二周目雪風は人間に戻りたい (ベリーナイスメル/靴下香)
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プロローグ
始まりの海は唐突に


 大きくなったら艦娘になる。

 

 それは言うなら大人になったらお父さんのお嫁さんになるとか、マジカルな少女に変身するとか。

 子供らしい無邪気で無垢な将来の夢だったと思う。

 

 過去艦娘になりたいなんて思わなかったけど、周りに居た友達の何人かは確かにそう言っていた記憶がある。

 ちょっと冷めていた私は物知り顔で言ったもんだ、戦いは何も産まないよなんて。

 だけど言う度に微妙な視線を返される、何言ってるんだこいつは、白けさせるなよと咎められる。

 それくらい、当たり前と言っていいくらい平和でありふれた願いだったんだろう。

 

 権利が義務へと変わる瞬間を知っている?

 大げさだけど、その瞬間に立ち会った私は割と絶望したもんだ。

 

 夢は、何だっただろうか。

 なんとなく四葉のクローバーを簡単に見つけられる私だから探検家になって金銀財宝見つけて一攫千金、とか幼い時分に言っていた記憶があるけれど。

 現実を知り始めた私は会社へ勤めて、お茶汲みは性に合わないから実務職にでもなれたらな。なんて漠然と思うくらいには普通へ埋没していた頃。

 

 ――あなたには艦娘適性がある。

 

 そうだ、健康診断にそういう項目が増えたんだ。

 なんだかわからない、子供の頃テレビだったか見た覚えがある艤装ってヤツをつけられて言われたんだ。

 いつからかテレビで流れなくなった艦娘の演習光景とか、深海棲艦を倒すために出撃するシーンとか。

 久しぶりにソレを見た。だからすっかり忘れていて。

 

 そう言えば、今この国は戦時下にあったんだっけ。

 なんてことを思い出した。

 

 そして、非常に残念なことに。

 艦娘になりたいと言っていた友達がなれなくて、絵にも夢にも描いてなかった艦娘になる将来ってやつへ向かうことになった。

 

 あぁ、嫌だな。

 何が嫌かって? そりゃ戦いなんて性に合わないのはもちろんだけれど。

 

 ――帰ってきたら何か奢ってね、いってらっしゃい。

 

 なんて、戦いへ行くというのに随分軽く送り出してくれた友達を、何処か狂気的に思えてしまったのが一番嫌だった。

 

 

 

「――!」

 

 覚えているのは白。

 感じるのは微かな痛み。

 

「――っ! ――てっ!」

 

 あぁ、私はどうしたんだろう?

 身体が少し重い、自分以外の重さを感じるし、何なら身体を揺さぶられている気がする。

 手には水の感触と、口の中に広がっている塩っ辛さ。

 

「起きてっ! こんな所で寝てるんじゃないっ! 起きろっ!」

 

「――っ!?」

 

 凛々しいと言うには幼さが多分に混ざった声で意識が浮上しきった。

 

「良かった……! ったく! 保安部と調査部は何をやってるのよ」

 

「あ、え……わ、たし……?」

 

 どうやら怒っているらしい眼の前の少女。

 ただどうだ、何かがおかしい。

 

「混乱、するのも仕方ないか。たかが長距離航海練習でコレだもんね」

 

「陽炎っ! どうしますか!? 指示をっ!」

 

 少し離れたところで……あれは、何? 黒色の髪が、何に照らされているんだ?

 いや、分かってる。それを私は知っている。

 だってそうでしょう? 私も、同じものを持っているのだから。

 

「一旦退くわよっ! あれはハグレじゃない! 新人引き連れて戦っていい相手じゃないわっ! 不知火は殿、黒潮は私達を先導して!」

 

「了解っ!」

 

 威勢の良い声だ、まるっきり少女だって言うのに。

 ピンク髪の子がとりあえず一発って具合で放たれた……そうだ、砲撃だ。発射のマズルフラッシュっていうのだろうか、はっきりピンクとわかる位に照らされる程の光。

 その子の狙いは正確で、しっかりと遠目に見えるナニカへと吸い込まれる。

 

「ぼーっとしてないの。立てる?」

 

「え、は、はい!」

 

 少し焦ったように手を取られ引き上げられる。

 それでようやく横たわっていたってことに気づいたくらいにはまだまだ混乱している私。

 

 どうして今、こんな所にいるのだろう?

 こんな、明らかに、戦いの最中だって、知らない私でもわかるくらいの場所に。

 

「良い? まだ慣れないだろうけど頑張って。練習でやった海上走行を思い出して。戦いは私達が引き受ける、あなたはただ全力で生きて帰ることだけ考えなさい」

 

 立った私の肩をギュッと掴まれて。

 海上走行って言われてようやくここが海の上だって理解して。

 

「りょ、了解っ!」

 

「よし! 良い返事! あぁ、そうだ言い忘れてた」

 

 反射的にだろう、不思議と了解なんて友達とふざけ混じりに使っていた言葉が至極真面目に喉から出て。

 

「ようこそ戦場へ、歓迎するわ雪風(ルーキー)

 

「――っ!」

 

 わけがわからないまま、今私は戦場にいるんだと言うことだけ理解できた。

 

 

 

 海をかき分ける、いや、海を駆けると言ったほうが良いのかな。

 足から艤装越しに伝わる感触は悪いものじゃあないけれど。

 

「――」

 

 少しだけ前を走っている陽炎さんから時折送られる視線に申し訳無さがすごい。

 わかる、相当加減して走ってくれていることが。

 多分、その気になれば今の倍はスピードが出せるんだろう、自覚は無いのかも知れないけれど、振り返ってくれる度に焦燥感が募っているってわかる。

 

 それもそうだ、陽炎さんの更に先を走っている黒潮さん、だったか。それに最後尾を務めてくれている不知火さん。

 私が上手く走れないせいで余計な負担がかかっているってことくらい、ズブの素人である私だって理解できる。

 

「はぁ……っ! はぁっ!」

 

 それでも精一杯なんだ。

 どうすれば早く駆ける事が出来るのかなんてわからない。

 むしろこうして転けたりせず走れてることに驚いているんだ。

 

 だってそうでしょう?

 大きい波に乗ればすぐ先はちょっとした絶壁だ、再び海に着水する前に感じる一瞬の浮遊感へいちいち嘔気がこみ上げる。

 これじゃあ普通に陸地を走っている方がよっぽど速いとすら思えたんだから。

 

「っ!」

 

 でもそれ以上に周りから伝わってくる……嫌な感じ。

 一瞬でも気を抜けば……想像したくない。

 さっきからビンビン感じるんだ、ヤバいぞって、頭の中で何かが囁いている。

 

 だから予想は出来ていなかったけれど、多分その何かは確信していた。

 

「っ!! あかんっ! 陽炎っ! 抜かれてまうっ!!」

 

「ちぃっ! 大丈夫! 私がなんとかする! 黒潮はそのまま!!」

 

 駄目だ駄目だ駄目だ。

 マズイ、それはマズイ、ダメだダメ過ぎる。

 

 身体が自覚なく震える。

 いつの間にか手に持っていた砲がカタカタと音を立てている。

 

 怖い。

 なんでこんなに怖いんだ。

 ここは海だ、そして陽炎さんは艦娘で、きっと私も艦娘だ。

 

 なら出会う敵って言うのは――

 

「こんのぉっ!!」

 

 ざぱんっ……と、ソレは姿を現した。

 同時に陽炎さんの主砲が火を吹いた。

 

 だけど。

 

「――雪風っ!!」

 

「っ――ぎ、ぃ――!?」

 

 痛い、痛い痛い痛い!!

 

 何をされた? アイツは何をした?

 口みたいな所から覗いた何か。そこから発射されたのは?

 

「あ、あ……」

 

「雪風!? 撃――いや、逃げて! ビビってるんじゃない! その場から離れて!! 動いて!!」

 

 あぁ、ムリ。

 ムリですって陽炎さん。

 

 これ、怖すぎるし痛すぎる。

 

 ほら、なんだか目の前が暗くなってる。

 あれでしょ? 脳が受け取り拒否してるんだ、初めてのはずだけどわかった。

 もういっぱいいっぱいなんだ。わけがわからないよ。

 でも良い末路なのかも知れない、だって私は――

 

 ――雪風は……沈みませんっ!!

 

 あれ? 誰が言ったんだろう?

 なんで私の身体は勝手に動いているんだろう?

 

 まぁいっか。

 これはきっと夢だ。悪夢だ。

 目を覚ませば、変わらない机に光景が待っているはずなんだ。

 

 だから――。

 

 

 

「――っは!?」

 

 今度は、何も感じなかった。

 重たいと思える布団に感謝して、見覚えの無い場所に落胆する。

 

「ここ、は……?」

 

 病院だろうか? あれが現実だとするのなら、私は大概の怪我をしているはずで。

 まさに一晩かそこいらの僅かな時間で治療が完了するわけがない。

 

 周りと自分の身体を確認してみれば、既にあの艤装って言うのは身体に纏われていない。

 つまり……あぁ、そうだ、あれは夢だった、そうだそうに決まってる。

 だから艤装なんて物があるはずはないんだ、そう、これが普通なんだ。

 ここが何処かわからないけど、多分あれだ、過労とかそんなんだ、現代学生は色々忙しいんだそうに決まってる。

 

「よ、よかった……よかったよぅ……」

 

 わけもなく震える身体を抱きしめて。

 

「あ、れ……?」

 

 抱きしめた腕越しに感じる、膨らみの足りない胸に違和感を覚えた。

 

 こういっちゃ何だが、私はそれなりに良いプロポーションを自認している。

 少なくとも、両腕で身体を抱けば、押しつぶされる胸の柔らかさは、こんなもんじゃない。

 

 まさかここにいる理由は胸を萎ませるための手術か何かをしに来たためだろうか。

 

 いやいや、流石に馬鹿らしい。

 でも、なんだろう、私は、こんなに小さかっただろうか。

 

 胸だけじゃない、手も、足も。

 記憶にある自分の身体からは、随分と巻き戻っている。

 成長は遅い方だった私だから、それだけによく分かっている。

 

「ま、まさか、ね?」

 

 都合よく、いや、悪いのか。

 視界の隅に鏡が映った。吸い寄せられるようにベッドから降りて、おぼつかない足を運んで。

 

「……これ、誰……?」

 

 映る人物に目を曇らせた。

 

 鏡に映った人が誰かわからない。

 私じゃないはずだ、いや断じて私では無い。

 

 だって言うのに、鏡の人は私が今浮かべているであろう表情そのままを描いていて。

 どうしようもなく、ソレが自分だと訴えかけて、示していて。

 

「陽炎です、入るわ――って、もう起き上がってるし。大丈夫なの?」

 

「かげ、ろう……さん?」

 

 あぁ、夢じゃなかった。夢じゃなかったんだ。

 物騒な武器の代わりに、なんだろう果物を持っているけれど。

 この人がいるっていうことは、紛れもなくさっきの海は本物ってことで。

 

 戦場に立っていた事実に、偽り無かったということだ。

 

「嘘だ、うそだ……!」

 

「ちょ、ちょっと!? 雪風!? 一体どうしたの!?」

 

「違うっ! 雪風じゃない! 私は、私は艦娘なんかじゃない!!」

 

 持っていたのはリンゴ。

 近寄ろうとした陽炎さんを振り払ってこぼれたのは赤い果実。

 

 認められない、認めたくない。

 私は艦娘になんかなっていない。

 

「……不知火」

 

「何かしら?」

 

「司令に報告、雪風は……ううん、記憶に混乱が見られるって」

 

「……わかったわ」

 

 地面は冷たい。

 両の手のひらから伝わる感触は、冷たく嘘なんかじゃないと伝えてくる。

 だけど嫌だ。

 艦娘ってことは、またあの場所に行かなければならないってことだ。

 

 怖い。

 あんなに痛くて、怖いのに。

 また、戦わなければならない。

 

「自己紹介がまだだったわね」

 

「……」

 

 自己紹介? 何を言ってるんだこの人は。

 そんなもの必要ない、私は帰る、帰らせて。

 

「陽炎型駆逐艦ネームシップ、陽炎。そしてここでは第一駆逐艦教導隊長、陽炎よ。当面、雪風であるあなたの面倒を見ることになってる」

 

「私は、私は……」

 

 そんなのどうでもいい。

 雪風? 知らない、私はそんな名前じゃない。 

 

「残念だけど、人類で初めて、ようやく見つかった雪風の適性を持つあなたは、きっと解体されることはないと思うわ」

 

「解体……? 解体されれば、元に、戻れる?」

 

「受けられたらね。ただ私達は艦娘の適性でもって艦娘になって……戦いを望まれている艦娘。今の所生きるか死ぬか、その二つしか道が無いっていうこと。そして――」

 

 項垂れている私の頭に何かの感触。

 

 それは、とても温かくて柔らかい。

 

「どうであれ、やっと会えた雪風()が沈む未来になんて向かわせない。あなたは生きるのよ、当面かずっとか……雪風として」

 

 そんな中、希望を感じて良いのか、絶望を感じるべきなのかわからない言葉を、陽炎さんは言った。

 見えないはずの鏡で、知らない私が今の私とは違う表情を浮かべているって、妙な確信の中で。



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ズルから始める艦娘生活

 館内、と言うべきだろうか放送が流れてから。

 力の入らない身体を文字通り陽炎さんに引きずられて向かった先。

 

「――陽炎、記憶に混乱が見られると聞いたが? 初戦闘後の一時的な混乱ではないのか?」

 

「はい。ゆきか……ううん、彼女は自分が艦娘であることを受け入れていないように見える。ロック装置の不具合かどうかはちょっと判断がつかないけれど……だからこそ」

 

 視界の隅で敬礼を交わしあった二人が続けた会話はそんなの。

 ロック装置の不具合?

 何でも良い、何でも良いから家に帰らせて欲しい、ただそれだけ。

 

「しかし先の戦闘報告書。雪風は新人にそぐわない程の戦果を出して戦ったんだろう?」

 

「ええ……正直、雪風の奮戦がなければ私か、黒潮……不知火の誰かは確実に沈んでいたわ。あの海域に深海棲艦が現れるなんて思ってもなかった」

 

 雪風が戦った? 私が戦った?

 そんな覚えはまるでない。あぁ、でもそう言えばあの時、私を含めた全員以外の声を聞いたような気がする。

 

「深海棲艦が何故現れたのかは調査中だ、分かり次第改めて連絡する。しかし、そうか……やはりフォーナインは伊達ではない、ということか」

 

「それはわからない。けれど、まずは彼女を」

 

 陽炎さんが一歩退いて、変わりに近づいてきたのは……好々爺然としているくせ、やけに厳しい雰囲気を纏った初老の軍人さん。

 

 そっか、艦娘は軍人……ううん、少なくとも軍に属する存在だ。

 そんな人が集まる場所なら、軍人がいたっておかしくはないもんね。

 と言うかここ何処だろう? ……わからない、今の私にはわからないことが多すぎる。

 

「さて雪風、こうして言葉を交わすのは初めてだな? 私はここ、横須賀方面第一駆逐艦艦娘養成所の責任者だ。よろしく頼む」

 

「……はい」

 

 怖い。

 微笑みをここまで怖いと思ったのは初めて。

 初めて軍人と話をするって言うのはもちろんなんだけれど……なんと言うか、有無を言わさないというか。妙な迫力がある。

 

「艦娘化が志願制から一部徴兵制になって久しい。そして雪風、貴様は確かに徴兵された人間だ、戦いを、艦娘化を望まぬ心があることは理解できる。だがこれも国のため、その身を役に立ててはくれないか?」

 

「……」

 

 これは説得、じゃあないね。

 なるほど、軍人は無駄を嫌うっていうのは本当らしい。

 何故私が艦娘を嫌がっているのかとか、なら妥協案を一緒に探そうだとか。

 そんな優しさを私は期待していたんだろう、それをまるっと無視して戦えと言っている。

 

「わかった、そんな目をするな。では何処まで事実を認識している? 陽炎が言ったことを考えるなら、何から話をするべきかわからない。ならば先ずは覚えていることを話してくれ」

 

 そんなことを言われてもね。

 正直普通の女の子を満喫していたと思ったら急に海へ放り出されていたとしか言いようがない。

 

 一般人にとって艦娘が近しい存在だって言うのは知っている。

 だけどその詳細は軍事機密だと世間一般に公表されてたわけじゃなかったはずだ。

 私が知っていることなんて、艦娘になったら結構な額の契約金と給料を貰える位。

 

「……やれやれ、では最初から説明しよう。貴様には陽炎型駆逐艦八番艦、雪風の艦娘適性値が認められた。それもとびっきりの高い値だ」

 

「とびっきり?」

 

99.99%(フォーナイン)

 

 割り込むように陽炎さんが私に告げてくれた。

 

 ……何だそれ? というか適性値って何? 私の身体はほぼ艦娘で出来ているとでも言うの?

 

「貴様も知っているだろう一部徴兵の条件。適性値50%を超える人間は艦娘になる義務を負っている。それに従い貴様は雪風になった」

 

 あぁそうだ、確かにそんな法が出来た。

 けれど50%を上回る人なんてそうそういなかったはずだ。

 

「この数値は驚異的という言葉すら安いものだ。恐らく貴様は艦娘化……すなわちロック装置接続手術を受けないでも雪風の艤装を身に纏える可能性すらあったのだから」

 

「私で32%、一番高かった適性値が陽炎でこの値よ。まぁ他のも駆逐艦だったから……一番高い適性値を選んで陽炎になったけどね」

 

 陽炎になった? ロック装置接続手術? 

 というか陽炎さん、32%ってことは艦娘志願者だったのね……。

 

 あぁ、なんだつまり。

 

「私は……艦娘になったの、ね」

 

 それも義務で。

 あぁ思い出した、あの時私を見送ってくれた友達を。

 どうにもこびりついて離れない、狂気的な表情を。

 

「艦娘になれば艤装に適した身体へと変質する。確かに貴様が人間だった頃は今の姿からは想像もつかない容姿の女だった。それが混乱の原因であるならばそういうことだ」

 

「私も貴女の写真を見たけれど……ええ、驚くのも無理はないって思う」

 

 そう、か。そうなのね。

 やっぱり私は、こうじゃなかったのか。

 

 なんと言うか……ファンタジーやメルヘンもびっくりだ。

 きっと私以上に驚いているでしょう……なんて、だめだね、自分の気持ちを誤魔化せられるほどじゃないや。

 

「駆逐艦の適性値を持つ人間は多い。だが、戦いを見込める程の適性値を持つ人間は少ない。この陽炎のように適性値そのもので全ての戦闘力が決まるわけではないが、それでも影響は大きい」

 

「今ではバイト艦娘なんて人もいる。適性値が低いけどお金のために半年、一年って期間契約をして艦娘になって後方任務に従事するって人」

 

 バイトって……ん? そんな契約があるってことなら、もしかして。

 

「人間に、戻れる?」

 

「あぁそうだ、ロック装置解除手術……通称解体を受ければ人間に戻れる。無論、元の身体に戻れることも確認済みだ」

 

「だったら――」

 

「もっとも、貴様がそれを受けられることは当面(・・)ないだろうがな。それほどまでに、戦いを見込める駆逐艦、そして初めて確認された雪風という存在への期待は大きい」

 

 なんてことさ……いや、もうそれしか言葉が出ない。

 わけがわからないままに海で戦って、自分なのに自分の姿を持っていなくて。

 

 悪い夢だったら早く覚めて欲しい。

 でも夢じゃないって、これは現実だって、この人の、陽炎さんの目が言っている。

 突き刺さるんだ、心に。痛い痛いって泣いている。

 

「……当面、っていうのは?」

 

「義務によって艦娘の道を進んだ、いわば兵役ね。それは五年と期間が定められているわ」

 

「つまり五年生き残ることが出来れば人間に戻れる権利を得られるというわけだ……少しは希望が見えたか?」

 

 五年。

 それは長いのか短いのか。

 今はよく、わからない。

 

「少しは落ち着いたか? いや、落ち込めたか? ……ともあれ、だ。アクシデントで戦闘となったが貴様はまだ言うなら訓練兵だ。陽炎指導の下、五年生きられるよう鍛錬を積むように」

 

「司令」

 

「わかっている、貴様までそんな目をするな。……すまんな、こういう言い方しか出来ん」

 

 ……言い方を気にしなかったのは、ううん、気にならなかったのはそんな余裕が無かったからだろう。

 でも別に嫌ってわけじゃなかった。なんでだろう?

 

「……いえ、大丈夫、です」

 

「そうか。ならば今日は下がって休め。予定に変更はない、明日からまた訓練だ。陽炎」

 

「了解」

 

 気持ちは落ち着いた。いや、言葉を借りるならようやく落ち込むことが出来た、かな? それとも無気力が過ぎて、何も感じられないのかも。

 

 そんな私は、この部屋へ来た時と同じように、陽炎さんに手を取られてここを後にした。

 

 

 

「……頭、痛い」

 

 ――今日は難しいかも知れないけどゆっくり休んでね。

 

 そんな陽炎さんの言葉で終わった一日。

 もうなんて言うか、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

 驚異的な適性値? フォーナイン?

 バカバカしい、義務だからってなんで戦わなければならないんだ。

 昔の言葉を思い返すなら戦いなんて何も産まないんだ、失うばかりで何一つ良いことなんてない。

 

 それに。

 

「……やっぱり、ない」

 

 辛うじて覚えている、忘れたい傷。

 右肩に奔った痛みを覚えている、そして今は何事も無かったかのようにきれいさっぱり。かつての私なら羨んだろうたまご肌。

 

 怖い。

 何時間も経っていないはずなのに、こんなに早く治っていい傷なんかじゃなかったのに。

 自分の身がそうして言っている。

 

「私は、人間じゃ、ない」

 

 そう告げている。

 

 事実は震えとなって私を苛む。

 だってそうでしょう? 私は、少なくとも私の記憶にある私は人間だったんだ。

 気づけばこんな身体になっていて、雪風なんて呼ばれていて、艤装なんてよくわからない兵器を身に着けて海を走ることが出来る。

 

 ありえない。

 そんな人間、いるわけがないんだ、居てはならない。

 

「う……あぁ……」

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。

 戦いたくなんかない、死にたくもない。

 

 一体何のために戦うっていうんだ、戦わなければならないんだ。

 国のため? そんな愛国心生憎と持ち合わせていない。戦えない友達のため? 嫌だよやめて、そんな重荷が戦う理由になんてなって欲しくない。

 

「……ごめんなさい」

 

「え?」

 

 涙を枕で誤魔化そうとした時、そんな時。

 

「やっぱり、間違っているっていうのはわかっていたんです。でも、それでも」

 

 目の前に現れたのはちみっこい何か。

 ふよふよと浮きながら、沈痛な表情を浮かべている存在。

 

「あなた、は……?」

 

「はじめまして……っていうのは変な感じです。久しぶりという方が良いのかも知れません。私は……未来のあなたです」

 

 未来の私? 何言ってるんだこの……ええっと? 

 

「艦娘は妖精の姿が見えます。艤装に宿る妖精、工廠で作業する妖精……様々な妖精が居ますけど、私は、未来で終戦を迎えることが出来たあなたです」

 

「妖精」

 

 いやもう何なんだ今日は。

 嫌過ぎる現実に精神がやられてしまったんだろうか。豆腐メンタルを自覚してはいたけれど、こんなにも脆かったのか。

 

「あぁっ!? だ、だめですっ!?」

 

「やめて離して多分もう私壊れてる」

 

 もうゴールしても良いんじゃないかな?

 どうせこれから先に希望なんてない、だったら今――

 

「人間に! 戻りたくないのですか!?」

 

「――っ」

 

 そんな言葉で壁へと打ち付けようとしていた頭が止まった。

 

「人間に、戻れる?」

 

「……私は、取引をするためにここへ帰ってきたんですよ、ユキさん」

 

 ユキ。

 あぁ、そうだ、それは私の名前だ。

 どうにも他人の名前な感じがして、寒気がするけど確かに。

 

「話を聞いてもらえますか?」

 

「……うん」

 

 だからだろう、少しだけ頭も冷えた。

 少なくとも、目の前の私を名乗る妖精の話を聞く態勢を取る事ができるくらいには。

 

「単刀直入に言います。私はより良い未来を手にするため私を利用しに来ました」

 

「より良い未来? 利用する?」

 

 単刀直入も過ぎる。

 でも私のことをよくわかってる言い方だ。

 

「私は終戦まで生き残ることが出来ました。ですけど、そこに友達の姿はなく、人間にも戻れませんでした」

 

「……」

 

 なんだそれは、最悪じゃないか。

 というか人間に戻れない? だったらあの人は嘘を言っていたの?

 

「正確に言うなら、ですけど。私は人間に戻る機会を逃してしまったんです」

 

「逃してしまった……?」

 

 目の前の私は続けて言う。

 激しくなる戦争、兵役義務期間は延長され、義務となる適性値も30%へ引き下げられ……解体出来る余裕なんて無くなってしまったと。

 

「それでも戦いは終わりました。人類は勝ったんです、たくさんの犠牲の上に立って、暁の水平線へ勝利を刻めたんです」

 

 私が雪風として戦った期間は十年、らしい。

 そしてそれだけ艦娘として戦った結果。

 

「ロック装置は……完全に身体の一部となっていました。私は、人間に戻ることが出来なかったんです」

 

「そん、な……」

 

 その時の私は、何を希望にして戦っていたんだろうか。

 戻れないとわかった時、どれほど絶望したんだろうか。

 

「ですけど()にとってそれは重要なことじゃありません。私は……多くの友達が沈んでいくことを、止められなかった。それが一番」

 

 ……あぁ、やっぱり戦争は嫌だ。

 やっぱり失ってばかりなんだ、誰かが死ぬことを、止められないんだ。

 

「そこで、取引です」

 

「……」

 

「五年。それはロック装置が身体と一体化するギリギリの期間。それまでに、全てを終わらせたいんです……誰一人として、沈めることなく」

 

 そのために、私を利用したい、と。

 

「この世界、っていうのが正しいのかはわからないけど。おんなじ未来へ向かうって確証はないわよ?」

 

「はいわかってます。だって、もう既に変わっていますから」

 

「え?」

 

「先の長距離航海練習での深海棲艦との戦い。あそこで黒潮さんは、私が辿った道では沈んでいましたから」

 

 ……嘘?

 待って、死が身近だなんてなんとなくでしかわかっていなかったけど。

 本当に?

 

「あの時は……私が代わりに戦って何とかなりましたけど」

 

「……待って、だったら私をあげる。文句は言わないから代わりにずっと戦ってよ」

 

 代わりに戦えるなら、それで良いじゃない。

 終戦まで生き残った、いわば歴戦の勇士。そんなのが今から居てくれたら、人類勝利待ったなしじゃないか。

 

「あの時は私もあなたへ戻りたてで、自分との境界線があやふやだったから出来たことです。あなたの記憶が混乱しているのも、そのせいではありますが」

 

 ……そう都合いい話はないか。

 でも。

 

「……未来の知識を、知っているのね?」

 

「はい、大きく道を違えなければですが、これから先何が起こるのかも知っています」

 

「生き残って……人間に、ちゃんと戻れるのね?」

 

「はい、私が来たのはそのためでもあります」

 

 そっか……。

 つまり私は、少しだけズルが許されているらしい。

 

「わかった」

 

 どの道。

 そうだ、どの道だ。

 戦わなければならないなら、痛い思いをしなければならないのなら。

 

 誰かが沈んだりすることを、予め知っているのなら。

 

「乗ってあげる、その取引」

 

「流石です! 私!」

 

 あらまぁ表情豊かね。

 いやいや、そんな所で自分を疑ってどうする。

 

 縋れるものがあるなら縋ろう、利用できるものがあるなら利用しよう。

 そうすれば、少しだけ私は痛まないで済む。

 

「五年、それまでにこの戦いを終わらせる」

 

「はいっ! 頑張りましょうね!」

 

 ええ、もちろん。

 私は人間なのだから。雪風(艦娘)になんて、なってやるもんか。

 



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一年目・前半期
一年目・大型新人


 一つ当てては国のため。

 そんなフレーズは大凡最近流れている艦娘募集のコマーシャル。

 

 深海棲艦との戦いが始まってすぐの頃は、確か一発当てれば晩御飯のおかずが増えるみたいな話だった。

 それが一つ外せば何処かの家庭でおかずが減って、当てて撃沈すればおかずが増えるに変化して。

 やがてはおかずを守ろうなんて言葉になっていった。

 

 酷い話だ、何もしなければそれだけで食卓からおかずが一つ消える。

 言葉通り敵を撃破してようやく、本来の献立が守られるなんて。

 

 だったらこの砲撃練習で消費された弾薬。

 敵じゃなくてダミーに向けて放たれるこれのせいで、何処の食卓が犠牲になっているのか。

 

 あぁ、嫌だな。

 何が嫌だって、そんな風に想像できるっていうのに全然集中出来ていないってこと。

 わかってる、自分ではこれでも真面目にやっているつもり。

 ちゃんと言われた通りに目標を狙っているつもりだし、この一発の重みっていうのも理解が及んでいるつもり。

 

 だから集中できないのは外的要因。

 波の上って言うのはこうも大地とは違いがありすぎる。

 

 ――足を止めて打つ砲撃は殺してくれ言うているようなもんや。

 

 まずはじめに狙いをつけて撃とうとした私に黒潮さん……いや、黒潮教官はそういった。

 なんとなく家でやったことのあるゲーム、陸の上で行われる銃撃戦は物陰に隠れながらとかだったから失念していたんだ。

 海で遮蔽物なんてあるわけないっていうことを。

 

 目を覚ました時の荒波ほどじゃない、穏やかな海。振り返ればまだ視界の中に収められる養成所。

 外海の荒波で高低差っていう壁は一時的に産まれるけれど、それでも常に動き続けなければただの的も良いところ。

 ましてや私は駆逐艦。

 足を止めて撃った、それで敵に当てられた所で大したダメージは与えられない。返す刀が戦艦や重巡洋艦の砲撃なら……簡単に沈んじゃうだろう。

 

 かつてテレビで流れていた艦娘たちの姿は、なんの問題もなく砲撃して目標を撃ち抜いていたというのに。

 あれは都合よく編集された映像だって言われても信じてしまう、いやそうであって欲しいと思うレベルで難しい。

 狙いのつけかたも、撃って身体に奔る衝撃を海へと流す技術も。全てが困難に過ぎる。

 

「流石やな」

 

「えっ? あ、黒潮教官」

 

 え、ええと? ま、まずは敬礼だっけ?

 

「あぁ、気にせんでええよ。そのまま続けてや」

 

「は、はい」

 

 やんわり敬礼を制されて続きを促されるけど、正直やりづらい。

 ド下手な砲撃を見られるって恥ずかしさみたいな落ち着かない感じはもちろん、やっぱり先生が近くにいるってのは落ち着かないよ。

 

 それでも何とか砲撃練習を続ける。

 動きながら撃つ私から少し離れて並走する教官は何を思ってるんだろ。

 と言うか流石って何だ、馬鹿にされてるんだろうか……。

 

「ちゃうちゃう、馬鹿になんかしてへんよ」

 

「っ!?」

 

 やば、顔に出てた?

 

「よぉし、ほんなら一回やめぇ。……周り見てみぃ」

 

「ま、周り?」

 

 隣に立たれて促され、素直に周りを見てみれば。

 誰、いや何ていう艦娘だろう、撃とうとすればバランスを崩して転けるし、撃てたと思えば砲撃の反動でやっぱりバランスを崩して尻もちをつく。

 

「ええか雪風。あれが普通や」

 

 続けて見てみれば、不知火教官が手を貸して立ち上がらせて、今度は腰を補佐されながら止まって狙いをつけている。

 

 ……あれが、普通。

 

「自分は訓練を受け始めて……あぁ、そういやあれやったな。そう、雪風は訓練を受け始めて二週間や。ほんであっこにおる子らは雪風の同期。つまりおんなじ訓練期間」

 

「……え?」

 

 嘘だ? 色々おかしい。私が二週間? もっと受けてたんじゃないの? あの人達も同じ? てっきり私より随分後かと。 

 あぁいや馬鹿にしてるわけじゃない、そんなつもりはない。

 だけど……本当に?

 

「何やったらうちの昔話でもしよか? うちもそうや、あんなん……言うたら失礼やな? もっと酷かったかもしれん、教習課程が今ほど洗練されてもおらんかったしな」

 

 くすくすと笑いながら言われるけど……じゃあ私って。

 

「っと、時間やな――よぉし、やめぇ! 各自昼食の後ヒトフタマルマルからもっかいや!」

 

「了解っ!!」

 

 散り散りになっていく皆。

 いや、散り散りじゃない。よく見れば、上手く海上走行が出ていないってわかる。そのばらつきがあるから散り散りに見えるんだ。

 

「さて雪風。うちらも昼にしよか、ちょっち遅れたけどお礼も兼ねて奢るわ」

 

「お、お礼って。私、教官に何もしていませんよ?」

 

 そう言ってみれば教官は目を丸くした後。

 

「何や自分無自覚やったんかいな? まぁええ、奢らせてや、命の恩人にそれくらいせんとバチがあたってまう」

 

 なんて笑って言った。

 

 

 

「ほんなら改めて、ありがとうな」

 

「い、いえ」

 

 食堂で向かい合って。奢ってもらえたのはやけにボリュームのあるカツ丼……た、食べきれるかな?

 

 いただきますと手を合わせて一口、美味しい。余計な心配だった、これならいくらでも食べられそうだ。

 ……大食らいだった記憶はないんだけどなぁ、これも艦娘化の影響なのかな?

 

 それにしても。

 

「ええと、やっぱりお支払いしますよ? それくらいは、あるでしょうし」

 

「何やまだ言うてるんかいな。うちに奢られるんそんなに嫌か?」

 

「いやっ!? そ、そういうわけではなくて、ですね!?」

 

 むすっとされて思わず焦ってしまう。

 お金を払わないといけないのはここにいる人達が民間人、軍属っていう立場だからだ。艦娘から支払われた金銭が収入になっているらしい。

 どうせなら一括で管理して給料から差っ引いてくれたらいいのに。そうしたらこんなやり取りせずに済んだのにな。

 

「あはは、ええねんええねん、嫌ちゃうならええ。うちはこうして奢れんのが嬉しいんや、あん時間違いなく自分の奮戦が無かったらうち死んどったからな」

 

「そ、そんなことは、ないんじゃ?」

 

 笑いながら、だけど。

 妙に確信があるような言い方をされる。

 雪風にそうだって言われたから、それは間違いないんだろうってわかるけど……。

 

「長いこと艦娘やっとると勘っちゅうんかな、そんなんが磨かれる。ほんでその勘が言うとるんや、あっこはうちの死に場所やったでって」

 

 結構な話なのに、悲壮感とかそんな雰囲気をまるっきり見せず、カツ丼へと箸を伸ばしながら軽く話す教官。

 達観、っていうんだろうか? それとも死ぬ覚悟なんてもうとっくにしていて、いつ何処で沈むってことを受け入れきって当たり前だと思ってるのかな。

 長く、長く艦娘をやってると、そんな風に、私もなるのかな。

 

「……怖く、ないんですか?」

 

「何がや?」

 

「沈む、死ぬの」

 

 思い切ってってわけじゃないけれど、聞いてしまう。

 もしも、私もそうやって死を軽く思えてしまうようになるのなら……それはやっぱり嫌だ。

 

「怖いよ。怖いに決まってるやん」

 

「っ! だったらなんで! なんでそんな簡単そうに!」

 

「落ち着きぃや、ほれ味噌汁でも飲みぃ」

 

 思わず立ち上がってしまった……周りの視線が痛い、はい、お騒がせしてすみません。

 

「自分が死ぬのは怖い、戦いたくもない。そんなん当たり前や。でもそれより陽炎、不知火が沈んでまう方がよっぽど怖い」

 

「……それは、友達、だからですか?」

 

 やっぱり教官は笑ったまま。

 

「もう随分一緒におる戦友やから、そんなんもある。けどな、きっと陽炎や不知火もうちとおんなじこと言うと思う」

 

 その理由はなんだろう。

 ありきたりな、誰かのために戦うとか、そんな理由なんだろうか。

 でもなんだろう、目の前の黒潮っていう艦娘に聞いてもきっと答えてくれないような気がする。あるいは、答えてくれても納得出来ない気がする。

 

 それがわかってるんだろう、それ以上のことを教官は語らなかった。

 

 どんぶりの中にはまだご飯が残ってる。

 このまま微妙な空気で食べるのも、嫌だな。

 

「随分一緒にって、どれくらいいるんですか?」

 

「そうやな、少なくとも任期は終わっとるな。そっから先は数えてへんけど、まぁ十年はいってないやろ」

 

 ……は?

 え、いや待って、なんでまだ戦ってるの? なんで人間に戻ってないの?

 っていうか十年近くって、それ、もう人間に戻れないじゃない。

 

「あーまぁ自分の気持ちもわかるわ。なんで人間に戻れへんのって部分やろ?」

 

「え、あ、は、はい」

 

 その通りだ、わけがわからない。

 もう終わってるなら、さっさと人間に戻って、かつての生活に戻ればいいじゃないか。

 

「うちは黒潮の適性値が50,1%。ついでにあっこにおる不知火は不知火の適性値が49,9%」

 

「は、はい?」

 

 な、なんでいきなり適性値の話?

 

「うちは艦娘になんぞなりたくなかった。逆に不知火はなりたかった。理由は……まぁええやろ。義務か権利かギリギリの値でな、そんなもんやから不知火とはよう喧嘩しとった」

 

 艦娘になりたくない黒潮さんと、なりたくても権利としてでしかなれなくて志願した不知火さん。

 義務で無理やりやらされてると愚痴を零していた黒潮さんへ、事あるごとに不知火さんは突っかかっていたって言う。

 

 よくわからない喧嘩だ。

 

「不知火は真面目ちゃんやからな、しゃあなしでやるうちのことが嫌やったんやろ。うちはうちでカタブツで軍人軍人しとった不知火が苦手やったし。陽炎が来るまでほんま喧嘩ばっかしとった」

 

 いい思い出だと笑いながら話される。

 そうか、もう思い出になるくらいに三人は戦ってきたんだ。

 

「陽炎は……言わんといてや? うちと不知火の憧れやねん」

 

「憧れ?」

 

「せや。うちらの中で一番適性値が低いくせに、一番戦果をあげた。表でも裏でも、ずっとずっと努力してな」

 

 それはどれほどの努力なんだろう。

 言う通り、適性値が本人の練度へと影響するのなら。

 確か陽炎さんは32%と言っていたはず、だったら二人との差を、どうやって埋めたんだろう。

 

「陽炎のおかげでうちと不知火はわかりあえた。陽炎の輝きをずっと輝かせたいって意思の下な」

 

「……」

 

「だから……何やったっけな? そう、自分が沈んでまうよりも、陽炎が沈んでまうほうがよっぽど怖いんや」

 

 輝かせるためになら自分が沈んでも良い、っていうこと、なんだろうか。

 

 わからない。そうとまで思える程、信奉とまで思える程、陽炎さんのことを知っているわけでもない。

 

 だけど。

 

「……そんな黒潮教官が沈んだら、陽炎さんだってきっと曇ってしまうと、思います」

 

「あはは、そうやな、その通り。せやからこうして雪風にメシ奢れるんが嬉しいんや。改めて、ありがとうな」

 

 言葉の終わりにごちそうさまでしたって文句がついた。

 

 私のどんぶりには、まだご飯が残っている。

 

 

 

「黒潮さんのお話を聞くのは初めてだったので、なんだかこう、感動してしまいます!」

 

「……はいはい」

 

 本日の訓練過程が終わって、就寝準備も終わって。

 ベッドの上に身体を預けた私の頭上を飛び回る雪風、ちょっと鬱陶しい。

 

 さっきからずっとこの調子だ。というか今まで何処に居たんだ、未来の私って言うなら訓練中の私へ何かアドバイスぐらいして頂戴っての。

 

「ユキさんユキさん! 知っていますか? 黒潮さんは、教官になる前、黒炎なんて呼ばれていたんですよ!」

 

「へー」

 

 そんなの知らないよ、っていうか何だその一時期男の子が拗らせた結果つけるような名称は。

 

「そんな人に教えてもらえるユキさんが羨ましいです!」

 

「知らないってば……もう」

 

 あぁ、でもなんだろうな。

 不知火教官とはまだ話したことがないからわからないけど、黒潮教官の話を聞くだけであの三人は強い絆で結ばれてるってのがわかった。

 それはちょっと羨ましいなんて思う。

 

「それより黒潮教官が生きているっていうのは、これから先にどう影響するの? というかこれからどうなっていくの?」

 

 一番気になるのはこの部分。

 正直訓練が大事だっていうのはわかるけれど、とても疲れる。

 訓練自体が大変だっていうのはもちろん、何かと同期の艦娘だろう人達から向けられる視線もあんまり心地良いものではない。

 

 やっぱりフォーナインは特別。

 

 そんな文句がどこかしらについていて。

 羨望だったり嫉妬だったり、そのどちらも私にとっては重荷というか気分が良くなるものではなかった。

 

「……正直、黒潮さんが生きているということがこれから先にどう影響するのかまだ掴めないということも含めてですけど。不確定なものをお伝えして良いのか判断がまだつきません……もう少しだけ時間を下さい」

 

「そ……」

 

 だったら仕方ない、か。

 まぁこうなるんですよと言われてそれが空振りに終わる可能性だってあるんだろう、雪風からしたら。

 だからこうして昔に戻って、自分の知っている未来へ向かうか、分岐は何処にあるのかとか確認しているんだろう。

 

 いいねぇ、羨ましいねぇ、なんだかゲーム気分とでも思ってるんじゃない?

 

 ……なんて、ちょっと卑屈が過ぎるか。

 

 どうにしても、まずは動けるようにならないと話にならないのは確かなんでしょう。

 少なくとも雪風にこうしてくれと言われた時、そんなこと出来ないって言ってしまうわけにはいかないんだし。

 

「まだまだこれから、か」

 

「はいっ!」

 

 そう言えば明日は不知火さんの教習だ。

 どんな人だろう、黒潮さんいわく真面目ちゃんらしいけど。

 

 ま、それも明日になったらわかるか。

 今はとりあえず、身体を休めることにしましょう。



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一年目・単艦演習

 今思えば、だが。

 予期せぬ遭遇戦となった戦い、あの場で深海棲艦は未来の驚異を潰したかったんだろう。

 それが不知火の出した結論だった。均衡を崩すために新人を潰すという手段は実に効果的だから。

 

 戦闘に慣れていない新人とは足手まといだ。

 ただ邪魔になるだけならば良い、しかし傷を負った新人は単なる足手まといにすらなれない。

 恐慌、狂乱。

 そんな状態へ陥って、隊そのものを危険に晒すなんてことはよくある話でそれによって壊滅に近い損害が出ることだってよくある話。

 それでも不知火には自信があった。

 たかが新人一人を守れない自分や陽炎、黒潮ではないと。

 信頼と確信。それをもって何一つの不安は無かった。

 

 だが、その時とった敵の動きは予想を超えていた。

 

「雪風!? 撃――いや、逃げて! ビビってるんじゃない! その場から離れて!! 動いて!!」

 

 陽炎の焦った声も仕方ない。

 いや、自分自身も驚きの最中にいたのだ、ありえないと。

 

 まるで自分や陽炎を無視して雪風へと一直線に向かう深海棲艦の姿。

 それは歴戦の勇士たる不知火をしても想像できない光景だった。

 

 重ねて理解している。

 隊の中で一番の弱者をまず標的にするのは実に理へ適っているのだ。

 肉体か精神を負傷した存在を守る。それはつまり攻勢に出ていた自分を含めた誰かが守勢に回らなければならない。

 結果的に相手は一つ楽になる。そんなことは重々承知している。

 

 だと言うのに、だ。

 

 自身に背を向け、撃ち放題の選り取り見取り。

 ありえない光景に虚を突かれたというのは言い訳だろう、それでもそうなのだ確かに不知火は見送ってしまったのだ敵艦隊を。

 

 しまった。

 

 そんな言葉では済まない失態だ、落ち度どころじゃない。

 このままでは危ない、そう思うと同時に速度を上げて追いかけようとした時だった。

 

 ――雪風は、沈みませんっ!!

