家庭教師PRINCIPESSAユニ! (霧ケ峰リョク)
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日常編
プロローグ


頭の中のアイディアを吐き出したくて作った作品です。
取り敢えず以前の作品のリメイクみたいなやつです。
ちなみに難易度はハードです。


「なぁユニ、本当に良いのか?」

 

 イタリアにある空港、ボルサリーノを被った黄色のおしゃぶりの赤ん坊が椅子に腰かけていた。

 その視線の先には一人の少女が立っている。

 黒色のおかっぱ尻尾の髪型ま蒼い双眸、そして左頬の五弁花の痣が特徴的な少女で、その容貌は紛れもなく美少女だった。

 

「はい。リボーンおじさま」

 

 黄色の赤ん坊────リボーンの問いに五弁花の痣の少女────ユニは凛とした態度で答える。

 

「今回の仕事はオレが引き受ける筈だったものだ。確かに日本は平和だがな、お前一人だと危険じゃねぇのか?」

「確かにその通りかも知れません。ですがボンゴレ10代目、その候補の家庭教師(かてきょー)。私が行きます。それに、私が今イタリアに居てはお母さんを困らせちゃいますから」

「…………そうか」

 

 ユニの力強い言葉にリボーンはこれ以上何も言う事が出来なくなる。

 今言った通り、本来ならば自分が受ける仕事だった。正確には仕事の依頼として正式に受理する前なのだが。

 ボンゴレファミリーはイタリア最大のマフィア。どんな仕事でもボンゴレが最優先になる。

 それは他のファミリーの依頼の途中であってもだ。その事はボンゴレ傘下のファミリー全員が理解しているし、リボーンもそのつもりだった。

 

――――そう、そのつもりだったのだ。

 

 想定外の事態が起こり、リボーンは現在家庭教師を務めるファミリーから離れられなくなったのである。

 ボンゴレ10代目候補の家庭教師。それも今は依頼人であるボンゴレ9代目から保留にしてほしいと言われ、暫くは事態の解決に努める事になった。

 そして家庭教師としてリボーンの代わりにユニが送られる事となった。

 尤も、家庭教師といってもそれは建前であり、実態は平和な日本に避難すると言う事なのだが。

 

「悪いな、ユニ」

 

 本来ならば彼女は自らのファミリーで過ごしていた方が良いのかもしれない。

 しかし、とある事情から彼女のファミリーはユニの存在を知らない。それどころかユニの事を知っているのは裏社会でも数人だろう。そういった事情も含めて、今のイタリアに居るよりは日本に居た方が安全だった。

 

「色々と窮屈な思いをさせちまうが我慢してくれ」

「いいえ、大丈夫ですよおじ様」

 

 リボーンの謝罪にユニは笑みを返す。

 彼女は此方の事情を全て理解した上で、一人で行くと言っている。

 とはいえ、ボンゴレ10代目候補は年頃の男子だ。そんな輩が住んでいる所に何も持たせず行かせるのはイタリア男としてどうだろうか。

 そう考えたリボーンはボルサリーノの上に乗っていた緑色のカメレオンをユニに預ける事にした。

 

「形状記憶カメレオンのレオンだ。お前に預けとくぞ」

「えっ、良いんですか?」

「ああ。オレからの餞別だ。後はこれも受け取れ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべながら、リボーンはユニにあるものを渡す。

 

「オレの方もなるべく早く日本に行くつもりだ。それまでの間、家庭教師…………頑張れよ」

「――――はいっ!!」

 

 激励を受け止めて、ユニはリボーンに背を向けて歩き出した。

 

   +++

 

 今日も今日とてダメライフだ。

 学校をサボって帰宅し、自室に戻った綱吉は溜め息を吐く。

 勉強はダメ、運動もダメ。何も無い所で転ぶのは当たり前。犬や猫の尾を間違って踏んでしまい、それが原因で追いかけ回されるのは日常茶飯事。

 自他共に認める劣等生、付けられたあだ名はダメツナと正に言葉の通りとしか言いようが無かった。それでも毎日並盛中学に通っていたのはクラスのマドンナにして憧れの少女、笹川京子が居たからだ。

 尤も、持田先輩と一緒に居るのを見て付き合っているという噂が事実だった事で、学校に居る意味すら無くなったわけなのだが。

 

「ツッ君。今日学校から電話があったわよー」

 

 ベッドに横になり、スナック菓子を食べようとした瞬間、綱吉の耳に母親の沢田奈々の声が耳に届く。

 

「また途中でサボって…………将来どうするつもりなの?」

「別にぃ…………」

 

 ダメツナなのだ。何をやったってどうせ上手くいくわけがない。

 このまま将来もダメライフを送るのだろう。そう考えていると扉の前に来ていた奈々が部屋に入って来た。

 

「ちょっ、勝手に入って来るなよ!!」

「別に良い大学に行け、とかそういう事を言っているわけじゃないのよ。退屈そうに暮らしていても一生、楽しく暮らしても一生なのよ。同じ一生なら生きているって素晴らしい! って感じながら生きていてほしいのよ」

「…………よくそんな恥ずかしい台詞が言えるよな」

 

 臆面も無く恥ずかしい台詞を言った母親に冷ややかな視線を向け、それから視線を逸らす。

 

「別に今すぐやれと言っているわけじゃないわ。ただそういった目的があったらツッ君だって私の言っていることが分かるわよ。ほら、あの人の子どもなんだから」

「ん…………」

 

 話から察するにあの人とは間違いなく父さんのことを言っているのだろう。

 奈々の口から出たあの人という言葉を聞いて綱吉は顔を顰める。

 沢田家光――――母親である沢田奈々の夫で、綱吉の実の父親だ。

 普段からいい加減な面が目立っていて正直苦手な人だったが、今から一年前に唐突に蒸発した。

 当時の奈々は星になったと言っていたが、その理由は今ならば何となく分かる。

 その事から綱吉は家光に対する印象はあまり良くない。いや、最悪といっても過言ではなかった。

 正直な話、何で今も母さんが父さんの事が好きなのか全く理解出来ない。

 綱吉が心の中でそう思っていると、奈々は懐から一枚の紙を取り出す。

 

「あ、そうだったわ。ツッ君。家光さんから手紙が来てるわよ」

「あいつ蒸発したんじゃなかったのー!?」

 

 奈々の言葉に綱吉は叫ぶようにツッコミを入れる。

 

「蒸発したのなら私は専業主婦やってないわよ」

「た、確かに…………でも、何で蒸発しただなんて」

「家光さんが言ってたのよ。その方が浪漫があるって。それで今は海外で働いてるのよ」

 

 目を輝かせながらそう言う奈々を見て、綱吉は一人納得する。

 あの父親にしてこの母親あり。仲が良いのは至極当然の結果なのだろう。

 内心呆れながらも、綱吉は奈々から差し出された家光からの手紙が入った封筒を受け取り、その内容に目を通す。

 

『ツナヘ。

 元気にしているか? 父さんは大丈夫だ。本当は奈々やツナの顔が見たいんだがあまり家に帰る事が出来なくてなぁ。

 本当は長々と今までの気持ちを伝えたいところなんだがな。

 手紙とはいえ話が長くなるのは嫌だろう?

 だから手短に纏めようと思う――――ツナ、誕生日おめでとう。

 この手紙が届く頃には多分過ぎているとは思うが気持ちだけ受け取って欲しい。

 それと俺が戻るまでの間、奈々を頼むぞ』

 

「…………こんな手紙じゃなく、電話とかでも良いだろ」

 

 不貞腐れながらも、あのちゃらんぽらんな父親がちゃんと自分の誕生日を覚えていた事――――その事実は素直に嬉しかった。

 浪漫とかほざいて自分にだけ何も知らせずに何処かに行った事は今でも許せる気がしないが。

 

「だけど、父さんも頑張ってるんだな…………」

 

 綱吉は家光に対する評価を改めて上方修正する。

 少なくとも頑張って仕事をしているのは事実だし、忙しくて会えないというのも本当の事なのだろう。

 そう考えながら手紙を見ていると、封筒の中に何か小さい物が入っていることに気が付く。

 

「ん…………何だこれ?」

 

 封筒を逆さにして、入っていた何かを手のひらの上に落とす。

 中に入っていたそれはチェーンが通されたオレンジ色の小さい石が付いた指輪だった。

 

「もしかして誕生日プレゼント?」

 

 だとするなら普通にゲームの方が良かった。

 そう思いながらも綱吉はチェーンが付いた指輪を首から下げる。

 その際に奈々に「似合ってるわよ」と茶々をを入れられ、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くする。

 

「あ、ツッ君。今日家庭教師の先生が来るの」

 

 奈々の口から語られた言葉に赤かった顔色が一瞬で青くなった。

 

「家庭教師!?」

「今朝ポストにチラシが入っててねー。お子様を次世代のニューリーダーに育て上げます。学年、教科は問わず。ユニ――――って書いていたのよ。ステキでしょ?」

「胡散臭いよ!」

 

 冗談ではない。ただでさえ学校の授業を聞いているのが嫌だというのに、どうして家の中でも勉強をしなくてはいけないのだ。

 そう考えた綱吉は何とか家庭教師を拒否しようと、御世辞にも良いとはいえない頭で思考を巡らそうとするが――――。

 

「あの人も外国で頑張ってるんだし、ツッ君も頑張らなくちゃ」

「うぐっ」

 

 奈々の言葉に反論する言葉を失ってしまった。

 もし、その事を知らないでいれば家庭教師なんか無駄、どうせ何をやったって無駄だと答えただろう。

 だが家光も外国で一人頑張っている。そう言われれば少しは見直したとはいえ、父親に対する対抗心から負けてたまるかという気持ちが湧き上がってくる。

 とはいえ、自分でも分かる通りダメツナだから何も言う事が出来ないでいた。

 何も口にせず、一人唸っているとピンポーンとチャイムの音が鳴った。

 

「あら、もう来たのかしら?」

 

 奈々はそう呟きながら綱吉の部屋を出て階下に移動する。

 少し遅れて綱吉も、このままでは家庭教師をつけられることになると思い出し、何とかお引き取り願おうと思いながら奈々と同じように階段を降る。

 しかし時既に遅く、先に降りた奈々が玄関の扉を開けた。

 

「こんにちは。はじめまして」

 

 扉を開けた先に立っていたのは一人の少女だった。

 黒色の髪を尻尾のように伸ばした蒼い瞳の外人の少女、その左頬には五弁花のような痣がある。

 奈々に遅れて下に降りて来た綱吉は、家庭教師を追い返そうという目的を忘れて、少女の笑顔に見惚れた。

 

「私はユニと申します。此方の家に家庭教師として参りました。よろしくお願いします」

 

――――これは、少年がマフィアのボスになるまでの御話。




家光は手紙でも送っていれば、ツナにそこまで嫌われなかったと思う。
リボーンキャラは割と年齢不詳なのが多いですから、ブルーベルとかユニとか。
割とどうなってるか気になります。

*本文を追記しました。


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家庭教師ユニ

今回はお色気回です。
今更ながらまともなお色気回なんて書いたこと無かったなぁ…………(過去を思い返しながら)

むしろ男の方が酷い目にあっているような気が…………。


 綱吉の自室にてユニは座布団の上に座り、テーブルの上にあるお茶に口をつける。

 

「このお茶、美味しいですね」

「よ、良かったよ…………」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら出されたお茶の感想を言うユニに対し、対面する綱吉はガッチガチに緊張していた。

 ガールフレンドはおろか、友達すら居ない綱吉は今まで自分の部屋に家族以外の人間を招いた事は無い。そんな中、自分の家庭教師と自称する少女が唐突にやって来たのだ。

 別にコミュ障というわけではない。だが全く緊張しないわけではなかった。

 こんな事になるならちゃんと部屋を掃除しておけば良かった、そう考えて酷く後悔する。

 そんな綱吉の心情を察したのか、ユニは心配そうな顔をして話しかけてきた。

 

「どうかしましたか?」

「えっ!? いや、何にも無いから!!」

「それなら良いんですけど…………」

 

 此方の顔を覗き込むように視線を向けてくるユニに綱吉は顔を真っ赤にする。

 改めて近くで顔を見ると本当に可愛い。

 学校のマドンナである笹川京子が太陽ならば、ユニは虹だろうか。

 とても綺麗なのに少しの間しか存在しないような、そんな神秘的な儚さを眼前に座る少女から感じた。

 

「さて、と。改めて自己紹介をしましょうか。私はユニ・ジッリョネロと言います。沢田さんの家庭教師として来ました。それで、こちらがカメレオンのレオンです」

「ご、ご丁寧にどうも。オレは沢田綱吉────って、そうじゃない!」

 

 ユニが放つ優しく包み込まれるような雰囲気に流されそうだったが、綱吉は堪える。

 

「家庭教師なんていらないよ。それにユニってオレと同い年なんだろ?」

「そうなんですが…………一応大学も卒業してますので問題無いですよ」

「いや、そういうんじゃなくて」

「それに私は沢田さんに用事があって日本に来たんです」

「オレに用事?」

 

 見るからに日本人ではない少女が、初対面である筈の彼女が一体自分に何の用があるというのだろうか?

 そう考えながら温かいお茶を啜る綱吉に答えるかのようにユニはゆっくりと口を開く。

 

「イタリア最大最強のマフィア、ボンゴレファミリー。その10代目として選ばれた沢田綱吉さんを立派なボスとして教育すること。それが私がこの日本にやって来た理由なんです」

 

 ぶふっ、と綱吉は口からお茶を噴き出す。

 

「ゲホッ……ガハッ………おぇ……」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 飲んでいたお茶が気管に入り、綱吉は激しく咽せる。

 それを見てユニが心配そうに声をかけて来たが全く耳に入らなかった。

 

「ま、マフィア…………!?」

「はい────」

 

 困惑する綱吉にユニは説明を始める。

 伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれるイタリアの最大手マフィアグループ、ボンゴレファミリー。

 現在、組織のボスであるボンゴレ9代目は高齢であることを理由に引退し、ボスの座を10代目に継承する事を決めた。

 しかし、不幸なことに10代目候補の三人が命を落としてしまい、日本に居る綱吉にボスとしての白羽の矢が立ったのである。

 

「どうしてオレがっ!!?」

「沢田さんの家系はボンゴレⅠ世、初代の直系の末裔だからです」

 

 説明を聞いて混乱する綱吉にユニは補足を入れる。

 

「元々自警団だったボンゴレファミリーを創設したボンゴレⅠ世は早々に引退し、日本に隠居したんです。そしてその子孫が沢田綱吉、貴方なんですよ」

 

 奈々が淹れたお茶を飲みながらユニは一息つく。

 それに対し綱吉は狼狽していた。と、いうより話の内容が受け入れられなかった。

 マフィアのボスの家系で、自分は次期10代目候補。

 まるで嘘としか思えないようなふざけた話だ。

 だからこれは彼女が自分を脅かす為の嘘なのだろう。

 そう自分に言い聞かせようとする綱吉にユニは懐からある物を取り出して前に置く。

 黒く鈍く光る拳銃と弾丸だった。

 

「んなぁ────!? 本物ぉ!!?」

「はい。ただ弾の方は実弾ではなくボンゴレファミリーに伝わる特殊弾、名を死ぬ気弾と言います。これを眉間に撃たれたら死ぬ気になって蘇ると聞いてます」

「そ、そんな説明はどうでも良いから!!」

 

 綱吉は確信した。彼女は嘘を一言も言っていないと。

 流石に死ぬ気弾の辺りは胡散臭いもののマフィアの部分については本当の事なのだろう。

 

「冗談じゃない…………!」

 

 自分はマフィアのボスになんかなるつもりは無い。

 そう彼女に言おうとしたところで、いつのまにか近くに移動していたユニが自身の手を掴んだ。

 

「別に今すぐなれとは言いません。後を継ぐのか、継がないのかなんていうのはもっと経験を積んで、それからで良いんです。私としては、沢田さんに10代目になってもらいたいんですけどね」

「ゆ、ユニ…………」

 

 ユニの言葉を聞いて、綱吉は落ち着きを取り戻す。

 まるで自分の心を見透かしているみたいだ。だからこそ欲しい言葉を言ってくれる。

 だが、それでも綱吉の答えは変わらなかった。

 

「オレは…………マフィアのボスにはなるつもりはないから」

 

 元々が自警団だったとしても今は犯罪組織でしかない。

 どれだけ強大な組織なのかは知らないし、どれだけお金があろうともそんなものを継ぐ気は欠片も無かった。

 とはいえ、それをユニに向かってはっきりと言うつもりは無かった。

 この話を持って来た彼女がマフィア関係者だというのは言わなくても分かる。

 だからといって初対面の人間である目の前の少女相手に暴言を吐く気も蛇蝎の如く嫌う気も欠片も起こらなかった。もし来たのがもっと乱暴な人間だったならば反抗的にもなっていただろうが。

 

「そうですか…………分かりました」

「…………良いの?」

「私はあくまで家庭教師。生徒を教え導くのが仕事です。沢田さんならきっと良きボスになれるとは思いますが、本人の意思が何より大切だと考えています。だから、私は沢田さんの意思を尊重します」

 

 ユニの言葉に綱吉は言葉を失った。

 まさか素直に諦めてくれるとは思わなかった。いや、決して諦めたわけではないのだろうが、あくまで決定権は自分にある。彼女はそう言っていた。

 思えば、こうして自分の意思を尊重してもらえたのは初めてだろうか。

 ならばユニもこのままイタリアに戻るのだろう。そのことに奇妙な寂しさを感じながらも、平穏が保たれは事に綱吉は安堵する。

 だがユニは帰る準備をする事なく、ここに来る際に持って来ていたスーツケースから数冊の本を取り出す。

 

「それじゃあ、早速授業に入りましょうか」

「えっ? 帰るんじゃないの?」

 

 ユニの発言に困惑を隠せず、綱吉は目を丸くして尋ねる。

 

「帰らないですよ。沢田さんがマフィアのボスになるつもりがなくても、私は貴方の家庭教師としてここに来たんですから」

 

 その言葉に綱吉は言葉を失う。

 

「これからよろしくお願いします!」

 

 笑顔でそう言った後、此方に手を差し出すユニ。

 差し出されたその手をつい反射で取ってしまい、二人は握手を交わした。

 

   +++

 

「────今日はここまでにしておきましょう」

「あば、がががががが…………」

 

 ユニが授業の終了を告げて、綱吉はテーブルに顔を突っ伏す。

 頭から煙が上がりそうな程辛い時間だった。

 飛び級をしていると言うだけあって、ユニは非常に頭が良かった。

 それだけじゃない。教える事でさえ学校の教師よりも上だ。分からないところがあればどうしてこうなるのか、どのようにすれば解けるようになるのか。ダメツナにも分かりやすいように懇切丁寧に教えてくれる。

 とはいえ、勉強が苦手な綱吉にとってこの勉強の時間は拷問にも等しかった。

 

「続きは明日にしましょう。それでは、失礼します」

 

 動けなくなった綱吉にそう告げるとユニは部屋から去っていった。

 ようやく勉強から解放された。その事実に心底安堵する。

 分かりやすいのは事実だったし、可愛い女の子と一緒に居れるのは役得だ。が、だからといってこんな時間が毎日続くのは御免だった。

 顔を突っ伏してから約三十分ぐらいの時間が流れて、綱吉はようやく身体を起こす。

 

「…………つ、疲れた」

 

 もう何も考えたくない。

 覚束ない足取りで階段を下りる綱吉はそのままお風呂場に直行する。

 憧れの女の子が先輩と付き合っていたりや自分がマフィアの10代目候補だったり等、今日一日だけで一生分の驚きを味わった気分だった。

 こんな日はとっととお風呂に入って疲れを取りたい。

 そう考えながら綱吉は服を脱ぎ捨てて風呂の扉を開けた。

 浴室の中にはユニが居た。

 

「――――えっ?」

「は――――っ?」

 

 二人の同時に間の抜けた声を出す。

 一体なんでユニがお風呂場に居るのか、そう言葉に出すよりも先に彼女の今の状態が視界に飛び込んでくる。

 お風呂場に居るのだからユニは裸であり、対する綱吉もまた裸だ。

 互いの視線が交差する。視線の先にあるのは互いの一糸纏わぬ姿だった。

 

「――――ッ!!?」

 

 ユニの顔が一瞬で茹蛸のように真っ赤に染まる。

 

「ぶふっ――――!!」

 

 刺激が強かったのか、綱吉は鼻から盛大に鼻血を噴き出してそのまま気絶した。

 この後、二人は顔を気まずい中、顔を真っ赤にして夕食を食べる事になるのは語るまでも無い話である。



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一意攻苦ダメツナ

今回はちょっとグロ描写多めです。
そして今回から難易度ハードでいきます。


 並盛には二つの中学校が存在する。

 一つが並盛中学校、もう一つが黒曜中学校だ。

 どちらも不良が多い為、実質的にはそこまで大差は無いが黒曜中の方が治安が悪い。

 その為、黒曜中の制服を身に纏った不良が町を我が物顔で闊歩していた。

 そして人気の無い裏路地に三人の不良が一人の男を囲んでいた。

 

「おい翔ちゃん。こいつ、ピエロだぜ」

「スゲェ。マジ受ける」

「おい。何か芸やれよ」

 

 三人の不良は道化師の装いをした男を囲みながら詰め寄っている。

 その手にはそれぞれ木刀や斧などの武器を持っている。

 

「つまらなかったら有り金全部貰うからな」

 

 そう言い放つ翔ちゃんと呼ばれた男。

 当然だが道化師が面白い芸をしようが最初から金を巻き上げるつもりだった。

 

「良いヨ! 本当ハ人を探してるんだけド、僕ハ笑イが大好キだからネ!!」

 

 不良達の思惑を知ってか知らずか、道化師はニッコリと笑みを見せる。

 そんな道化師の態度を見てニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる。

 

「じゃア! 行くヨ!!」

 

 道化師がポケットに手を突っ込み、あるものを取り出す。

 それは刃の部分が赤い炎で燃え盛っているチェンソーだった。

 

「はっ?」

 

 ポケットから巨大なチェンソーが出て来るという、質量保存の法則を無視したそれに不良達は呆気に取られる。

 道化師は固まった不良達に稼働したチェンソーを思いっきり振るった。

 血飛沫が舞う。肉が弾ける。骨が砕ける。コンクリートの大地が真っ赤に染まる。臓物が地に散らばる。

 二人の不良の身体が斜めに崩れ落ちた。

 

「う、うわぁあああああああああああ!!」

 

 一人だけ無事だった不良が仲間達が物言わぬ亡骸となったことを理解し叫ぶ。

 

「ダメだヨ。笑わなきゃァア」

 

 恐怖に顔を歪める不良にそう告げると零れた不良の臓物を口の中に押し込んだ。

 突然口の中に人間の、それも友人の臓物を詰め込まれた不良は吐き出そうとする。

 しかし、強引に押し込んでくる道化師の力には敵わず、そのまま壁に押し付けられる。

 

「あラ? 愉しくなイ? じゃあ――――」

 

 涙を流しながら抵抗を続ける不良に対しそう告げると、道化師は無表情になる。

 

「死ぬしか無いネ」

 

 道化師は赤く燃えるチェンソーを不良の腹部に宛がう。

 これから何をされるのか、それを察した不良は「止めて」と言おうとする。

 だが口は臓物によって塞がれており、くぐもった呻き声しか出すことが出来ない。

 

 そして――――。

 

 

   +++

 

 ユニ・ジッリョネロが沢田家にやって来てから三日の時が流れた。

 初日に起こった出来事の後、綱吉とユニは暫くの間ギクシャクしていた。

 尤も、それも当然の話。不可抗力とはいえ年頃の同世代の男子女子が互いの裸を見てしまったのだから。

 それも互いに産まれて初めて見る家族以外の異性の裸だ。

 ドギマギしないわけがない。それでもいつまでもこのままというわけにはいかず、何とか元の調子を取り戻したが。

 

「うぅ…………」

 

 それでもふとした拍子に、意識した際にユニの裸を思い出してしまう。

 学校の教室。自分の机の上に綱吉は顔を突っ伏す。

 まさか自分の家に一緒に暮らす事になるとは思わなかった。

 三日前。何とか平静を取り戻したユニの説明を思い返しながら溜め息をつく。

 綺麗だった。本当に綺麗だった。美しいという言葉以外浮かんでこない程にユニの白い素肌は綺麗だった。

 脳裏に浮かんだユニの裸の記憶を綱吉は何とか脳の片隅に追いやる。

 あそこまで強い衝撃があればそう簡単には忘れられないだろう。と、いうか忘れる事が出来ない。

 

「うぐぅ…………」

「よぉダメツナ。何をそんなに唸ってるんだ?」

 

 今も脳裏に浮かぶユニの裸体に一人悶えていると、クラスメイトが話し掛けて来た。

 

「い、いや! なんでもないよ!!」

「紛らわしいんだよ。ま、大方昨日やったテストが今日帰ってくるから唸ってたんだろ?」

「違いねぇ。ダメツナだしな」

「は、はは…………」

 

 割と失礼な事をクラスメイトの二人に言われながらも綱吉は何も返せなかった。

 ダメツナの通りであるし、何より昨日やったテストについてもあまり記憶に残っていない。昨日一日は煩悩のせいでまともに集中出来ていなかったからだ。

 そうしていると教室に教師が入ってくる。

 席を離れていた生徒達は自らの座席に座った。

 

「では、前日のテストを返すぞ」

 

 その言葉と共に名前を呼ばれて、テストが返却されていく。

 返されたテスト用紙の点数を見て一喜一憂する中、綱吉の名前が呼ばれた。

 どうせ今回も散々な結果なのだろう。

 そう思いながら教団の前まで移動し、テストを受け取ろうとする。

 だが教師はテスト用紙を渡す事なく、神妙な面持ちで一言。

 

「…………沢田。体調が悪いなら遠慮せずに言うんだぞ」

「えっ?」

 

 唐突に心配する素振りを見せた教師の態度に困惑しながらも綱吉は返されたテストに視線を向け、瞬間凍り付いた。

 テスト用紙にはペケが一つも無く、その全てが赤い丸で点数欄には100と書かれた数字があった。

 頬を抓る。痛かった。夢ではなかった。その事実に綱吉は思いっきり目を見開く。

 

「どうしたんだよダメツナ。悪い点数だったのか?」

「まぁダメツナだからな。0点でも驚かない────」

 

 テストの点数を見て立ち尽くしている綱吉の背後に二人の同級生が現れ、ツナの持っているテストを覗き込む。

 瞬間、覗き込んでいた二人が絶望の叫びを上げた。

 

「あ、あのダメツナが満点だと!!?」

「嘘だ…………嘘だぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 かなり失礼な叫びと共に綱吉がテストで満点を取った事が教室中に響き渡った。

 

   +++

 

「つ、疲れた…………」

 

 綱吉は疲弊しきった表情で帰路につく。

 テストを受け取った後、教室中が騒ぎに包まれた。

 その際に満点を取れたのはカンニングをしたからだ等と因縁をつけられたりもしたが、カンニングはしていないことを教師から保証されたので問題は無いという事になった。

 尤も、納得していない者は綱吉に対し非難がましい視線を向けていたが。

 

「でも…………」

 

 百点満点のテストを手に取って笑む。

 

「こんなダメツナでも、頑張れば百点取れるのか」

 

 勿論、自分一人ならここまで良い点数なんか取る事は出来なかっただろう。

 それどころか全く逆の結果になっていたかもしれない。

 

「これも全部、ユニのおかげだな」

 

 ユニに心の底から感謝しながら綱吉は足早に家に向かう。

 正直な話、最初は家庭教師に対して否定的だった。だがこうして結果に現れるのならむしろこのまま続けた方が良いとすら思えてしまう。

 どちらにせよ、ユニのおかげで満点が取れた事を教えなければ。

 そう思いながら歩いていた時だった。

 

「そこの生徒、少し止まれ!」

 

 何者かが声を掛けてきたのは。

 声をかけられた事で綱吉は思わず反応して足を止め、声が聞こえて来た方向に視線を向けてしまう。

 そこに居たのは黒い学ラン服姿のリーゼントヘアーの男だった。

 若干古臭く感じるその装いは並盛中学校の風紀委員会の証明だった。

 尤も、風紀と書かれた腕章を付けているから風紀委員なのは確かなのだが。

 

「えっ、は、はい!」

 

 急に呼び止められた綱吉は困惑する。

 風紀委員会と言われているが、実際のところ並中最強の不良とその配下達だ。

 一体どんな因縁を付けられるか分かったものじゃない。

 綱吉か恐怖に震えていると、風紀委員の男は綱吉に近寄る。

 

「すまない。怪しい人影は見なかったか?」

「怪しい人、ですか? えっと、すみません…………見てないです」

「そうか。最近ここら辺りで不審者が目撃されていてな。なんでもチェンソーを片手にピエロのような恰好をしてこの辺りを徘徊しているらしい」

 

 話を聞くだけで不審者、否、それを通り越して危ない人だ。

 見聞きした印象だけで綱吉はそう思ってしまう。

 

「もしそれらしい人影を見掛けたら風紀委員会に報告してくれ」

 

 風紀委員の男は最後に「呼び止めてすまなかった。では、気を付けて帰ってくれ」と残して立ち去っていく。

 不良っぽい外見に反して意外と良い人だったのかもしれない。

 綱吉は安堵の溜め息を漏らしながら歩き始めた。

 元々途中まで歩いていた事もあり、自宅に到着するのに十分も掛からなかった。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい沢田さん」

 

 扉を開けて中に入るとユニが出迎えてくれた。

 

「母さんは?」

「お買い物に行ってくると言ってました」

「そっか…………」

 

 出来れば満点のテストを見てもらいたかったのだが、居ないのならば仕方がない。

 そう考えながら綱吉はテストをユニに見せる。

 

「百点満点。凄いじゃないですか!」

「ユニが勉強を教えてくれたおかげだよ。教えてもらえなかったら絶対に取れなかったよ」

「そんな事はありません。私がやったのは分かりやすく教えただけ。それを覚えてこの点数を取る事が出来たのは沢田さんの力です」

 

 自分が満点のテストを取ったことを、まるで自分の事のように喜ぶユニ。

 綱吉はそんな彼女の振る舞いを見て嬉しくなる。

 ユニはそう言っているが、やはり満点を取る事が出来たのは彼女のおかげだ。

 

「それじゃあ、この成功を無駄にしない為にも勉強を頑張りましょう!」

 

 ユニの発言に綱吉は乾いた笑みを浮かべる。

 だが、不思議と悪い気はしなかった。これから先もこんな日常が続いていくのだろう。そう思ってしまうくらいには心地良いものだった。

 とはいえ、本音を言えば勉強をするのは嫌なのだが。

 内心少しだけ嫌がりながらも、綱吉はユニと一緒に自室に戻り勉強をしようとする。

 その瞬間だった――――ブォオオオンという音が背後にある扉の外から聞こえたのは。

 

「っ、沢田さん!!」

「えっ――――うわぁ!!」

 

 何かしらの稼働音のようなものが聞こえた瞬間、ユニは血相を変えて綱吉の腕を掴み引っ張った。

 突然腕を引っ張られた綱吉はバランスを崩して転倒し、そのままユニを押し倒してしまう。

 

「いきなり何を」

 

 するんだ――――そう口に出すよりも先に後方の扉がバラバラに切り裂かれた。

 カランカランと軽い音を立てて複数の欠片になった扉は玄関に散らばる。

 

「もしもし、モスィモースィー?」

 

 扉だったものを残骸に変えたモノを、チェンソーをふかしながら家の中に入って来る。

 白い化粧で顔を隠し、赤い鼻に奇抜なメイク。一見、それは道化師(ピエロ)にしか見えない。

 

「キミ達がボンゴレ10代目とジッリョネロの10代目デー、あってマスよネ?」

 

 だが、その道化師が観客を楽しませる気が無いのは一瞬で理解できた。

 その手に持っているチェンソーと、道化師の狂気に歪んだ笑みを見れば――――!

 

「…………殺し屋(ヒットマン)、マッドクラウンですね」

 

 ユニが道化師に対しそう言い放つと、道化師は口元に弧を描く。

 

「クヒヒハヒヒ!! その命! 貰いマース!!」

 

 道化師、マッドクラウンは喜悦に顔を歪めながらチェンソーを振り上げる。

 可動音を鳴らしながら刃を回転させるチェンソー。すると刃の部分が赤く燃え上がり始めた。

 

「う、うわぁああああああああ!?」

 

 自らに向けて振われようとしているチェンソー、そしてその所有者であるマッドクラウンからの殺気に綱吉は悲鳴を上げる。

 だがその刃が綱吉とユニに振るわれるよりも先に、ユニが懐から何かを取り出した。

 それは手の内に収まるような筒――――閃光弾(スタングレネード)だった。

 

「耳と目を閉じて下さい沢田さん!!」

 

 ユニはそう言うとスタングレネードを床に叩きつける。

 瞬間、世界が光に包まれた。




Q.ユニが家庭教師なら死ぬ気弾とか使わないんじゃないの?
A.死ぬ気弾を使わなければいけない状況に追い込めば良いのです。

原作でも日常編でも暗殺者とかを差し向けられてたりしますしね。

ちなみに、次回のヒント。
ツナは甘くて非常になれずマフィアのボスには向いていないと言われていますが、だからといって手を汚していないわけではないです。


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死ぬ気ツナ

すみません、長くなってしまいました。
そして今回で終われませんでした。多分次回で終わりになります。


「残念――――逃げられタ」

 

 スタングレネードによる強烈な光と音が収まってから十数分。

 ようやく感覚を取り戻したマッドクラウンは苛立ちで顔を歪める。

 

「だけド、そう遠くまでハ行けてイなイ」

 

 あの時、家の中でスタングレネードを使うという暴挙に出たジッリョネロの10代目ならば兎も角、ボンゴレの10代目は丸腰で何の対策もしていなかった。

 と、いうことは自分と同じようにまともにスタングレネードの餌食になったのは間違いない。そしてそんな状態で遠くまで行ける程、平和ボケしている日本で暮らしていたボンゴレ10代目は慣れていない。

 

「しょうがナい、探し回ルか」

「見つけたぞ不審者!」

 

 逃げ出した二人を追おうと沢田家から出たマッドクラウン。

 そんな彼に声を掛けてくる者が居た。学ラン姿のリーゼント頭の学生、道化師は知らない事だが、ついさっき綱吉に不審者が居ないかを聞いた並中風紀委員会の生徒だった。

 

「見るからに怪しい奴だとは思っていたが、そのチェンソーに切り刻まれた扉! この並盛で狼藉を働く不届き者だったとは…………絶対に許さん!!」

 

 風紀委員の男子生徒は構えを取る。

 

「並盛中風紀委員会所属、館山建都!! 空手で鍛え上げた俺の力を――――」

「邪魔だヨ」

 

 並盛の風紀を乱す悪党を倒そうと、道化師に攻撃を仕掛けようとした風紀委員の男子生徒に振るわれる燃え上がるチェンソー。

 

「――――えっ?」

 

 何をされたのかすら認識できないまま絶命し、体を真っ二つに斬られて返り討ちに合う。

 地面に散らばった残骸は赤い炎に包まれ、最初から何も存在しなかったかのようにこの世から消失した。

 

「うふフ、流石ハ裏社会デ流行っていル最新の武器」

 

 殺しが大好きな人間にとって、死体の後始末が大変面倒だった。

 だがこの最新の武器があればその必要すらない。死体の処理をする必要が無いというのは本当に楽だ。その上、携帯するのも非常に簡単であるという、正しく自分の為にあるような武器だ。

 赤い炎に変わり、手のひらサイズの小さい箱の中に戻るチェンソーを眺めながらマッドクラウンは歩き始める。

 

「さテ、後は追い込むだけダよ」

 

 既にこの辺りの地理は把握済み。

 あの人の好さそうな二人が他人を巻き込むような場所に逃げるとは考えられない。

 

「逃げるとしたラ、廃工場かナ?」

 

   +++

 

 並盛町の郊外にある廃工場――――其処には自宅に襲撃を仕掛けてきたマッドクラウンから逃げて来た綱吉とユニの二人が居た。

 

「ぜぇ…………はぁ…………う、うぅ…………」

「沢田さん。大丈夫ですか?」

 

 息を荒くして壁際に座り込み頭を抱える綱吉。

 それを心配そうな表情でユニが様子を確認する。

 酷く気分が悪そうだった。至近距離でスタングレネードを受けた事が原因だろう。

 咄嗟に耳栓を着けて被害を軽減する事が出来た自分とは違い、光を放つ寸前に目を閉じたとはいえ影響をまともに受けたのだから。

 

「すみません沢田さん」

 

 スタングレネードの影響を受けたせいで意識が朦朧としている綱吉に謝罪する。

 使わなければ今頃自分達が死んでいたとはいえ、彼がこんな状態になったのは自分のせいだ。

 安全な日本に来たということで油断していたのだろう。こんな事になるならしっかり能力を使っていれば――――。

 

「…………大丈夫。ユニは、悪くないよ」

 

 悔恨の念に駆られて辛そうな顔をしているユニに綱吉は小さく呟く。

 

「大丈夫…………なんですか?」

「う、うん。さっきより、大分マシになったよ」

 

 フラフラとしながらも綱吉はハッキリとした様子で答える。

 

「と、いうかさっきのアイツ。何なんだよ、どう見ても普通じゃなかったんだけど…………」

 

 片手で頭を抑えながら綱吉はユニに問い掛ける。

 今自分達がここに居る原因となった存在。道化師の格好をしたイカれた男。

 そして赤く燃え上がるチェンソー。

 どう見ても普通じゃないのは見た瞬間理解出来た。

 

「あれはマッドクラウン。裏社会の殺し屋(ヒットマン)です」

「こ、殺し屋…………ど、どうしてオレの家にそんな奴が」

「沢田さんはボンゴレファミリーの10代目候補です。その事を快く思わない人が沢田さんの命を狙おうとして依頼したんでしょう」

「なっ!? 何で――――」

 

 どうして自分の命を狙うのか、そう叫ぼうとしたところで何とか抑え込む。

 よくよく考えると別に不思議な事ではない。ボンゴレだかあさりだかは知らないがマフィアの10代目に指名されたのだ。そしてその事に不満を覚えたりする者等が居ても不思議な事ではない。例え自分が拒否していたとしても、だ。

 いや、相手にとってそんなことはどうだっていいのだろう。

 テレビでよくやっているドラマにありがちな展開。綱吉は今、自分がその立場に居るということを理解する。

 このまま逃げてもいずれ捕まってしまう事を――――そうなればどれだけ無惨に、残忍に殺されてしまう事を。

 自分達が置かれている現状は残酷な事実を突き付けていた。

 

「そ、そんなぁ…………」

 

 綱吉は情けない声色で項垂れる。

 相手は見るからにイカれているヤバい殺し屋。それに対するはダメツナと戦う力なんて皆無そうなユニ。

 誰の目から見ても勝ち目なんか皆無だった。

 恐怖でガタガタと震える綱吉だったが、ここでふと脳裏にある言葉が過る。

 

――――「キミ達がボンゴレ10代目とジッリョネロの10代目デー、あってマスよネ?」

 

 それはついさっきあのマッドクラウンとかいう殺し屋が言っていた言葉だった。

 

「ねぇユニ。さっき、あいつが言ってたジッリョネロの10代目って何かな? ユニの苗字と一緒だけど…………」

「そういえば説明していませんでしたね。私は沢田さんと同じくマフィアの10代目なんですよ。ジッリョネロファミリーといってボンゴレと同じくらいの伝統と歴史を有してるファミリーの」

「んなっ!? ユニもマフィアの10代目ぇ!?」

「と、いっても私も沢田さんと同じくマフィアには関わらないで育ってきてますので。まだ実感は湧いてないんですけどね。ジッリョネロファミリーの人達とすらまだ会った事は無いですし」

 

 淡々と語るユニの言葉に空いた口が塞がらなかった。

 だが、納得は出来た。彼女が纏う気品や雰囲気は明らかに育ちの良さを感じさせたのだから。

 

「で、でもそれなら何でオレの家庭教師なんか…………」

「当初の予定では沢田さんの家庭教師は私ではなく、別の方が家庭教師として来る予定でした」

 

 綱吉の疑問にユニは答える。

 

「ですが今、裏社会で新しい兵器が出回っているらしく、それを抑える為に本来の家庭教師の方はイタリアから離れられなくなったんです。そして、私は身の安全の為にこの日本に避難する事になったんですよ」

「じゃあ、家庭教師っていうのは…………」

「嘘ではないです。けど、私にそういった事は期待されていませんでした。沢田さんの所に来たのは、かつて親交があったジッリョネロファミリーの初代とボンゴレファミリーの初代の縁があったのが大きいですから」

 

 説明を続けながらユニは立ち上がる。

 

「これから私が囮になって注意を引きつけます。沢田さんはその隙を突いて逃げて下さい」

「な、何言ってるんだよ!! そんなのダメに決まってるじゃないか!!」

 

 ユニの提案を聞いて綱吉はすぐさま拒否しようと声を上げる。

 だがユニは笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「いいえ。マフィアの後継者として選ばれたとしても沢田さんは一般人。それに対し私は日本に避難したマフィアの娘でしかありません。だから、これは私がやらなくちゃいけないことなんです」

「だからってユニが囮になる必要は――――」

「大丈夫です。私は沢田さんと違ってマフィアの事を知って育ちました。だからこういった荒事をどうにか潜り抜ける方法も学んでいます。なので安心してください」

 

 ニコニコと微笑みを浮かべながら語るユニに綱吉は少しだけ安心する。

 確かに彼女の言う通りにした方が良いだろう。ただの一般人、否、それ以下のダメツナよりも頭が良いユニの方がきっと良い方向に進む。

 そう考え、綱吉は内心安堵する。が、ふとユニの手元に視線を向けた時に気が付いてしまう。

 彼女の手が震えていることに。

 間違いない、彼女は自分の代わりに死ぬつもりだ。

 

「や、やっぱりダメだ!!」

 

 綱吉はユニの震える手を掴んで引き止める。

 

「でも、他に方法は無いですよ」

「そ、それは…………」

 

 ユニの言葉に綱吉は何も言えなくなってしまう。

 どれだけ正しくなくても、間違っていたとしてもそれしか選ぶことが出来ない。

 もう良いじゃないか。彼女の言う通りにして逃げよう。ダメツナなんだ。何をしたってどうせ無駄に終わる。

 そんな諦めが混じった弱音が心の内側から出て来る。

 結局、自分には何もできない。そう思って絶望しかけたその時だった。

 

「見ィつけ、たァ!!」

 

 マッドクラウンの不気味な声が響いたのは。

 二人は声が聞こえた方向に揃って視線を向ける。

 何時の間にかこの廃工場に居たのか、マッドクラウンは狂気を宿した瞳を爛々と輝かせている。

 

「っ、沢田さん急いで逃げ――――」

 

 ユニが慌てた様子で逃げるよう促すが、マッドクラウンの方が早い。

 手の中にある小さい正方形状の匣に拳を当てる。すると中から赤い炎を纏ったチェンソーが飛び出し、マッドクラウンの手中に収まる。

 

「ヒィヤッハァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 奇声を上げながら振るわれたチェンソーから、巨大な炎の塊としか言いようがないものが放たれる。

 炎の斬撃。嵐のように荒れ狂い、触れた者を切り刻む破壊の力。

 とてもではないが避ける事は出来ない速さで迫り来るそれを前に、綱吉はユニを突き飛ばす。

 意図的な行動ではない、身体の方が先に動いた咄嗟の行動だった。

 

「沢田さん――――?」

 

 自らの身に何が起こったのか理解出来ていないのか、ユニは呆気に取られた表情を浮かべている。

 

――――どうやら自分はダメツナではあっても、卑怯者ではなかったらしい。

 

 そんな彼女の顔を見て綱吉は安堵し、次の瞬間にはマッドクラウンが放った炎に飲み込まれた。

 

   +++

 

 マッドクラウンが放った炎の斬撃によって生じた爆炎と土煙が巻き上げられる。

 壁には大きな穴が空いており、鉄で出来た箇所は少し溶けている。

 それだけ凄まじい攻撃だったということで、その攻撃を受けた綱吉は地に倒れ伏していた。

 攻撃を受けた瞬間、一瞬意識を失ったものの運が良く死なずに済んだ。

 尤も、死ななかっただけで半死半生の状態だが。

 

「う、ぐ……………うぅ」

 

 呻き声を上げるだけで苦痛を感じる。身体のズタボロで血が流れている。

 痛い、痛い、痛い。産まれてから初めて味わう酷い激痛に綱吉は身動きが取れなかった。

 

「沢田さんっ!!」

 

 耳をつんざくようなユニの声が聞こえた。

 自分が突き飛ばした事で怪我はしておらず、その身体に傷は一つもなかった。

 

「良かった…………怪我、してなくて」

「良くありません!! ああ、なんて酷い…………!」

 

 ユニは綱吉の身体を見て顔を青褪める。

 

「おやァ、まだ生きてタ。でモ、もう死にカケだ」

 

 マッドクラウンは地に倒れ伏す綱吉の姿に喜悦に歪んだ眼で視線を向けている。

 

「でも本当ニ可哀想。何の才能モ無いゴミクズだというのニこんな酷イ目にあうんだかラ」

「――――それは、違います」

 

 嘲り笑うマッドクラウンの言葉をユニは否定し、綱吉の前に出る。

 

「沢田さんは不器用です。要領だって良くないですし勉強だって得意じゃありません。事故とは言え人の裸を見たりするしデリカシーもありません! 正直な話不満な所は沢山あります!!」

「こ、こんな状況で文句!?」

 

 フォローをいれるどころか、ダメ出しをするユニに綱吉は思わずツッコミを入れる。

 と、いうか裸を見た事やっぱり気にしていたのか。

 内心ユニの口から出た不満と文句に綱吉は申し訳なくなる。

 

「ですが、沢田さんはとても心の優しい人です。誰かの為に頑張れる、勇気がある本当の意味で強い人です。それを私が保証します!」

「ユニ…………」

 

 思い返せば、こうして人に褒められる事は初めてだろうか。

 文句や不満は少なからずあれど、こんなダメツナを庇ってくれたのは。

 

「マ、どちらにせヨ不幸なのハ代わりなイ。さて、ト」

 

 マッドクラウンは綱吉を心底憐れむような目で見ながらチェンソーを振り上げる。

 回転する刃に再び赤い炎が灯る。

 

「そろそろ死ノウか」

 

 向けられる殺意。今度は間違いなく殺されるだろう。

 

「ユニ、逃げるんだ…………!」

 

 さっきの爆発のせいで視界が悪い。次の攻撃が来たのに乗ずればなんとか逃げ出せる筈だ。

 そう考えた綱吉は自分の前に立つユニに逃げるよう促す。

 だがユニは逃げる事なく、倒れた綱吉の姿を見下ろす。

 

「沢田さん。この状況を打破出来る方法があるとするなら、貴方はどうしますか?」

「そんなの、それを選ぶに決まってるよ」

 

 綱吉の言葉を聞いて、ユニは覚悟を決めた顔をする。

 そして懐から弾丸を一つ取り出す。それは死ぬ気弾。ユニが来た当初に言っていたものだった。

 何で今それを出したのか。疑問に思う綱吉を見ながらユニはその銃弾を拳銃に込める。

 

「死ぬ気弾を撃たれた人は危機によるプレッシャーでリミッターを外して、潜在能力を発揮する事が出来ます。これを使えばあのマッドクラウンに勝てるかもしれません」

「ほ、本当…………? なら」

「ただ問題もあります。後悔している事があればそれを死ぬ気でやるんですが、もし後悔をしていなければそのまま命を落とすことになるんです。沢田さん、貴方に死ぬ覚悟はありますか?」

「…………遅いか早いかの違いだ。なら、少しでも可能性がある方を選ぶよ――――いや、違う」

 

 綱吉はそう言うと身体を起こす。

 酷くボロボロでふらついていて、今にも倒れてしまいそうなほど弱っている。

 

「あいつに、マッドクラウンに勝ちたい…………!」

 

 だがその瞳の力は失われていなかった。

 ユニは綱吉の言葉を聞き、眉間に突き付ける。

 

「じゃあ、一回死んで下さい!」

 

   +++

 

 特殊弾――――それは裏社会のマフィアに伝わる特殊な弾丸。

 その効果は様々であり、撃たれる事で効果を発揮する特異性を有する。

 古豪トマゾファミリーに伝わる嘆き弾や禁弾として悪名高い憑依弾が有名だ。

 そして今、ジッリョネロの10代目がボンゴレの10代目に対して使おうとしているもの。

 

「死ぬ気弾――――」

 

 ボンゴレファミリーに伝わる特殊弾。その効果は対象の潜在能力を引き出すというもの。

 拙い。今は大したことが無い雑魚でもボンゴレの血筋。何が起こるか分からない。

 

「とっトと死ネッ!!」

 

 マッドクラウンは先程放った一撃を二人に向かって再び放つ。

 新しい得物であるこのチェンソーは特殊な機能がある。それは炎を溜め込んで(チャージ)、開放するというものだ。

 通常のチェンソーよりも破壊力があるのにも関わらず、更に威力が上がるのだ。

 この武器を手に入れてから自分は負け無しだ。どんな護衛が居ようとも、どんな標的であろうとも殺してきた。

 ついにはマッドクラウンという二つ名も手に入れた。

 そう、自分はもっともっと名を上げるのだ。この武器とこの技を使って殺せなかった人間は一人も居ないのだから。

 

「待テ。何デ生きテるんダ?」

 

 自分はこの技を既に一度放っている。本音を言えば甚振りたいという気持ちが無かったわけではないが、一切手加減していない全力の一撃だった。

 事実、この工場の壁をズタズタに引き裂いて破壊している。

 だというのにどうして、壁よりも遥かに柔らかい筈の軟弱な人間が生きているのだろうか?

