二周目提督あふたー (ベリーナイスメル)
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時雨日記あふたー1

 ○月△日

 

 MI作戦が終わって、提督のプロポーズを皆して喜んで。

 あの場にいた皆、当然僕もだけど揃って確信したんだ。

 

 これからの幸せに揺るぎはないって。

 

 提督がいる。皆が生きている。

 あぁ、これがきっと提督が言っていた当たり前なんだって心の底から理解できた。

 遠く、遥か遠くにあったはずの当たり前。僕たちも、きっと提督でさえ手を伸ばし続けて、それでもそれは手に入らないものだと憧憬に終わって。

 望んで手を伸ばし続けた日常だからこそ、手に入いれたと理解できた。

 

 多分、僕達は世界で一番幸せな艦娘なんだろうね。

 そんなことを夕立に話してみたら迷いなく当たり前だよなんて言われちゃって、思わず頬を掻いちゃった。

 そうだね、そうだ。

 

 僕は今、とても幸せ。

 

 

 ○月△日

 

 作戦の事後処理は大変だった。

 流石に大規模作戦の後だったし、他鎮守府との連携だなんだとかもあったから尚更。

 

 でもそんな中提督は墓場鎮守府の皆を集めた。

 

 一つだけわがままを聞いて欲しいって。

 

 何を言ってくれても僕の全ては提督のためにあるんだからなんて思ったりもしたけれど、その時の表情を見て思わず真面目に頷いちゃった。

 すごく、真剣で。まるで今から戦いにでも臨むかのような。

 

 他の皆も同じだった。

 皆を引き連れて前を歩く提督の背中から感じる雰囲気。

 自然と背筋が伸びた。雑談だとか緩んだ空気は欠片も生まれず、ただ提督に続いた。

 

 そうして着いた波止場。

 特に何も言われなかったけど、出撃するのかななんて思った時。

 

 提督は静かに海へと瓶を流した。

 

 少しだけしか見えなかったけれど、中には紙が入っていたと思う。

 ボトルレター、っていうやつなのかな? だとするのなら誰に宛てた手紙だろう。

 

 それを、三つ。

 

 一つ一つ、ゆっくりと、時間をかけて。

 

 流し終わった提督は、軍帽を脱いで胸に、黙祷を捧げて。

 

 この行為に、どんな意味が込められているのか。

 それは多分誰にも理解は出来なかったと思う。けど、これが提督にとってとても大切で、しなければならない行為だというのは理解できた。

 だから僕たちは図ったわけでもなく揃って提督に続いて黙祷する。ここへ来て間もない元呉鎮守府の皆でさえ、何かを感じ取って。

 

 どれくらいの時間そうしていたのか。

 少なくとも流れていったボトルが見えなくなった頃、提督は何かを呟いて僕たちに向き直って言ったんだ。

 

 ありがとう、これからも改めてよろしく。

 

 そう言った。

 

 そう言った提督の顔は、きっと初めて見たもので。

 まるで憑き物が落ちたかのような、憂いが全く無いような。

 

 すごく、すごく澄み切った笑顔だった。

 

 たっぷりその顔を堪能した後、僕を含めた何人かが鼻血と一緒にその場へ蹲っちゃったのは、やっぱり余談だね。

 

 

 ○月△日

 

 過ぎた糖分は身体に毒だって言うことは知っていたけど、初めて実感したよ。

 

 ううん、確信はあったんだ。

 本命はきっと僕か龍田、次いで鳳翔さんあたり。

 ある意味誉れみたいなものだからそれは全然、覚悟の上だったしむしろそうなれたことに喜びを感じるべきなんだろうけど。

 

 甘かった。

 それが墓場鎮守府全員の認識。

 

 ある程度人目のあるところだったから尚まずかったんだろう、龍田はしばらく再起不能になった。

 そして次に鳳翔さんが厨房に引きこもってしばらく出てこなくなった。

 僕はと言えば、打ちどころが悪かったんだろう倒れた時の傷は入渠しなければ治らなかった、そして修復完了したというのにしばらく出られなかった。

 

 そしてその間に古鷹が犠牲になって。

 ドミノ倒しって言うのかな? それからは次々と……というか新人の蒼龍と鈴谷まで。

 

 これは地獄だと僕ははっきりわかったね。

 なんてことさ、敵は深海棲艦に非ず身内に居た。

 

 一歩近い。

 

 そうなんだよ、提督、あのボトルレターの後から一歩近いんだよ。おまけじゃないけど自然に触れてもらえる。

 

 これは由々しき事態だよ。墓場鎮守府の終わりは提督からなんて笑えない。

 どれくらい危険かなんて、あの天龍が一日だらしない顔しながらベッドから動けなかったなんて言ったらわかるかもしれない。

 

 望んでいた距離感や関係であったことに違いはないよ? まったくもって理想を描いてる。

 問題だったのは望んでいたはずなのにも関わらず僕たちの心が弱すぎたってこと。

 

 あんまりにも提督が強すぎる。

 

 だって……だってさ! 反則だよ!? 何あの笑顔!? 空母棲姫の爆撃なんて目じゃないよ!?

