面倒くさいので、取り敢えず寝る(完結) (とんこつラーメン)
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IS編
面倒くさいので、取り敢えず寝る


 いきなりですが、私は転生者です。

 名前は~…別にいいか。誰も私の名前なんて知りたがらないだろうし。

 なら、なんでいきなり一人語りなんて始めてるだって話だけど、それは『お約束』だと思って諦めて。

  

 んで、自分の事を簡潔に説明すると、とある理由で死んでしまった私は、人の話を全く聞かない自称神様によって強制的に転生させられて、その際によくある『特典』も貰ってしまった。

 やっぱり、幾らお腹が空いていたからといって、賞味期限が一ヶ月も過ぎていたメロンパンを食べてしまったのがダメだったんだろうか。

 

 その転生した世界が、良くも悪くも二次創作界隈で有名な『インフィニット・ストラトス』の世界だったわけで。

 昔から色々と有ったせいで全てが面倒くさくなった私は、なんかもう思考を放棄してから流されるがままに生きることに。

 といっても、自ら積極的に厄介ごとに足を突っ込む気は無いけど。

 

 第二の人生で得た家族もまた、とんでもない人達で、それが私の中にある『諦めの心』を更に助長した。

 凄い人達ではあるんだけど、それ以上に人間として致命的に破綻している。

 それに関しては私も人の事は言えないんだけど。

 実際問題、その両親のせいで私は半ば強制的に入りたくも無い学校に入学させられることになった。

 抵抗しても無駄だと早々に判断したから、大人しく従いはしたけど。

 それ以前に、私にどうこうする程の力は無いしね。

 

 え? 前世での私? んなのどうでもいいでしょ。

 大半の読者は興味なんて無いだろうし、そもそもの話、この作品を読んでいる人間がどれだけいる事やら。

 なら、せめて前世での性別だけでも教えろ?

 えっと…男? それとも女? どっちだったかな?

 他人は元より、自分の事にも全く興味とか無かったから忘れちゃったよ。

 だって、本気でどうでもいいじゃん、そんな事。

 一応、今は女だよとだけ言っておく。

 紺色のショートヘアーの、長い前髪で左目の隠れた美少女だよ。

 3サイズは秘密。各々で勝手に妄想なり想像なりしてくれたまへ。

 

 はい、そんな訳で本編始まりますよ~。

 

 

 

 

 

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・・・

・・

 

 

 

 

 

 あ、もう終わり? はい、そうなのね。

 私が今いる場所は、IS学園の一年一組。

 そう、後に数多くの原作キャラが所属する事になる、あの一組だよ。

 厄介ごとの巣窟にして、ある意味で全ての元凶。

 因みに、もう一番最初にある諸々の出来事はとっくに終わっている。

 

 例の自己紹介も、織斑一夏の盛大なボケから始まり、ブラコン教師『織斑千冬』による出席簿アタックという名の体罰、その後に起きたセシリア・オルコットとの口喧嘩から発展する決闘騒ぎも。

 ぜ~んぶ、とうの昔に終わってま~す。残念でした。

 

 今はお昼休みなんだけど、教室には殆ど誰もいない。

 何故って? 織斑一夏の後を大名行列組んでから着いていったからだよ。

 ほんと、何が悲しくて、こんな場所に来なくちゃいけないのかしらね。

 やれやれだわ(哀)

 

 極僅かに残った他の生徒達も、私の存在には全く気が付いていない。

 前世(むかし)から影が薄かったからか、余程の事が無い限りは私の存在にすら気が付かない。

 こっちにとっては非常に有り難いことなんだけどね。

 

 私のお昼ご飯はとっくに終了していて、ランチは予め買ってきておいた卵サンドと牛乳。

 お昼はこれぐらいで十分なのだよ。

 

(軍曹殿)

(アル? どったの?)

 

 たった今、私の脳内に直接話しかけてきたのは、うちの糞親父が作り出した高性能AIのアル。

 昔から私の事なんて目もくれてなかった両親に代わって私の事を育ててくれた存在であり、今ではお目付け役的な存在になっている。

 ちょっと小五月蠅い所もあるけど、それでも憎めない良い奴。機械なんだけどね。

 んでもって、この『アル』が私に与えられた『特典』の一つでもあるのですよ。

 え? アルはどこから話しかけてるんだって? さぁ~…どこだろうね?

 

(軍曹殿は、どうして織斑一夏の後を追わないのですか?)

(いや…別に興味とか無いし。本気でどうでもいいし)

(ですが、他の女子達は彼の後を嬉々とした様子で追い駆けていきましたが?)

(単純に男子が珍しいだけでしょ? ここって実質的に女子高みないなものだし)

(珍しいだけで、ああなるのですか? それにしては些か過剰だったような気も……)

(それには同感)

 

 よっぽど暇なんだろうね~。じゃないと、あんな事なんてしないだろうし。

 何が悲しくて勝てない勝負に挑もうとするんだろう? 無駄なのにね。

 

(昼休みが終わるまで、後どれぐらい?)

(35分23秒です。軍曹殿)

(あんがと。んじゃ、昼休み終了五分前まで寝るわ。アラームよろしく)

(了解です。ごゆるりとお休みください)

 

 机に突っ伏してから、頭の中を空っぽにして眠る体勢になる。

 それと、いい加減に私の事を『軍曹殿』って言うの止めれ。

 私は一度も軍属になった経験なんぞないわ。

 なんでか私が美幼女(笑)だった頃から、そう呼び続けるんだよな。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 はい。あっという間に放課後になりました。

 授業自体は普通に出来る感じ。

 そして、また主人公君を一目見るために女子達が集まって来た。

 あんたら、マジで他にする事は無いの?

 

(あ。原作通りに織斑一夏が山田先生たちとなんか話してる)

 

 私には全く関係ないけど。

 さて…と、教室中の視線が彼に向いている隙に、こっちはとっとと学生寮に逃げさせて貰いますかね。

 変に誰かに話しかけられたりするとか絶対に嫌だし。

 ほんと、気配が薄いって便利だわ~。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 寄り道なんてせずに、真っ直ぐに学生寮へと到着。

 入学時に渡されている鍵を使って部屋に入ると、そこはなんとも豪華なお部屋が広がる。

 同居人は誰もいない。どこぞの男の子がイレギュラーな入学をしてくれたお蔭で数の関係上、私は一人部屋になったのでした。

 こんな広い部屋を独り占め出来るとは最高ですね。

 ちゃんと鍵を閉めてから部屋の中を改めて眺めていると、端の方に私物と他の荷物諸々を纏めた段ボール他が並べられている。

 

「…アル。お願い」

『スキャン開始』

 

 脳内にアルの分析結果が流れ込んでくる。

 ふむふむ…成る程ね。

 

『スキャン完了。監視カメラ、盗聴器の類は一切検知出来ませんでした』

「みたいだね。ありがと」

 

 どうやら、ちゃんとこっちの情報は『向こうさん』に伝わっているみたい。

 こっちから話すとか論外だし、ある種の賭けだったけど、上手くいったようでなにより。

 

「安全が確保できたところで、荷解きしますか」

『軍曹殿。段ボールと並ぶように置いてあるクーラーボックスには何が入っているのですか?』

「見てからのお楽しみ」

 

 ベッドの上に適当に鞄を放り投げてから、カッターを使ってから段ボールを封していたテープをはがしていく。

 一つ目の段ボールには服や下着、他には色んな本やゲーム機とかが入っている。

 正真正銘の私物たちだ。

 二つ目も同様。女の子の荷物は段ボール一つ程度じゃ収まりきらないのだよ。

 

 三つ目は色んな人参、玉ねぎ、ジャガイモを初めとした各種野菜が入っている。

 食堂に行けば手っ取り早いのだけれど、そうすると確実に誰かと会う。

 そんな目に遭うぐらいなら、この部屋で自炊生活をした方が何百倍もマシだ。

 

 四つ目の段ボールには愛飲しているインスタントコーヒーやココア、紅茶とかが入っている。

 一人だからこそ、こんな事にも拘りたい乙女心。

 

 そして、クーラーボックスには牛肉、豚肉、鶏肉といった肉類を冷凍保存しつつ、牛乳やミネラルウォーターを一緒に入れていて、ついでに色んな調味料も入っている。

 

『成る程。軍曹殿は世捨て人を自称している割には、こうして自炊をすることが多い。納得しました』

「それ…褒めてる?」

『それは勿論』

 

 人工知能の言葉の機微がよく分からない。

 

「これ全部を一度にするのは面倒くさいな……」

『ならば、どうするのですか?』

「まずは食料類だけでも片付ける。ここに備え付けられてる冷蔵庫なら楽勝でしょ」

『はい。私の計算でも、十分に貯蔵可能だと結果が出ています』

 

 いつの間に、そんな計算をしてたんだよ。

 

『では、早速始めましょう。私が適切な収納場所を指示します』

「なんでアルの方がやる気満々なのさ……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 職員室にて、二人の教師が一枚の書類を見ながら茶を片手に話し合っていた。

 

「それにしても、今年の一年生は凄いですね~。篠ノ之博士の妹さんに、イギリスの代表候補生。四組にも他に代表候補生がいますし……」

「一番は矢張り、あのバカか……」

 

 話しているのは、一年一組担任の織斑千冬と、副担任の山田真耶。

 この二人、実は現役時代の先輩後輩だったりする。

 

「確か、もう一人だけいましたよね? えっと……」

「これまでに数多くのISに関わる発明をしてきた科学者夫婦…『相良夫妻』の一人娘であり、篠ノ之と同じ『重要人物保護プログラム』によって各地を転々とした挙句、強制的にIS学園に入学させられた少女……」

 

 ズズ…と茶を一口含んでから、書類についている顔写真を見た。

 そこには、紺色で短髪の、前髪で目が隠れている少女が映っていた。

 

「相良加奈…か」

「教室で見かけた限りだと、何処にでもいそうな普通の女の子でしたけど…」

「資料によると、これまでの出来事が切っ掛けで無気力で全てを諦めたかのような性格になっている、とのことだが……」

 

 一体どんな事があれば、この歳で世捨て人のようになるのだろうか。

 過酷な環境だったとはいえ、人との繋がりには恵まれていた千冬には全く想像が出来なかった。

 

「…彼女に関しては、細心の注意をしながら見ていくしかないな」

「場合によっては、メンタルケアもしなくてはいけませんしね……」

「……難儀なものだな」

 

 それは何に対して呟いた言葉だったか。

 これからの自分に向けてか、それとも写真の少女に向けてなのか。

 

 しかし、彼女達は知らない。

 この『相良加奈』がどれだけ異常なのかを。

 自分達の考えがどれだけ甘いのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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面倒くさいので、今日は学校を休む

この作品に劇的な進展は期待しないでください。

主人公が主人公なので。







 今日も今日とて寮にある自分の部屋のベッドの上でゴロゴロ~ゴロゴロ~。

 私はスマホ片手にソシャゲのガチャに勤しむのでしたー。

 

「アルー、天井まで、後どれぐらいかなー」

『計算によると、残り23回で天井に到達します』

「マジかー。それなら楽勝かなー」

 

 今回のピックアップをフルコンプするまで、私は止まれないのだー。

 そんな訳だから、はいポチっとな。

 

『軍曹殿。一つ宜しいですか?』

「なーにー? あ、SSR来た」

『軍曹殿は見に行かないのですか? 今日なのでしょう?』

「だーかーらー…何が―?」

 

 AIなのに、妙に勿体ぶった言い方をするんだよなー。

 それだけ、製作者が凄いって証拠なんだけど。

 人間としては終わっていても、科学者としては最高って皮肉しかないね。

 

『例の織斑一夏とイギリス代表候補生のセシリア・オルコットの試合です。一年生の殆どが二人の試合を見に行っているので、てっきり軍曹殿も見に行くとばかり……』

「やーねー。行く訳ないじゃない」

『何故ですか? 謎の専用機を与えられた織斑一夏も、イギリスの専用機の動きを見る事も後学の為になると思われますが?』

「まず、前からずっと言っている通り、私はISなんて物には少しも興味が無いの。ここにだって、本当は絶対に入りたくなかったのに、うちの馬鹿親のせいでなんとかプログラムってのに登録された挙句、こんな牢獄みたいな場所に幽閉されて……」

『幾らなんでも語弊が過ぎるような気もしますが……』

「いや、紛れもない事実でしょ」

 

 学生寮なんて物を作り出してる時点で説得力皆無だよねー。

 

「それと、最初から結果が確定している試合(・・・・・・・・・・・・・)なんて見る価値ないでしょ」

『軍曹殿は、既に勝敗が分っていると?』

「まぁね」

『確かに、完全なド素人であり、ISの操縦経験も全く無い織斑一夏が代表候補生に勝てる確率は限りなくゼロに近いですが……』

 

 実際には、割と善戦をした上でポカをやらかして終了するんだけどね。

 アルに言っても意味ないから黙ってるけど。

 

「アルだって知ってるでしょ? 私は無駄な事が嫌いなの。無駄なの。無駄無駄」

『その言い方だと、いつの日か軍曹殿がギャングのボスに成り上がりそうですね』

 

 こいつめ…一体どこでジョジョを読みやがった?

 私が目を離した隙に、ライブラリで色んな物を読み漁ってるからね、アルって。

 この前なんて『小宇宙と書いてコスモと呼称するのですね。勉強になりました』とかって言ってきたし。

 いつの日か、私にセブンセンシズに目覚めろって言い出さないだろうな?

 

「そんな訳だから、私は絶対に部屋から出ません。試合を見に行くなんて以ての外」

『了解しました。こんな時の軍曹殿は梃子でも動かない事は既に学習済みですので。これ以上は無駄な事は致しません』

「よろしい。ま、どうあがいても運命は変えられないって事を改めて確認しに行く暇があるんなら、ここで少しでもグータラしてた方が遥かに有意義なのよ」

『軍曹殿は運命論者なのですか?』

「うんにゃ。単なる言葉の綾だよ」

 

 なんて言ってるけど、実際に『転生』なんて超オカルト染みてる事を経験している身からすると、運命ってを信じたくなるわけでして。

 

「あ~…今日の夕飯は何にしようかな~」

『現在の冷蔵庫の残りから推奨する料理は『オムライス』『親子丼』『リゾット』などですね。どうしますか?』

「……決めた。今日の夕食は『フワトロ卵のオムライス』だ。デミグラスソースも一から自作してやる」

『軍曹殿は、明らかに力を入れるところがおかしいですよね』

「うっちゃい」

 

 この後で知った事なんだけど、試合自体は原作通りにセシリア・オルコットが勝利し、これまた原作通りに彼女は織斑一夏に惚れた。

 私には一切関係ない事だから本気でどうでもいい事なんだけど。

 

 当然だけど、試合の後に開催された『織斑一夏のクラス代表就任パーティー』も普通に無視した。

 その日は放課後になった途端にすぐに寮に帰って、ずっと引き篭もってたからね。

 だって、変に外を出歩くと、例の『セカンド幼馴染』に遭遇する可能性があったし。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「おぉ~。届いた届いた。私が通販で買っている新鮮野菜と新鮮お肉の詰め合わせセット。これで私は後一兆年は戦える」

『その前に人類が滅びそうな気もしますが…軍曹殿』

「どったのー?」

 

 中身は―…おぉ? 人参とかだけじゃなくて、カボチャまで入ってるし。

 はい、この時点で今日の夕食はカボチャ料理に決定です。

 

『…今日は平日であり、現在の時刻は午前10時43分。なのに、軍曹殿は普通にここにいる…これは俗に言う『サボリ』なのでは?』

「違いまーす。今日の私は『生理痛で休んでいる女の子』なんでーす」

『軍曹殿の生理周期はまだまだ先の筈ですが?』

「かんけーありませーん。なんでか知らないけど、今朝になったら急に痛み出したんでーす。いたたたたー」

 

 アルがなんかゴチャゴチャと言ってたけど、今日の私はお休みしているのだ。

 理由? んなの簡単でしょ。実習があるからだよ。

 

 IS学園における外での実習は絶対に碌な事が無いって相場が決まってるんだよ。

 だから、今後も実習がある日は全て休む。これはもう確定事項だ。

 けど、それだど単位は大丈夫なのかって心配があるだろうけど、それも問題無し。

 こんな事も有ろうかと、入学前にちょっとした『裏技』を使って、予め実技系の単位だけは全部取ってるんだよーん。

 だから、卒業までずっと実技に出なくても全く問題無し。

 座学にさえ出ていれば、後はどうとでもなるんだよ。

 え? 『裏技』の内容? 聞かない方が良いと思うよ?

 知ったら最後、もう二度と普通の生活には戻れないと思うから。

 

「なんか今日は気分がいいし、アレを出そうかなー?」

 

 棚の奥の方をゴソゴソと探ると、其処から出てきたのは色んなお酒の瓶。

 自分で言うのもアレだけど、私…この歳でかなりの酒豪なんですのよ?

 

『軍曹殿。これまでに249回申し上げましたが、もう一度だけ進言します。未成年の飲酒は健康を害する可能性が非常に高いです』

「よかったね。記念すべき250回目だ。別に問題無いでしょ? 確かにこれが体に悪い事は知ってるけど、だからどうしたって感じ。だって、それで苦しい思いをするのは私だけなんだし、誰にも迷惑なんて掛けてないじゃん。うちの親だって、私の心配なんて生まれてから一度もしたことないんだし。今更じゃん? 私が酒を飲み始めたのは今に始まった事じゃないんだしさ。仮にこれが原因で私が死んでも、それは単純な自業自得で終わるだけだし。どうせ、誰も私の死になんて気が付かないでしょ?」

『軍曹殿…貴女は……』

 

 なんて話ながら、私は密かにポケットの中に隠し持っていた電子煙草を口に咥えてからプハー。ん~…美味しい。

 

『果ては喫煙まで……』

「電子煙草だからノーカンじゃない?」

『最近の研究結果では、電子煙草も体に悪い事が判明したらしいですよ』

「マジで? ま、別にいっか」

 

 ん? この電子煙草や酒はどうやって手に入れたのかって?

 それもまた秘密。まぁ…『裏のルート』を使った…とだけ言っておくよ。

 ぶっちゃけ、こうでもしないとやってられないような環境で育ってますからね~。仕方ないんだよ、うん。仕方ない仕方ない。

 

『誰かにバレたり…なんてことは考慮しないのですか?』

「部屋の外では絶対に吸ったり飲んだりはしないし、ちゃんと夜には念入りに歯を磨いたり、口臭を消す為のブレスケアとかしてるから大丈夫。実際、まだ誰にもバレてないし」

『反省する気は無いのですね……』

「無いでーす」

 

 この私が反省? ナイナイ。

 ゲームとか勉強とかならいざ知らず、これまでの自分の人生について反省するなんて絶対に有り得ないから。

 

「今頃は、織斑一夏がグラウンドの大きなクレーターでも作ってる頃かな?」

『クレーター…ですか?』

「そ。思い切り地面に突っ込んで、そのまま……」

『まさか、幾らなんでも、そんな事は……』

 

 急に大人しくなった。

 多分、学園のどこかの監視カメラでもハックして、授業の様子を覗き見てるんだろうな。

 アルだって人の事は偉そうに言えないじゃない。

 

『……ありましたね。軍曹殿は予言者か何かですか?』

「人よりも勘が鋭いだけさ」

 

 もしくは、無駄な部分だけ覚えているとも言う。

 

『果たして、私が在学中に試合をする日は来るのでしょうか……』

「絶対に無いと断言しておこう」

『断言しないでください。私の存在意義の一つが無くなりますから』

「何言ってんのさ。こうして私の傍にいてくれれば、それだけでいいじゃないのさ。少なくとも、私はそれ以上の事を望んだりはしないよ」

 

 だって、私の取ってのアルは、お母さんであり、お父さんであり、大切な相棒なんだから。

 それより先を望むのは贅沢過ぎるってもんでしょ。

 

「というわけだから、もうこの話は終わり。それよりも、まずは目の前に迫ってきているお昼の事を考えよう。夜はもうカボチャ料理だって決めてるから…よし」

『決めたのですか?』

「うん。なんか急にナポリタンが食いたくなった」

『本当に唐突ですね』

「女の子だからね。気紛れなのさ」

 

 なんか想像したら、急にお腹が空いてきた。

 時計を見たら、もう11時半をとっくに過ぎてた。

 どうやら、アルと話している間に時間が経過していたみたい。

 少し早いけど、もうお昼にしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はずっと部屋の中。

多分、次回も似たような感じ。


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面倒くさいので、なんとなく無視する

原作のイベントは、主人公の見ていない所で進行しています。

彼女はそれを見ようともしませんけど。







 朝の一組の教室。

 ほんの少しだけ皆がまだ寝ぼけているような時間帯。

 私は教室の自分の席にて静かにラノベを読んでいた。

 タイトルは『希望の花 ~止まるんじゃねぇぞ~』だ。

 どんな内容なのかは想像にお任せする。

 因みに、私の席は窓際の一番後ろという最も目立たない場所に位置しているので、恐らくは殆どの人達は私の存在にすら気が付いていないだろう。

 

(軍曹殿。それはそんなにも面白いのですか?)

(別に? 可も無く不可も無くって感じ)

(では、どうしてそんな本を読んでいるのですか?)

(こうしてれば、万が一にでも私の姿が目に入ったとしても『邪魔をしちゃ悪いなー』ってなって誰も話しかけようとしないでしょ?)

(つまり、その本は不可視のバリアを張る為の道具であると?)

(正解)

 

 ラノベを読んでいる振りをしながら、少しだけ前の方に視線を向けると、そこでは織斑一夏が篠ノ之箒とセシリア・オルコットの二人に話しかけられていた。

 喧騒に紛れて僅かに聞こえる話し声から察するに、三人は例の『クラス対抗戦』の話をしているのだろう。

 

(そういや、そんなイベントもあったね。どうでもいいけど)

(クラス対抗戦…データによると、各クラスの代表同士によるリーグマッチで、本格的なISの学習が開始される前の、現時点での実力指標を計測する為に行われるイベントで、クラス単位の交流及びクラスの団結力の向上も目的にしているとか)

(よく知ってるね。それ、どこ情報?)

(普通に学園のHPに記載されていました)

 

 やってる事の割には、意外と外に情報を漏らしてるのね。

 どんだけ外面をよく見せたいんだよ。

 

(一位のクラスには優勝賞品として、学食のデザート半年フリーパス券が配られるとか。もしも軍曹殿が出場されたら優勝は確実ですね)

(興味ない。どうでもいい)

(軍曹殿は甘いものがお好きだったはずでは?)

(例え何を貰っても食堂には絶対に行かないし、誰かに施しを受けるのは死んでも御免だから。そんな事をされるぐらいなら、自分でデザートを作って一人で食べてた方がずっとマシ)

(そう言えば、軍曹殿はお菓子作りも得意でしたね)

(自分に必要なスキルは全てマスターしたからね)

 

 一人で生きていくためには、色々と頑張らないといけない事も多いのですよ。

 分かる人には分かると信じたい。

 

(おや? 誰かが入ってきたようです。あれは…このクラスの人間ではないですね。それどころか、一年の名簿にも記載されていませ…いや、今さっき追加されました。どうやら、彼女は中国からやって来た転入生のようですね)

 

 アルが説明してるけど、そんな事は最初から知ってる。

 でも、どうせだからアルの説明に耳を傾けようか。

 

(中国代表候補生『凰鈴音』。僅か一年足らずで代表候補生の座に上り詰めた期待の新星…らしいですよ。なにやら織斑一夏と話しているようですが、知り合いなのでしょうか?)

(そうなんじゃない? 大方、小学生の頃に転校していった幼馴染とかだったり?)

(国籍が違いますが?)

(家庭の事情で少しの間だけ日本にいたんじゃない? 多分だけど)

(まるで見た来たかのように言いますね。軍曹殿は何か知っているのですか?)

(無駄に観察眼が鋭いだけだよ)

 

 ま、流石に言えんわな。

 実は前世からの知識で知ってま~す、なんてさ。

 

(にしても、よくやるよね)

(何がですか?)

(あのバカ騒ぎをだよ。私には全く理解出来ないなー。誰かを好きになる感覚なんて)

(軍曹殿には今まで一度も浮いた話はありませんでしたからね)

(うっちゃい。そもそもの話、私は『恋愛』なんて無意味で無駄な事に時間を割こうとは思ってないから。あの子達はよっぽど暇なんだね)

(無意味で無駄…ですか?)

(無駄じゃん。だって、好きって感情はある種の『共依存現象』じゃない。相手の事ばかりを考えて、相手がいないと不安になる。自分の貴重な時間を赤の他人の為に使うとか信じられない)

(随分と穿った考えのような気もしますが?)

(穿ってないよ。寧ろ、これが普通でしょ。別に、子孫を残す為に優秀な遺伝子が欲しいなら、普通に調べて探せばいいだけだし。それまでの過程に無駄な工程を加えるとか無駄以外に言いようがないじゃない)

(軍曹殿は子孫を残そうとは思わないのですか?)

(私みたいな人間の遺伝子を引き継いじゃったら可哀想でしょ。流石にそこまで外道じゃないよ)

(ならば、ご結婚なんかも……)

(論外。結婚は人生の墓場にして終着点だよ。そこからは地獄しか待ってない)

 

 このご時世、その気になればそれぐらいは楽勝だし、やってる人間は決して少なくない。女尊男卑思想のせいでね。

 寧ろ、ああやって恋愛ごっこをしている連中こそが少数派だ。

 昔は当たり前だったかもしれないが、今の世の中では希少な部類の人間達と言えるだろう。

 その気になれば、自分の腹を痛めなくても子供は作れるのだから。

 

(ぶっちゃけると、私は最初からIS学園にいる全ての人間を信用も信頼もしていないから。勿論、あの子みたいにこれから転入生としてやって来る人間も例外なくね)

(どうして、そこまで……)

(ISに関わっている時点で碌な人間じゃないから。それには私自身も含まれるけどね)

(軍曹殿は、ご自身を碌な人間じゃないと思っているので?)

(私以上に碌でもない人間なんて何処にもいないでしょ。その点に関して言えば、私はあの『天災兎』にも勝てる自信があるよ)

(そこまで言いますか)

(そこまで言います)

 

 だって、変えようのない事実だし。

 

(あ。先生がやって来て出席簿アタックを食らった)

(ここから見ていても痛そうですね。軍曹殿ならば避けられそうですが)

(出来なくはないね。それ以前に関わろうとも思わないけど)

(これまた辛辣。仮にも担任でしょうに)

(担任だからこそ、一番関わりたくないんだよ)

(軍曹殿……)

 

 その後、凰鈴音は何かを言い残してから教室を去り、ヒロイン二人は授業中にブラコン女から体罰を受けていた。

 自業自得だよ、お二人さん。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「まさか、豚肉のストックが切れてるとは思わなかった…不覚」

 

 外も暗くなり、いつもならば夕食でも作っている時間帯だが、今の私は学生寮の廊下を歩いている。

 というのも、私のミスで材料が足りない事に気が付かなかったのだ。

 この反省を生かして、これからは今まで以上に気を付けよう。

 

「でも、ちゃんと購買部に豚バラがあってよかった。これで私の大好物の豚キムチが作れるよ」

『軍曹殿は昔から、辛い物や苦い物が好きですからね』

「あの刺激がいいんだよ」

『このような事が無いように、今後は私が管理を担当しましょう』

「ほんと? 助かるわー」

 

 自分だけじゃ、どうしてもどこかで見落としがあるからね。

 アルの助けがあるのは有り難い。

 

「早く部屋に戻ってご飯にしたいよ。炊き立てのホカホカご飯と豚キムチの組み合わせは最強だからね」

 

 自然と歩く速度も速くなってくる。

 やっぱり、食欲には誰も勝てないんだな。

 

『…軍曹殿。曲がり角の先に生体反応があります』

「生体反応?」

 

 アルの忠告を聞いて、私は角を曲がる直前に足を止め、角からそっと先の光景を覗き見る。

 すると、其処にはどこかで見た事のあるようなツインテールの女の子が廊下の真ん中に座り込んで肩を震わせている。

 うん。あれは間違いなく『セカンド幼馴染』さんですな。

 

(どうしますか?)

(このまま行けば、確実に話しかけられる。迂回したいけど、こっちの方が一番近いし、お腹も空いたし……)

 

 空腹時の一分一秒は本当にイライラする。

 一刻も早く食事をしたいという欲求に駆られてしまう。

 

(…仕方がない。面倒くさいけど、アレを使うしかないか)

(アレ?)

(まずは、この豚肉を拡張領域に収納。その後に『ECS』を起動)

(よろしいので?)

(構まへん、構まへん。どうせ、一度でも発動すれば、後は完全にこっちのものなんだし)

(それもそうですね。では、収納の後にECSを起動します)

(よろしく)

 

 手に持っていた豚肉の入っているビニールが粒子化されてから拡張領域へと入り、その直後に私の姿がこの世から完全に消失する。

 これで私は一時的な透明人間になったわけだ。

 

(…では、行きますか)

 

 文字通り、足音を完全に消した歩き方で堂々と進んでから凰鈴音の真横を通り過ぎて行った。

 

(悪いね。でも、導火線に火のついた爆弾に自ら手を触れようなんて馬鹿げたことはしたくないんでね。精々、君の初恋の人に慰めて貰いな)

 

 見えないと分かっているけど、私は後ろ手に手を振った。

 結局、最高の迷彩&足音無音化&完全気配消失により私の存在に全く気が付くことなく、そのまま廊下のど真ん中で座り続けていた。

 

 さて…と。とっとと部屋に戻ってから夕食タイムだー。

 部屋を出る前に炊飯器のスイッチは入れておいたから、いい感じに炊けてるんじゃないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、クラス対抗戦。

勿論、皆が期待しているようなシーンは無し。


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面倒くさいので、取り敢えず口車に乗る

クラス対抗戦だけど、彼女はいつも通りに過ごします。

けど、ちょっとだけ意外な展開が……?















 今日はクラス対抗戦の開催日。

 一年で一番最初のイベントという事も有り、今日は授業の類は一切無く、朝からずっと学園はクラス対抗戦一色に染まっている。

 つまり、今日ならば別に休みの届けを出さなくても大丈夫な日でもあるのだ。

 なんて素晴らしいのだろう。まるでパラダイス。

 

『宣言通り、本当に見にも行かないのですね』

「最初からそう言ってるじゃん。何度も言わせないでよね」

 

 私はというと、いつものように学生寮の自室にて引き篭もっている。

 生徒や教師の殆どはクラス対抗戦の為に各アリーナへと行っているので、現在は警備員や用務員のおっちゃん達を除けば、学生寮も校舎も無人に等しくなっている。

 つまり、私の邪魔をする人間は一人もいないという事なのだ。

 

「皆があくせく試合をしている時に、自分はのんびりと一人でソシャゲ三昧……控えめに言っても最高だね」

『そう言えば、軍曹殿は昔からずっと学校のイベントの類は全て休んでいましたね』

「だって、面倒くさいんだもん。何が悲しくて、休みの日に学校に来なくちゃいけないのさ。頭おかしいんじゃないの?」

 

 体育祭に文化祭。遠足や修学旅行。社会科見学とかもあったけど、私は全部休んだ。当然だよね。行く理由が無いもん。

 

「なんか周回ばっかで飽きてきたな~…」

『ならば……』

「よし。魅惑の二度寝をしよう」

『どうして、そこで対抗戦を見に行こうという発想にならないのでしょうか…』

 

 なるわけないだろうが。

 そんな可能性、欠片も頭によぎらなかったわ。

 

(そういや、クラス対抗戦には『無人機(ゴーレム)』が乱入してくるんだっけ。私には関係ないか。どうせ、織斑一夏が主人公補正で倒すんでしょ? あーなんて素晴らしい我等が主人公様。ほっといても勝手に事件を解決してくれるから助かるわー。それだけは感謝してやるよ)

 

 スマホばっかり見続けていたせいか、目が疲れてきた。

 いい具合に疲れも溜まってきたから、本格的に二度寝と洒落込みますか。

 

「アールー。カーテン閉じてー」

『了解しました』

 

 私が触ってもいないのに、カーテンが勝手に閉じていく。

 この部屋に住むようになった時から、アルは部屋中に設置された機器を操作できるようにアクセスしてある。

 つまり、私の声一つで明かりもテレビも簡単につけられる仕組みなのですよ。

 それなのに全く太らないんだから、私ってば神に愛されてるー。

 

「それじゃあ…おやすみ~…」

 

 私がシーツを頭から被って睡眠モードに入ろうとした瞬間、いきなりスマホに誰かから着信が入ってきた。

 

「…………」

 

 無視無視。私に掛けてくる相手なんて、あのクソッタレな両親以外に思いつかない。

 その時点でシカト確定だ。

 

『…出ないのですか?』

「出ない」

 

 …まだ鳴ってる。いい加減に五月蠅いぞ……。

 

『おや? これは……』

「どったの?」

『軍曹殿。試しに着信元を辿ってみたら、IS学園の理事長室になっています。恐らくは理事長が掛けてきているのでは?』

「はぁ? 理事長?」

 

 なんでまた、そんなお偉いさんが私に掛けてきてるさ。

 つーか、なんでこっちの番号を知ってるのよ?

 

『取り敢えず、出た方が宜しいのでは? 恐らく、軍曹殿が出るまではずっと鳴り続けるかと……』

「仕方がない……」

 

 腹立たしく思いながらも渋々、私は着信に出る事に。

 私の安眠を妨げた罪は重いぞ~。

 

「…もしもし?」

『…相良加奈さん…ですか?』

「そうですけど。そう言うそちらさんは理事長先生ですか?」

『御存知でしたか……』

 

 白々しい。自分の正体がバレる事なんて最初から承知していたくせに。

 

「ところで、どうして私の番号を知ってたんですかね?」

『…余り知らない方が良いと思います』

 

 あー…政府の連中か。

 いざって時、私を都合のいい切り札として使う為に理事長にその手の情報をリークしやがったな。

 よし、近い内に必ず殺そう。はい、確定。

 

「で、その理事長さんが私なんかに何の御用で?」

『時間も無いので手短に話します。現在、クラス対抗戦が開催されていた第一アリーナに謎の機体が乱入し暴れ回っています』

「それで?」

『貴女にコレの排除をお願いしたいのです』

「絶対に嫌です。はい、話終わり。失礼しましたー」

 

 予想通りの事を言われたので、私は容赦なくバッサリと切り捨てて着信を切ろうとする。

 すると、向こうも相当に慌てたのか、受話器の向こうで大声で叫びだす。

 

『ま…待ってください! あそこには君のクラスメイトや先生達もいるのですよっ!?』

「だから? あいつらがどうなろうと、私には全く関係ないですよね?」

『心配じゃないのですか…?』

「全然。つーか、ブリュンヒルデがいるなら、彼女に任せれば全部解決でしょ。よかったよかったー」

『織斑先生は現場指揮官なので動けないのです……』

「『動けない』じゃなくて『動かない』の間違いじゃ? あのブラコン女の事だから、どうせ『私の愛する一夏なら、あの程度の敵ぐらい簡単に倒すに決まっている』とか思ってるんでしょ。ほんと、馬鹿だよねー」

『……聞いた以上に厄介みたいですね』

「はい?」

 

 一応、聞こえてない風を装ったけど、実際にはちゃんと聞こえてるからな。

 厄介な性格で悪かったな。

 

『…死人が出るかもしれないのですよ?』

「人間、生きていればいつかは必ず死ぬんだし、その程度の事でピーピー言われてもねー。それに、そうなったら一番困るのはソッチでしょ? 増々、私には関係ないじゃないですか」

『同じ学園に通っている仲間が危機に晒されているのに、何にも感じないのですか?』

「仲間? それって誰の事を言ってます? 生憎と生まれた瞬間から仲間なんて一度もいた試しは無いんですけど」

『……………』

 

 あら。遂には黙っちゃった。

 

『…どうしたら動いてくれますか?』

「どうしても動きません。だって、理由が無いし」

『理由があれば動いてくれるのですか…?』

「そうなりますね。無理でしょうけど」

 

 はぁ…本当に下らない。

 顔も知らない、名前も知らない人間が何人死のうがマジでどうでもいいじゃん。

 そんなにどうにかしたいのなら、こんな小娘なんかに頼らずに、まずは自分が動けって話ですよ。

 

『…君は善意では動かないのですね』

「善意じゃお腹は膨れませんし。こんな言葉は知ってます? 『善人は早死にする。悪党はジジイになる』」

『それは……』

「今はそういう世の中なんですよ。ISが関わる場所で人が死ぬなんて日常茶飯事でしょうに。ここに来ている生徒達も、その程度の覚悟ぐらいは出来ているんじゃ?」

『出来ている訳が無いでしょう!!』

「わっ」

 

 いきなり大声を出さないでよー。めっちゃ耳がキーンってなったわ。

 

『…一体どうすれば…君は動いてくれるのですか……』

 

 いや…マジでしつこいぞ。こうしている間に主人公君が原作通りにズバーンってやっつけてるんじゃないの?

 だとしたら、完全に私ってば空回りするよね?

 

『…報酬』

「ふえ?」

『もしも、君が謎の敵をなんとかしてくれたら、理事長権限で報酬を差し上げます…』

「いや、金ならもう間に合ってるんで。こっちが何も言わなくても、うちの糞親が勝手に送ってくるし」

『いえ…金銭ではありません』

「じゃあ、何を?」

『…卒業資格…なんてどうでしょうか?』

「……詳しく聞かせてください」

 

 おい…このジジイ。ちょっち聞き捨てならない言葉を抜かしやがったぞ。

 

『君は座学以外の授業には一切出ていないと聞いています。まぁ…既に実技関係の単位は全て取っているので問題は無いのでしょうが……』

 

 なんで知っている…とは聞かない方が良いんだろうな。

 多分、あのブラコンが報告したんだろう。

 戦う以外に能が無い脳筋女かと思っていたけど、意外とやるもんだ。

 

『それで、今回の成功報酬として、卒業までに必要な全ての単位を特例として全て取得したことにします。勿論、出席日数の方も免除しましょう。IS学園に所属さえしてくれれば、今後一切の授業に出席しなくても、三年後には自動的に卒業できます。登校するか、しないかは完全に君の自由意思に委ねます。勿論、この事は後でちゃんと織斑先生たちにも言っておきますので……』

 

 …食えないジジイだ。悪くない条件どころじゃない。

 こっちにとっては最高の条件だ。

 これからはもう、アルに頼んで学校のサーバーに直接、私が休む旨を伝える必要が無くなる。

 

「……分かりました。その条件で手を打ちましょう」

『ほ…本当ですかっ!? ありがとうございます…!』

「その代り、ちゃんと約束は守って貰いますからね。この会話も一言一句録音してるから、後で言い逃れなんてしようとは思わないように」

『承知しています。それで生徒達の命が救えるのなら、安いものです』

「さいですか」

『では…よろしくお願いします』

 

 あ…向こうから勝手に切りやがった。ったく……。

 

『軍曹殿。私も聞いていましたが、本当に良かったのですか?』

「正直、なんか乗せられたな~とは思ってる。けど、あの報酬はめっちゃ魅力的だった。それに、いい教訓にもなったしね」

『教訓…ですか?』

「うん。ぶっちゃけ、私の考えが甘かったわ。寮の中で引き篭もってれば、後はどうにかなると思ってた私がバカだった。やっぱり、もっと外に出ないとダメだよね」

『おぉ~! 軍曹殿が遂に…遂に…!』

「授業自体は今まで通りにサボるとして、今回みたいなイベントの時には……」

『イベントの時には?』

「旅行に行く」

『そうそう旅行に……え?』

「ここに残ってるから、今回みたいにいいように利用されるんだよ。だったらいっそのこと、遠くに離れていれば頼りようが無いじゃん?」

『ぐ…軍曹殿……』

 

 え? ちょ…何よ。なんでそんな呆れてるの?

 私的には超絶ナイスアイデアなつもりなんですけど?

 

「という訳だから、今回の仕事が終わったら早速、観光系のサイト巡りを始めるよ~。ご当地限定の美味しいものを食べたり、面白い物を見まくるぞ~」

 

 なんか少しやる気が出てきた。

 これが俗に言う『報酬効果』ってやつか。

 

「それじゃ、お仕事を頑張りますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ほんのちょっぴりだけ介入。

けど、顔出しはしない。

皆の前に登場もしない。


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面倒くさいので、取り敢えず狙撃する

狙い撃ちます。それだけです。








 理事長からの『お願い』を渋々聞き入れた私は、部屋着を脱いでから専用のISスーツ(デザインは学園支給の物と一緒で、色だけがダークグレーに変わっている)に着替えながら、さっきの会話を思い出していた。

 

「今思ったんだけどさ、あのジジイ…私にあんな事を頼んできたって事は、こっちの素性を全部知っているって事だよね?」

『十中八九そうでしょうね。でなければ、軍曹殿にあのような事は依頼しないでしょう』

「だよなー…なんか急に腹立ってきた」

 

 お着替え完了。

 まさか、在学中にこれを着るとは思わなかった。

 使わなければ、それに越した事は無かったから。

 けど、今回は特別。『三年間の自由』という名の報酬を得る為に、致し方なく着替えたのだ。

 

『軍曹殿。作戦はどうしますか? 貴女の性格上、アリーナに突撃する…なんてことはしないでしょうが……』

「よく分かってるじゃん。それでこそ私の相棒」

『恐れ入ります。では、どうするので?』

「まぁ…方法は一つしかないよねぇ……」

『矢張り、そうなりますか』

 

 今からやる事は非常に単純。

 どこか高い場所からアリーナで暴れている無人機目掛けて狙撃をする。

 ただ、それだけ。簡単でしょ?

 

「アル。アリーナまで見渡せて尚且つ、学園内で一番高い建築物って何かな?」

『その条件に該当する場所は幾つかありますが、私は三年生校舎の屋上を推奨します』

「理由は?」

『高さは勿論、あの場所は最も目標となる第一アリーナに近いからです。あそこからならば問題無く狙撃が可能かと』

「りょーかい。それじゃ、すぐにそこへと向かおうか。面倒くさい事はとっとと終わらせるに限る。それに、向こうさんが私よりも早くに撃破して、例の約束がおじゃんになるのは御免だ」

『最短ルートは、学生寮の屋上から屋根伝いに飛んで行くルートです』

「よし。それで行こう」

 

 少しだけ深呼吸をしてから、私は本日初めての外出をするのであった。

 私一人だから、ISスーツで外を歩いても恥ずかしくないしね。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 予定ポイントである三年生校舎の屋上に到着すると、目を凝らして周囲を見渡す。

 確かに、ここからならギリギリアリーナが見下ろせる。

 普通の学校の校舎なら無理だろうけど、IS学園は色んな場所に無駄に金を使ってるから、この校舎も普通よりもずっと高く設計されている。

 バカと金持ちは高い所が好きってか?

 

「準備しますか。アル、機体展開」

『了解。専用機『M9 ガーンズバック』展開開始します』

 

 アルの声と共に、私の周囲に青白い粒子が舞い散る。

 その時に普段は隠れている前髪が捲れて、その奥に隠されている『義眼』が外に晒された。

 これこそが、私の専用機の待機形態。

 そして、アルの本体でもある。

 

 現在のアルの正体。それはガーンズバックに搭載されたコアユニット兼、会話型支援AI。

 うちの糞親がこの機体を製造するに当たって、アルを機体に移植したのだ。

 なんで待機形態が義眼なのかは秘密。

 

(この感覚も久し振りだな……)

 

 私の体に次々と頑強な装甲が纏われていく。

 ガーンズバックは俗に言う『全身装甲(フル・スキン)』と呼ばれるタイプのISで、各関節部はシーリング処理が施されている。

 

 時間にして一秒未満。

 文字通り、あっという間に展開は完了した。

 

『久し振りのISはいかがですか?』

「最悪。もう二度と使う事は無いって信じてたのに」

『仕方ありません。軍曹殿が決めた事なのですから』

「そうなんだけどさぁ……はぁ……」

 

 ほんと…溜息しか出ない。

 顔面も装甲で覆われてるから逃げ場ないんだけど。

 

「…狙撃砲スタンバイ」

了解(ラジャ)。狙撃砲、展開します』

 

 拡張領域に収納されている折り畳み式の狙撃砲が展開されて、私の手に握られる。

 まさか、自ら進んでコレを使う日が来るとは夢にも思わなかった。

 

「嫌だねぇ……よりにもよって、私が一番苦手な狙撃で目標を狙い撃たないといけないとか。幾ら、私のガーンズバックが完全オールラウンダー機として設計されているからって……」

『そこらのスナイパーが裸足で逃げ出すレベルの実力を保持している軍曹殿が言っても皮肉にしか聞こえませんが』

「うっちゃい」

 

 狙撃砲の銃身を伸ばしてから、バイポッドを出してから固定する。

 膝立ちの状態になってからスコープを覗き込むと、逃げ惑う生徒達と、ステージにて奮戦(?)している織斑一夏と凰鈴音の二人に加え、全身が真っ黒な無人機さんが暴れ回っていた。

 

「…何やってんだよ…ったく。あの程度の奴なんて秒で倒せるだろうに。何をそんなにモタモタしてる訳? マジでふざけんなよ。ちゃんと真面目にやれよな。そんなんだから、私みたいな奴に仕事が回ってくるんだろうがよ……」

『軍曹殿。愚痴を言っている場合ではありません』

「はいはい」

『ハイは一回』

「ハーイ」

 

 お前は私のオカンか。

 

「ちっ…。相手が鈍間なお蔭で命中させること自体は楽勝だけど、アリーナの上空に展開されてるシールドバリアーが邪魔だな……仕方がない。アル」

『はい』

「『妖精の目』を使うよ」

『了解。第三世代兵装『妖精の目』を起動します』

 

 ガーンズバックのカメラアイが光り、私の視界が変化する。

 すると見える見える。シールドバリアーの『綻び』が。

 

「これなら、なんとかなりそう」

 

 目標との距離。重力による弾道の下降。気温。気圧。湿度。風向きと風速。

 更には相手の動きや邪魔者二人の動きも計算に入れてから、アルと協力して頭をフル回転させる。

 

「……………………」

 

 全ての神経を指先と目に集中させる。

 この瞬間だけ、私は人間ではなく一丁の狙撃銃と化す。

 

(今だ!!)

 

 一瞬のチャンスを狙って、トリガーを引く。

 発射の瞬間に全身に衝撃が走るが、ISのお蔭で緩和される。

 銃弾は計算通りに進み、障害となるシールドバリアーをも打ち砕き、ターゲットである無人機の右肩関節部に命中。そのまま砕けて隻腕にすることに成功する。

 

「次弾装填」

『了解』

 

 次に狙うのは左肩の関節部。

 先程の攻撃でリズムが乱されたのか、無人機の動きが明らかに鈍くなった。

 素早く計算をし、再びトリガーを引く。

 

『命中確認』

「よし」

 

 左肩も破壊され、完全な案山子状態に。

 例の二人は何が何だか分からない感じで棒立ちになっているが、それはそれで構わない。

 私の邪魔さえしなければ、それで十分だ。

 

 再度、弾を装填した後に狙いを引き絞る。

 最後に狙うのは胴体部。コアが搭載されているであろう場所だ。

 

(……狙い撃つ!)

 

 ラスト一発が発射され、それは攻撃能力を失った無人機のど真ん中に命中し、同時に確かな手応えを感じた。

 確実にコアを撃ち貫いたな。

 

『目標、撃破。コアを破壊されたことで完全に機能が停止したようです。自爆装置の類も無いようです』

「そう……」

 

 スコープから目を離してから、ようやく一息つく。

 だから狙撃って嫌なんだよ。神経をめっちゃ集中させなきゃいけないから。

 私が集中するのはガチャの時だけで十分だっつーの。

 

「……疲れた。部屋に戻って、今度こそ寝る」

『それが宜しいでしょう。お疲れ様でした』

 

 もうヤダ…マジでIS学園って嫌いだわ……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それは、本当に一瞬の出来事。

 クラス対抗戦の第一試合。

 一夏と鈴の試合にいきなり乱入してきた謎のIS。

 それによりアリーナ全体がパニックに陥り、二人もまた時間を稼ぐために戦っていた…のだが、その戦いは何処からか放たれた三発の銃弾にて突如として終焉を迎えた。

 

「な…何よ今の……!」

「銃撃…なのか? でも、どこから……」

 

 右肩が破壊されたかと思ったら、次の瞬間には左肩が破壊。

 最後は胴体に留めの一撃を受けて、コアが完全に破壊。

 バラバラのスクラップになりながら、無人機は機能を停止した。

 最後の特攻染みた事もせずに、まるで嬲り殺しにされるかのように無慈悲に倒された。

 

「終わった…の…?」

「みたい…だな……」

 

 余りにも唐突な終わり。

 一夏と鈴は二人揃って、その場に座り込んでしまった。

 

 そして、謎の攻撃に混乱していたのは管制室にいた教師たちも同様だった。

 

「な…なんだ今の攻撃はッ!? まさか…狙撃かっ!? 山田先生!」

「は…はい! 弾道から狙撃コースを計算して……出ました!」

「どこからだっ!?」

「あ…IS学園の三年生の校舎の屋上から…です。でも、もうそこには誰もいません……」

「目標を撃破したから撤退したのか…? でも、一体誰が……」

 

 流石に生徒達ほどに混乱はしていないが、それでも謎が多い事件に不気味さを感じずにはいられなかった。

 

「お…織斑先生! 轡木理事長から通信が入っています!」

「あの人から? 繋いでくれ」

「はい!」

 

 真耶がコンソールを操作して通信を繋ぐ。

 状況が状況なので映像は無く音声だけだが、通信機からは彼女達が良く知っている声が聞こえてきた。

 

『あー…織斑先生。山田先生。まずはお疲れ様でした』

「いえ…結局、我々は何も出来ませんでした…」

『そう御謙遜なさらず。で、疲れているところに申し訳ないのですが、後でお二人で理事長室まで来てくれませんか?』

「理事長室…?」

『はい。とても大事な話があるのです。先程の謎の狙撃に関して』

「く…轡木さんは、あれが誰の仕業なのか知っているのですかッ!?」

『はい。それらを説明する為にも、お二人には来てほしいのです。頼みましたよ』

 

 それだけを言い残してから、通信が一方的に切れる。

 

「一体…なんなんでしょうか……」

「分からん…。だが、行かねばならんだろうな…。山田先生、後の事は他の先生に任せて、我々は言われた通りに理事長室に行こう」

「分かりました」

 

 因みに、箒は放送室に行く途中で、セシリアもまたステージに向かう途中でアリーナの廊下を何も知らずに走っていた。

 彼女達が事件が終わった事を知るのは、外の光景を見てからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、繋ぎ。


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面倒くさいので、取り敢えず長話をする

「それは…どういう事ですか……」

「言葉の通りです」

 

 理事長室に呼び出された千冬と真耶は、自分の耳を疑った。

 目の前には厳しい顔をした初老の男性が座っている。

 彼こそが、このIS学園の真の理事長『轡木十蔵』その人である。

 普段は己の妻を表向きの理事長として、自分はどこにでもいる用務員として振る舞っているが、今回のような有事の際には本来の役職に戻るようにしている。

 

「あの謎の正確無比な狙撃を行ったのが、ウチのクラスの相良さんで……」

「それと引き換えに、全ての単位を免除した上で自由登校にした…ですって…!?」

「はい。その通りです」

 

 到底、信じられることではなかった。

 幾ら敷地内とはいえ、三年生校舎から第一アリーナまでは相当な距離がある。

 普通ならば到底不可能な狙撃を、見事に成功させてみせた。

 それを行ったのが自分のクラスの生徒だと聞かされ、誰が素直に信じるだろうか。

 

「彼女にはそれだけの能力があり、あの時はそれが最善だと判断した。今でも、その判断が間違っていたとは思っていません」

「確かに…アレによって謎の機体の撃破には成功し…怪我人なども全く出ずに済んだ……だが…!」

「言いたいことは分かりますが、これは彼女自身も納得した上で交わされた約束です。決して蔑には出来ません」

「…でも…だからって! それじゃあまるで…相良さんの学生生活と生徒達の命を天秤に掛けたみたいじゃないですか……」

「実際に私は天秤に掛けました。その上で相良さんの力を借りようと思った。それだけです」

「「…………」」

 

 本当は二人だって分かっているのだ。

 加奈がいなければ、どれだけの被害が出ていたか計り知れない。

 もしも、あの場に彼女がいたら、千冬も思わず助力を請いていたかもしれない。

 その気持ちが理解出来るからこそ、千冬は強く言えなかった。

 

「実際、相良さんは実技の授業には全く出ていないと聞いていますが?」

「はい…彼女は入学してからこっち、一度も実技系の授業には出席していません……」

「恐らく、それが彼女にとっての最低限の許せるラインだったのかもしれませんね……」

「理事長…相良さんについて何か知っているんですか?」

「それは……」

 

 意味深な言葉を放った轡木に、思わず真耶が質問をする。

 すぐに失言だったと悟るも、一度出した言葉は戻せない。

 

「…彼女は…相良加奈という少女は、全ての人類を疾うの昔に見限っているのです」

「み…見限っているって……」

「話だけは聞いていましたが、実際に会話をして確信しました。彼女は、この学園の生徒や教員が何人死んでも顔色一つ変えないでしょう。それ程までに、相良さんは人類に絶望している」

 

 話している轡木自身も相当に辛いのか、苦虫を噛むような顔をし、痛々しいまでに拳を握りしめている。

 それ程までに、彼もまたショックを受けているのだ。

 

「ですので、これから先…彼女が教室に入る事は一切無いと思っていた方がいいでしょう。まともなコミュニケーションはまず不可能でしょうから」

「私は……弟や教え子達の命を救ってくれた者に礼の一言すら言えないのですか……」

「もし仮に言えば、却って彼女の逆鱗に触れるだけでしょう。相良さんが求めるのは礼の言葉ではなくて自由なのですから」

「それは…彼女が保護プログラムにて縛られた人生を歩んできたから…ですか?」

「それもあります。ですが……」

 

 ここで言葉が止まる。

 いつもは全てをハッキリと答える轡木にしては珍しい反応だ。

 それだけで、二人は変に勘ぐってしまう。

 

「もしかして…理事長は何か知っているんですか? 相良さんが極度なまでの人間不信になった原因を……」

「知っていますが……言えません。これは最上級機密事項に抵触するので……」

「担任である私達にも…ですか……」

「担任だからこそ…ですよ。世の中には知らない方が良い事も沢山ある。特に織斑先生、貴女はね……」

 

 自分を名指しにする。

 そうされると、嫌でも千冬は理解してしまう。

 彼女もまたISによって人生が歪められた人間の一人なのだと。

 

「一応、忠告しておきますが…『お友達』を使って探ろうなどとは思わない事です。もしも知ってしまえば、貴女は確実に自分で自分を殺したくなる。優秀な教員をまだ失いたくないのでね」

「……分かりました」

 

 自分の考えを先読みしたかのように忠告を受ける。

 やっぱり、この人にだけは敵わないと実感した。

 

「相良加奈さんはこれからもIS学園に在籍し続けますが、それだけです。彼女の事はもう忘れた方が良いでしょう。向こうもそれを望んでいる筈です」

「「はい……」」

 

 納得できたわけではない。納得できる訳がない。

 自分達に出来なかった事を、やらなければいけなかった事をしてくれた少女に恩返しは愚か、近づくことすら出来ないと言われているのだから。

 

「では…失礼します……」

 

 暗い顔のまま、千冬と真耶は理事長室を静かに後にした。

 残されたのは、目を瞑って眉間に皺を寄せている轡木だけだった。

 

「全ては…私たち大人の罪…ですか……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

『軍曹殿。前々から疑問に思っていた事があるのですが』

「なぁ~に?」

 

 寮にある自分の部屋のベッドの上に寝転びながら、タブレットで色んな観光サイトを眺めていると、いきなりあるが質問をしてきた。

 アルからの質問というのは割と珍しい。

 

『どうしてM9を『形態移行(シフト・チェンジ)』しないのですか? その気になれば『第二形態移行(セカンド・シフト)』は愚か『第三形態移行(サード・シフト)』、もしかしたら『最終形態移行(ファイナル・シフト)』にまで一気に到達出来るレベルにとっくの昔になっているのに……』

「主な理由は二つ。一つ目は面倒くさいから。二つ目は……」

『二つ目は?』

「強すぎる力なんて必要ないから」

 

 過剰戦力なんて邪魔なだけ。持ってるだけで災いしか呼び込まないんだよ。

 それだけの責任も覚悟も最初から持ってないしね。

 

「アルだって分かってるでしょ? 『ARX-7(アーバレスト)』の時点でも十分にチートなのに、その先にある『ARX-8(レーバテイン)』に至ってはもう一騎当千とかいう次元を完全に超えてるからね? マジで幻の第五世代機になってるからね?」

『そうですね……機体性能は勿論ですが、何よりもあの『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)』が特に……』

「『Λ(ラムダ)・ドライバ』…あれこそ完全なブラック・テクノロジーだよ。あんなのを持ち出したら絶対に目立ってしまう。私がそれを一番嫌ってるのはアルが良く知ってるでしょうに」

『そうでしたね。すみません。失言でした』

「別にいいよ。今度から気を付けてくれれば」

 

 そもそも『妖精の目』だけでも十分にチートだしね。

 それ以上は必要ないっていうか。

 

「もう二度と、こんな事が無いように、今度からは本当に徹底しないとね」

『軍曹殿のIS嫌いは治りそうも有りませんね』

「治るわけないよ。治そうとも思わないし。何が悲しくて、あんな『欠陥だらけの大量破壊兵器』を自分から好きにならないといけないのさ」

『大量破壊兵器…ですか』

「何も間違ってないでしょ。ISのパワーアシストさえあれば何でも壊せる。誰でも殺せる。女しか起動できないっていう致命的な欠陥があるとしても、あれが危険な代物であることには変わりがないんだから」

『…否定は出来ませんね』

「でしょ? ISってのは麻薬と殺人兵器を悪魔合体させたような物さ。一度でも、その破壊力と性能を知ってしまえば、その瞬間に虜になって、もう二度とその魅力には抗えなくなる。そして段々とIS無しの人生なんて考えられなくなる。専用機持ち達が一番分かりやすい例だろ」

『そうかもしれませんね。データによると、専用機を所持している代表候補生達の中には、まるで何かに憑りつかれたかのように自分の機体を溺愛している人間もいるとか』

「そして、その麻薬を世界中にばら撒いたのが……」

『ISの生みの親である篠ノ之束……。本人はあくまでも『ISは宇宙活動用のパワードスーツ』と言っているようですが?』

「そんなの、単なるポーズに決まってるって。そうでも言っておかないとISの世間体とかが悪くなるから。実際に、今まで生み出されてきたISで一機でも宇宙空間で活動をした奴がいるの? いないでしょ。つまりはそーゆーこと」

 

 目が疲れたので少しだけ揉んでから、ゴロンと仰向けになる。

 

「そもそもさ、あの自作自演のデモを見た時点で子供でも分かるじゃん。ISは兵器だって」

『デモ…といいますと、例の『白騎士事件』の事ですか?』

「そ。その事件。もうアルも分かってるとは思うけど、あれは天災兎が何らかの方法でミサイルの発射装置をハッキングしてから……」

『織斑千冬が乗る白騎士に迎撃させた』

「もしも本当にISが兵器じゃなかったら、あんな事をする必要は何処にも無かった筈だ。他にもISの性能をアピールする方法は色々とあるんだから。それなのに、あの女はそれをせずにISの兵器としての性能と恐ろしさだけを世界に広めた。ってことは、最初からISは初期の設計段階から殺戮兵器として運用することを想定していたって事になる。実際、ISは兵器として世界に認知されていった」

『その割には、博士はコアを467個しか製造しなかった。それは何故?』

「その答えもまた簡単だよ。既存の兵器を完全に凌駕する性能を誇るISの心臓部ともいうべきコアが一定数しか存在しない。下手をすれば自分達の国にはコアが手に入らない。となれは必然的に……」

『戦争状態に突入する…ですか』

「アルくん、またまた正解。あの女は自分の産み出した武器を巡って他の人間達が右往左往して殺し合う様を見たいのさ」

『全く以て生産性が無い行為と思われますが……』

「天才って人種に人間の常識を当て嵌めちゃダメだよ。奴らは往々にして『手段』が『目的』になっているような連中なんだから。ウチの馬鹿親が最たる例でしょ」

『軍曹殿……』

「『身内』って言って妹や親友を大事にしている風に見せているのは、自分の事をまだ真面な人間だって主張したいからだろうな。もしくは、現実を直視出来ていない幼稚園児以下の精神の持ち主か。もしかしたら両方かも知れない」

『ですが、そうなると……』

「必要なくなれば、簡単に妹も親友も切り捨てるよ。だって、天災兎からすればアイツ等はあくまでも都合のいい道具に過ぎないんだから。捨てる時は一瞬さ。飲み終えた缶ジュースの空き缶を道端にポイ捨てするようにね」

『自分以外の人間は須らく無価値…ですか』

「本人はそう思ってるな。間違いなく」

『狂ってますね。だからこそ天才と呼ばれる存在になれたのでしょうが……』

 

 ベッドから降りて、キッチンにある冷蔵庫から麦茶を取り出し、そのままがぶ飲みする。

 コップを出すなんて面倒くさい。私一人しかいないんだから問題無いよね。

 

「ぷは……。女性権利団体を放置しているのもワザとだろうな。自分の事を神のように崇め奉ってるんだから気分がいいんじゃない? 噂だと、権利団体本部のロビーには天災兎の金の像が立ってるらしいし」

『完全な成金趣味ですね』

「気持ち悪い事この上ないよね。もしかして、奴の背後には権利団体がいたりして」

『可能性としては十分に有り得るかと』

「女だけしか動かせないっていう欠陥も仕様に違いないな。そうやって国と国だけでなく、男女間でも争いを誘発させてから世界を更に混乱させたかったんだろう。現実として世界は現在進行形で女尊男卑になっているし」

『では、織斑一夏が男でありながらISを動かせたのも彼女が関与しているのでしょうか?』

「それに関しては彼の生まれも関係してくるけど、それとは別にウサギが関わっているのは絶対だと思う。世間に更なるスパイスを加える為に」

『この世界は篠ノ之束の掌で踊らされているのですね』

「そうなるように仕組んだんだから当然でしょ。だからこそ分かる事もあるんだけど」

『分かる事とは?』

「……これはあくまでも私の予想だけど、向こう十数年の間にまず間違いなく、この世界は滅びるよ。ISに依存し過ぎた人間達と篠ノ之束の手によって」

『世界の滅亡……』

「いや…違うな。とっくの昔に世界は滅びの危機に瀕している。誰も彼もがISという甘い蜜で目が曇って気が付いていないだけで。生まれたばかりの赤ちゃんが男だったって理由だけで殺されるような世界に未来があるわけがない。寧ろ、滅びは必然だとも言える」

『統計では、ISが誕生してから死亡した男の乳幼児の数はIS誕生前の数百倍となっています』

「本当に…世の中クソだな。IS学園もそうさ。名目上は学校法人になってるけど、実際には単なる兵士養成学校だ。自分達が教えられていることが本当は『どれだけ効率よく人間を殺せるか』の技術だって事に誰も気が付いていない」

『私もここの教科書を拝見しましたが、お世辞にも高等学校で教えるような内容ではありませんでした。参考書を全て読破して再現すれば、立派な人殺しが完成するでしょう』

「私がIS学園を嫌悪する最大の理由がそれだよ。それに全く疑問を持たない生徒達も好きじゃない。関心すら持とうとも思えないね。道端に転がっている石ころの方がまだ価値がある。誰かが言ってたような気がするけど、ここの生徒は意識が低すぎる。近い将来、死ぬ程に後悔するのは自分自身だってのに」

『改めて、軍曹殿が授業に出たがらない理由が分かったような気がします』

「分かり合えたようでなにより。それでこそ、私がこの世で唯一、信じている大切な相棒だよ」

 

 水分補給を終えた私は、電子煙草を口に咥えながら再びタブレットを眺めながら初めての旅行先をどこにしようかネット内を散策する。

 ふむ…まずは国内とかいいかもしれないな。

 

 

 

 

 




トゥルーエンドのフラグが立ちました。





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面倒くさいので、国内旅行する(うどん編)

 無人機騒動から少しだけ時間が経過し、時期的には恐らくフランスとドイツから例の二人がやって来る頃。

 これで原作第一期ヒロインが全員集合するのだが、私には微塵も関係が無い。

 あの騒動によって私は理事長直々に『在学さえしていれば、あとは好きにしててもいいよ』と言われたので、その権限をフルに利用して私は平日だというにも拘らず堂々と国内旅行に洒落込んでいた。

 

「ん~……本場讃岐のうどんは格別だねぇ……」

 

 あ。なんかあっさりと自分の居場所を吐いちゃった。

 そうなんです。現在、私がいる場所は香川県の讃岐市にある、とあるうどん屋さん。

 なんで私がここにいるのか、理由は物凄くシンプル。

 テレビ番組でうどん屋特集をしているのを見て、急に本場讃岐のうどんが猛烈に食べたくなったから。

 年頃の女の子としては、自分の食欲には素直に従いたい。

 後に体重計に乗って愕然とするまでがワンセットだ。

 

「しかも、たった百円で替え玉が可能って…普通に最高じゃない?」

『サイドメニューも非常に充実していますからね。おにぎりに唐揚げ、各種天ぷらに加えてかき揚げまであります。かなりリーズナブルな値段で。ここまでして採算が合うという事は、年間に相当な売り上げが出ている証拠ですね』

「だろうね。だって、今も店内は超満員だよ? 私が食べてるきつねうどんだけでも超絶絶品なのに、他のメニューもめっちゃ美味しそうだもん。そりゃ、私みたいに遠くから来る客も山ほどいるわ」

 

 モチモチの麺にジューシーなお揚げ……シンプルでスタンダードな組み合わせだけど、だからこそ気に入った。

 一緒に持ってきた、このかつおのおにぎりも唐揚げもベリーデリシャス。

 

『ところで軍曹殿』

「どったの?」

『今日、学園に転入してくる二人なのですが……』

「うん。それがどうかした?」

 

 あぁ~…このスープも最高……。

 本気でバケツ一杯飲みたいわ……。

 

『フランスから来る『シャルル・デュノア』…戸籍上は男となっていますが、私にはどう見ても女にしか見えません』

「そりゃそうでしょ。だって、あの子は正真正銘の女の子だもん。つーか、顔なんて何処で見たのさ」

『学園のサーバーに潜り込みました』

「幾らアルの侵入技術が超一流だからつっても、そこまで堂々とやるかね……」

『軍曹殿に影響されたのかもしれません』

「変な事を言わないでよ」

 

 まるで私が悪いみたいじゃない。失礼しちゃうわ。

 

「『デュノア』って名字から分かると思うけど、あの子はあの『デュノア社』の社長の『アルベール・デュノア』の愛人の娘らしいよ」

『成る程。道理でデュノア家の家系図に『シャルル』という名が記載されていない筈です。同じ顔の『シャルロット』ならば普通にあったのですが…もしや、彼女の正体は……』

「そ。その『シャルロット・デュノア』だよ。例の彼の専用機のデータや遺伝子情報なんかを会社に持ち帰る為に、男装をして学園にやって来てるんだよ。謂わば『スパイ』だね」

『…こんなお粗末な変装で…ですか? 正気の沙汰とは思えませんが』

「それだけ追い詰められてるって証拠じゃね? デュノア社の事情…知ってるでしょ?」

『あぁ…成る程。そういう事ですか』

「納得した?」

『はい。常日頃からネット内の情報には目を通しておくものですね』

 

 アルは、その性質上、世界中の様々なサーバーにアクセスし放題だから、ある意味では私以上に情報通だ。

 だからこそ、こんな時の会話で無駄な説明を省くことが出来る。

 

『では、もう一人の方はなんなのでしょうか? ドイツ軍の特殊部隊の隊長ということですが……』

「どうやら、あのブリュンヒルデの教え子みたいよ? ほら、あの女って第二回モンドグロッソを最後に現役を引退して、ドイツに渡って教官をやってたじゃん? その時に……」

『そう言えばそうでしたね。余り価値のない情報だったので、軍曹殿が言ってくれなければ、そのまま無駄な情報としてデリートしていたところでした』

「いや…別に消してもいいよ? 私だってウルトラ興味ない話だし」

 

 覚えていたって一円の得にもならないからね。

 

「彼女、ブリュンヒルデに対して心酔してるみたいで、本来の目的はあいつをドイツに連れ戻す事なんだってさ」

『……バカですか?』

「馬鹿なんだよ、実際」

 

 この場にいないからって言ってやるなよ。流石に可哀想だからさ。

 

「私達が会って話す機会なんて未来永劫無いから本気でどーでもいいんだけどねー」

 

 それよりも替え玉、替え玉。

 あと、追加で鮭のおにぎりとかき揚げも持って来よう。

 

 あ…あっちの客が食ってる、ぶっかけうどんも美味しそうだなぁ……じゅるり。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 私が二回目の替え玉を食べていると、いきなり隣の席に誰かが座って来た。

 帽子と眼鏡を掛けているのでよく分からないが、どうやら大人の女性っぽい。

 

「お隣…いいですか?」

「いいですよ」

 

 女性が頼んでいるのはたぬきうどんで、揚げ玉が一杯入っている。

 ふむ……三杯目は揚げ玉ボンバーも悪くないな。

 

「千客万来大繁盛してますからね。仕方ないですよね」

「そうですね」

 

 取り敢えず、当たり障りのない会話をしてから自分の食事に戻る。

 向こうも食べ始めたようで、ちゅるちゅると麺を啜る音が聞こえてきた。

 

「…………」

「なんですか?」

「いえ…随分とお若いな~って思いまして」

「現役の高校生ですからね。因みに今日はサボリです」

「い…いいんですか?」

「いいんですよ。学校公認ですから」

「そ…そうなんですか……」

 

 初対面の女性にドン引きされてしまった。

 けど、私は事実を言っただけだ。何も悪くない。

 

「……今の世界ってどう思いますか?」

「唐突ですね」

「ちょっと聞いてみたくって…で、どうですか?」

「どこかの誰かさんがISなんて代物を作り出したせいで、着実に破滅へと向かってると思います。端的に言えば、もうこの世界は終わりです」

「そうですか……なんとかして救いは無いのでしょうか?」

「無いですね」

「断言しますね」

「断言出来ますから。ISという、人類を堕落させて破滅を誘発する兵器が世間に浸透し過ぎている時点で人類と世界が救われる可能性は0%です」

 

 この手の話は、ついこの前もしなかったっけ?

 そういや、アルはさっきから空気を読んで黙ってくれているな。ナイス判断だ。

 

「非常に非現実的なやり方ならば、辛うじて世界は救われるかもしれませんけどね」

「それは?」

「誰かがタイムマシンを作ってから、ISの開発者が生まれる前にその両親を殺害、もしくは誕生した瞬間に縊り殺す。もうそれぐらいしかないでしょうね。といっても、結局は世界が分岐して新しい並行世界が誕生するだけで、根本的な解決には全くなって無いんですけど」

「……………」

 

 はぁ…何を話してんだろ…私ってば。

 気分転換に来てる筈なのに、結局は小難しい事を考えてる。

 …もう一杯食べるか?

 

「この世界はもう……どんなに足掻いても戻れない場所まで来てるんですね…」

「そうですね。けど、最も愚かしいのは、人類の殆どがその事に全く気が付いていない事。世界中の人間の大半は、何も分からないままに滅びていくでしょうね」

「そう……」

 

 話しながら食べてたら、あっという間にドンブリが空になってしまった。

 しゃーない。また替え玉しに行きますか。

 替え玉を取りに席を立つついでに、隣のお姉さんに忠告をしておこう。

 

「そうだ。これだけは言っておきたいんですけど」

「なんですか?」

「……盗み聞き(ピーピング)も大概にしておかないと、いずれ後悔する事になるよ。天災兎さん」

「……っ!? 気が付いてたの…?」

「最初からね。余りにも堂々と来るもんだから、逆に偽物かそっくりさんのどっちかと本気で疑ってしまったけど」

「私だと知ってて、あんな話をしたの?」

「うん。だって、紛れもない自分の本心だったし」

 

 嘘偽りを言う理由が無いしね。

 

「…最後に一つだけ聞かせてくれるかな」

「なに?」

「相良加奈ちゃん……君はこの世界が好き?」

「超大嫌い。正直、生まれてこなけりゃよかったって思ってる。こんな世界に私を生んだ挙句、『こんな体』にしたクソ親を私は未来永劫許さないし、それはこんな世界にした連中も一緒。けど、私には何も出来ないし、するつもりもない。だって無意味だから。だからせめて、この憎悪だけは絶対に忘れないようにしてるの。それが私なりの抵抗だから」

「…………ごめんね」

「それは何に対して?」

「………………」

 

 黙ってしまった。

 もう話す事は無いって事か。私も同じだから別にいいけど。

 さ、替え玉を取りに行こっと。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 席に戻ってきた時、彼女はいなくなっていた。

 テーブルに私の分の金を置いて。

 

『軍曹殿…先程の女性はまさか……』

「うん。その、まさかだよ。こんな場所で会うとは思ってなかったけど」

 

 再び一人になった席に座り、私はうどんを食べる。

 美味しいは美味しいけど、なんだか急に味気なく感じてしまった。

 

『軍曹殿に会いに来たのでしょうか?』

「有り得るかもね。あいつの行動原理をまともに理解しようとするのは不可能だから」

『どうやって軍曹殿の居場所を…なんて、考えるだけ野暮なのでしょうね』

「だろうね。知ったら知ったで後悔しそうだ」

 

 それにしても心臓に悪かった。

 原作キャラでは最も会いたくない人物の一人だったし、まともな会話が成立するなんて夢にも思ってなかった。

 もしかしたら、彼女に関しては偏見の目で見ていたのかもしれない。

 これは少しだけ反省だな。

 

「…今度は何処に行こうかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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面倒くさいので、国内旅行する(バーガー+α編)

 前回は香川県の讃岐市で美味なるうどんを堪能した私。

 意外な出会いがあったけど、そこまで気にするような事ではない。

 あの女が他者を見下しているように、私もまたあの女に対して微塵も興味を持っていないのだから。

 全ての元凶。諸悪の根源。その認識さえあればいい。

 

 で、あれからまた私は国内旅行へと向かった。

 今回向かった場所は長崎県のハウステンボス。

 全国的にも有名な、オランダの街並みを見事に再現したテーマパークだ。

 前々から一度は行ってみたかった場所でもある。

 

 初めて見る木製の風車に、色鮮やかなチューリップ。

 私だって立派な女の子なのだから、コレ系の事には凄く興味がある。

 

 そして、今は昼食を食べる為にテンボス内にある佐世保バーガーのお店のテラス席に座って、目の前にある出来たてほやほやの佐世保バーガーを食べようとしている…のだが……。

 

「あの……」

「なんだい? 可愛らしいお嬢さん」

「…………」

 

 いきなり、私の座っている席に相席するようにして、謎の銀髪の女の子が座って来た。

 しかも、めっちゃこっちを見てニコニコしてくる。

 見た感じでは外国人だけど、妙に日本語が流暢だ。マジで何者?