 そう疑問を抱くのと同時に炎の斬撃が二人に届き、乾いた銃声が鳴った。

 瞬間、マッドクラウンが放った一撃が散らされた。

 

「ナッ!!?」

 

 驚愕に顔を歪めるマッドクラウン。

 赤い火の粉が舞う中、其処に居たのは沢田綱吉だった。

 何故かパンツ一丁になっており、彼の背後にはユニとそれから出て来たと言わんばかりに風化している抜け殻のようなものが転がっている。

 

復活(リッボーン)!!」

 

 そして次の瞬間には綱吉の額と胸元にある指輪からオレンジ色の炎が燃え上がった。

 煌々と輝くその炎はマッドクラウンの炎とは違い、とても美しいものだった。

 

「マッドクラウン!! 死ぬ気でお前を倒す!!」



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殺し屋マッドクラウン

今年最後の投稿です。
いや、決着までなんとか書き切れました。


「うぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ついさっきまで死に掛けだった筈の沢田綱吉は、その傷だらけの身体に似合わぬ俊敏さでマッドクラウンに詰め寄る。

 虫すら殺せないような人畜無害さは欠片も無く、軟弱な面影を一切感じないぐらい荒々しい。

 そして何よりも、感じる力はさっきまでとは比べものにならない。

 

「っ、舐メるなァ!!」

 

 マッドクラウンは迎撃の為にチェンソーを振るう。

 炎は既に放っていて使えない。次にあの一撃を放つにはある程度の時間が必要だ。

 だが普通に使うだけでもこのチェンソーには破壊力がある。

 むしろここまで近付かれたら大技を使う必要は無い。

 相手は人間。身体を両断して真っ二つにすれば死ぬ。そう、人間一人を殺すのに建物を壊す程の破壊力は必要ないのだ。

 

「当たるか!!」

 

 綱吉は自らに振るわれるチェンソーを回避する。

 当たれば死ぬのだから、当たらないよう避けるのは当然と言えば当然だった。

 そして、チェンソーを空振りした事で出来た隙を見逃さないのも当然だった。

 

「オラァ!!」

「ぐぁっ!!?」

 

 マッドクラウンの腹部に綱吉の拳が刺さる。

 全身のリミッターが外れ、潜在能力を解放した今の綱吉は超人といっても過言では無い。

 マッドクラウンは反撃をしようと、再びチェンソーを振るう。

 既に大怪我を負っているのだ。この一撃が当たれば勝てるのだ。

 

「はぁあああああああああああ!!」

 

 それでも攻撃は当たらない。

 傷だらけの筈なのに、軟弱な筈なのに、ついさっきまで虫の息だった筈なのに、一般人だった筈の沢田綱吉に攻撃が当たる事は無かった。

 それどころかチェンソーを振るう度に、マッドクラウンは何度も攻撃を喰らう。

 一撃一撃が重く、今にも意識を手放しそうになる。

 

「く、ソ、がぁああああああああ!!」

 

 だが殺し屋としての矜持がマッドクラウンの闘志を燃やす。

 いくら潜在能力を解放しようとも、こんな子どもに負ける事等あっていい筈が無いのだから。

 マッドクラウンはチェンソーに自らの炎を叩き込む。

 こうなったら炎を解放するしかない。こんな至近距離で使えば自分の身も危険だが、やるしかない。

 そう判断したマッドクラウンはチェンソーのスイッチに手を伸ばす。

 

「させるかぁ!!」

 

 炎を解放しようとした瞬間、綱吉の渾身の蹴りがマッドクラウンの右手に炸裂。

 スイッチを押そうとした事でしっかり持っていなかったチェンソーは道化師の手中から離れ、弧を描きながら宙を舞う。

 

「これで、終わりだ!!」

 

 そして、手品のタネを全て失い何も出すことが出来なくなった哀れな道化の顔面に、自らの怪我を無視して死ぬ気で戦う少年の拳が突き刺さった。

 

   +++

 

 宙を舞っていたチェンソーが少し離れた地面に突き刺さり、マッドクラウンの身体が仰向けに倒れる。

 額に灯っていた、首から下げていたリングから燃え上がっていた炎が消失し、綱吉の全身に虚脱感が襲い掛かった。

 

「い、いてて…………」

 

 全身から感じる酷い痛みに綱吉は顔を顰める。

 元々傷付いていた肉体を死ぬ気弾で強制的に動かしたのだ。

 さっきよりも激しくなった傷の痛み、そして死ぬ気弾で身体を激しく動かしたことによる筋肉痛が身体を苛む。

 

「だけど、勝てたんだ…………!」

 

 顔を歪めながら地に伏しているマッドクラウンの姿を見下ろす。

 あんなに恐ろしかった殺人鬼を相手に勝利できた。とてもではないが信じられなかった。

 いや、自分一人だったら間違いなく勝つことは出来なかっただろう。

 綱吉がそう考えていると、マッドクラウンが口を開いた。

 

「…………殺セ。依頼ヲ果たせなかっタ殺し屋に相応しイ末路ダ」

「なっ!?」

 

 マッドクラウンの呟きに綱吉は驚きに満ちた声を上げる。

 そして、マッドクラウンから顔を背ける。

 

「オレには…………そんな事は出来ない」

 

 人の命を奪う、相手を殺す。

 どんな理由があれどそれだけは絶対にやってはいけない行為だ。

 顔を顰めながらマッドクラウンの言葉を拒否し、背を向ける。

 

「っ、沢田さん! 避けて下さい!!」

 

 瞬間、ユニが絹を割くような悲鳴を上げた。

 その叫び綱吉はに一瞬戸惑うものの、背後から感じた殺気に思わず前方に跳ぶ。そのすぐ後、さっきまで綱吉が居た場所に何かを振るったような音が聞こえた。

 

「っチ。本当ニ運が良イね」

 

 背後に視線を向けると、そこにはナイフを片手に持っているマッドクラウンの姿があった。

 もし、ユニが教えてくれなければ今頃自分はあのナイフで斬られていただろう。その事実に綱吉は背筋がゾッとする。

 

「も、もう決着はついただろ!! これ以上やる意味なんて」

「そんなもの、あるに決まっテル!!」

 

 死ぬ気だった綱吉の攻撃を何度も受けたマッドクラウンは既に満身創痍で、今にも気絶してしまいそうなほどフラフラとしている。

 だというのにも関わらず、マッドクラウンは喜悦に顔を歪めながらナイフを振るう。

 

「力を使い果たシた今のお前を殺スのは容易イ!!」

「な、なんでそこまでして…………」

「楽しイから殺スんだよ。デモ、さっきは不快ダった。このストレスは弱ったきみと後ろのジッリョネロの10代目を始末シタ後、この町の人間をまた殺シテ発散することにするヨ」

「ま、またって…………もう既に!?」

「そうダよ。この町の子どもは本当ニマヌケだからスグに寄っテくるシね。本当、獲物に困る事ガナイ」

 

 マッドクラウンの話した言葉に綱吉は顔を青褪める。

 

「お前…………人を、命を何だと思ってるんだ!!」

「ボクの楽しミだヨ。むしろボクを楽しませル為ニ殺さレル事を感謝シテほしいクライだよ」

 

 愉快そうに言い切ったマッドクラウンに対し、綱吉の胸の奥からフツフツと怒りが湧き上がる。

 並盛中にだって、決して性格が良いとは言えない人間は居た。

 だがここまで酷い人間は見たことが無い。

 

「…………マッドクラウン。オレはお前を、許さない」

「ンー? キミ如きニ許されル必要ハ無いヨ。トットトくたばれ!!」

 

 マッドクラウンはナイフを片手に突貫する。

 低く、勢いよく突進するマッドクラウンを避ける事は不可能。

 例え傷一つ無い状態だったとしても、ダメツナでは避ける事すら難しいだろう。

 

――――だから、もう避けない。

 

 綱吉は地面に突き刺さっていたチェンソーの持ち手を掴み、勢いよく振り上げる。

 回転する刃はいとも容易く、ナイフを持った右腕を斬り落とす。

 

「エっ?」

 

 自らの腕を失った事が受け入れられないのか、マッドクラウンは間の抜けた顔をする。

 武器を失い、右腕も無くなった。

 終わりだ。もうマッドクラウンに対抗する術は無い。

 だから頼む、これで終わってくれ。

 そう思わずにはいられない綱吉だったが、何故かは知らないが脳がまだ相手が武器を持っており、それで反撃するつもりだと告げていた。

 それでも綱吉はマッドクラウンがこれ以上向かって来ない事を祈る。

 だがその思いを裏切るかのように、マッドクラウンは左腕の袖からナイフを取り出した。

 マッドクラウンは自分達の命を奪うまで諦めない事が証明された。

 

「くそ……………」

 

 綱吉は後悔と苦悶に満ちた表情を浮かべ、振り上げたオレンジ色の炎が 灯っているチェンソーを両手でしっかりと握りしめる。

 

――――もし、自分がダメツナでなければこんな方法を選ぶ必要は無かったのだろうか。

 

 どちらにせよ、これからやる事は絶対に許されない事だ。

 だがやらなければ自分達に未来は無いし、助けが来る事も無い。

 もう、それ以外の方法が無かった。

 

「あぁぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 そう自分に言い聞かせながら綱吉は渾身の力でチェンソーを振り下ろした。

 振り下ろす瞬間、世界がスローになったような感覚に包まれる。

 刃が肉を割き、骨を砕く感触がチェンソーを通して腕に伝わってくる。

 鮮血が飛び散り、臓物が弾け、辺り一面を真っ赤に染める。

 そして、気が付いた時にはマッドクラウンだったものが転がっていた。

 生きていないのは見ればすぐに分かる。身体を縦に両断されて生きていられる人間なんて存在しないのだから――――。

 

「はぁ…………はぁ…………」

 

 綱吉はチェンソーを手放して、その場で膝を折る。

 自分は、今、人間を殺した。その事実に綱吉は取り乱しそうになる。

 覚悟はしていたし理解もしていた。殺さなければ自分達が死んでいたし、こうする以外の方法が無かったのも事実だ。

 だけど、人殺しという事実をこうして突き付けられるのは酷く辛かった。

 返り血に染まった両手で頭を抱える。今すぐにでも嘔吐したかった。 いっその事、胃の中のものを全部ぶちまけてしまえば楽になるだろうか。

 

「――――落ち着いてください沢田さん」

 

 人を殺した事で自責に駆られている綱吉を、いつの間にか近付いていたユニが優しく抱擁する。

 

「ゆ、ユニ…………」

「大丈夫です。それよりも今はゆっくり休んでください」

 

 ユニの慰めるような、許しを与えるような声を聞いた瞬間、非常に抗いがたい眠気に襲われる。

 身体的にも、精神的にも疲弊し切っていた綱吉はゆっくりと瞼を閉じ、意識を闇に沈めた。

 

   +++

 

 マッドクラウンの襲撃から三日の時が流れ、綱吉は病院のベッドの上でユニからあの後どうなったのかを聞いていた。

 自分がマッドクラウンを殺した後、ボンゴレの関係者がやって来て亡骸を片付け、情報の操作や証拠の隠蔽等を行ったらしい。

 自宅の玄関は車が事故を起こし、そのまま逃げ去った事にしたり等。

 そして自分はその際に事故に巻き込まれて大怪我を負ったという事。

 

「――――以上があの後の出来事になります」

「…………そっか」

 

 ユニから一頻りの説明を聞いて綱吉は小さく呟く。

 

「オレ、アイツを殺したんだね」

「…………はい。沢田さんの言う通りです」

 

 あの時の出来事は夢じゃない、その事を改めて実感した綱吉は自らの両掌に視線を向ける。

 病院に居るということもあって両手は清潔に保たれている。

 その筈なのに、ふとした瞬間に両手が血塗れになっているのを幻視する。

 自分の手が血で汚れていないのにも関わらず、今もなお汚れているように見えるのだ。

 

「オレ、人殺しになっちゃったんだな…………」

 

 許せない相手だった。許す事が出来ない相手だった。

 だからといって殺す必要は無かったし、その命を奪う事は決して許されない。

 しかし、自分はその命を奪った。

 人を殺してしまったのだから自首すべきだとは考えた。だが既にその証拠は存在しない。仮に素直に自首したところで揉み消される、あるいは正当防衛というやつが適応されるとの事だった。

 どちらにしろ十三歳の少年が背負うにはあまりにも重いものだった。

 

「沢田さん」

 

 自らが犯した罪に押し潰されそうになっている綱吉の手を、ユニは優しく握り締める。

 

「私は貴方の家庭教師(かてきょー)です。だから、私は貴方の罪を裁く事は出来ないし、咎める事はしません。あの時、マッドクラウンを止める方法がそれ以外に無かったのですから」

「ユニ…………」

「でも、その罪を一緒に背負う事は出来ます。あの時、貴方にその選択しか選ばせなかったダメな家庭教師ですから」

 

 違う。ユニはダメな家庭教師なんかじゃない。

 そう反論したい綱吉だったが、ユニの言葉に涙が溢れ嗚咽で何も言うことが出来なくなった。

 強くなりたい。ダメツナのままで居たくない。

 自分の事を認めてくれた少女にそんな辛そうな顔をさせたくない。

 綱吉はそう思わずにはいられなかった。




原作ではリボーンに守られていましたがこの作品では強くならなければいけない。
なのでこの物語はハードモードです。
ツナはこれから先どんどん辛い目にあいます。


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見舞いユニ

取り合えず一区切りは付きました。
仲間達は当分先です。
にしても一番最初はこのままだとあの子になりますね。
まぁ原作ブレイクは当然やるんですが。


「ちょっと買い物に行って来ますね」

 

 そう言ってユニは綱吉が居る病室を後にする。

 随分と情けないところを見せてしまった。綱吉は泣き腫らして真っ赤になった目を掠る。今まで涙を流した事は沢山あった。だけど、こうして自分の不甲斐無さに涙した事は初めてだった。

 マッドクラウンに襲撃されて死に掛けて、結果人を殺してしまった。

 その事は一生かけても償えないし消える事は無い。

 むしろ今でもあの時の感触を思い返す。肉を引き裂き、骨を砕くあの感触を。

 

「うぷっ」

 

 胃の奥から込み上げて来た嘔気に気分を悪くする。

 そしてベッドに横になり、天井を見上げる。

 

「強く、なりたいなぁ…………」

 

 もっと強ければマッドクラウンを殺さずに倒す事が出来ただろうか。

 もっと強ければユニに自分の罪を背負わせずに済んだだろうか。

 もっと強ければ――――。

 綱吉は包帯が巻かれている腕で掛け布団を強く握り締める。

 

「強く…………強く…………ダメツナのままでいたくないなぁ…………」

 

 もう二度とあんなことが起こらないように。

 そう強く願わずにはいられなかった。

 

   +++

 

 並盛総合病院の屋上。

 立ち入り禁止である筈のその場所でユニが一人で立っていた。

 左手は飛び降り防止の為に設置された金網を掴み、右手はスマートフォンを持っている。

 ユニは右手のスマートフォンをゆっくりと耳に運ぶ。

 

「…………リボーンおじ様。今、お時間はよろしいですか?」

『ああ。大丈夫だぞ』

 

 スマートフォンの通話相手、聞き覚えのあるソプラノボイスを聞いてユニは安堵する。

 

『お前がオレに連絡するって事は、何かあったのか? まぁ、何を聞きたいのかは分かってるがな』

「流石ですリボーンおじ様。単刀直入に聞きます。どうして、マッドクラウンがこの日本にやって来たんですか?」

 

 ユニは先日自分達を襲撃し、そして綱吉の手で殺された殺し屋を思い返す。

 裏社会の要人、組織の後継者の命が殺し屋に狙われると言うのはよくある話だ。だがこの日本にマッドクラウンのような危険な人間がやって来るのはありえない。と、いうよりもそもそも来る事が出来ないのだ。

 

『その事を話す前にユニ。お前は沢田綱吉の事情については知ってるか?』

「はい。幼い頃にボンゴレ9世が力を封じた事、そして彼の父親である沢田家光さんがボンゴレ門外顧問のトップであり、ボンゴレファミリーの実質的なNo.2である事は知ってます」

『そうだ。そして家光が家族の身を守る為に裏社会の関係者が日本に行かないように注意して来た。まぁ、単純に旅行で行く奴や本拠地が日本にあるトマゾファミリーっつう例外もあるけどな』

「だから沢田さんが今まで裏社会に関わらず過ごす事が出来ていたんですね」

 

 よく考えれば分かることだ。

 イタリア最大最強のマフィアであるボンゴレファミリー、その創立者の直径の子孫が裏社会に関わらずに生きていく事が出来る程、世界は甘くない。ある理由で創立者の血を引く者しかボスになる事が出来ないのだから尚更だ。

 にもかかわらず、裏社会の事を知らないで済んだのは家族に守られていたからだ。

 

『だが、最近になって発見されたリングの炎…………死ぬ気の炎とそれを動力源として新しく開発された兵器、(ボックス)の登場で全てが変わっちまった』

 

 通話越しに聞こえて来るリボーンの声は何処か不満そうな気がした。

 

『今までの裏社会での実力者と言えば異能を使える奴を除けば腕っ節の強さが主なものだった。トッドファミリーのパオロ・マルディーナとかが有名だったな』

 

 パオロ・マルディーナ。トッドファミリーの構成員であり、その攻撃力はマフィア界でも有数の実力者。

 日本に来る際に目を通した資料にあった知識ぐらいしかないが、それでも要注意人物として記載されていたのを覚えている。

 

『尤も、パオロは既に殺されている』

「おじ様。もしかして」

『ああ。お前の予想通り、殺った奴は匣を使う事が出来た奴だ。マッドクラウンと同じ、前までは名すらあげられないような三下の手でな。当然だがパオロの奴が油断したわけじゃねぇ』

「…………それだけ、匣兵器が危険という事ですね」

 

 リボーンの話を聞いてユニはポケットの中に入っていたあるものを取り出す。

 面の一つに穴がある小さい四角の箱だった。

 マッドクラウンが持っていた炎で燃え上がるチェンソー、それが中に入っている匣兵器だ。

 

『実力者の中にも死ぬ気の炎を使えない奴が居ないわけじゃねぇ。家光やその部下のバジリコン、オレの生徒であるディーノもその内の一人だな。だが、それ以上に今まで無名だった連中の方が多い』

「それは存じています。だから私も日本に避難したわけですし」

『本当に腹が立つ話だが、オレ達の方もそういった連中を抑え込むので手一杯の状態なんだ。どうしてもオレ達が対処する前にそっちに行っちまう奴が出て来る』

「…………そうですか」

『一応日本にもボンゴレの関係者が居ないわけじゃないがな。匣兵器に対応出来る奴じゃない。それでもマッドクラウンを止めようとはしてた筈なんだが』

 

 そこから先をリボーンが言う事は無かった。

 だがなんとなく予想は出来る。あの時、自分達の所には誰もやって来なかった。つまりはそう言う事なのだろう。

 ユニは唇を噛み締めて、犠牲になった人達に祈る。

 

「すみませんリボーンおじ様。時間を使わせてしまって…………」

『いや、気にしなくて良い。それと、通話はまだ切るな』

「何かあったんですか?」

『ああ。それもあまり良くない、むしろ悪い方向でな』

 

 電話越しでも分かるくらいに機嫌が悪かった。

 

『こんな事態が起これば一人や二人は護衛がつく。本来だったらオレがその役割も担ってる筈だったんだがな』

「…………筈、という事はつまり」

『ああ。ボンゴレの上層部の連中が沢田綱吉につける護衛の人数を減らす事に決めた』

「…………どうしてですか?」

『良くも悪くもマッドクラウンを撃退した事が原因だ』

 

 ユニはリボーンからの説明を聞く。

 元々沢田綱吉は他の10代目候補に比べてあまり期待されていなかった。

 裏社会の事を知らず平和な日本で暮らしているというのもあるが、元々劣等生だった綱吉よりも他の優秀な後継者が居たからだ。

 しかし、マッドクラウンを撃退したことでその評価は一転。

 他の候補者三人が別件であるとはいえ命を落としてるのに対し、死ぬ気の炎が使えて匣兵器も有している残忍な殺し屋を返り討ちにしたのだ。

 その事で綱吉の評価が覆ったのである。

 

『9代目や家光は反対していたが押し切られちまった。今、死ぬ気の炎を使う事が出来る貴重な戦力を本部から外す訳にはいかないってことと、沢田綱吉がリングに炎を灯す事が出来たからな』

「そんな…………あれは火事場の馬鹿力ですよ。それに沢田さんは好きでマッドクラウンの命を奪ったわけじゃ」

『だがそう思わない奴も居る』

 

 リボーンのその言葉にユニは黙り込む。

 

『オレ達の方も出来る限りそっちに行かせないようにはするが気を付けてくれ』

「…………はい。分かりました」

『それと、沢田綱吉の精神状態には気を付けろ。マッドクラウンの一件は間違いなく悪影響になってるからな。まぁ、お前なら大丈夫だとは思うがな』

 

 最後にそう言い残してリボーンは電話を切った。

 ユニは通話を終えたスマートフォンを下ろして、空を見上げる。

 

「本当、前途多難です」

 

 空はユニの心境とは裏腹に綺麗に澄み渡っていた。

 

   +++

 

「ツッ君も不運だったわね。まさか帰って来た直後に車が家に突っ込んで来るなんて」

「は、ははは」

 

 まさか本当に車が突っ込んできた事を信じるとは思わなかった。

 綱吉は自分の母親のあまりの天然っぷりに思わず苦笑いする。

 

「でもツッ君の怪我がそこまで酷くなくて良かったわ」

「うん。そうだね…………って、母さんそれ何度も聞いたよ」

「息子が大怪我を負ったのよ。心配しない方がおかしいじやない」

 

 奈々の言葉に綱吉は不思議と安堵する。

 正直な話、前までは何かと言ってくる母親に対して色々と疎ましく思っていたり、酷い事を言った事もある。だけど、今ならば理解出来る。この人は本当に自分の事を心配してくれているから煩く言うのだと。

 本当にどうして何もかも手遅れになってからこの事を理解するんだろうか。

 

「じゃあ母さんはそろそろ戻るわね。何か必要な物があったら遠慮せずに言いなさいよ」

 

 そう言って奈々は病室を後にした。

 再び一人きりになった綱吉は、父親からの誕生日プレゼントであるリングを手のひらの上に乗せる。

 思い返せば、あの時マッドクラウンの攻撃を喰らって生きていられたのはこのリングのおかげかもしれない。死ぬ気弾を受けたというのもあるが、このリングが無ければあそこまで戦う事が出来なかった。もしこのリングが無かったら今頃自分とユニは死んでいた事だろう。

 

「そういや、マッドクラウンも持ってたよな」

 

 マッドクラウンが持っていたリングが出していた炎と自分のリングが出した炎。

 炎の色こそ違うものの種類としては全く同じものだろう。

 いや、そもそも本当に炎なのだろうか。確かに熱かったが身を焦がす程のものじゃなかったような気がする。

 

「…………マッドクラウンは自分の意志でリングから炎を出していた。なら、オレにも出来る筈」

 

 綱吉はリングを強く握りしめる。

 だがリングはあの時のように炎を灯す事は無く、沈黙したままだった。

 

「やっぱり、そう上手くいかないよな」

 

 だが、あの時は灯せたのだ。死ぬ気弾を撃たれて、文字通り死ぬ気になっているあの時は。

 

「でも、必ず灯せる筈」

 

 ダメツナだから無理だ、不可能だなんて言い訳は通じない。

 強くならなくちゃいけない。もっと、もっと強くならなくちゃ――――。

 そう考えていると、突如として病室の扉が開いた。

 

「おーっすダメツナ。見舞いに来てやったぜ」

 

 室内に入って来たのは綱吉によく絡んでくる二人のクラスメイトだった。

 突然の来客に綱吉は驚きつつ手で握りしめていたリングを手放す。

 

「え、えっと…………見舞いに来てくれたんだ」

「ああ。貴重な時間を割いてまで来てやったんだからありがたく思えよ」

 

 ケラケラと笑いながら茶化すような態度で二人は綱吉に接する。

 

「にしても家に帰宅した直後に車が家に突っ込むだなんて…………お前かなり不幸だな」

「しかも偶然とはいえテストで満点を取った直後だ。お前、呪われてるんじゃね?」

「は、ははは…………」

 

 本当に見舞いに来たのだろうか、この二人は。

 

「んじゃ、俺達は帰るから早く怪我治せよ」

「ダメツナも居なかったら居なかったで寂しいからな~」

 

 二人は綱吉に背を向けると病室から出て行こうとする。

 

「すみません沢田さん。遅れてしまって」

 

 その瞬間だった――――買い物を済ませたユニが病室に入って来たのは。

 ユニが入って来たことにクラスメイト達は時が止まったかのように静止した。

 

「あ、すみません。お客さんが来てたんですね。なら私は少し席を外してますね」

 

 そう言ってユニは病室を後にする。

 ユニの姿が見えなくなった瞬間、二人は綱吉の方にグリンと顔を向けた。

 表情こそ笑顔であるものの心なしか全然笑っていないような気がした。

 

「なぁ綱吉君。彼女とは一体どういう関係だい?」

「見るからに親し気だったけど、ねぇ、どういうこと、ナノ?」

 

 じりじりとにじり寄ってくるクラスメイト二人に対し、綱吉は乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。




ツナもユニも元々不幸。
故にこの二人が組めば更に不幸が加速する!!

いやぁ、精神的に追い詰められて焦る少年は書いていて愉しいですねぇ!!


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修行ツナ

最近フィットボクシングをやり始めたんですが結構ダイエット成功してます。
目指せ平均体重!
そして久しぶりの更新です。


「…………今日は疲れた」

 

あれから一週間、マッドクラウンの襲撃を退けて、病院から退院した綱吉は溜め息をつきながら帰路についていた。

久しぶりの学校で精神的に疲れたというのもある。

だがそれ以上にこの一週間で何も成長していない事が綱吉の心を蝕んでいた。

 

「どうやったらあの時のように炎を灯すことが出来るんだよ」

 

綱吉は首から下げていたリングを手に持つ。

マッドクラウンとの戦いでは煌々と燃えていたリングは、あの戦い以来完全に沈黙を貫いている。

あの時のマッドクラウンは。いとも容易くリングに炎を灯していた。

炎の色が違ったり、大きさや透明度等異なるところは数あれど間違いなく同種の炎。

あんな人の事を考えず、ただ自らの愉しみの為だけに平気で傷つけられる奴があの炎を灯す事が出来るのに対し、自分はリングに炎を灯す事が出来ないでいる。

やっぱり、ダメツナだからなのだろうか。

考えれば考える程、思考すれば思考する程、どんどんネガティブな方向に向かっていく。

 

「…………どうやったら強くなるんだろう」

 

一応退院してから走り込みをしたり、筋トレをしたり等はしている。

だがそれで強くなったかと聞かれれば微妙なところだろう。

トレーニングを始めたのは本当につい最近である為、効果が表れるのは時間がかかる。

その間に、マッドクラウンのような殺し屋がまた現れないとも限らない。

 

「本当に憂鬱だよ…………」

 

出来れば二度と表れてほしくない、そう思いながら綱吉は自宅に辿り着き、扉を開ける。

中に入ると待ち構えていたと言わんばかりにユニは玄関に立っていた。

ただ身に纏っている衣装はいつもの少女らしいものではなく、迷彩服のようなものだった。

正直な話、ユニにはあまり似合っていない。と、いうか服に着せられているような印象を感じる。

はっきりいってコスプレにしか見えない。

 

「おかえりなさい沢田さん!」

「ただいま、ユニ。ところで、その恰好はどうしたの?」

 

出迎えてくれた自分の家庭教師に綱吉は挨拶しながらも、ユニの格好について尋ねる。

するとユニは笑みを浮かべながら答えた。

 

「沢田さん。これからキャンプに行きましょう!」

「…………えっ?」

 

   +++

 

マッドクラウンとの戦いは綱吉の心に深い傷を残した。

尤も、それも無理はない。つい先日まで極々普通の生活を送っていた一般人が裏社会の殺し屋と殺し合い、相手の命を奪ったのだ。

むしろ傷付かない方がおかしいだろう。

故に家庭教徒として、生徒のメンタルケアをしなければいけない。

例え生徒に守られるような無力な家庭教師だったとしても――――。

 

「それが急にキャンプに行こうなんて言った理由なんです」

 

並盛町にある山の中腹。

其処でユニは自身の生徒である綱吉に対し、ここに連れて来た理由を説明する。

正確にはそれだけではないが、実際にキャンプもするのだからまだ言わなくて良いだろう。

 

「色々ありましたしきっとストレスだってあると思います。だから、こうして自然の中で過ごせば沢田さんが抱えている悩みだって解消出来ると思うんです」

「ユニ…………ありがとう」

 

ユニの説明を聞いた綱吉は何とも言えないような表情になりながらも感謝の言葉を告げる。

 

「色々と心配かけさせてごめん。でも、もう大丈夫だから」

「本当ですか?」

「…………ごめん、やっぱり大丈夫じゃないかも」

 

綱吉は近くにあった大きな岩の上に座り、俯きながら呟く。

 

「自分でも分かってはいるんだ。強くならなきゃって自分で自分を追い詰めて、焦っていたから」

「確かにその通りですね。最近の沢田さんは見えない何かに恐れて逃げているようにも見えましたから」

「…………そうだったんだ。やっぱり、オレってダメツナだなぁ…………自分の事ばっかりで手一杯になって」

 

後悔と自嘲に顔を歪めながら綱吉は吐露する。

そんな綱吉にユニは近付いて、優しく抱き寄せる。

 

「ゆ、ユニ…………?」

「沢田さん。間違えても良いんです」

 

ユニは涙を流す綱吉に言い聞かせるように語り始める。

 

「最初から正しい解答を選ぶことが出来る人は居ません。大事なのは何が悪かったのかを理解する事、そしてその間違いを次に活かす事なんですから」

「間違いを、次に…………?」

「はい。沢田さんはやり方こそ間違えてしまいましたが、思いそのものは間違えていません」

 

抱き締めていた腕を解き、手を差し出す。

 

「だから一緒に頑張りましょう。家庭教師として私も協力します」

「…………ありがとう」

 

差し出した手を握り返し、綱吉は立ち上がる。

 

「それじゃあ、早速ですが修行と」

「えっ、し、修行…………?」

「はい。ここにはキャンプで来ましたが、修行も出来ますからね」

 

ユニは懐から取り出した拳銃に死ぬ気弾を込める。

まだ早いとは自分でも思う。だが、相手が待ってくれるわけではない。

 

「とはいえ、修行をするしないの決定権はあくまで沢田さんにあります。ですので――――」

「分かった。修行するよ」

「…………良いんですね?」

「本当の事を言えばさ、修行とか辛い事はやりたくないよ。痛いの嫌だし相手を傷付けるのも嫌だ。でも、やらなかったら後で死ぬ程後悔するから」

 

そう言い切った綱吉の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。

やはり、直径の子孫だからだろうか。ボンゴレⅠ世にとてもよく似ている。

外見だけではない。内面や、その精神性さえも。

 

「では、やっていきましょうか。先ずは体力作りの為にこの崖を登ります」

「こ、この崖を…………?」

「はい。ボンゴレⅠ世が死ぬ気をコントロールする為にやった修行の一つですから」

 

訝しむような目で崖を見やる綱吉にそう告げる。

かつて、死ぬ気をコントロールする為にボンゴレⅠ世が自ら課した修行で、その内の一つである崖登りでの体力作りだ。

元々はボンゴレに伝わる伝説の奥義を体得する為のもので、今の彼には早過ぎるかもしれない。

だが、例えどれだけ早くてもやらなきゃいけないのだ。

 

「それじゃあ、今から死ぬ気弾を撃ちます」

「…………分かった」

 

ユニは拳銃を綱吉の眉間に突き付ける。

綱吉は一瞬だけ身体を震わせるも、強い意志が宿った眼でユニを見つめ返す。

その視線に答えるかのように、ユニは拳銃の引き金を引き、乾いた音と共に死ぬ気弾が放たれた。

ドサリと音を立てて綱吉の身体が仰向けに倒れる。が、すぐに身体が風船のように膨らみ始めた。

 

「次の刺客が来るまで後三日…………それまでに死ぬ気モードを制御出来る様にしなければ」

 

不安そうな表情を浮かべながらそう呟く。

そして、綱吉の身体から風船が破裂するかのような音が鳴り響いた。

 

   +++

 

――――どうして、こうなったのだろうか。

 

初老にさしかかる男は床に膝を着き、眼前にあるものを見て言葉を失っていた。

視線の先にあるもの、其れ等は怪物にしか見えない異形の姿だった。

膨れ上がった肉塊。無数にある関節。そして悲鳴と絶望が合わさったかのような絶叫を絶え間無く叫び続けている。

男は知っている。一見化け物にしか見えない其れ等が元は人間で、自分の家族だったという事を。

自分の目の前で化け物に変わっていくのを間近で見せられたのだから。

 

「あ、ぁあ…………」

「おー、すっごいねぇ」

 

言葉にならない嗚咽を漏らしていると、少女の声が耳に入った。

男は視線を声がした方向に向ける。そこには金髪碧眼の女性が居た。

一目見ただけで日本人とは思えない容貌をした女が、どうして自分の家に居るのか――――それは彼女が招かれざる客人であり、自分の家族をこんな酷い目に合わせた張本人だからだ。

 

「これが元々は人間だったなんて我ながら信じられないわ」

 

男の家族だったものを眺めながら笑う。

嘲り嗤うつもりもなく、ただ心の底から感心していた。

 

「でもまぁ、こうして手駒が簡単に手に入るんだから文句のつけようが無いわね」

「な、なんで…………こんな事を…………」

 

一人誇らしげに笑う女に男は問いを投げる。

どうしてこのような事をしたのか。何故自分達がこのような目にあわなければいけないのか。

自分は死ぬ、間違いなくこれから殺される。ならばせめて、その理由だけは知っておきたい。

だがその思いも虚しく、男の眉間に紫色の炎が灯ったダーツが突き刺さった。

 

「えっ、あっ…………」

「んもー、何でどいつもこいつも死ななければいけない理由を聞くのかしら。あほじゃないの?」

「え――――ヴぇ!?」

 

ボンっという音と共に男の身体が膨れ上がる。

関節が増えて、筋肉が増えて、更には目が増える。

身体中のあらゆる箇所が引き裂かれ、強引に増やされていくその激痛に男の正気は一瞬で失われた。

 

「やっぱり日本人(ジャポネーゼ)って平和ボケしてるわね。死ぬのに理由なんかあるわけないじゃない。たまたま目が付いた家を選んだだけだもの」

 

女は呆れたと言わんばかりに男が変形していく工程を観察する。

 

「にしてもこの炎って凄いわね。薬の効果と合わせればこんな事も出来るなんて」

 

本当に愉快だ。ただの一般人に使うだけでこれなのだから。

新たに増えた手駒に破顔しながら女は踵を返す。

 

「さて、と。仕事に行きますか。沢田綱吉とユニ・ジッリョネロの二人を殺しにね」

 

――――この日、とある一家が消息を絶った。




FGOのイベントもので更新頻度は少しかかります。
ちなみに前回のマッドクラウンよりは短いと思います。


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導くユニ

すみません、大分時間が掛かりました。
早く他の仲間との関係を書きたいんですがもうしばらくお待ちください。

そして今回は成長回です。


「うぉおおおおおおおお!!! 死ぬ気でこの崖を登るっ!!!!」

 

 死ぬ気弾を受けた綱吉は雄叫びを上げながら崖を駆け登る。

 岩肌を掴み、凹凸に足を引っ掛け、一流の登山家でも出来ないであろう速度で登っていく。

 それでもゴールである頂上は遠く、行手を阻んでいる。

 挑戦して既に三回目。綱吉の身体は既に限界を迎えていた。

 

「あっ……………」

 

 ついに疲労がピークを迎え、綱吉の額から燃え上がっていた炎が消失する。

 死ぬ気弾の効力が切れた事で死ぬ気から元の状態に戻り、全身を襲う筋肉痛と虚脱感に襲われる。

 とてもではないが崖にしがみ付いている事すら出来ない。

 あまりの疲労からか、綱吉は岩肌から手を離してそのまま落下する。

 

「…………くそっ」

 

 綱吉は苦悶に顔を歪めながら崖の上の方へと手を伸ばす。

 しかし、そこに無い物を掴むことが出来ないように、遠くなっていく崖の上を掴んで這い上がる事は出来ない。

 自らの努力を無に帰す残酷な現実を味わいながら落下し、崖の下にあった川に着水した。

 

   +++

 

「はぁ…………」

 

 焚き火に当たり、川に落ちたことで冷えた身体を温めながら綱吉は溜め息をついた。

 元々ダメツナと呼ばれる程にダメダメなのだ。そう簡単に強くなれたり、修行をクリア出来るとは思っていない。

 それでも心の何処かで思ってしまう。

 本当にこんな事をして強くなれるのか、と。

 

「沢田さん。カレーです、どうぞ」

「あ、ありがとう」

 

 差し出されたカレーライスを受け取る。

 スパイスが入っているのだから当然の話だが、食欲を擽るとても良い匂いだった。修行で身体を酷使し、体力が尽きている事もあって食欲を刺激する。

 

「いただきます」

 

 そう言ってスプーンで掬い口に運ぶ。

 空腹は最高の調味料という言葉の通り、修行で身体を酷使した綱吉の身体に染み渡る。

 スパイスの香りに野菜の甘み、入れていた牛肉の旨み。ルーに溶け込んでいるホクホクのジャガイモにカレーの辛さ。

 

「初めて作ったので自信は無いんですけど…………」

「美味しい、凄く美味しいよ!!」

 

 むしろ初めての料理でここまで美味しく作れるのは本当に凄い。

 ユニが作ったカレーライスを食べて顔を綻ばせながら、綱吉はスプーンを進める。

 

「気に入っていただけたようで何よりです」

 

 自分が作った料理を美味しいと言われたからか、ユニは綱吉を見て笑みを見せる。

 火を囲んで食べるという初めてのキャンプだったこともあってか、あっと言う間にカレーライスを平らげる。

 

「満足しましたか?」

「うん。本当に初めて作ったのかって思うくらい美味しかったよ。ユニって料理も上手なんだね」

「料理はイタリアに居た頃にお母さんに教えて貰ったんです。まぁ、お母さんも多忙で中々教えて貰えませんでしたが」

 

 そう言ってユニは何処か寂しそうな表情を浮かべる。

 元々、ユニは自分の家庭教師になる人間ではなかった。いや、そもそもとして彼女はジッリョネロファミリーとかいうマフィアの後継者。

 そして、彼女はあくまでここに避難して来た人間。

 本来ならばイタリアで、親の下で暮らすことが出来ていた筈なのだ。

 

「ユニは…………寂しい?」

「いいえ、寂しくは…………」

 

 綱吉の言葉を否定しようとするが、ユニは言葉を詰まらせる。

 そして、少しの時間考えた後、綱吉に視線を向けた。

 

「正直に言えば、寂しくないと言えば嘘になります」

「…………そっか」

 

 別に不思議な事ではなかった。

 見知らぬ土地で過ごす事やこの前のマッドクラウンに襲われた事。

 不安になる事だって沢山あるし、悩むことはもっとあるだろう。

 

「でも、沢田さんの痛みに比べればずっとずっとマシですよ。むしろ私の方こそ沢田さんに迷惑ばかりかけて」

「そんな事は無いよ」

 

 申し訳なさそうに呟くユニの言葉を否定する。

 

「オレはユニが来た事を迷惑だなんて思っていないから」

 

 確かにユニが来た事で毎日が大変になったのは事実だ。

 毎日家で勉強をする羽目になったり、ユニとの関係をクラスメイト達に聞かれたり、挙句の果てには人を殺してしまった。

 取り返しがつかない罪を犯してしまい、今でも悪夢に苛まれている。

 それでも、ユニとの出会いが無ければ良かったなんて思った事は一度も無い。

 

「むしろ、ユニと会えて良かったって思ってるよ」

 

 ユニのおかげで産まれて初めてテストで満点を取る事が出来た。

 ユニのおかげで今こうして無事でいられる。

 ユニのおかげでダメツナだった自分にも勇気があるという事を知ることが出来た。

 それは他の誰かから見ればちっぽけで惨めなものだったのかもしれない。

 だが彼女との出会いは決して忘れるが無い、忘れてはいけない大切な宝だった。

 心の中でそう考えていると、ユニは顔を赤くする。

 

「…………沢田さんって何気に天然ですよね」

「えっ、何? どういう事?」

「何でもありません!」

 

 不貞腐れているかのようにそう言い放つユニの言葉に綱吉は首を傾げる。

 そんな綱吉を見てユニは呆れていると言わんばかり溜め息をつく。

 

「まぁ、良いです。それよりも、少しだけ真面目な話をしましょうか」

「…………分かったよ」

 

 夕食を終え、楽しい談笑も終えた二人は雰囲気を変えて話し始める。

 

「沢田さんは死ぬ気弾を撃たれた際に出て来る額の炎を覚えていますか?」

「うん。勿論覚えているよ」

 

 ユニの問い掛けに綱吉は首を縦に振って肯定する。

 死ぬ気弾を撃たれるとテンションが上がり、自分でも荒々しいと思ってしまう程に態度が変わる。とはいえ、人格が変わるわけではない為、意識そのものははっきりしている。

 だから死ぬ気モードの時に自分の額に炎が灯っている事もしっかり覚えていた。

 

「あの炎って何なの? オレが持っているリングやマッドクラウンが持っていたリングからも出てたし…………マッドクラウンの炎は色が赤かったけど」

 

 自らが抱いていた疑問を、聞く機会が中々無かったが為に聞けなかった疑問を投げかける。

 するとユニは一度瞳を閉じた後、目を開いて語り始めた。

 

「あれは死ぬ気の炎と呼ばれている、裏社会で語り継がれている力です」

 

 死ぬ気の炎。

 その正体は人間が有する生命エネルギーを圧縮したものであり、それ自体が破壊力を持った炎のような力。

 鋼鉄をいとも容易く溶かす熱量や、炎を武器に纏わせる事で攻撃力を上昇させたりする事が可能で、ボンゴレファミリーやジッリョネロファミリー等の歴史あるファミリーが代々使用して来た。

 事実歴代ボンゴレのボス達は一人の例外も無く、この死ぬ気の炎の使い手だったのだという。

 

「へー、そうなんだ。でも、それなら何でマッドクラウンが使う事が出来たんだ?」

 

 ユニの説明を聞いた綱吉は疑問から首を傾げる。

 マッドクラウンはどう見ても歴史ある立場ではない。

 だが何故死ぬ気の炎を使う事が出来たのか、その理由はある程度理解できる。

 そして、マッドクラウンと同じ物を自分は持っている。

 

「もしかして、リングが関係してるの?」

「はい。その通りです」

 

 綱吉の呟きを聞き、ユニは肯定する。

 

「遥か昔、マフィア界ではリングは契約の証として伝えられていました。ですが、近年になってリングには人知を超える力があると分かったんです」

「それが死ぬ気の炎…………」

「そしてリングから出た死ぬ気の炎を動力源として動く兵器がこの匣兵器です」

 

 そう言ってユニは懐から正方形状の箱を取り出す。

 取り出したその匣はマッドクラウンが所持していたチェンソーが入っていた匣だった。

 

「それ、ユニが持ってたんだ」

「流石に放置しておくわけにはいきませんでしたからね。ついでにマッドクラウンのリングもここにあります」

「意外とちゃっかりしてるんだね」

 

 だがそのままにしておいても良い事にはならなかっただろう。

 もしマッドクラウンのリングが他の誰かの手に渡り、万が一にもその誰かが死ぬ気の炎を灯すことが出来たら目も当てられない事になる。

 

「でもユニがこのリングについて知ってるってことは、死ぬ気の炎の灯し方も知ってるってことだよね?」

「…………残念ですが、それはまだ分かってないんです。ただおじ様は覚悟を燃やすと言ってました」

「覚悟を、燃やす…………?」

 

 それは一体どういう事だろうか。ユニの言葉に綱吉は頭を悩ませる。

 覚悟は持っている、なんてとてもではないが言えない。少なくとも悩んで、迷って、優柔不断な自分には似合わない言葉だろう。

 

「沢田さんはあの時、マッドクラウンと戦っていた時、どんな事を考えていたんですか?」

「ど、どうって…………マッドクラウンに勝ちたいって」

 

――――本当にそうなのだろうか?

 

 あの時、自分は何を考えていた?

