなかったのだと」

 

 

―――しかし、俺は一度たりとて自分が強いとは思ったことがなかった。 

 

 先ほど彼が言った言葉だ。きっとそれは、このことを言っているのだろう。

 

 

「強くならなければならなかった。平和を勝ち取るために。理不尽を覆すために。悲劇を終わらせるために。志半ばで死んでいった彼らの想いに応えるために。たとえ暴虐と呼ばれようとも、たとえ残虐な行為を行おうとも、いつの日にか必ず訪れる平和な未来のために。それでも、どれだけの力を手にし、魔法を極めようと、すでに滅びた者の命は戻らなかった」

 

 

 アノスさんの配下は彼を慕っていたのだろう。そんな彼らを失った時の悔しさ、私たちでも推し量れるかどうか、わからなかった。

 

 当時の配下を想っているのか、アノスさんは拳を強く、握りしめた。その力が強すぎて、血が滲むほどに。

 

 

「俺は弱かった。もっと強く、俺が世界のすべてを軽く掌握するほど強ければ、彼らの命も救えたはずだった」

 

 



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入隊許可

カナエさん視点です。

最近これいるのかどうか疑問に思ってきた……。


 私たちは全員黙っていた。彼の凄惨な人生に、口を開くことが、できなかった。

 

 すべて理解したからだ。アノスさんが魔王と呼ばれる所以も、力の理由も、あの言葉の意味も。

 

 彼も、私たちと同じ、自分の無力さに苛まれながらも理不尽な世界を必死に生きていた一人なのだ。

 

 そこまで思い至った時、私はとんでもない罪悪感に襲われた。

 

 私は、なんてことをアノスさんに言ってしまったのだろう。どうしてそんなに強い?この世界の存在ではない?

 

 馬鹿か私は。いや、大馬鹿だ。超大馬鹿だ。もし時間を戻せるのなら、あの時の自分に5時間ぐらい説教したい。

 

 不死川さんも、柱のみんなが罪悪感を顔に浮かべていた。

 

 

「転生したあと、俺は、俺が守る民に約束をした。この世界に不自由、悪意、悲劇があるならば、己の命を賭して、それを滅ぼすと。それは、この世界でも例外ではない」

 

 

 アノスさんは、再び話し始めた。それは、彼が彼の国の民との誓いなのだろう。

 

 

「悪意ある鬼によって夜は自由に動けず、たくさんの人が食われ悲劇は止まらない。ならば俺はこの世界でも己の命を賭して、それらを滅ぼす。そのために俺はこの世界に来たのかもしれぬ」

 

 

 アノスさんは、覚悟をした表情で宣言した。

 

 

「産屋敷耀哉。俺は鬼殺隊に入りたい。この世界から鬼を滅ぼし、世界の平和を手に入れるために。そして、人が本当に笑うことのできる世界を作るために」

 

 

 アノスさんの決意を聞いた時、私はあることに気づいた。

 

 あの御館様の質問は、彼を私たちに本当の意味で認めさせるために、アノスさんに聞いたのではないか?と。

 

 

「アノスさん……。あなたの過去と覚悟、しかと聞き取りました。あなたの誇りは本物です。ならば私も、誇りをもって答えなければなりません」

 

 

 御館様の口調が、先ほどと少し変わっていた。尊敬するような、そんな口調。

 

 御館様も、アノスさんを認めたのだろう。同じ頭として。同じ人を導く者として。

 

 

「あなたを―――アノス・ヴォルディゴードを、鬼殺隊に入ることを許可します。最終選別は必要ありません。上弦の弐を圧倒したことでその実力は証明されたと見て取るべきでしょう」

 

 

 最終試験を受けないで鬼殺隊に入るなんてことは、異例中の異例だ。柱のみんなも驚いている。

 

 そんな柱に対して、御館様は、

 

 

「ごめんね。このことはここにいる者たちだけの秘密にしておいてくれるかな?」

 

 

 といたずらっ子のような顔を私たちに見せた。

 

 

「ついでに、彼の過去云々もね」

 

 

 苦笑いをするほかない。御館様からこういうお願いをされるのは一度や二度ではなかったから。

 

 まあ今回のは今までの中でも飛び抜けているんだけれども。

 

 

「無論……。アノス殿の話を聞いた今、その提案を断る必要などどこにもありませぬ……」

 

 

 悲鳴嶼さんが私たち柱を代表して答える。

 

 不死川さんもその発言に異論を上げないことから、渋々ながら認めたのだろう。

 

 

「ようこそアノスさん、鬼殺隊へ。あなたのこれからのご活躍、期待しています」

 

 

 

 御館様は、立ち上がってアノスさんを歓迎した。柱からも、異論を認める者はいなかった。

 

 今ここに、異世界の魔王アノス・ヴォルディゴードの鬼殺隊入隊が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼の階級をどうするか、議論が繰り広げられた。

 

 一番下の癸にしたところで、彼はすぐに上がってしまう。

 

 それ程の実力を彼は持っているのだから。

 

 しかし柱にすると、ほかの隊員から疑念が上がる。彼を探るものが現れるかもしれない。

 

 それで彼の秘密がばれたら大変なことになる。

 

 鬼殺隊は政府非公認の組織だけど、政府と繋がっていないのかと言われたら、否と答えるしかない。

 

 彼の存在を秘密にしていたことで政府からの信頼がガタ落ちし、援助を受けられなくなるかもしれない。

 

 いや、それだけでは済まされない。彼の話を聞いた人間が彼の力を利用したりしようとするかもしれない。

 

 そうなってしまったら最後、この国が滅んでしまう可能性だって十分にある。

 

 議論に議論を重ねた結果、御館様が打った手は、透明人間だった。

 

 アノスさんを、正式な鬼殺隊員としては認めるが、隊員名簿といった正式な記録には載せないということ。ほかの隊員にも彼のことは知らせないらしい。

 

 階級も柱並みにするが、柱の席にはつけない。柱合会議には参加してもらうけど。

 

 

「人間にはいろいろなしがらみがあるのは理解している。その条件でいいなら、受け入れよう」

 

 

 アノスさんもその条件でいいと、納得してくれた。

 

 その後の柱合会議は、アノスさんを正式な一員として加え、執り行われた。

 

 鬼達の動向についての報告、情報の共有。アノスさんを含めた事による、各自の役割分担・持ち回しの再編成。

 

 今後の隊の運営について、様々な意見が取り交わされていった。

 

 決めるべき事は多くあるけれど、アノスさんの呑み込みが早く柔軟な事も手伝って、会議は円滑に進んでいった。

 

 アノスさんの担当地域は、彼がまだ隊服と日輪刀を支給されていないので、それまではほかの柱が、支給できたあとは彼が勤めてくれることに決まりました。

 

 話し合うことをすべて話し終え、そろそろ解散だという空気になった時に「ちょっといいか」とアノスさんが手を上げた。なんなんでしょうか。

 

 そんな疑問は、アノスさんの言葉を聞いた瞬間、頭から吹っ飛ぶこととなった。

 

 

「この世界に来て気づいたことが一つある。それは、お前たちが俺と同じく魔力を持っていることだ」

 

 

 

 




なぜこの世界の人が魔力を持っているのか。

それは次の話で。


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この世界に解き放たれしもの

週間ランキング96位!初めてランキング入れましたー!

いつもご覧いただきありがとうございます。

カナエさん視点なのですよー!


 私たちが魔力を持っている?どういうことなのだろうか。

 

 アノスさんの世界では、「魔力」という、魔法を使うために必要な源が必要となる。

 

 わかりやすく言うと、鬼が血鬼術を使うときに消費するエネルギーのようなものだ。

 

 彼の世界では、ほぼ全ての生物が持っている。そして、その中には人間も入っている。

 

 ほかの柱たちもそんなことを思っているのだろう。

 

 

 

「それは……どういう……?」

 

 

 

 悲鳴嶼さんがアノスさんに問う。

 

 アノスさんは、これはあくまでも俺の推察なのだが、と前置きをして説明をし始めた。

 

 

 

 

 

 アノスさん曰く、もともとこの世界には魔力というものはなかったらしい。

 

 しかし、その世界に魔力を持った異物―――アノスさんが現れた。それにより、この世界にも魔力というものが存在するようになったという。

 

 解き放たれた魔力は、空気中を漂っている。しかし、そこに存在するだけでは魔力を取り込むことはできない。

 

 ではなぜ私たちが魔力を持っているのか。それは、全集中の呼吸によるものだという。

 

 全集中の呼吸は、普通とは違う特別な呼吸法。遥か昔に考案された技術であり、未だに解明されていないことも多い。

 

 なぜ、多数の型に分けられるのか、そもそも誰が考案したのか。あまりに謎が多すぎる。

 

 確かに、全集中の呼吸は特別。ゆえに、偶然ではあるが、魔力を取り込めるような呼吸になっていたのかもしれない。

 

 

 

「貴様たちは全集中の呼吸とやらを四六時中行っているのだろう。ここに来てから、柱たちの呼吸法はカナエがいつも行なっている呼吸と一致していたからな。嫌でも分かる」

 

 

 

 確かに、全集中の呼吸を常時行う全集中の呼吸”常中”は、柱への第一歩。

 

 並みの鬼殺隊員ならば至難であるそれも、柱ならば当然できる。

 

 妹であるしのぶも柱ではないが、常中を行えるほどの実力を持っている。

 

 並みの人以上の観察眼を持つアノスさんなら、容易に察知できたことだろう。

 

 この世界に放出された魔力は 日本全土を覆っているらしい。つまり、私たちは全集中の呼吸をしていれば魔力をさらに取り込むことができる。

 

 

 

「魔力を持っていればこれまで以上に鬼と戦える。魔力を目に集中すると相手の動きがよく見え、体にいきわたらせると身体能力の向上や血鬼術の威力を緩和することもできる」

 

 

 

 アノスさんの説明を聞いて、私はある一つの希望を抱いた。

 

 もしも、本当に魔力で身体能力が上がるのならば、しのぶも普通に鬼の首を斬ることができるかもしれない、ということ。

 

 長年筋力不足に悩まされていた彼女だけど、魔力を自由自在に操るなら……と、思い浮かべざるを得なかった。

 

 

 

「じゃあ、俺たちも派手な魔法とか使えたりするのか!?鬼を一気にドカーンと倒せる魔法とか、瀕死でも派手に直せたりする魔法とか!?」

 

 

 

 似たような妄想をしたのか、宇随さんが目を輝かせながらアノスさんに詰め寄る。

 

 気持ちはわかるけども、宇随さん、少し子供っぽくはないでしょうか……?

 

 

 

「使えるようにはなるが、まあ、今はほんの少ししか溜まっていない。全集中の呼吸を常時していれば、次第に魔力は溜まっていく。そんなにいきなりは強くなれないことは、お前も重々承知しているだろう」

 

 

 

「グッ……」

 

 

 

 宇随さんが痛いところを突かれたように苦い顔をする。

 

 

 

「しかも、魔力が溜まったからといって、それをすぐに実践に応用することはできない。しかも、日輪刀による戦闘方法を捨てて魔法主体の戦いに映るなど論外だ。生兵法は即刻死につながるぞ」

 

 

 

「わ、分かってるに決まってんだろ。ちょっと聞いただけだっての」

 

 

 

 アノスさんからの追い打ちを受け、しどろもどろになりながらも宇随さんが言い訳をする。

 

 絶対嘘ですよね、宇随さん……。

 

 

 

「宇随……?」

 

 

 

「わ、分かってるっての、悲鳴嶼さん!」

 

 

 

 加えて、悲鳴嶼さんからも少しドスの効いた問いを受け、さらに宇随さんの顔色が悪くなっていった。

 

 しかし、これで鬼殺隊の戦力が向上するのは言うまでもないことだ。

 

 

 

「しかし、魔力云々はアノスが異世界の出身だってわかってるやつしかできねえんじゃねえかァ?実際俺たちは魔力を持ってるって自覚はねぇぞ」

 

 

 

 不死川さんがアノスさんに聞く。確かに、魔力はもともとこの世界になかったもの。いきなり言われても納得はしないだろう。

 

 

 

「皆の魔力のたまり具合を見るからに、数ヶ月もすれば己の内に存在する魔力の存在に気がつくだろう。とりあえず、今は魔力云々はここだけの話にする。時がきたら俺が直々に魔力の使い方を教える」

 

 

 

 しかし、これで鬼殺隊に常中をもっと浸透させる必要があるべきだという結論に達することになった。育手たちに、常中の習得をもっと奨励することになった。

 

 これで魔力云々の話はいったん終了。最後に、気になることがあったので、私は御館様に聞いた。

 

 

 

「これから柱になる人にはアノスさんのことや魔力のことは伝えるんでしょうか?」

 

 

 

 アノスさんと同じ立場の柱なら、アノスさんのことを言わなければならなくなるだろう。そこはどうするのかな、と思った。

 

 

 

「説明することになるだろうね。特に魔力のこと関連は、聞くからに全集中の呼吸をしていると己の異変に気付かざるを得なくなるから、喋らないわけには行かないね」

 

 

 

「そうなると、口止めもしなくちゃいけねぇなァ。万が一漏れた場合とかどうすりゃいいんだァ?」

 

 

 

「ふむ。一応、口止めをする魔法はあるのだがな」

 

 

 

「なんか派手にやばそうな魔法だな……。その魔法を使わなくてすむことを願うぜ」

 

 

 

 最後に、柱が各々の状況を報告して、柱合会議は終わった。ちなみに、アノスさんは蝶屋敷に継続して滞在することになった。

 

 屋敷をどこに建設するとか、彼の場合は複雑になっているので、御館様が今、考えているそうだ。

 

 そして今、アノスさんと帰路に着いている。

 

 

 

「俺の入隊が無事に決まって、良かったな」

 

 

 

「ええ……」

 

 

 

「どうした。返事が上の空だぞ」

 

 

 

「!い、いいえ。何でもありません」

 

 

 

「ふむ。そうならばよいが……」

 

 

 

 アノスさんが私のことを心配そうに見てくるが、私は目を合わせることができなかった。

 

 

 

――今、ハッキリと分かりました……。あなたはこの世界の存在ではない!

 

 

 

 さっき、正気になって考えると、私はとんでもない暴言を吐いていた。

 

 私の命の恩人に、彼の存在を否定するような暴言を吐いてしまった。

 

 その暴言を吐いた相手と目を合わせることなんて、出来るはずもない。

 

 いや、そもそもこうやって一緒に帰るべきではないこともわかっている。

 

 私はこうなっても無意識に彼に甘えてしまっているのだ。

 

 そんなことが、許されていいはずがない。

 

 彼は許しているようだが、私が私自身を許さない。

 

 

 

 

 

 地平線に太陽が沈み、空が闇に染まる。いつもなら、星空が見える夜空も、今は黒き闇しか視界に映らない。

 

 

 

 夜空を見る私の心は、夜の闇よりも、暗く、黒かった。

 

 

 



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夜に満月、魔王に花

めっちゃ遅れてしまって申し訳ありません。

ちょっといろいろ面白い作品があったのでそれを見ていたらこんなに時間がたってしまいました……。

そして、あけましておめでとうございます。

更新していない間、少しばかり今までの話を修正しました。

カナエさん視点なのです。


 柱合会議を終えた私たちは蝶屋敷に戻った。

 

 しのぶには柱合会議の結末やアノスさんが鬼殺隊でどのような立ち位置になるのかを伝えておいた。

 

 アノスさんの過去は……伝えなかった。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 私は車椅子を動かしアノスさんの部屋に訪れた。雲一つなく、満月が輝く夜だった。

 

 アノスさんはいつもとは違って着物を着ており、縁側に座って夜空を見上げていた。

 

 蝶が舞う庭でアノスさんが夜空を見上げている光景は、とても幻想的で、美しかった。そこだけが別の世界に思えるほどに。

 

 私はしばらくその光景に見とれていた。

 

 

 

(ハッ!!)

 

 

 危ない危ない。私は意識を取り戻す。

 

 私は謝りに来たんだ。今日のことを。嫉妬に駆られて吐き出したあの事を。

 

 

「そこにいるのはカナエか?何の用だ、こんな夜中に」

 

 

 声がかけられる。まだ姿を見せてはいないのに、なんでわかったのだろう。

 

 まあばれたのなら仕方がない。観念して私はアノスさんの前に姿を現す。

 

 

「誰かいると気付くのはまだわかりますが……なぜ私だと分かったのですか?」

 

 

 謝るつもりでいたのに、顔を合わせて開口一番に出るのは謝罪の言葉ではなくそんな疑問。

 

 そんな自分に少し嫌気がする。

 

 

「人によって気配は違うからな。ここにいる者の気配はすべて覚えている」

 

 

 

 アノスさんは当たり前のように答える。彼の世界ではその程度、できなければ死んでいたのだろう。

 

 私はアノスさんの隣まで移動し、夜空を見上げる。夜空には無数の星が輝いている。

 

 

「……星が綺麗ですね」

 

 

 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。

 

 

「そうだな」

 

 

 アノスさんは、もとの世界でこのような星空を見たことがあったのだろうか。

 

 

「……そんな雑談をしに来たわけではないのだろう?俺に何の用だ?」

 

 

 ――ああ。アノスさんはそんなこともわかってしまうのですね。

 

 覚悟を決め、私はアノスさんに向き合う。

 

 謝罪の言葉を口から出そうとする。だけど、口が強張ったみたいにうまく動かない。ごめんなさい。そんな簡単な言葉が、口から出ようとするのを拒否する。

 

 汗が滲む。私は焦る。だけど、そんなに頑張っても口が動かない。ついには言葉を発することも困難になる。

 

 どうしよう。そう思っていると不意に肩に手が乗せられた。

 

 

「焦る必要はない。ゆっくりでいい。言いたいことを言ってみろ」

 

 

 声が聞こえた。優しい声が。

 

 不思議と私の気分が落ち着く。口のこわばりがほぐれていく。

 

 深呼吸をして、もう一度アノスさんに向き合う。

 

 

「あの……柱合会議ではすみませんでした。アノスさんの過去も知らずにずけずけとあんな言葉を言ってしまって……」

 

 

 言えた。私は頭を下げる。

 

 謝罪に対してアノスさんは何も言わない。 

 

 アノスさんは私のことをどんな目で見ているのだろう。そんな不安で彼の目を見れなくなる。

 

 

「私、あなたの強さが羨ましかったんです……。嫉妬が私の中で膨れ上がってあのようなことを……本当に……すみませんでした……」

 

 

 隠していた気持ちがとめどなくあふれ出る。涙がこぼれ、床を濡らした。

 

 

「カナエ」

 

 

 名前が呼ばれる。彼の顔を見れない。見ることができない。

 

 不意に、顎に手をやられる。そのまま、顔を持ち上げられた。

 

 抵抗しようと思うけど、それに反して私の顔は持ち上げられていく。

 

 

 

「俺の顔を見ろ」

 

 

 

 そうして、私の視線と、彼の視線がぶつかる。

 

 

 

「あ……」

 

 

 アノスさんはいつも通りの顔をしていた。いつも通りの、傲慢さが少し混じった少年の顔。

 

 そのあまりの距離の近さに頬が熱くなる。

 

 

「心配するな。俺はそんなことで怒ったりはせぬ」

 

 

 アノスさんはそう言って私に笑いかける。

 

 

「でも……」

 

 

「その程度のこと、二千年前にはそれほど死ぬほど言われた。お前が生きてるとこの世のためにならないとか、鬼、悪魔、この外道、貴様の血は何色だ、とかもな。それに」

 

 

 それに?私は首を傾げる。言いたいことがあるのに、アノスさんの言うことに思考が引っ張られてしまう。

 

 

「俺はお前の素の部分が見ることができてうれしいのだ」

 

 

「素の……部分、ですか?」

 

 

「ああ。俺とカナエが出会って三日、お前は明るく振舞っていたが、その心の底には何かを隠している気がした。それが何なのかわからなかったがな」

 

 

 まさかそれが嫉妬だとは思わなかったがな、とアノスさんは苦笑する。

 

 ――ばれていたのですか。

 

 私でもあの時まで気づいていなかった気持ちにアノスさんは気づいていた。

 

 

「俺たちは仲間なのだ。悩みを一人でため込む必要はない。遠慮なく打ち明けてくれればいい」

 

 

 いや、悩みの原因はあなたなんですけどね。

 

 喉まで出かかったその言葉を喉の奥に押し込み、悩みを聞いてくれるならと、別の言葉を口にした。

 

 

「じゃあ……一つだけ、聞いてもらえますか?」

 

 

「聞こう」

 

 

 再び私はアノスさんの隣に移動する。

 

 

「私には一つ、夢があるんです」

 

 

「夢?」

 

 

 アノスさんが聞いて来る。今から言う言葉は鬼殺隊の信条にも、アノスさんの目的にも反することだ。だけど、聞いてくれるというのなら、話そう。

 

 

「はい。私は鬼を救いたいのです。鬼は元は人が変化し生まれたもの。鬼は悲しい生き物です」

 

 

 アノスさんの様子は髪に隠れて見えない。けどおそらく、正気ではないと思っているのだろう。そう思いながら、言葉をつづける。

 

 

「人でありながら人を喰らい、美しいはずの朝日を恐れる。鬼を倒せば、この先、その鬼が殺すであろう人を助けられ、その鬼もそんな哀れな因果から解放してあげられる。それは、私の両親を殺した鬼も同じ」

 

 

 鬼殺隊に入ってから誰からも、それこそ妹からも理解してもらえなかったこの夢。鬼を殺すたびに「自分のやっていることは間違いなのだろうか」という疑念が心の中で膨れ上がっていく。

 

 

「だけど、あの時、あなたが私を助けなければ私は死んでいました。馬鹿な話ですよね……。自分が救おうとしていた者に殺されるなんて……」

 

 

 やや自嘲気味に言う。

 

 鬼を救おうとして逆にその鬼に殺される。ああ、なんと悲しく、愚かな筋書きなんでしょう。

 

 

「結局、私がやろうとしていたことは、ただの自己満足だったのかもしれませんね……」

 

 

 そうして、口を閉じる。アノスさんは何を思っているのか、口を開こうとはしない。

 

 やっぱりアノスさんも―――――そう思っていると、不意に、頭に手がのせられた。

 

 

「え?……あの……?」

 

 

 そのまま頭を撫でられる。再び頬が熱くなる。だけど頭から手をどけてほしいとか、そういう気持ちは微塵も出ない。いや、むしろ撫でられるのが心地いい。

 

 

「――お前はお前でつらい人生を送ってきたのだな」

 

 

 

 声が、かけられる。この三日間いつも聞いてきたいつもの彼の声が。

 

 

「俺にはお前を慰める言葉など持ってはいない。しかし、お前の夢を共有することならできる」

 

 

 共有?そういうことなのだろう?そう首をかしげていると、アノスさんはとんでもないことを口にしました。

 

 

「カナエ、お前のその鬼を救うという夢、俺もその夢に協力しよう」

 

 

「は?」

 

 

 その内容が理解できず、数瞬固まる。

 

 だけどすぐに正気に戻る。そして彼の言うことを理解し、顔が青くなる。

 

 自分の顔から血の気が引くのがはっきりと分かった。

 

 

「な、何を言っているのですか!?」

 

 

「俺もカナエの夢に協力しようと言っているだけだが」

 

 

 アノスさんはこともなげに言う。それにな、とアノスさんは続ける。

 

 

「俺の世界にもいたのだ。人間にもかかわらず魔族に情けをかけ、魔族を救おうとした勇者がな」

 

 

 その時の瞳は柱合会議の、あの時の瞳と同じ色だった。言葉が止まる。

 

 

「勇者……ですか」

 

 

「ああ。その男はお前だった。最後まで魔族を憐れみ、救ってきた。だが、その思想はほかの人間には理解されることはついぞなかった」

 

 

 鬼と魔族という点を除けば、私と同じだ。

 

 

「今のお前の目は、あの男の目と同じだった。自分の思想を理解されることなく、戦い続け、疲れ果てた者の目だ」

 

 

 私は、そんな目をしていたのか。

 

 

「だからこそ、俺はお前の夢を共に背負いたいのだ。彼のような犠牲者をもうこれ以上出さないために」

 

 

 彼のまっすぐな、覚悟を決めた目に私は黙り込んでしまう。

 

 気持ちが揺らぐ。この夢は自分だけと己に言いつけていたのに、それが崩れそうになる。

 

 

 

 楽になりたい。そう思っている自分が私の中にいる。だけど、それはだめだと言う自分もいる。

 

 

――辛いことは一人でため込まなくていいんだよ。

 

 

 ふと、母さんの言葉を思い出す。

 

 

――カナエは、意外と頑ななところがあるから。もう少し、他人に寄りかかってもいいと思うの。

 

 

 

「……あなたは、本当に私の夢を共に背負ってくれるというのですか……?」

 

 

「ああ」

 

 

 その目は、覚悟に満ちていた。その目を見て、私も決心が固まった。

 

 

「なら……私の夢、鬼を救うという夢を、ともに背負ってください」

 

 

 私はアノスさんにそうお願いする。

 

 この決断により未来がどうなるかなんてわからない。

 

 だけど、不思議と後悔はしない気がした。

 

 

「分かった。お前の夢、ともに背負おう」

 

 

 私は、アノスさんに手を差し出す。

 

 しかし、アノスさんは私の手を握らない。なぜ?

 

 そう思っているとアノスさんが、 

 

 

「カナエ、俺はカナエの夢を背負うこととなった。だからこそ、お前と一つ、約束をしたい」

 

 

「約束、ですか?」

 

 

「ああ。この先いかなる時も己の夢を信じて生きることを、だ。俺も、カナエも」

 

 

「それは……どういう……ことですか?」

 

 

 私はアノスさんに問う。アノスさんは即座に答えた。

 

 

「たとえこの先、幾百もの同胞が死のうとも、鬼がいくら愚かでも、自分の夢を捨てるな。諦めるな」

 

 

 その言葉は、水が地面に染み込むよりも早く、私の耳に、心に、入り込んだ。

 

 アノスさんの顔は先ほどとは打って変わって、真剣だった。

 

 アノスさんは私に覚悟を聞いているのだ。ならば私も、覚悟を決めなければならない。

 

 

――その結果、自分や妹が死ぬことになってもか?

 

 

 かつて私と妹の命の恩人に言われた言葉が頭をよぎる。

 

 あの頃はまだ何も理解できていない子供だった。

 

 妹が死ぬという言葉だけを何とか理解し、それでも妹との誓いを忘れずに震えながら覚悟を示した。

 

 だけど、今の私は違う。一度目を閉じ、そしてアノスさんを見据える。

 

 

「分かりました。どんな絶望的な状況になっても、私は、私の夢を諦めたりしません」

 

 

 私は覚悟を決め、アノスさんにそう約束する。

 

 あの時とは違う。私は、真の覚悟を持って、答えた。

 

 

「ああ。約束だ」

 

 

 アノスさんは私の差し出した手を握った。初めて触れる彼の手は、力強かった。

 

 アノスさんは手を放すと、ああ、それと、と続ける。なんだろう。

 

 

「俺のことは呼び捨てで構わない」

 

 

 思いがけない提案だった。いきなりの提案に戸惑う。

 

 

「え?で、でも「だめか?」……わかりました、あ、アノス」

 

 

 

 私は諦めた。もじもじしながら彼の名前を呼ぶと、彼は私にやさしく微笑んだ。その笑みを見て、三度、頬が熱くなる。

 

 そんな私のことを知ってか知らずか、アノスは部屋の戸を開け、

 

 

「そろそろ寝るか。お前もまだ傷が完治していない。早めに寝ることだな。おやすみ、カナエ」

 

 

 そう言って部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 私はその後、しばらく惚けていた。

 

 四半刻位、そうしていただろうか。シャボン玉が割れるように、私は正気に戻る。

 

 そしてそのまま私も自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。

 

 いろいろなことがあって疲れていたのか、瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。

 

 眠気に抗えることも出来ず、そのまま私は眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 だけど、寝る直前まで、私の頭にはさっきのアノスの手の感触がまだ残っていた。

 

 

 

 

 

 




着物姿のアノス様が見たーい!


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黒き刀

そして久しぶりのアノス様視点!


 翌日。

 

 俺とカナエ、しのぶは訓練場にいた。俺が全集中の呼吸を習得するためだ。

 

 「別に全集中の呼吸覚えなくてもいいんじゃないですか」としのぶは言っていたがせっかくなのだ。全集中の呼吸を覚えてみたい。

 

 

「まあいいんじゃないの~。アノスも覚えてみたいんでしょ」

 

 

 どうやらカナエには俺の心が読まれていたようだ。彼女にミーシャ並みの目があるとは思えんが、なぜ読まれたのだろうか。

 

 

「で、アノス、全集中の呼吸を覚えるためには……」

 

 

 とカナエが俺に説明してくれる。昨日と比べて少し距離が近くなったようだ。

 

 これから同じ隊士として鬼を狩る、もとい救うのだ。お互いの距離が近くなれば、それだけ鬼を救える。いい傾向だ。

 

 

「というのなんだけど、アノス、出来るわよね?」

 

 

「ああ。十分だ。今から始めるとしよう」

 

 

 俺は全集中の呼吸を習得に向け、特訓を始めた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のだが、わずか10分で全集中の呼吸を習得してしまった。意外だな。もう少しかかると思っていたのだが。

 

 

「姉さん姉さん、あの人もう習得しましたよ!?やっぱりいらなかったんじゃないですかコレ?」

 

 

「しのぶ、いい?こういう時はおいしいもののことでも考えるのよ」

 

 

 しのぶは驚き、カナエはこういう光景はもう見慣れっこといった風に無我の境地に至っていた。

 

 

「おそらく、柱合会議で皆が全集中の呼吸をしていたから、それが頭に残っていたのだろう。そうでなければ、あと5分ぐらいはかかっていたはずだ」

 

 

「それでもたった5分なんですね……」

 

 

 しのぶは呆れている。カナエは相変わらず、無だ。

 

 これを常時続けるのが全集中の呼吸・常中というわけか。試しに常中を行ってみる。出来た。

 

 ふむ。身体能力の向上をわずかながら感じる。これを行っていけば、この状態の俺でもなかなか戦えるようになるだろう。

 

 

「常中も出来た。これで次の段階に行けるのだろう?」

 

 

 カナエは無の状態から脱出した。

 

 

「ええ。まあまさかこんな早く常中まで習得するとは思ってなかったけど……」

 

 

 そう言いながらカナエは一本の刀を取り出した。おそらく、これが―――

 

 

「これが、日輪刀。この世界に存在する武器の中で唯一、鬼を滅ぼせるもの」

 

 

 

 やはりか。しかし、どうしてこの武器だけが鬼を滅ぼせるものなのか?