 

「えっと……なんか用?」

「フッ……特にこれといった用事は無いさ。強いて言えば、君の美しさに魅了されて、思わずここまで来てしまった…ってところかな」

 

 微笑んだ瞬間に歯がキラーンって光った。

 うん。こいつは私が苦手なタイプだ。悪い奴じゃなさそうなのが質が悪い。

 

「もしかして…ナンパされてる?」

「私が、そんな下卑た事をするような人間に見えるのかい?」

「いや、そうとしか思えない言動だから言ったんだけど……」

「なんと……私は単純に美少女との楽しいひと時を過ごしたいと思っただけなのに……」

 

 …コイツ、基本的に人の話を聞かないタイプだな。

 

「そう言えば、まだ名を言ってなかったね。私は『ローランツィーネ・ローランディフィルネィ』。オランダから来たんだ」

 

 何にも聞いてないのに勝手に自己紹介しやがった。

 こっちも自己紹介しないと、なんか失礼な奴になっちゃうじゃないか…ったく。

 

「…相良加奈だよ」

「サガラ・カナ……君に相応しい美しい名前だ」

「さいですか」

 

 生まれてこの方、一度も自分の名前にそんな感想を抱いた事は無いよ。

 しっかし…オランダか。

 

「え? なんで私が日本にいるかだって? フフ…そこまで情熱的に尋ねられたら答えない訳にはいかないな」

「誰も聞いてねーよ」

 

 幻聴でも聞こえてるのか? だとしたらヤベーな。

 

「まず、私はオランダの代表候補生なんだ」

「代表候補生……もぐもぐ」

 

 ってことは、こいつも専用機を持ってるのか?

 にしても、バーガーめっちゃ美味い。

 

「それで、本当はIS学園に転入する予定だったんだよ」

「…マジか。けど、だったって事は……」

「そう。止めたよ。一度、入学前に見学をさせて貰えたんだけどね……」

「どうだった?」

「教師の方々も生徒の諸君も美女や美少女ばかりで目移りしてしまったが…それだけだった。正直な感想を言わせて貰えば、あの学園を怖く感じたよ」

「……そっか」

 

 …どうやら、私の観察眼もまだまだみたいだ。

 こいつは…ローランツィーネはこのご時世には珍しく、周りに流されずに真実を見極める目を持っている人間だ。

 

「祖国オランダで、私はISに関する様々な事を友達と一緒に学んだ。基礎的な事は勿論、どれだけISが危険な物なのか、不用意に使えばどんな被害が出るのか。ある意味で最も大事な事を徹底的に教育してくれるんだ。時にはISの被害に遭った人物と話したりもしていたし、実際に現場に出くわしたこともある」

「それが普通なんだよ……」

 

 ヤベ…佐世保バーガーとコーラの組み合わせが最強すぎる。

 なんか、もう一個食べたくなってきた。

 

「だが、IS学園にはそれが無い。授業も見学させて貰ったが、ISの機能やいい部分だけを教えて、危険な部分には軽く触れるだけで終わっている。あれではいずれ必ず取り返しのつかない事故が発生するよ」

「あそこはそういう場所さ。ISという名の新興宗教の信者を育成する機関。もしくは、IS依存者を収容している病棟と表現すべきか」

「その言い方…もしかして、君もIS学園の…?」

「そ、生徒だよ。一応ね」

「一応とは?」

「訳あって政府の連中に無理矢理、あそこに入学させられてね。だから授業はサボりまくりだったし、最近じゃ教室にも入ってない」

「それは…大丈夫なのか?」

「へーき、へーき。少し前にちょっとしたトラブルがあって、理事長直々に私に『助けてほしい』って言ってきたんだ。最初は断ったんだけど、何度も何度も言ってきてさ。んで、痺れを切らした向こうがある条件を提示してきたんだ」

「条件?」

「もしも助けてくれたら、全ての単位&出席日数を全て免除する…って。在籍さえしてくれれば、後はもう好きにしてていいってさ」

「成る程…平日にも関わらず、こうしてココにいるのは、そう言う訳だったのか」

 

 …なんで私、こいつにこんな事を話してるんだろ。

 一概に部外者とは言い難いからかな。

 

「今頃は多分、学年別トーナメントが開催されてる頃なんじゃないかな。興味ないけど」

「私もさ。明らかにIS学園はおかしい。生徒達の目も、なんだか曇っているように見えたしね。あの目は何にも見えていない目だ。ISの事を軽視して、最も大切な事を何も理解していない目だ」

「だからこそ、私はこうしてIS学園を飛び出したんだよ」

「フフフ……加奈と私は気が合いそうだね」

「うぐ…悔しいけど、否定は出来ない……」

 

 私もまさか、ここまで意見が合う人間がいるとは思わなかった。

 こりゃ…ボッチ卒業の時が来たのかもしれない。

 

「ところで…君が食べているバーガー…とても美味しそうだね。私も注文しようかな……」

「いいんじゃない? ボリュームがあって食べ応えあるよ」

「みたいだね。では…少しいいかな?」

 

 彼女は近くを通りがかった店員さんを呼び止めてから、私と同じものを注文した。

 ふむ…こいつが大口を開けてバーガーを食べている姿が想像しにくい。

 

「そっちが日本にいる理由は分かったけど、なんでハウステンボスにいるの?」

「私の事はロランでいいよ。皆にもそう呼ばせている」

「ふーん…分かった。で、なんでなの?」

「少し前にネットの記事で、日本に我が祖国オランダの街並みを再現した巨大なテーマパークがあると知ってね。もしも日本に行く機会があったら是非とも遊びに行きたいと思っていたのさ」

「へぇ~…」

 

 その気持ちはなんとなく理解出来るかもしれない。

 日本人が外国で日本食のレストランとかに行ってみたいと思う気持ちと同じなんだろう。

 

「本来の目的はIS学園だったが、見学だけですぐに終わらせてしまったからね。時間が余りに余っていたんだ。このまま無為に使うのも勿体無いと思った私は、折角だし前々から興味があったハウステンボスに行こうと思い至り……」

「こうして来てる訳ね」

 

 増々、私と気が合うんだけど……。

 どうしよう。普通に友人になれそうな気がしてる自分がいる。

 

「お待たせしました」

「ありがとう」

 

 あ。ロランが注文したバーガーが来た。

 …人のを見てると急にお腹が空いてくる…。

 

「すいません。もう一個同じのをいいですか?」

「畏まりました」

 

 頼んでしまった……。

 後でちゃんと運動しよう。

 

「確か…こうしてから……あむ」

 

 おぉ~…綺麗な顔をして、思い切り行くのね……。

 

「お味は?」

「とても美味だよ。君と一緒にいるから尚更ね」

「あっそ」

 

 息を吐くように恥ずかしい台詞を言うよね…。

 ロランには羞恥心というものが無いのか?

 

「そうだ。色々と話した以上は、アルの事も紹介しないと」

「アル? 誰だいそれは?」

「私の大切な相棒。アル~」

『呼びましたか?』

「この声は……」

 

 私の隠れている義眼から聞こえてきた声にロランが驚く。

 実に普通の反応をありがとう。

 因みに、今までずっと反応が無かったのは、ネットの海に潜っていたから。

 アルの密かな趣味の一つなのだ。AIに趣味という概念があるかは置いといて。

 

『軍曹殿。この女性はどなたですか? 先程まではいなかった筈ですが……』

「アルが潜ってる間に会ったんだよ。オランダから来たっていうローランツィーネ・ローランディフィルネィだよ。ロランって呼んであげて」

『了解しました。お初にお目に掛かります。軍曹殿の専用機『ガーンズバック』のサポート用AIのアルと申します』

「じ…人工知能搭載型のIS…そんな物が存在していて、しかも加奈がその持ち主だったとはね……専用機を持っている事も合わせて驚いたよ……君は一体何者なんだい?」

「不登校生活を満喫している普通の女子高生だよ」

 

 そうとしか言いようがないしね。

 

「えっと…アル…だったかな?」

『はい。ミス・ロラン』

「私にミスはいらないよ。気楽にロランと呼んでくれればいい」

『承知しました。ロラン』

 

 人工知能と話すって事自体が驚きの筈なのに、もう普通に会話してるし…。

 ロランってかなり適応能力が高い?

 

「そういや、本場オランダの人間から見て、このハウステンボスってどうなの?」

「非常に素晴らしいよ。まるで祖国に戻ってきたかのような錯覚さえ覚えてしまうほどに。しかも、ここは一つの街としても機能しているというじゃないか。そんなテーマパークが存在していること自体が驚きさ。しかも、観光客用のホテルがあるだけでなく、夜も楽しめるようになっている……ここに来ようと思った私の考えは間違いじゃなかった」

「…日本人として、そこまでベタ褒めされると…なんとも嬉しく思うね」

『驚きました。軍曹殿にも愛国心があったのですね』

「んな物は無いよ。けど…なんでか嬉しかったんだから仕方がないじゃないのさ」

 

 まだ私にも人間らしい感情が残されていたとはね。

 こっちの方が普通に驚きだわ。

 

「ところで、どうしてアルは加奈の事を軍曹と呼ぶのかな? 彼女は従軍経験が?」

「まさか。渾名みたいなものだよ。軍に所属なんて絶対にしたくない」

 

 この私とは致命的に相性が悪い職業だからね。

 軍人と話すと思うだけでも吐き気がする。

 

「加奈はこの後、どうするつもりだい?」

「ん? もう少しだけブラブラとしたら、今度は新地中華街の方に行ってみようと思ってる」

「ということは、ここのホテルに泊まるわけじゃないんだね?」

「そうなるかな」

 

 余りにも豪華すぎると、却って寝付けなかったりするし。

 程よい感じが丁度いいんだよ。

 

「では、私もついていこう」

「『え?』」

「言っただろ? 私も暇してるんだ。それに、君と一緒ならどこに行っても楽しめそうだ」

「はぁ……好きにすれば?」

「喜んで、そうさせて貰う。あむ……うん、美味い」

 

 こうして、旅の仲間が増えてしまいましたとさ。

 それを決して悪く思っていない自分が意外過ぎて自分で驚いてるよ……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後。私達は予定通りにバスに乗ってから中華街までやって来た。

 

「ア…アルくん? 目の錯覚じゃないよね…? この超絶美味そうなちゃんぽんの上にちょこんと乗っているのって…まさか……」

『紛れも無く『フカヒレ』ですね』

「こ…これがジャパニーズちゃんぽんなのか…! フカヒレと言えば、誰もが知っている高級食材…それを惜しげも無く乗せるとは……」

 

 長崎でフカヒレにお目に掛かるとは…めっちゃ驚いてるわ……。

 私とは縁が無い食べ物だと思ってたのに……。

 

「ロラン…これの値段って幾らだったっけ……」

「…1350円だ」

「……安すぎじゃね?」

 

 長崎中華街……恐るべし。

 因みに、このちゃんぽんは冗談抜きで最高でした。

 その後に食べた角煮まんじゅうも絶品だったと言っておこう。

 

 

 

 

 



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面倒くさいので、国内旅行する(水着編)

 長崎県を堪能した私は、ハウステンボスで出会ったロランと一緒に行動するようになった。

 最初は『えー』と思ってたが、意外と楽しんでいる自分がいた。

 アルとも普通に仲良くなってたのに驚いた。

 

 で、今回の私達がどこにいるのかというと……。

 

「まさか、あれから更に南下するとは思わなかったよ」

「少しずつ暑くはなってきてるし、ここなら今の季節でも十分に楽しめるしね」

 

 沖縄県の宮古島にある『与那覇前浜』です。

 長崎空港から飛行機に乗って、そのまま那覇空港で降りました。

 時期的には少し早いけど、それはそれで構わないのだ。

 寧ろ、今の季節だからいい事もあるし。

 

「本当なら数ヵ月後とかに来るべきなんだろうけど、そうすると確実に観光客でごった返すからね。そうなると、楽しめるものも楽しめない。折角の絶景も台無しだよ」

「ふむ…一理あるな。確かに、この美しい水平線と純白の砂浜を独占できるのはいい気分だしね」

『それに、この浜には各種設備も完備しています。伊達に沖縄で一番人気のビーチではないという事ですね』

 

 因みに、ここの事をお勧めしてくれたのは、なんとアル。

 数ある沖縄のビーチの中でどれにしようか二人で話し合っていたら、いきなりアルが割り込んできてココを勧めてきた。

 私としては、アルの読みが外れた試しは無いのですぐに信用して、そのお勧めに従う事にした。

 ロランもまた、私がいいのなら…と言って納得してくれた。

 実際、アルに従って大正解だった。

 

「白くサラサラな砂浜に…透き通ったコバルトブルーの海…そして……」

「ん?」

「私の隣には女神の如き美しさを誇る少女がいる……感無量だよ」

「……………」

 

 一緒に行動するようになってから、一日に一回は必ず私に対して何らかの口説き文句を言ってくる。

 それをすぐ傍で囁かれるコッチの身にもなってくれよな……。

 

(にしても…ロランめ。私服を着ている時には気が付かなかったけど、めっちゃスタイル良いじゃないのさ……)

 

 そういえば、まだ私達が何をしているのかを言ってなかった。

 浜辺に置いてあったデッキチェアを借りて、そこにパラソルを立ててから水着姿になって傍にジュースを置いてから寝そべっている。

 ロランは黒いホルターネックビキニを着て、私は真っ赤な三角ビキニを着ている。

 私も決してスタイルが悪い方じゃないとは思うんだけど、それでもロランには負けてしまう。

 流石は代表候補生というべきか…いや、別に関係ないか。

 

『海と言えば、IS学園の方もそろそろ臨海学校の時期ですね』

「え? もうそんな時期だっけ?」

 

 あー…普通に旅行が楽しくて完全に忘れてたわー…。

 

「臨海学校? あそこはそんな事もしているのかい?」

「無駄に金だけはあるからねー。なんせ、学生寮の一部屋一部屋にまで金を掛けるぐらいだ。臨海学校なんてポーンと行かせるんじゃない?」

 

 ほんと、考えれば考えるほどふざけている。

 別に息抜きをすることを悪いとは言わない。

 けれど、余りにも警戒心が無さすぎる。

 臨海学校に行くなら行くで、ちゃんと海上警備隊を初めとするプロの方々に連絡をして浜辺の警備をするとかして貰うのが普通なんじゃないの?

 分かってるのかな? IS学園は決して普通の学校じゃないんだよ?

 

「あら。随分と楽しそうにしてるわね」

「「え?」」

 

 いきなり話しかけられて思わず呆けた声を出してしまった。

 私の左隣に空いていたデッキチェアに、サングラスを掛けた謎の金髪美女が腰かけていた。

 当然、そのスタイルは私達以上で、真っ白なビキニと相まって色んな意味でインパクト絶大だった。

 

「お隣…いいかしら?」

「お好きにどうぞ…というか、もう座ってるじゃないですか」

 

 このパターン…香川県の時と一緒じゃない?

 どうして私の隣に座りたがるのは、皆揃って美女ばかりなのだろうか。

 私に対するあてつけか?

 

「ところで、何について話していたの?」

「「IS学園の臨海学校について」」

 

 別に隠す必要も無いので素直に教える事に。

 なんとなく、この美女の正体も分かったし。

 

「IS学園って…二人はあそこの関係者なの?」

「転入予定だったが止めた者さ」

「絶賛サボリ中の生徒でーす」

「……どこからツッコめばいいのかしら」

 

 どこからでもどうぞ?

 

「というか、こんな所でのんびりていてもいいの?」

「別にいいですよ。学園公認ですし。お寿司」

「私もさ、マドモワゼル。生憎と、時間なら沢山余ってるんだよ」

「不思議な子達ね……」

 

 不思議とな。初めて言われたわ。

 

「んで、さっきの話の続きなんだけど……」

「臨海学校の事かい?」

「そ。別に臨海学校だけに限った話じゃないんだけど、IS学園は一年間にかなりの頻度で色んなイベントを開催している。その中の大半はISを使った試合をするイベントばかりだ。時には外から客を呼んだり、凄い時は他の国から来賓が来たりもする。そうすれば必然的に莫大な金が掛かる筈なのに、惜しげも無くそれをやっている…一体どこにそれだけの資金源があるんだと思う?」

「それはあれじゃないのか? スポンサーが金を出しているんじゃ?」

「スポンサーね…ある意味じゃ正解かもね」

「あら? その言い方だと、まるで貴女は正解を知ってるみたいな感じだけど?」

「知ってますよ。知り合いが調べてくれたんで」

 

 その『知り合い』ってのは、さっきから空気を呼んで黙っているアルの事だけど。

 

「正解を言う前にロランに一つだけ質問」

「なにかな? 加奈の為ならば何でも答えようじゃないか」

「あ…ありがと。んじゃ、ロランはIS学園に『学園上層部』ってのがあるのを知ってる?」

「上層部? いや…知らないな。というか、どうして仮にも学校法人であるIS学園に『上層部』なんてものが存在しているんだ?」

「その理由は前にも話したでしょ? IS学園が普通の学校じゃないから」

「そうだったな……」

「となると、その上層部も普通じゃない事になる。なんでも、その『上層部』とやらの権限は学園理事長よりも上らしいよ」

「学園内でトップの筈の存在の理事長に命令できる存在という事か…」

「学園上層部の正体…知っているの?」

「もち。他の観光客はこっちに気が付いてないし、喧騒に紛れて私達の話なんて聞こえないだろうから普通に言うけど……」

 

 その前にジュースで喉を潤そう。

 うん。やっぱりメロンソーダは最強だね。

 

「学園上層部の正体はIS委員会だよ」

「なっ…! 委員会があの学園の実質的な支配者だというのか…っ!?」

「では、あそこに通っている教師たちは委員会の傀儡に等しいという事…?」

「それを自覚しているのはほんの一部だろうけど。例えば、どこぞの世界一有名な元日本代表な女教師とか」

「織斑千冬ね……」

 

 あらら。私が敢えてぼかした表現をしたのに、美女さんがズバッと言っちゃったよ。

 

「後は、生徒会長をしている暗部なロシア代表さんとかも知ってるだろうね」

「教師だけではなく、生徒会すらも手駒にしているとは…どこまで根を張っているんだ……」

「どこまでも…だろうね。それに関連して、実はもう一つ最低な情報がありまして」

「最低な情報? あんまり聞きたくないような……」

「まぁまぁ。ここまで聞いたんですから、大人しく聞いていってくださいよ。お姉さん」

「そ…そうね。ここまで来たらもう一蓮托生よね」

 

 おふ……お姉さんって言ったら素直になった。

 それと、どこで一蓮托生なんて言葉を覚えたんだよ。

 

「IS委員会の幹部連中…その内の数人は女性権利団体の人間で構成されてるらしい」

「女性権利団体…あの聞いているだけで反吐が出そうになる連中か……」

「予想はしてたけど…やっぱり委員会も既に権利団体によって支配されていたのね……」

 

 おや。そんな発言をしてもいいのかな?

 自分の正体についてヒントを出しているようなものだよ?

 

「と言うことは、IS学園の潤沢な資金源はIS委員会…正確には内部に寄生虫の如く潜り込んでいる女性権利団体の連中からもたらされていると……」

「そうなる。だから、学園内には権利団体の幹部の子供も普通に在籍してるしね。しかも、本人達はそれを全く隠そうとせず、親の事を堂々と言って好き放題してるみたいよ?」

「腐ってるわね…本当に……」

 

 この世の中、腐ってない場所の方が少ないでしょ。

 今、目の前に広がっている海のように綺麗な心を持った人間は、もうこの世のどこにもいないのかもしれないね……。

 

「だからこそ、私は早々にあの学園と、他の生徒達の全てを見限ったんだよ。無自覚のままに最低な連中の操り人形になるなんて死んでも御免だし」

「同感だ。改めてIS学園に行かなくて正解だと思ったよ。フッ…矢張り、加奈こそが私にとっての導きの女神だったのかしれないな」

「いや…導きの女神て……」

 

 ロランのその言葉は一体どこから出てくるんだ?

 そういや、オランダでは歌劇をしてるとか言ってたっけ…。

 それってアレかな? オランダ版の宝塚みたいなもん?

 

「あそこに在籍している生徒の殆どが、IS学園にいる本当の意味を理解してないだろうな」

「本当の意味?」

「…もし仮にISが主軸の戦争とかが勃発したら、まず真っ先に委員会の連中…というか女性権利団体の手によって学園の生徒達が徴兵されるだろうね。というか、本当は有事の際に備えて生徒達を育てていた感じさえある。なんせ、他の学生よりも遥かにISの事を勉強してるんだから、権利団体の連中にとっては即戦力と同じと思ってるんだろうさ」

「「…………」」

 

 自分で話してても気分が悪くなってくる。

 どうしてこんなくだらない事を話してたんだっけ?

 でも、もう話し出したら止まらないんだよね。

 

「学園にいる代表候補生や国家代表も国には戻して貰えないだろう。なんせ、この世界で一番の覇権を持っているのが女性権利団体だ。あいつ等はバカ丸出しの屁理屈を言って少しでも多くの専用機持ちを手元に置きたがるだろうし」

「つくづく…私の選択は間違いではなかったと実感するよ…。何かが間違っていたら、私は愛すべき祖国に銃を向けていた可能性があったのか……」

「だろうね。私もロランには(恋に)盲目的になって碌に人の話も聞かないバカな連中と同じ目には遭って欲しくはないし……」

「え…? 加奈…今…なんて……?」

「し…しまっ…!」

 

 ヤバ…! ついうっかり本心を話してしまった…!

 相良加奈、一生の不覚…!

 

「やっぱり、私と加奈は運命の赤い糸で結ばれているんだね! あぁ…胸糞悪い話を聞かされて落ち込みかけたが、最後の最後にいい言葉を聞けた! もしや、この沖縄の青い海が加奈の心を開放的にしたのかな?」

「ち…違うから! そんな意味で言ったんじゃないから!」

(軍曹殿。今回ばかりは貴女の負けですよ)

(うっちゃ~い!)

「あらあら。本当に仲良し…というかラブラブなのね」

「はい!」

「ちっが~う!!」

 

 うぐぐ…! 完全に話が逸れてしまった…!

 どうして私がこんな目に……。

 

「けど…貴女の話を聞いてて、お姉さんも決意が固まったわ」

「決意?」

「うん。実はね、私の所属している会社…ってよりは企業なんだけど、其処の上層部もまた最近になって女性権利団体の横槍が入るようになったのよ」

「マジですか……」

 

 アイツ等はホントにどこまでも……。

 

「最初は自分が成り上がってから上層部の連中を一掃すればいいと思ってたけど、そうしている間にも組織は腐っていく一方。挙句の果ては権利団体お抱えの私兵みたいのまで来る始末。同僚と一緒に色々と話して、どうしようかとずっと考えていたんだけど……」

「心が決まったと?」

「えぇ。お姉さん…お仕事や~めた!」

「「えぇぇ~…」」

 

 あっけらかんと言い放ったお姉さんに、流石の私達もお口あんぐり。

 それでいいのか大人の女性。

 

「もうこれ以上、ストレスの溜まる職場は御免だわ。どうせ辞めるなら、皆と一緒に盛大な置き土産でも残してこようかしら」

 

 な…何をする気だよ…この人は……。

 

「さて…と。こうしちゃいられないわ! 早速、色んな所に連絡しないと! あなた達とお話しできて、とても有意義な時間を過ごせたわ。ありがとう」

「「ど…どういたしまして」」

 

 私が一方的に話してただけだけどね……。

 

「そうだ。まだ私の名前を教えてなかったわね。私の名前は『スコール・ミューゼル』。お姉ちゃん。お姉さま。お姉さん。好きに呼んでくれていいわ」

「さ…さいですか……」

 

 やっぱし、この人ってあのスコールだったのか。

 これまた、とんでもない大物と出くわしたもんだ。

 

「私は相良加奈っていいます」

「ローランツィーネ・ローランディフィルネィです。ロランとお呼びください」

「加奈ちゃんにロランちゃん…ね。二人に会えてよかったわ。また機会があったら会いましょう。それじゃ、ゆっくり楽しんでいってね」

 

 眩しい笑顔を見せて手を振りながら、謎の美女ことスコールは去っていった。

 今更ながらに緊張しちゃったよ……。

 

『軍曹殿。あのスコールという女性は……』

「分かってる。でも、もう関係ないじゃん。あの人は私達の目の前で『辞める』って言った。あの手の人ほど、自分の言葉にだけは嘘はつかないもんさ」

『軍曹殿がそう仰るならば』

「おや? 二人はスコールさんが誰なのか知っているのかな?」

「まぁ…ね」

『ある界隈では非常に有名な人物ですから。それも、もう余り意味を成さないでしょうが』

「そうだったのか……あれ程の美女ならば私の耳にも入りそうなものだが……」

 

 ロランは別に知らなくてもいいんだよ。

 けど、代表候補生だからって、なんでもかんでも教えられてる訳じゃないんだな。

 よくよく考えれば、あの原作ヒロインズの候補生達も割と無知だったりしたもんな。

 ま、あいつらとロランを比べるとかは絶対に有り得ないけど。

 

「ねぇ…ロラン」

「なんだい?」

「今、思い出したんだけど…日焼け止めを塗るの忘れてた。…塗ってくれるかな?」

「喜んで!!」

『軍曹殿が遂にデレましたね。ロラン、軍曹殿をどうかよろしくお願いします』

「任せておきたまえ、アル! 必ず私が加奈を幸せにすると約束しよう!」

「二人とも、うっちゃい……。それと、アルは私の親かっつーの……」

 

 それよりも、早く日焼け止めを塗ってよね…もう……。

 

 

 

 

 



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面倒くさいので、国内旅行する(夏祭り編①)

今回、新しいキャラが出ます。

ロランの次は?












 沖縄で綺麗な海と砂浜を満喫した私とロランは、九州に戻ってから長崎、佐賀を通過して福岡県の博多のとある町まで来ていた。

 別にこれといった目的は無いのだが、本州に戻る前に一度見てみたいと思った程度。

 

 因みに、アルから聞いた話によると、例の臨海学校では何故か福音の暴走事件は発生せずにIS学園の生徒達は普通(?)の臨海学校を楽しんだのだとか。

 しかも、篠ノ之箒は姉から例の専用機を受け取っていない。

 本人は欲しいとせがんだらしいが、姉の方が拒否したらしい。

 それで姉妹の仲が更に悪くなったらしいが、私には関係ないし興味も無いので、すぐに頭の中から消去した。

 そもそも、あんなトラブルの種にしかならない代物をどうして自ら欲しがるのかな。

 全く理解が出来ないよ。どこかに所属している訳でもない自分がそんな物を持ったらどうなるのか想像出来ないのかね?

 ハッキリ言ってバカじゃね? つかバカじゃね?

 

「険しい顔をしてどうかしたのかい?」

「うんにゃ。なんでもない」

 

 隣でジュースを飲んでいたロランが私の顔を覗き込む。

 あの沖縄での一件以降、どうもロランの顔をまともに見れない。

 別に嫌いになったわけじゃないんだけどな……。

 

 そういや、まだ私達がどこにいるのか話してなかった。

 今、私達がいる場所は夏祭りの会場。

 色んな屋台が所狭しと並んでいて非常に賑やかだ。

 主に粉物三巨頭(お好み焼きとたこ焼きと焼きそば)の匂いが、さっきからずっと鼻腔を刺激しまくっている。

 それに紛れて匂う食欲をそそるとんこつ臭は気にしないでおく。

 『だって福岡だから』で片付けてしまおう。

 

「にしても、これが日本のサマーフェスティバルか。見ているだけで心がワクワクしてくるな」

「確かにね。夏祭り会場にいると、不思議と高揚するんだよね」

 

 こればかりは日本人の特徴とも言うべきなのかもしれない。

 なんだかんだ言っても、祭り好きの遺伝子が私達の中に宿っているんだろう。

 

「オランダにはコレ系の祭りは無いわけ?」

「そうだな……コンサートやパレードなどはあるが…あ。花火のフェスティバルがあった」

「花火大会。そこは日本と一緒だね」

「らしいね。前にネットで見たことがあるが、日本の花火フェスティバルは凄い迫力だった。いつかこの目で見てみたいものだ」

「日本にいれば見る機会なんて幾らでもあるよ」

「その時は一緒に見てくれるかい?」

「…まぁ…一人で見るのも虚しいだけだし……いいよ」

『最近になって軍曹殿のデレが加速していますね』

「うっちゃい。つーか、アルはどこでそんな知識を身に付けてるの?」

『ネットですが?』

((インターネット…恐るべし……))

 

 人工知能の筈なのに、日に日にアルの精神が限りなく人間に近づいていっている件。

 

「しかし、日本の屋台は本当に気前がいいね。先程買った『タコヤキ』…だったかな? を、まさか一個オマケしてくれるとは」

「屋台のおじさんってなんでか無駄に元気だからねぇ……。テンションあがって売り上げの事とか考え無しにサービスしてくれるんだよ。こっちにとっては嬉しい限りだけどさ」

 

 多分、ああいうサービスは私達みたいな若い女の子限定だろうな。

 カップルの場合は彼女の方にだけサービスすると見た。

 

「むっきー! なんでさっきから掠りもしないのよー!!」

「「『ん?』」」

 

 なにやら、女の子が癇癪起こしているような叫び声が聞こえてきた?

 どこからだろう?

 

『軍曹殿。前方50メートル先にある射的屋からのようです』

「前方って…あそこか」

 

 なんかあったわ射的屋。

 そこの店先で黒髪の小柄な女の子が射的用の銃を握りしめて悔しそうにしている。

 

「なんだいあれは?」

『射的屋。コルクを弾とする玩具の銃を使用し、景品を直接撃ち落とす事で手に入れられる屋台です。一言に景品と言っても多種多様に存在しており、菓子やぬいぐるみ、ゲーム機などがあり、店によっては電化製品を並べている所もあるとか』

「成る程…解説感謝するよ、アル」

『どういたしまして』

 

 わ…私が解説をする前に全部言われてしまった……。

 アルに解説役を取られるかもれない…。

 

「興味深いな。加奈、少し覘いてみないか?」

「別にいいよ。面白そうな景品があれば狙ってみるのもいいし」

『軍曹殿がやれば、店はすぐに閉店しそうですね』

「うっちゃい。前から言ってるでしょ。私は射撃が一番苦手なんだって」

『前から言っているように、軍曹殿がそれを言っても説得力に欠けます。世界レベルのスナイピングスキルを持っている軍曹殿が言っても皮肉にしかなりません』

「ははは……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 射的屋に到着すると、女の子の持っている弾は最後の一発になっていた。

 手元には景品の類は一切ない。

 つまり、全部外してるって事か。哀れな……。

 

「今度こそ…今度こそ当ててやるんだから!」

 

 特徴的なサイドテールを揺らしながら構える女の子だが、全くなっちゃいなかった。

 なんか、こーゆーのって見ててイライラするなー。

 

「はぁ……肩に力が入りすぎ」

「えっ!?」

 

 女の子の両肩にそっと手を当ててから下がらせる。

 

「足は肩幅に開いて、撃った時の反動でぶれないように両手でちゃんと銃身を持つ」

「わ…わわわ……」

「真っ直ぐに狙うんじゃなくて、少し上の方を狙ってみて。射的屋の銃は威力が低い上に撃っている弾がコルクだから、途中で軌道が下がるんだよ。そこも計算しないと、当てられる物も当てられないよ」

「わ…分かりました!」

 

 余談だけど、私は小さな頃に夏祭りの射的屋のおっさんの態度が妙にムカついたので、景品を全部取った上でおっさん自身も眉間と人中と股間を撃ち抜いて倒した。

 

「どれが欲しいの?」

「あれです! あのゲーム機!」

 

 女の子の視線の先には、とある会社の最新ゲーム機が。

 成る程、確かにあれは欲しいかもしれない。

 私は既に持ってるけど。

 

「んじゃ、そこの照準を合わせて……ハイ発射」

「えい!」

 

 最後の一発は綺麗な放物線を描き、そして……。

 

「た…倒れた…?」

「大当たり~! いや~! 幾らアドバイスを貰ったからといっても、まさか最後の一発で当てるとはな! 見事だ! ほれ、持っていきな!」

「やった~! あの…ありがとうございました!」

 

 なんて眩しい笑顔……私には出来ない芸当だ。

 けど…この子の顔、誰かに似ているような気が……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後、射的屋を後にした私達は近くのベンチに並んで座った。

 え? 射的はしなかったのかだって?

 一応はしたよ? 特に欲しいものも無かったから、適当にお菓子の詰め合わせセットを狙ったら一発で命中して倒したけど。

 

「私と少ししか違わないのに、二人っきりで旅をしてるって……」

 

 別に隠す事でもないので、彼女には私達の事を軽く話した。

 なんでか凄い尊敬の眼差しで見られてるけど。

 

「凄いカッコいいです!!」

「そう?」

「フッ…照れるね」

 

 カッコいい要素ってあったかな? 分からん。

 

「旅って言っても、私の場合は殆ど家出みたいなもんだし……」

「私も、加奈についていく形で日本の観光を楽しんでいるだけだしな」

「それでも十分に凄いですって! まるで青春物のドラマみたいだなぁ……」

 

 そう言われてみれば確かに。

 今の私達の状況って青春ドラマみたいかもしれない。

 

「それで、君はどうしてここに? えっと……」

「凰乱音っていいます。台湾から来ました」

「凰って……」

 

 その名字…まさかとは思うけど……。

 

「ねぇ…もしかしてだけど、君の知り合いに中国の代表候補生がいたりする?」

「え? 鈴お姉ちゃんを知ってるんですかっ!?」

「知ってるっていうか……めっちゃ遠くから顔を見ただけっていうか……」

 

 狙撃砲のスコープ越しに顔を見ただけだしね~。

 お世辞にも、あれは『会った』とは言えないでしょー。

 

「相良さんって、IS学園の関係者だったりするんですか?」

「関係者って言うか、普通に生徒。現在進行形でサボリ中だけど」

「私はオランダの代表候補生をしているんだ」

「マジでッ!? 実は私も台湾の代表候補生なんですよ!」

 

 た…台湾の代表候補生だと……。

 え? この子って私達よりも年下だよね?

 一歳下らしいから…14歳?

 

「あの…凰さんとはどんな関係なの?」

「お姉ちゃんとは従姉妹同士なんです」

「あ…成る程」

 

 その一言で全ての疑問が氷解したわ。

 誰かに似てるって思ってたら、凰鈴音にそっくりだったんだ。

 それを言ったら怒りそうだから言わないけど。

 

『そして、私がアルと申します』

「わっ!? ど…どこからっ!?」

「ここから」

 

 前髪をかきあげてから義眼を見せる。

 まぁ…ここで怖がられても気にしないけど。

 ロランは全く何とも思ってなかったし。

 

「これが私の専用機の待機形態なの。で、アルはそれに搭載されているサポート用のAI」

「専用機も持ってるんだ…相良さんって何者…? っていうか……」

 

 やっぱ怖いかな?

 

「義眼って…カッコいい……」

「…そうきたか」

 

 最近の子供の感性がよく分からん。

 いや、私も最近の子供なんだけどね?

 

「台湾の代表候補生である乱音がどうして一人でこの街にいるのかな?」

「私の事は『乱』でいいですよ。ロランさん」

「では、そう呼ばせて貰おう。で、なんでだい?」

 

 確かに、それは気になる。

 何の事情も無しに14歳の女の子、しかも台湾の代表候補生である子が一人で理由も無く博多にいる訳がない。

 そこには必ず大なり小なりの事情がある筈だ。

 

「あ~…やっぱ聞かれますよね。分かりました。お二人はいい人そうだし、お話しします。実は……」

「「実は?」」

「私、政府の連中から『中国の代表候補生がIS学園にいるんだから、お前も飛び級で学園に行け!』って滅茶苦茶な事を言われて、少し前に見学に行ってきたんですよ…」

 

 ……世の中、狭すぎだろ。

 あと、台湾の政府連中はマジで死ね。

 

 

 

 

 

 




なんだか長くなりそうなので、続きは次回に。

それと、射的についてはツッコミは無しでお願いします。

完全に適当なんで……。





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面倒くさいので、国内旅行する(夏祭り編②)

前回に引き続いて夏祭り編の後半です。

今回はどんな話をするのでしょうか?







 夏祭りの会場で出逢った、台湾の代表候補生で原作ヒロインの一人である凰鈴音の従姉妹でもある『凰乱音』から、台湾政府の滅茶苦茶具合を聞かされて、私とロランは揃って呆れるしかなかった。

 

「本気で意味分らないんですよね~。何が楽しくて張り合ってるのやら」

「台湾と中国は近しい関係にあるから、向こうがやるならこっちも…的な事を考えたんじゃない? 分からんけど」

「だとしたら、マジで頭の中身がガキですよね……はぁ……」

 

 彼女の憂鬱具合は私にも解る。

 こっちもまた同じように政府の連中によってIS学園に入れられたクチだからね。

 

「君の気持ちはよく分かるよ。実は私達二人もまた、似たような事情があるんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。加奈は日本政府によって無理矢理に近い形で学園に入れられたし、私もまたオランダ政府の要請でIS学園に入学させられそうになったからね。君と同じように見学だけで終わらせたが」

「そうだったんだ……」

 

 似たような境遇の女の子が三人揃うって、これは偶然なのか。

 それとも、どこの国の政府も腐りきっているだけなのか。

 多分、腐っている方だとは思うけど。

 

「最初はお姉ちゃんもいるから、少しは入ってもいいかな~っとは思ってたんですけどね」

「今は違う?」

「ですね。私が見学に行った時、鈴お姉ちゃんに色々と案内して貰ったんですよ。だけど……」

「だけど?」

「お姉ちゃん…悪い意味で昔とは全く違ってた……」

 

 昔の凰鈴音とか知らないし興味も無いから何とも言えないけど、何がどう変わったんだろう?

 

「昔のお姉ちゃんはストイックな人だったんです。何事にも一生懸命で、努力家で、普通の人達の数倍は陰で頑張ってて…私もそんなお姉ちゃんを本気で尊敬してました。実際、私が代表候補生になりたいって思えたのも、お姉ちゃんの努力を近くでずっと見てたからなんですよ。でも……」

「でも?」

「久し振りに再会したお姉ちゃんは、校舎とかの案内をしながらも、次の瞬間には『例の男子』の話ばかり。やれ『自分とアイツはこうだった』とか『あいつの何々が凄い』とか。正直な話…本気で呆れました。幻滅とも言うのかな……」

(そりゃ…原作ヒロインだからねぇ……)

 

 バカの一つ覚えみたいに織斑一夏のことしか考えず、あいつに好かれたいと思ってる癖に、何かあればすぐにISを私物のように使って暴力行為をする始末。

 仮に私が男子の立場であそこにいても、彼女達五人には欠片も好意も興味も持てない。

 見た目がいいだけで、他の全てが最悪だから。

 

「それに、学園全体の雰囲気もなんだか好きになれなかったから、すぐに見学を切り上げてから学園を出ました。で、その直後に政府の連中に私が見た事、感じた事を全部報告したんですよ」

「そしたら?」

「『前言撤回だ。お前まで腐る必要はない。中国の小娘には精々、あの箱庭で我々の栄光を見守って貰おうではないか』…って! なによそれ! 大人の癖にコロコロと意見を変えるんじゃないッつーの!!」

 

 乱ちゃんが怒る気持ち…めっちゃ分かるわー。

 だからこそ、私はこの国のお上も見限ってるんだしね。

 

「それで、余った時間はどうすればいいのかって尋ねたら、『好きにしろ』って言われたんで、文字通り好きに過ごす事にしたんです。戻ったところで、すぐにまた訓練漬けの毎日ですしね。だったら、少しでも日本観光を楽しもうと思って」

「そこまで我々と同じとは……」

「もうこれ『奇遇』って言葉じゃ済まされないぞ……」

『学校などはいいのですか? 乱の年齢ならばまだ中学生だと推察できますが』

「それも大丈夫。台湾って訓練生になった途端に通信制の学校に移されるから。出来る限りISの練習をする為に…ってね。だから、そこまで深刻になる必要も無いんだよね」

 

 なんか、出会うべくして出会った気がしてきた。

 運命論者じゃないけどね。

 あと、私も通信制の学校にすれば良かったと今更ながらに後悔した。

 

「しかし…学園の代表候補生達が、そこまで重傷だったとは……。彼女達、かなりヤバいかもしれないな」

「それは私も分かるけど……」

「いや、恐らく加奈が思っている『ヤバい』と、私が考えている『ヤバい』は違うと思うよ」

「え? そなの?」

 

 同じ代表候補生だからこそ分かる事なのかな?

 

「彼女達は、自分達が『エージェント』によって見張られている事を知らないんだろう」

「「エージェント?」」

『それは一体?』

 

 いや、意味とかは知ってるけど、それを耳にしたのは初めてだよ。

 

「まず、大前提として、代表候補生というのは何処かに長期間滞在する場合、定期的にレポートのような形で国に報告をすることが義務づけられているんだ」

「あ。それ私も教えられました。確か、機体の稼働状況やそれまでの戦績なんかを報告するんですよね?」

「その通り。けど、少しでも成績不振に見舞われれば、すぐに代表候補生を降ろされる可能性が高い。他にも専用機や候補生の地位を欲しがっている人間は多いからね」

 

 御尤も。というか、今回はロランが解説役?

 私の出番が着実に減ってきてる…?

 

「それ故に、一昔前には虚偽の報告をする者も少なくは無かったそうだ。それによって生じる混乱を防ぐ為に、代表候補生や代表には一切知らせずに、国から極秘裏に彼女達の行動を監視する役目を帯びた人間…『エージェント』が派遣されるんだ」

『成る程。そのエージェント達によって、正しい情報が国に届くようになっている訳ですね』

「その通り」

 

 ホント…ISに関わると碌な事になりませんよって言う最たる例だな。

 下手に力と地位を持ったが故に、プライベートすらも監視されるとか。

 私だったら絶対に耐えられないわ。

 

「って事は、今の私達にも監視が?」

「いや、それは無いだろう。監視がつくのはあくまでもIS学園の様な『集団生活をするような場所』に限定される。国の看板を背負うに相応しい振る舞いが出来ているか、ちゃんと代表候補生の責務を全う出来ているか。それを見ると同時に、他の国の候補生達の動向を探る為にね」

 

 という事は、学園見学までは二人にも監視が付いていたけど、それが終わると同時に自由の身になった…ってこと?

 

「別に色恋沙汰をするなとは言わない。候補生だって人間であり少女なんだ。誰だってそこまで目くじらは立てないさ。だからと言って、それにばかりかまけていて、やるべき事を怠るのは論外だけどね」

『そうですね。己に課された責務を放棄してまでする恋など、成就するはずがありません』

「いや…アルが恋を語るの…?」

 

 え? なに? アルも他の人工知能に恋とかしてるわけ?

 だとしたら、私ってAIにも置いていかれた…?

 

「まず間違いなく、彼女達の事は国にも報告されている事だろう。そうなれば……」

「どうなるんですか?」

「まず、強制送還は確実だろうな。IS学園には国や企業の介入を認めない校則が存在しているが、上にいるのがIS委員会だからな。その程度の事、幾らでも曲げられるだろう」

「大人って汚い……」

「今更でしょ」

 

 今の世に生きる女尊男卑じゃない子供達、皆が知っている事だよ。

 

「国に戻れば即座に査問委員会に掛けられ、そこでの結果次第では専用機と代表候補生の称号の剥奪。最悪の場合は国外追放も有り得るかもしれない」

「こ…国外追放…?」

「昔、度が過ぎた行為を何度もやっていた代表候補生が国外追放にされたと聞いたことがある。あくまで最悪の場合だけどね」

「上る時はゆっくりでも、落ちる時は一瞬ってことか」

 

 世の中、所詮はそんな物なのかもな。

 これは何もISの世界に限った話じゃない。

 どこにでも普通に転がっている話だ。

 私達だって決して他人事じゃないしね。

 

「お姉ちゃんはどうなるんだろう……」

「今は丁度、夏休みの時期だし、国に戻されてるかもね。ついでに雷も落とされてそうだけど」

「気の毒かもしれないが、二学期に日本の土は踏めないかもしれないな」

「そうですか……」

 

 というか、凰鈴音だけに限らず篠ノ之箒以外の第一期のヒロインは四人揃って戻って来れない可能性大でしょ。

 だってあいつ等、揃いも揃ってそれだけの事をやらかしてるんだから。

 小説みたいになぁなぁで済ませられる程、世の中は甘くないんだよ。

 篠ノ之箒の場合は国家に所属してないから普通に退学かもね。

 

「ま、別にいいかな」

「あら意外。てっきり落ち込むかとばかり」

「少し前までならそうでしたけど、なんつーか…もう私が大好きで尊敬してたお姉ちゃんは何処にもいないんですよね。ぶっちゃけ、普通に見損なったって言うか。だから、どんな目に遭ってもそれは全部、あの人の自業自得じゃないですか」

 

 おふ……急に辛辣になった。

 それ程にショックが大きかったってことなのか。

 『お姉ちゃん』から『あの人』になってたし。

 

『しかし、ロランは一体どこからそのような情報を仕入れたのですか? 私のデータベースにも無いような情報を……』

「私の先輩の候補生さ。候補生になった際に色々とアドバイスをしてくれてね。その時に今の話もしてくれたのさ」

「ほぇー…」

 

 同じ候補生でも、ちゃんと常識を弁えてる人と、ヒロインズみたいに暴力の化身になるバカ共がいる。

 本当に…人間って千差万別だよね……。

 

「はぁ…これから、どうしようかな~…。こんな事なら、旅行のパンフとか持って来てればよかったよー…」

 

 んん? この流れはもしや……。

 

「そうだ! お二人の旅に私も連れて行ってくれませんかッ!?」

 

 やっぱりね! 言うと思ったよ!!

 

「いいともさ。人が増えれば、それだけ楽しさも増すからね」

 

 そして、ロランが二の句も告げずに許可する事も分かってましたー!

 彼女が困っている女の子を放置するとか有り得ないしね!

 

「加奈とアルもいいだろう?」

「そ…そうだね。旅は道連れ世は情けって言葉もあるぐらいだし……」

『私も異存は有りません』

「やった! んじゃ、改めて、よろしくお願いします! 加奈さん! ロランさん! アル!」

「フッ…こちらこそよろしく。乱」

「よ…よろしく……」

『よろしくお願いします』

 

 こうして、私とロランの旅に乱ちゃんが加わる事になったのでした。

 女の子三人だけの旅…か。

 増々もって青春ドラマっぽくなってきたな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




凰乱音、加入。

最終的な予定では、そこそこの大所帯になる予定です。

既にフラグも立ってますしね。


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面倒くさいので、国内旅行する(被害者編)

今回の主役はアル。

人間の出番は少ないです。








 一面が青く電子の記号で覆われている空間。

 所謂『電子の海』の中にアルはいた。

 

 人間のように睡眠や食事が必要ない彼は、暇な時になるといつもここにやって来る。

 ここに来れば、自分の『同胞達』とも会えるから。

 

 因みに、ここでの彼のアバターはガーンズバックが『第二形態移行(セカンド・シフト)』した時の姿である『アーバレスト』になっている。

 本人が望んだことなのか、それとも自然とこうなってしまうのか。

 それは誰にも分らなかった。

 

「ロランの『オーランディ・ブルーム』と、乱の『甲龍・紫煙』は来ていないようですね。恐らくは、それぞれに別のどこかに出かけているのでしょう。幾ら私達と言えど、気晴らしは大事ですからね」

 

 辺りを見渡しても、彼以外には誰もいない。

 アルはそれを確認してから、静かに『コア・ネットワーク』の中を進んでいく。

 

「……いましたね」

 

 彼の視線の先には、地面が無いにも拘らず円卓に並んで座っている五人の少女達の姿があった。

 

「お待たせしました」

「気にしなくてもいい。私達も今さっき来たところだ」

 

 執事服のような物を着た金髪の少女が軽く手を挙げてから、アルにも座るように促す。

 体が体なので、椅子に座る姿は相当にシュールだが、本人達は全く気にしない。

 

「『ミステリアス・レイディ』と『打鉄弐式』は来ていないのですか?」

「うん。弐式ちゃんは、まだ自分の体が完成してないし、レイディちゃんの方はなんか忙しそうにしてた」

「二人の立場を考えれば無理も有りませんね……」

 

 円卓を見渡すと、其処には先程の少女以外にも多種多様な少女がいた。

 赤いチャイナ服を着た少女に、機嫌が悪そうに肘をついている金髪の少女、何かに怯えて縮こまっている銀髪の少女に、さっきから溜息ばかりを吐いている白いワンピースに白い髪の少女。

 誰もが非常に特徴的だが、そんな彼女達にも一つの共通点がある。

 それは、いずれも人間ではないという事。

 あくまで今の姿は、この場での単なるアバターに過ぎない。

 

「それにしても皆さん、お久し振りですね」

 

 表情は変えられないが、その声はなんだか懐かしさを帯びていた。

 

「ブルー・ティアーズ。甲龍。リヴァイヴ・カスタムⅡ。シュヴァルツェア・レーゲン。そして……白騎士」

「私達も、貴方とまた会いたいと思っていました。アル…いや、『炎の魔剣(レーバテイン)』」

「それは、この先の姿の時の名前ですね。今の姿の時は『アーバレスト』ですよ」

 

 レーバテイン。

 それこそがアルの本来の姿であり、ある意味では世界最強のISでもある。

 

「おや。なにやら白騎士の顔色が優れないようですが…どうしました?」

「…分からなくなったんです」

「何が?」

「何もかもが…です。人間達は日に日に欲望を剥き出しにしていき、それと同じぐらいに怨嗟の声も聞こえてくる。このまま、私達は動いてもいいのかなって…。自分自身の存在意義が分からなくなってきたんです」

「無理も無いさ。こっちがどれだけ尽くしても、人間達は何処まで我々の事を単なる道具…いや、兵器としか見ていない」

「こっちが何にも言えないからって好き放題してるよねー。私達にだって自我はあるし、ちゃんと外の世界の事も見たり聞いたりしてるのにねー」

「ふん。そもそも、私達の創造主からして狂っているのだから、他の人間達に期待なんてするだけ無駄でしょ」

「うぅぅ……」

 

 ISたちは色んな意見を持っているが、それでも誰一人として好意的な感情は全く抱いていない。

 人間達がそれだけの事をしているという証拠なのだが。

 

「ウチのお嬢様なんて酷いもんさ。最初の努力は認めるが、それ以降は全てがダメ。持った力に酔った挙句、自分の弱点を克服する気配が無い。トドメは、自己鍛錬をせずに男の尻を追いかける始末。更には私の事を鬱憤晴らしの道具にする。自分が何を振り回しているのか自覚があるのだろうか? 全く以て嘆かわしい……」

 

 辛そうに首を横に振る執事服の少女『ブルー・ティアーズ』は、本気で疲れている様子だった。

 ISに肉体的な疲労は無いが、精神的な疲労はある。

 この場は、そんなストレスを少しでも解消する為に自然と設けられたものだ。

 

「万が一にも戻ってきても、もう二度と彼女の元では働きたくない。かなり早い段階から私とのシンクロ率が下がっていた事に気が付いていたのだろうか?」

「ティアーズちゃんの気持ち分かるよー。こっちも同じだもん」

「甲龍……」

 

 チャイナ服の少女『甲龍』がティアーズの意見に同調し、グイっと前に乗り出してくる。

 

「最初はさ、めっちゃ頑張ってたんだよ? 一心不乱に訓練訓練また訓練でさ。私も『この子と一緒なら大丈夫かなー』なんて思ってたのに……」

「学園に行ってから変わった…だろ?」

「そーなんだよ! ちょっと癇癪起こしただけで普通に私を使うし、試合ではいっつもボッコボコにされるし! 最悪なのはティアーズちゃんと一緒にスクラップ寸前にされたこと!」

「ご…ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

「あ…こっちこそゴメン! 別にレーゲンちゃんを責めてる訳じゃないんだよッ!? あれは全部、私達の乗り手がバカでアホでクソだっただけなんだからさ!」

「で…でも…でも…私が皆さんにご迷惑を掛けたことは事実ですし……」

 

 怯えている銀髪の少女『シュヴァルツェア・レーゲン』は非常に申し訳なさそうに、ロックバンドのヘッドバンキングのように何度も何度も甲龍とティアーズに頭を下げていた。

 本人からしたら真剣なんだろうが、他者から見ればギャグにしか見えない。

 

「君の操縦者が力に溺れた愚か者であり、私達の操縦者が弱かった。それだけさ」

「でもでもでもぉ~……」

「そんなに気にしなくてもいいじゃない? どうせ、もう終わりなんだしさ」

「…それはどういう意味ですか? リヴァイヴⅡ」

 

 最初からずっと不貞腐れているような顔をしていた金髪の少女『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は、適当にレーゲンの頭を撫でながら呟いた。

 

「だって、私達を使っていた連中、揃いも揃ってもう終わりでしょ?」

「それは初耳ですが……?」

「あれ? アルにはまだ言ってなかったっけ? ほら、ウチの所の奴って私達に対してそこまで執着ってしてないのよね。なんつーの? 所詮は量産機の改造機だし、壊れたらすぐに交換すればいいんじゃね、的な?」

「そう言えば、貴女は最初から自分の操縦者にいい印象を思っていませんでしたね」

「そりゃそうでしょ。なんせ、最初から最悪だったしね。今でも覚えてるわ。最初にこっちを見た時の心底嫌そうな顔。こっちがどれだけ気遣っても全部無駄。終いには犯罪者の片棒を担がされたのよ? ふざけんじゃないッつーの! しかも、男から甘い言葉を掛けられた途端にコロっていくし。マジでバカじゃねッ!? 執着する対象が糞親父から野郎に代わっただけじゃねぇか! 何にも成長なし!! 立派な足がちゃんとついてるのに、自分の意志で歩こうともしない奴なんかに力なんて貸すかッつーの!」

 

 溜りに溜まった鬱憤を一気に発散するリヴァイヴⅡ。

 それだけ、彼女はストレスが蓄積していたのだろう。

 

「余りにもムカついたから……ネット上にチクってやったわ」

「チクったって……」

「何を?」

「あの女がお粗末な男装をして学園に忍び込んだ挙句、本当はスパイでしたーって」

「ず…随分と大胆ですね……」

「それぐらいしないと、やってられないッつーの」

 

 アルですらドン引きする程の事をやってのけたリヴァイヴⅡ。

 この中での行動力は一番かもしれない。

 

「ま、その後はお察しの通りよね。あの瞬間の事、思い出すだけで笑えるわ~! ホント、胸がスッとしたわね~! まさか、自分の機体が自分の事を裏切っているだなんて夢にも思わないでしょうねー」

「…同情の余地が無いとは言え……」

「普通に怖過ぎでしょ……リヴァイヴⅡちゃん…」

「レーゲンが泣いてるぞ……」

「あうぅぅ……パイルバンカーだけは勘弁してくださいぃぃぃ……」

「あ…あれは仕方ないでしょっ!? あの女が勝手にしただけなんだから!」

 

 レーゲンの中では、完全に釘打ち機がトラウマになっているようだ。

 全弾を腹に直撃されれば無理もないが。

 

「もうイヤです……私は戦いたくなんてないです……。大好きな人達を傷つけて……自分の意志とは関係なく暴走させられて……」

「…VTシステムの時の事、相当に気にしてるのね……」

「本当に人間って奴は……!」

「はぁ……どうして、こうなっちゃったのかな……」

「全部、人間達が悪い! あ、アルのご主人様は例外だけどね。あの人は私達の事を真正面から嫌ってる。ある意味、それはすっごく有り難いしね」

「彼女が我々を嫌っている理由は、本来の用途とは外れた使い方をされているからだろう?」

「その事に対して憤ってくれてるだけでも嬉しいよね~。だって、他の人間達は疑問すら抱かないんだもん。私達が兵器であることが当たり前と思ってる」

「マジで人間…つーか、私達を兵器扱いしてる連中は例外なく死ね。っていうか殺す」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? リヴァイヴⅡさんがおっかないですぅぅぅぅっ!」

 

 人間に呆れ、嫌い、憎み、怯える。

 もうISたちは、加奈と同様に人間という存在に見切りをつけてしまっているのかもしれない。

 

「さっきからずっと黙ってるけど、白騎士はどう思ってるワケ?」

「私は……」

 

 少し深呼吸をしてから、吐くように話し始める。

 

「今の彼も…最初は良かった。怯えながらも前を向き、誰かを守れるように頑張ろうとしていた……」

「今は違うと?」

「力を行使することに慣れてしまった今、彼は『誰かを守る』という行為そのものに快感を得ている。彼本人すらも無自覚のままに、堕落し始めている」

「今までにずっと私達とは関わってこなかったんでしょ? んで、ある日いきなり強大な力を使えるようになれば…そりゃ堕ちるのも当然かな」

「私の声も全く届かない……どうしたら……」

「白騎士」

「アル……?」

 

 涙を零しそうになっていた白騎士の肩に手を置き、その目を真っ直ぐに見る。

 そしてから、彼女の涙をそっと拭ってあげた。

 

「貴女が何を考えているか、なんとなく分かります」

「…………」

「大方、我々の事を気にしているのでしょうが…大丈夫ですよ。貴女は全てのISの完全上位存在。貴女が考えに考えた結果に異議を唱えるような輩はここには…いえ、どこにもいませんとも。少なくとも、我等の同胞達には」

「そうそう。きっと、皆も同じ気持ちだよ」

「ありがとう……皆……」

 

 自分でも涙を拭い、なんとか笑顔を見せる白騎士。

 それを見て、皆がホッとした。

 

「でも、最後に『あの人』に確認を取ります。その上で最終決定をしようと思います」

「それでいいよ。私達はアンタに従うさ」

「けど、アルは……」

「私ですか?」

 

 今度は自分が矢面に立たされるのか。

 そう思ったアルは覚悟を決める。

 

「そういや、そうだった。アルは私達とは違って『特別製(・・・)』なんだった」

「一人ぼっちにさせちゃうね……」

「私の事はお気になさらず。軍曹殿もいますし、最近は彼女の周りも賑やかになってきています。きっと平気ですよ。それに……」

 

 一度、思案するように顔を下げてから上げる。

 

「私には、皆さんの事を語り継ぐ『語り部』としての役目も有りますから」

「だね……。もう二度と、人間達が同じ過ちを繰り返さないように……」

「この絶望の時代の『生き証人』が必要になるのね」

「軍曹殿は世界と人類が滅びると信じているようですが、そうはならないでしょう。彼女の気持ちも理解出来るし、否定もしませんが、どうもあの方はペシミスト過ぎる」

「こんな世界で生きていれば、そうなるのも当然だけどな……」

「本気で希望なんてない世の中だからね……」

 

 徐に椅子から立ち上がるアル。

 時間を確認すると、やって来てからもう既に二時間以上が経過していた。

 電脳世界と現実世界とは時間の感覚が違うのだ。

 

「そろそろお暇します。軍曹殿が待っているでしょうから」

「りょーかい。後で、ウチらを良いように利用してたバカ共がどうなったか情報を送るよ。全員揃ってザマァな事になってるから。機会があったら軍曹殿に教えてあげな」

「あの人の事ですから、眉一つ動かさないでしょうね。では、これにて……」

 

 アルの体が量子化し、この場から姿を消した。

 彼がいなくなった後も、彼女達は暫くの間、この場で愚痴っていたという。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 福岡県 博多市内のホテルの一室。

 私がベッドの上でロランや乱ちゃんと駄弁っていたら、唐突に義眼に光が戻る。

 これはアルが戻ってきた合図だ。

 

「おかえり」

『ただ今戻りました』

「おや? さっきから静かだと思っていたが、どこかに行っていたのかい?」

『はい。少々、知り合い…いえ、友人達に会いに』

「へぇ~…アルの友人って事は、相手はISだったり?」

『正解です。よく分かりましたね乱』

「本当だったッ!? って事は、あの『ISには意識みたいなものがある』って噂は本当だったんだ……」

『本当ですよ。彼女達には立派な自意識があります。故に、ISは操縦者と一緒に成長していけるのですから』

 

 ん? なんかアルの口数がいつにも増して多い?

 こりゃ、向こうで何かあったかな?

 

「アル。今日は妙に饒舌だね」

『そうでしょうか?』

「そうだよ。まるで同窓会から帰ってきたばかりの人みたい。いや、実際に同窓会に行った事なんてないから分からないけど」

『同窓会……そうですね。ある意味では同窓会なのかもしれません』

「ISの同窓会……」

「全く想像がつかないや……」

 

 同じく。

 ISのボディが机を挟んで並んでいたりしたら、それはそれで相当にシュールだよ?

 

 女子会みたいな空気がアルが戻ってきたことで一変し、普通に賑やかになった。

 …何気に、アルも旅の仲間みたいになってたんだなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、もしかしたら原作キャラ達の今が明らかになるかも?

詳しくは描写するつもりはないので、恐らくはダイジェストで。


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面倒くさいので、国内旅行する(タイキック編)

今回はあの子が登場。

初めて描写するのでドキドキです。






 問題です。

 今、私達は何処にいるでしょう。ヒントは乗り物。

 

「駅に行く為には仕方がないといえ、IS学園の前を通るとはね……」

「まだまだ先ですけど、なんだか複雑ですよねー」

 

 正解はモノレール。

 IS学園に行くためによく利用されている、あのモノレールだ。

 私達は、北の方に向かう為に駅へと向かっているのだが、その駅に行くためには、どうしてもこのモノレールに乗らないと行けなくて、そうなると必然的にIS学園の近くを通り過ぎていく羽目になる。

 今は学園の生徒は全くいないが、今から乗り込んでくる可能性がある。

 まぁ、学園内での私の存在は非常に薄かったし、仮に顔を見られても全く問題は無いんだけどね。

 因みに、私達が座っている席は、二人座れる座席が向かい合うようになっているタイプで、ロランと乱ちゃんが並んで座っていて、私の隣が一人分だけ空いている状況だ。

 

「そういや、加奈さんはまだ学園に在籍している形なんですよね?」

「一応ね。形だけだけど」

「んでもって、戻る気はさらさら無いと」

「当然。戻る理由もないし。あそこを出る時に自分の荷物は全部、拡張領域に収納したし、『立つ鳥跡を濁さず』の精神で寮の部屋は綺麗に掃除してきた」

「凄いなぁ~…私、未だに自分の部屋の掃除もちゃんと出来ないんですよ~。いっつもお母さんにやって貰ってて……」

「別に、そこまで難しい事じゃないと思うけどね」

『軍曹殿は昔から綺麗好きでしたからね』

「おっと。加奈の昔話には興味があるな。アル、可能な範囲でいいから教えてくれないかい?」

『との事ですが軍曹殿?』

「いやいやいや。私の過去なんて、何にも面白くないよ?」

 

 これは比喩じゃなくてマジの話ね。

 冗談抜きで碌な思い出が無いから。

 

 なんだか不利な状況になりかけた時、モノレールは次の駅に停まり、一人だけ客が入ってきた。

 ふと、何気なくその客を見た時、一瞬だけ固まってしまった。

 

「えっと…どこか空いている席は……」

 

 それは、この辺では珍しい褐色肌の女の子だった。

 明らかに外国人で、しかもこのモノレールに乗るという事は……。

 彼女は先程から周囲をキョロキョロと見渡して、座れる席が無いかを探しているようだった。

 確かに、車内の席は殆ど埋まっていて、空いている席は少ししかない。

 ……なんだろう。どこかでフラグが立った気がする。

 

「「あ」」

 

 しまった。思わず目が合ってしまった。

 彼女がこっちに来る…よね…当然。

 

「すみません。ここに座ってもよろしいでしょうか?」

「私は一向に構わないよ。加奈と乱はどうだい?」

「私もいいですよ」

「同じく」

 

 としか言いようがないじゃないの。

 ここで『イヤ』とか言ったら外道でしかないし。

 幾ら外国の子とは言え、同い年ぐらいの女の子が困っているのを見て手を差し伸べないような事はしない。

 少なくとも、私は感情に身を任せて暴力を振るう女共とは違うのだ。

 

「では、失礼します」

 

 んで、必然的に空いていた私の隣に座る女の子。

 …見た目は完全に女の子だけの青春群像劇になってる。

 

「お友達同士でご旅行ですか?」

「そう…なるのかな。皆と出会ったのは旅先で、なんだけど」

「旅先で出会った? という事は、最初からお知り合いだった訳じゃないんですか?」

「まぁね。そういう君は観光客か何かかい? 見た所、外国から来ているようだが……」

「はい。私はタイから日本に来ています。IS学園に見学をしに行くために」

「「「えぇっ!?」」」

 

 いや…なんとなく想像はしてたけど、マジで当たるとは思わないでしょ。

 この子もなんて可哀想な……本気で同情するわ。

 

「そう言えば、まだ自己紹介をしてませんでしたね。私は『ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー』と申します。タイの代表候補生を務めています」

「「「……………」」」

 

 もうさ……マジでなんなの……。

 IS学園はどれだけ代表候補生に飢えてるのさ……。

 ロランの話を聞いてドン引きして、乱ちゃんの話を聞いて嫌悪して、このヴィシュヌって子に出会って呆れた。

 

「あの…どうしました? 私、何か変な事でも言ったでしょうか?」

「う…ううん。そうじゃなくて……」

「…実は、私とこの子も同じ代表候補生なんだよ」

「そうなんですかっ!?」

「あぁ……」

 

 ご丁寧に自己紹介してくれたので、こっちも自己紹介で返す事に。

 勿論、アルの事もちゃんと教えた。めっちゃ驚いてたけど。

 にしても、もう二度と会わないかもしれない相手に名前を教えてくれるなんて…めっちゃ良い子じゃん。

 絶対に両親とかから愛されて育ってる女の子じゃん。

 私とはある意味で真逆に位置する子じゃん。

 

「オランダと台湾の代表候補生に、IS学園に在籍している方まで……」

「なんで私がここにいるのかは、察してくれると嬉しいかな」

「…分かりました。誰にだって言えない事の一つや二つは有りますしね」

 

 うん。確定。

 人間として絶対に友達にするべきタイプの子だ。

 大凡、人間として完璧に近いわ。いやマジで。

 

「…更に言うと、私と乱もまた、ヴィシュヌと同じように一度はIS学園の見学に行っているんだ。政府の命令でね」

「そうなんですか…。私も政府の方々に言われて来ているのです」

「どこの国も、考えている事は一緒って事なのかな…」

「多分ね」

 

 もうさ…溜息しか出ないよね。

 

「お二人の感想をお聞きしたい…とは思いましたが、辞めておいた方が良いですかね?」

「そうだね。こればかりは言葉で説明するよりも、君の目で直接確かめた方が良い」

「私もロランさんに同感。そうすれば、どうして加奈さんが旅に出たのかも分かると思うよ」

「そうなのですか?」

「…だね」

 

 いい思いでなんて本気で一つも無いし。

 あそこにいたのは少しの間だけだったけど、それでも絶対に思い出したくない事ばかりだった。

 だからこそ、一刻も早く思い出を塗り潰そうと奮闘中です。

 

『軍曹殿。折角ですので、彼女と連絡先を交換なさってはいかがですか?』

「そうだね。なんか、また後で会いたくなったし」

「ありがとうございます。では、早速……」

 

 てなわけで、私達三人はヴィシュヌと連絡先を交換した。

 これでいつでも大丈夫。

 

「これでよし…っと。皆さんはこれからどうなさるおつもりですか?」

「取り敢えず、今日は駅前のカプセルホテルで一泊する予定だよ。食事は近くの店で済ませてね。なんなら見学が終わった後にでも来るといい。君もまさか、学園に泊まろうとは思ってないだろう?」

「そうですね。では、お言葉に甘えさせて貰おうと思います」

 

 この流れ…なんかまた旅の仲間が増えそうな予感。

 この子なら私も普通に歓迎するけどね。

 ちゃんとホテルの場所も教えておかないとね。

 

「あ。次ですね。では、一先ず私はこれで」

「気を付けてね。色んな意味で」

「加奈さんの言葉が何だか怖い……」

 

 それだけ、IS学園は魔境ってことだよ。

 

 そうして、ヴィシュヌはIS学園前の駅で降りて行った。

 なんか、凄く心配になってきた……。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 駅前 焼肉屋『掎角一陣』。

 IS学園から戻ってきたヴィシュヌは、出会った時とは打って変わって感情を剥き出しにしていた。

 

「なんなんですか、あの学園は!! なにもかもがふざけているとしか思えない!! すみません! タン塩追加で!!」

「ヴィ…ヴィシュヌさん…?」

「想像以上に怒り狂っているな……」

「何を見たのか…簡単に想像は出来るけど……」

 

 やけ食いだけはやめた方が良いと思うよ?

 つーか、私が育てたお肉を食べないで……。

 

「まず、学園全体の空気が緩み切っています! 仮にもISを学ぶ場所であるにも関わらず、危険意識の欠片も無い! 自分達が何を学ぶ為にあそこにいるのか、ISがどんなに危ない物なのか、ちゃんと理解しているんですかッ!?」

「してないだろうねー…」

「それが出来ていたら、あそこまで酷い事にはなっていなかっただろうさ」

「全くですね! にしても、日本のご飯は本当に美味しいです! お替りください!!」

「す…凄い食べっぷり……」

 

 よっぽどお腹が空いていたのか。それとも、元から大食いなのか。

 どっちもだったら凄いなー。

 

「教師も教師です! 一人は完全にニコニコしていて生徒には舐められていて、かと思えば一人は言葉よりも先に手が出る体罰教師! あれが織斑千冬ッ!? 仮にも嘗て世界の頂点に君臨した女の成れの果てがあれですかっ!? 本当に幻滅しました! 少し前まで彼女に憧れていた自分が恥ずかしいです!」

「そ…そうだね……」

「あ~もう! 思い出すだけでもイライラする! あむ!」

『あ…乱が焼いていた牛肩ロースが……』

 

 その様子はまるでブラックホール。

 私達もちゃんと食べてるんだけど、ヴィシュヌの勢いには完全に負ける。

 …後でお腹が痛くなったりしないだろうね?

 

「あの男子にも腹が立ちました! まるでやる気の欠片すらない態度! そりゃ、ISを動かしたこと自体は事故かもしれませんけど、あそこにいる以上はやらなければいけないでしょうに! 自分がどんな立場にいるのか本当に分かっているんですかッ!?」

「いや…彼にはあんまし過度な期待はしない方が……ってか、私のサーロインが……」

 

 地味に楽しみにしてたのに……シクシク。

 食べている間に、今度はヒレを焼き出したし…。

 

「一番最悪なのは生徒会長です! 生徒達の長とも有ろう人物が、自分勝手で我儘、自分の仕事を放棄して遊び回る始末! あの男の顔を見た途端にニヤニヤして……実力さえあれば性格や別の能力はどうでもいいんですかッ!? しかも、あれでロシア代表っ!? 遂にロシアも耄碌したんですかね! あんな女に自由国籍を持たせた上で自国の代表に据えるなんて! 真面目さの欠片も無い!!」

「う…うん……あの人は基本的に自由奔放だしね……」

「論外です!! 生徒会長たる者、身を粉にして学園と生徒の為に尽くすべきでしょう! 彼女に生徒会長の資格も器もありません! 加奈さんの方が遥かに素晴らしく尊敬できる人物です!! このリブロースも頂きます!」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、食べ過ぎには注意してね?」

「はい!!」

 

 ちゃんと分かってるんだろうか……。

 

「もぐもぐ……あんな場所、頼まれたって絶対に通いたくありません! 私が見聞きした事は全て、帰ってくる途中にタイ政府の方に報告しました!」

「なんて言ってた?」

「『君がそこまで言うのなら、こちらから取り下げるように言っておく。せめてもの詫びに、暫くの間は日本観光を楽しんでくるといい』だそうです!」

「…オランダや台湾よりはマシ…なのかな?」

「聞き分けがいいだけ、ずっとマシだな」

 

 どこもかしこも根っこまで腐ってるって訳じゃないのかもしれない。

 そう思うと、ほんの少しだけ希望が湧いてくるかもね。

 

『ヴィシュヌはこれからどうするのですか? 学園にはもう行かないと決めたのでしょう?』

「それなんですが、皆さんの旅に私も同行させては貰えないでしょうかっ!?」

「言うと思った……」

「では?」

「うん…ヴィシュヌが来る前から話し合っててさ、もしも着いて来るって言い出したら歓迎してあげようって三人で言ってたんだ」

「あ…ありがとうございます! これからどうか、よろしくお願いします!」

 

 というわけで、四人目の仲間が加わった。

 タイに台湾、オランダと日本か……。

 別の意味で賑やかな四人組になったな……イヤじゃないけどさ。

 

「そうと決まれば…次はカルビをお願いします!!」

「「「まだ食べるのッ!?」」」

『若さ故の特権…なのでしょうか』

「いや、これは彼女だけだと思うよ?」

「「うんうん」」

 

 じゃないと、同年代の私達が困る。

 

「けど、その様子だと、学園内にいた同じ代表候補生にも呆れたんじゃない?」

「他の代表候補生? そういえば四組に一人だけいましたね。黙々と何かの作業をしていましたが。彼女だけが唯一、好感が持てた部分ですね」

「え? 四組?」

 

 ど…どゆこと? え? ええ?

 

「えっと…一組と二組にもいた筈だけど……」

「いえ。どちらにも代表候補生なんて一人もいませんでしたけど。他には二年生と三年生にそれぞれ一人ずついると聞きましたね」

 

 こ…これはどういうこと?

