ソードアートオンライン Monster Hunter World (GZL)
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プロローグ
第0話 それぞれの歩んだ道


どうも、GZLです。
初めてSAOを書いたものなので、かなりの駄文になっているかもしれませんが、楽しんでくれたら幸いです。

では、どうぞ。


キリトは自身が愛用している黒い剣…『覇王剣』を振り、紫色の体液を付けた牙を剥いて飛び掛かってくるイーオスの攻撃を避けて、自らのソードスキルを奴の腹にぶち込む。それでもポリゴン片にならないことに苛立ちを覚えたが、更にそこから単発SSホリゾンタルを打ち、ここで漸く『1体目』のイーオスはデータの破片となって消えた。息を吐いた先には、まだまだ群れとなって固まっているイーオスは大量にいる。キリトは地面を蹴って、4連続SSバーチカルスクエアで群れを一掃した。

荒れた息を整え、キリトは『重たい』と思いつつ、背中の鞘に剣を納めた。この先をどうしようかと考えたが、どことなく疲れたキリトはもう帰ることにする。

 

「……もう帰ろう」

 

独り言のように言うキリトの言葉を返してくれる人物は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

現在、キリトを含めた約6000人のプレイヤーはVRMMORPG専用ゲーム…通称『ソードアートオンライン』に閉じ込められている。今から2年前、このゲームを開発した張本人、茅場彰彦によってログアウト不能となり、このゲームでゲームオーバーとなれば、現実世界で死ぬというデスゲームが始まったのだ。

初めて聞いた時…キリトを含めて、あの第1層にいたプレイヤー全員が驚き、信じられなかったことだろう。キリト自身も茅場が言っていることを理解することはすぐに出来なかった。

そして、暫くして漸く分かったのだ。

 

 

この世界で死ねば…現実でも死んでしまうということを…。

 

 

それを理解した時には、キリトの周りにいたプレイヤー全員が茅場に向けて怒声を浴びせた。「ふざけるな!」、「返せ!」など挙げていったらキリがないくらい。

しかしその行為も虚しく、消えて行く茅場に何を言っても無駄であった。

それからキリトは一人で街を飛び出し、たとえどんなことをしてでもこの世界で必ず生き抜いて…元の現実世界に戻ることを誓った。そのためにキリトは、たくさんの罪を犯してしまった。

『月夜の黒猫団』というギルドに入り、短い時間を過ごした。

だが、キリトは彼らを…サチを殺してしまった。間接的に…と言えども、キリトが殺したことに変わりはなかった。

悲劇を知った団長のケイタはキリトに対して、散々な罵声を浴びせて、絶望した彼は外周から身を投げて自殺した。

元々ビーターだったキリトは孤独だったが、ケイタやサチたちに会ってその気持ちも薄れていたのに…彼らを殺して、更に人と関わるのが嫌になってしまった。

それから先、キリトはずっとソロだ。

誰も失わないために…。

 

 

 

 

アスナは漸く嫌な夢も見なくなってきていた。

ゲームの中なのに夢を見るというのもおかしな話だといつもアスナは思ってしまうが、これが現実だと自分に言い聞かせた。

このデスゲームが始まった当初、アスナは部屋に閉じ籠って、第100層がクリアされるまで待とうとしていた。だが、そんなことではいつまで経っても終わる気はしないと思ったアスナは、たとえ攻略するのが自分一人だったとしても…どんなに汚く、酷いことをしてでも、このゲームをクリアしてやると思った。

アスナは有言実行して、血盟騎士団の副団長となり、皆に厳しく指揮してきた。

これで攻略は足早に進む…。そう思ったのだが…層が上がるに連れてボスも強くなり、攻略に赴くプレイヤーも日増しに減っていった。その苛立ちからか、彼女の指揮力も落ちていき、遂に『黒の剣士』と呼ばれるプレイヤー…キリトと衝突することが多くなった。

キリトはいつもトレードマークの黒いロングコートと黒い剣を携えていて、あまり印象には残りにくいプレイヤーなのだが、アスナは第1層ボス攻略でコンビを組んだので、彼のことはよく知っていた。

アスナの知る限り、彼は優しくて、この世界での楽しみをほんの一部教えてくれた存在でもある。

だが、キリトはいつの時からか…黒の剣士という二つ名通りに光を失い、周りには負のオーラを纏っていることが多くなった。

逆にそれがあったから、最強のソロプレイヤーと呼ばれているのかもしれないが、それだけではないようにアスナは思えた。

第56層の時、アスナはボスを攻略するためにNPCを囮にして、その隙に攻撃する作戦を提案した時には、キリトと口論を超えてデュエルにまで発展してしまったことがあった。

勝てると思っていたアスナの予想と反して、結果は惨敗だった。

デュエル開始2秒で勝負が着いてしまったのだ。

これで更に険悪になるかもと予期していたが、キリトはそんなことなく、分け隔てなく接した。

だが、アスナはキリトから漂う悲しみが消えていなかったことに気付いた。

それからというもの、アスナはキリトを気にするようになってしまった。

 

(あんなに嫌いだった時もあるのに…いつの間にか……)

 

今日、彼はどこでどうしているんだろうか…と悶々と思うアスナ。

恐らく、1人で攻略に赴いているのだろうとアスナは予想する。

考えてしまうと、もう歯止めは効かず、アスナは彼が行きそうな場所へと足を動かすのだった。




【補足1】
『覇王剣』
キリトの愛剣。
私が3Gで、上位攻略の際にお世話になった武器です。
龍属性が魅力ですが、リーチ短い太刀。原作武器のエリュシデータに代わる武器として、良いのは何かなと考えていたら、これだと思い至りました。

【補足2】
『イーオス』
毒を吐く小型鳥竜種。個人的にウザい、タフいを持ち合わせた害悪小型モンスター。


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アインロック編
第1話 食事の誘い


帰りの森でのことだった。ここは迷宮区の直前のエリアなのでプレイヤーが来ることはほとんどない。木々の間から見える小動物…風に揺れる葉はまるで現実世界にあるものと大差ないように見えてしまうキリト。だが…これら全てデジタルデータの塊でしかない。

そう考えてしまうと、どうも気分を落としてしまい、「はあ」と溜め息を吐いた。

すると、倒れている大木の隅に何かが素早く動いた。

カーソルが表示され、上には『赤耳のヨリミチウサギ』と出た。

 

「あれは…」

 

俺は腰から小さな針を2本抜き、1本を近くの木に向けて投げた。

ドスッと木に刺さる小さな音がウサギには聞こえたようで、逃げるように急いで飛び出たが、それはキリトにとって都合のいい行動でしかなった。逃げ場のない空中に出てくれたからだ。

悲壮な表情を浮かべるウサギであったが、キリトは構うことなく、もう一本の針を投げて、仕留めるのだった。

 

 

 

 

街に戻ったキリトは先程のウサギをエギルに見せると、彼の顔は見る見る内に驚きと興奮に満ち溢れていった。

 

「お…おい!こいつは…!レア食材の『赤耳のヨリミチウサギ』じゃないか‼実物を見るのは初めてだぜ…。で、でもよキリト、本当に俺に譲ってくれるのか?金もあるし、いっそ俺らで食わないか?」

 

「そうとも思ったけど、俺には料理スキルも何もない。作っても黒焦げだ」

 

「確かに…言われちまったらそうだけどよ…。他になんかないのか?」

 

エギルは悩んでいるが、キリトはさっさとこの高級食材をどうにかして帰路に就きたいと考えていた。すると、ここで店の扉が開く音が聞こえ、振り向くと白と赤を基調とした服を着た少女が入って来た。

 

「お、アスナさんじゃないか」

 

「こんにちは、エギルさん。あれ、キリトくんじゃん。久しぶり」

 

「……」

 

キリトは返事をしなかった。

アスナとは圏内で起きた事件を共に解決したり、コンビを組んだりした仲であったが、それはあの時の話で今はもういつも口論し合う犬猿の仲に戻ったと彼なりに思っていた。

だが、彼女はそんなことを知っているはずがなく、構わず優しく語りかけるのだった。

その雰囲気が…初めてサチに会った時と同じ感じがしたキリトは、どうも気軽に話せなかった。

 

「おい、キリト!挨拶くらいしろよ?」

 

「もうじき出るんだからいいだろ?」

 

「おい、このレアウサギはどうすんだ?」

 

「えっ⁈レアって……まさか‼レア食材のこと⁈」

 

突然アスナは興奮する。

キリトは面倒ごとになるかもと思い始める。

 

「キリトが攻略帰りに獲ってきて、俺に売るって言いだしたんだ。食う気はないんだと」

 

「ええ~!勿体ないよ、キリトくん!食べようよ‼」

 

「二人に任せ…」

 

「そうだ!アスナさんに料理してもらえばいいじゃないか!」

 

エギルは突然突拍子もないことを言い出した。が、キリトは「何を言ってるんだ?」と言いたげな表情を作った。

このゲーム内で料理スキルを極めている人など、攻略内でいるはずがないと思っているからだ。仮にいるとしたら、余程の暇人か気違いがやる所業だ。

と、思っていたら…。

 

「良い案ですね!私、料理スキルは先週コンプリートしたから…」

 

「……は?()()()()()()した?」

 

キリトの口からは思わず呆れたような声が飛び出た。

料理スキルをコンプリートという信じられないことを成し遂げるプレイヤーがこの世界にいるのかとキリトは仰天してしまう。

 

「じゃあ、私の家で食べる?」

 

「いやだから俺は……」

 

「はいはい!言い訳は無しで行くわよ‼」

 

「じゃあ俺も…」

 

エギルもおこぼれに預かろうとしたが、それはアスナに止められた。

 

「エギルさんはダメですよ!店もあるし、何より食材を獲ったのはキリトくんです!エギルさんは何もしてないじゃないですか」

 

「そ、それは…」

 

「と…いうことで、エギルさんは無し!」

 

そう断言して、アスナはキリトのコートの襟部分を掴んでさっさと店から出ていく。店の中では「そんなぁ…」と嘆くエギルの声が響いていた。

外に出てすぐにアスナは足を止めて、緊張を身体中から漂わせた。

何事かとキリトはアスナが見詰めるところを見ると、彼女の前には痩せた男…アスナと同じ血盟騎士団の制服を着た奴が立っていた。表情からしても、少し苛立ちを抱えているように見えた。

 

「…どうしてここにいるの?クラディール」

 

アスナの声に気迫が感じられる。相手を軽蔑しているようだった。

 

「アスナ様、勝手に行動されては困ります。一緒に本部に戻りましょう」

 

「いいえ。私はこれから帰宅します。彼と一緒にね」

 

「彼…?…!貴様は『黒の剣士』…!」

 

クラディールという名の男はキリトが『黒の剣士』…要するに『ビーター』であることが分かると、敵意の眼差しを向けた。

 

「こんな得体の知れない奴と一緒に共にすると?危険です!私が護衛するので…!」

 

「問題ないわ。あなたと彼だったら、彼の方が実力は上だわ」

 

「んなっ⁈」

 

アスナに実力がないと言われたのがよっぽど悔しかったのか、赤面するクラディール。

徐々に剣の方に手が伸びていくが、口論している2人に他のプレイヤーが群がり始め、クラディールは息を吐いて力を抜き、アスナとキリトに背を向けた。

だが…奴は一瞬だけキリトの方を向いて、恐ろしい眼差しで見た。

まるで…獲物を狩る獣のような、殺意の眼差し。

キリトはそれを感じ取りながらも、再びコートを掴まれてどこかへと連れていかれるのであった。

 

 

 

 

気付けばキリトは一軒の家の前に立っていた。立派な家で、キリトの自宅よりも何十倍も大きい家だった。

 

「私の家よ。入って」

 

「は?何で?俺はアレを食うなんて…」

 

「つべこべ言わないの‼」

 

アスナに押されて、キリトは家の中に無理矢理入れられた。

初めて女子の家に入ったキリトだったが、大して緊張もしなかった。

まず、アスナの家に入って驚いたのは、とても広く、家具の一つ一つが豪勢なことだった。お金持ちのご息女と言った表現が正しいだろう。

 

「なあ、この家…お前が買ったのか?」

 

「うん、つい最近。大体2万z(ゼニー)くらいしたかな?」

 

2万というバカげた数字を聞いてキリトは思わず溜め息を吐いてしまった。

 

「ご飯が出来るまで時間かかるから、その辺に座っていて」

 

アスナにそう言われて、キリトは装備を解いて柔らかい椅子に座った。

彼の家にある木製の椅子よりも断然いい。

 

「2万…か。俺もそのくらい稼いでるはずなんだけどなあ」

 

アスナとの生活の差がこれ程あるのかとキリトは思いながら、背もたれに全体重を預けていくと、あまりの柔らかさに気持ち良かったのか、目を閉じて眠ってしまうのだった。

 

 

 

 

真っ暗だった。

夢か、現実か、はたまた仮想世界か…。

暗闇に紛れるように、目の前に誰かが立っていた。黒いコート…。

キリトのものとは違うコートだったが、それは以前彼が着ていたものであった。

はっとしてよく見ると、その後ろ姿は…どことなくキリトに似ていた。要するに、夢の中にもう一人のキリトがいたのだ。

 

「お前は、何も学んでいないのか?」

 

突然、頭の中に直接入ってくるように自分の声が聞こえてきた。

 

()()のこと、忘れた訳ではないだろうな?」

 

「!」

 

自分自身に言われなくても…分かっているつもりだった。

 

「また、失っても知らないぞ?」

 

そう言われて、キリトは目を覚ました。

普段着には汗が染みこみ、蒸し暑く感じられた。

しかも目の前には、心配そうに彼を見詰めるアスナが立っていた。

 

「どうしたの?顔色悪いよ?」

 

「…大丈夫……。それで、ご飯は出来たのかい?」

 

「うん…」

 

キリトは今の状態をアスナに見られたくなかったし、どうしてこうなったのかも知られたくなかった。

彼は椅子から立ち上がり、アスナが案内してくれた食卓に向かった。

そこから漂う旨そうな匂いに、さっきの悪夢のことはすぐに忘れたキリトはアスナと共に腹が満たされるまでご飯を口の中に放り込んでいくのだった。

 

 

 

 

アスナは自分で作った料理で自画自賛する気はないわけではないのだが、こんなに美味しいご飯を食べたのは初めてだった。いつも自分を満足させたい料理を作りたい……そんな気持ちから彼女は料理スキルを極めて行ったが…これではカンストさせても、まだ満足出来そうになさそうだった。

キリトはレア食材を食べて、満足しきったように椅子にもたれてくつろいでいた。

 

「はあ~…。レア食材は初めて食べたけど…こんなに美味しいなんて…。ああ、生きてて良かった…」

 

「…そう、だな」

 

「不思議ね。まだこの世界…アインロックに入って2年しか経っていないはずなのに…ずっと昔からいるみたい…」

 

「……俺も、最近は現実での記憶が薄れてきているよ」

 

キリトも感じているように、プレイヤーたちはこの世界に慣れ過ぎて、もう現実でどういうことがあったのかなんて…いちいち記憶することを諦めて始めていた。

 

「…そういえば…どうして、アスナは今日俺を誘ったんだ?俺はエギルにあげたも同然なのに…」

 

「どうしてって…だってキリトくんが捕まえたんでしょ?食べる権利があるわ」

 

「俺にとって食事に味もくそもないんだが…」

 

「それは最初に私に教えてくれたことと矛盾してる」

 

「え?」

 

「キリトくんは教えてくれた。第1層のトールバンナでクリームをくれたこと、あれは私にとってこの世界の有難みを教えてくれた」

 

キリトはバツが悪そうな表情をする。

 

「俺は、あの時とは違うし」

 

「どこがどう違うの?」

 

「…うるさいな、あんたには関係ないだろ」

 

「何よ、その言い方!こんな食事が摂れたのは誰のお陰?」

 

アスナも反論する。すると、突然キリトは立ち上がり、大声を上げた。

 

「俺は欲しいなんて言ってない‼頼むから俺に関わらないでくれ!」

 

真っ向からこう言われてしまったアスナは空いた口が閉じなかった。

キリトも今怒鳴ったことを後悔したのか、「あ……」と微かに声を漏らした。

 

「わ、悪い。いきなり怒鳴って…」

 

そう謝罪するキリトにアスナはとんでもないことを言い出した。

アスナ自身、なんて汚いんだろうと思いながら…。

 

「…悪いと思うなら、私とコンビをもう一度組んで」

 

「なっ⁈」

 

「それが私が許す条件よ」

 

「おい!そいつは…」

 

「汚い?」

 

「う……」

 

「私はギルドに休暇でも頼むから、明日、最前線の転移エリア前でね」

 

「…はあ…これは面倒なことになりそう…」

 

アスナはその言葉を聞いて少しだけイラっと来たため、ナイフにソードスキルを付けて彼の顔の前で止めた。

 

「ひっ…」

 

「私はお邪魔かな?キリトくん?」

 

「いいえ…。そんなことは…」

 

キリトと一緒に攻略をすることは決定した。

だけど…今日の彼はどことなくおかしいとアスナはつくづく感じた。椅子で寝ている時といい、さっき突然取り乱したことといい…。

彼は何か隠していると同時に、大きな悲しみを抱えている。そんな気がしたアスナであるが、聞くことはなく、そのままキリトを自宅に返した。

キリトを玄関で送り、漸くアスナは就寝する。

だが、今日見せたキリトの初めての怒った表情が忘れられず、中々寝付くことは出来なかった。




【補足1】
レア環境生物並びにレア食材『赤耳のヨリミチウサギ』
ヨリミチウサギはMHWで出てくる環境生物。赤い色を持つヨリミチウサギは原作ではミチビキウサギですが、個人的にあまりしっくりこなかったので、オリジナルの環境生物として、名前を改変させて登場させました。

【補足2】
アインロックとは?
勝手に決めた設定。浮遊城『アインクラッド』とモンハン3Gなどで出てくる『ロックラック』地方を合わせた造語。


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第2話 サドンデスデュエル

キリトは現在、最前線である層の転移エリアでアスナが来るのを待っていた。しかし、いつまで経っても来ないのだ。昨日、何時にどこで待ち合わせにしようと決めなかったこともあるとは思うが、ここで数時間待っているキリトはそろそろ限界だった。

来ないなら来ないでそれで構わないとキリトは思っていた。メリットはない…というわけではないが、デメリットの方が大きいと感じているからだ。アスナがいれば、仮にやられそうになった時に助けてくれるが、逆の立場だったら面倒事でしかない。

そんなことを考えていると、不意にこんなことを思い出してしまうキリト。

 

(あの時…サチたちを助けずに放っておけば、こんな想いをしなくて済んだんだ…)と。

 

キリトは後悔していた。いつまで経っても、忘れることが出来ない悲しい過去を…。

すると、転移エリアの方から「きゃああ!」と可愛らしい悲鳴が聞こえてきたと思えば、即座にキリトの身体に誰かがのしかかってきた。

 

「どわあ!」

 

突然のことでキリトもこれが誰なのか分からずに身体を触っていると、やけに柔らかい場所に手が触れた。

 

「ん?なんだ?これ……柔らかい…」

 

「えっ⁈い、いやあ!何するのよ…‼」

 

聞き覚えがある声が耳に入ったきたが、すぐにキリトの頬にとんでもない痛みが走った。

 

「ぐえっ‼」

 

重力に逆らって身体は明後日の方向に吹き飛び、キリトの身体は破壊不能オブジェクトにぶつかって止まった。

 

「たたた……。何だよ、誰だ…よ…」

 

頭を抱えながら最初いた場所にキリトが目を向けると、そこには胸を腕で隠して、涙目のアスナの姿があった。それに怒りの表情を向けている。

そこでキリトは気付いた。彼の手は彼女の触ってはいけない場所を何度も触れてしまっていたことに…。アスナの殺気に臆したキリトはすぐに口から謝罪の言葉が出てきた。

 

「あ……わ、悪い。それと…おはよう…アスナ」

 

「っ‼」

 

歯を食い縛って恥ずかしさに耐えているアスナはキリトの陽気な反応に更なる怒りを覚えて、更に睨む眼力を強くした。キリトは内心『ヤバイ…』と思いながら、彼女がどう来るか、冷や汗を流しながら待った。ところが予想外にアスナは怒鳴ることも、それ以上殴ることもせず、立ち上がってキリトのすぐ後ろに隠れた。

 

「は…え?」

 

「隠れさせて!」

 

アスナは誰かから逃げている様子だった。

それを裏付けるような出来事はすぐに起きた。転移エリアから昨日キリトたちと会った男…クラディールが姿を現した。奴は辺りを少し見渡して、キリトの方を見るとすぐに近付いてきた。

 

「おい!貴様、我らの副団長を勝手に持っていくな‼」

 

因縁を付けられていると思ったキリトは溜息を吐きながら、クラディールに弁明するために説明を始めた。

 

「何か勘違いしてないか?護衛さん」

 

「あ?」

 

「俺は別にあんたのところの副団長と何かしたいわけじゃない。むしろ、無理矢理同行させられてる身なんだ。どうぞ、好きにしな」

 

それを聞いたアスナはびっくりした表情を作って、キリトに怒鳴る。

 

「ちょっと、キリトくん⁈昨日の約束、忘れたの⁈」

 

「元々乗り気じゃなかったんだよ、アスナ。お前も集団の規律ってやつを学べよ」

 

そう話していると、クラディールの表情は昨日とは打って変わって、優しいものに変わっていった。

 

「そうか。ご協力感謝する。…ではアスナ様!戻りましょう!」

 

「いやっ‼」

 

部下に見つかってもなお逃げようとするアスナを無理に捕まえて、本部に戻そうとするクラディールの行為は端から見れば、暴力的に見えるが、この世界ではそんなものを取り締まるものはなく、アスナは副団長だ。

勝手に動けるご身分でもないのだろうとキリトは思った。

 

「助けて!キリトくん!」

 

キリトは彼女の呼びかけに答えるつもりはなかった。だが、アスナのこのセリフとあの時の『彼女』のセリフが絶妙にマッチしていることにキリトは気づいてしまった。

 

『助けて!誰か助けて‼』

 

その時の記憶が思い出されてしまったキリトは、もうアスナの言葉を無視することは出来なかった。

 

「…っ」

 

気付けばキリトは、無意識のうちにクラディールの腕を掴んで、彼を止めていた。

 

「ん?」

 

「悪い、予定が変わった。アスナは、副団長は今俺とコンビを組んでいるんだ。今日のところは一人で帰ってくれ」

 

「何を言ってるんだ、貴様は!貴様如きにアスナ様を預けて無事なわけがない‼」

 

「護衛という名目なら、あんたよりはマシだ」

 

ビーターのキリトと比べられたことが余程癪であったのか、クラディールは身体をワナワナと震えさせ、怒りの表情を露わにさせてゆく。

 

「…そこまで堂々と言えるんなら……俺よりも強いということなんだよな⁈」

 

クラディールはオプションを開き、キリトにデュエルを申し込んで来た。

ここで引き下がれば、アスナは有無を言わさずにクラディールに連れていかれるだろう。

別に構わないが、あんな気障なことを言ってしまったからには引き下がれなかった。

 

「分かったよ。引き受けるよ」

 

「キリトくん!そんなことしなくていいよ!私が追い返すから!」

 

「アスナ、一度言ったことは変えられないんだ。大丈夫だ、俺はあんな奴には負けないからさ」

 

キリトはそうアスナに宣言しながら、デュエルの申し込みを受けた。

対戦方法は色々ある。攻撃を一撃でも受けたら負ける初撃決着形式。

体力を全て奪った方が勝ちになる完全決着形式。

後者の方を行えば、もちろん死ぬのだが…クラディールはなんとその形式の方を申し込んで来たのだ。

それを見たアスナはクラディールに抗議の声を上げた。

 

「クラディール!完全決着なんて……何考えているの⁈」

 

「これもアスナ様の信用を取り戻すためです!それにこいつは妬まれているビーター!死んで当然です!」

 

アスナは歯をギリッと噛んで、自らの剣に手を伸ばそうとしたが、キリトが止めた。

 

「…いい」

 

「でも…!」

 

「…慣れているから」

 

キリトはそう言いながら、背中に収めている『覇王剣』を抜いた。

クラディールも腰に収めていた大剣を取り、キリトに向けた。

この時、既にデュエル開始までカウントダウンは始まっている。

 

「ご覧ください、アスナ様!この私以外に護衛が務まる者がいないと、こいつを殺して証明して差し上げましょう!」

 

こいつは本当にそんなことでアスナの心を傾けられると思っているのか?とキリトは思ったが、無駄な思考は放棄して、剣を構えた。

クラディールも大剣を高々と掲げて、ソードスキルを発動する準備をしている。

奴の剣の構えを見て、あれはよく見る構えだと分かったキリトは、“あの手”を使おうと思いついた。

そして、命をかけたデュエルが始まった。

空に大きく『START』の文字が映り、その瞬間にクラディールは大剣に黄色のエフェクトを込めて、キリトに突撃していった。キリトもほぼ同時…いや、クラディールよりも少しだけ早く動いた。

キリトの予測通り、クラディールは重単発突進SSアバランシュを放ってきた。

キリトも奴の攻撃を受け流すために、突進SSソニックリープを放ち、奴の刀身にソードスキルをぶつけた。

お互いにソードスキルを放ち終えて、どうなったか見るが、キリトには何の変化もない。あったのは…クラディールの方だ。

 

「ば…馬鹿な…」

 

クラディールは刀身が半ばで折れた剣に向かって、小さく呟いた。

これはSAOの中でも屈指の実力者でしか扱えないシステム外スキル『武器破壊(アームブラスト)』だ。

周りで傍観しているプレイヤーたちも「狙っていたのか?」と呟いているが、その通りだった。

キリトは殺すなんて野蛮なことをするつもりは全くなかったのだ。

剣を背中の鞘に戻して、完全に戦意を失ったクラディールにキリトはこう言った。

 

「武器を変えて戦うならまだ付き合うけど…どうする?」

 

この発言が奴の戦意に再び火を付けてしまったのか、クラディールはオプションから短剣を取り出して、キリトの方へ走り出した。性懲りもないと思いながら、もう一度剣の柄に手を付けた時、栗色の長髪が揺れると同時に奴の短剣が空中に飛んだ。

アスナがクラディールの短剣を細剣で弾いたのだ。

 

「アスナ様…」

 

アスナの表情は呆れと苛立ちを含んでいた。

 

「このビーター…いつものチートをしたんですよ‼血盟騎士団であるこの私がこんなチーターに負けるはずがありません!」

 

見苦しく言い訳を続けていると、アスナは淡々とした口調でクラディールに告げた。

 

「クラディール……血盟騎士団副団長として命じます。今回は直ちに立ち去ること、命令を無視するなら、ギルドからの脱退を強制します」

 

少し職権乱用じゃないかとキリトはツッコミを入れたくなったが、クラディールからすれば今のアスナの発言は恐ろしいものだ。そのためか、奴は暫しキリトとアスナを物凄い目で睨んでいたが、これ以上逆らっても無駄だと観念したのか、肩の力を抜いて脱力する。そして転移エリアに行って、血盟騎士団の本部がある第55層へと戻っていった。

クラディールが立ち去った途端にアスナは力が抜けたのか、キリトに寄り掛かる形で脱力した。

 

「大丈夫か?」

 

「うん…ごめんね。変なことに巻き込んじゃって…」

 

「いや、元はと言えば俺が悪いし…」

 

そう言うとアスナは少し顔を膨れさせて、キリトの顔に指差して説教を開始した。

 

「最初!私のこと見捨てようとしたでしょ‼どうして⁈…まあ、助けてくれたから、嬉しかったけど…」

 

「…どうしてって、放っとけなかったんだよ…」

 

「突然?」

 

「そ、それは…」

 

キリトは言いにくかった。

アスナのあの時の表情、セリフが『彼女』とそっくりだったからなんて…。

 

「それは?何?」

 

アスナが上目遣いで聞いてくるため、ちょっとだけ照れてしまったキリトはどうもぎこちなくなってしまう。

 

「とにかく!助けたからいいだろ‼ほら!さっさと行くぞ!」

 

キリトは理由を追及されまいとさっさと迷宮区の方に歩く。

追及されたくないもあるが、彼は…もう『彼女』のことを思い出したくないという深層心理も働いている気もした。

 

 

 

 

先程のデュエルを見て、流石黒の剣士と言われるだけの存在であると『奴』は思った。

無駄な動きが一切ない。

『奴』はキリトみたいな男と本当の殺し合いがしたいと思っている。理由としては、最近は動けなくなったり、ひ弱なプレイヤーを殺すことが多くなってきて退屈だからだ。

仮に殺し合いが出来なくても、仲間にすることは可能だ。

『奴』が持つ黒剣さえ使えば…どんなプレイヤーでも操り人形だ。

だがまだその時ではないと『奴』は感じた。

黒の剣士が更に強くなるまで時を待とう。

そう心の中で思いながら、『奴』は腕に彫ってある笑った棺桶が入った刺青を隠しながら、黒いポンチョを翻してこの場から消えるのだった。



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第3話 サンドイッチ

アスナの前でキリトは覇王剣に青白いエフェクトを帯びさせて、ドスイーオスに正方形の斬撃を与えた。

あれは片手剣水平4連撃SSホリゾンタルスクエアだ。

キリトがよく使っているのソードスキルだ。その攻撃に怯んだところでアスナは細剣に力を込め、単発SSリニアーを放った。彼女の愛剣『ロストバベル』はドスイーオスの頭を貫いて、相手を絶命させた。

敵が居なくなったところでキリトとアスナは息を吐いて、力んだ身体を和ませた。

 

「よし、行こうか」

 

「…うん」

 

アスナは胸に手を当てて、ときめく気持ちを抑えてそう答えた。

先程、クラディールに腕を掴まれて連れて行かれそうになった時、キリトは一度、アスナを渡そうとした。その時は、アスナはキリトにとってその程度の存在だったんだと思いながらも、抵抗を続けた。このまま連れて行かれてたまるかと、思った時、彼女の後ろから黒い腕が伸びて来てクラディールの腕を掴んで助けてくれた。

アスナは嬉しかった。

見捨ててなんていなかったんだと、改めてそう思えて、泣きそうになったのは彼にも言えない秘密だ。

今だって、彼女を守るために前に立って先導してくれている。

こうしてくれる彼に甘えたくなってしまう気持ちが大きくなるが、どうにか抑え込む。

実際はキリトにそんな気持ちはないんだろうなと思うアスナ。だが、やっぱりこの(くすぶ)る気持ちは止められそうにない。

 

「アスナ…あれを見ろよ…」

 

突然ずっと言葉を発さず、振り向くこともなかったキリトがアスナの方を見て、指を指した。

彼が指す先には巨大な扉が(そび)え立っていた。地獄に落とされた人間が凝集された様子を模された扉があって、色は黒に近い紫色だった。高さはキリトとアスナの身長を足しても全く届きそうになかった。

 

「これって…」

 

「間違いない…。ボス部屋だ…」

 

「どうしよう…入る?」

 

「バカか。入ったらいくら俺たちでも飛んで火に入る夏の虫だ。でも…中の様子を見るくらいなら問題ないと思う」

 

「そ、そうね…。攻略のヒントでも見つかればいいもんね」

 

「一応、転移結晶は持っておこう」

 

アスナは頷いて、キリトと共に重々しい扉を一緒に開ける。

ギギギ…と金属と金属が擦れ合う音が聞こえると、中には青い炎が立ち上っていた。

その炎に照らされて…1つの大きな巨体が映った。

青白い鱗をその身に纏い、黄色の巨大な尾、口元から漏れ出る冷気…。

姿を見ただけでキリトとアスナは身体を固めてしまった。

その怪物は2人に群青色の目を向けると、高々と咆哮を上げる。

そこで漸く2人は間抜けな悲鳴を上げながら、その場から逃げ出すのだった。

 

 

 

 

ボスの咆哮とその姿に完全にビビってしまった2人は速攻で逃げ出した。

キリトを先頭にアスナと共に駆けて、お互いに息が切れる程遠くのところまで走って、漸く足を止めて地面に座った。

 

「はあ…はあ…。あれは、インパクト絶大だな…」

 

「うん…。見た目は尻尾で攻撃するタイプに見えたけど…他にも何か持ち合わせていそうだね…」

 

「同感だ。何にせよ、タンクはかなり必要そうだな…」

 

「……まあ、さっき走っちゃったことだし、ここでお昼にしましょうか」

 

「え?」

 

キリトはなんと間の抜けた声が出たのだと思った。

アスナが昼御飯を持って来てくれたと分かると、どこか嬉しかったからだ。理由は、考えなくても分かった。

そして、懐かしい思い出がキリトの脳裏に蘇る。

 

「サチ…」

 

「?なんか言った?」

 

「あ、いや別に…。それにしたって…アスナ、どうして昼なんか作ったんだ?」

 

「どうしてって……お腹減るからに決まってるでしょ?それに今聞きたいことが出来た。キリトくん、どうして盾を持たないの?」

 

キリトは一番聞かれたくないことを聞かれ、無意識のうちにギクッとしてしまう。

 

「だって、片手剣の最大のメリットは盾が持てることだし、キリトくんが盾使っているの見たことない。私はスピード重視だから持っていないんだけどね」

 

「………」

 

キリトは何とも言えない。

この秘密をアスナはもちろん誰にも知られるわけにはいかないキリト。

これが知られたら…静かに生きていけないからだ。

 

「…まあいっか!誰しも秘密は1つや2つあるもんね!はい、これがお昼!」

 

アスナがポーチから出したのは、サンドイッチだった。

キャベツにトマト、美味しそうなソースが絡んでいる肉が挟まった分厚いサンドイッチ…。

こんなものを食べれるのかと思ったら、自然とお腹が鳴った。

 

「ぷっ…そんなにお腹が減っていたの?食いしん坊さんだね、君は」

 

「当たり前だろ?俺は()()()()()()()()()()()()()は、ろくに食べ物が口を通らなかった…………!」

 

「……え?」

 

キリトも今の発言は相当マズイと感じた。

彼は今までアスナにはきちんと食事を取っているかと聞かれて、適当に受け流していたのだが、これで全く食事を取っていないことがバレてしまった。

 

「食事取ってなかったの?つい最近まで?どうして?」

 

「……ちょっと…な」

 

キリトはそう言って、がぶりとサンドイッチに食いついた。

レア食材…程ではないが、普段のキリトからしたら絶品ものだった。

 

「美味い!何でこんなに美味しいんだろう?」

 

「それは君がろくに食べてなかったからでしょ?」

 

「そうかもだけどさ、やっぱアスナのご飯は最高だよ。これを毎日食べられたらさぞ幸せだろうなあ…」

 

そう言うと、アスナは恥ずかしかったのか顔を赤くして俯く。

そして小さな声で言った。

 

「キ、キリトくん…言い過ぎだよ…」

 

そうやって楽しく昼食を摂っていると、転移エリアから1つのグループが現れた。

黒いマントに鎧…あれは…解放軍だ。

だが、やけに疲弊しているように見えた。その中のリーダーらしき者が2人に近付いてくる。

 

「そこの2人、私たちが何者か分かっているな?」

 

「ああ、解放軍だよな。俺はソロのキリトだ」

 

「ふむ。ここの攻略はどこまで行ったのかね?」

 

「…どうしてそんなこと聞くの?」

 

ここでアスナが割って入った。

アスナが苛つくのも無理はない。軍はゲームクリアという名目で大量のプレイヤーに税金やら、物資の強奪など何でもやり放題だ。

その軍が2人の進捗情報を聞きたいなど…何をしたいのかよく分かる。

 

「どうせ、そこまでのマップを提供しろ…だろ?」

 

「分かっているなら話が早い。早速渡してもらおうか」

 

「ちょっと待ちなさい!何の見返りもなしにマップ提供って…道理に合わないわ!」

 

「黙れ!我々はすぐにでも現実に帰還するために必死に命を張っているんだ‼︎貴様らのような子供みたいに遊んでいるわけではないのだ‼︎」

 

アスナの怒りも頂点に達したのか、剣に手が伸びそうになった。

ここで問題を起こしたら、キリトにまで被害が及ぶため、彼は手を上げてアスナの暴挙を止めた。

 

「アスナ、元々このマップは街に戻ったら掲示するつもりだった。別に構わない」

 

「でも……」

 

キリトは素直にこいつらにマップを渡した。

彼はふむふむと頷く。

 

「ご協力感謝する」

 

「1つ言っとくけど、ボスには挑まない方がいい!さっき見てきた!お前らの装備と体力でどうにかなる相手じゃない」

 

「…………」

 

彼は何も言わなかった。

部下たちに早く立つように言われ、ノロノロと迷宮区の奥へと進んでいった。

彼らが見えなくなってから、アスナはキリトに聞いてきた。

 

「これで良かったの?」

 

「警告はした。あとはあいつら次第だ。流石の奴らもボスにあの数で挑むことはないと思うが…」

 

だがその考えは甘かった。

奴らには、『逃げる』という文字がなかったのだろう。

突然、迷宮区に甲高い悲鳴が鳴り響いた。

 

「…!今のって!」

 

「まさか…あいつら!」

 

キリトとアスナは先程のボス部屋へと急ぐのだった。




【補足1】
アスナの武器『ロストバベル』
3Gなどで登場する金色のランス(本作、アスナは盾を持っていない)。
個人的に見た目は格好いいと思っています。



それとボスが何か考えてみてください。


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第4話 命を刈り取る鎌

軍の者たちの悲鳴を聞いたキリトとアスナはすぐに足を動かした。

どれだけ走ってもボス部屋には近付かないから、早く助けないとと思っているキリトは更に焦りが募って行く。

彼は警告したのに、それでも奴らはボスに挑んだのだ。

何故…何故…。

どうしてそんなに命を粗末に扱えるのかキリトは知りたかった。

キリト自身も助けたかった命を救えなくて苦しんでいるというのに…。

案の定、巨大な紫黒の扉はポッカリと開いており、中には倒れて動けない者やどうにかまだ立っている奴らが(まば)らにいた。

 

「おい!大丈夫か⁈」

 

「早く転移結晶を使って!」

 

「だ、ダメなんだ‼︎結晶が…使えないんだ‼︎」

 

それを聞いてキリトは瞠目した。

結晶が無効化されるエリアを見たのは…これが2回目だったからだ。

しかもそれは…あの悪夢の時のこと…。

 

「キリトくん、どうしよう…。私たちが行けば戦況も……キリトくん?どうしたの⁈」

 

アスナの声はキリトに届いてなどいなかった。

あの時の悪夢が脳裏に蘇り、身体中が震え、視界が悪くなる。

まるで何かの禁断症状でも出ているかのようだった。

 

「キリトくん…!キリトくん‼︎」

 

「や…やめろ…。やめろ…」

 

キリトの口からはそればかりが漏れる。

だが、そんな彼を差し置いて軍のリーダーは剣を向けて、ボスに向かって大きな声を上げた。

 

「我々解放軍が負けるはずがないんだ‼︎全軍…突撃ぃ‼︎」

 

「止まって‼︎今無闇に行ったら…!」

 

アスナの制止も聞かずに突っ込んだ軍は【GearOrg(ギアオルグ)】というボスモンスターの口から放出された青白い光線によって、解放軍のプレイヤー全員を瞬時に氷漬けにした。更にそこから追い討ちをかける形で巨大な鎌の形状の尾に冷気を溜めて、一閃した。

この攻撃で軍は全滅した。

赤い血がベチャベチャと辺りに飛び散り、ボスは高々な咆哮を上げた。

勝負に勝ったと言いたいのだろうか。

だが…そこでキリトの理性は崩れた。目の前で死んだ軍に…彼の精神は崩壊した。

背中の覇王剣を掴んで、単身一人でボスに挑んだのだ。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎」

「キリトくん‼︎ダメ、戻って‼︎」

 

アスナの声に反応したボスはキリトも視界に捉えた。

最初に直線型の光線が飛んできたが、それは横に避けた。のだが、軽くコートが触れただけで、破れた箇所がカチンコチンに凍ってしまった。

それでもキリトは3連撃SSシャープネイルを発動させて、ボスの右側面の身体に3つの斬撃を加えた。

しかし、これだけでは怯みもしなかった。

ボスは巨大な尾を地面に突き刺して、即座に引き抜くと、尾に氷を(まと)わせた。

正にアイスブレードだ。

だがキリトは構わず、今度は単発SSバーチカルを放った。

ボスの振るった尾とキリトの剣が衝突し、スパークを起こして(つば)迫り合いに発展する。しかし…ここで想定外のことが起きた。

なんとボスが口から吐く僅かな冷気が空気中の水分を凍らせて、キリトの動きを封じてしまったのだ。

 

「⁈」

 

「キリトくん‼︎左よ‼︎」

 

アスナの呼び声があったが、それは避けようも、逃げようもなかった。

ボスの尾はキリトの剣を簡単に弾き、彼の腹に見事に直撃させた。

 

「ぐはっ…っ‼︎」

 

吐血し、キリトはアスナが未だに立っているボス部屋の入り口辺りにまで飛ばされた。

キリトのHPはレッドゾーンのところまで減少する。今の一撃を受けて、よくHPが残っていたと称賛したいくらいだった。

だが、身体の内側は全ての内臓が吹っ飛ばされたような…持っていかれたような感覚が残っており、まともに息をすることすらままならなかった。

今頃アスナの視界には血の海が広がっていることだろう。

 

「く……はっ…」

 

キリトは何度同じことを繰り返せばいいのだろうか…と思った。

第1層の時も自分で突っ込んで、殺されかけて…何にも学習していない…と。

このまま倒れ続けていたら…アスナは……。

 

『キリト…ありがとう…』

 

悲しげなサチの言葉が、キリトの脳裏を(よぎ)った。

もうあんな思いをしたくないと…キリトは傷付いた身体を必死に動かして、身体を起こそうとする。

上半身を上げると、腹からはまだ血が垂れる。

すると…。

 

「キリトくん!待ってて…私が…私がどうにかするから…!」

 

震える声でそう言うアスナ。

キリトは『やめろ…。逃げろ…』と言いたいのだが、口が動かない。

目の前にアスナが立つ。

細くて品やかな細剣が彼女の腰から抜かれる。

いくら武器レベルが高かろうが、あの尾の攻撃を一撃でも受ければアスナは間違いなくゲームオーバーになるだろう。

どう考えても最悪の事態だけが思い浮かんでしまう。

キリトは必死に考えた。どうすればこの状況を打破できるのか…。

その時。

 

「あ……」

 

1つだけ…打破できる()()()()()()手が思いついた。()()を使えば、仮に倒せなくてもアスナだけでも扉の外に出すまでの時間は稼げる。

しかし、()()を使っても倒せるかあはっきり言って怪しい。

 

「悩んでる……場合じゃない!」

 

キリトはポーチから回復結晶を取り、9割半削られたHPを全快にした。

そしてオプションから片手剣だけの設定を外して、《切り札》を発動させた。

キリトはそれから、アスナに叫んだ。

 

「離れろおおぉぉ‼︎」

 

 

 

 

キリトの代わりに前に立ったアスナであったが、それははっきり言って、無茶振りにも程があった。目前に(そび)える巨大な怪物に足は震え、いつも気丈にしているアスナではなく、裏の彼女…『本当のアスナ』が知らず知らずの内に出てしまっていた。

しかし、彼女が立ち向かう前にキリトの声がボス部屋に響いた。

 

「離れろおおぉぉ‼︎」

 

振り向く前にアスナの横を倒れかける程の突風が吹き荒れ、彼女に向かって来ていた巨大な氷尾を止めているキリトの姿が映った。

しかし、それはいつものキリトではなかった。

普段片手剣しか持っていないはずのキリトの残った手にはもう1つの剣が握られていた。

2つの剣を持つその姿は…正に英雄そのものだった。

剣をクロスにして攻撃を防いでから、相手の態勢を崩させると、二刀の剣に青白いエフェクトを(きら)めかせて、怒濤の連撃を開始する。

24連撃SSスターバースト・ストリーム。

それは圧倒だった。

先程まで2人を追い詰めていたはずのボスとは思えない速度でHPは減っていく。

しかし、それと同じくキリトのHPも減少していく。満タンにしたHPもこの数秒で既に4割は削られている。

 

「キリトくん…!それ以上は無理だよ‼︎やっぱり一緒に逃げ……!」

 

「はああああああああああああああああああ‼︎」

 

アスナの叫びはキリトの雄叫びで掻き消される。

そんな間にもお互いのHPは凄まじい速度で減っていく。

そしてキリトの1つの剣がボスの口に咥えられて、動きを封じられる。

そして、氷を纏った尻尾に更なる冷気が加えられて、殺傷性が増す。

その尾がキリトの身体に向かっていく。

 

「キリトくん‼︎‼︎」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎」

 

残った白い剣は更に白く輝き、最後の24連撃目を繰り出す。

それが氷の剣尾を砕き、ボスの首を切り落とす。

ボスの首から血が溢れ、キリトの頬や黒いコートを赤に染めていく。

ポリゴン片に消えゆくボスを見詰めながら、キリトは膝から崩れていく。完全に倒れる前にアスナは彼に駆け寄って、支える。

 

「キリトくん…凄い…凄いよ…!1人でボスを倒しちゃうなんて…!」

 

そう言って、アスナは回復結晶でキリトくんのHPを回復させた。

もう一度彼の顔を見ると、そこには…頬を血で濡らしながらも涙を零すキリトの姿があった。

 

「…キリトくん?」

 

「どうして…俺は……()()()…これを使えなかったんだ…。これさえ使えれば……サチは…サチは……っ」

 

《サチ》…。

聞いたことのないプレイヤーの名前をアスナは彼の口から聞いた。

ビーターであるキリトが口を交わす相手と言えば、アスナはエギル以外に思いつかなかった。

そのプレイヤーのことを聞きたくなったが、アスナはその事を聞かないでおいた。

心も身体も傷付いた彼を少しでも癒したくて…アスナはキリトを強く抱き締めた。

 

「大丈夫……大丈夫だから…。キリトくんは頑張ったよ…」

 

キリトは今だけ理性がなかったのか……アスナの身体を強く締め上げて涙を落とした。

恥ずかしいなどと言った感情は無かった。

ただ…ここでアスナが助けてあげないと、キリトを助けられないと思った。

 

 

 

 

 

 

それだけじゃ…無かったかもしれないが…。




補足1
GearOrg(ギアオルグ)
MHFGに出てきた獣竜種のオリジナルモンスター。本作は辿異種を採用しています。
個人的に好きなモンスター、第10位くらい。


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第5話 プレゼント

ボスとの激闘から数日が経過した頃…キリトはこれからどうしようかと頭を抱えて悩んでいた。

あのボス戦でアスナと共にあの第73層を攻略したことをアスナが加盟している血盟騎士団に伝えると、どうやって2人だけで倒したのかと聞かれて、キリトは包み隠さずに全てを話した。

キリトはあのボス戦で使用したのは、エクストラスキル…要するに一個人でしか使用出来ないユニークスキルを使った。

その名は《二刀流》

いつの間にか設定の中に入っていたスキルで、公の場では出し惜しみしていたのだ。

だが、あの時は想定外で使わざるを得なかった。

それ以来、キリトに対するギルド加入の催促が後を絶たなくて、遂に自宅を手放すほどになってしまった。どこか落ち着きを取り戻したいと思って来た場所が22層のログハウスで、自らの所持金全額を払って、そこに落ち着いた。

キリトは揺れる椅子に座って、静かに眠ってはいたが、いつまでもここにいる訳にはいかなかった。

キリトを必要としてくれるプレイヤーはたくさんいる。

ギルド催促が嫌だからといって、前線に出ないのも気が引けてしまった。

 

「さて…どうしたものか……」

 

キリトは悩みつつ、とある決意を固めていた。

前線に戻るかは後にして、キリトはコンビを組んでくれたアスナに何かしらのお礼をしたいと思っていた。元は彼女が無理矢理押しかけて来て始まったことだが、昼食を奢ってくれたり、弱りきったところを支えてくれたりと、何かしてやらないと気が済まなかった。

でも、何を送ろうかと考えても……どうしても『アレ』しか思い付かなかった。

 

「…まだ居るかもしれないが、行くっきゃないか…」

 

キリトは椅子から立ち上がり、いつも来ている黒のコートではなく、薄い青色のフード付きのコートを身に纏った。

そして向かったのは第48層のリズベット武具店。

彼のもう1つの相棒の剣、『白雷剣エンクリシス』を作ってもらった場所と同じ場所である。

カランカランと鐘が鳴って、お客が来たことに気付いたリズベット。ずーんと沈んだ表情だったリズベットはキリトを見るなり、やる気が満ち溢れた表情になり、明るくなる。

 

「お!キリトじゃんか!暫く見なかったけど、隠居生活でも始めたのかしら?」

 

「みんなに追われてるからな…。少しでも違う服にしたんだが…雰囲気でバレちまってるな…」

 

「キリトは服を変えたくらいじゃ誤魔化せないわよ。それで、今日はどうしたの?」

 

「お願いがあって来たんだ。こいつを使って…細剣(レイピア)を作ってくれ」

 

俺はポーチから数日前に倒したボス《GearOlg(ギアオルグ)》のアイテム…『氷獰竜(ひょうどうりゅう)極絶尾(ごくぜつび)』をリズベットの前に出した。

すると、彼女はキリトが初めて『覇王剣』を見せた時以上の反応を示した。

 

「うええっ⁈これ……どんだけレベル高い素材なのよ‼︎…でも、キリトって細剣(レイピア)使ってたっけ?」

 

「前のパートナーにプレゼントするだけだよ。かなりお世話になったからこれくらいしないとと思って…」

 

「ふうん…」

 

リズベットは暫し考えてから、何か思い当たったように笑みを浮かべた。それも相当面倒そうな笑みだ。

 

「あんたがあげようとしてる人物分かっちゃった。だけど…今回はこんな超高レベルの素材を持って来てくれたから…強請(ゆす)るのは止めにしよう」

 

「強請るなよな…」

 

キリトはリズベットに素材を渡し、作成料も払ったところで彼女からこんなことを…。

 

「悪いけど、出来上がるまでに時間がかかるから、あんたの家を教えてよ。送ってあげる」

 

「それはどうも」

 

キリトは彼女に自宅の場所を教えて、転移結晶で22層にまで戻った。

そしていざ、家の前に着いた時には、扉の前でキリトの帰りを待っていアスナの姿があった。

 

「ア、アスナ…どうしてここが…」

 

「…やっと見つけた。探すのに苦労したんだから!」

 

アスナは何の前触れもなく、キリトの胸に顔を押し付けた。

彼は今の状況について行けずにいる。

アスナが何故ここにいるのか…そしてどうやって探し出したのか…など。

 

「お、おい…アスナ…。とにかく話は家の中で…」

 

キリトはアスナを家に招き入れるのだった。

 

 

 

 

久しぶりにキリトに会ったアスナは思わず泣いてしまった。

あのボス戦以降、一回も会えていなかったのだ。原因はアスナもよく知っている。

アスナが加入しているギルド…血盟騎士団が遂に重い腰を上げて、キリトを加入させようと本腰を入れ出したのだ。

アスナの目の前で使ったユニークスキル《二刀流》…。あんな素晴らしいスキルを持ったプレイヤーを欲しがらないギルドがあるはずがない。

だが、キリトの目はギルドに入るのを拒むのと同時に恐れていた。

だから、アスナは敢えて何もしなかった。

業務があると言い訳して、彼を探さなかったのだ。

それでも、あのボス戦で見たキリトの(もろ)い部分を見てから、アスナは不安になって会いたくて堪らなくなってしまった。

『私が支える』。そんな母性のようなものがあったのかもしれない。でも…。

 

(それとも……もしかしたら私は……)

 

暫くして涙が止まって、アスナは漸く彼に目を向けることが出来た。

 

「ごめん…突然現れて泣いたりして…」

 

「大丈夫…というか、アスナこそ大丈夫?」

 

「うん…。それよりキリトくんって黒以外の服なんて持ってたんだ」

 

不意に思ったことを言うと、キリトくんは苦笑した。

 

「いつもあのコートだしな。それに今はあまり目立ちたくないんだ」

 

「やっぱり…《二刀流》の件?」

 

「ああ…」

 

キリトくんはソファの背もたれにどっと背中を預けて溜め息を吐いた。

暫く沈黙が続いていると、不意にピピピッと音が鳴って、キリトの前に長細い小包みが届く。

 

「…来ちゃったか」

 

「何それ?」

 

「まあ、簡単に言ったら…プレゼント…」

 

「誰の?」

 

「…アスナに…」

 

顔を少し赤くさせているキリトにそう言われて、アスナは耳を疑った。

キリト本人からのプレゼントに驚愕して、勝手に嬉しさが湧き上がってくる。

キリトはぎこちなく、アスナに梱包された箱を差し出す。

 

「何だろう…」

 

キリトから渡された箱を受け取って、中身を確認する。

それは第73層のボス《GearOlg(ギアオルグ)》から作られた細剣(レイピア)だった。

その場にあるだけで空気が冷えて、鋭く磨がれた刃先は白銀に輝いていた。

 

「私のために…作ってくれたの?」

 

「レア食材とあの時の昼食のお返しだよ」

 

「ありがとう!私…こんなに嬉しい贈り物初めてだよ‼」

 

「それなら良かった…。実際、女の子にプレゼントするの初めてだったし…」

 

キリトがそう言うから、アスナは驚いて聞き返してしまった。

 

「ええ?キリトくんって、女子の扱い分かっていそうなのに」

 

「…まあ、初めて心が通えた彼女は…………はっ‼︎」

 

そこまでキリトくんは言ってから口を押さえた。

何か言ってならないことを誤って口走ってしまったかのような反応だった。

 

「…どうしたの?…もしかして…サチって子のこと…?」

 

「!」

 

キリトの身体が途端に震える。

どうしてその事を知っているんだ…と言いたそうな表情を作り、何かを恐れるように…アスナから視線を逸らした。

 

「ねえ、私にそのサチのことを教えてくれない?」

 

「…どうして知りたいんだ?」

 

「何か役に立ちたいから。それだけ。私はキリトくんのためなら何だって出来る」

 

「…!」

 

アスナがそう言った途端、キリトの身体は更に小刻みに震え始めた。

すると彼は紺色のフードを被って、そっぽを向き、アスナに言った。

 

「帰ってくれ…」

 

「え?」

 

「いいから帰ってくれ‼︎」

 

キリトの2度目の怒鳴り声。

だが、アスナは一度、キリトの怒声を聞いているので、何も恐れるものはなかった。

 

「いやだ。聞くまで帰らないよ」

 

「………」

 

椅子から立ち上がってキリトの肩に触れる。

そして、彼女はもう一度だけ…頼んでみた。

 

「キリトく…」

 

「帰れって言ってるだろ‼︎」

 

怒りが爆発したのか、キリトの拳がアスナの頬を直撃した。

 

「あうっ…!」

 

ソファにぶつかる形でアスナは倒れた。

一瞬、打たれたことに気付かなかったアスナは痛みから自然と流れ出る涙を含んだ瞳で彼を見た。

キリトはフードを被ったままであったが、『申し訳ない』、打ったことに対する後悔を有した表情をしていた。

だが、アスナは打たれたことがショックで…悲しくて、彼から貰ったばかりの細剣(レイピア)を投げ捨てて、吐き捨てた。

 

「キリトくんなんて大嫌いっ‼︎‼︎」

 

逃げ出すように飛び出たアスナはさっさと自宅に籠るのだった。

 

 

 

 

コロコロと新しく作った細剣(レイピア)がキリトの足元に転がってくる。

折角プレゼントしたのに…台無しになってしまった。

 

「はは…」

 

キリトはもう笑うことしか出来なかった。

結局…手を差し伸ばしてくれたアスナも拒絶した。

キリトは拒絶したことを後悔し、全てを失ってしまったと、心にポッカリと穴が空いた感じになった。

それからキリトは何も考えることなく、眠りに落ちていくのだった。




補足1
『白雷剣エンクリシス』
デザインは3Gのラギアクルス亜種素材の太刀最終強化。キリトに日本刀はどうかと思いましたが、他に良いものが思い浮かびませんでした…。

補足2
氷獰竜(ひょうどうりゅう)極絶尾(ごくぜつび)
辿異種ギアオルグ★4の尾(発達部位)の破壊報酬。
辿異種の中でも手に入れにくい素材だった記憶がある。


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第6話 支え

キリトとアスナの大喧嘩から、2日後、第74層の攻略が行われた。

血盟騎士団の副団長《閃光のアスナ》をリーダーとして、行われた攻略は甚大な被害を及ぼしながらも、どうにかクリアすることが出来た。ただ…この攻略にアスナはどうも落ち着くことが全く出来なかった。言うまでもなく、キリトとのことだ。

キリトはアスナと顔を合わせることも、動きを合わせることもなく、単身突っ込んでいくばかりで、誰にも止めることが出来なかった。ただ、そのキリトのお陰で攻略が成功したと言っても過言ではなかった。

最後…パーティーを解散間際にアスナはキリトに話しかけた。

 

「あの…キリトくん……」

 

「じゃ、お疲れ」

 

素っ気ない返事に、アスナは胸が締め付けられた。

そこから先は話しかけることも出来ず、キリトはさっさと去ってしまうのだった。

 

 

 

 

―翌日―

重たい身体を起こして、キリトはベッドから降りた。

そして、床に転がったままの持ち主のない白銀色の細剣(レイピア)を持って、アスナの家に向おうと支度を始める。だが、キリトはアスナと会う気はなかった。

この細剣(レイピア)だけを送り届けて、帰ろうと思っていた。

そう思いながら、もう一度キリトなりに細剣を梱包し、転移エリアへと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

「…もう、朝、か…」

 

ここ最近は嫌なことばかりで、目覚めも悪くなってきたアスナ。

キリトには打たれ、それについて逆ギレして、更に逆ギレしたことを後悔し、声をかけることも出来ない。アスナは自分では思ってもないことを口走っていたことを思い出してしまう。

 

 

『キリトくんなんて大嫌いっ‼︎』

 

 

この時だけ時間を巻き戻したいとアスナは思った。

ここはゲームの中なんだからそれくらい出来るのでは…と、誰かに聞いてみたくもなった。

だが、アスナはキリトの感じから、二度とまともに話せるとは思っていた。

あそこまで最低な言葉を言って、今まで通りに接してくれるとは思えなかった。

今回ばかりはアスナはやり過ぎたと猛省している。

それでも、これからは攻略するための仲間……ということで接するだけであろう。

しかし、その事実はアスナの胸を切なく締め上げた。ここでアスナはこう思った。

 

(どうして…こんなにキリトくんが大切なんだと思っているんだろう…?)

 

初めて会った時、パンにかけるクリームを教えてくれた時はまだ、単なる仲間…パートナーとしかアスナは思っていなかった。

だが、時が経つに連れて、キリトへの想いが徐々に変化していった。

黒いコートに黒の剣…。

その姿がどこの剣士よりも格好良かったのだ。

 

「…これじゃダメだ」

 

アスナはそう呟き、どうにか今の関係を修復しようと思った。

扉を勢いよく開けて、飛び出そうとしたとき、足に何かが引っ掛かって、アスナは盛大に転んだ。

 

「あたっ‼︎誰よ…こんなところに…」

 

置いてあったものを見て、アスナは目を疑った。

それはつい数日前、投げ捨てたはずの細剣だったのだ。しかも、きちんと梱包され直されていて、メッセージカードも置いてあった。

誰が…いつ……。

誰はがなんて…キリト以外にあり得なかった。

アスナは梱包された細剣を持って、辺りを見回すが、キリトらしき人物は見当たらなかった。

 

「キリトくん…」

 

アスナは一旦家に戻り、付随されていたメッセージカードを読む。

それは実に短かった。

 

 

『ごめん…あの時は…。これだけ渡しておく』

 

 

デジタルの文字であっても、キリトの心情がどのようなものか…アスナは予想できた。

アスナは細剣を机に置き、転移結晶を片手に自宅を飛び出した。

まずはログハウスに行ってみたが、そこにキリトはいなかった。

 

「キリトくん…どこ…?」

 

アスナは、息が切れようが…転ぼうが、足を止めなかった。

 

 

 

 

先程まで空は綺麗な夕焼け色だったのに、突然灰色の雲が空を覆い、重たくて冷たい雨を降らせ始めた。

キリトはこの世界で送ってきた人生と同じような天気だな…と思った。

現在、キリトは第28層の外周の近くにあるベンチに腰かけていた。

ここは…幾人ものプレイヤーが絶望して、飛び降り自殺をしたところである。

自殺と言っても、ここでは肉体が消滅するだけ…。死ぬのは現実世界の脳だ。

そしてキリトにとって、消したくても消せない…辛い場所でもあった。

ここで…実際にキリトはプレイヤーが死ぬのを見たことがある。それも…【月夜の黒猫団】の団長ケイタの自殺シーンを…。

今でもキリトは思い出せた。

サチたちが死んだことを伝えたケイタは、購入した家の鍵を地面に落とし、キリトに罵声を浴びせたこと…。そして、最後に外周から乗り出して、落下していったこと…。

 

「…くそ…」

 

そこでキリトの心には、深い深い傷が刻まれた。

それでも必死に前を見て、進もうとした。だが…夢でもどこでもサチのことが脳裏を(よぎ)ってしまい、アスナもサチと同じようになってしまうのでは…と恐れていた。

その不安は時間が経つに連れて、大きく膨れ上がっていった。

そして…知られたくないサチのことをアスナに聞かれて、気が動転してしまい、キリト自身も信じられない行動を起こしてしまったのだ。

 

「…ここから落ちたら、今までの苦しみから逃れられるのかな…」

 

無意識のうちにキリトはベンチから立ち上がり、外周に手をかけた。

雨音がどんどん強くなってきて、それ以外何も聞こえないくらい強くなった時だった。

可憐な声が…耳に響いた。

 

「キリトくん‼」

 

強い雨音の中でもはっきりと聞こえた声にキリトはそちらを向いた。雨で視界が悪かったこともあったため、離れたところにいるアスナが一瞬、『サチ』に見えたキリト。

 

「サチ…。いや、君は…」

 

視界不良な中で、アスナが徐々に近づいてきたことで、キリトはサチではないことが分かった。

 

「アスナ…。どうして…」

 

アスナも傘を差しておらず、栗色の髪も服も何から何までびしょ濡れだった。

それに…どこか泣きそうな表情だった。

 

「やっと見つけた…。ねえ…何してたの?」

 

アスナはゆっくりと足を前に進める。その足でさえも、寒さか、恐怖から震えていた。

 

「何って…別に…」

 

「死のうなんて…思ってなかったよね?」

 

「………」

 

キリトは答えなかった。

そして、アスナの足はキリトの目の前で止まり…。

 

「酷いこと言って…ごめんなさい…っ」

 

涙をポロポロと零して、アスナは謝罪した。キリトは黙って、アスナを暫く見詰めた。

ここでキリトは気付いた。気付くのが遅すぎて、キリト自身もなんて馬鹿なんだろうと呆れてしまった。

自分は1人ではない。

目の前に…泣いてくれて…支えとなってくれる、大事な【パートナー】がいるではないか…と。

 

「俺こそ…酷いことして、ごめん」

 

「キリトくん…」

 

「アスナ、別に死ぬつもりはなかったよ?安心しな」

 

「本当?本当に本当?」

 

「しつこいな…。本当だよ」

 

 

アスナは安心したのか、涙を拭って、にっこりと笑った。

そして偶然なのか、アスナが笑顔を見せた瞬間、酷い大雨が止み、綺麗な太陽が雲間から姿を見せた。

 

「綺麗だね」

 

「…アスナも、そんなこと言えるようになったんだな…」

 

「何よ!いいでしょ……キリトくん?」

 

アスナは困惑してしまう。何故なら、キリトは夕焼けを見ながら、泣いていたからだ。

 

「別に。大丈夫さ」

 

(サチ…まだ俺…頑張っていけそうだ…)

 

キリトを見たアスナは突然、こんなことを言い出した。

 

「私、暫くギルド離れることにした。だって、キリトくん不安定そうだから」

 

「不安定…まあ、そうだな…。でも、大丈夫なのか?そんなことし…」

 

「アスナ様!」

 

突然、血盟騎士団の団員数名がキリトとアスナの周りを包囲した。

彼らは明らかにキリトに対して敵意を見せていた。

 

「やめなさい!キリトくんは私のパートナーよ!」

 

「副団長、実は…団長命令なんです。【黒の剣士】を見つけ次第、すぐにグランザムに連れて来るようにと…」

 

「血盟騎士団の団長さんも…随分と大胆なことをするんだな…」

 

キリトは暫し考えた後に、彼らにこう言った。

 

「じゃあ連れていくがいい。お前らのボスにはっきり言わないといけないらしいからな」

 

キリトは彼らに包囲されたまま、グランザムへと行くことになった。

後ろではアスナが心配そうに見詰めていることに気付いた。

 

「大丈夫だ。安心しろ」

 

そう言うキリトだったが、アスナの不安を完全に拭い取ることは出来なかった。



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第7話 キリトの過去

今年もよろしくお願いします。
では、新年最初の投稿です。どうぞ!


キリトとアスナが立つ目の前には机の中心に座っている血名騎士団の団長ヒースクリフが2人を見ていた。その目は然程俺には興味がない…というか、ギルドの権限を保とうとしている…そのように風に見えた。

 

「私と顔を合わせるのは…初めてかな?」

 

「面と向かってはな。たまに横から表情を伺ったことはあるよ、ヒースクリフ団長」

 

「それは良かった。何ぶん私は団長のくせに何もしていないと、他ギルドからバッシングを受けるのでね…。知っているだけでも有り難いよ」

 

「そんな話をするために…俺をここに呼んだと?」

 

そう言うと、ヒースクリフの柔らかな目が一瞬にして真面目な顔になった。

 

「私が君を呼んだ理由は他でもない。我が血盟騎士団に入らないかということだ」

 

「しかし団長!」

 

ここでアスナが割って入って来る。

 

「彼はまだギルドに入ることを拒んでいます。なのに…無理矢理連れてきて入れなんて…脅迫ではないですか!」

 

「アスナくん、それは許してほしい。我々のギルドを最強と言わせる最後の一手がキリトくんだ。他のギルドに回っては、最強の名が泣く」

 

やはりそんなものだとキリトは思った。

彼らは実際、『現実に帰りたい』と思っていると同時に、会社のようにギルドの信用を安定させておきたいとも思っているのだ。

そのための材料がキリトであった…というだけだ。

昔のキリトなら、すぐに断っていたことだろう。だが…。

 

「ともかく!キリトくんはギルドには…!」

 

「分かった。入ってやる」

 

「え?…えっ⁈」

 

アスナは驚きすぎて、2度も声を上げてしまっていた。

ヒースクリフ以外の幹部もキリトの言葉に動揺を隠せていなかった。

 

「あんたの手駒になってやるよ。ヒースクリフ団長」

 

「…こんなアッサリと承諾するとは思わなかったよ。近々、君には訓練が入るだろう。それまでは休んでいるといい」

 

そう言い残して、ヒースクリフは立ち上がって、俺の横を通る。

去り際、キリトに耳元で小さく放った言葉を、キリトは見逃さなかった。

 

「活躍を期待してるよ?キリトくん」

 

 

 

 

―2日後―

22層のログハウスでキリトはアスナを連れて、お茶を飲まされていた。

もう一度言う。『飲まされている』のだ。

とてもぷりぷりと怒ったような…呆れたような表情をしたアスナが突然やって来たのだ。その圧力にキリトは追い返すことも出来ず、彼女を家に入れてしまった。

 

「で…キリトくん、どうして団長の言う通りになったの?」

 

「これ以上奴らの誘いを受けるのが面倒だったからだよ。だから……というか…どうしてそんなに怒ってるんだ?アスナさん…」

 

「怒るよ‼︎私が折角追い返そうと思ったのに…!そうすれば……あっ…そう…すれ……ば……」

 

何かを言おうとしたが、途中で言葉を濁してしまい、アスナは顔を赤くさせて徐々に顔を俯かせていく。

キリトはソファに横になって、感慨に(ふけ)るように言葉を漏らした。

 

「ギルド……かぁ…」

 

するとアスナは、キリトにふとこんな質問を投げかけてきた。

 

「キリトくんは…どうして、ギルドを避けるの?」

 

「……」

 

「【ビーター】だからとか…【ユニークスキル使い】だからじゃないよね?だって、キリトくんの性格は分かっているつもりだし…おかしいもん」

 

俺も顔を地面に向けて、随分昔のように思えたあの事件を話し始めた。

 

 

 

 

―1年前―

キリトは困惑していた。

ただ、Modに殺されかけているギルドを助けただけで、お礼をしたいと呼ばれて来たのだが…こんなに歓迎されるものかと思っていた。

 

「では…命の恩人であるキリトさんに…乾杯‼︎」

 

「「「「乾杯‼︎‼︎」」」」

 

「………」

 

彼らの明るさにキリトはついていけてなかった。

子供の頃からどちらかと言えば、暗いイメージを持っていたキリトにはこういうのが苦手かと言われたら、苦手な方だった。

 

「キリトさん、本当にありがとう!」

 

リーダーであるケイタにそう言われて、キリトは「いや…」としか答えられなかった。

 

「本当にありがとう…キリトが来なかったら…私たち死んでたかも…」

 

「サチ、相変わらず泣き虫だな」

 

「うるさいよ、テツオ」

 

仲が良い…。それがキリトが一番最初に思ったことだった。

 

 

 

 

それから1ヶ月後、そんな明るい場にも慣れてきた頃、そろそろ自分たちの家を持とうということになった。そのために何度も同じクエストに行ったり、少し難しいクエストに行ったりを繰り返していた。

そんな時、サチが…キリトと一緒にいる時に言い出した。

 

「ねえ…キリト…一緒に逃げ出そう…。誰にも見つからない場所に…」

 

「…どうしてだ?」

 

「だって…どうして私たちこんな目に遭っているの?訳わかんないよ、ただゲームをしていただけなのに…」

 

サチの心境はキリトにも分からなくもなかった。

いきなりのデスゲーム宣言を受け、死んだプレイヤーも少なくない。

いつも生と死のギリギリの境で戦っていたら…サチだけじゃなくて、誰でも怖気(おじけ)付くだろう。

 

「誰かに攻略を任せるのはいい。だけど…このまま逃げ続けても何も進歩しないのだけは明らかだ。俺は逃げないよ、サチ」

 

「…強いね、キリトは」

 

「強くなんかない。俺は…」

 

暫く沈黙し、キリトはサチに手を差し伸べた。

 

「帰ろう。みんな待ってる」

 

「そうだね、でもキリト…今夜だけ…お願い聞いてくれる?」

 

そのお願いは一緒に寝てほしい…ということだった。

キリトは構わないと答えたが、異性と寝ることに耐えられるのかともサチに聞いた。サチは「大丈夫」と答えた。

早速ベッドに入ったキリトであったが、中々寝付けなかった。

異性と同じベッドで寝ていることで多少緊張しているのか…。

 

「ねえ…キリト、今日はありがとう。キリトが私のことを支えてくれるって分かったから…」

 

「ああ、そう思ってくれるなら嬉しいよ」

 

彼女は最後に小さく笑みを浮かべて、眠りに落ちていった。

この時まで楽しかった…。幸せだった。愉快だった。

なのに…“あの日”…全てが狂ってしまった。

 

 

 

 

家具を買うためにクエストに行った時、トラップに掛かったキリトたちはモンスターに囲まれて、容赦なく殺された。

レベルを隠していたキリトにとっては楽勝な相手だったが、サチたちのレベルでは到底太刀打ち出来ないモンスターで、1人…また1人と死んでいった。

そして、キリトが本当に守りたかったサチも…そこで死んでしまった。

悲しみに明け暮れるキリトは大雨の中、ベンチに座っていた。

周りの音が何も聞こえないくらいの大雨。

すると、ストレージになんとサチからメッセージが来たのだ。

キリトはどんなことを言われるのか…怖かったが、それでも恐る恐るそのメッセージを開いた。

 

 

『キリトへ

これを読んでる時、私は死んでいるでしょう。

どう…思ってるかな?キリトは…。私が死んで後悔とか…罪悪感に(さいな)まれているかもしれないけど、自分を責めないで。

誰も悪くない。これは定めだったと思えばいいの。

それでね…多分キリトと一緒に居る時に言えないだろうから…ここで言うね。

私、キリトがレベルを隠してるの知ってるよ。何でそんなことしてるのかは分からないけど…私たちのためだってことは信じるよ。

だって、キリトは私の…英雄だもの…。

さよなら、それとありがとう。そして…愛してる』

 

 

遺書にも似たような文章を読み終えた時、キリトは激しく泣いた。

こんなに大号泣したのはキリト自身、初めてだった。

大雨の中…キリトは延々と泣き続け、後悔するのだった。

 

 

 

 

それを聞いていたアスナは言葉を失い、目を大きく見開いていた。

 

「全て俺のせいだ。ビーターってことを隠してたから…彼らを殺した。俺は罪人だ。最低最悪の…」

 

俯いたまま、キリトはまた目尻に溜まった涙を拭った。

思い出す度に流れる涙に、飽き飽きとしてしまう。

すると、アスナは突然何を思ったのか…キリトの抱き締めた。

キリトは茫然とするばかり。

 

「私は死なないから…」

 

「えっ…」

 

「だって私は…君が……」

 

そこまで言って、アスナは更に抱擁を強くした。

キリトも彼女の背中に手を回そうと思ったが、そんな資格は俺にはないと言わせて…彼女にさせるがままにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてアスナはこう思っていた。

 

(間違いない。私は絶対…彼を……)



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第8話 血濡れた手を握る者

「よし、団長から言われた通り、この第55層で訓練をしてもらう!」

 

派手な顎髭を生やした血盟騎士団メンバーのゴドフリーは意気揚々(いきようよう)に言った。元々訓練を受けるとは聞いていたのが、血盟騎士団の本部がある層で訓練をするとは…。キリトはまだ信用されていないんだなと改めて分かった。

原因の1つはキリトがビーターだからってこともあるだろう。

 

「それと…今回は俺と君以外にも…」

 

ゴドフリーが手招きすると、角から見覚えのある顔が現れた。

クラディールだ。

 

「今日からは仲間ということで…ここらでお互い仲良くしようというわけでね、分かってくれるよな?」

 

キリトが困惑した表情でいると、クラディールが前に出て、キリトに頭を下げた。

 

「先日は…失礼致しました……」

 

「いや…気にしないでくれ…」

 

「よし!仲直りも終わったことだし、張り切って行こう‼︎」

 

キリトとクラディールは、小さく「おー…」と呟くのだった。

 

 

 

 

暫く峡谷の間を歩いていくと、ゴドフリーが声を上げた。

 

「よーし!ここで一旦休憩だ。ほい、昼食!」

 

ゴドフリーが投げ渡した弁当箱を受け取り、中を見るとアスナが作ったサンドイッチが入っている……ようにキリトは見えてしまった。実際はただの水と、粗末なパンしか入っていない。

これがアスナの料理に見えてきて、キリトもとうとう自分の目もおかしくなってきたのかと思ってしまう。

溜め息を吐きながらも、ボトルの中の水を一飲みする。

途端、キリトの身体に異常が起きた。

身体が痺れ、まともに動かなくなったのだ。キリトだけではなく、ゴドフリーも同じようで地面に倒れる。

唯一…クラディールだけはそうならず、まるで壊れた人形のように高笑いをし続けていた。

 

「この食料は…クラディールが……お前…」

 

今回、キリトもゴドフリーも解毒結晶を持って来ていなかった。

2人とも、この層で使う必要はないと余裕を踏んでいたのだが…こんなことになるとは想定出来ない。

クラディールは笑いを一旦止めて、ゴドフリーに近寄る。

 

「ゴドフリーさんよお……前からみんなで馬鹿にしていたけど、マジで馬鹿野郎だよなあ!」

 

散々に罵倒して、クラディールは大剣を抜く。

キリトはクラディールが何をしようと考えているか分かり、思わず叫んだ。

 

「止めろ‼︎クラディール‼︎‼︎」

 

「おせええええんだよおおお‼︎」

 

ゴドフリーが声を上げる前に、クラディールが振り下ろした大剣が彼の頭を断頭し、完全なる死を与えた。首から溢れ出る血がクラディールの顔や服を汚し、更に恐ろしい姿に変貌させた。

そして…その姿のまま奴はキリトの方に目をギロリと向けた。

 

「よお……あの時は散々にやってくれたよなあ…。そん時の仕返し…というか…復讐?何でもいいか……。くくくく…どうせ俺の狙いはあの女だ。テメエなんか、殺せればそれでいい…」

 

「あの女……っ!貴様ぁ‼︎」

 

「今更何を言おうが…お前が死ぬことに変わりはねえよ…。Poh(プー)のボスから殺すなと言われてるが、そんなの我慢出来ねえ…」

 

「Pohだと⁈まさか…お前は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の…!」

 

「ご名答!流石ビーターだ。っと…これ以上話してると、ゲネポスの麻痺毒が切れちまう。その前に……よっ‼︎」

 

クラディールが振り上げた大剣はキリトの二の腕を貫いた。

ザシュッと肉が(えぐ)られる感覚が突き抜けて、キリトの口から思わず悲鳴が漏れた。

 

「あぐっ…!」

 

「安心しな…あの馬鹿みたいに一気に殺しはしねえ…。ゆっくりと…ジワジワと(なぶ)り殺しにしてやるよ…」

 

クラディールの言う通り、腕に突き刺した大剣をグリグリと抉って抜くと、今度は太ももに突き刺す。溢れ出る血が、乾いた地面を赤く染めていく。

 

「なあ……どうだよ…。これから死ぬってどんな感じなんだよ…。教えてくれよ…!」

 

キリトは口を閉じて、せめてクラディールの思い通りにならないようにするが、左上に出ているHPバーの減り具合で、焦りばかりが(つの)っていく。

 

「ほらほらぁ‼︎どうなんだよ!教えてくれよお?死んじまうぞお⁈」

 

そして、止めと言わんばかりに遂に腹に大剣を深々と突き刺した。

その途端、口の中から血が逆流し、溢れ出る。

 

「あがっ‼︎」

 

「良い表情になってきたじゃねえか!このままフィニッシュと行こうぜ‼︎」

 

キリトはここに来て…今度こそ死ぬんじゃないかと覚悟した。

今までも何度も死ぬかもしれないと思ったことはあった。それでもギリギリのところを渡り歩いてきた。だけど今回は…死を避けれそうもなかった。

もうどうでも良い…これもサチたちを殺した罪滅ぼしと思えば気が楽になった。

目を閉じて、最期の瞬間を待とうと思った時、不意に“彼女”の笑顔が脳裏に蘇った。

 

(アスナ…!)

 

彼女の存在がキリトに最後の力を振り絞らせる引き金となった。

辛うじて動く右腕を動かし、腹に刺さったままの大剣の刃を掴んだ。

素手のまま刃を掴んでしまい、掌にヒリヒリとした痛みが流れてくるが、構わず刃を腹から引き抜こうとする。

 

「あ?どうした?やっぱり死ぬのは怖いってか?」

 

「ああ…。俺はまだ……ここで…こんなところで…死ぬわけには…いかないんだ…!」

 

クラディールは顔に手を当てて、笑いを堪えていたがすぐに殺しの快楽に身を(ゆだ)ねて、高々と叫んだ。

 

「それなら…俺も頑張らなくちゃなあぁ‼︎‼︎」

 

クラディールの大剣に更に力が(こも)る。

キリトが押し返す刃も更に腹の奥へと突き進んでくる。

 

「ぐっ……おぉ…」

 

HPはもうレッドゾーンで、あと数秒も持たないだろう。

だが…キリトは最後まで諦めなかった。生存の可能性があるなら…。

 

「死ね!死ぬ‼︎死ねぇ‼︎‼︎」

 

「くっ………っ…!」

 

キリトが懸命に大剣の刃を抜こうと躍起になっていたが、突然、奴の大剣から力が失せて、剣は腹から抜けた。

そして、一瞬の間に…緑色の旋風が吹き荒れた。

 

「ぶっ!ぐはっ‼︎」

 

何が起きたか分からずにいると、横から「Heal(ヒール)!」と言う女性の声が聞こえた。

未だに痺れる首を横に動かすと、そこには居るはずのないアスナが涙目で立っていた。どうして…と聞く前にアスナがキリトを抱き締める。

 

「良かった…!生きてて良かった‼︎キリトくんが死んだら…私…!」

 

「アスナ……ありがとう…」

 

「くっ…この野郎…!」

 

キリトとアスナが抱擁してる間にも、クラディールは立ち上がり、キリトだけでなくアスナにも殺意の目を向けていた。

それに気付いたアスナは後ろを振り返る。

その目は…普段のアスナからすれば考えられない程怒りに(たぎ)ったものだった。そして…キリトでさえ聞いたことのない言葉が口から出ていた。

 

「…殺してやるっ‼︎」

 

アスナ自身も、自分とは思えないくらいの言葉が飛び出していた。

だが、今はそれ程にアスナも怒りが爆発しているのだ。

キリトを殺そうとしていたクラディールだけは許せない…。

それだけが現在のアスナを突き動かしていた。

 

「くくく…馬鹿な女だ…。大人しく待っていれば、こいつの死様を見ずに済んだってのによお…」

 

「………」

 

アスナは応えることなく、キリトから貰った細剣(レイピア)を静かに抜いた。

クラディールも小さな娘1人なら大したことないと思っているのか、余裕の笑みを浮かべていた。

そんな態度でさえ…彼女の怒りを上げていた。

だから…アスナはすぐに動いた。

12連撃SSスタースプラッシュでクラディールが大剣を動かすことが出来ないくらいに攻撃した。

クラディールもアスナの想定以上のスピードについてこれず、ただ…されるがままになっていた。そして遂に負けを認めたのか、大剣を地面に捨て、手を挙げて降伏した。

 

「ま…ままま待ってくれ!頼む、殺さないでくれ‼︎い…命だけは…!」

 

命乞いをするクラディール。

だが、アスナは無視して、細剣を逆手に持ち替えて奴の頭頂部を貫こうとした。

しかし…。

 

「死にたくねえええ‼︎‼︎」

 

悲痛な叫びに彼女の右腕が不意に止まった。

怒りに身を任せていた理性がアスナを止めたのだ。

怖いのだ。人を殺すことが…。こんな最低な奴だとしても…。

 

「……っ。もう、私たちの前に現れないで…」

 

そう言い残して、こいつとは永遠に会わない…。

そう思っていたところで…クラディールは…。

 

「おらあ‼︎」

 

「えっ⁈きゃあ‼︎」

 

アスナの剣を弾いて、高々と大剣を振り(かざ)した。

 

「あめええんだよ‼︎副団長アスナさまああああああ‼︎」

 

「あっ…!」

 

斬られる。

そう直感した時、黒衣の少年がアスナの前に出た。

麻痺から解けたキリトは左手首で奴の大剣を受け止め、残った右腕に握られた黒い剣で奴の心臓を突き刺し、そして引き抜いた。

クラディールはキリトに身体を預ける形で倒れ、最期に捨て台詞を吐いて消えていった。

 

「この…人殺し野郎が……」

 

アスナはただ黙って、キリトの寂しげな背中を見詰めることしか出来なかった。

 

 

 

 

全てが無茶苦茶だった。

やっと麻痺から解放された時、アスナは剣を弾かれ、クラディールの大剣を今、受けようとしていたのだ。

キリトはまだ痺れている身体を必死に動かして、振り下ろされる大剣を左手首で受け止めた。もちろん、切断された左手首は失われた。

だが、振り下げたせいで攻撃出来ないクラディールのガラ空きの心臓を『覇王剣』で突き刺して…完全な死を与えた。

ブシャアと血が溢れて、キリトの黒い服や顔、手にべっとりとこびり付いた。

最後までクラディールはキリトを罵倒するかのように…こう言った。

 

「この…人殺し野郎が…」

 

「……そんなの…俺が一番分かっている…」

 

そのままクラディールは…ポリゴン片となってこの世界から消えた。

たったの数分の出来事なのに…何時間も経ったような感じがした。

そしてキリトは…今、自分が何をしたのか、漸く分かった。

殺したのだ。

アスナの前で人を…殺してしまったのだ。

故意ではないとはいえ、この事実は変わらない。

 

「あ……あ……」

 

口から漏れるか細い声…。殺してしまった罪悪感がキリトを襲う。

血に濡れた手を見ながら震えていると、突然…その手を小さい手が包み込んで、温めてくれた。

 

「…アスナ…」

 

「ごめんね…私が…私がちゃんと止めを刺さなかったから…君を…キリトくんを…人殺しに……」

 

アスナの涙がキリトの手に落ちる。

 

(どうして君が泣くんだ…?)

 

アスナが泣く理由なんかどこにもない。

そう思ったキリトは、血濡れたままの手で、アスナの頬に当てて…唇を奪った。

一瞬、アスナも驚きを隠せず抵抗をしたが、やがてキリトを受け入れた。

 

「ぷはっ…き、キリト…くん…」

 

「これが俺の持っている君への想いだ…。こんな…汚れた俺だからアスナは俺から離れて行くだろうけ……」

 

「離れないよ‼︎」

 

アスナはガシッと俺の身体を抱き締めた。

前々回よりも…さっきよりも、キリトを手放さないと言わんばかりに…。

 

「絶対離れない‼︎君がどんな罪を背負っても…どんな酷い言葉を言っても絶対に!だって…私もキリトくんが…」

 

「………俺が?」

 

「…好きだから…」

 

今の言葉を待っていたのか、キリトの瞳から涙が溢れた。

 

「何で…俺に泣く資格なんてないのに…」

 

キリトがそう呟くと、アスナは首を振って、こう言った。

 

「泣いて良いんだよ…。そんなの拒む人なんて誰もいない」

 

「う…あ…あぁ……あ、あああああああああぁぁぁああああ‼︎‼︎」

 

今まで溜め込んだ苦悩が全て吐き出されたようにキリトは号泣した。

そんなキリトをずっと抱き締め続けてくれるアスナが…より愛おしく感じられた。

この日、キリトは誓ったのだった。

絶対にアスナを、現実世界に返してみせると…。




補足1
『ゲネポスの麻痺毒』
【ゲネポスの麻痺牙】から作れる麻痺毒。知識さえあれば、誰でも手軽に作れる毒薬。


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第9話 婚約

今回かなり短めです。
これくらいの字数の時も良いですよね?


キリトとアスナの想いは通じ合った。

アスナが望んでいた雰囲気で…とまでは行かなかったが、約2年間…彼女が胸の奥に秘めていた気持ちがあの場面で爆発した。

キリトからの熱い口付け…。

あれには動揺したアスナだったが、嬉しくもあった。

何故なら、あのような行為は好きな人以外では絶対に出来ないからである。

その後、アスナとキリトは暫くあの峡谷で抱き締めあい、グランザムに戻って、ヒースクリフに事の顛末(てんまつ)を話した。

それを聞いた彼は「ふむ」とだけ呟いた。

あまり動揺はないように見えた。

そして、キリトは更に驚くべき発言をした。

 

「暫く…俺とアスナに休暇をください」

 

「えっ?」

 

つい数分前まで暗い話をしていたから、暗い表情をしていたアスナの顔は『休暇』と聞いて、パッと明るくなった。

休暇ということはキリトとずっと一緒に居れるということだからだ。

 

「ほう…その理由は?」

 

しかし、ヒースクリフはそこまで甘くない。キリトがきちんとした理由を述べなければ、休暇など与えてくれるはずがない。

それを分かっているのか、キリトは中々話し出すことが出来なかった。すると、アスナが代わりに、はっきりとその理由を言い上げた。

 

「今の血盟騎士団に…違和感を感じたこと。それと…私たちは愛しあっています。そのための休暇です」

 

今度は逆にキリトが驚愕の表情を作った。

もちろんヒースクリフ以外の幹部は怒り心頭だった。

 

「ふざけるな‼︎そんなことで休暇なんて…馬鹿も休み休み言え‼︎」

 

「本気です。ふざけてなんかいません」

 

キリトもアスナの話に合わせてそう告げて、彼女の手をギュッと握った。

それだけでアスナは顔が温かくなった気がした。

だが、幹部の怒りは極限にまで高まっている。表情だけで許す気がないと分かってしまう。

 

(これでも認めないならギルドから脱退してやる…)

 

アスナが心の中で、そう思った時…。

 

「分かった。今暫くの休暇は許可しよう」

 

キリトもアスナも一番予期していなかった、ヒースクリフが折れたのだ。

 

「団長⁈何を言って…!」

 

「これは私の決定だ」

 

少しの間、アスナは口を開けてポカンとしてたが、キリトが頭を下げているのが見えたので、彼に(なら)って急いで頭を下げた。

 

「ありがとうございます!」

 

「ただし、君らはすぐに戦場に戻るだろうから…その辺は覚えておきなさい」

 

【すぐ戦場に戻る】

それを聞いた2人は何とも言えない嫌な感じがした。

キリトは不安な表情のままだったが、アスナは真逆にキリトを愛するまでは、攻略を進めることが唯一の使命だと思っていたので、『嫌だ』と思うことはかなりの進歩だと思うのだった。

 

 

 

 

アスナの家に帰るまで、キリトは彼女の手を握ったままだった。

行き違う人に見られて、恥ずかしい感じもしたアスナだったが…とても幸せだった。

実際、人を愛することがこんなに幸せだと感じれたのは、この世界に入ってからだった。特に、いつも決められた事ばかりしてきたアスナにとっては…。

バタンと扉が閉まり、誰の目も配られないところに入った瞬間、キリトはアスナの身体を抱き寄せて…キスをした。

 

「…ん…」

 

「アスナ…好きだ…絶対に離したくない…」

 

キリトの口から漏れる声…。

鼻腔を突く彼の香り…。

アスナはその全てが愛おしかった。

 

(もう…我慢出来ない…)

 

「キリトくん……こっち…」

 

アスナは自ら手招いて、寝室へと彼を連れていく。

一応鍵を閉めて、誰も入って来れないようにして、アスナは自分の装備を解除し始めた。

途端にキリトは顔を赤くして、慌て始める。

 

「なっ…ななな何をアスナ…」

 

「…分かってるでしょ?」

 

「…で、でも…俺なんかで…」

 

()()()じゃない。君だから頼めるの…。お願い…」

 

アスナの甘い誘惑にキリトは負けたのか、一気に抱き(すく)めてキスをする。

そして、アスナの意識は、微睡(まどろみ)の中へと落ちていった…。

 

 

 

 

アスナが目を覚ました時、既に外は暗かった。

隣には服を着て、アスナを優しく見詰めているキリトの姿があった。

それに応えて、アスナも屈託の笑みを返した。

 

「悪い…起こしちゃった?」

 

「いいよ…。キリトくんと一緒なら…何をされてもいいから…」

 

アスナの大胆発言にキリトの顔は再び赤くなる。

 

「ずっと…このままがいいなあ…」

 

「…帰りたくないのか?俺たちの世界に」

 

「帰りたいよ…。色々とやり残したこともあるし…。でも、私は今の方が幸せなの。現実にいた時よりも…」

 

「…アスナ……」

 

今日で何回目か忘れたが、今度は触れるだけのキス…。

2人はお互いにキスをしていなくてはいられない体質になったように感じられた。

こつんとオデコを当てて、キリトくんはそっと呟いた。

 

「…俺の家…22層のログハウスに、引っ越さないか?アスナ…」

 

「えっ?」

 

「ずっと一緒にいたいし…ここじゃ、休暇も満喫出来ないだろうし…」

 

「そうだね。ここじゃあ、人目についちゃうし…」

 

「それと……」

 

最初、モゴモゴとアスナに聞こえないくらいの小さな声で何かを呟いていたキリトだったが、覚悟を決めたように真剣な表情になって…こう言った。

 

「結婚…してくれませんか?」

 

アスナは驚きで目が見開き、嬉しさで涙も溢れ出た。

上半身を起こして、裸の身体が見られないようにシーツを巻いて、彼を抱き締めた。

そして、耳元で…。

 

「はい…」

 

と嬉しさ満開の声で応えたのだった。



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第10話 新婚生活

また短いです。
それと甘々です。



キリト自身、まさかここまでアスナに溺れているとは思ってもいなかった。

彼女の姿を見るたび…彼女の綺麗な笑顔を見るたびに欲望の渦が暴れ回り、アスナを滅茶苦茶にしたくなった。

現在だって…アスナの家の荷物をキリトのログハウスに移している作業だっていうのに、アスナを壁に押し付けて、その柔らかな唇を奪っていた。

 

「あふっ……んんっ…」

 

口元から漏れ出る甘い声に更にキリトの理性は無くなっていく。

だが、アスナはキリトの胸を強く押して、至高の口付けを終わらせる。

顔は赤いまんまだは、どこか様子がおかしい。

 

「アスナ?」

 

「……キリトくん……がっつきすぎ!」

 

「そ、そうか…?嫌なら謝るけど…」

 

「い……嫌じゃないよ⁈むしろ……」

 

「もっとして欲しい……」と、かなり小さな声で呟いた。

 

「だけど!今はダメ‼︎お片付けが済んで、休んでから‼︎」

 

「分かったよ…じゃあ……」

 

キリトは小さな声で、耳許でこう言った。

 

「夜…たっぷり可愛がるよ」

 

「………」

 

アスナは耳まで真っ赤にさせて、微かに笑みを浮かべて荷造りにまた戻っていった。

 

 

 

 

ある程度の荷造りが終わって、キリトはベランダで(くつろ)いでいた。

この第22層の空気はどこの層よりも空気が澄んでいて、本当に生きていると実感出来る場所だ。

ただ不安も感じているキリト。

キリトもアスナもお互いに愛している。だがその分、どちらかが危ない目に…死ぬかもしれない場面に遭えば、助けるために動くだろう。

それ故、愛しすぎて、何かしら問題が生じるかもしれない。

そんなことを考えていると、座椅子に座っているキリトの上にアスナが乗っかって来た。

 

「どうしたの?キリトくん、そんな深刻そうな顔をして…」

 

長い栗色の髪を纏めていたゴムを外しながらアスナは聞いてくる。

 

「なあ、アスナ…。俺たちの関係って……このゲームの中だけの話かな…?」

 

「……何でそんなこと聞くの?」

 

アスナのいつもの声色が消える。

 

「だって…ゲームをクリアしたら…もう……会えないんじゃないかって……。それに…俺が死ぬ…」

 

「言わないで‼︎‼︎」

 

アスナの声は湖畔中に木霊した。

目元に涙を溜めたアスナは怒っていると同時に悲しんでいた。

 

「そんなこと…言わないで…。私だってそうだよ?死んでキリトくんが居なくなる…いや、私が消えちゃうかもしれない!だけど…私たちの関係がここで終わるなんてことはない!」

 

「…ごめん、アスナ」

 

「不安になるのは分かるよ、キリトくん」

 

涙を拭って、アスナは俺の両頬に優しく手を置いた。

 

「あのね、私、これだけははっきり言えるの。ゲームをクリアしても…私は絶対キリトくんに会うよ?そしてね、また…君のことを…好きだって……伝えるんだ…」

 

アスナの唇がキリトの唇に触れる。

この瞬間、キリトの理性のタガが外れてしまった。

キスしたまま、アスナの軽い身体を持ち上げてベッドに共に倒れた。

そして、自らの服を解除する。

 

「…いいよ……。来て…」

 

「……っ!」

 

キリトはそのまま今日1日…アスナを(むさぼ)り尽くすのであった。

 

 

 

 

アスナは声が出せなかった。

キリトと行為に及んでしまったからか…それとも幸せすぎるからか…。

隣では服を着ずにシーツに包まるキリトが寝ている。

アスナも裸だ。

 

「…こんなに自分を(さら)け出すなんて…私、こんなにキリトくんが好きだったんだ…」

 

今更ながら気付いた。

もうキリトなしでは生きていけない…と。そして、こうも考えてしまった。

 

(もし彼が居なくなったら……)

 

「そんなこと考えちゃダメ!」

 

ブンブンと頭を振り、寝返りを打つとキリトの寝顔が目の前に…。

キリトの顔はイケメンでもないし、背も大して高くない。

だが、アスナからしたらどこか魅力的に見えた。

 

「…好きだよ、キリトくん」

 

もう一度だけ彼にキスをして、眠りに就いた




早く別の展開に進めたいのに、進めない…。
それとアンケート開始します。


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第11話 幼き少女

「な…なんじゃこりゃああああああああああ‼︎‼︎」

 

キリトは早朝にも関わらず、第22層全体に響き渡る程の大声を上げた。

その原因は彼の隣で寝ているアスナだった。

夫婦なのだが、アスナはまだ一緒のベッドで寝られない…ということで、キリトはそれぞれのシングルベッドを買ったのだが、キリトのベッドに潜り込んだアスナは彼の身体に抱きついて、よだれを垂らし、ムニャムニャと寝言を言っている。

 

「キリトくぅん……えへへ…大好きぃ…」

 

しかも、よだれはキリトの大事な場所に垂れていた。

キリトはどういう理由があったにせよ、早く起こさないと、自分を抑えられないと思い、アスナの肩を揺すった。

 

「おい、アスナ…起きてくれよ…。マジ…恥ずかしいんですけど…」

 

「キリトくぅん…暴れちゃダメだよお…」

 

「…ダメだこりゃ」

 

キリトは顔を赤くしながらも、そう呟いて、諦めて、再びベッドに倒れるのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

「アスナ…元気出せよ…な?」

 

さっきのことが余程恥ずかしかったのか、顔を俯いて耳まで赤く染め上げているアスナ。ここまでシャイなら、同じベッドに潜り込まなきゃいいのに…とキリトは思いつつ、トーストを焼いて、アスナに渡した。

今の状態じゃ、アスナはとてもじゃないが料理は出来そうもなかった。

 

「ほら、アスナ」

 

「あ…あるがと…」

 

「寝ぼけてたアスナ…めっちゃ可愛かったよ?」

 

耳元で(ささや)くように言うと、アスナはボッと顔から湯気を上げて更に顔を真っ赤にしていく。口をパクパクさせて、嬉しさを滲み出していた。

熱い程に火照った頬を優しく触って、キリトはオデコにキスした。

 

「…もう、死んじゃいそう」

 

「どうして?」

 

「…幸せ…だから」

 

キリトはどうしてアスナはそんな大胆なことを何度も言えるのだろうと思った。

そして、トーストを放って、彼女にもう一度キスしようとした。

が…。

 

「あーーーーー‼︎キリトくんのバカ‼︎」

 

衝撃的なフックがキリトの顎を直撃し、吹っ飛ばすのだった。

 

 

 

 

顎を摩りながら、キリトはアスナの手を取って、22層にある散歩道を歩いていた。吹き抜ける柔らかな風が心地良かった。逆にそれがキリトの顎の痛みを長引かせている原因でもあるが…。

因みにアスナがキリトを殴った理由だが、食べ物を粗末にしたことだ。

トーストを投げてしまったことが彼女の導火線に火を付けてしまったようだ。料理スキルをカンストさせているアスナはキリトが想像する以上に食べ物に対する情熱が凄まじい。だから、食べ物を粗末にした奴は容赦しない…と、アスナは後々に言っていた。

 

「…ねえ、キリトくん。肩車して」

 

「肩車?」

 

突然言い出したことにキリトはちょっと動揺する。

 

「か、肩車?何でそんなことを?」

 

「だって、同じ高さから見た景色なんて飽きちゃうし…キリトくんの筋力パラメータなら余裕でしょ?」

 

「そいつはどうかな?案外アスナも重い……」

 

その先をキリトが言おうとしたとき、彼女の手には細剣(レイピア)が握られていて、切っ先は彼の眼の前に向いていた。しかも笑顔なのに笑っていなかった。

 

「…言いすぎました…」

 

「よろしい」

 

束縛がキツい妻だとつくづく思うキリト。

キリトは溜め息がちに姿勢を低くする。ゴソゴソと何かやっているとアスナはこんなことも言ってきた。

 

「後ろ向いたら顔切り刻むからね!」

 

「理不尽だな、おい…」

 

そう呟くと、綺麗な太ももがキリトの両頬に触れる。

少しばかり恥ずかしながらも、キリトは足腰に力を込めて一気に立ち上がった。

するとアスナから嬉々とした声が上がった。

 

「うわああ!凄い良い眺めだよキリトくん!」

 

「俺には見えないけどな」

 

「じゃあ、後で私もやってあげよう!進め‼︎真っ直ぐ!」

 

「…へーい」

 

意外とアスナは子供なのかもしれない…とキリトは思うのだった。

 

 

 

 

アスナはとても楽しく感じていた。

キリトと一緒にやること全てが輝いているように思えた。

今もずっと肩車をして貰っているアスナだが、普段、他人にこんなことは頼めない。

愛している人にだから頼める、とっておきの特権だと感じていた。

アスナは誰もいないだろうからと、ワイワイと声を上げながらキリトと一緒に(たわむ)れついていると、不意にトントンと足を突かれた。

 

「どうしたの?」

 

「よく見ろよ…」

 

キリトの指差す先には釣りをしているプレイヤーが少しいて、キリトとアスナのイチャイチャの様子を全て見られてしまった。

カァーと頭の中が熱くなっていくのが分かるくらい、アスナは一気に恥ずかしさが上り詰めていく。

 

「…見られちゃった…」

 

「…しっかり掴まってろ‼︎」

 

そうキリトが言うと、アスナを肩車しながら一気に走っていき、山の中へと入っていった。

ちょっとだけ薄暗い道を肩車されながら歩いていると、不意にキリトがこんなことを言い出した。

 

「アスナ、この森ってさ…()()んだよ…」

 

そう聞いて、背筋がちょっと硬くなる。

 

「それって……ホラー系のモンスターってこと?フルフルベビーとか…あの気持ち悪いギィギ…とか…」

 

アスナははホラー系のモンスターは本当に苦手…どころか、大嫌いなのだ。

触るたくもないし、逢いたくもないし、戦いたくもないくらいに…。

だが、アスナの予想と反した答えが返ってきた。

 

「本物の幽霊だよ」

 

「え?」

 

アスナは背筋にゾッと悪寒が走った。

 

「つい先日…この森の芝を刈っていたウッドクラフターがいたんだ…。夢中になって刈っていたせいで、辺りは真っ暗。そろそろ帰宅しようとした時、木々の間で揺らめく白い影が…」

 

「ひっ…」

 

アスナが恐怖の声を漏らすと、キリトは笑いを漏らした。

 

「安心しろよ、アスナ。ここはゲームだぜ?そんな幽霊なんかいる訳ないだろ?」

 

「そ、そうだよね…。幽霊なんているはずが……ない……」

 

そう呟きながら森の方を見た途端、アスナの全身の筋肉が硬直した。

木々の間を歩く白い服を着た幽霊が…ゆっくり…ゆっくりとキリトたちの前を横切っていたのだ。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎降ろして降ろして降ろして‼︎」

 

「お、おい!どうしたんだよ⁈」

 

「前…‼︎前!前‼︎」

 

言葉を発するのも恐ろしい程、恐怖で口が震えてしまうアスナ。

キリトも漸く森の中を歩く白い影に気付いたのか、「えっ⁈マジかよ‼︎」と、驚きの声を上げていた。

2人はその白い影をじっと見詰めていると、2人に気付いたのか、ふっとこちらを見たのだ。目が合いそうになったので、アスナだけは思わず目を逸らして地面に伏せた。

だが、すぐにキリトは…。

 

「…?あれは…違う!幽霊なんかじゃない!」

 

1人先に幽霊の方に走っていくキリトにアスナは恐怖の声を上げる。

 

「置いていかないでよ‼︎もうーー!待ってよー‼︎」

 

1人でいるのが何より怖かったから、アスナは急いでキリトを追った。

そして、その幽霊がいる場所に恐る恐る向かうと、そこにいたのは意識のない白いワンピースを着た幼い少女だった。

歳は10歳くらい、裸足で武器もない。艶やかな黒髪が特徴的だった。

 

「プレイヤー?」

 

「こいつはバグってるのか?」

 

「どうしたの?」

 

「カーソルが出ないんだ」

 

キリトの言う通り、アスナの視線からも、この少女のカーソルも出てないし、何も表示されていないので、名前すら分からなかった。

 

「どうしてこの森に…」

 

「…考えるのは後にしよう。一旦家に戻ってこの子を寝かせてやろう。寒そうだしな…」

 

「そうね…」

 

キリトは少女を抱える。

2人はそのままログハウスへと戻ったが、この少女が…2人の生活にどれほど大きな変化を与える存在になろうとは…予想も出来なかった。




【補足1】
『フルフルベビー』
文字通り【奇怪竜フルフル】の幼体。MHRiseで【フルフル】が復活するから、何かしらで関連するものを登場させたかった。

【補足2】
『ギィギ』
【毒怪竜ギギネブラ】の幼体。人によっては、気持ち悪さよりも可愛さが勝るかも…。
私の初めてのモンハンがMH3、そして個人的にガチで怖いと思ったモンスター。孤島の洞窟で出会った時の恐怖は今も忘れない。



アンケートのご協力ありがとうございます。
アンケートをどのように活用するか、言っていませんでしたね。主に一番票が多かったものを登場させようかと思っています。
今回のアンケートは次の話までを期限とします。たまにアンケートを出していきたいと考えています。


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第12話 家族の時間

ログハウスに戻って、キリトは倒れていた少女を自身のベッドに寝かせた。

スースーと静かな寝息を立てていて、見た通り、本当に幼い少女だった。

 

「やっぱり…カーソルは見えない。ここまで運べたことからNPCでもないし…どうなってんだろ…」

 

「そうだよね…。じゃあ、キリトくんの言う通り、この子はプレイヤーであの森を彷徨(さまよ)っていた…ってこと?」

 

「それはこの子が目を覚ますまで分からない。とにかく…今日はそっとしておいておこう」

 

 

 

 

夜…キリトと同じベッドで横になっても…アスナは昨日みたいな多幸感はほとんどなかった。理由は分かっている。

隣のベッドでまだ目を開けないあの子が気になっているからだ。

アスナはそっとベッドから抜け出して、あの子が寝ているベッドに入り込んだ。

そして…母親のように優しく抱き締めた。

 

(こんな地獄みたいな世界でただ1人…1人なんて…寂しかったろうね…)

 

と、思いながら,、アスナも眠りに落ちていくのであった。

 

 

 

 

朝日が目に当たって、アスナは目を覚ました。

時計を見るともうかなり遅い時間帯だった。昨日色々とあったから疲れていたのだろう。

まだ寝惚けから抜け出せずにベッドの方を見ると、黒い瞳をパチクリさせながら、少女は無言でアスナを見詰めていた。

 

「あっ‼︎き、キリトくんキリトくん‼︎起きて‼︎」

 

「ん……なんだよ、アスナ…こんな朝から…あ!」

 

キリトも集合したところで、2人は未だにボーッと見詰めている少女に質問する。

 

「ねえ…君、なんて名前なの?」

 

「……な、ま、え?なま…えは、ユ………イ…」

 

片言の日本語で話す『ユイ』と言う少女に、アスナとキリトはやはりどこかおかしいと思った。

 

「ユイちゃんかあ…。可愛い名前だね。お父さんやお母さんはいないの?」

 

「……わかん…ない」

 

「!そんな…」

 

お父さんもお母さんのことも分からないって言うことにアスナは少しだけショックを受ける。すると、キリトは優しい笑顔を見せながら、アスナに代わって質問する。

 

「ユイ…って呼んでいいかな?」

 

コクリと小さく頷くユイ。

 

「俺たちが誰か分からないと不安だろ?俺はキリト、こっちの可愛い奥さんがアスナ」

 

「かっ…かかか、可愛い……っ」

 

こんな時までアスナの胸を(えぐ)るような言葉を放つキリト。

しかも、初めて人の前で恥ずかしいことを言われたからか、アスナの顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていった。

 

「きいと……あうな…?」

 

「ちょっと難しいか…。じゃあ、ユイが言いやすい表現で良いよ」

 

すると、ユイは暫し考え込んだ後にこう言った。

まずキ、リトを指差して…。

 

「パパ…」

 

「ぱ、パパ⁈俺が…?」

 

「あうなは…ママ…」

 

「えっ…あっ…」

 

2人とも戸惑ってしまうと、ユイの瞳が突然激しく(うるお)った。

『そう呼んじゃ…ダメかな』?と言いたげに…。

そんな切ない表情をされてしまっては、2人は何も反論出来ないと思った。

そして、アスナは笑顔を向けて、ユイに言った。

 

「そうだよ、ママだよ、ユイちゃん」

 

「…ママ!」

 

初めて見せた笑顔にアスナは嬉しく感じた。

そして、笑顔のユイちゃんを抱えて、一緒に台所へとアスナは駆けていった。

 

 

 

 

キリトはアスナが昼食に用意してくれた特製サンドイッチを食べながら新聞を読んでいた。このサンドイッチの中にはレア食材の【ガブリブロース】や【オニオニオン】が入っている。前者は非常に美味だが、後者は誰でも手に入れられるものだ。

だが、キリトはアスナの作ったものはたとえ通常の食材でも何倍に美味しく感じられると感じている。

そんな中、キリトのことをユイがジッと見ていた。

最初は構ってほしいのかと思ったが、ユイの視線は明らかにキリトの手に握られているサンドイッチに向いていた。

 

「…食べたいのか?」

 

「うん…パパとおんなじご飯がいい」

 

「…よし、それならほれ」

 

「あっ…!」

 

『キリトに食べて欲しかったのに…』と言いたげな表情のアスナ。

だが、それを横目にキリトはユイが頑張ってサンドイッチを頬張る姿に見惚(みと)れる。

何度も咀嚼(そしゃく)して、口の中をいっぱいにした。が、ユイの表情はとても辛そうなものだった。

 

「お、おいしい…」

 

「おい…辛いのをそこまで無理して食べなくてもいいんだぞ、ユイ」

 

そう…アスナが用意してくれたのは結構辛みの強いソースがかかったサンドイッチだったのだ。だが、ユイはそれを我慢して食べたのだ。

 

「おいしいもん!辛くない!」

 

「はいはい」

 

キリトがそう受け流すと、2人のログハウスに楽しい笑い声が響くのであった。

 

 

 

 

ユイとたくさん遊んだ後に、寝静まったのを見て、キリトとアスナと今後の話を始めた。

 

「キリトくん…やっぱりユイちゃんは…」

 

「ああ……記憶がないようだ」

 

「記憶がないどころじゃないよ……」

 

アスナは膝の上で手をギュッと握る。そして、目からは涙が零れた。

 

「まるで…赤ちゃんみたい……。きっと…本当は辛いんだろうって分かる…。ごめん…もう、どうしたらいいか分からなくて…」

 

「…アスナ、暫く…ユイは俺たちで預かる…というか……一緒に暮らそうよ?」

 

「キリトくん…」

 

「ユイが居たら…ここが本当の家族なんじゃないかって…思ったりするんだ」

 

「……そうだよね…。ママがしっかりしなきゃ…子供を育てられないよね…」

 

「ああ、だから…そんな心配そうな顔をするなよ。俺がついているんだから」

 

そう言って、キリトはアスナの涙を拭った。

 

「でも、まずはユイの家族を探そう」

 

「そうだね…。あの年の子供が1人でナーヴギアを被るのは考えられないからね」

 

「だから明日、久しぶりに第1層に行こう。そこなら色々な情報が手に入るし」

 

「一番の問題は軍ね」

 

アスナの言葉にキリトは緊張感を募らせた。

第1層を含め、約数層は軍のテリトリーで今でもかなりの横暴が続いている。

そこに攻略組が絡んでくるとなってしまうと、面倒なことになってしまう。

しかも2人は今は休暇中の身…。下手なことは出来ない。

キリトとアスナは互いに頷く。

すると、隣で寝ているユイから寝言が…。

 

「ママ……パパ……」

 

2人は優しく笑顔を作って、ユイの頭を撫でるのだった。




【補足1】
『ガブリブロース』
特産品『魔の化石』から入手できるレア食材。MHWよりは、入手は簡易。
いっつも思うけど…どうやったら化石から肉が出てくるんだ?