 そのくせ、そのくせさ!? ボディタッチ! セクハラだよ! もっとして!?

 

 お、落ち着こう……深呼吸をしよう……。

 

 意外ではないけど無事だったのは夕立。そして意外に無事だったのが金剛さん。

 大井さんなんかはそうだね、まだ大丈夫っていう感じかな? あ、艦学の皆はもちろん全滅。

 だからじゃないけど、辛うじて哨戒だなんだっていう出撃任務はなんとかなってるけど……いつまで大丈夫でいられるだろう。

 

 ふふ、チキンレースさ、僕達大丈夫じゃない人が大丈夫になるのが先か、今なんとか大丈夫な人たちが大丈夫じゃなくなるのが先か。

 雨は……いつか降るさ……僕たちの火照った心を癒やしてくれるさ……。

 

 

 ○月△日

 

 誰だい!? 癒やしてくれるって言った人は!!

 

 

 ○月△日

 

 っぽい! 時雨に代筆お願いされたっぽい! 今日も元気な夕立っぽい!

 

 えぇっと、今日の晩御飯は……じゃなかった。

 いろんな作戦後の処理が終わって通常運営に戻ったっぽい。相変わらず出撃任務は控えめになっちゃってるから夕立はちょっと暇っぽい。

 提督さんが言ってたけど、しばらくは海域維持に務めるみたい。海域開放を目的にして開放しても、それを維持できる戦力が足りないみたい。

 いい機会だから他の計画を進めていくよって提督さんは笑ってたけど大丈夫かな?

 

 そんな中、えっと、ドロップ? って提督さんは言ってたけど、浜風と磯風が艦学に入学するっぽい。

 これから一緒にがんばろうねってご挨拶した所だったからちょっと寂しいけれど、頑張ってきて欲しいっぽい!

 

 あとは……そう、呉から来てくれた皆。

 あんまり夕立に難しいことはわからないけれど、夕立達第一艦隊がしたみたいに、各地へ提督さんと回るって話があるっぽいぃ……うう、提督さんの出張は寂しいっぽい。

 訓練なら夕立がしてあげるのにな……私達じゃダメなのかしら? 

 

 こんな感じっぽい? あんまり時雨の日記にたくさん書いてもだめだよね!

 

 

 ○月△日

 

 夕立、ちゃんと日記書けるじゃないか、驚いた。

 

 ともあれ、提督の出張は決定されちゃった。

 名目的には各鎮守府の練度向上って話だけど……それなら第一艦隊や第二、第三艦隊出すほうが良いのにね?

 いや、提督の出張に着いていきたいってわけじゃないよ? 着いていきたいけど。

 

 でも納得せざるを得なかったかな、これは元呉の皆に対する荒療治だ。

 少し失礼な言い方になっちゃうけれど、あの人達は軽い。

 

 珍しいこともあったと言えばそうなんだよ。

 フラワーズ、取り分け那珂が厳しいことを言っているなんて。

 でもその御蔭であの人たちの軽さ……ううん、慢心とも言えるかな? そんな部分があったと気づけたのは。

 大井さんも、それは気づいていたんだろう反論しなかった。

 

 ここに来て、救われた。

 そうさ、ここは艦娘にとっての楽園、だから救われる。だけどそれだけじゃダメだ、僕たちはそれでも墓場鎮守府の艦娘だから。

 分かってる。被害者なんて言い方はあまり好きじゃないけれど、それでもあの人達は被害者だ。

 救われた後、何を為すかが大切で、提督の意志を海へ示し続ける者。

 

 このままゆっくり傷を癒やして、力をつける。

 間違いじゃないんだろうその方法は、だけどそれじゃあきっと誰も救えない。救われた者であり続けて、一生誰かを救えない。

 乗り越えなくちゃいけないんだ、過去を受け止めて前を向く力をつけなくちゃいけないんだ。

 

 だから、荒療治。

 

 それはあの深海棲艦が姿を変えたんだろう浜風と磯風にだって言えるだろう。

 形は少し違うけれど、浜風と磯風は気負いすぎているって思う。

 元々の性分だってあるんだろうけど、それでも、だ。

 深海棲艦だった頃の記憶は無いはずなのに、最初から提督に対して物凄く忠義というか……愛情っていうか……そんなのが深すぎる。くっ、あの悩ましボディめ……!

 

 あ、いや、うんそれは置いておいて。

 

 僕が言えたことじゃないのは分かってるけど、あんまり盲目的過ぎても良くない。

 天龍や僕、龍田……他の人達だって。

 何かを乗り越えた上で、あの提督だからこそ盲目的に信じられる、全てを預けられる。

 深海棲艦だった頃の記憶が無いのなら尚更、多くのことを知った上で提督へそういった気持ちを向けて欲しい。

 

 ……なんて、書いていて思ったけど。

 やっぱり墓場鎮守府は何かを乗り越えなければならないらしいね。

 提督はそのことを良く思ってはないみたい。

 実際出張の話は最初司令長官……いや、もう今は元帥か。軍から依頼って形で出されたときは首を横に振った。

 けれど、最終的に頷いた。

 どうして最後に頷いたのかは、わからないということにしておくね。

 