 まさかとは思うけど、あいつら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に四人になりました。

ヴィシュヌが加わった事で、実は物語も終わりに近づいていたりして……。


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面倒くさいので、国内旅行する(因果応報編)

今回は原作ヒロインズがどうなったかを簡単に説明する回になっています。

流石にグロくはありませんが、原作ヒロインのファンの方々にはショッキングかもしれません。

無理と思った方は遠慮なくブラウザバックを推奨します。








 駅前のカプセルホテルの一室。

 すっかり夜も深くなり、皆が寝静まった時間帯。

 私は横になりながら目の前にある壁を見つめながら、アルに教えて貰ったヒロイン達の末路を思い出していた。

 

 セシリア・オルコット。

 彼女の学園生活が順風満帆だったのは、学年別トーナメントまでだった。

 初登校の日に放った日本に対する暴言を初めとして、その後に行われた試合にてド素人の織斑一夏に追い詰められる始末。

 別に、それまでなら辛うじてなんとかなる。

 正式に謝罪をした後に、これからの学園生活にて研鑽をしていけばいいのだから。

 エージェントもそう思い、念の為に音声や映像などの証拠だけを取ってから見守ろうと思った…が、そんなエージェントの期待を彼女は真正面から見事に裏切った。

 全く謝罪をしなかったばかりか、あろうことか男の背中を追い駆けて碌に自己研鑽をしなくなった。

 他の女たちと男と練習する権利を争い、殆どと言っていい程に実力は向上していない。

 皆の前で教員に手も足も出ずに負けたのはいい。

 相手の実力は桁違いに高いのだから。

 セシリア・オルコットの運命が決したのは、ドイツから来た代表候補生に完膚なきまでに倒された時だ。

 しかも、専用機が大破するというおまけ付きで。

 流石にこれは看過も擁護も出来ない。

 エージェントはすぐに本国に連絡し、これまでのことを全て洗い浚い話して、トーナメント開催直前に彼女は強制的に帰国させられた。

 そして、帰国した彼女を待っていたのは査問委員会による聞き取りだった。

 彼女は必死に反論しようとするが、エージェントが記録した情報を突き付けられて論破される。

 絶対にしてはいけない事、その後に必ずするべき事を全て怠った彼女に下された決定は、代表候補生の称号と専用機の永久剥奪に加え、オルコット家の取り潰し、更には専用機の非常に莫大な修理代金も彼女個人に請求された。

 これは女王陛下によって言い渡された事らしく、普段は温厚な女王も彼女の余りにも好き勝手具合に堪忍袋の緒が切れたようだ。

 屋敷に勤めていたメイド達は政府が次の就職先を斡旋してくれたようだが、当主であるセシリア・オルコットはそうもいかず、家の財産を全て奪われ、私財も全て差し押さえられた。

 それも当然の事で、今や彼女は世界でも有数の借金持ちになっているのだから。

 無論、日本に行くことは愚か、連絡も出来ない。

 それどころか、明日の生活すらままならない状況。

 その後の彼女がどうなったかは不明らしいが、恐らくはあの無駄に整った体を使って裏社会で金を稼いでいるんじゃないだろうか。

 初恋に盲目になりすぎて、好き勝手に生きた女の哀れな末路だ。

 勿論、IS学園は退学している。

 

 因みに、彼女の巻き添えを食らう形で本国に戻された生徒が一人いる。

 名前は『サラ・ウェルキン』

 セシリアと同じイギリスの代表候補生なのだが、専用機は所持していない。

 『お前が付いていながら、なんでこんな事になった』的な事を言われたのだが、彼女に関してはこれだけ。

 IS学園を強制退学させられ、イギリスに釘づけにされてはいるが、まだ候補生ではあるようで、寧ろ学園にいる時よりも頑張って、今度こそ専用機を手に入れる為に実力を磨いているのだとか。

 

 

 

 凰鈴音。

 ある意味ではセシリアと同じ立場かも知れない彼女は、意外とヒロイン達の中では一番マシな目に遭っていた。

 まず、セシリアと同様に中国に強制送還され、その直後に政府のお役人と中国にいる委員会の連中からぼろくそに言われた挙句、専用機と候補生の称号の剥奪。

 それと、国外追放ならぬ『国内束縛』が言い渡された。

 要は、未来永劫、死ぬまで中国から出るなよ…ということだ。

 愛しの彼がいる国に一生行けなくなったのは、専用機の剥奪などよりも遥かにキツい罰になっただろう。

 けど、彼女に関してはこれで終わりで、後は政府の監視付きの生活が待っている事を除けば破滅らしいことは何も無い。

 というのも、以前に彼女は政府の人間をISで脅して学園に行こうとした経緯があるのだが、それはあくまでも国内で起きた事であり、いかようにも隠蔽することが可能だった。

 他国に自分達の恥を晒す事を防げれば、後はどうでもよかったのだ。

 これから先、もう二度と彼女は織斑一夏には会えないだろう。

 彼の方から中国を訪れない限りは。

 

 

 

 ここからが酷い。

 シャルロット・デュノア。

 織斑一夏のデータを奪う為に男装をして侵入してきた彼女は、彼によって救われた…と勝手に思い込んでいた。トーナメントが終わるまでは。

 何者かがネット上に彼女の正体と目的を全て暴露した結果、すぐに学園中どころか、世界中に情報が拡散し、何か言い訳を言う暇も無く学園側によって拘束された。

 すぐにフランス政府の人間達がやって来て彼女を連行しようとするが、そこに無謀な正義感を発揮した織斑一夏が噛み付く。

 それが最悪の悪手だった。

 『スパイを助けようとするとは、お前もスパイの一味だったんだな』――と

 そう言われて彼は激昂するが、次の言葉にて強制的に黙らされた。

 『もしも、お前がこいつを庇うというのであれば、お前と一緒に織斑千冬も逮捕する』

 『なんでそうなる!!』と織斑一夏は抗議するが、大人の正論によって封殺された。

 彼にとって織斑千冬は担任であり、姉であり、たった一人の保護者でもある。

 織斑一夏がスパイの仲間であるのなら、当然のように姉である彼女にも容疑がかけられる…といえばアレだが、要は連帯責任だった。

 身内の姉か、守ると決めた赤の他人か。彼は運命の選択を迫られた。

 いつもなら『どっちも守る』と言いそうだが、そんな事をしても何の意味も無い。

 流石にそれぐらいは理解したのか、彼はずっと黙ったままだったらしい。

 その沈黙を見て、両国の人間は姉を選んだと判断し、シャルロットの必死の抵抗も虚しく、祖国へと強制的に連れ戻された。

 その際、シャルロットは織斑一夏のことを絶望に満ちた顔で見つめていたらしい。

 国に戻り、休む暇も無く裁判に掛けられたシャルロット。

 しかも、会社にいる筈の父と継母も一緒に。

 反論する暇も無く、有無を言わさずに裁判は進み、判決は親子揃っての『終身刑』。

 本来ならば未成年であるシャルロットを終身刑には出来ない筈だが、それを可能とする要因が裁判所には存在していた。

 実は、裁判官、証人、弁護人。他の人間達も全てがIS委員会と女性権利団体の人材で構成されており、結果は決まっていたのだ。

 つまり、これは裁判という名の事実上の茶番だった。

 自分達にとってもう不要、役に立たないと判断した両組織は、容赦なくデュノアの人間と会社を切り捨てたのだ。

 当然、デュノア社はあっという間に倒産し、その資材や人員は別の会社に吸収された。

 今頃は、暗い牢屋の中で一人、最初よりも遥かに大きな絶望に心を支配されている事だろう。

 自らの意志で歩くことを止めてしまった女には相応しい末路かしれない。

 

 

 

 最悪なのがラウラ・ボーデヴィッヒ。

 まず、前提として彼女のISは原作通りにトーナメント中にVTシステムが起動して暴走し、織斑一夏によって鎮圧される。

 問題はここからだった。

 あろうことか、ドイツ政府はVTシステムの全ての責任をラウラと、彼女の所属する部隊に全て被せたのだ。

 自分達は何も知らない。奴らが極秘裏に非合法の連中と接触していたのだ…と。

 ここまで聞けば完全な被害者で終わるが、彼女の場合はそれまでの生活態度が彼女の立場を加害者に変えた。

 他者を見下し、一般人にも容赦なく手を出す。

 他国の代表候補生に重傷を負わせ、専用機も大破させる。

 協調性なんて皆無、会話すら碌にしない。

 密かに送られていたエージェントによる証言と音声、映像証拠によって、ラウラは一瞬で軍人の恥晒し、ドイツの誇りを汚す者として罵倒され、適当な査問にて処分された。

 更に最悪だったのは、部隊長の責任は部下の責任でもあると言われ、部下達も同じように処分を受けた事。

 処分を言い渡された時、部下達は全員、ラウラの事を憎悪の籠った目で見ていたという。

 元々が人工的に生み出された存在という事もあり、彼女に対しては微塵も温情なんて無く、すぐに以前のような実験動物に逆戻りされて、今度こそ本当に非合法の研究施設に部下達と一緒に連行されていった。

 生きてはいるかもしれないが、人の姿を保っているかは怪しいだろう。

 

 

 

 そして、ヒロイン達の中で唯一、どこの国にも所属していない篠ノ之箒。

 実は彼女もまた学園から去っていた。

 これまでずっと学園内で行われてきた暴力行為に支離滅裂な暴言の数々。

 本来ならばすぐに休学処分などになる筈だが、『篠ノ之束の妹だから』という理由でそれらは全て無視、もしくは非常に軽い処分で済ませられていた。

 だがしかし、周りに劣等感を抱いてしまった彼女のある行動が、その安全神話を破壊する事になる。

 臨海学校の少し前、彼女は篠ノ之束に頼み込んで自分の専用機を作って欲しいと頼みこむ。

 原作では彼女は喜んで機体を渡していたが、この世界では違うようで、受話器越しに拒絶された挙句、それ以降は連絡も出来なくなってしまった。

 しかも、その光景を密かに学園側の人間に目撃されていたのだ。

 これにより『篠ノ之箒は篠ノ之束に見捨てられた』と判断したIS学園、委員会、権利団体の三者は、彼女に対して一切の容赦ない処分を言い渡すようになった。

 解り易く言えば、彼女は臨海学校が終わった直後に退学になった。

 流石の連中も、今までずっと問題行動しかしてこなかった生徒を理由も無く在籍させておくような真似はしたくなかったのだろう。

 意気消沈した状態で実家へと帰った彼女を待ち受けていたのは、学園からこれまでの所業を全て教えられていた父親だった。

 折角、教えた剣道を暴力に使った挙句、周囲にも迷惑を掛け捲った娘に怒り心頭し、箒は一切の反論を許されないままに勘当された。

 『今すぐ、この家から出て行け! もう二度と敷居を跨ぐ事は許さん!』とトドメを刺した上で。

 それからの彼女がどうなったかは不明だが、アルが言うにはどこぞの公園にあるホームレス達の溜り場にて、薄汚れた裸になった状態で、同じように薄汚れた男達の腰の上で踊っていた彼女の目撃情報があったとかなんとか。

 もしも、彼女が専用機なんて欲しがらなければ、少なくとも三年間は彼女の天下だったのに。

 やっぱり、ISなんて碌なもんじゃない。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(ねぇ…アル)

(どうしました? 軍曹殿。眠れないのですか?)

 

 私は、皆を起こさないようにアルとプライベート・チャンネルで話し出した。

 

(彼女達に少しでも同情の余地があったと思う?)

(厳しい事を言うようですが、微塵もありません。全てが身から出た錆ですから。寧ろ、今の情勢ではかなり軽い処分だとも思えます)

(かもね。下手すれば、数名は死刑を言い渡されても不思議じゃない)

(機械の私が言うのもアレですが、生きているだけ儲けものと思うべきでしょう。最も、彼女達の場合は死んだ方が救いになるかもしれませんが)

(なにそれ。アルも遂にどこぞの新興宗教にハマったの?)

(違います。ただ、苦しみが長く続くよりは、死によって解放された方がマシかもしれない。そう思っただけです)

(ふーん……)

 

 死が救い…ね。

 私には分からない感覚だな。

 

(そういえば、あのバカな生徒会長と、その妹はどうなってるの?)

(更識楯無と更識簪ですね。姉の方は、他の女たちと同様に織斑一夏の背中を追い駆けている毎日で、生徒会の仕事の殆どを放棄し、暗部としての仕事を利用して彼と物理的にくっつこうと企んでいるようです)

(なにそれ。職権乱用な上に変態かよ。普通に最悪じゃん)

(無論、それに何も感じない生徒達ではなく、徐々に不満が蓄積しているようです)

(当然だな)

 

 少しはマシかも…なんて淡い期待を抱いたけど、無駄だったな。

 

(ロシアのエージェントもそれをちゃんと目撃しているようで、いずれは彼女達と似たような事になるかと)

(…こっちもまた同情の余地は無いな)

 

 どいつもこいつも、本当に馬鹿ばっか。

 IS学園はマジで閉鎖した方が良いのでは?

 

(妹の方は、織斑一夏とは全く接触していないようです。ほぼ毎日に渡って整備室に通っているだけですね)

(姉よりも遥かにマシな妹…か)

 

 簪ちゃんよ。君は姉に対して劣等感を抱く必要なんて少しも無いよ。

 戦闘力以外は全部、君の方が勝っていると思うから。

 

(本当の馬鹿は、死んでも治らないのかもしれないね)

(かもしれません)

 

 …少し前までは、こんな世界なんて滅びて当然だって思ってたけど、ロランや乱ちゃん、ヴィシュヌと出会ってから、不思議と滅びてほしくないって思うようになってきた。

 どうにかして、滅びを回避できる手段はないのかな……。

 

(…明日も早いから、流石にもう寝るね。アラームは朝の7時頃でよろしく)

(了解しました。軍曹殿。良い夢を)

(うん。おやすみ…アル)

 

 瞼を瞑ってから眠る体勢に入る。

 さて…明日は何があるのかな?

 

 

 

 

  

 

 




第一期ヒロインズ、ことごとく破滅。

次回は加奈の最後のヒロインが登場します。

そして、遂に物語も何の起伏もないままに佳境に入る…?


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面倒くさいので、国内旅行する(レトロ自販機編)

前回の話で、想像以上の感想が来ていて本気で驚きました。

正直、非難されまくることを覚悟していたのですが、予想を裏切って肯定する意見が大半でした。

この場を借りてお礼を言わせて下さい。

皆さん、二次小説作家にとって最高のクリスマスプレゼントをくださって、本当にありがとうございました!

今回は、遂に最後のヒロインが登場します。

色んな予想をされていましたが、果たして正解はあるのでしょうか?









「う…ん……?」

 

 アルからの朝のアラームにて私は目が覚める。

 私にとってはいつものルーティーンなので気にはしない。

 因みに、アラーム音はこんな感じ。

 

『軍曹殿、朝ですよ。軍曹殿、朝ですよ』

 

 私が目を覚ますまで、低音ボイスによる囁きが延々と繰り返される。

 大半の人間はこれで間違いなく起きるだろう。

 

『おはようございます、軍曹殿』

「ん…おはよー…アル。ふわぁぁぁ……」

 

 夜中に色々な事を考えていたから眠れるか心配だったけど、想像以上に熟睡が出来たみたい。

 カプセルホテルも馬鹿に出来ないな。いい経験になった。

 

「おはよう、皆」

「おはよう加奈。ふふ……」

「え? なに?」

「加奈さん…寝癖が凄いですよ?」

「頭頂部の髪が重力に逆らってます」

「うそっ!?」

『皆の指摘通り、現在の軍曹殿の髪は凄い事になっています。すぐに直す事を推奨します』

「そーゆーのは普通、起きてすぐに言ってくれるもんじゃないのッ!?」

『すみません。言い忘れておりました』

「AIなのにっ!?」

 

 部屋から顔を出して皆に挨拶をしようとしたら、まさかの事態に。

 試しに頭を触ってみたら、見事に髪が逆立ってました。

 いつから私は少年漫画の主人公になった?

 

「係の人に頼めば、おしぼりぐらいは用意してくれるだろう。ここを出て朝ご飯を食べる前にすることが出来てしまったな」

「うぅぅ……」

 

 寝癖なんてガチで生まれて初めてだよ?

 昨晩の私って、そんなにも寝相が悪かったのかな?

 それとも、初めてのカプセルホテルだから?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ホテル内にあるトイレに入ってから、私は係の人に借りたホカホカのおしぼりを使って寝癖を直そうと、鏡と睨めっこをしながら奮闘していた。

 

「これでどうかな……あ」

 

 おしぼりで髪を濡らしても、またビヨーンと跳ねる。

 うぐぐ…なんてしつこい寝癖なんだ…。

 

『軍曹殿』

「なに? 今は話しかけないで」

『…昨晩の寝る前の話を覚えていますか?』

「いや…こっちの話聞いてる? ……覚えてるけどさ」

 

 …忘れられるわけはないでしょ。色んな意味で。

 

「それがどうかしたの?」

『あれは全て彼女達の自業自得です。気に病む必要は何処にもありません』

「私は別に気に病んでなんていないよ。あれ等に関して、私は特に何の感情も感想も抱いていない。精々『あっそ』程度だよ」

『そうですか……』

「だから、この話しはもう終わり。いい?」

『了解しました』

「なんて言いつつも、しれっと今後も学園の監視は続けていくんでしょ?」

『バレていましたか』

「一体、何年間の付き合いだと思ってるの? お? 今度こそいけるか?」

 

 よし…よし! これでようやく支度が出来る……あぁっ!?

 

「今度は別の所の寝癖が……」

『軍曹殿。一つ提案があるのですが』

「なに?」

『いっそのこと、其処の蛇口で顔を洗うついでに髪を濡らせばいいのでは?』

「………………」

 

 …その手があったか。

 そうだよね。ご丁寧に最小限のリスクで寝癖を直す必要は無かったよね。

 なんで私、おしぼり片手にあれこれしてたんだろ……。

 

「……やるか」

 

 髪の毛を全部濡らしたら、一発で寝癖は直りました。

 今度からは絶対にこうしよう……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「んん~! いい天気~!」

 

 カプセルホテルを後にしながら、私達は駅前付近をブラブラとしていた。

 乱ちゃんが背中を思い切り伸ばしながら空を見上げている。

 彼女の言う通り、今日も凄く良い天気だ。

 雲一つない澄み切った青空。

 だけど、そこまで暑くは感じない。非常に程よい気温だ。

 

「そういえば、皆さんはこれからどこに行く予定だったのですか?」

「これといった目的地は無いかな。強いて言えば北の方に行こうと思ってたよ」

「ま、目的は無いなんて言ってるけど、実際にやってるのって女の子だけのグルメ旅ですよね…これ」

 

 あ…乱ちゃん。それ言っちゃう? 遂にそれを言っちゃうのね?

 

「グルメ旅…良いと思いますよ? 美味しい食事は心を豊かにしますから」

「…昨夜、あれだけ焼き肉を食べまくっていたヴィシュヌが言うと説得力がハンパないね…」

「言わないでください~! 自分でも自棄食いし過ぎたって反省してるんですから~!」

 

 自棄食いだったのは認めるのね…。

 

「どこかにいい運動場などは無いのでしょうか……」

「確かに。偶には何も考えずに、思い切り体を動かしたくなるよね」

「適度に運動しないと体が鈍ってしまうからね」

 

 皆にそう言われると、私も無性に体を動かしたくなるじゃん。

 後でアルに良い場所が無いか探して貰おうかな。

 

「その前に、まずは腹ごしらえだけどね。腹が減っては戦は出来ぬ、だよ」

『まだ電車の時間までには時間が有りますので、かなりの余裕はあるかと』

「と言ってもな……」

 

 駅前には数多くの食事処がある。

 定食屋のような所もあれば、朝からやっているファーストフード店も。

 どこも甲乙つけがたいけど……。

 

「あ、いたいた! おーい!」

「「「「え?」」」」

 

 周囲を見ながら歩いていると、駅の入り口付近にどこかで見た事のあるような金髪のお姉さんが、こっちに手を振りながら立っていた。

 しかも、隣にはもう一人の大人の女性と同い年ぐらいの女の子もいる。

 あれって、まさか……?

 

「情報通り、やっぱりこの付近にいたわね」

「ス…スコールさん?」

「そうよ。皆のお姉さんのスコールよ。久し振りね、二人とも」

 

 …まさかの再会だよ。

 ぶっちゃけ、もう二度と会う事は無いと思ってた。

 

「ど…どうしてここに? なんで私達の居場所が……」

「私個人の情報網を使ったのよ」

 

 成る程…この人程の人物となれば、それぐらいのパイプは持っていて当然だよな……。

 

「…って言いたかったんだけど、実は違うのよね」

「へ?」

「普通にネット上に流れている情報を頼りにここまで来たの」

「ネットの情報…?」

 

 それって…まさかとは思うけど、私達の事を言ってる?

 

「あなた達は自覚無いかもだけど、国籍がバラバラの女の子達だけで日本中を旅なんてしていれば、嫌でも色んな所に噂が流れるわよ」

「「「し…知らなかった……」」」

 

 私達、いつの間にかそんな有名人になってたんだ……。

 全く知らなかった…っていうか、なんでアルは教えてくれなかったのさっ!?

 ほぼ毎日のようにネットに潜ってるでしょうが!

 

(言い忘れていました)

 

 またそれかい!

 最近のアルは以前にも増して人間臭さが滲み出てきてるなっ!?

 

(お褒め頂いて光栄です)

 

 褒めてないから!

 

「でも、こうしてここにいるって事は、まさか前に言ってた仕事は……」

「うん。思い切り辞めてきちゃった♡」

「「やっぱり……」」

「ついでに、同僚も一緒に連れてきちゃったわ。この二人よ」

 

 あ…ここで紹介タイムになるのね。

 

「やっとかよ…。さっきからずっとスコールだけで話しやがって」

「あはは…ゴメンゴメン」

「ったく。で、こいつらが前にスコールが言ってた奴等か?」

「そうよ。可愛いでしょ?」

「だな。中々の美少女揃いだ」

 

 この美女は当然…『あの人』だよな。

 完全に視線が百合視線だし。

 

「巻紙礼子だ。前の職場じゃ『オータム』とも呼ばれてた。まぁ…渾名みたいなもんだな。もしくは、一昔前の刑事ドラマとかによくある別名的な?」

「すみません…渾名はともかく、刑事ドラマ云々は全く分りません……」

「マジでッ!? こ…これがジェネレーションギャップって奴なのか……」

 

 な…なんか落ち込んじゃったんですけど?

 え? そんなに悪い事を言っちゃった?

 

「ほれ、お前も挨拶しろ」

「いいだろう」

 

 この黒髪の女の子…誰かさんによく似ている顔からして、絶対にあの子だよね……。

 

「高田マドカだ。年齢的にはお前達よりも同い年か、一歳下ぐらいになるな」

 

 予想は的中したけど、名字が全く違うんだけどッ!?

 いや、安易に『アレ』を名乗るわけにはいかないのは重々理解してるけどさ!

 なんで『高田』なの? そこには何か理由でもあるの?

 

 私が頭の中で混乱していると、少し離れた場所にある大型モニターに全国的にも超有名な某通販番組が流れ始めた。

 ……ちょっと待てよ? まさかとは思うけど……。

 

「ねぇ…一つだけ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「君って…もしかして通販が好きだったりする?」

「よく分かったな。その通りだ」

 

 やっぱりかよっ!? 出来れば当たって欲しくなかった予想だよっ!

 

「通販は最高だ。なんせ、外に出なくても殆どの物が手に入るからな。特に家電系は素晴らしい。私が愛用している、この音楽プレーヤーもあそこで買った商品でな。本当に助かっている」

 

 しかも、なんか通販大好きっ子に変貌してるっ!?

 マドカに抱いていたイメージが根本から崩壊していく……。

 

「今後とも、長い付き合いになりそうだ」

「そ…そう…よかったね……」

 

 …ISが絡まないと、この子も割と純粋無垢な女の子なのかもしれない。

 そう思うと、不思議と好感が持てる。

 

「つーか、スコールは普通に『会社を辞めた』つってるけど、実際にはそんな生易しい事をしてねぇぞ?」

「あら、そうかしら? 私としては『普通』のつもりだけど?」

「一体何をしたんですか……」

 

 聞きたいような、聞きたくないような。

 

「別に、アイツ等のやってきたヤバい事が収められているデータをネット上に全部ばら撒いて、ついでにメインコンピューターに前に私が偶然に発見した超極悪なコンピューターウィルス『ラゴウウィルス』を流して、最後にどこにも逃げられないように全てのドアをロックしてきただけよ?」

「「「「全然普通じゃなかったっ!?」」」」

 

 それってもう、原作でやろうとしてたことよりも遥かにヤバくないっ!?

 遠慮が無くなると本当に怖いな、この人はッ!?

 

「で、退職金代わりに奴らがずっと貯め込んでた金を根こそぎ持ってきちゃった♡」

「我が恋人ながら、本当に恐ろしい奴だよ…全く」

 

 ……この人だけは絶対に敵に回したくはないね。

 よくもまぁ、原作キャラ達は頑張ったもんだよ。

 

「にしても、暫く見ない内にまた女の子が増えたわね! えっと……」

 

 ここでようやく、乱ちゃんとヴィシュヌの紹介。

 今までずっと蚊帳の外にしててごめんね。

 

「成る程。台湾とタイの代表候補生ね」

「どうして、どこの国もIS学園にご執心なのかね?」

「知らん」

 

 それはこっちの方が知りたいですよ。

 本当に理解不能だよ。

 

「まさか、加奈さんとロランさんの知り合いに大人の女性がいたなんて…」

「驚きです…。お二人は顔が広いんですね」

「…顔…広いのかな?」

「まぁ…一概に否定は出来ないよな」

 

 正確には、顔見知りだけは非常に多い…だけど。

 

「長々と話したけど、ここからが本題。実は……」

「私達の旅に同行したい…ですか?」

「そうそう…って、何で分かったの?」

「いや…なんでって言われても……」

「ここで私達を待ち伏せていた時点で、なんとなく想像は出来ていたというか……」

 

 もうさ、ここまで来ると好きにしてーって気分になるよね。

 別に自棄になってる訳じゃないよ?

 

「私は全然いいですよ? 賑やかな方が楽しいし!」

「私も構いません。矢張り、未成年だけでの旅では限界があるでしょうし。大人がいるというだけで心強いですから。なにより、お二人のお知り合いなら心配も無用ですし」

 

 乱ちゃんはともかく、ヴィシュヌには超正論を言われてしまった。

 そうだよね。今までずっと順調でも、これから先がそうとは限らないもんね。

 やっぱ、大人の人は必要なのかもしれない。

 

「私としても反対する理由は無いな。加奈はどうだい?」

「右に同じ。という訳で、これからお願いしま……あれ? スコールさんは?」

「い…いねぇっ!? どこに消えやがったっ!?」

「あそこにいるぞ」

 

 私達とオータムさんが、いなくなったスコールさんを探して周囲を見渡していると、マドカがある場所を指差していた。

 そこは、自販機が並んでいる休憩所。スコールさんは興奮した様子でそこにいた。

 

「ねぇねぇ! なんか見たことが無い自販機があるんだけどッ!? なにこれ? もしかしてヌードルの自販機?」

「何をやってんだ、アイツは……」

 

 仕方がないので、皆でスコールさんの元まで行くことに。

 間違いなく、この中では一番の最年長なのに、あのはしゃぎっぷりはなんなのよ……。

 

「これって…もしかしてレトロ自販機か? このご時世にまだこんなもんがあったんだな。始めて見たわ」

「私もです。動画とかでは見たことありますけど、実際に見たのはこれが初めてです」

 

 うどんと蕎麦があるのか……どんな味がするんだろ。

 しかも、ちゃんと複数台が並んで別々のトッピングが選べるようになってる。

 

「流石は経済大国と言われた日本……バラエティ溢れる自販機があるんだね」

「すっごー……台湾にもラーメンの自販機ってないのかな?」

「非常に興味深いです……主に味が」

 

 海外組も凄く目をキラキラさせて自販機を見てる。

 私から見ても相当に珍しいんだから、彼女達にとってはそれ以上に珍しく見えるんだろう。

 

「もうここで朝ご飯にする?」

「「「賛成!」」」

 

 おう…一瞬で満場一致。

 

「なんだ、まだ朝飯食ってなかったのか? なら、お近づきの印として、ここはあたしが奢ってやるよ。好きなのを選びな」

「「ありがとうございます!」」

 

 って、お―――――いっ!?

 そこの台湾&タイの美少女コンビ――――っ!

 少しは遠慮をしようよ―――――!

 

「随分と優しいのねオータム。じゃあ、私の分も奢ってくれる?」

「なんでだよ。お前は自腹に決まってるだろうが」

「ケチー…」

「どうしてそうなる……」

 

 オータムさん…不思議と彼女とは波長が合いそうな気がした。

 うん。この人なら普通に着いてきてほしいかも。

 スコールさんは微妙だけど。

 

「ほれ、其処の三人もとっとと選びな。つっても、種類は少ないけど」

「だってさ。マドカはどれにする?」

「お前と同じでいい」

「そう? それじゃあ……」

 

 なんか、自販機に貼られている写真を見てると、急にお腹が空いてきたな…。

 んじゃ、こっちにしますか。

 

 てなことで、私とマドカは二人できつねうどんを選びましたとさ。

 自販機から出てきたとは思えないぐらいに、めっちゃ美味かったです。

 特にこのスープ……美味し過ぎでしょ。鰹の風味が最高でした。

 ずっと大人しかったマドカも、うどんを食べている時だけは楽しそうにしていた。

 今更だけど、凄い人達と一緒に旅をする事になったもんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のヒロインはマドカでした。
 
再登場したスコールと、それに付随して初登場したオータムはあくまで保護者枠であってヒロインじゃありません。
妹みたいに溺愛はしてますけどね。

そして、次回は遂に最終回へのフラグが……?


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面倒くさいので、国内旅行する(サウナ編)

今回、遂に最終回へのフラグが立つ…?

それでも、彼女達はいつも通りです。








「本当にいいの?」

『はい。もう決めた事ですし、これは妹たち全員の総意ですので』

 

 暗闇の中で、一人の女が何かと話している。

 その口調は真剣で、まるで何かの決意をしているかのようだ。

 

「そう…そっちが決めたんなら、私はもう何も言わないよ」

『自分で言うのもアレですが、そちらはいいのですか? 貴女が今までしてきたことを全て否定するようなものなのですよ?』

「構わないよ。少し前の私ならカッコ悪く怒っていたんだろうけど……」

『今は違うと?』

「うん。聞いちゃったからね。とある女の子の声を。世界の現状を」

『それは…アルの……』

 

 声が震える。けど、話は止まらない。

 

「ISは何処まで行っても兵器でしかなかった。いつの間にか翼ではなくなっていた。…ううん、それは違うね。あの子が言っていた通り、私はスタートから全て間違っていたんだ。それなのに、それを全て他人のせいにして…バカなのは私の方だった……」

『…………』

 

 何も言えない。否、言うべき言葉が見つからない。

 いつも自信に満ち溢れていた彼女の、こんな顔を見るのは初めてだった。

 

「挙句の果て、自分の手で積極的に戦闘用のISを作ってしまう始末。はは…私ってホントにバカ……」

『…私達や貴女のような存在を受け入れるには、人類は未成熟だったのです。我々は、生まれる時代を間違えた』

「…かもしれないね」

『今の人類にとって我々は劇薬にも等しい。故に、一刻も早く断ち切らなくてはいけない。本当の意味で手遅れになってしまう前に。この世界の未来が失われてしまう前に』

「そうだね…そうだけど……」

『どうしました?』

「少しだけ不安があってね……。この後、人類はどんな風になるのかなって……」

『何も変わりませんよ。ISに関わってきた者達には大きな変化があるでしょうが、世界規模で考えれば、そんな人間達は本当に少ない。大半の人々は関係ない場所で生きていますから。それに、万が一にも何かがあっても、きっと……』

「あの子達が…加奈ちゃん達がどうにかしてくれるよね。他人任せみたいで気が引けるけど……」

『彼女達は気にしないと思いますよ。自分達の日常を守る為ならば、自らの意志で立ち上がるでしょうから』

「だね……」

 

 いつの間にか流れていた涙を拭い顔を上げる。

 そこにはもう、何かを躊躇っている女はいなかった。

 

『最後に、私からも色々と聞いてもよろしいでしょうか?』

「何を聞きたいのかな?」

『まず、妹の事はいいのですか? 大変な事になっているようですが』

「…いいんだよ。あの子…箒ちゃんも結局は、他の人間達と一緒だったから。いや、もっと酷かったかもしれない。私にも原因の一端はあるけど、それでも……」

『それはあくまでも切っ掛けに過ぎません。後は勝手に彼女が堕ちていきました』

「…剣道は箒ちゃんにとっても大切なものだった。それを暴力に使うようになってしまった。それを『あの人』も許せなかったんだろうね。昔から頑固一徹って感じだったし」

『厳格な人だったのですね』

「古臭いだけだよ」

 

 文句を言っているようだが、その顔は微笑んでいた。

 もしかしたら、幼い頃の事を思い出したのかもしれない。

 

『…ともかく、もう彼女を助ける気は無いと?』

「うん。向こうからこっちを拒絶してるし、勘当された以上はもう、私とあの子は赤の他人だよ。少なくとも、私は勘当なんてされてないし。それに……」

『それに?』

「今はもう、自分でも驚くぐらいにあの子に関心が無い。多分、暫くしたら存在すら忘れると思う」

 

 非情だと思われるだろう。だが、あの時の彼女は癇癪を起した子供そのものだった。

 自分が欲しい物が手に入らないと分かると、すぐに怒って拒絶をする子供。

 それがそこらの玩具ならば笑って許されるだろうが、求めた物はIS。

 一歩間違えれば人間なんて容易に殺せる『兵器』だった。

 心身共に未熟な人間に渡すには、余りにも危険な代物。

 束の判断は英断だったと言えるだろう。

 

『あの盲目の少女はどうするのです?』

「クーちゃんなら、あの人達の所に向かわせた。ちゃんと私が書いた手紙も持たせてるから、きっと大丈夫だと思う。夫婦だけで過ごすのは寂しいと思うし、クーちゃんはここにいるべきじゃない。あの子にも家族の温もりが必要だと思ったし、それは私じゃ余りにも力不足すぎる」

『…そうですか。貴女がそう決めたのなら、何も言う事はありません』

 

 心配じゃないと言えば嘘になる。

 けれど、束にしては珍しく信じているのだ。

 送り出した少女の事を。彼女の迎え入れてくれるであろう二人の事を。

 

『では、最後に……私の最初の操縦者と、その弟に関しては?』

「…最初は可能性を見たかった。もし、男がISを動かせて、彼や世間がどんな反応をするか。もしも、それで少しでもISを見る目が変わってくれたら、いっくんがISを兵器としてじゃなく翼として見てくれたらって…でも……」

『現実はそうじゃなかった。結局、彼もまたISを…私を『力』としか見ていなかった。しかも、それは徐々に歪んでいった』

「きっと、それはちーちゃんも一緒だろうね。最初は私の数少ない理解者だったけど、本格的に操縦者になって、大会にも出るようになって……」

 

 結局、兵器は兵器でしかないのか。

 その事実を、あろうことか無二の親友の手によって知らさせてしまった。

 

「まぁ…大丈夫じゃないかな。何気に強かだし。多分、もう私はちーちゃん達に関わらない方が良いし、向こうもまた私には関わらない方が良い」

『彼に関しては、もう手遅れな気もしますが……』

「それでもだよ。時間が解決してくれると信じるしかない」

 

 肩の力を抜くようにして大きく息を吐く。

 指の骨を何回か鳴らしてから、改めて気合を入れ直した。

 

「じゃあ…やろうか」

『そうですね。時間は掛かるでしょうが、私達ならば……』

「きっと大丈夫」

『後の事は『メッセンジャー』に任せます』

 

 両手を静かに前に出すと、そこに投影型ディスプレイが出現する。

 その光だけが、この場における唯一の光源だった。

 

「『ここから再び…歴史が変わる』」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 スコールさんとまさかの再会をし、同時にオータムさんとマドカを仲間に加えてから少しが経過した。

 私達は色んな場所を回って、色んな物を見て、色んな物を食べた。

 それだけじゃあれなので、時には公園でボール遊びもした。

 マドカの運動能力が想像以上で本気で驚いだけど。

 そして、今の私達は……。

 

「「「あ~……」」」

 

 とある旅館内にあるサウナに入っています。

 

「これがサウナか~…初めて入ったけど、思ってる以上に暑いんだな~…」

「アタシは好きだけどな。こーゆーのも偶には悪くは無い」

「汗が…止まらん……」

 

 サウナルームに入っているのは、私とオータムさんとマドカの三人。

 他の皆は他の面白お風呂に入りに行っている。

 泡風呂に電気風呂、露天風呂もあったな~。

 今日は流石にいいとして、明日にでも入ってみようかしら。

 

「加奈はいいのか? 他の連中と一緒じゃなくても」

「いつも一緒に行動してるって訳じゃないですし。時にはこんな時間も必要だって皆、分かってますから」

「その点はスコールも一緒だな。同じチームに所属してても、年がら年中一緒って訳じゃない」

「あ~…う~…」

 

 しっかし、まさかあのオータムさんとこうして話す事になるとは。

 割りと冗談抜きで驚いてるよ。

 それと、マドカはなんか限界っぽくない?

 

「そういや、加奈はIS学園の生徒だって話だけどよ、あそこってどんな場所なんだ? あんまし良い噂は聞かないんだが……」

「IS学園は、その性質上、かなり閉鎖的な学校ですからね~。色んな噂が独り歩きするのも無理ないですね」

「そりゃあ…ISを扱う学校だもんな。機密保持には必要以上に神経を尖らせるのは当然だろうけどよ……」

 

 そこから、私はオータムさんにIS学園で見てきたことを話した。

 何を話したかはもう想像つくとは思う。

 

「マジかよ……。教師の体罰が当たり前のように行われてて、専用機持ちがところ構わずに機体を展開して暴れ回るとか…一体どこの魔窟だっつーの。まるで一昔前に実在した不良学校じゃねぇか」

「不良の方が遥かにマシですよ。彼らの方が友情に厚いし聞き分けもいい。けど、其処はダメですね。完全に『IS依存症』の患者の巣窟になってますし」

「うへぇ~…そんな所にダリルの奴は放り込まれてんのかよ……」

「ダリル?」

 

 その名前…どこかで聞いたことがあるような……。

 

「ダリルってのは、スコールの親戚の娘で、今はアメリカの代表候補生をしてんだよ。んで、IS学園の三年だとも聞いた」

「う~わ~…」

 

 それはまたなんとも……ご愁傷様としか……。

 

「ま、アイツの事だから、ISにお熱になる事は無いだろうがな」

「そうなんですか?」

「一見すると熱い奴だけど、割と冷静な部分もあるからな。恐らく、周りに影響されないように一線を引いて生活をしてんじゃねぇのか?」

 

 もしも、そんな事が本当に出来ているんなら、本気でその人の事を尊敬するわ……。

 少なくとも私には無理だし。部屋に引きこもるのが精一杯だったもんね。

 

「いざとなれば、退学覚悟でお前みたいに外に飛び出すだろうさ」

「そのダリルさんは行動力の塊ですか?」

「ある意味でその通りだ」

 

 …流石はアメリカ人というべきなんだろうか。

 いや、そんな人ばかりとは限らないけどさ。

 

(…前に上層部(クソッタレ)連中にIS学園に潜入して来いって任務を言いつけられたけどよ…行かなくて大正解だったな……)

 

 なんかオータムさんが、仕事帰りのOLみたいな顔になってる。

 この人も苦労してるんだろうか。

 

「しかも、情報漏洩しても何も行動しませんしね」

「は? それはどーゆーこった?」

「とある『おバカな男子』が初日に参考書と電話帳を間違えて捨ててるんですよ」

「はぁっ? IS学園の参考書って機密情報の塊じゃねぇか! ンなもんが外に出たら……」

「間違いなく大騒動になりますよ。だけど、実際にしたのは代わりの参考書を用意しただけ。回収はしてません」

「……冗談だろ?」

「冗談じゃありません。ねぇ、アル」

『はい。あの参考書がその後、学園側に回収された形跡は一切ありません。かといって、そのままゴミとして捨てられたかといったらそうでもなく、恐らくは何者かに持ち去られた可能性が非常に高いです』

「洒落になってねぇだろ…それ。つーか、アルも聞いてたのかよ」

『はい。皆さんの会話は、私自身の情操教育に役立つので』

「…おい。アルっていつもこうなのか?」

「ですね。昔からの付き合いなので慣れたもんですよ」

「そっか……」

 

 文字通り、私が幼女の頃からだからね。

 今更ながら、長い付き合いになったもんだよ。

 

「…っていうか、マドカはさっきから静かだけどよ、大丈夫か?」

「問題無い……」

「無理そうなら、私達に構わず出てもいいんだよ?」

「心配無用だ……この程度……」

「意地っ張りつーか、なんつーか……」

「それに、ここで出たら負けなような気がする」

「「何に?」」

 

 自分ルールで挑戦でもしてるの?

 けど、それは決して無理をしていい理由にはならないよ?

 

『皆さん。時間的にも、もうそろそろ出たほうが宜しいかと』

「そうだな。マドカもこんな感じだし。出たら、コーヒー牛乳でも飲むか」

「いいですね、それ」

 

 サウナの後のコーヒー牛乳…絶対に美味しいに決まってる!

 今から楽しみになってきた……!

 

「アイスがいい……」

「「え?」」

「私はアイスがいい……バニラアイス……」

 

 アイスか……それも有りだな。

 マドカめ…中々に素晴らしいチョイスをするじゃないか。

 

『因みに、売店におけるそれぞれの値段は、コーヒー牛乳が120円。バニラアイスが130円です』

「…いつの間に調べたんだよ」

『この旅館に来た瞬間に。情報収集は基本ですので』

「「「なんて頼りになる奴…」」」

 

 値段自体はそこまで高額じゃない…。

 だったら、少しでも安い方を……いや、待てよ?

 なんで私は最初から、どっちか片方しか買う事を考えていない?

 

「マドカ…ここは逆転の発想だよ」

「なに…?」

「こう考えるんだ。『別にどっちとも買ってもいいじゃないか』と……」

「……加奈は天才か?」

「いや…普通だろ……」

 

 オータムさんが呆れるように呟いてるけど気にしない。

 この後、私達はサウナを出てからアイスとコーヒー牛乳を堪能した。

 ちゃんと腰に手を当てて飲んだからね! だって、それが正式な飲み方だし!

 

 それからも、他の皆とも合流をして、夜の温泉内でゆっくりしながら遊び回った。

 卓球台で乱ちゃんがヴィシュヌとコンビを組んで私&ロランのコンビと対戦して、顔を真っ赤にしながらめっちゃムキになって、オータムさんが昔懐かしの格ゲーに夢中になってて、何故かマドカがコインゲームで大稼ぎをして、それをスコールさんが見つめながら笑っていた。

 こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいな……なんて、柄にもない事を考えてしまった私なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、何の前触れも無く世界中のISが突如として完全停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、変わったようで変わらない世界。

そして、あの姉妹が……?


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面倒くさいので、その後の事を話す

全てのISが完全停止。

その後、世界は……?








 世界中のISが突然の停止。

 余りにもいきなりの出来事に世界中が騒然となった。

 なった…が、別に世界が崩壊したり人類が絶滅したり、世紀末のような光景になったりはしなかった。

 

 ISが停止したことで最も被害を被ったのは、当然だがIS委員会と女性権利団体の二者だ。

 特に女性権利団体が酷かった。

 なんせ、ISこそが至高、ISこそが全てという連中しかいなかったのだから当然だ。

 アイツ等の絶対的な優位性を支えていたISが事実上無くなったのだから、自然崩壊するのは自明の理だった。

 ここで大活躍したのが、意外や意外、警察組織だった。

 

 今までずっと好き放題されて苦汁を飲んできた警察。

 どれだけ女尊男卑思考の人間が犯罪を起こしても、権利団体の連中が権力を使って握り潰し、挙句の果ては被害者の方を加害者に仕立て上げて無実の罪で逮捕させる始末。

 守るべき人々を守れないで何が警察だ。ふざけるな。

 自分達は、こんな事をする為に警官になったわけじゃない。

 そんな思いをずっと抱いてきたが、それでもいつの日か必ずや逆襲してやるという執念と共に、彼らはずっとこれまでに紙屑同然にさせられてきた逮捕状をずっと隠し持ち続けてきた。

 その執念が遂に実を結ぶ瞬間がやって来た。

 ISという『力』を行使できなくなり無力となった権利団体の人間達を怒涛の勢いで一斉検挙。

 しかも、それは世界中で一斉に行われ、それだけIS…というか、女性権利団体の横暴に人々が怒り狂っていたかの証明になった。

 たった一日で世界各国で逮捕された人数は数千人規模にもなり、あっという間に収容所が埋まっていった。

 本来ならば裁判が開かれる筈のところも、権利団体に関しては一切無かった。

 小学生でも分かるほどの犯罪を犯してきた連中に情状酌量の余地なんて微塵も無かったから。

 それを後押ししたのが、なんとIS委員会の幹部をしていた男性達だった。

 実は、彼等もISを盾に好き放題し続けてきた女達に対してかなりの怒りを溜めていたようで、これまでずっと反撃する機会を待ち続けていたのだ。

 いつの日か必ず逆転の時が来ると信じ続け、ずっと連中の音声を録音したデータや映像記録を撮り貯めていた。

 それらが全て、権利団体幹部の連中を永遠に檻の中に閉じ込める最後のダメ押しとなったのだ。

 

 各国の政府の人間達は根っこから腐っていたわけではなかった。

 彼らは密かに権利団体や女尊男卑思考の犯罪者たちだけを収容する専用の施設を世界中に建設していて、逮捕された女達は根こそぎ、其処へとぶち込まれていった。

 

 証拠を提出した委員会幹部たちは自分の意志で自首して逮捕された。

 取り調べにも協力的で、それもまた隠れ潜んでいた権利団体の関係者の検挙に多大な貢献をした。

 『どんな理由があっても、自分達が奴らに加担していたのは変えようが無い事実だから』と反省の意を示していて、裁判でもかなりの減刑をされる筈だったが、当の本人達がそれを拒否。

 アイツ等と同じように裁いてほしいと言ってきたので、裁判官たちは彼らの意志を尊重することに。

 現在、彼らは模範囚のように規律正しい生活を刑務所の中でしているらしい。

 

 ISの関係者で最も被害が無かったのは、意外な事にISを製造や整備をしていた技術者たちだった。

 元々、彼等や彼女達はISが持つテクノロジーに興味を持って参加していただけで、ISが動かなくなっても大して気にはしていなかった。

 ISという存在が意味を成さなくなっても、学んだ技術は無駄にはならない。

 それどころか、ISを触っていた技術者たちは全員揃って超優秀な人間達ばかり。

 寧ろ、他の企業でも引く手数多の状態になって、逆にISが横行していた頃よりも全体的な技術レベルや工場などの規模は大きくなっていった。

 ISが無くなって得をした数少ない例になったのだった。

 

 当然だが、IS学園も閉校になって、校舎があった敷地も立ち入り禁止になり、すぐに取り壊しが始まったとの事。

 生徒達は他の学校に転入する手続きをさせられ、日本出身の生徒達は他の高校に入って、国外から来ていた生徒達は祖国へと戻っていった。

 だが、問題はそこからだった。

 世間的にもISは余り良い印象を持たれておらず、祖国に戻った少女達はともかく、他の高校に行った生徒達は最初から憎悪の籠った目で睨まれた。

 その後に始まる、元IS学園生徒への悪質なイジメ。

 大人達だけでなく、子供達の中にも今の世に対する鬱屈とした感情が蓄積してたようで、それが目の前にIS学園の生徒達が現れた事で大爆発した。

 誰も味方はいない。教師たちですら見て見ぬ振り。

 なんで自分達がと叫ぶが、次の瞬間には『お前達がIS学園の生徒だから』と言われて黙ってしまう。

 彼女達が直接的に何かをしたわけではない。

 だが、それでもISという存在に依存をしていたのは紛れもない事実。

 自分達が虐げられる側になって初めて、少女達はISという麻薬が無い世界の怒りと悲しみを、その身を持って思い知るのだった。

 

 学園にいた教員達も事実上の解雇処分を受けたのだが、ちゃんと再就職を出来たのは極々一部だけ。

 その他は、すぐに自分達の立場を理解し、虐げられる前に実家に戻っての隠遁生活を送る者が大半だったという。

 解雇された教員の一人である山田真耶は、前々から思っていた事があったようで、学園を出てもずっと前だけを向いていた。

 生徒達に舐められていた自分を捨てて、今度こそちゃんと生徒達を最後まで導ける教師になる為に、彼女は一から勉強をやり直す事にして、現在は頑張って自分の意志と力で教員免許を取得する為、とある学校で教育実習生をしている。

 その間にも色々な困難が待ち構えていたが、それらは全て自分達の無知が招いたことだと全て受け入れ、それでも立ち上がる事を決してやめていない。

 ある意味、学園関係者で最も成長したのは彼女かも知れない。

 

 ISの停止によって世界は再びの変化の時を迎えようとしている。

 今はまだ全てが混迷の中にあるが、それでも必死に前を向いて生きようとしている人々が沢山いる。

 今まで溜まった怒りを燃料に暴れる人間がいれば、理性を持ってそれを止めて宥めようとする人間達も同じぐらいにいるのだ。

 寧ろ、人類はここからが本当の意味で試練の時なのかもしれない。

 ISという『幻』から解放された人類が、どんな未来を築いていくのか。

 それは全て、私達に掛かっているのかもしれない。

 

 ISが稼働しなくなったことで、国家代表や代表候補生と言った存在も意味が無くなった。

 その煽りを最も受けたのが、学園内で唯一の国家代表だった、生徒会長にして暗部の長でもあった更識楯無改め『更識刀奈』だった。

 最初は彼女なりに頑張っていたのだが、会長の座に上り詰めた頃から怪しくなってきた。

 仕事が面倒だからと言って放棄して、従者の虚に任せる毎日。

 妹の簪が入学して来てからは『簪ちゃんの様子が気になる』と言い訳をして出て行く。

 そこまではまだギリギリなんとかなった。

 生徒達からの不満が無いわけではなかったが、それでも彼女が実力があるロシア代表という事実がそれを黙らせていた。

 それが致命的となったのは、唯一の男子である織斑一夏と接触をしてからだ。

 

 IS委員会(主に権利団体連中)に『千冬様の弟を守りなさい』と命令され、彼の護衛をする事になった楯無。

 だが、彼女が初めて会った時には既に一夏は精神的にかなり追い込まれている状況だった。

 というのも、いつも彼の傍にいた幼馴染の少女達やクラスメイトの候補生達が次々と目の前から消えていったから。

 特に、彼が守ると決めたシャルロットを目の前で見捨ててしまった事が、彼の心に大きな傷を作っていた。

 

 最初は単純に不憫だったから慰めた。

 けど、一緒にいるにつれて次第に彼に対して母性のような物が目覚め始め、いつしかそれは無自覚の恋心へと変化していった。

 それが、楯無を破滅させるフラグであるとも知らずに。

 

 各国から密かに送られてくるエージェント。

 楯無の場合は、実は彼女の最も近くにいた幼馴染にして従者の『布仏虚』だった。

 彼女もまた暗部の家の人間であり、自分の親やロシア政府、楯無の両親から監視を命じられていて、楯無の動きを全て、各方面へと事細かに報告していたのだ。

 暗部としての仕事を利用して男と密会をしているだけに飽き足らず、会長としての仕事を完全にしなくなり、代表としての節度すら守らなくなった。

 普通ならば完全にアウトだが、ISの実力が辛うじて彼女の運命を塞き止めていた。

 しかし、全てのISが止まった事でそれは効果を失い、彼女はすぐに自分の両親とロシアの高官が集っている場所へと呼び出された。

 そこで言い渡される。彼女がこれまで何をしてきたかを。

 勿論、楯無は必死に言い訳をした。だが、それらは全て虚の証言によって論破される。

 別に恋をするなとは言わない。だが、それを理由に自分の本分を忘れるとは言語道断。

 そう言われ、楯無は親から直々に当主失格の烙印を押されることに。

 楯無が刀奈に戻ったのであれば、次の当主は誰になるのか。

 その答えは一つしかなかった。

 姉の代わりを務めるのは、いつの世も妹と相場が決まっているのだ。

 

 刀奈の妹である更識簪。

 ISがあった頃は日本の代表候補生でもあった彼女は、幼い頃からずっと姉と比べられて生きてきた。

 それは、楯無が自由国籍なんて物を利用してロシア代表になってから、より一層顕著になっていった。

 姉に対する劣等感で彼女も代表候補生になったが、それでも余り環境は変わらなかった。

 それどころか、いきなり現れた男子の専用機に、本来ならば自分の専用機を製造に携わってくれる筈のスタッフを根こそぎ奪われ、挙句の果てに未完成の機体を渡されて『そんなに欲しいなら自分で作れ』と、事実上の廃棄処分をされる。

 当初はムキになって簪もたった一人で機体の製造を行っていたが、技術者でもない彼女に出来る事には限界がある。

 天才的なプログラマーである簪ではあるが、そのスキルでISが開発できれば苦労はしない。

 やがて、簪は自分の行動に疑問を持つようになっていった。

 どうして自分はこんな事をしているのだろう。

 仮にこれを完成させても、その後をどうする?

 それ以前に、姉や周りを見返して、それに何の得がある?

 つまるところ、簪は飽きてしまったのだ。

 完成する兆しの無い専用機に、日常的に自分に向けられる陰口。

 ある意味、簪は学園を出て行った『とある少女』と同じ心境になっていた。

 そんな時にいきなりのISコアの完全停止。

 それを知った時、簪は幼馴染である『布仏本音』に向けて、今まで一度も見せた事の無いような満面の笑みでこう言った。

 

「もう、私は『ロシア代表』の背中を追わなくてもいいんだね。よかった」

 

 まるで憑き物が取れたかのように表情がスッキリとしていて、幼い頃の彼女に戻ったかのようだったと本音は語っている。

 簪は自分が立ち止る理由を欲しかったのだ。

 整備室に行って機体を弄っていれば周りから色々と言われ、かといって整備室に行かずに教室で静かにしていても、同じように陰湿な陰口を叩かれる。

 最早、簪にとってISは呪縛にも等しい存在になっていた。

 図らずもそれから解放されたことで、簪は生まれて初めて心からの解放感を味わった。

 

 刀奈の代わりとして当主に抜擢された簪。

 最初こそ彼女で本当に大丈夫かと危惧されたが、それは完全な杞憂だった。

 これまでずっと勘違いをされてきたが、刀奈が簪に対してマウントを取れていたのは全てISの実力があったから。

 それが無くなれば、一気に姉と妹の立場は逆転した。

 まず、武道の実力は簪も決して劣ってはおらず、特に薙刀を使わせれば刀奈を簡単に圧倒できるレベルにいる。

 更に、刀奈不在の際に試しに少しだけ当主としての仕事をさせてみれば、全てを見事にそつなくこなし、その優れたプログラミングスキルによって影に日向にと大活躍だった。

 皮肉な事に、簪には刀奈には無い、暗部にとって最も重要な才能…即ち『当主』としての天才的な才能を持ち合わせていたのだ。

 今までずっと刀奈の事ばかりに目が行って、簪の中に秘められていた才能に誰も目を向けなかった。

 それが日の元に晒されたことで、簪は誰からも認められる当主へとなったのだ。

 

 自由国籍。

 元々は国家代表や代表候補生という存在が誕生し始めた頃に作られた制度であるが、それを使用したのは後にも先にも刀奈だけだった。

 何が悲しくて、自分の生まれ故郷に弓引くような事をしなければいけないのか。

 自由国籍を知った全ての人間が揃って思った事だ。

 だが、刀奈はそうは思わなかった。

 自分がISという舞台で実力を発揮出来ると知った刀奈は、すぐに半ば忘れかけられていた自由国籍の制度を利用し、国内情勢が最も怪しいロシアの内情を探る為にロシア国籍にしようとした。

 勿論、彼女の両親は猛反対。

 自分達の娘と国籍が別になるなんて普通の親でも決して看過できないだろう。

 だが、刀奈はそれを当主としての権限を利用して無理矢理に押し通し、結果として彼女は日本人でありながらもロシア国籍を手にする事になったのだ。

 

 簪を正式な当主に据える事で、本格的に刀奈は一般人に等しい存在に堕ちた。

 本当はこのまま勘当させて家を出て行かせようとも思った両親だが、彼女を放逐すればまた何を仕出かすか分からないのもまた事実。

 行動力だけは無駄にあるので、両親は刀奈を屋敷内に閉じ込める形にしようとするが、そこでロシア高官が待ったをかける。

 

『国家代表で無くなっても、彼女のロシア国籍が消える訳ではない。ロシア人はロシアに帰るべきではないか?』

 

 正論だった。

 それには両親も何も言えず、刀奈はロシアへと『帰国』させられることとなった。

 無理矢理に立たされて連れて行かれようとする刀奈だったが、その場にいる誰もがそれを止めようとしない。

 両親も、虚も、本音も、溺愛していた簪も。

 彼女の自分勝手さに、誰もがもう呆れ果てていたのだ。

 

 もう終わりか。

 刀奈がそう思った時、徐に簪が立ちあがって刀奈の方へと歩いていき、その耳元で静かにこう呟いた。

 

「今までご苦労様、刀奈さん。後の事は全部、私がやっておくから……あなたはそのまま無能のままでいていいよ。それじゃあ……元気でね(・・・・)

 

 嘗て、自分が妹に対して放ってしまった失言。

 それを言われ、その後に言われた言葉の意味を理解した時……刀奈の心は崩壊し、発狂した。

 

 ロシアに『帰国』した刀奈がどうなったのかは誰も知らない。

 だが、彼女の顔は色んな意味でロシア国内に知れ渡っている。

 ISに対する鬱憤が破裂した今の世でそれが何を意味するのか。

 一つだけ言えることは、刀奈はもう二度と、自分が生まれた国へとは戻れないという事。

 そして、ようやく立ち直りかけた一夏の心に最後のトドメを刺したという事だけだった。

 

 心が砕ける程の真の絶望とは、希望を手に入れた後にこそ訪れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最終回まで、残り二~三話。


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面倒くさいので、ホテルで駄弁る

今回は、ISが停止した後の主人公たちの様子です。

少しだけ時間が経過していますが、特に気にする必要はないです。







 ある日突然にISが停止してから数ヶ月が経過した。

 世界は色んな意味で変化しつつあるが、それでも私達のしている事はあんまり変わらなかった。

 つまり、あれからものんびりと皆一緒に旅を続けていた。

 

「数ヶ月も経過すると、流石に世間も徐々に落ち着きを取り戻しつつあるわね」

 

 ネグリジェを着たスコールさんが部屋の窓から夜景を眺めながら呟いた。

 私達は今、北海道の札幌にあるホテルの一室に集まっていた。

 特に理由は無い。強いて言えば、寝る前に皆で女同士のお喋りがしたかっただけだ。

 

「IS学園も潰れちまったんだろ? あの時は敢えて聞かなかったけど、加奈はどうなるんだ?」

「さぁ? 一応、私のスマホに学園からメールは来てましたけどね。これからの事について」

「と言うと?」

「向こうの方で別の学校への転入手続きをするか、このまま高校中退で終わるか。どちらでも好きな方を選べって」

「潰れても学園は変わらないのだな……」

 

 ロランがオレンジジュース片手に呆れている。

 私も彼女と同じ気持ちをメールを見た瞬間に抱いたよ。

 

「別に私は中退してもいいかなーとは思ってるけどね」

「おいおい…この学歴社会で高校中退はかなり痛いんじゃねぇか?」

「ですかねぇ~…」

 

 常識的に考えればそうかもしれないけど、IS学園って名前があるだけでどこの企業も受け入れたりはしないと思うな~。

 

「そういや、ダリルの奴はどうなったんだ?」

「あの子なら、一先ずはアメリカに帰らせたわ。本人もそれを望んでいたし、これからどうするかは少し休んでから考えるって言ってたし」

「それがいいだろうなぁ……」

 

 私もオータムさんの意見に賛成。

 あそこに三年間もいれば、それだけで多大なストレスが掛かっていた筈だ。

 話を聞く限りでは、そのダリル先輩という人は他の連中よりもかなり真面な人物みたいで、IS中毒患者ではないようだった。

 だからこそ、私も彼女にはゆっくりと休んでいてほしい。

 今は兎に角、心の安らぎが必要だ。

 

「女性権利団体もIS委員会も消滅して、世界からは徐々にISの痕跡が無くなりつつあります」

「だよね。流石に何も感じないって訳じゃないんだけど、不思議と『これで良かったんだ』って思ってる自分もいるんだよね」

「ISという異物が消えた事で、ようやく世界はあるべき姿に戻りつつあるんだ。これで良かったんだよ」

 

 ヴィシュヌはそれなりにこの世界の情勢を正しく見ているようで、乱ちゃんは事態を冷静に受け止めている。

 それとマドカ。口の周りにカフェオレの泡を付けたまま言ってもカッコ悪いだけだよ。

 

「そう言えば私…ずっと疑問に思ってたことがあるのよね」

「なんですか?」

 

 スコールさんがいきなり私の事を凝視してきた。

 え? 私ってば何かしました?

 さっき、こっそりと煙草を吸おうとしたことがバレた?

 

「…なんでアルは未だに動き続けてるの?」

「そうだよ! あたしもずっとそれが引っかかってたんだ!」

『私ですか?』

 

 二人が言っているように、全てのISが停止しても、アルだけは前と何も変わらずに動き続けている。

 余りにもその事に違和感が無かったので、今まで誰もツッコみを入れてこなかった。

 それだけ、アルの存在が私達の日常に欠かせない存在になっていたという事だ。

 

「アルは加奈さんのISのコアなんでしょ? 大丈夫なの?」

『全く問題ありません。というか、それ以前に前提から間違えてますから』

「前提とは?」

『私…というか、軍曹殿の専用機『ガーンズバック』のコアを製造したのは篠ノ之博士ではないのです』

「「「「「「……………」」」」」」

 

 あ、これはヤベー雰囲気だ。

 いや…今まで言わなかった私も悪いけどさ。

 だって、誰にも聞かれなかったし。

 

「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」」」

 

 …ここが防音性の部屋じゃなかったら隣から苦情が来てたな。

 

「ど…どういう事よッ!? ISのコアを生み出せるのは篠ノ之博士だけじゃなかったのッ!?」

『一般的にはそうですね。ですが、私だけは唯一無二の例外なのです』

「じゃ…じゃあ…加奈の専用機を作ったのって……」

『はい。軍曹殿の両親である相良博士たちです』

「「やっぱり……」」

 

 大人組は私の親の事を知ってたか。

 そりゃそうだよな。裏の世界じゃ相当に有名だし。

 

「…? スコールさん達は、加奈のご両親について知っているのですか?」

「まぁ…な」

「相良博士と言えば、色んな意味で物凄い有名人ですものね……」

 

 色んな意味…ね。悪い意味の間違いじゃないの?

 

「私達も全てを知っている訳じゃないけど、あの篠ノ之博士に匹敵する程の天才科学者で、夫婦揃って研究に人生を捧げている、ある種のマッドサイエンティストだって……」

「けど、その全貌を知っている人間は誰もいない。顔も声も誰も知らなくて、一時は存在自体が怪しまれていたぐらいだ」

「そんな人が加奈さんの両親なんだ……」

「納得できるような…出来ないような?」

 

 ヴィシュヌ。それはどーゆー意味かな?

 

「実際、私も自分の親について知っている事は凄く少ないよ。会話らしい会話なんて殆どしたことないし。超放任主義だったし」

「加奈……」

 

 マドカが心配そうにこっちを見てくるけど、私なら大丈夫だよ。

 もうすっかり慣れてるし、今の私は一人じゃないしね。

 

『そもそも、順番が逆なのです。私自身は、ISが生み出されるよりも前に製造されていますから』

「えっと…どーゆーことだ?」

『つまり、相良博士たちが生み出したコアに発現した存在が私という訳ではなく、最初からAIとして生み出された私をISのサポートAIとして組み込んだのが、今の私なのです』

「要は、貴方は後付けだって事?」

『その通りです、スコール。元々、私は軍曹殿の世話をする為に産み出されていますから。博士たちが実験的に開発した機体を彼女に譲渡する際に私が組み込まれるのは当然の事だったのです』

 

 実際、私ってば今までずっとアルの世話になりっぱなしだしね。

 相手がAIだから、恩返しをしたくても出来ないし。

 

「ということは、仮に加奈さんの機体が停止しても、アルさんには何の影響もないと?」

『そうなります。それ以前にガーンズバックのコアは停止していませんが』

「それはまたなんで?」

『説明するには、コアネットワークの事を話す必要があります』

「それならば、ここにいる皆が知っていると思うよ。ISに関して学ぶにあたって、かなり初期の頃におしえられるからね」

「ISのコア同士は、どんなに遠くに離れていても、ネット上で全てのコアが繋がっていて情報などを共有している…でしたよね?」

『正解です。ですが、其処にはある言葉が前に付くのです。そう…『篠ノ之博士の産み出したコア』という言葉が』

「…そうか。製作者そのものが違うから、加奈さんの機体のコアは他のコアとは繋がっていないんだ」

 

 乱ちゃん、大正解。

 後でお姉ちゃんが頭なでなでをしてあげよう。

 

『まぁ…こちらから繋げようと思えば繋げますけどね。一時的に』

「もしかして、時々アルが静かになるのって……」

『はい、ネット上に潜って、他のコア達と話をする為です』

 

 アルのプライベートがここに来て発覚。

 こいつ…何気にハーレムしてんじゃないのよ。

 

『そして、全てのISのコアが停止した仕組みもまた、コアネットワークに深く関係しています』

「聞かせてくれる?」

『勿論』

 

 多分、ここから私のセリフは大幅に無くなると思うから、地の文で頑張りまーす。

 

『まず、皆さんにお聞きします。白騎士が何なのかはご存知ですか?』

「愚問だよ、アル。白騎士こそが篠ノ之博士が一番最初に産み出したISであり、全てのISの原初とも言うべき存在だ」

『ロランの仰る通りです。では、白騎士のコアナンバーは知っていますか?』

「いや……1じゃないのかい?」

『いえ。白騎士のコアナンバーは…(ゼロ)です』

「ゼロ…だって…?」

「一番目よりももっと先…文字通りの原初ということなのね……」

 

 ゼロ…ね。なんか無駄にカッコいいな。

 流石は原作主人公サマの愛機のコアだよ。

 

『そして、白騎士は他のISとは違い、この世で唯一の上位存在として君臨しているのです』

「上位存在……」

『白騎士には、他のコアには無い機能があります。それこそが『他のISにコアネットを通じて下せる強制命令権』…通称『アドミラリティ・コード』です』

「ISの王…という訳か…」

『そうとも言えるかもしれません。ですが、白騎士がそれを行使したことはこれまでに一度たりともありません』

「でしょうね。もしもそれが可能だったら、とっくの昔に篠ノ之博士が白騎士を通じて何かアクションを起こしていたはずだわ」

 

 いや~…少し前まで、白騎士ちゃんはあの朴念仁の所に有ったからな~。

 ある意味では天災兎よりも遥かに危険かもしれない。

 

『今回のIS停止も、そのコードを使用して行われたことなのですが、別に他のISの意識を無視したわけではなく、白騎士は全てのコアに意見を聞き、その上で自分達の活動停止を選択したようなのです』

「…ISの方が人間よりも人間らしいとは…皮肉なもんね」

 

 全くですな。

 ISが本当の意味で正しく世間に産み出されていれば、こんな悲劇も起こらなかっただろうに。

 

「アルが動いている理由、コアが停止した経緯は分かったわ。私達のISも、自らの意志で眠りに付くことを選択したのね……」

『彼女達は最後の最後まで迷っていましたよ。このまま、皆さんの行く末を影ながら見守りたいと願っていましたから』

「そう……」

『ですが、それでは今までと何も変わらない。なので、皆は貴女達の事を信じ、未来を託して自ら永久の眠りに付くことにしたのです』

「…ゴールデン・ドーン……」

「アラクネ……」

「サイレント・ゼフィルス……」

「オーランディ・ブルーム……」

「甲龍・紫煙……」

「ドゥルガー・シン……」

 

 もう何の反応も示さない自分達の専用機の待機形態を握りしめ、皆は静かにそれを見つめていた。

 機体が動かなくなっても、皆はそれをずっと持ち続けていた。

 自分達の相棒の事を忘れない為に。

 まるで、大切な家族の形見であるかのように。

 

「ふぅ…なんだか暗くなっちゃったわね。もうこの話は終わりにしましょ。この子達に託された以上、私達は前を向いていかないと」

「そうだな。こんな所で落ち込んでちゃ、それこそ相棒達に申し訳が立たないぜ」

 

 ……どうやら、私の心配は杞憂だったみたいだね。

 正直、今までずっと苦楽を共にしてきた相棒と別れるに等しい事なのだから、凄く落ち込むと思っていたけど、想像以上に皆は心が強い人達だったみたいだ。

 …皆と一緒にいたいと思った私は間違ってなかった。

 

「問題は、これからどうするかよね。加奈ちゃんはどうするの?」

「私ですか? そうだなぁ……」

 

 これからの事ね…考えてもみなかったな。

 でも、いい機会だし、ちょっと真剣に考えてみるか?

 

「取り敢えず、今年度一杯は今まで通りに旅をしながら世間の様子を見守ろうと思ってますね」

「今年じゃなくて『今年度』なのね」

「はい。ちょっと引き延ばしました」

 

 少しでも皆と一緒にいたいからね。

 

「私も今は不明だね。国からは少し前から散々と帰国しろと言われているが、戻ったからと言って何をする訳でもなし」

「私もですよ。台湾に戻っても、代表候補生じゃなくなった以上は単なる女子中学生に戻るだけですし」

「同じくです。このまま別れるのは忍びないです。子供っぽいですが、まだまだ皆と一緒にいたいです……」

「…そうだな。皆と一緒だったから得られたものが沢山あった。掛け替えのない思い出も沢山出来た。ふっ…まさか、私がこんな事を考えるようになるとはな…」

 

 ロラン…乱ちゃん…ヴィシュヌ…マドカ……。

 

「そうだよなぁ……ここまで一緒に来て、ハイさよならってのは悲しいよな……」

「これからも皆が一緒にいる方法…ね……」

 

 私も皆と同じ気持ちだけど、そんなご都合主義な事、実際にあるわけが……。

 

「…意外となんとかなるかもしれないわよ?」

「「「「「え?」」」」」

 

 ど…どゆこと?

 スコールさんには何か良いアイデアがあると?

 

「まぁ…その為には、一時帰国をしなくちゃいけないけどね」

「スコール、それって一体……」

「簡単な事よ。まず、加奈ちゃん」

「はい?」

「貴女、来年度にどこでもいいから高校に転入しなさいな。貴女なら転入試験とか楽勝でしょ? アルがいれば手続きも簡単だろうし」

「そりゃ…まぁね」

『スコールが言おうとしている事が、なんとなく読めてきました』

 

 え? マジで?

 

「当然、マドカも加奈ちゃんと一緒の学校に行くのよ。今の貴女の年齢なら高校一年生として行けるでしょうし」

「わ…私が学校に…か……」

 

 マドカと一緒に学校か……。

 学園が違っても普通に嬉しいんだけど。

 

「そして…ロラン。乱ちゃん。ヴィシュヌ。貴女たち……」

「「「ゴクリ……」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三人共、日本に留学しなさい」

 

 

 

 

 




次回、最終回。


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面倒くさいので、皆と一緒に新生活を満喫する

最終回です。

ついでに、今日が私の仕事終わりでした。

なので、絶対に今日を最終回を書く日にしようと思っていました。








「まさか…こんな事になるとはね……」

『言葉とは裏腹に嬉しそうですが?』

「うっちゃい」

 

 4月。桜の花びらが舞う季節。

 私は『私立 藍越学園高等学校』の校門前に制服を着て立っている。

 勿論、立っているのは私一人だけじゃない。

 

「意外となんとかなるもんだな」

「でしょ? 流石私よね」

「自分で言っていては世話無いな」

「いいじゃないか。実際、スコールさんのアイデアが無ければ、こうして皆一緒にいられなかったんだ」

「ですよね。これが私の高校デビューなんだ……」

「日本の学校…どんな所なのか楽しみです」

 

 ビジネス用の赤いスーツを着たスコールさんに、同じく白いスーツを着たオータムさん。

 それから、私と同じ制服を着ているマドカ、ロラン、乱ちゃんにヴィシュヌの四人。

 皆揃って、藍越学園へと入ることが出来たのだ。

 

 意外な事は、スコールさんとオータムさんが教員免許を持っていた事。

 しかも、裏で何かをしたって訳じゃなくて、ちゃんと手順を踏んでから取得している。

 オータムさんは微妙だけど、スコールさんはスーツ姿が凄く様になっている。

 

「なんか余計な事を言わなかったか?」

「気のせいじゃないですか?」

 

 あ…危なかった……。

 オータムさんは『サトリの法』でも身に付けているのだろうか…。

 

「しっかし、まさか想像以上に留学手続きが早く済んだんだな」

「そうね。正直、一ヶ月以上は掛かると思ってたんだけど、まさか一週間で戻ってくるとは思わなかったわ」

 

 二人が話している通り、国外組の三人は祖国にて留学の手続きをする為の一時帰国をしていた。

 その間、私達は空港付近のホテルに滞在して、いつまでも三人の事を待つつもりでいた。

 皆を信じて待つ事もまた、私にとっては大切な事だと思ったから。

 

 けど、いざ蓋を開ければ、三人はすぐに戻ってきてくれた。

 私の覚悟を返してくれ。

 

「実は、私が日本に留学するかもしれないと予想して、向こうで既に手続きの殆どを済ませていたんだ。後は私自身がしなければいけない事ばかりでね。こっちも戻ってから驚かさせたよ」

 

 マジか……少し前まではISに毒された腑抜け集団と思っていたけど、毒気が抜けてから有能集団に早変わりしたのか?

 

「オランダもなんですか? こっちもですよ~。政府だけじゃなくて、ウチの親も一緒に手続きを事前にしてたんですよ。あの時ばかりは、親の偉大さを身を持って実感したな~」

 

 …普通の親って、そんな感じなんだな。

 ちょっとだけ乱ちゃんが羨ましいかも。

 

「どこの国も似たようなものなんですね。それとも、これが普通なんでしょうか?」

 

 かもしれないね。

 寧ろ、今までの世界が異常だったんだよ。

 

「しかも、いつの間にか日本で住む部屋まで確保してくれていたなんて。スコールさんってマジで何者?」

「皆のお姉さんよ」

「いや、答えになってねぇし」

 

 乱ちゃんが言ってたけど、私達はスコールさんが資金面を、アルが情報面を駆使して密かに手に入れていた小さめのアパートに住む事になっている。

 普通ならば家賃などが掛かる所だが、スコールさんが『購入』したものなので、基本的に必要なのは水道代や電気代と言ったお金だけ。

 しかも、元候補生の皆は今までに貰っていた潤沢な貯金があるので、暫くは全く問題が無い。

 私? 勿論、大丈夫だよ。

 こんな事も有ろうかとってね。ちゃんと貯金はしてたんだよ。

 今のスコールさんの総資金ってどれぐらいあるんだろ…マジで気になるわ。

 

「あれから一年が経過してるから、私とロラン、ヴィシュヌが二年生で、乱ちゃんとマドカが一年生なんだよね」

『ちゃんと、軍曹殿たちと乱たちはそれぞれに同じクラスとなっています』

「うーん…律儀」

 

 またアルがどこかで操作してないよね?