【補足2】
『オニオニオン』
野菜食材。栽培が可能。味は玉ねぎに近い…と思われる。
ナンバリングでは何度となく登場している食材。


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第13話 軍

転移エリアから降りるキリトとアスナの前に広がるのは、初めて…このゲームが『デスゲーム』であるということを告げられた場所だった。

あの日…2人はこの場所で宣言された。

赤く染まる空…不気味なフードの男…そして、茅場の淡々とした声。

今でも忘れられない。忘れられるはずがなかった。そのせいか、2人は無意識のうちに空を見詰めていた。

 

「パパ?」

 

そんな時、ユイから心配そうな声をかけられた2人はハッと意識を取り戻す。

 

「どうした、ユイ?」

 

「怖い顔……してた。ママも…」

 

「大丈夫だよ、ユイちゃん。それよりユイちゃん、この街並みとか、見たことあるかな?」

 

ユイは周囲をぐるっと見渡してから、首を横に振った。

 

「よし、少し回ろうか…」

 

キリトはユイを背中におぶり、アスナと共に街を歩く。

やはり『始まりの街』ということで、この第1層だけは異常なまでに広い。

キリト自身もβテストの時、迷ってしまうくらい広い。それくらい印象に残っているので、ユイも何かしら覚えているんじゃないかと、キリトは期待を持っているが…。

 

「ねえ、キリトくん」

 

「なんだ?アスナ」

 

「この第1層って…どれくらいプレイヤーがいるのかな?」

 

「えーと…SAOのプレイヤーは元々10000人…それでおよそ4000人死んで残っているのが6000人弱で…今の攻略組とかを考慮したら…400人はいると思うよ?どうかしたのか?」

 

「それにしては…人…少なくない?」

 

キリトは言われて、初めて気付いた。

確かにあの広場に到着してからプレイヤーがまるでいなかった。

いないというわけではないのだが、少なすぎる気がした。

プレイヤーたちは自宅から出たくないのか…それとも…。

 

「きゃああああ‼︎」

 

不意に悲鳴が街中に響いた。

キリトとアスナは互いに頷いて、その場へと駆けていくのだった。

 

 

 

 

悲鳴の方へ走っていくと、10歳くらいの少年少女、合わせて4人を取り囲む軍のプレイヤーと、「子供たちを放して‼︎」と必死に叫ぶ女性を見つけた。もちろん力のある軍は女性プレイヤーの言うことなど聞くはずがない。

…2人は前々から気付いていた。

軍は指揮官の命令有無に関係なく、他プレイヤーから金、アイテム、そして自由を強制していることを…。

更にそれが原因で以前の活気溢れていた第1層とは見違える程、雰囲気が逆転してしまったのも今の光景を見て予想出来た。

 

「そいつは無理だなあ。こいつらガキにも徴収が必要なんでね…。我らが軍が更なる力を手に入れるために」

 

「……そこを…退きなさいっ‼︎‼︎」

 

女性プレイヤーは腰の短剣に手を伸ばす。

アスナはここで我慢の限界を迎えた。

 

「キリトくん…行くよ…」

 

キリトの返事を待つ前にアスナは一気に駆け出し、アロイ装備と初期武器【ハンターナイフ】を身につける軍の真上を飛んで子供達の前に立った。

その跳躍力と走力に少しばかり驚く軍の連中だったが、すぐに自分たちの方が偉いんだ、強いんだと伝えたいのか、わざとらしい演説が始まった。

 

「なんだ貴様ら…我ら解放軍の職務を邪魔する気か⁈」

 

「俺たちの苦労も知らずに、のけのけと!」

 

「まあ、待て」

 

薄笑いを浮かべた1人が前に出る。

 

「テメエら…解放軍に逆らうっていうことがどういうことか…分かってんだろうな⁈」

 

男は鈍く光る片手剣を抜き、そう怒鳴った。

子供達は「ひぃ…!」と泣き出しそうな表情になる。

 

「…キリトくん、ユイちゃんとこの子たちをお願い」

 

「ああ」

 

アスナはストレージから剣を取り、抜く。

細剣から漏れ出るヒヤリとした冷気が足下を包み込む。

男は明らかに油断していて、女であるアスナに負けるはずがないと言いたげにニヤニヤしまくっていた。

その笑いが、アスナにとっては非常に嫌だった。

 

「せいっ‼︎」

 

アスナが放った単発SSリニアーが男の顔面の手前で止まる。

だが、ソードスキルの勢いだけで男は軽く後ろに飛んでしまう。

 

「どわああ‼︎」

 

吹っ飛んだ男は頭を振って、何が起こったのか考えようとするが、その前にアスナが口を開く。

 

「安心して。私はあなたを殺そうなんて思っていない…。直前で止めてるから。ただ…軽い反動があなたを襲っているだけ…。でも…本当のソードスキルによる恐怖は叩き込める…!」

 

キッと目を鋭くさせると、男は半ベソかいて逃げ出そうとするが、アスナは男の身体を更にもう一度吹き飛ばした。

すると、男は茫然としている仲間に叫ぶ。

 

「お、お前ら‼︎この女と男、それにガキどもを捕まえろ‼︎そうしたら…給料上げてやるぞ‼︎」

 

他の奴らはお金が増えるという欲望に負けたのか全員一斉に剣を抜く。

アスナも剣を構えて、相手をしようと思ったが、キリトに肩を叩かれた。

 

「キリトくん」

 

「次は俺だ。大丈夫、一瞬で終わらせてやるよ」

 

そう言って、キリトは黒く輝く【覇王剣】を手に取った。

 

「解放軍を…舐めるんじゃねええ‼︎‼︎」

 

一斉に突撃してくる奴らにキリトは4連撃SSバーチカルスクエアを放って、全員を吹き飛ばす。これも当たってはいない。だが…信じられない衝撃波が彼らの身体を襲い、周囲の建物にも僅かなヒビを入れさせた。

 

「相手するならここじゃなくて、デュエルでやろう。ただし…その時は今度こそ命を奪うからな…。その気がある奴だけ来い!」

 

キリトの怒声が木霊すると、遂に恐怖に負けた彼らは背を向けて、泣きながら逃げていった。

 

「全く…子供にまで手を出しやがって…」

 

「大丈夫?君たち?」

 

アスナは子供たちに心配そうに聞く。

すると、少年少女たちは「「「「すげーーー‼︎」」」」と声を上げて、2人に走り寄ってきた。ユイをおぶっていたアスナは危うく落としけてしまう程に驚いてしまう。

 

「ねえ!どうやってあんなに強くなれるの⁈」

 

「この剣、すごいカッコいい!」

 

「お兄ちゃんの黒い剣もイケてる‼︎」

 

キリトもアスナもここまで褒められたり、武器に関して言われるのは初めてのことだったので、どうしたらいいのか狼狽(うろた)えていると、後ろからさっきの女性が…。

 

「本当にありがとうございました!子供たちを助けて頂いて…」

 

「いえ…あんな目に遭っているのを見て、放ってなんかおけませんよ。それより早く移動しましょう。奴らがまた来たら面倒ですからね」

 

「そ、そうですね!皆さん、こっちです!」

 

3人はその女性に連れられて、一旦とある場所に避難するのだった。

 

 

 

 

「凄い重い!こんなのどうやって振るの?」

 

「それはだな…カクカクジカジカ…」

 

キリトはそう説明を続けているが、いつまで質問タイムは続くのだろうか、と心の中で思っていた。もう既に1時間半くらい、子供たちの相手をしている。

それにしても子供達を預かって、軍から守るなんて…サーシャも凄い根性を持っているとキリトは思った。

 

「そういえば…!」

 

アスナが思い出したかのように声を上げ、ユイをサーシャの前に出した。

 

「この子…見覚えありませんか?22層の森の中で迷っていて…」

 

「うーん…私はありませんねえ…。でも親御さんなら探しているかもしれないので…また後日探してみます」

 

「そうですか…」

 

アスナは少し肩を落とした。

そんなアスナにキリトは優しく語りかける。

 

「大丈夫だよアスナ。きっと見つかる…」

 

「うん…そうだよね」

 

「先生!軍の人が来た‼︎」

 

1人の子供の発言により、場の空気が一気に変わった。

 

「人数は?」

 

「1人…それも女の人」

 

「私が出ます、女の人なら…どうにかなりますから」

 

そう言ってアスナがドアを開いた。

アスナの前には灰色の髪で軍のマークを付けたインゴット装備の女性プレイヤーが立っていた。

 

「あなたが先程、我々の部下を追い払ったプレイヤーですね…」

「ええ、そうよ。軍に反抗したからって、牢獄でも連れていくの?」

 

(ちょっと挑発的過ぎないか…)

 

と、キリトは言いたくなったが、その女性プレイヤーの口からは衝撃の言葉が…。

 

「実は…その件ではなくて…。おり言って…お願いがあるのです‼︎」




【補足1】
『アロイ装備』
モンハンシリーズの最初期の装備。王道な銀色の鎧。
第1層で調子に乗っている軍、という設定から、かなり弱い装備が良いと思って、これにしました。
私は3G以外でこの装備を使ったことないです。


【補足2】
『ハンターナイフ』
モンハンシリーズ最初期の片手剣。上記の『アロイ装備』と同じく、弱い弱い軍の武器なら何が良いかと考えた結果、これが最初に思い浮かびました。
記憶が正しければ、MH3で最初に持ってる武器がこれだったはず…。


【補足3】
『インゴット装備』
『アロイ装備』の上位互換…と私は認識してる。
銀色の『アロイ装備』と違い、銅色を基調としている。
3Gで『インゴットX装備』を作ろうとしたが、素材集めに絶望して、諦めたという、苦い思い出がある。


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第14話 金色(こんじき)紫紺(しこん)

題名長い…。


1つの丸テーブルを中心にキリトとアスナ、サーシャにユイ…そして、軍の幹部であるというユリエールが座っている。

『おり言ってのお願い』と聞き、まあ話を聞くだけならと2人は思い、サーシャの許諾も得て、現在、この場にいる。

まず、話を始める前にユリエールは頭を下げて、サーシャに謝罪した。

 

「私ども軍の部下が無頓着で…その横暴を見逃してしまい、申し訳ありません」

 

「いえいえ…。この2人が助けてくれたから…もういいですよ」

 

「…本当にすみません」

 

「どうして軍は今…こんなにも統制が取れてないんだ?コーバッツの時だって…」

 

キリトはそう言って、膝の上で拳を握った。

目の前で死んでいったコーバッツのことを考えてしまい、キリトはあの時、いかに自分が無力だったか痛感させられた。

 

「…現在、軍は2つの二大勢力が覇権を競っています。1人はシンカー、そして…あなた方はご存知でしょう。もう1人はキバオウです」

 

「…あいつか」

 

第1層攻略の時、一緒にレイドを組み、キリトを散々罵倒したプレイヤーだ。

 

(あんな奴が軍のトップとはな…)

 

「シンカーは私の上司みたいなものです。そのシンカーなのですが…キバオウたちによって、ダンジョンの奥深くに閉じ込められてしまったんです…。私一人の力ではどうにも出来なくて…」

 

切なげに語っているうちに、ユリエールの目に涙が溜まっていく。

 

「それでお願いに来たんです‼︎野蛮人同然な我が軍を…一瞬にして退けた2人に…!」

 

「で、でも…私たちは…」

 

アスナはその要望に応えることに、少し迷いを感じていた。

今、キリトとアスナは特例で許された休暇中の身だ。

ここで厄介ごとに関わって、それがヒースクリフや血盟騎士団のメンバーに知られてしまったら、面倒なことになってしまう。

だが、断ることも簡単に出来ない。

どうしようかと思っていると、不意にユイが口を開いた。

 

「大丈夫…だよ。この人、優しい…。だから、助けて…あげて」

 

「ユイちゃん…」

 

「…しゃあねえか」

 

キリトは後頭部を掻きながら、立ち上がった。

 

「俺たちも行きますよ、ユリエールさん。そこまで言われたら、断るのも難しいし…」

 

そう言いながら、アスナを見詰めた。

アスナも血盟騎士団の件については諦めがついたか、キリトに笑顔を見せた。

 

「そうだね、キリトくん。困ってる人が目の前にいるのに、放っておくのは酷いよね」

 

「…ありがとうございます‼︎」

 

ユリエールさんは涙目で2人に頭を下げた。

 

「よし、そうと決まれば善は急げだ。早速案内…」

 

「待って‼︎私も行く‼︎」

 

と、ここでユイが声を上げて、いつも以上に駄々をこねてきたのだ。

 

「ユイ、今からパパとママは危ないところに行くんだ。そんなところにユイを連れて行くことは出来ない」

 

「そうだよ、ユイちゃん。ここでサーシャさんと待ってて?」

 

「嫌だ嫌だ‼︎パパとママと一緒にいたい‼︎離れたくないぃ‼︎」

 

アスナのお腹の抱きついて離れようとしないユイ。

どうしようと言いたげなアスナ。

キリトはもう一度溜め息を吐いて、「仕方ないなあ…」と呟くのだった。

 

 

 

 

「えいっ‼︎はああああ‼︎」

 

目の前のキリトくんは黒と青の剣を振り回して、目の前に立ち塞がる大量のコンガを斬り刻んでいく。ソードスキルを使うこともなく、コンガは一撃で倒れて、消えていく。

現在、キリト、アスナ、ユリエールにユイは第1層の裏エリアに来ていた。

地下に広がる、暗闇の迷宮にユリエールが言うシンカーが退避エリアから動けずにいるらしい。

このエリアに来たのは2人も初めてで、少しばかり緊張していた。

それにアスナの傍にはユイがしがみついている。

怖がっているのか…強がっているのか…。どっちか分からないが、余程アスナとキリトの傍から離れたくないようだ。

 

「…すみません、彼ばかりに任せてしまって…」

 

「いいんですよ。あれは一種の病気です」

 

「酷い言い様だなあ。アスナだって同じようなものだろ?」

 

剣を振りすぎたのか、腕をぐるぐる回して解すキリトはそう言い返してきた。

 

「私はか弱い乙女です!」

 

「…ふうん…そうかい…。強がってるのも今のうちだ…ぞ‼︎」

 

そう言うと、アスナの前に未だにビクビクと動くコンガの腕を見せた。

それが見えた瞬間、アスナは「ひえっ‼︎」と、(あわ)れもない声を上げてしまい、キリトに恥ずかしいところを見られてしまう。

 

「やっぱりアスナ、幽霊だけでなくてゲテモノも苦手だな?これ、帰ったら調理して俺に食わせてくれよ」

 

最後まで意地悪なキリトにとうとう堪忍袋の尾が切れたアスナは細剣(レイピア)を素早く抜き、彼の頬すれすれを斬った。

 

「………」

 

ヒュウウウゥ…と良い風の音が響いた気がする。

 

「次やったら…鼻の穴が3個になるからね?」

 

「い、以後気を付けます…」

 

「宜しい」

 

そんなやり取りをしていると、静かな迷宮にユリエールの笑い声が響いた。

すると…。

 

「笑った!」

 

「え?」

 

ユイが『笑った』と言ったのは、もちろんユリエールのことだ。

確かに彼女はここまで1回も笑ってはいなかったが、ユイはそれを気にしていたのだろう。

ユイの言葉1つで、この場の雰囲気が明るくなった気がした。

 

 

 

 

暫く進んでいくと、少し遠いが、前方に白い小部屋が見えた。

見る限り、そこには人影が見えて、ユリエールもいつの間にか小走りになっていた。

 

「ユリエール‼︎」

 

ユリエールの名前を呼ぶ男性の声…。

その声にユリエールさんは涙を溢れさせる。

 

「シンカー‼︎」

 

2人は良かったと思い、お互いに顔を見合わせて笑顔を出した。

だが…。

 

「来ちゃダメだ‼︎この通路には…!」

 

シンカーの言う通り、広い通路の右端に…闇色のオーラが見えた。

狙いはユリエールだ。

 

「ユリエールさん‼︎戻って‼︎」

 

キリトは今からユリエールが回避行動を取っても間に合わないと思い、『覇王剣』を抜いて、ユリエールさんのすぐ側の地面に突き刺した。刺して1秒も経たないうちに、黒いオーラを纏った金色の翼脚がキリトの剣にぶつかった。

その威力にキリトは顔を歪ませる。

 

「ユイちゃん、ユリエールさんのところに!」

 

アスナはユイが巻き込まれないように、ユリエールと一緒に安全エリアへ避難させた。

それからアスナも細剣を抜いて、キリトの隣に立つ。

 

「こいつ…ヤバイかもな…」

 

キリトは腕にまだ鈍く残る痛みを感じつつ、そう呟いた。

今、2人の目の前にいるには見たこともないモンスターだった。

身体からは紫色の胞子状のものが空気に舞っており、身体の約半分は金色、もう半分は黒色になっている。頭には(いびつ)な角が2本、天に向かって立っていた。

 

「アスナ、逃げろ」

 

「逃げろって…キリトくんを置いてなんて…」

 

「アスナも分かってるだろ‼︎ボス名が表示されてないってことは、まだ到達してない層のレベルのモンスターだってことを!今の武器ではやり合えない!」

 

「なら一緒に…!」

 

「俺が奴を引き付けている間にアスナは先に逃げるんだ‼︎俺はどうにかする!」

 

キリトの意志を尊重したいアスナだが、愛するキリトを置いて行くことは出来るはずがなかった。

2人を心配そうに見詰めているユイにアスナは目を一瞬向けたが、すぐに前を向いて、ユリエールとシンカーに叫んだ。

 

「ユイちゃんをお願いします‼︎3人で脱出を‼︎」

 

「お、おい!」

 

「死ぬ時は一緒よ」

 

キリトはアスナの説得を諦めたようで、目の前のモンスターに視線を戻す。

謎のモンスターは金色の翼脚に紫色の粒子を溜め、天に振り上げた。

キリトとアスナはお互いの剣をクロスさせて、防御態勢を作る。

そして、モンスターの翼脚が凄まじい速度で飛んでくる。

一瞬、眩しい光がぶつかった衝撃で起きたが、すぐに防御態勢は崩されてしまい、2人は派手に吹き飛ばされた。

 

「うわあああ‼︎」

 

「ぐあああ‼︎」

 

2人とも壁に叩きつけられ、アスナは武器を手から落としてしまう。

HPもアスナは9割、キリトは5割も消し飛んでしまっている。

 

「あっ……くぅ…」

 

立ち上がることもままならないアスナは顔を上げて、あのモンスターを見る。

奴は足音を一切立てることなく、ゆっくりとキリトの方に歩み寄っている。

キリトは残り半分のHPでも逃げることなく、立ち上がって、二刀の剣を構える。

 

「ここで…終わってたまるか…!」

 

口から紫色の粒子を(よだれ)のように吐き出しつつ、謎のモンスターは高々と咆哮する。咆哮したことで、地下迷宮は何度も反響を繰り返し、2人の耳を刺激する。

 

「うおおおおおおおぉぉぉ‼」

 

キリトも奴に負けないくらいの声を張り上げ、突っ込んでいく。

『覇王剣』を前に出し、一気に突っ込むソードスキル、重突撃SSヴォーパルストライクを発動させる。赤く発光する剣先を頭に突き刺そうとしたが、金色の翼脚がそれを防ぎ、もう片方の翼脚でキリトを掴んで、地面に叩きつける。

 

「がはっ……っ!」

 

翼脚でキリトを抑えながらも、謎のモンスターは口元に紫色の粒子を蓄え、ブレスとして炸裂させようとしていた。

キリトのHPは既に2割を切っている。この攻撃を受ければ、耐えることは出来ないだろう。

身体が未だに言うことを聞かないアスナは無意識のうちに泣き叫んでいた。

 

「キリトくんッ‼」

 

ブレスが炸裂する直前。

 

「ユイちゃん‼︎ダメ‼︎もど…」

 

安全エリアから出てきた人影にアスナは驚愕した。

ユイはなんと、無鉄砲にも謎のモンスターのところに走っていたのだ。

 

「何してるの⁈早く逃げて!ユイちゃん‼︎」

 

キリトも同じくユイが自身のところに向かってきていることに気付き、どうにか動く口で叫んだ。

 

「来るな…!ユイ…‼死ぬぞ⁈」

 

謎のモンスターはブレスの炸裂を止め、ユイに視線を向けていた。

ところがユイは…。

 

「大丈夫だよ…パパ、ママ…」

 

異常な程、落ち着いた声で答えた。

それと同時に奴の翼脚がユイに振り下ろされた。

 

「ユイちゃん‼︎‼︎」

 

モンスターの一撃がユイを捉えかけた時、ガキーン‼と印象に残る音を立てて、モンスターの攻撃を逆に防いでいた。

そして、ユイの頭の上には『Immortal Object』の文字が出ていた。

 

「破壊不能…オブジェクト?」

 

茫然としてると、今度はユイの身体から放電が走り、着ていた服を一瞬で初めて会った時の白いワンピースに戻した。更にその小さな手には青く放電する長剣が握られていた。

そして、それをそのまま振り下ろし、謎のモンスターの翼脚を切り落とし、キリトを助ける。苦しみのたうち回るモンスターにユイは容赦することなく、もう一度斬撃を与える。すると、謎のモンスターは電撃に包まれて姿を消した。

この様子を見ていた2人は、恐る恐るユイに声をかけた。

 

「ユイちゃん…君は…」

 

「ユイ…これは…」

 

「全部、思い出したんだよ…。パパ、ママ」

 

ユイの目には、僅かに涙が溜まっていた。




【補足1】
『コンガ』
別名『桃毛獣』。キモくて、ウザい…。これしかないと思った。

【補足2】
『謎のモンスター』
アンケート結果の第1位、『混沌に呻くゴア・マガラ』。下書き段階では『凶気のナルガクルガ』にしてましたが、ちょっと微妙な気がしたので、(くだん)のアンケートで何が良いか聞きました。
あんまり戦ったことないので、描写が結構大変でした。それと、狂竜ウィルス活かせなかった…。



ここで、何故アンケートに『ドラギュロス』や『メラギナス』があったのか、書き記したいと思います。

『ドラギュロス』
別名が『冥雷竜』だから。因みに『冥雷』は龍属性の雷のことです。

『メラギナス』
棲んでいる場所が暗い洞窟の中だし、何より使う属性が『闇』属性だから。
因みに『闇属性』は氷と龍の複合属性です。


そして、次回、第2回アンケート実施します。


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第15話 願い

キリトとアスナは小さな鋼色の台に乗って、顔を俯かせているユイに目を向けている。

『全てを思い出した』…そう言っていたが、ユイはそれから数分間、口を開こうとしなかった。

2人に真実を伝えるのが嫌なのだろうか…。

親族が死んだところを見ていた…とか…。

もしそうなら…2人に出来ることなんてあるのかと思ってしまう。

 

「全部…思い出したの?ユイちゃん」

 

心配そうに声をかけたアスナにユイは漸く答えた。

 

「はい、キリトさん、アスナさん」

 

キリトとアスナは驚愕した。最初に会った時は『アスナ』も『キリト』も言えていなかったユイは2人の名前を脈絡もなく言い上げた。

 

「アスナさんは、このゲームを支配しているのが何なのか知っていますか?」

 

「え」

 

アスナは突然途方もない質問をされて、狼狽(うろた)えてしまう。

 

「このゲームを支配しているのは『カーディナル』というシステム…。剣もアイテムもモンスターも何もかもが『カーディナル』によって出来ています。プレイヤーのメンタルも…」

 

そこまで言って、ユイは一息吐いてから、こう続けた。

 

「【Mental Health Counseling Program 試作1号コードネーム『ユイ』】…それが私です」

 

ここでアスナが悲鳴のような小さな声を出した。

キリトも…ショックのあまり茫然とするばかりだった。

 

「プログラム…AIだって言うの⁈こんなに…人間なのに…」

 

ユイをAIだと信じたくないアスナは必死に言い訳する。

そうやって現実から目を逸らそうとするが、ユイはすぐに反論する。

 

「私にはプレイヤーに悪影響を与えないために感情模倣のプログラムも組み込まれています。…偽物なんです。好きだとか…悲しいとか…美味しいだとか…何もかもが…。それに…この涙も…」

 

キラキラと輝きながら落ちる涙…。

ユイが2人に真実を伝える事がとても辛いことを証明していた。

 

「でも…でも!AIが記憶喪失になるの?」

 

「…SAOサービス当日…私は何故か『カーディナル』から出向禁止を命じられました。仕方なく、モニターでの観察だけをしていたのですが…状況は最悪でした…」

 

その時の状況はキリトも分からなくなかった。

デスゲームとなったあの日、プレイヤーたちは絶望を味わっていたことを。

 

「彼らが発する負の感情をどうにか無くそうと思ったのですが、出向禁止を言われていた私にはどうにも出来ず、エラーを蓄積していって…最終的には…」

 

そこから先は口を濁したユイ。もはや聞くまでもないだろう。

 

「でも…ある日、他のプレイヤーとは異なった感情を持った男女がいることに気付きました。喜び…愛しみ…朗らかな感情を持ったプレイヤー…その人たちに会いたくて…」

 

そこまで言われて、キリトもアスナも瞳から雫が落ちていることに気付いた。

 

「お2人に会いたかった…。おかしいですよね?偽物の感情を持った…ただのAIなのに……」

 

「ユイちゃん……」

 

キリトは涙を拭い、ユイに近付き、声をかける。

 

「ユイはもう、システムに操られる存在じゃないし、自らの望みを言えるんだ。…ユイの望みを…言ってみるんだ。俺たちは、それを甘んじて受け入れるよ」

 

「…っ、私…はっ…」

 

嗚咽(おえつ)を漏らしながら、ユイは両手をキリトとアスナの方に伸ばしてきた。

そして…。

 

「ずっと……ずっと、一緒にっ…居たいです…。パパ…!ママ…!」

 

その言葉を聞いたアスナはとうとう涙腺が崩壊した。

アスナが先にユイを抱き締め、キリトが後から続いた。

 

「ずっと…ずっと一緒だよ、ユイちゃん…」

 

「ああ…ユイは俺たちの子供だ…。これからも一緒だぞ、ユイ…」

 

後から後から溢れ出る涙を流していくキリトとアスナにユイは意味深な発言を口走る。

 

「でも…もう…遅いんです…」

 

「遅い…って、どういう意味…」

 

『遅くはないぞ、MHCP』

 

と、突然、ユイの座る鋼色の台から何者かの声が響いた。

ユイは目を見開いて、声を上げた。

 

「カーディナル…!」

 

「いや、今の声は…‼︎」

 

キリトには聞き覚え…というより、絶対に忘れられない声が耳に入ってきて、その声の主が誰かはすぐに分かった。

 

「茅場‼︎」

 

『誰かは分からないが、そこにいるプログラムは私の命令に違反して、ボスモンスター【混沌に呻くゴア・マガラ】を消滅させたな…』

 

「…っ、パパとママを守るためです!その代償で…私が消えてしまっても構いません‼︎」

 

「消えるって…どういうこと⁈」

 

『簡単な話だ。命令に違反したAIは消去するだけ……と言いたいところだが、それは止めだ』

 

「え?」

 

ユイは呆気に取られたような声を出す。

 

『君たちとそこのAIの絆に感動した。ここでそのAIを消してしまっては…私は本当に悪者になってしまう』

 

キリトは好き勝手に言う茅場に、怒声を上げた。

 

「ふざけるな‼︎‼︎ユイはお前の操り人形じゃないし、単なるAIでもない‼︎ユイは……ユイは、俺たちの愛する子供だ‼︎」

 

「パパ…」

 

茅場は『ふっ』と息を吐き、俺たちに言った。

 

『確かに、そうだな。ユイは君たちにやろう。彼女のデータも能力も消さないでおくから…きちんと有効活用するのだよ?』

 

そこで茅場との会話は終わった。

キリトは先程まで胸の中で溢れていたはずの怒りが一気に冷め、どこかやるせない気持ちになってしまう。

結局…茅場の手の平の上で踊らされているのではないかと、キリトは思ってしまう。

それでも…。

 

「ユイちゃん…良かった!良かったね‼︎これからはずっと一緒だよ?もう…離さないからね」

 

「ママ……うっ、ママ、ママ、ママ…っ、ママぁ‼︎‼︎」

 

大声を上げて一気に泣き出すユイとアスナ。

今日この日、3人は1つの家族になったんだ。本当の家族に…。

 

「パパも一緒ですよ‼︎ずっと‼︎」

 

「ああ、当たりまえだ‼︎帰ろう、ユリエールさんたちが心配しているはずだ」

 

ユイが真ん中に立ち、キリトとアスナの手を握って出口へと戻るのだった。

 

 

 

 

あれから4日経ち、ユイはもうどこからどう見てもただの子供にしか見えないくらいにおてんば娘になった。

それを誰かに見られたのか、新聞でキリトとアスナの子供が生まれたと広まってしまい、その通告を見る度に2人は「はあ…」と溜め息を吐くのだった。



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第16話 釣り大会

キリトは自前の椅子に座り、湖に向かってウキを投げ入れた。

プカプカと浮きは湖面を静かに浮かんでいるが、それがいつまで経っても水の中に沈み込まれる様子はなかった。

それがもう大体1時間半は経っている。

忍耐力だけは自らの取り柄だと思っているキリトであるが、流石の彼も心が折れそうになっていた。

そうやって退屈な時間が流れていると、キリトの横に1人の老人が座り、同じくウキを投げ入れた。

 

「釣れましたか?」

 

「いいえ、全く…」

 

1匹…いや、2匹くらい釣らないと、ログハウスで待っているアスナとユイに申し訳が立たないと思っているが、この現状をキリトは打破できそうもなかった。

 

「ここは釣りスキルが高くないと釣れないんですよ?」

 

「えっ?そうなんですか⁈」

 

「知らなかったんですね。…ああ、申し遅れました。私はニシダと申します。元はアーガス社の清掃係をしていました」

 

「『アーガス』って…SAOとナーヴギアの?」

 

「ええ。っと!」

 

そんな話をしてる間にも、ニシダは釣竿を高々と上げて、【サシミウオ】を釣り上げた。

 

「おおっ!すげー!」

 

「いやなんのなんの。ここでなら、これくらい序の口ですよ。私は釣った魚を食べるのが細やかな楽しみですから。ただ…」

 

ニシダは感慨深そうにこう続けた。

 

「刺身で食べる時に醤油がないから…ちょっとねえ…」

 

「醤油かあ…」

 

キリトは虚空を少し眺めてか、ら思い出したように呟いた。

 

「醤油なら…ありますよ?」

 

「……なっ、なあああんだってぇぇぇ⁈」

 

ニシダはキリトに顔を思いっきり近付けて、凄まじく叫ぶのだった。

 

 

 

 

「ママ、今日もたくさん野菜が取れましたね!」

 

「うん、そうだね。キリトくんも魚釣れているといいけど」

 

「パパなら大丈夫ですよ。だって、パパに出来ないことなんてないんですから!」

 

そう言ってくれる娘が出来て、キリトはとても嬉しく思うことだろうとアスナは感じた。

しかし、実際アスナは大丈夫かと思っていた。

理由は単純で、キリトは滅多に釣りは行かないからだ。

 

(まあ釣れてなくても、今ある材料で今日の分は補えるけど…)

 

そんなことを考えていると、ログハウスに灯りが付いていることに気付いた。

キリトはもう帰宅しているようだ。

 

「ただいまー。キリトくん、何か釣れたー?」

 

家に入ってすぐ、テーブルにはキリトと…知らない老人が向かい合って、お茶を交わしていた。

 

「…え…誰?」

 

「おかえりアスナ。お客様だよ。ニシダさん、妻のアスナです」

 

「凄い美人ですね⁈あんな美人が奥さん⁈キリトさん羨ましいですねえ?」

 

「え?…えっ⁈」

 

混乱するアスナが正気に戻ったのは、それから20分も経ってからだった。

 

 

 

 

テーブルにはニシダが釣った【サシミウオ】が2匹、それぞれ刺身と焼き魚にしておかれていたが、既に食べ終えられてしまっている。

アスナは何故、ニシダがここにいるかキリトに聞いたところ、醤油を味わいたいから、らしい。美味しい【サシミウオ】を釣ってくれたニシダに、そのお返しに醤油をあげるのは当然だろうと思ったアスナは料理の腕を振るった。

 

「いやー久しぶりに醤油の味を楽しめました。ありがとうございます」

 

「いえ、それほどでも…。また食べたいようなら差し上げますよ?」

 

「それは有難いです!本当に感謝します‼︎」

 

「いいえ、そんな…」

 

普段の攻略では会うこともない人と話していると、この世界にはこういう人もいるんだなとアスナは考えてしまう。

普通に生活して、生きているプレイヤーも…。

アスナがお茶を(すす)っていると、ニシダはキリトにこんなことを言い出してきた。

 

「キリトさん、あなたのレベルを見て、おり言って頼みがあるんです!実は1つの池には

(ぬし)がいて……」

 

 

 

 

ニシダが帰って、ログハウスにはキリト、アスナそしてユイちゃんだけになった。

ユイは久しぶりに遠出をしたからか、既に寝てしまっている。

アスナは普段着から寝間着に着替えて、キリトと共に同じベッドに横たわる。

2つあったはずのベッドの1つは、もうユイ専用のものになってしまっている。

 

「はあ…今日はなんか疲れたな」

 

「ふふ、キリトくんってあんなおじいさんと友達だったかなって…本当に戸惑っちゃった」

 

そう言って、アスナはキリトの上に覆いかぶさる。

キリトは疲れ切った瞳をしていたけど、アスナをきちんと見詰めていた。

 

「アスナ、今日はダメだぞ?」

 

「分かってるよ。だって…明日は釣り大会でしょ?」

 

そう…あの時言われたのは釣り大会の話。

1番大きな池には(ぬし)がいるらしく、それを釣り上げるにはキリトの筋力パラメータがないと無理らしい。だから、お願いしてきた…ということだ。

 

「…この世界にはあんな人もいるんだってことが分かったよ…」

 

「色んな人がいるんだよ。俺もあそこまで交友的な人は初めてで、ちょっと戸惑ったけどな…」

 

「私たち…期待されてるんだね。ニシダさんたちに…」

 

「ああ…。でも今は…」

 

キリトは(てのひら)をアスナの頬に当てる。

彼の優しい眼差しは、アスナを安心させていく。

 

「今は…このまま…」

 

「そうだね。もう少し…一緒に…ゆっくりしていたい…」

 

眠気に負けまいと思いながらも、アスナはキリトに抱きつく形で微睡(まどろみ)に落ちていった。2度と…彼を離さないように、と思いながら…。

 

 

 

 

朝の日差しが眩しい…。

現在、キリトはアスナとユイで1番大きい湖にやって来ているが、そこには3人だけでなく他のプレイヤーもわんさかと来ていた。

 

「俺たちだけじゃなかったのか…」

 

「いいじゃない、キリトくん。こういう楽しい行事はみんなでやった方が…」

 

「本当は休暇中なんだけどな、俺たち」

 

そうボヤいていると、主催者のニシダが前に出てきて概要を説明する。

 

「では、今回の目玉である主釣りを行いたいと思います。キリトさん、よろしくお願いします」

 

「あ、はい…」

 

釣りでのスイッチは初めてなので、どうしたらいいかキリトは考えてしまう。

 

「では、行きますよ。そりゃあー‼︎」

 

ニシダの持つ赤い生きたカエルの付いた竿に黄色いエフェクトが走る。

そして湖にウキを投げ入れ、真剣な眼差しを向ける。

数分間、湖に静寂が流れる。

キリトはそれを間抜けな眼差しで見ていたが、暫くして竿の先端がピクッと僅かに動いた。

それに気付いたキリトはニシダに釣竿を引くように促す。

 

「ニシダさん、そろそろ…」

 

「まだまだ!」

 

そうは言うが、もう何度も竿は動いている。

しつこいと思いながらも、キリトはもう一度言ってみた。

 

「やっぱり…そろそろ…」

 

「まだです!」

 

そう言って、今度は竿がグンと強く竿が引かれた。

 

「今だ‼︎‼︎はい、キリトさん‼︎」

 

有無を言わさずに竿を握られるキリト。

茫然としていると、突然とんでもない引きがキリトを襲った。

それは彼の身体が湖に持っていかれそうになるほどだった。

 

「ぐぎぎぎぎぎ…‼︎くっ、こっ…のぉ‼︎‼︎」

 

それでもキリトは自らの筋力をフルに活用して、どんどん岸へと足を進めていった。それにより魚影が見えたのか、アスナは「あ、見えてきたよ‼︎」と叫んで、キリトを差し置いて岸に走り寄っていく。

だが、そこからは歓喜の声ではなく、何か…驚嘆の声が聞こえてきた。

キリトも早く見たいがために、釣竿を無理矢理に引っ張っていくが、突然竿を引く力が消えて、後方に倒れてしまう。

 

「えっ⁈…あ、ああぁ‼︎」

 

彼の持っている竿には針が付いておらず、プランプランと透明な糸が揺れているだけだった。

主が逃げてしまったのではとキリトは岸に走るが、既にそこにはアスナたちはいなかった。何故か知らないが、岸からかなり離れた場所に立っていた。

 

「キリトくん!危ないよお‼︎」

 

「何が?」

 

と、突然キリトの前の湖で水飛沫が上がった。

岸にある桟橋を吹き飛ばして現れたのは…巨大な飛竜のような容姿の魚だった。その魚の頭の上には『Plesioth』と名前があった。

瑠璃色の鱗に大きな背びれ、そして白い眼球が特徴的で、キリトを視認するなり特徴的な咆哮を上げて、口を開けた。

キリトは突然現れた魚竜にビビってしまい、アスナの背後にまでダッシュした。

 

「お、おい酷いぞ‼︎自分たちだけ逃げるなんて‼︎」

 

「へへ、ごめん…」

 

「キ、キリトさん!あれ‼︎」

 

ニシダが指差す先には魚竜が(おか)の上を走ってくるのが見えた。

 

「陸を歩いている…!肺魚なのか?」

 

「キリトさん!そんなことより早く逃げないと‼︎」

 

「いや、逃げないでいいですよ。キリトくん、行けるでしょ?」

 

「ま、まあな。任せとけ」

 

キリトは装備から愛剣の『覇王剣』を背中に装備し、その柄に手をかける。

『Plesioth』は構うことなく、突進し続けている。

後ろではニシダが「奥さん、キリトさんが!」と叫んでいるが、アスナもユイも全く心配していない。

そして、奴が大口を開けたところで、キリトは突進SSソニックリープを放ち、その魚竜を縦に真っ二つにした。

そんな光景を後ろで見ていたプレイヤーは茫然としており、逆にアスナはニコニコ、そしてユイは手を振って「パパ、流石です!」などと…温度差が違って、キリトはなんとなくぎこちなくなってしまう。

 

「す、すごいですよ!キリトさん‼︎」

 

しかし、キリトの凄さが分かったプレイヤーはすぐにキリトを取り囲んだ。

この層のプレイヤーはキリトのような、高レベルなプレイヤーを見たことがないので、興奮してしまっているのだろう。

そう…。こんな楽しい生活が続くとキリトもアスナも思っていた。

目の前に突然現れた…ヒースクリフの伝言が届けられるまでは…。




【補足1】
『サシミウオ』
モンハンで最も有名な魚(多分)。意外とカラフルな魚…らしい(サシミウオをちゃんと見たことがないから、ここらへんは曖昧)。
名前の通り、刺身でも食える魚。


【補足2】
『Plesioth』
大型の魚竜種モンスター『ガノトトス』のことである。余程モンハンに興味ないと、この英語表記は知らないはず。
釣り大会で釣る巨大な主は『ガノトトス』か『ザボアザギル』のどちらかにしようと考えていましたが、原作で餌が両生類っぽいもの?だったのと、普通の湖だったことから、『ガノトトス』を採用しました。
私の初邂逅は3Gでしたが、地上での回転尻尾攻撃の異常な範囲に発狂した記憶あり。



アンケートは次の話を投稿してから、2日後までとします。


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第17話 ここにいる意味

この話…めちゃくちゃ書くの大変だった…。


いつもの装備を身につけて、ログハウスから出ようと思ったアスナだったが、ベッドで未だに横たわるキリトを見て、腰に手を当てて叱る。

 

「こら!団長からの命令なんだから仕方ないでしょ‼︎いつまでもメソメソしないの!」

 

「そう言ってもよお…まだ2週間だぜ?短くないか?」

 

「短くないよ!むしろ2週間も()()()()くれてたのよ?感謝しなきゃ、団長に」

 

「…はあ」

 

キリトが悲しむのも無理はなかった。

だが、その様子をアスナは自身の前で大っぴらに見せつけないで欲しかった。

彼女自身もこの2週間の生活が楽しくて、幸せで堪らなかった。

それが奪われるなんて、胸が締め付けられる気分だった。

 

「ほら!行くよ‼︎」

 

「分かったよ…」

 

「パパ…。ママ…」

 

切ない視線を2人に向けるユイ。

キリトがまず抱きしめ、続いてアスナもユイを抱き締めた。

 

「寂しいと思うけど…お留守番お願いね?」

 

「…はい、頑張ってきてください、パパ、ママ」

 

それでもユイの表情は曇ったまま。

見かねたキリトはユイの頭を撫でながら、こう続けた。

 

「大丈夫だよ、ユイ。俺たちは絶対帰ってくるから」

 

「約束ですよ?パパ」

 

「ああ、約束だ」

 

名残惜しくもユイから離れたキリトと一緒にアスナは2週間ばかり住んでいたログハウスから出ようとする。

ところがすぐに足が止まってしまい、リビングを見詰めてしまう。

懐かしみを感じてしまったが、首を振って『行かなくちゃ』とアスナは自分に言い聞かせて、第22層の転移エリアに赴くのだった。

 

 

 

 

「いやはや、2人にはお世話になりました」

 

目の前にはニシダが立っている。

『どうしてここに…』とアスナは思ったが、キリトとアスナが攻略組と聞いて、せめてお礼を言いたくて来たそうだ。

 

「いいえ、こちらこそ。上手い魚も食べれたし…」

 

「主も釣れましたから」

 

「そうですか…。…正直、私は攻略には赴けないレベルで、あなたたちにお任せにしているとずっと自覚しているのですが…そこが申し訳なくてここに…」

 

「そんなことは…」

 

キリトが『そんなおとはない』と言う前に、アスナは無意識にポツリと話し出した。

 

「私も……最初はずっと遠くの出来事だと思っていました」

 

キリトが少し驚いた表情をしていたが、彼女は気にせず続ける。

 

「この世界に放り出せれて、数日くらい…涙が止まりませんでした。1日が過ぎていく度に、現実の私はどこか消えていく…そんな感じでしました。でも、その考えを放棄しようと…戦いに明け暮れました。どんどん強くなって…こんな世界から抜け出してやる…そう思ってたんです。そんな時、木陰で寝ている人がいて、頭に来ちゃって…訳も分からず怒鳴りました。でも…その人は暢気(のんき)な顔してこう言ったんです。『毎日迷宮に潜るのはストレス、今日見たいな素晴らしい天気の日くらい休まなきゃ…。お前もそう思わない?』って。それを聞いて…なんか…今まで私が考えてたこと全てが崩れて…その日、初めてぐっすり眠れました。その日からその人のことが忘れられなくて…ずっと追っていました。その人は…ここにいるキリトくんです」

 

「アスナ…」

 

「キリトくんと一緒にいれば、怖くなくなった。彼を見れば、元気が湧いた。そして…初めてここに来て…『良かった』と思えた」

 

ここでアスナはいつの間にか泣いていることに気付き、慌てて涙を拭う。

それでも言葉は紡がれる。

 

「ここでの2年間生きた意味はキリトくんであり…生きた証でもあるんです」

 

キリトの手をギュッと繋ぎ、ニシダに最後にこう伝えた。

 

「私はキリトくんに会うために、あの日、ナーヴギアを被ったんです!ニシダさんにも…きっと大切なものがあると思います!」

 

するとニシダは一回鼻を(すす)り、「そうですなあ…」と呟いた。

そして、2人の手を取り、願うように言った。

 

「頑張ってください!私に出来ることはこれくらいです」

 

「分かりました。また暇が出来たら、一緒に釣りでもしましょう」

 

キリトはそう返した。アスナも同じように頷き…。

 

「行ってきます」

 

「「転移!グランザム!」」

 

2人は転移場所の名前を叫び、青い光に包まれていった。

 

 

 

 

「偵察隊が全滅⁈」

 

キリトは叫ばずにいられなかった。

目の前に鎮座しているヒースクリフから聞かされたのは、第75層のボスエリアに偵察した10名のプレイヤーが僅か数分の間に消えてしまった…ということだった。

しかも聞く限り、そのボス部屋は結晶無効化エリアであることは間違いなかった。

 

「なので、近々かなりの人数を連れて、大規模のボス攻略を行う。そこで君たちを呼んだということだ」

 

「もちろん参加はします。だけど、俺は自分の命よりアスナの命の方が優先度は高いんです。もし…アスナが危なくなったら…パーティーよりもアスナを優先します」

 

反対するかとキリトは思ったが、ヒースクリフはむしろ笑みを浮かべてこう言う。

 

「誰かを守ろうとする力は無限に等しい。勇戦を期待するよ、キリトくん」

 

 

 

 

「あーあぁ…明日、遂に攻略かあ…。きちんと守ってね、キリトくん」

 

会議室の机に座るアスナはいつも通りだが、キリトはいつもの冷静さを保てていなかった。そのせいで、アスナが怒ると分かっていても、こんなことを言ってしまった。

 

「…怒らないで聞いてくれ。明日の攻略…アスナは行かないで欲しい」

 

そう告げると、アスナの笑顔が一瞬で消えて顔が俯かれる。

数秒の静寂の後…アスナは口を開いた。

 

「どうして…そんなこと言うの?」

 

「今までのボス戦のやり方が通じるか分からない。それに結晶無効化エリアなら、転移結晶が使えないから、逃げることも出来ない。そんな中にアスナを行かせるのは…」

 

「そうやって自分だけ格好つけて、私を置いて行って…キリトくんの帰りを待ってろと言うの?」

 

アスナの足音が聞こえる。徐々に俺の方に近付いて、キリトの目の前で止まる。

何を言われるのか、恐れていると…。

 

「もしもキリトくんが帰ってこなかったら…私、自殺するよ!」

 

心臓の鼓動が止まるほどの衝撃がキリトを襲った。

勝手に瞳孔が大きく広がり、汗が吹き出た。

 

「待っていた私が許せないし、もう生きている意味がないもの」

 

「ごめん…俺、弱気になってる!本当は俺が怖いんだ…!あの家でユイと一緒に生活して…逃げていたいんだ!」

 

アスナの手を握って、そう叫ぶキリトをアスナは真摯(しんし)に受け止めてくれる。

 

「…それが可能なら…どんなに幸せだろうね…。私もそうしたい…ずっと、ずっと…。でもキリトくん…考えたことある?私たちの身体が今どうなっているか…」

 

「え?」

 

唐突に自身の身体について言い出したアスナにキリトは狼狽(うろた)える。

 

「ゲームが始まって暫く経ってから、みんな回線エラーが起きたでしょ?あの時に私たちは病院に行って、機械に繋がれてどうにか生きているって状態だったら…そんなに長く持つなんて思えない」

 

「つまり、ゲームのクリアするしないに関係なく…タイムリミットが存在するというわけか…」

 

残酷な未来を呟くと、アスナはその顔をキリトの胸に押し当てて泣き始めた。

震えるアスナの身体を支えて、頭を撫でるキリト。

 

「私…私…!ずっと一緒にキリトくんといたい‼︎どんなことがあっても…ずっと一緒にいたいから…そんなこと…言わないで‼︎」

 

「…ごめん、アスナ…。俺たちは、戦うしかない。それまで…ずっと一緒だ」

 

そう言って、アスナの涙を指で掬うと、軽く唇を重ねる。

分かったことは結局…良い未来を築くには、戦い続けるしかないことだけだった。



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第18話 青き結晶を纏う蠍

サブタイトルで何か分かってしまうかも…。



ボス攻略するメンバーはもう既にこの広場に集まっていた。

キリトとアスナも遅くなりながらも、到着した。

ただ、相変わらず2人に向けられる視線は刺々しいものだった。

ビーター、ユニークスキル使い、その他にもアスナとの関係など色々な要因でこのような結果になってしまったと言えるだろう。

 

「よう、キリト、アスナさん」

 

「お前らも来たのか」

 

声をかけてきたのはクラインとエギルだった。

彼らは数少ないキリトと友好的な関係を持つ者で、視線は全く厳しくなかった。

 

「楽しい新婚生活でも送っていた……ごふっ!」

 

調子に乗ったことをベラベラと言う前にキリトはクラインの顎を蹴り上げて黙らせた。

横ではエギルが溜め息を吐き、アスナも呆れた表情をしている。

そんな穏やかな会話をしている間に、血盟騎士団団長のヒースクリフが最後にこの場に数名の部下を引き連れて現れた。

回廊結晶を使って、攻略に赴くプレイヤー全員をボス部屋の前に連れて行けるように準備した。

 

「コリドー、オープン。さあ、行くぞ」

 

ヒースクリフを先頭にキリトたちもボス部屋のところに向かう。

結晶で開かれたゲートの先には大きな扉があり、扉に手をかけるヒースクリフ。

不安で満ち溢れる空気の中、アスナはキリトの左手に優しく触れた。

 

「アスナ…」

 

「大丈夫、私は死なない。それに君を守るのも私の仕事だよ?」

 

「…ああ。俺も絶対に死なない。そして君も守る」

 

「信じてるよ…」

 

甘えるような声で言い終えたアスナは表情を元に戻し、キリトがあげた白銀色の細剣(レイピア)を抜く。

キリトもアスナに(なら)って、背中に納めている二刀の剣を抜く。

 

「行くぞ‼突撃ぃ‼」

 

ヒースクリフの激励の声を筆頭に、キリトたちを含めた全てのプレイヤーは一斉にボス部屋の中へと雪崩れ込む。全員が入り終えたところで、不気味で巨大な扉は勝手に閉じ、姿を消す。

ボス部屋は丸い闘技場なもので、周囲には青く輝く結晶が煌々(こうこう)と輝きながら、(そび)え立っていた。だが、そこにボスの姿は全くなかった。

 

「何も…いない?」

 

誰かがそう呟き、一時の沈黙が流れる。

全員で耳を澄まし、周囲を探る。

その時、関節と関節が擦れるかのような音がアスナの耳に入った。

それがどこから聞こえるか、周囲を見渡そうとした時、アスナからその居場所は告げられた。

 

「天井よ!」

 

その声で全員が真上を振り向く。

そこでは青い結晶を頭部、(はさみ)、尾に散りばめている巨大な蠍が天井にへばりついていた。

そいつはボス部屋に入ってきたプレイヤーを視認した途端、黄色の複眼を赤色に変色させた。

そして名前も判明する。

 

 

【Agra Vasim】

 

 

「アグラ…ヴァシム?」

 

キリトが呟いた途端に、奴は天井から降りてくる。

 

「固まるな!距離を取れ‼」

 

ヒースクリフの言葉で全員が円形のエリアから端へと移動するが、恐怖のすぐに動けないプレイヤーもごく少数ながらいた。

 

「こっちだ!早く来い‼」

 

キリトの怒鳴り声で正気を戻したが、【Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)】が地面に降りたと同時に発生した激しい振動でプレイヤー2名が動けなくなってしまう。

動けない間に奴の尾から青白い液体がビーム状に発射されて、プレイヤー2名に浴びせた。

 

「うわあ⁈な、なんだこれ⁈」

 

驚いたことに、その液体を浴びたプレイヤーには青い結晶がへばりつき、それは時間が経つにつれて、膨張していた。

 

「助けてくれ…!助けて‼」

 

「待ってて!すぐに…」

 

「アスナ!今すぐ離れろ!」

 

キリトはアスナの身体に体当たりする形で、彼らから距離を取らせる。

その数秒後、身体にへばり付く結晶は激しく爆発した。

キリトもアスナも数秒、その瞬間を固まって見ていた。2名のプレイヤーの身体がバラバラになって地面を転がるのを見ながら…。

 

「嘘…一撃で……」

 

Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)】はプレイヤー2名を殺しただけで、満足なんかするはずもなく、新たな獲物を求めて、重厚な4つの重脚を器用に動かす。

そして、大きな鋏を1人のプレイヤー目掛けて振り下ろす。

 

「危ない!」

 

しかし、振り下ろされる前にヒースクリフが鋏の一撃を自慢の盾で防いで助ける。

だが…すぐに横に回って、取り逃した獲物を鋏で掴んで、圧死させた。

そこからも軽微なフットワークでプレイヤーに詰め寄り、惨殺を繰り返そうとする。

 

「っ!」

 

キリトは我慢できず、ボスのところに駆ける。

 

「キリトくん!」

 

もう一度、鋏を振り上げている瞬間にキリトはボスの間合いに入り、鋏の一撃を防ごうとする。

ガキィンと金属と金属がぶつかる音が響くが、キリトはこの攻撃を耐えきれているわけではなかった。重みのある鋏の威力に耐えきれず、自らの剣が肩に食い込んでしまっていた。

 

「ぐっ…ぐぅぅ!お、重い…!」

 

肩から血が流れ、抉られる痛みに襲われるキリトに奴は容赦なく、もう一方の余った鋏を叩きつけようとしたが、それはヒースクリフの盾で防がれた。その隙にアスナが単発SSリニアーを顔面に食らわせて、怯ませた。

 

「2人がかりでなら、鋏の攻撃はガード出来る。尻尾も頑張ればどうとでもなる。私たちなら出来るよ!」

 

キリトを支えてくれたアスナがそう言う。

 

「…そうだな…」

 

そう話してる隙にも奴は赤い双眸(そうぼう)を2人に向け、突進してくる。

 

「鋏と尾は俺たちで防ぐ!みんなは側面から攻撃してくれ!」

 

それを聞いた他のプレイヤーは、キリトとアスナ、ヒースクリフの3人で【Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)】の攻撃を防いでいる隙に側面へ回り、重脚を重点的に攻撃していく。

しかし、奴はキリトたちだけに標的を絞るわけではなく、4つの重脚や尾を激しく動かして、味方を蹴散らしていく。

だが、そこでも隙が生まれるため、キリトとアスナは更に叩く。

キリトが重突撃SSヴォーパルストライク、アスナは重突撃SSアニートレイを放って、顔面に付いた結晶を破壊する。奴も怯みはしたが、追撃される前に再び天井に張り付き、尾から爆発性を伴う結晶をビーム状にして、発射してきた。

キリトやアスナなどの高レベル帯のプレイヤーは避けることが出来たが、中レベル帯のプレイヤーたちはもろに受けてしまい、一気に()られてしまう。

あの尾を切り落とさない限り、この攻略は簡単には行かないとキリトは踏んだ。

どうやって天井から落とせるかと思っていると、アスナが一気に跳躍して、アグラ・ヴァシムの重脚の1つを最上位突進SSフラッシングペネトレイターで切断した。

落下して、ダウンしている奴にキリトもアスナに負けじと4連撃SSバーチカルスクエアでを重脚に叩きこんで、更に1本切り落とした。

これでまともに動けなくなると思えたが、突如奴は尾を地面に埋め込み、何かチャージをし始める。地面が青く光り出し、すぐにとんでもない規模の爆発が起きる。爆風にキリトたちは後方に吹き飛びかけてしまう。爆発の反動で奴は空中に飛び上がり、大プレスをかましてきた。

しかし、地面に着地した瞬間、ヒースクリフがいつの間にか奴の側面に回っており、残りの重脚を全て切り落とした。

 

(おかしい…)

 

キリトは今のヒースクリフの動きがおかしいと思った。

ボスの大技が発動したとき、ヒースクリフはキリトやアスナの傍にいた。

ほんの数秒で、ボスの攻撃を(かわ)しつつ、側面に移動するなんて不可能だと思えた。そんなヒースクリフの動きに疑問を抱いていると…。

 

「キリトくん!」

 

アスナの呼び声でキリトは我に返った。

先陣を切るアスナは重突撃SSアニートレイをボスの尾の根元に食い込ませる。亀裂が入った尾の根元にキリトは重2連突撃SSヴォーパルスラッシュを撃ち込む。

 

「うおおおおおおおおぉ‼」

 

これにより、奴の尾は根元から切り落とされ、残るは2つの鋏だけとなったが、前に出なければ、の鋏も脅威となることはなかった。

無様な姿になったボスを見たヒースクリフは全プレイヤーに叫んだ。

 

「全軍、突撃!」

 

これであとはもうなぶり殺しだった。

生き残った攻略組で一斉攻撃を仕掛け、1分も経つことなく、第75層のボス【Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)】は死ぬのだった。




【補足1】
Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)
MHF産の甲殻種モンスター。本作は辿異種を採用。麻痺と結晶を多用するサソリ型モンスターで、個人的に見た目のインパクトは凄いと思う。(アンケート1位の結果でもある。)
辿異種で出た『継続麻痺』を活かしたかったが、出せるような場面がなかった。
因みに英語表記は自分で勝手に付けたものです。


【補足2】
【重突撃SSアニートレイ】
キリトが使う重突撃SSヴォーパルストライクと似たような性質を持つ。
ただ、アスナが使うソードスキルなので、貫通力はこちらの方が上である。


【補足3】
【重2連突撃SSヴォーパルスラッシュ】
キリトの使う重突撃SSヴォーパルストライクを2つの剣をどちらも前に出して、突撃するソードスキル。威力はこちらの方が上だが、スピードは劣る。


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第19話 駆け抜ける(いかづち)

第75層のボス【Agra Vasim(アグラ・ヴァシム)】を討伐したキリトたちはボス戦で発生した緊張感やアドレナリンが切れてしまい、その場に座り込んでしまっていた。

誰もが口を開くのも忘れていた頃に、エギルが誰かにこんな問いを投げかけた。

 

「どれだけ……やられたんだ?」

 

その問いにはキリトがパーティーメンバーの一覧を見ながら答えた。

 

「25人…だ」

 

それを聞いたプレイヤー全員の顔は一瞬にして蒼白した。

いくらQuarter(クオーター)層だと言えども、ここまでやられるなんて、誰にも想像がつかなかった。

誰もが言葉を失い、絶望感が心を締め付けた。

キリトも自分自身で死亡人数をみんなに伝えたのは間違えだったか、とも思ってしまう。そう思いながらも、キリトの視線は悠々と、かつ冷静に攻略メンバーを見詰めて立っているヒースクリフに向いていた。

ボス戦の時の異常なまでの速度に、キリトは疑問を感じていたのだ。それにあれだけ激しい攻撃をしていたボスの攻撃を盾で防いでいたとは言えども、HPゲージが黄色にならないのはおかしすぎる…と。そうキリトは思っていたのだ。

だから、地面に置いていた覇王剣を握り、ゆっくりと立ち上がった。

それに気付いたアスナは声をかける。

 

「キリトくん?どうし……」

 

アスナの問いに答える前に、キリトは下段突進SSレイジスパイクをヒースクリフに向けて解き放っていた。

ヒースクリフは突然、キリトが攻撃を仕掛けてきたことに驚きながらも、盾を構えたが間に合うはずもなく、刃先はヒースクリフの顔を捉えると思われた。

だが、それは透明な壁…システム上の壁に阻まれた。

紫色のエフェクトがヒースクリフの前で破壊不能オブジェクト【Immortal Object】の表示が出た。

アスナもキリトに対して、「何をしているの!」と言いたげな表情を一瞬作ったが、ヒースクリフに破壊不能オブジェクトが出たことで、キリトの急襲はどうでもよくなった。

 

「破壊不能オブジェクト?どういうことですか、団長!」

 

全員がヒースクリフに注目する。

ヒースクリフは黙ったまま、攻撃を仕掛けたキリトだけを見ている。

 

「ずっと…思っていたことがある」

 

誰もが沈黙を貫く中、キリトが口を開いた。

 

「この事態を作り出し、楽しんでいる茅場はどこで何をしているのかって…。でも、それが今日…このボス戦で分かった。あいつはずっと俺たちを身近で見ていたんだ。金魚を水槽に入れて、観察するように…。…そうだろ、ヒースクリフ団長…いや、茅場彰彦」

 

キリトの推理に誰もが目を見開き、ヒースクリフを二度見した。

ヒースクリフは暫しの沈黙の後、「ふっ」と笑みを溢した。

 

「その通りだよ、キリトくん。私は茅場彰彦だ。それとこのSAOでのラスボスだ」

 

大人しくヒースクリフ…茅場は自供した。

同時にラスボスであるという大きな事実も暴露したが、そんなことはどうでもよかった。

 

「随分とたちが悪いな。プレイヤーになりすますとは…」

 

「いやいや、私が作ったゲームでプレイヤーたちがどのように奔走しているか、実際に見たくてね。それに私が最強だと言えば、攻略も途切れることはない。良い案だろう?」

 

キリトは口を開かず、茅場を睨んでいる。覇王剣を握り手にも力が籠る。

だが、キリトが斬りかかる前に1人の血盟騎士団所属のプレイヤーが立ち上がる。

 

「俺たちの人生を……俺たちの命を……(もてあそ)びやがってぇッ‼」

 

彼が剣を振り上げて茅場に向かっていくのだが、茅場はスキルウィンドウから何か設定を変える。

すると、斬りかかったプレイヤーが茅場の横で倒れて動かなくなる。

麻痺の表示が突然生じたのだ。

しかもこの麻痺は伝染病のように広がり、キリト以外のプレイヤー全てが麻痺の状態になってしまった。

 

「キリトくん……身体…が…」

 

「アスナ!」

 

倒れるアスナの身体を支えつつ、キリトは茅場から視線を外さない。

 

「どうする気だ?正体に気付いた俺たちを全員殺す気か?」

 

「いやいや、そんな野蛮なことはしない。追われては面倒だから麻痺にしただけだ。正体を明かすのは第90層辺りにする予定だったのだが…仕方ない。私は第100層『天廊』で君たちの到来を待つとしよう。しかし…」

 

ヒースクリフは自らの盾を地面に置いて、キリトにとんでもないことを言い出した。

 

「キリトくん!私の正体を見抜いた報酬として、私と一対一の勝負をするチャンスを与えよう。もちろん、破壊不能オブジェクトは解除する。まあ、やりたくないならやらなくてもいいが。もし、私に勝てば、このデスゲームはクリアされる。どうかな?」

 

そんなことを言われて、キリトはどうするか迷うが、アスナはなけなしの力を振り絞って、彼の黒いコートの襟首を掴んで止める。

 

「絶対、ダメ…。そんなこと…」

 

アスナはキリトが茅場に勝つなんて無理だと思っているのだ。

ただでさえ、茅場が持つ武器『神剣ガラティーン』はキリトの二刀流を超える力を持っている。それがゲームマスターの茅場であるとなると、その力はチート級にも跳ね上がる。

どんなことを考えても、キリトが勝てる要素はない。

実際、キリトもそう思っている。戦っても、勝てる見込みはない。待っているのは確実な死だけだ。

だが…今まで苦しみ、死んだプレイヤー…そして、サチたちのことを思い出すと、キリトはここで死に恐怖して逃げるのはどこか違うと思った。

歯を噛み締め、己の中の葛藤と数秒戦う。

 

「……分かった。ここで決着をつけてやる」

 

「キリトくん!」

 

「悪いアスナ…。ここで逃げるわけにはいかないんだ」

 

「…死ぬつもりじゃ…ないよね?」

 

「ああ…」

 

キリトは優しくアスナを地面に横たわらせ、もう1本の愛刀『白雷剣エンクリシス』を掴み、ゆっくりと引き抜く。

そして、ゆっくりと茅場の前に立つ。

 

「キリト!よせ‼」

 

「やめろ‼」

 

クラインやエギルが『やめろ」』と叫ぶが、キリトの覚悟は固まり切っていた。

もう止まることはない。

 

「自信がありそうだな。私に勝てるとも?」

 

「そんなわけないだろ…」

 

「良いことを教えてあげよう。君のユニークスキル【二刀流】は全プレイヤーの中で最大の攻撃速度を持ち、かつ最大の攻撃力を持つ者だけに与えられるものだ。それが何を意味するか…君なら分かっているかな?」

 

「…なるほどな…」

 

自嘲気味に笑うキリト…。

今の発言はつまり、【二刀流】システムはもちろん茅場が作ったもので、攻撃パターンが決まっているソードスキルの使用は自殺行為に当たる。

要するに、己の力で勝たなくてはならない…ということだ。

 

「そういうことか…。なあ、茅場。俺の願いを1つだけ…聞いてくれないか?」

 

「何だね?」

 

「簡単に負ける気はないが……」

 

一息吐き、言葉を(つむ)ぐ。

 

「少しでいいから…アスナが自殺しないようにしてくれ…」

 

「……君の純情は素晴らしいよ。よかろう」

 

それを聞いたアスナは(たん)を切ったように、号泣し始めた。

分かってしまったのだ。

キリトは…アスナが愛する人は今から死ぬつもりだと分かってしまったから…。

必死に彼を止めようと大声を上げる。

 

「嫌だよ‼そんなの…嫌だ‼そんな酷い話ないよ‼‼生きるって…死ぬつもりないって言ったじゃん‼‼嘘つき‼‼君なしじゃ生きれないよ‼ユイちゃんは…私たちの子供はどうするのよ⁈」

 

キリトが僅かに身体を震えさせる。

アスナの必死の懇願に負けそうになったが、2つの剣を構えて、その煩悩を振り払う。

 

「キリトくんッ‼‼」

 

茅場は破壊不能オブジェクトを解除し、HPをキリトと同じ高さに合わせた。

2人の間に静寂が流れ、お互いに相手の動きを見る。

その最中、キリトはこう思っていた。

これはゲームではなく、単純な殺し合い…。

今までのボス戦もそんな感じであったが、これはどこか違う。

 

(そうだ…俺は、こいつを、茅場を…殺すッ!)

 

殺気に満ちた表情を無意識に作り、キリトは駆け出す。

 

「うおおおお!」

 

初撃は茅場の剣とぶつかって、キリトは体勢を崩すが、すぐに新たな攻撃を繰り出す。

しかし、それは大きな盾で防がれ、茅場の神剣がキリトの前髪を斬りながら、すれすれで通過する。

そこからも茅場は容赦なく、斬りかかってきた。

キリトも神剣を受け流しつつ、自らの剣を茅場の身体を斬ろうと振るが、全ての攻撃は盾で防がれてしまう。

普段のキリトなら、ソードスキルを多用して、相手に攻撃する暇を与えずに攻める戦法を取っていたが、相手にソードスキルが通用しないことを考慮すると、その戦法は意味を成さない。

自らの実力だけで倒さないといけない…。

はっきり、これはキリトにとっては大きく不利になってしまう状況だった。

 

「はあっ!」

 

更なる一撃を持っても、それも盾で防がれる。

茅場は盾で完璧に防御しつつ、キリトの隙を伺っている。一方、キリトは怒涛の連続攻撃で茅場が攻撃する機会を与えない。そのせいか、粉塵が戦う2人の周りで舞い、周囲のプレイヤーにはその姿さえも見えなかった。

その粉塵の中、キリトが出した攻撃の後で、白い剣がキリトの腕を抉った。

 

「うぐっ⁈」

 

茅場の神剣にキリトの血が付着し、茅場は少し笑みを浮かべる。

これにむきになったキリトは2つの剣に青色のソードエフェクトを付加させて、ソードスキルを発動()()()()()()()

 

「ふっ…」

 

これを見た茅場は更に不気味な…勝ちを悟ったのような笑みを浮かべた。

キリトも自分がとんでもない大馬鹿をしてしまったことに気付きながらも、最上位27連撃SSジ・イクリプスを茅場に向けて解き放つ。

しかし、この攻撃は当たることはない。

ソードスキルを作ったのが目の前で戦っている茅場だ。軌道、攻撃力、攻撃タイミング、全てが茅場にバレている中で、使うソードスキル程無駄なものはない。

青いエフェクトを纏った2つの剣は白い盾にぶつかるが、盾は崩れることなく、キリトのソードスキルを受け流していく。

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉ‼‼」

 

(ごめん、アスナ…)

 

最後の抵抗とも思える連撃を繰り出しながらも、キリトは心の中でアスナに謝罪する。

後ろで泣き叫び、未だにキリトに止まるように言うアスナをキリトはソードスキルを繰り出しながらも、ゆっくりと振り返った。

突然振り返ったキリトに、アスナは微かな期待を抱いてしまう。止まってくれる、逃げてくれる、生きてくれる…そんな淡い期待を…。

だが…キリトはすぐに前を向き、アスナに背中を向けた。

 

「ダメエエエエエエ‼」

 

最後の一撃を放ったキリトの身体に反動で硬直(こうちょく)が訪れる。

その隙に、茅場は盾でキリトの胸を叩き、地面に倒す。

 

「ごはっ…!」

 

背中から倒れて、キリトが顔を上げた時には、神剣が顔の目の前にあった。

 

「さらばだ、キリトくん」

 

赤いエフェクトを付けた神剣を振り上げて、キリトを殺そうとする。

キリトは諦めたのか、ぼぅっと虚空を見て、剣が自身に振り下ろされるのを待つ。

しかし、その時、目の前が暗くなった。

それはアスナがキリトを(かば)って、前に立ったからだった。

キリトは目を見開き、アスナが斬られるであろう想像をしてしまう。

胸を斬られ、血が飛び、死にゆく様を…。

 

(ダメだ…!死ぬのは俺だけでいいんだ…!アスナは…君は生きてくれ!)

 

アスナだけは死なせない…。

その気持ちが強く出たキリトはすぐに立ち上がり、アスナを抱き締めて、自らの背中を茅場に向けた。

 

ザシュッ

 

「うぐっ…‼」

 

「あ……」

 

茅場の神剣はキリトの背中を捉えた。

鞘を2つ、背中に納めていたが、それさえも斬られてしまう。

HPゲージはギリギリ、赤色で留まりはしたが、斬られた痛みで膝を付いて、キリトは大きく(あえ)ぐ。

 

「ぐううぅ…」

 

「キリトくん!」

 

「どうやって麻痺を解除したのかね?アスナくん。まあ、それは想いの強さ…ということにしておこう。さあ、キリトくん、これが最後だ」

 

茅場は更なるソードスキルを発動しようと、神剣を高々と上げる。

しかし、それをキリトに食らわせまいと、アスナは両腕を広げて、キリトの前から離れない。

 

「アスナくん、退きたまえ。君を殺すことはしたくない」

 

「私だって…絶対にキリトくんを死なせない!それだけは…キリトくんの死だけは…見たくない…」

 

涙でぐしゃぐしゃのアスナに茅場は甘くするようなことはしなかった。

構うことなく、神剣を振り下ろした。

 

 

 

(思い出せ…。

 

何のために…俺は戦って来たんだ……。

 

もう、二度と悲しい想いを…大切な人を失わないようにするために…ここまで来たじゃないか…。

 

諦めない…。俺は…負けない!)

 

 

 

「はあああああああああぁぁ‼」

 

キリトは剣をクロスさせて、茅場の攻撃を防いだ。茅場も俺が立ち上がるとは思っていなかったようで、「ほう…」と呟いた。

 

「アスナを…殺そうとしたな……」

 

キリトが茅場にそう言って、『白雷剣エンクリシス』を強く握ると、バチッと電撃が走る。

 

「ん?」

 

「許さない…」

 

更にバチバチと電撃が流れる。

茅場もこの電撃に動揺を隠せない。

 

「なんだ、これは…」

 

「許さないッ‼」

 

キリトの怒りの叫びと同時に、もう1つの愛剣が覚醒する。

一際大きな電撃が『白雷剣エンクリシス』から発生し、これが茅場を吹き飛ばす。

キリトの剣からの電撃は身体全体にまで行き渡り、身体だけでなく、トレードマークの黒いコートにまで影響が出る。足元にもバチバチと電撃が走り、黒いコートには青い稲妻の模様が浮かび上がる。

 

「キ、キリトくん…」

 

「…待っててくれ、アスナ。終わらせてくる」

 

半分顔を振り向かせたキリトの片目は…青色に染まっていた。

 

「なんだ…そのスキルは」

 

「【纏雷(てんらい)】…だそうだ」

 

「【纏雷(てんらい)】?聞いたことのないスキルだな…」

 

「そんなわけないだろう?お前が作ったゲームだろう?」

 

「………」

 

「まあいい。これで…決着をつけてやる。茅場ッ!」

 

キリトが地面を強く蹴る。茅場は新たなユニークスキルが出ようとも、余裕そうな表情だった。…一瞬だけ。

一瞬でキリトが茅場の間合いにまで詰めてきたからだ。

茅場は急いで盾を構えて、攻撃は防ぐことが出来たが、今まで感じたことない衝撃が盾から伝わってきた。

 

「ッ⁈」

 

「はあああああああああぁぁぁあ‼」

 

キリトは無意識のうちに新たなソードスキルを発動させていた。

剛8連撃SS進撃轟雷。

怒涛の8連撃…だが、その威力は今までとは比べ物にならなかった。

茅場は盾を構えて、攻撃を防ぐだけで精いっぱいで、それだけでHPはみるみる減っていく。

貫通ダメージだ。

更にキリトは青白い剣に雷を纏わせ、新たなソードスキルを茅場の盾に叩きこむ。

剛撃SS蒼雷撃。

盾と剣がぶつかった途端、凄まじい衝撃波が周囲に広がり、茅場の盾は粉々に砕け散ると同時に、茅場の腹を貫き、吹き飛ばした。

 

「せいやあああああああああああああああぁぁああ‼‼」

 

「ぶはっ!」

 

ゴロゴロと転がり、倒れる茅場。

キリトは白雷剣を地面に落とし、一息吐く。

だが…。

 

「まだ…終わらせない…」

 

なんと、茅場は立ち上がった。腹には大きな穴が空いているが、よろよろと立ち上がり、笑っているのだ。

 

「スキル【根性】を付けておいてよかったよ…。やはり、君を(あなど)るべきでなかったよ…」

 

「まだ、やるのか?」

 

「いや、『神剣ガラティーン』が砕かれた今、戦うことは出来ない。私はここで退場させてもらうとしよう」

 

「!待てッ!」

 

「さらばだ、キリトくん。今度は第100層で会おう」

 

【纏雷】を発動したキリトでも、茅場を捉えることは出来なかった。

最後の一撃を撃つ前に、茅場は姿を消してしまった。

 

「……ッ」

 

茅場が消えてから、全プレイヤーの麻痺は消えたが、彼らの失望は凄まじいものだろう。

キリトの身体からも電撃が消え、コートも目の色も元の黒色に戻る。

キリトは突然現れたユニークスキルに驚きを隠しつつ、もう1つの愛剣に目を向けた。

 

「…お前が助けてくれたのか?」

 

剣にそう呼びかけ、それも壊れかけの鞘に納めた。

振り向こうと思った時に、ギュッと身体を締め付けられた。

 

「?」

 

抱きついて来たのはもちろんアスナだった。

まだ、身体が僅かに震えている。

 

「アス…」

 

「…いで」

 

「え?」

 

「もう、あんなことしないで…」

 

キリトはここで、どれほどアスナを不安にさせたのかを理解した。

戦い終わった今でも、まだ涙を流し続けている。

ここまで不安にさせてしまったことにキリトは後悔を感じつつ、その華奢な身体を思いっ切り抱き締めた。

 

「ごめん、アスナ…」

 

「…うぅ…キリトくん」

 

戦いは終わったわけではない。

茅場という最強のプレイヤーが血盟騎士団から消えたことは大きな影響が出ることだろう。

だが、キリトにはどうでもよかった。

アスナさえ、彼女さえ、生きていれば…戦っていける。

そう思ったから…。




【補足1】
『神剣ガラティーン』
MHFG6で実装されたネカフェ武器。
ヒースクリフの原作武器が『神聖剣』だから、最初にこの『ガラティーン』が頭に思い浮かびました。Fやったことないから分かりませんが、当時は本当に強かったらしいです。


【補足2】
『白雷剣エンクリシス』
キリトのもう一つの愛剣。色は白、『覇王剣』より刀身が細いが、リーチは若干長い。
前半の『白雷剣』はオリジナルですが、『エンクリシス』はラギアクルス希少種の太刀の名前にあります。当初は希少種の武器にしようかと思いましたが、ランク的に希少種は強すぎるから、亜種の武器、ということにしました。
因みに亜種の武器名が『天雷斬破刀』ですが、個人的にキリトに合いそうもなかったので、ボツにしました。


【補足3】
纏雷(てんらい)
MHFG9にて実装された複合スキル。
発動すると、ハンターの足元にスパークしている電撃エフェクトが発生する(原作)。
本作ではそれ以外に目の色やコートにも影響を与える。
原作では「状態異常無効」、「移動速度UP+2」、「武器捌き」(武器を振る速度がアップ?)、「回避距離UP」、抜刀時移動速度の上昇、更にどこでも弱点特効が発動する。
本作効果は、攻撃力の激増、俊敏性の激増、新たなソードスキル発動がある。
これはこの小説を書くときに絶対に入れると決めていました。


【補足4】
『剛8連撃SS進撃轟雷』
オリジナルソードスキル。(纏雷を発動していないと使用できない)
ラギアクルス亜種の地上大放電をイメージしてくれると良いかと。
16連撃SSスターバーストストリームの20倍の威力を有している。


【補足5】
『剛撃SS蒼雷撃』
オリジナルソードスキル。(纏雷を発動していないと使用できない)
24連撃SSジ・イクリプス全ての連撃×4倍の威力を持っている。
身体に相当の負担がかかるので、1回の使用が限界。


【補足6】
『根性』
HPを1だけ残すスキル。
私はMHXX以外で使ったことがありません。




補足が多くなってしまいました…。
いつか、補足の部分だけをまとめたものを出そうかとも考えています。
前の話から見てわかるように、新しいソードスキルを大量に出していきます。
混乱するかもですが…。
そして、次話からは完全オリジナルストーリーに入ります。
これからも楽しんで見て頂けたらと思っています。


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第20話 ひと時の幸せ

「せいッ‼はあッ‼」

 

第22層、自然豊かなログハウスの横でキリトが『覇王剣』を振るう声が響く。

キリトは普段なら、剣を振る練習はしない。だが、茅場との戦いで実力の差が見せつけられ、それがキリトの心に火を付けた。

 

「…ふう」

 

『覇王剣』を鞘に納め、小鳥のさえずりが響く青い空を見上げる。

攻略の時もこんな青い空、緑の植物が鬱蒼と生い茂っていたら…気分も違うのにな、とキリトは思ってしまう。

 

「攻略、か…」

 

キリトは茅場との死闘の後を思い出す。

あれから血盟騎士団の没落ぶりは凄まじかった。最強ギルドの(おさ)がまさかデスゲームの主催者の茅場彰彦だと公言されたことで、他ギルド、プレイヤーからの信頼は一気に失っていった。他にも茅場が扮していたプレイヤー『ヒースクリフ』自体が恐ろしく強かったため、彼が消えた血盟騎士団を保つことは出来なかった。

幹部たちはキリト、またはアスナに団長になってもらい、ギルドの威厳を保つように頼み込んだが、2人はそれを断り、22層のログハウスに戻った。

要するに、キリトとアスナは血盟騎士団…ギルドから脱退したのだ。

キリトはするのでは、と噂されていたが、アスナまでそうするとは血盟騎士団の幹部たちは想定外だったらしい。

そのおかげ…というか、そのせいで、血盟騎士団は崩壊した。

抜けたプレイヤーの大半はギルド『青龍連合』に吸収され、この『青龍連合』が『血盟騎士団』に代わって、最強ギルドと呼ばれるようになった。

キリトもアスナも未だにこのギルドから、入団の催促を受けるが、それらは全て断っていた。

理由は…。

 

「パパー!」

 

振り返ったキリトの視界には、ログハウスから出てきた白いワンピースを着た少女が入った。

キリトとアスナの子、ユイだ。

 

「どうしたんだ?ユイ」

 

「ママがお昼は外の芝生で食べないかって!お手製のサンドイッチがあるよ!」

 

「それは嬉しいな。すぐに行こうか、ユイ」

 

「はい!」

 

ユイの小さな手を握り、アスナが待っているという芝生に移動する。

そう…。2人はユイとの時間を無くしたくないがために、ギルドに入っていないのだ。

攻略をまじめにやっている人からすれば、何を惚気ているんだと思うだろうが、キリトとアスナはユイと過ごす時間も攻略と同じくらい大切なことなのだ。

彼らは家族だから…。

 

「あ、こっちだよ~キリトくん!」

 

アスナは芝生の上にシートを敷き、アスナ特製のサンドイッチが入った籠を提げていた。キリトはこの光景がまるで家族のようだな…と、思いつつ、シートに座る。

ユイは甘えた風にキリトとアスナの間に入り、我先にとサンドイッチを取り、頬張る。

 

「こら!そんながつがつ食べないの、ユイちゃん!行儀が悪いよ?」

 

「だって…ママのご飯は美味しいんですもん…。我慢できなくて…ごめんなさい」

 

「ふふ…全く、誰かさんに似ちゃって…」

 

アスナは美麗に笑い、同じくサンドイッチを手に取った。

キリトもサンドイッチを食べながら、アスナの横顔を窺う。

75層で茅場との激闘を終えた後、どれだけ怒られたかと思うと、キリトが胸が締め付けられた。

アスナが怒るということは、キリトに対してどれだけ心配したかの裏返しでもある。

キリトも独断で茅場にどうにか勝てたが、あの時『白雷剣エンクリシス』に内包された隠しスキル【纏雷】が発動しなければ、命は無かったことだろう。しかも、愛する人を失ったのに、死ぬことが出来ないなんて…キリトも後々考えたら、地獄のような拷問だと分かった。

あの時、帰ってきたログハウスでキリトはアスナに新たな誓いを立てた。

 

『俺はもうアスナを置いて先に死のうとはしない。誓うよ』

 

『本当に?絶対だよ?』

 

『約束する』

 

それから2人で抱き締め合って、新たな生活を始めたのだ。

 

 

 

「キリトくん!」

 

アスナに呼ばれて、つい先日の回想からキリトは戻って来た。

 

「あ、ごめん。どうした?」

 

「考え事してたでしょ?やめてよ、折角家族で楽しんでるんだから」

 

「ごめん…」

 

「でも……」

 

アスナはキリトの膝の上に頭を置き、甘えるように言う。

 

「キリトくんが生きていて、良かった…」

 

「……何回その言葉言えば気が済むんだよ、アスナ。流石に飽きて来たぞ?」

 

「もうっ!いいでしょ?私の好き勝手なんだから!」

 

「へいへい」

 

そう愚痴るが、キリトも満更ではないらしく、膝の上に座るアスナの頭を優しく撫でる。

アスナも撫でられて嬉しくて、笑いを溢す。

その様子を見ていたユイも「パパ!ママだけなんてズルいです!私も!」と駄々をこねる。

もちろん断る理由はないキリトは、同時にユイの頭も撫でる。

爽やかな風が草原を流れ、小さな草木も揺れる。

キリトがふと下に目を向けると、アスナもユイも気持ちよかったのか、寝入ってしまっていた。

 

「アスナも…最近寝ていないようだったからな…。何しているか知らないけど、ゆっくり休んでくれ」

 

この状況は少し違うが、どこか別の場所でも同じようなことがあったようにキリトは思えた。

キリトが昼寝していて、アスナが怒っていた時のことだった。

攻略にも行かずに、何暢気に昼寝しているんだと、アスナは怒っていた。

 

「…あの時から、惚れていたんだろうな…アスナに」

 

寝ているからか、普段口に出さない思い出や言葉ばかりが出てくるキリト。

 

「茅場との時も、必死に止めてくれて…守ろうとしてくれて…そのおかげで、俺の愛剣が覚醒したのかもしれない…。心配ばかりかけたけど…本当にありがとう」

 

そう口走りながら、アスナの額に口づけするキリト。

こんな時くらい、弱い自分を見せてもいいだろうと思っていたキリトだったが…。

 

「…しゅぅぅ…」

 

キリトに聞こえないくらいの小さな音が草原に響いた。

それはアスナが赤面し過ぎて、顔から湯気が上がった音だった。キリトが別の方面を向いていてくれたから、バレなかったものの、驚くべきくらいアスナの顔は真っ赤だった。

嬉しくて、恥ずかしいが混じった感情がアスナの中で暴れまわる。

 

(そんな風に思っていたなんて…嬉しい…でも、恥ずかしいっ!)

 

幸せ過ぎて、アスナの顔は自然と笑みを溢していく。

 

「…幸せな生活が…ずっと続いたらなあ…」

 

(ああ…こんな生活が、こんな時間が永遠に続いてくれたらいいのに…)

 

2人とも同じことを願い、想うが、それは長続きしなかった。

次の日、ログハウスに乗り込んで来た…『彼女』が来るまで…。




【補足】
『青龍連合』
原作では『聖龍連合』ですが、MHを題材にしてるので、こちらにしました。
深い意味は特にないです。


それと今回からまた新たなアンケートを行います。


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第21話 羽衣の弓を携えた少女

「わあ…パパ!トマトが大きくなってきました!」

 

麦わら帽子を被ったユイは、家庭菜園で育てている『シモフリトマト』に対して、喜びの声を上げた。

 

「そうだな、ユイ。もう少しで収穫できそうだぞ」

 

「そうですか⁈楽しみです!」

 

キリトとアスナはここに来てから、ずっと家庭菜園をしており、その1つが漸く果実をつけてくれている。

2人はもちろん、ユイも収穫を楽しみにしており、そのときをずっと待っている。

 

「どう、キリトくん。他の野菜たちは?」

 

「今から見るところ。まあ、トマトがこれなら、他も収穫間近だろ?」

 

「そうなんだ。楽しみだね~ユイちゃん。私も楽しみだよ」

 

「はい!ママがこのお野菜さんたちを調理して、美味しくしてくれるのを……」

 

楽しい会話をしている時、森の方から緑色のエフェクトが入った投射物が飛んできた。

しかもそれはユイの方向に飛んでいることに気付いたキリトはユイを抱えて、側面へと避ける。

 

「ユイ!危ない‼」

 

ユイも最初はポカンと何が起きていたか分からず、おどおどしていたが、その先の岩を穿(うが)つ程の威力の矢が突き刺さっており、『敵』がいることを思い知らされた。

アスナはポーチから白銀色の細剣を取り、森の方に向かって叫ぶ。

 

「誰⁈出てきなさい‼」

 

「…ふうん…惚気ているとはいえ、反射能力は流石ね。黒の剣士」

 

森の中からゆっくりと姿を現したのは、水色の外装を身に付けた少女だった。

もみあげの部分で結っている黒髪のショートヘア。背はアスナよりも僅かに小さい。歳もキリト、アスナと大差なく、片手に白い衣と赤い宝玉がつけられた弓が握られている。

間違いなく、さっきの攻撃は彼女が行ったものであると分かった2人は、敵意よりも怒りの目を向けていた。

当然だろう。ユイが狙われたからだ。

 

「何するの⁈もしユイちゃんに当たったらどうするのよ‼」

 

まずはアスナがその少女に詰め寄り、怒鳴り付ける。

しかし、少女はまるで興味ないといった表情のまま、淡々と話す。

 

「その子がどうだっていうのよ。ただのNPCでしょ?まあ…狙った理由は、どれくらいあなたたちが()()()()()()()を確かめるだけよ」

 

明らかに挑発と取れる物言いにアスナは剣を抜き、彼女の心臓を貫いてやりたい衝動に駆られるが、それをキリトが止める。

 

「アスナ」

 

キリトはアスナの肩に手を置き、家庭菜園場の方を見るように言う。

見ると、膝をついて涙を流すユイの姿があった。

何事かと思ったら、もうじき収穫出来そうだったトマトの苗が先程の攻撃で無惨にも散らされてしまったことが原因だった。

更なる怒りが湧き上がるアスナだったが、キリトは落ち着いた表情で、少女に聞く。

 

「お前は誰だ?俺たちに何の用だ?」

 

「私はシノン。『青龍連合』の副団長。見たことくらいはあるでしょう?あなたたちの加入を強制させるために来た」

 

「加入を…強制?」

 

キリトはシノンと呼ばれる少女の言葉を繰り返す。

 

「…ユイにはあまり聞かせたくない。家の中でじっくり話そう、シノン」

 

「………」

 

ユイを一旦放っておき、3人はログハウスの中に入っていった。

 

 

 

 

ソファにアスナとキリト、来客用の椅子にシノンが座り、彼らはお互いにお互いを牽制し合っていた。

最初にアスナは一応客人ということで、お茶を出した。もちろん、置くときはバン!と大きく音を立てて。しかし、シノンが動じることはなかった。

暫く牽制し合っていたが、話し合いが始まらなければ意味がないと思ったキリトは口を開いた。

 

「青龍連合が俺とアスナを求める理由は?もうお前らは最強ギルドの称号は手に入れただろ?」

 

「そんなわけないじゃない。いつだって戦力の差はギリギリ。でも【二刀流のキリト】、【閃光のアスナ】が加入すれば、その差は歴然となり、ギルドの地位も確立する」

 

「その下調べと今の状況を調べるために、ユイを殺そうとしたのか?」

 

「殺す?何言ってるのあんた?さっきも言ったけど、あの子供はNPC。死んでも問題ない…」

 

「ふざけないで‼‼」

 

アスナの怒号がログハウス中に広がり、アスナの手はシノンの胸ぐらを掴んで、地面に押し倒した。シノンも突然の攻撃に対処出来ず、馬乗りにされて上手く抵抗できなかった。

 

「こっ…この!」

 

「そんな…そんな理由でッ‼絶対許さない!」

 

「アスナ…!やめろ‼」

 

キリトが間に入り、アスナとシノンを離す。

暴れまわるアスナをどうにかシノンから離すが、それでもアスナは気が収まらないようだった。

 

「げほっ…えほっ…」

 

「離して!こいつだけは許せない!」

 

「やめろアスナ‼俺も許せないが、今は争っている場合じゃないだろ⁉」

 

キリトは怒鳴りつけることで、漸くアスナを落ち着かせた。

シノンもアスナの異常とも言える行動に大きな恐怖感を抱いてしまう。

 

「悪い、アスナが…」

 

「…無かったことにしてあげる。話を戻しましょう。それで?一応答えは分かってるけど、青龍連合に入る気はないの?」

 

「ああ、俺たちはない」

 

はっきりとキリトが言うと、今度はシノンからイラつきの声が出てくる。

 

「ギルドに入らず、ソロでノロノロやろうっていうの?それでよく攻略組のナンバーワンね」

 

「…何が言いたい?」

 

キリトもそろそろイラつきを隠せなくなってきていた。

3人の間に重い空気が漂う。

 

「結局はあなたも、奥さんもまじめに攻略に取り組んでない雑魚だって言いたいのよ!最強ソロプレイヤーだから…ヒー…違った。茅場彰彦を撃退したからって浮かれているんじゃないの?そんな惚気ているから、イライラするのよ」

 

「…惚気ているのは認める。だが…」

 

キリトはキッとシノンを睨みつつ、言葉を繋げた。

 

「攻略できちんと活躍しているから最強だっていうのは違う。外面だけ強くても、心が弱かったら意味がない」

 

「…!」

 

その言葉にシノンの眉間が歪曲(わいきょく)する。

まるで、キリトの言葉に強く打たれたかのようだった。

 

「あんた…私が弱いとでも言うの?」

 

「そうだ。確かに君はプレイヤーとしての力はスゴイだろう。だが、心は弱い。君はアスナより弱い」

 

「ッ~‼ふざけないでよ‼」

 

今度はシノンが机を叩き、キリトの胸ぐらを掴んだ。

アスナがシノンを切り離そうとしたが、キリトは「しなくていい」と言う。

 

「私は強い!少なくとも、奥さんがいないと何も出来ないあなたよりもずっとね!」

 

「勝手に言えばいい。だが、結論は変わらない。俺とアスナはギルドに入る気はない。…出直せ」

 

「……っ」

 

シノンは唇を強く噛む。血が垂れてしまうほどに。

最後にギッと2人を強く睨み、シノンはこう言った。

 

「私は諦めないから!あなたたちをまじめに攻略に参加させるようにするために、絶対青龍連合に入れてやるッ‼」

 

それからシノンはすぐにドアを蹴破って、ログハウスから出て行った。

すると、アスナは緊張の糸が解けたか、ぐったりとソファに倒れた。

 

「大丈夫か?」

 

「うん…。ちょっと疲れた…」

 

「それにしても、アスナ、いくらユイの件があったにしても…暴れ過ぎだぞ?」

 

「ごめん…。自分の衝動を抑えられなかった…」

 

2人の間に沈黙が走る。

と、ここでそういえば…とキリトは外に出た。

ユイが心配だったのだ。が、ユイは家庭菜園場におらず、近くにいる気配もなかった。

 

「ユイ?…ユイ!ユイィ‼」

 

何度叫んでも、ユイは姿を現さない。

茅場との戦いと同じくらい不安になってきたキリトは、アスナをログハウスに残したまま、森の中へと走る。

ユイを探すため、そして見つけるために。




【補足】
『シモフリトマト』
食材の中では最高ランクのもの。
モンハン界の中で最もジューシーな野菜。


シノン登場です。



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第22話 子を想う気持ち

「ユイ!どこだ?出てこいよ~‼」

 

森の中を走るキリトの声はただ鬱蒼と茂った植物や木々に吸収されていった。

木霊するキリトの声に反応する人はいない。

シノンと激しく言い争っているうちに、外はもう暗くなってしまっており、灯りは星や月の光だけであった。

 

「うわっ…!」

 

途中、暗すぎて何に(つまづ)いたかも分からず、転んでしまう。

顔に泥や土が付いて、だらしない恰好になるが、そんなのは今のキリトにとってはどうでもよかった。

 

(早くユイを見つけて、我が家に帰ろう…)

 

それだけが切なる願いだった。

 

「げふっ!」

 

また転んだ。今度は口の中を切ってしまい、血の味が広がる。

 

「っ、ユイ…!」

 

アスナにも探してもらうのを手伝ってもらった方がいいか、と今更ながら思ってしまった。

しかし、アスナは先程のシノンとの争いで、疲れ切っていたので、敢えて探すのを手伝ってもらおうと思わなかった。

 

「くそっ!」

 

キリトは止まらず駆ける。

今度は木々の枝がキリトの顔を襲い、顔に傷が付く。

それでも止まらない。いや…止まっていられない。ユイを見つけて帰るまで…止まれない。

すると…。

 

「あ……」

 

森が開け、小さな湖に通ずる道があった。

その先の湖の畔で、ユイは体育座りをして、俯いていた。

心なしか、まだ泣いているように見えたキリトは、ゆっくりとユイに近寄る。

ユイはキリトが近付いて来ていることに気付き、涙目でキリトを見る。

普段のキリトなら、「どうして1人で離れたんだ⁈」と怒りたい気分であったが、既に深く傷ついたユイを怒る気にはなれなかった。

 

「パ、パ……」

 

「ユイ、どうして無断で離れたんだ?心配したぞ?」

 

優しく語りかけながら、キリトもユイの横に座る。

湖には月の光が映り、とても綺麗に見えた。

 

「ママも心配するから、戻ろう?な?」

 

「……良いんですか?私なんか…」

 

「良いんですかって…ユイは俺たちの子供なんだから、当然だろう?」

 

キリトはユイが帰りたがらない理由としては、例のトマトの件かと思っていたが、違うことに気付いた。しかし、何が原因かまだ分からなかった。

 

「でも…でもっ、私はっ…!」

 

そこまで喋って、ユイは言葉に詰まらせる。一拍置いて、ユイは更に涙を溢れさせて、泣き叫ぶように言う。

 

「私はただのNPCだからって…それだけでも、パパとママに迷惑がかかってしまったら…!」

 

「違う!ユイはただのNPCじゃ…!」

 

「でもっ!私を人間と言ってくれるのはパパとママだけで、さっきの人みたいな感じで来られたら……」

 

「そんなこと……」

 

「ユイちゃん!そんなこと言わないで!」

 

森の中に、アスナの悲し気な声が轟いた。

振り返ったら、キリトとほとんど同じように傷だらけのアスナが立っていた。

息は絶え絶えで、ゆっくりとユイに近付き…。

 

「ごめんね…ユイちゃんッ…」

 

抱き締めた。

 

「私たちがしっかりしないから…守らないから、ユイちゃんまで傷つけて…。ママ失格だわ…」

 

「アスナ…」

 

「ママ…」

 

涙を流して、ユイに謝罪するアスナにキリトも寄り添った。

 

「俺もごめんな、ユイ。お前のこと、しっかりと気遣ってやれなくて…。でも、俺たちはお前のパパとママだ。子を想う気持ちは一番大事にしてるよ。だから安心しな?ユイがNPCだろうが関係ない。俺たちはユイを大切にする」

 

「パパ…ママ…‼」

 

ユイの泣き声が森の中を木霊する。

キリトとアスナは更に強く抱き締めて、ユイへの愛情の強さを伝えようとする。

 

「さて!帰って晩御飯にしましょう!」

 

「はい、ママ!」

 

今度は真ん中にユイを入れて、手を繋いでログハウスに戻った。

キリトはこの時こう思っていた。元々強かった家族の絆が、更に深まったと…。

 

 

 

 

「キリトくん!スイッチ!」

 

アスナの単発SSリニアーによって、第76層のボス【White gust Nargacuga】の尻尾攻撃を弾いた。

そこにキリトは重突撃SSヴォーパルストライクを放って、奴の目を抉った。

しかし、そこからボスは尻尾をキリトの足に当てて、態勢を崩させると、一旦距離を置いて、白い圓月(えんげつ)の斬撃を飛ばした。もちろん、キリトは足を当てられた…というより、潰されたことで動けずにいたので、その攻撃は受けざるを得なかった。

ここでキリトはユニークスキル【纏雷】を発動させ、剛撃SS蒼雷撃とぶつけさせた。

 

「くっ…おぉ…!」

 

(つば)迫り合いのような状態のキリトにボスは躊躇うことなく、一気に向かって来て、刃翼でキリトの首を狙って来たが、そこで1発の矢が抉れた目に刺さり、激しい爆発を起こした。

攻撃を受けながら、矢が飛んできた方向を見ると、白い羽衣を付けた弓を構えたシノンが立っていた。

キリトはシノンが作ってくれた隙に、圓月の斬撃を弾き飛ばした。

しかし、ボスはそのせいで今度はシノンに標的を変えた。

長い尾を振り回し、数多の斬撃をシノンに向けて飛ばした。

それが弧を描くように飛んでくるので、シノンはいつ着弾するかが分からなかった。

 

「くっ…!」

 

側面に一回転して避けると、2つの斬撃は丁度そこで炸裂した。

だが、最後の一撃はシノンの右足を吹き飛ばした。

 

「あがぁ⁈」

 

右足の感覚が一気に増すと同時に鋭く痛み、シノンは地面で(もだ)える。

その瞬間をボスはつけ込む。

更に尾を激しく振り回し、新たな斬撃を数撃飛ばす。

動けないシノンは弓を強く持とうとした時。

 

「はあッ!」

 

キリトが前に立ち、4連撃SSバーチカルスクエアで、全ての斬撃を弾き飛ばす。

それでもボスはシノンに固執して、反転して、巨大な尾を地面に叩きつけるように当ててくる。

それもキリトが受け止めた。

バキィン‼と金切り音がフィールドに広がり、キリトは歯を食いしばりながら耐える。

普段の二刀流状態だったら、今頃キリトは潰されて死んでいるところだったろう。だが、【纏雷】の発動中は筋力パラメータも段違いに跳ね上がる。それでどうにか耐えているが、長くは持ちそうにない。

 

「ぐううぅ‼」

 

キリトの頑張る姿にシノンは見惚れる。

黒いコートに青い稲妻模様が浮かび上がり、翻るコートから少し見える端整な顔に…何故か茫然としてしまっていた。

 

「キリトくん‼」

 

アスナは重突撃SSアニートレイで、その尾を側面に弾き、キリトを助ける。そして、シノンに喝を入れる。

 

「しっかりして!」

 

「…言われなくても、分かってるわよ!」

 

シノンは新たな矢を弦にかけ、重撃BSスプライシングを放つ。

それは先程キリトを手助けしたボウスキルでもあり、ボスの身体に着弾すると、激しい爆発を起こした。

爆発後にアスナが切り込みとして、顔面に突進SSスピアーで怯ませると、キリトが側面に回り込み、重二連撃SSバーチカルクロスを叩きこんだ。

これが最後の一撃となり、ボスは見事に砕け散った。

攻略に参加したプレイヤーがクリアの歓声を上げている間に、キリトは足を『欠損』して立てなくなっているシノンの方に向かい、欠損部位回復の結晶を渡し、手を差し伸ばした。

 

「ほら、立てないだろ?」

 

「…自分のを持ってるからいいわ」

 

シノンはキリトの手を振り払い、腰から結晶を取り出し、それで吹き飛んだ足を元に戻した。

それを後ろで見ていたアスナは面白そうな表情はしていなかった。むしろ、不満といった表情だった。

 

「どうして助けたりするの?」

 

「攻略とあの時は別の話だ。アスナも分かってるだろ?」

 

「そうだけど……あぁ、気に食わない」

 

そう愚痴を溢して、アスナは先に帰ってしまう。

キリトは去り行くシノンを見ながら、いつか…仲良くならないかなあ…と思うのだった。




【補足1】
『White gust Nargacuga』
第76層ボスモンスター。原作名は白疾風ナルガクルガである。斬撃を飛ばすことが出来るナルガクルガ…という印象が強い。
『裂傷』を誘発する斬撃ですが、ここでは身体そのものが切り落とされる威力にまで上げています。


【補足2】
『欠損』
特定のモンスターが持っている特殊な状態異常。身体の一部が失われてるかつ、すぐに結晶を使用しても、痛みが残る。


【補足3】
『ボウスキル』
弓専用のスキル名。『ソードスキル』の弓バージョンみたいなものです。


【補足4】
『重二連撃SSバーチカルクロス』
2連撃SSバーチカルアークの上位互換。そして、斬り方が十字になっている。


今回の話で分かるように、これからボスモンスターとの戦闘が唐突に始まる時があります。75層以降の残り25層分全てを書くとグダルからです。ご了承ください。
そして、アンケートは次々話までにします。


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第23話 始まる対立

「まだ加入するように説得できていないのか?シノン」

 

「申し訳ありません、グラディウス団長」

 

「まあ、奴らが我々のギルド加入も時間の問題だろう。焦ることはない。着実に…確実に追い込むのだ」

 

「はい」

 

『下がって良い』と言われたシノンは一礼して、団長室から出て行った。

その後、グラディウスは椅子にどっと背中を降ろし、愚痴を溢した。

 

「…あのシノンを持っても、落ちないか…。そろそろ別の段階に移すべきか…」

 

グラディウスはそう言い、最上階の自室から崖下の町を見下ろした。

彼が(おさ)である『青龍連合』が支配する第66層は、崖ばかりの殺風景な街だった。だが、その街をグラディウスが開拓し、信頼を集めて、『青龍連合』という強力なギルドを作り上げた。

だが、真なる最強ではなかった。

ヒースクリフが最初期に作ったギルド『血盟騎士団』が最も大きく、強いギルドになってしまったので、真の最強ギルドとは呼ばれなかった。

しかし、それもあの黒の剣士『キリト』が全て暴いてくれたお陰で、形成が一気に変わった。

ヒースクリフの正体がまさかの茅場彰彦だったということで、最強ギルド『血盟騎士団』が崩壊し、『青龍連合』が最強ギルドの称号を勝ち取った。

 

「これであの2人が来れば、血盟騎士団の二の舞になることはない。そして、私に逆らう奴は…」

 

そこまで話したところで、不意に団長室のドアが開いた。

黒ポンチョを着た男だ。奴は悠々と部屋に入り、左手に持っていた袋を机に置いた。

 

「どうだ?楽しめたか?」

 

「ああ…。楽しめたぜ…。それにしても、あんたのところは良い仕事ばかりくれるなあ…。どうしてだ?」

 

「私はね、昔から私を馬鹿にしたり、逆らう奴を殺したくなるほど憎む特異な性格なんだ。だが、だからといって殺すことは現実では出来ない。ところがここでは出来る。素晴らしいと思うだろう?」

 

「それには同感だぜ、Mister…。さて、俺がここにいるのがバレたら面倒だし、そろそろ帰るぜ…」

 

そう言って、黒ポンチョの男はフードを更に深く被り、窓から出て行った。

男が消えてから、グラディウスは独り言のように呟くのだった。

 

「これからも裏の仕事を頼むぞ、Poh…」

 

 

 

 

 

シノンは自宅に戻ると、いつも携えている羽衣の弓を置き場所に立て掛ける。

更に胴、肘、膝に付けた防具も外し、疲れ切った身体を癒そうと背伸びする。

そして、食事も摂らずに、ベッドに横になる。

シノンはいつも食事を摂らない。何故かというと、ゲームの中で食事を摂っても意味がないと彼女は思っているからだ。

はっきり言うと、シノンは寝る間も惜しんで、迷宮区に乗り込んで攻略を進めたいと思っている。だが、最近、ボス戦以外でも強力なMobが出始めているので、ソロで潜り込むと死ぬ確率が上がってしまう。シノンはきちんと考えて進む方のタイプのため、あまりそこで野蛮なことはしない。

 

「…黒の剣士がいれば…攻略も…」

 

無意識のうちに呟いたシノンは後に頬を赤らめて、枕で顔を隠す。

第76層攻略時に見たあの勇敢な佇まい、そして優しい性格…。

どこか女の子に魅かれそうな感じに思えた。

初めてキリトを見たシノンの印象は…暗い…だった。

いつも攻略の時に黒の剣、黒のコートを着ているのもそうだが、彼の周りのオーラ自体の暗く、淀んでいる気がしてならなかった。だが、そんな彼も元血盟騎士団の副団長【閃光のアスナ】との結婚で、彼の暗い雰囲気は消えていた。

明るく、生きていることを楽しんでいる…そう見えた。

それがシノンにとっては憎たらしかった。

なんでこんな地獄みたいな世界で楽しんでいるんだ…嬉しそうなんだ…と問い詰めたかった。

それを言おうとあの日、彼らが住むというログハウスに足を運んだ。

ところが、そこでシノンが見たものは想像を超えていた。

幸せそうに子供と一緒に野菜を育て、笑顔を見せる3人に…シノンは怒りと嫉妬が爆発した。それが原因で、シノンは冷静さを失い、ユイにボウスキルを放ってしまったのだ。

もちろん、キリトとアスナが怒りに満ちるのも分かっていた。だが、あの時のシノンはやけくそで、どうでもよかったのだ。流石にアスナの怒りが想定以上にすごくて、襲われた時は焦ってしまったが…。

 

「流石にマズかったかなあ…」

 

ユイに対する攻撃を受けていれば…キリトの助けがなければ、明らかにユイは助かっていなかった。

もはやシノンはユイを殺す気でいたからだ。

あれ以降、アスナが出す視線は常に殺気に満ちていた。

しかし、シノンはそれが自分のせいではなく、彼らが幸せな生活を送っているからだと、自分の中で勝手に合理化した。

暫くベッドの上に寝転がっていたが、起き上がって、シノンの相棒とも呼べる弓『凶弓【小夜嵐】』を取る。第70層の裏ボスに相当するもので、シノンはこの弓の力を完全に出し切っていない。

 

「…私は負けない。絶対に」

 

そう呟くと、ベランダに出て、矢を取って構える。

そして、弦を引いて、空を優雅に飛ぶ鳥に向かって射る。

矢はベランダからおよそ150m程離れた大きな鳥の翼を撃ち抜き、撃墜させた。

シノンの正確な射撃能力が垣間見えた瞬間だった。

 

 

 

 

「はい、朝ごはんだよ!」

 

アスナがテーブルにコーヒーとサンドイッチを出す。ユイの分もあるのだが、ユイは昨日の一件がまだ疲れとして残っているようで、まだ寝室から出て来ない。キリトは先に起きているので、アスナの食事に手を伸ばす。

その時…。

 

バリン‼

 

「えっ⁈」

 

ログハウスの窓ガラスが割れて、石が投げ込まれた。

キリトは飲んでいたコーヒーを置き、外を見る。索敵スキルで周囲を警戒するが、森が深いため、簡単には見つけられそうもなかった。

このゲームは仮にガラスを割られても、すぐに元に戻せるからいいのだが、キリトとアスナの気分は下降する。

 

「一体誰が…」

 

アスナがそう言いながら、ガラスの破片を拾おうとするが、その破片で指を切ってしまう。

 

「いたっ…」

 

「おいおい、いくら仮想現実のゲームだからって、油断し過ぎじゃないか?」

 

「ご、ごめん…」

 

血が流れるアスナの指をキリトが手を取り、それを口の中に入れた。

 

「はわわわわっ…!き、キリトくん…⁈」

 

生暖かい感触がアスナの指に伝わる。

焦り、顔を真っ赤にするアスナだが、キリトは「当然だろ?」と言った表情だ。

全ての血を舐め終わり、そこで漸くキリトはアスナの指を離した。

アスナはまだ顔を赤くして、俯かせたままだ。

 

「はい、治った」

 

「うぅ…キリトくん、ずるいよぉ…」

 

アスナはそのまま顔を近付けて、キリトとキスをしようとする。

すると、扉がコンコンとノックされる。2人はそこに視線を向けると…。

 

「いいかしら?全く、朝からお熱いことで…」

 

キリトもアスナもわなわなと震えさせて、いつの間にかドアの前に立っていたシノンに向かって同時に叫んだ。

 

「「何でここにいるんだ、シノンは~⁈‼」




【補足】
『凶弓【小夜嵐】』
アマツマガツチの武器。MHXXで更なる強化名があるが、個人的にこっちが好きなので。私にとっても思い入れのある武器だったので、絶対に出したかったです。


そして、次話は絶対に書こうと思っていた話の一つ!
楽しみにしていてください!


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第24話 翡翠の旋風と白銀の尖撃

再びこのような席を設けるとは、キリトもアスナも思っても見なかったことだろう。

しかも今回はその直前に恥ずかしい瞬間をシノンに見られて、未だにその恥ずかしさから逃れられずにいた。それを気遣ったのか、気遣ってないのか分からないが、シノンからとんでもない言葉が発せられる。

 

「キリト、あなたには明後日、闘技場に来てもらう。これは強制する権利が与えられた証明書よ」

 

突然見せられた証明書にキリトは冷静に見ていたが、アスナはむしろ焦りを隠せずに切羽詰まった状態になって、シノンを問い詰めた。

 

「どういうことよ、それ!そんな強制権があるなんて思ってるの⁈」

 

「あるに決まってるじゃない。攻略を早く進ませるためよ。この闘技場でキリトと団長が戦い、キリトが勝てばギルドの加入はしなくていいわ。だけど負けたら、2人には加入してもらう」

 

「…なるほどな…。お前のところの団長らしいよ」

 

キリトはそう言いつつ、渡された証明書を机に置く。

 

「別に反対したりしないさ。俺は行く。行って、お前のところの団長を…」

 

「待って」

 

キリトが話している途中で、アスナは割って入って止めた。

何事かと思っていると、今度はアスナから衝撃の一言が…。

 

「その闘技場とやら、私が出る」

 

「お、おい!アスナ、何言って…」

 

「その代わり、戦うのはあなたよ、シノン」

 

シノンは突然指名されて、少し焦った表情を作ったが、すぐに元に戻して「ふうん」と呟いた。

 

「私と戦って勝てると思ってるの?」

 

「当たり前じゃない」

 

シノンの眉間が動く。

シノンは立ち上がり、アスナの目の前に立った。

 

「その条件、乗ったわ。せいぜいだらしない姿を夫とNPCの子供に見せないようにするのね」

 

「上等よ!」

 

「じゃあ、団長に伝えてくるから、明後日66層の闘技場に来なさい。あ…」

 

シノンはドアの前で止まり、突然こんなこと言い出した。

 

「つい先日…ユイ、だっけ?あの子を殺そうとして、悪かったわ…」

 

唐突の謝罪にキリトとアスナは驚いてしまう。

シノンは逃げるように、ログハウスから出て行くのだった。

 

 

 

シノンが出て行ってから、アスナは正座させられている。

起きてきたユイもキリトと同じように立って、アスナを見下していた。キリトに怒られるのはともかく、どうしてユイにまで…と内心思うアスナ。

 

「アスナ、気持ちは分かるが、後先考えずに言うのはやめろよ?」

 

「ご、ごめんなさい…。でも悔しくて…」

 

キリトは「はあっ〜」と溜め息を吐き、黒髪を掻く。

 

「もう決まってしまったことは仕方ない。だけど、アスナ、油断はするなよ」

 

「何言ってるのよ⁈キリトくん、私が負けると思ってるの⁈」

 

「違う、シノンの実力が分からないからこう言ってるんだ。だけど、俺はアスナを信じてる。絶対負けないってな…」

 

「キリトくん…」

 

アスナは嬉しくて泣きそうになるが、この涙は流さないように堪えた。

次に涙するのは…シノンとの戦いで勝利してからだと、決めたからだった。

 

 

 

 

ー当日ー

闘技場にやって来たキリトたちは目を丸くした。

どこで情報が漏れたのか知らないが、元血盟騎士団副団長『閃光のアスナ』と青龍連合副団長『旋風のシノン』がデュエルするということで、たくさんのギャラリーが集まっていた。

闘技場の入り口にはまるでライブ会場のように数多の行列が並んでおり、キリトたちはバレないように中に入って行った。

 

「アスナ、何度も言うが、無茶だけはするなよ?」

 

「分かってるよ、キリトくん。…絶対勝つから…待ってて」

 

コツンと額を合わせて、お互いに目を閉じる。

その状態を数秒程やってから、アスナは闘技場の中央に出て行った。

不安そうに見るキリトの視線を感じながら…。

 

 

 

 

中央にアスナとシノンは立った時、ギャラリーの盛り上がりは更に高まった。2人とも、たくさんの人に見られる恥ずかしさなど吹き飛び、対戦相手に対する闘争心だけを燃やしていた。

 

「…こんなに客が来るとはね…。そこだけ謝罪しておくわ」

 

「別に良いわ。すぐに終わらせてあげるから」

 

アスナの自信ある言葉にシノンの視線はキッと強くなった。

対戦形式は相手が降参するまでのバトル。下手なソードスキルやボウスキルを使ってしまえば、相手を殺してしまう可能性があるが、2人は気にしない。

2人とも…本気の力を出して相手を潰すつもりだからだ。

アスナは白銀色の細剣を、シノンは白い羽衣の弓を取った。

カウントダウンが始まり、シノンは既に矢を弦に当てて、バトル開始を待っている。アスナも剣を構えて、矢よりも先にシノンの間合いに入り、その華奢な腹を貫こうと考えている。

そして、ピーッと煩わしい音が闘技場に広がり、デュエルが開始された。

シノンは即座に矢を放ったが、アスナはそれを弾いて、重突撃SSアニートレイを放った。10mはあったであろう間合いが約1秒で縮まったことに、シノンはアスナのスピードに目を丸くした。

この一撃を持って終わらせる…そのつもりだったのだが…。

シノンは何と弓をそのまま剣とぶつけて来たのだ。

主力武器が壊れるというリスクを犯したのかとアスナは思ったが、すぐに分かった。

剣と弓はぶつかった途端、アスナのソードスキルは威力を失い、一気に失速した。

 

「⁈」

 

「残念、これも一応『剣』なのよっ!」

 

アスナの剣を弾き、シノンは接近戦に躍り出る。

シノンの剣舞は見事なものだった。優雅にかつ重い剣撃をアスナに打ち込むが、アスナの方が接近戦は得意なため、近づいて来たシノンに単発SSリニアーを放って、すぐに距離を取らせた。リニアーはシノンの二の腕を掠った。

 

「……」

 

「流石に近距離では勝てないか…」

 

シノンはそう呟くと、3本の矢を弦にかけ、同時に放った。

重3曲連射BSスリーブレイカーだ。

矢は不規則に動き、攻撃の軌道を読ませない。普通のプレイヤーなら、これだけで終わり…なのだが…。

 

「せえいっ‼︎」

 

アスナは4連撃SSガドラプルペインを発動し、不規則に飛んできた矢を3つ全て弾き、最後の一撃はシノンに向かって放つ。

あれを全て避けたのではなく、受け流したことにシノンは動揺を隠せなかった。アスナはシノンの腹を狙っているのが丸分かりだったので、シノンはボウスキルを側面に発射し、その反動で横に避けた。

アスナも今の回避方法に驚きを隠せなかったが、ガドラプルペインの一撃はシノンの腹辺りの服をビリビリに引き裂き、端正な腹を(さら)け出した。

 

「くっ…!」

 

「今のはかなり想定外だったようね、シノンさん?」

 

わざと挑発するアスナ。

シノンは悔しそうにアスナを睨むが、深呼吸して落ち着く。

ここで使いたくなかったシノンだったが、負けたら団長たちの信用が失われる。

それだけは避けたかったシノンは、奥の手を披露する。

 

「…これからよ」

 

シノンが弓を強く握ると、周りの空気が一気に変わった。

シノンの周りに翡翠色の旋風が巻き起こり、シノンを包み込んでいく。

 

「あれは…⁈」

 

そしてシノンの服に翡翠色の竜巻をイメージした模様が浮かび上がり、両目も緑色に変わる。この変貌は…1度見たことがあった。

キリトのユニークスキル【纏雷】と全く同じものだった。

 

「どう?初めて人前で披露するけど。これが私のオリジナルスキル【一点突破】よ」

 

アスナは剣を構えて、唾を飲むこむ。

キリトの【纏雷】を見たことがあるので理解してるが、こういった特殊スキルは異常なまでの攻撃力を誇る。今のアスナでは到底太刀打ちなど出来ない。

アスナの余裕は一気になくなり、どっと汗が身体中から噴き出る。

シノンは薄笑いを浮かべて、右手を前に出す。

すると、右手の上に旋風が収束し、翡翠色で出来た風の矢が出来上がる。

 

「!」

 

シノンがそれを弦にかけ、狙いをアスナに定める。

旋撃BS昇竜風。

放たれた風の矢は横向きの竜巻、先端は龍の形となり、途轍もない範囲でアスナに飛んでくる。

アスナは必死の思いでそれを避けた。

避けた先の壁を見ると、そこには大きな穴が広がっていた。

 

「まだまだ行くわよ」

 

更にシノンは先程より大きな風の矢を作り出し、それを空高く放った。

暫く何も起きない時間があったが、騒ぎ出すギャラリーの声にアスナは反応した。

 

「おい、なんだあれ⁈」

 

アスナも空を見上げると。小さな翡翠色の龍が流星のように降り注いできたのだ。

あれは旋撃拡散BS昇竜流星だ。

アスナは剣を構えて、その流星が降り注ぐ中を避けつつ、シノンに向かっていく。

避けつつと言ったが、これらの矢はまるで生き物のように軽く追尾してくるので、アスナの頬や服を掠めていく。

このまま長期戦になると、強力なスキルを使えるシノンが有利なのは誰が見ても分かった。

しかもアスナは特殊スキルを持っていないため、通常のソードスキルで決着をつけなくてはならない。

アスナもそれを理解していたので、身体中に当たる龍の矢を受けながらも、最上位突撃SSフラッシングペネトレイターを力を振り絞って解き放つ。

 

「せやああああああああああああああッ‼‼」

 

アスナの剣の刃先がシノンに届く前に、シノンもアスナのソードスキルと同等かそれ以上のボウスキルを解き放った。

旋剛撃BS翔風龍撃。

最初の一撃よりも大きく、威力と衝撃が増したものがアスナの剣先と衝突する。

アスナも負けじと身体中の全ての力を右腕に込めて、シノンのボウスキルを跳ね返そうとするが、トラブルが生じる。キリトから貰った細剣の剣先がシノンのボウスキルに負けて、ピキッと細かなひびが入った。

 

「あっ…」

 

それに気を取られたアスナは僅かに力を抜いてしまった。

自分の身よりも貰った剣を優先してしまい、シノンの矢をまともに受けた。

 

「きゃあああああああああああああぁぁっ‼‼」

 

「アスナッ!」

 

キリトの叫び声が闘技場に木霊したが、ギャラリーの声の方が大きくて、その声はかき消されてしまう。

まともに竜巻…もといボウスキルを受けてしまったアスナはシノンから軽く数十メートル近く飛ばされ、地面を転がって倒れる。

シノンは勝ち誇ったような表情を作り、ギャラリーに手を上げる。

誰もがシノンの勝ちを確信したところで、ギャラリーの歓声が突然静まった。

 

「ん?」

 

シノンが不思議そうに見渡すと、栗色の髪が(なび)いているのが見えた。

そう…アスナは剣を地面に突き立てて、ゆっくりと立ち上がったのだ。

だが、足元はフラフラ、栗色の髪も服も汚れ、口からは血が垂れている。HPゲージも赤色に近く、今のをまともに受けて、生きているのも不思議だとシノンは思った。

 

「…まだやるの?もう限界でしょ?」

 

「まだ……私は、負けを……認めてない……!」

 

アスナのその言葉を聞き、シノンは「ふうん」と呟く。

 

「アスナ!もうやめろ‼これ以上続けたら…!」

 

キリトが外野から叫ぶが、アスナはキリトを見つつ、苦しそうに笑う。

 

「大丈夫だよ……キリトくん……私は負けないから……」

 

シノンは腕を組んで、アスナに問う。

 

「降参しなさい。あんたに勝てる見込みはない。この勝負は強制的に終わらせることは出来ないの。どちらかが『負け』を認めない限り、ね」

 

「……しない…。私が認めたら……私たちの幸せが…奪われる……。それだけは…絶対に嫌…!」

 

シノンは興味なさそうな表情を作りながら、新たな矢を手の上で生成する。

 

「それなら…殺すしかないようね。別に団長はあなたよりも『黒の剣士』の方を欲しているからね…」

 

シノンは今度こそ確実にアスナを潰すために風の矢を弦にかけ、今シノンが出せる最強のボウスキルを発動する。

旋剛2連撃BS双昇竜翔撃。

2つの巨大な龍がアスナに向かって、追尾しながら飛んでいく。

シノンのとんでもない行動にギャラリー、キリト、ユイが驚く。

ほぼ動けないアスナに止めの一撃といったものを射出したのだ。

 

「アスナッ!」

 

キリトはすぐに二刀流を装備して、【纏雷】を発動しようとするが、間に合いそうもない。

アスナの視界に見える2つの翡翠色の龍…このまま終わってしまうのかと思われたその時、幼げな泣き声が闘技場全体に轟いた。

 

「ママ負けないでッ‼‼」

 

ギャラリーや誰もがその声の主に視線が入った。

もちろん、アスナの虚ろな目にもその姿は入った。

 

「ユイ…ちゃん…」

 

「負けないでッ‼ママは…ママはッ……最強なんですからッ‼」

 

ギャラリーはユイがアスナのことを『ママ』と呼んでいることに驚愕しているが、アスナは逆に応援されて、嬉しくて、涙を溢しながらも、しっかりと立ち上がる。

 

「負けない…」

 

アスナはキリトから貰った細剣をギュッと強く握る。

シノンの放った矢はもう既に目の前にまで迫っている。ところが…。

 

「負けられないッ‼」

 

アスナの細剣が白い輝きを放った。

全員が目を閉じてしまう程の閃光が闘技場を包み、シノンの視界をも潰した。

 

「な、何?」

 

その後、シノンに寒気が襲う。

全身に鳥肌が立ち、ギャラリーも「寒い」と呟く程だった。

そして放たれたシノンのボウスキルはアスナに当たる直前で凍りつき、すぐに砕けた。

 

「!」

 

アスナはフラフラと姿勢を戻す。ただ、その姿はまた違っていた。純白の氷の模様が服に浮かび上がり、栗色の双眸(そうぼう)が銀色に輝いていた。先が砕けた剣も、いつの間にか再生しており、その姿は【純白の姫】と名付ける方が納得いく姿となっていた。

 

「その姿は…何よ…」

 

シノンの問いにアスナは答えない。

その代わり、キリトから貰った剣、名を『氷剛尖剣アイシテューレ』の方を見詰める。

第74層のボスの剣だが、それよりキリトから貰った剣という意識の方が強かった。

 

「ありがとう、キリトくん…」

 

アスナはその剣にキスする。

 

「質問に答えなさいよ!」

 

シノンは怒鳴りつける。

アスナは白銀色の眼差しでシノンを見詰める。

 

「これが私…いや、私とキリトくんの力…【氷界創生】よ」

 

質問に答えてすぐ、アスナは地面に剣を刺す。すると、シノンの真下から氷の刃が生えて、彼女の頬を掠めた。

 

「っ!」

 

シノンは後退し、新たな矢をかける。

ボウスキル、旋2連撃BS双翔撃を放ち、残り少ないHPを一気に減らそうとした。

アスナは飛んでくる2つの矢に対して、新たなに得たソードスキル、尖2連撃SS氷穿撃で迎え撃ち、それらを意図も簡単に跳ね返した。

更にアスナは剣を地面に擦らせた後、氷で出来た刃を直線状に放つ。

 

「くっ!」

 

シノンはそれを避けた…と思ったが、左足が凍りつき、動けなくなってしまう。

 

「調子に乗らないで!」

 

シノンは更なる矢を生成する。だが、あれは今回の戦いで作ってきたものよりも格段に大きく、太いものだった。

シノンの怒りのせいなのか、はたまたまだ奥の手を残していたのか、どちらにせよ…アスナにはあれだけ巨大な技を避けることは出来ない。

それなら…。

 

「漸く本気を出すのね?それなら、私も全ての力を出し切るまでよ‼」

 

アスナも周囲の冷気を細剣に込める。

シノンも弓に巨大な風の矢はかけ終わっており、先に発射するのはシノンだ。それもアスナは理解している。

 

「これで…終わりよッ‼」

 

シノンが放ったのは旋速剛撃BS嵐神翔風、もはや矢自体が見たことない、身体中に羽衣を纏った龍へと変わり、アスナに迫ってくる。

逆にアスナは細い剣を氷で太くし、渾身の一撃を与えようと構える。

 

「はあああああああああああああああああッ‼‼‼」

 

「いっけえええええええええええええええぇッ‼‼」

 

構えた後、一気に突撃するアスナ。

尖剛突撃SS氷剛刃凍撃。

アスナの持ち味を最大にまで活かせる突進タイプのソードスキルだ。

2つの絶大な破壊力を持つスキル同士が衝突し、衝撃波が闘技場にいるプレイヤーを一部吹き飛ばし、地面の土、闘技場の壁が砕けて、凍って、どこかへと飛んでいく。この激しい戦闘を見れている人はほぼいない。

見れているのはキリト、ユイ、そしてグラディウスくらいだ。

アスナのソードスキルと衝突するシノンの強大な龍の矢…。ぶつかる間にも身体に風の刃が飛び交い、アスナの身体を傷つける。ただでさえ、HPが少ない状況だが、ユニークスキル【氷界創生】のおかげで身体に氷が纏って、そのダメージを軽減してくれていた。それでも安心することは出来ない。この氷もいつ砕かれるか分からない。

アスナは押されつつある中、更に剣を強く握り、叫んだ。

 

「こんな…想いも何もないものなんかに…!負けてたまるかあああああああああ‼‼」

 

その途端、龍の矢は消し飛び、アスナのソードスキルのみが前に進んでいく。

 

「なっ⁈…ぐふっ…‼」

 

アスナの剣先がシノンの腹を突き立て、思いっ切り吹き飛ばす。

威力がありすぎたのか、壁にぶつかってもシノンは止まらず、闘技場の壁の厚さの半分くらいで漸く止まった。

アスナは剣を鞘にしまい、腕を高々と上げた。

そして、ギャラリーの歓声がもう一度湧き上がった。

アスナはゆっくりとシノンの元へと歩み寄る。

壁から出たシノンだったが、彼女はもっとボロボロの状態で、もはや指を動かすこともままならなかった。

 

「降参しなさい。私には勝てない」

 

「…………」

 

シノンは言葉を出せなかった。

無言を貫いたまま、必死になって腕を動かし、降参ボタンを押した。

この瞬間、アスナの勝利は確定した。

試合後、一番最初に近くに寄って来たのはユイだった。目に涙を溜めて、喜んだ雰囲気で…。

 

「ママァ!良かった…良かったです…!」

 

我が娘を抱き締めるユイ、その後にキリトも歩み寄る。

 

「アスナ……っ、無茶しやがって…!」

 

キリトも目元に涙を溜めつつ、アスナをギュッと抱き締めた。

HPゲージがほとんどないため、キリトの抱き締めだけで減ってしまう可能性がある。同じようなことをしたことがあるアスナはくすっと笑った。

 

「そんなに抱き締めたら…残りのHPゲージ無くなっちゃうよ?」

 

いつかの時に自分が言った言葉だと思い出したキリトは、まるでデジャヴだなと思いながら笑った。

 

「キリトくん、帰ろう?私たちの家に」

 

「ああ、そうだな」

 

ユイを真ん中にして、3人は闘技場を後にする。

後ろではその姿を見ているシノンの姿がアスナの目に入った。

その瞳は虚ろで、とても悲し気に見えたのは…気のせいだったのだろうか…。




【補足1】
『氷剛尖剣アイシテューレ』
アスナの武器。前半の漢字部分はオリジナルですが、後半のカタカナのところは、片手剣として存在していました。見た目は氷の刃がそのまま付いたようなものになっている。


【補足2】
『一点突破』
MHFでのアマツ装備で組み込まれたスキルで、『特定部位を攻撃し続けると、その部位の肉質が軟化する』というもので、今作のものとはちょっと違った感じですが、シノンの武器がアマツの弓で、嵐を操るということで、これが良いかな?と思いました。
今作では矢が風になり、攻撃力とその範囲が大幅に上昇する。その代わり、防御面での強化はなし。


【補足3】
『氷界創生』
MHFのスキル。アスナのイメージカラーが白かつ武器が氷属性なので、氷にあった強力なものは何かなと考えたら、これが思いつきました。モンスターは違いますが、それはキリトも違うので。
このスキル、原作はランナー、寒さ無効、味方に切れ味回復、気力回復が発動します。
今作では周囲の氷を操ることが出来る。他にも攻撃力、俊敏性、貫通力上昇。氷を纏うことでダメージ軽減も可能。


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第25話 本当のシノン

アスナとシノンの一騎打ちが終わってから、3日が経つ。

連日、SAO内で出回る新聞には様々な情報とデマが飛び交っていた。

最初にキリト、アスナ、シノンの呼び名の変更だ。

キリトは【蒼雷(そうらい)の二刀流】、アスナは【白氷(はくひょう)の姫】、シノンは【翡翠の旋風】だ。

それとユイに関することだ。

ユイはキリトとアスナが行為をしたことによって出来た子供なのでは…と、大々的に載せられてしまって、2人とも酷く頭を抱えた。

そして、シノンに関することが最後に載っていた。シノンがアスナに負けたことで、青龍連合は最強のギルドではないことが、逆に露見してしまい、彼女はギルドから脱退されてしまったのでは…との憶測が飛び交ったが、キリトとアスナは違うと分かっていた。

最強ギルドにあれだけ(こだわ)る青龍連合がかなりの戦力となり得るシノンを捨てるとはとても思えなかったのだ。

 

「…それより」

 

キリトはコーヒーカップを片手に、アスナに振り向く。

 

「アスナはどうやって、あのユニークスキル【氷界創生】を発動したんだ?」

 

「私だってわかりたいよ」

 

アスナもカップを持ちつつ、言葉を返す。

 

「でも…私たちの想いの強さが、剣に秘められた力を貸してくれたんだと思う。いや、信じてる」

 

「そうだな。そういうことにしておくか」

 

キリトはコーヒーを飲み終えると、カップを机に戻して、椅子をゆらゆらをわざと揺らして、目を瞑る。アスナもカップを戻し、キリトの隣に座って、身体を彼に預ける。ここ最近はずっとこんな感じだ。

アスナもキリトもお互いに身体を休めることをせず、自らの命を危機にさらしたせいか、想いが増しているというか…甘えたくなってしまうようだ。

そんな光景を新聞に貼る記者連中に狙われていることも知らずに…。

だが、そこは問題ない。目を閉じていても、キリトの鋭敏な索敵スキルが発動し、カメラを針で撃ち抜くからだ。最初は何度もしつこく撮られていたが、キリトのあまりな正確な射撃で記者たちは徐々に来なくなっていった。

そのおかげで今もアスナとキリトはべったりと甘えることが出来ているのだ。

 

「うふふ……キリトくぅん…」

 

そんな寝言を聞いてしまったキリトは休もうにも休めない。逆に意識してしまって、寝れそうになくなったキリトは、アスナの頭を優しく撫でた。艶やかなこの栗色の髪も、シノンとの戦いで乱れてしまい、風呂で洗ったことを思い出す。そこで…行為に及んでしまったことも…。

 

「やべ…思い出しちまった…」

 

頭を抱え、早鐘する鼓動を抑えようとする。

が、アスナの可愛げな寝顔に興奮は収まりそうもなく、キリトは無意識のうちに彼女の唇に触れてしまう。柔らかな感触にとろけそうになる。

 

「愛してるよ、アスナ」

 

そう呟いた瞬間、キリトの索敵スキルが森の中にいるプレイヤーに反応した。

即座に腰から針を取り、それを投げる。

 

「きゃ…!」

 

森から小さな悲鳴が響いた。

いつもの記者かと思ったキリトだが、声質的に女性…それもアスナとあまり変わらないように思えた。

 

(今の声…どこかで…)

 

キリトはアスナを椅子に残したまま、森へと歩み寄っていく。

すると、森を駆けて逃げていく小さな人影が見えた。ユイよりも大きく、アスナより少し低い背…。そして、ここを知っている人となると、限られてくるため、キリトはなんとなく正体が掴めてきた。

 

「おい、待てよ!」

 

声をかけてみるが、応答はない。

だが、キリトは諦めなかった。

 

「俺に話があったんだろ?出てこいよ!」

 

そこまでキリトが言うと、木陰からゆっくりと出てきた姿に「やっぱり」とキリトは呟いた。

出てきたのはシノンだった。前のように、他人を威圧するような視線は消え、キリトに対しても直視出来ていない。

 

「…どうして、あそこにいることが分かったの?」

 

「索敵スキル、カンストしてるんだよ」

 

「そう…」

 

相変わらずシノンの声は元気がない。キリトは気を利かせて、湖の方に誘った。

シノンはキリトの誘いに反対することなく、共に湖の岸に座る。

 

「何かあったのか?」

 

「…アスナに負けたせいで、ギルドから信頼を失った…」

 

「まさか…奴らは本当にシノンを脱退させたのか?