 唯一言えるなら、すごく那珂が頑張ってくれた、っていうことくらいだ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 日記を閉じて、勝手に出てきた溜息。

 

 MI作戦が終わってから、早くも色々なことが動き出した。

 そんな色々に目を向けたらまだまだ大変だなんて思うけれど、一つだけ大きく違うことがある。

 

 温かい。

 うん、そうなんだよ。不安が全く無いんだ。

 新しい子達には申し訳なく思ったりもするけれど、かつていつも胸の中に巣食っていた怯えはもう取り払われた。

 

 どんな形、どんな軌跡を辿ろうとも、提督がいる。

 

 もう、あの時みたいにはならない。そう強く強く信じられる。

 二度と無様は晒さない、そう僕は誓った。

 

 それに。

 

「ふふっ」

 

 そっと唇を撫でて思い出す。

 大丈夫じゃない僕は、もう大丈夫になったことを思い出す。

 

 本当に、今の日々は幸せの真っ只中で。

 幸せという当たり前を、守られることがとても嬉しくて。

 永遠という言葉は何処にも存在しないって分かってる。

 ついこの間起こった奇跡はもう二度と起きないと確信している。

 

 だから、だからこそ。

 

「あぁ、幸せだな……」

 

 今を精一杯生きる。

 精一杯幸せという当たり前を守り続ける。

 

 そう、僕は提督の命だから。

 



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あらあら龍田さんあふたー①

 あぁ、私は、どうしようもなく提督が好きなんだ。

 

 あのプロポーズが自分だけに向けられたものではないとわかってるわ。

 それでも、それでも。

 提督が笑う度に、名前を呼んでくれる度に。

 鼓動が、気持ちが抑えられなくなる。

 

 けれど残念なことに、残念過ぎる私だから。

 

「ご、ごめんにゃはい!!」

 

「うおっ! ちょ!?」

 

 この距離は不味い、ダメ過ぎるのよ……近い、近いのよ……!

 

 我ながらとんでもないスピードが出たと思う。

 執務室から出て、自室へ一目散。そうしてベッドに飛び込む。

 

「だめだめだめ、提督、だめですだめ」

 

「……はぁ、またかよ龍田」

 

 う、うるさいわよ天龍ちゃん。仕方ないじゃないちょっと好きが止まらないのよ。

 

「き、昨日は天龍ちゃんがこう(・・)だったじゃない」

 

「いやまぁそうだけどよ。流石に部屋以外じゃもうちっとマシなつもりだぞ?」

 

 うー……呆れたように言わないでよ、ほんとに仕方ないんだから。

 

 あの作戦の後、あのボトルレターの後。

 提督は、本当に近い存在になった。っていうのも少し変なんだけど、あれだけ踏み込んでくれなかった一歩を容易く踏み込むようになった。

 十分に、十分すぎるほどに提督は私達へと愛情を示そうとしてくれる。

 

 元から近かった提督。

 物理的にも精神的にもそう。

 その距離でさえあわあわ言っていたんだ、それが更に近くなってしまえばお察しなのかも知れないわ。

 うん、知ってた。

 私のことながら、分かってた。

 望んでいたはずの一歩が叶ってしまえば無様な私が絶対にいるって。

 

「どっちにしろこうなるなら、マシも何もないじゃない」

 

「う……い、いやオレはもう大丈夫だ。慣れた、慣れたはずだ」

 

 嘘ばっかり。

 今日の朝だってそうじゃない、挨拶と同時に肩を叩かれただけで、ひゃん!? とか言って飛び上がってたじゃない。

 

「その目は止めてくれ龍田よぅ……わぁったって、オレの負けだよ。お前のこと馬鹿に出来ねぇ」

 

「よろしい」

 

 まったくもう天龍ちゃんは。

 

 まぁ私達だけじゃないんだけどね、こうなっちゃってるのは。

 時雨ちゃんは言うに及ばず、鳳翔さんと古鷹ちゃんなんかも結構ひどい。

 羨ましいと思えるのは夕立ちゃんで、前と変わらず自然体で提督と向き合えている。

 

 自然体、かー。

 

 もしも提督が今まで何かに抑圧されていたのなら、今がきっと自然体なんだろうね。

 変化と言えば小さすぎるけれど、提督は変わった。

 本当に、時雨ちゃんが言っていたけれど一歩近くなったのよ。

 

 今朝の天龍ちゃんで言うのなら、提督は最初に声をかけてから肩を叩いていたはずだ。それが今は同時。

 この間の鳳翔さんで言うのなら、あーん事件だろう羨ましすぎるわ……。

 

 元から提督のことを異性的に捉えていた人は如実に。ただそれだけの変化で、こうも簡単に一杯一杯となってしまった。

 

「異性、か」

 

「んあ?」

 

「んーん。今更ながらに提督は男の人で、私達は女なんだなって」

 

 本当に今更よね。

 元は軍艦だった私達は今、女の人の身体を持っている。

 (ふね)は女に例えられているから、なのかしら? それはわからないけれど。

 