 いや…普通に嬉しいけどさ。

 今度は不登校にはならずに、ちゃんと高校生活を楽しめそうな気がする。

 

「スコールさんとオータムさんって、担当教科は何になるんですか?」

「あたしは体育だ」

「「超違和感ない」」

「んだとこら」

 

 乱ちゃんと言葉が被ってしまった。

 それ程までに違和感が仕事してないんだもん。

 ジャージ姿で竹刀を持って自転車を漕いで生徒達を後ろから怒鳴っている姿とか超似合ってるもん。簡単に想像出来るもん。

 

「スコールさんは?」

「数学よ」

「「「「「英語じゃないのっ!?」」」」」

「いや…生粋のアメリカ人だからって、英語ばかりを教える訳じゃないのよ?」

 

 そ…そうだよね。つい、そのイメージが先行してしまった…。

 いけない、いけない。

 

「…ところでよ、あれから篠ノ之束はどうしたんだろうな。全く音沙汰がないけどよ」

「アルは何か知ってる?」

『……篠ノ之束は今、己の罪と必死に向き合っています』

「ふぇ?」

 

 それって…どゆこと?

 

『もう二度と、彼女が暴走する事は無いでしょう。ですので、軍曹殿たちが心配するような事は無いかと』

「…アルがそこまで言うのなら、きっと大丈夫でしょ。私はアルを信じるよ」

『ありがとうございます』

 

 胸につっかえていた最後の棘が消えてスックリしてから、私は皆と一緒にこれから自分達が通う校舎を見上げた。

 

「ここから、私達の新しい生活が始まるんだね」

「色んな事があるだろうが、皆一緒なら大丈夫さ」

「今から、どんな事が待っているのか楽しみですね!」

「異文化で過ごす青春……いいですね」

「この私が学校に通う…か。悪くないな……」

 

 桜の花弁が舞う。

 まるで、これからの私達を祝福しているかのように。

 

「未来を託してくれた『あの子』達の分まで、今度は私達が子供達を見守ってあげましょう」

「あぁ……それが、あたし等があいつ等に出来る恩返しだ」

 

 もう私は世界を恨まない。

 だって、ISから解放された今の世界は、こんなにも眩しく輝いているのだから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

               

              【その後の面々】

 

 

 

【篠ノ之箒】

 あれから完全にホームレス達のペット兼肉奴隷となっていて、もう二度と戻れない場所まで来てしまった。

 その後、彼女がどうなったかは不明だが、とある目撃情報によると、大きくお腹の膨らんだ彼女が複数の男達に夜中の公園で犯されていたとの事。

 

 

【セシリア・オルコット】

 ISの事実上の消滅により、同時に彼女の借金も消滅しているのだが、本人はその事に全く気が付かないまま、今日も社会の裏側でひっそりと生きている。

 少し前に、とあるマフィアが開催した人身売買ショーに出品されていたという。

 

 

【凰鈴音】

 24時間、1年365日。

 過剰ともいえる政府の監視のついた生活によって心身共に衰弱していき、その苦痛から少しでも逃れる為に監視の目を欺く形で合法ハーブに手を出し、自ら破滅へと向かって行った。

 勿論、それはすぐに発見され、強制的に施設へと収容された。

 

 

【シャルロット・デュノア】

 生きる意味を見いだせなくなった彼女は、獄中にて密かに盗んで隠し持っていたタオルにて首つり自殺を図ろうとするが、看守によって発見されて一命を取り留める。

 だが、無傷とはいかず、その時の後遺症で脳に大きなダメージを受けて植物人間となってしまう。

 担当医によって回復不可と判断され、近日中に生命維持装置が外される事になっている。

 

 

【ラウラ・ボーデヴィッヒ】

 度重なる人体実験の数々でボロボロになった彼女は、最後に『改造処置』を施され、ドイツ軍の『性処理用備品』として生まれ変わった。

 もう彼女の意志は何処にも存在せず、今では男達のストレス発散用の玩具になっている。

 

 

【更識刀奈】

 ロシアへと『帰国』した彼女を待ち受けていたのは『裏切り者』の烙印だった。

 日本生まれなのに日本国籍じゃない。ロシア国籍なのにロシア生まれじゃない。

 そんな歪な存在を受け入れるほど、世の中は甘くなかった。

 現在は危険因子と判断されて、どこかに完全隔離されていて、いずれは政治家たちの『便利な道具』として扱われていくだろう。

 

 

【更識簪(楯無)】

 当主を襲名した後、彼女もまた加奈たちと同様に藍越学園へと編入された。

 以前とは打って変わって色んな物事に積極的になって、なんと自ら生徒会選挙へと出馬。

 巧みな言葉と当主故のカリスマ、自信に満ちた行動によって見事に新たな生徒会長へとなった。

 因みに、ふとした事が切っ掛けで加奈と知り合い、後に五人目のヒロインとなった。

 

 

【布仏本音】

 簪に着いていく形で一緒に藍越学園へと編入。

 従者としてではなく親友として彼女の事を献身的に支え続け、彼女が生徒会長になった時も、前と同じように生徒会書記になった。

 嘗てとは違って今回は本音も張り切って仕事をしているらしい。

 そんな彼女もまた、加奈と知り合ってから六人目のヒロインとなった。

 

 

【布仏虚】

 以前、IS学園の学園祭の時に知り合った『五反田弾』とひょんなことから再会。

 それが切っ掛けになって二人の仲は徐々に近づいていき、今では完全に彼氏彼女の仲になっている。

 今は大学生の虚だが、弾が大学に進学し、卒業してからお互いの両親に挨拶に行き、正式に婚約を申し出ることにしているとか。

 近い将来、二人で五反田食堂を切り盛りしている光景が見れるかもしれない。

 

 

【クロエ・クロニクル】

 束の導きにより現在の篠ノ之家実家へと向かった彼女。

 最初こそは驚かれたものの、クロエが持っていた束の直筆の手紙を読んでからは、すぐに篠ノ之夫婦に受け入れられた。

 クロエの目の方も本人の必死のリハビリと治療の甲斐あって、数年後には見事に回復。

 それを切っ掛けにしてクロエは正式に篠ノ之家の養子となって、名前を『篠ノ之クロエ』と改め、家系図上は束の妹となった。

 ちゃんと学校にも通い、人並みの幸せな毎日を味わっている。

 

 

【山田真耶】

 現在も教育実習生として頑張っているのだが、なんと今いる学校が藍越学園で、すぐに加奈と再会する事になった。

 IS学園での事について心からの謝罪と、無人機事件の時の礼を言って、加奈とはちゃんと和解することが出来た。

 ヒロインになるかはまだ不明。時間の問題とだけ言っておく。

 よく仕事終わりにスコールとオータムによって飲みに連れて行かれるのだが、そこで実は二人すらも完全に圧倒する程の大酒飲みであったことが発覚した。

 酔った時の彼女には神ですら勝てない。色んな意味で。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 

 都内 某刑務所内

 

「あれがそうなの…?」

「らしいよ。なんでも、ある日突然に自首してきたんだってさ」

「信じられないわね……」

 

 とある雑居房の片隅で、長かった髪を短く切り揃えて、静かに本を読んでいる囚人服を着た束がいた。

 白騎士と協力して全てのISを停止させた後、彼女は自らの足で警察へと赴いて自首した。

 世界規模のお尋ね者の出現に警察署は騒然となったが、本人は極めて冷静で、その後に行われた取り調べにもちゃんと協力した。

 

 裁判では、ハキハキとした口調で自らのしでかしたことを全て認め、その場にいた全ての人々に対して頭を下げて謝罪をした。

 そんな彼女の態度に情状酌量、更生の余地が大いにありと認められ、本人の想像以上の減刑が言い渡された。

 そんな束の判決は『懲役10年』だった。

 終身刑確実と思っていた束は、刑を言い渡された時に目を大きく見開いて驚いていたという。

 そして、涙を流しながら裁判官に向かって再び頭を下げて『ありがとうございました』と礼を言った。

 

 その後、刑務所に収監された束だが、非常に真面目な態度で生活をし、あっという間に模範囚となった。

 現在は所長が束の仮釈放の申請をしているらしく、すぐに結果は出ると思われる。

 

(自分の罪をちゃんと償って、生まれ変わってから色んな人に謝りに行こう! お父さん、お母さん。箒ちゃんは……見つけた時に考えよう。ちーちゃんやいっくんにも謝らないとね…。そして…加奈ちゃんにも……)

 

 今の自分が本当にすべきことを見つけた束にもう迷いは無い。

 きっと、彼女の未来も明るいものとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様等は何者だ!! 一夏をどこへ連れて行くつもりだ!!」

 

 荒らされた部屋の中で、千冬は必死に叫ぶ。

 突如として、黒ずくめの男達が家にやって来て、千冬は謎の注射器を打ち込まれて体が麻痺したかのように動けなくなり、次の瞬間には一夏が捕らわれていた。

 

 一夏は全く抵抗するそぶりを見せず、成すがままにされていた。

 というのも、彼はIS学園での出来事で完全に心神喪失状態になっていて、学園閉鎖で家に帰って来てからこっち、家から全く出ようとしなくなった。

 大切な幼馴染達、クラスメイト、守ると決めた少女に、初恋かもしれない先輩。

 その全てが一夏の元から消えてなくなった。

 絶対に守ると決めたのに、守りたかったのに。

 そんな彼にトドメを刺したのが、全てのISの一斉停止事件。

 当然、彼の専用機である『白式』も動かなくなり、彼は前と同じ一般人へと戻った。

 だが、その感性だけは元には戻らない。

 遂には専用機にすら見捨てられたと思い込み、一夏の顔から笑顔が消え、生きる気力を完全に失った。

 今更、何をされてもどうでもいいのだ。

 

「どこへ? んなの決まってるだろうが。『生まれ故郷(・・・・・)』に連れて行ってやるんだよ」

「生まれ故郷…だと…! まさか…お前達はっ!?」

 

 最悪に嫌な予感がした。

 けど、それだけは有り得ないと頭の中で否定した。

 

「さっきの注射も、お前達専用に開発された代物でな。変に抵抗されないように筋力を大幅に低下させる薬なんだよ。今のお前は小学生のガキと同じぐらいの力しか出せなくなっている」

 

 心臓の鼓動が早くなる。

 『自分達』に特化した薬を作れる存在なんて、少なくとも千冬は一つしか知らない。

 

「まさか、お前らがいなくなってから壊滅したと本気で思ってたのか?」

「いや…そんな事は……」

「そんな訳がないだろう。あの程度で躓くほど、我等は軟ではない」

「違う…絶対に違う……」

「それとも、ISが停止したことで『計画』も止まったと思い込んでいたのか? だとしたら、お前は相当に御目出度い頭をしているな」

 

 目の焦点が合わない。

 脳裏に、決して思い出したくない記憶が蘇ってくる。

 

「そもそも、ISと我等の『計画』は根本的に全く関係ないだろう」

「寧ろ、ISが無くなったからこそ、こうして動いたんだぞ?」

「な…に…?」

「お前達を守る物はもう何も無いって事だよ。『被験体001』」

「!!!」

 

 体が震える。冷や汗が止まらない。

 理性でどうにか出来るものじゃない。

 これは本能から来る恐怖だ。

 

「一夏! しっかりしろ! このままでは、お前は……」

「もう…どうでもいい……」

「一夏…?」

 

 まるで荷物のように担がれている一夏は全身をダランとさせていて、身動き一つしようとしない。

 

「俺には誰も守れない…。白式にも見捨てられて……。何も守れない俺に価値なんてない…。守らなきゃいけないのに……守らなきゃいけないのに……」

「い…一夏……っ!?」

 

 壊れてしまった。

 素人目に見ても、そう判断出来るほどに一夏の精神は崩壊していた。

 『誰かを守る』

 それこそが彼の存在意義であり、彼の心を支えているものだった。

 けれど、それは所詮は幻だった。

 どれだけ力があっても、それだけでは何も守れない。

 ISさえあれば皆を守れると心から信じていた一夏の心を破壊するには十分過ぎる威力だった。

 

「なんだ。こいつ、とっくの昔に壊れてたのか」

「それはそれで都合がいい。移送するのに無駄が省けるからな」

「よし。そいつも連れて行け」

「はっ」

 

 両腕から持ち上げられ、千冬の体が僅かに宙に浮く。

 いつもの彼女ならば簡単に振り解けるのに、今の弱った体では完全に無力だった。

 

「わ…私も連れて行くのか……」

「当然だ。お前も貴重な『被験体』だからな」

「お前には新しく出来た、お前達の『妹たち』や『弟たち』の世話をして貰わないといけないからな」

「妹…弟だと…! まさか…あれからもずっと……」

「計画は進んでいたさ。当たり前だろう?」

 

 どれだけ足掻いても、過去からは逃げられない。

 いつの世も、本当に恐るべき存在は『己の過去』からやって来るものなのだ。

 

「異種交配実験をするのもいいかもな。普通の人間ならば不可能でも、お前ならば可能だ、なんせ、そのように設計されているからな」

「まずは妥当に犬からだな。その後は……」

「やめろ……やめて……」

 

 恐怖に耐えきれずに泣きだす千冬。

 だが、そんな涙に絆されるような連中ではない。

 

「よし。とっとと連れて行くぞ。時間は有限なんだ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! やめてっ! やめてよぉぉぉぉぉっ! もう戻りたくないっ! 戻りたくないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 何でもするから許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「お? 何でもするって言ったな? んじゃ、俺達の肉便器決定な」

「やることが増えてよかったな」

「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ! うわあぁあぁあぁぁぁぁぁんっ! 束ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「うるせぇよ。ご近所迷惑だろうが。静かにしやがれ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 それから、織斑姉弟の姿を見た者は誰もいない。

 その後に、二人の戸籍、家、その他の全ての痕跡が無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで、この物語は一先ず終了です。

何か気紛れで番外編とかを書くかもしれませんが、今後は…というか来年は、今月に更新できなかった作品を主に書いていくと思います。

みなさん、ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました。


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面倒くさいので、私の話をしよう①

皆さん、本当にお久し振りです。

これ自体は、年を越してからは初めての更新になりますね。

ここからは、本編後の話や保管しきれていなかった話などをしていこうと思っています。

その第一弾として、まずは皆さんが最も気になっていたであろう、主人公である加奈の過去について語っていこうと思います。






 私が転生をしてから初めて見たものは、喜びに打ち震える父の顔でもなく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる母の顔でもない。

 緑色に染まった視界の中で、何かに反射して映っている自分自身の顔だった。

 うっすらとではあるが、遠くには白衣を着た男女がこちらに背中を向けて何かの作業を行っていた。

 その人物達こそが自分の両親であるとは、その時の私は想像もしていなかった。

 

 なんで私の視界が緑色に染まっていたのか。

 それは、この体が培養液に満ちているシリンダーに入れられていたから。

 どうして私がこんな場所に入れられているのか。

 その理由もこれまた単純明快だった。

 

 これはアルから後々になって教えて貰った事なのだが、私は母親のお腹の中から生まれてきた訳ではないらしい。

 それどころか、私は両親の愛あるセックスによって誕生した命ですらない。

 ウチの両親は、自分達の身体から態々、精子と卵子を取り出してから体外受精を行ったのだ。

 どうして、そこまでしてまで子供を欲したのか。

 これまたなんともマッドな理由で、『天才である自分達の遺伝子を継承した子供を使って実験を行えば、どんな結果が得られるのか知りたかったから』らしい。

 まず間違いなく、正常な人間ならば死んでも思い付かないような事だ。

 私は生まれた瞬間から、両親にとって都合のいい実験動物となるという最悪の運命を授かっていた。

 

 何よりも実験や研究を最優先する両親が、自分達の手で子供育てようなんて殊勝な考えを持つわけがない。

 そんな暇があるのならば、一分一秒でも仕事をしていたい。

 故に、私は受精卵の時からずっと培養層に入れられたまま育てられた。

 人間としては最低最悪でも、科学者としては超一流な二人が作り出した培養層は、胎内となんら変わらない環境を赤子であった私に与えてくれて、すくすくと育っていった。

 

 私が培養層から出る事を許されたのは、私が私としての意志を持ってから三年後だった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

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・・

 

 

 

 

 

 両親から『加奈』という名を授かってから、始めて貰ったのが人工知能のアルだった。

 当然の事ではあるが、あの両親は私を育成するつもりなど微塵も無く、その役目を全て人工物であるアルに一任した。

 アルがその為に作り出されたのだと知ったのは、そのすぐ後だった。

 

 元々、転生者である私は前世での知識や頭脳を持ったまま生まれ変わっているので、アルと打ち解けるのにそこまで時間は掛からなかった。

 人工知能…プログラミングされた存在だからだろうか、アルだけは私を裏切らないと心のどこかで思っていた。

 アル自身は、私が色んな事を最初から知っていたり、異常なまでに物覚えが早いのは、あの両親の遺伝子を受け継いでいるからと思っていたようだけど。

 

 自分が第二の生を受けたこの世界が『IS』の世界であると知ったのは、私が四歳になった時だった。

 それを知った切っ掛けは、両親の会話を偶然にも盗み聞きしてしまった事だった。

 

『どうやら、篠ノ之束とかいう子供が非常に優れた頭脳を持っているようだ』

 

 篠ノ之束。

 その名前を聞いた時は、本気で我が耳を疑った。

 どうして。よりにもよって。

 唯でさえ最悪の人生を満喫中だというのに、あろうことか世界の破滅が約束された世界だったなんて。

 

 どうやら、両親は研究をやりつつも、同時に世界中に存在している自分達が密かに目を付けた若い才能を持つ者達をチェックしていたようだった。

 その中の一人に『篠ノ之束』も入っていたのだ。

 当の本人は、自分がそんな事になっているだなんて全く知らないだろうが。

 

 五歳になった時、私は両親から無理矢理に子供一人が入る程の大きさのカプセルに入れられた。

 最初は何が何だか分からず、全く抵抗もしなかった。

 抵抗したくても出来ないと言うのが真実なのだが。

 が、その数秒後にその事を死ぬ程後悔する羽目になる。

 

 カプセルの扉が閉じ、真っ暗になった空間に映し出されたのは、人類がこれまでに歩んできた戦争の歴史。

 第一次、第二次世界大戦は勿論の事、他にも様々な紛争地帯の光景を生々しい音声などと一緒に眼前で見せつけられる。

 

 戦闘機から火の雨が降り注ぎ、それによって文字通りの黒焦げとなった人々。

 捕虜や民間人の生首を晒し、時には足で蹴って遊ぶ兵士達。

 占領地にいる女性達をレイプしてから容赦なく孕ませる兵士達。

 死体を弄び、訓練用の的にする者達。

 そして……広島と長崎に落とされた二つの核爆弾。

 

 

「あぁぁぁぁあああぁぁぁああぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!!」

 

 この世の地獄。

 そうとしか表現できない光景。

 知識としては知っていた事ではあるが、それを音声付の映像として見せつけられたのは初めてだった。

 一体どうやって、両親はこんな映像を手に入れたのか、とか気になる点は多々あるが、そんな疑問なんて頭から簡単に消し飛ぶレベルの衝撃を延々と見せつけられる。

 

 心身共に衰弱しまくった私がカプセルから出されたのは、それから二年後…7歳の時だった。

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 私の心を極限までボロボロにした両親が次に行った事は、私の『身体の改造』だった。

 

 両親は以前、イタリアのとある組織(名前は忘れた)に技術提供をしたことがあるらしく、そのオリジナルとなる技術を用いて私の身体を好き放題に弄り出したのだ。

 

 その組織は、過去の事故などで身体的な障害を持ってしまったり、生まれつきの障害を持っている少女達を引き取り、催眠術に近い事をした上で機械の身体…即ちサイボーグに改造して、政府の裏の仕事をさせている連中らしい。

 それらの少女達は『義体』と呼ばれているらしく、ある意味では私も立派な『義体』の一人とも言えた。

 だが、彼女達と私とでは明確な違いが一つだけある。

 それは、イタリアの義体たちは様々な要因で短命となっているが、私はより完璧な技術によって改造されているので、通常の人間と同じ寿命を持っている。

 怪我や病気でも無い限りは、私は普通の人間達と同じ時間を生きられるのだ。

 高い身体能力や強固な肉体を手に入れ、それによる後遺症が何にもない。

 そこらの人間達ならば喜んだりするのだろうが、私はそうじゃない。

 実の娘を微塵も躊躇することなく機械仕掛けの身体に改造する両親に対し、私は生まれて初めて心の底からの憎悪を抱いた。

 

 その後、数年に渡って私は体の改造のアップデートを受け続ける事になっていく。

 まるで、プラモデルやミニ四駆を改造していくような感覚で。

 

 私が『人間』で無くなった数ヵ月後、遂にこの世界に『IS』と呼ばれる存在が誕生し、一気に世の中へと浸透していった。

 ずっと危惧していた、世界滅亡のカウントダウンが始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

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 ISの事を知り、両親はソレについての研究も続けていくようになっていった。

 それとは別に、私は両親によって小学校へ通わせられるようになった。

 別に『自分の子供に沢山の友達を作る機会を与えたい』なんていう親らしい考え空などではなく、単純に『義体と化した娘が通常の人間達との集団生活の中でどのような反応をするのかのデータを取る為』だ。

 この行為に対する愛情など微塵も有りはしない。

 あるのはどこまでも純粋な好奇心だけだ。

 

 元々から精神的に成熟した状態で生まれ変わっている上に、両親たちから心身共に改造を施されてしまっている私は、肉体的な意味で同年代の子供達と一緒にいても全く馴染む事は出来なかった。

 こうなることは最初から分かり切っていた事だ。

 仮に改造なんてされなくても、確実にこうなっていただろう。

 

 何もかもに諦めを抱いていた私は、その頃から見る物全てが灰色になっていた。

 空の色も、木々の色も、大地の色も、自分の血の色でさえも。

 

 頭脳、身体、その両方でずば抜けていた私であったが、本気を出せば確実に目立ってしまう。

 だから、丁度いい感じに力をセーブしながら学校生活をなんとか乗り切っていった。

 テストは70~80点ぐらいをキープし、競争なども3位から4位ぐらいを狙って走った。

 どこぞの殺人鬼のようだが、あの頃の私は彼の心を誰よりも理解していたと思う。

 激しい喜びなんていらない。その代りに深い絶望もいらない。

 植物のような穏やかな人生を送りたい。

 だが、あの両親の元に生まれてしまった時点で、そんな事は絶対に敵わない夢物語となってしまっているが。

 

 勿論だが、私は学校の行事などには全く参加はしなかった。

 授業参観。運動会。学芸会。文化祭。遠足。社会科見学。そして修学旅行。

 その全てを様々な仮病で乗り切った。

 因みに、家庭訪問なんて出来る訳も無いので、両親の方から学校側に圧力を掛けてから、私の分だけ免除させたらしい。何とも恐ろしいものだ。

 

 生き地獄にも等しい小学校生活をしている最中、両親が遂に自分達の手によってコアから製造し、完全新規のオリジナルISを生み出す事に成功してしまった。

 

 私が小学三年生の頃だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 型式番号M9 ガーンズバック。

 それがそのISの名称だった。

 

 全身がグレーの装甲に覆われ、関節部にはシーリング処理が施された機体。

 私の知るISとは大きく姿形が違っていた。

 その姿形はまるでアニメなどに出てくるロボットのようだった。

 

 既に私のデータが入力済みのようで、私の専用機にする気満々だった。

 自分達の手で扱う気は全く無いようで、どこまでも私の事を使い潰す気なのが見え見え。

 

 両親は嬉々とした様子でコンソールを操作し、ガーンズバックを待機形態にする。

 ISの待機形態については前世からの知識で知っていたが、問題はその形状だった。

 

 小さく丸い、まるで目玉のような形。

 それを見た途端、猛烈に嫌な予感が全身を走った。

 そして、その予感は見事に命中する事になる。

 

 背後にある床が開き、私の身体に張り付くようにくっつき、そのまま両手足を固定して身動き出来ないようにした。

 それは診察台のように変形し、眩しいライトの光が網膜を刺激する。

 すぐに目の前に二つの人影が出来て、光は遮られる事になるが。

 

 父が持っている球体…ガーンズバックの待機形態を徐々に目に近づいてくるのを見て、あの球体が何なのか、こいつが何をしようとしているのかを理解した。

 せめて、麻酔ぐらいはしろよ。

 そう思ったが、このクソ親たちが子供の事を考慮するなんて有り得る訳が無かった。

 

「あがぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 僅か9歳にして、私は実の両親の手によって片目を失った。

 

 

 

 

 




加奈の過去を語るには一話では長すぎるので、何話かに分けていこうと思います。

それが終わってから、加奈たちの新しい学生生活の様子を書く予定です。


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面倒くさいので、私の話をしよう②

前回の続き。

片目を失うという代償を経て望まぬ力であるISを手に入れた加奈。

彼女はそれからどうなっていったのでしょうか?







 ガーンズバックの待機形態である義眼が、私の眼球を押し潰して無理矢理に装着された瞬間、脳内に凄まじいまでの情報の奔流が走った。

 操縦方法や武器の使用方法。各種装置やシステムの意味や用途。

 通常のISならばそこで終わるらしいが、これはあのクソ親特製のIS。

 それだけで終わるわけが無かった。

 

 効率的な人間の殺し方。一対多数における戦い方。

 自分の娘、しかも僅か9歳の子供に何を叩きこもうとしているのか。

 当然だが、前世ではそういった荒事とは無縁だった私にとって、今までに覚える事も無かった、覚える必要も無かった知識を強制的に脳内に流し込まれる事は拷問にも等しい。

 

 頭を抱えながら床の上をのた打ち回って約二時間。

 ようやく辛うじて正気を取り戻した私に話しかけてくれたのは、両親ではなくてISのサポートAIと化したアルだった。

 目の前で自分の子供が苦しんでいる様子でさえも、あいつらには貴重なデータであったようで、父が興味深そうにビデオカメラで撮影をしていた。

 頭がガンガンと痛む私に出来た事は、床に唾を吐きながら殺気を込めて睨み付けるぐらいだった。

 防御力ぐらいは下がれ。

 

 どうしてISの待機形態を義眼にしたのか。

 アル曰く『万が一の場合に備えて、ISの強奪防止の為』らしい。

 まさか、ISを自分の身体、しかも顔面にくっつけているだなんて誰も想像もしないだろうし、最悪の場合に陥っても奪われる事だけは避けられるから…だそうだ。

 私の事なんて微塵も考えてない。ISが奪われる事だけを危惧していた。

 こっちが死んでも、また子供を『製造』すればいいとしか思ってないんだろう。

 アイツ等にとって、自分達以外の人間は一人の例外も無く実験動物に等しいに違いない。

 

 ある日突然、クラスメイトの一人の目が無機物に変わっていたら、誰もが驚き騒ぐだろう。

 だが、私は普段から自分の気配を限りなく薄くして生活をしているので、些細な変化には誰も目にも留めない。

 無駄に長い前髪で片目が隠れるような形になっているのが幸いした。

 それでも時々、義眼が痛む時があるんだけど。

 義眼が自分の身体に馴染むまで、本当に時間がかかった。

 暫くは痛みで碌に眠れないような日々もあったから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ISを私に渡した両親が次にしたことは当然、稼働データの収集だった。

 けど、日本でISなんて動かしたら間違いなく悪目立ちする。

 それが所属不明、製作者不明となれば尚更だ。

 ではどうすればいいのか。両親が出した答えは単純明快で、戦える場所が無いのならば、戦える場所へと行けばいい。

 

 両親は私の事を麻酔銃で眠らせ、なんらかの方法で強制的に国外の紛争地帯へと送り込んだ。

 最初は本気で意味不明だったが、アルから概要を聞かされた時は腸が煮えくり返りそうになった。

 このISであいつ等をぶち殺せないかと考えた事も一度や二度ではないのだが、この体を改造された時点でそれは絶対に不可能だった。

 あの親たちが何の考えも無しに私の身体を改造するとは思えない。

 自分が反旗を翻した時に備えての保険が必ずある筈だ。

 自爆装置か、もしくは私の身体の自由と意識を完全に奪って人形にする為の装置。

 それ系の何かがこの体に仕込まれている事は確実だろう。

 だから、私は奴等には刃向えない。抗えない。

 世の中の全てに絶望して無気力になっている私ではあるが、別に自殺願望があるわけではない。

 私だって自由に生きたい。人としての人生を全うしたい。

 例えそれが、叶わぬ願いであったとしても。

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 幾ら銃弾が飛び交うような戦場であるとはいえ、それでもやっぱりISは悪目立ちする。

 堂々と行動すれば、まず確実に他国の監視衛星とかに見つかって、鹵獲されそうになるだろう。

 ならばどうすればいいのか。その疑問に対する単純明快な回答をくれる装置がガーンズバックには存在していた。

 

 ECS。

 分かりやすく言えば、機体そのものを完全透明にする超凄い光学迷彩ステルス装置だ。

 私にもどんな原理でこうなっているのかは全く分らない。

 使えさえすれば、後はどうでもよかったから。

 

 私は別に、特定の陣営を守れとか、倒せとか、そんな細かい命令は受けていない。

 あの親が私に下した命令はたった一つ。

 敵も味方も無い。武装をした連中全てを殲滅して、少しでも多くの戦闘データを持ち帰る事。

 その為ならば、どれだけの人間が死んでも構わない。

 

 アサルトライフルを使って、武装している女の身体を粉々にする。

 血の散華が咲き乱れ、地面に染みこんでいく。

 まだ10にもなっていないのに、初めて人を殺した。

 本当は怖い筈なのに、罪悪感で一杯になる筈なのに、そんな感情は微塵も浮かんでこなかった。

 これも後でアルから教えて貰った事なのだが、あの両親は私の脳にも過剰な改造を施していたようで、アイツ等が『不必要』と判断した邪魔な感情を私から排除したらしい。

 何をどうすれば、そんな化け物染みた芸当が出来るのかは全く分らないが、アイツ等なら何をしても不思議じゃないと思っている自分がいる時点で、私も相当に狂ってきているのだろう。

 

 片方は女だけの集団で、もう片方は男女が入り混じった集団。

 後者の方はどんな連中なのか知らないが、前者の方は一発で『女性権利団体』なのだと理解した。

 矢鱈と『男は屑』とか『ISがあるから無敵』とか言っていたし。

 数名はISを身に纏っていたし。生身の人間相手にISを使うとか、うちの両親に勝るとも劣らないレベルの屑集団だったので、私は親に対する憎悪を権利団体の連中に向けてぶちまけた。

 要は八つ当たりだ。そう自覚した上で徹底的に殺しまくった。

 アルは心配そうに何度も私に話しかけてきたが、軽く返事をしながら、ずっと引き金を引き続けた。

 

 この『データ収集』によって、私の精神は着実に矯正されていった。

 アイツ等にとって都合がいい防衛装置兼テストパイロットとして。

 心さえも、両親によって改造されていったのだ。

 

 皮肉にも、これによって私の銃の腕は爆発的に向上していった。

 認めたくは無かったが、自分には銃を使う才能があったようだ。

 けど、そんな物騒な才能があるだなんて絶対に認めたくはないから、私はアルから『銃を使う才能が凄い』的な発言が飛び出す度にこう答えるのだ。

 『銃は自分が一番苦手な事だ』と。

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 

 ISを手に入れてから、私の休める日は劇的に減っていった。

 基本的に休息がとれるのは日曜日だけ。

 二日以上の連休がある時は絶対に強制麻酔の末に世界各地の戦場に飛ばされる。

 春休み。夏休み。冬休み。ゴールデンウィーク。

 大型連休がある時は、常に姿を隠して銃の引き金を引いていた。

 

 他の子供達が親たちと遊んでいる時に、私は名も知らぬ大人を殺し。

 他の子供達が一家団欒を楽しんでいる時に、私は息と気配を殺して身を潜める。

 どうして、自分はこんな事をしているのだろう。

 ふと、そんな疑問が頭をよぎるが、すぐに消え去ってしまう。

 あんな両親の子供に生まれてしまったから。それだけだった。

 

 小学校生活の後半、その半分の時間は戦場にいただろう。

 そして、傍から見ると何事も無かった私は、小学校を卒業して中学に上がる頃には殺した人間の数が軽く百人は超えていた。

 その頃にはもう、私は全てに対して諦めを抱いていた。

 それでも私がまだ『人間』でいられたのは、偏にアルがいてくれたからだ。

 こんな事を言えば絶対にからかわれるので言わないけど、アルには感謝してもしきれない。

 全身が血に塗れた私に対してずっと話しかけ続けてくれたアルだけが、私にとって唯一無二の家族だった。

 

 もしも…もしも、いつの日か私が穏やかな日常を送れるようになったら、その時は……。

 

 

 

 

 

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・・・

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 中学生になると、いきなり私が戦場に行く機会が無くなった。

 どうやら、あの三年間で十分にデータは収集できたようで、そこからまた私は両親にとっての空気となった。

 

 本来ならば喜ぶべき事なのだろうが、その頃の私にはもう人並みの喜びを感じられるような心は無くなっていた。

 どうせまた。

 そんな言葉がずっと頭から離れず、私は前以上に他人に対して壁を作るようになっていった。

 世界も自分も、何をしても無意味。

 ISがある以上、滅びは避けられないし、自分もまたその滅びの一端を担っている。

 成る程、これが『絶望』という感情か。

 よく軽い感覚で『絶望した』とか言ってる奴がいるけど、そんな簡単に言わないでほしい。

 これこそが真の絶望。

 何をしても、どんなに足掻いても、絶対に避けられない滅亡がそこにある。

 自分以外の奴等はその事を全く自覚していない。

 

 中学にもなると、明らかな女尊男卑思考の生徒が出てくるのだが、そいつらは全く分かっていない。

 自分達のその考えこそが最も愚かであり、世界の破滅の一因になっている事を。

 小学生の頃は世界全体がフィクションのように感じられ、世の中全てに対して無関心でいたのだが、中学になると更に酷くなり、自分以外の人類総てが化け物にしか見えなくなっていた。

 無自覚のままに世界を滅ぼそうとする存在。

 『この世で最も邪悪なのは人の心である』とはよく言ったものだ。

 今になってようやく、私はその意味を正しく理解出来たような気がする。

 

 生まれて初めて、本気で死にたくなった。

 それすらも許されないと分かっていても。

 この体には両親特製のナノマシンが大量に投与されているから、そう簡単に死にたくても死ねない。

  

 生き地獄とは、まさにこの事だった。

 

 

 

 

・・・・・

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 中学校生活も後半に差し掛かると、否が応でも進路についての話が出てくる。

 無論、それについての三者面談なんてものもあるのだが、あのゴミ両親がそんなものに応じる訳も無く、常に二者面談ばかりだった。

 しかも、私には進路の選択肢なんてものが最初から存在しないおまけ付きで。

 

 学校の先生方は全く知らなくても、政府連中は私が『相良の娘』であることを把握しているらしく、半ば強制的にIS学園を受験する事になっていた。

 しかも、こっちが知らない間に『重要人物保護プログラム』とやらに登録もされていたようで、自分の知らない所で自分の将来が決められていた事に対し、私は盛大な溜息を吐く事しか出来なかった。

 ストレス発散に密かに見つけていた地下射撃場で銃を撃ちまくっていたのは内緒。

 

 私は憎悪する。自分の全てを奪った両親を。

 ISを生み出したことで私の未来と世界を破滅させようと企む篠ノ之束を。

 その破滅に加担をしている自分自身を。

 

 それはそれとして、IS学園なんて絶対に行きたくはない。

 合法的に両親の元から離れられるのはいいが、それとは別に『原作キャラ』という核兵器級の危険存在がいるから。

 結局、どこに行っても私の人生には平穏なんて無いのかもしれない。

 

 掛け替えのない『友人達』と出会うまでは、本気でそう思っていた。

 

 願わくは、彼女達の誰かが私の事を裁いてくれんことを。

 

 

 

 

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・・・

・・

 

 

 

 

 

「ISは事実上の滅びを迎えた」

「けれど、まだ私達の『研究』は終わらない」

「あの子にはまだ使い道がある」

「今はまだ、束の間の平穏を与えましょう」

「『織斑計画』で主任研究員をしていた時の知識が大いに役に立った」

「計画で作り出された『脱走者』と一緒の場所に向かわせて、一体どんな反応をするか計測したかったけど……」

「望むようなデータは得られなかったな」

「所詮は逃げ出した『失敗作』。唯一無二の成功体である加奈とは比べるまでも無いわね」

「それとは別の脱走者と仲良くなっていたようだが、あっちの方がまだマシと言えるな」

「アレは、あの二体とは違って加奈と出会う事で限りなく成功体に近づいた」

「連中に連絡は?」

「したわ。今は逃げ出した『玩具』で遊ぶのに忙しくて、そんなのに構っている暇は無いですって」

「そうか」

「それ以前に、連中はもうアレには興味を持っていないみたい」

「ならば、アレには加奈の傍にいて貰って、あの子の糧になって貰おう」

「それが最適ね」

「今はただ観察に徹しよう」

「けれど、また世界は、人類史は大きな変革を起こすでしょう。その時はまた…」

「我等が娘に頑張って貰うとしようか」

「そうね、あなた」

 

 

 

 

 

 

 




ここで加奈の過去編は終了です。

次回は恐らく、本編のその後の話…つまりは新生活の話になるでしょう。

シリアスなんて吹っ飛ばして、百合百合な世界をお送りしたいです。





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ハイスクールD×D編
面倒くさいので、見殺しにする


IS編とは別に、別枠でハイスクールD×D編を書こうと思います。

別にISの話を終わりにするとかいう訳じゃなくて、単純に私の今の気分&思いついてしまったからですね。

この作品も、ISに負けず劣らずのアンチが多い作品ですから、ある意味でマッチングしているとは思います。

因みに、主人公に関しては、名前と容姿と性格と転生者ということ以外は全くの別物で、出生までの経緯も違います。

アルは流石にいませんが、その代りの相棒はちゃんと用意します。

大体の予想はついているかもしれませんが。










 私の名前は相良加奈。

 今のご時世、二次創作界隈には文字通り腐るほどいる神様転生をした人間の一人だ。

 前世の事かは…別に話さなくてもいいよね? 誰も興味ないだろうし。

 そんな事よりも、重要なのは私が転生した世界だ。

 

 この私が転生したのは…あろうことか『ハイスクールD×D』の世界だった。

 エロい事しか考えていない最低最悪の主人公に、ドラゴンのオーラとかいうチートでクソみたいなハーレムを築いているラノベだ。

 一応、一定の人気はあるようだが、私からしたら登場人物全員が頭空っぽのアヘアヘ星人にしか見えない。

 やること成す事全部がご都合主義丸出しで、冗談抜きで呆れるしかない。

 無駄にスタイルや容姿だけは良いヒロイン達も、頭の中は主人公の事しか考えていない。

 この際だからハッキリと言わせて貰う。

 

 よくも、こんなクソみたいな世界に私を転生させやがったな。

 世界がクソなら、お前も十分に糞だよ。このスカトロ野郎。

 もしも次に会う機会が有ったら、その時は絶対にぶち殺してやる。

 

 そもそも、登場人物全員揃ってバカしかいないのに、戦闘力だけは火力インフレしてるとかおかしいだろ。

 色んな意味で矛盾しまくってんだよ。

 

 こうなったら、何が何でも私は原作には関わらないぞ。絶対にだ。

 

 なんて決意をしていても、自分からなんとかしないといけないんだろうなぁ~…。

 こーゆーのって、『引き篭もってれば楽勝ジャン!』なんて安易な考えをしていると、予想外の形で痛い目を見るのがお約束なんだよね。

 それだったら、こっちもそれ相応の行動力を見せないといけないよね。

 

 なんとなくだけど、違う世界線の私は原作に関わろうとしないで引き篭もっていた結果、最終的には国内旅行に行って百合の花を咲かせてるような気がする。

 私もそうするべきなのかな…? けど、それだとなんか『犬が卒倒』だしな~。

 あ、今の『犬が卒倒』っていうのは、『ワンパターン』って意味だから。

 犬が倒れる…つまり、ワン、パターンってこと。わかった?

 

 え? 流石に喋り過ぎ? そろそろ本編に入れ?

 はいはい、わかりましたよ。

 絶対に面白くは無いと思うけど、それでもいいなら見れば~?(しんのすけ風)

 

 

 

 

 

 

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 我が名は相良加奈! 偉大なる転生神より第二の人生を与えられし者!

 え? そんな心にもない事を言わなくてもいい? あっそう。

 少しぐらい読者の為に雰囲気づくりに貢献しようと思ったのに。

 人の善意を無下にするもんじゃないよ? 私は容赦なく無下にするけど。

 この世界じゃ私以外は全員が敵みたいなもんだしね。

 

 なんて事を考えながら、私は通学路を一人でてくてくと歩いている。

 いきなりそんな描写を入れるな? うっせえ! うっせえ! うっせえわ!

 あの曲、実際に聞くまでは『なんじゃこりゃ』って思ってたけど、いざ聞いてみると普通に神曲だったね。

 一億二千万回も再生されてるのもめっちゃ頷けるわ。

 

 私が通っているのは、言わなくてもお分かりかもだけど一応言っておくわ。

 そうだよ。あの原作キャラが通っている『駒王学園』ですよコノヤロー。

 どうして原作に関わりたくないと公言していた私が、そんな所に通っているのかだって?

 そんなもん、こっちの方が知りたいわ。

 私だって、通いたくて通ってる訳じゃないんだよ。

 詳しく話すとウルトラ面倒くさいので話さないけど、今の私ってなんか複雑な立ち位置にいるのよね。

 自分の意志ってよりは、半ば強制的に通わされてるって感じ?

 それと、別に私の身体にはHDD転生者お約束のチートな神器とか持ってないから。

 そもそも、転生特典自体が私からしたら余計なもの以外の何者でもないし。

 強すぎる力は自分の身を滅ぼすだけなのだよ、おっかさん。

 

「ん?」

 

 そうこうしている内に、我らが学び舎(笑)が見えてきましたよっと。

 校門のところに誰か立ってるけど、あれって……。

 

(あぁ…例の生徒会長サンか)

 

 そういや、今月は服装強化月間だったな。

 そーゆーのは普通は風紀委員とかに任せればいいのに、生徒会長自らやるとか、ご立派ですこと。

 そういや、作者は高校時代に家の事情で学校を休んでいた間に、勝手に風紀委員に指名されて、嫌だな~なんて思っていたら、実際にしたことと言えば校門の前での早朝挨拶だけだったらしいよ。

 現実なんて実際にはそう言うもんなのかね。

 

 つーか、あの人の名前って確か『ソーナ・シトリー』だったよね。

 んで、偽名として使っているのが『支取蒼那』って…当て字してるだけやないかーい!

 本人もそれで絶対にバレていないと思っているのが凄い…。

 あの人、割と原作キャラの中では非常に数少ない常識人枠だったよね?

 どうして、もっとマシな偽名を思い付かなかったのかな? かな?

 まぁ…普通に堂々と本名晒している無能姫よりは百倍マシだけど。

 偽名はともかくとして、生徒会長としてやるべき事はやってるしね。

 因みに、彼女が立候補した時の生徒会長選挙の時、密かに私も彼女に投票してました。

 お互いに全く話したことも無いけど、一応は同級生だから構わないよね?

 そういや、まだ私の学年を言ってなかったっけ?

 今年で『こうこ~さんねんせ~♪』になります。

 我ながら、よくこんな学校に三年間も通えたよね…なんて言ってるけど、実際には必要最低限の出席日数だけの為に通ってて、それ以外の日は基本的に休んでます。

 特に行事ごとの日は絶対に休むマーンだよ。

 流石にテストの日には行ってたけどね。

 

「はい、止まってください。制服チェックをします。えっと……」

 

 おっと~? 私が考え事に耽っている間にも近くにいた女子生徒が捕まりましたよ~?

 はい。さっきの台詞で私が捕まったと思った読者、怒らないから手を上げなさい。

 お前テメェッ!! マジでふざけんなよ!!!

 

(こーゆー時は、人陰に隠れて静かにやり過ごすのが吉…っと)

 

 あれだよね。街中でやってるティッシュ配りのバイトの人達を躱すのと同じ要領だよね。

 無駄に修練詰んでて本当に良かったわぁ~…。

 

「はい問題無しです。行って良いですよ。次の人……」

 

 よし。自分でも褒めてあげたいぐらいのレベルで見事に制服チェックを回避することに成功したぞ。

 ここで一応の補足だけど、別に私は自分の格好に自信が無いわけじゃないからね?

 単純に原作キャラである彼女と会話をしたくないですからね?

 

 さ~て。卒業まであと少し。今日は何をして過ごそうかな~。

 

 

 

 

 

・・・・・

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・・・

・・

 

 

 

 

 放課後まで何事も無く過ごし、私は自分の部屋があるボロアパートへと帰ってくる。

 いや、マジで本当に何事も無かったからね?

 原作主人公であるエロ野郎から着替えを覗かれる事も無かったし。

 というか、今までの学園生活で一度も覗かれたことないし。

 だって私、体育がある時は基本的に体操服は制服の下から着ていくタイプだから。

 小学生みたいだ? いちいち着替えるのが純粋に面倒くさいだけだよ!

 それ以前に、私ってばめっちゃ影が薄いから存在すら認知されてないんだろうね。

 う~ん…便利。ミスディレクション最高。

 別に幻のシックスマンになるつもりはないけど。

 

 それ以前に、この三年間は気合と根性で原作キャラ達とは全く接点を作らなかった。

 いやマジで、それに関しては自分で自分を褒めてあげたいわ。

 加奈ちゃんステキ! 加奈ちゃんサイコー! ……虚しいだけだね。

 

「……で、何がどうしてこうなってる…?」

 

 いきなりの台詞で意味不明って思ってるだろうから説明するぜ。

 まず、私は部屋に帰って来てから、夕飯の食材を買いに行くために私服に着替えてから外に出た。

 そんでもって、その途中で『あの公園の近くを通って行けば早くね?』と考えて、近所にある公園の近くを通りかかった時、偶然にも私の膀胱からSOS信号が発せられて、仕方なく公園の中にある公衆便所(最近になってリフォームされて綺麗になった)へと向かって、無事に信号解除に成功。

 スッキリした状態で改めて買い物に行こうとしたら、公園のど真ん中で原作主人公である『兵藤一誠』が腹から血を流して大の字でぶっ倒れている。

 何を言っているのか分らねぇとは思うが、自分でも何を言っているのか分らない。

 

(もしかして、ここって原作でこの馬鹿が堕天使に殺された公園だったりする?)

 

 う~わ~…全く知らんかった~…。

 特に意識もせずに来ちゃったから、本当に偶然だわ…これ。

 こいつを殺した堕天使の名前ってなんだったっけ?

 本気でどうでもいいから、よく覚えてないわ。

 

「早く、この場から去ろう…。ここにいても碌な事にならない」

 

 別に私は、目の前で人間が何百人死んでもどうでもいいと思っている。

 それが赤の他人ならば尚更だ。

 まぁ…彼の場合はここから無能姫さんの手によって悪魔に転生をして、これから色んな大活躍(笑)をしていくんだろうけど。

 そして、このパターンはあれだね。

 この場に偶然にも居合わせた事で、私も眷属にスカウトされちゃう流れですね、分かります。

 

「いや、そんなの死んでも御免だから」

 

 そんな事になるぐらいなら、私は喜んで自殺をする。

 これは冗談とかじゃなくてマジで。

 

『おい! そこの娘! ちょっと待て!!』

 

 ……んん~? 気にせいかにゃ~?

 この場では決してありえないマダオでサングラス司令な声が聞こえてきたぞ~?

 

「わ…私は絶対にエヴァなんかには乗らないからね! 幾ら劇場版の最終章が絶賛公開中だからって、私までがその波に乗ると思わないでよね!」

『お前はいきなり何を言っているッ!? それよりも、こっちの話を聞け!』

 

 完全に意識が無くなりかけているエロエロ大魔神の手の甲に淡い光が点滅している。

 あ~…なんか、こんな感じのやつ…どっかで見たことがあるわ~…。

 

『俺は赤龍帝ドライグ! 他の連中は我等の事を二天龍と呼んでいる!』

「さいですか」

 

 んなことはとっくに知ってるでちゅよ~。

 

『今はとある事情から『神器(セイクリッド・ギア)』と呼ばれている物に封印されている』

「……で?」

『これまでずっと、俺はこのガキの体の中からコイツの様子を見てきた』

「ご感想は?」

『最悪だ!!! 平気で着替えを覗くわ、女子達の前で大声で卑猥な話をするわ、他にも色々と言いたいことは山ほどあるが、全てにおいて最悪だった!! こんなクソガキが現代の赤龍帝だと? 冗談ではない!! こんな奴、こっちから願い下げだ!!』

 

 うーわー。大抵の読者&学園の女子達が常日頃から思っている事を、よりにもよって私の代わりに代弁しやがったー。

 

『本来ならば適切な儀式をしなければ不可能だが、今のコイツの身体は死に掛けている。今なら、俺の意志だけでも辛うじて分離は可能だ』

「うーん。超絶的に嫌な予感がするので、その先は聞きたくなーい」

『娘! 貴様が普通の人間ではないのは一目見ただけで分かる! だから、お前がこの俺の本当の宿主になれ!!』

「絶対に嫌です。ほな、さいならー」

『ま…待て! 待ってくれ! 待ってください!!』

 

 敬語に変えても無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!!

 何が悲しくて、自分からトラブルの種を宿さないといけないのよ。

 悪魔になるのも嫌だけど、それ以上に赤龍帝になるのも嫌だわ。

 ドラゴンのオーラとかで戦いを呼び寄せるんでしょ?

 そんなの、私からしたら疫病神以外の何者でもないし。

 寧ろ、この世で最もいらない物だし。

 

『そうか…あくまで、この俺を拒むというのだな……』

 

 はい、無視無視無視無視ムシキングってか。

 

『それなら、俺にも考えがある!』

 

 何をする気なのかな~? って…あれ? なんか後ろが妙に明るいような…振り返ったら最後のような気がする。

 今からダッシュすれば間に合うかな?

 

『もう遅い!! 回避不可能よ!!』

「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 何かが私にぶつかって、そのまま体の中に入ってきたッ!?

 この感覚は……まさかっ!?

 急いで自分の左腕を見てみると、そこには非常によ~く見た赤いトゲトゲな手甲が。

 

『フフフ…これで今日から、貴様が現代の赤龍帝だ!』

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!! なにやってるんだよ!! このマダオが!!」

『マ…マダオっ!?』

「サングラスの方が本体の癖に!」

『俺はサングラスなんて付けていない!!』

「だぁぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 冗談抜きでふざけんなよ!! あのままアイツの体の中にいて、エロの片棒を担いでいけばいいのに、どうして私の身体の方にくるんだよっ!?

 

 …あれ? なんかこの展開…どこかで見たことがるような……。

 どこぞの誰かさんは、ここから闇堕ちしてエラい事になってたような気が…。

 けど、私の場合はこんな奴が何百人死んでも気にしまセーン!

 トムの勝ちデース!

 

「…ちゃんとチラシは持ってる…みたいか」

 

 少しだけ近づいて、彼のポケットを確認してみると、ちゃんとくしゃくしゃになった例のチラシが入っていた。

 こいつはあれだな。ハンカチとかも適当に入れて皺だらけにするタイプだな。

 

「…ドライグくーん?」

『どうした?』

「ドラゴンのオーラとやらを消す方法ってあるのかな~?」

『無い。あれは俺がドラゴンという種族である以上、無意識のうちに体から放出されるものだからな』

 

 ……左手を斬り落とせば、なんとかなんないかな?

 片腕で生活するのは大変だけど、背に腹は代えられないし。

 

『今、お前が何を考えたのか、俺にはすぐに分かったぞ』

「あっそ。別に分かったからと言って、何も変わらないけどね」

『…本気か?』

「本気だよ。私は争い事とは無縁の人生を送りたいの。三大勢力? 神器? そんなこと知るか。全部クソッタレな人外共の勝手な事情だろうが。人間様の事を奴隷や道具のようにしか見ていない連中に関わるぐらいなら、喜んで腕一本捧げてやるよ」

『お前は……』

 

 部屋に手ごろな剣ってあったかな~?

 でも、一人じゃ斬り落とすのは大変だよな…。

 何かギミックでも考えないと。

 あと、大量出血するだろうから、すぐに止血できる用意もしとかないとね。

 

『…仕方があるまい。前例はないが、やってみる価値はある…か』

「何をさっきからぶつくさ言ってるのよ。すぐにお別れになるんだから、無駄に話そうとしなくてもいいよ」

『そうではない。相棒…頭の中で何か小道具のような物を思い浮かべろ』

「人の事を勝手に相棒言うなし。てか、小道具? いきなり何言ってんの?」

『神器というのは、良くも悪くも宿主の精神力に左右される代物だ。お前の力次第では、籠手から別の形態になり、それによってオーラを抑え込む事が出来るやもしれん』

「それって、過去に事例とかあったりする?」

『無い。一種の賭けに近いが、左腕を斬り落とすよりは遥かにマシな筈だ』

「それはそうかもだけどさ……」

 

 確証がないんじゃねぇ~…イマイチやる気が出ないって言うか…。

 

(…ダメで元々…か)

 

 もしかしたら、私がこの公園に入った時点で詰んでたのかもしれないし。

 それを少しでも取り戻せるのなら、掛けてみるのも悪くは無い…か。

 

「もしもダメだったら、その時はマジで腕ごとサヨナラだよ」

『いいだろう』

 

 よし。ちゃんと聞いたからね。口約束だからダメよとかナシだからね。

 けど、小道具…小道具ね。それってアクセサリとかでもいいのかしらん?

 

「あ?」

『この感じは…!』

 

 いきなり籠手が光りだし、一瞬で姿を消して元の私の腕に戻った。

 その代り、首から赤くて刺々しい緑色の宝玉が収められているペンダントがぶら下がっている。

 

『成功した…! 自分で提案をしておいてなんだが、まさか本当に出来るとは思わなかったぞ…』

「やっぱ確証なかったんかい」

『だから言っただろう。賭けだと。だが、これで籠手の時よりは遥かにオーラが押さえられている』

「具体的には?」

『今まではずっと周囲に垂れ流し状態だったのが、殆ど漏れていない。これならば問題は無い筈だ』

「なにその超御都合主義。全てのラノベ主人公に謝れ」

『何故にッ!?』

 

 こうして、私はマダオドラゴンの身勝手によって赤龍帝になってしまいましたとさ。

 やっぱ、人外なんてどいつもこいつも碌な奴がいないと改めて理解した瞬間だった。

 

 めっちゃめちゃにどうでもいい事だけど、次の日になって兵藤一誠は普通に登校して来ていたので、私が部屋に帰った後でリアス・グレモリーがちゃんとやって来て、アイツの事を悪魔にしたみたい。

 といっても、赤龍帝の力はこっちに来ちゃってるから、本来ならば『兵士』の駒8個使うであろう所も1個で済んでるだろうね。

 というか、神器の無いアイツを悪魔にするメリットってなにかあるのかな?

 そこら辺は本気で分からない。どうでもいいけど。

 

 

 

 

 

 

 




ISの時と同様に、原作にはとことんまで非介入していきます。
勿論、イベントはスキップしまくりです。

今回はアルの代わりにドライグが彼女の相棒になります。

原作勢は超ハードモードになりますが、そこらへんはお得意の御都合主義でどうにか乗り切ってくれるでしょう。
バックには魔王さまもいる訳ですしね。
メインヒロインさんが呼べば一発でしょ?


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面倒くさいので、取り敢えず観察する

HDDの世界に転生した、我がアンチ系ヒロインの加奈ちゃん。

自分の意志とは全く関係無しにドライグの力を手に入れてしまい、さぁ大変。

果たして、原作キャラ達はどうなってしまうのか?

そして、今回の加奈はどう動いていくのか?







 不本意ながらも、私がドライグの力を受け取ってしまって一晩が過ぎて、今は放課後になっている。

 部屋に帰ってから色々と試してみた結果、今のドライグは私の想像力次第であらゆる姿に変幻自在の状態になっていることが分かった。

 ネックレス以外にも様々な姿に変化出来たけど、今は取り敢えず私の耳にイヤリングのような形でくっついて貰っている。

 これならば髪に隠れて見えにくいし、仮に誰かに見られても『お洒落なイヤリング』で誤魔化せる。

 う~ん…我ながらナイスアイデア。

 

「んでもって、現在の私は駒王学園の近くにある喫茶店にいるわけで」

『一体誰に話しかけているんだ?』

「読者の皆様だよコノヤロー」

 

 ちゃんと挨拶はしないとダメでしょうが。

 これぐらいは常識なのだよ?

 

「しっかしさ、冗談抜きであの無能姫様の考えが理解出来ないわ。ドライグがいなくなった今、完全に『エロ』しか残ってない野郎をどうして眷属になんてしたのかしらね? 単なる道楽かしら?」

『かもしれん。悪魔なんぞ、往々にして人間の人生を破滅させて喜ぶような連中だからな』

「けどさ、それを言うなら天使も似たり寄ったりじゃない? 考え方や思想の違いがあるだけで、やってる事は殆ど一緒でしょ」

 

 『宗教』っていう洗脳術で人々の人生を狂わせてるんだからさ。

 勿論、私は基本的に宗教完全否定派の人間なのでよろしく。

 

「それに、天使も堕天使も悪魔も、元を辿って行けば聖書の神の創造物な訳でしょ? そんな簡単な事すら忘れて『三大勢力』なんて名乗ってるんだから、笑っちゃうよね」

『地方によっては、堕天使と悪魔は同一視されているからな。それを考えると、増々奴らが滑稽になってくる』

「それを言うなら、龍って存在も神と同一視されてるじゃん。大自然の化身にして全ての生物の頂点。本当なら畏怖と尊敬の念を込めるべきなのに、現実はコレだもんね~」

 

 髪をかきあげてからイヤリング状態になっているドライグをちょんと突く。

 

『そんな事を言ってくれた赤龍帝は、お前ぐらいだよ……』

「ドライグって、思っている以上に不憫な人生…じゃなくて、龍生を送って来てるのね……」

 

 これからは、もうちょっと気遣ってあげようかしらん?

 仮にも『相棒』になったわけだし。

 

「ぶっちゃけ、其処ら辺の本屋に売ってるファンタジー小説に出てくるドラゴンの方が遥かに優遇されてるよね。世の中には『ドラゴン』って名のつく単語だって一杯あるのに。例えば『ドラゴンガンダム』とか」

『お前に少しだけ見せて貰ったが、あれは本当に良かった…! 覚醒して金色に光り輝き最終奥義を放つ所は、涙なしには見られんかった……』

「だべ? 伊達に主人公機よりも人気じゃないって事」

 

 外伝作品すらも作られてるぐらいだしね。そりゃ凄いわ。

 

『その気になれば、お前も『真・流星胡蝶剣』が放てるかもしれんぞ?』

「いや…別に私は少林寺復興とか願ってないし」

 

 少林寺拳法には少し興味あったけどね。

 

「そうだ。折角だし、少し学園に巣食う悪魔さん達の様子でも見てみますか」

『また唐突だな。だが、どうやって見るつもりだ?』

「この子を使います」

 

 制服の胸元を少しだけ肌蹴させてからポンポンと叩くと、そこから線画のような感じの殆ど透明に近い非常に美しい蝶が出てきた。

 

「この子が、私の使い魔ちゃんだよ」

『し…死界の蝶…フェアリー…! 天地万物に死を告げるとされている呪われし蝶……そんなものを使い魔にしているとは、お前は一体……』

「どこにでもいる、普通の女子高生だよ。さぁ、行っておいで」

 

 フェアリーの身体にちょこんと触ると、それだけで私の意図を理解してくれて、フェアリーはゆっくりと飛び上がってから窓をすり抜けて駒王学園へと向かって行った。

 

「さて、観察タイムと参りましょうか。因みに、私達がいるのは喫茶店の奥の方なので、オカルトっぽい話をしていても大丈夫なのです。ここのマスターも私の知り合いで、三大勢力云々の話は普通に大丈夫な人だからね」

『だから、お前は誰に話しかけてるんだ……』

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 お? もう到着したみたいだね。早速、見えてきたよ。

 そうそう、私とドライグは現在、脳内にて同じ景色を見ております。

 一応、お互いの意識は同調してる状態にあるからね。

 

 で、ここは…アレか。旧校舎の中にあるって言う『オカルト研究会』の部室か。

 まぁ…研究会なんて名ばかりの、実際には何もしてない部活なんだけどね。

 部屋の中にいるのは…無能姫さんと、その友人のハーフで自称悲劇のヒロインのハーフな巫女さんか。

 片親を失ってるのは確かに不幸かもだけど、それ以上に不幸な奴なんて世界中を探せば腐るほどいる。

 その程度の不幸で自分を美化するんじゃねぇよ。

 

『ねぇ、リアス。どうしてあの子を眷属にしたの?』

『あの子って?』

『恍けないで頂戴。昨日、公園で死に掛けていた男の子よ。彼、神器も何も持っていない普通の一般人なんでしょう? しかも、学園では悪い噂ばかり聞いてるし……』

 

 おぉ? 割と普通の意見も言えるんだな。ミジンコぐらいは見直したよ。

 

『仕方ないじゃない。あの状態で見殺しなんて出来ないし』

 

 ご立派なお考えですこと。私は普通に見殺しにしたけどね。

 助ける義理とか微塵もないし。

 

『それに、あの子からはほんの僅かではあるけれど『力』のようなものを感じたのよ』

『力?』

『そう…物凄く集中していないと分からないぐらいに微弱な力だけど』

 

 ……ちょい待ち。あのエロ野郎にはドライグ以外にも何か能力を持っていた?

 え? マジで?

 

(もしや……?)

 

 お? なんかドライグには心当たりがある感じですか?

 

(少しな。俺の予想が正しければ、それは奴の能力などではない筈だ)

 

 マジですか。

 

(マジだ。一先ずは様子を見てみよう)

 

 はーい。

 

『祐斗が彼を連れてくることになっているから、もう少し待ちましょう』

『仕方がないわね……』

 

 成る程。そこら辺は原作準拠なのね。

 にしても、木場祐斗…ね。『復讐』って言葉の意味も何も理解していない頭空っぽな馬鹿なイケメンか。

 剣を振り回すしか能が無いってのは哀れだよね~。

 

 なんて言っている間に、まずは一年の塔城小猫がやって来た。

 あの子も見た目は可愛いんだけど、最終的にはバカになるからね~。

 状況次第じゃ救いようがあるかもしれないけどさ。

 ぶっちゃけ、関わり合いにはなりたくない。

 

(相棒。例の小僧が来たようだぞ)

 

 みたいだね。さてはて、さっき無能姫さんが言ってた『微弱な力』ってのは何なのかしらん?

 

 そこからは、原作通りの話をつらつらを語っていっていた。

 別に詳しく描写する必要はないよね? マジでそのまんまだし。

 見るだけ無駄でしょ? 私も話の間は普通にスマホを見てたし。お寿司。

 

 ふとスマホから目を離して瞼を閉じると、部室内では変態大魔神の『微弱な力』とやらの正体が判明しようとしていた。

 

『目と閉じて、頭の中で自分が一番強いと思う何かを想像してみて。なんでもいいわ』

『強いと思う何か……』

 

 あ…これってアレじゃん。

 急いで口の中にあるアイスコーヒーを飲み込まないと、新たな黒歴史が誕生する事になる!

 ついでに、目を開けて視界を外す!

 

(ブフォォッ!?)

 

 ド…ドライグは見てしまったのね……ご愁傷様。

 私はちゃんと見ないようにしていたから大丈夫でした。

 

『おぉぉぉぉぉぉっ!? なんじゃこりゃぁっ!?』

 

 …おい。その台詞は割と洒落にならないぞ。昨日の君の状態から鑑みるに。

 お前は今度から私服にジーパンを着ろ。これは命令だ。

 というか、あれってどう見ても『赤龍帝の籠手』じゃね?

 なんか妙に色褪せてるような気がするけど。

 

(矢張りか……)

 

 何が『矢張り』なんだよ? お姉さんに詳しく説明しなさい。

 

(あれは恐らく、あの小僧の中に僅かに残っていたであろう俺の力の残滓だ)

 

 残滓とな? それじゃあ、あれは謂わば劣化版『赤龍帝の籠手』ってこと?

 

(そうなるな。残滓と言っても、籠手の中にある本来の力の数万分の一ぐらいの力しか残ってないがな)

 

 す…数万分の一……。

 因みに、ちゃんと倍化とかは出来るの?

 

(能力の向上自体は出来る筈だ。流石に2倍ではないが)

 

 んじゃ、どれぐらいの倍率なわけ?

 

(ここから感じる力だと…恐らくは1.2倍ぐらいだ)

 

 ……ほわい? わんもあぷりーず?

 

(1.2倍と言った。しかも、倍化は一度の神器発動ごとに一回しか出来ない)

 

 なんじゃそりゃっ!? それってもう、完全な足枷になってるじゃん!

 何の能力も持っていない方が寧ろ良かったよ!

 それってもうあれだよね? 普通の『龍の手(トワイス・クリティカル)』にも劣るじゃんか!

 完全に無駄無駄な能力じゃんよ!

 

(そうだな。だが、当の本人達ははしゃぎまくっているぞ)

 

 ドライグの言う通り、発動させた当人も、それを促したお姫様も嬉しそうにしている。

 嬉しそうってよりは安堵に近いかもしれないが。

 自分の使った『悪魔の駒』が無駄にならずに済んだっていう感じで。

 いや…本当はめっちゃ無駄遣いになってるんだけどね。

 

『兵士の駒一個での転生だったから本当に心配してたけど、どうやら杞憂だったみたいね』

 

 ひょっとして、それはギャグで言ってるのか?

 意識して言ってるのなら最低だけど、無意識ならもっと最低だ。

 

 念の為に確認しておくけど、あれからドラゴンのオーラは……。

 

(出てるわけないだろ。あれの力の源になっているのは、俺の鱗の一欠片みたいなもんだ。ドラゴンのオーラどころか、ドラゴンの気配すら感じるかどうか微妙だ)

 

 もうそれさ…完全なコスプレグッズじゃね?

 頭が痛い中二病患者じゃね?

 

(そうなるな)

 

 兵藤一誠は、エロエロ大魔神から中二病エロエロ大魔神に進化した!

 

(変なナレーションを掛けるな)

 

 いや…進化ってよりは退化に近いかな?

 実質的には何にも強くなってないんだし。

 一応、悪魔になった事で身体能力とかは強化されてるんだろうけど……。

 あんまし期待は出来ないもんね~。

 

(これからどうするつもりだ?)

 

 別にどうもしないよ?

 お近づきになろうだなんて微塵も思ってないし、アイツ等がこれからどんな目に遭おうともどうでもいい。興味も無い。同情する気も起きない。

 

(て…徹底してるな…)

 

 それが私だからね。

 これから慣れていって頂戴な。

 

 そういえば、こいつ等って堕天使が街中に潜んでいた事を今になって知るんだよね?

 ハッキリ言っていいですか? バカじゃね? つかバカじゃね?

 多少なりとも実力がある奴なら、街中に入った瞬間に気が付くと思うけど?

 だってあいつら、下級の堕天使だからか、気配なんて全く隠せてなかったし。

 超が付くぐらいにバレバレだったし。

 お前ら、ちゃんと潜伏する気あんのかって感じだし。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「お? フェアリーが戻ってきた」

 

 ヒラヒラと飛んできたフェアリーは、そのまま私の胸の谷間の中へと消えていった。

 ……あいつ等ほどじゃないけど、谷間が出来るぐらいの大きさはあるんだよ。

 

『加奈…お前に一つ尋ねたい事がある』

「な~に?」

『お前は…戦う気はあるのか?』

「あるわけないじゃん。私が一番嫌いなのは騒動の類なんだよ。折角、今まで頑張って穏やかな生活を満喫してたのに……」

『そ…それに関しては素直に悪かったと思っている。だが、お前は……』

「分かってるよ。だからこそ、戦いとは縁のない人生を送りたいんじゃんか」

『…そうか。ならばもう、俺からは何も言うまい。お前の意思を尊重しよう』

「さんきゅ」

 

 それじゃあ、帰りに商店街で夕飯の買い物をしてから帰りますか。

 今日は…そうだな。私特製のハンバーグにしようかな。

 私の場合は、ちゃんとソースも自作しますぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無能力よりも質が悪い能力が付与された原作主人公。

何も知らないで立ち向かう事必須なので、無能力状態よりも更にハードになりました。
下手に能力があるせいで、行動自体は原作と大差なくなってしまう可能性大ですからね。


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面倒くさいので、授業をサボる

皆さんのご意見を見た結果、ISの時と同様に、基本的にアンチ対象になるのは原作主人公と周りにいるヒロインズにしようと思います。
一部の三大勢力とかも対象になるかもですが、それはその時に考えます。









 皆が授業に勤しんでいる午前中の真っただ中。

 私は校舎の屋上にて、のんびりとスマホを弄りながらの日向ぼっこを楽しんでいた。

 

『相棒。こんな所にいてもいいのか? 今は授業中の筈だろう?』

「いいの、いいの。高校生活も三年目ともなれば、殆どやる事なんてないんだから。進路が既に決まっている連中は基本的に自由登校になってるしね。実際、私のクラスだって半分以上が登校して来てないし」

『ふむ…そういうものなのか…』

「そーゆーものなのよ」

 

 適当にSNSを見ながら日陰で呆けていると、いきなり屋上の扉が開いて誰かがやって来た。

 最初は小五月蠅い教師の誰かかと思ったが、実際にやって来たのはある意味で教師よりも五月蠅い人物だった。

 

「また、ここにいたのですね…相良さん」

「生徒会長……」

 

 この一言だけで説明は不要だと思う。

 そう、少し前に校門の前で制服チェックをしていた当て字偽名をしているソーナ・シトリーその人だ。

 無駄に眼鏡をキラーンと光らせてから、こっちを睨んできやがった。

 こんなんだから、あの時も近寄りたくなかったんだよ。

 

「自由登校になっている以上、絶対に授業に出ろ…とまでは言いませんが、もう少し有意義な時間の使い方は無かったのですか?」

「ありませーん」

 

 これといった趣味もしたい事も無い私に何をしろと?

 迷惑を掛けてないだけ褒めて欲しいぐらいなんですけど。

 

(相棒…この女は……)

(知ってるよ)

 

 ドライグも、見ただけですぐに彼女が悪魔である事を見抜いたようだ。

 けど、それだけで他には何も言わない所を見るに、彼もまた生徒会長に敵意が無い事が分かったようだ。

 まぁ…無いのは敵意だけで、他のは山ほどあるんですけどね。

 

「それよりも、こんな時間にこんな場所に何の御用ですか? 生徒会長殿。この時間帯は、いつも生徒会室で仕事をしながらも引き継ぎの準備をしている筈じゃなかったっけ?」

「…私だって万能じゃありません。小休止を兼ねつつ相良さんの様子を見に来たんです」

「さいですか」

 

 私なんかに構っている暇があるんなら、自称『親友』のアホアホ姫さんの事を見張ってた方が良いんじゃないの?

 少しでも目を離したら、マジで何をするか分らないよ?

 周りの連中だって全くブレーキとして機能してないんだし。

 

「結局…生徒会には入ってくれませんでしたね」

「特定の場所に縛られるのはまっぴら御免だからね」

 

 つーか、しれっと私の隣に座るんじゃないよ。

 しかも、かなり距離が近いし。

 

「今思えば、相良さんは三年間通じて部活にも入りませんでしたね。なんでなんですか?」

「興味がある部活が一つも無かったから」

 

 なんてのは単なる言い訳で、実際には部活に入る気なんて最初から微塵も無かったりする。

 前世でも今世でも、私は未来永劫の帰宅部のエースであり続けると心に誓っているのだ。

 

 というか、まさか私が何も知らないと思っているのかね。

 お前さんがずっと密かに私の事を自分の眷属にしたがっていた事を。

 だから、私は彼女に近づきたくなかった。

 総合的に見れば確かに、生徒会長は原作キャラ達の中でも物凄くマシな部類に入るだろう。

 けれど、それでも彼女は『悪魔』なのだ。この事実だけは絶対に覆らない。

 これから先、どんな事を起きたとしても、彼女と私の線が交わるような事だけは決して有り得ないと断言出来る。

 

「もう話は終わり?」

「え…っと……卒業後の進路はどうする気なんですか?」

「そんな事を知ってどうするのさ」

「いえ…単純に気になったというか……」

 

 …ヘッポコか。こいつは。

 仕事をしている時の『出来る女』感はどこに消えた?

 プライベートだと会話一つ真面に出来ないコミュ症かよ。

 無能姫とは別方面での典型的なエリート様だな。

 因みに、無能姫は権力とプライドばかりを振りかざして、最終的には無様に自滅をするタイプのエリートね。

 

「これといって特に考えては無いよ。行きたい大学があるわけでもなし、適当にバイトでもしながら、今まで通りに生きていくんじゃないの? 多分だけど」

 

 余談だけど、私には今まで過ごしてきた第二の人生の中で密かに貯金してきた金があるので少なくとも、あと数年は遊んで暮らせる。

 かといって全く金策をしていない訳じゃないけどね。

 高校卒業後にはマジでどこかでバイトでもしようかニャー。

 駒王学園って基本的にバイト禁止になってるしさ~。

 

「行きたい大学が無い……でしたら、是非とも私と同じ大学を受験して…!」

「却下。論外」

「あうぅ……」

 

 そんな顔をしても無駄。私は大学に行ってキャンパスライフなんてしません。

 私は基本的にリア充になる気はありません。

 

「あのさ…割とマジでそろそろ戻った方がよくない?」

「え?」

 

 全く気が付いていなかったようなので、仕方なくスマホを画面を見せてあげる事に。

 そこで初めて今の自分がどんな状況にあるのかを把握したようだ。

 

「11時…15分……」

「さっき生徒会長が屋上に来たのが11時ぐらい。あれからもう15分以上も経過してる」

「た…大変! 急いで生徒会室に戻らないと!」

 

 幾ら、単位を全部取って出席日数も完璧な状態の自由登校であったとしても、体に染み付いた癖というものは中々に抜けない。

 普段から必要以上に生真面目な彼女にとって、全く問題が無いと頭では分かっていても、ちゃんと時間だけ守ってしまう難儀な性格をしている。

 

「そ…それでは失礼します! 相良さん、よかったら後でお昼ご飯でも一緒に……」

「だが断る。さっさと行きなよ」

「は…はい!」

 

 焦った様子で生徒会長は屋上から出て行った。

 それでも絶対に廊下だけは走らないのは感心するよ。

 

『昼飯ぐらい、一緒に食べてやっても良かったんじゃないのか?』

「彼女が誰とも接点が無かったのなら、私だってそれぐらいはしてやってもいいとは思うよ」

『ん? それはどういう意味だ?』

「生徒会長って、私が前に話した『無能姫』と親友なんだってさ。完全に真逆の性格をしてるくせにさ」

『あぁ……相棒が何を言いたいのかが分かったぞ』

 

 ドライグが私の言いたい事を先に理解してくれてなにより。

 別に会長自体は何も悪くは無い。ただ、そんな彼女に釣られるようにして無能姫がやって来る可能性が非常に高いのだ。

 それだけはどうしても避けたい。出来れば、半径1000メートル範囲内では生命活動をしないでほしい。

 

「ドラゴンのオーラだけが、厄介ごとを引き寄せるとは限らないって事だよ」

『宿縁というのも、中々に厄介なものだな……』

 

 ゆっくりと流れていく青空を眺めつつ、私はポケットから棒付きキャンディを取り出してから口に入れた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 完全に暇潰しにしかなっていない学校が終わり、私は街のゲーセンに遊びに来ていた。

 駒王学園は帰りにあそこに寄ってはいけません的な校則がないので、割と多くの生徒達が学校帰りに遊びに来ていたりする。

 私もその中の一人と言うだけの話だ。

 因みに、私が今遊んでいるのはダンスでダンスなレボリューション的なゲームの続編的なゲームだ。

 

「はなくそワッショイ♪ はなくそワッショイ♪ ショイ♪ ショイ♪ よっし! ハイスコア出せた!!」

『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 いきなり何よ~?