 

 その疑問は、続くカナエの言葉によって解消された。

 

 

「日輪刀の原料は太陽に一番近く、一年中陽の射すという「陽光山」という山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石という日光を吸収した特殊な鉄。しかし、これでも鬼の頸を斬らなければ鬼は倒せない」

 

 

 その山で取れる鉄は、おそらく特殊な鉄なのだろう。そうでなければ、日光に当てただけで鬼を殺せるはずがあろうはずもない。

 

 カナエが、日輪刀を俺に差し出してきた。

 

 

「抜いてみて」

 

 

 言われるがまま、日輪刀を抜く。白銀に染まった刀身が姿を見せた。

 

 瞬間。日輪刀の色が変わった。竜の鱗を思わせる白銀から、闇夜を思わせるような、黒き、黒き漆黒へと。

 

 魔法がない世界での、この不可解な現象に、俺は少しばかり驚いた。

 

 

「これはどういうことだ?」

 

 

 俺はカナエに問う。

 

 

「日輪刀は、別名『色変わりの刀』と呼ばれ、持ち主によって刃の色が変わり、持ち主の適性を示すの。水の呼吸なら青、炎の呼吸なら赤、花の呼吸なら桜色といったように。だけど……」

 

 

 ここでカナエは口を噤んだ。

 

 なるほど。そんな特性が。その色を変え、鬼を滅ぼす。それが日輪刀の特徴なのだろう。

 

 俺の色は黒だった。黒だと何か不都合があるのか?

 

 カナエは口を開く。

 

 

「黒の日輪刀は何の呼吸に適性があるか、わからないとされているの……。しかも、『黒刀の剣士は出世できない』とも……」

 

 

 なるほどな。前例があるにはあるが、その者たちもこれが何の呼吸かわからないというわけか。

 

 しかし、出世できないというのは言い過ぎではないのか?黒刀だとしても、実力があれば出世できるのであろう。

 

 何か別の要因が働いているのかもしれぬ。例えば、「黒刀の剣士を殺すことに執着した鬼」などというのがいて、その鬼が黒刀の剣士を殺しまくったから出世できないなど、だ。

 

 まああり得ない話ではあるがな。なぜそんなことをしなければならない。

 

 

「だけど姉さん、アノスさんの黒刀って、ほかの人の黒刀とちょっと違わない?」

 

 

 不意に、しのぶが口を開いた。その内容にカナエが「どういうこと?」と聞く。

 

 

「前に、黒刀の隊士を見たことがあったんだけど、その人の黒って光を反射するようなきらめく黒だったの。だけど、アノスさんのはほら」

 

 

 俺の持っている黒に染まった日輪刀を指さす。

 

 

「アノスさんの刀の黒は、光を反射しない、なんかその空間だけが切り取られたような……そんな黒」

 

 

 つまり、俺の適性は黒刀の剣士の適性とは違うということなのか?

 

 しかし、それでも俺の適性が分からないのなら気休めにもならぬな。

 

 

「どうする?とりあえず別の呼吸を覚える?花の呼吸とかもいいわよ!」

 

 

 カナエが提案する。そうだな。とりあえず俺の適性を探すのは後にして、とりあえず何らかの呼吸を覚えるとするか。

 

 しかし、何を覚えるか。水、炎、岩、風、音、花。俺が知っているのはそのくらいだが、ほかにもあるのだろう。

 

 カナエは自らも使っている花の呼吸を強く推してくる。それも、結構強めに。目をこれでもかと輝かせながら。

 

 しかし、俺としてはどれか一つだけ覚えるよりは――――

 

 

 

 

 

「そうだな。とりあえず今存在する呼吸、そのすべてを覚えるとしよう」

 

 

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は日本食を食べるのはもちろん初めてだ!

元の世界に戻れたら日本文化を広めようと思っているぞ!


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使えなくとも

そして珍しく早めの投稿なのです。

ちなみに言っときますが、アノス様の適性は日の呼吸ではないのです。

そして!アノス様視点です!


「「……は?」」

 

 

 カナエとしのぶが素っ頓狂な声を出した。別にそこまで驚くことではないだろう。

 

 

「いやいやいやいや!え?全部覚えるって……え!?」「無茶ですよそんなの!どんだけ時間かかると思ってるんですか!」

 

 

 二人が同時に喋ってくる。混ざって聞こえるが問題ない。ちゃんと聞けている。まあそんなことより。

 

 

「最初は何の呼吸を覚えたらいい?俺は別に花でもいいがな」

 

 

「「人の話を聞け!」」

 

 

「何をそんなに怒っている?別に複数の呼吸を操っても問題はないだろう?」

 

 

「いやそうだけど!それでもすべて覚えてる人はいないわよ!」

 

 

「ならば俺がその第一人者になってやる」

 

 

「ならなくていいです!」

 

 

 その後も姉妹はなかなか譲らなかった。頑固にもほどがある。サーシャとミーシャでもここまで頑固ではなかったぞ。

 

 しかし俺が「最初に覚える呼吸を一日で、その後もそれぞれ三日以内に習得する」という条件を出すと、しぶしぶこれを了承してくれた。

 

 

「もう……それで、最初は花の呼吸にするの?しのぶ、覚えてるかしら?」

 

 

「え、姉さんがやるんじゃないの?」

 

 

 意外だな。カナエがやるのではないのか?

 

 するとカナエは胸に手を当て少し寂しそうに言った。

 

 

「今日、判明したんだけど……私の肺はまだ治りきっていないの。体もまだ痛むの。今の私じゃ全集中の呼吸も出来ないし、前のような動きはできないわ。お医者様曰く、あと一年はかかると」

 

 

 そこまで肺の傷が深かったとは。しのぶも目を見開く。

 

 

「私は柱を引退するつもりでいる。もちろん傷が治ったら復帰するつもりでいるけど、今は花の呼吸などの肺に負担がかかることは禁止されてるの」

 

 

「姉……さん……」

 

 

「だけど、心配しないで!その分、蝶屋敷での仕事をちゃんとやるから!」

 

 

 カナエは笑顔で、しかし少し寂しそうにそう言った。

 

 必死に感情を隠しているのだろう。昨日俺は彼女の夢を共に背負う約束をした。しかし、カナエが引退してしまった今、その夢を持っているのは俺しかいない。

 

 一年間だけとはいえ、結果的に俺に夢を押し付けた形になってしまった。責任を感じているのかもしれぬ。

 

 

 

――仕方ない。あの手(・・・)を使うとするか。

 

 この世界に来て五日。俺とて魔法の使えないこの世界で何も努力をしてこなかったわけではない。どうにか魔法を使えないか試行錯誤してきた。

 

 何千回試しただろうか。放出する魔力を極限まで小さくする。たったそれだけなのだが、俺の場合、それが途方もなく難しい。

 

 一〇の力を発生させるとき、俺の場合では魔力が強すぎてそのまま生み出すことができぬ。

 

 一万一〇と一万の力を相殺させ、一〇の力を残すのだ。それだけでも、複雑な作業になるのだが、この世界では俺の一〇の力だけでも世界に重大な損傷を与える。

 

 〇.〇〇〇〇〇〇一ぐらいまで抑えなければ話にならない。この俺でも多大な負荷がかかるぐらいには過酷な作業だ。ほかの者ならば、それだけで軽く千回は死ねるだろう。

 

 それでも、何とか〇.〇〇〇〇〇〇一の力を生み出すことには成功した。したのだが、それでもまだ三日に一回できればいいほうだ。

 

 最初に成功したのは三日前。つまり、カナエを治せる確率は幾分かある。

 

 

「カナエ。一つだけだが、お前のその肺と体の怪我、今治せる方法がある」

 

 

「!……本当、ですか」

 

 

 カナエがすがるような思いで俺に聞く。やはり、責任を感じていたのだろう。

 

 しのぶも、わずかな希望を目に宿し、俺を見ていた。

 

 

「ああ。しかし、その方法はまだ確立されてはいない。命を失う危険もある。それでも、やるか?」

 

 

 俺の言葉に、しのぶがカナエの方を向き、カナエが戸惑った表情を見せる。怪我が治るかもしれないが、命を失うリスクもある。迷って当然だ。

 

 

「やめましょう、姉さん!?せっかく生き延びたのに、死んじゃうなんて嫌!」

 

 

 しのぶは反対だ。まあ、多数の人間はそうするだろうな。自分の命をベットするなど、正気の沙汰ではないのだろう。

 

 しかし、それでも――

 

 

「やります」

 

 

「姉さん!?」

 

 

 カナエは、己が命をベットした。自分の夢を叶えるために。

 

 

「姉さん!考え直して!?死んじゃうかも知れないのよ!?」

 

 

「いいの。アノスがいなければ私はあの時、あそこで死んでいたの。拾ってもらった命、どう使ってもいいでしょう?それに」

 

 

 カナエが俺を見る。彼女は柔らかく微笑んだ。

 

 

「アノスなら、絶対成功する。そうでしょ、アノス?」

 

 

「ああ。心配いらぬ。その程度のこと、できないわけがないだろう。なにせ、俺は魔王なのだからな」

 

 

 彼女は俺を信頼している。ならば、絶対に失敗するわけにはいかぬ。

 

 

「姉さん……。ああもう!!アノスさん、お願いしますよ!」

 

 

 しのぶも観念したようだ。ふたりが俺を信頼したのだ。ひとつ、深呼吸をする。

 

 

「それで、どうすればいいのですか?」

 

 

「なに、カナエはそこに座っているだけでいい。では、いくぞ」

 

 

 さて、やるとするか。俺はカナエの胸辺りに手をかざす。

 

 まずは俺の根源に流れる魔力を確認する。異常はない。

 

 最初に行うことは、いつものように、力を相殺させ、一〇の力を生み出すことだ。

 

 そして次に、その一〇の力を保ったまま、新たに一〇の力を生成する。そして、その一〇の力同士をぶつける。

 

 もちろん、大部分の力は相殺され消える。最初の難関は、残ったこの微かな、本当に微量な魔力を見つけなければいけないことだ。

 

 一〇といっても、完全な一〇というわけではない。それこそ微量には魔力の差はある。〇.〇〇〇〇〇〇一ぐらいには。

 

 しかし、魔力あふれる俺の根源からその微量な魔力を探すのは、世界の中からたった一粒の砂を探すことと等しい。極限まで集中し、相殺によって発生した魔力を探す。

 

 何度も何度も見失い、その度に力を相殺させる。三時間は経っただろうか。ついにその時は訪れた。

 

 激流のような魔力の中、僅かなひと雫ほどの魔力を留める。極限の集中のため、滝のような汗が俺の全身から流れ落ちるが、まだ気は抜けない。次は、この微量な魔力で魔法陣を書かなければならない。

 

 砂粒ひとつほどでも気を抜けば力が暴走する。慎重に、慎重に魔法陣を形成する。

 

 いつもは一瞬で行う魔法陣の形成を、一部分ずつ、ゆっくりと行う。

 

 一秒一秒が一日ほどに感じる中、五時間をかけ、魔法陣が完成した。第二段階、完了。

 

 最後は、この魔法陣に魔力を送り、魔法を発動する。

 

 このとき、送る魔力も微量でなければならない。先ほどのように魔力を相殺させ、極微量の魔力を作り出し、それを送る。

 

 一本のピアノ線の上を片足のスケート靴でまっすぐ進むようなものだ。一瞬たりとも、気は抜けぬ。

 

 四時間は経ったか。魔力を送り終わり、魔法の発動準備が整った。何とかなったか。

 

 

「<治癒(エント)>」

 

 

 俺は魔法を発動する。治癒の光がカナエを包み込んだ。

 

 

「え……?」

 

 

「これは……?」

 

 

 二人共困惑している。魔法の発動が終わり、カナエを包み込む光が消えた。しかしカナエは死んでいない。つまり、魔法は成功したのだ。

 

 

「立ってみろ」

 

 

 カナエが言われるがまま立つ。

 

 

「……え!?体が痛くない!全集中の呼吸も使える!」

 

 

 カナエが目を丸くする。<治癒(エント)>によって彼女の負傷は全て消えた。前と同じように戦えるだろう。

 

 しのぶは、緊張が解けたのか、へなへなと座り込んだ。

 

 

「アノスさん、これって……」

 

 

「ああ。察しのとおり、魔法だ」

 

 

 カナエとしのぶが驚愕する。しのぶが震える声で俺に聞く。

 

 

「え、でもあの時、魔法は使えないって……」

 

 

 その言葉を、俺は笑い飛ばした。

 

 

 

 

「魔法が使えないからといって、それに俺が従うと思ったか」

 

 

 

 

 まあ、今はこうなってしまうがな、と付け加える。

 

 

「アノス、ありがとうっ……!」

 

 

 

 すると、カナエが抱きついてきた。全く、いつもは母のように振舞うのに、今は子供のようだな。

 

 

「ちょっ!?姉さんから離れてくださいっ!」

 

 

 驚いたしのぶが俺からカナエを引き剥がそうとするが、カナエが俺にしがみついたまま離れようとしない。

 

 

「いやー!少しぐらいいいじゃないしのぶー!」

 

 

「ダメよ姉さん!」

 

 

「なーにー?もしかして妬いてるのー?」

 

 

 カナエはニヤニヤしている。

 

 

「違うわ!!!!!とにかく離れてよ姉さーん!」

 

 

「しょうがないわねー」

 

 

 カナエが俺から離れる。そして、俺の方を向き、頭を下げた。

 

 

「改めて、本当にありがとう……。これで、また戦えるわ」

 

 

「俺一人ではない。お前たちが俺を信頼してくれたからこそ、成功した」

 

 

「それにしても、魔法ってすごいんですね……。あの傷を一瞬にして治せるなんて」

 

 

 

 しのぶが先ほどの光景を思い出したのか、嘆息する。

 

 

「まあ、それが魔法だからな。よければ、今度教え「是非お願いしますっ!!!」」

 

 

 提案を言い終わらぬうちにしのぶが即座に反応し、答えた。その勢い、まさに餌を前にした犬のごとし。

 

 

「わかった。だが、まだ魔力がお前の体に満ちていない。その時になれば教えてやる」

 

 

 そう言って立ち上がろうとするが、足がふらつく。前にこれを行ったときは魔法を行使するところまではいかなかったからな。疲労は比べ物にならないほどあるだろう。思わず、座り込んだ。

 

 

「「アノス(さん)っ!?」」

 

 

「何、心配はいらぬ」

 

 

 俺は立ち上がる。

 

 

「しかし、かなり消耗している。このままではそれぞれの呼吸法の習得は出来そうにないな。習得は明日からにするか。お前たちも疲れているだろう」

 

 

 

 三人とも十時間以上も緊張状態にあったのだ。その疲れは思ったよりもあるだろう。

 

 二人も了承した。そして訓練場から出ようと戸に向かおうとしたとき―――

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 戸が突然開き、蝶の髪飾りをつけたツインテールの少女とサイドテールの少女が訓練場に入ってきた。神崎アオイと栗花落(つゆり)カナヲだろう。蝶屋敷に住んでいて、主に治療の手伝いなどをしている、いわば助手だ。

 

 十時間以上訓練場から出てこなかったから、心配に思ったのだろう。しかし、ふたりの目は俺を向いていた。しかも、悪鬼を見るかの目で。

 

 

「こんな遅くまで……何やってたんですかぁぁぁーーー!」

 

 

 アオイの怒鳴り声が、蝶屋敷中に響き渡った。

 

 

 

 このあと、アオイとカナヲになぜ十時間以上も出てこなかったのかを厳しく追及されたり、カナエとしのぶがそれを止めたりと、なんやかんやあったのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様はメッチャ疲れているぞ!!!

こんなに疲れたのはこれまで生きてきた中(二千年前も含む)でも二回ぐらいしかないそうだ!


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空中戦の行方

アノス様視点です!

そういえば魔王学院の更新がまた再開されましたね!

これからどうなるのか楽しみなのです!


(はな)の呼吸、()ノ型――<(あだ)芍薬(しゃくやく)>」

 

 

 九つの斬撃が俺に向かって放たれる。この世界の者なら躱せぬほどの速さで放たれるその斬撃を、ゆっくりと回避する。

 

 遅い。この程度の速さ、躱してくれと言っているようなものだ。

 

 

「……!? ならこれはどう!」

 

 

 カナエが目を見開く。

 

 おそらく、俺が木刀を弾いた隙に、畳み掛けるつもりだったのだろう。

 

 目を見開いたのは一瞬、次の瞬間には更なる技が繰り出される。

 

 

「花の呼吸、()ノ型――<紅花衣(べにはなごろも)>」

 

 

 木刀が大きな円を描き、こちらに襲い掛かる。

 

 これも遅い。躱すのは造作でもないが、流石に躱してばかりではな。少し反撃させてもらおう。

 

 

「お返しだ」

 

 

「花の呼吸、伍ノ型――<(あだ)芍薬(しゃくやく)>」

 

 

 先ほど俺に向かって放たれた斬撃を、今度は俺が放つ。

 

 先ほど放たれた斬撃は九つだったが、俺は力を抑え、二つ程度に留める。

 

 一つ目の斬撃が迫り来る木刀を難なく叩き落とし、二つ目の斬撃が相手の服をかすめた。

 

 

「一本!」

 

 

 声が訓練場内に響いた。

 

 

「やられちゃった……。でも、まだ一本よ!あと二本、忘れてないわよね?」

 

 

「ああ。当然だ。三本とって初めて、花の呼吸の習得を認めてもらえるのだろう?」

 

 

「ええ、まだわからないわよ」

 

 

 言葉をかけ合いながら、俺たちは再び木刀を構える。

 

 

「二戦目、開始!」

 

 

 目の前の少女が再び、真剣な表情で俺に襲い掛かってきた――― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナエを魔法で治した翌日。疲れが取れていなかったのか、俺が起きたのは夕方だった。

 

 カナエたちは、すでに起きていて機能回復訓練というものをやっていた。一週間ほどではあるが体を動かしていなかったため、身体機能が少しばかり低下していたらしい。

 

 その低下した身体能力を復活させるのが機能回復訓練だという。

 

 詳しくは、寝たきりで硬くなった体をほぐすマッサージ、湯飲みに入った薬湯をかけあう反射訓練、訓練担当者を捕まえる全体訓練の三つだ。

 

 アオイやしのぶと行っていたようだが、俺が見る限り、ほとんど勝っていた。身体能力が戻ったのだろう。

 

 十全で教えてもらうことができるのなら、それに越したことはない。俺が今日一日寝ていたのはカナエにとっても僥倖だったかもしれぬな。

 

 ちなみに、その機能回復訓練に俺も参加しようとしたら、その場にいた全員からものすごい勢いで止められた。カナエ曰く、「相手にならない」。まあ、そうだろうな。実力の差がありすぎるか。

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。俺はカナエから花の呼吸を教えてもらうことにした。

 

 花の呼吸は、水の呼吸の派生ではあるが、古くから鬼殺隊に伝わる流派であるらしい。

 

 

「とりあえず型を見せてもらえるか?」

 

 

 まずは型を見せてもらわねば始まらない。おそらくこの先もこのような感じで教わるだろう。

 

 カナエに花の呼吸の型をすべて見せてもらった。

 

 

「……ほう」

 

 

 カナエが放つ技を見て、俺は思わず息を吐いた。

 

 全集中の呼吸は、体内へと多量の酸素を一度に取り込む事で瞬間的に身体能力を高める技術だという。

 

 そこから、各呼吸に応じた独自の剣技を繰り出すもの。故に、鬼が扱う血鬼術の様な、魔法のような力ではない。

 

 水の呼吸だからと言って、本当に水が出るわけではない。炎の呼吸だからと言って、本物の炎を生じさせるわけではない。

 

 しかし、今カナエが放つ技からは、本物の花が視えた――気がした。

 

 おそらく、剣技を極めた者だけに現れる現象なのだろう。完成された型から繰り出される技を前にして、脳が感じてしまうのだ。

 

 まるで、本当にそこにあるかの様な、イメージを。恐らく、ここまでの域に達するまでに、血の吐くような特訓を幾度となく繰り返してきたのだろう。鬼を倒すために。

 

 カナエが花の呼吸の技をすべて放ち終わった。カナエはフウ、と息を吐く。

 

 

「どうだった?」

 

 

「なかなかのものだった。しかし、もう覚えたぞ」

 

 

「ふーん……って、え!?もう覚えたの!?一回見ただけで!?」

 

 

 カナエがびっくりしたように声を上げる。

 

 

「ああ。木刀を貸してみろ」

 

 

 カナエから木刀を借りる。よく使いこまれている。長い間、カナエが使ってきたのだろう。

 

 その木刀を使い、先ほどカナエが放った花の呼吸のすべての技を披露する。俺が放ったそれは、カナエのそれと寸分の狂いもなかった。

 

 

「……完璧だわ……」

 

 

 カナエが声を漏らす。

 

 

「これで、呼吸習得を認めてもらえるか?」

 

 

 俺の問いに、しかしカナエは首を振る。

 

 

「まだよ。確かに完璧だけど、それを使いこなせるかはまだわからないわ」

 

 

 まあ、道理だな。知識としてそれを覚えるのと、それを体で覚えるのはわけが違う。

 

 それを使いこなせて初めて、習得を認められたことになるだろう。

 

 

「それで、どうすればいい?」

 

 

 カナエが不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「私と勝負しなさい、アノス。その結果によって呼吸が習得できたかどうかを判断するわ」

 

 

 なるほど、試合で確かめるというわけか。確かに実戦が一番手っ取り早い。

 

 

「くはは、いいだろう。存分に挑め、カナエ」

 

 

 訓練場での練習試合。この世界では死んだら死んでしまうので、まさか真剣を使うわけにもいかない。木刀で行う。

 

 しのぶが任務で蝶屋敷を開けているので、代わりにアオイが審判を務めるという。

 

 

「この試合で、私から三本連続取れたら呼吸を習得したと認めるわ」

 

 

 しかし、条件がある。

 

 カナエが俺から三本のうち一本でも取ったら習得したとは認めない。そして、一本を取るときは必ず花の呼吸の型を使わなければならず、一度使った型は次の試合以降では使えない。

 

 俺の強さを考慮したうえでの条件なのだろう。つまり、ハンデだ。まあ、この程度、俺から見れば無いに等しいがな。

 

 そして、物語は冒頭に巻き戻る。

 

 

「一本!」

 

 

 再び、声が訓練場内に響き渡る。

 

 花の呼吸を使い、俺がカナエから二本目をとったのだ。

 

 

「これで二本目だ。後がなくなったな」

 

 

 

「追い詰められたわね……。さすがアノスというところかしら。だけど、一本でも取られたら負けの条件は続いてる。一度でも勝てば、私の勝ちよ!」

 

 

 三度、お互いに木刀を構える。

 

 カナエはこれまで以上に集中した様子で、俺を見ている。相手がどう出ても、即座に反応するだろう。なかなか良い状態だ。

 

 

「三戦目、開始!」

 

 

 三戦目は俺から仕掛ける。

 

 木刀を三連、カナエに向かって振るう。カナエはそれを絶妙に打ち払い、こちらに攻め込んでくる。

 

 反撃とばかりに、カナエの木刀が俺に向かって襲いかかるが、難なく打ち払った。

 

 一分あたり打ち合っただろうか。カナエの剣さばきが最初に比べて少し良くなったように思える。

 

 

「っ……!!」

 

 

 俺の放った一撃を木刀で真正面から受け止め、カナエの体勢が少し崩れる。その隙を見逃さず、俺はまだ使っていない技を繰り出した。

 

 

「花の呼吸、肆ノ型――<紅花衣(べにはなごろも)>」

 

 

 木刀が、カナエのとは比べ物にならない速度で襲い掛かる。

 

 これまでのカナエの動きから計算し、ギリギリ反応できない速度で放つ。

 

 体勢が崩れているカナエには防ぎようがない、これで勝負あり――――と思ったのだが、俺の木刀は空を切った。

 

 

「花の呼吸、(ろく)ノ型――」

 

 

 見上げると、カナエは空中に舞っていた。

 

 

「――<渦桃(うずもも)>!」

 

 

 カナエは空に飛びあがることで俺の一撃を躱し、そのまま体を捩りながら木刀を俺の首筋に向けて斬りつけようとしたのだ。

 

 しかし、ギリギリだとしてもカナエには躱せない速度だ。それを躱すとはな。

 

 この土壇場で一皮剥けたか。思わず口から笑みがこぼれる。

 

 ならば、こちらも相応のもので返さねばなるまい。

 

 

「!?」

 

 

 カナエは勝利を確信していたのだろう。しかし、次の瞬間、カナエの表情が驚愕に代わる。カナエの木刀もまた、空を切ったのだ。

 

 

「花の呼吸、陸ノ型――<渦桃(うずもも)>」

 

 

 俺はカナエの一撃を同じ技で躱す。少し跳躍しすぎたか、カナエよりも少し高い位置まで飛び上がってしまった。

 

 そのまま体を捩りながらカナエの服に一撃を入れた。

 

 

「え……あ……」

 

 

「どうした審判?宣告はまだか?」

 

 

 そのまま着陸し、呆然としたままのアオイに話しかける。アオイは、ハッと気を戻したのか、宣言した。

 

 

「一本!」

 

 

 これで、俺は三本連続カナエから取った。呼吸習得を認めてくれるはずだ。

 

――そう、思ったのだが。

 

 見ると、カナエは非常に悔しそうな顔をしていた。目に涙を浮かべるほど。

 

 

「うう~!!!もう一回よ、アノス!勝負して!!」

 

 

「わかったわかった。しかしこれで花の呼吸習得は認めてくれるな?」

 

 

「いやよ!もう一度よ!それで勝ったら認めてあげるわ!」

 

 

 約束と違う。

 

 このようなカナエを見たことがなかったのか、アオイも何とも言えぬ表情を浮かべていた。

 

 

「しかし……約束はやくそ「アオイは黙ってなさい!」はいっっ!?」

 

 

 なんという暴政か。口出し禁止とは。

 

 

「仕方ないな。本当にこれで勝ったら認めてもらえるのだな?」

 

 

「ええ!今度は負けないわよ!」

 

 

 全く。俺とカナエは再び木刀を持つ。

 

 

「か、開始ぃ!」

 

 

 アオイの少し自棄になった声をきっかけに、俺とカナエは動き出した―――――

 

 

 

 

 

 

 

 結果として。この後勝っても呼吸習得を認めてもらえず。

 

 二十回ぐらい打ち負かしたところでついにカナエが泣き出してしまった。

 

 

「ぐすっ……ひぐっ……いいわよ……呼吸習得、認めてあげるわよ……ぐすっ」

 

 

 ついに諦めたのか、泣きながら呼吸習得を認めてくれた。

 

 

「し、仕方ないですって!アノスさんの実力ですから、カナエ様が負けてもしかたないですよ!」

 

 

「!?」

 

 

 アオイが必死にカナエを慰めている。いるのだが、少しずれているのか、カナエがさらに傷ついた。

 

 

「うわー――――ん!!!」

 

 

「ちょ、カナエ様!?」

 

 

 そのままカナエが俺の胸に飛び込んできた。なぜだ。負けた相手だろうに。そのまま俺の胸で泣き続ける。あっという間に俺の服が涙で濡れた。子供か。

 

 

「なによー!一回ぐらい負けてくれてもいいじゃな―い!」

 

 

 そのまま俺をポカポカとたたく。本当に子供か。

 

 

「仕方ないだろう。負けたら呼吸習得を認めてもらえないのだからな」

 

 

「そんなに勝たなくても、もう認めてるわよー!うわーん!」

 

 

 そのまま泣き続ける。止まる様子がない。少しばかり助けを求めるようにアオイを見ると、

 

 

「カナエ様に抱き着かれるなんて……私でも抱き着かれたことがないのにっ……」

 

 

 アオイは羨ましがるような顔で俺を見ていた。助けてくれる様子はない。

 

 仕方ない。カナエが泣き止むまで待つとするか。

 

 

 

 

 

 そのままカナエが泣き止むのを待つこと数十分。

 

 

「すう……すう……」

 

 

 泣き疲れたのか、俺に抱き着いたままカナエは眠り込んでしまった。子供だな。

 

 ともかく、花の呼吸は習得を許可された。残りは水、炎、岩、雷、風、音か。そのほかにもあるのかもしれぬ。

 

 次は何を習得できるのか楽しみだな。しかし―――――

 

 

「むにゃむにゃ……次は負けないんだからぁ……」

 

 

 この状況をどうするか。それを解決するべく、俺は考え始めた――――――。

 

 

 

 



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勘違いと生姜

フライングおまけ

しのぶさんがもしアレをやったなら

「はぁ!?なんでそんなことをしなきゃいけないんですか!?

 え!?突き繋がり!?知りませんよそんなの!

 え?姉さんが見たいって!?

 はあっ……しょうがないですね……やればいいんですねやれば!!行きますよっ!

 な……なんちゃってベブズドォォォォッッ!!!