 自分でも少しどうかと思うのだけれど、提督から伝わってくる絶対に離さないっていう空気。

 かつて絶対に沈めないっていう言葉で示されていたそれは、きっと男女って関係に置き換えてみればそうなんだろうね。

 そしてそれを嬉しく思ってしまうなんて、まるっきり私らしくない気がする。

 

「まぁ、な。オレも……きっとお前や他の奴らも、そういうことを望んでる部分があるだろうよ」

 

「……だよ、ねー」

 

 割合の問題、なのかな。

 慕情、親愛、友愛……色々な形が好意にはあるけれど、取り分け私は慕情が強いって自覚があるわ。

 

 幸せを守りたい。

 今も強く、当たり前に想っている。

 そして提督は私の、私達の幸せを創る人。

 

 だからこそ噛み合う、カチリとそう決まっていたかのように。

 

 私は、提督と一緒に幸せを創りたいんだって。

 

「けどオレは……やっぱそういうのは後だわ」

 

「え?」

 

「AL/MI作戦……ありゃ奇跡って言っていいだろ。そして二度と起こらねぇモンだ。オレ達墓場鎮守府艦娘の弱さってやつが際立った作戦でもあった。まだまだ提督の意志を担うには足りてねぇもんが多すぎる」

 

 弱さ、か。

 そうね、それも、よく分かる。

 

 あの後私達の雰囲気が悪くなったりすることは無かったけれど、もっと私達が色々な意味で強くて、結束していたのなら。

 そんな風に反省もしていた所で。

 

「だからよ、そういうの(・・・・・)は一旦龍田に任せるわ」

 

「……ひゃい?」

 

「何だよその返事は……ったく、分かってんだろ? 提督、結構必死だぜ?」

 

 ……分かってる。

 提督は、自然に近くなったんじゃない。

 何かを振り切るように、負けないように、私達へと手を伸ばそうとしているって。

 

「情けねぇことによ、オレはまだそういう所であいつの支えになれる気がしねぇ。なってやりたい、なってやるって思ってるけどよ。まだオレの刃は海に必要とされすぎてら」

 

 苦笑いしながらそういう。

 きっと、なれるなら今すぐそういう人になりたいんだろうな天龍ちゃん。

 けど今そうなってしまったら、提督にうつつを抜かしてしまう。そんなことを考えているってわかる。

 

 それはやっぱり、私達も同じなんだろうね。

 今までが必死だったから、提督の何かになろうと、一生懸命だったから。

 きっと、奥底で願っていた関係になってしまったら、提督の何かにすらなれなくなってしまう。

 

「だからこそ」

 

「あぁそうだ龍田。お前がなってやれ……いや、なってくれ。お前は盾なんだろう? だったら提督の気持ちも、守ってやってくれ」

 

 自分でも制御できないこの気持ち。

 艦娘としての私は守ること一辺倒。

 

 他に、何が出来るんだろう?

 天龍ちゃんが言うように、提督の気持ちはどうすれば守れるのだろう?

 

 そんなことを、考える。

 

「けど……」

 

「あぁ、まずは」

 

 今の提督に何とか慣れないと、ダメだよね。

 力の入らない脚と腰を眺めながら、そう思った。

 



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ファーストステップ

「どうして霞が第三艦隊に正式所属なんでしょう」

 

「……え」

 

 いつか言われるだろうと心構えはしていたものの、まさか自室で姉からおもむろにとは思っていなかった霞。

 至極真面目な表情を向けてくる姉の朝潮へ少したじろぐものの、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「うん、そう思っても仕方ないと思うわ。私だって那珂ちゃ……さんを筆頭に、他のメンツと比べてもまだまだだって理解してる。だけど、あの艦隊には私が居てこそだって思ってもらえるように――」

 

「え? 違うわ? 霞の実力が足りていないとかそういう意味で言ったわけではないわよ?」

 

 何を言ってるんだろうかと真面目な顔から一転、不思議そうな表情を浮かべる朝潮。

 

 要約してしまえば、これからを見てくれといったことをしっかり話そうとした霞は思わず足を滑らせる。

 

 実際の話、霞が第三艦隊へ正式に所属が決まったことへ異を唱える艦娘は誰も居ない。

 提督は勿論、那珂であったり六駆の全員から推薦もありむしろ歓迎ムードかつ、お祝いムード一色。

 

 そんな中、妬むではないが、羨ましく思っている者が多くいるのも事実で、いずれそういった気持ちをぶつけられるだろうと覚悟はしていたのだ。

 

「霞?」

 

「あーうん。そう思ってもらえてるなら何よりよ、ありがとう。それで? じゃあどういう意味なのかしら?」

 

 ではなんだろうかと、考えてみても思いつかない霞。

 

「え、ええ。言ってしまえば私と霞の違い、かしら。こういってはなんですが、第三艦隊で行動を共にした経験以外に違いが思いつかないの」

 

「違い……なるほど、ね」

 

 朝潮は言っているのだ、墓場鎮守府へ先任の艦娘に比べればまだまだと自覚しているが、霞と自分に大きな差はないだろうと。

 

 確かに第三艦隊として行動した経験があるという面が正式所属決定の一因であることに違いはない。

 しかしながら、朝潮自身第三艦隊としてでは無いにしても、第一艦隊、第二艦隊と共に出撃経験を積み、演習でもそれなり以上に力を発揮できつつある朝潮。

 