「そんなわけないでしょ…。貴重な戦力を捨てる程、彼らも馬鹿じゃないわ。だけど……」

 

そこでシノンは言葉に詰まり、唇や身体を震えさせる。更には目元に涙を溜めていく。

 

「居場所……」

 

「え?」

 

「居場所が…ないの……。ギルドにいるのが辛い…。どうしたらいいの?キリト…」

 

キリトは泣きじゃくるシノンを見詰める。普段の凛々しい彼女とはまるで真逆で、弱々しい姿だった。

 

「お前もアスナと一緒だな…」

 

「え?」

 

顔を覆って泣いていたシノンはキリトの言葉で漸くまともに顔を見た。

キリトは砂場に転がり、空を見ながら話す。

 

「アスナも最初の頃、とても厳しい奴でさ、『攻略の鬼』なんて呼ばれてる時もあったんだ。その良い例が第47層攻略会議だ。アスナはNPCを囮にして、ボスを攻略しようと言い出した。俺は大反対して、アスナと口論になった」

 

「キリトも、最初からアスナとデレデレしてたわけではないんだ…」

 

「まあね…。でも、その態度がより彼女を孤立させていて…ギルドはかなり辛かったみたいでさ…。護衛まで遣わされて、相当なストレスだったんだ。しかもそいつはアスナを狙っていて…」

 

シノンはアスナの壮絶な過去に耳を傾ける。そして思った。自分と同じだと…。

 

「でも俺はそんな気が強い部分だけでなく、人を愛し、尊重する彼女もあることを知った。そんなアスナに俺は魅かれたんだ。別の人を2人愛することは出来ないけど、お互いに心を通わせることが出来る人と親友にはなれると信じてるよ。シノン、君もその1人だ。ギルドが嫌なら、抜ければいい」

 

「…キリト」

 

シノンは胸に手を当てて、初めての感情に心を揺さぶられる。

 

「俺はそう思うけどな。どうかな?」

 

「…ギルドを抜ける、抜けないかは簡単には決められない。だけど…」

 

シノンは頬を赤らめて、キリトにお礼を言う。

 

「あり、がと…」

 

 

 

遠くでその話を聞いているアスナはキリトを引き摺ってでも、家に戻そうと思ったが、どうにかその衝動を止めた。

最初は楽しく話しているキリトに対して、嫉妬心で燃え上がりそうになったが、自分の過去とどう思っているかを改めて知ることが出来て、2人の間を引き裂くことが出来そうもなかった。

 

「…今日だけは許そうかな…」

 

そう小さく呟いて、木陰から出て、ログハウスに戻った。

ただ……2人が戻って来たのはその十数分後で、どうしてかアスナはイライラしてしまっていた。

それを感じ取ったキリトは顔が引きつり、どうしようかと思っている表情を作っていた。その隣にいるシノンの頬には涙の痕があり、アスナの前に立つと、シノンは黙ったまま、ゆっくりと上体を前に降ろした。

 

「し、シノン?」

 

「今までのこと、本当にごめんなさい。あなたとキリトのこと、何も理解せず…ギルドと自分のためだけに苦しめて…本当にごめんなさい」

 

「そんな…頭下げなくていいよ!もう過ぎたことだし…」

 

「アスナ…こんな最低な私でも……」

 

シノンはまた涙に濡れた瞳でアスナを見詰めながら…懇願しながら言った。

 

「私の仲間に…友達に……親友に…なってくれる?」

 

アスナはこの状態のシノンを見て分かった。

今の姿のシノンこそ…本当のシノンなんだと…。

アスナはくすっと笑って、手を差し伸べた。

 

「もちろん!よろしくね、シノン!」

 

差し伸べられた手を見たシノンは更に涙を溢れさせ、口を手で塞いで、喘ぎ声を我慢しながらアスナの手を繋ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その数日後、シノンは青龍連合を脱退するのだった。




新たなアンケートを開始します。


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第26話 現した本性

突然の展開過ぎるかもしれません。


キリトは自分に向けられた剣先とそれを向けるグラディウスを睨んでいる。

だが、キリトの右腕は切り落とされ、覇王剣は少し離れた場所に落ちている。その後ろでは黒ポンチョを被った男がアスナの首にキリトの覇王剣よりも濃い黒色の鎌を当てていて、動けずにいる。

 

「これで終わりだ…」

 

グラディウスは剣を振り下ろす。

キリトはただ、刃が自身に到達するのを待つことしか出来なかった…。

 

 

 

 

どうしてこのようなことになってしまったのか…。

(さかのぼ)ること、6時間前…。

 

 

グラディウスは団長室の机を容赦なく叩いた。机にへこみが出来てしまうくらいに…。

 

「クソッ‼あの小僧…!」

 

誰も聞いたことがないであろう、凄まじい悪態をつくグラディウスを、Pohは薄笑いを浮かべつつ、ワインを頬張った。

怒り心頭の原因はシノンの退団。

しかもシノンはキリトに影響されて退団した、というのが濃厚であった。彼女は退団するときに、その理由をグラディウスや幹部に告げなかった。はっきりしないまま退団したことが、グラディウスの怒りを更に高めた。

 

「で、どうするんだ?黒の剣士を殺るのか?」

 

「当然だ…。ガキにはガキらしい教育をしなければならん…」

 

Pohはワイングラスを回しながら、話を続ける。

 

「だが、お前の腕じゃ黒の剣士を殺ることは出来ねえぞ?」

 

「…お前も口の聞き方には気をつけろ?舐めたことばかり言っていると、首が吹っ飛ぶぞ?」

 

「ひゅー、こえ~」

 

Pohはワインを飲み終え、グラディウスの前に立つ。

 

「なら、俺に考えがあるぜ、Mister」

 

「確実に黒の剣士を殺せるプランなんだろうな?」

 

「Yes!」

 

グラディウスはPohの考えを聞くと、口角を上げ、腰に納めている剣に自然と手を伸ばしていくのだった。

 

 

 

 

-1時間前-

「ふう…ちょっと買い過ぎたかな?」

 

アスナは一杯になった買い物袋を3つ、華奢な腕で持って帰路に着いていた。

今日は自分とキリト、ユイ、シノンの4人で食事をする約束で、その食材を買っていたのだ。出来ればキリトにもついて来て欲しかったが、ただでさえ世間の風当たりが強いので、アスナ1人で行くことにしたのだ。

 

「まあ、転移結晶を使えばすぐだし、いいか」

 

アスナは転移結晶を握って、ログハウスに戻ろうとした。

ところが、直後に背後に殺気を感じた。

 

「Hey、閃光」

 

振り向くと、黒ポンチョを被った不気味な男が立っていた。アスナは買い物袋を全て降ろし、細剣を取り出そうとしたが、男の手に握られた黒い鎌がアスナの右手の甲を切った。

 

「っ」

 

「動かないでもらおうか、閃光」

 

「…『閃光』ってまだ呼んでるの、あなたくらいよ」

 

「呼びやすいだけさ。来てもらおうか、俺と一緒に」

 

「………」

 

アスナは抵抗せずにPohと共に転移結晶である場所に飛ぶ。

その場には買ったばかりの買い物袋が3つ、残された。

 

 

 

 

その頃キリトはログハウスの椅子に座りながら待っていたのだが…。

 

「遅いな、アスナ…」

 

少し買ってくると言ってただけなのに、と思っていると、キリトにメッセージが入って来た。

開くと『第66層に来てほしい。買い物袋が重くて大変なの、手伝って』と書いてあった。

キリトは不審に思いつつも、第66層に向かうことにした。ログハウスに来るであろうシノンに置手紙を置いて…。

 

 

 

 

第66層の転移エリアに着くと、そこにアスナはいた。

 

「おい、アスナ。どうしてここに…」

 

「キリトくん、来ちゃダメ‼」

 

アスナの警告は遅かった。

突如後方から飛び込んで来た黒ポンチョの男がキリトの右腕を切り落とした。

 

「ぐああっ⁈」

 

キリトは地面を転がって、男と距離を取りながら、オプションから覇王剣を取り出して、左手で持つ。慣れない左手で持ってしまったのが原因か、男に蹴られて簡単に落としてしまう。

 

「くっ…」

 

キリトは仰向けになりつつ、斬られた右腕を抑える。

黒ポンチョの男は夜の影と相まって、あまり見えない。

 

「安心しな、俺は殺しはしねえ…。殺すのは…」

 

男が向いた先には紺色の鎧を着て、左手に盾、右手に剣を持った青龍連合の団長グラディウスが現れた。

 

「よくやった、Poh。お前はその女を逃がさないように捕まえてろ」

 

「Hey」

 

Pohはアスナの両手を後ろに取って、それを首に当てる。

 

 

 

 

-現在-

「何が目的だ?グラディウス団長…」

 

「黙ってろ、クソガキが…」

 

そう言って、グラディウスはキリトの右腕を強く踏んだ。キリトは苦し気な声を上げて、痛みに耐える。

 

「お前がシノンを引っ張り出さなければ、俺のギルドは最強を維持出来た。貴様みたいなガキが最強だからって…調子に乗っているんじゃねえ‼」

 

更にグラディウスはキリトの顔を蹴り上げる。

その大人げない…いや、醜悪な行為にアスナは見かねて顔を背けた。

それでもキリトは気丈に笑って、グラディウスを挑発する。

 

「ガキ…か。確かに俺はガキだ。だけどな…そんな奴を使って俺の腕を斬らなきゃ戦えない雑魚には言われたくねえな!」

 

「黙れって言ってんだろ‼」

 

腹を蹴り上げ、キリトの胸ぐらを掴んで盾で殴るグラディウス。

 

「ぐはっ!」

 

「黒の剣士、貴様の弱点は二刀流でなければ、ただ強いプレイヤーであること。他にも【纏雷】はもう一方の剣でなければ発動できない。それさえ防いでしまえば、こっちのものだ」

 

グラディウスは剣にエフェクトを込める。キリトの見る限り、単発SSバーチカルだ。

あの一撃をもとにキリトを沈めるつもりだ。

それに気付いたアスナも半泣きの状態で、Pohの鎌が首に当たって血が垂れているのにも気づかないで、叫んだ。

 

「やめて!それだけはやめてえ‼」

 

アスナの懇願も虚しく、剣が振り下ろされる。

キリトはせめて急所だけはやられまいと、背中を見せる。

その時。

 

「!」

 

赤色の矢がグラディウスの剣を弾くと同時に爆発した。重撃BSスプライシングだ。

キリトが後方を向くと、弓を持って駆けてくるシノンの姿が見えた。

 

「シノン!どうしてここに…」

 

「そんなことどうでもいいでしょ!はいこれ!」

 

シノンは覇王剣と回復結晶を渡すと、グラディウスに向かっていく。

剣と弓がぶつかり、鍔迫り合いになる。

 

「シノン…貴様、何しに来た?」

 

「何って…友達を助けるために決まってるでしょ!」

 

そう叫ぶと、シノンは距離を取って矢を撃つ。

グラディウスはそれを盾で防いで、シノンの弓を弾く。

 

「くっ!」

 

「俺に逆らう奴は皆殺しだ!」

 

剣を振り上げたグラディウスだったが、振り上げた右腕は難なく斬り落とされた。

一瞬、グラディウスには何が起きたのか分からず、辺りを見回すと、すぐ横に青い目で睨みつけるキリトの姿があった。左手に握る白い剣の刀身には血が付いており、グラディウスの右腕を斬ったのはキリトであることがすぐに分かった。

 

「…貴様ら…ガキのくせに…。『閃光』がどうなってもいいのか?」

 

と、言うグラディウスだが、焦りは隠せていない。

手を上げて、Pohに指図するが、何故かPohは動かない。

 

「おい!テメエにはきちんと報酬をやってるだろ!その生意気な女を殺せ!」

 

「…Mister、悪いな…」

 

Pohがそう呟くと、アスナを解放して、グラディウスの頸動脈を裂いた。

また一瞬、何が起きたのか分からず茫然としていたが、すぐに痛みとHPの急激な減りに大慌てするグラディウスだが、Pohは首を掴んで、地面に押し倒す。

仲間割れにも見えるこの光景を3人は固唾を飲んで見守る。

グラディウスは首を掴まれて、声も出せず、HPも回復できずに暴れるが、Pohに抑えつけられてしまっては何も出来なかった。

 

「俺は俺なりの目的があるんだ。お前みたいな自分勝手に暴れる奴は……殺したくて仕方ないんだよ…」

 

「あっ……がっ……」

 

グラディウスは断末魔も上げれずに、そのまま静かに息絶えた。

ポリゴン片になったグラディウスを見終えてから、Pohは手に付いた血を舐め取り、キリトたちを見る。

 

「『閃光』を怖い目に逢わせて悪かったな、黒の剣士。安心しな、お前と戦うのはまだ先だ…。その時までに、俺を楽しませてくれるくらいに腕を上げておけよ?」

 

Pohはそう言うと、持っていた転移結晶でどこかへと消える。

その右腕に刻まれた、笑う顔と棺桶のマークをキリトたちに見せ、脳裏に刻ませながら…。

 

 

翌日、ギルド『青龍連合』は潰えた。




現在実施中のアンケート、1つ名前間違っていました。
恥ずかしいです…。


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第27話 兄に会うために

サブタイトルで分かりますよね?


━現実世界━

SAO事件の被害者の親族、桐ケ谷直葉は鞄に入れたナーヴギアを持って、兄、桐ケ谷和人が入院する病院へと駆け込むために走っていた。

時間は無かった。ナーヴギアを持っていることが母親にバレてしまい、急がなければならなかったからだ。

後ろでは、母親が声を上げて呼び止めようとする。

直葉は車が往来する道路を駆け抜け、鍛え上げた下半身を必死に動かした。クラクションが鳴り響き、直葉に罵声を上げる大人の声も轟く。

息が絶え絶えになりつつ、直葉は病院に駆け込んだ。

何度も通った兄の病室に入り、直葉はナーヴギアをコンセントに差し込み、SAOのソフトを入れた。病院の外では慌ただしい足音がするのが聞こえる。

 

「お兄ちゃん…私も行くよ。お兄ちゃんを助けるために…」

 

病室の扉が激しく開く。

その瞬間、直葉はナーヴギアを被り、呟くのだった。

 

 

『リンクスタート』と……。

 

 

 

 

 

 

━仮想現実━

次に直葉…アバターネーム『リーファ』が目覚めた時には、第1層の広場に立っていた。

リーファは周りを見て、ここが本当に仮想現実なんだと理解した。しかし、この仮想現実に来て、兄を探すのは大変だと、今更ながら思った。

どうしたら良いのか、思案していると、ボロボロになった新聞が飛んで来て、リーファの足に引っ掛かった。それを拾い上げ、リーファは目を丸くした。当然だろう。そこには兄と見たことない女性の顔が一緒になっている写真が貼ってあったからだ。しかも、堂々と見出しには『元青龍連合団長グラディウスの殺害に加担か?元団員は報復の可能性を示唆する』と書かれていた。

これにより、兄が今とても危険な状態であることを理解したリーファは現実世界と同じように駆け出し、近くにいた人に詰め寄る。

 

「あのっ…!この新聞の人たちは今どこに…!」

 

 

 

 

その頃、キリトとアスナ、シノンまでもが元青龍連合団員たちに取り囲まれていた。

彼らはキリトたちに殺意も含めた怒りを露わにしていた。あのクズ団長のグラディウスはPohによって殺されたと伝えはしたが、彼らはそんなものを信じなかった。ましてや、グラディウスがPohと共闘して、アスナを拉致したことさえも、信じようとはしなかった。おそらく、自分たちのリーダーがそんなことをしていたとは信じたくないのだろう。その信念にも似たものが…キリトたちに『怒り』として向けられているのだ。

 

「貴様が…俺たちの団長を…!」

 

刃を向け、じりじりと寄ってくる元団員たち。キリトたちも迎え撃とうと、剣を出す。

しかし、キリトたちは彼らを殺そうとは思っていない。キリトたちなら、彼らの剣を弾くくらいのことは容易である。

突進してくる奴らに剣を構える。

ところが……。

 

「お兄ちゃん!」

 

キリトと彼らの間に割って入った謎の女性プレイヤーにその刃は当たった。

肩から脇腹にまで、ズバッと斬られた女性プレイヤーは苦痛の声を上げ、キリトの前に転がった。

 

「おい!しっかりしろ‼」

 

上体を起こし、呼び掛けるが、痛みのせいか一瞬にして気絶してしまっていた。

しかし…そのプレイヤーの顔を見た途端、キリトの顔は動揺したものになり、すぐに怒りの目を彼らに向けた。

その表情は…アスナでも見たことがないもので、思わず引いてしまった。

 

「キ、キリトくん?」

 

「お前ら……」

 

怒りを通り越した…『本当の殺意』がキリトに宿る。

それを感じ取ったシノンはアスナに叫んだ。

 

「キリトを止めて‼アスナ!」

 

アスナはシノンの叫びを聞いてから、その言葉の意味が分かった。アスナの前であるのにも関わらず、キリトは覇王剣を抜くなり、一番前にいるプレイヤーの右手を一瞬にして斬り落とした。プレイヤーは叫び声を上げ、地面をのたうち回る。後ろにいた元団員たちも、恐怖に負けて、どんどん後ろに退いてしまう。

『本当の殺意』を感じ取ったアスナは即座にキリトの前に出て、彼の身体を抑えた。

 

「キリトくん、やめて‼」

 

「…退いてくれ、アスナ。俺は……そいつだけは許せないんだ…!」

 

「でも、それじゃキリトくんは本当の人殺しになっちゃう!お願いだから、やめて…」

 

泣き声になりつつ、アスナは懇願した。

その姿に流石のキリトも落ち着きを取り戻したのか、覇王剣を下ろし、顔を俯かせた。

アスナは涙を拭い、後ろで恐怖で身体を震えさせるプレイヤーに怒鳴った。

 

「今日はこのくらいで勘弁してあげる。次、また私たちの前に現れたら…今度は私が容赦しない!他の人にも伝えなさい」

 

「ひぃ…!」

 

彼らは何度も転びながらも、キリトたちの前から消え失せた。

アスナは一息吐きつつ、キリトの方を見る。

キリトは剣を鞘に戻して、気絶している女性プレイヤーを背中におぶった。その光景にアスナは若干の驚きを感じながら、問いを投げかけた。

 

「キリトくん、その人は……」

 

「悪いアスナ。今日は先に帰っててくれ。俺は彼女と別の場所で寝泊まりする」

 

「え」

 

今の発言にアスナは言葉を失った。

有無を言わさずに、キリトは彼女を支えると2人の前から姿を消した。アスナは暫く茫然と立ち尽くしていたが、シノンが肩を叩くと、ハッとして彼女を見た。

 

「大丈夫よ、アスナ」

 

「え?何が…」

 

「あのキリトだもの。何か考えがあるんでしょ?」

 

「…そ、そうよね…。大丈夫よね…」

 

そう言って、自分自身を落ち着かせようとするアスナだったが、その動揺は誰がどう見ても隠せていなかった。




リーファは登場させようか迷いましたが、結局出しました。

【補足】
全プレイヤーの初期装備は『ハンターシリーズ』。多分3Gでの初期装備はこれのはず…。


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第28話 忘れていた家族

宿のベッドに未だに気絶したままの直葉を寝かせたキリトは近くの椅子に座って、艶やかな前髪を顔から動かした。

2年ぶりに見た妹の顔に、キリトはあの時、自我を失いかけた。

冷めていた頭が一気に熱くなり、目の前の敵を『殺す』ことしか考えられなくなっていた。この状況はアスナがクラディールに殺されかけた時以来のことだった。

あそこでアスナが止めなければ、暴走は必須だったことだろう。

 

「…大きくなったな…」

 

そうは言うものの、キリトはあまり直葉とは仲が良くなく、その時の記憶も薄れかけていた。最後に見た時は、剣道の大会に行ってくると食卓で言っているのを朧気に覚えているだけだ。

ただ、仲良くしていなかったのは理由があった。

直葉はキリト…桐ケ谷和人の本当の妹ではないことが分かってしまったことだ。

自分はこの家の子供ではない…なら、自分は何者か…。これが原因でキリトはネットゲームに依存し、最終的にはSAOというVRゲームというものにのめり込んでいった。

 

「俺を探しに来たのか…?でも何で…」

 

キリトは寝たままの直葉に呼び掛けるが、彼女は目も開けない。さっきの行動といい、直葉はキリトを守ろうとした。それに疑問を覚えながら、キリトは眠り続ける直葉を見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

直葉は兄がSAOというゲームに入り込んだまま目覚めず、ナーヴギアを外す、またはゲームオーバーになったら死ぬ…と聞いたのは剣道の大会で優勝した後のことだった。ニュースにもなり、大々的に報道された被害者一覧の中に『桐ケ谷和人』の名前があった時、直葉は言葉を失った。

嘘であることを祈りながら、自宅に戻ると、母親が涙を跡を残したまま、椅子に座っていた。母親に連れられて、病室に入った直葉は、初めて深く、重い悲しみと絶望に襲われた。

最近まで兄に不遇に扱われていたはずなのに、胸が切なく締め付けられ、涙が止めどなく溢れ出した。そして最後には大きな声を上げて、ベッドに眠る兄の腹に顔を乗せて、号泣した。

それからは更に剣道に力を注いだ。いや…注がないと、兄のことを思い出して、何も出来なくなってしまうのを防ぐためだった。それでも時間があれば病室に赴き、活けてある花を変え、浮き出る汗を拭きとったりすることくらいはしていた。

直葉はこの時こう思っていた。すぐにゲームはクリアされ、元気な兄が帰ってくる。

そんな楽観的な考えが、後に新たな悲劇を生むとは…この時直葉は思っても見なかった。

ある日、いつも通りに病室に行こうとしたら、すぐ隣の病室が慌ただしく看護師と医者が行き来し、次には誰かの絶叫が聞こえた。そっと覗いてみると、同じくナーヴギアを被った男の子の手を握り、泣いている母親がいた。その光景が何を意味しているか、当時13歳の直葉でも分かった。

あれが『死』であることを…。

初めて人の『死』を間近で体験した直葉は震えが止まらなくなった。

兄の部屋に入り、目覚めない彼に問いかけた。

 

「死なないよね?ねえ…。お兄ちゃん…。ねえ…ねえったら‼」

 

この日、初めて直葉はパニック発作を起こした。

和人の身体を激しく揺すり、泣き声を上げた。

これに気付いた看護士たちは直葉を和人から離し、落ち着かせようと必死になった。仕事に行っていた母親が駆けつけるほど、直葉は混乱してしまっていた。

それからという直葉は常に兄の死と隣り合わせする生活が始まった。

これがどれだけ辛く、残酷なものか…直葉は誰にも理解されないと思っていた。

学校でも剣道でも何をしても、どこでも兄が死ぬのではないか…そう思ってしまい、まともに生活をすることも直葉にとっては困難な状況にまで陥っていた。

そんな地獄みたいな生活が2年も続いた。

毎日泣き、喘ぎ、耐え抜く生活だけが続いた。

そして…そんな中、直葉の兄、和人の出生の真実を聞かされた。

和人とは本当の兄妹ではなく、従兄妹同士に当たるということに。

これを知った直葉は漸く分かった。

何故兄が剣道を辞めたか…。何故自分と距離を置いていたのかを…。

そして胸に塞ぎ止めていた感情が一気に爆発した。

その衝動から…直葉はこの世界に飛び込んだのであった。

 

 

 

 

目が覚めると、また直葉は病院の椅子に座っていた。

目の前には兄の寝ている姿があった。

 

「あ、れ…?私、ダイブしたはずじゃ…」

 

そう思ったが、どうやらしてないように見えた直葉は溜め息を吐き、兄の顔を見詰める。

 

「お兄ちゃん…」

 

その時、兄の命を繋ぎ止める機械から甲高い音が響いた。

振り向くと、心拍数の波長が真っ直ぐ一直線になっていたのだ。起きて欲しくなかった事態が目の前で起こり、直葉の視界がグニャリと歪んだ。

涙だ。

そして兄の胸に手を当てると……心臓の鼓動は無くなっていた。

 

「嘘でしょ?嘘だよね?」

 

あの時と同じように何度も兄を揺すり、叫び直葉。

だが、兄の口は開かないし、目も開けない。

 

「嘘だって言ってよ!」

 

そう言った途端、兄の目が恐ろしい速度で開き、こう告げた。

 

「桐ヶ谷和人は死んだんだ。その事実を受け止めろ」

 

「……いや…」

 

直葉は目と耳を塞ぎ、座り込む。

何も聞きたくない、見たくない…。

その気持ちが徐々に強くなり、最後には…。

 

「いやあああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

絶叫するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

目を覚ました直葉は身体中から汗を噴き出し、息を荒くしていた。

そのすぐ横では…心配そうに兄…キリトが見ていた。

兄がまだ、生きている…。それが分かった直葉はもう止まらず、涙を溢れさせた。ベッドがグショグショに濡れてしまうかもしれない量の涙を溢れさせ、キリトの胸に縋り付いた。

だが、キリトはあまり芳しくない表情を作っていた。

 

「スグ…」

 

「お兄ちゃ…」

 

パチン!と乾いた音が部屋に響いた。

涙で濡れた直葉の頬をキリトが打ったのだ。

何故打たれたのか分からない直葉はきょとんとした表情でキリトを見た。

そして…キリトの怒りが爆発した。

 

「何で……何で来たんだ‼︎スグ⁈ここはお前が来るようなところじゃない‼︎‼︎」

 

「でも…でも…お兄ちゃんに会いたくて…!」

 

「そんな軽い気持ちだけで来るな‼︎ここはスグが考えるよりよっぽど危険な場所なんだ!もしお前を死なせたら…俺は……俺は……っ」

 

キリトも抑えられなくなって、涙を流した。

怒りもあったが、実際は嬉しさもあった。

こんな危険な目に遭ってまで、自分を心配してくれる存在がいることに…感動を覚えてしまったのだ。それに忘れていたのだ。この世界とは別の世界にも…きちんと家族がいることを…。

そんな弱々しい兄の姿を見たことがなかった直葉はどうしたら良いのか分からず、混乱してしまう。

だが、キリトが言った『軽い気持ち』にだけは、僅かな苛立ちを覚え、反論した。

 

「軽い気持ちなんかじゃない!私は…お兄ちゃんを助けたくて…救いたくて来た!SAOというゲームがどれだけ危険かは、あっちで散々教えられたから知っている。でも…お兄ちゃんの周りの人が死んでいくのを見ながら生きていくのは…とても辛かった…。いつも泣いて…挫けそうになって…でも、そんなのお兄ちゃんと会えば全て吹っ飛ぶ。生きる力が湧いてくる。だから…私は本気でこの世界に来た」

 

「スグ…」

 

「だから泣かないで?私ももう泣かない。また強くなる」

 

そう言われたキリトは涙を拭い、直葉を見詰める。

 

「ありがとう、スグ…。それと、ごめんな…」

 

「ううん、良いよ…。お兄ちゃんも辛かっただろうし…」

 

「約束するよ、スグ。お前も必ず現実へと戻してやる」

 

「私…『も』?」

 

その言葉に直葉は僅かな違和感を感じたが、あまり深くは考えず、キリトの胸に頭を降ろし、今日はそのまま眠りに就くのだった。

 

 

 

 

そして、後日、キリトは自分の奥さんであるアスナを紹介した。

その時、直葉が混乱したことは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中に浮かぶ鋼鉄の城から離れた小島……そこは溶岩が永遠に滴り落ち、草木は1本も生えず、ただ1匹の龍だけが棲みついていた。かの龍は1つの王国を滅ぼし、傷付き、そこに棲みついたとされている。

そして…その龍が持つ力は災厄を(もたら)し、全てを滅ぼす…とされている。

龍は大きな紅の大翼を羽ばたかせ、自らの焼け焦げた鱗を剥がす。

それらは塵となって、巨城に向かって流れていく…。

更なる災厄は、すぐそこまで近づいていた…。




次話でアンケートは終了します。

そして、次話からは絶対に書こうと考えていたストーリーが始まります。


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第30話 炎色の塵

ー半年後ー

第85層のボス部屋では、【纏雷】を発動したキリト、【氷界創生】を発動したアスナ、そして【一点突破】を発動したシノンを中心として、ボス【極み統べるグァンゾルム】と戦っていた。

そこにはキリトの妹の直葉が黄緑色の太刀を持って、キリトたちと同じようにボス攻略に参加していた。元々キリトたちの役に立ちたいと思っていた直葉からしてみれば、これほどのことは嬉しくて仕方がなかった。

 

「アスナ!スイッチ!」

 

キリトはボスの周りを飛ぶ飛竜【エギュラス】の攻撃をいなしつつ、アスナに叫んだ。

アスナはキリトの叫びに答えて、尖剛突撃SS氷剛刃凍撃を発動して、ボスの首の付け根を貫く。それでもボスは倒れない。

むしろ、空中で無防備なアスナに赤い目を光らせ、黄金色の翼をぶつけようとする。

だが、それはキリトが発動した24連撃SSスターバースト・ストリームによって防がれた。

身体の側面にこの連撃を与え、更にそこから剛撃SS蒼雷撃を発動させ、四肢の1つを切り裂いた。

バランスを崩して、倒れるボスに追い打ちをかけるようにシノンは旋剛2連撃BS双昇竜翔撃を発動し、その顔面に翡翠色の双龍をぶつけた。ぶつかった瞬間、ボスの顔面で爆発し、そこで漸くボスのHPバーが空になった。

カシャンとポリゴン片がボス部屋に散布され、攻略組は声を上げた。

キリトとアスナは剣を納め、シノンは腰に弓を戻した。

 

「お疲れ、アスナ。良いバックアップだったよ」

 

「キリトくんも、剣撃がいつも以上に凄まじかったね」

 

「そりゃあ…あんな壮大な化け物相手に手加減出来ないよ…」

 

そう気楽に話すキリトたちであったが、今回の攻略もかなりの犠牲者を出した。

元々そうであったが、攻略が進むに連れて、参加人数も減ってきていた。

それが原因か、最近はキリトたちのオリジナルスキルに頼り切っているプレイヤーが多くなってしまい、まともに参加するプレイヤーが減ってきている…が正しい表現だろう。

しかし、最近はそれ以外にも問題が発生しているために、状況が良くないのだった。

 

 

 

 

 

攻略を終え、キリトとアスナはログハウスに帰るために、22層に戻った時…その光景に目を疑ってしまった。いつもなら…森と湖が美しい光景が広がるはずが、今はその森や草原が炎々と燃えており、それを消火しようと焦るプレイヤーたちが走り回る光景が広がっていた。

 

「こ、これは…!」

 

「どうなってるの⁈」

 

「パパ!ママ!」

 

転移エリアのすぐ目の前にユイが泣きそうな表情をして立っていた。

 

「どうなっているんだ⁈」

 

「分からないんです!突然、火の粉のようなものが飛んで来て、森や家が…」

 

「まさか…私たちのログハウスまで…」

 

「そこは大丈夫ですけど、パパたちのログハウスの反対側が大火事で…」

 

「原因は後でだ!消火を手伝おう、アスナ!」

 

キリトとアスナは燃えている家々のところへ駆けていく。

攻略の疲れなど一瞬で吹き飛んでしまい、この豊かな世界を守ろうと必死になった。

完全に鎮火したのは、キリトたちが戻ってから、なんと半日も経った後だった。

 

 

 

ログハウスに戻ったキリトたち一行。

アスナは炭の臭いがついてすぐにでもシャワーを浴びたいと行って、風呂場へと行ってしまった。行く前に「どう?久しぶりに一緒に入る?」と、妖艶な笑みを浮かべながら聞いて来たが、流石のキリトも疲れが勝っていて、その要望には答えなかった。

むすっとした表情をしたアスナだったが、彼女も非常に疲れていたので、咎めもせず、さっさとシャワーを浴びることにした。

一方のキリトはログハウスまで炭の臭いだらけにするのは嫌だから、炭だらけの黒いコートを脱いで、外に放り投げた。

その後、いつもの椅子に座り、1日中緊張していた身体を少しだけ休ませる。

するとユイがキリトの膝の上に座り、顔を胸に押し付けてきた。

 

「どうした、ユイ」

 

「いつも無事に帰ってきて、嬉しいんです。もしかしたら帰ってこないかもって…思うことがあるんです」

 

「そんなわけないだろ。ユイもアスナも俺にとっては大切な家族なんだ。寂しい思いはさせないよ」

 

「それでこそパパです!ママを泣かせたら、私が許しませんからね!」

 

「重々承知しております…」

 

そう言いながらキリトはユイを優しく抱き締める。だが、ユイは顔をしかめて、正直にこう言った。

 

「パパ…焦げ臭いです」

 

この発言にキリトが相当傷付いたことは言うまでもなかった。

 

 

 

「ん…もう朝か…」

 

キリトがベッドから上体を起こした時、隣のベッドにはまだ膨らみがあった。アスナはまだ寝ているようだ。

昨日は散々なことがあったから、まだ疲れが抜けていないのだろう。

キリトもまだ疲れが残っている身体を起こしながら、外の景色を見る。昨日の大火事が影響してるのか、全体的に薄暗く見えた。だが…それよりも驚くべき光景が、寝ぼけたキリトの意識を覚醒させた。

いつもは快晴の青空が…炎色の塵で一杯になっており、それがこの第22層の更に上へと舞っていたのだ。

服をすぐに着替えて、外に出ると、キリトはむわっとした空気に若干の違和感を感じた。

 

「どうなっているんだ⁈」

 

上の層で何が起きているかは容易に想像がついた。

こっちよりも更なる火事が起きているのだろうと分かったキリトは、アスナを起こすのも忘れて、エギルがいる店へと急いだ。

エギルのいる第44層に着いた時、その光景はもっと酷かった。

家が密集している場所では、火の周りが早いのか、火事というより本当にただ炎上しているだけに見えてしまう。

炎の熱を感じながらも、エギルの店に着くと、そこは小火(ぼや)程度で済んでいた。水を入れたバケツを片手に「ふう」と息を吐くエギルを見たキリトは安堵した。

 

「エギル!無事だったか!」

 

「キリト!どうしてここに…」

 

「ログハウスから赤い塵が上層階に舞っているのが見えたんだ。それで…、でも無事で良かった」

 

「お前たちの層もやられたのか?」

 

「ああ、一部が…」

 

「まさか……本当に『あの伝説』が…」

 

「伝説?何のことだ?」

 

「お前には話すべきだと思うんだ。明日、また来てくれ」

 

エギルは自分勝手に話を進めて、店の中へと消えた。

キリトは溜め息を吐きながら、燃え落ちる街を眺めた。黒煙はまだ上がり続けていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かの龍は更に翼を扇ぐ。

赤い瞳は鋼鉄の空中城を見詰め、更なる災厄を呼び起こそうとするのであった。




【補足】
第85層ボス『極み統べるグァンゾルム』・エギュラス
MHFの極み個体の一体。
一番弱いと言われていたので、ここで出してもいいかなと思いました。
書き始めた当初は90層クラスにしようと思っていましたが、強さ的に違うかな?と。



新たなアンケートを開始します。
そして、遂に『奴』が登場します。何かは…言わなくても分かりますよね?


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第31話 古の伝説

キリトが急いで外へ出た後に、アスナも目を覚ました。

ところが疲れが抜けていないのか、身体が重く、怠い。頭は熱に(うな)されたかのようにくらくらしている。

 

「どうしちゃったんだろう…。昨日の疲れかな…」

 

そう思いながらノロノロと立ち上がって、隣のベッドを見る。

しかし、そこには愛するキリトの姿がなかった。

どこかへ出掛けたのか、それともただ外の空気を吸っているのか…。

ともかく、朝ごはんの支度をしなくては…と思ったアスナは下の階へ降りる。

そこにもキリトはいなかった。やっぱり出掛けているようだ。

 

「ああ…頭がくらくらする…」

 

今にも転げ落ちそうな階段を降りて、どうにかキッチンに辿り着いたが、ここから料理をする気にもなれない。どうしたものか…と思っていると、玄関のドアが開き、そこに愛するキリトが意気消沈したような表情で戻って来た。

 

「キリト…くん…。良かった、帰ってきて…」

 

アスナの顔を見た瞬間、キリトは動揺を隠せなかった。

明らかにアスナの様子はおかしかった。頬と額は赤く染まり、そこからは熱を持ちすぎて蒸気まで見える程だった。足元もおぼつかなく、その瞳は潤んでいる。

 

「どうしたんだ⁈アスナ!」

 

キリトがアスナの肩に触れた途端、彼女の身体は支えを失ったように崩れ落ちた。

アスナが地面に倒れる前に、キリトは彼女を支えた。

 

「大丈夫…だよ…キリトくん…」

「大丈夫じゃないだろ!何があったんだ…」

「昨日の疲れが抜けてないだけだよ…。そんな泣きそうな顔しないで…」

 

キリトは彼女の頬に手をやるが、そこは誰でも分かるくらい熱くなっていた。現実世界なら死ぬ体温…およそ42℃を上回っているとも思えるくらいだった。

 

「それなら今日は寝ていろ!俺がお粥とか作ってやるから…」

 

「ごめんね…。キリトくん…」

 

そこまで言って、アスナはあまりの高熱に意識を保てなくなり、気を失う形で再び眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

「ユイ、ママを頼んだぞ。俺は…ちょっと用事が出来てしまってさ…」

 

「ママを看病することよりも大切なことなんですか?」

 

ユイの問いに、キリトは答えられなかった。

エギルの言う『伝説』を聞きたくて行きたいわけではない。それ以外にも、ここ最近起きる赤い塵による火事、そして…アスナと同じようにゲーム内なのに高熱に魘される人たちの増加が、エギルが言っていた『伝説』に関係するのではないかとキリトは推算していた。

 

「行ってくる。何かあったら、これで俺の元に来るんだ」

 

キリトはユイに転移結晶を渡し、横になって苦しむアスナの手をギュッと握った。

 

「待ってろ、アスナ。絶対に助ける方法を見つけてくるからな…」

 

キリトはそう言って、ログハウスから出て行くのだった。

 

 

 

 

すぐにエギルの店に着いたキリトは、扉をノックすることも忘れて、堂々と中に入っていった。店の中は未だに焦げ臭く、店の清潔感を気にするエギルがそのことを放置していることに『珍しいことだ』と思った。そして当の本人のエギルはカウンターに大量の本を山のように積み上げて、その陰に座っていた。

 

「キリト、来たか。大変なことが分かった」

 

「例の『伝説』の話か」

 

「ああ」

 

エギルは1つの古びた本をキリトに投げ渡した。

そして丁度、栞が挟んであるページの一部に線が引いてある箇所があった。

そこにはこう書かれていた。

 

 

 

『怒れる紅龍は、その怒りによって大地を震わせ、天を禍々しく焦がし、世の空と大地を緋色に染め上げる』

 

 

 

「正に今の状況じゃないか!」

 

「問題はその続きだ」

 

エギルに言われて、その先を読む。

 

 

 

『また赤き紅龍が眠りから覚めた時、運命は解き放たれ、近い未来、世界に真なる終焉が到来する』

 

 

 

この予言めいた言葉にキリトは理解が追いつかなかった。

 

「これの意味は?」

 

「今、何故かゲーム内で高熱で倒れるプレイヤーが増えているだろ?恐らく…それもこの古文書に書かれている『紅龍』だと思うんだ。そして世界の終焉は……」

 

「もう始まっている…と言いたいのか?」

 

「ああ…」

 

それを知ったキリトは一瞬で動揺を隠せなかった。

今正にアスナはその『紅龍』の影響で苦しんでいる。

 

(早く…どうにかしないと…)

 

その気持ちがどんどん(たかぶ)るキリト。

 

「エギル!どうすればいいんだ⁈アスナが…アスナも『紅龍』の影響を受けてしまっているんだ!」

 

「アスナが⁈しかし…こいつをどうにかするにしても…今の俺たちは無理だ」

 

「どうしてだ!」

 

「こいつがどこに居て…どこで戦えばいいかも分かっている。だが、このゲーム内で『紅龍』の立ち位置は裏ボス…。しかも参加条件にソロ限定とまできている。こんな悪条件でどうやって戦えばいいって言うんだ」

 

「アスナや他のプレイヤーを見殺しにしろって言うのか⁈エギル‼︎」

 

キリトの憤慨は留まることを知らず、エギルの胸ぐらを掴む。

 

「どうしようもないって言ってるだろ‼︎」

 

エギルもキリトを突き放して、乱れた服を整える。

キリトは息を荒くして、机を思いっきり叩いた。

 

「クッソおおおおお‼︎‼︎」

 

キリトが咆哮する気持ちは、エギルには痛い程分かってはいたが、彼に慰めの言葉を送ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ログハウスに戻ったキリトは、昏睡状態のアスナの傍らで茫然としていた。

助ける方法がない…。アスナは犠牲になるしかない…。

残酷な運命を突き付けられて、何もかもどうでも良くなったのだ。

 

「ごめんよ、アスナ…。俺が…俺が弱いから…また……」

 

また…死なせてしまう。

もう2度と…誰も死なせないと誓ったのに、こうもあっさりと約束を破ってしまう自分に嫌気が差すキリト。

もし…『紅龍』がこの世界を終末へと導くなら、キリトはアスナが死んだ後に自決しようと思っている。彼にとって、アスナのいない世界は考えられないのだ。

助けようにも、奴を倒すには完全ソロ限定…しかも強さは現在攻略が進んでいる第85層のボスをも凌ぐ圧倒的な力を有すると想像出来る。

これで絶望しないプレイヤーがどこにいようかと…キリトは思った。

 

「泣かないで…」

 

涙を(すく)う、熱気が篭った細い指がキリトの頬に触れた。

 

「アスナ…」

 

昏睡から目が覚めたようだが、体調は最悪の状態だ。

言葉を発するのも辛いアスナだったが、キリトの傷がまた抉れないように…優しい言葉をかけた。

 

「キリトくん…仮に私が死んでも…君は、死なないでね?だって…ユイちゃんが悲しんじゃうから…」

 

「それじゃ…それじゃ矛盾してるじゃないか‼︎あの時アスナ言ってただろ⁈俺が死んだら…アスナも死ぬって!それなら…俺だって……」

 

アスナは言うことを聞かない身体を無理に動かして、キリトの耳元でこう囁いた。

 

「君は…この世界の希望なのよ?」

 

「…!」

 

「みんなが…キリトくんに希望を抱いている。このゲームを…クリアさせてくれるって…。だから…諦めないで?」

 

「アスナ……」

 

キリトはアスナをギュッと抱きしめた。

アスナの身体は信じられないくらい熱く、抱き締めているだけでもキリトの肌からは汗が噴き出た。それでも構わず…抱きしめる。

 

「絶対に助ける。俺は諦めない。デスゲームも…アスナも!」

 

そう言ったが、その言葉はもうアスナには届いていなかった。

再び、昏睡状態に陥り、深い眠りに入った。

キリトは背中に二刀の剣を携え、ログハウスを出た。

キリトの心にもう迷いは見られなかった。

これから戦うであろう絶対的強者に挑むキリトは、死も恐怖も感じなかった。

彼の意志を強くするのは…人を愛し、想うことだけだった。




【補足】
『紅龍による世界の終焉設定』
完全なるオリジナル設定です。クエスト文やモンハン大辞典から、今回の話のような世界の終焉が訪れると推察しました。



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第32話 守り抜きたい人

シノンは今日もいつもと同じように弓を射る練習をしていた。

しかし…今日はどことなく調子が悪い。円形の的の中心をいつもなら当てれるのに、今日は僅かに逸らしてしまう。

 

「……」

 

どうしてなのか…自分自身でも分かるはずがないシノンは構わず弓の弦を引く。そして放った1発はやはり中心から僅かに右に逸れる。

シノンはため息を吐き、座り込んで空を見上げた。

今日の空は黒い雲がかかった曇りだ。

黒い理由は、連日、謎の火事によって生じた黒煙だ。

それが真っ白な雲を黒に染め上げているのだ。

 

「…キリト、元気かな…」

 

最近会っていないなあ…と思い、シノンは折角思ったのだから、会いに行こうと立ち上がった。この薄暗くどんよりとした気分もキリトに会えば吹き飛ぶと思ったシノンは支度を整えるのだった。

 

 

 

 

ログハウスに着いたシノンはドアをノックし、声を出した。

 

「私よ、シノンよ。キリト、アスナ、居るかしら?」

 

だが、返事はない。留守なのだろうかと想うシノン。

あのラブラブな2人なら、ユイを連れてどこか遊びに行った可能性もあると思ったシノンはがっかりしつつ、転移結晶で自宅に戻ろうと思った時、ガチャと扉が開いた。

出て来たのは涙の跡が残ったままのユイだった。

 

「…シノンさん…」

 

「ユ、ユイちゃん?どうしたの?その顔…」

 

「ママが…パパが……」

 

「え?どういうこと?キリトとアスナがどうかしたの?」

 

状況が飲み込めないシノンは、(むせ)び泣くユイを一旦、キリトたちが使っているであろう椅子に座らせて落ち着かせる。どういう状況なのかを聞いたシノンは動揺を隠せず、アスナが苦しんで寝ている部屋へと駆け込んだ。

 

「アスナ…」

 

「ん……その声…シノのん?」

 

朧げな意識と虚ろな瞳で見るアスナ。その姿にシノンは絶句してしまう。初めて真っ向から戦った時の面影は一切なかった。

 

「どうして…どうしてよ!アスナ‼︎どうしてキリトを止めずに行かせたの⁈どう考えたって…」

 

「私が死ぬ時は……キリトくんも一緒だから…」

 

絶え絶えの呼吸を吐きつつ、アスナはシノンの問いに答えた。

だが、シノンの怒りは止まらない。

 

「それで…いいの?」

 

「え…」

 

「もし…もしもよ…。キリトがその『伝説の龍』を倒して、死んで…アスナだけが生き残ったらどうする気?」

 

そう言うと、急にアスナの顔色が変わった。

悪寒とは違う震えがアスナを襲う。

 

「どうしてアスナが信じてないの?キリトが勝てるって…。キリトは最強の剣士なんでしょ?【蒼雷の二刀流】でしょ!必ず死ぬって…どうして決めつけてるのよっ‼︎」

 

そこまで叫んだ瞬間、アスナが精一杯の力でシノンの手を掴み、泣きながら懇願した。

 

「…けて」

 

「……」

 

「キリトくんを…助けてあげて…。そんなの…やだよぉ…。私…1人で生き残りたくない…‼︎」

 

そう言っているアスナを見たユイも我慢出来ず、空いているシノンの手を取って、お願いした。

 

「私からもお願いします!パパを…パパを止めてください‼︎」

 

シノンの返事は決まっていた。

 

「当たり前じゃない…」

 

シノンはそう言って、ログハウスから飛び出して行った。

アスナとユイに出来ることは祈りだけだった。

キリトが…無事に戻ってくることを…。

 

 

 

 

キリトは第85層の端…落ちたら2度と蘇ることの出来ない外周に立っていた。

そこには不自然に置かれている、クエスト概要が書かれているコンソールがあった。そこにはこう書かれていた。

 

『かの聖地に入った者、戻ること出来ず。伝説の龍に挑む覚悟がある者だけ入るがよい』

 

そんなことが書かれていようが、キリトは今、止まる術を知らない。

キリトは『Go』のボタンを押そうとしたとき、その手を誰かに掴まれて、止められた。

驚いて側面を見ると、そこには何故か息を荒くしたシノンが立っていた。

 

「シノン、どうしてここに…」

 

「アスナとユイちゃんに頼まれたの。お願いキリト、行かないで」

 

泣きそうな表情で懇願するシノンだが、キリトはそんな願いに簡単に乗る人ではない。

それはシノンも理解している。

 

「悪いシノン。行かなきゃいけないんだ。アスナを…この世界を救うために…」

 

「そのためにキリトが死んでもいいの⁈救えようと救えなくても、死んだら意味ないのよ⁈あなたが死んで…悲しむ人はいっぱいいるのよ!だからお願い‼︎やめて!」

 

「……離してくれ」

 

「絶対離さない。ソロ専用のクエストなら、私が離さなければ、キリトも死なずに済む」

 

キリトの腕に力が篭る。渾身の力を籠めて、シノンの細い腕を振り払った。

 

「離せ‼︎」

 

力強く振り解いたキリトだったが、シノンは距離を取って、自らの愛弓『凶弓【小夜嵐】』を掴んで、キリトに矢を向けた。

キリトは冷めた目で見ながら、自身も2つの剣に手を伸ばそうとする。

しかし、キリトの左手が剣の柄に触れかけた時、その掌を矢が貫いた。

 

「動かないで。キリトがどうしても行くって言うなら…私が止める」

 

「…………」

 

「これでも…まだ行くって言う気?」

 

「シノン…どうして俺に対してこんなに覇気がないんだ?」

 

「‼︎」

 

シノンは1番痛いところを突かれてしまい、言葉に詰まった。

今の一撃だけで、キリトはシノンにいつもの覇気がないことが分かってしまったのだ。

動揺を隠せず、焦ってしまったシノンは一瞬、隙を見せてしまう。

キリトは傷ついた手を使い、2つの剣を抜き、オリジナルスキル【纏雷】を発動させた。圧倒的な速度でシノンの間合いに入り、剣を真横から振り上げる。

 

「くっ!」

 

シノンも咄嗟に【一点突破】を発動して、風を足に纏わせて、空中に飛ぶ。

それに驚くキリトだったが、自身も足に力を込めて飛ぶ。

飛んでくるキリトにシノンは手加減など出来ず、本気のボウスキルを発動せざるを得なかった。だが、これで倒せれば、止められると思ったシノンは構わず、旋撃BS昇竜風を打った。

それに対してキリトは剛撃SS蒼雷撃で迎え撃つ。

キリトとシノンの攻撃スキルが衝突し、お互いに衝撃波を受けて吹き飛ぶ。キリトは地面に身体を叩きつけてしまったのに対して、シノンは空中で上手くバランスを取って、態勢を立て直す。

ところがキリトはすぐに立ち上がり、再びシノンの目の前に出る。

そして、剛2連撃SS竜星撃がシノンの両足を襲った。目にも見えない速さで剣が舞い、シノンの両足を切断した。

 

「あぐっ!」

 

落下するシノンだが、その真下にはキリトもいる。キリトは【纏雷】によって、身体能力を一時的に向上させることで、大跳躍が出来たが、シノンみたいに飛べるわけではない。

足を斬られたシノンと同じく、キリトも今は空中にいるため、自由が効かない。

そこでシノンは最強のボウスキルである旋速剛撃BS嵐神翔風を打ち、キリトを止めようと躍起になった。これで止まらなかったら…とも思ってしまったが、絶対に止める…その気持ちを強く持って…ボウスキルを放った。

 

「はあああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

シノンが放った矢は羽衣を纏った龍の容貌に変現し、キリトに向かっていく。

キリトも空中で自由が効かない状態で、あのボウスキルが飛んできたことに驚きを隠せずにいた。受け身を取る前に矢はキリトに直撃し、大爆発と同時に壮大な旋風を付近に巻き起こした。

シノンは両足が無く、上手く着地することが出来ず、地上とぶつかる。

 

「っ!うぅ…」

 

両足がないため、立つことも出来ないが、粉塵が舞っているその先に視線を凝らす。あの最強のボウスキルを受けたキリトがどうなったか…まさか、殺してしまったかもと思ったが、シノンのカーソルはレッドになっていない。生きているのは間違いなかった。

だが…。

粉塵の中に人影が見えた。バチバチと電撃が流れる音も聞こえる。

 

「まさか…そんな…!」

 

キリトは何と無傷でその場に立っていたのだ。多少のHPは減っていたが、ほとんど受けていないのに等しかった。

何をどうしたら…あのボウスキルを弾くことが出来るのかと思ったが、そんなのは後で考えればいいことだった。

シノンが再び矢に手を伸ばそうとした時、キリトはシノンの右腕を切断して、羽衣の弓を遠くに蹴った。

 

「あぐっ…‼︎」

 

腕を斬られた痛みにシノンは悶える。両足に右腕…四肢の半分以上を失ったシノンには、もうキリトを止めることなど出来なかった。

キリトは申し訳ない表情をしつつ、シノンに回復結晶を渡し、自身は『紅龍』のクエストを受注するコンソールに歩みを進める。

 

「やめて‼︎キリト…アスナとユイちゃんの想いさえ踏み(にじ)るつもり⁈」

 

その言葉にキリトが歩みを止めた。思い止まったのかと、期待したシノンだったが…。

 

「俺は…アスナを救う。たとえユイやアスナ自身の願いでも、アスナを見殺しにして生きることは、俺には出来ない!」

 

そう叫んで、キリトは『Go』のボタンを押した。

キリトが見えなくなってから、シノンは地面を叩き、叫んだ。

己の弱さに…。




アンケートは次話までにします。



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第33話 紅龍ミラバルカン

シノンの乱入で、まさか一戦を交えるとは思っていなかったキリトだったが、シノンを撃破して、現在、溶岩が流れ落ちる浮島の1つに立っていた。

燃えるような大地にキリトは一瞬でこの世とは思えないと感じた。

これから正に地獄に落ちる…そうとも思えてしまった。

その溶岩の中に…『奴』は眠っていた。

黒みを帯びた紅蓮の体色をしており、凄まじい大きさを持つ翼は溶岩の熱が原因か、ドロドロと溶けているようにも見える。頭には捻れた巨大な紅蓮の角を有しており、その姿は正に王道のドラゴンと呼べるものだった。

キリトは先制攻撃を仕掛けようと、足を一歩前に出した瞬間、『奴』は黄金色の瞳を開き、キリト…すなわち『敵』を認識した。

ゆっくりと長い首を立たせ、翼を広げる。その瞬間、周りの溶岩が激しく噴出し、『奴』に降りかかる。それでも紅蓮の鱗は溶岩を弾き、むしろその溶岩のエネルギーを自分のものにしようと身体を丸める。

 

(そんなことさせるか…)

 

そう思ったキリトは覇王剣を抜き、重突撃SSヴォーパル・ストライクを放つ。

赤いエフェクトを纏った剣は何も遮られることなく、『奴』の無防備な腹に突き刺さる…はずだった。

『奴』が紅蓮の翼を羽ばたかせた瞬間、周りの空気が一気に変わった。

途轍もない熱波がキリトを襲うと同時に吹き飛ばし、キリトの身体を焼く。

 

「うあああああああ‼︎‼︎ああああぁぁああ……」

 

耐熱スキルが付いているはずの黒いコートの下の肌が、マグマで焼かれたかのような感覚にキリトは悶絶する。

しかもその熱波はキリトの身体だけでなく、燃える大地…更には空を遮る重い大気までを吹き飛ばし、先程まで見えることがなかった真っ赤な月と星空を見せた。

そして…『奴』が咆哮した瞬間、周囲の溶岩が蛇のように渦巻き、キリトに襲いかかった。キリトは必死の思いで身体を動かして、その溶岩を避けた。

剣はキリトの手から離れてしまい、キリトは地面に倒れる。

この時点でキリトは勝てる気がなくなってしまっていた。落とした剣を拾うも、その柄でさえ、あまりの高熱に持っただけでジュウゥ…と良い音がした。

これが世界に終焉を(もたら)す災厄の龍…【紅龍ミラバルカン】の力…。

だが、キリトは早々に諦めるつもりはなかった。

キリトは掌が焼けて、その感覚を失おうが、『覇王剣』と『白雷剣エンクリシス』を掴み、二刀流の姿になる。気のせいでなければ、既に身体の大半は第三度熱傷を負ったかのようになっているとキリトは思った。

そうだとしても……。

 

「俺は…負けられないんだぁ‼︎‼︎」

 

真正面から突っ込み、キリトは重2連突撃SSヴォーパルスラッシュを腹に叩き込む。確実にHPは減っていたが、ミラバルカン自身は軽く小突かれただけで痛みも何も感じないようだった。

奴から見れば、キリトは自分の住処に湧いたコバエみたいな存在なのだろう。口元に炎を溜め、それを地面に吹き付ける。すると、これらは地面に沿っていき、キリトのいる位置で爆発しそうになる。

キリトはその攻撃を前方に回転して回避し、跳躍して、その頭部に単発SSバーチカルを放ったが、それはもはやダメージを1も与えられていなかった。

その事実に驚愕するキリト。今までどんなに強いボスでも、全ての攻撃はボスにダメージを与えていた。それが最早無効化されているのだから、生半可なソードスキルでは太刀打ち出来ないのが見て取れる。

地面に着地したキリトは落ち着いて距離を取り、どうするか考える。

ほとんどのソードスキルが効かないとなると、【纏雷】でしか発動出来ないソードスキルで漸くまともなダメージを与えられる可能性があると思った。だとしても、ミラバルカンのHPバーは7本もある。防御力がほぼ無いような状況のキリトにとって、長期戦だけは避けたかった。

 

「…使うしかない…」

 

キリトはエンクリシスを強く握り、奥の手でもある【纏雷】を早速使ってしまった。

これで倒せないなら……もう手は無くなる。

ミラバルカンは様子の変わったキリトに少しだけ目の色を変えた。

黄金色の瞳を強く輝かせ、口元に紅焔の炎を溜める。

そして、それを火炎放射の要領で広範囲に発射した。

その前にキリトは高速移動でミラバルカンの真横に移動し、24連撃SSジ・イクリプスを発動する。現在、キリトが発動出来る最大の連撃技かつ、最強の攻撃だ。1発の重さでは負けることもあるが、この連撃の総合的なところと【纏雷】による強化を含めれば、勝るものはない。

 

「はあああああああああああぁぁぁああああぁ‼︎‼︎‼︎」

 

足を集中的にソードスキルを叩き込んでいく。

15撃目を出しても、ミラバルカンは涼しい表情をしており、キリトが2つの剣を振っている間も口からは紅焔の炎を吐き出しており、それをキリトに浴びせる。

キリトは剣を高速で振っているおかげか、その炎も吹き飛ばしているが、ソードスキルが終わった後にはこれをまともに受けていることだろう。だが、キリトのそんな考えとは裏腹に、突然炎の放射が止まる。

それと同時にキリトのソードスキルが終了する。

硬直が暫く訪れるキリトは、次の攻撃は剛撃SS蒼雷撃で防ごうと考えていたその時、ミララースの口から甲高い咆哮が天に轟いた。

キリトの立つ場所が明るくなる。上を向いたキリトはそこで…本当の絶望を感じた。

 

「ウソだろ…」

 

何と頭上から何発ものメテオが降ってきて、1発は確実にキリトに向かって落ちて来ているのだ。それでもキリトは剛撃SS蒼雷撃をメテオにぶつける。

数秒だけメテオとキリトのソードスキルが拮抗するが、すぐに巨大なメテオの威力の方が勝ってしまい、キリトは盛大に吹き飛んだ。

 

「ぐあああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

キリトは2つの剣を手放してしまうと同時に灼熱の大地の上を転がる。

強力なソードスキルを使用したのが幸いしたのか、キリトのHPは3割ほど残ってはいるが、身体へのダメージは凄まじいものだった。

片目は光を失い、黒のコートの8割は焦げて失ってしまっている。更には片腕も焼けすぎて、簡単に取れてしまいそうだった。

しかも最悪なのが、ミララースのHPはまだ半分ほど残っているのだ。キリトが全身全霊を出し切って、発動した24連撃SSジ・イクリプスを持ってしても、半分しか減らせなかったのだ。この事実はキリトに更なる絶望だけを締め付けた。

 

「アス……ナ……ごめん……」

 

愛する人の名前を呼び、涙を流しながら謝罪をする。

結局…誰も救えないことを実感するキリト。

身体は動かず、目の前に落ちている剣を拾うことも出来ない。

ミラバルカンも動こうとしないキリトに最早敵意はなく、また溶岩の中で眠りに入ろうとしていた。そんな余裕な態度を取っている奴だが、キリトは怒りも敵意も沸き起こらなかった。

ただ…自分の命を尽きるのを待つのを望んでいた。

キリトはこの絶望に耐え切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。

 

 

 

『キリトくん…』

 

 

 

キリトの耳に声が聞こえた。

 

「誰…だ?」

 

『立って…。負けないで…』

 

光を失っていない右目をゆっくりと開くと、目の前にはキリトの右手を優しく握る栗色の長髪の少女が見えた。それが誰かなんて…言わなくても分かった。

 

「アスナ……」

 

『信じてる…。キリトくんは勝つ。誰にも…何にも負けないって…』

 

右手に感覚はない。

アスナが触れているのは見えているが、触れられている感覚は一切なかった。

 

『だから……立って』

 

その一言で、キリトは根こそぎ失われたはずの力が戻ってくるのを感じた。

歯を食いしばり、永遠に続く熱傷に耐えつつ、キリトはゆっくりと身体を起こし、黒と白の剣を再び手に取った。

 

「負けるか…」

 

キリトはそう自然と呟く。

ログハウスで待っているアスナとユイ、そして必死に止めようとしたシノンに唯一の家族の直葉、更にエギルやクラインなどの仲間のために…キリトは立ち上がり、もう一度【纏雷】を発動する。

キリトが立ち上がったことに気付いたミラバルカンは黄金の瞳を向けて、再び敵意を取り戻した。

 

「負けてたまるかぁッ‼︎‼︎」

 

キリトは2つの剣を構えて、ミラバルカンに向かっていく。

奴も先程のキリトとは別段違った覇気を見せていることに敵意が増したのか、黄金色の火炎放射をエリアの3分の1覆った。キリトはそれをまともに受けているはずなのに、大きなダメージにはなっていなかった。

キリトはミラバルカンの目の前に突っ込み、2つの剣に赤と蒼のエフェクトを帯びさせる。それはキリトも初めて見たものだった。

未だに現実か幻か分からないが、彼女が与えてくれたものだろうとキリトは思った。

 

(ならば…それを使って、奴を倒す!)

 

激剛18連撃SSスターバースト・ライトニングブレイク。

青い雷撃と赤い雷撃が相互にミラバルカンを襲う。

流石の紅龍も焦ったのか、黄金色の炎が完全な紅蓮色の炎に変わり、剣舞中のキリトを襲う。赤い剣撃がミララースの腹を捉えた時、剣の耐久地が限界を迎え、『覇王剣』が音を立てて、バキッと折れた。

目を見開き、驚愕してしまうキリト。その動揺(チャンス)をミラバルカンは見逃さなかった。前足を軽く振り、キリトの右腕を焼き切った。

 

「あがッ……‼︎ああぁぁ…!」

 

愛剣を失い、腕も失ったが、キリトのもう1つの愛剣…エンクリシスは輝きを失っていなかった。青いエフェクトが更に輝きを強くし、剣の重みを増加させる。

これも新たなソードスキルなのだが、キリトは気付かない。

烈撃SS蒼速神撃。

 

「食らえええええええええええぇぇぇえええええ‼︎‼︎」

 

その一撃はミラバルカンの腹部を深く切り裂き、深い傷を負わせた。

それが致命傷となったのか、ミラバルカンは悲痛な咆哮を上げて、その身体を地面の上に倒れさせた。

キリトは倒れ、溶岩の中に沈んでいくミラバルカンを茫然と見詰める。

だが、そこから先…キリトの身体が動くことはなかった。左手に持っている白い剣をカランと落とし、膝を付いて倒れた。

ミラバルカンを倒すために使った気力と体力が底を尽き、もう意識を保つのも限界だった。それに度重なる激しい炎攻撃にキリトの身体はボロボロだった。左目は失明、右腕はなく、至るところに重度の火傷を負っていた。

だが、それでも良かった。

これでアスナが死ぬことは無くなった。

これから火事が起こることもなく…しばらくは平和な日々が続くだろう。

 

「アスナ……お前は…生きて……」

 

キリトの意識が薄れていく。

ミラバルカンが棲みついていた溶岩の浮島は音を立てながら崩れてゆくが、キリトはそんなことに気付くことなく、自らの意識を手放してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…?」

 

アスナは急に消えた身体の倦怠感と熱に違和感を感じた。

隣のユイもどうして…と言いたそうな表情をしていたが、アスナにはその答えが分かっていた。

 

「キリトくん…」

 

(キリトくんが頑張って、私を救ってくれた…)

 

そう分かったと同時に、キリトはどこへ消えてしまったのか…。

焦る気持ちが急激に湧き上がる。そう思う中、窓から外を眺めてみた時、キランと光る何かが空から降って来て、ログハウスの近くに落ちた。

それにどこか見覚えがあったアスナはすぐに外に出て、ログハウスのすぐ目の前に落ちている黒いものを見た。

それにアスナは驚愕し、絶句した。

目の前には黒い剣が落ちていた。それは普段キリトが使っている覇王剣だったが、刀身の半ばから先は欠けて失われていた。

アスナは震える手でその剣に触れる。微かに熱を有しており、砕けた覇王剣からは激闘であったことが予想出来た。

と同時に…最悪のことが起きてしまったことも分かってしまった。

 

「そんな…」

 

キリトは『伝説の龍』と相討ちになったのだ。そうでなければ…キリトの愛剣が砕けた状態で降ってくるはずがない。

シノンが言っていた最悪の予想が、現実のものとなってしまった。

止め処なく湧き上がる涙と締め付けられる胸…。

アスナは砕けた覇王剣を胸に押し当てて……。

 

「いやああああああああああああああああああああああああぁぁ‼︎‼︎」

 

号泣した。

近くで立っているユイも堪え切れず、涙を零す。

アスナは泣き続けた。

涙が枯れることもなく…その日は1日中泣き続けたのだった。




【補足】
『紅龍ミラバルカン』
黒龍ミラボレアスの変異種。
今作は一応紅焔龍ミララースを意識して、執筆しました。
アンケートでは極征ミラバルカンが多かったので、それをベースにして最初書いたのですが、思った以上に面白く書けなかったので、こちらにしました。
本作では溶岩で焼けた鱗はプレイヤーや物体(住居・武器など)に影響を及ぼす。
他にも勝とうが、逃げようが、討伐に来たプレイヤーに影響を与える。
第95層レベルの力を有する。肉質はやや柔らかい設定(2Gなどみたいな硬化能力があると話にならないから)である。





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第34話 流れ着いた少年

新章突入


第83層…そこには1つだけポツンと小さな家屋が建っていた。

隣には牛と馬を飼っている屋舎、野菜を育てている庭園がある。そこで白い頭巾を被り、青い服を着て、育てた野菜を収穫する金色の長髪を有した少女がいた。

その少女の名前はアリス。

取った野菜を籠に入れ、一息吐き、アリスは空を眺めた。

つい数日前までは赤黒い雲が空を覆っており、更には昨日は巨大な爆発音がしたと同時に無数の岩石が瓦礫となって降ってきた。大変な数日だったが、今日は晴れ晴れとした快晴で、何の問題もない。アリスはこの後、この野菜を洗うと同時に魚を釣るために、近くの池に行こうと思っていた。

 

「ふう…行こうかな」

 

アリスは呟き、一旦自宅に戻る。

簡素なベッドとキッチン、そして冬でも寒くならないように暖炉が置いてある。中心には机と椅子が2つある。2つあるのだが、誘う人もいないため、あまり意味はない。

その机に野菜を置き、壁に立て掛けてある黄金色の剣にアリスは目が行った。

剣の長さは腰に置いたら地面に着いてしまうほどで、太陽の光に当たって、美しく(きら)めいていた。表面はリオレイア希少種の鱗、秘棘、獣毛が使われており、威圧感よりも優美感の方が優っていた。

剣の名前は『飛竜刀【光月】』。アリスの愛剣だ。

しかし、最近アリスはこの剣を使っていない。それもそのはずだった。

アリスは第50層攻略以来、攻略に参加していないからだ。

理由は単純だ。

自分以外に守るものもなく、第100層まで攻略出来るとは思っていないからだ。

 

「早く行かなきゃ。もうそろそろ陽が落ちそう…」

 

アリスは長い金髪を結って、それを頭巾の中にまとめる。さっき来ていた青い服を脱ぎ、新たに汚れても良い純白のスカートと半袖を着る。そして野菜を入れた籠を持って、目の前の湖に向かう。

何故アリスがこのような生活を送っているのか…。その理由は孤立した環境が今の生活を生み出した…と言うのが正しいだろう。誰とも関わらずに、自然に囲まれた場所で老いて死んでいくのがアリスの理想だった。戦って死ぬという恐怖に、負けてしまったのだ。

だが、それも今日の事態で全てが変わってしまうことを、アリスは知る由もなかった。

 

 

 

 

太陽が湖の水平線上に落ちかけている頃に、アリスは野菜を湖の水に付けて、丁寧に汚れを落とした。湖と言っているが、波もあり、大きさも把握していないため、海と言われても不自然はなかった。

透明度が高く、沈んでいる岩石や泳いでいる魚類を見ることが出来る程だ。アリス自身も泳ぎたいと思うこともあったが、誰か来るかもしれないと考えてしまうと、その行為に至れなかった。

野菜をゴシゴシと洗っていると、手元が滑ってしまって、野菜を落としてしまう。

 

「あっ…」

 

それを拾い、再び付いてしまった泥を再び落とそうとした時、その先に見えた『人』に視線が釘付けになった。一定の間隔でやって来る波を何度も受けており、倒れている『人』は微塵も動かない。

レイナは籠をその場に置き、倒れた人のところに駆けつける。

溺死でゲームオーバーにならないように、岸から引き上げようとするアリス。しかし、その『人』の酷い惨状に思わず、身体が硬直した。倒れているのはアリスと同い年くらいの男で短い黒髪に黒いコートを着ているのだが、大半は焼けて失われている。左目はもはや焦げて、抉れてしまっており、見るのも絶えなかった。更に右腕はない。

こんなボロボロの状態ではあるけれど、HPは僅かに残っていて、どうにか息もしている。

ここに置いたままにしておけるはずもなく、アリスはその男性を背負い、自宅に連れて行くことにした。

 

 

 

 

籠をそのままにしてきたことも忘れて、アリスはまず気を失ったままの彼を風呂場へと運ぶ。汚れきった身体を洗おうとした…のだが、そのためにはどうしてもこのボロボロな衣類を脱がせなくてはならない。

 

「…ええい、どうとでもなってしまえ…!」

 

アリスはその男の服を脱がし、身体にお湯をかけようと思ったが、思わず…声を出してしまう。

 

「うっ…!」

 

少年の服を脱がすと、肉が腐ったかのような臭いが風呂場に漂った。あまりの火傷で身体自体が腐り始めていたのだ。何がどうあって、こんな状態になったのか…。

起きたら詳しく話を聞こうとアリスは思いつつ、汚れと異臭を落とす。お湯が身体にかかっても、ピクリとも身体は動かないし、目を覚ますこともない。このゲームで寝ることはあるが、気絶したまま起きないことはないはずなのだが…。

気にしても仕方ないと思ったアリスは焼け(ただ)れた背中に布を当てる。

すると、皮膚がズルリとずれて、筋肉が露出した。

 

「うぐっ……」

 

思わず吐き気を感じてしまうアリスだが、ギリギリのところで留まる。

 

「何があったのよ……」

 

名前を言おうとしたが、そういえばこの少年の名前を知らないことを思い出したアリス。横に置いている焦げた黒コートに手を取り、その裏を見てみると、刺繍(ししゅう)で書かれた名前があった。

 

『キリトくん♡』と…。

 

赤い糸でおまけにハートマークが付いているということは、恋人でもいるのかと思った。いくら人に見られないからと言っても、ハートマークはどうかと思ってしまうアリスは、必死に少年の身体を癒すのだった。

 

 

 

 

次にアリスは大量の回復結晶を持って、キリトの前に座る。

自分がいつもなら使うベッドにキリトを寝かせ、回復結晶をキリトの身体に当てる。

今にも消え入りそうなHPを保たせるには、多量の結晶を使う方が良いと判断したのだ。

 

「ヒール」

 

そう呟くと、すぐにキリトの体表全体にまで及んでいた火傷を消すことが出来た。次は失われた腕だ。間髪入れずに、もう一度「ヒール」と言う。

だが、そこから先は何をやっても無駄だった。

失われた右腕も…左目も…元に戻ることはなく、ただHPだけが上がっていくだけだった。アリスは何度も「何で…」と呟いてしまう。そして、HPが全開になった瞬間、今まで気を失っていたキリトの目が開かれた。

 

「あ、気がついた⁈大丈夫⁈」

 

キリトは天井に視線を暫く向けていると、ゆっくりと上体を起こして、そのまま固まる。

 

「キリト?」

 

何度問いかけても、キリトは虚な視線を虚空に向けたまま全く動くことはない。

あまりに不自然だったので、キリトの身体を揺する。それでもキリトは動くことも、問いに答えることもなく…固まったままだった。あまりの衝撃にアリスは見ず知らずのキリトに対して、思わず涙を溢してしまうほどのものだった。

 

「ねえ…ねえったら‼︎」

 

それでも諦めることが出来ず、胸に(すが)り付いて叫ぶ。

どうしてこんな赤の他人にここまで熱くなってるのか…アリスには分からなかったが、他人事には出来なかった。

アリスは暫しの間、キリトを抱きしめ、こう言った。

 

「安心して…。あなたのことは私が守る。あなたが元のあなたに戻るまで…誰にも手出しはさせない」

 

アリスはそれからキリトの腕を自らの肩に乗せ、今まで使って来なかった椅子に座らせた。歩くことも話すことも出来ない彼には献身的な介護が必要なのは目に見えていたアリスは、湖に置きっぱなしの籠を取りに急いで戻った。

籠を取り、すぐに戻ろうと思ったが、岸にはもう1つ…流れ着いていたものがあった。

それは白い長剣で、キリトのものだと、勘で分かった。

ずっしりと重さが伝わる長剣を持って、自宅に戻ると…初めてキリトが反応を示した。

剣に向けて、左手を伸ばして、「あ……あ……」と口走る。

 

「やっぱり…キリトのものなのね。はい…」

 

キリトに渡しはするが、力が篭ってない左手だけでは支えることが出来ず、カタンと倒れてしまう。

 

「これじゃあ移動が不便ね。明日、材料を買ってくるわ。今日はもうご飯にしましょう?」

 

アリスは優しく言って、先程取ってきた野菜を切り始める。

そして、アリスは気付いてなかった。

キリトの頬を伝っていく涙と、その意味を…。




【補足】
『飛竜刀【光月】』
MHW:Iにある太刀『飛竜刀【月】』の名前を少しだけ変えました。
アンケート結果1位、リオレイア希少種の太刀である。



アリス登場。

そして言っておきます。
このシリーズでアリシゼーション編を書く予定は一切ありません。

嘘になりました、すいません。


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第35話 震える心

チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえて、アスナは目を覚ました。

だが…隣にはユイがいるだけで、何も感じない。ついこの前までだったら…黒髪の少年が間の抜けた顔で寝ていることだろうに、今はその姿も形もない。

気がつけば、また泣いている。そんな自分が嫌だと思いながら、アスナは涙を拭う。ユイはまだ寝ているが、アスナは起こすことはせずに、ゆっくりと起き上がって、『例の場所』に向かう。

ログハウスのすぐ目の前…そこにはキリトが使っていた愛剣の覇王剣がある。砕かれた剣を十字架に見せかけて、墓の代わりとして使っているのだ。

アスナはこれを見るだけでも気分が幾分楽になることが多かった。まるでキリトと話をしているかのように…自分で自分を偽って…。

ドアを開けて、そこに向かおうとしたが、既に先客がいた。

 

「シノのん…リーファちゃん…」

 

「アスナ、おはよう…」

 

「おはようございます…アスナさん」

 

墓に見立てた剣の前にはシノンとリーファがいた。シノンはあの時、キリトを止められなかった罪悪感から…リーファは救いたかった兄の死をまだ受け止められなくて…。それぞれの想いを抱きながらも、キリトの分まで生きようと誓い、それを伝えたくて毎日のようにこの場所に集まっているのだ。

 

「アスナさん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫かと言われたら…ちょっとだけね…」

 

リーファがそう聞いたのは理由があった。

実はキリトが死んでから、もう1週間になるのだが、その間にアスナは何度も自殺未遂を起こしているのだ。キリトのいない世界に耐え切れず、何度と心が折れかけたのだ。

それをシノン、リーファ、ユイなどの人たちの支えがあって、どうにかまだ生きている。

 

「今日はどうするの?」

 

「そろそろ…食材が減ってきてるから、それを買おうかなって」

 

「私たちも手伝うわ」

 

シノンとリーファがそう言ってくれて、アスナは本当に助かっている。

実際、キリトが死んでしまったことで悲しんでいる人は数え切れない。それだけに支え合うことは非常に重要になっていたのだ。

 

「じゃあ準備してくるわ。ユイちゃんも起こさないといけないし…」

 

「待ってるわ」

 

アスナは一旦ログハウスに戻って、身支度を整える。

ところがドアを閉めた途端、抑えていた悲しみが漏れ出る形で涙が溢れた。口を塞いで、嗚咽を外にいる2人に消えないように堪える。

いつも同じだ。

みんなの前では気丈に振るっているが、誰もいなくなると、我慢出来なくなる。これの繰り返しだった。

 

「キリトくん…会いたいよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ピクッとキリトの身体が動く。

その様子をアリスは見逃さなかった。キリトはたまに何かに反応している。何に反応しているか、アリスには分かるはずもなかったが、とにかく今日の朝食を食べさせようとスープの中にスプーンを入れる。掬ったスープに息を吹きかけ、キリトの口に持っていく。キリトは僅かに口を開けて、それを(すす)る。

食事をすることもままならないキリトは、1週間経った今、徐々に身体が痩せていってしまっていた。食事の量を増やそうにも、ほとんど口にしない。

 

「ゆっくり食べてね」

 

何度もスプーンを口元に持って行って、食べさせる。

アリスはこれを毎日繰り返していた。

ただ、最近はキリトのために食事を作ることが多くて、食材も減って来ていた。更には菜園で育てている野菜もまだ果実を付けておらず、どうしようかと考えてしまう。

考えた挙げ句、仕方ないため、買い出しに行くことにした。

アリスは頭巾を被り、青い服を隠すためにマントを羽織って、出掛けようと思ったのだが、そこで予想外のことが起きる。

なんと、キリトが出掛けようとしたレイナの服を弱々しくながらも掴んだのだ。それはアリスにとって大きな衝撃でもあると同時に歓喜するほど嬉しいことでもあった。

 

「行きたいの?なら一緒に行きましょう」

 

だが、キリトのことを一般のプレイヤーに見せるのは少し気が引けてしまうアリス。しかもキリトは右腕もなく、左目は完全に潰れている。そんな男を連れて歩いていると知られるのはどこか嫌だったため、キリトにも自身と同じような服装をさせた。黒い服を下に着せて、顔がほとんど見なくなるほどの頭巾を被せ、マントを付けた。

そして、車椅子を押して、自宅から出る。

外の景色はあの日から色付いて、緑から秋の紅葉に変わっている。

虚な視線をずっと向けているキリトに、アリスは優しく話しかけた。

 

「綺麗でしょ?キリト。あなたにはあまり無縁だったかもしれないわね」

 

アリスはキリトの正体を知っている。攻略の鬼と呼ばれた【白氷の姫】:アスナとゲーム上で結婚しており、彼自身は【蒼雷の二刀流】と呼ばれるこのSAOの中で最強のプレイヤーと称されている。

そんな彼が…どうしてこのようにボロボロの姿となっているのか…。それは未だに謎のままだが、とても辛い戦いを強いられたのだアリスは考えた。

それが原因で…廃人同様になってしまったのだとしたら…と考えたアリスは彼が元に戻るまで、介護してあげようと思った。他にも、()()()()の理由はあるが…。

だから、アスナにも誰にも伝えず、看病しようと決心したのだ。

そのためにもキリトだとバレるのは避けなくてはならない。

それを気を付けようと思いながら、アリスは転移エリアでこう呟き、買い出しに行くのだった。

 

「第44層へ…」

 

実はアスナたちが向かったのも…第44層だ。それをアリスは知る由もなかった。

 

 

 

 

アスナはいつもの街路にある店で食材を買っていた。隣には手伝ってくれると言ったシノンやリーファもついている。アスナが買うものを手分けして買ってくれているのだ。

そんな時、珍しく店の中に罵声が轟いた。

 

「おい、邪魔じゃねえか‼︎」

 

声を荒げているのは男性プレイヤーで、怒っている対象は車椅子を押している女性プレイヤーだ。この世界で車椅子なんて珍しいと思いながら、アスナたちも騒動を眺める。

 

「こんな世界で車椅子なんか必要ねえだろが‼︎」

 

「……必要なのです」

 

「うるせえ!邪魔だからさっさと…!」

 

女性プレイヤーの頭巾を掴んで、更には拳を振り上げて、暴力に至ろうとした男性プレイヤーだったが、その拳は上がったまま下されなかった。理由としては、車椅子を押す彼女の眼力に恐れを成したからだった。途轍もなく険しい目付きが男性プレイヤーの怒りを恐怖に変えた。

男性プレイヤーは頭巾を放し、そそくさと店から出て行き、店は平和を取り戻した。

そして、露わになった女性プレイヤーの顔にアスナは思わず見惚れた。

頭巾を取った彼女の顔は端正で美しい顔だった。アスナと同じく背中にまで伸びる金色の髪を持ち、目の色はスカイブルー。恐らく日本人ではないだろう。

彼女は頭巾を再び被って、店の人にお金を渡してお店を出て行こうとする。

 

「あの車椅子に乗っている人…誰でしょうかね」

 

「さあ?NPCなんじゃないの?あの男も言ってたけど、普通のプレイヤーなら、車椅子に乗る必要なんかないからね」

 

そう話すリーファとシノンを他所(よそ)にアスナは車椅子に座るプレイヤーにも注目する。

その人も彼女と同じように頭巾を被っており、その顔を見ることは出来ない。

ただ、長袖から見える左手から男性のように見えた。それにどこか懐かしいような気がして…アスナは無意識にその人に近付いてしまう。

それに気付いたアリスは、アスナをキッと睨む。

 

「…何?あなたもさっきの人と同じ要件?」

 

「いえ…その、車椅子の人は?」

 

「なんでもいいでしょう?あなたには関係ないわ」

 

アリスの誰にも引きつけないような気の強さにアスナでさえ、負けてしまいそうになる。それにアスナにはこれ以上彼らを引き止めることは出来そうもない。

黙ったままのアスナを置いて、レイナは車椅子を押して店の外に出ようとした時。

車椅子が店の角にぶつかり、座っていた人が地面に倒れかける。

それを止めようと、レイナが動くと同時に、決定的な言葉を吐いてしまった。

 

「危ない!キリト…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キ……リト…?」

 

アスナの耳には、はっきり聞こえた。

車椅子から落ちかけた男性プレイヤーをどうにか受け止める際に飛び出してしまった発言が…。一瞬、頭の中が混乱するアスナだったが、すぐに我に返って、その人に駆け寄る。

その様子を見たシノンとリーファが不審に呼び止めた。

 

「アスナ?どうしたの?」

 

「…どういうこと?」

 

アスナの声は震えていた。喜びと怒りが混じりあって、冷静さを失っていた。

アリスは迂闊にキリトの名を呼んでしまった自分を後悔しながら、アスナを見詰める。

徐々に寄ってくるアスナをもう一度睨むが、2度も効くことはなかった。

 

「どうしてあなたが…!キリトくんを…ッ‼」

 

人前であるにも関わらず、アスナは怒声を上げた。

それを見たシノンは落ち着くようにアスナを止めようとする。

 

「落ち着いてアスナ!」

 

「離して‼︎キリトくんが…キリトくんが居るのよっ‼︎目の前に!落ち着けるわけ…」

 

アスナがシノンの方を向いた瞬間、アリスは転移結晶を持ち、自宅のある第83層へと帰る。逃げる隙を与えてしまったアスナはアリスがその場から消えると同時に、こう叫んだ。

 

 

 

 

「キリトくんを返せッ‼︎」



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第36話 懐かしい記憶

短いです。


自宅に帰ったアリスは息を荒くして、扉の前で座っていた。

まさかあそこでアスナと出会ってしまうなんて予想外だった。キツイ言葉を浴びせて、すぐに逃げ帰ろうとしたが、あそこでキリトが転びそうになったのを止めようとした際に、『キリト』と言ってしまったことが全てを崩してしまった。

 

「ごめんね、キリト。私がしっかりしないから…」

 

アリスはマントと頭巾を脱ぎ、キリトにも着せているマント等を全て脱がして、暖炉の前に車椅子を移動させた。身体を動かせないキリトにとっては、外に出るだけでも厳しいと思ったからだ。

 

「すぐにご飯を作るわ。待っててね」

 

「………」

 

いくら話しかけても、言葉を発さないキリトに毎回心が締め付けられるような気持ちになるが、アリスは奥歯を噛み、虚しくなる心を抑えつけながら、キッチンに向かう。

自分が悲しんだらダメだと…心に鞭打って…。

 

 

 

 

夜、食器を片付け、暖炉の火を消して、キリトをベッドに寝かせる。

彼は服を着替えることも出来ないので、一旦裸にして、寝間着を着せる必要があるのだが…裸なんてアリスは見慣れてしまった。

ベッドに寝かせるのも、きちんと献身的にしないといけないため、毎日が大変な作業だった。これも慣れたが、今日はキリトも疲れたのか、眠りに入るのが早かった。

アリスもその隣に入って、眠りに身を任せようと思ったが、今日は中々寝つけなかった。隣で目を瞑って、寝息をスースー立てているキリトに何とも言えない感情が湧き上がってくる。

それと同時に…キリトと初めて会った時の記憶が甦える。

 

 

ー2年前ー

アリスは本当に初心者だった。

こういったゲームをして来なかったアリスにとって、何もかもが未知数だったからだ。楽しんで、ゆっくりとやっていくはずだったのに…あの日、全てが崩れた。

突然のデスゲーム宣言に、アリスも絶望した1人だった。

ただ、アリスはそのまま落ちぶれる訳ではなく、果敢に攻めていく方であった。それでも…このゲームの攻略方法をきちんと学び切れていなかったアリスはすぐに窮地に立った。

第2層の森林でアリスはジャギィの群れに囲まれ、どうすることも出来ずにいた。そして、1体のジャギィがアリスに飛びかかったその時だった。緑色の光が周囲に荒れ狂い、飛びかかった個体を含め、群れを気散らした。

茫然としていると、アリスの目の前に黒髪、黒服の少年が現れて、血が付着した剣を振り、一息吐いた。

 

「大丈夫か?君」

 

「あ、ありがとう…」

 

キリトは手を伸ばし、アリスの手を掴んだ。

その時、アリスの白い手につぅー…と血が流れてきた。

びっくりしたアリスがキリトの身体を凝視すると、腕に爪のようなもので抉られた傷があり、そこから血が溢れていたのだ。

 

「あなた…!怪我して…!」

 

「…これくらい慣れっこだよ…」

 

顔を少し(しか)めながら答えるキリトだが、徐々に身体を前に倒していき、地面に倒れる。

 

「ちょっ…!君…!」

 

「ちょっと疲れただけだよ…。大したことじゃない」

 

「大したことよ‼︎」

 

アリスは腰のポーチから回復薬を取り出し、それを傷口に付ける。

 

「それ…君のものだろ?大事に取っておけよ…」

 

「『君』じゃない。私はアリス。あなたは?」

 

「……名乗る程のものじゃないよ…」

 

キリトは暗い表情を作り、ゆっくりと上体を起こす。

インベントリから回復薬を1個取り出し、アリスに渡す。

 

「この森をずっと真っ直ぐ行けば、『ユクモの村』がある。それまでモンスターに遭うこともないから大丈夫だ」

 

「どうして知ってるの?」

 

「…後に分かるさ…」

 

暗い表情のまま、キリトは先に森の中へと消えていった。

アリスは彼に渡された回復薬を握りしめて、言われた通りの方向に進んでいくのだった。

 

 

そして、その数日後にアリスは助けてくれた彼の名前が『キリト』というプレイヤーだということ、更にこのSAOの中で最も忌み嫌われる『ビーター』という立ち位置であることを知った。

だが、とても噂で言われる『最低最悪のプレイヤー』だとは見えなかった。むしろ、どんなプレイヤーでも助けてくれる人だと思えた。

それからアリスはボス攻略で見る度に話しかけようと思ったが、彼にはいつもアスナがいた。

近付きたくても、近付けないアリスは徐々に孤立を深めていき、最終的に第100層までの攻略を諦め、83層の畔で隠れて住むことにしたのだ。

だとしても、アリスは本当のキリトを知らない。

1回助けてもらったことがあるだけで、どういう性格で…何が好きで、何が嫌いなのか…殆ど分からない。更には献身的に世話をしているうちに、異性として意識し始めていた。

初めて会った時にそのような気持ちが芽生えていたのかも…と、アリスは思い始めていた。

だがそれでも、彼には愛する女性がいる。キリトが心を戻した時、アスナのところに戻ってしまうと考えると、胸が張り裂けそうになった。

 

 

(出来ればこのままずっと……)

 

 

そう想いながら、アリスは今までしたこともなかった行動を取り始める。

心がないから…と、後ろめたさもあるが、アリスはキリトの身体に抱きつき、胸にすがる。その後、彼の唇に軽く自らの唇を触れかける位置まで近付く。

 

「キリト……」

 

アリスのちっぽけな想いで、キリトの心が戻らないか…。

そんなめちゃくちゃな理由でそんなことをしたアリスは、今度こそ睡魔に身を任せるのだった

 

 

 

 

 

 

翌日、むくっと何かに反応するかのように起きたアリスはあくびをしながら、長い金髪を結っていく。寝ているキリトも起こして、車椅子に座らせて、テーブルの横に配置する。暖炉の火を付けて、家自体を暖かくして、アリスはキッチンに立つ。

その時、家の玄関からコンコンとノック音が聞こえた。

 

「こんな朝から…誰かしら」

 

アリスは全く警戒することなく、ドアを開けながら「誰?」と言う。

扉を開ける途中、栗色の髪が風に(なび)いていることに気付いたアリス。誰がここに来たのか…分かってしまった。

 

「!」

 

アリスは急いで開けかけたドアを閉めようとしたのだが、手が割り込んで、力任せにドアをこじ開けた。

ドアを破られてしまったアリスにはもう武力で立ち向かうしかなかった。だが、既に目の前に立つ『少女』は手に白銀の細剣を持っており、僅かながら冷気も纏っていた。

 

「どこよ…」

 

今まで無言だったアスナは漸く口を開いた。

目の前にいる金髪の少女に向けて、更に怒声を上げる。

 

「キリトくんはどこよッ‼︎」




【補足1】
『ジャギィ』
MH3から出た小型モンスター。群れを成して、獲物を捕らえるエリマキトカゲとディノニクスを合体させたようなモンスター。
私の初邂逅はMH3で、初めてのモンハンだったことも相まって、マジでビビってた時期があった。

【補足2】
『ユクモの村』
MH3rdから登場した村。初めての和風な村。
あんまり思い入れがない村。(個人的に)


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第36話 想像を超えた傷

また短いです。


「キリトくんはどこよッ‼」

 

声を荒げたアスナだったが、暖炉の前に座る黒髪の少年を見て、強張っていた顔を途端に緩めた。

その油断がアリスにチャンスを与えた。

瞬時に壁の方に跳躍して、黄金色の太刀『飛竜刀【光月】』を掴んで、鞘からその剣を抜いた。アスナも敵意を見せたアリスに容赦はすることなく、剣をぶつける。

黄金と白銀が火花を散らす。

久しぶりに剣を持ったアリスだったが、『キリトを奪われたくない』、その想いだけで力が沸き起こるのか、アスナとほぼ互角の鍔迫り合いをしていた。

そこに様子を見に来たシノンとリーファも乱入して、暴れるアスナを抑える。

 

「アスナ!何してるの!」

 

「こいつのせいで…!こいつのせいでッ‼キリトくんは…!キリトくんは……ッ‼」

 

殺気を丸出しにして、アリスに叫ぶアスナに到頭堪忍袋の緒が切れたシノンはアスナの頬を打った。

 

「いい加減にしなさい‼この人に何も聞かずに、ただ勝手に自分で決めつけて…。少しは話し合いとかできないの⁈」

 

「………」

 

アスナは俯き、震える腕を抑えながらも剣を納めた。アリスもアスナに敵意がなくなったことに気付き、大人しく剣をしまった。

 

「いきなりの訪問でごめんなさい。でもこの人…アスナさんの大切な人を、あなたが保護しているんじゃないかと思って…」

 

「ええ、してるわ。もう1週間くらい」

 

淡々と事実を述べるアリスに一同は驚愕する。

 

「私の名前はアリス。立ち話も何だし、そこの椅子にどうぞ」

 

アリスは3人に座るように促して、自身も座った。

シノンとリーファは頷き、大人しく座る。アスナはというと、相変わらずアリスを睨んでいるが、「ふう」と自分を落ち着かせるために息を吐いて、彼女の前に座った。

 

「どうして…あなたがキリトくんを保護してるの?」

 

「……それは、口で言うよりキリトを見てもらった方がいいわ」

 

アリスは立ち上がり、車椅子に座っているキリトを彼らに見せた。

その姿に…3人は絶句した。

左目は陥没して、右腕も失われいる。果てには3人を見たキリトは残された右目から涙を流し、「あ……あ……」と、か細い声しか発せなかった。そのあまりに酷い姿に、アスナとリーファもキリトと同様に涙を止めることが出来なかった。

 

「今はまだ良い方よ。最初…湖で見つけた時は身体中に火傷があって、見るに堪えなかったわ…」

 

アスナは涙を拭いて、唐突にアリスの手を取った。

ビクッとアリスは身構えてしまったが、アスナの口からは感謝の言葉が出てきた。

 

「ありがとう…!キリトくんを…助けてくれて…」

 

「……」

 

「じゃあ、あとは私たちがどうにかするから…キリトくんを…」

 

「何を言ってるの?返すわけがないじゃない」

 

「え…」

 

茫然とするアスナの手を振り払い、アリスは公言した。

 

「キリトをあなたたちの元に返す気はないわ」

 

その発言に落ち着きを取り戻しかけていたアスナが再び激昂する。

アリスの胸ぐらを掴み、顔を近付けて怒鳴る。

 

「どうしてよッ⁈キリトくんは私のものよ‼」

 

「キリトとあなたの関係を知らないわけではない。結婚してることくらい知ってるわ。だけど、あなた…彼に何をしてあげた?」

 

「何って…」

 

「キリトに対して何をしてあげたって聞いてるのよ。1週間も、勝手に死んだと決めつけて、1人のうのうと生きていた。キリトがどういった理由であんなボロボロだったかは知らないけど、その様子から見て、あなたのためだったようね。そんな彼が命を懸けたのに…見捨てられて…。だから、今もなお心に傷を負って…未だに元に戻らないんじゃないの?」

 

アリスの説教にも近い言葉に、アスナは全く反論出来なかった。

確かにアスナはキリトがまだ生きていると思ったこともなかったし、探そうとすることもなかった。そして…アスナの心にこんな思いが漏れてくる。

 

『本当に…私はキリトくんを愛していたのだろうか…』と。

 

だが、アスナはその考えを頭を振って吹き飛ばし、ならば…と思い、アリスにこんな提案をする。

 

「それなら、キリトくんをかけて決闘よ」

 

アリスは突然の宣戦布告に、少し驚いたような表情を作ったが、すぐに冷静さを取り戻し、言い返した。

 

「受けて立つわ。どれくらいの実力かは分からないけど、負けないわ」

 

「早速あっちでやりましょう。結果は決まってるけど」

 

煽るような物言いに、アリスの表情が固くなる。

先にアスナが自宅から出て行って、アリスはその後ろ姿を眺める。

そして、右手に握る愛剣『飛竜刀【光月】』を見る。

約数か月と使っていない剣ではあるが、さっきアスナと鍔迫り合いになった時に、感覚が失われていないことだけは分かった。

負けない。

その気持ちだけがアリスの心を埋め尽くす。

その様子を虚な目で見詰めるキリトは何も答えることなく、もう一度…涙を一筋流すのだった。



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第37話 劫炎(ごうえん)

あまりに前回の話が短かったので、続けて投稿しました。


湖の前でアスナは白銀の剣を、アリスは黄金の剣を抜く。

アスナはアリスの装備を訝しげに見ていた。

さっきの真っ青な私服とは打って変わって、重厚な黄金色の鎧を纏っている。あんなのを着ていて、動けるのかと思うが、それは剣を交われば分かることだと思い、自身は剣を強く握った。

既にデュエルのカウントダウンは進んでおり、お互いに剣を構えて、秒数が0になるのを待っている。一方、シノンは呆れ顔で見て、リーファはキリトの車椅子を押して、オドオドした様子で2人を見ている。

はっきり言って、お互いに相手の実力がどれくらいか分からない状態でのデュエルは極度に緊張してしまった。唯一分かることは、さっきの鍔迫り合いから、筋力パラメータが同等だってことくらいだけだ。

アリスは剣を突き出す形で構えるアスナを睨み、足腰に力を込める。

そして、秒数が0になった瞬間、2人の身体が同時に動き、剣と剣がぶつかった。

衝撃波のようなものが周囲に広がり、剣が交わったことで火花が散り、お互いに殺気にも似た表情が見えた。

 

「キリトくんは返してもらう!あなたなんかに渡さない‼︎」

 

「あなたが捨てたようなものでしょ⁈都合が良すぎるのよッ‼︎」

 

アリスは剣を振るい、鍔迫り合いの状態から外した。アリスは剣に白いソードエフェクトを纏わせる。これは重撃SSバーチカルブレイクだ。

アスナは見たことないソードスキルに目を見開き、対応するソードスキルを発動するのが遅れてしまった。なので、アスナは身体を後ろに回転させて、そのソードスキルを避ける。アリスの剣は空を斬り、逆にアスナは4連撃SSガドラプル・ペインを発動する。

4度の突き攻撃が1度に来るようなソードスキルに対応出来るはずがないと思っていたアスナだったが、アリスは歯を食いしばって、その4連撃をなんと刀身だけで防いだ。

しかもソードスキル無しでだ。

これにはアスナだけでなく、シノンも驚いた。

シノンでも一応あのソードスキルは弾き返せるが、ボウスキルがなくてはそれは出来ない。だが、アリスはソードスキルもなく、実力だけであの攻撃を防いだ。

下手をすれば実力はアスナよりも上の可能性があるとシノンは心の中で思った。

 

「くっ…!」

 

だが、防いだといえ、腕に来る衝撃は凄まじいものなので、アリスは険しい表情でアスナを睨んだ。

その睨みも、アスナにとってはかなり効果的だった。

想像以上の実力者に出逢ってしまったと同時に何故ここまで実力を有しているのに、どうして攻略に参加しないのかとも思ってしまう。だが、今はそんな状況ではない。

ガドラプル・ペインを防がれた今、アスナは更なるソードスキルを使って、相手の実力を測ろうと思った。最悪、マズイ状況になった場合は奥の手である【氷界創生】を発動して、一気に潰す予定だ。

 

「はあっ‼︎」

 

今度は重突撃SSアニートレイを放つ。青白いソードスキルが、アリスに向かっていく。

彼女はまたソードスキルを使うことなく、それを剣で受けるが、今度ばかりはソードスキルを受け止めることが出来ずに、剣先が腹に刺さり、吹き飛んでしまう。

 

「ごはっ…!」

 

軽く吹き飛び、口から血を吐き出すアリス。

そして、アスナは気付いてしまった。

アリスは簡単なソードスキルしか使えないのだということを…。

 

「アリス…あなた…」

 

アスナはもう降参した方がいいと告げようとする。

理由としては、これ以上やっては一方的な戦いになってしまうと思ったからだ。

だが…。

 

「!」

 

ヒュンと風を斬るような音がしたと思えば、アスナの前に口から血を垂らし、歯を食いしばるアリスが立っていた。重厚な鎧を身に纏っているにも関わらず、俊敏な動きを可能にしていた。更に黄金の剣に先程と同じソードスキル、バーチカルブレイクを発動し、アスナに叩き込んだ。

 

「くっ!」

 

アスナも叩き込まれる前に、重撃SSスプリントで受け流す。

突き攻撃でアリスの剣の軌道を逸らすのだが、剣の切っ先はアスナの服を掠った。そこからアリスの剣を弾き、後ろへ下がるアスナは荒くなった息を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。

逆にアリスは今の速度で繰り出しても、弾き返されたことに少し驚愕していた。彼女が知る限り、今の攻撃を受け止めた人はいなかったからだ。

 

「どういう反射神経を持っているのよ…」

 

苛つきを交えた口調でアリスが呟くと、アスナも同じように言った。

 

「あなたこそ…その異常な攻撃センス…驚いたわ」

 

それからアスナは剣をアリスに向け、強く握った。と同時に、アスナを取り巻く空気が急速に冷えていく。アリスは何事かと思ったが、アスナの服に氷のような模様が浮かび上がり、栗色の瞳が白銀色に変わったことに気付き、あれが【白氷】の名がついた由縁だと理解した。

 

「出来れば使いたくなかったけど…。これを使わないとあなたには勝てない」

 

「………」

 

アリスは黙ったまま、相手の動きを見る。だが、意志とは別に身体はどんどん後退していくばかりで、前に行こうとはしなかった。彼女の本能が…アスナの力に恐怖しているのだ。

アスナはそれを悟ったのか、剣を地面に突き刺し、氷のサークルを形成していく。瞬く間にサークルはアリスの足元にまで広がり、その華奢な脚を氷で固めて拘束した。

 

「!」

 

「逃さないわ」

 

「逃げるなど…私は…!」

 

「強がっても無駄よ。だってあなた…」

 

そこまで言って、アスナの足が動いた。氷の上で瞬時に動いて、アリスの間合いに入っていった。剣には青白いエフェクトを纏わせて…。

尖撃SS氷刃撃を放った。

瞬発的にレイナは重撃SSバーチカルブレイクで受け止めようとしたが、圧倒的にアスナのソードスキルの方が威力は高く、アリスは氷上を転がる。

 

「くっ…!」

 

そこから更にアスナは剣に氷を纏わせ、鋭さを増させる。

そこから尖4連撃SSガドラプル・ペイン【凍】を発動させ、アリスの重厚な鎧を砕いていく。

 

「がはっ……ッ‼︎」

 

更にアリスは氷上を転がるが、剣を氷に突き刺して、途中で止まる。

今の4連撃はかなり重いものだと思われたが、鎧のお陰か耐え抜いていた。口元には血が垂れており、息遣いも荒くなっていたが、戦う意志を見せる目だけは失っていなかった。

そして、ここでアリスは今まで着ていた黄金色の鎧を外し、ゆっくりと立ち上がる。

アリスもこのままではアスナに勝てそうもないと悟り始めていた。

負けを潔く認める方が楽かもしれない…。

そう思った時、横で見ているキリトの虚な瞳に気付いた。

誰にも向いているわけではなく、ただ虚ろに虚空を見詰めているだけであるが、そのキリトを助けたのはアリスであり、彼女はキリトのことを愛し始めている。

そのせいか、負けたくない気持ちが一気に上がり始める。

そして、愛剣『飛竜刀【光月】』を強く握ると、突然大きな変化が訪れた。

バン!と小さな爆発音がしたかと思えば、地面の氷が溶け、シノンたちに届くまでの高熱が発生する。

 

「な、何⁈」

 

アスナが高熱に驚いていると、今度はアリスの身体から青い炎が出て、彼女の身体を覆っていく。そして…最後に派手で青い爆発を起こして、アリスは更なる高みへと昇った。

驚きで目を閉じていたアリスがが恐る恐る目を開くと、メッセージに『オリジナルスキル:【劫炎(ごうえん)】を入手しました』と出ていた。身体中に青い炎が纏っており、彼女の目はスカイブルーから濃いダークブルーに変わっていた。更に服にも濃い青色の炎模様が浮かび上がっていた。

そして、アリスは一呼吸を置いてから、アスナに向かっていった。彼女の剣には青い炎とエフェクト、2つを纏って、進化したソードスキルがアスナを襲う。

劫撃SS蒼炎の震撃。

打って変わって、アスナは炎とは真逆の氷を纏わせて、尖撃SS氷刃撃で迎え撃つ。

2つの正反対のソードスキルが衝突すると、周囲の地面を抉って、火花が大きく炸裂する。

アスナもアリスも必死だった。

2人とも、愛する人を奪われないために戦っている。

そのためならば、どんなことだって出来る覚悟でいた。

2人の放ったソードスキルは途中で終わってしまい、2人はすぐに距離を取って、新たなソードスキルを発動しようとする。

 

「あんたなんかに…!」

「あなたなんかに…!」

 

2人は剣をギュッと更に握って、一気に突っ走る。

 

「キリトくんを渡してたまるかぁッ‼︎‼︎」

「キリトを奪われてたまるかぁッ‼︎‼︎」

 

アスナとレイナのソードスキルだけでなく、想いまでもが激突する。

アスナは尖剛突撃SS氷剛刃凍撃、アリスは劫炎突撃SSブルーフレイムストライクを放った。

ところが…その時、白い光が2人の間に割って入った。

2人のソードスキルと白い光がぶつかった途端、凄まじい爆発が起きて、シノンたちの視界を奪った。煙と塵が周囲に舞って、どうなっているか分からなかったシノンたちだったが、数十秒後…その視界が漸く見えて来た。

噴煙の中では、アスナ、アリスが共に立って固まっていた。

発動していたオリジナルスキルは消えている。

だが、2人の間には…キリトの愛剣『白雷剣エンクリシス』が輝きを失いつつ、2人のソードスキルを受け止めていた。

独りでにキリトの剣が動いたことに2人は驚きを隠せていなかった。

そして、2人はほぼ同時にキリトの方を見た。

もちろん、剣は鞘から抜かれており、キリトの右目からは悲痛な視線が刺さった。力のない視線ではあったが、自分のことで争ってほしくない…そういった様子のものだった。

 

「キリトくん…」

 

それを見てしまったアスナは剣を落とし、思わず自分はなんてことをしていたんだと、後悔が心の底から這い上がってくる。

アリスもほとんど同じようなものだった。

切っ先に付いた僅かな血痕に、悔恨がばかりが出てくる。

悲しみに暮れる2人に、シノンがゆっくりと近寄り、アスナに話しかける。

 

「アスナ、今日は退きましょう…。アリス、キリトは暫く預けるわ」

 

アスナは力なく頷き、落とした剣を拾った。

そして去り行くアスナの傍らを支えつつ、アリスにこうも言った。

 

「アリス、あなたの気持ち…分からない程私もバカではないわ。だけど…人を傷付けてまで欲しいと思うのは…少し違うんじゃないの?」

 

その言葉はアリスの脳裏にこびり付いた。

その後、すぐに3人はアリスの前から消えた。

回復結晶を使い、HPを満タンにしてから、車椅子に座るキリトへと足を進める。

左手にはキリトの剣を握り、その鞘にもとに戻す。

反応がないキリトの前で座り、アリスは涙目になって、キリトに問いかけた。

 

「ねえ…私、間違ってたの?私は…どうすればよかったの…?」

 

もちろん、キリトは答えるはずもなく、静寂のみが…湖が眺望出来るこの広場を流れるのであった。




【補足】
劫炎(ごうえん)
完全オリジナルスキル。
キリト、アスナ、シノンの持つオリジナルスキルと同等の力を持っている。
蒼炎による防御力上昇と剣に蒼炎を纏わせることによる攻撃力上昇を持っているが、俊敏性は落ちる。
リオレイア希少種が持つ特殊な状態をベースにしました。
当初はMHW:Iから登場した【金火竜の真髄】にしようと思いましたが、アリスが状態異常(リオレイア希少種だから毒)を操るのはどうかと思い、この状態をそのままスキル名に変えて、採用しました。
理由はもう一つ。蒼い炎って、カッコよくないですか?


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第38話 黒い影

アリスは机に座って、ずっと考え込んでいた。

自分がしようとしていたことは、間違いだったのかもしれないと思い始めていたからだ。シノンに言われたことが永遠に頭の中でループしてしまい、忘れることが出来なくて、未だに寝れずにいた。

だが、いくら自分で考えても答えが出るはずもない。どうしたらいいのかと…アリスが頭を悩ませていると、家のドアがノックされた。

こんな時間に誰が来るのか、と思ったが、それは瞬時に分かった。

アリスは躊躇することなく、ドアを開ける。そして目の前には、上手く表情を作れず、モジモジしているアスナの姿があった。

 

「アスナ…」

 

「ええと…いい…かしら?」

 

アスナは目を合わせられないまま、アリスに問う。

アリスはほんの少し、どうしようかと思ったが、アスナからは敵意や殺気が全くという程感じられなかったため、小さく頷いてから、アスナの入室を許可した。

コツン、コツンとヒールが地面を踏む音が静寂に流れる。

そしてやはり、アスナが最初に向かったのはの車椅子に座ったままのキリトだった。そして、ポーチから何かを取り出し、キリトの膝の上に置いた。

気になったアリスが膝の上に目を向けると、闇夜に溶け込みそうな程黒く艶めき、半ばから先が失われた剣が置かれていた。

 

「はい、キリトくん。君のものだよ…」

 

砕けた『覇王剣』をキリトが視認した途端、車椅子がカタカタと小刻みに揺れる程、彼の身体が震え始めた。そして、壁にかけてあった白剣にも手を伸ばして、涙を流す。

 

「この剣…彼の愛剣で、『覇王剣』って言うの」

 

「…そうなの…」

 

「昼間とは雰囲気が全く違うわね…。警戒心も、敵意もない。拍子抜けしそうだったわ」

 

「私の勝手でしょ…」

 

アリスはそう呟きながら、机に飲み物を置く。

アスナは大人しく受け取り、それを口に含む。

 

「あの…アスナ……私…」

 

「アリス、あなたが昼間に言っていたこと…。合ってるかもしれない」

 

アリスの言葉を遮って、アスナは唐突に話を始める。

 

「あなたが助けてくれなかったら、キリトくんは死んでいたかもしれないのに、勝手に暴れて…暴言を吐いて…ごめんなさい」

 

「……」

 

「アリスの言う通りだわ。私は何も出来ない。キリトくんを信じることも出来ず…ずっと諦めたまま…。いつもそう…。私はキリトくんの隣に立っていたけど、自分では何も出来なくて…彼に頼ってばかり…。初めて会った時から…今の今まで…」

 

「そんなこと言わないで…」

 

アスナが自分自身を罵倒している中、アリスは彼女の話を止めた。

そして…唇を強く噛んだ直後、彼女自身が思った以上の声が飛び出していた。

 

「そんなこと言わないでよッ‼︎私は……私はアスナとキリトの関係を知っていて黙ってた‼︎キリトを奪われたくないがために、私はたくさんの悪事を働いた!そんな私に…アスナが謝らないで…」

 

耐え切れなくなった涙がアリスの目から溢れて、机に顔を押し付ける。

己のしてきたことを後悔して、ドン!と机を強く叩く。

今のアリスを驚いた様子で見ているアスナは暫く黙っていたが、彼女の肩に手を置いて…優しく聞いた。

 

「どうして…アリスはキリトくんを欲するの?」

 

「………」

 

暫しの沈黙の後、アリスは口を開いた。

 

「私は何にも分かってなかった。このゲームの特性を…。誰にも協力を得ずに突っ込んで、危うくゲームオーバーになりかけた。その時…」

 

アリスは項垂れるキリトを見る。

 

「キリトくんに出会ったのね…」

 

「そう…。最後に攻略に参加した50層で…久しぶりに彼に声をかけようと思った。初めて…勇気のいることをしようと思った。だけど、キリトの周りにはいつもあなた…アスナがいた。近付きたくても、近付けない存在になってしまったことに、私は辛くなった」

 

「それが…攻略に参加しなくなった理由…」

 

「そもそも、このゲームのクリア自体を諦めていたから…良い機会だとも思った。だから忘れようと思った。キリトと会ったあの日のこと全部…。でも、彼は…私の前に現れた」

 

もう一度…キリトを見る。

望んでいた再会の仕方ではなかったが、心は僅かに喜んでいたことにアリスはあの時から分かっていた。彼を献身的に介護し、一緒に過ごしていくごとに溢れ出る感情…。そして、キリトだと分かった瞬間にその感情が『愛』であることに気付いた。

1度しか話したことがないキリトに愛を感じるなんて…バカバカしいと思うアリスはそこから先、口を開けなかった。

 

「アリス、あなたも苦しんだのね…」

 

「同情なんてされたくないわ。私はもう引き返せないところに来てしまったの」

 

「そうだとしても、人を愛することは仕方のないことよ、レイナ…。キリトくんを渡すことは出来ないけど…」

 

アリスは涙目のまま顔を上げて、アスナの言葉を待った。

 

「アリスの支えになるわ。キリトくんと同じように…」

 

その言葉にレイナは言葉に詰まると同時に、両目を大きく見開く。

初めてそんなことを言われたで…ただ驚いた反応しか出来なかった。

 

「キリトくんは渡さないけど、キリトくんと同じように支えになる。お互い死ぬまでね」

 

「…本当に?こんな罪深い私を…?」

 

「ええ、絶対に」

 

アスナはアリスの手を握り、もう一度確かに頷いた。

アリスはアスナの優しさに嬉しくて、涙を更にポロポロと零す。

これで仲直りも終わったかなと思ったアスナだったが、次にアリスが言った発言で全てが台無しになる。

 

「だけど、キリトは諦めないから。それだけは忘れないで」

 

ピキッと怒りの音がアスナの頭の中で弾ける。

優しく触れていた手にも力が戻り、ギギギと強く握る。

 

「そんなことばっかり言ってると……今度こそ殺しちゃうかもよ?」

 

顔は笑っているが、目が笑っていないアスナに臆することなく、アリスはこう言った。

 

「上等よ。やってみなさい」

 

2人の間で再びバチバチと火花が散り、睨み合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナとアリスが家の中で話している間、暗い森の中で黒剣の刃を研ぐ黒ポンチョの男が木の上でアリスの家を見ていた。中にアスナが入って行ったことも知っている。そして、あそこに黒ポンチョの男…Pohの目当てであるキリトがいるのも知っている。

 

「くくく…キリトぉ…待ちに待っていた瞬間がとうとう…」

 

Pohの黒い剣から声が響く。かの伝説の黒龍の力を収束させた剣…名を『真・黒龍剣【淵黒】』…。まるで鎌のような形状で、全てを深淵の闇に引き摺り落とす力を持つ強大な武器だ。

 

「さあ…ショータイムと行こうじゃねえか…。キリト!」

 

木から飛び降り、黒剣に闇色のソードエフェクトを纏わせる。

3人に…悪魔が近付いていく…。




【補足】
『真・黒龍剣【淵黒】』
Pohが持つ片手剣(盾なし)。
武器名は半分オリジナル。前半の『真・黒龍剣』は片手剣であります。
『淵黒』はかなり迷いましたね…考案するのに。
黒龍ミラボレアスの力が収束した闇の剣。
能力は次の話までお楽しみに。


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第39話 蒼炎と白氷

アスナとアリスは即座にお互いに向けている敵意を外からやってくる『真』の敵に向けた。黒い剣撃がアリスの自宅の屋根を斬り裂き、大きくて派手な穴を開けた。

アスナはすぐにキリトの車椅子を素早く押して、家から逃げ出す。

アリスはというと、黄金の剣を取って、やって来る敵に向ける。

粉塵の中でゆっくりとアリスに向けて歩みを進める黒ポンチョの男…Pohを見た瞬間に驚きで硬直してしまう。

 

「あなたは…!」

 

「キリトはどこだ?Lady?」

 

英語を混えた言葉でアリスに詰め寄るPoh。

身体を動かそうとするアリスだが、何故か身体が動かない。

Pohの威圧だけでこうなるとは思えないアリスだったが、奴が握っている黒い剣…そこから溢れ出す闇色のオーラが彼女に纏わりついていることに気付いた。

あの剣がアリスの戦う気力を奪っているのは明らかだったが、それが分かったところでどうすることも出来ない。

黒い剣の刃がアリスの首元に当てられて、ボス攻略以来の『死』の恐怖を感じた。

 

「…っ」

 

「さあ、教えてもらおうか…キリトは……」

 

Pohがアリスから聞き出す前に…白銀色の細剣が彼女の真横を通過した。重突撃SSアニートレイを放ったアスナが、Pohの喉元目掛けて飛んで来たのだ。

Pohはアスナのソードスキルをまともに受けて、壁の方に吹き飛ぶ。

そこでアリスの硬直は治り、アスナに支えられる。

 

「大丈夫⁈アリス!」

 

「ええ…なんとか…。あの剣に縛り付けられたような気がして…」

 

「でも、奴はもう殺した。だから…」

 

「Dead? No! I am not dead!」

 

陽気な英語が2人の耳に入る。

驚き、動揺した2人は倒れるPohの身体を見る。確かに倒れていて、喉から溢れ出る血が床を染め上げていくが、途中で剣から放出される闇色のオーラがPohの身体を取り巻き、傷ついた喉をゆっくりと修復していく。レッドゾーンまで到達していたHPゲージも減少を止めて、回復に進み出す。

 

「ど、どうして…⁈致命傷のはず!」

 

「俺は簡単には死なねえぜ?閃光…。この剣の力さえあればな……」

 

Pohは首を鳴らしながら…剣を振りながらアスナとアリスに再び足を進め出した。この男とここで戦うのは不利だと思ったアスナはまだ硬直が完璧に解けていないアリスを連れて、家の外へと走り出す。

ところが、逃げ出した先が青黒い炎の壁で塞がれ、動けなくなる。

 

「簡単には行かさねえぜ?閃光、キリトはどこだ?俺はアイツとやりたいんだよ…」

 

Pohの持つ剣もキリトを望んでいるのか…黒く(きらめ)き出す。

暫く沈黙が続いたが、アスナはキリトから貰った剣『氷剛尖剣アイシテューレ』を強く握り、【氷界創生】を発動する。これで可能なら、アスナたちを閉じ込める青黒い炎を消せたらと思ったが、そんな上手い話があるはずもなく、凍るどころか…打ち消し合うこともなかった。

 

「ほう、それが閃光のオリジナルスキルか…。だが…それだけじゃ…俺には敵わないな…。俺のように…剣の更なる『高み』を解放出来ないと……な!」

 

Pohは黒い剣にエフェクトを纏わせて、アスナに向かっていく。

アスナはPohの攻撃を弾き返そうと思ったが、その時…アリスの付近で鮮やかな青色の炎が放出された。それがPohの剣を受け止め、更にPohの身体を焼く。

それはアリスが発動したオリジナルスキル…【劫炎】によるものだった。

Pohは一瞬驚きを見せながらも、アリスをジッと見詰める。

 

「Suck…。キリトに閃光…それに旋風以外にオリジナルスキルを持っている奴がいるとはな…」

 

「そのようね…。どう?下がる気になりました?」

 

アリスは気丈にもPohに挑発する。

ポンチョで隠れたPohの顔が僅かに歪む。

だが、その歪みはすぐに笑いへと変わり、更なる闇色のオーラを放出するきっかけとなってしまう。

 

「面白え…女…相手になってやるぜ…。キリトの前菜としてな!」

 

Pohは家の屋根を斬り裂いたものと同じソードスキルを発動する。

重撃SSダークスライサーだ。その剣撃をアリスは受け止め、その隙にアスナが重撃SSスプリントを放った。

またPohの身体…今度は腹に直撃したソードスキルだが、先程と同じように剣からオーラが出て、傷口とHPを回復させる。

ところが…。

 

「回復する前にHPを消せば…その能力も意味もなくなるわ‼︎」

 

立ち上がったばかりのPohにアリスは劫5連撃SSフレイムリザスターで奴の身体に炎が加わった斬撃を与えた。身体が焼かれながら受けた斬撃に流石のPohも耐えられないと踏んでいたアリスだったが、予想外の事態が生じる。

HPがゼロになった瞬間、崩れ落ちるはずのPohが健在で、焼かれた切り傷が一瞬で治っていく。

 

「な…!」

 

「俺には勝てねえよ、Fire Lady…」

 

Pohの剣がゆっくりと振り上げられる。黒い剣がアリスの肩と首の付け根を丁度抉ると思われた時、その剣は止まる。目を瞑っていたアリスには何が起きているのか分からなかったが、それはアスナが操る氷がPohの腕を拘束していたからだった。

 

「やらせない!」

 

そこからアスナもPohに向かっていき、尖突撃SS凍刃撃を放つ。それはPohの顔面を見事に抉り、吹き飛ばす。

身体の再生は無限かもしれないが…頭部の破損では無理だろうとアスナは考えたのだ。

 

「アスナ!」

 

「立って、キリトくんを守るんでしょ?」

 

「……キリトは?」

 

「近くの茂みに隠しておいた。簡単にはバレないはずよ…」

 

小声で話している2人だったが、そんな話をしている間にも…Pohの身体には更なる異変が起きていた。原型を止めていないままのPohが…アスナとアリスの方を見て、立っていたのだ。

 

「うそ…」

 

動揺を超えて、恐怖の域に達する2人。

それに漬け込むように、Pohは歪んだ口でこう言った。

 

「俺には…勝てねえ…」

 

そう言った瞬間、Pohはいつの間にかアスナとアリスの間合いに入っており、2人の華奢な首を掴んで、地面に叩きつけた。

 

「がはっ‼︎」

「ぐはっ‼︎」

 

顔がない状態でどうやって攻撃を繰り出しているのか、謎なところが多いが…今の2人にそんなことを考えている場合ではなかった。叩きつけられたショックで意識を手放しかけるが、『キリトを守る』という意志だけが彼女らを強くしていた。

アスナのスキルで、地面から氷柱を生やして、Pohの腕を突き刺す。

その攻撃でPohは手を離さざるを得なかった。

 

「どうするの?アスナ…。今のところ、あの男を倒すことは出来そうもないわ…」

 

「時間を稼ぐしかないわ。レイナの炎と私の氷で奴を拘束して、逃げる時間を稼ぐ」

 

「出来るの?」

 

「お互いの今出せる1番のソードスキルを出すしかないわ。行ける?」

 

「…行くしかないのでしょう?」

 

そう言ったアリスは『飛竜刀【光月】』に蒼いエフェクトを纏わせて、アスナの合図を待つ。アスナも細剣を敵に向け、白いエフェクトを纏わせる。

 

「行くわよ‼︎‼︎Poh‼︎」

 

Pohも高笑しながら、アスナとレイナに向かって走っていく。

Pohの黒い剣が先に突っ走ったアリスの頭上を通過する。

その隙にレイナは現在放てる最強のソードスキル、劫炎8連撃SS黄金の戟炎(げきえん)を放った。それにより、Pohの身体が燃え、深く斬撃が切り刻まれる。

Pohは口から血を激しく吐きつつ、後ろに倒れるが、その間にアスナが入り込み、氷尖2連撃SSローランレイ・スパークがPohの腹に先程よりも大きい風穴を開けた。

Pohは吹き飛ぶと同時にアスナの氷で拘束されて動けなくなる。

今の2つのソードスキルが流石に堪えたのか、今まで形成されていた黒炎の壁が薄れた。

 

「今よ‼︎突っ走って‼︎」

 

アスナの言葉でアリスが先に飛び込み、アスナも続く。

だが…後方でガシャンと氷が砕ける音が響き、新たな黒炎の壁が(そび)え立つ。振り向くと、氷で拘束されていたはずのPohは氷を砕き、傷口をパックリと開きながらも、ゆっくりと歩み進めていた。

 

「そんな…!あれほどのソードスキルを受けて…⁈」

 

「今のは効いたぜ…。流石に炎の壁が弱まってしまったぜ…」

 

そう言うと、瞬時に2人の間合いに入り、剣を持つ腕を切り落とした。

 

「「ああっ‼︎」」

 

2人とも右腕を斬られ、地面の上でのたうち回る。血溜まりがゆっくりと形成されていき、その上に倒れて動けなくなる2人は下からPohの方を睨んだ。

 

「前菜としては中々楽しかったぜ?閃光、Fire Lady…。あとはあの世で楽しんでこい…」

 

黒い剣が振り上げられ、2人は本格的な『死』に(おのの)く。

目を瞑るアスナを正反対に、アリスは睨み続ける。

Pohは高々に笑い、悪魔の目を輝かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

砕けた黒剣を持った黒衣の少年が、Pohの斬撃を受け止めていた。

アスナとアリスは眼前に立つ少年…キリトの後ろ姿に動揺を隠せなかった。まだ右腕はないため、左腕だけで剣を持っており、後ろ姿からでも…以前の覇気はないことが感じられた。

 

「ハハハハッ‼︎待ってたぜぇ!キリト……」

 

高笑していたPohだったが、すぐに笑いは消えていく。

光がない右目で、Pohを見ている。

どうしてか分からないが、それがあまりに恐ろしく…Pohは『初めて』キリトから距離を取った。いや、『距離を取った』と言うよりは、『逃げた』が正しいだろう。

更に、その腕に握られる剣から…紅い炎が湧き上がる。

砕けた黒い剣はその炎を纏っていき、徐々に刀身を取り戻していく。

そして最終的には黒剣は暗い紅色の剣となり、復活した。

 

「どうして…『覇王剣』が…」

 

「Suck…。それは想定外だぜ…。キリト、お前も()()()の影響を受けていたとはな…。だが面白え…。次会う時を楽しみにしておくぜ…」

 

勝手なことを言って、Pohは転移結晶で3人の前から消える。

その数秒後、キリトは持っていた紅剣を地面に落とし、力なく地面に座り込んだ。

片腕がないアスナとアリスは、彼の肩に縋り、言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう…キリトくん」

「キリト…ありがとう」

 

しかし、礼を言っている2人の傍で、紅剣は紅い妖気を纏わせているのだった。



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第40話 動き出す巨龍

Pohとの戦いが終わり、アスナはログハウスのベッドでキリトと共に眠りに就いていた。彼の身体を優しく抱き締めた形で寝ていたアスナであったが、1つだけ…気になることがあった。

それは寝ている時も片時と離さない紅い剣のことだった。

何故か分からないが、Pohの黒剣と交えてから、炎を纏いながら刀身を取り戻していき、別の姿となって復活した『覇王剣』。そこから妖しげなものが漏れている気がしてならなかった。

 

「もう起きようか…」

 

アスナはそう呟き、寝間着から私服に変えて、キリトを車椅子に乗せる。あの時…意識を取り戻したのでは…と、微かな期待を持ったが、そういったことは全くなかった。

あの後もキリトは虚空を見つめたままで、どうやって剣を握ったのかと思うくらい身体は動かなかった。

やはり、この剣に何かあるのでは…とアスナは思い始めていた。

 

「…今日、リズのところに行ってみよう。武具屋なんだから、少しは分かるかもしれない」

 

アスナはそれからすぐに、リズベットに連絡を取るのだった。

 

 

 

「全く…。アスナのお願いだから聞いてあげたんだからね?感謝しなさいよ?」

 

「ありがとう、リズ。見てもらいたいのは…この剣なんだけど…」

 

アスナは車椅子に乗り、左腕で軽く支える紅剣を取る。

すると、キリトの身体が少し強張り、左腕が僅かに力んだ。まるで、この剣を奪われたくないように見えたアスナは優しく語りかける。

 

「ちょっとだけ見せるだけよ?お願い、ね?」

 

そう言うと、キリトの身体はゆっくりと身体を弛緩させていく。

 

「ありがとう」

 

彼の頬にキスをし、アスナはその剣を彼から取る。

その時。

 

「‼︎」

 

凄まじい悪寒と何者かの視線がアスナを襲った。

今まで戦ってきたどのボスモンスターよりも…恐ろしくて、威圧感のある視線にアスナは耐えられず、悲鳴を上げながらその剣を床へと投げ捨てた。

 

「い、いやッ‼︎

 

ガタンと大きな音を立てて、剣は床に落ちる。

突然の事態にリズベットは動揺を隠せず、身体を震えさせるアスナの傍に近寄った。

 

「ちょっと!大丈夫⁈どうしたの?」

 

「この剣を…掴んだ途端…恐ろしい視線を感じて……怖くなって…」

 

「何言ってんの?そんなの聞こえなかったわよ?幻聴じゃないの?」

 

「幻聴…そんなはずは…」

 

気を取り直して、アスナは再び紅剣に手を触れる。

今度はそういった視線や恐怖も感じなかったため、胸を撫で下ろす。

リズベットの手元に置き、武器の鑑定を頼んだ。

 

「お願いね。全て教えて」

 

「了解。えーと…なになに…」

 

リズベットは紅剣に軽く触れて、そのステータスを見る。

すると…見る見るうちにリズベッドの顔面は蒼白になっていった。

 

「どうしたの?」

 

「嘘…こんなの…信じられないステータス…。キリトの『覇王剣』やアスナの『アイシテューレ』なんか比べられないレベル…」

 

リズベットがそれをアスナを見せる。

そこにはこう書かれていた。

 

 

『獄・覇王紅剣【(ほむら)

 怒れる邪龍から作られし、全てを喰らう伝説の太刀。

 一太刀は大地を紅蓮に染め上げ、魅入られた者には世界を終末に導く

 力を与えると言われている。                』

 

 

「…どういうこと?」

 

「分からないけど…なんかやばそう。これは処分した方が…」

 

リズベットがそう言った途端、紅剣が勝手に動き出し、リズベットの方面へと刃を向けた。アスナはすぐに細剣(レイピア)を抜き、紅剣を弾いて、遠くに飛ばす。

 

「何よ…この剣…」

 

「リズ、今日は帰るわ。ありがとう。確かにこの剣は危険な気がする。どうすればいいか考えるわ」

 

アスナはそう言って、足早に武具屋を後にした。

残されたリズベットはあの紅剣が与えた衝撃に、身体が硬直してしまうのだった。

 

 

 

勢いのままにリズベット武具店を出たアスナだったが、キリトの手に握られた紅剣が気になって落ち着きを失っていた。

先程、リズベットに向けて紅剣は勝手に動き出し、明確な殺意を持っていた。恐らく、『処分』という言葉に反応したのだろう。

 

「どうしよう…。このままじゃ…キリトくんにも何か影響が出るんじゃ…」

 

そんなことを呟きながら、街中で車椅子を押しながら歩いていると、不意に周囲の視線が『注目』から、『恐怖』に変わった。何事かとアスナが周囲を見ると、ほとんどのプレイヤーがアスナの後方を見つつ、逃げていた。

何かいる…。

そう思って、アスナはゆっくりと後ろを向いた。

そして、そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…獣の目があった。

(いびつ)な角を冠した紅蓮色の鱗を纏った龍が…そこにはいたのだ。それを見たアスナは目を丸くし、思わずキリトが持つ紅剣を取って、投げ捨てた。

それからすぐにアスナは転移結晶でログハウスに逃げ戻った。

 

「はあっ…!はあっ…!」

 

身体中から汗が噴き出す程に恐怖するアスナ。

 

「何…何なの…あの龍は…」

 

そう呟くが、何なのかは分かっていた。

キリトが倒したという伝説の龍『ミラバルカン』に間違いなかった。

紅剣が何か影響を及ぼしているとアスナは予見していたが、あそこまで衝撃的なものであるとは、想像以上だった。

だが、その剣も捨てた。

もう大丈夫だろうと安堵しかけた時、ログハウスの壁を破って、何かが飛んできた。それを見た時、アスナの恐怖は限界を超えた。

正しく…あの紅剣だった。

僅かに紅い妖気を出しつつ、ゆっくりとキリトの腕の中に移動して、収まった。

 

「どうして…何よ…これ…」

 

あまりの恐怖で、アスナはキリトと一緒にいること自体に耐えれなくなりそうだった。どうしたらいいのか…アスナは頭を抱え、悩みに悩んだ結果、アリスの自宅へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第25層の洞窟の中…。

そこには巨大な岩のオブジェがあり、そこに巻き付く形で1体の巨龍が眠りに就いていた。

ところが…その龍が突然長い眠りから目を覚ます。

下の層から感じる恐ろしい気配にその龍は耐えれなくなり、逃げるように自らの住処を破壊し始める。

山の如き巨龍が怯え、逃げ出す程の存在とは一体何なのだろうか…。

それが分かるのは、また少し先の話。

そして、巨龍は洞窟を抜け出し、第25層にいるプレイヤーを全て殺しながら…更なる層へと移動を開始するのだった。



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第41話 巨龍は恐るる

遅れてしまい、申し訳ありません。
現在非常に忙しくて…。
更には短いです。次回は長く出来ると思うので、許してください。


アスナは焦る気持ちを隠すことも出来ないまま、アリスの家へと駆け込んだ。ノックもせずに自宅に来たアスナにアリスは少々動揺する。

 

「どうしたの?アスナ…。急にやって来て…」

 

「ごめん、アリス…。暫くキリトくんを…預かってほしいの…」

 

その要望にアリスは眉を(ひそ)める。

 

「あんなにキリトを欲してたのに、突然どうしたのかしら?」

 

腕組みしながら、アリスは挑発するように言う。

だが、アスナはそれが挑発だとも分からないくらい、パニックに近い状態になっていた。

 

「どうだっていいでしょ!とにかくキリトくんを暫く預かって…!」

 

あまりに余裕のないアスナの声にアリスもふざけるのをやめる。

恐怖に負けているアスナに、アリスは打って変わって、優しく聞く。

 

「本当に何があったの?」

 

「……キリトくんから、邪悪な気配を感じた」

 

「邪悪な気配…?」

 

「Pohの持っている剣と同じ感じだった…。それに…背後に見たこともない龍が浮かび上がっていた…」

 

アリスはそれを聞いて、キリトを見詰める。

彼の握る紅い剣が妖しく煌めくが、それ以外はいつもとほぼ同じような状態だった。

何がアスナをここまで恐ろしくさせているのか…。

それはこの短時間では分からないが、アスナの怯えは尋常ではないため、その要望は聞くことにした。

 

「…分かった。暫く預かるわ。何かあったら、伝える」

 

「ありがとう…。今のキリトくんが…とても恐ろしくて、一緒にいれないの…」

 

アスナはそう言って、そそくさとアリスの家から出て行った。

その様子だけで、アリスはいつものアスナではないことが分かった。

アリスは何とも言えない気分であったが、キリトを見た途端、この要望を受けなければ良かったと思った。

何故なら、キリトは紅い剣を強く掴み、頬に涙を流していた。

しかも向いている視線はアスナが出て行ったドア…。

 

「キリト…」

 

彼の肩に触れ、耳元で囁く。

 

「大丈夫よ。アスナはいずれ戻ってくる。一生戻って来ないなんてことはないんだから…」

 

キリトは反応を示さないが、アリスは気にすることなく台所に立ち、料理を始めようとした矢先のことだった。

カタカタ…と、木製の机や椅子、食器やぶら下がる灯りが揺れ始める。

更には壁がミシミシと鳴り、揺れも激しくなる。

 

「何⁈」

 

揺れはとうとう立てないくらい激しくなり、湖の水面には高波が起き、周りの森林からは翼竜種のバルノスやニクイドリが飛び上がっていた。

そして、揺れが始まって、数十秒後……それは突然現れた。

湖の真ん中から巨大な身体が突き上がって来たのだ。

蛇のような頭をしているが、腕や足があり、身体中に無数の刃が突起物となっていて、地面を抉った。そして、その巨体はアリスの自宅へと倒れ込む。

 

「!」

 

アリスは車椅子からキリトを降ろし、一緒に自宅から飛び出した。

Pohとの戦闘で半壊した自宅を治して、はや2週間だったが、今度は全壊し、跡形も無くなってしまった。

 

「何よ…あれ…」

 

アリスは大蛇のような龍を見上げるが、そいつがアリスとキリトをジッと見ていることに気付いた。何もすることなく、ゆっくりと顔を近付けて、アリスとキリトを見続ける。

だが、キリトの手から紅い剣が落ちた時、その眼は黄色から赤色に変わり、天に向けて高々と咆哮した。そして、その巨体を2人に目掛けて、突進して来たのだ。

アリスは迷うことなく、オリジナルスキル【劫炎】を使って、蒼い炎の壁を形成し、キリトを突き飛ばす。これだけの巨体、時間稼ぎは1〜2秒程度しか出来ない。

アリスの予測は正しく、ほぼ即座に炎の壁は崩され、巨龍はアリスの真上を通過する。だが、身体中に形成されている刃が地面を、森を、そして…アリスを抉り、破壊の限りを尽くす。

 

「あぐっ⁈」

 

アリスの肩から鎖骨の辺りまで、その刃は彼女の身体の中に侵入した。

アリスは半失神状態で、地面の上で痙攣する。

感じたことのない痛みに身体がついていけてないのだ。

巨龍は暫し周囲を見渡す。

すると、けたたましい咆哮を上げて地面に突進した後に、何かを前脚で掴んで、更なる上層へと向かうために移動を開始する。

朧げな意識の中、アリスの目に入ったのは…紅い剣を離さないともがくキリトを掴み、天井を突き破る龍の姿だった。

 

 

 

 

巨龍…その真の名をダラ・アマデュラは現在攻略組が到達している第87層へと到達、そして溶岩で満ちた大地を駆け抜け、地形を変えていく。身体から粉塵が舞い、爆破が連鎖して、溜まっていた溶岩でさえも消え失せ、最終的に残ったのは僅かな大地と壁…。それ以外は空虚で、遥か下に溶岩が溜まっているような層へと変貌してしまった。

天井を支える柱は今にも崩れ落ちそうで、パラパラと塵が常に降る落ちている。

キリトは形成した大地に放り投げ、その身体を喰らおうと口を開けるが、奴はそこから動くことはない。

キリトが握る紅い剣に、明らかな恐怖を抱いていた。だから、そこから先は何もせず、自らが作った大地に身体を横にし、動かした身体を休める。

そして…新たな緊急クエスト【大討伐】が発信される。




【補足1】
『ダラ・アマデュラ』
MH4で出てきた超巨大古龍。体長だけで見れば、MHFの『ラヴィエンテ』に匹敵するデカさを持つ。身体中に刃を持ち、動くだけで大地を作り変える天災級のモンスターである。
本作の能力はここでは触れず、楽しみに待って頂きたい。

【補足2】
『大討伐』
MHFにあったシステム。
記憶が正しければ、最大32人で前述のラヴィエンテに挑む専用クエスト。
今作はまた変更がある。それもお楽しみに。


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第42話 大討伐クエスト

前回のサブタイトルを変更しました。


アリスのいる第83層からログハウスのある第22層へと帰ろうとしたアスナだったが、凄まじい震動によって、その行為は断たれた。

湖から巨大な水飛沫が上がり、その次に天をも見上げる程の巨大な龍が現れた。あまりの大きさにアスナは言葉が出なかった。

今まで戦ってきたボスの倍…いや、その程度では済まない。一般的なボスの数百倍はあろうと思われる巨体が森を裂き、大地を抉り、地形を勝手に変えていく。

そして、丁度巨龍がいる場所が、アリスの自宅であることに気付いたアスナは急いで引き返した。転移結晶がもう一つあれば、即座にアリスの自宅に着けるのだが、もう持っていなかったアスナは歯を噛み締める。アスナが着く直前、巨龍は耳がひっくり返りそうな程の咆哮を上げ、更に上の層へと、天井を突き破り、消えていった。

アスナの焦りは更に募る。

『目的』を果たしたから、移動したのではないかと思ったからだ。

その『目的』が、この層にいるプレイヤーの抹殺だとしたら…アリスは……。

そんな不安を覚えながら、アリスの自宅に到着したアスナは目を疑った。

無かったのだ。

あるはずのアリスの家が…。

あるのは砕けた木片と瓦礫だけ。そこに家があったのかと聞かれても、答えられないレベルで…。

そして周囲を見回した先に、アリスが肩から肉を露出させた状態で倒れていた。

 

「アリス‼︎」

 

駆け寄ったアスナはアリスを抱き起こし、何度も彼女の名前を叫ぶ。

だが、アリスは目を覚さない。

迷うことなく、回復結晶を使い、アリスの治癒に当たるアスナ。

その間にも周りを見るが、そこに愛すべきキリトの姿はなかった。

 

「う…」

 

アスナの身体がピクリと動く。

 

「アリス!」

 

「アスナ……私……キリトを…」

 

そこから先の言葉を聞きたくなくて、アスナは思わず声を荒げた。

 

「今は黙ってて!」

 

だが、アリスは無視する。

 

「キリトがッ…あの龍に…連れ去られた…!」

 

()()()()()()?」

 

それを聞き、アスナは胸を撫で下ろす。

てっきり食べられたか、殺されてしまったのかと思ったからだ。

 

「じゃあ、助けに…」

 

その時、アスナとアリスの前にメッセージが届く。

ゲーム内からの緊急クエストだった。

2人は声を揃えて、呟くのだった。

 

「「大討伐…クエスト?」」

 

 

 

 

『大討伐クエスト』…。

それは先程の巨龍『ダラ・アマデュラ』を第87層で討伐せよ…という内容だった。また第87層のボスモンスター『Espinus』は巨龍に倒され、代わりのボスとして、ダラ・アマデュラが置かれた…とのことらしい。

しかし、そんなことよりも驚きだったのが、このクエストの参加条件だった。

 

「…現在生存しているプレイヤーの9割以上の参加が必須なんて…無理に決まってるだろ‼︎」

 

思わず、エギルは椅子を蹴り上げた。

アスナやアリス、シノンもその気持ちは分からなくもなかった。

現在、SAOでの生存者はおよそ4000人…。その中で最前線の攻略に赴くプレイヤーはたったの数百人程度しかいない。参加しない理由だが、やはり死の恐怖に耐えれないものが多いからだ。

アスナも最初は何度も心が折れかけたが、どうにかして、その恐怖を打ち破り、今に至る。アスナだけではない。攻略に参加するプレイヤーは皆、そういう者たちだろう。

因みにこのメッセージは全てのプレイヤーに送られている。

 

「でも、そうしないと参加すらさせてもらえない。全く…ふざけたクエストだわ」

 

「でも、実際にその数いないと奴には敵わない」

 

アリスは自身の力を全て使い切っても、傷を1つも与えられなかったダラ・アマデュラの強さを知っている。

 

「だとしてもよ。9割ものプレイヤー参加は不可能よ。やれたとして5割が限界…」

 

「……」

 

シノンの言っていることは正しい。

しかし、このまま何もしなければ時間だけが過ぎ、攻略は終わらない。更にはキリトの安否も永久に分からないままだ。

これまで黙っていたアスナだったが、急に立ち上がってボイスメッセージを全プレイヤーに向けて送るために準備を始める。

 

「私がみんなをやる気にさせる」

 

「無駄よ、アスナ…。気持ちは分かるけど、そこまでのプレイヤーを集めるのは…」

 

「やってみないと分からないでしょ⁈」

 

アスナはみんなに怒鳴る。

そんなことはアスナ自身が1番分かっている。

だが、キリトを取り戻すためにはやるしかなかった。

数分近くも何かを話し、全員にメッセージを送ったアスナ。

最後には溜め息を吐いていたが、アスナは「大丈夫、絶対来る」と断言して、1人先にログハウスへと帰っていった。

その様子を3人は静かに見届け、どうなることやら…と思ってしまうのだった。

 

 

 

 

自宅を失ってしまったアリスは野宿することになった。

最近は稼ぐこともあまりしなかったため、宿に泊まれる程のゼニーを所持していなかった。瓦礫となった木材を地面に敷き、寝転がる。

寝ようと思ったが、アリスの視界に『メッセージがあります』と出た。

すぐにそれがアスナが作った音声メッセージであると分かったアリスは寝る前にどのようなことを言ったのか…気になったので、聞くことにした。どうせ無駄だろうと思いながら…。

 

 

『私は元血盟騎士団副団長のアスナ。

このSAOにいるプレイヤー全員に言いたいことがあるの…。もう知っている人も多いと思うけど、次の層の攻略をするには、生きているプレイヤーの9割が参加しないといけない。このメッセージはその催促をお願いするためのものです。

だけど、ほとんどのプレイヤーは死の恐怖で来れないと思ってる。

それはそうだよね…。死ぬのは怖い…。私も最初の頃は怖くて、どうしようもなかった。それでも私は死の恐怖を乗り越えて、今ここにいる。

そんな私を作ったのは…愛すべきキリトくん、【蒼雷の二刀流】でした。彼は今、巨龍に連れ去られ、しかも心を失った状態になっている。私は彼を助けるために、これからは攻略に赴く。だから…みんなにも来て欲しい…。攻略を突破するためには、キリトくんが必須なの…。

それに…みんなはこのままでいいの?ゲームの中に囚われたままで…。私は嫌だ。大切な人と、これから先長い人生を歩んでいきたい…。みんなにも、そういった人がいると私は思ってる。

だから…来て欲しい。

私たちの人生を、棒に振らせないために…。

明後日、第87層の入り口で待っている』

 

 

アリスはいつの間にか、アスナのメッセージに聞き入ってしまっていた。重みのある言葉の数々に、動けない人の方がおかしいと思えてしまうメッセージだった。

 

「…私も、このままじゃ嫌だ」

 

アリスは起き上がり、地面に突き刺したままの飛竜刀【光月】を掴む。

黄金の刀身から蒼い炎が僅かに上がる。

この炎が消えてしまうまで、絶対に倒れない…アリスはそう思いつつ、剣を振る。

きっと来る…。アリスは、当初は来るはずがないと思っていたプレイヤーたちが絶対に来ると、確固たる自信を持っているのだった。




最後ちょっと変だったかな…。
そして、恐らく最後のアンケートを開始します!