 マッドクラウンに勝ちたい、あんな奴に負けたくない。そう考えたのは確かに事実だ。

 だけど、それだけではなかった筈だ。

 綱吉は思い返す。あの時の戦いの事を。辛くて痛くて、けれど生まれて初めて目を背けないで戦った時の事を。

 そして思い出す。あの時、何を考えて戦っていたのかを。

 

「…………そうだ、オレは」

 

――――ユニを守りたい、って思ったんだ。

 

 その事を思い出した瞬間、綱吉の首から下げていたリングからオレンジ色の炎が、死ぬ気の炎が溢れた。



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成長ツナ

だいぶ遅くなりました。
修行パートって本当に大変です。
なかなか展開が思いつかねぇ。


「り、リングから炎が…………!」

 

 首から下げているリングから、噴き出る死ぬ気の炎に綱吉は驚愕の声を上げる。

 今まで何とか灯そうとして、上手くいかないで頭を悩ませていたのが嘘のようだ。だが、今こうしてリングが燃え盛っているのは間違いなく現実だった。

 

「も、もう一回…………!」

 

 リングに灯った死ぬ気の炎を消して、再度つけ直す。

 消してはつけて、消してはつけてを何度か繰り返して、綱吉はこの死ぬ気の炎が偶然や火事場の馬鹿力でついたものでないことを理解する。

 

「や、やった…………!!」

 

 死ぬ気の炎を灯せた事に綱吉は泣きそうになりながらも喜ぶ。

 ようやく、ようやく死ぬ気の炎を自らの意思で灯せるようになったのだ。

 

「ユニ、本当にありがとう。ユニが教えてくれたおかげだよ」

 

 綱吉はユニに感謝の言葉を告げる。

 彼女の助言が無ければ、自分一人ではきっと炎を灯す事は出来なかっただろう。

 そう考えていると、ユニは嬉しそうに笑みを浮かべながらも首を横に振る。

 

「いえ、いいえ。私はあくまで教えてもらった事をそのまま伝えただけ。炎を灯す事が出来たのは沢田さんに覚悟があったからです」

「オレに…………覚悟?」

「はい。それで、沢田さんはリングに炎を灯す時、どんな事を考えたんですか?」

「えっと、それは…………」

 

 ユニの言葉を受けて、綱吉はリングに炎を灯した際に何を考えたのかを語ろうとして固まる。

 だが、炎を灯す時に胸の内に抱いた覚悟を思い出し、顔を赤くする。

 

「あ、あぅ…………」

「顔を真っ赤にして、どうかしたんですか?」

「な、なんでも無いよ!」

 

 心配そうに顔を覗き込むユニに綱吉は慌てながらそう答える。

 場合によっては告白とも受け取られかねない覚悟だ。とてもではないが本人の前で言える事じゃない。

 それに、自分には気になっている人が居るのだから。

 尤もその人は剣道部の持田先輩と付き合っているという噂が流れていて、実際にその現場を見てしまっているが。

 

「さ、沢田さん。いきなり百面相なんかして、やっぱり何かあったんじゃ」

「本当に何ともないから。ただ…………ちょっと思い出したくない事を思い出しちゃって」

「…………そう、ですか。すみません。沢田さんが最初に死ぬ気の炎を灯したのはマッドクラウンとの戦いの時の事。辛い、出したくない事を思い出させてしまって」

「い、いや、そういうわけじゃないんだよ」

 

 態度を見て勘違いしたのか、表情が暗くなっているユニの考えを綱吉は否定する。

 考えていた事を察しているわけではないらしいが、だからといって彼女のそんな顔を見たくは無い。

 

「ただちょっと、人に言うには少し恥ずかしいというか…………」

「そうですか…………なら、沢田さんが話してくれるその時まで待ってますね」

 

 暗かった表情から一転してにっこりと笑みを浮かべるユニに対し、綱吉は困ったように苦笑いする。

 

「沢田さん」

 

 そして、笑みを浮かべていたユニの表情が変わった。

 

「実は沢田さんに伝えなくてはいけない事があるんです」

「伝えないといけない事?」

「はい。実は私、いいえ、私の一族は予知の力があります」

「よ、予知…………?」

「はい。その予知です。未来を視る事が出来るんです」

 

 ユニの口から語られた言葉に綱吉は思わず固まってしまう。

 今までも散々常識外の事は散々見て来たし体験してきた。

 死ぬ気弾に死ぬ気の炎、(ボックス)兵器。だがここに来てまさかの予知能力だ。

 とはいえ、信じないわけではない。

 彼女が嘘を言うわけが無いのだから、真実なのだろう。

 

「尤も、必ず未来が分かるというわけではないんですけどね。それに詳しい事は分からない事も多いですし」

「それで、どうしていきなりそんな事を言ったの?」

「近い未来、襲撃者が来るからです」

 

 淡々と告げられたその言葉に綱吉の身体は凍り付く。

 襲撃者――――その事実はつい先日のマッドクラウンを思い出す。

 

「…………その襲撃者って、いつ来るかは分かる?」

「すみません。そこまでは分からないんです。ただ、三日以内に来るかと」

「そっか…………大丈夫」

 

 予知の内容を、襲撃者が来る事を聞いた綱吉は決意を固める

 恐らくマッドクラウンのような殺し屋なのだろう。そんな恐ろしい奴が自分達の命を狙いにやって来る。

 その事実に綱吉は少しだけ身体を震わせて、自らの腕を掴んで震えを止める。

 怖くないと言えば嘘になる。痛いのは嫌だし、辛い事から逃げ出したいという思いもある。

 だけど、それ以上にユニを守りたいという思いが強かった。

 

「ユニは、オレが守るから」

 

 リングに灯る死ぬ気の炎が強くなった気がした。

 

   +++

 

 修行を開始してから二日目。

 

「凄い、ですね。まさか二日目で第二段階まで行くなんて…………」

 

 ユニは修行をしている綱吉の姿を見てそう呟く。

 事情を知っているとはいえ、こういったことに関しては素人な自分の目から見ても理解出来る。

 それ程までに今の綱吉の成長速度は凄まじかった。

 崖登りは早朝にやった一回で登り切った。第二段階の死ぬ気のコントロールも苦戦したのは最初だけで、すぐにコツを掴んで今では殆ど完成しているといっても過言ではない。

 才能――――それもあるだろう。ボンゴレⅠ世の直系の子孫であり、幼少期にボンゴレⅨ世によって封印されたくらいなのだ。

 だがそれだけじゃない。才能が成長の速さの理由にはならない。

 

「予知の事を伝えたから、でしょうか?」

 

 恐らく、それも理由の内の一つなのだろう。

 目の前に脅威が迫っている事、そして自分自身の覚悟を理解した事。

 その二つが彼を急激に成長させているのだ。

 

「この調子なら今日で第二段階は終わりそうですね」

 

 とはいえ、三段回目までは難しそうだが。

 アレはボンゴレの奥義とも言われている特異な技だ。

 流石にそう簡単に会得出来る程簡単ではない。それでも、この調子なら後一週間あれば会得出来るだろう。

 尤も、その奥義を教える時間は無いのだが。

 

「ふぅ…………ユニ、どうだった?」

「ばっちりです。もう、死ぬ気のコントロールは完璧ですね」

「うん」

 

 額の死ぬ気の炎を消し、平静に戻った綱吉。

 その表情は少し不安そうにしているが、マッドクラウンとの戦いの後から続いていた迷いは既に消えている。

 

――――これなら大丈夫。

 

 死ぬ気の炎のコントロールも出来ているし、この調子なら問題は無さそうだ。

 強い決意に満ちた綱吉の顔を見て、ユニは懐からある物を取り出す。

 それはマッドクラウンが持っていた匣兵器だった。

 

「沢田さん。これを受け取って下さい」

 

 ユニはマッドクラウンが持っていた匣を綱吉に向かって放り投げる。

 突然物を投げられた綱吉は落としそうになるものの、何とか手中に収めた。

 

「マッドクラウンが持っていた匣兵器です。大空の属性なら全ての属性の開匣する事が出来ますので。ただ開匣こそ出来ますがその力を全て引き出せる訳ではありません」

 

 それが大空の属性の弱点だ。

 開匣する事は出来ても、他の属性のように匣兵器を性能をフルに使える訳では無い。

 大空の属性の匣ならば話は違うのだが、そんなものはここには無い。

 

「とはいえ、此方が使える武器には変わりありません。いざと言う時に使って下さい」

「…………分かった」

 

 綱吉は手中にある匣兵器を見て、何とも言えないような表情を浮かべる。

 マッドクラウンとの戦いで尾を引く事になった武器だ。

 出来れば使いたくないのは分かるし、ユニとしてもあまり使ってほしくない。

 だが、そんな事を言う余裕は此方には無かった。

 使わないに越した事は無いが、相手も匣を使う以上、それは難しいだろう。

 

「あとは、そうですね。リングは指にはめておいた方が良いかと。首から下げていたら取られる可能性もありますから」

「確かに、言われてみればその通りだね」

 

 自身のアドバイスを聞き入れた綱吉は首から下げていたリングを指に通す。

 その瞬間だった、何かを閃いたかのような表情を浮かべたのは。

 

「ねぇユニ。襲撃はまだ、なんだよね?」

「はい。予知の内容はあまり正確ではありませんが、恐らく明日になるかと」

「ならさ。もうちょっとだけ特訓しても良いかな?」

「構いませんが…………どうしたんですか?」

 

 綱吉の発言にユニは首を傾げながら尋ねる。

 すると綱吉は安堵したような笑顔を浮かべた。

 

「ちょっとね、良い考えを思い付いたんだ。上手くいくかは分からないけど」

「けど?」

「上手くいけば、この匣兵器を使わないで襲撃者を撃退できると思う」

 

 その言葉には強い思いが込められていた。



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憤激ツナ

すみません、色々遅れてしまって。
最近リアルで色々あったので中々書くことが出来ませんでした。
職場の人間関係のトラブルで正直な話、中々書くことが出来ず…………。
仕事終わってから三時間も電話されたら書く暇も無かったんで…………。

取り敢えず続きどうぞ。


「見つけた」

 

 並盛町に来てから早三日。

 自らの手駒を従えた金髪碧眼の少女は木の上に登り、ライフルに付けられたレンズ越しに遠くを見ていた。

 双眼鏡の先には自身がこの日本に来た理由である、標的のボンゴレ10代目候補の沢田綱吉とジッリョネロファミリー次期ボスのユニ・ジッリョネロが居た。

 レンズ越しに見える二人は話し合っているようにも見える。

 

「殺すなら、今がチャンス」

 

 自分よりも先に二人の命を狙ったマッドクラウンは失敗し、返り討ちにあった。

 だがそれはマッドクラウンが弱かったというわけではない。

 油断こそしたものの彼は力の限り戦った。とはいえ、標的は平和な日本で暮らしている平和ボケした人間と箱入り娘のように育てられてきた娘だ。油断しても無理はないだろう。

 だがその油断はもう無い。相手が刺客を返り討ちにするだけの実力があると分かった以上、此方も最大限の準備をする。

 用意した手駒を使う事なく終われば薬を無駄遣いしたことに後悔するだろうが、この際細かい事は気にしない。

 ライフルの引き金に指をかける。

 

「死ね」

 

 一気に指を引いて弾丸を放とうとする。

 死ぬ気の炎を纏ってない攻撃だが、命を奪うにはこれで十分だ。

 銃口から放たれた弾は空気を切り裂きながら突き進む。このままいけば沢田綱吉の頭部を潰れたスイカのように変えるだろう。

 そう思いながら引き金を引き絞ろうとして、レンズ越しに見える沢田綱吉が此方に視線を向けた事に気が付いた。

 

「ッ!?」

 

 気付かれた、そう理解しながらも引き金にかけていた指が止まる事はなく、銃口から弾丸が放たれる。

 その衝撃で少女は仰け反り、レンズから離れてしまう。

 

「しまった!」

 

 視線を外してしまった事を悔いながらも、再びレンズ越しに二人を見ようとする。

 攻撃が当たっていてほしい、そう思うものの二人の姿は見えなくなっていた。

 

「何処に消えた…………?」

 

 姿を消した二人を見つけようと周囲に視線を向ける。

 暗殺対象に気付かれた上、姿まで見失ったのはかなり不味い。

 少女は必死になって標的である二人を見つけようと周囲を見渡して探そうとする。

 その瞬間だった、足場にしていた木が倒れようとしていたのは。

 

「えっ?」

 

 突如感じた浮遊感に少女は何も出来ず宙に投げ出される。

 

「見つけたぞ」

 

 ふと耳に響いた声に、少女は声がした方向を見る。

 視線を向けた先に居たのは、自分が見失った標的である沢田綱吉の姿だった。

 

   +++

 

 時間は少しだけ遡り、修行を開始してから三日目の早朝。

 

「襲撃者は北西からライフルで狙撃して来ると思います」

 

 ユニの口から語られた言葉に綱吉は気を引き締める。

 彼女の言葉通りに行くならば既に自分達は命を狙われているのだ。

 何時狙撃されてもおかしくはない。

 

「ただ最初の一発が当たる事はありません。そこまでは予知で見る事が出来ました」

「それじゃあ、そこから先の未来はどうなるの?」

「…………すみません。私もここまでしか分からないんです。元々私の予知はそこまで便利なものではないですから」

「そうなんだ…………」

 

 それでも未来を視る事が出来る時点で破格なのだが。

 綱吉はユニの口から語られた予知の内容を聞きながらそう考える。

 最初の一発は必ず外れると分かっているとはいえ、相手はライフルを持っているのだ。

 仮に最初の攻撃が当たらなかったとしても、次の攻撃が当たらないわけではない。相手はそのままライフルで狙撃を続けるだろう。

 あの技を使えばライフル程度なら防ぐのは容易い。

 だがそれを何度でも防げるわけではない。

 

「どうすれば良いんだ…………」

「大丈夫ですよ」

 

 一人頭を悩ませている綱吉の頭の上にユニは優しく手を乗せる。

 

「沢田さんは少し自分の事を過小評価するきらいがあります。これまでの事を考えればそれも当然だとは思います。ですが、今の沢田さんは辛い修行を乗り越えました」

「ユニ…………」

「だから大丈夫。沢田さんなら乗り越えられます。自分を信じてください」

 

 その言葉を聞いて綱吉は笑みを浮かべる。

 本当に心の底からそう思っているのだろう。彼女の口から出た言葉に嘘は一欠けらも含まれていない。

 とはいえ、何の策も無しにライフルを持っている殺し屋相手に突っ込むのはあまりにも危険過ぎる。

 だけど、彼女の信頼に応えたい。

 

「本当に、オレなんかが勝てるかな?」

「はい。沢田さんなら勝てます。だって、私の生徒なんですから」

「ふぅ…………分かった。なら、ユニはオレが必ず守るから」

 

 自分が勝つと宣言した少女に報いる為に、綱吉は覚悟を決めた。

 

   +++

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

 雄叫びと共に綱吉は右拳をライフルを手に持った少女に向かって振るう。

 

「ッ!?」

 

 少女は驚愕に満ちた顔をしながらもライフルを盾にして、攻撃を防ごうとする。だが死ぬ気モードに加えてリングの炎も込められた一撃を防ぐ事は出来ず、拳はライフルを破壊して少女の身体を打ち抜いた。

 

「げっ、ぶぅ…………!」

 

 腹部を強打した事で少女は口から胃液を吐き出す。

 

「っ、らぁ!!」

 

 右拳に感じる人を殴った感触を不快に感じながらも、綱吉はそのまま拳を振り抜く。

 少女の身体はそのまま地面に激突――――する直前に現れた三体の怪物によって受け止められた。

 

「げっ、げぇえええ!! おぇ、ぁあああああああ!!」

 

 怪物達の腕の中で少女は苦しみ悶える。

 正直な話、ここまでダメージを与える事になるとは思っていなかった。

 だがよく考えればそれも当然だ。マッドクラウンと戦った時に比べても自分は強くなっている。死ぬ気弾を受けてもパンツ一丁になっていないし、力の使い方に関しても無駄が無い。

 実感してなかっただけで、自分は強くなっている。

 

「よし、戦えてる…………!」

 

 少女の武器であるライフルも既に壊した為、彼女一人相手ならば余程の事が無い限り負ける事は無いだろう。

 ただあの三体の怪物を相手にするのは少しキツイかもしれない。

 ユニから聞いた話だが、(ボックス)兵器の中には動物の兵器もあるという。あの三体の怪物も死ぬ気の炎を灯していることから恐らく、動物タイプの匣兵器なのだろう。

 

「後は彼奴等を倒せば――――」

 

 そう判断した綱吉は三体の怪物を倒そうと右手に死ぬ気の炎をチャージする。

 が、その三体の様子に違和感を感じた為、炎のチャージを一時止める。

 

「ゔうぅ…………い、た」

 

 呻き声にしか聞こえないような、けれどもそれは確かな人の言葉だった。

 

「まさか…………」

 

 綱吉の脳裏にある考えが過ぎる。

 

「人間なのか?」

「ああ、そうだよ…………」

 

 戸惑う綱吉の呟きを聞いて、襲撃者である少女はお腹を抱えながら肯定する。

 

「こいつ等は人間よ。と、いっても薬と炎で色々と弄ったから元人間の方が正しいかな?」

 

 少女がそう告げると同時に三体の怪物、否、三人は綱吉の方を向く。

 

「いやー、私一人だったら間違いなくここで終わってたわ。薬で多少お金はかかったけど、用意しておいて本当に良かった」

「…………なんて、酷いことを」

「酷い、ねぇ。元々は何処にでも居るような普通の家族だったのよ。居ても居なくても何の価値も無いわ。むしろ私に使ってもらえただけ感謝してほしいぐらいよ」

 

 呆気からんに言う少女の言葉に顔を青褪める。

 彼女の言葉通りなら三人はただの被害者でしかない。

 

「許せない」

 

 胸の奥から込み上げて来る怒りに綱吉は炎を燃え上がらせる。

 

「別に許されなくて良いわよ。あんたはこれから死ぬんだから――――ほら行け! 私の役に立ちやがれ!!」

 

 三体の人間だった怪物の雄叫びが、絶叫が響き渡る。

 とてもではないが人間のものとは思えないその叫びに綱吉は顔を歪ませる。

 殺し屋と違って本来なら戦わなくても良い相手だ。いや、そもそも戦う必要すら無い。それを薬でこんな姿に変えた上で無理矢理戦わせているのだ。

 哀れとしか言いようがない。

 

「すまない…………!」

 

 綱吉はそう呟くと同時にリングの炎を拳に集める。

 出来ることなら戦いたくはない。だが戦わなければ此方も死にかねない。

 なら、自分に出来ることはただ一つ。

 全力を出しつつも、決して致命傷を与えない程度の威力の攻撃で動きを止めることだけだ。

 

「メテオアクセル――――!!」

 

 右拳に集めた炎を拳に乗せて放つ、一点集中の攻撃。

 その一撃を三体の人間だった怪物に叩き込んだ。




次回でこの話も終わりです。
そして次はあの少女の出番です。


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解決

取り敢えず修行は終了です。
次回からはファミリーとの出会いをやっていきます。


 淡いオレンジ色の大空属性の炎と紫色の雲属性の炎が衝突する。

 強大な破壊力を秘めた攻撃が互いにぶつかり合った衝撃で突風が吹き荒れ、周囲にあった木々がへし折れて行く。

 

「まるで天災ね…………」

 

 大気を震わせるような強い衝撃に身を屈めて堪える。

 裏社会において、リングや(ボックス)兵器を使う人間は総じてイカれている奴と見做されている。

 炎を使える者とそうでない者にはそれだけ大きな差があるからだ。

 だがそれは戦闘力の事だけを指しているわけではない。むしろその精神性にこそ問題がある。

 少女自身それは事実だと考えていた。実際、自分が知る限り使う事が出来る者は頭のネジがズレているか、もしくは外れている。

 そして今、自分の目の前で激突している沢田綱吉は間違いなくネジが外れている人間だろう。

 匣兵器を使わず、薬と雲属性の死ぬ気の炎で改造した三体の手駒を纏めて相手にしているのだから。

 

「同じ人間だとは到底思えないわ」

 

 本当に割に合わない仕事だ。

 ボンゴレの次期ボスということで報酬は高額だが、それでも釣り合いが取れていない。

 単純な腕っぷしで解決する頃ならそれでも良かったのだろうが、リングや匣が広まった現在では全く良くない。護衛が使えたらこっちだって命の危険があるし、そもそも標的が強かったのなら手の出しようが無い。

 

「でも、それを理由に止めるわけにはいかないのよ」

 

 裏社会で生れ落ち、裏社会で育った。

 そんな自分が今更表社会で生きていけるとは思えないし、生きていこうとすら思わない。

 

「勝てば生きて、負ければ死ぬ。そんなのはいつもの事よ」

 

 匣を解匣して雲属性の炎が灯ったダーツを手に持つ。

 このダーツには毒が塗られている。雲属性の炎が有する特性は『増殖』。

 僅かにでも肉体に侵入すれば毒が体内で増殖し、対象に死を与える。

 攻撃を当てる必要は無い。掠りさえすれば勝負に勝てるのだ。

 そう考えた少女は手に持ったダーツを手駒と激突している沢田綱吉に向かって投擲しようと振りかぶる。

 

――――その瞬間だった。突如現れた狼にダーツを持った右腕を噛み付かれたのは。

 

「え?」

「グルルルルゥ!!」

 

 少女の腕を噛み締めた狼は思いっきり振り回す。

 ボキリと何か固い物が圧し折れる嫌な音が鳴り響き、次の瞬間には凄まじい激痛が少女を襲った。

 

「グルァアア!!」

 

 狼は人間一人を軽々と振り回す力で少女を近くの木に叩き付ける。

 

「あっ――――」

 

 自らの身体に襲い掛かる衝撃に少女は息を詰まらせる。

 激しく振り回された事で武器の猛毒ダーツを手放してしまい、其処ら中に散らばってしまっている。

 何故、どうして、急に狼が現れて自分を襲ったのか。

 予想外の攻撃に少女は困惑を隠せないでいた。

 それでも折れた右腕を庇いながらも、まだ動かせる左手でダーツを拾おうと顔を上げる。

 少女が意識を失う前に最後に見たものは、ぶつかり合いに押し負けて自らに突っ込んでくる三体の手駒の姿だった。

 

   +++

 

 殴り飛ばした三体の異形は、襲撃者だった少女を巻き込んで木に激突。

 物凄い速さでぶつかった事により木はへし折れ、異形達は沈黙した。

 三体の身体で隠れて見えないが、襲撃者の少女も同じように沈黙している事だろう。少なくともあの勢いでぶつけられれば気絶はしていなくても動く事は不可能だ。

 その上、下敷きになるよりも前に既に攻撃を受けていたのだから尚更だ。

 

「――――勝ちましたね。沢田さん」

 

 身動き一つ取れなくなった襲撃者達を見下ろしていると、ユニの声が森の中に響いた。

 綱吉は見下ろすのを止め、声がした方向に視線を向ける。

 視線を向けた先には一匹の狼を連れて歩くユニの姿があった。

 

「勝ったけど…………その狼は?」

「この子は私の匣兵器、天空狼(ルーポ・ディ・チェーリ)のコスモです。沢田さんの援護をと思って、開匣しておいたんです」

「そうなんだ…………」

 

 ユニの言葉に綱吉は狼に視線を向ける。

 改めて良く見ると狼の耳の辺りから青空の死ぬ気の炎が出ている。

 これが話で言っていた動物(アニマル)タイプの匣兵器というやつなのだろう。

 

「くぅん」

 

 観察していると天空狼のコスモは小さく鳴き声を上げながらゆっくりと近付き、その柔らかい毛並みを足に擦り付けた。

 幼い頃から現在に至るまで動物に追いかけ回される事は良くある事で、幼少期に至っては小型犬のチワワにすら流された事がある。

 その事から動物に対しあまり良い記憶が無かった綱吉は困った表情を浮かべる。

 

「頭を撫でて上げて下さい。コスモはそうすると喜びますので」

「え、えっと…………分かったよ」

 

 綱吉はユニに言われるがままコスモの頭を撫でる。

 この戦いで、何かをしようとしていた殺し屋を戦闘不能にしたのはこの狼のお陰だ。

 コスモが居なければ勝負は違った結果になっていたかもしれない。

 

「ありがとうコスモ」

 

 感謝の言葉を告げると、コスモは甘え始める。

 本当に可愛い。さっき殺し屋の少女に見せた猛獣とは思えない。

 そう思いながら頭を撫でていると、ユニが咳払いをする。

 

「私に対しては無いんですか? コスモは私の匣兵器なんですが」

「ユニもありがとう」

「ええ、どういたしまして」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるユニを尻目に綱吉は死ぬ気モードを解除する。

 その瞬間、全身にとてつもない疲労が襲い掛かる。

 だが無理も無い。この三日間毎日修行をして、最終日に至っては戦闘を繰り広げたのだから。むしろこれぐらいで済んでるのはしっかり体力がついた事の証明だろう。

 尤も、あまり嬉しくはないが。

 

「ねぇ、ユニ」

「何でしょうか?」

「この人達を元に戻す方法って、あるかな?」

 

 綱吉は襲撃者の手によって姿を変えられた三人の被害者に視線を向けながら問う。

 問いを投げられたユニは先程の笑顔から一転し、悲しそうな表情を浮かべる。

 

「恐らくですが、元に戻す方法は無いと思います」

「…………そっか」

 

 別に期待していたわけではないが、それでも可能性があるならば元に戻してあげたかった。

 彼等は、あるいは彼女等はあくまで被害者に過ぎないのだから。

 

「この人達はこれから、どうなるんだろう」

「…………私達に出来る事はありません。ただ、ボンゴレファミリーの人に後を任せるので悪いようにはならないかと」

 

――――嘘だ。

 

 詳しい知識があるわけでもなければ正しい診断が出来るわけでもない。

 綱吉に彼等の身体がどうなっているかなんていうのは分からない。

 だが、ユニが嘘を言っている事だけは分かった。

 恐らく自分に気を使って嘘を付いたのだろう。それが意味するのは彼等は絶対に助からないということ。

 そして――――、

 

「ごめん」

「いえ、いいえ。沢田さんが謝る事じゃ無いですよ。悪いのは彼等をこんな姿に変えた人なんですから」

 

 ユニの言葉に綱吉は項垂れ、拳を握り締める。

 仮にここまで身体を改造されては、生きて表社会で暮らす事は出来ないだろう。

 素人目から見ても、元の人間の姿に戻るのは不可能だと断言出来る。

 

「どうして…………」

 

 どうして直接自分達を狙わず、関係無い人達を巻き込むのだろうか。

 自分達の命が欲しいだけなら他人を巻き込む必要なんか無い筈だ。

 

――――ボクの楽しミだヨ。むしろボクを楽しませル為ニ殺さレル事を感謝シテほしいクライだよ。

 

「…………ッ」

 

 脳裏に過ったマッドクラウンの言葉に顔を歪める。

 アレが裏社会にとっての普通だとは思えない。だが、あんなのが居るのが裏社会なのだ。

 人の命を命と思わないような冷酷で、残忍な殺し屋。

 今自分が倒したこの少女も、マッドクラウンのような人間だとするならば、いっそのこと――――。

 

「…………何を考えてるんだ、オレは」

 

 ほんの僅かにでも脳裏に過った考えを頭の中から追い出す。

 人を殺すのは悪い事で、絶対にやってはいけないことだ。

 自分達に出来る事はもう無い。後はユニの言う通りボンゴレファミリーの人に後を任せるだけだ。

 そう自分に言い聞かせ、綱吉はユニの方に視線を戻す。

 

「ユニ、ごめん。少し休むよ」

「…………お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい」

 

 肉体的な疲労と精神的な疲労、その両方から来る疲れに綱吉は近くの木の足下に座る。

 そんな綱吉を見て、ユニは悲しげな表情をしていた。




ユニ曰く白蘭とツナは似ているとのこと。
全く関係無いですけど、ツナも一歩間違えれば闇堕ちしてたかもしれないですし。


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心機一転ツナ&ユニ

すみません、かなりお待たせしました。
転職活動などなどやってたらスランプに陥ってしまって、今少しずつ回復中ですので気長にお待ちください。
さて、今回からファミリー集めに入ります。

出来ればお色気要素も入れたかったんですが、暫くは先になります。


 今回の出来事はとても後味の悪い結末だった。

 席を外した綱吉の後ろ姿を、ユニは何とも言えない表情を浮かべて眺めていた。

 

「――――すみません、沢田さん」

 

 ユニは申し訳なさそうに唇を噛み締める。

 殺し屋が来ると言う事は未来予知で分かっていた。

 だが、ここまで酷い結末になるとは思っていなかった。

 口に出してしまえば、否、心の中で思うだけでも言い訳になってしまうだろう。

 それでもそう思わざるをえなかった。

 自身の予知はそこまで便利なものではない。必ずしも見たい未来が見れる訳ではないし、具体的にどうなるのかが分からないという事も多い。

 

「私の甘さがこのような結果を招いてしまった」

 

 今回の予知はあくまで殺し屋が襲撃しに来る事ぐらいしか分からなかった。

 どんな言い訳をしようとも、結局は自分の不手際が原因だ。

 マフィアは決して無法者というわけではない。むしろ裏社会に属している者だからこそ、守らなくてはいけない柵やルールがある。

 だが、前回のマッドクラウンや今回の少女はそのルールを破っている

 両名とも堅気の人間に対し、積極的に危害を加えていた。

 この国には二度ある事は三度あるという言葉があるように、次の刺客も同様に手段を選ばない可能性が高い。

 いや、ここまで来たら楽観視する事は出来ないだろう。

 (ボックス)兵器が出回っている今の裏社会は動乱期。

 既存のルールが意味を成しておらず、そのルールを取り仕切る側も対応に追われている状態だ。

 

――――平和な日本であってもそれは例外では無い。

 

 自分達が置かれている現状を再確認したユニは苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 命を狙われているという立場上、受け身になるのは仕方が無い。

 だがこうも後手に回っている状態はあまり芳しくない。

 

「…………やはり、人手が足りないですね」

 

 結局のところ、その一言に尽きるのだろう。

 何をするにしても今の自分達に足りていないのは人手だ。

 家庭教師である自分に戦闘技能が無い為、こういった荒事は生徒である綱吉がやらなくてはいけない。

 結果、綱吉一人に負担が集中する事となる。いや、既に負担をかけている。

 つい先日までごく普通の表社会で生きて来た普通の人間を、人殺しにしてしまった。

 それは時を巻き戻しでもしない限り取り返しのつかない事。

 十四歳の少年が背負うにはあまりにも重過ぎる十字架。

 

「何とかしなくちゃ、いけないですよね。だって――――」

 

 ユニは決意を固めた表情を浮かべ、空を見上げる。

 

「私は沢田さんの家庭教師なんですから」

 

   +++

 

「…………はぁ」

 

 ユニと別れ、一人になった綱吉は木に背を預けて力無く溜め息をつく。

 

「オレ、本当に強くなれたのかな?」

 

 強くなれたのは間違いない。

 以前の自分だったなら死ぬ気モードを解除した後、間違いなく筋肉痛で苦しんでいた。いや、そもそもとしてさっきの戦いで勝利し、殺されずに済んだのは間違いなく特訓の成果だと言えよう。

 だが、強くなっても助ける事が出来ない。

 あの殺し屋の少女の手によって肉体を改造させられた人を元に戻す事は出来ないのだ。

 

「本当に、無力だなぁ…………オレって」

 

 ユニは仕方の無い事だと言った。

 分かっている。自分達に出来る事は皆無だと理解している。

 それでもどうにか出来ないのだろうかと思った。それでもどうにかしたいと考えた。彼等彼女等があんな姿になって苦しんでいるのは自分のせいなのだから。

 

「強く、なりたいなぁ…………もっと、強く…………」

 

 自分は確かに強くなった。以前の自分とは比べる事すらおこがましい程に強くなれた。

 だが、それでもまだ足りない。

 もっと強くなりたい、強くならなければいけない。

 彼女に、ユニにあんな辛そうな表情をさせたくないのだから。

 

「ユニにはずっと笑顔でいてほしいから」

 

 ふと口から出た言葉に、綱吉は少しだけ顔を赤くする。

 まるで告白しているみたいだ。そう考えると恥ずかしくなってくる。

 今この場にユニが居なくて良かった。もし聞かれていたら凄く後悔していただろう。

 だが、彼女の辛そうな表情を見たくないのは事実だ。

 それが彼女(ユニ)の家庭教師である生徒の自分(沢田綱吉)のやりたい事なのだから。

 

「うん、頑張ろう」

 

 綱吉はそう自分に言い聞かせて決意を新たにする。

 

「沢田さん」

 

 するとユニの自分を呼ぶ声が耳に届いた。

 声に反応した綱吉は一瞬だけ身体をびくりと震わせる。

 聞かれた、いや、もしかして最初から近くに居たのだろうか。そう考えた綱吉だったが、遠くの方からこっちに近付いて来るユニの姿を見て、その考えを否定する。

 

「沢田さん、大丈夫ですか?」

 

 自身に近付き、顔を覗き込むようにして見て来るユニに綱吉は恥ずかしさから僅かに顔を背ける。

 

「うん、もう大丈夫。ごめん、心配かけて」

「いいえ、気にしないで下さい。私は沢田さんの家庭教師ですから」

 

 ニッコリと微笑むユニの顔を見て、少しだけ気分が軽くなる。

 

「…………ユニ」

「何でしょうか?」

「ありがとう。オレの家庭教師がユニで良かったよ」

 

 綱吉がそう言うとユニは一瞬だけ目を見開く。

 が、すぐに目を細める。そして嬉しそうに微笑みを見せた。

 

「ありがとうございます」

 

 普段浮かべている明るい笑みとは違い、今にも消え入りそうな笑みだった。

 その言葉に、その感謝の言葉にどのような意味が込められていたのかは分からない。

 だが一つだけ、彼女が嬉しいと感じたのだけは何となく理解できた。

 

   +++

 

 修行を終えて山から下山してから数日が経過した。

 あの後、ボンゴレファミリーと称する見張りの人がやって来て少女と三人の被害者の身柄を預ける事となった。

 彼女等、特に被害にあった人達に関しては出来る限りの手は尽くすとは言っていたものの、やはり難しいだろう。

 ちなみに殺し屋の少女については何も言わなかったので、綱吉達も聞かない事にした。

 そして現在。雨が降る中、綱吉は傘をさしながら一人町を歩いていた。

 

「はぁ…………こんな雨の中、おつかいを頼まなくてもいいだろ」

 

 綱吉は溜め息をつき、項垂れながら文句を呟く。

 とはいえ、釣り銭は貰っても良いと言ってた為、そこは嬉しいところだ。

 それでもこの雨の中、外に出るのは中々に辛かった。

 そう考えていると近くで一台の車が水溜りに突っ込み、水が跳ね上がった。

 

「っ、と」

 

 自分にかかりそうだと判断した綱吉は傘を盾にして水を防ぐ。

 

「あっぶな…………」

 

 もしあの水に掛かっていたら気分は最悪な事になっていただろう。

 それでも昔なら防ぐ事すら出来ずにびしょ濡れになっていた。これも修行の成果とでも言うべきなのだろうか。

 こんな事で修行で強くなった事を確認するなんて、微妙なところだ。

 ただ傷付き苦しむような命懸けの戦いよりは遥かにマシだが。

 

「さて、と…………とっとと帰ろ」

 

 傘を上に上げて、綱吉はそのまま帰路に着こうとする。

 その瞬間だった。視界の端で黒猫を助けようとして車道に飛び出した少女が映り込んだのは。

 

「…………!! 危ない!!」

 

 少女が轢かれそうになっている事に気付いた綱吉は傘と買い物袋を投げ捨てて、少女を助けようと車道に飛び出す。

 だが――――、

 

「っ、間に合わない」

 

 もし、ブレーキを掛けていたなら助ける事は出来ただろう。

 だが雨のせいで視界が悪いからか車は急ブレーキをかける事も無く、速度を維持したまま走っている。そのせいで猫を助けようとして飛び出した少女を助ける事は不可能だった。

 少女を突き飛ばす事も間に合わないだろう。

 無情な結論に綱吉は思わず歯噛みし、少女を守るようにして車の前に立つ。

 

「こうなったら、死ぬ気で守る!」

 

 死ぬ気弾は外部のプレッシャーにより身体の中のリミッターを外す。

 ならば同じように生死の掛かった状況の場合なら、同じように死ぬ気モードになれる筈。

 そう考えた綱吉は迫り来る鉄塊の恐怖を飲み干し、車と衝突する。

 そして――――。



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内気少女凪

待たせたな(震え声)!
まだ感覚が戻ってないので遅くなりました。
取り敢えず調子を取り戻すまでもう暫くお待ちください。


――――咄嗟に身体が動いたというのはこの事を言うのだろう。

 

 降り頻る雨の中、車道に出た猫を助ける為に飛び出した少女は、自分に迫る車を眺めながら思わずそう考えてしまった。

 車は凄まじい速度で走行している。法定速度よりも上だろうか。これでブレーキをかけていればまだ話は違ったのかもしれないが、信号が赤であるのにも関わらず速度が遅くなる気配は全く無い。

 この速度で轢かれれば死ぬ。仮に死ななくても命の危機に瀕する大怪我を負う事は確定的に明らかだった。

 

「あ…………」

 

 少女は小さく声を漏らす。

 別に死ぬことに対して恐怖が無いわけでは無い。だがそれ以上に、これでようやく楽になれるという思いの方が強かった。

 家族との仲も決して良くは無く、むしろ悪い。友達は一人も居ないし、自分が死んで悲しんでくれる人も居ない。それどころか死んだ方が済々するに違いない。

 

――――どうせ誰も悲しむ者なんて居ないのだから。

 

 元々厭世的な人間だ。これで終われると思ったのならほっとする。

 心の中でそう思いながら少女は全てを諦め、襲い来る衝撃に少しでも備えようと瞳を閉じる。

 耳を劈くような轟音が鳴り響く。固い物が高速で何かとぶつかった時に鳴るような激しい音だった。

 だが、衝撃が少女の身体に襲い掛かる事は無かった。

 

「えっ?」

 

 何時まで経っても痛みがやって来ない事に違和感を覚えた少女は目を見開く。

 眼前に居たのは自分を轢こうとしている車ではなく、一人の少年だった。

 重力に逆らうような髪型ながらも柔らかそうな琥珀色の髪。同年代の少年にしては小柄で顔立ちは優し気ではあるものの何処か頼りなさげな女性寄りの顔立ち。

 その身体は酷く傷だらけで血だらけだった。

 

「…………大丈夫?」

 

 少年は身体が痛むのか、顔を顰めながらも笑みを浮かべる。

 酷く不器用な笑みだった。だけど、それ以上に優しい微笑みだった。

 それが少女――――凪にとっての運命の出会いだった。

 

   +++

 

「――――それで、怪我をしたわけですね」

「はい…………仰る通りです…………」

 

 病院の個室にあるベッドの上、今月で二度目の入院をする事になった経緯を綱吉は説明していた。

 おつかいの帰り道、偶然にも車に轢かれそうになっている少女を見つけた事。それを見て思わず身体が動いてしまい少女を庇った事。死ぬ気になって車を止めようとしたものの、死ぬ気になる事が出来ず、結果怪我をした事。

 その全てをユニに話した。

 

「沢田さん。貴方のやった事は美徳ですし褒められる事です」

「はい…………」

「ですが、もう少し自分の行動を考えた方が良いと思います」

「本当に申し訳ございませんでした」

 

 自らに非難がましい視線を向けるユニから目を逸らしつつ、消え入りそうな声音で謝罪する。

 包帯を巻いている怪我をした箇所、特に一番の深傷である腕。そこから感じる痛みよりも、ユニから向けられる視線の方が痛いと感じるのはきっと気のせいではないだろう。

 

「見た目ほど大した怪我でなくて良かったですよ」

「は、ははは…………その通りだね。車に轢き逃げされてるのに腕の骨に罅が入っただけで済んで、本当に良かったよ」

 

 怪我をした箇所に目を落とす。

 自分を、正確には自分達を轢いた車はブレーキを掛ける事なく、そのまま突っ切って轢き逃げした。そんなのと正面から衝突すれば普通は死ぬかもしれない。いや、普通に死ぬ可能性もあった。それでも命に別状が無かったのは奇跡、もしくは修行の成果が出たと言う事だろう。

 こんな事で修行の成果を実感するとは思わなかったが。

 

「沢田さん。勘違いしているようですけど、骨の罅は骨折ですからね」

「えっ、そうなの?」

「そうなんです。なので完治までに二、三ヶ月ぐらい時間が掛かります。くっつくのはそれよりも早いですけど」

「そ、そんなぁ……………」

 

 ユニからの説明を聞いて綱吉は項垂れる。

 

「とはいえ、今の沢田さんなら完治までに一ヶ月も掛からないとは思いますけどね。今の沢田さんは死ぬ気の炎が使えますし、普通の人より治りが早いと思いますよ」

「よ、良かったぁ…………」

「良くありません。沢田さんのお母様、奈々さんも心配してましたよ」

「うっ、それを言われると弱いなぁ…………」

 

 ユニの言葉により、綱吉の脳裏に母の顔が過ぎる。

 ついさっきまで病室に来ていたが、その時の顔は心配半分呆れ半分といった感じだった。

 

「日帰りで帰れるとはいえ、大怪我をしたのは事実なんですから。沢田さんも気を付けて下さいね」

「は、はい…………と、そういえば、オレが助けた女の子は大丈夫だった?」

 

 綱吉は話を逸らそうと別の話題を出す。

 

「ええ。怪我は沢田さんのおかげで特に無かったらしいです。今奈々さんがその家族の方と話し合っているみたいですね」

「そっか」

 

 取り敢えず怪我が無くて一安心だ。

 綱吉はほっと一息つき、安堵の表情を浮かべる。

 

「轢き逃げをした犯人はまだ捕まってませんが、多分一般人でしょうし捕まるのにそう時間もかからないでしょう」

「えっと、ごめん。車のナンバーとか見れるだけの余裕無かったから」

「大丈夫です。沢田さんが助けた人が覚えていましたから。ただ――――」

「ただ?」

「沢田さんが撃退しているとはいえ殺し屋に命を狙われている状況ですからね。ボンゴレファミリーの人が何かやらかさないかちょっと心配です」

「ああ…………」

 

 ユニの言葉に綱吉は遠い目をする。

 確かに言われてみたらその通りだろう。相手が殺し屋でなく、リングや(ボックス)といった物を持っていない人間が相手なら黙って見ている必要が無い。

 ボンゴレファミリーを継ぐつもりが欠片も無いとはいえ、彼等からしたら大事な後継者候補の一人だ。マフィアは面子というものを大事にする。今回の事故で相手側が謝罪する気があったならばまだ話は違ったのかもしれないが、謝罪する気等欠片も無く轢き逃げをするような奴だ。

 被害者である自分からしたら轢き逃げをやった犯人を庇うつもりはない。

 だが同情せずにはいられなかった。

 

「や、やり過ぎないようにお願いできるかな?」

「…………後で相談してみますね」

 

 罪は償わないといけないものだが、だからといってやり過ぎてもいけない。

 

「さて、と…………荷物の整理も終わりましたしそろそろ帰りましょうか」

「そうだね」

 

 これ以上この病室で話し合う事は無い。

 話を打ち切り、荷物を持って病室から出ようとする。

 その時だった――――沢田奈々が病室に入って来たのは。

 

「えっ、母さん?」

 

 急に病室に入って来た母親の姿に綱吉は思わず困惑の表情を浮かべるが、すぐに様子がおかしい事に気が付く。

 怒っていた。控え目に見てもかなり激怒していた。

 表情こそ笑顔であるものの、身に纏っている空気が明らかに張り詰めていた。

 

「ど、どうしたの、そんなに怖い顔をして…………?」

 

 怒る事はあれど基本的には天然で温和で優しい母。

 そんな母親が今までに見た事無い程に怒っている姿に綱吉は恐れ戦く。

 もしかして自分が何かやらかしただろうか。いや、ここ最近は目立った失敗も無い。

 成績はユニのおかげで少しずつではあるものの少しずつ上がっていっているし、テストの点数だって赤点は無い。

 だから怒られることは無い筈。そう考える綱吉に奈々は優しく告げる。

 

「大丈夫よツっ君。ツっ君には怒ってないから」

 

 それはつまり、別の人に対して怒っているという事なのだろうか。

 母親の態度に綱吉が訝しんでいると、奈々の背後から一人の少女が姿を現す。

 ぱっちりと見開かれた大きい瞳を持っており、率直に言って美少女である。そしてその少女はついさっき綱吉が助けた人だった。

 

「その娘は――――」

 

 どうしてその娘がここに居るのだろうか。

 ユニが尋ねるよりも先に奈々はその答えを言う。

 

「今日から家で暮らす事になった凪ちゃんよ。ツっ君、よろしくお願いね」

「え、えっと…………よろしく、お願いします」

「「…………えっ?」」

 

 奈々の口から告げられたその言葉に、綱吉とユニの二人は揃って言葉を失った。



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戸惑う綱吉

今回はお色気要素ありです。
と、いうか凪編はお色気たっぷりでいきます。


 凪という少女はあまり家族との関係性が良くなかった。

 身体的に直接傷つけるような事こそされていないものの、半ば育児放棄(ネグレクト)されていたというのが現状だった。それこそ彼女が命を落とす事があったとしても悲しむ事は無く、むしろ済々したと喜んでいただろう。

 事実、凪の母親は彼女の前で「貴女が車に轢かれれば良かったのに」と言ったのだから。

 それを聞いて奈々は居ても立っても居られず、凪を引き取る事にしたのである。

 

「――――それが凪ちゃんを引き取った理由よ」

「そ、そうなんだ」

 

 母親の説明を聞いて綱吉は内心少し引きながらも、凪を引き取った理由に納得する。

 沢田奈々という人間はかなりの天然だ。感性も普通の人からずれており、胡散臭く怪しいあの父親に惚れるという正直ちょっとどうかと思う事が多々ある。だが、身内贔屓になるかもしれないが、息子である自分の目で見てもとても優しい人間だ。

 そんな母親だからこそ、凪の両親の言動に我慢できなかったのだろう。

 

「でも大丈夫なの? いきなり引き取るなんて…………向こうが何て言うか」

「大丈夫よ。向こうは何も言ってこなかったわ。むしろ良かったと安堵してたもの」

 

 断言する母親の言葉に綱吉は何にも言えなくなる。

 親元から引き離すのはどうかと思っていた。だがその親があれではどう説得しても無意味だろう。

 

「そういうわけだから、凪ちゃんのことよろしくねツっ君」

 

 そう言って料理を作り始めた母親の後ろ姿を見て、綱吉は溜め息をつく。

 

「…………分かったよ」

 

 綱吉は奈々に一言告げ、台所を後にする。

 

「よろしくって…………オレにどうしろって言うんだよ」

 

 別に彼女を、凪を助けた事を後悔しているわけではない。

 ただ家族として迎え入れると言われれば戸惑わずにはいられなかった。

 自分は一人っ子だ。だから弟や妹というものを知らないし、そもそも相手は同い年の異性だ。それを突然今日から妹になると言われれば誰だって戸惑うに決まっている。

 と、いうか戸惑わない者は居ないだろう。

 

「…………ユニに相談してみるか」

 

 こういう時は同性の方が接しやすいだろう。そう結論付けた綱吉はユニが居るリビングに移動する。

 リビングではユニがソファーの上に座り、本に視線を落としている。

 一体どんな本を読んでいるのだろうか。気になった綱吉はユニの背後から覗き込むように本のページに視線を向ける。

 その本は絵というものがなく、日本語ではない言語でビッシリと埋まっていた。

 

「それって、イタリアの本?」

 

 何気無くそう呟くとユニの身体がビクンッと一瞬震えた。

 そしてゆっくりと振り返り、此方に視線を向ける。

 

「沢田さん、驚かさないでください」

「えっと、ごめんなさい…………」

 

 どうやら自分は彼女を驚かせてしまったらしい。

 非難がましい視線を向けるユニに綱吉は申し訳ない気持ちになる。

 

「と、ところで何の本を読んでたの?」

「この本ですか? この本は武器やそれにあった戦術等が記されたものです」

「思ってたより物騒なものだった!?」

 

 優しいユニが読んでいたとは思えない本の内容に綱吉は思わず声を上げてしまう。

 するとユニは憂いを帯びた表情を浮かべた。

 

「沢田さんばかりに負担を押し付けるわけにはいかないですからね。私も、自分で自分の身を守る方法を考えていたんです」

「ユニ…………」

「ただでさえ人手が足りない今、家庭教師である私が沢田さんに守って貰ってばっかりじゃダメですから」

 

 その言葉を聞いて思わず泣きそうになる。

 どうやら彼女はその事をずっと気にしていたらしい。

 

「その気持ちだけでも嬉しいよ」

 

 だが、嬉しいからといって素直に歓迎出来る訳では無かった。

 綱吉としてはユニに戦って貰いたくない。自分と同じくマフィアの血を引いていて、それから逃れる事が出来なかったとしても――――あのような辛い事を彼女に味合わせたくは無い。

 人を傷付ける事は嫌な事で、人を殺す事は苦しい事なのだから。

 

「それはそうと、凪は何処に?」

「凪さんは今お風呂に入ってもらっています。雨でびっしょりでしたので」

「そっか」

 

 あんな土砂降りの中に居たのだ、身体だって冷えているだろうし長くなるに違いない。

 話す機会があるとするならば今の内だろう。

 

「ユニ、凪の事なんだけど…………お願いして良いかな?」

「分かりました。私も沢田さんと奈々さんの会話をここから聞いていましたので」

「本当に助かるよ。ありがとう」

 

 一先ずはこれで良いだろう。

 綱吉は安堵の息を漏らし、ユニの隣に座る。

 

「何か…………疲れたよ…………」

「左腕に罅が入りましたからね」

「それとは違うよ。まぁ、腕も痛いからそれの疲れも無い訳じゃ無いんだろうけど」

 

 そんな風にユニと二人で話し合っていると、お風呂場の方からぺたぺたと足音が鳴った。

 どうやらお風呂から上がったらしい。

 

「凪さん、湯加減はどうでし――――」

 

 ユニはお風呂から上がった凪の方を向いて話しかけようとする。

 だが視線を向けた瞬間、ユニの表情が笑顔のまま凍り付いた。

 

「えっ、ユニ? 何かあったの?」

 

 突然ユニが固まった事に綱吉は訝しみ、視線をお風呂から上がったばかりであろう凪の方に向ける。

 そこには凪が一糸纏わぬ姿で立っていた。

 ついさっきまでお風呂に浸かってた華奢な身体は濡れており、綱吉は彼女の産まれたままの姿を直視してしまった。

 

「ぐはっ!!?」

「沢田さん!!?」

 

 あまりの刺激に耐え切れず、綱吉は鼻から血を出し、仰向けに倒れる。

 以前のユニと同様に同い年の、それもユニと比べてスタイルの良い少女の裸体は中学生男子にはあまりにも強い刺激だった。

 

「さ、沢田さん! 大丈夫ですか沢田さん!! これ、本当に大丈夫なんですか!? 鼻血とは思えないぐらいに出てますよ!! 顔が血だらけですよ!! 沢田さん!!?」

 

 薄れ行く意識の中、心配するユニの声が耳に届くものの返事を返す事が出来ず、綱吉はそのまま鼻血の海に沈んだ。

 

   +++

 

「凪さん。男の人が居る前で裸で彷徨いてはいけません!」

「えっと…………ごめんなさい」

 

 意識を取り戻した綱吉の前でユニが注意し、凪が綱吉に向かって謝罪をした。

 

「い、いや、むしろオレの方こそ…………その、見ちゃってごめんなさい…………」

 

 今はパジャマ、サイズの関係から綱吉のパジャマを着ているが、さっきの光景が脳裏に浮かんでしまう。

 そのせいで綱吉は凪の顔を直視する事が出来ずに顔を真っ赤にして目を背けた。

 以前にもアクシデントからユニの裸を見た事があるが、ユニと凪は全く違う。

 どちらも可愛いのは違いないが、凪はユニと違ってスタイルが良い。

 同い年であるにも関わらず、妙な色気があった。

 

「沢田さん。今失礼な事を考えませんでした?」

「考えてない。考えてないから」

 

 ユニの睨み付けるような、針のような鋭い視線からも綱吉は顔を晒す。

 その結果、キョトンとしている凪と視線があった。

 

「あ、あぅあぅ……………」

「どうしたの? そんなに顔を真っ赤にして」

「いや、その、恥ずかしくて顔を合わせられなくて…………凪は怒ってないの?」

「どうして? 裸を見られたくらいで?」

「…………えっ?」

 

 凪の言葉に綱吉とユニは思わず凍り付く。

 とてもではないがこの年頃の女の子が言って良い言葉ではない。

 

「…………ユニ、任せた」

「何処に行くつもりですか沢田さん。寝るにはまだ早いですよ」

 

 取り敢えずユニに全てを任せよう。

 そう判断した綱吉はこの場から逃げ出そうとするも、服の端を掴まれて失敗する。

 

「いや、さっきから腕が痛くて痛くてしょうがないんだよ。早く寝て治さなくちゃ」

「左腕の骨に罅が入っただけじゃないですか」

「罅は骨折って言ったのユニだよね?」

「骨折よりも酷い傷を負った事あるから大丈夫ですよ」

「あの時は死ぬかもしれなかったからね!!」

 

 何とかしてこの場から逃げ出そうとする綱吉、それを引き留めようとするユニ。

 そんな二人の掛け合いを見て凪は困ったような表情を浮かべる。

 

「えっと、二人ともどうしたの?」

「なんでもないですよ。そうですよね、沢田さん」

「えっ、あ、うん…………そうだね」

 

 ユニの同意を促すような発言に綱吉は力無く頷く。

 正直な事を言えば今すぐにでも逃げ出したい。と、いうより上手く説得できる自信が無い。

 以前にも似たようなトラブルが生じた事もあったが今回は違う。ユニの時は裸を見られて恥ずかしいという羞恥心があった。だが凪にはそれが無い。裸を見られても気にしていないのだ。

 下手な事を言えばセクハラ発言になりかねない。

 どうやって説得すれば良いのか、綱吉には分からなかった。

 

「仕方がありませんね」

 

 一人頭を悩ませている綱吉の姿を見かねたのか、ユニが凪に話す。

 

「凪さん。女の人が恋人でも無い異性の人に裸を見られるのは恥ずかしい事なんです」

「それは分かってる。私もお義父さんだった人に見られたくはないから。けど――――」

 

 凪は視線を綱吉に向ける。

 

「貴方なら別に見られても恥ずかしくないから」

「それって男として見られてないってことなの――――!!?」

 

 だとするならそれはそれでかなりショックである。

 

「と、取り敢えず次からは気を付けましょうか」

「分かった」

 

 ユニは凪の発言にショックを受けている綱吉の姿を尻目に、この話を終わらせた。



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持物検査雲雀恭弥

お待たせしました。
話の展開を考えるのに苦戦してました。
なんで少し考えたのですが、他の仲間達の出会いも早める事にしました。
次回は、早く投稿したいと思っています。


「沢田さん。お邪魔しても良いでしょうか?」

 

 時刻は深夜0時。

 綱吉の部屋の前の扉からユニの声が聞こえた。

 一体何だろうか。疲労感に包まれ今にも眠気に負けそうになりながらも、綱吉は扉を開ける。

 そこにはパジャマ姿のユニが立っていた。

 

「すみません。これから眠ろうとしてたところを」

「気にしなくて良いよ。でもどうしたの、こんな夜更けに…………」

「それは…………部屋の中で話しましょうか」

 

 真剣な表情でそう呟くユニを部屋に招き入れる。

 

「さて、凪さんも眠りにつきましたし、少し真面目な話をしましょうか」

「真面目な話?」

「はい。これからの事について、というよりも凪さんについての話になりますね。凪さんが居たら話せませんでしたから」

 

 そう言ってユニは視線をこの部屋の戸に、正確には自身の部屋に向ける。

 現在、ユニと凪は同じ部屋を使っている。

 

「ああ、成る程…………」

 