 客観的に、誰が見ても朝潮は何処に所属しても十全以上に力を発揮できるだろう。

 

「気持ちは、わかるわ。仮とは言え一応、皆の所属が決まりつつあるもんね」

 

「はい。司令官のお考えがあるとは勿論わかっています。ですけど、やっぱり……」

 

 焦っているのだ朝潮は。

 元呉鎮守府のメンバー以外、言ってしまえば艦学のメンバーは暫定的とは言え所属先が決まりつつある中、自分だけそういった話を貰えていない。

 

「やはりまだまだ足りないものがあるということなのでしょう、精進せねばと思うばかりですが……目標と言いますか、そんなのが欲しいの。これさえクリアできればと。だから、唯一正式所属が決まった霞なら何か思いつく事や見えるものがあるのかなと思って」

 

 真面目な朝潮らしいといえばそうだが。

 思わず頭に浮かんだ提督の顔を殴りつけたい気持ちをこらえるのは霞。

 ちゃんと説明してあげなさいよと心の中で愚痴りつつも、これも一つの狙いなんだろうなと理解が及んでいる。

 

 とは言え。

 

「……わかったってば! そんな顔しないでよ……」

 

「え? わ、私どんな顔してた? へ、変な顔?」

 

 姉の悲しげな表情を見たくないのも事実。

 

 故に、霞は内線用の受話器を取り。

 

「あ、夜分失礼します。えぇと、少しお願いがあって……」

 

「か、霞?」

 

 お節介は誰から感染ったのだろうかと、少し苦笑いを浮かべながら受話器の先へ頭を下げた。

 

 

 

「今日ハよろしくおねがいしマース!」

 

「は、はい! よろしくおねがいします!」

 

「お願いします」

 

 一夜明けて朝。

 朝食を終え指定された場所へとやってきてみればそこにはニコニコ顔の金剛と、やや緊張感を纏った大井の姿があった。

 

 未だに何も聞かされていない朝潮は首を傾げながらもとりあえず頭を下げる。

 

「アハハ、そう固くならないでくだサーイ! リラーックスデース! じゃあ、早速行きまショウ!」

 

「え!? あ、あの!? ど、どこへ行くのでしょうか!」

 

「え、朝潮さん、何も聞いてないの?」

 

「は、はい。朝食後にここへと霞に言われただけで……あぁ、敬称はいりませんよ? どうか呼び捨て下さい」

 

 自分が知らない間に予定が組み込まれたらしいとは理解出来た朝潮。

 居合わせた大井は予め今から何が始まるのかは知っている様子、つまりこれは元々予定されていたことで、そこに自分も一緒することになったのだろう。

 

「じゃあお言葉に甘えて呼び捨てで。えぇと、一応私は元呉艦娘のまとめ役ということもあって、今後へ活かすためにも墓場鎮守府の訓練風景を見学というか、教えて欲しいって言ってたのよ」

 

「そうでしたか。それが今日だったのですね」

 

 そう言えばと今日の全体予定を思い出してみれば、戦闘を見越した出撃は無く、最低限の哨戒任務が入っていただけで、多くの人が訓練予定だった。

 朝潮は本来、午前の哨戒任務にあたるはずであったがそこは霞と入れ替わりになっている。

 

「アンダースタン? 大丈夫デスカ? 大井さんはともかく、朝潮さんはいつもの風景見るだけになってしまっても仕方ありまセン。所々訓練に参加もして貰いますネー!」

 

「はい! 了解しました!」

 

 ぴしりと敬礼を取って頷く朝潮。

 しかしながらこれが自分の疑問への答えになるのだろうかと思う面はある。

 

「では、まず弓道場にゴーデス! 午前中は空母の皆さんが使っているはずデース!」

 

 そうして金剛の後に続き、弓道場。

 中で弓を引くは、鳳翔と五航戦の二人。そして――。

 

「天龍さんっ!?」

 

 真っ先に大井が驚きの声を上げた。

 それもそのはず、今まさに鳳翔の弓から矢が放たれるだろう射線の先に、目隠しをした天龍が立っているのだから。

 

「ちょっ!? な、なんで誰も止めな――危ないっ!!」

 

 慌てて止めようと駆け出すも、一切の遠慮なく真っ直ぐに天龍へ向かって矢が飛び。

 

「――え」

 

 まるで見えているかのように天龍はその矢を躱した。

 それだけで終わらない、続いて翔鶴が、瑞鶴が矢を放ち、やっぱり天龍はいとも簡単に避ける。

 むしろ矢が当たらないことに苛立ちでもしたのか、鳳翔は一度に矢を三本番える始末で。

 

 それも当然のように当たらなかった。

 

「ど、どういう、こと?」

 

 訳が分からないまま呆然としてしまう大井。

 その様子を気持ちはわかると朝潮は小さく頷いた。

 

 いつからだっただろうか。

 天龍は自主訓練と称してこんなことをしている。

 始めは朝潮とて正気を疑ったのだ、そして今と同じ光景を見て大井と同じように呆然とした。

 

「朝潮サン」

 