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第43話 持てる力を全て用いて

今更ながらの人物が登場します。


アスナは今、目の前に広がる光景に唖然としていた。

あんな演説みたいなメッセージを送っておいて、彼女自身は誰も来ないのだろうと軽く諦めていた。だが、気分乗らないまま、第87層攻略広場前に行ってみると、そこら中に人、人、人がいた。

驚きのあまり固まっていると、肩に軽く手を置き、シノンが言った。

 

「みんな、アスナの言葉に動かされたのよ。やるじゃん」

 

「みんな……」

 

思わず泣きそうになるが、アスナはそれを抑える。

泣くのは勝利してからだ。そう決めたアスナは、少し高い場所に立ち、剣を抜いた。

 

「みんな!来てくれてありがとう‼︎今日…これからの戦いは今までの攻略の中で最も厳しいものになると思う。怖いかもしれない…。だけど、私たちがボスに挑んだ時点で、私たちは己の恐怖に勝った!だから絶対にクリアしよう!」

 

アスナの掛け声と共に約3600人が一斉に声を出す。

この勢いのまま、アスナたちは全員の前に立ち、転移結晶に手をかける。その途端、プレイヤー全員が光に包まれ、とある場所へと転移された。

あまりの眩しさに目を開けた時には、もう状況は一変していた。

エリア中央以外は底が見えない崖となっており、プレイヤーが立てる地面は中央の剣のような形状の山と周囲にある崖だけで、高いレベルのプレイヤーは山に、その他はアスナたちを取り囲むように配置されていた。もちろん、崖にはバリスタや大砲、他にも見たことがない兵器が残っていた。

だが、それは中央の剣山にいるアスナ、アリス、シノン、など、合計数百人のプレイヤーには関係のない話だった。剣を手に握っていても、肝心のボスの姿が見えず、右往左往してしまう。

アスナも周囲に警戒心を広げながら、辺りを見回す。すると、剣山の頂上で紅く何かが光った。それがキリトの剣であることくらい、すぐに分かった。

アスナはボスのことも忘れて、凄まじい角度で(そび)え立つ剣山を登ろうとした時、『奴』は動き出した。

ゴゴゴ…と岩石が削れる音に何かが近付いてくる音が同時に聞こえ始め、遥か地下から身体に刃を纏った巨龍がとうとう姿を現した。

それは山肌をも切り裂き、抉られた跡を残し、自らの巣に入ってきた愚か者を見詰める。

蛇のような見た目だが、手や足もあり、全てを逸脱した巨体に全てのプレイヤーが固まってしまう。そして、数秒後…剣山に崖、地面をも吹き飛ばすのではないかと思える程の咆哮を放ち、戦いが始まりを迎える。

誰からの指示もないのに、誰かがバリスタをダラ・アマデュラに向けて発射する。バチんと身体に当たる音がしたが、強固な堅殻には刺さることもなく、弾き返された。

それと同時に、ダラ・アマデュラも剣山と崖を行き来し始める。ボスにしてみれば、単なる移動でしかないが、アスナたちプレイヤーから見れば、動くだけでも危険性が高い。

実際、ダラ・アマデュラの動きを読めず、奴の刃に犠牲になるプレイヤーも数十人はいた。

これだけで怯むわけにはいかず、アスナたちも無鉄砲に突っ込んでいく。どこを攻撃すればダメージが入るのか…考えている時間はなかった。軽い動きだけでも大ダメージのダラ・アマデュラに悠長なことなど言ってられなかったのだ。アスナたちに続いて、周りの崖にいるプレイヤーも1人1人が必死に大砲の弾を運んで装填したり、よく分からないスイッチを作動させようと奔放したりしていた。

だが、スイッチは固く閉ざされているのか、ピクリとも動かなかった。それに嫌気が刺したエギルは、「退け!」と叫び、スイッチを抱く。そして、自らのパワーを全開にして、動かそうとすると、ミシッという音の後に僅かに動くのを確認した。

 

「お前ら!一緒に引っ張るぞ!」

 

エギルの他にも数人のプレイヤーが束になって、『せーの』の合図で動かす。すると、バキバキという音が聞こえ、固く閉ざされていたスイッチが左から右へと動いた。

すると、崖の壁面から巨大な槍…撃龍槍が6本飛び出し、ダラ・アマデュラの身体の刃を砕きつつ、突き刺した。流石の奴もこれは流石に効いたのか、大袈裟な怯みの後に頭を剣山の中腹…つまりアスナたちのいる場所に降ってきた。

 

「避けて‼︎」

 

もちろん、降ってくる頭も脅威でしかない。

剣山全体が揺れる程のダウンを起こしたダラ・アマデュラの頭部にアスナたちは突撃する。

アスナは重突撃SSアニートレイを、アリスは重撃SSバーチカルブレイクを放ったが、鼻先に当たった瞬間、悉く弾かれた。お互いに顔を見合わせ、何が起こったのか分からなかった。気を取り直して、アスナはもう一度同じソードスキルをぶつけたが、同じように弾かれてしまう。

 

「こいつ…頭部の肉質が信じられないくらい硬い!」

 

「剣のダメージで無理なら…属性のダメージを使うまでよ」

 

アスナは『飛竜刀【光月】』を強く握り、【劫炎】を発動させ、一振りすると、頭部は蒼い炎で包まれた。あれはアスナに秘密にしていた劫柔撃SSダンシングフレイムだ。

その炎にダウンしたまま動かなかったダラ・アマデュラが突然、悲鳴を周囲に木霊させる。

 

「流石ね」

 

「昨日のメッセージと比べたら、大したことないわ」

 

アスナはその返事を聞いて、思わず笑みを浮かべてしまう。

アリスも同じく、勝てると思ったのか、安堵の表情を浮かべた。

だが、ここでダラ・アマデュラに変化が起きる。

頭部を纏っていた蒼炎を体内に吸収してしまう。そして、剣山の頂上へと動き出すと同時に黒い銀色の鱗を落としていく。しかも、その鱗は粉塵となって散り、爆発を起こす。

最終的に…ダラ・アマデュラは蛇の脱皮を終えたかのように、身体中の鱗、刃、爪、目に至るまで、何から何までを剥がし、美しく輝く金色の姿となった。そして…刃は赤く神々しく輝きを放っていた。

突然の変化にアスナたちのムードは一気に冷めていく。そして…青白い粉塵がエリア全体に広がると同時に…咆哮するダラ・アマデュラ。

そして…青い隕石がエリア全体に何十個と降り注ぐ。

全てのプレイヤーは逃げることだけで精一杯で、兵器は一瞬で壊されてしまった。逃げられなかったプレイヤーも多数いた。

隕石の襲来が終わった時には…もう誰しも諦めていた。

焦げた臭いが立ち込め、ダラ・アマデュラのHPバーは未だに3本は残っている。しかも、プレイヤーは約1000人近く殺されている。数で押すことも出来そうもなかった。

その時、誰かが叫んだ。

 

「おい!なんだあれ⁈」

 

アスナたちもその方向を見ると、確かにこちらに向かってくる赫い彗星が見えた。新たな敵かと思われたが、それはダラ・アマデュラの身体に直撃し、爆発する。ダラ・アマデュラも突然の襲撃に対応出来ず、背中の刃を砕かれ、大ダメージを負ってしまう。

そして、地面に降り立つ龍に乗っている人物にアスナは思わず叫んだ。

 

「シリカちゃん…!」

 

まさかのシリカだったのだ。

ビーストテイマーのシリカはにっこり笑って、アスナたちと同じ地面に立つ。

 

「遅くなってごめんなさい!『彼』を連れて来るのに苦労しちゃって…」

 

「『彼』って…この古龍のこと?」

 

シリカはその古龍の頭を撫でて、「良くやった」と褒める。

 

「私の相棒で、『銀翼の凶星』の異名で知られるバルファルクよ!名前はバル」

 

アスナたちはポカンとするしかなかった。

こんな強大な古龍を従えるシリカは、どのようなことをしたのかと聞きたくなった。

 

「私とバルであの龍をやっつけます!皆さんは下がっていてください!」

 

「危険よ!シリカちゃん!今のは不意打ちが効いただけで、2度も同じことが出来るとは思えない」

 

「…大丈夫です。私とバルは…」

 

バルファルクの翼から龍気が放出される。

 

「負けません!」

 

バルファルクは高速で高空域にまで上昇し、再び降下する。

赫くて彗星のように目立つバルファルクに狙いを絞ったダラ・アマデュラは口元に青い炎を溜めていく。

そして、ぶつかった途端、同じように龍気が頭部で炸裂するが、さっきと同じようになることはなかった。

ダラ・アマデュラは器用にバルファルクを喰らい付き、シリカ共々端の崖に放り投げる。

 

「シリカちゃん!」

 

すぐにエギルがシリカとバルファルクに駆け寄るが、シリカは片腕を失っただけで大した怪我ではなかった。問題はバルファルクで、身体中が焼かれた状態だった。

シリカはバルファルクの頭を撫でながら、こう言った。

 

「大丈夫だよ…。バルは頑張った…。頑張ったんだよ?ほら…ボスのHPは残り1本…。あとはアスナさんたちがどうにかしてくれるよ…。それに…キリトさんだって…いるんだから…」

 

シリカは上空から見えていた。

キリトが…必死になって、紅剣に手を伸ばそうとしているところを…。




【補足1】
『ダラ・アマデュラの肉質に関して』
今作はどこも非常に硬くなっている。腕はかろうじて斬れるが、頭部や身体の刃、腹、背中、尻尾など殆どの部位は『かなり高度な武器』でなくては弾かれる。

【補足2】
『天彗龍バルファルク』
【銀翼の凶星】の異名で知られる災厄の古龍。
今作はシリカの相棒として登場させました。高高度からの襲撃が何度でも行えるようになってるが、行えばバルファルク自身にもダメージが発生するので、無限には出来ない。
どこかで登場させたいと思ってたので、ここで出しました。

【補足3】
『シリカ』
武器として短剣を所持しているが、モンスターに乗って共に戦うのがメインとなっている。
ここで初めて登場させました。バルファルク同様、どこかで出したいなと思ってました。因みに登場が遅れた理由として、ビーストテイマーの設定を活かせるモンスターがあまり思い浮かばなかったからです。


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第44話 紅剣の輝き

シリカの無事が分かったことで、安堵するアスナたちだったが、それと同時にもう出来ることはほとんどなかった。

周囲の崖に設置された設備はほぼ破壊され、救援に来てくれたシリカ、バルファルクは戦闘続行は不可能、更にはアスナたちの高度な武器でさえ弾く程の硬度を持つダラ・アマデュラにどのような手があると言うのだろうか。

だが、アスナは諦めるわけにはいかなかった。

ここで諦めたら…全てが終わってしまう。キリトと交わした約束も、自らの人生も…。

アスナは全員が頭を下げ、絶望感に苛まれている中で単独…突っ込んでいく。それに気付いたアリスはすぐにアスナを止めようとしたが、遅かった。

 

「アスナ!ダメよ‼︎止まって‼︎」

 

「はああああああああああああぁッ‼︎」

 

オリジナルスキル【氷界創生】を発動させ、尖剛突撃SS氷剛刃凍撃を自らの目の前の身体にぶつける。耳を塞ぎたくなる程の高い音がエリアに鳴り、同時に火花が激しく散る。

とんでもない硬さで、今にもアスナの細剣(レイピア)の先端が砕けてしまうかもしれない。だが、アスナには関係なかった。

こいつさえ倒せればいい…。この先、自分がキリトみたいに心を失ってしまったとしても、キリトだけ…いや、ここに来たみんなが生き残ってくれれば、それで良いと思っている。

 

「こんな…ことくらいで…!私は折れない‼︎」

 

剣先を保護する形で何重にも氷を纏わせ、剣の高度も高めていく。

それを見ていたアリスも押され、【劫炎】を発動させ、アスナが貫こうとしている部位に同じように蒼く燃える黄金の剣をぶつける。

 

「私だっていること…忘れないでよ?」

 

「アリス…」

 

「このまま押し切るわよ‼︎」

 

アリスの一声で、他のプレイヤーも同じ箇所にソードスキルをぶつけていく。ダラ・アマデュラは静かな瞳でその様子を見詰めている。まるで、自らの堅牢な身体を貫けるのなら、貫いて見せろ…と。

そのプレイヤーを蔑む古龍にアスナの怒りは上がっていく。怒りがソードスキルにも影響を与えるのか、徐々に貫通力が増していき、アスナの刺す箇所の鱗がパキッと音を立てる。

それに気付いたダラ・アマデュラが行動を起こそうとした時には、アスナたちのソードスキルが遂に強固な身体を貫き、HPゲージを1つ減らし、漸く最後の一本にした。

だが、その痛みからか、身体中を暴れさせ、剣山や崖に身体をぶつけ、崩落させる。その行為自体がプレイヤーにとっては脅威でしかなかった。更には自らの身体を傷付けたアスナに敵意を超えた殺意を向け、巨大な前肢で掴み上げる。

 

「ああああぁッ⁈」

 

「アスナ‼︎」

 

助けようとアリスがその前肢の上に乗り、剣を突き刺すが、暴れるダラ・アマデュラに留まることはおろか、むしろ壁に激突されて、内臓が破裂するのではないかと思ってしまうほどの大ダメージを受ける。

 

「あがっ…!」

 

普段なら、気絶しても不思議はなかったが、ダラ・アマデュラの刃の攻撃を一度受けていたアリスは、気絶することが出来ず、倒れて動けなくなってしまう。

 

「ア…リス…ッ!」

 

アスナも脱出しようともがくが、どうすることもできず、吹き飛ばされる。ゴロゴロと転がり、何かが身体に当たったところで、アスナの身体は動きを止める。

起き上がろうと思ったが、脇腹に走った痛みに顔を歪める。

どうやら掴まれた際に脚の爪が刺さっていたらしい。

そして…後ろには、倒れたまま動かないキリトがいた。

 

「キリトくん…!」

 

アスナは思わず、キリトの名前を呼ぶ。キリトも少し反応し、アスナに手を伸ばすが、その手が触れる前に地面が揺れ、足場がガラガラと崩れる。キリトが先に転がっていき、アスナも先を追おうとしたが、今度は両脚にとんでもない痛みが走り、悲鳴を漏らす。

 

「ぐうううぅ⁈」

 

後ろを振り返ると、ダラ・アマデュラがアスナの足に食らいつき、引っ張っているのだ。足場が崩れ落ちたアスナは食らいつかれたままの状態になり、その痛みから逃れられなくなってしまう。

剣を落としてしまったアスナはただされるがまま…。

このままダラ・アマデュラの胃の中かと思われたが、下からシノンが旋撃BS昇竜風を顔面に向けて放ち、見事に命中させる。

命中したことでアスナを放すが、その代わりにシノンに向けて、隕石を放つ。歯を噛み締めるシノンだが、シノンも足を負傷しておりましたとても逃げれそうにない。

 

「…アスナ、あとは任せたわよ…」

 

「その台詞はまだ言うには早いだろ!」

 

後ろからエギルがやって来て、シノンを抱え上げ、隕石の攻撃からどうにか逃れる。

 

「ギリギリ…だったな…」

 

「ええ…。でも、もう…ダメそう…」

 

シノンは弓を手放し、力なく地面に倒れる。

エギル自身も肉体的に精神的に疲れ、とても動けそうになかった。

 

 

 

 

落下したアスナは、目を覚ます。

気を失ったのはほんの数秒程度だが、脇腹や足から来る痛みからは逃れられそうもない。相棒とも呼べる細剣(レイピア)がないアスナには…どうすることも出来ない。

だが…その時、目の前に突き刺さった紅剣が目に入る。

今も奇しく光り、アスナを惑わせる。

 

「………」

 

アスナは何故か…あの剣に対して、恐ろしいなどといった感情は湧き上がらなかった。あれを使えば…ダラ・アマデュラに勝てるかもしれない…。そんな根拠もない自信が急浮上する。

アスナは身体を引き摺りながら、その剣を掴む。

その瞬間…(あら)ゆる怒り…憎しみが身体中に広がり、自分を見失いそうになる。

 

「あ……あ…あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ”‼︎‼︎‼︎」

 

だが、寸でのところで踏み止まり、アスナは耐える。

そして理解する。

この剣は…全ての悪意が集約した…恐ろしい剣であると同時に、最強の剣でもあるということを…。

 

「これで……っ!キリトくんを…っ!救える…ッ‼︎ならッ‼︎」

 

アスナは剣を引き抜き、ダラ・アマデュラに構える。

妖気がアスナと紅剣を取り巻き、半暴走気味にソードスキルが発動される。巨大な紅い斬撃が巨龍に飛び、強固な身体に意図も簡単に傷を付けた。

だが、そこでアスナは限界を迎えてしまう。

脚が既に機能していないのに、今度は身体全体が動かなくなってしまう。剣を握ったままではあるが、身体は倒れる。

 

「キリト……くん…」

 

ダラ・アマデュラは容易に傷付けたその剣と、それを扱うことが出来るアスナに今までの以上の敵意を向ける。

そして、口元に蒼炎を溜め…隕石と同じ大きさのブレスを解き放つ。

その光景をアスナは虚ろな瞳で見たまま…動くことはなく、爆散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトは暗黒の空間で倒れていた。

いくら目の前で、仲間が傷付こうとも…自らの意志で身体に命令しても…どんなに気力を振り絞っても…身体は言うことを効かない。

半ば…諦めていた。

もうこのまま…植物状態のままで、アスナやアリス…仲間たちとこの場で共に死ぬ方が楽だと思った。

その時、白と赤を基調にした鎧、盾、そして…見覚えのある聖剣を手にした《者》がキリトの傍に立ち、静かに語りかける。

 

「このままで()いのか?」

 

「…何がだ?」

 

「何も出来ないまま、死ぬことが…」

 

「仕方ないだろ…。俺の心はあの紅龍との戦いで失ったんだ…。どんなに足掻いても、俺の心は目を覚さない…。…放っておいてくれよ…」

 

「…君は、それくらいで倒れる男だと私は思わない」

 

「………」

 

キリトは答えない。

《男》はその手に握る紅剣を近くに突き刺し、再び語り出す。

 

「この剣の素材元…つまり、紅龍は【運命を解き放つ者】という異名を持つ。その名の通り、相手の運命を滅ぼせば…甦ることも可能だ」

 

「……え…」

 

キリトは突拍子もない話に思わず反応してしまう。

 

「だが、()()があり、凄惨な運命になるかもしれない。それでも良いなら…目覚め、立ち上がりたまえ、キリトくん」

 

「……それで…アスナや…仲間を…助けられるのか?」

 

「それは君次第だ。……そろそろ行かなくては」

 

《男》はキリトに背を向け、常闇の中に消えていった。

キリトは数秒考えたのちに、腕を伸ばして、紅剣の柄を握る。

 

「俺は諦めない…。どんな運命にも…俺は…乗り越えてみせる‼︎だから…いい加減にしろよ、俺の身体…。動けよッ‼︎‼︎」

 

キリトの怒声と呼応して、紅剣が輝きを放つ。

闇が消え、キリトの身体に力が戻ってくる。

視界が戻ってくる。

キリトは紅剣の鞘を背中に携え、光に向かって、走って行くのだった。



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第45話 紅焔の威光

爆散し、煙がもうもうとする中で、アスナはある一点を見詰めていた。

自分の前に立ち、紅剣を握る1人の《少年》を…。

そして、邪魔になった噴煙を紅剣で振り払う。

そこにいたのは…黒いコートを纏い、戻ってなかったはずの左腕をアスナの肩に回しているキリトだった。アスナは思わず夢ではないかと、声を絞り出した。

 

「キリトくん?キリトくん…なの?」

 

「見れば分かるだろ?俺だよ、アスナ。…ただいま」

 

「キリトくん……おかえり…」

 

キリトは少し笑って、目の前に(そび)える巨龍に視線を戻す。

すると、下からアリスの声と共に白雷剣エンクリシスが飛んできた。それをキリトは掴み、《二刀流》のスタイルになる。

 

「キリト!…これでケリを着けて‼︎」

 

「ああ…終わらせてやる」

 

キリトは2つの剣を同時に強く握る。

【纏雷】と、新たなオリジナルスキルが発動する。

紅剣から紅焔が沸き上がり、キリトの身体を覆う。そして、黒色のコートの右側に炎の模様が浮かび上がり、目の色も紅色になる。

【纏雷】もコートの左側に電撃の模様、目の色を青色に変えた。

 

 

新たな力…その名は【紅焔の威光】

 

 

ダラ・アマデュラは変化したキリトにただならぬものを感じ、剣山の頂上へと猛スピードで向かい、天に向けて咆哮する。

あの時と同じだ。

何か脅威になり得る者がいれば、即座に隕石を無数に落として、潰しにかかる。しかも今回はその隕石全てがキリト1人に向かって来ていた。

キリトは「はあ…」と深い息を吐き、剣を構える。

2つの剣にエフェクトを纏わせ、すぐ目の前にまで迫っている隕石にソードスキルをぶつける。

 

「せぇいッ‼︎」

 

白剣から繰り出されたのは7連撃SSデッドリーシンズだ。

たったの一撃で隕石を粉々に粉砕し、計7つもの隕石を破壊する。だが、隕石はこれで終わりではなく、もう1つ…格段に巨大なものが降って来ていた。

白剣によるソードスキルを終えたキリトには硬直が待っている。

このままでは攻撃を受けてしまうと思ったアスナは立ち上がろうとした時、今度は紅剣が眩しく光る。

ソードスキルによる硬直が起こらずに、新たなソードスキルの発動に成功したのだ。今度は重突撃SSヴォーパル・ストライクだ。

切先が隕石と衝突し、凄まじい衝撃波が起こる。

貫通させようと必死になるキリトだが、目覚めたばかりか…この【紅焔の威光】を扱い切れてないのか、徐々に押され始める。

 

「くっ……ぐぅ……」

 

ジリジリと押されるキリトにアスナは背中を押す。

 

「アスナ…!」

 

「行ける‼︎キリトくんなら…行けるよ!」

 

「ああ…このまま突っ切ってやる‼︎」

 

キリトも更なる力を込め、隕石だけでなく、ダラ・アマデュラの腹をも貫いてやろうと躍起になる。

 

「「はあああああああああああああああぁぁッ‼︎」」

 

アスナが剣の柄に触れた途端、その威力は倍増した。

アスナが1番得意としてるソードスキル…最上位突然SSフラッシングペネトレイターがキリトのソードスキルと融合し、新たなソードスキルが生まれる。

2人は全く気が付いてないが、それにより威力、貫通力が何倍にも膨れ上がり、巨大隕石は砕け、キリトだけ…突っ走っていく。

その姿を見たアスナは思わず叫んだ。

 

「勝って‼︎私の英雄ッ‼︎」

 

その叫びを聞いたキリトは微笑し、2つの剣に青いエフェクトを纏わせる。あれはアスナも何度となく見てきたソードスキルだ。キリトが最も得意とし、耐えたことのあるモンスターを見たことない代物…。

ダラ・アマデュラの背中を蹴って跳躍し、キリトは叫ぶ。そのソードスキルの名前を…。

 

「スターバースト…ストリーム‼︎」

 

だが、今回は今までのスターバースト・ストリームとは違った。

直接身体に当てるのではなく、16個もの巨大な斬撃が…ダラ・アマデュラの身体全体に降りかかるのだ。

斬撃はダラ・アマデュラの腕、刃、背中、腹などを容易に切り裂く。

周りで見ているプレイヤーは自分たちの苦労は何だったのかと思ってしまうほど、キリトのソードスキルは強力で…綺麗なものだった。

全ての攻撃を終えたキリトは剣山に戻り、二刀の剣を鞘に納める。

同時にダラ・アマデュラは口から蒼い炎を吐きながら、剣山に身体をぶつけ、そのまま息絶えた。そして… 『Great subjugation quest clear』、『大討伐クエストのクリア』の文字が出る。

一息吐き、アスナのところへ駆け寄るキリト。

 

「終わったぞ、アスナ」

 

「………」

 

「アスナ?」

 

「スー……スー……」

 

キリトは思わず、顔を緩めて笑ってしまう。

アスナをおんぶし、崖の方向に戻ろうとした時、剣山が音を立てて崩れ始める。中心にある剣山からジャンプして、崖に行くのはほぼ不可能だ。ここまで来て、最後の最後で奈落の底はごめんだ。

 

「くそっ…アスナが本調子ならまだどうにかなったのに…」

 

今にも足元が崩れ落ちそうな時、1つの矢がロープと一緒になって飛んできた。

 

「早く掴まって!」

 

「言われるまでもねえよ‼︎」

 

キリトはロープを腕に巻き付け、シノンたちが引っ張ってくれるのを待つ。そして、シノンが「せーのっ!」という掛け声と共に、キリトとアスナの体重をもろともせずに早急に引っ張られる。

その直後、見事に聳え立っていた剣山はダラ・アマデュラの死骸と共に奈落の底へと消えていく。キリトはアスナを落とさないように気を付けながら、その様子を見詰め続けた。

 

「ほら、キリト」

 

シノンとアリスが手を差し伸べ、2人は何とか生還する。

アリスは気持ち良さそうに寝息を立てるアスナに溜め息を吐くが、気持ちは何となく察せるため、何も言わなかった。

そしてキリトは…全員から抱き締められ、『戻ってきてくれてありがとう』と、感謝の応酬が続いた。

最後にアリスがキリトを誰よりも強く抱き締め、涙を流す。

アリスは今までキリトの目覚めを誰よりも望んでおり、介護してきた。しかも、アスナと同等の恋心を持っているのだから当然だが、キリトは…。

 

「く、苦しい…。それに、君は…誰だ?」

 

「え…」

 

明らかにショックを受けているアリスにキリトは少し動揺してしまう。

それを汲み取ったシノンは2人の間に割って入る。

 

「ま、今日はとにかく帰りましょう。アスナもだろうけど、キリトもみんなも疲れてるだろうし…」

 

「そうだな…」

 

シノンの一言で、生き残ったプレイヤーは次々と広場へと帰還していく。アリスはキリトをもう一度見たが、一刻も早くこの場から消えたかったのか、すぐ様帰還した。

最後にアスナとキリトが残り、戻ろうと思ったが、キリトだけ転移結晶を持っていない。寝ているアスナのポーチから失敬しようと手を伸ばした時…自身の腕が突然、あの紅龍の手に見えて、思わず尻餅を着いてしまう。

目を何度も擦り、もう一度見直すが、いつもの腕でホッとする。

疲れで幻覚でも見えているのだろうと、言い聞かせて、キリトたちも帰還する。

その様子を遥か遠く…向かいの崖から見ていたPohは口元を歪ませる。

 

「…この時を…ずっと待っていたぜ…」

 

その時のPohの腕は獣の腕…更には目は青白く光っていた。




【補足】
『紅焔の威光』
MHFにあった複合スキル。火事場、火属性攻撃強化、ボマーと攻撃力を底上げさせるスキルである。今作では更なる攻撃力アップにソードスキルの威力上昇、固有スキルもあるが、固有スキルはここでは触れないでおく。だが、決定的な弱点がある。それはスキル『代償』の発動。
この『代償』が何か…それも秘密にする。何故なら、後々の話に大きく関わるからだ。

それとアンケートの期限は次の投稿までにします。


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第46話 伝えなきゃいけないこと

ギシッと2人の眠るベッドが僅かに揺れる。

その揺れで眠りから覚めたアスナは、隣で寝息を立てているキリトに安堵してしまう。つい先週までは一人で寝ていたベッドであったが、今はキリトが居る。

それだけでも嬉しくて、胸がときめいてしまう。

あの後…アスナはキリトを離さなかった。ログハウスに戻ってきたキリトを見たユイの反応は凄まじいものだった。暫くキリトを見詰めたまま固まっていると、今度はポロポロと涙を溢れ出して、キリトの胸に飛び込んで大泣きした。最初に出会った頃と大差ない号泣に流石のキリトとアスナも慌ててしまう程だった。

アリスに関してだが、彼女は何かを伝える前に2人の前から行方を眩ましてしまい、最終的にアスナもどうすることも出来なかった。

 

「キリトくん…」

 

眠るキリトの身体を優しく抱き締めて、その胸に頭を置こうとした時。

 

『近付くな……!』

 

突然アスナの耳に聞いたことのない声が入り、ビックリしてベッドから飛び起きてしまう。それに反応して、キリトも目を擦りながら起きる。起きたキリトの視界に入ったのはビックリして、茫然としているアスナの表情だった。

 

「ど、どうしたんだよ…アスナ?」

 

「えっ…いや、大丈夫!私の気のせいだったみたい…」

 

そうは言うものの、はっきりとした老将の声に動揺を隠し切れてないアスナだったが、キリトは深く聞くこともなく、上半身裸のまま、アスナに背を向ける。その背中には…激闘の証である火傷の痕が痛々しく残っていた。

その傷痕にアスナの手が触れると、キリトの身体がピクッと震える。

 

「ごめん、痛かった?」

 

「ちょっとピリついただけだよ。そこまでじゃ……」

 

突然キリトの背中に優しい暖かさが感じられた。

振り向かなくても…アスナがキリトの背中に抱き付いていることは容易に想像が付いた。

 

「本当に…この暖かい身体を感じられて…幸せ」

 

心臓が早鐘になるキリト。だが、この暖かさは心地良い。

 

「俺が居なくて…辛かったか?」

 

「辛いなんてもんじゃないよ。地獄…それが1番当てはまる」

 

「すまなかった。アスナを救うためとはいえ…こんなことになってしまって…。嫌な傷痕も残して…思い出させる羽目に…」

 

「キリトくんは謝らないで。戻ってきてくれただけでいい」

 

「…ありがとう」

 

そう言うと、アスナの顎をくいっと持ち上げて、可憐な唇を奪って、再びベッドに押し倒す。キリトとアスナの荒い息にお互いに官能が大きく湧き上がり、抑え切れないものが膨れ上がっていく。

 

「キリトくん……私…」

 

「ああ…」

 

キリトは再び口付けをして、共にした。

 

 

 

2人が交わっているところを、アリスは聴覚スキルで聞いてしまい、思わずスキルを消して、耳を塞ぎたくなってしまう。こみ上げそうになる気持ちを必死に我慢してロッジの近くの森の中で身を隠す。

アリスは結局こうなってしまうんだと分かっていたが、素直に喜べなかった。

キリトに対して恋心を抱いてしまったことを後悔し、あの時の生活がどれほど幸せで…充実していたことか…と。

溢れ出る涙を何度も何度も拭いながら、修理した自宅へと(きびす)を返すアリス。だが、帰ったところで悲しみは消えるどころか増すばかりで、更に涙を溢れさせる要因を生み出してしまうだけだった。

 

「う…うぅ…!キリ…トぉ……」

 

会いたくて堪らない…。

その気持ちが一気に増す。そんな自分が嫌になって、アリスはベッドに飛び込んで、シーツを頭から被る。その日はもう何もかも忘れたくて、早めの眠りにつくのだった。

 

 

 

 

よく寝た…と思いながらアリスはベッドから起きて、ドアを開ける。

すると…家の前で立っていた人物に驚愕する。

 

「どうも…と言うべきかな?アリス…」

 

キリトだ。アリスが恋心を抱いているキリトが立っていたのだ。それだけで昨日、一生分泣いたと思っていた涙が再び溢れ出して、彼女の頬を濡らす。それに驚くキリトだったが、彼を困らせたくないとアリスもすぐに涙を拭い、彼を真正面から見るが、その後ろには腕を組んで睨んで立っているアスナもいた。

アスナに対して、警戒心を露わにするアリスにキリトが説明する。

 

「あんな感じだけど…元はアスナが俺をここに連れてきて…」

 

キリトが言い切る前にアリスは彼を家の中に引き込んで、アスナから遠ざける。突然かつ大胆な行動にビックリするアスナはドアを壊してでも、キリトを取り戻そうと思ったが、あの時…レイナに言われた言葉に身体を止める。

 

『あなただって…愛する人を独り占めしたい気持ちは分かるでしょ⁈』

 

「……ふう、今日だけは特別よ、アリス」

 

アスナはそう呟いて、近くの木陰に腰を下ろす。

2人の話が終わるまで、大人しく待つと決めたのだ。アスナも…女子の心を無闇に(えぐ)ることはしたくないからだった。

 

 

 

 

キリトは突然のアリスの行動に驚きを隠せないでいた。

家の中に無理矢理引き込んだと思えば、胸に顔を押し付けながらも抱き付いたのだ。アスナに見られていないが、生きた心地はしないキリト。

それにキリトはアリスという少女をあまり知らない。

廃人同然の状態の時に、献身的に世話をしてくれたと、アスナから詳しく聞いてはいたが、実際どういう感じなのかは全くだった。

 

「あの…アリスさん?これは一体どういったことで…」

 

「キリトは…」

 

数秒の抱擁の後、アリスから発せられた言葉にキリトは絶句する。

 

「2人の女子に愛されたら…どうするつもりですか?」

 

「えっ⁈それはつまり…どういう…」

 

「私はキリトを愛しています。アスナなんかよりもずっと…」

 

告白にキリトは狼狽えるばかりだが、アリスはむしろ積極的だ。

彼の手を掴んで、豊かな胸に持っていこうとする。

それに気付いたキリトはすぐに手を振り払い、アリスの異常とも言える行動を止める。

 

「何するんだ⁈俺は今日、長い間、世話してくれたアリスに礼を言おうとも思ったけど…こんなこと…」

 

「たったそれだけ…それだけじゃ…満足出来ません!」

 

「アリス…」

 

「もっと一緒にいたいです‼︎いや…ずっと一緒にいたい‼︎居てほしい‼︎キリトは…私が嫌いなんですか?」

 

金色の長髪が揺らめき、潤んだ青い瞳で見詰められてしまっては、キリトもどう返答したらよいか分からなかったが、アスナのことを思い出して、落ち着いてアリスに話しかける。

 

「アリスの気持ちは嬉しい。だけど、俺にはアスナしかいないんだ。愛せる人は…。それでも忘れないでほしい。俺はアリスが助けてくれたことには感謝してるし、告白を断ったからって、態度は変えない。このゲームを一緒にクリアして…現実世界で盟友として、仲良くしていきたいんだ」

 

「盟友…」

 

「そうだ、友達としていてほしい」

 

そう言うと、アリスも漸く落ち着きを取り戻したのか、キリトにきちんと向き合う。その顔は今までの悩みなどが吹き飛んだような感じだった。

が…。

 

「じゃあ、最後のお願い」

 

そう言って、キリトの唇を奪う。バチッとハラスメント防止コードが働いて、アリスの身体に紫色の電流が走るが、それでも構わなかった。

最後の口付けくらい…彼の意識が覚醒している時くらいにしたかったからだ。

 

「……」

 

キリトは唇に触れて、アリスの唇の感触に酔いしててしまった。

 

「これで思い残すことはないわ。これからはよろしくお願いします♪キリト」

 

だが、ここでドアが勢いよく開いたかと思えば、怒りに身体をワナワナ震えさせるアスナの姿があった。キリトは恐怖でビビリ、レイナは恋敵に対して、胸を張って対抗しようとする。

 

「キぃリぃトぉくぅん?後できっちり話を聞かせてもらうとして……」

 

アスナは拳を作って、アリスに歩み寄る。

 

「この寝取り野郎がぁーッ‼︎‼︎」

 

アスナの怒りは爆発して、アリスに襲いかかった。

2人は取っ組み合いの喧嘩になり、お互いの顔面や身体を殴ったり蹴り合ったりした。

もちろんキリトに止められるはずがなくて、この喧嘩は2人の体力と精神が尽き果てるまで続いたのだった。

更に…夜にはアスナからの鉄拳制裁がキリトにもあり…。

 

「アスナさん‼︎‼︎勘弁してくれええええええええ‼︎」

 

「このバカキリトくんがー‼︎」

 

ログハウスは…キリトの悲鳴とアスナの怒声が飛び交うのだった。



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第47話 始まる異変

キリトは何かに追われていた。

壁際に追い込まれ、剣を抜くが、紅剣を握る腕が…龍の腕に変わっていた。そのことに思わず声を上げながら剣を落とす。

 

「なんだ…何なんだよ…これは⁈」

 

すると、迫っていた者…紅龍がゆっくりと長い首を伸ばし、キリトを見詰める。倒したはずの紅龍が何故……とも思えないほど、キリトは今の状況を焦っていた。

そして、猛々しく咆哮を放ち、大口を開けてキリトに迫るのだった。

 

 

 

「ッ‼︎」

 

汗びっしょりの身体を飛び起こし、キリトは目を覚ました。

ダラ・アマデュラの大討伐が終わってから、もう半月が経っており、今日は久しぶりの攻略でゆっくりしようと思っていたのだが…。

 

「…悪夢に…(うな)されるとはな…」

 

隣でアスナはまだ寝ている。

キリトは改めて、腕を見たが、なんの変化もない。当たり前だ。

いくらゲームの中だと言えど、身体が龍に変わっていくなんてあり得ない…と心の中で何度も思い込ませた。

 

 

 

第89層のボス部屋の前に立つキリトたち攻略組。

一息吐いて、全員で入ろうと思ったアスナだが、キリトの様子がどこか変だった。いつもは入る前に2つの剣を取るはずのキリトが、何故か『覇王紅剣【焔獄《えんごく》』を握ろうとしない。

 

「キリトくん、どうしたの?」

 

「…え、いや、何でもないよ。アスナ…」

 

明らかに何かに動揺しているキリト。紅剣だけじゃない。

ずっと右腕を見ながら、何度も目を擦る。

気にしつつ、アスナはキリトと一緒にボスの扉を開ける。

開けた途端、とんでもない磁場が身体を襲い、塵粉が目に入った。

周囲に巻き上がっているのは黒い砂鉄だ。

それを操る第89層のボス…【Lucodiora】が操っているようだ。キリトはボスを視認するなり、重2連撃SSヴォーパル・スラッシュで攻撃を仕掛けるが、砂鉄が集まって形成された即席の盾で防がれる。

 

「くっ…!」

 

更に砂鉄はキリトの腕ごと包み込んで拘束すると、横から槍状の砂鉄を射出する。

その攻撃はアスナのオリジナルスキル【氷界創生】で凍りつかせ、レイナの【劫炎】で砂鉄を溶かすことでキリトを救出する。

 

「気を抜かないで!」

 

「抜いてねえよ!」

 

アリスがキリトに対してこう言うのには理由があった。

キリトは現在、どのプレイヤーをも置いていくレベルで強い。あまりに強すぎて、最近どのボスでも油断しきっているのではないかと思えたのだ。実際、今の攻撃も真正面から突っ込んでいるから、その表れだとアリスは考えていた。

そんなやり取りをしていると、ボスはけたたましく咆哮し、頭上に巨大な砂鉄の鉄球を大量に作っていく。

あんなのが降ってきたら、一溜まりもない。

その前にケリを付けようと思ったキリトは紅剣を握ろうとするが、一瞬躊躇する。何故躊躇するか分からないアリスは強気で叫ぶ。

 

「固まってる場合じゃない!キリト!」

 

その言葉にハッとしたキリトは漸く【紅焔の威光】を発動させ、単身ボスに突っ込んでいく。

 

「キリト!危な…!」

 

アリスが止めても、キリトの足は止まる気配を見せない。

アスナもキリトの行動は危険だと思い、キリトの元へと駆け寄ろうとしたが、キリトに恫喝される。

 

「アスナは来るな‼俺一人でやる‼」

 

厳しい言い方にアスナはビクッとしてしまい、その場に留まる。

キリトは2つの剣に青いエフェクトを纏わせ、ボスの間合いに入り、24連撃SSジ・イクリプスを発動する。

流星の如き連続攻撃で、ボスのHPを凄まじい勢いで減らしていく。だが、ボスもやられるばかりではないのは当然だ。自身の周りの砂鉄を鎧のように纏わせて、ダメージ量を減衰させる。更にその鎧から大量の砂鉄の槍が射出されて、それがキリトの胸や腹に刺さる。

 

「がはっ…」

 

「キリトくん!無茶しないで!」

 

アリスとアスナが急いで駆け込んで、キリトのカバーに行こうとした。

が…その足は途中で止まってしまった。

 

「「え…」」

 

絶句する2人。周りのプレイヤーも動揺を隠しきれていない。

 

「な、なんだ…あれ?」

 

「怖い…」

 

目の前にいるボスでさえ、恐怖を感じているのか、四肢を強張らせ、後ろへと下がろうとする。

キリトの紅剣が不気味に輝き、腹に刺さっている砂鉄の槍を取り込むと、HPを急激に回復させる。更にキリトはその剣を天に向けて、何かを打ち上げる。

それをボスだけでなく、全てのプレイヤーが見詰める。

すると…空がないはずなのに、赤い岩の塊がボスに向かって、飛んできたのだ。

隕石だ。しかもその隕石は首の長い…赤黒い鱗を纏い、捻れた黄金色の角を有した龍の頭部が形作られたかのように見えたのだ。

隕石は速度を徐々に上げて、ボスに命中する。当たった瞬間、全身に凄まじい衝撃を受けて肉塊と化す。途端に【Congratulations】の文字が表示されて、第89層のボス戦は終了する。

キリトは顔を俯いたまま紅剣を下ろし、オリジナルスキルを解く。

どことなく近寄り難いキリトにアスナは意を決して、ゆっくりと歩み寄る。

 

「キリトくん、お疲れ」

 

(怖がるな…。恐れるな…)

 

アスナは心の中で自分に言い聞かせる。

すると、キリトはアスナに振り向いて…。

 

「ああ、お疲れ。悪い、1人で突っ走ってしまって…」

 

いつもの笑顔を見せたキリトにアスナはホッとする。

アリスも安堵したのか、軽くキリトの頭を小突く。

 

「そうよ!アスナも心配してるんだから、もっと慎重に…」

 

アリスが文句を言うと、シュンと風が切れる音がしたかと思えば、彼女の頬から血が垂れた。それもそのはずだった。キリトの紅い剣がアリスの頬を切ったことが原因なのだから。

この行動にアスナも驚きを隠せず、離れようとしてしまいそうになったが、どうにか抑え込む。

 

「キリトくん!」

 

キリトはハッとして、紅剣を落とす。

 

「お、俺…何をして…」

 

「何もしてないよ?さっ、帰ろう?」

 

アスナはキリトの背中を押して、自分たちだけ先に帰ろうと急かすが、その手は僅かに震えていた。怖いのだ。アスナの知るキリトが…徐々に消えていっているように見えたから…。

アリスも切れた頬にハンカチを当てながら、2人の後ろ姿を眺める。

しかし、アリスははっきりと見た。

剣を向けた時、キリトの目の色が…赤黒い闇色の瞳だったこと…。

そして、キリトの右腕が…龍の腕になっているように見えた。




【補足1】
『覇王紅剣【焔獄(えんごく)】』
『覇王剣』に紅龍の力が入り、復活した剣。暗い赤色を基調としている。持つものに『災い』を与える魔剣である。
オリジナルスキル【紅焔の威光》を発動できる唯一の武器。
武器名は全てオリジナル。
『真・黒龍剣【淵黒(えんこく)】』と対を成す。

【補足2】
『Lucodiora』
MHF産のモンスター、ルコディオラの英語表記(オリジナル)。
本作は辿異種を採用。磁力を司る強力な古龍種。
数ある古龍種の中でもトップクラスの能力を有している。
個人的に磁力を操るというところに魅かれたと同時に、見た目の格好良さにも魅力された。
当初は隕石でも降らせる能力を持たせようと思ったが、いくらなんでも大気圏外に影響を与えるのは無茶苦茶なので、それは無しにした。…まあ、前回のダラ・アマデュラは出来るけど。


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第48話 代償

キリトは眠れずにいた。

今日はボス攻略も、死人を1人も出さずに終われた。次の層へ進めて良かった。それなのに…キリトの心はぽっかりと穴が空いてしまったような感じだった。

アリスの頬を切った時のことを、キリトは本当に覚えてない。

その瞬間だけ意識が飛び、気が付いた時には剣を向ける自分がいたのだ。恐ろしくなったキリトは紅剣をログハウスの空き部屋に押し込んだ。

あれを使うと、どんどん自分が失われていく気がしたからだ。

それを気遣ってか、アスナはあまりキリトを責めるようなことは言わなかった。しかし、アスナもあの剣の『異様』な力に、一度堕ちかけた。

全身を駆け巡る邪悪な力…全ての悪が集約されたかのような感情…。

それを握っただけで、そうなったのだから、使ったらどうなってしまうのか想像も付かない。

 

「キリトくん」

 

そっと話しかけるアスナ。

キリトはゆっくりと振り返る。その目は…何かを恐れているようなものだったが、アスナだと分かり、安堵する、

 

「大丈夫だよ、キリトくんなら負けない」

 

「…そうだと良いんだけどな」

 

「キリトくんはいつも通りでいればいいんだよ…。昔みたいに…闇に落ちなければ…」

 

「俺は一度たりとも落ちたことはないが?」

 

「ふふっ…そうだったね」

 

暫く顔を見つめ合い、2人ともゆっくりとお互いに唇を近付ける。

ほんの一瞬、触れ合った途端、アスナの脳内に龍の咆哮が轟いた。

驚きのあまりアスナは飛び退いてしまうと同時に、キリトを突き飛ばしてしまう。

 

「ど、どうしたんだよ、アスナ…」

 

あまりの怯え様に心配したキリトが肩に手を置くと…再び龍の咆哮が脳内で木霊する。

 

「いっ…いやっ‼︎」

 

キリトの手を払い退け、アスナは寝室から飛び出る。

呆然としたままのキリトだったが、時間が経つに連れて、自分が避けられていると思ってしまう。

 

「…アスナ、俺は…」

 

顔を手で覆いながら、天を仰ぐキリト。

その瞳は…赤黒い色に染まり切っていた。

 

 

 

 

その日をきっかけにアスナはキリトにどうしても近付けなくなった。

あの時と同じ…、キリトが意識のない時に感じた恐怖感そのものだった。何か分からない恐怖にアスナは怯え切り、それに気付いたキリトはいつからか、ログハウスには戻って来なくなった。

 

 

 

 

 

ログハウスに遊びに来たアリス、シノン、エギル、直葉の4人だったが、キリトがいないことに気付き、アスナを問い詰めると、事の顛末を聞いた。

 

「キリトから…龍の声が聞こえる?」

 

「うん…」

 

「…もしかして…その話…」

 

エギルは何かを思い出したのか、自身のポーチから一つの古文書を取り出す。これはキリトにも見せた、紅龍が君臨する時に世界で起きる事態を予言したものだった。

 

「それがどうかしたの?紅龍はキリトが倒して、事態は解決したんじゃ…」

 

「いや、この後の文章を読んでくれ」

 

アリスに古文書を見せる。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

『かの災厄を討ち払った者…その偉大な力を得る。そして…災厄を身に纏う』

 

 

「『災厄を身に纏う』って…意味が分からないわ」

 

「俺の推測だが、それが…キリトのオリジナルスキル【紅焔の威光】じゃねえかと思うんだ」

 

アスナの心臓がドクンと大きく鳴る。

確かにキリトは前回のボス戦もあのオリジナルスキルを使用した直後に様子がおかしくなり、今に至っている。

 

「つまりあの剣は…持ち主に圧倒的な力を与えると同時に……紅龍の力に溺れていく…可能性があるってことだ」

 

「それが本当なら…早くお兄ちゃんを探さないと!」

 

アスナも恐れているばかりではいられなくなった。

このままキリトを放置してたら、キリトは紅龍そのものへと変わってしまう。それだけは阻止しなくてはならない。そのためにアスナはまずログハウスの空き部屋に走った。あそこにはまだ紅剣がある。それを壊せれば…。

 

勢いドアを開けたアスナだったが、そこに置いたはずの紅剣は消えていた。

 

「まさか…」

 

次にアスナはログハウスを飛び出していた。

瞳には涙を溜めながら…。自分がキリトを恐れなければ…もっと自分が強ければ…と激しく後悔するアスナ。

もう既に…『代償』の時間が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトは気付けば…第90層のボス部屋に立っていた。

視界の上には《Congratulations》の文字、そして下にはボスモンスターの頭が転がっていた。更に先には傷だらけの肉塊があった。恐らくボスモンスターの胴体だろうが、原型を留めていない。

そして…キリトの両手には剣が握られており、どちらにも真っ赤な鮮血がこびり付いていた。

 

「ど、どうなってるんだ?俺が1人で…?」

 

困惑を隠せずにいると…陽気な声が耳に入ってきた。

 

「ヒュー!すげえな、キリト!90層のボスをたったの一人で倒すなんてなあ…」

 

「Poh…!」

 

キリトは咄嗟に剣を向けるが、Poh の剣から溢れ出る黒い妖気に包み込まれて、身動きが出来なくなる。

 

「くっ…!」

 

「まあそう暴れるな。俺の話を聞く気はねえか?」

 

「話…だと⁈お前みたいな人殺しと話すことなんてない!」

 

「…言うねえ、キリト…。だが、お前は聞かなくちゃならねえ…お前に起こっていること全てをな…」

 

Poh は黒剣を地面に刺し、腰を下ろす。

 

「俺の黒い剣とキリトの紅い剣…似てると思わねえか?」

 

「何?」

 

「まあ当たり前だ。お前の倒した紅龍は、俺がぶっ殺した黒龍とほぼ同種だからな…」

 

一体何の話をしているか分からないキリト。

身体を動かせないこの状態では、Poh の話を最後まで聞かざるを得ないだろう。

 

「こいつらの力は強大だ。プレイヤーに影響を与えるほどな…」

 

そう言うと、突然Pohの目は青く輝き、腕や脚、一部の身体の部位がまるで龍のような姿になる。その光景を見たのは、キリトにとって2度目だった。

 

「Poh…お前……」

 

「これが俺たちの龍の力…。禁忌の力だ!どうだ?惚れ惚れするだろ?」

 

「俺は…お前みたいにそんな力には屈しない‼︎」

 

「そうは言ってもなあ、キリト…。もう手遅れだ。お前は既に『代償』を払っているからな…」

 

「『代償』?」

 

その言葉を聞くのも2度目だ。夢の中で…男が言った言葉の中に、『代償』があった。

 

「さて…仕上げだ。お前も俺と同じようにしてやるよ…。禁忌の力と恐れられ、人々から忌み嫌われた存在である龍の力でな…」

 

Pohは黒剣を振り上げる。

闇色のオーラが纏った剣は、すぐに青白く発火し、忽ち蒼炎の黒剣になる。それは何にも遮られることなく…キリトの胴体に突き刺さった。

 

「がはっ…!」

 

今まで以上に紅龍の存在感が強くなる。キリトはもがき、耐えようとするが、Pohの黒剣の前には無力だった。

 

「アス…ナ…」

 

キリトの意識が遠くなる。

Pohはニヤッと笑い、最後に…。

 

「さあ、堕ちるところまで行こうじゃねえか…キリト」




【補足】
『代償』
これはMHFにあったスキルの1つです。いくつものスキルが入った複合スキルでしたが、この中に『死神の抱擁』というスキルがあり、これをベースにしています。原作は確か…1/8の確率で死亡する…というスキルだったはず(はっきり覚えてない)…。
本作では特定の剣による攻撃を受けると、特殊な状態になる。
特殊な状態…と呼べるかは微妙ですが、詳細は次話で明らかになるのでお楽しみに。


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第49話 Poh VS アスナ・アリス・シノン

Pohの黒剣に宿る特殊スキル【代償】の効果をキリトに付与させてる最中、とんでもない殺気が後方から来たことに気付いた。素早く剣をキリトから抜き、単発SSホリゾンタルを放つと、細剣(レイピア)と激しい火花を散らしながら、ぶつかる。

それはアスナの単発SSリニアーとぶつかったことによるものだった。

 

「Pohッ‼︎」

 

「閃光…来るタイミングが悪いぜ?」

 

Pohは軽く剣を払い、アスナと距離を取る。

アスナは倒れたままのキリトを発見する。腹には青い炎が燃え上がり、血溜まりが徐々に大きくなっていく様に、焦りが募っていく。

 

「Poh、あなたには黒鉄宮に行ってもらう!今、この場で‼︎」

 

「そればっかだな、閃光…。俺の力を忘れた訳ではないだろ?閃光1人で俺を捕らえられるとでも思ってんのか?」

 

そう言った途端、Pohの腹に風穴が空く。

重貫通BSランサースピネルを放ったシノンがゆっくりと2人の前に歩み寄る。

 

「誰が1人だって?」

 

徐々に腹の穴が埋まっていくPohは「Suck」と呟きながら、黒いフードを外す。改めて見た奴の顔の一部には…黒い鱗のようなものが浮き出ていた。

 

「旋風までいるのか…。面倒だな…」

 

そう言いつつ、黒剣の柄を強く握ろうとした時。

 

「ッ⁈」

 

後方から金色の剣がPohの腹を貫いた。そのまま蒼い炎がメラメラと燃え出し、Pohの身体を焼いていく。

 

「私もいるわよ」

 

シノンの陽動に引っ掛かったPohはアリスに背後を取られてしまう失態を犯してしまう。

 

「やるな…。ただ真正面から突っ走ってくるだけではねえか…」

 

Pohが腕に力を入れようと思ったが、今度はアスナの剣が首を貫き、腕を抑える。

 

「動かないで」

 

「痛えじゃねえか、閃光」

 

「死なないんだからいいでしょ?」

 

そう言ってから、黒鉄宮へ直接転移させる回廊結晶を取り出した時。

紅い斬撃が4人の周囲を飛び交った。

 

「なっ⁈」

 

回廊結晶は斬撃によって砕かれ、4人はそれぞれ違った方向に飛ばされる。

 

「くっ…何…何が起きたの?」

 

アスナには分かっていた。今のは4連撃SSバーチカルスクエア、更には紅い斬撃となると…使用者は自然に誰か分かる。

思わず振り返った先には…紅い妖気を剣からではなく、身体中から放出させるキリトの姿があった。更に顔の表面、腕や脚の一部には紅い鱗が浮き出ている。

 

「ようやくだなあ…キリト!それがお前の『代償』か!」

 

キリトは背中に収まったままの白剣を取り、投げ捨てる。

紅い剣だけを持ち、アスナたちに襲いかかる。

 

「どうしたの‼︎キリトくん!」

 

「アスナ!後手に回らないで!今、Pohに操られているだけよ‼︎」

 

アスナは剣に力を込め、キリトと距離を取る。

そのキリトの後ろで黒い剣を拾い、傷付いた身体を徐々に治していくPoh 。キリトも後ろで動くPoh に殺気を向けるが、無表情だった顔が一瞬動き、すぐにアスナに視線を戻す。

 

「ヒュー、漸く分かってくれたか」

 

「どういうこと?…Poh!キリトくんに何をしたの⁈」

 

「何をしたかって?簡単なことだ。俺の黒剣とキリトの紅剣が呼応して、奴を真なる災厄の化身としたのさ…。今のキリトは本当の殺戮マシンさ…」

 

「そんな…!嘘よ‼︎キリトくんがそんな力に堕ちるはずがない!」

 

Pohはクスクスと笑う。

 

「それは目の前のキリトを見て言うんだな…」

 

キリトは紅剣を構えたのちに…再びアスナに斬りかかる。

ズシンと両腕に響く剣の重みにアスナは膝を着く。

ギリギリと剣同士が嫌な音を発し、刃はアスナの肩に徐々に入り込んでくる。そこで初めて…キリトが『笑み』という表情を見せ、更に力を込め、と同時に剛撃SSカリバーンを使う。

更なる力が加わったアスナには、もう【氷界創生】を使うしかなかった。氷がキリトの足と腕を拘束し、4連撃SSガドラプル・ペインで吹き飛ばす。キリトは喘ぎも吐くことなく、吹き飛んだまま動かなくなった。

だが、このソードスキルは本気で打てなかった。

キリトを傷付けるという行為が…アスナの勢いを割いてしまっていたからだ。

しかし、それもキリトの前だけの話だ。

首をゴキゴキ鳴らすPohには信じられない程の殺意の目を向ける。すると、怒りに呼応したのか、アスナの細剣からの冷気がより一層冷たくなり、剣に纏わせる氷も鋭さを増す。

それを感じ取ったPohもいつもヘラヘラした態度は取れなくなった。

ゆっくりと歩みを進めるアスナに対して、Pohは黒剣を前に突き出し、黒い斬撃をいくつも飛ばす。それをアスナは8連撃SSスター・スプラッシュで全て弾き飛ばす。

それを見たPohは少なからず驚いた。

 

「やるなあ、閃光…。そんなにキリトを奪われたのが憎いか?」

 

「憎い…!絶対にあなただけは許さない!」

 

「それは…私も同じです」

 

「私も忘れてないかしら?」

 

右には同じく身体中から蒼炎を溢れ出させるアリス、旋風を巻き起こすシノンの姿もあった。後ろではキリトが拘束されたまま動けずにいる。今は動けないだろうが、いつまた襲いかかってくるか分からない。その前に…Pohを倒さなければならない。

 

「さあ来い‼︎Ladies!」

 

時間がないと分かっている3人は…一撃の下で奴を倒すと決めていた。

アスナとアリスは再び突っ込む。

そして…後方からシノンはオリジナルスキル【一点突破】を発動し、弓に風の矢を掛ける。アスナと戦った時に使用した旋速剛撃BS嵐神翔風を使う。

アスナとアリスはそれを避けるように、互いに左右に分かれる。

そしてアスナは細剣に氷を纏わせていくのだが、その形が【GearOrg(ギアオルグ)】の尻尾の形状となんら変わらないものになる。もはや細剣(レイピア)ではなく、鈍器…もしくは大剣だ。

だが、重くはない。むしろ力を与えてくれるような感じだった。

剣を両手で持ち、Pohに向けて一直線に突撃する。

恐らくアスナが現時点で使用できる最強のソードスキルだ。

名は氷獰尖撃SSギア・ペネトレイターだ。

それを見たアリスも、見様見真似で剣に炎を纏わせる。

すると、こっちは刀身が無くなり、もはや蒼炎が刀身となる。

大きく剣を振り上げ、炎の刀身をPohに投擲する。

蒼炎投撃SS劫炎の(つい)だ。

 

 

 

「「「いっけえええええええええぇぇぇッ‼︎‼︎」」」

 

 

 

3人の声が重なり、最強のソードスキルがPohの身体に当たる。

表現の仕方が分からない程の爆発音と衝撃がボス部屋に響き渡る。

3人はPohがどうなったか、静かに見詰める。

だが…。

 

「…くくく、それがお前らの本気か…」

 

「「⁈」」

 

Pohは腹と胸…合計3箇所に大きな風穴が空き、顔が半分以上失ってもなお…立ち続けていたのだ。

 

「いいぜぇ…お前らの『悪意』…。それが俺を更に強くさせる…」

 

黒剣が更に青く光り、Pohの双眸(そうぼう)までもが青く輝き出す。

その不気味な風貌に、3人は何故か身体が固まってしまう。

 

「な、何これ…。身体が…」

 

「2人は邪魔だ。俺の前から失せな…」

 

Pohの眼力だけで、アリスとシノンは吹き飛ぶ。

アスナに向かってゆっくりと足を運ばせ、固まったままのアスナを地面に倒し、黒剣に暗闇色のエフェクトを纏わせる。

 

「くっ…」

 

「お前を殺った後に、そこの2人…最後にキリトも送ってやるよ…。俺の身体に素晴らしい痛みをくれた…礼になぁッ‼︎」

 

黒剣が振り下ろされる。

硬直が解けないアスナは、もう叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「助けてッ…‼︎キリトくんッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アスナ?」

 

アスナの叫びに身体を起こすキリトだが、目の前には倒したはずの紅龍が立ち塞がり、キリトを見下ろしている。剣を持たないキリトは暫し、紅龍に敵意の目を向けていたが、すぐにPohの言っていたことを思い出す。

紅龍は存在自体が忌み嫌われていることを…。

そんな可哀想…というより、不運な龍に何故か共感してしまうキリト。

キリトも自らが『ビーター』と名乗っただけで、ほとんどのプレイヤーから嫌われ、苦しい人生を送った。

 

「お前も…そうなんだな…」

 

キリトは紅龍の足に手を伸ばし、触れる。

あまりの熱さに思わず離れようとするが、キリトは寸での所で踏み止まる。

 

「俺はお前の苦しみと恨みを理解したつもりだ。だけど…こんな形で復讐することは望んでない。俺たちは傷付けることではなく、彼らの力になることで…その誤解を解くんだ。そのためにも…お前の力が必要なんだ!頼む…!俺の縛りを…解いてくれ!俺は…もう、アスナを2度と悲しませたくないんだ‼︎」

 

紅龍はキリトの言葉を邪魔することなく、じっと聞いていた。

そして…邪翼を大きく開き、周囲に淀んでいる黒い妖気を吹き払う。

 

「分かってくれたか…」

 

紅龍は答えない。

徐々に身体がボロボロと崩れていき、その場には紅剣だけが残る。

キリトはそれを掴み、更なる高みへと到達する。

 

「待ってろ、アスナ!」

 

この瞬間…キリトは『代償』を『超越』した。



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第50話 超越

Pohの黒剣はアスナに向けて振り下ろされなかった。

剣はアスナの頬に軽く触れる程度で止まり、Pohの視線はアスナ、アリス、シノンのいずれも向いてなかった。遥か奥で銀色のオーラを身体から放つキリトに向けられている。しかし、その表情には余裕はなく、むしろ焦りの方が強く出ているようだった。

キリトはゆっくりと立ち上がり、まずは紅剣を掴む。そして、少し離れた距離に落ちていた白剣がキリトの方に飛んでいく。それを掴んだキリトは誰にも見えない速度でPohの間合いに入り、黒剣を握っている右手を一瞬にして切り落とした。

 

「‼︎」

 

あまりの速度にPohは反応が追いつかず、斬られてからすぐに後方に飛び退いた。しかも…再生するはずの身体が全く機能しない。

 

「キリト…お前、『代償』を…」

 

「ああ、俺は『代償』を『超越』した。俺の新たなスキル…『超越』だ」

 

「超越…」

 

アスナはキリトの身体から溢れ出る銀色のオーラに見惚れる。

【纏雷】、【紅焔の威光】と同じくキリトの黒いコート、身体に変化があるのだが…今回は今までと違う。

コートに浮かぶ蒼雷と紅焔、共にメタリックが付加されたかのように光り輝き、瞳も金色に輝く。その姿は今までの変化よりも、優しく…ずっと神々しいものであるが、力強さはあまり感じられない。

 

「…くっくっく…。はっはっはっはッ‼︎」

 

Pohは突然笑い出し、邪魔になったのか黒いフードを脱ぐ。

 

「そうでなくちゃなあ…キリトぉ…。お前はそれでいい…。俺が望むのはそれだ…。操られてナヨナヨした野郎にしようとした俺がfoolだったぜ…。そんな姿を見せるなら…俺もそれ相応のことをしないとなぁ!」

 

Pohは黒剣を拾い、振り上げたかと思えば、刃を自らの心臓に突き刺した。

 

「何を…⁈」

 

アスナは動揺した表情を見せるが、キリトは静かに傍観している。

心臓から溢れる血がPohの下に巨大な血溜まりとなるが、それが突然蒸発する。青白い炎がPohの身体を覆うと、暗闇色のオーラが以前よりも強く出て、瞳が赤黒く、不気味な姿になる。そして…今までいくら攻撃を与えようが減ることがなかったHPが、少しずつ…減り始めたのだ。

 

「面白れえだろ?こいつはな…この黒龍のスキル【最期ノ閃黒】だ。HPを減少させる代わりに、全てのステータスを化け物レベルで上げるってやつだ。俺には絶対的な死が待っているがな…」

 

「死ぬつもり…なのか?」

 

「お前と最高のショータイムが出来るんだ…。勝とうが負けようが、死のうが生きようが…俺が楽しめれば…」

 

Pohの足に力が篭る。

キリトも2つの剣を構えて、迫り来る悪魔に備える。

 

「それでいいんだよぉッ‼︎‼︎」

 

対をなす剣がぶつかる。あまりの衝撃に地面は砕ける。

互いにパワーアップしたキリトとPohの異次元の戦いに3人はただ茫然とするばかりだ。

キリトはPohの重い剣撃を弾くが、その直後にPohは3連撃SSダークマターを使用する。本体のPohとは別に、幻であるPohの虚像が2体出来上がる。そしてキリトに向かっていき、剣撃を与えてくる。

キリトは3連撃SSシャークネイルで奴の攻撃を受け流した後に、剛撃SS蒼雷撃を本体にぶつけようとしたが、幻の2人が身代わりになって受け止める。

 

「くっ…!」

 

「甘えな!」

 

攻撃を防いでくれた幻のPoh2人はソードスキルを受けて塵となって消える。その合間を縫って動き、Pohは龍撃SS黒覇を放つ。キリトも奴のソードスキルと同等の威力を持つ烈撃SS蒼速神撃を放つ。

互いのソードスキルが爆発し、2人は反動で吹き飛び。キリトはその影響で『白雷剣エンクリシス』を手放してしまう。Pohは倒れてもすぐに立ち上がり、剣を大袈裟に上げて、力を込める。

すると…振り上げた剣の上に8本の歪曲した青黒い角を有した黒龍が現れて、剣に取り込まれていく。濃い黒色のエフェクトが剣に纏っていき、太くなる。それがPohの放つ最凶のソードスキルだと分かったキリトはこちらも今放てる最強のソードスキルを放つしかなかった。

キリトもPohと同じように大袈裟に『獄・覇王紅剣【(ほむら)】』を構えると、自分の後ろにあの紅龍の姿が現れ、剣に取り込まれていくのが分かった。Pohにもそれは見えており、楽しみから狂笑する。

 

「Pohッ‼︎‼︎」

 

「キリトォッ‼︎‼︎」

 

Pohは黒龍神撃SS巨星神墜、キリトは紅龍神撃SS龍星王帝を放った。

最凶と最強のソードスキルがぶつかった瞬間、シノンたちは目を開けることも出来ない程の衝撃と閃光、更にボス部屋の壁、地面、天井、何もかもが吹き飛び、衝突を繰り返す。

お互いのソードスキルがほぼ同威力のせいで、押されては押し返す…これが繰り返されていた。しかし…徐々にPohの剣の方がキリトを圧倒し始める。Pohは笑みを零し、キリトが力負けするのを待つ。それも遠目でも分かったアスナは吹き荒れる威風と衝撃を受けながらも、キラリと光る『白雷剣エンクリシス』を取りに動く。それを掴んだアスナは重い白剣をキリトに向かって力を込めて投げた。

 

「キリトくん…‼︎これをッ‼︎」

 

飛んできた白剣をキリトは左手を紅剣から離して掴んだ。そして、オリジナルスキル『超越』によって強化された【纏雷】を発動させる。

すると…今まで拮抗していたソードスキルに一瞬で差が生まれた。

バキバキとPohの黒い剣にヒビが入り、最後には粉々に砕け散って、Pohは後ろに倒れるように身体が浮く。

ソードスキルが終わり、キリトは残ったPohの体力を消すために…最後の最後で究極の連撃ソードスキルを発動する。

 

 

「せやああああああああああああああああぁぁぁッ‼︎‼︎‼︎」

 

 

紅と青が入り乱れる乱舞。

ミラバルカンとの戦いで発動したソードスキルと非常に似ているが、明らかに強化されており…威力、スピードと共に何もかもが規格外になっている。誰の目にも…剣の振りは見えない。

紅焔20連撃SSメテオバースト・ストリーム。

武器を失ったPohはただキリトの攻撃を受けることしか出来ず、無惨にソードスキルを受け続けた。最後の一撃がPohの右肩から左脇腹付近まで抉ったのちに、激しい爆発を引き起こして終わった。

数十秒の沈黙の後に粉塵が落ちて、アリスたちは2人を視界に捉える。

キリトの剣は既にPohの身体から引き抜かれており、Pohは直立したまま微動だにしなかった。

 

「ごはっ……くくく…楽しかった…ぜ…キリトぉ…」

 

黒剣を砕かれた今でも、PohのHPは着実に減り続けている。

 

「お前はここで終わりだ…」

 

「ふっ、そう…かもな…。だが、これで終わりじゃねえぜ?黒き悪魔が消えた後は…白き王がお前らを断罪するからな…」

 

意味不明なことを話し始めるPoh。キリトがそのことを詳しく聞こうと思った時、PohのHPは遂にゼロになる。

そして…Pohの身体はまるで燃え尽きたかのように、ボロボロと砕け散っていく。

 

「あの世で……待ってるからな…」

 

恨み言葉を残して消えるPohは、最期まで悪魔そのものだった。

 

「キリトくんっ…」

 

アスナがキリトに駆け寄ろうと思った時、ふらりと身体が揺れると、そのまま地面へ後ろから倒れた。

それを見た3人は急いで彼に駆け寄るが、キリトは息を荒くしているだけで、気絶はしていなかった。

 

「【超越】の影響らしい…。暫く身体が動かせなくなるらしい…」

 

「キリトくん、ありがとう…。私たちを守ってくれて…。これで…漸く…!」

 

アスナは2人がいるのも構わずのキリトの上に乗って、キスの雨を降らす。その行動にシノンは溜め息を、アリスは顔を真っ赤にさせてワナワナと震えている。

キリトがどうにかアスナを離すが、アリスからの追撃から逃れることは出来そうもない。今にも暴走しそうなアリスの肩に、シノンは手を置いて落ち着かせる。

 

「まあ、アリス…。今日は2人きりにさせてあげましょう?1番嬉しいのはアスナのはずだし…」

 

「…アスナ!今日と明日だけだからね⁈」

 

悔しそうに言うと、プンプン怒りながら2人はキリトたちの目の前から消えた。キリトは恐怖に(おのの)いた笑みを浮かべながらも、涙で瞳を潤わせたアスナを抱き寄せるのだった。




【補足1】
『超越』
MHW:Iでミラボレアスの装備4部位で発動するスキル。
原作では体力とスタミナ増加、『真・業物/弾丸節約』が発動する。
本作では同じく体力とスタミナの大幅増加、それに加え、全てのソードスキルとオリジナルスキルの強化が発動する。この強化はMHFの辿異スキル(例:纏雷強化)がベースである。そして発動後に反動で、身体が動かせなくなるという弱点がある。
また本作ではミラボレアスではなく、ミラバルカンの武器で何故このスキルを発動出来るかというと、ミラバルカンは仮称で本当はミラボレアス亜種だから…という身勝手な解釈です。

【補足2】
『最期ノ閃黒』
MHFの極限征伐ミラボレアスの専用スキル。
本作と同じく、体力の減少と引き換えに強力なスキルが発動する。更に発動したら最後、死ぬまでスキルは終わらないので、本当の切り札である。
相違点があるのは、スピードも強化されたくらいである。

【補足3】
『黒龍神撃SS巨星神墜』
このソードスキルの元ネタは、MHFの極限征伐ミラボレアスの大技『星落とし(自分の勝手な仮称)』である。
非常に印象に残っていた技だったので、どこかで使いたいとは思いました。どこかのボスでミラボレアスを登場させて…でも良かったのですが、あれはどう考えても対応出来ないので、ソードスキルでの登場にしました。

【補足4】
『紅龍神撃SS龍星王帝』
ミラバルカンの代名詞「メテオ」をベースにしたソードスキルです。
…ただそれだけです。
先程の【補足3】の対にしたいな…とも思いました。




それと急ですが、アンケートはこれにて終了します。


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第51話 キリトとアスナの出会い -邂逅編-

お久しぶりです。
スランプに陥っていました。
まあそれ以外にも色々あるのですが…。


Pohとの死闘が終わり、キリトは漸く元の平凡な日常を取り戻すことが出来た。このゲームに囚われて、まもなく三年という月日が経とうとしていた。

キリトもアスナも自分の身体が大きく成長し、精神面でもこの3年間でかなり強くなったと思っていた。ベッドで眠る2人の姿を外から覗き見するアリスから嫌気が差して来た頃、とあるプレイヤーから第99層のボス部屋の扉が見つかったとの報告が入った。

何故この数ヶ月という短い期間で99層に到達しているのかというと、紅龍ミラバルカンの力を存分に発揮できる【超越】、【紅焔の威光】を使うキリト、強化された【氷界創生】を巧みに使いこなすアスナ、蒼炎を操る【劫炎】を使用する『金色の姫』と称されるレイナ、そして翡翠の旋風を吹き荒らす【一点突破】のシノンの4人が主に前線に立つことで、殆どのボスはなす術なく、やられていった。

そして、クリアまで残り二層…。

キリトたちの緊張は限界にまで張り詰めていた。

 

 

 

 

キリトは二刀の剣を振って、来るべき日に備える。すると、寝間着姿のアスナがその様子を見に来る。後ろに結った髪が風に揺れると同時に、彼が振る剣が落ち葉を一瞬で斬る。何度となく見てきたその姿だが、格好良さは変わらない。

 

「キリトくん、まだ寝ないの?」

 

キリトは奥からやってきたアスナを見て、剣を鞘にしまって、アスナの前に立つ。こう見て分かったのだが、キリトの身長が明らかにアスナよりも高くなっていたのだ。最初の頃はほとんど同じのはずだったのに、今ではキリトが見下ろすような感じで…ちょっと気に食わないアスナ。

 

「…なんだよ、アスナ…。俺のことジロジロ見て…」

 

「キリトくん、私よりも身長高くて…なんか気に食わない」

 

ぷくーと頬を膨らませて怒るアスナだが、キリトにとってはその行為は可愛さを倍増させるだけのものだった。

まだ何か言っているアスナを無視して、キリトは彼女の身体を抱き寄せて、その可憐な唇を無理矢理奪う。この結婚生活1年間でアスナを追い込む方法を熟知したキリトは速攻で蹂躙する。

ウルウルした目で見るアスナの頬に触れながら、キリトは耳元で囁く。

 

「そんなことで妬くアスナ、好き」

 

「…馬鹿」

 

アスナはそんなこと言っているが、顔を真っ赤にさせているのは丸分かりだった。クスッと笑ったキリトはアスナをお姫様抱っこして、ログハウスへと戻る。

 

「ちょっ…!キリトくん⁈」

 

「稽古は終わり。もう俺も寝るよ。寝れればの話だけどな…」

 

キリトの物言いで今日は寝かせてもらえそうにないと理解したアスナだが、それで構わないと思った彼女は「うん…」と許諾し、キリトに身体を預けるのだった。

 

 

 

 

 

 

次の日、ろくに眠ることの出来なかったアスナはキリトを置いて、アリス、シノン、直葉、そしてキリトたちの武器を作成してくれる友人のリズベットを連れて、喫茶店で紅茶を飲みながら談笑をしていた。

そんな中で、不意にアリスはアスナにこんなことを聞いてきた。

 

「そういえば…キリトとアスナはいつ出会って…どのようにして今のような関係を築いたの?」

 

アスナは「え゛っ…」と狼狽えてしまう。

更に他のメンバーの視線も痛く突き刺さる。

 

「な、なんでそんなことを…」

 

「気になっただけ。いいから話して」

 

「私も気になります!あの寡黙なお兄ちゃんをどうやって落としたのか、知りたいです!」

 

「落としてない‼︎」

 

顔を赤くさせつつ、アスナは溜息を吐く。

 

「し、仕方ないなあ…。一度しか話さないよ?」

 

そう言って、アスナはキリトと出会った時…そして、今までの関係に至るまでの経過を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

デスゲームを宣言されたあの日から、もう2週間が経とうとしていた。

人前に出て、噂されるのが嫌なアスナはその頃、臙脂(えんじ)色のマントを頭から被って、第1層の迷宮区にソロで潜り込んでいた。

もちろん、危険だからと他のプレイヤーから言われて、何度となくパーティーの催促を受けたが、アスナは悉く断っていた。

理由は2つ。1つ目はノロノロ、ゆっくりとやるパーティーはいけ好かなかったから。もう一つは1人が好きだから。

それだけの理由なのだが、そのお陰なのか、アスナは生き残ることが出来た。たまにパーティーとすれ違うこともあるのだが、基本的にそのパーティーは帰らぬ人となることが多い。それを実際に見たことのあったアスナは今でもトラウマ級の出来事の1つであった。

そして生き残ったプレイヤーが第1層の攻略会議が行われるというトールバーナという町に向かった。そこでアスナはとんでもないことに気付いた。食べ物を買うお金はあるのだが、宿に泊まるお金を持っていなかったのだ。

このままでは野宿になってしまう…。

現実世界との差に失望感を感じつつ、アスナは裏路地の段差に腰かけて、硬いパンを口にする。パサパサの感触は、フランスパンに似てはいるが、それでも食感は良いとは言えない。これでもう1週間連続でこのパンだけを朝昼晩と食べている。飽きも限界を超えており、あまりのひもじさにアスナはポツッと涙を落とした。

 

「帰りたいよ…。美味しいご飯を食べたいよ…」

 

独り言でぶつぶつ話していると、足音が近付いてきて、アスナの前で止まった。涙目だと悟られない程度で顔を上げて、そのプレイヤーを確認する。

それは黒髪で黒い瞳、身長は大体同じくらいの少年だった。

背中に他のプレイヤーよりも少しだけ立派な剣を納めており、街中の街灯に当たって煌めいていた。

 

「…何?」

 

「いや、食べる場所がなくてさ…。良ければ、隣、いいかな?」

 

「立って食べればいいじゃない…」

 

冷たい口調にすぐに目の前から消えてくれるだろうと思ったアスナだったが、その少年は狼狽えることなく、受け答えする。

 

「…親からさ、食べるときはどんな時でも座って食べろって言われてたんだ。その約束くらいは守って、現実のことを忘れないようにしようと思ってさ…」

 

勝手に現実の話をする少年にアスナは苛つきばかりが増加していくが、これ以上何も話したくないので、黙って右に移動して、相手にスペースを譲る。

少年はアスナを訝しげに見ながらも、アスナの隣に座って、アスナと同じパンを頬張った。男だから、噛む力が強いのでガリっと良い音がした。

 

「美味しいよな、これ」

 

「…本気でそうだと思ってるの?」

 

思わずアスナはそう返してしまった。少年はこの硬くて、特徴もないパンを『美味しい』と言ったのだ。とてもアスナには考えられなくて、一瞬精神的にイカれてしまっているのでは?とさえ思った。

 

「ああ、この町に来てから、1日に2回は食ってるよ。まあ、何度も同じ味じゃ飽きるから、『工夫』はするけど…」

 

「工夫?」

 

そう言うと、少年は小さな瓶を取り出して、それをアスナに見せる。

 

「なにこれ?」

 

「付けてみな。いくらかマシになるよ?」

 

少年は指に青いエフェクトを纏わせて、アスナの持っているパンにそれを塗りたくった。青いエフェクトはすぐに消えて、白に近い黄色のクリームが出てきた。

 

「クリーム…」

 

少年はクリームを付けたパンを一気に頬張る。

アスナもごくりと生唾を飲んで、はむっと噛み締める。

何と…これがとても美味しかった。2週間近く、甘いものから離れていたアスナにとっては、ご褒美にも似たような感じになった。更にアスナはそこから入れ食いに入って、ガツガツと硬いパンをちゃんと噛んで、一気に食べ終えた。

 

「美味しかったようだな。ああ、それと……これ」

 

少年がアスナにキラリと光る何かを投げ渡した。慌てて取ったアスナの手には鍵が握られていた。

 

「これは……」

 

「ここの近くの宿。どうせお金ないんだろ?女の子を野宿させるのもどうかって思うから…貰っていきな」

 

「……」

 

アスナは鍵を握りしめて、思わず嬉し涙を流しそうになった。

この世界で初めて…楽しさと優しさを見たような感じがしたからだ。

 

「じゃ」

 

「ね、ねぇ!」

 

アスナは去りゆく少年に声をかけて止める。

少年は「ん?」と言いながら振り返って、アスナを見る。

 

「ありがとう……それと、君の名前は……」

 

少年はふっと笑って、アスナに自らのアバターネームを教えた。

 

「キリトだ」

 

これがアスナとキリトとの最初の出会いであった。



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第52話 キリトとアスナの出会い -衝突編-

「ふぅん…。要するにキリトとの最初の出会いはパン…ね」

 

「パッとしないわね」

 

アリスの物言いにアスナの脳内の血管が頭で切れる音が聞こえた。しかしアスナは「ふぅ」と息を吐くことで、落ち着きを取り戻そうとする。

 

「そ、そうね…。最初はあまり意識してなかったなぁ…好きな人としては…」

 

「今の話だと、キリトからのアピールはなかったようだけど…どうやって結婚にまで行き着いたのかしら?」

 

ワナワナと苛つきが更に増してくるアスナだが、心をどうにか落ち着かせて話を続ける。次は…お互いに反発して…いがみ合っていた時期だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビーター…良い呼び名だな、それ」

 

第1層のボス【リオレイア】の討伐後に起きた事件…。

それはキリトがボスの攻撃パターンを予め知っており、黙認していたことだった。そのせいでディアベルと一部のプレイヤーが死亡したのだと、キバオウが言及した。

キリトの優しさを前日の夜に知っていたアスナは、そのことを全面否定しようと思って、声を上げかけた時に…あの発言が耳に飛び込んできた。

 

「そうだ、俺はビーターだ。これからは他のβテスターと同じようにしてもらわないでもらおうか…」

 

キリトは先程のボス攻略から得た黒と緑色の混色のコートを纏って、プレイヤー全員に薄気味悪い笑みを浮かべて、アスナたちの前から離れていく。

アスナはその後ろ姿をじっと見詰める。アスナが見る限り、その姿は決意に満ちていると同時に…寂しげなものも含んでいた。だが、他のプレイヤーは蔑みと怒りを滲ませており、視線だけでも痛々しいものだった。

キリトの姿が見えなくなる前に…アスナは1人駆け出した。階段に上がる途中で声をかけて、キリトを止めようとしたが、彼は足を止めない。だからアスナは、彼の裾を強く掴んで止めた。

 

「待ってって言ったでしょ?」

 

「待つ必要ないだろ…。俺は一人で行くと決めたんだから…」

 

「…それは別に構わない。だけど、1つだけ聞かせて。…戦闘中…どうして私の名前が分かったの?」

 

キリトは「そんなことか」と思いながら、虚空に指差してその謎を教える。

 

「自分の見える視界の左上…そこにHPゲージと一緒に見えるよ…」

 

キリトに言われて、アスナは視界の左上を凝視する。

確かに自分の名前【Asuna】とその下に【Kirito】の名前があった。

こんなすぐ近くにあったのに、今まで気付かなかった自分が面白くて…思わずアスナは笑みを溢してしまった。

 

「なーんだ。こんなところにあったのに気付かなかったなんて…」

 

「…無邪気なところもあるんだな、アスナは。女の子らしいところも見れて良かったよ。でも、これでもう話すことはないから…じゃ…」

 

「待ってよ!納得いかないわ!あんな挑発的な態度でみんなを敵に回すようなこと言って……どうするつもりなの?」

 

キリトはコートのポケットに手を突っ込んで、一息吐いてから答えた。

 

「ソロで頑張るつもりだ。俺は許されない人間なんだ。それに…俺が居なくても、アスナは充分強いから…大丈夫だろう」

 

「そんな…」

 

「ギルドに誘われることがあるかもな…。入る入らないは自由だけど、まあ…頑張ってくれ」

 

それだけ言って、キリトは第2層の扉を開いて先に行ってしまう。

アスナは強い眼差しをキリトに向けながらも…胸が締め付けられるような感覚を感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1層のボス攻略後、犠牲者をほとんど出すことなく…ボス攻略は次々と成功していった。そんな中、第47層攻略会議で『初めて』キリトとアスナが対立した。

 

「ボスをこの村に追い込んで、NPCに気を取られているうちにボスを倒します。これが作戦の大まかな概要です」

 

「ちょっと待ってくれ!その作戦には反対だ!」

 

キリトが久しぶりにアスナに声をかけたことで、彼女は一気に胸が高鳴ったが、キリトの顔は怒りに満ちていた。

 

「NPCを囮にする?そんなことを了承すれば、いずれプレイヤーを囮にするとも言いかねない。俺はそれを避けるためにも、独力でボスを倒すべきだ」

 

「…問題ないです。NPCは所詮コンピューター。居なくなろうが、関係ないです」

 

この頃、アスナは血盟騎士団に入ったばかりかつ『閃光のアスナ』の異名と同時に『攻略の鬼』とも呼ばれていた。攻略をクリアするためなら、手段を選ばないという、どこかに居そうなキャラクターを演じていたのだ。

その雰囲気に全プレイヤーは飲まれてしまい、反論する者もいなかったのだが、今回初めて…キリトが食いかかってきた。それをエギルが止めようと声をかけるが、キリトの怒りは収まることはない。

 

「もしアスナがそんなことをするっていうなら、俺は今回の攻略には参加しない」

 

キリトのとんでもない発言にアスナだけではなく、他のプレイヤーも驚く。今までキリトは全プレイヤーから妬まれる対象ではあるが、ボス攻略の時は必要な存在だ。そんな彼が抜けてはとてもじゃないが、ダメージが大きすぎる。

アスナは歯を軽く噛んで、キリトに叫んだ。

 

「本気で言ってるの⁈」

 

「ああ、俺はそんな人間の尊厳を失うような戦い方はしたくない」

 

キリトの言葉から本気度が伝わってきたアスナはどうしようかと考えを巡らせて、咄嗟に思いついたことを言う。

 

「なら、私と戦うなさい!」

 

『攻略の鬼』からまさかのデュエルの申し出にあのキリトも流石に焦った表情を作った。

 

「私が勝ったら、私の作戦でボス攻略に参加しなさい。もし私が負けたら…キリトくんの言う通りにするわ」

 

「……乗った」

 

キリトは無表情のまま、ただそう言った。

アスナとキリトはすぐ外に出て、デュエルの準備を始める。タイプは初撃ダメージで、一撃でも攻撃を受ければ負けるというものだ。因みにこれにしたのはアスナの凄まじい速度で一瞬キリトを蹂躙しようと考えているからだった。

一定の距離を作った2人は愛剣を抜いて、カウントダウンを待つ。

その間にアスナはキリトにこう言った。

 

「勝てないと思うのなら、今からでも遅くはないわよ?」

 

「やめないさ。俺が勝つ」

 

最初に出会った時とは明らかに違う自信の強さ。それだけでアスナは負けてしまうんじゃないかと思ってしまうが、頑張って威勢を取り戻して剣を構える。

そして、ゼロの数字が空中で出された瞬間に……。

 

「ッッ⁈‼︎」

 

キリトは誰にも見えない速度でアスナの間合いに入っていた。

剣を動かす暇もなかった。

キリトの剣撃がアスナの剣を天空へと弾き、アスナの華奢な腹に単発SSバーチカルを放って、少し吹き飛ばした。

開始2秒で…勝敗が決まった。

この結果にアスナはもちろん、見ていた他のプレイヤーもキリトのあまりの速さに絶句してしまっていた。

 

「約束通り、作戦は変更。NPCの囮は無しだ」

 

そう言いながらキリトは負けたアスナに手を差し伸ばしたが、アスナはそれを叩いて、キッと睨んだ。負けたから怒っているのではない。負けた自分に情けをかけられたことに怒りが湧き上がったのだ。

 

「…っ」

 

アスナは勝手に怒って、その場から消えた。

キリトはそんな彼女を見ながら…「はあ」と溜め息を吐きながら、黒髪を掻くのだった。

 

 

 

ボス攻略はキリトが立てた作戦が上手く成功して、犠牲者を出すこともなくクリアされた。

その次の日…キリトは大きな木の下で居眠りをしていると、突然後頭部に鈍器で殴られたような痛みが走って、飛び起きた。

 

「ってぇ!誰だよ…ったく」

 

苛立ちを見せながらもキリトは後ろを向くと、腰に手を置いて上から睨みつけるアスナの姿があった。どうやらかなりご立腹のようだとキリトは思った。

 

「なんだよ…まだ『あの時』のことを怒ってるのか?」

 

「いいえ、それは過ぎたことだし…。でも、寝てるってどういうこと?」

 

「はあっ?」

 

「みんなが真面目に迷宮区に行ってるのに、寝ているのはどういうことかって聞いてるのよ!」

 

アスナの怒声が静かな草原に木霊する。

キリトはもう一度草原に寝そべって…。

 

「今日はアインクラッドの天候で最高の気象設定なんだ」

 

「はあ?」

 

「こんなに良い天気なのに、息が詰まるような迷宮区に籠るのは勿体ないと思わないか?」

 

そこまで言うと、今度は彼の頬のすぐ横を細剣が突き刺さった。当たりはしなかったものの、先程よりも更に怒っているとキリトは感じた。

 

「どうしてそんなに余裕なの?強いから?ビーターだから?あなた1人がそうやって攻略をサボるから、現実での私たちの時間が失われていくの。分からないの?」

 

強い口調で言うアスナにキリトは寂しげな口調で答えた。

 

「…別に、現実になんて未練はない。むしろ現実から逃げたくて、『SAO』に来たんだ。デスゲームは嫌だったけどな…」

 

「………」

 

「だけど、俺たちが今生きているのはこのアインクラッドだ」

 

そう言われて、アスナは言葉を失う。その時、気持ちの良い風が辺りを吹き抜ける。その心地よさにキリトは更に言う。

 

「こんなに風が気持ち良いんだから、眠たくなるよ…。ここで寝ても誰も言わないし、少しは休んでいったらどうだ?アスナ副団長」

 

キリトはそこまで言って、再び昼寝を開始した。

アスナは優しく流れる風を受けながら、真上を通過する眩く光る太陽を見上げた。そして…寝ている彼の横で寝転がり、そのまま睡魔に任せて眠るのだった。

この時…キリトに特別な感情を抱き始めた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…たったそんなことで?」

 

誰しもそう言って、アスナを問い詰めた。

アスナ自身も途中から話しながら羞恥を感じ始めており、顔は真っ赤に染まっていた。

 

「仕方ないじゃん……だって、好き…なんだから…」

 

「完全にデレデレね…」

 

「うんうん」と全員が頷き、アスナはその後…口を開くことはなかった。



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第53話 (きらめ)く黒龍

お久しぶりです。


キリト、アスナ、アリス、シノンを筆頭にした攻略に赴いた約100人近いプレイヤーが冷気を放つ扉の前に立っていた。オリジナルスキルを使用出来るキリトたちはボス部屋に入る前に既に発動しており、即座に戦闘態勢に入れるようにしていた。

キリトは「ふう」と息を吐いて、後ろで緊張によって硬くなっているプレイヤー全員に「行くぞ‼︎」と声をかけ、大きな扉を開けた。

途端に全員でボス部屋に突撃し、中にいるボスを確認する。

ボス部屋の中央には翼を畳んだ飛竜が横になっていた。寝ているように見えたが、すぐに外敵に気付いた途端にその冷気が止まる。ゆっくりと起き上がり、キリトたちに歩みを進めていくと、徐々に身体から蒸気が湧き上がる。それは一気に全てを焼き尽くさんと言わんばかりにまで上がり、飛竜は炎ブレスを部屋の至る所に吐いていく。最初は凍り付いていた部屋もその炎で燃え上がり、すぐに地獄の様相へと変わっていった。

そして…機械みたいな甲高い咆哮と共に、飛竜の頭上にボスモンスターの名前が表示される。

 

 

【Alatreon】…と。

 

 

戦闘を最初に走ったのはキリトと他のプレイヤー30人だった。

真正面から突っ込むのはどうかとキリトは思ったが、ボスの攻撃パターンを確認するためなら大丈夫だと思った。後ろにはサポートが可能なシノンが弓を構えて待っている。

まずキリトは突進SSソニックリープを発動する。後方のプレイヤーも簡単なソードスキルを繰り出す。

それらの攻撃が当たる前に、【Alatreon】の煌く双方の角が電撃を帯びる。

キリトたちの前方に電撃の柱が数本発生する。発生の速さに対応できなかったプレイヤーは巻き込まれ、一瞬にして塵と化す。

更に少し離れたところにいるアスナたちに向けて、数発の炎ブレスを吐き出す。

それらは綺麗な放物線を描きながら、地面に着弾すると同時にプロミネンスを起こしながら、アスナたちに向かっていく。

キリトはすぐに戻ろうとするが、それは杞憂に終わる。

アスナのオリジナルスキル【氷界創生】の効果で、プロミネンスを即座に凍り付かせる。アスナは逆に氷界を発生させ、四肢を拘束させる。

それを見たキリトとシノンはすぐに行動に移った。

キリトは重2連突撃SSヴォーパルスラッシュ、シノンは旋撃BS昇竜風を放つ。

拘束された【Alatreon】に2つのスキルは衝突する。

だが、ボスは微動だにせず、キリトに眼を向ける。

 

「!」

 

途端に身体からフレアが発生し、拘束していた氷とキリトを吹き飛ばす。

と同時に、前脚を地面に叩きつけると、火山の噴火如く、フィールドのあちこちから溶岩が吹き上がる。それらがプレイヤーたちを直撃し、一気に攻略組の人数を減らす。

 

「こいつ…!やめろぉ‼」

 

激昂したキリトは噴火があちこちで続く中で、無鉄砲に駆け込む。

それを感じ取った【Alatreon】は天角に更なる電撃を溜め込む。

それを見たアスナはキリトに急いで、引き留めようと声を上げる。

 

「キリトくん!ダメ!一旦離れて‼」

 

耳に辛うじて聞こえたアスナの声にキリトは足を止めようとするが、その前に巨大な落雷がキリトの頭上から落ちてくる。

 

「キリト‼」

 

シノンの旋風を纏った矢がキリトの頭上に投擲される。

旋風の矢が落雷を流し、キリトに叫ぶ。

 

「アスナ!キリトと一緒にそのまま進んで‼︎」

 

2人は頷き、構うことなく【Alatreon】に突っ走っていく。

それが分かっているボスも何度となく落雷を発生させる。しかし、落雷は旋風によってキリトとアスナの横に落ちる。

そして、アスナの剣先がボスの頭部に当たるかと思われたが、器用に頭部を動かして歪んだ角でアスナの細剣を引っ掛け、力の限りに振り回す。

 

「キャアアアアァッ‼︎」

 

ぐるぐると振り回されたアスナは細剣から手を離してしまう。

吹き飛ばされたアスナをキリトが受け止める。

 

「アスナッ‼︎」

 

引っ掛かった細剣を【Alatreon】は遠くに投げ捨て、キリトに向けて突撃してくる。アスナを受け止めたことで隙が生まれたところを突いてきたのだ。

キリトは剣を交わらせて、歪んだ角による突撃も受け止める。

 

「ぐうぅ‼︎」

 

受け止めた時のダメージだけでHPが1/3吹き飛んだ。

更に角から冷気が発生し、キリトの足元を固定する。

 

「⁈」

 

ゆっくりと後退するボス。

そして…尻尾に炎を纏わせ、一気に振り回す。

今度は攻撃を『受け止める』のではなく、相殺しようとキリトは重2連撃SSバーチカル・ルークを放つ。互いの攻撃がぶつかった途端、足元を拘束していた氷が砕け、キリトは一瞬で吹き飛ばされた。

岩石の壁にぶつかり、キリトは吐血する。身体を強く打ってしまったことが原因だろう。

 

「うぐっ…ガハッ…」

 

ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前にボスは静かに立っていた。

 

「‼︎」

 

すぐにボスは鋭利な角を突き立てる。

キリトは横に転がり、回避する。勢いよく突き立てたことで、壁に突き刺さり動けなくなる。

 

「今だッ‼︎今のうちに…出来る限り奴のHPを削るんだ‼︎」

 

キリトの叫びに、今まで立ち尽くしていたプレイヤーたちが一斉に突っ走る。キリトは傷付いた身体とHPの回復に専念し、他のプレイヤーはどこでもいいからボスの身体に傷を付けにかかる。

ところが、刺さった角から再び電撃が溢れ、ボスの周囲に何発もの雷が落ちる。

それが多数のプレイヤーに直撃し、一撃の下に塵と化した。

ほんの十数秒の隙を晒した【Alatreon】だったが、そのHPは未だに半分以上健在だった。

それを見たキリトは、手加減をしている場合ではないと感じた。

いや…最初からオリジナルスキル【超越】を発動しておくべきだったと悔いてしまう。しかし、このスキルの発動後、長時間の経過は不可能なので、もう少しボスのHPが減少したら使用しようと思っていた。

 

「キリトくん」

 

アスナは右手に握る細剣から冷気を発生させながら、キリトに話しかける。

 

「行こう!」

 

「…ああ!」

 

キリトはここで最終手段【超越】を発動し、ボスに突っ走る。

ただならぬ気配を感じた【Alatreon】はキリトに双眸(そうぼう)を向ける。そして、巨大な火球を口から吐き出した。それはキリトにぶつかるのではなく、その前の地面に着弾すると、天上にぶつかるほどの火炎竜巻を作り出した。

キリトはその竜巻を斬って掻き消すが、すぐ目の前に火球が飛んできた。キリトがその竜巻を食らわないことを予知してたかのようだ。

 

「‼︎」

 

が、その火球は翡翠色の風が掻き消した。

後ろを少し振り向くと、シノンが再び羽衣の弓を構えて立っていた。

 

「何度も…出来るわけじゃないんだからね‼︎」

 

シノンはそう叫ぶ。

彼女の支援を感謝しつつ、キリトは更に突っ走る。

炎が効かないと分かったボスは今度は氷塊が数発飛んで来た。

キリトは剛3連撃SSクリムゾンネイルを使用し、飛んでくる氷塊を1発ずつ、確実に砕く。だが、最後の1発を砕くためのソードスキルが終わってしまい、今から氷塊を跳ね返せそうもない。

 

「今度は私の出番ですね」

 

すると、キリトの前に蒼炎を黄金の剣に纏わせたアリスが出てきた。

アリスは劫撃SS蒼炎の震撃を発動し、巨大な氷塊を砕くと同時に彼女の身体は側方へと吹き飛ぶ。

 

「アリスッ‼︎」

 

「あとは…頼みましたよ…!」

 

だが、【Alatreon】は更に口から火炎放射を吐き出す。

それをアスナがオリジナルスキル【氷界創生】で掻き消そうとするが、完全に消すことは出来ず、熱のダメージがジワジワとアスナのHPを減らす。

 

「下がれ!アスナ!」

 

キリトは火炎放射を正面から防ぐアスナの前に出て、大きく一振りする。すると、斬撃が【Alatreon】の角にぶつかり、僅かにひびを入れる。更に怯みも入る。

その隙に懐へと入り込み、紅焔20連撃SSメテオバースト・ストリームを発動する。

ボスもすぐに距離を取ろうとしたが、アリスが後ろ脚に剣を突き刺し、アスナは前脚に氷を纏わらせ、拘束する。

それらはすぐさま、身体から高温を発することで解放させたが、その時にはキリトの斬撃が頭部…特に角に向けて当てられていた。

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉッ‼‼」

 

そして、20連撃目が直撃した瞬間、角の片割れが砕け散る。HPもほぼなくなるところまで行った。

ところがここでボスは大きく咆哮すると、エリアの中心に向かうと、何か力を籠め始めた。周囲の地面は燃え滾るように熱くなり、空気も歪むほどにまでなる。

 

「まずい…!」

 

キリトはアスナたちを一つの場所に集め、二つの剣に更なる力を溜め込み、地面に突き刺す。

そして…ボス【Alatreon】は翼を広げながら、跳躍すると急激な爆発を引き起こした。それはボス部屋の地面、壁を吹き飛ばし、空気中の原子までも焼き尽くしていった。

キリトが突き刺した二つの剣と【超越】による防御スキルを発動して、アスナたちを助けようと奮闘する。

ところがキリトの手や腕、足元があまりの熱で焼け始める。更には剣自体も急激に高温で熱せられ、赤く輝き溶けそうになる。

 

「くっ…くそ…」

 

いつまで続くのか分からない急激な熱波攻撃にキリトは膝を付いて、倒れそうになってしまう。

それをアスナとアリスが支える。

 

「アスナ……アリス……」

 

「キリトくん、1人だけには任せられない」

「わたしもよ」

 

アスナは『白雷剣エンクリシス』を、アリスは『獄・覇王紅剣【(ほむら)】』を握り、キリトを支える。

更に2人のオリジナルスキルによって、剣自体の能力が一時的に上昇する。

それを感じ取ったキリトは熱くなっている剣の柄を強く握り、雄叫びを上げる。

 

「くっ…う、おおおおおおおおおぉぉぉッ‼‼」

 

その十数秒後には、漸く熱波攻撃も終わり、【Alatreon】はゆっくりと地上に降り立つ。

その刹那…アスナが最上位突撃SSフラッシング・ペネトレイターがボスの首元を貫いた。

これが最後の止めとなり、【Alatreon】は静かな重低音の声を出しながら絶命した。

 

「はあっ…はあっ…」

 

アスナは荒い息を吐きながら、地面に膝を付く。

キリトも力を使い果たしたこと、更に【超越】の影響で地面に倒れてしまう。

 

「キリト‼」

「キリトくん‼」

 

アスナはすぐにキリトの元に駆け寄る。

倒れてはいるが、キリトの顔はスッキリしたようなものであり、アスナを見るなり嬉しそうな表情を作って言った。

 

「アスナ…あと1つだ…。漸く…ここまで来たんだ…」

 

「……そうだね」

 

嬉しそうなキリトに対して、アスナは複雑な表情を作っていた。

それを見逃さなかったアリスは訝しげな表情を向けているのだった。




【補足】
【Alatreon】
第99層ボスモンスター。アンケート結果の『アルバトリオン』である。
禁忌のモンスターであり、個人的には格好いい…というより、3Gでトラウマを植え付けられたことの方が印象に残っている。
原作との相違点は、MHW:Iで追加された活性状態がないこと、捻じれた角が硬化している点である。
そして、最後の『熱波攻撃』は同じくMHW:Iで追加された『エスカトンジャッジメント』である。相違点は持続時間が原作よりも圧倒的に長いこと、それとボス部屋の地形を完全に変形させてしまうことである。因みにこの攻撃、角を壊すことで弱体化させるといったメリットを今作では加えている。


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第54話 啓示

第99層の攻略はもう大変であった。

最上層の100層の1つ下なのだから、当然と言われれば当然であるが。

約100人を超す攻略組のプレイヤーがほぼ殺され、まともに戦えるプレイヤーはほとんど居ない。最大戦力であるキリトを含めた彼らに託されてるようなものだ。

攻略成功まで残り最後の第100層だけだというのに、生き残っているプレイヤーの数は約2000人で、その彼らにもあまり活気はなかった。それはキリトも気付いていたが、それよりも気になることがあった。

アスナが最近…元気がないと思っている。

どんな話をする時も暗い影を落として、昔みたいな無邪気で…明るい性格の彼女の姿が影

を潜めてしまっているとキリトは感じていた。

その事を聞こうに聞けないキリトはどうしようかと、自宅外の人気のないベンチで呆けていると、突然金髪を靡かせたアリスが座ったことで意識が覚醒した。

 

「…!アリス、どうして…」

 

「色々と探したのよ。結構苦労したんだから…」

 

アリスは髪に指をクルクルと巻き付けながら、そう答えた。

 

「アスナのこと、気にしてるんでしょ?」

 

「分かるのか?」

 

「顔に書いてあるわ。…理由を知りたいなら、教えてあげてもいいわよ?聞いてきたから」

 

「!」

 

キリトは驚いた表情を作り、アリスに詰め寄った。

 

「そう焦らなくても教えるわよ‼︎あなたたちに介入する気はないから」

 

アリスはキリトを少し押し退けて、話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

アリスは第99層の攻略から3日後、夜中にログハウスを訪れた。扉を開けようかと思った時、湖の方に人影が見えた。

髪が長くて、栗色だったからアスナであることはすぐに分かった。

足音を忍ばせるようなこともせず、アリスは彼女の隣に座る。アスナはアリスが座ったことに気付いたが、何も反応を示さなかった。

 

「何を最近思い詰めているの?」

 

「…別に、関係ないじゃん、アリスには…」

 

「どうせキリトのことだろうけど…そんな幸せそうに惚気ているのに、何を迷っているのかしら?」

 

「迷ってなんかないっ‼︎」

 

アスナの言葉遣いから、どう考えても何か思い詰めていることは明らかだった。

暫くの沈黙の後、アスナは細々と呟いた。

 

「怖いの…」

 

「何が?死ぬのが?今更……」

 

「…いや、クリアした後…キリトくんと離れてしまうんじゃないかと思っちゃって…」

 

「あら?デレデレなあなたからしたら、とても弱気な発言ね」

 

そう言った後にアスナを改めて見た時、彼女は両腕を肩に置いて、細かに震えさせていた。

弱気以上の状態であることに気付いたアリスは多少動揺した。

 

「キリトくんが言ってた…。もしこの世界から還れた時、私たちの関係が終わってしまうんじゃないかって」

 

「ふーん…キリトらしくない台詞ね」

 

「それで私怒ったの。『この気持ちは絶対消えない』って。それでその時は解決したんだけど、今になって怖くなってきた。ゲームクリア後、現実でどうなってしまうか…全く分からない。それが怖い…怖くてたまらない…」

 

アリスは数十秒黙り、アスナに言った。

 

「ふん、あなたも本当は相当な臆病者ね。そんなことで怖がっていたら…何も出来ない。第99層のボス戦を思い出して」

 

アリスは立ち上がり、アスナを見下ろしながら言う。

 

「いつも通りでやるのよ。次が最後だからとか、そういうのは忘れて…。私たちは勝つ。それでおしまいよ」

 

アリスに強気に言われたのが効果あったのか、アスナは小さく頷いて立ち上がる。そして、キリトから貰った剣を取り出して、それを見詰める。

何度となく助けられた、この細剣を…。

 

「いつも通り…か」

 

アスナは勝手に呟いて、ログハウスへと駆けていく。

アリスは「はあ…」溜め息を吐きながら、金色の長髪を撫でた。

 

「私はキリトを奪いたいのか…2人の中をもっとよくさせたいのか…分からなくなってきた…」

 

自分のやっていることがよく分からなくなってきたアリスはそのまま自宅へと引き返して行くのだった。

 

 

 

 

 

ログハウスを出て行ってから、一向に戻って来ないアスナを心配するキリトとユイ。だったが、ユイは眠気に負けて既に堕ちてしまっている。

キリトが待ち続けていると、漸くアスナが戻ってきて、安堵する。

 

「アスナ、良かった!帰ってこないかと…」

 

ぼふっと…柔らかな感触がキリトを襲う。

キリトの話を遮って、アスナからキリトを抱擁した。

 

「アスナ…?」

 

「キリトくん、私は大丈夫だよ。『いつも通り』に、明日…このデスゲームを終わらせよう」

 

「…何かあったのか?」

 

「なんにも♪」

 

にっこりと微笑むアスナにキリトは一抹の謎を抱えながらも、大丈夫だ、ということにした。

 

「もう寝よう。明日は俺から言いたいこともあるしな…」

 

「そうだね。一緒に、最後の日を…」

 

キリトはアスナの手を取って、自分たちのベッドへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日キリトは映像結晶を使って、全層にいるプレイヤーに顔を見せた。

今までのキリトとは思えないアスナたちは訝しげに彼のことを見る。

 

『みんな、俺はキリトだ。知ってる人も多いと思うが、今日…俺たちはアインクラッドの第100層に挑む。今まで以上に危険な攻略になると思っている。それに…俺たちはここに来るまでたくさんの地獄を見てきた。プレイヤーの死…現実世界へ帰れない悲しみ…それに、未来を奪われた絶望…。俺たちはたくさんの痛みと苦しみを受けてきたが、今日勝てば…それで終わる。もし勝てなかったら…とかは考えずに、勝つことだけを考えて行くつもりだ。だから…安心してくれ。俺たちを信じて…今日を生き抜くんだ!』

 

キリトの演説は素晴らしい…とものではないが、これから戦うキリトたちにとっては士気の上がるものだと思えた。

 

「行こう!みんな…。今日でこのゲームを終わらせて…本当の生きる時間を手に入れるんだ‼︎」

「「「「「おおぉッ‼︎」」」」」

 

士気の上がった彼らにもはや恐怖は無かった。

あるのは勝つことの意志、それだけだった。




そろそろ終盤!


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第55話 煌々たる赤雷

遂にラスボスです。
何か…分かるでしょうか?