 ユニが話したい事が何なのか、綱吉は何となく察する。

 一般人で普通の人の凪の前で話せない事と言えばただ一つ、裏社会関連の話だろう。

 確かに、彼女の言う通り凪が居たら話せない事だ。

 

「単刀直入に聞きます。凪さんにマフィア関連の事を話しますか?」

「話さないよ」

 

 キッパリと、綱吉はユニの言葉を否定する。

 

「私もあまり話したくはありません。ですが、沢田さんの妹となった以上、凪さんも無関係ではいられません」

「分かってる。それでも凪をオレ達の事情に巻き込む事なんて出来ないよ。ただでさえ、今まで辛かったんだから」

 

 本音を言うならばユニにも争いとは無縁の所に居てもらいたい。

 尤もそんな事を言った所で、ユニが言う事を聞くとは思えないが。

 

「大丈夫。ユニも凪も、オレが絶対に守るから」

 

 ならばせめて、彼女達に火の粉が降りかからないようにしよう。

 その為には強く、もっと強くならなくちゃいけない。今のままじゃ、大切な物は何一つ守ることが出来ないのだから。

 

「沢田さん…………」

「だから、何も心配する事なんか無いよ」

 

 心配そうな表情を浮かべるユニに対し、綱吉は不安にさせないように笑みを浮かべる。

 焦燥感にも似た強い思いを胸の内に秘めながら――――。

 

   +++

 

「それじゃあ、お休みなさい」

 

 パタンと音を立てて綱吉の部屋の扉を閉める。

 そして扉に背を預けた後、ユニはその場に座り込んだ

 

「…………はぁああ」

 

 片手で頭を抱えて溜め息を吐く。

 今まで吐いた事の無いような、非常に疲れ切ったと言わんばかりの溜め息だった。そんな溜め息が自分の口から出た事に少しだけ驚きながらも、それも仕方がないと自分に言い聞かせる。

 

「本当に、どうしよう…………」

 

 ユニは苦虫を数匹噛み潰したかのような表情を浮かべる。

 ついさっきまで話し合っただけだが理解できた。彼は今、精神的に追い詰められている状態だ。

 それも当然の話だ。

 何処にでも居るようなごく普通の心優しい少年が殺し殺される生活を送る羽目になったのだから。

 むしろあんな風に笑顔で強がれるだけ、まだマシなのだろう。

 

「いっその事、責めてくれれば良かったのに」

 

 そうしないのは彼がとても優しいということだろう。

 だけど今のままでは間違いなく潰れる。

 素人目から見ても分かる。自分を騙して頑張り続けた所で待っているのは破滅だ。例え破滅を回避したとしてもあまり良い未来にはならない。

 試しに未来を見てみる。

 未来の綱吉は血に塗れ、傷付きながらも一人で戦っていた。

 

「…………未来を見る力なんて、無い方が良いですね」

 

 いつもいつも、肝心な時に役に立たない。

 自分の望む未来を見る事なんて無いし、大抵あまり良くないものばかり。

 そして未来を見ればかなり疲れる。

 どっと押し寄せて来た疲労感にユニはふらつきながらも立ち上がる。

 

「今は、私に出来る事をしましょう」

 

 そう呟いた後、ユニは顔を洗いに下に降りる。

 だからこそ気付かなかった。彼女の言葉を聞いていた者が居たことに。

 

   +++

 

「ぁあああああ!! 遅刻するぅ!!!」

 

 早朝から少しばかり時が過ぎ、時刻は朝8時15分。

 綱吉は通学路を全力で駆け抜けていた。

 朝っぱらから全力疾走をしている理由、それは単に寝坊しただけである。

 怪我による痛みと精神的な疲労が合わさった結果、これ以上無い程に熟睡してしまった。腕の痛みが軽くなったものの、このまま遅刻すれば間違いなく酷い目にあう。

 普段ならばそこまで気にしなかったが、今日は風紀委員会が校門で持ち物点検をやっている。そんな時に遅刻をすればどんな事になるのか、それは馬鹿にでも理解出来る事だった。

 

「何でこんな時に限って全員寝坊しちゃうんだよ!!」

 

 普段ならば奈々が起こしていたが、今日は用事があって朝から出掛けていた。

 ユニと凪も綱吉と同様に寝坊してしまい、起こしてくれる人が居なかった。

 その結果がこれである。

 

「で、でも…………何とか間に合ったぁ…………」

 

 それでも死ぬ気で走った結果、何とかチャイムが鳴る前に並中に到着する事が出来た。

 綱吉は安堵の息を漏らし、額から流れる汗を拭う。

 これで風紀委員会に目を付けられずに済む。内心安堵しながら持ち物検査をしている風紀委員達の所に歩み寄ろうとする。

 

「1年A組、沢田綱吉。少し良いかい?」

 

 だが校門に入るよりも前に後ろから誰かに声を掛けられる。

 一体誰だろう。自分の名を呼ぶ声に綱吉は疑問を抱きながら振り返る。

 其処に居たのは学ランを肩に羽織った人物だった。

 その学ランには風紀委員会の腕章が着いており、彼が風紀委員である事を示している。

 聞いた事がある。並中の風紀委員の委員長は学ランを羽織った少年であると。

 そして、その少年の名を――――。

 

「雲雀、恭弥…………」

「へぇ、呼び捨てかい?」

「っ、いえ! すみません!! 少し呆気に取られててっ!」

 

 笑みを浮かべながらも全く笑っていない様子の雲雀恭弥の態度に綱吉は恐怖する。

 マッドクラウンに襲われた時も怖かったが、彼から感じるものは全くの別物だ。と、いうか下手したらマッドクラウンよりも恐ろしいかもしれない。

 そう考えていると、いつの間にか周囲から人影が消えていた。

 周囲を見渡すと生徒達が自分達の事を遠巻きに見ていた。その中には風紀委員の生徒も居る。

 どうやら全員、風紀委員長が恐ろしいらしい。

 

「…………群れ過ぎ」

 

 遠巻きに眺めている生徒達を見て、苛立ったのか恭弥はトンファーを構える。

 噂でしか聞いた事が無いが、雲雀恭弥は様々な仕込みが施されたトンファーを愛用しているらしい。

 手慣れた様子で武器を構える恭弥の姿に、綱吉は噂が真実だった事を知る。

 

「あ、あの!! オレに何か用事でもあるんですか!?」

 

 すぐにでも彼から離れたかった綱吉は苛立っている恭弥を宥めつつ、本題に入る。

 

「ああ。きみに聞きたい事があってね。獅子島憲之、いや、この写真の彼の事を知ってるかい?」

 

 そう言うと雲雀恭弥は一枚の写真を取り出す。

 写真には見覚えがあるリーゼントヘアの風紀委員の姿が写っていた。

 あれは確か、マッドクラウンが襲撃を仕掛けて来るよりも少し前だっただろうか。

 

「彼に最後に会ったのは君だからね」

「…………はい。でも、この人がどうかしたんですか?」

「行方不明なんだよ。自宅にも戻っていない」

 

 雲雀恭弥のその言葉に綱吉は言葉を失う。

 心当たりが無い――――わけでは無い。写真の風紀委員がどうして行方知れずなのかは分からないが、全く皆目検討つかないわけでもない。

 写真の彼に声を掛けられた時、不審者が出没していた。そしてその不審者というのがイカれた殺人鬼であるマッドクラウンだった。

 あの後、何が起こったのかは知らないが無関係という事は無いだろう。

 それはつまり――――。

 

「沢田綱吉。きみ、何か知らないかい?」

 

 脳裏に過った最悪の、それも限りなく真実に近い想像をしている綱吉に雲雀恭弥の冷たい声が染み渡る。

 まるで此方を見定めるかの如く向けられる視線に対し、綱吉は恐怖を覚えながらも答えを呟く。

 

「…………すみません。オレも分からないです」



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学校生活山本武

久々の更新兼年内最後の更新になります。
来年もどうかよろしくお願いいたします。


「…………そう、嘘はついていないみたいだね」

 

 綱吉の言葉を聞いた恭弥は淡々とそう呟いた。

 

「用はそれだけ。もう行って良いよ」

「はい。わかりました」

 

 興味を失ったのか恭弥は視線を綱吉から逸らして他の人に向ける。

 そして視線の先に居たのが制服をちゃんと身に纏っていない、所詮不良だった為、トンファーを片手に走り去っていった。

 本当に掴みどころが無い、雲のような人だった。

 内心冷や汗だくだくになりながらも綱吉は安堵の息を漏らす。

 嘘は言っていない。今言った通り、この前出会った風紀委員がどうなったのかを見ていない。ただ、何となくだが予想はつく。

 あの時、マッドクラウンがこの並盛町に居た。

 マッドクラウンは殺し屋、というよりは快楽殺人鬼の方が正しい。

 恐らく例の風紀委員はマッドクラウンの手で殺されたのだろう。死体が見つかっていないのは殺した後に死体を隠したのか、あるいは死体を消したかのどちらかだ。

 どちらにしろ、もうこの世に居ないというのは確定しているが。

 

「はぁ…………」

 

 溜め息をつきながら、綱吉はその場を後にし教室に向かう。

 朝から本当に嫌な気分になる。どうしてあんな簡単に人を傷付けて、殺す事が出来るのだろうか。

 その答えが返って来る事は絶対に無い。張本人はこの手でその命を終わらせているし、あの性格ならばまともな答えでは無い。

 

「よぉダメツナ、何黄昏てんだ?」

 

 綱吉が一人考えながら歩いていると、突然背後からバシッという音と共に肩を強く叩かれた。

 背後に視線を向けるとそこにはクラスメイトが二人立っていた。

 

「いっつもヘラヘラしているお前がそんな物憂げな顔してどうしたんだよ」

「つってもコイツはダメツナだぜ? 悩んでいる事もどうせ大した事はねぇって」

 

 笑い合いながら話し合う二人のクラスメイトを綱吉は呆れたと言わんばかりの視線を向ける。

 いつもいつも勝手に大した事無いと勝手に決め付けて、こっちがどれだけ苦しんでいると思ってるんだ。

 そう文句を言いそうになるも、綱吉は何とか堪えて教室に向かう。

 

「…………どうせ、分かんないだろ」

 

 ダメツナダメツナと言って勝手に決め付けて、大した事無いとせせら笑う。

 

「オレが悩んでる事なんか、分かろうとする気もしないくせに」

 

 人を傷つけて手に掛けた。

 その意味と罪の重さは奪った当人しか分からない。そしてそれを他人に言う事も出来ない。

 まるで真綿で首を絞められているみたいに辛かった。もし、開き直る事が出来たならばもっと楽になれただろうか。

 いや、どっちにしろ余計に苦しむだけだ。

 

「ああもう、帰りたくなってきた…………」

 

 本当に今日は朝っぱらから酷い事ばかりだ。

 内心そう呟きながら綱吉は教室の扉を開けて中に入り、自分の座席につき授業を受け始めた。

 

   +++

 

 時刻は五時限目の授業中。

 校庭に集まり体育の授業として野球をやっている男子生徒達の中、綱吉は自分に注目が集められてる事に辟易していると言わんばかりに溜め息を吐く。

 

「そんなにダメツナがちゃんと勉強してたらおかしいか」

 

 自然と口から溢れた言葉に綱吉は内心苛立つ。

 どうしてここまで注目を集めているのか、その理由は単純でついさっき帰って来たテストの点数が原因だった。

 悪かったわけではない、むしろとても良い結果だった。

 ユニが事前にテスト範囲の内容を懇切丁寧に教えてくれたおかげである。

 だが、そのせいで悪目立ちする事になってしまった。

 

「何でダメツナが高得点を…………」

「嘘だ…………こんなの悪い夢だ…………」

「あり得ない、ダメツナが俺よりも上だなんて…………そんな現実、認められるものかぁあああああああああああ!!」

 

 現実を受け入れられない亡者共の怨念が篭った視線を一心に受け、綱吉はストレスが溜まっていた。

 

「いや、まだだ! 運良くテストが良かろうとも運動は別、奴の運動オンチは変わらな――――」

 

 クラスメイトの誰かが言っていた発言を無視し、バッターボックスに立っていた綱吉は投げられたボールに向かってバットを振るう。

 振るったバットをはボールを捉え、そのまま左中間を抜けていった。

 守備をしていた生徒達は何とかボールを手中に収めようとするが誰も捕らえる事は無かった。

 ヒットである。

 

「何か、止まってるように見えたんだけど…………」

 

 無事二塁まで到達した綱吉は、自分がどうしてヒットを打つことが出来たのかを考え、理由に気付く。

 そういえば、あんなボールなんか鼻で笑えてしまうぐらい強く、怖いのと命を掛けた戦いをしてきたのだ。単なる学生が投げたボールなんて怖くもないし、バットを当てる事だって簡単だった。

 

「そ、そんな…………ありえない」

 

 味方である筈の自分のクラスメイト、そしてピッチャーをやっていた生徒が膝から崩れ落ちる。

 

「お前等はオレの事を何処まで見下してんだよ」

 

 本当にいい加減にしろよお前等。

 そう言いたくなるのを何とか堪え、クラスメイト達に冷めた視線を送る。

 するとベンチの方から大きな声が聞こえた。

 

「ナイスバッティング!」

 

 大きな声は自分を軽んじるものではなく、むしろその真逆で讃えるものだった。

 声の主が誰なのかを確認する為、ベンチの方に視線を向ける。

 一体誰が言ったのか、その答えはすぐに分かった。クラスの男子達の中で現実に打ちひしがれて現実逃避していないのはたった一人。

 

「オレも負けないからな」

 

 ニコニコと笑みを浮かべてバットを握っている同級生の名を、綱吉は知っている。

 彼の名は山本武――――クラスでも人気な野球少年だった。

 

――――結論から述べるならば、綱吉と山本武が居たチームは大差をつけて勝利した。

 

 やる気を失ったどころか絶望に打ちひしがれている敵チームの精神状態で勝つ事等不可能。尤も、味方チームのメンバーも約一名を除いて敵チームと同様に打ちひしがれていたが、絶望してないのが二人も居た為、ワンサイドゲームで終了した。

 そして体育の授業が終了した後、校庭の掃除をする事になったのが綱吉と山本武の二人だった。

 

「…………そこまでオレに負けるのが信じられないのかよ」

 

 グラウンドブラシで砂を掃きながら呟く。

 絶望を通り越して失意、心ここにあらずとなった生徒達は幽鬼のように去っていった。

 その姿はまるで亡者のようであり、いくら怒って不機嫌だった綱吉でも憐れに憐憫の情を抱いてしまうぐらいには見ていられない姿だった。

 少なくとも同情のあまり、掃除を買って出るくらいにはあんまりだった。

 尤も、今ではその事を少しだけ後悔しているのだが。

 

「山本もさ、別に手伝わなくて良かったのに」

「良いんだって、オレも好きでやってんだからさ」

 

 そう言って武は朗らかな笑みを浮かべる。

 本当に明るい。根明と言えば良いのか、一緒に居るとこっちの毒気が消えていく。

 あまり話した事は無かったが、確かにクラスの人気者になるだけはある。

 

「にしてもやるなぁ。流石はオレの注目株」

「注目株?」

「ああ、オレさ。テストで良い点取った時からお前の赤マルチェックしてんだぜ。動き方とかも前に比べて良くなったしさ」

「山本…………」

「まぁ続けて事故にあったり前よりドジになったとは思うけどな」

 

 ハハハと笑う山本武の姿を見て、綱吉は口元を綻ばせる。

 自分の事を認めてくれる人が、彼女の他にも居たというのが少しだけ嬉しかった。

 

「なぁ、ツナって呼んで良いか?」

「あ、うん。それぐらいなら構わないけど」

「そっか、ならツナ。実はさ、相談したい事があるんだけどいいか?」

 

 さっきまでと同じ朗らかさを感じながらも、顔には僅かばかりな影が見えた。

 

「別に構わないけど…………」

「ありがとな。実はさ、最近スランプ気味で好きな野球をやってもあまり上手くいかねぇんだ」

「そうなの? さっきの試合を見てたけどそんなもの一切感じなかったよ」

 

 野球については詳しく知らない。と、いうよりも全く知識が無い初心者だ。

 そんな自分から見ても山本の動きは凄かった。打てば毎回ホームランで、投げるボールは凄まじい剛速球。受け止めるクラスメイトが酷い事になるぐらいには凄いとしか言いようがなかった。

 だが、綱吉の思いに反し山本は辛そうな表情を浮かべて首を横に振った。

 

「なんていうかさ、普段しないようなミスをしたり…………調子が上がらないって言うのかな? 何やっても上手くいかないんだ。歯車が嚙み合ってないっていうのかさ」

「そうなんだ…………」

 

 理想が高過ぎるんじゃないだろうか――――内心そう思う綱吉ぬ武は語り掛ける。

 

「ツナはさ。どうしたら良いと思う?」

 

 そう言った武の言葉に笑顔は無かった。

 

「なんつってな、最近のツナを見てたら頼もしいからさ、ついな…………」

 

 すぐに笑顔に戻ったものの、明らかに悩んでいるのが分かった。

 綱吉は頭を掻き、何かを絞り出すような声で呟く。

 

「正直な話、オレのは参考にならないと思う。それでも聞きたいなら話すけど」

「ああ、教えてくれ」

「オレの場合、頑張らなくちゃいけなかったんだ」

 

 勉強は兎も角、身体を鍛えたのは襲ってくる襲撃者を撃退し、生き残る為。

 野球という競技に取り組んでいる山本武とは境遇も環境も違う。

 

「運動だって、覚えなくちゃ色々大変な事になってさ…………凄く痛いし苦しいし、本当ならやりたくない事だったんだよ」

「やりたくない事なのにか?」

「うん。やりたくなくてもやらなくちゃいけないんだよ。正直な話、今でも怖くて仕方がない」

 

 マッドクラウンとや襲撃者の少女との戦い。

 どちらも非日常的なもので、思い出すだけで身体が震える。

 あの時の痛みは忘れられない、あの時の恐怖を忘れる事は出来ない。

 でも――――、

 

「逃げ出すつもりは無い、逃げ出したくは無い。だから死ぬ気で頑張るんだ。オレの事を認めてくれた人の信頼を裏切らない為に」

 

 そこまで言って武が綱吉を見て驚いた表情を浮かべている事に気付く。

 

「ご、ごめん。結局はさ、努力しかないってありふれた答えになっちゃうんだけど…………」

「いや、そんな事はねぇぜ。オレもそうじゃねぇかと思ってたんだ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら武は綱吉と肩を組む。

 

「やっぱ努力するしかねぇよな。そんじゃ、放課後居残って練習しなきゃな!」

「山本、今日は居残りだめで早く帰らなくちゃいけないんだけど、出来る限り外に出ないようにとも」

「悪りぃ、そうだったな」

 

 恥ずかしそうに武は自らの頬を掻く。

 どうやら山本にとって納得のいく解答だったらしい。その事実に綱吉は安堵の息を漏らす。

 嘘は言っていない、全部本当の事だ。死ぬ気で頑張ったのも、必死になって努力したのも、その結果痛い目にあって泣き出したくなったのも、全部全部嘘偽りの無いものだ。

 それでも逃げ出さなかったのは彼女のおかげだ。

 

「まぁ、オレが死ぬ気で努力するようになったのはある人のおかげでもあるから、本当に参考にならないよね」

「気にすんなって。オレも勝手に聞いたんだしな」

 

 そう言って二人は互いに笑い合った。

 

   +++

 

「マッドクラウンに続けて猛人使いもやられたか」

 

 イタリアにある小ぢんまりとした所にある、とある小さな店内にて一人の男が呟いた。

 その呟きには何の感情も込められてはおらず、役立たずと言わんばかりに軽蔑と侮蔑で歪んだ表情を浮かべている。

 実際下馬評通りならば殺せて当然、否、殺すのなんて容易い些事でしかない相手なのだ。

 むしろ何で始末するのに失敗したのか、逆に返り討ちにあったのかが信じられないくらいだ。

 一体どんなミスをしたらこんな散々な結果になるというのか。

 

「どいつもこいつも使えん奴だな」

「――――いいえ、この場合下馬評自体が間違っているかもしれないのでは?」

 

 男がコップを磨きながら呟くと、何処からともなく声が聞こえた。

 声が聞こえた方向に視線を向ける。そこには一人の老人の姿があった。

 その老人の事を男は知っていた。リングの炎と(ボックス)兵器の台頭により時代に適応出来なかった古い殺し屋(ヒットマン)達は淘汰された。

 しかし、全てが淘汰されたわけではない。古い殺し屋の中にも時代に適応出来た者は居るのだ。そして、その適応出来た者達はただリングや匣を使う事が出来る連中よりも遥かに優れた実力を有している。

 新時代の新参者とは比べる事すら失礼になってしまう程の地力が存在するのだ。

 そんな者達がリングや匣を使えばどうなるのか、適合できなかっただけで強者だった一流の人間達を時代遅れの産物に変えてしまう代物を彼等が使えばどうなるのか。

 

「私が行きましょう。リングと匣を持つ者を返り討ちにした彼等に興味が湧いてきました」

 

 老人のその言葉に男は確信する。

 今度こそボンゴレ10代目とジッリョネロの姫、二人の命は無いということを。



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匣兵器ツナユニ

お待たせしました。
最近書いていて思うのがマジで話が進まない。
もうちょっと明るい感じで書けば話が進むのかもしれないけど、この作品を書く時は心を鬼にして出来る限りツナの心を踏み躙るようにしてるからなぁ。

優しい人間が心を踏み躙られてボロボロになっていく様は胸が熱くなるとは思いませんかね、兄上?


 凪が沢田家の一員となって一日が経った。

 たった一日程度の短く、出来たばかりの関係性だがここの家の人は誰も彼も優しい。

 義理の母親となった沢田奈々はとても優しく、温かく、理想の母親と言っても過言ではないくらいだ。それこそ自分の母親とは比べる事すら烏滸がましいだろう。

 家主であり義理の父親となった沢田家光にはまだ会っていないが、こんな良い人が好きになったのだから、きっと同じくらい良い人なのだろう。

 そして義理の兄に当たる沢田綱吉。彼はとても不器用だ。

 自分もそこまで器用では無いし、そもそも不器用だと思っている。だけどあそこまで、一目見ただけで不器用だと印象を覚える程ではないだろう。

 だけどそれ以上にとても優しい人だ。あの母親の血を引いていると断言できるくらいには優しかった。

 そうでなければ車の前に飛び出して庇ったりなんかしないのだから。

 そして最後の一人、ユニもまた優しいと言える。正確には違うのだが、沢田家で暮らしている為、家族と見て良いだろう。

 ただユニに関しては少し不思議な雰囲気を感じる。良くも悪くも普通じゃない魅力といえば良いのか、只者ではないといえば良いのか、そういった独特の何かがあった。

 

――――そんなユニがソワソワとしていた。

 

「…………ユニ、どうしたの?」

 

 普段落ち着いているユニとは思えないくらい落ち着いていない様子を見せているユニに対し、心配から凪は問い掛ける。

 するとユニは凪が心配している事を察したのか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「す、すみません。実は今日届け物が来る予定なんですよ」

「届け物?」

「はい。大事な物なのでいつ来るのか不安になってしまって」

 

 凪にそう告げるとユニは再びソワソワとし始める。

 別に届け物ぐらいでそんなに落ち着かなくなるとは思えない。他の人ならばそうなる事だってあるだろうが、彼女の性格を考えるのなら人前でそんな姿を見せるとは思えない。

 つまり、彼女が待っている荷物というものはかなり特別なやつなのだろう。

 凪がそう考えていると窓からコツコツと何かを叩くような音がした。

 

「ついに、来ましたか」

 

 ユニは立ち上がり窓を開ける。

 窓の外には一羽の鳩が居り、その足元には小さな(はこ)が転がっている。

 

「ありがとうございます」

 

 ユニが転がっている匣を手に取る。

 匣を取った事を確認したからか、鳩は空を飛び去って行った。

 

「ようやく、届きましたね」

 

 鳩が持って来た匣を握り締め、ユニは待ち焦がれていたと言わんばかりに握り締める。

 

「それは?」

「沢田さんへのプレゼントです。そろそろ沢田さんにも必要だと思ってましたので」

「プレゼント…………」

 

 ユニの手のひらに収まっている匣を見て凪は疑問を抱く。

 そんな小さな匣がプレゼントで、義兄になった彼に必要なのだろうか。はっきり言って玩具にしか見えない、というよりガラクタにしか見えない。

 だがユニがそんな嘘を言うとは思えない。恐らく、匣の中に入っている物が彼女が言うプレゼントで、綱吉にとって必要な物というのは嘘じゃない。

 

――――あの時見た、炎が関係している?

 

 脳裏に過ったのは車に轢かれそうだった時に助けられた記憶。

 綱吉が凪を助ける為に拳に纏わせていた炎。全くの無関係ということは無いだろう。

 凪はその事をユニに聞こうとして、口を閉ざす。

 あの炎は間違いなく二人の秘密。聞いたところで答えてはくれないし、はぐらかされる。

 なら――――。

 

   +++

 

 全ての授業を終え学校を後にした綱吉は軽やかな足取りで帰路についていた。

 上機嫌だった。ここ最近、というよりもここまで気分が良くなったのは本当に久しぶりで、テストの点数で100点を取った時以来だった。

 

「友達、かぁ…………」

 

 今まで生きてきて友達と呼べる関係性を築き上げる事は出来なかった。

 良くて自分の事をダメツナと揶揄ってくる奴で、悪ければパシリにしたり仕事を押し付けたりしてくる奴だ。

 今日、山本と互いに悩みを相談しあったりするのは綱吉にとって初めての経験だった。

 

「思ってたよりも嬉しかったなぁ」

 

 ああいった関係を友達と言うのだろうか、だとするならばとても良いものだった。

 あんな風に気兼ねなく話せるのなら毎日が楽しくなる。

 そう考えながら歩いているといつの間にか自宅に着いていた。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい沢田さん」

 

 玄関の戸を開けるとユニが出迎えに来る。

 それを見て思わず結婚したばかりのお嫁さんみたいだという邪な感想を抱いてしまう。

 目を閉じ、邪な考えを振り払おうと首を横に振る。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないよ」

「そうですか。と、沢田さん。今日の夜、時間は空いてますか?」

「夜? 宿題とかも無かったし特に予定とかも無いけど」

「それなら今日の夜、少し離れた山に行きましょう。この前、修行をした場所です」

「ちょっと待って。行くのは別に構わないんだけどさ。何か理由でもあるの?」

 

 勉強、というわけでは無いだろう。自宅でも出来る事なのに、態々外に、それも山に行く必要が無い。

 ならば修行なのだろうか。修行ならしてもおかしくはない。

 しかし、自分は既に死ぬ気モードをコントロール出来る様になっている。

 もっと強くならなくちゃいけないのは分かっているが、一日にも満たない短い時間で強くなれるとは思えない。本当に強くなりたいのならもっと時間が必要になる。

 それをユニが分かっていないとは思えないのだが。

 綱吉がそう考えていると、内心を察したのかユニは軽く首を横に振る。

 

「別に庭先でも問題はありません。ですが、もしもの事を考えると家、というより住宅街ではなく、周辺に人が居ない場所の方が良いと考えたからです」

「…………もしかして、それって危ないこと?」

「はい」

 

 間を挟む事なく、ユニは綱吉の言葉を肯定する。

 

「そっかぁ…………それってやらなくちゃいけない事だよね?」

「やった方が良いのは確かです」

「分かった。なら晩御飯を食べてからにしよう」

 

 ユニがこういう時は本当に大切な事だ。

 なら言う通りにした方が良いだろう。

 

「でもさ、その理由を教えて貰っても良いかな? 家でも問題無いってどういうことなの?」

「はい。実は今日、これが届いたんです」

 

 そう言うとユニは綱吉にある物を見せる。

 ユニの手のひらの上にあるそれは(ボックス)兵器だった。

 しかし、その匣は見覚えの無い物だった。

 現在自分達が所有している匣はユニが所有している狼の匣兵器であるコスモ、マッドクラウンが所有していた嵐チェンソー、以前襲撃してきた少女が所有していた雲ダーツの三つだけ。

 今ユニが持っている匣はそのどれでも無い。色はオレンジ色である為、大空属性の匣だという事だけは分かる。

 

「これは沢田さんの匣兵器です」

 

   +++

 

 匣兵器と一口に言っても様々な種類があり、多種多様な使い方が存在する。

 基本的には武器や鎧、道具等が存在する武器タイプ。生物を模して作りだされた動物タイプ。

 その中でも動物タイプの匣兵器はジェペット・ロレンツィニが作り上げた343の設計図を基に作り出されており、本物の動物と同様個々の性格が存在する。その為、数ある匣兵器の中でも特別、オリジナルと言われている。

 そして、オリジナルと言われている動物タイプの匣兵器の中でも更に特別なのが大空の属性の匣だ。

 大空の匣はとても繊細で、使用者の精神状態によっては暴走する事もあり得るのである。

 

「ガウ…………」

「ぜぇ、はぁ…………何とか、落ち着いた?」

 

 今目の前には鬣が死ぬ気の炎で包まれている小さな子ライオンが居り、何とも言えない表情で自身を見ていた。

 このライオンこそユニが持っていた匣であり、綱吉自身の匣である。

 

「ガウ…………」

 

 百獣の王である獅子とは思えない程に情けなく、そして弱々しく見える子ライオンは綱吉を伺うように見上げた。

 

「気にしなくて良いよ。オレもさ、ちょっと不安に思ってたわけだし…………お互い様だよ」

 

 綱吉はそう言うと子ライオンの身体を抱き抱える。

 そして周囲に視線を向ける。

 

「でも、本当に家で開けなくて良かった」

 

 綱吉が居る周囲一帯は最初にここに来た時とは違う光景になっていた。

 所かしこに爆撃でもあったかのような破壊の痕が刻まれていた。

 木は薙ぎ倒され、地面は抉られ、岩は木っ端微塵に砕かれている。

 

「家で開けていたら、家がぶっ壊れてたかも」

 

 ユニが言っていた通り、ここに来ておいて良かったと綱吉は心の底から安堵する。

 事前に大空の匣は繊細で暴走の危険性もあると聞いていなければ、何も考えずに開けてしまっていただろう。

 聞いていたおかげで覚悟を決めて開ける事が出来た。

 

「大丈夫ですか!? 沢田さん!?」

 

 腕の中で震える子ライオンを抱きしめているとユニが心配そうな表情をして駆け寄って来た。

 暴走すると聞いて事前に距離を取っていたのだが、どうやら傷らしい傷は無いみたいだ。

 傷一つ無いユニの姿に綱吉は安堵する。

 

「大丈夫。まぁ、ちょっと怪我しちゃってはいるけど」

「手当てするのでじっとしててください」

「いっつ…………!」

 

 ユニが持っていた救急箱で手当てをされ、思わず顔を顰める。

 

「がう…………」

「だ、大丈夫だから気にしなくて良いからね」

 

 腕の中で申し訳なさそうにする子ライオンにそう言い聞かせる。

 大空の匣は所有者の精神の状態によって左右され、暴走する事もある。ならば、この子ライオンが暴走したのは全て自分のせいだ。ユニから暴走する危険性があると言われたからってわけでもない。多分、教えられてなくても暴走したような気がする。

 と、いうよりも――――。

 

「大空の匣って、鏡みたいだ」

 

 本人の不安や恐怖がそうさせているのなら、間違いなく鏡だ。

 だから恐れたりしなければ暴走する事は無い。

 

「大空の匣は他の属性のとは少し違うみたいですからね。私のコスモもそうですが、沢田さんの天空ライオンも試作品の4つだけで、複製も出来ていないらしいですし」

「へぇ…………そうなんだ、って、そんな貴重な物を貰っても良かったの?」

「大空の属性を持っている人は少ないですし、死蔵するぐらいなら沢田さんが使った方が良いかと」

「…………無茶、してない?」

「沢田さん程無茶はしてないですよ」

「それって無茶してるってことだよね?」 

 

 その問いにユニが答える事は無かった。

 

「さて、と…………取り敢えず匣も無事に開けられましたし、帰りましょうか」

「そ、そうだね。早くお風呂にも入りたいし」

「がぅ」

 

 腕の中で短く鳴き声を上げる子ライオンを連れて自宅に戻ろうとする。

 匣の中に戻す事だって出来ないわけではない。だが、何故かそうする気分になれなかった。

 疲れていたからなのか、それともこの子ライオンが自分にとっての鏡だからなのかは分からない。

 ただ、そうするべきだと直感した。

 

「死ね。ボンゴレ10代目、ジッリョネロの姫」

 

 そして、その答えは間違っていなかった。



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銃撃者と観客

 それは何となく気になったが故の行動だった。

 夕食を終えた綱吉とユニの二人が用事があると言って、こんな夜遅くに外出したのだ。

 一体こんな夜更けに何をしに行くのだろう、と思った凪は身を潜めながら二人の後ろをついて行った。

 本来ならば、つい先日までただの一般人――――と言えば御世辞になる程の劣等生だった綱吉なら兎も角、戦闘力が無いとは言え裏社会で生きて特異な力を宿すユニであるならば尾行に気付けた筈だった。

 しかし、ある程度の距離を保っていた事、そして凪の中にある才能があったことで気付かれる事は無かった。

 そして凪はその瞳で見ることになる、今までの常識が覆る出来事を――――。

 

   +++

 

「死ね。ボンゴレ10代目、ジッリョネロの姫」

 

 その言葉と共に銃声が鳴り響いた。

 迫り来る銃弾は多く、とてもではないが人が生存出来る程の隙間は無い。一秒にも満たない短い時間で綱吉とユニの二人は死ぬことになるだろう。

 だが、それはあくまで普通だったらの話。

 

「ぐるる…………GAOOOOOOOOOO!!」

 

 綱吉の腕の中で大人しくしていた小さな子ライオンが咆哮を上げる。

 瞬間、二人に殺到していた弾幕は一瞬で石化し、勢いが無くして地面に散らばった。

 

「ありがとうナッツ」

「がうっ!!」

 

 攻撃を全て防いだ事に綱吉は腕の中に居る天空ライオン――――ナッツに感謝の言葉を告げる。

 ナッツはさっきまでのおどおどとした自信無さ気な態度から一転、誇らし気に吠えた。

 

「名前つけたんですね」

「鏡みたいだったからツナを反対にしてナッツて名付けたんだよ。安直だとは思うけど」

「いいえ、良い名前だと思います」

 

 そう言うとユニは懐から二つの(ボックス)兵器を取り出す。

 一つはマッドクラウンが使っていた嵐チェンソーで、もう一つがこの前襲撃に来た少女が持っていた雲ダーツだ。

 

「使いますか?」

「…………あまり使いたくはないんだけどなぁ」

 

 ユニが持っている二つの匣を、特に嵐チェンソーの方を見て嫌そうな表情を浮かべる。

 だが今の銃弾が其々別の方向から来ていたのを察するに、恐らく敵は複数人居る。

 使わないで勝つと言うにはまだ強さが足りていない。

 

「じゃあダーツの方をお願い。そっちならまだ問題無いと思う」

「分かりました」

 

 雲ダーツが入った匣を受け取り、代わりにナッツをユニに手渡す。

 

「ナッツ、ユニの事頼む」

「がうっ!」

 

 ユニの腕の中に収まったナッツにそう告げると、綱吉の額からオレンジ色の死ぬ気の炎が灯り、それに呼応するかの如くリングも燃え上がる。

 綱吉は大空の属性の死ぬ気の炎が灯ったリングを受け取った紫色の匣の注入口に宛がい、炎を注入する。

 

「開匣」

 

 綱吉は紫色の匣を森の方に向ける。

 瞬間、匣の蓋が開いて中に入っていたダーツが大空の死ぬ気の炎と共に飛び出した。

 その勢いはたった今自分達に向けられて撃たれた銃弾にも負けておらず、散森の木々を貫き抉り、身を潜めていた襲撃者達に直撃した。

 

「ぐぁっ!?」

「ギャアッ!!」

 

 大空の炎が灯った雲ダーツの攻撃を受け、襲撃者達は短い悲鳴を上げてその場に倒れる。

 死んではいない。命を奪わない程度に手加減している。

 

「こういった調節も出来るなんて…………これが匣兵器」

 

 実戦で初めて匣兵器を使い、その便利さに綱吉は内心舌を巻く。

 確かにユニの言う通り画期的な武器だ。今まで自分が使う事は無かったし、苦しめられてばかりいた。加えて今まで匣兵器やリングの炎を使っていないマフィア関係者と戦った事が無かった。

 だからこそ、こうして匣兵器を使う側になって使わない相手と戦い、改めて匣兵器と死ぬ気の炎の力を理解する。

 

「…………よくこんな物を使う奴等と戦って、死なないで済んだな」

 

 本当に自分は運が良い――――いや、襲撃者が来ている時点で運が良いとは言えない。

 どちらかといえば運は悪いだろう。それでも死なずに済んだのは悪運があったからだろうか。

 

「今、考える事じゃないか。それよりも今は」

 

 襲撃者を倒す方が優先だ。

 そう考えながら綱吉は自分に向かって放たれた銃弾を容易く回避する。

 

「不思議だ。身体が軽い」

 

 言葉で言い表せないような、それでいながらも決して悪いわけではなく、むしろ絶好調ともいえる奇妙な感覚だ。

 そう思いながら綱吉は自身をライフルで狙っている男の下に移動し、その顔面を拳で打ち抜いた。

 

「ガファ!!?」

「後2人」

 

 大きく仰け反る男を尻目に倒れている男に刺さっているダーツを引っこ抜いて距離の離れた男に向かって投擲。

 先端に死ぬ気の炎が灯ったダーツは勢い良く突き進み、標的の男の肩を貫く。

 

「後1人」

 

 顔面を殴って気絶した男が持っていたライフルを拾おうとする。

 ライフルの使い方は分からない。そもそも拳銃だって触れた事の無い一般人だったのだから。

 だが、鈍器として使う事は出来る。

 そう考えながらライフルを拾うと、綱吉の背後から男が現れる。

 男は拳銃を持っており、既に指は引き金にかけている。

 

「死ね!!」

 

 そして男は引き金を引こうとする――――が、それよりも早く綱吉の振るった攻撃が男の手に直撃し、拳銃が宙を舞う。

 

「なっ――――」

「これで終わりだ」

 

 武器を失った男にライフルの持ち手を振り下ろす。

 死ぬ気モードによるリミッターが外れた攻撃は頭に直撃し、一撃で男の意識を刈り取った。

 

「…………ふぅ」

 

 崩れ落ちた男の姿を見下ろし、綱吉は死ぬ気モードを解除して一息をつく。

 殺し屋複数人による襲撃、その勝者は綱吉だった。

 

   +++

 

「終わったよ、ユニ」

 

 一箇所に集め、山のように積み上がった襲撃者達を見下ろしながら綱吉はそう告げた。

 その顔には僅かながら疲労を感じさせるが、思っていたよりは消耗していない。

 

「早いですね」

「うん。オレもそう思った」

 

 想定していた時間よりも早く襲撃者達を倒した事にユニは少しだけ驚く。

 だが、それ以上に直接倒した綱吉の方が信じられないと言わんばかりの顔をして襲撃者の山を見ていた。

 

「何ていうか、身体が凄く軽かったんだ。まるで自分の思い通りに戦えるっていうか」

「絶好調だったんですね」

「多分、その通りなんだろうけど…………少し信じられないんだよ」

 

 両手で頭を抱え、綱吉は自分のやった事に頭を悩ませる。

 その姿を見てユニは笑みを浮かべる。

 

「別に不思議な事では無いと思います。今までの特訓と実戦は、沢田さんを成長させました。匣を持っていない、ましてやリングも持っていない相手なら問題なく倒せるかと」

「そ、そうかな?」

「はい。沢田さんは、自分が思っているよりも凄いですよ」

「あ、ありがと…………」

 

 ユニの言葉を受け、綱吉は顔を赤くして目を逸らす。

 そして少しだけ距離を取った。

 その後ろ姿を見て、ユニは申し訳無さそうに俯く。

 

「…………あまり嬉しい話では無いですけどね」

 

 今ユニが綱吉に対して言った言葉は嘘では無い。

 だがあまりにも成長が早過ぎるのだ。

 良くも悪くも今の綱吉が置かれている環境はマフィアのボス候補として見ても普通では無い。身を守る護衛はおらず、襲ってくる相手は最新の兵器を持っている頭のネジが一本も二本も外れた者達。

 そんな環境に置かれれば嫌でも強くならなければならない。勝ち続けなければ死ぬ。

 結果としてそんな異常な環境が沢田綱吉の成長を促している。

 

「本当に皮肉な話です」

 

 マフィアになりたくないと言っているにも関わらず、一般人として生きていくには不要な力を身につけざるをえないこの状況は、彼にとってあまり良いとは言えない。

 否――――最悪と言っても過言では無い。

 身に覚えの無いことで、ただ後継者に選ばれたからというだけで、ボンゴレⅠ世の直系の子孫であるというだけで常に命を狙われなければいけないのだから。

 

「何とかならないものでしょうか…………?」

 

 本来ならば家庭教師が彼の身の安全を守る必要がある。

 だというのに自分は守られてばっかりだ。命懸けの戦いをさせて、傷だらけになって、挙句の果てには人を殺させる。

 そんな目にあわされれば憎まれて当然だ、恨まれて当然だ。

 けれど、彼は自分を恨む事は無い。それどころか感謝すらしている。こんな役立たずの自分を守ると言ってくれたのだ。

 嬉しいと思う反面、何にも出来ない無力さにユニは苛まれる。

 だが考えたところであまり良い案が思い浮かぶわけもなく、ただただ時間が過ぎるだけだった。

 

「…………今日は帰るとしましょうか」

 

 良い考えも思い浮かばず、ユニは浮かない表情を浮かべながらそう呟く。

 そして綱吉と共に沢田家に帰ろうとしたその時だった。

 ふと視線を向けた先に、凪の姿があったのは。

 

「凪さん?」

「え、えっと…………うん」

 

 この場に居ない筈の人間が居た事にユニは驚き、それに凪は何とも言えない表情をした。



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説明と不本意と仲間

今回は少しほのぼのです。
嵐の前の静けさとかそんなんじゃありませんってば。


「――――そういうこと。二人はイタリアのマフィアの関係者で、命を狙われているってこと」

 

 自宅に戻り綱吉の自室にて、凪はベッドに腰を掛けて二人の話を聞いていた。

 

「…………非常に、非常に不本意だけどその通りなんだよ」

 

 一人納得する凪に綱吉は困ったように頭を抱えながら呟く。

 そして座布団の上で正座をしているユニの方に視線を向け、そっと耳打ちをする。

 

「ねぇ、どうして凪があそこに居たの? 着いてきてなかったよね?」

「…………はい。その筈です。気配とかもしませんでしたし、後ろを振り向いた時も姿がありませんでしたから」

 

 綱吉とユニの二人は凪の方を横目で視線を向けながら聞こえないように小さな声で会話をする。

 何故凪があの山の中に居たのか、二人には分からなかった。

 注意力が散漫していた、というわけではない。山に行くまでの間はおろか、目的地に到着してからもしっかりと周囲を警戒し続けた。

 殺し屋の襲撃に気付けてる事から油断していたということは無い。

 なら他の要因がある筈だ。そう思案していると、

 

「あっ、もしかして…………」

 

 何か心当たりがあったのか、ユニは綱吉の部屋を出て自室に戻り、自分の荷物を漁り始める。

 突然のユニの行動に綱吉は疑問を抱きつつ、同じように疑問を覚えた凪を連れてユニの部屋に赴く。

 

「えっと、確かここにあった筈――――ありました!」

 

 ユニはこの家にやって来た際に持って来た自身の鞄からある物を取り出した。

 それは死ぬ気の炎を灯す事が出来るリングだった。

 しかし、綱吉とユニが付けているリングとは素材にしている石、リングストーンの色が異なっていた。綱吉とユニがオレンジ色の石であるのに対し、ユニが持って来たそれは藍色の石が中石(メインストーン)としてあしらわれたものだった。

 

「そのリングって…………」

「霧属性のリングです」

 

 死ぬ気の炎には七つの属性があり、人は其々の属性に合った波動が流れている。

 以前ユニから教わった死ぬ気の炎についての知識を思い返す。

 自分とユニは大空の波動が一番強い。他の属性の波動も流れてない事はないがリングに灯す事が出来ないくらいには弱いものだ。

 その為、他の属性に対して詳しい知識は教わっていない。それでも全くの無知というわけじゃない。

 

「確か、霧の属性って幻覚とかそういった幻を作れるんだよね」

「その通りです。霧属性の死ぬ気の炎の特性は構築。それならば私達が気付けなくても不思議ではありません」

「でも凪はリングを持っていない。だからそれは違うんじゃ…………」

「そう言えば説明していませんでしたね。世の中には術士という霧のリングを扱わずに幻術を扱う異能を持った人達が居ます」

「…………凪がその術士かもしれないってこと?」

「はい。多分ですが、何が切欠かは分かりませんが、まだ力に目覚めたばかりで上手くコントロール出来てないんだと思います。術士にはよくある事だと教わっていますので」

 

 そう言うとユニは凪に霧属性のリングを差し出す。

 

「そして、術士は必ず霧属性の波動を持っています」

「え、えっと…………」

「凪さん。受け取ってください。多分ですが、貴女なら灯せます」

「…………分かった」

 

 眼前に差し出されたそのリングを見て凪は躊躇いながらも手を伸ばし、恐る恐るリングに触れる。

 瞬間、リングから霧を連想させるような藍色の死ぬ気の炎が灯った。

 

「っ、すごい…………!」

 

 凪はユニからリングを受け取り、手の上で燃え上がる炎を見て驚愕の表情をうかべる。

 

「私も、ツナやユニのように火を灯せた…………!」

 

 その様子を見て、綱吉とユニの二人は何とも言えない気持ちになる。

 

「凪は、凪はどうしたいの?」

「私は…………ツナやユニの力になりたい…………!」

 

 決して思い付きで口にした言葉ではない、凪の決意を聞いて顔を俯かせた。

 

「そっか…………ちょっとだけ待ってて貰えるかな?」

「構わない」

「ありがと。ユニ、ちょっと来て」

 

 凪に背を向け、綱吉はユニを連れて廊下に出る。

 そして凪に聞こえないように注意しつつ、話を切り出した。

 

「ねぇユニ…………」

「何ですか?」

「凪を巻き込まないのは無理なのかな?」

 

 綱吉のその呟きを聞いてユニは顔を顰める。

 恐らく心の底では理解しているのだろう。それでも他に良い逃げ道はないかを確認している。

 

「…………すみません。それは難しいかと」

「それは…………どうして?」

「凪さんの場合、元々あった術士の才能に目覚めただけに過ぎません。リングを使わなくても、彼女はその力を行使出来るようになります。それは表社会で生きていくにはあまりにも外れ過ぎている」

「ならその力を使わなければ」

「それも難しいかと。特異な力を持つ人は巻き込まれやすいですし、何よりも彼女がそれを望みません」

 

 凪という少女は大凡真っ当な育て方をされていない。

 それでも表社会での範疇に過ぎないが、その素質と目覚めた才能は明らかに逸脱している。特異な力に目覚めて使いこなせてない以上、裏社会に身を投じる事になるのは火を見るよりも明らかだ。

 紆余曲折はあるだろうが最終的にはそうなる末路しか見えてこない。

 綱吉もそれを危惧しているらしく、なんとか表社会で生きてほしいとも思っているからこその今の発言だ。

 だが当の本人が望むかは全く別の話。彼女の事を思ってどれだけ説得しようとも、その彼女自身が自分のことを二の次三の次にしている時点で無意味なこと。と、いうか凪の性格を考えると十中八九裏社会に行きつくだろう。

 

「…………どうにもならないか」

「…………どうにもならない、ですね。説明をしてすぐに死ぬ気の炎を灯せるのですから。彼女の覚悟は本物です。でなければ死ぬ気の炎は灯せない」

 

 出した結論に二人は溜め息を吐く。

 凪を巻き込みたくない、そんな思いはあっさりと裏切られる事になった。

 

「――――前向きに考えましょうか。凪さんが自分で裏社会に行きつく前に私達が気付けたんですから」

「そう、だね」

 

 道を踏み外す事になるよりも前に彼女の力を知ることが出来た。

 最悪の末路だけは回避出来た、そう考える事にする。

 

「それで、幻術とかってどうやって教えるつもりなの?」

「正直な話、幻術とかは専門外なんですよ。なので術士の方に任せようかと思います。他人任せにはなってしまいますがね」

 

 そう言ってユニは困ったように苦笑する。

 

「でもボンゴレも今は人手不足らしいけど、そんな人材をこっちに送ってくれるかな?」

「多分無理でしょう。ですのでボンゴレじゃなく、おか――――ジッリョネロの方に打診してみます。幸いな事に一人心当たりがありますから。それでもすぐは来れませんが」

「なら来るまでの間はどうするの?」

「ですのでその術士が来るまで沢田さんと同じように基礎能力の向上をする感じですね。それしかする事が無いと言った方が正しいんですが」

「…………って、事は凪にも死ぬ気弾を使うつもりなの?」

 

 綱吉の言葉にユニは首を縦に振る。

 

「はい。死ぬ気弾を使う危険性(リスク)は百も承知。それでも時間を短縮出来る魅力には抗えません。リングに炎を灯す事が出来る覚悟があるなら多分大丈夫だと思いますし」

「いや、でも凪は女の子だよ? 流石に死ぬ気弾を使うのはちょっと…………」

 

 死ぬ気弾を撃たれた者は一度死んでから蘇る。

 その際に身に纏っていた衣服は下着以外使い物にならなくなる。

 自分以外に撃たれた者を見た事が無い為どうなるのかは分からない。が、ある程度の想像はつく。

 ましてやその対象が女の子だった場合――――。

 

「…………沢田さんのエッチ」

 

 そう考えている事に気付いたのか、ユニがジトっとした視線で綱吉を見ていた。

 

「い、いや! そうじゃなくて、その…………!」

 

 ユニの言葉を否定しようと綱吉は顔を真っ赤にして反論しようとする。

 だが上手く言葉にする事が出来ず、しどろもどろになってしまう。

 