「はい」

 

 そんな中、金剛は朝潮へ言う。

 

「目隠しは無しで結構デス。天龍サンとチェンジしてきて下サイ」

 

「了解です」

 

「はい?」

 

 言われるがまま、躊躇なく朝潮は一礼した後鳳翔の下へ行った後、天龍と変わる。

 その様を大井は思考停止した状態でただ見守るだけで。

 

「……あの、本当に?」

 

「安心してくだサイ。目隠し無しなら大丈夫ですカラ」

 

 金剛の言葉通り。

 鳳翔達にしてもただ的が変わった程度にしか思っていない様子で、天龍に向けていたものと同じ気迫を発しながら朝潮へと矢を放つ。

 

「ふっ――」

 

「……」

 

 そして避ける。

 時折体勢を崩してしまう様子はあれど、ワンセット30本、きっちり全てを回避した。

 

「もしかして、これ。墓場鎮守府の艦娘なら全員が出来るとか、言いませんよね?」

 

「アハハ、まさか。これが出来るのは天龍サンと朝潮サンだけデスヨ」

 

 ほっと胸を撫でおろす大井。

 

「パーフェクトに、ならデスガ」

 

「……あ、頭が痛い」

 

 実際の所、時雨や川内、神通はこのテの訓練が好きだったりする。

 時折時間が噛み合えば、防具を装着の上で挑戦している光景が見られることもあった。

 ちなみに夕立は苦手らしく、途中で射手に向かって突貫しようとしたことから禁止令が出ている。

 

「大井サンは、これが艦隊行動の役に立つと思いマスカ?」

 

「正直に言って良いのなら、思わないです。これなら海上で弾を撃ち合っていた方がよっぽどと。ですが、実力を知っているだけになんとも言えません」

 

 仮にこれが出来なければ墓場鎮守府に所属出来ないと言われたのなら、こっちから願い下げだと言い返してしまうかもしれない。

 

 だが、大井が持つ理解の外にあるからこそ、理解できないような艦隊行動を取り、信じられないような成果を上げるのだろう。

 だとするのならば、恐らく自分たちは一生墓場鎮守府らしくなれないとも思うし、捻くれた考え方をするのならば、自分から辞退、異動を願い出ろと遠回しに言われているのかとも思ってしまう。

 

 尤も、あの提督がそんなことをするわけがないという確信もあり、捻くれた考えは直ぐにかき消されたが。

 

 つまるところ。

 

「この訓練の意味、ね」

 

 見つけなければならないのだ。自分で、自分たちで掴み取らなければならないのだ。

 海上で行う訓練は十分に理解できる、成果だけ見れば似たようなものをあげる事すらできる。

 でも、先任の皆に届かない。

 

 ならばこの訓練には小さくも、決定的な違いが潜んでいるに違いないのだ。

 

「良いコンセントレーション、デスガ。そろそろ次に行きますヨ」

 

「え、あ、はい。わかりました」

 

 見れば朝潮も空母の面々へ頭を下げて、戻ってくる気配。

 

 ――見つけてみせる。

 

 そう固く心に誓い、大井は次の場所へと歩みを進めた。

 

 

 

 それは例えばアイドルレッスン。

 それは例えば花壇から花畑へと変わりつつある花の手入れ。

 それは例えば道場での組手。

 

「ハァイ! お二人トモ! お疲れ様デシタ! 一旦解散デース!」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました」

 

 中には普段通りの海上演習もあったが、重点的に紹介されたのはそれ以外の訓練。

 

「大井サンは夕食後、フタマルマルマルに私の部屋へ。今日のおさらいをしまショウ。朝潮サンはこの後は自由にして下さいネー!」

 

「了解です」

 

「了解です……あ、あの、金剛さん」

 

 それはつまり朝潮にとってはいつも通りの日だったという事でもある。

 だからこそ何故今更と言えば今更にもこんなことをしたのかがわからない朝潮。

 

「ハイ?」

 

「今日は、その……」

 

 聞くべき、なんだろう。

 わからないことをそのままにしておくことは出来ない朝潮だから。

 

 しかしなぜか続く言葉が口から出ない。

 

「……いえ、何でもありません」

 

 霞は何故今日これに参加させたのか。

 恐らく金剛ならば答えを知っているだろうと思っている。事実金剛は霞のお願いと言う名の提案に理解を示したからこそ頷いた。

 

「フフ、そうデスネ。これは自分でシンキング……いえ、納得しなければならないことデショウ」

 

「納得、ですか」

 

「イエース。ただ一つ言えることは、そんな朝潮さんだからこそ出来る事が、役目があるのデス」

 

 そうなんだろう。

 敬愛する司令官であれば、心底考えずともきっと笑顔で教えてくれる。

 だからこそ、出来ないというジレンマはあるけれど。

 

 金剛がその場を去る。

 場に残されたのは大井と朝潮。

 

「……余計なお世話なのかもしれないけれど。何を悩んでいるの?」

 

「よ、余計なお世話などとは。そう、ですね。きっと、大井さん……いえ、元呉鎮守府の皆さんと同じ悩みなのかもしれません」

 

 力の証明が欲しい、認められたい。

 