 

 それはもう何の冗談だと聞こえた声に目を丸くした。

 負傷を負った雪風、最悪の事態が頭を過ぎった瞬間、雪風へと突撃砲撃を行った敵駆逐艦が沈んだ。

 

 一つ安堵したことがあるとするならば。雪風が無事だということではなく、驚きに目を丸くし動きを止めていたのは自分だけではなかったということ。

 

 失敗した自分も、直衛していた陽炎も、深海棲艦を通してしまったと焦った黒潮も。

 その場にいた雪風以外、全ての艦娘が動けなかった。

 

 もしも。

 もしも、自身へ下す評価。それが歴戦の勇士だというのなら、この時目の前を舞う雪風は何だというのか。

 確かにフォーナイン、驚異的な適性値を誇りほぼ同時期に着任した艦娘達を置き去りに教習課程をこなす天才。

 

 かつて黒潮に対してした嫉妬。

 成長し、経験を積みそういった無意味な感情を覚えなくなって尚、してしまった嫉妬。

 本人にやる気が無さそうな所も鼻についたし、かつての黒潮以上に悲劇のヒロインぶっているところも癪に障った。

 

 そんな存在が、深海棲艦を……蹂躙している。

 

 そうだ、まさしく蹂躙だ。

 不知火からは……いや、他の者から見てもそうだろう適当に放った魚雷。

 それは意味不明としか言いようがないのにも関わらず敵艦隊へと吸い込まれていた。

 そうと確認出来た間に敵旗艦であった軽巡洋艦は雪風の砲撃によって沈んでいたし、確認した後また随伴艦が沈んでいた。

 

 ありえない。

 あってはならない光景。

 天才と思える者であっても、人類の中で、艦娘という存在への適性値、その最高値を叩き出した者であっても。

 

 こんな……完成すら超えた駆逐艦としての戦い方をしてはならない。

 

 確信があった。

 仮に全盛期、各部機関の老朽化が進んだ今ではない過去の自分であっても、アレ程の動きは出来ないと。

 

 不知火の何かが叫んでいる。

 あれは一時的にキレただけ、火事場の底力みたいなものだと。

 叫びはプライドとも言える何かだろう、そうだと理解した。そうでなくては受け止められない。

 

 それでも思ったのだ、思いたくなってしまった。

 

「……不知火、黒潮」

 

「あぁ、みなまで言わんでええ」

 

「……はい」

 

 ――やっと、希望に会えた。

 

 ずるずる、ずるずると続いているこの戦争、その終止符への切符。

 

 それが今、陽炎の腕の中で静かに眠っているのだと。

 

 

 

 やっぱり自分は不器用らしいと不知火は静かに自嘲する。

 かつてはそれに気づかず、そして気づかないふりをして、何か自分に落ち度でも? と強がっていた時期を思い返しながら。

 

 そうして少し離れて海に立つ、戸惑いの色が強い雪風をみやった。

 

 自分が担当する教習課程に変更を加えたい。

 

 陽炎は不知火の提案を一考するもすぐに頷いた。

 今進行している通常の教習課程、それは雪風の歩みを遅らせるものであると判断してのこと。

 実際黒潮からもそういった話は上がっていた。

 それはあの長距離航海練習より前から、あまりにも飲み込みが良すぎるため変更を考えていたほうが良いと。

 

 何のための特別扱いなのか。

 異例にも新人へ一人部屋を与えて、少し問題があったからと簡単に司令へと会うことが出来て。

 柔軟な対応、変更をするためだろうそれはようやく効果を発揮した。

 

 ただ不知火はそういった考えがあった上での提案ではなかった。

 単純に、自身で確かめたかったのだ、雪風の真価を。

 

 長距離航海練習から帰ってきて迎えた次の日の訓練。

 そこで見た雪風はまるっきりの素人だった。

 がっかりした気持ちが無いと言えば嘘になるが、それでもやはり同期の新人達とは一線を画している。

 

 前に立つのはただの天才(・・・・・)でしかない。

 

 やはり一時キレただけか。いや、事実そうなのだろうと思い込む。しかし陽炎はそれをまるっきり気にしていなかった。

 ようやく会えた妹は、とびきりの未来(プレゼント)を持っていると信じている。

 

 だというのなら雪風を包むリボンを解きたいのだ不知火は。

 そしてその手段が単艦演習。

 あの時見た光景をもう一度、とは言わない。何故か再び見ることが出来るのは先の未来だろうという思いもある。

 

 だからせめて片鱗だけ。

 

 少しだけでも見たいのだ、未来に詰まっていて欲しい希望を。

 

 故の単艦演習。

 

「事前に説明した通り、私は牽制としての砲撃や魚雷は撃ちません。唯一詰みの時にだけ撃ちます。海を走る私へどんな手段でも良い、ダメージを与えてみなさい」

 

「は、はい!」

 

 一見何のリスクも無く、砲撃や雷撃発射練習の延長線上にあると思われる訓練。

 雪風は、何の心配も無くただ動く不知火へと一発何かを当てればいい。事実雪風にはそう困難な訓練ではないとも伝えている。

 そう言いながら不知火はこの訓練を簡単な演習にするつもりは無かった。

 

 限られた手段の中、全力で戦う。

 そう心に決めていた、そうであってこそ、雪風の真価を測れると。

 

 雪風が緊張を携えているのは環境のせいだろう、周りにはギャラリーとでも言うのか、新人たちが観戦している。

 

 中には陽炎と黒潮の姿もあった。

 黒潮は解説に、陽炎は雪風の動きを觀察の為に。

 

 異様と言えば異様な光景。

 何よりも、雪風へと簡単な訓練だと告げたはずの不知火から、並々ならぬ熱意とも言える何かが放たれていた。

 

 どうしてか雪風には理解できない、わからない何かを飲み込もうと生唾が喉を通った時。

 

「始めっ!!」

 

 陽炎によって開始の合図が出された。

 

「――」

 

 同時に不知火は走り出す。

 駆逐艦の本分は突撃、それを示すかのように全速で雪風へと突撃を敢行する。

 

「す、すご――」

 

 観客の誰かが思わず呟いた。

 それもそうだ、不知火が放つ気迫、それは未だ実戦を経験していないものであっても、戦闘中に纏うそれであったと確信できるほどのものだったから。

 

 そしてそんな気当たりを受けた雪風の目には涙が浮かんでいる。

 

 ――嘘つき、全然簡単に済ます気無いじゃない。

 

 なんて泣き言が聞こえそうな表情へ陽炎は苦笑いを浮かべる。

 

「やれやれ。やっぱ不知火は真面目ちゃんやなぁ」

 

「まぁ、ね……熱くなり過ぎなきゃいいんだけど」

 

 みるみる内に縮まっていく双方の距離。

 上手く走れると言ってもまだまだな雪風、その速度は不知火の半分ほど。

 

 100メートル。

 それは不知火が持つ主砲の有効射程距離。

 その位置まで詰めた時。

 

「……っ!?」

 

「安心しなさい。撃ちはしません」

 

 動揺が雪風に奔る。それもそうだ、攻撃しないと言われていたのにも関わらず、砲口を向けられれば動揺もする。

 だから釣られるように狙いも付けず、砲撃で動揺を振り払おうとした。

 

「うそ……」

 

 呟いた観客の驚きは雪風に向けて。

 

 どうしてあの状況から撃てるのか。

 確かに砲撃はあらぬ方向へと飛んでいった、しかしその後雪風は転んでもいないし、足を止めてもいない。

 それは新人にとってありえないことだった。

 ましてや見物に徹していても伝わってくる不知火のプレッシャー。

 そんな中、どうしてそんな手段をとれるのか。

 

「やっぱり天才は――」

 

「よく見ときや、ひよっこ」

 

「教官?」

 

 そんな新人たちへ向けて黒潮は言う。

 

「雪風は確かに天才や、大型新人や。せやけどその中身は自分らとおんなじや。変なレッテル貼ってる場合ちゃうで」

 

 黒潮の視線は雪風に注がれたまま。

 倣って光景へ視線を移せば必死な顔をしている雪風。

 

「――」

 

 蔓延しつつあった、雪風は特別という意識。

 

 それはようやく、今にも泣きそうになりながらもがいている雪風によって払拭の可能性を生んだ。

 

 

 

 都合五回。

 それは挙動だけで不知火が雪風を追い込んだ数。

 不知火もそうだと確信しているし、陽炎や黒潮も同じ所感を得ている。

 

 そしてその先も同じ。

 

 仕留めきれない。

 

 追い込んで、追い込んで。

 あと一手で確実に雪風を落とせるはずなのに、詰みに立たせられるはずなのに。呟いてしまった言葉どおりその一手が通る未来が不知火には想像出来ない。

 

 勝利や敗北を考えているつもりは無い、それでも言うなら勝利が掌からこぼれ落ちる。

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 まさしく雪風は追い詰められた獲物の顔をしている。恐らく自分でも思っただろう、やられると。詰み以外撃たれないという言葉をすっかり忘れて、来ないはずの攻撃に怯えている。

 荒い呼吸と心臓。

 艦娘になっても、鼓動は感じられるのかなんて妙な感想を浮かべられるのは窮鼠ならではの心持ちだからだろうか。

 

 出来ること。

 今の雪風に出来ること。

 

 拙い走行技術に砲撃技術。

 

 そのどれもが通用しないのは十分に理解できた。

 何度も何度もただ動かれるだけで袋小路に追い込まれた。

 

 駆逐艦に、出来ること。

 

 不知火が示した通り、突撃が駆逐艦の本分だというのならそれは恐怖でしかない。

 現状を打開できる手段が突撃だというのなら、それこそ呆気なく沈められる未来が見えている。

 

「はぁ……っく! どうする……どうすればいいのよ……!」

 

 もう次は詰みに立たされるかも知れない。

 戦うことへの忌避感も、艦娘である自分を認めることも。

 今そんな感情へ分けられるだけの余裕はない。あるのは死なない演習だとわかっているのにも関わらず、死にたくないという生存本能。

 遮二無二放った砲撃で何故か不知火は後ろへ下がる。下がる理由はなんだろうかと考える余裕もない。

 

 どの道また距離は簡単に詰められるのだ、そこに大きな意味を雪風はまだ見出だせない。

 

「ユキさん、ユキさん」

 

「なに、よ……! ようやく喋ったと思ったら……!」

 

 そこでようやく雪風妖精が語りかけた。

 何を今更と、疲労と感情に限界を感じている雪風は八つ当たりをするように苛立ちをぶつける。

 

「駆逐艦の必殺技って、何だと思います?」

 

「必殺技!? 何よ、変身でも出来るの!? 戦闘力何万だっけ!?」

 

 割と支離滅裂なことを限界真っ只中な雪風は言う。

 そんな雪風へと笑みを一つ。

 

 笑顔を持って、妖精は言い放った。

 

 

 

 

「……む」

 

 苛立っているのは不知火も同じだった。

 これだけ何度も追い込んでおいて仕留めきれないと理解出来てしまう。

 それは不知火の持つプライドを傷つけた。

 

 今まで重ねた経験、知識、技術。

 そういったものの価値が曇ってしまうように感じてしまうから。

 

 だが培ったものがあったからこそ空気の変化に気づいた。

 

 ――来る。

 

 苛立ちをフラットに。集中力を高めて警戒を最高水準に引き上げる。

 

「雪風っ! 突撃しますっ!!」

 

 開かれた距離の先、破れかぶれを感じさせる声で雪風は初めて不知火へと向かう。

 

 遅い、気当たりもない。

 

 だと言うのに培われた経験が警鐘を鳴らす。

 警戒しろ、警戒しろとうるさく頭の中で響き渡る。

 

「わかっています……!」

 

 見逃しはしない。一挙一動全てを。

 ただ気にかかることは、少し波が強くなってきたこと。

 

「わわっ!?」

 

 不知火に何も問題はない。

 これくらいの波で影響される何かなんて持ち合わせてはいない。

 ただ雪風には多少なりとも影響があったようだと声から察する。

 

「……無粋な波ね」

 

 雪風、初めての突撃。

 それを邪魔するなんて、もう少し空気を読んでくれてもいいのに。

 

 そう走りながら波へと愚痴を零す。

 

「このぉっ!!」

 

「甘いわ」

 

 雪風の砲撃。

 射線は自分の動きへ掠めてもいない。

 先ほどと変わらず、このままで。

 

 確かに天才だ。

 僅か二週間、それでここまでの力を付けたのだ。

 走りながら砲撃を放てる、転けることなく今の今まで海上を走った。

 自分の過去を思い出せばそれこそ驚異的なスピードで、未来を少しは明るくも感じられる。

 十分に、称賛できる。

 

 だが、あの時感じた希望という衝撃ほどではない。

 

 そう思った、そう思っている最中。

 

「不知火っ!!」

 

「え……?」

 

 陽炎の焦ったような声が響いた。

 

「っ!?」

 

 同時、迫ってきていた魚雷が視界に入った。

 慌てて回避行動を取ろうとするも、その先にあるのは掠めないはずだった砲撃射線。

 

「う、そ……?」

 

 魚雷直撃による痛みはない。演習用弾だ、詰められているのは爆薬ではなくペイント。

 だからだろう、今起こったことが認められない。痛みなくして理解できない。

 

「――っ!」

 

 はっとして、陽炎へと視線を向ければ。

 

「……そこまでっ! 演習終了!」

 

 ゆるゆると首を振った後、終了の声を響かせる陽炎が居た。



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一年目・友人関係

 歴史的瞬間ってやつも、多く目の当たりにしてしまえばただの出来事でしかない。

 

 確かに今の義務教育機関で採用されている歴史に関する教科書には、必ずと各国の長たる存在が手を取り合っている写真が掲載されている。

 もちろん、社会へ出るか元々穿った視点を持っている人間ならば、その写真の頭に表向きはという言葉が添えられているなんてことへは簡単に想像できるのだけれど。

 後者である私はもう少し想像力というか妄想力を働かせたものだ。言い換えるのならば人類は深海棲艦という共通の敵を手にしてようやく建前であっても手を取り合うことを示せたのだと。

 

 各国は言ってしまえば平和ボケをしていたんだろう、もちろん言葉が悪いのは自覚している。

 でもその御蔭で無為に散らされた命があるんだ、少しくらい棘を使ってもいいでしょう。日本で言えば専守防衛、ある程度の犠牲が出てからようやく使った軍事力は積極的自衛権なんてお題目。

 

 ただそこからの進展はあまり想像したくない部分でもある。

 だってそうでしょう? 艦娘化という技術を手にするまでに辿った道は、どちらかというのならば暗い道であったのだろうから。

 

 従来の兵器。主には海で戦うためのものが全く無意味であったというわけではない。

 深海棲艦を何隻も沈めたのは事実だ、それによってある程度の自衛を果たせていたことも。

 

 問題だったのはあまりにも割が合わないってだけ。

 

 当然だ、無限を思わせる深海棲艦の数に対して当時日本が所持していた兵器の数は少なすぎる。

 いくらかの深海棲艦を減らす代わりに、簡単にゼロが見えるくらいへと抵抗できる手段は追い込まれた。

 急ピッチで軍艦を建造なんて出来ないのも当然だし、同盟国からの援助だって自国だけでも大変なのにそんな余裕が何処にあるんだという話。

 

 故に国は団結した。

 最早自分の国を守るためにお互いの国を守り合うという手段しか残されていなかったんだ。

 

 それが歴史的瞬間が生まれた真実で裏側。

 同時に、軍艦一隻を建造するより遥かに安いコストで生産できる兵器(・・)を模索し始めた瞬間でもあった。

 

 何処かの研究者が人間そのものを海で戦わせる方法を見つけた。

 深海棲艦の姿から、母なる海という言葉から、そして何より男では失敗し続けたから女がその素材となった。

 すり減っていく女性人口を危惧して、艦娘化する前に女性の卵子を冷凍保存するべきだと訴えた。

 永遠の命は艦娘にありとくだらない夢想に取り憑かれて艦娘化を願った人がいた。

 

 狂ってる。

 

 それが素直な感想だった。

 そのどれもが確実に歴史的瞬間だったのだろう、そしてどれもがそう思えない。だからこそ狂っている。

 世界も国も人も。当然と言いたくは無いけどきっと私でさえも。

 

 それでも暗い道をたどり続けて、ようやく少しの落ち着きを世界ってやつは見せ始めたんだ。

 戦いに終わりはまだまだ見えないけれど、それでも戦う態勢ってやつは整えられたと。

 

 正直な話、映画や漫画でありがちな宇宙人だとかエイリアン(よくわからないモノ)とかと同類で良い、深海棲艦は一体何者なのか、目的は何なのかなんて二の次なんだ。

 もしかしたら、いやもしかしなくてもそういったことへと知恵を回している存在はいるのかも知れない。

 けれど二の次にしてしまっていいほど、深海棲艦は明確に人類の敵であり、艦娘が打倒し世界から駆逐するべき存在なんだ。

 

「――時間ね。午前はここまで、午後からは基礎体力訓練の予定よ。それじゃヒトフタマルマルまで各自自由、解散」

 

「ありがとうございました」

 

 イスから立ち上がり、そんな戦いの歴史を教えてくれた陽炎教官へと頭を下げる。

 歴史と言うにはまだまだ浅いのかも知れないけれど、その時を戦いここまで生き抜いた人の話はとっても重く感じられた。

 それは私だけじゃないだろう、事実教官が部屋から出ていったって言うのに私を含めた何人かは話の重さのせいか未だに頭を上げられない。

 

 戦いは何も生まない、失うばかりで何も良いことがない。

 

 かつて軽く言った言葉を翻す気持ちは無い。

 抵抗するために艦娘が生まれたんじゃないかと言われても、それはやっぱり人間を失ったというか、変質させられたというか。

 やっぱり失った結果に過ぎないんじゃないかと思う。

 

「ふぅ」

 

 一つ息を深めに吐いて頭を上げる。

 

 切り替えられたかいまいち自信は無いけれど、とりあえずお昼ごはんを食べなくちゃ。

 

 

 

 なんとなく気に入ってしまったメニュー、それが黒潮教官に奢ってもらったカツ丼。

 やっぱり少し大盛りだと思えるそれは、ちょこんと鎮座している三つ葉を湯気が揺らして口の中を潤す。

 

「いただきます」

 

 なんて、食い気で涎が溢れちゃうって話をかっこよく言って誤魔化せるもんでもないこのぼっち感。

 

 いや酷いよね不知火教官ってば。

 あの訓練がさ、終わった後からより皆に距離を置かれるようになっちゃったよ? やっぱり泣いて良いですか?

 なんかさ、皆の目の色変わったのよ、今までよりちょっと遠慮したくなる感じに。

 ほら、なんか言われてる。いや、言われてないのかも知れないけれど、そういう風に感じちゃう。

 

 ――不知火さんも漏れずすっごい武勲を立てた人ですから!

 

 なんであんたが誇らしげなのかと突っ込んでしまったけど、雪風が言うにはそうらしい。

 実際、陽炎教官や黒潮教官に比べて不知火教官はなんと言うか畏怖されている存在だったらしく、それだけにあの訓練を見ていた人はわかりやすく私への態度を改めた。

 改めた態度が嬉しい方向だったなら何も言うことは無かったんだけどなぁ……。

 

 正直な話、天才だなんだと言われてもまるっきり自覚がない。

 不知火教官とのなんちゃって単艦演習、って言うんだっけ? あれはほんとにたまたまとしか言いようがない、もっと言えばただの運だ。

 後で映像を見て分かったことだけど、たまたま私の魚雷が少し高くなった波で確認が遅れて、たまたま回避運動を取ろうとした不知火教官の先を塞ぐように撃った砲撃が行っただけだ。

 それまでに何度も詰みを感じさせられているし、夢中だったから詰み以外撃たれないってことを忘れて本気で沈められるとすら思わされてる。

 

 運も実力の内なんて言葉があるけれど、その実力とやらが発揮されるまでに何度も敗北してるんじゃそこまで自惚れられるわけもない。

 

 そう自分では思ってるし結論付けているにも関わらずこれだ。泣いていいかな?

 

「ここ、良い?」

 

「ふぇっ!? は、はい!」

 

 涙の八つ当たりを三つ葉へ向けようとした時、急に声をかけられて心臓が止まりそうになった。

 と言うか艦娘になっても心臓ってあるのかな……? い、いや現実逃避はやめるんだ私。えっと、この人は……?

 

「はぁ……まぁ、そうなっちゃうわよね。そうさせたのは私達だし……ううん。朝潮型駆逐艦の十番艦、霞よ。よろしく」

 

「ひゃいっ! えと、えと……か、陽炎型? 駆逐艦? な、何番……ええい! とにかく雪風です! よろしくおねがいします!」

 

 うっわ無様過ぎるぞ私!? さっきとは違う意味で泣きそう!

 ええと!? こんなときは握手!? それとも欧米風にハグアンドキス!? ファーストキス捧げちゃうの!?

 

「……ぷっ」

 

「ご、ごめんなさい! な、何かへ、変なこと――」

 

「ううん。謝るのは私の方だから安心して、うん。そうよね」

 

 ……うぅ、なんだか随分大人っぽいよぅ。

 見た目はまんまお子様なのにぃ……それは私も一緒か……ぐぬぬ。

 艦娘化ってほんと厄介、見た目でその人の精神年齢を測れない。

 

「不知火教官との演習、すごかったわ」

 

「えっ!? えと、その、ありがとう、ございます?」

 

 ほ、褒められた、と思っていいのよね? 良いよねわぁい。

 

「お世辞じゃないってば。それで別に流石のフォーナインだとか天才だとかそういう言葉を言いに来たわけでもないのよ」

 

「へ?」

 

「ごめん」

 

 ほわあああっつ!? なんで頭下げられたの私! 何? 何か知らない間に色々拗れてない!? 大丈夫!?

 

 あーダメだ混乱してる、そうだ冷静になろう、羊さんでも数えるべき? それとも素数?

 

「あーうー……あのあの、良いから座って下さい。ご飯、冷めちゃいますよ?」

 

「……うん、ありがと」

 

 はぁ、ようやく座ってくれた。いい加減私の心臓も座ってどうぞ、バクバク煩いから。

 

「怒ってないの?」

 

「何をです?」

 

「私達、同期なのにあんたのことだけ村八分みたいにしてて」

 

 おおう、あんた呼ばわりとは……いや、まぁこのくらいが楽でいいや。

 

 村八分、ねぇ。

 正直、ここへ来てからの二週間って言ってたっけ? それは雪風が言う所の記憶混乱であんまり覚えてないんだよね。

 まぁそれでもここ最近取られていた態度は心地良いとは言えなかったけど。もう少し続いていたら泣いていたかも知れないけど。

 

「わかんないです。どうしてそういう態度を取られていたのかすらわかりませんし。何に対して傷つけば良いのやら、怒ればいいのやら」

 

「そっか」

 

 霞さんが頼んでいたのはきつねうどん。

 やっぱり小柄な身体へ収まるには少々多いんじゃないだろうかそれくらいの量。

 

 思案を誤魔化すように。あるいは踏ん切りをつけるかのように霞さんはまずお揚げを口にして。

 

「んく……ここにいる艦娘はね、皆志願してここにいるの」

 

「志願」

 

「ええ、義務としてであっても、権利を叶えるため難しい試験に合格した上であっても。皆納得した上で艦娘になりたくて、なった結果ここにいる」

 

 あぁ、なるほど。

 つまりなんだ、平たく言えば私だけが異質だったのね。

 艦娘になりたいと思った人達がいる中で、私だけがイヤイヤだったんだろう。そりゃ浮くわね。

 二週間の記憶はあやふやだけど、断言できる。私はそれを顔に、雰囲気に出していたって。

 

「知ってるか知らないかわから……いや、知らないでしょうね。ここはそんな艦娘へ志願する人間が憧れてやまない陽炎さん達が教官として着任している場所なのよ」

 

「……あぁ」

 

 いやわかった。みなまで言わないで下さいな霞、さん。

 

「やる気が無さそうで、いかにも不満ですって顔してる人が……憧れの人から特別扱いされてたら、そりゃ嫌ですね」

 

「だからといって今までを正当化するつもりはないわ。ごめんなさい」

 

「いやいや!? だからもう頭は下げなくていいですってば!?」

 

 いやもうほんとに。

 頭を下げたいのはこちらの方なんだ。そんな話を聞いてもその重みを理解できず、未だに戦いへの忌避感から逃れられないし、逃れるつもりも生まれていないんだ。

 そうだ、未だにそうなんだ。

 私はやっぱり、雪風というアドバンテージ、安全マージンが無くなれば再び膝を抱えて二週間前と同じ顔をするだろう。

 だから、本当に謝られるのは勘弁して欲しい。

 

 だけど。

 

「でも今……こうやってしてくれてるのは。ええと、許されたとでも言いますか? その、認めて貰えたんでしょう?」

 

「あの時、あんたの顔を見られて良かったと思ってる。最低限と言えば聞こえが悪いかも知れないけれど、必死なんだって、それだけは本当によくわかったから」

 

 そっか、そんな顔してたんだ。

 映像では見れなかったし、無我夢中だったから、わからなかったけど。

 

 そうか、戦いへのめり込んでいたのか。

 

「なんでここで落ち込まれるのかがわからないんだけど?」

 

「いえ、気にしないで下さい。豆腐メンタルな上染まりやすい、流されやすいなんてちょろすぎるなと自己嫌悪してるだけです」

 

 やだなぁ、ほんとやだなぁ……。

 妙な確信があるよ、これきっと何か大事な場面で熱に流されるよ絶対。

 

 気をつけよう……。

 

「ともあれ」

 

「はい?」

 

 差し出されたのは手。

 思わずまじまじと眺めてしまう。

 

「もう、ごめんなさいは終わったわ。これは、これから改めてよろしくって意味」

 

「え、あ……はい! よろしくおねがいします!」

 

 慌てて両手で掴んでしまった霞さんの手。

 早速流されている様な気がしないでもないけれど。

 

 どうやら歴史的瞬間はまさに今この時を指すものでもあるのかも知れない。

 かつてのお偉い様たちが取り合った手。

 それと今結ばれた手の温かさに差はないのだろうから。



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一年目・基礎訓練

「ひぃ、ふぅ……」

 

 お札を数えているわけではなく、今やってるのはランニング。陽炎教官が言っていた基礎体力訓練。走りすぎてもう泣きそう。

 

 あぁ、先を走っている霞さんの視線が痛い、痛いのよ。

 見直すのは早かったかしら? なんて軽く失望混じりなんですよ。

 せっかくちょっといい感じに打ち解けられた、こうなってから初めての友達候補だわぁいなんて喜んだって言うのにぃ……。

 

 足元がおぼつかない。さっきから一歩踏み出すごとに膝が笑って倒れそうだ。

 言い訳をさせてもらいたいのだけれど、これは別に私の体力がないとかそんなんじゃない。

 むしろそれなりに運動は得意な方だ、一般人って括りの中では。単純に軍人としてみたらお粗末なだけで。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「はひ、ら、らいじょーぶ、れす」

 

 あれ? さっきちょっと前にいたのになぁ? こっちに寄ってきてくれたわけじゃないよねこれ、周回遅れにされただけだよね、何回目だっけ?

 と言うか霞さんだけじゃなくて他の人も体力あるね、まだまだ余裕そうだ。

 

「ちゃんとペース維持しなさいな。何周だって決まってないんだから」

 

「うぅ……」

 

 そう、そうなのだ。

 このランニングは何周すれば終わりと決まっているわけではない。

 限に私が今何周したかはもう覚えていないけれど、霞さんはすでに私より何周も多く周回しているのに終了の気配はない。

 要するにあそこで目を光らせている陽炎教官が終わりと宣言しなければずっと走りっぱなし。

 

「こらそこぉ!」

 

「う……ったく、頑張りなさいよ?」

 

「ら、らいじょーぶれすから、ゆ、ゆきかぜは、しずみませぇん……おさき、どーぞーぅ」

 

 霞さんはやさしーなー! 陽炎教官? 鬼ですよ鬼。

 あなたを沈めない。なんて言ってたのにさぁ! 沈んじゃいますよまったくもう!

 

 と言うかこの訓練はなんなのよ、いじめなの? 気合いだなんだの精神論は時代遅れですよ?

 いやまぁ、頷けるというかわかる。

 実際、先の単艦演習。終了と同時にへたり込んだ私に対して不知火教官は息一つ乱していなかった。

 海上を走るってのにもそれなりにフィジカルを要するし、メンタル強化も必要だとわかる。艤装によって心身は強化されないのだから。

 たとえるならアイススケートに近い。

 氷上を滑るためにスケート靴を履けば、地面を走るよりもスピードが出るし慣れてしまえば楽に移動できる。

 その状態を維持するために体力や技術、あるいは精神が必要で、今私が走っているのもそれを磨くためなんだろう。

 

 そんな風に理解は出来る、出来るんだ。

 たとえたアイススケートの選手だって、きっとこんな訓練というか練習を積み重ねてるんだろう。

 もうオリンピックは無くなってしまったけれど、かつて晴れ舞台を目指した選手達は、きっと。

 

 けれどそういう舞台がなくなった今、選手たちはどうしているんだろう。

 今の私のように、目標がないからと練習に熱を入れられず燻っているのだろうか。

 それとも、また私のように、やれと、やらなくてはならないからと身の入らない練習をこなしているのだろうか。

 

「そこまで! 次、艤装装着出来たものからランニング! かけあーし!」

 

「……うへぁ」

 

 ま、まだ続くのか……って、うん?

 

 私以外の誰かが思わずといった感じで零した声に浮かぶ疑問。

 別に艤装のありなしは関係ないよね? 何ていうか、雨の日に傘をささなきゃならなくて、ちょっと邪魔だけど持たないといけないみたいな。

 傘をさして雨で身体を濡らさないように、戦いに必要だから艤装を身に纏う。

 うん、そんなものよね。

 

 まだ余裕がありそうな他の人が嫌がる理由がよくわからない。

 

 ふよふよと結構な数の妖精たちが艤装を持ってきてくれて、それぞれ持ち主の下へ。

 

「着けていきますよ?」

 

「うん、ありがとう雪風」

 

 手慣れるのは嫌だけど、妖精の手を借りて艤装を身体に。

 着心地とでも言うのか、そういうのはあんまりない。ちょっと厚着をしたくらいのもの。

 

 だと思っていたんだけど。

 

「う、ぐ」

 

「……え?」

 

 霞さんの艤装を見るのは初めてだなと視線を向けてみれば、そこには艤装を重そうに、何とかと言った様子で動く姿。

 

「な、何、よ?」

 

「あ、いえ、何でも無いです」

 

 よっぽど不思議そうな顔をしていたのだろう、訝しげな視線を返されてしまった。

 逃げるように他の人達へ視線を巡らせて見れば霞さんと同じく重そうというか、煩わしそう、だろうか、そんな様子で艤装を装備する皆。

 

 ……あれぇ?

 

 いやいや、傘、だよね? こう、言ってしまえば合羽みたいな。

 そんなに嫌? んなわけないよね、志願者だもん。

 じゃあなんだ? 皆の艤装が特別性で、練習効率を上昇させるために重りでも入ってるの?

 

「ちょっと、何呆けてるの? っと……さっきみたいにへばらないようにしなさいよ?」

 

「え、あ、はい。がんばります」

 

 そういう霞さんだけど、むしろ心配だ。

 

 そんなに重そうな物を装備して走るなんて、本当に大丈夫、なのだろうか。

 つまりはやっぱり陽炎教官は鬼なんだろう。

 

 思わず抗議の色を向けてしまったその先で。

 

「……」

 

「うわぁ」

 

 ニンマリと笑っている鬼教官(陽炎さん)がいた。

 

 

 

「つ、疲れたよぅ……」

 

 布団の魔力に抗わない、むしろウェルカム。

 絶対これ明日筋肉痛だよ、艦娘化した人間がなるのかはわからないけど。

 

 あれから結局何周走ったのかは覚えていない、というかトラックの周りに置かれていたバケツの意味を嫌ってほど理解した。

 ほんと鬼畜だ、女を何だと思ってるんだあんな姿を晒したらお嫁にいけないよまったく。

 

「お疲れさまでした」

 

「うー……」

 

 雪風もさー苦笑い浮かべてないでさー、ちょっと足マッサージでもしてくれない?

 まぁ自分も通った道なんだろうけど、懐かしいなーみたいな顔はやめて欲しいよ。

 

「私ながら、体力ありませんねぇ」

 

「わかってんでしょ私なら。というか別に私だけじゃないじゃない、他の人もバケツのお世話になってたしきっと今も似たような状態よ」

 

「あはは、すぐに慣れるから大丈夫ですよ」

 

 あーでもそう言えば。

 

「ねぇ雪風」

 

「はい?」

 

「私の艤装って、軽いの?」

 

 他の人に比べてあんまりゴテゴテしていないのはそうなんだけど、そこまで差があるようにも見えない。

 けど他の人は艤装を装備した瞬間から物凄く走りにくそうだった。

 いや、もっと平たく言えばすごく重そうにしていた。

 

「なるほど。それはですね、適性値が関係しています」

 

「適性値?」

 

「しれぇに言われてませんでしたか? ユキさんはロック装置接続手術を受けなくても艤装を装備できる可能性があったって」

 

 あぁ、そう言えばそんなことも言われた覚えがある。

 だったらその可能性に賭けてくれという話でもあるけど。いやそもそも艦娘にしないで。

 というかその舌足らずな呼び方はなんだ。私はそんなふうに呼ばないぞ、ちゃんと司令官って呼ぶ。

 

「艤装を重いと感じるのは、まだロック装置が身体に馴染んでいないからであって筋力とかの問題じゃありません、いずれ時間と共に解消されていくものです。ユキさんは適性値が類を見ないほど高いですから、最初から艤装が身体に馴染んでいるんです」

 

「へぇ? じゃあ他の人は適性値が低いからあれだけ苦労しているんだ?」

 

「ええっと、間違いではないのですけど……」

 

 それだけは感謝できるね。根性なしの私だからどれくらい重いのかわからないけど、バケツどころじゃなかっただろうな。

 でもなるほど、そういった面もあるからこそまだ海上で上手く行動出来ないってのもあるんだね。

 

 基礎体力訓練で徹底的って言うほど鍛えるのは体力向上や精神力強化って面だけじゃなくて、ロック装置との馴染みを深める効果もあるらしい。

 あのハードな訓練は何も時代錯誤甚だしいいじめって訳じゃなく、ちゃんと科学的にも効果があるのね。

 ……だったら私は既に馴染んでるんだし、しなくても良いんじゃない? だめ? ダメですよね、そうだよね。

 

「ねぇ雪風、私はなんだっけ、フォーナインとか言われてるけどさ。他に私くらい適性値が高い人っていないの?」

 

「流石にユキさんほどではないですけど、もちろん一般的に高い数値を持っている人も居るには居ますよ。過去で言うなら覚えていますか? 艦娘演習初公開」

 

 テレビで見た覚えがある。

 あれを見て艦娘に憧れる人って結構増えたとも聞いたし、男の子でも艦娘になれるなんて羨ましいなんて言う子もいた。

 確か……金剛型戦艦、だっけ。一番印象に残ってるのはそうだね。

 

「あそこに映っていた金剛さんで86%と聞いています。今はたぶん佐世保にいると思いますけど」

 

「えっ!? もうだいぶ昔の話だよ!? 人間に、戻ってないんだ……」

 

 黒潮教官といい、なんだなんだ? 愛国心すごいな昔の人……って言うほどには昔じゃないけどさ。

 それとびっくりしたのは同期の子たちもそうだよ、皆志願者って何よほんとに。私が異常なのかとすら思えちゃうよ。

 

 なんだか感心、じゃあないけれどしてしまう。

 友達もそうだけど、世間は随分と戦時ってやつに馴染んでいるみたい。

 私が斜に構え過ぎていただけなのかな、陽炎教官も言ってたけどバイト艦娘なんて人もいるらしいし、もっともっと気楽なものなのかも?

 

「ユキさん」

 

「……」

 

 うん、んなわけないや。

 目の前にいる私らしい妖精も、話しかけてくれた霞さんも他の人も。

 

「お話があります、聞いてもらえますか?」

 

「……わかった」

 

 気楽なんかじゃない。

 目が言ってる、真に国を人を守りたいって。覚悟を決めているって。

 

 あぁ、嫌だな嫌だ。

 絶対ろくでもない話に決まってる。

 このえらく真面目な表情を見るに、先のことでしょう? 要するに判断がついたってことだ、何が材料だったかはわからないけど。

 

「あと一月もすれば、旧八丈島……八丈泊地が深海棲艦に急襲されます」

 

「きゅ、急襲って……」

 

「駐屯戦力は御蔵島に防衛線を引きます。近い三宅島は艦娘に必要な資材集積所ですから、八丈島、御蔵島を抜かれると日本に大きなダメージが出るのは明らかです」

 

 ええっと、私達が今いるのは大島、だったよね。

 めちゃくちゃ近いじゃない……え、大丈夫なの?

 

「比較的……いえ、だいぶ大きな戦いになります。それは陽炎さん達も急遽出撃しなければならないほどに」

 

「きょ、教官たちも? じゃ、じゃあ私達ももしかして」

 

「それは大丈夫です。私達が行っても、まだ(・・)足手まといにしかなりませんから」

 

 よ、良かった……流石にそうだよね、まだ実戦なんて早すぎるよね? 足手まといになっちゃうから仕方ないよね。

 

「ですがユキさん」

 

「な、なに……なんでしょう?」

 

 あ、ダメだこれめっちゃ嫌なパターンだ。

 

「その戦いに、参加して下さい」

 

「……いや、無理でしょ」

 

 嫌な予感ってやっぱり当たるよね。

 でも流石に無理だ。戦いたくないって気持ちももちろんだけれど、今の私じゃただの足手まとい以上になれる気がしない。

 

「その戦いで……陽炎さん達、不知火さんと恐らく黒潮さんも、沈んでしまうんです」

 

「しずっ……! いやでも、だからってどうしようもないじゃない。そ、そうだ、先にこれを司令官に報告して予め手を打ってもらったら……!」

 

「信じてもらえるとでも? それこそ無理な話です、ユキさんだってそう言われても信じられないでしょう? 今、私の話を信じ切ってないように」

 

 うぐ……流石私といいますかその通り。

 

「お願いします。無茶を言っているのはわかってます、けれど一月もあるんです、私も協力します、だから……!」

 

 ……一体。

 一体何を思って私はこう(・・)なったんだ。

 小さい身体で頭を下げ手を震わせて。

 今の私からは想像もできない程の変わりようだ、だからこそ信じられないって部分もある。

 

 それほどまでに仲のいい人が出来たのだろうか、過去に戻ってまで救いたいと願うほど。

 それほどまでに多くの人が沈んでいったのを見送ったのか、実力と呼べるものが身についていない私に縋るほど。

 

 確かに。

 教官達が沈む、すなわち死ぬ。

 出来ることなら助けたいと思う。恩とかそんなのはわからないけど、やっぱり死ぬって分かっているならそうだ。

 それは恐らく多少でも善良な人間なら、誰でもきっと思うこと。

 そして自分の命と天秤にかけてまでは助けられないもの。

 

 だと言うのに雪風は、救いたい、助けたいと心から思っている。

 

「……ちゃんと、戦えるようになれたら、ね」

 

「――はい! 大丈夫です! 雪風がついていますから!」

 

 あぁやっぱり狂気的だ。

 狂気的な人ばかりだから、きっと私にも感染ったんだ。

 

 あぁ嫌だ嫌だ。

 今のペースじゃ一月なんて足りなすぎる。

 それでも。

 

「うん、約束だもん、ね」

 

 約束破りには、なりたくないし、ね。



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一年目・先人会議

「あ~……疲れた……」

 

 音を立てて椅子へと腰掛けるのは陽炎、勢いのまま目の前のテーブルへと顔を突っ伏したい欲求を堪えながら静かに瞑目する。

 

 横須賀方面第一駆逐艦艦娘養成所、総監督陽炎。

 肩書に恥じない忙しさを日々こなす陽炎ではあるが、ここ最近は輪をかけて忙しい。

 教導経過報告書は今までとは違い、雪風とそれ以外の者を提出しなければならなかったし、想像以上の習熟を見せる雪風に教導計画は変更ばかりだ。

 加えて司令との打ち合わせに、軍各部との会議。本命である教導。

 

「私、どうして一人なんだろ」

 

 自分が二人居たらな、なんてありふれた愚痴を零してしまうのも仕方ない。

 それでもなんとかギリギリではあるが進められているのは不知火と黒潮が上手くフォローしてくれているからに相違ない。

 

 もしもあの時誰かが沈んでいたら。

 間違いなく忙殺では済まなかっただろう、そんなところでも雪風に感謝の念を覚える。

 

「雪風、か」

 

 適性値を聞いた時には思わず何かの冗談かと思ったものだ。

 歴代最高値を駆逐艦という枠を飛び越えて、全艦娘の中でダントツの一番。

 適性値が全てを決めるわけではないと分かっている、だが実際に適性値からくる予想を遥かに超えた戦果を上げた自分であっても、雪風が見ている景色はどんなものかと嫉妬にも似た感情を覚えてしまった。

 

 かの大戦を生き残った、奇跡の駆逐艦。

 多くの艦が沈む中、ただ自分だけが生き残った駆逐艦。

 

 陽炎型という同型艦、言わば妹のような存在が高名であるということに誇りや喜びを感じたりはしない。

 着工にあたった当時の人達は何か思うのかも知れないが、現代に生きる自分では想像もつかない。

 

 ただそれでも、あの時身に受けた希望という名の衝撃。

 それだけは忘れられない、今はもう戦時下であるという意識すら希薄になりつつあるほど日常となってしまった深海棲艦との戦い。

 終わらせられるかも知れない、そう思ってしまった、思わされた雪風という存在。

 

「何としてでも……」

 

 強く育てなければならない。

 その思いがあるからこそ、今こうして忙殺一歩手前で踏み止まることが出来ている。

 

「黒潮や。入るで」

 

「どうぞ」

 

 ノックの音と主に聞こえる特徴的なイントネーション。

 入室した黒潮は敬礼と共におつかれさんやなと苦笑いを浮かべ、テーブルを囲む。

 

「で、そっちは?」

 

「あかんあかん。早く雪風の実戦投入をの一点張りや、話にならんよ」

 

 呆れたように言い放つ黒潮の言葉へ陽炎はこめかみに手を添える。

 

 訓練開始からまだ一ヶ月だ、本来の最低養成期間半年をどれだけ短くしようとしているのか。

 確かに目を疑うような戦闘、そして飲み込みの早さはある。

 陽炎自身、今の雪風の域へと達したのは艦娘となって三ヶ月を要したほどだろう。

 

「気持ちは、わかるんだけどね」

 

「まぁ、なぁ。期待する気持ちもわかるし、何より実戦こそ最高の訓練や。はよぅ強なって前線へ送りたい気持ちはほんまわかるんやけどな……せやけど、早すぎるわ」

 

 同意するように頷く陽炎。

 それと同時に再びノックの音が響き、入室を促した陽炎の視界に入ってきたのは不知火。

 

「お疲れ様」

 

「はい、お疲れさまです」

 

 平静を装っている不知火ではあるが、顔に浮かんでいる疲労を隠すことは出来なかった。

 

 陽炎、黒潮、不知火。

 

 艦娘(・・)と深海棲艦で始まった戦争、その初期から戦い抜いてきた英雄とも言える三人。

 その三人をして、最近の動向は急が過ぎると感じている。

 

「新人の調子はどう?」

 

「ええ、雪風は相変わらず優秀よ。そう言ったら本人は嫌そうな顔してたけど。あとは――」

 

「霞か?」

 

 割って一人の名前を挙げた黒潮に頷く不知火。

 

「雪風がいなければ間違いなく期待の新人(ホープ)と呼ばれていたでしょうね。それくらい抜きん出ているわ」

 

「確かにね。間違いじゃなければ、雪風と仲良くなって……と言って良いのかわからないけど、まぁ話すようになってから」

 

「せやな、なんやかんやで自分の先を歩んでる近しい人間やって認めて学んどるみたいや。あの姿勢が他の子らにもあったらなぁ」

 

 三人して頷く。

 教習課程に照らし合わせてみれば、霞は二ヶ月分にせまる課程を修めたと言っていい。

 

「とは言え予定以下はいないわ。素晴らしいことよ」

 

 元々ここ、横須賀方面第一駆逐艦艦娘養成所は高適性値者か、成績優秀者からの選りすぐり。要するにエリートが集まる場所。

 当然求められているものは大きいし、他の養成機関から見れば教導内容もハードになっている。

 故に、こなしているだけで十分優秀。ましてや見込まれている通りの結果を出しているなら尚更。

 

 霞が飛び抜けて優秀で、雪風はもはや異例なのだ。

 

「さて。それじゃあ私からの報告をする前に不知火」

 

「はい」

 

「雪風との単艦演習、その所感をお願い」

 

 予定が噛み合わずの二週間遅れではあるが、不知火の瞼の裏と頭には今もなおしっかりと残っている。

 

「結論から言えば、雪風は異様に運が良いと言えるわ」

 

「運……? いや、運言われてもな」

 

 少し戸惑ったように言う黒潮へ一視、そのまま続けて不知火は言う。

 

「最後の魚雷が一番わかり易いでしょう。あの時たまたま運良く高波が来て魚雷発射を確認できなくて、遅れて確認できて避けようとした導線上にたまたま運良く雪風の放った砲撃があった」

 

 あの演習中に何度も感じた仕留めきれないという確信。

 それも思い返してみれば大凡環境的要因が強かったと思い返す不知火。

 

「長距離航海練習の時も思わなかった? あんな適当に放った魚雷が、どうして当たったのかって」

 

「まぁ、そりゃ思うたけど……」

 

 もしもあれが、あの姿が雪風が至るだろう未来の姿だとすれば。

 

「運、か……」

 

 再び瞑目し思考を巡らせる陽炎。

 

 運も実力の内という言葉があるが、運を確信に変えられたのなら。

 運良く上手くいったというものが、必然として処理出来たのなら。

 

 ありえないと理性は言っている。だが、自分に眠る何かが否定しきれないと言っている。

 

「それとは別の部分を見ても、だけど。基礎体力訓練と基礎海上訓練の組み合わせはもう雪風に取って意味は薄いと思うわ」

 

「同感やな。あんまりにも体力あれへんからフィジカルは外されへんけど……せやな、通常の海上艦隊演習を軸に進めたほうがええんちゃうか」

 

 言いながら黒潮は自分の発言へ笑いそうになる。たかが訓練を受け始めて一ヶ月経過した新人に艦隊演習を、なんて初めて言ったと。

 しかしそんな提案を陽炎は飲む。

 

「そうね。出来たら……その方が良いわね」

 

「それで陽炎? あなたの方は?」

 

 出来たらという言葉の意味を許可が得られるかどうかといった問題ではないと勘付いた不知火。

 相変わらず察しが良いと心地よさ混じりだが苦笑いを浮かべた陽炎は声のトーンを一つ低くして口を開け直す。

 

「八丈泊地に深海棲艦の襲撃気配アリ、よ」

 

「っ! 八丈を、ですか」

 

 横須賀方面から各海域へと出撃するには絶好の場所であり、そこを抑えられてしまったなら横須賀方面は動きが鈍くなってしまうそんな場所。

 それだけに他の日本各所へ作られた簡易な泊地とは違い、防衛に大きな戦力を割かれている重要拠点。

 

「長距離航海練習の時に鉢合わせた敵水雷戦隊、あれはどうやら後方確認のために出てきた強行偵察部隊だったみたい」

 

「今生きとるから結果的にではあるけど……出会せて良かった言うべきやな」

 

 不知火と黒潮の背筋へと冷たいものが流れる。

 もしあの時深海棲艦の動きを察知できていなければ。間違いなく初動は遅れていただろう、最初から防衛戦を強いられていたはずだ。

 ある程度の戦力を割かれていると言っても、敵戦力はまだ不明。対処できないほどの大群で攻められてしまえばと。

 

「ええ、現在八丈島に追加の戦力が送られ始めているわ、同時に周囲の海域調査も行われてる。両方完了次第、打って出るって話」

 

 重要拠点だ、生半可な戦力が送られるわけはないだろうそこまで軍上層部は無能じゃない。

 そう思い胸を撫で下ろす不知火と黒潮だが対して陽炎の顔はまだ晴れない。

 

「陽炎?」

 

「いや……そう、さっきの話じゃないけど、運が良かったなって」

 

 陽炎が零した言葉にはっとする二人。

 

「あの時の敵艦隊は間違いなく雪風を狙っていたわ。私達はまるでついで扱い、ううん。視界に入ってすら無かったと思う」

 

「せやな……そうちゃうなら、うちも不知火も抜かれてへんわ」

 

 結びつかない線と線。

 しかしこれは何に対しての幸運なのか。

 

 素直に事前察知できたと喜んで良いはずなのに、何故か拭いきれない不安感がある。

 

「フォーナイン……奇跡の駆逐艦()か」

 

 視線を窓に向けて不知火は小さく呟く。

 稀代の幸運艦、そのまたの異名を死神という。

 

 

 

「調子はどう?」

 

「ふぇっ!? か、陽炎教官っ!?」

 

 慌てて少しだけ様になったか敬礼を取る雪風へと答礼を返す陽炎。

 入渠施設というよりは、入浴施設として使われることのほうが多いこの場所でなんとも不似合いな光景。

 

「権力や立場は服の上から着るものだって。楽にしてよ、実年齢はそう変わらないんだし」

 

「えっ!? え、えっと、その、はいぃ……」

 

 再び浴槽へ身を沈める雪風の姿は先程よりも一回り小さい。

 元々気弱というか、そんな性格だったのだろうかと苦笑いと共に陽炎も雪風に倣う。

 

「それで? 最近はどんな感じ? まだ慣れない?」

 

「慣れない、と言いますか、なんと言いますか……」

 

 困ったように湯面へと視線を落としながら口ごもる雪風。

 なんとなく、陽炎はその姿を昔に見た人へと重ねてしまう。

 

「やっぱり戦いは、いや?」

 

「……はい」

 

 小さいながらもしっかりと、その思いは譲れないと頷いた雪風。

 こんなところもそっくりかと心内で笑いながら。

 

「そうよね、私も戦いなんてごめんだわ……って、戦わせるために教えてる私が言うことでもないか、忘れてね」

 

 陽炎自身、雪風と話すときは少し調子が狂うと認めている。

 この小さな身体に重ねてしまった重すぎる希望、背負うことが嫌だと言っているのに無理やり背負わそうとしている自分。

 そしてもしも自分が雪風程の適性値を持っていたら、もっともっと違った今があったのではないだろうかという後悔にも似た感情。

 

「陽炎教官は」

 

「陽炎でいいって」

 

「陽炎、さんは。なんで戦ってるんですか? もう、任期も終わっているのに」

 

 やはりというか当然の疑問だろう雪風からすれば。

 人間に戻れる、その権利さえ手放して未だに戦いへ身を置く意味。

 

「最初は、ね」

 

「……はい」

 

「家族を養うためだったのよ」

 

 陽炎の生家は貧しかった。正確に言うならば貧しくなった。

 戦争初期、今から思えば一時的に混乱を極めた日本情勢の犠牲者とも言える家庭。

 

「意外かどうかわからないけど、私、これでも大家族の長女だったのよ」

 

 多くの妹がいた。

 そしてその多くの妹を養える程の財が家から失われた。

 

 当時、今以上に艦娘へなった時支払われる金銭は多かった。

 故に義務教育を終えた陽炎は、家族を守るために艦娘を志さざるを得なかった。

 

「納得は、どうだったかな、覚えてない。けど試験に合格して、海に立つことが出来て、戦えるようになって……ある時気づいたのよ、私が終わっても戦いは続くって」

 

 それはそのままの意味で。

 陽炎が任期満了し、家へと凱旋しても、海では戦いが続いている。

 

「それってさ、結局一緒なのよ。確かに私が艦娘になって家に結構なお金が入った。妹達は食べるに困らなくなって、学校にも行けるようになった。けどそれは一時凌ぎ、戦いが終わらなければ、いずれ誰かが同じ思いをする」

 

 今はもう日常になってしまった(・・・・)海で行われている戦い。

 この世界に生きている人は麻痺していると陽炎は理解している。

 

 戦いは当たり前のことで、艦娘という存在、職業も当たり前。

 食卓のおかずが一つ減っても、国に流れている野菜や肉の値段が少し上がっても仕方ないで不満はあれど納得できる。

 

「この戦争が終わらない限り、私達は緩やかに破滅へ向かっているの。それが、戦わない人にはわからない」

 

「……」

 

 戦うことで、戦うようになって初めて見えた現実。

 終わらない戦いは、終わらせなければならない戦いなのだと。

 誰かが終わらせる、いつかは終わるなんて希望的観測に過ぎない。

 

「なんて、ね」

 

「……へ?」

 

 真面目な顔を一転させ破顔した陽炎へ、聞き入っていた雪風は呆けてしまう。

 

「小難しい話じゃないのよ。私は妹たち、未来の生活を少しでもよくしたいと思っているだけ。不知火や黒潮なんて掛け替えのない戦友を失いたくないだけよ」

 

 単純でしょ? と陽炎は笑うが、雪風にしてみれば先に話された建前らしいもののほうがまだ納得できた。

 高潔な軍人だからこそ護国の意思を持つ。

 そうだと思えていたなら、雪風はまだ自分が一般人だと思えていたから。

 

 やがて、自分もそう思ってしまうかも知れないなんて、思いたくはなかったから。

 

「雪風」

 

「は、はい」

 

 眉間にシワを寄せ始めた雪風を安心させるように、笑顔の種類をより一つ穏やかなものにして。

 

「戦わなくていい、って言えたら良いけど、ごめん言えない。でもゆっくりでいい。ゆっくり戦える人になって頂戴。それくらいの時間は、私が……私達が作ってみせるから」

 

「陽炎、さん……」

 

 そういった陽炎の表情は、今まで雪風が見てきた軍人の顔の中で、一番かっこよく、らしい(・・・)表情だった。



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一年目・戦闘態勢

 真に遺憾ながら。

 

 随分と艦娘に慣れてきたなんて思う。いや、もちろん実戦はあの時だけだから半人前も良いところなんだけど。

 そう思うのはこの生活へ順応してきたなと実感してきたからだ。

 

 朝響く総員起こしのラッパにも。

 大盛りが過ぎるだろうご飯にも。

 言われた訓練をこなすことにも。

 

 ここに来てから一ヶ月、雪風が言う大きな戦いが始まるまで後二週間。

 ようやくでもないけれど、順応して、慣れてきてしまった。

 

 やっぱり基礎体力訓練でバケツのお世話にならずに済むのはまだまだ遠いし、未だ霞さん以外の同期達と上手く関係を築けてるとは言えないけれど。

 それも含めて、言う所の普通に過ごせられるようになったと思う。

 

「おはよ」

 

「あ、おはようございます霞さん」

 

 朝食へ手を付けようとした時、隣に座ってきた霞さん。なんというか物好きというか、面倒見が良いというか。

 霞さんは私と話すようになって、他の同期の人達からは浮いてしまったように思える。

 あまり覚えていないのが申し訳ないけれど、少なくとも私が原因であることに違いはないだろう。

 

 少し前に謝罪してみれば何故か呆れた顔をされたし、よくわからない人だとも思う。

 ただそんな中、霞さんは私と一緒にいることで違う景色が見られるようになったと言っていた。

 その意味もやっぱりよくはわからないのだけれど、私と一緒にいることで何か自分のためになったことがあるのなら幸いだ。

 

「ねぇ、朝からカツ丼って重くない?」

 

「え? あ、いや、なんだか何食べようか迷ったら、迷ってる内に頼んじゃうんですよね」

 

 ほかほかとまだ湯気の立つどんぶり。

 何気に食堂のおばちゃん、と言うにはまだ若いけれどちょっと前までは今の霞さんと同じ様な顔をされたっけな。

 我ながら驚いてもいる、多分これが好きになったのは艦娘になってからだ、ついでに大食らいになったのも。

 

「ふぅん……。ねぇ、私にも一口頂戴な」

 

「あはは、朝から重くなりま――あぁ!? なんで端っこのカツ取るんですか! そこが一番美味しいのに!!」

 

 何をするんだこのちみっこいの! いや私もちみっこいけど!!