「ふふ――――沢田さんが考えているような事にはなりませんよ。死ぬ気弾を撃たれたのが女の人だった場合、上の方の下着も残ります」

「そ、そうなんだ。良かった――――いや、全然良くない。女の子が下着姿で戦うなんて絵面が良くないというか、ああもう…………! ボンゴレは何を考えてこんな変態染みたものを作ったんだよ!! 服を破かなくたって別に良いだろ!!」

「…………ふふふ、そうですね」

 

 安堵した瞬間に頭を抱え、綱吉は「ウガー!」と叫びながら取り乱す。

 そんな綱吉の様子を見てユニは笑みを溢す。

 これが本来の沢田綱吉の人格なのだろう。何処までも非凡に平凡で、優しく、争い事が嫌いで何処までいってもマフィアに向かない。

 出来る事なら、こんな日常がずっと続けば良いのに。

 そう思わずにはいられなかった。

 

   +++

 

「ふむ、ふむふむふむ。成る程成る程、ここが日本ですか」

 

 日本のとあるビルの屋上にて一人の老人が街を見下ろしていた。

 

「噂通りに、噂以上に平和ボケしていますね。平和である事に越した事はありませんが」

 

 平和である事は悪い事ではない。むしろ争い事や厄介事なんて無い方が良い。

 若い頃はそうは思わなかったが齢を重ねた今は心の底からそう思う。

 

「尤も、平和とは対極に居る私がこんな事を口にするのはおかしいですがね」

 

 自身の仕事は人を害して命を奪い、金銭を獲得する殺し屋だ。

 平和の為に人の命を奪う事もあるし、結果として良い方向に進んだ事もあった。だがその過程で他者の命を奪っている以上、平和なんて口にしてはいけない人種であろう。

 

「さて、そろそろ到着する時間帯ですが…………」

「到着しましたぜ旦那!」

 

 周囲に視線を配ろうとした瞬間、老人の背後に大きな箱を背負った一人の青年が姿を現す。

 

「3秒の遅刻ですよ」

「申し訳ねぇ…………平和ボケした国だと思って油断していたぜ。まさかここまでポリ公が仕事をしているとは思わなかったぜ。あいつ等賄賂が通じねぇのよ」

「成る程、平和ボケをしている要因は警察が優秀だからなようですね」

 

 青年の言葉に耳を傾けつつ、老人はビルの下に視線を向ける。

 ビルの真下では数台のパトカーと大勢の警官が居た。

 

「げっ、マジですまねぇ!!」

「いえいえ、構いませんよ。恐らく前任者達の仕事が杜撰だったから起こったのでしょう。必然ですね」

 

 話でしか聞いていないが前任者達は表社会の人間達も大勢手にかけたらしい。

 別に珍しい話ではない。が、やり過ぎれば当然裏の人間でも庇いきれないのは当然だ。

 ましてやここまで国家権力が強い国ならば僅かな痕跡や違和感、情報から裏の人間を見つけ出そうとするのは不思議でも無い。

 

「恐らくボンゴレが何かしら手を打っているのでしょう。さて、武器の方を」

「分かりましたぜ!」

 

 青年は背負っていた箱を降ろし、中から二本の西洋剣を取り出す。

 

「依頼の通り予備の武器も含めてお届けしましたぜ! でも予備の方を使う必要は無いと思いますがね?」

「どうしてそう思いますか?」

「だって件のボンゴレ10代目候補、日本(ジャポネーゼ)のガキでしょ? ベテランの旦那がそこまで警戒する必要があるとは思えませんがね」

「それは違いますよ」

 

 老人は穏やかな笑みを浮かべながらも青年の言葉を否定する。

 

「どうしてですか? 今の候補は他の候補と比べられないぐらいに劣っているのは事実じゃないっすか」

「その劣っている子どもが殺し屋を返り討ちにした、それだけで警戒に値しますよ」

「うぐっ、た、確かに…………」

「人種で判断するのは止めなさい。我等イタリア人は戦地でパスタを食べる為に水を使い過ぎたと揶揄されているように、日本人は平和ボケをしたと言われていてもカミカゼ発祥の地なのですから」

「そ、それを言われると油断ならないな。警官だって優秀だし」

「でしょう? それに――――」

 

 件のボンゴレ10代目候補も恐らく普通じゃない。そう言おうとして口を閉ざす。

 まだはっきり分かったわけじゃない。とはいえ、当たらずも遠からずだろうが。

 

「では、私は行きましょう。これ以上ここに居れば警察の厄介になりかねませんからね」

 

 老人は青年にそう告げると右手を振り上げる。

 その指には二つのリングが嵌められていた。一つは人差し指に着けている緑色の中石が着いたリング。もう一つが瞳を連想させるような不気味で悍ましい気配を漂わせるリングだった。

 

「さて、件の彼はどのような人間なんでしょうかね?」




死ぬ気の炎の属性の組み合わせって結構色々ありますよね
嵐+雨で貫通力を増したり、雨+晴で互いに打ち消し合ったりするなど。
霧と雷も相性良いですよね。霧の弱点をカバーできるんですから。


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修行と死ぬ気

「――――じゃあ、オレ急ぎの用事があるから」

 

 クラスメイトとの会話を強引に打ち切って歩き出す。

 途中、去っていこうとするのを止めようと生徒達が身体を掴もうとするが、綱吉は捕まる事なく教室の外に出た。

 それを見て綱吉に話しかけていた三人の男子生徒達は顔を顰める。

 

「なぁ、最近ダメツナのやつ調子に乗ってないか?」

「確かに…………オレ達の貴重な放課後を無駄にしたくないから掃除を頼もうとしたのによ」

「んだんだ。そろそろ彼奴に立場ってやつをわからせねぇ?」

 

 三人の生徒達は一人足速に帰って行った綱吉に対し逆恨みとしか言いようのない恨み言を呟く。

 

「にしても最近のダメツナ。本当におかしいよな」

「付き合いも悪くなったし、何よりこの前のテストで満点を取ったし」

「挙句の果てには体育の授業でホームランだろ? 明らかに変だ」

 

 本人がこの場に居たら間違いなく不愉快になるような会話をしていると二人の生徒が歩み寄って来る。

 

「その理由…………知ってるぜ」

「ああ、オレ達は奴が…………あの薄汚い裏切者が調子に乗っている理由をな…………!」

 

 二人の男子生徒は禍々しく悍ましい気配を纏っており、その相貌は狂気に満ちている。

 とてもではないが正気とは思えない、可視化出来そうな程どす黒い感情を宿している二人を見て三人の男子生徒は思わず後退る。

 

「お、おう。教えてくれるのはありがたいが…………どうしたんだよお前等」

「なんか、前からおかしかったのは知ってたけどよ。最近は本当におかしくね?」

「フフフ…………大丈夫さ。お前達もこの事を知ったらオレ達の気持ちが分かる筈だ」

 

 そう言うと悍ましい気配を漂わせる男子生徒達は三人の男子生徒に理由を話す。

 瞬間、三人の男子生徒達も二人と同じようにどす黒い気配を纏った。

 

「なん…………だと…………?」

「あんの、ダメツゥナァにィ…………」

「彼女が、出来た、だとぉ!!?」

 

 三人が怨嗟に塗れた怒声を上げた瞬間、教室の中に居た約九割の男子生徒達も同じようにどす黒い瘴気を漂わせ始める。

 一種の魔界がこの世に顕現した瞬間だった。

 

「正確には彼女じゃないかもしれないが、かなり親しい間柄に見えたぞ」

「成る程…………で、相手はどんな娘だ? 可愛いのか?」

「ああ、外人で滅茶苦茶可愛かったぞ。うちの上澄みとなんら差は無い」

「ふむふむふぅむ…………そうか」

「よし、皆で彼奴を締め上げようそうしよう」

「然り然り」

 

 九割以上の男子生徒が綱吉を襲撃しようと計画を企む。

 

「えー、あのダメツナが付き合ってる? それ騙されてんじゃない?」

「言えてるー。だってダメツナだしね。詐欺にあってそう」

 

 一方女子生徒の方も九割強が今の話を聞いて好き勝手に発言する。

 そんな中、彼等彼女等から離れた場所に居た女子生徒が一人、溜息混じりに呟く。

 

「ガキね。沢田には同情するわ」

「どうしたの花?」

「何でも無いわ」

 

 教室の外から中の様子を見ていた女子生徒、黒川花は一緒に居たクラスメイトの笹川京子にそう告げる。

 この天然な親友に教室内の殺伐としていることを、話す気は無かった。

 

「それにしても意外ね。沢田の奴、京子の事を好きだと思ってたんだけど」

 

 そこまで接点があるわけではないが、クラスメイトである以上付き合いが皆無というわけではない。

 だからこそ、綱吉が京子に向けている視線が好意に近いと思っていた。

 幼い頃からの親友で整った容姿をしている京子に好意を向けて来た人間を昔から見て来ている。大抵京子の天然具合や兄の存在で上手くいかず、付き合った事は見たところ一度も無いが。

 と、いうよりも京子自身、自分がモテるとすら欠片も思ってないだろう。

 何とか外堀を埋めにいこうとしている持田先輩も距離を詰められないでいるのだから。

 

「でも本当に沢田の奴、忙しそうね」

「そうみたいだな」

 

 花が走って校舎から離れていく綱吉の後ろ姿を眺めていると、同級生の山本武が近寄ってくる。

 

「あら、山本じゃない。何か用事?」

「いや、特に用事はねぇよ。ただツナの話をしてたみたいだからちょっと気になってな」

 

 クラス一の人気者は朗らかな笑みを浮かべる。

 確かに人気が出るのも分かる。とはいえ、自分からしたら同級生なぞ猿にしか見えないが。

 

「へー、あんたって沢田の奴と仲良かったんだ」

「まぁな。にしてもツナ、最近本当に忙しそうだなー。オレも頑張らなくちゃな!」

 

 そう言うと武はバットを持ち、教室の外に飛び出す。

 

「そういや今日から練習再開だったっけ?」

「ああ! 最近は練習も軽いのしか出来てなかったからな。遅れを取り戻さなくっちゃな」

「山本君頑張ってね!」

「頑張りなよ山本」

「おう、ありがとな!」

 

 京子、花の応援に清々しい笑みを浮かべて武は教室を後にする。

 その後ろ姿を見て花は肩をすくめる。

 

「やっぱ同級生を恋愛対象に見れないわ」

「どうしたの花?」

「何でも無い。それじゃ、私達も帰るわよ」

 

 荷物を持ち、未だ醜い嫉妬とありもしない話で盛り上がっているクラスメイト達を置いて、京子と花は教室を後にした。

 

   +++

 

「――――ごめん、待った?」

 

 山の中にあるいつもの修行場所、そこに学校での授業を終えた綱吉が到着する。

 そこには既にユニと凪が居り、綱吉の視界にはユニの姿のみが映っていた。

 

「いえ、思っていたよりも早かったですよ。10分くらい」

「全力疾走で来たからね。それで、凪は?」

「あっちに居ますよ」

 

 ユニが指を向けた方向に綱吉も視線を向ける。

 視線の先には岩の上に立つ凪の姿があった。

 綱吉が来た事に気が付いていないのか、瞳を閉じて何かに集中していた。

 

「…………はぁ!」

 

 凪は瞼を開け、声を上げる。

 瞬間、小石や岩が散らばった河岸が一瞬で青々とした草で満ちた草原に変化する。

 その光景を見て綱吉は思わず息を飲む。

 

「これが…………幻覚なんだよね?」

「はい。幻覚です」

 

 目の前の光景を見て驚愕している綱吉にユニがそう告げる。

 

「オレもさ、なんとなく幻覚だってのは分かるけど、でも…………とてもじゃないけどこれが幻覚だなんて思えないよ」

 

 息を吸い込めば草の匂いが鼻腔を擽り、凪がこの幻覚を作ったところを目撃しているにも関わらず草原だと脳が判断している。

 何故か、これは幻覚だと直感で感じていなければ最初からここが草原だったと思い込んでしまっていた。

 それ程までに視界に広がるこの草原は現実にしか見えない程にリアルだった。

 

「ええ、そうですね。本当にそう思います」

 

 綱吉の言葉にユニも同意する。

 

「これが幻術を覚えてたった三日しか経っていないなんて、とても思えません。彼女は、凪さんは間違いなく術士として天才です」

 

 その言葉には僅かながらに畏怖の念が込められていた。

 

――――凪が修行に参加してから一週間の時間が経過していた。

 

 最初の四日間は幻術を教える人間が居なかった為、基本的な基礎体力作りをメインに行っていた。

 だが五日目でユニが言っていた術士の人間が来たのである。

 術士の人間はボンゴレファミリーに所属する者で、滞在した時間も一日にも満たない程に短い時間だった。凪はその短い時間の中で幻術のノウハウを学び、自分の意志で幻覚を操れるようになったのだ。

 しかも、霧属性の死ぬ気の炎を使わないで、だ。

 

「あ、ツナ。来たんだ」

 

 綱吉が来た事に気付いた凪が視線を綱吉の方に向ける。

 同時に草原の幻覚が薄れて消えていき、岩と石で満たされた河岸に戻る。

 まるで夢でも見ていたみたいだった。そんな幻想的な事を考えながら綱吉は岩の上から降りた凪の手を取る。

 

「ありがとう」

「別に良いんだけど、態々高い所でやらなくても良かったんじゃ?」

「集中したかったし、何処まで幻覚を使えるか確かめたかったから」

 

 綱吉の言葉に凪はそう返す。

 水を得た魚のように教わった事を昇華し、物凄い速さで成長している。

 別のベクトルの強さであること、自身とは相性が良いとはいえその成長の速さには舌を巻く。

 自分も負けてはいられない、綱吉は改めて決意を固める。

 

「では、沢田さんも来た事ですし戦闘訓練を始めましょうか」

 

 そしてユニが拳銃に弾丸を込めながらそう言った瞬間、固まった決意がガラガラと音を立てて崩れた。

 

「ちょっと待って。今服脱ぐから」

 

 これから行われる事を察した凪は急いで着ていたジャージを脱ぎ始める。

 仮にも男が居る場所にも関わらず、羞恥心の欠片も無いその行動に綱吉は思わず目を丸くする。

 

「い、いや! 待って!! 別に凪に撃たなくても良いんじゃ!?」

 

 出来る限り凪の事を視界に入れず、顔を真っ赤にして凪に死ぬ気弾を撃たないように誘導しようと説明しようとする。

 

「いえ、必要な事です。幻術を使えるとはいえ、戦闘能力が無いとこの先危ないですから」

「だからって死ぬ気弾を撃たなくても良いとは思うんだけど」

「身体能力を向上させ、霧属性の乏しい攻撃力を補う事が出来ますから。それにこの日の為に水着も買ってますから」

「あっ、そうなの? それなら大丈夫――――」

 

 ユニの説明を聞いて安堵の息を漏らし、凪の方に視線を向ける。

 そこには脱いだジャージを片手に持った下着姿の凪が立っていた。

 

「――――じゃない!? 水着じゃないの!?」

「へっ、あれ? な、凪さん。水着はどうしたんですか?」

 

 頭を抱えて顔を真っ赤にするツナと困惑するユニの問い掛けに凪は表情を変えずに呟く。

 

「家に忘れて来た」

「忘れちゃダメだよ!!」

「ごめんなさい。でも、今から取りに帰るのも時間が掛かるから…………このままやろう」

 

 手に持ったジャージを近くの岩の上に置き、凪は綱吉に向き合う。

 無駄に男らしいのか、あるいは羞恥心を感じないのかは分からないが本当にやり辛い。

 眼福なのかもしれないが、それ以上に見ているこっちが恥ずかしくなる。

 天を仰ぎ思いっきり溜め息を吐く。

 

「はぁ…………分かったよ。ユニ、お願いして良い?」

「わ、分かりました。沢田さん、大丈夫ですか?」

「あまり慣れたくはないけど慣れたから大丈夫だよ」

 

 慣れるまでの間は鼻血を出して気絶したりしていたけど。

 心の中で呟きながら綱吉は凪と向かい合う。

 

「それでは…………二人とも、一回死んで下さい」

 

 ユニがそう言うと同時に引き金を引き、死ぬ気弾を二人の頭部に放った。

 弾丸は綱吉と凪の額に其々命中し、二人の体はその場に崩れ落ちる。

 瞬間、倒れた二人の背中から脱皮するかのように額に死ぬ気の炎を灯した綱吉と凪が姿を現す。

 衣服を身に纏いながらも頭にオレンジ色の炎を灯す綱吉に対し、下着姿の凪が灯す炎は藍色だった。

 

「死ぬ気で、ツナと戦う」

「…………行くぞ!」

 

 二人は戦闘態勢を取り、互いに拳を繰り出す。

 それが死ぬ気モードになった状態の戦闘訓練の始まりの合図だっだ。



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術士

 先に攻撃を仕掛けたのは凪だった。

 藍色の死ぬ気の炎を額に灯した凪は拳を綱吉に叩き込もうとする。

 見ただけで分かる。基礎体力を作る為に鍛えたとはいえ、つい先日まで幻術の才能があるだけの少女とは思えない程の力だ。

 しかし、先に死ぬ気モードを会得し制御している綱吉の方が上手であり、凪の攻撃は容易く受け止められた。

 

「凪、死ぬ気になるのは…………一瞬で良いから!」

 

 凪の拳を受け止めた綱吉は身を低くし、凪の身体を突き飛ばす。

 突き飛ばされた凪は大岩にめり込み、短い悲鳴を上げる。

 それでも凪は戦意を失う事無く、此方に戦意を向けている。

 

「もう一回、お願い…………!」

「分かった」

「凪さん。今度は幻覚も使ってください」

 

 ユニの言葉を受け、今度は幻覚も交えた模擬戦を始める。

 今度は自分のアドバイスを生かし、攻撃や防御の瞬間だけ死ぬ気になっている。

 流石にたった一回で上手くいっているわけではないが、会得する速度そのものは自分よりも早い。

 やっぱり自分はダメツナだ。ユニの前ではとても言えないが、やっぱりそう感じてしまう。

 それでも負けるわけにいかない、そう自分に言い聞かせて綱吉は集中してある場所に視線を向ける。

 

「――――そこっ!!」

「あぅ!」

 

 そして幻覚を使い身を潜めた凪の気配を察知し、組み伏せる事に成功する。

 

「勝負あり!」

 

 ユニがそう告げると同時に綱吉と凪の額に灯っていた死ぬ気の炎が消失する。

 そして組み伏せた凪の手を取り、ユニの前に移動した。

 

「お疲れ様でした」

 

 労わりの気持ちが込められた言葉を告げると、ユニは凪に服を渡す。

 凪は短く「ありがとう」と感謝すると服を着始める。

 正直とてもありがたかった。修行中はそんな余裕が無かったが、終わると嫌でも気になってしまう。

 

「さて、凪さん。沢田さんと戦ってどう思いましたか?」

 

 ユニの言葉に凪は少しだけ考えて、思った事を話し始める。

 

「死ぬ気モードの状態で幻術を使いながら戦うの、とっても大変」

「そうですね。霧属性のリングの炎で幻覚の精度は上がっていましたが、そのせいで死ぬ気になりきれてないところがありましたね。幻術はイメージが大切ですから。余裕が無くなれば無くなる程、幻覚の精度も落ちていきますから」

 

 そういう意味では死ぬ気モードと幻術の相性はあまり良いとは言えないのだろう。

 

「それに、ボスには幻覚が殆ど通じなかった」

「えっ? そ、そうかな?」

 

 凪の言葉に綱吉は「そんな事は無い」と言おうとする。

 確かに集中すれば幻覚だと見分けられたが、あれ程のリアリティがあれば分かっていたとしても脅威にしかならない。

 そう考える綱吉に対し、ユニは何事も無かったかのように呟く。

 

「沢田さんは超直感がありますからね。幻覚は通じにくいんだと思いますよ」

 

 ユニが言った聞き覚えの無い言葉に綱吉は小首を傾げる。

 

「ち、超直感…………?」

ボンゴレの血(ブラッド・オブ・ボンゴレ)に伝わる見透かす力の事です。歴代ボンゴレファミリーのボス、またその近親者は常人を遥かに凌ぐ直感があります。優れた使い手なら筋肉の僅かな動きから相手の行動を先読みしたり、心や過去を見たり、幻覚を見破る事が出来るんです」

「何それずるい」

 

 今の説明を聞いて凪は綱吉に非難がましい視線を向ける。

 一方の綱吉は自身に向けられる視線を無視して聞き逃せない言葉を言ったユニに詰め寄った。

 

「待ってユニ。初耳なんだけど」

「言ってませんでしたからね。と、いうより言う機会が中々ありませんでしたからね。私も沢田さんが超直感に目覚めていると今気付きましたし」

 

 少しだけ困った様子のユニの姿を見て、多分本当の事を言っているのだろうと判断する。

 ユニの性格から考えてこんな大事な事をずっと黙っているわけがない。確かに目覚めて使えない状態でそんな事を話されても困るだけだ。

 いや、そもそもその超直感とやらが目覚める事自体、彼女にとっては予想外の事態だったのだろう。

 

「取り敢えずこれからの修行は超直感を活かせるようにしなくちゃ…………でも基礎体力とか匣を使った戦闘もやらないと…………」

 

 そう言ってぶつぶつと独り言を呟きながらこれからの事を考えるユニを見て綱吉はそう思う。

 どうやら自分は彼女の想定よりも強くなっていたらしい。

 その事実に綱吉は少しだけ嬉しくなる。別に強くなった事が嬉しいとかそういうわけではないし、ましてや戦いなんて痛いだけで嫌いなものだ。それでも、強くなる事で大切な人達を守る事が出来るのであるならばやった意味があったというもの。

 

「ボス、もう一回やろう。今度は負けない」

 

 とはいえ戦う事自体はあまり好きじゃない、というよりも嫌いである。

 

「取り敢えずそろそろ帰らない? もう夜だし」

 

 リベンジに燃える凪を無視してユニに話を切り出す。

 今日は殆ど一日中死ぬ気で模擬戦をしたのだ。流石にこれ以上続けると明日の学校に響く。

 ましてやあの色々と気まずい下着姿の凪を見ながらの戦闘等好んでやりたいものじゃない。

 そんな綱吉の意図を察したのか、ユニは苦笑いしながら同意する。

 

「そうですね。良い時間ですし帰りましょうか。凪さん、特訓はまた今度にしましょう」

「…………分かった」

 

 ユニに言われて諦めがついたのか、凪はしゅんとした残念そうな顔になる。

 お風呂で裸を見られても気にせず、下着姿で自分と戦っても羞恥心すら感じていない。

 本当に心配になってくる。自分と出会わずにこのまま過ごしていたらどうなっていた事か。

 恐らく、ユニが言っていた通り碌な目に合わないだろう。本人の性格的にも変な男に騙されそうだし。

 

「そういや今日母さんが町内会の人達と話があるらしくて夜居ないんだけど、どうするの?」

 

 凪の将来に不安を覚え、胃が痛くなるのを我慢しながら綱吉はユニに話を切り出す。

 するとユニは「ふっふっふ」と普段の彼女らしからぬ笑い方をする。

 

「実はボンゴレから家庭教師としてのお給料を貰ったんですよ」

 

 そう言いながらユニは懐から財布を取り出して見せる。

 財布の中は万札が大量に入っていてパンパンに詰まっていた。

 

「今から夕飯を作ると遅くなっちゃいますし、今日はお寿司を食べに行きましょう!」

「別に良いけど…………それユニが食べたいだけだよね?」

「はい! 実は前々から興味はあったのですが中々食べる機会が無かったんで…………実はちょっと楽しみなんです」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるユニの姿は普段の聖女染みた彼女とは違い、歳相応の少女らしい笑みを見て綱吉は自分の事じゃないのに嬉しくなってくる。

 出来る事ならばこの平穏が永遠に続けば良い――――そんな事を思いながら山を後にした。

 

   +++

 

「ふぅ…………美味しかったですね」

「うん」

 

 寿司屋『竹寿司』で夕食を終え、ユニと凪は満足そうな表情を浮かべていた。

 確かに美味しいお店だった。ただその分値段が高かったがボンゴレからのお給料というやつで全額支払う事が出来た。

 女の子に奢られてるというのは男として少し、いや、かなり情けないが今回は仕方がないと自分に言い聞かせる。

 いかに戦闘力が上がっても、懐事情が良くなるわけではないのだから。

 本当に世の中というものは世知辛い。

 

「はぁ……………」

「どうしたんですか沢田さん。溜め息なんかついて…………もしかしてお口に合いませんでしたか?」

「いや、そういう意味で溜め息を吐いたんじゃないんだよ。ただ…………世の中は世知辛いなって思っただけだから」

 

 哀愁漂わせる綱吉の言葉にユニと凪は揃って首を傾げる。

 

「と、取り敢えずそろそろ帰ろうよ」

「そうですね。こんな夜遅い時間に私達が外に居たらあまり良くはありませんしね」

 

 それもあるがそれ以上に風紀委員、もしくはクラスメイトに見つかったら面倒だ。

 風紀委員は言わずもがな、クラスメイト達は此方に詰め寄ってくるに違いない。

 出来る事なら見つからない内に帰りたい、そう思いながら帰路に着こうとした瞬間だった。

 凄まじいまでの悪寒と何者かの殺意を感じたのは。

 

「っ、誰!?」

 

 殺意を向けられた方向に視線を向け、ユニ達の前に出る。

 突然の行動に凪は綱吉に疑問を抱くが、ユニは何があったのかを理解する。

 

「敵、ですか?」

「多分、そうだと思う。姿は見えないけど、何か違和感がある」

 

 視線を向けた先には人が居ないにも関わらず、其処に何者かが居ると綱吉の脳は警鐘を鳴らしている。

 

「――――ふむ、気付かれましたか」

 

 男のものと思われる声が視線を向けた先から聞こえると、何も無い空間から藍色の炎が現れる。

 藍色の炎――――霧属性の死ぬ気の炎が人間大の大きさになると、炎の中から老人が現れる。

 

「流石はボンゴレ10世、といったところですか」

 

 姿を現した老人は幼子を見守るような優しい眼差しを綱吉達に向けながら、鋭い殺意を纏っていた。



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瞳のヘルリング

まだ、まだユニツナや甘酸っぱい展開は書けないんじゃ…………すまぬ、すまぬ!!
今回の話が終われば、流石にちょっとしたハプニングとかを書けるので、甘いのを求めてるのはもうちょっとの辛抱を!!


「貴方は…………敵、ですか?」

 

 自身の眼前に立ち、殺気を放っている老人に綱吉は問いを投げる。

 ここまで殺意を向けられているのだから敵には違いない。だが今まで見てきた裏社会の人間とは思えない程に紳士だった。

 それこそ今まで差し向けられてきた刺客とは比べることすら烏滸がましい、そう思ってしまうくらいには理知的に見える。

 

「ええ、そうですとも」

 

 老人は綱吉の問いに頷き、腰に差していた剣を抜いて左手に携える。

 それを見て綱吉もまた額に死ぬ気の炎を灯し、死ぬ気モードになって構える。

 

「成る程、死ぬ気弾を使わずに死ぬ気モードになれると。やはり前評判等当てにならないものですね」

 

 綱吉の炎を見て老人は感心したかのような声を漏らす。

 そして右腕を前に出し、指にはめているリングを見せびらかした。

 リングは二つあり、内一つは人差し指に装着している緑色のリングストーンのリングだ。そちらは緑色のリングストーンであることから大空七属性の内の一つ、雷属性である事が分かった。

 雷属性は他の死ぬ気の炎とは異なり、雷そのものの性質を帯びている。嵐の炎と並んで非常に攻撃的で、特性の硬化も相まって厄介な属性だ。

 だがそれ以上に目を引くのは中指に装着している眼球をそのまま付けたかのような非常に不気味なリングだろう。

 リングストーンの色から属性を判断する事が出来ない。そういったリングは沢山あるが、その中でもあのリングはかなり異質だ。

 

「霧属性のリング?」

「ほぅ、分かりますか」

「ユニに色々と教わったからな」

 

 事前に聞かなければ分からなかったが、リングの中には特殊な力を持ったリングが存在する。

 気配を消すステルスリングや身体を視認しにくくするカモフラージュリング等、通常のリングとは異なる力を宿している。そして其れ等は主に霧属性のリングに見られている効果であるらしい。

 尤も、綱吉はそういったリングを見た事が無い為、詳しい事は知らない。だが、一眼見ただけであのリングがそうなのだろう、と思ってしまうような奇妙な存在感をそのリングは放っていた。

 

「ユニ、凪…………後ろに下がってて」

 

 本当ならば安全なところまで逃げてほしいが、それは難しいし他にも敵がいるかもしれない。

 目の前の翁に警戒を向けながら、綱吉は二人を下がらせようとする。

 しかし――――、

 

「ダメです。沢田さんも逃げましょう」

 

 ユニは酷く狼狽した様子で戦おうとした綱吉の腕を掴み、静止させた。

 

「ユニ…………?」

「ダメなんです沢田さん、あのリングだけは…………」

 

 普段のユニからは信じられない程に怯えており、綱吉はその様子を訝しむ。

 あのリングに一体どんな力があるというのだろうか?

 疑問に思う綱吉と凪に対し、向かい合っている老人は関心したような表情を浮かべた。

 

「ほう、次の世代のアルコバレーノはこのリングを知っているのですね」

「…………そのリングはヘルリング、霧属性の呪われた六つのリングの一つですね?」

「ヘル、リング?」

 

 アルコバレーノにヘルリング、ユニの口から語られた初めて聞く謎の単語に綱吉は首を傾げる。

 ただユニの反応から察するに碌な物じゃない事は確かだ。

 

「そこの彼、ボンゴレ10代目にも説明してあげましょう。ヘルリングとはこの世に六つしかない死ぬ気の炎が発見される以前から存在していた霧属性のリングの事です。ボンゴレリングやマーレリングといった名高いリングよりも歴史があるのです。曰く付きではありますがね」

「曰く付き…………?」

「ええ。元々は温厚な人間が残虐な独裁者に変わってしまったのにはこのリングが関わっているとされていますからね。実際、ヘルリングには使い手の精神を地獄に落とす能力もありますので強ち間違いじゃないでしょう。このリングも独裁者が持っていた物ですしね」

 

 老人の話を聞いていて綱吉は顔を顰める。

 嘘や冗談というわけでは無いのだろう。ユニの反応を見れば分かるし、何よりあのリングが放つ威圧感は呪いとしか形容出来ない。

 

「しかしその分リングの性能は破格。レア度5つ星の名に恥じない力を持っているのです。精製度はA+ランク、世界を見続ける為に一度も瞳を閉じた事が無い冒険者が自らの眼球を抉り、作り上げた(マロッキョ)のヘルリング」

 

 老人が最後まで言い切ると同時に瞳のヘルリングから無数の鉤爪と瞳で出来た触手が出現した。

 触手はギチギチと金属と生物が入り混じったような不気味な音を奏でる。

 見る者全てに畏怖を植え付ける悍ましい鉤爪が綱吉達に向けられる。

 

「その力を確かめてみなさい」

 

 そして綱吉達が回避する間も無い程の速度で触手が襲い掛かった。

 

   +++

 

 瞳のヘルリングは世界で唯一の肉食リングである。

 他に肉を喰らう機能があるリングがあるかと聞かれればその答えは否ではあるが、その食欲は凄まじいもので象ほどの大きさの肉塊を僅かな時間で捕食してしまう程だ。

 他のリングとは異なり、人間の眼球で造られたという特殊な生まれ故なのか、瞳のヘルリングは非常に攻撃的な能力を持っている。

 それこそ人間に向ければ死体さえ残らないくらいの威力を持っている。

 

「ふむ…………」

 

 老人は土煙が上がっている、ボンゴレ10代目達がさっきまで居た場所を見て顎を撫でる。

 そこには人の姿はおろか、人だった残骸も血の一滴すらも残ってはいなかった。

 

「どうやら逃げられたみたいですね」

 

 コンクリートと瓦礫と土だけしか無い場所を見て老人は淡々と呟く。

 如何に瞳のヘルリングが貪欲な食欲を持っていたとしても血の一滴も残さずに捕食する事は不可能だ。

 

「あの少女の仕業でしょうね。恐らく術士だったのでしょう」

 

 ボンゴレ10代目である沢田綱吉とジッリョネロファミリーの次期ボスであるユニ・ジッリョネロ。その二人と一緒に居た少女が何の力も持っていない表社会の一般人と考えるには早計だった。

 裏社会で無名の人間であったとしても何かしらの力を持っていないというわけではない。

 むしろその逆で、術士になるような人間は力があったからこそ裏社会に流れて来るのが多い。

 

「これは私のミスですね。老いると頭が固くなってしまう」

 

 そもそもの話、今の裏社会ではリングや(ボックス)の出現でつい先日まで無名だった人間が成り上がっていく事は珍しい話じゃない。

 約一名を除いたボンゴレの後継者で沢田綱吉が今も生き残っているのは他の三人とは異なり、今の時代の流れに適応する事が出来た人間なのだろう。

 

「本当に予備の剣を持ってきて良かった。彼ならばきっと――――私を殺してくれるでしょう」

 

 そう言って老人は逃げた三人を追い掛けようとしたその時だった。

 

「そこの男! 両手を上げて大人しくしろ!」

 

 老人の背後に拳銃を携えた警察官が姿を現したのは。

 

「流石は日本の警察、仕事が早い。いえ、これは前任者達が杜撰過ぎたからその皺寄せが来ているんでしょうね」

 

 話で聞いた限り前任者達は堅気にも被害を出し過ぎており、警察も既に動いていた。

 自身がこの日本にやって来た時点で捕まえようとしていた辺り、日本の警察を怒らせ過ぎたのだろう。

 面子を潰し過ぎたのだ。

 

「まぁ、だからどうしたとしか言いようが無いのですが」

「抵抗するのなら撃つ! これは脅しでもなんでもないぞ!!」

「分かっておりますとも――――もう対処しましたが」

「え?」

 

 老人が剣を鞘に収めると警官の銃を持っていた方の腕が地面に落ち、鮮血が飛び散った。

 自らの腕を斬り落とされた事に警官は叫び声を上げようとするが、それよりも先に無数の鉤爪と触手が警官に殺到する。

 

「貴方のミスは警告等せず撃たなかった事ですよ。尤も、既に聴こえてはいないでしょうが」

 

 触手が消失するとそこには大量の血溜まりだけが残っていた。

 

「やはり彼等は逃げたようですね」

 

 自分の考えが間違っていなかった事に安堵しつつ、老人は懐から匣を取り出す。

 

「さて、鬼ごっことまいりましょうか」

 

 そして霧属性の死ぬ気の炎が燃え盛るヘルリングを匣の注入口に押し当てた。



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「沢田さん達にはリングの精製度について話していませんでしたね」

 

 ユニと凪の二人を抱えて襲撃者たる老人から夜の街を逃げ回っていた最中。

 綱吉の右腕に抱えられているユニが唐突に呟いた。

 

「リングの精製度?」

「はい。リングには精製度と呼ばれる、使われているリングストーンの格というものがあります。詳しいことはリング職人にしか分かりませんが、リングの精製度が良ければ良い程、死ぬ気の炎の出力や純度が良いものになるそうです」

 

 ユニから一通りリングについての説明を聞いた綱吉は先程の老人の言葉を思い返す。

 

「じゃあ、さっきのヘルリングは?」

「精製度A+。これ以上ない程極めて高い最高峰のリングに他なりません。これと同格のリングは世界に数えられる程度しかないです」

「…………オレ達が使ってる、リングは?」

 

 綱吉の問い掛けにユニは何とも言えない表情を浮かべる。

 

「精製度Cランク。悪いリングじゃありませんが、比較対象が悪過ぎます」

「…………それだけ、ヘルリングが強力ってこと?」

「はい。リングの精製度だけで優劣はつけられませんが、それでも大きな差があるのは明確です。それに加えて、所持者が厄介です」

「ユニはあの人のこと知ってるの?」

「はい。あの人はモルト。裏社会で戦剣という異名で恐れられた殺し屋です。元々は過去の大戦で軍人という経歴の持ち主でしたが裏社会に流れたと聞いています。リングや匣の出現するよりも前に引退したと聞いていましたが…………」

 

 ユニの告げた言葉に綱吉は表情が強張る。

 リングや匣の出現よりも前から活動していた元軍人の殺し屋。

 既に引退しているとはいえ、そういった前時代の人間はリングや匣の力に敵わず淘汰されたという。

 だが、もしそんな人間がリングと匣を使う事が出来たなら――――。

 

「はっきり言って今の私達じゃ手に負えない相手だと思います。今の私達に出来ることはこのまま逃げ回りながら機会を窺って」

「――――残念ですがそうはさせませんよ」

 

 ユニとの会話を強引に打ち切るようにして先程の老人、モルトの声が綱吉達の頭上から聞こえた。

 何故真上から声が?

 疑問に思う間も無く、綱吉は反射的に声がした方向に視線を向ける。

 そこには剣を携えたモルトが何も無い虚空に立つようにして浮かんでいた。

 両脚には変わった金属が付いたブーツが装着されており、そこから霧属性の死ぬ気の炎が放出している。

 

(フレイム)シューズ…………!? 飛行用の匣兵器っ!」

「そんなのも、あるのか!!?」

 

 空中を浮遊しているモルトを見て発したユニの言葉に綱吉は顔を顰める。

 あんな空を飛ぶ事が出来るようになるものがあるなら、逃げる事なんか絶対に不可能だ。

 

「その通り。では――――」

 

 内心絶望感に満たされる綱吉達に向かってモルトは死ぬ気の炎の放射を止め、剣を真下に向けたまま落下する。

 刃の先端には霧属性の死ぬ気の炎が一点に集中しおり、その上に覆い被さるように雷属性の死ぬ気の炎も纏っている。

 霧属性の死ぬ気の炎はその特性上攻撃力が低い。しかしそれも一点に集中さえすれば鋼鉄も焼き切る事が可能になる。加えて、大空七属性の死ぬ気の炎の中で一番の硬度を有している雷の炎を加えてある。

 霧属性唯一の弱点を雷属性が補うという、極めて相性の良い組み合わせだった。

 

「っ!」

 

 両脚に力を込め、自分達に向かって落下するモルトの攻撃を回避する。

 攻撃先を失ったモルトの剣はそのままコンクリートの地面に深々と突き刺さる。

 まるでコンクリートが豆腐のようだ。そう思ってしまうくらいにはモルトの剣は異常なまでに鋭かった。

 だがそれも当たらなければ意味がない。

 綱吉は抱えていた二人を下ろし、刃を地面から抜こうとしているモルトに攻撃を仕掛ける。

 深々と地面に刺さった以上、引き抜くのには僅かな時間がかかる。それは明確なまでの隙であり、綱吉は見逃さない。

 

「良い判断です。ですが甘い」

 

 しかし綱吉の攻撃がモルトに届く事は無く、突如として出現した盾に防がれてしまう。

 幻覚――――綱吉の超直感が自身の攻撃を防いだ盾を幻覚だと告げる。しかし、幻覚でありながらもそれには実体があった。

 

「まさか、有幻覚!?」

 

 有幻覚――――それは霧属性の死ぬ気の炎の特性である構築により強化する事で出来る実体を持った幻覚の事である。

 しかし、有幻覚にはいくつかの欠点が存在する。

 強固なイメージを持っていなければ実体を作れない事。そして有幻覚はその性質上実物に比べれば遥かに脆く、本物よりも遥かに劣る程度の物しか作れない事等だ。

 だがモルトが生み出した有幻覚の盾は本物と何ら変わらない強度だった。

 

「そこです」

 

 綱吉の攻撃が盾に塞がれている間に地面から刃を引き抜いたモルトは、そのまま綱吉を斬り裂こうと剣を振るう。

 刃が振るわれる瞬間には盾も最初から存在しなかったかのように消失し、綱吉の眼前まで刃が迫る。

 とてもではないが回避は不可能。しかし、それは一人だった時の話。

 

「ボスっ!!」

 

 凪が綱吉の事を呼ぶと同時に、綱吉とモルトの間に有幻覚の盾が出現する。凪が作り出した有幻覚の盾だ。

 現れた盾はモルトが生み出したものとは違い、バターを斬るかの如く刃が通る。

 それでも僅かな時間を稼ぐ事は出来、綱吉はモルトの攻撃を回避する事に成功した。

 

「今度こそ…………! メテオ、アクセル!!」

 

 攻撃が空振ったモルトの身体に拳に炎を集中させた渾身の一撃を叩き込む。

 回避する事はおろか、防御する事すら出来なかったモルトは綱吉の攻撃をまともにくらい、剣を手放して後方に吹っ飛んでいった。

 

「良い、良い連携です…………!」

 

 モルトはそう呟くと両脚のFシューズから炎を放出して空中で姿勢を立て直す。

 浅かった、というわけでは無い。今の一撃、メテオアクセルは確かに直撃した。

 今まで戦った敵、マッドクラウン達ならば間違いなく勝負が決まる攻撃だ。

 それでも意識を刈り取る事が出来なかったのは、このモルトという老人がマッドクラウン達とは比べ物にならないぐらいに強いということ。

 

「お見事、流石はボンゴレ10代目。その剣は貴方に差し上げますよ」

「…………どうも」

 

 此方を賞賛するモルトの言葉に耳を傾けつつ、綱吉は警戒を更に引き上げる。

 地面に落ちた剣を拾い、その刀身に炎を灯す。

 

「武器に炎を灯すのは少々コツがいるのですが、即座に出来ますか」

 

 そう呟きながらモルトは背中からもう一本の剣を取り出す。

 

「もう一本持ってたか」

「ええ。普段は持ち歩きませんが、念の為に予備を持ってきておいて正解でした」

 

 此方を観察するような態度を取るモルトに綱吉は内心舌打ちをする。

 ああも苦労して武器を奪い取ったというのに、本当にやり辛い。

 そう考えながらも綱吉は武器を構えつつ、モルトに話しかける。

 

「…………本当に、戦わなくちゃいけないのか?」

「ふむ、その問いに答える前に聞きましょう。どうしてそう思いますか?」

 

 綱吉の投げた問いにモルトは逆に問いを投げてくる。

 

「貴方は、そこまで悪い人には見えない。戦わないって選択だってある筈だ」

「私は殺し屋ですよ? 依頼をされた以上、それを達成する為に動かなくてはなりません」

「嘘だ。貴方は、そんな事を思ってない」

 

 モルトが語る言葉には偽りがある。

 超直感はそう告げており、ならば戦いを回避出来るのではないかと綱吉は考えた。

 だが――――、

 

「そうですね。嘘です。私は既に引退済みの人間ですから荷が重いとクライアントに告げてキャンセルも可能です」

「なら」

「ですが私にその気はありません。私は貴方と戦い、殺されに来たのですから」

 

 綱吉が抱いたその考えは絶対に叶わないと思い知らされる事になった。

 

「な、なんで…………どうして?」

「下らない理由です。私はかつて戦争に参加して、おめおめと生きて帰ってきてしまった。それに罪悪感を抱いた私は死ぬ為に裏社会に身を投じたのです。尤も、この歳になるまで生き永らえてしまいましたがね」

 

 自嘲するかのように身の上話を語り出すモルトに対し、綱吉は全く理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべる。

 本当に何を言っているのかが理解出来ない。

 

「そして、今貴方と戦ってよく理解しました。貴方は優しい。優し過ぎて裏社会で生きるには不相応。ですがその優しさは欠点でもありますが美徳でもある。だからこそ、貴方になら殺されても良いと思いました」

「な、何を言ってるんだよ!! 殺されても良いとか、そんなわけないだろ!!」

「ええ、ええ。全くもってその通り。ですが、世の中にはそれじゃあ納得出来ない人間もいるんです」

 

 モルトがそう言うと右手を、ヘルリングを顔に近付ける。

 

「ヘルリングは所有者の精神を地獄に堕とす。ですが、私からしたら生きているだけで地獄です。なので、むしろ救いになってしまいますね」

 

 そして、地獄が始まった。



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憤激と超死ぬ気

 どす黒い霧属性の死ぬ気の炎がモルトの全身を覆う。

 呪詛、怨念、憎悪といった負の感情から生み出された炎は見ているだけで恐怖を覚えるものだった。ヘルリングだけの時でさえ不気味な印象を覚えたが、所有者の精神をリングが喰らっている光景はあまりにも悍ましかった。

 そして全身を覆っていた霧の炎が爆散するかのように晴れ、モルトが姿を現す。

 

「はぁ…………この感覚、まるで戦場を思い出しますね」

 

 感慨深いと言わんばかりに呟いたモルトの姿は異形としか言いようのないものだった。

 まるで幽鬼を連想させるかの様な外見、額に出現した縦に割れた(マロッキョ)のヘルリングを連想させるかのような第三の瞳。

 一眼見ただけで怪物としか言いようの無い姿だった。

 

「これこそがヘルリングに己が心を喰らわせた姿。醜くも人の本性を曝け出した形。尤も、私の場合はあの時からずっと地獄に囚われたままのようなものなのでなんら変わりませんが」

 

 そう吐き捨てながらモルトは刃を振り上げる。

 

「ですがその分凄まじい力を発揮します。こんな風に――――!!」

 

 刃を振り下ろし、霧の炎と雷の炎が混じった斬撃が綱吉達に襲い掛かる。

 斬撃には鉤爪のようなものと眼球のようなものが混じっており、さっきのヘルリング単体で放った攻撃のような感じがした。

 

「っ、らぁ!!」

 

 綱吉は奪い取った剣を使ってモルトの攻撃を弾く。

 とてつもなく重い攻撃だった。加えて雷の炎による帯電もあり、防御するだけで帯電する。大空の炎の特性である調和を使ってダメージを軽減出来ているが、そう長くはもちそうにない。

 

「おお、今の攻撃を防げるとはやりますね。では、もっと強くいきましょうか」

「っ、くそっ!!」

 

 モルトはそんな綱吉の思いを知ってか知らずか、嬉しそうに攻撃を仕掛けようとしてくる。

 こんな攻撃を連続で続けられたら間違いなく死ぬ。

 そう判断した綱吉は腰から下げていた(ボックス)を手に取り、炎を注入する。

 

「ナッツ! お願い!」

「GAO!!」

 

 匣から飛び出したナッツに短く命令すると、普段の臆病さからは信じられない程の勇ましさで咆哮をあげる。

 大空の特性である調和の性質が乗った咆哮はモルトの斬撃を最初から存在しなかったかのように掻き消した。

 

天空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)…………!」

「元は幻覚の刃だ! 大空の特性で無効化出来る!!」

「ならば直接攻撃するまで!!」

 

 遠距離攻撃を無効化された為か、モルトは両足の炎をジェット機のように噴射して迫る。

 それを見た綱吉はもう一つ持っていた匣をモルトの方に向ける。

 匣の蓋が開き、中から大空の炎が灯ったダーツが複数射出され、モルトに殺到する。

 

「くっ…………!」

 

 両足から炎を出して接近しようとしていた事もあり、回避する間も無く射出されたダーツはモルトの身体に深々と突き刺さる。

 ダーツが突き刺さった衝撃とダメージが大きかったのか、モルトはその場で静止し怯んでいた。

 

「はぁっ!!」

 

 生み出した隙を綱吉は見逃す事なく、奪い取った剣を振るってモルトに斬りつける。

 受けたダメージに怯んでいたからか、死ぬ気の炎による防御は無く、綱吉の剣はそのままモルトに通った。

 

「ぐぉおおおおおっ!?」

 

 身体を斬り付けられ傷を負ったモルトは悲鳴を上げる。

 剣から伝わる肉の感触の不快感に顔を顰めるも、すぐさま攻撃を叩き込もうとする。

 しかし、攻撃がモルトに届く事はなく、剣で防がれてしまう。

 

「…………見事。と、言いましょうか」

 

 老人とは思えないような膂力でモルトが剣を振り抜き、鍔迫り合っている綱吉の身体が宙を舞う。

 綱吉は空中でなんとか姿勢を立て直し地面に無事着地する。

 

「皮肉か?」

 

 左の目の下に出来た傷から流れた血を服の袖で拭い、溜息混じりに吐き捨てる。

 さっきからモルトは自分の事を褒め、賞賛こそしているものの綱吉としてはあまり嬉しくはなかった。

 戦いや争いで褒められる事なんて無いと思っているし、そもそも間違っているとも思っている。他に方法が無いからやっているだけで、する必要が無いならば間違いなくやらない事だ。

 加えて、モルトが言っている賞賛の言葉も綱吉からしたらモルトに一方的に負けている状態で言われたものだ。煽りや侮辱としてしか思えない。

 

「いえいえ、心からの賞賛ですよ」

 

 しかし、モルトから向けられている感情に嘘偽りは無い。

 この男は本当にそう思っている。

 

「貴方以外の他のボンゴレ10代目候補。エンリコ・フェルーミ、マッシーモ・ラニエリ、フェデリコ・フェリーノはいずれもボスに足る資質の持ち主でした。実力だって今の貴方にも負けていなかったでしょう」

「……………」

「ですがそれは当然といえば当然の話です。彼等は貴方やもう一人よりも年長の人物であり長い間裏社会に身を置いていたという経験があります。あの三人が貴方のようについ最近まで表社会で暮らしていて、貴方のように突然戦いの日々を送る事になれば間違いなく生き残る事はできないでしょうね」

 

 モルトはその後「尤も、それは無意味な仮定の話ですが」と言うと剣を構え、刀身に二種の属性の炎を圧縮させる。

 ただ纏わせるのではなく刀身に凝縮している炎を見て、綱吉は目を見開く。

 あの攻撃はヤバい。防御することも、迎撃することも不可能だ。

 綱吉これから来る攻撃に対し全力で回避しようとして、背後を見てその選択肢を頭の中から無くす。

 

「くそっ!!」

 

 刀身に渾身の死ぬ気の炎を纏わせ、盾にする事で攻撃を防ごうとする。

 しかし、モルトの攻撃は綱吉の防御をいとも容易く突破し、刀身ごと綱吉の右腕を斬り裂いた。

 鮮血が飛び散り、斬られた右腕が宙を舞う。

 

「っ、ぅ…………!!」

 

 遅れてやって来た激痛に歯噛みし、その場で蹲りそうになるのをなんとか堪える。

 回避から防御に考えをシフトした時点でこうなる事は覚悟はしていた。

 それでもこの激痛と喪失感は我慢出来そうには無い。今にも泣き出してしまいそうな程、体験した事のない痛みだった。

 