 や、やりましたよっ!///これでいいんですねっ!?」


 ふむ。

 

 どうすればいいのか。

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

 今俺の腰には、カナエが抱きつき眠っている。

 

 カナエが無茶振りした結果なのだが、俺は動けない状況になってしまった。

 

 無理に動くと、カナエが起きてしまう。そうならないためにも、動かないというのが最上の選択肢だった。

 

 しかし、このままずっと動かないわけにもいかぬ。

 

 この状況を打破すべく、俺は考えた。しかし、いくら考えてもこの状況を打破する策が思いつかず、仕方なくカナエが起きるまで待つという方法をとった。

 

 しかし、ここで一つ誤算が生じる。

 

 しのぶが任務を終えて帰ってきたのだ。それだけならまだよかったのだが、あろうことか彼女は訓練場に訪れたのだ。カナエが訓練場にいるということを知ったらしい。

 

 

「姉さーん、聞いて聞い―――――」

 

 

 彼女の言葉が止まった。彼女自身も凍り付いている。おそらく、目から入った情報を処理しきれてないのだろう。

 

 それも仕方ないか。しのぶが見たものは、姉が俺に抱き着きながら寝ているという、彼女にしたら信じられないであろう光景だったからな。

 

 しばらく、しのぶは訓練場の戸を開けたまま固まっていた。俺も、カナエに抱き着かれているためあまり身動きは取れない。

 

 俺としのぶ、両者が固まっているという奇妙な光景が生まれた。俺はしのぶを見つめ、しのぶは俺と俺に抱き着いて寝ているカナエを見つめている。

 

 

「しのぶか。帰ってきたばかりですまないが、カナエをどうにかしてくれるか?」

 

 

 体は動けなくとも、口は動く。しのぶに助けを求めるも、それには答えずに、しのぶはゆっくりと戸を閉めた。

 

 その直後。廊下をドタドタドタと走っていく音がした。

 

 

「うにゅ……」

 

 

 カナエが起きたのはそのすぐあとだった。カナエは寝ぼけ眼で周りを見渡した後、目の前に俺がいることに気が付いた。

 

 

「ん~?誰~?」

 

 

 最初は俺がだれかすらも理解できていないようだったが、ぼーっとした視線が次第にはっきりとしてくる。

 

 

「え……アノス……?……え……あ……」

 

 

 ふむ。俺の顔を理解できるくらいには意識が覚醒したか。

 

 カナエの顔がゆっくりと赤くなる。おそらく、すべてを理解したのだろう。あのあと、泣きながら俺に抱き着いてきたことも。そのまま眠りこけてしまったことも。

 

 

「起きたか。よく眠れたか?」

 

 

 そう言葉をかけてやると、

 

 

「◎△$♪×¥●&%#?!」

 

 

 カナエが耳まで真っ赤に染まった顔で言葉にならない言葉を喚き散らしながら俺から離れた。

 

 その速度、先ほどの試合の時よりも速い。この速度を常に出しておくようになれれば良いのだがな。

 

 

「いっいいいいいいいついついつから寝てました!!?」

 

 

 動揺しているのか口調がかしこまってしまっている。これはこれで少し滑稽なところがあるな。

 

 

「四時間ぐらい前からだがな。しかし、なにやら妙な寝言を口にしていたな」

 

 

「ねっねねねねご寝言ですか!?」

 

 

「ああ。頭をなでろやら」

 

 

 撫でてやった。撫でると「もっと撫でて~」とお願いしてくるので、結局一時間ほど撫でる羽目になった。

 

 

「一緒に寝ようだの」

 

 

 動けなくて暇だったからな。仕方なく二時間ぐらい訓練場で寝ていた。これは一緒に寝るということなのか? 

 

 

「最期はよくわからない言葉を口にしていたな。確か……『ねえ~これで終わり~?じゃあ……私とイ「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

 カナエが俺の言葉を大声で遮る。顔だけでなく体中真っ赤に染め、涙を目に浮かべ、ゼエゼエと大きく息を吐いていた。

 

 

「忘れて!今の今までのことをすべて忘れてくださいいいいいいいいいい!!!!!!」

 

 

 そうお願いされてもな。俺は記憶力はいいほうだ。かつて、ミリティアに記憶を奪われていたことはあったが、それ以外のことはすべて鮮明に覚えている。

 

 そう思っていると、訓練場の戸の向こうから何やら声が聞こえた。

 

 

「戸の向こうから姉さんの悲鳴が!」

 

 

「と、突入します!」

 

 

 その直後、訓練場の戸がバンッと開いた。

 

 

「姉さんに手を出したろくでなしの鬼はどこですかあああああああああ!!!!!!」

 

 

 乱暴に開かれた戸から、日輪刀を構えたしのぶと木刀を持ったカナヲ、そして蝶屋敷で働いているきよ、なほ、すみが精いっぱい武装した姿で入ってきた。

 

 鬼?いったいどこにいるのか?俺が見える限りでは鬼など存在しないが。

 

 彼女たちの目は、俺に集中していた。まさか、俺か?

 

 俺のことを鬼と呼ぶとは、しのぶはそこまで区別がつかなかったか?

 

 それは危ういな。鬼と人の区別をつけることができないのなら、鬼殺隊としてやっていくのはとても難しい。守るべきであるはずの人を殺してしまったのなら、それはもう取り返しがつかなくなる。

 

 そうなる前に矯正したほうがいいな。

 

 

「しっししししししししのぶ!?カナヲも!?何やってるの!?」

 

 

 俺の考えを知らずに、カナエは相変わらず赤い顔でしのぶたちの突入に驚く。

 

 

「姉さんはそこにいてください。姉さんの初めてを奪った相手は、今から私が天誅を下します」

 

 

「何言ってるのしのぶ!?」

 

 

 もはやカナエの声はしのぶに届いていない。

 

 それにしても、「カナエの初めて」とはいったい何なのだ?しかも、俺はカナエから何も奪ってはいない。何か勘違いしているのではないか?

 

 

「何に腹を立てているのかは知らぬが、とりあえず落ち着け」

 

 

「誰のせいだと思っているんですか!?」

 

 

 しのぶが俺に向かって突っ込む。その打ち上げ花火のような突っ込み、サーシャに匹敵するものがあるな。磨けば、さらに光るだろう。

 

 

「と、突撃―!」「「突撃―!」」

 

 

 きよ、なほ、すみが俺に向けて突貫してくる。三人とも木の棒を持っている。俺に当たっても別になんともないが、三人はこういったものには詳しくないのだろう。持ち方も振り方も滅茶苦茶だ。

 

 彼女らはまだ体が小さい。何かのはずみで怪我をしてしまったら蝶屋敷での仕事に支障が出るかもしれぬ。仕方ない。

 

 

「きゃうっ」

 

 

 俺は三人の武器を奪い取る。

 

 俺としては歩く程度だったが、それでも速かったのか、三人は何が起こったか未だにわかっていないようだった。

 

 

「……ッ」

 

 

 俺が立ち止まった隙をつき、カナヲが俺に向けて木刀で斬りかかる。

 

 カナエでも辛うじて見切れた速さを見切るか。なかなかに目がよいようだな。

 

 しかし柱でもない者の攻撃が俺に通用するわけがない。まあ、柱だとしても通用しないがな。

 

 先ほどまでなほが持っていた木の棒でカナヲの木刀を叩き落とした。

 

 残りはしのぶ一人。

 

 

「残りはお前ひとりだ。何を勘違いしているのか知らんが、そちらがその気なら、相手になってやる。来い」

 

 

「上等ですよ……!」

 

 

 しのぶの日輪刀が俺の顔面を正確に貫こうと襲ってくる。しかし、前に軽く手合わせした時でも余裕で躱せたのだ。速度がいくら変わろうと、俺にとっては誤差ですらない。

 

 俺は木の棒でしのぶの日輪刀を打ち払う。それだけで日輪刀は宙を舞った。

 

 そのまま木の棒をしのぶの首元に突きつける。

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

「くっ……」

 

 

 しのぶがうなだれる。ようやく落ち着いたか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く!しのぶたちは何を勘違いしてるの!?あれは全面的に私が悪いのよ!」

 

 

「「「「「す……すいません……」」」」」

 

 

 訓練場ではカナエが五人に説教をしていた。五人は土下座している。そして何気にカナヲの声を聴いたのはこれで初めてだ。

 

 

「まったく。人と鬼の区別はつかないわ、蝶屋敷の面子を戦いに駆り出すわ、世話の焼けるやつだ」

 

 

 この言葉にしのぶは首を傾げた。

 

 

「まあ、きよたちを連れて行ったのは反省してますが、鬼と人との区別はつきますよ?」

 

 

「俺のことを鬼と言ったではないか」

 

 

「あれはまあ……比喩ですよ比喩。あの時は仕方が「しのぶ?」すいませんでしたぁ!」

 

 

 カナエの一声でしのぶが謝る。少しは反省してほしいものだ。

 

 

「ところで、しのぶが使っていた呼吸法、あれは花ではないな?なんの呼吸を使っている?」

 

 

 俺はカナエに問いかける。

 

 あの時、カナエがしのぶに花の呼吸の指南をお願いしていたことから、しのぶも花の呼吸の使い手かと思っていたが、よくよく考えてみれば、しのぶの日輪刀では花の呼吸を使えない。つまり、日輪刀に合う、つまり突きに特化した呼吸があるということだ。

 

 

「しのぶは蟲の呼吸という、花の呼吸の派生である呼吸を使っているわ。お察しの通り、突きに特化した呼吸法よ」

 

 

 やはりか。蟲の呼吸が花の呼吸の派生だというなら、カナエのあの言葉にも納得が行く。ともあれ、これで俺が次に習得する呼吸法が決まったな。

 

 

「そうか。ならば、明日は蟲の呼吸を覚えるとしよう。しのぶ、教えてくれ」

 

 

 しのぶは見るからに嫌な顔をしていたが、先ほどのことで罪悪感を感じていたのか、しぶしぶうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ちなみに、あのときしのぶがカナエに言おうとしたことは、行列ができるほどの人気店の生姜の佃煮を買えたことだったらしい。まさか、生姜の佃煮でこんな修羅場になるとはな。

 

 生姜の佃煮は修羅場を生む。忘れないようにしておこう。

 

 

 

 




おまけ2

あの時のアオイ


「アノスさんとカナエ様大丈夫でしょうか……」


 あの後ご飯を作るために訓練場を出た私だったが、あの二人のことが気になってしまう。

 まさかカナエ様があのまま寝てしまうとは思わなかった。あれからもう四時間立つ。

 野菜を切っているときも、米を研いでいるときも、あの二人のことが気になってしまう。

 すると、玄関のほうで声が聞こえた。


「ただいま~」


 任務を終えたしのぶ様が帰ってきたのだ。なにやら上機嫌だ。


「おかえりなさいませしのぶ様。何かいいことでもあったのですか?」


「あそこの生姜の佃煮が買えたのよ!」


「え、あの店の!?」


 あの店の生姜の佃煮は、ここら辺では有名だ。なかなか手に入らないからしのぶ様は一時期、毎日通っていたそうだ。


「久しぶりに寄ってみたらたまたま買えたの!」


 しのぶ様の顔はこれ以上ないほど幸せで満ちていた。しのぶ様の幸せは私の幸せでもある。いつもよりご飯を多めに空いておくべきだったか。そう思っていると、


「姉さんはどこにいるの?」


 辺りをキョロキョロと見まわしたしのぶ様が聞いてきた。


「えっと、訓練場ですけど……」


 言ってしまって、私はハッと気づく。まだ訓練場には、あの二人が……

 しのぶ様を止めようとしたが、その時にはもう遅かった。しのぶ様はもう私の目の前から消えていた。

 ああ、もうこれはだめだ。

 私は諦めた。

 しのぶ様が「カナヲ―!姉さんが、姉さんが―!!!!」と叫びながら蝶屋敷を走り回っていた時も、みんなが武装して訓練場に突入しようとした時も、私は台所でご飯の支度をしていた。


「さーて、今日の献立は何にしましょうか」


 そう現実逃避しながら。

 





 ちなみにこの後、しのぶ様から「なんで言ってくれなかったの!?」と理不尽に怒られ、それでしのぶ様がカナエ様に「一週間生姜の佃煮禁止!」といわれ、しのぶ様が泣きだしてしまったりと、いろいろあった。

「やはり生姜の佃煮は修羅場を生むのか……」とアノスさんはつぶやいていた。



―――それに私も少し同意してしまったのは内緒の話。



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リベンジマッチ

ちょいとね、中途半端で終わったので修正しました。ちょっとこれはどうかと思ったのです。

ここにあった話のほとんどは、次の話に、追加修正ありで投稿します。


 生姜の佃煮事件が起こったその翌日。

 

 

「今日は勝って見せるわ!アノス、勝負しなさい!!」

 

 

 訓練場でしのぶから蟲の呼吸を教えてもらうはずだったのだが、そこにいたのはしのぶではなくカナエだった。

 

 俺との試合に負けたのが相当悔しかったらしい。しのぶは訓練場の隅でうつむいていた。

 

 生姜の佃煮を一週間禁止されたのが相当こたえたらしく、いつもより顔色が悪い。

 

 

「私の佃煮……生姜の佃煮が……」

 

 

 時々そんなうわごとまで口にする始末。本当に蟲の呼吸を教えられるのかどうかも怪しくなってきたな。

 

 まあ、それは後でいいか。カナエのほうに視線を向ける。

 

 

「勝負するのはいいが……また泣くのではないだろうな?」

 

 

「うぐぅ」

 

 

 カナエが呻く。若干顔が赤くなっていた。

 

 

「き、昨日はあれよ。初めて負けちゃったから泣いちゃっただけ。もう泣かないわ」

 

 

「そうか。勝負のルールはどうする?」

 

 

「昨日と同じでいいわ。そちらは三本連続先取。こちらは先に一本でも取れれば勝ち。そして、アノスは、」

 

 

「そして、一本を取るときは必ず花の呼吸の型を使わなければならず、一度使った型は次の試合以降では使えない、か」

 

 

 カナエが頷く。昨日と同じハンデだ。

 

 

「この程度でいいのか?もっと条件を付けても構わぬぞ」

 

 

「いや、これでいいわ」

 

 

 そうか。ならばもう口出しはせぬ。

 

 

「しのぶ~審判お願いできる~?」

 

 

 いまだにうわごとを呟いているしのぶにカナエが聞く。本当に審判ができるのか?そう思っていると、

 

 

「審判やってくれたら、今日のお昼ご飯に生姜の佃煮食べて「やります!!!!!!!!!!」ありがとうね~しのぶ」

 

 

 物で釣るとは。なかなかわかっているではないか。

 

 相手の欲しいものをぶら下げ、自らの要求に答えさせる。二千年前でもあった常套手段だ。

 

 先ほどまで死んだ魚のようだったしのぶの目は、今は飯を待ちきれないような犬のようになっていた。

 

 お互いに木刀を構える。

 

 

「試合、開始!」

 

 

 しのぶの喜びを抑えきれていない声が聞こえた瞬間、俺とカナエは動き出した。

 

 

「ハアッ!!!」

 

 

 カナエが木刀を上段から振り下ろす。しかし、いくら全集中の呼吸で強化されているとはいえ、人間が放った一撃などたかが知れている。

 

 

「甘い」

 

 

 その一撃を、俺は真っ向から受け止めた。

 

 木刀と木刀が衝突し、鈍い音を立てる。

 

 

「くっ……」

 

 

 カナエが力をさらに込める。しかし、木刀はピクリとも動かない。

 

 

「力で俺に張り合おうと思うな。いくら強化されてるとはいえ、俺に勝てるはずがない」

 

 

「分かっ……てるわよっ!!!」

 

 

 言うが早いか、カナエが木刀を離し、技を繰り出す。

 

 

(はな)の呼吸、()ノ型――<御影梅(みかげうめ)>」

 

 

 カナエが木刀を回転させながら切り込んでくる。

 

 だが――まだ甘い。

 

 太刀筋を読み、それを悉く躱す。容易に近づくことが出来た。

 

 

「花の呼吸、()ノ型――<紅花衣(べにはなごろも)>」

 

 

 そのままカナエに一撃を入れる。カナエも躱そうと身をひねるが、間に合わない。

 

 そのまま、木刀がカナエの服を掠めた。

 

 

「一本!」

 

 

 しのぶが声を上げる。

 

 

「……また躱された。そんなに躱しやすい?これ……」

 

 

 カナエが聞いてくる。

 

 確かに、この世界の人間からしたらこの速度でも速いのかもしれぬ。

 

 しかし、俺の世界では、この程度、躱せと言っているようなものだ。勇者学院の者達でもこの程度の速度、出すことなど造作もない。

 

 まあ、この世界では死んだら本当に死んでしまうのだ。無理な強化は出来ないだろう。

 

 

「なに、俺がお前よりも途方もなく強いだけだ。気にすることはない」

 

 

「気にするわよ!!!っていうか、私と比べたらアノスってどれだけ強いのよ……」

 

 

「お前が思っている数億倍は強いな。さて、無駄話をしている暇はないぞ。二本目といこうではないか」

 

 

「ちょ、話の途中なんだけど!?」

 

 

「答えたからいいではないか」

 

 

「よくないわよ……。ああ、もう!」

 

 

 何か言いたげそうだったが、気を取りなおしたのか、再び俺と向かい合う。

 

 

「二戦目、開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、二戦目も三戦目も余裕で勝った。

 

 

「また負けた……うう……」

 

 

 カナエは道場の壁にうなだれ、座り込んでいた。背後に、

 

 俺は、はあ、とため息をつく。

 

 

「泣かないのではなかったのか?」

 

 

「うるさいわね!負けたら悔しいのよ!」

 

 

 カナエが俺に噛みついてくる。悔しい気持ちはわかるが、なぜそんなに子供っぽくなるのだ?

 

 

「まあ、一日で俺に勝てるほど現実は甘くははない。俺に勝ちたいと本気で思っているなら、毎日俺に挑むことだな」

 

 

 まあ、天地がひっくり返っても、カナエが俺に勝つことなどありえないがな。

 

 

「上等よ……」

 

 

 カナエがゆらりと立ち上がる。その目には、炎が宿っていた。

 

 

「アノスっ!!!これから、毎日私と勝負しなさいっ!!!絶対にあなたに勝って見せるわ!!!」

 

 

 カナエが俺を指さす。その顔は、先ほどの泣き顔ではなく、いつものカナエの顔だった。

 

 そう来なくては。それでこそ、俺が知っている胡蝶カナエだ。

 

 

「くはは。その意気だ。俺に勝てるものなら、勝ってみせろ」

 

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

カナエが死にかけてから、しのぶは若干シスコン気味だぞ!


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魔王の弟子たち

前話をぶった切ってこっちに移しました。ちょっとあれは中途半端すぎた……。

新しく追加した部分もあるから、ちゃんと最後まで読んでください(懇願)


「んっ……もぐもぐ……ゴクン……お代わり!」

 

 

「し、しのぶ……?ちょっと、食べすぎじゃないかしらこれ……?」

 

 

「いいのよ姉さん!どうせ今日の昼だけなんだし。これから一週間食べられないんだし」

 

 

「生姜の佃煮を禁止したの間違いだったかしら……?」 

 

 

 昼食では、しのぶが生姜の佃煮をむさぼるように食っていた。どれだけ我慢していたのか。カナエがちょっと引くぐらいには食っていた。

 

 食休憩を取った後、改めてしのぶから蟲の呼吸を教えてもらった。

 

 教わる前から分かっていたことだが、胡蝶しのぶが操る呼吸である蟲の呼吸は、鬼の頚を落とす事を最初から想定していない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 全集中の呼吸は人の身で鬼の頚を落とす為に編み出されたものである以上、これだけでもこの呼吸の異常性が分かるだろう。

 

 藤の花で作った毒を鬼に注入し殺すために作られた呼吸。

 

 筋力がないしのぶが、それでも鬼を殺すために、持ち前の薬学の知識と組み合わせることで生まれた、彼女だけの呼吸といえるだろう。

 

 

「……驚きましたね。姉さんから聞いてはいましたけど、こんな早く習得できるなんて」

 

 

 カナエの時と同じように一度見ただけで蟲の呼吸を覚えることができた。

 

 しのぶが嘆息する。

 

 

「この程度、容易いことだ」

 

 

 二千年前では、相手の技を見、盗むことが生存への道でもあった。相手の技を見切れなければ、その瞬間死ぬからだ。俺も亡霊だった父からたくさんの魔法を教わった。あれに比べれば、この程度のことを真似るのは造作もない。

 

 

「どうする?お前もカナエのように習得をかけて練習試合をするか?」

 

 

 しのぶは考え込む。と、そこに第三者の声がかけられた。

 

 

「もしもしのぶが勝ったら、生姜の佃煮禁止令は解除してあげるわよ~」「やりましょう!!!」

 

 

 カナエだった。しのぶが俺の相手になるとは思えないが?何か考えがあるのだろうか。

 

 

「この戦いを経て、しのぶも何か変わる。そんな予感がするの」

 

 

「予感、か」

 

 

「ええ。予感よ」

 

 

 カナエはしのぶの中にある何かを感じ取ったらしい。カナエはしのぶのことをよく知っている。そのカナエが言ったことなら間違いはないのだろう。

 

 

「審判は、私がやるわ」

 

 

 カナエが、木刀を持ったしのぶと俺の間に立った。

 

 

「ルールは、私の時と同じ。二度も説明する必要はないわよね?」

 

 

 カナエの問いに、俺もしのぶもうなずいた。

 

 

「では、一戦目、はじめ!」

 

 

(むし)の呼吸、(ちょう)ノ舞――<(たわむ)れ>」

 

 

 試合開始早々、しのぶが俺に向かって突きを複数繰り出す。速度だけで言えば、カナエのそれを上回るだろう。

 

 その速度、俺が今まで見たしのぶの突きの中で一番速い。

 

 

「生姜の佃煮のため……絶対勝ってやりますよ……!」

 

 

 しのぶが少しばかり危ない笑みを浮かべ、、目を血走らせながら俺に攻撃してくることだ。その突きも、俺を殺さんばかりの勢いで放ってくる。

 

 生姜の佃煮への異常な愛情が、しのぶの突きの速度を増加させているのか。

 

 ファンユニオンに少し似た雰囲気を感じるな。彼女たちも突きを使う。もし顔を合わせることがあったなら、仲良くなれただろうな。

 

 複数放たれたその突きを俺は一歩も動かず躱す。

 

 

「蟲の呼吸、蜻蛉(せいれい)ノ舞――<複眼六角(ふくがんろっかく)>」

 

 

 しのぶの攻撃は終わらない。六つの光が俺を襲う。先ほどの突きよりさらに速い。しかし、その突きが俺に届くころには、俺も技を発動させていた。

 

 

「蟲の呼吸、蝶ノ舞――<(たわむ)れ>」

 

 

「なっ……」

 

 

 それは、先ほどしのぶが発動させた技。しかし、しのぶが発動させたものとはもはや別物といっていいほどに、技の次元が違っていた。

 

 しのぶの目には、蝶が舞ったような錯覚が見えただろう。

 

 しのぶの木刀が、俺がいた場所に届くころには、俺の突きがすでにしのぶの服に当たっていた。

 

 

「一本!」

 

 

 カナエが声を上げる。まず一本。

 

 

「どうした?このままだと、俺に勝つのなど夢のまた夢だぞ」

 

 

「負けるものですか……。絶対に生姜の佃煮を食べるんですから……」

 

 

 またそれか。だがまあしかし、俺もこの勝負に勝ったらキノコグラタンを食べさせてやると言われたなら、従っていたかもしれぬな。

 

 そう思っていたら、無性にキノコグラタンが食いたくなってきた。なにせ、この世界に来てからというもの、日本食ばかりでな。

 

 確かに、日本食というのは、俺の世界の文化にはなかったものだ。味も良い。元の世界に帰れたのな広めようと思ってもいる。

 

 しかし、もう一週間も食っていないのだ。俺とて我慢ができないものはある。この世界でキノコグラタンを作ってみるのもよいかもしれぬ。

 

 母さんのを見て、材料や調理方法は覚えている。近々、作ってみるか。

 

 

「二戦目、開始!」

 

 

 カナエの声で、現実に引き戻される。

 

 正面を向くが、しのぶはもうそこにはいなかった。

 

 

「蟲の呼吸、蜈蚣(ごこう)ノ舞――<百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)>!」

 

 

 しのぶは、低い姿勢で四方八方にうねりながら俺に突進してきた。その速度、今までの中で最も早い。

 

 床が所々、割れている。しのぶが一歩を踏むごとに底が割れているのだろう。訓練場を踏み割るほどの脚力。残りの一戦を捨て、これで決めに来たのだろう。この一撃に、すべてを込めて。

 

 しのぶの木刀が、とてつもない速さで襲い掛かる。俺は体をひねり、その一撃を完全に躱した。

 

 

「!?」

 

 

 渾身の一撃を完全に避けられ、しのぶの体が一瞬硬直する。俺の前でのその硬直は、敗北に等しい。

 

 

「蟲の呼吸、蜻蛉ノ舞――<複眼六角(ふくがんろっかく)>」

 

 

 六つの突きがしのぶに襲い掛かる。硬直したしのぶが躱せるはずもなく、木刀がしのぶの服を次々と掠めた。

 

 

「一本!」

 

 

 しのぶは絶望の表情を浮かべていた。おそらく、あれがしのぶの全力、全身全霊をかけた一撃だったのだろう。

 

 

「どうした?まだ一本残っている。まさか、降参とは言わないだろうな?」

 

 

 しのぶは、まだ呆然としている。木刀を構える様子はない。心が折れたか。

 

 そう思ったその時、

 

 

「しっかりしなさい。立ちなさい、しのぶ!!」

 

 

 叱責が、しのぶにかけられた。しのぶが、虚ろな目を、カナエに向けた。

 

 

「姉……さん……無理よ……敵うわけない……強すぎる……」

 

 

 しのぶがそんな弱音をこぼす。しのぶの瞳から、涙がこぼれる。

 

 しかし、そんなしのぶをカナエは一喝した。

 

 

「関係ありません。構えなさい。胡蝶しのぶ。勝つと決めたのでしょう?ならば勝って見せなさい!」

 

 

「ああ。倒すと決めたのならば、倒せ。そこで蹲っても、何も変わりはしない。進め。たとえどんな障害があっても、進んでみせろ」

 

 

「しのぶならちゃんとやれる。頑張って!」

 

 

「……っ」

 

 

 二千年前では、恐怖と怨嗟があふれていた。しかし、その恐怖を乗り越えたものだけが、生き残った。恐怖を乗り越えたものは、驚くほどの成長をする。それは、この世界でも、例外ではない。

 

 俺とカナエの言葉を受け、再び立ち上がる。その顔にもう恐怖はなかった。

 

 

「いい顔だ。では、いくぞ」

 

 

「はい」

 

 

 お互いに木刀を構える。

 

 しのぶの目は、まっすぐに俺を見ていた。それはまるで、毒を持ち、獲物を狩ろうとする蟲の如し。

 

 

「三戦目、開始!」

 

 

「蟲の呼吸、蜈蚣ノ舞――<百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)>!!!!!」

 

 開始と同時に、しのぶが動いた。それは先ほどしのぶが見せた、そして俺が躱した技。

 

 この技を見るのは二度目だが、一度目とはまったくもって別物と言っていいだろう。速度がまるで違う。

 

 

 バキャァッ!!という音が連続して響く。先ほどよりも強い踏み切り。床が先ほどよりもさらに割れる。

 

 

「はああああっっっ!!!!!」

 

 

 しのぶが雄たけびを上げる。これが限界を超えたしのぶの一撃。文字通り全てをかけた一撃が俺に迫った。

 

 全く。カナエといい、しのぶといい、この二人は俺が思った以上に成長する。なんと面白いことか。自然と顔に笑みが浮かぶ。

 

 しのぶの成長に敬意を表して、俺も見せてやろうではないか。

 

 本物の突きというものを。

 

 

「蟲の呼吸、蜂牙(ほうが)ノ舞――」

 

 

 それは、しのぶの反応速度を遥かに超える、神速の一撃だった。

 

 

「――<真靡(まなび)き>」

 

 

 閃光が走り、俺の突きは、しのぶの服を掠めた。

 

 掠めた部分は、突きの速度が速すぎたのか、そこにはまるで刃物のようなものに切られたかのような傷がついていた。

 

 

「一本!」

 

 

 カナエの声が、試合の終了と、俺の勝利を告げた。

 

 

「な……にが……私、負けたの……?」

 

 

 しのぶは呆然としていた。何が起こったのか、まだ理解できていないようだった。

 

 あれは、光速よりははるかに遅いが音速よりは速い。今のしのぶでは見切れなかったのだろう。

 

 

「しのぶ!」

 

 

 カナエがしのぶに抱き着く。しのぶは何が起こったのかわからず、されるがままだ。

 

 

「姉……さん……」

 

 

「心折れずに、よく頑張ったわね。しのぶは本当に、よく頑張った」

 

 

 しのぶがうつむく。カナエの服で顔がよく見えない。

 

 

「わ……わかってたの。姉さんが負けた相手だもの。私に勝てるわけがない」

 

 

 しのぶが言葉を漏らす。しのぶはカナエとの再戦をその目に映している。そして、優秀な頭脳をもその身に宿している。俺に勝てないことぐらい、しのぶは最初から分かっていた。

 

 

「だけど……だ……けど……」

 

 

 ぽた、ぽたと水が落ちる音がした。水は、しのぶの目から流れ落ちていた。

 

 

「だけど……やっぱり、悔しいよ……」

 

 

 しのぶの目から流れ落ちる涙は止まらない。大粒の涙が訓練場の床に染みをいくつも作った。

 

 

「しのぶ……」

 

 

 俺に勝てないと分かっていながらも、やはり負けは悔しいのだろう。

 

 だが、それでいい。悔しさも、恐怖も、それは人を成長させる重要なものなのだから。

 

 

「悔しいか、しのぶ」

 

 

 俺はカナエとしのぶに歩み寄る。二人の顔がこちらに向いた。

 

 

「そんなの……当たり前じゃ、ないですか……」

 

 

 しのぶは、まだ泣いていた。ちょっとは落ち着け。

 

 

「その悔しさは、これからお前を成長させるための大事なものだ。大事にとっておけ」

 

 

「……はい」

 

 

「それにしても、最後の一撃、あれは見事だった。磨けば、さらに速度を上げることも可能だろう」

 

 

「……っ!そ、それは本当ですか!?」

 

 

 しのぶが詰め寄る。涙は収まったか。

 

 

「ああ。お前にも目を見張るようなものがある。鍛錬を続ければ、最後に俺が放ったような速度で突きを繰り出せるようになれるだろう」

 

 

 筋力がないからと言って、毒で鬼を殺せることができるようになったしのぶだ。自分の弱点など越えることができると、俺は信じている。

 

 

「そういえば、私に勝ったから、アノスさん、蟲の呼吸習得ですね」

 

 

 そういやそうだったな。いろいろなことがあって失念していた。

 

 さて、次は何を覚えるか。

 

 

「あの、アノス、ひとつ提案があるんだけど」

 

 

 すると、しのぶの隣からひょっこりとカナエが顔を出した。

 

 

「私たちを弟子にしてくれない?」

 

 

「ほう?」

 

 

 カナエは続けて言う。

 

 

「今の私たちじゃ上弦すらも倒せない……。私たちは今のままじゃいられないの。私たちだけじゃあんまり強くなれない。だけど、アノスなら私たちをもっと上の次元に到達させてくれると思うの」

 

 

 まさか、そんな提案をするとは。俺の弟子になりたいと言ったやつは、見たことがなかった。

 

 ……いや、いるにはいたか。しかし、あいつは俺が永劫の死の螺旋に閉じ込めた。もう二度と出てくることはない。

 

 

「俺の弟子になりたいとはな。なかなかどうして、素っ頓狂な提案をするものだ」

 

 

「茶化さないの!で、どうなの?返事はハッキリ!!」

 

 

 カナエが俺の答えを急かしてくる。少し考えさせろ。

 

 

「俺の弟子になるのがどういうことなのかわかっているのか?地獄を見るぞ」

 

 

「わかっているわ。強くなるためにはそれくらいのこと、当たり前じゃない」

 

 

「強くなれるなら……私も弟子になりたいです!たとえ、どんな修行でも耐えてみせます!」

 

 

 俺はため息をつく。そこまで言うなら、もう止めまい。しかし、本当の地獄とはどういうものか、彼女たちは知ることになるだろうな。

 

 

「分かった。お前たちを弟子にしてやる。しかし、後悔するなよ。お前たちは思い知るだろう。お前たちが踏み込んだ先は、地獄を超えた地獄ということを」

 

 

 軽く脅して見せるも、彼女たちは動じない。

 

 

「よし!二言はないわね!」

 

 

 それどころか、逆に喜ぶ始末。本当に大丈夫か?