 その一切れは至高の一切れなんだぞ!

 

「な、何よ。気を遣ったつもりなんだけど?」

 

「全然ですよ! むしろ最後の一つ残った唐揚げを遠慮なく貰い去る無遠慮ヤロウですよ! ええい! 霞さん! その揚げをよこすのです!」

 

「い、いやよ! 麺! 麺ならあげるから!」

 

 そんなトレードは成立しないのよ! 等価交換の理を教えてくれるわっ!!

 

「ちょっ!? そんなむりや――っ!?」

 

「わっ!? うるさっ!?」

 

 もう少しで揚げを奪える、そんな瞬間だった、警報が響き渡ったのは。

 

 ――八丈泊地近海で戦闘発生。これより本養成所は第二種警戒態勢をとる、繰り返す第二種警戒態勢をとる。

 

 キョロキョロとしていたのは私だけだった。

 霞さんも、私以外の全員が放送の流れるスピーカーを注視していた。

 

 第二種警戒態勢?

 いや、それよりこれって雪風の言っていた?

 

「行くわよ」

 

「え?」

 

「何ボーッとしてるのよ、第二種警戒態勢。会議室へ集合よ」

 

 ……すごいな、一瞬で表情が変わった。

 私と同じ半人前のはずなのに、こうも違う。

 

 いや、言う通りだ。

 ぼーっとしてる場合じゃない。

 

「はい」

 

 食べきれなかったカツ丼に尾を引かれるけれど、行かなくちゃ。

 

 

 

「集まったわね。でも遅い、次はないかも知れないのよ? もっと素早く動くように」

 

「申し訳ありませんっ!」

 

 開口一番に陽炎教官の叱責。

 遅くなったつもりはないけれど、そう感じる理由はきっとまだまだ染まっていないということだろう。

 

「よし。じゃあ司令?」

 

「あぁ、今の状況を説明する。八丈泊地近海にて大規模な深海棲艦群を発見。おそらく目標はそのまま八丈島を超えた三宅島……資材集積所と思われる。予め八丈泊地に集めた戦力その防衛警戒部隊と深海棲艦偵察部隊との遭遇戦が発生、このまま本格的な戦闘に移行する。発生を持って規定により本所は第二種警戒態勢をとる運びになった」

 

 あれ? 雪風の話では八丈島へ深海棲艦の急襲、だったよね?

 急襲、防げてるじゃない。いや、そもそもまだ言われた時期よりも早い。

 ってことは、前哨戦、みたいな?

 

「事前に深海棲艦の動きを察知できていたため、八丈泊地にはそれなり以上の戦力が集結している。最悪でも陥落することはないとの見立てだ。陽炎」

 

「はい。皆は第二種警戒態勢……つまり準戦闘態勢、艤装装備の状態で自室待機。緊急出撃(スクランブル)に備えてもらうわ」

 

 す、スクランブルって……。え? もしかして戦闘に駆り出される可能性があるの? いやいや待ってよ、まだ無理ですって。

 

「と言っても、実際に出撃させるつもりはない。そうね、言うなら避難訓練みたいなものよ。もしもの万が一が起きるなら、皆には本土へ撤退してもらう手筈になってるから安心して」

 

 周りから安心したような息が漏れた。同感だ、安心できた。

 そうよね、ここの人達は、未だに信じられないけど私含めてエリートだもんね、無駄に消費する理由はないはずだ。

 いや、霞さんはなぁんだみたいな目をしない、ダメだよステイだよ。

 

「甘く言ったけど、気を抜かず緊張感を持って待機しているように。また、行われている戦いの映像を各部屋のテレビに流れるよう手配もしているから待機中各自観戦するように。以上、解散」

 

 戦闘映像、か。

 正直観たいとは思わないけど……うーん、そういうわけにもいかないか。

 

 とりあえず、部屋に戻りましょう。

 

「雪風」

 

「え? あ、はい。どうしましたか霞さん」

 

 会議室から出た時、かけられた声へと振り返ればそこには至極真面目な顔をした霞さん。

 

「ちゃんと遺書、書いておきなさいよ」

 

「い、遺書?」

 

 な、なんだなんだ藪から棒に。

 遺書って、あの死ぬ前に書くやつのことよね? なんで書かなくちゃいけないの? 私死ぬつもりはまっぴらないよ?

 

「だからあんたは抜けてるって言うのよ。言っておくけど、私を含めてあんた以外皆書いてるからね」

 

「いやいや、そんな……陽炎教官も言ってたじゃないですか。これは避難訓練みたいなものだって。訓練なんかじゃ誰も死なないですって」

 

 重い、重すぎるよ霞さん。

 そういうのはさ、ほら映画とかでよくあるじゃない? 死地に向かう兵士さんが恋人に向けてとかさ。

 別に私達死地に向かうわけでもないじゃない。万が一でも本土へ撤退だよ? 死ぬ危険性なんて何処にも――

 

「雪風。私をがっかりさせないで」

 

「……がっかり、なんて」

 

「あんたにとっては、重いのかも知れない。けど、私や他の子にしたら……これは普通のことよ。いつでも悔いなく死ねるように、身を、心を整えておくなんて」

 

 そんな事言われても、死ぬ気がないんだ身辺整理なんてする必要がない。

 いつかは戦うのかも知れない、だけど今じゃない。今じゃないんだよ霞さん。

 

「いい? 私は言ったからね? 後悔は先に立たないから後悔っていうんだからね」

 

「……はい」

 

 何だって言うんだ本当に、思わず背を向けた霞さんを睨んでしまう。

 後悔は先に立たない? 

 そんなの分かってる、痛いくらいに理解してる。

 

 何回私が後悔したと思ってるんだ、舐めないで欲しい。

 

「……後悔?」

 

 あれ?

 私は、何を後悔したんだっけ? それも痛いくらいに。

 

 ずきずき、ずきずきと。

 今もこの胸に奔る痛みは、何?

 

 わからない、わからないけど。

 

「……戻ろ」

 

 今はただ、戦わなくてもいいと信じるしかない。

 

 

 

「よし……っと。ありがと、雪風」

 

「いえ……」

 

 んー何よ何よ反応悪いわね、考え込んじゃって。

 いやまぁ仕方ないか、私に話したことと違うんだ、そりゃ考えたくもなるわよね。

 

 仕方ない、言われた通り戦闘映像でも観よう。遺書なんて書いてやるもんか、書きませんとも。

 でも嫌だなぁ、どうしよテレビ点けた瞬間誰かの腕が千切れてる所とか……うぅ、やな想像しちゃった。観たくないぞ。

 

「って、あ」

 

「……」

 

 うわ雪風問答無用? 無言で点けないでよ心の準備出来てない――

 

「――すご」

 

 映った映像。

 これは空から撮ってるんだろうか、少し遠いけれど、それでもわかる。

 

 戦争だ。

 

 映画とか、アニメとか。かつて見た公開演習とか。そんなのを軽く超えていた、思わず息を呑んだ。

 だってそうでしょう? これだけカメラの位置は離れているのに、そこで戦っている人達の息遣いさえ伝わってきそうなんだから。

 むしろ戦っている艦娘へ放たれた深海棲艦の砲撃、それが至近弾となれば、そこで戦っているわけでもないのに思わず目を閉じてしまいそうになった。

 そしてそんな恐怖で身が竦んでもおかしくないっていうのに、一切の動揺なく前へ前へ。深海棲艦を撃破しようと戦いを続けている。

 

 すごい。

 これが私の踏み入れようとしている世界なのか。

 いずれ私が戦えるようになれば、そんな私の姿を観て未来の誰かも同じ思いを抱くのだろうか。

 

 不思議な感情。

 戦いたくない、この映像に映る人達のようになりたくない。

 そう思っているのに。

 

「この人達が、人類を守っているんだ……」

 

 そうだ、今私だって守られているんだ。

 かつてこうなる前からずっと。

 

 二律背反、だろうか。

 なりたい、なりたくない。憧れにもにた感謝の気持ちと、忌避感。

 心の中でそんな気持ちがせめぎ合う。

 

 だけど、それでもやっぱり嫌だ。

 こうして感動とも言える気持ちを抱いて尚、あぁはなりたくないと自分の何かが叫んでいる。

 

 なんでだろう。

 なんで、こんなに私は戦争が嫌いなんだろう。

 かつての自分に問いかけてみるけれど、答えてはくれなくて。

 

 ただただ戦いへの嫌悪感だけが胸に巣食っている。

 

 どうして。

 どうして私は……。

 

「ユキさん!!」

 

「はぇっ!? な、何!?」

 

 思考の海へと没頭しそうになった時、雪風の慌てたような声で戻された。

 見れば随分と慌てている様子。

 

「おかしいです! この戦いはおかしいです!」

 

「な、なな、何がおかしいのよ?」

 

「深海棲艦の数が少なすぎますっ! これじゃあまるで……ううん、これはきっと釣りですっ!」

 

 フィッシング? いや、釣り? 釣りって何?

 いやいや違う、何をこんなに慌ててるのさ雪風は。

 

「なんでもう追撃の態勢に入っているんですか!? なんで分が悪いにも関わらず、もう撤退の様相を見せるほどなのに! なんで深海棲艦は開戦を選んだんですか!? これは……これはっ!!」

 

「いや落ち着きなさいってゆきか――っ!?」

 

 ――深海棲艦見ゆ、深海棲艦見ゆ。

 

 うそ、でしょ?

 

「やっぱり……! 敵の狙いはここですっ! ユキさん! 資材集積所なんかじゃない! ここなんですっ!」

 

「は……?」

 

 ――各員速やかに護送船へ。陽炎、不知火、黒潮の三名は出撃。ここから撤退するための時間を作れ。

  

「陽炎さん達が……沈んじゃいます! ユキさん!」

 

「い、いやいや。雪風言ってたじゃない、あと二週間位先の話でしょそれは? 違うって、今回のヤツはきっとまた別のやつだって」

 

 未来を知っているんでしょ? それとは違うんだからきっとそうだって。

 あーでもこれでそうか、雪風が持ってる未来の知識ってやつはもう保証切れなのか。

 あーあー……なんだかなぁ、その通りになるって……言ってないか、でもそうだと確信したから言ったはずでしょう? なら私のやる気がなくなっても仕方ないよね。

 

「陽炎さん達たった三人ですよ!? あの人達がいくら強いって言っても、無理です! 私達だって無事にここから撤退出来るかの保証だってないんです! ユキさん!」

 

「だからって今の私に出来ることなんてないよ。強い人が三人いて無理なら、へっぽこ一人加えたって一緒だよ。それに言ったじゃない、戦えるようになったらって。私、まだまだ戦えないよ」

 

 正論だ、正論のはずだ。

 今の私が戦いに混じった所で、足さえ引っ張ってしまうだろう。

 いないほうがマシだ、マシなんだ。邪魔をしちゃいけないんだ。

 

「――意気地なし」

 

「なん、ですって?」

 

「意気地なし! 卑怯者! 私を誰だと思っているんですか! 私は! あなたですよ!? 後悔したくないから! 後悔せずに済むような理由を無理やり探そうとしないで下さいっ!!」

 

「違うっ!!」

 

 違う、違う違う違う!!

 

 何処からどう考えても私が正しい!

 まだ戦えない私は! 未来で戦えるようになるために力をつけることこそが大事なんだ!

 だから今は逃げる、逃げるのが正解なんだ!!

 

「いいですよ! 逃げたら良いじゃないですか! そうしてずっと戦わないまま死んじゃえば良いんだ! これから無数にある後悔へ沈んじゃえっ!!」

 

「煩いっ!!」

 

 なんだ? なんだなんだなんだ?

 なんでここまで言われなくちゃならないんだ?

 

 無数にある後悔?

 知るもんか、先に立たないから後悔だ。立っていないフラグを無理やり立たそうとするんじゃない。

 

 良いよ、逃げるよ私は。

 後悔しなきゃいいんでしょ? だったらしないよ、しないために逃げるんだ。

 

「……お願いします。ユキさんが逃げるための時間は、陽炎さん達の犠牲で作られる時間です。私は……私なら、そんな時間の上に立つだけで、きっと後悔するんです、してきたんです」

 

「知らない、知ったような口聞かないでよ、知らないんだから」

 

 私を、私を知ったような口で、刺さないで、抉らないで。

 

「さっさと撤退よ、雪風」

 

「もう会えなくなるんですよ!? 陽炎には会えるかもしれない、黒潮にも不知火にも会えるかもしれない!! でも! 教官と呼べる人には! もう会えないんです!!」

 

「撤退!!」

 

「ユキっ!!」

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!

 戦わない、戦えないんだよ私は!

 

 ――ゆっくり戦える人になってね。

 

 そうだよゆっくりでいいんだ。そう許してくれたじゃないか陽炎教官だって。

 ゆっくり、ゆっくり身体を気持ちを整えたら良いんだ。

 

 あぁそうだ、そうしたら遺書を書こう。

 誰に宛てたわけでもない遺書を。

 

 私は……私は……。

 

 それで、良い。

 それで、良いの。

 

 ……本当に?

 

 本当に、良いの?

 

 ――そのための時間は、私が、私達が作るから。

 

 作ってくれる人を失えば、今度は誰が私の時間を作ってくれるの?

 あの人は、そうだあの人は最初から……。

 

「撤退、撤退……!!」

 

 ほら、見えてきた。

 あぁ、護送船っておっきいな、あれなら大丈夫。きっと大丈夫沈まない。

 

「――っ!?」

 

 地面が、空気が揺れた。

 何の音だろう、いいや分かってる。これは戦いの音。

 後ろで、誰かが……私を、私達を守る人が戦っている音。

 

 ありがとう、教官。

 おかげで、私は。

 

 私は――。



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一年目・戦闘開始

 穏やかな水面が反射する太陽へ目を細めて、変わらぬ景色に混じった戦場の臭いへ眉根を顰める三人。

 

『確認された敵深海棲艦の主な艦種は軽巡洋艦と駆逐艦だ。貴様達の力量で倒せない相手ではないだろう、しかし――』

 

「数が多い、よね? 分かってる」

 

 波止場より出て少し、背後にはまだ養成所が見える距離。

 陽炎、不知火、黒潮が立つこの位置、それは相手の砲撃がギリギリ養成所に届かない場所。

 

 つまりは、絶対防衛ライン。

 大地と踏みしめる感触は違えど、伝わってくる重みは同じ。

 

『沿岸砲の支援は言うまでもなくないよりマシ程度だと思え。的中すれば駆逐艦程度なら撃沈できようが、精度はお察しだ』

 

「それも分かってる。むしろ抜かれたヤツへの砲撃に集中して」

 

 全てを了承済み、納得済み。

 無線越しに聞こえる付き合いが長くなった司令へと、なんでもないように陽炎は笑って言う。

 

『……済まないな』

 

「あら珍しい。どういう風の吹き回し?」

 

 かつてやったやり取り。何度も繰り返した伝達作業。

 そんな中に入り込んだ謝罪の言葉、いつもなら聞かなかった振りをして作戦概要を聞くはずなのに横道へ逸れてしまったのは何故か。

 

『貴様達も未来を守る希望だと言うのに』

 

 出撃命令は躊躇なく下された、陽炎たちも躊躇なく頷いた。

 

 背後では護送船へ乗り込み始めているだろう、今希望と呼ばれている艦娘達。

 それを守るために過去希望と呼ばれていた艦娘が犠牲になる。

 そう、犠牲だと分かっていた。どうあがいてもここは守りきれないと理解していた。

 出来て時間稼ぎ、新人という希望を逃がすための時間を、命を賭して作り出す最後の任務だと。

 

 そういうものだ。仕方のないことだと、戦いの軌跡に教わった。

 自分たちが知っている中でも、きっと知らない範疇であってもこれは繰り返されたことだと。

 

「……らしくないわよ司令官。私、嬉しいわ。もう私達はロートルもロートル、いつ艤装が動かなくなってもおかしくないような死に損ない。最後に希望を守るため散られるのなら、言うこと無い」

 

 陽炎の言葉へ不知火と黒潮が頷く。

 表情穏やかに、同じ気持ちだと示すように。

 

 遅くなった自分達の順番。

 それでも恵まれているとすら思った、多くの新人を送り出し、最後の最後でとびっきりの希望を垣間見た。

 

『……一時間だ。一時間あれば護送船は安全圏へと逃れられる。死力を尽くし、その時間を作れ』

 

「了解っ!!」

 

 覚悟の程を沈黙で胸に刻み、最後になるだろう命令を陽炎たちへ告げた。

 

 飛沫を上げて、大きく踏み出す。

 陽炎に続く不知火と黒潮。

 久しぶりに見た、自分たちの憧れ輝きを見た背中。

 

「やっぱ、この背中がいっちゃんかっこええな」

 

「ええそうね」

 

 今から向かうのは紛れもない己の死地。

 だと言うのにこの背中を見ていたら、そうとは思えないといつものように感じてしまう。

 

「何よ? 照れるじゃない」

 

「まぁまぁ、ええやん? 最後位」

 

「そうよ陽炎。毎回思っていたことよ」

 

 今更打ち明けられた憧憬にも似た感情。

 なんでもないと返されることを期待していた陽炎の頬へと朱が混じる。

 

「ったく、はいはい。そりゃありがとうございましたー! ……ありがとね」

 

 感謝の言葉はきっと波音に消されて。だが不知火と黒潮の笑顔は深まって。

 

「……覚悟のほどは?」

 

「何の覚悟や? ぎょおさんキメすぎてもうどれかわからんくらいや」

 

「そうね、もう随分重ねてしまったわ……いい加減、託しにいきましょう」

 

 最後に三人で一つ頷き。

 

「行くわよっ! 総員、抜錨っ!!」

 

「了解っ!!」

 

 

 

 この光景が後世に遺せないことを、養成所司令は残念に思った。

 

 陽炎、不知火、黒潮。

 それぞれがまさに一騎当千とも言える活躍をしている様。

 従来海軍艦隊戦であれば想像もつかなかっただろうありえないと言っていい。

 

 駆逐艦娘、その技術の粋を集めたと言っても過言ではない程の動き。

 今も尚、並ぶ者こそいるだろうが、この三人を超える駆逐艦艦娘の存在は無い。

 それほどまでに今まで戦果を打ち立て、艤装各機関の老朽化が進んだ今も尚その戦果に偽りが無いことを証明している。

 

 最初に先発隊だろう、敵水雷戦隊。

 確認できるや否やまるで蜂だ。隊列散開、集結を細かく繰り返し、三隻にも関わらず群れで行う狩りを思わせる動きで敵を撃滅する。

 後続の部隊だろう現れる方向を予測し、魚雷が発射され――それは見事に敵の出鼻を挫く。

 

 最高峰。

 そうだろうこの三人は、そしてそんな存在をここで失ってしまうことが残念でならない。

 

 覚悟は、していた。

 

 こうして戦況へと目を見張らせている間でも、もしかしたらこのまま勝てるかも知れないなどという幻想を抱かないよう苦心もしている。

 そうなのだ、彼女ら程の存在を有して尚、深海棲艦との戦いは終わっていないのだ。

 

 彼女たちだけではない、散っていった、あるいは日常へ帰った英雄と呼べる幾人もの存在。

 多くの深海棲艦を撃沈し、大きな戦いを乗り越えて尚、終結しない戦い。

 

 ずるずる、ずるずると続き、今では戦いこそが日常であり、守っていたはずの日常まで戦いに侵食されてしまった。

 おかしいと思わなければならないのだ、未来ある若者、青春を過ごし、色恋を楽しんでいいはずの少女達。

 それらを犠牲にして戦わなければならないということを。

 不満を吠え立てなければならないのだ、どうしてだと。

 小さなことでもいい、なぜ昨日まで買えたはずのものが買えないのかと。

 

 それが普通などと、決して納得してはならないのだ。

 

 司令の拳が音を立てて握られる。

 自分が、女であるのなら、あの場で肩を並べて戦えていたのなら。

 それでも変えられないと理解はしている、だがそれでも悔しいのだ、ただ軍で知識を蓄え多くの経験を積んだからと得た地位。

 世の中をそうさせたのは軍人である自分たちであったとしても。

 決して、若い命の先に立ち、あっていいものではないのだ。

 

 そう、司令は歯を食いしばる。

 

「……っく」

 

 戦況が、ゆっくりと押され始めている。

 陽炎達が撃破した敵艦隊は四つを超えた、超えた時二隊同時に現れた。

 

 どうするべきか。

 本来の時間稼ぎという目的を達成するならば三隻を分隊するという手段、それは一人を囮に……いや犠牲にすることで、取らなければならない手段でもある。

 だがここに来て司令に迷いが生じた、先程の苦悩がただでさえ難しい判断を更に困難へと昇華した。

 

 ジリジリと後退せざるを得なくなった陽炎達。

 自分たちで一人の犠牲を選ぶとしても良かったが、最後まで一緒にという気持ちもあった。

 故にその判断は司令が。下した判断に殉じると陽炎達は既に言っている。

 

 こんなことで悩む人間では無いはずだ。

 多くの兵を消費する場面で、眉一つすら動かさず死ねと命じてきた自分にあってはならない悩みだ。

 

 決断は素早く、的確に。

 

 遅くなった。

 しかしまだ手遅れではない。

 

『陽炎――』

 

 無線に手を伸ばし、陽炎へと繋いだ時。

 

「な――!?」

 

 波止場から、一つの影が海へと着水し、勢いよく飛び出した。

 

 

 

「司令っ! 司令っ!?」

 

「陽炎っ! どないしたっ!?」

 

 一瞬繋がった無線。

 慌てて操作する陽炎だが、どうにも繋がらない。

 

「まさか電波妨害……!?」

 

「……わからない。けど、そうだとするならあんまりにも計画的過ぎる」

 

 繋がらない以上、戦闘中に思考をその理由に傾けている余裕は無い。

 陽炎は一旦捨て置き、被害状況を確認する。

 

 陽炎、小破。

 不知火、小破。

 黒潮、損傷軽微。

 

 まだまだ戦える。

 しかしそれは損傷から見る状態でしかなく、燃料は十分にあるも多すぎる敵の数に弾薬が心許ない。

 

 時間を見れば残り三〇分。

 あくまでも予測の一時間、確実に安全を保証したいのならば敵の侵攻が何処まで続くか定かではないが、後一時間は稼ぎたい所。

 

 ――どうする?

 

 仮に燃料等の不安がなく、この程度の相手が続くならば時間自体は確保できるだろう。しかしそういうわけにも行かない。

 ましてや見えた増援は二艦隊。手は足りなくはないが、相手をするに弾薬が足りない。

 

 後退しながら対応して、沿岸砲の援護が貰える位置で戦うべきか。

 分隊は最後の手段だと陽炎は考えている、一人囮にした所で侵攻をある程度食い止めることは出来るかも知れないが、補給に要する時間を考えれば更にもう一人必要となる。

 

「あと一人、いれば……!」

 

 思わず口から溢れてしまう。

 あと一人居た所で、打開策を執れる確証があるわけじゃないし、その戦力に求められるものはあまりにも高すぎるハードル超え。

 

「くっ……陽炎、このままじゃ!」

 

「分かってるっ! けど……!」

 

 不知火の顔に焦りが浮かび始める。

 多くの死線を潜り抜けてきたからこそ、早く焦りを感じ始められた。

 

 黒潮も感じている。

 元々無理は上等な作戦であり状況。

 最低目標は時間稼ぎ、それすら達成することは危ういと。

 

 もしももう少しだけでも早く、誰かを犠牲に出来ていたなら。

 

 ここまで次の一手を悩む時間は必要なかったはずだ、しかし司令との連絡は繋げられてない。

 

「不知火」

 

「っ!? ……ええ」

 

 黒潮が牽制射撃を行い、同時に不知火へと視線を交わせた。

 

「!? ちょ、ちょっと!?」

 

「ま、これしかないやろ」

 

「陽炎は補給へ戻って下さい、それくらいの時間は稼ぎますから」

 

 隊列を崩して、陽炎の前へと二人は出る。

 

「ちょぉっち遅かったけど、まぁ陽炎、なんとかしてくれな」

 

「日本を、未来を……よろしくおねがいします」

 

 最後に一つだけ、笑みを浮かべて。

 元からしていた覚悟だ、実行するのに躊躇はない。

 陽炎自身、二人の瞳を見て止められないと悟ったし、培った戦人としての自分が正しいと言っていた。

 

 だが。

 

「無理だって。ほら」

 

 後ろを見れば、養成校との間を遮るように回り込んできた敵艦隊。

 

「あっちゃー……」

 

「はぁ、私達らしからぬミスでした」

 

「そうね。まぁ……敵艦隊は三、そして私達も三人。ちょうどいいんじゃない?」

 

 敵艦隊、いずれも軽巡洋艦を旗艦とし、駆逐艦を引き連れた水雷戦隊。

 深海棲艦が表情を浮かべることが出来るのなら、きっと腹の立つドヤ顔を覗かせていただろう。

 

「まぁっ! 悩む必要なくなったっちゅう話やで!」

 

「ええ、実に簡単ね。一人一隊、わかりやすいわ」

 

「そういう事! ……各員行動自由! ここが踏ん張りどころよっ! いつものようにっ! 勝って凱旋といきましょう!!」

 

 ――了解!

 

 

 

 三人は散開。

 それぞれが目標とした相手へと突撃した。

 それぞれが死地だと認めた場所へと歩を進めた。

 

 悲壮感はない。

 今から死ぬと分かって尚、心にあるのは共に帰るべき場所へと帰ることが出来た自分の姿。

 

 それでも、敢えて。

 敢えて一つだけ、些末に過ぎない程の後悔があるとするならば。

 

 ――恋くらい、したかったな。

 

 そんな思いが胸に過ぎって、陽炎の口角を上げた。

 

 その時。

 

「――は?」

 

 目の前で深海棲艦が爆ぜた。

 陽炎は何もしていない、むしろたった今照準を合わせ砲撃を放とうとしていた所。

 だと言うのに、重ねて黒煙が立ち上る。

 その数は一つ、二つ……呆気にとられてしまった僅かな時間で次々と増えていく。

 

「なに、が……?」

 

 つい数瞬前まで感じていた濃密な死の気配。

 それが黒煙と共に晴れていき、開けた視界の先に居たのは。

 

「ゆき、かぜ……?」

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 荒い息をつき、目には涙を浮かべ手足を震わせて。

 今にも海へと膝をついてしまいそうになっている雪風(希望)が居た。

 

「な――何やってるの!? さっさと戻れ! 戻りなさいっ!!」

 

「はぁっ! はぁっ! し、しれぇ、かんより伝達っ! 前線で戦っている一部の艦娘がこちらに向かってくれています! 到着まで約一時間!」

 

 援軍の言葉を嬉しく思うのも一瞬、ここが何処だと思っているのか。

 それは両者に言えることだろう、雪風は見るからにもう動けないと思える精神状態に陥っていると思えたし、陽炎自身戦場だと言うのに周囲を確認することもなく雪風へと駆け寄った。

 

「バカッ! 何のために私達がここで戦っていると思ってるの!? 状況伝達はわかったありがとう! だから早く、早く戻れっ!!」

 

「はぁっ……はぁ……ち、がう」

 

 小さくイヤイヤをするように首を横に振る雪風。

 何が違うのか。違うことがあるとすればここに雪風がいるという想定外。

 

「何がっ!? あんた何やってるか――」

 

「違いますっ! そうじゃないでしょう!? 陽炎さん(・・)が言うことはそうじゃないっ!!」

 

 言葉を重ねようとした陽炎を遮ったのは雪風の咆哮とも言える声。

 

「もう限界なんです! ここに来たこと、来てしまったことも! わけがわからないんだ! これが間違いなんて知っています! 戦いなんてまっぴらごめんだ! さっさと帰りたいに決まってる! だから(・・・)違うでしょう!? 陽炎さんが言うことは! そうじゃない!」

 

 雪風の気迫にその言葉にたじろぐ陽炎を。

 

「危ないっ! こんのおおおお!!」

 

 突き飛ばし背後から狙いをつけていた敵艦へ放った雪風の砲撃は、見事に直撃した。

 

「はぁっ! はぁっ! もうっ! 戦えないんですっ! 自分で戦いたいなんて思えるわけがないっ! こんな怖くて痛いこの場所から一刻も早く立ち去りたいっ! 私じゃダメなんですっ! 私だけじゃダメなんですっ!! だからっ(・・・)!」

 

 変わらず震える腕と足。

 目から溢れた涙は海へと消えた。

 

 理性は言っている。

 早く戻さないといけない、人類の希望を安全な場所へと。

 

 だが本能が言っている。

 

 雪風は。

 

「私や不知火、黒潮に弾薬の余裕はない。出来てあなたのフォローだけ」

 

「――はい」

 

 雪風は、未来(きぼう)だと。

 

「不知火、黒潮の救援へ急ぐっ! 行くわよっ!!」

 

「了解っ!!」

 



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一年目・雪風突撃

 怖い。

 

『ユキ! 右舷三時に魚雷発射っ!!』

 

「――つっ!」

 

 痛い。

 

『次っ! そのまままっすぐ砲撃っ!!』

 

「ん――のぉっ!!」

 

 わかってたよ。当たり前だ、戦うつもりどころかこんなところに来るつもりすら無かったんだから。

 頭の中に響く雪風の声と、音もなく感覚で知らされる次発装填完了の合図。

 ただただそれに従って、無我夢中でこの海を駆け抜ける。

 

「良いわよ雪風その調子っ! まずは不知火の救援に向かうっ!」

 

「りょう……かいっ!!」

 

 そうだ、そうですよ陽炎さん。あなたこそその調子です。

 すでに一歩も動けないんです、だから思う存分私を引っ張って下さい。

 

 あなたに命令されているから仕方なく。

 

 仕方なくでしか戦えないんだ。

 私しかここで陽炎さん達を助けることが出来なくて、私しか動ける人がいなくて、先に知れるはずのない後悔を知ってしまったんだから……!

 

『安心して下さい、雪風は……雪風は沈みませんからっ!』

 

「あてにしてる、からねっ!」

 

 カチリと装填完了の報せと共に再び砲撃を放つ。

 まるっきり狙いをつけているつもりはない、不知火さんとの単艦演習、その時より遥かに適当に撃ってるって自覚がある。

 

 だけど、あたる。

 

 雪風の声に従って、感覚に導かれるままに。

 そうして遠くに見える深海棲艦(ナニカ)が沈んだ。

 

 雪風の言葉が、ここで沈むはずがないという確信からくる言葉なのか、それとも別の何かなのか。

 それはわからない。

 ただわかること、唯一わかることは。

 

「見えたっ! 雪風っ!」

 

「はいっ!」

 

 今は必死に。命じられるがままに。

 救えない、救えなかった人たちを救うために。

 

「――っ!?」

 

「不知火っ! お待たせっ!」

 

 驚いてる、そりゃそうだよね。

 でもそんな暇は無い。心臓があるのかなんて思ったこともあったけど、そんなくだらない疑問は疑う余地もなく自己主張してくれていて。

 収めようと必死で夢中なんだもの。

 

「中破、か。久しぶりに見たわ不知火のそんなとこ」

 

「――何ですか? 不知火に何か落ち度でも?」

 

 何だ何だその余裕は。くそう、かっこいいな、いい笑顔過ぎるよ。

 

「全っ然っ! ばっちり花丸合格よ! よし、さっさと黒潮も迎えに行くわよっ!」

 

「了解っ!」

 

 ……うっわ。

 何が出来て私のフォローだけ、だ。

 二人揃った瞬間動きがぜんぜん違うじゃない。あーもう――

 

『帰っちゃダメですよ?』

 

「……流石私、でも思考の先読みはやめて」

 

 わかってるっての。

 むしろここから一人で帰る方が怖いよ。

 

『まだまだこれからですっ! ユキっ! 左舷十時!』

 

「もうっ! どうにでもしてっ!」

 

 まったく! 息をつく暇すら無いってね! 

 

 今の所敵艦隊の増援はない、か。

 三人揃って単縦陣、先頭は私、所謂旗艦ポジションってやつになるのかな?

 陽炎さんに前を走って欲しいけど、それだと私が置いていかれちゃうし仕方がない。

 

 分かってる。

 本当は私なんて捨て置いて早く黒潮さんのところに行きたいはずだ。

 それでも陽炎さんたちに比べたらまだまだ未熟もすぎる私だから。

 

 もしここで黒潮さんを、先なら不知火さんを失っても仕方ない。

 

 そう思われてるなんて十分に分かってる。

 

 けれど。

 

「そんなの、認めない」

 

 嫌なんだ。

 痛いのも、怖いのも、戦うことも嫌だ。

 でもそれ以上に重いものを背負って立つことが何より嫌なんだ。

 

 誰かの死の上に立って日々を生きていた。

 それが日常なんだって、仕方のないことなんだって。

 良いじゃないか、多少の我慢はしていたんだ。好きな食べ物を食べられなくなっても、一日三食が二食になっても我慢した。

 買いたいと思っていた服がいつの間にか手の届かないものになっても我慢した。

 

 友達が、私の背にお金の気配を見たことだって我慢した。

 

 それこそが窮屈になりつつある生活だけど、普通に日々を生きる条件だって思って。

 

 違った。

 重荷じゃないものを重いと思っていた。

 苦労しているんだって、我慢しているんだって。

 そんなの、全然重くもなんとも無かった。

 

『ユキっ!!』

 

「わかってる――てのぉ!!」

 

 魚雷を放つ。

 確認するまでもなくあたるって、わけのわからない確信がある。

 きっと海を渡るあの魚雷は深海棲艦と呼ばれる敵を穿ち沈め命を奪う。

 

 そうだ、命だ。

 

 ここには、あんまりにも重い命が多すぎる。

 

「何? 不知火。この程度でギブアップ?」

 

「やれやれ陽炎。冗談の質が落ちたわね」

 

 こんな戦場で、命が簡単に失われる場所で。

 後ろにいる二人はきっと笑っている。

 

 戦うことが当たり前で、戦いの最中で命を落としても、誰かのために命を燃やしてもそれで良いって心底思っているんだろう。

 

 そんな軽いようでバカみたいに重たい命。

 背負ってなんか、いられない。

 

「あっ!?」

 

 そんな時、不意に陽炎さんと不知火さんが飛び出した。

 慌てて速度をあげようとするけれど……やっぱり流石の教官って言うべきなんだろうな追いつけない。っていうかついに我慢できなくなったの? え、私置いてけぼり?

 

 なんて思っていたんだけど。

 

「……あっかんて陽炎」

 

「あによ」

 

「こういう時はちゃあんと白馬に乗っとかな」

 

「馬鹿」

 

 黒潮さんを穿つはずの魚雷。

 それから身を挺して陽炎さんが庇った、魚雷を発射したらしい敵艦は不知火さんによって沈められた。

 

 

 

「これで終わり……だったらいいんだけど」

 

「そらないわ。明らかに奴さんらは計画的にやろう動いとる、諦めるような局面やあらへんどころかまだまだ奇襲で得た有利を手放しとらんで。これで終いにはならんやろ」

 

 周りに深海棲艦の反応はないらしい。

 電探、って言うんだっけ? 私は今装備していないからわからないけど、装備しているらしい不知火さんが周囲警戒する中でのやり取り。

 

 私以外、皆中破。

 

 気持ちと体力以外は元気な私。損傷は至近弾によるかすり傷程度なもの。

 荒い息を整えながら、陽炎さんと黒潮さんの会話を聞く。

 

「でしょうね、言ってみただけよ。八丈で戦ってる味方の一部が援軍に来てくれるらしいけど……一時間、か」

 

「あの司令はんが希望的観測で物を言うわけないやろうけど、まぁおまけに三十分つけて一時間半。今まで経過した時間や護送船退避、もろもろいれてもやっぱり後一時間やろな」

 

 燃料はまだ大丈夫、だけど弾薬が足りない。

 ここでまだ継戦能力を有しているのは私だけなんだろう、自分の装備を点検し終わったらしい黒潮さんの視線が私を掠めてきた。

 

「……沿岸砲の支援可能位置まで下がりますか?」

 

「それは背水の陣よ? かと言ってここで戦い続けられるわけでもない、か」

 

 戻ってきた不知火さんの提案。陽炎さんは難しい顔をしながらもそれしか無いって感じだろうか。

 

「判断が難しいな、無線妨害が無ければね……指示を仰げるんだけど。流石に沿岸砲の支援が受けられるところまで下がれば通じるか」

 

「せやな。死力を尽くしてっちゅう話なら別やけど、そういうわけにもいかんやろ」

 

 あーうーそんな目で見ないで下さい黒潮さん。怒ってる? 怒ってますか? うう、堪忍してぇ……雪風あとでシメル。

 

「そういう意味ちゃうて」

 

「うう、すみません……」

 

 じゃあどういう意味ですかぁ……ほんとに。

 

「陽炎。敵艦反応アリよ」

 

「わかった、よし。なら時間稼ぎを最大目的として相手をしながらジリジリ後退していくわよ、牽制に使うのはもったいないけれど敵の頭を抑えながら」

 

「了解や」

 

 それで、良いのだろうか。

 いや、私は素人だし新人だし……何か言っても的外れになるんだろうけど。

 どうにも、嫌な感じがする。

 

『……ユキさん』

 

「あー……聞きたくない」

 

 今更ながらに理解した。こいつがこういう声をする時は絶対ろくなことを言わない。

 絶対そうだ、嫌な予感がビンビンだ。

 

『陽炎さんたちが補給完了するまで囮に――』

 

「絶対無理だから」

 

 はい却下。

 こいつは私を何だと思ってるんだ、私はあんたじゃないんだぞ。

 それをしたいなら歴戦の勇士であるあんたがこの前みたいに私の身体を乗っ取ってどうぞ。

 

 ……けれど。

 

 雪風がそう言いたくなる気持ちもわかる。

 いや、陽炎さんだって気づいているだろう。

 

 深海棲艦の目的は私だと。

 

「来るわよ。陣形は複縦陣、私は雪風の直衛につくから二人共牽制頼んだ」

 

「了解」

 

 だからこんな言葉が出る。

 理由はわからない、けれどあいつらの目的は養成施設なんかじゃない、私なんだ。

 何を馬鹿なことなんて思うし口から出したいけれど、黒潮さんと合流するまでにあった戦闘、いずれも敵の攻撃は私に集中していた。

 教えてもらったセオリー、相手の弱点を狙えって言葉に深海棲艦が従っているにしてもなりふり構わず過ぎると感じる場面だらけだったし、間違いないだろう。

 

 きっと陽炎さんは私が気づいていることに気づいていない。

 気づかないように、余計な心配をかけないようにと気遣われながらもジリジリと下がっていく。

 

 前で牽制している不知火さんや黒潮さんでさえ、やっぱり余裕は無いんだろうだからこそ私のことを気にかけてるってわかった。

 新人で足手まといの私を疎ましく、じゃあないけれどそういった気遣いじゃないくらいわかるよ。

 

「大丈夫、大丈夫だからね雪風。あなたは私達が絶対に守ってみせる」

 

「……」

 

 これじゃあ本末転倒だ。

 陽炎さんは守るだろう私を、それこそ命をかけて。

 それじゃあダメなんだ、私は陽炎さんはもちろん不知火さんや黒潮さんの命を背負うなんて出来ないししたくない。

 

 私は、私だけで精一杯だから。

 

 どうすればいい? どうすれば皆生き残る事ができる?

 雪風の言うように囮となればいい? いや、絶対陽炎さんは許さないよね、無視して突撃しようものなら絶対についてくる。

 かと言って沿岸砲の支援可能位置に辿り着けたとしてもそこで戦えるだけの弾薬があるかは怪しい所。

 

 そんなことを考えている時、だった。

 

「っつあ!?」

 

「黒潮っ!?」

 

 何の前触れもなく、黒潮さんの艤装から黒煙が吹き出した。

 慌てて黒潮さんに近寄ろうとした不知火さんの艤装も。

 

「ぐっ!?」

 

「不知火!!」

 

 同じく似たような黒煙が昇る。

 

「……メンテは、欠かして無かったんやけどなぁ」

 

「それでもタイミングってものがあるわ……っく、ここまで来て」

 

 ブスンプスンと妙に情けない音を立てて。

 わかりたくないけどわかってしまった。

 

 これは、艤装の限界だ、寿命だ。

 

 珍しいことなんだろう、目に見えて慌ててる陽炎さんに対して、二人は何かを悟った様子で。

 そんな三人を見て、私の心は不思議と落ち着き始めた。

 

 だから。

 

「こうなったらしゃあないわ、陽炎」

 

「ええ、今度こそ後を――」

 

 

「その必要は、ありません」

 

 

 落ち着いた心で、静かに口にできた。

 

「私が、囮になります」

 

「な、何言ってるのよ雪風!! 私達は、あんたを――」

 

「嫌なんですよ、私」

 

 そうだ、私は嫌だ。

 誰かのために戦うとか、誰かのために犠牲となるとか。

 だったら私が、とも思えない。

 

「ただ何も出来ず突撃(カミカゼ)なんて私以上の馬鹿です。簡単な話です、この場で全員が生き残る可能性が高い方法がそれだけって話です」

 

 そうさ、それが言い訳よ。

 それしか出来ないから、イヤイヤだけどやるしかない。

 

 言ったでしょう? 私はそうじゃないと動けないんだ。

 

「大丈夫です、陽炎さんが補給し終わってまた戻ってきてくれるって信じてます。それまで、それまでくらいだったら――」

 

 ――雪風は、沈みませんから。

 

 私をあなた達が沈む理由にしないで、命を背負わせないで。

 そんな悲壮な重荷はいらない、背負えない。

 

 だったらどうする?

 簡単だ、全員生き残られるように最大限のことをしろ。するんだ。

 

「雪風っ!?」

 

 あぁ、でも急いで下さいね陽炎さん。

 私は、根性なしですから。ここにバケツがあればなぁなんて馬鹿なこと考える軟弱者ですから。

 

「雪風、頼んだよ」

 

『はい……! 大丈夫っ! 私は、私達は死神なんかじゃないですっ!』

 

 死神、か。

 その言葉の意味はよくわからないけれど。

 

「雪風っ!! 抜錨しますっ!!」

 



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一年目・単艦実演

『良いですかユキ、私達はこれから八丈方面から来ると思われる援軍に向かって進軍します』

 

「……時間短縮ってわけね?」

 

 姿は見えないけど頷かれた気がする。

 そうだ、敵の目的が私なんだとすれば私に引っ張られてついてくるはず。

 引っ張りながら援軍の方へと向かえばそれだけ合流が早くなって、敵を殲滅だって出来るでしょう。

 

『はい。ですが注意点があります』

 

「注意点?」

 

『燃料はまだまだ大丈夫、ですけど会敵する相手を逐一相手にしていたら弾薬が足りません』

 

 そりゃそうか。さっきまでそれで散々頭を悩まされたんだ。

 あぁなんだつまり。

 

「……可能な限り砲撃も、魚雷も撃つなってことね」

 

『相当、どころじゃないですけど厳しい条件です。それでも……』

 

 なんて無理ゲー。ド新人のド素人がやることじゃない。

 馬鹿にしてるよほんとに、だけど。

 

「わかった。やる」

 

『ユキ……』

 

 出来る出来ないじゃあないんだ。

 荷物を背負いたくないって決めた、誰の死も認めないって決めたんだ。

 だったらやるしかない。それしか手段がなくて、望む未来にたどり着けないのなら。

 

『大丈夫、私が、絶対に沈めませんからっ! 絶対、大丈夫っ!』

 

「ええ、存分に頼らさせてもらいますとも……行くわよっ!!」

 

 いい加減脳内会議も終了だ、敵艦が見えてきた。

 

 ……やっぱり、怖い。

 どれだけ無理やり納得しようとしても、これから訪れるだろう恐怖や痛み。そのことを思えば腰が砕けそうになる。

 

『敵艦発見! ユキ! 面舵一杯! 半速で!』

 

「あーもう! 左右か時計で教えて! 右よね右でいいのよね!?」

 

『はいっ!』

 

 ええいちくしょう! 女は度胸! やってやりますとも!