「…等々…ここまで来たんだね、キリトくん」

「ああ…」

 

キリト、アスナ、アリス、シノンや他の攻略組のプレイヤーは赤い煉瓦で建てられた巨大な居城を前に息を飲んでいた。

目の前に聳え立つ巨大な居城…通称『紅玉宮』。

あのデスゲームが始まった3年前…茅場彰彦の言っていた最上層…第100層のフロアである。

紅玉宮の周りは小さな噴水が並び立ち、綺麗に植えられた花が咲き誇り、その周りをマボロシチョウが優雅に舞っていた。

 

「行こう」

 

キリトが先陣を切って、紅玉宮の扉の前に立つ。その扉に触れ、開けた瞬間だった。赤い雷光が開けられたドアから飛んできて、キリトの後ろにいるプレイヤーたちに襲いかかったのだ。

 

「アスナッ‼︎」

 

だが、狙いはアスナ、アリス、シノンを除いたプレイヤーで、凄まじい速度で飛翔してきた雷光を避けることなど出来ず、ポリゴン片となることもなく、一撃のもとで塵と化した。

その様子を目の前で見た4人は改めて、ごくりと唾を飲み込んだ。

今までの攻略とは、明らかに違う雰囲気を出していた。

呆然としていると、今度は開けられたドアに吸い込まれるように4人は紅玉宮の中へと連れて行かれた。

 

「うわっ⁈」

 

突然の出来事の連発で付いていけない4人。

頭を摩りながら、前を見ると、そこは広い空間だった。

今までのボス戦フィールドとは桁違いの広さ、空間、更には戦いを見るためか分からないが、観客席のようなものまであった。そして…崩れた塔の隙間から漏れる光。

フィールドだけでも、相当なインパクトを与えてくるのだが、それ以上にキリトたちに衝撃を与える“者”が立っていた。

 

「あいつは…!」

 

崩れた赤煉瓦の塔の傍で聖剣を地面に突き刺して、待っている長髪で特徴的な男…。誰が見ても、あれはヒースクリフ…茅場彰彦だった。

 

「茅場…!」

 

「団長⁈」

 

アスナが『団長』と呼んだことに茅場は少し驚嘆の表情を浮かべた。

 

「未だに私をそう呼ぶのか、アスナくん」

 

「誰が何と言おうと、あなたは『血盟騎士団』の団長でした」

 

「…そうだったな」

 

「ここで決着を付けようか?茅場!今回は数が多いぜ?」

 

4人はそれぞれ武器を取り、茅場に対して敵意を向ける。

茅場は苦笑する。

 

「私はこのゲームのラスボスだと言ったろう?まだ、他のボスモンスターがいるではないか?『私の上』に」

 

キリトはそこで気付いた。

崩れかけの塔の頂上に…何かいるのを…。

そいつは長い首を持ち上げて、舌をベロンと出して、口の周りのゴミを拭き取る。その後、大きな翼を広げて飛び立ち、キリトたちと茅場の間に降り立つ。

その姿を見たキリトは…思わず退いてしまった。

 

「キリトくん?」

 

アスナの声も聞こえない。

目の前に立ちはだかる白い龍に、キリトは意識を奪われそうになるほどの衝撃を受けていた。

 

「キリトくんには、トラウマ的な存在だろう?」

 

「トラウマ?」

 

「キリトくん!あれを知ってるの⁈」

 

「…同じだ…」

 

無意識のうちに呟くキリト。

 

「ミラバルカンと…同じ容姿だ…」

 

「!」

 

『ミラバルカン』

キリトとアスナにとっては切っても切れない程の裏ボスモンスター…。

キリトと激闘の果てに倒すことが出来た古龍だったが、人の心を惑わせ、世界を終焉に(もたら)してしまう程の力を持った強大な存在…。

それと同じ容姿で、別のモンスター…。

それが何を意味しているか…分からないはずがなかった。

 

「まさか…」

 

「さあ、第100層、紅玉宮のボスモンスター『White Fatalis』を倒して見せよ‼︎私との戦いはそのあとだ」

 

そう告げて茅場は姿を一旦先程までボスがいた塔の頂上へと上がった。

『White Fatalis』と呼ばれるモンスターはキリトたちを視認したが、最初は相手にすることなく、身体中から赤い雷を放出させつつ、エネルギーを溜めていく。キリトたちは近づくのも恐れて、奴の思うがままにさせてしまっていた。

そして…充填し終えた赤い雷を天に向けて放つ。

天井が開いた紅玉宮から、赤雷が放たれて、これらは第100層以下の層へと降り注ぐ。

そして数秒後…浮遊城『アインロック』自体が激しく揺れた。

 

「何だ⁈」

 

「何をしたの?あいつは…」

 

「君ら以外の全てのプレイヤーを消したのだよ」

 

上で見学している茅場はそう言った。

しかし、キリトたちには信じられなかった。何故かといえば、本来ボスモンスターは安全地帯…圏内にいるプレイヤーに対して、傷を与えることも出来ないからだった。

 

「この『White Fatalis』は神とも呼ばれる祖なる龍だ。このゲーム設定では、全てを統べる『白き王』だ」

 

『白き王』

その名はPohとの決戦で聞いたことがあった。

 

『白き王がお前らを断罪するからな…』

 

白き王とは…ラスボスの『White Fatalis』のことだったのかと理解する。

何故Pohがラスボスのことを知っていたかは今となっては分からないが…。

 

「そんな…じゃあ、生き残りは…」

 

「君ら4人だけだ」

 

4人の間に沈黙が流れるが、同時に怒りも湧き上がってくる。

今まで…犠牲者を出さないために戦ってきたキリトは歯を噛み締め、キッと『White Fatalis』に強い視線を向けると一気に駆け出した。【纏雷】と【紅焔の威光】を同時に発動したキリトは上体を立たせたままのWhite Fatalisに重2連撃SSヴォーパル・スラッシュを放った。

 

「貴様アアアアァァァッ‼」

 

「キリトくん!ダメ!止まって‼」

 

アスナの制止はキリトの耳には入ったが、もう止まらなかった。

ソードスキルが柔らかい胸に直撃する寸前、長い尾が攻撃を完全に防いでいた。

 

「!」

 

奴は赤い眼を光らせて、尾を素早く動かして、キリトの攻撃を跳ね返す。そして…尾に赤い雷撃を纏わせて、プラズマカッターを放った。空中で身動きが容易ではないキリトであったが、どうにか身体を捻らせて、その攻撃を躱した。それはアスナたちのところにも飛んで行き、彼女らもギリギリで避けた。だが、紅玉宮の壁に綺麗な線状の穴が開いた。

 

「くっ!」

 

キリトは態勢を立て直し、一旦『White Fatalis』から距離を取る。

だが、遠距離でも構わず、ボスは口元に赤雷を溜めて、球状のブレスとして何発も放った。

キリトは赤い剣にエフェクトを纏わせる。剛重撃SSバーチカル・クレイだ。

キリトは臆することなく、突っ込んでいく。

ブレスはキリトの眼前にまで飛んできたが、当たる直前で翡翠色の旋風がブレスを別の方向へと飛ばした。

キリトが横を向くと、シノンが【一点突破】を発動して、攻撃の軌道をずらしていたのだ。キリトは頼もしい仲間だと思いながら、そのまま真っすぐ突き進んでいく。

だが、シノンも楽ではなかった。大きさも速度もそこまでではないのだが、威力と重さが凄まじく、軌道をずらすにはかなりのボウスキルを使用しなくてはならなかった。

 

「くっ!キツイッ!」

 

シノンは旋剛2連撃SS双昇竜翔撃をもう一度放った。実際、このボウスキルは2番目に威力の高いボウスキルだ。

二つの旋風の龍は赤雷のブレスを少しだけずらし、共に壁とぶつかって消えた。

『White Fatalis』の間合いに入ったキリトとテンポを合わせて、アスナとレイナもミラルーツに近付き、アスナは尖剛突撃SS氷剛刃凍撃、アリスは劫炎突撃SSブルーフレイムストライクを放った。

 

「せやあああぁぁッ!」

「はあああああああぁ‼」

 

3人のソードスキルが『White Fatalis』に当たる直前、今度はバチッと漏電でも起こしたような音が聞こえたかと思えば、赤い電磁フィールドが3人それぞれのソードスキルを無効にしていた。

 

「⁈離れろ!」

 

キリトが咄嗟に叫んで、3人ともミラルーツから距離を取ろうとしたとき、『White Fatalis』はキリトに照準を合わせて、口元に赤雷を溜め込む。

そして…極太の電撃ビームを放った。ソードスキルを使用したばかりのキリトには、この攻撃を防ぐことも出来ないし、何よりビーム自体が太くて避けることも不可能だった。

 

「くそ…」

 

遠くからシノンがボウスキルでキリトを飛ばそうとも思ったが、シノン自身も今更放っても間に合いそうもないと思った。

キリトは剣をクロスに構えて、HPがゼロにならないようにしようと最善の対策を取る。しかし、その受け身を取る前に…横から身体を強くど突かれて、ビームの射程から外れた。何かと思い 

その方向を見ると、どこから飛んできたのか…直葉がビームの射程内におり、餌食となった。

 

「スグーーーーーッ‼︎」

 

直葉の下半身はビームで焼かれて、完全に失われてしまった。

キリトは剣を投げ捨てて、地面に落ちる前に直葉をキャッチした。継続するダメージで徐々にHPは減少していたが、まだ死んではいなかった。

 

「しっかりしろ!どうして…こんなことを…」

 

「せめて…最後の攻略で、お兄ちゃんの手伝いが出来たらなあ…って思って…」

 

「馬鹿野郎!俺は…俺は、お前を生きて返さないと…母さんに…」

 

「いいよ…もう…。お兄ちゃんに会えただけで、十分だから…」

 

そこで…直葉のHPバーは空となった。カシャンと砕ける直葉にキリトは何も言えず、茫然としてしまう。そんな動かないキリトを狙って、再び『White Fatalis』はブレスを放つ。動かない(まと)ほど、狙いやすいものはない。

今度はアスナとアリスがブレスを剣で弾き返そうとする。

お互いに剣を前に突き出して、ガードするが…ミラルーツのブレスは赤雷の中で多段にヒットし、アスナたちをジリジリと後ろへと動かす。

 

「キリトくんッ‼しっかりして!勝つんでしょ⁈」

 

「キリト!ここままじゃ…持たない!立って!」

 

2人の声は耳に入ってくるが、キリトは立とうとしない。

すると、アスナが…。

 

「立ってよ‼私たちの英雄!」

 

『英雄』…。

キリトはその言葉に反応して、顔を上げる。

2人がどうにかブレスを防いでいる様子が目に入った。だが、アリスの金色の剣が細かに震えて、パキンと小さな破砕音が響いた。

 

「も、もう持たない…!」

 

限界が来たアスナとアリスはブレスの威力で吹き飛ばされる。

 

「キリトくん!」

 

だが、アスナがキリトを見たとき、彼は2つの剣を両手に持って、青い電撃を身体中に纏わせていた。

真正面から飛来してきたブレスを青い剣で意図も簡単に弾き返した。

その姿にアスナ、アリス、シノンだけでなく、見物している茅場でさえ、動揺していた。

 

「ほぅ…」

 

これは既にオリジナルスキル【超越】を発動しているだけなのだが、それ以上の迫力があった。

その後、キリトは目視出来ない速度で『White Fatalis』の腹に剣を突き立て、そこから新たなソードスキルを発動する。

紅焔20連撃SSメテオバースト・ストリームだ。

アスナとアリスもそれに続いて、アスナは氷剛尖11連撃SSアイシクル・レギュラシー、レイナは劫炎8連撃SS黄金の戟炎を放つ。

ミラルーツは何故か分からないが、ソードスキルを防ごうとせず、これらの攻撃を全て受け止めた。

合計で39もの斬撃が飛び交い、『White Fatalis』の長い長いHPがゼロになった。

4人は歓喜の声を漏らそうとしたとき、キリトだけがその異変に気付いた。

『White Fatalis』は身体に再び、赤雷を溜め込み始めていた。それはキリトたちのソードスキルが始まってすぐに開始した。溜めに溜めて、傷口からいくつもの赤雷ビームを放った。

 

「「「「!」」」」

 

紅玉宮の壁が完全に崩れ落ち、砂塵が舞い散る。

『White Fatalis』は勝利の咆哮を何度も吠えるのだった。




【補足】
『White Fatalis(ミラルーツ)』
本作の第100層のボスモンスター。ベースはMH4Gをイメージしてもらえると良いかも。
原作では全ての龍の祖と呼ばれる存在。
最後のモンスターだが、耐久力は然程高くはない。その代わりに異常な攻撃力とほぼ全ての攻撃を跳ね返せる電磁フィールドを使う。更にHPがゼロになった瞬間、大規模な落雷放出を行う。

次回、茅場との最終決戦。


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第56話 真なる英雄

『White Fatalis』が何度となく天に向かって咆哮する中、光の如き速さで奴の首元を突き抜ける者がいた。それはキリトだった。紅龍進撃SSメテオブレイクだ。

キリトは地面に着地をしようとはせず、自然落下で地面に落ちる。

傷ついた身体をどうにか動かして、喉元を貫かれたミラルーツを見詰めている。

ミラルーツはか細い声を上げながら、瓦礫の上に崩れていった。

キリトはそれを見ても、喜びに満ち溢れることはなく、剣を地面に突き刺して、ゆっくりと立ち上がる。赤い煉瓦の瓦礫が周りに崩れている中で、キリトは必死に声を上げた。

 

「みんな!アスナ!シノン!アリス!」

 

声を上げても、誰も声が上がらなかった。

キリトは傷付いた身体に鞭打って、瓦礫の中を歩く。

すると、真っ二つに割れた羽衣の弓が落ちていた。それがシノンのものだと分かったキリトは駆け寄り、周りを見ると、瓦礫に埋もれ、腕を失ったシノンが倒れていた。

 

「シノン‼︎」

 

「キリ…ト…」

 

キリトは瓦礫を退かそうとするが、退かせたのは上半身のところだけで、下半身の瓦礫は重くて全く動かせなかった。

 

「私は…ここでリタイアね…。もう、戦力には…」

 

シノンは失った右腕を見てから、折れた『凶弓【小夜嵐】』に目を向けた。今まで支えてくれた武器に感謝するように、シノンは残った手で折れた弓に優しく触れた。

そして、今度はガタンと瓦礫を自力で動かすアリスが姿を現した。

 

「アリス!」

 

「キリト、シノン…。無事だったのね…」

 

アリスもボロボロで、金色の鎧はボロボロで、瓦礫から這い上がっては来たが、左足が無かった。

 

「アリスも…リタイア?」

 

「そうね…。とてもじゃないけど…もう身体が動きそうもない…」

 

アリスはそう言って、力なく地面に倒れる。

だが、ここでキリトの心が激しく揺れ動く。

アスナだけが…いつまで経っても姿を現さなかったのだ。

傷付いた2人を置いて、キリトもボロボロの身体をもう一度動かして、広いこの場所を隈なく探す。

 

「アスナッ‼︎返事しろ‼︎」

 

キリトの声が拓けた空間に木霊する。

そして…漸く見つけた。

アスナは腹に大きな穴を開けて、血溜まりの中で倒れていたのだ。

 

「アスナッ‼︎‼︎」

 

キリトは駆け寄って、彼女を抱きかかえる。

アスナのHPは今も減少しており、キリトは急いで回復結晶を使おうと腰に手を伸ばしたが、そこにあるはずの結晶は無かった。先の激闘で全ての回復手段が失われてしまったのだ。

アスナも持っておらず、キリトはますます追い詰められていく。

 

「アスナ…!死ぬな‼︎ここまで来たんだ!頑張れよ…‼︎」

 

キリトは彼女の腹に手を押し当てて、少しでも出血が止めようと奮闘するが、その努力と反対に血ばかりが流れていく。

 

「止まれ…!止まってくれ‼︎」

 

「キリト…くん?」

 

アスナは弱々しい声で目の前にいる人がキリトであるかを確認する。

アスナの視界はもう、焦点が合っていなかったのだ。

 

「そうだ、俺だ…キリトだ…。アスナ…どうして…」

 

「まだ……終わりじゃないでしょ…?これを…」

 

アスナは腰に挿してある細剣(レイピア)をキリトに渡す。

 

「私の…力…。きっと、役に立つ…。これで全て終わらせて…」

 

そこまで言うと、アスナの腕がダラリと落ちる。

そして…朧げに身体が輝き始め、最後にカシャンと音を立てて、その身体を散らした。

数秒後に今度は細剣が落ちる音が辺りに響いた。

キリトは呆然としたまま、散っていくポリゴン片に手を伸ばしていく。口からは「あ……あ……」とか細い声が漏れるばかりで、いくら手を伸ばしても…虚空を振るだけだった。

 

「アスナ…」

 

キリトは拳を作り、地面を強く叩く。

結局…守れなかった自分の弱さと怒りで、もう一度地面を殴る。

鈍い痛みが走るが、気にもしない。

そんな絶望と悲壮に打ちのめされている間に、茅場が地面に降りてきた。『White Fatalis』を倒されたことで、最後のラスボスの登場…というところだろうが、今のキリトに戦意など、見受けれられない。

 

「さあ、キリトくん。どうする?ここで戦いを止めにするなら…君たち3人をアスナくんと同じ場所へと連れて行ってもよろしいのだよ?」

 

茅場の言葉に今までずっと拳を振り抜いていたキリトの手が動きを止めた。茅場を見上げることはなかったが、奥底で何を考えているのか…茅場には分かっていた。

 

「愛する者を失った君に戦意がないことなど分かっている。終わりにしてやろう、このゲームを…」

 

そう言う茅場だが、内心残念に思っていた。

茅場の目的であることは未だに実現されておらず、それを果たしてくれるのは目の前で絶望しているキリトだと思っていたのだが…結局、それは無いと思った茅場は赤く輝く白剣を振り下ろした。

 

「「キリトッ‼︎」」

 

シノンとアリスが同時に叫ぶが、キリトは反応しない。

茅場の刃がキリトの首元に当たろうかと思われた時…。

 

「っ⁈」

 

バキンと甲高い金属音が響いた。

それはキリトの剣である『獄・覇王紅剣【(ほむら)】だった。

強い輝きを放つ茅場の剣をキリトの紅剣が防いでいたのだ。

もちろん、キリトがその剣を掴んで…。

茅場は想定外のことに動揺する。

 

「…俺は確かに、アスナを失った…」

 

力をどんどん腕に込めていき、ゆっくりと立ち上がるキリト。

茅場も力を込めてゆくが、キリトの方が強いのか、茅場は徐々に後ろへと押されていく。

 

「くっ…どこから、こんな力が…」

 

「その事実は変わらない…」

 

キリトの黒いコートに紅い炎の模様が浮かび上がる。

【紅焔の威光】、そして【超越】が発動したのだ。

 

「だけど…俺が死んだってアスナは喜ばない!俺が生き残って、現実に帰ることが…死んだアスナに対しての…」

 

更に力を込め、茅場の剣を弾いた。

 

「唯一の罪滅ぼしなんだぁッ‼︎‼︎」

 

茅場はキリトの鬼気とした様子を見て、嬉しそうに口角を上げた。

 

「それだ…。私が待っていたのはその顔だ!あんなだらしない姿になった君を殺しても意味はない!だが…今の君なら…きっと…」

 

「俺はお前を殺す!そして、このゲームを終わらせる!シノンやアリス…死んでいったプレイヤー…サチ、スグ、そしてアスナのために…!」

 

キリトは床に落ちている『白雷剣エンクリシス』を拾い、アスナの細剣『アイシテューレ』を腰に収める。

 

「アスナ…一緒に戦うぞ…」

 

キリトは更に【纏雷】を発動させ、茅場を見詰める。

茅場は持っている巨大な盾を捨て、赤い神剣を天に向けた。すると…赤い雷が茅場の剣に当たり、茅場の周りに赤雷を纏わせる。

 

「これが最期の切り札…【皇鳴】だ。『White Fatalis』の力を宿した…最強のオリジナルスキルだ」

 

「ラスボスのスキルってわけか…。だが何が来ても…俺たちは負けない!行くぞ、茅場ッ!」

 

キリトは地面を強く蹴って、茅場の間合いに一瞬で入る。

白い剣に電撃を纏わせたソードスキルを発動させる。

烈撃SS蒼速神撃だ。

茅場に当たる直前で、また見えない壁でガードされる。しかし、数秒後にその壁を打ち砕き、更なるソードスキルを使う。

今度は激剛18連撃SSスターバースト・ライトニングブレイクだ。

茅場も少し押されながらも、素早く…一撃が凄まじい攻撃を全て軽々と受け流していく。たまに肩や腕を掠りはするものの、致命傷となり得る一撃は与えられない。

茅場には全ての攻撃が見えているのだろうと分かると、キリトは思わず歯を強く噛み締めてしまう。

 

「素晴らしい攻撃だ。だが…それではGMの私を討ち倒すことは…出来ない!」

 

最後の18撃目を弾いた茅場はお返しにと言わんばかりに、赤雷を剣に纏わせて、キリトに振ってくる。キリトも見たことないソードスキルが襲ってきた。

皇龍撃SSレッドバーク。

キリトは剣をクロスにして、それを防ごうとするのだが、茅場の剣とキリトの剣がぶつかった途端、凄まじい衝撃がキリトを襲ってくる。

足が地面にめり込み、その勢いに負けんと踏ん張るために、爽突撃SSヴォーパル・エリッシュで対応するのだが、茅場のソードスキルの勢いは減衰するどころか、増していくばかりだ。

そして遂に…キリトの愛剣の片割れ…白雷剣エンクリシスにヒビが入り始める。

 

「くっ…!く……お、おおおおおぉぉッ‼︎‼︎」

 

キリトは力を振り絞り、茅場の剣を弾き返す。

が、弾いた直後、遂に剣が割れて、空中を舞った。

カランと音を立てて、刀身は地面に落ちて、ポリゴン片となって砕けた。そして持っていた柄の部分も砕ける。キリトは茫然と立ち尽くしてしまう。

茅場は勝ちが分かったかのように話す。

 

「君の愛剣もここまでだ。二刀流でない君では私に勝つことは…」

 

シュンと風が切れる音が茅場の耳元で小さく聞こえた。

茅場が喋っている間にキリトは目に前から、後ろへと瞬時に移動していたのだ。茅場の頬を斬りながら…。

 

「………」

 

茅場はゆっくりとキリトを見る。

彼の左手には剣が握られている。

先程砕いたはず…。

茅場はそう思っていたが、握られていた剣は白い剣ではなく、アスナの細剣…アイシテューレだったのだ。そして…その剣のソードスキル『リニアー』を即座に使用していたのだ。

その事に茅場はただならぬ驚きを見せる。

本来このSAOでは武器種が違うと、そのソードスキルは使用出来ないはずなのだが…キリトは握っただけで即時に使うことが出来ている。

 

「どうやって…」

 

茅場は聞こうとしたが、そんな野暮なことは聞かないでおくことにした。

アスナとの愛の力だと茅場は思う事にした。

 

「アスナ……ありがとう」

 

そして、キリトが細剣を強く握ると、冷気が周囲を取り巻く。

更にもう一つの愛剣を握って、冷気とは真逆の高熱を発する。

 

「【氷界創生】と【紅焔の威光】…同時発動だッ‼︎」

 

今の連撃で【超越】の発動は終わりを迎えてしまっている。

しかし、氷と炎の相反する力が解放され、キリトを取り巻くオーラは異次元レベルのものになっていた。そして、今まで浮かび上がっていた炎や氷の模様はもはや消えて、紅と白のオーラばかりが地面を抉り、瓦礫を勝手に破壊させていく。そして…目の色は黄金色になっている。

 

「これで…終わりだぁッ‼︎‼︎」

 

キリトはもはや自分でも分からないソードスキルを発動させて、茅場に向かっていく。一方の茅場もキリトの底知れぬ力に流石にビビったのか、最強のソードスキルでキリトを迎え撃つ。

キリトは炎凍烈24連撃SSスターバースト・ストリーム【極灼氷】。

茅場は皇鳴25連撃SS赤雷の雷帝だ。

お互いのソードスキルがぶつかり合い、周囲の瓦礫や空気を燃やし、凍らせ、吹き飛ばしていく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉッ‼︎‼︎」

 

「ふん‼︎この程度ッ‼︎」

 

キリトのソードスキルの最後の一撃が終えたのちに、茅場の残った一撃がキリトの身体を貫いた。キリトの内臓を雷が貫いたような感覚が起こり、キリトは「がはっ…!」と血を吐き、ガクッと膝から崩れ落ちる。

 

「キリトぉ‼︎」

 

「キリト…」

 

アリスは泣き叫び、シノンは呆然と彼の名前を呟いた。

茅場は表情を変えずに剣を引き抜こうとする。

だが…。

 

「⁈」

 

キリトは激しい電流が流れる剣を素手で掴んで、引き抜かれまいともがく。その行動に茅場は驚くが、構わず抜こうと試みる。

それでもキリトの力は劣ることなく、全く抜けることはなかった。

 

「キリトくん…何故……」

 

更に茅場の動揺は勢いを増していく。

キリトのHPは既にゼロになっており、アバターの身体を維持することは不可能なはずなのに…キリトは意志を持ち、身体を保っているのだ。だが…それでも長くは維持できない。

キリトの身体は徐々にではあるが、透明になり始めていた。

 

「まだだ…」

 

左腕に握られたアスナの細剣は輝きを失ってない。

ピンク色のエフェクトが輝き、キリトは再びこのソードスキルを発動させた。

単発SSリニアーだ。単純な突き攻撃で、茅場には簡単に避けられるとキリトは思っているが、最後の悪足掻きとしては良いだろう。

 

「くっ……く、は、ああああああああああぁぁッ‼︎」

 

茅場は薄く笑って、避ける動作を見せなかった。

ズブっと茅場の腹に細剣が突き刺さり、茅場のHPも間もなくゼロとなった。キリトと茅場は互いの剣で串刺しになり、お互いに死亡した。

キリトはアスナの細剣を見ながら…最後の言葉を言った。

 

「これで…いいか?アスナ…」

 

キリトはほくそ笑んで、目をゆっくりと瞑った。

そしてすぐに、キリトと茅場の身体は…散っていくのだった。




【補足】
『皇鳴』
『White Fatalis』の力が加わったことで発動できるスキル。
その力はキリトの【超越】と同等かそれ以上。具体的には攻撃力、防御力、俊敏性の上昇。デメリットはない。
茅場は『神剣ガラティーン』を超える『極神剣ガラティーン』に纏わせて使用している。
因みにこの『皇鳴』の名前はMHFZに登場したミラルーツの属性名である。雷属性と龍属性の複合属性で、かなり格好いいと思っています。


もうそろそろ完結ですね…。
未だにアリシゼーション編とかその他のシリーズを書こうとは全く考えていません。
…一旦、アンケート取ってみようかなぁ。


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第57話 帰還の時

キリトがもう一度目を覚ました時、目の前に広がるのは夕焼けだった。

空中に立っているのだ。

ここは天国なのか…あの世なのか分からないキリトは設定を開いてみるが、オプションが出るだけで何も変化はない。呆然と周りを見ていると、懐かしい声が耳に澄んで聞こえてきた。

 

「キリト……くん?」

 

「!」

 

その声にキリトは過敏に反応して、即座に後ろに振り向いた。

そこには死んだはずのアスナがビックリしたような表情でキリトを見詰めていた。キリトは溢れそうになる涙を必死に堪えて、アスナに笑顔を向けて…茅場に勝ったことを伝える。

 

「勝ったけど…死んじゃったよ…」

 

「バカ…」

 

アスナは反対に涙をたくさん溢しながらキリトの胸に(すが)り付き、そのすぐ後に唇を重ねてきた。お互いまた会えた事に喜びを感じる2人は一時、この幸せな時間を過ごす。

その後、キリトは彼女の手をギュッと握って、空中を散歩する。

 

「一体ここは…」

 

「ねえ、キリトくん。あれ…」

 

アスナが指差す先には浮遊城アインロックがあった。

それが見えた瞬間、キリトは分かった。

自分たちはアインクラッドの外側にいるのだと…。

 

「素晴らしい眺めだな…」

 

すると…聞いた事のない声が入ってきた。

キリトたちが右を向くと、白衣を着た若い男性が立っていた。それは3年前にキリトが雑誌で見た科学者…茅場彰彦の姿と一致していた。

 

「茅場…彰彦…!」

 

「今、SAO内にいるプレイヤーおよそ4000名全てのログアウトが始まっている。そしてその数十分後にはこのゲーム自体が崩壊する」

 

「4000名?そんなバカな!アリスとシノン以外のプレイヤーは…」

 

『White Fatalis』の攻撃で全員死亡した…と言いたかった。

だが、茅場はキリトがそれを言う前にとんでもないことを告げる。

 

「安心したまえ。『White Fatalis』による攻撃でゲームオーバーになったプレイヤーは死んでいない。私が敢えて助けておいた。…まあ、君たちが勝たなかったら、死んでいたがね」

 

「じゃ、じゃあスグも…」

 

「その通りだ」

 

キリトはそれを聞いて胸を撫で下ろした。

だが、アスナが聞いた別の質問で雰囲気は一気に変わった。

 

「今までに死んだ6000人ものプレイヤーは……どうなったんですか?」

 

「死んだ人間は戻らない。自然界の掟だろう?」

 

その発言なら、普段のキリトなら怒りで爆発していることだろうが、決戦の後のせいか…怒りも何の感情も沸き起こることはなく、静かにこう聞いた。

 

「何故…こんなことを…」

 

「何故…か」

 

茅場は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、呆けた表情でアインロックを見詰める。

 

「私も長い前に忘れていたよ、なぜ…こんなことをしたのか…。私は目の前に聳える居城を…フルダイブ技術が進歩する前から作り出そうと思い、今まで躍起になっていた。そして…私は、私が作った世界の法則をも超える力を…漸く…この目で見ることが出来た」

 

そう言って、茅場はキリトたちを見た。

その途端、空に浮かぶ居城が音を立てて…下から崩れ落ち始めた。

 

「あ……」

 

それを見たアスナは小さく呻く。3年間、生き続けた城を崩れるところを眺めるのは…何とも言えないものだった。

 

「私があの空想の城を思い浮かべて始めていたのは…いつの頃だったかな…。いつかあの城へと行ける…そう思っていた…いや、今も思っている。この世界のどこか…私が知らないところに、本当にあの城があるんじゃないかって…ね」

 

「…ああ、そうだといいな」

 

アスナも頷く。

 

「そうだ…言い忘れていたよ。ゲームクリア、おめでとう。キリトくん、アスナくん」

 

茅場が見せた初めての笑顔に…キリトもアスナも何も言えなかった。

最初こそ憎んでいた元凶:茅場彰彦だったが、今見れば…彼も夢を追う1人の人間だったんだと思い知ったからだった。

 

「私はそろそろ消えよう。君たちの邪魔をしたくないのでね」

 

そう言い告げると、茅場の姿は煙のように一瞬で消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

残った2人は座って、お互いにキスをする。

コツンと額を合わせて、愛の誓いをする。そしてキリトから…小さく口を開いた。

 

「これでお別れ…だな」

 

「ううん、お別れじゃない。私たちは1つになって消える。だから…いつまで経っても、一生一緒だよ?」

 

アスナの屈託のない笑顔にキリトの涙腺が弾けそうになる。

だが、その前にアスナがキリトにこんなことを聞いてきた。

 

「ねえ、キリトくんのリアルネーム…教えて?」

「え」

「消える前に…愛する人の本名くらい知っておきたいでしょ?」

 

キリトは多少驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔に戻して、アスナの質問に丁寧に答えた。

 

「桐ヶ谷、和人です。多分、もうすぐ17歳だよ」

「桐ヶ谷…和人くん…。まさか…年下だったのかぁ。私の名前は結城明日奈、18歳です」

「結城、明日奈…」

 

初めて知った愛する人の名前。

お互いに幸福感で満ち溢れるが、キリトの心は徐々にアスナに対して申し訳無さばかりが込み上げてくる。

そして…先程から抑えていた涙腺がはち切れ、止めどなく涙が溢れ出てくる。

 

「ごめん……ごめん、ごめん…!君を…アスナを絶対…現実世界に返すって、約束したのに…俺は…俺は…何度も……何度も…!」

 

キリトが謝罪の言葉を何度も述べている間にアスナはキリトの大きな手をギュッと握る。アスナもいつの間にか涙が溢れていて、声が震える。

 

「ううん、良い…良いんだよ…。色々なことがあったけど……私、とても幸せだった。キリト…和人くんと会えて…戦って、結婚して…暮らせて…今まで生きてきた中で1番幸せだったよ?謝る必要なんてないよ。私が謝って、感謝したいくらい。…ありがとう、これからもずっと愛しています…」

 

アスナの言葉にキリトは耐え切れず、アスナをギュッと抱き締めて、お互いに涙を流し続ける。

だが、その抱擁してる間にアインクラッドは完全に崩れ落ち、周りの世界も白い光に包まれていく。2人の遂に時間が来たと理解して、キスを交わしたまま…その光の中に飲まれていくのだった。

その最中…キリトの耳に最後に聞こえた言葉は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛して……います……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞳に光が戻る…。

ゆっくりとその眼を開け、天井を見詰める。

白い天井に鼻を突く薬品の臭いに意識が覚醒し始める。そして…頭に何か違和感を感じた『彼』はそれに触れて、何があったのか…頭の中で考える。

すると…思い浮かんだのは…『彼女』の屈託のない笑顔…。

 

「っ!」

 

『彼』…和人の記憶に『彼女』…明日奈の姿ばかりが走馬灯のように流れていく。

そして…小さく呟く。

 

「ア……ス……ナ……」

 

和人は上体を起こして、頭に3年間被ったままであったろうナーヴギアを外す。そして…ベッドから立って、点滴を付けたまま、病室から出ようとする。

栄養剤だけを与えられ続けた身体はボロボロで…まともに歩くことすら困難だったが…和人を突き動かすものは唯一無二の存在…『明日奈』だった。

ドアを開けて…永遠に続く廊下をふらふらと歩み進める。

口からはしきりに「アスナ……」と呟きながら…。




投稿の際にミスがありました。
詳細は活動報告のところにあります。


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第58話 再び…

「……では、今日はこれまで。来週までに課題を終えておくこと」

 

教卓に立つ教師はそう言って、教室から出て行った。和人はバッグにタブレットとノートをしまって、教室を出た。昼食の時間だが、和人は弁当も持ってきていないし、食堂に向かうこともなく、中庭へと足を進めた。

小さな屋根付きの建物の下に…栗色の髪を弄って和人を待つ明日奈の姿があった。それを見つけた和人は安心したように笑みを溢して、明日奈の隣に腰かけた。

 

「お待たせ。待った?」

 

「遅いよ、キリトくん!」

 

「悪い、悪い。それと…ここではせめて『キリト』じゃなくて、『和人』と呼んでくれ。身バレしちゃうだろ?」

 

「あっ…ごめん。…じゃあ、私はどうなるのよ!」

 

明日奈のツッコミに和人は溜め息を吐きながら答える。

 

「本名をアバターネームにしてたんだから…自業自得だろ?…とは言っても、この学校自体がSAO被害者のために作られたものだから…殆どが元SAOプレイヤーで、身バレなんてとうにしているけど…」

 

やっていられないと言った表情を作った和人だったが、自然と明日奈の手を握っていた。それを感じた明日奈は顔を赤くさせる。

 

「もう…身体は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ。まだ走れたり出来ないけど、生活に支障はないよ」

 

 

 

 

 

和人は目覚めた後、地獄のようなリハビリを重ねて、漸く今の身体の状態にまで持ち込んだ。

そして…愛する明日奈を探した。

明日奈が別の病院で入院しており、今もリハビリをしていると聞いた時、和人はもう待つことは出来なかった。

少し走っただけで、身体に溜まっていく倦怠感を感じながらも、和人は明日奈の病室に飛び込んだ。SAOに居た時よりも細々とした身体をしていて、本当に大丈夫なのかと疑う目で見ていた和人に対して、明日奈はもう一度最愛の人に会えた喜びから、気付けばポロポロと涙を流して、静かに呟いた。

 

「キリト…くん…」

 

その名を聞いた和人はピクッと身体を震えさせ、明日奈の方に足を進める。そして…ベッドの端に腰を下ろして、彼女を強く抱き締めた。

 

「アスナ…!アスナ‼︎また…君に会えた…!」

 

二度と会えないのではないか…。そんなことを密かに思っていた和人であったが、SAOで明日奈はこう言っていたのを、抱き締めながら思い出していた。

 

『あのね、私、これだけははっきり言えるの。ゲームをクリアしても…私は絶対またキリトくんに会うよ?そしてね、また…君のことを…好きだって…伝えるんだ…』

 

明日奈の言葉通りになったんだと思った和人は明日奈を見詰めて、その言葉を待つ。明日奈も決めていた。現実世界で和人に会ったら、真っ先に言おうと決めていた言葉を…。

それはもちろん…。

 

「愛しています…キリトくん」

 

『好き』ではなかったが、『愛している』も変わらない。

どっちの言葉であったとしても、和人にとっては最高の言葉だった。

和人は頷き、明日奈の唇を奪う。

その最中、入って来た看護師と明日奈の両親に見つかって、大変な事態になったのはまた別の話である。

 

 

 

 

そんなことを思い出していると、不意にお腹が悲鳴を上げた。

その音に明日奈は「ぷっ」と笑いを溢し、隣に置いている籠に手を伸ばした。

 

「キリトくんは仮想でも現実でも食いしん坊さんなんだね。はい、これ」

 

明日奈が手渡してくれたのはサンドイッチだった。

SAOの迷宮区第74層でご馳走になったあのサンドイッチと見た目が全く一緒のもので、それを見た和人は目を輝かせた。

 

「私が食べさせてあげる。はい、あーん♪」

 

和人は口を開けて、サンドイッチが口の中に来るのを待ち、来た途端に頬張りついた。

 

「ふふ、美味しい?」

 

「ああ、最高だ!これのために生きているって言っても過言じゃない」

 

「もう、大袈裟ねえ…。あっ…そういえば…」

 

明日奈は思い出したことがあるらしく、和人に質問する。

 

「団長って…どうなったの?」

 

和人はそれを聞いた途端、黙ってしまった。

口の横に付いたソースを拭いながら、数秒黙った後に、口を開いた。

 

「ヒースクリフ…茅場彰彦は…死んでいたって。自殺らしい」

 

「自殺?」

 

「長野の山中で遺体が見つかった。死因は脳の高出力スキャンらしい…」

 

「それって…自分の意志をコンピューターに移すこと…だよね?」

 

「確率は1000/1にも満たない。だけど…俺は茅場が成功していると思う。あいつの仮想現実に対する想いは…俺たちよりも強かったからな…」

 

和人はそこまで言って、明日奈の手を優しく握る。

 

「でも、もう終わったことだ。これからは俺たちの意志で生きていける」

 

「そうだね…。それに今日、知ってるよね?エギルさんの店であること」

 

「もちろん。分かっているさ」

 

明日奈は「良かった」と言って、和人の肩に頭を乗せて、心地よく目を瞑った。このまま寝るつもりなのかと和人は思ったが、それでもいいやと思いながら、和人も目を瞑った。

その様子を…校舎の3階から覗き込む1人の少女がいた。

購買で買ったパンを噛み締めながら、和人たちのデレデレ具合に歯を噛み締める者が…。

 

「くっそ〜、いくら明日奈だからって、アレはやりすぎだよ!」

 

「キリト…」

 

そんな間抜けなことをしているリズベットこと里香とシノンこと詩乃は声をかける。

 

「やめなさいよ。覗き見なんて趣味悪いわよ?」

 

「別にいいよ。あんなところでイチャイチャしてる明日奈たちが悪いんだから」

 

里香はそう言って踏ん反り変える。

詩乃はこれから先もこんな学園生活を送っていくのかと思うと、溜め息が止まらないのだった。

 

 

 

 

放課後、和人と明日奈は手を取りながら、エギルの店へと行った。その後ろで直葉が(いぶか)しげな表情で見ていて、2人とも手を繋いでいるが、落ち着かなかった。

そして、彼が店をやっている喫茶店を見つける3人。

初めてこういった店に入るので、3人とも緊張して、ゆっくりと中に足を踏み入れた。

すると…。

 

「いらっしゃい!キリト御一行‼︎」

 

その言葉のすぐ後にクラッカーの音が何度も響き、和人たちにカラフルなテープと紙ふぶきが舞って、頭の上に乗った。そして、いそいそと里香たちが3人に飲み物を握らせると、「乾杯‼︎」と叫んで、再度クラッカーを発射した。

そして…店のど真ん中に【Congratulations】の文字が貼ってあった。

 

「これは…」

 

訳が分からず、混乱している和人に里香が説明する。

 

「和人がゲームをクリアしたのに、誰もそれを祝ってなかったでしょ?だから、詩乃たちと協力して、サプライズパーティーを開くことにしたの。()()()とは別にね」

 

里香の説明を聞いて、和人たちは納得した。

だが、明日奈だけ、納得していない部分があった。

 

()()()って…何?」

 

「後で教えるよ」

 

和人は笑って、明日奈の質問をいなす。

そして、パーティーが終わりを迎えた時に和人は綺麗にラッピングした箱を明日奈に渡した。

 

「家で開いて。多分…明日奈にとっては嬉しいものだと思うよ?」

 

明日奈は首を(かし)げて、パーティーが終わり次第、自宅へと帰るのだった。

 

 

 

 

明日奈は家に帰り、和人から貰った箱を開けた。

中にはつい先日発売された新たなVRインターフェースの《アミュスフィア》だった。これを見た明日奈は動揺した。これはナーヴギアの後継として作られたもので、安全機能を重視した最新のマシンで、値段自体もそこそこ張るものなのだ。

なのに、和人はこれを明日奈に渡した。

何故…。

疑問ばかりが明日奈を襲うが、明日奈はこれを付けて、また現実に戻れるのか一抹の不安を覚える。

()()()も大事件に発展するまでのことが起きるなど、予期していなかった。今回は大丈夫なのか…。

そう思ったが、中にはアミュスフィアの他にソフトが一つと、メモ用紙が入っていた。

ソフト名は【ALfheim(アルヴヘイム) Online(オンライン)】。『妖精たちの国』だ。

そしてメモ用紙には…和人の文章が書いてあった。

 

『いきなりこんなものをあげてしまって、酷く混乱していると思う。明日奈、あの仮想世界に行きたいと思うのなら、ぜひ来てほしい。見せたいものもあるから』

 

和人の願いを明日奈が無視できるはずがなくて、先程の迷いはどこかへ消えて、構うことなくアミュスフィアを付けた。そして…ALOを接続して…数か月ぶりの仮想世界へとダイブするのだった。

 

 

 

 

アスナはSAOと同じアバターネームで、ALOの世界に入った。栗色の髪は種族の関係で水色へと変わってしまっているが、それ以外は現実と大差ない…ように見えた。

そして…最初に確認したのが設定のログアウトボタンがあるかどうかだった。

設定を開くのは逆の手で出せるようになってはいたが、きちんとログアウトボタンは存在した。それを知れて、アスナは心底ホッとした。すると…。

 

「やっぱり、アスナもそれを確認したか」

 

後ろからキリトの声が聞こえて、アスナは急いで振り向いた。

そこには現実世界よりも髪が荒れており、背中に大剣を背負ったキリトが立っていた。SAOとはどこか違う雰囲気を醸し出していたが、紛れもなくキリト本人だった。

 

「いきなり話しかけないでよ、びっくりしちゃったじゃない」

 

「悪い悪い」

 

「それよりキリトくん、アミュスフィア…どうやって買ったの?キリトくんの小遣いじゃ…」

 

「あ……まあ、独自のコネを使ったというか…」

 

アミュスフィアの入手方法をあまり話したくないキリトは、アスナの手を握って、このゲームで使用できる『飛翔能力』を使って、空を飛び始める。

 

「ちょ、ちょっとキリトくん⁈わわわ……」

 

慌てふためくアスナが面白いキリトはどんどん高度を上げていき、所定の場所で止まった。

 

「どうしたの?」

 

「あそこ。見てろよ、アスナ」

 

キリトが指差す先を凝視していると、黄金色の輝きと共に…見慣れた城が姿を現し始めた。それが何か、分かった時、アスナは思わず声を漏らしていた。

 

「どうして…。どうして、アインロック城が…」

 

「ALOを作った会社が、また独自にSAOを作ってくれたんだ。簡単に言えば…リメイクされたSAO…って言えばいいかな?」

 

キリトはアスナの方を見る。

 

「あそこに行けば…俺たちが住んでいた22層のログハウスに戻れるし、何より…最後のクリアを見れなかった俺たちにはリベンジマッチになる。…協力してくれるよな?アスナ」

 

真っすぐ見詰める瞳に、アスナはゆっくりではあるが、しっかり頷いた。

 

「当たり前だよ。どこまで行くよ?君と一緒なら…」

 

そう言って、彼の唇を塞いだ。その数秒後、地上から更にプレイヤーが飛び上がってきた。

 

「アスナ!先に行ってるわよ!」

 

「お先!」

 

「イチャイチャしないでよ!目の前で!」

 

「パパ、ママ、行きましょう!」

 

ユイ、シノン、リズベット、エギルなどのプレイヤーは我先へと天空の居城へと飛んで行く。

キリトは右手にアスナの手、左手にユイの手を取って、羽を大きく広げる。

 

「よし!行くぞ!」

 

キリトの一声と共に、新たなゲームがまた一つ…幕を開けるのだった。

 

 

            ―アインロック編 完結―




遂に完結しました。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
次回作なのですが、アンケートを見る限り『書いてほしい』とあり、大変うれしく思う所存です。

ですが、現在ネタが全く思い付きません!
なので、頑張ろうとは思いますが、投稿までかなり期間が空くと思います。←多分何か月も空く。もしくは、書けない可能性もあります。まあふとネタが思い付くときもあるので、そこはご了承ください!

何はともあれ、本当にありがとうございました。


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アリシゼーション編 第1章 伝承残る村
第1話 走馬灯


もう帰ってきましたw。
なんか、皆さんの期待に応えたいなって。


※注意!(必ず読んで!)
本作は基本原作沿いにする予定ですが、詳しい用語の解説(STLなど)は長々としないように、最低限のものにする予定です。また、明らかに「ここ、おかしいだろ!」みたいな箇所が出る可能性もあります。
そういったことが許せない、という人はすぐさまバックしてください。


『キリト!』

 

(誰か、呼んでいる…)

 

『キリト、こっちよ!』

 

また呼んでいる…。誰だ?

 

『キリト、待ってよお!』

 

(誰だ…?誰だ、この声は…)

 

『キリト!助けて‼︎』

 

『キリトーーーーォッ‼︎』

 

楽しそうな声が一瞬で悲しみに塗れたものに変わった。

そこで…キリトこと桐ヶ谷和人は目を覚ました。

勢いよくベッドから飛び起き、虚空を見詰める。そして…目からはつぅーと一筋の涙が流れた。

 

「…最近、こんなことばかりだな…」

 

そう思いながら和人は涙を拭い、寝間着を脱ぐ。その身体は少し痩せ細っており、相変わらず肉付き悪いものだと自分自身を嘲笑する。それでもSAOからの帰還時よりかはマシだろう。あの時も和人は自分自身でも人間はここまで痩せることが出来るのかと思ってしまう程だった。

すると、部屋の扉が開く。

 

「お兄ちゃん、起きたね。ほら、朝ご飯だよ!」

 

「スグか。おはよう。すぐに行くよ」

 

「…お兄ちゃん、また泣いてたの?」

 

直葉の鋭い質問に和人はギクッとしてしまう。

 

「欠伸しただけさ。ほら、早く降りよう。母さんたちが待ってる」

 

バレないように直葉の背中を押して、母親と直葉が作ったであろうリビングに降りる。だが、こうやって避けないと言い逃れが出来ないと和人は思っていた。最近は毎朝のように誰か分からない声を聞き、起きると一筋だけ涙を流す。

それが何故か…和人自身も全く分からない。

 

 

 

「スイッチ!」

 

「行くぞ!アスナ‼︎」

 

SAO:Reにて、キリトは単発SSバーチカル、アスナは単発SSリニアーを放ち、第15層のボス、【Diablos】の立派な双角にぶつける。

一瞬、途轍もない衝撃が起きたが、すぐにキリトたちの攻撃が勝り、双角の片割れが派手に折れた。

その痛みに派手に怯む【Diablos】にキリトは側面に動き、柔らかい腹に4連撃SSバーチカル・スクエアを放ち、そこで絶命した。

キリトは剣に付いた血を払い、鞘に収めると「ふぅ」と息を吐く。

エリアの上部に【Congratulations】が表記されると、パーティーの歓喜が響き渡る。あの時のデスゲームよりは声が小さい気もしなくないが、楽しさで言えば圧倒的に上だった。

 

「お疲れ様、キリトくん」

 

「お疲れ、アスナ」

 

歩み寄って来て、ハイタッチするキリトとアスナ。

 

「第15層クリアか…。案外早いものだな」

 

「まあ、1度は経験しているしね。後でエギルさんのお店で打ち上げしようね」

 

「そうだな。久しぶりに彼の店を繁盛させてやろうか」

 

キリトとアスナはお互いに笑い合い、ログアウトしようとする。

すると…また、耳にあの声が入ってきた。

 

『キリト!』

 

「……」

 

キリトは後ろを振り向き、その場所を見詰め続ける。

 

「キリトくん?どうしたの?」

 

「…あ、いや…何でもない」

 

顔を隠しながら、キリトはそそくさとログアウトする。しかし、アスナは見ていた。彼の瞳から流れ落ちる、一筋の雫を…。

 

 

 

 

ログアウトしてすぐに和人はエギルが営んでいるカフェ:ダイシーにやって来た。そこには既に明日奈と詩乃もおり、紅茶を飲んでいた。

 

「お先に失礼」

 

「キリトくん、遅いよ!」

 

今の時間は4時52分。

集合時間は4時50分予定で、たったの2分しか遅れていない。なのに、怒る明日奈。厳しいと思いながら、「マスター、俺にも紅茶を」と頼んで椅子に座る。

 

「今日はお疲れ様。22層まで、あと7層か…」

 

「遠い道のりね。あなたたちの愛が籠ったログハウスまでは…」

 

「こ、籠ってなんかないよ!…もう〜詩乃のんってばぁ…」

 

茶化す詩乃に明日奈は頬を膨らませる。

そんな会話を傍らにエギルはチーズタルトを机に置く。

 

「15層クリア報酬だ。代金は要らないから、好きなだけ食べてくれ」

 

「わあっ、ありがとう!エギルさん!」

 

明日奈は子供のようにはしゃぎ、すぐに口の中に入れる。

その様子には和人と詩乃も苦笑いだ。

そんな時、エギルは不意に和人に質問をした。

 

「そういえば…キリト、15層の攻略前はずっとどこに行ってたんだ?電話にもメールにも出ないで…」

 

明日奈も思い出したように和人に詰め寄る。

 

「そうだよ!1週間以上連絡がないなんておかしいよ!」

 

「あ、いや…それはだな…」

 

しどろもどろしてる和人に詩乃は無意識にこんな発言をする。

 

「浮気…だったりして?」

 

それを聞いた明日奈は身体を硬直させ、和人に冷たい視線を送る。

和人は小声で「そんな身も蓋もないことを言うな!」と注意し、すぐに弁明に入る。

 

「違う違う!バイトだよ!バイト‼︎まあ…ちょっと特殊なバイト…って言ったらいいかな?」

 

「特殊なバイト?…もしかして、菊岡さんと関係してる?」

 

明日奈の勘は鋭かった。

彼女の言う通り、そのバイトは総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室…通称仮想課に勤めている菊岡誠二郎という男から頼まれたものだった。

彼はSAOから帰還した和人にすぐに会いに来て、SAOに関することの全てを聞き取り、それ以降も接触してくる…空気の掴めないような男だ。それと同時に和人含めたSAO帰還者の社会復帰にも尽力してくれた人物でもあるため、和人自身も(くだん)のバイトを断ることが出来なかったのだ。

 

「その人なら私も会ったわ。…なんか、好きになれない人だったわ」

 

「詩乃のんもそう思う?私も…どうも違和感があるというか…」

 

「まあ、菊岡さんのことはもういいだろ?」

 

「それで?どんなバイトだったの?もしかして総務省の雑用とか?」

 

「さっきから詩乃は何かと俺を嵌めたいように聞こえるが、気のせいか?」

 

「さあ、どうかしらね」

 

惚ける詩乃に和人は奥歯を噛み締め、(覚えてろ…)と心の中で呟く。

 

「新しいゲームの体験会…ってことだったんだけど…よく分からない」

 

「分からないって…ゲームしたんでしょ?」

 

「…記憶にないんだ、その時の」

 

和人は手を組んで、顎を乗っける。

 

「覚えてないって…キリトくん、記憶を抜かれたの?」

 

「その可能性もある。だけど、そうじゃない気がするんだ。何故なら…」

 

和人はここで言葉を止めてしまう。

言おうとしてたことは、最近、誰かが(しき)りに和人のアバターネーム『キリト』と呼び、和人自身は涙を流すこと…。涙を流す原因は…どこか、懐かしい気持ちになるから…。

なんてことを言ってしまったら、3人は「頭おかしいんじゃないか?」と思われるか、言われるかがオチだと思った和人はそこで言葉を飲み込む。

 

「でも…菊岡さんが言ってたことは覚えてる。『人の魂を体感出来るゲーム…そして、それを扱えるのがソウルトランスレーター…STLだ』ってところだけ…」

 

「『ソウルトランスレーター』?何よそれ」

 

「俺も分からない。そこから先の記憶が…はっきりしてないんだ」

 

「新しいVRMMOとかかな?ほら、菊岡さんは仮想課だし…」

 

「何とも言えないな…」

 

4人は黙ってしまう。

すると、店の時計が6時になった知らせが鳴り響く。

 

「もう6時か。今日はお暇するか」

 

「そうだね、明日…またALOに入れる?」

 

「ああ、バッチリ!絶対にあのログハウスを手に入れるまでは頑張り続けるぜ?」

 

「凄い気合いね…」

 

3人は店を出る。外は既に夜の闇に包まれており、車が通る音しか聞こえなかった。

その時、詩乃は何かを感じて、サッと後ろを振り向いた。

だが、そこには何もおらず、気のせいかと再び歩み始める。

だが…その時、既に後ろには……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトくん‼︎キリトくんッ‼︎」

 

明日奈の叫ぶ声が、静観な住宅街に響く。

キリトは腹の辺りを押さえて倒れている。その下に、鮮血の泉を作り出しながら…。




一応、アニメで言う『アリシゼーション編(大戦前)』までの構成は頭の中であるのですが、大戦後をどのようにするかを全く考えていません。
さて、どうしようか…。


アンケート実施。これで、『いる』と答えた人は、是非コメントで答えてほしいです。


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第2話 凶刃

ここら辺は原作とほぼ同じだから、最悪飛ばしても良いです。


「急げ‼︎強心剤だ!」

 

救急車の中の医師たちは更に忙しくなる。

和人の心臓の鼓動が停止したのだ。モニターにはピーという一定の音と一直線の波形が出ているだけだった。

明日奈は自分を見失わないようにするのが…精一杯だった。

 

 

 

 

 

時は約数十分前に(さかのぼ)る。

エギルの店を出た和人と明日奈は閑静な住宅街の中を手を繋ぎながら帰路に着いていた。和人は明日奈の家とは全く真逆の方向であったが、明日奈と共に居たいという気持ちを抑えられず、常に途中まで遠回りしてから帰る。

そんな時、和人は唐突にこんな話を始める。

 

「明日奈って…進路はどうするか決めてるのか?」

 

いつもの和人らしくない話題に明日奈は目を丸くする。

 

「まだだけど…。私はSAOで3年も学業を怠っていたから…どんな風になるか分からないな…」

 

「俺は…茅場彰彦と同じ東都工業大学の電気電子工学学科に行こうと思ってる。あいつの言っていた仮想世界の限界を…自分自身の力で見てみたいんだ。それで…いずれはアメリカに行こうと思ってるんだ」

 

それを聞いた明日奈は更に目を大きくさせる。

これはつまり、いつか和人と離れてしまうことを意味する。それを察していた和人は、とんでもないことを言い出す。

 

「そうなった時…明日奈、俺と、一緒に来てくれないか?」

 

「っ」

 

「最初は1人で頑張ろうと思った。だけど、俺には明日奈と一緒にいないと…明日奈が居ないとダメなんだ!」

 

心から叫んでいる気持ちに明日奈は頬が温かくなる感覚を感じながら、和人の手をギュッと握って笑みを返す。

 

「当たり前じゃない?SAOの時に言ったでしょ?いつまでも…ずっと一緒にいるって。君とだったら…どこまでだって」

 

「明日奈…」

 

和人は感謝する様に明日奈を抱き締め、一瞬にも等しい口付けを交わす。人がいないと言え、住宅街の真ん中で…。

 

 

 

 

 

そして、明日奈を家に送ると、早歩きで自宅へ急ぐ。

少し明日奈と一緒に居過ぎたと思いながらも、家で待っている直葉や母親との晩ご飯を楽しみにする。だが、和人は後ろから同じく早歩きする足音が聞こえてきたことに気付いた。

チラリと後ろを向くと、黒いフードを被った男が和人の後ろにぴったり引っ付いて来ていたのだ。あまりに怪しい男が現れたため、和人は足を止め、奴に声を上げる。

 

「お前、誰だ?」

 

「……」

 

男は黙ったまま、ポケットから何かを取り出す。

街灯にキラリと刃が光った。

 

「!」

 

「【黒の剣士】…見つけた…」

 

【黒の剣士】。

その呼び名はSAO時代のものだ。つまり目の前にいる男はSAOサバイバーだ。更に和人の命を狙うことを加味すると、目の前の男が何者かは容易に想像が付いた。

 

「お前…まさか…!」

 

和人が話すよりも…逃げるよりも前に男は駆け出し、その刃を和人の腹に突き刺した。SAOの時よりも鋭く…強烈な痛みが全身に波及し、声が出なくなる。

 

「Pohの無念を…晴らす…」

 

「あ…がっ……」

 

和人は刺された腹に手を当てつつ、ゆっくりと膝を着き、最後に倒れる。男は更に止めを刺そうともう一度、刃を突き立てようとしたが、誰かの気配を感じて、その動作を止める。

 

「…お前は…」

 

「キ、キリトくんっ⁈」

 

何故かやって来た明日奈に男は驚愕する。もう明日奈は来ないと踏んでいたのに、戻ってくるとは…と。

明日奈を消すことも考えたが、ここにこれ以上留まることは危険だと判断した男はそのまま夜闇の中へと消えていった。

明日奈は男が消えたことを確認してから、和人に駆け寄る。

 

「キリトくん‼︎キリトくんッ‼︎」

 

和人を何度も呼びながら、携帯で救急車を呼ぶ。

血溜まりの中で倒れる和人を見た明日奈は、今にも泣いてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

病院に到着し、直ぐ様緊急手術が始まった。

明日奈は手術室の前で茫然と立ち尽くし、数十秒後に崩れるように椅子に座る。自然と涙は出なかった。恐らく未だに今起きていることが現実なのか仮想なのか、判断出来ずにいるのだ。

どれくらいの時間が経ったのか、手術室前に直葉と和人の母親が駆け込んできた。

 

「明日奈さん!」

 

「直葉ちゃん…おば様…」

 

2人の姿を見た途端、明日奈の心は崩れた。

直葉に縋すがりつき、泣き喚いた。漸く今起きている事態が現実のことなんだと、分かってしまったのだ。

涙目の直葉は明日奈を落ち着かせようとする。

 

「大丈夫ですよ、明日奈さん。だって…お兄ちゃんはあのSAOをクリアした剣士なんだよ?刺されたくらい、どうってこと…」

 

そこまで言ったところで、『Operation』の赤い文字が消えた。

すぐに担架に横たわる和人と多くの医師たちが出てきた。執刀医らしき人物が近寄り、和人の状態を告げる。

 

「命に別状はありません。よく踏ん張った…と言ったところでしょう」

 

それを聞いた3人は安堵する。明日奈は地面に崩れてしまいそうだった。だが…次の発言で、何もかもが台無しになる。

 

「しかし…一定時間、心停止したため、脳に信号が送られていない時間があり…身体的障害、または思考的障害が残る可能性が非常に高いです」

 

「そんな…!」

 

明日奈はか細い声で、そう呟く。

 

「更に未だに意識が回復せず、もしかしたら…長期間、目を覚さない可能性も…」

 

そこまで言ったところで、明日奈は執刀医の白衣に掴みかかった。

突然の行動に直葉たちは驚く。

 

「どうしてよ…どうして‼︎あなたたち医者でしょ⁈それくらいのこと…何とかしてよ‼︎」

 

「明日奈さん!落ち着いて‼︎」

 

直葉はどうにか明日奈を執刀医から引き剥がす。この光景は過去にも見たことがあるものだった。和人が『ミラバルカン』との戦いで、死んだと思われた時期…明日奈は今のような感じで、暴走した。

しかし、今回ばかりは状況が違う。

和人は意識不明の重体、並びに障害が残ってしまう可能性が高い…。

明日奈からすれば、それはSAOの時よりも遥かに絶望のどん底に叩き落とされた気分だった。

そこに…1人の男がやって来て、彼らに話し始める。

 

「やあ、明日奈くん、直葉くん」

 

聞き覚えのある声に明日奈たちは目を向ける。

そこには皺一つない綺麗なスーツを着こなす菊岡が立っていた。

 

「菊岡…さん」

 

「話は聞いてる。桐ヶ谷くんについて、お母様と話をしたい」

 

「はい…」

 

「待ってください!菊岡さん、お兄ちゃんを助けられるんですか⁈」

 

その返答は、直ぐには返って来なかったが彼は確かに言った。

 

「任せてくれたまえ。確証もなしにここには来ないよ」

 

明日奈はそれを聞いた途端、何とも言えない嫌な感じがした。

和人がまた離れてしまうような…そんな嫌な予感が…。




アンケート終了します。
まあそうですよね。結果は想定通りです。どうするかなあ…。


今日の夜当たりにもう一つ投稿します。


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第3話 ギガスシダーの大杉

背中から感じる柔らかい草木の感触が心地良い。

キリトはそれを感じながら、ゆっくりと目を開ける。上空には眩しい程に輝く星々が見えた。

ゆっくりと上体を起こしながら、キリトは周囲を見渡す。

周りは大きな木々が鬱蒼と生い茂っており、蛍が煌々と飛び交っている。キリトはこんな場所に来た覚えはなく、今まで何をやっていたのかを思い出そうと必死に頭の中を整理する。

 

(確か…明日奈とエギルの店を出て、彼女を送って……それから…)

 

そこでキリトは思い出した。

何者かに襲われてしまったことに…。

だとしても、謎だ。

 

「どうして…俺はこんなところに…」

 

キリトは自身の腹に手を当てる。痛みも血の流れた後もない。無傷なのは間違いないが、状況が全く読み込めない。

 

「ここは、どこなんだ?」

 

見た感じ、現実世界であるようには見えない。かといって、飛び交う蛍や風に揺れる木々が3Dのデータにも見えない。

現実世界か仮想世界なのか、区別が出来ないキリトは立ち尽くしてしまう。

 

「…とにかく、早くこの森を抜けよう。何かに出会う前に」

 

そう呟くと、すぐに茂みから音がする。

ギクっとその方向に目を向けると、青と黒の縞模様と特徴的な鶏冠(とさか)を有した、キリトの覚えがあるモンスターが姿を現した。

 

「こいつは…!」

 

ギィ、ギィと耳障りな奇声を発するモンスター『Velociprey』は1体だけでなく、数体も出てくる。

奴らはかつてキリトが3年も幽閉された居城【SAO】に出てくる初期モンスターだ。これではっきりした。

キリトが今いるここは、『仮想世界』なんだと…。

 

「って、そんな事を呑気に考えてる場合じゃねえ!」

 

キリトは考えるよりも前に足を動かした。明らかに獲物としか見てない『Velociprey』たちから逃げるために、キリトは道もない、ただ永遠に続く森の中を突き進む。途中で枝や葉で身体が傷付き、痛みが少し走る。いくら走っても、『Velociprey』たちの追走は終わらない。

そんな時、キリトの視界に巨大な大杉が見えた。あの大杉に登れることが出来れば、奴らを振り切れるかもと思ったキリトは更に足を速める。

ところが…大杉からおよそ30m程のところで、突然1体の『Velociprey』が突然苦しみ、地面の上に倒れる。そして、身体の肉が何かに吸われるように骨だけが浮き彫りになり、最終的に身体が輝いて消え失せる。

その光景を見た他の個体は、逃げるように森の中へと消えた。

漸く奴らの追撃を躱しきれたキリトは安堵し、杉の幹に寄りかかるように倒れる。

 

「はあ…はあ…」

 

全速力で走ったために、体力は限界だ。しかも仮想世界のはずなのに、『疲れ』がある。傷を負った時の痛みはいつも通りだが、この『疲れ』は異常だった。

 

「ここが仮想世界なら…出る方法があるはず…」

 

『SAO』の癖で、オプションを開こうと右手を虚空で上から下に動かす。しかし、何も出てくることはない。

 

「また…閉じ込められたのか?それとも…天国か地獄か…夢…か…」

 

そんな事を考えている内にキリトは眠気に襲われる。

夜空に輝く星々を見ながら…キリトは目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キリト!早く早く‼︎』

 

「待てよ、■■■!ほら、さっさと天職を始めるぞ!」

 

(また…夢か…)

 

キリトは幼い自分と亜麻色の髪を持つ少年と共にはしゃいでいる夢を見ているようだった。そこに更に2人の少女がやって来る。

 

『キリト‼︎■■■‼︎遊んでないで、早くお昼を食べて‼︎』

 

『2人とも…相変わらずね』

 

だが、その少女たちの顔をしっかりと見ること…と言うよりは思い出すことが出来ない。

 

『お、やっとお待ちかねのお昼だ!』

 

そこからキリトを含めて、4人で騒ぐ少年少女たち。

しかし、その夢は一瞬にして怒号と悲壮したものに変わる。

 

「■■■‼︎早く!助けるんだ‼︎」

 

『出来ない…。動かない…!』

 

そこで初めて…キリトはその少年の名を呼ぶ。

 

 

 

 

「ユージオォォッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‼︎」

 

キリトが目を開けると、目の前には亜麻色の髪…先程の夢で出てきた少年と同じ髪色の者がキリトの顔を覗き込んでいた。あまりに驚いたキリトは互いの顔が近くにあるのにも関わらず、一気に身体を起こしてしまい、額をぶつけてしまう。

 

「いたっ!」

「いてっ!」

 

額を抑えるキリトと少年。

少年は左手にバスケット、右手に骨で出来た大きな斧を携えていた。

 

「いててて…大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だ…」

 

「君…どうしてギガスシダーの下で寝ていたの?お家とか、どうしたの?」

 

「えーと……それは…」

 

キリトは言い訳を考えようとする。流石に『現実世界からやって来た、どうして来たのかも分かりません』、なんてことを言えるはずもなく、しどろもどろしてしまう。

だが、目の前にいる少年がその言い訳を作ってくれる。

 

「もしかして…ベクタの迷子?」

 

「ベクタの迷子?何だそれ?」

 

「ダークテリトリーの神、ベクタが僕たち人界の人の記憶を消して、どこか遠くに飛ばしてしまう…っておとぎ話さ。…それも知らないの?」

 

『ダークテリトリー』、『ベクタ』、『人界』…。聞いたこともない単語を何個も並べられて、キリトは混乱しかけたが、どうにか軌道修正しようと、必死に頷いた。変に突っかかると、更に面倒になると思ったからだ。

 

「そうか…。じゃあ、今日から僕の村『シナット村』に来ると良いよ」

 

「ありがとう。えーと…」

 

キリトは少年の名前を呼ぼうとしたが、夢の中で自分自身が叫んだ名前を言うことは出来なかった。

 

「ユージオだよ。僕の名前は、ユージオ」

 

「ユージオ……。ありがとう。俺の名前はキリトだ」

 

キリトがそう言うと、彼の腹が大きく鳴った。

それを聞いたユージオはぷっと笑う。

 

「お腹が空いているようだね。じゃあ、僕が持ってきた昼食、半分分けてあげるよ」

 

「いや……お言葉に甘えさせて頂きます」

 

キリトの隣にユージオも座り、バスケットからパンを取り出す。その色はキリトがSAOの第1層で食べたあの固いパンにそっくりだった。見た目だけでなく、感触も…。味もどうなのかと、ちぎって口に入れてみる。

 

「…同じだ」

 

「ん?同じ?食べたことでもあるの?」

 

「い、いや!」

 

「美味しくないでしょ?」

 

「そんなことないよ。至って普通だよ」

 

キリトは淡々と食べていくが、ユージオは食べるよりも先に何かをやっている。

パンの前でS字を描くと、オプションのようなものが出て、それを確認していた。

 

「!あれは…!」

 

「まさか、『ステイシアの窓』も分からないとかって言わないよね?キリト」

 

「い、いいや!流石にそれは…」

 

キリトも見様見真似でパンの前でS字を描く。

『ステイシアの窓』というものには3つの項目があり、真ん中の項目は分数になっており、今見ているこの瞬間にも減少している。

 

「天命はそんなすぐには減らないから、急がなくても大丈夫だよ」

 

(天命…。SAOでいう、HPか…)

 

「すごいね、キリトは…。僕は最初の頃は硬くて全然食べられなかったよ」

 

「じゃあ、ユージオはいつもは何を食べてたんだよ?」

 

そう聞くと、ユージオは黙ってしまった。

そして、思い出すようにユージオは語り始める。

 

「僕の天職はこの大杉…ギガスシダーを切ることなんだ。午前と午後でこの斧で1000回ずつ叩く。幼い頃の僕は1000回もやったらバテてしまって、大変だった。そこにお昼ごはんを持って来てくれる人たちがいたんだ。2人の作ってくれるサンドイッチは最高だったよ」

 

サンドイッチを作ってくれる人…それを聞いたキリトは明日奈のことを嫌でも思い出してしまう。

 

「2人が持って来てくれるサンドイッチだけで、僕は元気が出たよ。でも…7年前のあの日、僕があんなことを言い出したせいで…2人は……」

 

ユージオは辛そうな表情をして、そこで一旦口を止めてしまう。キリトは『もういい』と言おうとしたが、ユージオはまだ続ける。

 

「2人の作るサンドイッチは夏では天命がすぐに消えてしまって…食べれなくなることが多々あった。それを無くすために、果ての山脈で氷を得られるってことを聞いたんだ。それがあれば、サンドイッチを長く保存できる。だから…僕たち3人で氷を探しに行った。だけど、その帰りに…2人は禁忌目録に書いてある『ダークテリトリーの侵入』を犯してしまった…。それで2人は、整合騎士に央都ドンドルマに連れて行かれてしまった」

 

ユージオの話を聞き入ってしまったキリトは何故か懐かしい気持ちになっていた。

今の話を昔、どこかで…聞いたどころか、自らの記憶のどこかに残っているような気がした。

 

「…そうだったのか…。それは…辛かっただろうな」

 

「でも、そろそろ忘れようと思ってる。…いつまで悔いても、意味ないからね」

 

「それで…その2人の名前は何て言うんだ?」

 

ユージオは一拍置いてから、言った。

しかし、それを聞いた瞬間…キリトの中で何かが動くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスと、イーディスだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…」

 

どくんとキリトの鼓動が高鳴る。

そして…何度目となる、涙が頬を流れるのだった




【補足1】
『Velociprey』
ランポスの英語名。
原作では咬ませ犬役の彼だが、今作でも咬ませ犬になってもらいました(笑)。

【補足2】
『ギガスシダーの大杉』
原作でも恐れらている悪魔の杉だが、今作は土中の栄養だけでなく、地上の生物をも捕食する。では、何故キリトやユージオが平気なのか…。それは後々分かります。

【補足3】
『シナット村』
初代MHの拠点『ココット村』、MH4の拠点『シナト村』を合わせた造語。
因みに意味なく、作った造語ではありません。その意味も後々分かります。お楽しみに。

【注意!(再び)】
私は今作、イーディスを登場させようと思っていますが、イーディスの能力、性格、口調…何から何まで全く分かりません!頑張ろうと思いますが、キャラ崩壊してしまう可能性が高いので、ご了承くださいm(__)m

最後に、今シリーズは()を多用していきます。


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第4話 冰龍の剣

「キリト…涙が出てるよ?…どうしたの?」

 

キリトはユージオに言われて気付き、急いで拭う。何故ここでも泣くのか、未だに分からないキリトは誤魔化すために適当な理由を口から出す。

 

「あくびだよ、あくび!それよりも…ユージオの天職の木こり?でいいのかな…。それを俺もやってみたいんだけど、いいかな?」

 

上手く話を逸らせようとするキリトにユージオは意図も簡単に引っ掛かる。

ユージオは置いてある斧を持ち、切り込みの入った場所の前に立つ。

 

「この太古の巨龍骨から作られた斧で、この切れ込みに刃を入れるだけさ。この切れ込みに上手く入れられないと、天命を減らすことが出来ないんだ」

 

そう言うと、ユージオは大きく振りかぶって、斧を切れ込みに叩き込む。すると、甲高いカーン!という音が森の中に響き渡る。ユージオは続いて、更に斧を叩き込む。それを繰り返すこと500回…。その努力にキリトは凄いとしか思わなかった。

 

「凄いな、ユージオ!これを休みがあるといえ、1日に2000回もやるんだろ?」

 

「もう慣れたよ。で、やってみる?」

 

「お昼ごはんを半分貰ったんだ。そのお礼をする時だ」

 

キリトはユージオから斧を受け取り、同じく構える。

軽々と持ち上げていたユージオとは違い、この骨の斧は少し重い。だが振れない程ではないため、1回試しに振ってみる。

 

「うおおおぉぉっ!」

 

振った斧は切れ込みに当たることはなく、非常に硬い皮に当たる。

更にほぼ同時にキリトの両手に途轍もない振動が痛みとなって響いた。

 

「ぐあっ⁈」

 

それを横で見ていたユージオは目元に涙を少し溜めて笑いを上げた。

 

「あはははは‼やっぱりね。初めてにしては振りは良かったけど、切り込みに当てることは無理だったね」

 

「そんなに笑うことはねえだろ…。はあ…いってぇ…」

 

未だに両手に痺れが残る。

キリトは自らの身体でステイシアの窓を開けてみる。

すると、僅かに天命が減っており、こういったことでも減るとなると、SAOの時以上に気をつけなければならないと思ってしまった。

 

「でも…こんな天職、すぐに終わると思うけどな…」

 

「そんな簡単によく言えるね…。このギガスシダーの天命を見てみなよ」

 

ユージオがこの大杉のステイシアの窓を開けると、そこには2万以上もの天命が残っており、たったの数百程度しか減っていなかったのだ。

 

「この数百の減少は僕を含めて7代続けて、漸くこれなんだ」

 

「7代⁈」

 

「そう。もう200年もこうやってるけど、これしか減らせてないんだ。しかも、この大杉は周囲の神聖力を吸収して、また大きくなるんだ。だから天命も回復する。…いたちごっこみたいなものだよ」

 

ユージオは笑いながら斧を拾って立てかけ、ぽろっと弱音を溢した。

 

「…絶対に、この天職は僕が生きている間には終わらないよ」

 

「この斧以上のものとかないのか?」

 

「馬鹿を言うなよ。この斧は滅多に手に入らない太古の巨龍骨を使っているんだぞ?武器の優先度はそこまで高くないけど、威力だけで見れば、非常に優れたものなんだよ?」

 

「そ、そうなのか…。それは失礼いたしました…」

 

「…いや、ちょっと待って」

 

そう呟くと、ユージオはどこかへと走っていった。何かを持ってくるのだろうと思いながら、キリトは空を再び見詰める。初めて見た星空と違い、白い雲がゆっくりと流れ、翼竜の群れらしきものが優雅に飛んでいる。

 

「あのユージオという少年…夢の中で出てくる…。彼とは会ったこともないのに…。そもそもここは仮想世界…NPCにも見えないのは、俺の気のせいか?」

 

ユージオの先程の話を聞く限り、彼は7年以上もシナット村と言う場所で暮らしているらしい。年単位も住んでいるNPCがいるとは到底考えられない。

 

「……待てよ。確か…菊岡が言ってたな…」

 

キリトは菊岡から勧められたバイトのことを思い出した。

 

『覚えなくてもいいけど、君が会う人たちはまさに【人の魂】さ。まあ、見ても触れあっても、分からないだろうけどね』

 

「『魂』…。じゃあユージオはAI?いや…だとしても…」

 

何度考えを巡らせても、結局答えは分からない。

 

「…とにかく、早くこの世界からログアウトしないと。…にしても、また仮想世界に閉じ込められたのかな?」

 

自嘲するキリト。自分はこのような目に遭う運命なのかもとも思ってしまう。

すると、少し遠めにユージオの姿が見えた。背中に棒状のものを担いでいる。

 

「はあ…流石に…重くて大変だよ…」

 

「これは何だ?ユージオ」

 

「開けてみなよ。凄いものだから」

 

キリトが梱包を解くと、目の前に息を飲む程美しい剣が姿を見せる。

白銀と濃紺が混じった色で、剣の柄には氷の結晶模様がいくつも描かれている。刀身も白に近い色だが、よく見れば七色に輝いている箇所もある。長年放置されていたこともあるかもしれないが、やけに剣自体が冷たく感じられる。

 

「『冰龍の剣』…と僕たちのおとぎ話では呼ばれている」

 

「冰龍?」

 

「果ての山脈の先にいたとされる、幻の龍だよ。その龍から生成され、ずっとこの剣を守護する存在だった…とも言われている。これは僕がアリスたちと探検に行ったときに見つけたけど、重くて持っていけなかったんだ。だけど、2年前、たまたま果ての山脈に行ったときに一か月もかけて持って帰ったんだ。でも、その龍はもう死んだのか、骨になってたけど」

 

「一か月⁈それは大変だったな」

 

キリトは剣の柄を握り、持ち上げようとする。

だが、剣はちっとも上がらない。剣先が僅かに地面から上がる程度で、振るなどもってのほかだった。

これもSAOと違い、この仮想世界ではSTR(strength)が存在しないように思える。

 

「こ、これは本当に重いな…」

 

「だから言ったでしょ?そもそも振れたとしても、剣を使えない僕には無理だよ」

 

今のところ、全てユージオの言う通りだった。キリトでも持ち上げることは出来ない。

 

「まあ、とにかく今日は帰ろう。村の人たちにも君のことを話さないといけないし」

 

「分かった。剣はどうするんだ?」

 

「また、物置に戻すのは大変だから、このままここに置いておくよ」

 

「おいおい、誰か盗んだりしたらどうするんだ?」

 

だが、ユージオは頭の上で?を浮かべる。

 

「盗むはずがないよ。だって、盗みは禁忌目録で禁止されてるもの」

 

「あ…そ、そうなのか…。あはは…」

 

また笑って誤魔化しつつ、ユージオの後ろについていくキリト。

10分もすれば、小さな村が見えてくる。少し大きな教会だけが目立って見える。キリトはよそ者である自分が入っても問題ないのか、気にしてしまう。

その不安は的中して、村の入口で衛兵らしき男に止められる。

 

「ちょっと待った!よそ者を簡単に入れることは出来ない。ユージオ、こいつは?」

 

「キリトって言って、ベクタの迷子らしいよ」

 

それを聞いた男はキリトに対して、疑いの目を向ける。

当然だろうとキリトは思いつつ、「ど、どうも…」とだけ声をかけた。

 

「…まあ良いだろう。どうせ大した天職もついていなさそうだ。ユージオと同じくな」

 

それを聞いたユージオは顔を俯かせる。逆にキリトは沸々と怒りが立ち込める。

そして、キリトは目の前の男を黙らせようと、思い切ったウソをつく。

 

「…ああ、思い出した。もしかしたら、俺の天職は…剣士だったかも…」

 

この発言に男は一瞬固まったが、すぐに我に返ったのか、笑いを上げる。

 

「お前みたいな奴が剣士?面白いじゃねえか。だったら…」

 

男は腰に携えている剣をキリトに差し出す。そして、奥に見える細い木を指差す。この男は『本当に剣士なら、あの木を切ってみろ』と言いたいのだろう。

キリトは剣を受け取り、その木の前に立つ。この剣はさっきの斧よりも、冰龍の剣よりも軽い。何故か、この剣なら上手く行くと絶対的な自信を持つキリト。

そして…一気に踏み込み、剣を横に振る。

すると、青いエフェクトが発生して、細い木はスパッと綺麗に切れる。

それを見た男、そしてユージオも驚愕の表情を浮かべる。

 

「す、すごいよ!キリト!本当に剣士だったんだね!」

 

「い、いやあ…」

 

「ば、馬鹿な…」

 

キリトは男にウィンクして、意気揚々と村の中へと入っていった。




【補足】
『冰龍の剣』
原作『青薔薇の剣』に変わる剣。
名前から分かる通り、MHW:Iのメインモンスター『イヴェル・カーナ』の剣である。見た目は大体青薔薇の剣と変わらないが、異なる箇所が2つある。

1. 刀身に綺麗な虹色のグラデーションが薄く付いている。
2. 青薔薇の紋章のところは変わって、氷の結晶が連なったものが飾ってある。

能力等は後に紹介します。お楽しみに。


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第5話 伝説の聖剣

シナット村に入ったキリトは早速、ユージオの伝手で教会に泊まることが出来た。

その時に出てきた白髪のおばさん…シスター・アザリアの非常に冷たい視線が、キリトの脳裏に印象深く残っている。

だが、それ以上に気になることがあった。そのシスターの後ろでキリトたちの様子を窺っていた茶髪の少女だ。彼女と目を合った時のユージオの様子は明らかに変だった。因みにその少女はキリトに対して、この教会の案内と規則を厳しく教えた。既に18歳のキリトにとって、細かすぎる規則に頭が痛くなりそうだった。

具体的には朝6時の神への祈りのために、朝5時半には起床。

他に朝食、昼食、夕食の時間、風呂の時間、就寝時間などなど。

それらを聞き終えたキリトは少女…名をセルカ…から、寝間着と毛布を受け取り、自身が使うベッドに座っていた。

 

「じゃあ、きちんと起きてね。寝坊したら、シスター・アザリアから大きな(いかづち)が降ることになるわよ?」

 

「き、肝に銘じておきます…」

 

「よろしい」

 

そこまで言うと、セルカは部屋から出て行こうとする。その前にキリトが「おやすみ」と言うと、セルカは笑顔で「おやすみ」と返してくれた。

漸く寝心地の良いベッドで寝れることで、急激に睡魔が襲ってくる。昨日までは芝生の上で雑魚寝だったから当然だろう。だが、その前に…ランプを消そうと思ったが、消し方が分からない。少し右往左往したが、下につまみがあり、これを捻ることで消すことが出来た。

 

「全く…SAOでの癖は、1年くらいじゃ抜けないものだな…」

 

キリトは現実世界で帰りを待っているであろう直葉、詩乃、里香、エギル、そして…明日奈…。

 

「そういえば…未だにアリスは見つかっていないんだよなぁ…」

 

SAOで苦楽を共にし、蒼炎の使い手であるアリス。

ユージオが後悔して、央都に連れて行かれた少女の片割れの1人の名前もアリス…。

 

「まさかな…」

 

キリトは考えられない可能性を胸にしまいつつ、毛布に(くる)まるのだった。

 

 

 

 

 

 

翌朝、セルカの言いつけ通りにきちんと朝5時半に起きた。

…数年ぶりに。

この起床は普段深夜に動くキリトには非常にキツイことだった。必死に眠気を押し殺し、教会の祈りに参加した。因みに遅れた修道士らしき少年が、シスター・アザリアにめちゃくちゃ怒られているところを見たキリトは、心の中で(ひえ~)と思った。

朝食後、キリトは1人で村の中を歩いてみた。まだ朝6時半過ぎだというのに、村民はほぼ全員起きて、ユージオの言うそれぞれの天職を(こな)していた。

その様子を熟視しながら、村を歩き回っていると、村の中の一番端に岩に突き刺さった何かがあった。よく見てみると黒い剣が、岩に刺さった状態で放置されていたのだ。長い間、刺さった状態なのか剣自体が錆びてしまい、下手に力を入れれば折れてしまいそうだった。だが、キリトは気になってしまい、その剣の柄に触れる。

その刹那。

 

「…!」

 

ゾクッという悪寒と圧倒的な力を感じた。

 

「これは…」

 

「気になるかね?」

 

そこに白髪の老人がやって来る。

 

「ほお、君はユージオが連れてきたベクタの迷子か。確か…ジンク以上の剣の使い手とか…」

 

(どこでその話が広まったんだ…)

 

「儂はガリッタという者だ。この錆びた剣は村長の祖先が残した聖剣だ。村の逸話ではこう言われている。『この剣は資格のある者だけが抜ける。そして、この剣を手にした者は輪廻転生の如く、何度も蘇り、全てを凌駕しうる力を有する』と…」

 

「それは…どういう意味なのでしょうか?」

 

「さあな。村長も知らぬ存ぜぬじゃからな。もしかしたら、眉唾ものかもしれぬ」

 

しかし、キリトは嘘だと思えなかった。剣に触れた時のあの感覚…。逸話以上の力があるように感じられた。その力に魅入られてしまったように、キリトは剣の前に再び立ち、その柄を強く握った。

そして、勢い引き抜こうと力を込めた。

 

「ぐおっ!」

 

剣は全く岩から抜ける気配はなかった。やはりダメかと思っていると、後ろにいるガリッタが驚愕の表情を浮かべている。キリトは(まずい、よそ者がやってはダメだったか)と不安になるが、それは徒労に終わる。

 

「お主…!どうやって…!」

 

「え?」

 

ガリッタが指差す先は剣の刀身だ。そこを見ると、なんと黒く煌く刀身が岩の中から少しだけ…見えていたのだ。先程までは全く見えなかったのに…だ。

 

「少し…抜けた?」

 

「馬鹿な!儂ら村の者もんが全員で引っ張ったり、その岩を砕こうともした。だが、その剣は1寸たりとも動かせなかった!岩も同じじゃ!どんなことをしても欠ける事はなかった!お主は…一体何者なんじゃ?只者ではないじゃろ?」

 

「い、いや…記憶がないから、何とも言えませんよ…。じゃ、じゃあ!」

 

キリトは逃げるようにガリッタから離れる。

離れながらも、その剣をもう一度見る。先程までとは明らかに違う雰囲気が醸し出されている。

 

「…たまたま、動いただけだろうな」

 

キリトは自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「499!」

 

ユージオは本日499回目の斧を、切れ込みに当てた。カーン!と良い音が森に響き、驚いたケイコクチョウがどこかへと飛んでいく。

大杉に立てかけてある『冰龍の剣』が太陽に煌めく。

 

「そういえばキリト、あの伝説の聖剣を動かしたんだ……って‼︎」

 

500回目の斧振りをすると同時にユージオからそんな話題を聞かれる。キリトは小さな村だからなのか情報が飛び交う速度も速いのかと、何度となく思ってしまう。

 

「たまたまだよ。あそこまで錆びた剣だ。少しくらい抜けても不思議はないだろ?」

 

「そんなものなのかな…。はい、キリト。交代だよ」

 

ユージオは斧を渡そうとする。しかし、キリトは受け取らず、『冰龍の剣』を握る。

 

「どうせ出来ないと思うよ?」

 

「やってもないのにそんな事言うもんじゃないぞ?…アリスたちのことも、本当は助け出したいと思ってるんだろ?」

 

核心を突かれたユージオは黙ってしまう。

その間にキリトは切り込みの前に立ち、剣を強く握り締める。

 

「ふぅ…」

 

深く息を吐くと、刀身に青色のライトエフェクトが走る。

 

「はああああああああぁッ‼︎」

 

そして、勢いよく振る。

刀身はまた切り込みではなく、皮にぶつかり激しい火花を出す。そして、キリトは前回よりも更に吹き飛び、剣は突き刺さる。

 

「どわあ‼︎」

 

「嘘だ…!そんな事が…⁈」

 

ユージオは驚愕の表情を見せる。

キリトが放った単発SSホリゾンタルはギガスシダーの鋼鉄よりも遥かに硬い皮に浅く刺さっていたのだ。

 

「天命は減っていない。だけど、それは皮に刺さったからだ。柔らかい切れ込みに入ったら…どれだけの天命が減るか…」

 

「言っただろ?最初から出来ないなんて、言うもんじゃないだろ?」

 

「……そうだね」

 

ユージオは初めて心の底から浮かべた笑みをキリトに見せた。

そのことにキリトは少し安堵する。いつも暗い雰囲気を出しているユージオにどこか、昔の自分を重ねてしまっていたからだ。だが、原因はアリスたちのことなのは間違いない。

 

「…今晩、彼女に聞いてみるか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、キリトは現在自室として使用している部屋にセルカを招いた。彼女は既に修道服ではなく、すぐに寝れるように私服に着替えてキリトを待っていた。

風呂から上がったキリトは部屋で待っていたセルカに「こんな夜に来てくれてありがとう」と言う。

 

「それで…話って何?」

 

「君のお姉さん…アリスについてだよ」

 

「姉様の?…どうして?」

 

「ユージオから聞いたんだ。アリスとイーディスって子が、整合騎士に連れて行かれたことを…」

 

それを聞いた途端、セルカを目を大きくさせ、キリトの服に掴みかかる勢いで逆に質問を返す。

 

「本当に⁈ユージオが⁈」

 

「あ、う…うん…」

 

「ご、ごめんなさい…!つい…」

 

セルカは落ち着いたらしく、もう一度ベッドに座る。

そして…ゆっくりと話し始める。

 

「私がまだ4歳の時、ユージオはいつも屈託なく笑っている明るい男の子だったわ。でも、姉様とイーディスお姉様が居なくなってから、笑顔が消えた。それに他の人とも関わらなくなって…次第に孤立しちゃった。ユージオがあんなことになったのは、半分は私たちが悪い。彼のことを…散々に責めてしまったから…」

 

「…ユージオは、誰も憎んでたり、恨んでる様子はなかったよ。過去の呪縛に囚われているようではあったけど…」

 

「そうなの…。でも、よそ者と等しいキリトにそんな事を話すってことは、心を開いたのね、あなたには…。それだけでも大きな進歩よ」

 

セルカの憶測は恐らく正しいだろう。

ユージオの心に住まう悲しみは徐々に薄れている感じではある。その証拠がキリトに見せたあの笑顔だ。

 

「こんな話をしてごめんなさい。遅いから、もう寝るね」

 

「ああ、俺こそ夜に呼び出してごめん。おやすみ」

 

セルカも「おやすみなさい」と言い、部屋から出ようとする。しかし扉の前で止まり、キリトに今日最後の質問をする。

 

「そういえば…姉様たちは禁忌目録の何を違反したか…ユージオから聞いたの?」

 

「確か…果ての山脈を越えて、誤ってダークテリトリーに侵入してしまったから…とユージオは言ってたな」

 

「果ての山脈…」

 

セルカは最後にそう呟き、キリトの部屋から出て行った。

彼女の最後の質問と表情にキリトはどこか気になって仕方がなかった。

しかし、キリト自室も『冰龍の剣』を振ったことで疲れてしまっていたために、すぐに眠りに就いてしまうのだった。




【補足】
『伝説の聖剣』
原作ではココット村で刺さっていたヒーローブレイド(片手剣)ことです。今作では盾は出てこないで、一本の太刀となります。


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第6話 果ての山脈(前編)

その日もいつも通りだった。

教会の祈りを終え、朝食を食べ、ユージオのところへ赴こうとした時、シスター・アザリアに「ちょっと、よろしいですか?」と声をかけられ、止められる。

 

「はい、何か?」

 

「セルカを見ませんでしたか?今日は安息日だから、休んでも良いのですが…姿を見せないのは今回が初めてで…」

 

「いや、見てないですね…」

 

「そうですか…。失礼しました。セルカを見かけたら、教えて頂きたいです」

 

「分かりました」

 

シスター・アザリアはすぐに背を向けて、教会の中へと戻って行った。

すぐにキリトはユージオがいつもいるギガスシダーの大杉に向かい、セルカがいないことを話した。

 

「そうなんだ…」

 

「ユージオはセルカが行きそうな場所に心当たりはないか?」

 

「さあ、ここ数年彼女とは口も聞いてなかったし…。キリトはないのか?」

 

キリトは昨晩のことを思い出す。セルカはアリスの犯した罪について聞いた。そして、小さく『果ての山脈…』とだけ呟いていた。

 

「昨日、セルカにアリスの罪、『果ての山脈』でのことを話した。もしかして…彼女は『果ての山脈』に向かったのかもしれない」

 

それを聞いたユージオは焦燥の表情を作る。

 

「それはマズいよ!早く連れ戻さないと、セルカも…!」

 

ユージオはすぐさま、果ての山脈の方向へと駆け出す。キリトも急いで後を追う。本当に向かってるかは分からないが、キリト自身も動かないではいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトとユージオが果ての山脈の洞窟前に着く頃には2人とも息が絶え絶えになっていた。傍の川からは小さな氷塊が流れ落ちていて、ユージオが話した氷のことだろうとキリトは思った。

 

「この先が果ての山脈の中で、暗黒界に繋がってるのか?」

 

「そうだよ。子供の時は僕も驚いたよ」

 

洞窟の中は暗く、数メートル先も見えない。このまま進むには危ないと思い、ユージオに一旦、村に戻り灯りを取ってこようと言おうとした時、彼はポケットから猫じゃらしに似た植物を取り出した。

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント・アドヒア」

 

魔法の呪文を言い出したと思えば、猫じゃらしの箇所が黄色く輝き始めた。

 

「ユージオ、それ…!」

 

「ん?もしかしてキリト、これも覚えてないの?神聖術だよ。最も簡単なやつだけどね」

 

「その…『システム』とか、『ジェネレート』とか意味分かってるのか?」

 

「意味?分からないけど、詠唱だから知ってるだけだよ。さあ、急ごう!」

 

ユージオはさっさと中に入ってしまう。

急に神聖術と言う魔法を使い始めたことで、キリトは少々驚いていた。SAOの世界では存在しなかった神聖術に、SAOでも存在したモンスターが混在している世界…。ますます謎ばかりが募っていく。

ともかくキリトもユージオの後を追うのだが、徐々に冷気が洞窟の奥から流れてきた。

 

「さ、寒いな…」

 

「この上は永久凍土の世界だからね。しかもその世界は、あの冰龍が作り出したと言われているしね」

 

「ひ、冰龍ってそこまでの力を持つ存在なのか…」

 

今更ながら、あの剣を少し扱える自分が怖くなってきたキリト。

1つの自然を意のままに操れる龍…キリトもそんな龍とはもう逢いたくないと思っている。

 

(ミラバルカンみたいなやつは…もうごめんだ)

 

そんなことを思いながら先へと進んでいると、ユージオが不安そうに話を持ち掛けてくる。

 

「もし…セルカがダークテリトリーに入ってしまったら…どうしよう…」

 

「…整合騎士とやらが、罪人を捕まえに来るんだろ?だったら、その前に村から出て、誰も知らないところへ逃げればいいだろ?」

 

呑気に言うキリトにユージオは一瞬絶句するが、すぐにその考えを否定する。

 

「そんなの無理だよ…。天職もあるのに…」

 

「俺は天職も何も分からない、居候の身だ。俺が連れて逃げれば、文句ないだろ?」

 

「キリト…どうして、そこまでしてくれるの?」

 

「そもそも、俺がアリスの話をしたのが原因だし、何より…」

 

「何より?」

 

「充ても分からない、金もない俺を助けてくれたユージオ、セルカ、アザリアさんなどの人たちに恩返ししたいだけだよ」

 

その言葉にユージオの瞳が揺れ動く。

その時、洞窟の奥から女性の悲鳴が響き渡った。その声は聴き間違えるはずがなかった。セルカのものだ。

 

「セルカ…!」

 

「急ごう‼」

 

悲鳴のした方向に走ると、広い場所に出た。

中には青色の結晶が至る所から生えており、中心には金貨や宝石の山が積み重なったおり、その横には龍の骨が置かれていた。あれがユージオが話していた冰龍の亡骸なのだろう。

だが、それよりも気になったのが松明を持った謎の集団だった。

緑色の体色で、人間に近い姿であるが、人間ではない。それぞれの手に武器を持っており、そこには赤い血や黒く凝固した何かがこびり付いている。

 

「あれは…?」

 

「多分、ゴブリンだと思う…。ダークテリトリーにいるはず、どうしてここに…」

 

ここはダークテリトリーと繋がっている。普段人界の人が近付かない、このような場所では彼らも自由に行き来することが出来るのだろう。その証拠に荷車には豚や羊といった家畜が首を切られて乗っている。他にも使い捨ての武器が山のように置いてあり、何回もここを行き来していることが推定出来た。

その豚の死体たちの中に…人影が見えた。

それは腕と足を縛られたセルカだった。

ユージオは思わず、それを見た途端に大きな声を上げてしまう。

 

「セルカッ‼」

 

「ば、馬鹿…!」

 

もちろん、その大声に反応したゴブリンたち全員はキリトとユージオを発見する。

黄色い不気味な目がギロリと動き、思わずユージオは固まってしまう。

 

「おい、今度はハンター…いや、また白いイウムが2匹やって来たぞ?」

 

「今度は男か…。どうしちまおうか…」

 

(いや)らしい笑みを浮かべながらキリトたちを見てると、暗闇から他の奴らよりも明らかに巨躯なゴブリンが大鉈を肩に置きながらやって来た。更にキリトたちを視認すると、「ケッ」と唾を飛ばす。

 

「男のイウムなんざ、売れもしねえ…。ここで殺して肉にしてしまえ…」

 

そう告げると、奴らの目付きが一気に変わった。

各々(おのおの)の武器を向け、ゆっくりと2人に迫ってくる。キリトは一旦ユージオと共に結晶の後ろに隠れ、作戦を伝える。最初は見つからないように助けたら、ただ逃げるだけで良かったのだが、見つかってしまった以上、戦うしかない。

 

「ユージオ!いいか?俺の合図でここから飛び出して、奴らに体当たりをするんだ!俺は向こうにある武器の山に行く!」

 

「そ、そんな!逃げようよ!」

 

「セルカを置いて逃げれるか!いいから行くぞ!」

 

キリトはゴブリンたちが近付くのを待つ。奴らも人数が多いから油断してるはずだ。

 

「今だ!」

 

キリトが先陣を切ると、ユージオも数秒遅れて飛び出す。

突然の奇襲にゴブリンたちに一瞬の焦りが生まれる。キリトは1体を突き飛ばし、彼らの間を抜けていく。ユージオも勇気を振り絞り、2体程突き飛ばす。

そして、キリトは一番手頃な片手剣をユージオに投げ飛ばす。

 

「ユージオ!それで近くに来る奴らを追い払え!」

 

「そんな簡単に言わないでくれ!」

 

ユージオは剣を掴みはするが、へっぴり腰で全く当てられそうにない。だが、それとは別にユージオには大きなアドバンテージがあった。腰につけている神聖術で光る猫じゃらし…これを見ると、ゴブリンたちは怯えるように下がる。

 

「…!そうか!奴ら、この光が苦手なんだ!」

 

キリトも武器の山の中から、適当に取る。

 

「流石に高レベルの武器はないか…」

 

SAOで言う初期武器:ハンターナイフの形状に近いものを握り、鞘を抜く。

戦闘の意志を見せるキリトたちに巨躯のゴブリンは吠えて威嚇する。その奇声に流石のキリトも少しビクつく。

 

「貴様ら…この『ギアノス狩りのウガチ』様に盾突くのかぁ⁈」

 

キリトは取り囲むゴブリンの数に言葉が出なくなりそうだったが、拘束されているセルカを見て、頭を横に振って嫌な考えを吹き飛ばす。

 

「いいや!盾突くんじゃない‼勝って…セルカを救うんだ!」




【補足】
『豚や羊』
こいつらはプーギーやムーファ(MHXXで登場)だと思ってくれ。


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第7話 果ての山脈(後編)

「いいや!盾突くんじゃない‼勝って…セルカを救うんだ!」

 

キリトの言葉にウガチはイラついた表情を更に濃くさせる。

その間にもキリトは敵陣の中に単身突っ込んでいく。剣を振って攻撃して来るゴブリンたちだが、キリトは避けながらも手に持つ剣をゴブリンたちの腹や腕を切り落としていく。そこから溢れ出る鮮血が剣やキリトの身体にこびり付くが、構わずウガチのところへ突っ込んでいく。恐らく、ゴブリンのリーダーと思われるウガチを倒せば、今いる集団も逃げ帰ると踏んだからだった。

更に前方から突っ込んでくるゴブリン2体を倒し、後方から奇襲を仕掛けた奴も断頭する。その様子を見たユージオは、ただ「凄い…」と遠くで一言で呟く。ウガチもキリトが只者ではない事を認識したようで、大鉈をきちんと構える。

そして、キリトはすぐにウガチの前に迫る。

互いに剣をぶつけ合い、火花が飛び散る。ウガチの方が力は強いので、キリトは若干押され気味だが、巧みなステップを刻み、翻弄する。大きな巨躯が仇となり、キリトはウガチの股下を掻い潜り、背中を一太刀する。

 

「があッ⁈この野郎!」

 

キリトは剣に力を込めるが、使いたいソードスキルが発動しない。

 

(くそ…武器レベルが低いからなのか?)

 

そんなことを思いながらも、別のソードスキルを思い出すと、それは使えるのか即座に刀身にライトエフェクトが出る。

3連撃SSシャープネイルだ。

 

「ふっ‼︎」

 

ウガチの攻撃を避け、まず腹に十字の剣撃を打ち込み、最後に巨大な腕も意図も簡単に切断した。ウガチは悲鳴を上げることもせず、ただ仁王立ちしたので、キリトはこれで倒したのだと思い込んでしまった。

ふと視線をウガチに再び向けた時、キリトに刃が迫っていた。

それはキリトの腕を抉り、血を撒き散らした。

 

「うあッ⁈」

 

「‼︎キリトッ‼︎大丈夫かッ⁈」

 

ユージオの心配する声が洞窟内に轟く。

キリトは斬られた腕を抑え、歯を食い縛る。

 

(この痛み…もう2度と味わいたくなかったぜ…!)

 

SAOでも感じた痛烈な激痛にキリトは懐かしみを感じると同時に忘れかけていた恐怖を感じた。本物に近い、死の恐怖に…。

それはウガチも同様で切断された腕を抑えている。更にキリトに恨みの視線を送りつつ、自らの爪で傷口を塞ぐ。その時に大量の血が噴水の如く噴き上がり、ウガチの目は黄色から赤く血走る。

 

「貴様ァ…‼︎許さん…許さんぞォ‼︎」

 

ウガチの殺気にキリトは気付き、腕を抑えながらも立ち上がる。

 

「お前は絶対に殺す…!その肉をバラバラにしても飽き足らんッ‼︎」

 

ウガチは剣を再び握り締める。

キリトも痛む腕を放置しつつ、再びソードスキルを叩き込む。

今度は耳を切断し、更に目も貫く。

しかしこれでもウガチは倒れない。むしろ凶暴性が更に上がり、キリトの胸ぐらを掴み上げると、結晶に叩きつける。

 

「ごはっ…!」

 

そして…剣を逆手に持ち替え、キリトの頭部に突き刺そうと構える。

ユージオはその様子を見ているだけで、身体がすくんで動かない。

 

(怖い…。僕は…あの時と同じだ…。いつまで経っても…変わらない…)

 

ユージオの脳裏にアリスとイーディスが連れ去られる記憶が蘇る。

あの時もユージオは誰かに『助けに行け‼︎』と言われていたのに、全く身体を動かせなかった。今回も同じように幕が降りるのかと思っていると、耳元に少女の声が聞こえた。

 

《ユージオ…大丈夫…。行ける…。絶対に…キリトを守れるよ…》

 

「!」

 

すぐに振り向くが、そこには何の気配もない。

 

(今の声は…)

 

聞き覚えがある声だったが、その前にやることがある。

ユージオは唇から血が垂れる程に噛み、勇気を振り絞って声を上げた。

 

「キリトオオォッ‼︎‼︎」

 

その声にもちろんウガチも反応し、そちらを向く。

ユージオは剣を適当に振り回すと同時に光る猫じゃらしを向けて、相手を翻弄する。光に怯むウガチだが、剣術がゼロのユージオの攻撃は意図も簡単に受け流される。

 

「僕がッ‼︎キリトを…‼︎みんなを…‼︎守るんだぁッ‼︎」

 

ここでウガチの表情が怪しく笑う。

キリトはユージオに急いで叫んだ。

 

「ユージオ‼︎離れろッ‼︎」

 

その警告も虚しく、次のユージオの攻撃を弾いたウガチはその刃をユージオの腹に突き立て、遠くに投げ飛ばした。

 

「がはっ…」

 

か細い悲鳴が洞窟に響く。

ユージオが飛ばされた方向にキリトは駆け込み、傷口を見る。

そこからは大量の血が溢れ出て、ユージオは吐血する。

 

「ユージオ!しっかりしろ‼︎どうしてこんな無茶を…!」

 

ユージオは枯れ切った声で答える。

 

「子供の頃…出来なかった事を…しようしただけだよ…。それに…アリスの声が…聞こえたんだ…。キリトを守れ…る…って…。その通りに…なった、じゃ…ない…か……」

 

そこまで言って、ユージオは意識を失ってしまう。

ユージオは恐怖に打ち勝ち、自らを犠牲にしようとしてまでキリトを守ろうとした。

 

(それなのに…俺は…)

 

背後からウガチが静かに歩み寄って来る。

ユージオの最期を看取らせてやろうという思いやりはないのだろう。

だが、ウガチは一瞬キリトを斬ろうとする行為を止めてしまう。

キリトから放たれる圧倒的な怒りと殺意に、怯んだのだ。

そして…キリトの怒涛の反撃が始まる。

 

「はあああああああああぁッ‼︎‼︎」

 

キリトの連続攻撃に片腕しか残ってないウガチは一気に押される。

だが、ゴブリンとしてのプライドか、諦めることはない。

 

「白イウムが‼︎調子に乗ってんじゃねえ‼︎」

 

キリトの剣を1回弾き、歯を剥き出しにして肉を食い千切ろうとする。

キリトは身体を回転させて避けながら、ウガチと距離を取る。

 

「俺はイウムなんて名前じゃない‼︎キリトだッ‼︎」

 

「だから⁈テメエの名前なんかどうでもいいんだよ‼︎」

 

迫り来る巨躯にキリトは剣を構えて、更なるソードスキルを発動する。2連撃SSバーチカル・アークだ。

最初の一撃はウガチの剣を砕き、2撃目で首を跳ねた。

甲高い悲鳴の後にウガチの身体は永遠に動かなくなる。キリトはその首を他のゴブリン共に見せつけるようにして、大声を上げる。

 

「お前らの親玉を倒した!まだ戦い足りない奴は俺に挑んでこい‼︎死にたくないなら、今すぐ闇の国に帰れ‼︎」

 

この発言はゴブリンたちには相当なインパクトだったようで、ものの数秒で全てのゴブリンが奥の洞窟へと逃げ帰って行った。

キリトは剣を捨てて、すぐにユージオの天命を確認する。彼の天命は今も着々と減少しており、1分もすればゼロになってしまう程だった。

 

「くそっ!」

 

キリトは拘束されているセルカの縄を解き、急いで叩き起こす。

 

「セルカ!起きてくれ!」

 

「ん……キリト、どうして…私…」

 

「説明はあとでする!ユージオが大ケガしたんだ!」

 

それを聞いたセルカは目を大きく見開き、遠くで鮮血の海に倒れるユージオに視線が釘付けになる。

 

「む、無理だよ…。私の神聖術じゃ、こんな傷治せない…。姉さまじゃないと…」

 

「セルカ!」

 

キリトはセルカの肩を掴み、叫びに近い言葉をかける。

 

「ユージオは君のために傷を負ったんだ!アリスのためじゃない!このままじゃ…折角セルカを助けたのに、ユージオが死んでしまう!頼む…セルカの力が必要なんだ‼」

 

「キリト…」

 

キリトの懇願に、セルカは賭けに出る。

 

「普通の治癒術じゃ、治せない。高位神聖術を試すけど、失敗したら私もキリトも死ぬ。それでも構わない?」

 

「…それしかないなら、やってやる」

 

「左手を貸して」

 

キリトの左手を握ったセルカはユージオの左手を握る。

そして、詠唱を開始する。

 

「システム・コール。トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ。ライト・トゥ・レフト!」

 

途端にキリトとセルカの手が輝き、ユージオへと流れる。

 

(俺とセルカの天命を、ユージオに渡してるってことか…)

 

すぐにユージオの腹に空いた傷がゆっくりと塞がり始める。だが、完治とまでは未だに行きそうもない。

すると、キリトの意識が急速に薄れ始める。まるで血液が急激に減った時に意識を失うのと同じように、この世界では天命の減少はやはり意識の維持に関わることがよく分かる。

 

「キリト、大丈夫?」

 

「ああ…大丈夫だ…。もっと…ユージオ…に…」

 

意識の次は呂律が回らなくなる。

視界も歪んで、ちょっとでも気を抜けば意識が飛んでしまいそうだった。

その時…。

 

『キリト…ユージオ…。待ってるわ…。セントラル・カセドラルの最上階で…。ずっと待ってるよ…私たち…』

 

背後から聞こえた少女の声。

意識がほぼないに等しいキリトでもはっきりと聞こえた。

ゆっくりと振り向くと、天空へと消えゆく金色の長髪を有した少女…その後ろには灰色の長髪の少女が目に入った。どこか懐かしく感じながらも、記憶にないキリト。更に目尻からは涙が溢れる。

 

「君たち…は…」

 

『焦らないで…。いつまでも待ってるから…。会える時を…楽しみにしているよ…』

 

「誰……」

 

そこでキリトの意識は限界を迎え、ユージオの上に倒れる。

 

「キ、キリト⁈」

 

意識を失っても、彼の手は輝きを失っていなかった。



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第8話 旅立ち

ユージオは大きく斧を振り上げ、一気に切れ込みへと振り下ろす。

だが、本日最後の一撃は硬い皮に当たり、甲高い音を鳴らすだけで終わる。

 

「はあ…」

 

ユージオは溜息を吐きながら、つい3日前に貫かれた腹に触れる。

あの後は大変だった。

キリトが意識を失った後にユージオがすぐに目を覚まし、セルカと共に果ての山脈の洞窟から脱出した。シナット村に着いてから、ユージオも疲れで再び気絶してしまい、2人とも完治したのは本日であった。

身体がガチガチに固まってしまっているため、ユージオも斧を当てることが上手く出来なかった。

 

「調子悪いようだな。ユージオ、俺が変わるよ」

 

キリトは冰龍の剣を握りながら、そう言う。

 

「またそれ使うのか…。今回は少し期待しておくよ」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

今回のキリトはいつも以上に自信がありそうだった。

あの洞窟でのゴブリン戦で、キリトの扱える武器優先度がかなり向上したことで、この冰龍の剣も楽に持てるようになり、更には強力なソードスキルを扱えるとキリトは踏んでいる。

その証拠に刀身が緑色に輝き、一気に振り切ると、今までの斧が当たる音よりも大きい、かつ重い一撃がギガスシダーに打ち込まれる。

途端に天命が今まで見たことない速度で減少する。見た感じでも切れ込みが大きく抉れているのが明確だった。

それを見たユージオは圧倒され、呆然してしまう。

そんなユージオにキリトは剣を渡す。

 

「この剣はユージオのものだ。お前が使うべきだ」

 

「…キリト、頼みがある」

 

ユージオは剣を置くと、膝を着いて土下座する。

 

「キリト!僕に…僕に剣術を教えてくれ‼︎僕は…諦めてばかりだった。何をやっても無駄だだとか…僕には無理だとか…理由を付けて逃げてきた。あのゴブリンの時だって…僕は逃げそうになった。でも…もう逃げたくない!アリスとイーディスを助けたい‼︎そのためには、この剣を扱えるようにならなくてはならないんだ‼︎お願いだ…!キリト…!」

 

熱く語っている間にユージオは自身の目が熱くなっていくことに気付く。ここまで自分の気持ちを伝えたのは初めてだったかもしれないとも思った。

 

「当たり前だろ。俺はユージオのパートナーだ。でも、そんなに甘くないぞ?」

 

「ああ、是非そうしてくれ‼︎あ、そういえば…キリトの剣技の流派は何?」

 

「流派?そうだなあ…」

 

キリトは自らのソードスキルの流派は何かなあと暫し考える。

すぐに名前が思い付いたキリトはニヤッと笑って、ユージオに言った。

 

「アインロック流だ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

それからキリト教官による剣術を教わる時間が一気に増えた。

斧をほぼ振らず、冰龍の剣を使い慣れることとソードスキル発動の練習を何十回と続けた。もちろんど素人のユージオは全く使えない。雨が強く降っても、風が強くても毎日、鍛錬を積み重ねた。キリトも非常に苦労したが、更に3週間後…遂にユージオに大きな変化が現れ始めた。ユージオが振る剣にライトエフェクトが漸く走るようになったのだ。

これでソードスキルが扱えると思ったキリトは、ギガスシダーにぶつけるように言った。その鍛錬を続けること更に1週間…とうとう、その時はやって来た。

 

「ユージオ、残り3000ちょっとだ。いいぞ?」

 

ギガスシダーの天命を伝えたキリトはユージオに合図を送る。

ユージオはというと、「はあ…」と深呼吸して、鞘から剣を引き抜く。そして…単発突進SSソニックリープを放つ。

 

「はああああああああああぁぁ‼︎」

 

ズーン…と重たい振動音と金切音が周囲に鳴り響く。更に近くの鳥たちが一斉に逃げる。この成長ぶりにキリトも驚きを隠し切れなかった。

そして、ギガスシダーの大杉はバキバキと音を立てながら、倒れていった。あまりの大きさに周囲の森にいる生物全ては逃げ出し、倒れた時に地震と間違える振動と砂埃が発生する。砂埃や振動が無くなった後に、ギガスシダーを見ると、キリトたちに巨大な切り株だけが残り、上部は横に倒れていた。

暫し呆然としている2人だったが、ユージオはポツリと呟く。

 

「夢みたいだ…。こんな日が来るなんて…」

 

「…そうだな」

 

「キリト、僕は漸く分かったよ。僕は…君と出会うために7年間、ここで待ち続けていたんだ」

 

「俺も…ユージオと出会うために、この杉の下で寝ていたんだ」

 

「寝てた?せめて待っていたと言いなよ」

 

「そうか?」

 

2人はそこで抑え切れず、大きく笑い転げた。

 

 

 

 

 

 

その晩、ギガスシダーの大杉が倒されたことを記念に祭りが開催された。主人公はもちろんユージオで、既に舞台の上に立っている。腰に冰龍の剣を携えて…。

 

「見事、あの悪魔の大杉を切り倒したユージオは転職を全うした‼︎掟に則り、ユージオには次の転職を決める権利が与えられる。ユージオ、何がいい?」

 

「僕は…剣士になりたいです!」

 

その発言に村民全員が言葉を失う。

 

「僕は剣士になって…央都に駆け上がります‼︎」

 

それを聞いた村長は何かを悟ったような表情を作る。

 

「…そうか。理由は聞かない。掟は破ってないからな。シナット村の村長として、新たな転職『剣士』になることを認める!」

 

村長の宣言と共に歓声が湧き上がる。

この日は夜が更けても、祭りは続くのだった。

 

 

 

 

 

その頃、キリトは例の伝説の聖剣が刺さっている場所に立っていた。

自分から来たのではなく、この剣に呼ばれたかのようだった。

 

「……」

 

キリトは再び剣の柄を握り締め、力を込める。これもほぼ無意識で、何故か…抜けるような感覚があった。

 

「…っ」

 

ゆっくりと上へと引き上げると、意図も簡単に剣は抜けた。

その途端、刀身は太陽の光を超える程の光量を出し、村全体を明るくさせる。あまりに眩しすぎて、1番近くにいるキリトはまともに目を開けることも出来ない。だが、その光の奥…そこに1体の龍が居た。

 

「あれは…」

 

それは影だけで容姿はほぼ分からない。

ただ翼を持つ龍としか分からない。

しかし、その光はものの数秒で消え、剣は錆び付いたような姿に戻ってしまう。

 

「何だったんだ…今のは…」

 

キリトが剣から視線を逸らすと、周囲には村民が群がっており、あの伝説の聖剣が引き抜かれたことに驚愕しているようだった。

そして、1人の村人がこんな事を言い出した。

 

「英雄だ…!伝承にあった英雄だ‼︎」

 

そんなことを言い出すと、村民は全員頭を下げる。こういう事に慣れていないキリトはただ困惑するばかり。なので、キリトは釈明するように村民に言う。

 

「いや…ただ剣が抜けただけだから…頭を上げてくれ…」

 

そう言っても、村民は全く頭を上げようとしない。

キリトはどうしたら良いものか…頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

朝、央都に旅立つ前にユージオはセルカと会うために、教会の裏の井戸に寄った。もちろんセルカがおり、ユージオの来訪に少し驚く。

 

「ユージオ!」

 

「セルカ、最後に話があって来たんだ」

 

ユージオはセルカの目をしっかりと見て、話を始める。

 

「僕は今日、王都に向かう。その目的は言うまでもない。アリスとイーディスを救うためだ!…僕はあの時何も出来なかった。随分遅くなったけど、僕は漸く2人を救えるだけの力を手に入れることが出来た。だから…待っててほしい。この村で…僕が2人を連れて帰ってくるのを…」

 

そんな事を話していると、教会の中からもう1人…少女が姿を出す。

 

「…その話…本当?」

 

「メアリ!」

 

メアリはイーディスの妹だ。ユージオは彼女の瞳も強く見ながら、しっかりと「本当だ」と返す。

 

「…じゃあ、お願い。絶対…3人でこの村に帰ってきて。いつか…必ず」

 

「ああ」

 

ユージオは2人を抱き締める。

2人を悲しませないために…ユージオは今日、起つ。

 

 

 

 

 

 

キリトはユージオが来るのを待っていたが、ユージオの他にもセルカとメアリがやって来た。後者の2人は見送りらしい。

 

「ユージオ、行こうか」

 

「キリト、大丈夫か?僕よりも荷物は多いと思うんだけど…」

 

「ああ…結構肩が辛いよ…」

 

キリトが左肩で担いでいる袋の中には引き抜いた聖剣の他に、ギガスシダーの天辺の枝も入っている。枝と言ったが、それでも太くて重い。これはガリッタに持っていけと言われたもので、どうすれば良いかも全て教わった。

 

「でも、この杉が武器になればこの上なく嬉しいことだよ」

 

ユージオは頷き、同じく荷物を担ぐ。

出発しようとした矢先、セルカが言う。

 

「さっき…『3人』で帰ってくるって言ってたけど、ユージオ…『4人』で帰って来て。絶対に」

 

「ユージオ、キリト…だっけ?お願い、お姉ちゃんとアリスお姉ちゃんを絶対に助けて。約束だから!」

 

キリトとユージオは顔を見合わせ、頷く。

 

「ああ、約束だ。アリスとイーディスを絶対に連れ帰るよ」

 

「勿論だ。俺とユージオにかかれば、何でも出来るんだからな」

 

『それは言い過ぎ』と言おうとしたユージオだったが、それで喜ぶ2人を見て、敢えて何も言わなかった。

 

「さて、行こうか。キリト」

 

「ああ」

 

キリトとユージオは旅立つ。先は果てしなく続く道だけ。何が起こるかなんて全く分からない。それでも2人共同じ事を思っていた。

 

 

 

 

2人でいれば、どんなことでもやり遂げ、突破出来ると…。



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第9話 プロジェクト・アリシゼーション

結城明日奈は暗い部屋の中、菊岡と対面していた。

その横には巨大な画面にそこには見たこともない建造物が映されている。更には見たこともない形の機械が何十、何百と置かれている。

だが、明日奈は画面に映っているもの、機械のこと、何もかもがどうでも良かった。

彼女が聞きたいことはただ1つ、それは…。

 

「キリトくんはどこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この事態になる1週間前、菊岡は桐ヶ谷和人の母親、直葉、そして明日奈を一室に案内し、とある提案を薦めてきたのだ。

 

「桐ヶ谷和人くんを治療出来る施設を提供します。今のままでは、和人くんを治療しても、確実に障害が残ってしまうでしょう」

 

「有難い話ですけど、何で急にそんな事を?」

 

涙の跡が残る明日奈は少し圧をかけながら、菊岡に質問する。

 

「恋人である明日奈くんだって、完治した和人くんが戻ってくることに何か不満でも?」

 

不敵な笑みを浮かべる菊岡に、やはり明日奈は信用しきれなかった。

それは直葉も同じようで、更に質問をする。

 

「施設って…それはどこのことなんですか?」

 

「それは今は言えない。何せ、恐らく世界に1つしかない治療方法なのでね…」

 

その解答を聞いても、2人は全く納得していない様子だった。

それは菊岡も分かっているようだった。

 

「それで…お母様、どうしますか?」

 

「本当に、そこで和人が助かるのですか?」

 

「保証します」

 

和人の母は小さく頷き、「お願いします」とか細い声を出した。

和人が元に戻ってくれるなら良い…と思う明日奈だが、心の中では菊岡が良からぬ事を考えているのではないかと渦巻く。

菊岡は「分かりました」と言い、部屋から先に出て行く。

明日奈もすぐに後を追うように部屋から飛び出して、車に乗り込もうとする菊岡の胸ぐらを掴んで捕まえた。それを見た運転手は「菊岡二等陸佐に何をする!」と思わず叫んだ。

 

「二等陸佐?」

 

()めたまえ。君はそのまま運転席にいるんだ。私は大丈夫だ」

 

明日奈は菊岡の胸ぐらから手を離し、少し息を吐いて落ち着く。

 

「私にだけ、詳しく教えて。あなたは何かを隠している。誤魔化せないわよ!」

 

強い殺気を菊岡に向ける明日奈。

それに屈したのか…それとも元々明日奈がこう動いてくることを読んでいたのか、菊岡は眼鏡を上げて、懐から小さな紙切れを出して明日奈に渡す。

 

「1週間後、ここに来たまえ。迎えを寄越すよ。ただし、他言無用で。その約束を守れないなら、私は明日奈くんを連れて行くことは出来ない」

 

「……」

 

菊岡が差し出す紙切れを乱暴に掴み取り、明日奈はそれを鞄に押し込む。後ろから「明日奈さーん!」と呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「明日奈さん、菊岡さんと何を話してたんですか?」

 

明日奈は先程の話をしようと思ったが、菊岡の発言を思い出して、グッと飲み込む。

 

「いいや、何も話してないよ?…私、最後にキリトくんに会ってから帰るよ」

 

明日奈の背中を見る直葉、そこから感じる違和感に何とも言えないものがあるように思えるのだった。

 

 

 

 

 

ー1週間後ー

明日奈は菊岡に指定された場所に立っていた。時間もほぼぴったりで辺りには人の気配はない。騙されたのか…それともそもそも連れて行く気がないということなのか…。

そんな考えを巡らせていると、何かが近付いてくる音が徐々に大きくなっていく。すぐに上空を見上げると、軍用ヘリがこちらに着陸しようとしていたのだ。明日奈は思わず「嘘⁈」と声を上げて、急いでヘリから離れる。

着陸したヘリからスーツ姿で髪を刈り上げた男が出てきて敬礼する。

 

「結城明日奈様ですね?菊岡二等陸佐からの命を受けて、お迎えに参りました。どうぞ、お乗りください」

 

「は、はい…」

 

明日奈は必要以上に身構え、ゆっくりとヘリの中に乗る。まさかヘリに乗るとは思わず、周囲を眺めていると、先程の男が明日奈に何かを差し出した。

 

「…目隠し?」

 

「今回向かわれる場所を特定されたくないのです。ご協力願います」

 

明日奈が断れるはずもなく、目隠しを付ける。視界が暗闇に包み込まれ、一気に不安感が増す。それと同時にヘリが離陸したことが分かる。ここへ来て、明日奈は今自分が大変危険な状況にいるかもと、後悔し始めていた。

だが、考えてみればそうだ。菊岡は元々総務省の人間で、今はこの自衛隊たちを従えるほどの存在だ。一市民の明日奈がどうにか相手に出来るはずがない。

それでも…明日奈は恐怖に屈しなかった。

それはただ唯一の希望のためだ。

 

(キリトくん…待ってて…)

 

 

 

 

どのくらい時間が経っただろうか…。

明日奈もウトウト眠気に負けそうなところで、声がかかった。

 

「目隠しを外してもらって結構ですよ」

 

それを聞いて、明日奈はゆっくりと目隠しを外した。久々の太陽の光が眩しかったが、それよりもヘリの下に聳そびえる建造物に思わず度肝を抜かれる。

大きさは…検討も付かない。中央にピラミッド状のものがあり、表面は青黒い太陽光パネルで覆われている。しかも、その周りで海が波打ってることから、この建造物自体が『動いている』のだ。

明日奈は驚愕のあまり、その建物に見惚れる。すると、ヘリの運転手が連絡を入れた。

 

「オーシャン・タートル、第1ヘリポートに着陸します」

 

「オーシャン・タートル?」

 

「この建物…いや、船の名前ですよ。それらの詳細は、菊岡二等陸佐が全て教えてくれるでしょう」

 

全ての謎を解明する鍵は菊岡だ。

明日奈はあまり表立って物を言わず、全ては菊岡に聞くことにした。

 

 

 

 