 

 

「しのぶ!弟子にさせてもらったお祝いよ!生姜の佃煮の禁止を解除するわ!」

 

 

「え!?本当に?いいの!?」

 

 

 しのぶが喜ぶ。こういうところは、姉妹だな。

 

 

「た・だ・し」

 

 

 カナエが床を指さす。そこは、しのぶの踏み込みで床が割れたところだった。

 

 

「このままじゃここでの試合とかができないから、この床を直してからね」

 

 

 しのぶの顔がたちまち青くなる。

 

 

「え……これを……全部……?」

 

 

 しのぶがギ、ギギといった音を発しそうな動きでカナエのほうを向いた。顔が真っ青だった。割れているところは十か所以上。普通に直したのなら、丸一日はかかるだろう。

 

 カナエは笑顔で言った。

 

 

「大丈夫よ!しのぶなら、ちゃんと最後までやれるって信じてるから!」

 

 

 

 

――その晩、しのぶの悲鳴が蝶屋敷中に響き渡った。




魔王学院の大正コソコソ噂話

最初にアノス様に弟子入りしようとした人がだれかわからない人は、魔王学院の原作10章を見ると分かるぞ!


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忠告

岩柱・音柱~大体どの回想にもいたから、結構古参。それぞれの回想のときの御館様の病気の痣の広がり具合から察するに、宇随さんが後に柱になったと考えられる。

風柱・水柱~不死川さんが初めて柱合会議に来た時に冨岡さんがいたから、冨岡さんが先に柱になったか、不死川さんが先に柱になったとしても、そんなに時間は空いていないと思う。

蟲柱~外伝より、炭治郎邸襲撃の後の義勇との鬼討伐の時、おまけぺージにその時に柱になりたてだったと書いてあったので、炭治郎邸襲撃の前後辺りで柱になったと思われる。

炎柱~外伝より、柱になる前の煉獄さんが柱合会議に来た時に、柱面子にしのぶさんがいたから、炭治郎邸襲撃よりは後と考えられる。

霞柱~十一歳で有一郎を失い、その後の怪我の治療や、二か月で柱になった、煉獄さんが無一郎に声をかけるシーンなどから考えるに、十二歳ごろ、つまり煉獄さんが柱になった直後に柱になったものと考えられる。

蛇柱~ほとんど描写はされていないが、先代炎柱に助けられた頃がおそらく3~4年前だと思われるので、柱になるための時間である2~5年に当てはまるので、無一郎よりは後と考えられる。

恋柱~煉獄さんが炎柱になる直前で鬼殺隊に入隊したので、柱になるための時間ギリギリと考えられるので、一番最後に柱になったと考えられる。

花柱~不死川さんが柱合会議に初めて来たときにはまだ生きていたので、上弦の弐に遭遇したのはそれより後ということになる。

以上のことから、柱になった順番やほかの出来事の順番は、

岩柱→音柱→水柱(or風柱)→風柱(or水柱)→花柱死亡→蟲柱(or炭治郎邸襲撃)→炭治郎邸襲撃(or蟲柱)→炎柱→霞柱→蛇柱→恋柱

だと考えられる。ちょっと柱の順番が分からなかったので、自分なりに考察してみました。


 翌日。

 

 俺とカナエはいつも通り、手合わせをしていた。もはや朝の日課になりつつある。

 

 訓練場は昨日からしのぶが修理している。泣きながら、まだ終わらないと嘆いていた。下手すると今日の夜中までかかるかもしれぬ。

 

 訓練場が使えないため、手合わせをする場所は蝶屋敷の庭だ。

 

――花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 カナエの一撃を体をひねって躱し、そのままカナエに一撃叩き込む。

 

 

「一本!」

 

 

 これで三本。今日の手合わせも俺の勝ちだ。

 

 

「また勝てなかった~」

 

 

 カナエは近くの岩に座り込む。

 

 

「カナエ、お前はまだ俺の攻撃を避けられるほどの回避能力が身についていない。しのぶも同じだ。まずは敵の攻撃を見極める目と、対応できる体づくりをしていくべきだな」

 

 

 そうカナエに助言してやる。

 

 カナエが俺の攻撃を躱せることができたのは後にも先にもあの一回だけだ。しかも、その一回もわざと俺が遅くしてやった一撃。これでは俺の攻撃を躱せていないも同然だ。

 

 

「見極める目って……どうすればいいのよ」

 

 

 カナエが聞いてくる。俺はその質問に即座に答えた。

 

 

「毎日俺と対戦していれば、直にできるだろう。こればかりは短時間ではできない」

 

 

 目の筋肉を強化させることは、そんな短時間ではいかない。無茶をすれば失明をする危険性すらある。

 

 まあ、カナエには一時的ではあるがその目を得る手段はある。

 

 カナエから聞いた花の呼吸、その終ノ型である彼岸朱眼は、全集中の呼吸の血流を目に収束させ、視覚をブーストさせる技だという。その技を使えば、カナエでも俺の攻撃を避けられるようになるだろう。

 

 しかし、目はとても繊細だ。その技を使ったが最後、失明は避けられないだろう。

 

 魔力で目の血管を強化すれば失明を避けられるが、カナエにそこまでの技術はないし、そもそも魔力がまだ十分に溜まっていない。

 

 つまり、現段階のカナエに、俺の打ち込みを避けられるほどの能力はついていないということだ。

 

 地道に鍛えていくしか、今のカナエに道はないだろう。

 

 

「それに関しては、今後の鍛錬でそれらを鍛えることにするか」

 

 

「そう……あ、アノス、一つお願いがあるんだけど、いい?」

 

 

 カナエがいきなり話題を変える。

 

 

「なんだ」

 

 

「あのね、蝶屋敷で使う薬とかその他諸々が切れちゃって……アノスに買い出しに行ってきてほしいの」

 

 

 カナエが何気ない様子で俺にお願いしてくる。

 

 俺が買い出しに?俺はまだこの町から出たことはない。ゆえに、この町の道も、どこに何があるのかすらわからないのだが。

 

 

「安心して。買ってきてほしい薬とその店への道筋は、ちゃんとこの紙に書いてあるから!」

 

 

 カナエが蝶屋敷から一枚の紙を持ってくる。それには、何かが書かれていた。おそらく、その二つが書かれているのだろう。

 

 

「俺ではない誰かに行かせればいいだろう。別に俺である必要はない」

 

 

「それなんだけど……アオイは食べ物の買い出し、きよとカナヲは洗濯、なほとすみは蝶屋敷の掃除、しのぶは訓練場の修理、そして私は傷ついた隊士の治療を行わなければならないの」

 

 

「アオイに頼まなかったのか?」

 

 

「アオイが行っちゃった後に気付いちゃって……お願い!今暇なのはアノスしかいないの!」

 

 

 全く、朝に確認しておけばよかったものを。

 

 そして、今暇とか、俺をだらけた奴のように言うのはやめてほしい。

 

 しかし、暇なのは事実だ。仕方ない。

 

 俺は思わずため息を吐く。

 

 

「仕方ないな。行ってやる。紙をよこせ。それと、金はどこだ?」

 

 

「もちろん用意してあるわ。はいこれ」

 

 

 カナエが俺に紙と、硬貨のようなものを渡してくる。なるほど。これがこの世界での金か。

 

 

「これだけあれば十分だと思うわ。余ったら自分のお金にしてもいいわよ」

 

 

「そうか。では余ったら、何か好きなものを買ってくるとしよう」

 

 

 そう言って、俺は金と紙をズボンのポケットに入れる。

 

 

「では、行ってくる」

 

 

 俺は蝶屋敷の門をくぐって、お使いに出かけた。

 

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 カナエの声が背中にかかる。さて、行ってくるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はこの世界の街を見渡す。俺の世界とは全く違っている。人でにぎわっているな。

 

 さて、周りを見渡すのもいいが、まずは課された買い物をしておかなくてはな。

 

 地図を見ながら、その薬屋を探す。地図が思ったよりも正確で、難なく着くことができた。

 

 

 

「いらっしゃいまし」

 

 

 店に入ると痩せた顔の店主が元気のない声で応じてくる。大丈夫か?

 

 まあ、いつもカナエたちが使っている店だ。大丈夫だろう。

 

 

「薬を分けてほしいのだが――」

 

 

 紙に書かれた内容の通りに、店主に指示する。

 

 

「……お客さん、あの屋敷の人かい?」

 

 

 不意に、店主が聞いてくる。あの屋敷とは、蝶屋敷のことだろう。

 

 

「そうだが?どうかしたか?」

 

 

「いや、いつも買いに来る人が女性だからね。ちょっと珍しいと思っただけさ。ところで、ひとつ聞いていいかい?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「あそこの人たち、女性ばっかりだけど、別にやましい商売をしてるわけじゃないんだよね?」

 

 

 少し下卑た目つきで店主が聞いてくる。

 

 まあ、確かに女性ばかりがここに来るから、そんな邪推をしてしまう気持ちもわからなくはないがな。鬼殺隊が世に知られていないのも原因の一つだろう。

 

 しかし、彼女たちがこれを聞いたらどう思うか。容易に想像がつく。

 

 正直、俺もあまりいい気はせんな。

 

 

「安心しろ。そのような商売は一切していない」

 

 

「え~?本当に?あんな綺麗な女性しかいないのに、そんなことあるの?」

 

 

 俺が否定したというのに、店主はまだ話を続けている。

 

 こいつは俺の話を聞いていなかったのか?

 

 一層下卑た目をしながら、何かを納得したように、俺に擦り寄る。

 

 

「ああ、君も彼女たちになにかされているのかな?ずるいじゃないか、君だけ。黙ってないで、どんなことしてるのか教えてくれよ、ほかの誰にも「くどい」

 

 

 俺は店主の言葉を一蹴する。

 

 全く、こいつには軽い程度にお仕置きが必要なようだな。

 

 

「もう一度言っておく。彼女たちはそのような商売は一切していない。彼女たちは人を救う仕事をしている。お前は、彼女たちが人の命を救うためにどれだけの努力をしているか、知らないのだろう?」

 

 

 俺は店主に顔を近づける。店主は気圧されたように顔を引いた。

 

 

「し、知らないよ。だからと「彼女は自らの仕事に誇りを持っている。先ほどのお前の言葉は彼女たちを侮辱することに等しい」

 

 

 店主の言葉を遮り俺は続ける。

 

 俺は蝶屋敷にいる間、何度か彼女たちが、戦いで傷ついた隊士を必死で治療しているところを見たことがある。彼女たちのその姿に俺も心打たれるものがあった。

 

 それをやましい商売?何を言っているのだこいつは。

 

 

「今後は彼女たちにそのような疑いはかけぬことだな。さもなくば」

 

 

 そこでいったん言葉を切る。

 

 

「さ、さもなくば?」

 

 

 店主が震えながら聞いてきた。

 

 まったく、そこまで怖がる必要はないのだがな。別に俺は怒ってはいない。怒っては、な。

 

 

「さもなくば、この世界には怒らせてはいけない存在がいることを、お前に教えてやらなくてはいけないな」

 

 

 俺は言葉に少しばかり脅しを含め、店主に言葉を突きつける。

 

 店主はまだ震えている。少し脅しすぎたか。

 

 

「うちのせがれがすまないね」 

 

 

 突然、店の奥から声が聞こえた。

 

 現れたのは、一人の老女だ。先ほどの言葉からして、彼の母親だろう。 

 

 

「全く、なんてことを聞くんだいお前は!あのお嬢さんたちがそんな商売をするわけないじゃないか!ほら、謝りな!」

 

 

 老女は店主の頭をポカっと殴る。

 

 

「す、すいません」

 

 

 店主が消え入りそうな声で俺に謝った。

 

 

「なに、分かればよい」

 

 

「お求めの物は、これで全部かい?」

 

 

「ああ」

 

 

 老女が薬とその他諸々を差し出してくる。俺はそれを受け取った。

 

 

「いくらだ?」

 

 

「金は要らないよ」

 

 

 老女の言葉に少し驚く。いつもカナエたちは払っていると聞いた。なぜいらないのだ?

 

 

「このバカ息子が余計なことを聞いちゃったからね。これはそのお詫びみたいなもんさ」

 

 

 別にその程度の質問で店主に何かするつもりはなかったのだがな。まあ彼女なりのけじめなのだろう。受け取っておこう。

 

 

「では言葉に甘えるとするか」

 

 

 礼を言い、俺は薬屋を後にする。

 

 

「これからも、うちの店を御贔屓にしておくれ」

 

 

「ああ。そうしよう」

 

 

 さて、予想外の出来事で金を使わずに済んだ。余った金は自分の物にしていいとカナエから聞いたからな。何か好きなものを買うか。

 

 買い物は終わったが、まだ金を使っていない。せっかくただで済んだのだから、何かを買ってみたい。俺は町をぶらつく。

 

 適当に店を回ってみる。さすがは異世界、俺の知らぬ品がたくさんあるが、別に欲しいとは思わぬ。

 

 しかし、さっきからやけに視線を感じるな。視線の先をたどってみると、主に女だった。俺が俺を見ている女たちのほうを向くと、その女たちはいっせいに顔を赤らめて顔を隠してしまう。いったい何がしたいのだ?

 

 まあ、気にしないでおこう。

 

 その後も、街を練り歩いていたが、特にほしいといったものはなかった。

 

 時間も近づいてきたしな。そろそろ帰るとするか。

 

 そう思ったその時、

 

 

「よう。アノスじゃねえか。何してんだこんなところで?」

 

 

 聞き覚えのある声が耳朶を打った。

 

 振り向くと、そこには顔にペイントをした、見覚えのある男が立っていた。

 

 

「天元か。蝶屋敷で使う薬が切れたらしいのでな。カナエに買いに行かされた」

 

 

 俺は目の前の男――音柱の宇随天元にそう答える。

 

 

「はっはっはっは!お前お使いに行かされてんのか!派手に面白れぇ!」

 

 

 天元が大笑いする。そこまで笑うことか?

 

 

「そういうお前はどうしてここにいる?何か買いに来たのか?」

 

 

「腹痛てぇ……ここに来た理由?もうすぐ嫁の誕生日だからな。何かいいもん探してたんだよ」

 

 

 結婚していたとはな。まああり得ぬ話でもないか。

 

 

「そっちのほうで探してたらよ、なんか派手に二枚目な色男が向こうのほうにいるって女たちが話しててな」

 

 

 宇随が後ろの方向を指さしながら話す。かっこいいやつ?

 

 

 

「で、その派手に二枚目な色男とやらはどこにいるのだ?」

 

 

 そう聞くと、天元はマジか、といったような表情をする。

 

 

「え、わかんねえの!?お前だよお前!!!」

 

 

「俺か?」

 

 

 別に俺はそこまでかっこいいとは思わないがな。どちらかというと優男なイメージのほうが強いと思うのだが。

 

 

「お前自覚ねえのかよ……」

 

 

 ない。

 

 

「ったくお前……そのうち後ろから刺されるぞ?」

 

 

「くはは。俺の背後をとれるような奴か。そんな奴がいるなら、ぜひそいつに背中を刺されてみたいものだ」

 

 

「だめだ派手に話にならねえ……」

 

 

 なぜか天元は諦めの境地に入ってしまった。話を変えるか。

 

 

「天元、ここらの店でチーズやマカロニといったものを売っている店はあるか?」

 

 

 俺は天元に問う。

 

 好物であるキノコグラタンを作りたいのだが、その材料であるチーズやマカロニを売っている店が存在しない。

 

 この町を俺よりよく知っている天元ならばもしかすると知っていると思ったのだが、

 

 

「いや、知らねえな。っていうかそのまかろに、ってなんだ?うまいのか?」

 

 

 まずマカロニを知らないという始末。どうするべきか。

 

 

「まかろに、とかいうやつは知らねえが、欲しいやつがあるなら御館様に頼んでもいいんじゃねえか?」

 

 

 すると、天元がそんな提案をしてきた。

 

 

「頼んでもいいのか?」

 

 

 鬼殺隊の長である産屋敷輝哉はその立場上多忙のはずだ。そんな鬼殺隊の一隊士のためにそこまでしてくれるはずがない、そう思っていたのだが。

 

 

「いいんだよ。御館様は俺たちをとても大事にしていらっしゃる。それに、柱は好きなだけ給料をもらったりも出来るんだぜ?柱じゃないがそれ並みの立場をもらっているお前だ、御館様も喜んで引き受けてもらえるだろう」

 

 

 そうか。ならば輝哉に頼むとしよう。ついでに、ポルチーニやマッシュルームといったキノコも頼むとするか。グラタンを焼くかまどは、意外や意外、蝶屋敷に取り付けてあった。

 

 

「そうか。なら頼むとしよう。どうやって頼めばいいのだ?」

 

 

 この世界では<思念通信(リークス)>が使えない。ならば、手紙か?

 

 

「んなもんお前、鎹鴉を使えば……そうかお前まだ自分の鎹鴉持ってねえのか……」

 

 

 鎹鴉?ああ、あの喋るカラスか。俺の世界では使い魔としてフクロウやハヤブサを使っていたが、この世界ではカラスを使うのかと思ったものだ。

 

 そもそも、俺たちがフクロウやハヤブサを使い魔として使えるのは魔法の力あってのことなのだが、この世界では人間はそういった魔法は使えない。

 

 長い時間をかけてカラスに教え込んできたのだろう。

 

 

「仕方ねえなあ……俺の鎹鴉を貸してやるよ。ほれ、紙と筆」

 

 

 そう言って天元が紙と筆を俺に渡してくる。

 

 

「いいのか?」

 

 

 まさか俺に協力してくれるとはな。

 

 

「それくらい別にいいじゃねえか。その代わり、そのまかろに?とかいうやつが来たら俺にも食わせろ」

 

 

 そのくらいなら別に構わないがな。

 

 俺は紙に、モッツァレラチーズと、マカロニ、そしてポルチーニ、エリンギ、 マッシュルームを蝶屋敷に届けてもらうよう書いた。

 

 

「これでいいか?」

 

 

 俺は天元に紙を渡す。

 

 

「おう」

 

 

 天元は鎹鴉を呼び、その足に紙を括り付けた。宝石で自らを飾り付けているとは、天元らしいカラスだな。

 

 

「そんじゃ、頼んだ」

 

 

 そのまま鎹鴉は明日の方向に向かって飛び立っていった。

 

 

「ところで天元、お前は確か音の呼吸の使い手だったな?」

 

 

 そんなことは当然とばかりに天元は首をかしげる。

 

 

「ああ。それがどうかしたか?」

 

 

「その音の呼吸、俺に教えてはくれないか?」

 

 

 天元は、きょとんとした顔を浮かべる。すると、思いっきり笑い出した。

 

 

「はっはっはっは!!まじか?俺が?お前に?音の呼吸を?」

 

 

 天元が俺に聞いてくる。

 

 

「ああ。とりあえずすべての呼吸を覚えようと思っていてな。ちょうどいい機会だ」

 

 

「すべての呼吸を!?お前どんだけド派手でおもしれえ奴なんだよ!?」

 

 

 天元はまだ笑っている。このまま笑い死ぬのではないかというくらいに。

 

 

「いいぜ。お前のそのド派手さに免じて教えてやる」

 

 

 天元の言うド派手さが何かは知らんが、とにかく教えてもらえるのはありがたい。

 

 

「それはありがたい。教えてもらうのは明日でいいか?できれば昼過ぎがいい」

 

 

「いいぜ。今日は嫁にプレゼントがあるからな。じゃ、また明日な」

 

 

「ああ。また明日、な」

 

 

 そう言って、俺は天元と別れた。

 

 次に覚えるのは音の呼吸か。どんな戦い方なのか、どんな技を使うのか、とても楽しみだ。

 

 そういえば、カナエたちのことを言うのを忘れていたが、まあ明日来た時にわかるだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、蝶屋敷に着いた。

 

 

「あ、アノス!おかえりなさい!」

 

 

「ただいま、カナエ。先ほどそこで天元とあってな。音の呼吸を教えてもらえることになった」

 

 

「そう!じゃ、その話とか、後で詳しく聞かせてもらえる?」

 

 

「もちろんだ。それと、薬だ」

 

 

 俺はカナエに薬を手渡す。

 

 

「ありがとう!ちょうど困ってたのよ~」

 

 

「お……おかえりなさい……アノスさん……」

 

 

 すると、目の下に大きな隈をつけたしのぶがぐったりしながら現れる。

 

 昨日から、一睡もせずにずっと訓練場を修理していたのだろう。

 

 

「しのぶ!?大丈夫!?」

 

 

 カナエが驚いてしのぶに駆け寄る。

 

 

「姉さん……修理……終わったわよ……」

 

 

 そういうが早いか、しのぶがカナエに倒れこんだ。

 

 

「あわわわわわ……どうしよう、アノス!?」

 

 

 カナエは取り乱している。まったく、いつもはきちんとしているのに、こういうことになると途端にポンコツになるな。

 

 

「よくしのぶを見ろ。寝ているだけだ」

 

 

「えっ……」

 

 

 カナエが腕の中のしのぶを見る。

 

 

「すう……すう……」

 

 

 しのぶは寝ていた。疲れが極限に達したか。

 

 

「全くしのぶは……。ちょっと待ってて、アノス。先にしのぶを寝かせてくるから」

 

 

「ああ。それと、カナエ」

 

 

 名前を呼ばれ、カナエが振り向く。そのカナエに、明日の予定を告げた。

 

 

「明日からお前たちに稽古をつける。楽しみにしていろ」

 

 

 




小説ネタを書いてみました。店主許すまじ!

音の呼吸取得のフラグが立ちました!

そして、明日から地獄の特訓開始!


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地獄の稽古

作者はちょくちょく前の話に書き加えしますので、前の話をもう一回見てくださったら、その変化に気付くと思います。「ここ書いとけばよかった……。」てのが多いんです。

久しぶりにカナエさん視点なのです。

追記:間違って出来てないやつを投稿してしまいました。なのでもう一回投稿しなおします。誠に申し訳ありませんでした。


 翌日。朝。

 

 私としのぶは、木刀を持って庭に立っていた。

 

 今日から私たちは弟子としてアノスから指南を受ける。

 

 今までアノスは私のことを花柱の胡蝶カナエとして接してきたが、今は師弟関係。当然、今までよりも厳しい鍛錬となる。

 

 少し怖い。だけど、なぜかその稽古を楽しみにしている自分がいる。

 

 強くなるために、頑張らないと。たとえそれがどんなに厳しいものだとしても。

 

 

「ねー、しのぶ」

 

 

「そうね姉さん」

 

 

 しのぶも覚悟をその表情に浮かべていた。

 

 

「待たせたな、二人とも。では、稽古を始めるとするか」

 

 

 アノスが蝶屋敷の縁側から現れる。いつもの白い服装で、木刀を携えている。

 

 

「最後にもう一度だけ聞く。今から行う稽古はお前たちにとっては想像もつかないような地獄だ。お前たちには耐えられないかもしれないような、そんな稽古だ。それでも、やるか?」

 

 

 アノスが、再度確認をしてきた。今まで私たちがしてきた訓練とは次元が違うのだろう。だけど、私たちの答えは決まっていた。

 

 

「望むところよ!」

 

 

「今のままではいられない……もっと強くなりたいんです!」

 

 

 私としのぶは、それでも稽古を受けることを選択した。ここでとどまっていたら、ずっと成長できない。

 

 

「良き返事だ」

 

 

 アノスは私たちの返事に、笑顔で返した。そして、稽古の概要を説明してくれた。

 

 

「俺から一本取ること。それが、お前たちに課す試練だ」

 

 

 アノスのその言葉に、私はなるほどとうなずいた。私たちはまだアノスから一本も取れていない。いわば、これは私がアノスとやっている試合を稽古用に改良したものだろう。

 

 

「二人がかりでもいい。とにかく俺から一本を取れ。それができた時、お前たちはさらに強くなっているだろう」

 

 

 二人でもいい、と。ずいぶん優しい条件だ。そう思っていると、唐突にアノスが話題を変える。

 

 

「ところで、俺はお前たちとの試合の時、一本を取るとき、いつも服ばかり狙っていた。なぜだかわかるか?」

 

 

 アノスの質問に私は答える。そんなもの、答えは一つしかない。

 

 

「それは、アノスが私たちが怪我しないようにしてくれたんじゃない?」

 

 

「そうだ。しかし、この稽古では、お前たちに容赦はしない。もちろん全力ではやらないが、相当な痛みをお前たちは感じるだろう」

 

 

 つまり、服ではなく普通に木刀で打ち付けるということ。その痛みは私には想像できないほどなのかもしれない。だけど――

 

 

「上等よ。それぐらいしてくれなくちゃ!」

 

 

「絶対に、一本取って見せます!」

 

 

 私としのぶはそういうと、木刀を構えた。

 

 

「いい覚悟だ。では、来るがよい」

 

 

 アノスは木刀を構えない。ただだらりと木刀を手から下げている。隙だらけだ。ならば、こちらから攻めるのみ!

 

 私は全力でアノスに向かって走る。まずは挨拶がわりとばかりに、木刀を構えた。

 

 

(はな)の呼吸、()ノ型――<紅花衣(べにはなごろも)>!!」

 

 

 紅の斬撃が、アノスに向かって襲い掛かる。

 

 

 

「はあああああああっっ!!!」

 

 

 全力でも、おそらくアノスにはかなわない。一本取れるとするなら、開始直後。それしかない。

 

 雄叫びを上げながら、全力で刀を振るった。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 だけど、私はなぜか空を見上げていた。

 

 仰向けに寝ているのだろうか。だけど、何故か背中から地面の感触がしない。

 

 口の端から赤い液体が伝う。手足に力が入らない。

 

 

 

(あ……)

 

 

 

 そこでようやく思い出した。

 

 そうだ、木刀をふるおうとした瞬間、アノスに木刀を叩きつけられ、気を失ったのだ。

 

 恐らく、気絶していたのはほんの数秒。何故なら、空中にいる状態で、私は目を覚ましたから。

 

 背中に衝撃が走る。庭の壁にぶつかったのだろう。

 

 

 

「か……はっ……」

 

 

 

 壁にぶつかった衝撃で、肺の空気がすべて絞り出される。続けて体を襲ったのは、尋常でない痛み。

 

 

 

(い……痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!)

 

 

 

 その痛みは、全身の骨が折れたのではないかと思ってしまうほどだった。だけど、骨は折れていない。ただ全身が猛烈に痛い。

 

 上弦の弐――童磨で受けた痛みとは種類が違う。

 

 あの時受けた痛みは鋭い痛みだったが、これは全身に響く痛みだ。

 

 全身に走る痛みに苛まれながら、私の思考はある一点にのみ、集中していた。

 

 

(攻撃が……見えなかった……!?)