 

 ぐっと前傾姿勢をとって右方向へ。

 可能な限り速力を上げて曲がってみればその瞬間私が居た場所に砲撃が着弾した。

 

 ほんとに、怖い。

 

『そのままっ! まだ撃っちゃダメですよ……まだ、まだ……いまっ!!』

 

「いっけぇっ!!」

 

 やっぱりあたる。

 ええっと、あれは旗艦、かな? 水雷戦隊って言ったっけ? 教科書で見た軽巡ホ級ってやつだよね。

 

『ちゃーくだーん! ですっ! ユキ! 全速、いけますね! 引き離しますよ!』

 

「いかなきゃ、ダメなんでしょう!?」

 

 あーもういいや! そうよ、この戦闘が終わればまた訓練の日々よ!

 重っ苦しい座学とバケツのお世話になる毎日が待っている!

 その時もう一回覚えればいい! 今度は真面目にちゃんと聞くよ!

 

「っつぅ!」

 

 危ない、転けそうになった。

 

 全速なんて初めて出したよ、雪風は……約35ノット出るんだっけ? 時速で言うなら64キロくらい、かな?

 大型バイクなんて乗ったことは無いから知らなかった。感じる風はこんなに強くて、速いんだ。

 

 目から風に流されて雫が飛んでいった。

 あぁ、知らない間に泣いていたんだ、ほんとに気づかなかった。

 なんで泣いているんだろうなんて疑問にすら思わない。

 

 だってずっとずっと最初から、怖くてたまらない。

 艦娘になってから報われたことなんて無かった、まだたかが一ヶ月のはずなのにそんな風に思う。

 

 ただそれでも。

 

『私は……! 死神なんかじゃないですっ!!』

 

 誰に向けていった言葉だろう雪風のセリフ。

 それが何故か、どうしようもなく頷けてしまって。

 

 ここで自分さえ死んでしまえばこの深海棲艦の侵攻は止まるのかも知れない。

 うっすら気づいていたもう一つの解決方法。それには目を背けて。

 

『艦隊を、皆を! お守りします! 守ってみせます! 守るんだからっ!!』

 

 胸が苦しくなるほど、狂おしいほどの切望。

 私が聞いていると忘れている、戦っているのは私だっていうことも。

 いや、雪風も戦っているんだろう私と一緒に。

 

『くっ、ユキ! 魚雷来ますっ! そのまま更に取り舵一杯!!』

 

「だから左右で言って! あーもう! まっがれええええええ!!」

 

 ぐぐぐっと身体にかかる重力で潰されそうになる。全速でこんなことするの初めてなんだってば! もうっ!

 

「きゃあっ!?」

 

『ユキ!? ユキっ! 頑張って! 大丈夫、大丈夫ですから!!』

 

 曲がりきれなかった……! 敵砲弾が身体を掠めた!

 ぞわぞわと足元から恐怖が這い登ってくる、怖い! ……怖い!!

 

「はぁ……っ! はぁっ!!」

 

 背中に冷たさが奔る。

 思わず目が覚めた時受けた傷のことを思い出してしまう。

 

 あんなに痛いのは、嫌だ、嫌だ!

 ここには私一人だけしかいないんだ! だれも助けてくれないんだ!

 

 ――誰も、いない?

 

「い――嫌だぁあああああ!! こんのぉおおおおお!?」

 

『ユキっ!? ダメっ! ダメです! 相手をしたらダメ!! 落ち着いて!!』

 

 嫌だ、痛いのは嫌だ! 怖い! 怖いのも嫌だ! 一人ぼっちで死んじゃうなんて嫌だ!

 そうだ反撃だ! 攻撃できるじゃない!

 

「砲撃――っ! 魚雷――っ!!」

 

『だめっ! だめぇええええええ!!』

 

 煩いよ! 大丈夫だって! ほらあたる! あたるんだって!

 私は戦えてるっ! 敵を倒せてるっ!!

 

「あは、あははははっ! 何よ簡単じゃない! 流石私はフォーナインっ! これくらい――」

 

『避けてっ!!』

 

 ――あ。

 

 ほう、げき?

 だめ、これ、避けられない。

 

「ぐぅっ!?」

 

『ユキっ! ユキっ! はやく、はやくその場から動いて下さい!!』

 

 い、たい。

 なに、何があたった? 砲撃? 魚雷?

 

 あ、違う。

 痛いのは。

 

「いま、から……?」

 

『いや、いやあああああああ!?』

 

 

 

 ――この、疫病神が。

 

 あぁ、これは夢だ。

 ううん、違うか。違うのなら走馬灯だ。

 自分が死んじゃう寸前に、見ちゃうやつ。

 

 走馬灯が教えてくれたのは冷たい視線と言葉。私に覚えはない。

 だとしたらこれはきっと雪風の記憶、過去。

 

 ――死神め。

 

 ひどい言い草だ。

 戦って戦って、生き抜いて戦い抜いてたどり着いた場所で向けられる言葉じゃない。

 それでも下唇を噛みながらも耐えている。

 

 走馬灯は過去の描写機。

 スライドショーのように流れていく記憶には、ただの一度も誉れの言葉が無かった。

 

 ずっと。

 ずっと。

 

 雪風(わたし)は。

 

 仲間を見送って、戻れば罵倒が待っていて。

 そんな中で、ずっと。

 

「戦って……いたんだ……!」

 

 悔しい。

 何が悔しいって。

 

「私は……こんな女じゃないっ!!」

 

 耐え難きを耐え、忍び続ける大和撫子なんかじゃない。

 まっぴらごめんだ、時代遅れも甚だしい。バリバリ現代っ子の何が悪い。

 

 孤独に誰にも頼らず、認められず戦い抜くなんて、耐えられない。

 

 だから絶対。

 

艦娘(戦う人)になんか――なるもんかあぁああああああ!!」

 

『っ!?』

 

 そうよ! 艦娘(戦う人)なんかじゃない! 私は人間(戦える人)がいい!

 陽炎さんも言ってたじゃないか! 今だ、今なんだ! そうなるべき時は今なんだ!

 

 動け! 私なら動けるでしょう!?

 ここで出来ないでどうする!? ここで雪風にまた見送らせるの!?

 

 勝手にテンパって! 雪風を無視して! 自分勝手に!!

 

 ありえないったらっ!!

 

「うああああああああああっ!!」

 

 至近弾っ!! これもあれも全部! 至近弾っ!!

 痛くない! 痛くないったら痛くない!!

 

「雪風っ!! 次はっ!?」

 

『つ、次……?』

 

 あぁもうっ! ぼーっとしてないの!

 

「テンパった! ごめん! ここからどうしたらいい!? 私が生きるためには! どうしたらいい!?」

 

 雪風は私だ! どうあがいても認められなくても信じられなくても私なんだ!

 重荷を放棄した私が、私に重荷を背負わせてどうするんだ!

 

 黒煙が目に染みるけど! 体中痛すぎて何が何だか分からないけれど!

 

「雪風っ!!」

 

『っ!!』

 

 指示を頂戴! 私には、まだ何も知らない私には! 情けないけどここからどうすれば良いのかわからないから! 

 

『円陣型に囲まれつつあります、ですがまだ包囲は完成していません……この場でできることは唯一つ、一点突破のみ』

 

「一点突破……!」

 

『単純です。今目の前にいる敵艦、あれに向かって突撃あるのみ……出来ますか?』

 

「やってみせる……!」

 

 やってやる。やってやりますとも。

 それしか生き残る術がないのなら、その先に私の命があるのなら。

 

『大丈夫……だって――』

 

「雪風は――」

 

 ――沈まないからっ(沈みませんからっ)!!

 

 突、撃――!!

 

 心に決めた瞬間から、景色がスローモーションで流れ始めた。

 前と言えば見えるのは駆逐艦が二隻、今歪な口から砲塔が覗かせている。

 

 ぐっと前に進もうとしてみれば、力がいまいち入らない――構わない。

 砲撃をしてみようとすれば、へしゃげている主砲の砲塔――問題ない。

 カチリと感じた感触を確かめてみれば発射準備可能魚雷――最高ね。

 

 まずは魚雷。

 分かってる、適当に放てば適当な誰かにあたるって。

 だけど今、適当は許されない。

 

 しっかり狙って、相手の行動を予測して。

 

「――」

 

 放った魚雷はまっすぐに。

 あぁそうだ、確かこう、砲撃を相手の回避運動するだろう先に置くんだ。

 

 ……なんだ、やっぱり不知火さんってすごいんだ。

 あの人に比べたら、全然なってない。

 

 行け、行くんだ。

 前に出ろ、足。

 動け、私の身体。

 

「ああああああああああ!!」

 

 怖くない。

 何より怖いものはさっき知った、知ることが出来た。

 だったら止まるな。叶えるな。

 

 私には、あぁ私には。

 

「邪魔よっ!! どけぇええええええ!!」

 

 周りであがる水柱、水飛沫。

 見えない、知らない。

 

 私にはもう、生き残る道(目の前)しかわからない。

 

『ユキっ!!』

 

「と――っぱああああああ!!」

 

 最後に思いっきり砲撃を放って。

 昇る爆炎を突き抜けて。

 

 私は。

 

「どうだっ!! 雪風っ!!」

 

『はい……はいっ!! 流石ですっ! ユキっ!!』

 

 やった、やったよ! 抜けてやったよざまぁみろっ!

 

『後ろは私が見ますっ! 進路そのままっ!』

 

「了解っ!!」

 

 だけどやっぱり。

 

「あ、れ……?」

 

『っ!?』

 

 足がもつれる、膝が海につく。

 

 あーあー……本当に。

 これでも体力に自信はあったんだ、ほんとだよ?

 学校であるじゃない? スポーツ大会なんて。

 いつだって私は上位だったんだ、クラスのちょっとした英雄だったんだ。

 

 ふふ、ほんと。

 

「そんなんじゃ、甘すぎるなんて……もう分かっていたのにね」

 

『ユキっ!!』

 

 ごめん雪風。

 私、やっぱり根性なしだ。

 

 ――主砲、一斉射っ!! てぇええええ!!

 

 幻聴? あぁ、やれやれだ。

 どうやら走馬灯の次は三途の川だ。

 おいでおいでと手招きしているのは、誰だろう?

 

 その手招きしている誰かは、勇ましい声のもと、私に近づいて。

 

「……よく、持ちこたえた……!」

 

「あ、はは……出来れば、天国に行きたい、かな……」

 

 海の上では感じることのないだろう感触に包まれて、意識を失った。

 

 

 



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一年目・雪風生還

「黒潮と不知火は?」

 

「入渠中だ。本来であれば一刻も早くここを離れなければならないんだがな……ありえないことに、離れる理由が無くなってしまった」

 

 久しぶりだろう、鉄面皮の奥から現れた表情は苦笑い。

 

 養成所近海において深海棲艦の反応は加速的に消えつつある、八丈に集まっていた戦力の一部より援軍が到着し既に掃討段階。

 通信環境が回復し、現在護衛退避として雪風も撤退途中との報せが司令官の元に届いたのは、補給を完了させた陽炎が中破姿のまま再出撃しようとしたその時。

 

「どうして、雪風の出撃を認めたの?」

 

「認めたわけじゃない、止められなかったのだ。あぁも簡単に命令違反されてしまうとな」

 

 苦笑いの中に含まれた別の何か。

 情けないとも思ったのだろう、電波妨害により陽炎と連絡は取れず、戦力未満と見ていた新人に縋るしか出来なかったことを。

 報告を受けた時以上の衝撃で、しばらく思考放棄すらしてしまったことを。

 

 陽炎とて最早今の状況は予想の中に無かったし、想定外が過ぎる。

 まさか艦娘歴十年に届くかどうかの自分(ベテラン)がどうにも出来なかった状況の突破口を、新人が拓くなんてと。

 

「……黒潮と不知火は、おそらくもう戦えまい。艤装、各部機関がダメになっていた」

 

「そっか……」

 

 今後どうなるのか。

 最早陽炎含めて人間に戻ることが叶わないということは既に理解している。

 ならば何処かの鎮守府で、提督の補佐でもすることになるのかも知れない。

 

 同時に理解した。

 同期が、同じ軌跡を共に歩んできたものがそうなったということは、遅かれ早かれ。いや、もう次に出撃でもあれば、陽炎も同じ道を辿ってしまうだろうことを。

 

「ただ、貴様を含めて腐らせるには勿体ないという認識が軍上層部にあるだろう。何かしらの方法があるかもしれん」

 

「ふふ、良いのよ司令、気を使わなくて。本来なら、ここが私達の死に場所だったんだから……命があるだけでも、儲けものよ」

 

 未だ整理しきれない思考の中であってもそう思う。

 これから待っているのは生き恥と言える余生だとしても、何か出来ることはあるはずだと。

 

 少なくとも、生に執着することが悪いことではないと、今更思えるようになったのは雪風のおかげだろう。

 

 戦場で華々しく命を燃やす、散り際は潔く。

 いつの間にか当たり前となっていたそれが、ただの諦観であったのかもしれないなんて。

 

「それで……これからどうなりそう?」

 

「まだ各部と話をしたわけではない故あくまでも予想だが――」

 

 前置きの上で司令は言葉を続ける。

 

 今回の件で八丈、ひいては第一駆逐艦養成所近海での緊張感が高まった。

 流石にいつ警戒状態へ巻き込まれるかわからなくなった場所で養成所を稼働するのは難しい、一時的か当面か、別所を利用して養成は進められるだろうと。

 

「……雪風は?」

 

「正直不透明だ。もしかするのなら、最前線とは言わずとも前線に配属される可能性もある。個人的には、奴だからこそしっかりと養成を進めたいと思っているのだがな」

 

 思っても見なかった、という言葉が当てはまるだろう今回雪風があげた功績は。

 フォーナインの実戦配備をと息巻いていた者達にすれば値千金とも言える結果であり、慎重論を唱えて居た者達にとっても同じく無駄遣いにしないためと唱える理由になる。

 雪風の処遇に関しては恐らく決定まである程度の時間を要することになるだろう、命令違反に関しての処罰は有耶無耶に。

 

「意見を言って良いのなら――」

 

「聞こう」

 

「――慎重に養成を続けるべきでしょうね」

 

 陽炎、養成監督として言うのなら。

 今回の戦果に照らし合わせるだけならば教習課程は全て完了したと言ってもいいだろう、課程あがりたての新人でさえあげられないほどの功績であり戦果だ。

 しかしその内実、陽炎の中にある雪風に対して何もしていないという感覚。

 

「叶うのであれば、私は今後雪風専属の教官になりたい」

 

 最早雪風は特別という枠を超えている。

 他の艦娘と同じことをしてもそれは害にしかならないだろう、その確信がある。

 一番近い位置で、誰よりも先に雪風を守り、導く存在が必要で、そんな存在になりたいと陽炎は目の奥に決意を漲らせた。

 

「わかった。最大限尊重することを約束する。報告書に一文を添えておいてくれ」

 

「了解……ありがとう、司令」

 

 この人がこう言ったのなら叶うだろう。

 司令と陽炎、それは双方の感覚。

 

「さて、小さな救世主のご帰還だ」

 

 揃って窓の外を見れば、遠くに見える艦娘の姿。

 

「迎えて、一緒に入渠していいのよね?」

 

「無論だ。こちらのことは心配するな」

 

 外を眺め続ける司令に向かって敬礼を一つ。

 そのまま向かっただろう陽炎に視線を返せず、見続ける景色に。

 

「……やれやれ、本当に。今期の新人は」

 

 雪風が着いた波止場、そこに向かって一直線に。

 陽炎でも、黒潮でも不知火でもない小さな影が映ったことへ、微笑みながら頭を抱えた。

 

 

 

「起きなさいっ!!」

 

「へぶっ!?」

 

 入渠も終わり、雪風自室のベッド上。

 先程の戦闘からは想像もできないほど穏やかな顔で眠る雪風に対して。いや、眠りこける図太いのか怠け者なのかわからない存在に対してついに霞の堪忍袋の緒が切れた。

 

「へぅっ!? お、お花畑は!? おばあちゃん!?」

 

「なぁに言ってるのよこのクズっ! 命令ぶっちぎりのおバカっ! ちゃっちゃと目を覚ましなさいっ!」

 

 起きたてほやほやの雪風はまったく現状を把握できていない。

 何事かと忙しなく視線を巡らせるて、ようやく目端に涙の跡が残っている霞の存在へと気がついた。

 

「え、えと、霞、さん?」

 

「ええそうよ霞よっ! 急に護送船から飛び出てどっかいった誰かさんを心配して胃痛に悩んだ霞さんですよっ!」

 

 何を怒っているのだろうかと一瞬首をかしげる雪風ではあるが、段々意識が鮮明になっていくと共に顔を青ざめる。

 命令違反になるんだなーとか、思考や視界が狭かったなーだとか。

 

「ごめんなさい、心配、かけちゃいました」

 

 誰かに心配かけてしまったとか。

 

「し、心配なんかしてないしっ! 私は同期の有能なくせに落ちこぼれなクズにムカついてるだけだしっ!」

 

「あははー申し訳ありません」

 

 おおよそ霞という艦娘に慣れ始めた雪風の表情はどことなく嬉しそうで。

 こっそり生きて帰ってこれたという事実を噛み締めている。

 

「……霞さん」

 

「あによっ!」

 

 ただ言っておかなければならないことがあった。

 謝罪の言葉でも、感謝の言葉でもなく。

 どうしようもなく譲れない決意の下に。

 

「私、やっぱり遺書は書きません。これからも、ずっと」

 

「……そ」

 

 生き抜く。

 艦娘としてでも、戦うものとしてでもなく。

 ただただこの世界に存在する唯一の命として。

 

「もう文句も言えないわよ……ったく、そうね。あんたはそれで、良いのかもね」

 

「――はい」

 

 あの護送船から飛び出す前の雪風が持っていなかった瞳の奥にあるもの。

 それを見た霞は納得せざるを得なかった、いや、認めてしまった。

 

 雪風は、どうしようもなく戦いに向いていない人間だけど。

 少なくともここにいる誰よりも戦える人だと。

 

「まったく、外までもろ聞こえよ? 霞も、怪我人相手に大声出さないの」

 

「か、陽炎教官っ!?」

 

「はい教官です。……あぁ、敬礼は良いって二人共」

 

 部屋へ入ってきたのは陽炎。

 慌てて敬礼を取ろうとした霞へ一目、なんとか続こうとした雪風を思いやって。

 

「雪風……よく、よく戻ってきてくれたわ」

 

「陽炎さん……はい、雪風、生還しました」

 

 霞がいる前でなければ、泣いていたかも知れない陽炎。

 こうして守るべきはずの者に救われてしまった情けなさ、どうあがいても失われてしまうだろう希望が帰ってきてくれた喜び。

 胸中は、この上なく複雑で。

 気を緩めてしまえば、下げてしまいそうな頭を堪える。

 

「とりあえず、雪風の命令違反はお目溢し。霞の命令違反は後で私のお説教ね」

 

「う……」

 

 小さく呻く霞へと苦笑いを一つ陽炎は浮かべて。

 

「今後について話すわ。まだ細部まで決まってはいないけれどね」

 

「はい」

 

 自然と気をつけの姿勢をとった霞へ楽にして頂戴と言った後、陽炎と雪風が入渠中に決まったことを口にする。

 

「まず今期の新人教導は場所を変えて継続。流石に緊張感の高まったここでは厳しいからね、少し西へ行って東海……佐久島の第三駆逐艦養成所を間借りすることになったわ。既にあんた達以外の艦娘は陸路で向かう手筈でその道中よ」

 

 霞の眉がピクリと動く。

 第三駆逐艦養成所は、所謂バイト艦の短期養成所だ。栄光あると言えば大げさではあるが、第一養成所に入れた霞からすれば少し抵抗感のある場所とも言える。

 

「まぁ気持ちはわからないでもないわ。でも安心、かどうかはわからないけど雪風と霞は少し違う」

 

「違う、ですか?」

 

 正直な所雪風はこの手のことに対して無知だ。

 あーここに居られなくなるんだなぁ程度にしか思っていない。

 

「話がまとまれば正式な辞令が出るけど先に伝える。雪風、霞の両名は佐久島輸送基地、その輸送艦隊へ配属。養成を受けると共に、輸送任務にも従事してもらう」

 

「っ!」

 

 軍上層部、雪風に対する積極派と慎重派、その折衷案がこれだった。

 養成途中である雪風、霞の教練を続けながら駆逐艦の一つである輸送作戦の経験も積む。

 積極派にしてみれば様々な分野で雪風を使えるようになる為の一手でもあったし、慎重派にしてみればさらなる教練を受けさせる為の一手。

 

 各地前線で戦うほどではないが、輸送作戦とてそれなりに危険は伴う。

 安全なルートの確立はすでに済んでいるが、それでも完全に会敵の可能性が無くなったわけではない。

 後方任務へ従事している戦えない艦娘達を守る護衛戦が発生することもあるだろう。

 

 陽炎にしても、雪風に足りていないものを補うには良い采配だと思っている。

 体力、精神力、もちろんその他諸々。

 

 一番頭を捻ったのは霞の扱い方。

 他の同期達と一緒に養成を受けるのは腐らせるに等しいし、雪風と共に戦えるかと言えばまだ足りていない。

 伸び代を考えるなら十分ではあったが、それでもである。

 

「安心しなさい。雪風、霞の教導は引き続き私が請け負うから」

 

「……安心できる材料が何一つないんですがそれは」

 

「あん?」

 

「な、なんでもないです」

 

 雪風に睨みをいれつつも陽炎はこれが最善だろうと考える。

 

 黒潮、不知火に関しても佐久島で裏方に回る手筈になっている。戦えなくなったにしても出来ることはあると前向きに考えられる二人に陽炎がまた泣きそうになっていたのは秘密の話。

 主に陽炎へのバックアップとも言える配置で、話を上手く回してくれたのだろう司令への感謝もある。

 

「陽炎教官」

 

「何?」

 

「私は、本当に雪風と一緒にいて良いんでしょうか」

 

 真っ直ぐに陽炎の目を見て話す霞。

 戸惑いがあるわけではない、ただ一つあったのは高貴高潔な信念。

 

 おこぼれに甘んじたくない。

 

「……安心して。別に都合よく使ったつもりはない。あなただからこそでた話で決定よ」

 

「そう、ですか」

 

 瞑目した霞、今の言葉をどう心で処理するのか。

 

 事実として霞が嫌だと感じる理由が無かったわけではない。

 雪風を大事にしたいからこそ、比較的というより唯一親交のある存在をつけたという考えが軍部にはある。

 

 ただ陽炎自身にその考えは無かった。

 

 今はまだただの原石に等しい霞ではあるが、雪風に負けず劣らない輝きを放つだろうと確信がある。

 

「小難しい話をしてしまったけれど、改めて。今回の作戦、よくやってくれたわ。これからも一緒に、頑張りましょう」

 

「はい」

 

 そう言って陽炎は柔らかい笑みを浮かべた後、部屋を後にした。

 

 残された霞は未だ何かを考えているようで。

 

「霞さん」

 

「ん、何?」

 

 何となくではあるし、願望でもあるのだろう。

 

「これからも、よろしくおねがいしますね!」

 

「……ええ、まぁ、よろしくしてあげないこともないわ」

 

 初めての戦友で、これからずっと続く友達候補と握手で結んだ。

 




第一部完!
今後の投稿に興味頂ける方は活動報告をアップするのでお手数ですがご一読頂ければ幸いです。


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一章 閑話
霞さんは求めたい ①


 もう少し肩の力を抜いたら?

 

 私の普通が、他人にとって息苦しいものであると気づいたのはそんな言葉。

 それも特になんでもない場面で言われたものだから尚更だった。

 

 どうにも私は自分に厳しすぎるらしい。

 でもそうでしょう? 誰かに物を言うのなら、それ相応の器や実力を持っていなければならない。

 自分より遥かに劣る誰かから指示や命令をされたい? 私はごめんだわ。

 

 だからといって、そんな考えを誰かに押し付けたり求めたつもりはない。

 ただ、興味っていう範疇から外してしまうだけだ。

 

 エリートと言う言葉が、華々しい経歴を持っていたり、有能であるということの代名詞であるというのなら、私はノンキャリアというか雑草なのだろう。

 特別優秀な両親の下に生まれたわけでもなければ、家柄が良いというわけでもない。

 そんなものだから護国の志だとか、お国のためにって言葉が家族からでたことはなかった。

 

 それでも艦娘を志した理由は、やっぱり自分の普通を普通と思える場所が欲しかったんだろうと思う。

 恥ずかしくて誰にも言えないけれど、所謂自分の居場所探しって奴よ。

 

 変に気を回して愛想笑いなんかする必要もなく、自分らしくいられる場所。

 

 誰と話していても、愛想笑いばかりする私だったから。最後にお腹を抱えて笑えたのは、心の底から笑えたのが何時だったか忘れてしまった私だから。

 

 だから私は艦娘を志した。

 思わず自分と同じ名前の艦娘適性があった時には少しだけ愉快な気持ちになりもした。

 あいにく残念と、適性値は30%と低い値で。居場所探しのためには難しい試験をパスしなくちゃならなかったけど。

 

 ううん、それで良かった。それが良かった。

 

 少なくとも周りに公言することで、頑張ってるんだなって温かい視線を送ってもらえたし、煩わしい人間関係をシャットアウトできた。

 愛想笑いを浮かべる必要もなくなって、ただ艦娘試験勉強へ一生懸命になれたのだから。

 

 目指すは第一駆逐艦養成所。

 高適性値の人はわからないけど、50%を超えない適性値であっても艦娘を志す人は、必死に勉強を重ねて目指す場所。

 性格的にやるからには最高の結果をっていうのはもちろん。どうやら自他共に厳しいらしい私だから、そんなところでもなければ居場所と思えないだろうって理由もある。

 

「ふふ、ガンガンいってやるんだから」

 

 ただそうして先を見据えた時、不思議と毎日が楽しくなった。

 目標に向かって邁進するというのは心地が良いものだったし、やっぱり煩わしさから開放されたからだろう。

 

 予感もある。

 

 きっと、試験をパスできて、そこへたどり着けたのなら、私は最高に自分らしく過ごすことが出来るって。

 

 

 

 そんな期待は、半分叶ったと言えた。

 目を見て理解した、この人達は自分に自信をもってやってきたと。

 自信とは裏打ちされた努力がなければ生まれない。ならばこの人達も私のように努力を積み重ねてここまでやってきたんだろう。

 唯一不満なのは。

 

 ――あの子が、フォーナイン……

 

 話を聞いた時は何の冗談かと。99.99%なんてあり得るのかと。

 まぁそれはいいのよ問題ない、問題なのは。

 

 ――あんな子が……!

 

 合格した喜びを一緒に噛み締めていた人が、今度は奥歯を噛み締めた。

 私も、同じ思いだった。

 

 見るからにやる気がない、この世の不幸を一身に受けたなんてヒロインのオーラを纏わりつかせている、雪風という駆逐艦娘。

 

 当然癪に障った、当たり前だ。

 聞けばバカみたいな適性値のおかげで、何の障害もなくここにたどり着いたというんだ、私達の努力を踏み躙られた気分だった。

 ここは選ばれた存在(・・・・・・)が来る場所だ、あんたみたいなヤツが来て良いところじゃない。

 

 入軍宣誓をして、訓練が始まって。

 皆と一緒にやるはずのそれが、一人だけ勉強する中何度も名前が出てきた人からマンツーマンで教導されている光景を見て。

 まるで私達はおまけ扱い。

 腹立たしい気持ちはとどまることを知らなくて。

 

 自分の信条とは別に、村八分状態になっていく彼女へざまぁみろなんて思ってしまった。

 

 思えばクズどころじゃない、ゲスと言って良かった私。

 遠征で深海棲艦と会敵したって話を聞いて、無事に帰ってこれた雪風の姿を見た時、教官達へ迷惑をかけて何してるんだだけじゃなく。

 

 ――なんで生きて帰ってきたのよ、沈めばよかったのに。

 

 なんてすら思ってしまった。

 

 だから雪風と不知火教官の単艦演習を、雪風の顔を見て私はそう思った少し前の自分を殺したくなったんだ。

 

 外から見てるだけで心底本気加減が伝わってくる不知火教官。

 きっと雪風の場所に私が立っていたのなら、足が竦んで動けなくなるって確信がある。

 

 それでも、雪風は動いた。

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、手を、足を震わせながら。

 決して後退しなかった。

 

 そうしてようやく気づいたんだ。

 雪風は確かに適性値が理由でここに来たけれど、適性値を理由にただの一度も逃げてなかったことに。

 私達から村八分にされようと、長距離航海練習で深海棲艦に襲われようと。

 

 決して。

 決してあの子は逃げず、立ち向かっていた。

 

 それに比べて私はどうだ。

 自分に厳しい? バカを言っちゃいけない、ゲロ甘も良いところ。

 黒潮教官が言ったレッテルを雪風に貼り付けて、勝手に色眼鏡越しに雪風を決めつけた。

 そうして自分を守った、無意識にマイノリティから逃げた。

 

 バカだ、クズだ、ゲスという言葉すら生ぬるい。

 

 謝ろう。許されるかはわからない、でも今の自分を自分で許せないから。

 

 

 

 友達って存在がわからない私が、友達と言って良いのかわからないけど。

 少なくとも最低を脱却しただろう私から見て、雪風は不思議な子だった。

 

 実年齢は、同じくらいだろうか。

 人のことは言えないけれど、小さな身体で大きなどんぶりを抱え食べる姿は子供そのもの。

 いや、食べ方の話をしたいわけじゃない。

 

 なんと言うか、やっぱり最初に思った通り雪風は適性値以外、軍人としてはダメダメな子だった。

 小さなお尻を蹴り上げたくなった回数は片手どころか両手じゃ足りないし、怒りを通り越して呆れすらした。

 だって言うのに目が離せない。

 艤装さえ纏ってしまえば本当に別人かと錯覚してしまう。

 陸上であんなに情けないのに、海上ではまったく違う顔を見せつけられる。

 

 雪風は適性値が高いからだなんて言っていたけれど。

 それだけじゃないだろう、言うならば自然体だった。私達が艤装を異物だと感じる中、雪風だけが艤装をあって当然のものだと思っている。

 まるで合羽かなにかを着込んだ程度の気楽さで海を走り、傘を差すくらいあっけなく砲撃、雷撃をする。

 初めてちゃんと見た時には思わず見とれてしまったほど。もちろん後で見惚れた自分が情けなくて自分の頬を引っ叩いた。

 

 学ぶべきことは、多かった。

 

 自分のことを棚に上げて、かつて同類だと思っていた人達を哀れにすら思った。

 バカみたいなプライドはさっさと投げ捨てて、自分を高めることへと執心するべきだ。

 確かに教官達のような洗練された動きではない、あれは言うならば一つの完成形。対して雪風は発展途上でありながら最高の途上を歩んでいる。

 それが、私達のようなルーキーにとってどれほどありがたい手本になるのか、きっと私しか分かっていない。

 

 まぁそれでも。

 

「おろろろろ……」

 

「バケツ、ちゃんと後でキレイにしなさいよ」

 

 こんな姿を見ると、尊敬は出来ないのだけれど。

 

 

 

 出来上がった遺書は簡素なものだった、私という存在はなんて身軽なのだろうかと感心するほどに。

 だから気になっていたのは雪風が書いた内容。書いてないかもしれないけれど、どんな文面なんだろうと。

 

 まぁ、案の定書いていなかったのだけど。

 

 やっぱり甘ちゃんなのかな、出来ればそうあってほしくはないけど。

 第二警戒態勢で自室に待機している間、そんなことを考えた。

 そして気づいた、ようやく私は他人に対して求めることが出来るようになっていた事に。

 

「……バカ、よね」

 

 膝を抱えながら、テレビに流れている戦闘光景を見るけど、少しも頭の中に入ってこない。

 きっと雪風は、私みたいなヤツは嫌いだろう。人から好かれる性格じゃないなんてとっくに知っている。

 私自身、雪風のことを絶対好きになれないだろう相手だって思ってもいる。

 

 けどそんな相手に求めている。

 

 矛盾に過ぎるこの感情。

 認めたいし、認められたい。

 受け入れて欲しいけど受け入れたくない。

 

 幸いというべきか、時間はまだある。

 警戒態勢が解かれて、再びここで過ごす時間の中ゆっくり相互理解に努めることが出来たなら。

 

 彼女を友達と言えるのだろうか、胸を張って。

 彼女に友達と言ってもらえるのだろうか、誇らしげに。

 

 まだまだ彼女に追いつけない未熟な私だけれど、それでも。

 

「っ!?」

 

 そんな時だった。深海棲艦がここに向かっているという報が流れたのは。

 

 指示通り護送船に乗り込む中、さっき考えていたことが難しくなりそうだと残念に思いながら。

 

「雪風?」

 

「――私は……」

 

 一緒に乗り込んだ雪風は俯いたままで。

 臆病者なんだななんて的外れなことを考えて、柄にもなく、心にもない慰めの言葉をかけようとした瞬間。

 

「ちょっ!? 雪風っ!? 何処に行くの!? 雪風っ!!」

 

 私達に背を向けて、一心不乱に駆けていった。

 そんな雪風を、私は止められなくて。去り際に見せた涙で、足を止められて。

 

「何、あの子……バカ?」

 

「命令違反しちゃってまぁ」

 

 続いて聞こえる揶揄の声。

 

「何しにいったんだろうね」

 

「さぁ? ……まさか戦場に?」

 

 そうに、決まってる。

 あの目は、何かを覚悟した目だった。

 

「まさか。でも万が一そうだったのなら……教官達の足を引っ張らなきゃいいけど」

 

「ムリムリ。ていうかそれまでに死んじゃうんじゃない?」

 

「あーその方が良いかもね? そうなってくれたら――」

 

 

「うるさいっ! こぉんのクズっ!!」

 

 

 我慢が、出来なかった。

 

「あの子が何のために行ったのかわかんないの!? あの子が何を守りに行ったのかわかんないの!?」

 

 それが戦いに向かった人へ言う言葉なの? それが私達を守るために出た人へ向ける声なの?

 

「アンタ」

 

「え、わ、わたし?」

 

「そうよクズ。そこまで言うならアンタが行ってきなさいな、ほら、早く」

 

「そ、そんな!? 出来ないよ! め、命令違反になっちゃうよ!」

 

 はっ! 随分な言い訳ね? でもそうね、命令違反だわ。

 

「なんだ、クズじゃなくてただの臆病者だったのね。ごめんなさい、そうとは気づかなかった」

 

「なっ!?」

 

 命令違反上等で出ていったあの子以下ね。

 バカバカしい、私はかつてこんな子たちを同類と思っていたのか。

 

「妬ましがるのもいい加減にして! 自分の弱さをあの子に擦り付けないで! 悪いこと何もかもあの子のせいにして自分の足を止めるなっ!! いい加減に目を覚ましなさい! 私達は、守られるためにここへ来たんじゃない!! 戦うために来たのよ!」

 

「こ、の……あなた何様のつもり!? 黙って聞いていれば! あなただって一緒じゃない! ちょっと私達より優秀だからって見下さないで頂戴!」

 

 一緒? 

 あぁそうだ! その通りよ!!

 

「そうよ! 私が一番のクズよ! アンタ達の気持ちも理解していて! 雪風の気持ちも少しだけ理解できて! なのに何もしないでただ自分の求めるものだけを追っていたわ! そうよその通り! 見下す資格なんて私にない! それでも!!」

 

「うるさいうるさい!! だったらあなたも行けばいいじゃない! それで沈んじゃえば良いんだ! 自分の無力を噛み締めて! 私達が正しかったって! 後悔しながら沈んでしまえ!!」

 

 随分、随分と拗らせちゃってまぁ情けない。

 ううん……これがきっと、何もしなかった私の罪でもあるんだろう。

 

「わかった」

 

「――え?」

 

 だったら償おう、購おう。

 愛想笑いを止めた私は、自分の居場所を求めてここに来た。

 だと言うのに精一杯努力しなかった私に、こいつらを責める権利もない。

 

「ちょ、ちょっと! 本気!? あなたあの子よりも――」

 

「そうよ? 弱いわ。弱いどころか何も出来ない、犬死が関の山だしそうとすらならないでしょうね」

 

 示そう。

 ただ権利を得ただけで満足している場合じゃないと。

 

「第一駆逐艦養成所! 入所宣誓!!」

 

「っ!?」

 

「私達は仲間を見捨てず、勝利する可能性を最後まで信じ、死力を尽くして海に挑むことを誓う!!」

 

 そうだ、雪風は仲間だ。

 そうと思ってもらえていなくても、関係ない。

 

 私の、大事な仲間だ。

 

「さよなら、仲間だった人たち」

 

「ま――」

 

 そうして私は決別して、雪風(居場所)を求めてようやく一歩踏み出した。

 

 

 



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黒潮さんは頑張らない ①

 やっぱり不知火は真面目ちゃんやなぁ、なんて。

 

 入渠っちゅうよりは艤装の点検に近い作業を受けた。

 とりあえず、と爆発したりバラバラになってまうんを防ぐ程度の修復を受ける前から、お互い理解しとった。

 

 あぁ、もう海で戦われへんのやなって。

 

 いつもと変わらん入渠ではあったけど、やっぱりどっか違う修復を受けながら思ったこと。うちだけで言うのなら、なんちゅうか、まぁしゃあないか程度のもんやった。

 いや、ちゃうで? 多分もうちょっとしたら枕を涙で濡らすくらいにはショックを受けるんやろうと思っとったし、実際そうなった。

 単純にそうなった自分っちゅうのをまだ受け入れられてへんかったからこそやろう。

 

 不知火はそのへん含めてうちより早く理解しとった。

 理解したからこそ、うち相手に珍しくこれからどうしようかなんてちょっと空っぽな表情で話してきたんや。

 

 戦いが日常になって。

 言うたらどうしようもなく普通になってしもてた日々が急に取り上げられたんや、覚悟はしとったけど空虚な気持ちは隠されへん。

 そんなもんやから、二人してちょっと泣いてもうた。

 

 救われたことがあるっちゅうんなら、そりゃやっぱり陽炎のことやろうか。

 うちらと艤装の状態はおんなじようなもんやけど、全力出撃さえせぇへんかったらまだ海の上におれるって話や。

 そのこと自体に救われたんはもちろんやけど、おかげでまだ陽炎を通して戦いに携わることは出来る。

 それが何よりの救いやった。

 

 別に戦争ジャンキーなわけちゃう。

 今でさえ、戦わんで済むのならそれが一番や思うてるし、平和言うんを享受したいとも思う。

 せやけどそりゃ今とちゃうんやろう、戦いを知ったうちらはどうしても仮初と感じてまう平和の中では生きられへん。

 ふとした瞬間に、海の上を思い出してなんだかようわからん気持ちになるのは見えとる。

 

「これから、どうしますか」

 

「またそれかいな。なるようになるとしか言えんて」

 

 忙しいやろう陽炎の分も二人で手分けして異動する準備をすすめる中。さて、これで何回目やろうか。

 あらかたそういう不安については話し尽くした思うたんやけど。

 

「違うわ、もっと具体的な話よ。人間以上艦娘未満の自分として生きることになった私達は何が出来るか」

 

「おっと、そりゃ失礼」

 

 流石に切り替えたようで何より。いや、一旦保留にしたとも言えるか。うちも同じようなもんやし。

 

 しっかしまぁそうやな。

 陽炎のバックアップ言うてもやれることは限られとるわな。相談役程度にしかなられへんやろうし。

 

「事務系の仕事はまぁ出来るやろ。他言うたら着任しとる艦娘の相談役にでも……あー佐久島はバイト艦娘ばっかか、あんま力にはなられへんなぁ。けどあっこには五十鈴はんがおるで?」

 

「五十鈴さんと久しぶりに会えるのは楽しみだけど、そういうことでもなく」

 

 ……っとぉ。なるほどなるほど、もうちょい裏側の話かいな。

 ちょっち声のボリュームは下げなあかんな。

 

「うちらはもう死んだも同然やしな。ちょいと深入りしてみるか?」

 

「そのつもりよ。問題はどっちを調べるか、だけど」

 

 大本営と狂信者連中のどっちか、か。

 難しいとこやけどあんまりどっちからとかそういう部分が問題やとは思ってへんのよな。

 

「意外とどっちも最終的には繋がってそうな気ぃするけどな」

 

「それは勘?」

 

「せや」

 

 戦争が終わらないで欲しいと願う勢力。

 

 何をアホなって話やけど、そんな思想を持っとるやつらはおるもんで。

 未だに続いているこの戦いは、単純に戦力が足らへんってもんだけでもない。

 意図的に長引かそうとしとる奴らがおる。戦争特需なんざもう特需でもなんでもなくなってしもうたはずやけど、総じてまだ利益を貪ろうと……いや、手放されんアホ達。

 ほんで戦争が終わったとしても今のままを願うアホ共。繋がっててもおかしくはないんちゃうやろか。

 

「あなたの勘はよくあたるだけに面倒ね」

 

「そんなん知らんわ。せやけど、今回の雪風があっこらへんに与えた影響は小さくはないと思うで」

 

 大本営に関してはまぁええやろ。

 真っ当に一枚岩とちゃうってことやろうし、なんだかんだ国のためにって働く連中に変わりはない。

 

 問題は狂信者連中。

 

「そうね。雪風は……私達はもちろん、きっと他のベテラン達が見ても希望を感じるでしょう。それほどだものね」

 

「せやな。だからこそ、周知が進む前に動くんやったら動かなあかん気はする」

 

 艦娘に永遠の命を見出したアホ共。

 正直まったく共感はできん。せやけど理解は出来る。

 順当に戦争って状況で精神を狂わせていった結果の一つに、そういうんがあってもしゃあないとは思うって意味でな。

 大なり小なり、この時代で狂気に触れてしもうたやつは多いんや。それこそ艦娘って道を選ぶってことこそが狂っとるとも言える。

 

 いや、まさに今戦いすらしなければ永遠に生きられるだろううちらが言うことじゃ無いんやろうけど……ってそうやな。

 

「つついてみよか」

 

「狂信者?」

 

「せや」

 

 老いることも成長することもなくなった艦娘。

 そして身体に馴染みきったロック装置。

 

 うちらは今、永遠の命に限りなく近い何かを得とる。

 それは狂信者連中にとって何よりも欲しい素体やろう。そんな存在はそうそうおらんからこそ余計に。

 そういう意味では、金剛はんなんかはどうしてるんやろか……いや、今考えることちゃうか。

 

「うちらはあいつらにとって喉から手が出るくらいに欲しい存在やろ、ましてや自分らの思想に賛同してくれるっちゅうんなら尚更」

 

「そうね。じゃあ早速――」

 

「――止めておけ」

 

 っとお、話に夢中なりすぎたか。

 ノックは……してたんやろな、気づかんかった。

 

「し、司令」

 

「分かっている。今の話は私の胸だけに留めておく……あまり自分の命を粗末に扱おうとするな。いや、粗末にさせる話を持ってきた私が言うことでもないんだが、な」

 

 うん? どういう意味や?

 ちゅうかこの人のこんな困った顔見るんは初めてやな、なんや心境の変化でもあったんやろか。

 

「黒潮、不知火」

 

「はっ!」

 

 あーこの辺はほんま随分と染まってもうたな、身体が勝手に敬礼しおるわ。

 

「もしもまた海で戦える可能性があるといえば、その命使って……いや、バカな真似はせず、日々を耐えてくれるか?」

 

「戦える……? し、司令! 私は、不知火はまた戦えるのですか!?」

 

 ほほーん? こらさっきまでの話すっかり忘れおったな不知火ちゃん。

 ……いや、まぁうちもそうか。可能性ってだけで気持ちが前向きに切り替わった。

 

「第二次改造計画」

 

「第二次って……あの佐世保の時雨とかが受けたっちゅうやつですか?」

 

 頷く、頷いてくれる司令はん。

 ほんまかいな……え? いやほんまに? それ、うちら受けられるんか!?

 

「まだ決定ではない。しかし、今回の戦闘で陽炎を含めた不知火、黒潮という損害は無視できるものでもない。言い方は悪いが、再利用できるならしたいのだ」

 

 通称改二。

 言うたらオーバーホール、各部機関の老朽化含めて新品に戻ることができる。

 第一次改造計画はロック装置が身体に馴染んだ艦娘やったら誰でも……ではないけど、受けられる。うちらもとっくに受けた。

 第二次はさらにその上、艤装改造の余地を検討しよりその艦娘に適した、あるいは特化した改造になるから設計図の作成なんやら含めて研究がいるって聞いとる。

 

「重ねて言うが決定ではない、改造できる余地があるか等の問題もある。ただ少なくとも陽炎、不知火、黒潮の艤装再研究はスタートした。いつ終わるかはわからないがそれまで――」

 

「待ちます」

 

 はやっ!? 返事はやっ!?

 不知火ちゃん? ちょおっち掌ドリルすぎへんか? 思わず滑りそうになってもうたで?

 あ、司令はんもおんなじ気持ちかいな? さっきから珍しい顔ばっか見せてもろてうれしいわ。

 

「う、うむ。まぁなら待ってくれ。しばらく退屈と言えばアレではあるが耐えてくれ」

 

「了解っ!」

 

 おーおーええ返事やなぁ。まぁ流石の不知火、落ち度はなしってことにしといたるでな。

 

 せやけど。

 

「……」

 

 返事の言葉は少し躊躇してまう。

 再び戦場へ戻ることが嫌なわけちゃう、むしろ嬉しい。

 けどどうにも気になるのはさっきまでの話やねんな。

 

 軍の内部に精通とまでは言わんけど詳しい艦娘なんざそうそうおらへん。

 それこそまさに陽炎や不知火、うちってくらいの古株くらいしか。

 やからこそうちらが動かへんのやったらほとんど誰も動かれへんやろう。

 

「黒潮」

 

「はいな司令はん。なんやろか」

 

 あー……あかんなぁ、やっぱこの人は目が良すぎるし、察しも良すぎる。隠されへん。こら抵抗は無駄やな。

 

「ここの養成所としての機能は一旦凍結になる。八丈方面への睨みを効かせるために予備戦力駐屯所としてしばらく使われるだろう」

 

「はい」

 

「私もそうだ。大本営勤務に異動となる。もしも貴様達が知る必要のないことへと首を突っ込むのなら、それを罰しなくてはならない立場になるだろう」

 

 ……てっきりここで指揮かその補佐くらいには収まる思うてたんやけど、勘が外れたか。

 しっかし、それやったらほんまに下手な手は打たれへんくなってもうたな、どないしよ。

 

「もう一度言うぞ? 私は、大本営勤務となる。貴様達が首を突っ込む必要はない」

 

「……あ」

 

 あっかんなぁ……うちの勘はやっぱ鈍ったか。

 

 これはあれや。

 司令はんが調べるっちゅうことや。

 

「……ほんま、雪風が与えた影響は小さくないんやなぁ」

 

「さて、な。しかし気づくことは出来た。戦うことへ慣れてはいけないと心に刻んでいたはずなのに、いつの間にかそれを言い訳にしていたことを」

 

 あぁ、ほんまに。

 今日は色々と驚くことが多いわ。

 

 こんなにはしゃいでる不知火を見るのはきっと随分久しぶりやし。

 司令はんの見たことない表情ばかりに遭遇するし。

 

 これから始まる、今までとは少しだけ違う戦いに心をこんなに躍らせてるんも。

 

「司令はん」

 

「なんだ?」

 

「了解や。しばらく、性に合わんことへ精出すことにしますわ」

 

 もっかい敬礼を一つ。

 そうすりゃやっぱ見たことない顔で答礼してくれた。

 

 



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五十鈴な憂鬱 ①

 ――今をつまらないと感じているのは、キミが満たされているからだ。

 

 言ったのは誰だったかしら? いや、覚えている、かつて戦いを共にした提督の言葉だ。

 けれどもし本当に、私が今満たされているというのなら、どれほど下らないものが詰まっているのか。

 

 一度見てみたいものだわ、きっと鼻を摘んで眉根を顰めるだろうけど。

 

 死力を尽くして勝利する。

 尽くした力が、いと高きものであればあるほどそれは中毒性の高い麻薬となり得る。

 そうだ、忘れられないあの充足感。もう一度と願うのは決して間違いじゃないだろうと思いたい。

 

 だってそうでしょう?