そして、今に至る。

明日奈は訳の分からない船内を案内されて、漸く菊岡に辿り着いたのだ。何時間ものヘリの旅の疲れなど吹き飛び、明日奈は凛とした声で菊岡に問い詰めた。

 

「キリトくんはどこ?」

 

「…キリトくんは、この船に搭載されているソウル・トランス・レーター…通称『STL』の中にいるよ」

 

「『STL』?」

 

聞いたこともない言葉に明日奈は困惑する。

 

「キリトくんはは何者かの襲撃で脳に回復不能なダメージを負った。現代医学で治すことは不可能だ」

 

それを聞いた途端、明日奈の中でプツンと何かが切れた。

 

「回復…不能?」

 

思わずよろめき、倒れそうになるところを新たにやって来た女性に支えられる。

 

「大丈夫?」

 

どこかで見たことある女性だったが、それよりもキリトに関することで明日奈は精一杯だった。

 

「まあ、『現代医学』での話だがね。だが、ここ…ラースでならキリトくんの治療は出来る。なあ、比嘉くん?」

 

先程から見たこともない機械に向かって何かをしている男…比嘉は答える。

 

「ええ、菊さん。キリトくんの安全は僕と菊さんが保証するから大丈夫っすよ!」

 

「キリトくんは脳にダメージを受けた…。だけど、ここに置いてあるSTLでキリトくんの魂をコピーし、SAOのデータを参考にした仮想世界へと飛ばし、彼のニューラルネットワークを回復させる…と言ったら、1番分かりやすいかな?」

 

明日奈は半分も理解していない。だが、菊岡の言葉に嘘はないと見え、漸く敵意を消すことが出来た。それでもまだ納得はしていない。

 

「じゃあ…何でキリトくんをここへ?それくらい私や直葉ちゃん、おばさまに教えてくれても…!」

 

「さっきも言っただろう?ここは特別な場所…本来一市民でしかない明日奈くんを入れるのにも、かなり苦労したんだよ?」

 

「ここは…何なの?」

 

菊岡は「漸く本題に入れる」と小さく呟き、椅子に腰かけた。

 

 

 

「ここは人の魂を作り出そうとしている場所さ…」

 

「人の魂…」

 

信じられないことを言う菊岡に対して、先程やって来た女性が答える。

 

「そのために私を呼んだの?」

 

「ええ。あの茅場彰彦と同じ研究室で同じ研究をしていた…神代凛子殿をね」

 

神代凛子という女性を明日奈は思わず2度見てしまう。

茅場と同じ研究室にいた事実に驚愕してしまったのだ。

 

「私たちは仮想世界の中で人の魂…つまり『究極の人工知能』を作り出し、それを戦争に応用しようとしているのさ」

 

更に驚愕のことを放った菊岡に明日奈の怒りが再燃する。

 

「それを…キリトくんは知りませんよね?」

 

菊岡は笑ったまま答えない。

 

「キリトくんが…そんなことを許すはずがない…!」

 

「そうよ!私も反対よ」

 

「君たちが何と言おうと、私は実現させる…。いや、もう実現出来る一歩手前まで来てる。完成のためには2人の力が必要なんだ。拒否するつもりは…ないよね?」

 

菊岡の恐れを知らない表情に明日奈は悔しくて拳を握る。

やはり、ただで連れて来てくれた訳ではなかったようだ。

そして菊岡は両腕を広げ、歓迎する様に言った。

 

「ようこそ、ラースへ。そして我らが『Artificial Labile Intelligent Cyberneted Existence』…通称、『アリシゼーション』計画へ…」




超大雑把な説明回でした。
次回も多分そんな感じになります。
あまり説明回って書いてて面白くなくて…申し訳ない。

アンケートは次回までとします。


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第10話 アリスの正体

「アリシゼーション?」

 

「そうだ。人工高適応型知的自律存在、その頭文字を取って…『A•L•I•C•E』。そして…我らが求める条件を達した者の名前も…アリスという少女なんだ」

 

「その少女が…菊岡さん達が求める究極の人工知能…」

 

ここで明日奈は『アリス』という名の少女にどこか懐かしみを感じる。

そう思っていると、その心を見透かしたのか…菊岡は信じられないことを告げる

 

「因みにアリスは、キリトくんやアスナくんたちがかつて閉じ込められた世界…SAOにも居た」

 

「じゃ、じゃあアリスは…!」

 

「アンダーワールド内で作られた人工フラクトライトさ」

 

衝撃の展開に明日奈は着いていけなくなりそうだった。

だが、それだと疑問が残る。

 

「でも…その時のアリスはもう私たちとほぼ同い年で…」

 

「…2年前から、我々ラースは人工フラクトライトの作成に着手してきた。しかし、今みたいに上手く行き出したのは本当につい最近だ。その前は本当に大変で、アンダーワールドを作ることすらままならなかった。ライトキューブクラスターに保存することが限界だった。実験の一環として、1人の人工フラクトライトをSAOにダイブさせた。それが…」

 

「アリスだった…」

 

今に思えば、アリスは確かにどこかおかしかった。あまりに日本人離れした容姿とは裏腹に流暢な日本語を話し、攻略に関しては和人は見たことがあると言っていたが、明日奈は愚か殆どのプレイヤーが見たことなかった。

だが、それもSAOの途中にダイブされていたとしたら…辻褄は通らなくはない。

 

「その時にアリスを回収すれば良かったのではないですか?」

 

「運が悪いことに、SAO内にいたアリスは回収する前に君たちがクリアしてしまい、SAOのデータごと消えてしまった。だから…アンダーワールド内のアリスは…『君たちが知っているアリスだが、全くの別人』と言ったら正しいかな?」

 

つまり、もう明日奈たちが知るアリスは『死んだ』も同然だということだ。そのことに明日奈は軽いショックを受ける。

 

「しかもアンダーワールド内のアリスを回収しようと思ったら、今度は公理教会に持っていかれたせいで、保存出来なかった。つくづく運が悪いよ。だから、その回収方法模索のために神代博士と明日奈くんには来てもらった。だが、キリトくんが回収してくれれば、その心配はなくなるがね」

 

勝手なことを言う菊岡だが、今までの話を聞く限り和人を助けるという言葉に嘘偽りはないことが分かった明日奈は「ふう」と一息吐いた。

 

「…分かりました。菊岡さん達の事情は…。それで…キリトくんに会わせてください」

 

「勿論だ。彼女が案内してくれる」

 

視線の先には看護士がおり、手招きをしていた。明日奈は菊岡たちに一礼してから、急ぎ足で向かう。

その姿を見る神代凛子は手を伸ばし、何かを話そうと思ったが、言葉が出ず…そのまま明日奈を行かせてしまった。

 

 

 

 

明日奈はガラス越しに和人を1週間ぶりに見ることが出来た。

病院着で…頭部はSTLに繋がっており、見ることは出来なかったが…それでも彼の姿を見れただけで心が踊る明日奈。しかし、同時に不安も募る。菊岡たちが言っていた治療法は未だにはっきりしていない。それに和人は現在、アンダーワールドにいる。そこで何をしているのか…そして、何をさせられているかも知らないままだ。言ってしまえば、菊岡たちの操り人形なのかもしれない。

 

「キリトくん…」

 

ガラスに手を当て、じっと見詰める明日奈。

身体はピクリとも動かず、本当に生きているのかも不安になる。先程の菊岡の説明がなければ、また自分を見失っていたかもしれない。

するとそこへ、菊岡から紹介があった神代凛子がやって来た。

 

「彼が…茅場くんを倒した黒の剣士?」

 

「はい。桐ヶ谷和人って言います。私は今もキリトくんと呼んでいますが…」

 

「彼とあなた…いや、SAOプレイヤー全員に聞いておくべき話があるの」

 

神代凛子の目は明らかに揺らいでいた。何故か明日奈を直視出来ていない。

 

「SAOプレイヤーは知らないと思うけど、私は…茅場くんの協力者として逮捕された」

 

その事実に明日奈は驚愕する。

そして、彼女は自分の服のボタンを少し取り、胸元を見せる。そこにはペンダントと小さな傷跡があった。

 

「この傷は…茅場くんに仕込まれたマイクロ爆弾を取り出したものよ…」

 

「!」

 

「私は彼と付き合ってた…。彼がどうしてSAO事件を起こしたかなんて…全く分からない。だけど、これだけははっきりしているわ。彼は、私を…殺す気なんか決してなかった!」

 

神代凛子の訴えを明日奈は静かに聞き続ける。

 

「それに私はただ協力者になったわけじゃない。茅場くんを…殺そうと思って、あの長野の別荘へ向かった。だけど…彼は平然だった。痩せ細って、生気を感じられない彼の口から『困った人だなあ』と言われた時…私は分かった。茅場くんは…私が殺せないことを分かっていたのよ!私があの時…」

 

そこまで言ったところで嗚咽に耐えられなくなった凛子は目線を下げる。それと同時に明日奈は彼女の肩に手を置く。

 

「もう…もう良いです。あなたの想いは充分分かりました」

 

その時に見せた明日奈の表情は憎しみや怒りに囚われておらず、むしろどこか感謝しているような感じだった。

 

「凛子…さん。確かに団長…茅場晶彦は絶対に許されないことをしました。最初は…勿論恨んでいました。だけど、今は恨みとかそういったことは全く思っていません。逆に…感謝しています」

 

『感謝』と聞いた凛子は目を見開く。そんな言葉がSAO生還者(サバイバー)である彼女から聞かされるとは予想していなかったからだ。

 

「茅場晶彦のおかげで…私はキリトくんにも出会えたし…命の大切さを知ることも出来ました。この考えは私だけではないと思います。今も頑張っているキリトくんや直葉ちゃん、詩乃のんにエギルさんも…。だから…そんなに自分を責めないでください、凛子さん」

 

彼女の健やかに笑う姿に凛子は更に涙を溢れさせる。

これで少しだけ…凛子は今まで胸の内に秘めていた重荷が取れた気がする。

明日奈は再び和人を見る。

 

「キリトくん、絶対に戻ってくるよね?」

 

独り言を呟き、明日奈はその隣に設置してあるSTLに視線が動く。

彼女の中である考えが浮かぶ。

あのSTLを利用して、キリトのいるアンダーワールドにダイブすれば…と。しかし、アンダーワールドは現実世界よりも何百倍の速さで時間が過ぎている。今から入っても、彼に会えるのか…。

 

(でも…いつか…)

 

明日奈はゆっくりと和人に背を向けて、ゆっくりと自室に戻る。

その時、和人の手が僅かに動き、誰かに向けて手を差し伸ばしている様な風だった。




【補足】
『アンダーワールド』
今作のアンダーワールドは一から作り出した仮想世界ではなく、SAOのデータを基に新たな世界を作り出している。その証拠にキリトはSAOで見たモンスター、及びソードスキルを使うことが出来る。


無理矢理に等しいこじ付け回でした。
アンケート終了します。結果は想定通りでした。


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アリシゼーション編 第2章 央都ドンドルマ
第11話 黒塗りの一太刀


修剣学院編は個人的にあまり好きではない(例の事件も含めて)ので、ここら辺もサクサクと進めていきます。
それ以降はきちんと書くので、許してください‼︎


「んー!美味い!」

 

キリトは『青い熊の蜂蜜パイ』を頬張りながら、そう呟く。僅かなお金で買った蜂蜜パイの味は最高で、キリトにとってはキツイ学院生活の何もかもを忘れさせてくれそうだった。

だがそれを見透かしたユージオは現実に戻す様な言葉を突き立てた。

 

「あのなあ、キリト…。いくら今日は安息日だからって、ゆったりし過ぎじゃないか?明日からはまたいつも通りなんだぞ?」

 

「ユージオくん…そういうことは言わないでくれたまえ。せっかくの安息日が台無しじゃないか」

 

「毎週来るんだから…一喜一憂してたらキリがないでしょ?」

 

ユージオの発言はいつも通り堅苦しい。逆にキリトは楽観的だ。

溜め息を吐きながら空を見上げると、視界に白く高く(そび)える巨塔に息を飲む。

キリトたちがこのドンドルマの央都にやって来たのは約1年前だ。シナット村から歩いて、2週間でユクモ村という温泉街に着き、そこで剣の腕を磨きながら、軽い仕事をすること1年間。更にユクモ村から離れた闘技場で央都の修剣学院に入るための試験として中型モンスターと闘い、剣術部門で表彰された。こうやって央都まで来ることが出来たキリトたちだが、ユージオは今でも夢なのではないかと疑ってしまう。

 

「夢…じゃないよな?」

 

「まだ言ってるのか?もうこのドンドルマに来て、1年も経つのに」

 

「そりゃあ…何十年も木こりをやってた僕からしたら夢だよ」

 

「はは、そうだな…。…俺も、まさか2年も経つとは…な」

 

ユージオに聞こえない声で呟くキリト。

キリトも…ここまで時が経つとは想定していなかった。もう既にSAOに閉じ込められた時間の半分を再び仮想世界で過ごしている。どうにかこの世界から抜け出そうとする手立てを探したが、一向に見つからず、時だけが経っていた。

ユージオの知らないところで母や父、アスナ、直葉、詩乃やみんなはどうしてるのか…考えてしまうことがあり、無性に悲しくなることもあった。

だが、それもユージオと一緒にいることで乗り越えられている。キリトの中でもユージオはもうかけがえのない存在にまで膨れ上がっていた。

 

「…どうしたの?」

 

「い、いや…今から貰いに行く剣。きちんと作れたかなあ…って…」

 

「ああ…サードレさんに作って貰っている剣ね。そういえば今日だったね、貰いに行く日」

 

キリトは央都に着くやいなや、サードレ金細工店に行って、シナット村で引き抜いた錆びた剣とギガスシダーの天辺の枝を預け、最高の剣を作って貰うように頼んだのだ。

何故そのようにしたのか、それはガリッタにそこへ行けと言われたからだ。一応、預けたは良いものの、キリトにはその作成料を払えるかということ、そして最高の剣を作ってくれたかが不安で堪らなかった。

その時、側面から不意に声がかかる。

 

「おや、キリトではないか」

 

驚き振り向くと、そこにはキリト専属の上級修剣士のソルティリーナ・セルルトが食材を抱えて立っていた。

彼女は修剣学院の中でも一二を争う剣術の腕であり、キリトでも勝ったことは一度もない実力者である。安息日だからいつもの制服は着ておらず、緩やかな私服に身を包んでいる。

 

「あ、リーナ先輩!」

 

キリトとユージオはすぐに礼をする。

 

「安息日くらい、そんな堅苦しくなくても良いだろう。まあ最初に頃に比べたらマシになったかな?」

 

キリトはギクッとしてしまい、「ははは…」と冷や汗をかきながら笑う。

 

「それで今日はどうした?」

 

「今から、自分の愛剣を頂きに向かおうかと…」

 

「おお、そうか!出来たら私にも見せなさいよ?」

 

「勿論です。先輩の要望には絶対応えます!」

 

「楽しみにしておくぞ?」

 

リーナはそう言って、2人に背を向けた。

2人ともリーナが見えなくなるまで敬礼を続けた。その時間は約15分。

それだけで疲れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

それからは何事もなく、サードレ金細工店に到着した。

ドアを開けて中に入ると、すぐにサードレが「いらっしゃい!」と声をかけたが、キリトたちを見るなりその表情をイラつかせた。キリトは本日2度目のギクッ…を味わい、ゆっくりと彼の前に立った。

すると最初に出されたのは小さな石ころだった。何だか分からず、目を泳がせていると、サードレの怒声と机を強く叩く音が店内に高々と響いた。

 

「ッ!」

 

「貴様ら!これが何か分かるか?」

 

「さ、さあ…」

 

冷や汗が背中を伝うキリト。

 

紅鷲眼玉髄(べにわしめぎょくずい)が一瞬にして、使えなくなった!他の鉱石ではあの杉と錆び付いた剣を研げず、非常に苦労したんだ!」

 

紅鷲眼玉髄(べにわしめぎょくずい)』…。

ユージオは修剣学院にあった本では希少な鉱石で、腕の立つ職人でなければ扱うことすら出来ない代物だと読んだ記憶があった。

 

(それがこんな小石になるなんて…)

 

それほどギガスシダーとあの剣は硬く、価値があるんだろうと想像が出来た。

そして一通りの説教を終えて、サードレは店の裏から布に包まれた剣を持ってきた。それを机に置いたのだが、途端に支えが折れて剣は地面に叩き落とされたかのような音を店中に響かせた。

 

「これが…」

 

「だが、この剣は凄まじい素質を持っておる。儂が今まで作ってきた剣の中で最高のものだろう。それで…作成料だが…」

 

キリトは「あ、はい!」と懐から財布を取り出そうとする。ユージオもキリトの持ち金だけでは足りないと思い、実は全財産を持ってきていたのだが…サードレから信じられないことを告げられる。

 

無料(ただ)にしてやってもよいぞ?」

 

「「ええっ⁈」」

 

「ただし!」

 

サードレは条件をつけた。

 

「お前さんがこの剣を扱えるのなら…の話じゃがな。無理だったら、身包み剥がしてでも代金は貰うぞ?」

 

キリトはそう言われると、吸い寄せられるように剣の包みを剥がしていく。剥がす時に剣を立てたのだが、サードレでは運ぶだけでも精一杯の代物をキリトが楽に持ち上げたことから、「ほぉ…」と小さく感嘆の声を漏らした。

そして…姿を現した剣は、黒い一太刀であった。

引き抜いた時の錆は全くなく、店外から溢れる光に当たり、黒く煌めいていた。キリトは息を飲みながら、その柄を握る。すると…岩から引き抜いた時と同じように…シルエットだけしか分からないモンスターが頭の中に飛び込んできた。すぐに消えてしまったが…。

 

「どうしたの?キリト…」

 

「あ、いや…何でもないよ」

 

あのモンスターが何か気になるが、今はこの剣を扱えるかどうかが問題だ。キリトの全財産がかかっているからだ。

ゆっくりと引き抜くと、刀身までもが漆を塗られたかの如く、黒くなっていた。

奇しくもSAOで愛用していた『覇王剣』と同じような剣だった。

 

(これも…運命ってやつかな…)

 

そして、キリトが軽く剣を振り下ろすと、その覇気が店内に広がった。

掛けられている剣、置物、ポスターなどが忙しなく動き、窓はガタガタと異様な音を奏でた。

横でユージオが拍手し、サードレは顎に手を置いていた。

 

「凄いよ!キリト!」

 

「学院の傍付きのくせに…その剣を振れるとはな…」

 

キリトは改めて剣を眺め、サードレに礼を言った。

 

「良い剣です!」

 

「当たり前じゃ!言ったじゃろ?最高の剣を作ったとな。約束は約束だ。そいつはお前さんのものじゃ…」

 

「はい、ありがとうございます‼︎」

 

キリトは再び剣を布に戻し、サードレの店を後にした。

サードレはキリトとユージオの姿を見て、独り言のように呟くのだった。

 

「あのヒヨッコども…。のちに何か大きなことをしそうだな…」




【補足1】
『青い熊の蜂蜜パイ』
完全オリジナル食品。もちろん、青い熊とは青熊獣アオアシラのことです。

【補足2】
『央都ドンドルマ』
原作でいうセントリアに代わる名前。
モンハンには色々な村や都市の名前がありますが、個人的に一番しっくり来た名前だったので、これを採用しました。

【補足3】
紅鷲眼玉髄(べにわしめぎょくずい)
獄炎石の別名。個人的によく取れるくせにあまり使われない鉱石だと思う。






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第12話 懲罰という名の挑戦

サードレから貰った剣をお気に召したキリトは上機嫌に学院へと戻っていった。ユージオは先に部屋に帰ったが、キリトは試し切りをするために、学院内の裏庭へと向かった。普段誰も来ることがなく、サボる時もよく行く場所だった。

いつものように誰も居ないことを確認してから、キリトはそこへ足を踏み込んだ。もう一度剣を抜くが、先程のようなモンスターのシルエットは脳内へ流れることも、見えることもなかった。

 

「あれは…一体…」

 

ずっと気になっている事柄の1つだが、キリトはすぐにその思考を跳ね除け、剣を振るった。リーナと剣の稽古で扱う木剣も中々の重さであるものの、ユージオの持つ『冰龍の剣』に比べたら生易しいものだったため、キリトには物足りなかった。だから今日完成した剣を首を長くして待っていたのだ。

キリトは剣を構え、本気で振る。重さと威力を確かめながら…。

更に今まで木剣でも発動出来なかったソードスキルが扱えるかも確かめた。最初に4連撃SSバーチカル・スクエア、続いて同じ4連撃SSホリゾンタル・スクエア…。その次に重突撃SSヴォーパル・ストライクも放とうと構えたが、刀身が赤く発光するだけで強く踏み込むことは出来ない。この武器レベルでも未だに扱えないということなのだろうか…。

 

「くそ…これじゃ、リーナ先輩に見せれないな…」

 

キリトが新しい剣を欲していたのは別の理由もある。

つい数日前、いつものようにリーナと手合わせを終えた後にこんなことを言われたのだ。

 

『私にまだお前の本気を見せていないだろう?』と…。

 

それを言われた時、キリトはすぐに否定出来なかった。この仮想世界はSAOと違うことは確かだが、ソードスキルという部分は同じだ。

鍛錬を積み、習得すれば強力なソードスキルが発動出来るようになる。

そのためにリーナの下で剣術の鍛錬を行い、自分の実力を密かに上げていった。それを見破られたキリトは軽く受け流しながらも、『その時が来たら、必ずその力を見せる』と伝えた。だが、リーナはあと数ヶ月もすれば修剣学院を卒業してしまう。その前に何とかして、この高レベルなソードスキルを発動出来るようにしたいと思っているのだ。

 

(そのためにも…せめてヴォーパル・ストライクくらいは…!)

 

そう思ってもう一度、ソードスキルを発動させたが勢い余って剣が地面にめり込み、キリトは派手に転んでしまう。

 

「あたたた…やはり無理か…」

 

顎を抑えながら顔を上げると、そこに人影が…。

そこには豪傑の如く表情をし、制服の上からでも分かるくらいに筋肉が浮き上がった男…ウォロ・リーバンテイン上級修剣士が立っていた。だが、制服の上には泥で出来たシミがあり、明らかに自身のせいだとキリトは気付いた。

キリトはすぐさま膝を付き、謝罪する。

 

「リーバンテイン修剣士!あなたの服に泥を付けてしまったこと、伏して謝罪致します!」

 

堅苦しい言葉だが、相手が相手なのでどうしても緊張してしまう。

ウォロは上級修剣士検定を主席で突破した者で、剣術、剣圧、どれを取っても最上級の実力者だ。そんな彼に泥を付けるなど…切腹にも等しいものだろう。

だが、ウォロは強面の表情のままキリトを見下ろしつつ、静かに話し出した。

 

「お前はセルルト上級修剣士の傍付きの…」

 

「はい、キリト初等練士であります!」

 

「お前の剣術は見せてもらった。中々のものだ。だが、安息日に剣の稽古をすることは禁じられている」

 

「そ、それは…」

 

言い訳を考えるキリトだが、ウォロの表情はそこで何故か緩む。

 

「まあ、私も君と同じ考えの者だから…人のことは言えないがな」

 

「え?」

 

呆気を取られてしまうキリト。確かにウォロの右手には彼が愛用しているであろう長剣が握ってあった。

 

「安息日に何かとこじつけを付けて、剣の鍛錬をしようと思っているのは、私も同じということだ」

 

「そ、それでは…」

 

「安息日に剣を振るっていたことは不問にしてやろう」

 

キリトはそこでホッと胸を撫で下ろす。礼を言おうと思ったところで、ウォロはとんでもないことを言い出す。

 

「安心するにはまだ早いぞ、キリト練士」

 

「え?」

 

ウォロは服に付いた泥のシミを指差す。

キリトが(まさか…)と思っていると…。

 

()()に関しては許してないぞ?」

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、闘技場。本来ならここでは中型または大型モンスターと一騎打ちをする場所だが、今回はそこにキリトとウォロ…それを見守るリーナが立っていた。

ウォロが下した懲罰の内容は、手合わせすること。

先程も言っていたが、キリトの剣技に多少の興味を持ったことだと、耳打ちで明かした。普段の木剣では本気を出せないことだろうということで、お互いの武器で戦うことになったのだ。しかも、その戦いを一目見ようとたくさんの生徒が見に来ている。

中にはユージオもおり、溜め息を吐いていた。

始まってしまったことは仕方がない。キリトは先程頂いた黒剣を取り、前に歩み出そうとした時、リーナがキリトを止めた。

 

「リーナ先輩?」

 

「キリト、ウォロの剣術は凄まじい。勝てるとははっきり言って思っていない。私でさえ臆してしまう相手だ」

 

「…最初から勝てないなんて思ってたら、どんな相手だろうと勝てませんよ。大丈夫です、俺は勝ちます」

 

「どこからその余裕が出てくるんだ…。だが、私は君の上役として見守る。キリトの全てをここで見せろ!約束のな…」

 

そう言われて、キリトは「はい!」とはっきり答える。

対戦形式は寸止めだと思っていると、ウォロはとんでもないことを言い出す。

 

「ああ、そうだ。キリト練士殿、私は基本寸止めをしない。一撃形式の対戦しかしない馬鹿者でね。それでもよろしいかな?」

 

「!」

 

「まあキリト練士は寸止めで良いかもしれないな。だが、少し手を抜けば…軽い怪我では済まないぞ?」

 

流石の物言いにリーナが抗議しようとしたが、キリトは止める。

 

(これはウォロからの挑戦状だ。明らかに俺と本気で戦うことを望んでいる…。だったら…)

 

キリトは軽く会釈し、ウォロと共に剣を抜く。

2人の剣はあまりに対照的だった。ウォロの剣は白く、鈍重そうなものであるのに対し、キリトは細く…黒塗りの剣だった。

それを見た観客はキリトの剣に様々な反応を見せる。バカにする者…興味を示す者…と様々だ。

だが、そんな声などキリトには聞こえていない。

全神経をウォロ1人に集中させ、いつ踏み込もうかと考える。

その間にウォロは剣を高々と上げ、構える。あれはハイ・ノルキア流剣技『金剛斬』だ。一度斬り込みに入れば、止まることはないと言われている。

 

(そっちが一撃で行くなら…俺は連続剣技だ!)

 

途端にウォロが先に声を上げて、キリトに迫ってきた。

 

「うおおおおおおおぉぉッ‼︎」

 

赤いエフェクトが走る刀身が迫ってくる。

キリトも1秒遅れて動き出す。放ったのは使い慣れた4連撃SSバーチカル・スクエアだ。

1撃目。

金属音が響くだけで、ウォロの剣は止まらない。

2撃目。

同じことが続く。

しかし、3撃目…ここで今までの中で最も大きい金属音が響き、ウォロの剣が止まった。その事にウォロを含め、闘技場にいた全ての観客が度肝を抜かれた。何故なら、ウォロの剣技を止めた者など、誰一人としていなかったからだ。

ギリギリと耳をつんざくような音を出しながら、キリトは剣技を受け止め、相手の態勢を崩そうとする。

 

(この攻撃を防げば…俺には最後の4撃目がある…!)

 

ところが…ここでウォロの背後に大量の人影と白い鎧のような外殻を纏ったモンスターが入ってきた。大量の人影は恐らくリーバンテイン家の者…そして、剣の素材として使われたモンスターのイメージがキリトに流れ込んで来ているのだ。

 

(これが…イメージの力…!このままじゃ…!)

 

キリトの膝が地面に付き、ウォロの剣が肩に触れそうになる。

 

(あんたがどれだけのものを背負っているかは分かった…。だけど、俺だって…俺だってなぁ…!)

 

キリトの脳裏に今までの戦歴が流れてくる。

全ての力を剣に注ぎ込み、我を忘れて叫んだ。

 

「ここで負けられないんだァッ‼︎」

 

その途端、キリトの剣に変化が現れる。黒い粒子がウォロの剣に纏わりついたかと思えば、剣圧が一気に無くなる。

 

(な、なんだこれは⁈心意が…私の力が奪われてる⁈)

 

その次に黒剣は一瞬にして太さが増す。細かった刀身はウォロの刀身と大差がなくなったが、重さはそのままだ。

 

(剣が太くなった⁈これはいった………っ⁈)

 

その時、ウォロは見た。

キリトの背後に巨大な杉の木のイメージと…翼脚でウォロの剣を掴んでいる謎のモンスターを…。

 

「なっ⁈」

 

キリトもこの現象について行けてないが、こんな好都合なことはない。一気に力を込め、ウォロを自分から引き放した。

 

「はああああああああぁぁッ‼︎」

 

ウォロは態勢を崩しつつ、後退する。

キリトは間髪入れず、新たな剣技でウォロに攻撃する。裏庭では出せなかったはずの重突撃SSヴォーパル・ストライクが、発動できたのだ。

だが、ウォロは凄まじい速度で迫ってくるキリトの剣技を必死に弾き返し、再び金剛斬を打ち込もうと思った時、凛とした女性の声で「そこまで‼︎」と闘技場内に響いた。

もう動けそうもなかったキリトの目の前に、ウォロの剣が止まっていた。ウォロはゆっくりと声のした方を見ると、そこにはアズリカ初等修錬士寮寮長が立っていた。

 

「あの方の裁定なら、従わないわけにはいかない」

 

「えっ?えーと…何故ですか?」

 

「あの方は、7年前の統一剣武大会における北ドンドルマ帝国の第一代表剣士だからだ」

 

「ええッ⁈」

 

そして、ウォロは高々に言う。

 

「これにてキリト練士の懲罰を終了とする!これからは、人に泥をかけるようなことをするなよ?」

 

剣を鞘に収めながら言うウォロはキリトの真横を通る。

すると、耳打ちで何かを言ってきた。

 

「お前の剣…素晴らしいものを秘めてるな。楽しかったぞ」

 

「…ありがとうございました!」

 

キリトは感謝の言葉を表す。

そして、ウォロが闘技場から出て行ったと同時に耳をつん裂くような歓声の嵐が巻き起こった。キリトは笑いながら、色んな人に手を上げて振る。

そして剣を再び見てみたが、元の大きさに戻っており、何がどうなってあのような現象になったか…結局分からず仕舞いだった。

すると今度は両肩を思いっきり叩かれ、振り向かれる。目の前には泣き顔のリーナ先輩があった。

 

「斬られた…と思ったぞ…。この大馬鹿者め!」

 

リーナは人目も気にせず抱きつき、怪我がないことを確認した。

 

「あはは…すいません」

 

「お前の勇姿、この目でしかと見せてもらったぞ。独り占め出来なかったのが残念だったが、十分だ!今日はこの後飲むぞ。キリトの友人、ユージオも連れてくるといい」

 

「…はい!」

 

この日、キリトとユージオはリーナとゴルゴロッソと共に酒を飲み明かすのだった。

 

 

その3ヶ月後、リーナは無事に北ドンドルマ修剣学院を無事に卒業した。




【補足1】
ハイ・ノルキア流剣技『金剛斬』
これはMHRiseで登場する入れ替え技『金剛溜め斬り』をベースにしました。
今作では非常に重い一撃であり、極めた者は受け止めることすら不可能の秘奥義である。

【補足2】
『白い鎧のような外殻を纏ったモンスター』
初代MHから登場する古参モンスター『グラビモス』のことです。
採用した理由ですが、一撃が重たいモンスターと言ったら何かと考えた結果です。他にもそういうモンスターは大量にいますが、皆さんが想像するようなモンスターは後半で登場します(多分)。

【補足3】
『翼脚でウォロの剣を掴んでいる謎のモンスター』
ここで詳しい解説を入れるとネタバレになるので触れませんが、皆さん大体の想像はついていますよね?キリトの剣に関することは物語の最終盤で触れて行こうと思います。


アンケートご協力ありがとうございました!
神聖術は以降もカタカナ表記で書いていきます。


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第13話 ティーゼの願い

ユージオはユクモ地方で取れた幹を木剣で斬る。

単発SSホリゾンタルをぶつけても、ユクモの木は斬れることはなく、ただ凹むだけだった。その攻撃を数度放つと、顔から流れ落ちる汗を拭い取った。打ち込む中で、ユージオは思っていた。

 

(僕には…剣に対するものを、何も持っていない…)

 

ユージオはここ最近そう思い始めていた。

今まで見てきた先輩方…同期、キリトも剣にそれぞれの想いを乗せている。だが、ユージオが剣を振る理由はアリスとイーディスを救い出したいだけ…。それだけでは弱いのではないかと思ってしまう。

そんなことを考えてしまうと、ユージオは疲れが一気にやって来て、溜め息も出てしまう。

すると、修練場にやって来た2人の同期がユージオを見るなり、嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「ほお…ユージオ修剣士殿、今日は丸太を斬るだけで終わりですかな?」

 

そう言って来たのはライオス・アンティノス上級修剣士だ。

貴族の中でも最も権力を持っている身分で、平民であるキリトやユージオ…その他の者でも傲慢な態度を取ることで有名であった。それでも剣技は中々のものだ。

 

「ライオス殿、ユージオ修剣士は元木こり。丸太を斬ることしか出来ないのですよ」

 

同じくユージオを蔑むもう1人はウンベール・ジーゼック上級修剣士で、ライオスの1つ下の位の貴族である。剣技も口の利き方もライオスよりも下で、ユージオからすれば気にすることもない相手であった。

いつものように彼らの蔑みを無視しながら、自室に戻ろうとした時にライオスがこんなことを言い出す。

 

「それなら…この私が、ユージオ殿に新たな剣技をお教えしても良いが…どうかなユージオ殿?」

 

「いえ…結構で……!」

 

そんなものは要らないと言おうとしたが、ユージオは彼らの力の根源であると思われる貴族の権力がどのようなものなのかを確かめてみたいと思った。だが、ここでライオス相手に何かをやらかしては後々面倒になると思ったユージオは木剣を納めつつ、2人の要求に答える。

 

「その剣技、出来ればウンベール殿よりお教え願いたい所存です。いや…自分の剣技を上回るものを持ち合わせているのかも不可解です。なので…一本試合でお願いしたいです」

 

この申し出はユージオからすれば、生きてきた中で最も大胆かつ非常に調子に乗った発言であったことだろう。もちろん自尊心の高いウンベールはすぐに顔を真っ赤にさせ、ワナワナと震え始める。

ライオスも面白くないといった表情でユージオを冷たい眼で見ている。

 

「では、ユージオ殿はウンベールの剣で斬られたい…と?」

 

「そう受け取っても構いません」

 

ユージオが断言すると、ウンベールはニヤリと笑い、木剣を抜く。

同じくユージオも剣を抜き、ウンベールの出方を窺う。

 

「貴様のような平民…剣を振れなくなるくらいに腕を砕いてやる…!」

 

ウンベールは剣を背中に当てるように構えると、秘奥義を発動する。

 

(あれは…ハイ・ノルキア流秘奥義『雷閃斬』!)

 

ユージオの準備が完了するよりも前にウンベールは地面を蹴り上げ、剣を振った。ガキィンと木と木がぶつかったと思えない音が修練場に轟く。ユージオも同じく雷閃斬…もとい単発SSバーチカルでウンベールの剣技を跳ね返す。

ウンベールは力でユージオの肩を砕こうと思っていたようだが、ユージオの方が力があり、徐々に押され始める。元々力勝負になることを踏んでいたユージオはこのまま押し切ろうとする。

ところがここでウンベールが叫ぶ。

 

「平民がっ…図に乗るなぁッ‼︎」

 

青い刀身は突如禍々しい紫色に輝く。

 

(なんだこれは⁈これが…貴族の自尊心か⁈)

 

途端に状況が逆転する。

押していたはずが、今度はユージオが押され始める。

このまま鍔迫り合いで拮抗するよりも、技を切り替えて相手を翻弄する方が良いと判断したユージオは単発SSスラントを発動する。刀身を斜めにさせ、ウンベールの剣を受け流す。

態勢を崩させたところから、2連撃SSバーチカル・アークを放つ。一撃目はどうにか防いだウンベールだが、更に態勢を崩してしまい、2撃目を防ぐことは不可能だ。無抵抗な腹に打ち込もうと思った瞬間。

 

「そこまでだ!」

 

ライオスが腕を上げ、2人の戦闘を中断したのだ。

()()()()という形で…。

もちろんそれをウンベールは納得するはずがないが、ライオスの冷徹な視線が刺さる。貴族階級で下のウンベールはライオスに逆らえず、怒りの形相のままユージオと共に礼を交わす。

 

「ユージオ殿、貴殿の剣技は実にもの珍しいものであった。将来は曲芸団に入ることを薦めておこう。だが、いずれは私が貴族の力を示し…」

 

「僕は今でも良いですよ?」

 

この発言に2人は固まる。

だが、すぐにライオスの表情だけは怒りに塗れながらも薄汚れた笑みをしながら「剣を馬鹿みたいに振るだけが戦いではないぞ、平民め…」と残して、修練場から消えていった。ユージオは漸く緊張感から解放され、深く息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ユージオはキリトと共に大きな木の下にシートを敷き、ゆっくりと(くつろ)いでいた。

暫くすると、遠くから赤髪の少女と黒髪の少女が手に食事を持って走ってきた。

赤い髪の少女はユージオの傍付きであるティーゼ、その隣の少女はキリトの傍付きのロニエだ。

2人は息を荒くしながらも、背筋をきちんと伸ばして報告する。

 

「キリト上級修剣士!」 「ユージオ上級修剣士!」

「「本日のお食事をお持ちしました!」」

 

そう言われたキリトとユージオだが、どうも慣れなかった。自分たちもつい1年前くらい1回1回事あるごとに報告はしていたが、今日は休息日だ。だからユージオは…

 

「2人とも、休息日くらいはそんな堅苦しい言葉はやめようよ?折角なんだし…」

 

「え…でも、私はユージオ上級修剣士の傍付き。いくら休息日だろうと、先輩たちには…」

 

「まあ、しょうがないよ、ユージオ。俺たちだって、結局はずっとロニエたちな感じだったし…」

 

キリトに言われ、ユージオは(それもそうか)と思い、籠の中に入っている食事に手を伸ばした。

今回の食事はユージオが企画したものだ。親睦を深めると同時に剣技を教える予定だ。本当は剣技を教えるのは学院規則で禁止されているが、学院の外である『シルクウォーレの森』ではそういった規則も範囲外になるから大丈夫…と、キリトが言っていた。実際、ここには多種多様な動植物がいるが、学院関係者がいる気配はなかった。

 

(今度1人で行くとき、ここで剣の腕を磨こうかな…)

 

そう思いながら、ボーッとしていると、「ユージオ先輩!」とティーゼの声が耳に入った。

急いで「あ、何?」と返事をしたが「聞いていませんでしたよね?」とティーゼに言われた。

 

「ごめん…」

 

と謝罪するユージオ。キリトも少し注意を入れる。

 

「最近ユージオ、どこか(ほう)けてないか?どうしたんだ?」

 

「ちょっとね…」

 

確かにユージオは悩んでいた。今は順調に進んでいる。アリスとイーディスを救うために、央都まで来て…傍付き修剣士となり、今はもう上級修剣士だ。だがこの後、他の上級修剣士を倒し、剣武大会で勝ち、最後にドンドルマ統一神前大会にも勝って、そこで漸く高く聳える白亜の巨塔に行けるのだ。

 

(そこまで行けるまでの力を…僕は持っているんだろうか?)

 

先日のウンベールとの戦いで、そう思い始めていた。

すると、ティーゼも悩みがあるらしく、唇を震えさせながらユージオに相談を始めた。

 

「あのっ!先輩、ウンベール・ジーゼック次席上級修剣士を知っていますよね?」

 

「ああ、もちろん」

 

「次席殿の傍付き、私たちと同室のフレニーカが…ここ数日、学院規則には載っていないにしても…言葉では表わせられないような行為をされていて…」

 

事のあらましを話しているティーゼの表情が徐々に辛そうなものになっていく。

ユージオはすぐに「もう話さなくていいよ。その事は僕たちが抗議してみる」と返した。

それを聞いたティーゼとロニエはパッと明るくなる。

更に後ろで静かに聞いていたキリトは拳を強く握り、3人に背を向けながら語り始める。

 

「ロニエ、ティーゼ。よく覚えておくんだ。禁忌目録や学院規則にないからといって、やってはいけないことはある。だから…自分が間違ったことだと思ったなら、すぐに行動を起こせるようになるんだ」

 

ロニエとティーゼは即座に返事をする。

だがユージオは、キリトの言葉に固まってしまっていた。

今まで言われてきたことよりも、一番重く、心に響いたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕刻、ユージオは溜息を吐く。疲れから来たものではなく、最近の自分に対するものだ。

 

「ずっと、何かを考えてばかりだ…」

 

そのせいで休んでいられる暇がない。さっきもウンベールに抗議に行ったが、あまり効果はあったようには思えなかった。自分は何もしていない、禁忌目録・学院規則に反していない…との言葉ばかりが返ってきて、危うくユージオは彼の顔を拳で殴ってしまうほどだった。キリトがいなかったら、どうなっていたことか…。

コンコンとドアが叩かれ、ティーゼが入ってきた。

 

「ユージオ上級修剣士!本日の掃除、完了いたしました」

 

「お疲れ様、部屋に戻っていいよ」

 

「あの…失礼ですが、フレニーカの件は…」

 

「言ったよ。噂が広まると困るはずだから、もう大丈夫だと思うよ」

 

「そうですか!あるがとうございます!……それで、ユージオ先輩、少し…よろしいでしょうか?」

 

顔を赤らめながら、ティーゼは問いを投げる。

ユージオはまた悩み事かと思い、「いいよ」と言うと、彼女はユージオのの隣に座る。

恐らく、今まで一番近い距離だった。

 

「私、この学院を卒業したら…剣士たちのためにギルドで働きたいと思っているんです。だけど、それはあくまで私の意志…。貴族の債権で、私は別の家に嫁がなくてはならないかもしれません」

 

ティーゼの身体が震え始める。

 

「私、もしそうなって…ジーゼック次席のような誇りを持たず、権力に溺れた人と一緒になったらと思うと、怖くて…怖くてっ…」

 

ティーゼは更にユージオへと近付き、彼の腕に抱きつく。

年頃の少女にこんなことをされたユージオは流石に動揺を隠せなかった。

 

「え、ええ…ティーゼ…」

 

「だから!先輩、他の上級修剣士殿や剣武大会、ドンドルマ統一大会にも出てください!」

 

「もちろん、そのつもりでここまで来たし…」

 

「統一大会で勝てば、第1爵家と同等の権限を得られます!そしたら…私を…」

 

そこから先は声が小さくなり、ユージオには聞こえなかった。だが、言いたいことが分からない程ユージオも馬鹿ではない。

 

「ティーゼ…」

 

しかし、ユージオがここに来た目的はアリスとイーディスの奪還だ。

ティーゼの要求に応えるためには、今の目的を捨てなくてはならない。

 

(だけど…)

 

目の前で身体を震わせ、勇気を振り絞って嘆願している彼女を拒むことは出来ない。

 

「ティーゼ、僕にも目的がある。その願いに応えられるかは分からない。だけど、統一大会で勝てたら…絶対、会いに行くよ」

 

「本当…ですか?なら、私も強くなります!正しいこと、託されたことを言えるように!」

 

ティーゼの瞳から涙が流れる。

その涙は月の光によって、美しく輝いているのだった。




【補足1】
『ユクモの木』
原作ではアイテム『ユクモの丸太』。あまり使いどころがないアイテムだった気がする。

【補足2】
『シルクウォーレの森』
初代MHから登場するエリア『森丘』の森の正式名称。
本当は丘も登場させたかったが、流石に学院外に森はまだしも丘があるのはちょっと違和感があるかなと思い、本作ではリストラとしました。


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第14話 大罪

明けましておめでとうございます(今更)




ティーゼの告白にも近いことを言われて3日が経った。

その日もいつものように茶を飲んで、学技を学ぶキリトとユージオだったが、今日はいつもと違うことがあった。予定の時間になっても、ティーゼとロニエの報告がないのだ。外は台風のような暴風雨で、こんな状況でこんな遅くに外出するようなこともないはずだが…。

 

「遅いな…2人」

 

「確かに…。何かあったのかもしれない」

 

キリトは窓を開ける。

風と雨が室内に入ってくるが、キリトはお構いなしだ。

いつもならユージオが窓からの出入りをやめろと言うのだが、今回は状況が違う。

 

「ユージオ、俺は外に行く。2人は戻ってくるかもしれないから、部屋に残って待っててくれ」

 

「分かった。キリトも気を付けるんだよ?」

 

キリトはニッと笑い、窓から外出した。

ただ単に何か用事があって遅くなっていることだけを願うユージオだったが、その願いは…キリトが出て行ったとほぼ同時に部屋に入って来た1人の少女からの速達で打ち砕かれることになる。

その少女も髪や服がずぶ濡れで、息も絶え絶えだ。

 

「どうしたの?君は確か…フレニーカ…」

 

「同室のロニエとティーゼがジーゼック次席の部屋に行ったきり帰って来なくて…」

 

「どうして2人が…」

 

「私に対する扱いの抗議だと思います。だけど…ジーゼック次席は2人よりも高い位の2等爵家です。ユージオ上級修剣士はまだしも、2人が抗議なんてしたら…」

 

その時、ユージオの背中に嫌な汗が流れた。

心臓の鼓動が激しくなり、居ても立っても居られなくなった。

 

「フレニーカは自室で待ってるんだ。僕はウンベールたちのところに行ってくる」

 

ユージオは自身の愛剣『冰龍の剣』を掴むと、部屋から飛び出した。

すぐにウンベールたちの部屋の扉を開けた。普段ならノックなどをするユージオだが、今の彼にそんな余裕はなかった。部屋の中は暗く、灯りは壁に立て掛けてある蝋燭が数本のみ…。いつもとどこか様子が違う。

そして、ライオスとウンベールはソファに座っていた。いきなり入ってきたユージオに多少の驚きはあったものの、その表情にいつもの怒りや蔑みは無かった。

 

「突然の入室、お許しください。主席と次席に是非聞きたいことが……ッ⁈」

 

2人の横にある豪勢なベッドに目を移した瞬間、ユージオは息を飲み、言葉を失った。そのベッドには猿轡さるぐつわを掛けられ、身体中に赤い縄で縛られ、涙を流し恐怖に(おのの)くティーゼとロニエの姿があった。

そのあまりに酷い姿にユージオは怒鳴れずにいられなかった。

 

「ライオス…ウンベール…これはどういうことだ‼︎」

 

2人はニヤニヤと笑いながら、ソファから立ち上がる。

 

「どういうこと?見て分かるだろう?この2人の小娘は事もあろうか、一等爵家である私と、二等爵家であるウンベールに抗議を行ったのだ。それだけなら私もまだ許したが、彼女らはしつこくてね…。貴族債権を用いて、あのようになっているということだ」

 

ライオスは舐め回すようにユージオを見る。だが、ウンベールは徐々に2人の方に近付きつつ、上着を脱ぎ捨てた。

それを見たユージオは「止めろぉッ‼︎」と叫び、止めようとしたが、近くにいるライオスが同等の声で叫ぶ。

 

「止まれ‼︎平民がッ‼︎」

 

すると魔法でもかけられたのか、ユージオの身体が途端に硬直した。

いや…床と足が接着剤でくっ付いたかのように、足だけがどうしても彼らの方向に動かなくなったのだ。

 

「これは禁忌目録と貴族債権による『正当な』判決だ。また、それらを妨害する者は…罪人となる。…そこで見ていろ、可愛い傍付き共が我ら上級貴族に汚されるところをなぁッ‼︎」

 

そこで漸く2人の猿轡は外されるが、途端に2人の口から拒絶と悲鳴が絶叫に近い形で溢れ出した。

 

「いやッ…いやあああああああああああああぁッ‼︎‼︎」

 

「助けてッ‼︎ユージオ先輩っ‼︎せんぱぁぁいぃ‼︎」

 

下衆な奴らに自分の身体を汚されようとしているティーゼとロニエの悲鳴は凄まじいものだった。

ユージオも助けたいが、どうしても足が動かない。

歯を食い縛り、唇をいくら噛んでも身体は1mm足りとも動くことはない。

 

(どうして……どうしてこんなことが許されるんだ⁈禁忌目録にないからって…こんなこと…!)

 

その時、キリトの言葉が脳裏で蘇る。

 

『自分が間違ったことだと思ったなら、すぐに行動を起こせるようになるんだ』

 

「!」

 

すると今度は右目の奥が熱くなる。

ゆっくりとユージオは固まった足を僅かに動かし始め、剣の柄を握ろうとする。

 

(友達のために…勇気を振り絞ってアイツらに抗議した2人が…それだけであのような罰を受けることが『善』だと言うなら…僕は…僕はッ‼︎)

 

そして、漸く剣の柄に触れる。

その時ユージオの右目が赤く発光し、凄まじい痛みが襲う。

 

「うぐあああああああぁッ⁈」

 

ユージオの悲鳴に4人が一斉に釘付けになる。

明らかに様子のおかしいユージオにライオスとウンベールもたじろぐ。

 

「な、なんだ…あの目は…?」

 

「せん……ぱい…?」

 

(許さない…!)

 

柄を握る力が更に強くなる。

 

(絶対に……)

 

「許さないッ‼︎」

 

そして…右目が破裂すると同時にユージオは剣を抜き、単発SSホリゾンタルを放った。突然の攻撃にライオスはベッドから飛び降りる。しかし、回避の間に合わなかったウンベールは左肩から右腰にかけて、深い斬撃が入った。

 

「ひっ…ぎゃああああああああああああああああぁぁッ‼︎」

 

ユージオの渾身の一撃により、ウンベールは血濡れたベッドの上で息絶えた。ユージオは膝を付き、破裂した右目を抑えて苦しむ。

 

「ぐっ…ぐぅぅ…」

 

もう剣を振ることすら出来ないだろう。

それを見て取ったライオスはウンベールのことなど気にもせず、ゆっくりと自慢の愛剣が掛けてあるところへと歩みを進める。

 

「まさか…これほどまでとはな…」

 

ライオスは剣の鞘を捨て、ユージオに矛先を向ける。

 

「くっ…」

 

「全く!素晴らしいぞ、ユージオ修剣士!こんな大罪を犯してくれるとはなぁ…。ここまで来れば、貴様を殺しても私は罪に問われないだろう。ははは‼︎」

 

壊れた人形のように笑うライオス。

それをただ眺めることしか出来ないユージオ。

 

「ユージオ修剣士…いや、大罪人ユージオ‼︎今ここで…貴様の首を落としてやろう!感謝するがいいぃ‼︎」

 

「やめて‼︎ユージオ先輩ッ‼︎」

 

ティーゼの声が届くはずもなく、ライオスは思いっきり剣を振り下ろした。ところが窓ガラスを割って入ってきた乱入者がライオスの剣を受け止めた。

 

「キリト…」

 

やって来たのはキリトだ。彼もまた、黒剣でライオスの剣を受けつつ、奴に退くように忠告する。

 

「剣を納めろ、ライオス。ユージオは殺させやしない‼︎」

 

「邪魔をするな、平民風情が…。お前の相棒は禁忌目録に反した大罪人だ。横で首が跳ね飛ぶところを見ているがいい!」

 

キリトはゆっくりと周囲を見る。ベッドには血塗れで死んでいるウンベールに、その返り血で汚れ、縛られたティーゼとロニエの姿があった。この状況下でユージオが何をしようとしたのか、分からないはずがなかった。キリトは剣圧を徐々に上げていき、ライオスに言う。

 

「禁忌目録がどうとか…貴族がどうとか知ったことではない。だがライオス…お前とそこで死んでいるウンベール…貴様らはどんな人間よりも下劣で最低なクズ野郎だッ‼︎‼︎」

 

その言葉にライオスは動揺し、剣圧を緩めたためキリトが弾き返す。

最初はここまで酷い言葉をかけられたことがなかったため、放心状態かと思われたが、すぐに下品な笑みを浮かべて、キリトを罵った。

 

「下劣は貴様らだ!貴族に反抗した罪、これまた大罪だ…。ああ…今日はなんて運が良い日だ…。下級貴族の娘を汚し、邪魔な平民共も殺せる…。これもルーツ様の導きか…!」

 

ライオスは剣を高々と上げ、鮮血のエフェクトを走らせた。

それを見たユージオは立ち上がって、自分も加勢しようと思ったがキリトに止められた。

 

「俺がやる」

 

この『やる』という言葉に…ユージオはキリトの覚悟が感じられた。

キリトは剣を構えると、一瞬にして刀身が太くなり、青白いエフェクトを走らせた。そして…空気が破裂するような音と共に、全てを吹き飛ばさんばかりの旋風が巻き起こる。

その力にライオスは一瞬狼狽えたが、すぐに強気な言葉を吐く。

 

「ははは…!そのような黒塗りの剣、我が秘奥義『竜怨斬』で打ち砕いてくれる‼︎」

 

「来い!ライオス‼︎」

 

ライオスは剣を振り下ろし、逆にキリトは振り上げた。

お互いの秘奥義がぶつかると、全ての窓ガラス、ベッドカバーや布類などが全て吹き飛んだ。

最初は拮抗しているように見えたが、徐々にキリトの剣が押され始める。

 

「そうだろうなぁ‼︎貴様如き平民に、このライオス・アンティノス様が遅れを取るわけがないのだぁッ‼︎」

 

そう叫んだ途端、ライオスの剣の刀身が赤黒く変色する。

これがライオスの持つ貴族の自尊心というものなのだろう。

更にライオスが使用している秘奥義『竜怨斬』は相手の秘奥義の力に比例して、威力が上がる。このまま行けばキリトは真っ二つになってしまうだろう。

だが、ここでキリトの剣にも変化が出る。

黒い粒子がライオスの剣に纏わりつくと、エフェクトを消してしまったのだ。

この隙をキリトは見逃さなかった。

相手の秘奥義が消えたところで剣をへし折り、更に別のソードスキルを発動させる。今度はリーナに習ったセルルト流秘奥義『桜花回転斬』を放ち、ライオスの腹に大きな斬撃を与えた。

 

「ぐぎゃああああああああああああああぁッ⁈」

 

ライオスは腹を抑え、床の上でのたうち回る。

あまりの痛みに絶叫しか出ていなかった。

その間にキリトはティーゼとロニエの縄を解き、彼女らの露わになった身体を隠すためにシーツを被せた。その間にもライオスは絶叫し続けていたが、今度は同じ言葉を何度となく叫び始める。

『天命!禁忌!』を何度となく、壊れた機械の如く反復すると、最後には人間の悲鳴とは思えない奇声を上げ、血の海に倒れた。

最後の死に様に4人は固まってしまう。

 

(今のは一体なんだ?)

 

そんなことを思っていると、涙目の2人がベッドから降りて来て、それぞれ抱き付いた。あまりの過酷な責め苦に、彼女は誰かに縋り付かなければ耐えられなかったのだろう。

 

「ティーゼ…辛かっただろう…。もう、大丈夫だよ…」

 

「でも…先輩たちが…」

 

「僕たちのことは…気にしなくていいよ。これは…これが、僕の意志だったんだから」

 

「ユージオ、お前も右目…大丈夫か?」

 

「大丈夫…じゃないね…」

 

ユージオは苦しそうに笑う。

そして、この騒ぎを聞いた寮長やアズリカ先生たちが部屋に雪崩れ込んできた。この惨状を目の当たりにした彼らは言葉を失うと同時に、キリトとユージオを連行する。後方ではティーゼたちがこうなった経緯(いきさつ)を叫ぶが、禁忌目録に違反した2人を解放してくれるはずがなかった。

 

 

 

 

更に…部屋の上部では謎の声が小さく響き、その声は誰にも聞こえることはなかった。

 

 

『シンギュラーユニット・デテクティド。IDトレーシング・コーディネート・フィクスト。リポートコンプリート』




【補足1】
『ルーツ様』
後に更なる詳細を書くが、アンダーワールドにおける最初の神。
元ネタはもちろん祖龍ミラルーツ。

【補足2】
秘奥義『竜怨斬』
原作では狩り技『震怒竜怨斬』である。
原作同様に相手の攻撃力によって威力が変化する。ただし、本作での弱点は武器優先度が高い相手だと、秘奥義の攻撃力に武器がついて行けなくなることである。

【補足3】
秘奥義『桜花回転斬』
原作では狩り技『桜花気刃斬り』である。
本作では威力上昇はないが、やろうとすれば2回から4回まで連続で回転しつつ、斬撃を与えることが出来る。ただ、これも武器優先度が高い武器がなければ、上手く扱えない。


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第15話 予想だにしない再会

夜が明け、外は冷たい暴風雨が消えて優しい光が鉄格子付きの窓から溢れていた。しかし、外の空気と違いキリトとユージオのいる部屋は居心地は良いものではなかった。質素なベッドに質素な石垣の壁…2人は既に禁忌目録を違反した罪人として、本来は学院規則に違反した生徒を閉じ込めるための部屋に軟禁されていた。

そして、唐突に部屋の扉が開き、「出なさい」と声をかけるアズリカの姿があった。昨日の騒動ですっかり疲れが溜まっていた2人だったが、すぐに上体を起こして扉へ歩み進める。

部屋から出てすぐにアズリカはポケットから緑色の種を取り出し、ユージオの潰れた目の前で砕き、神聖術を唱える。

 

「システムコール、ジェネレート・ルミナス・エレメント。リコンストラクト・ロスト・オーガン」

 

潰れた種から何かが溢れ出て、それがユージオの目に入っていく。

じきにユージオの右目が妙に疼き始める。

 

「目を開けなさい」

 

言われるがままにゆっくりと右目を開くと、昨日視力が完全に潰えたはずの右目に再び光が戻っていた。

 

「あ、ありがとうございます!アズリカ先生!」

 

「いえ、それよりも公理教会から迎えの者が来ております。修練場に行くように。そして、ユージオ修剣士、あなたは私でも成し遂げられなかった右目の封印を破りました。そして、キリト修剣士、私は最後まであなたが何者か分かりませんでした。だけど、2人がこれから成すことは…この央都にとんでもない旋風を巻き起こすと思います。あなた達が思ったこと、全てを全力で成しなさい」

 

それだけ言って、何かを知っているであろうアズリカは2人に背を向けた。

2人は何も聞くことなく、アズリカに指定された場所に向かった。

誰もいない、暗い修練場には鎧を身に纏った2人の騎士が言い争いをしていた。

 

「何故、あなたまで来たのですか?罪人の連行など、私1人でどうとでもなります」

 

「そう言わないでよ〜。私の方が先に召喚されたのんだよ?簡単に言えば、先輩なんだよ?そんなに逆らっていいのかな?」

 

「…分かりました。ただし、私の邪魔だけはしないでください」

 

「了解〜」

 

そういった、まるで年頃の少女の戯れが終わったところで、2人はキリトたちが来たことに気付いたのか、後ろ姿ではあるが毅然とした振る舞いを戻す。

1人は金色の髪に鎧、青い色の服を下に着ている騎士…。

もう1人は灰色の髪に銀色の鎧を有している。

どちらも女性と見られるが、ユージオは2人とも見覚えがあった。

キリトも金髪の女性騎士に…何とも言えない懐かしさを感じた。

 

(金色の髪に青色の服…、それに灰色の長髪…どこかで…)

 

(あの金色の鎧…昔、どこかで…)

 

2人とも、懐かしみを感じている間に金髪の騎士とがゆっくりと振り向いて、自身の名前を名乗った。その瞬間、キリトとユージオの脳に雷が落とされた様な衝撃が突き抜けた。

 

「北ドンドルマ地域統括、公理教会整合騎士…アリス・シンセシス・サーティです」

 

「あ…」

「お前は…」

 

ユージオは茫然とするばかりで、キリトはその騎士の顔を見た瞬間に思い出した。彼女は…SAOで共に戦い、そして今も消息が不明のアリスだったのだ。

何故アリスがここにいるのか…どうして整合騎士となっているのか…。驚愕は続く。同じく振り向いた灰色の髪の騎士を見た途端、ユージオは更に目を見開いた。

 

「同じく整合騎士のイーディス・シンセシス・テンでーす」

 

堅苦しいアリスと打って変わり、かなり緩い口調のイーディスにアリスは過敏に反応した。

 

「その様な口調は謹んでください。罪人に舐められてもしたらどうするのですか?」

 

「その時はアリスが罪人をぶっ飛ばすんでしょ?」

 

そんな会話は耳に入ってないユージオは固まっていた身体が自然と動き出した。8年もの間、探し、取り戻そうと思っていた2人の少女を、思いもよらないところで再開したのだ。ゆっくりと手を伸ばし、アリスの肩に触れるか触れないかのところで…彼女の目がギッと強くなった。

剣の柄を握り、鞘でユージオの頬を容赦なく叩き伏せたのだ。

 

「ぐあっ!」

 

「ユージオ!」

 

キリトは倒れる相棒を支え、アリスに物言おうとしたが、その時にはイーディスの黒い剣が目の前にあった。

 

「悪いけど、私たちにはあなた達の天命を7割も削っていいってことになってるの。今度変なことしたら…一生動けなくなるかもよ?」

 

先程の口調とは思えないほど冷たい視線を向けるイーディスにキリトは唇を噛む。だが、言わずにはいられなかった。

 

「アリス…俺だ!キリトだ!覚えているだろ‼︎」

 

真剣な眼差しを向けて叫ぶキリトだが、アリスの表情は一切変わらない。そして…彼女の口からは冷たい言葉ばかりが吐き出された。

 

「…これ以上妙なことを喋れば、ここで首を切り落とします。ユージオ修剣士、及びキリト修剣士、今よりあなたたちを捕縛し、審問した後に、処刑します」

 

「アリス…」

 

2人はイーディスに腕を掴まれ、外へと連行された。

そこには立派な翼を持つ竜が2匹…リオレウスとリオレイアが戯れあっていた。

 

「《赤王(せきおう)》!《緑姫(りょくき)》から離れなさい!」

 

「相変わらず、ラブラブねえ…」

 

アリスの声に2匹はすぐに距離を取った。イーディスはリオレイア…緑姫に乗る。そして、アリスはキリトとユージオの身体を鎖で縛り上げ、赤王の足に繋ぐ。恐らくこの状態でセントラル・カセドラルまで連行されるのだ。

その時を待っていると、何かを引き摺る音が4人の耳に入って来た。

その方向を見ると、そこには重たい剣を必死に引き摺って持ってくるティーゼとロニエの姿があった。キリトたちに愛剣を渡そうと思ったのだろう。しかし、すぐにアリスが立ち塞がる。

 

「…何しに来たのですか?」

 

「騎士様!失礼だとはご承知です!先輩たちに剣をお返ししたいのです!お願いします‼︎」

 

2人の懇願にアリスは静かに答える。

 

「彼らは処刑される身です。剣など不要です」

 

「そんな…!」

 

アリスの冷たい言い方にイーディスが反応した。

 

「それくらい良いじゃん。アリスったら、厳しいんだから。私が許可するわ」

 

イーディスは緑姫から降りると、2人の剣を取った。

だが、その瞬間イーディスの背筋に(おぞ)ましい感覚が流れた。キリトの黒剣から感じ取れる黒い気配に思わず、剣を投げ捨ててしまうそうになるくらいの悪寒が身体の中を通り過ぎたのだ。

その様子をアリスは気付き、声をかけた。

 

「イーディス殿、どうしたのですか?」

 

「……何でもないよ。ねえ、2人に対話の許可をしたら?最後になるだろうから…」

 

様子がおかしいイーディスにアリスは怪訝にしながらも、「仕方ない」と言いながら、ティーゼとロニエに言った。

 

「1分間の対話なら許します。早く済ませなさい」

 

2人は表情を明るくさせ、涙目のまま駆け出す。

ティーゼはユージオに抱きつきながらも、少ない時間の中で言葉を紡ぐ。

 

「ユージオ先輩…私のせいで…本当にごめんなさい…!」

 

「…違う、ティーゼは何も悪くない。むしろ友達のために勇気を振り絞れたことは立派だよ」

 

ティーゼは更に涙を溢れさせる。

 

「私…っ、絶対に整合騎士になって、先輩を助けに行きます!だから…待っててください‼︎」

 

ロニエもキリトに抱きつき、最後の別れを行う。

 

「先輩、私達が整合騎士になるまで…必ず生きててください!」

 

「ああ、分かって……っく!」

 

まだ話してる途中だったが、赤王の翼が羽ばたき、粉塵と旋風が舞う。『時間切れ』ということだろう。

 

「2人とも、離れなさい」

 

「私が先導するから、ついて来て」

 

イーディスの乗る緑姫が先に飛び、続いてアリスの赤王が飛び立った。

ティーゼとロニエは必死になって、その飛竜を追う。キリトとユージオはその姿に悲しい気持ちになる。特にユージオは、アリスとイーディスもあの時…この様な気持ちになっていたのかと感じてしまう。

2人は身体にかかる重力に耐えながら、想定してたこととは別の方法でセントラル・カセドラルに入ることが成功した。

…牢屋の中であったが。




【補足1】
『緑色の種』
原作では育ててみないと何か分からない物だと設定されている。
本作では主に回復系の植物(薬草や解毒草など)に育つ。よって、種には天命を回復及び欠損部位を治癒するエネルギーが含まれている。それを神聖術で強化し、アズリカは使用した…という設定にした。

【補足2】
赤王(せきおう)
アリスが相棒としている、火竜リオレウスの名前。

【補足3】
緑姫(りょくき)
イーディスの相棒としている、雌火竜リオレイアの名前。
今更になって、登場させたモンハンの大御所。書いてて、まだ登場させてなかったなと思い、ここで採用しました。


漸く登場のヒロイン2人。
次回から、漸く書きたいパートに入れるので、お楽しみに。
また、今回から新たなアンケート開始します。


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第16話 静銀の鞭を振るう騎士

キリトとユージオは既に少なくとも2日もの間、寒く、薄暗い牢獄に投獄されていた。審問するとアリスは言っていたが、そんな様子はなく、ただ退屈な時間ばかりが流れた。

太陽の光が入って来ない牢獄では時間の感覚も狂ってしまっていた。

 

「はあ、全く…いつまでここに居ればいいんだ…」

 

「そうだね。審問はおろか何も始まらないし…」

 

退屈凌ぎにキリトはユージオに2日前に会った2人、アリスとイーディスについて聞くことにした。

 

「ユージオ、もう一度確認するが、彼女らは本当に8年前に連れ去られたアリスとイーディスなんだな?」

 

「2人とも、8年前と同じだった。身長とか、雰囲気は変わっても…」

 

ユージオの凛とした眼力に、キリトは本当のことを言っているんだと改めて認識する。「なるほど」と相槌を打つと、ユージオもキリトに確認したいことがあるのか、同じく質問する。

 

「キリトも…アリスとは会ったことあるみたいだったけど…どうなの?」

 

「俺は……」

 

キリトは思わずアリスとの思い出を語ろうとしてしまうが、急いで口を閉じる。ユージオにSAOでの話をしてしまうと、今まで記憶喪失だった話が全て嘘になってしまう。それに自分自身が本当は何者かもバレてしまう。そうなると今よりも面倒ごとが増えてしまうと思い、キリトはすぐに話題を逸らそうとする。

 

「それよりも、アリスもイーディスも、ユージオを見ても何も感じていなかった。まるで…今までの記憶が抜け落ちたみたいに」

 

「でも、記憶を操る神聖術なんて…そんなもの…」

 

「ここの司祭様は天命や神聖術を自由自在に操れるんだろ?だったら、それくらい可能なはずさ」

 

ユージオは「まさか」と言うが、その表情は明らかに動揺しきっていた。ともかく、あの2人がユージオの探し続けていた彼女らだということは判明した。

次はどうやってこの牢獄から脱出するか…だ。キリトはそう思っているが、ユージオはどうなのか分からない。キリトはユージオに詰め寄り、今まで異常の眼力を向けて、こう言った。

 

「ユージオ、お前はこれからどうする気だ?」

 

「僕は………アリスとイーディスを助ける!記憶を奪われていようが、消されていようが、何があっても記憶を取り戻して、彼女らを救う!そのために、まずはここから出よう!」

 

ユージオの意志もキリトとほぼ同じだ。

だが、その脱出が1番の問題だった。キリトとユージオは壁に繋がれた鎖を腕に付けられ、他には簡易なベッドしかない。いつもの愛剣があれば、意図も簡単に切れただろうが…。

 

「…そういえば、ここでステイシアの窓は見れるのかな?」

 

「さあ…試してみようか…」

 

キリトとユージオは共に繋がれた鎖をステイシアの窓で確認する。

この鎖はオブジェクト権限が38、天命も30000を優に超えている。

 

「これじゃ、何をやっても砕けないわけだよ」

 

「いや、これは行けるかもしれないぞ、ユージオ」

 

キリトは立ち上がり、鎖を握る。ユージオにも同じように持ってもらう。

 

「キリト、何をするの?」

 

「この鎖のオブジェクト権限は38、40を超える俺たちには簡単に使いこなせる。それに同じ権限なら、天命を減らせるはずだ」

 

「なるほど」

 

ユージオもキリトの作戦を理解し、息を合わせて鎖をぶつける。すると、バキッとヒビ割れるような音と共に、繋がれた鎖の天命が半分以上減少する。

 

「よし、もう一回だ。ユージオ」

 

「「セーのッ‼︎」」と今度は声を掛け合い、互いに鎖を引っ張ると、先程よりも更に大きな音を出して砕けた。その反動で2人とも壁に激突するが、気にすることはない。

 

「よし、作戦成功だな。でもユージオ、良いのか?」

 

「何が…?」

 

「ここから脱獄するということは、公理教会と真っ向から反逆するって意味だ。いちいち、決断する時に迷ってる暇はないぞ?覚悟を決めるなら、今しかない」

 

「僕はもう迷ったりしない。アリスとイーディスを助けて、村で帰りを待つセルカとメアリのために…約束を果たすために…」

 

「…決まりだな」

 

キリトは腕に付いたままの鎖を振り上げ、鉄格子付の牢獄を破壊した。その時の音にもちろん、看守が気付いて、部屋から飛び出して来たが、ユージオが看守に突進し、鎖で喉元を締め上げて気絶させた。

 

「流石だな」

 

「気絶している間に急いでここを出よう。キリト、これを」

 

ユージオは看守が持っていた貧相な槍をキリトに渡そうとするが、「ユージオが持っておけ」と言って、キリトは遠慮した。それから2人は即座に地下牢獄から外へと脱出し、薔薇で出来た通路に出る。ユージオは貴重な薔薇がここまで大量にあることに驚いているが、キリトは逆に追手がいないかを警戒していた。通路の陰に身を潜め、暫く息を殺していたが、誰も追ってくる様子はなかった。

 

「ここまで来れば…安心だろう」

 

「だと良いけどね。それにしても、信じられないな…。僕たち、本当にセントラル・カセドラルの内部にいるんだ」

 

「まあ、整合騎士ではなく、脱走した罪人…としてだけどな」

 

「来れただけ良いよ。アリスたちは…あの中にいるのかな?整合騎士は人界守護のために、飛竜であちこちに飛んでいると聞くし…」

 

「居なくても、最高司祭にどこにいるか聞けばいい。それに記憶のこともな…」

 

「記憶……もしかして、その方法さえ聞き出せば、キリトの記憶も…」

 

そんなことを言い出すユージオの優しさにキリトは思わず、「このっ!」と頭を小突く。

 

「全く、こんな時でも俺のことを考えているなんてな…。ユージオ、仮に俺の記憶が戻っても、俺はお前のことを助ける。それに一生の親友だ。安心しろ」

 

そこまで言うと、ユージオはニッコリ笑う。

その時だった。安心しきった2人の方面に1本の長剣が飛んできた。

 

「ユージオ!避けろ‼︎」

 

剣は地面に深々とめり込む。

 

「走るんだ‼︎」

 

追手が迫ってきたことで緊張感が一気に増す。

あてもなく走っていくと、広場に出て、その中央にはワイングラスとワインが置かれていた。誰かがここで待っていたようだ。

すると、1本の鞭がキリト達の目の前に入り込み、それを伝って青色のマントを翻して、新たな騎士がやって来た。

 

「やあ、罪人諸君。まさか脱走するとはね…。アリス様の言う通りになるとは…」

 

「アリス…様?」

 

目の前にいる騎士は鞭を腰に納め、左手に持つ剣をキリト達に向ける。

 

「悪いが、さっきの牢獄に戻ろうか?罪人」

 

「そんな簡単にお前の言う通りになると思っているのか?甘く見るなよ!整合騎士‼︎」

 

キリトが叫ぶと、その騎士は剣を地面に叩きつけ、更に右手で鞭を持って同じく地面を叩いた。

 

「ああ、これから貴様らを牢獄に帰す者の名前を言っておこう。私の名前はエルドリエ・シンセシス・サーティーワン、つい数日前に召喚されたばかりの騎士だが、貴様らを牢獄に戻すことくらいは何てことない」

 

「エルドリエ…どこかで…」

 

そこまで言うと、鞭を激しく振るった。

キリトは(この距離なら鞭は届くはずが…)と思っていたが、鞭は元の長さからは信じられない程に伸縮し、ユージオの方へと飛んでいく。

ユージオも同じで突然の攻撃に槍を構えたが、木製の柄は意図も簡単に砕ける。

 

「ユージオ!避けろ‼︎」

 

ユージオは折れた槍を捨て、即座に後ろへと退がる。鞭は地面にめり込み、未だに掘削を続けている。が、掘削のことはキリトもユージオも気付いていない。

 

「ふっ、所詮ただの罪人か…」

 

とだけ、エルドリエが呟く。

するとキリトの真下から鞭が飛び出して来た。思わずキリトは繋がれた鎖を使ってガードしようとしたが、完全には防ぎ切れず、鎖に軽く当たって勢いを落としたが、鞭はキリトの左腹に見事に突き刺さる。

 

「ぐうぅ⁈」

 

キリトは内臓を抉られるまでに突き刺されながらも、その鞭を掴み、エルドリエの動きを封じる。更に鎖を振り上げ、エルドリエの顔面にヒットさせる。

 

「っ!」

 

エルドリエは声を上げず、口端から血を流しながらキリトを睨む。その眼力は凄まじいものだったが、キリトが怯むことはない。

 

(ほう…この私の殺気に怯まないか…。ただの学院生ではないな)

 

睨みに意味がないと分かったエルドリエは鞭での攻撃を諦め、剣を振り上げる。ここでキリトが鞭を離せば剣撃は避けれるが、鞭の一撃は腹に受ける。かといって、鞭を離さずにいれば、剣撃を受けてしまう。

八方塞がりかと思われた時、剣が急に重くなる。思わず振り向くと、そこにはユージオが剣に鎖を巻き付け、エルドリエの動きを封じたのだ。

 

「どうだ⁈これならいくら整合騎士でも…!」

 

キリトは鎖を振り上げようとする。

ところが、エルドリエは何か小さく神聖術を詠唱すると、キリトの握る鞭が途端に変化する。細長いモンスターの頭になると、即座に高速で回転し始めた。

それによりキリトの腕を派手に抉り散らし、血飛沫を上げる。

 

「がっ…!ぐああああぁ⁈」

 

「キリト‼︎」

 

キリトが痛みのあまりに鞭を離すと、今度はユージオの方に向かっていき、剣を封じる鎖を砕いた。

完全に相手のペースに持っていかれたユージオは右腕を抑えるキリトの傍に急ぎ、支える。

 

「キリト!大丈夫か⁈」

 

「こいつは…流石にやばいかもな…」

 

キリトの右腕は見るも無惨な状態で、物を握ることすら出来そうになかった。

 

「我が『穿碇鞭(せんていべん)』の攻撃を防げるのは私より上位の整合騎士だけだ」

 

改めてエルドリエを見詰めるユージオは、ここで彼が何者か思い出した。

 

「…そうだ。思い出したぞ!あなたは西ドンドルマ統一大会で優勝したエルドリエ・ウールスブルーグ!」

 

「何を言っている…。私は最高司祭より召喚された整合騎士だ!そんな名前など知らぬ!」

 

そう叫ぶが、明らかに動揺していた。ユージオはそこに勝機を見たのか、エルドリエに関することを叫び続けた。

 

「エルドリエ!あなたは西ドンドルマ帝国の上級貴族出身者で、彼は北帝国代表剣士として去年行われたドンドルマ統一大会の優勝者で、ソルティリーナ先輩やリーバンテイン主席を上回る凄腕の剣士だったんだ!母親の名前は……アルメラ、アルメラだ!ここまで言っても、思い出せないのかッ‼︎」

 

ユージオの血を吐くような叫びに、エルドリエは頭を抑え、苦しみ始める。そして…天に向かって絶叫すると、額から三角柱状の物体が出て来たのだ。

2人ともそれが何か分からないが 、少なくとも記憶を制御するものであることくらいは容易に想像出来た。ユージオはゆっくりと近付き、その三角柱状のものに触れかけた時…。

 

「エルドリエ・シンセシス・サーティーワンに何をしている⁈」

 

エルドリエの名前が庭園に響くと同時に、ユージオのすぐ足元に矢が突き刺さった。上空を見ると、飛竜に乗った紅蓮色の鎧を身に纏う整合騎士が弓を構えていたのだ。

 

「まずい…!」

 

ユージオは重傷のキリトを支えながら、元来た道へ引き返す。

 

「逃すかッ‼︎愚かな罪人‼︎」

 

紅蓮色の騎士は更に矢を放つ。しかも、矢が地面に着弾すると同時に派手な爆発を起こす。ユージオは必死にキリトを支えながら走るが、この先は行き止まりだった。

ここまでかと思われた時、右前方に扉が出現し、手招きする腕が見えた。

 

「こっちじゃ!」

 

敵か味方か分からないが、考えてる暇はなかった。

ユージオは最後の力を振り絞り、光の扉へ飛び込むのだった。




【補足】
穿碇鞭(せんていべん)
エルドリエの持つ神器。その一振りで岩は砕け、どれほど強固な防具でも穿つ力を有している。この鞭は『凍戈竜』の記憶が入ったものであり、優れた伸縮性と貫通性を持っている。
完全武装支配術では伸縮性と貫通性で相手を追尾する能力を得る。
また、記憶解放術では鞭の先端が尖った形状に変化し、凄まじい速度で回転する。この回転によって相手を貫くと同時に肉体を抉る。仮に躱されても追尾、隠れても貫通、非常に強力な神器である。しかし、弱点は多数ある。鞭の先端以外は貫通性を有しておらず、先端での攻撃が当たらなければ、決定的な一撃は与えずらい。
当初はガララアジャラ亜種の記憶で作り上げた『水蛇鞭』にして、一回振るうだけで水弾が発射され、何度と反射させることが可能になるというものにしようと思ったが、あまりに強くてキリトたちが勝てないと思い、上記のものに変更しました。


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アリシゼーション編 第3章 抗いの果て
第17話 大図書室の使者


また解説回…。
相変わらずほぼ原作と同じなので、超大雑把に進めます。
マジでほぼ一緒なので、飛ばしたかったら、どうぞ飛ばしてください。


思わず誰かも分からない声に従って、ユージオはキリトを抱えて、謎の扉に飛び込んだが、そこは薄暗い木製の通路だった。入ってすぐにユージオは辺りを見回すと、後方で杖を携えた者が閉じた扉の前に立っていた。

 

「この扉はもうダメじゃな。彼奴に感知された」

 

杖で扉を叩くと、扉はゆっくりと崩れて消えた。

そして、2人に振り向いた者は帽子を被り、眼鏡をかけ、背も非常に低い…もはや子供としか思えないような少女だった。

そんな子供がどうしてここに…とユージオは思ったが、彼女はキリトの方を少し見てから通路の奥へと進み始めた。

 

「ついて来い。抱えてる者はこの先で治療してやろう」

 

そう言って、彼女はさっさと奥へと向かっていく。

既に気絶したキリトを抱え、ユージオは彼女を後を追う。

 

「あの…ここは、どこで、この通路はどこに繋がってるんですか?」

 

「ここは既にセントラル・カセドラルの中じゃ。まあ…外界とは隔絶した場所ではあるが、そしてこの先は…」

 

通路を更に進むと思っていたが、彼女が杖を軽く上げると目の前に新たな扉が現れる。そして、ゆっくりと開いたその先は…大量の本と棚が並んだ巨大な大図書館だった。

 

「大図書館…こんなところがカセドラルに…」

 

「お主が()った学院にはない本が山のようにある。歴史、剣、素材、防具…ありとあらゆることがな…」

 

ユージオは興味深く、この大図書館を眺める。

 

「さて、お主と其奴の傷を癒してやろう」

 

彼女が杖を2人に向け、「ほいっと!」と言うと、ユージオの天命はもちろん、キリトの重傷した腕を完治した。

 

「す、凄い…!ありがとうございます!あなたは…」

 

「私の名前はカーディナル。この大図書館の使者じゃ。後ろの者は私が預かろう。お主は少し休み、興味があるならあそこにある歴史書を読み耽るが良い」

 

「分かりました。何から何までありがとうございます」

 

ユージオはキリトをソファに寝かせ、歴史書のある本棚へと駆けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『キリト…ここまで来たんだね…』

 

目を覚ましたキリトの前にはSAOの時の服装のアリスが立っていた。

 

「その声は…アリス?良かった、記憶が…」

 

『ごめん。私は…もう、あなたの知るアリスには戻らないよ…。…じゃあね、キリト…」

 

白い光の中へと消えていくアリスの姿にキリトは必死に手を伸ばす。

ユージオのためもあるが、キリトも…ずっと探し続けていたアリスを取り戻したくて…。

 

「行くな…戻れ!アリスッ!アリスーーッ‼︎‼︎」

 

そこで漸くキリトは本当に意識を取り戻す。今着ている学院服も汗まみれで、いかに自分が悪夢に(うな)されていたことが分かる。

 

「漸く起きたか。寝坊助な奴め」

 

カーディナルはキリトに向けてそう揶揄する。

敵だと思ったキリトは飛び起きて、彼女と距離を取ろうと思ったが、敵意を感じられなかった。

 

「あんたは…。それにユージオは…」

 

「ユージオなら、最高司祭が独断で作り上げた歴史書を読んでいるところじゃ。私はカーディナル。聞いたことがあるはずじゃろ?未登録ユニット、キリトよ」

 

「カーディナル⁈」

 

その名前を忘れるはずがなかった。

カーディナルとは仮想世界において、自動的にバグなどの現象を管理するシステム名だ。つまり、この仮想世界もカーディナルシステムによって管理されていることが分かったキリトは動揺を隠せなかった。

 

「まあ座れ。私はお主と話さなくてはならないことがある。…あまり時間が無いから、悠長には話せないがな」

 

カーディナルは茶と菓子を卓上の出し、事のあらましを話し始めた。

 

「この世界には4人の賢者がおった。それが創生の人間…お主たちの言葉で言えば、フラクトライトだ。その者たちがこのアンダーワールド内のフラクトライトを作り出したと言っても過言ではない」

 

「それじゃ…この世界の住人は…」

 

「お主は知らなかったようじゃな。そうじゃ、『ラース』と呼ばれる者たちが作った真性の人工知能じゃ。…完璧ではないがな」

 

『ラース』…。

その単語をキリトは覚えていた。菊岡に頼まれたバイトの共同企業の名前がそれだったのだ。つまり…今いるこの世界は記憶には全くないが、あの時のバイトと同じ場所…ということだと漸く分かる。

 

「しかし、その4人の内の1人には『支配欲』や『所有欲』などの利己的な欲求を教えてしまった。その教えをそのままそっくり受け継いだのが、人界を支配する絶対的存在…アドミニストレータじゃ」

 

「アドミニストレータ…管理者…」

 

「お主らの言葉で言えばいいですそうじゃな。彼女の本名はクィネラと言うが、彼女は私の双子の姉である」

 

唐突な話はキリトは仰天する。

 

「彼女は時が経つにつれ、神聖術を上達し、彼女のことをルーツ神の巫女とまで言われるまでになった。彼女は圧倒的な支配欲に、益々飲み込まれていった。それどころか更なる支配を求め、増えたフラクトライトが反旗を翻さないために『禁忌目録』を作り上げた」

 

「……」

 

禁忌目録の創生にそのような経緯があったことにキリトは強く怒りを覚える。要するに独占欲を満たすためだけに作られた、見せかけの法だったのだ。

 

「それでも彼女に悲劇が襲った。老いじゃ。いくら神に近い神聖術を持っていようとも、老いだけはどうしようもなかったのじゃ。彼女が100歳に近い頃、遂に見つけてしまったのじゃ、これを…」

 

カーディナルは神聖術を唱える。

『システム・コール。インスペクト・エンタイア・コマンド・リスト』と…。

そこに書かれていたものに…キリトは愕然とする。

 

「それはまさか…全ての神聖術が表示されているのか⁈」

 

「そうじゃ…。これを見れば、どんなことでもすることが出来る。彼奴は天命の全回復に自然減少の停止、更に永遠の美貌を手に入れた。もはや…不死の身体を手に入れたようなものじゃった。それでやめておけば、まだ人間としての理性があったと言えるが…彼女は更に悪魔的な行動に移った。彼女は…カーディナルシステムすらにも手をかけた。それにより、彼女とカーディナルシステムは同等の扱いとなった。そこで彼女は…人間をやめたのだ」

 

「そんなことが…一体どうやって…」

 

「本来なら出来ぬ。しかし外の者が手を貸せば、それも可能となる」

 

カーディナルは茶を一口飲み、話を続ける。

 

「それから更に月日が経ち、彼女に異変が起きた。フラクトライトの記憶容量が限界を迎えたのだ。そこで登場したのが…私じゃ」

 

「…まさか、カーディナル…君は…」

 

キリトは最悪の想像が思い浮かんでしまう。

 

「想像の通りじゃ。彼奴は私の身体を使っていたフラクトライトを消去し、別の人格を植え付けたのだ。あの時は、アドミニストレータの記憶をコピーしたのだがな…。それこそ…私が待ち続けていたことじゃった。カーディナルシステムは不具合なことを消去しようとする働きを持つ。カーディナルシステムと同等の力を持つ彼奴を消そうとするのは、当然のことじゃ」

 

「だから双子…ってことか。だが、それなら何故ここで待ち続けていたんだ?それ程の力があるなら容易に対抗できるはず…」

 

「それを防ぐために整合騎士が作られたんじゃ。他人のフラクトライトを書き換える術…通称:シンセサイズの秘儀で、彼奴に絶対忠誠を誓う究極の傭兵を作り上げたのじゃ」

 

「なるほどな…じゃあ、アリスやイーディスの2人も…」

 

「そうだ。シンセサイズの秘儀によって記憶を消されている。恐らく、その記憶はカセドラルの最上階にあるじゃろう」

 

「本当ですか…?その話は…」

 

するとそこへ本を読み飽きたのか、キリトと話している内容が気になったのか、ユージオがやって来た。

 

「アリスとイーディスは、最高司祭に記憶を操られているって…」

 

「間違いない。じゃが安心するがいい。必ずどこかに記憶は保管されている」

 

それを聞き、ユージオはホッとする。

だがカーディナルは残酷なことを告げる。

 

「しかし2人とも、お主らはアドミニストレータを倒した後のことはどうする?」

 

「「え?」」

 

「…この世界は間もなく崩壊する。ダークテリトリーからの侵攻によって…。それを防げるのはアドミニストレータだけじゃ。整合騎士や近衛兵たちだけでは絶対に勝ち目はない。それでも、アドミニストレータを倒すのか?」

 

突然の選択にユージオは迷ってしまうが、キリトは即座に言った。

 

「カーディナルはアドミニストレータを倒し、世界の本来ある姿を取り戻そうと思ってるはずだ。俺はその考えは正しいと思っている。あんな…禁忌目録は間違ってる。ロニエたちみたいな被害者を出すなら、俺はアドミニストレータを討つ。ダークテリトリーからの侵攻はどうにかする。絶対にこの世界を崩壊させやしない!」

 

「キリト…」

 

キリトの強い意志にカーディナルは「そう言うと思ったよ…」とだけ呟く。

 

「じゃがキリトよ、最後にこれだけ言わせてもらう。生きている限り、どんなに足掻いても諦めなくてはならない時が来る。その時、お主も分かるはずじゃ。本当の絶望を…」

 

それだけ言うと、彼女は杖をポンと地面を叩く。すると2人の前に一枚の紙切れが現れる。そこには神聖術が長々と書かれていた。

 

「カーディナルさん、これは?」

 

「お主らの剣を最大限高められるようにするための術式じゃ。上の方が武装完全支配術、下が記憶解放術じゃ。しかし、どちらもいざって時のために残しておくんじゃ。この神聖術を使用すると、剣の天命値は一気に消費される。そこだけ留意しておけ」

 

更にカーディナルは杖を叩くと、新たな扉が現れる。

 

「覚悟はもう決まっておろう?」

 

カーディナルの問いに2人は答える。

 

「ああ、アリスとイーディスの記憶を取り戻し、最高司祭を倒す!」

 

「おお、そうじゃ。忘れてしまうところだった。ほれ、これを持っていけ」

 

カーディナルが最後に渡して来たものは小さな短剣だった。

 

「この短剣には術式が組み込まれており、お主が求める2人のどちらかに刺せば、その者のシンセサイズの秘儀を解こう。本来はアドミニストレータに刺し、術式を不可能にするためのものじゃ。一本ずつ持て」

 

準備を終え、キリトはドアノブに手をかける。

 

「行くぞ、ユージオ」

 

「ああ、行こう!キリト」

 

ドアを開け、キリトとユージオは旅立っていく。

それを横で見守るカーディナル。

2人が去った後に、カーディナルは胸の中が騒めく感じがした。

 

「…今更、何を…」

 

大図書館で1人寂しい気持ちになってしまったカーディナルは、静かに呟くのだった。



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第18話 爆炎の射手

ここまで長く書くつもりはなかったけど、長くなってしまった…。


カーディナルが出してくれた扉の先は、武器庫だった。

あまりの武器と防具の多さにキリトもユージオも唖然としてしまった。

ここにキリトたちの愛剣があるというが、時間がかかりそうだった。

 

「キリト…最高司祭はダークテリトリーの侵攻に対して何も対策していないって言ってたけど、これらの武器は使わないのかな?」

 

「これらは使うというより…奪って、教会に反抗しないために備蓄してる方が正しいかな…」

 

キリトの推測にユージオは怒りを覚えてしまう。

最高司祭の独裁ぶりに…。

そんなことを思っていると、キリトが声を上げた。

 

「あったぞ、ユージオ!」

 

キリトが指差す先には黒色のキリトの剣とユージオの冰龍の剣が綺麗に立てられていた。それを手に取り、腰に挿す。

 

「どうする?鎧とかも貰う?」

 

「慣れないことはするべきじゃない。…まあ、そこの動きやすそうな服は貰っていくか」

 

キリトとユージオは学院服を脱ぎ、動きやすい新たな服へと着替える。

そして、武器庫から出て行こうと扉を開けた途端、数発の矢が飛んで来た。

 

「‼︎」

 

それが扉に刺さった途端、爆発を起こして吹き飛ばした。

そして、階段の上には紅蓮色の騎士が悠然と立っていた。

 

「あの騎士は…!」

 

ユージオは覚えていた。かの騎士はエルドリエの助太刀に入った者だと…。

 

「ユージオ!前に出るんだ‼︎」

 

キリトの声にユージオは急いで前に出る。

騎士は近くに来てくれたことで、更に狙いを絞ることが出来るため、兜の中で薄ら笑いを浮かべる。

弓筒に入れた矢を3本取り、キリトに向かって射る。

それを意図も簡単に弾き返すキリトに騎士は今度は全ての矢を弦に掛け、曲射で放った。無数の矢が2人に降り注ぐが、キリトは全てを弾き返し、ユージオは右方向へと回避する。

騎士の赤い弓の弦は今の射出で切れてしまうと同時に矢もない。

ここまで来れば、キリトは押し切れると思い、階段に足を踏み入れようとした時…。

 

「エンハンス…アーマメント」

 

武装完全支配術の詠唱を口ずさむと、弓の弦は完全に燃え落ち、更に騎士もろとも巨大な炎が纏われる。更に橙色の粉塵が周囲に舞い始め、カーペットは焼け焦げ、壁は溶ける寸前にまで高温になる。

 

「あれが…武装完全支配術…」

 

「すごいな…。あの弓は何の記憶を入れているんだ?」

 

「そんなこと考えている場合じゃないでしょ!」

 

騎士は一息吐くと、弓を構えながらキリトたちに話しかける。

 

「こうやって『炎王妃弓』の龍炎を纏うのは…いつぶりだろうか…。確かにお前らはただの学院生ではないな。その事は認めよう…。しかし、それを持っているのにも何故、騎士エルドリエを闇の術で惑わせた⁈」

 

怒りが篭っていく声に比例して、周囲の温度も更に上がる。既に2人の服の下は汗だらけで、脱水症状寸前だった。それでもユージオは弁明のために叫ぶ。

 

「違う!僕たちは…エルドリエさんを惑わせてなんていません!彼が騎士になる前の話を聞かせただけで…!」

 

「騎士になる前…?我ら整合騎士には過去などない。最高司祭様より、天界から召喚された存在…それだけだ!」

 

「っ…」

 

やはり、彼らはそういう風に記憶を改ざんされていることを改めて分かったユージオは歯を噛み締める。

 

「生かして捕らえよ、と元老長からは言われているが…この『炎王妃弓』の記憶を解放した以上、腕か足が焼け落ちると覚悟しておけ」

 

そう言い終え、騎士は手を広げる。そこに橙色の塵粉を集め、1本の炎の矢を生成した。そして、切れたはずの弦にかけ、ゆっくりとキリトたちに向けて構えた。

 

「あの矢…生半可な防御では確実に貫かれるな…」

 

「何か策はある?」

 

「連続で打てないことを祈るばかりだな…。そうじゃないと、こちらがやられる。俺がどうにか初撃を弾く。その後にユージオ、お前が斬り込むんだ」

 

「…祈る…か。でも、分かった」

 

キリトとユージオは構え、騎士の出方を見る。

騎士は炎の矢を弦に掛けはしたが、まだ射出する様子は見られない。

そこでキリトとユージオは先に前へと飛び出して、階段を上がっていく。

キリトは駆け上がりながらも、神聖術の詠唱を開始する。

 

(気休めとしか思えないが…ないよりはマシだ)

 

「システム・コール!ジェネレート・クライオゼニック・エレメント!」

 

キリトの手に5つの氷属性のエレメントを起こす。

そして、それを自分たちの前に5層の氷の壁を作った。

それを見た騎士は鼻で笑い、炎の矢を更に引く。

 

「笑止、そんなものでは我が一矢は防げぬ」

 

更に矢を引いていき、纏まった炎が騎士を覆うと…。

 

「受けるがいい、《超新星》‼︎」

 

放たれた矢は凄まじい速度で最初の氷の壁にぶつかると、1秒と持たずに砕けた。続く2つ目、3つ目、4つ目も意図も簡単に砕け、最後の5つ目で止まったと思われた時、キリトとユージオはその矢が変形していくところを見た。

 

「あれは…!」

 

氷の壁にぶつかって拮抗してると思いきや、矢は徐々に赤い立髪を有した、まるでジャガーのような龍へと変化する。その龍から塵粉が更に舞い、周囲を包み込み始める。

そして…最後にけたたましい咆哮の後に氷の壁を一瞬で破壊しつつ、広範囲に及ぶ大爆発を起こした。

 

「うおおおおおおおぉぉッ‼」

 

キリトは片手剣防御SSスピニングシールドで、爆風を防ごうと試みる。凄まじい爆発はキリトの後ろだけが安置となるが、それ以外のカーペット、大理石で作られた壁、手すり、階段…何もかもが一瞬で吹き飛ぶ。

しかし、この防御だけでは完全に防ぐことなど出来ない。

回転する剣の隙間から炎が漏れ、それがキリトの手、腕、足を徐々に焼いていく。

 

(もう少し…!もう少しで…!)

 

焼かれる痛みを感じながらも、キリトの防御術で騎士が放った《超新星》は威力が落ちていくように見えた。

だが実際は違う。キリトが必死すぎて気付かないだけだが、黒剣から粒子が発生し、爆発を吸収していたのだ。

 

「く…お、おおおおおおおぉッ‼」

 

そんなこともつゆ知らないキリトは渾身の咆哮を無意識のうちに叫んだ。そのすぐ後に大爆発はキリトの防御術によって完全に掻き消された。しかし、同時にキリトの身体に負荷がかかり、ユージオが向かうところと逆に吹き飛ぶ。

 

「キリト‼」

 

大理石の壁に亀裂が入るほどにぶつかったキリトだったが、ユージオに叫んだ。

 

「止まるな!ユージオ‼」

 

キリトがそのまま地面へと倒れる姿を見たユージオだが、キリトの言葉に従って、階段を上がっていく。

舞い上がった塵で視界が悪かった騎士は、ユージオが突っ込んで来ていることに気付くのが少し遅かった。

 

「む…!」

 

ユージオは飛び上がり、剣を高々と上げていた。彼も渾身の一矢を放った騎士にはもう打つ手がないと踏んでいたが、それは甘かった。騎士が小声で何か言っていた。聞こえはしなかったものの、口の動きで《リリース・リコレクション》と言っていることが分かった。

 

(あれは…記憶解放術…!)

 

「全てを焼き尽くせ…!《獄炎》!」

 

赤い弓から青い塵粉が舞い上がり、更に騎士が抜いた剣にその青い塵を纏わせたのだ。

瞬く間に剣は高温となって、刀身が赤熱化するがその威力は凄まじいものだろうとユージオは分かった。

今更、この剣を引かせることは出来ない。

 

(どうする?)

 

ユージオは考えを巡らせる。この圧倒的に不利な状況から、どうやって打開するか…。

 

(いや…考えなくていい…。僕は、アリスを、イーディスを救うために、約束を果たすために戦っているんだ!前に…前に進むしか、道はないんだ!)

 

その想いが通じたのか、冰龍の剣に白銀色のエフェクトが走る。

 

「せええええええああああぁぁッ!」

 

白銀の剣と青炎の剣がぶつかる。途端に激しい衝突と小さな連鎖爆発、強大な風圧が一度に起こる。階段の上は焼き尽くされるような空間、下は凍えるような空間へと変貌する。

 

「ぎっ…くぅぅ…!」

 

「ぐぅぅ‼」

 

想定した以上の剣圧に、騎士は顔を歪める。だが…徐々に騎士が剣を押していく。

ユージオは柄を握る手を見るが、肉が焼けるような音が次第に耳の中に入ってくる。

 

(冰龍…お前は、あの極寒の世界…果ての山脈を創生した高貴な龍だろ?だったら…!)

 

「こんな…炎なんかに…!」

 

「な、なんだ…⁈腕が…!」

 

ユージオの剣から冷気が発生する。

それは恐らく1万度を超す炎を掻き消すと同時に、騎士の上半身の半分を完全に凍結させた。それによって勢いを無くした騎士は後方に退かれ、ユージオは更なるソードスキルを腹に打ち込んだ。

 

「せやあああぁ‼」

 

1撃目が騎士の頑丈な鎧をもろともせずに切り裂く。

 

「ぐあっ⁈」

 

「逃がさない…!」

 

怯んだ隙をユージオは見逃さない。弓でユージオの剣撃を防ごうとしたが、2撃目が騎士を襲う。

それも同じく騎士の腹に入り、赤い鎧に綺麗な×印の傷が残る。そこで…騎士は力尽きたのか、地面に座る。

そこで…全てを焼き尽くす青炎も、凍り付かせる氷結も…全てが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトは傷付いた『はず』身体を引き摺りながら、ユージオと騎士の元へと歩く。

何故かキリトの身体は手や腕に火傷は負ってはいたものの、どれも重症と呼ぶには程遠いものだった。

 

(自分で神聖術で傷を塞いだはずでもないのに…何故…)

 

そんな疑問を抱きつつ、ユージオを見ると、彼は剣を逆手に持ち替えて、騎士の頭目掛けて落とそうとしているところだった。輝かしいばかりの光を放つ冰龍の剣であるが、そこにこびり付いた血が目立っていた。

 

「おい、ユージオ!やめろ!」

 

思わずユージオの腕を抑え、剣を取ろうとしたが、振り向いたユージオの顔は激しい怒りに染まっていた。

 

「ユ、ユージオ…」

 

「こいつは…!こいつが…‼アリスとイーディスを連れて行った騎士だったんだ!今でも覚えてる!あの声…色は違えど、その鎧の風貌…!」

 

「落ち着け、ユージオ!そうだとしても…彼は…」

 

「お主らは…何を言っている…」

 

騎士は掠れた声で、2人に話しかける。

 

「我が…誰を連れ去ったというのだ…。そんな愚行…我は知らぬ…」

 

「ウソをつくな!」

 

ユージオの怒号に騎士は臆することはない。その様子にユージオも本当に知らないのではないかと思い始める。

 

「こいつはその時の記憶を最高司祭に消されたんだ。もしも、自分が罪人として連れてきた人間が整合騎士になっていたら、混乱してしまうからな。だって、整合騎士は過去が存在しない、天界から召喚された存在だからな。それにその大層な弓を頂いたのも、もしかして9年前なんじゃないのか?」

 

キリトの推測に、騎士はゆっくりと頷き、兜を脱いだ。兜の下は、豪傑な顔の男だった。

 

「その通りだ。我…デュソルバード・シンセシス・セブンは突然、このセントラル・カセドラルの警備を任されたのが9年前…。その前の記憶は……」

 

漸く名前を名乗った騎士、デュソルバードは頭に手を当てながら考え始める。しかし、それ以降の記憶が思い起こせず、目の前のキリトの推測が当たっているのではないかと至り始める。

 

「思い…出せぬ。我は…我は一体…」

 

「騎士、デュソルバード、過去に大罪を犯したあなたは記憶を消され、整合騎士にされたんだ。そうしたのはもちろん最高司祭だ。要するにあんたは天界から召喚された騎士じゃない、俺たちと同じ、人間だ」

 

デュソルバードは信じられないといった感じで首を振るが、その瞳は明らかに動揺しきっていた。

キリトは追い打ちをかけるように言った。

 

「信じるも信じないもあんたの勝手だ。だけど、俺の言ったことが眉唾物か…よく考えてから動くんだな。俺たちを追って捉えるか…最高司祭様に罰を受けるか…」

 

そこまで言うと、キリトは背を向けた。すぐにユージオの方も見る。首を横に振り、戦う気のないデュソルバードを殺してはいけないと、眼力だけで伝える。

ユージオは悔しそうに歯を噛むが、冰龍の剣の柄を強く握ると、ゆっくりと鞘に納めた。そしてすぐにキリトの後を追う。後ろで項垂れるデュソルバードは、もうキリトたちを追う気力は残されていなかった。




【補足】
神器『炎王妃弓(えんおうひきゅう)
デュソルバード・シンセシス・セブンが最高司祭から渡された神器。
人界の南方に位置するラティオ活火山に棲んでいた炎を纏う雌雄の龍の記憶を埋め込んだ弓である。その一矢は全てを破壊する爆発を起こし、弓から発生する青炎は骨まで残らず焼き尽くす力を持つ。
武装完全支配術《超新星》。自分の意志で爆発させる位置を限定できる。また、その爆発する炎の矢を何本も出すことが出来る。しかし、1発出すたびに弓の天命が大幅に減少するため、連射は余程のことがない限り行わない。
記憶解放術《獄炎》。弓から青い炎を出すことが可能となり、自身の拳や蹴り、または剣、大概のものに纏わせることが可能となり、その青い炎を纏った武器での攻撃はガードしてもその熱でものの数秒で身体が焼き尽くされる。ただし、あまりの高温の炎で自身の身体も焼かれかねない。
元ネタはもちろん、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの2体。武装完全支配術《超新星》はテオの大技『スーパーノヴァ』、記憶解放術《獄炎》はナナの大技『ヘルフレア』をイメージしました。デュソルバードの神器は作成当初から決まっていました。因みにユージオが《ヘルフレア》の攻撃を受け止めることが出来たのは、冰龍の剣によって熱を冷気で相殺することが出来たからである。キリトの黒い剣だった場合、死んでいました。
当初はそのまま『スーパーノヴァ』、『ヘルフレア』としようと思っていましたが、変な感じがしたので、漢字表記にしました。




それにしても、次回…リネルとフィゼルどうしようか…。まだ次話を執筆してないんですが、登場させようか、かなり迷ってます。登場させても…何だよなあ…。


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第19話 四天剣の騎士たち

最近は後書きが超長くなる、仕方ないけど。


デュソルバードを倒したキリトとユージオは黙ったまま、ただひたすら上へ上へと階段を上っていた。先程のユージオの行動に、キリトはもう一度しっかりと釘を刺した。

 

「ユージオ、1つ言いたいことがある」

 

「なんだい…?」

 

すっかり消耗しきったユージオだったが、キリトは容赦しない。

 

「戦意のない相手に、剣を振るっちゃダメだ」

 

「アリスとイーディスを連れ去った人だとしても?」

 

「そうだ。俺たちは彼らを殺すために、最高司祭のところを目指しているわけじゃない。目的は…ユージオが一番分かっているだろ?」

 

「アリスと、イーディスを助ける…」

 

「そうだ」

 

ユージオは深呼吸して、自分を落ち着かせる。

 

「それに、整合騎士を殺してしまったら、侵攻に来る暗黒界の軍勢と立ち向かう戦力を削ってしまう。だから…ユージオ、気持ちは分かる。目的を忘れるな」

 

「…ああ、分かった」

 

かなり厳しい言葉を使ったキリトだったが、それは心配した故の発言だった。

もし、あそこでユージオを止められなければ、彼は人殺しの枷を背負ってしまう。それを避けれて、キリトは内心ほっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい階段を上がったのだろうか…。

2人とも息は絶え絶えになっていたが、休んでもいられなかった。

早く最高司祭を倒し、この狂った世界を正す、そして、アリスとイーでぃすを助ける。

それだけが2人を動かしていた。

しかし、そんなキリトとユージオの前に大きな扉が立ち塞がる。協力して、ゆっくりと開けると、5人の騎士が…回廊の奥に立っていた。それを見た2人はすぐに剣を抜く。

そして、中央にいる青紫色の鎧と兜を纏う騎士が口を開いた。

 

「ここまで来た…ということは、3階の階段で警護していたデュソルバード・シンセシス・セブンは打ち倒されたのか…」

 

「だとしたら、どうするんだ?」

 

「デュソルバード殿の命はお前ら咎人を『生かして』捕縛だった。だが、ここ50階…霊光の大回廊から先は生かす必要はない。我々の命はただ1つ…。貴様ら咎人を…」

 

青紫色の騎士も紺青色の剣を抜き、ゆっくりと上げる。そして、すぐに剣を振り下ろし、それと同時に叫んだ。

 

「完全に抹殺することだ!行け!我が弟子たちよ!」

 

すると、同じ兜と鎧を纏った4人の騎士がキリトたちに向かってくる。

キリトは彼らが到達するまでにユージオに耳打ちする。

 

「ユージオ、お前はこいつら4人をどうにかして相手してくれ…。それと同時に合図があったら、カーディナルから教わった神聖術の術式をすぐに唱えるんだ。俺がその間に、あの紫色の騎士を倒す」

 

「でも…1人であの騎士を相手になんて…無茶すぎる!」

 

「一番強いあいつを倒せば、残りの4人も俺たちの強さを理解するはずだ」

 

「数で押されたら?」

 

ユージオの的確な質問にキリトは一瞬、口が止まってしまったが…すぐに笑ってユージオの肩を叩く。

 

「大丈夫さ。俺たちなら負けない」

 

そんな話をしている間にも4人の騎士が迫って来ている。

 

「ああ、キリトを信じる!」

 

キリトも頷き、剣を構え、彼らに叫んだ。

 

「剣士キリト…参る‼」

 

キリトは無鉄砲にも真正面から突っ込んで行く。

最初の1人目の斬撃を躱し、2人目、3人目と避け、柱の壁に剣を突き刺し、そこからあの青紫色の騎士へと突進SSソニックリープを発動させ、飛んで行く。しかし、その間に4人目の騎士が入り込み、一部分だけ欠けた車輪のような巨槌がキリトを襲った。吹雪がその巨槌の周囲を覆い、まるで雪塊のようなものに変わり、キリトの攻撃を防いだ。

 

「⁈」

 

「ファナティオ様に手を触れるなど…恐れ多いぞ!罪人!」

 

そこから力勝負になったが、巨槌の攻撃力の方が強くキリトは元来た方向へと飛ばされた。柱に背中から激突し、そのまま地面へと倒れる。

 

「ぐはっ…」

 

「キリト!」

 

ユージオは思わず、キリトの元へと駆けこもうとしたのだが、すぐ左側に迫っていた騎士の電撃が目に入る。

 

「!」

 

「仲間の安否を確認している暇があると思うな!」

 

濃緑色の刀身が定期的に点滅する剣に薄い緑色の電撃が流れ、それがユージオに襲いかかる。ユージオは咄嗟に剣でその攻撃を防御しようとしたが、剣による攻撃は防げても、電撃を完全に防ぐことが出来ず、身体の一部が痺れてしまう。

 

「くっ⁈あ、あぁ…!」

 

「ほう…我が神器『反電剣』の一撃を受けてもその程度とは…。流石、デュソルバード殿を伏せただけはある」

 

「ぐっ…せやああ!」

 

ユージオは痺れる腕で2連撃SSバーチカル・アークをその騎士に放った。

ところが今度は別の騎士がその2連撃を完全に防ぎ、腹に剣を軽く突き刺し…。

 

「受けてみよ…《泡水》!」

 

すると、刺さった剣先から高圧の水がユージオの身体を突き抜けたのだ。

 

「あがっ…!」

 

凄まじい痛みがユージオを襲う。高圧の水はユージオの右半分を抉ると同時に、壁を簡単に切り裂くほどの威力だった。それを見たファナティオはその騎士に注意する。

 

「あまり泡狐剣(ほうこけん)の力を多用するな、ジーロ。カセドラルをあまり傷つけてはならぬ」

 

「分かりました、ファナティオ様」

 

倒れたユージオは剣を取り、立ち上がろうとするが、足に更なる痛みが走り、動けなくなる。

ゆっくりと視線を向けると、『反電剣』が足に突き刺さっており、僅かな電流を流してユージオを拘束していた。

ユージオの状況を見たキリトは立ち上がり、ファナティオに叫ぶ。

 

「騎士ファナティオ!俺と勝負し…」

 

キリトが言い切らないうちに、今度は炎を纏った大剣が目前に迫った。

 

「罪人ごときがファナティオ様がお前と相手にすると思うな!受けろ、我が神器『斬炎剣』の一撃!」

 

炎の大剣はキリトの想定以上の速度で迫ってきた。同じく先程の巨槌と同じように剣で受け止めるが、凄まじい剣圧にキリトの肋骨が1本折れる。

 

「ぐぅぅ!」

 

キリトは大剣を弾き返し、腹を抑えながら立ち上がる。神聖術で腹を回復しつつ、巨槌の騎士と大剣の騎士を見る。その回復を隙を与えるほど、彼らも甘くはない。殺す気で来ている2人はそれぞれの神器をキリトに向けて振り下ろす。

それを寸でのところで躱し、キリトは巨槌を上から更に蹴り下ろした。すると、床にめり込んだ巨槌はちっとも動かなくなる。そこにキリトは単発SSバーチカルを叩き、ようやく1人無力化した。

それを見た大剣の騎士は新たに炎を纏わせる。

 

「その細い剣ごとき、打ち砕いてやる!」

 

そう叫ぶと、その炎は更に勢いを増す。先程のデュソルバードよりかは範囲も狭く、熱量も低い。それでもキリトたちを殺すなら、十分な威力だ。

キリトもその一撃に対抗するために、自分自身の武装完全支配術を発動させようと思ったその時…。

 

「ダキラ、待て…」

 

ファナティオがダキラ…大剣を持つ騎士を止めた。

 

「その攻撃は罪人だけでなく、ここにいる者全てを焼き尽くしかねない。ダキラも…死ぬ気か?」

 

「い、いえ…。私は罪人を屠るために…!」

 

「下がれ、ダキラ。ここから先は私がやる。ジーロ、ジェイス、ホーブレン、お前たちはその亜麻色の少年をそこで捕縛しておけ。この黒髪の咎人を屠ってから、そいつの息の根も止める」

 

ファナティオはゆっくりとキリトの方へ眼を向ける。

幾多の戦いを潜り抜けてきたファナティオの眼力は凄まじいものだった。これだけでキリトは物怖じしかねなかったが、ユージオの命も懸かっているため退けない。

 

「ようやく…大将のお出ましか…」

 

キリトはもう一度さっきと同じソードスキル、ソニックリープを発動させるために構えた。緑色に輝くキリトの剣に対して、ファナティオの剣は透明に近い白色で輝き始める。

 

「システム・コール…。エンハンス・アーマメント!」

 

ファナティオの詠唱が終わると同時に、キリトは突撃する。




【補足1】
神器『巨獣槌』
整合騎士:ジェイス・シンセシス・トゥエニスリーが使用する。
一部分だけ欠けた車輪のような形状のハンマーで、一振りさせるだけで、大地を揺るがす力を持つ。果ての山脈に棲息していた巨獣の記憶が埋め込まれている。属性は氷雪。武器に氷や雪を纏わせ、攻撃力を増大させる。
武装完全支配術《不動》。使用した場合、巨槌の攻撃力が倍増する。
記憶解放術《震雪》。巨槌に纏わせる雪や氷の硬度が格段に増す。
元ネタは巨獣ガムート。ガムート武器のイメージは私の中ではハンマーなので、登場させました。

【補足2】
神器『反電剣』
整合騎士:ホーブレン・シンセシス・トゥエニシックスが使用する。
メインカラーがライトグリーンの太刀。かつて央都に棲息していた雷を操る飛竜から作られた神器。属性は電撃。
武装完全支配術《流電》。電撃を流すことに特化させる。近接戦闘でも扱え、相手を麻痺させることも出来る。
記憶解放術《過電》。上記の《流電》の強化状態。しかし、その膨大な電気量故に、使用すれば腕が焼けて落ちかねない。
元ネタは電竜ライゼクス。神器の名前の作成がかなり大変でした。『反』はライゼクスの通り名『電の反逆者』から取りました。没案として、『雷電剣』や『電剣』など。

【補足3】
神器『泡狐剣』
整合騎士:ジーロ・シンセシス・トゥエニフォーが使用する。
人界の遥か東の渓流に棲息する泡を操る竜の記憶が入った日本刀。属性は水。
武装完全支配術《泡水(ほうすい)》。剣先から高圧の水流を発射できる。その威力は硬い鉱石でも簡単に貫通することが出来る。
記憶解放術《泡舞(ほうぶ)》。身体に泡を纏うことが可能になり、相手の攻撃を受け流すことが出来るようになる。これは防御に特化した性能であり、デメリットがない。
元ネタは泡狐竜タマミツネ。泡って何に使えるだろう?って、結構考えました…。

【補足4】
神器『斬炎剣(ざんえんけん)
整合騎士:ダキラ・シンセシス・トゥエニツーが使用する。
人界の南方に棲息していた巨大な剣尾を持つ獣竜の記憶が入った大剣。属性は炎。
武装完全支配術《赤刃(しゃくじん)》。大剣を赤熱化させ、殺傷力を増した状態。
記憶解放術《劫刃(ごうじん)》。大剣の一振りで、広範囲を焼き尽くす大技。しかし、あまりの攻撃力故に身体が持たない。
元ネタは斬竜ディノバルド。あまり詳細なことは言えませんが、この武器の設定作りは『とある理由』で、大変でした。

【補足5】
『四天剣』
原作で言う『四旋剣』です。
今までの補足からも分かるように、彼らの武器はMHXの四天王をイメージしたものを持っている。なので、『旋』の部分を『天』に変更しました。


リネルとフィゼルの登場は断念しました。
その代わりにアニメではかなり出番が少なかった四旋剣を深く登場させました。


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第20話 眩耀の騎士

サブタイトルでファナティオの神器が何か分かった人は一定数いるかな…。

それに夜投稿は久々。


キリトの突撃を見ているファナティオは剣をキリトに向ける。そして、剣先から、ジーロが放った電撃と同じようなものが発射される。空中に飛び上がったキリトの腹目掛けて飛んでくるものをキリトは避けようとしたが、それは腹を突き抜ける。

 

「!ぐぅぅ!」

 

焼け爛れるような音が腹から聞こえながらも、キリトは突進SSソニックリープを放つ。

頭部に目掛けて放ったはずだが、それはするりと躱されてしまう。その代わりに鳥のイメージが入った兜が一部欠けただけだった。

そこで立ち上がろうとしたが、腹に空いた小さな穴の痛みに、キリトは即座に動けなかった。

ファナティオはそこを狙い撃ちする。新たな光がキリトに飛んでくる。

 

「くっ…!」

 

キリトは側面へと回避して、ファナティオに近付こうと周囲を走り始めるが、その隙を潰すかのように、連続で光線が飛んでくる。それを剣で受け止めることが出来ればいいのだが、あれほどの速度と高熱では剣自体が溶けかねないので、キリトは避けていくしかなかった。

しかし、4発目に飛んできた光線が左膝を貫く。

 

「ッ‼︎」

 

肉を焼かれる激痛にキリトは倒れてしまう。

その姿を見て、ユージオは武装完全支配術を唱えようとしたが、キリトは顔を振る。『まだするな』という合図だった。

ファナティオは少しキリトに近付き、話しかける。

 

「咎人よ…。この剣は、何から作られたと思う?」

 

「さあな…。考えている暇もなかったもんでね…」

 

「この剣は、人界の南の高地を根城としていたある鳥竜から作られたものだ。その竜はソルスの力を吸収し、自らの攻撃として転用出来た。最高司祭猊下は、その竜を仕留め、数百枚もの羽根からこの剣を生み出した。その一閃は、万物を溶かす高度を誇る剣となった…」

 

(なるほどな…。要するに太陽の力を受け継いだ剣…って訳か…)

 

「名を『照雷(しょうらい)剣』。この剣で貫く光は、ソルスと同一だ…」

 

ここまで言うと、ファナティオはキリトに再び剣を向けた。剣先からは光が漏れる。

 

「話はここまでだ。若く愚かな咎人よ…」

 

そして躊躇なく、光線が発射される。

キリトは一か八かの賭けで、その光線を跳ね返そうと自らの剣を振るった。ファナティオは「愚かな足掻きを…」と呟くが、キリトは必死だ。これで生き死にが決まる。

 

「やってみなきゃ……」

 

キリトの黒剣からも、黒い粒子が溢れる。

 

「分からねえだろがァッ‼︎」

 

光線と剣がぶつかった際の音はなかった。

だがキリトの意志とは関係なく、黒い粒子が光線を包み込み、勢いを減らす。そのまま無我夢中で剣を更に振ると、光線は分散し、ファナティオの方へと飛んで行った。

今までにない状況にファナティオは対処に少し遅れた。

ほとんどの光線はファナティオの横へと消えたが、1発だけ…ファナティオの兜を掠め、吹き飛ばした。

途端にキリトとユージオは思わず息を飲んだ。

兜の下は優美な女性だったからだ。女性だったことに驚き、固まる2人だが、ファナティオは沸々と憤りを感じていた。

 

彼らの目が…あの時と、全く同じだったからだ。

 

「貴様らも…アイツと…アイツと同じ目をするかッ‼︎」

 

何故怒りに震えているのか分からず、呆然とするキリトにファナティオが突撃してきた。今までの遠距離攻撃から一転、近距離攻撃を受けるキリトだが、貫かれた足のせいで踏ん張りが上手く効かない。徐々に刀身がキリトの方へと近付いてくる。

 

「ぐっ……」

 

「私が“女"だからといって甘く見るなッ‼︎私だって…私もッ‼︎整合騎士だッ‼︎」

 

ファナティオが憤慨している理由が分かったキリトは、思わず溜め息を吐いた。そして、彼の口から出た言葉にファナティオの怒りが頂点へ達する。

 

「くだらない…」

 

「何だとっ⁈」

 

「くだらないって言ってるんだッ‼︎」

 

キリトは押されかけていたファナティオの剣を徐々に元の鍔迫り合いにまで戻した。ファナティオはキリトの剣圧に少し動揺を見せている。

 

「今までの攻撃方法だって、自分の剣撃が“女"だと悟られないための方法じゃないのか?兜で顔を隠していたのも、攻撃も…結局は自分から逃げていただけだ‼︎あんたが“女“であることを何より意識してるのは…他ならぬあんた自身だろ?ファナティオお嬢様!」

 

「ッ、キ、貴様ァッ‼︎」

 

ファナティオの剣圧が強まった。キリトは先に真実だけを言っておく。

 

「因みに…っ、さっき驚いたのは兜を取った後のあんたの剣撃が信じられないくらい弱くなったからだ!それに俺はあんたが女だからって、手を抜くことはしないぜ?」

 

「何⁈」

 

キリトは自嘲気味に明日奈たちのことを思い出し、感慨に耽るような言葉を吐いた。

 

「女剣士や女弓士には…散々に負けてるから…なッ‼︎」

 

そこでキリトはとうとうファナティオの剣を弾いた。

キリトの凄まじい剣圧にファナティオは後退するばかり。更にキリトは彼女を挑発する。

 

「どうした‼︎最強と言われる整合騎士は…この程度なのかッ⁈」

 

「舐めるな…咎人ッ‼︎」

 

キリトの挑発にファナティオが乗る。剣撃が少しだけ強まり、それで漸くキリトと同等のものになった。剣をぶつけ合う2人の表情は若干笑っており、心から戦闘を楽しんでいるようであった。

ある程度の連続剣技を終えたファナティオは息を荒くしながら、一旦後退する。

 

「…なるほどな、咎人…いや、剣士キリトよ。お前は今まで戦ってきた者とは全く違う。忌むべきこの顔でも手を抜かず、しっかりとした信念を持っている。そんなお前が何故、教会に逆らう?」

 

ファナティオの問いにキリトは毅然と応える。

 

「忌むべき…ね。そう思っているなら何故、その顔は綺麗に整えられている?誰のために、化粧をしているんだ?」

 

それを問われて、ファナティオは口を噛む。

 

「俺は…あんたら整合騎士が自由気ままに生きていける世界を作ってやりたいんだ。そのためには今ある教会の根底をひっくり返さなきゃいけない。そのために俺は戦ってるんだ」

 

キリトの信念を見たファナティオだったが、彼女の心がキリトたちに向くことはない。

 

「…だとしても、私は整合騎士だ。禁忌目録に違反したお前たちを野放しには出来ない」

 

ファナティオは剣を天に向ける。

 

「たとえ、騎士としての誇りを捨ててもな‼︎照雷剣よ、今こそ枷から放たれよ…!リリース・リコレクション‼︎」

 

彼女の記憶解放術によって、剣先からは眩しいばかりの光と光線が何百発と発射される。それはこの回廊の柱、床、天井と何もかもを破壊していく。

キリトも即座に距離を取ったが、無数の光がキリトの腹や腕、足を貫いていた。

 

「ギッ…くぅぅ…!」

 

凄まじい痛みがキリトを襲うが、ファナティオからは視線を逸らしていなかった。そこで驚きの光景が目に入る。

彼女はなんと自らの身体さえも光線で貫かれ、四天剣の騎士たちにも光線が当たりかねない状況だったのだ。昔からキリトはこういった自らを…仲間を巻き添えにする奴が大嫌いだった。

貫かれた身体の痛みなど忘れて、キリトは叫んだ。

 

「このっ……バカヤロウがァーッ‼︎‼︎」

 

ファナティオの剣を掴み、地面に向ける。

身体を光線で今も貫かれつつ、急襲をかけてきたキリトにファナティオは動揺を隠せない。

だが、ユージオも、黙って見ていることが出来なかった。

 

(今だ…!今しかない‼︎)

 

ユージオは剣を床に突き刺す。

それを見たホーブレンは反応し、すぐさま反電剣を抜いた。

 

「そうはさせ…」

 

「エンハンスッ‼︎アーマメントッ‼︎」

 

初めて使用する武装完全支配術。

冰龍の剣が応えてくれるか…僅かな不安はあったが、剣はユージオの想いに通じてくれた。発動した途端、凄まじい冷気が辺りを包み込んだ。ユージオを中心に瞬く間に氷が騎士たちを襲う。

既に四天剣の騎士は氷の中に閉じ込められ、動きが取れてない。ファナティオも背後から迫り来る氷を避けるため空中へと逃げたが、それを察していたのか、キリトはファナティオの肩を蹴り、地面へと叩き落とす。落ちたと同時に氷がファナティオを取り込もうとする。

キリトは傷付いてない左足だけで、ユージオの元へと戻る。しかし、明らかに攻撃を受け過ぎた身体は限界で、背中から倒れただけで勢いよく吐血してしまう。

 

「がはっ…」

 

「キリト‼︎待ってて、すぐに治癒術を…」

 

「まだだッ‼︎」

 

キリトの叫びに思わずユージオまでビクつく。

 

「あいつは…こんな程度じゃ…倒れない‼︎」

 

キリトの言う通りで、ファナティオは氷が身体に纏わりついた状態でも、ゆっくりとキリトたちに剣先を向ける。その剣先に眩い光を溜めながら…。

 

「くそっ‼︎止まれ‼︎止まれよッ‼︎」

 

ユージオはありったけの氷をファナティオに向かわせるが、照雷剣の放つ高温によって、すぐに溶けてしまう。止める手段がないように思えた時、キリトがユージオの前に立った。

 

「キリト…」

 

彼の持つ剣は仄かに紫色の輝きを持っていた。

 

「ユージオ…憎しみじゃ、あいつには勝てない。ユージオは整合騎士が憎いからここまで来たんじゃないんだろ?アリスとイーディスを助けるために来たんだろ?彼女らを愛してるから、ここまで来たんだろ?その気持ちは…あいつの人界を守りたい気持ちと同等だ。俺だって…この世界の人たちを守るために、立っているんだ。だから、こんなところで負けるわけにはいかない!そうだろ?ユージオ!」

 

キリトの見せた笑顔に、自我を失いかけていたユージオは自らを取り戻す。

そんな会話をしている間にも、ファナティオの剣先の輝きが最高潮に達する。そして…彼女の小さな呟きと同時に、巨大な光線が発射された。

 

眩耀(げんよう)…。全てを貫け…‼︎」

 

迫り来る最大級の攻撃にキリトも1つ目の切り札を見せる。

キリトも剣先をファナティオに向け、詠唱した。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

キリトの黒剣は詠唱したと同時に刀身が無くなり、凄まじい速度で光線とぶつかった。その様相は正に巨木の根のようだった。

ファナティオの光を包み込むか、キリトの闇を貫くか…その対決のように思えた。徐々にキリトの技が押され始め、ファナティオは勝ち誇った笑みを『一瞬』浮かべた。

しかし、その一瞬の後、キリトの剣から更に別のものが姿を現した。

それは…2つの巨大な翼脚。

ファナティオの光を掴んだと思うと、一部分を奪い取り、キリトの剣の中へと取り込んだのだ。キリトたちはその事実に気付いていない。だが、自らの剣の威力が唐突に上がり、キリトは叫んで押し切ろうとする。

 

「くっ…はああああああああああああァッ‼︎‼︎」

 

闇色の根は遂に光を飲み込み、ファナティオにも襲いかかる。

ファナティオは自らの運命が分かり、小さく何かを呟いた。

誰にも聞こえることはなく、ファナティオはキリトの攻撃をモロに受け、天井のステンドグラスを粉々にしつつ、敗れ去った。




【補足1】
神器『照雷(しょうらい)剣』
人界の高地にて棲んでいた巨大猛禽類から作られた神器。その鳥は翼で太陽(ソルス)の力を吸収でき、それを自らの力へと転用出来た。その能力を受け継いだ神器である。
武装完全支配術『照雷』。剣先から光線を発射出来るようになる。その温度はカセドラルの壁や床を意図も簡単に溶かすレベルである。
記憶解放術『眩耀(げんよう)』。発射出来る光線の大きさと威力が何倍にもなる。その分身体にかかる負担は凄まじく、使えば1週間は動けなくなる。
元ネタはフロンティア産モンスター、トリドクレス。本作は辿異種(てんいしゅ)を採用。実はアインロック編でのキリトのユニークスキル『纏雷(てんらい)』もこのモンスターが元ネタである。

【補足2】
『冰龍の剣』の武装完全支配術『絶凍』
これはどんな相手でもほぼ凍らせることが可能な術である。ただし、極度に高い高温やあまりに強い相手には効かない場合がある。しかし、その他にも鎧や氷を操るといった、応用技にも転用できる。
『絶凍』の元ネタはフロンティア産モンスター、第2区ドゥレムディラが使う状態異常攻撃の名です。本作ではこいつはあまりに強すぎるので、登場させるつもりはないので、能力だけここで入れました。

【補足3】
『キリトの黒剣の武装完全支配術』
技名は今も伏せます。(決して考え中とかではない‼︎)
刀身がなくなり、無数の根が襲う攻撃である。非常に広範囲かつ強力な技だが、技の威力が大き過ぎるが故に身体を動かすことはほぼ不可能である。
今回の話の中では、根の間から黒い翼脚が出ましたが、これは武装完全支配術とは全く関係のないものです。それが何なのかは、皆さん、ご想像を膨らませてください。


1ヶ月以上空けてしまい、申し訳ないです!
この1ヶ月はマジで忙しくて、書いてる暇はありませんでした!
実は今もそんなにないのですが、何卒温かい目で見守ってくれると有難いです。


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第21話 金塵(きんじん)の騎士

アリスとイーディスは突然、元老長チュデルキンに呼び出されていた。

小太りのチュデルキンはイラついた様子で2人に指図する。

 

「10号と30号は80階の雲上庭園で、暗黒界の騎士2人を始末なさい!すぐに仕留めるのですよ!」

 

「私とイーディス殿で?私1人で十分です」

 

「ほう?それならぁ…確実に屠れるのでしょうねえ!?あなたのお弟子の31号はあの様だったのに…」

 

その物言いにアリスはキッと眼力を強め、黄金色の剣を強く握る。

それに気付いたイーディスは彼女の肩を叩き、怒りを鎮めるように宥める。そして、イーディスが意見を述べる。

 

「お言葉ですが、元老長…。私たち2人が同じ階にいると、罪人たちが逃げる可能性があります。1人が私たちを惹きつけ、その隙に…。そうならないように、私が90階で待ち構えます」

 

「私の言うことを聞かな……!」

 

まだ反論しようとするチュデルキンにイーディスは冷たい視線を向ける。

冷徹な視線にチュデルキンの顔は一気に青くなり、「かっ…勝手になさい‼」と言って、逃げるように去って行った。

イーディスは溜息を吐きつつ、アリスに向く。

 

「アリス、少しは気持ちを落ち着けなさい。あなたが逆らって良い男じゃないのよ?」

 

『男』と言っている時点で、イーディスに奴を敬う気持ちは一切ない。

 

「しっかし…デュソルバード騎士にファナティオ副騎士長もやられるとはねえ…。想像以上に反逆者はやるみたいじゃん」

 

「…確かにそうですね。しかし、私が80階で彼らの天命を全て奪い去ります。最高司祭から頂いた、この剣で…」

 

彼女が触れる剣からは…眩しいくらいの金色の塵が浮いていた。

 

 

 

 

 

騎士ファナティオが倒れた後に、キリトも続いて倒れる。

 

「キリトッ!」

 

ユージオはすぐさま駆け込み、治癒術を唱える。しかし、キリトが負った怪我は単純な神聖術では治りそうもない。そこでユージオは2年前にキリトがやってくれた、自らの天命を分け与える神聖術を唱える。

キリトを失うわけにはいかない…。その気持ちだけがユージオを突き動かす。

ユージオの視界が歪み始めたとき、キリトの手がユージオの腕を掴んだ。

 

「!キリト…!」

 

「ユージオ…無理するな…」

 

キリトは痛む身体をゆっくりと起こす。

それでもユージオはキリトに無理に動かないように言う。

 

「キリト、まだ身体を動かさない方が良い!見えない傷が残ってるかも…」

 

「悠長なこと…言ってられないよ…。早く上へ行かないと…」

 

そう言うキリトの視線は倒れたファナティオの方を向いていた。そして、ゆっくりと立ち上がったキリトは彼女の腹に大きく空いた傷に治癒術で治そうとする。それを見たユージオは驚くと同時にキリトの行動に憤怒する。

 

「何やってるんだよキリト!こいつは…キリトを殺そうとしたんだよ⁈そんな奴を救う必要は…!」

 

そう叫ぶユージオはキリトは強く言い返す。

 

「だけど…こいつも元は人間だ!彼女にはこれから普通に幸せに生きてほしいんだ!それに…()()()()()()()()()のためにも…彼女は生きて貰わなくちゃいけないんだ!」

 

その必死な様相にユージオも何もしていられず、同じように治癒を開始する。しかし、2人がかりでも、ファナティオの腹部の傷は深く、出血は止まらない。キリトたちの力ではどうしようもないと思った時、キリトは思わず叫んだ。

 

「おい‼整合騎士!仲間が死にかけてるんだぞ!誰でもいいから…助けに来いよ!」

 

回廊にキリトの声がこだまするが、空しく響くだけだった。

歯を噛み締めるキリトだったが、不意にカーディナルから貰った短剣を取り出す。

 

「ダメだよキリト!それはカーディナルさんがアドミニストレータで使えって…!」

 

「でも…ここで見捨てたら…。助ける手段があるのに、それを見過ごすことは出来ない…!」

 

キリトは短剣を彼女の手に刺す。すると、紫色のエフェクトに彼女は包まれ、途端にカーディナルの溜息が聞こえた。

 

『仕方がないのぉ…。ファナティオ・シンセシス・ツーは私に任せておきなさい。ただ、天命の回復に時間がかかるので、暫くこちらに預からせてもらおう』

 

そうカーディナルが告げると、ファナティオの身体は虚空に浮かんだ後に消える。

キリトは安堵したかのように大きく息を吐く。視線を下に向けると、そこには薬瓶が2つあった。

 

『アドミニストレータは現在、休眠状態にあると見える。そうなればその短剣を使わずとも、奴を抑えられるだろう。それとその瓶の中身を飲むと良い。今までの傷を全て癒すことが出来る』

 

そこまで言うと、カーディナルの声は聞こえなくなった。

キリトとユージオは瓶の中身を飲み干すと、2人の身体に残る傷は一瞬にして消えた。

 

「悪い、ユージオ…。取り乱して…」

 

「いや…」

 

ユージオもここまでキリトが取り乱したところは見たことがなかったので、少し動揺してしまった。少し黙る時間があったが、キリトはユージオを諭すように言う。

 

「ユージオ、彼らを許せない気持ちも分かるけど、彼らも彼らなりの正義のために戦っているんだ。それは分かっただろ?」

 

「…うん、そうだね。彼らも…そのような感じがした」

 

「それで良いんだ、ユージオ。それに…今回の戦いの勝利したのはその冰龍の剣のお陰だ。助かったよ」

 

そこまで言うと、キリトはゆっくりと前へ進め始める。

ユージオも後を追うように急ぐのであった。

 

 

 

 

次に到着したのは80階だった。回廊と同等の大きさの扉を協力して、ゆっくりと開けるとその先に広がるのは今までとは違い、自然に満ち溢れた場所だった。小川には魚が泳ぎ、瑞々しい草木が生えている。

その中央…そこ居たのは、アリスだった。

ユージオは彼女を見た途端に息が詰まりそうになるほどの懐かしさに襲われる。キリトも…SAO時代の彼女と結び付けてしまい、どうにも落ち着けなかった。

アリスは2人を視認すると、「少し待ってください」と言った。

 

「今日はドンドルマの天気が1番良い日なのです。『あの子』に…この気持ちのいい日光と空気を、もう少し与えたいのです」

 

「あの子?」

 

アリスの近くには誰もいない。誰のことを指しているのかと思っていると、突風が吹き荒れる。目も開けられない暴風に2人は耐えようとしていると、不意にそれは止む。

そして、アリスの方をもう一度見ると…そこには黄金色の身体に至る所に結晶を纏った龍が隣に鎮座していたのだ。キリトたちをセントラル・カセドラルに連れてきた龍とは、また別の種だった。

2人は思わず身構えるが、アリスは悠然と話を進める。

 

「まさか、ここまで来るとは私の認識も甘かったです。修剣学院の生徒がデュソルバード殿や副騎士長も斬り伏せるとは…。それ程の力を持っていながら、何故教会に逆らうのか…私には理解出来ません」

 

「……」

「……」

 

2人とも、アリスの会話はほとんど耳に入っていない。

隣に鎮座する黄金の龍の威圧感に今にも退きそうだったからだ。

キリトは小声でユージオに言う。

 

「ユージオ…アリスがどのような能力を使うか分からないが、俺がどうにか初撃を受け止めるから…その隙に短剣を刺してアリスを抑えるんだ」

 

「大丈夫なの?ここにいるということは、アリスはファナティオさんたちよりも強いってことでしょ?」

 

「まあ…どうにかするさ…。剣を持ってないようだから、あの龍の攻撃を凌げれば、こちらにも勝機が…」

 

「それはあり得ません」

 

アリスはキリトの考えを一蹴する。

 

「お前たちは…私を少し侮りすぎです」

 

アリスの毅然とした視線が更に強まる。

そして、黄金の龍に手が触れると、それは1本の長剣へと姿を変える。

SAO時代のアリスとはまた異なった剣の出現にキリトは驚愕する。

 

「まさか…あの剣、既に武装完全支配状態か⁈クソッ‼︎」

 

キリトはその事に気付き、すぐさまアリスに突撃する。ユージオも続く。

その間にアリスは鞘から黄金色の剣を抜き、剣を虚空で振るう。

すると、刀身が全て金塵へと変わり、キリトを襲った。

 

「あがッ‼︎」

 

「キリト‼︎…はっ!」

 

ユージオの眼前にも金塵は迫っており、ユージオは腕で防御を取ろうとしたが、それも無駄でしかなかった。キリトと同じように吹き飛ばされ、ユージオの腹に大きな傷が出来る。

 

「くっ…」

 

アリスは2人を軽蔑した眼差しで見ながら話す。

 

「抜刀もせずに来るとは…私を愚弄してるのですか?今の一撃を受け止め切れたのは偶々です。次はありません」

 

そこまで言うと、金塵は元の刀身へと姿を戻した。

キリトはユージオに目配せをしたのちに、剣を抜きながら立ち上がる。

 

「誉れある整合騎士に対して、無粋な行為…どうかお許しください。俺は修剣士キリト、アリス殿に決闘を申し込む!」

 

「…良いでしょう。貴方たちの覚悟が如何程のものか、その太刀筋で見せてもらいましょう」

 

キリトは歩み寄るアリスに問いをする。

これはユージオが武装完全支配術の詠唱をさせる時間稼ぎだ。

 

「その神器…恐らくさっきの龍が元の姿だと見受けられるが…一体どういう能力だ?」

 

その問いにアリスは静かに答える。

 

「かつて…セントラル・カセドラルがあった場所には原初の村があり、そこを1匹の龍が縄張りにしていました。風を操り、豊かな水と鉱物を主食としていた古の龍は…とうとう村の者を襲い始めた。その龍の力を留めたままにしたのが私の神器『金塵の剣』。剣自体が龍であり、舞っている金塵は全てを穿ち、結晶は全てを拘束し、焼き払う」

 

「…なるほど。そこまで強大な龍だったとはな…。では、剣士キリト…参る‼︎」

 

キリトは一撃、アリスに向かって剣を振るった。

しかし、アリスと剣がぶつかった途端、キリトは驚愕する。アリスの取った受け身を1mmも打ち崩すことが出来ず、逆に自分が弾き返されたのだ。

今度はアリスの剣撃が飛んでくる。

その打ち込みをガードするキリトだが、凄まじい剣圧に押されるばかりだった。今までいくつもの戦いをしてきたキリトだったが、剣圧だけならアリスが1番だと思えるほど強力だった。

ほぼ何も出来ずに後退していくキリトを追うユージオ。

キリトも壁に追い詰められ、息を荒くしていた。

 

「私の打ち込みを防いだことは凄いです。そこだけは誉めておきましょう。しかし…それだけでは覚悟が全く足りません。やはり、人界の平穏を乱す貴方たちを生かしておくわけにはいきません。御覚悟を…!」

 

アリスは先程よりも強い一撃をキリトに放つ。

キリトはそれを剣を横にして受け止める。凄まじい衝撃が手に響くが、気になんてしていられない。そこから剣を横滑りさせ、アリスの両腕を抑える。

 

「⁈」

 

「ユージオ‼︎やれッ‼︎」

 

「まさか…!」

 

「エンハンス・アーマメント‼︎」

 

ユージオの冰龍の剣から氷が射出され、アリスとキリトを氷の中に拘束した。ユージオは大きく息を吐き、短剣を握る。

しかし…氷の中から聞こえた声にユージオは衝撃を受ける。

 

「この程度ですか…」

 

アリスの言葉と共に拘束していた氷が急速に溶けていく。

そして、両腕を掴んでいたキリトを押して、拘束から意図も簡単に脱出してしまったのだ。

 

「中々面白い技でしたが、それでは私を止めることは出来ません。貴方とは後で…この者を斬ったのちに相手をしますので、そこで大人しくしてなさい」

 

「エンハンス・アーマメントッ‼︎」

 

そこでキリトはもういてもいられず、武装完全支配術を叫んだ。

剣の天命残量とか、そんなことを気にしていたら勝てないと踏んだのだ。アリスも同じように武装完全支配術を発動し、両者の技がぶつかる。そして拮抗した力は壁にぶつかり、アリスは大きく後ろへよろけた。

 

(剣を狙って…私の態勢を…!)