 

 

 そう、アノスの攻撃が全く見えなかった。気が付いた時にはもうその一撃を喰らっていたのだ。

 

 つまり、私たちはあの攻撃をかいくぐり、その上でアノスに一本入れなければいけない。

 

 今更になってその難易度の高さに戦慄する。優しい条件?そんな緩いことを考えていた数十秒前の自分を一日ぐらい叱ってやりたい。

 

 

「え……姉さん……?」

 

 

 しのぶは、今何が起きたのかがまだ理解しきれていない。そのしのぶにアノスの一撃が襲いかかろうとする。

 

 

「俺がただ攻撃を受けるだけだと思わないことだ。ちゃんとこちらからも仕掛けさせてもらうぞ」

 

 

 避けて!その一言を発そうとするも、肺に空気が入っていないからか、声が出せない。

 

 そのまま木刀がしのぶに襲い掛かった。

 

 

「か、はぁ……」

 

 

 しのぶが、とてつもない勢いでこちらに吹き飛ばされ、私と同じく壁まで叩きつけられた。そのあまりの威力に、壁が破壊される。

 

 

「どうした?この程度の一撃も避けられないようでは、到底上弦の鬼には勝てんぞ」

 

 

 アノスの声が聞こえる。

 

 

「俺から一本取るのではなかったのか?それとも、先ほど放った言葉は、ただの威勢か?」

 

 

「そ……んなわけ……ないでしょ」

 

 

 私は木刀を支えにして、どうにか立ち上がる。しのぶも同様にして、身を起こした。

 

 だけど、体が痛い。あの一撃をもろに食らってしまったせいで、体が自由に動かない。

 

 呼吸をして、痛みを和らげる。まだ動ける。動けるなら、まだ戦える。

 

 このままでは、到底一本なんて取れない。

 

 

「しのぶ、合わせられる?私が先に行くから、しのぶは……」

 

 

「も……ちろんよ、姉さん」

 

 

 しのぶとの共闘で一本の機会を作る。なりふり構っていられない。

 

 一歩を踏み出す。途端に全身が悲鳴を上げる。その痛みを気力でねじ伏せ、私は再びアノスに向かって斬りかかった。

 

 

「花の呼吸、()ノ型――<(あだ)芍薬(しゃくやく)>!!」

 

 

 異なる方向から来る九つの斬撃。これで決まればいいけれども、しかし、現実はそう甘くはない。

 

 

「甘い」

 

 

 木刀が横薙ぎに振るわれる。アノスにしてみたら何気ない一撃。しかし、私たちからするとすべてを粉砕する破壊の一撃。

 

 木刀と木刀が衝突する。

 

 鈍い音が鳴り、木片が舞う。しかし、破壊されたのは、私の木刀だけだった。

 

 そのまま木刀が私を再び打ち据える。その衝撃に、体がミシミシと絶叫を上げた。

 

 途端に私に襲い掛かるとてつもない痛み。体だけでなく、私自身が実際に悲鳴を上げそうだった。

 

 再び私の体が壁に向かって吹き飛ばされる。だけど、私の役目はアノスに隙を作ること。そうすれば――

 

 

(むし)の呼吸、蜈蚣(ごこう)ノ舞――<百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)>ぁ!!」

 

 

 アノスの背後から、神速の突きが打ち出される。

 

 私が技を出した時にはしのぶも復活し、アノスのほうに走り出していたのだ。

 

 これが、今の私たちに出来る最高の連携。

 

 

「いっ……けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 しのぶが絶叫する。その瞬間、私の体が壁に再び激突した。襲い掛かる痛みの強さに、意識が落ちそうになる。

 

 

「まだまだだな」

 

 

 薄れゆく意識の中、その言葉が聞こえると同時に、隣で衝撃音が鳴り響いた。なんとかその方向に視線を向けると、そこには突きを繰り出したはずのしのぶが壁に激突していた。しのぶは既に気絶している。

 

 まさか。あれすらも躱して見せたというのだろうか。そこまで考えたところで、限界に達し、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

「何を勝手に気絶している?まだ稽古を始めたばかりだ。続けるぞ」

 

 

 私は失神しているはずなのに、その声はやけにはっきりと聞こえた。 

 

 続けて、顔に冷たい何かが浴びせられる。その冷たさに、沈んでいた意識が強制的に引っ張り出される。

 

 意識の浮上とともに、瞼を開けると、桶を持ったアノスが立っていた。

 

 隣を見ると、同じように水を浴びせられたのか、しのぶも目を覚ましていた。

 

 と、アノスが私に木刀を放り投げてくる。反射的に受け取ってしまった。

 

 

「最低限、殺す気で来い。でないと、お前たちが死ぬかもしれぬぞ」

 

 

 その後も、私たちは何度も何度もアノスに挑みかかっては、木刀で吹き飛ばされる。

 

 壁まで吹き飛ばされ、そのまま失神しても、水をかけられ目を覚まさせられる。

 

 体が悲鳴を上げようが、血反吐を吐こうが、おかまいなし。

 

 朝ご飯を食べないでよかったと、心の底から思った。

 

 もし朝ご飯を食べていたなら、私としのぶの体は今頃吐瀉物まみれになっていただろう。

 

 そんなのんきなことを考えている暇はない。気を抜けば即吹き飛ばされる。

 

 アノスは、私たちを吹き飛ばしながらも欠点を所々指摘してくれるのだが、正直今すぐそれを実践できる余裕がない。

 

 

「木刀の動きだけを見るな。俺の肩・視線・つま先・肘・ひざのわずかな動きから俺の次の動作を予測しろ。でなければいつまでも後手に回るぞ」

 

 

 痛みが凄くてそこまで見る余裕がない。

 

 

「受け身を取れ。毎回毎回壁にぶつかってばかりでは反撃すらできぬぞ」

 

 

 木刀の威力が強すぎて、受け身の体勢を作る余裕がない。

 

 

「攻撃を躱せないということは、体づくりがなっていない証拠だ。もっと肺に空気を送れ。心拍数を上げろ。血液の巡りを早くすることだ」

 

 

 出来る限りやっているけど、それでも躱せない。

 

 

「できないと思っているならば、それは永遠にできない。出来ると思え。人間は心が原動力だ。心構え一つで人は見違えるほど強くなれる」

 

 

 まさかの精神論。その気持ちでいるけど力の差が凄すぎる。今にも心が折れそう。

 

 

「せめて俺の攻撃を一回でも躱して見せろ。でなければこの稽古は終わらんぞ」

 

 

 何年たっても終わらないような気がしてきた。

 

 

 

 

 

 何度地面にたたきつけられたか。何度地べたをなめたのか。もはや何度木刀を破壊されたのかもわからなくなってきた。

 

 途中で握力がなくなる。だけどそれでアノスが止まってくれるわけがない。仕方ないから布で手と木刀を固定する。握力がなくなったぐらいで止まるわけがない。

 

 蝶の髪飾りなんてとっくに壊れた。私もしのぶもまとめていた髪がほどけてしまっている。

 

 その髪も泥まみれになってところどころぼさぼさ。血や泥で固まってしまったところもある。

 

 私の羽織もボロボロ。辛うじて袖を通せるくらい。むしろ袖を通せるのが奇跡。

 

 隊服も土まみれでボロボロ。早く着替えたい。

 

 体には常に激痛が走る。呼吸で痛みを和らげても、それでも一瞬でも気を抜いたら気を失ってしまいそうだった。

 

 口の中も何か所か切れている。常に口の中に鉄の味がするけど、もう慣れた。

 

 斬りかかり、吹き飛ばされ、失神して、また覚醒させられる。何時間、それを繰り返しただろうか。

 

 吹き飛ばされた回数を数えるのもおっくうになってきた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 

 何十回目かわからない失神から目を覚ます。自分がなぜ立てているのか、それすらも考えている余裕がない。しのぶも立ってはいるが、動ける様子がない。

 

 もはや動けるのは私だけ。覚悟を決め、再びアノスに斬りかかる。極度の疲労で、もはや花の呼吸の型すら出せない。

 

 アノスが再び木刀で私を吹き飛ばそうとする。その威力は最初と全く変わらない。全く見えない。

 

 

――木刀の動きだけを見るな。

 

 

 しかし、私は木刀を見ていなかった。先ほどのアノスの言葉を思い出す。

 

 

――俺の肩・視線・つま先・肘・ひざのわずかな動きから俺の次の動作を予測しろ。

 

 

 極限の疲労のせいか、そのおかげで精神が研ぎ澄まされているのか、アノスの動きが一瞬、ほんの一瞬だけ、ゆっくりに思えた――気がした。

 

 しかし、その一瞬で私はアノスの微細な動きから、木刀の動きを予測することができた。

 

 それは、たった一つの奇跡。偶然にも引き起こすことができた、私の無意識の行動。

 

 木刀の動きは予測できた。後は、これを躱すだけ。

 

 死ぬほど痛む体から、最後の力を振り絞る。

 

 

 

(動け動け動け動け!)

 

 

 

 肺に、これまで以上に空気を送り込む。

 

 身体も、心も、想いも、私のすべてをこの一撃に捧げるつもりで、花の呼吸の技を繰り出す。

 

 

「花の呼吸、(ろく)ノ型――<渦桃(うずもも)>!!!!!」

 

 

(私は……このままでは終われない!!!)

 

 

「あああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 絶叫が、私の身体かあふれ出る。

 

 そして、私の身体は―――――振るわれた木刀を躱した。

 

 

(このまま……)

 

 

 稽古の最終目標はアノスから一本取ること。躱すことは大前提だ。

 

 そして、今が千載一遇の機会。

 

 このまま木刀をアノスに叩きつけようとする―――その直前、声が響いた。

 

 

「見事だ、カナエ」

 

 

 瞬間、体に衝撃。そのまま吹き飛ばされる。

 

 何故。どこから。体が宙を浮く中、様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

 

 そして――私はその答えにたどり着いた。

 

 アノスは、振り終えた木刀をもう一度構え、私の身体にたたきつけたのだ。

 

 私が木刀を躱し、そのまま攻撃するまで、0.1秒もなかったはず。その超極短時間でそんなことをするとは、人間業じゃない。これまでの速度は、アノスにとって全力ではなかった。

 

 地面に転がる。だけど、体に走る激痛のせいで転がっている感覚がない。

 

 一本、取れなかった。とてつもない悔しさが体の中に広がる。

 

 もう一回だ。さっきの感覚をつかめば、もう一度できる。やってやる。

 

 だけど、私の身体は拘束されたかのように動けなくなってしまった。

 

 まだだ。まだやれる。足掻いてやる。まだ、まだ、まだ――

 

 

「今日はこのあたりにしておく。今はゆっくり休め」

 

 

 その言葉が聞こえた瞬間、私の身体から力が抜けた。終わったのか?この地獄が。

 

 その言葉を理解するのに、数秒の時を要した。

 

 

「お、終わったぁ……」

 

 

 ようやく、アノスの言葉を理解する。これで、やっと休める。

 

 そう思った途端に安堵と睡魔が私を襲った。それに抗うことなんて、今の私にできるわけがなかった。

 

 完全に視界が真っ暗に染まる。だけど、今度は起こされることはなかった。

 

 




す、スマ〇ラァ……。


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音柱邸へ

アノス様視点です!

そして音の呼吸習得編スタートなのです!


「姉さん……」

 

 

 眠ってしまったカナエを見て、しのぶがそう呟いた。

 

 しのぶも、木刀を支えにして立っているが、動ける様子がない。

 

 

「一本を取られないのは当たり前にしても、まさか、躱されるとはな」

 

 

 躱すまで終わらないと言ったのは本当だが、いざ本当に躱されてみると、少し驚く。

 

 

「私だって……まだやれます……」

 

 

 しのぶが体を動かそうとするも、動ける様子はない。

 

 

「休んでいいと言ったはずだ。今のお前ではどう足掻こうが俺の攻撃を躱せぬ。それどころか、まず攻撃を仕掛けることはできないだろう」

 

 

「だ……けど……」

 

 

「だけどもこうもない。俺が休めと言ったら休め。十分な休養も出来ないような奴に強くなる資格はない」

 

 

 そう言い放つと、しのぶは諦めたように膝をついた。

 

 

「そう気を落とす必要はない。むしろよくやった。死ななかっただけ幸運だと思え」

 

 

「……殺すつもりでやったんですか」

 

 

 しのぶが睨みつけてくる。

 

 

「先ほど言ったろう、殺す気で来なければお前たちが死ぬと。お前たちが本気で来たからお前たちは死ななかったのだ」

 

 

「そう……ですか」

 

 

「お前たちは運がいい。これが実戦ならお前たちは間違いなく死んでいた。これが稽古だからこそ、お前たちは死ななかったのだ。死ななければお前たちはいくらでも強くなれるチャンスがある」

 

 

「だ……けど、私は姉さんのようにできなかった……」

 

 

 しのぶが表情を暗くする。姉にはできて自分にできない。劣等感に悩まされているようだった。

 

 

「何を言う。俺に一本取れなかったのはお前もカナエも一緒だ。一回躱したぐらいで自分と姉をそう比べるな」

 

 

 そう。カナエが行ったのは俺の攻撃をたった一回躱しただけ。それだけだ。

 

 上弦の鬼と戦うなら、その程度のことを息をするように行うことが出来なければ、到底勝てない。

 

 

「別に何千回俺に打ちのめされてもいい。何万回吹き飛ばされてもいい。一回だ。一回俺から一本を取れば、それだけでお前の勝ちなのだ」

 

 

 カナエたちにはまだまだ潜在能力が隠れている。それらは、死に瀕することでしか姿を見せない。それを引き出すための稽古だ。そんなすぐに一本を取られるわけにもいかぬ。

 

 すると、しのぶは呆れたような笑みをその顔に浮かべ、

 

 

「そんな……もの……で……す……か……」

 

 

 次の瞬間、崩れ落ちた。眠ったか。

 

 俺はしのぶとカナエを両脇に抱え上げ、アオイのところに向かった。

 

 

「あ、アノスさん、稽古終わったんで……すか……か、カナエ様!?しのぶ様!?」

 

 

「なに、眠っているだけだ。骨は折っていない。安心しろ」

 

 

 アオイは二人の様子を見て慌てている。そこまであわてる必要はない。二人とも外見的には重傷だが、実際のところは軽傷で済ませてある。

 

 

「とりあえず治療をしておけ。ああ、身体を拭いておくのも忘れるな。泥まみれだからな」

 

 

 とりあえず、カナエとしのぶを近くのベッドに寝かせる。この様子では、もう今日は起きないだろう。起きるのは明日の朝といったところか。

 

 

「き、きよー!なほー!すみー!急いで来てー!」

 

 

 アオイの緊迫した声とドタドタと聞こえてくる足音を背にしながら、俺は部屋を出た。

 

 昼食は既にアオイが作っておいてくれていた。

 

 カナエとしのぶの分も作っておいたようだが、彼女たちはベッドの上だ。

 

 一体どうするのだろうか。アオイたちが食べるのかもしれぬ。

 

 少し食休憩を置き、庭に出る。

 

 しかし、この方法ではやはり効率が悪いな。元の世界のように、死にかけても回復するといった芸当ができぬ。

 

 魔力の調整はまだうまくいかないため、無理に痛めつけられない。

 

 しかし、これが今出来る限りの特訓だ。魔力の調整は焦っておこなっても世界を逆に危機に陥れるだけだ。

 

 そんなことを考えていると、見知った男が蝶屋敷の庭にいた。

 

 

「よォ、アノス」

 

 

「来たか、天元」

 

 

 昨日音の呼吸を教えてもらうと約束した男――宇随天元がそこに立っていた。

 

 

「ここに来たばっかで申し訳ねえんだが、音の呼吸を覚えたいなら俺の屋敷に来てくんねえか?」

 

 

 顔を合わせた瞬間、天元がそんな提案をしてきた。

 

 

「ほう。何故だ?」

 

 

「言っちまうと、音の呼吸の弊害だな。ここでやるより俺の屋敷でやるほうが周りに迷惑かけなくて済むだろ」

 

 

 それならば仕方がないか。いくら覚えるとはいえ、周りに迷惑をかけるわけにもいかぬ。今はカナエとしのぶも寝ているしな。

 

 俺たちは蝶屋敷を出た。

 

 

「そうしよう。案内はお前がしてくれるのか?」

 

 

「当たり前だろ。ほかにだれができると思ってんだ」

 

 

「くはは。道理だな」

 

 

「全く……。ほら行くぞ。遅れずについて来いよ」

 

 

 そう天元が言った瞬間、天元の姿が掻き消えた。次の瞬間には、天元の身体がゴマ粒に思えるほどはるか遠くにいた。

 

 なかなかの速さだ。まあ、姿が見えるのではまだまだ未熟だがな。

 

 

「ついてこれてるかね、アノスの奴」

 

 

 天元が後ろを見ながらつぶやく。しかし、次の瞬間、俺の体は天元の隣にいた。

 

 

「無論だ。この程度の速さで置いていかれる俺ではないぞ」

 

 

「……うえっ?!!マジかよこれについてこれてんのかよ……」

 

 

 横で並走している俺を見て天元が驚く。あの程度の速さなら簡単に追いつけるからな。むしろ遅すぎるほうだ。

 

 

「まさかこの速度が限界か?それだと少し拍子抜けだぞ」

 

 

「んだとコラ!!まだまだいけるっつーの!」

 

 

 俺の言葉を受け、天元が額に青筋を浮かべる。同時に天元の速度が上がった。

 

 

「これでどうだぁ!!……って、ウソだろっ!?」

 

 

 しかし、その程度の加速では俺を振り切ることはできない。むしろ抜いてしまいそうだった。

 

 

「全然だな。もっと上げろ。その程度では柱の名が泣くぞ」

 

 

「おらああああああああ!!!!」

 

 

 挑発してやると、天元はさらに速度を上げる。

 

 俺が挑発し、天元が速度を上げ、俺が追いつく。屋敷に着くまでの間、それをずっと繰り返した。

 

 そんなこんなで、俺たちは天元の屋敷に到着した。

 

 

「ぜえ……ぜえ……つ……着いたぞ……」

 

 

 俺の挑発に乗りペース配分を間違えたのか、すっかり体力を使い果たしてしまった天元が息切れしながら言う。

 

 俺からしてみればこの程度なんともないがな。

 

 

「まったく。お前ときたら全然体力がないな。その程度の体力では到底上弦の鬼とは戦えんぞ?」

 

 

「お……お前が異常過ぎんだよ……」

 

 

 大量の汗を流しながら天元が反論してくる。

 

 しかし、俺の言っていることは事実だ。二千年前では、一日に数十の戦場を回るのも珍しくはなかった。

 

 そして、そのすべての戦場で生き残らなければ命は助からなかった。ゆえに、たとえ人間でも生き延びるために必死で鍛えたのだ。

 

 平均しても天元の数十倍の体力はあっただろう。それに比べれば、鬼が出るとはいえ、この世界はまだまだ平和ということか。

 

 それにしても、まさか屋敷が山の中にあるとはな。これなら周囲に人がいない。迷惑をかけずに済むようだな。

 

 

「俺は音の呼吸を覚える準備はできているが、お前はそうではないようだな。少し休むか?」

 

 

「お、おう……そうさせてもらうわ……」

 

 

 よろよろと歩きながら天元は屋敷の戸を開ける。すると、一人の女が屋敷から出てきた。

 

 長い黒髪で、整った顔立ちをしている。

 

 しかし、どこか子供のような雰囲気があり、どことなく頭が足りないように見える。

 

 

「あー!おかえりなさい天元さまー!」

 

 

 そう叫ぶが早いか、女が天元に抱き着く。

 

 抱きつくといっても、暴走機関車のような勢いで抱きついてきたため、もはや突進の域に達していた。

 

 疲れ果てた天元に女の抱き着きを抵抗するすべはなく、須磨に押し倒される形となってしまった。

 

 結果、天元の全身が激しい勢いで地面に打ち付けられることとなった。

 

 

「ふぐぅ」

 

 

 天元の口から妙なうめき声が漏れた。

 

 

「コラ須磨!いきなり突撃しないのってああああ天元様ああああああ!!!」

 

 

 叫び声が至近距離から聞こえたかと思うと、屋敷の入口には先ほどの女とは違う女が立っていた。

 

 金髪の髪を持ち、勝気な顔をしている。

 

 須磨と呼ばれたのは、天元に突撃した女のことだろう。

 

 須磨と同じく整った顔立ちをしているが、その顔は青ざめていた。

 

 

 

「す、すすすすすすすすみません天元様!!!!……ってギャァァァァァ!!!天元様が死んじゃったぁ!!?」

 

 

 天元が白目を剥き、口から泡を吐き出していた。起き上がる様子はない。

 

 よほど疲れていたのか、須磨に抱き着かれたショックで気絶してしまったらしい。

 

 

「コルァ須磨ァ!!何を縁起の悪いことを言ってるの!!そしていい加減天元様から離れなさい!!」

 

 

 金髪の女が須磨を殴る。須磨は見事に吹っ飛ばされた。

 

 

「痛い!!」

 

 

 須磨が赤く腫れた頬を抑えて涙を瞳に浮かべる。

 

 

「まきを、須磨、何を騒いで……て、天元様!?き、気絶してる!?」

 

 

 二人が騒いでいると、三人目の女が出てきた。

 

 黒髪を一つ結びにしてポニーテールにしており、左目の下に泣きぼくろがある。

 

 そこで騒いでいる二人と違い、理知的で冷静なイメージをもつ。

 

 というか、この屋敷には何人女がいるのだ?

 

 まだ出てくるようなことはあるまいな。流石にこれ以上出てくると場の収拾がつかぬ。

 

 幸い、これ以上出てくることはなかった。

 

 なかったのだが、

 

 

「雛鶴さぁん!!まきをさんにぶたれましたぁ!痛ぁい!!」

 

 

「黙れ須磨!!それよりも、て、天元様を早くベッドに!」

 

 

「三人で運べるでしょうか……。もしも落としてしまったら……」

 

 

 三人だけでも、非常にうるさかった。

 

 倒れた天元を中心に三人の女がギャーギャー争いあう。その光景はまるで、一人の男をめぐり三人の女が争うドロドロの愛憎劇だった。

 

 それはまさに、混沌と呼んでしかるべきものだった。

 

 

 

 

 俺が三人に声をかけ、三人が俺が存在していることに驚愕するのはこの一時間後。

 

 




この日気絶した人:カナエ・しのぶ・天元   多いな……。


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習得、赫、からの襲撃

音の呼吸習得編、ただじゃ終わりませんよー!


「すまねえな。俺の嫁たちが迷惑かけて」

 

 

「なに、気にすることはない。あれぐらいのことは慣れている」

 

 

 あの騒動から二時間経つ。俺は天元と茶を飲んでいた。

 

 天元は少し前に目を覚ました。そのころには体力はもう全快したらしく、普通に動き回っていた。

 

 

「それにしても天元、まさか嫁を三人ももらっているとはな。この国は一夫一妻制だと思っていたのだが」

 

 

 目を覚ました天元が、あの三人はすべて嫁だと、俺に教えてくれた。

 

 俺の世界では一夫多妻でもよかったのだが、この世界では基本的に一夫一妻制だ。十数日もこの世界を見ていればわかる。

 

 ちなみに、三人の嫁は今は別室にいる。

 

 

「あー……それはな、俺の家が特別なんだよ」

 

 

 天元が苦い顔をしながら、自分の境遇を語ってくれた。

 

 天元は忍者という、諜報や暗殺など、隠密行動を得意とする戦士としての一族に生まれたらしく、その掟により十五の時にあの三人を嫁にもらったそうだ。

 

 しかし、時代の流れに焦った父親が凄惨極まる訓練を課したことにより、九人いる兄弟のうち三人が歳が一桁の内に死んでしまった。

 

 さらに、子供の死により錯乱した父親によって、残った六人は命令により顔と頭を覆面で隠した上で、相手が兄弟と知らずに殺し合いをさせられる羽目になった。

 

 その殺し合いの中で、天元は相手が誰だか知らずに兄弟を二人殺めてしまった。

 

 結局、残ったのは天元ともうひとりの弟だけで、その弟も兄弟を二人殺めている。

 

 しかし、弟はそれについて何も思っていなかった。それどころか、天元すらもその刃にかけようとしたのだ。

 

 弟は父親の生き写しのようで、「心」や「生命」を消耗品として扱うようになってしまった。

 

 兄弟を殺し狼狽していた天元は、忍者の在り方に疑問を感じ、三人とともに家を抜け出した。

 

 

 

「なーんか忍者ってのが地味で地味で。それで不満が爆発して派手に家出してやったってわけよ!」

 

 

 

 天元が笑いながら語る。

 

 笑ってはいるが、家を抜けるというものが簡単であるわけがない。家を抜けるということは、家から殺されてもいいということ。それはこの世界でも同じだろう。

 

 自分の理想のために自分勝手に嫁たちを連れていった訳でもないだろう。天元はあの三人を心の底から愛している。そのそんなことをする奴ではない。

 

 つまり、天元はそれほどの覚悟を持って家を抜けたということか。

 

 その後、鬼殺隊に入り、こうして鬼を殺しているといったところか。

 

 

 

「御館様には派手に感謝してるぜ。俺の生き方を肯定してくれた人なんてあのお方が初めてだったからな」

 

 

 

 幼少期に植え込まれた価値観を否定しつつも、戦いの場に身を置き続ける。

 

 一見矛盾している天元の生き方を肯定してくれた輝哉は、天元にとっても敬うべき存在であるらしい。

 

 まあ、俺も似たような矛盾を抱えていたからな。

 

 戦争を終わらせるために、人を殺す。これほど矛盾しているものはないだろう。

 

 俺の場合は配下たちがその生き方を肯定してくれたが、それが天元の場合は輝哉だったというわけか。

 

 

「俺が一族を滅ぼすべきだったのかもしれねえ。だけど、できなかったんだ」

 

 

「そういや、お前の過去とかは聞いたことねえな。いやもちろん、あの時聞いたのもあるけど、転生?したんだろ。転生した後の話とか聞きてえんだけど」

 

 

 話を終えた天元が今度は俺の番だと言わんばかりに詰め寄ってくる。

 

 まあ、正直二千年前よりも転生した後のほうがいろいろあるのだが、天元に話すわけにもいかぬな。

 

 一晩では話し終えることなど到底できないだろう。途中で切り上げても、天元が音の呼吸を教えることに障害が出るかもしれぬ。

 

 

「それは、また今度話してやる。それよりも、音の呼吸のほうが先だ。もう体力は全快しただろう」

 

 

「……しょうがねえなー。でもそのかわり、いつかちゃんと話せよ」

 

 

 いまいち納得いっていないような表情を顔に浮かべるが、天元は表情をすぐに切り替えた。

 

 俺と天元は屋敷の外に出る。と同時に、天元が俺に何かを投げてよこした。

 

 それは、鎖でつながった巨大な二本の日輪刀だった。

 

 その色は夕焼けのような橙色をしていた。これが音の呼吸の色なのだろう。

 

 

「俺の呼吸はそれがないと使えねえからな。貸しといてやる」

 

 

 天元も俺が持っているのと同じ日輪刀を持っていた。

 

 

「日輪刀が壊れた時とかに備えて、同じのをもう一組作ってもらってんだよ」

 

 

 なるほどな。日輪刀は鬼を殺すためには必須。壊れた時のためにスペアを用意しておくのは当然のことと言えよう。

 

 

「そんじゃ……ってんん!?」

 

 

 いざ音の呼吸を教えようと意気込む天元の動きが急に止まる。

 

 

「な……なんで日輪刀の色変わってんだ……?」

 

 

 天元の視線は俺の日輪刀に向けられていた。

 

 握っている日輪刀を見る。天元の言うとおり、日輪刀の色が変わっていた。

 

 夕焼けを思わせるような橙色から、烈火のような赤色に。

 

 確かに、なぜ変わった?俺の適性は黒のはず。赤色ではない。確か赤は炎の呼吸だった。

 

 

「ふむ、どうしてだろうな?」

 

 

「いや、俺に聞かれてもわかんねえよ……。っていうか、一度色が変わった日輪刀は、二度と色が変わんねえんだよ」

 

 

 ふむ、そうなのか。知らなかったな。となると、ますますわからなくなってきたな。

 

 考えられる可能性は二つ。

 

 一つは、二度と色が変わらないというのが間違いだということ。

 

 もう一つは、何かの条件を達成した時に日輪刀は色が再び変わり、その条件を俺が知らずに達成してしまったということ。

 

 前者はほぼあり得ないと言っていい。長く鬼殺隊に入っている天元が言うのだ。間違いない。そして、日輪刀の色が赤く染まる理由も証明できない。

 

 つまり、後者か。それならば、色が変わった理由も納得できる。日輪刀は、特別な金属でできた刀。鬼殺隊が知らない特性があってもおかしくはない。

 

 そして、それによって変わる色が赤なのだとしたら、そちらのほうにも説明がつく。

 

 そう天元に説明すると、天元は「マジか……」と唸っていた。

 

 

「その赤いやつがお前だけに出ているからな……。ほかの奴にも出てりゃもうちょっとばかし答えが分かると思うんだけどな……」

 

 

「まあな。もしかしたら異世界出身である俺が持ってるからなのかもしれぬしな。とはいえ、音の呼吸の習得に支障はないだろう」

 

 

「まあ、確かにな」

 

 

 天元も納得したようだ。

 

 たかだか、色が変わっただけ。習得には何一つ関係がないだろう。

 

 

「そんじゃ、派手に教えてやる。ちゃんとついて来いよ!」

 

 

 こうして、天元による音の呼吸の習得が始まった。

 

 音柱である宇随天元の音の呼吸は、雷の呼吸の派生であるらしい。

 

 

「雷の呼吸?初耳だな」

 

 

「おいおい……。お前せめて五つの型ぐらいは覚えとけよ……」

 

 

 天元は呆れながらも、俺に説明してくれた。

 

 全集中の呼吸の型は、主流となる五つの型が存在するらしい。

 

 どんな形にもなれる、水のように変幻自在な歩法で如何なる敵にも対応できる受けの型、水の呼吸。

 

 呼吸の力を脚に集中させ、強烈な踏み込みから、文字通り雷光の如き速さで居合いの斬撃を繰り出す神速の型、雷の呼吸。

 

 脚を止め力強い踏み込みから、間合いを一気に詰めての強力な斬撃が多い攻めの型、炎の呼吸。

 

 岩のように頑強な防御に長け、筋力に物を言わせた荒々しさが特徴の守りと攻めの両方に特化した型、岩の呼吸。

 

 暴風のように荒々しい動きから鎌鼬のように斬り刻むのが特徴の攻撃特化の型、風の呼吸。

 

 その五つの型から多くの型が派生していったという。

 

 花の呼吸は水の呼吸の派生と言っていたからな。音の呼吸も同じようなものなのだろう。

 

 そして、音の呼吸のその最大の特徴は、日輪刀に仕込まれた爆薬。

 

 鬼の身体にダメージを与える事が出来る程の威力を持った、自前の爆薬丸を刃に仕込む事で攻撃力を底上げしており、さらにその爆風で敵の攻撃の威力を減衰させる。

 

 この爆発によって戦闘中には凄まじい音が鳴り響き、それが、音の呼吸の名前の由来ともなっているらしい。

 

 「派手」を体現した天元だからこそできる、派手に敵を倒すために作られた呼吸なのだろう。

 

 天元が蝶屋敷ではできないといった理由がよくわかる。人が密集したあそこでやったならば、うるさい爆音で、苦情の嵐が殺到しただろうな。

 

 

「……で、この型の時はこうだ。それで……」

 

 

 そんなことを考えている間に、天元が音の呼吸の型を説明を交えながら一通り見せてくれた。

 

 天元の動きはすべて見ていた。俺ならば再現できるだろう。

 

 あとは爆発だが、周りに被害を与えないために爆発範囲はかなり狭いと見える。

 

 それならば、一発で成功できるだろう。

 

 

「ふぃー。一通り見せたぜ。どうだった?」

 

 

 型を全て見せ終わった天元が、僅かにかいた汗をタオルで拭う。

 

 

「ああ。お前の動きが精密なおかげで一度見ただけで覚えることが出来た」

 

 

「……は?」

 

 

 天元が唖然としている。カナエと言い、天元と言い、そこまで驚くほどのことではないだろうに。

 

 

「え……?おいおいおいマジで?俺の動きを一回見ただけで覚えたのか?嘘だろ?」

 

 

 天元はまだ信じられていない様子だ。そこまで取り乱さなくてもよいのだがな。

 

 

「嘘ではない。覚えた証拠を見せてやる」

 

 

 そう言い、俺は先ほど天元が見せてくれた音の呼吸の型、その一つ一つを忠実に再現する。

 

 

「マジだわ……お前どんだけすげえんだよ……」

 

 

 俺の動きは天元の目から見ても文句がないものだったらしい。

 

 

「おい……ひょっとして、お前他にも呼吸覚えてたりする?」

 

 

 いまさらか。まあ、そのことについて言っていないから聞かれても仕方がないか。

 

 

「ああ。花の呼吸と蟲の呼吸。その二つを覚えている。たった今そこに音の呼吸が加わったがな」

 

 

「……一日で?」

 

 

「無論だ」

 

 

「……はぁぁぁー」

 

 

 天元はため息を吐き、その場に座り込む。

 

 

「最初見た時からこいつはヤベエとは思っていたがよ……。派手に予想以上だぜ……。おかしいと思ったんだよ。雷の呼吸も知らないのに音の呼吸を覚えようとかよ」

 

 

「音の呼吸の習得を認めてくれるか?」

 

 

 俺は天元に問う。カナエとしのぶの時は手合わせをしたものだが、天元はどうなのだ?