「沢田さん!!」

「ボスっ!!?」

 

 右腕を斬り飛ばされた事にユニと凪の二人は声を上げる。

 幸いなのは二人の近くに自身の腕が転がっている事だろうか。

 二人にあんな表情をさせてしまっている時点で、本当に幸いかどうかは分からないが。

 

「今の攻撃、防げると思いましたか? だとすればそれは失策で――――ああ、なるほど」

 

 今の一撃を回避ではなく防御した事に怪訝な表情を浮かべるモルトだったが、綱吉の意図を察した事で納得する。

 

「回避すれば後ろの二人に攻撃が直撃しますからね」

「…………えっ?」

 

 モルトの言葉に凪は間の抜けた表情を浮かべる。

 一方、ユニはモルトが言った意味を理解したのか唇を歯噛みした。

 彼の言う通り、ユニと凪の位置は今の綱吉の真後ろであり、今の攻撃をもし回避していたら間違いなく二人は死んでいただろう。

 だからこそ、綱吉は攻撃を防御するしかなかった。

 

「これは、きみの事を少し過大評価し過ぎていましたね」

 

 綱吉のやった行動の意味を理解したモルトは落胆の意を示す。

 

「貴方は間違いなく強くなる。ですが、その甘さはマフィアのボスとしては不適切です」

「オレは…………マフィアのボスになんか、なるつもりなんか無いっ!」

 

 睨みながら吐き捨てた綱吉の言葉にモルトは目を見開く。

 

「成る程、表社会で生きて来たから色々と疎いのですね」

 

 モルトは溜め息を吐きながら綱吉に優しく説明するように語り掛ける。

 

「貴方はマフィアのボスになるつもりが無いと言いましたね」

「…………そうだ」

「仮にマフィアのボスにならなかったとしましょう。それでも貴方がマフィアから離れて生活する事は絶対にできませんよ」

 

 断言するかのように、実際に断言しているモルトの言葉に綱吉は目を見開く。

 

「理由はいくつかあります。貴方がマフィアボンゴレの初代の血統を引き継いでいるからです。他に後継者がいた頃ならばまだ普通に表社会で生活出来たのでしょうが、全滅した今、貴方はボンゴレにとって唯一の後継者です。ボンゴレが貴方を後継者として据えた瞬間、裏社会の住人はここに貴方の存在を知ってしまったのですよ」

「それが、どうした」

「鈍いですね。分かりやすく言うと、貴方はマフィアにならなくても裏社会の人間に身柄を狙われる立場になったのです。ボンゴレファミリー初代の最後の血統、狙われるにはそれだけで十分です」

 

 なんて理不尽な話だ。モルトの説明を聞いて改めてそう思う。

 

「血統なんか、関係無いだろ。オレなんかよりも優秀な人を指名してやれば…………」

「他の組織ならそれも出来たのでしょうがボンゴレファミリー、そしてジッリョネロファミリーは他とは違います。血統を重視しているのではありません、血統じゃなければいけないのです。詳しい理由は分かりませんがね」

 

 モルトは「さて」と話を続ける。

 

「貴方がボスになろうがならなかろうがどちらにしろ表社会では生きてはいけません」

「それでも…………オレはマフィアのボスになんか」

「言い方を変えましょう。貴方のせいで沢山の人間が死にます。こんな風に」

 

 何の脈絡も無くモルトは瞳のヘルリングの鉤爪を出現させ、ユニや凪に向けて放った。

 

「っ!! ユニ! 凪! ごめん!!」

 

 超直感のお陰で攻撃を察知する事が出来た綱吉は二人を蹴り飛ばす。

 片腕を失ってしまった為、手荒な真似しか取れなかったものの二人はなんとか攻撃に当たらず、綱吉も強引に身を逸らして回避する。

 

「い、いえ、大丈夫です…………!」

 

 綱吉に蹴り飛ばされたユニは特に怪我をしている様子はなく、斬り飛ばされた綱吉の右腕を抱えている。

 

「お前、何をする…………!」

「何と言われましても、彼女も標的ですので。そこの術士のお嬢さんは標的ではありませんが、消しても問題は無いですし」

 

 怒りの形相を浮かべる綱吉に対し、モルトは飄々とした態度を取る。

 

「いずれにせよ遅かれ早かれこうなる運命でしょう。本当に勿体無い話です。才能や素質は感じるのに、その甘さはマフィアとしては不向き。貴方は私の結末にはなりませんでしたか」

 

 酷く残念そうにモルトは呟く。

 

「こうなれば致し方ありません。貴方達を殺し、後継者が居なくなってボンゴレが崩壊した後に訪れる動乱を待ちましょう。裏社会の主柱たるボンゴレが壊滅すればその後の覇権争いは確実ですからね」

「…………そんなに、争いたいのか」

「ええ。今の裏社会を見れば分かる通り、誰も彼もが争いを求めています。この技術や死ぬ気の炎が表社会に流れているのを察するに、かの悪名高い復讐者(ヴィンディチェ)も時代の流れを止める事は出来ていない。もっと沢山の血が流れて人が死ぬ事になるでしょうね」

「何で、争う?」

「色々と理由はあるでしょうが結局のところ、この世界やルールが気に食わないから壊したいだけなのでしょうね。暴力が支配する世界こそが彼等の望みかと。私の場合はその理由に加えてさっきも言いましたが、私は死に損なってしまった亡霊です。平和で安穏な中で最後を迎える等、かつての同胞に申し訳な――――」

「もういい黙れ」

 

 モルトの話を一方的に打ち切り、綱吉は真っ直ぐモルトを見据える。

 表情こそ冷静なままだがその瞳は憤激に染まっており、額に灯っている死ぬ気の炎も激しく燃え盛っていた。

 

「さっきから聞いていたけど本当に理解出来ない。何でそんなに壊したい、何がそんなに気に食わない。どうして関係無い他人を傷つけてへらへら笑っていられる」

 

 最早右腕の痛みと喪失感等綱吉の頭からは消え失せている。

 それに呼応するかのように普段は臆病で大人しいナッツも怒っていた。

 

「何の関係も無い他人だからでしょうね。苦しんでも壊れてもどうでも良いのだから」

 

 そしてモルトのその言葉を聞いた瞬間、綱吉の雰囲気が変質した。

 死ぬ気モードから感じた荒々しさは消失し、落ち着いているようにも見える。

 しかし額の死ぬ気の炎の純度が上がり、瞳の色が死ぬ気の炎と同じ色に変化している。

 

「自分の喜悦の為だけに他人を犠牲にするお前を、オレは…………許さない!!」

 

 それは死ぬ気モードよりも上の戦闘形態。

 通常ならばリングを介してなければ使う事が出来ない死ぬ気の炎を意識的に使う事が出来るモード。

 

――――(ハイパー)死ぬ気モードに覚醒した瞬間だった。



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決着

ようやく決着です。
これからは仲を深めていく段階です。
が、それはそれとして応募用の作品がまだ仕上がってないので暫くはそっちに集中するかと思います。


――――(ハイパー)死ぬ気モード。

 

 それは死ぬ気モードを超える戦闘形態。

 歴代のボンゴレファミリーのボス等の一部の例外を除けばリング等の媒体を通してでなければ扱う事が出来ない死ぬ気の炎を人体でも使用可能になった状態の事である。

 その戦闘能力は死ぬ気モードの比では無い。

 

「成る程、噂に違わぬ威圧感。加えて死ぬ気の炎もより強大になっている」

 

 少なくとも見掛け倒しではないだろう。

 だが、それでもモルトは落胆せざるおえなかった。

 

「その状態にもっと早くなれていれば、まだ話は違ったのですがね」

 

 綱吉が使っていた大空属性のリングは右手に付いており、現在そのリングは斬り落とされた綱吉の右腕ごとユニが持っている。

 如何に戦闘力が上がろうとも、戦闘に重要なものであるリングや(ボックス)が使えなければ意味がない。加えて今の綱吉は右腕を喪失している。

 誰がどう見ても綱吉に勝ち目は見えない。

 しかし――――、

 

「そう思うか?」

 

 綱吉の瞳には自身が負けるといった思いは一欠片も無かった。

 

「ならば強がりか痩せ我慢か確かめてみましょう!」

 

 モルトは綱吉に向けてリングを向け、攻撃を放つ。

 (マロッキョ)のヘルリングが有する固有の能力である肉食の鉤爪。しかし放たれた攻撃は今までの鉤爪とは異なり、あまりにも巨大で砲撃のように思える程の攻撃だった。

 それに加えて今度の攻撃には雷の死ぬ気の炎も帯びている。

 

――――この攻撃を防ぐのは困難ですよ。

 

 霧属性唯一の弱点を補い、より強力となった霧と雷の複合属性の攻撃が綱吉に迫る。

 如何に死ぬ気の炎をリング無しでも出せるようになったとはいえ、その出力や純度が高いわけではない。

 どう考えてもこの状況を打開する方法は無いに等しい。

 にも関わらず綱吉の顔には一切の恐怖が無く、逆にモルトが放った攻撃に向かって突貫した。

 

「――――今だ、ナッツ」

 

 綱吉が短く、そして小さい声音で相棒である匣アニマルの名を呼んだ瞬間、モルトの右腕に衝撃と共に痛みが走った。

 視線を右腕の方に向けると、そこには綱吉の相棒である天空ライオンが噛み付いていた。

 

「なっ、いつの間に…………!?」

 

 モルトはいつの間にか側まで接近していた天空ライオンに困惑する。

 思い返せばこの匣アニマルは綱吉が開匣したものだ。さっきの攻撃でリングを失った際に機能停止したと判断していたが、まさかまだ動ける状態だったとは。

 天空ライオンの存在を失念していた事にモルトが呻くのと同時に、右手の指にはめていたリングに灯っていた死ぬ気の炎が消え、鉤爪もまた最初から無かったかのように掻き消える。

 

「なっ、これは…………!?」

「ヘルリングの力は確かに脅威だ。でも、どれだけ凄い力を持っていてもリングである事には変わらない」

 

 攻撃が消失した事でモルトの懐に接近出来た綱吉は刃を振り上げる。

 半ばまで圧し折られてこそいるものの刀身には死ぬ気の炎が灯っており、武器としての役割は十二分に果たす事が出来るだろう。

 

「リングは所有者の波動を死ぬ気の炎に変える。なら、その波動に大空の特性である調和を直接流し込めばその機能は停止する!!」

 

 ましてや、死ぬ気の炎を使っていない人体程度ならば容易く切断が可能だ。

 

「くっ…………!」

 

 モルトは天空ライオンに噛まれて動かせない右手から剣を左手に持ち替え、攻撃を防ごうとする。

 しかし既に懐に潜り込んでいた綱吉の方が行動が早く、死ぬ気の炎が灯った刃がモルトの右腕に振るわれた。

 

   +++

 

「ぐ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 」

 

 右腕を失った瞬間、モルトは亡者のような叫び声を上げた。

 それと同時にモルトの全身をドス黒い霧の死ぬ気の炎が覆い尽くした。

 

「…………これで終わりだ」

 

 地面に転がったモルトの右腕を蹴り飛ばし、ナッツを左腕で抱き抱え、後方に下がって距離を取った綱吉はモルトに対し告げる。

 あの悍ましい姿に変身した際にも同じ様に死ぬ木の炎が全身を覆っていた。しかしモルトは右腕ごとリングを失い、死ぬ気の炎を扱う事も出来なくなった。にも関わらず死ぬ気の炎がモルトの全身を覆っているという事は、そういう事なのだろう。

 

「う、ぉあ……………」

 

 全身を覆っていた死ぬ気の炎が消失するとモルトの身体は先程までの悍ましい姿から一転、元の人間の姿に戻った。

 いや、戻ったというには正しくない。その姿は明らかに消耗し、やつれていた。

 当然といえば当然だ。ヘルリングに精神を喰わせるなんていう真っ当じゃないパワーアップをしているんだ。

 負担が無いわけが無い。

 

「…………見事です」

 

 モルトは地に膝を付き、右腕の傷口を抑えながら称賛の声を上げる。

 武器を失いリングも奪われて挙げ句の果てには右腕は斬り落とされた。一方の綱吉は右腕こそ失っているが死ぬ気の炎は使え、武器も持っている。刀身が半ばまで無くなった剣ではなく、モルトが今まで使っていた剣に持ち替えている。

 そして、匣アニマルであるナッツや後方に下がっているユニや凪も居る。

 状況は既にひっくり返っていた。

 

「これは、もう勝ち目はありませんね」

「ああ、だから降参しろ」

「それでもケジメは付けなければいけません」

 

 綱吉の言葉に耳を貸す事は無く、モルトは懐から拳銃を取り出す。

 

「…………何でだよ」

 

 拳銃を取り出して此方に銃口を向けるモルトに、綱吉は身体を震わせる。

 その震えは恐怖からくるものでなければ武者震いでも無い。ただひたすらに怒りという激情にかられたものだった。

 

「どうしてそんなに争おうとするんだ!! どうしてそんなに死にたがるんだよ!! 戦いなんて痛いだけで、争いなんて辛いだけだろ!!」

 

 モルトの行動、そして言動に対し綱吉は怒りを爆発させ本音をぶち撒ける。

 それは今までの襲撃者に対する怒りや憤りも多分に含まれていた。

 

「何で、ですかね」

 

 それに対しモルトは先程のように他人事で話すのではなく、綱吉に同意するかのように頷いた。

 ヘルリングの呪縛が無くなったからか、あるいはさっきの死闘で全てを出し切ったのか。狂気はまるで感じられず、人の良さそうなお爺さんに見えた。

 恐らく、これが彼の素なのだろう。

 

「貴方の言う通り、戦い等当事者にとっては辛い事でしかなく、それで手に入れるものも戦いで失ってしまったものに比べれば価値が無い」

「なら――――!」

「ですが世の中の大半の人間はその失ってしまうもの以上に戦いで得られるものの方が価値があるように見えるのです。いえ、それは正しくありませんね。大半の人間にとって貴方が求めているものよりも、貴方が忌避し疎んでいるものの方が価値がある」

 

 皮肉な話ですがね、と話を続けるモルトの言葉に綱吉は何も言えなくなる。

 

「…………随分と勝手な言い分だ」

「私もそう思いますよ。ですがある意味では真理です」

「そんな真理があってたまるか!!」

 

 綱吉の怒声にモルトは目を見開く。

 そして心の底から憐れむかのような眼差しで見つめてきた。

 

「貴方は貴方が思っている以上に優しいのでしょう。だけど他者は貴方のように優しくはない。それは裏社会での話じゃない。表社会でさえ、貴方は生きるのが難しい」

「そんな事は――――」

「無いと本当に言い切れますか? 貴方のクラスメイト達は今までどんな視線で貴方を見てきましたか?」

 

 モルトのその言葉に綱吉は何も言えなくなる。

 否定しなければいけない、そう思うにも関わらず綱吉の脳裏にはユニと出会うまでの記憶がこびり付いていた。

 そして、その記憶がモルトの言葉が正しいのだと告げていた。

 

「優れているのであれ劣っているのであれ、人間という生き物は排除する存在。貴方は非凡な平凡な人間ではありますが、それは貴方が他の人間と同じというわけではない。むしろその逆で、貴方は他の人間とは明確に違うという事」

「そんなの、誰だって同じだ」

「いいえ。違います。尤も、いずれ貴方も思い知る事になるでしょう」

 

 そう言うとモルトは笑みを浮かべたまま綱吉に向けていた銃口を自らの蟀谷に押し付ける。

 

「ああ、本当。もっと早くにこうすべきでした」

「っ、何を…………!」

「言ったでしょう? ケジメと。ヘルリング、呪われたリング。地獄を味わった私なら大丈夫だと過信していましたが、やはり呪われたリングという事でしょうね。こんな簡単な事に何年も気付かなかったとは」

 

 自分で自分を嘲笑うかのような、本当に後悔していると言わんばかりの表情を浮かべる。

 そして綱吉の方を見て安らかな笑った。

 

「貴方には感謝します。尤も、こんな男に感謝されても嬉しくは無いと思いますが」

「っ! 待て――――」

 

 これからモルトが何をしようとしているのか、理解した綱吉は止めようと手を伸ばす。

 しかし距離を取っていた事もあり間に合う事はなく――――、

 

「では、さようなら」

 

 パンッと乾いた音が鳴ると共にモルトは頭から血を流し、倒れて動かなくなった。

 自殺。ヘルリングという恐ろしき力を使った男の最後がそれだった。

 額に灯っていた死ぬ気の炎が消失し、綱吉の全身に凄まじいまでの疲労感が襲い掛かる。

 どうして、と疑問に思う間も無く綱吉の意識は闇に沈んでいく。

 

「沢田さん!!」

 

 意識を手放す瞬間、ユニの声が聞こえたような気がした。

 

   +++

 

「――――では、お大事に」

 

 病院の医者にそう言われ、山本武は浮かない表情で診察室から出た。

 右腕には包帯が巻かれており首から吊り下げている。

 骨折だった。野球の練習のし過ぎによる疲労骨折だったという。

 安静にしていればすぐに治るとは言っていた。しかし、その治るまでの間は当然野球は出来ないし、治ったとしても大会にはとても間に合わない。

 

「…………くそっ」

 

 武は悔しさから普段はしないであろう顔をする。

 もしこの場に級友が居たとしたならば普段の武とのギャップに驚くかもしれない。

 それくらい山本武という少年にとってこの怪我はあまりにも大きかった。

 それこそ、野球の神様に見捨てられたと思ってしまうくらい。

 

「す、すみません!!」

 

 どんどんとネガティブな思考になっていく中、武の耳に届いたのは切羽詰まったかのような少女の声音だった。

 何気無しに視線を声がした方向に向けると、そこには信じられない光景が映っていた。

 周囲の人達もその光景を見て驚き、声を失っている者も居る。しかし、武は他の者とは違う意味で声を失っていた。

 

「お願いします! 沢田さんを、助けて下さい!」

 

 病院の玄関に二人の少女に抱えられた一人の血だらけの少年が居た。

 その少年は剣で斬られたかのような大きな傷を負っており、抱えている二人の少女も少年の血で酷く汚れている。

 だがそれ以上に目を引くのは右の方に居る少女が持っている物で、それは人間の腕だった。よく見れば抱えられている少年は右腕が無い。

 そして、その右腕が無い大怪我をした少年の姿は――――、

 

「つ、ツナ…………?」

 

 最近自身が注目しているクラスの友人だった。




凪「救急車を呼ぶよりも抱えていった方が早い」

その結果病院内は騒然する事になりました。


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二度目の入院

すみません遅くなりました。
取り敢えず今回からハートフルな感じでやっていきたいと思います。


――――あれ、ここは何処だ?

 

 不意に意識が覚醒した綱吉は、朦朧としながらも自分が今何処に居るのかについて考えを巡らせる。

 何故かは分からないが身体は動かす事が出来ず、顔の上に何かが覆い被さっているのか左目は何も映す事は無く真っ暗だ。

 そして周囲には沢山の人達が忙しなく何かをしていた。

 よく聞こえないが大きな声で言い合っているのは分かる。意識を耳に集中しても何を話し合っているのか分からない。

 

――――そもそも、何でオレはこんな所に居るんだろう。

 

 朦朧としていた意識もはっきりし始め、明瞭になってきた為か改めてここが何処なのかを確認する。

 明るい光に照らされているとても清潔な空間、周りに居る人間は大人達で手術をする時に着ているような格好をしている。

 ふと視線を下に向け、大人達が何かをしている箇所を見やる。

 そこは綱吉の右腕があった場所で、大人達は針や糸等の医療器具を持って右腕を縫っているのが見えた。

 

――――ああ、そうだ。オレ、右腕斬られてたんだった。

 

 どうしてこんな所に居るのか、全ての理由を理解した綱吉はあまりの眠気に瞼を閉じる。

 

――――二人は、大丈夫かな?

 

 そして自分が守った少女達の安否を気にする。

 多分、守れたと思いたい。少なくとも二人は敵の攻撃を受けることは無かったし、あの後隠れていた敵が襲い掛かって来たとかも無い筈だ。

 そう考えていると綱吉の耳に医師達の声が耳に届く。

 

「先生。やはり繋げるのはいくらなんでも無理が…………今からでも切除に切り替えるべきでは」

「…………そう、だな。そうした方が良さそうだ」

 

 さらりと口にした医師達のその言葉に綱吉は息を飲む。

 腕を切り落とされ、もう元には戻らないかもと覚悟はしていた。

 だがこうして身動きすら取れない状況で、かつ繋いでいる真っ最中にも関わらずこういう事を自分が関わらないところで勝手に決められると流石に心に来る。

 そして綱吉の心中を知らずに医師達はメスやノコギリを持って繋ぎかけていた腕を再び切断しようとする。

 

「おっと待ちな」

 

 そして綱吉の腕が再び切り落とされそうになった瞬間、一人の男の声が響いた。

 

「な、何だ君は! ここは関係者以外立ち入り禁止だ! 早く出て行きたまえ!」

「悪いな。そこの坊主に関しちゃお前らが無関係者だ。つーかもし腕を切り落としてたらお前ら危なかったぞ。繋げられる可能性の方が高いにも関わらず、切り落とすなんて真似したらな」

 

 手術室に男が入って来ると同時に複数人の医者らしき人間達も中に入って来る。

 そして今まで手術を行なっていた医者や看護師達を外に出すと再び手術を再開した。

 

「ったく、オレは男は診ねぇっていうのによぉ。ボンゴレやジッリョネロにお願いという名の脅迫をされたら断る事すら出来ねぇ。とはいえ、これで色々とチャラにしてくれるっていうんだからまだマシか」

 

 男はそう呟きながら針と糸を手にする。

 

「ま、お前さんが女の為に命張れる奴じゃなかったら断ってたんだけどな。運が良かったなボンゴレ坊主。オレが日本に居てよ」

「…………あ、ぅ」

「無理して喋んなくて良いぞ。むしろ寝とけ。ったく、一体どうして麻酔が切れかかってるんだか…………」

 

 綱吉に対しそう告げると男は新たに入って来た者達と共に斬り落とされた腕の再接着手術を始める。

 

「…………ふた、りは」

 

 右腕があった場所から鈍く、小さく、それでいながらも鋭い痛みが走り始めている中。

 口に呼吸器を付けて上手く話す事が出来ない状態の綱吉の口から出た言葉はそれだった。

 その言葉を聞いて男は一瞬目を見開くも、すぐに目を細める。

 

「二人とも無事だ。だからとっとと寝ちまえ」

 

 男の口から語られたその言葉を聞き、綱吉は漸く安堵する。

 そして襲い来る眠気に誘われるがまま意識を手放した。

 

「…………ったく、本当に辛い仕事だぜ」

 

   +++

 

「――――DR.シャマル。手術はどうでしたか?」

 

 赤く点灯していた灯りが消え、手術室から出て来た男にユニは話しかける。

 声音からは心配と不安が入り混じっており、表情は後悔の色が浮かんでいる。

 Dr.シャマルと呼ばれた男はそんなユニに対し何とも言えないような浮かない表情で告げる。

 

「雷の死ぬ気の炎でついた顔の傷は残っちまうが、腕の手術の方は無事に成功したぜ。ジッリョネロの嬢ちゃんよ」

「そうですか…………」

 

 安堵の息を漏らすユニだったが、そんな彼女を見てシャマルは難しい表情を浮かべる。

 

「だが問題はこれからだ。失った腕を繋いだからってすぐに動かせるわけじゃねぇ。しんどいリハビリを長期間続けなくちゃならないし、それをしたからって元に戻るという保証もねぇ。一生不自由って事だってありえる」

「それは…………」

「逆に以前よりも器用に動かせるようになるって可能性もあるがな。これは努力だけじゃどうにもならねぇ。努力が必要なのは当然で、それ以上に運や時間も必要だ」

 

 そこから先をシャマルは口にしなかった。

 言わなくても分かっているとは思っていたし、女好きを自称する故にこんな少女に告げるのは酷だとも思った。

 努力はどうにかなるだろうが、時間は圧倒的なまでに足りない。

 今までの襲撃を乗り越えて来たのだから運はあるのかもしれないが、ここから先を乗り越えられるかどうかは分からない――――。

 

「大丈夫」

 

 綱吉とユニ。二人のこれからを考えて不憫に思っていると、ユニの背後に居た少女が声を上げた。

 

「私がボスを、ユニを守る」

 

 年頃の割に華奢で妖艶で、可憐な少女は自分自身に誓いを立てるかのように言う。

 表情こそ変わっていないように見えるものの、その瞳には強い決意と覚悟が秘められており、口先だけの言葉じゃないと確信出来るほどだった。

 

「もう、ボスに守られて庇われるだけじゃない。私が二人を守る。今度こそ、絶対に…………」

 

 そして、凪の強い決意に反応するかのようにユニが預かっていた(マロッキョ)のヘルリングが共鳴するかのように揺れ動く。

 

「へ、ヘルリングが…………!」

 

 リングは持ち主に媚びたりする事は無い。しかし、リングが持ち主を選ぶ事はある。

 一流の彫金師にはリングの声を聞く事が出来る者もいると言うが、ユニはリングを製作する彫金師ではないしリングの声を聞く事は出来ない。

 しかし、自らの懐で蠢くヘルリングが凪を使い手として認めたという事は何となくだが分かってしまった。

 

「そういうわけでユニ。あの人から取ったリング、渡して欲しい」

「ダメです」

 

 今の凪にこのリングを渡してはいけない。渡したら間違いなく、彼女の人格に大きな影響を及ぼしてしまう。

 この時、そう判断したユニの選択は間違っていなかった。

 

「まぁ、何だ。暫くはオレも日本に居るし、助っ人も来る予定になっているから安心しろ」

 

 二人の会話を聞いていたシャマルは頭を掻きながら呟く。

 

「助っ人、ですか?」

「ああ。とっても心強い助っ人達だ」

 

 ユニからの質問に対し、シャマルは笑みを浮かべた。

 

   +++

 

「――――どうして面会出来ないんですか!?」

 

 病院の入り口、受付にてコートを羽織った二人組の男性が一人のナースに詰め寄るように話をしていた。

 話をする、というよりは半ば問い詰めるような形ではあったが、ナースはそんな二人に対しきっぱりと断る。

 

「ですから先程も申し上げたようにまだ患者は意識を取り戻していないんです! そんな状態で面会という名の事情聴取等出来る筈がありません!」

「そこを何とか! 彼は例の事件の被害者にして重要参考人です!」

「何度も申し上げますが警察の方とはいえ、患者に無関係な方の面会は現在お断りしています!!」

 

 言外に「とっとと帰れ!」と言わんばかりの態度でナースは応対する。

 しかし二人組の男、警官達も負けじと食い下がろうとする。

 彼等もここで帰るわけにはいかなかった。この前から発生している怪事件の数々。

 警察官や決して少なくない数の一般人が突然失踪し、見つかったとしても見るも無残な死体になっている。とてもではないが人間がやった事だとは思えない、思いたくない程に酷い有様だった。

 だが解決しようにも一向に進展は無く数々の怪事件を引き起こしている犯人、もしくは関わっている重要参考人と思わしき人間達は皆並盛町に集まり、そこで消息を絶っているのだ。

 今回、怪事件を起こしているとされている犯人達に襲われながらも生還した沢田綱吉を除いて。

 故に警官達が綱吉に詰め寄ろうとするのは当然の事だった。

 

「君達、何をしてるの?」

 

 しかし、それを許さないのが一人居た。

 警官達の前に姿を現したのは黒い学ランを肩に羽織った少年だった。

 少年は鋭い目付きで警官達を睨み付ける。

 

「残念だけど、ここに君達を入れるわけにはいかないよ」

「子どもには関係の無い話だ。早く家に――――」

 

 帰りなさい、そう言おうとした男は最後まで口にする事なく地に倒れ伏した。

 

「君達が何処の所属かは知らないけど、ここは僕の町だよ。それを忘れたのかい?」

「…………す、すみません。ですが我々にも」

「君達の面子なんて知った事じゃ無いよ。ここでは僕がルールだ。例の事件も僕がやるから」

 

 その言葉を聞いて残された警官は唇を噛み締める。

 本来ならばそのようや事、許される筈が無い。しかし、この町は例外だった。

 

「それに、僕も彼に用があってね。色々と聞きたいことがあるんだ」

 

 そう言うと少年、雲雀恭弥は上を見上げた。




ハートフル、ハートフルボッコ。
何故足しただけで違う意味になるのか。


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入院生活

すみません、大分遅くなりました。
最近仕事が忙しいのとバンカラ地方とパルデア地方に行くのが忙し過ぎて…………。
取り敢えず年末までにある程度進めたいなぁ。


「沢田さん、おはようございます」

 

 意識を取り戻した綱吉の視界に映ったのは安堵したユニの顔だった。

 目の下にはクマが出来ており、全く眠っていないようにも見える。

 

「ゆ、に…………?」

「はい」

 

 自身を心配している様子の少女の名を呟くと、ユニは目を細めて笑顔を浮かべる。

 その瞳には薄っすらと涙がにじんでいるのが見えた。

 次に視線を何かが乗っかっているのか酷く重い腹部の方に向ける。

 腹部、正確にはお腹の辺りに位置する掛布団の上に凪が頭を乗せて眠りこけていた。熟睡だった。

 

「オレは…………一体――――ッ!?」

 

 どれだけ眠っていたのか、そう口にしようとした瞬間、全身に走った激痛に言葉を発する事すら出来なくなる。

 一番痛いのは右腕だったが、それには劣るものの全身も凄く痛い。

 身体中の筋肉が悲鳴を上げている。

 

「さ、沢田さん!?」

「反動だろ。(ハイパー)死ぬ気モードのな」

「シャマル…………!」

 

 声も無く呻く綱吉にユニは心配そうに声を掛けると、その疑問に答えるかのように病室に白衣を見に纏った無精髭の男、ユニがシャマルと言った男が入って来る。

 入室した男は綱吉が手術中に見た男だった。

 あの時は顔がマスクで隠れていた為、素顔は見れなかったが間違いなくあの時の人だと理解する。

 

「おっすボンゴレ坊主。元気にしてるか? って、見なくても分かるわな」

 

 激痛で悶え苦しみ起き上がる事すらままならない綱吉を見て、シャマルは淡々と呟く。

 

「まあ、峠は越えたから問題ねぇだろ。後は本人の頑張り次第だろうがな」

 

 シャマルはそう言うと綱吉達に背を向け、病室を後にしようとする。

 

「ま、待って…………!」

 

 綱吉は此方に背を向けて去ろうとするシャマルに声を掛ける。

 シャマルは鬱陶しそうにしながらも綱吉の方へ振り向く。

 

「んだよ。男からの感謝とかいらねぇよ。どうせ貰うなら可愛いお嬢さんの声援が欲しいくらいだ」

「だとしても…………感謝くらいはしないと、気が済まない」

「律儀な奴だな。そういう時はラッキーぐらいに思っておかないと気が休まらないぞ」

「腕をくっ付けてくれたのにラッキーで済ますわけにはいかないだろ」

 

 最悪意識がある中で腕を切られていたかもしれなかったのだ。

 感謝の一つや二つではとても気が済まない。

 

「前にも言ったろ。オレは男は見ねぇってよ」

 

 綱吉の思いとは裏腹にシャマルの態度は突き放しているようにも見えた。

 しかし、本当に冷酷な人間とは思えなかった。少なくとも今まで出会って来た裏社会の人間の中では常識人寄りの人物だった。

 一般人からしたらまともとは言い難いのかもしれないが、それでも過去の襲撃者達に比べれば遥かにマシだ。

 

「まあ、あれだ。大怪我したからって次は治さねぇからな。気ぃ付けろよ。お前の様子なら言わなくても大丈夫だとは思うがな」

「…………わかりました」

 

 好き好んで大怪我をしたわけじゃないし、そもそも望んでこうなったわけでもない。

 言われなくても気を付けている。ただ、気を付けてもどうにもならないのが現状だ。

 

「でも、オレにそんな余裕は――――」

「安心しろ。絶対安静のお前しか戦える奴が居ない状態で、放っておく程ボンゴレは落ちぶれちゃいねぇ。お前さんが回復するまでの間、助っ人達が来る事になったんだよ」

「助っ人達…………?」

「ああ。心強い、強力な味方だ」

 

 シャマルがそう言うと何者かが扉を開けて中に入って来る。

 入って来たのは三人で、内一人は黒いスーツを身に纏った人間だった。

 黒い髪に黒い髭、眼鏡を掛けた男は一見して堅気の人間には見えないものの温厚そうな人物だった。

 もう一人が金髪の青年だ。革ジャンに袖を通しており見るからにイケメンといった感じだ。雰囲気も明るく、同級生の山本武を連想させる暖かさだ。腕にタトゥーがあるみたいだが、日本なら兎も角、外国人なら然程珍しくないだろう。

 そして最後の一人は金髪の青年の肩に乗っている黒いスーツを着て、ボルサリーノを深々と被り、黄色のおしゃぶりを付けた赤ん坊だった。

 明らかにこの場に似つかわしくない、を通り越してマフィア関係者とは思えない。眼鏡をかけた男性と金髪の青年は裏社会の関係者に見えなくもないが、この赤ん坊に関してはコスプレをした赤ん坊にしか見えなかった。

 仮に関係者だったとしても、金髪の青年の弟、もしくは息子だろう。

 

「誰がこのへなちょこディーノの息子(ガキ)だ」

「ぐへっ!?」

 

 綱吉が突然入って来た三人の事を考えていると、突如として赤ん坊が金髪の青年の顎に蹴りを放った。

 まるで実際に綱吉の頭の中を覗き込んだかのような言動、それが気にならなくなってしまう程、金髪の青年の身体は宙を舞う。

 情けない悲鳴を上げながら宙を舞う美青年の姿に綱吉は唖然とする。

 とても信じられない光景だが、今のは青年のオーバーリアクションなんかではなく、本当に赤ん坊の蹴りで吹っ飛んだのだ。

 そんな小さな身体の何処から大の大人を蹴り飛ばすだけの力があるんだ。やはり裏社会には化け物しか居ないのか?

 内心そう考えながら綱吉は目の前の赤ん坊に対し、恐ろしいものでも見るような視線を送る。

 実際、恐ろしかった。この赤ん坊は明らかに自分じゃ勝てない程強い。

 天と地程の差があると言っても過言じゃない。

 

「そんな熱い視線を向けるな。ホモか?」

「誰がホモだ――――っ、いつつ…………っ!!」

 

 叫んだ事で全身に痛みが走り、疼くまる。

 本当に何だこの歯にも着せぬ物言いの赤ん坊は。見た目だけ可愛い赤ん坊だが中身は傍若無人の塊のような存在だ。

 一体どんな育て方をされればこんな理不尽になるというのだろうか。

 そう考えているとユニはその赤ん坊を見て笑みを浮かべる。

 

「お久しぶりです。リボーンおじ様」

「おじ、様? おじ様、えっ、えっ?」

 

 ユニが告げた言葉に綱吉は思わずボルサリーノを被った赤ん坊、リボーンとユニに視線を向ける。

 ありえない、話ではないだろう。叔父と姪の関係性なら不思議な話じゃない。

 とはいえ、このニヒルな笑みの赤ん坊と天使のようなユニが血縁関係にあるとは到底信じられない話だが。

 

「一から説明するのは面倒だし、そこまで教える義理もねぇ。ただ一つだけ教えとくぞ。オレは見た目通りの年齢じゃねぇ」

「…………裏社会には若返りの方法すらあるっていうの?」

 

 (ボックス)や死ぬ気の炎といった超常の力でお腹いっぱいだというのに、若返りまであるとは思わなかった。

 リボーンの見た目に似合わない雰囲気の理由に得心するも、綱吉の考えを否定するかのように首を横に振る。

 

「流石にそんなものはねぇぞ。裏社会にもな」

「じゃあ、表社会?」

「そっちにもねぇぞ。仮にあったとしても権力者が秘匿して表には出て来ないと思うがな。ま、この話はここまでだ。それよりもオレ達が何者なのか、そして何で来たのかを説明するぞ」

 

 そう言うとリボーンはそれ以上この事について話す事は無かった。

 反応から察するにあまり触れてほしくない話題なのか、話題を次に移す為に床に転がっている金髪の青年の頭を蹴り上げる。

 

「起きろへなちょこディーノ」

「ぐべっ!」

「お、鬼だ…………!」

 

 意識を手放していた青年を蹴り飛ばすリボーンの姿を見て綱吉はドン引きする。

 ユニもこの鬼畜行為は良く思わなかったのか、引き攣ったような苦笑を浮かべていた。

 

「いつつ、ったく。後輩の前なんだから少しはかっこつけさせてくれても良いだろ?」

「お前はへなちょこなんだからすぐにボロが出るだろ。だからお前の情けなさを先に見せておこうと思ってな」

「ひっでぇなおい!」

「あ、あの…………貴方達は一体?」

 

 目の前で身体を張った漫才を繰り広げている二人とそれを見て「騒々しいぜ」といつもの日常を見ているかのような男に対し、綱吉は質問を投げる。

 これ以上この人達のペースに合わせていたら話が全く進まない気がした。

 

「っと、そうだったな。自己紹介といこうか。オレはディーノ。ボンゴレの同盟ファミリーであるキャバッローネファミリーのボスだ。んでこっちがロマーリオ。オレの右腕だ」

「おう。うちのボスが迷惑をかけてすまないな」

 

 そう言ってディーノは綱吉に手を差し出すが、今の綱吉の状態を見て手を戻す。

 

「はぁ…………そのキャバッローネファミリーのボスがどうしてここに…………?」

「お前が大怪我を負って身動きが取れなくなったからな。お前の傷が癒えるまでの間、守りに来たんだぞ」

 

 綱吉の疑問にリボーンが答える。

 

「そんじゃ、改めて自己紹介するぞ。オレはリボーン。ディーノの家庭教師で、本来ならお前の家庭教師をやる予定だった者だ」



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前途多難

もうちょっと明るくしたいなぁとは思いますが話の展開上まだ明るくできぬぇ…………。
誰だ! こんな暗い展開にしたのは!!
先生怒らないから出てきなさい!!


「――――なぁボス。本当に挨拶だけで良かったのか?」

 

 自己紹介をした後、病院を立ち去ったリボーン、ディーノ、ロマーリオの三人は並盛町を歩いていた。

 ついさっきまではシャマルも居て四人だったが「可愛い子ちゃん達がオレを呼んでるのさ」と言って夜の街に消えていった。

 恐らく暫くの間は戻って来る事は無いだろう。戻って来るとしたらお金が無くなった時ぐらいだろうか。

 そんな事を考えながらディーノはロマーリオの言葉に耳を傾ける。

 

「ああ、今はあれで良いんだ」

「しかしよ。ただ挨拶だけして帰るってのもなぁ。怪我が酷いってのもあるとは思うが、もう少し親交を深めたりとか」

「今のツナ相手にそれはちょっと難しいと思うぜ」

 

 ロマーリオの言葉にディーノは乾いた笑みを浮かべる。

 脳裏に過ったのは握手をしようと手を差し出した時の綱吉の表情だ。

 その時の顔は一見すれば戸惑っているだけにしか見えない。しかし、その時の綱吉の瞳からは友好的なものは一切無かった。

 むしろその逆で敵意に近いものだった。

 

「いやー、オレも昔はあんな感じだったなぁ」

 

 そう言ってディーノは昔の事を思い返す。

 キャバッローネファミリーという五千近い組織傘下に収める巨大組織、その跡取りとして生を授かった。

 しかし、昔の自分は誰の目から見てもボスに相応しくない子どもだった。

 ドジでおっちょこちょいでへなちょこで、それに加えてマフィアのボスの子どもだったにも関わらずマフィアにはならないと言っている始末。

 

「昔のオレよりずっと根性あるけどな」

「だな。ダメツナもへなちょこディーノと一緒にされちゃたまらないだろうぜ」

「ひでーな!」

 

 リボーンの毒舌にディーノはツッコミを入れる。

 とはいえ、その言葉の通りだった。周囲から卑下され続けても命懸けで戦うダメツナと敵前逃亡して父親を死なせたへなちょこディーノ。

 過去の出来事とはいえ、もし昔の自分に彼のような勇気と根性があれば少しは違ったのだろうか?

 

「とはいえ、あまり良い傾向じゃねぇけどな」

 

 感慨深そうにしているディーノを尻目にリボーンは小さく呟く。

 

「そりゃそーだよな。あんな目にあい続ければ当然だろ」

 

 リボーンの呟きにディーノも同意する。

 裏社会に関わってまだ一月も経っていない。にも関わらず沢田綱吉がその目で見て、体験してきたものは自分の目から見ても酷いとしか言いようが無いものだ。リボーンならば関わらせないようにするだろうし、ディーノでさえ知るには早過ぎると思う。そんなものを知った表社会で育って来た子どもがどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 現に自分達に対して嫌悪感を向けて来た。

 いや、むしろあれで済んだだけでマシだったと言うべきだろう。

 

――――自分達は罵倒されることも覚悟してたのだから。

 

 肝心のボンゴレファミリーは守る為に戦力を回す事すらせず、それどころか更に負担をかけさせようとしている。

 本当に酷い悪循環だ。こんな目にあわせられれば誰だって不信感を抱くに決まっている。

 

「9代目がオレ達を日本に送ったのもかなり無理をしてるからな」

 

 本当ならば自分達は日本に来る事が出来なかった。

 それでもここに来れたのはボンゴレ9世が周囲の反対を押し切ったからだ。

 本当に9代目には頭が上がらない。自分が離れてる間、キャバッローネファミリーのシマを守ってくれているのだから。

 

「さて。そういうわけだからとっとと帰ってくれると嬉しいんだが…………まあ無理な話か」

 

 そう呟くディーノの視線の先には六人の人間の姿があった。

 誰も彼もが同じような容姿をしており、額から死ぬ気の炎が燃え上がっている。

 否、その表現は正しくない。六人の男達は全く同一の背丈と容姿をしていた。唯一違うのは死ぬ気の炎の属性ぐらいで、大空属性を除いた六つの属性の炎が各々の額に灯っていた。

 

「世界には自分そっくりな奴が居るってのは聞く話だけどよ」

 

 死ぬ気の炎がそれぞれ別の属性というだけならば特別不思議な話ではない。其々得意とする属性を持つ者でチームを組むのは珍しい話ではないし、そこに大空属性の者が居ないのも稀有という理由だけで説明がつく。

 しかし、容姿背格好が同じで全員が違う属性の人間達で構成されたチームというのは違和感を通り越して明らかに怪しかった。

 容姿が全く同じというのは六子と考える事も出来なくはないが、全員が死ぬ気の炎を灯すことが出来るというのはおかしい。仮にそれに目を瞑っても、今度は全員異なる属性という事実が違和感を突き付けて来る。

 

「これは明らかにおかしいだろ」

 

 ディーノの脳裏にある可能性が過ぎる。と、いうかその可能性の方が高い。

 

「M・C・ローバっつう科学者がプロトタイプを完成させたってのは聞いてはいたがな。既に量産も始まっているとはな」

 

 拳銃を構えながらリボーンは反吐が出ると言わんばかりに吐き捨てる。

 実際、事情を知っていれば反吐の一つでも吐き捨てたくなるような光景だ。

 

「本当、ツナには見せられないな」

 

 ただでさえマフィアが嫌いだというのに、こんなものを見せられれば更にマフィア嫌いになるだろう。

 別にそれはそれで構わない。が、少なくともこんなものを見るには早過ぎる。

 例え、子どもでいられる時間がそう長くなかったとしても。

 

「そんじゃあ、行くぜリボーン!」

「オレに命令すんな」

 

 二人は短く言葉を交わし、六人の男達に対し攻撃を仕掛けた。

 

   +++

 

 綱吉が病院に入院してから約一週間の時間が経過した。

 この一週間は今までの騒動が嘘だったかのように平穏な時間だった。

 とはいえ、忙しくなかったかと言われればそうではなく、むしろ忙しい日々を過ごす事になった。

 意識が目覚めた事を聞いた奈々が病室にやって来て、泣かれたり慌てふためいたり色々と心配された。

 その時の様子に困惑したが、よくよく考えれば当然の話だ。

 子どもの腕が斬り落とされたのだ。何とか無事にくっつきはしたものの、親として心配するのは当たり前である。

 傷がくっ付いたおかげでリハビリもするようになったが、それもまだ二日しかやってないにも関わらず辛い時間としか思えなかった。

 斬られた右腕の機能を回復させる為に指や肘を動かそうとするのだが全くと言っても良い程、右手は動かなかった。少しだけ動かす事が出来るものの斬られる前に比べれば雲泥の差で、軽く指を曲げる事ぐらいしかできない。

 そして、その指を軽く曲げる事でさえ痛くて辛くて匙を投げてしまいそうになった。

 

「ふぅ…………ふぅ…………!」

「はい。今日のリハビリは終わりですよ。ゆっくりとやっていきましょう」

 

 リハビリで酷使した右腕を抑え、綱吉は涙目になりながらリハビリ室を後にする。

 看護師が何か言っていたような気がしたが今の綱吉の耳には届かなかった。

 そんな事よりも今は早く病室に帰って布団の中に突っ伏したかった。

 

「はぁ…………上手くいく気がしないなぁ…………」

 

 そう言って綱吉は首から下げている自らの右腕に視線を向ける。

 試しに右手を思いっきり開こうと力を込めるも、ピクッと微かに動くだけで開くことは無かった。

 リハビリを始めてこれで三日目になるがとても良くなっているとは思えない。たった三日で良くなるわけが無いとは分かっている。それでもここまで動かないとネガティブな気分になって来る。

 

――――もしかしたら、このまま二度と動かないのではないだろうか?