 朝潮にしてみれば艦学の面々に置いて行かれてしまっている感覚を覚えているし、元呉の面々とて自分たちの有用性を証明したいとうずうずしているにも関わらず、実力不足を理由に訓練漬けの毎日。

 

「やはり、私にはまだまだ足りないものが多くあるのでしょう」

 

「嫌味にしか聞こえないんだけど……」

 

 朝潮に足りないものが多いのであれば、自分たちは如何ほどかと頬を引きつらせてしまう。

 

「で、ですが。今日の訓練でも、天龍さんの様に目隠しで矢を避けられるわけでもなく、ダンスレッスンでも何度か躓いてしまいました。組手では夕立さん相手に十戦七敗とボロボロです。これじゃあ何時になったら司令官のお力になれるのか……私は……」

 

「いや、それは――」

 

 ふと、理解できた。

 

 墓場鎮守府の、朝潮の最低限というハードルが高すぎて辛いと思ったのは確かだが、何より何故既に十分強いというのにさらなる力を望んでいるのか。

 

「なるほど、ね」

 

「大井さん?」

 

 強くなりたいという欲求の生まれる場所が違うのだ。

 大井の目のまえで首を傾げている少女も、墓場鎮守府で既に活躍している艦娘達も。

 全員が、自分以外の為に強くなろうとしている。

 

「……あなた以外に目隠し無しで矢を全部避けられる人は?」

 

「え?」

 

「ダンスの振り付けをマスターしているフラワーズ以外の人は? 花の種類を全部諳んじられる人は? 夕立に三勝出来る人は? 多分、いないんでしょうね」

 

「え、え?」

 

 同時に墓場鎮守府の朝潮という艦娘に求められているものも理解できた。

 

 恐らく、彼女は何でもできるのだ。なんでも人より少しだけ上を行けるくらいに、プロフェッショナルへ少し届かない程度に。

 だから決まった役割を与えられていないのだ。最高のシックスマンとして存在するために。

 

 なるほど確かに自分で納得しなければならないことだ。

 朝潮は、言ってしまえばどの艦隊にも所属出来るし、どんな役割でも一定以上の成果をあげられるんだと。それこそ朝潮が持つ、誰にも負けない武器なんだと。

 

「墓場鎮守府、か」

 

 改めてとんでもないところに来たと実感した。いや、とんでもない人に救われたと理解した。

 どうして横須賀最強と言われているのかようやくわかった。

 

「救われた艦娘……いつまでもお客様なんかじゃ、ないんだから……!」

 

「あ、あの?」

 

 混乱を増す朝潮を尻目に、どうすれば自分たちが墓場鎮守府を名乗れるのかを思考し始めた大井だった。



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川内!? 川内ナンデ!? ①

「じ、神通? 大丈夫?」

 

「ね、姉さん……私は、もうだめかもしれません……」

 

 この鎮守府で戦い抜ける自分になりたいと決めた心は、今も強く胸で燃えている。

 同じ想いを胸に神通だって日々を邁進しているって確信してる。

 

 けれども。

 

「甘かった……よね」

 

「はいぃ……」

 

 私達はどうやら一つ見て見ない振りをしていたんだって気づいた。

 

 甘かったのは認識。

 尊敬に値するどころか、多分どこを探してもあの人以上の提督はいないなんて思えるほどに敬愛しているつもりだったんだけどさ、本当に甘かった。

 

 どうして提督に対して尊敬、敬愛なんて気持ちを向けるだけで済むと思っていたのか。

 

 道場での訓練から帰ってきてすぐ、真っ赤な顔でベッドに倒れ込んだ神通。もしも漫画かなんかなら、頭から湯気が出ていてもおかしくないし、私だってちょっと氷枕を手放せない。

 

「提督は、ずるいね。間違いない」

 

 高嶺の花だったんだ、私達艦学メンバーからすれば。

 

 なんというか、太陽というか。

 あの人を目印に後へと続けば、必死にでもついていけば、明るい世界が待っているって確信できるようなそんな人。

 

 だから現状については当然なんだろうね。

 太陽が近づいてくれば、誰だって目が眩んでしまうのだから。

 

 さっきの訓練でもそうだ。

 今までなら手取り足取りなんて絶対にしなかった。

 口頭で言いながら、身振り手振りでだったのにさ、あの作戦が、プロポーズが終わってからって言うもののさ、ほんとに接触が多くなったんだよ。

 

「う……」

 

「ね、姉さん……」

 

 危ない、鼻血が……あ、ありがと神通。

 

 正直、下心があるほうが良かったよ。

 もー提督ー、ちょっと触り方がやらしいよー? なんて茶化せるほうが良かった。

 

 いやさ、だってさ。

 あの人めちゃくちゃ真剣なんだもん。

 

 ずるいよずるい、こっちはドギマギしてるのにさ! 何言われたかなんか覚えてるわけないじゃん!

 わかったか? じゃないよ! 変な返事しちゃったじゃん!

 

 そのくせさ……そのくせさ!