 

 

「ああ、いいぜ認めてやる。そのかわり……」

 

 

 そのかわり?なんだ?

 

 

「蝶屋敷でのことを教えろ。派手に興味がある」

 

 

「そんなことか。それぐらいでいいなら、話してやる」

 

 

「そうか!そんじゃ今日は泊まってくか?もう日が沈むしな」

 

 

「ああ。そうしよう」

 

 

 

 

 

 

 

「……だっはっはっは!マジか?あのカナエが?大泣き?はーっはっは!」

 

 

「そこまで笑うことでもないだろう。別に人間泣くときは泣くものだ」

 

 

 俺と天元は三人の嫁たちと蝶屋敷での日々を話しながら夕食をとっていた。

 

 四人とも俺の話を興味深そうに聞いていた。

 

 

「でもカナエ様が自分の感情を出すことってあまりないような感じがしますからね。珍しいのではないですか?」

 

 

 天元の嫁の一人、雛鶴が口をはさむ。

 

 

「そうなのか?俺が見ている限りではそんな感じではないようだが」

 

 

 泣いたり、赤面したり、怒ったり。カナエは普通の人間と同じだ。いや、少し幼い感じがするかもしれぬ。

 

 彼女は早くに両親を亡くした妹のために姉として取り繕わなければならなかったからな。

 

 その反動が来ても不思議ではあるまい。

 

 

「いやさ、俺も柱合会議でカナエがあんなに怒るのなんて初めて見たからな。珍しいと思うぜ」

 

 

「そんなものか?怒ることなどそう珍しくはないと思うが」

 

 

「ってか、アノスって怒るのか?あんまそんな印象ねえんだけど」

 

 

「俺とてあるぞ。まあ、怒らせた相手には相応の罰を受けてもらうがな」

 

 

「その罰ってのは……やっぱいいわ。聞くのが怖くなってきた」

 

 

 天元がおじけづいたような表情を見せる。まったく、勇気がないやつだな。聞いたところで天元がその罰を食らうわけでもないだろうに。

 

 

「それにしても、アノスさん花の呼吸と蟲の呼吸を一回見ただけで覚えたんですね……」

 

 

 天元の嫁の一人、まきをが話を変える。その話か。

 

 

「まあ、二人とも動きがとてもよかったからな。おかげで一日で覚えることが出来た」

 

 

「まあ、俺は二人のように音の呼吸で手合わせはできねえな。俺が木っ端微塵にされちまう」

 

 

「えっ?天元様がですか!?」

 

 

 天元の嫁の一人、須磨が声を張り上げる。

 

 

「余裕で俺の走りについてきたり、っていうか追い抜かされかけたり、音の呼吸を一回見ただけで全部覚えるような奴だぞ?勝てるわけがないっての」

 

 

 まあ、賢明な判断だな。天元と手合わせしても一合と持たずに爆破されるのがオチだ。

 

 

「それよりも、カナエとしのぶがお前の弟子になったことのほうが驚きだわ。なんだその稽古。一本取るまでひたすら木刀で殴り続けられるのって、控えめに言って地獄だろ」

 

 

「なに、こちらの世界では魔法が使えないからな。あれでもかなり稽古としては軽いほうだ。魔法が使えるなら、もっと厳しくしている」

 

 

「お前の世界にますます興味がわいてきたわ。どんな世界だそれで軽いって」

 

 

 夕食が終わった後も話は続く。

 

 

「でもお前カナエに魔法使ったんだろ?聞くところによると一年ぐらい復帰できないとかだったじゃねえか」

 

 

 ふむ、情報が早いな。それを知っているとは。というか、こういうのは簡単に広まってはいけない気がする。

 

 

「あれは特別だ。あんなのを何回もやっていては、俺の神経が持たぬし、世界が持たぬ」

 

 

「なんで派手にスケールのでかい話になっちまうんだよ……。しかし、フーン、特別、ねえ……」

 

 

 何やら天元が含んだ言い回しをしてくる。少し目つきがニヤニヤしている。

 

 

「なんだ?」

 

 

「いや、なんでも。それより、気付いてるか?」

 

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

 

 

 天元も気付いていたか。まあ、天元は柱だ。それくらい、わけもないだろう。

 

 雛鶴たちに何やら指示をしていたようだしな。

 

 

「二十、いや三十いるか?滅茶苦茶いるぜ。なんだよ、基本鬼って群れないだろ……」

 

 

「普段群れないはずの鬼が群れるということは、そういうことだろう」

 

 

 おそらく、この屋敷を鬼の群れが取り囲んでいる。大方、前に話に聞いた()の命だろう。

 

 

「これ……多分お前を狙ってんじゃないのか?」

 

 

「恐らくな。童磨が俺のことをしゃべったのだろう」

 

 

「童磨ってあれか?お前がボコボコにした上弦の弐とかいう」

 

 

 そんなことを話しながらも、俺たちは戦闘準備を整える。俺はまだ自分の日輪刀を持っていないので、天元のスペアの日輪刀を借りた。

 

 すると、天元が突然こんなことを提案してきた。

 

 

「派手にいいことを思いついたぜ。音の呼吸で鬼を倒せば、音の呼吸を取得したって認めてやるよ」

 

 

 全く。こんな時に何を考えているのかと思えば、そんなことか。

 

 

「その程度でいいなら、乗ってやろう」

 

 

「おーおーおー。派手に威勢が良いじゃねえか。そんじゃあまあ、派手に鬼狩りだ!」

 

 

 そう叫んだかと思うと、天元は障子をスパァンと勢いよく開け、外に出ようとした。

 

 瞬間、俺はその障子の向こうから放たれる異様さを感じ取った。障子の外に、鬼がいる。

 

 

「天元!」

 

 

 そのことを、天元に警告しようとした。

 

 しかし、俺が警告する前に、何者かによって障子が開かれた。

 

 

「ヒイイイイイイイイ」

 

 

 

 開かれた戸からぬらりと地を這いながら現れたのは、怯えた声を放つ、一人の小柄な老人だった。

 

 




かませの肆、襲撃!


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無駄

上弦襲来前編。だけども結果はわかりきっているのです!


 すすり泣くような声を発し、地を這いずる老人は、皮膚がひび割れ、額に大きな瘤があり、角が生えている。明らかに人間ではない風貌だ。間違いなく、鬼だろう。

 

 しかし、なんといっても、驚くべきはその気配のとぼけ方の巧さ。俺は気づいていたが、天元は目視するまで鬼と認識できなかった。

 

 いや、まずその存在に気付いていなかったというべきか。

 

 元忍の宇髄天元は、その仕事柄、気配察知に長けている。そうでないと、闇の世界を駆ける忍は生き残れないからだ。

 

 しかし、その忍である天元が気付かなかったということは、この鬼の気配を隠す技術が相当ということに他ならない。

 

 瞳が裏返っていて数字は見えなかったが、十中八九、この鬼は十二鬼月に属しているだろう。しかも、なかなか上位だと見た。

 

 

「おわっ!?」

 

 

 突如現れた鬼に天元は一瞬驚くも、流石は柱。すぐに意識を切り替え、鬼に斬りかかる。その刃が老人鬼の頸を落とそうと襲い掛かる。

 

 時間にしてみたら約一瞬の出来事。しかし、天元の日輪刀は空を切った。

 

 老人鬼は天元の一撃を跳び上がって躱したのだ。あの一撃を躱すとはな。なかなか素早い。

 

 

「やめてくれぇぇ……いぢめないでくれぇぇ……」

 

 

 弱弱しい態度を見せ、情けないことを言っているが、こいつは天元の攻撃を躱している。

 

 そして、鬼は本気で怯えてはいない。見てくれだけだ。その程度、ミーシャほどの魔眼を持たなくとも容易にわかる。

 

 おそらく、あのようにか弱い老人のふりをすることで自分を正当化し、たくさん人を喰ってきたのだろう。

 

 

「逃げんじゃねえ!!」

 

 

 天元がその体を回転させ、空中にいる老人鬼に斬りかかる。しかし、僅かに距離が足りない。

 

 しかし、次の瞬間、天元の持つ日輪刀の刀身が伸びた(・・・)

 

 天元は、日輪刀の刃の先端を摘まむことで、斬撃を放てる範囲を広くしたのだ。

 

 先端だけを摘まみ、刀を操るとは、なかなかの握力だな。

 

 伸びた刀身は、そのまま空中で身動きが取れない老人鬼の頸を見事にとらえ、そのまま胴と頸を泣き別れにした。

 

 

「ヒイイイ……斬られたああ……」

 

 

 しかし、鬼は驚く様子を見せない。まだ怯えている。思えてみれば、十二鬼月とあろうものが、そんな簡単に首を落とされるはずがない。

 

 つまり、頸をわざと斬らせた可能性が高い。

 

 日輪刀で頸を斬ったら死ぬ。それが鬼だが、万物には例外が存在する。絶対などというものは存在しない。俺のように。

 

 瞬間、切り離された胴体から頚が生え、転がった頚から胴体が再生した。分裂か。

 

 分裂した二人の鬼は、それぞれ先ほどの老人が若返ったような風貌をしていた。瞳には上弦と肆の文字。

 

 察しの通り、十二鬼月。しかも、上弦。しかし、壱でも弐でもない。別の上弦。

 

 一体は錫杖を、もう一体は八つ手の葉の団扇を持っていた。

 

 おもむろに、団扇を持った鬼が、天元をそれであおぐ。

 

 

「う……お、ああっっ!?」

 

 

 正面からそれを受けた天元の体が容易く宙に浮かぶ。そのまま凄まじい勢いで部屋の壁を突き破り、なお勢いは衰えず遠く遠くへ吹き飛ばされた。

 

 

「お、おいアノス!!」

 

 

「心配ない。俺が二体を相手する。天元は家の周りの鬼を相手しろ」

 

 

「わ、分かった!!」

 

 

 天元が吹き飛ばされる間にそれぞれの役割分担を決める。そのまま天元は見えなくなった。

 

 

「カッカッカッカ。儂らを一人で相手するとはよく言ったものだのう」

 

 

 団扇を持った鬼が笑う。その舌には「楽」の文字が見えた。

 

 

「腹立たしい……腹立たしい。可楽、お前と混ざっていたことも、あのお方に逆らうこの人間も、何もかもが腹立たしい」

 

 

「そうかいそうかい。離れられてよかったのう、積怒」

 

 

 もう片方の鬼、積怒と呼ばれた鬼の舌には「怒」の文字が刻まれていた。

 

 俺は二体に歩み寄る。

 

 

「たった二体だけか?」

 

 

 俺は二体に声をかける。二体の鬼がこちらを向いた。 

 

 

「なんだと?」

 

 

 積怒が苛立ったように言葉を返す。

 

 

「まだ分身出来るのだろう?俺が相手してやるのだ。本気を出せ。でないと、俺が一秒たりとも楽しめない」

 

 

 見たところ、こいつらは雑魚だ。その程度の実力で何をいきがっているのか不思議に思うくらいに。

 

 この程度ならわざわざ音の呼吸を使うまでもない。少しでも本気を出させてやるのが、死にゆく奴らへの情けだ。

 

 積怒が苛立った表情を見せる。可楽は笑っていた。

 

 

「まさか儂らの前でそのような啖呵を切れる者がおるとはのう。愉快愉快じゃ!ならばお望み通りにしてやろうではないか!なあ、積怒」

 

 

「うるさい。儂らに対してそのような態度。言われなくともそうしてやるわ。ああ、腹立たしい腹立たしい……」

 

 

 そう言いながらも積怒と可楽は自分の頸を引きちぎる。その首から、さらに鬼が二人、現れた。積怒と可楽の頸も再生する。

 

 

「この男か、あのお方から殺すように命じられた男は……。ああ、哀しい……儂らに殺されるこの男の末路を思うと……」

 

 

 一人は、舌に「哀」の文字を持つ十字槍を携えた鬼。

 

 

「喜ばしい喜ばしいのう!別れたのは久方ぶりじゃ!さあ、どんな風に殺してやろうかのう!」

 

 

 舌に「喜」の文字があり、羽をはやし、鳥獣のようなかぎづめを持つ鬼。

 

 喜怒哀楽の感情を一つずつ持った四体の鬼がこの場に顕現した。

 

 

「さあ、望み通りにしてやったぞ?絶望したか?泣き言や命乞いなら聞いてやるぞ?」

 

 

 可楽がそんな言葉を口にする。降参しろ、という意味だろう。

 

 ふむ。状況が分かっているのか?こいつらは。

 

 舌の文字からなんとなく喜怒哀楽の四体だとは予測していたが、全員が全員雑魚だ。四体が上限とは、情けない。

 

 

「ふむ、貴様らもしかして算数が苦手か?」

 

 

「何が言いたい?」

 

 

 積怒がさらに苛立つ。

 

 

「一が四つ集まったところで、たかが四だろう。四程度で、俺に挑むと?冗談も大概にせよ」

 

 

「ほざけっ!!わかっておろうな、可楽、空喜、哀絶!」

 

 

「そう喚くな。哀しくなる」

 

 

「面白い!震えるがいい、人間!」

 

 

「カカカッ!!小僧が言うではないか!」

 

 

 俺の言葉を皮切りに、四体の鬼がそれぞれ攻撃を開始する。

 

 積怒が錫杖から雷を発生させ、哀絶が刺突を放ち、可楽が強風を巻き起こし、点を飛翔する空喜のかぎづめが俺を襲う。

 

 部屋がさらに破壊され、土煙が舞う。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 土煙から出てきた俺の姿を見て、四体の鬼が驚愕した。

 

 俺の身体には、かすり傷一つついていなかった。 

 

 積怒の雷は俺の身体に弾かれ、可楽の起こした強風は俺を微塵たりとも吹き飛ばさず、哀絶の槍は俺に触れたとたんにボキンッと折れ、空喜のかぎづめは足からちぎれ、俺の肩に引っかかっていた。

 

 空喜のちぎれた足が変形し、空喜の顔に変形する。その口から衝撃波が放たれるが、俺には全く効かない。

 

 肩に引っかかった足を外し、その辺に捨てる。すでに空喜の足は再生していた。

 

 今のから考えるに、恐らく、分身体には上限がある。先ほど鬼たちの舌に確認した『喜・怒・哀・楽』の文字。その四体の状態がもっとも安定して強いのだろう。それからも分裂は続くが、新たな感情の鬼が生み出されるわけではないというわけか。

 

 まあ、この程度ではたとえ億に分裂しようと俺の敵ではないが。

 

 四体の鬼が再び仕掛ける。しかし俺は傷を負うことはない。

 

 何回も、何十回も四体の鬼は攻撃を仕掛ける。そのたびに雷が、風が、音波が、刺突が部屋を駆け巡るが、その悉くが俺の身体を傷つけることが出来なかった。

 

 

「な……なぜだ!なぜ儂らの攻撃が効かん!」

 

 

 積怒が戸惑う。ほかの三体も同様だった。

 

 状況を理解できない四体の鬼に、俺が優しく説明してやる。

 

 

「なに、赤子でも理解できる簡単な話だ。お前たちが弱い。それだけのことだ」

 

 

「な……」

 

 

「ば、かな……」

 

 

「儂ら上弦が……弱いだと……」

 

 

「儂らはあのお方から血を戴いてさらに強化されておるというの……に……どういう……こと……だ……?」

 

 

 まだ理解できていないのか。全く、四体もいるというのにその結論に達しないとは、まったくもって哀れでしかないな。

 

 まったく、何のために分裂したのやら?

 

 

「雷が静電気の影響を受けるか?台風がそよ風に吹き飛ばされるか?」

 

 

 俺は四体に歩み寄る。四体はその体をビクッと震わせた。

 

 

「お前たちのしていることは俺にとっては何の意味もない。無駄だ」

 

 

「「「「ヒッ……」」」」

 

 

 俺は四体にさらに一歩、歩を歩む。四体がおじけづいたように後ずさった。

 

 

「喜び?怒り?哀しみ?楽しみ?そんなもの、この俺の前では何の意味もなさない」

 

 

 俺は日輪刀を握りしめる。日輪刀の色は再び赤く染まっていた。

 

 

「お前たちが俺の前で表す感情は恐怖と絶望だけと思い知れ、上弦の肆」

 

 




魔王の前では、上弦の鬼も雑魚――


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極悪人

ファンブック二巻読みました。

知らない情報すげえあった……。鬼って人間の食い物食えないんですねえ。

上弦襲来編中編。さて、半天狗はどのようなかませっぷりを見せるのか。


「……良いだろう……儂が雑魚かどうか、この姿を見ても言えるのならな!」

 

 

 俺を鬼の形相で睨みつけ、そう叫んだかと思うと、積怒はおもむろに両手を掲げた。

 

 

「!?積怒、おまえな」

 

 

 次の瞬間、可楽と空喜が積怒に引き寄せられたかと思うと、肉を潰すように、両手から二体の鬼を吸収した。

 

 可楽が何かを言いかけたが、その言葉は最後まで口にされることはなかった。

 

 次に哀絶が引き寄せられる。哀絶も何かを抗議するように口を開くが、声を発する間もなく吸収された。

 

 そして、積怒の姿が変わる。先ほどよりも、さらに若く、さらに小さく。

 

 「憎」の漢字が書かれた筒に皮が張られたようなものが五つ、輪になって背後に浮かんでいた。

 

 子供鬼が手にしている動物の牙のようなもので「憎」の文字を叩く。

 

 すると、地面から鬼でできた竜が五体、床を突き破り俺に襲い掛かってきた。

 

 俺は背後に飛び、そのまま穴が開いた壁から外に出る。

 

 俺が地面を踏んだその時、天元の屋敷がけたたましい音を立てて崩壊した。

 

 

「ちょ、俺の屋敷がァ―――!」

 

 

 遠くから聞こえる爆音とともにそんな悲鳴が聞こえてくるが、軽く聞き流す。

 

 土煙からは、先ほど現れた五体の木竜と、三体の鬼を吸収し、憎の鬼となった積怒がゆらりと立っていた。

 

 

「不快、不愉快、極まれり」

 

 

 いや、こいつはもう積怒ではない。別の感情となった鬼だと推測する。

 

 

「貴様、積怒ではないな?名を名乗れ」

 

 

 俺は目の前の鬼に名を問う。

 

 おそらくこいつは分体を吸収することで先ほどよりも強くなったのだろう。

 

 こいつをの頸を斬れば、消滅するのか?それとも、それでも死なないのか。

 

 かつて積怒だった鬼は俺を親の仇のように見つめながら、己の名を明かした。

 

 

「儂の名は憎珀天。貴様のような極悪人、儂が見逃すはずがなし」

 

 

「ほう。極悪人とな。なぜ俺が極悪人なのだ?」

 

 

 憎珀天の言葉に俺が疑問をぶつける。憎珀天は即座に答えた。

 

 

「弱き者をいたぶるからよ。貴様は何度も儂らの攻撃を無傷で受け、雑魚だ無駄だと罵る。これはもう鬼畜の所業だ」

 

 

 帰ってきたのはそんな言葉。なんとまあこじつけがましいものだ。哀れすぎて逆に涙が出てくる。

 

 というか、それだと自分が弱いと暴露しているようなものだが、それでいいのか?

 

 

「貴様が善きものだというのならせめて一回ぐらいは傷ついてやるのが人の道というもの。それをしないということは、貴様は正真正銘の極悪人ということにほかならない証拠ぞ」

 

 

 つまり、こういうことか。俺が強すぎるのが悪いと。

 

 自分の弱さを棚に上げて、よくもまあそこまで言えたものだな。

 

 

「くくく、くはははは!」

 

 

 あまりにも面白すぎて笑いがこぼれる。

 

 

「きさま、いつから道化になった?鬼よりも、そちらのほうが貴様には向いているぞ」

 

 

 そう挑発してやると、激昂したように憎珀天は再び字を叩く。

 

 それに呼応するように、木竜から音波と雷が俺に向かって放たれた。その数、四体に分裂していた先ほどの比ではない。

 

 俺は真正面からそれらを受ける。おそらく強化されているであろう雷も音波も、しかし俺を傷つけることは出来ない。

 

 

「いい加減諦めるのだな。たとえお前が一万回攻撃しようとも俺の身体には傷一つつかぬ」

 

 

「黙れ……」

 

 

 俺は、ゆっくりと憎珀天に歩み寄る。その俺に対して、五体の木竜がすさまじい勢いで襲い掛かった。

 

 前方から音波が、雷が、豪風が雨あられのように降り注ぐ。しかし威力はお粗末なもの。体で受けるか。

 

 と、そこで、俺は天元との約束を思い出した。確か、音の呼吸を使って鬼を討伐しなければ、音の呼吸習得を認めてくれないのだったな。

 

 仕方ない。と、俺は今まで存在を忘れていた二対の日輪刀を握りしめる。

 

――音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

 俺は天元に託された日輪刀を高速で振るう。すると、けたたましい爆発と無数の斬撃が、木竜から放たれた複数の攻撃を完全に無効化した。

 

 ふむ。爆発すると言っていたが、まあまあ強威力だな。これを鬼が食らったら、ひとたまりもあるまい。

 

 

「――ッ!?貴様、呼吸を使えるのか!?」

 

 

「なに、こちらの都合だ。気にするな」

 

 

 驚愕する憎珀天の言葉を軽く流し、俺は再び歩を歩む。

 

 

「それよりも、お前に呼吸のことを驚けるだけの余裕があるのか?お前の攻撃は通じない。先ほども言ったが、ただの無駄だ」

 

 

「極悪人が……黙れぇっ……!」

 

 

――血鬼術 無間業樹!

 

 憎珀天が三度「憎」の文字を強く叩く。

 

 すると、地面からさらに十の木竜が現れた。先の五体と合わせて十五か。なかなか頑張るではないか。

 

 

「死……ねぇぇぇぇ!!」

 

 

 憎珀天の極限まで憎しみがこもったような叫びと同時に、先ほどとは比べ物にならない数の技が全方位から襲い掛かる。

 

 三つは大量の雷を放出し、四つは超音波を発し、三つは豪風で俺を押しつぶそうとする。

 

 残りの五つは俺を喰らい潰そうと直接襲い掛かってきた。

 

 音波や雷、豪風は全くもって問題がないのだが、問題は木竜の直接攻撃。

 

 噛みつかれても何ともないが、正直、少しうっとうしい。

 

 俺は、日輪刀を地面に突き刺し、左右から襲い掛かり、俺を圧し潰そうとする木竜の頭をそれぞれ片手で受け止める。

 

 

「――!?」

 

 

「ふむ、軽いな」

 

 

 木竜の一撃は驚くほど軽かった。このまま歩いたほうが早かったかと、少し思う。

 

 まあ、どちらにせよ関係はないか。

 

 俺は二体の木竜の頭をつかみ、根元から引っこ抜いた。

 

 

「ひ……引っこ抜いた……?」

 

 

 そのまま残り三方から襲い掛かる木竜にたたきつける。あっけなく木竜は粉々に砕け散った。

 

 

「粉々に……く……だい……た……?」

 

 

「周りを少し掃除するか。少しうっとうしい」

 

 

 二体の木竜を持ち上げ、跳躍し、そのまま周りの木竜に回転しながら突っ込む。

 

 ダッガッガッガッガガガガガァァァァンッと轟音が何度も鳴り響き、木竜と木竜が叩きつけられ、両者が互いにボロボロになっていく。

 

 ちょうど手にあった木竜が粉々になったころには、周りの木竜もすべて砕け散り、すっきりしていた。

 

 

「……な……え……あ……」

 

 

 憎珀天は驚愕で開いた口がふさがっていなかった。

 

 俺は元の位置に降り立ち、日輪刀を引っこ抜く。

 

 

「そろそろ終わりにするか。このやり取りはもう飽きた」

 

 

 俺は一足飛びに憎珀天に駆け寄る。

 

 

「な!?く、喰らえ!」

 

 

 いきなり加速する俺に驚いたのか、憎珀天は慌てて口から超音波を発した。

 

 

「だから効かないと言っているだろう」

 

 

 俺は超音波を無視し、そのまま憎珀天の頸目掛け、赤き日輪刀をふるう。

 

 

「ギャッ……!?」

 

 

 空中に、いったいの鬼の頸がくるくると舞った。

 

 しかし、これで終わりとは限らない。この鬼は最初の老人のように、頸を斬っても死なないかもしれぬ。

 

 見ると、憎珀天の頸は切り離されてはいるものの、死ぬ様子はない。

 

 全く、どうしたら死ぬのだ?やはり陽光に当てるのが一番よいが、どうもそれだけとは思えぬ。

 

 この鬼には、何かある。そう俺の勘は訴えているのだ。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!熱い!熱い!なんだこれは!?治らぬ!」

 

 

 すると、憎珀天の頸からこの世と思えない悲鳴が漏れた。苦悶の表情を浮かべている。

 

 ふむ。確かに憎珀天の頸は、治る様子がない。死なないのなら、治せることが出来るだろうに。

 

 そして、なぜそこまで苦しむ?この鬼はあの老人鬼よりも精神的には強いはずだ。

 

 老人鬼が苦しまず、憎珀天が苦しむ。いったいなぜだ?

 

 老人鬼と憎珀天はともに頸を一度斬られている。しかし、斬った者は違う。老人鬼は天元、憎珀天は俺。

 

 おそらく、ここに首が治らぬ理由があるはずだ。俺と天元の違い、違い、違い……。俺は思考の深奥に潜る。

 

――な……なんで日輪刀の色変わってんだ……?

 

 突然、天元の言葉が俺の頭にフラッシュバックした。もしや、これか。

 

 俺は手に握られた日輪刀を見る。相変わらず色は赤く染まっていた。

 

 天元の日輪刀と俺の日輪刀は全く一緒。唯一の違いは、日輪刀の色。そういうことか。

 

 恐らく、二度目に日輪刀の色が変わるとき、日輪刀は鬼を殺すほかに、もう一つの特性を得る。

 

 鬼の再生阻害、もしくは、それに準ずる特性。間違いないだろう。

 

 発現条件はまだ不明だが、近々わかるだろう。状況を顧みれば、すぐに思い当たる節が見つかるに違いない。

 

 まあ、死なず、再生せずというこの状況は俺にとってありがたい。

 

 

「なぜ……なぜだ……なぜ治らぬ……」

 

 

 俺は、いまだにそんなうめき声を出す憎珀天に近寄る。

 

 

「さて、憎珀天。お前は先ほど、俺のことを極悪人と呼んだな?」

 

 

「そ……それが……痛いぃ……」

 

 

「その通りだ。俺は極悪人だ」

 

 

 憎珀天が驚いたように俺を見る。

 

 お前が自分で言ったのだから、そんな顔をしなくともよいだろうに。

 

 

「お前は本物の極悪人を知らないのだろう?そんなお前に朗報だ」

 

 

 俺は憎珀天の顔を見据え、笑った。

 

 

「ヒッ……」

 

 

 憎珀天の顔に脅えが浮かぶ。憎しみなど、もうそこには微塵もなかった。

 

 

「お前の頭に叩き込んでやる。本物の極悪人というやつをな」

 

 

 




憎珀天のこじつけにめっちゃ頭使った……。これでいいかな……?