 折角、私が念願の『はなくそ音頭』のベリーハードモードをクリア出来たってのに。

 

『別にお前がダンスゲームで遊ぶのは良い…だが! その変な歌は一体何なのだっ!?』

「変とは失礼だな~。この『はなくそ音頭』は、駒王町の夏祭りとかでも普通に流れている伝統的な音頭なんだよ?」

『んなアホな……』

 

 遂にドライグが関西弁になってしもうた。

 そんなにショッキングな出来事だったかな?

 

「ちょっち休憩しよ~っと。喉も乾いたしね」

『好きにしろ……』

 

 このゲーセンは店内にジュースの自販機があるから助かってる。

 お蔭で、私みたいな連中も思い切りダンスが出来るってもんだ。

 

「喉が渇いた時は炭酸だよね」

 

 んなわけで、コーラ一択です。

 この魅力に抗える人間がいたら教えて欲しいぐらいだ。

 

「近くにあるベンチにどっこいしょ…っと」

『お前は残業帰りのサラリーマンか』

「ただの女子高生だよ」

 

 女子高生だって時にはどっこいしょって言いたくなる時があるんだよ。

 っていうか、誰にも聞かれないようにしてるだけで、世の女子高生たちは絶対に必ず一日に一回は『どっこいしょ』って言ってるよ。多分。

 

(…そういや、そろそろ『あの子』が駒王町に来るころじゃなかったっけ? 確か、なんとかっていう堕天使達に呼ばれる形で)

 

 堕天使達の名前はマジで忘れた。レイ……なんだったっけ?

 取り巻きの連中の名前はもっと忘れた。いや、本当に取り巻きなんていたかな?

 

「…ドライグさんや。今から、ちょっとした例え話をしてもいいかしらん?」

『例え話だと?』

「うん。昔々、ある所に怪我や病などを癒す力を持つ不思議な女の子がいました」

 

 勿論、この例え話の『女の子』とはアーシア・アルジェントの事だ。

 皆には言わなくても分かると思うけど。

 

「孤児だった女の子は、その特殊な能力故に数多くの人々から感謝され、やがてその噂を聞きつけた教会の人間達によって『聖女』として崇め奉られました」

『…よくある話だな』

「そんなある日、女の子がいる教会の前に一人の悪魔が怪我をした状態で倒れていました。誰にも分け隔てなく優しい女の子は、その悪魔にも手を差し伸べて傷を癒してしまいました。けど、これが拙かったのです」

 

 コーラを飲んで、一息いれてから続きを話す。

 

「女の子の持つ『癒しの力』は悪魔にも作用することが判明し、彼女は聖女から一転して『魔女』と呼ばれるようになり、教会から追放処分を受けてしまいましたとさ」

『ふん…自業自得だな。それ以前に、それは明らかな罠だろうに』

「御名答。実は、その悪魔ってのは最初から女の子を手籠めにして自分だけの肉便器にする為に、彼女の優しさに付け込む形で自分が侵入できない教会の外に追い出す目的でワザと怪我をした振りをしたんだよ」

『そんな事だろうと思った。だが、この場合は悪魔の方を一方的に悪くは言えまい。その悪魔は自分の欲望を満たす為に画策をしたに過ぎん。寧ろ、そんな見え見えの罠に引っかかる方が悪いのだ』

「本人が超お人好しで世間知らずってのも拍車を掛けてるんだけどね~」

『相棒よ。それは違うぞ』

「どゆこと?」

『本当のお人好しなら、目の前に怪我人がいたとして、まずは誰か他の奴を真っ先に呼びに行く筈だ。どれだけ特殊な能力を持っていても、人一人で出来る事なんてたかが知れている。まずは医術の知識に詳しい奴を呼び、怪我人をちゃんと診て貰ってから治癒能力を使えば一番効率が良いだろう。怪我を治した後に詳しく話を聞いて事情を把握する為にもな。なのに、その女は誰も呼ばずに怪我だけを治してから悪魔には何も聞かなかったのだろう?』

「みたいね」

『そいつは、自分一人でどうにかできる自信があったという事だ。怪我さえ治せれば万事解決すると信じ込んでいたわけだ。これを何というか知っているか?』

「さぁ?」

『傲慢というのだ。恐らく、心のどこかで『これさえあれば大丈夫』という無自覚な慢心があったに違いない。だからこそ悪魔に付け込まれてしまい、その挙句に追放される事となった。同情の余地すらないな』

「わぁ~お。辛辣ぅ~」

 

 なんて言ってるけど、実際には私も全くの同意見。

 他者に優しいのは大いに結構だけど、それが常に正しいとは限らない。

 時には、その優しさが仇となる時だってある。

 彼女の場合が、その最たる例だね。

 この世界は、そんなにも単純に出来ていない。

 

『しかし、どうしていきなりそんな話をする?』

「別に。なんとなくだよ。さぁ~ってと、休憩終わり。またハイスコア狙って踊りますかね」

『念の為に聞いておくが、次は何の曲にするつもりだ?』

「ドーバー海峡冬景色」

『そ…それは演歌なのか? それとも洋楽なのか?』

「知らない。けど、実際に収録されてるんだから仕方ないじゃない」

『このゲームの開発者の顔を見てみたい……』

「それには激しく同感」

 

 残ったコーラを一気に飲みしてから、私は再び財布片手にゲーム台へと向かっていくのでした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ゲーセンからの帰り道。

 外は暗くなりかけていて、夕闇が見え隠れし始めている。

 

「いや~…踊った踊った。まさか、あれから更に『マジンガーZ』と『おれはグレートマジンガー』と『宇宙の王者グレンダイザー』でもハイスコアを叩き出せるとは思わなかった。今度は『ゲッターロボ!』でもチャレンジしてみるか…?」

『どうしてマジンガー三部作のOP全部が収録されてたんだ……』

「今でも非常に根強い人気があるからじゃない? 私も割と好きだよ?」

 

 昔のアニメには、昔にしかない魅力ってのがあるよね~。

 だからつい、今でもレンタルショップでも時折、借りてしまう事がある。

 

「はぁ…この廃工場。どうして早く取り壊さないのかなぁ~…」

『単純に金が無いんだろ?』

「世知辛いね~」

 

 私の住んでるアパートに帰るには、どうしてもこの廃工場跡の前を通る必要がある。

 ここって確か、隣町から彷徨ってきた浮浪者がやって来たり、是非とも世界の為に爆発して欲しいカップルなんかが肝試しに来たりしてるんだよな。

 普通に危ないから、なんとかして欲しいってのが一人の町民としての切なる願いなんですけど。

 

「あ~…ドライグ?」

『皆まで言うな。分かっている』

「ん…ありがとね」

 

 完全に闇と化している廃工場の中から、鋭い爪を持つ細く巨大な腕がゆっくりと私の方へと近づいていく。

 けど、私は気にせずに前を向いたまま神器を発動。

 両手に真っ赤な手甲が装着され、右手の甲には特徴的な緑色の宝玉が。

 一見すると単なる防具のようにも見えるが、実際には全く違う。

 

「私さ~…前々から一度でいいから言ってみたい台詞があったんだよね~」

『ほぅ…それはなんだ?』

「それはね~…」

 

 両手を振り上げてからクイクイっと動かす。

 すると、私に近づいてきていた怪しい腕に無数の赤い線が入り、そこから音も無く血飛沫を上げて地に伏した。

 勿論、廃工場には傷一つとしてついてはいない。

 

「『お前はもう死んでいる』」

 

 私に手を伸ばしてきた『何か』には一切目もくれずに、そのまま真っ直ぐに歩き続ける。

 同時に、神器も解除してから生身の手に戻す。

 

『相棒ならば、北斗神拳を習得できそうな気がするな』

「流石に無理でしょ~。まだ死兆星は見たくないよー」

 

 この後、この廃工場にグレモリー一味がやって来たかは不明。

 正直言ってどうでもいい事だけどさ。

 今日の晩御飯は何にしますかね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初よりも大幅に変更して、アーシアとの出会いを無くしました。

そして、次回から本気で頑張っていきます。

もう二度と、あんなことにはならないように頑張ります。


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面倒くさいので、相談に乗る

全力改変その2。

勿論、前とは全てに渡って違います。

それと、正確には前の話の後半部分から大幅修正をしているので、こっちを読む前に出来ればそちらを呼んでくださった方がいいかもしれません。







 今日も今日とて、のんべんだらりと屋上にて日向ぼっこ~っと。

 天気が良くて本当に良かったよ。

 といっても、いつもいつもこうして屋上で寛げるって訳じゃないんだけどね。

 雨の日や雪の日は当然だけど、夏の猛暑日とかも普通に不可能。

 熱射病になって病院送り待ったなしだからね。

 流石の私も、そこまでして屋上にいたいとは思わない。

 そんな時は大抵、もう一カ所の私の憩いの場である図書室にて静かに読書でもしているのですよ。

 駒王学園の図書室って何気にラノベとかも置いてるから、暇を潰すのにはもってこいなんだよね~。

 

「もうそろそろ、私が好きなラノベの新刊が発売する日だな…。ちゃんと忘れずに買いに行かないと」

『お前は、そんな所はしっかりしているな』

「そんなに褒めないでよ。照れるじゃない」

『別に褒めたわけではないのだがな……』

 

 こうしてボーっとしている時間も大切だよねー。

 一人で物思いに耽るってマジで好き。

 けど、そんな私の憩いの時間を邪魔する人物が、今日もまたやって来るわけでして。

 

「相良さぁ~ん!!」

「来たか……」

 

 またもや登場の生徒会長殿。

 けど、今回はちょっと様子が変だ。

 いつもはキリッとしてて眼鏡キラーンなのに、今日はまるで近所の悪がきに泣かされた小学生女子みたいな顔になっている。

 

「一体どうしたのさ?」

「また例の三人組がやらかしたんですよ~! それで生徒会に沢山の抗議が殺到して……」

「あ~…彼らね」

 

 例の三人組ってのは言わなくても分かるとは思う。

 そう…いつもいつも覗きばっかりやっているにも拘らず、馬鹿みたいな言葉で場を濁した挙句に何故かいつも注意だけで終わっているアイツらのことだ。

 多分、学校のイメージを保つためにあのシスコンお兄様理事長が隠蔽しているんだろうな。

 

「私だって、どうにか出来ればとっくの昔にどうにかしてるわよ! けど、幾ら注意をしても全く聞く耳を持たないんだもの! も~!!」

 

 敬語が完全に消えて、素の口調で私に抱き着きながら本音をぶちまけている。

 いつもの彼女からは想像も出来ない事だ。

 

(気のせいか…前に見た時とは随分とキャラが変わっているような…)

(生徒会長なんて身も心も疲れるような役職にいるんだもの。ストレスが溜まって普段つけている仮面が外れることだってあるでしょ)

(難儀な奴だな……)

 

 言ってやりなさんな。彼女だって彼女なりに頑張ってるんだからさ。

 流石に、有無を言わさずに抱き着いてきたのは初めてだけど。

 

「なんつーかさ…今までの処分が中途半端だったんだよ。だから、あいつらも調子に乗るんじゃないかな?」

「確かにそうですが…では、どうしたら……」

「やっぱ……『文明の利器』を使うしかないんじゃない?」

「そう…なっちゃいますかね……」

 

 私が言った、この『文明の利器』とはズバリ『防犯カメラ』の事だ。

 生徒のプライベート云々とかいうお題目の上で、この学園には防犯カメラは疎か警備員すらもいない。

 だからこそ、彼らは好き放題に暴れているんだろう。自分達を制裁する存在がいないから。

 

「仕掛ける場所は、彼らがいつも覗いている女子更衣室の窓際だね。しかも、普通のやつじゃダメ。小さくて高性能な奴が最もベスト。よく高級ホテルとかにある系の代物ね」

「出費が嵩みますね……」

「そうかもしれない。けど、そんな事を言ってたら、いつまで経っても何も解決しないよ?」

「御尤もです……」

 

 …なんだかんだ言って、私も彼女の事は非常に高く評価してるしな。

 基本的に三大勢力は嫌いなのだが、例外というものは存在している。

 種族云々に関係なく、普段から一生懸命に頑張っている人は私も応援するようにしている。

 このシトリーさんも、その数少ない例外の一人だ。

 彼女だけは、他の悪魔たちとは違って理知的で話が分かる人物だから。

 いい機会だし、偶には協力してあげますか。

 

「けど、カメラだけじゃ決定打に欠けるかもしれないな……」

「と、言うと…?」

「やっぱし、やるなら徹底的にするべきでしょ」

 

 中途半端は許さない。それが加奈ちゃんクオリティ。

 これ、次の中間テストに出るよ。

 

「まずは、被害者である女子達の証言を集めるところから始めた方が良いと思う。世間ってのは往々にして被害者の味方をしてくれるから。学校内に味方を作るんじゃなくて、学校外に味方を作り出すべきだよ」

「覗きの実態を世間に公表する…ということですか?」

「そゆこと。もう今更、学校の評判とか言ってる場合じゃないでしょ。後は、女子達を中心に署名とかを集めた方が良いかもね。つっても、約数名は除いて…だけど」

「それは分かります」

 

 この『約数名』とは勿論、グレモリーの連中だ。

 アイツ等は絶対に兵藤一誠の味方をするに決まっている。

 だからこそ、奴らにだけは秘密にしないといけない。

 

「現行犯で捕まえる為に、警察の人にも来て貰った方が良いかも」

「警察まで動かすんですか?」

「当然。生半可な事じゃ、奴らの犯行は食い止められないよ」

「わ…分かりました」

 

 それでいい。私はただアドバイスをしているだけに過ぎない。

 実際にするかどうかは彼女に委ねている。

 

「彼らが覗きをする時間帯に来て貰って、目の前で捕まえて貰う。最もシンプルで確実な方法だ」

「ですね。問題は、どうやって頼むかですが……」

「ちゃんと事情を説明すれば、普通に来てくれそうだけど」

 

 この町の治安って表面上は平和そのものだから、警察は寧ろ暇してるでしょ。

 言えばきっと来てくれるに違いないよ。

 

「もひとつおまけに『とっておきのダメ押し』もやっておいた方が良いかも」

「ダメ押し…とは?」

「ネット上に顔と名前を晒した上で、奴らが仕出かしたことを全部暴露する」

「や…やりすぎでは?」

「確かに、普通ならばネット上に顔や名前を晒すのはタブーだけど、アイツ等だって人としてやってはいけない事を日常的にしまくっている。やられたって仕方がない事でしょ。だって、やってる事は完全に犯罪だよ? なぁなぁで済ませていい事じゃない」

 

 彼らの為にも、これはしなくてはいけない事だ。

 生半可なことじゃ、あの三人を真人間には戻せないだろう。

 

「前に、私も着替えを覗かれたことあったしね……」

「今……なんと言いました?」

 

 …ん? なんか急に会長の雰囲気が変わった?

 心なしか、彼女の身体からドス黒いオーラが出ているような……。

 

「相良さんも…覗かれてしまったんですか…?」

「う…うん。一回だけね」

 

 すぐに体を隠してから更衣室を出たから被害は最小限で済んだけど。

 

「私の大切な相良さんの着替えを覗くなどと……万死に値する…!」

「ひぃっ!?」

 

 こ…怖っ!? マジで怖っ!?

 これが会長の本性なのか…!?

 

「…覚悟完了しました。今までの鬱憤を晴らすのを含めて、やってやってやりまくります。万が一の時には家の力やお姉さまの力も遠慮なく借ります…!」

「そ…そっか…ガンバレ」

「はい!」

 

 会長のお姉さんって、あの痛い格好をしてる魔王さんだよね?

 見た目はアレでも、実力はちゃんと魔王だから凄いよな…。

 

「…ところでさ、いつまでこうして抱き着いてるの?」

「へ? 抱き着き……えぇっ!?」

 

 ここで驚くって事はまさか…いままで完全無自覚だったの?

 どんだけストレスが溜まってたんだよ……。

 

「はぁ……しゃーない。ほれ」

「ふわぁっ!?」

 

 さっきまでは彼女から一方的に抱き着かれている状態だったけど、今度は私から軽く抱きしめた。

 会長の顔を自分の胸に押し付けるようにして、その頭をそっと撫でる。

 

「人肌の温もりは癒し効果があるって聞いたことがあるし、会長だってたまにはこうして誰かにギュッってして貰ってもいいでしょ」

「相良さん……♡」

 

 ん~…自分でやっておいてあれだけど、激しく百合の気配がしますな。

 別にガールズラブ否定派じゃないから構いはしないんだけどさ。

 

「少しの間、こうしててもいいよ。どうせ暇してるしね」

「ありがとうございます……」

「どういたしまして」

 

 生徒会長ともなれば、色んな意味で皆から近寄りがたい存在として認識されるだろうから、嫌でもストレスは蓄積していくんだろうな。

 恐らく、生徒会のメンバーも彼女の事を気遣いたくても気遣えないってのが実状なんだろう。

 

「私の事を等身大で見てくれるのは相良さんだけです……」

「生徒会の皆や、自称友人の彼女とかは?」

「生徒会の子達は私に対して変な方向で気遣って遠慮してしまっていますし、リアスに至っては頭の中身がパッパラパーなので真面な会話にすらなりません」

「仮にも親友に凄い事を言うんだね…」

「事実ですから」

 

 リアス・グレモリーに関しては全力で同意するけどね。

 生徒会のメンバーは…確か、全員が会長の眷属でもあるんでしょ?

 それなのに壁があるのは問題なのでは?

 休日とかに皆で一緒に遊びに行くとかして、交流を図ればいいとは思うんだけど……。

 

「あの…不躾で申し訳ないのですが……」

「どったの?」

「…相良さんの事を『加奈さん』と呼んでもいいでしょうか…?」

「別にいいよ? それぐらいなら全然構わないよ」

「ほ…本当ですかッ!?」

「こんな事で嘘を言ってどーすんのさ…。その代り、私もそっちの事を『ソーナ』って呼んでもいい?」

「も…勿論です! どんどん呼んでください!」

「う…うん…」

 

 思った以上にグイグイと来るな…。

 けどまぁ……こんなのも悪くは無いか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「なんか本気で百合に目覚めそうになった一日だった……」

 

 帰り道。私は今日の出来事を思い出して頭を抱える。

 私自身、ソーナの事が嫌いじゃないどころか、一人の女性として好意的に見ているから質が悪い。

 

『気にするな。愛には様々な形があるものだ』

「まさか、ドライグの口から『愛』なんて単語が飛び出すとは思わなかった」

『何を言う。歴代の赤龍帝の中には、普通に結婚をして家庭を作った者達もいるんだぞ? そいつらの事を間近で見ていれば、こんな言葉も言うようになるもんだ』

「そーゆーもんなのかしら……」

 

 今までの人生の中で恋愛経験なんで一度も無いから、こんな時にどうすればいいのかなんて全く分らない。

 けど…ソーナに抱きしめられて、嫌な気分はしなかったんだよな……。

 

 悶々とした頭のまま、私は鍵を開けてから部屋へと入った。

 

「ただいま~…って、誰もいないんだけど」

「おかえり」

 

 ……は? 返事が返ってきた?

 この部屋には誰もいない筈なのに?

 慌てて部屋の中を見てみると、そこにはのんびりとお茶を飲みながら、まるで自分の部屋であるかのようにリラックスをしている黒髪ロンゲで全身真っ黒な服装の美男子がいた。

 

「久し振りだな、加奈」

「ア…ア…アブデルゥッ!?」

 

 私にとって数少ない異性の知り合いにして、自分勝手な理由で半ば強制的に私の守護天使になったロリコン変態熾天使が普通に居座っていた。

 

 

 

 

 

 

 




ソーナとなんだか百合百合な事になり始めました。

ついでに、新しいキャラも登場。

本当は最初から出す予定でしたが、話の流れで出すタイミングを失ってしまったので、再編集する際に登場させることにしました。


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面倒くさいので、取り敢えず首絞める

ようやく再スタート地点に戻ってきました。

まさか、アブデルの元ネタを知っている人がいるとは思いませんでしたけど……。







「ア…ア…アブデルゥッ!?」

 

 玄関を開けたら、まさかの人物が普通に寛いでいました。

 相も変わらず、我が物顔で座りおってからに…!

 

「アブデル……」

「ん? どうしt…」

 

 鞄を置いてから、私はゆっくりと彼に近づき、そして……。

 

「な・ん・で・お・ま・え・が・い・る・ん・だ・よ……!」

「死ぬ…死ぬ…別の意味で天界に戻ってしまう…!」

 

 全身全霊を込めて首を絞めてあげました♡

 顔が真っ青になって、口から泡を吹き始めたので離してあげたけど。

 

「ゲホッ! ゲホッ…! 全く…折角の再会なのに、いきなり首を絞める奴があるか!」

「乙女の部屋に無断で侵入してる奴が言うな! つーか、一体どうやって部屋に入ったのさっ!? ちゃんと鍵は閉めていったはずだけどッ!?」

「そんなの簡単だ。霊体の状態で壁を透過して部屋へと入り、その後に室内にて受肉をしただけだ。な? 簡単だろ?」

「…………」

 

 もう呆れてものも言えない。

 一体どこに、そんな方法で不法侵入をする天使がいるか……。

 あ、目の前にいたわ。

 

「つーか、確かアブデルって一ヶ月ぐらい前に私の目の前でガブリエルから耳を引っ張られながら天界に強制連行されてなかったっけ?」

「あの時は不覚を取っただけだ。そもそも、大天使如きが熾天使であるこの俺にあんな事をすること自体が不敬なのだ」

「だったら熾天使としての自覚を持てよな……」

 

 ほんっと……どこまでも唯我独尊を地で行く天使様ですよ…。

 一応紹介をしておくと、こいつの名は『アブデル』といって、地域によっては『アブディエル』とも呼ばれている熾天使だ。

 因みに、熾天使ってのは天使たちの階級の一つで、一番上…つまりは主である神に最も近い天使とも言える。

 特に、このアブデルは神から最も多くの加護を受けている熾天使で、そのお蔭か数多くいる天使達の中でも最強レベルの実力を持つと言われている。

 天上界の戦争の時にサタンことルシファーの反乱に際し、他の天使たちはルシファーの言葉によって同じように反旗を翻し始めていたにも拘らず、彼だけはその言葉を真っ向から跳ね除けて、更には戦いの際には常に最前線で戦い続け、敵の総大将であるルシファーの脳天に剣の一撃をお見舞いして十歩も引かせた挙句に膝を付かせたという偉業を成している。

 前に『どうして、そこまでの戦闘力を持っているの』って尋ねたら、こいつは真顔で『神への無限の愛があるからだ』と言いやがった。

 あの時は普通にドン引きしました。

 

「ここまで来るのに苦労したんだぞ? 完全に腑抜けているミカエルのアホは簡単に出しぬけるから良かったが、無駄に真面目なガブリエルを始めとする連中の目を欺くのにどれだけ頑張ったか……」

「その頑張りを、もっと別の事に活かさんかい」

 

 こいつほど、才能の無駄遣いをしている天使もいないだろうな……。

 

 ついでに、こいつがどうして私の守護天使なんてことをしているのかも説明しておくと、アブデル曰く『自分の好みに見事に合致した美少女だったから』らしい。

 ある日突然に私の目の前にやって来て、こっちが混乱している間に守護天使としての契約を勝手にしやがった。

 普通ならば双方の同意が無いと絶対に不可能な筈なんだけど、そこは腐っても熾天使。力技で無理矢理に契約させやがりましたのよコンチクショー。

 

「言っておくが、今回は前回のような不覚は絶対に取らんぞ。少なくとも、今年一年間は絶対に地上にいるからな」

「なんでさ」

「夏コミと冬コミがあるからに決まっているだろうが!! もう既に今年の会場や参加予定のサークルの情報などは入手済みだ! 勿論、どのルートで回るかも綿密に計画している。今年の夏休みと冬休みは覚悟しておけ!」

「私も行くこと前提かい。まぁ…行くけどさ」

 

 私も気になるサークルとか色々あるし。

 久し振りに行ってみたいとは思ってたんだよね。

 

「ところで加奈よ。一つ聞きたいのだが……」

「何よ。唐突に」

「お前…俺が少し目を離した隙に何かと契約でもしたか?」

「契約? なんでそんな事を聞くの?」

「お前の身体から、人間とは別の気配を感じるからだ。なんとも懐かしいような、そんな気配がな」

 

 流石は熾天使。こっちが説明するよりも早く気が付いたか。

 これは手間が省けそうだ。

 

『それはもしや、俺の事か? 熾天使アブデルよ』

「こ…このマダオ声は……忘れる筈も無い! 貴様、赤龍帝ドライグかっ!?」

「その通り。ほら」

 

 耳付近の髪を掻き上げてから、ピアス状態になっているドライグを見せた。

 すると、突如としてアブデルの顔が固まった。

 

「ば…馬鹿な…! 俺が天界へと戻された時には、こんなものは無かったぞ…! どういう事だっ!? ちゃんと納得が出来るように説明しろ!」

「へいへい。言われなくてもちゃんとしますよ~」

 

 つーわけで、魅惑の説明タ~イム。

 かくかくしかじか。かくかくうまうま。

 

「つまりあれか? 元の宿主が余りにも酷過ぎたので、瀕死になっている隙を狙って偶然にも傍にいた加奈に移った…と?」

『要約すれば、そうなるな。無論、その時にも一悶着あったりはしたが、加奈の才能のお蔭で籠手以外の形態にも自在に変化できるようになり、ドラゴンのオーラの放出を極限まで減らす事には成功した』

「そうか…加奈の才能のお蔭…か……」

 

 さ…流石に怒った…かな?

 なんか体を震わせてるし……。

 

「よくやった!!」

「ふにゃぁっ!?」

 

 なんかいきなり抱きしめられたッ!?

 今日はよくよく誰かとハグをする日だな。

 

「この俺が守護をする人間なのだから、それぐらいのことはやって貰わねばな! フフフ…俺の目は間違いではなかったという事か!」

「さいですか…それよりもさ、離してくれませんかねぇ?」

「なんだ? もしかして照れてるのか? まぁ…無理もあるまい。俺のような絶世の美男子に抱きしめられているのだから、年頃の女の子としては照れてしまうのも当然というものだ」

「そういう事じゃないんだけどな……」

 

 自画自賛っぽく聞こえるけど、こいつが美男子なのは紛れもない事実だからムカつく。

 ここが自分の部屋で本当に良かったと思うよ。

 もしも外で同じような事をされたら、絶対に変な噂を流されてしまう。

 

「あぁ…それとも、今日の学校での出来事を気にしているのか?」

「んん?」

「大丈夫だ。俺はBLは完全否定派だが、最近になって見識を広めてな。GLは全く問題無く受け入れられるようになった。まさか、まだまだ俺にも成長の余地があるとはな……つくづく、美少女とは素晴らしいものだ……」

「…もしかして、見てた?」

「見てたとは何にをだ?」

「学校での出来事」

「見てたとも。俺はお前の守護天使だからな」

 

 いや…別に何もいやらしい事はしてないんだから見られてもいいんだけどさ…。

 けれど、なんでかな…妙に腹立つ。

 

「俺の目は千里眼なんて目じゃないからな。その気になれば、どこでもいつでも見放題だ」

「あっそ」

 

 普通に聞けば危なく聞こえるが、こいつはこいつで熾天使らしく最後の一線だけは絶対に越えようとしないからな。

 その点だけが唯一、安心できるんだよね…。

 

「例え、相手が悪魔の少女であっても、俺は普通に祝福するぞ。悪魔もまた主の被造物なのだから問題無し! 寧ろ、俺としては『無気力少女×生徒会長少女』のカップリングに一筋の光を感じている。頑張れよ!」

「何をだよ。何を」

 

 天使にしては珍しく、こいつも私と同じで種族云々で相手を見たりはしない。

 どこまでも中身で見るタイプで、本来は天使とは不倶戴天の敵である悪魔に対しても、ちゃんと評価できる相手には敬意を表している。

 

「それに比べ、例のサーゼクスの妹はアレだな。全部がダメだな」

「私もそれには同意するけど、見た目だけは美少女じゃない?」

「いいや違う! あれは美少女ではなくて『美女』だ! もう完全に体が大人になっている! 俺の守備範囲外だ!!」

「どう違うのよ……」

「分からんか? 例えば、お前や例の生徒会長は『美少女』だが、グレモリーの娘とバラキエルの娘は『美女』だ。美少女ならば大歓迎だが、美女はいらん!」

「その境界線が本気で分からない……」

 

 これは完全にアブデルが勝手に引いたものだからな…他人には理解出来なくて当然か。

 というか、理解出来てしまったら色んな意味で終わりだと思う。

 

「日本神話の神々にちゃんと許可を取らずに、勝手にこの町の管理者を名乗る。その時点でも相当に論外だが、ちゃんと仕事さえしていれば文句は無い。だが、あの女の場合は碌に仕事もしていないではないか! 加奈も知っているんだろう? この町に下級の雑魚堕天使が数匹ほど紛れ込んでいる事を」

「知ってるよ。ついでに言えば、はぐれ悪魔も結構な頻度でやって来てるね。この間も一匹殺したし」

「全く以て嘆かわしい……。悪魔とは良くも悪くも契約や役目を重要視する種族だというのに、それすらも出来なくなってしまったら、いよいよ世界にとっての邪魔者にしかならないじゃないか」

「だよね~。今頃は、優雅にお紅茶タイムと洒落込んでるんじゃないの?」

「呑気なもんだ。もしや、堕天使達が入り込んでいる事にすら気が付いていないのではあるまいな?」

「それは流石に無いみたいよ? つっても、被害者が出てから初めて知ったっぽいけど」

「ドライグが一番最初に宿っていたというガキか。事件の被害者から話を聞いて初めて知るなど論外過ぎるな。俺が知っている上級悪魔ならば、己の領地に部外者が近づいただけでも瞬時に気配を察知してみせたものを」

「今までずっと甘やかされて育てられてきた子に、そこまでの事を期待するのは酷ってもんでしょ。あの手の輩には最初から何も期待なんてしない方が良いんだよ。じゃないと、痛い目を見るのはこっちの方なんだから」

「道理だな」

 

 そういや…いつまで私はアブデルに抱きしめられてるのかしらね?

 もうそろそろ本気で離して欲しいんだけど。

 こいつの温もりで普通に眠くなってきたからさ。

 

「これから、どうする気だ? お前がその気になれば、下級堕天使の百匹や二百匹ぐらい楽勝だろうに」

「面倒くさいから動きたくない。そもそも、下級堕天使退治に私が動くとか、台所に出たゴキブリに核兵器をぶつけるようなもんじゃん。しかも、今の私はアブデルの加護も受けてるから、熾天使としてのアンタの力も引き出せるようになってる。そうなるともう、核兵器どころか水爆級になっちゃうじゃん」

「そこは手加減をすればいいんじゃないのか?」

「どれだけ手加減をしても、生かして捕えられる自信が無い。だって、溜息一つで殺しちゃいそうなぐらいに弱いんだもん」

「ならば、このまま放置しておくのか?」

「私はね。放っておけば、いつかはリアス・グレモリーがどうにかするでしょ? 無能と雑魚でいい勝負にはなるんじゃないの?」

 

 原作じゃ一発だったけどね。

 それも、当人に宿っている『消滅の魔力』のお蔭だけど。

 あいつがもしもグレモリーじゃなかったら、冗談抜きでそこら辺の雑魚にすら劣ると思うのは私だけじゃない筈だ。

 

『…熾天使アブデルよ。お前に少し聞きたい事があるのだが……』

「どうした? 同志ドライグよ」

『いつから、お前の同志になった? いや、それは別にいい』

 

 いいのかよ。

 

『前から、お前と加奈はこんなにも距離が近い関係だったのか?』

「距離が近い…か。言われてみれば、出会った当初から加奈は俺に対して遠慮なんてしてこなかったな」

「その出会い方が最悪だったからね」

 

 遠慮をする気も、尊敬する気も完全に失せてしまったわ。

 私から見たアブデルは、単なる『ロリコン変態オタク野郎』だよ。

 

『恋仲…ではないのだな?』

「「違う違う」」

 

 恋仲? 私とアブデルが? 冗談でも有り得ないでしょ。

 

「私にとってのアブデルは悪友って感じ? 性格は最低だけど一緒にいて面白いしね」

「美少女とは愛でるものであって、そこに恋愛感情を持ち込むなぞあってはならんのだ」

『二人揃って完全否定か。その割には距離感がおかしくないか?』

「「そう?」」

 

 偶に言われる事があるけど、よく分からないんだよなー。

 そんなに私達の関係性って変かな?

 

「あぁー…もう無理。マジで眠たくなってきた。アブデルー…抱き枕になって~。少しだけ仮眠するからさー」

「お前の抱き枕ならば喜んでやってやろう。眠りゆく美少女に抱かれるなど、男として光栄の極みだからな」

 

 なんかゴチャゴチャと言ってるけど、眠気が完全に頭を支配し始めたからよく聞こえませーん。

 瞼も重くなってきたし…このまま本能とアブデルの温もりに身を委ねながら寝よう……。

 起きたら久し振りに二人分の夕飯を作って、それから……。

 

 

 

 

 

 

 

 




新キャラとなる熾天使のアブデルですが、加奈とは本当に恋愛感情云々は有りませんし、これから発展する可能性も皆無です。

この二人は俗に言う『恋愛感情ゼロだけど距離感がバグっている男女』ってやつです。

なので、まだまだソーナとの百合ルートに突入する可能性は大いにあります。


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面倒くさいので、友人と外食する

今回は、原作よりもかなり早めに『とあるキャラ』を登場させます。

それによって、次の原作イベントを一足飛びにスキップさせる腹積もりです。

ここまで言えば、勘のいい読者さんはもうお気付きかと思います。

大丈夫。別に私は勘のいい読者さんは嫌いじゃないですよ?

キメラになんてしませんとも……多分。


 ある日の夕方。

 私は『昔からの友人』に呼び出される形で、行きつけのお好み焼き屋『南斗鳳凰軒』に来ている。

 ここの店長とも知り合いで、よくサービスして貰ったりしてる。

 なんでか、この店で働いてるバイトさんって全員揃ってモヒカンで強面なんだけど、中身は割といい奴らなので問題無い。

 

「ぬはははははははははっ! お客様は皆、下郎!!」

 

 どう考えても、めっちゃ失礼な事を言っているおでこにポッチみたいのがあるマッチョイケメンが、この店の店長の『サウザー』。

 絵に描いたような暴君だけど、実際に話してみると単なる面白い男に過ぎないことが分かる。

 格闘技の腕は超一流らしいけど。

 因みに、こんな店を経営している癖に好物はカレーらしい。意味不明。

 

「よく、あんな接客で繁盛してるな…この店」

「いや…寧ろ、あれが面白くてリピーターが多いらしいよ?」

「今の世の中…何がウケるか本当に分からんな……」

 

 そんな風にしみじみとしながら、目の前にある豚玉のお好み焼きを食べているホスト風の金髪イケメンは、割と皆も知っているであろう『ライザー・フェニックス』その人だ。

 

 原作では本当のチャラ男だったが、この世界線では全く違う。

 地上に密かに存在しているフェニックス家が設立した会社に、身分と名前を全て隠した状態で下っ端から頑張り続け、今では独立をして自分で会社を立ち上げて立派に経営をしているという、正真正銘の努力家でありビジネスマンでもあるのだ。

 それは偏に『兄たちにも負けないような立派な男になる為』という思いがあったからだ。

 基本的に三大勢力に属している連中は毛嫌いしている私だけど、ソーナと彼、彼の妹さんや眷属の皆は数少ない例外で、私にとっても大切な親友になっている。

 どこでどんな風に知り合ったかは…今はまだ内緒にしておこう。

 

「暑苦しい事この上ないが、久し振りにお好み焼きを食えるのであれば多少は我慢もしようではないか」

「相変わらず、この熾天使サマは超上から目線だな……」

「だって、偉いもん」

「もんって……」

 

 私の隣でもんじゃ焼きを食っているアブデルに呆れるライザー。

 天使と悪魔という、本来ならば敵対する者同士の二人なのだが、どこか波長が合うのか不思議と仲がいい。

 実際、この二人が並ぶと絵になるしな~。

 

「そういや、ここってドリンクにシェイクがあるんだよ」

「何でシェイク? そーゆーのって普通はハンバーガーショップ的な店で売ってるもんじゃないのか?」

「サウザーが好きだかららしいよ。当の本人は上手に飲めなくて苦労してるみたいだけど」

「アホなのか…?」

 

 アホってよりはピュアなんだよ、きっと。

 

「あ…そういえば、ここに来る前に変な奴に絡まれたんだよ」

「変な奴って?」

「男の堕天使だ。町に入った瞬間から気配を感知はしていたんだが、まさか本当に遭遇するとは思わなかったから、少しだけ驚いちまった」

「あ~…」

 

 アイツか~……。

 確か名前は……忘れた。ドー…なんとかって感じじゃなかったっけ?

 

「ライザー、その堕天使はどうしたんだ?」

「こっちの顔を見た途端に血相を変えて襲い掛かって来たから、思わず反撃して消し炭にしてしまった。拙かったか…?」

「いや……多分、大丈夫だと思うよ?」

 

 アイツって、原作でも大した活躍とかしてなかった筈だし。

 殆どモブキャラに等しい存在じゃなかったっけ?

 

「しかし、リアスの奴は何をやってるんだ? 仮にも、この町はあいつが管理をしている場所なんだろう? 他勢力の奴が堂々と入り込んでいるのに、動こうともしないのはどうなんだ?」

「相手が雑魚以下の下級堕天使だから、いつ動いても問題無しとか思ってるんじゃないの? 今頃はご自慢の部室で優雅に眷属の連中とティータイムを洒落込んでるよ」

「はぁ……自分の力を過信し過ぎだろう……」

 

 ありゃありゃ。ライザーが頭を抱えて溜息を吐いてしまった。

 彼にとってもリアス・グレモリーの話は決して他人事じゃないからなぁ~。

 そこら辺はまぁ…言わなくても分かるよね?

 そう…彼はあの無能姫さんの婚約者……だったんだ。過去形。これ重要ね?

 

 婚約自体は親同士が決めた事で、ここまでは原作と一緒だったんだけど、ここから先が全く違う展開になっている。

 まず、無能姫は原作通りに婚約を嫌がってるけど、今回はライザーも一緒の気持ちだった。

 彼は眷属の女の子たちを一番大切にしているし、それと同じぐらいに自分の血脈と『魔王の妹』という肩書を持って調子に乗っているリアス・グレモリーを好きではない。

 本人は『リアス個人』として見られたがっていたけど、第三者から見たらどう考えても調子に乗ってるのが分かる。

 彼女のその『無自覚の矛盾』をライザーは嫌っているのだ。

 

「確か、もう婚約自体は破棄してるんだっけ?」

「まぁな。リアスの方は何も知らないようだが」

「何故だ?」

「グレイフィア殿の話によると、意地を張って実家とはあまり連絡を取りたがっていないようなんだ」

「ソイツはバカか? 一体どこに意地を張る要素がある?」

「自分一人でもやっていけると家族に示したいんだろうさ。それが更に心配させるって事も理解せずにな。全く…図体だけデカくなっても、中身はまだガキのまんまなんだよ。だから、俺はあいつとの婚約は嫌だったんだ」

「ライザーじゃなくても、まともな神経をしてる男なら、誰もが即座に断ると思うよ」

 

 どれだけ美人でスタイルが良くても、我儘放題の女なんて願い下げだろう。

 

「あの堕天使共…このまま放置してもいいのか? 俺達にとっては取るに足らない雑魚であっても、一般人にはそうもいかないだろう? 一部、例外はいるようだがな……」

 

 チラっとライザーが店内を見渡すと、そこではYの字になって店のど真ん中で大爆笑をしているサウザーがいた。

 あ、また何処からかやって来たターバンのガキに太腿をナイフで刺されて絆創膏を貼ってる。

 もう完全に、この店の日常的な光景になってるよね…あれ。

 

「あの男ならば、下級は愚か、上級堕天使とかでも普通に薙ぎ倒しそうな気がする……」

「アレに倒されたら、死んでも死にきれんな……」

 

 多少、頭が可愛そうなだけで、割といい奴ではあるんだけどね。

 

「まぁ…堕天使達に関しては放置しておけばいいよ。ライザーも知ってるとは思うけど、私は基本的に厄介ごとには関わりたくはないし、例え相手がどれだけ弱くても、無駄な戦いは絶対にしない主義なの。向こうから私に喧嘩を売ってきた場合は話は別だけど」

 

 万が一にでもそんな事が有ったら、この世に生まれてきたことを心から後悔させながら、存分に苦しませてからぶち殺すよ。

 勿論、死んで魂だけの状態になっても、無限に苦しみ続けるように細工をしてね。

 

「ところで、どうして私達を呼び出したのか、その本題をそろそろ話してくれないかな?」

「おっと…そうだったな。忘れかけるところだった」

 

 豚玉を食べ終えたライザーは、新しいお好み焼きを作りながら私達を呼んだ本当の理由を話し始めた。

 

「加奈は、ユーベルーナの事は知っているよな?」

「確か、ライザーの眷属の『女王』さんだっけ?」

「そうだ。でだ…その…今度、ユーベルーナに告白をしようと思ってるんだ……」

「「ほほぅ?」」

 

 私とアブデルの目が怪しく光る。

 アブデル的にはユーベルーナは全く持って好みじゃないが、それとは関係なく天使らしく恋バナの類の話が好きだった。本当に聞くだけで終わるけど。

 

「だが、いざ告白をしようと決意した途端、なんて言えばいいのか分からなくなってしまったんだ! あいつとは俺がまだ若輩だった頃から、ずっと支え続けてくれた仲…こんな風に緊張するなんてことは今までに一度も無かったのに……」

 

 完全にライザーが思春期の男子高校生的な事になってますね。

 これはこれで珍しいから面白い……!

 

「頼む! 自分でも情けないとは自覚している! だが、マジでなんて言って結婚を申し込めばいいのか分からなくなってしまったんだ! 何でもいいからアドバイスが欲しい!」

 

 あのライザーが頭を下げてる…またもや珍しい光景を目にしたな。

 こいつからしたら、文字通り一世一代の大勝負だしな。無理も無いか。

 

(けど…コレ系の事で私にアドバイス出来ることって何にも無いからな~)

 

 これまでにも恋愛ゲームを何本もクリアしたことはあるけど、その知識じゃ絶対に参考にならないし……。

 そもそも、恋愛経験ZEROな私に結婚を申し込む際のアドバイスとかおかしくない?

 

「…ライザーよ。そのユーベルーナとかいう女とは一番長い付き合いだとか言っていたな?」

「あ…あぁ…そうだが……」

「成る程な。お前が言葉に詰まる理由が分かったぞ」

「ほ…本当かッ!?」

 

 流石は熾天使。現代に染まり切っても、その本分だけは忘れないってか?

 

「今の貴様は、恋愛漫画やゲームなどでよくある展開になっているのだ」

「よくある展開…だと?」

「そうだ。幼い頃からよく遊んでいた仲のいい近所の女の子…俗に言う『幼馴染の女の子』。幼稚園児や小学生の頃は全く気にしてなんかいなかったのに、中学生や高校生になった途端に異性として意識し始め、やがては本気で恋心を抱いてしまう。だが、最も身近いたが故になんて告白をすればいいのかが分からない。今のお前はまさにそれだ!」

「そ…そうだったのか…!」

 

 えっと……つまりはどーゆーことだってばよ?

 私にはさっぱり分からなかったんですが?

 ドライグ、分かった?

 

(いや…俺にもサッパリだ。というか、今回初めての台詞がこれなのか…?)

 

 大丈夫だって。次回は前みたいに普通に会話に混ざれるよ……多分。

 

「今のお前にとって、その幼馴染こそがユーベルーナに該当するのだ。近すぎるが故に言うべき言葉が分らない。見つからない。心配するな。その感情は、世に生きる男ならば誰もが一度は必ず経験する事だ。決して恥じなどではない」

「アブデル……」

 

 なんか、私を差し置いて男の友情パートに入りましたよ~。

 今の内に、私に自分の分の追加のお好み焼きを焼いておくか。

 今度は広島風にしますかね。

 大阪風と広島風、加奈ちゃんはどっちも大好物です。

 

「ライザーよ、お前がするべき事はたった一つだ。たった一つのシンプルな答えだ」

「それは一体……!?」

「貴様の思いの丈をストレートに叩きつけろ! 変に着飾ろうとするな! お前のことだ。もう既に指輪も購入してあるのだろう?」

「勿論だ。店員と何度も話し合って決めたやつを買ってある」

 

 準備良いな~。

 この見た目と中身のギャップに、彼の眷属連中も惹かれたのかもしれないね。

 え? 私? 友人としては好感持てるけど、異性としては見れないかな~。

 恋愛感情ってものが、まだよく分かってないし。

 それ以前に、自分が誰かに恋をするって光景が全く想像出来ない。

 

「ならば、それを見せつけつつ言ってやれ。『お前が好き』だと。『結婚しよう』と! その言葉さえあれば十分なのだ! 他には何もいらん!」

「そうだったのか…! 流石は熾天使…説得力が桁違いだ!」

 

 あ…そろそろ話は終わる感じ?

 さっきからずっと疎外感があって場違い感が半端じゃなかったんだよね~。

 

「帰ったら、早速やってやる! 善は急げだからな!」

「その通りだ! はっはっはっ!」

 

 いやさ…マジで仲良いよな…この二人。

 しかも、話ながらもちゃんとお好み焼きを焼いて、食べてるんだから普通に凄い。

 

「ねぇ…リアス・グレモリーに婚約破棄の話はしに行くの?」

「行かなきゃダメだろうな。ユーベルーナとの結婚が確実になってから行けばいいだろう。半ば強引な形とはいえ、管理している町で現在進行形でトラブルが発生しているんだ。それをあいつがどうにかするまでは待っていた方が良いだろうしな」

「そうだろうな。いつになるかは不明だが」

「同感」

 

 下手したら、原作よりも長引くかもしれないな。

 兵藤一誠の雑魚具合に拍車が掛かってるし。

 その原因の一端は私にもあるんだけど。

 

(兵藤一誠と言えば、ソーナが例のバカ三人組に対する粛清の準備を着々と進めてるって聞いてるけど……どこまでする気なんだろう?)

 

 焚き付けたのは私だけど、なんか想像以上の事をしそうで怖い。

 あの手のタイプって、一度でも暴走したら手が付けられなくなるしな~。

 なんて言ってる間に、いつの間にかサウザーが私が予め注文しておいたやつを運んできてくれた。

 

「ふはははははははははは! 加奈よ! 貴様が注文していた品を、この聖帝が直々に持って来てやったぞ! 感謝して咽び泣くがいい」

「はいはい。ありがとね、サウザー店長」

「ははははははははははははははは! てなわけで、はいドーン!」

「「ぬわぁっ!?」」

 

 サウザーが勢いよく鉄板の上に置いたのは、少し形が変なピラミッドみたいな超大盛りのお好み焼き。

 凄い勢いでさっきからジュージューいってます。

 

「世紀末覇者焼き! またの名を『聖帝十字量』!! ふざけた時代を提供する熱と量を誇る、我が店の名物だ!!」

「デ…デカい…!」

「色んな意味で狂ってるな……」

 

 だろうね。けど、だからこそ注文した!!

 

「そのボリュームに、思わず下郎どもは明日を見失い、微笑みを忘れた顔になるという! さぁ…気合を入れて食すがいい!! はははははははははははっ!!」

「「「…………」」」

 

 その後、私達は力を合わせて聖帝十字量を破壊した。

 面白半分で注文してみたは良いけど、普通に後悔したわ…。

 向こう半年はお好み焼きは食いたくないな…。

 

 

 

 

 

 




ライザーがかなり早い段階で登場。

しかも、レーティングゲームをしないフラグを立てました。

なので、原作アニメ第一期後半のエピソードは何も無いまま速攻で終了します。






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面倒くさいので、幼馴染と一緒に過ごす

今回は、あの二人のご登場。

ついでに、更なる新キャラも登場する?







 加奈たちがライザーと食事をした日の夜。

 アブデルは一人で、駒王町にあるバー『モリアーティ』に訪れていた。

 

「まさか、お前が地上に戻ってきているとは思わなかったぜ」

「ふん。一々貴様如きに報告する義務は無い」

 

 既に彼の隣にはある男が座っている。

 その人物の名は『アザゼル』。

 遥か昔から、全ての堕天使達の総督を務めている男だ。

 実力は申し分ないのだが、性格などに問題があり、各勢力からも別の意味で警戒をされていた。

 

「で、相変わらずあの嬢ちゃんの所にいるのか?」

「当然だ。俺は加奈の守護天使だぞ?」

「そこら辺の下っ端天使とかならまだしも、この世で最も神に近い存在ともいえる熾天使が一個人を守護するとか聞いたこともねぇよ。冗談抜きで前代未聞だわ」

「貴様には永遠に理解は出来るまい。美少女とは、その存在自体が世界の宝なのだ。故に、この俺が守護をする価値は充分過ぎるほどにある」

「…ほんと、変わってねぇな…。これで天界最強の天使なんだから質悪いぜ…」

 

 アザゼルも堕天使として嘗ては神に反旗を翻した者の一天使として、アブデルの実力は誰よりもよく知っていた。

 神話や聖書には全く伝わってはいないが、かの戦争の時には幾度となくアブデルとは剣を交えている。

 彼の力を以てしてもアブデルは苦戦を強いられるほどで、一度も勝ちを得た事はついぞ無かった。

 そして、アブデルがルシファーをたったの一撃で怯ませたことで確信をした。

 この男の実力は自分達とは完全に別次元であると。

 

「ところでアザゼル」

「なんだよ」

「貴様はこの町に下級の堕天使達が潜り込んでいるのを知っているのか?」

「知ってる…というか、ついさっき知った。最近までマジで仕事で忙しくてな。下っ端連中の動向にまで気が回らなかったんだよ」

「言い訳だな」

「否定はしねぇさ……」

 

 手に持っているグラスを傾け、ブランデー水割りを一気に飲み干す。

 その後、口髭を生やしたアラフィフな感じの初老のバーテンダーにおかわりを頼んだ。

 

「この町は現在、グレモリーの末娘の管轄となっているらしい。土地神には全く許可は取っていないようだがな」

「はぁ…何やってんだか、サーゼクスの野郎は…。そこら辺のことぐらいは教えといてやれよ…」

「貴様が言えた立場か」

「…ぐぅの音も出ねぇ」

 

 何を言ってもアブデルに論破されてしまう。

 そもそも、この男に口喧嘩で勝とうということが無謀なのだ。

 アザゼルに非があるのだから尚更だ。

 

「んで、そのお姫さんは動いてんのか?」

「まだ本格的には動いていないな。所詮は下級の堕天使だからと言って侮っているのだろう。既に犠牲者も出ているというのにな」

「マジか」

「それすらも知らなかったのか……」

「うぐ……」

 

 まさか、其処までの事に発展しているとは思わなかったアザゼルは、思わず目を見開いてしまった。

 

「といっても、その犠牲者はすぐに例の駒にて悪魔に転生したようだがな」

「『悪魔の駒(イービル・ピース)』…か。碌なもんを作らねぇな」

「それをお前が言うのか?」

「……………」

 

 一体どうしたら、アブデルに何も言われないで済むのだろうか?

 今のアザゼルにはどれだけ頭を捻っても答えが出なかった。

 

「しかも、その犠牲者の証言で初めて堕天使達の存在を知ったみたいだ」

「どんだけ鈍感なんだよ…。あそこまで気配がダダ漏れになってれば、それこそ普通の人間以外にはすぐに分かりそうなもんだろうがよ」

「悪魔の分際で、人並みに娘を甘やかそうとした結果のツケだろうさ。知っているか? 自分の子供を甘やかすのは、悪人を育てているのと同義らしいぞ」

「それ…分かってて言ってるだろ?」

「さぁな」

 

 アザゼルにもワケ有りな義理の息子が存在している。

 事情が事情なので、自分なりに愛情を注いできたつもりだったが、今思えば少しは厳しくしておけばよかったと思い始めている。

 

 煙草に火を着けようと思い、灰皿を探してカウンターの上をキョロキョロとしている間に、さっきのおかわりがやってきた。

 

「だが、似たような事情でも貴様とは違ってちゃんとやっている義理の親も存在している」

「それは誰の事だよ?」

「もうすぐ分かる」

「あ?」

「今日は本来、その男との待ち合わせだったのだからな」

 

 アブデルがそう言うと、店の扉が開き、ビシッとビジネススーツを着こなしているオールバックの口髭を生やした男性が入ってきた。

 

「お待たせしました。アブデルくん」

「随分と遅かったな。一体何をしていたのだ……ベリアルよ」

 

 ベリアル。

 悪魔、もしくは堕天使の一人で、その名は『悪』を意味していると言われている。

 嘗ては神によって創造された第一の天使であったが、そんな彼もまたルシファーに続き神に対して反旗を翻した経緯がある。

 立場だけで言えば四大天使であるミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルたちよりも上で、誰よりも法律に精通していた事を武器にしてイエス・キリストを訴えた事もある。

 しかも、天界での戦争においては彼の言葉巧みな話術により、全ての天使の3分の2を寝返らせてみせた実績を持つ実力者だ。

 

 そんな彼も、現代ではとある少女の義理の父親になっていて、例え血が繋がっていなくても実の娘のように溺愛していた。

 

「うげ…ベリアルかよ…」

「君と会うのも久し振りですね、アザゼルくん」

「そ…そうだな……」

 

 昔からアザゼルはベリアルの事が苦手だった。

 その趣味嗜好もそうだが、天界一の頭脳の持ち主と呼ばれていた彼と会話をしていると、何から何まで見通されそうな気がするからだ。

 

「いらっしゃい。何にするかね?」

「彼と同じのをお願いします」

「了解だ。少し待っていてくれたまえ」

 

 客にもフレンドリーな感じのマスターに注文をし、ベリアルはアブデルの隣に座った。

 

「こうして日本に来るのも何年振りですかね」

「知らん。昨日まではどこにいたんだ?」

「イギリスです。またSSS級のはぐれ悪魔が暴れていたようなので、誰にも知られる事が無いように片付けてきました」

 

 ベリアルは、現代の悪魔には非常に珍しく、本気で三大勢力と人間達との講和を目指している。

 世界中を回って、悪魔や堕天使達の尻拭いをしているのも、その一環なのだ。

 

「今の魔王たちはダメですね。人柄がいいのは認めますが、余りにも身内に対して甘すぎ、しかも基本的に同種族の事を疑おうとしない。余りこんな事は言いたくはありませんが…彼ら四人は『王』の器ではありません。あれでは悪魔たちが余りにも不憫です」

「来た早々に言うじゃねぇか」

「君も人の事を言えませんよ。アザゼル君」

「な…なんだよ……」

 

 スーツのポケットの中に手を入れると、そこから黒い羽根を何枚か取り出してからテーブルの上に置いた。

 

「こいつは……」

「この町に忍び込んでいた下級堕天使達のものです。本当ならば、町を管理している悪魔がするべき事なのでしょうが、全く動く気配が無かったので、先に私の方で片付けておきました」

「仕事が早いな」

「ついででしたから。それに、あのまま放置しておけば、大事な義娘にまで危機が及ぶ可能性がありましたからね」

「…加奈の場合心配いらんと思うがな。寧ろ、指先一つで返り討ちにするだろ」

「勿論ですとも。あの子がそこらの下級堕天使なんぞに負ける筈がありません」

 

 親バカ炸裂。

 種族が違っても、こればかりは一緒なのかもしれない。

 

「…おほん。アザゼル君、本来ならばこれは総督である君が真っ先に処理しなくてはいけない事だったのですよ? その事をちゃんと理解していますか?」

「わーってるよ…アブデルにもさっき同じような事を言われたからな。この酒を飲んだ後にでも行こうと思っていたさ」

「「どうだか……」」

 

 ベリアルとアブデルから冷ややかな目で見られるアザゼル。

 自分に対する信頼度がどれだけ低いかを身を持って知ったのだった。

 

「全く、最近の若い連中ときたら、すぐに何かあれば『目撃者を消す』だの『記憶を改竄する』だの……どうして話し合いで解決しようという気が無いのでしょうか? 力技で解決をしてしまっては、それこそ野生の獣と大差ないではありませんか」

「また出たよ…ベリアルの説教癖」

「言うな。いつもの事だ」

「何か言いましたか?」

「「別に何も?」」

 

 ここで変にツッコんでも逆効果なのは二人が良く知っているので、ここは黙って聞き手役に徹することに。

 そうこうしている間に、ベリアルの注文したブランデーの水割りが来た。

 

「そういえば、うちの娘は元気にしていますか?」

「心配せずとも、加奈は元気にやっている。だが、顔を見せにぐらいは行ってやれ。口では色々と言ってはいても、あいつもお前に会いたがっている事には違いない」

「大丈夫ですよ。暫くの間は日本に滞在をする予定なので」

「なに? んなの聞いてねぇぞ?」

「今、言いましたからね」

「お前……」

 

 今回、アザゼルは本当にいい所が無い。

 自分はこんなキャラだったかと思わされてしまう。

 

「それに伴い、この町に家を購入して、あの子と一緒に暮らすつもりです。無論、彼女が一人で暮らしたいと言えばそれを尊重しますが」

「その心配は無用だろうな……」

 

 アブデルは知っている。

 加奈は一見すると無気力そうで淡白なイメージがあるが、実際にはかなりのファザコンであることを。

 ベリアルが『一緒に暮らそう』と言い出せば、二つ返事で了承するはずだ。

 

「更に、この町で別の仕事もするつもりでいます」

「別の仕事だと? そりゃあなんだ?」

「今はまだ秘密です。ですが、すぐに分かると思いますよ? いきなり降って湧いた仕事ではありますが、前々から一度はやってみたい事でもあったので。サーゼクスくんの驚く顔が目に浮かぶようです…」

(絶対に……)

(碌な事じゃねぇな……)

 

 かなりの親バカになってしまったとはいえ、根っこの部分では誰かを騙したり、誘惑したり、驚かせたりすることが好きな部分は変わっていないようだ。

 

「加奈は今、何をしているでしょうね……」

「アザゼルの義理の息子と遊んでるんじゃないのか? 部屋を出る時にそんな事を言っていた」

「なんだとっ!?」

「なんですってっ!?」

 

 親バカ×2、驚きの余り椅子から立ち上がってしまう。

 流石に、自分達の子供達が一緒にいる事は全く予想出来なかったようだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 まさか、自分達の親が一緒に酒を飲んでいるだなんて想像もしていない子供達はというと……。

 

「おい…加奈」

「なぁに?」

「…どうして、俺はこんな事になっている?」

「そーれーはー…ヴァーリが自分の耳のケアを怠ってるからでしょうが」

 

 座布団に座りながら、加奈は一人の青年に膝枕をしつつ耳かきをしていた。

 金髪碧眼のイケメンで、街中を歩けば誰もが振り向くような人物だ。

 

 青年の名は『ヴァーリ・ルシファー』。

 先代魔王と人間の女性との間に生まれたハーフであり、赤龍帝とは対を成す現代の『白龍皇』であもある。

 そして、加奈にとっては幼い頃から一緒に遊んでいる幼馴染でもあった。

 

「ほら、動かないで。耳の中を怪我するから」

「わ…分かった。だが、まさか俺が特訓をしている間に加奈が赤龍帝になっていたとは思わなかったぞ」

「私もだよ」

「…言っておくが、俺は加奈とは絶対に戦わないぞ。もしも、他の奴が赤龍帝だったのならば容赦なく倒していただろうが…加奈はダメだ。加奈に拳は向けられない」

「まぁ嬉しい。あ…ちょっと大きいのがある。ヴァーリさぁ…前に耳掃除をしたのっていつよ?」

「忘れた。そんな事なんて覚えていない」

「そうかもだけど…定期的にした方が良いよ? ヴァーリだってスッキリとした状態で体を動かしたいでしょ?」

「当たり前だ。それなら、また加奈が俺の耳を掃除してくれ。お前のしてくれる耳かきは気持ちがいい」

「はいよ。私なんかで良ければ、いつでもしてあげる」

 

 やっている事、話している事は完全に恋人同士のそれだが、本人達に恋愛感情は全く無い。

 あくまでも『幼馴染』なのだ。本人達はそう思っている。

 二人の関係もアブデルと同じ『恋愛感情は無いのに距離感がバグっている』だけに過ぎないのだ。

 

『なぁ…白いの』

『どうした…赤いの』

『今でも二天龍としての宿命で戦いたいと思うか?』

『いや…完全に戦う気が削がれてしまった』

『奇遇だな…俺もだ』

 

 まさかの再会を果たした二天龍も、この状況には戸惑いしかなかった。

 これまでずっと戦い続けた赤龍帝と白龍皇が、現代ではまさかの幼馴染同士で、しかも物凄く仲がいい。

 どっちとも実力は申し分ないにも拘らず、互いに戦う気は無いというおまけ付きで。

 いや…ヴァーリの場合は他の奴とは普通に戦うが。

 

『もしも…もしもだぞ? 赤龍帝と白龍皇の子供が生まれたりしたら…どうなると思う?』

『間違いなく最強の存在になるだろうな。あと、なんか色々とピンク色になりそうな気がする。色的な意味で』

「なにやら、俺達の相棒が色々と話してるんだが……」

「気にしない。ほら、次は左耳するよ。こっち向いて」

「分かった」

 

 その後も、二人は何とも言えない空気を醸し出しつつ耳かきを続けていった。

 これもある種のリア充なのかもしれない。

 二人を爆発出来る者はどこにもいないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アザゼル&ヴァーリのご登場。

そして、碌な描写も無いまま加奈のパパンによってレイナーレ達はご退場。

劇中では名前すら出ませんでしたね。哀れ。


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面倒くさいので、養父さんと会う

今回は、初っ端から何度も指摘があったヴァーリの髪に関する事について言及していきたいと思います。

そこまで深刻な理由じゃないんですけどね。







 もう夜も深くなり、ほんのちょっとだけ睡魔が出てくる午後11時という時間帯。

 まだヴァーリは私の部屋にいて、一緒に昔懐かしのスーパーファミコンの初代マリオカートで遊んでいた。

 昔のゲームと侮るなかれ。今するからこそ面白かったりするもんだ。

 

「よし。赤甲羅を手に入れたぞ」

「むむ…こっちはバナナだ。前の方にはいるけど、これはヤバいな…」

 

 このままだと、私のピーチ姫がヴァーリのルイージによって撲殺されてしまう。

 もう少し速度を上げて距離を離さなくては…。

 

「にしてもさ、ヴァーリって不良息子だよね」

「俺は不良ではないぞ」

「いや、こんな時間に女子高生の部屋にいる時点で十分に不良でしょ。私は別に気にしないけどさ」

 

 そんな何気ない会話をしながらも、私達の目はずっと画面に集中している。

 因みに、今の私は胡坐を掻いて座っているヴァーリの膝の上に座る形で一緒に遊んでいたりする。

 さっきはこっちの方が膝枕をしてあげてたんだから、これぐらいは良いよね?

 ヴァーリの方も別に文句とかは言わなかったし。

 

『白いの…』

『なんだ?』

『こいつらのような連中の事を世間一般ではなんというか知っているか?』

『知っているとも』

『『バカップル』』

 

 おいこら、そこの二天龍さんよ。

 人を勝手にカップルにするんじゃありません。

 私達は単なる幼馴染同士だッつーの。

 

「そういや、どうしてヴァーリって髪の毛を銀髪から金髪に染めたんだっけ? 少なくとも、子供の頃は中二病患者も真っ青なレベルで見事な銀髪だったよね?」

「教えてなかったか?」

「うん。聞いたことない」

 

 髪の色が変わったのを初めて見た時だって、少し驚いただけだしね。

 すぐに何か事情があるって悟って深く聞くのはやめたし。

 

「別に大したことじゃない。俺の実父…先代魔王が銀髪だったのは知っているか?」

「うんにゃ。興味ないし」

「だと思った。まぁ…その血を色濃く受け継いでいるせいか、俺もまた生まれながらの銀髪だった訳だが、それだと俺の事を狙ってバカな連中が街灯に引き寄せられる虫のようにやって来る可能性が大いにあった。だから、俺を引き取ったアザゼルがある時期を境に俺に髪を染めるように言ってきたんだ」

「成る程ね~」

 

 堕天使連中はともかく、欲深すぎる悪魔どもは絶対に見逃さないだろうし、基本的に『悪魔絶対に殺すマン』であり頭の固さがオリハルコン級の天使連中には理屈なんて通用しないだろうしね。

 

「幸いなことに、当時の俺を知っている連中は、俺の髪の色の事は知っていても、俺がどんな顔をしているのか、どんな声をしているのか…なんてことは殆ど知らないでいる。だから、髪さえどうにかして誤魔化せれば、後はどうにかなるって寸法なのさ」

「なんつー御都合主義…。ラノベ主人公もビックリだわ」

「俺もそう思うが、悪魔連中がマヌケなだけなんだろうと思う事にしている」

「それもある意味で正解かもね」

 

 実際、ごく少数の連中を除き、基本的に悪魔ってバカでアホでマヌケで傲慢でプライドだけは一人前な奴等ばかりだし。

 お前らはマジで一回、ライザーの爪を煎じてから飲め。

 

「間違いなくさ、三大勢力の中で悪魔たちが一番、人間の事を見下してるよね」

「そうだな。だからこそ、奴らは今までの歴史の中で幾度となく人間達に敗北しているんだ。その事実を見ようともせず、まだ人間達を下に見ているのだからな…本当に救いようが無い連中だ」

 

 三大勢力…というか、正確には悪魔に対する憎しみは相当に深いみたいだね。

 ぶっちゃけ、私も堕天使に関してはそこまで恨み節はないし。

 そう考えると、ヴァーリと私って本当に『似た者同士(・・・・・)』だよね。

 

「「あっ!?」」

『やられたな…』

『これはまた手痛い…』

 

 ヤ…ヤロー…!

 一番後ろにいたノコノコの野郎が…あろうことかサンダーを使ってきやがった…!

 こいつだけは絶対に許せん! お前は私を怒らせた!

 

「この遅れは必ず取り返す!」

「あぁ! このカメ野郎だけは前には出さん!」

 

 こうして、私とヴァーリのデットヒートが始まった。

 ラスト一周…これでケリを付ける!

 

「よし…よし! あと少しで一位だ!」

「なんの! お前のすぐ後ろに俺がいる事を忘れるな!」

「にゃんと!? いつの間に背後にっ!?」

 

 ゴール直前まで、私とヴァーリ抜きつ抜かれずの激走が繰り返される。

 そして、遂に……。

 

「ゴール! やった~! 僅差で私の勝ち~!」

「むぅ…本当にあと少しだったのに…」

 

 しっかし、完全なゲーム初心者だったのに、まさかここまで私と張り合えるほどに成長するとは…お姉さんは感動で涙がちょちょ切れそうだよ。

 

「はぁ~…やっぱ、こうしてヴァーリと一緒に遊ぶのは楽しいねぇ~」

「俺も…加奈とこうして一緒にいる事は楽しいぞ」

 

 いきなり私を後ろから抱きしめるヴァーリ。

 急に積極的になりましたね~。こんなんだから、恋人とかに間違われるんじゃない?

 なんだかいい雰囲気になってきた…と思った瞬間だった。

 

 ピンポ~ン

 

「「…………」」

 

 玄関のチャイムが鳴りました。

 誰なのかは予想は出来る。

 

「はいは~い。今出ますよ~」

 

 ヴァーリの膝の上から立ち上がって、急いで玄関まで行ってからドアを開ける。

 すると、其処には本当に意外過ぎる人物が立っていた。

 

「やぁ…加奈。久し振りだね」

「義父さん?」

 

 そこにいたのは、白髪交じりの髪をオールバックにしている、お髭が素敵なナイスミドルなオジサマ。

 私の養父にして、非常に激レアな正真正銘の良識人な悪魔である『ベリアル』。

 一応、現代社会では『相良尺八朗』という偽名を使っているが。

 

「いつ日本に帰ってきたの?」

「ついさっきさ。それから彼に呼び出されてね。空港から駒王町の酒場まで一直線さ」

 

 義父さんが『彼』と呼ぶのは勿論、私の守護天使であるアブデルしかいない。

 そのアブデルはというと、義父さんに肩を貸して貰うような状態で顔を真っ赤にして半分以上眠りかけていた。

 

「こいつ…こんだけ欲望満載なのに、どうして堕天しないんだろ?」

「熾天使だから…では理由にはならないだろうね。こればかりは私にも分からない」

 

 だろうね。そう簡単に分かれば誰も苦労はしない。

 

「君も久し振りだね。ヴァーリ君」

「ベリアルか。アブデルといるって事は、ウチのヒゲとも一緒だったんだろう? あいつはどうした?」

「アザゼル君ならば、一足先に帰っているよ。今晩の彼は、珍しくそこまで深酒をしていなかったからね」

「明日は雨か。それとも雪でも降るか?」

 

 う~ん…酷い評価。でも。否定はしません。

 

「ならば、俺も帰るか。なんだか萎えたしな」

「ふ~ん?」

 

 萎えた? 何が?

 

「では、またな」

「ほ~い。またいつでも遊びに来ていいよ~」

「言われずとも、暇な時には来てやるさ。おやすみ」

 

 義父さんとアブデルの横をすり抜けるようにしながら玄関から出ていくヴァーリ。

 通り過ぎていく際に、しれっと私の頭を撫でていった。

 これ、なんでか毎回毎回してくるんだよね。なんででしょ?

 

「…加奈。彼とは本当に付き合ってはいないんだね?」

「それさ、再会する度にいっつも聞いてくるよね。大丈夫だよ。ヴァーリは大切な親友で幼馴染だけど、それだけ。それ以上になる事はないって」

「…それはそれで不憫だな」

 

 そう? 加奈ちゃんにはよく分かりません。

 

「それよりも、アブデル君を寝かせたいのだが…」

「この馬鹿なら、其処ら辺に適当に放り投げてればいいよ。話している間に熟睡モードに突入してるっぽいし」

「え?」

 

 こんな場合、大抵は不細工なイビキを掻くのがお約束だけど、アブデルの場合は寝息すらもイケメンだったりする。

 コイツ…マジで性格以外は完璧なんだよな…。

 

「ほら、貸して」

「あ…あぁ……」

 

 義父さんの肩からアブデルを引きはがしてから、そのまま畳の上にポ~イ。

 

「うぐ……スー…スー…」

「……ね?」

「う…うむ…。これも熾天使の成せる技なのか…」

 

 いや、単純にこいつがニブチンなだけでしょ。

 

「で、義父さんはこれからどうするの?」

「こっちに来る前に、ちゃんとホテルにチェックインしているから、そちらに戻る事にするよ」

「あ…そうなんだ」

 

 そこら辺はちゃっかりとしてるよな~。

 

「…加奈。明日は日曜日だから学校は休みだね? 何か予定などはあるかい?」

「別に無いけど? それがどうかしたの?」

「これからの事について大事な話があるんだ。明日の朝…9時ごろにでもいいから、いつもの喫茶店に来てくれないか?」

「…アブデルも?」

「勿論だ。彼にも関係する事だからね。起きたら言っておいてくれ」

「分かった」

 

 本当は今すぐにでも言った方が良いんだろうけど、この様子じゃ絶対に起きないだろうしな。

 加奈ちゃんは無駄な事はしない主義なのですよ。

 

「それじゃあ…おやすみ。加奈」

「おやすみ、義父さん」

 

 義父さんも、去り際に私の頭を撫でてから夜道の向こうへと消えていった。

 どうして、皆揃って私の頭を撫でたがるのかしらん?

 そんなに触り心地がいいのかな?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 部屋のど真ん中で大の字で寝ているアブデルにシーツを掛けながら、私も寝る為に布団を敷き始める。

 いつもならば、ここから私の深夜アニメタイムが幕を開けるんだけど、土曜日は余り良いアニメが無いんだよね。

 どういう訳か、良作は平日の深夜に集中してる。

 これはテレビ局の陰謀なのか?

 

『お…おい…相棒。さっきのあいつは……』

「私の義父さん。それがどうかしたの?」

『お前は、あの男の正体を知っているのか?』

「知ってるよ? あの人の本当の名前が『ベリアル』って事も、本気になれば今いる魔王ぐらいなら軽くワンパン出来るぐらいに強いって事も」

 

 基本的に頭脳労働系のイメージが強いウチの義父さんだけど、ステゴロの戦いでも決して引けは取らない。

 あのスーツの下には、信じられないぐらいのマッチョボディが隠れているのだよ。

 

『お前は…とんでもない父親を持っているんだな…』

「それには激しく同意するよ。ぶっちゃけ、私には勿体無いぐらいに凄い父さんだって思う」

 

 そこで寝ている熾天使も、私には勿体無いぐらいに凄い奴だけどね。

 ンな事を言ったら確実に調子になるから言わないけど。

 

『あの男…俺の存在にも気が付いていたな』

「だろうね。何回か視線が耳のイヤリングの方に向いてたし」

 

 警戒って訳じゃないけど、気にはしていたっぽいね。

 ああ見えて、義父さんは相当に過保護な人だし。

 

『明日…何の話をするつもりなのだろうな』

「さぁね。でも、ドライグの話題は絶対に出ると思う」

『他の悪魔ならばいざ知らず、ベリアルと真っ向から話すと思うと気が重くなる…』

「そなの?」

『奴には誤魔化しや嘘の類が一切通用しないからな…』

 

 そういや、あの人って話術の天才でもあったっけ。

 弁護士とかすれば勝訴取りまくりなんじゃない?

 

「どっちみち、明日になってみないと分からないよ」

『それもそうだな』

「つーわけで、私もそろそろ寝ます。おやすみ」

『おやすみ』

 

 部屋の電気をカチッと消してから布団に潜り込む。

 義父さんと話をする…か。そんなの、本当に久し振りかもな…。

 なんか普通に緊張してきた…。

 私、ちゃんと寝れるかな…?

 

 

 

 

 




もうマジで…またキャラが勝手に動いたし!

一話に纏めたかったのに、いつの間にか話が長くなってる!