 仕事の中に喜びを求めることは、言うならやり甲斐探しのようなもののはずよ。それすらを禁じられるというのなら、元であろうと人に対して下す命令じゃない。ぜひ機械か何かにどうぞというものよ。

 

 毎日毎日、燃料弾薬に鉄材ボーキサイトを運んで。

 わかってる、それを下らない任務だなんて思いたくはないのよ。

 かつて前線で戦っていたからこそ、補給線の重要性なんて痛いくらいに理解している。

 

 そうだ重要なんだ。

 だと言うのに、下らない。

 重要性を理解せず、適当にこなそうとする子達の指揮なんて。

 

 いや、適当じゃあないんだろう。

 もう何度そう自分を戒めたかわからないけど、生活のためにという気持ちはきっと尊いもの。

 そういった気持ちと逃れられない現状打破が噛み合って生まれたんだバイト艦娘って存在は。

 

 武士は食わねど高楊枝。

 そんな言葉を持って、受け入れなければならないのだ。

 適当に見える相手を守っている、ほぼ民間人という存在を守っているんだと納得しなければならない。

 

 そうやって日々を耐えていたのよ。

 

「雪風、か」

 

 でもそれも終わりだ。

 ここにもうすぐやってくる、私の希望。

 非常に優秀で、駆逐艦艦娘の切り札足り得る存在になるだろう一人と見なされている子。

 

 養成の続きというお題目はあるけれど、一緒に仕事ができる。

 なら私にもチャンスがあるでしょう、彼女を通じて再び前線に戻れるっていうチャンスが。

 

 それは私に詰まった退屈を押し出して、かつての喜びで満たしてくれる存在になり得るはずだ。

 雪風と共に戦果をあげることができれば、再び。

 

「あ、あの、五十鈴さん」

 

「ん……何かしら?」

 

 恐る恐る、でしょうそんなに怖い顔をしていたつもりはないけれど、話しかけてきたのは睦月型駆逐艦、ネームシップの睦月。

 

「えっと、ここにもうすぐ来る……雪風、ちゃん? ってどんな子なんでしょう?」

 

「もう、終わったとはいえまだ帰投中よ。帰ったら教えてあげるから気を抜かないで」

 

 そう言ってみればちょっとしょげながらも小さく返事をして艦列に戻っていった睦月。

 我ながら見事に自分のことを棚に上げてしまったわ、まさにそのことを考えていたっていうのに。

 

 気を引き締めなおそう。

 今率いている子達は睦月を除いていずれも適性値が10%を超えていないどころか、使い方すら教わってない主砲を装備して、一生懸命ドラム缶を担いでいるバイト達だ。

 万が一深海棲艦と会敵してしまえば、私が一人で守らなければならないのだから。

 

「ふぅ……」

 

 気が重くないと言えば嘘になる。

 彼女たちを守らなければならないことがではなく、共に戦える人がいないという事実に。

 バイト艦娘は言うなら限りなく一般人に近い何か。だというのなら私が守護しなくてはならない存在でもある。

 そうよ、一緒に戦えないのではなく、戦ってはいけない子達なのよ。同じ舞台に立っていない、立たせてはならないの。

 

 ……だから、いい加減切り替えなさい私。

 

 もうすぐじゃないか。

 肩を並べて戦えるだろう存在がやってくるのは。

 雪風が万が一それに足らない存在であっても、陽炎や黒潮、不知火だってやってくる。

 単純に会うことが楽しみと思えるのは久しぶり。かつて一緒した戦いの話に花を咲かせたいなんても思うし、海の上を走りたいとも思う。

 

「よし」

 

 大きく息を吸って、吐いて。頭上にある太陽へ一つ睨みをいれて。

 

「各員、警戒を緩めず行くわよ。帰ったら甘味でも奢ってあげるから、気を抜かないようにね」

 

「わっ! ありがとうございます!」

 

「返事が先よ」

 

「了解っ!」

 

 見えてきた三河湾に浮かぶ孤島にも睨みを入れた。

 

 

 

「はいはい、お疲れ様っと」

 

「ねぇねぇ提督! これから甘味食べに行くから一緒に行こう?」

 

「お! いいねぇ、それじゃ今から――あー、うん。先に行っといて後から間に合えば行くよ」

 

「はぁい!」

 

 きゃっきゃと笑いながら出ていくバイト達を背中で見送って、視線を提督へと固定する。

 

「提督、しゃっきりしなさい。もうすぐ陽炎達が来るんだから情けない姿を見せるのは止めて頂戴」

 

「説教なら後で頼むって……っつかなんでここに来るかなぁったく」

 

 ぽりぽりと頭を掻く姿に苛立ちが増してしまう。

 この人は私がここへ着任すると同時期にやってきたやる気なしの雇われ提督。

 初対面から今の今まで、そしてこれから先もずっとわかりあえないだろう人。

 

「五十鈴の知り合いなんだろ? だったら俺が挨拶するよりさ、お前一人で会ってくれよ」

 

「本気で言ってるの?」

 

 ヘラヘラとそんなことを平気で言わないで。

 本当に、苛立ちが止まらなくなるから。

 

「相手だって嫌だろう? 形だけだけど、正規の軍人でもないやつの下につくなんて。いやまぁそれはお前もそうだろうけどさ」

 

「否定しないどころか肯定するけどね、そういうわけにもいかないの。せめて第一印象だけでも良くして頂戴、後は全部五十鈴にお任せ」

 

 私だって会わせたくないのよ。こんな人の下についているなんて思われたくない。

 まるで、落ちぶれてここに追いやられたみたいに思われちゃうじゃない。

 

「はぁ……いやマジでさ、どうしてここなんだよ? 確かにここは安全さ、俺みたいな名ばかりの提督がいてやっていけるくらいには」

 

「だからそれは――!」

 

 もう何度も説明してるじゃない! わざわざ一緒に指令書まで読んであげたじゃない!

 

「わかった、わかったって。まぁそうだよな、別に俺から直接命令をするようなことはねぇんだし。最初くらいしっかりするさ」

 

「……ほんと、頼むわよ」

 

 へいへい、なんて軽く返事をしながら執務室から出ていく提督。きっと甘味を食べに行った子達と合流しに行ったんだろう。

 

 ……手が痛い。

 知らないうちに強く握りしめすぎた。

 

 確かにここは軍属、入軍していない民間人の提督でもやっていけるような所。

 第三駆逐艦養成所なんて名称もあるけどその実、近畿、中部の内陸で作られた資材を集めて各鎮守府、泊地へ届けることを目的とされた場所で……言うなら、佐久島集積所のほうが正確だ。

 そんなものだから軍で取得している敷地面積だけは大きくて、バイト艦娘が受ける簡易訓練もここで行われているからそれなりの設備だってある。訓練に使えるならもってこいと言える場所。

 

 提督なんて言っても大本営から戦闘に関する命令なんて受けない、ただただ資材の確認と間違いのないよう各地へ輸送するためだけの場所だから、正確に言うなら現場監督なんて言ったほうが良いのかも知れない。

 着任してから、深海棲艦と会敵した数なんてきっと片手の指で足りる程だし私自身、彼の指揮なんて受けたことがない。

 

 実際、提督は自分のことをそう呼ばれるのはあまり好きじゃないみたい。

 それでも徹底して提督呼びするのは一種の意地のようなもの。

 

 ……本当に、私は満たされているの?

 一人空回りしてるなんてわかってる。それでも何とかやってるつもり。

 その何とかやってる自分が、本当にくだらなくて情けない。こんなものに、満たされているなんて思いたくない。

 

 戦えない艦娘を率いて、戦うことのない自分を諌めて。

 毎度毎度安全な輸送任務に気を緩めるなと指示をだして、バカみたい。

 

 水雷戦隊の指揮はお任せ。

 そうよ、実績と信頼で積み重ねた自信がある。今すぐ何処かの戦場で、水雷戦隊の旗艦を任されても十分以上にこなしてみせる。

 砲弾魚雷に艦載機、あらゆる危険が飛び交う中で、華々しく雄々しく戦い勝利を刻んでみせる。

 どんな無茶でも、どんな困難でも乗り越えてみせる。やってあげる。

 

 だからお願い、どうかお願いします。

 私を、私を――

 

「あ、あの!」

 

「っ……うん? 睦月? どうしたの? 甘味、食べに行かないの?」

 

 振り返ってみればやっぱり恐る恐るというか、遠慮しているような睦月の顔。

 いけない、こんな顔を見せるものじゃないわよね。

 

「ごめん、追い出したいわけじゃないの。ええっと、五十鈴に何か御用?」

 

「えと、その……雪風、ちゃん? の話をしてくれる約束にゃ……いえ、約束でしたから」

 

 気を使われて、いるわよねうん。

 はぁ……自己嫌悪は、もうお腹いっぱいだ。

 

「そうだったわね……うん、そこに座って。甘味の代わりに今紅茶でも淹れるわ」

 

「えっ!? い、良いんですか? その、勝手に提督の私物を使っても」

 

「良いのよ。どうせ私しか使わないんだから」

 

 ティーカップを久しぶりに二つ出す。

 あぁ、久しぶりねほんと。もう一つを使うことも、誰かに振る舞うことも。

 腕は落ちていないと思いたいな、教えてくれた人に笑われちゃう。

 

 ……うん、大丈夫。

 これなら金剛さんの口から噴水は出ないはず。

 

「お待たせ」

 

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

 

「あ!? ま、まだ熱――」

 

「にゃっ!? 熱いにゃしぃ!?」

 

 にゃしいって。

 いやそうじゃない、睦月の口から噴水させてどうする。

 ええと、ハンカチ、ハンカチ……。

 

「もう、慌てなくても良いから」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 やれやれ。

 いやまぁある意味私の自業自得か、ティータイムは大事に、だ。

 

「ねぇ、睦月」

 

「は、はい?」

 

 そうね、まだ会ってもいないけれど雪風に感謝しよう。

 

「ちょっとゆっくりお話しましょうか。今ならお菓子もつけるから」

 

「あ……は、はい!」

 

 初めて、だろう。ここでバイト以外の艦娘と話をするのは。

 そんなことに今更気がついた。

 

 そして思い出した。

 

 そう、ここは佐久島泊地。

 戦えるのに戦えない艦娘が、二人だけの寂しい場所。



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一年目・後半期
一年目・新規着任


 雪風と一つ約束をした。

 

 言うには一度目の時もこうして佐久島へと向かうことになったらしく大筋は同じ。

 違う中身は陽炎さん……いや、陽炎教官たちが生きていることと、他の皆とは別枠として扱われているって部分。

 別枠なのは私だけじゃなく霞さんもだけど、やっぱり今の所私は前の時と同じ道を進んでいるらしい。

 

 これは泣き言というか言い訳だけど、やっぱり最初から素直に前の時はこんなことがありましたよと全貌を話してもらえていたら、もう少し良い結果というかそういうのになっていたんじゃないかなと思ってしまった。

 

 いや、色々棚に上げているのは自覚してるの。

 

 話されていたとしても素直に信じてなかっただろうし、あの戦いの内容をより良く出来たなんていう、自惚れに近い過信があるわけでもない。全てが私なりに精一杯やった結果なのだから。

 

 つまりなんだ、嫌なのだ。

 苦労しているのがどちらかだけという状態が気に食わない。

 折角のズルなんだ、三人はいないけど文殊の知恵。そこで過去起こった出来事を今に照らし合わせてどう動いていけば良いのかを相談して模索していきたい。

 

 そういった私に雪風はとても嬉しそうな顔をしてくれた。その上で自分がそこで経験したことを隠さず教えてくれると約束してくれたんだ。

 

 尤も、聞かなきゃ良かったかななんて後悔を今しているのだけれど。

 

「雪風? 何難しい顔してるのよ」

 

「え、あ、はい霞さん。いや、佐久島泊地ってどんなとこだろうなって考えてて」

 

 佐久島泊地。

 三河湾に浮かぶ孤島、その役割は主に資材集積と輸送の出発点。

 

「そうねぇ、私も陽炎教官から教えてもらったこと以上のことはあまりわからないけど。そう重要な場所でもなく、安全性も確保された場所って話よね」

 

「ええ、それだけにバイト艦娘が配属される場所で、私達正規の艦娘が訓練するにはうってつけの場所。でしたっけ」

 

 そう、雪風も佐久島で危険なことは起きなかったとは言っていた。

 でもそれは今この時においての話。

 

 戦争末期というか、終結間際。

 いつの間にか佐久島は陥落していたらしく、詳しい話は雪風も知らないみたい。

 ただ、太平洋側で大きな戦いがあって、その時佐久島が機能していればとその戦いに参加していた艦娘を含めた軍人の多くが嘆いたって話。

 

 でも佐久島だ。海というより湾だ。行ったことは無いからイメージはつかないけど、地図上で見たらかなり内陸に近い。

 そんな場所が陥落するって、相当戦線が押し込まれないとありえないどころか、少なくとも近畿南部と中部の太平洋側へ確実に被害が出ているレベル。

 だって言うのに、詳しい話は知らないなんてことはありえるのか。

 

 そう問い詰めても本当に知らない様子の雪風だったものだから、なんともスッキリしないまま終わってしまったのだけど。

 

「そう言えば五十鈴さんがいるって話よ」

 

「えっと、対潜水艦の鬼って言われてた?」

 

「……なんで教官たちのことは知らないのに五十鈴さんのことは知ってるのよ、わけわからないったら。まぁいいわ、そう。その五十鈴さんよ」

 

 はいすいません、ぶっちゃけ雪風に教えてもらわないと知りませんでした。

 

 主に商船護衛でその存在が広まって、先にあったらしい対馬防衛戦で名を挙げた人で、その戦いでは教官たちとも一緒に肩を並べて戦ったらしい。

 

 けど、まぁその五十鈴さんなのだ問題は。

 理由はわからない、詳しい話もわからない。

 そんな雪風がそれでもただ一つだけ分かっていたことは、何度も見直した佐久島陥落の報告書、その何処にも五十鈴という名前はなかったということ。

 だからきっと、彼女がいなかったから佐久島は陥落したんだろうなんて考えたということ。

 

 それだけしかわからない。

 それだけのことで何をすれば良いのかなんてわからない。

 けれど出来ることがあるとするならば、きっと五十鈴さんが姿を消す理由になる何かを知り、食い止めることなんだろう。

 

 まったく――聞いてしまった自分が嫌になる。

 同時に、第一駆逐艦養成所に居た時、雪風はこんな難しいことを一人で考えていたんだと気づけて……やっぱり自分が嫌になる。

 確かに私は苦労したさ、死ぬ思いだってした。

 だけど辛うじて生き抜けた、生き抜くと心に決めるための下地作りは雪風が一人でやっていたのだから。

 

「私――あいたっ!?」

 

「ったく、あんたはすぐ悲劇のヒロインになろうとする!」

 

 ごちんって! ごちんっていった! 星も出た!?

 っていうかひ、ヒロイン? い、いやそんなこと考えてませんけど!? むしろめんどくさいかったるいのダメダメガールですけど!?

 

「だらしないったら! いい!? 佐久島に着いたらその根性叩き直してあげるんだから! 覚悟しなさいよね!」

 

「うー……ふん、だ。まだ砲撃した後尻もちついちゃうくせに」

 

「な、なんですって!?」

 

「良いですよーだ。根性叩き直してあげるのはこっちのセリフですー。いやってほど海の上で教えてあげますー」

 

 ふんだふんだ。

 いいもん、陸上での性能が必ずしも海で活かせるわけではないってこと教えてあげちゃいますよーだ。

 

「こ、この――」

 

「はいはい、いい加減にしなさいったく……ほら、見えてきたわよ」

 

 うぅ……だって霞さんが……あ、はい、すいません。

 

 陽炎さんの呆れた目から逃れて見れば。

 

「あれが佐久島……」

 

 何処と無く寂しげな孤島が浮かんでいる光景が見えた。

 

 

 

「よく来てくれた、俺が――」

 

「こほん」

 

「――私が、この佐久島泊地の管理を任されている者だ。キミ……貴様たちがここにいる間何か困ったことがあればなんでも……五十鈴に言ってくれ」

 

 練習した、いや練習させられた敬礼はどうやら失礼の無いものだったらしい。知ってました? 海軍式の敬礼は掌を相手に見せないようにするんですよ、私は知りませんでした。

 まぁそれはともかく、なんでか所々つまりながらも目の前の司令官は答礼を返してくれた。

 

「貴様達以外、他の同期は訓練施設に併設している艦娘寮で過ごしてもらっているが、ここにいる者達はこの司令部施設にある部屋を使用してもらう手筈になっている。そういったことを含めて質問は後で五十鈴に頼む」

 

「了解しました」

 

 な、なにこの五十鈴さんへ丸投げっぷりは……。

 あ、あの人が五十鈴さんよね? 眉が、眉が……ふふふ、怖いです。

 

「確か陽炎さ……いや、陽炎は五十鈴と知古らしいな。基本的に私から教導に関する指示をするつもりも予定もない。施設の使用に関しても二人で打ち合わせを行い、自由にしてくれて構わない」

 

「え……? よろしいのですか? 私は雪風と霞の養成担当で、他の子達の養成は請け負っておりません。不都合がうまれるのでは?」

 

「その艦娘の養成担当が五十鈴なんだ、問題ない。私はバイト艦娘の管理を担当しているものでね、正規軍とバイト艦娘の間にという話なら安心してくれ」

 

 う、うーん。貴重な陽炎教官のうろたえっぷりがこちらです。

 いやまぁ何ていうのかな、ほんと何ていうんだこれ。

 

「了解しました。では五十鈴さんと打ち合わせで進めさせてもらいます」

 

「あぁそうしてくれ。輸送任務体験……いや、輸送任務へ従事する時のみ教えてくれ。都合をつけるようにしよう」

 

 こういうものなのかな? 私が重く考えすぎな――あ、違うね、霞さんめちゃくちゃプルプルしてる。噴火まで秒読みだこれ。

 霞さんがお怒りってことは、やっぱりちょっと変な司令官なんだろう、どちらかと言えば私よりなのかもしれない。

 

「あ、忘れてた。すまない、楽にしてくれって……もう遅いか」

 

「……」

 

 あ、あはは……陽炎教官、私、霞さんをなんとかする自信ないのでよろしくおねがいしますね?

 それか五十鈴さん? 気づいて、むしろ助けて下さいへるぷみー。

 

「はぁ……ごめんなさい。とりあえず会議室へ行きましょう。そこで今後の予定とか話すわ。良いわよね? 提督」

 

「あぁ、構わない」

 

 うえぇ、あっちはあっちでピリピリしてるよぅ怖いよぅ。

 何だかなぁ、軍っぽい緊張感には多少慣れたはずなんだけど、こういうギスギス感は勘弁してほしいよ。

 と言うか皆大人でしょうに、そういう部分もうちょっと上手くやって欲しいと思うのだけど?

 

「じゃ、着いてきて」

 

 一刻も早くここから離れたい、なんて感じだろうか五十鈴さんの背中は。霞さんも似たような感じだし、似た者同士なのかな?

 陽炎教官に目配せしてみれば肩を竦められちゃったし、うーん。

 

「……」

 

 怖い背中から逃れようと振り返ってみれば、困ったような顔をした司令官。

 私の視線に気づいたようで、片手でごめんなとジェスチャーをくれた。

 

 少なくとも、悪い人じゃないんだろうな。気にしないで下さいと似たようなジェスチャーを返してみても困ったような顔のまま。

 それは扉が閉じられるまで続いていた。

 

 何だかなぁ、あんまり嫌いになれそうにないかな私は。

 元々有能無能の話で態度を決めるなんてことは出来ない私だし、人の良さというか、多分仕事抜きなら結構いい付き合いができそうなタイプだもの。

 

「改めてごめんなさい。そしてお久しぶりです」

 

「はい、お久しぶりです五十鈴さん。お元気そうで何よりです、敬語はいりませんよ」

 

「だったらこっちこそ。ええ、そのほうが良いわ」

 

 あぁやっぱり旧知の仲なんだろうな、ちょっと硬かった空気が柔らかくなった。

 

「そしてあなた達もはじめまして。私が長良型軽巡洋艦、二番艦の五十鈴です。よろしくね」

 

「は、はい! 陽炎型駆逐艦、八番艦の雪風です! よろしくおねがいします!」

 

「朝潮型駆逐艦九番艦、霞です。お会いできて光栄です、よろしくおねがいします」

 

 こ、今度はちゃんと言えた……! どうだ霞さん! って、うわぁ憧れの瞳だー。

 五十鈴さんも、やっぱりすごい人なんだなってはっきりわかっちゃうね……。

 

「そんなに硬くならないで頂戴。提督も言ってたけど、多分輸送任務で一緒する時以外はそこまで関わりになれないだろうし。でも、その時を楽しみに待ってるわ」

 

「はいっ!」

 

 何となく残念そう、に見えるけど。

 うん、すごいな出来る女って感じだ、あとおっぱいおっきい。

 自信があるんだろうな、自分に。私も見習わないといけない。

 

 そんな簡単にだけど挨拶を終えて、会議室でテーブルを囲んで。

 

「さて、それじゃあ陽炎」

 

「ええ。期間は引き続きになるけど残りの教習課程は三ヶ月分。輸送演習、実践を含めて三ヶ月の計半年を考えてる」

 

 元々受けてたのが大体二ヶ月分。輸送に関する訓練はここだから受けるものだろうし、養成機関は元々半年くらいの予定だったのかな?

 

「……随分と短いわね。まだちゃんと他の子達を見ていないからわからないけど、こっちも合わせるってなると相当厳しい訓練になるわよ?」

 

「ううん、雪風と霞だからこの期間。五十鈴さんの方はみっちり一年お願いしたいわ」

 

 はい違いました。一年が約半年にカットされてましたわぁい。

 ……大事に育てたいとは一体なんなのよ、辛い。

 ほらほら五十鈴さんも驚いてますよ鬼教官、撤回するなら今のうちですよ?

 

「……なるほどね、この子達にとっても日本にとっても一年は毒、か」

 

「相変わらずのお察しで嬉しいわ。雪風は基礎体力、霞は海上行動。言ってしまえばそれだけなのよね、課題としては」

 

 納得しないでください五十鈴さん! そこはこう異議申し立てのシーンです!

 

 うあぁ……重いよ期待が重い。

 

「わかった、なら調整するわ。他に私が力になれることはあるかしら?」

 

「報告書で知っているかも知れないけれど……私と不知火、黒潮は艤装の老朽化が激しくて、ちょっと海上行動に不安があるの。先の話にはなるけど、演習関係や輸送任務は五十鈴さんに面倒見てもらいたいのだけれど」

 

「えっ!?」

 

 陽炎さんがそう言うと五十鈴さんは今日一番の驚き顔。なんだろ、知らなかったのかな?

 

「そっか……わかった、ならそっちも調整するわ。……その、こういう時どう言ったら良いのかわからないけど、元気だしてね」

 

「ふふ、大丈夫。諸々計画は進行中だし、何よりちょっとだけ意識が変わったのよ。雪風のおかげでね」

 

 ふぇえ!? 私!? 私何かしましたっけ!? 一杯やってる!? めちゃくちゃやらかしてるよ!

 あぁ、五十鈴さん! 驚いた顔のままこっち見ないで!?

 

「ええっと……霞?」

 

「はい? あぁ、はい、そうですね。私も……教官の言葉を借りれば、少しだけ変われたと思います」

 

 裏切り者ぉおおお!? 霞さんのおバカ! そういう時は同期の心を察してもっとどうぞ!

 

「そう……雪風?」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

 何でしょうか!? 雪風は大丈夫じゃありません! 手心を期待します!

 

「期待してるわ。色々、ね」

 

「は、はは……よろしく、おねがいしますぅ……」

 

 ダメだった!

 あーもう良いや! なんでもばっちこーい!



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一年目・粉骨砕身

 孤島ならではなのかはわからないけど、朝の空気はとても澄んでいる。

 

「おはよ」

 

「はい、おはようございます、霞さん」

 

 澄んだ空気を肺一杯に吸い込みながら、準備運動を開始して。

 そう、佐久島での生活が始まって少し。私は毎朝の自主トレとしてランニングを始めた。

 

 戦える人になりたいと決めた心はそのままに、そうなるために必要だと思ったからやっている。

 我ながら単純と言うかちょろいなと思ったりもするのだけれど、元々運動は嫌いじゃなかっただけに悪くないなんて思ってしまって。

 

「よし。じゃ、行くわよ」

 

「はい、お願いします」

 

 悪くないと思っていた所に手伝いの申し出を霞さんから貰ったから最高に変わってしまった。

 やっぱり友達と一緒に努力するっていうのは良いものなのよ。

 

 教官からも指摘された基本的な体力の無さ。

 霞さんは艦娘になるために努力して身につけた体力に対して、私はあくまでも一般人としての範疇でそれなりに優れた体力を持っている。

 その差はこうして自主トレを始めてから実感として理解できた。

 

「雪風、顔はまっすぐ」

 

「はい……!」

 

 佐久島の面積は1.73平方キロメートル。海岸線の長さは約11.6キロ。

 霞さんはその気になれば島一周出来るなんて言っていたけれど、真偽の程は定かじゃない。

 定かじゃないけれど霞さんは良く言って優秀なトレーナーだった、悪く言えば鬼……は陽炎さんだから小鬼でいいか、体力気力の磨き方を徹底的に仕込んでくる。

 

 さっきの顔をあげろって言葉もそう、少しでもフォームが崩れだしてくると容赦なくダメ出しが飛んできた。

 足幅は一定、太ももを上げろ、俯くな、猫背になるな、腕を振れ。

 まぁまぁよく言われた言葉はそんなものだけど、本当に容赦がない。

 

「よし、気張りなさいよ!」

 

「は、い……っ!」

 

 そして何のタイミングか身体が温まってきた頃、不規則に始まる十秒全力疾走。

 終われば一分元のスピードで走って、また十秒全力で走って。

 

「っく、はぁ……はぁ……!」

 

「ふぅん、だいぶマシになってきたじゃない」

 

 なんてちょっと腹の立つ顔で言われるけど、文句を言い返せる程余裕はない。

 

 霞さん曰く飽きないための工夫、らしいけど、私にしてみれば殺しに来てるよねってなもんだ。

 一緒にやり始めた時にこれをやられて、後の訓練で倒れ伏していた私の気持ちがわかる? 気が抜けてるって余計に陽炎さんから扱かれるし、たまったもんじゃない。

 

 たまったもんじゃなかった、のだけど。

 

「折返しね。雪風、帰りは八割走で行くわよ」

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 返事が出来ないので頷きで了解を示す。

 

 霞さんの基礎トレはめちゃくちゃ効果的だった。

 足というか身体全体的に、養成所にいたときよりも遥かにナイスバディとなれたと思う。いやもちろん戦える人的な意味で。

 思わず人間に戻れた時も継続しようなんて思えるほどにはすごくて、体作りというか体力作りは順調に進んでいると確信できた。

 

「はい、顎」

 

「っく……!」

 

 それでもこうして隣で余裕な顔を見せられると腹が立つのだけどね、覚えてろー。

 

 

 

「あ、あはは。お疲れ様です」

 

「……うー睦月ちゃあん、私もう駄目かもしれないよぅ」

 

 食堂のテーブルに突っ伏しながら愚痴る相手は睦月ちゃん。

 最初の打ち合わせが終わった後、私と霞さんの部屋を案内してくれたり設備の説明をしてくれた人。

 

「でも、駄目かもって言う割には食べるんですね」

 

「食べなきゃやってられないもん……それにカツ丼美味しいし」

 

 そうよ、食べなきゃやってられない。あぁ、カツ丼様おいひぃよぅ……これが私の癒やし、私の命。

 

「なぁに言ってるのよ。食い意地張ってるだけでしょ」

 

「ちーがーいーまーすー。霞さんに砕かれた心の入渠作業ですぅ」

 

 呆れちゃってますけどねぇ! わざわざ最後の追い込みとか言ってねぇ! 残り百メートルは勝負とか言ってねぇ! 勝てるわけないでしょ!!

 まったく度し難い、度し難いよ霞さんは! 良いもん良いもん、海上訓練でドヤ顔仕返してやるもん。 

 

「でもでも、やっぱりお二人は優秀なんですね。今でもすごくすごいのに、まだ足りないって努力できるなんて」

 

「何言ってんのよ、まだまだこれからよ。それにアンタだっていつでも来てくれて良いんだからね。適性値が泣いてるわよ?」

 

 そうなのよねぇ、睦月ちゃん。

 何気に70%超えとかなり高い適性値だったりする。

 それにもう艦娘歴三年目の言ってしまえば中堅さんだ、既に従事してる輸送任務との兼ね合いだろうか一緒に訓練したりしていないからわからないけど、やっぱりすごいんだろうな。

 

「そう、なんですけどねぇ……あはは、私はやっぱり良いです。お二人の邪魔になっちゃいますから」

 

「そ……まぁ、いいけど」

 

「うわーん睦月ちゃんも一緒にやりましょうよぅ! 犠牲者一人は寂しいですよぅ!」

 

 なんておちゃらけては見るんだけど、なんだろうな睦月ちゃん。

 先輩なんだしもっとこう、先輩風を吹かせるというか、そんな腰低く接してこなくてもいいのに。

 多分こういう性格、地ってわけでもないんだろうなんて感じるし。

 

「まぁまぁ……ほら、もうすぐ時間ですよ? 片付けは私がしますから、お二人は早く食べて準備しないといけにゃ……いけません」

 

「うー……睦月ちゃんまで私を死地に向かわせようとさせるー。呪ってやるー」

 

「バカ言ってんじゃないの。悪いわね、睦月、さん」

 

「さん付けはいりませんよ。霞さん」

 

 そうなのよね。私達にしてももっと先輩を敬うというか、そうするべきなんだろうけど本人が物凄く嫌がった。

 自分は相手を敬う体をとっているくせに、自分に対しては向けるなって。険しいと言うか、硬い表情で言われちゃったんだ。

 

 今にしても距離感を掴み兼ねている霞さんに対してすっぱり言ったし。

 なんと言うか闇を感じるわ……ふふふ、怖い。

 

「えと、それじゃ、ごめんね睦月ちゃん。お願いして大丈夫、ですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。いってらっしゃい」

 

 毎度こんな感じで、見送られる。

 

 言葉に甘えている私達も私達だけど、なんていうか妙な迫力があって。

 

「ねぇ、雪風」

 

「はい? ってあー……睦月ちゃんですか?」

 

 食堂から出て、声に振り向けば考え込んでる霞さん。

 

「なんで私、あの子のこと嫌いになれないんだろう」

 

「いやまたすごいこと言いますね?」

 

 最早ここまで来ると霞語なんて言って良いのかも知れないねほんと。語録作りでも始めようかな?

 それは良いとして。

 

「まぁ……そうですね、霞さんが嫌いそうなタイプ、ではありますか」

 

 そう言ってみると小さく頷かれる。

 

 今日に至るまでで結構霞さんはやらかし、ではないけどまぁまぁ騒動を起こしている。

 バイト艦娘さん達と食事が一緒になった時には、きゃあきゃあ談笑しながらご飯を食べてたのに対して怒鳴ってたし。

 同期達との合同訓練の時は、何だかわからないけど謝罪してきた皆を完全スルーしていたし。

 

 同期の皆と何かあったのかはわからない。

 けどまぁバイト艦娘達に腹を立てた気持ちは理解できる。

 まぁなんだ、言ってしまえばめちゃくちゃ軽い子達だったから。

 私としてはいずれまたあぁなりたいと思ってる存在でもあったから別にどうってことは無いのだけれど、色々必死に努力してる霞さんにしては癪に障る存在だろう。

 

「気に食わないはずなのよね。適性値にしてもそうだけど、あんなにも消極的で、なよなよしてて」

 

「それでも嫌いになりきれないのは……私達を見る目、ですよね?」

 

 憧憬、だろうか。

 自分も艦娘のはずなのに、決して私達のような人にはなれないと諦めているような。それであっても、そうなりたいと隠しきれないような。

 

「ええ。嫌うより先に、自分を律してしまうわ。わかんないけど、あの子の前で情けない姿を見せてはいけないって」

 

「私もです……ってあぁ! 止めてくださいそんな目で見ないで!? さっきまで無茶苦茶だらけてたじゃないみたいな!」

 

 そんな私だけど霞さんと同じく、そう思ってしまうところはある。

 戦える人として、その姿勢を見せ続けなければならない、海へと挑む意志を隠してはいけないなんて。

 

 とりあえず。

 

「もう知りません! 霞さんのせいで合同訓練もなくなっちゃったし! この後いっぱいいじめますから!」

 

「あちょっ!? ふ、ふんっ! 望むところよ! 今日こそ一発くれてやるんだから! ガンガン行くわよっ!」

 

 八つ当たりはしっかりしましょうねっと。

 

 

 

「うー……」

 

 ふはは、勝った。勝ってやりましたよこんちくしょう。

 

「霞さんはまだ砲撃前後の動きが甘いですね、狙うために速度を落としてたら駄目ですよ」

 

「雪風、それ私の台詞だから、あんまり調子に乗らない」

 

 はいすいませんつい。

 

「でもまぁその通りって言えばその通り、霞はまだ一々不安を行動に乗せてる。砲撃する時に転けてしまうかも知れないなんて考えるものじゃないわ。それだったら何も考えないほうがマシよ」

 

「うぐぐ……はい。分かっては、います」

 

 そういう意味では私が異質過ぎるんだろうなんても思う。自惚れという意味ではなく。

 私にしてもどうすれば砲撃しながら、魚雷を撃ちながら綺麗に走るためにはどうしたらいいかなんてことに答えられない。

 最初から出来ていたから、どうクリアしたのかって実感がないから答えられない。

 

 言ってしまえば出来て当たり前なんだ。自然に出来てしまう。

 雪風は適性値の問題が大きいと言っていたけれどそれだけじゃないだろう。

 

「雪風に一刻も早く追いつきたいって気持ちはわかるし必要なことよ。少し突っ込んだことを言えば、それが出来なきゃ雪風と同じ道は歩けない」

 

「っ……! もう一本、お願いします!」

 

「……雪風」

 

「はい、私は大丈夫です」

 

 そう言って再び距離をあける。

 そう、今やっているのは単艦演習。かつて私が不知火さん相手にしたような。

 

 合同訓練がおじゃんになって、これからも出来ないと見越されて。

 霞さんのせいとは言ったけど、正直それが大きな理由ではない。

 

「はじめっ!」

 

「こんのぉおおお!!」

 

「……」

 

 上から見ているようで気分はよくないのだけど。

 霞さんも、恐らく新人の中ではかなりのレベルなんだと思う。

 

 はっきり言おう、もう同期たち相手じゃ、練習相手にもならない。

 霞さんだから、私とこうやり合えている。私が、霞さんの練習相手になれている。

 私からすれば……いや、そこまで驕りたくはない。

 

「甘い、です」

 

「っつぅ!?」

 

 霞さんの砲撃終わりに合わせて、砲撃を撃ち返し、回避運動の先にも一つ。

 避けるまでもなく霞さんの砲撃は当たらないって分かっていたし、思うがまま、自由に動いて霞さんへと詰めろをかける。

 

 理由は、わからない。

 少なくとも霞さんは同期達より少し上ってだけだったはずだ。なのにどうしてこんなに差がついたんだろう。

 かつて、私は嫉妬というかそんな目で見られていたけれど、その奥には何としてでも超えてやるなんて意地の炎が見えたのに。

 

 どうして彼女たちの目から、それが消えてしまったんだろう。

 

「まだ、まだぁああ!!」

 

「破れかぶれの突撃は……そう、ダメダメですって」

 

 かけた詰めろの魚雷はしっかり霞さんにあたる。

 これで、何勝目か。数えていないからわからない。

 

「っつぅ! まだ、まだ! もう一本!」

 

「雪風」

 

「はい、大丈夫です」

 

 何より陽炎教官から言われている。海上訓練は主に霞のためだって。

 構わない、私は霞さんがこれでも好きだから。彼女のためになるなら粉骨砕身なんのそのってもんだ。

 

 それはかつて同期の皆に思えていたはずなのに。もう、今はきっと思えない。

 

「戦える人、か」

 

 思わず呟いてしまったその言葉。

 霞さんや睦月ちゃん、それに同期たち。

 

 何となく、決めたばかりの覚悟がこの島では何よりも大事なものではないかなんて思ってしまった一日だった。



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一年目・平穏不穏

 これは黒潮の分野だ。そう、不知火は匙を投げそうになる。

 陽炎をバックアップするためとして同じく佐久島へ、事務方として着任した不知火と黒潮。

 

 黒潮は提督補佐に従事する事に胸を撫でおろしたのは記憶に新しい。

 出来る出来ないで言えば出来るが、進んでやりたいと思わない程度には苦手。それが提督補佐、ひいては書類仕事の不知火だから。

 押し付けたわけではなく相談して。そうして黒潮はいわゆる秘書艦へ、不知火はバイト艦娘(・・・・・)を含めた艦娘の日常的なサポートへと従事することになった。

 

 納得はしている。しているが今、やはり後悔というものは先に立たないらしいと頭を抱えている。

 

「不知火ちゃんってすっごくすごいんですよね!」

 

「え、まじ? 戦艦とか一発で倒せちゃったり?」

 

「うわそれはすっごくすごいね」

 

「いえあの、私は自分へ自信を持ってはいますが流石に駆逐艦として――」

 

「出来ないってこと? なーんだ、そうなんだー」

 

「――」

 

 所謂一般人、民間人とこうして直接コミュニケーションを取る機会がなくなって久しい不知火。

 たとえば観覧会だったり、公開演習だったり。

 そういった軍人の自分を挟んだ交流はあったが、こうも直接的な交流は本当に久しぶりなのだ。

 

 不知火とて理解している、彼女たちに軍人然を求める事は間違っていると。

 

 こうして砕けた空気を律しようとするなんてとんでもない、どちらかと言うのであれば自分からこの空気へと馴染まなければならない。

 たとえちゃん付けで呼ばれようが、駆逐艦と戦艦の違いを理解していない相手であろうが、である。

 

「ねーぬいぬいー」

 

「ぬいぬい!? あ、あの。念のために確認しますが、ぬいぬいとは私の事でしょうか?」

 

「他に誰がいるのさ。次の輸送っていつだっけ?」

 

「ぬいぬい……あぁ、いえ、次はですね――」

 

 何より佐久島へと着任するにあたり、今不知火の階級はバイト艦娘のものたちより低い。

 事務方として着任するための階級はどれだけ高くてもバイトであろうが艦娘よりも低い階級になってしまう。

 それを黒潮曰くまじめちゃんの不知火が守らないわけはない、一時的にではあるが上司に向かってなんだかんだ咎めたりは出来ないしするつもりもないのだ。

 不快だと思う気持ちは一握りありもするが、それは黒潮も昔はこうだったなとバイト達の姿を通して思い出しての話。彼女たちに対しての苛立ちはないし、よしんば抱いたとしてもそれを表に出すようなことはない。

 ただどれほど戦うことが上達しても、下手で苦手なものはあるんだなと思ったりしつつ、折角の機会だから克服しようなんて思う不知火であった。

 

 対してバイト艦娘は不知火の存在に感謝していた。

 バイト艦娘がここで過ごす上での環境的システムが悪いというわけではなかったが、こうして自分たちをまとめてくれる人がいるというだけでありがたい。

 ましてや現役バリバリの正規艦娘。彼女たちは不知火や陽炎、黒潮の艤装老朽化について詳しい事は知らない、ただ改装を予定していてそれまで戦うのが難しく腐らせるのももったいないから程度にしか知らされていない。

 

 直属の上司と言えば五十鈴になるのだろうが、良好な関係を築けているとは言えないからこそ余計に。

 いや、ここで過ごす分だけを見れば何の問題もない関係であるとは言える。別段五十鈴から邪険にされたわけでもなければ、雑な扱いをされたわけでもないのだから。

 

 不知火と五十鈴の違いは本当に少し。日常で何でもない事を聞けるかどうかの違いだった。

 小さい事で言えば備品購入出来るものと出来ないものを聞くことだったり、なんなら自分がなった艦娘は軍艦だったころどんな艦だったのかなんて雑談のようなもの。

 民間人の体を崩さなくともやはりここは軍事施設で、戦いへの不安もあれば艦娘になったという事に対しての不安だってある。

 

 五十鈴であろうと、不知火であろうとそういった相談へきっと真面目に乗ってくれるだろうとは思っている。

 しかし五十鈴にはどうしても一歩踏み込んで聞けないのだ、聞いた瞬間冷たい目を向けられる様な気がしてしまう。

 それは自分がバイトだからだとか、忙しそうな軍人の人を邪魔してはいけないなんて言う遠慮だとかそういう気持ちからでもあるが、それでも五十鈴には特に遠慮してしまう。

 

 不満はない。でももう少し居心地が良ければな、なんて思っていた頃にやってきた不知火はある意味彼女たちにとって救いの手だった。

 

「えー呉まで行くのー? ちょっと遠くない?」

 

「確かに少し遠いですね。ですけど皆さんのこれまでの仕事ぶりから見るに適任だと思いますし、皆さんだからこそのお仕事だと思います」

 

「そ、そっかぁ! だったらもー仕方ないなぁ! ぬいぬいにそこまで言われちゃうとなー!」

 

「ぬ、ぬいぬい……」

 

 不知火からすれば単なる苦手克服の一環ではあったのだが、彼女たちにしてみれば自分より階級が下の存在も、ここまで親身になってくれる存在も初めてだった。

 思い返せば最初の挨拶からもそうだ、自分たちの為に一生懸命頑張るなんて言ってくれた時は耳を疑ったもので。

 そしてその言葉通り不知火は一生懸命だった。積極的に何か困っている事はないかと聞き回ったし、わずか一か月でいろいろな事を知れた。

 

 軍人としてのいろはを教えられた自分たちではないけれど、感謝しているんだ、慕っているんだと不知火に知って欲しいと思うくらいには。

 

「あ、そうです。その呉までの輸送任務は皆さんに護衛がつきますよ」

 

「護衛?」

 

「はい、雪風と霞……二人を五十鈴さんが指揮しながら皆さんを守るためにつきます。護衛とはいっても危険路を通るわけでもないので、どちらかというと二人の護衛練習という意味が強いです」

 

 聞きなれない護衛という言葉に首をかしげるバイト達ではあるが、後に続いたいつもと基本的に変わらないという言葉で安堵した。

 何と言う事はない、いつも通り資材を運ぶだけなんだと。

 

「五十鈴さんがそっちにつくってことは……あれ? 私たちの指揮は?」

 

「はい。睦月さんが執ります」

 

 なるほどと頷きながら。同時にそう言えば睦月と一緒に輸送の仕事はしたけれど、指揮は受けたことがないなと気づく。

 

「えぇっと、こういったらなんだけど……睦月さんって指揮できるの?」

 

「私もそう彼女について詳しいわけではありませんが……司令より問題ないとの返事は頂いています。私としても正規の艦娘として三年目の人が輸送任務の指揮すら執れないとは思えませんし」

 

「そっかーぬいぬいがそう言うなら大丈夫だよね」

 

「ぬいぬい……」

 

 安心したように顔を綻ばせるバイト達。

 いつもと違う形ではあるけれど、やる事は同じ。

 それに不知火もこういってるんだしと深く考えることを止めて。

 

「わかった! じゃ、ぬいぬい! 甘味行きましょうか!」

 

「え、いやその、私はこれから……ってその!? あー……」

 

 今日こそはこの鉄面皮の笑顔を見てやると息巻いた二人に両腕を取られ、不知火は甘味屋へとバイト達と共に姿を消した。

 

 

 

 黒潮の感想は中々に悪くない場所というもの。

 

「ほい、今回の輸送報告書ですわ。相変わらず被害はなしな上に消費資材も少ない、完璧言うええ内容でしたわ」

 

「おーありがとさん。黒潮が来てくれてから助かるよ、後はその微妙な敬語さえやめてくれたら最高なんだけどな」

 

 敬語云々はともかく、黒潮は提督の言葉をどうしても謙遜と受け取ってしまう。

 

「なに言うてますねん。別にうちなぁんも手伝ってませんわ」

 

「いやいや、そんなことないって。書類の整理にしても目の保養にしても随分助かってるさ」

 

 軟派な言葉を黒潮に言う三十には届いていないだろう若い雇われ提督。

 見た目や言動とは裏腹に、少なくとも実務に関しては相当に優秀だった。

 

 少し考えればわかる事でもあったのだ、それなりの規模を有する第三駆逐艦養成所、佐久島泊地。それを提督一人で稼働させているという実態にしてもそうだが。

 確かに五十鈴を筆頭として艦娘の協力は必要だろう、それでも艦娘が知っていい範囲は提督のそれに比べて遥かに少ない。

 そういった面だけ考えても優秀であるという証左だったし、実際に一か月こうして秘書艦として働いてわかる事もある。

 

 そしてその全てが黒潮に教えていた、この提督は見た目通りの人間ではなく、侮ってはいけない存在だと。

 

「……はぁ、やめてくれそういう目で見るのは」

 

「あー、申し訳ないですわ。せやけどまぁ、こういう目にもなってまいますって」

 

 秘書艦業務を五十鈴から引き継いだ際にもらった情報が殆どあてにならない。バイトのご機嫌伺いばかりに執心してるだとか、やる気がなさそうだとか。

 多少身構えていたつもりではあったのだ、しかし実際は違った。

 五十鈴の目を疑うつもりはない、ただ五十鈴の目では気づけない多くの事があったのだろう。黒潮自身、中途半端な今の立ち位置だからこそ気づけたとも思っている。

 

「いやほんとにさ、どうしてここなんだ? キミくらい優秀なら、事務艦としてでも引く手数多だったろうに」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいですわ。せやけど、一線から完全に退いたつもりもあらへんので」

 

 苦笑いを浮かべている提督を見てふと思う。

 

「それに優秀っちゅう話なら、うちの台詞ですわ。司令はんやったら正味軍に入っても、民間の企業でもそれこそ引く手数多やったんちゃいますか?」

 

「俺を優秀だと言うのはキミくらいなもんだって、こりゃ脈アリってやつか?」

 

 はぐらかされたのだろう黒潮は思う。

 その内容が話してはいけない事なのか、それとも話したくない事なのかは判断できないが。

 故に一つ。

 