魔王学院の大正コソコソ噂話

カナエに日輪刀を渡されていた時も一応赫刀化しています。

だけど、日輪刀の黒のほうが強すぎて、赤色が出ていません。

性能自体は問題ありません。むしろ、縁壱以上に赫刀の性能があります。


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戦場の理

フライング魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様の赫刀で斬られると、雑魚鬼だろうと鬼舞辻無惨だろうと、鬼の力ではもう二度と治せないぞ!

分裂したとしても治らないのは変わらないぞ!




上弦襲来編後編!

半天狗はどうなってしまうのか。


「俺は今まで幾万もの命を奪ってきた。それほどの命を奪った俺が善人であろうはずがない。貴様の言うとおり、極悪人だ」

 

 

「……う……あ……」

 

 

「貴様が極悪人の理由を言った時、俺はとても拍子抜けした。まさか、そんな理由で俺が極悪人扱いされるとはな。ならば、俺は極悪人を超えた何かということになる。まあ、それでも俺は構わないがな」

 

 

「い……が……ああ……」

 

 

「せめて何か喋れ。と言っても、この有様ではな」

 

 

 俺は憎珀天に向かって喋りかける。しかし、憎珀天はうめき声しかその口から漏らさない。

 

 いや、そこにあるのは、口だけとなった憎珀天だった。

 

 周りには、かつて憎珀天だった肉片がサイコロのようにゴロゴロ転がっていた。

 

 憎珀天は、いくら切り刻んでも死ななかった。頸を斬っても死ななかったのだから、別のところに急所があるのかもしれないと思ったのだが、それも間違いだった。

 

 とはいえ、この赤い日輪刀の効果で再生も出来なく、灼けるような痛みを常時感じているのだから、死んだほうがましだと言うべきか。

 

 口だけは、言葉を喋ることができるように、斬らないでおいてやった。

 

 すると、そこらに転がった憎珀天の目の一つが、弱弱しく俺を見る。

 

 

「……し……れ……」

 

 

 憎珀天の口から弱弱しい声が漏れ出た。

 

 

「聞こえぬぞ。何か言いたいのならはっきりと、声に出して言うことだな」

 

 

 瞳に絶望と諦観を映しながら、弱弱しく、しかし辛うじて聞こえる声で、憎珀天は言った。

 

 

「殺……し……て……くれ……。もう……終わりに……して……くれ……」

 

 

 口から漏れ出たのは、懇願するような声だった。

 

 恨みも憎悪も消え果て、ただこの苦痛から解放されたい、そんな響きだ。

 

 

「ほう。ではお前に聞くが、今まで何人の人間がお前によって苦しめられたと思う?」

 

 

 俺は憎珀天の目に日輪刀を突き刺す。ジュウウッという音とともに、目が一つ、潰された。

 

 

「グッ……ギャアアアッッ!!!!」

 

 

 悲鳴が溢れる。しかし、こいつらに殺された人間の苦しみはこの比ではない。

 

 

「まだまだ元気ではないか。もう一つも潰しておくか?」

 

 

 俺はもう一つの瞳に刃を向ける。その瞳が恐怖を感じたかのようにブルブルと震える。

 

 

「待っ……わ……儂が……悪かった……だ……から……」

 

 

「口に気をつけろ。お前は今、俺にすべてを握られている状態だ。喋りたいのなら、相応の注意をしながら喋るのだな。でなければ、お前は喋ることが出来ないまま、永遠に苦しみ続けるものと思え」

 

 

 口を吊り上げ、嗜虐的に笑いながら俺は憎珀天に警告する。

 

 転がった瞳には、恐怖がありありと浮かんでいた。

 

 

「わ……儂が……悪う……ござい……ました……全部……極悪人……と言った……ことも……取り消しまする……だから……もう……」

 

 

 瞳から涙がポロポロとこぼれ出る。声にも懺悔の気持ちがいっぱいに含まれていた。

 

 

「貴様がなんと言おうと、お前を殺せないのは変わりがない。それとも、まさかお前が教えてくれるのか?」

 

 

「本体が……おります……。それを……殺せば……」

 

 

 まさか本当に教えるとはな。よっぽど苦しみから逃れたいらしい。

 

 それにしても、いくら殺しても死なないとは思っていたが、本体がいるのか。

 

 恐らく、本体はあまり強くないのだろう。でなければ、戦いに参加するだろうからな。逃げに徹していると考えるのが妥当か。

 

 これで、上弦の肆の戦い方が見えた。頸を斬っても死なない喜怒哀楽の四体で隊士を追い詰め、自分は安全なところにいる。

 

 厄介な戦い方だ。相手が俺でなければな。

 

 

「本体は……貴方様の……背後……に……」

 

 

 位置まで教えるのか。本体は隠れているというのに、まさか自分の分身から教えられるとは思ってもみないだろう。

 

 

「は……や……く……」

 

 

「では問うが」

 

 

 俺は憎珀天の瞳を持ち上げ、その目に聞いた。

 

 

「いくら自分とはいえ、仲間を裏切り、情報を売ったお前が、そんな楽に死ねると思うか?」

 

 

「……え……」

 

 

 憎珀天の口から言葉が失われる。

 

 俺はもう一つ、憎珀天の口を持ち上げ、その両方とも宙に投げた。

 

 

「そん……待っ……」

 

 

「なに、すぐに本体も殺す。少し苦痛の度合いが増えるだけだ。鬼だというのなら、それぐらいは我慢して見せよ」

 

 

 そのまま俺は口と瞳を赤き日輪刀で木っ端みじんに切り裂いた。

 

 叫ぼうと思っても、粉々になった口では声を発することは出来ない。

 

 もう憎珀天が声を発することはなかった。

 

 しかし、肉片になろうとも、憎珀天は生きている。死ぬことが出来ない。

 

 死ねないというのはある意味別の地獄だ。死んだほうが救済となる場面も、この世にはある。

 

 皮肉だな。鬼と言う体質が、この苦しみから逃れることを出来ないでいるのだから。

 

 しかし、今考えるべきは本体の討伐。いくら憎珀天が苦しもうとも、おそらく本体にはあまり影響が言ってないものと思われる。

 

 今逃がしてしまえば、また人を襲うかもしれぬからな。

 

 

「本体は、俺の背後だと奴は言っていたか」

 

 

 俺は後ろに振り向く。

 

 よく目を凝らすと、木の陰に小さな、それこそ手のひらに収まるぐらい小さい老人の鬼が隠れていた。

 

 その姿は、分裂する前の最初の老人鬼と同じ容姿だった。

 

 小さいな。俺でなければ見つけるのも困難だっただろう。

 

 

「ヒッ……」

 

 

 向こうも俺が見つけたことに気付いたのか、一目散に逃げだす。その小さい体からは想像できぬほどの速度で奴は俺から距離を取ろうとする。

 

 しかし、逃げる速度は天元のそれよりもはるかに遅い。この程度なら楽に殺せる。

 

 

「遅いな」

 

 

 俺は老人鬼の正面に回り込む。口からは「怯」の文字が見えた。

 

 そのまま小指の太さぐらいしかない頸に日輪刀を叩きこもうとする。

 

 

「お前は……儂がかわいそうだとは思わんのかアアア!!!」

 

 

 刀が老人鬼の頸を斬り飛ばすその直前、老人鬼が急に巨大化し、二メートルほどの大きさに変化した。

 

 

「弱い者いじめを……するなアアアア!!!」

 

 

 そのまま、その大きな手で俺を握りつぶそうと襲い掛かってくる。

 

 しかし、動きは非常に鈍い。避けるまでもなく、俺は二本の腕を俺は横一閃に切り裂いた。

 

 

「貴様の言葉は何もかもが理解に遠い」

 

 

「ガッ……」

 

 

 腕を切り落とされたことで、老人鬼がよろめく。

 

 可哀そう?弱い者いじめ?まったく、こいつは何を言っているのか。

 

 

「戦場とは、弱肉強食の世界。弱き者は駆逐され、強き者が君臨する」

 

 

 俺はそのまま老人鬼の頸を薙いだ。

 

 頸が飛ぶ。しかし、死ぬ気配が感じない。口から見える文字は「恨」。

 

 本体は確か「怯」だったか。つまり、こいつも本体ではない。

 

 

「戦いとは、そういうものだ。そこに憐憫や同情などの感情は塵芥とも存在しない」

 

 

 しかし、逃げたわけでもないだろう。逃げたなら、俺がもう発見している。たとえ小さいとはいえ、その気配を逃すような俺ではない。

 

 「恨」の鬼は、「怯」の鬼が巨大化した姿。つまり、体内にいる可能性が高い。

 

 俺は魔眼()を使い、鬼の身体を透視する。

 

 ふむ、そこか。まさか心臓の中に隠れ潜んでいるとはな。

 

 

「貴様が俺たちに戦いを挑んだ時点でここは戦場と化している。お前の理屈はもはや通用しない」

 

 

 俺は首なしの鬼の体の中に手を突っ込み、心臓を握りつぶし、本体を引きずり出す。

 

 

「ヒ……」

 

 

 手の中で「怯」の鬼が悲鳴を上げる。手のひらから逃れようとするが、その小さき体でできることはたかが知れている。少し握りしめてやるだけで、鬼の動きは簡単に止まった。

 

 俺はその小さな体を宙に投げ飛ばした。そして、手の中にある日輪刀を構える。

 

 

「貴様が弱い者いじめをされたくないのなら、俺に戦いを挑むべきではなかった」

 

 

 俺はそのままその細き小さき頸を日輪刀で一息に斬り飛ばした。

 

 最後、鬼の顔に浮かぶのは驚愕の表情。しかし、その口から悲鳴が上がることはなかった。

 

 そして次の瞬間、目の前の頸なしの鬼の身体と手の中の小さき鬼の身体が灰となって消滅した。

 

 上弦の肆は、死んだのだ。今度こそ。もう再生することもない。

 

 

 

「俺に戦いを挑んだ時点で、お前の敗北は確定していたのだからな」

 

 

 




魔王、滅殺一体目――


もういっちょ魔王学院の大正コソコソ噂話

アノス様は透視ができるぞ!詳しくは漫画一巻の巻末小説に書いてあるぞ!


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緊急搬送

祝!鬼滅の刃と魔王学院の不適合者、両作品アニメ二期決定!

うれしいですね!

絶対見よ!

本編はちょっと短めかな?


 掌の中でかつて上弦の鬼だったものが灰となって崩れ落ちていく。

 

 鬼が日輪刀で斬られ死ぬとこうなるのか。なかなかに哀れだな。

 

 向こうからも戦闘音が消えた。これで、ここでの戦闘はすべて終了した。

 

 俺は、天元のもとに向かった。聞きなれた声が小さく聞こえた。 

 

 天元とその嫁たちはかつて屋敷があった場所に座っていた。鬼の姿はない。天元がすべて倒したのだろう。

 

 

「よー、アノス……お前、無事だったか」

 

 

「くはは。俺の心配をすることほど、無駄なことはないぞ」

 

 

「そうみてえだな……見た感じ無傷だし」

 

 

「傷ついているのは俺ではなく、お前のほうだろう、天元」

 

 

「あー……まあ、そうかもな……。嫁が援護していなかったら俺死んでたわこれ」

 

 

 天元の身体は、ボロボロだった。

 

 身体には至る所に裂傷が走り、地面は赤く染まっている。顔も青い。かなりの血を流したのだろう。

 

 二十体ものの鬼を相手したのだ。その中には血鬼術を使う鬼も少なからずはいただろう。天元の実力では、死んでいてもおかしくはなかったかもしれんな。

 

 三人の嫁たちは必死で天元の治療をしていた。

 

 

「いやあああああああ!!死んじゃヤですよ天元様あああああ!!!!!」

 

 

「不吉なこと言うな須磨ァ!!!!口よりも手を動かしなさい!」

 

 

「まずいです!この傷では、早急に蝶屋敷に搬送しないと、危険です!隠の方に今、緊急で要請しているのですが、ここの周りにはいないらしく、遅れるとの連絡が……」

 

 

 治療を終え、天元を包帯でぐるぐる巻きにした雛鶴が深刻な顔をする。

 

 

「なら、俺が蝶屋敷に連れていく」

 

 

「え、アノスさん、でも……」

 

 

 俺は天元を背中で抱える。雛鶴が心配そうな顔をしているが、問題ない。

 

 

「俺ならばすぐに蝶屋敷に連れて行ける。お前たちは隠に説明をした後でいいから、ついて来い」

 

 

 そう三人に言い残し、俺は地面を蹴った。

 

 

「なっ……う、うおああああああああああ!?」

 

 

「口を閉じていろ。舌をかみ切るぞ」

 

 

 俺は夜の闇の中を、すさまじい速度で駆ける。その速度は、昼に天元が走った速度とは比べ物にならない。

 

 二秒で山を下り、直線の道を一秒で駆け抜ける。

 

 そのあまりの速度に、背中の天元が悲鳴を上げた。

 

 周囲の景色がすさまじい勢いで流れていく。しかし、これでも天元に影響が出ないように慎重に運んでいるのだ。

 

 走り出して数十秒。眼前には見覚えのある屋敷が建っていた。

 

 

「す……すげ……」

 

 

 天元は絶句していた。

 

 俺は急いでアオイの元へ向かう。今の時間なら、まだ彼女は寝ていない。

 

 

「あ、アノスさん帰ってきたんですか?今日は音柱様のお屋敷に泊まるものだと……お、音柱様!?」

 

 

 アオイはカナヲと廊下を歩いていた。湯気が二人から立っている。どうやら風呂上がりのようだ。

 

 俺に気付いたのか、二人は俺に話しかける。

 

 しかし、すぐに背中の天元に気付いたのか、アオイは軽くうろたえた。カナヲも言葉には出さないが、驚愕の表情をしている。

 

 

「急患だ。治療を頼む。失血が多い。すぐに輸血をしなければ死ぬ可能性がある」

 

 

「分かりました。カナヲ、輸血袋、何袋か持ってきて、お願い」

 

 

 真剣な顔になったアオイはすぐにカナヲに指示を出した。カナヲがどこかに行ったかと思うと、赤い袋を何個か持ってきた。あれが輸血袋だろう。

 

 

「アノスさんも治療室に来てください。私たちの力では音柱様を運ぶことは出来ませんので」

 

 

 俺は治療室に天元を連れていき、寝台に乗せた。

 

 

「では、あとは私たちが治療します。アノスさんは風呂に入ってください。結構服も汚れていますし」

 

 

 自分の服を見ると、可楽の突風で巻き上がった泥や、天元の血で確かに汚れていた。

 

 まあ、鬼の襲撃で天元の家では風呂にも入れなかったしな。言葉に甘えるか。

 

 風呂から上がると、天元は寝かせられていた。腕からは管が伸びており、それが先ほどの輸血袋につながっていた。

 

 天元の寝顔は穏やかなものだった。

 

 

「処置が適切だったのと、アノスさんの搬送が早くて助かりました。あと五分遅ければ死んでいたかもしれません」

 

 

 隣に立つアオイがそんなことを口にする。

 

 

「そういえば、カナエとしのぶはどうだ?傷は大したことがなかっただろう」

 

 

 俺はアオイに聞いた。

 

 確か、カナエとしのぶは昼間の稽古の疲労で寝ているのだったか。強くは打ったが、ちゃんと加減している。骨は折れていないはずだ。

 

 

「カナエ様としのぶ様なら、今も寝ています。傷は、打撲と擦り傷が多いですね。あとは、筋肉痛でしょうか」

 

 

 そこでいったんアオイは言葉を切り、こちらをジトッとした目でにらみつける。

 

 

「全く……何をしたらあそこまでボロボロになるんですか」

 

 

「なに、軽いチャンバラだ」

 

 

「絶対違うと思うんですけど……」

 

 

 別に違わないが。

 

 

「俺はもう少し起きているが、アオイとカナヲはどうする?寝るのか?」

 

 

「はい。もう遅いですし、明日のために今日はもう寝ます。万が一、急患が運ばれてきたときは、起こしてください」

 

 

 そう言って、アオイは部屋から出て行った。カナヲも恐らく寝たのだろう。

 

 しばらく自分の部屋で待っていると、戸がノックされる音が外から響いた。

 

 外に出ると、天元の嫁たちが息も絶え絶えになりながらそこに立っていた。

 

 

「あ、アノスさん、速すぎますって……。こっち、結構無理したんですよ……。それで、天元様は……?」

 

 

「無事だ。状態は安定している」

 

 

 そう告げると、三人は「よかったぁ~」と安堵の声をこぼした。

 

 

「今日はもう遅い。ここに泊って行け」

 

 

「そうですね……」

 

 

 三人を部屋に案内した後、俺も自分の部屋に戻り、布団に潜り込む。

 

 しかし、上弦の肆であの程度か。この世界には、強者はいないのかもしれぬな。

 

 しかし、もし俺が満足に戦えるものがいたのならば、存分に戦ってみたいものだ。

 

 そう思いながら、俺は静かに意識を手放した。

 

 




魔王学院の大正コソコソ噂話

二十体の鬼はすべて、血鬼術を使う異能の鬼だ!





お知らせ

今までの話を読み返して、ちょっと直したいなと思うシーンが多々あったので、しばらくそちらを直すことにに専念したいと思います。

この作品を読んでいる皆さんに、どこが変わったのかと、もう一回見直してくれるならば幸いです。


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朝のひと時

カナエさん視点なのです。


「ん……うう……」

 

 

 朝日が私の目を刺す。雀の鳴き声がかすかに聞こえる。

 

 深い眠りの底から意識がゆっくりと浮き上がっていく。こうなってしまうともう抗うすべはない。

 

 眠りの底に戻るのを諦め、私は重い瞼を開く。瞳に映ったのは、見知った天井。

 

 そうだ、私はアノスとの稽古で、気絶してそのまま寝ちゃったのだ。

 

 いつまでも寝てはいられない。今日もやるべきことがある。

 

 そう思い、体を起こそうとする。しかし、体を起こそうとすると体に鋭い痛みが走った。

 

 

「痛ッ……!」

 

 

 どうやら、身体にはまだ昨日の痛みが残っている。いや、それだけじゃない。昨日の痛みに加えて、筋肉痛も加わっている。

 

 だけど、このぐらいなら多少は動きに阻害が出るかもしれないけど、我慢できる痛さだ。

 

 痛む体を何とか起こして、周りを見渡す。

 

 やはり、ここは蝶屋敷の療養室。私はベッドの一つに寝かせられていた。

 

 隣にはしのぶが寝かせられていた。すうすうと寝息を立てている。

 

 私もしのぶも、入院用の服に着替えさせられ、身体の所々に包帯が巻かれていた。寝ている間に治療されていたようだった。

 

 なんとなしに私は時計を見る。外はまだ明るいから、寝ていたのは三時間ぐらいだろうか。

 

 

「……え?」

 

 

 思わず声が漏れた。

 

 時計の短針が指していた数字は九。私としのぶがアノスと稽古をしていたのは、朝の十時ぐらい。

 

 時間が巻き戻っている。というより――

 

 

 

「私、一日寝ちゃってたのね……」

 

 

 その結論に思い至るほかなかった。私は自身の寝坊助ぶりに唖然とする。

 

 

「んん……姉さん……?」

 

 

 私がその事実に唖然としていると、隣から妹の声が聞こえた。

 

 

「姉さんも今起きたところ……痛ッ!」

 

 

 しのぶからも悲鳴が上がる。傷の具合は同じと言ったところかな。

 

 

「よいしょ……と」

 

 

 痛む体を無理やり動かし、しのぶも何とか起き上がった。

 

 

「どうやら、私たちは一日寝てたわ。しかもぐっすり」

 

 

 その事実をしのぶに告げたところで、急激に飢餓感が私のおなかに襲ってきた。

 

 それはしのぶも同じだったようで、おなかから盛大に空腹を示す音が鳴った。

 

 

「お、お腹空いた……」

 

 

「わ、私も……」

 

 

 考えてみれば、昨日は何も口にしていないのだ。お腹が空いて当然だ。

 

 ほとんど飢えに近いような空腹感を味わいながら、ご飯の到着を今か今かと待つ。

 

 

「起きたか、カナエ、しのぶ」

 

 

 そこに現れたのは救世主。手にしたお盆にはおにぎりが乗ったお皿とお茶が入った急須がのっていた。

 

 

「腹が減っただろうと思ってな。朝食を持ってきてやったぞ」

 

 

「おにぎり……?まさか、アノスが作ったの……?」

 

 

 アノスが作ったおにぎり。何とは言わないけど、魅力がある。

 

 別に何とは言わないけど。

 

 

「アオイに頼まれてな。まあ、この程度など朝飯前だ。朝飯は既に食ったがな」

 

 

 私は心の中で歓喜した。ありがとうございます。

 

 私は目の前に置かれた皿からおにぎりを一つ取り、口に運ぶ。握ったばかりなのか、まだほんのり温かい。

 

 

「ん、おいしい」

 

 

 ちょうどいい塩加減、握り具合も絶妙。これなら何個でも食べられそう。

 

 あっという間に一個食べ終わる。さて二個目、とおにぎりに手を伸ばしたところで、

 

 

「姉さんだけずるいですよ!私にもおにぎりください!」

 

 

 耐えきれなくなったしのぶがこちらにもと催促する。

 

 アノスがしのぶの前にもおにぎりがのったお皿を置くと、しのぶはあっという間に二個食べた。

 

 私以上にお腹が空いていたらしい。

 

 それからしばらく、私としのぶはアノスのおいしいおにぎりに舌鼓を打った。

 

 おにぎりの具も、梅干し、鮭の塩焼き、昆布、生姜の佃煮などがあり、飽きずに食べることが出来た。

 

 

「ふ―……満足したわ……」

 

 

「私も……」

 

 

 皿の上のおにぎりをすべて平らげ、食後の茶を飲みながらまったりしていた。

 

 アノスは私の隣のベッドに腰かけている。

 

 

「足りないのならまた作ってやるぞ。まだ材料はあるしな」

 

 

「今はいいわ。けど、あのおにぎりはおいしかったわ。なんかコツがあるの?」

 

 

「別にないな。普通に握っているだけだ」

 

 

「普通って、どういうことなんですか……?」

 

 

「さあな。ってかこれほんとにうめえな。十個追加で作ってくれよ」

 

 

 ……ん?

 

 今、別の声が聞こえたような……?

 

 部屋を見渡す。すると、アノスの隣に人影が。

 

 

「お、音柱様!?いつの間に!?」

 

 

 そこには、手にした皿に乗ったおにぎりをものすごい勢いで平らげる音柱・宇随天元の姿があった。

 

 

「天元、お前には二十個ほど作っただろう」

 

 

「足んねーよ。あと雛鶴たちの分も作ってやってくれ。あいつらももうすぐ起きるだろうからよ」

 

 

「宇随さん……気配を消さないでください」

 

 

 彼は元忍。気配を消すことは容易でしょうが、流石にいきなりやられると驚く。

 

 しかし、よく見てみると、宇随さんの身体は包帯でぐるぐる巻きにされていて、見るからに重傷だった。

 

 ついでに宝石が彩られた額あても外されていて、髪が下ろされている。

 

 髪をおろした宇随さんを見るのは初めてだったけど、奥さんが三人いるのも納得できるぐらい顔が整っていた。

 

 顔が整っていて、奥さんも三人いるって、本当どういうことなんだろう。

 

 

「宇随さん、その体で動かないでくださいよ。傷が開きますよ」

 

 

「けどよ、ベッドに寝た切りってのはなんか性に合わねーんだよな」

 

 

 しのぶが口をとがらせるけど、どこ吹く風。

 

 ていうか、そういう問題じゃない。けど、なんで宇随さんがここまでの大けがを……?

 

 

「そういや、昨日聞くの忘れたんだが、お前結局アイツ倒せたのか?」

 

 

「ああ、倒せたぞ。逃げ回っていたが、しょせん俺の敵ではなかったな」

 

 

「はは……。お前すげえな……」

 

 

 宇随さんの目から感情が消える。何があったのだろうか。少なくとも鬼関連であることは間違いない。

 

 

「あの、昨日何があったんですか?」

 

 

 私は二人の会話に介入する。宇随さんがそこまでの傷を負うなんて、それこそ十二鬼月の上弦でも現れたのだろうか。

 

 

「鬼の集団が俺の家に襲撃してきたんだよ……。おかげで家がぶっ壊れてさ……」

 

 

 宇随さんが哀愁を漂わせながら私の質問に答えてくれた。

 

 家が全壊……。ちょっと宇随さんに同情してしまう。

 

 というか、鬼の襲撃があったなんて。

 

 私としのぶは詳しい話を二人から聞いた。

 

 

「俺と天元の屋敷に鬼が襲撃してきてな。鬼が二十体ほどと、上弦の肆だったか」

 

 

「……は!?あいつ、上弦の肆だったの!?よく倒せた……ああ、そういやお前上弦の弐ボコボコにしてんだったな……」

 

 

 宇随さんが声を荒げたかと思ったら自分で勝手に納得してしまった。

 

 だけど私は、アノスが口にした上弦の肆という言葉に驚愕する。

 

 まさか、自分の想像が当たるとは。

 

 

「上弦の肆!?あ、アノス、倒したの?」

 

 

「ああ。前は逃してしまったからな。今度は逃がさなかったぞ」

 

 

 アノスは犬でも払ってきたかのように話しているけど、上弦討伐というのはとんでもないこと。

 

 ここ百年、十二鬼月の上弦は討伐されていない。柱ですらも悉くやられている。

 

 上弦討伐がどれほどの偉業かがわかるだろう。

 

 私は、アノスの身体を隅々まで見る。しかし、どこにも傷は見当たらない。

 

 上弦の鬼を相手して無傷でいる人なんて、後にも先にもアノスぐらいだろう。

 

 まあ、アノスは出身が出身だけど。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。そもそもなんでアノスが宇随さんの家に?」

 

 

 上弦の肆を倒したということはアノスは宇随さんの家にいたということ。

 

 アノスが宇随さんの家にいる理由はないはずだ。

 

 

「何を言っている。天元から音の呼吸を教えてもらうと一昨日に言っただろう」

 

 

「……あっ」

 

 

 そういえばそんなことを言ってた。

 

 だとしても言った翌日に教わりに行くなんて予想できるわけない。

 

 でも、それを忘れていた私にも落ち度がある。

 

 

「確かにそうだったわ。それで、音の呼吸は習得できたの?」

 

 

 半ば予想できている答えを頭に浮かべながら私は成果を問いかけた。

 

 

「ああ。上弦の肆を倒すときに音の呼吸を使ったしな」

 

 

「こいつ一回見ただけで音の呼吸を覚えたんだぜ!?やばすぎるだろ!?」

 

 

「ああ、私たちもそれを経験してるので、もう慣れました」

 

 

 私としのぶは遠い目をする。あれは衝撃的だった。忘れたくても忘れられないだろう。

 

 

「!お前ら……」

 

 

 宇随さんは私たちの目を見ただけですべてを察したようだ。

 

 

「ったくよ……一日で覚えたってのは嘘じゃなかったってわけだ……」

 

 

 宇随さんがははは、と乾いた声で笑う。

 

 アノスさんの実力を目の当たりにした人は全員こんな顔をしているような気がする。

 

 すると、遠い目から舞い戻ってきたしのぶが、首を傾げた。

 

 

「それで、なんで音柱様はそんなにボロボロなんですか?」

 

 

「いやさ、二十体の鬼が全員血鬼術持ちでさ、しかもその全部が遠距離系とかの血鬼術でよ……いやらしかったぜ。雛鶴たちに援護してもらったんだが、それでも結構攻撃喰らっちまった」

 

 

 鬼が二十体で全員血鬼術持ち。上弦の肆の報告で印象が薄れてしまっているけど、脅威には違いない。全員倒すのはたとえ柱でも至難の業でしょう。

 

 さすが悲鳴嶼さんや煉獄さんに次ぐ古参の柱。その実力は確かなもの。

 

 

「だから俺が上弦の肆を倒して戻ってきたとき、お前は瀕死だったのか」

 

 

「おう。だからお前には感謝してるぜ。昨日は蝶屋敷まで運んでくれてありがとよ」

 

 

「なに、お前の生命力が強かっただけのことだ」

 

 

「瀕死って……ここから音柱様の家まで行くのに軽く一時間はかかりますよ!?」

 

 

 しのぶが驚いたように声を上げた。

 

 でも、確かに。瀕死の状態なら、一時間も持たないはず。

 

 まあ、アノスなら何とかなっちゃいそうな気はするけど。

 

 

「数十秒で着いた。あの程度の距離、あって無いようなものだ」

 

 

 ほら、思った通り。

 

 

 

「お前って、本気で走ったらどうなるんだよ……」

 

 

「知らぬ。まあ、あの程度の距離なら一瞬未満で着いただろうな」

 

 

「なんなんですか一瞬未満て……」

 

 

「俺に聞くな、俺に……」

 

 

 しのぶと宇随さんがアノスの実力に慄然とする中、私は宇随さんにあることを聞いた。

 

 

「宇随さん、このことは御館様には?」

 

 

「既に報告した。で、その返信がたった今来たばかりなんだが、アノスを含めた緊急柱合会議をやるらしい。議題は上弦の肆討伐について。それと……」

 

 

 一つ目は当然でしょう。なにせ上弦討伐。緊急で柱合会議をやってもおかしくありません。

 

 しかし、それ以外に何があるんでしょう……?

 

 宇随さんが、口を開きました。

 

 

「アノスが発現させた赤い刀についてだ。はるか昔、同じく日輪刀を赤くした人物がいたと鬼殺隊の文献に書き記してあったらしい」

 

 

 




赤い刀……?