 

「ユージオ‼︎」

 

ここしかない。

最後のチャンスに賭けたユージオは短剣をアリスに刺そうと走り寄る。

ところが…。

衝突した技が外壁にぶつかったことにより、亀裂が大きくなり、アリスとキリトはセントラル・カセドラルの外へと放り出される。あまりの出来事にユージオは呆然としてしまう。

 

「キリト……アリス……!」

 

しかし、崩落した外壁はすぐに勝手に修復を開始する。

ユージオは「待て…待ってよ‼︎」と叫びながら崩れた外壁へ駆けるが、辿り着いた時には、何事もなかったかのように元通りになっていた。

ユージオは短剣を放り投げ、アリスとキリトの名を頻りに叫ぶのだった。

 

「キリトォッ‼︎‼︎アリスゥッ‼︎‼︎」




【補足】
神器『金塵の剣』
本文でもありますが、かつてセントラル・カセドラルがあった場所に生息していた龍…つまり原初の龍から作られた剣である。金色の刀身で、鞘にはその龍の横顔が描かれている。
武装完全支配術は2種類使える。
1. 乱金
刀身を無くし、無数の金の塵で攻撃する。非常に硬い素材でも打ち砕く性質かつ、体内に入ればまず助からない。何度も使用できる上、天命値の減少がほとんどないので、非常に汎用性に優れている。
2. 晶撃(しょうげき)
剣先から結晶を射出し、相手を拘束するかつ時間経過で爆発も可能な技。しかし結晶は剥がされやすいため、ほとんど防御で使うことが多い。これも天命値の減少が少ない。
武器の元ネタはフロンティア産のモンスター『ガルバダオラ』。これは最初からこいつにしようと決めてましたね。

漸くヒロインの1人、アリスを出すところまで来ました…。
因みに記憶解放術の詳しい解説はまた別の話で書きます。


昇降係の少女は登場させませんでした。個人的にあまり要らないかな?と思いました。


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第22話 外壁での休戦

「離せッ‼︎離しなさい‼︎」

 

キリトの掴む腕を振り払おうとするアリスにキリトは思わず声を上げる。

 

「お、おい‼︎お前が暴れたら俺まで落ちるじゃねえか‼︎大人しくしてろ‼︎このお転婆‼︎」

 

その言葉にアリスの中でカチーンという音が甲高く鳴る。

それと同時に自身の顔が茹で上がるような熱さを感じた。

 

「お…お転婆……て、撤回しなさいッ‼︎」

 

「撤回するか‼︎バカ‼︎俺みたいな罪人に助けられることがそんなに屈辱なのか⁈そんなことよりも中に残ってるユージオを最高司祭様のところへ行かれる方がよっぽどマズイだろ‼︎バカ‼︎」

 

「バ…バカですって?それも撤回しなさい‼︎」

 

「うるさい‼︎バカだからバカだって言ってんだよ‼︎バカ‼︎」

 

「5回もそのような屈辱的な言葉を…!許さない…ッ‼︎」

 

(数えてたのか…)

 

密かに呆れるキリト。

一方のアリスは右手に握る剣を振り上げようとするが、いかんせん態勢が悪く、とても狙い打てるような状況ではない。

 

「こんな状態で剣を振れるわけないだろ?それよりも…早くお前も剣を外壁の隙間に突き刺せ!本当に落ちるぞ?」

 

自分の状況が分かったのか、アリスは俯く。

キリトに論破され、屈辱に苛まれてるかと思われたが、逆だった。

見上げた視線は先程よりも眼光が鋭くなっていた。

 

「お前如きに指図されたくありません‼︎私は整合騎士、人界に平穏を正す者です!罪人であるお前に生かされるなど、生き恥も同然‼︎それならいっそ…!」

 

そう言うアリスにとうとうキリトの怒声が空中に木霊した。

 

「いい加減にしやがれッ‼︎この大馬鹿野郎ッ‼︎‼︎」

 

その怒声にアリスも流石に動揺を隠せず、身体を震わせた。

身体…いや、魂にまで響くような声にアリスの身体が無意識に反応したのだ。今までキリトの腕を振り払おうと力を入れていたアリスだったが、それも止まる。

 

「何が人界の平穏だッ‼︎何が暗黒界からの侵攻を止めるだッ‼︎お前ら整合騎士は何もしてないも同然だッ‼︎俺がライオスとウンベールを斬った理由だって、ロニエやティーゼを救うためだッ‼︎彼女らみたいな下級貴族が、上級貴族の玩具、奴隷にされて何も思わないのか⁈これが…これが本当に人界の平穏を保っていると言えるのか⁈答えろッ‼︎」

 

キリトの言葉にアリスはすぐに反論出来なかった。

彼女も分かっていた。上級貴族の振る舞い、下級にいる者の扱い…。

だが、それらを考えてはキリがない。そう彼女は自分に区切りを付けていた。

 

「…法は法、罪は罪…です。それらを正当に取り締まらなければ、誰が平穏を守るというのですか?私たちは…私たちなりの正義で人界を守っているんです!」

 

アリスの言葉に意志というものはほとんど見られなかった。

キリトもこの返信には愕然出来ないほどに呆れた。

 

「じゃあ、俺がやったことは間違いだと?汚されようとしてる人を救おうとして、殺してしまったら、それも罪なのか?そもそも最高司祭アドミニストレータが作った禁忌目録自体が間違ってる。あれは奴が不利にならないように作り上げた法だ。俺はそんな世界に変えてしまったアドミニストレータを倒すためにここまで来たんだ」

 

「……」

 

ここでアリスの口は閉じてしまう。

今まで彼女自身も疑念を持っていたことも言われ、心が揺れ動いているのだ。キリトは更に彼女に語りかけようとした時、剣から嫌な音が聞こえた。

 

「!」

 

外壁の隙間に刺し込んだ剣が外れかかっていたのだ。

恐らくもう数十秒と持たない。それを見たアリスは叫ぶ。

 

「やはり離しなさい!私がいれば、お前も…!」

 

「出来ればそうしたいけど…ユージオの目的はお前なんだ…!だから、ここで…死なせるわけには…いかないんだ‼︎」

 

キリトは渾身の力でアリスを同じ高さにまで持ち上げる。

 

「今度こそ刺し込め‼︎こっちはもう持たない‼︎」

 

アリスも観念したのか、黄金の長剣を逆手に持ち替え、刺した。

それと同時にキリトの剣が抜ける。

 

「うわっ⁈」

 

抵抗のない空中へと放り出されるキリトだったが、即座にアリスが彼の襟を掴み上げた。

 

「え…?」

 

先程まで物凄い敵対心を抱いていたアリスの行動にキリトは暫し呆然としてしまう。

 

「貴方も…早く刺しなさい」

 

キリトは言われるがままに、剣を隙間に刺し込んで一息吐いた。

 

「ふぅ…あの、助けてくれてありがとう」

 

アリスは全くキリトの方を見ない。

罪人を助けた自分に嫌気が差してるからなのかもしれない。

 

「礼には及びません。貴方とは剣での決着がまだです。…借りを返しただけです」

 

「そうかい…。律儀にどうも。だけど、どうやって中に戻ろうか…」

 

ここは少なくともセントラル・カセドラル70階に相当するだろう。上を見ても下を見ても、入れそうな場所はないと見える。どうしようか悩んでいると、アリスが言った。

 

「第95階の暁星の望桜…そこは外壁が無く、安全にカセドラルの中に戻ることが可能です」

 

「95階か…だいぶ先だけど、そこに行くしかないな。そこで提案なんだけど…ここは一旦休戦にしないか?こんなところで戦ってもあまり意味はないし…」

 

「…仕方がないですね。良いでしょう。ただし、塔の中に戻った瞬間、お前との戦闘は再開です。即座にその首を斬り落とします」

 

「やれるものなら…な。さて、まずはお互いカバー出来るように、鎖か何かが欲しいな」

 

そう上手く事が運ぶと思ってなかったキリトだったが、アリスが唐突に詠唱を始める。

 

「システム・コール、フォーム・オブジェクト、チェーンシェイプ」

 

アリスの右腕の小手が黄金色の鎖へと変貌する。

それを手渡すアリスにキリトは唖然としてしまう。流石、神聖術の天才と言われただけはある。

 

「それで…鎖で繋いだとして、どうやってこの外壁を登るのです?ここは私たちの飛竜はおろか、全ての生物が立ち入れない神聖な空域です」

 

「考えはあるさ…。システム・コール!ジェネレート・メタリックエレメント、ウェッジシェイプ!」

 

キリトも同じように神聖術を唱え、1本の金属の杭を作り上げる。それを外壁の隙間に刺すと、キリトはそこで逆上がりをして、杭の上に立った。キリトの重さで杭が抜けるかもと思ったが、どうやら大丈夫そうだった。

 

「…どうにか、なったかな…」

 

足が付ける場所があるだけ助かるキリトだが、その足場も倒した広さがないのであまりゆっくりは出来そうもない。

 

「アリス!お前も俺と同じように杭を作って登るんだ!」

 

そう言うと、アリスは俯きがちに小さな声で「……です」とだけ答えた。あまりの小さな声にキリトはもう一度聞く。

 

「え?聞こえなかったぞ?何だって?」

 

「無理ですと言ったのです‼︎このような幅がほぼない杭を使って逆上がりや立つなど…無理に決まってます!」

 

(おいおい…何でそういうところは出来ないんだよ…)

 

キリトは呆れつつ、同じように杭を打ち、更に1段上へ登る。

そして、アリスに指示する。

 

「じゃあ、俺が鎖で引き上げてやる。しっかり掴まってろよ!」

 

「お、お願いします…」

 

アリスは剣を引き抜くと同時にキリトにアリスの全体重がかかる。

 

「うおッ⁈」

(お、重いな…。鎧のせいだろうな…)

 

あの重厚な鎧を纏いつつ、先程は俊敏な動きを見せていたアリスに感銘を感じるキリト。ゆっくりと持ち上げ、一つ下の杭のところまで引き上げることに成功したが…。

 

「………」

 

上を見上げても、例の暁星の望桜とやらは雲に遮られてるのか、まるで見えない。

先はまだまだ長そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

ガキンと何十回目かの杭を打ち込む。

既に空は夕刻に迫っており、キリトは疲れを感じ始めていた。

 

「システム…コール…」

 

杭を作ろうとしたが、エレメントが凝集せずに途中で分散してしまう。

普段あまり長時間使用しない神聖術の多様に身体がついてきてないのだろう。それを下で静かに見ているアリスは「今日はもうやめましょう」と言い出す。

 

「ソルスの恵みを無しに物体を作り出すのは厳しい時間帯です。今日はここで一晩明かすべきです」

 

「こんなところでか?せめて…寝られるくらいの場所には行きたかったけどな…」

 

ゆっくりと上を見上げると、約5m程先に窪みがあり、そこはどうにか腰を下ろせそうな場所だった。

 

「アリス!あそこは?」

 

「私にも分かりません。恐らく85層辺りだとは思いますが…」

 

「あそこまで何とか行きたいな…。けど…杭が作れないからな…」

 

キリトの愚痴にアリスは溜息を吐く。

 

「仕方ありません。切り札として残しておきたかったですが、今が使うべき時ですね。フォーム・オブジェクト、ウェッジシェイプ」

 

今度はアリスの左腕の小手が金色の杭に変わる。

 

「これで足りますか?」

 

「まあ…ボチボチだな…。さっさと行くぞ!」

 

同じように杭を刺しては登りを繰り返すと、その窪みを目指すと、そこに配置されてる像に目が釘付けになった。その像の頭はまるで蛇のように見えるが、大きな翼を持ち、鋭い爪を持つモンスターを(かたど)ったものだった。

 

「…あんまり良い趣味の像ではないな…」

 

そう呟くと、その像の目が唐突に輝く。

そして…甲高い声を上げて空中へと飛び出した。しかも数匹一斉にだ。

 

「なっ⁈」

 

「あれは…まさか⁈」

 

「アリス!こいつらを知ってるのか?」

 

詳しい事情を聞きたいところだが、そんな余裕はない。現れた翼竜はキリトに迫ってくる。キリトも剣を抜いて応戦するが、いかんせん足場が悪すぎるせいでまともに攻撃できない。しかもアリスは腰を抜かしており、キリト以上に戦闘出来る様子ではない。

 

「クソ…このままじゃやられる…!」

 

キリトは先程の窪みをもう一度確認し、一旦剣をしまう。

そして、アリスに叫ぶ。

 

「アリス!しっかり鎖に掴まれ‼︎詫びなら後でいくらでも言う‼︎」

 

「な、何をする気ですか⁈」

 

「分かってる…だろ‼︎そおおりゃああ‼︎」

 

キリトは渾身の力を込めて鎖を引っ張り、アリスを窪みのところまで投げ飛ばした。キリトの耳にアリスの悲鳴が響くと同時に、杭の上で足を踏み外し、落っこちる。

 

「おわっ⁈」

 

空中に投げ出されたキリトだったが、途中で止まる。

 

「こっ…のおおおおおぉ‼︎」

 

今度は逆にアリスが鎖を引っ張り、キリトも同じように窪みへと到着する。…アリスと違って、壮大に壁に顔面をぶつけて身体を叩きつけられたが。

どうにかゆっくり立てる場所に来たキリトだったが、すぐにアリスの説教が始める。

 

「何をしているのですか‼︎この大馬鹿者っ‼︎」

 

反論したいところだったが、そんなこともしていられない。

先程襲いかかってきた翼竜がキリトたちに迫っていたのだ。

 

「来るぞ‼︎」

 

「何故…何故奴らがここに…」

 

「いい加減教えてくれ、あいつらは何だ?」

 

アリスは苦虫を噛むような表情でキリトの問いに答える。

 

「あれは…ガブラス。暗黒界の住民が使役する翼竜で、どんなものでも喰らう魔物です。普段は暗黒術師団が使っています…」

 

それを聞いたキリトは逆に疑問が増えた。

 

「そんな大層な奴らが、どうしてセントラル・カセドラルに丁寧に飾られていたんだ?」

 

「それは私が聞きたい‼︎」

 

アリスの声には明らかに動揺が篭っていた。

それもそうだろう。ここは人界で最も神聖な場所…そんなところに暗黒界の俗物があるなど、あってはならないことなのだ。

そう思いつつも、まずはガブラスの殲滅だ。

キリトとアリスは剣を抜き、奴らの襲撃に備える。

 

「そっちへ2匹行ったぞ!気をつけろ!」

 

「お前…私が誰か忘れたのですか?」

 

アリスは上空から急降下してきたガブラス2匹に一閃、剣を振るわせた。途端にガブラスは身体が真っ二つになって落ちていった。

剣をしまいながら、残り1体の相手をしてるキリトにアリスは聞く。

 

「手伝いましょうか?」

 

「いいや、結構!」

 

キリトは得意の4連撃SSバーチカル・スクエアを放ち、ガブラスをバラバラに解体した。

それを見ていたアリスは「ほう…」と小さな感嘆の声を漏らした。

 

「…何だよ」

 

「珍しい剣技と思っただけです」

 

「そうかい…。それで今日はここで休むことにしょう。またいつ奴らが来るか分からないしな」

 

「同感です。それよりも…頬に血が付いてますよ」

 

「ああ…」

 

キリトがそれを無造作に拭おうとすると、アリスが慌てて止めた。

 

「貴方…!…ああ、もう!どうして男はこう無頓着なのですか…。布巾の1枚も持ってないのですか?」

 

「持ってるわけないだろ。あんたらに荷物を全て取られたんだからな!」

 

アリスは溜息を吐きながら、白いハンカチを取り出し、キリトに手渡す。

 

「私とまた戦う前に洗って返しなさい…」

 

アリスの無茶苦茶な言い様にキリトも同じように溜息を吐くのだった。




【補足】
『ガブラス』
原作のミニオンに該当する存在。
同じように毒を吐き、足の鉤爪で攻撃することに変わりない。


最近、普通に字数が4500を超えてきている…。


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第23話 幻影の騎士

イーディス、めちゃくちゃ久しぶりの登場です。
はっきり言って、彼女の神器を何にするか…超考えました。


ユージオは暫く壁の前から動けずにいたが、ここで止まっている訳にもいかず、漸く前へと進み出した。

階段をゆっくりと上がるユージオは、どことなく落ち着けなかった。

その理由も、ユージオは分かっていた。

 

(キリトが居ないだけで…ここまで緊張するなんて…。いつもキリトが居たから、僕は落ち着いていられたんだ…)

 

そして、ユージオは90階に到達する。

一息吐いて、大きな扉を開けると、まずユージオの肌を突いたのは暖かな湯気だった。すぐ目の前に広がる光景は広大な温泉だった。あまりに広すぎる温泉のせいで、湯気がまるで霧のように立ち昇っていた。

その湯気のせいで前がほとんど見えなかったが、すぐにその湯気が薄くなっていく。そして、その奥の灰色の甲冑を身に纏い、紫色の日本刀を腰に携えたイーディスが立っていた。

 

「イーディス…」

 

「ここまで来るとはねえ…。意外」

 

彼女はユージオを称賛すると同時に、鋭い眼光をユージオに向けた。

 

「それで?アリスちゃんともう1人に連れはどこ行ったの?もしかして相打ち?」

 

「…分かりません。外に放り出されてしまったから…。でも、アリスはもちろん…僕の相棒はそう簡単に倒れないことだけは分かっています」

 

「ふーん…じゃあ、殺す必要はないね」

 

「ッ⁈」

 

イーディスの冷たい言葉にユージオは身動ぎする。

 

「ど、どうしてそんなことを…」

 

「だって、アリスは死んでないんでしょ?だったら、君を殺す必要はないじゃん。単純でしょ?」

 

あまりに単純すぎる理由にユージオはついていけない。

ただ分かっていることは1つ。

 

 

彼女と…イーディスと戦わなくてならないということ。

 

 

ユージオはゆっくりと剣の柄に手を向わせていく。

 

「1つだけ…聞いていいですか?」

 

「何?」

 

「仮にあなたを倒した場合、次は誰が守っているんですか?」

 

イーディスは顎に手を当て、「うーーん」と唸りながら考える。

 

「今日は都合でベルクーリ騎士長は居ないし、あの元老長が戦うとも思えないし…私が最後かな?」

 

そう言いながら、イーディスも同じように剣を掴む。

 

「だけど安心して?あなたはここで…私に倒される」

 

抜いたと同時にイーディスは剣を抜く。

彼女の刀身は…ユージオには全く見えなかった。紫色に輝く鍔と柄しか見えないことに戸惑いを覚えながらも、ユージオはイーディスに向けて突撃する。

イーディスを殺すつもりはない。首に下げている短剣で彼女を刺せば、彼女の記憶操作はカーディナルによって解くことが出来る。そのためにユージオは彼女に致命傷とまでは行かないまでも、重い一撃を与えて動けなくしてから、短剣を刺そうと考えている。

そのために最初に放つ奥義はアインクラッド流突進SSソニックリープだ。

 

「せやあああああああぁッ‼︎」

 

ユージオの突撃を見たイーディスは高々と声を上げる。

 

「整合騎士イーディス・シンセシス・テン‼︎覚悟ッ‼︎」

 

と、同時に彼女が柄を少し曲げると、不意に刀身がユージオの目に映る。

 

(なっ⁈)

 

ユージオの目に入った刀身はもはや存在してるのかすら分からなかった。彼女は剣をほんの少し動かすだけで、刀身は消えたり、見えたりする。その色は淡い橙色で、常に点滅しているようだった。

同じく彼女もユージオに対抗するかのように、真正面から彼の攻撃を受け止めた。

ガキィンと甲高い音が鳴り、攻撃が拮抗したかのように思えたが、それは大きな誤りだった。ユージオの身体は一瞬で宙に浮いたような感覚が襲う。

 

「なぁッ⁈」

 

それはユージオが攻撃を弾き返されたと同時に身体が反対方向へと飛んでいる証だった。イーディスはクルリと回転しながら剣を鞘にしまい、ユージオとの距離を一瞬で詰める。そして、ユージオの腹に斬撃を一閃した。

 

「あがっ…!」

 

ユージオは身体を回転させながら、温泉の中へと落下する。

イーディスは剣に着いた血を振って落とし、再び鞘にしまった。

瞬く間に温泉が血の色に染まっていくが、ユージオは腹の傷を神聖術で治癒しながら起き上がった。

 

「くっ…」

 

ユージオは歯を噛み締めながら、再び彼女に向けて突っ走る。

 

(単発の攻撃がダメなら…今度は連続技だ!)

 

ユージオはキリトに教わった4連撃SSホリゾンタル・スクエアを放つ。

四角形の軌道を描きながら斬撃を繰り出すが、イーディスはそれらを一撃で全て弾き返す。

 

「甘いッ‼︎」

 

イーディスの怒声と共にユージオの右腕、左足、背中に斬撃を与える。

まるで一瞬のうちに切り刻まれたような感覚、そしてユージオは今更ながら気付いた。

彼女に手加減や気後れをしていると…こっちが殺られると…。

赤い血の跡を地面に擦りながら、ユージオは倒れる。ユージオは懸命に神聖術で深い傷を治そうとするが、治癒が間に合っていない。

 

「くっ…ぐぅ…」

 

(キリトはこれくらいの傷をさっきの戦いで…)

 

命を懸けて戦ってくれた相棒に申し訳なさが込み上げる。それと同時に自分の無力さも湧き上がってくる。そんな心情を見透かしているかのように、イーディスはまた鞘に剣を納めながら口を開く。

 

「諦めなさい、君に私は倒せない。それどころか…傷を与えることも不可能よ。そんな迷いだらけの剣で、よくここまで来れたわね?」

 

「…確かに、僕は無力だ。キリトが居なければ、ここまで来れていない。だけど…」

 

ユージオは先程よりも強い視線をイーディスに向け、剣を地面に突き刺した。

 

「僕が無力でも…この剣が、『冰龍の剣』が僕に力を貸してくれる!どんな時でも戦ってくれたこいつとなら…僕は負けないッ‼︎」

 

「……」

(その顔…その口調…その台詞…どこかで…)

 

ユージオの言葉はまるでイーディスの心の中にまで響くかのように浸透していく。同時にどこかで会ったことがあるのではないかという疑念を抱く。急に湧き上がる疑念、そして邪念を振り払い、イーディスも叫ぶ。

 

「なら!その剣の力とやら…今すぐここで見せてみなさい‼︎」

 

「当たり前だ‼︎…エンハンスッ‼︎アーマメントッ‼︎」

 

ユージオの詠唱と共に氷の波がイーディスを襲う。前方から来た氷をイーディスはたったの一閃で全て砕く。ところが足元に違和感を感じた彼女はすぐにそこを見る。その場所には既に氷が張っており、イーディスの動きを完全に止めていた。更にユージオは背を向くことが出来ないイーディスを狙うために、後方から重突撃SSヴォーパル・ストライクを放つ。初めて使う秘奥義が故に、ゼロ距離にならないと当てることは出来ないが、相手を気絶、または重傷を負わせるには充分な技だ。

1mもしないところまでユージオが来たところで、イーディスが小さく呟く。

 

 

「エンハンス・アーマメント」

 

 

彼女の詠唱と同時に剣から濃霧が発生する。

一瞬にして視界を見失うユージオだったが、技を止めずにそのまま突っ切る。ガコンと何かに当たる衝撃はあったものの、そこにイーディスの姿はない。深い霧のせいで不用意に動けないユージオ、その背後にイーディスは不気味に立っていた。

 

「中々だったけど…そこまでね」

 

「しまっ…!」

 

彼女の放った紫紺の一閃、それを防ぎ切ることは出来なかった。

今までユージオが生きてきた中で、最も深く、最も重い一撃が彼の腹を切り裂いた。

 

「がはあぁッ⁈」

 

イーディスの顔にまで飛び散る血飛沫。

ユージオは壊れた人形みたいに、その場に崩れ落ちる。

 

「あっ……がっ……」

 

「まだ生きてるとはね…。でも…私もやられたわ。あの秘奥義、見た目に反して速度と威力は凄まじかったわ。私の鎧と腹を少し抉った。そこだけは評価点ね」

 

薄れそうになる視界、イーディスの顔がよく見えない…。

 

「安心して。あなたの相棒は必ずアリスが仕留める。だから…気楽に逝きなさい」

 

そう言われて、もう楽になろうと思った。

ゆっくりと目を閉じて…。

 

(キリト……ごめん……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ユージオ…!)

 

暗闇の中で幼い頃のアリスの声が耳に響く。

思わず目を見開き、上を見ると…そこにはあのアリスが…。

 

「ア…リス?」

 

『立って、ユージオ‼︎私と…『本当のイーディス』はすぐ上で待っているから‼︎』

 

そして、幻だったかの…フワッと彼女の姿は虚空へと消える。

ユージオはアリスの言葉を聞いて、少し生気を取り戻す。歯を食い縛り、自分が使えるほどの神聖術を傷に向かわせながら、立ち上がったのだ。これにはイーディスも動揺を隠しきれない。

 

「あ、あなた…!その傷で…⁈」

 

「僕は…負けない…!」

 

ユージオが剣を強く握ると、イーディスの背筋がゾゾゾッと凍るような寒さが襲う。冷気は既に温泉の一部を凍結させ始めており、更に…ユージオの眼力が力を増す。

 

「アリスが……イーディスが…待ってるんだ…!こんなところで…終われるかぁッ‼︎‼︎」

 

ユージオは無頓着に突進し、イーディスと剣をぶつける。

先程とは比にならない剣圧にイーディスは目を大きく見開いた。

 

(何⁈この圧倒感は⁈)

 

死にかけた男の発するものかと思われたが、それは違った。

何故なら…イーディスの視界には、白銀色の優麗な龍が見えていたから。

 

(‼︎)

 

その姿に一瞬震え上がったイーディス、その動揺をユージオは見逃さなかった。単発SSバーチカルで彼女を吹き飛ばし、温泉へと落下させる。

彼女が起き上がるよりも前にすぐ横に剣を突き刺し、最後の切り札を発動する。

 

「行くぞッ‼︎冰龍‼︎リリース・リコレクションッ‼︎」

 

ユージオの詠唱と同時にこの広大な温泉は一瞬にして、まるで永久凍土の世界へと変貌する。ユージオもイーディスもその氷に身体を取られ、身動きが出来ない状態にある。それを見たイーディスは思わずほくそ笑んだ。

 

「まさか、これで勝ったと思ってる?」

 

「…そんな、勝ったなんて全く思ってない。だけど、これで…君を元に戻せる。あの頃の…君…に……」

 

ユージオは呂律が回らなくなり始めている口で言いながら、短剣に手を伸ばす。イーディスはユージオの異変にすぐに気付き、自身の身体も確認する。そして…驚くべき事実を突き止める。

 

「まさか…この氷は⁈」

 

「そう…だよ…。この氷は、僕たちの天命を奪っている…。凄まじい量をね…」

 

それを聞いた彼女は剣から再び濃霧を出そうとしたが、それも氷の中に吸い込まれる。どうやら全ての対象が絶対的に凍ってしまう性質のようだ。

 

「相打ち覚悟?」

 

「…まあ…そうですね…。僕は…もう生き残れそうにない…。だけど、僕の相棒が…キリトが、アドミニストレータを…倒してくれる…はずさ…。それに、君たちを元に…」

 

「…その『元に戻す』って、どういうこと?」

 

「イーディスと…アリスは、僕らの故郷『シナット村』で生まれ育った幼馴染みだ…。決して…神が召喚した天界の使いなんかじゃない!」

 

その事実を聞いたイーディスは動揺と怒りで顔を憤怒の表情に変える。

 

「馬鹿げたこと言わないでッ!私は最高司祭様によって召喚された整合騎士よ!そんなことで(たぶら)かすなんて…」

 

「誑かしてなんかいない‼︎僕は…そういうところが許せない…。勝手に自分達が法の正義で…人界を守っているふりをしている整合騎士が…。それよりも…自分の快楽のために作り出した…アドミニストレータが…」

 

イーディスの表情は変わらない。だが、イーディスの天命も徐々に減少している。早く事を済まさなければ、彼女も死んでしまう。

 

「君には…妹がいる…。メアリが…君を…」

 

その名前を聞いた途端、イーディスの中に初めて、本当の動揺が襲った。絶対に会ったことないはずなのに、明らかに覚えている者の名前…。動揺から息は荒くなり、右目もそのせいか熱くなってくる。

 

「メアリ……誰…いや…知ってる…私は……どこで…」

 

ユージオは短剣を振り上げ、イーディスに突き刺そうとした…その時。

 

「ディスチャージィ‼︎」

 

陽気な声と共にユージオの短剣が吹き飛ばされる。

 

「ッ⁈」

 

熱素による攻撃にユージオは思わず右手を庇う。

そして…何者かが2人の横に現れる。

 

「ホーホッホッホッホ‼︎いやいや、中々に見事な戦いでしたな、10号と反逆者」

 

「お前は…誰だ?」

 

イーディスは混乱状態から抜け出せていない。それを見た小太りでピエロ姿の男は溜息を吐きながら、掌で作った熱素をユージオの腹に当てる。

熱い衝撃でユージオの意識が一気に遠くなる。

 

「10号…お前は後で処罰する。その前に…イヒヒヒ…良い人材を最高司祭猊下に持っていかなくては…」

 

下品な笑みを浮かべる男を見たが最後、ユージオの意識は無くなった。




【補足1】
神器『紫幻(しげん)剣』
イーディスが扱う神器、特定の地域を好まない姿を眩ます幻の古龍から作られたものである。見た目は日本刀であり、柄と鍔が紫色で、刀身は光の反射によって、橙色に見える。
基本能力として、高い切れ味とリーチ、そして刀身が見えなくなる。この見えないは実際に見えないだけでなく、鍔迫り合いにならずに空ぶってしまわせることも可能。
武装完全支配術『霧双(むそう)
刀から濃霧を発生させ、相手の視界を奪う。更にその霧の中にいる相手に強力な居合い攻撃を発動することが出来る。その霧は例外を除き、取り除くことが出来ず、使用者の位置の把握も不可能に近い。ただ、敵が誰かを判別することは出来ず、仲間を傷付けてしまうデメリットがあり、集団での戦いでは使いにくい。
元ネタはオオナズチですね。はっきり言って、相手の視界を奪えるモンスって少ない気がして、こいつしか思い付きませんでした。記憶解放術を書いていませんが、後々に書きます。


【補足2】
冰龍の剣:記憶解放術『絶零(ぜつれい)
武装完全支配術『絶凍(ぜっとう)』の完全上位互換である。凍らせる範囲、威力、硬さ、防御…どれを取っても何十倍にまで能力が膨れ上がっている。更に凍らせた相手の天命を凄まじい速度で奪う力まであり、食らってしまえば命の保障はない。止める方法も難しく、術者の手から剣が離れるかつ、気絶しなくては止まることはない。
しかし、威力と範囲が故に制御がまだ不完全な場合、自分もろとも受けてしまい、自滅または相打ちになってしまう。
元ネタはイヴェル・カーナの大技『アブソリュート・ゼロ』から取っています。


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第24話 破られる封印

説明会です。マジで原作となんら変わりありません。飛ばして頂いても結構なレベルです。


夜空の下、キリトとアリスは塔の縁で腰かけていた。

 

「まだ夜は明けそうもないな…」

 

「あと2時間はかかるでしょう。それまではここで気長に待つしかありません」

 

その時、アリスの腹が高く鳴る。それを聞いたキリトは笑いそうになるが、アリスが即座に剣を抜き、首に当てる。

 

「私を嘲笑するなら、その首を飛ばします」

 

それを言われたキリトは笑いをぐっと飲みこみ、「ふぅ…」と息を吐いた。

ただ、腹が減っているのはキリトも同じだった。

 

「確かに…この腹をどうにかしないとな…。…そうだ!」

 

キリトは懐から2つの小さな饅頭を取り出した。それに目を輝かせるアリスをよそにキリトは詠唱を開始する。

 

「システム・コール、バースト…」

 

「待ちなさい!」

 

アリスは声を荒げて、キリトの手から饅頭を奪い取った。

 

「な、なんだよ…」

 

「そんなことすれば、一瞬で黒焦げです!貸しなさい!」

 

アリスはそう言うと、改めて詠唱をする。

 

「ジェネレート・サーマル・エレメント、アクウィアス・エレメント、エアリアル・エレメント…」

 

彼女は3つのエレメントを指にかけ、それらを混合させると、饅頭はまるで小籠包のようにほかほかと湯気を立てながら、蒸されていたのだ。

その光景に今度はキリトが目を輝かせる。そんな彼の気持ちを逆なでするように、アリスは2つの蒸し饅頭を一気に口の中へ入れようとする。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「冗談です」

 

アリスは1つをキリトに渡すと、さっさと自分は口の中へ饅頭を放り込んだ。

キリトも同じように饅頭を頬張る。

まるで肉まんのような芳醇な味に酔いしれるキリト。すかさずアリスに感謝の言葉を述べた。

 

「いやあ、あの饅頭がここまで美味しくなるとはな。流石あの料理上手のセルカのお姉さんだ」

 

その言葉でアリスの機嫌を良く出来ると思っていたキリトだったが、それは全くの検討外れで終わる。胸ぐらを掴まれ、顔を無理やり向かされると思ったら、次に聞こえたのは静かな怒りと動揺を混じらせたアリスの声だった。

 

「今、何と言った?」

 

「え…」

 

「『お姉さん』とは…どういうことだ⁈」

 

口を滑らせてしまったキリトだが、今更釈明しようが遅い。そう考えたキリトは、自身が知っている事を全て話すことにした。

 

「君には…妹がいる、そう言ったんだ」

 

アリスの目は途端に丸くなる。

動揺で目が揺らぐアリスにキリトは更に言う。

 

「全て話すよ、俺の知っている事を」

 

「…話しなさい。しかし、もしそれが私を誑かす世迷言であった場合、その首を切り落とします」

 

「…分かった。まず、君の本名はアリス・ツーベルク。ユージオが生まれて育ったシナット村でイーディス共に暮らしていた」

 

「イーディス殿⁈そんな馬鹿な…!」

 

思わずアリスは剣を握ろうとするが、キリトは強い視線でアリスを見ながら語気を強めた。

 

「話を最後まで聞いてくれ、判断はそれからでも遅くないだろ?」

 

「…ッ」

 

アリスは深呼吸をして落ち着かせると、小さな声で「続けなさい」と呟いた。

 

「けど、君たちは果ての山脈を超えて、ダークテリトリーに入ってしまった。そのせいで整合騎士に連れ去られて、記憶を消されてしまった。ここで重要なのは、今いる君は確かにアリスではあるけど、『別人格のアリス』なんだ。他の整合騎士も…そのように最高司祭に変えられてしまった」

 

「じゃあ、我々整合騎士が天界から召喚された神の使いという話は…」

 

「全くのデタラメだ。都合の良い話を作っただけだ。俺たちは君とイーディス、他の整合騎士の記憶を取り戻すために教会に逆らったんだ」

 

「…今のお前の話を、全て信じたわけではありません。だけど、それだけのために最高司祭様を伏せるのはおかしいのではないですか?」

 

アリスの言葉に覇気はない。

まるで今聞いた話が嘘であってほしいかのように、新たな質問を投げ出した。

 

「…間もなく、ダークテリトリーが攻め入ってくる」

 

「!」

 

「恐らく、最高司祭はあんたら整合騎士に全てを任せる気だろう。だけど、そんな程度じゃ闇の軍勢を押し返すことは出来ない。そうさせないためにも、人界の民にも武器の指南をさせるべきだ」

 

「出来るはずがありません‼︎」

 

アリスは真っ向から否定する。

 

「あなただって…見たのでしょう?この国の上流貴族を…。下卑た考えしか持たぬ彼らが…戦うはずがありません!」

 

「彼らの他にも戦ってくれる人たちはたくさんいる。このカセドラルに集めた武器や防具を渡せば、それなりの戦力になる。だが、これは最高司祭が存在する限り、絶対に実現できない。あいつは…自分の支配に少しでも反対する者を生みたくないからな…」

 

そこまで話して、キリトはアリスを再び見る。

彼女は少し憔悴しているように見えた。

 

「…私に、妹がいるのは、本当なのですか?」

 

改めて聞いてくるアリスにキリトは「ああ」と答える。

 

「セルカ……セルカ……ダメ、やっぱり思い出せない」

 

アリスは壊れた人形のように『セルカ』の名を呟く。

すると、すぅーと涙が流れた。それはアリス自身、気付くのが遅かった。恐らく無意識の現象だろうが、これは記憶を消されても、身体が何かを感じ取ったのだろう。

 

「本当…なんですね…」

 

それが分かったアリスは初めて…涙を溢れ出せ、俯いた。

数分泣いた後、アリスは新たな問いを言う。

 

「この身体を…元のアリス・ツーベルクに返すことは出来るのでしょうか?」

 

「出来る。だが、その時戻るのはアリス・ツーベルクの人格だ。戻った途端、君の人格は消えるだろう」

 

「…そうですか。しかし、借りたものは返さなくてはなりません。ですが…」

 

アリスはキリトの方を真剣な眼差しで見ながら、嘆願する。

 

「アリス・ツーベルクに返す前に…セルカを…シナット村を…全てを見て回りたいです。全てを知って消える…これが、私がする最後の責務です」

 

「…分かった。約束する」

 

すると、アリスは不意に立ち上がり、深呼吸をする。

そして…静かな夜空に向かって声を上げた。

 

「整合騎士アリスは、今日よりその責務を捨て、最高司祭に……ッツ⁈ぐっ⁈」

 

「アリス?」

 

「あっ…がああぁぁぁッ⁈」

 

右目を抑えながら、苦しみもがき始めた。キリトもすぐに立ち上がり、彼女の右目を見る。確かに薄く赤く充血しているように見える。

しかし、それはすぐにただの身体の不調ではないことが分かった。彼女の右の瞳の中には、バーコードらしきものと『Code:871』と書かれていたのだ。神聖術の術式でも言葉でもないため、これは最高司祭が仕掛けたものではない。

 

「キリト…右目が…焼ける…。痛い……痛いぃ…」

 

再び涙を溢れさせるアリス。今度は痛みによるものだが…。

 

「それ以上、教会に反抗する事を考えるな!目玉が吹っ飛ぶぞ!」

 

この現象を見たのは2度目だった。

ユージオもライオスたちに斬りかかった時に、右目を失っていた。

今から考えてみれば、あれは禁忌目録に逆らわないための障壁だったのだろう。しかし、それを破ったためにユージオの右目は一旦失われた。

今、それがアリスに起きようとしている。

 

「これも……最高司祭猊下が……」

 

「違う、最高司祭をも見下ろす者の仕業だ」

 

「そんな…酷い…。記憶を消され、誤った認識を強制されているのに…今度は意志すら強制されるなんて……。確かに…私は他者の身体を占有する、醜い存在だ…。しかし…ッ」

 

アリスは痛みのあまり、キリトの肩を徐々に強く握り始める。

しかし、今度はアリスの更なる怒声が響いた。

 

「私は人形ではないッ‼︎身体は汚くても、心はあるッ‼︎意志をも強制されるなんて…私は絶対にイヤだッ‼︎」

 

「アリス…」

 

アリスは涙でぐちゃぐちゃの顔でキリトに申し出をする。

 

「キリト…私の身体を…暴れないように抑えて欲しい…。たの…むッ」

 

言葉も徐々に続かなくなっている。痛みが激しさを増している証拠だ。

彼女の嘆願を無下に出来ないキリトは「分かった」とだけ言って、彼女を抱き締める。

そしてアリスは息を吸うと、天に向かって叫んだ。

 

「最高司祭アドミニストレータ…、名も知らぬ者たち……私は………あなたたちとッ…戦いますッ‼︎‼︎」

 

途端に彼女の右目は弾け飛んだ。キリトの頬にまで血が飛び、その勢いでアリスは気を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷に下半身が埋まった状態から、イーディスは紫幻剣を振るうことで脱出した。ようやく拘束から解放されたイーディスだったが、気分は全く晴れていない。

まず第一に…最高司祭への明らかな疑念。

更に右目から流れる血涙と痛みのイーディスは顔を歪める。

だが、その表情はユージオとの戦いよりも…覚悟の決まったものに変わっていた。



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第25話 堕落

ユージオが次に目を覚ました時、そこはもう温泉が広がる90階ではなかった。天井にはプラネタリウムみたいに星座に見立てた結晶や美しい絵画が広がっており、その中心にはこの空間には見合わないベッドがポツンと置かれていた。

そして…そこには銀色の長髪で、喉を鳴らしてしまう程美しい少女が寝息を立てていたのだ。一瞬、その容姿に見惚れてしまうユージオだったが、すぐに彼女が最高司祭…アドミニストレータだと分かった。

 

「これで彼女を刺せば……」

 

ユージオは首に掛けた短刀を握る。大きく振り上げて、すぐに刺そうと思ったのだが、腕を上げたところで止まってしまう。

 

(でも…これを使ってしまったら…アリスとイーディスを元には…)

 

その躊躇によって、隙を存分に曝け出しているアドミニストレータが眠りから醒めてしまう。ユージオは身構えて、反射的の腰の剣に手を伸ばそうとする。

アドミニストレータは欠伸をかきながらも、ユージオを見ながら呟いた。

 

「…可哀想な子」

 

「可哀想?」

 

「ええ、まるで迷える子羊ね、愛を知らない愚かな子供でしかない」

 

アドミニストレータの言っていることが飲み込めず、呆然としてしまう。

 

「あなたを愛している人はいない。昔も…今もね」

 

「いや…僕は愛されている…!僕が子供の時、怖い夢を見た僕を母親は子守唄を歌って寝かせてくれた!」

 

「それは『あなた』だけにくれた愛だったのかしら?兄弟たちから分けてもらった、『お裾分け』のようなものだったんじゃない?」

 

「そんなことは…!」

 

「あなたはそんな借り物の愛で満足してる、可哀想な坊やだこと。でも、私ならあなただけに全ての愛を与えられる。そっちの方がいいでしょう?」

 

「いや違う…!僕は…愛されてる!」

 

側から見れば、明らかに道理の通らない会話であるのに、ユージオは何故か酷く動揺している。目は揺れ動き、落ち着きがなくなり、本来の短剣を刺すという目的は完全に忘れてしまっていた。

 

「…そうだ。僕にはアリスとイーディスが…」

 

「その2人も、あなたを愛してたかしら?」

 

「…え?」

 

「あなたは忘れている。あの時の、苦い記憶を…」

 

アドミニストレータの右手がユージオの額に軽く触れると、ユージオの意識は一瞬で子供の頃に戻る。

周りに広がる森、そして…奥から聞こえる子供の声…。

それがすぐにキリトとアリス、イーディスのものだと分かった。

ユージオはその声のする方へと、急いで向かう。

茂みを超えて、辿り着いた先の光景は…。

 

「え……?」

 

ユージオは思わず、目を見開いた。

そこにはキリトを中心にアリスとイーディスがくっ付いていたのだ。

更に彼らの会話がユージオの心を抉る。

 

「おい、そろそろ行かないとまずくないか?」

 

「良いじゃない、もう少しだけこのまま…」

 

「そうだよ、もうちょっとだけ!」

 

信じられない光景にユージオはその場で固まったままだ。

そこにアドミニストレータが背後から現れ、小さく呟く。

 

「ほら、誰もあなたを愛してない。そもそも…あなたを愛するつもりなど、一片もなかったかもよ?」

 

その声だけがユージオの耳に残る。

そして…ベッドで腰かけていたアドミニストレータは遂に動き出す。

服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿となり、ユージオに語りかける。

 

「さあ、来なさい。私ならあなたにそれ相応の愛をあげられる。あなたが私のためにしてくれた分、愛を捧げるわ」

 

(愛って…そんなものなのか…?何かと交換で得られるもの…。それなら…僕は…)

 

もうユージオの心はアドミニストレータに傾いていた。

アリスとイーディスを失い、孤独を味わった7年間は、キリトやティーゼたちといた時間では、補い切れないものがあった。

そこに漬け込んだアドミニストレータだが、ユージオは気付くはずもない。彼は差し出された彼女の手を取り、共にベッドに倒れる。

 

「そう…それで良いのよ、ユージオ。愛が欲しいのね…。でも、まだあげられない。私の言う通りにして。まずは神聖術の起句を」

 

「システム…コール…」

 

(これで…良かったのかな?)

 

「次はリムーブ・コア・プロテクション」

 

「リムーブ…」

 

(でも…)

 

「コア…」

 

(もう僕は…)

 

「そうよ、いらっしゃい、ユージオ。永遠なる停滞の中へ」

 

(悲しい思いは…したくないんだ…。だから…)

 

「プロテクション…」

 

一粒の涙を零し、ユージオの意識は遠のいていくのだった。

全ての思い出と共に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッと物が倒れる音と自らの身体に響いた衝撃でアリスは漸く目を覚ました。彼女が起きた時には既に暁星の望桜、つまり95層に到着しており、近くではキリトが膝を付いて激しく息を吐いていた。

 

「まさか…キリト、ここまで気絶した私を担いで…」

 

「ああ…流石に、死ぬかと思ったよ…」

 

礼を言おうとしたアリスだったが、服に付いているシミを見るなりに態度を急変させる。

 

「あ、あなた汗だらけではありませんか!私の服にまで付けて…!」

 

「はあ⁈ここまで運んできたのは俺だぞ?なんて言い草だ…」

 

キリトの愚痴を聞いてる間に、アリスは自身の右目に触れる。そこは布状のもので傷口を塞いでくれているが、痛みは微かにあり、視界も半分失われていることに、不安感は隠せない。

 

「止血するのが精一杯だった。アズリカ先生みたいに治せるかなと思ったけど、無理だった」

 

「仕方ありません、身体の部位を治すのは簡単ではありませんし、ましてや夜です。ソルスによる恵みもない。それよりもこの布は?」

 

「ああ、俺の服を千切ったんだ。俺のせいでアリスは目を失った訳だし……」

 

突然、コツン…コツン…と足音が響く。

2人とも臨戦態勢に戻る。中央の階段から誰かが上がってくるようだ。

アリスは警戒しているようだが、キリトは「ユージオか?」と呟き、階段の方へゆっくりと歩を進める。

だが、唐突に濃霧がこの95層を包み込む。

突然の事態にキリトは驚き、困惑する。逆に後ろで未だに構えていたアリスは階段を上がってくる主が分かる。

 

「この霧…キリト!戻りなさい‼︎」

 

アリスの声が届く前に凄まじい殺気がキリトを襲う。

背筋が凍るような殺気にキリトは剣を抜き、相手の攻撃を受け止めた。

大きな剣圧にキリトは大きく後退る。

霧の中から突然飛んできた斬撃は、キリトの服を掠めた。

 

「イーディス殿!お止めを‼︎彼は…罪人兼味方です!」

 

「おい…」

 

キリトは突っ込むが、アリスは未だにキリトを罪人と思っているらしい。

その声が聞こえたのか、霧はすぐに1つの場所に集合し、霧散した。

 

「全く…それならそうと早く言いなよ、アリス」

 

霧の中から姿を現したのはイーディスだった。

しかし、彼女の鎧は一部砕けており、更には右目も閉じているが赤く腫れ上がっている。

 

「ど、どうしたんですか⁈イーディス殿!その身体は…」

 

「まあ…そこの黒髪の坊やの友達と死闘を繰り広げたのよ。右目は別の要因だけどね」

 

(『別の要因』…。彼女もアリスと同じように自力で封印を破った…ということか?)

 

「でも、彼と戦ったお陰で色々と分かったわ。教会の実態と、私自身のこともね…」

 

「イーディスど…イーディス、私も本来の使命が漸く分かりました。この国を救う方法はただ一つ、アドミニストレータを倒すことです!」

 

イーディスも同じように頷いた。

ユージオがどうやらイーディスを変えたようだ。しかし…肝心のユージオはどこにも見当たらない。

 

「なあ!彼は…ユージオはどこだ?」

 

「ユージオは恐らく元老長チュデルキンによって、最高司祭の所へ連れて行かれた。何をされるかは…想像が付くけど」

 

「まさか…処刑⁈」

 

「急がないと‼︎」

 

キリトは我先へと階段を駆け上がる。

 

「ユージオ…待ってろ!」




今回は短いですが、ここまでです。


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第26話 元老長の実力

サブタイトル、めちゃくちゃ考案するのが大変だった…。


階段を我先へと上がるキリトの目の前に広がる空間に…言葉を失った。

それは後ろから追ってきたアリスとイーディスも同様だった。

この部屋にはキリトたちのことを監視していた謎の男たちがポッド状のものに格納され、チューブから出てくる謎の物体を食べている光景が広がっていたのだ。

あまりの異様な光景にキリトはか細く問うことしか出来ない。

 

「これは…なんだ…」

 

「わ、私たちも分かりません…。だけど、ここは95層よりも上の階…。つまり元老院たちも居住区となっています、私たちも元老長以外の者を見たことありませんでしたが、まさか…彼らが…」

 

「元老院の者…」

 

異常な光景を見ると同時に、止まりようのない怒りがアリスを包み込む。

 

「こんな…こんな奴らが…元老院…。私が信じたもの…?」

 

今すぐにでもアリスは彼らを斬り伏せたかったが、その前に奥の部屋から下品な悲鳴が漏れた。イーディスも冷徹な目を向けながら、その方向を見つめる。

キリトはまだ何も分かっていないが、あの忘れようのない声はチュデルキンのものだ。アリスとイーディスは目配せして、さっさと奥の部屋へと入っていく。

そこでは水晶玉を覗き込み、下品な悲鳴を散々に漏らすチュデルキンがいた。

 

「ああああああ‼︎行けませんっ‼︎行けません、そんなガキとぉっ‼︎」

 

イーディスが声を出す前に、アリスはさっさと歩み寄り、チュデルキンの名を呼ぶ。それを聞いた奴は驚いて振り返るがその時には、胸ぐらを掴まれて剣を向かれていた。

 

「き、貴様は…30号!それに10号…なあっ⁈どうして罪人がここにいるんだぁっ⁈」

 

「黙れ、ゴミ」

 

「ゴ、ゴミだと…」

 

「それ以上余計なことを話せば、その舌を切り落とすぞ?」

 

アリスの物言い、イーディスの視線、そして反逆者でキリトの侵入に苛立ちを超えたチュデルキンはガキのように叫び出す。

 

「逆らう気かあっ⁈ゴミ剣士共が‼︎お前ら整合騎士は猊下と私の言うことだけを聞いていればいい、ただのお人形ちゃんなんですよ‼︎」

 

「そうしたのはあなた方でしょう?シンセサイズの秘儀という紛い物で我々の記憶を消し、都合の良い人形に仕立て上げたのは」

 

それを聞いたチュデルキンは一気に表情を崩した。どこでそれを知ったのかと言いたい表情だったが、誤魔化す必要もなくなったため、すぐに下衆の表情へと様変わりした。

 

「…ああ、そうですよ。特にあなたみたいな可愛らしい子が整合騎士になることが私の楽しみの1つでもありましてねえ…」

 

「黙りなさい!この…!」

 

イーディスが剣を抜こうとするが、アリスは止める。すぐ横にいるイーディスでもアリスの表情は見えないが、手の震え様から凄まじい怒りが沸き起こっていることは確かだ。

 

「10号は大人しくシンセサイズで整合騎士になりましたが、あなたは別でしてねえ…。『記憶を消さないで!大切な人たちの思い出を失いたくない!』と言ってねえ…。だから、あなたにはここで修道女として数年間働いてもらいました。『希望』を持たせるために…ね」

 

ギリッとアリスの歯が軋む音が響く。

剣を持つ手も震えに震え、今にもチュデルキンを殺してしまいそうだった。だが、アリスが未だに殺さないのは、キリトの言ったことが真実なのか…そして、本当の自分はどんな子だったのかを知るためだった。

しかし、聞かされる真実はあまりに辛く、残酷なことばかりだった。

 

「まあ数年間の間に蓄積した神聖術は素晴らしいものでしたよぉ?そこだけは誉めておきましょう。あなたにシンセサイズの術式を施すと知った時の表情は…もう石にして私のコレクションにしたいくらいでした!」

 

「………」

 

「だが、あなたは術式の起句を決して言おうとしなかった。まあまだ小生意気な娘だったんでね、そこで私は元老院を一時停止させ、強制シンセサイズを実行させました。その時の泣きっぷりも見ものでしたよ‼︎ひゃあははははッ‼︎」

 

そこまで聞いたアリスはもう、チュデルキンの言葉を聞く必要ないと判断した。冷たい口調のまま、彼に告げる。

 

「元老長チュデルキン、あなた方が行ってきたことはよく分かりました…。もう疲れたでしょう、楽になりなさい」

 

彼女は容赦することなく、チュデルキンの腹に剣を突き刺した。

そのまま剣を振って、ゴミのように放り投げたチュデルキンの亡骸。

すると、突然チュデルキンの身体はゴムボールのように膨れ上がり、最後には破裂しつつ煙幕を起こした。

 

「なっ⁈」

 

「引っ掛かったな‼︎ただの肉っころだと思わないことですね‼︎バーカ!バーカ‼︎」

 

その煙幕によって、チュデルキンは上階へと逃げたらしい。

逃すまいと直ぐに追うアリス。2人も彼女を1人にするわけにはいかないため、後を追う。

暗い階段を上がりきった先に広がる光景は空虚なものだった。

中央には大きめなベッドがポツンと置いてあり、壁にはランプが幾つも置いてあるだけ。天井には星々を象った絵が飾られているが、どうも部屋の雰囲気に合ってない。

 

「ここは…頂上か?」

 

「ええ、最高司祭がいるはずの第100階よ」

 

3人が周囲を見回していると、星々の絵画の一画に穴が開く。

そこから銀色の髪をした少女がゆっくりと降りてきた。その右腕に汗をダラダラと流すチュデルキンを連れて…。

 

「あら?アリスちゃんにイーディスちゃんじゃない?久しぶりね」

 

「…ええ、本当にね。いつも部屋の中で引き篭もってるからね」

 

挑発としか言えない口調に最高司祭は眉を潜める。それを聞いたチュデルキンは対象に顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

 

「貴様ぁ‼︎猊下に向かってなんたる言い草‼︎死!死んでしまえぇ‼︎」

 

「お黙り、チュデルキン。私は今、彼らと少し話をしたいの」

 

冷徹な視線を送る最高司祭にチュデルキンは一気に萎縮する。

そしてチュデルキンを放り投げると、空中で足を組んで座った体勢になる。

 

「アリスちゃん、言いたいことがあるなら言ってご覧なさい?怒りはしないわ、だって…」

 

「!」

 

「あなたの覚悟でしょ?」

 

アドミニストレータの放った言葉に感情はなかった。まるでどうでも良いような、それでいて…相手に恐怖を与える話し方。それを聞いたアリスも身体に今まで感じたことのない悪寒が走った。

今にも逃げてしまいそうになったのか、右の踵は自然に上がっていくが、右目の痛みを思い出して、呼吸を整えた。

 

「最高司祭様、本日…2人の罪人によって、整合騎士の多数は破られ、半壊したも同然の状況となりました。しかし、この状況になったのは、最高司祭様‼︎あなたの驕りと堕落のせいです‼︎」

 

それを聞いた最高司祭から出た言葉は…。

 

「くだらない…」

 

だった。

 

「私はあなたたちにほぼ不死のような能力を授けたのよ?誰にも負けることのない神器、ほぼ減らないも同然の天命、何より私から貰える愛……」

 

「私はあなたから貰った愛を喜んだことなどないッ‼︎ふざけるのも大概にしろ‼︎」

 

アリスはアドミニストレータの言葉を遮り、怒声を飛ばした。

彼女の目はアドミニストレータ自身も見たことない程に怒りに満ちていた。ただ、それに臆することは全くなかった。

 

「…チュデルキン」

 

「はっ、はいぃぃ‼︎」

 

「あなたには2度目のチャンスをやるわ。この愚か者3人を始末しなさい。そうすれば今回のミスは全て帳消しにしてやるわ。だけど、失敗した時は……分かるわね?」

 

それを聞いたチュデルキンの顔は一瞬脂汗に塗れたが、すぐに余裕綽々の表情へ変わる。

 

「お任せください、最高司祭猊下‼︎こんなガキ共、私が一瞬にして消してあげましょう‼︎」

 

チュデルキンはそう叫ぶと、両手両足、更に両目にエレメントを発生させる。

 

「システム…コール‼︎ジェネレート…‼︎サーマル…‼︎エレメン…トォォ‼︎」

 

サーマル・エレメントが凝集し、作り上げられたのは巨大な炎の猿だった。ゴツゴツとした岩肌で、頭には立派に伸びる双角がある。爛々と光る目は3人を確実に見ていた。

 

「こいつは…」

 

「ヒャハハハハハッ‼︎こいつはダークテリトリーにいた獣を復元した姿だぁ‼︎そんじゃそこらの剣士共じゃ倒せませんよぉ‼︎」

 

そう叫ぶと、猿…いや、ゴリラの腕が上がるとキリトたちに振り下ろしてくる。3人はバラバラになって避け、それぞれ剣を抜く。

まずはイーディスが先頭を切り、奴の両足を瞬時に切断する。しかし、炎で出来た身体は切られても即座に再生してしまう。

 

「炎で出来た獣がただの剣で斬れるわけないでしょう⁈バカめぇ‼︎」

 

明らかに調子に乗っているチュデルキンを呆れた表情で見ているアドミニストレータだが、邪魔者を消せるならそれで良かった。

すると、アリスが叫んだ。

 

「キリト‼︎私とイーディスで奴の術で生まれた獣を足止めします‼︎その隙にチュデルキンを倒しなさい!」

 

「簡単に言ってくれるな…!」

 

そして、アリスは金塵剣の武装完全支配術を発動する。

金塵が舞い、炎の獣を覆い尽くす。同じようにイーディスも剣から濃霧を発生させ、奴の視界を塞いだ。キリトはその隙に重突撃SSヴォーパル・ストライクを放つ準備を始める。しかし、安易に技を放たせるほどチュデルキンも甘くない。

炎の獣は手の上で火球を作り出し、剣を突き出して構えているキリトに向かって投げる。火球は霧と金塵で完全に視界が封じられている中でも正確にキリトに向かっていった。

 

「!」

 

「キリト‼︎」

 

キリト自身もあの中で攻撃出来るとは想定できず、回避行動を取れなかった。爆発と共に大きく燃え上がり、キリトの姿は見えなくなる。

キリトの無事を確認しようとしたアリスが炎の獣から視線を外した途端に巨大な拳が飛んでくる。金塵をすぐに戻し、防御姿勢を取るアリスだが、飛んできた拳の威力は凄まじくアリスは地面を転がる。

 

「くっ‼︎」

 

態勢を戻した時、再びアリスの目の前に拳が迫る。

それをイーディスは一閃して切り落とすが、炎で出来た身体なのか、即座に再生する。

 

「アリス‼︎」

 

アリスはどうしようもないため、記憶解放術の起句を言おうとしたが、その時…燃える何かが目の前に立ち塞がり、奴の拳を止めたのだ。

それは…燃え上がっているキリトだった。

 

「キリト…!無茶な…!」

 

「…そうでもないさ」

 

燃えてるのに、キリトの口調に痛みや苦しさといったものは一切含まれていなかった。むしろ、彼の身体に纏わりつく炎は徐々に小さくなり、更には炎の獣自体も腕から順に消えていく。

いや、キリトの黒剣によって吸収されているのだ。

 

「なっ……ななななな……なにぃっ⁈」

 

「キリト…どうやって…」

 

10秒もすれば、チュデルキンが作り出した奴の獣は完全に消滅していた。そればかりか、彼の身体は一切の傷や火傷を負っていなかった。アリスとイーディスはキリトが使う謎の能力に目を見開き、驚くばかりだった。しかし、逆にアドミニストレータは表情が少し訝しげになるだけで、至って冷静なままだった。

 

「あの剣……」

 

顎に手を添えて考え込むアドミニストレータを他所に、キリトはチュデルキンに剣を向ける。

 

「次はお前だ、デブ野郎」

 

「おま…お前みたいなガキにぃ…やられる私ではないわぁ‼︎」

 

チュデルキンはまた別の神聖術を唱えようとしたが、アドミニストレータが「待ちなさい」と言って止めた。

 

「チュデルキン、あなたには荷が重いわ。“彼”に任せるとしましょう」

 

彼女が指を鳴らすと、天井に再び穴が開き、誰かが降りてくる。

足から見えたのだが、鎧を着ている。

 

「まだ整合騎士がいるのか?」

 

「いえ、そんなはずは…」

 

新たに現れた整合騎士に…キリトは絶句した。

 

「そ、そんな……」

 

薄い静銀色を基調とした鎧に特徴的な亜麻色の髪をした少年…。

キリトは忘れるはずがない。3年間もずっと相棒としてやって来た“彼”が…整合騎士となって数時間ぶりに再会したのだ。

 

「さあ…私のために働きなさい。ユージオ」




【補足】
『チュデルキンが生み出した炎の獣』
これはフロンティアで登場した始種『ヴォージャン』を基にしています。大体は原作と同じですが、サーマル・エレメントで作り出したため、実体はない。
倒すにはチュデルキンを倒すしかないはずだが、キリトはそれをする必要なく倒している。それは後々分かります。


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第27話 竜機兵

天井から鎧を身に纏ったユージオを見たキリトは彼から視線を外せなかった。彼がキリトを見る目に…以前のような優しさは一切見えない。

延々と暗い…底なしの瞳だった。

アドミニストレータはキリトの反応を楽しんでいるのか、被虐な笑みを浮かべる。

 

「どう?久しぶりの再会は?坊やも…アリスちゃんやイーディスちゃんも」

 

彼女たちはそう言われても、ユージオのことをあまり知らない…いや、覚えてないため反応に困ったが、キリトには絶大だった。ユージオが記憶を消され、整合騎士に変えられた事実に悲しむと同時にアドミニストレータに対して凄まじい怒りが沸き起こる。

 

「アドミニストレータァァッ‼︎‼︎」

 

怒りのままに彼女に突っ込んでいく。

突進SSソニックリープでアドミニストレータの身体に斬撃を与えようとしたが、刃が彼女の身体に当たる直前で止まる。障壁みたいなものが彼女の前に立ち塞がっている。

 

「くっ……おおおおおおおおおおおぉ‼︎」

 

力を最大まで込めるが、最後には弾き返されてしまう。

もう一度向かおうとするが、それはアリスとイーディスに止められる。

 

「待って、今は無理よ!落ち着いて…‼︎」

 

彼女らの説得が無ければ、キリトは自らの命を捨ててでも特攻するところだっただろう。キリトは一旦息を吐き、アドミニストレータに叫ぶ。

 

「アドミニストレータ‼︎ユージオに…何をしたッ⁈」

 

「何って…彼が欲しいもの…私の愛をあげただけよ?それに…私の愛を求めたのは、彼自身。私のせいではないわ」

 

「そんなわけない‼︎ユージオは…っ‼︎」

 

キリトは必死にユージオが整合騎士になってないと否定の言葉を叫ぶ。

しかし、それを見ていたユージオが漸く口を開く。

 

「…最高司祭様、僕は、何をすれば良いのでしょうか?」

 

「!ユージオ…」

 

「ふふふ…。ユージオ、あそこにいる黒髪の少年とアリスちゃんとイーディスちゃんを始末しなさい。そうすれば…あなたに私の愛を存分にあげるわ」

 

それを聞いたユージオは、ゆっくりと冰龍の剣を抜いた。

キリトはそれでも必死にユージオに語りかける。

 

「ユージオ!もうお前の目的は達成出来るんだぞ⁈アリスもイーディスも…ここにいるんだ!」

 

「…彼女たちは誰だい?それに…僕は最高司祭様から授かる愛があれば良い。その愛を手に入れるために、僕は君たちを斬り伏せる」

 

キリトは変わりきったユージオに言葉を失う。

意気消沈しているキリトたちに、チュデルキンは調子に乗って言葉を重ねる。

 

「そうだそうだ‼︎こんな奴ら、私がやらなくても騎士1人で十分だっ‼︎やってしま……がはぁぁっ⁈」

 

悪態を重ねるチュデルキンだったが、背後から彼の腹に剣が突き刺さる。それを行ったのは…ユージオであった。驚愕の表情で後ろを見るチュデルキンに、アドミニストレータは冷たく言い放つ。

 

「チュデルキン…あなたはもう要らない。それどころか、騎士たちもそこまで要らないのよね…。今まで私のためにご苦労様、もう休むと良いわ」

 

「そ、そんな……猊下……」

 

ユージオは腹に刺した剣を振り、壁の方へと投げ捨てる。

アドミニストレータの冷徹な所業を目の当たりにした3人は更に言葉を失う。しかし、キリトはグッと力を込めて彼女に叫ぶ。

 

「あんたにとって…この世界は…何なんだ⁈」

 

「この世界?そんなの…私のためにある『もの』でしょ?」

 

世界を物扱いするアドミニストレータにキリトだけでなく、アリスも怒りに忘れて怒号を言い放った。

 

「最高司祭‼︎そんな世界は…あなたのせいで滅びようとしてる‼︎ダークテリトリーからの侵攻をあなた1人で止められるとでも⁈」

 

それを聞いているアドミニストレータはため息を吐きながら、アリスの問いに答える。

 

「ダークテリトリーなんて…その気になれば今からでも潰せるわ。しなかったのは面倒なだけ。それに…もう彼らを潰す手も考えてある。…あなたたち騎士やこの国の住民を使った、最高の兵器でね…」

 

淡々と話すアドミニストレータの言葉に、この国がどうなろうが…民がどうなろうが知ったことはないということが瞬時に分かる。

更にアリスが叫ぼうとした時、キリトが唐突にこんなことを言い出す。

 

「もし…この世界そのものが消えるとしたら、どうする?」

 

「…ん?」

 

流石に今まで面倒そうに答えていたアドミニストレータも、反応が変わる。

 

「あんたよりも高い位にいる住人…天界の神々なんてそんなレベルじゃない。この世界そのものを変えられる程の存在たちは、1つボタンを押すだけで全てを消し去れるんだ!それはアドミニストレータ、あんたも例外じゃない」

 

「……じゃあ、私にどうしろと?」

 

「今すぐ、支配をやめ…この世界のために最善を尽くすんだ!そうすれば…」

 

「ぷっ……あっはははははははははは‼︎‼︎」

 

キリトの言葉を遮り、アドミニストレータは高らかと笑う。

 

「坊や…分かっているわよ?向こう側の人間でしょ?あなたが来たのはこの世界を自由がままにする私に業を煮やしたのかしら?」

 

「…俺も、どうしてここに来たかは分からない。だけど、あんたを止めに来たことだけは合っている」

 

「じゃあ坊やは考えたことあるのかしら?あなた達向こう側の世界も更なる上位者によって作られた世界で、消されないように彼らの満足の行くように振る舞っているのではないかって」

 

「そ…それは…」

 

「無いわよねえ、それ故にあなたが私の作り出した世界にとやかく言う権利はない。この足は他者を踏みつけ支配するためにあり…」

 

そこでアドミニストレータの空気が一気に変わる。

長く伸びた髪の毛は派手に揺れ、眼力も凄まじく強いものになる。

 

「断じて膝を着くためにあるのでは無いッ‼︎」

 

「ならば…!あなたは偽りの玉座で世界が滅びるのを待つだけか‼︎」

 

「さっきも言ったじゃない?もう最高の兵器は完成していると。感謝しなさい、あなたたちが初めて見るのだから。さあ…!姿を現すといいわ!」

 

アドミニストレータは手に持っているパイエティモジュールを掲げ、記憶解放術の術式を唱えた。

 

「リリース・リコレクション‼︎」

 

途端に壁に飾られているあらゆるモンスターの素材、武器が鎖から放たれ、集合していく。更にアドミニストレータは楽しみを増すために、ユージオのモジュールとも共鳴させ、冰龍の剣とユージオの身体を合体させる。

 

「ユージオ‼︎」

 

キリトは溜まらず突っ込んで行くが、アドミニストレータが掌から放った風のエレメント3つが順にキリトを襲い、吹き飛ばした。

 

「ぐあっ‼︎」

 

同じようにイーディスもアドミニストレータの横に瞬時に動き、剣を抜く。しかし、壁に飾られていた剣の1つがイーディスの一撃を防御し、その隙にアドミニストレータの強烈な蹴りが彼女の鎧を砕きつつ、吹き飛ばす。

 

「ごふっ…⁈」

 

「イーディス殿‼︎」

 

アリスは倒れたままのイーディスの元へ急ぐ。

その間にユージオの身体は巨大な剣となり…同じように集合していく。

そして…出来上がった『もの』にキリトたちは目を丸くさせた。

アドミニストレータの背後に聳え浮く『物体』はまるで翼を生やす龍の容姿だったが、身体は鉄などを纏っており、脚先は鋭い剣などが使われている。

しかし、何よりも驚きなのがその巨体だ。キリトたちを完全に見下ろすレベルの大きさであり、一度の術式で完成出来るような物には到底見えなかった。

 

「これが私が作り出した最高の兵器…名前は【竜機兵】、とでもしようかしら?」

 

「竜機兵…」

 

最後にアドミニストレータは赤色のパイエティモジュールを竜機兵の胸に装着させる。途端に兵器の目は緑色に輝き出し、耳をつん裂くような咆哮が辺りに響いた。そして…標的をキリトたちに定める。

 

「はあああぁッ‼︎」

 

アリスはイーディスを置いて、単身突っ込んで行くが、アリスの神器でも奴には傷1つ付かなかった。付くどころか、意図も簡単に弾かれ、大きく隙を晒してしまう。その間に奴は口元に炎を溜めており、一気も放射する。

後ろでイーディスが倒れているため、アリスは渾身の力で防御する。

 

「アリスッ‼︎イーディスッ‼︎」

 

炎の放射は十数秒にも及んだ。終わった後に残った煙には1つの影が見える。それは間違いなくアリスのものだったが、黄金の鎧は熱で溶け、身体中に大火傷を負っていた。

 

「これしき……のことで…私…は…っ…」

 

強がりを見せるアリスだったが、力なく倒れてしまう。

それを見たキリトは再び激昂し、アリスと同じように竜機兵へと乗り込む。しかし、一撃与えた剣撃は意味を成さず、大きな後ろ足でキリトの腹に突き刺し、アリスたちと同じ方向に投げ飛ばした。

 

「がはっ…!」

 

キリトは溜まらず吐血し、倒れたまま大きな血の池を作り出す。

イーディスはその惨状に言葉を失う。

キリトの実力はよく知らないが、アリスの実力を持ってしても奴に傷1つ付けられないことに…イーディスは絶望する。

その様子を上で見るアドミニストレータはクスクスと笑う。

竜機兵は3人に留めを刺すために、今度は腕に雷撃を纏わせる。

しかしイーディスも諦めていない。

剣から濃霧を発生させ、目眩しを図る。

その隙に2人を抱えて、一旦離脱しようとしたが…。

 

「あぐっ⁈」

 

足に灼熱の痛みが走り、そのまま倒れてしまう。

振り向くと、奴がお構いなしに炎のブレスを広範囲に走らせていたのだ。それがイーディスの左足を焼き、動きを封じてしまったのだ。更に炎によって、霧も一瞬で晴れてしまう。

イーディスはそれでも剣を握り、一矢報いるつもりで向かおうとした時。

 

『キリトが胸元にかけている短剣を地面に刺すのじゃ‼︎』

 

「え?」

 

『いいから早くッ‼︎‼︎』

 

誰かも分からない声がイーディスの耳に響くが、迷っていられない。

ほぼ意識のないキリトの胸元から血がべっとり付いた短剣を取り、無我夢中で地面に突き刺した。

そして…竜機兵が渾身の雷撃を纏った腕を振り下ろしたのもほぼ同時だった。ガキィンと大きな金切り音が部屋に響いたが、それはイーディスたちには当たってない。

 

「こ…これは…⁈」

 

「ふふふ…やっと出て来たわね…」

 

アドミニストレータはまるで分かっていたかのように呟く。

イーディスの後ろに1つの扉が生成され、そこから金色の雷撃が竜機兵を襲った。耐えようとする奴だが、威力に負けてそのまま吹き飛ばされ、身体を痙攣させて動かなくなった。

そして…扉から現れたのは、カーディナルだった。

 

「久しぶりじゃの、アドミニストレータ…!」




【補足】
『竜機兵』
ソードゴーレムに代わる殺戮兵器。ありとあらゆる竜の神器、素材を使用し、術式で完成された人造古龍。全ての属性を使うことが可能で、身体は凄まじい硬度を誇っている。更に空中歩行も可能で、遠近双方隙がない。
モチーフは時系列で初代モンハンよりも昔の設定『竜大戦時代』に古代人が作り出した人造兵器である。別名『イコールドラゴンウェポン』
今作ではその竜機兵にユージオの剣と身体が取り込まれている。


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第28話 烈光(れっこう)

最初に原作通り、アドミニストレータとカーディナルの会話がありますが、超簡潔にさせてもらいます。
マジでこういう会話パートは苦手なので…。


カーディナルが出てきたことに、キリトは驚きを隠せなかった。

あの短剣でアドミニストレータを刺し、それで動きを完全に封じてから出てくると思っていたからだ。

そして、カーディナルは倒れて動けない2人に杖でトン…と叩くと、傷が消え、天命が全快した。アリスもそこで目を覚まし、キリトに問う。

 

「キリト…この方は…」

 

「彼女はカーディナル、200年前にアドミニストレータと戦って大図書館にいた、もう1人の最高司祭と言うべきかな…。どっちにしろ、味方だ」

 

アリスは「そうなのですか…」と呆然気味に呟くだけだった。

それもそうだろう。あの竜機兵を一撃で動きを抑え、更に術式を唱えることなく傷を癒したのだ。只者でないことだけは想像出来るだろうが、まさかもう1人の最高司祭とは思わないだろう。

カーディナルはゆっくりとアドミニストレータの前に立つ。

 

「久しぶりじゃのう…クィネラ…いや、アドミニストレータ!」

 

「彼らを痛ぶっていれば、必ず出てくると踏んでたわ。おチビちゃん」

 

「じゃが、4人を相手にするのか?さっきの造兵は麻痺で動けなくした」

 

アドミニストレータが竜機兵を見ると、確かに固まったまま動かないようだが…。

 

「ふん、これしき…」

 

彼女が手を挙げると、竜機兵の目が輝きを取り戻し、彼らの前に立ち塞がった。

 

「さっきも言ったでしょ?あらゆる竜たちの素材が使われてると…。麻痺の耐性もある程度は身につけてるわ」

 

「…しかし、その造兵が暗黒界からの侵攻を防ぐ人形か?そこまで複雑な術式を組み込むには膨大な時間と素材がいるじゃろう?量産出来ないであろう?」

 

「確かに…この世界にいる竜はほとんど狩らせてしまい、素材もそこまで余っていない…。だけど…ここまで防御耐性が完璧でなくてもいいのよ!だって…殺戮出来る性能さえ在ればいいのだから‼︎」

 

キリトたちは彼女が何を言っているのか全く分からなかった。

しかし、カーディナルはアドミニストレータの考えを読み取ったのか…見る見るうちに顔を蒼白にしていく。

 

「まさか…お主…!」

 

「ええそうよ?今目の前にいるタイプの竜機兵は正に竜の素材を使った殺戮兵器…、だけど量産型は人々の魂を使った竜機兵へと変えるのよ‼︎」

 

アドミニストレータの衝撃の方法に全員言葉を失う。

最初から分かっていたことであったが、やはり彼女に人界を守るつもりなど…毛頭無かったのだろう。

そして…それを聞いたキリトはどうしてユージオが竜機兵の一部になったのか、その謎が解けた。

 

「まさか…ユージオが求めるアリスとイーディスの想いを利用したのか⁈」

 

「その通りよ、竜機兵は自らの欲求を満たすために戦い続ける。腕が無くなろうが、視界が消えようが…いつまでもね…。でも、その欲求が叶うことは決してない!なんて素晴らしいのかしら!欲望の力って…」

 

空中で踊るように笑い続けるアドミニストレータにカーディナルは怒りを通り越して、殺意をも覚える。

 

「クィネラ…お主、もう人間ではないのだな…」

 

「…人間の本分は欲望!あなただって、私を排除『したい』という欲望で動いているじゃない?」

 

「お主の邪な欲望と一緒にするな!わしはここでお主を止める!それが…管理者としての責務じゃ」

 

それを聞いたアドミニストレータは、冷め切った声でこう言った。

 

「いいのかしら?あなたが本気を出せば、確かにこの竜機兵は粉々になるでしょうけど…それではユージオの想いも砕け散り、元に戻っても抜け殻のようになってしまうけど?」

 

それを聞いたカーディナルは今までの表情から変わる。

 

「あなたは元々『私だけ』を倒すために生まれた存在、私以外を殺すことは違反でしょ?ねえ、おチビちゃん」

 

思わぬ弱点に気付かされたカーディナルは「ふぅ」と息を吐いた。

構えていた杖を捨て、単身アドミニストレータの方面へと歩みを進める。

 

「お、おい…。カーディナル!」

 

「キリト…やはり、200年間、わしは何も分かっていなかったようじゃ。アドミニストレータに勝てないことを…」

 

「それだけじゃないだろ!言ったじゃないか‼︎人の…人の暖かさが分かったって‼︎」

 

キリトがどんな言葉を紡いでも、カーディナルは止まらない。

もう…彼女の意志は決まりきっていた。

止まらないカーディナルを止めようとキリトが足を1歩動かした時、ガキィンと床を引っ掻きながら竜機兵が唸り声を上げた。その不気味な行動にキリトたちはすぐに身体を硬直させてしまう。

 

「すまんな、キリト」

 

カーディナルがアドミニストレータの前に立つ。

それを確認した彼女は自らの剣を出現させる。

白銀色の剣だが、その周囲には暗く…禍々しいオーラと共に黒雷が渦巻いていた。

アドミニストレータが軽く剣を振るうと、1発の黒雷がカーディナルの華奢な腹を貫いた。思わず後ろに倒れそうになるが、カーディナルは余裕綽々の笑みを浮かべて、煽るように口を開いた。

 

「その程度の攻撃で…わしを殺せるとで……」

 

まだ話してる最中であるのに関わらず、もう1発の黒雷がカーディナルの腕を抉った。

 

「あがっ…!」

 

今度こそ腕を抑えながらも倒れるカーディナルに悪魔の形相のアドミニストレータは告げる。

 

「大丈夫よ、そんな簡単に殺さない…。だって…私は、この時を…200年も待っていたんだからねえぇ‼︎‼︎」

 

それからは何度も黒雷を的確にカーディナルに向けて振り落とす。

まるで人形のようにカーディナルは地面を転がり込み吹き飛び…身体を焼かれ、抉られていく。その光景をキリトたちは、歯を噛み締め、黙って見ていることしか出来なかった。

 

「さて…そろそろ飽きてきたことだし、止めを刺しましょうか…」

 

アドミニストレータが剣を天に向けて振り上げると、先程とは比にならない黒雷が龍の形になって出現する。

 

「さよなら、リセリス…。そして…もう1人の私ッ‼︎」

 

黒雷で形成された龍は一直線にカーディナルの身体を貫いた。

それと同時に爆散し、カーディナルのほぼ胴体と顔だけがキリトたちの前に転がった。キリトは思わず彼女を抱え、声を上げた。

 

「おい…どうしてだよ⁈」

 

「すまぬな…やはり、わしには……彼女を倒すことは出来なかった……。だが、これでお主らは救われる……。この世界のことは……任せたぞ…」

 

アリスはカーディナルのボロボロの身体に触れ、涙を流しながらも言葉を吐き出す。

 

「はい!与えられたこの命、あなたのために使いますっ…!」

 

それを聞いているアドミニストレータ、突然にこんなことを言い出す。

 

「あらあら?生き残れるようなこと言ってるけど…本当にそうだと思ってるの?」

 

その発言に4人は思わずアドミニストレータを凝視した。

 

「秘密を知ったあなたたちを生かして帰すわけないでしょう?あなたたちは…そこの小娘と同じように死んでもらうわ」

 

「クィネラ…ッ‼︎貴様という奴は…!ゴホッ…」

 

カーディナルは更に何か言おうとしたが、吐血してしまい、口元が動かなくなる。

 

「カーディナル…!」

 

「わしも…これまでのようじゃ…。キリトよ、覚えておけ…。お主もいずれ…どんなに足掻いても『負けざるを得ない』ことが起きる。だが…それでもいいのじゃ…。負けても…立ち上がれば…いずれは……」

 

そこまで言って、カーディナルの身体は消えていった。

一瞬の悲しみを飲み込み、アリスはキリトに「イーディス殿を頼む」とだけ言うと、アドミニストレータの前に立ち、剣を抜いた。

 

「アリスちゃん…その程度の剣で私や竜機兵を止められるとでも?」

 

「…やってみないと分からないでしょう」

 

途端に彼女の『金塵剣』が猛烈な光と熱を発生させる。

 

「あなたが与えてくれたこの剣には…もう1つの属性がある。それは、『灰燼』。万物を焼き尽くす神の如き光!」

 

それを聞いたイーディスは声を上げた。

 

「やめなさいッ‼︎それを使用すればあなたは…‼︎」

 

「イーディス殿…あの化け物を…あの悪魔を…ここで倒さねば、人界はすぐに滅びます。私のような借り物の命など…消えて何も問題ありませんッ‼︎」

 

アリスの意図が読めたアドミニストレータは顔色を変える。

どれほどの威力かも分からない技が飛んでくるのだ。

怒りの形相でアドミニストレータは竜機兵をアリスに送る。

 

「騎士風情が…調子に乗るんじゃないッ‼︎」

 

アドミニストレータの指示で竜機兵の腕が飛んでくるが、それはアリスに届く前に一瞬で溶ける。あまりの高温に数多の神器を集めた竜機兵でも耐えられないのだ。

 

「もう1人の最高司祭様…カーディナル様、見ていてください。これが私の、あなたの願いを叶える最後の一撃とします‼︎」

 

「やめろ‼︎アリスッ‼︎」

「アリス‼︎」

 

「行くぞッ‼︎アドミニストレータ‼︎」

 

アリスが剣を地面に突き刺すと同時に、キリトたちがいるところ以外が急速に輝いていく。そして…アリスの一言で、始まる。

 

「リリース・リコレクションッ‼︎‼︎烈光‼︎」

 

目を開けられない程の眩さを放ちながら、キリトたち以外のエリアは…光に飲まれる。それと同時にイーディスは叫ぶのだった。

 

「アリスーーーーーッ‼︎‼︎」




補足
『金塵剣の記憶解放術【烈光(れっこう)】』
金塵剣の刀身を全て金塵に変え、それらを超振動させることで凄まじい高温へと発展させ、敵を焼き尽くす技。武装完全支配術でそのエリアを限定することで味方を守ることも可能である。ただ、その使用者は死に、使用後に金塵剣も砕け散るので、1度限りの技でもある。
元ネタはフロンティア産モンスターのガルバダオラが使用するニフラム。


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第29話 発憤興起

光が消え、辺りには高熱で発生した煙が立ち込めていた。

煙の中には巨大な影が1つと、人影が2つあった。

キリトたちの前に立つアリスは剣を落とし、膝を着く。彼女の金色の鎧は溶けてなくなり、身体中に火傷を負っていた。そして…落とした剣もすぐにパキンと小さな音を立てて砕け散った。

 

「やった…のか?」

 

キリトがそう呟いたが、晴れた煙の先には…厚い氷塊で囲われたアリスと竜機兵が健在していたのだ。それを見たアリスは愕然とする。

 

「なっ……」

 

「ふふふ…残念でした、アリスちゃん。まさかユージオの剣がここで使えるなんて…思いもしなかったわ」

 

「何を…したんですか?」

 

「簡単よ、ユージオの愛剣『冰龍の剣』の能力で私たちを守ってくれたのよ。あなたの高熱でも一切解けない氷のガードをね…。そのせいで周囲の温度も少し下がり、アリスちゃんも死ななかった。感謝してほしいわね?」

 

アリスは歯を食い縛り、自分の無力さに地面を拳で叩く。

 

「安心なさい…あの世へ行くのが少し遅くなっただけ…。すぐに送ってあげるわ‼︎」

 

自身の発動した記憶解放術によって動けないアリスへと黒雷が振る。

 

「カーディナル様…申し訳…ない…」

 

しかし、その黒雷はイーディスの一振りで跳ね返され、竜機兵の顔面に当たる。更にイーディスは三度目の霧を発生させ、アリスを壁際へと避難させる。

キリトもイーディスの元へと行き、「どうするんだ?」とだけ聞く。

 

「…あの竜機兵の足はユージオの身体とその剣で出来ている。それさえ破壊すれば、ユージオを取り戻せるんでしょ?」

 

「確証はないが…」

 

「私も記憶解放術を使って、ユージオを助ける。でも…」

 

イーディスは自身の使ってる紫幻剣を見た。

既に今日4度目の武装完全支配術を使用しており、剣の天命は限界に近い。記憶解放術を使用し、外した場合…命はない。

 

「キリト、もし…私が技を外した場合、アリスを連れてここから逃げて」

 

「な、何を言ってるんだ⁈お前のことはよく知らないが、ユージオの親友のお前を置いていくなんて…!」

 

イーディスは唇を噛みながらも、キリトの襟を掴んで居場所がバレることを問わずに叫ぶ。

 

「このまま私たちが無闇に戦っても死ぬだけ‼︎だったら…誰かが犠牲になって生き延びるしかないのッ‼︎」

 

案の定、イーディスが叫んだためにアドミニストレータが放った黒雷がイーディスのマントを破り裂いた。

 

「もう…手段がないのよ…。出来ることはここで大人しく死ぬか…ユージオを助けて、アリス…あなたを逃すしか…」

 

キリトは全くこの提案を受け入れられない。

しかし、もう手段がないことも分かっていた。

このまま戦ったところで、彼らを倒すことは出来ない。

 

「…任せたわよ、アリスのこと」

 

イーディスは邪魔なマントを外し、単身アドミニストレータのところへ向かっていく。キリトは自分が何故ここにいるのか…その意義を見出せず、何度となく苦しむのだった。

 

 

 

 

霧の合間からイーディスが現れる。

アドミニストレータはそれを視認すると、容赦なく黒雷をぶつける。イーディスはそれを意図も簡単に弾き返し、彼らに鋭い睨みを見せる。

 

「…私はあなたを止める」

 

「アリスちゃんの捨て身の攻撃でも無理だったのに…あなたにはそれが出来ると?」

 

「私の神器には確かにあんな大技はない。だけど、そこの木偶の棒を倒せる可能性くらいはあるわ」

 

イーディスは剣を握り、大きく息を吐く。

紫幻剣にオーラが纏ったところで、イーディスはアドミニストレータのことを無視し、竜機兵のところへと突っ込む。真正面から来る彼女に奴は、炎のブレスを吐く。

それを一閃し、炎を斬るイーディス。それを見たアドミニストレータは驚きを隠せなかった。

 

「お前…一体何をした⁈」

 

イーディスの神器を渡したのはアドミニストレータ自身。

もちろん能力などもほぼ記憶している。だが、今の行動はアドミニストレータ自身も知らないものだったのだ。

 

「さあ?命を賭けた最後の悪足掻きってところかしら!」

 

イーディスは再び剣を鞘に戻し、全ての力を込める。

背後からアドミニストレータが放つ黒雷が彼女の背中を貫くが、そんなことは気にしていられない。

痛みに歯を食い縛り、どんなことが起きてもこの一撃に賭ける。

 

「食らえッ‼︎‼︎リリース・リコレクションッ‼︎『威合』ッ‼︎」

 

イーディスが剣を抜いた途端、竜機兵は彼女を見失う。

と思えば、途端に両足と腹に深い斬撃が入る。

イーディスの放った記憶解放術によって、両足は完全に切断…竜機兵の動く源であるモジュールを支える部分も砕け、そこに手を伸ばそうとする。イーディスはこのモジュールの中にユージオやアリス、そして自分自身の元の記憶が入っていることを知っているからだ。

 

(あと少し…ッ!)

 

もう少しで手が届くかと思われた時だった。

 

「がはっ⁈」

 

イーディスの背後から何かが貫いた。

ゆっくりと振り返ると、竜機兵の腕が捉えていた。

足を切断して、バランスを崩した隙にモジュールを奪う算段だったが、竜機兵は足が無くて飛行が出来るのだ。

 

「あらら?残念だったわね、私の兵器の方が1枚上手だったようね」

 

イーディスの視界が一気に暗くなっていく。

伸ばした腕が徐々に降りていく最中……声が聞こえた。

 

『イーディス…ここだよ…。私たちを…ユージオを救って!』

 

幼き少女の声が頭の中に響く。

それを聞いた瞬間、何故かイーディスの意識は一気に戻った。

説明しようのない事象であるが、こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。イーディスは自身の腹に刺さった奴の腕を無理矢理に引き抜き、モジュール掴んだ。

 

「はあああああああああああッ‼︎」

 

そのまま強引に外すと、竜機兵は奇声を発しながらも、形を保てずそのまま崩れ落ちる。更にモジュールと共鳴して、竜機兵の一部となっていたユージオの身体と剣も元に戻っていく。

自由落下していくイーディスに、アドミニストレータが迫った。

 

「!」

 

「まあ…よくやったとだけ言ってあげるわ。私の人形を倒したんですから…ねッ‼︎」

 

アドミニストレータの足蹴りがイーディスを捉え、キリトのところまで転がる。

 

「イーディス!」

 

「どうやら……ここまでのようね…。あなた達を逃がすことも…出来ないみたい…」

 

イーディスの握る剣の刀身は砕けており、もう技を発動することは出来そうもなかった。

 

「まあ…最後の悪足掻き出来たと思えばいいかしら…」

 

イーディスは奪い取ったモジュールをキリトに渡す。

 

「あとは…任せたわよ…。私たちの…えい…ゆう…」

 

イーディスのここで意識を失う。

キリトは無我夢中で治癒術を使うが、全く追い付いていない。

キリトとイーディスの床にはどんどん大きな血溜まりが出来ていく。

 

「止まれ…ッ‼︎止まれよッ‼︎‼︎俺は……何のためにここまで来たと思ってるんだ‼︎」

 

床に倒れる3人の姿にキリトは更に自分の無力感に苛まれる。

それを見ているアドミニストレータはお構いなしに、ゆっくりとキリトに歩み寄ってくる。キリトはイーディスの治癒に必死で、全く気付いてない。

 

「よもや最後に残ったのがあなただったとはね…」

 

その声に漸くキリトはアドミニストレータが目の前で来ていることが分かった。奴を一瞬だけ見上げたが、すぐに生気のない顔を下げて黙る。

 

「管理者権限もなしに何故ここまで来たのかは知りたいけど…私の邪魔することだけは確かなようね」

 

「………」

 

奴は剣を上げ、最後にこう言う。

 

「じゃあね、坊や…。また『向こう』で会いましょう」

 

アドミニストレータ一気に剣を振り下ろした。

キリトはイーディスの目の前で動かないままだ。剣が首元に差し迫った時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『立って…』

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

続いてもう一度…。

 

『立ってよ』

 

キリトにも聞こえる謎の声が、それはモジュールから聞こえたように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『私たちの英雄っ‼︎‼︎』』

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が耳に入った途端、キリトの中に誰かの記憶が雪崩れ込んでくる。それが『誰のか』分かった瞬間、キリトの身体は勝手に動いていた。

 

アドミニストレータの剣を真正面から弾き返したのだ。

突然の反抗にアドミニストレータは顔をしかめた。

 

「なっ⁈」

 

キリトは黒剣を強く握りしめて、呟く。

 

「死ねない…」

 

パキパキと…何かが崩れる音が聞こえ始める。

 

「終われない…」

 

音は黒剣から聞こえ、刀身の右半分がボロボロと崩れていたのだ。しかし、剣そのものが砕けたわけではない。右半分の刀身を覆っていたものが崩れただけで、そこからは美しい金色の光沢がはっきりと見えた。

 

「何…?お前…何をした⁈」

 

「負けられない…!」

 

キリトの服も教会から借りた服ではなく、昔…SAOで愛用していた黒塗りのコートに様変わりする。

 

「アリスとイーディスが…託してくれたこの命…。そして、ユージオや人界のために…俺は、お前を倒すッ‼︎‼︎」




補足
『紫幻剣の記憶解放術【威合(いあい)】』
武装完全支配術の完全上位互換。この技は恐ろしい速度で連発が可能であり、敵はすぐに斬られたことにも気付かない。
ただデメリットがあり、使用中に霧の発生が出来ない。他にも使用後に身体が硬直してしまうなど、諸刃の剣でもある。
元ネタは最新作サンブレイクで登場する太刀の入れ替え技『威合』。
正直…これしか思い付けませんでした


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第30話 転廻する力

刀身の半分が黄金色に輝いてる剣を軽く一振りすると、瀕死の重傷を負っていたアリスとイーディスの傷が一瞬にして回復する。

これはキリトもほぼ意識せずに行っており、彼自身も気付いていない。

 

「…流石に私もイラついてきたわ。どうしてそこまで戦うのかしら?既に結果は見えてるというのに」

 

「結果はどうでもいいんだ…。その過程こそが重要なんだ」

 

キリトは変化が訪れている黒剣を向け、ゆっくりと構える。

 

「いいわ、ならもう少しだけ付き合ってあげる。だけど…簡単には死なせないわよ?いくら許しを乞おうが、死にたいと嘆願しようとね」

 

「そんなのどうということないさ、今まで俺が積み上げてきた『罪』と比べればな…」

 

そう呟き、キリトはアドミニストレータに真っ直ぐ向かっていく。

最初に重撃SSアバランシュを放ったが、アドミニストレータの持つ白銀の剣で意図も簡単に弾き、6発の連撃がキリトの腹を貫いた。

あまりの早さにキリト自身、何度刺されたのかも把握できてない。

だが、アドミニストレータはご丁寧にも説明してくれる。

 

「どう?細剣6連撃SSクルーシフィクションよ」

 

(⁈今…ソードスキルって…!)

 

キリトは胸と腹に付いた傷を6つ確認しながらも、悠長にはしていられないと思えた。生半可なソードスキルでは簡単に返されて反撃される上に、アドミニストレータは秘奥義ではなくソードスキルを使ってくる。

下手に時間をかけていると…こちらがやられると踏んだキリトはまだ誰にも見せてないソードスキルを使用する。

 

(重2連突撃SSヴォーパル・スラッシュなら…どうだッ!)

 

「せやああああああああぁぁッ‼︎」

 

一撃目は髪の毛を数本掠めながら避けられるが、2発目が返ってくると思っていなかったのか…アドミニストレータの腹を捉えた。

と、思われたが…剣先が当たる直前で軽やかにいなし、キリトの腹に一閃する。この一撃に流石にキリトも耐えきれず、ソードスキルの勢いのまま前のめりで倒れて吐血する。

 

「単発SS居合」

 

「がはっ…ごふっ…!」

 

「この世界を作ったのは私なのよ?こんな技を作るくらい…なんてことないわ」

 

「そんな…馬鹿な…」

 

「さて…お遊びもここらで良いかしら?そろそろ死んでもらうわ」

 

アドミニストレータは今度は闇色のエフェクトを剣に纏わせると、キリトに高速で近付いてオリジナルのソードスキルを解き放った。

 

「無限連撃SS…絶死‼︎」

 

果てしない数の連撃がキリトを襲う。

最初の数撃はどうにか弾いていたが、あまりの高速の突き攻撃に対応しきれずに、まともに攻撃を受け続けてしまう。

 

「がはッ‼︎がっ…ぐあぁぁッ⁈」

 

「ふははははははは‼︎どうした小僧‼︎その程度なの⁈」

 

無限にも思える連撃を受け続けるキリトの意識が徐々に遠くなっていく。剣を握る力もほぼなく、ただ奴の攻撃を受け続けるだけの人形へと成り下がっていた。

アドミニストレータはこのまま止めを刺そうと、一際強く剣を突いたのだが、それはガキンと金属音を奏でて止まる。何事かと思えば、キリトは輝きを半分だけ帯びる黒剣でその一撃を防いでいたのだ。

更に何故か身体中の傷もすぐに癒えていく。

先程の事象といい、アドミニストレータでも理解しきれない事態が続出している。そうだとしても、アドミニストレータが優位なことに変わりはない。それなのに抵抗を続けるキリトに、彼女は問う。

 

「何故だ?何故そうやって…愚かにも運命に抗うのだ?」

 

「抗うことが……」

 

キリトは剣を振るい、アドミニストレータの肌に傷を付けた。

傷を付けられたことも驚く要因ではあったが、それよりも驚いたのは突然キリトの後ろから出てきた剣だ。先程までアドミニストレータの剣を受けていたものとは全く別の剣が突然後方から姿を現したのだ。

それは白色の刀、刀身には稲妻模様が入っている。

この剣をキリトは忘れるはずがない。SAOで苦楽を共にした『白雷剣エンクリシス』だ。

問題はどこから出したか、なのだが…キリト自身も全く把握してない。

 

「抗うことが、俺がここで生きて…立っている理由だ」

 

「…ッ、ふざけるな…!ここは私の世界だッ‼︎お前如き何の権限も持たないクズが私の世界を汚すことは断じて許さんッ‼︎」

 

アドミニストレータはいつも以上に強い語気でキリトに慟哭するが、それでもキリトの変化に動揺を隠せ切れていない。

 

「膝を付けッ‼︎首を差し出せッ‼︎恭順せよッ‼︎」

 

アドミニストレータを纏う空気が一気に変わる。

剣から漏れ出る欲望のオーラが身体にも纏い、アドミニストレータの力が更に膨れ上がる。

 

「すぐに片付けてやるッ‼︎お前如き私に……なっ⁈」

 

アドミニストレータの言葉が突然動揺で完全に止まる。

それはキリトの身体を覆う蒼色の雷撃だった。足元から始まった電撃は徐々に上半身へと移動し、黒色のコートにも雷撃の模様が入る。

これはSAOに存在したオリジナルスキル【纏雷(てんらい)】だ。

キリトはその事に気付くと、ふっと笑みを浮かべた。

 

「何が、『私の世界』だ…。あなたはただの簒奪者だ。世界を愛さないお前に、支配者の資格はない!」

 

キリトは懐かしさを覚えながら、2つの剣を構えた。

まさに今の姿は【二刀流】だった。

 

「うるさい…うるさいッ‼︎うるさいッ‼︎‼︎貴様如き、すぐに片付けてやるッ‼︎」

 

アドミニストレータの剣が一段と太くなる。それから先程と同等の速度で振り下ろしてくるが、それは空を切った。

 

「!」

 

この空振りが…本格的な戦いの幕開けとなった。

キリトは即座にアドミニストレータの背後に移動し、剣を振る。

何度となく剣と剣ぶつかり、ぶつかる度に凄まじい風圧が発生する。その圧と剣がぶつかる金切り音に意識を失って倒れていたユージオがゆっくりと目を覚ます。

 

「う……」

 

(僕は…一体どうなって…)

 

頭を振りながら意識を戻そうとしたが、すぐに剣がぶつかる風圧で吹き飛んでしまう。何が起きたのか分からないユージオがキリトを見た時、思わず彼の変化に言葉が出せなかった。

キリト自身もユージオが目を覚めたことに気付いてはいたが、目の前の敵との戦闘で彼に声をかける余裕などない。

アドミニストレータは【纏雷】によって強化されたキリトの動きに少し遅れながらも対応していた。だが、防戦ばかりで中々攻撃を繰り出せないアドミニストレータ、苛つきばかりがどんどん膨れ上がる。

 

「舐めるなァッ‼︎小僧ッ‼︎」

 

ここでアドミニストレータの本気の一振りがキリトの剣にぶつかった。

 

「⁈」

 

凄まじい剣圧にキリトが一瞬仰反る。

その隙をアドミニストレータは見逃さない。剣を即座に大剣へと変化させ、一気に振り下ろした。剣を交えて防御姿勢を取るキリトだが、アドミニストレータの一撃は先程とは比べものにならないもので、両腕の骨にヒビが入り、悶絶する。

 

「ぎっ…!」

 

膝を付いてしまい、徐々に刀身がキリトの首元へと迫ってくる。

その様子を見ていたユージオも剣を握り、向かおうとした。

しかし…。

 

「来るなッ‼︎‼︎」

 

キリトはユージオに向かって叫ぶ。

 

「でもキリト…!このままじゃキリトが…!」

 

「お前はそこでアリスたちを守っていろ…!こいつは…俺が倒す…!」

 

キリトの声にユージオは慄いてしまう。

いつもの優しいキリトの声に一切の躊躇や後悔はない。ただ自分の信念に突き進んでいるだけだった。

 

(それに比べて…僕は…っ)

 

ユージオは自分がアドミニストレータの手に落ちたことを激しく後悔する。キリトたちにも多大な迷惑、心配をかけたことだろう。

そんなことを思っていると、ユージオの心を見透かしたかのようにキリトがもう一度叫んだ。

 

「それからな、ユージオ!こいつを倒したらお前は一回殴る‼︎」

 

「え?」

 

「…親友としてな…!…⁈ぐっ…ぐぅぅ‼︎」

 

だがアドミニストレータはそんな会話には毛頭興味なく、キリトを仕留めようと躍起になる。

 

「そんな餓鬼みたいな話をしていて…私を倒せるのかし…らぁッ⁈」

 

キリトは力を込めようとするが、腕に力が入らない。

そんな時、黒剣が再び輝き出した。何事かと思った時、腕の痛みは一気に消えて、先程よりも力を増した。

 

「くっ…お、おおぉッ‼︎」

 

「⁈な、何ッ!」

 

あれ程の重症だったキリトの回復にアドミニストレータはまたもや驚きを声を上げる。だが、その直後、彼女は見抜いた。キリトの超回復、そして剣の創造、更に覚醒の真実を…。

不気味とも表現できない程下卑た笑いを浮かべたかと思えば、途端にアドミニストレータの表情が怒りに塗れる。

 

「私以外がこの世界を支配するなどッ‼︎絶対にさせないッ‼︎もう面倒ね…このカセドラルごと葬ってやるッ‼︎」

 

アドミニストレータは剣を再び元の形状に戻すと、今度は天に向ける。

その時キリトたちには見えていないが、カセドラル上空では凄まじいエネルギーが集約しており、それを解き放とうとしていたのだ。

キリトはアドミニストレータの行動にすぐに気付き、ユージオに向かって叫んだ。

 

「ユージオ‼︎冰龍の剣で、アリスたちを守ってくれッ‼︎全ての力を使い果たすくらいの防御技を‼︎」

 

「キリトはどうするんだ!そんな特大の技が来るんだとしたら、キリトが耐えられないんじゃ…!」

 

「俺のことは心配するな!いいから早くしろッ‼︎」

 

ユージオはキリトに言われるがままに、アリスたちの方へと向かう。

アドミニストレータは勝ち誇ったかのように言う。

 

「私の技を防げたとしても…生きては帰さない…。あなたもよ、向こう側の坊や…どうやって私の技を受け切るつもりなのかしら?」

 

キリトは彼女からの問いに一切答えなかった。

今のうちにキリトは2つの剣に力を込めて、相手の攻撃を待っていたのだ。それを読み取ったアドミニストレータは笑いながら…その技を発動させるのだった。

 

「受けてみなさい…!冥龍刀の真の力を…!リリース・リコレクション‼︎」

 

途端にセントラル・カセドラルの頂上が赤黒く輝き始める。

その輝きは夜であったため、あらゆる住民に見られ、彼らを恐怖の底に叩き落とした。

 

「堕ちよ…【冥鎚】ッ‼︎」

 

集約された黒雷の塊が巨大なブレスのように天から降ってくる。それは悠にカセドラルの外壁を破壊しながら、キリトたちに向けてやって来る。それを見るユージオは口を閉じられなかった。

キリトは一息吐くと、2つを剣を構える。

そして…渾身のソードスキルを発動させた。

それは剛撃SS蒼雷撃だった。しかし、その威力はSAOとは比較出来ない。上空へ剣を振り上げた瞬間、蒼白色の竜とシルエットがはっきりしない龍の翼脚が交わり、アドミニストレータの一撃と激しくぶつかる。

 

「ぐっ……せやあああああああああああああァッ‼︎‼︎」

 

激しく衝突を繰り返す技と技…。

ほんの数秒だけ繰り返した衝突だったが、すぐに激しく爆散し、セントラル・カセドラルの100階から75階を吹き飛ばすのだった。




補足
『アドミニストレータが使う神器:冥龍刀』
素材元は暗黒界に存在していた、常に身体中から黒い雷を放出し、近付くだけでも死に至る強大な龍。しかし、アドミニストレータの手で回収され、強力な神器に変換される。
武装完全支配術『堕雷』。
黒い雷を落とせる技で、その威力はどの神器にも負けない。更に対象は焼かれるだけでなく、冥雷という特殊な属性で、神聖術、武装完全支配術、および記憶解放術の使用を完全に遮断する。
記憶解放術『冥鎚』。
超巨大な黒雷を落とす技。これには発動まで少し時間がかかるデメリットがあるが、発動したら最後止まらない。威力はセントラル・カセドラルを全壊させるほどで、この技だけは全く別の性質で、黒雷で《焼く》のではなく、その高温で《溶かす》ことに特化している。更に範囲が膨大であるため避けることは不可能に近い。
元ネタはフロンティア産モンスターの冥雷竜ドラギュロス。


次回、恐らくですけど、ようやくキリトの黒剣に関する補足説明が出来ると思います。


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第31話 終戦

セントラル・カセドラルの頂上で起きている異変に気付いたロニエとティーゼは思わず見入ってしまった。既に就寝の時間だが、そこから漏れる黒朱色の輝きは一気に眠気を吹き飛ばした。

 

「ティーゼ…あれ…」

 

「見えるよ、ロニエ…」

 

(一体何が起きているの?ユージオ先輩…)

 

あそこに2人が待ち望むキリトとユージオが幽閉されていることは知っている。まだあれから2日しか経っていないが、彼らが何もせず捕まっているとは思っていなかった。半年も一緒に鍛錬を積んでくれたキリトとユージオの性格はよく知っている。脱走して…教会に反旗を翻していてもおかしくない。

そんなことを思っていたティーゼの視線の先で…セントラル・カセドラルの4分の1が見事に吹き飛んだ。それを見た2人は寮の規則など放り投げて、セントラル・カセドラルへと駆け出した。

何があったかは分からない。

しかし、今起きている事象は間違いなくキリトとユージオが起こしたことだと…2人は思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瓦礫に埋もれた状態だったユージオはすぐに剣を振って、瓦礫を吹き飛ばした。ユージオの他にもアリスとイーディスが意識を失って倒れているが、命に別状はなさそうだ。しかし…ユージオは記憶解放術の使用したのにも関わらず、右腕が折れており、すぐに剣を落としてしまう。

 

(ここまでの威力なんて…)

 

立派な白亜の塔は4分の1程度全壊し、見る影もない。

そして…同じように瓦礫から2人の影が現れる。

遠くに見えるのはアドミニストレータだった。身体のあちこちから血を流し、右腕は失われ、艶やかな髪は完全に傷んでいる。流石に彼女も無傷ではいられなかったらしい。

 

「ここまでのダメージを負うとはね…。空間神聖力が足りなかったらやられてたわ…」

 

だが、アドミニストレータは自身に付いた傷よりも、目の前で荒い息を吐くキリトの方に注目していた。

キリトが【冥鎚】を防ぐために使ったソードスキルの反動なのか、左腕は吹き飛び、自慢の黒いコートもほとんど焼けてしまっている。しかし、それでも生きており、その右腕には黒剣が握られている。

 

「…どうして生きてるのかしら?本来ならば…このカセドラルそのものが崩れ落ちる威力のはずなのに…」

 

実際に崩れたのは4分の1…。

アドミニストレータはキリトの黒剣の力だとすぐに見抜いた。

キリトも同様に黒剣の能力には薄々気付き始めているが、その『リスク』にも気付いた。

 

(これ以上使えば…俺は……)

 

だが、まだキリトにも勝機はある。

今、アドミニストレータも自身もお互いにボロボロの状態に近い。

あと一撃でも攻撃を与えれば…。

そう思って身体を動かそうとしたキリトだったが、途端に身体に違和感を感じて動きを止めてしまう。

 

「まさ…か…」

 

「気付いた?この冥龍刀の黒雷には相手の神聖術や技の使用を不可能にする能力があるのよ。ただの剣撃では私には勝てない…。勝負あったわね、小僧…!」

 

冥龍刀を向けながら、ゆっくりと歩を進めるアドミニストレータ。

その動きはふらふらで先程よりも気迫はないが、それでもキリトを殺すのなら十分な力が残っている。

キリトは唇を噛み、アドミニストレータを見上げる。

 

「よく追い詰めた…と、褒めてあげるわ…。でもここまでね…!」

 

剣を振り上げ、勢いよく振り下ろしたアドミニストレータ。

目を閉じて、そこ一撃を待つキリト…だったが、金属がぶつかる音が聞こえ、思わず目を開けて横を見る。

 

「ユージオ…!」

 

「…僕がいることを忘れないで頂きたい…アドミニストレータ!」

 

「この小僧がッ!貴様、何故動ける⁈」

 

「僕はあなたの攻撃を氷で受け止めた。それに僕の凍結は相手の能力を通さない‼︎せやあッ‼︎」

 

剣を振るユージオだが、すぐに表情を歪めた。

折れた右腕を庇いながら剣を振っているため、負担が大きいのだ。

 

「なんだかんだ言っても、結局はボロボロね。向こう側の坊やの前にあなたから始末してやるわ…ユージオ!」

 

アドミニストレータの剣撃がユージオを襲う。

あれだけのダメージを受けていても、アドミニストレータの剣の威力は落ちたと言えど、ユージオ以上のものだ。ユージオはすぐに追い詰められ、折れた右腕を踏まれてしまい、悲鳴をあげる。

 

「あがっ…あああああああああァッ‼︎」

 

(ユージオ!)