 

「うー……神通ぅ……」

 

「はい……提督は、何故少し怯えてるのでしょう」

 

 こっちが嫌がってないかとか、すごく気にしてる。

 触られた腕に、提督の震えていた指の感触が残っている。

 

 冗談でも、振りほどけないよ。

 あの人も、簡単に私達へ触れようとしているわけじゃないんだ、何かと戦いながらなんだってわかる、わかるんだよ。

 

 だから、本当に、ずるい。

 

「力に、なりたい」

 

「……はい」

 

 笑って、震えながら私達に触れるあの人から震えを取り払いたい。

 何故震えるのか、怯えるのかはわからない。けど、私達が大事だっていう想いは狂おしいほど伝わってくる。

 

 ……あぁ、そうなんだ。

 わかった、ようやくわかった。

 

 なんで時雨が、天龍が、龍田が鳳翔さんが那珂が……皆が強いのか。

 これなんだ、この気持ちなんだ。

 

「ちょっと、行ってくる!」

 

「え!? ね、姉さん!?」

 

 恋じゃない。

 尊敬でもない、敬愛でもない。

 

 そんな安っぽい想いで、言葉で括れない。

 

 

 

「提督!!」

 

「お、おう? どしたよ川内」

 

 呼吸が荒い、ちょっと苦しい。

 恥ずかしい、訓練でも実戦でもここまで見苦しくなんてならない。

 

 だけど、それがいいや。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

「どうどうどう……はーい、大きく息を吸ってー」

 

 びっくりするよね、ごめん提督こんな夜分に。

 でもさ、許してね? 私ってば実は夜型なんだ。

 

 だから、言われるがまま大きく息を吸って。

 

「すぅ……――す、好きだよっ!!」

 

「吐い……はい?」

 

「だからさっ! 今から! 夜戦に行きたいな!!」

 

 あぁ、もうめちゃくちゃだ。

 顔は真っ赤だろうな、すっごく熱い。

 

「私さっ! まだ全然強くないけどさ! 天龍や龍田の足元にも及ばないけどさ!!」

 

 でも言おう。

 こんなの自分らしくないなんてわかってる、それでも。

 

「夜戦ならっ! 自信あるから! 絶対、絶対に沈まない! 絶対に帰ってくるから! 安心してほしいから!」

 

 あなたの力になりたいから。あなたのために戦いたいから。

 

「これでも、わ、私! あなたの、およ、およよ、お嫁さんだから! あなたを支える奥さんだから!! 伊達や酔狂で、雰囲気に流されてよろしくおねがいしますなんて言ってないから!!」

 

 触られるのだって全然嫌じゃない、嬉しいんだ。

 一歩踏み出して、適切な距離を築き直そうとしてくれているあなただから。

 

「だからお願い! 私を夜戦に出して下さい!!」

 

 知ってるよ、未だに夜戦を回避してるって。

 わからないわけないじゃん、天龍や龍田でさえ出撃させてないんだもん。

 

 大事にしたいんだよね、失いたくないんだよね。

 けど、今のままじゃ、いつか後悔してしまうから。

 

 私が。

 私こそがその道を照らして切り拓いてみせるから。

 

「……川内」

 

「はい!!」

 

 いつの間にか頭を下げてた。声に顔を上げてみれば。

 

「ありがとう」

 

「あ――」

 

 多分きっと、私は初めて見るだろう本当に、本当に嬉しそうな顔があった。

 

「でも残念ながら却下だ」

 

「う……」

 

 なん、で? やっぱりまだ弱いから? 全然、墓場鎮守府らしくないかな?

 

「あぁ、違う。そういう意味じゃない。周り見てみろ」

 

「え?」

 

 周りを見てみれば……げ。

 

「……いや、うるせぇなと注意しようと思ったんだけどな?」

 

「羨ましい……!」

 

「ちょっと道場行こうか川内、うん。大丈夫、止まない雨はないよ?」

 

「ぽいぽい! やっぱり川内も提督さんのことが好きっぽい!」

 

 第一艦隊の皆様にエトセトラエトセトラ……。

 

「川内」

 

「は、はい!」

 

 うわーすっごく背中に冷たい汗と冷たい視線が……うぅ。

 

「お前を、墓場鎮守府夜戦艦隊、旗艦に任命する」

 

「――!」

 

 夜戦艦隊、旗艦……?

 

「踏ん切りがついたよ、お陰様で。後日、皆の中からメンバーを選抜して通達する。だから、今からってのは却下な? あぁ、意味深なほうの夜戦なら歓迎するぞ?」

 

「いいい!? 意味深!?」

 

 意味深ってあのその! だ、だめだよ! お風呂まだだよ!? 汗臭いよ!? そういう趣味!? というかまだ式も挙げてないからね!? 婚前交渉はだめだよ!?

 

「まぁそんなわけで、時雨。ちゃんと手加減はするんだぞ?」

 

「うん、任せてよ。じゃあ川内はちょっとこっちにね?」

 

「え、あ、え? あぁあああ……」

 

 ひ、引きずられるぅ……時雨ぇ、勘弁してよぅ、ごめんなさいぃ……!

 

 でも。

 

「……うん、ありがとうな」

 

「……へへ」

 

 手を握って、小さく言ってくれたその言葉。

 私、絶対忘れないよ。



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