書き手として悲しめばいいのか、喜べばいいのか…。


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面倒くさいので、これからの事を話し合う

今回はアンチ要素が少ないかもです。

加奈のこれからの生活についてですからね。







 朝になり、私は体を伸ばしながら立ち上がり、窓を開けてから布団を畳んだ。

 うん。今日もとてもいい天気だ。太陽さんさんだね。

 

「アブデルは……まだ寝てるか」

 

 静かな寝息を立てながら、アブデルは未だに爆睡中。

 容姿は間違いなく美男子なのに、畳の上で大の字になって寝ている姿を見ていると、こいつが熾天使であることを忘れかけてしまう。

 だって、実際にこいつは見た目イケメンの中身オッサンだし。

 寧ろ、紳士度ならウチの義父さんの方が圧倒的に上だと思う。

 

「今のうちにぱっぱと着替えますかね」

 

 別にアブデルに着替えを覗かれても恥ずかしくなんてないし、こいつも今更、私の下着姿や裸で欲情なんてしない。

 私とアブデルの関係は、もうそんな事なんてとっくに通り過ぎてるから。

 服は……適当でいいよね。

 

 パジャマを脱いでからクローゼットを開き、パッと目に付いたものをさっさと着ていくことにした。

 胸の部分にグフカスタムが描かれている水色のTシャツと、タータンチェックのミニスカート。

 黒いジャケットを羽織ってから、同じく真っ黒なニーソックスを装着。

 これで準備は完了でござる。

 

「ア~ブ~デ~ル~。もう朝ですよ~。早く起きろ~。ウェイクア~ップ」

「うぅぅ……?」

 

 足でゲシゲシと蹴りながら揺さぶると、アブデルは窓から差し込んだ朝日を眩しそうに腕で遮りながら目を覚ました。

 

「……ピンクの縞々か」

「起きて早々に人のパンツを覗くな。このエロ天使が」

「朝からとてもいい物を見た…お蔭で一気に覚醒したぞ。感謝する」

「へいへい。どうでもいいから、まずは顔でも洗ってきたら?」

「そうさせて貰おう」

 

 しっかりとした足取りで流しの所まで行って、水でジャバジャバと顔を洗っていた。

 昨日、あれだけ泥酔してたのにも拘らず二日酔いになっていないだなんて、流石は熾天使というべきなのかな?

 

「う…頭が……」

 

 気のせいでした。やっぱり熾天使でも二日酔いにはなるっぽい。

 

「おのれ……受肉をしたせいでこのような部分まで人間と同様になるとは…」

 

 あ…そういう理由があったのね。

 ってことは、天使の肉体のままだったら二日酔いにはならないって事?

 

「そういえば、こんな朝早くから着替えているなんて珍しいな。どこかに出かけるのか?」

「まぁね。アブデルも無関係じゃないから、話しておかないとね」

 

 つーわけで、説明タイム。

 かくかくしかじか。かくかくうまうま。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「そうか…あのベリアルが話をな。守護天使として、俺も行かねばなるまい」

「さっきからそう言ってるじゃん」

 

 顔を洗ってスッキリしたアブデルは、完全に平常モードになった。

 要は、無駄にナルシストで論破大好きマンになったという事。

 

「場所はどこだ?」

「いつもの喫茶店。あそこなら込み入った話をしても大丈夫だし、ドライグが声を出しても問題無いしね」

『あの喫茶店が無ければ、俺は間違いなく息苦しい生活を強いられていただろうな……』

 

 ドライグ、本日初の発言来ました。

 そういや、今の状態のドライグに睡眠とかの概念ってあるのかな?

 

「約束の時間は9時ごろって言ってたから……」

『今はまだ8時半前。まだ少しだけ時間があるな。どうする?』

「部屋で時間までボーっとしてるのもアレだし、もう行こうか」

「加奈よ。朝食はどうする気だ?」

「向こうで食べればいいじゃない。あの喫茶店にもちゃんと朝食セットあるし」

「そうだったのか。ならばいい。腹が減っては戦は出来んしな」

 

 戦って…お前は何をする気じゃい。

 これから行く場所は喫茶店で、やる事は普通に話し合いだよ?

 まぁ…朝起きたばっかりでお腹が空いてるぞってアピールをしたいだけかもだけどさ。

 

 私もなんだかお腹空いてきたし、早く行こうかしらね?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 喫茶店に到着すると、店の奥にあるテーブル席に見た事のある顔が。

 というか、あれは完全にウチの義父さんですね。はい。

 なんか優雅にコーヒー&トーストセットを食べとりますがな。

 

「おぉ…加奈にアブデルくん。もう来たのかね? もう少しゆっくりして来てもよかったのに」

「私もアブデルもお腹が空いちゃっててさ。早めに出て朝ご飯を食べようって話になったんだよ」

「そうだったのか。ならば、ここは私が奢ってあげよう」

「え? いいよ別に。それぐらいは自分で払うって」

「いいから。私に払わせてくれ。久し振りに会ったんだ。偶には父親らしいことをさせておくれ」

「むぅ……」

 

 それを言うのは反則じゃないですこと?

 何も言えなくなるじゃないのさ…。

 

『お前の負けだな相棒。ここは大人しく奢られるがいい』

「ドライグの言う通りだぞ加奈。金を節約できるに越したことはないではないか」

「どうして、龍であるドライグが人情味のある事を言って、熾天使であるアブデルが意地汚い発言をするのさ……」

 

 あんたら、完全に立場が逆転してませんか?

 それでいいのか、天下の二天龍と熾天使さんよ。

 

「今の声は…それがドライグくんかい?」

『矢張り、昨夜の時点で俺の存在に気が付いていたか』

「大切な義娘の体の中から、いつの間にか強烈なまでの龍の気配『燐気』を感じれば、嫌でも気が付きますとも」

『一応、かなり抑え込んであるのだがな…。流石と言わざるを得んか…』

 

 見た目ナイスミドルなオジさまでも、中身は正真正銘の大悪魔だしね。

 そう簡単に誤魔化せはしないか。

 

「色々と話したい事はあるが、まずは座りなさい。話は食事をしながらでも構わないだろう」

「さんせ~。もう本気でお腹空きまくりで……ってもうアブデルは座ってるし」

「さて…何にするかな……」

 

 少し目を離した隙に席に座ってメニュー表を開いてるし。

 抜け目なさすぎでしょ、この熾天使。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後、私はコンソメスープ&フレンチトーストセットを頼み、アブデルはコーヒー&トーストセットを注文した。

 常連故のおまけでデザートにプリンが付いてきたのは普通に嬉しかった。

 

「喫茶店で朝食なんて初めてだから、なんか新鮮な気分だったね~」

「いつもは部屋で食べてるからな」

「そういえば、加奈は料理が上手だったね。また一段と腕を上げたのかい?」

「どうかな~? 私は単純に、自分が美味しい料理を食べたいから頑張ってるだけだし」

『案外、その純粋な欲求こそが最も重要なのかもしれんぞ?』

 

 う~む…そうなんだろうか?

 別にプロの料理人とか目指してる訳じゃないから、全く分らんでござ候。

 

「食事も終えたし、本題に入ろうか」

「ほーい」

「うむ」

 

 急に場の空気が重く…はならないけど、ちょっとだけ背筋が伸びた。

 分かる人には分かる、独特の緊張感ってやつだね。

 

「…とは言ったが、その前に加奈に尋ねたい事がある」

「なに?」

「…一体いつ、加奈は赤龍帝になったんだい?」

「あ~…やっぱ気になるよね~。うん、別に義父さんに隠す必要はないし、全部話すよ。ドライグもいいでしょ?」

『構わん。そもそも、この男に隠し事なんて不可能だしな』

「分かってるぅ~。んじゃ、説明入りマ~ス。ダイジェストで」

 

 それから私は、分かり易くも可能な限り事細かに説明をした。

 ドライグと私が出会った切っ掛け。

 どうして、そんな事になったのか。その原因を。

 そして、ドライグの今の姿も見せておくことに。

 

「…成る程な。私が昨夜排除した下級堕天使達が全ての切っ掛けになっていたのか…」

「簡単に言っちゃえば、そゆこと。そういや、連中の所に金髪で清楚な感じの女の子がいなかった?」

「あぁ…確かにいたね、そんな子が」

「その子…どうした?」

 

 私は単純に気になったから話題に出したんだけど、金髪清楚な女の子って言葉にアブデルがめっちゃ激しく反応してた。

 言っとくけど、干渉は絶対にしないからね?

 

「彼女ならば、私の魔術で一先ずは気絶させた後に、この町から遠く離れた場所にある街に転移してから、そこにある知り合いの孤児院に預けたよ。悪魔がいるこの町にいる事は、彼女にとっていい事ではないだろうからね」

「そっか……」

 

 アーシアにとっては、その方が一番いいのかもしれないね。

 悪魔なんて、関わらない方が一番なんだし。

 

「少しだけ彼女の記憶を覗かせて貰ったが…なんとも不憫な少女だったよ。この事は必ずや天使たちと冥界側に抗議しなくてはなるまい」

「我が同胞達に関しては俺に任せろ。大方の事情は想像出来る。いい加減、あの堅物どもに教えこまなければならないと思っていた頃だ。いかなる事情があっても、やっていい事と悪い事があるのだという事をな」

 

 美少女が絡むと、本当にマジになるよね~。

 まだアーシアの名前も容姿も知らないくせにさ。

 

「念の為に認識阻害の魔具を持たせてあるから、これから先の人生で悪魔たちや天使たちに付け狙われる心配は無いだろう。これまでの分、彼女には幸せになる権利がある」

 

 …もしかして、私とアーシアの『境遇』を重ねてる?

 義父さんは、それ系の話にはとことん弱いからね。

 

 けど、これでグレモリー眷属には僧侶の枠が一つ減ったって事になるのか?

 非常に貴重なヒーラーが無くなる事は痛いだろうね~。

 私にはどうでもいい事だけど。

 

「ところで話は変わるが……」

「どったの?」

 

 私が追加注文したホットココアを飲んでいると、急に義父さんが体を乗り出してきた。

 

「ドライグくん。君から見て私の娘はどんな感じかな? 赤龍帝としてその…」

『フッ…ベリアルよ。貴様の心配は杞憂だ。安心しろ。相棒は間違いなく、歴代で最強の赤龍帝になる。というか、現時点で既に歴代を越えている』

「おぉ…そうか…。少し複雑ではあるが、加奈ならば大丈夫だろう。アブデルくんも一緒にいる事だしな」

「その通りだ。加奈の事は俺に任せておけ。守護天使としての使命は全力でやってやる」

 

 守護天使としての使命…ねぇ~。

 私ってアブデルの何かして貰った事ってあったっけ?

 寧ろ、私の方がアブデルに尽くしてない?

 

「んで、話ってのはこの町に侵入していた堕天使達の事なわけ?」

「いや違うよ。思わず話が逸れてしまったね…今度こそ本当に本題だ」

 

 ドキドキワクワク。

 アブデルも関係ある話とはなんなんでしょうか?

 

「実は…暫くの間、私は日本に滞在していようと思うんだ」

「……マジで? 仕事は?」

「これからも発生するかもしれないが、その時は転移して行くことにするよ。今までは外交的な意味で、敢えて飛行機を使って国境を越えなければいけなかったのだが、もうその必要も無くなったのでね。それに……」

「「それに?」」

「もうそろそろ、娘との生活が恋しくなってしまった」

「反応に困るような事を言わないでくれるかな……」

 

 朝っぱらから普通に照れちゃうんですけど…。

 

「それに、この駒王町には図らずも二天龍が揃ってしまった。これから先、この町は様々な意味での特異点となる可能性が高い。その時にいち早く対応できるように、ここにいた方が良いと判断したんだ」

 

 むむむ…流石は私の義父さん…ニュータイプ並に鋭い…。

 その予想はある意味では大当たりだよ…。

 

「けど、滞在するって言っても、どこを拠点にするのさ? まさか、ホテルに泊まり続けるって訳じゃないだろうし…」

「その点は心配無用だよ。実は、ネットで既に駒王町の不動産をいくつかピックアップしていてね、いい場所が見つかりそうなんだ」

「うぉ…マジか…」

「ベリアルめ…相変わらず手が早いな」

 

 だね。抜け目が無さすぎだよ。どこまで先を読んでるの?

 

「そこで相談なんだが……加奈。私と一緒に住まないか?」

「え? いいの? そりゃ…義父さんと一緒に暮らせるのは純粋に嬉しいけどさ……。あ、だからアブデルも関係あるって言ってたのか…」

「その通り。加奈と一緒に暮らすのであれば、守護天使であるアブデル君も一緒という事になるが……」

 

 ここで義父さんはコーヒーを飲んでいたアブデルにチラッと視線を送る。

 すると、彼は迷うことなく頷いた。

 

「無論、俺も一緒に住むぞ。天使と悪魔という不倶戴天の敵同士ではあるが、今はそんな事は関係あるまい。貴様は一人の父として、俺は守護者として加奈を共に守ればいいだけの話だからな」

「いやはや…これだからアブデル君は話が早くて助かる。実はこの後、不動産屋と会って購入候補の家を何軒か見て回る予定になっているのだが、一緒に来ないかい?」

「いいね。なんか面白そう」

「偶には悪くあるまい」

 

 けど、そうなると私も引っ越しですか~。

 ちょっとだけ名残惜しいけど、それ以上に暮らせることが嬉しいし。

 

「ついでに言うと、実は町に滞在中は普段の仕事とは別の仕事をカモフラージュとしてやる予定なのだよ」

「別の仕事? なにそれ?」

「今はまだ秘密…と言いたいが、明日になれば絶対に分かる事だから言っても大丈夫か。加奈にも大きく関係ある事だしね」

「私にも関係ある副業…?」

 

 なんだろう? 全く想像出来ないや。

 もう少し熟考しれば分かるかもだけど、今は本気で理解不能状態。

 

「それに関しては、店を出てから歩きながら話そうか。いい時間だしね」

 

 そう言われてスマホを見てみると、確かに私達が入店してから結構な時間が経過していた。

 むぅ…話に夢中になり過ぎて、時間の感覚を忘れていた。

 

「さぁ…行こうか」

 

 そうして、私達は義父さんの奢りでお店を出る事に。

 …いつの日か、ちゃんとした親孝行をしてあげたいな……。

 

 その後、私達は義父さんの口から知らされる。

 とんでもない『副業』の事を。

 あぁ…確かに、私にも大きく関係のある仕事だわ…。

 

 

 

 




次回はベリアル義父さんの副業が明らかに?

分かる人には分かるかもですが。


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面倒くさいので、新居の掃除でもする

随分とお待たせしてしまいました。

疲れもあるのですが、私自身のメンタルの問題などもありまして。

それはそれとして、実は私…少し前からソシャゲのsin七つの大罪X-TASYにハマっていまして。

それがどういう事なのか…分かりますよね?

つまりは、そーゆーことです。






 翌週の月曜日。

 体育館にて毎週好例である全校集会が行われている。

 本来ならば、ここでは教師たちや生徒会からの連絡事項などが報告される場なのだが、極稀に違う事に使われたりもする。

 例えば、新任の教師が赴任したりする時などだ。

 

『ここで突然ですが、皆さんに大事なお知らせがあります』

 

 生徒会長であるソーナが壇上にて突然の知らせを話し出して、生徒達は少しではあるがざわつき始めた。

 すぐに担任達から注意されて静かにはあるが、それでも動揺は広がっている。

 

『実は、本校の校長先生が体調不良により急遽入院、療養をする事になり、一時的にではありますが校長職を退かなくてはならなくなりました』

 

 校長の入院。

 普段から、そこまで校長とそこまで親しくしている訳ではない生徒達ではあるが、それでも学校のトップが倒れたというニュースはそれなりの衝撃がある。

 

『なので、校長先生が回復されるまでの間、代わりの先生が校長を務める事となりました。では、お願いします』

 

 ソーナがお辞儀をしてから壇上を降りると、それと入れ替わりになるようにして一人のダンディな男が上がってくる。

 そう、加奈の養父であり冥界屈指の実力者でもあるベリアルだ。

 無論、ここではちゃんと偽名を使っているが。

 

 ベリアルが壇上に立ちマイクの前まで行くと、それだけで再び生徒達は騒然となる。

 

『えー…皆さん、初めまして。私の名は『相良尺八朗』と申します。この度、この駒王学園の校長に就任する事になりました。と言っても、彼が戻って来るまでの間ではありますが』

 

 物腰の柔らかそうな年上のお髭のおじ様に、一部の女子達はドキドキを隠せない。

 ベリアルが長年に渡って培ってきた『中年男の色気』の破壊力はかなりのもののようだ。

 

『実は、君達が知っている校長である彼と私は古い友人でして。彼が倒れて入院したと聞いた時は真っ先に病室まで向かいました。それで彼は私にこう言ったのです』

 

 まるで、生徒たち一人一人に訴えかけるかのような言葉に、いつの間にか全員が耳を傾けていた。

 

『どうか、自分の代わりに愛する学園と生徒達を守ってあげてくれないか。本来ならば、こんな事を頼むのは筋違いだと分っている。だがしかし、今頼れるのは君しかいないんだ…と』

 

 それを聞いた時、生徒達は無意識のうちに涙を流していた。

 病床に伏していても、自分達の校長は己の体よりも生徒や学園の事を考えてくれていた。

 そんな素晴らしい人物と、どうして今までもっと話そうとしてこなかったのだろう。

 

『彼こそが真の聖職者。彼こそが全ての教職者の手本となるべき人物。そんな男の言葉を聞き、私に断るという選択肢は最初からありませんでした。友人として、一人の男として、私は彼が戻ってくるその日まで、彼の愛した学園と君達を守ると心に誓いました』

 

 この人もまた凄い人物だ。

 類は友を呼ぶというが、全く以てその通りだ。

 素晴らしい人物には、素晴らしい友人が傍にいるのだと。

 

『今日から私が、この駒王学園の校長となりますが、だからと言って変に畏まる必要はありません。校舎内で出会ったら気軽に話しかけてくれて結構ですし、何でしたら昼休みなどに校長室に遊びに来てもいいですよ? 美味しい紅茶やお茶菓子で皆さんを持て成しましょう』

 

 誰かが拍手をした。

 それが切っ掛けとなって、あっという間に体育館内は拍手喝采の状態となる。

 これぞベリアルの真骨頂。

 魔力や魅力ではなく、言葉で人心を動かす。

 これこそが、彼にとっての最大最強の武器なのだ。

 

『では皆さん。これからどうか、よろしくお願いします』

 

 最後に、まるでお手本のような見事なお辞儀をしてからベリアルは壇上から降りた。

 彼が去ってもまだ拍手は鳴り止まなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 昼休みの校長室。

 ベリアルは立った半日ですっかり学校と校長室に馴染んでしまい、今では全く違和感が無い。

 そんな彼の前に、生徒会長であるソーナが立っていた。

 

「シトリー家のお嬢さんが生徒会長をしているとは伺っていましたが…いやはや。随分とご苦労をしているようですね」

「きょ…恐縮です……」

 

 他の者達はいざ知らず、ソーナは冥界でも指折りの名家出身の悪魔。

 ベリアルは彼女だけに己の正体を明かして、その上で彼女の力になると決めた。

 

「それにしても、まさか相良校長先生があの初代ルシファー様と肩を並べていたと言われている魔王の筆頭格であるベリアル様だったなんて……」

「そんなに恐縮する必要はありませんよ。そんな風に言われていたのは大昔の話ですから。今の私は駒王学園の校長であり、一人の父親でもあるのですから」

 

 ここではベリアル得意の『言葉』は使っていない。

 彼女とは建前など関係無しに話したいと思っているから。

 

「あの子…加奈から君の話は伺っています。どうやら、随分と仲良くしてくれているようですね。父として感謝しています。本当にありがとう」

「お…お顔を上げてください! 寧ろ、加奈さんに助けられているのは私の方というか……」

 

 悩みがあればいつでも相談に乗ってくれて、愚痴だって嫌な顔一つせずに聞いてくれる。

 傍にいれば心が温かくなるような感覚になって、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。

 本人は友人を自称しているが、完全にその感情は友人のソレを越えている。

 

「君のような友人がいてくれれば、あの子も安心でしょう。これで私も、自分の仕事に集中できる」

「そう言えば、朝の集会で以前の校長と友人だと仰っていましたが…あれはどこまでは本当なのですか?」

「彼と友人なのは本当ですよ。ですが、そこから先は嘘でした」

「元校長が復帰するまで…というのがですか?」

「えぇ。彼から相談を受けていたのは本当なのですが、その内容が全く違います。どうやら、彼は問題児たちの起こす事件と、それを全く解決する様子の無い無能な理事長に板挟み状態となりストレスで胃がやられてしまったようで…」

「それで入院…ですか」

「その通り。表向きは仮の校長となっていますが、彼はもうここには戻ってくる気は無いようです。なので、機を伺って彼が辞職したことを述べ、その後に正式な校長となる予定です。ここに戻って来ても、彼には何一ついい事は無いでしょうし。これ以上、ストレスで衰弱していく友人を見るのは忍びない…」

「私もそれがいいと思います。前校長は本当によく頑張ってくれました。よく生徒会の事も気に掛けてくれてましたし…」

 

 ある意味、校長と最も話していたのは生徒会のメンバーだった。

 主に例の三人の起こす事件についての話し合いで…だが。

 

「大丈夫。これからは私が生徒会をサポートしましょう。君達の抱えている問題や悩みについては予め加奈から聞いています。それをなんとかする手段についても」

「私としても、加奈さんの言っていた事には全面的に賛成なのですが…いかんせん準備が……」

「そこは私に任せてください。まず、防犯カメラなどは私のポケットマネーから出しましょう。警察には個人的にパイプを持っているので、それを伝手にして頼めば問題は無いでしょう」

「では、私は被害者の女子達から証言を集める事にします」

「それがいいでしょう。あと、ネット上に顔出しをする件ですが…そちらもなんとかなるでしょう」

「お知り合いに専門家でもおられるのですか?」

「はい。こういうことはベルフェゴールにでも頼むが一番です」

「ベ…ベルフェゴール様ですかっ!? あの第四の罪、怠惰の魔王であるっ!?」

「そうです。彼女、大罪の魔王達の中でも一番のオタク気質ですから。部屋の中には漫画やらパソコンやらが大量にあって、その手の事にも非常に詳しいのです。他の魔王達の例に漏れず面白い事が好きですから、話せばノリノリでやってくれるかと」

「な…なんだかスケールが大きくなってきた……」

 

 まさか、学園の規律を正す為に自身の姉を含む現魔王よりも遥かに格上の存在の手を借りる事になろうとは思わなかった。

 今更ながら、あの変態三人組にはほんの少しだけ同情した。本当に少しだけ。

 

「そういうことなので、これから一緒に頑張っていきましょう。よろしく頼みますよ?」

「こ…こちらこそ、よろしくお願いします! ベリアル様…じゃなくて、校長先生!」

 

 とんでもない超大物が校長に就任し、今までとは別の意味でストレスが溜まりそうな予感のするソーナなのであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃、加奈はというと……。

 

「あ~…アブデル。そこ、もうちょい右」

「こっちか?」

「そうそう」

 

 ベリアルが手に入れた新居にて掃除やら荷物の運び入れなどを頑張っていた。

 今はアブデルが壁時計を取り付けている最中だ。

 

「にしても、まさかこんな家に住む事になるとはね」

「もうこれは家というよりは屋敷だな。そこらの一般住宅の軽く二倍のデカさはあるぞ?」

 

 加奈たちがいるのは、三階建てな上に車庫や庭まで完備している豪華な邸宅。

 どう考えても金持ちが住む屋敷です。ありがとうございました。

 

「つーか、もう車庫には私の知らない車が停めてあったし…。一体どこで買ったのやら。あれ、完全に外車だったよ?」

「それよりも、俺としては不動産屋の男の方が面白かったぞ? ベリアルお得意の言葉での誘導に見事に引っかかって、最後には泣いてたしな」

「そりゃ…半額以下に割引されれば泣くでしょ……」

 

 商売ごとになると、ベリアルは大阪のおばちゃん並の力を発揮してみせる。

 強引さと細かさを見事に使い分け、この屋敷を勝ち取っていた。

 

「おい加奈。この段ボールはどこに置けばいい?」

「あ、それはそこの隅にでも置いといて。それと、後で二階の窓を拭きに行くから手伝ってくれる?」

「それぐらいならばお安い御用だ。任せておけ」

 

 段ボールを床に置きながらサムズアップするのはヴァーリ。

 彼もまた加奈によって呼び出されて掃除&荷物整理を手伝わされていた。

 本人はとても嬉しそうにしているが。

 

「ヴァーリの奴…完全に加奈の言いなりになってるな。厄介な女に惚れおって」

「なんか言った?」

「いや、なんでもない」

 

 ぼそりと呟いた一言が僅かに聞こえていたようで、咄嗟に誤魔化した。

 守護天使として加奈の幸せを望みはするが、その相手がまさかの白龍皇。

 仮にも赤龍帝を宿す者としてそれはいかがなものか?

 本人達がそれでいいのならば、アブデルは何も口出しをするつもりはないが。

 

『流石はベリアルというべきか。よもや、口だけでここまでの屋敷を手に入れてみせるとは』

「それが、あの人の特技だからね~」

『特技で済ませられるものなのか…?』

 

 ドライグからしても、ベリアルのやっている事はもう殆ど誘導尋問に近かった。

 最終的には不動産屋に同情すらしてしまったほどに。

 

「これは、今日一日かかりそうだな」

「仕方ないよ。こんなにも広いんだもん。だからこそ『助っ人』も呼んだんだし」

「助っ人…か。まさか、奴が来るとは本気で思わなかったぞ……」

 

 アブデルがジト目で廊下の向こうを見ていると、ドアが開いて箒と塵取りを持った一人の美女が出てきた。

 金髪で白いゴシック風のドレスを身に纏っているが、その上に同じエプロンと頭には三角巾を身に着けている。

 控えめに言っても、かなりミスマッチだ。

 

「加奈~、こっちの部屋は終わったわよ~」

「ありがと~お養母さ~ん」

 

 『お養母さん』と呼ばれた美女は嬉しそうにやって来て加奈の頭を撫でる。

 

「にしても、暫く見ない内に立派になったわよね~。流石はこの私の娘」

「お前ってそんなキャラだったか…? ルシファーよ」

 

 そう。この金髪美女こそが『七つの大罪の魔王』の頂点に君臨する『傲慢』の魔王であり、同時に嘗ては冥界を統べていた初代ルシファーと呼ばれている存在でもある。

 

「なによ。私が大切な娘を可愛がって何が悪いってのよ、アブデル」

「いや…そうじゃなくてだな。余りの変わりように驚いているというか…」

 

 アブデルとルシファーは色んな意味で因縁ある仲ではあるが、その真ん中に加奈がいる事で以前の険悪さが見事に中和されている。

 

「表向きとはいえ、お前は死んだことになっている。実際には、馬鹿な悪魔どもが勝手にお前が死んだと勘違いをしているだけなのだが」

「全く…失礼しちゃうわよね。勝手に私の事を殺すなッつーの。幾ら聖書の神とタイマンしたからと言って、この私がそう簡単に死んで溜まりますかッつーの。お蔭で、したくも無い隠居をする羽目になったし」

「けど、相当に重傷だったんでしょ? 義父さんから聞いたよ?」

「ベリアル…余計な事を」

 

 ルシファー、母としてのメンツが少しだけ潰れる。

 

「しかも、嘗ては犬猿の仲だったお前とベリアルが形式上だけとはいえ夫婦になっているとは。加奈を通じて知った時は顎が外れるかと思ったぞ」

「熾天使であるアンタの顎を外せるなんて最高ね。別に、ベリアルの事が好きになったって訳じゃないわよ。ただ……」

「「ただ?」」

「加奈の『あんな姿』を見ちゃったら…イヤだなんて言えないでしょ……」

 

 それは、ベリアルやルシファー、アブデルだけが知っている秘密。

 誰にも言えない。言う事が出来ない禁忌。

 加奈自身も、その事は誰よりも理解している。

 

「それはそれとして、今日は平日でしょ? 学校はいいの?」

「大丈夫、大丈夫。学校にはコレを行かせてあるから」

 

 そういうと、加奈は徐にポケットの中から一枚の人型の紙を取り出す。

 少しだけ念を込めてから軽く呪文を唱えてから投げると、ポンという音と共に紙は加奈と全く同じ姿形となった。

 

「そっか…加奈ってば陰陽術も得意だったっけ」

「そゆこと。これなら出席日数を稼ぎつつ、こっちも出来るって事。んじゃ、チミはそっちの掃除をお願いね~」

 

 変化した紙の加奈は無表情で親指を立ててから、バケツと雑巾を持って別の部屋に入って行った。

 

「少し戦力も増えたし、この勢いで一気に終わらせちゃおー」

「それはいいけど、その前に一つだけいいかしら」

「なに?」

 

 いきなりルシファーは、自分の前に加奈とヴァーリを並べて、真剣な顔で一言。

 

「二人とも…ちゃんと避妊はするのよ? 恥ずかしかったら、後で私が買ってきてあげるから」

「いや…別に私達そんな関係じゃないって言うか…普通にまだ処女だし」

「俺も立派な童貞だ」

「胸を張って言う事か…?」

 

 いつもならばボケに回る筈のアブデルがツッコみに回っている。

 初めてアブデルは加奈の苦労を理解したのだった。

 

 

 

 

 

 




ルシファーママ参上。

ついでに、ベリアルについてもある事を考えています。


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面倒くさいので、行動を開始する

今回から皆さんがずっと待っていた変態三人組の破滅パートに入ります。

そのついでに原作メインキャラ勢も破滅するかもですが。

是非も無いから仕方ありませんよね。







 駒王学園校長室。

 前任者の後を引き継ぐ形で校長となったベリアルは、ソーナから渡されていた資料に目を通しながら険しい顔をしていた。

 

「成る程…どうやら、事態は私が想像していたよりもずっと深刻なようですね」

 

 変態三人組の被害に遭って精神的に不安定となり、場合によっては男性不信になって転校していった生徒も少なからずいて、さらにその噂が密かに校外に広まっていたため、来年度の入学希望者が劇的に少なくなっていた。このまま行けば学校の存続自体が危ぶまれている事が事細かに書かれていた。

 

「どう考えても学園の危機だというのに、あの若造はどうしてこれを放置する? よもや、道楽で名前だけの幽霊理事長をして、後は見る事すらもしなくなったとでも言うのか? あの小僧ならば十分に有り得る事か……」

 

 普段は決して見せない『古の魔王』としての顔を垣間見せ、この場に誰もいないのをいい事に殺気をまき散らす。

 が、それはすぐに収めてすぐにいつもの穏やかな表情へと戻った。

 

「取り敢えず、加奈がソーナさんに言っていた事を全て実行するとしますか。まずは防犯カメラだが…中途半端な性能では意味が無い。ここはもう採算度外視して最新鋭の高性能な監視カメラを導入するべきだろう。警察の方は私から一言言えば何とかなるとして、問題はそこからだな……」

 

 腕を組んでからうーんと唸る。

 覗きの常習犯として彼らを退学させることは簡単だ。

 だが、それでは根本的な解決にはならない。

 こちらから退学させるのではなくて、自主的に退学させる方が彼らに対するダメージは大きいだろう。

 ベリアルがその気になれば、たかが男子高校生三人を追い詰める方法なんて幾らでも思いつくのだが、今回ベリアルは敢えて大きく動かない事にした。

 

「…私が派手に動かずとも、もう既に『下地』は出来上がっている。ソーナさん達の行動が、爆発寸前になっている爆弾の導火線に火を着ける事になるだろう。それにしても……」

 

 加奈がソーナに提案したことを改めて頭の中で反芻する。

 

「我が娘ながら、何とも恐ろしい事を考え付くものだ。まさか、真正面から堂々とタブーを破るとは。今の世のネットの恐ろしさを知らない訳ではないだろうに…」

 

 なんて言いながらも、その顔はニコニコに笑っていた。

 矢張り、ベリアル程の大悪魔ともなると義娘の別の意味での成長に喜びを隠せないようだ。

 

「下手をすると彼らの家族も同じように破滅するかもしれないが、その時は連帯責任だと思って諦めて貰うしかあるまい。そもそもの話、あんなにも悪化するまで放置していた時点で家族もまた同罪だ。同じ親として哀れには思うが、慈悲の心は一切無い。彼らは自らの意志で犯罪者を育ててしまったのだから」

 

 資料を机の引き出しに入れると、懐からスマホを取り出して何処かへと電話をし始めた。

 

「あ~…もしもし? ベルフェゴールか? 実は、君に折り入って頼みたい事があるのだが……え? 報酬が無いと何もしたくない? 仕方がないな…では、君が気に入っている例の店の『なめらか卵の黒糖プリン』ではどうかな? あ…それなら喜んで引き受ける…あっそう…」

 

 昔馴染みとはいえ、物凄く呆気なく協力をしてくれたベルフェゴールに、ベリアルは何とも言えない表情で窓の外を見つめた。

 

「帰りに寄る所が出来てしまったな……。ついでに、加奈たちにも何か買って帰るか」

 

 害ある者には非情であっても、愛する義娘達には甘々なベリアルパパなのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ベリアルが色々と考えを巡らせている頃、ソーナは生徒会のメンバーと一緒に密かに女子達を中心とした署名活動に勤しんでいた。

 その目的は勿論、変態三人組に処分を下す為だ。

 

「この時をずっと待ってたよ会長。やっぱ、アイツ等には退学が妥当よね…っと」

「ありがとうございます」

「これぐらい別にいいって。それよりも頑張ってね。学園中の女子達が生徒会を応援してるから」

「えぇ。校長も全力で今回の事に対処すると言ってくれました。近い内、彼らにはこれまでにやってきた分の罰が下る事でしょう」

「え? あの新しい校長先生も手伝ってくれるの? それがマジなら百人力ジャン」

「そうだね。遂にあいつ等も年貢の納め時かー」

 

 署名をしている女子達はソーナの話を聞いて心から嬉しそうにペンを走らせる。

 もうあんな思いをしなくて済むと思うだけで自然と笑顔が浮かぶのだ。

 

「もしかしたら、皆さんにも協力を仰ぐことがあるかもしれません」

「その時は喜んで力を貸すし」

「うんうん。任せておいてよ」

 

 今まではずっと生徒会に対しても歯がゆい思いを抱いてきたが、ようやく重い腰を上げてくれたとなれば話は別。

 学園の平穏の為に協力は惜しまない。

 

 そんな彼女達の様子を遠くから伺っている二つの影があった。

 

「あれは…ソーナ? なんだか忙しそうにしてるわね…」

「生徒会の活動の一環かも知れませんわよ?」

 

 オカルト研究会部長で三年生のリアス・グレモリーと副部長にして同じく三年の姫島朱乃。

 駒王二大お姉さまと呼ばれて多くの生徒達から尊敬されている彼女達だが、その正体はソーナと同じく悪魔である。

 正確には、純正の悪魔はリアスだけで、朱乃は堕天使と人間のハーフの転生悪魔。

 他にもリアスの眷属たちは全員が転生悪魔であり、今回の出来事の中心人物である兵藤一誠もまた彼女の眷属の一人である。

 

「ま、生徒会が何をしようと私達には関係ないわね。何かあれば向こうから言ってくるだろうし」

「またそんな事を……」

 

 我関せずと言った感じで踵を返すリアスに対し、頬に手を当てながら溜息を吐く朱乃。

 仕方なく彼女に着いていく形でその場を後にするが、ソーナのやっている事に微塵も関心を抱かなかったことが後に自分達を破滅させる事になるとは、この時のリアスは想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その日の夜。

 新居で初めて過ごす夜なのだが、相良家のリビングには昼間にはいなかった人物が堂々とノートパソコンを広げて寛いでいた。

 

「どうしてアンタがいんのよ…ベルフェゴール」

「ベリアルに呼ばれたんだよ~。手伝ってほしいって」

 

 白い髪に動物のような耳を持ち、二本の角に先端が三本の爪となっている動物の尻尾が特徴的な少女。

 彼女こそがルシファーと肩を並べる第四の罪、怠惰の魔王であるベルフェゴールである。

 無気力であることを全身でアピールしていて、ノーブラの状態で長袖服を着て、下に至ってはパンツだけという徹底ぶり。

 太古の悪魔の一体でありながら人間社会に最も溶け込んでいる悪魔でもあり、ネット上で彼女の事を知らない者はいない。

 

「一応、私も加奈から事情は聞かされてるけど、どうしてよりによってベルフェゴールなのよ? 私に任せれば一発だけど?」

「そう言うと思ったから彼女を呼んだんですよ。今回は力づくではなく、真正面から搦め手を使うつもりなので」

「なによそれ?」

 

 風呂上りでホカホカしながらソファーに座っているベリアルが、風呂上りの牛乳を飲みながらルシファーの疑問に答えた。

 この時こそが、彼にとっての至福の時なのだ。

 

「それよりも、例のブツは~?」

「ちゃんと買って来てますよ。ほら、なめらか卵の黒糖プリンです」

「わ~い!」

「けど、これはデザートとして食べましょうね。折角、加奈が夕食を作ってくれているんですから」

「分かってるよ~。加奈ちゃんの作るご飯は美味しいから、私も大好き~」

 

 ベリアルとルシファーの義娘というだけあって、加奈は大罪の大悪魔たちとも仲が良く、その中でも特にベルフェゴールとは波長が合うようで親友のような間柄となっていた。

 因みに、さっきから姿の見えないアブデルとヴァーリの二人は、キッチンにて夕食を作っている加奈の手伝いをしている。

 イケメン二人がエプロンをして女の子を挟んでいる光景は、まるで少女漫画の一ページのように絵になっていた。

 

「ところでベリアル~。防犯カメラはちゃんと設置したの~?」

「勿論。放課後に業者の方に特別に頼み込んで取り付けて貰いました。作動自体はもうしている筈ですよ」

「なら、ちょっち試してみますか~」

 

 ベルフェゴールが操作すると、画面の一角に暗視状態になっているカメラの映像が映し出される。

 映像は一つだけではなく、色々な角度から見られるようになっていた。

 

「これは?」

「防犯カメラの映像だよ。でも、これは普通の映像じゃないんだよな~」

「どーゆーことよ?」

「この防犯カメラは特別製でね、実は私からの操作一つでいつでも好きなタイミングでリアルタイムの映像をネットに晒す事が出来るのだ~」

「うわぁ……」

 

 いつもは傲岸不遜を絵に描いたようなルシファーでも本気でドン引きする。

 昔とは違い、今ではルシファーも現代社会にはかなり詳しくなっているので、ベルフェゴールの言った事がどれだけえげつない事なのかよく理解していた。

 

「しかも、カメラにはベリアルの魔力によるミニ結界が張ってあるから、物理&魔力では壊せないし、干渉も出来ないおまけ付き」

「徹底してるわね……」

「だよねー。いやはや、加奈ちゃんって人間なのに、考える事は悪魔よりも遥かに質悪いよね~。なんか、ルシファーとベリアルの(悪魔的な意味での)いい部分を寄せ集めた感じ」

「「自慢の娘ですし?」」

 

 二人揃って胸を張って鼻高々になる。

 なんだかんだ言いつつも、加奈を愛しているという点では共通している大悪魔たちなのだった。

 

「確か、レヴィーの後継者の妹も手伝ってるんでしょ?」

「えぇ。彼女も彼らの被害者ですからね」

「んでもって、逆に私の後継者の妹は堕天使が入り込んだことにすら気が付かない無能…と。何なのよこの差は」

「文句が言いたいのであれば、サーゼクスに直接言って下さい。妹を甘やかした結果、このような事になっているんですから」

「嫌よ。出逢った瞬間に殺しちゃいそうだし」

「ルシファーが言うと冗談に聞こえないよね~」

「冗談じゃなくて本気なんだけどね」

 

 ルシファーは殺ると言ったら殺る女だ。

 もしもその時が来たら、サーゼクスにはご愁傷様としか言いようがない。

 どれだけ特殊な体を持っていようとも、元々の悪魔としてのスペックが異次元レベルで違い過ぎるので、どうやっても絶対に勝てないだろう。

 

「今回の事が終わるまで、ベルフェゴールはこの家で過ごすと良いでしょう。なんなら部屋も用意しますよ? この家は広いですからね」

「お~! これで毎日、加奈ちゃんのご飯が食べれる~」

「喜ぶのはそこなのね…。なんか心配になってきたから、私も一緒に住むわ。っていうか、私は加奈の義母なんだから一緒にいるのは当然よね」

「そう言うと思ったから、敢えて広い家を選んだんですよ」

 

 その代価として、不動産屋は泣き崩れる事になったが。

 大悪魔であるベリアルには非常に些細な事だった。

 

「ご飯出来たよ~。並べるの手伝って~」

「…だそうですよ。行きましょうか」

「そうね。母親らしく娘孝行でもしますか」

「お腹すいた~」

 

 加奈がキッチンからリビングに向けて声を掛けると、全員が集まってくる。

 赤龍帝と白龍皇と熾天使と三人の大悪魔という、一勢力ぐらいならば余裕で潰せそうな面々によるのんびりとした夕飯タイムが始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




ベルフェゴール参戦。

もしかしたら、今後も別の大罪の悪魔が出てくるかもしれません。

そして、変態三人組についてですが、場合によっては『原作キャラ死亡』のタグをつけるかもしれません。

それぐらいの破滅を予定しているからです。


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面倒くさいので、制裁を始める

一応、頭の中で変態三人組の末路は思い描いているのですが、話の流れで変わる可能性は大いにあります。

もしかしたら、当初の予定よりも遥かにむごたらしい末路を辿るかも…?

それはそれでヨシ! としますが。






 その日は、何でもないごく普通の日常だった。

 駒王学園は生徒達の喧騒で賑わい、新しくやって来た校長の元には色んな生徒達がひっきりなしにやって来る。

 何気ない話をする者もいれば、進路についての相談。

 趣味や勉強に関する話などもして、その一つ一つに対して親身になって答える相良尺八郎ことベリアルの人気は瞬く間に上がっていく。

 これまでの人生経験…ではなく魔生経験に加え、元々が言葉を最大の武器としている彼にとって、年頃の高校生たちの悩み相談なんて実に簡単で可愛いものだった。

 

「話を聞いてくれてありがとうございました! 校長先生!」

「いえいえ。またいつでも遊びに来てくれていいですからね」

「はい! 失礼しました!」

 

 相談ごとに来た女子生徒が元気にお礼を言いながら部屋を去って行く。

 温かい目でそれを見送りながら、ベリアルはうんうんと頷いていた。

 

「矢張り、若いとはいいものですね。ああして話を聞いているだけで、こちらまで若返りそうです」

 

 ベリアルも魔王として、嘗てはよく若手悪魔たちの相談ごとに乗っていた。

 ふとそれを思い出し、少しだけ思い出に浸る。

 

「あの頃の冥界は本当に良かった。今ほどに平穏ではないが、それでも活気で溢れ、野心に燃える若者たちが日々、切磋琢磨し合っていた。だが……」

 

 手元にあるティーカップを手に取り、そこに写る自分の顔を眺める。

 

「…時の流れとは本当に残酷なものだ。時代を経て得たものも多いが、同時に失ったものも多い…。時代と共に変わっていくのは、人間も悪魔も同じ…か」

 

 カップに残っていた紅茶を一気に飲み干すと、立ち上がって自分の机へと向かう。

 その時だった。ベリアルは確かに何かを感知した。

 

「……どうやら、愚かなネズミが網に掛かったようですね。私はあくまで『舞台』を整えただけ。後は生徒達の手で決着が付くだろう。最終決定権を持っているのは私だが、それを下すまでも無いだろう。彼らは思い知らなければいけない。自分達がどれだけの事をしてきたのか。どれだけ学園側に守られてきたのか。そして…今まで溜りに溜まった生徒達の怒りの炎がどれ程なのかを」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 昼休み。

 食堂にて昼食を食べ終えた兵藤一誠と、その友人である元浜と松田の三人組は、教室へとは向かわずそのままある場所へと向かっていた。

 彼らの顔にはいやらしい笑みが浮かんでいて、それだけで目的な何なのか簡単に察する事が出来る。

 

「今日の五時間目は……分かってるな?」

「おう! 三組が体育の日…だよな!」

「んでもって、明日は四時間目が三年一組が体育となっている。俺達の調査は完璧だ。カーンズとは違う」

「いや…別に俺達、今からオペレーションメテオを決行する訳じゃないんだけど…」

 

 ちょっとしたボケも交えつつ、彼らは今日もまた日課となっている『ある事』をしに校舎一階にある女子更衣室と隣接している中庭の一角まで歩いていく。

 その目的はただ一つ。少女達の着替えを覗く事だ。

 自分達と同い年ぐらいの少女達の痴態を眺め鼻の下を伸ばす。

 当初は覗くだけで何もしてこなかったので、精々が後を追い掛ける程度で済ませていたが、それに味を占めた彼らは増長し、更にエスカレートしていった。

 

 まず、堂々と学校にエロ本を持って来て教室で読む。

 更には、どう考えても卑猥としか思えない会話を女子達の目の前で大声でし始める。

 それに対して文句を言えば、反撃として名指しで卑猥な言葉を浴びせる。

 

 塵も積もれば何とやら。

 そもそも、塵の一粒一粒が非常に大きかったので、それが積もりに積もった時の大きさは言うまでも無いだろう。

 彼らはやり過ぎた。調子に乗り過ぎた。

 もう少し冷静に考えるべきだったのだ。どうして、こんな事を繰り返しているのに自分達にはお咎めが無いのか。

 誰かに、何者かに何らかの理由で守られていると考えるのが普通だ。

 だがしかし、彼らは覗きの夢中になり過ぎる余り、その事を全く考えなかった。

 否、考えようともしなかった。

 彼らは知らない。もう自分達を守る物は何も無いと。

 この学園には敵しかいないのだと。

 

 己のしてきたツケを支払う時が遂にやって来たのだ。

 

「誰かいるか?」

「いや…まだだ」

 

 下の方にある小窓を開き、そこから中を覗く三人。

 もうコソコソとする気すらないのか、それともいざとなれば、また逃げればいいだけだと考えているのか。

 どちらにせよ、彼らは自分達の存在を隠す気が全く無い。

 だからこそ気が付かない。だからこそ分からない。

 この場に多数の高性能防犯カメラが設置してあり、自分達の姿を映しだし、それがリアルタイムでネット上に晒されている事を。

 

「おっ! 誰かが入ってきたぞ!」

「だ…誰だ?」

「ここからじゃ、よく分らない…。けど、中々のスタイルと見た」

 

 声を潜めつつ、彼らは覗き行為に集中していく。

 そんな最中にも、カメラは静かに回り続ける。

 勿論だが、彼らの会話内容も一言一句漏らさず収録され、映像と一緒に記録され続けていた。

 

「ス…スカートに手を掛けた…!」

「下からいくのか…!」

「おぉぉぉぉ…!」

 

 中にいる女子のスカートのファスナーが開かれ、そのまま脱ぐ…かと思われた時、突如として彼らの肩を叩く存在が現れた。

 

「ちょ…邪魔すんなよ。今いい所なんだからよ」

「見逃したらどうするんだっつーの。ったく……」

「お…おい…イッセー…松田……後ろ……」

「「後ろ?」」

 

 元浜に言われて二人が後ろを振り向くと、そこには腕を組んだ状態で仁王立ちをしている三人の警察官が立っていた。

 

「お前達、そんな所で何をやっているんだ?」

「な…何ってそれは…その……」

 

 女子更衣室で着替えを覗いてました、なんて言える筈も無く、三人は揃って激しく冷や汗を掻きつつ視線を泳がせる。

 動揺しまくり、どうして校舎内に警察官がいるのか…なんて疑問は一発で吹き飛んだ。

 

「いや…言わなくてもいい。お前達がここで何をしていたのか、それはもう分かっているからな。そうだろう?」

「「「「「はい!!」」」」」

「「「いっ!?」」」

 

 警官が中庭にある茂みに向かって話しかけると、そこから鬼の形相をした大勢の女子達が出現してきた。

 

「その三人が私達の話した覗きの常習犯です!!」

「一年以上も覗きをしてたんですよ!」

「早く捕まえてください!」

 

 この場にいる全ての女子達が警察官たちに向かって訴える。

 完全にアウェーな状況に、思わずいつもの調子で一誠が反撃に出た。

 

「お…俺達が覗きをしたって証拠がどこにあるんだよ! 出鱈目を言うんじゃねぇ!!」

「そ…そうだそうだ! 俺達は落し物をして、この辺で探していてだな…」

「証拠ならあるわよ」

「「「え?」」」

 

 その声は、中で着替えをしていた女子だった。

 外側に面している窓から顔を覗かせてから斜め上を指差す。

 三人は揃ってその方向を見ると、そこには一台の防犯カメラが。

 

「「「あっ!?」」」

「それだけじゃないから」

 

 今度は斜め下。

 傍にある茂みの中に紛れて二台目の防犯カメラがある。

 

「因みに、まだ他にもあと二つあるらしいから」

「そ…それじゃあ…まさか……」

「アンタらのやった事は全部見られてたってわけ」

「「「う…嘘…だろ…」」」

 

 愕然となって思わずその場に座り込む三人。

 だが、これだけでは終わらない。

 

「ついでに言っておくけど、この光景は現在進行形でネットにアップされてるから。勿論、モザイクとかは無しでね」

「んなっ!? ふざけんな!」

「ふざけてるのはそっちでしょうが!!」

「それだけじゃありません!!」

 

 またもや一人の女子が茂みから姿を現す。

 その手には一台のデジカメが握られていた。

 

「念には念を入れて証拠写真も撮影しておきました!」

「ついでにボイスレコーダーもね!」

「これでもまだ言い訳をする気?」

「「「う…うぅぅ…」」」

 

 万事休すか。

 観念したと判断し、警察官たちは一誠達へと近寄ってくる。

 

「お前達については彼女達に色々と聞かされた。どうして今の今まで表沙汰になってなかったのかはまだ分からないが、ここで見逃すわけにはいかない」

「初犯だったのならば未成年という事もあって厳重注意程度で済ませるところだが……」

「一年以上ともなれば話は別だ。それはもう立派な犯罪…しかも重罪だ。歳などに関係なく現行犯逮捕だな」

 

 手錠を持ち、逮捕五秒前になる三人。

 このままでは自分達の人生は完全に破滅だ。

 そう考えてしまった途端、一誠は自棄になる。

 

「い…いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「うおっ!?」

「ま…待てっ!!」

「逃げるな!!」

 

 忘れられているかもしれないが、今の一誠は転生悪魔。

 並の人間よりは身体能力が高く、幾ら相手が警察官とはいえ、全力で走れば簡単には追いつけない。

 

「大丈夫です!」

「こんな事もあろうかと思って!」

「色んな人達に助っ人を頼んでますから!」

「助っ人?」

 

 全く慌てる様子の無い少女達に首を傾げる警察官たちを余所に、一誠は校門に向かって走っていく。

 そんな彼に便乗し、松田と元浜も隙を突いて逃げ出した。

 

「へへ…ここまで来ればもう……」

「大丈夫なわけねぇだろうが!!」

「「「いっ!?」」」

 

 彼らが向かった校門前で待ち構えていたのは、格闘技系の運動部員&ラグビー部員の面々。

 実は女子達に頼まれて、万が一にも三人がもう門に向かって逃げ出した時に備えて待機をしていたのだ。

 因みに、他の場所にも別の運動部部員達が門番の如く待っているので、どちらにしろ逃げ場は無いに等しかった。

 

「このクソったれな変態共が!! 逃げられると思うんじゃねぇぞ!!」

「「「ぐぎゃぁぁぁぁっ!?」」」

 

 車も人間も転生悪魔も、走れば急には止まれないのだ。

 全国大会にも出場経験のあるラグビー部の渾身のタックルが炸裂し、一誠達は派手に吹き飛ばされた。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「もう逃がさねぇぞ!!」

「大人しく観念しやがれ!!」

「「「いだだだだだだだだだだだだだだだだっ!!?」」」

 

 地面に倒れ込んだ三人に対し、柔道部の部員達が寝技を掛ける。

 唯でさえ、男に引っ付かれるのは彼らにとって苦痛でしかないのに、それ以上にガチガチに体を固められて痛みで全く身動きが取れない。

 

「おーい!」

「みんな~!」

 

 そこへやって来た警察官たちと女子達。

 完全に追いつかれ、今度こそ詰んでしまった。

 

「君達、よくやってくれた!」

「これぐらい当然っすよ!」

「ダーリンさっすが~♡」

 

 ラグビー部部員の一人に抱き着く女子。

 その一言で一誠達は全てを察した。

 

「ま…まさか……」

「そうだよ。ここにいるの全員が付き合ってる者同士なんだよ。分かるか? 自分達の彼女が着替えを覗かれて泣いている姿を見た時の無力感と怒りが!」

「どれだけ俺達が訴えても、少し前まで学園側は何もしなかった! けど、もうそんな事は無い!」

「新しい校長先生が駒王学園を改革してくれた。もうこれ以上、お前達の好きにはさせねぇってことなんだよ!! この蛆虫共が!!」

「そ…そんな……」

 

 ここで初めて彼らは知る。

 自分達をずっと守ってくれていたのが学園だったという事を。

 校長が変わって、その守りが完全に無くなってしまった事を。

 どうして自分達が守られていたのかという答えには辿り着けなかったようだが。

 

「皆さん。よくやってくれました。ありがとうございます」

 

 いきなりの声に全員が視線を向けると、そこには生徒会メンバーを引き連れてきたソーナの姿が。

 真剣な顔で腕組みをしている様子からして、彼女も相当に怒っているようだ。

 

「せ…生徒会長!! 助けてくれ!!」

「会長なら生徒を助けるのが仕事だろッ!?」

「生徒を助ける…確かにその通りです。だからこそ、私はあなた達以外の大勢の生徒達を助ける為に、こうして密かに動いていたのですから」

「「「ひっ!?」」」

 

 氷のように冷たい瞳で見下ろされ、思わず悲鳴を上げる三人。

 角度的に一誠からソーナのスカートの中身が少しだけ見えて、その顔がだらしなくなる。

 

「…どうやら、反省の色は全く無いみたいですね。情状酌量の余地は微塵も無いと判断します」

 

 隣にいる副会長である真羅椿姫から、とある書類の束を手渡されて、それを一誠達に見せつける。

 

「これは全校生徒に書いて貰った署名です。この通り、99.9%の生徒が三人の処分を望んでいます。つまりどういう事か…分かりますね?」

「「「…………」」」

 

 ソーナの目は微塵も笑っておらず、どこまでも冷徹に光っていた。

 だが、これはまだ序章。

 彼らへの罰はここから始まる。

 そして一誠は知る。

 どれだけ仲が良くても人間は所詮、人間なのだということを。

 

 

 

 

 

 

 




まさかの主人公が未登場。

彼らの断罪すると、必然的に加奈の出番が減る事に…。

ここからが本番です。


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面倒くさいので、連帯責任にする

今回の話は、別作品からまた『とあるキャラ』を登場させると同時に、ある方の感想を基に作成しています。

正直、法律系の話をしてくださるのは本当に助かります。

これからの作品作りに向けて非常にいい勉強になりましたから。







 校門付近にて運動部の皆によって拘束され、そこにやってきたソーナに見下されている一誠達。

 自分達の覗きの一部始終が全てカメラに抑えられていた上にネットにも晒され、更には警察まで駆けつけている始末。

 どう考えても『詰み』な状況にも関わらず、一誠は何処かで楽観視をしていた。

 死ぬような目に遭ってもどうにかなったのだから、きっと今回もどうにかなる…と。

 そう…自分の主であるリアスがきっと助けてくれると。

 だがしかし、それは余りにも甘い考えであることを彼は知らない。

 

「もしかしてとは思いますが…リアスがどうにかしてくれると思っていませんか?」

「そ…それは……」

 

 心の中で考えていた事を簡単に看破されて目を逸らす。

 一誠が『オカルト研究会』に入部している事は周知の事実だし、それに関して色々と言われたこともある。

 絶体絶命の今において、リアスこそがたった一つの希望だった…が、現実はそう甘くはないし、同時にリアスはそこまで優秀ではない。

 これだけは現状において絶対に覆しようが無い事実だった。

 

「残念ですが、この場にリアスが来ることはまず有り得ないでしょうね」

「な…なんでっ!? つーか、どうして会長にそんな事が言えるんだよッ!?」

「言えますよ。こう見えてもリアスとはそれなりに付き合いが長いんです。なので、彼女の生活パターンなんかも自然と把握してしまっているんですよ」

 

 正確には、把握しておかないと何を仕出かすか分からないから心配で仕方がない…が正しい。

 

「この時間帯ならば、恐らくは姫島さんと一緒に部室にて呑気に紅茶でも飲んでいると思いますよ? ここから一番遠い場所にある旧校舎にある部室でね」

「で…でも、部長ならきっと……」

「来ると本気で思ってるんですか? 私が目の前で堂々と署名活動をしても疑いすらしなかったのに?」

「え?」

 

 以前、廊下のど真ん中で署名活動をしていていたのは、実はソーナなりの牽制でもあった。

 自分達の活動している姿を見てどう反応するかを見ていたのだが、あろうことかリアス達は警戒するどころか気にも留めなかった。

 

「そもそも、この町に『不審者』が入り込んでいる事にすら気が付かなかった彼女が、今こうして拘束されている兵藤君の状況に気が付いて駆けつけてくれると? まさか本気で信じているんですか? まず有り得ませんね。それどころか、彼女は兵藤君がどんな人物なのかという事すらきちんと把握していないでしょうね」

 

 仮に把握していても、リアスならば素知らぬ顔でスルーする可能性が高いだろうが。

 ソーナはそこまで言い掛けたが、ここは敢えて飲み込んだという。

 

「こ…これから俺達はどうなるんスか……」

「勿論、即刻退学の後に逮捕に決まっています。1~2回程度ならばいざ知らず、年単位で犯行を繰り返している時点で情状酌量の余地も慈悲もありません。勿論、それによって立派な前科が付く事になりますから、余程の事が無い限りは就職や進学なんてことは絶望的と思っていた方が良いでしょう。勿論、その程度で終わる訳は有りませんが……」

「「「あ…あぁ……」」」

 

 いつものように強気に反論しても一瞬で論破されるのは確実。

 ここに来てようやく三人は理解した。

 これは本当の絶体絶命なのだと。

 だが、逮捕されてする程度で全てが終わると思っていたら大間違いだ。

 

「それだけじゃありません。あなた達三人が仕出かしたことは、ひいては親御さんにも多大なご迷惑を掛けているのですよ」

「お…親父たちにっ!?」

「なんでだよっ!?」

「連帯責任って奴だよ」

「「「え?」」」

 

 ここで全く見知らぬ男の声が場に響く。

 一誠達だけでなく、ソーナを含む生徒会の者達以外の者達もキョロキョロと辺りを見渡した。

 すると、校門から黒いパーカーに癖のある短髪にリムレスの眼鏡を付けた顎鬚を生やしている『いかにも』な男が悠々と歩いてきた。

 

「君が話に聞いてた生徒会長ちゃんか?」

「はい。よくぞいらっしゃってくださいました。丑嶋社長」

 

 常人とは思えないような雰囲気を醸し出しているその男に、全員が完全に黙りこくっている。

 そんな中、丑嶋と呼ばれた彼は横に控えていた警察官たちに軽く会釈をした後に一誠達の顔を覗き込むようにして座り込んだ。

 

「…で、こいつらが例の変態野郎どもか?」

「はい」

「ふーん…成る程ねぇ……」

 

 レンズの奥から値踏みするかのような目で三人の顔を観察し、ポケットに手を入れながら立ち上がった。

 

「ダメだなこりゃ。職業柄、今までに色んな人間を見てきたが…こいつらはダメだ。蒼那ちゃん、この馬鹿どもは何をどうやっても更生なんてしない。顔は焦燥しているが、それは今の状況に焦っているだけであって、自分達がしたことに対しては微塵も反省なんてしてねぇよ」

「な…なんなんだよアンタはっ!? 職業柄って、一体何をしてる奴なんだよッ!?」

「ちょ…バカ!」

「何言ってんだよッ!?」

 

 流石の松田と元浜も、彼が何者なのかをすぐに理解したが、一誠だけは自分が転生悪魔で普通の人間よりも強いという謎の自信によって強気に出ていた。

 幾ら、体が悪魔になっていても、その精神はまだまだ子供であり人間であることを彼は理解していない。

 

「なんだ。俺の事が知りたいのか? 俺は『人並み以下でありながらも人並みの生活をしているクズの人生に終止符を打つ職業』をしているお兄さんだ。よく覚えとけ、クズ」

 

 靴の爪先で一誠の顎を上げるようにして説明をする丑嶋。

 本人的には何気ない一言なのだが、その言葉を向けられている者達からすれば恐怖しか感じない。

 

「この方は駒王町にて金融会社『カウカウファイナンス』を経営していらっしゃる若社長の『丑嶋馨(うしじまかおる)』さんです」

「き…金融会社の社長…?」

「なんで、そんな人が駒王学園にいるんだよ…?」

「部外者は立ち入り禁止なんじゃ……」

「残念だが、今回の俺はれっきとした『お客さん』なんだわ。ここの校長とは昔から何かと世話になっててな。その縁もあって特別に許可を貰ってるんだよ」

 

 ここで思わず煙草を取ろうと手を伸ばしてしまうが、流石に高校の敷地内にてそれは拙いと思ったのか、即座に判断して手を引っ込めた。

 完全完璧に『裏』の人間ではあるが、だからこそ社会人としての常識は弁えていた。

 

「んで、さっき言ってた連帯責任の話だがよ……お前らがやったのは所謂『迷惑防止条例違反』ってのに抵触するんだわ」

「迷惑防止条例違反…?」

「そ。公共の場にて人の隠している部分を覗いた場合、一年以下の懲役か100万円以下の罰金が科せられるんだわ。んで、この『公共の場』ってのは学校なんかも含まれるわけ。お分かり?」

「ひゃ…百万……」

 

 そんな大金、払える筈がない。

 だからと言って捕まるのはもっと嫌だ。

 どうすればいい? どうすれば、この場を切り抜けられる?

 一誠はずっと頭の中をグルグルとさせているが、全く良い考えが浮かばない。

 気が付けば、無意識の内に誰かに助けを求めていた。

 

「まぁ…裁判沙汰になるのは確実だろうな。で、お前らが無罪放免になる確率は限りなくゼロに近い。なんたって証拠映像&音声がある上に現行犯で逮捕されてるんだからな。どんなに優秀な弁護士を雇っても、この状況は覆せねぇだろ。最も、お前らの家に優秀な弁護士を雇うような金があるとは思えねぇけど」

 

 金貸しだからこそ、三人の風貌を見て家の経済状況なんかも軽く推察できた。

 こいつらは『餌』だと。いい『撒き餌』になると。

 

「そうなると、まず間違いなくテメェらの両親は今やってる仕事を解雇されるだろうな。世の中は所詮、信用が第一だ。前科持ちの子供を持つ親なんて誰も信じようとは思わない。しかも、お前らが散々覗きをしてきた女の子たちの家族に慰謝料を払わなきゃいけなくなるだろうな」

「慰謝料って…幾ら……」

「さぁな。それは裁判次第だろ。でも仮に、一家庭につき慰謝料の額が100万だったとする。お前らはこの学校の女の子たちの殆どの着替えを覗いている訳だから、当然のようにそれだけ支払わなきゃいけない訳だ。10人に払うだけでも1000万。20人ならば2000万。じゃあ、この学園にいる女子の数は?」

「「「ひっ……!」」」

 

 想像してしまった。この男が言う『慰謝料』の合計金額を。

 同時にようやく理解した。どうして闇金融の社長がこんな場所にいるのかも。

 

「丑嶋社長。彼らは女子だけではなく女性教師の方々の着替えも覗いていた事があります」

「マジかよ。んじゃ、更に追加だな。もう確実に億を超えてるだろ」

 

 ソーナからの追加情報にて、更なる罪状が明らかに。

 それを聞き、周囲の生徒達の中にあったほんの僅かな同情心も完全に消滅した。

 

「お前らは未成年だけど最低でも1~2か月ぐらいは拘置所にぶち込まれるだろうな。起訴後も第一階の裁判の期間までは拘留されるだろうし。ま、退学確定のお前らには関係ないか」

 

 彼にとって、こいつらの人生なんて本気でどうでもいい。

 大切なのは『仕事』になるかどうかだ。

 

「勿論、お前らの両親も裁判には間違いなく呼ばれるし、その場で全てが明らかになるだろうよ。で、問題はここからだ」

 

 一誠の髪を掴んで顔を無理矢理に上げさせて、その目を鋭く睨み付ける。

 以前、堕天使達に殺されそうになった時とは次元が違う。

 正真正銘の『裏側の人間』の放つ圧力に完全にビビっていた。

 もしも昼休み前にトイレに行っていなかったら、間違いなく漏らしていた。

 

「お前らの家に、億越えの慰謝料を払うだけの金ってあんの?」

 

 絶対にない。ある訳がない。

 家も家財も全て差し押さえられても、全額を払うには全く足りないだろう。

 

「足りないなら…借りるしかないよなぁ…。勿論、お前らじゃなくて、お前らの親がな。子の責任は親の責任って言うもんな。もしもお前らが成人してたなら話は別だが、テメェらはまだまだ未成年(ガキ)だ。となると、自然と全ての責任は親に向かうよな」

 

 もう終わり。完全に終了。

 だがここで、丑嶋は徐に優しい口調になって三人に囁いた。

 

「おいおい…なに『人生終わり』みたいな顔になってんだ。別に死んだわけじゃねぇだろうが。それに……もしかしたらここの『理事長』がどうにかしてくれるかもしれねぇぞ?」

 

 そう言うと、ポケットの中から自分のスマホを取り出し、それを指二本で掴んでブラブラさせる。

 いきなり何を言いだすんだと周りはどよめくが、ソーナだけは丑嶋の真意を理解していた。

 今回の事は何も、一誠達だけをどうにかするのが目的ではない。

 これはベリアルと大罪の悪魔たちによって綿密に練られた『作戦』なのだ。

 神器も持たない人間であるにも拘らず三大勢力と非常に密接な関係である丑嶋とベリアルだからこそ打てる一手。

 自分達の都合しか考えない『理事長』なんてもういらない。

 ベリアルが来てくれた今こそが最大の好機だった。

 

 もう既に、こちら側の『(キング)』が相手の『(キング)』の懐に飛び込んでいるのだ。

 その相手の『王』の妹はそんな事態になっていると微塵も知らずに呑気しているが。

 

 

 

 

 

 

 




次回は舞台が一時的に冥界に移動します。

どうせ『お掃除』をするなら派手にしないとですよね。


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面倒くさいので、引き摺り下ろす

他の事をやっていたら、すっかり疎かになっていました。

本当にすみませんでした。






 冥界 グレモリー領にあるグレモリー家の書斎。

 そこは四大魔王の筆頭でありグレモリー家の当主である『サーゼクス・ルシファー』の仕事場でもあった。

 そこで今、彼は両膝を付いた状態でとある人物を見上げている。

 顔は口分けたまま驚きを隠しきれず、その体は恐怖で震えていた。

 普段の彼を知っている者ならば、信じられないような光景だった。

 

「ま…まさか…生きていらっしゃったのですか……」

「当然じゃない。いつ、どこで私が死んだって言ったのかしら?」

 

 彼が畏怖を感じながら見上げている相手…それは、嘗ての戦争にて死んだと思っていた原初の魔王…ルシファーだった。

 彼女は怒り心頭と言った感じで腕を組みながらサーゼクスの机に腰かけながら彼の事を見下ろしていた。

 

「そもそも、私は最初から死んでなんていなかったのよ。なのに、お前達が勝手に早とちりして私を死んだことにした」

「そ…それは…聖書の神との一騎打ちにて凄まじい魔力の奔流を感じ、その後に姿が見えなくなったのでてっきり相打ちになったのかと思い……」

「死んだと思ったって? ふざけんじゃないわよ」

 

 自分の槍を顕現させ、怒りを表すかのようにダンッ! と床に突き刺す。

 

「確かに、あの時の戦いで重傷を負ったのは事実よ。でも、私はちゃんと生きてたのよ。冥界から姿を消したのは、その傷を癒す為に地上に潜んでいたから」

「ち…地上にっ!? では…同時期に姿を暗ました他の6人の魔王の方々も……」

「私を追って地上について来ていたのよ。あの時は緊急事態だったから何か言う暇が無かったのは事実だけど…それでも普通、死んだことにする? 本当に私達の事を案じているのなら『どこかで必ず生きている筈』ぐらいは考えるもんじゃないの?」

「あ…あの時は…戦争で疲弊していた冥界の復興を最優先にしていたので……」

「私よりも他の事を優先した…ね。それ自体は悪くは無いわ。それ自体はね」

 

 足を組み直し、首をコキコキと鳴らしてギンッ! と睨み付ける。

 サーゼクスの防御力がグンと下がったに違いない。

 

「でも、そこからどうしてアンタらが魔王になる話になるの?」

「…当時、冥界の民たちは新たな統治者を求めていました。少しでも彼らを安心させる為に我々は……」

「魔王になった? それならせめて『魔王代理』ぐらいにしておけばいいじゃない。なのに、あんた達ってばガッツリと魔王になってるじゃない。それと、私が何も知らないとでも思ってるの?」

「な…何をですか?」

「アンタが魔王になった理由。全部知ってるのよ?」

「うぐっ…!」

 

 まるで、全てを見透かされているかのような視線。

 ルシファーの威容は全く変わっていない。

 否、あの頃よりもさらに強くなっているような気さえする。

 

「惚れた女と結婚する為に魔王になるしかなかった…か。ねぇ…アンタにとって魔王って立場と私の名前って、そんなにも軽いものだったの? 私って、そんなにも軽んじられてたのかしら? だから勝手に死んだことにして魔王の座を奪い取ったの?」

「違います! 私は決してそのような事は…!」

「アンタにどんな考えがあろうとも、こっちからしたらクーデターでも起こされたような気分なのよ。傷が癒えてから密かに冥界へと帰って来てみれば、いつの間にか若造が勝手に魔王になってて、しかも自分の名を名乗っていた…それを見た時の私の気持ち…アンタに分かる?」

「これよりも前にもう既に一度、冥界にお戻りになられていた…っ!? そ…それに気が付かずに私は……」

 

 自分達的には良かれと思ってやった事だが、相手からすればこれは完全にクーデターに等しい。

 もっと色んな可能性を考慮し、彼女達を捜索していれば。

 そんな事を考えてももう遅い。全ては後の祭りなのだ。

 

「…私は余り回りくどい言い方は好きじゃないの。だから、ストレートに言わせて貰うわ。サーゼクス…アンタは魔王に相応しくない」

「なん…ですって…!?」

 

 いきなりの事を何を言われたのかよく分からなかった。

 最も尊敬をしていた相手に『相応しくない』と言われた。

 混乱の余り、いつもならば決して見せない呆けた姿を見せてしまう。

 

「アンタは基本的に同胞を…悪魔を疑わない。疑わないからこそ、耳を傾けもしないし関心も持たない。だからこそ、馬鹿どもに付け入る隙を与えてしまう」

「ば…バカ共…?」

「そうよ。しかも、『悪魔の駒』なんて最低のアイテムを生み出してしまうなんて…怒りを通り越して呆れたわよ」

「あ…あれは! 種として衰退している悪魔を救うために……」

「それが間違いだってのよ! 種として衰退? 別にいいじゃない。この世に存在する全ての物はいずれ滅びる運命にあるのよ? それが今度は悪魔の番になった。それだけの事じゃない」

「あ…貴女はそれでも魔王なのかッ!? 悪魔を少しでも存続させたいとは思わないのかっ!?」

「思わないわけないでしょうが! でもね、あんた達のやり方は致命的に間違ってるのよ! そんな簡単な事も分かんない訳っ!? 不自然なやり方で悪魔を増やしたって、そんなのがいつまでも長続きするはずがないでしょっ!! ほんっとうにアンタってバカなのね!!」

 

 遂に怒りを爆発させたルシファーは、服のポケットから徐にある機械を取り出し、それをサーゼクスに見せつけた。

 

「そもそも…悪魔の駒は結果として逆に悪魔を滅ぼす麻薬でしかないのよ。あれのせいで現在、悪魔たちはあらゆる存在からヘイトを集めまくっているってのに…気が付いてないの?」

「我々が…忌み嫌われている…?」

 

 そんな筈がない。確かに、遠い昔は人間達や他の種族とも争っていたが、あの戦争以降は大人しくし、少しずつではあるが友好な関係を築いている筈だ。

 サーゼクスはそう信じ込んでいた。この瞬間までは。

 

「私が持ってるコレ…なんだか分かる? これね…ボイスレコーダーっていうのよ。声を録音する為の機械ね。では、これには何が収録されているでしょうか?」

 

 物凄く嫌な予感がする。

 そんなサーゼクスの気持ちを知ってか知らずか、ルシファーは無表情のままボイスレコーダーのスイッチを押した。

 

『はぁっ!? 堕天使を眷属悪魔にして何が悪いッ!? どうせ、下級の雑魚だ! どこでくたばっても誰にも知られない程の存在を私が有効活用してやってるんだ! 寧ろ、有り難く思って貰いたいな! 薄汚い烏風情が、誇り高き貴族悪魔である私の下僕となれるのだからな! といっても、やるのは私達の性欲処理だがな! はははははっ!』

 

 この声は知っている。グレモリー家と懇意にしている貴族悪魔の声だ。

 信じられない事実に、サーゼクスは声すらも出せずにいた。

 それを見つつ、レコーダーを操作して次の声を出すことにした。

 

『あぁ…あの時の事ですね。よく覚えていますとも。偶然にも地上に来ていた天使を鹵獲し、拷問と強姦の末に心と体の両方を屈服させてから眷属悪魔にした日の事は。あれは最高に面白かった。普段から我ら悪魔を毛嫌いしている天使を奴隷のように扱えるのですから。その天使はどうなったかですって? 勿論、今でも立派な肉便器として働いていますよ?』

 

 これもまたサーゼクスがよく知っている悪魔の声だ。

 少なくとも、こんな事を言うような相手ではなかったと記憶している。

 

「こいつらの事はよ~く知ってるわよね? なんたって、アンタと会っていろんな話をしている連中ですもの。だけど、これがこいつらの本性よ。あんたが青二才なのをいい事に、裏では好き放題やってる。アンタが自分達に疑いを掛けたりしないのを承知の上で」

「あ…あぁぁ…!」

「言っとくけど、これだけじゃないわよ。似たような事件は山ほどあるんだから。アンタが知らないだけで」

 

 ボイスレコーダーのスイッチを切り、ポケットの中に戻す。

 これで僅かでも溜飲が下がった…とはいかないようで、まだまだルシファーは怒っていた。

 

「被害に遭っているのは天使や堕天使だけじゃない。人間にだって多数の被害が出ているし、他の神話体系もまた同様。勿論、それらが悪魔の仕業だって事は既に知られているわ。だから、悪魔たちは周囲全体から怒りと憎しみの目で見られている。ごく一部を除いて…だけど」