「そうやねぇ、ほんなら賭けでもしましょか」

 

「賭け? 賞品次第じゃ――」

 

「うちなんてどないです?」

 

 探りではないが、仕掛ける。

 危ない橋かもしれないが、黒潮の勘はこれをきな臭い物ではないと言っていた。

 

 これは、踏み込むところだと。

 

「――本気か?」

 

「うちが今まで何回自分を賭けたと思ってますん。ここは、行くとこやろ」

 

 訪れる沈黙。

 おそらく提督はここに着任してから浮かべた事のないだろう真剣な表情を浮かべて、黒潮はいつもと変わらない顔のまま。

  

 乗るか、反るか。

 

 沈黙の中交差する思惑。

 

「降参」

 

「ほ?」

 

「対価を用意できねぇよ、黒潮に見合うもんなんてないだろう。これじゃ賭けは成立出来ねぇから俺の負けで良い」

 

 本当に降参だと両手を上げた提督。

 

「まぁ心配してるような……狂信者の一人だとか、大本営のうんたらとかそういうんはねぇよ、安心してくれ」

 

「なんや、そら残念」

 

 残念と言いながらも、この提督が多くの事を知っている存在で、かなり優秀であることはこれで確定出来た。

 

 思えば輸送航路の安全が確保されていることもそうだ。

 ありえないのだ、それは深海棲艦の出現を完璧に予想しているということだ、そんなことが出来る存在が居るのならこの戦争はとっくに終わっている。

 つまりこの提督は少しずつかもしれないが完璧に近い安全な輸送航路を確立させたのだ、それも従事するバイト艦娘に被害を出さず。

 人間的にどうかはまだわからない、だが優秀なのだこの提督は。

 

「あんまり買いかぶってくれるなよ黒潮。確かになんだ、ガワについてはうまい事出来たと思う。けどここにある問題はまるっきり解決していないんだから」

 

「問題?」

 

 問題とはなんだろうかと黒潮は考える。

 あえて言うのであれば人間関係というか艦娘関係だろうか、確かに五十鈴とは上手く関係を築けていないとは思っているが。

 

「軍人と民間人で意識っつーのかな、その差は大きいし交わる事はねぇんだろうな。守るもの、守られるものの違いってのはそういうもんなんだろう。そいでまた、民間人が弱い存在で、軍人が強い存在ってのも事実だ」

 

「……よぅ、わからへん。司令はんは、何を問題と思っとるんや?」

 

「だから俺みてぇな奴がここに居るって話だよ。差を埋めることは出来ねぇ、だが橋渡しする事は出来る。色んなことを知ってるのは、知るということを必要に迫られたからだ。俺が優秀ってわけじゃねぇ」

 

 黒潮を見て、黒潮に向けてじゃないだろう言葉を紡いでいる提督。

 

「ただアンタ達が来てくれたおかげで、一つの問題は解決できそうだ」

 

「……それは、何やろか?」

 

 不意に視線が戻ってきたことに驚きながらも聞き返す黒潮。

 

「睦月」

 

「睦月はん?」

 

 挙げられた名前。睦月型駆逐艦のネームシップであり、ここにもとからいる二人の正規艦娘の一人。

 資料を見るに適正値を含めてそれなりに噂となっていてもおかしくないはずなのに、全く聞いたことのない存在。

 

「知らねぇだろうし、もう止まらない予定になったから言うけどよ。あいつ、主砲が撃てねぇんだ」

 

「はぁっ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまう。

 主砲が撃てない。それは駆逐艦という括りだけではない、艦娘として致命的。

 

「な、なんで……! いやちゃう! 止まらない予定って、呉遠征のことか!? なんでや! 一体司令はんは何を――」

 

「俺がここに居る目的を知りたいんだろ? それならまぁ見ててくれ、読みじゃ……これで解決できるから」

 

 そういって提督は、ようやく見せた素顔らしい笑みを浮かべたのだった。



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一年目・遠征会議

 ここに来てから早一ヶ月。

 霞さんは随分と海上での動きに磨きをかけた。陽炎教官に言わせれば付きっきりに近い形で訓練を受けている上、元々見込みがあったから当然だなんて言っていたけど。

 それでもやっぱり異常とも言える成長だろうとは雪風談。その雪風でさえ現段階の霞さんを見て、今すぐ何処かの鎮守府に着任しても問題ないなんて評していた。

 元々ストイックというか、負けず嫌いな性格も功を奏したんだろう。海上では私に負けっぱなしの霞さんだったけど、毎度何かしら新しいことを実践してきてヒヤリとしたもんだ。

 

 ――嫌味にしか聞こえないわよ……。

 

 私としては含みを入れたつもりはないのだけど、がっくり肩を落とされながらそう言われてしまった。

 同時にすぐに追いついてやるんだからとも言われたけど。

 

 そう、霞さんはとても……なんだろう強くなったんだ。

 他の同期達がどうなっているかを知ってしまえるから、よりそう思ってしまう。

 

 そして私だ。

 たかだか一ヶ月で劇的に体力がついたなんて上手い話はないもので、フィジカルに関して目を瞠るものはないんだろう。残念なことに陽炎教官からも言われた。

 それでも無駄では無かったと実感できたのは三重までの長距離航海練習。行って帰ってくるまでに疲労を然程感じなかった。

 なんと言うか、身体の使い方が上手くなったんだろうね、それは五十鈴さんにも言われた。物凄く自然体で無駄な力が入っていないから体力を消耗しないんだろうと。

 

 霞さんには感謝しなければならない、いや最初から感謝しているつもりだけど。

 やっぱり毎朝一緒にやってる自主トレの効果だろうそう思う。

 

 何よりも、だ。

 

「基礎的な海上行動に関して私から言うべきことはないですね」

 

「いやいやあるでしょ、むしろあって欲しいのだけど?」

 

 真面目な顔してとんでもないこと言わないで欲しい。

 不思議に思っていたことではあるのよね、私から見ても……ううん、多くの駆逐艦からみても雪風は随分先をいく存在だ。アドバイスなんかを上手くして戦力向上に努めればいいのになんて。

 

「もちろんそうですね、確かにここはこうした方が良いですよーなんて部分はあります。ですけど、それは私が私にしか伝えられない技術ですから」

 

「うん? いや、雪風は私なんだし、教えてくれて良いんじゃないの?」

 

 いまいち要領を得ない。

 雪風は私の歩むだろう道の遥か先にいるはずだ。だったらそれを先取り出来るようなものだけど。

 

「まず一つ、感覚的なものが強いって理由があります。言ってしまえばコツ、でしょうか? そういうものは自分で気づかないと活かせないものだと思います」

 

「うーん、コツねぇ」

 

 わかるようなわからないような。

 

「一番大きい理由として、今のユキはかつての現段階で私が至っていない域に辿り着いてしまってます。信じられないかも知れませんが、陽炎さんに勝てるまではないでしょうけどかなりいい勝負をするくらいに」

 

「嘘でしょ……。流石にそれはないって」

 

「あくまでも私から見て、ですよ。ですけど一定以上の成長をしているユキに、私からのアドバイスって役に立てそうなことが見つからないんですよね。言っても成長を邪魔しちゃいそうで」

 

 雪風が言うこととはいえ、そこまでは自惚れられない。

 あの時見た陽炎教官や不知火、黒潮教官たちの戦っている背中。

 あれほどの迫力というか、輝きというか。そんなものへと手が届くとはまだ思えない。

 

 と言うより単艦同士で戦って優劣を決したところで意味ないのよね、それくらいはわかるようになったつもり。

 仮に陽炎教官に勝てるようになったとしても、指揮能力だとか他の艦娘に合わせることだとか。そういった面のほうが重要で、それらに対して私はまだまだ未熟だと自覚もしているし。

 

「わかりやすいのは日程のさらなる短縮があったことですよ。霞さんの成長も飛躍的に収まらない程ではありますが、呉まで輸送遠征の話が決まるなんて相当ですよ?」

 

「う……そう、なのかなぁ?」

 

 そうだ、忘れたかったけど次は実戦というか実践らしい。

 本来後半月は先に予定されていたことだけど早まってしまったのよね、ゆっくり育てるとは一体……やらかし、だなぁ。

 

「私自身、輸送任務にしても鎮守府へ着任してからでしたし……はい、ユキさんはすごいです!」

 

「取ってつけたように持ち上げないでよまったく」

 

 悪い気はしないんだけどね。ニヤけるのを我慢しなきゃいけない程度には。

 

「でもどう思う? ほんとに危険はないのかな?」

 

「恐らく、としか言えないですけど。正直佐久島での出来事は訓練しか私はしてませんでしたから予想がつきません……ごめんなさい。でも」

 

「でも?」

 

「先の戦い……ユキも気づいたと思いますけど、あの深海棲艦達は私を狙っていました。もしそれがこちらに来ても継続しているのならって」

 

 なるほどね。

 確かに不安としてはあるかも知れない。

 

 私が狙われる理由はさっぱりわからないけれど、恐らく間違いないだろうし。

 まだ狙っているのなら呉までの輸送遠征は狙い所だろう。

 

「でも五十鈴さんの指揮に入るのですし、そこまで不安に思うこともないと思いますよ」

 

「あ、そうよ五十鈴さんよ。あの人ってどんな感じなの?」

 

 まだ一緒に何かしてるわけじゃないからいまいちわからないのよね、陽炎教官に聞いてもすごい人ってことくらいしかわからなかったし。

 何となく強気というか、凛々しいと言うか。霞さんに似た雰囲気を感じるけれど、霞さんも好きだって言ってたし。

 

「そう、ですね。あまり一緒にお仕事はしてませんので、報告書や映像を見た上での話ですけど」

 

「うん、どんな感じ?」

 

「一言で言うなら……苛烈、でしょうか」

 

 苛烈。

 えぇっと? 厳しく激しいってことよね? いやそれは何となくわかってるよ。

 

「対潜はもちろん、指揮能力が凄いです。特に攻勢時の指揮に関しては見てきた軽巡洋艦の皆さんの中では一番かも知れません」

 

「そ、そんなに凄いんだ……」

 

 優秀な人ってゴロゴロいるもんなんだな……恵まれてるって思うべきかな?

 いや、恵まれてるんだろうね。私にしろ霞さんにしろ、陽炎教官含めてきっと人に恵まれてるからこそこんなに成長できている。

 

「けどそんな人が、失踪、になるのかな? いなくなっちゃうんだよね」

 

「はい……ですのでユキ」

 

 わかってる。

 あの人が今何を考えて何を求めているのかはわからない。正直な話、ちょっと苦手なタイプだからお近付きも遠慮したいところだけれど。

 応えよう、雪風がそう求めてるなら、それは私の求めるものでもあるのだから。

 

 

 

「輸送連合艦隊、ですか?」

 

「連合艦隊って言うには随分と寂しいけどね。二つの艦隊を合わせるから便宜上そういうわ」

 

 呉への輸送遠征を明日に控えて、今日は最終ブリーフィング。初めて会うバイト艦娘さん達と挨拶するのもそこそこに着席して。

 会議室に運び込んだホワイトボードに輸送連合艦隊と書いて丸をつけたのは陽炎さんで、口頭で説明しているのは五十鈴さん。

 

 通常艦隊行動での演習や訓練が不足してる気はするんだけど、まぁ霞さんと同期たちのやり取りもあり難しいのはわかる。

 けれどもすっ飛ばして座学でしかしらない連合艦隊行動かぁ……。

 

「もちろん……って言葉が正しいのかはなんとも言えないけど。連合艦隊という体を取るのはそれぞれの役割分担を明確にするためよ。陽炎」

 

「はい。第一艦隊を睦月を旗艦とする輸送艦隊。第二艦隊を五十鈴さんを旗艦とする第一艦隊護衛艦隊とする。第一艦隊の皆は言ってしまえばいつもやっている輸送任務と変わりない。第二艦隊にしても長距離航海練習の延長線にあるものとして捉えてもらって大丈夫よ」

 

 ほむほむ、確かに安全性が確保されているのならそうとも考えられるのね。あ、霞さんなんですかその残念そうな顔は。駄目ですよ? ステイですステーイ。

 

「今回の目的として第一艦隊はより長距離の輸送を可能とするための練習。第二艦隊は護衛はもちろん、対潜水艦を含めた索敵、警戒の練習が挙げられているわ。深海棲艦が現れようが現れなかろうが、常に実戦を想定して動くわよ」

 

「実戦……」

 

 五十鈴さんの言葉にごくりと誰かが生唾を飲み込んだ。多分、バイト艦娘の誰かよね。基本的に戦闘訓練は受けていないって話だし、怖いだろうな……私も怖いです。

 

「第一艦隊は睦月以外はいつもの装備、主砲とドラム缶。睦月は主砲と魚雷を装備して」

 

「りょ、了解です」

 

 って、睦月ちゃん? どうしたのよめちゃくちゃ顔引き攣ってるけど……?

 あれ? 睦月ちゃんって正規の軍人、艦娘よね? しかも先輩だし……流石に実戦の一つや二つどころか経験してるよね?

 

「第二艦隊は私がソナーと爆雷、雪風が主砲と魚雷、霞は主砲と電探を装備していく。実際に使って説明と練習を道中でやっていくからそのつもりで」

 

「了解」

 

「航路途中、予定では和歌山潮岬で一旦休息を取る。そこで第一艦隊は装備の交換を行うわ。状態によっては三重の何処かになるかも知れないけど、基本的には和歌山よ。朝から出発して昼くらいまでにはたどり着く行程だからそのつもりで」

 

 半日で愛知から和歌山、か。

 まぁそんなもの、かな? いまいちここまで長距離を航海したことがないからわからないけど。

 

「あ、あの!」

 

「うん? どうかした?」

 

「い、一日で、呉まで、ですか?」

 

 おっと、そうか。和歌山では休息、か。

 でもどうなんだろ? 距離的には一日でって話なら呉に着く頃には夜も夜になりそうだ。夜間航海練習は演習場でしかしたことないし、不安といえば不安だな。

 

「そのつもりではあるけれど。えぇっと、陽炎?」

 

「はい。行程に遅れが生じた場合、潮岬で一泊することも想定している。あそこには資材集積場として使っている島が一つあるし、許可は既にもらってるわ」

 

 あ、安心できたかな?

 しっかしそうか、えぇと和歌山の潮岬って所に辿り着いた時間によって臨機応変にってことよね?

 私と霞さんだけなら甘えるななんて言われてそうだけど……うん、ある意味バイト艦娘さんに感謝だね。

 

「ただ今回一泊することになれば、もう一度この連合艦隊演習をいずれ行うことになるわ。出来れば一発で決めてほしいわね」

 

「了解」

 

 それもそうよね、この訓練にだってコストがかかってるんだ。

 こっちに来てから結構言われたのよね、私達一人育てるのにも結構なコストがかかっている。

 ましてや私と霞さんは同期とは別に扱われているわけで、ただでさえかかるコストがマシマシってなもんだ。出来れば短い期間で余分を生ませたくはないでしょう。

 

 あぁ、そっか。だからでもあるのか、訓練期間というか予定の短縮は。

 なんか急にわかっちゃったな。

 

「以上が呉遠征についての概要よ。呉に着いたら鎮守府見学も予定しているし……呉鎮守府も何か用意してくれるそうよ。呉、広島といえば牡蠣よ牡蠣。任務を終わらせれば美味しい牡蠣が待っているかも知れないわね」

 

「わっ! 牡蠣ですか!?」

 

「私、初めて食べるかも!?」

 

「生牡蠣? それともお鍋? くぅ~楽しみ!」

 

 マジですか! 牡蠣ですか!

 いやぁこれは何としてでも一発成功させないといけませんね! ねぇ霞さん!

 

「……わかったから、バイト艦娘と一緒にはしゃがないで。恥ずかしいったら……!」

 

「でもでも牡蠣ですよ!? 霞さんは食べたくないんですか!?」

 

「た、食べたいけど! ってそうじゃない! ふんっ! そんなんで牡蠣にあたっても知らないからね!」

 

 またまたーツンデレさんだなぁ霞さんはーふふふのふ。

 

 あ、五十鈴さんに陽炎教官? 何呆れてるんですか? あぁ、陽炎教官はここに待機ですもんね、食べられませんもんねふふふ。

 

「雪風? 後で私の部屋に来なさい?」

 

「申し訳ありませんっ! 明日に備えなければなりませんので!」

 

「……やれやれ」

 

 よぉし! やるぞー! 頑張って牡蠣だー!



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一年目・海上護衛

 佐久島を出発した雪風達の航路は順調だった。

 始めこそ緊張の色が強く顔に表れていたものの、三重を超える頃には限りなくいつもどおりに近い雰囲気の中進む。

 そんな中第二艦隊が五十鈴指導の下、主にソナーと爆雷。電探の使い方を学んでいる。

 

「えぇと……パッシブソナー、アクティブソナー?」

 

「受動的に感知するか能動的に感知するかの違いよ。見てて頂戴」

 

 普段よりも活き活きとしているように五十鈴が見えるのは気の所為では無いだろう。

 こうして後進達への指導と言えば、バイト艦娘達への海上走行技術のみで戦闘に関わることを教えるのは随分久しぶりだったし、元々面倒見の良い五十鈴でもあったから本領発揮といった所。

 

 バイト艦娘から見れば、専門的な知識をつける座学をほぼ受けていないためか五十鈴が言っている内容の殆どが理解できていない、戦うって言うことはやっぱり大変なんだなといった感想。

 ただ教えている五十鈴の表情を見て、そんな顔も出来るんだなと少し寂しいような、悔しいような、いまいち整理のつけられない感情を抱く。

 

 不知火が彼女たちに教えた、知っておくべきことのみ知ればいい(need to know)という原則。

 

 大げさかも知れないが、その言葉は彼女たちにとって衝撃を与えた。

 戦う人たちはなんて孤独なんだろうかと、同情にも似た感情を覚えてしまったのだ。

 今で言えば雪風と霞、二人が真面目に戦闘訓練をしている光景もちゃんと見たのはこれが初めてで。その姿にそんな思いを重ねて掠めるように視線を送ってしまう。

 

「電探感度は装備自体の性能はもちろんだけど、艦娘によってある程度差が出るわ。霞、どんな感じ?」

 

「はい。異常は……無さそうです」

 

 装備にしても、簡単な砲撃訓練を受けただけ。こうすれば砲撃出来るんですよ程度だったし、実際に砲撃した後海の上に立ち続けることなんて出来なかった。

 魚雷という存在は知っていたが、手に触れたことすらなかった。代わりに触れたのはドラム缶なんて、もしかしたら人間として日常生活を送る上で触ったことがあるかも知れない物。

 今五十鈴が雪風や霞に使い方を教えている装備など名前すら知らなかった。

 

 それで良かった、良いはずだった。

 

 砲撃して転けても、何をしても怒られることもなく仕方ないの一言で片付けられて。

 自分たちはバイトだからと何かを放棄して。

 

 そう思っていた自分に対して、複雑な気持ちが胸に産まれた。

 

「あの、睦月、さん」

 

「えっ!? えと、にゃ、何でしょう?」

 

 ふと前を見れば自分達を率いている軍人。

 ずっと顔を強張らせているのは何故だろう、だがそれよりも気になることがある。

 

「何で、バイトっているのかな?」

 

「ば、バイトさんがいる意味ですか? ……そう、ですね」

 

 即答されるとまでは思っていなかったが、少し長いと思われる程度に睦月は考える。

 

 単純に手が回らない部分を民間人に手助けしてもらうなんて、恐らく彼女たちがバイト艦娘になった時説明を受けただろうことをもう一度説明することは出来る。

 だが、それをまた聞きたいというわけではないだろうと睦月は察した。

 

「戦えない人も、戦えるように、かな」

 

 まさに今自分がその窮地に立たされているように。

 

 彼女たちは民間人だ、艤装を纏って姿が変わっても違いない。自分とは違う、平和な日常を生きる人だ。

 

「戦えない人が、戦える……?」

 

「うん」

 

 睦月は思う。

 こんなやくたたずと成り果てた今も尚こうして海の上にいる理由。

 それは間違いなく彼女たちのような人間たちがいるからこそだと。

 

「戦いが好きな人なんてどこにもいないんだよ、望んでも好んでもいない……それでも戦うのは、きっと戦えないのに一生懸命頑張っている人たちを守るって理由があるから」

 

 言い訳なんだろう、許して欲しいんだろう。

 未練がましくここにいることを、キレイなお題目で誤魔化そうとしている。

 

 それでも。

 

「嘘じゃない……そう、嘘じゃないんだよ。だから、皆はそうしてて良いんだよ、居て欲しいんだよ」

 

「睦月、さん……?」

 

 歯を食いしばる。

 ここに来てからずっと、海に立つ時は自然に力が入った。

 

「そうだ、守らなきゃ……私は……!」

 

 それだけは、紛れもない睦月の真実なのだから。

 

 

 

 和歌山潮岬。

 深海棲艦との会敵もなく順調に辿り着いた休息場所。

 

「わ、灯台ですかあれ!」

 

「へぇ……初めて見たわ」

 

「そうです、ねぇ」

 

 そびえ立つと言えば物々しいが、海際に建つ灯台へと物言えぬ感動を抱く雪風と霞。

 安心感とでも言うのだろうか、海で生きる者達が目指す場所であり拠り所。

 かつて艦娘となる前には思わなかっただろう感想に浸りながら潮風を楽しめる。

 

「ねぇ睦月ちゃん」

 

「え、あ……なんですか?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 三人並んで灯台を見上げ、そのままの格好で雪風は睦月へ問う。

 

「えと、大丈夫ですよ? まだまだ睦月、頑張れるにゃ……頑張れます」

 

「どう見てもそう思えないから言ってるんだけど」

 

 霞がジト目で睦月へ言い、雪風が苦笑いを浮かべた。

 そうなのだ、睦月は誰が見ても疲労していた。憔悴と言っても良い。

 緊張の色は出発時から見えていた、しかしそれだけでここまでなるとも思えない。

 

「念の為、五十鈴さんにここで休息時間の延長……ううん、一泊したほうがって言ってみましょうか?」

 

「だ、駄目です! わ、私は大丈夫ですから! 皆牡蠣楽しみにしてますし! むしろ早く出発しちゃいましょうー! 睦月、はりきっちゃいますよー!」

 

 雪風の言葉に慌てて元気をみせる睦月ではあるが、それを空元気だと見抜くなんて誰にでも出来る。

 

「はぁ……私から五十鈴さんに言って――」

 

「駄目ですっ!!」

 

 呆れつつも背を向けようとした霞の服をつまみ止める睦月。

 顔には必死を浮かべていて、目には少し涙を溜めながら。

 

「わ、私のせいで何かが駄目になるなんて駄目です。絶対、絶対だめです」

 

「で、でも」

 

 そんな様子の睦月をどうしたら良いかと、霞の視線は雪風と睦月を行き来する。

 

 責めるつもりはなかった。

 むしろバイト艦娘をここまで無事に率いるのは大変だっただろうと理解もあった。

 疲労すること自体は悪いことでもないし、情けないとも思わない。むしろここで十分な休息を取ることこそ必要なことだとも思っている。

 

「ねぇ、睦月ちゃん」

 

「は、はい」

 

 雪風にしても霞と同様の考えに至っている。

 恐らく肉体面というよりは精神面の疲労が濃いということも。

 

「睦月ちゃんって絶対地の喋り方ってそうじゃないよね?」

 

「んにゃっ!?」

 

「……急に何言ってるのよ」

 

 何処と無く睦月に自罰的な雰囲気があることを雪風は感じ取っていた。

 私なんかが、なんてそういう思い。

 

「えーだって。霞さんもたまーに噛んだ振りして言い直してる睦月ちゃん知ってるでしょう?」

 

「ま、まぁ、そうね」

 

「絶対この子あざといって私思うんです!」

 

「あざとい!?」

 

 目の前で突然始まった本人を前にしての悪口大会に目を白黒させてしまう睦月。

 事実睦月は喋り方の矯正中でもあった、本来の口調はもう少し……雪風曰くのあざといもので。

 

「にゃーにゃー語尾ですよ? くっ、睦月ちゃん今までどれほどの男を手玉に取って来たんですか……怖くて震えちゃいます」

 

「てててて、手だまぁ!? そ、そんなこと出来ないにゃしぃ! ……あ」

 

「……睦月、語るに落ちる、ね」

 

 恥ずかしさで小さくなり始めた睦月へ流し目を一つ。

 

 内心かわいいなぁなんて思う雪風は小さくガッツポーズを決めながら。

 

「睦月ちゃん」

 

「うぅ、なんですかー?」

 

「私、そっちの睦月ちゃんのほうが好きかもしれません」

 

「……はぇ?」

 

 睦月の実年齢は知らない。

 ただそれでも雪風は思う。

 

「もし良かったら、ですけど。睦月ちゃんが私のことを友達だなんて思えた時、気兼ねなくにゃーにゃー言って貰えませんか? 私、猫好きなんですよ」

 

「別に、いつもにゃーにゃーなんて言ってないもん……」

 

「……急に子供っぽくなったわね。というか雪風、それってどうなのよ」

 

 ニコニコしていた雪風は大きく身体を伸ばした後、深呼吸を一ついれて。

 

「仲良しこよしで戦おう。なんて言いません。けど、気の合う仲間と肩を並べたいじゃないですか。霞さんが隣に居てくれるように、私は睦月ちゃんとも肩を並べたいんです。そう、私はやる気に不具合があるものですから」

 

「あ……ぅ」

 

「あんた、ねぇ! もう、ほんとにあんたはねぇ!」

 

 雪風にしてみればこれは孤独からの逃避でもある。

 一瞬見た一人で戦い続けた自分の姿、それをどうにも認めたくないが故に手を伸ばしているに過ぎない。

 だからといって今の気持ちが偽りであるというわけでもなく、言ってしまえば睦月のことが気になっているのだ、仲良くなりたい相手として。

 

「睦月ちゃん」

 

「は、はい」

 

「私には、睦月ちゃんが何を抱えているのかなんてわかりません。それが乗り越える必要があるものなのか、手放してはいけないものなのかすら。ですけど」

 

 かつて自分がどうやっても戦いたいと思えなかったように。

 今も尚戦いたいなんて思えず、心を振り絞って戦場へ挑もうとしているように。

 

「整理が着くまで、待ってます。逃げません。それまで私が睦月ちゃんを守ります。だから」

 

「……」

 

「大丈夫になった時、私を守ってくださいね!」

 

 そう笑った雪風を、霞と睦月は温かい光に触れたような心で見たのだった。

 

 

 

「残りは少し。だけどここが出るとしたら一番会敵の可能性が高い場所。雪風、電探の使い方は大丈夫ね?」

 

「はい。索敵開始します」

 

「霞も潜水艦の出現に注意。ソナー反応を取り漏らすんじゃないわよ」

 

「了解です」

 

 この遠征最後の山場。

 ここさえ抜けてしまえば後は安全に辿り着けるそんな海域。

 

 遠征参加者全員の疲労は濃い。特にバイト艦娘は喋る元気もなく肩で息をしながら海を走る。

 率いる睦月は多少持ち直したのか顔色は良い、艦隊の状態を上手く保つ事ができていた。

 

 艦隊全体をもう一度確認した五十鈴。

 彼女の中にある判断はこのまま深海棲艦と会敵しなければ大丈夫だというもの。

 驚くべきことだろう雪風、霞の状態は良好を保っている。これならばよしんば会敵したとしても上手く護衛は機能できるだろう。

 

「……もうすぐ、か」

 

 そう思ってはいけないと自覚しつつも、物足りないと思ってしまう。

 訓練の時に見た雪風、霞の動きは五十鈴の理解を超えていた。たかだか半年近くの訓練でここまで動けるようになるのかと。

 同時に早く共に戦いたいとも思った。

 自分の指揮で、彼女たちが持つ輝きで海をより明るく照らしたいと思ったのだ。

 

 だが、今ではない。

 いずれその時は来るだろうこんな護衛任務等ではなく、もっと大きな舞台で。

 

「ふぅ」

 

 心に燃え上がり始めた炎を消化しようと息を吐く。

 

 そんな時だった。

 

「この反応は……!? 五十鈴さん! 恐らく敵艦反応です」

 

「っ! 距離は!?」

 

「まだ……遠いです! 進路に被ってもいません! 会敵は恐らく回避可能です!」

 

 雪風の報告が艦隊に伝わり、全員の目が五十鈴へと注がれる。

 

 どうするのか?

 

 理性では分かっている、会敵回避一択だ。

 だが五十鈴の心で消化したはずの炎が蛇舌のようにチロチロと焔をたてる。

 

「わかった、回避する。雪風は反応のない方角を睦月に伝えて来て。その後また戻ってきなさい」

 

「了解です!」

 

「霞。私達は第一艦隊の後方に着いて、警戒態勢を維持したまま続くわ。ソナー反応には引き続き注意」

 

「了解です」

 

 焔を抑えつけて指示を出せば、新人らしからぬ動きでその通りに動く雪風と霞。

 

 当然だ、ここで自分の欲求を優先させるバカなんていない。

 だからこそ五十鈴は多くの人に認められているのだ、その認知を揺るがしてはいけない。

 

 ただそれでも残念に思う気持ちは加速する。

 

 守りたい。だが、それでももし来るのなら。

 

 あるまじき願いを秘めて、静かに警戒態勢を続けた五十鈴。

 

「睦月ちゃんに伝えてきました。私達が離されないように半速で進むそうです」

 

「そう、良い判断ね。流石睦月といった所かしら」

 

 優秀で涙が出そうだ。

 むしろ全速で突破、私達が孤立なんてしてくれたら……。

 

「バカね、皆を危険に巻き込みたいの?」

 

「はい? どうしました? 五十鈴さん」

 

「ううん、なんでもない。それより二人共、反応に注意なさいな」

 

 じりじりと下がるように進んでいく輸送連合艦隊。

 その中で唯一、五十鈴の気持ちだけが前に飛び出そうな進軍。

 

「っ!? 敵艦隊反応増速っ! 突っ込んできます!」

 

「ソナーにも感っ! 反応少数ですが潜水艦もいます!」

 

 来た!

 思わず喜んでしまいそうな心を隠して五十鈴は口を開ける。

 

「潜水艦から仕留めるわ! 霞は私に続いて! 雪風はこのまま第一艦隊の後ろに着いて! 海上艦の頭を抑えなさい!」

 

「了解っ!!」

 

 こうして、五十鈴にとっては待ちに待った。誰かにすれば恐れていた海上戦が始まった。



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一年目・旗艦先頭

 慌てた心を無理やり抑えつけたような雪風の報告は簡単に睦月の心を揺るがせた。

 

「む、睦月さん、会敵って……!」

 

「大丈夫です! 雪風さんが言ってくれた方角へ進路を取ります! 私達が、皆を守りますから!」

 

 それでも考えるより先に言葉が出たことへ安堵する。大丈夫だ、まだ私は冷静だと言い聞かせながら思考を巡らせる睦月。

 

 出せるのであれば全速を指示するべきだろう、しかし全速での艦隊行動なんてバイト艦娘はしたことがない。

 ましてや遠征も後半で全員の疲労が大きく見えている、その指示は無茶としか言いようがなかった。

 

「――艦隊半速! 警戒態勢をとってるだろう第二艦隊からあまり離れないようするよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 手で取るようにわかるバイト達の動揺。

 一刻も早くここから離れるべきだなんて思っているだろうことは睦月にもわかる、自分でもそう思っているのだから。

 だが駄目なのだ、五十鈴達護衛艦隊と離れてしまえば両艦隊孤立状態となってしまう。

 

 第二艦隊はそれでも大丈夫かもしれない、戦える人達が集った艦隊だしあの五十鈴の指揮。

 問題は第一艦隊。戦える力を持つのは睦月しか居ない。護衛艦隊から離れて呉への航路を急いだとしても、万が一その途中に深海棲艦が出現してしまえばどうなるか。

 五十鈴なら問題ないのかも知れない、一人であっても日本列島近海に出現する深海棲艦如き容易く蹴散らしてしまうだろう。

 しかし、しかしだ。今の旗艦は睦月だ、五十鈴ではない。

 

「いざと、なったら……」

 

 主砲も、魚雷も装備している。抵抗出来るだけの力を手にしている。

 当たり前のことなのだ、民間人を守ることなんて軍人にしてみても、睦月にしても。

 真実なのだ、守りたいと願う想いは。

 

「……」

 

 もどかしさを感じる半速進軍。

 手にある主砲の冷たさを感じ、何かを確認するようにそっと空いている手で触れた時。

 

「――ぅ」

 

 過る光景(フラッシュバック)

 目の前で砲撃を浴びる味方、向けられる視線、艦隊に奔る動揺。

 

「は――ぐ……」

 

 嘔気を堪えた。もしも一人であったなら吐瀉物を撒き散らしていただろう睦月の傷。

 かたかたと震えだした足を止められない、そんな自分へと気にする余裕もないバイト達へと気が回せない。

 

 ――無理だよ、戦えない。

 

 そうして自覚した。

 私はまだ戦えないと、傷は癒えていないと。

 自業自得、いや自傷とも言える傷ではあるが、爪痕は深くまだ睦月の心に刻まれている。

 

「睦月、さん?」

 

「――っは! 大丈夫! 大丈夫だからね!」

 

 反射的に出た言葉。それは誰に向けたものなのかわからない。

 現実へと無理やり思考を戻した睦月の目にまだ呉は見えない。

 

 時刻は夕方、後二時間もすれば海を照らす光は落ちてしまう。

 夜間航海練習なんてバイト艦娘は行っていない、完全な暗闇の中戦闘の恐怖に晒されながら動けるわけがない。

 睦月の頭にあったタイムスケジュールから考えれば、あと一時間もあれば呉へと到着出来ただろう、つまりタイムリミットはあと一時間。

 

 あと一時間でこの状況から脱しなければならない。

 

「難しい……かな?」

 

 手が足りていない。

 敵艦隊がどれほどの規模だろうかはわからないが、どれだけ優秀であっても三人だけですぐ敵を撃滅するなんて不可能だろう。

 よしんば会敵を回避出来たとしても警戒態勢をとったまま、半速では日が昇っているうちに呉へ到着するのも難しい。

 

「三人……? 私は、本当に……!」

 

 難しいと分かっている、手が足りないのも理解している。

 それでも尚自分を戦力として数えていない自分へと嫌気がさす。

 

 どうしてこんな状況になって尚、強い心を持てないのか。

 

 ――待ってますから。

 

 雪風は睦月にそう言った。

 その言葉を嬉しいとも情けないとも睦月は思う。

 

 雪風は新人だ、自分より遥かに戦闘経験がないのは当然。だと言うのに羨んでしまうほど強い心を持っている。

 本来ならばそんな言葉は自分こそが新人へ向けて言わなければならないのに、どうして頼りになるなんて思ってしまったのか。

 

 どうしてハリボテとしてしか、その言葉を使えないのか。

 

「お願い、します……」

 

 最早睦月には祈るしか出来ない。

 どうか、どうか会敵せずにこのままで。

 夜間航海程度なら出来るから、バイト艦娘を引き連れてでもこなすからと。

 

 だがその願いは。

 

「睦月さん! 敵艦隊こちらに突っ込んできます! 私は最後尾について敵艦の頭を抑えます! バイト艦娘さんたちの指揮、よろしくおねがいします!!」

 

「……了解!」

 

 届かず海に消え去った。

 

 

 

「艦隊を、お守りしますっ!」

 

 第一艦隊の最後尾で雪風は電探を頼りに主砲を放つ。

 感じる敵艦反応は四つ、座学で知った法則をそのまま当てはめるのなら残り二隻は潜水艦。

 

 ――艦隊人数は六人まで。

 

 今までに蓄積された情報から、深海棲艦隊がそれ以上の数を一艦隊で率いることはないと教わった。

 ならば何とかなるだろう、雪風はそう考える。

 五十鈴と霞が潜水艦の相手をすぐに終わらせてこちらへ合流、そのまま殲滅戦へと移行すればいい。

 

 ただ気にかかるのは。

 

「っくぅ! めちゃくちゃな動きしてっ! 狙いにくい!」

 

 まるで雪風達の姿が見えていないかのようにただ突っ込んできているだけの敵艦。

 一体どうしたというのだろうかと考える余裕はない、雪風は必死で相手の足を鈍らせようと砲撃を重ねる。

 魚雷があればまだもう少し余裕はあったのだろうが今の装備は主砲と電探、駆逐艦の砲撃程度では効果がいまいち。

 

 手が足りない。

 

 流石に自分の情けなさや未熟さの問題ではないだろう思いたい雪風ではあるが、一人で出来る限界を思い知る。

 先の戦いのように、自分一人しかおらず周りは敵だらけといった状況のほうがまだましと言えた。

 

「あわ……わわ」

 

「大丈夫! 絶対、大丈夫です! 雪風が、お守りします!」

 

 背後にいる、バイト艦娘達。

 恐慌状態に陥っていないだけまだ根性が据わってると思えた。自分なら、かつての自分ならもう既に取り乱してどうにかしているだろうと。

 

 ――これが、護衛戦。

 

 難しさを強く実感する。

 フォーナインなんて異名とも言える名前があろうとも、実力が世に轟いたわけではない。

 これが五十鈴や陽炎のように誰もが知るレベルの艦娘だったらまだましだったのだろうか。

 

 そんな益体もないことを頭へ掠めながら、砲撃を続けるが。

 

「……睦月ちゃん! もうちょっとスピード出せない!?」

 

「無理、です! これ以上のスピードは、艦隊を維持出来ません!」

 

 距離がどんどん縮まっていく。

 電探で感じる五十鈴たちの反応はまだ第一艦隊へ向かって来てはいない、潜水艦の処理に手間取っているのだろうか。

 何にしてもこのままじゃまずい、せめて後一人牽制砲撃に加わってもらえたら。

 

「だったら……睦月ちゃん! ごめん! 一緒に牽制手伝ってもらえますか!? 私一人じゃ抑えきれないです!」

 

「そ、それも無理です! こ、この位置からじゃ――!」

 

 まじで?

 なんて思わず睦月の方を振り向いてしまう。そこにはどうしてだろう怯えの色を瞳に混じらせた睦月の姿。

 

 確かに、確かに今の陣形は単縦陣で、睦月は旗艦故先頭にいる。

 最後尾で牽制砲撃をしている自分とは少しばかりの距離がある、だがそれはほんの誤差程度でしかない。

 

 何故そんな目をしているのか。

 何故先輩である睦月が出来ないなんて言うのか。

 

「くっ! わかりました! なんとか……なんとかします!」

 

 これだったのかと雪風に理解が広がった。

 

 どうやら睦月は戦えない艦娘らしい。

 理由はわからないがそれだけは理解した雪風。

 

「……どうする?」

 

 ならば待とう、待つと言った言葉を嘘にしてはならない。

 状況は少なからず絶望的、こんな場面で打開策を考えられる程今の雪風は成長していない。

 

 だから静かに口を動かした。

 自分の中にある何かへと問いかける。

 

 だが返ってきた言葉もまた厳しく。

 

「囮は非効果的、か……」

 

 敵艦隊の目的は不明。

 以前のように雪風を狙っているわけでもなさそうだという結論。

 ならば自身を囮にしたところで釣れる保証は薄い。護衛技術が慣熟されているのなら庇いながらの戦闘も可能かもしれないが、これが初めての護衛戦。

 

 刻々と迫ってくる判断への制限時間、ついに敵艦隊は視認出来る位置まで辿り着いた。

 

「――ひっ」

 

 バイトの誰かが小さく悲鳴をあげた。

 その声を聞いて雪風は多少の被害が出てもという案を却下した。

 

 守らなければならない存在がいる、守る事ができる存在は自分しかいない。

 

 ならば。

 

「やるしかないってね!!」

 

 それが自分の言い訳だと認め、覚悟を一つ決めた。

 

 

 

「雪風さんっ!!」

 

「し、至近弾ですっ! 大丈夫!!」

 

 大丈夫なものかと睦月は戦慄する。

 至近弾などではない、間違いなく今のは直撃だ。

 事実雪風からは中破とも言える損傷が確認できた。

 

 不幸中の幸いと言って良いのだろうか、それは敵艦隊の砲撃精度が著しく悪いことだろう。

 視認距離に入って尚深海棲艦の攻撃は鈍かった、まるでそれどころじゃないと言ったように。

 

 そんな中、雪風が取った手段。

 

「大丈夫っ! 雪風は……沈みませんからっ!!」

 

 それは自分を艦隊の盾にするというもの。

 

「もう、もう止めて! 雪風さん! 雪風さん!」

 

「いや、いやだよ! なんで!? なんでこんな!?」

 

 今ので雪風は一体何度身を砲撃に晒したのだろうか、少なくとも数える余裕は無かった。

 身を盾にしながらも、お返しと言わんばかりに砲撃を返して。敵艦の砲撃を察知すればその先を予測して身を挺する。

 

 その姿にバイト艦娘達は涙を流した。

 自分たちがバイトだから、戦う力を持っていないから。

 不足を補うために雪風はその身を捧げているんだと理解できたから。

 

「睦月さんっ! 睦月さんっ! 雪風さんを……雪風さんを助けてあげてください!」

 

「私は、私達はどうなってもいいからっ! お願い! お願いします!!」

 

 縋るように睦月へ懇願するものもいる。だと言うのに睦月は指揮することも忘れて、呆然と雪風が損傷を重ねている光景を眺めるしか出来ない。

 

「いや、いや……!」

 

「どうして!? 睦月さんは! 睦月さんは軍人でしょう!? 私達とは違う! 戦える人じゃないですか!」

 

 バイト艦娘の声は睦月に届かない。

 この場にいる誰よりも顔を青ざめて、目から届く光景とは別のモノを瞳に映している。

 

 ――同じだ。

 

 かつての光景と、今繰り広げられている光景は全く同じ。

 

 ――お前が、お前のせいでっ!!