 

 腕が斬られた時した選択を後悔しているわけじゃない。あの時、自分が守らなかったら二人は死んでいたのだから。

 それでも腕を失った事による喪失感は大きい。

 

「早く、元の状態に戻さないと…………」

 

 首を真綿で締め付けるような焦燥感が綱吉の心を侵す。

 今のこの平和な時間が一週間前にイタリアからやって来たリボーン、ディーノ、ロマーリオと名乗った人達のおかげで出来ている。

 だけど、それもいつまでも続くわけじゃない。あの人達が日本に居るのは自分の怪我が治るその時までだ。

 だから早く治らなければ、そう自分に言い聞かせながら綱吉は自身の病室に入り、ふと視線を室内にあった鏡に向ける。

 鏡に映った自分の顔は以前の自分とは比べ物にならないくらい、焦燥感に包まれた顔をしていた。

 いや、それだけではない。モルトとの戦闘で負った左頬の傷跡が酷く目立つ。

 その傷跡は赤い十字架のようにも見えた。

 

『仮にマフィアのボスにならなかったとしましょう。それでも貴方がマフィアから離れて生活する事は絶対にできませんよ』

 

 以前、モルトが言った言葉が綱吉の脳裏に過る。

 左頬に刻まれた傷後がまるで自分に逃げられないと言っているかのようだった。

 

「…………言われなくても分かってるんだよ」

 

 綱吉の絞り出すような弱い声が誰も居ない病室に響いた。



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見舞いと弱音

新年あけましておめでとうございます。
本当はもうちょっと早く投稿したかったのですが忙しくてこんな遅くになってしまいました。
それでは今年もよろしくお願いします。


「いつつ…………」

 

 病院の敷地内にて、ディーノは痛む個所を摩りながら歩く。

 その身体は至る所に治療した痕が残っており、絆創膏が貼ってあったり包帯が巻いてあったり等、生傷が絶えない様子だった。

 

「いくらなんでも多過ぎだろ。襲撃」

 

 うんざりしていると言わんばかりに顔を顰めながら呟く。

 実際のところ、現状にうんざりしていた。それはディーノだけではなく、リボーンも同じ事を思っている。

 ディーノ達三人が日本に来て早十日。敵は毎日のように襲撃しに来ていた。

 倒しても倒しても次の日には何事も無かったかのようにやって来る同じ顔に同じ背丈、にも関わらず全員が全く別の属性の男達。

 毎日毎日飽きる事無く襲撃に来る敵に対し、疲れないわけが無かった。

 最初の内は難なく倒す事が出来ていたものの、疲労が蓄積していけばダメージを受けるのも当然だ。

 尤も、自身の家庭教師であるリボーンからは「まだまだあめぇな」と厳しい評価だったが。

 

「怪我が治って、右腕が元通りに動かせるようになったとしても、今のツナには厳しいんじゃねぇか?」

 

 新しく出来た後輩の事を考えながら道中、廊下を歩いていた看護師に黄色い視線を向けられるも、ディーノは気にする事無く綱吉の病室に向かう。

 はっきり言ってディーノの想像よりも事態は悪い。

 最悪ではないだけマシかもしれないが、それでも最悪の一歩手前、それよりも少し前ぐらいでしかない。

 今はまだ何とか出来ているがこれから先も上手くいくとは限らない。

 本当にままならないものだ。そう思いながらディーノは溜め息をつく。

 

「そんな面してると幸運が逃げ出しちまうぞ」

 

 するとディーノの背後から自身の家庭教師の声が響く。

 

「リボーンか」

「気付くのがおせぇぞ。気配を隠してないんだからすぐに気付きやがれ」

「無茶言うなよ」

 

 相変わらずの神出鬼没っぷりに乾いた笑みを溢しながら、ディーノは声がした方向に視線を向ける。

 其処にはリボーンとユニの二人の姿があった。

 

「って、ユニも一緒に居たのか」

「はい。リボーンおじ様に少し相談したい事があったので」

「相談したいこと?」

「はい。沢田さんの件でちょっと…………」

 

 あまり浮かない表情のユニを見て、悩みがあると察する。

 むしろ悩まない方がおかしいだろう。こんな状況で家庭教師をやっているのだ。加えて、生徒は自分を庇い、繋がったとはいえ右腕を斬り落とされているのだから。

 

「そういや、凪って嬢ちゃん見かけねぇな」

「凪さんは今別行動してます。いえ、鍛えてるって言った方が正しいですね」

「そうか」

 

 まだ一人だけではあるが、ツナはボス思いの仲間(ファミリー)に恵まれている。

 間違いなく良いボスになれる人間だ。

 とはいえ、問題は山程ある。自分の時とは違う、解決しなければ前に進めないような難しい問題が。

 そう考えるディーノにユニは意を決したかのように話し掛ける。

 

「もし、宜しければディーノさんも相談に乗ってくれませんか?」

「ああ、構わないぜ」

 

 後輩の悩みを聞き、道を示すのも先輩の務めだ。

 ディーノはマフィアのボスになった先人として、ユニの悩みに耳を傾けた。

 

   +++

 

 病院の中庭に場所を移し、ユニはリボーンとディーノの二人に吐露する。

 この十日間、毎日のように見舞いに来ていたユニには綱吉の変化がよく分かった。

 そしてそれが良くない変化であるということも、綱吉が今凄く精神的に追い詰められていて焦っている事も理解していた。

 繋げられた右腕のリハビリが上手くいっていないのも要因の一つだろう。が、それはあくまで要因の一つに過ぎない。

 いや、それすらも正しくはない。今綱吉が精神的に追い詰められているのは今までが原因だからだ。

 マフィアのボスの後継者である事。それが原因で裏社会の殺し屋達に命を狙われている事。自分が原因で関係の無い誰かが被害にあう事。一歩間違えば取り返しのつかない怪我を負いかねない事。

 そして、人間を殺す事――――。

 列挙するだけでつい最近まで表社会で生きていた普通の少年が背負うにはあまりにも酷過ぎる現実だ。しかも全部が短期間の出来事だ。

 そんな度し難い状況の中で自分という何の役にも立たない足手まといを守りながら一人で戦っている。

 家庭教師であるにも関わらず、生徒を死地に送る事しか出来ず生徒に守られているようなダメな先生を、だ。

 

「――――リボーンおじ様。ディーノさん。私は、本当に沢田さんの家庭教師で良いんでしょうか?」

 

 心の内に溜め込んでいた悩みを全て吐露するとユニの瞳から涙が溢れた。

 それは生徒(沢田さん)の前では見せられない、見せてはいけない年頃の少女としての表情だった。

 ユニが抱いていた思いを聞いてディーノは顎に手を当てて考える。

 何と答えれば良いか。家庭教師という立場に立った事があるわけではないディーノには彼女を納得させられるような、家庭教師として納得するような答えを出せない。

 ならば生徒の立場として答えれば良いのだが、それはそれで納得するとも思えない。

 彼女の中では自分は何の役にも立ってないと思っているのだから。

 

「その前に言わなくちゃいけない事がある」

 

 ディーノが一人悩んでいると、リボーンがいつもの調子で話しかける。

 

「ユニ。イタリアに帰る気はないか?」

「えっ?」

 

 リボーンのその言葉にユニは当然として、ディーノも呆気に取られる。

 

「沢田綱吉はマフィアのボスになるつもりが無い。なら日本に残って家庭教師を続ける理由も無い」

「お、おじ様…………それは…………」

「余裕がある時なら時間をかけてマフィアのボスになる事を選ぶようにする事も出来ただろうが今はそんな余裕は無い。日本も安全とは言えなくなってきたわけだし、ここらで帰るのも選択肢の一つとしてありだと思うぞ」

 

 淡々と告げるリボーンの言葉にディーノは内心舌を巻く。

 正論だった。正論としか言いようがなかった。これが普通の家庭教師、裏社会での家庭教師を基準に考えれば家庭教師失格といっても過言ではない。

 しかし、ユニは正式な家庭教師ではない。家庭教師もやってはいるが日本に避難しているだけに過ぎないのだ。

 だからこそ、リボーンから提示されたその道も選択肢の一つだった。

 

「いえ、それは出来ません」

 

 ユニはリボーンから提示された考えを首を横に振って拒否する。

 

「私は、沢田さんの家庭教師として不適格です。教師なのに生徒に守られて、彼のその手を血で汚させた酷い女です」

 

 思えばあの時、マッドクラウンを手に掛けた瞬間から狂ったのかもしれない。

 マフィアになりたくないと言っていた普通の優しい少年を、後戻りする事が出来ない暗い道に引き摺り込んでしまった。

 

「なのに、沢田さんがマフィアになりたくないと言っているのを理由に逃げ出すなんて、出来るわけが無いじゃないですか…………!」

「なら答えは決まってるな」

 

 ユニの言葉を聞いたリボーンは笑みを浮かべる。

 いつものニヒルな、けれどもどことなく優しい慈愛に満ちた笑みを。

 

「ユニ。お前が家庭教師として相応しいかどうかなんて段階はもう過ぎちまってる。ダメツナの家庭教師はお前しか居ない。例えどれだけ未熟だとしてもだ」

「は、はい」

「ダメツナを導けるのは出会ったばかりのオレ達じゃあ出来ない。お前だけなんだ。お前の言葉しか今のあいつには届かない」

「で、でも私に沢田さんの心に届く事を言えるでしょうか…………? それに間違えてしまうかもしれませんし」

 

 リボーンからの言葉にユニは自信無さげに呟く。

 その呟きにディーノは笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「大丈夫さ。家庭教師としてツナを見て来たあんたなら、きっとツナの心に届くだろうさ。仮に間違ったとしても今はオレ達も居るからフォローは出来るぜ」

「ヘナチョコが一丁前に言うようになったじゃねぇか」

「まあな。リボーンの教えのお陰だぜ」

 

 互いに軽口を叩き合いながらもそこには確かな信頼がある。

 その信頼関係がユニには少しだけ羨ましく思えた。

 

「そういえばディーノさんは沢田さんにどんな用事が?」

「ああ。ツナに渡したいものがあってよ。来た時はとても渡せるような状況じゃあ無かったからな」

 

 ユニの質問に答えながらディーノは懐にある物に視線を向ける。

 

「オレのお古だがな。無いよりは役に立つと思うぜ」

 

 ディーノは視線を綱吉の病室を見上げる。

 

「そんじゃ、そろそろツナの所に行くとするか」

 

 そう言ってディーノが歩き出そうとした瞬間だった。

 病院全体を覆うように薄い死ぬ気の炎がドーム状に張られたのは。

 

   +++

 

――――今日も上手くいかなかった。

 

 全くと言っても良い程に成果が見えてこないリハビリに綱吉は今日も浮かない表情をして項垂れる。

 上手くいっていない、わけではないのだろう。看護師が言うには順調との事だし、想定以上に傷の治りが早いらしい。それでも綱吉が求める基準にはとても達していなかった。

 こんなにゆっくりしていて良いのだろうか?

 焦りと不安から綱吉の心はどんどん暗くなっていく。

 そう考えていると病室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「…………どうぞ」

 

 この時間帯に来るのは恐らくユニだろう。

 ならいつまでも暗い顔をしていてはいけない。綱吉はネガティブな考えに陥っている事を悟らせないように笑顔を作る。

 そして病室にやって来た人間の顔を見て目を見開く。

 

「山本…………?」

「よっ、ツナ。元気か――――って、その様子じゃあんまり元気じゃないみたいだな」

 

 病室に入って来た山本武は右腕を負傷しているのか、三角巾で固定していた。



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鏡の裏表が辿る過程は違えど結論は同じ

「山本…………。その手の怪我は――――」

 

 病室に入って来た武の姿を見て、目に留まったのは右腕の怪我だった。

 素人目で見ても軽い怪我ではない。軽い怪我だったならばそんな風に腕を吊り下げるわけが無いのだから。

 

「ん、ああ。ちょっと前に腕を折っちまってな。練習のやり過ぎだとよ」

「じゃあ野球の大会は…………」

「完全に治るまで出場禁止だとよ」

 

 何事も無かったかのように語る武の言葉に綱吉は口を噤む。

 全く気にしていない素振りであるが今の自分にはそれが瘦せ我慢だという事が分かる。

 もし、あの時、自分が止めていれば――――。

 自分の軽率な助言がこの事態を引き起こしたのだと、綱吉は酷く後悔する。

 

「気にすんなって」

 

 しかし、武は落ち込む綱吉に対し笑みを浮かべながら告げた。

 

「オレが腕を折ったのは無理をしたからであってツナのせいじゃない。悪いのは疲れてるのに練習を重ねた自分だけだって」

「山本…………」

「それに折れたとはいっても治ればまた野球出来るようになるんだしな!」

 

 そう言って武は右手を開いたり閉じたりを繰り返す。

 

「…………山本は凄いよ」

 

 全く気にしていないように気丈に振舞う武を見て、綱吉の口から尊敬の言葉が出る。

 野球の大会に出れなかったショックは決して小さくないというのが超直感を通して伝わって来る。

 しかし今の山本からはそのショックを乗り越えて前を見ているという強い意志が見える。

 それが今の綱吉にはどうしても眩しくて、真っ直ぐ見れなかった。

 

「そんな事はねぇよ。むしろツナの方がすげぇよ」

 

 武は今まで浮かべていた明るい表情から一転し、憂いを帯びた表情を浮かべる。

 

「オレだって怪我をした時は野球の神様に見放されたって思ってよ。楽になりたくて自殺しちまおうってバカな事を考えちまってた。そんな時にさ、ツナが女の子二人に病院に担ぎこまれたのを見たんだよ」

「えっ、山本あの時に居たの?」

「ああ。オレもその日に腕を折っちまってさ。まあそれはどうでも良いんだ。血塗れで、右腕が無くて、左頬に花のようなマークが付いた女の子がツナの右腕を持ってて必死に病院の先生に言ってたんだ。『助けて下さい』って、泣きながら言っていたんだ」

 

 モルトと戦った後の出来事を綱吉は覚えていない。

 戦闘で負った負傷が重すぎて意識を保つことが出来ず、昏睡状態に陥っていたのだから。

 だからこそユニが泣いていた事を知らなかった。山本武の口から初めて聞いた。

 

「何が起きてそんな酷い怪我をしたのかは分からないけどよ、きっとあの女の子達を助ける為に怪我したんだろ? 自分で怪我してやけっぱちになってたオレと違って」

「それで泣かせてたら意味無いよ。それに早く元のように動かせないといけないのに、全然リハビリは上手くいかないし」

「…………オレがさ。自殺なんて馬鹿な事を考えるのを止めたのはツナがリハビリを頑張っているのを見たからなんだぜ?」

「…………嘘?」

「嘘じゃねぇぜ。ツナは頑張ってたから気付かなかっただけだと思うぜ。それを見て、オレも頑張らなくちゃいけないって思ったんだ。オレよりもずっと酷い怪我したツナが必死に頑張ってるのに、腕が折れた程度で自殺するなんて情けないってな」

 

 そう呟く山本武の視線には尊敬の念が込められていた。

 

「う、うぐっ…………」

 

 邪念が一切無いその視線を受けて綱吉は何故か恥ずかしくなる。。

 あの山本武が心の底から自分を称賛するとは思わなかった。そして自分の行動が彼を励ましていたという事実に何とも言えない気持ちになる。

 だが、心の中にあった暗い気持ちは無くなっていた。

 

「…………山本、相談したい事があるんだ」

 

 そして、綱吉は武に話しかけていた。

 

「ああ、良いぜ。今度はオレが答える番か。責任重大だな」

 

 笑みを浮かべながらも真面目な表情をして武は応える。

 

「例えばの話――――いや、違う。オレはさ、今二つの道をどっちを選ぼうか迷っているんだ」

「二つの道をか?」

「うん。一つ目の道はさ、楽な道なんだ。信頼も信用も裏切って目を背けて、それでも普通に生きられず、ずっと怯え続けて逃げ続けて幸せになれない道」

「その道は選びたくないな」

「オレもそう思う。でももう一つの道よりはずっと楽なんだよ。もう一つの道は辛くて苦しい道なんだ。自分も他人も傷付けて傷付けられて、夢半ばで終わるかもしれない。ううん、そもそも報われないかも。沢山泣いて沢山苦しんで、何一つ叶う事無く無駄死にするかもしれない。そんな道なんだ」

「そっちの道も大変なんだな。でもさツナ。どっちを選ぶのか既に決めてるんだろ?」

「…………うん」

 

 どっちを選んでも地獄としか言いようが無い。

 そんな意地悪な選択を何も知らない友人に相談するなんて卑怯な事だとは思うが、どうしても聞いておきたかった。

 これを自分一人で決めるには勇気が足りないから、誰かに背中を押してもらいたかった。

 

「まあ、オレもこの二択なら辛くて苦しい道を選ぶな」

「それは、どうして?」

「そっちの道なら夢が叶うかもしれないからだぜ。ツナの夢が何なのかは分からないけどさ。オレの場合はプロの野球選手になるって夢がある。だけどプロの選手ってのは本当に極一部の人間しかなる事が出来ない。オレだってなれないかもしれない」

「…………そうだね」

「怯えて逃げ続けて幸せになれないなら、本当に僅かでも夢が叶うかもしれない道を選ぶぜ。ツナも、そうだろ?」

「うん。叶えたい夢が、夢と言って良いのかは分からないけど、出来たからね」

「ならそっちの道を選ぶしかないって。例え辛くても、夢が叶わなくてもな」

 

 武のその言葉を聞いて綱吉は瞳を閉じる。

 

「ありがとう。山本」

「気にすんなって。友達だろ? つっても、ツナも既に決めていたみたいだったけどな」

「オレ一人じゃ完全に決められなかったよ。山本の言葉が無ければずっとうじうじと悩み続けていたよ。でも、もう決めた」

 

 綱吉は真っ直ぐと前を見据える。

 その瞳にはついさっきまであった悩みや不安は欠片も無かった。

 

「オレ、頑張るよ。山本が野球選手になる夢を叶えるのを頑張るように、オレも自分の夢を叶える為に」

「そっか。ツナならきっと叶えられると思うぜ」

「――――話は終わったかい?」

 

 互いに笑い合いながら談笑していると病室の扉が開かれる。

 視線を扉の方に向けると学ランを羽織った少年、雲雀恭弥が立っていた。

 

「やあ沢田綱吉。元気そうだね」

「ひ、雲雀さん?」

 

 病室にやって来た二人目の来客に綱吉は戸惑う。

 何で雲雀さんがオレの病室に?

 疑問を覚える綱吉だったがその疑問は恭弥の口から語られる。

 

「きみにはいくつか聞きたい事があってね。当然だけど言い訳は聞かないよ」

「な、何をですか?」

「何って、それを言わなくても分かると思うんだけど」

 

 そう言って恭弥は綱吉の首にトンファーを振るう。

 トンファーは当たる寸前で止められ、綱吉の首に添えられる。

 

「きみ、僕の並盛町の風紀が乱れている理由を知っているんだろう?」

「――――」

「ふうん。やっぱり知ってるんだ」

 

 首に添えられているトンファーに込められている力が強くなる。

 

「落ち着けって雲雀」

 

 明らかに怒っている雲雀の蛮行、それを静止したのが武だった。

 武は綱吉の首に添えられているトンファーを掴んで止める。

 

「何きみ? 僕の邪魔をするの?」

「邪魔をするってわけじゃねぇけどさ。ツナが本当に知ってるかは分からないしよ。そんな風に掴みかかったら答えられるものも答えられないと思うぜ」

「山本…………」

 

 優しく諭すように恭弥に語り掛ける武に綱吉は困った表情をする。

 実際のところ、綱吉はこの町の風紀が乱れている理由を知っているし、その当事者でもある。とはいえ答えるわけにもいかないし、答えたところで何かが解決出来るわけでもない。

 ましてや、一般人である雲雀恭弥に裏社会の事情を教える義理も無い。

 

「すみません。教えられないです」

 

 綱吉は恭弥に対し突っぱねるように呟く。

 それが今の自分が相手に対し示せる最大限の譲歩だった。

 

「ふぅん。分からないじゃなく、教えられないねぇ」

 

 だが恭弥はその返答が気に入らなかったのか、目付きが鋭くなった。

 心なしか視線に殺気も含まれているような気がする。

 

「やっぱりきみ、知ってるんだ?」

「…………」

「知っている事、全部話してもらおうか」

 

 そう言って恭弥が武の手を振り解きトンファーを振るおうとした瞬間だった。

 病院全体を覆うように死ぬ気の炎のドームが張られたのは。

 

「っ、何?」

「えっ、これは…………!?」

「一体どうしたんだ?」

 

 異常な状況に気が付いた三人は動きを静止させ、状況を把握しようと周囲を見渡そうとする。

 だがそれよりも早く、病院の扉を蹴り破り、同じ顔、同じ背丈、そしてそれぞれ属性の異なる死ぬ気の炎を灯した男達が病室内に入って来た。

 

「なっ…………!?」

 

 明らかに堅気じゃない男達は何も言葉を発することなく、綱吉達に襲い掛かった。



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ハザードホスピタル

 男達が狙っているのは自分だ。

 そう判断した綱吉は自分の手元に置いていた(ボックス)に死ぬ気の炎を注ぎ込む。

 

「ナッツ、咆哮!!」

「GAO!!」

 

 迫る攻撃を紙一重で回避し、匣からナッツを出現させる。

 前方に居た男達は続け様に綱吉に攻撃を加えようとするがそれよりも先にナッツの咆哮が先に男達に襲い掛かる。

 大空の特性である『調和』。それによって生じる石化を男達は防ぐ事が出来ず、なす術なく石像に成り果てた。

 

「ナッツ。そいつ等はそのまま石にしといて!」

 

 自身の相棒に命令を下しながら後方に居た男達の方に視線を向ける。

 残った三人の男達は自らの仲間が物言わぬ石像に変わったにも関わらず、間髪入れずに襲いかかって来る。

 まるで戦闘機械のように。

 

「っ、くそ…………!」

 

 怯む事なく攻撃して来る男達に対し、綱吉は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 念の為近くに置いてあったナッツが入った匣は兎も角、他の匣は少し離れた所にある。加えて、今の自分は右手が使えず匣を持つ事も出来ない。

 匣を手に取って死ぬ気の炎を注入する。

 そんな簡単な作業を今の自分はする事が出来なかった。

 片手で何処まで戦えるか。そう思いながら左手に付けたリングに死ぬ気の炎を灯し迎撃体制に入ろうとする綱吉の前に恭弥が躍り出た。

 

「ひ、雲雀さんっ!?」

「きみ達、僕の前で風紀を乱すなんて良い度胸してるね」

 

 恭弥の突然の行動に綱吉は驚く。

 死ぬ気の炎を纏った物を前に死ぬ気の炎が使えない者が立ったところで勝ち目は殆ど無い。一応勝ち目がある場合も無いわけではないが、実力に余程の差が無い限り滅多に起こらない。

 ましてや相手の数が多いなら、それが起こる確率は低い。

 そして、綱吉の一部は違ったものの予想通り恭弥は押し負け、壁に叩き付けられた。

 唯一予想と違ったのは押し負けはしたものの怪我が少なかった事だろう。

 

「……………」

 

 恭弥は酷く不機嫌そうにムスッとした表情を浮かべていた。

 恐らく力負けした事が気に入らなかったのだろうが、この際それはどうでも良い話だ。

 

「良かった…………」

 

 トンファーを身を守る盾にしたおかげか、恭弥が負傷こそしていたものの大怪我をしていなかった事に綱吉は安堵する。

 打ち所が悪ければ最悪死んでいてもおかしくないような状況だったのだ。トンファーが使い物にならなくなったものの、軽傷で済んだのは本当に運が良い。

 

「ツナ!」

 

 綱吉の耳に武の声が響く。

 声が聞こえた方向に視線を向けるとそこには匣を持った武が立っていた。

 

「山本!」

「こいつ等が誰なのか、これが何なのかは分からねえけど…………ツナが今必要としてるのはこれだろ? 今からそっちに投げるぞ!」

 

 武は左手に持った匣を下から放り投げ、それは綱吉の近くに飛来する。

 

「ありがとう山本!!」

 

 自身が今一番欲しかったもの。それを渡してくれた武に綱吉は感謝の言葉を伝える。

 そして宙を舞う匣に綱吉が拳を叩き込むようにして死ぬ気の炎を注ぎ込む。

 炎を注入された匣が開匣し、中に入っていた武器が飛び出して来る。匣の中に入っていた物はモルトとの戦闘の時、手に入れた剣だった。

 

「――――らぁ!!」

 

 匣から出た持ち手を掴み剣を引き抜く。

 引き抜かれた刃は大空の死ぬ気の炎を纏い、三人の男達に振るわれる。

 男達は迫る斬撃を防ごうと雨、晴、霧属性の死ぬ気の炎を放出して防ごうとする。

 しかし、大空の特性である『調和』は他の炎の性質を無効化する。

 綱吉が振るった刃は男達の防御を容易く貫いて両断し、全員を地に沈めた。

 

「…………やっぱり、か」

 

 倒れた男達を見下ろして、綱吉は予想していた事が当たった事に顔を顰める。

 斬られた事によるダメージもあるし、出血しているのにも関わらず男達は動こうとしていた。

 しかし、死ぬ気の炎が消失した瞬間、死んだように動かなくなった。

 

「つ、ツナ…………」

「ゴメン山本。こんな光景を見せたくは無かったんだけど」

 

 綱吉は戸惑う武に謝る。

 彼の顔を見るに、何が起こっているのか理解出来ていないのだろう。

 だがそれは綱吉も同じだった。こんな真昼間から強襲を受ける事は今までに――――無かったわけではない。最初のマッドクラウンも明るい時間に襲って来たのだから。

 しかし、こんな一般人が大勢居る状況でここまで大っぴらに強襲してきたのは初めてだ。

 ましてや病院全体を覆うような死ぬ気の炎の結界を張った事も。

 

「待て、いや、ちょっと待て」

 

 ある事に気が付いた綱吉は病室から飛び出して外の光景を見る。

 死ぬ気の炎にはそれぞれの属性にあった特性があり、結界として張られた死ぬ気の炎には大空を除く六つの属性が使われていた。

 雨の属性の特性は『鎮静』で晴属性の特性は『活性』。霧属性の特性は『構築』で雲属性の特性は『増殖』。

 そして雷属性の特性は『硬化』で嵐属性の特性は『分解』。

 

――――もし自分の想像が正しければ、この結界は閉じ込めるだけのものじゃない。

 

 結界とは外部から隔離する為にある。ユニからそういった技術があるという事を教えられた。

 相手を閉じ込める為だったり、遠ざけたり等用途は様々だが結界は中から出さない為にあるものだ。

 ならその結界に死ぬ気の炎の特性を乗せれば内側に

 脳裏に過った最悪の可能性を否定したいが為に扉を開けた綱吉が見たものは、

 

「た、助け…………て…………」

「い、いたい…………」

「気持ち悪い、助けて…………お母さん…………」

 

――――残酷なまでの現実だった。

 

 苦痛に悶え苦しむ看護師や患者、医者が床に転がっていた。

 理由は明白だ。死ぬ気の炎による結界、その効果だ。

 霧属性で結界を構築し雷属性で結界を強化、内部に居る者を雨属性で動きを止めて嵐属性で苦しめる。それに加えて晴属性と雲属性で嵐属性を強化する。

 そうすれば張っているだけで中に居る者にダメージを与える結界の完成だ。

 そして弱っているところを男達が強襲すれば確実に標的を始末できる。人道に反している事を除けば本当に効率的だ。

 

「これを考えた奴は、悪い事だなんて思ってもいないんだろうな」

 

 今まで戦って来た連中は良くも悪くも自分が悪い事をしているという思いがあった。

 だがこれには悪意は無い。超直感を通して相手を見たわけではないから分からないが、なんとなくこの結界や男達からは前向きな感情が感じる。

 それがどうしようもなく許せなかった。

 

「…………ふざけんな」

 

 今まで生きてきた中でこれ程までに怒った事は無い。

 そう思ってしまうくらいに今の綱吉はこんな惨状を作り出した下手人に怒りを抱いていた。

 武が投げ渡してくれたこの匣は保存用の匣――――道具等の物を収納する事が出来る匣だ。

 その性質上他の武器用の匣兵器とは異なり、中に入っているのは厳密に言えば匣兵器じゃなくただの武器でしかない。

 だが片手しか使えず、上手く匣を使えない今の状況ではそれがありがたかった。

 

「なぁ、ツナ。何が起こってるんだ? なんか、すっげぇ怒ってるみたいだけど」

 

 心の底から沸き上がって来る怒りに身を震わせている綱吉に武が声を掛けてくる。

 

「山本…………?」

 

 そう言えばどうして山本と雲雀さんは結界の影響を受けていないのだろうか?

 結界の中に居るにも関わらずピンピンとしている二人を見て綱吉は疑問を覚える。

 恭弥に至っては負傷しているにも関わらず既に立ち上がっている。と、いうか明らかに怒って不機嫌になっている。

 一体どうして二人は無事なのだろうか――――。

 

「大空の特性、が原因?」

 

 と、いうよりもそうとしか考えられない。

 結界が張られた瞬間、嫌な予感がしたから綱吉は瞬時に大空の炎を放出した。

 そしてその炎は近くに居た二人の身を守る事に繋がったのだろう。これが他の属性だったならばこんな結果にはならなかっただろう。

 だがそれが良い方向に繋がるかはまた別だ。

 二人が無事だったのは喜ばしい事だが、この予想が当たっているならば自分が距離を置けば二人も他の人達と同様に苦しむ事になる。

 それを選ぶ事が出来る程綱吉は冷酷ではなかった。

 だがその為には事情を話さなければいけなくて――――、

 

「…………ねぇ。きみ、この状況がどういうことか、知っているんだろう?」

「雲雀さん…………」

「いい加減に話してくれないかい?」

 

 自身に向けられる雲雀恭弥の視線に綱吉は何も言えなくなり黙り込む。

 そして少し考えた後、溜め息を吐く。

 

「…………分かりました。今から事情を話します」

 

 事ここに至っては話さないというのは不可能である。

 そう判断した綱吉は二人にどうしてこんな事になっているのか、その理由を話し始めた。




ちなみに今のツナは白蘭との最終決戦時ぐらいに怒ってます。


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人道から外れた兵器

お待たせしました。
そろそろ第一部終了の予定です。

ちなみに現在カクヨムの方でオリジナル小説を投稿してるので、興味があったら見てやって下さい。


「ふぅん。成る程、裏社会の殺し屋ね」

 

 病院内を移動しながら綱吉の説明を聞き、恭弥は納得したように淡々と呟いた。

 明らかに怒っているを通り越して怒り狂っているのが見て分かる程であり、それでもなお冷静に見えるのは噴火寸前のところで我慢しているからか。

 

「マフィアごっこ…………って感じにも見えないしな」

 

 武は床に倒れた人達を起こし、壁に背を預けて座らせる。

 壁に背を預けて呻き声を上げている。が、この様子ならまだ大丈夫そうだ。

 尤も、これはあくまで健康な人間、もしくは体力に余裕がある人だからだろう。

 余裕が無い人はより大きいダメージを受けているだろうし、体力が無い人は――――。

 

「取り敢えず、この結界を張った奴を見つけよう。二人はオレからあまり離れないように」

 

 脳裏に過った最悪の可能性、それはこのまま放置すれば被害者は増えていく。

 そうなる前に一刻も早く結界を破壊、もしくはこの結界を張った奴を倒す。尤も、後者に関しては術者が何処に居るのか分からない為、選択出来ない。

 いや、そもそもとして結界内に敵が居るとは思えないが。

 

「…………群れたく無いんだけど」

「状況が状況だから我慢して下さい。一人単独行動して倒れられても困るんで」

「言うようになったねきみ」

「こんな不条理が毎度の如く来ていたら誰だって怒りたくなりますよ」

 

 恭弥の言葉に軽口を叩きながら、曲がり角から此方に向かって突撃して来たさっきの襲撃者と同じ顔、同じ背丈をした男に刃を振るう。

 すれ違い様に斬られた男は血を流し、その場に倒れ伏す。

 身体に刻まれた傷は決して軽くないにも関わらず、男はそれでも行動しようとする。しかし、灯っていた死ぬ気の炎が消えると同時に活動を停止した。

 まるで(ボックス)アニマルのようだ。

 

「沢田綱吉。これ、きみの肩に乗ってるライオンみたいだね」

 

 恭弥の発言に綱吉は口を強張らせる。

 

「へぇ、その様子だと気付いてたんだ。いや、あえて目を逸らしてたのかな?」

「…………確証が持てなかっただけです」

 

 出来る事なら外れていて欲しかった。

 そう強く願う綱吉だったが現実は酷く残酷で、冷淡に現実を突きつけた。

 

「なぁ、二人は何の話をしてんだ? この人達がどうしたんだ?」

「これは人じゃないって事だよ。山本武」

 

 武の疑問に恭弥はしゃがみ、倒れて動かなくなった男を触りながら答える。

 

「彼の話を、匣と呼ばれる兵器の話を聞けば何となく予想は出来るよ。実際にこの瞳で見ているわけだしね。それに現実としてここにあればそれは一つの真実だ」

 

 恭弥は話しながらも身動き一つ取らない男を弄り、納得したように立ち上がる。

 そして綱吉の方に視線を向け、一言。

 

「沢田綱吉。彼等はきみが言っていた匣兵器だ。違うかい?」

「……………多分その通り、だと思います」

 

 身体に刻まれたダメージを無視しでも活動しようとするのに、死ぬ気の炎が消えれば糸が切れた人形のように動かなくなる。しかもただ動かなくなるだけではなく、心臓の鼓動等も聞こえなくなった。いや、そもそも最初から動いてなかったのかもしれない。

 同じ顔、同じ背丈をした全くの瓜二つの人間が同時に複数存在するというのも匣兵器なら説明がつく。

 天空ライオン(レオネ・ディ・チェーリ)のような特殊な匣兵器は不可能らしいが、匣アニマルは複製が可能。

 ナッツのように意志を持たせないで命令に忠実に従う人形としてなら簡単に作れるだろう。

 相手にダメージを与える結界で標的が逃げられない様にし、弱っているところを人形達で止めを刺す。

 これを考えた奴が危険な場に居るとは考えられない。当然、安全圏から事が終わるのを待っているに決まっている。

 

「自分の力で戦う自信の無い卑怯者のやる手だ。反吐が出るよ」

 

 心底嫌悪していると言わんばかりに吐き捨てる恭弥を見て、綱吉は何とも言えない気持ちになる。

 本音では恭弥と同意見だ。しかし、この敵は自分を仕留める為にこんな手段を使っている。

 自分さえ居なければ今この場で苦しんでいる人達はこんな事にはならなかった。

 だから、自分には何も言う事は出来ない――――。

 

「ツナは悪くねぇよ」

 

 一人落ち込んでいる綱吉にそう告げたのは武だった。

 

「オレさ。頭良くないからツナが言ってた事あんま分かんねーけどさ、ツナは何一つ悪くねーって思うぜ」

「山本…………」

「悪いのはこんな事をしでかした奴だろ。だからツナは怒って良い。罪悪感なんて感じる必要は無いんだ」

 

 自分を励ます彼の言葉に綱吉は少しだけ泣きたくなった。

 悲しさからではない、嬉しさから出た感情だった。

 

「それでも黙っていた事には変わりないから風紀は乱していたけどね」

「雲雀さん」

「だからきみをかみ殺すのは後だ。先にかみ殺すのはきみの言う裏社会の奴だ」

「結局オレかみ殺されるんですね」

「当たり前だよ」

 

 むしろ何でかみ殺されないと思っているのか、そう言わんばかりの表情をする恭弥に綱吉は苦笑する。

 痛いのは嫌だが、それでも二人の励ましに綱吉は少しだけ気が楽になった。

 

――――雲雀さんに関しては励ますつもりなんか皆無だろうが。

 

「ありがとうございます。でも、雲雀さんの出番は無いと思います。オレは今回仕出かした奴を、許さないから…………オレがやらなくちゃいけないことだから」

 

 それでも綱吉は二人に対して毅然と告げた。

 

「その言葉の意味、理解してるの? いや、ちゃんとやれるの?」

「理解してるし、ちゃんとやれると思います」

 

 ただ今度はあの時とは違い、反射的な行動ではなく自分の意志でやる。

 途中で手が止まるかもしれない。こんな事をした理由を聞けばその気が無くなるかもしれない。

 でも、これに関してはそういった事は無いだろう。

 

「そう、ならきみに任せるよ。その代わり、きみには後でやってもらいたい事がある」

「は、はは…………お手柔らかにお願いします」

 

 恭弥が言う後でやってもらいたい事に恐怖を覚える。

 雲雀さんに全てを話すの、仕方が無かった事とはいえ早まったかもしれない。

 

「ツナ。オレも何か手伝おうか?」

「大丈夫。強がりなんかじゃない。山本の言葉に助けられたから」

 

 死ぬ気の炎の強さは覚悟の強さ。

 使っているリングによって限界はあれど、炎の出力と純度は本人の覚悟によってその力は高まっていく。

 ユニと会って覚悟を知り、そこから死ぬ気の炎を使えるようになって、ようやく今になったその意味を理解する。

 自分の覚悟は大切な人達を守る為にある。世界中の人間を守りたいなんて正義の味方染みた真似は出来ない。それでも、目の前で苦しんでいる人を助けないだなんて真似は出来ないし、たかが13年しか生きていないこんなダメな自分でも守りたいと思うものが沢山出来た。それこそ自分の両手から零れ落ちてしまう程に。

 

――――守るという事は結局のところ、誰かと戦うということで、誰かを守らないことだ。

 

 守る事にも色々意味があるし戦わない方法で守る事もある。でも、大抵は敵対者からの攻撃から守る事で、敵対者を倒すという事でもある。

 その意味から自分は今まで目を逸らして戦って来た。

 本当の意味で覚悟を決めた今でも争いは嫌いだし、後になって他に良い方法が無かったのかと後悔するに決まっている。

 でも――――、

 

「オレ、戦うよ」

 

 後でこうしたら良かったって後悔するのはもう御免だった。

 多分、最後まで貫き通す事は出来ないかもしれないが。

 

「で、きみは敵が何処に居るのか分かってるのかい?」

「それはまだ。なんで取り敢えずは合流したい人達が居るんでそっちからやっていこうかと」

 

 恐らく病院内に居るディーノさんやリボーン、ユニと合流する。

 それが今綱吉が選んだ選択だった。

 

   +++

 

「…………何やってるんですかディーノさん」

 

 二人を連れて病院内を歩き回った綱吉が見たものは地面に倒れ、自身の武器である鞭で雁字搦めになったディーノの情けない姿だった。

 その周囲には行動不能となった人間型の匣兵器らしき男達が複数人転がっており、戦闘があったのは何となく予想できる。

 しかし何でこうなってるかは分からなかった。

 

「いつつ…………今日は何だか調子が悪くてな」

 

 綱吉と武の二人でディーノの身体に巻き付いた鞭を解いていく。

 どうしてこんなことになっているのか、非難がましい視線を近くに居たリボーンに向ける。

 

「ディーノは仲間の前じゃないと実力を発揮出来ない体質なんだ」

「じゃああのロマーリオって人は?」

「今日は別行動だ」

「…………使えねぇ」

 

 思わず本心からの言葉が出てしまう。

 病院全体を巻き込むような方法で攻撃して来たという状況が状況なだけに仕方がない面もあるが、だからといって一人にさせちゃいけないまろう。

 

「ついでに付け加えておくとオレも何だか調子が悪くてな。そこまで動く事もできねぇ」

「…………期待したオレがバカだった」

 

 自分一人で戦わなくちゃいけない。

 期待していた分落胆も大きいが、いつもの事だと自分に言い聞かせて立ち直る。

 

「それで、ユニは?」

 

 ふと、何気無しに言ったその言葉。

 多分来ていないかもしれないが、来ていたとしたら大変だ。自分が守らないと。

 その程度の思いから発した言葉にリボーンは一瞬だけ口を閉ざす。

 

「…………あっちだ」

 

 リボーンが視線を向けた先に綱吉も目を向ける。

 そこには呼吸を荒くしているユニが居て、彼女が背を預けている壁が血でべったりと汚れていた。



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決断

すみません大分遅くなりもうした。
カクヨムの方でのオリジナルも要因の一つではありますが、単に仕事からが忙しくて中々書く機会が無かったので。
もうちょっと楽にならないかなぁ…………。


「――――っ!」

 

 血に染まって倒れているユニを見た瞬間、綱吉は顔から血の気が引くというのを実感した。

 何故こんなことに、と口に出すよりも早く壁に背を預けて気を失っているユニの下に駆け寄る。

 怪我なんかしていない、ただ気絶しているだけ。

 自身にそう言い聞かせて落ち着かせようとするも現実は残酷で、ユニの背中には決して小さくない傷が出来ていた。

 

「…………何を」

 

――――やってたんだ。

 

 怒気に任せてユニを守れなかった二人に口に出そうとした言葉を綱吉は唇を噛んで必死に堪える。

 自分が怪我をして、その自分の代わりにやって来たのがリボーンとディーノの二人だ。そしてその二人にユニを守るのを任せたのは自分だ。

 例え怪我をしていなかったとしても今の自分なんかとは比べものにならない実力があるし、不調であったとしても自分なんかじゃ勝てないだろう。

 そんな二人が居てユニが大怪我をしているのなら、自分だったなら大怪我どころじゃ済まないかもしれない。

 

――――分かっている。

 

 何があってユニが怪我をしたのか、その理由は分からない。

 分からない、が、ある程度の予想は出来る。

 壁に背を預けて倒れている彼女の近くには気絶している呼吸が荒い子どもが居る。

 当初はユニしか見えていなかったから分からなかったが、多分ユニはこの子どもを庇って傷を負ったのだろう。

 ユニは優しいから、裏社会の住人とは思えない程に優しいから、顔も知らない子どもを庇って傷を負うのもありえない話じゃない。

 

「何が、あったんですか?」

 

 それでも綱吉は二人に問う。

 身動きを取る事すら苦痛であるかのように顔を顰めているリボーンに対し、下されたディーノは申し訳なさそうする。

 

「多分、そっちと大差無い。突然結界を張られて襲撃を受けたんだ」

「それはわかります。ユニは、どうして」

「そこで倒れてる子を庇ってだ。動く事すらキツイのにな」

「動く事すら、きつい?」

 

 リボーンの言葉に綱吉は不思議そうな顔をする。

 戦闘力が無いとは言え、ユニは死ぬ気の炎が使える人間だ。結界内でも問題無く行動出来る筈だ。

 そう考える綱吉だったが、その理由をリボーンは語り始める。

 

「ユニはオレと同じアルコバレーノっつう存在だ」

「アルコバレーノ?」

「裏社会に居る七人の呪われた赤ん坊の事だ。ユニの場合は祖母のルーチェがアルコバレーノで、その呪いを引き継いでいるんだが」

「呪い?」

「今は関係の無い話だ。それについて聞きたきゃユニに聞け」

 

 そう言ってリボーンは呪いについて話す事は無く、綱吉も今は重要な事じゃないと後回しにする。

 

「兎も角、最近オレ達アルコバレーノに対して有害なものが発見されたと聞いている。詳しくは知らないが恐らくそれだ」

「そのせいで動けないと?」

「ああ。アルコバレーノの身体構造は異形だからな。そのせいで体調最悪だぞ」

 

 アルコバレーノという単語は初耳だし、まだ分からない事だらけだがリボーンの様子を見る限り嘘は吐いていない。

 そんな酷い状態にも関わらず、ユニは初めて出会ったであろう子どもを助ける為に身を挺して庇ったのだ。

 

「ごめん、オレ…………自分の事しか考えてなかった」

 

 綱吉は傷口が下にならないようにユニを横にする。

 彼女がこうなったのは全て自分の責任だ。

 モルトとの戦いで腕を落とされる程の傷を負わなければこんな事にはならなかった。

 いや、そもそもモルトとの戦いだって殺すつもりで戦えば結果は違ったのだろう。

 全ては自分の甘さが原因で、優柔不断さが原因だ。決断する事だって遅くて、何もかもが手遅れになってからだ。

 その決断だって甘過ぎるとこうして突き付けられている。

 

「オレ、本当にダメツナだよ――――」

「――――そんな事は、無いですよ」

 

 自身の不甲斐なさに絶望していた綱吉の耳に届いたのは、ユニの声だった。

 

「ユニ?」

 

 綱吉は守るべき少女を、守れなかった少女の声を聞いて彼女の顔を見る。

 顔色は真っ青で酷く苦しそうにしていたが、その瞳はボンヤリと開いていた。

 意識も朦朧としているのか、焦点が定まってないようにも見える。

 実際定まってないのだろう。彼女が負った傷は決して浅くないのだから。

 

「大丈夫。私は、大丈夫です」

「そんな、嘘だ…………! だって、こんなに血を流して…………!」

「…………ええ。嘘です。あまり大丈夫じゃないです」

「なら安静にして! 今応急処置するから!」

 

 苦しそうに笑うユニに綱吉は慌てふためきながら治療出来そうな道具がないかを探しにいこうとする。

 

「でも、沢田さんの痛みに比べたら大分マシです」

 

 しかし、大怪我を負ったユニの口から出たその言葉を聞き、綱吉の身体の動きは止まった。

 

「私は、沢田さんに嫌な事ばかりさせてしまっていました。マフィアのボスになりたくないっていう沢田さんの意思に反して、マフィアのボスとして必要な事ばかりを教えてきました」

「そんな事は…………」

 

 そんなどうでも良い事は今は話さなくて良い。

 そう言いたい綱吉だったが、ユニは構わず話し続ける。

 

「本当に酷い先生です。嘘吐きで、家庭教師失格です」

「そんな事は無い!! ユニはダメな先生なんかじゃない!!」

 

 自らの自虐を始めたユニの言葉に対し、綱吉ははっきりと否定する。

 

「ユニだけが、オレをダメツナじゃないって言ってくれたんだ! 自分でさえ信じれなかった奴を信じてくれたのはきみだけだった! そんな人が、ダメな先生であるものか!!」

 

 それは心の底からの思い。

 今まで共に過ごし、信じてくれた人に対する感謝の言葉でもあった。

 確かに彼女の言う通り、嫌な事ばかりやってきてはいる。だがそれは彼女に言われてやったからではない。

 自分の意思で戦い、行動して来た。

 例え咄嗟の反応で本心から言えば人なんか殺したくはなかったとしても、自分の意思で戦って殺した。

 

「――――そうですか。それは、嬉しいです」

 

 綱吉の思いを聞いて、ユニは笑みを浮かべる。

 力無く、とても弱々しい笑みだった。きっと、自分を心配させまいとした表情なのだろうが、それを見ているだけで心配になってくる。

 

「沢田さんは、沢田さんのやりたい事をやってください。やりたくない事を心を殺してまでやる必要は無いです」

「ユニ…………」

「沢田さんならきっと良いボスになれるとは思いますが、マフィアのボスになりたくないって言うのならそれで良いんです。誰かを傷つけたくないという優しさが間違ってる筈が無いんですから。私は、沢田さんの優しさが大好きですから」

 

 こんな時になっても自分の身ではなく、他人の事ばかり。

 誰かが護ってあげなきゃ生きていられないのではないかと思ってしまうくらいには、弱々しく儚げだった。

 

――――そう、答えは最初から決まっている。

 

 ついさっき病室で武とした会話で決めた覚悟を再確認する。

 そして、綱吉はついさっき病室でした決意を口にした。

 

「ユニ。オレ、マフィアの、ボンゴレのボスになるよ」

 

 強い決意を伴った言葉にユニは少しだけ悲しそうな顔をする。

 

「それで、本当に良いんですか?」

「今でもマフィアのボスが嫌だってのも変わってないよ。でもさ、ユニが来てからの短い時間で色々あって思ったんだ。これを許しちゃいけないって」

「沢田さん…………」

「こんな間違いを広げている裏社会をぶっ壊したい。それが、今のオレのやりたい事なんだ」

 

 マフィアのボスとしてはあまりにも甘過ぎる幼稚な子どもの絵空事、あるいは酷い物を沢山見て来たが故に少しでも良くしたいと思う心の嘆きを聞いて、この場に居る全員が黙る。

 一人一人考えている事は違うが、至る結論は同じだった。

 沢田綱吉は大人の階段を一歩踏み出したのだ。その一歩がどれだけ過酷で辛いものかを知った上で、その結論を出したのだ。

 

「――――ごめんなさい。私は、貴方に普通に生きていける道を用意してあげられませんでした」

 

 謝るユニの言葉に綱吉は笑顔で返す。

 

「気にしないで。全部、オレの意志で決めた事なんだから」

 

 そう言って綱吉は立ち上がる。

 誰かが悪いわけではない、きっとこうなる運命だったのだろう。

 

「だからユニは休んでて。オレが何とかして見せる」

「…………無茶だけはしないでくださいね」

「大丈夫――――なんて、口が裂けても言えないけど」

「そこは口だけでも大丈夫って言うところですよ?」

「ゴメン。でも、ユニの言う通り、オレがやりたい事をやるよ」

「そうですか…………なら、安心ですね」

 

 ユニは最後にそう呟くと意識を手放した。

 彼女が気絶したのと同時に綱吉はディーノの方に視線を向ける。

 

「ディーノさん。オレはこれからこんな事をした元凶を倒しに行ってきます」

「お、おう。だが、一人で大丈夫か?」

「一人で大丈夫です。これは、オレが一人でやらなくちゃいけない事だから。ディーノさんはここに残って皆を守ってください。次は約束、破らないでくださいね」

「――――ああ、分かった。今度は破らない」

 

 綱吉の言葉に頷いた後、ディーノは死ぬ気の炎を灯す。

 これで自分が傍に居なくても大丈夫。そう判断した綱吉はこの場から離れようとする。

 

「山本、雲雀さん。二人はここに残って」

「お、おう。けど、ツナ…………」

「僕に群れろって言うのかい?」

 

 離れようとする綱吉に対し、武と恭弥の二人は呼び止める。

 武は酷く心配していると言わんばかりの表情で、恭弥は苛立ちが頂点に達しているかのような表情をしていた。

 対照的な二人の反応に綱吉は苦笑いする。

 

「…………まあ、貸しにしておいてあげるよ。後で覚えておいてね」

「雲雀さんに貸しって、何か凄く恐ろしい事になりそうな気がするんですが」

「さぁね」

 

 不敵な笑みを浮かべる恭弥を見て、綱吉は早まったと思ってしまう。

 多分、この後酷い目にあいそうだ。そう考えながら視線を武の方に移す。

 

「山本、悪いけどディーノさんとここで待ってて欲しいんだ。すぐに終わらせて来るから」

「本当に一人で大丈夫なのか?」

「さっきも言ったけど、オレが一人でやらなくちゃいけない事だからさ。山本はここで待ってて。不安かもしれないけど」

「…………分かった。悪いなツナ。手伝ってやれなくて」

「ありがと。その気持ちだけで十分だよ」

 

 そう言って綱吉は全員に背を向けて走り出す。

 とはいえ、皆を前にあれ程の啖呵をきったものの、敵が何処に居るかは分かっていない。

 結界の中に居るのか、それとも結界の外に居るのか。

 現状、今の自分はそれすらも分かっていない状況だ。

 しかし、今やらなくちゃいけない事は分かっている。

 先ずはこの病院を覆っている結界を破壊する。そうすれば病院の外にも行けるようになるし、これ以上犠牲者が増えるよつな事もなくなるだろう。

 

「でも、その前に腕を治す!!」

 

 右腕全体を死ぬ気の炎で燃やすように包み込む。

 激しい痛みと燃えるような熱さに顔を顰める。

 そして自身の右腕を動かして感触を確認する。

 

「っあ、ぐぅ…………これで、少しは動く…………!!」

 

 思っていた通り、大空の特性を使えば腕も動かせるようになる。

 まだ完全には動かせないし、違和感も大分残ってはいるもののこれで両手が使える。

 恐らく時間制限はあるだろうが、今回の戦いまでなら問題無い筈だ。

 

「ふぅー、ふぅー…………よし、行くか」

 

 呼吸を整え、剣を片手に携えて歩き始める。

 その足取りにもう迷いは無かった。



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天空人間

ようやく納車日が決定したので初投稿です。


「――――話が違うぞ!!」

 

 病院の外周にて白衣を身に纏った男、M・C・ローバは黒スーツの男達に掴みかかっていた。

 その顔は心底怒りに満ちていると言わんばかりに歪んでおり、今にも掴みかかっている男を殺しても不思議ではない程だった。

 しかし、男達は掴みかかって来たローバを軽々とあしらう。

 

「話が違うとは一体何のことでしょうかね?」

「私は、ここまでするなんて聞いていない!! お前達がいう標的だけを狙うだけで良かっただろう!!」

「…………あのですねぇローバ氏」

 

 激高するローバに男達は溜め息をしながら告げる。

 

「貴方が開発した人間タイプの(ボックス)兵器が倒されてばっかりだったのが理由なんですよ」

「役立たず、とは言いませんがもう少し強くは造れなかったんですか?」

 

 その物言いには嘲りも含まれており、事実男達はローバを嘲笑していた。

 ローバが開発した人間タイプの匣兵器の数は文字通り沢山だ。そのどれもこれもが全て敵対者の手によって破壊されてしまっている。

 

「こっちだって予算は限られているんですよ。もっとより良い性能の匣を作る事は出来ないんですかね?」

「…………匣兵器そのものが未だ未知数のオーバーテクノロジーだ」

 

 男達の言葉に対しローバは睨み付けながら反論する。

 

「人間ほど複雑な生物を匣兵器にするとなると高度な技術と時間、そして適合する炎も特殊なものでなければならない。お前達の言う通り、誰にでも使える兵器として作るには精度落とさなければ」

「それをどうにかするのが技術者ってもんじゃないんですかねぇ?」

「本当、不甲斐ない貴方の為に我々が標的を仕留めやすいように協力をしているんですよ。感謝こそされど恨まれる筋合いはありませんよ?」

 

 ローバの意見を一蹴し、男達は自分達の意見だけを押し付ける。

 そして男達の内の一人が懐からある物を取り出して見せびらかした。

 取り出されたそれは一つの匣兵器だった。

 

「そうそう。それとも我等に協力するのを止めるのですか? 良いですよ、我々はそれでも。ただ協定違反としてこれは破棄させていただきますがね」

「っ、止めるとは言っていない!」

「なら大人しく我々の言う事に従いなさい。言う通りにさえしていればこの匣も、この場には無い匣の方も貴方に返却しますよ。勿論、貴方の望みも叶えましょう」

 

 男の言葉にローバはその場で拳を握り締め、何も言えなくなる。

 

「そうです。貴方も我々と同じ穴の狢でしかないんですからね」

 