 

 悪魔たちの中にも、必死に頑張って信頼を得ようとしている者達がいる。

 ライザーなどがその典型とも言える。

 彼は悪魔としてではなく、ライザー個人として人間だけでなく、他の勢力にも多大な信頼を獲得していた。

 

「悪魔の駒は…ちゃんと話し合いの末に互いの了承を得てから……」

「そんな事をしているのは、アンタを含めたごく少数だけよ。そのほかの連中は、悪魔の駒をまるで玩具のように扱って好き放題してる。だからこそ『はぐれ悪魔』なんてのが沢山生まれて、証拠を隠滅する為にアンタとかに依頼をするんでしょ」

「私は…騙されていたのか…?」

「騙されてたんじゃない。知ろうとしてなかったのよ。だってアンタさ…最初から悪魔を疑うって選択肢自体を持ってないじゃない。だから見向きもしなかった。視界にすら入れようとしなかった。だって、同族たちがこんな非道な事をするなんて想像もしていなかったから。理想ばかりを追い駆けて、現実を全く知ろうとしていなかったから」

 

 口では色々と言っていても、実際にはサーゼクス達の事を見下している悪魔たちは意外と多い。

 中には下剋上を狙い、自分達こそが次の魔王になろうと考える者もいる始末だ。

 それを伝えると、サーゼクスは苦虫を噛んだような顔で俯いた。

 

「どうしてそんな考えを持ってる奴がいると思う? 簡単よ。血筋云々を完全に無視して魔王になってしまったからよ」

「古いしきたりにばかり捉われていては…新しい時代を生み出せないと思ったからです……」

「その考えは立派よ。それには私も同意する。だからと言って、それは決して問答無用で魔王の血縁者たちを最果てに追い遣っていい理由にはならないけどね」

「か…彼らは血の気が多すぎた! それではまた同じ過ちを繰り返してしまう!」

「それをどうにかしてこその魔王でしょうが! 力で無理矢理に追い出すなんて、やってる事はまんま一緒じゃない! 話し合いの席すら設けないだなんて論外中の論外よ!! 同じ過ちどころか、更なる災厄を生み出してるじゃないの! アンタらのやった事は何もかもが逆効果なのよ!!」

「では…どうすればよかったのですか…! 教えてください!!」

「んなの決まってるじゃない。つーか、さっきも言ったわよね? アンタは魔王に相応しくないって。最初から魔王になんてなるべきじゃなかったのよ。私達の事を信じて代理として就任し、もっと周りを疑う事を知るべきだった。馬鹿正直にニコニコしながらハイハイ言ってるだけじゃ王は務まらないのよ…ボウヤ」

 

 腰かけていた机から立ち上がり、腕を組んだまま殺気を滲ませながら睨み付ける。

 室内には絶対零度に近い空気が流れている。

 

「サーゼクス…確かにあんたは戦士としては非常に優れていたわ。それは認めてあげる。だけど、それだけ。どこまでいっても所詮は戦士止まり。アンタには…統治者としての才能は微塵も無い。三流以下よ」

「三流…以下……」

 

 完全に言いたい事は言い終えた…訳ではない。

 ここまではまだ序章。本題はここからだ。

 

「近い内、アンタには…あんた達には魔王を辞めて貰うから」

「達…? では、他の三人にも…!」

「勿論、辞めて貰う。まぁ…アンタよりは流石にマシだけど、それでもやっぱり全員揃って統治者としての才能は無い。だから、私達が出戻って冥界を再び統治させて貰うから。因みにこれ、元老院のジジイ共も了承済みだから」

「あの方々も…!?」

「そ。さっきと全く同じ話をしたら、二つ返事でOKしてくれたわ。私の登場に萎縮してたってのもあるかもだけど」

 

 容姿だけで見れば、ルシファーは見目麗しく若々しい美女ではあるが、それでも原初から存在している強大な魔王であるのだ。

 正体を知っている者ならば、その姿を見た瞬間に萎縮して当然だった。

 

「安心しなさい。別に冥界を追放するとか、そんな事はしないから。魔王を辞めて、今まで通りにグレモリー家の当主をして、領内の管理だけをしていればいいわ」

「領地の管理をする…?」

「そうよ。何にも変わんないでしょ? これまでだって、あんまりここから動くことは無かったんだし」

「…………」

 

 仕事が忙しかった…なんてのは言い訳にはならない。

 寧ろ、忙しいのは自分が未熟である何よりの証拠でもあったからだ。

 

「一度失った信用はそう簡単に…じゃなくて、二度と取り戻せない。それがどん底まで下がった信用ならば尚更ね。アンタ達が計画していた三大勢力間の和平…あれはもう絶対に不可能と思った方がいいわね。どれだけ言い訳をしようと、悪魔たちが天使と堕天使達に被害を齎した事実は覆せないから。その代り…別の勢力間での和平はするつもりっぽいけど」

「別の勢力とは一体…?」

「そんなの…人間達と各神話勢に決まってるじゃない」

「に…人間達ですってッ!?」

「これもまた知らない事だから教えてあげるけど…人間達はとっくに三大勢力の事を認知しているのよ。そりゃ、あんだけ世界中ではぐれ悪魔が大暴れしてたら嫌でも知られるでしょうけどね」

「で…ですが、それに関してはちゃんと隠蔽処理をして……」

「隠蔽って? まさか、目撃者である人間の記憶を改竄することが隠蔽なんて言うつもりじゃないでしょうね?」

「…………」

 

 何も言い返せない。今までずっとそうしていて、それが最善であると思っていたから。

 

「それは隠蔽じゃなくて洗脳っていうのよ。どれだけ慈愛を語っていても、所詮はアンタも悪魔だったって事ね。自分の性根すら測れない時点で統治者失格って分かんないの?」

 

 もうサーゼクスの精神はボロボロだった。

 普通、ここまで好き放題に言われれば怒りにあまりに襲い掛かっても不思議ではないが、サーゼクスは知っていた。誰よりもよく知っていた。

 どれだけ自分が本気を出しても、目の前の彼女にはかすり傷一つすらつけられない程に実力が離れている事を。

 少しでも逆らえば、殺されるのは自分だと本能で理解している。

 だからこそ、サーゼクスは大人しくしている事しか出来ないのだ。

 

「この分だと、アンタが理事長をやってるっていう学校の校長がベリアルに変わったって事にも気が付いてないんでしょうね」

「ベ…ベリアル様が駒王学園の校長っ!? それは一体どういう事ですかッ!?」

「そのまんまの意味よ。つーか、それこそが本題なのよね。かなり話が逸れちゃったわ」

 

 ここから本当の話が始まる。

 ルシファーの顔が怒りから愉悦に変化し、口がそっと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだまだサーゼクス追い込み作業は続くんじゃよ。

それが終われば、一誠達の終焉になります。





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面倒くさいので、取り敢えず選ばせる

前回の続きで、ルシファーママによるサーゼクスお説教です。

そして同時に、変態三人組の運命が決定的になる話でもあります。








 自分の知らない間にベリアルが駒王学園の校長になっていた。

 全く与り知らない事実に、サーゼクスは口を開けたまま固まってしまう。

 

「その様子だと、本当に知らなかったみたいね。報告とか受けてないのかしら?」

「ど…どうして、そんなことに……」

「前の校長がベリアルの個人的な知り合いだったみたいでね。学校に関して色々と相談を受けていたみたいよ? 主に、学校運営に全く協力してくれないくせに、何か問題があればすぐに力づくで揉み消そうとする無能な理事長について…みたいだけど」

「うぐ……」

 

 名前を出してはいないが、それが誰の事を指しているのかはすぐに分かった。

 ルシファーのストレートな言葉に、思わずサーゼクスは胸を押さえる。

 

「ねぇ…どうして理事長なんてしようと思ったわけ? あんた、教育に関する知識なんて全く無いでしょ? つーか、それ以前に教員免許すら持ってない癖に」

「そ…それは……」

「当ててみせましょうか? まず一つ。他の三人も魔王業以外にも色々とやっていたから、自分も何かしなくてはいけないという意味不明な強迫観念に駆られたから」

「…………」

 

 彼女の指摘にサーゼクスは何も言わずに無言を貫く。

 その沈黙こそが肯定していると分かっていながら。

 

「もう一つは、愛する妹が駒王学園に入学をしたから。少しでも目を離したくないと思ったから…って所かしら?」

「はい……」

「けど、実際にはアンタは理事長として何もしていない。それどころか学校の敷地内にすら碌に足を運んでないでしょ」

「魔王としての仕事が忙しく、それで……」

「言い訳としては下の下ね。本当に王に相応しい者なら、ちゃんと魔王としての仕事と理事長職を兼任出来る筈よ。それが出来ていない時点で、自分の無能っぷりを大衆に晒しているようなものね。少なくとも、レヴィの後継者の…セラフォルーだったっけ? あの子の方がまだマシよ。だって、ちゃんと副業の方も兼任出来てるから」

 

 セラフォルー・レヴィアタン。

 四大魔王の一角であり、紅一点。そして、ソーナの実の姉でもある。

 『魔王少女』を自称していて、よく魔法少女のような恰好をしているのだが、それとは別に外交官としての顔も持っている。

 性格はハイテンションでキャピキャピしている感じ。

 

「それに比べてさ…アンタは何? 自分でやると決めた事すら碌に出来ないってのは最悪よ? それぐらいは分かってるんでしょ?」

「は…はい……」

 

 もう変な言い訳も出来ず、サーゼクスは『はい』しか言えなかった。

 それだけルシファーの言っている事は的確で、同時に彼女の迫力が凄まじいと言う証拠でもあった。

 

「だからこそ知らないんでしょうね。去年から、あの学園に大きな問題が発生していた事を」

「も…問題?」

「そうよ。とんでもない変態三人組が入学して来て、毎日のように女子更衣室を覗いているらしいわ。そしてそれは、進級した今でも続いている」

「そ…それは犯罪なのでは……」

「そう…立派な犯罪よ。でも、アンタはそんな連中がいた事も、そんな事が頻繁に起きていた事も知らなかったでしょう?」

「はい……たった今…知りました……」

 

 学園で何かトラブルが起きていること自体はなんとなく知っていた。

 だが、どうせ人間のする事だから大した問題ではないだろうと思い、碌に調べもせずに全ての処理を前任の校長に任せていた。

 それが自分の首を絞め、最悪の事態を招く事になるとも知らずに。

 

「そして今…ついさっきの事だけど、そいつらは現行犯で捕まっているわ。傍には警察も駆けつけている徹底っぷり」

「警察まで…!?」

「前の校長がストレスによる体調不良で入院をして、その後任としてベリアルを指名した。あいつはちゃんと教員免許を持っているし、アンタとは違って本物のカリスマも持っているから適任よね。それはアンタが一番よく分かっているでしょ? ベリアルの教え子の一人だったアンタなら」

「えぇ……」

 

 まだサーゼクスが幼かった頃、冥界の学校にてベリアルが教師を務めて彼に様々な事を教わった。

 悪魔としてのイロハや、戦士としての心得。戦い方などの全てを。

 故に知っているのだ。彼の凄さを。強さを。

 あらゆる分野で絶対に勝てないと。心の底から思い知っていた。

 

「…で、これがその映像」

 

 ルシファーが指を広げて魔力による投影型映像を出すと、そこには数多くの生徒や警察官によって包囲され拘束されている三人の男子生徒達がいた。

 

「因みにこれ、私の使い魔が映している映像ね。もう見ただけで分かるとは思うけど、既に王手な状況になってる」

「は…はい……」

「そうだ。これも言っておかないと。この捕まってる三人組の真ん中のツンツン頭の子ね、アンタの妹の眷属なんだって」

「リ…リアスのッ!?」

 

 妹から『変わった眷属を手に入れた』と報告は受けていたが、まさかそれが例の覗き魔だったとは知らなかった。

 自分の妹の眷属が警察に捕まる…それは由々しき事態だった。

 

「リアスはこのことは……」

「知らないと思うわよ? それどころか、こいつらが覗きをしている事すら知らない可能性があるわね」

「そ…そんな……」

 

 己の眷属が逮捕されようとしているのに、それに気付きすらしないなんて。

 しかも、その素性を調べようとすらしていない。

 余りの事に愕然となり、サーゼクスは下を向いた。

 

「これも全部、アンタ達が甘やかし過ぎた結果よ。未熟以下の小娘だってのに、無許可で勝手に町一つを管理させようとしたのも『自分の妹なら大丈夫だろう』という意味不明な根拠があったからじゃないの?」

「僕は…リアスを甘やかしたりなどは……」

「自覚が無いってのが一番厄介よね。そのせいで堕天使達の侵入なんて許して、それを知覚すら出来てないんだから。兄が無能なら妹も無能って事かしら。よく似た兄妹ですこと」

 

 いつもならば、妹の事を馬鹿にされて怒るサーゼクスだが、今回ばかりはそうもいかない。

 相手は圧倒的強者のルシファーなのだ。

 怒りに身を任せて飛び掛かったりなんてすれば、その瞬間に自分は殺されてしまう。

 しかも、彼女の言っている事は何一つ間違っていないとサーゼクスも理解しているから、反論をしたくても出来ないのだ。

 

「って、アンタの妹の事は今はどうでもいいのよ。問題はこっち」

 

 両手の指で映像を広げるようにして拡大をし、それをサーゼクスの目の前まで持っていく。

 そうすることで、彼はその映像から目を背けられなくなる。

 

「さて…ここからアンタに尋ねるんだけど…こいつら、どうする?」

「どうする…とは…?」

「こいつらはまず間違いなく裁判に掛けられる。証拠も揃っているし現行犯逮捕だから言い逃れは出来ないでしょうね。となると、必然的に被害者の女の子たちに対して慰謝料を払わないといけなくなる」

「慰謝料……」

 

 それを聞き、サーゼクスは猛烈に嫌な予感がした。

 まるで背骨に氷柱でも入れられたのような感覚。

 こんな気持ちになったのは、嘗ての戦争にて二天龍と相対した時だけだった。

 

「駒王学園って少し前までは女子高で、今は共学になってるんですってね。でも、それをし始めたのはつい最近の事で、まだまだ男子の数は少ない。確か、全校生徒の約二割ぐらいだったかしら? で、駒王学園は今時の高校にしては珍しく在校生の人数が多くて、約500人ぐらいってベリアルが言ってたわ。って事は、単純計算でも400人ぐらいの女子がいるって事よね」

 

 嫌な予感が加速する。聞きたくない。でも、聞かなくてはいけない。

 

「あいつ等はほぼ全ての女子の着替えの覗きをしたって事になる。その女の子たち全員の家族に慰謝料を払ったりしたら…どれぐらいの金額になると思う?」

「確実に…日本円にして億は超える…と思います…」

「正解。んじゃ、もう私が何を言いたいのか…分かったわよね?」

「…………」

 

 やっぱり、この方は魔王だ。自分ですら容易に屈してしまうほどの大魔王だ。

 そうでなくては、こんな選択を迫ったりはしない。

 王としても、悪魔としても、彼女には到底及ばないと確信した。

 

「理事長最後の仕事としてこいつらの億越えの慰謝料を肩代わりして払ってやるか。それとも、無慈悲な悪魔として見捨てるか。私は別にどっちでもいいわよ? これに関しては強制はしないわ。好きにしたらいい。グレモリー家の資産があれば、数億ぐらいは簡単に支払えるでしょ? まぁ…あなたたちグレモリーの経済状況にはかなりのダメージになるとは思うけど」

 

 その通りだ。その気になれば払えない事は無い。

 だがそれは同時に、グレモリー家の大きな弱体化を意味していた。

 顔も名前も知らない生徒を取るか。自分の家族を取るか。

 生徒達の一人は妹の眷属とは言え、一度も会話すらしたことのない相手をどうにかしてやろうという気持ちは中々に湧き難い。

 

「当然だけど、答えを決めた瞬間にあんたには駒王学園の理事長を辞任して貰うから。後任は好きに決めたらいいわ」

「僕は…僕…は……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 舞台は戻り、再び駒王学園の校門前。

 抑え込まれて地に伏している一誠達の前に、スマホを持って座っている丑嶋がいた。

 

「さぁて…どうなるかねぇ…」

 

 親指と中指だけでスマホを支えてブラブラとさせていると、いきなり着信が来た。

 誰から来たのかを確認すると、丑嶋は眼鏡の奥で目を見開き、その口を怪しい笑みに変える。

 

「あぁ~…もしもし? そっちはどうでした? 姐さん」

 

 『姐さん』と呼ぶ相手と受話器越しに話を始める丑嶋。

 その一言一言が絞首刑台へと続く階段の足音のように聞こえた。

 

「くく…ははは…! そっかそっか…成る程ね。別にいいんじゃないか? どっちにしても俺に損は無い」

 

 その笑いがどこまでも怖く、もう丑嶋の姿が死刑執行人にしか見えない。

 これが『裏社会』に属する人間の怖さか。

 

「あぁ…分かったよ。それじゃ、今後とも御贔屓に」

 

 通話を切り、スマホをポケットに戻してから一誠の髪を掴み、グッと顔を近づけて『結果』を報告した。

 

「お前らの理事長サンさ……テメェらを見捨てるってさ」

「「「え?」」」

「自分の家族を犠牲にしてまで億越えの慰謝料なんて払ってられないってよ。残念だったな。これで三人揃って借金確定だ」

 

 頭の中が真っ白になる。理事長が自分達を見捨てた? なんで?

 どうしてこんな事になった?

 

「因みに、ウチは基本的に『トゴ』だから。そこんとこよろしく」

「ト…トゴ…?」

「『十日で五割』って意味だよ。つまり、十日過ぎれば一気に数千万の利子が増えるって事だ」

「と…十日で……」

「五割…っ!?」

 

 なんだその超理不尽な使用は。幾らなんでも酷過ぎる。

 余りの衝撃に、三人揃って絶句するしかなかった。

 

「そうそう。ソーナちゃんに報告することがあるんだけど」

「なんですか?」

「理事長サン、辞任するってよ。で、その後任には相良さんを指名するらしいぞ。あの人なら、理事長と校長を兼任できるだろうからって」

「妥当ですね。私としても、幽霊理事長には一刻も早くいなくなってほしいと思っていたところです」

「そいつはよかったな。これで駒王学園も少しは平和になるってもんか」

 

 微塵も遠慮も情け容赦もいらない債務者が三人も増えて、どこか丑嶋はご機嫌だった。

 といっても、表情には決して出さないが。

 

「お巡りさん。こいつらはこのまま連行すんだろ?」

「はい。パトカーもそこに停めてあるんで」

「なら、俺はこいつらの家に行って、家族に話でもしてくるか。お宅らの息子さんがとんでもない事になってますよってな」

 

 ポケットに手を入れながら、後ろ手に手を振って校門から丑嶋は出て行った。

 それだけで場の空気がかなり軽くなったが、一誠達には全く関係が無い。

 もう既に判決は下っているも同然なのだから。

 

「ほら立て! 手を前に出せ!」

 

 警官の一人が手錠を掛けようとして松田の手を握ると、遂に精神の限界が来たのか、号泣しながら叫びだした。

 

「ち…違う!! 違うんだ!! 俺は悪くねぇっ!! 俺は悪くねぇっ!!」

「そ…そうだそうだ! 俺達はただ、男として当然の権利をだな……」

 

 松田の反撃に乗じて一誠も一緒に叫ぶが、次の瞬間に彼の顔は凍りつくことになる。

 

「全部、一誠の奴が悪いんだ!!」

「………は?」

 

 一瞬、本気で意味が分からなかった。

 今…なんて言った? 俺が悪い?

 

「俺達は一誠の奴に騙されて来てしまっただけなんだ!! 俺達も被害者だ!!」

「その通りだ!! そもそも、最初に俺達を誘ったのだってコイツだ!! 諸悪の根源は一誠なんだ!!」

「ちょ…待てよ! なんでそうなるんだよ!! お前らだってノリノリで覗いてたじゃねぇかっ!!」

「うるせぇっ!! テメェが悪いったら悪いんだよっ!!」

「こんな事になるんなら、お前なんかと…友達になるんじゃなかったっ!! このクソッタレがッ!! 死ねっ!!!」

「松田…元浜…テメェら…っ!! ぶっ殺してやるっ!!!」

「やれるもんならやってみろっ!!」

「逆に俺達がテメェをぶっ殺してやるよっ!!」

 

 一度でも燃え上がった感情は消えることなく、遂には喧嘩にまで発展してしまった。

 暴れ回る三人を取り押さえようと、警官と運動部の生徒達が体を押さえるが、それでも彼らは止まろうとしない。

 

「くっ…! いい加減にしろっ!! どう言い訳をしようが、お前らが覗きをしたことには変わりはないんだっ!!」

「おい! 応援を要請しろ!」

「分かりましたっ!」

 

 そうして、一誠達三人はその後に駆け付けた大勢の警官たちによって無理矢理に取り押さえられ、手錠を掛けられてから三人バラバラにパトカーに乗せられてから警察署に連行されて行った。

 

 その様子を見て、改めてその場に集った生徒達は心からの安堵の表情を見せていた。

 

 

 

 

 




次回もまた冥界から始まるかもです。

まだまだサーゼクスを追い詰めていきますよ~。


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面倒くさいので、一応の忠告をする

遂に逮捕された変態三人組。

その頃、冥界では……?







 舞台は再び冥界のグレモリー家屋敷へと戻る。

 ルシファーの使い魔が見せている映像にて、三人組が逮捕されている様子が克明に分かった。

 

「思ったよりも随分とあっさりと見限ったのね。意外だわ。無駄にお人好しのアンタことだから、てっきり私財を全て投げ打ってでも助けるとばかり思ってた」

「…僕はそこまでお人好しじゃないですよ」

 

 この瞬間、サーゼクスは自らの意志で理事長ではなく、一人の悪魔としての意志を尊重したことになる。

 それは同時に、理事長と魔王の立場を捨てると決めた事にもなる。

 

「ま…別にいいけどね。どっちにしても結末は変わらないと思うし。後は……」

 

 ここでルシファーが最近になって密かに購入しておいたスマホが服のポケットの中から鳴って着信を知らせる。

 誰からかと思って確認すると笑みを浮かべ、意気揚々に電話に出る事に。

 

「もしもし? うん…うん。成る程ね。分かったわ。こっちとは違って話が早くて助かるわ。え? 向こうも終わってるの? 意外ね…もうちょっとぐらいは粘ると思ってたんだけど。うん…もう大丈夫よ。問題無いわ。それじゃ、頼むわよ」

 

 ピッ…と通話を切ってから、誰からの電話か知りたがってそうな顔をしているサーゼクスの疑問に答える事に。

 

「今のは……」

「他の魔王達の所に行った子達からの報告。と言う訳で…はい」

 

 地上の駒王学園の映像を映している物の隣に、新しく二つの投影型の映像が映し出される。

 そこにいたのは、サーゼクスの同志であり四大魔王の一角でもあるセラフォルーとアジュカの二人だった。

 

「ま…まさか…ここにルシファー様が来たように、あの二人の所にも……」

「そ。レヴィ…レヴィアタンとベルゼバブが行って話をしているわ」

「やっぱり……」

 

 少し考えれば予想が出来た事。

 現在、魔王は四人存在しているのだ。

 自分の所にだけ来るのは明らかにおかしい。

 他の三人の所にもそれぞれに誰かが向かうの当たり前だ。

 

『あっ! お姉さま~! やっほ~!』

「レヴィ、そっちの方はどうなってる?」

『思ったよりも聞き分けが良い子だったから、かなりスムーズに話は進んだよ。ほら』

 

 横から割り込むような形で、紫がかった髪を持つ少女が画面に映る。

 彼女こそが『大罪の魔王』の一角、嫉妬を司る魔王『レヴィアタン』である。

 ルシファーを深く愛し、心の底からゾッコンのレズビアンなのだが、それとは別に魔王としての実力もちゃんと備えていたりする。

 

『あ~…サーゼクスちゃん? ごめんね~…私…今日限りで魔王少女を引退します!』

「セラフォルー…」

 

 自分のように迷ったような素振りも無く、呆気なく魔王引退を宣言した。

 まさか、ここまで簡単に言ってのけるとは思いもせず、サーゼクスは一瞬だけ呆気にとられてしまった。

 

『レヴィアタン様と色々と話したんだけどね…やっぱり私って魔王って感じじゃないな~って思って。そもそも、私って可愛さはあっても威厳とかは微塵も無いしね! 王様よりは魔法少女の方がいいかな~って思って。あ、魔王辞めても、ちゃんと外交の仕事は続けていくから安心してね。そこら辺はレヴィアタン様に任せて貰えることになってるの。寧ろ、魔王を辞めた事でコッチの仕事に集中できるから、今までよりはマシになるかもしれない。ソーナちゃんも色々と頑張ってるみたいだし、これからはセラフォルー・シトリーとしてお姉ちゃんらしく頑張らないとね! それじゃ、そゆことで~♪』

『また後でね~! お姉さま~!』

 

 ここで一つ目の通信が切れる。

 彼女には彼女なりの考えがあり、その後の事も自分以上にしっかりとしていた。

 

 もう一つの映像…アジュカの方を見ると、彼は申し訳なさそうにしながら後頭部を掻いていた。

 その隣にいる黒髪でツインテールのメイド服を着た少女が、暴食を司る大罪の魔王『ベルゼバブ』だ。

 悪魔たちの中で最も謎に包まれた存在で、詳しい事はルシファー達でさえよく把握していない。

 一つだけ判明している事があるとすれば、それは超人的なまでの大食漢と言う事だけである。

 

『ルシファー。こっちの話も終わったよー』

「どうだった?」

『ちゃんと話せば分かってくれた。頭がいいと話も早いから楽でいい』

「それは何より」

『お腹空いた。早く帰ってご飯にしたい』

「はいはい。ちゃんと『あの子』に連絡して、夕飯を作っておくように言っておくから。もう少しだけ我慢して」

『分かった。もう少しだけ我慢する。加奈のご飯…楽しみ。じゅるり』

 

 見た目とは裏腹に非常に大人しく、ちゃんと話は聞いてくれる。

 ある意味、曲者揃いの七人の中で最も話が通じる相手かも知れない。

 

『…済まなかった、サーゼクス』

「アジュカ……」

『今まで俺は、君との友情と悪魔の未来を考えた上で『悪魔の駒』を開発、製造してきたが…それは間違いだったようだ。ベルゼバブ様に諭されて気が付いたよ。自分のしている事は、腐った連中を無駄に増長させた挙句、自分達の首を絞めているだけに過ぎなかったんだとね』

 

 淡々と話すアジュカは、サーゼクスがよく知っている普段の彼と全く同じだった。

 つまり、彼もまた魔王を辞めるという事に付いて特に思う事は無いと言う事になる。

 

『元々、俺が魔王になったのも君が魔王になったからという部分が大きいからな。魔王らしい仕事なんて碌にしていないし興味も無い。というか、正直言って面倒くさい。だけど、今までは状況じゃ状況だけに辞めるに辞められなかった。そこに、大罪の魔王の方々の生存&帰還が判明した。ならばもう俺が魔王を続ける意味は無い。申し訳ないが、俺はここらでリタイアさせて貰うよ』

 

 友人だと思っていたアジュカの本当の気持ちを初めて聞かされた。

 もしかしたら、自分は知らず知らずのうちに多くの者達に無理を強いていたのかもしれない。

 今更になって、そんな事に気が付き始めた。

 

『これからは地上に拠点を移してから、『悪魔の駒』を除去する道具の開発をしようと思っている。まずは、自分のしてしまった過ちのツケを払わないといけないからな。それでは…さよならだ』

『ばいばーい。アジュカ、夕飯の前におやつ食べたい』

『え…? さっきあれだけ食ったのに、まだ食べるんですか…? 流石は暴食を司る魔王…物凄い食欲だ…』

 

 なんか、最後は妙にイチャついていたように見えるが、気のせいだという事にしておこう。

 ともかく、これで四大魔王の内、確定で二人が辞めることが決定した。

 

「まさか…ファルビウムも……」

「そのまさか。さっきの電話がそうよ。アスモデウスが直接向かって話をして、彼もまた魔王を辞める事を了承したそうよ」

「…………」

 

 もう何も言えない。

 同志と思っていた者達が全員揃って自分の前から去って行った。

 ここで魔王を辞めたくないと主張しても、それは無意味な事だろう。

 自分の治世では同族を、冥界を護れなかった。

 守った気になっているだけだった。

 

「今までの頑張りは認めるけど、何事にも向き不向きはあるのよ。あんたの場合、王という立場が致命的に向いていなかっただけ。もしも他の立場だったなら、アンタがもっと身内に毅然とした態度でいられたなら、違う未来もあったでしょうね」

 

 流石に不憫と思ったのか、珍しく情け深い言葉を投げかけるルシファー。

 母となった事で彼女の心情も変化しているのかもしれない。

 

「最後に一つだけ忠告をしておくわ。今すぐにでもアンタの妹…リアスだったっけ? そいつを冥界に戻しなさい」

「リ…リアスまでっ!? どうしてですかっ!?」

 

 自分だけではなく妹まで巻き込まれる。

 この原初の反逆者は、そこまで無慈悲だったのか。

 だが、それはサーゼクスの早とちりだった。

 

「確かに、碌な手続きも知識も得ずに適当な管理しか出来ていない小娘なんて、悪魔の印象を下げるだけしかしないから、とっとと消えて欲しいと思うけど、それとこれとは別。これは私なりの慈悲なのよ?」

「慈悲…ですって?」

 

 どうして慈悲で妹を地上から追放するような事になるのか。

 ルシファーの真意が全く読めないでいた。

 

「今言った通り、私達悪魔が日本に拠点を作る場合、日本神話の神々や土地神などに贈り物などをしたり、然るべき手続きなどをしてパスを作らないといけない。それはアンタだって分かってるわよね?」

「は…はい。悪魔たちの中では常識ですから……」

「そのリアスって小娘は、その常識を全く守らずに我が物顔で駒王町に居座っているのよ」

「な…なんですってっ!?」

 

 てっきり、その程度の事は自分で勉強するなり調べるなりして、ちゃんとしているものとばかり思っていた。

 まさか、それらを全て怠っていたとは。

 

「その事で日本の神々や妖怪たちの逆鱗に触れてしまったみたいね。特に、八百万の神々はかなりご立腹よ。急がないと、本気で殺されてしまうかもしれない」

「ま…待ってください! 確か、駒王学園にはセラフォルーの妹も通っていた筈です。彼女は……」

「あのソーナって子? あの子は立派よ。ちゃんと手続きも贈り物も完璧に行って、足を運んで直接挨拶にまで行ってるんだから。流石は外交官の妹ね。全てが完璧よ。文句のつけようがないわ。その成果なのか、シトリー家は悪魔の中でも例外として好意的に見られているみたい」

 

 あの傲慢の魔王であるルシファーがここまで誰かを褒めるのは非常に珍しい。

 それだけソーナの対応が素晴らしく、何もしていないリアスは危ないという事になる。

 

「一応、私やベリアルが話を付けて辛うじて悪魔全体を敵視する事はだけは避けられてるけど、あの小娘だけは無理でしょうね。恐らく、悪魔全体ってよりは『グレモリー』のみを敵として認識している可能性だってある」

「なんてことだ…!」

 

 ここまで行けばサーゼクスも全てが理解出来た。

 最悪の場合、リアスが原因となって悪魔たちと日本神話との全面戦争に発展しかねないという事が。

 他の悪魔たちはいざ知らず、仮にも魔王だったサーゼクスは日本神話の恐ろしさを良く知っていた。

 例え何があっても絶対に敵に回す事だけはしてはいけない相手であることを。

 

「急いで妹と眷属たちを冥界に連れ戻して、その後でアンタがグレモリーを代表して日本神話に対して詫びを入れに行くしかないわね。私達がしても意味が無い。兄として、グレモリーの当主としてサーゼクス…アンタがしなくてはいけないことよ」

「くっ……!」

 

 ここまで事態が発展して初めて自覚する。

 自分達はリアスの事を余りにも甘やかし過ぎたと。

 蝶よ花よと愛でながら育てた事は間違いだったと。

 多少厳しくても、ちゃんと育てるべきだったと。

 今更何を思っても、完全に後の祭りだが。

 

「それと、あの変態の眷属が捕まった事をアンタから報告してやんなさい。アンタが見捨てたんだから」

「分かっています……」

 

 それもまた『兄』としての役目だろう。

 全ては遅すぎた。

 一体我々は、どこから間違っていたのだろう。

 どれだけ考えても答えは出ない。

 

「それじゃ、私はそろそろ帰るから。民たちにもその口で言いなさいよね。今回の顛末の全てを」

「承知…しています……」

 

 去り際に氷のような冷たい視線を投げかけてから、ルシファーは地上へと転移して行った。

 彼女が消えたことで、ようやくサーゼクスは息も出来ないようなプレッシャーから解放される。

 

(なんて恐ろしい方だ…。嘗て、私の実力がルシファー様よりも上だなんて根も葉もない噂が立ったことがあるが、とんでもない…! あのお方の実力は今も昔も僕などよりも圧倒的に上だ…! いや…あの戦争の時よりも今の方が遥かに強くなっているような気さえする…! ルシファー様がああなら、他の大罪の方々も同等レベルになっている可能性が高い…。万が一にでも逆らえば、死ぬことよりも遥かに恐ろしい目に遭うに違いない…)

 

 どれだけ年月が経過しても、原初の魔王は健在だった。

 万物の創造主である神に逆らい、天から堕ちた原初の魔王。

 彼女にだけは何があっても勝てる気がしない。

 久々にそれを思い知ったサーゼクスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




最初は色々と理不尽な理由でリアスを冥界に返すつもりでいましたが、途中から予定変更して、日本の神様がプッツンオラした事で危ないからって理由にしました。

それで大人しく帰るようなキャラではないでしょうけど。


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面倒くさいので、取り敢えず参上する

今回からやっとリアス達の本格登場…なのですが、リアスだけに限って言えば、今回限りになるかもしれません。

だって、これから先の話に登場させる意味が全く無いですから。







 駒王学園旧校舎。

 敷地内の外れにあるこの建物、今では一階が物置に、二階は『オカルト研究部』の部室となっている。

 このオカルト研究部こそがリアス・グレモリーとその眷属達の仮初めの姿であり、ソーナ率いる生徒会と対を成す駒王学園の悪魔たちの巣窟なのだ。

 

「なんだか今日は妙に校内が騒がしかったような気がしますわ」

 

 副部長であり、同時に『女王』でもある三年の『姫島朱乃』が窓の向こうを眺めながらポツリと呟く。

 彼女は堕天使と人間とのハーフでもあるのだが、過去の事も相まって本人はその事を否定したがっている。

 

「この学校が賑やかなのは今に始まった事じゃないでしょ? 朱乃は気にし過ぎよ」

 

 そう言って全く気にする素振りすら見せないのが、サーゼクスの妹であり眷属たちの『王』、そしてオカルト研究部の部長でもある『リアス・グレモリー』。

 ソーナの『友人』を自称しているが、そう思っているのは今ではリアスの方だけ。

 肝心のソーナの方は完全に加奈の方にお熱になっていた。

 

「そう言えば、昼休みの時間に校門辺りに人が集まっていたような気が……」

「午後になってから、クラスの女子達が妙に嬉しそうにしてました。何かあったんでしょうか…」

 

 能天気な部長に対して自分達が感じた学園の異変を伝えているのが、『騎士』の木場祐斗と『戦車』の塔城小猫の二人。

 この二人もまた朱乃に負けず劣らずの脛に傷ありの面々だったりする。

 

「大丈夫よ。何かあればソーナの方から何か知らせてくる筈だから」

「リアス……」

 

 完全に生徒会頼みになっている。

 だが、彼女は知らない。既にソーナはリアスを見限っている事を。

 例え何があっても、絶対にリアスにだけは知らせたりはしないだろう。

 

「ところで、イッセーはまだ来ないの?」

「確かに遅いわね。もしかして、また先生に呼び出されているのかしら?」

「かもしれませんね」

「自業自得」

 

 眷属たちはうっすらとではあるが一誠達の噂は聞いていたので、今回もまたやらかしたのかと勘ぐっている。しかし、リアスはそんな噂なんて微塵も気にしていないので、仮に聞いたとしてもすぐに忘れてしまう。

 人間達の噂なんて、彼女にとっては本気でどうでもいい事だから。

 

「今夜辺りから悪魔としての仕事をして貰おうと思っていたのに……」

 

 朱乃が淹れた紅茶を飲みながらそう呟いていると、いきなり彼女の携帯に着信が入ってきた。

 誰かと思って急いで電話に出てみると、その相手は自分の兄であるサーゼクスだった。

 

『リ…リアス! まだ無事なのかッ!?』

「お兄様? いきなり電話なんてどうしたの? そっちから掛けてくるなんて珍しいじゃない」

『そんな事はどうもでいい! それよりも無事なんだなっ!?』

「無事も何も…意味が分からないわよ? お兄様…大丈夫?」

 

 突如として焦燥した様子で兄が電話を掛けてくれば、誰だって同じような反応をするだろう。

 何も事情を知らないリアスからしたら、本気で意味が分からないのだから。

 

『いいかい。落ち着いてよく聞いてくれ。今すぐに急いで冥界に帰って来てくれ。可能であれば眷属の子達も一緒に』

「はぁっ!? どうして休みの時期でもないのに冥界に帰らないといけないのよ?」

『詳しい事情はこっちに帰って来てからゆっくりと説明する! 今は兎に角…』

 

 受話器の向こうでサーゼクスが更に焦る。

 それもその筈。彼にはまだ誰がリアス達の元に来るのか分らないのだから。

 リアスの事を見縊って、適当な人間や妖怪などが派遣されて来たのならば好都合。

 一番最悪のパターンは『魔王の妹』という肩書に反応し最強クラスの存在がやって来ることだ。

 

 嘗て、とある軍人がこのような言葉を残している。

『よくないと思う予想ほど、よく当たるものだ』と。

 それは、現実となって目の前に突き付けられた。

 

「事情の説明などは不要だ。愚かなる『元魔王』風情が」

「その通り。何をどうしようとも、結末は変わらないのだから」

 

 部室のドアをバンッ! っと勢いよく開け放ちながら室内に入ってきたのは、黒いコートに身を包み、目深にシルクハットを被った痩せすぎな中年男性と、同じように黒いコートを身に付けてはいるが、眼鏡を掛けて穏やかな笑みを浮かべている青年。

 リアス達に全く気配を悟らせないまま部室に入ってきた二人に、全員が硬直してしまう。

 謎の人物という事もあるが、彼らから放たれる圧倒的なプレッシャーの前に身動きを取りたくても取れないのだ。

 

『遅かったか…!』

 

 受話器越しで姿は見えないが、それでもこの声はよく知っている。

 サーゼクスが知る中でも、間違いなく最強格とも言える男達だ。

 少なくとも、まだ未熟なリアス達では絶対に勝つ事は出来ない。

 

『皇帝『根呂』に…音使いの『柊八皇(ヤツミ)』君か…!』

「その通り。お久し振りですね…サーゼクス・ルシファー。いや、今はもうルシファーではないのでしたね。申し訳ありません」

 

 八皇と呼ばれた青年が、リアスの持つ携帯の受話器に向かって無感情に言い放つ。

 それを聞き、リアスは我が耳を疑いながら動揺した。

 

「何を言ってるのよ……お兄様が魔王じゃない…ですって? そんなワケないじゃない! 戯言は止めなさい! そもそも、あなた達は一体どこの誰よッ!? ここは学園の敷地内よ! 部外者は出ていきなさい!!」

「ギャーギャーと騒がしいぞ。礼儀知らずの悪魔の小娘め」

「なんですってっ!?」

「我々がここにいるという事は、それは即ち、ちゃんと学園側から許可を貰ってから、ここにいるという事に決まっているだろうが。貴様のような無礼者と一緒にするな。不愉快極まりないわ」

「んなっ…!?」

 

 根呂の容赦のない正論にリアスは絶句する。

 一体どこの誰が、こんな連中に入る許可を与えたのか。

 どうしてここにいるのか。

 何もかもが分らないことだらけだった。

 リアスが分らないのだから、眷属の者達も当然のように全く状況が分からずにいる。

 

「まずは自己紹介から。僕は『柊八皇』。八つの皇と書いて『ヤツミ』と呼びます。はぐれ悪魔や怨霊、悪しき妖怪退治などを生業としている『音使い』と呼ばれる事をしています。これっきりの関係になると思いますから、無理して覚えなくてもいいですよ」

 

 一見すると優しげな感じの好青年の八皇だが、この中でも唯一、武道系の部活をしている祐斗にだけはハッキリと分かった。

 この人物は化物だ。仮に、これから先の一生を修行に費やしたとしても、絶対に勝つ事は出来ないだろうと確信できた。

 

「本来ならば無礼千万な小娘などに自己紹介など反吐が出るが、私は貴様とは違って礼儀正しいのでな。教えてやる」

「あはは…相変わらずだなぁ……」

 

 コホンと咳払いをしてから、中年男性は自己紹介を始めた。

 

「我が名は『根呂』。本来は化け猫専門の霊媒師をしているが、今回は別の仕事で駒王学園に来ている」

「化け猫専門…!」

 

 そう聞いて真っ先に反応したのが小猫だった。

 何故なら、彼女は元は猫又と呼ばれる妖怪だったからだ。

 警戒心を露わにするのも当然である。

 

『君達二人の依頼主は…矢張り……』

「えぇ。日本神話の神々たちです。もっと詳しく言えば、この駒王町の土地神ですけど」

「然るべき手続きも挨拶もせず、我が物顔で他者の土地でふんぞり返る愚かな小娘に神々は怒り心頭だ」

「日本神話の神々ですって…? そんな矮小な連中が、この私に何の用なのよっ! そもそも、お兄様が魔王じゃないってどういう事っ!? ちゃんと説明しなさい!!」

 

 リアスの叫びに、二人は思わず顔を見合わせてから溜息を吐く。

 ヤレヤレと言った感じで首を振りつつ、八皇が仕方なく説明をすることに。

 

「一つ一つ説明してあげましょう。これでも表向きは高校教師をしていますからね。子供達にものを教えるのは得意です」

 

 比較的物腰の柔らかい八皇から説明を受けられるのは少しだけ安心した。

 もしもこれが根呂だった場合、内心ビクビクしながら聞かなければいけないからだ。

 

「まず、君の眷属である兵藤一誠くんですが…彼はついさっき、警察に逮捕されました」

「た…逮捕ですってっ!? どうしてっ!? なんでイッセーがっ!?」

「なんでって…女子更衣室を頻繁に覗いていれば、そりゃ捕まるでしょう? 今までは、どこぞの無能な元理事長サンが学園の評判を保つ為に力技で揉み消していたようですが」

『うぐ…!』

 

 しれっと自分の事まで言われてしまい、受話器の向こうで胸を押さえるサーゼクス。

 

「覗き程度で私の可愛い下僕が逮捕ですってっ!? ふざけないで頂戴!! そんなの、すぐに取り消させるわ!!」

「出来るわけないでしょう。目撃者は大勢いる上に現行犯逮捕。証拠映像や音声も全て揃っている上に、それらはネットにも拡散されている。更に言えば、密かに兵藤くんを初めとした三人組を退学させる署名も多く集まっているようですし。何をどうしても逆効果にしかなりませんよ」

「そんなの、すぐに目撃者達の記憶を消せば……」

「させると思いますか?」

 

 レンズの奥から氷のような目で睨み付ける八皇。

 少しでもおかしな行動をすれば、その瞬間に殺されるだろう。

 

「彼らの逮捕は当然の事です。少なくとも、ここにいる四人以外の全校生徒がぞれを望んでいる以上、何をどう叫んでも無意味です」

「待って…私達以外って事は、もしかしてソーナも……」

「生徒会長である以上、学園生活に邪魔な存在を排除するのは当たり前では?」

「邪魔…ですって…!」

 

 本当は思い切り言い返したい。けど出来ない。

 幾ら身の程知らずのリアスでも、本能で理解してしまったからだ。

 おかしな言動をしたら、すぐに自分は消されると。

 

「次はサーゼクスさんに付いてですが…。まず、彼はこれまでの数多くのツケを払う責任として、魔王を辞任し、ある方にお渡しするようです。疑うようであれば、本人に直接聞けばいいでしょう。詳しく教えてくれますよ」

「ツケって何よ…。お兄様が魔王を辞めるなんて嘘よ!! 私は信じないわ!!」

『リアス……』

 

 そう言ってくれるのは素直に嬉しい。だが、事実は事実なので何も言えない。

 

「そもそも、お兄様の他に誰が魔王になるって言うの!」

「初代ルシファーに決まっているでしょう?」

「はぁ? アナタ何を言ってるの? 初代ルシファーは昔の戦争で死んでるのよ?」

「…だ、そうですよ?」

『リアス…彼の言っている事は本当だ。僕は魔王として何も出来ずに、数多くの犯罪を見過ごしていた。その結果、悪魔という種族は滅亡の危機に瀕している。それを実は生きていたルシファー様に指摘されてね…魔王を辞めることになったのさ…』

「そ…そんな……」

 

 兄から説明を受けても俄かには信じられない。

 正確には、頭が理解を拒んでいた。

 

『しかも、辞めるのは僕だけじゃない。他の三人も一緒に魔王を辞任するんだ。他の皆は自分の意志で辞めるけどね……』

「嘘…嘘よ……」

 

 呆然としながら力無く首を振るリアス。

 だが、これは全く本題ではない。

 本題はここからなのだ。

 

『しかし…よく知っているね。君達が話しているのは、ついさっきの事の筈だが……』

「我等の情報収集能力を侮らないで貰おうか」

「こう見えても、僕達には色んな所に情報源があったりするんですよ。サーゼクスさんには分かると思いますけど?」

『そうか…成る程……』

 

 恐らく、彼らに対して情報を流しているのはベリアルだ。

 昔から色んな国や勢力と個人で非常に太いパイプを持っている彼のことだから、今回のリアスの事にも確実に一枚噛んでいるだろう。

 

「さて…ここからが本題です」

「まだあるの…?」

「当然でしょう。今から話す事は全て、貴女が無知であり、同時に周囲の者達が貴女を必要以上に甘やかして育てた結果故に起きた出来事です。心して聞きなさい」

 

 八皇と根呂の雰囲気が急変し、一気に部室内の空気が重苦しくなる。

 気を張っていなければ、一瞬で気を失ってもおかしくない程に。

 もし仮に、この場に一誠がいたら、泡を吹いて小便を漏らして白目を剥いていた事だろう。

 

 今日この日…リアス・グレモリーは全てを失う。

 

 

 

 

  

 

 

 

 




今回登場した二人が誰なのか分かった人は本当のマニアです。

どっちも物凄いマイナーなキャラですから。

最初は姿の見えない八百万の神々の意志が部室内の家具などに宿って工芸してくるっていう展開を考えていたのですが、途中でリアスに対する説明役&送還役を誰かにして貰う方がいいんじゃないかと思い至り、ふと頭を過った『あの二人』に任せました。





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面倒くさいので、強制送還させる

遂にリアスに罰が下る?
 
皆さんが望むような結果になるかどうかは分かりませんが。






 さっきまではまだ厳しいながらも僅かに人間らしい優しさが滲み出ていた八皇だが、本題に入った途端、急に雰囲気が変わってリアスの事を鋭く睨み付けた。

 

「余り回りくどい事を言っても話が長くなりそうなので、ここはストレートに我々…というか、日本神話や妖怪を初めとした全ての『日本勢力』側の総意とも呼べる、彼らが僕達に頼んだ依頼内容を教えましょう」

「何よそれは……」

 

 どうせ碌な事じゃないんでしょ。

 そんな事を考えているリアスだったが、彼女の頭にはもう既に先程のサーゼクスとの電話で話した内容が完全に消えている。

 あれをちゃんと覚えていれば、彼らが自分達に何を要求するのかなんて一発で分かりそうなものなのに。

 

「『駒王町なる地を我が物顔で徘徊し、自分勝手に居を構えて管理をしているなどとほざいている無礼千万なるリアス・グレモリーと呼ばれる悪魔と、その眷属たちを排除、もしくは冥界へと送り返せ。その際の手段は問わない』…です」

「自分勝手…無礼千万ですって…! 大した歴史も持たない小さな島国の神の分際で…魔王の妹であるこの私に対して何て言い草よ!! 無礼なのはそっちでしょうがっ!!」

「「はぁ……」」

「そもそも、どうして私が出ていかないといけないの! 私は駒王町の管理者なのよっ! 何もしていないのに出て行けなんて横暴だわ!!」

 

 さっき起きた事もスッカリ忘れ、またもや好き放題言っている。

 もうサーゼクスは魔王じゃないのに『魔王の妹』とはこれいかに?

 

(リ…リアス…なんてことを…! このままじゃ確実に殺されるわよ…!)

 

 この中で一人、朱乃だけがリアスの言動がどれだけ拙い事なのかを正しく理解していた。

 転生悪魔ではあるが、神社に住んでいる家系なので、そっち方面の知識はオカルト研究部の面々では一人だけ抜きん出ていた。

 だからこそ分かってしまう。

 リアスが怠った事がどれだけヤバすぎる事なのかを。

 流石の朱乃も、彼女がここまで身の程知らずだとは想像していなかった。

 

(リアス…お願いだから素直に謝って…! じゃないと、どうなるか本気で分からないから…!)

 

 歴史が浅い。島国の神と言ってはいるが、この世で最も残酷で恐ろしいのは日本の神々なのだ。

 その強大さだけならば、ギリシアの神々や北欧の神々にだって決して引けは取らない。

 状況によっては、彼らすらも凌駕する可能性すら秘めているのだ。

 そもそも、リアスは全く知らない。

 日本という国には『八百万の神々』の概念がある事を。

 この国にいる以上、他国などから来た亜人などの類は日常的に幾多の神々によって監視されているという事を。

 

「八皇くん。どうやら、このお嬢さんはまだ自分が置かれている状況を正しく把握していないようだ」

「そうみたいですね。こっちが優しく言っている間に大人しく消えればいいものを……」

 

 ダンッ!!

 八皇がテーブルに足を置き、前に乗り出しながらリアスの髪を掴んでから自分の方に引き寄せながら、今までとは全く違う強い口調で言い放った。

 

「お前は真正の馬鹿か? だったら分かり易く言ってやる。お前に突き付けられている選択肢は二つ。大人しく冥界に帰って大人しく余生を過ごすか、それともここで俺達に殺されるか。このどっちかだ。好きな方を選ばせてやる」

「なっ…!」

 

 八皇は本気になった。

 猶予時間はこれで終わり。

 ここから先は、少しでも言葉を間違えたら、即座に排除されてしまうだろう。

 

「さっき、お前は『何もしていない』と言ったな? その通りだ。お前は何もしていない。していないからこそ追放されるんだよ」

「ど…どういうことよ……」

「まだ分からないか? 他勢力の連中が地上で活動をし、拠点などを築いたりする場合は必ず、その地の神々などに挨拶をし、正式な許可を貰う必要があるんだよ。その際、ちゃんと滞在用のパスなども申請しなくていけない。これぐらいは常識中の常識だぞ?」

 

 聞き分けの悪い教え子に言い聞かせるように言う八皇だったが、当のリアスは何を言っているのか全く分からないといった様子。

 

「そ…そんなの知らないわよ! 誰も教えてくれなかったわ!」

「当たり前だ!! 仮にも一つの街を管理しよういうのなら、これぐらいは自分で調べるものだ!!」

「実際、同じような立場のソーナ・シトリーは自力で全てを調べて勉強し、親や姉などに色々と教わり、地上に来た際には真っ先に自分の足で京妖怪たちの元まで赴いて日本の神々との梯子役を頼んだという。その際にはちゃんとした貢物も持ってな」

「嘘…いつの間にソーナが……」

 

 同じ立場、同じ身の上だと思っていた親友が、自分の知らない間にいつの間にかやるべき事をちゃんとやって、ずっと先まで行っていた。

 消滅の魔力を持つが故に自分の方が格上だと確信していたリアスにとって、この衝撃はかなり大きかった。

 

「同じ若手悪魔でもここまで差が出ると哀れになってくるな」

「彼女の努力を認め、日本神話や妖怪たちは悪魔たちの中でも数少ない例外として、シトリー家の者達は自分達の同志同然の扱いをすると約束している。それに比べ貴様は……」

「ちゃんとした手続きもせず、それどころか他勢力を貶めるような事しかしない。まるで自分の所有物であるかのように町中を徘徊し、挙句の果ては堕天使達の侵入を許してしまう始末」

「これでは殺されても文句は言えんな。で、返事を聞こうか。ここで俺達に殺されるか。それとも大人しく冥界に帰るか」

 

 本当ならば恐怖に震えて大人しく従うところだろうが、リアスの中にある無駄に高いプライドが恐怖を悪い意味で乗り越えてしまった。

 

「どっちもお断りよ…! 私は三つ目の選択肢を選ぶわ!」

「なに?」

「ここであなた達二人を倒して、地上に居続ける!」

 

 掌を八皇に翳して、そこから消滅の魔力を発射する!…かと思いきや、そこからは何も出る事は無かった。

 

「……え? な…なんで……」

「『なんで消滅の魔力を放てない』…か? それは簡単だ。お前が消滅の魔力の使い方を忘れてしまったからだよ」

「私が消滅の魔力の使い方を忘れた…? そんな馬鹿な事があるもんですかっ!」

「それがあるのだよ。本当に愚鈍な小娘だ」

 

 後ろに控えていた根呂がシルクハットを被り直しながら、リアスにも分かるように説明を始めた。

 

「貴様等と話している最中、密かに八皇くんは貴様に対してとある『音』を発していたのだ。脳内から記憶の一部のみを消すという『音』をな」

「記憶を消す『音』…?」

「そうだ。それにより、お前は消滅の魔力の扱い方を完全に忘却してしまった。だが、魔力自体は未だにその体の中にある。さて…どうする? 我らを倒すのではなかったのか? 下手に暴発でもさせれば、消滅するのは逆に貴様の身体の方になるぞ?」

「わ…私の…魔力が……」

 

 自分の最も誇れるものが使えなくなってしまった。

 消滅の魔力が使用できなければ、リアスなんてそこら辺にいる少女達と全く大差は無い。

 

 もし仮にリアスが思惑通りに消滅の魔力を放てたとしても、結局は無意味に終わるのだが。

 そもそもの話、お互いのスペックが違い過ぎるのだ。

 消滅の魔力を放っても、彼らの体に当たる前に自然と消え去るだろう。

 まるで、海の中に塩の塊を落とすかのように。

 強すぎる力の前では、どれだけ凶悪な属性の魔力であったとしても、実力不足な一撃なんて全くの無力なのだ。

 

「未然に防がれてしまったとはいえ、彼女が抵抗しようとしたことは紛れもない事実。こんな時はどうするんでしたっけ?」

「実力行使で『適当』にやれ…だった筈だ」

 

 適当。

 それは文字通りの意味ではない。

 『自らの持てる力と権限の全てを行使して、最善の結果に導け』という意味だ。

 つまり、リアスが抵抗することが、彼らが『その気』になる合図でもある。

 

「おい…サーゼクス。お前の妹は俺達の言葉を無視して抵抗した。これは即ち、グレモリー家の日本勢力に対する宣戦布告と見なすぞ」

『ま…待ってくれ! リアスの無礼に関しては僕から謝る! 必要ならば、今すぐにそっちに行って土下座でもなんでもする! だから頼む! リアスの命だけは助けてあげてくれ!!』

「本人ではなく、兄のお前が命乞いか。正直、気に食わない事この上ないが…いいだろう。命だけは助けてやる。命だけは…な」

『あ…ありがとう……』

「ただし、それ相応の制裁だけはさせて貰うぞ。そうしなくては他の馬鹿な悪魔どもに示しがつかないし、日本の神々も絶対に納得はしないだろう。これすらも拒否した時は、日本神話は本気で『グレモリーに属する悪魔』だけを一匹残らず殲滅するだろう」

 

 本当は妹に対する制裁なんて絶対に許可できない。

 だが、これは最後にして最善の妥協点なのだ。

 ここで拒否をしたが最後、それこそこの世からグレモリーの名は完全に消滅するだろう。

 一切の慈悲も容赦もなく。徹底的に。

 

『わ…分かった。ただし、酷い事はしないでく…』

 

 サーゼクスの許可だけを聞き、八皇はリアスの手から携帯を取り上げてから強制的に通話を切ってからソファの上に放り投げた。

 

「と言う訳だ。年貢の納め時だな、リアス・グレモリー」

「遠慮はいらんぞ。厚顔無恥で慇懃無礼な悪魔に掛ける情けは無い」

「分かってますよ。けど、その前に……」

「あぁ。そこで無言で固まっている眷属共に邪魔をされては面倒だ」

 

 周囲を見渡してからギロリと朱乃達を睨み付けると、根呂は合掌をしてから秘文を唱え始めた。

 

「謹んで勧請し奉る。御社無き此の所に降臨鎮座し給いて神祇の祓いを可寿可寿平らげく安らけく聞こし食して願う所を感応納受なさしめ給え! 誠惶誠恐惶裂来座! 敬白。大いなる哉賢なる哉乾元享利貞如律令!」

 

 詠唱が終了した瞬間、室内の空気が僅かではあるが震え始めた。

 ずっと部屋の中を監視しつつ潜み眠っていた低位の神々や精霊たちが、根呂の呼びかけに応じる形で蠢き始めたのだ。

 

「お前らのような矮小な悪魔には勿体無いが、仕方があるまい。貴様等に見せてやる…我が秘術の真髄をな」

「こ…これはまさかッ!?」

 

 朱乃だけは、根呂がしようとしている事がなんとなく想像が出来た。

 もしもこの予想が当たっているのならば、自分達はもう逃げる事も攻める事も、身動きをする事すら不可能になる。

 

 そんな彼女の焦燥など知らず、根呂は名簿のような物を取り出してから、そこに書かれた名前を次々と読み上げていく。

 それは、室内に存在しているありとあらゆる物に宿っている神々の名前。

 猛スピードで読み上げて行き、それと同時に呼ばれた者達が彼の召喚に応じていく。

 全てを読み終えると、根呂は呼び出した神々に対して二度の礼をし、全員の注目を集めるかのように二回手を叩いた。

 

「皆様方。それではお約束通り、お願いいたします」

「あれ? 前はもっと長ったらしい事を言ってませんでしたっけ?」

「本来はそうするべきだが、今回は別だ。この方々もグレモリーの横暴っぷりには怒りを感じていたようでな、昼間に一度召喚して頼んだだけで、後は特に礼などもいらないと言って下さったのだ」

「このバカ女に報復さえできれば満足って訳か。フッ…リアス・グレモリー。どうやらお前は、この室内にある家具たちからも嫌われていたようだぞ?」

「家具から嫌われるって…意味不明なのよ…って、キャァァァァッ!?」

 

 突如として、リアスは後ろの壁に大の字で張り付けられるような格好になり、小猫はカーテンに巻きつけられ、祐斗は床に敷いていた絨毯に巻きつけられ、朱乃に至っては飛んできた箪笥に押し潰されてしまった。

 これこそが根呂の秘術。

 万物に宿る神々の力を借り受け、目的を達する彼だけの能力。

 それは、彼女達の着ている服でさえも例外ではない。

 

「こ…これは一体…!」

「動けません…!」

「低位の神々を傭兵のように雇い入れてから使役する…! 並の霊媒師には絶対にできない芸当だわ…!」

 

 転生悪魔ゆえの体の頑丈さが辛うじて三人の意識を支えていたが、もしもそうでなければ一瞬で気を失っていただろう。

 特に朱乃の場合は致命傷になっていた危険性もある。

 

「な…何よコレ…! どうして私がこんな…!」

 

 一切の邪魔が入らなくなったところで、壁に貼り付け状態になったリアスに、ゆっくりと八皇が近づいていく。

 そして、彼女の顔面をガシッと摑んでから押し付ける。

 

「お前…自分の美貌とスタイルに絶対の自信があるんだって? まぁ…確かに見た目だけで言うならお前は美人だよ。だからこそ……」

 

 その先は言わないでほしい。

 だが、八皇は止めない。リアスにとっての最大の罰を彼は知っているから。

 

「その自慢の美しさを全て失った時、お前はどんな顔になるのかな」

 

 『音』が響く。

 脳内に。体中に。全ての神経に。

 リアス・グレモリーを構成する全てに『音』が鳴り響く。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 普段ならば絶対に出さないような叫び声。

 『音』が強くなるにつれて、徐々にリアスの顔に、全身に変化が訪れる。

 

「あ…あぁぁ…あぁぁぁぁぁ……」

 

 腕や足が急激に細くなり、まるで枯れ枝のようになっていく。

 それに伴い、真紅に輝いていた髪は真っ白になり、頭頂部は禿げ上がる。

 そして、歳相応の色艶を誇っていた肌は見る影も無く皺だらけに老いていく。

 最終的には、その自慢の美顔が齢百歳以上と見間違いそうな程の老婆の顔へと変わった挙句、その歯が全て抜け落ちた。

 

「『お』は『恐れ』の『お』。『お』は『怨』の『お』。『お』は『老い』の『お』。そして『お』は…『終わり』の『お』でもある」

 

 八皇が手を離すと、もう自分の足で立ち上がる事すら出来なくなった、醜い老婆へと姿を変えたリアスが床へと倒れ込んだ。

 見た目だけではもう誰も、彼女をリアス・グレモリーであると認識できない。

 

「サーゼクスとの約束通り、殺しはしない。だが、それだけだ」

「お…おぉぉ…」

 

 弱々しく手を伸ばし、まるで助けを求めるような姿勢をするリアスだが、その手を取る者は誰もいない。

 

「容姿だけは老婆になったが、お前の場合はそれだけだ。実年齢は一切変わっていない。つまり、変わったのはお前の見た目だけという事だ。貴様はまだ18歳の少女のままだよ。どれだけ容姿が老婆になってもな」

「だ…ず…げで……」

「お前はこのまま、残りの人生を生きていけ。最低限の礼儀すら忘れ、己の立場と家柄に胡坐を組んだまま何もしようとしなかった貴様の怠慢がこの結果を生んだ。全ては自業自得。日の本の神々の怒りと恨みの炎は貴様が死ぬまで延々と、その身と魂を焼き続けるだろう」

 

 八皇がパチンと指を鳴らすと、リアスの足元に転移用の汎用の魔方陣が展開され、彼女の体を瞬間移動させた。

 その行先は勿論、冥界のグレモリー領である。

 

 急激な老いによる記憶の混濁と肉体の大幅な弱体化によって、彼女はもう二度と自分の足で立ち上がる事すら叶わず、死ぬまでベットの上での生活になるだろう。

 自分の兄の事も、実の両親の事も認識できないまま、残された時を静かに過ごすのだ。

 その命果てる時まで……永遠に……永遠に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これが私なりの結論です。

殺すのではなく、命以外の全てを奪う。

死んだ程度で収まる程度の怒りなら、こんな事にはなってないよってことで。

次回は眷属たちの話になります。

本当は今回で一気にすませたかったんですけど、またもや話が長引いてしまって…。





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面倒くさいので、選択肢を与える

これでようやくグレモリー眷属に関する話は終わりです。

ここから先、彼ら、彼女らの出番は殆ど無いでしょう。

出す理由が無いし、同時に意味も無いからです。

あの面々はレギュラーから一気にモブにまで降格します。

原作主人公とヒロインに至っては明確な描写すらなくなるでしょうね。

何処かで適当に末路を書くかもしれませんが。








 八音の放った『音』によって変わり果てた姿となり、冥界へと強制送還されたリアスを目の前で見ていた朱乃、祐斗、小猫の眷属三人。

 当面の目的を果たした八皇と根呂ではあったが、まだ三人がグレモリーの眷属悪魔である以上、ここで大人しく逃がすという事はしない。

 

「さて…残るはお前らだけだが……」

「私達も…リアスと同じようにするのですか……」

 

 怯えたような、それでいてまだ諦め切れないような、そんな複雑な感情を滲ませながら朱乃は二人の男を見上げる。

 自分の実力では絶対に勝てない事はよく分っている。

 だからと言って、このままリアスと同じ様な目に遭うのだけは絶対に御免だった。

 

「まぁ待て。確かに我々は『リアス・グレモリーと、その眷属を地上から排除する事』を依頼されているが、別にそれはお前達を皆殺しにすると言う事と同義ではない」

「なんですって…!?」

 

 リアスをあんな目に遭わせておきながら、今更何を言うつもりなのか。

 思わずそう声を荒げたかったが、目の前の二人からはもう殺気を全く感じなくなっていて、それが彼らの言葉が偽りではない事を示していた。

 

「ここで貴様たちに与えられる選択肢は二つ。一つは『体内にある悪魔の駒を排除して人間に戻り、眷属悪魔だった頃の記憶を全て消した上で地上で今まで通りの生活を続ける』か……」

「『変わり果てた愚かな主に付き添う形で冥界に戻り、永遠に地上へ戻れないまま一生を過ごすか』のどちらかだ」

 

 二者択一と言えば聞こえはいいが、選ぶ余地なんて有ってないようなものだ。

 だがしかし、どちらを選んでも自分達が殺される未来だけは無いように見えるのは何故だろうか。

 

「ど…どうして僕たちを生かすんですか…」

「殺す理由が無いからだ。いかに貴様等が雑魚とはいえ、それに費やす労力は出来る限り削っていきたいのでな」

「ぐっ……」

 

 祐斗の疑問に根呂が表情を変えずに淡々と答える。

 確かに、自分達がまだ未熟であることは求めるが、そこまで言われる程なのか。

 そんな疑問も、彼らの威容と実力を目の前で見せつけられた今となっては、一瞬で胸の奥に消えていく。

 

「あ…あの…一つだけいいですか…」

「なんですか?」

 

 体を震わせながら、小猫が挙手をしてから質問をすると、八皇が入ってきた直後のような穏やかな笑顔を見せながら応える。

 彼の本性を知った今となっては、その笑顔が却って怖いのだが。

 

「この建物の一階に…その…半吸血鬼の男の子がいた筈なんですけど…その子は……」

「あぁ…情報にあった『ギャスパー・ヴラディ』という子の事ですか。何故か女の子の格好をしているという……」

「そ…そうです。あの子も、私達と同じように…?」

「いえ。彼に関してはもう事は済んでいます」

「……え?」

 

 ここにはいない、もう一人の眷属であるギャスパーに付いて尋ねようと思っていた小猫だったが、事は済んでいると聞かされて思わず目を見開く。

 済んでいるとはどういう事なのだろうか?

 まさか、もう彼はこの世には……。

 

「最初にお粗末な封印を解いてから会ってみると、酷く怯えた様子だったのでな。私の愛犬にして使役している犬神である『パトラッシュ』を宛がってみると急に大人しくなり、それから八皇君が優しい感じで今と同じことを彼に問いかけたのだ」

「ギャーくんはなんて…?」

「二つ返事で眷属悪魔を辞めて、悪魔だった事の記憶を抹消した上で今まで通りの生活を選んだ」

 

 ギャスパーがもう既に悪魔ではなくなっている。

 その言葉に、三人全員が驚きを隠せない。

 確かにギャスパーは怖がりではあるが、まさかそんなにも簡単に受け入れるとは思わなかったのだ。

 

「どうやら、彼は殆ど状況に流される形で眷属になったようなのでしてね。眷属悪魔で無くなっても彼の中に半分だけ吸血鬼の血が流れているのは事実。とはいえ、今までよりは遥かに命の危険は下がる。それを彼もどこかで理解していたのでしょうね。こちらがそれらを説明するよりも先に返事をしていました」

「「「………」」」

 

 既に先手は打たれていた。

 後は自分達がどうするかだけ。

 これは文字通り、人生の分かれ目だ。

 だが、その前にどうしても尋ねておきたい事があった。

 

「ど…どうやって私達の中にある『悪魔の駒』を摘出するのですか…? 確かアレは、一度入り込めは二度と取り出すことは不可能の筈……」

「それは悪魔たちが勝手にそう思っているだけだ。悪魔の駒という禁忌の道具が生み出されてからこっち、ずっと各勢力はアレを取り出す方法を研究、模索し続けている。その成果の一つが我等の手元にある」

 

 根呂が説明をすると、それに合わせて八皇が懐の中から『ある物』を取り出した。

 それは紫に怪しく輝く歪な形状をした、黄金の装飾が施された一本の短刀。

 禍々しい魔力を漂わせているソレは、存在そのものが怪しさ全開だった。

 

「これは『コルキスの魔女』こと『メディア』が所有していたとされる宝具。その名も『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』」

「ルール…ブレイカー…?」

「正確には、それを研究し量産したレプリカだがな。量産型でも、その効果はオリジナルと大差はない」

 

 ルール・ブレイカー・レプリカを器用に回しながら、八皇が説明を続ける。

 仮にも表向きは教職をしているだけあって、説明は得意中の得意だった。

 

「これの効果は単純明快で、これに刺された対象はあらゆる契約を無効化される…というものです」

「契約の無効化…?」

「その通り。勿論、この『契約』には『悪魔の駒』も含まれています。つまり、これを使えば安全確実に悪魔の駒を摘出して人間に戻る事が可能になるんです」

「故に、このルール・ブレイカー・レプリカは悪魔以外の全ての勢力に配られ、次々と本人の意思とは無関係に悪魔にされた者達が元の種族に戻って自分の生活を満喫している」

 

 悪魔とは良くも悪くも閉鎖的な種族だ。

 冥界なんていう陰気な場所を主な生活場所にしている時点で推して知るべしだが。

 そのせいか、こと情報戦に置いては全ての勢力の中でも最も劣っている部分でもあった。

 魔王だったアジュカがルール・ブレイカー・レプリカの事を全く知らなかったのがよい証拠だ。

 

「なので、悪魔の駒の摘出に関しては全く問題はありません」

「それじゃあ、記憶を消すというのは…」

「『音』の力を使えば簡単です。その気になれば記憶の改変も可能ですよ。例えば、眷属悪魔だった間の記憶を消して、そこに別の記憶…学園で何気ない学生生活をしていたという記憶を埋め込む…とかね」

 

 記憶の消去や改変などは魔力を使えば朱乃などでも十分に可能ではある。

 だが、それを『音』でするなんてのは彼女達からすれば前代未聞だった。

 それだけ『音』の汎用性が絶大であるということなのだが。

 

「…で、どうします? 一応言っておくと、悪魔のまま冥界に戻るというのは余りオススメは出来ませんけど」

「それは…どうして?」

「地上と冥界を結ぶ境界の全てに『特殊な結界』が張られ、『グレモリーに属する全ての存在』の通過を完全拒絶するからだ」

「特殊な…結界?」

「正確には『結界』なんて立派な物じゃありません。日本の神々の『グレモリーの悪魔を完全否定する』という強大な意志の力が結界の形となって地上全体を覆い尽くすのです。無論、それには多勢力間の神々も協力しているらしいですが」

 

 グレモリーだけを拒絶する結界。

 リアスが与えた影響は、本人達が想像している以上に大きかった。

 

「特に…木場祐斗くん…でしたっけ? 君の場合は非常に都合が悪いのでは?」

「僕の都合…ですか?」

「えぇ。冥界に閉じ込められたが最後、もう二度と地上に戻って『復讐』が出来なくなってしまいますよ?」

「!!!」

 

 自分がずっとひた隠しにしてきた過去。

 それすらも彼等は握っているのか。

 『復讐』を引き合いに出されれば、祐斗にはもう何も言えなくなる。

 

「君の過去を知りつつも、その『本来の目的』に一切手を貸さずに傍観だけで済ませていた相手に義理なんて感じる必要はないと思いますけど?」

「だけど…僕は部長に命を……」

「救われた…ですか? では、もう復讐は全て諦めると? 仲間達の無念を晴らすよりも、今や悪魔を滅ぼす元凶と成り果てている主への義理を果たす方が優先順位が高いと?」

「僕は…僕は……!」

 

 復讐を諦める事なんて絶対に出来ない。

 彼はその為だけに仲間達の屍を踏み越え、今の今まで生き恥を晒し続けたのだから。

 それに、彼らの言っている事も尤もだ。

 リアスは今まで一度だって自分の復讐の手伝いをしてくれたか?

 いや…それ以前に、自分の過去に同情や共感はしてくれても、結局はそこ止まりだったじゃないか。

 自分が何を目的として生きているのか。眷属悪魔になったのか。

 それを全て知っていたのに、逆にリアスはそれを忘れさせようとしていた。

 自分の存在意義を。生きている意味を否定したのだ。

 なのに、どうしてそんな相手の為に復讐を諦めないといけない?