 

 言われた言葉を覚えている、ついた傷が自分を責め立てている。

 

「私が、失敗、したから……出来ないから」

 

 誤射。

 

 当たり前にわざとではない、ただただ自分が未熟だった結果だ。

 そしてそれは艦隊に危機を齎した、それも当然だろうその場にいた誰よりも睦月は優秀と見られていた。

 

 適性値は高かった、訓練でも良い成績を出していた。

 それだけに、期待を裏切った……いや、予想すらしていなかっただろう睦月の失敗。

 

「睦月さん! お願いです! 雪風さんを!!」

 

「出来ないよっ!」

 

 また失敗してしまったらどうする? 今度は、今度こそは自分のせいで轟沈者を出してしまうかも知れない。

 ましてや雪風は既に中破している、そのトドメの一撃を自分がしてしまったら。

 

「なんで!? 睦月さんは主砲も魚雷もあるんだよっ!? それでどうして戦えないの!?」

 

「無理だよ無理! 私には、私なんかじゃ出来ない! そ、そうだ、そうだよ! 皆だって主砲を持ってるよ!? わ、私が教えてあげるから! いい? よく、よくねら――」

 

 自分で言っている言葉が理解できない、明らかに混乱しているだろう睦月の言葉を遮ったのは一つの乾いた音。

 

「――わかりました」

 

「……え?」

 

 頬へ奔った衝撃に、放心させた睦月。

 

「皆! く、訓練通りだから! 大丈夫! 私達が……私達が雪風さんを助けるよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 全然なってない構えで、足を震わせて。

 そんなんじゃ、撃てない、撃てても非ぬ方向に行くどころか雪風にあたってしまうし、足を止めるなんて格好の的。

 

「だ、だめだよ! そんなんじゃ!」

 

「出来ます! 私達だって……! 私達だって守りたいものを守ることくらい、出来ますから!!」

 

 ――主砲、よく狙って――。

 

 全員が揃って構えたその瞬間。

 

「危ないですっ!!」

 

「――っ!?」

 

 再び雪風によって庇われた、突き飛ばされた一人の艦娘。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

「雪風さん!!」

 

 雪風、大破。

 誰の目から見ても、虫の息に近い。

 

「怪我は……ない、ですか?」

 

「はい、はいっ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ……!」

 

 それでも雪風は笑って見せた。

 言い訳を言い訳で終わらせたくないが故に強がった。

 

「睦月、ちゃん」

 

「……ゆき、かぜさん……?」

 

 ――待ってますから。

 

 そう一つ口から零して雪風は。

 

「う……あぁあああああああ!!」

 

「だめ、だめぇええええええ!!」

 

 力を振り絞って海を蹴り出した。

 

 足を止めてはいけないのに、雪風の意志を継ぐというのなら早くこの場を離れなければならないのに。

 

「う、あ、うあああ……」

 

 誰も動けなかった。

 海の上へと座り込んだ、涙の露を海に落とした。

 

 ――待ってますから。

 

 雪風の言葉が睦月の頭で繰り返される。

 もしも、もしもここで何も出来なかったのなら、待ち合わせ場所にきっと向かえない。

 

 雪風は天国で、私は地獄。

 

「それで……いいの……?」

 

 あんな子を、待ち人来たらずにさせてしまって。

 真っ先に沈めばよかった自分より先に沈めてしまって。

 

「良いわけ、ない……!」

 

 目を上げればボロボロの身体で尚立ち向かう姿。

 

 待たせてはいけない。こんな自分を信じてくれている人を、待たせるなんてあってはならない。

 

「主砲も……魚雷も……ある」

 

 放てなくなったこの兵装。放てていたはずのこの兵器。

 

「そうだ、私は……私だって! 主砲も魚雷もある(戦える人な)んだよ!!」

 

 気持ちは破れかぶれ、かつての鋭さ手応えは欠片もない。

 そうして放った一撃は。

 

「――っ!!」

 

 雪風の背中に迫り。

 

「雪風さんっ!!」

 

 ――待ってました。

 

 スルリと抜け、目前の深海棲艦を叩いた。

 

「――っ!! 良いですか!? 私以外の皆は走って! すぐに追いつくから安心してね! 大丈夫……もう! 大丈夫だから!!」

 

「りょ、了解っ!!」

 

 責任放棄も甚だしい、睦月は旗艦であることも忘れて雪風の下へと一直線。

 

「雪風さんっ! ごめん、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

「え、へへ。だいじょーぶじゃ、ないかも」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! もう、もう大丈夫です! 私が……私にまかせてください!」

 

「あは、はー……そうじゃないです、睦月ちゃん全然そうじゃない」

 

 こんな状況で何をと睦月は思うがそれも一瞬。

 

「私、猫、好きですから……ちょぉっとだけでも聞かせてくれたら、元気でるかなー?」

 

「――もうっ! 後でたっくさん言ってあげるにゃしぃ! だから戦闘準備は! いい……かにゃあん!?」

 

「あはっ。うん、ありがと睦月ちゃん。戦闘準備ばっちりおっけーです」

 

 なんてバカなんだろうこのやり取りは。

 そう思いながらも、ようやく戦える人で一緒に戦いたい人へと肩を並べられた喜びを噛み締めて。

 

「旗艦、先頭! 睦月の艦隊、いざ参ります!」

 

 大きく一歩、踏み出した。

 



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一年目・快刀乱麻

「これで良かったのか?」

 

「はい。ご協力、感謝致します」

 

 佐久島司令部。

 手に持つ成功と記された報告書へ目を走らせながら、電話口から返ってくる言葉に一抹の苦みを感じ自分の笑みへと混ぜてしまう。

 

「何か言いたげですね?」

 

「いや……本来であれば我々が行うべき分野だったのだろう、文句を言うのは筋違いだと思ってな。こちらこそ、協力感謝する」

 

 確かに今回の作戦は軍というよりは軍人が立案し決行するべきものだったのかもしれない。

 軍人ではなく軍属、民間人である彼が執るべき手段でも作戦でもなかった。

 

「過分というものです。これが俺の仕事でもありますから」

 

「……わかった、ならばこれ以上何も言うまい。それとは別件だが――」

 

 別件の先が聞こえそうになった時、執務室のドアが開かれる。

 

「お待ちを、どうやら仕事のようです。後ほどこちらから」

 

「了解した」

 

 電話を切ると共に大きく息を吐く。

 さて、どう説明したものやらと思考を巡らせながら。

 

「その目ぇ見るにうちが何言いたいんかわかっとるみたいやね」

 

「少なくとも愛の告白じゃねぇくらいはわかるさ」

 

 入ってきた黒潮は怒気を孕んでいた。

 そのことを少し残念に思ったりもするが、やはりそれでも黒潮は優秀なのだろう。

 

 呉遠征で、雪風達が会敵した深海棲艦。いや、会敵させられた深海棲艦について。

 

「ほな、ええです」

 

「おっとー……そう来るとは思わなかった。ってか一番クる方法わかってんなー……流石」

 

 露骨に提督へ見せつけた怒り、その雰囲気を一瞬で簡単に霧散させた黒潮。

 既に顔へは笑みさえ浮かべて、いつも通りの体を取り書類の束を提督へと渡す。

 

「何の事かわかりませんわ。まぁとりあえず、損傷は雪風以外にあらへんみたいです。修復作業に丸一日必要やっちゅう話なもんで、帰ってくるのはもうちょい後になりますわ」

 

「おっけー了解」

 

 先に読んでいた呉遠征の報告書。

 追加で今黒潮より渡された子細な報告書を合わせて読む。

 

 睦月による護衛戦(・・・・・・・・)

 

 流石の睦月と言うべきなのだろう、大破した雪風を守りつつバイト艦娘艦隊にも被害を及ばせない。

 それはかつて出撃し、味方艦隊の旗艦を誤射してしまう事件があるまでの活躍を思い出させるもので。

 トラウマを完全に乗り越えたとはまだ言えないかもしれないが、これからは回復していくだけだろう大きな一歩を踏み出せたと提督は確信した。

 

 雪風には貧乏くじを引かせてしまったなと反省する気持ちはあるが、些事である。

 

「死ななきゃ安いってな」

 

「何か言いました?」

 

「いんや」

 

 どのみち艦娘という存在は、海へ沈まなければ、死にさえしなければ修復できるのだ。身体の傷は時間により回復する、ならば問題は修復できない傷のほうで。

 戦えないのに戦いの場へと立たせるコストは無駄でしかない。早急な回復をと言われても心の傷なんていつ治るかわからない。結局荒療治しか無理なのだ期限付きと言うのならばなおさらに。

 

 非道だ冷酷だなんて誹りを受けたい等誰も思わない。

 それは軍人であれどそうなのだ。むしろ軍人で艦娘の指揮を執らなければならない人間が艦娘との関係を悪くしてしまう事等出来るはずもない。

 

 だから、彼がいる。

 憎まれる事こそ役目だと言われた提督がここにいた。

 

「なぁ黒潮」

 

「ん? なんやろか司令はん」

 

 もうまるっきり普段通りだ。恐らく黒潮とて今回の作戦に含まれていた目的はただの遠征練習だけではないと理解しているだろう。

 もしかしたらあの深海棲艦の出現さえ提督が呉の協力を得て仕組んだという事さえ気づいているのかもしれない。

 

 黒潮は優秀だ。

 それは何も仕事ぶりからそう断じたわけではない。

 

「今の司令部を甘いと思ったことは?」

 

「いきなりやな……そうやな、うちにそれを言う権利はないやろし、そんな立場でもないわ。言えるとしたら気分よぅ仕事させてもらってる、くらいやね」

 

 同時にやはり提督も優秀なのだろう言葉の裏をちゃんと理解できるほどに。

 

「はぁ……黒潮さ、俺の代わりにならねぇ?」

 

「何言いますのん。アホ言うてやんと不知火あたりにする言い訳でも考えといて下さいや」

 

 そう呆れたように笑う黒潮を見て、提督は一つ決意を固めた。

 

「ここは艦娘療養所だ」

 

「……はぁ、なるほど。再教育施設ですか、合点が付きましたわ」

 

 色々なことに納得できたと黒潮は手を叩く。

 

 佐久島第三駆逐養成所。

 そこはバイト艦娘を使った輸送任務や資材の集積、管理を目的とした場所に違いはないがそれよりも大きい目的を持っている場所だった。

 

「睦月はある戦いで味方旗艦を誤射し、艦隊を危機に晒してしまった。以来主砲や魚雷の発射が出来なくなった」

 

「トラウマ、言うやつですわな。ほんで? その艦隊はやっぱ沈んでしもたん?」

 

「いや、ある程度の損傷はしたけど全員生還したよ」

 

「……あー、わかりましたわ。そら……お互い災難ですわな」

 

 全員生還した。その事実は喜ばしいものだろう少なくとも軍にとっては。

 しかしそれは睦月を責めることが出来る人間が全員揃っているということでもある。

 

「睦月は優秀、だったからな。期待も当然背負っていたし、同じくらい嫉妬も向けられていた。規模は違うが今の雪風みたいなもんだ」

 

「その雪風を犠牲にしようとした人が言う事ちゃいますで? せやけど、まぁわかります」

 

 仮にその時の艦隊が睦月のミスで沈んでいたとしてもある意味結果は一緒だったのかもしれない。

 いや、沈んだ者の代わりに自分がと奮起していたかもしれない可能性を考えれば、どちらが良いというものではない。

 

 ただ少なくとも睦月は悪意に晒されて、自責と自罰の念からそれを受け入れた。

 

「悪かったよ、雪風に頑張ってもらったのは。それは置いておいて、だ。そのままにしておくわけにもいかないからな、睦月も色々限界だったし。それでここに来たんだよ睦月は」

 

「ちょおまって……あぁ、それで司令部が甘いっちゅう話ですか。なるほど、そこの司令はんは睦月になんも出来へんかったんやね」

 

 小さく頷く提督。

 そう、睦月が元いた鎮守府の責任者は誤射事件があった後、何もできなかった。

 正確に言うならわだかまりを解消できなかった。働きかけたことはもちろんあるし何度も試みた、しかし毎回被害者(・・・)を主張する者たちを止められなかった。

 結局数の暴力に負けたといえばこれもまた被害者然としているが、睦月は一人孤立してしまい、すべての罪を背負った。

 

「そう。今時分の民間人は軽いなんて言われているが。そりゃ軍人もそうだ、甘い。他のとこや、昔の人間がちゃんとしていたかどうかは分からんが、少なくとも睦月のいた鎮守府の提督は甘っちょろい優柔不断野郎だ」

 

「そこまで言わんでも……せやけど、切るにせよ関係修復するにせよ出来へんのは甘い言われてもしゃあないか」

 

 十年近く戦ってきた今の黒潮だからこそわかる事がある。

 艦娘として未成熟だったころにそういった場面に遭遇していたとしたら、自分とて睦月を責めただろうし、提督が睦月を庇ったとすればどうしてだと詰め寄っただろう。

 

「艦娘システムが構築されるまでに多くの軍人が死んだ。残ったのは無能とまでは言わないが情けない連中ばかりだ。自分たちのケツを拭かせるためだけに俺みてぇな奴を雇うくらいなんだからな」

 

「全員がそうやとは思わんけど?」

 

「わかってる、第一駆逐艦養成所の提督さんとかな。けどあんな人が少数だってのは黒潮だってわかってるだろ?」

 

 喉を詰まらせ、反論できない黒潮。

 それもそうだ、今のは第一駆逐艦養成所の司令は違うと気持ちだけで言った言葉で、それをフォローまでしてくれた者に言えることは無い。

 

「民間人の気持ちは民間人にしか分からない。そんなお題目さ、ここを俺が運営しているのは。そう、それが俺がここに居る意味なんだよ黒潮」

 

「……」

 

 黒潮は続いて何も言えなかった。

 酸いも甘いも知ってきたはずだった、綺麗なものに触れた分だけ汚いものにも触れた。

 それでも目の前にいる民間人でいながら軍人が出来ない判断を下せる一人の男に対して何を言えばいいのかわからなかった。

 

 その判断で、睦月は間違いなく戦える艦娘になっただろう、いや再びそうなる為の一歩を踏み出した。

 結果からみればまさにこの場所が行う仕事を全うしたと言える。過程にどれほど非情な決断があったとしても。

 そしてその決断は今いる多くの軍人が出来ないことであるとも黒潮は理解している。こうして秘書艦として働き知った。

 

 久しぶりに触れた民間人の心に、軍人としての自分は何も言えなかった。

 

「まぁ、だから俺の代わりにならねぇ? って話なんだよ」

 

「それ本気やったんです? そらわかりませんでしたわ……って」

 

 曖昧な笑顔を返そうとした時に向けられたのは、ここで初めて見た真剣な顔。

 

「黒潮」

 

「は、はいな」

 

「俺が言う事でもねぇけど、あんたにゃ才能があるよ。黒炎なんて呼ばれた駆逐艦としてもそうだけどよ、何より指揮官、司令官としての才能がある」

 

 そうして告げられた言葉に驚きを隠せない。

 その言葉は陽炎にこそ似合うと思っていたし、実際に現場で陽炎の指揮へ不満を抱いたこともなかった。

 

 あえていうのならば――

 

「今回の呉遠征。内容を知って最大効率で効果だと納得しただろうあんたは、どちらかと言えば俺と同類さ。そしてそんな存在がすくねぇから、この戦争はまだ終わってないんだって気づいてるんだろ?」

 

「そんな、こと」

 

 ――もっとうちを使ってくれてええのに。

 

 わかっている、黒潮は。

 思いとは裏腹に、陽炎が自分を使わなかったからこそ、ここまで生き延びているのだと。

 感謝こそすれ、不満など覚えられるわけでもない、憧れとした陽炎だからこそ余計に。

 

「戦える人で戦いを命じられる人。俺はそんな存在が必要だと思っているし、黒潮ならそんな存在になれるとも思ってる」

 

「……」

 

「……まぁ、軍人でもない俺が言ったところで何の意味もねぇし、決定も出来ねぇがな」

 

 黙る黒潮の姿を見て、肩を竦めた後再び報告書へ目を落とす。

 

「そんなん言うなら……まずは自分がそうするべきちゃいますの?」

 

「あはは、そうだなごもっとも。だけどまぁ……今はそれどころでもないもんでな」

 

 その中から一枚の紙を黒潮の机に置いて。

 

「先に伝えておくけどさ、実は五十鈴ってなんの問題もねぇんだわ」

 

「……うん? それってどういう意味や?」

 

「今すぐにでも前線へ戻してもオッケーなんだわ。だけどあえてここに引き留めている。はっきり言って博打だ、それこそ佐久島の存続に響いてくるようなレベルのな」

 

 聞こえる声をそのままに、置かれた紙を黒潮は手に取って読み始める。

 

「ちょおっ!? まってや、これってほんまなんか!?」

 

「おっと読んじまったな? それは最高機密だぜ? 秘書艦だろうがなんだろうが上層部クラスしか読んじゃいけねぇやつだぜ?」

 

「はぁっ!? いやこれ司令はんが読めって――」

 

「言ってねぇよ?」

 

「――ほんまや!? うあぁ……うちのアホ……はめられてもうた……」

 

 子供のような笑顔をする提督だが、含まれたものは黒も黒。

 頭を抱える黒潮に対して腹を抱えたい提督ではあるが、それをやっちゃあ本気で殴られると我慢して。

 

「知るべきことを知ればいい。こりゃ、軍人サマの原則だったな?」

 

「……やらしいやっちゃな自分。っちゅうかこれこそまさに司令はんも知らんでええことやろうに、何考えてるんやほんま」

 

 知らされてしまった以上黒潮はこれを無視出来ない。よしんば無視できるにしても内容がそれを許さない。

 

「さて黒潮? 五十鈴が狂信者へ繋がるだろうキーパーソンだと知った気持ちはどうだ?」

 

「……最悪、やな。正直信じられへんし信じたくないわ、五十鈴さんだけやのぅて、まさか、なぁ」

 

 どうやら性に合わない事へと本格的に身を投じるのは、今かららしいと肩を落とす黒潮。

 

「ってかほんまに自分何者なんや? 色々、おかしいやろ」

 

 最早何を信じていいのか分からない黒潮。内心では陽炎へと何度SOSを送ったか。

 

「敵ってのは味方の振りをするもんだ。かといって味方は敵の振りをするとは限らねぇけどな。まぁ……知ってしまった以上、付き合ってもらうぜ? 黒潮、さん」

 

「やめぇや……はぁ、胃が痛いわほんま、堪忍して……」

 

 胃を擦り出した黒潮へ向けて笑顔を一つ。

 送った後に窓から外を眺めて提督は思う。

 

「退屈だと思えるのは、満たされているから、か。ったく、兄貴も何考えてこんな言葉五十鈴に言ったのやら……勘弁してくれよほんとにさ」

 

 今はもう伝えられない愚痴を小さく零して、打ち合わせし損ねた別件を話すべく再び電話に手を掛けた。



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一年目・睦月復活

 おのれ陽炎(鬼教官)謀ったな!

 

 一言で言うならそんな感じの呉遠征だった。

 呉へと死ぬ思いで到着してみれば速攻で私は入渠、皆はヘロヘロだの涙や何やらでぐちゃぐちゃだのでまぁ大変。

 挙げ句一息ついたと思ったら、楽しみにしていた牡蠣は無かった。

 

 冷静になって考えたら牡蠣なんて高級モノを食べられるはずもないんだけどね。

 とは言え呉ではお好み焼きを用意してくれていたらしい。しかも使った豚肉は天然物だったとか。

 お好み焼きには関西風と広島風があるなんて聞いていたけど、それを現地の人に言ったら戦争なんだとかよくわからない。

 

 まぁ私は入渠で食べられなかったんだけどね! おのれ陽炎(鬼畜)!!

 あまりにも腹が立った上にお腹も空いたのでドックでカツ丼を二杯食べてやった、反省はしていない。

 

 呉の雪風、なんて言われていたらしいこともあり、実は楽しみにしていた呉鎮守府見学も入渠作業の兼ね合いで私は見られずでまぁ散々な訓練だった。

 

 散々だったけど、やっぱり良かったこともあるわけで。

 もちろん良かったことって言うのは睦月ちゃんのこと。私には彼女が何を抱えていたのかとか難しいことはわからないけれど、呉へと辿り着いて入渠が終わって再び睦月ちゃんと顔を合わせた時に見た顔が随分とスッキリしていたもので。

 痛い思いもしたけれど、友達が増えたこととそんな友達の悩み事が解決したことでチャラどころかお釣りが来るものだと喜べた。

 

 そうして再び佐久島に帰ってきて。

 

「――あぁ、雪風は少し残っていてくれ」

 

「は、はい? えと、了解です」

 

 完了の報告を皆でした後、私だけが執務室に残された。なんだろう?

 

「変なことしないでよね」

 

「お前に手を出さない俺だぞ? 少しは信用してくれって」

 

「ふん、提督がロリコンじゃないことを祈ってるわ」

 

 うーわー険悪ったらないね、怖いです。

 そんなやり取りを挟んで、皆が部屋を出ていった後。

 

「すまなかったな」

 

「はいっ!? え、えとその!? な、何か悪いことされましたっけ!?」

 

 おもむろに頭を下げられた、それも帽子まで脱いで丁寧に。

 

 と言うかほんとになんでよ、むしろ大破して呉に迷惑までかけた私の方こそ謝るべきなのでは? そうだ、謝ろう?

 

「あぁいや、雪風が謝る必要はないさ」

 

「うぇっ!?」

 

 さ、先回りされた!? 何この人エスパーか何かですか?

 あぁいやほら、黒潮教官……いや、黒潮さんも笑ってないでですね? ちょっと私を置いてけぼりにしすぎじゃないかな?

 

「色々想定外だったもんでな。想定を明かすことは出来ねぇけど、それで雪風が割を食ったのは事実でな。ほんとに悪かったよ」

 

「う、うーん?」

 

「わからん話やろうから深く考えやんといてや雪風。とりあえず、司令はんからしたら頭を下げる理由があるんやまぁ受け取っといて」

 

 黒潮さんがそう言うなら、うん。よくわからないけど頷いておこう。

 

「ありがとさん。黒潮も言ったけど深く考えないでくれ、言ってしまえば自己満足でもあるから」

 

「えと……はい。ほんとによくわかりませんけど、わかりました」

 

 そうしてようやく司令官は頭をあげてくれた。ほんと妙にすっきりした顔で。

 帰って来てもまぁた置いてけぼりかー? もう勘弁してくださいよ……。

 

「じゃあ切り替えさせてもらうぞ。今後の予定について話す」

 

「え? それだったら陽炎教官とか一緒に聞くべきでは?」

 

「あぁ、心配せんでええよ。もう連絡済みやし、了承ももろてるから」

 

 それだったら良い、のかな?

 いまいち掴めないけどまぁた無茶振りとかされないよね? それだけは心配ですほんとにもう後はゆっくり訓練受けさせてください。

 

「知っての通り睦月が戦線、じゃねぇけど復帰した。ただまぁリハビリ期間は必要だろうからな、今後雪風と霞がここを出るまで一緒に訓練を受けてもらう事になった」

 

 おっとそれは良いことを聞けたね。

 何気に心配していたことでもあったのよ、戦えるようになったからすぐにどこかの鎮守府へ配属になるからバイバイとか。

 良かった良かった、もう少しかはわからないけど一緒にいられる。

 

「身近な先任っちゅうのは得難い存在や、訓練期間中は尚更な。しっかり気張りぃや?」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 うんうん、頑張っちゃう、頑張っちゃいますよ!

 

「次に訓練内容を一部変更する……黒潮?」

 

「ほいほい。こっからは陽炎から改めて詳しい説明があると思うんやけど、雪風と霞、それに睦月をつけての三隻編成で近海に出没するハグレ共を叩いてもらう予定や」

 

「ハグレ、ですか」

 

 座学で学んだっけ、どれだけ制海権を確保してもハグレって言われる非組織的な深海棲艦の出没を完全には止められないって。

 って言うことは哨戒……だっけ? 見回り任務みたいなものかな?

 

「もちろん睦月の状態を確認しながらだけどな。睦月が全盛期とまでは言わねぇけど、ある程度勘を取り戻した後にだ」

 

「了解です。えと、そしたら今やってるような輸送任務はどうするのですか?」

 

「そっちについては頻度を下げる。つーか雪風達が来てから輸送に関しては前倒しで進めていたものが結構あってな、任務そのものがないんだよ」

 

 あぁなるほど。そりゃ資材がぱっと生まれるわけでもないもんね、言われて思い出したけど集積所大分と空きが目立ってたや。

 私や霞さんの訓練に輸送任務を割り振っていたってことだろう先に予定されていた分も。

 

「わかりました」

 

「その他に関しては追って陽炎から伝えてもらう。こっちとしてもこれからの状況推移に予測が立てられなくてな、すまんがとりあえずこんなもんだ」

 

 状況推移……? 何か私達以外にも変化があるのかな?

 予測が立てられないってことは、何かしらは動きがあるって見越してるわけだよね。なんだろ。

 

「まぁその辺りにしといてくれ。こうして呼び止めたのは謝りたかったことが一番だ、予定についてはおまけなんだから」

 

「は、はい……お気遣い頂いて、申し訳ありません」

 

「あー……黒潮」

 

「はいはい。まぁ雪風、そんな固くならんといて。うちも慣れへんかったけど流石に慣れた。この司令はんはそういうんが苦手らしいわ」

 

 そう言われてもなぁ……初っ端養成所の司令官さんが結構な軍人然とした人だったし、なんと言うかイメージがコロコロ変わって大変なのよね。

 

「とりあえずはそんなもんや。今日は疲れたやろうしゆっくり休んでな」

 

「はい、ありがとうございます。では、失礼します」

 

 ともあれ予定が分かってちょっと嬉しかったり。

 睦月ちゃんと一緒に訓練できるんだ、これで霞さんに虐げられるのは一人じゃない! 私一人じゃなくなるんだ!

 

 あぁ、孤独じゃないって素晴らしい。

 ね、雪風。アンタもそう思うでしょ?

 

 

 

 とか思っていた時期が私にもありましたぁ!!

 

「な、中々……やる、じゃない……」

 

「にひひ、まだまだ後輩には負けないにゃしぃ! ……なんて言いたいけど、雪風ちゃーん?」

 

「ぜぇ……うぇ……バケ、バケツ、どこ? ここ?」

 

「……海に撒いて来なさい」

 

 無理、無理ですこれ。

 やっぱり犠牲者は私一人だったよおろろろろ……。

 

「はぁ……ふぅ……。にしても、流石って言うべきかしら? 教官の訓練以外で久しぶりに効いたわ」

 

「そっかな? でもでも霞ちゃんこそ流石だよ。結構本気、出してたんだけどにゃあ」

 

 え? なにそれ怖い。結構ってことはまだ上があるってことよね?

 

 うぷっ、想像したら……。

 

「また朝の自主トレで悲鳴上げることになった気持ちはどう?」

 

「みんな、敵です……私、やっぱり孤独だったよ……」

 

「お、おおさげだにゃぁ……」

 

 呆れてますけどねぇ! 呆れられてますけどねぇ!

 私から言えばあんたらバケモンだよ! 心臓とか二つついてんじゃない!? 何よ二往復を一往復分の時間でやるって! バカなの? 体力バカなの!? 死ぬの!?

 

 おうちかえりたい。

 

「流石と言えば霞ちゃんも雪風ちゃんと同じ訓練日数なんだよね?」

 

「ええ、そうだけど」

 

「お世辞じゃなくすごいよ。これでも私、それなりに新人さんを見てきたけどピカイチだもん」

 

 なぁにをおっしゃいますプチ鬼教官様。私から、ううん私達から見たら睦月ちゃんだってやべぇですよ。

 

 そう、そうなのだこの睦月とか言う人やばいのだ。

 

「あんた程の艦娘に言われてもね……ううん、悪い意味じゃなくって」

 

「どっちの意味でもいいよ? ブランクあるし、まだまだ身体ちゃんと動けてないもん」

 

 とか言いますけどねぇ! 言っちゃいますけどねぇ!

 

 ご多分に漏れず戦闘演習をしたんだよ、しかも私と霞さんの二人組対睦月ちゃん一人って構図で。

 そして手も足も出なかった。手も足も出なかったんだよぅ!

 

「正直、全盛期が想像つかないんだけど?」

 

「うーん。もうちょっと身体が軽かったかな? 後砲撃精度がダメダメかにゃあ……」

 

「あ、あれで、ダメダメ……?」

 

 あなた百発百中でしたよ? 砲撃訓練。それでダメって、じゃあ私達はなんなのさ。

 

「私、というか睦月型って駆逐艦としての性能は低いんだよ。だから技術で勝負じゃないけどするしかないにゃし」

 

「技術、技術ね。確かに訓練でも構えてから異様に撃つまでが速いわね睦月。何かコツでもあるの?」

 

「うー、それ私も聞きたいれす……」

 

 いい加減マシになってきたかな? ちょっとまだ気持ち悪いけど……。

 雪風に聞いても教えてくれなかったしなぁ、睦月ちゃんなら何かいい感じのこと教えてくれるかな?

 

「そうだねぇ。霞ちゃんは構えるのが早すぎる、かな?」

 

「早すぎる?」

 

「うん。もう一呼吸置いてみたほうが良いかも。そうだね、状況をもう一度確認するイメージで」

 

「……わかった。意識してみる」

 

 おお、あの霞さんが素直に!?

 

「わ、私は?」

 

「雪風ちゃんは、そうだにゃー……勘で撃ちすぎかも? 当たるから良いや、っていうか投げやりな感じがするにゃし」

 

 うぐ。確かにそうかも知れない。

 なんだろうなー、何となくあたるでしょみたいな感覚があるもんなー。ついつい仰る通りの勘で撃ってるのは否めない。

 

「確かにあたるから良いんだけどね。でもでも、何であたったのかを考えるともっと上手くなると思うよ」

 

「うん、わかった。頑張る」

 

 いやほんとに睦月ちゃん凄い。これが先任というか先輩ってやつですか……ありがたいから拝んどこ。

 

「それにしても」

 

「にゃ?」

 

「あんたの地ってほんとにゃーにゃー言うのね。やっぱり男を手玉に取ってたの?」

 

「ちちちち、違うにゃしぃ!? こ、これは雪風ちゃんが好きだって言うから!?」

 

「あれ? じゃあ私を手玉に取ろうとしてました? いやん、睦月ちゃんってば大胆です」

 

「うにゃー!?」

 

 よし、睦月ちゃん顔真っ赤。勝ったな、カツ丼食べてくる。

 

「そそそ、そんなこと言うならもう教えてあげないにゃし! 後で一杯いじめるもん!」

 

「性的な意味で? いやぁん、やっぱり睦月ちゃんってば大胆……へぶっ!?」

 

「ごめんなさい、雪風は黙らせるから勘弁して頂戴」

 

 痛いよぅ、裏切り者の霞さんに頭叩かれたよう……おのれ霞許すまじ。

 そしてやっぱり海上訓練でゲロ吐くのは霞さんなんだよなぁ……ククク。

 

「ふんだ! 反省の色が見えないよ! 陽炎教官と地獄のメニューを考えておくから覚悟するにゃし!」

 

「ああああ……お願い許して、雪風ならどうなってもいいから」

 

「同期を売りますか!? ええい吐くのは霞さん! あなただけ! 私は悠々自適の訓練ライフよ! お願い睦月ちゃん! 後で最中奢りますから!」

 

 流石の訓練大好きっ子霞さんでも尻込みするほどの訓練なんか受けられるか! 私は許してもらうぞ! そのためには最中の一個や二個……ええいもってけドロボー三個でどうだいやしんぼめ!

 

「……ぷっ」

 

「な、何? 今度は何を思いついたの?」

 

「お願い許して! 最中五個までならいいですから!」

 

 何だ何だその笑いは! やめてよ震える、ふふふ怖いです。

 

「あははははは!!」

 

「わ、私は最中七個出すわ!」

 

「待って!? ええいもう好きなだけ良いですから!?」

 

 睦月ちゃん大爆笑なう。

 

 え? これどうすればいいの? もう祈るしか残ってない?

 

「あはは、うん、うん。ごめんごめん。大丈夫、起こってないにゃし。ただ、とっても楽しいなって」

 

「ひ、人をいじめるのが楽しいの? わ、私には理解できないわ……」

 

「霞さんが言える台詞じゃないです」

 

 あーあー涙まで浮かべちゃって睦月ちゃん。

 でもまぁなんだ、そこまで笑ってくれると嬉しいね。

 

「睦月ちゃん」

 

「うん? 睦月は最中を十個所望するぞー?」

 

「これから一緒に頑張ろうね」

 

 やっぱり一人じゃないって良いもんだ。

 出来ることなら、これからも一緒に肩を並べて。

 

 そんな気持ちが届いたのか。

 

「うんっ!」

 

 睦月ちゃんはすごくいい笑顔を教えてくれた。



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一年目・順風満帆

 一生を語るに私はまだ若すぎるけれど、それでも人生山あり谷ありだ。

 

 睦月ちゃんが私達と訓練を一緒するようになってからを言うなら順調の一言だった。

 

 というのも睦月ちゃんが私と霞さんの実践的な面倒を見てくれる様になった最近。

 陽炎教官としては自分が駆逐艦のお手本となれないことを悔しくだろうか、思っていたらしいから睦月ちゃんのような存在をとても喜んだ。

 やっぱりちゃんと戦線に出て戦闘を経験した先達という存在は大きいらしく、気後れしながらも一生懸命睦月ちゃんは私達に教えてくれる。

 

 ちなみにそんな睦月ちゃんは陽炎教官をして、十分過ぎるほどの逸材だと評されるほどの子だった。

 友達が褒められるのは気分が良いと思っていたら霞さんにだらしないと頭を叩かれたのは心の閻魔帳に書き記しておく。

 

 ともあれ睦月ちゃんはすごかった。

 睦月型艦娘は性能が低いって話は聞いていたけれど、そんなことを一片も感じさせない動きというか練度というか。

 私は天才だ何だと言われていたけれど、やっぱり紛い物で。本物っていうのはこういう人のことを言うんだろうなと感心しきりだった。

 雪風からみてもそうだ、あの子が何かをする度に凄い凄いとはしゃぐだけならず、色々と睦月ちゃんを元にしたアドバイスを私にするようになってきたしそれほどの域に達しているのだろう。

 

 そんな人に教えてもらえるものだから、私と霞さんも順調に腕を磨けた。

 霞さんにも私にも足りなかった実戦経験は小規模ながらも哨戒任務で深海棲艦と会敵し、戦ったことで積めたと思う。

 実際の話、始まった頃の霞さんは結構アレだった。変に気負って無茶な突撃をして大破するなんてことはざらにあったし、気質のせいというべきか睦月ちゃんの少し消極的な指示を上手く守れない事もあった。

 私は私でもう少し自分の意見を持ったほうが良いなんて言われたけれど、なんと言うか出来る人がやればいいんじゃないか精神を見抜かれたんだろうとも思う。

 

 そしてやっぱり睦月ちゃんに言われたんだ、自分で自分を窮地に立たせるだけなら笑うけど、味方を窮地に立たせる位なら居ないほうがマシだって。

 

 思わず目を丸くしてしばらく言葉が出なかった。

 すぐにごめんねとごまかすように笑われたけど、あれはマジな目だった。

 その後陽炎教官から同じ台詞を言われて深く反省もしたんだ。居ないほうがマシどころか私なら後ろから撃って排除するとまで言われたし。

 

 まぁ、なんだ。

 少し天狗になっていたのは認めるところだったのよ。

 

「雪風さん雪風さん! 魚雷ってこう撃つんですか!?」

 

「えっ!? えっと、うんそうですね、そんな感じです」

 

「はいっ! ありがとうございます! よぉし!」

 

 どうしてこうなったと頭を抱えたものだけど、それは現実逃避でしかなかったわけで。

 

 呉遠征が終わって帰ってきて。

 あの時一緒していたバイト艦娘さん達がまず変わった。

 

「雪風さん、えっと、主砲の撃ち方なんですけど……」

 

「あ、あははー……えとえと、睦月ちゃんに教わった方が――」

 

「雪風さんが良いんです!」

 

 平たく言ってめちゃくちゃ慕われた、なんで?

 

 いやまぁ気分は悪くないどころか良いのよほんとに。だからこそ慢心というか、天狗鼻を晒してしまったのだろうけど。

 なんと言うかミーハーなんだろうかなんて思ったりもしたけれど、結構真面目にこの子達の意識が変わったみたい。

 今ではここで訓練を積んでから、改めて正規の艦娘試験へ臨むなんて子もいるらしいし、だからこそ無碍に出来なくて。

 

「睦月? なんでそんな微妙な顔してるの?」

 

「霞ちゃんも似たような顔してるよきっと……なんだかにゃー」

 

 こらそこ! 二人して変な顔してないで助けて!?

 うあーなんでよ、なんでなのよ……どうして私がこんなことしてるのよ……!

 

 でも気持ちはわかる、わかるのよほんと。

 

「あ! あたりました! あたりましたよ雪風さん!」

 

「おめでとうございます、その調子です!」

 

「はい!」

 

 凄いいい笑顔ね、花丸です。

 

 じゃなく、海上走行技術がしっかりしているからかな? スポンジが水を吸うじゃないけど、軽いアドバイスだけですぐに上達していく。

 睦月ちゃんも霞さんも……ううん、霞さんは特にだろうね、結構苦労した技術をほいほいこなせられたらそんな顔にもなる。

 

 いつくらいからだっただろう、不知火さんが陽炎教官に打診したらしいこの合同訓練。

 物は試しとやってみた結果が今だ、ほんとこの子達すごいです。

 

 真面目に考えれば五十鈴さんが施した基本的な訓練が良かったってことと、この子たちの根が真面目だったってことなんだろう。

 思えばただ海上を走るだけなら恐らく私や霞さん以上に上手いわけで。

 

「あ、今日はここまでですね。皆さん、お疲れさまでした」

 

「え!? もう、ですか? あの、もうちょっとだけ――」

 

「はいはい、やりすぎも身体に毒だから、ちゃっちゃと帰って休みなさいな」

 

「……はぁい。ありがとうございましたー!」

 

 やりすぎも身体に毒。よく分かってるじゃないですか霞さん? そうですよ? 毒なんですよ霞さん、わかってます?

 

「そんな目で見ないでよ人気者」

 

「そうにゃし。鼻の下伸ばしてだらしないよ雪風ちゃん」

 

「ちがっ!?」

 

 妙なカウンターパンチ!? 止めてください天狗鼻はへし折られたんです勘弁してください。

 

 まぁそうだ、順調、順調なんだこんな感じで。

 だけど。

 

「……」

 

「ったく、良いから気にしないの雪風。ほら、行くわよ」

 

「あ、はい……」

 

「私はよくわからないけど、正直あんな目を仲間……ううん、同期に向けるものじゃないってことはわかるから。気にしないで良いよ」

 

 睦月ちゃんまで言いますか。

 

 でもなー、ほんとになー。

 

 霞さんと睦月ちゃんの背中に続きながらもう一度だけ振り返って見た先。

 第一駆逐艦養成所で同期として肩を並べた人達の、なんとも言えない目が痛かった。

 

 

 

「ねぇ雪風」

 

「はい?」

 

「あんたの時って……他の同期達、どうなっていったの?」

 

 拭い去れない微妙な気持ち。

 処理しきれない時、困った時の雪風頼みを敢行する私。

 

「うーん……私の時は、ここで一緒に訓練した後の配属がバラバラでしたからあまり詳しくないのですが」

 

「あ、そうなんだ。皆仲良くじゃないけど一緒じゃないのね」

 

 それなら気持ちの上ではあまり気にしないでもいいのかも?

 

「ですけど、ユキの気持ちもわかります。私の時程ではありませんが、正直気になりますよね?」

 

「まぁ、ねぇ……なんだかこう、あぁいう目はちょっと、辛い」

 

 雪風もまた私なら、きっとここにあの人達と来てからもぼっちだったんだろう、あの人達の中に霞さんも入っていたと思えば複雑な気分だけど。

 そんな中で頑張っていた雪風に比べればなんとも甘い悩みなんだろうけど、それでも気になるのは確かで。

 

「きっとあの人達も複雑なんでしょう。やり場のない感情を抱えているんだと思います」

 

「わかってる。何ていうか、エリートのはずなのに完全におまけ扱いだし……プライドとかはズタズタなんだと思う」

 

 第一駆逐艦養成所は実感ないけどそういう人が集まった場所だ。

 多くを期待されていたはずだし、その自負もあったんだろう。だけど今こうなっている。

 今の状態は彼女たちにしてみれば腹に据えかねるものだとも思うし、まぁまぁ理解も出来るのよ。

 

「けど……その割に進歩してないから、どうしようもないのよね」

 

「そう、ですね。多分、バイト艦娘の皆さんと同程度……いや、それ以下かもしれません。練度を見るに、ですけど」

 

 あぁやっぱり雪風もそう見てるのね。私も同感だ、離れていたからちゃんと見たわけじゃないけれど多分そんな感じ。

 五十鈴さんが彼女たちの訓練を担当してくれているけど、その五十鈴さんが零していた言葉を思い出す。

 

 ――これが第一の子……? 

 

 なんて。

 言葉以上に表情が忘れられないわ、はっきり期待はずれって顔に書いていたし。

 それでもきっちり訓練してるあたり五十鈴さんは面倒見が良いんだろうな。

 

「あの人達はきっとまだ踏み出せてないんでしょうね」

 

「踏み出せてない?」

 

「はい。自分ならこれくらいは出来るとかそういう理想。そうならない現実を、何かで言い訳して見てみない振りをしているんです」

 

 なるほど、ね。

 そういう意味では霞さんも似たようなものだったのかもしれない。

 哨戒任務が始まったばかりの頃、霞さんにはそんな雰囲気があった。そして大破して、思いっきり落ち込んでた。

 

 軍人っていうのは徹底的な現実主義。

 

 夢物語をあてにした瞬間に破滅するってことをよく分かっているんだ、それは私にもわかる。

 夢見る少女じゃやっていけないんだ、白馬の王子様なんてどこにも居ない。

 あるのは認めたくない現実ばかり、その現実で足掻いて藻掻いて生きている。

 

 だから私と霞さんは思いっきり落ち込んだ後思いっきり反省した。

 

 少し周り厚遇を受けて、認められて。

 慢心なんて許されない場所で慢心して。

 まだまだ自分たちが新米で、思い知らなければならないことは沢山あるんだと。

 

 そしてその気持ちがきっと、彼女たちには足りていない。

 

「その点バイト艦娘さん達は良かったんでしょう。見えていない……ううん、見なくて良かったはずの現実を見て、それでも一歩踏み出した」

 

「そうね。彼女たちにはきっとその場で辞める権利もあったのよね? 見て、実感して……その上で戦えるようになりたいと一歩歩み寄ってくれた」

 

 詳しい理由はわからない。

 けど、あの子たちの目は何となくかっこいいからとか、憧れたとかそういう色は見えなかった。

 じゃないと、普段の輸送任務が終わってから私達の訓練に参加するなんて出来ないだろう。途中で折れるかも知れないけれど、確かに艦娘を志すって気持ちがそこにあった。

 

「少し楽しみでもありますねユキ。バイト艦娘さんの多くは燃費という視点から、少ない燃料で動ける艦娘になりますが、改めて皆さんが艦娘になったときどんな姿で再会できるのか」

 

「うーん、あんまり楽しみってわけでもない……かなぁ?」

 

「え? どうしてです? あれだけ慕われていたんです。よっぽど変なことしなければきっと覚えていてくれますよ?」

 

 よっぽど変なことって……私、それなりに常識人のつもりだからね? 変なことしないしない。

 

「だってそれってさ、まだ戦いが終わってないってことでしょ? むしろ艦娘になるための準備なんて、無駄にしてあげるのが一番だよ」

 

「――」

 

 何よその顔は。

 

 でもそうでしょ? あの子達だってきっと戦いそのものに赴くために艦娘を志すってわけじゃないだろう。

 重ねてなんでそう思ったのかなんて理由はわからない。

 だけど、戦いたいから艦娘になるなんて選択をする人が多いとも思えない。

 

 陽炎教官みたいに家族を養うためだとか、黒潮さんみたいに義務で仕方なしにとか。

 不知火さんはわからないけど、それでも戦いを目的になったはずじゃないと思う。きっと護国の意志だとかそんな部分。

 

 霞さんも睦月ちゃんもそうだ。

 戦いたいからなんてただの戦闘狂だし、私は臆病者のひねくれ者だからきっと仲良くなるなんて無理。

 仲良くなれたって言うことはそういうこと。

 

「ふふふ、なんだかユキが頼もしく思えました」

 

「やめて頂戴、私は今も戦いたくないってば。誰かさっさとこの戦争終わらせてよってめちゃくちゃ願ってるもん」

 

 私はあくまでも戦える人。

 どうしても仕方ないからって言い訳を必要とする面倒くさい人なんだ。

 そんな私が出来ることなんてちっぽけに過ぎない、出来ることしか出来ないしやりたくもない。

 恨むならフォーナインなんて適性値を叩き出した機械に言って欲しい。私はこんなにも不真面目なんだから。

 

「不真面目にしては随分と熱心ですけど?」

 

「そう言うんじゃないってば。憧れの人が実はダメダメでしたっていうのが嫌なだけよ」

 

「あはは、そういう物ですか? ううんそうなんでしょうね」

 

 そうそう、そういうものよ。誰だって憧れの人はかっこいいままで居て欲しいもんなのよ。

 

「じゃあこれも頑張らないと、ですね?」

 

「うん? 何を頑張るって――えぇ……」

 

 机の上に置かれていた書類。それを見た瞬間思わず白目を剥きかけた。

 

 何よ合同艦隊演習って……なんで私が旗艦なんだ……やめてよ死んじゃう。

 

「頑張りましょうね!」

 

「……あははーもうどうにでもなーれ」



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一年目・艦隊演習

「まぁ色々言いたいことはあるんだけど……正気?」

 

「随分なお言葉で。でもまぁ、そうね。色々考えた結果ですよ」

 

 艦隊演習開始一時間前。

 最後の作戦会議というか打ち合わせだろう、終えた二つの艦隊が海に立つ。

 片や緊張を顔に貼り付けながらもどこか開き直りつつあるだろう気配を携えた旗艦。対して普段とそう変わらずリラックスした様子が伺える旗艦。

 

「陽炎のことだからそれはわかってるわ、間違いだってないのでしょうし必要なことなんでしょう」

 

「それはまた厚い信頼で」

 

「けどそうね、言うなら私にはあんまりにも実入りが少ないと思える演習だし、ある意味決別と言うかひび割れているなら粉砕してしまえみたいな企画だと思う」

 

 観測場からその光景を眺める五十鈴と陽炎。

 五十鈴はこの演習が予定されてから今まで陽炎へと目的を尋ねることが出来なかった。予定が噛み合わなかったこともあるが、やはり真面目な五十鈴でもあり、まずはギリギリまで自分で考えようと思ったからでもある。

 そんな五十鈴をしてやはり結論はあまりにも得るものがないというものだった。それだけではない、これは隔絶というある種の損失さえ生みかねないとすら思っている。

 

「ええ、もちろんわかってる。これは私のミスよ、雪風っていう存在に傾倒しすぎた罪と言っても良い。最大を得るために小を切り捨てていたのだから」

 

 陽炎は今の光景を重く受け止めている。

 

 旗艦雪風が率いるはバイト艦娘。

 旗艦睦月が率いるは第一駆逐艦養成所艦娘。

 傾倒されたのが雪風なら、切り捨てられたのは養成所艦娘。

 

 もっと上手いやり方は確実にあった。今思い返すだけでもその方法は幾らでも陽炎の頭に思い浮かぶ。その時であったとしも、普段と変わらない自分であったなら決して無碍にしていなかっただろうし、融和に努めていただろうという確信もある。

 だがしなかった。出来なかったのだ、それほどまでに雪風が持つ素質と未来は輝いていた。

 

「わかってるならいいけれど。ただ私から言えば幼稚よね」

 

 ふん、と小さく鼻を鳴らした五十鈴。

 彼女から見ればこれは演習等ではなくただの喧嘩だ、互いを認められないくせ話すことも出来ないから殴り合ってお互いを知りましょうなんて、かつて見たかもしれない陳腐な青春友情漫画か何か。

 

 名目上は雪風の指揮練習と第一駆逐艦養成所艦娘の艦隊行動練習。

 ただ雪風に対して旗艦の為すべきことなんし指揮とはなんぞやなんて教導は座学で触り程度にしか行っていないし、養成所艦娘の練度は燻ったままで、まともな艦隊行動なんて取れるとは思われていない。

 つまるところ、五十鈴が下らないと思った通りこれはお互いの感情へとケリをつけるための演習だった。

 

「そう言わないであげて欲しいわ。さっきも言ったけど、これは私が招いたことだから」

 

「それにしたって……と言いたいけれど、陽炎を責めたくはないわ。仕方ない、真面目に付き合ってあげる」

 

 陽炎はごめんなさいと苦笑いを浮かべつつ口にして、改めて自身の教導力のなさを思う。

 確かに一人の艦娘としては優秀なのだろう五十鈴が認めているように。しかし、こうも人間関係で頭を悩ませている自分はなんとも人間力が低いのかと。

 第一駆逐艦養成所での自分に疑いは無かった。現役時代の戦果に陰りはなかったし、それから得た自信もあった。故に今まで養成所の門を潜った人間は陽炎を通して自分への疑いを持たず教練を受けて自信を持ち巣立っていった。

 

 順調だった、飛び立った新人たちの活躍も含めて。これで良いんだと確信に近い何かを掴み始めた時だったのだフォーナインという特別が現れたのは。

 上層部からの指示もあった、管理者というべきか司令の判断だってあった。そしてそれに異を唱えなかった。

 言われるがままではないが納得して特別扱いをしたのだ、それが何を生むかを想像できなかったとは言わない、しかし自分たちなら上手く出来るだろうと慢心した。

 

 その結果が、今。

 

 日に日に輝きを増していく雪風の影は雪風自身と同じく大きくなっていった。

 照らされるものが大きくなれば、当然影とて大きくなるなんて当たり前のことを実感した。

 

 だからといって橋渡しをしようとは思わなかった。

 五十鈴が言ったように幼稚に過ぎるというのはもちろん、何より自分で踏み出さなければならない一歩は存在するのだ。

 それは覚悟であったり、かつての人間だった自分であったり。霞がそうであったように、決別と言えるものなのかも知れない。

 だから、だからこそきっかけを与える。それだけは違えない。

 それこそ陽炎が猛反省の末だした結論だった。

 

「で? 演習として見るのならまずは勝敗の予想でもする?」

 

「十中八九睦月の艦隊が勝つでしょう。艦隊戦、戦略的見地において判断するのであれば、だけど」

 

 泣き顔で指揮について聞きに来た雪風の顔を思い出しながら言う陽炎に五十鈴は閉じていた両の瞼を片方あげた。

 

「戦略的見地、ね。詳しく聞きましょうか」

 

「はい。お察しの通りかも知れないけど雪風に指揮の経験はない、バイト艦娘の練度向上には驚いたけれどあと一歩養成所艦娘には及ばない」

 

 同じ見立てだと頷く五十鈴。

 陽炎が言うようにバイト艦娘達の練度向上には驚いた、まさかこれほどの短期間で多少の戦力として数えられるかも知れないと考えてしまったのは最近だが、まだ養成所艦娘ほどには及ばないだろう。

 それでも十分驚異的だったし、追い抜かれてしまえばまさに養成所艦娘、ひいては養成所の存在価値が危ぶまれる所だが。

 頷きを見た陽炎が続けて口を開く。

 

「さっき言ったように戦略的見地。要するに旗艦へどれほどダメージを集められるか、艦隊を行動不全に陥れるかといったことを考えた艦隊戦であるのなら睦月達が勝つ」

 

「睦月の指揮に、バイト達を上回る力量を持つ艦娘。当然よね」

 

「だけど……艦隊戦演習という前提を覆してしまうけれど。もしこれが雪風単艦に対して睦月があの子達を率いたのなら……雪風が勝つでしょうね」

 

 強い確信を持って言う陽炎に思わず五十鈴は目を見開いて視線を向ける。

 

「……本気で言ってるの?」

 

「と、思うってだけよ、実際にはわからない。だからこの演習はそれを確かめるものでもある」

 

 確かに実際の勝敗はわからない。だが陽炎には一つの確信があった。

 

「今の所、雪風と組める人間は霞しかいない。睦月でも……本当の意味ではまだ無理でしょうね。そう、あの子は相当に僚艦を選ぶ」

 

「厄介が過ぎるって言いたいけれど。……そっか、なるほどね」

 

 五十鈴に理解が奔った。

 雪風は言うならば逸脱していた。少し意味は違うが次元が違うと言っても良い。

 天性の閃きとでも言うべきか、呼吸が違う。砲撃、雷撃から索敵に至るまで普通の艦娘とは違う何かでそれを行っている。

 

 睦月が雪風へと指摘したことは半分しか正解していないのだ。

 当たるから良いという投げやりな部分は確かにあった、それを諌めることは確かに正解だ。

 しかし見るべきところは勘。

 

 雪風はその行動の多くを運で処理している。

 

「あの子は確かに艦娘への適応力、適合性は高い。他に類を見ないほどにね。だけど、技術はまだまだ拙いのよ。睦月に聞いても同じことを言ってたし、五十鈴さんもそう思うでしょう?」

 

「ええ。まだまだ磨かなければならないものはたくさんある。けどそっか、何だか腑に落ちた。ううん、納得したらダメなんだろうけど」

 

 一瞬背中に奔ったのは恐怖という感情だろう、それもそうだ雪風は常にギャンブルに勝ち続けているということだ。

 培われた技術という確かなものが土台にない。不確かなものの上に成り立つ行動。それを怖いと思わない存在はいない。

 