一体どこの何壱さんなんでしょうねえ。


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緊急柱合会議

作者のキャラの呼び方

アノス・ヴォルディゴード→アノス様

産屋敷輝弥→御館様

鬼舞辻無惨→無惨様

シン・レグリア→シン先生

胡蝶カナエ→カナエさん

レイ・グランズドリィ→レイ君

胡蝶しのぶ→しのぶさん

エールドメード・ディティジョン→エールドメード先生

煉獄杏寿郎→煉獄さん

アルカナ→アルカナちゃん

黒死牟→兄上


 一ヶ月後――

 

 鬼殺隊の本拠地である産屋敷邸前に俺と柱たちは集まっていた。

 

 

「ったくよォ、こんな短期間に二回も柱合会議する羽目になるとはなァ」

 

 

 風柱、不死川実弥がぼやいた。

 

 

「仕方ないだろう。百年以上討伐されなかった上弦の鬼が討伐されたのだからな」

 

 

 答えるのは炎柱、煉獄槇寿郎。相変わらず酒の匂いを漂わせている。

 

 だが、前回の無気力な表情とは違い、少し気力が顔に戻っている。上弦の肆討伐が心に響いたのだろうか。

 

 

「それで、なぜ胡蝶と宇随は寝っ転がっているのだ」

 

 

「……それを聞くのかァ、冨岡……。せっかく見ないようにしてたってのによォ……。後言い方考えろ」

 

 

「その傷を見るに、疲れたわけではあるまい……。何かあったのか、カナエ、宇随」

 

 

 水柱の冨岡義勇、岩柱の悲鳴嶼行冥が天元とカナエに心配そうな視線を向けた。

 

 実弥は頭痛がしたのか、頭に手を当て、目をつぶっていた。

 

 

「だ……大丈夫です、悲鳴嶼さん……。これはそう、昨日までやっていた稽古のせいです……」

 

 

「おう……。もう少ししたら回復すると思うから、少し待っててくれ……」

 

 

 当の本人たちである天元とカナエは荒い息を吐きながら、地面に突っ伏していた。

 

 

「おいアノスゥ……。何をやったらこうなるってんだァ!?」

 

 

 実弥がその凶悪な瞳で俺を睨みつける。

 

 

「何をといわれてもな。ただの打ち込み稽古だ。貴様らもよくやっているだろう」

 

 

「んなわけねえだろうが!ただの打ち込み稽古でどうしたらここまでボロボロになるってんだァ!?」

 

 

 実弥は俺の言葉を頑なに信じようとしない。真実だというのにな。

 

 

「おい不死川……。そいつの言ってることは本当だ……。嘘はねえぞ」

 

 

「マジかよォ……」

 

 

 天元のつぶやきに実弥が呆然とする。

 

 あの日から一か月、俺はカナエとしのぶを徹底的に鍛えた。二人は「どうせ壊れるから」と言って蝶の髪飾りをつけずに稽古に臨むようになった。

 

 その彼女たちを俺は容赦なく木刀で吹きとばした。容赦なくと言っても、大きな怪我に繋がらない程度には手加減しているが。

 

 あの時、カナエは俺の剣を躱したが、二日目からは躱すことが出来なくなっていた。あれはたまたまだったようだ。まあ、それを常時できるようにする稽古なのだがな。

 

 一日吹き飛ばされまくり、稽古が終わるやいなや泥のように眠る。そのまま次の朝まで起きない。

 

 一か月、ひたすらこれを繰り返した。

 

 任務があればその日は稽古がなくなるため、しのぶは任務が来るのを心待ちにすることもしばしばあった。

 

 怪我のためまだ任務が届いていなかったカナエなど、

 

 

「ほんとにお願い!なんでもするから任務変わってしのぶ!」

 

 

「嫌よ姉さん!というか日輪刀届いてないから姉さんは任務に行けないでしょ!なんか知らないけど任務が私の一番の安らぎになりつつあるの!ねえどうして!?ほんとどうしてなの!?」

 

 

 としのぶと揉めていた。

 

 二人にしたらよほどきつかったらしい。この程度、これから行う稽古に比べたら序の口なのだがな。

 

 まあ、任務の翌日は稽古をさらにハードにしたが。

 

 稽古を見学していた天元には「派手にひでぇ」と結構な具合で引かれた。何故だ。

 

 そんなこんなだが、この一ヶ月でカナエとしのぶはそれぞれ一回ずつ俺の剣を躱すことが出来た。

 

 しのぶなど、最初に躱した時には信じられないような顔をして固まってしまっていた。直後に俺の一撃によって吹き飛ばされたが。

 

 三週間目、天元の傷が完治した。

 

 とはいえ、天元に住む家はない。ゆえに、新しい家が支給されるまで天元と嫁たちは蝶屋敷で過ごすことになった。

 

 しかし、ただ蝶屋敷で暮らすのはつまらない。

 

 俺は、天元にカナエたちと一緒に稽古に参加しないか、と提案してみた。

 

 

「マジかよ……あれ見てやろうとする奴はいねえと思うぞ」

 

 

「そんなことを言われてもな。それに、お前は柱だが、あの程度の鬼たちにやられるぐらいには弱い。これからも鬼殺隊の柱としてやっていくつもりがあるのなら、受けたほうがいい」

 

 

 天元は最初こそ断り気味だったが、俺の言葉を聞き、少し考えた末に稽古を受けることを決心した。

 

 そして天元が稽古を受けることになったその翌日。

 

 

「派手に一本取ってやるぜ!胡蝶たちよりも先になぐおあああああああああああ!!!!」

 

 

「「「て、天元様ぁーーー!!!」」」

 

 

 天元が勢いよく叫び、二本の木刀を構え、俺に斬りかかってくる。しかし、その一秒後にはその体が宙を舞っていた。宇随の嫁たちが叫んでいた。

 

 そのまま天元の身体が庭の壁に突っ込み、派手な音を立てた。

 

 

「姉さん姉さん。音柱様あんな啖呵切っておいて一秒でやられたんだけど」

 

 

「あれは仕方がないわよ……相手が相手だもの」

 

 

「ちょこれマジで痛いんだけど!え、これいっつも胡蝶たちに浴びせてたのお前!?派手にヤベエな!?」

 

 

「ふむ、吹き飛ばされてそれだけの口を叩けるなら、もう少し威力を上げても問題ないか」

 

 

「話聞けや!!問題大ありだよ!!!!」

 

 

 この日から、吹き飛ばされる人数が一人増えるようになった。

 

 治療する人数が増えたが、幸い天元には三人の嫁がいたため、天元の治療はそちらにやってもらうことにした。

 

 

「蝶屋敷って傷を治す屋敷のはずだよな……。俺ここに来てから傷めっちゃ負ってる気がするんだけど」

 

 

「宇随さん、それ言っちゃいますか……」

 

 

 カナエ、しのぶ、天元の三人が協力し、俺から一本取ろうとしても、全て木刀によって阻まれる。

 

 天元は柱の中でも古参なためか、俺の攻撃を躱すことも二、三度はあったが、それ以外はすべて天元を吹き飛ばした。

 

 そんな感じの稽古を柱合会議の前日までぶっ続けでやり通した。

 

 まあ、一本も取れないからと言って諦めずに毎日向かってきただけでもよしとするか。

 

 

「なんか死んだお父さんとお母さんが川の向こうで手を振っている夢を見た気が……」

 

 

「姉さんも見たのね……」

 

 

「俺は死んだ姉弟が手を振ってたわ……」

 

 

 カナエたちは診療室のベッドの上で、そのような話を何度かしていた。死んだ家族と会う夢とは、妙な夢を見るものだな。

 

 柱合会議を行う当日となったが、カナエと天元の疲労は取れていなかったらしく、隠の人々がわざわざ蝶屋敷邸まで足労して来てくれた。

 

 そして産屋敷邸に到着して、今に至るというわけだ。

 

 先ほどまで二人は地面にはいつくばっていたが、今はもう立ち上がっている。

 

 

「稽古はいいが、程々にするべきだ。我等は柱。柱がいつまでも怪我で寝込んでいては、倒せる鬼も倒せない」

 

 

「ふむ、肝に銘じておこう」

 

 

 行冥からそんな忠告をもらってしまったので、とりあえず返事しておく。

 

 確かに、怪我をしてもすぐ治せる俺の世界とはいかぬか。もう少し稽古の厳しさを和らげるとしよう。

 

 

「「助言ありがとうございます悲鳴嶼さん……」」

 

 

「嘘だろォ宇随さん……」

 

 

 天元とカナエが尊敬のまなざしで行冥を見ていた。そこまできつかったのか。

 

 実弥はそんな天元の様子に唖然としていた。

 

 

「御館様の御成です」

 

 

 そんな中でも、声が聞こえた瞬間、柱全員が膝をついた。

 

 無論、俺も膝をついている。

 

 鬼殺隊の長である産屋敷輝哉が襖から現れた。

 

 

「またここに呼び出してすまなかったね。私のかわいい剣士(こども)たち」

 

 

「そんなことはございません。御館様の命とあればどこにいようともすぐに駆け付けます」

 

 

 実弥が輝弥の謝罪を撤回する。忠誠心が並ではないな。

 

 まあ、それは他の柱も同じことか。

 

 

「カナエ、怪我は治ったみたいだね。これなら、もう任務を任せても大丈夫そうだ」

 

 

「はい、ありがとうございます。これからも御館様のために、この刀、振るわせていただきます」

 

 

 ちらりと輝哉が俺の方を見る。

 

 魔法でカナエを直したことは輝哉に伝えている。

 

 そのせいか、視線には感謝がこもっている気がした。

 

 

「早速、本題に入ろうか。アノス、彼の手で百数年ぶりに上弦の鬼を討ち、長きにわたる鬼殺隊の歴史を揺るがした。無論、天元の活躍も聞いているよ。血鬼術持ちの鬼を二十体討伐、これも賞賛すべき戦果。天元の家がなくなってしまったのは悲しいけれど、新しい屋敷を用意しておいたから、これからはそこに住むといいよ」

 

 

「何から何まで、ありがとうございます」

 

 

 天元が輝弥の賞賛に対して素直に礼を言う。

 

 

「犠牲も出ずに上弦の鬼とニ十体の血鬼術持ちの鬼を討伐できた。これで鬼側の戦力は相当に削られたはずだ」

 

 

 輝弥の声が心なしか上ずっているように聞こえる。

 

 まあ、興奮しても不思議ではない。なにせ、鬼殺隊が百年以上も殺すことが出来なかった上弦の鬼が討伐されたのだから。

 

 恐らく、あの程度の強さの鬼を向こう側は容易に生み出すことは出来ないのだろう。

 

 でなければ、十二鬼月などという制度を作ることはしなくてもよいはずなのだからな。

 

 すべての鬼が同じ強さを手に入れることが出来るのならばそのような制度はかえって邪魔になる。

 

 

「アノスは結果を出した。アノスをよく思わない者もいるかもしれないけど、これでアノスを鬼殺隊の一員とみなしてもらうきっかけになったと思うよ」

 

 

「……はっ」

 

 

 実弥が苦々しい顔で返事をする。実弥は俺に対してあまり好印象を持っていないようだったからな。

 

 最初が最初だからな。これからゆっくり打ち解けていけばいい。

 

 

「ここからが本題だ。アノスの日輪刀に起こった変化については既に皆に知らせた通りだと思う」

 

 

 上弦の肆討伐とともに柱には俺の日輪刀が赤くなったこと、そしてその効果について輝哉は通達していた。

 

 なんでも、天元が報告したその翌日には柱全員に知らせられたそうだ。

 

 

「確か……日輪刀が赤くなるという話でしたか」

 

 

「ああ。それに加え、赤くなった日輪刀で鬼を傷つけると、斬られた部分は再生しなくなっていた。おそらく、一種の再生阻害能力が付与されるのだろう」

 

 

 行冥の言葉に俺は付け加える。

 

 

「赤に変化したのなら、アノス殿は炎の呼吸に適性があるということではないのか?」

 

 

「いえ、それはあり得ません。アノスが日輪刀を手にした時、その色は黒に変化していました。第一、煉獄さんの日輪刀にはそのような効果はついていないのですから、従来のそれとは別物であると考えたほうがいいでしょう」

 

 

 炎柱である槇寿郎が俺の呼吸について推測するが、カナエが推論を否定する。

 

 

「黒……」

 

 

 黒という言葉を聞き、輝弥が何かを思案していた。

 

 

「俺がアノスに日輪刀を貸した時、もともと日輪刀の色が変化してたからな。その後に赤になったから適性云々の話じゃねえんじゃねえか」

 

 

「恐らくな。しかし、発現方法がいまだ不明でな」

 

 

「その赤い日輪刀を発現できれば鬼との戦いで有利になれるということだな……。その時に何か特別なことはしていないのか」

 

 

「いや、ただ持っていただけだな。別に特に記憶に残るようなことは何もしていない」

 

 

「御館様、それでその赤い刀を発現した人物が鬼殺隊の文献に乗っているというのは本当なのですか?」

 

 

 俺たちが赤い日輪刀について議論を続ける中、ふとカナエが輝弥に問うた。

 

 たしかに、その話をするために柱合会議を開いたのだったな。議論は後でもすることが出来る。今は話を聞くとしよう。

 

 

「うん、本当だよ」

 

 

 輝弥は肯定した。

 

 

「アノスに起こった現象について、鬼殺隊の古い文献に乗っていたのを最近発見してね。その説明をしようと思っていたんだ」

 

 

 輝弥はあまね、と名を呼んだ。

 

 すると、襖の奥から一人の女性が現れ出た。雲のように白い髪を持ち、整った顔立ちをしている。

 

 彼女は、輝弥の妻である産屋敷あまねだと事前にカナエから聞いている。

 

 

「鬼殺隊の当主が代々残してきた文献の一つに、アノス・ヴォルディゴード様と同じく日輪刀を赤くした者の名が記されておりました」

 

 

 儚げな声で、あまねはその者の名を口にした。

 

 

「その者の名は継国縁壱。始まりの剣士たちの一人で、鬼殺隊に全集中の呼吸を教えた者。そして、たった一人で鬼舞辻無惨を追い詰めたとされる剣士です」

 

 




ついに明かされた、名前―――

魔王学院の大正コソコソ噂話

御館様とアノス様はため口で喋って良い間柄だぞ!

御館様が許可したんだ!


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赫刀

カナエさんが童磨と戦った時系列については、いろいろ言われていますが、この作品は、原作で竈門一家が無惨に襲われた一年半前と考えています。

どうかご理解の上、読み進めていただけると幸いです。


 鬼舞辻無惨。

 

 その名を、俺はこの世界に来た初日に、カナエの口から聞いた。

 

 鬼はもともと人間であり、ある一人の存在によって鬼に変えられたのだという。

 

 その者の名は、鬼舞辻無惨。鬼の始祖であり、唯一人間を鬼へと変貌させられる存在。

 

 そして、その存在を、たった一人で追い詰めた人間、継国縁壱。

 

 俺と同じく、日輪刀を赤くすることが出来た剣士か。

 

 しかし、その人物はもうこの世には存在していないだろう。

 

 人間は寿命が短い。鬼がその気になれば、継国縁壱が死ぬまで隠れ潜むことが出来るだろうからな。

 

「それで、その継国縁壱なる人物についての情報は、何かあるのですか?」

 

 実弥があまねに問う。

 

 確かに、無惨を追い詰めた存在だというのなら、情報があってもおかしくはない。

 

 あまねは静かにうなずく。

 

「継国縁壱も、黒い日輪刀を所持していたこと、そして、既存の呼吸ではない呼吸を使っていたことなど、数点の事実が判明していますが、赤い刀については、発現したという情報以外、全く記されておりませんでした」

 

 場の空気が少し沈む。その空気を打ち破るように、俺は口を開いた。

 

「しかし、これであの赤い刀は、俺のような異世界人にだけ発現するようなものではなく、この世界の者たちでも発現できるということが分かったな」

 

 俺の言葉に、カナエが振り向く。

 

「つまり、私たちでも、あの赤い刀を発現できる……」

 

 そういうことだ。相変わらず、察しがいいな。 

 

「つってもよ、肝心の発現方法がわからねえんじゃどうにもならないぜ。お前とその継国縁壱ってやつとの共通点は何かないのか?」

 

 天元が口を挟む。

 

「日輪刀は?」

 

 唐突に、義勇が声を出した。

 

 日輪刀?ああ、色のことか。

 

「冨岡ァ……もう少し、言葉を増やしやがれェ!」

 

 遅れて気付いた実弥が、こめかみをヒクつかせる。

 

 ほかの柱も、なんともいえぬ視線を冨岡に向けていた。当の本人は、その視線を受け流していたが。

 

「確かに、アノスと継国縁壱の日輪刀の色はともに黒だったな……それではないのか?」

 

 行冥が数珠をジャリジャリと鳴らす。

 

「それも考えたのだが、俺が最初に赤い刀を発現させたのは天元の日輪刀だ。天元の日輪刀は橙。ならば日輪刀の色など関係はないだろう」

 

「じゃあよォ、なんで発現するのか心当たりはあるのかァ?」

 

「ある、と言えばあるのだが、それを確信に持っていくためには一つ確認することがある」

 

 俺はこの場にいる全員に聞いた。

 

「この世界では、人間と比較して鬼の強さはどれくらいなのだ?」

 

「そういうことだァ?なんでわざわざそんなこと今更聞くんだよォ」

 

 実弥がわけがわからないと言ったように疑問符を頭の上に浮かべる。

 

「まあ、下級の鬼だとしても、一般人よりははるかに強いわね。十二鬼月にもなると、鬼殺隊士でも太刀打ちできるかどうか怪しいわ。その中でも、十二鬼月の上弦は格が違う。アノスは簡単に倒せたと思うけど、上弦の弐に私がやられかけたことや、百年以上討伐されてこなかったことから、柱複数人で戦って、ようやく勝てるレベルだと推測されるわ」

 

 代わってカナエが鬼の強さについて簡単に説明してくれた。

 

「鬼舞辻無惨はすべての鬼の始祖。となれば、十二鬼月をも超えるほどの強さを持っているだろう。そんな存在が、ただ一人の鬼殺隊士によって追いつめられると思うのか?」

 

 無論、俺のように異世界から来たという点も考慮しているが、十中八九、ないだろう。

 

 では、なぜ継国縁壱は鬼舞辻無惨を追い詰めることが出来たのか。単純な話だ。

 

「かつて継国縁壱は鬼舞辻無惨を追い詰めることが出来た。その理由はただ一つ。継国縁壱が鬼舞辻無惨よりも強かった。それだけの話だ」

 

「そんな派手に馬鹿げた話なのか?それなら話は簡単だが、一番あり得ない可能性じゃねえか?」

 

 天元が俺の持論に待ったをかける。

 

「ありえない話ではない。俺がいた世界で俺という存在が生まれたのと同様に、この世界でも、遥か昔に規格外な実力を持った存在が生まれても何ら不思議ではない」

 

 俺のように、全てを超越した力を持った存在が、この世界でも生まれない保証はどこにもない。

 

 まあ、魔力を持っているわけではないだろうが、鬼をも超越した身体能力を持っていたのだろうな。

 

「それが本当だとして……それが赤い刀と何の関係がある?」

 

 行冥が数珠を鳴らす。

 

 俺は、皆に俺が考えた推論を話した。

 

「日輪刀が赤くなる条件として絶対なのは、日輪刀に何かの作用がかかることだ。そして、それが環境などの外的要因とは考えにくい。つまり、必然的に条件は俺たちが日輪刀に何かをすることで発生するものと考えられる」

 

 あの日、日輪刀が赤く変化してから、様々な場所、時間、環境で赤い刀を発現できるか試してみた。

 

 結果として、全ての場所、時間、環境で発現できたことから、外的要因はないと言っていいだろう。

 

「そして、俺たちが日輪刀を使うことにおいて、絶対にしなければいけないことは、日輪刀の柄を握ることだ。しかし、ただ握るだけでは赤い刀は発現しない。ただ握るだけならばとっくに発現しているだろう」

 

 しかし、あの時は、日輪刀を握ることのほかに何もしていない。

 

 握ることは絶対。しかし、ただ握るだけでは発現しない。

 

「しかし、俺や継国縁壱は人間離れした身体能力を持っている。ただ日輪刀を握るだけでも、その握る力は尋常ではないだろう。その万力の握力を込めて日輪刀を握りしめる。それにより発生する圧力を日輪刀に加えることこそが、あの赤い刀――いや、名付けるなら『赫刀』を発現させるための、条件と言えるだろう」

 

 この方法なら、たとえ日輪刀の色が何色だろうと、赫刀を発現することが可能だ。

 

「まあ、その方法なら他の要因とも矛盾しねーな。だけどよ、その方法が真実だったとして、どれぐらいの握力を加えたらその赫刀になるんだ?」

 

 天元が首を傾げる。

 

「一概には言いようがないが……」

 

 と言いながら地面に敷き詰めてある小石を一つ、手に取る。

 

 突然のその行為に、俺を除く全員が首を傾げた。

 

 俺はその小石を軽く握りしめる。鈍い音がかすかに響く。

 

 俺が手を開くと、粉々になり砂と化した小石が手の隙間からこぼれた。

 

「この程度のことを軽くやってのけるくらいでなくては赫刀は発現できぬだろうな」

 

「いや無理だろ!!!」

 

 天元が叫んだ。

 

 意外だな。天元ほどの体格があるならばこの程度は余裕だと思っていたのだが。

 

「いや、この程度余裕じゃね?とお前は思ってっかもしんないけどさ、悲鳴嶼さんでも厳しいぞ!?なあ、悲鳴嶼さん!」

 

 天元が行冥に振り向く。

 

 天元の視線に気付いたのか、行冥が申し訳なさそうに数珠を鳴らした。

 

「確かに石を握りつぶすこと自体は容易く出来るが……あそこまで念入りにつぶすとなれば、相当な力を使うに違いない。さらに、それほどの力で握るとなれば、必然的に意識は刀に向く。雑魚鬼との戦いでならいざ知らず、上弦の鬼や鬼舞辻無惨との戦いではその一瞬の隙が命取りになる。今の私たちでは、到底できることではないだろう……」

 

「悲鳴嶼さんでもそこまで言うなんて……」

 

 カナエが口に手を当てて慄く。

 

 カナエだけではない。その場にいた柱全員が赫刀の発現条件の難しさに言葉を失っていた。

 

「せっかく条件が分かってもよォ……これじゃ何の進展にもなんねえじゃねえか」

 

 実弥がぼやく。

 

「いや、そうでもない」

 

 放たれた俺の言葉に、全員の視線が再び集まった。

 

「ってもよ、お前が今の俺たちじゃ赫刀を発現できないって示したじゃねえか」

 

「俺は握りしめることで赫刀を発現するとは言っていない。小石を軽々と砂にできるほどの握力により発生する圧力を日輪刀に加えることで発現すると言ったのだ。別に必ず握る必要はない。要はそれほどの衝撃を日輪刀に加えればいいのだからな」

 

「しかし……どうすれば……」

 

「……御館様」

 

 柱の皆が方法に頭を巡らせる中、行冥が口を開いた。

 

「今だけ……刀を抜くことをお許しください」

 

「ちょっ!?何を考えてんの悲鳴嶼さん!?」

 

「一つ、思いついたのだが、御館様の前で剣を抜くことは法度……。して、御館様……如何でしょうか……?」

 

 ふむ、何か思いついたか。

 

 俺が出したのはきっかけのみ。そこから瞬時に己なりの回答を見出すとは、この男、図体だけではないようだな。

 

「いいよ。刀を抜くことを許そう」

 

 輝弥も微笑みを浮かべ、許可した。

 

「失礼します、御館様……。」

 

 行冥が日輪刀を懐から出す。

 

 しかし、その日輪刀は只の日輪刀ではなかった。

 

 俺が今まで見た限り、鬼殺隊の武器はその名の通り「刀」だった。

 

 天元のは……微妙だが、刀に類ずるものであることは間違いない。

 

 しかし、行冥のそれは、片手用の戦斧に鋼球鎖をつないだ、言うなれば「日輪鎖斧」とでも呼ぶべき、特殊な形状をしていた。

 

 行冥は確か「岩の呼吸」を使う「岩柱」だったか。岩柱は全員があのような日輪刀を持っているのか?

 

「お前たちも離れておけ。怪我をするかもしれん」

 

 ほかの柱たちが行冥から離れたと同時に、行冥は剣士として、信じられない行為をした。

 

「……ハァッ!!」

 

 気合一閃、手元の鎖を巧みに操り、先端の斧と鋼球を激しい勢いで衝突させた。

 

 ギャガッ!!と鈍い音がその場に響き渡る。

 

「キャッ!」

 

「うおっ!?」

 

 その衝撃に、周りの柱が驚愕する。

 

「一度位だけではダメか……。もう一度」

 

「なるほど。行冥は先端の斧と鋼球を鎖の遠心力で衝突させることによって、圧力を加えようという算段か。なるほど、理にはかなっているな」

 

 これなら、握力が届かずとも、赫刀を発現することも十分に可能だ。

 

 しかし、何分初めての試みだ。そううまくいくのやら。

 

「ハァ……ハァ……。……シッ!!」

 

 その後も、行冥は己の武器を衝突させ続けた。

 

 幾回もやったからなのか、行冥の額には汗がにじみ、息は上がり、手の皮が破け、血が滴り落ちている。

 

 ぶつけるといっても、ただぶつければいいということではない。

 

 斧の一点と、鋼球の一点が極限の状態でぶつかり合わなければ、赫刀を発現するに至るほどの圧力を与えられないからな。

 

 俺ならば、そこまでしなくとも発現させられるだろうが、俺と行冥ではそもそもの地力が違う。

 

 普通の人間からすれば奇跡とも言える事を成すために、行冥は極限まで集中していた。

 

 ここまで疲労したとしても、無理はない。

 

 しかし、行冥は諦めない。

 

 たとえ何度失敗しようとも挫けないという、狂気に近い気迫が行冥から感じられた。

 

 そういえば鬼殺隊は、鬼に家族や友など、自身にとって大切な存在を殺されたものの集まりとカナエに聞かされた。

 

 カナエやしのぶ、アオイやきよ、すみ、なほも両親を殺されたらしい。

 

 行冥もその一員なのだろう。

 

 そういう意味では、天元の方が異例なのか。

 

 その気迫に圧されたのか、ほかの柱も彼を止めようとはしなかった。

 

「悲鳴嶼さん、頑張れ……!」

 

 そう応援したのは、誰だったか。

 

 そしてついに、その瞬間が訪れた。

 

 

 何度、衝突させたのか。

 

 

 何度、鎖を振り上げたのか。

 

 

 数え切れぬ程の挑戦の末に――――――

 

 

 ガキィン!!

 

 

 

「これは……!」

 

 

 

 赫刀は、発現した。

 

 行冥の日輪刀は、鋼球、斧とともに、紅蓮を思わせる赫色に染まっていた。

 

 本当に発現できると思っていなかったのか、行冥も軽く惚けながら自分の日輪刀を見つめていた。

 

「これが赫刀……!本当に発現しやがったァ……!」

 

 実弥を含む柱全員は、実際に起こった現象を目の当たりにして、目を見開いている。

 

「ふむ。本当に発現するとはな。しかし、ここまで時間が掛かるなら、やはり実戦では使えぬか」

 

 赫刀を発現するまでに一時間以上もかかっている。

 

 一発で成功させなければ意味はないからな。

 

「いや……。しかし、これで私たちでも赫刀を発現させることができると証明することができた。一度発現できたのならあとは一度で出来るよう練習するのみだ」

 

 行冥が息を落ち着かせる。

 

「いける……いけるぜ、悲鳴嶼さん!これを極めたなら、俺達でも上弦を倒せるかもしれねえ!!」

 

 天元が派手に騒ぐ。ほかの柱たちも希望が見えたのか、明るい顔をしていた。

 

 ただひとり、槇寿郎を除いては。

 

 思えば彼は継国縁壱の名が出た頃から一言も喋っていない。赫刀の話の時も然りだ。

 

 まあ、その話は後にしよう。

 

「そうは言うが天元、お前の日輪刀では行冥のようなことはできないことが分かっているのか?お前の場合は握らなければ発現できないのだぞ?」

 

「ぐっ……!」

 

 天元が痛いところを突かれたというように顔を歪める。

 

 天元の日輪刀は彼の呼吸の特性上、衝撃で爆発するようにできている。

 

 ぶつけ合ったら最後、至近距離での爆発を受け、重症、もしくは死ぬかもしれぬ。

 

「それに、これは日輪刀をぶつけ合うことで初めてできる方法だ。しかも、柱ですらようやく出来るほどの難易度。つまり、柱が二人以上いるときにしか使えぬ」

 

 上弦との戦いなら、二人以上柱が居る状況もありうるかもしれぬがな。

 

「意識するのはいいが、そこまで意識しようとするな。逆に意識しすぎると、本来の力を出せずにそのまま死んでしまうかも知れぬ。あくまで、頭の片隅にとどめておくだけでよい」

 

「あんだけ言っといて結局それかよォ……」

 

 実弥が期待はずれといった顔をする。

 

「鬼を倒せる力があるからといって、そう簡単に手に入るものではないということね……。それほどに強力だもの、赫刀というのは……」

 

 カナエも脳では理解しているのだが、まだ気持ちが追いついていないといった感じか。

 

 まあ、ここにいる者はまだ若い。まだまだ伸び代があるから、将来、発現出来るものが現れるかもしれぬ。

 

「赫刀についての話はここまでだね。行冥はあとで蝶屋敷で手の手当てをするように。――他に、なにか報告はあるかな?」

 

 赫刀についての話を切り上げ、輝哉が俺たちに向かって、話しかけた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼舞辻無惨が住み、鬼の本拠地である異空間・無限城。

 

 ここに一人の鬼が降り立った。

 

 細身ながらも筋肉質な体格の若者といった外見をしており、顔を含めた全身に藍色の線状の文様が入っている。

 

 右目には「上弦」、左目には「参」の文字が刻まれている。

 

 上弦である彼が無限城に呼ばれたということは―――――――

 

 

 

「ほかの上弦がやられた、のか」

 

 

 




なんやかんやあって三ヶ月ぐらいもこの作品をほったらかしにしてしまった……。

新作は3話でもう飽きたし、これもやっと完成したし……。

まあ次は鬼さんサイドの話なので、なるべく早く更新できるように頑張ります。


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