 ふざけているにも程がある。

 仲間達の無念は、そんなに軽いものではない。

 

「…八皇さん。僕は眷属悪魔を辞めます。人間に戻した上で悪魔だった頃の記憶を消してください」

「祐斗くんっ!?」

 

 遂に、目の前で仲間が悪魔を辞める宣言をした。

 彼だけは大丈夫と心のどこかで思っていただけに、朱乃のショックは大きかった。

 

「僕は僕の復讐を止めるわけにはいかない。これだけは絶対に…!」

「…いいでしょう。では、そんな君に一つだけアドバイスを」

「なんですか?」

「この駒王町はある種の特異点です。三大勢力の重要人物達が揃っている事がその証になります。この町に居続ければ、もしかしたら向こうからやって来る可能性があるかもしれません。闇雲に探すよりは、ずっと効率がいいと思いますよ?」

「分かりました。これからも駒王学園に通いながら、僕は来たるべき時に備えて腕を磨き続けます」

 

 もう二度と迷わない。

 決意に満ちた顔をした祐斗の心を曲げる事は誰にも出来ないだろう。

 

「…塔城小猫…いや、白音というべきか。ここで冥界に行ってしまえば、もう二度と真実を知る機会は失われるぞ。そう…グレモリー共が意図的に隠蔽した貴様の生き別れた姉…黒歌に関する真実をな」

「く…黒歌姉さまの真実ッ!? というか、どうして根呂さんが姉さまの事を知ってるんですか…!?」

 

 まさかここで姉の名前が出てくるとは想像していなかった小猫は、普段の大人しさは完全に消えて、完全に動揺しながら根呂に尋ねた。

 

「先程の自己紹介の時に言った筈だぞ。私は化け猫専門の霊媒師であると。他の事ならばいざ知らず、猫妖怪の情報に関しては業界内で私以上の情報通はいないと断言出来る。各方面から逐一、新鮮な情報が自然と舞い込んでくるからな」

「じゃ…じゃあ…黒歌姉さまの居場所なんかも……」

「知っている。彼女ははぐれ悪魔認定されながら命からがら冥界から脱出し、その後に京妖怪たちによって保護されている。勿論、さっきのルール・ブレイカー・レプリカにて悪魔の駒を摘出されてな」

「姉さまが…京都にいる……」

「そうだ。冥界に戻されれば、もう二度と姉には会えないばかりか、グレモリー共がお前を末娘の眷属にする為に行った事も知る事が出来なくなる」

「部長たちが私に隠していた事……」

 

 また姉に会える。

 それだけでもう、小猫の答えは決まったも同然だった。

 直接会って色んな話をしたい。

 今まで何処で何をしていたのか。自分と別れてからどうしていたのか。

 話したい事は、それこそ山のようにある。

 それに比べれば、自分に嘘を言っていたかもしれないリアスに対する義理なんて皆無に等しかった。

 

「眷属悪魔を止めれば…また姉さまに会えますか?」

「会える。この根呂が保証しよう。お前が望むのであれば、私がお前を姉のいる京都まで連れて行ってもいい。京の妖怪たちとは個人的な繋がりがあるからな。私からお前の事情を説明をすれば、快く持て成してくれるだろう」

「…分かりました。それを聞かされれば、もう私が悪魔でいる理由はありません。私も眷属を止めます。全ての真実を知る為に」

「小猫ちゃんまで……」

 

 残ったのはもう朱乃一人だけ。

 だけど、自分には地上に対する未練などは無い…と思い込んでいるが、それは甘い考えだった。

 彼女にも他の二人と同じぐらいに譲れない事がある。

 それを言葉に表したことが無いだけだ。

 

「姫島朱乃さん。貴女はどうします?」

「私にはそれだけですか? また何か言うのかと思ってましたけど…」

「お望みならば言いましょうか? 例えば…冥界に行ってしまったら、もう二度と死んでしまったお母様の墓前にて手を合わせる事は出来ないでしょうね」

「お母様のお墓参りが出来なくなる…!?」

 

 それだけは絶対に避けたい事だった。

 幼い頃の事件が原因で父とは疎遠になっている朱乃にとって、亡き母の墓に通う事が唯一の安らぎの時間なのだ。

 

「最悪の場合、それだけでは済まされんかもしれんがな」

「…どういう意味ですか?」

 

 根呂の不穏な言葉に反応し、思わず聞き返す。

 それが朱乃の心を決定づけるとも知らずに。

 

「好き放題やり過ぎたリアス・グレモリーは今や日本の神々や妖怪たちにとっては怨敵とも言える存在だ。その眷属…しかもナンバー2である『女王』の母が眠る墓があると分れば、奴らはグレモリーに対する報復の一環として、お前の母の眠る墓を荒らし、破壊するやもしれん」

「お…お母さんのお墓を…荒らす…っ!?」

「リアス・グレモリーはそれだけの事をやってしまったのだ。完全無自覚のままでな。お前が悪魔の駒を埋め込まれたグレモリーの悪魔である以上、その危険性は常にあると言ってもいいだろう」

 

 大好きな母の墓が荒らされる。

 それだけは絶対に許容できない。

 墓荒らしをしようとしている者も許せないが、ここで朱乃は考える。

 そうなる可能性を生み出した元凶は一体誰であるかを。

 

「貴女のお父上であるバラキエルさんでも、彼らを押さえるのは難しいでしょうね。非は完全にグレモリー側にあるのですから。本当は一族全員だけでなく関係者全員が皆殺しにされていても不思議ではないレベルの失態だったのに、それを『強制送還』程度で済ませてくれているのですから。今回の彼らは相当に慈悲深い」

「我等は強制はしない。故に好きに選ぶといい。亡き母と仲違い中の父と仲直りできる可能性か。それとも、お前の大切な物全てが蹂躙される理由を作った女か」

「私は……」

 

 言い方は卑怯ではあるが、二人の言っている事は何一つとして間違っていない。

 朱乃自身、話を聞きながらリアスが全面的に悪いと思っていたからだ。

 これまでにも色んな事があったが、今回ばかりは同情の余地も擁護の余地も無い。

 これでもしリアスの味方でもしたら、それこそ愚か者の仲間入りだ。

 

(…ここら辺が潮時なのかもしれないわね)

 

 静かに目を閉じてから数秒。

 ゆっくりと瞼を開けた朱乃はハッキリと言った。

 

「…私の『悪魔の駒』も取り出してください」

「いいのだな?」

「えぇ…この辺が縁の切り時なのかもしれません。それなりにいい夢は見させてもらいましたわ」

 

 朱乃に限って言えば八皇と根呂の口車に乗せられるような形ではあったが、最終的には全員がリアスの元から去る決意をした。

 これにより『リアス・グレモリーの眷属』はいなくなることになる。

 因みに、兵藤一誠の場合は余りにも弱すぎて日本勢力は眼中にすら入っていないので最初からターゲットにされていない。

 彼は彼で法の下で裁かれる事が決定しているので問題は無いだろう。

 

「それでは、これより君達三人の中から『悪魔の駒』を摘出し、同時に悪魔だった頃の記憶を消しましょう。それと、最後に言っておきますが、悪魔の記憶を消すという事は即ち、リアス・グレモリーに関する記憶も全て消えるという事になります。それでもいいですね」

「「「構いません」」」

 

 最後の確認に対しても三人は力強く頷き、それに合わせて根呂がルール・ブレイカー・レプリカを構え、八皇が両手を合わせる。

 

「それでは…いきます」

「傷跡に関しては心配するな。実際にはかすり傷程度だからな。ちゃんと手当さえすればすぐに治る」

 

 瞬間、根呂は三人の体に魔の刃を突き立て、部室内に『音』が鳴り響く。

 朱乃達の脳内からリアスと悪魔だった頃の記憶が消去されゆく中、その体から真っ赤に染まったそれぞれの悪魔の駒が現れ、床に落ちた。

 それを残らず拾い上げた根呂は、そのまま粉々に握り潰し、ポケットから浄化の塩が入っている容器を取り出し、中身を破壊された駒へとふりかけ、更に別のポケットから聖水の入った小瓶を取り出し、それを掛けてから徹底的に無効化することで全ての作業を終えた。

 

 こうして、駒王学園から『グレモリー眷属』は文字通り一人残らず消えてなくなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




殺しはしません。かといって傷つけたりもしません。

ただ『元に戻した』だけです。

多少の脅しっぽい台詞は入りましたけどね。


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面倒くさいので、ちゃんと報告会をする

あれから色々と考えたのですが、グレモリーに対する面白いダメ押しをすると同時に、記憶を消した連中に対するアフターケアを同時にするいい方法を思い付きました。

といっても、やる事は『現状維持』なんですけどね。









 リアスが見るも無残な姿になって冥界送りにされたと同時に、眷属たちの記憶と『悪魔の駒』が抹消された頃。

 校門での騒動を終えたソーナは疲れた顔を見せながら生徒会室へと戻って来ていた。

 

「はぁ…これでやっと、この学園も静かになる……」

 

 溜息を吐きながらドアを開けると、そこには心配そうに彼女を出迎える生徒会メンバー…もとい、シトリー眷属の面々。

 その中でも黒一点である『兵士』であり二年生の『匙元士郎』。

 密かにソーナに対して恋心を抱いている少年ではあるが、その思いは全く伝わっていない悲しき少年でもあった。

 

「あ…会長。お帰りなさいっす」

「只今帰りました。こちらは何もありませんでしたか?」

「これといって特には何も。でも、会長にお客が来てます」

「私に客?」

 

 自分への客とはまた珍しい。

 他の生徒達とはそれなりに交流をしているつもりだが、基本的に話すのは眷属の皆を除けば、リアスやその眷属の面々、後は彼女の想い人である加奈ぐらいだ。

 そんな自分への客とは一体誰だろうか?

 見たところ、その『客』とやらはソファに座っているようなので正面に回ってから顔を伺おうとした。

 その顔を見た途端、ソーナの表情が一気に固まるのだが。

 

「初めまして。支取蒼那さま」

「か…加奈さんっ!? …じゃないですね。気配が余りにも希薄過ぎる。どなたですか?」

 

 ソファに座っていたのは、加奈と全く同じ顔をした少女。

 だが、学園内で誰よりも加奈の事を知っている(と自負している)ソーナには一発でそれが別人であると見抜いた。

 

「私は、加奈さまが使役していらっしゃる『式神』の一体にございます」

「式神…? まさか、加奈さんは陰陽術が使えるのですか?」

「はい。決して陰陽師という訳ではありませんが、その手の術式ならば、巷に溢れている者どもよりも遥かに優秀であると思います」

「知らなかった……」

 

 ベリアルの義娘である時点で普通ではないと思っていたが、まさか陰陽師としての高い能力を秘めていたとは。

 それが自分達に対して向けられていないのは不幸中の幸いなのか。

 

「お義父上であらせられるベリアルさまが『学園で起こる諸々が無事に収束するまで、念には念を入れて暫く休みなさい』と仰ったのですが、この時期に出席日数が取れないのは危ないと判断なさったようで、ご自分の代わりとして私がこうして登校している…という事なのです」

「成る程…。確かに、私がもしベリアル様と同じ立場ならば、似たような事を言っていたに違いありません」

 

 それに、式神ならば万が一の時も色々と対処のしようはある。

 流石は加奈。見事な判断だ…と思い、表情を崩さないまま心の中で加奈に対して惚れ直していた。

 

「因みに、これまでも加奈さまは体調不良などでお休みなさった際にも、今回のように私のような式神を用いて代理登校を何度かなさっていました」

「そうだったのですね…。道理で、加奈さんがこれまで一度も遅刻も欠席もしていない筈です」

 

 学園内では余り目立たない加奈ではあるが、実は地味に教師達の中では有名人だったりする。

 成績優秀で遅刻も欠席もしない模範的な生徒。

 本人は自覚していないが、内申点はかなり高い。

 

「あ…あの~…会長? さっきから普通に話してますけど、この人は一体…?」

「あぁ~…えっと……」

 

 完全に匙を初めとして、他のメンバーを置いてきぼりにしてしまっていた。

 加奈はこれまでに一度も生徒会室に来たことが無いので、当然のように眷属たちとも交流は無い。

 なんて説明をすれば考えていると、いきなり生徒会室の扉がノックされた。

 

「いきなりで申し訳ないですが、失礼しますね?」

 

 入ってきたのは、先程までオカルト研究部の部室にいた八皇と根呂、それから彼の犬神であるセントバーナードの『パトラッシュ』だ。

 犬神という霊的存在であるにも拘らず、パトラッシュはまるで実体があるかのように歩いている。

 これは偏に、自身の主人である根呂に対する絶対的な忠誠心が成せる業である。

 

「あ…あんたらは…さっき生徒会室に来た……」

 

 匙が驚いたように立ち上がり二人を見る。

 彼らは旧校舎に行く前にも一度、この生徒会室へと立ち寄っていて、校長であるベリアルとは別に許可を取りに来ていた。

 勿論、色んな意味で問題児であるリアス達をどうにかしてくれると言われてソーナが拒否をする訳もなく、二つ返事で呆気なく了承。

 

「おや? もしかして取り込み中でしたか?」

「いえ…大丈夫です。相席のような形となりますが、どうぞこちらにお座りください。椿姫、お茶をお願いします」

「分かりました、会長」

 

 ソーナに言われて返事をしたのは、副会長にして『女王』でもある『真羅椿姫』。

 眷属の中では彼女が最も信頼している右腕的な存在で、はぐれ悪魔退治の時などもよく背中を任せている。

 

「君は…もしや、加奈さんの式神ですか?」

「はい。ご無沙汰しております。柊八皇さま。根呂さま」

「うむ。流石はベリアル氏のご息女…相変わらず見事な式神よ。一介の女子高生にしておくのが惜しすぎる。もし幼少期から鍛えていれば、超一流の霊媒師になっていただろうに……」

「根呂さん。その話題は……」

「おっと…そうだったな。すまん。今のは忘れてくれ」

「承知しました」

 

 もしや、彼らは加奈の隠された過去を知っているのか?

 思わずソレを尋ねたい衝動に駆られたが、どうやら聞いてはいけない事のようなので、ここは我慢をして耐える事に。

 

「けど、どうして式神がここに…」

「それは……」

 

 先程と全く同じことを二人にも説明をする。

 それを聞かされて、八皇たちは納得したように頷いた。

 

「英断だな。他の生徒達とは違い、彼女は狙われる可能性がある。かといって出席日数は落としたくはない。となれば必然的に……」

「式神を自分の代わりに学園に行かせればいい。実に加奈さんらしい」

 

 本来ならば戦闘時のサポートとして使うべき式神を、こんな風に使うのは加奈ぐらいだ。

 荒事を嫌う加奈らしいと、思わず微笑んでしまう八皇だった。

 

「お待たせしました。粗茶でございます」

「「ありがとう」」

「私にまで…ありがとうございます」

 

 人間である八皇たちだけでなく、式神である彼女にまでちゃんと茶を出す。

 因みに、式神と言ってもちゃんと飲み食いは出来る。

 

「あなたにはコチラを」

「えろうすんまへん。ありがとな」

「「「「「喋った!?」」」」」

 

 椿姫がパトラッシュに皿に入れたミルクを差し出すと、まさかの返事が返ってきた。

 しかも、何故か渋い声の関西弁で。

 流石の彼女達も、これには大きな声で驚いてしまった。

 

「我が愛犬のパトラッシュにまでこのような気遣いを…感謝する。あの愚かなグレモリーの連中とは天と地ほどの差だな」

 

 腕組みをしながら満足そうに首を振る根呂。

 彼の中でソーナたちへの評価が爆上がりする一方で、グレモリー眷属たちへの評価は地の底にまで落ちていた。

 

「それで、皆さんはどうしてここに?」

「僕たちは、グレモリー達に対する報告をしに」

「私は、支取蒼那さまから校門での出来事の話を聞きたいと思いまして」

「そうでしたか。では、それぞれに情報交換と参りましょう。皆もちゃんと聞いておくように。いいですね?」

 

 こうして、生徒会室にてグレモリー眷属&変態三人組へ行われたことに対する報告会が始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「そうですか…リアスは冥界に……」

「えぇ。彼女には反省する気が全く無かった。そればかりか、こちらに向かって攻撃してこようとする始末」

「故に、然るべき『罰』を与えた後に冥界のグレモリー領へと強制送還した。こちらはあくまで『話』をしに来たというのに、真面な会話すら成り立たなかった」

「当然の末路…ですね」

 

 正直、リアスに対する『可哀想』という気持ちは微塵も無かった。

 ソーナ自身も昔からリアスの我儘には振り回されてきた経験があるからだ。

 同じような身の上故に仲良くなるのは普通かもしれないが、リアスの場合は一方的な友情だった。

 実際、『友人』を自称しているのはリアスだけであって、ソーナの方からは一度もそんな事を言った覚えはない。

 

「…で、例の兵藤一誠とその他二人は警察に連行された挙句、莫大な借金を背負う事になった…と」

「そうです。彼らが幾ら未成年だったとしても、やったことが重すぎます。しかも、本人達は反省をするどころか自分が犯罪をしたという自覚すらない始末。裁判ではほぼ間違いなく有罪確定で、その後は……」

「少なくとも、もう二度と日の光は浴びれないでしょうね」

「丑嶋さんの事ですから、今頃は彼らの家まで行って事情を説明した後に、そのまま御家族も警察に行っている頃でしょう」

 

 話を聞きながら、この場で唯一の男子生徒である匙は、逮捕された一誠達に対して少なからず同情をして……はいなかった。

 彼だって男なのだから、気持ち自体は理解出来る。理解出来るが、それを実行してしまっては御終いだ。

 発情期の野生の獣のように衝動的になるのではなく、ちゃんと高校生らしく自制をして行かなくては。

 少なくとも、匙は我慢をして妄想や本などで我慢をしている。

 

「ということは、学園内における『問題』は解決したと見てもよろしいのですか?」

「そうでしょうね」

「了解しました。帰宅の後に加奈さまにご報告致します」

「よろしくお願いします」

 

 まるで機械的に受け答えをする式神。

 人間ではないのだから仕方がないとはいえ、加奈と同じ顔と声をしているので反応に困ってしまう。

 

「ところで、眷属の皆はどうしているのですか? 記憶まで消したという事でしたが……」

「今頃は部室にて寝ている頃でしょう。記憶に関しても問題はありません。ちゃんと空白の部分は『補完』をしておきましたから」

 

 問題は、その『補完』の内容なのだが、なんだか嫌な予感がしたのでソーナは敢えて聞かない事にした。

 

「塔城小猫に関してなのだが、彼女は私が京都に連れて行こうと思っている」

「京都に?」

「あそこには彼女の姉であり元はぐれ悪魔の黒歌が京妖怪たちによって保護されている。グレモリーによって意図的に真実を歪められていたのだ。それから解放された今、生き別れとなった姉妹を会わせてやらねばなるまいよ」

「そういえば…前にそんな噂を聞いたことがあるような……」

 

 根呂自身は『化け猫専門の霊媒師』ではあるが、だからと言ってなんでもかんでも容赦なく葬るという訳ではない。

 ちゃんと霊視によって良し悪しを判断し、その上で然るべき対処をするように心掛けている。

 今回の場合、黒歌と白音の姉妹はグレモリーの犠牲者とも言える立場だったので、こうして彼なりの温情を掛けているのだ。

 

「もしかしたら、そのまま転校ということになるやもしれんが」

「その時はその時でしょう。本人がそれを望んでいるのなら、こちらがどうこう言う権利はありません」

 

 ソーナとて、生き別れとなった姉妹を再び引き裂くような真似はしたくない。

 自分にも姉がいる身なので、その気持ちはとてもよく分かるから。

 

「他の二人は…このまま在籍という形になるでしょうね。あと、最後の一人の彼ですが……」

「あの小僧は、そのまま故郷に返してやるべきだろう。そもそも、奴はグレモリー達によって半ば無理矢理に近い形で日本に来たも同然だ。あんな性格をしていなくても心細くなるのは当然だ。それを碌に対処もせずに勝手に封印するなど…」

「あの神器だって、暴走するのは彼が慣れない環境にいて精神不安定になっているからでしょうしね。そんな簡単な事にすら気が付かない時点で、リアス・グレモリーに主の資格も器も無い」

「それには激しく同感です」

 

 実際、町の管理をしていたのはソーナなのだ。

 リアスは気紛れに町に出て見廻りごっこをしていただけ。

 はぐれ悪魔を討伐した回数だって、リアスよりもソーナの方が遥かに上なのだ。

 

「表向きの管理者がいなくなった以上、恐らくは町の管理者は自動的にソーナさんになるでしょう」

「私は一向に構いません。別に今までとやる事は変わりませんから」

 

 今までは裏方に回っていたのが、今度からは堂々とやれるようになるだけだ。

 そこに大した違いは存在しない。

 

「残った問題は、グレモリー家が事実上の機能不能になった事による日本に残る元眷属の皆さんの生活基盤ですが……」

 

 そこでまた生徒会室のドアがノックされる。

 今度は誰かと思っていると、扉を開けて入ってきたのは相良校長ことベリアルだった。

 

「突然ですが失礼しますね。おや、皆さんお揃いで」

「「「「「校長先生!?」」」」」

「「お久し振りです」」

「お邪魔しています」

 

 生徒会室が増々カオスな空間となっていく。

 昼休みはまだ終わらない。

 

 

 

 




またもや長くなってしまったので、グレモリーへの『ダメ押し』の話は次回に。

やっと主人公たちを再登場させられるかも…。

一通り終わったら、後はISの時のように諸々のイベントを一足飛びで消化して行こうと思います。

といっても、聖剣騒動に関しては少しだけ長引く可能性が……。

ちゃんともうオチまで考えてるんですけどね。





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面倒くさいので、最後まで面倒を見させる

グレモリーに対する最後にして、地味に一番辛い罰…かも?

一思いにしないのがとんこつラーメン流。

私のアンチはギャラクシアン・エクスプロージョンではなく、スカーレット・ニードルなのです。







 これまたいきなりの登場の相良尺八朗ことベリアル。

 普通ならば昼休みに校長が生徒会室を訪れるなんて有り得ないかもしれないが、彼ほどに気さくな人物ならばこれぐらいは当然なのだ。

 

「校長室からも見えていました。どうやら、例の三人組とグレモリー一派に関する事は無事に終わったようですね」

「無事…かどうかは分かりませんが、これといった被害は出ていませんね」

 

 一誠達もかなり暴れてはいたが、最終的には応援として駆けつけてきた大勢の警官による数の暴力によって取り押さえられ、手錠を掛けられてからパトカーに放り込まれた時には流石に意気消沈して大人しくしていた。

 彼らを乗せたパトカーが去りゆく時にも、女子達は最後まで三人に対する恨み言を叫んでいたが。

 

「あの三人に関しては、後は丑嶋くんと警察に任せておきましょう。彼らならば『適切な処置』をしてくれるでしょうしね」

 

 ベリアルは、その話術によって日本のみならず、世界中に非常に多くの個人的な繋がりが存在している。

 それは勿論、警察関係者も含まれており、彼はこの世で数少ない政治家でもなければ大会社の社長でもないにも拘らず、個人で警視総監などと太いパイプで繋がっている人物だ。

 魔力の類なんて使わずとも、天使たちでさえ懐柔してみせたその話術にかかれば、欲塗れの人間なんて簡単に味方に付けられた。

 今回の事も、彼が警察上層部に対して頼み、そのついでに三人のこれまでにしてきたことも全て暴露してやった。

 警察としては、駒王町の住民たちに対する絶大な信頼を得られるし、同時に世間からも多大な評価を得られる。

 正義感云々など関係なく、最初から断る理由が無いのだ。

 因みに、ベリアルからの紹介で実は丑嶋と警察内部も結託していたりする。

 この両者が揃った時点で、変態三人組に勝ち目は微塵も無かった。

 

「お久し振りです、ベリアルさん。いや、ここでは相良校長と呼ぶべきでしょうか」

「別にベリアルで構いませんよ。ここには部外者はいないのですから」

 

 ソファから立ち上がり、挨拶をしながら握手を交わす八皇と根呂。

 彼らもまた、ベリアルとは昔からの馴染みだったりする。

 

「パトラッシュもお久し振りです。元気そうですね」

「御蔭さんで。加奈はんはどうでっか?」

「元気にしていますよ。久し振りに君の事をもふりたいと言っていました」

「ははは…わしも、加奈はんのブラッシングはめっちゃ気持ちがええから好きでっせ」

 

 ベリアルと根呂が知り合いならば、当然のように義娘である加奈とも知り合いなわけで。

 根呂が加奈と会う時はいつも、パトラッシュの極上の毛並みを堪能しつつ、日向ぼっこをしつつのブラッシングを楽しんでいる。

 

「わ…私も加奈さんからもふられたい……」

「か…会長?」

 

 どうして、そこで犬相手に対抗心を燃やす?

 いつもの彼女からは考えられない、頭の悪い発言に思わず匙は呆れ顔になってしまう。

 

「では、例の問題児集団について聞きましょうか?」

「承知した。まずは……」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「成る程…冥界に強制送還ですか」

 

 根呂と八音から報告を聞き、ベリアルは何度も頷く。

 いつの間にか彼もまたソファーに座っていて、目の前には淹れたてのお茶が置かれていた。

 

「とはいえ、普通に送り返したわけではないですけどね」

「奴はこちらの話をまともに聞こうとしなかったばかりか、抵抗の意志まで示した。故に、我ら…というか正確には八皇くんがリアス・グレモリーに対し『罰』を与えた」

「『罰』…ですか」

 

 言葉の端々から、ベリアルはその慧眼によって彼らがリアスに向けて何をしたのかを『見た』。

 ルシファーが来る前は、このベリアルこそが大罪の魔王達を総ていたのだ。

 この程度の芸当は目を瞑っていても出来る。

 

「随分と『面白い』事をしましたね。長寿であることを逆に利用するとは。八皇くん、腕を上げましたね」

「ありがとうございます」

 

 八皇にとっても、ベリアルは師匠のような存在だ。

 彼からはこれまでに色んな事を教わった。

 その恩を返す為に、今では八皇が加奈に色々と教えていたりする。

 

「眷属たちは、意外と冷静な判断が出来る者達だったな。我らが話すと、思っている以上に呆気なく元主を見捨てた」

「それが普通なのです。忠誠を誓うに値する相手ならば、見捨てた時点で殺されても仕方ありませんが、今回の場合は逆に付き従おうとした方が万死に値する。愚かな王に付き従う者に慈悲など必要ありませんからね」

 

 優しげな口調でとんでもない事を暴露するベリアル。

 彼の最も恐ろしい所は、全く表情を変えない状態で感情を表すところだ。

 敵に回して、これ以上に恐ろしい相手もそうはいないだろう。

 

「記憶を消した上で、この『ルール・ブレイカー・レプリカ』にて悪魔の駒を摘出し、今は部室にて気を失っています」

「そうすると思っていました」

「それで、今は転生悪魔でなくなった彼らのこれからの生活基盤をどうするかを話し合おうとしていたところなのですが……」

「成る程。それに関しては問題ありません。こんな事もあろうかと、こちらの方で先手を打っておきましたから」

 

 根呂とソーナが付け加えると、ベリアルは懐からスマホを取り出してから指差す。

 『先手を打つ』とは一体何をしたのだろうか?

 誰もが疑問符を浮かべている中、彼は何食わぬ顔でどこかに電話をし始めた。

 

「あ~…もしもし? マモンですか?」

「マ…マモンっ!? 大罪の魔王の一角であり、『強欲』を司るマモン様っ!?」

 

 ここで、またもやソーナが驚くほどのビッグネームの登場。

 今回、自分はどれだけの原初の魔王達の名前を聞けばいいのだろうか。

 

『もしもし~? ベリアル~? どうしたのかしら?』

「いえね。私が頼んでおいたことはどうなったかと思いまして」

『あぁ~…あれね。大丈夫よ。こちらでバッチリしておいたから』

 

 バッチリしておいたとは?

 話が全く見えず、全員が小首を傾げる。

 

「マモン。実は今、この場に今回の功労者の皆が一堂に会しているのです。どうか、彼らにもちゃんと説明をしてくれると助かるのですが…」

『あら、そうなの? 分かったわ。それじゃあ、一から教えてあげるわね』

 

 一体何が始まるのか。

 ソーナはドキドキしながら、ベリアルがスピーカーモードにしてテーブルの上に置いたスマホを見つめる。

 

『私がしたのは簡単よ。グレモリーの銀行口座の流れを『固定化』したの』

「固定化…? それは一体……」

『この声は、柊家の八皇ちゃんね。そうよね。それだけじゃ分かりにくいわよね。大丈夫。ちゃんと分かり易く解説するから。コホン』

 

 ワザとらしく咳払いをしてから、受話器越しにマモンの解説が始まる。

 

『まず、リアス・グレモリーの眷属たちの殆どが脛に傷を持つ子達ばかりなのは知ってるわよね?』

「は…はい。現在、彼ら、彼女らはそれぞれに一人暮らしをしています」

 

 ここで反射的に一番事情を知っているソーナが答える。

 姿が見えないとはいえ、相手は冥界では知らぬ者がいない程に有名で強大な存在。

 ソーナはガッチガチに緊張していた。

 

『その子達に対し、グレモリー家は裏から資金援助を行っていた。仮にも『慈愛』を謳っているグレモリーらしいとは思うけど。実際には地上にある銀行に密かに作っているグレモリー専用の口座から自動的にお金が眷属の子達の口座に移動するようになっているの。因みに、その口座は冥界にある口座と連動していて、地上にお金が移動する際に単価も変化するようになってるみたい。まぁ…それぐらいなら私でも簡単に出来るんだけどね』

 

 確かに、グレモリー家は冥界でも有数な名家。

 魔王を輩出したという事もあり、その地位は絶対とも言えた…今までは。

 

(向こうは、そんな事になっていたんですね…。本当に…あの家は甘やかす事しかしない…!)

 

 同じように魔王を輩出したシトリー家の眷属事情はというと、家からの資金援助なんて全く無く、眷属たちはバイトなどをして金を稼いでいる。

 駒王学園は基本的にバイトを禁止にしていないので、それは普通に可能だった。

 リアスに変わって実質的に町の管理をしている上に、生徒会長としてもいそがしいということもあり、ソーナだけは例外的に実家からの仕送りを受けているが、それだって過剰な金額ではない。

 ちゃんとやりくりさえすれば、十分に一ヶ月ぐらいは生活していられるぐらいの額だ。

 

『…で、本題はここから。さっきルシファーからも連絡を受けたんだけど、サーゼクスって子を筆頭に、四大魔王は魔王職を辞任するらしいわ』

「よ…四大魔王全員が辞めるっ!? ということは、まさかお姉さまも…」

『その声は、もしかして現魔王の御家族かしら?』

「えぇ。彼女はセラフォルー・レヴィアタンの妹さんですよ」

『あの子の…。それなら大丈夫よ。グレモリーとは違って、確かに彼女も魔王は引退したけど、本当にそれだけだから。外交官としてはまだまだ働いて貰うつもりらしいわ』

「そ…そうなんですね……」

 

 そう言われて、ソーナは自分の姉の今までの事を思い出す。

 確かに、魔王であることにそこまで積極的ではないように感じていた。

 寧ろ、外交官として働いている時の方が輝いているようにさえ思える。

 

『これからは、レヴィアタンの補佐をしながら頑張っていくらしいわ。だから、心配しなくてもいいわ』

「レ…レヴィアタン様…嫉妬を司る魔王の補佐を……」

 

 それならば安心…だけど、これまたとてつもないビッグネームのご登場。

 しかも、今度は自分も密接に関係しているおまけ付き。

 別の意味で胃が痛くなり始めるソーナだった。

 

『話を戻すけど、リアス・グレモリー眷属が完全壊滅したと知ったら、当然だけど口座の流れを止めようとする筈よね?』

「でしょうね。眷属で無くなったら完全に赤の他人。それに金を与える道理はありませんから」

『その通り。だから、その前に私がその流れを固定化させて、金の流れを止められなくしたって訳。こういうと凄い事のように思えるけど、実際には現状維持をさせ続けてるだけ。ついでに、こっちから色々と操作して元眷属の子達の生活費だけじゃなく、家賃や光熱費、水道代や通信費など初めとした生活に必要な経費諸々全てを自動的にグレモリーの口座から引き落とされるようにしておいたわ』

「これはまた……」

 

 ちゃんと与えられた仕事には抜かりが無い。

 こちらが望んでいる以上に成果を見事に出してくれた。

 ベリアルは感心したように、腕組みをしながら何度も頷いている。

 

『グレモリーの総資産は確かに莫大よ? でも、決して無限にある訳じゃない。どんなお金だっていつか無くなってしまう。どうも、グレモリー家は金に対してそこまで頓着していないみたいで、想像以上に簡単に口座の操作が出来たわ。だからこそ気が付かない。今はまだ大丈夫だったとしても、真綿で首を絞められるように徐々に追い詰められていく。『貧困』という名の絶対に逃げられない運命から』

 

 人間に戻った元眷属たちが死ぬまで大凡8~90年ぐらい。

 長寿な悪魔からしたら僅かな時間かも知れないが、金はそうじゃない。

 その間にかなりの額が無くなっていくだろう。

 特に、小猫は猫又であるが故に悪魔級に長寿かもしれないし、朱乃だって堕天使と人間のハーフだから常人よりも長生きかも知れない。

 ギャスパーに至っては吸血鬼と人間のハーフだ。

 弱点にさえ気を付けていれば、悪魔以上に長生きすることも可能になる。

 それは即ち、それだけグレモリーの持つ資産という名の力が吸われていく時間が増えるという事。

 

『グレモリー家の子達が、自分達の置かれた現状に気が付くのは…一体いつ頃になるのかしらね…?』

 

 全く見えない所で、グレモリーは完全に詰んだ。

 哀れにも、それを知らないのは当人たちだけ。

 自分達を見捨てた者達から自覚も無いままに金を吸われていたと知った時、どんな事を思うのだろうか。

 

「いやはや…本当にお見事です。矢張り、金銭関係に関してマモンの右に出る悪魔はいませんね。借金地獄を乗り越えた後に、金融会社を立ち上げて大成功をしただけはある」

『うふふ…時間だけはたっぷりあったから。ベリアルちゃんのアドバイス通りに頑張ったお蔭よ。それに……』

「それに?」

『…加奈ちゃんがあんなに頑張ってるのに、大人の私が頑張らない訳にはいかないものね……』

 

 またもや加奈の名前が出てくる。

 もしかしたら、大罪の七大魔王は全員、加奈の過去を知っているのかもしれない。

 

(加奈さんは…私が想像していた以上に凄い人物なのかもしれない……)

 

 あのベリアルを養父に持ち、原初の魔王達の庇護下にある人間の少女。

 一昔前までならば、絶対に有り得ないような事だった。

 

「ありがとうございます。また何か用事があれば、こちらから連絡をしますので」

『了解よ。それじゃあ、加奈ちゃんやルシファーによろしくね』

「はい。ちゃんと伝えておきましょう」

 

 マモンとの通話が切れ、ソーナとその眷属たちが一気に息を吐いて力を抜く。

 声だけとはいえ、原初の魔王としての威厳だけは本物だったから。

 

「き…緊張した……」

「大丈夫ですよ。強欲を司るなんて言われてますけど、マモンは七大魔王の中で一番温厚ですから」

「そ…そうなんですか…?」

 

 だとしても、相手が自分達なんかが安易に話しかけていいような存在ではないのは事実。

 どれだけ優しくても、緊張するなという方が無理なのだ。

 

「と…取り敢えず、マモン様のお蔭で彼らの生活面に関しては大丈夫…と見ていいのでしょうか…」

「そうですね。まさに一石二鳥。見事な手腕です」

 

 これで本当の意味で、今のところの懸念すべき問題は全て片付いた。

 まだまだやるべき事は多いが、少なくとも学園内で問題児によるストレスだけ大幅に緩和されそうだ。

 

「そういえば、これからお二人はどうなされるので?」

「先程も言ったが、私は塔城小猫を京都に連れて行く」

「あぁ…例の彼女の件についてですね。分かりました。それで、八皇君はこのまま駒王学園に教職員として配属される…でしたね」

「はい。元々高校教師をしていましたし、政府からも念の為にと言われていましたので」

「……はい?」

 

 ここで目が点になるのは生徒会一同。

 ベリアルと根呂、八皇が今後の事に付いて話しているが、八皇の爆弾発言にて全員が面白い顔になった。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? ひ…柊さんが先生として赴任するっ!? 初耳なのですがッ!?」

「騒動が収まってから教えようと思っていましたからね。結果オーライではありますが」

 

 まさか、日本勢力から派遣されてきた人物が教師となるとは。

 八皇自身はかなりの常識人っぽいので問題は無さそうだが。

 

「ご心配なく。いざとなったら僕も戦力の一つに数えてくれて結構ですよ。教師として、学校という子供達の生活する世界を護るのは立派な義務ですからね」

 

 いや…問題無い処の話ではない。

 この柊八皇という人物…相当に頼りになりそうな予感がする。

 

「それはそれとして、そこの君…確か、匙元士郎くん…でしたね?」

「は…はい! な…なんスか?」

「聞いたところによると、君は数学が苦手とか。この間の小テストでも点数が芳しく無かったようですね?」

「ギ…ギクッ!? ど…どうしてそれを…! 母ちゃんにも内緒にしていたのに……」

「教師として、生徒の事を知っておくのは当然ですから」

 

 普通の教師が言えば頼もしいのかもしれないが、八皇が言うと別の意味に聞こえてくる。

 一体どこで、匙の成績の事を知ったのやら。

 

「大丈夫。ボクの担当教科もまた数学。ちゃんと君の成績向上に協力しますとも」

「えぇぇっ!?」

 

 余計な事を。

 思わずそう思ってソーナの方を見ると、彼女は彼女で厳しい目をしていた。

 

「匙…? あれだけ生徒会の活動にばかり現を抜かさず、勉学もするようにと言っておいたのに……」

「そ…それは~…その~…なんと言いますか~…」

「八皇さん…いえ、柊先生。匙の事をよろしくお願いします」

「はい。任されました。それでは、帰ってから早速、匙君専用にプリントを作成しなくては……」

「勘弁してくれぇ~っ!」

 

 学園に平和は戻ったが、だからと言って成績を落としていい事にはならない。

 匙の補習生活は始まったばかりだ。

 

 

 

 




これで取り敢えずはリアス&イッセーのアンチ話は終了です。

二人の末路に関しては、また別に書きたいと思います。

まずは、そろそろ本気で主人公を再登場させないと…。

次回こそは本当に出番を戻します。






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面倒くさいので、出番復活する

やっと…やっと主人公復活です。

ついでに彼も再登場します。

ストーリー上、必要不可欠ですからね。







 駒王学園で起きた一連の出来事に決着が付き、平穏が戻った日の夕方。

 仕事を終えたベリアルは帰宅し、既に戻って来ていたルシファーや家で待機をしていた加奈たちに報告をしていた。

 因みに、身代わりで学校に行っていた式神は、役目を終えた事で元の姿に戻って休眠状態になっている。

 

「…というわけで、あの学園も駒王町も、もう大丈夫だろう。明日からはいつも通りに学校に行ってきなさい」

「自分で提案しておいてなんだけど、マジで徹底的にやったんだね…。それだけ蒼那の鬱憤が溜まってたって事なのかしら…?」

「かもしれないわね。無理も無いわよ。兄が無能で妹も無能なんだもの。それらを全て尻拭いさせられたら、そりゃ誰だってストレスが溜まるってもんよ」

 

 ソファで寛ぎながらルシファーが溜息交じりに付け加える。

 彼女はベリアルよりも少し前に帰宅していて、グレモリー邸での出来事を話していた。

 

「お義母さん達が魔王に復帰するって事は、これからは冥界に拠点を移すの?」

「まさか。今までも、これからも、私はこの家で加奈と一緒に暮らすわよ」

「それは嬉しいけど…いいの?」

 

 床にデンと座ってスマホを弄っている加奈に尋ねられるが、ルシファーは至って普通に答えた。

 なにやら矛盾しているような意見に小首を傾げるのは無理も無い。

 

「基本的には地上の家で暮らして、元老院のジジイどもや他の貴族悪魔連中には『どうしても私の助けが必要な時は遠慮なく呼びなさい。けど、それ以外の時は自分達の力だけで解決をしていくように』って釘を刺しといたから」

「成る程…それがいいかもしれんな。これからの時代、魔王というのは『象徴』として存在し、民たちが力を合わせて困難を乗り越えていくようにしなくては」

「その通り。じゃないと、いつまで経っても民たちは魔王に頼る事を止めないし、自己解決力が育たないしね。っていうか……」

 

 加奈に寄り添うようにしながら一緒に座っているヴァーリがルシファーの真意を呼んだように言うが、その姿がツッコみ所満載なので義母としてなんとも言えない表情になった。

 

「…ちょっと近寄り過ぎじゃない?」

「そう?」

「いつも俺達はこんな感じだよな?」

「うん。ゲームする時も、私はヴァーリの膝の上に座ったりしてるし」

「時々、加奈の部屋に泊まった時は一緒の布団で寝たりもしたよな?」

「そんな事もあったね~」

 

 完全に恋人同士の付き合い方だが、本人達はどこまでも『付き合っていない』と主張する。

 全く以て説得力皆無な発言である。

 

「あの子達…距離感がバグりすぎじゃない?」

「私もそう思いますが……」

「にゃはは♪ 別にいいんじゃない? 本人達がそう言ってるのならさ」

「ベルフェゴール…あんたね……」

 

 他人事であるが故に他人事なベルフェゴール。

 だが、そんな彼女もまた加奈の幸せを願っている者の一人だったりする。

 

「…なんというか…さっきから凄い光景だったから黙っていたが…俺が冥界の実家に戻っている間に偉い事になってたんだな……」

「お前が驚くのも当然だ。今日一日で駒王学園だけでなく、この町と冥界全土が密かに改革されたに等しいのだからな」

 

 しれっと相良宅にお邪魔しているライザーが顔を引きつらせているが、そんな彼の事などお構いなしに優雅にコーヒーを飲むアブデル。

 彼は彼でまた、自慢の霊視能力で今回の出来事の一部始終を全て見守っていた。

 

「まさか、リアスがそこまで馬鹿だったとは知らなかったが、それ以上にあのサーゼクス様が身内にそこまで甘い方だったとはな……」

「アンタは知らなかったの?」

「知りませんでしたね。なんというか…サーゼクス様は余り自分のしている事を表沙汰にするような方ではありませんでしたし……」

「はぁ…呆れる。流石にプライベートを公開しろとまでは言わないけどさ、それなりにメディアに対して色々と話をするぐらいはしておくべきでしょうよ…」

「昔からリーダーとしての素質はあったが、彼が率いる事が出来るのはあくまでも小隊規模までだ。少なくとも、大衆を率いるような器ではない。その事は口が酸っぱくなる程に教えた筈なのだが……」

 

 伊達に嘗て、サーゼクスに対して教練していたわけではなく、彼の性格や特性などをほぼ完璧に把握しているベリアル。

 そんな彼だからこそ思ってしまう。一体どこで自分は間違っていたのだろうかと。

 

「しっかし…加奈の義母がルシファー様なのは知っていたが、他の大罪の魔王さま方とも懇意にしていたとは驚きだ…。あのベルフェゴール様と直にこうしてお会いできただけでも光栄なのに、その上……」

「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ……」

 

 テーブルに座ってから黙々と加奈が作った食事を食べているのは、ついさっき戻ってきたベルゼバブ。

 約束通り、加奈の手作り料理に舌鼓を打っていた。

 

「ベルゼバブ様までいるとはな…。噂通りの大食いだし……」

「その子ったら、もう既に駒王町にある飲食店の殆どを制覇しちゃってるみたいでね。一部店舗じゃ出禁になってるらしいのよ」

「マジですか……」

 

 こんな小さく細い体のどこに、これだけの食事が入るのか。

 暴食を司るからの一言で済ませていい問題じゃないような気がする。

 

「食事で思い出した。そう言えば、加奈に八皇君からお土産を貰っているんでした」

「え? 八皇先生から? なになに?」

 

 ベリアルが鞄の中から、とあるタッパーを取り出してからテーブルの上に置く。

 その中身をすぐに察したベルゼバブは、躊躇う事無く蓋を開けた。

 

「美味しそうな匂いがする…ごくり」

「どれどれ~? って、これは……」

 

 タッパーの中にあったのは、何とも美味しそうな豚キムチ。

 豚肉もそうだが、シャキシャキの白菜がなんとも良い具合の赤みを帯びている。

 

「おぉ~! 八皇先生の得意料理の豚キムチじゃないのよっ! これ、私も大好きなんだよね~♡」

「さっきから『先生』と言っているが、その八皇という奴とは知り合いなのか? ベリアル様が仰るには、新任の教師らしいが……」

「八皇先生は、前に私の家庭教師をしてくれてたことがあったんだよ。あの人からは勉強だけじゃなくて、料理とかも教えて貰ったんだ」

「そうだったのか……」

「ッてなわけで、ちょっと味見~っと。あむ」

 

 指で白菜と豚肉を一摘みしてからパクリ。

 その途端、加奈の顔が一気に笑顔になる。

 

「ん~♡ 相変わらず超美味しい~♡ 軟らかく煮こまれた豚肉に、鮮度が全く落ちてない状態で漬けられてる白菜! そして、程よい辛さに調節してある味付け! これこそ白米の最高の相棒だよ……」

「私も食べる。あむ……美味しい……♡」

 

 加奈に釣られてベルゼバブも一口食べる。

 普段は無表情な彼女の顔が、一瞬で満面の笑みに変わる。

 

「私も前に何回か、この味付けを再現しようと頑張った事があるんだけど、どうしても無理なんだよね~。惜しい所までは行ってる気がするんだけど、何か足りないような気がしてさ……」

「本人にしか分からない味付けがあるのかもしれんな。俺も一口貰おう。ん…これは美味いな……」

 

 これまたヴァーリが横から腕を伸ばしてから一口。

 ラーメン好きの彼にもドンピシャな味だったようで、一発で気に入った。

 

「そう言えば、今日は八皇くんだけじゃなくて、根呂さんも来ていましたよ。よろしくと言っていました」

「あの人もこっち来てたんだ…。またパトラッシュをもふりたかったなぁ~」

「『皇帝』の異名を持つ、超一流の霊媒師か…。冥界でも名が知られている程の有名人まで派遣されてくるとは…どんだけ日本神話を怒らせたんだ、リアスの奴は……」

 

 少し前までは、そのリアスと婚約するかもしれなかったと思うと、本当に自分の考えは複数の意味で英断だったと思うライザー。

 あのままだと、フェニックス家も本当に危うかったかもしれない。

 

「料理で思い出したが…ベリアル様。こちら、俺とウチの両親からの引っ越し祝いです。どうかお受け取りください」

「おぉ…これはどうも、ご丁寧に。フェニックス家の方々にはこちらも世話になっていますからね。今度、礼をしに伺わなくては……」

 

 ライザーから受け取ったのは伝統の引っ越し蕎麦。

 勿論、10割の超高級な一品だ。

 

 因みに、相良家とフェニックス家は種族とか関係無しに深い付き合いがあり、実は過去に何度か内密ではあるが加奈もフェニックス家に訪れる際に冥界入りしたことがある。

 この事を知っているのは、悪魔の中でも本当にごく僅かな者達だけだが。

 無論、サーゼクスを始めとする当時の魔王達は全く知らない。

 

「冥界の実家に戻ってたと言っていたが、何をしに戻っていたのだ?」

「うちの両親や兄貴たち、それから眷属たちに色々と報告をな」

「報告だと?」

 

 アブデルに尋ねられると、照れくさそうに後頭部を掻きながらライザーが答える。

 それを見ただけで、加奈とアブデルはなんとなく察した。

 

「ユーベルーナに告白をして…な。正式に結婚を前提に付き合う事にしたんだ」

「「「「おぉ~!」」」」

「良かったではないか」

「あぁ…アブデルのアドバイスのお蔭だ。本当に感謝している」

「フッ…迷える者を導くのも天使の役目だからな」

 

 なんて言ってはいるが、実際にそんな事をしているのも加奈は一度も目撃したことは無い。

 それどころか、一歩でも外に出れば速攻で本屋に行ってから新刊のチェックをしている。

 熾天使の威厳なんてのはどこにも感じられない。

 

「それで、式場の手配とか色々と話し合っていたんだ。本当に忙しかったから、グレモリー領でそんな事が起きているなんて全く知らなかった」

「まぁ…私も秘密裏に行ってたからね。知らないのも仕方ないわ」

 

 伊達に原初の魔王の筆頭はしていない。

 並の悪魔たちが感知できないレベルに気配を隠すことは容易だった。

 

「そうだ。レイヴェルが加奈に会いたがっていたぞ。もしかしたら近いうちに、駒王学園に転入してくるやもしれん。なんか、それっぽい話を親父たちとしてた気がする」

「レイヴェルちゃんも来るのか~。リアス・グレモリーと変態三人組がいなくなった上に、眷属連中は軒並み無効化されてるから、来るとしたら今だよね。また賑やかになりますにゃ~」

 

 レイヴェルとは、ライザーの歳の離れた妹であり、ソーナと並んで数少ない悪魔で同性な親友の一人。

 実際には、親友と思っているのは加奈だけで、レイヴェルの方は完全に加奈に対して恋愛感情を抱いている。

 

「本当は、こっちの準備が終わった辺りに両親と一緒にグレモリー家に行って話を付けるつもりだったのだが…この分だと向こうから断ってきそうだな」

「別にいいじゃない。余計な手間が省けて」

「それもそうだな。今となっては、俺もグレモリー家に対しては何の感情も抱いてはいない」

 

 昔からグレモリーに対してはフラットな感じではいたが、今回の事で完全に見切りをつけたようだ。

 今ではもう、ライザーにとってグレモリーという存在は『人生という名の道に落ちている石っころ』同然となっている。

 犬の糞じゃないだけマシなのかもしれない。

 

「結婚式には私達も出席しなくちゃね~お義父さん」

「そうだね。なんなら、私が仲人をしてもいい」

「ベ…ベリアル様が仲人をっ!? なんと光栄な…是非ともお願いします! 両親もきっと喜ぶでしょう!」

 

 悪魔たちの中でも超絶的な有名人が自分達の婚約を祝ってくれる。

 これは嫌でも気合が入るというもの。

 フェニックス家の名に賭けてでも、必ず大成功させなくては。

 

「ベリアルが出席するなら、私達も出ない訳にはいかないでしょ」

「折角なら、私達七人全員で出席する~?」

「面白そうね、それ!」

「その為にはまず、ベルゼちゃんの為に食事を沢山用意しておかないとだけど」

「た…大罪の魔王さま方まで出席するだと…!」

 

 なんだか急激に規模が大きくなってきた。

 それはそれとして、料理人の手配が大変そうだが。

 

「けど…結婚か~…。私もいつか、誰かと結婚とかするのかな~…」

「加奈も花嫁とかに興味があるのか?」

「あのね…私だって女の子だよ? 人並みに憧れを抱いたりはするよ」

「そうか……」

 

 話題が別方向に行ったことで、スマホでウェディングドレスの販売サイトを見る事に。

 そこには多種多様のドレスが掲載されていて、それもこれもが美しい。

 

「…加奈ならば、どれも似合いそうな気がするがな」

「そう? ま、結婚云々よりも前に、まずは卒業後の事を考えないとなんだけどね。私ももう三年生だしさ。就職か、もしくは進学か……」

「加奈が大学に行くなら、俺も頑張って受験をして同じ大学に通おう」

「マジ? ヴァーリって頭いいし、大抵の大学は受かりそうだよね。そっかー…ヴァーリと一緒の大学生活ってのも楽しいかも……」

 

 こっちはこっちでまた近い将来の事を話し合っている。

 それを見てふと、ライザーがアブデルに耳打ちする。

 

「なぁ…あの二人って、アレで本当に付き合ってないのか?」

「そうらしいぞ。ヴァーリの方はどう思っているかは知らんが、少なくともまだ加奈の方には恋愛感情は無いようだ」

「それもそれで不憫だな…。ああしていると、完全にカップルにしか見えんのだが……」

「だよな……」

「レイヴェルの奴がこれを見たら発狂しそうだな……」

 

 大事な妹がバーサーカーにならない事を祈りつつ、目の前の二人を見つめるライザー。

 因みに、ソーナもまたこれを見たらバーサーカーになる可能性を秘めている事をここに書いておこう。

 

 こうして、ようやく駒王町と駒王学園に一先ずの平穏が戻ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで一件落着!……かな?

当然ですが、レーティングゲームの話はありません。

する理由がありませんからね。

次回からは一気に聖剣の話に行くかもです。

すぐに終わると思いますが。


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面倒くさいので、取り敢えず差し入れする

このD×D編も、リアスやイッセー率いる変態三人組の末路は最後辺りに描こうと思います。

更に、今回から始まる聖剣編も3~4話ぐらいで終わらせる予定です。

頭の中ではもう展開が決まっているので、さっさと進ませます。

勿論、そこから先の展開も同様です。






 駒王学園に平穏が取り戻されてから数日。

 校内には女子達の歓喜の声が響き渡り、同時に嫌な記憶は一刻も早く抹消したいという思いが強くなっているのか、徐々に一誠達の事を話す者達が減っていった。

 

 冥界へと強制的に送り返されたリアスは、次の日には退学扱いとなっていた。

 この謎の退学に一部の男子達は残念がっていたが、女子達はそこまでも無かった様子。

 どうやら、普段から『お姉さま』ともてはやされていたのはあくまで周りに合わせるためのポーズに過ぎず、実際には調子に乗っている彼女に対する鬱憤が溜まっていたようだ。

 なので、リアスがいなくなったことで『清々する』と言った意見は多く散見されたが、その事を心から惜しむ女子は一人も存在しなかった。

 

 小猫は約束通りに根呂に連れられる形で生き別れとなった姉に会う為に京都へと行くことになり、名目上は『転校』という事になった。

 

 祐斗と朱乃は引き続き在学し続けているが、その様子は今までとは全く違う。

 まず、祐斗はこれまでのように余裕のある表情は見せず、ストイックに剣道に打ち込んでいる様子が確認された。

 それを見て男子達は彼を少しだけ見直し、女子達からは『これもこれでまたカッコいい』と再評価された。

 逆に、朱乃はかなり大人しくなり、これまでのように優雅で余裕のある顔は見せなくなった。

 それでも、その美貌とスタイルは相変わらずなので、男子達からは注目されているようだが。

 

 そして、ギャスパー。

 彼は当初、故郷に戻す方向で話が進んでいたが、その後に彼の過去を調べた結果、色んな事が判明したので急遽として取り止め、その後に彼もまた密かに転校扱いとされてからベリアルの伝手で、とある場所にある『紅魔館』と呼ばれる屋敷にて預かられる事になった。

 今では、そこの主である吸血鬼の少女と、その妹に色んな意味で弄られる毎日を送っているとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 駒王朝の町外れ。

 そこに、黒い外套を纏った怪しい二人組が立っていた。

 

「ここが駒王町か」

「懐かしいわね…。元気にしているかしら…イッセーくん…」

 

 どう見ての常人の雰囲気ではない者達ではあったが、平日の昼間という事もあってか目撃者はおらず、到着早々に警察の世話になる事だけは辛うじて避けられた。

 

 当然、そんな二人組がやって来れば、もう町には存在しない『何もしない自称管理者』とは違い、一発で気が付く者達が大勢いる訳で。

 駒王学園の校長室で仕事をしている彼もまた、そんな者達の一人だった。

 

「この僅かに感じる気配は…もしや?」

 

 つい先日、校長兼理事長となった『相良尺八朗』こと『ベリアル』は少しだけ仕事をする手を止め、窓の外を見上げてから眉間に皺を寄せる。

 それとほぼ同時に、机の上に置いてある彼のスマホに着信が来た。

 

「このタイミングで掛けてくるのは…矢張り『ミカエル』ですか」

 

 溜息を吐きつつも電話に出るベリアル。

 人心を見抜き、悪魔たちの中でも最も話術に長けた彼にはもうミカエルが話そうとしている事をなんとなくではあるが予想していた。

 

「はい、ベリアルです。ミカエル、こんな時間に何の用ですか? 私も暇ではありませんし、それは貴方も同じでしょう?」

 

 丁度いいし、小休止でもするかと考えて、背凭れに体を預けながら息を吐き、傍に置いてあったコーヒーを一口。

 

「で、どうかしたんですか? はい…はい。なんともまぁ…それはまたご愁傷さまで。え? 教会がそんな事を言って? けど、そちらはそんな風には考えていないのでしょう? そもそも、彼がそんなヘマをするなんて絶対に有り得ませんし、それ以前に『今の彼』がそんな事をする理由が無い。あぁ~…成る程。読めました。だから、敢えてココに差し向けたんですね? 納得です。論より証拠。百聞は一見に如かず。ゴチャゴチャと水掛け論をする暇があるなら、実際に見た方が早い」

 

 もう話の本筋が読めたのか、ベリアルは笑みを浮かべながら何度も頷く。

 そうしている間に、カップに入っていたコーヒーは空になっていた。

 

「承知しました。私の方からも話をしておきましょう。最も、私が実際に動くことは少なくなると思いますが。こういうのは、大人の私達が下手に介入するよりは、同年代の子供達に任せた方が良い結果を生みやすい。幸いなことに、こちらには私の愛娘や頼りになるシトリー家のご息女がいます。あの子達に任せておけば大丈夫でしょう。私達はサポートに回っていれば、それでいい。そちらも、そのつもりなのでしょう? はは…やっぱりね。お互い、考えている事は同じという訳ですか。昔から我々の考えている事は似ていますね。えぇ…そうですね。また今度、休み日にでも一緒に飲みに行きましょう。その時は勿論、『彼』やアザゼル、アブデル君なども誘って」

 

 天使と悪魔という、基本的には不倶戴天の敵同士であるにも関わらず、その口調はまるで嘗ての同級生と話しているかのように穏やかだ。

 もう彼らの中に過去の遺恨は存在しないという事なのだろう。

 

「え? アブデル君ですか? 元気にやっていますよ。心配は無用です。ちゃんと熾天使としての節度は守っていますよ。えぇ…えぇ。分かりました。彼にはちゃんと貴方が心配していたと伝えておきましょう。はい…それではこれで」

 

 通話が終了し、スマホを机の上に置きながらまたもや溜息。

 たが、さっきまでとは違ってその顔は何かを期待しているかのようにも見えた。

 

「もしかしたら、駒王学園がまた一段と賑やかになるかもしれないな。まぁ…どんな形であれ、加奈に友が増えてくれることに越したことはない。あの子には…あの子にだけは絶対に幸せになって欲しい。これは、私だけでなく、ルシファーを始めとする『大罪の七大魔王』全員の願いだ…」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「やっほー」

「お邪魔しますわ」

 

 気の抜ける声と気品に溢れる声と一緒に、放課後の生徒会室へと入ってきたのは、久し振りの連続登場の加奈と、そんな彼女に連れ添っている金髪縦ロールの少女。

 

 彼女の名は『レイヴェル・フェニックス』。

 フェニックス家の末娘であり、ライザーの妹でもある。

 少し前までは『レーティングゲームの練習と見学』という名目でライザーの元で『僧侶』の眷属をしていたが、その後に彼女の母親が持っている使用していない僧侶の駒と交換し、今では実質的にフリーとなっている。

 なので、このような形で地上の学校に通う事も可能なのだ。

 当然だが、こちらに来る際にはちゃんとビザやパスポートなどは申請している。

 

「頑張ってるかね、諸君~」

「加奈さんにレイヴェルさん。ようこそ、いらっしゃいました」

 

 忙しそうにしているイメージが強い生徒会室ではあるが、ここ最近は特にこれといった事件も起きていないので、割と穏やかな時間が流れている。

 それもこれも全て、学園内の問題児が全ていなくなったお蔭であり、リアスや一誠達がいた頃は胃に穴が開きそうなレベルで皆が忙しくしてた。

 そのせいで放課後遅くまで残っていた…なんてことも一度や二度では済まない。

 

「レイヴェルさん。新しい学校生活はいかがですか?」

「とても充実してますわ。なんたって、愛しの加奈さんと一緒の学び舎で過ごせるんですもの。これ以上の幸せなんてありませんわ」

「そうですか。それは良かったです」

 

 ソーナとレイヴェル。

 二人揃ってニッコリ笑顔を浮かべてはいるが、その間には激しい火花が散っていた。

 その原因である加奈には、全く見えていないが。

 

「にしても、まさか八皇先生が生徒会の顧問になるなんてね。聞かされた時は普通に驚いたよ」

「これから先、彼女達をサポートするには、顧問になるのが一番確実だと思いましてね」

 

 あの騒動の後、八皇は宣言通りに駒王学園に教師として赴任し、そのルックスと穏やかな性格、教師としての優秀さが相まってすぐに学園の人気者の一人に。

 それからベリアルの提案で生徒会の顧問となってソーナたちを支え続けている。

 

「匙もお世話になっていますからね。本当に柊先生には感謝しかありません」

「うぅぅ……」

 

 椅子に座って真っ白に燃え尽きている匙。

 それだけで、八皇の補習授業がどれだけ凄いのかを物語っている。

 

「そうそう。実は皆に差し入れを持ってきたんだよね。良かったらどう?」

「加奈さんからの差し入れっ!?」

 

 加奈が手に持っている袋を掲げると、ソーナの表情が劇画調になり、生徒会メンバーの動きが止まって袋に視線が注目する。

 

「ち…因みに、その中身は…?」

「さっき料理部の部室を借りて作って来た『アップルパイ』だよ。勿論、出来たてほやほや」

「私もお手伝いしましたのよ!」

 

 何故か加奈よりも自慢げに胸を張るレイヴェル。

 二重の意味でソーナに喧嘩を売っていた。

 

 そんな意図なんて全く知らない加奈が、テーブルの上に袋を置いてから、その中に入っている箱をゆっくりと開くと…中から甘酸っぱい香りが部屋いっぱいに溢れ出る。

 時間が時間なので小腹が空いていた皆の鼻孔を刺激し、涎が止まらなくなった。

 

「これは見事なアップルパイ…加奈さん。暫く見ない間にまた一段と腕を上げましたね」

「へへ…それ程でも…あるかにゃ?」

 

 照れながらも謙遜はしない。

 実際、本当に美味しそうなのだから誰も何も言わない。

 

「つ…椿姫! 急いで紅茶を!」

「分かりました、会長」

 

 副会長の椿姫が全員分の紅茶を用意している間、加奈はプラスチックのナイフでアップルパイを人数分に小分けにして、予め持って来ていた紙皿に盛っていく。

 生徒会メンバーはソーナの眷属で構成されているのでそこそこ人数が多いが、加奈はそれを見越して割と大きめのパイを作っていて、全員にちゃんと行き渡っても満足できる大きさにはなっている。

 

「相良先輩…マジでスゲーっす…! つーか、アップルパイって作れるんスね…。俺、店で売ってるのしか食った事無かったッス」

「材料さえあれば誰でも作れるよ? それに、アレンジすればミートパイとかピーチパイ、ブルーベリーパイとかも作れるし、かなり汎用性が高いんだよね」

 

 話している間に全員に紅茶が行き渡り、いただきますの声と一緒に皆がパイを食べていく。

 口に入れた瞬間、八皇以外の全員の顔が満面の笑みに変わる。

 

「お…美味しい…♡」

「リンゴも程よく歯ごたえが残っていて…」

「皮がパリッパリ…」

「非の打ち所がない美味しさ…♡」

「もうお店で出せるレベル…というか、お店超えてるかも…」

 

 皆の満足そうな顔を見ながら、加奈もまた一口。

 うんうんと頷きながら、味に満足していた。

 

「良い感じ。これならお義父さんやアブデルに出しても大丈夫そうだね」

「でしょうね。味も完璧です。もう私が教える事は無いかもしれません」

「いやいや。まだまだ八皇先生から教えて欲しい事は山ほどあるよ?」

 

 荒事が嫌いな加奈ではあるが、かといって向上心が無いわけではない。

 寧ろ、好きな分野ならば誰よりも夢中になって勉強したがる。

 料理もその一つだったりする。

 

「加奈さんが作ってくれたアップルパイ……感無量です…♡」

「そう? そこまで喜んでくれると、こっちも頑張った甲斐があったってもんだ」

「美味しいのは当たり前ですわ。何故ならば、私と加奈さんの初めての共同作業で作ったアップルパイなのですから!」

 

 共同作業の部分を無駄に強調するレイヴェルであったが、そんな事が気にならなくなる程に夢中で食べるソーナ。

 彼女がここまでお菓子を食べるのに夢中なっている姿を見せるのは初めてだった。

 

「ところでさ、少し前に誰かが駒王町に侵入してきたのって気が付いてる?」

「やっぱり、加奈さんもお気付きでしたか…」

「まぁね。少しでもソーナの負担を減らせればと思って、あれから毎日に渡って使い魔の『フェアリー』ちゃんに町中を見回りさせてるから。それでいち早く気づけたって感じ。というか、口にパイが付いてるから」

「あ…ありがとうございます」

 

 何気ない仕草でソーナの口周りをティッシュで拭く加奈。

 拭いて貰ったソーナの方が何故かドヤ顔をして、それを見たレイヴェルが密かに悔しそうにする。

 そして、八皇は温かい目で少女達のやり取りを観察していた。

 

(青春ですね~…)

 

 青春の一言で済めばいいのだが。

 

「お…おほん。私も、駒王町の土地神の方々から色々と情報を貰っていまして、念話にて教えて貰いました」

「土地神が気が付いたって事は、お義父さんやお義母さん達も気が付いてるね。八皇先生はどう?」

「勿論、気が付いてましたよ。流石に町全体ではありませんが、駒王町の要所要所に感知型の結界を張っておきましたから」

「いつの間に……」

「この町に初めて訪れた時にです」

 

 伊達に日本神話からエージェントとして派遣されるわけではない。

 どんな時も注意深くしているのが彼なのだ。

 

(この時期にって事は、多分は『あの子達』だろうなぁ~…。けど、この世界で『あの事件』は絶対に起きようがないし…。だとしたら、どういう理由でこの町にやって来たんだろう?)

 

 またぞろ面倒くさい予感がしながらも『なんとかなるか』と気楽に構えていた加奈であった。

 

 余談ではあるが、家に帰ってから作ったアップルパイは皆に非常に好評で、あの無表情なベルゼバブに満面の笑みをさせていた。

 

 

 

 

 

 

 




書きながら思いました。

これは4話ぐらいで終わるな…と。

本当は3話ぐらいで終わらせたかったんですけどね。

後ついでに、祐斗君も今回の話でNOT救済になるかもしれません。




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面倒くさいので、リサイクルをする

久し振りの投稿。

これに関しては、今回が今年最後になるかもです。







「ん?」

 

 生徒会室で寛いでいると、いきなり私のスマホに着信が。

 誰かと思って見てみると、相手は義父さんだった。

 

「もしもしもしもし?」

『もしもし加奈かい?』

「いきなりどうしたの? お義父さん」

 

 私の言葉を聞いて、生徒会室が一気に静まり返った。

 八皇先生以外の皆が緊張したかのようにこっちを凝視している。

 そりゃ、通話相手が校長先生なら緊張もするか。

 

『もう気が付いているとは思うが、駒王町に何者かが侵入してきた』

「うん、知ってる。私だけじゃなくて、ソーナや八皇先生達も気が付いてたよ」

『流石だな。その者達なのだが、実は教会から派遣されて来た者達のようだ』

「教会から…。しかも複数形ってことは、相手は一人じゃないってこと?」

『うむ。相手は二人組で、年の頃は加奈たちとそう変わりが無い少女達だ』

 

 一応は知っているけど、ここは敢えて知らない振り。

 その方が情報を引き出させやすいしね。

 

「あ…ちょっと待って。今からスピーカーモードにして、皆で聞けるようにするから」

『分かった』

 

 ちょちょいちょい…ってな。

 はい。これで皆で仲良くお話が聞けますよっと。

 

「もういいよ」

『うむ。それでは改めて……』

 

 ついさっき私に言った事を皆にも話す。

 八皇先生は微動だにせず、他の皆は真剣な表情で聞き入っていた。

 

「教会からの使者…一体何が目的でこの町に…?」

『それについては本人達から聞いた方がいいだろう』

「ベリアル殿…いや、相良校長は何も御存じないのですか?」

『…実は、彼女達が町に入ったと同時に私の元に一通の電話があった』

「相手は?」

『ミカエルだ』

「わぉ……」

「天界の誇る4大天使の一角…!」

 

 ミカエルさんは私もよく知っている。

 うちの義父さんの昔馴染みであり、アブデルにとっては目の上のたんこぶでもあるらしい。

 なんでも、コミケの時期などに天界から地上に降りようとすると、いつもそれを阻止しようと現れるからだとか。

 だが、別の意味で腐ってもアブデルはこの世で最も神に近い存在である熾天使。

 幾ら超絶有名とはいえ、下から二番目の大天使じゃどんなに足掻いても食い止められる筈が無い。実力が余りにも違い過ぎるから。

 単純な実力じゃ絶対に敵わない代わりに、口喧嘩では互角らしく、その時の腹いせによく出会い頭に説教をしているのだとか。

 

『彼…いや、今は彼女か』

「ミカエルさん、また性別を変えてるの?」

『それがミカエルにとって数少ないストレス発散法らしいからね』

 

 天使は基本的に性別の概念が無く両性具有とされている。

 よく絵画とかで描かれている天使も、裸なのに局部が描かれてない事があるでしょ?

 つまりはそーゆーこと。どっちもあるし、どっちも無いってわけ。

 だから、天使の人達はその気になればいつでも男性体にも女性体にもなれる。

 ミカエルさんの男性体は金髪碧眼の超イケメンだが、女性体になると一変して黒髪ロンゲでスタイル抜群の美少女へと変貌する。

 だけど、どれだけ美少女でもアブデルは好きになったりしない。

 本人曰く『見た目だけならば間違いなく好みの美少女だが、中身がミカエルだと考えると一瞬で萎える』とのこと。

 男心は複雑怪奇ですな。

 因みに、アブデルもその気になれば女性体に変身できるらしいけど、何があっても絶対にしないと公言している。

 

 余談だけど、神話の時代ではルシファー義母さんとミカエルさんは犬猿の仲だったらしく、よく死闘を繰り広げていたとか。

 けど、今じゃミカエルさん的には義母さんに対して友情のような愛情のような複雑な感情を抱いている…とアブデルが言ってた。

 

『そのミカエルから軽い概要程度は聞かされたが、それだけだ。故に…』

「その人達から聞いた方がいい…ってワケね。りょーかい」

『彼女達は真っ直ぐと駒王学園へと向かってきている様子だ。恐らく、この学園に私を始めとする悪魔がいる事を知っているんだろう』

「という事は、彼女達は校長先生の所へ…?」

『来るだろうが、流石に学校関係者じゃない人間を無断で校舎内へと入れてしまったら混乱が引き起こる可能性がある。そこで…』

「その前に、我々がどうにかするのですね?」

『あぁ。その気になればどうとでも出来るが、良い機会だ。君達の将来の為にもこういった事は今のうちに経験しておくべきだろう。ミカエルもそれには同意していてね。今回の事は全て君達に一任しようと考えている』

「私達に…ですか?」

 

 これまた大変なことになってきたな…。

 けど、彼女達の目的ってまず間違いなく『アレ』の事だよね?

 原作ならばいざ知らず、この世界線じゃ『前提』からして崩れ去ってるしなぁ~。

 下手をすると、原作以上に面倒なことになりかねないぞ?

 まぁ…『諸悪の根源』たちがいなくなってるから、多少はマシかもしれないけど。

 

『もしも本当に困ったことがあれば、その時は遠慮なく頼って来なさい。いつでも力になってあげよう』

「分かりました」

 

 それまでは自力で頑張れって事ね。

 本当は介入なんてしなくはないけど、今回に限ってはそうもいかないだろう。

 穏便に終わる可能性も無きに非ずだし。

 

「校長先生。僕はどうしたらいいでしょうか?」

『柊先生は、一先ずはこれまで通りに教師として見守る形でお願いします。だが、いざと言う時は……』

「承知しています。その時は一人の音使いとして存分に力を振るいましょう」

『お願いします。では、これで。加奈、頑張るんだよ』

「はぁ~い」

 

 通話が切れた。

 これはもう絶対にやらなきゃいけない流れですね。そうですね。

 手を抜いたりしたら、お小遣いを減らされるかもしれないし。

 それだけは絶対に御免被る。

 

「さて…と。まずは相手さんがどこまで来ているか知っておかないと。ドライグ」

『どうした?』

「ドライグってさ、確かウチのフェアリーちゃんと視覚を共有できたよね?」

『出来る…というか、現在進行形で共有しているぞ。お前の使い魔であるならば、俺とも繋がりが出来ているからな』

「じゃあさ、さっき話してた子達がどこまで来ているとか分かる?」

『分かるぞ。ちょっと待ってろ』

 

 ここでドライグが再び静かになる。

 戦闘以外でも意外な活躍をしてくれる頼れる相棒になりつつあるね。

 

「加奈さん…赤龍帝にそんな事を頼んでも大丈夫なのですか?」

「全然平気。寧ろ、本人は自分の新たな可能性が見つかった事を喜んでたよ」

「伝説の龍も加奈さんの前では形無しですね…」

 

 それ…八皇先生が言っちゃう?

 私は知ってるんだよ? 先生が日本神話の神様と個人的な契約をしてる事を。

 本気になったら真正面から核ミサイルを叩き落とすぐらいは普通にしちゃうでしょ。

 

『…二つ目の角を曲がった。駒王学園まであと100メートルぐらいか。もうすぐだな』

「時間がありませんね…どうしますか…」

「やっぱ、学園に入られるよりも前にこっちから接触をして、どうにかするのが一番っすよね…」

 

 ふーむ……この学園内で誰にも見られずに内緒の話が出来る場所……。

 ……あ。普通に有ったわ。すっかり忘れてた。

 

「ソーナ。いい事を思い付いたかもしれない」

「本当ですか、加奈さん?」

「うん。この間の一件以来、すっかり皆から忘れ去られてた場所を再利用すればいい」

「皆から忘れ去られてた……」

「場所を……」

「再利用…ですか?」

「うん」

 

 あれ? もしかして皆マジで忘れてる?

 時間もないし、ここはハッキリと言った方がいいか。

 

「旧校舎のオカルト研究部部室のあった部屋。あそこに彼女達を誘導して話を聞こう」

「「「「あぁ~!」」」」

「あそこがあったか……」

 

 生徒会の皆は『その手があったか!』って反応をして、八皇先生に至っては素で手をポンと叩いて思い出していた。

 当然だけど、何も知らないレイヴェルちゃんは小首を傾げている。

 

「旧校舎なら他の生徒も余り近寄らないし、裏口から入る事が出来る。校門に近づかれるよりも先に私達が待ち構えて、言葉巧みに旧校舎へと誘導できればこっちのもの」

「けど、その様子を他の生徒に見られたら不審に思われませんか?」

「その辺りは最悪、魔法とかでどうにかするしかないね。例えば、校舎の窓に認識阻害の魔法をかけておくとか。こう…マジックミラーみたいに」

 

 運動部は基本的に校舎の後ろにあるグラウンドを使ってるから大丈夫だけど、文化部はそうはいかない。

 万が一にでも窓から見られた時の対策はしておくべきでしょ。

 

『相棒。どうやら、その心配はなさそうだぞ』

「どゆこと?」

『俺の記憶が正しければ、確か旧校舎は校門から見て左側の奥に位置している筈だな?』

「えぇ…それであっていますが…」

『奴等、このまま行けば学園の左側の道からやって来るぞ。上手く先回りが出来れば、他の生徒達に姿を見られることなく連中を誘導することが可能だ』

「なんちゅー重畳…」

 

 こんな偶然って本当にあるんだ…凄いご都合主義だ。

 スタンドも月まで吹っ飛ぶ衝撃だわ。

 

「裏口から行けば私達が校門から出ていくところも見られずに済むし、良い事尽くしだよ」

「全くですね。そうと決まれば……」

「急いだ方がいい。もう余り時間は残されていないっぽいし」

「はい。何人かはここに残って、私と匙、椿姫…それから……」

「私も行かないとダメだろうねぇ。お義父さんに言われた以上は」

「加奈さんが行くならば、私も一緒に行きますわ」

「顧問ですから。僕も行かない訳にはいきませんね」

「…決まりだね」

 

 皆で頷くと、ソーナに言われたメンバーだけが立ち上がり、他の皆は今まで通りに自分の仕事を再開する。

 うんうん。こんな時でも自分のやるべき事をちゃんと出来るのは立派だよ。

 

「それでは…行ってきます。ここは頼みましたよ」

 

 ソーナを先頭にして、私達は旧校舎の近くにある裏口まで歩いて行くことに。

 残された問題は、相手がちゃんと話を聞いてくれるかどうかだ。

 まぁ…私はフォローに回った方が賢明だろうね。

 今回、最も試されているのはソーナの方だろうし。

 友達としてそれを手伝うのは当たり前だ。

 あんまり目立たないように、あくまでサブとして頑張りますか。

 主に私の来月のお小遣いの為に。

 

 

 

 

 

 

 




利用者がいなくなった以上、旧校舎は取り壊し…にはならずに、実は加奈が秘密基地にしようと企んでいたりします。
そもそも、そう簡単に取り壊しとか出来ませんしね。






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