 だが逆に光明でもあった。

 運だけであれほど動けるものが確かな力をつけていけば。

 

「――」

 

 自覚なく五十鈴は生唾を飲み込んだ。

 

 使いたい。

 自身の指揮で雪風の力を存分に。

 

 そんな五十鈴の気持ちは陽炎にも理解できる。

 自分とて思うのだ、雪風を使ってみたいなんて。だからこそ雪風の教導役を名乗り出た面もあった。

 だがそれは叶うことないだろうとも思っている、陽炎自身はもちろん……五十鈴とて。

 

 黒潮から五十鈴の動向に注意しろというなんともあやふやな言葉をもらっている陽炎。

 何を注意するのかとも思ったが、少なくともここでの生活から感じ取った五十鈴の印象は危ういの一言だった。

 いつ爆発するかわからない爆弾を抱えている気分にもなる、事実呉遠征で一番肝を冷やした五十鈴の立ち回り。

 ある意味正しい動き方だったとは思っている、しかしそれがそうしなければならないからしたというようには感じられなかったのだ。

 

 そうしたい(・・・・・)からしている。

 

 そんな風に陽炎は感じた。

 それはつまり重大な判断をしなければならない時、自分の感情を優先させるということで。

 

「……ふぅ」

 

 小さく息を吐く陽炎。

 

 複雑な気持ちと思考から逃れるように演習場へと目を移す。

 

 開始時刻はもうすぐだ。

 

 

 

「何でこんなこと……」

 

「別にあの子が相手じゃなくても……」

 

 睦月の肩は下がりっぱなし。率いる後ろから聞こえる正しく愚痴により気分までも。

 開始目前にして未だに続く言葉の数々を耳に入らないよう努めてみたは良いが、どうにも無駄な努力であったと認めたのはたった今。

 

「皆さん、いい加減に切り替えてください。もうすぐ、始まりますよ」

 

「……はい」

 

 振り返って言ってみれば渋々といった様子で頷かれる。

 

 あぁ、これはダメだなとそれ以外に考えがつかない。

 

 最早彼女たちは何に対しても不満しか口にできないのだろう、それが抗議になると思っている。

 もちろんそれが相手に届くことはないし、ここは軍だ、そんな甘えとも取れる何かに対して肩を抱いてくれる存在なんていない。

 それは睦月が重々承知していることでもありまた、自分がそうなろうとも思わなかった。

 

 機会は睦月なりに設けたつもりだった。

 この演習が決まってから雪風や霞の訓練よりも彼女たちとの交流を深めるために会話を試みたし、作戦会議とて最大限意思を尊重しようと色々な案を求めたりもした。

 しかし悉くが無為に終わったのだ。

 そこでも変わらず、演習を行う意味だとか、どうして相手が雪風なんだとか。自分たちはどうすれば勝てるのかといった前向きな議論は起こらなかった。

 

 プライドというものが圧し折られた時、どうすれば再び立ち上がることが出来るのか。

 睦月にも自負というものがあった、自信やあるいは責任感と言っても良いかも知れないが、膝を抱えていた時を除いて自分を如何に高めるかと努力していたからこそ力を持つものとしてどうすればいいかを常に模索していた。

 だからこそ彼女たちは睦月の理解外に居た。

 自分で何かを変えるとか得ようとするだとか、そういった姿勢がないまま互いを舐め合い馴れ合うことで慰めあって、お門違いの相手を敵として。ただただ自分たちを救うだろう何かを待っている。

 

 間違いなく、この存在は味方を窮地に陥れる癌だ。

 

 仮にこれが訓練兵で無かったなら、事故を装って海へと葬り去っていたかも知れない。

 そうと考えてしまうほど、睦月は今期の第一駆逐艦養成所艦娘に対して失望していた。誤射という罪の意識に沈み藻掻いた睦月だからこそ、余計に。

 

 バイト艦娘達は確かに力をつけた、さもすれば彼女たちを凌ぐかも知れないほどに。

 だがそれは急激に力を伸ばしたわけではない、ただ単純に比較対象が停滞していただけのこと。

 

「最後に聞いて良いですか?」

 

「なん、でしょう」

 

 うつろな瞳だ。

 かつては輝きを持って養成所の門を潜ったのだろうそれはわかるし、陽炎より何があったのかは聞いた。

 だが、それでもあまりに容易すぎる。

 ただ否定されただけで、ただ自分たちより上回られただけで。

 たかがそれだけで歩みを止めてしまうのは、簡単が過ぎる。

 

「勝ちたいですか?」

 

「――」

 

 言葉通り、睦月にしてみればこれは最後の通告だった。

 言外に含まれている何かを感じ取ったのだろう、即答はなかった。

 

「皆さんには、主砲も魚雷もあるんです。戦う力を持っているんです。その力を手にして……何をするのですか?」

 

 誰がその鐘を鳴らすのか。

 誰がためにその鐘は鳴り響くのか。

 

 あまりにも簡単にして原初。その意志が揺らいでしまっているというのなら。

 

「私は……勝ちたい。相手が雪風ちゃんだからじゃない、私は誰が相手だとしても必勝を心に戦う。誰が相手であっても守り抜く。一度折れた膝だから、再び立ち上がらせてくれた人達のためにも、もう……負けたくないのです」

 

「わ、私達は――」

 

 ――開始、十秒前。

 

 誰かが答えようとしたその時、鳴り響く開始の報せ。

 

「時間切れですね。ではただ見せて、教えて下さい。それでは――旗艦、先頭っ! 睦月の艦隊っ!! いざ、参りますっ!!」



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一年目・面目躍如

 じっと演習光景を見ている霞は陽炎や五十鈴には感じ取れない物を感じていた。

 

「霞さん」

 

「不知火教官……」

 

「もう教官ではありませんよ。真剣に学ぼうとするのは素晴らしく思いますが、どうしましたか?」

 

 霞も聞いていた、不知火は真面目ちゃんの意味がわかり、少しだけ目から険が取れる。

 憧れの人が新人如きの自分にこうも丁寧に話されるというものは面映いどころか居心地悪いものではあるが、その軍人たらんという姿勢は霞にとってやはり尊敬してしまうもので。

 

「いえ、上手く言葉に出来ないのですが……私はまだまだ力不足なんだと実感してしまって」

 

 そんな言葉に不知火もまた演習へと目を向ける。

 

 始まってから少し。戦況にまだ変化は見られない。

 雪風率いる艦隊は非常に戦意が高く、また挙動だけなら睦月の艦隊を圧倒とまでは言わないものの上手くいなしている。

 雪風の指揮によってとは口が裂けても言えないが、雪風の脚を引っ張るものかという気迫が離れた観測場までも伝わってくるようだ。

 

 また、睦月の艦隊は真逆と言える。

 戦意は低く、何かへ迷っている雰囲気を纏っている。しかしながら睦月の指揮が巧みであった。

 自身が率いている存在が新人であると正しく認識もしているし、新人がこなせるだろう程度の範疇最大限の動きを指示している。

 

「何も考えずに見るのなら。きっとこれが素晴らしいと言っていました」

 

「今は何か考えてしまう、と?」

 

 上手くなった不知火の相槌。遠回しの話してみなさいという気遣いに甘えた霞はつらつらと口を開く。

 

「気づいてしまうんです。睦月の砲撃、さっきのも今のも手が震えていた。だって言うのに狙いは正確でした」

 

「ええ」

 

「それを回避の指示を飛ばした雪風。私があの子の僚艦であったなら、きっと違う指示だったんでしょうけど。その指示を私はこなせなかったでしょうし、指示すら私は出せなかった」

 

「なるほど」

 

 睦月がまだトラウマを完全に克服していないことなんて知っている。それであっても、戦いの中でそれを理由にボロは出さないどころか最大のパフォーマンスを発揮している。

 雪風が実際に指揮を執ることが初めてなんて知っている。それであっても、出来ることを最大限に発揮して、先任で適うはずのない相手へと立ち向かっている。

 

 霞は、それほど離れていない演習場で戦う戦友たちを、とても遠い存在に感じていた。

 

「もっと言えば。私はバイト艦娘のやる気も引き出せないでしょうし、同期達と一緒にあの場へ立てるとも思わない。……私は、自分が情けない」

 

「霞……」

 

 霞の視線は演習場へと注がれているままで。

 表情は一切変わっていないというのに、不知火には霞の目から、心から大粒の涙が溢れているように見えた。

 

「雪風も、睦月も……バイト艦娘も同期達も。戦っている。この中で、私だけが戦っていない」

 

 陽炎の霞だから雪風と一緒になったという言葉を前向きに受け入れたつもりはなかった。

 しかし慢心はした、増長もした。

 確かにあの同期達よりも優秀なのだろう艦娘としては。呉遠征で実戦を経験したし、同じく五十鈴からの教導だって受けたと。

 

「私は、同期達より一歩も二歩も先に行っているって思ってました。でも違った、ただただ中途半端な位置に居ただけだった」

 

「……」

 

 少なくとも陽炎や五十鈴の評価は雪風の僚艦候補として順調過ぎる程に育っているというものだったし、不知火も同じ所感だ。

 恐らく雪風も今の霞に不満なんて欠片もないだろうし、睦月も新人にしては随分と立派だと言うだろう。

 そういった感想から考えるのであれば今の霞は悲観的が過ぎる。

 

「この演習に参加出来なかった理由を、ずっと考えていたんです」

 

「……はい」

 

 しかし不知火は考えを改めた。

 悲観的になって落ち込んでいる、だから慰めなければならないなんてバカバカしい。

 

「私は、雪風を使えるようにならなければならない」

 

 霞は、ただただ高潔だった。

 

「目指すべき形は雪風のいずれ至るだろう姿でも、睦月のように何でも出来る艦娘でもない。私は、唯一誰よりも雪風を理解できる艦娘になりたい」

 

 誰が泣いているというのか。不知火の目の前にいる霞という少女の目は燃えていた。

 立ち上った焔の照りが涙に見えたなんて、恥ずかしい。

 

「教えて下さい、不知火教官(・・)。私は、どうすればそうなれますか?」

 

 演習場へと向けられていた視線が不知火の目に注がれた。

 まっすぐ、強く。

 今まさに自分の目指すべき姿が見えた、理解できたと訴えている。

 

「雪風はまるっきり指揮に向いていない、適性がない。あの子の世界はあんまりにも隔絶しすぎています。それを理解できるのは……私しか居ない」

 

 そう在りたい、在ってみせると目が語る。

 そこに自分の居場所が在る。そここそが自分の至るべき場所だと強く強く信じられる。

 

「霞」

 

「はい」

 

「貴女はきっと強くなる。どこかの鎮守府でエースなんて呼ばれて、もしかしたら歴史に英雄と名前を残すような艦娘になる可能性すらある。だけど、そこ(・・)じゃきっと得られない」

 

 この目が出来る艦娘は、既に前線で戦っているものにすら出来ない。誰よりも高潔で、誰よりも孤高な目。

 

「そんな栄華とも言えるものを……全て捨てられる? その道はきっと、雪風という光に隠されて、ずっとずっと日の目を見ない寂しい道」

 

 不知火には確信があった。

 雪風という存在を忘れて、別々の道を歩くのなら霞という艦娘は大きく光を放つ存在になると。

 

「不知火教官」

 

「はい」

 

 だが霞は笑った。

 笑ってそんなものに興味はないと断じた。

 

そこ(・・)が、私の居場所です」

 

 

 

「く……っ!」

 

 予想以上の善戦と言えるだろう雪風率いる艦隊。

 予想以上に戦えない睦月率いる艦隊。

 

 そして五十鈴と陽炎の予想に反して雪風率いる艦隊が優勢に進んでいる演習。

 

 歴戦の兵だけが感じ取れる薄い香り。徐々に敗北の匂いが睦月の鼻へと漂ってきた。

 その理由が養成所艦娘だけではないということは理解している、自身の動きが思っていた以上に鈍かった。

 誤射をトラウマとした睦月だ、演習上では敵だが、本質的には味方と思える存在に砲を向けることは思っていた以上のストレスだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 乗り越えなければならない壁。

 確かに養成所艦娘も自覚しているだろう今その壁が目の前にそびえ立っていることは。

 しかし睦月とて同じなのだ、自身で予感していた通りこの演習に勝つことこそがトラウマを完全に乗り越えるためのものだった。

 

 荒くなりつつある呼吸を抑えて、精神力で動きたがらない腕を持ち上げる。

 

「主砲! 一斉射! 狙いは敵旗艦(ゆきかぜ)! 行きますよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 ようやく戦いだけに集中しだした養成所艦娘だ。その集中力を自分が乱してはならない。

 睦月は雪風艦隊の動く先に魚雷を放ってから一斉射の合図を――

 

「やめっ! 旋回回避! 取舵っ!」

 

「っ!」

 

 これも何回目か、養成所艦娘達が理解できない中止命令。

 まだまだ中止命令に生まれる戸惑いの雰囲気を背に受けながら睦月は奥歯を噛みしめる。

 

 毎回、そう毎回だ。

 雪風に対して一転攻勢の狼煙をあげようとすれば、異常な嗅覚でそれを察知し回避運動をとる。

 

 最初こそ睦月がトラウマと戦うといった戦場では余計な物のせいでバレたのかと思っていた。

 しかしそれは違った、完全に雪風は見切っている。

 

 いや、それは正確ではないのだろう雪風は勘で悟ったに過ぎない。しかし睦月には見切られたとしか考えられなかった。

 加えて雪風の指示に何の疑いもなく従うバイト艦娘達。

 睦月が率いる艦娘達の、戸惑いの中に生まれつつある不信感とは違い、雪風のことを信じ切っている動きだった。

 

「睦月さん! どうして撃たないんですか!?」

 

 まさに今の場面で撃てば、返す刀でこちらに被害が及んでいただろう、そのことを当たり前だが養成所艦娘は理解できない。

 

「このままじゃ――!!」

 

 ついに我慢できなくなったのか誰かが吠えた。

 分かっている、重々に分かっている。

 睦月がこの艦隊でやるべきことは多すぎた。率いる艦娘の納得がいきやすいように、すぐに動けるようにと指示の内容を気遣った。

 損傷が及ばないようにと旗艦であるはずなのに僚艦を庇うように動いた。

 

 その結果、睦月だけが少しずつ損傷を重ね中破判定。

 つまり、このままじゃ負ける。

 

 雪風に損傷はない、バイト艦娘達の損傷とてよくて小破程度の判定だろう。

 

 余裕はついになくなった。

 ここから逆転するための方法が、今の睦月には思い浮かばない。

 

「睦月さん!!」

 

「わかってます……! わかってますが……もう……!」

 

 あなた達がやる気を出したのなら。なんて泣き言は言わない。

 それでも勝ちに導くことこそが旗艦の、睦月の役目だと思っていたから。

 

 ――悔しいけれど、負け、かな。

 

 そんな風に先を見たときだった。

 

「だ、第一! 駆逐艦養成所! 入所宣誓!!」

 

「……え?」

 

 一番睦月の近くを走っていた艦娘が叫んだ。

 

「私達は仲間を見捨てず、勝利する可能性を最後まで信じ、死力を尽くして海に挑むことを誓う!!」

 

 その声に続くように同じ言葉が並び、わけのわからない重奏となり。

 

「私っ! 負けたくないですっ! だって……だって!! 雪風(あのこ)のこと! 大嫌いだもの!!」

 

「そ、そうです! 不真面目で! やる気なくて! 悲劇のヒロイン気取りなんかに! 負けたくない!!」

 

 なんて言うことだろう、睦月は取り繕う事も出来ず、戦闘中だということさえ忘れて呆然とした。

 

「馬鹿にされたままで! 勝手におまけ扱いしてきた教官も大嫌い!!」

 

「私達は優秀だ!! ちゃんと出来るもん! 出来るんだから!!」

 

 それは紛うことなき愚痴だった。

 きっと陽炎や不知火、黒潮が聞いていたら苦笑い混じりでごめんなさいと言っていただろうそんな言葉。

 

 だが。

 

「――あはっ」

 

 ようやく口にできた望みだった。

 

「あははははははは!!」

 

「む、睦月さんっ!?」

 

 抱腹絶倒とはこのことか、睦月は全てを忘れて大爆笑の渦潮に飛び込んだ。

 

「な、なにそれ! 皆馬鹿だにゃあ!」

 

「ば、ばかって!」

 

「いいよ、いいよ! そういうの……睦月、大好きにゃし!」

 

 睦月は言えなかったから。全てが自分のせいだと甘んじていたから。

 

「よぉし第一駆逐艦養成所の皆さん? そこまで言うなら必勝の指示を出すにゃし……でもとっても大変。皆にできるかにゃーん?」

 

「で、できます!」

 

「やってみせます!」

 

 

 

「――っ!? 皆! ここが勝負所みたいです!」

 

「はいっ! 了解です!」

 

 避けて、撃って。

 単調かつ具体性のなさで、指揮と言える指揮なんてなかった雪風の艦隊。

 そんな雪風の口から初めて焦ったような言葉が出たことにバイト艦娘は気を引き締める。

 

「何? 何をしようとしてるの……?」

 

 遠目に見えた睦月の艦隊は笑っていたように見える。

 そしてそこからこちらに向かって全速力。

 

 聞いていたセオリーなら、不利を覆す乾坤一擲の突撃なんて手段があるのかも知れない。

 だが雪風の頭に響いた警鐘はそうではないと言っている。

 

「いっくよおおおお!! 覚悟しろーい! 雪風ちゃん!!」

 

「っ!?」

 

 先頭を走っていた睦月は片手を突き上げた。

 それと同時に――

 

「さ、散開っ!?」

 

 ――六人全員がバラバラに動き始めた。

 

「ゆ、雪風さんっ!?」

 

「くっ……こんなのどうしろってのよ……! ううん、皆! これはチャンスです! 睦月ちゃんに向かって突撃します!」

 

「了解っ!」

 

 旗艦さえ撃沈判定にしてしまえば勝利は揺るがない。

 ましてや睦月の他にいる艦娘、その相手は雪風一人であろうとも簡単に勝てる。

 

 つまりここで睦月さえ倒すことが出来れば。

 

「おおっと! さぁ! 睦月はこっちですよー?」

 

「なっ!? に、逃げるって!?」

 

 突撃してきた睦月は急旋回。本来水上で出来るはずのない180°ターンを決めて後退していく。

 

 ――なんて無茶苦茶な……!

 

 そう、そんな挙動、艦娘が取れるわけないのだ。

 どうやっても大きくでも小さくでも旋回という手段を取らなければ反転なんて出来ない。

 

 それを睦月は、小さな波を利用して飛び、体勢を無理やり切り替えた。

 

 何という艦体制御技術か。

 これも睦月の言う小技、技術だとでも言うのか。

 なるほど、確かに艦隊では役に立たないだろう技術だが、こうして一人で動く状況を作ってしまえば素晴らしい技術だと感嘆の息もでる。

 

「睦月ちゃんは背を向けてる! 他の子は無視していいです! 一斉射で仕留めますよ!」

 

「はい!」

 

「よぉく狙って……行きますよ! 撃――」

 

「そこぉ!!」

 

 合図の声はかき消され。

 

「うわぁっ!?」

 

「う、うそ!?」

 

 左右からの夾叉射撃。

 しっかり偏差まで考えて向けられる砲撃の嵐。

 

「み、皆!? って! あぶなっ!?」

 

「沈め! 沈んじゃえ! 負けるのは……あなたよ! 雪風!!」

 

 砲撃が終わったかと思えば魚雷。

 砲撃は艦隊に向けてのものだったが、五隻が放った魚雷は全て雪風に向けて。

 

 ――あ、これ私避けたら皆にあたる。

 

 ちらりと後ろを雪風は見た。

 砲撃に慌てているバイト艦娘達、完全に崩された。

 

「あーあ……やっぱり私に旗艦は無理だって……」

 

 反省すべきことは沢山ある。

 突撃が見えていたなら散開させないように頭を押さえるだとか、睦月の後を追わずに弱いところから一点突破するべきだったとか。

 

「ふっふっふー! まだまだ甘いにゃし! 雪風ちゃん!」

 

「うん。してやられたよ、睦月ちゃん」

 

 悔しいな、悔しい。

 その思いを胸に、されど笑って。

 

「てぇええええい!!」

 

 雪風は、いつの間にやら改めて正対していた睦月の砲撃を受け入れた。



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一年目・演習評価

 べ、別に悔しくないし! 今度やったら勝てるし!

 

 演習が終わって、同期たちのドヤ顔へそんなことを心のなかで叫んでおいた。

 何ていうのかな? 睦月ちゃんに負けるならきっと仕方ないと言うか納得できたんだろうけど、複雑だ。

 これがあの子達にとって睦月ちゃんありきの勝利ってわけじゃないのが理解できる。だからこそ悔し……くないし!

 

 まぁそうなんだ。

 複雑に思う気持ちはきっと自分の中にまだあった慢心とか油断とかを払拭する、いわば成長の糧となってくれるはず。

 尤も、それが完璧に無くなっていたとしても勝てたかどうかはわからないけど。

 

 バイト艦娘さんたちには悪いことしたなと思って謝ろうとしたんだ。憧れの人じゃないけど、慕ってる人の情けない姿を晒してしまったわけだし。

 けどそんな心配は無用どころか、逆に謝られた。

 私達のせいで負けてしまったと、今度はもっと上手くやると。とても前向きな顔で言われてしまった。

 第一駆逐艦養成所では経験できなかったことで、大概嬉しい気持ちになったんだけど……浸ってもいられない。

 

「まずは各自の思う勝因、敗因から聞きましょうか。そうね、まずは雪風?」

 

「はい」

 

「何故負けたのか分析してみて」

 

 現在演習評価真っ只中。広い会議室と思っていたけど、二艦隊分集まればちょうど良い。

 前を見てみれば陽炎教官に五十鈴さん。黒潮さんに不知火さんまで居て中々の揃い踏み。

 見つめてくる陽炎教官に頷きながら、改めて考えるけれどやっぱり答えは既に出ていて。

 

「一番大きいのは私の指揮が拙かったことだと思います。具体的な指揮が出来なかったのはもちろん、なんと言いますか状況判断能力が足りなかったんだと思います」

 

「続けて」

 

 実際に旗艦を経験して思ったけど、指揮は難しい。

 と言うよりは皆の呼吸というか、自分との差異を実感した。

 泣き言に聞こえるかも知れないけれど、私一人で戦ったほうがよっぽどいい勝負が出来たとも思ってしまう。

 もちろんバイト艦娘さん達が足手まといだと言っているわけではなくて。

 

「自分一人が出来ることと、隊全員で出来ることは違う。まずそれを一番強く実感しました」

 

 そう、幾つかの場面で自分一人ならこうするだろうっていうことが出来なかった。正確に言うなら、出来るかどうかを悩んでしまった。

 陽炎教官から事前に聞いていた指揮は思い切りって言葉を嫌ってほどに実感したんだ、悩む暇なんて無かった。

 結局少しだけだったのかも知れないけれど、悩んだ時間の分具体性を欠いた指示を出すって結果になったわけだし。

 

「時間があれば誰にだって熟考することは出来るし、それに基づいた指示を出せる」

 

「はい。やっぱり状況判断能力というべきですね、相手の動きの意図をどれだけ早く読み解けるか、その上で有効な対応は何か、またそれは実現可能か。そういった能力が私には足りませんでした」

 

 だからこそバイト艦娘さん達に敗因があるわけじゃない。おおよそ全て私の能力が足りなかった結果だ。

 

 そこまで言えば陽炎教官は一つ頷いて。

 

「わかった。じゃあ睦月? あなたの隊の勝因は?」

 

「はい」

 

「雪風ちゃんが言ったことそのままを含めた上で。個に対して私達が隊として動けたことでしょう」

 

 ……ええっと? 睦月ちゃん、ごめんよくわかんない。

 

「雪風隊は有効な指揮管制下にありませんでした、艦隊ではなく六隻の寄り合いというべきかそういった状態で戦っていた。それは遺憾ながら私達もでしたが、勝利出来たのは最後の最後で隊として纏まれたかどうかの違いに過ぎません」

 

「なるほど。他に言うことはある?」

 

「本来であれば、私達の圧勝で終わるべき演習でした、それこそ開始からすぐに決着をつけるべきほどの。そういった面から考えれば敗北と言ってもいいでしょう」

 

 うーん……あれよね、睦月ちゃんも大概ストイックだよね。霞さんと気が合うわけだ、本質的な部分はこうも似ている。

 そこまで睦月ちゃんが言えば、同期達も反省するように唇を噛んでいた。ふふん、反省してどうぞ。

 

「よし。じゃあ霞? 外から見ていた所感をお願い」

 

「はい」

 

 おっと、霞さんにも水が向けられるのね。まぁ確かになんかうずうずしていたけど。

 

「一言で言えば今回の演習は非常に幼稚なものだと考えています」

 

「なっ!?」

 

 ……うわぁ、霞さんすっごいこと言うね? 思わず一瞬頭が凍りついたよ。

 あ、同期さん落ち着いて? はいはい、座って座ってね? 

 

「得るものはありました、それは私も含めて。しかしながら、既に持っておかなければならないもので。そういった物を省いてしまえばあまりにも実入りが少ない」

 

「今回の演習は私が計画したことよ。それでもそう断じるのね?」

 

「はい」

 

「……良いわ、続けて」

 

 こ、怖いよ怖い。陽炎教官の目が据わってる……けど、何だか楽しそう?

 

「子供の喧嘩みたいなものでした。ここまでしなければわかり合えないのか、私達は軍人だと言うのに。得たものは雪風に指揮官適性が乏しく、仲良しこよししか出来ないだろうこと位なものです」

 

 な、仲良しこよし……へ、へこむ。結構頑張ったつもりなんだけどな……。

 

 でも、そうなのかも知れない。

 睦月ちゃんの散開に対して私は突撃を指示した、そこまでは有効的だったかどうかはおいておいて良かったんだ。

 けど最後の瞬間、味方に魚雷があたると感じたから自分を盾にした。それは旗艦にあるまじき行動なんだろう。

 思えば呉遠征の時もそうだ、我が身を盾にするなんて最終手段を簡単に選択してしまったわけだし。

 

「幼稚……いえ、無意味とすら思えます。どうしてもやるというのなら、少なくとも雪風に指揮経験を座学含めてもっと習熟させてからやるべきものでした。教官、質問が許されるのなら――」

 

「構わない」

 

「――どうしてこの演習を行ったのか教えて下さい」

 

 腕を組んで少し考える陽炎教官。

 ちょっとはらはらしながらも口が開くのを待つ。というかなんだろ、五十鈴さんめちゃくちゃ面白そうな顔して霞さんを見てる。

 うーん、なんと言うか霞さんって教官的な立場の人に人気よね。羨ましくはないけど。

 

「答えましょう。あなたがさっきの演習に対して幼稚だと感じたことは否定しない。私でもそう思っている部分はある」

 

「はい」

 

「だけど無意味ではないと信じたい(・・・・)。もしもあなたが無意味だと断じたのなら本当にそうとなってしまうでしょうけどね」

 

 含んだような言い方ね。どういう意味だろう?

 

「私はさっきの演習が必要だと思ったから実行した。だけど必要だと思った理由を話すつもりはない」

 

「……」

 

「霞、これは教育じゃないの。私がやっていることは教導よ。確かに私の中に答えはある、あなたが望むであろう言葉だって思い浮かぶ。だけど、だからこそ決して言わないわ。以上よ」

 

「……ありがとうございます。失礼な言動、申し訳ありませんでした」

 

 教育と教導の違い、か。

 私にはよくわからないな……。

 

「同じ理由で今回の演習内容に対して私から指摘することは無い。各自自分たちで消化しなさい」

 

「はい!」

 

「では演習評価を終わる……黒潮?」

 

「ほいほい。ほんなら今後のお話やで、傾注よろしゅうな」

 

 黒潮さんのおかげで空気が緩んでくれた……ふぅ。

 でも今後の予定か、色々やってきたけど、次は何をするんだろうな?

 

「雪風、霞の両名には総合教導効果演習……通称卒業試験が予定されたで。時期はちょうど一ヶ月後、そのつもりで最終調整に望んでや」

 

 

 

 

「霞さん! 私の胃痛をどうにかしてください!」

 

「私にどうしろってのよ……」

 

 ええいそこになおれ霞さん! はい正座! お座布もどうぞ!

 

「陽炎教官になぁに喧嘩売ってるんですか! もう! 私のドキがムネムネじゃすみませんよ!」

 

「意味分かんないったら。でもまぁそうね、どうしても気になったというか確認したかったのよ」

 

 確認? なんですかなんですか? 何を確認するんですか?

 私がハラハラしてるかどうかとか? やだもう霞さんってば鬼畜なんだから!

 

「落ち着きなさいな。多分教官としてもそう言ってもらえて良かったと思ってるだろうし」

 

「むー……もう、わかりました。一旦落ち着いてあげます。それで? どういう意味ですか?」

 

「自分で考えろって話よ。守破離(しゅはり)って聞いたことある?」

 

 しゅはり? えぇっと、なんだっけ? なんかで聞いたことあるな。

 

「規矩作法、守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな。千利休の訓、まぁ教えね、それをまとめた利休道歌の言葉よ」

 

「せ、せんのりきゅう……霞さんって、結構頭いいんですね……なんか意が――な、なんでもないです! そ、それでしゅはりがどうしましたか!?」

 

 あ、危ない危ない……ここで喧嘩してる場合じゃないよ? うん、傾聴傾聴。

 

「ったく。教官の教えを守って学び、得た力を色々なものと組み合わせ自分に合ったものを掴み取りこれを破るとし、それを精錬することで離れることができる。まぁ大分簡単に言い直したけどそういうこと。私達は離の段階に来ている」

 

「そう、なんですか? あんまり実感はありませんけど」

 

「卒業試験が予定に組み込まれたことがその証明よ。そして、陽炎教官はあんたと私にそれを気づかせるためにあの演習と評価の場を設けたんだと思う」

 

 そんな深い意図があったのね……霞さんが言うんだから間違いない。

 だけど離の段階、か。だって言うのなら私もそうだし霞さんもだと思うけど、まだまだ破の段階だと思うんだけどな。

 

「考えていることはわかるわ。けど、私達……ううん、あんたは破の段階でとんでもない物を身につけたのよ」

 

「とんでもないもの、ですか?」

 

 なにそれ怖い。自覚がない分余計に怖い。

 

「あんたには指揮適性が無い。それはわかるわね?」

 

「そうはっきり言われると辛いものがありますが……まぁ、はい、わかります」

 

「あくまでも今の段階でだけどね。今後指揮を磨いて普通程度にはこなせるようにはなると思う……遠く及ばない私が何を偉そうにって話だけど、そう思う」

 

 いやいや、霞さんのことは信頼していますから、きっとそうなんでしょうね。

 

 でもそれもそうだ。

 やっぱり私は犠牲というものがどうにも認められないんだ。

 旗艦の無事を確保するために僚艦が旗艦を庇うとか、そういうのは出来そうにない。今回の演習ではっきりわかった。仮にあの最終場面で、バイト艦娘さんたちに自分を守れって指示を出す自分を想像したら吐き気がする。

 

「あんたはそれでいいのよ」

 

「……よくわかりませんが。でも、やっぱりそれは必要なことなんじゃないでしょうか? 霞さんらしからぬ意見ですね、甘いって一蹴すべきことでは?」

 

「本音としてはそうね。だけど、それをしたらあんたは間違いなく腐るわ」

 

 く、腐るって。

 

「あんたの魅力というか武器ってのはね、あんたが思うがままに行動することで生まれ活かせるものなのよ」

 

「思うがままに?」

 

「心のままにとでも言うべきかしらね、やりたいと思ったことにしか真価を発揮しないのよ。多分これも教官は思ってるんだろうけど、あの演習。艦隊戦じゃなくてあんた一人対睦月の艦隊ならあんたが勝ってたわ」

 

 流石に言い過ぎだと思うのだけれど、強く確信を持って言う霞さんに何も言えない。

 そうなのだろうか? そのなのかも知れない。だけどそうだとするのなら。

 

「そう、お察しの通りあんたは誰とも艦隊を組めない」

 

「そ、そんな……」

 

「だから、私がいる」

 

 ……はい?

 え、あちょ、霞さん? 姿勢を正して、はい?

 

「雪風、約束するわ。私はあんたの最高の相棒になってみせる」

 

「――」

 

「何を急にと思ってるかも知れない、自分より遥かに弱い人が何言ってるんだと思うかも知れない。だけど必ずなってみせる」

 

 霞さんの目は真剣で。

 喉から何か言葉が出たくてうずうずしてるのに、何も言えなくて。

 

「その証明に、さしあたっては卒業試験。必ず合格に導いてみせる。信じて、とはまだ言えない。だけど合格できた時は、認めて欲しい。私は……霞はあんたの相棒だって」

 

 正直、何が何だか分からない。

 だけど。

 

 あぁ、霞さんだな。

 

 そんな風に思う。

 目の前にある強い強い瞳。今まで会ったことのある人、誰よりも一番強くて澄んでいる目。

 

 こんな人が、相棒になろうとしてくれている。

 多分、これは究極の贅沢なんだろう。霞さんは、私を見切って自分の道を進んだのならきっと多くの名誉とかそういう物を手にするんだろうって思えた。

 

 それらを求めず、私を求めてくれた。

 

 ぶるり、とよくわからない震えが身体に奔った。ふつふつと、心から湧き上がる感情がある。

 

「霞さん」

 

「何かしら?」

 

 こんな高潔な人に私は、何を言えば良いんだろう?

 こんな清廉な人に私は、相応しくなれるのだろうか?

 

「十年、早いですよ」

 

「――ふふっ、言ってくれるわ。それでこそ、よ」

 

 二人一緒に立ち上がる。

 立ち上がって同時に握手をした。

 

「総合教導効果演習……ううん、卒業試験――私達を図るには足りなすぎるって、教えてあげしょう」

 

「はい。余裕の勝利を見せつけてあげちゃいます!」

 



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一年目・各員胸中

 閉まった扉の音を背に五十鈴は静かに瞑目する。

 予感は正しく、予想は外れた。雪風は自分の翼を作る羽とはならなかったが、望まぬ状況へ一石を投じてくれた。

 

「まさかたかが新人にここまでするなんて思わなかったわ……」

 

 呟いた言葉は自分の足音に消されたが、その響きに納得もしている。

 バイト艦娘の面倒を見ていたとはいっても本格的な訓練を施すなどといったこともなく、教官職に就いた経験も無かったが、陽炎達が雪風と霞に向ける評価や期待は理解できた。

 そして彼女たちの真価を図るために相応しい卒業試験であるとも。

 

「輸送に警戒、護衛に突破……トライアスロンもびっくりね」

 

 思わず笑ってしまう、前代未聞と言っていい内容に。

 確かに第一駆逐艦養成所の艦娘は可能な範囲で軍のバックアップを受ける事ができる。だが今回は最大最高の協力と言ってもいいくらいのものだった。

 しかもそれを受けるのは二隻の駆逐艦だ、大規模すぎる卒業試験だと言うのに受けるのは二人。もしも雪風と霞に会うことがなければ何だそれはと怒っていただろう自分を容易に想像できる。

 

「佐世保、か」

 

 よく覚えているその場所。ここからは見えないというのに正しくその方角へ向けて視線を飛ばす。

 

 五十鈴もさも当然のように卒業試験で役割を負っていた、それは突破にあたる部分。

 佐世保の艦娘と協力し、試験突破最後の壁として雪風、霞の行く手を阻むこと。 

 

 正直な話、これを突破出来なければ合格出来ないというのなら合格させる気は軍部に無いのだろうと断じることが出来た。

 新人駆逐艦二隻に対して六隻、一艦隊をあてるというだけでも何の冗談だと笑ってしまうのにも関わらず、精鋭も精鋭。佐世保の主力がリストに記載されている。

 しかも相手をするのは軽巡、駆逐をメインとした水雷戦隊でもなく戦艦を据えた水上打撃部隊。はっきり言って良いのならば、これを企画した人間は気が狂ってると言っても良い。

 

 だが、そんなことはどうでもいいと頭を振る五十鈴。

 

「久しぶりに、会える」

 

 恩人とも憧れの人とも言える存在と久しぶりに会うどころか一緒に肩を並べられる。

 外海で深海棲艦と戦うためというわけじゃないことを残念とも思うが、些事だと五十鈴は笑顔を深めた。

 

「金剛、さん」

 

 呟いた名前。

 陽炎達と同じく、戦争初期から艦娘として海に立ち華々しい戦果を挙げた歴戦の兵。

 

 五十鈴が特別というわけではなく、金剛は多くの人間や艦娘にとって憧れの的でもあった。

 高い適性値に相応しい活躍、戦果を挙げ誰にでも優しく、時に頼もしい先達としての振る舞いは多くの艦娘を惹きつけたし、戦場とは縁のない民間人でさえ見目麗しく、華がある戦いをする彼女の名前を知らないもののほうが少ない。

 彼女が在籍している鎮守府は何時だって着任したい場所ナンバーワンであった。

 

 何より対馬防衛戦。

 あの厳しい戦いの中、金剛の存在に勇気づけられ最後まで戦い抜いたことは、誇りとなって多くの艦娘の胸に宿っている。もちろん、五十鈴にも。

 

「そう、久しぶりに……会えるんだ」

 

 五十鈴にとってこれは疑いようもない好機だった。

 返り咲くという言葉は正しくないが、それでも五十鈴にとっては再び前線に戻れるチャンスだったし、ここで逃してしまえば機会はまた巡ってくるかも知れないがこれほどじゃないだろうと思えるほどの。

 幸いと言うべきか、疑問を覚えるべきかは五十鈴にはわからないが、それも試験が始まる三週間前から連携を確認するという名目で向かうことが出来る。

 

「本当に、雪風と霞には感謝しなくちゃいけないわね」

 

 こんな機会を得られたのは間違いなくあの二人のおかげだ。

 認めている。あの二人は今まで見てきた駆逐艦の中で一等の原石だと。

 だからこそ共に戦場で戦いたいと強く願うし、二人が海を走る時、自分はまだこんな場所で燻っていたなんて許せない。

 

 なんとしても。

 なんとしてもこのチャンスをモノにして、ここから出る。

 

 心に決意を一つして、歩幅を大きく前へと進んだ。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 五十鈴が部屋から出て少し、緊張を解すように陽炎は小さく溜息をついた。

 

「お疲れ様、陽炎」

 

「おつかれさん。流石やね」

 

 同じく同席していた不知火と黒潮。苦笑いを浮かべながら陽炎を労う。

 そんな二人へジト目を送った後、もう一度息を吐きながら未だに半信半疑の卒業試験内容が書かれた書類へ目を向けた。

 

「っていうか本気なの? 確かに従来の第一駆逐艦養成所卒業試験では足りないと思ってたけどさ。準備良すぎるどころの話じゃないわ」

 

「そうね。私も未だに信じられないわ、どういうことなの黒潮」

 

 一つ増えたジト目から逃れようと頬を掻く黒潮はどう説明したものかと頭を悩ませる。

 

「まぁ、なんや。あの司令はんの御慧眼っちゅうことで」

 

 どこにここまで出来るほどの人脈というかマンパワーを持っていたのかと、未だに驚きを隠せない黒潮。

 

 実際これほどの準備を整えられたのは佐久島提督の尽力が大きい。

 もっと言うのであれば、この時期を指定したのも彼だったし、内容についてもほとんどのことを彼が決めている。

 

「あの司令が、ねぇ」

 

「にわかには信じられませんが……」

 

 黒潮の言うことを疑うわけではないが、いかな黒潮とてここまでの舞台を用意できるわけでもない。

 かと言って軍部が積極的に協力したわけでもないだろう、あまりにもコストがかかりすぎている。

 そういった面から考えても黒潮の言っていることは真実なのだろう、少し頭の中で考えを整理した後二人は佐久島司令への認識を改めた。

 

「でも輸送艦隊は呉から借りて? 最後は佐世保の艦隊も借りて? ……こんな試験なら私が受けたいし受けたかったわよ」

 

「同感です。雪風と霞が羨ましいわ」

 

 二人が受ける卒業試験の流れ。

 輸送艦隊の佐世保まで護衛といえばそれだけだが、内容が豪華としか言いようがない。

 

 まず佐久島のバイト艦娘、第一駆逐艦養成所艦娘による包囲突破。

 雪風と霞には伝えられることは無いが、航路途中の安全は呉鎮守府の艦娘が確保している中、輸送艦隊護衛の上で佐世保まで。

 最後には佐世保鎮守府目の前で二回目の艦隊突破演習。

 それを護衛艦隊損耗率80%、雪風、霞の損耗率50%までで完了させる。

 

 とてもどころか信じられないほど手厚く、そして厳しい卒業試験だった。

 

「まぁまぁ……ほんで? どこまでならいけると思うてる?」

 

「……まぁ、鬼門は佐世保との艦隊戦ね」

 

 陽炎の答えに不知火が頷く。

 合格が予め決まっていると知らなければ自分の首をかけてでも止めていただろうこの試験。

 

「最初の包囲突破と道中護衛は安心か?」

 

「霞次第ではあるけれど……問題はないでしょうね」

 

「あぁ、その霞ですが――」

 

 霞の宣誓とも言える告白の内容を不知火は話す。

 聞いた陽炎はにんまりと笑っていたし、黒潮は苦笑いしながらも納得といった様子。

 

「――正直、見惚れたわ」

 

「ええ、私も直接聞きたかったな。そうか、それでか……」

 

 陽炎は艦隊演習の後から目に見えて変わった霞を思い返す。

 鬼気迫ると言ってもいいだろう、霞は訓練により一層没頭するようになったし、訓練が終われば陽炎や五十鈴のもとへ勉強をと駆け込んでくるようになった。

 

 そうであれば霞はこの試験がまさに正念場でありスタートラインだろう。

 同期で同じ鎮守府へ着任することが珍しいというわけではないが、二人で一つといった扱いを築きそれを認められた上で着任することは難しい。

 同じ場所へ着任できたとしても役割や適性が検討された後別々の艦隊や管制下の泊地や場所へ振り分けられることのほうが多いのだから。

 

 故に霞は示さなければならない、我こそが唯一最大限に雪風と共に戦えるものであると。

 そしてその上で生まれるであろう雪風への指揮権を得る競争に勝ち続けなければならない。

 まさに霞は茨の道を歩むことになる。

 

「なんちゅうか……ほんま雪風の影響は凄いな」

 

 黒潮の言葉に全員が頷く。

 当の雪風に自覚は全く無い様子ではあるが、色々なことが変わった。

 

 たとえば睦月。

 トラウマ克服はほぼ完全に成ったと言えるだろう。今後どの鎮守府に着任したいかなんて相談をした時。

 

 ――私は、ここでバイト艦娘さんや新たに来るだろう艦娘の教官になりたいです。

 

 なんて、話を振った陽炎の目を真っ直ぐに見て言った。

 第一駆逐艦養成所再開の目処が立たない以上、佐久島もまた養成施設の一つとして挙げられるだろうことを見越した上でそう語った。

 腐っていた第一駆逐艦養成所艦娘の顔をあげることが出来た睦月だし、実力に申し分もない。

 陽炎はその場で自分の名前を使って選定部へ推薦すると約束した。

 

 今いるバイト艦娘もそうだ。

 ちょうど雪風と霞の卒業試験が終われば契約期間満了。

 あの艦隊演習を経ても尚正規の艦娘を志すと言っているものがほとんどで、恐らく八割方艦娘試験へと臨み来年には養成所へと入るだろう。再び会えるのが今から待ち遠しい。

 

「卒業試験、か……」

 

 呟いて瞑目する陽炎。

 合格が決まっているということは、陽炎の教官としての役目ももうすぐ終わりだ。

 

 その先どうするか。

 

「二人共、卒業試験が終わった後のことは考えているの?」

 

 果たして戦友たちはどうするのか。

 つい最近養成所提督よりの連絡では、陽炎型改二艤装研究がスタートしたとのこと。

 恐らく一年もすれば研究も終わり、自分たちは再び海に立てるだろう。しかしそれまでの間どうするか。

 

「あぁ、うちはここに残って司令はんの下で勉強させてもらうわ」

 

「そうなんだ……って。えっ!? あんたが!?」

 

 思わず立ち上がり大声が出てしまう陽炎。隣にいる不知火など何処からか取り出した綿棒で耳を掃除し始めている。

 

「そこまで驚かんで欲しかったなぁ……あと不知火は流石に失礼やって思うべきやで? まぁ自分のことながら、そう反応してまう気持ちはわかるけどな。けどそうやな、改二の話が来るまでそうするつもりや」

 

 まさかあの勉強嫌い不真面目上等なんとなくでいけるやろ筆頭格の黒潮が勉強すると言うなんて約十年一度もなかったと陽炎と不知火は顔に書く。

 

 しかしそう話す黒潮の顔に冗談は含まれていない。

 つまるところ。

 

「……本気なのね」

 

「せやな。まぁできるだけ危ない橋は渡らんよ」

 

 いまいち陽炎はその言葉の意味を理解しかねているが、不知火は言っているのだ。

 養成所司令に釘を刺されたはずだけど、と。

 

「なら止めないわ。けど、そうね。安心しなさい、私もここに残るつもりだから」

 

「安心出来る部分がないっちゅう話やで?」

 

「何? 不知火に何か落ち度でも?」

 

「なはは。嘘やって、ありがとうな」

 

「ちょっ!? ちょっと待って!? え? 何? 不知火も残るの?」

 

 流れ始めた穏やかムードを割るように慌てて言う陽炎。

 陽炎自身に幾つか思い浮かんだ選択肢、その中には佐久島に残るというものはなかった。

 だと言うのに何よりも絆深い二人は残るという。

 

「べ、別にここじゃなくても……!」

 

「陽炎」

 

 二人の選択を祝福したいという思いはある。

 いずれ別々の道を歩くのだろうというぼんやりとした考えもあった。

 

 しかし、それが今だとは思っていなかった。

 

「あの寮で過ごしていて感じた、軍と民間人の間にある違い。埋めることは出来ない、けど取り持つことは出来ると思うの」

 

「取り持つ……?」

 

「ええ。私なら出来る……とは言わない。けど、長く軍で過ごして民間人だった自分というものが希薄になった今だからこそ、私は思い出さないといけないと思う」

 

 非日常を日常と捉えてしまう悲しさ。

 不知火がバイト艦娘寮で過ごした日々はまさしく非日常だった。しかしそれは民間人にとってかけがえのない日常。

 甘味の味は知っていた。だが甘味の楽しみ方は忘れていた。

 

「もう一度、見つめ直したいの。私達が守っているもの、忘れてはいけないものを」

 

「……そっか」

 

「もちろん、改二実装となればすぐに海へ戻るつもりよ。だから安心して、あなたを一人ぼっちにするつもりはない」

 

「せやで陽炎。うちらにとっては陽炎が何より大切や、うちら三人の間に生まれたもんが何より大事や。それをより強うするために、こうするんや」

 

 不知火と黒潮は笑顔のままだった。

 また一緒に戦えることを信じて疑わない目だった。

 

 いつまでも、いつからか今までずっと知っている二人のままだった。

 

「そっか……。そっかそっか! うん、わかったわ! 気張ってらっしゃい! 私も、頑張るわ!」

 

「よっしゃよっしゃ! 陽炎にそう言われたら気張らんとあかんな! やったるわ!」

 

「ええ、任せておいて」

 

 さらなる高みは今だ見えず。

 千里の道も一歩から、しかし孤独に歩む道に光はなし。

 

 今ここで道は別れど、再び交える時を夢見て歩く。

 

 ここにいる誰もが明るい将来なんて信じていない。

 しかし、将来を明るくしてみせると強く強く決意した。

 

「よぉっし! それじゃ、いっちょ最後に気合いれますか!」

 

 



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