 そう言って大声を上げて笑い出す男達にローバは嫌悪感から顔を顰める。

 しかし、男達が言っている内容も事実であり、否定する事が出来なかった。

 ローバの目的を叶える為には沢山の資金と自由に研究出来る環境が必須。

 それを提供出来るのは男達の組織のみだ。

 ましてや、かの有名なボンゴレの後継者の命を狙った以上、バックに何かしらの組織がついていないのであるならばどう足掻いても長生きは出来ない。

 

――――そうだ、今更善人ぶるのは止めろ。

 

 あの日、あの時に決意して行動に移した以上、もう止まる事は出来ない。

 人としての禁忌、倫理を踏み躙った研究に手を出したのも全ては自身の願いを叶える為。

 悍ましい事をしていると分かって研究に手を出したのだ。自分に彼等を悪く言う資格は無いのだ。

 そう自分に言い聞かせてローバは心の中にあった良心に蓋をする。

 

――――だからこそ、その願いが叶わないのは必然だった。

 

 突然、何かが砕けるような音が鳴り響く。

 ローバを含めた全員が音の出所の方向に視線を向けると、そこには病院全体を覆っていた結界に亀裂と穴が開いている。

 何故結界に穴が、そう考える間も無く穴から何かが飛び出した。

 中から飛び出たソレは目で追う事すら出来ないような速さで男達に接近し、自身の大切な物を持っていた男に攻撃を加えた。

 攻撃された男の右腕が宙を舞い、ローバの大切な物が何者かの手に渡る。

 

「見つけたぞ」

 

 結界の中から飛び出し、自分達に攻撃をした者。

 それは最優先で対処すべき標的である、沢田綱吉が傷付き血に塗れた姿で立っていた。

 

   +++

 

 病院を取り囲む結界は綱吉が思っていたよりも硬く、生半可な攻撃で破壊するのは困難だった。

 それもその筈、この結界は大空を除いた六つの属性の炎、その特性が互いの長所を食い合わないように練られているからだ。

 雨の沈静化で結界に対する攻撃を弱め、嵐が弱まった攻撃を分解し、ほかの四つの属性で結界そのものを補強する。加えて結界そのものにも攻撃性があり、内部に居る者にダメージを与え続けるという嫌な性質を持っている。

 そして、これは綱吉が結界を破る際に判明した事だが結界そのものにも攻撃性があり、結界に触れただけで晴属性の活性で強化された嵐属性の分解と雷属性が襲い掛かって来る。

 

「でも、傷付くことを覚悟すれば破れないわけじゃない」

 

 自身の顔から流れ出る血を拭いながら綱吉は呟く。

 確かにこの結界はカウンター機能が付いている上に非常に頑強である。しかし、それだけだ。

 いくら攻撃が減衰されるからといっても限界はあるし、結界の強度だって固くなってこそいるものの破れないわけではない。

 だからこそ、綱吉は切っ先に全ての死ぬ気の炎を集中して攻撃した。

 減衰されるのであるならば減衰しきる前に結界に直接攻撃を叩き込むという、何の策略も無いごり押しで押し通したのである。

 結果、いくらかダメージを負う事にはなってしまったものの結界に穴を開ける事に成功した。

 

「と、いっても…………結構ダメージ受けちゃったけど」

 

 死ぬ気の炎を防御に回す余裕が無かったからそれも仕方が無いか。

 そう自分に言い聞かせて綱吉は眼前の敵に視線を向ける。

 

「わ、私の腕が、私の腕がぁあああああああああああ!!」

 

 リングを装備した方の右腕を斬り落とされた男が叫び声を上げその場に蹲る。

 それを見て綱吉の心がどんどん嫌な気持ちになっていく。

 

「やっぱり、傷付くのも傷付けるのも嫌な事だ。でも――――」

 

 だからこそ、こんな酷い事を平気な顔でする目の前の男達が許せない。

 死ぬ気の炎を灯す事が出来るのだから覚悟はあるのだろうが、他者を傷つける事は出来ても自分が傷付く覚悟も無いこんな奴等が平気な顔をしている事が、どうしても許せない。

 

「お前達に傷つけられた人達は、もっと痛かったんだ」

 

 病院の中では今も苦しんでいる人が居て、命を落とした人も居る。

 ユニも、今も苦しみ続けている。

 

「オレはお前達を許さない。でも今すぐリングを捨てて地に伏せて降伏すれば命の保証はする。無意味だとは思うけど、これが最後のチャンスだ」

「っぐ、総員! 戦闘態勢に入れ! 標的が向こうからやって来たんだ!! あんな死にぞこないのガキぐらい、今すぐ殺せぇ!!」

「…………やっぱりか」

 

 腕を失った男が叫ぶと同時に他の男達がリングに炎を灯して匣に炎を注ぎ込み、複数の人間の匣アニマルが現れる。

 そう、分かっていた事だった。分かっていた事とはいえ、事前に予想していたとはいえこうして目の前で見せられると怒りが溢れて来る。

 怒ると逆に冷静になるという言葉があるが、そんな事は無い。

 今にも噴火してしまいそうなこの怒りを抑え付けるだけで本当に精一杯だ。

 

「ヒャハハハハッ! いくらボンゴレの後継者といえど傷付き、疲弊し切った上に一人でこの数をどうにか出来るわけがな」

「確かに、その通りだ。一人じゃ無理だ」

 

 敵の言葉を綱吉は肯定する。

 ナッツも居るとは言え、その体躯は子どものそれだ。

 オリジナルにして試作機、未だに性能が未知数の天空ライオンが傍に居るとてこの数を相手にするのは無謀だ。

 

「だから、お前等の力も使ってやる」

 

 そう言って綱吉は敵から奪い取った匣を掲げ、リングに死ぬ気の炎を灯す。

 すると敵の一人、白衣を身に纏った男が一歩前に飛び出してきた。

 

「ま、待て! それは――――」

「大空の属性だけは唯一全ての匣兵器を開ける事が出来る。お前等の兵器を使うのは癪だけどな」

 

 他の敵とは違う何かを感じながらも綱吉は男の言葉を待たずに死ぬ気の炎を注ぎ込む。

 そして、カチリという音が鳴ると同時に匣の蓋が開き、中から大空の死ぬ気の炎と共に一人の少女が現れる。

 銀色の長い髪をツインテールにし、明快な青い色彩が印象的な少女だった。

 左頬の下にはⅪと刻印されており、少しだけ妙な親近感が湧く。

 

「…………成程、当たりだったか」

 

 武器型とはいえ他の属性の匣を開けた事があるから分かる。

 この少女の姿をした匣はナッツと同じく大空属性の匣兵器だ。

 目の前に居る数多の人間タイプの匣とは異なり、明らかに特別な存在だ。

 

「これでこっちは一人じゃなくなった。えっと、名前はどうしようか…………」

「…………レンジー。それが、私の個体名」

「そっか。ならレンジ―。一緒にあいつ等を蹴散らすぞ」

「分かった」

 

 そう言って匣兵器の少女、レンジーは綱吉と共に敵に向かっていく。

 

――――ここから先はもう語る事は無い。

 

 ただ結果だけを述べるのなら、綱吉達は十分も時間を掛けずに敵を殲滅した。

 理由を挙げれば綱吉に余裕が無かった事が一番大きいだろう。

 傷付き体力も限界寸前。そして敵に対する怒りが頂点に達していた事もあり手加減する余裕も無い。

 故に綱吉は積極的に殺すつもりが無いとはいえ、死んでも構わないくらいの威力で攻撃した。

 それを死ぬ気の炎を灯す事が出来るとはいえ戦闘畑ではない人間達では相手にならず、一人を除いてリングを付けた方の腕を斬り落とされ、匣兵器諸共地に沈む事になったのである。




原作では眉間に皺を寄せて戦うツナ君ですがこの作品では心の中で血涙を流して泣き叫びながら戦う事になりそうです。
まあでもマフィアのボスになるってそういう事だし、ここのツナ君の最終目的を考えるともっと辛い目にあうから仕方ないね。


――匣兵器紹介――

天空人間(エッセレ・ウマーノ・ディ・チェーリ)
製作者:M・C・ローバ
属性:大空
所有者:沢田綱吉

解説
M・C・ローバが開発してしまった禁忌の匣兵器。
人間の亡骸から作られたそれは未知数の性能を有しており、オリジナルのジェペット・ロレンツィニの残した設計図から作られた大空の匣兵器にも劣らない。
現在、裏社会ではこの試作品を劣化コピーしたのが出回っている。

ローバは試作品としてこの匣を2つ制作した。
そしてこの2つの試作品を使い、より優れた匣兵器にアップデートしようと予定していた。


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たった一つの純粋な願い

 リングを持っていた最後の男の腕を斬り落として地に沈める。

 匣兵器を含めた敵は全員倒れており、最早戦闘の継続は不可能だろう。最後の一人を除いての話ではあるが。

 

「…………まだ、やる気か?」

 

 綱吉がそう呟くと同時にナッツとレンジーが其々最後の一人である白衣を着た男に戦意を向ける。

 敵がこれから動いたとしてもナッツの咆哮で石化し、レンジーが持っているボウガンで貫かれるだけ。自身ももう戦闘の継続は不可能だが、すでもう自分が戦わなくても勝敗は決している。

 誰がどう見ても詰みである。

 しかし、男はその事実に絶望している様子は無く、レンジーが武器を向けた事に対し酷く動揺しているような気がした。

 まるで、自分の子どもに殺意を向けられているような気がした。

 

「さっきの言葉、撤回はしてない。だから今すぐ降伏すれば命の保障は――――」

「……………ああ、分かっている。降伏するよ」

 

 男はそう言うと手に付けていたリングを外し、その場で跪いた。

 見事なまでの土下座だった。最早、戦意は欠片も見られない。

 

「ナッツ、レンジー。もう、良いよ」

 

 綱吉がそう言うと其々己が入っていた匣に戻っていく。

 それを見て男は静かに笑った。不気味な笑みだとかそういうものではなく、ただ少しだけ良いモノが見れたかのような笑みだった。

 

「病院を覆っている結界と、アルコバレーノが苦しんでいる原因。それを止めるにはどうすれば良い?」

「そこにある装置の電源を切れば良い。そこにある赤いスイッチがそれだ」

「分かった」

 

 男の言葉を信じて綱吉は謎の装置の電源を落とす。

 すると病院全体を覆っていた結界が音も無く消え始めた。

 どうやら本当の事を言っていたらしい。これでユニは大丈夫。そう安堵しつつも警戒はし続ける。

 

「一つ、聞いても良いか?」

「…………大した事は答えられないぞ。私は所詮雇われの人間に過ぎない」

「そっか。ならそれを踏まえた上で聞くけど、何でこんな事をしたんだ?」

 

 少なくとも、目の前の男はそこまで酷い連中には見えない。

 何処にでも居るような、普通の人間に見える。

 

「それを言う前に、話さなくちゃならないことがある」

「何だ?」

「私が、人間の(ボックス)兵器を作った開発者だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、綱吉は困惑する。

 あんな酷い倫理に反した兵器を作った人間と目の前の人、どうしても繋がらない。

 

「私には二人、子どもが居た。男の子と女の子で、丁度きみぐらいの年齢だった」

「…………その子ども達は?」

「死んだよ。事故だった」

 

 その言葉を聞いて綱吉の脳裏にある考えが過ぎる。

 さっき自分が使った人間の匣兵器は自分と同い年ぐらいの少女の姿をしていた。

 

「まさか…………」

「お察しの通り。人間型の匣兵器である天空人間(エッセレ・ウマーノ・ディ・チェーリ)試作品(プロトタイプ)。それは私の息子と娘を素材にしている」

「何て、事を……………」

「そうだな。自分でも愚かな事だと思う。だがやらずにはいられなかった。匣アニマルの仕組みを利用すれば、もっと資金があれば…………! そう思わずにはいられなかったんだ…………!!」

 

 理由を聞いて綱吉は納得する。

 この人は、死んだ自分の子どもを生き返らせようとしているのか。

 彼がやった行いは絶対に許されない事で、許してはならないものだ。

 それでも、今まで戦って来た連中よりはずっと理解できるものだった。

 

「なら…………!!」

 

 だからこそ、綱吉は目の前の男に怒りを隠せずにはいられなかった。

 同情だって出来る。理解だって出来る。人の親になった事は無いし、大切な人を失った事が無くても、これだけは伝えられる。

 

「あんたが人を傷付けて、苦しめてるのを見て、子ども達が喜ぶと思ってるのかよ!!」

「……………っ!!」

 

 綱吉の叫びを聞いて男は目を見開き、力無く項垂れる。

 

「ああ、本当に……………私は愚かな事をしたよ…………」

「…………その事に、もっと早く気付くべきだったよ」

 

 彼の子どもが本当にそう思っているのか、そう考えるのかは分からない。

 匣兵器となってしまったレンジーも、ここには居ないもう一人もきっと彼の望む答えを言うとは思えない。

 だけど、もし自分が彼の子どもだったならそう考えるだろうし、彼の子どもならきっと同じことを思うだろう。

 だって、彼は道を間違えてしまっただけで、何処にでも居る普通のお父さんなのだから。

 

「オレは、こんな事を仕出かした貴方を許す事は出来ない」

「ああ、分かっている」

「どんな理由があっても、どんな事情があっても、多くの人を傷付けて人の道を踏み外した貴方の望みが叶う事は無い」

「…………そうだな」

 

 自らの行いの意味を理解している彼は自分の言葉に頷くしかない。

 彼が成した悪行は糾弾されるべきものだし、どれ程の罵詈雑言を浴びても彼の罪が許される事は無い。

 

「でも、もし貴方が自分の犯した罪を償おうとする気持ちがあるのなら、ボンゴレ10代目として償いの機会を作る事は出来る」

 

 でも、罪には罰があるように罰を受けた者には赦しも必要だと思っている。

 自分が犯した罪を何とも思っていないような奴なら兎も角、自分が悪い事をしたと思って反省して罪を償った人には救いがあっても良いじゃないか。

 そう考えた綱吉は死ぬ気モードを解き、そこから先を口にする。

 

「毎日は無理だけど、レンジーと過ごせる日を作ると誓う」

「っ、壊さないのか!?」

「うん。最初はそのつもりだったんだけどね」

 

 さっきの話を聞いてその気はとうに失せた。

 確かにこの匣兵器は産まれからして倫理に反してはいる。だけど、産まれてきてしまったのなら仕方がない。

 

「産まれが悪いからって理由で排斥するのは間違っているから」

 

 レンジーに親近感を抱いたのは左頬についてしまった消えない傷があるからではないのだろう。

 生まれが悪いのは自分も同じだからだ。

 一般人として生きていながらも自分にはマフィアのボスの血が流れている。

 だから、そういう意味では自分と同じなのだと思ってしまった。

 

「…………ありがとう。本当にありがとう」

 

 涙ながらに感謝を伝える彼の言葉を聞く。

 これで、これで良かったのだろう。彼には罪に合った罰を受ける事になるが、これ以上血を見ないで済む。

 そう思い安堵の溜め息を吐こうとした瞬間だった。

 

「っ、危ない!」

 

 此方に感謝の言葉を伝えていた男が突然切羽詰まった表情をして、自分を突き飛ばしたのは。

 いきなり何を――――そう呟こうとするよりも先に綱吉の耳に一発の銃声が鳴り響いた。

 

「えっ?」

 

 自身を突き飛ばした男の胸から赤い血潮が飛び散り溢れてくる。

 彼は胸から血を流し、ゆっくりと地面に倒れた。

 その瞬間はスローモーションのように綱吉の瞳に残り続け、一体何が起こったのか脳が理解を拒んでいた。

 

「おのれぇ…………裏切り者がぁ…………!」

 

 声がした方向に視線を向けると其処には残された左手で拳銃を手に取り、自身に銃口を向けている男の姿があった。

 

「死ねぇ!!」

 

 男はそう言って引き金に指を掛け引こうとして、

 

「ぐぁ!!」

 

 突如として飛んで来た鞭によって拳銃を弾かれた。

 一体何が起こったのか、事態をようやく飲み込めた綱吉はその場にへたり込んでしまう。

 

「ツナ! 大丈夫だったか!?」

 

 ディーノの声が聞こえ、綱吉は其方に視線を向ける。

 其処には病院内に残っていた皆に加え、凪とロマーリオの姿もあった。

 ユニは凪が背負っており、顔色は悪いもののさっき見た時に比べれば遥かにマシだった。

 

「ボスっ!」

 

 凪が自身の姿を見て血相を変えて近付いて来る。

 

「ごめんなさいボス……………私が、側に居れば…………」

「気にしないで。見た目に比べれば軽いから」

 

 少なくともこの前負った怪我に比べれば今の怪我は大したものじゃないだろう。

 

「それよりも、ユニは?」

「大丈夫。体調もさっきに比べれば遥かに良くなってる」

「良かった…………」

 

 ならユニは大丈夫だ、と安堵の息を漏らす。

 そして、視線を自分を庇って撃たれた男に向ける。

 

「その人は」

「…………ダメだな。即死だ」

 

 ユニ同様にさっきに比べて顔色が良くなったリボーンが淡々と事実だけを告げた。

 

「……………そっか」

 

 リボーンの言葉を聞いて綱吉は空を見上げる。

 折角、これ以上血を見ないで済むと思ったのに、また血で血を洗うような終わり方になってしまった。

 

「どうして、オレは弱いんだろうなぁ…………」

「ツナ…………」

 

 悔しさと惨めさから玉のような涙が溢れる。

 それを見た武は何か言葉を掛けようと手を伸ばして、何も言う事が出来ずに手を下ろす。

 今の綱吉に掛けるべき言葉を、武は持っていなかった。

 

「この人は、自分が悪い事をしたと認めて、ちゃんと反省出来る人だった。この人が犯した罪は許されないけど、まだ償う事は出来た筈なんだ。なのに…………」

「コイツは、M・C・ローバか」

 

 ディーノは男の亡骸から視線を逸らし、涙を流す綱吉に何とも言えないような表情をしながらもゆっくりと問い掛ける。

 

「ツナ。ローバは、何でこんな事をしたのか言っていたのか?」

「…………死んだ子どもを甦らせたい、そう言っていました」

「そうか……………それは、辛いな」

 

 ディーノは綱吉の言葉を聞き、綱吉の隣に座る。

 本来、死んだ命を蘇らせる事は出来ない。しかし、匣兵器という可能性がローバを狂気の道に引き摺り込んだ。

 そしてこれからも増えていくだろう。自分にとって都合の良い道具を欲しがる者も居れば、死んだ命を甦らせたいという誰もが抱くであろう祈りで手を出す者も居る。

 ローバがそうだったように、実行する者も間違いなく現れる。

 

「これも時代の過渡期というやつか」

 

 ディーノはこれから起こるであろう時代の唸りにやるせない顔をする。

 悲劇はこれからも増え続けていく。その悲劇にこの後輩は耐えられるだろうか?

 そう思いながらもディーノは綱吉に問い掛ける。

 

「ツナ、ローバは最後になんて言ってた?」

「ありがとう、そう言ってました」

「ならツナはローバの心を救えたと思うぜ」

 

 その時その場に居なかったから断言は出来ないが、きっとそうだろう。

 でなければこんな安らかな死に顔にはなれない。

 

「倫理観の無い非道な科学者から、子ども達に誇れる父親に戻れたんだ。絶対に感謝してるさ」

「そう、だと良いですね…………」

 

 ディーノの言葉に励まされた綱吉は少しだけ顔色が明るくなった。

 

「それで、コイツらどうするの?」

 

 空気を読んでいたのか、今までずっと黙っていた恭弥が倒れた男達を踏みながら尋ねて来る。

 その光景に乾いた笑みが思わず出てしまうも、綱吉は自分の考えを語ろうとする。

 

「そ、そうですね。取り敢えず腕の治療をしたら罪を償わせて――――」

 

 しかし、その考えを最後まで口にするよりも先に、その場に黒い炎が出現した。

 

「えっ?」

「っ、ツナ!! 皆、下がれ!!」

 

 突如として現れた黒い炎に全員が警戒態勢になり、距離を取る。

 動けなかった綱吉もディーノに抱えられて後方に下がり、その炎から鎖に繋がれた首輪のような物が現れたのを見た。

 

「な、まさか――――」

 

 黒い炎から現れたそれは容赦無くその場に倒れていた敵全員の首に掛けられる。

 それは死したローバも例外ではなかった。

 

「――――掟ヲ破リシ者ヲ捕ラエニ来タ」

 

 聞き覚えの無い声がすると同時に黒い炎から一人の人影が姿を現す。

 黒いコートに黒い帽子、そして素肌が一切見えない包帯に包まれた不気味な存在。

 

復讐者(ヴィンディチェ)…………!」

 

 まるでこの世全ての不吉を孕んだかのような存在を見て、リボーンかその名を言った。




次回第一部最終話。

『子どものような夢』


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子どものような夢

ツナと白蘭は鏡合わせの関係性。
ならこうなる事もあり得たのではないかと思います。


 ユニと出会ってからの短い時間の中、綱吉の想像を遥かに超えるような出来事が沢山あった。

 殺し屋に襲撃される事は勿論、死ぬ気の炎や幻術といった超常の異能に最早SFの領域である(ボックス)兵器。どれもこれもが良い事ばかりではなく、むしろ悪い事の方が多かった。痛くて辛くて怖くて今にも泣きだしてしまいそうな目にあってばかりだった。

 だが、目の前に七つの属性とは異なる黒い炎と共に現れたソレは今までの体験が大した事じゃないと錯覚してしまうくらいに悍ましく思えた。

 この場に居るリボーンを除いた全員がその場で凍り付き、復讐者(ヴィンディチェ)と呼ばれたその存在を黙って見ている。

 

「う、うわぁぁあああああああああ!! 嫌だぁ!!」

 

 そして、首を鎖で繋がれた男達が悲鳴を上げて逃れようとする。

 腕を斬り落とされた事も忘れて首輪を外そうとしている。その表情は涙や鼻水、血等の体液で酷く汚れている。

 みっともない、等と口で言う事すら出来ない。

 あの包帯が何なのかは分からないが、彼等があんなになるということはきっとそういう存在なのだろう。

 

「…………あれは、何?」

「復讐者。マフィア界の掟の番人だ。法では裁けない存在を裁く厄介な連中だ。ツナ、奴等には逆らうんじゃねぇぞ。ローバの亡骸は諦めろ」

 

 あのリボーンをしてそう言わざるを得ない存在に対し息を飲む。

 確かに見た目からして普通じゃないのは分かる。だがそれ以上に綱吉は違和感を覚えた。

 まるでナッツやレンジーみたいな死ぬ気の炎を必要とする匣兵器みたいだ。

 

「なぁ、どうしてそいつ等を連れて行くんだ?」

 

 疑問を抱いている綱吉の横でディーノが復讐者に問い掛ける。

 

「掟を破ったのは分かるんだけどよ。そいつ等、一体何をしでかしたんだ?」

「…………表社会ニ流シタ。死ヌ気ノ炎ト匣、ソシテ人間ノ匣兵器ノ技術モダ」

「っ、マジかよ」

「…………最悪だな」

 

 復讐者から語られた事実にディーノとリボーンは顔を顰める。

 

「どういうこと?」

「マフィア界には沈黙の掟(オメルタ)っつぅ外部に情報を漏らしてはいけないって決まりがあるんだ。状況によってはある程度融通が利くんだけどな…………こいつ等は表社会に死ぬ気の炎と匣を流したんだ」

「それは確かに良くないと思うけど、そこまで悪いんですか?」

 

 死ぬ気の炎は覚悟が無ければ使えないし、匣に至っては死ぬ気の炎が無ければ使えない。

 例えその情報や現物が表社会に流れたとしても使う事が出来る者はそうはいない筈だ。

 そう考える綱吉の思いを否定するかのようにディーノは語り始める。

 

「匣兵器っつーのは死ぬ気の炎によって動かす事が出来る。ならそれ以外のエネルギーでは動かせないのかって言われたら実はそうじゃないんだ。ただあまりにも莫大なエネルギーが必要だから現実的じゃないから死ぬ気の炎が使われている」

「それって、電気とかよりも死ぬ気の炎の方が遥かに強力なエネルギーって事?」

「ああ、その解釈であっている。死ぬ気の炎は人間の生命エネルギーでもある。そして何処の国でもエネルギー問題ってのは付き物だ」

「…………まさか」

 

 ディーノの説明を聞いて綱吉の脳裏にある考えが過る。

 

「今までのエネルギーを遥かに上回る力を人間から取れるんだ。どうなるのかなんて、考えるまでも無い」

 

 その考えが正解だと告げるかのようにリボーンがそこから先を言った。

 

「そんな事は――――」

 

 無い、と言う事は出来なかった。

 お金の為に人は人を殺すのだ。ならば人間から死ぬ気の炎というエネルギーを取る事だって出来るだろう。その対象は犯罪者だったり、敵だったり。いずれにせよ血で血を洗う結果になる事は変わりない。

 死ぬ気の炎は覚悟を燃やす事によって引き出せる力だから。

 覚悟さえあれば引き出せる力なら、覚悟せざるを得ない状況に追い込めば使う事も出来るから。

 ただそういった状況でも使えない人も居る以上、死ぬ人だって沢山居るだろう。仮に使う事が出来ても超常の力を使えるようになったらそんな状況に追い込んだ存在に逆らうのは当然なわけで。

 

「心セヨ、ボンゴレ10世。時計ノ針ハ戻ル事ハモウ無イ。争イノ火種ハ既ニ撒カレタ」

 

 復讐者は不吉な言葉を最後にそう言い残すと鎖に繋いだ敵とローバの亡骸を連れて去っていった。

 全てを畏怖するような威圧感を放つ存在が去った事で空気が軽くなる。

 

「…………やっぱ、そう上手くはいかないよな」

 

 安堵の息と共に綱吉は困ったようにそう呟いた。

 

   +++

 

 結果だけで語るのならこの一件で出た死傷者の数はローバを除いても4人も居た。

 元々重病や重症、体調が芳しくなかったというのもあったせいか結界の攻撃に耐えきれず命を落とす事になったのである。加えて怪我や容体が悪化する人が沢山居た事で病院内は大騒ぎになってしまった。

 それでも時間が経てばある程度の落ち着きは取り戻すものである。

 

「本当にすみません沢田さん。私も入院する事になってしまって…………」

「気にしないで。ユニは悪くないんだから」

 

 病室にて申し訳なさそうにしているユニに綱吉は励ますように呟く。

 綱吉の身体には包帯が巻かれており、顔に関しては左頬に付けられた傷跡が完全に広がってしまい、十字のような痣になってしまっている。

 

「沢田さんの傷もまだ治っていないですし、顔の傷も――――」

「だから気にしないでって。見た目程大きな傷じゃないから。それに顔の傷もさ、左頬にあるしユニのやつみたいで良いかなって思えるようになったんだし」

 

 そう言って励ますもののユニの表情が明るくなる事は無かった。

 無理も無い話だ。この前の一件で子どもにも死者が出たのだ。優しいユニには受け入れがたい事実だろう。

 実際、自分だってあまり良く思ってないのだから。

 

「…………ユニ。オレさ、こんな事が起こるのは間違ってると思うんだ」

「沢田さん…………」

「多分、凄く難しいし時間も掛かると思うけどさ。やっぱり平和が一番だよ。争いとか嫌いだし、傷付くのも傷付けるのもやっぱり凄い嫌な事だから」

 

 それは今まで思って来た事、戦いの中で導き出した自分の答え。

 

「オレが終わらせる、終わらせて見せる。こんな平和じゃない状況を、関係の無い誰かが傷付くようなこの状況を、どんなに難しい事だったとしてもやり遂げて見せる。でもオレはその手段も方法も、マフィアのボスとしてのやり方すらも分かっていない」

 

 本当に情けない話ではあるけれど、そう言わざるを得ない。

 何せ自分はダメツナだ。まだまだ知らない事が多過ぎる。

 

「だから色々と教えてほしいんだ。家庭教師であるユニに」

「…………私の事を家庭教師と言ってくれるんですね」

「オレにとっての教師はユニだけだよ。これから先、それが変わる事は無いよ」

「ありがとうございます。こんなダメな家庭教師をまだそう言ってくれるなんて」

「ユニはダメじゃないよ。むしろユニがダメだったら世の中の教師なんか殆どダメだよ」

 

 それこそ並中の根津なんかは間違いなく教師失格だ。

 そう思っているとユニは静かに微笑んだ。

 

「おじ様と比べたら不出来で未熟な家庭教師ではありますが、今後もよろしくお願いしますね」

「うん。よろしく。まあその前に怪我を治さなくちゃね」

「沢田さんこそ、無理しちゃダメですよ」

「ははは…………したくてしてるわけじゃないんだけどなぁ…………」

 

 ユニの言葉に綱吉は遠い目をする。

 出来る事なら暫くは平穏な時間を過ごしたいものだ。

 

「じゃあ、しっかり休んでね」

 

 そう言って綱吉は病室を後にし、屋上に向かう。

 屋上には既に恭弥と凪が待っており、現れた綱吉に視線を向けた。

 

「すみません。遅くなりました」

「別に、そこまで待ってないよ」

「それよりもボス。ユニは大丈夫だった? 結構一人で抱え込む事が多いから」

「多分大丈夫だと思う」

 

 既に屋上に居た二人にそう告げると、綱吉は恭弥の顔を見据える。

 

「それじゃあ、早速話し合いましょうか」

「僕は良いけど山本武、彼はここに招かなくて良かったのかい?」

「山本には野球があります。こんな後ろ暗い事に関わって欲しくないですから」

「きみがそう言うのなら別に良いよ。さて、話し合うとするか小動物――――」

 

 そうして綱吉と恭弥の二人は話し始めた。

 

   +++

 

 イタリア行きの飛行機の中でディーノとリボーン、そしてその隣に座っているロマーリオは座席に座り黄昏ていた。

 今回の一件で自分の実力不足を痛感したのもあるが、それ以上にこれから起こり得る事態に憂鬱になっていた。

 表社会に死ぬ気の炎や匣の流出。絶対にあってはならない事が現実となってしまった以上、あまり楽観的ではいられない。

 復讐者が言ったように時計の針が戻る事は無い。多分だが、これから先大勢の血が流れる事になるだろう。

 そんな中で唯一良かった事があるとするならば綱吉がボンゴレを引き継ぐと決意した事だろう。

 

「ツナの奴、良いボスになれるな」

 

 生半可な覚悟や欲に目が眩んでなければああ言った言葉は吐けない。

 そして綱吉は全て分かった上で選んで決めたのだ。

 きっと良いボスになれる。そう思い何気無しに同意を求めて呟いた言葉だったが、リボーンはあまり良い表情をしなかった。

 

「どうしたんだ? リボーン。まだ体調が悪いのか?」

「そういうわけじゃねぇ。ただ不安なだけだ」

「不安? ツナがか?」

「ああ。今までのもそうだが今回の一件であまり良くない成長をしたみたいだったからな」

 

 自分とは正反対の印象を抱いたのか、リボーンは言葉を続ける。

 

「お前の言う通り、良いボスにはなれるだろうな。だが、奴は何かを企んでいる。多分、歴代のボンゴレボス達が考えもしなかった事だ」

 

 これが気のせいならまだ良いんだが、そう言い残してリボーンは口を閉じた。

 

   +++

 

「ねぇ、沢田綱吉。きみ、正気かい?」

 

 綱吉との話し合いを終えた恭弥は綱吉を妙なものを見るような目で見ていた。

 それは凪も同様で、信じられないと言わんばかりの顔をして綱吉の事を見つめている。

 実際、今言ったのは幼稚な子どもが見る夢のようなものだ。

 こんな歳にもなってそんな事を言う羽目になるとは、そう自嘲しながらも綱吉は弁解する。

 

「あくまで平和にならなかったらの話です。平和になればそうする理由も無くなりますから」

「でも平和にならなければするって事だよね?」

「はい」

 

 恭弥の問い掛けに対し綱吉は至極真面目に頷く。

 

「改めてもう一度言います。もし平和にならないというのなら、オレが世界を征服します」




利己的な白蘭と利他的なツナ。
手段や目的は違えどある意味そっくりですからね。

なのでたくさん酷い目に合わせてそう思わざるおえない状況に追い込みました。
だからといって白蘭が正義に目覚めるということは無い模様。

と、いうわけでこれにて第一部完結です。
続きは暫く待ってね、他の作品の更新とか英気とか養いたいので。


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事態は会議室で進む

だいぶお待たせしました。
現在仕事がマジで忙しいので遅れました。


 イタリアにある人里離れた場所にある古城、ボンゴレファミリー本部。

 そこには現在、ボスであるボンゴレⅨ世ティモッテオと幹部達がそれぞれの席に着き、会議を開こうとしていた。

 尤も、今この場に参加している者達の顔色は暗い。それはティモッテオも例外では無かった。

 

「――――現在、ボンゴレのシマには薬物が流行っている。恐らく、死ぬ気の炎と(ボックス)兵器の技術を利用したものだと考えられます」

「そっちもそんな感じか。こっちも敵対勢力との抗争で匣兵器ではないが死ぬ気の炎を使ったと思われる新兵器で少なくない犠牲が出た。勝利こそしたが…………此方が得るものは殆ど無い」

「…………皆、似たような感じか」

 

 この場に集められた6名程欠席しているが皆、長年ボンゴレファミリーに仕えてきた幹部達だ。

 中には若者も居るが才能豊かな人物でボンゴレに益を齎している。

 しかし、それでも現在の情勢に解決策を提示する事は誰にも出来なかった。

 それは神の采配と謳われるティモッテオの決断でさえ、一時的には打開出来てもこの情勢から抜け出せないでいる。

 

「…………そういう時代、という事なのだろうな」

 

 静かに呟いた誰かの言葉に誰も彼もが暗い表情を浮かべる。

 如何に最大最強のマフィアといえど決して無敵というわけではない。長い歴史の中で抗争などの理由で幾度となく危機に見舞われてきた。

 だが、ここまで情勢が悪くなったのはそう無いだろう。

 

「だが、それでも良い事が全く無いわけではない」

 

 誰もが暗い面持ちの中、ティモッテオは笑みを浮かべる。

 

「日本に居る綱吉君が成長している」

 

 沢田綱吉。門外顧問機関、CEDEF(チェデフ)のボスであり、ボンゴレファミリーの実質的なNO.2である沢田家光の息子。

 ボンゴレⅠ世の直系の子孫でありながらも決して才能溢れる人物というわけではなく、その逆で落ちこぼれだった彼が次期ボス候補になった時は誰も彼もが顔を暗くしていた。

 しかし、ここ最近の活躍は目を見張るものばかりだ。

 ボンゴレファミリーの監視網を抜けた、最近裏社会で名を馳せているイカれた狂人達やかつて名を馳せた歴戦の殺し屋達を返り討ちにしている。

 つい最近まで表社会で生きてきたダメダメな少年だったとは思えないほどの戦果だった。

 本音を言う事が出来るのならば、心の底から喜ぶ事は出来ないが。

 

「つい先日まで表社会で生きてきた彼が頑張っているというのに、裏社会で何年も身を置いてきた我々が頑張らないわけにはいかないだろう。むしろその逆、我々が彼を助けなければいけないんだ」

 

 そう言ってティモッテオは幹部全員を鼓舞する。

 だが、ティモッテオの言葉に反し幹部達の顔色は暗かった。

 

「…………9代目、実は――――」

 

 そして一人の幹部の口から語られた言葉にティモッテオは目を見開く。

 

「なっ、これ以上綱吉君に負担を掛けるのは…………!」

「お言葉ですが9代目。彼は自分の意志でボンゴレ10代目になると宣言しております。ましてや、死ぬ気の炎を扱う事が出来て、名うての殺し屋(ヒットマン)を撃退しています。今のボンゴレにはそんな優秀な人間を子どものまま扱う余力はありません」

「だが、いくらなんでも」

「9代目、ご決断を」

 

 幹部の言葉にティモッテオは頭を抱える。

 だが頭を悩ませても答えは一つしかなかった。ボンゴレファミリーという組織を率いる長として、ボンゴレファミリーのボスとしてこの選択を拒否する事は出来ないのだから。

 

   +++

 

 病院襲撃事件から一週間の時が流れ、綱吉、ユニ、凪の三人は綱吉の自室で揃って頭を抱えていた。

 リハビリも終了し斬り落とされる前と同じくらいに動かせるようになった綱吉と、無事に怪我が完治したユニの退院祝いを行う予定だった。

 そう、その予定だったのだ。何かしらの書類を見て顔を暗くし、何があったのかをユニが説明する前までは。

 

「…………オレもさ、ボンゴレファミリーに余裕が無いってのはよく分かってるんだ」

 

 長い沈黙を破り、綱吉はげんなりとした表情で呟く。

 

「来ちゃってるけど一応日本に敵が来ないようにしてくれているのも知っているし、オレ達のサポートをしているのも理解している。しているんだけど、さ」

 

 そう言って綱吉はユニが持っていた書類を手に取り目を通す。

 イタリア語で記されているその書類を見たところで綱吉には何が書かれているかは分からない。ただその書類に記載されている自分と同い年、もしくは年下の少年少女の顔写真が記載されていた。

 

「オレ達の事だけでも手一杯なのに、他の人も守らなくちゃいけないってのはちょっと酷くない?」

「…………おっしゃる通りです」

 

 ボンゴレファミリーから届いた指令。

 それはボンゴレファミリーと同盟を結んでいる傘下のマフィア、及びその関係者の縁者を避難の為に日本に送るということ。

 要するにマフィア関係者の子どもを守ってほしい、という事だ。

 

「オレに負担を掛けさせたいのか、ボンゴレファミリーにそれだけ余裕が無いのか」

「さ、沢田さんが評価されてると前向きに考えましょう」

 

 何とか自分を励まそうとするユニだったが、その顔は引き攣った笑みになっている。

 恐らく彼女も自分と同じような事を考えているのだろう。

 そう考えながら綱吉はボンゴレファミリーのボスになるという決意をした事を、早まったと若干後悔する。

 とはいえ――――。

 

「引き継ぐって言った以上、受けるしかないんだけどさ」

 

 拒否する権利があるかは謎だが、最初からするつもりは無い。

 平和な日本でさえあんなヤバい連中が襲って来ている。マフィアの本拠地であるイタリアが魔境になっていてもおかしくはない。

 子を思う親ならば危険地帯ではなく、安全な場所に居てほしいと願うのは当然の話だ。

 

「それに、こんな子どもも居るんだから断る事なんか出来ないよ」

 

 そう言って綱吉は三枚の顔写真が記された書類に目を通す。

 一人はアフロに牛のような装いを着た元気そうな子どもで、二人目はおさげが特徴的な子ども、そして最後の一人はマフラーを首に巻き、大きな本を持った少年だった。

 それ以外にも同い年ぐらいの銀髪の少年や金髪の少年少女、そして赤髪で傷だらけの少年とその他六人。

 仲良く出来そうかと聞かれても自信は無いが、それでも出来る事はやる。

 

「それで、この人達が来るのは何時頃なの?」

「はい。後一週間程だそうです」

「ならその一週間までの間に出来る事はやっておかなくちゃね。主に雲雀さんに説明するとか」

 

 これからマフィア関係者が来ると言っておかなければ間違いなく厄介な事になる。

 言っても言わなくても結果は変わらないだろうが、それはそれとして説明しなければこっちをかみ殺してくるだろう。

 

「本当に前途多難だ」

 

 いずれにせよ厄介事が待ち受けている事に綱吉はゲンナリとした表情を浮かべる。

 

「大丈夫ボス。いざとなれば私が何とかする」

「うん。それは最後まで使わないでね」

 

 何となくだが凪が実行しようとした事に危機感を覚えた綱吉は静止するよう促す。

 本当にどうしようもなくなったら任せるしかないが、出来ればそうならない事を祈りたい。

 

「まあ、嘆いてばかりもいられないし…………ユニ。これから来る人の事全部教えて」

「はい――――ふふ」

「ん? どうしたの?」

 

 自身を見て微笑ましそうに笑みを浮かべるユニに綱吉は問いかける。

 

「いえ、こんな忙しい時に思ってはいけないんですが…………強くなったって思いまして」

「強く…………」

「正しくは自信があるって言うべきですね。今の沢田さんは、出会った時に比べたら変わりました。勿論、良い方向にですよ」

 

 ユニの言葉に綱吉は思わず考え込み、何とも言えないような顔をする。

 世界征服を企んでいるのが良い方向なのか、正直微妙なところだ。

 だが、ユニがそう言うということはきっと間違ってはいないのだろう。

 

「…………ありがとう。でも、やっぱりユニが居たからだよ」

 

 綱吉は照れ臭そうに、けれども嬉しそうに笑みを浮かべた。



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船上の襲撃者

遅くなってすみません。
理由はもう一つの作品を書いていた事と仕事が忙しかった事。
そしてあるキャラの口調とかを色々と悩んでました。

まあこうなったからにはちゃんとやりますので、気長にお待ちください。


 幼少期の出来事で一番記憶に残っているのは姉が作っている猛毒料理を食べさせられる事と自分と同じ髪の色をした女の人にピアノを褒められた事だ。

 特に記憶に残っているのは後者の方で、時々やって来るその女性に沢山の事を教えられた。

 音色の奏で方を、音の合わせ方を、人の心に残るにはどうしたら良いのかを。

 姉が作る猛毒料理を食わされて行われるピアノの発表会には辟易していたが、あの女の人に教わっている時が一番心が安らいだと思う。

 そんな彼女が倒れたのは、自分の二歳の誕生日の時。自分にプレゼントを渡したその時だった。

 そして父親から知らされた。

 自分と同じ髪の色をした女性が自分の本当の母親であるという事を、彼女が大病を患っていて余命幾許も無いということを――――。

 

   +++

 

「――――隼人、起きてる?」

「…………起きてるよ姉貴」

 

 客船に用意された自分の居室。

 そこに入って来た姉に対し不機嫌そうに銀髪の少年、獄寺隼人は呟く。

 実際のところ起きたのは姉の声が聞こえたからで、出来る事ならもう少し夢の中で過ごしていたかった。

 そう吐き捨てたくなるのをなんとか堪え、隼人は視線を姉の方に向ける。

 姉、ビアンキは誰もが見惚れるであろうその美形を惜しみなく晒していた。

 それが意味する事はただ一つ――――過去の記憶(ストレスとトラウマ)から来る腹痛である。

 

「ぐ、ぐぁあああああああああああああああああ!!」

 

 ギュルルルルと腹から地獄のような音が鳴り響き隼人はベッドから転げ落ちる。

 

「隼人、大丈夫?」

 

 ビアンキはベッドから転げ落ちた隼人の顔を両手で掴み上に向けさせる。

 自身の顔を直接見せるような形で。

 

「がはっ!」

 

 最早わざとやっているのではないかと思ってしまうような行いに内心怒り心頭になる。

 だが姉には色々な意味で弱い隼人には抵抗する事も許されず、そのまま意識が闇の中に沈んでいく。

 

「た、頼むから…………顔を何かで隠してくれ…………!」

 

 このままでは意識を失い、取り戻した瞬間にまた意識を失うという負の無限ループを味わう事になる。

 そんな未来を予知した隼人は姉に対し必死に懇願する。

 

「分かったわ。全く、恥ずかしがり屋なんだから」

「て、てめぇ…………」

 

 本気で姉に殺意を抱くものの隼人はビアンキに絶対に逆らえない。

 サングラスをかけたことでビアンキの顔を見ても腹痛が発生しなくなった事実だけを受け入れつつ、隼人は尋ねる。

 

「ったく、で、オレの部屋に来たって事は何か用事でもあんのか?」

 

 この船に乗る前に隼人はビアンキに勝手に自分の部屋に入らないようにと言っている。

 ビアンキはそれを思春期特有のものと判断していたが一応は了承していた筈だ。

 にも関わらず勝手に入って来たのだから何か用事がある筈だ。

 尤も、この姉はそういった用事が無くても勝手に入って来るような人間だが。

 そう考えている隼人に対し、ビアンキはいつもと変わらない何を考えているのか分からない表情のまま答える。

 

「ええ、この船が襲撃されたって事を伝えに来たのよ」

「大事じゃねぇか!! もっと慌てろよ!!」

 

 能天気な顔のまま話すビアンキの言葉に隼人は思わずツッコミを入れるのであった。

 

   +++

 

 ボンゴレファミリー、及びその同盟と傘下のマフィアが用意した日本行きのこの船は極秘に用意されたものだった。

 部外者には情報が行き渡らないように細心の注意を払い、乗船をした子ども達の身を守る為にリングと(ボックス)を使える大人も数人配備されていた。

 それでもなおこの船が襲われたのは、技術の進歩が早過ぎた事だろう。

 

『諸君。この船は我々、チカーラが占拠した』

 

 船内に響き渡る男の声はどうしようもなく最悪の状況である事を告げていた。

 

『きみ達にはボンゴレとその同盟ファミリーに対する人質になってもらう。抵抗さえしなければ命の保証はしてやろう。命、はな』

 

 イタリア語で蝉を意味する名を持つ襲撃者達の首魁と思われる人間が出した一方的な要求。

 その要求を拒絶する事はこの船を占拠した襲撃者達と戦うという事を意味する。

 

『それでは、きみ達の賢明な判断をする事を期待している』

 

 自分達を警護していた大人達が敗れたという事は敵もまたリングと匣を使う事が出来るという事。

 現在避難している自分達が戦って勝てる相手ではない。人数も、戦力も、そして武器も、その全てが負けている。

 この状況で逆らうという事が何を意味するのかなんて分かり切っている。

 

「ふざけやがって…………!」

 

 しかし、だからといって大人しく人質になる気は毛頭無かった。

 隼人は親指の爪を噛みながら視線を集まった避難者――――もとい人質達

 今ここに居る人質達は全員が全員戦えるだけの力を持っているわけではない。

 ボヴィーノファミリーの牛柄の服を着たアフロのランボやアルコバレーノ(フォン)の弟子というイーピンは子どもだ。とても戦えるような存在じゃないのにそれを求めるのは論外だ。

 そして二人よりは年上のフゥ太も戦闘力があるとは思えない。

 よって戦う事が出来るのは自分とビアンキの二人。そして――――。

 

「お前等だけって事か…………」

 

 隼人の視線が他の乗客、自分と同じ計九人の人質達に向けられる。

 

「オレはティフォーネファミリーの獄寺隼人だ。で、こっちが姉貴のビアンキだ」

 

 本当はやりたくないが、現状自分が纏め役をやるしかない。

 そう判断した隼人は自分達の身分を明かす。

 

「命が惜しいから大人しく捕まるというのも選択肢の一つとしてはありだと思っている。だからこれは強制しない」

「…………その言を察するに、きみ達は戦うつもりか?」

「ああ。親父からリングと匣は持たされているからな。やり方次第では通じる筈だ」

 

 金髪の少年に自分が付けている嵐属性のリングと匣を見せながら答える。

 

「それに…………連中が何もしないとは限らないだろうしな」

 

 敵は何もしなければ命の保証はすると言った。

 裏を返せば命に関わる事以外はしてくるかもしれないのだ。

 人質の中には女もいるし、そういった下世話な事をされるかもしれない。尤も、それは男も例外ではないのかもしれないが。

 

「…………悪いけど、僕達シモンファミリーに出来る事は無い。リングも、匣も持ってないから」

「そうか。まあ、リングも匣も高級品だしな」

 

 赤髪の少年の言葉を聞いて隼人は必要最低限だけを口にする。

 シモンファミリーと言う名は初めて聞いたが、察するに弱小ファミリーなのだろう。

 今のマフィア界ではリングと匣の二つが戦いの最低条件のようなもの。それを持っていない者を戦いの場に出すような事は出来ない。

 

「オレとリゾーナは匣は持っていないがリングはある。戦う事は出来る筈だ」

「…………お前の名前は?」

「アルビートだ。所属はエヴォカトーレファミリー」

「そうか。助かる」

 

 後は敵に気付かれないように潜伏して一人ずつ各個撃破していくのが理想だろう。

 そう考えて行動しようとした時だった。

 

「ランボさんもたたかう――――!」

 

 ボヴィーノファミリーのランボが大声をあげたのは。

 

「っ」

 

 何をやってんだこのアホ牛、そう口に出すよりも先に敵と思わしき格好をした男達が姿を現す。

 まだ距離は離れているがその手には既に武器が握られており、抵抗する様子を見せたら間違いなく攻撃される。

 いや、ランボが「たたかう」と言った時点で向こうは戦闘する気になっているだろう。

 

「くそっ、間に合うか!?」

 

 自分達に向かって走り寄って来る敵を見て隼人は思わず舌打ちをする。

 そして懐から取り出した匣に死ぬ気の炎を注入しようとする。

 一触即発、流れる時間すらも緩やかになっているのではないかと錯覚してしまうような状況の中、突然壁が爆発が爆発し大穴が開いたのは。

 

「あの、雲雀さん。もうちょっと静かに出来ませんか?」

「中に侵入できるなら何でも良いと言ったのはきみだよ。沢田綱吉」

「確かに言いました。そう言いました。でもこれだけ大騒ぎを起こしたら敵に見つかると思うんですけど」

「全員かみ殺せば良いだけだよ」

「うん。その通り。私達なら全員倒せる」

「そっちの心配はしてないよ。ただ戦わずに済むならそれで良かっただけだから」

 

 穴から船の中に入って来たのは三人の少年少女だった。

 一人は学ランを肩に羽織り、トンファーを手に持った少年。

 もう一人が同じように学ランを肩に羽織り、セーラー服を着た少女。

 そして最後の一人は学ランに袖を通した、左の眼の下に赤い十字の傷が刻まれた少年だ。

 

「まぁ、こうなったら仕方が無い…………全員叩きのめす」

 

 溜め息交じりに十字の傷の少年が呟くと同時に額に死ぬ気の炎が灯る。

 その炎の色はオレンジ色で、大空の属性の死ぬ気の炎である事を示していた。




この作品の獄寺隼人のお母さん、ラヴィーナは原作と同様に死んでいます。
が、彼女は何とか気力を振り絞り誕生日プレゼントを自分の手で渡す事が出来ました。
彼女は自分の息子に母親であると告げる事が出来たのです。

それはそれとして一気にメインキャラ14人は増え過ぎやで…………。


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