 

キリトは必死に考えたユージオを救い、彼女を倒す方法を。

 

(…!なんだ…1番良い方法があるじゃないか…)

 

キリトは何故こんな簡単な考えが思い付かなかったのか、思わず笑みを溢してしまった。

考えが纏まったキリトの行動は正に電光石火だった。

即座にユージオに振られる剣を…その身で受け止めるキリト。

先程の攻撃よりも痛烈な痛みがキリトの胸と腹に走り、吐血する。

その光景を目の当たりにするユージオは目を大きく見開き、叫んだ。

 

「キリトッ‼︎」

 

大きく裂いた傷口が身体に走り、アドミニストレータはニヤリと笑う。更に追い討ちをかけ、彼の腹にその刃を突き立てた。

しかし、キリトの天命は0にはならなかった。むしろ、歯を噛み締めてアドミニストレータの剣を抜かせないために腹に力を入れる。

 

「キリト…⁈」

 

「貴様ッ…!」

 

「…ユージオ‼︎今だッ‼︎」

 

キリトの叫びを、ユージオは見逃さなかった。

冰龍の剣を両手でガッチリ掴み、一気にアドミニストレータの方へと突撃する。赤いエフェクトが走り、氷が剣先を纏い、殺傷力を高める。

アドミニストレータが剣を抜こうにも、キリトが押さえて動けない。

最後の最後で、アドミニストレータは油断をしてしまったのだ。

 

「受け取れッ‼︎アドミニストレータァッ‼︎」」

 

ユージオの放ったヴォーパル・ストライクは彼女の腹に風穴を開ける。しかし、アドミニストレータは自身の髪を使い、ユージオの身体を拘束し、キリトの腹から剣を引き抜いた。

 

「ごはっ…!」

 

「小僧どもがッ‼︎調子の乗るなぁッ‼︎」

 

アドミニストレータが剣を振るう。キリトがすぐに動けない今、ユージオはどうすることも出来ない。だが、ユージオはこのまま相討ちという形で散っても良いと考えていた。

 

(これが…僕が犯した罪に対する贖罪だ)

 

目を閉じながらも、ユージオ自身も剣に力をどんどん込めていく。

このまま…と思っていた時、後方から声が上がった。

 

「立ち上がりなさいッ‼︎キリトッ‼︎」

 

思わず2人とも振り返る。

そこにはイーディスによって支えられてどうにか立つアリスがいた。

 

「あなたの力は…そんなものではないでしょう⁈ユージオもですッ‼︎ここで死んでも犬死同然ですッ‼︎勝つなら…最高司祭を完膚なきまでに叩き潰すのですッ‼︎」

 

そう言われても、ユージオにはこれ以上どうすることも出来ない。

だが、キリトは違った。腹に刺さる剣を抜き、新たに行動を起こす。

 

「ユージオッ‼︎そのまま突き進めッ‼︎‼︎」

 

キリトはアドミニストレータの側面に移動すると、一刀も斬撃を放つ。彼女の髪が不気味に襲いかかって来たが、それらはキリトも重い一撃で散り散りにさせながら、アドミニストレータの残った腕も切断した。

その刹那…。

 

「!」

 

ドクンと、激しくキリトの鼓動が強く打った。

同時に吐血し、身体から力が一気に抜けていく。倦怠感も増し、意識も朦朧とする。それでも…キリトは倒れなかった。ユージオの背中を押すように腕を当てる。

 

「キリト…」

 

「決めるぞ…相棒…!」

 

「ああ‼︎」

 

ユージオが更に力を込めると、刀身の輝きが更に増し、勢いも先程の何十倍にもなる。

 

「なっ…貴様ら…何を…⁈」

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッ‼︎‼︎」」

 

アドミニストレータの問いに答えることなく、2人は突っ走った。

そして…気付いた時には彼女の腹を貫通していた。

アドミニストレータは両腕もなく、腹に大穴を開けられ…真下に大きな血溜まりを作りながら立ち尽くしていた。しかし…彼女の不気味な笑い声が聞こえた途端、4人は戦慄した。

 

「あの状態でも…生きている…」

 

「く…そ…」

 

ここでキリトは力尽きて倒れてしまう。それを支えるユージオだが、彼はアドミニストレータから目を離さなかった。

 

「まさか…ここにあるリソースをかき集めても…回復しきれないとはね…。全く、意外な結末だったわ。やっぱり…あなたを先に殺すべきだったわね、イレギュラーな坊や…」

 

それを聞いているキリトは必死に口を動かした。

 

「残りの天命が消えれば…お前は終わりだ…。お前は…自分が邪険にしていた『想い』に負けたんだ…。皮肉にもな…」

 

「…そうね、だけど…私はこんなところでは終わらない」

 

アドミニストレータが足で床を踏むと、そこから何かが迫り上がって来た。それを見たキリトは驚愕する。

 

(あれは…システムコンソール⁈)

 

アドミニストレータは残った髪でコンソールを操作すると、彼女の周囲に紫色の障壁が発生し、上空へと上がり始める。

 

「じゃあね…坊や…ユージオ…アリス…イーディス…。また、いずれ会いましょう。まあ坊やとはすぐ会えるでしょうね…」

 

「お前…まさか…!」

 

キリトがすぐに剣を投げたが、障壁に守られても元に戻ってくるだけだった。そして、現実世界へ転送される直前…突然キリトたち後方から爆炎を纏いながら何かが飛び出て来た。

 

「あいつは…‼︎」

 

「猊下ァァぁ‼︎‼︎」

 

ユージオが最初に殺したはずのチュデルキンが、奇声を発しながら彼女のところへ飛び込んでいったのだ。突然の事態にアドミニストレータも対応が遅れ、奴を退かせることが出来なかった。両腕がなく、ろくな抵抗が出来ないアドミニストレータの身体も…同じく炎に焼かれていく。

 

「離せッ‼︎離しなさいッ‼︎この豚がッ‼︎」

 

「そう…言わないで…!猊下ぁ…やっと…やっと1つにぃいいひひひ!」

 

「貴様…私の言うことを…‼︎」

 

「あなたは…わたしの…ものだぁああああ、わたしの…アドミニストレータだぁあああ!」

 

チュデルキンの身体が激しく爆散すると同時に…アドミニストレータも消え去った。

その様子を見ていたキリトたちは何とも言えないものだった。

今まで自分が蔑んできたものに邪魔をされ、消え去る…彼女がして来た罪に値するかは分からないが、少なくともマシな消え方だろう…とアリスは思ったのだった。




すみません!
次回、キリトの黒剣について補足説明したいと思います!
やっぱりこの回では無理だった…。


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第32話 消えない想い

第3章、これにて閉幕です。


アドミニストレータの最期を見届けた4人だったが、それと同時にキリトが思わず呻き声を上げる。今まで蓄積されたダメージなどが戻ってきた感覚が襲い、思わず声を上げてしまった。

 

「キリト…‼︎アリス、キリトに治癒術を…手伝ってくれッ‼︎」

 

ユージオはキリトの失われた左腕から出る出血を止めようと、アリスは身体全体に出来ている火傷や傷を治そうと必死になって治癒術を詠唱する。しかし、いくら回復しようと、それらが無駄なことをキリトは知っていた。

 

「やめておけ…俺は…もう……」

 

「黙っていなさい!キリト…あなたは…これからも必要なんです‼︎これからの戦争に備えて…戦争後の人界を守る者としても!」

 

有難い言葉を貰うが、キリトは笑いながらこうも言った。

 

「もう…分かってるだろ…?俺は、この世界の人間じゃない…。そこまでして…助ける必要は…」

 

「「ある‼︎」」

 

アリスとユージオはほとんど同時にそう叫んだ。

 

「キリトがどこの世界から来ようと…僕の相棒で…英雄だッ‼︎そんなキリトを死なせるわけにはいかない‼︎」

 

必死になって傷口を塞ぐ2人だが、キリトの身体はどんなに治癒しても癒えることはなかった。天命残量を確認しようとしたユージオがキリトのステイシアの窓を開いた時、絶句した。

 

「こ…これは……」

 

ユージオが見たもの…それは、天命の上限値から凄まじい勢いで減少していくものだった。本来、天命の総量が減ることはあっても、上限値から減っていく事象は見たことも聞いたこともないユージオは、狼狽するばかりだった。

 

「…これが…俺の剣のデメリットさ…。アドミニストレータと戦っている時に気付いたよ…」

 

要するにキリトの黒剣は能力を使用するたびに自らの天命を捧げながら使用していたのだ。

 

「あいつの馬鹿でかい一撃を抑える時にもう…天命の上限値は最低レベルまで減少していたんだ…」

 

「それなら…それならどうして僕を助けたんだ⁈」

 

ユージオは思わずキリトの胸ぐらを掴んで叫ぶ。

その目に一杯の涙を溜めて…。

 

「僕は…アドミニストレータの誘惑に負けて…キリトたちを苦しめた‼︎僕を救う必要なんかない筈だ‼︎」

 

ユージオの叫びにキリトは笑いながら、懐のポケットからモジュールを取り出した。既にヒビが入っており、いつ砕けてもおかしくない状態だが、キリトはそれをユージオに見せる。

 

「それは…」

 

「俺の方こそ…馬鹿だよ…。これに触れるまで…何もかもを忘れていたんだ…。あの日の思い出を…」

 

キリトがそう言うと、ユージオの手にモジュールを触れさせる。

 

「アリスとイーディスも…触るんだ…。恐らく…2人にはこれが…奪われた記憶を見る…最後の機会になるだろうから…」

 

それを聞いた2人も思わず、モジュールに手を触れた。

途端に3人に流れ込む記憶の断片。

3人が見たもの、それは…幼き頃の自分たちだった。

ギガスシダーの木の根元で昼食を摂る風景、シナット村で鬼ごっこをして遊ぶ風景、そして…果ての山脈に探検に行く風景…。

そこで…何故アリスとイーディスが整合騎士に連れて行かれたのか…その時、キリトとユージオは何をしていたのか…何もかもが分かった。

気付けばアリスとイーディスは懐かしい思い出に涙を流し、ユージオは呆然とするばかりであった。

 

「…分かっただろ?俺は…あの村で一緒に育った1人だったんだ…。…嘘ついて…悪かったな…」

 

そう言うと、ユージオはキリトの傷付いた身体がどうなろうと知らずに、思いっきり掴み上げて怒気を込めた声を放った。

 

「だったら‼︎尚更死ぬなッ‼︎‼︎」

 

「ユージオ…」

 

「それなら…キリトは僕にとってもっと重要な存在だッ‼︎一緒に生きてきた親友を失うところなんて……もう見たくないんだッ‼︎」

 

その言葉を聞いても…キリトは心の中で「無理な相談だな…」とだけ思った。もう身体は限界だ…。アリスが行なっている治癒術が止まった途端に…彼の身体は消滅するだろう。

その前に…と、キリトは最後の力を振り絞り…輝きを失いつつある黒剣を握り…アリスの近くに置く。

 

「俺たちのために…自らの剣を砕いてくれた…アリスに…この剣を…。この剣は…まるで…運命を転廻するかのように…力を発揮する…。アリスの想いにも…応えてくれるはずだ…」

 

「そんな…そんな遺言みたいばことを言わないでください‼︎あなたは…約束したでしょう⁈私の記憶を戻す前に…その村に…妹に…セルカに会わせるとッ‼︎」

 

アリスは必死にキリトの命を繋ごうとするが、限界が近付いていた。

アドミニストレータが使った技や回復のために空間神聖力がほとんどないに等しく、今行ってる治癒術も…もう数分と持たない。

 

「イーディス…正直…俺は君のことをよく知らない…。だけど…2人のことを…頼んだぞ…」

 

涙を拭い、イーディスは頷いた。

 

「ええ…分かった」

 

「何を言ってるのです!イーディス‼︎彼は…キリトは、死なせませんッ‼︎」

 

アリスの叫びのすぐ後…アドミニストレータが取り出したシステムコンソールから…声が轟いた。

 

『こちらラース!聞こえるか⁈』

 

その声に思わず振り返る3人。キリトは耳だけを傾けていたが、誰なのか…全く見当がつかなかった。

 

『キリトくん‼︎そこにいるか‼︎いるなら返事を…!』

 

「!き…くおか…」

 

次に聞こえた声の主は…菊岡だった。声を上げようとしたが、舌が回らない。その代わりに…ユージオが菊岡の応答に応える。

 

「だ…誰?どうしてキリトのことを…」

 

『そこにキリトくんがいるのか⁈』

 

「…誰か分からないけど…キリトを助け…」

 

『キリトくん‼︎よく聞け‼︎アリスという少女を探し出すんだ‼︎そしたら…』

 

ユージオの言葉を遮り、菊岡は叫んだ。それを聞いたユージオとイーディスは思わず顔を合わせる。

目の前にアリスがいて…何故彼らがアリスを探しているのか…皆目見当も付かなかったが…アリスにはすぐに分かった。

キリトが言っていた言葉も、同時に思い出した。

 

 

『違う、最高司祭をも見下ろす者の仕業だ』

 

 

今聞こえる声は…アドミニストレータをも手駒にする者たちの声だと…。それが分かった途端、今まで溜まりに溜まった怒りが爆発した。

 

「あなたたちがッ‼︎‼︎キリトをッ…私をッ…イーディスをッ、いや…この世界を狂わせたッ‼︎あなたたち…神々が…アドミニストレータの行為を黙認したせいで…キリトが…死にかけているんですッ‼︎責任を取ってくださいッ‼︎」

 

アリスの怒号が木霊してすぐに…別の人物の声が響いた。

 

『キリトくん⁈大丈夫⁈返事してッ‼︎キリトくんっ…キリトく…ッ‼︎』

 

女性の声は即座に耳をつん裂く音と共に途切れ、コンソールからは何も聞こえなくなった。

 

「アスナ…」

 

キリトがそう呟くと同時に…アリスの治癒術も終わる。

 

「キリトッ‼︎」

 

身体中から光を発しながら…今にも消え入りそうなキリト。

そんな状況でも…キリトはユージオの胸を掴み…最期にこう言った。

 

「ユージオ…この…悲しい世界を…絶対に…守り切るんだぞっ…!」

 

途端にキリトの腕が力なく倒れ、意識も消える。

アリスは「ダメ…!消えないでくださいッ‼︎」と叫ぶも…彼の身体は…そのまま空彼方へと飛散していった…。彼らの思い出が詰まった…モジュールと共に…。

そしてユージオは…涙で頬を濡らし…鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、天に向けて…叫ぶのだった。

 

「キリトーーーーーーーーーッ‼︎‼︎」




【補足】
キリトの黒剣:『転廻の剣』
シナット村に刺さっていた英雄の剣、それとギガスシダーの天辺の巨大な枝を使用して作られた黒い潤沢の長剣。
ギガスシダーの記憶と凡ゆるものを蝕み、食らう黒龍の記憶が入っている。共通能力で、相手の心意や属性を吸収・放出できる。ただし、あまりに強大な技や攻撃を吸収する場合は自身の天命上限値を代償にしなければ、吸収出来ない。
武装完全支配術:『蝕木(しょくぼく)』。相手の技を喰らいつつ、大木の根のような攻撃を放つ。その際に黒龍の腕が纏わり付き、更に相手の技を吸収することが可能で、それを自身の力に転用できる。ただ、これも天命上限値を減らさないと出来ない。

『転廻の剣【混沌状態】』
アドミニストレータ戦で、刀身の右半分が黄金色に輝いている状態のことを指す。これはキリトの想いに剣が答え、更なる力を発揮したものである。追加効果で、キリトが今まで戦い…見てきた剣を全て作り出すことが可能になる。キリトは戦闘で『白雷剣エンクリシス』しか使っていなかったが、他にも様々な剣を作り出すことが出来る。しかし、これにも天命上限値の減少が伴う。先程の武装完全支配術よりも早い速度で減るため、長期戦には不向きである。
最後にキリトの剣が元の錆びた状態に戻ってしまったが、これにはきちんと理由があります。それはまた後日…説明させて頂きたいと思います。

元ネタはココット村のヒーローブレイド、サンブレイク参戦が決定した黒蝕龍ゴア・マガラです。1番最初…構想段階でもう決まり切っていました。だから…サンブレイク参戦に合わせたのではない、とだけは断言しておきます。
因みに記憶解放術の記載がないですが、これはまたいつか…書けたらいいなと思っています。


はい、最初にも記載した通り第3章…終幕です。
次回から第4章ですが、まだ構想をちっとも練っていません。なので…暫く投稿が止まると思います。楽しみに待って頂けると幸いです。


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アリシゼーション編 第4章 無限の戦い
第33話 戦いの爪痕


ここから第4章です。
私の概算では第5章で完結にする予定です。



優しい陽光が地面、木々、湖を照らす。

その湖の畔にアリスは腰掛けていた。央都では感じることが出来なかった優しい世界を…瞬きすることせずにずっと見詰めていた。

しかし…。

 

「おい、あそこにいるのは罪人のアリスじゃないか?」

 

ゆっくりと左目を後方に向けると、湖から魚を獲ろうとやって来たシナット村の村民が2人いた。その視線はまるでゴミでも見るかのように蔑み、軽蔑している。

 

「そうだな、どうやって抜け出したか知らんが…ま、いずれルーツ様に神の天罰として、殺されるだろうぜ!」

 

そう言って男たちは下品に笑う。

あまりに低俗な会話にアリスはまるで興味を示さなかった。むしろ…関わる方がアホらしかった。だが、それを知ってか知らずか…男たちはアリスの横を通る際に荷物をわざと彼女の身体にぶつける。

それでもアリスは何の反応も示さず、彼らと目も合わせようとしなかった。

 

「少しはなんか言えよ、この……」

 

男が怒鳴ろうとした時、木々が激しく揺れた。

そこから赤い竜が現れ、激しく咆哮した。

 

「な‼︎な、ななな、なんだぁ⁈」

 

「おい!早く逃げるぞ‼︎」

 

赤い竜は彼らを威嚇して、アリスの傍から遠ざけた。

アリスは立ち上がり、その竜の顔に触れる。

 

「赤王…あまり彼らを怖がらせないで?彼らは…ただ何も知らないだけだから…」

 

そう言っても、赤王の目は納得したようには見えなかった。

何故アリスがこんなに言われなければ…蔑みを受けなければならないのか…と。

何度となく彼女はその答えを口ずさむ。

 

「私のせいで…キリトは死に…ユージオも生気を失った。当然の罰よ」

 

そう言うと、赤王は湖の中に顔を突っ込む。

そして1匹のサシミウオを咥えると、アリスに差し出す。

 

「慰めてくれるの?ありがとう、赤王…。でもお前はもう私の竜じゃないのよ?好きに生きるといいわ」

 

そう言っても、赤王はアリスから離れようとしない。

(頼もしい友だこと…)と思っていると、冷たい風が吹き始める。同時に大降りの雨も降り始める。まるでこの世界自体が…悲しく泣いているかのように…。

 

「…帰りましょうか、赤王」

 

アリスは彼を連れて、自宅へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー3ヶ月前ー

キリトを失ったユージオとアリスはただ…呆然と何も言わずに…黙り尽くしていた。イーディスは何かを言おうと何度も口を動かそうとしたが、とてもじゃないが2人に何も言うことが出来なかった。

そんな時間が数分経つと、後方から複数の衛兵を連れたエルドリエがやって来た。

 

「アリス様…!ご無事で……っ⁈」

 

エルドリエは動揺した。

今まで涙を流したことないアリスが…大粒の涙をずっと流し続けていることに…。それと同時に彼女が涙を流す原因がその隣にいるユージオだとすぐに決めつけた。

 

「この愚か者がッ‼︎今すぐに殺してくれる…‼︎」

 

剣を抜くと、戦意のないユージオに向けて剣を振り下ろした。

それをイーディスが自らの鎧で防御する。

刃が鎧を貫き、イーディスの二の腕に到達し、ポタポタと血を流す。しかし、彼女に痛みなどなかった。キリトが…アリスたちが受けた痛みに比べれば、どうということがなかったからだ。

 

「イ…イーディス殿…⁈」

 

「剣を納めなさい、エルドリエ。…今すぐに!」

 

イーディスの殺意にも似た恫喝にエルドリエはすぐに剣を引いた。

 

「イーディス殿…何故奴らを庇うのです?こいつは教会に反逆した罪人ですよ⁈それに…私の師を泣かせた原因であることに間違い…」

 

「黙れッ‼︎」

 

エルドリエの言葉を切り、イーディスは叫んだ。

その声に漸くアリスが顔を上げ、イーディスを見た。

 

「イーディス…」

 

「彼らは…アドミニストレータによって…最も大切な友を失ったのよ…。泣いて当然だわ…。それに、本当に愚かなのは私たち整合騎士よ。助けるべき人を助けず…アドミニストレータの駒として動かされていたのだから」

 

「な…何を言っているのですか、イーディス殿!まさかあなたも罪人の言葉に自分を見失いましたか!それならもう容赦はしません」

 

やはり何を言っても無駄だった。

アドミニストレータによって記憶を消され、変えられた彼らの心を戻すことは簡単ではないのだろう。

イーディスにまで敵意を向けるエルドリエはジリジリと近寄って来る。

剣を持たないイーディスは(どうしたものか…)と思っていると…。

 

「何やってんだ?お前ら…」

 

聞き覚えのある声にユージオを除いた全員が振り返った。

そこには偵察から帰還を招集され、たった今戻って来たであろう整合騎士騎士団長ベルクーリが立っていた。

 

「騎士長‼︎」

 

「こいつは…何があったんだ?お嬢ちゃん」

 

「叔父様…」

 

漸く胸の内を開かせる者が来たからか…アリスはゆっくりと立ち上がり、ベルクーリに全てを話した。この世界のこと…アドミニストレータについて…そして、キリトたちがやろうとしていたことを…。

 

 

 

もちろんほとんどの騎士はアドミニストレータの蛮行を信じようとしなかった。アリスもイーディスも罪人に惑わされただけだと…。

すぐにユージオは投獄され、アリスはすぐに元の役職に戻るように言われた。イーディスに関しては、どうなったのか…よく分かっていない。あの日以降、彼女の顔を見ない。

ベルクーリはアドミニストレータの死が暗黒界に知れ渡る前に、彼らとの戦いに備えるように各々の騎士に通達した。今はアドミニストレータを討ったユージオの処遇は後回しにする…と。

この好機を、アリスは見逃さなかった。

牢屋から生気のないユージオを引き摺り出し、赤王に乗って央都ドンドルマを後にした。どこへ行こうか…悩みに悩んだ挙句、キリトが言っていたアリスたちの生まれ故郷…シナット村に行くことにした。もしかしたら匿ってくれるかもしれない…と、微かな希望を抱いて…。

 

 

 

 

アリスは歩くこともままならないユージオを支えながら、シナット村に入る。だが、当然衛兵のジンクに止められる。

 

「おい!よそ者が勝手に入ることは…って、お前はユージオ⁈それに…あんたは…」

 

「私はアリス。村長の…ガスフト・ツーベルクと話がしたい」

 

その願いは即座に受け入られ、村長の…もといアリスの父親の家の前に待たされた。罪人として連れて行かれたアリスが戻ってきたことに、村人が一眼見ようと集まっていた。

そして…ガスフトがアリスを見た瞬間、彼は恐る恐る彼女に口を開いた。

 

「アリス…なのか?」

 

「…はい」

 

「どうやって帰ってきた?お前の罪は…許されたのか?」

 

「……私の罪が許されたかは分かりません。しかし、その罰としてこの村で育った記憶は消されてしまいました。…そこでお願いがあります。ユージオの保護と…可能ならば、私を…この村に…置いて…頂けないでしょうか?」

 

(本当に父親なら…娘である私の願いは聞き入れてくれるはず…)

 

そんな勝手なことを考えていると、ガスフトからはこう言われた。

 

「…去れ」

 

「え…」

 

ガスフトの言葉に思わず、アリスは微かに動揺してしまった。

 

「ユージオは…元の役職を終えたのだろう。この村に置いてもいい。だが…アリス…。罪人を…この村に置くことは出来ない」

 

アリスは数秒俯き、「分かりました」と小さく呟く。

ユージオを彼の家族に預け、アリスはゆっくりと踵を返す。

後ろではガスフトが歯を噛み締めていたのだが…アリスはそれを知る由もない。

村を出て少し…後方から声が聞こえた。

 

「待って…!待って‼︎」

 

修道服姿の女の子が走ってきたのだ。

その顔を見て…アリスは思わず涙を流した。

覚えているはずがないのに…涙だけがずっと出てくるのだ。

 

「アリス…お姉様…だよね?」

 

目の前にいる彼女が…キリトが言っていた妹のセルカであることに間違いないとすぐに分かった。

 

「私の名前はセルカ…覚えてないかもしれないけど、私は…」

 

その時…アリスは彼女の言葉を切って抱き締めた。

 

「会ってみたかった…。妹に…セルカに…」

 

おどおどしているセルカだが、もう一つアリスに聞きたいことがあった。

 

「ねえ、キリトは?」

 

その質問にアリスは言葉を詰まらせた。

セルカと目を合わせることも出来ず、どこから説明したらいいのか分からない。

だが、アリスは息を吸い…セルカに知っていること全てを話した。

アリスとイーディスの記憶が2度と元に戻らないこと、イーディスはきちんと生きていること、そして…キリトが死んだこと。

セルカは首を横に振り、「嘘…」とだけ呟いた。

キリトの死が原因で、ユージオも抜け殻同然であることも伝える。

そこでセルカも咽び始める。

 

「私が…私が、アリスお姉様を連れて帰って来てなんて言ったから…私が…」

 

アリスは咽び泣くセルカを抱き締める。

アリスの瞳にも涙が浮かぶが、落としはしなかった。

あの戦いで残ったものは…各々の心に、深い傷となり、深く刻まれているのだった。




お久しぶりです、また不定期ですが、執筆を再開しようと思います。


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第34話 失った義務

「キリト!待ってよ〜!」

 

ユージオはそう叫ぶが、キリトはどんどん離れていく。

いくら手を伸ばしても、一向に届きそうにない。

もう少しで届こうかというところで…彼の身体は崩れる。目の前で倒れ、血の海で動かなくなるキリトにユージオは必死に声をかける。

 

「キリト…!死んじゃダメだ…!」

 

「何を言ってるんだ?」

 

途端に後方からキリトの声が聞こえる。

そこには左腕がなく、身体中から血を流すキリトが亡霊のように立っていた。大切な友のはずなのに…ユージオは恐怖に固まって動けない。

 

「お前が俺を殺したんだろう?」

 

「違う…僕は…」

 

「ユージオが、アドミニストレータの言葉に惑わされなければ…俺は今も生きていた。お前が…お前のその心の弱さが…俺を殺したんだ」

 

キリトはゆっくりと歩を進める。残った右腕には黒剣が握られている。

ユージオは逃げたくても動けず、迫り来る恐怖に思わず涙を溜める。

 

「や…やめてくれ…」

 

キリトは何も言うことなく、剣を振り下ろす。

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおォッ‼︎‼︎」

 

 

 

 

叫び声を上げながら、ユージオはベッドから飛び起きた。

身体中からは汗が滴り、自分が無事であることを確認する。

ホッと一息吐くが、ユージオは顔をベッドに埋めて、何度も同じ言葉を呟く。

 

「キリト…ごめん…僕が…僕が弱かったせいで…」

 

こんな日がほぼ毎日続いている。

壁にかけられた冰龍の剣は悲しそうに月夜に照らされ、輝いている。

しかし…ユージオはその剣にも瞳を向けようとは思わなかった。

あの時の記憶を忘れたくて…仕方なかったから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスは濡れた服を脱ぎ、別の服を着ていた。

今考えると、整合騎士が持つ普段着は色違いなだけでほぼ同じ。同じ服であることに疑問を感じていなかったが、この時点でアドミニストレータの奴隷である証だったのだろう。

アリスがいるのはガリッタとセルカに協力して作ってもらった家だった。外には赤王の寝ぐら、畑があり、アリスにとっては充分すぎるものだった。央都では狭い部屋でただ寝て過ごすだけだったため、こういった『家』に触れた時、アリスは漸く枷から解放されたと実感できた。

普段なら一人で夕食を摂るところなのだが…今日は初めての来客があった。キリトの剣をすぐに取り、ドアを勢いよく開けた。

 

「誰です?」

 

「…いきなりそんなものを向けるなんて…ちょっと酷くない?」

 

そこにはなんとイーディスが立っていた。驚きと同時に警戒感が高まった。整合騎士たちがアリスの行方を探してることくらい、アリス自身がよく分かっている。その確保にイーディスを遣わせた可能性は捨てきれない。剣を下ろさずに、アリスは淡々と「何の用です?」とだけ言った。

 

「冷たいなあ…。今日は私情だよ、あなたの手作りの料理を食べに来ただけよ」

 

言いながら、イーディスは勝手に家に入ると邪魔な鎧を取った。圧迫感から解放されたイーディスは背伸びして、台所にあるシチューを勝手に摂り始めた。

 

「その様子だと…私を連れ戻しに来た訳じゃないのね」

 

「…私は、ね」

 

イーディスの呟きと同時に旋風が吹き荒れる。上空には飛竜に乗ったエルドリエがいた。

 

「イーディス…尾行されていたんですね」

 

「申し訳ない」

 

アリスは溜息を吐くと、黒剣を鞘に納めるのだった。

 

 

 

 

 

机にアリス、イーディス、エルドリエが座り、アリスが作ったシチューとエルドリエが持参したワインで小さな夜会を開く。

アリスはどれも口にせず、エルドリエに質問する。

 

「私を連れて帰るつもりには…やけに軽装ですね」

 

「我が師のアリス様を無理やり連れて帰ることなど…出来るはずがありません」

 

「イーディスを尾行した理由は?」

 

「たまたまです、本当に。最近、ゴブリン共が崩落させた洞窟を掘り返して、性懲りもなくこの神聖な人界に侵入しようとしておりまして…。そのために果ての山脈内の洞窟の偵察を行い、央都に戻ろうとしたらどこかへ向かうイーディス殿を見かけましてね…。これは何かあると思い、ついて行ったら…」

 

イーディスは手を合わせて「ごめん」とだけ呟く。

そして…エルドリエは机から勢いよく立ち上がり…アリスに向かって懇願した。

 

「ここで再び(まみ)えたのも何かの運命!アリス様‼︎騎士団へお戻り頂けないでしょうか?私たちは1000の兵よりも、あなた1人を必要としています!」

 

そう言うとアリスは予想していた。

今の人界の戦力では到底暗黒界の軍勢には太刀打ち出来ない。アリスたち整合騎士の1人1人が死力を尽くさねば…人界は守れないだろう。

そんなことはアリス自身、よく分かっている。

だが…アリスはエルドリエから視線を外し、弱々しく呟いた。

 

「…出来ません」

 

「何故です⁈素晴らしい剣技を持つアリス様がどうして…⁈…あの罪人共のせいですか?」

 

罪人…キリトとユージオのことを指しているのだろう。

 

「カセドラルの牢から抜け出し、私を含めた数多の騎士を傷つけ、惑わせ…果てには最高司祭様を手にかけた彼らに…一体どんな正義があるというのです⁈」

 

思わずイーディスが声を上げようとした時…衝撃のことが起きる。

アリスは机を倒し、キリトの黒剣をエルドリエの首元に押し当てたのだ。この行動にはエルドリエ自身が最も驚き、イーディスも呆然とするばかりであった。

 

「黙りなさい…」

 

殺意にも似た感情を放出させるアリス。

すぐに剣を下ろしたが、エルドリエは硬直したままだ。

 

「剣を交えたあなたなら…分かるでしょう?何故我ら最強の整合騎士が…最高司祭が、負けたのか。それは彼らが確固たる覚悟と信念を持って戦いを挑んだからです!そんな彼らを侮辱することは…私は許しません。たとえ誰であろうと…」

 

「…失言でした、それは認めましょう。確かに最高司祭様が行おうとしてた、人を傀儡の竜に変えることは私も反対したでしょう。だが…それなら最高司祭様を手にかける必要があったでしょうか⁈ただ闇雲にしてるだけにしか…私には思えません。人界に真なる平和をもたらすためにやったと申してましたが、彼らの行為は、むしろ人界を破滅へと追い込んだ!それだけならまだしも、あのユージオはどこで何をしているのです⁈何故剣を取らずに、未だに姿を見せないのですか⁈」

 

エルドリエの叫び、それは届くと思われた。

イーディスも実際、今の状況で戦争になれば勝ち目はないと思っている。強制するつもりはないが、アリスには戻ってほしいという気持ちがないわけではない。

だが…アリスの答えは決まっていた。

 

「…ごめんなさい、エルドリエ…。私はやはり行けません。私には…もう整合騎士を名乗る意義も…剣を振る力もありません。先程の不意打ちが、私の限界です」

 

アリスの覇気のない声を聞いたエルドリエは、「分かりました」とだけ言った。ただの少女に戻ったようなアリスに…エルドリエは悔しい気持ちになりながら…家から出て行った。

暫しの沈黙の後、イーディスが口を開いた。

 

「アリス…本当にこれでいいの?」

 

「……」

 

「私も…今の状況で人界を守れるなんて全く思ってない。アリスの力が必要なの。…いつまであの時のことを引き摺って…」

 

「私だって…戦えるなら戦いたいッ‼︎」

 

アリスは鞘に納まったまま、黒剣を地面に叩きつけた。

 

「ですが!今更何と言えば良いんです⁈最高司祭の操り人形だった私が…手のひらを返すように戦うなんて…都合が良すぎます‼︎それに戦いに行けば…今度こそ命はないでしょう。そうなったら…キリトが己の命を落としてまで私やユージオを助けた意義が無くなってしまう…」

 

アリスの掌からは血が滲んでいた。

それまでにアリスは悔しいのだろう…。

 

落としたキリトの黒剣にアリスは涙ながらに語りかけた。

 

「キリト…私は…どうしたら…」

 

その悲しい後ろ姿を、イーディスは静かに見詰めているだけだった。



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第35話 蒼炎の剣

アリスはイーディスを見送るとすぐにベッドに横になった。

初めて自分の弱さを見せてしまったアリス、イーディスに与えたインパクトは凄まじいものだったことだろう。

イーディスも深く踏み入らずに、アリスをそっと1人にした。

 

「…いつから…こんなに弱くなってしまったんだろう…」

 

(キリトが死んだ時?自分が作られたと知った時?この平凡な生活を知ってしまったから?)

 

「分からない…何も…分からないよ…。教えてよ…キリト…」

 

アリスの心を強く打ったキリトの言葉…。

今思えば、アドミニストレータと戦えたのも…全てキリトが彼らを鼓舞する言葉を幾つも叫んだからだと分かった。

自分1人では何も出来ない…。

その無力さに今日も孤独に寝るのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思われた。

唐突に外から赤王の鳴き声が木霊した。

眠気がすぐに吹っ飛び、窓から外を見てみると…森の反対側がまるで夕日のように明るかった。しかし、それが夕日でないことはすぐに分かり、アリスは即座に外に飛び出した。

 

「あれは…シナット村の方面…!まさか…!」

 

最悪の事態が想定できたアリスはすぐに黄金色の鎧に着替え、キリトの黒剣を手に取ろうとした…その時。

 

「⁈」

 

カタカタカタと勝手に剣が揺れ始めたのだ。その後、バタンと倒れ、再び小刻みに震える。まるで剣が意志を持っているかのように…。

 

「キリト…」

 

アリスはキリトの剣を取り、腰に納める。

さっきまでの震えは収まるが、アリスにはもう分かっている。

さっきの現象はキリトが起こしたものだと…。キリトは死んでもなお…ユージオたちの故郷を守ろうとしているのだ。

それが分かるだけでも思わず涙が溢れそうになったが、アリスはそれを閉じ込める。

 

(もう…泣いてばかりいられない)

 

アリスは赤王に乗り、シナット村へ飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

上空からシナット村を見ても…被害は最悪だった。至る所から火の手が上がり、ゴブリンやオークが長蛇の列を連ねて進軍している。

戦闘経験のない村民が戦えるはずもない…。だが、彼らは村から逃げようと一切しない。広場で荷物をまとめて防壁を作り、立ち往生しているのだ。

 

(何をしているの?敵はすぐ目の前なのに…!)

 

アリスは赤王から飛び降りて、彼らの前に姿を現した。

 

「アリスお姉様…!」

 

「アリス⁈貴様何しに来た⁈」

 

アリスを目にした途端に蔑みの眼差しを向ける村民たちはそっちのけで、すぐに彼女は自らの父親…ガスフトに質問する。

 

「何故逃げないのです?このままでは奴らに殺されてしまいます!」

 

そう言うと、ガスフトは静かに答えた。

 

「まず…この防壁を築けば奴らに殺されることがないと衛兵のジンクが言った。衛兵の命令は村長である私でも忠実に守らなければならない。それは禁忌目録にも書いてある」

 

(…どこまで…禁忌目録は私や…この世界の人たちを苦しめるの?)

 

アリスが唇を噛み、どうしようか考えていると、セルカが言葉を放った。

 

「お父様…ここは一旦退きませんか?アリスお姉様の言う通り…このままじゃ持たない!逃げないと…みんな死んじゃう…!」

 

セルカの言葉にガスフトの瞳が揺れ始める。

それを読み取ったセルカは更に続ける。

 

「お父様…アリスお姉様が一度でも間違ったことを仰りましたか⁈」

 

しかし、セルカの言葉を真っ向から否定する者もいた。

小太りの男…名前はバルボッサと言うが、彼は幼いセルカに怒気を込めて叫んだ。

 

「逃げる…?逃げるじゃと?子供の分際で…大人の会話に口を挟むなっ‼︎村を守ることに賢明し……ッ⁈」

 

だが、バルボッサの言葉は途中で止める。

強烈な冷たい視線…殺意にも似た感覚が彼の背中に走った。ゆっくりと側面に視線を向けると…残った左目でジッと睨むアリスの姿があった。

恐れを為すと同時に、バルボッサは叫んだ。

 

「分かった…分かったぞ‼︎あの闇の軍勢を引き連れたのは…お前じゃな‼︎アリスッ‼︎貴様が暗黒界に入った時点で、汚されて…こいつは魔女だッ‼︎」

 

アリスはあまりに低欲で下らない妄言に心底呆れ、溜息を吐くだけだった。だが、ここまで来た以上…言わなければならない。

 

「衛兵ジンクの命令は破棄します。騎士である命令で、今すぐ、南の森に避難しなさい!」

 

「騎士じゃと?お主はそのような天職に就いておらんじゃろう⁈勝手に騎士など名乗れば…央都の騎士がお怒りに…」

 

アリスは纏っていたローブを脱ぎ捨て、自らの鎧を全員に晒した。

それを見た村民は目を丸くさせ、一部は恐れ慄いて尻餅を着く程だった。

 

「私はアリス…!央都ドンドルマ…公理教会所属…整合騎士…アリス・シンセシス・サーティですッ‼︎」

 

「ね…姉様が…整合騎士…?」

 

その姿を見て、もう疑う者はいなかった。

彼女の胴にあるエンブレムは間違いなく公理教会のものだったから…。

アリスは驚くセルカに謝罪する。

 

「隠していてごめんなさい…。でもこれが…私に与えられた罰なの…」

 

「ううん…格好いいよ…。やっぱり姉様は罪人なんかじゃなかった…」

 

そしてガスフトはアリスの前に膝を着いた。

 

「騎士様の命令なら…快く教授いたします」

 

「…ありがとう、お父様」

 

それから先の避難誘導は順調だった。

アリスが騎士であったこと、そして村長のガスフトの命令で村民は即座に南の森へと走り始めた。

アリスはその様子を見届け、ゆっくりと錆びた黒剣を抜く。

あの数を1人で…かつこの錆びた剣で返り討ちに出来るとはアリス自身思ってない。アリスは息を吐き、ゆっくりと奴らがいる方面へと歩みを進めた。

そしてその様子を…ユージオは家の窓から眺めていた。

 

「アリス…」

 

ユージオは壁に立て掛けられた埃塗れの冰龍の剣へと歩みを進める。

 

「僕にも…まだ出来ることはあるかな…」

 

そう呟くと、ポンと肩を叩かれた気がした。

振り返ると、笑顔でこっちを見るキリトの姿があった。

 

「キリト…!」

 

『ユージオ、お前は1人じゃない…。そう落ち込むな。これからは…アリスやイーディス…みんなとこの世界を守るんだ』

 

そう言って、キリトは消える。

その言葉を聞いたユージオに、もう迷いなどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴らが(ひし)めく村の大通り…その目の前にアリスは立っていた。奴らはアリスの姿を見るなり、ただの獲物としか見てないようで、下劣な瞳を輝かせて襲いかかってくる。

錆びた剣でどこまで時間を稼げるか…アリスは剣を抜き、応戦しようと思った時。

 

「せやあああああああああああぁッ‼︎‼︎」

 

緑色の閃光が彼女の横を突き抜けた。それと同時にゴブリン3頭が身体に斬撃を入れられて吹き飛んだ。

微かに冷気が漂う剣を持ち、アリスの前にユージオが立っていた。

 

「ユージオ…!どうしてここに…⁈」

 

「…もう嫌なんだ」

 

ユージオはゆっくりと立ち上がりながら、呟く。

 

「キリトみたいに…大切な人を失うのは嫌だ。だから…僕は…大事な人を守るために戦う!失いたくないから戦わないんじゃない‼︎失わせないために剣を振る‼︎そう決めたんだ!」

 

ユージオの言葉に…アリスは漸く分かった。

 

(私は…1人じゃなかったんだ…)

 

その嬉しさと共に、彼女は右目の傷を塞いでいた布に手をかける。

 

「私も…私自身が守るべき者のために戦います。これ以上…悲しみを増やさないために…」

 

布を取り、アリスは再び両目で目の前の敵を視認する。

 

(ありがとう、キリト…。私はもう迷わない。これからも…何度も躓いて…心が折れるかもしれない…。だけど、あなたが命をかけて託してくれたこの生…無駄にはしない!)

 

「我!人界の騎士アリス‼︎私…いや、私たちがいる限り、人界の平穏は乱させない‼︎命が惜しくば…今すぐ闇の国に帰りなさい‼︎」

 

アリスはキリトの剣を掲げ、高らかに叫んだ。

 

「エンハンス・アーマメント‼︎」

 

すると…キリトの黒剣は僅かに輝き、アリスの目の前に1本の黄金色の剣を作り出した。鞘には炎のエンブレムが走っており、刀身はあの金塵剣よりも滑らか、そして重さも段違いだった。

 

「これは…」

 

アリスがその剣を受け取ると、黒剣は輝きを失う。

 

(キリト…ありがとう。これもあなたが残してくれたものなのね…)

 

初めて見て、使う剣。だが…不安などなかった。

アリスは剣を構え…再び武装完全支配術の詠唱を叫んだ。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

すると…刀身から蒼い炎が溢れ出て…すぐに剣を包み込んだ。

そして一振りすると…蒼炎が奴らを包み込み…即座に焼き払った。

ユージオもアリスが突然出した剣の力に驚くばかりだった。

それを見たゴブリンとオークは恐れて逃げそうになったが、後方から1つの大きな影が見えた。それは巨大な鎚を持ったオークだった。

 

「逃げるんじゃねえ馬鹿ども‼︎ガキ2人程度に何ビビってるんだァ⁈」

 

「ひぃ…!モリック様…‼︎」

 

「役に立たねえ奴らだ!俺様が一瞬で……」

 

モリックが話している間に、彼らの身体に悪寒が走る。

それと同時に奴らの足元から凍結していき、最終的に身体全体にまで行き渡った。

これはユージオの冰龍の剣の武装完全支配術のものだった。

 

「アリス…僕も、負けてないよ?」

 

「…戦いに優劣は要りません。必要なのは…」

 

アリスは再び剣を構える。先程よりも大きい炎が剣から立ち上がり…巨大な炎の斬撃となる。

 

「吹き荒れろ‼︎蒼炎‼︎」

 

凍らされた敵軍は数秒とかからず、砕け…塵となった。

それを見る後方軍…ユージオはまだ来るだろうと剣を構えていたが、アリスは剣を鞘に収めながら声を上げた。

 

「ここは人界と暗黒界を隔てる壁‼︎いくら壁を掘り抜こうと…崩そうとも我らが立ち向かう‼︎選びなさい!私たちを相手にして倒れるか…無様に逃げ帰るか…‼︎」

 

それを聞いたゴブリンやオークの者たちは、即座に2人に背中を向けた。怯えを隠せずに逃げ帰る彼らを見て、アリスとユージオはやっと一息を吐いた。久しぶりの戦闘で、身体が慣れていなかったのだろう。

しかし、アリスは緊張を保ったままユージオの元へと歩み寄る。

そして…重たい平手打ちを彼に叩き込んだ。

突然の事態に呆然とするユージオにアリスは凛と告げる。

 

「これは、今まで何もせずに逃げてきた私の怒りです。受け取っておきなさい」

 

ユージオは痛む頬を摩りながらも、笑いながら答えた。

 

「ありがとう、アリス」

 

アリスは背中を向けていたが、ユージオが漸く元のユージオに戻り、少し笑っていたのだった。



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第36話 オーシャンタートル襲撃

久しぶりに現実世界です。
と言っても…マジで原作通りな気がしますけど…。


「キリトくん…!キリトくん…‼︎」

 

比嘉が叫ぶマイクに向かって、同じように叫ぶ明日奈。

しかし、そこから聞こえたは掠れた声で彼女の名前を呟くキリトの声だけで…そこで菊岡に腕を引っ張られる。

 

「明日奈くん!ここも限界だッ‼︎早くサブルームへッ‼︎」

 

「でもっ!」

 

「キリトくんは大丈夫だ‼︎彼の寝ているSTL部屋は襲撃できない!時間がないんだ、早く‼︎」

 

そこまで言われては明日奈も我儘を言ってはいられなかった。

菊岡に連れて行かれるがままに上階へと移動する。その部屋に通じる扉を厳重に閉じた後に比嘉はコンピューターを起動させる。

 

「サブコントロール室起動完了っす。これで少しは奴らを牽制できます」

 

安全なことが分かったところで、明日奈の怒りの矛先は菊岡に向けられる。足音を響かせ、彼の襟に掴みかかる。

 

「大丈夫なんでしょうね⁈」

 

「な…何がかね?明日奈くん…」

 

「このままキリトくんの意識が戻らなかったら…私は…っ、あなたを絶対に許さないッ‼︎」

 

殺意とほぼ同等の眼力。

襟が引っ張られ、息がしにくい菊岡は頑張って声を絞り出した。

 

「大丈夫だ、キリトくんの命…意識の回復は私が全責任をかけて保証する。だから落ち着いて…」

 

明日奈は言われた通りに手を放すが、同時に力なく倒れそうになる。

それを神代氏が支えてくれたが、明日奈も今のキリトの状態に不安で不安で堪らなかった。

漸くまともに会話出来そうな状態と判断した菊岡は比嘉に話しかける。

 

「まあ…我々がここに逃げ込めたことだけ良しとしよう…。連中の目的がこの施設の破壊なら、話は別だが…」

 

「それもないと思いますよ。奴らは真っ先にコントロールルームに向かってきました。目的は間違いなく…『A・L・I・C・E』の奪還。だけど心配ないっすよ。ライトキューブは固定して、どんな手を使っても取り出すことは出来ません。それにここは自衛隊が管轄するど真ん中…。もう少しすれば彼らが救助に来てくれるから、楽勝っすよ、楽勝」

 

呑気に構える比嘉に対して、菊岡の表情は曇ったままだった。

その様子を見た明日奈は菊岡に問う。

 

「どうしたんですか、菊岡さん。もしかして…まだ問題が?」

 

「ああ、大ありだ。比嘉くん、襲撃を受けて何分経った?」

 

「え?大体…7分ですね」

 

「7分も経ってるのに全く外部から救助も無ければ、連絡も寄越さない。流石におかしいと思わないか?」

 

言われてみればそうだった。

いくら自衛隊でもそんな無頓着のはずがない。

 

「因みに…自衛隊(うち)の者たちは今から2時間…このオーシャンタートルに入らないよう、上から命令があったらしい。もう分かるだろう?」

 

「まさか…襲撃グループは自衛隊に圧力をかけれる奴ら⁈」

 

「そういうことだろうね…。2時間もあれば…アンダーワールドにダイブしてアリスを奪還するなど、容易いことだ」

 

そこまで聞いたところで、明日奈は胸の内に膨れ上がる桐ヶ谷和人について聞いた。

 

「和人…キリトくんは…大丈夫なんですか⁈」

 

その声に冷静さなどない。

今にもこぼれ落ちそうな瞳を向けられた比嘉と菊岡は、今までのキリトの状況を伝えることにした。

 

「キリトくんは…アンダーワールド内で死亡したと思われます…」

 

その時、明日奈は息を飲んだ。

 

「彼は正体不明の襲撃者による治療のためにここに連れてきました。本来は、彼の記憶をブロックして行う予定だったんですが、彼は現実世界の記憶を保ったまま…アンダーワールドにダイブしました」

 

「ちょっと待って!じゃあ桐ヶ谷くんは、あの加速した世界で何年過ごしたの⁈」

 

「およそ…3年」

 

またもや息を飲む明日奈。

キリトと生まれてしまった差に、どこかポッカリと風穴が開いたような気持ちだった。

 

「それだけの時間、キリトくんは人工フラクトライトたちと触れ合った…。彼らがシミュレーションが終わり次第、消える存在だとは知らずにね。ですが、彼らはそれを知った。それを阻止するために現実世界との連絡手段…バーチャルコンソールがあると想定したセントラル・カセドラルを目指したのでしょう。菊さん…貴方に全フラクトライトの保全を要求するためにね…。ですが、その通信をした時には…もう…」

 

「キリトくんとは別の声がしました。彼らは、一体…」

 

あの襲撃の最中でも明日奈は覚えている。

1人の女性の胸を抉るような怒声。

それは襲撃中でもその場にいる全員を凍りつかせた。

 

「あの怒声の持ち主がアリスでしょう。その直後…主電源が切断された。本来ならフラクトライトが焼き尽くされて、治療どころではありませんでしたが…彼がその前に死亡したことが功を奏しました」

 

「どういうことですか?」

 

「死亡したことで、ライトキューブ内のフラクトライトは非活性化したんです。その状態では過電流を受けてもほとんど影響は出ない…ということです」

 

そう言われても、明日奈にはもう一つの不安要素があった。

キリトはどうなっているのか…治療は成功したのか…ということだ。

明日奈の視線を読み取った菊岡が、先に事実だけを伝える。

 

「残念ながら…キリトくんの治療は現時点では成功していない」

 

「つまり…しっ…ぱい?」

 

それを聞いた明日奈はゆっくりと崩れ落ちた。

もう二度とキリトと話せないのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 

「話は最後まで聞きたまえ。確かにまだ治療は『成功はしてない』が、失敗もしていないよ?」

 

それを聞いた明日奈は即座に顔を上げた。

 

「比嘉くん、説明を」

 

「うっす。本来、アンダーワールド内で死亡…消滅した場合、ライトキューブ内のフラクトライトは自動的に消滅します。それはキリトくんも例外ではない。しかし…キリトくんは間違いなく死亡したのにも関わらず、フラクトライトはまだ残っています」

 

「それじゃあ…」

 

「何らかの方法でキリトくんはアンダーワールド内に留まっているということだ。どうやってそうなったのかは分からないが、まだ治療する見込みも…アリスをこちら側に持って来させることも出来る。…復活すればの話だが」

 

それを聞いたアスナはホッと胸を撫で下ろした。

しかし…その後、比嘉から聞かされた情報が明日奈の心を掻き乱す。

 

「ただ…僕の想定ではそこまで長くフラクトライトを維持することは出来ないと踏んでいます。アンダーワールド内で半年から1年も経つと…」

 

「とにかく、襲撃者が何者かだとしても、アリスを彼らに渡すわけにはいかない。頼みの綱のキリトくんも、今は動けない状態だ。なんとかしないといけない状況だが…」

 

その時、明日奈は勢いよく立ち上がり、菊岡に言った。

それは、菊岡も比嘉も想像出来なかった話だった。

 

「私を…アンダーワールドに飛ばすことは出来ませんか?」




短いですが、ここまでです。
次の話ですが、襲撃者視点の話にしようかなと思ったんですが、マジで原作通りにしかならなそうなので、ここはスルーさせて頂きます。
下手すれば…整合騎士たちの戦闘シーンも書かずに終わるかも…(それだけはどうにか阻止したいけど)


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第37話 再会

襲撃されたシナット村の復興も山場を迎えた頃、緑姫(りょくき)を連れてイーディスがやって来た。シナット村の惨状を聞いて飛んできたそうだが…それだけではないとアリスは踏んでいた。

 

「私を人界軍のところに連れて行くのでしょう?」

 

「…まあ、そうなるね。私は別に強制するつもりはないよ?戦いに明け暮れない…自由でのんびりしたかったら…ここで住むと良いわ」

 

「いいえ、参りましょう」

 

この返答にイーディスは少し動揺する。

確かにアリスの眼は以前のような、迷いを1つも持っていなかった。

あるのは真っ直ぐ突き進む信念だけ…そうイーディスは思えた。

 

「私だけでなく、ユージオもね」

 

「ああ、僕も行く。このまま黙って見ていられない」

 

「………」

 

『イーディス…2人を…頼んだぞ…?』

 

キリトに言われたことを思い出し、イーディスはクスッと笑った。

 

「全く…コロコロと心情を変えるね、君たちは。中々に相性良いんじゃない?」

 

「イーディス!揶揄わないでください‼︎」

 

(もう私を『イーディス殿』と呼ばなくなったか…どうやら1番辛い山を越えたらしいね)

 

イーディスはそう思いながら、緑姫に乗る。

同じようにアリスとユージオは赤王に乗り込み、イーディスの後を追う。

アリスは寂しげにシナット村を少し見た後、鋭い視線を前方に向けた。

 

(私は戦い抜く…たとえ肉体が壊れて動かなくなっても…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人界軍の野営地に着いた3人がまず出会ったのは、敵意と信頼…2つの感情を込めた視線で見てくるエルドリエだった。まずアリスを見ると、深々と頭を下げた。

 

「我が師、アリス様…。きっと来てくれると信じておりました」

 

「エルドリエ、心配をかけましたね。ところで…この陣営はどうなっているんですか?整合騎士がほとんど見当たりませんが…」

 

その質問を投げられたエルドリエは一瞬言葉に詰まった。

しかし、黙っていても意味がないとエルドリエはすぐにアリスの疑問に答えた。

 

「今、動ける整合騎士は…たったの15人程度です…」

 

「そんな馬鹿な!整合騎士は私やあなたを含めて、31人いるはず…!」

 

「アリス様もご存知でしょう…元老長の秘技【ディープフリーズ】を」

 

それを言われてアリスはハッとした。

あの術は整合騎士が何かしらの問題を起こした際に凍結させるためのもので、解除するにも時間がかかると…。

 

「その術を受けて眠ったままの整合騎士が16人、残った15人ですが…4人はカセドラルの警備、4人は果ての山脈の警備、そしてここにいる整合騎士7人だけで、敵の軍勢を押し返さなければなりません」

 

想定外のことが起きていたから、エルドリエもイーディスもアリスを必死に呼んでいたのだと納得した。現在の戦力を把握したアリスに続けて問われたのは、やはりユージオの件だった。

 

「アリス様、何故この男がここにいるのですか?」

 

「…彼は自らの意志で戦場に赴きたいと述べたのです。何か問題でも?」

 

「あります!こいつは最高司祭様を討った剣士!…正直、最高司祭様を討ったことに関しては何も咎めるつもりはありません。しかし!私はともかく、今でも最高司祭様を臣従してる者が多くいます。その中で彼がいては…連合軍の信頼が揺らぐ可能性があります!」

 

今のエルドリエの意見に、アリスは否定することが出来なかった。

シナット村で半年間住んで分かったこと、この世界の人々はアドミニストレータのことを完全に信じ切っていること。そして…罪を犯した者には居場所がないこと。

それらを考えれば、確かにユージオの存在は連合軍にとっては邪魔者以外何者でもない。

それでもアリスは、ユージオの必要意義を述べようとした、その時だった。

 

「!」

 

エルドリエの瞳が狼狽へと変わる。

それと同時に甲高い音とエルドリエの小手が少し砕ける音が響いた。

 

「こ…これは…」

 

何が起きたのか分からない4人のところに、赤く爛れた色味を持つ大剣を腰に据える男がやって来た。

 

「そいつはぁ…心意の斬撃だ」

 

その声に即座に反応したのはアリスだった。

振り返ると、いつも通り優しい笑顔を浮かべる整合騎士騎士団長ベルクーリが立っていた。

 

「叔父さま…ご無沙汰しております」

 

「久しぶりだな、嬢ちゃん。半年も整合騎士から離れてたからか、少し頬がふっくらしたな」

 

「騎士団長、失礼ですよ。いつもアリスの頬はぷにぷにで柔らかいんですから♪」

 

そう言いながらイーディスはアリスの頬に触る。

アリスはすぐに「やめてください‼︎」と頬を赤くして拒絶する。その様子を見惚れるエルドリエと呆れるユージオ。

 

「それで叔父さま、先程の攻撃、心意の斬撃なのは私にも分かりましたが…一体誰が…」

 

「その黒く錆びた剣からだ」

 

ベルクーリの答えに一同は驚愕する。

 

「どういう経緯か分からねえが…その剣には意志が篭っているようだな。エルドリエの言っていることは正論ではあったが…その剣は怒ったんだろうな。あんまり刺激すると、今度は腕1本持って行かれるかもな」

 

それを聞いたエルドリエは酷く動揺すると同時に安堵もした。

しかし…逆にアリスは涙を流した。

今の斬撃は間違いなくキリトが放ったのだと確信した。

キリトは死んでもなお…アリス、ユージオ、イーディスを守ろうと必死になっている。アリスは剣を取り、抱き締めた。

 

「そういうことだからよ…エルドリエ。あまりカリカリするな、そこの少年やアリス嬢ちゃん、イーディスを傷付けたり罵倒したりすると…他の者もただじゃ済まねえからな」

 

ベルクーリに釘を刺されたエルドリエは、もう何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人界軍にやって来たばかりのアリスとユージオは専用のテントを用意された。そのベッドに2人で腰を下ろす。同じようにキリトの黒い剣をベッドに置き、同じようにする。さっきの意志は間違いなくキリトのもの…つまりこの剣はキリトだと思うようになったのだ。

 

「キリトも、疲れたでしょう。ゆっくり休んで」

 

それを見ているユージオはポツリと呟いた。

 

「キリトがその剣にいるのなら…そこから出してやれば生き返るのかな…」

 

ほぼ無意識で呟いた言葉にアリスはピクリと反応した。

アリスもあの戦いの後、何度となく願った。

キリトにもう一度会いたい、触れたい、その心を穿つような言葉で私を奮い上がらせてくれ、と。

だが、それは決して叶うことはない。キリトは死んだのだ。

ユージオの発言から、未だにキリトの死から吹っ切れている訳ではないと分かる。実際…気丈に振る舞っているアリスも同様だった。ここまでやって来れたのは、結局キリトのお陰なのだ。新しく授かった剣など…色んなことでキリトが手助けしてくれている。

 

(それじゃダメだ…もっと、自分自身を強くしないと)

 

アリスはユージオの手を握り、こう言った。

 

「ユージオ…私も、キリトの死をどうにか出来なかったのか…今でも何度も考える。だけど、もう過ぎたことなの。私たちは充分すぎるくらい、キリトに助けてもらった。さっきの心意、私の剣、そしてユージオには聞こえたという彼の声…。そろそろ私たちだけで全てを打破しましょう。誰にも手助けされることなく…自分達の力で」

 

「アリス…」

 

ユージオの手がアリスの背中に触れる。

自然とした感触にアリスは抵抗感を感じなかった。

 

(記憶を抜かれる前は…私は…どんな()だったのかな…)

 

キリトの消滅と共に失われた記憶…。

それをユージオは知っている。

 

(知りたい…もっと、私自身のことを…ユージオを…)

 

ユージオの身体が徐々にアリスに迫ってくる。

もう少しで抱擁の形になるところで…鈴が鳴った。

互いに鈴の音が聞こえた瞬間に離れ、顔を赤らめた。

その恥ずかしさからか、アリスはそそくさと来訪者の元へ行く。

そこには赤毛の女の子が鍋を持っていた。その後ろにも黒毛の女の子が隠れるように立っていた。赤毛の女の子…ティーゼはオドオドと話し出す。

 

「き…き、騎士様…お夕食を持って参りました」

 

「あと…これはパンとお水です…」

 

明らかに緊張した面持ちの2人にアリスは優しく言う。

 

「そんなに(かしこ)ならなくても…ここでは同じ味方なんだから。…そういえば貴女たちは、修剣学院で…」

 

「はい、人界軍補給部隊所属、ティーゼ・シュトリーネンと…」

 

「同じくロニエ・アラベルです」

 

「だからそんなに畏まらないで。私の方が逆に気にしてしまうわ」

 

アリスの言葉に、2人はポカーンとしてしまっている。

その様子を見たアリスは「どうしたの?」と問う。

 

「い、いえ!修剣学院でお会いになった時と…あまりに印象が違って…」

 

後ろでロニエも小さく頷く。

アリスは(そうかしら…)と思ってしまう。アリスが自分のどこが変わったのか考えていると、暗幕からユージオが出てきた。その途端、ティーゼは息を飲み、持っていた鍋を落としそうになる。

 

「ユージオ…先輩?」

 

「ティーゼ…!どうしてここに⁈」

 

ユージオの問いに答えることなく、ティーゼはユージオに抱きつく。

 

「良かった…良かった…‼︎ここでユージオ先輩らしき人がいると聞いて…もしかしたら生きてるのかもしれないって…!」

 

「…僕の方こそ、心配をかけてごめん」

 

「そんな、ユージオ先輩が謝ることじゃ…!

 

「あの…」

 

2人の会話にロニエが割って入る。

 

「キリト先輩は…?」

 

それを聞いたアリスとユージオは息を飲んだ。

アリスは彼女らを悲しませないために、『他の支給部隊のところにいる』と嘘をつこうとしたが、その前にユージオがポツリと呟いた。

 

「…ロニエ…覚悟はあるかい?」

 

「ユージオ!」

 

アリスは咎めるが、もう遅い。

 

「キリト先輩に、何かあったんですか?」

 

ユージオは一旦暗幕に戻り、そこから錆びた黒剣を持って来た。

それを見ただけで、ロニエは察しがついてしまった。

 

「そんな…まさか…」

 

「…僕たちを助けるために…犠牲になった」

 

ロニエは逆にパンと水が入った籠を落とし、キリトの剣に縋り付く。

その様子を見たティーゼもロニエを優しく抱き締める。

どうしようも出来ない光景にアリスは視線を逸らしてしまう。ユージオも唇を噛み、込み上げる悲しさに耐える。

 

「私が…私が…フレニーカを助けるために、あんなことをしなければ…こんなことには…!」

 

ユージオが何か言おうとした時、今度はアリスが止めた。

 

「ここは私に任せてください。2人とも、中に入って」

 

ユージオは頷き、外で待機する。3人が暗幕の中へ戻った途端、彼は顔を手で隠しながらも…一筋だけ涙を落とすのだった。



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第38話 心の在処

アリスが2人を幕の中に入れると、優しく聞いた。

 

「何があったのか…最初から教えて」

 

アリスは聞くべきだと思っていた。

キリトたちが禁忌目録を違反してまで犯したことは何だったのか…。

2人は涙が溜まった瞳でゆっくりと話し始めた。

 

「私たちは…フレニーカの待遇があまりに酷いと…ライオス主席上級修剣士とウンベール次席上級修剣士に抗議をしました…。でも…それが間違いだったのです。下級貴族の私たちが何を言っても、彼らは言うことを聞かないのを分かっていながら…。挙句に私たちは…彼らに………」

 

そこで唇が震え、ティーゼの話が途切れてしまう。

彼女らの身体は震え、瞳はあの時の恐怖を体現したかのように生気がない。

それを聞いて…アリスは漸くキリトが叫んでいた『俺がライオスとウンベールを斬った理由だって、ロニエやティーゼを救うためだッ‼︎彼女らみたいな下級貴族が、上級貴族の玩具、奴隷にされて何も思わないのか⁈』という発言の真の意味を理解した。

アリスも上級貴族の振る舞いに関しては気付いていたが、ほぼ無視していた。あの頃のアリス含めた整合騎士は『法さえ守られていれば何をしてもいい』と思っていた。だが、この行為…その思想がキリトたちが最高司祭…いや、公理教会自体に反旗を翻した原因だったのだ。

数秒、何も言えずに立つアリスだったが、深呼吸して彼女らに言う。

 

「貴女たちは何も悪くありません。貴女たちは友のために戦った…それだけです」

 

「アリス様には…誉れある整合騎士に何が分かるというのですか⁈私たちの誇りも身体も…全て奴らに汚された私たちの…何が分かるんですか!」

 

彼女らの声にアリスはすぐに答える。

 

「身体は心の従属物にしか過ぎません。自らの意志が籠ったところは『心』…つまり『魂』です。この『魂』を汚せる者はいない、そして…心の有りようを決めるのは…自分自身です‼︎」

 

そう叫ぶアリスに2人は思わず涙を流すことも忘れて見詰めた。

それと同時にアリスも、キリトがあの戦いで見せた心意の姿を出来るはずだと自分自身に言い聞かせる。

すると彼女の身体が仄かに輝いた。そして、輝きの中にいたのは黄金色の鎧お身に纏った騎士ではなく、青いスカートに白いエプロンを着た…お淑やかな少女だった。それを2人は呆然と見詰め、アリスも漸く笑顔を見せる。

 

「ほらね?身体なんて…心の従属物でしかないのよ。辺境のシナット村で育った私は…こんな風に育つはずだった。でも幼い頃に禁忌目録に違反して、罪人として央都に連れて行かれて…整合騎士にされた。全ての記憶を消されてね…」

 

それを聞いた2人はほぼ同時に「えっ…」と絶句した。

彼らが目指した整合騎士の実態は…とんでもないものだったから。

 

「そんな運命を呪い、自分自身を見失うことも多々あった。今でもキリトを救えなかったことをずっと後悔してる。自分が強いと思っていたことを恥じ、戦うことすら出来なかった。…それでもキリトやユージオ、みんなが助けてくれた。こんな仮初で偽物でしかない私にも、やるべきことがあると…」

 

アリスは今にも消え入りそうな心意を必死に耐えつつ、ロニエとイーディスの手を握った。

 

「貴女たちは何も悪くない。それに、そんな悲しい姿を見せてはキリトやユージオがもっと悲しむ。貴女たちにもあるわ、貴女たちだけが進める道が。それを私が…いや、私たちが導くから…」

 

それを聞いた2人は涙がもう止まらなかった。

天幕の中であっても外に響くような号泣を繰り返し、それをアリスが抱擁して落ち着かせた。

その様子を外から窺うユージオ。さっきまで泣いていた跡を必死に落とし、腰にかける冰龍の剣に触れたのだった。

 

(…僕も、今のままじゃダメだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

ロニエとティーゼを落ち着かせたアリスはユージオと共に軍議をする場所へと歩みを進めた。その道中で「よっ」と声をかけるベルクーリと出会う。未だに整合騎士のトップのベルクーリと顔を合わせることが上手く出来ないユージオはしどろもどろしてしまう。

 

「ユージオ、叔父様に失礼です。きちんと挨拶してください」

 

「ご、ごめん…。僕…緊張しちゃって…」

 

「まあしょうがねえさ…。もうすぐ戦争だ。戦い慣れていないお前さんでは、全然落ち着けないだろうさ」

 

「は、はあ…」

 

ユージオはやはり人見知りが発動してしまい、口数が自動的に減ってしまう。そんなユージオにアリスは呆れているが、ベルクーリはそんな彼女に質問する。

 

「嬢ちゃん、その剣の持ち主…どういう奴だったんだ?」

 

「どういう…って、叔父様どうして?」

 

「昨日の心意の斬撃…あそこまで強力なものを出せる奴は少ねえ、それに…あれは剣から出たものと考えると異常だ。並の整合騎士はおろか…俺をも超えている」

 

それを聞いたアリスは息を飲む。

キリトが実際に戦ってる姿はほとんど見られなかったが、最高司祭に致命傷を与える程の実力者…只者ではないと分かっていた。だが…アリスが最も尊敬すると同時に最強の剣士だと思っているベルクーリが『自分を超えている』と言わせる程の存在までとは想定してなかった。

 

「少なくとも…そのキリトって少年は実戦の経験が凄まじかったことだけは間違いねえ」

 

「実戦…とは?」

 

「命のやり取りさ、ただの学院生が最高司祭を仕留められるはずがねえ。禁忌目録で天命を削ることは禁じられている。奴はどこで実戦を詰んだんだ?」

 

それに関してはアリスもユージオも理由は知っている。

キリトはこの世界の人間ではない…。

しかし、それを伝えたところでどうこう変わる話でもなかった。

 

(キリトが居ない今、この世界を守るのは…)

 

「閣下、そろそろ軍議の時間です」

 

そこに白銀色の鎧を纏う騎士がやって来た。

それを見たユージオは表情を険しくさせる。

それも当たり前だ。あの騎士は50階で死闘したファナティオ・シンセシス・ツーだからだ。兜で顔を隠しているが、本当は女性であることをユージオはもちろん知っている。

ファナティオはすぐにユージオに視線を向けると、その兜を取った。

ユージオは険しい表情のままだったが、アリスは逆に意表を突かれた表情を取ってしまう。

 

(ファ…ファナティオ様が…化粧を…⁈)

 

そもそもアリスはファナティオの素顔を見ることが少ない。

同姓であることはもちろん知ってはいたが、その素顔に化粧がされているとは想像も付かなかったのだ。

ユージオは静かに…ファナティオに語りかける。

 

「何か…用ですか?やっぱり僕は邪魔者ですか?」

 

ユージオの腕は自然と剣に向かっていく。

しかし、ファナティオに敵対する意志は全く感じられない。

するとファナティオはニッコリ笑って、今度はユージオも驚かせる言葉を発言した。

 

「ありがとうね、私をぶちのめしてくれて」

 

「え?」

「は?」

 

2人とも共に呆気に取られる。

そんな2人を見て、ファナティオは話し出す。

 

「私は兜を被っていたのは、あの黒髪の坊やの言う通り…自分自身が女性であることを意識していたから。だから剣技も徐々に落ちていた。だけど、今回の一件で全て吹っ切れたわ。私の美貌を見ても、全く剣撃が落ちなかったんだからね」

 

(それ…自分で言います?)

 

心の中でアリスがそう思っていると、ファナティオは不意にアリスが腰に携えている黒剣に触れた。

 

「ありがとね…これで、私も頑張れそうだわ」

 

「………」

 

あまりに変わったファナティオを見て、キリトがこの整合騎士団に与えた影響が如何程のものか…改めて分かった。彼の言葉、剣撃、全てがみんなを変える力を持っている。

 

「だとしても…」

 

アリスは初めて面と向かってファナティオに牙を剥いた。

 

「そんなに自分が女性であることを意識していたかつ…男にやられたかったのなら、叔父様にして貰えば良かったじゃないですか!」

 

「あら、騎士長閣下は良いのよ。世界最強の剣士なんだから、万人に手加減するに決まってるわ」

 

そこから先もひたすらアリスとファナティオの言い争いは続く。

それを後ろ目で見るユージオは呆れているベルクーリに質問する。

 

「…いつも整合騎士って、あんな感じなんですか?」

 

「今日だけだよ…全く…」

 

ガミガミと言い争ってる2人を放っておいて、ユージオとベルクーリは天幕の中に入っていった。

2人が居なくなったことを知ったアリスとファナティオは、己の醜態に赤面するのであった。



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第39話 覚醒する剣の記憶

過去最長のエピソード


軍議が終わり、人界軍は東の大門の前に防御陣営を設営した。

前衛右翼にはエルドリエとユージオ、前衛中央にはファナティオ、前衛左翼にはデュソルバード、そして後衛にはベルクーリとイーディス、そして上空で飛竜に乗ったアリスと布陣を分けた。

軍議でも話したが、まともにやり合っては数の差で一気に押し返されるのが目に見えている。そこで出たのが敵の神聖術を封じるために、この陽光が通らない…赤茶けた大地に溜まった神聖力をアリスが1人で全て奪い、逆に使うという作戦だ。

ただ…リスクもある。

この通路にある神聖力全てをエレメントの変え、相手に放つのは相当な時間、体力、集中力が必要になる。そのためにまずは前衛が敵を押し退けつつ、時間を稼ぐのだが…アリスはもどかしい気持ちだった。

 

(私はここでみんなが命を懸けて、暗黒界の敵軍と戦うのを見ていることしか出来ない。私の神聖術が必要とは言え…)

 

アリスは震えそうになる左腕を右腕で押さえつけた。

自分自身の死の恐怖による震えではない。仲間を1人でも失うことを恐れるものだ。

 

(大丈夫、きっとやれる)

 

そんなことを思っていると、不意に下方から声が聞こえた。

 

「アリスー!ちょっといいぃ?」

 

声を上げているのはイーディスだ。

 

「何でしょう?」

 

「その黒い剣…ちょっと貸して欲しいなあ…なんて。私の剣はあなたと違って、まだ戻ってないし」

 

アリスは溜息を吐きながらも、黒剣を腰から外してイーディスに投げようとする。

その時…。

 

 

 

『頼んだぞ、3人とも』

 

 

 

「「「!」」」

 

確かに聞こえた声に、3人中2人は涙を落とした。

ユージオが流してる涙を見たエルドリエは彼に問う。

 

「どうした?今更怖気付いたか?」

 

「…まさか」

 

ユージオは涙を拭い、先程よりも鋭い眼光を前方に向ける。

 

「むしろ更に覚悟が固まりましたよ」

 

アリスも涙を拭き、イーディスに向かって投げ、同時に叫んだ。

 

「イーディス‼︎この戦い…必ず勝って、生き残りましょう‼︎」

 

「…ええ‼︎」

 

剣を掴んだイーディスは相槌を打ち、後衛へと戻っていった。

 

 

 

 

その数分後だった。決して傷も付かず、壊すことも…動くこともなかったはずの東の大門…人界と暗黒界を隔絶する門全体に、亀裂が走った。

同時に紫色の光が眩しく輝き、全ての者を照らす。

今か今かと門が破壊されるのを待つ闇の軍勢…そして、それを阻止するために立ち向かう人界軍…。双方共に退くことはないようだ。

そして、崩れ去る直前に門に文字が浮かび上がった。

 

『FINAL LOAD TEST』…と。

 

この意味を理解出来るものは、アリスとユージオだけだ。

文字を見た途端、2人はお互いに無意識に呟いた。

 

「「最終負荷実験…」」…と。

 

そして…何百年と人界と暗黒界を隔てた大門は、音を立てて呆気なく崩れ落ちる。

それと同時に暗黒界の亜人たちが一斉に雪崩れ込んできた。

狙いなんてない。ただ真正面から相手を殺すことだけを考えて、前軍の高地ゴブリン、平地ゴブリン、ジャイアント族、オーガが突っ込んでくる。

そんな彼らを前衛のデュソルバード、ファナティオ、エルドリエが相手にしようとする。ユージオも同じく剣を構え、戦う意志は見えるが…彼の背中からは死と恐怖のオーラが滲み出ているのをアリスは見てとれた。不安そうに見詰めるアリスに、真下にいるベルクーリが叫んだ。

 

「嬢ちゃん!大丈夫だ、あの若者は強い。そこまで心配する必要ないさ」

 

(そうよ、ユージオは強い。そんな心配をする必要ない。私は…自分の任務を全うしなくては…)

 

アリスは飛竜に乗った状態で、死にゆく兵士…亜人から放出される空間神聖力を自身のところに集め出す。

これはファナティオが言い出した作戦だった。敵軍勢を一掃する方法として、自軍と敵軍の死によって放出された神聖力をアリスが奪い取り、それを巨大な神聖術として打ち出す…と。

確かにこれを使用すれば、暗黒界で厄介な暗黒術師団の強力な神聖術の行使を封じることは出来る。だが裏を返せば、それはアリスたち人界軍の神聖術も使えないことを意味する。

そのためにも早くアリスは術を発動し、敵軍を一掃しようと思っているが…まだ足りない。それまでに殺される味方のことを考えると、胸が張り裂けそうな気持ちになったが、それまでは…彼らを信じることしか出来なかった。

 

 

 

 

ジャイアント族がファナティオと四天剣率いる中央前衛に押し寄せていた。普通の人のおよそ2倍はあろうかという巨体を持つジャイアント族、だがファナティオは彼らの心を折って戦意を喪失させようと踏んでいた。

そのためには…。

 

「奴らの長を討つ!」

 

ファナティオは照雷剣を構える。剣先をジャイアント族の中でも一際大きい個体に狙いを定め…光を放った。

 

「エンハンス・アーマメント!撃ち抜け…光よ‼︎」

 

長を含めて前方にいたジャイアント族はあまりの眩しさに目を閉じそうになる。だが流石は長と言ったところか…凄まじい速度で飛んでくる光弾を紙一重で躱す。だが、長の前後にいた2体はその光によって頭や胸を撃ち抜かれて絶命した。

それを見たジャイアント族の長は身体を震えさせる。

今まで感じたことがない恐怖が襲うが、それは徐々に怒りへと変わっていく。部下を殺された恨み、自分を恐怖に貶める奴への怒り…それは想像も出来ないような力を発揮する。

 

「人間…風情…があ…。ゆる…許さ…許さないイイイイイィィ‼︎‼︎」

 

周りのジャイアント族があまりの変わり様に身動ぎしたと同時だった。

前方にいた部下を薙ぎ払いつつ、長はファナティオに襲いかかる。

ジャイアント族では信じられない速度で駆け抜け、人界軍に迫る。

ファナティオはそんな奴にもう一度、光弾を放つが…なんと意図も簡単に避けられる。

それとほぼ同時に間合いに詰められる。

 

(早い‼︎)

 

咄嗟に剣でガードしようとするが、その前に四天剣の1人、ジェイスの巨鎚が奴の腹部を捉えて吹き飛ばした。だが、奴は奇声を発しながらも襲いかかる。

その後にも四天剣全員がファナティオの前に立ち、奴と交戦するために立ち向かっていく。だが…明らかに様子がおかしい長に対して、ファナティオは叫んだ。

 

「行くな‼︎止まれ‼︎」

 

だが、その声は彼らの耳には入らず…構わず突っ走っていった。それを止めるために駆け出したファナティオだったが…遅かった。

鈍器が鎧を砕く音、肉が潰れる音…それが響いたと同時に、四天剣は地面に倒れ…動かなくなった。

それは一瞬の殲滅撃だった。ファナティオは表情を歪ませ、急いで4人のところへ駆け出す。

 

「どうしてだ…⁈何故そこまでして私を守る⁈」

 

「ファナティオ様を…守ることが…私の使命です…」

 

ダキラは血塗れの身体でもそう呟いた。

ファナティオは悲しみに暮れ…戦意を完全に失ってしまう。

そして初めて見た…身近に居る者の死に、彼女の身体は完全にすくんだ。今まで何百回と暗黒界から入り込もうとする敵を討ってきたファナティオでも感じた死の恐怖…それは凄まじいものだった。

それを感じ取ったジャイアント族の長は薄ら笑いを浮かべつつ、今度はファナティオにその鈍器を振り下ろした。

ガキィンという音が響き、思わずファナティオは顔を上げた。

そこには…前衛左翼にいるはずのユージオが剣で奴の攻撃を防いでいたのだ。

 

「ぼ、坊や…」

 

「ファナティオさん…!まだ4人とも死んでいません‼︎早く連れて下がってください!ここは僕が…!」

 

「しかし…!坊やだけでは…‼︎」

 

「早くしてください‼︎彼らが死んでもいいんですか‼︎」

 

そう叫ぶユージオだが…徐々に力に圧倒され始める。

 

(このままでは…押し潰される…っ‼︎)

 

その前にユージオは冰龍の剣を斜めにして、単発SSスラントを放つ。単純に振り下ろした鈍器はユージオのすぐ左側で地面にぶつかり、ユージオは右側からスラントを解き放った。だが、奴はその鈍器を視点にユージオの真後ろに移動する。

 

「なっ‼︎」

 

「お前もォォ…死ねエエエエエエエエ‼︎」

 

奴が放った拳はユージオの左脇腹を捉える。

肋骨が折れる音…内臓が潰れた感触を味わいながら…ユージオは吹き飛ばされる。

久々に感じる真の痛みにユージオは喘ぐ。

 

「ぐあ…あがあああああぁッ⁈」

 

腹を抑え、口から溢れる血を止めようと神聖術を行使するが…元から陽光が届かず、神聖力をアリスに奪われている今…それは無理だった。

それでもユージオは立ち上がった。ここでユージオが退けば、被害は更に広がってしまう。

それを防ぐためにも、ユージオは奴の前に立ち塞がる。

 

「退けエエェッ‼︎人間めがアアァァ‼︎」

 

次に飛んで来たのは鋭い蹴り。

再びまともに受けたユージオは悲鳴も上げずにただ転がる。それでも剣だけは手放さず、戦う意志は消していない。

 

(まだだ…僕は…倒れるわけには…)

 

再び立ち上がろうとするユージオだったが…その前に1つの声が耳に入った。

 

「ユージオ‼︎」

 

なんと飛竜に乗ったアリスが怒りと焦りを含んだ表情でこちらに向かって来ていたのだ。その片手には煌々と燃える青い金剣を携えて…。

だが、それは同時にアリスが空間神聖力の奪取をやめたということでもある。それを踏まえると…敵はいつ術式を撃ち込んで来てもおかしくない。

それでもアリスはユージオの救出を優先したのだ。

キリトがどうしても助けたかったユージオを死なせてはならない…。

その一心で身体を動かしていた。

しかし、ユージオのすぐ目の前には奴が鈍器を振り上げて、今にも振り下ろす瞬間だった。

 

「ユージオ!逃げなさいッ‼︎」

 

アリスは既に武装完全支配術を発動しているが、この距離ではユージオも巻き込んでしまう。それ故にアリスはもどかしい気持ちになる。

 

(マズイ…このままじゃ…!)

 

アリスがそう思った時、奴の鈍器がユージオに振り下ろされた。

 

「!」

「ユージオォッ‼︎」

 

だが、その鈍器はユージオの顔の前で何かに当たったかのように止まる。まるで見えない壁があるかのように、ユージオを守っていたのだ。

更に右脇と右肩に誰かが支える感触がしたユージオが振り向くと…。

 

 

 

『頑張ってるな…ユージオ』

 

「キリ…ト…」

 

確かに死んだはずのキリトの姿があった。

だが、その姿はアリスには見えておらず、そうやって奴がしどろもどろしている間に入り込み、斬撃を打ち込む。

 

「離れなさい!」

 

「どうして…キリトが…」

 

『お前が死にそうになっていて、放っておく相棒はいないよ。それよりも…早くお前はやるべきことをやるんだ』

 

「…やるべき、こと…。でも、僕の力じゃ…」

 

『…相変わらず、弱気だな。仕方ないな…俺が力を貸してやるよ』

 

すると…イーディスが持つ黒剣が唐突に輝き出す。

 

「な、何?」

 

その輝きは束となって、戦場の方へと飛んでいく。

それを呆然と見るイーディスだったが、その光がどこへ行くのかは見当がついた。

 

(ユージオのところ…かな。キリト…やっぱり君はまだ…)

 

その光の束はユージオの冰龍の剣に当たる。

 

「⁈これは…!」

 

すると…アリスも感じたことがない程の悪寒が背中を突き抜けた。

 

「何…この冷気は…」

 

『次からはお前の力で出すんだぞ?俺は…一旦ここまでだ』

 

キリトの姿が消えかける前に…ユージオはボロボロになった身体を立ち上がらせ…呟いた。

 

「待って…キリト…」

 

『ユージオ…』

 

「行ってしまう前に…僕の…僕の力を見て欲しいんだ‼︎あの時…何も出来なかった僕を…」

 

キリトは暫し黙った後に、姿を消す。

 

『大丈夫だよ、ユージオ。俺はいつでも見てるぜ…』

 

その言葉を聞いた途端、ユージオは目頭が熱くなったが、涙は流さなかった。流すのは…戦いが終わってからだと決めていた。

そして、ユージオは凄まじい冷気を発生させる冰龍の剣を振り上げる。

それを見たアリスは即座に竜に乗り、前衛と後衛に叫んだ。

 

「叔父様!ファナティオ殿!今すぐ兵を退げてください‼︎」

 

「退げるって…アリス、一体何が」

「いいから早くッ‼︎」

 

アリスの余裕のない声にファナティオは傷付いた四天剣たちを抱えて、後方に叫んだ。

 

「今すぐ後衛部隊の更に後ろへと下がりなさい‼︎早く‼︎」

 

その間にもユージオの剣には途轍もない冷気が充填されていく。

ユージオも今起こっている状況がどういうものか…判断出来てない。

明らかに記憶解放術の更なる上を行く力ということ、そして…キリトが力を貸してくれたことだけが分かっている。

大きく振り被った剣を…雄叫びと共に一気に振り払った。

 

「はああああぁぁァッ‼︎‼︎」

 

それと同時にユージオの右腕…そしてその先は一瞬で氷の世界へと変貌していく。今まで使用した武装完全支配術や記憶解放術など比にならない攻撃に闇の軍勢はおろか、アリスたちでさえ恐れ慄いてしまった。

今まで戦っていたはずのゴブリンやジャイアント族は即座に凍り付き、その10秒後には砕け散った。更にそれにより放出されるはずの空間神聖力も凍り付き、完全な無へと変貌する。

それを見たベルクーリは思わず呟いた。

 

「あれは…アウェイキング・メモリーズ…」

 

と…。

 

 

 

 

 

 

 

しかし…その凍結攻撃も暗黒界の王…ベクタの前で止まっていた。

いや、その目の前で凍結が謎の空間によって食われていたのだ。

更に軍の3分の1を消されたのにも関わらず、ベクタとその部下は顔色を変えなかった。

 

「…詰まらん技だ」

 

ベクタはそれだけ呟き、傍に置いてあるワインを一口飲むのだった。



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第40話 月夜に輝く幻影

最近1話1話が長くなりがちだなあ…。


ユージオの大技によって…最初攻めてきていた暗黒界の前衛はほぼ壊滅した。氷の上を歩いてこちらに渡って来ようとする者もいたが、足が氷に触れた瞬間に身体が凍り付いてしまい、奴らの侵攻を防いでいた。

その光景に圧巻される人界軍だったが、その十数秒後には歓喜の悲鳴が舞い上がった。

だが…それを放ったユージオはそのまま倒れてしまう。

 

「ユージオ‼︎」

 

アリスとイーディスは即座にユージオの元へと駆け寄る。

ジャイアント族の長から受けていたダメージもあるが、剣を握っていた左腕は完全に凍結していた。アリスはすぐ様治癒術を施そうとするが、ユージオの技で空間神聖力が凍結されてしまい、中々に治療が進まない。

 

「イーディス、ユージオをお願い…!死なせないで!」

 

「当たり前じゃない!」

 

イーディスは緑姫の上に意識のないユージオを乗せると全速力でこの場を去った。

1人残されたアリスは、少々後悔していた。

自分の責務はこの地帯に溜まった空気神聖力を根こそぎ奪い、相手に向けて放つという作戦だったのだが、ユージオの負傷に冷静さを欠き、その責務を放置してしまった。ユージオの謎の大技が神聖力をも凍り付かせ、無力化する能力が無かったら、今頃敵軍の神聖術を受けることになっていただろう。

 

「…ユージオが負傷したくらいで、動揺しちゃダメだ。もっと冷静にならないと…。それにしても…」

 

アリスは前方に広がる氷の世界を見る。

敵の姿は跡形もなく消え去り、霜が舞っていた。

アリスが知る限り、ユージオはあの時詠唱していたわけではない。

ただの一振りでこの技を解き放ったのだ。

 

「あれは一体…」

 

「アウェイキング・メモリーズだ」

 

後ろから大剣を引き摺るベルクーリが姿を出した。

 

「アウェイキング・メモリーズ?」

 

「別名を記憶覚醒術、武装完全支配術や記憶解放術を更に超える技…。ただ、他の2つと決定的な違いは術式詠唱の必要がないことだ。心の中で思うだけで…すぐ様発動する。まあ、剣の天命値や自身の身体にかかる負荷は相当なものだがな」

 

「でも、どうしてユージオがそれを…」

 

「さあな、実際整合騎士で記憶覚醒術を行使できるのは、俺だけだ」

 

それを聞いた途端、アリスは目を丸くする。

アリスが師と仰いでいるベルクーリしか出来ないはずの術を今回の戦いで披露したユージオ…一体どうやったのか…。

 

「ユージオがその術を使えた理由…何となく分かるわよ」

 

そこにイーディスが戻ってくる。

 

「イーディス…ユージオは?」

 

「大丈夫、命に別状はない。ただ、左腕の凍傷が酷くて、少なくとも今日はもう戦えないわ」

 

「そう…良かった…。それで、どうして分かるのです?」

 

イーディスは腰にかかる黒剣を指差した。

それだけでアリスはもう予測がついた。

 

「この剣が唐突に輝いて、その光がユージオのいる方向へと飛んで行った。まあ…またキリトが力を貸してくれたのでしょうね」

 

「キリト…」

 

(また…助けられちゃったわね…)

 

そんなことを思っていると、不意にガサっと足音が3人の耳に入る。

その方向に目を向けると、そこには身体の7割が凍結して…今にも息絶えそうなオーガが1体…姿を現したのだ。

 

「お前……そこのイウムの…女…」

 

今にも固まりそうな左腕でアリスのことを指差すオーガ。

何か聞きたいことがあるようだ。

 

「お前…が…皇帝様が…言っていた…『光の巫女』…アリス…か?」

 

「『光の巫女』?」

 

ベルクーリはそう返す。

イーディスは剣を抜き、すぐに止めを刺そうとするが、それをアリスは止めた。

 

「イーディス、ちょっと待っててください。そうです、私がアリスです。私に何の用です?」

 

「お前を…皇帝のところへ持っていけば…戦争…終わる…」

 

そう話しながらも、彼の身体は徐々に凍り付いていく。とうとう歩けなくなった彼は膝を着き、寒さに震える口で続ける。

 

「お前連れて行けば…この無益な戦争…が……」

 

「…もう長くないでしょう。最後の望みくらいは聞きます」

 

「故郷の……草原……かえり…た……」

 

そこまで言って、彼の身体は完全に凍結し…すぐに崩壊した。彼の魂をせめて、生まれ故郷の草原飛ばそうと思ったが、それを凍りついてしまう。

改めて強力な技だと思えたが、同時恐ろしい技でもあると認識された。

だが、彼から重要なことも聞くことが出来た。

 

「『光の巫女』…。それが敵の狙い…」

 

「そんな奴はいねえけどな、この世界に…。闇の皇帝とやらは何を考えているのやら…」

 

「…とにかくまずは負傷兵の治療に当たりましょう。この攻撃を受けて、相手も無事ではないはずです」

 

ベルクーリとイーディスは頷き、一旦前線から退く。

去り際、アリスは『光の巫女』たる者が自分なのではないかと思っていた。いや…そう思えてならなかった。

 

 

 

 

 

大量の人員…いや、暗黒術士団の長のディー・アイ・エルからすれば、亜人はもはや道具としか見ていなかったが、そればかりか自身の忠実なる暗黒術士団も約半数があの凍結によって命を落としていた。

ディー自身も攻撃を受ける寸前であったが、闇の帝王ベクタが謎の力で氷を止めなければ…命を落としていたことだろう。

救われたことに安堵する一方で、ディーはすぐ様ベクタの前で土下座した。

 

「申し訳ありません!皇帝様…!」

 

「………」

 

ベクタはディーをほぼ見ていない。見ているのはずっと正面の虚空…何も興味ないといった無の眼光を向けているだけだった。

 

「我ら暗黒術士団の詠唱で奴らを叩き潰すはずが…その源である神聖力も謎の凍結で使えず…私の作戦不足でございます‼︎」

 

「…ほう」

 

ベクタは立ち上がる。そして…唐突にこんな質問をしてきた。

 

「その源は…どこで蓄えられている?」

 

「え?」

 

「さっさと答えろ」

 

先程と打って変わって、冷徹な視線が向けられ、ディーは悪寒を感じながらも必死に答えた。

 

「ほ、本来であれば、ソルスなどの陽光…または我々の命が消えた時に…神聖力は放散されます…」

 

それを聞いたベクタは自身が乗る巨大な馬車の横で出陣準備をしているオーク族を一瞥し、こう言った。

 

「良い餌があるじゃないか、私たちの横に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、アリスたちは遊撃部隊を編成していた。

動ける整合騎士、アリス、イーディス、シェータ、そしてベルクーリで敵陣営に突っ込み、奇襲をかけるというものだ。本来は『光の巫女』だと推定されるアリスが、自ら単身で行くと言ったが…もちろんベルクーリやイーディスがそんなことを許すはずがなかった。

 

「俺も行くぜ、戦い足りねえからな」

 

そう言われては、アリスも断ることが出来なかった。

アリスは飛竜に乗る前に、後方の場所で安静にしているユージオの元を訪れた。

 

「遊撃…部隊?ダメだ、アリス…危険すぎる」

 

「大丈夫です、敵の方に神聖力はほとんどありません。術が撃たれることもない今が、奴らを叩く最善の方法です」

 

「でも…!うっ…⁉︎」

 

左腕を抑えるユージオに、ティーゼが優しく支える。

 

「まだ動かないでください、先輩…。左腕は凍傷で腐り落ちてもおかしくなかったんですから…」

 

少なくともユージオの身体のダメージは相当なものだ。

そこまで身体を張ってみんなを守ってくれたユージオに、これ以上の無茶はさせられない、とアリスは思っていた。

 

「アリス、行くわよ」

 

イーディスの声にアリスは小さく頷き、立ち上がる。

心配そうにアリスを見詰めるユージオにイーディスは言う。

 

「大丈夫よ、いざとなったら私が守るから。それに…」

 

イーディスは2人に聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「あなたたちを守ることが、彼との約束だしね…」

 

「イーディス、今なんと?」

 

「何でもないよ、さあ行きましょう」

 

イーディスは明るく笑いながら、さっさと馬車から降りる。

その跡をアリスは追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

飛竜に乗り込んだ4人は一気に敵陣営へと突っ込む。

もう時間も夜で、照らすのは薄暗い雲の隙間から溢れる月の輝きだけだった。真っ暗な渓谷を進んでいると、不意に前方が妖しく光り出す。

 

「何?」

 

「!あいつら…なんて事を…!」

 

ベルクーリが見たもの…それは、何千人というオーク族を生贄に生み出した神聖力で作り出した何百匹という 噛生虫(げっせいちゅう)だった。それは今か今かと解き放たれる刻を待っていた。

このままアリスたちが突っ込めば、間違いなく奴らの餌食になるだろう。ベルクーリはすぐに叫んだ。

 

「今すぐ旋回しろぉ‼︎奴らが俺たちを標的にするように、上昇するんだ‼︎」

 

その指示通りに急上昇を開始した。それと同時に噛生虫どもが解き放たれた。最初はそのまま直線的に進んでいるかのように思われたが、すぐ様アリスたちを標的にする。迫ってくる速度も凄まじく、飛竜を全速力で飛ばしても追いつかれてしまいそうだった。

 

「まずい…!」

 

それを見たアリスは剣を抜く。

即座に剣に炎を纏わせたが…幾分数が多い。

この一撃で全てを消し去ることは至難だ。

 

(一か八か…!)

 

アリスが剣を振るおうとした時、前方からまた別の飛竜が飛んできた。それは遊撃部隊に召集されなかったエルドリエだった。

 

「まさか…あいつ!」

 

エルドリエの意図を読み取ったイーディスは飛竜の速度を上げ、急上昇しているエルドリエの飛竜のすぐ横についた。

 

「エルドリエ‼︎まさか無駄死にするわけじゃないわよね⁈」

 

「無駄死にではありません‼︎皆を…アリス様を生かすために、私の命など…!」

 

「ふざけたこと…言ってんじゃないわよッ‼︎」

 

イーディスは飛竜を回転させ、その尾でエルドリエの飛竜の腹に重めの一撃を与えた。それを受けた飛竜は地面へと落下し、そのまま動けなくなってしまう。

 

「こいつらは私がやる!エルドリエがわざわざ命を捨ててまでやる相手ではない‼︎」

 

「くっ…イーディス殿‼︎危険です‼︎」

 

エルドリエの叫びの通り、噛生虫は標的をエルドリエからイーディスに変えていた。イーディスが持つのはアリスから譲ってもらった黒剣のみ…。火炎を放てる緑姫とはいえ、あの量を殲滅するには無理がある。

 

「…強がってみたけど…ここまでかな」

 

だが、何もしないよりは良い。

イーディスは黒剣を抜き、奴らに構える。

 

「来い‼︎薄汚い蟲たちめ‼︎」

 

一気に拡散した噛生虫がイーディスに襲いかかる。

 

「「イーディスッ‼︎」」

 

エルドリエとアリスがほぼ同時に叫ぶ。

その時、黒剣が再び輝く。それと同時にイーディスの姿が消える。

 

「えっ…」

 

突然の事態にアリスも呆然とする。

アリスだけじゃない。イーディスを狙っていた噛生虫も彼女を見失い、辺りをウロウロしている。

イーディスという餌が消えたことで、再びアリスたちが標的になる。

だが…奴らが翅を動かし始めたその瞬間…!

 

 

「エンハンス…アーマメント」

 

 

イーディスの静かな詠唱が…月夜の空に響いた。

それと同時に降りかかる無数の紅白色の斬撃。

斬撃は的確に噛生虫の周囲を取り囲み…無惨と言える程にバラバラにしてしまった。

一瞬に出来事に呆然とする人界軍。

そして…月明かりから見えた姿に、アリスは叫んだ。

 

「イーディスッ!」

 

そこには…紅色に輝く純白の剣を携えた、イーディスの姿があった。

 

「…ふう、どうにかなったね」

 

「イーディス、無事で何より…。その武器は…」

 

「突然出てきたの、何でか分からないけど」

 

イーディスの持つ剣を見たアリスの第一印象は、凄まじい切れ味を誇る…ということだろうか。刃の周りに漂う紅色のオーラは、アリスの剣をも上回る。

何はともあれ、イーディスが無事と分かって嬉しい限りであったが…それと同時にこんな目に合わせた暗黒界の軍勢に敵意が向けられる。

 

「…アリス、行こうか」

 

それはイーディスも同じだった。

 

「赤王…」

「緑姫…」

 

「「全速突撃ッ‼︎」」

 

2人は誰にも言うことなく、即座に暗黒界のテリトリーへと突っ走っていく。そこでは大量の神聖力を注ぎ込んで完成させた噛生虫たちを意図も簡単にやられたことに…ディーは激しく動揺していた。

 

「馬鹿な…!あれだけの量を…そんな一瞬で…⁈一体…どうやっ…‼︎」

 

その時、ディーの視線に2体の飛竜と、2人の整合騎士が視界に入った。

 

「退避…!退避せよ…‼︎」

 

暗黒術士団は一斉に悲鳴を上げて逃げ出すが、そんなことを許す2人ではない。飛竜たちは火炎を吐き、アリスも記憶解放術を放とうとする。

 

「待って、アリス。残りは私がやる。あなたは剣の天命値を温存する方がいいわ」

 

「…それなら、任せます」

 

イーディスは再び純白の剣を抜き、詠唱を口ずさむ。

 

「リリース・リコレクション」

 

その言葉と同時に剣を振るった瞬間…斬撃の竜巻が発生し、周回のものを全て吸い込み始める。それを見たディーは絶望したような表情を浮かべる。吸い込まれた者は骨が一片たりとも残らない程に切断され…この世を去っていく。

 

「あ…ああ…あああああぁぁ…」

 

恐怖のあまり言葉すら出ないディーもとうとうその餌食となる。

こうして…ディーを始めとした暗黒術師団は、壊滅した。




【補足1】
記憶覚醒術『アウェイキング・メモリーズ』
武装完全支配術、記憶解放術を超える高難度の技。
この術の最大の特徴は『詠唱が必要ないこと』。心の中で思うだけで、その技を発動することが出来る。だが、発動するには剣と心が完璧に通い合い、相当な熟練者であることが条件である。ここで言う『相当な熟練者』はアリスといったトップレベルの整合騎士でも扱えないレベル。
ただ、発動すると相当なデメリットが発生する。まず、自身の天命が大幅に減少…それと同時にどこかの部位が欠損する恐れがある。他にも剣の天命値が大きく減少する。それ故に他の2つと異なり、連発することはほぼ不可能である。

【補足2】
冰龍の剣:記憶解放術『崩絶凍(ほうぜっとう)
記憶解放術『絶凍』の完全上位互換。ただ、凍る範囲が尋常ではないくらいに広がっている。実際、ベクタがあそこで止めていなければ、暗黒界の軍勢は全滅はおろか、その先も永久に融けない絶対零度の世界となっていた。
更に空間中に漂う神聖力、死んだ時に放出される神聖力…これらを例外なく凍結させる。これにより神聖術の行使を完全に遮断出来る。
ただ…まだユージオは半分暴走気味で発動したもので、左腕が凍傷で失いかけ、剣の天命値も限界まで使ったため、完全にコントロールは出来ていない。

【補足3】
イーディスの新たな剣『月迅(げつじん)剣』
イーディスの覚悟を読み取って、キリトの黒剣が生み出した剣。
刀身は真っ白な純白、周囲に紅色のオーラが漂っている。
元ネタは月迅竜ナルガクルガ希少種とFで登場した極み駆けるナルガクルガ。正直…モンハンで日本刀と言ったらミツネなんですけど…それは出してるし、つい最近出た希少種が火属性で、アリスと丸被りなので彼らを採用しました。

【補足4】
月迅剣:武装完全支配術『迅鼬(じんゆう)
月明かりを利用して自らと自身が触れてるものを透明化することが出来る。更に剣のを振った先で紅白色の鎌鼬が発生する。この鎌鼬はガードが不可で、一瞬で相手の命を奪える。
ただ、透明化は夜でないと発動しない。

【補足5】
月迅竜:記憶解放術『大迅鼬(だいじんゆう)
透明化は出来ないが、鎌鼬を利用した巨大な竜巻を発生できる。
更に吸引力もかなりのもので、逃げ切ることは非常に困難。ただ、この切り裂く竜巻は一度に2個しか置けない。


久しぶりに後書きが長くなってしまった…。


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第41話 双棍使いの拳闘士

奇襲をかけられた暗黒軍だが、その中で1人だけ…羨望の眼差しを向ける者がいた。

それは暗黒界の皇帝ベクタ。

飛竜に乗り、蒼炎の剣を振るうアリスの姿は『美しい』の一言だった。

戦場に(なび)く金髪…炎によって輝きを増させる鎧…そして、何者にも屈さない瞳は彼の今まで沈んでいた心を揺れ動かした。

 

「あれが…アリス…」

 

漸く見ることが出来た獲物にベクタは醜悪な笑みを浮かべた。

それを横で見てる暗黒騎士はそれを一瞥するだけで、何も言わない。

そして…今まで沈黙を貫いていたベクタがとうとう動き出す。

 

「全軍、あの金髪の少女を捕らえよ。褒美として、暗黒界と人界の利権を全てやろう」

 

その言葉を聞いた闇の軍勢は一斉に声を上げて、引き上げていくアリスの跡を追い始める。

その号令を聞いていた側近の暗黒騎士…そいつが立ち上がり、こう言った。

 

「俺も…動いて…いいか?」

 

片言な言葉にベクタは「楽しんで来い、PK(プレイヤーキル)を…」と返すのだった。

 

 

 

 

 

 

イーディスの記憶解放術によって、暗黒術師団は全滅した。

この吉報を持って、陣営に戻ってきたイーディスとアリス。しかし、アリスがこの事を伝える前に足早に向かう場所があった。それはエルドリエのところだった。

彼はイーディスに助けられ、自軍のところに逃げ戻った身である。

 

「アリス様…ご無事……」

 

エルドリエがかける声を遮り、アリスは渾身の拳を彼の頬のぶつけた。

口の中に溢れる血の味を感じながら、エルドリエはアリスの顔を見る。

 

「アリス様…」

 

「何をしているのですか…。あなたは…自分が何をしようとしていたのか分かっていますか⁈」

 

アリスの怒りは収まらない。

彼がアリスを含めた騎士を救おうと、自らの命を投じようとしたことは理解している。しかし…それはアリスからすれば自ら命を落とすことよりも許せない行為だった。

 

「私は、自らの命を容易く落とす者は…最も嫌いです‼︎恥を知りなさい‼︎」

 

「…アリス様、申し訳ございません…」

 

それを見ているベルクーリとイーディスだったが、すぐにアリスに声をかけた。

 

「お嬢ちゃん、喧嘩は終わったかい?アイツらが来ているぞ?」

 

ベクタの言葉に惑わされた軍勢の一部…先頭は拳闘士軍団が徐々に迫って来ていた。拳闘士に関しては、アリスたちもよく知っている。彼らの心意によって身体は恐ろしく堅牢になっており、生半可な剣撃では傷を与えることは出来ない。ここで迎え撃つことも考えたが、数では間違いなく勝てない。

それを読み取ったイーディスはこんなことを言い出した。

 

「私が残るよ、時間稼ぎをする」

 

「そんな!無茶です‼︎」

 

「大丈夫だよ、この剣があるんだし…キリトもいるんだし♪」

 

イーディスが腰の黒剣を見せつける。

大いに不安であったが、ここで誰かが時間を稼がなければ、全軍を移動することは不可能だ。

 

「じゃあイーディス嬢ちゃん、俺らは向こうの枯れた林の方に軍を移動させる。そこで待ち伏せもすれば…拳闘士軍団くらいはどうにか出来る。それまで耐えてくれるか?」

 

「余裕余裕♪任せて!」

 

「ということだ。行くぞ、アリス嬢ちゃん」

 

「…イーディス、必ず戻ってください」

 

「分かってるって!」

 

すぐにアリスたちを含めた部隊は灌漑地帯へと移動を開始する。

その数分後には凄まじい勢いで向かって来ていた拳闘士軍がイーディスの前で止まる。先頭に立っていたのは若い男だった。金髪で筋骨隆々、だが背はあまり高くない。握っている拳からは常に覇気が漏れ出ている。

 

「お前は…」

 

「チャンプ、彼女は整合騎士…イーディス・シンセシス・テンで間違いありません」

 

「ほおぉ…で、そんなお目が高い整合騎士様が何故ここに?」

 

「見て分かるでしょ?足止めよ」

 

それを聞いたチャンプ:イスカンダルの顔色が怒気へと変わる。

 

「テメエ1人で何出来るんだ‼︎お前ら…こんな女はさっさと片付けて行くぞ‼︎」

 

イスカンダルの声に再び軍勢が動き出そうとした瞬間だった。

 

「!」

 

彼らの前に紅白色の鎌鼬が降り注いだ。それは地面で高速で留まり、退路を塞ぐ。

 

「この刃の嵐を抜けられるのなら…行けるんじゃない?」

 

イスカンダルはこの光景を見て、慄きもせずにニヤリと嬉しそうに笑った。その表情にイーディスの余裕も少し消える。

 

「面白えぇ…この女は俺がやる…」

 

イスカンダルは拳を握り、軽く素振りをする。

拳闘士の拳が鎧など意味を成さないものだと、イーディスは理解している。その代わり接近戦じゃないと効力は現れない。逆にイーディスの月迅剣は遠距離戦にも持ち込める。

そう…踏んでいた彼女だったが、途端に猛スピードでイスカンダルが彼女の懐を取った

 

「!」

 

「油断したな‼︎女ァッ‼︎」

 

彼の拳はストレートでイーディスの顔面に向かってくる。

避けられないと踏んだイーディスは、左腕でその拳を受け止める。その瞬間、左腕に着けている鎧は全て吹き飛び、更にミシッと嫌な音が響いた。

 

「っ」

 

どうやら左腕のどこかが折れたようだが、そんなことは気にしていられない。イーディスは逆に受け止めた奴の拳を離すまいと力強く握る。

そこから右手に握っている剣を容赦なく彼の腕目掛けて振り下ろした。

 

「拳闘士は腕が命でしょ?だったら…その腕を貰うまでよッ‼︎」

 

しかし、刃がイスカンダルの肌に触れたが…まるで鋼鉄でも斬っているかのように途中で止まってしまった。

 

「⁈」

 

それを見て取ったイーディスは彼の腕を離し、距離を取る。

それでもイスカンダルは斬られた部位を気にしていた。ありったけの心意を腕に込めて防御したつもりだったが、刃が当たった箇所には小さいとは言い難い切り傷が出来ていた。

 

「…流石、整合騎士だ…。この俺に刃で傷を付けたのは、お前が初めてだぜ…」

 

「それはどうも…」

 

イスカンダルは拳をこれ以上使うのは危険と判断し、腰に置いていた双棍を持ち出した。それを腕に装着すると、先程とはまた別の構えを取った。

 

「こいつはさっきの拳よりも強力だぜ?油断すると、内臓が吹っ飛ぶぜ?」

 

イスカンダルは双棍の長さを変え、再び攻めてくる。

先程よりも踏み込みは遅い。しかも直線的で分かりやすい。

 

(その程度なら…今度はその首を頂くわよ?)

 

イーディスは剣に紅いエフェクトを走らせる。

そのまま同じく突っ込み、刃を彼の首目掛けて振る。

しかし…今度は当たることもなかった。何故なら、イスカンダルは双棍を両方地面へと押し当て、イーディスの真上へ跳躍したのだ。

これにはイーディスも想定外だった。背後を取られた彼女の右足に容赦ない蹴りが飛んできた。それを受けたイーディスの右足もまた、彼女の中でボキッと嫌な音を響かせた。

 

「くっ…!」

 

苦悶の表情を浮かべるイーディスだったが、彼女もやられてばかりではいない。再び剣を振るい、イスカンダルの無防備となった足を斬る。

しかし、これも同じように心意によって、致命傷を与えるまでに行かない。

イスカンダルはそれでも傷ついた足の痛みに耐えつつ、双棍を合わせて巨大な一発をイーディスの腹に放った。

 

「オラァ‼︎」

 

その一撃はイーディスの胴で爆発…炸裂した。

イスカンダルはその間に距離を取るが、その足取りはおぼつかない。

 

「…チキショウ…」

 

斬られた足に付いた傷は腕よりも深く、気にしないものではなかった。

そして煙の中に見える影に彼は動揺した。

そこには大部分の鎧を失ったイーディスが立っていたのだ。だが、イスカンダルが動揺したのは生きていたからじゃない。彼女が放つ冷徹な視線だった。

今までどんな強敵に対して恐怖も抱かなかったイスカンダルでさえ、一瞬震えてしまう程の眼力。

 

「今のは効いたわ。だけど…もう少しだけパワーが足りないわね」

 

「はん!強がるのもいい加減にしろ!腕と足を折られ、鎧もないお前が余裕なわけ……」

 

だが、途中でイスカンダルの言葉が止まる。

突然、どこからともなく霧が発生し始めた。後ろの部隊とも、イーディスのことも見えなくなる濃霧にイスカンダルは更に激しく動揺する。嫌な汗が流れ、言葉ばかりが口から出る。

 

「おい!こいつはなんだ⁈」

 

イスカンダル自身も気付いていない。

自分が一番強がっているということに…。

 

「私も…あの時以来に本気を出そうかしら…。まあ…『あの時』の戦いに比べれば、全く生温いけどね…」

 

霧の中で不気味に響くイーディスの声。

イスカンダルはすぐに双棍を構えて、防御態勢を取る。濃霧で視界が効かないイスカンダルにとっては、防御する意外に道はなかった。

そんな隙だらけの彼に対して、イーディスは敬意を表して正面から突っ込んだ。

 

「その変な双棍…貰うわよ!」

 

「なっ⁈」

 

イーディスは剣に紫色の閃光を走らせる。そして、2度一閃した。

数秒の間、イスカンダルは何をされたのか分からなかったが、彼女が剣を鞘に納め、霧が晴れると同時だった。

彼の双棍は忽ちボロボロと斬られ、地面へと落下した。それにも驚いたが、イスカンダルは自分自身の腕が斬られていないことに狼狽した。彼女の腕なら、今ここで彼の首を落とすことも容易なことだ。

 

(こいつ…なんで…)

 

その答えは次のイーディスの発言で分かった。

 

「…お仲間が駆けつけて来たわね」

 

拳闘士軍の後方から、更なる援軍がやって来ていた。

これ以上戦っても勝ち目はない。

時間稼ぎも出来たイーディスは指で笛を吹く。

すると、大きな風を巻き起こしながら、緑姫が舞い降りて来た。

そこに素早く乗り、離脱するイーディスにイスカンダルは怒りを爆発させた。

 

「テメエッ‼︎やるだけやってそれかッ‼︎覚えてろよ‼︎クソ野郎‼︎」

 

イスカンダルの怒声はどこまでも響いた。

イーディスは痛む腕と足を庇いながらも、急いで枯れ木の林へと急ぐ。

先程の援軍の中に、一番の火力となり得るはずの暗黒騎士軍が半分程度しかいなかったのだ。

 

(まさか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、林の中には陣営が出来上がっていた。

アリスを追尾してくる軍勢を迎え撃つ部隊、そして後方で休息を取っているであろう支援部隊。だが…この読みは外れていた。

実は既に林の中には暗黒騎士団が待ち構えていたのだ。

油断しきった兵士を1人…1人…首を刈って殺害していく男。

こいつはベクタの横にいた騎士だ。

そして…馬車から出た赤い髪の女に目をつけた男は…腰から短剣を引き抜き…木々の後ろに隠れながらソッと近付く。そして凶刃を振り上げた瞬間だった。

完全に気配を消し、夜闇で姿も見られてなかったはずの男の首に…その女の剣が向けられた。これには流石の男も驚き、一気に距離を取る。

 

「…どうして、分かった?」

 

「気配は目だけじゃない、身体全体で感じろって…先輩たちが教えてくれたからです」

 

(…そのセリフ…どっかで…)

 

男の脳裏に『あの男』のセリフがフラッシュバックしたが、偶然だろうと、今はその時の記憶をしまい込んだ。

そして、ティーゼは「敵襲ッ‼︎‼︎」と林中に木霊するくらいに大声を上げた。

その声は待ち受ける遊撃部隊にも聞こえており、アリスはすぐに持ち場を離れようとする。だが…今自分の役割は、いずれやって来るであろう闇の軍勢を一気に叩くこと。ここでアリスが離れ、それが敵に知られようものなら、敵はここにやって来ない。仮に来たとしても、アリスがいなくなれば、残る整合騎士はベルクーリだけ…。歴戦の猛者であるベルクーリでも、1人では数千の相手は相当に厳しい。

 

(どうすれば…どうしたら…!)

 

悩んでいるアリスにベルクーリが肩を叩いた。

 

「何悩んでいるんだ、嬢ちゃん。早く行きな」

 

「でも叔父様…!」

 

「俺なら大丈夫だ、ほら…さっさと行け」

 

「…叔父様…ありがとうございます」

 

アリスはベルクーリの表情を読み取り、一気に駆け出した。

ベルクーリは溜息を吐きながらも、剣を抜く。

 

「さて…ここが正念場かな」

 

その頃、同じくティーゼの声を聞いた支援部隊は馬車から次々と降り、男を取り囲んだ。

しかし…男はまるで余裕だ。

 

「…やるぞ」

 

小さな声でそう言った途端、木々から更に十数人の暗黒騎士が姿を現した。これにはティーゼも狼狽した。

そして…男は凄まじい速度でティーゼの間合いに入り込み、一気に斬り込む。実戦の経験がないに等しいティーゼも頑張って対応しようとするが、剣を弾かれて地面に倒れる。

 

「ティーゼ‼︎」

 

ロニエが駆け寄ろうとするが、それを騎士が邪魔する。

 

「質問だ…光の巫女はどこだ?答えろ、女…」

 

問いを投げながらも、その剣はティーゼの首に迫る。

その時…ロニエの横を風が通り抜けた。

と思えば、彼女の目の前の騎士の首は飛んでいた。更にそのまま男に剣光が走る。

 

「!」

 

「ティーゼから……離れろォッ‼︎」

 

その声はユージオのものだった。

右腕だけで放った渾身の単発SSホリゾンタルは奴の身体に当たる。

しかし…負傷してまだ治っていないユージオの身体で放ったソードスキルは弱々しいものだった。

男の鎧を砕くことも出来ず、ティーゼから距離を取らせることが精一杯だった。

 

「今のは…ソードスキル…」

 

男は驚愕の表情を浮かべていた。

それと同時に…醜悪な笑みを浮かべた。ティーゼは今まであからさまな表情を見せて来なかった男に初めて怖気が生まれた。

 

「ティーゼたちに…指一本……ぐっ…」

 

だが、虚勢を張るのはここまでだった。

負傷したユージオは膝を着き、男に隙を見せてしまう。だが、男は奴らを始末する前にユージオに問う。

 

「その剣技…どこで知った?」

 

突拍子もない問いにユージオは一瞬驚いたが、敵である男にそんなことを教える必要はない。無言を貫くユージオに男は右足を踏み込む。

 

「じゃあ…死…」

 

その時だった。

突如…暗い夜闇に純白の光が解き放たれた。

その光景に男を含め、ほぼ全ての者が魅入った。

 

「あれは…⁈」

 

林を駆けるアリス、飛竜に乗るイーディスも驚きを隠せない。

ティーゼも驚いていたが、男が光の方を向いている隙にユージオの連れてこの場から離れる。

 

「アイツは…」

 

光の中に見える人影…。風貌から女性だ。

それが誰か視認する前に…彼女は右手を振り下ろした。

その途端に紅い光が地面へと降り注ぎ、男の後ろにいた暗黒騎士たちを肉片が残らないまで…光に包み込まれた。それと同時に地面も光によって飲まれ、大きな裂け目となった。

その様子を静かに見る男…。

だが…その顔は恐怖になど飲まれていなかった。むしろ興奮や嬉しさと言った感情が無意識に出ていた。

女性は今度は男に目掛けて、紅光を降り注がせた。

 

(あの顔…あの髪…あの気配…!アイツは…)

 

意識が切れる寸前で男はこう思った。

 

(KoBの…閃…光……じゃねえか……)




【補足1】
『双棍』
元ネタはフロンティアで存在した武器『穿龍棍』。

【補足2】
『イーディスの剣が複数の能力を持つ理由』
現在のイーディスの愛剣:月迅剣が何故紫幻剣の能力も使えるかだが、キリトの黒剣が創り出した剣には元々『自らの心意によって能力を好きなように変換させることが出来る』という、ぶっ壊れ性能が付与されているからである。ただし、これは使用者の心意の強さに比例するため、誰でも出来るというわけではない。


ちょっとサクサクしすぎたかな…。


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第42話 始祖神降臨

始祖の神:ルーツというスーパーアカウントでアンダーワールドにダイブしたアスナは、すぐ様眼前に広がっていた敵を固有スキルで殲滅した。しかし…それと同時に脳を突き刺すような痛みが襲う。

 

「ッ…」

 

あまりの痛みに意識が飛びそうにもなったが、どうにか保った。

これが比嘉から聞いていた固有スキル『紅光』の反動だった。これを使用すると、アスナ自身のフラクトライトに多大な負荷がかかるため、無闇に使用するのは控えろ…とのことだった。

だが、そんなことはすぐに片隅に置き、アスナは漸く地面の上に立つことが出来た。赤い土に枯れた木々が密集した地帯…アスナが知る現実世界とはまるで違う。まさに『暗黒界』と言ったところか…。

 

(まずは…キリトくんを探さないと…。彼のフラクトライトがまだ生きているんだから…きっとどこかで…)

 

すると、後方からロニエとユージオを支えるティーゼがゆっくりと近付き、声をかけた。

 

「あっ…あの…!」

 

「あなたは…神様…ですか?」

 

振り向いたアスナは一瞬驚くが、自分の服装が明らかに神様と間違われてもおかしくないので、その事はすぐに否定した。

 

「いえ…違うわ。あなた達と同じ人間よ。名前はアスナよ」

 

「アスナ…様、本当にありがとうございましたッ!あなたの神の力で私たち、整合騎士…いえ、人界軍を救ってくれました!」

 

「う…うん…そうなの…」

 

自分が神様だと未だに思われており、慣れないアスナ。

しかし、すぐにアスナは自分がここに来た本題を繰り出した。

 

「あの…私、人を探しに来たの…。キリトくんっていう、黒髪の…」

 

「キリト…!」

 

彼の名前にユージオはすぐに反応した。

アスナは彼らがキリトのことを知っていると分かり、詰め寄る。

 

「知ってるのね!キリトくんのこと…。どこなの?彼は…どこにいるの⁈」

 

しかし、ユージオはアスナにその答えをすぐに言うことが出来なかった。

アスナがキリトを探しに来たという事は、間違いなく別世界から来た事は容易に分かる。そんな彼が死んだ…などと言えば、彼女はどんなに悲しむか…分からない。それ故に、彼のことを言うことが出来ない。

しかし、その行為はキリトに会うことを待ち焦がれているアスナをイラつかせることになってしまう。

 

「どうして答えてくれないの?教えてよ…ねえ!」

 

口調が強くなり、先程の優しい表情は徐々に怒りへと変わっていく。

あまりに豹変にユージオが口を開こうとした時。

蒼い炎を纏った剣撃がアスナに向かってきた。アスナは反射的に剣を抜き、その一撃を弾いた。

 

「ッ⁈」

 

しかし、その分右腕に響いた衝撃はSAOなどと比較にならないものだった。まるで鋼鉄の壁に剣を叩きつけたかのような衝撃が肘にまで響き、アスナは表情を歪めた。

だが、剣撃を放った者はそこから追撃を仕掛ける。

アスナはそれも防御し、鍔迫り合いに持ち込み、そこで漸く襲撃者の顔を見ることが出来た。

金色の髪に青い瞳の女性…間違いなく、SAOの時に出会ったアリスそのものだった。今見せてる怒りの表情も…全く同じだった。

しかし…何の話し合いもなく剣を差し向けることだけは驚きを隠せない。

 

「貴様…何者だッ⁈その剣で…ユージオたちを斬ろうとしたなッ⁈」

 

「な…私は…っ、そんなつもりじゃ…!」

 

アスナは否定するが、一度火がついたアリスは止まらない。

鍔迫り合いから離脱し、蒼炎の斬撃を飛ばしてくる。

それをアスナは身体を捻らせながら回避し、4連撃SSガドラプル・ペインを打ち込んだ。

 

「⁈」

 

アリスはそれを辛うじて受け流したが、今までに見たことない剣技に動揺した。間違いなく4連続で放たれた突きなのだが、それはあまりに高速で素人ならば、1度しか突きを受けてないと勘違いするほどであった。明らかな強敵にアリスの視線は更に強くなる。

2人の戦いを見てるだけで止められない3人のところに、飛竜に乗って漸く辿り着いたイーディスが合流した。

 

「イーディス…!どうしたの⁈その傷!」

 

「大したことないわよ、あなたと比べたら。ユージオこそ、無理して動いたんでしょ?」

 

ギクっとするユージオだが、イーディスは咎めない。

それよりも目の前で剣をぶつける2人の美女に目を向けていた。

 

「…アリスと同等かそれ以上の美しさを誇るあの女性は誰?とても敵に見えないけど」

 

「あ、はい…。急襲を仕掛けてきた暗黒騎士団を神の力で地下深くへと落としたアスナ様です…。アリス様は…ちょっと勘違いしているようですが…」

 

「それと…彼女はキリトを探しに来たと言っていた」

 

「!キリトを…」

 

彼女が何者にせよ、こんな場所をいつまでも戦闘を続けられたら困る。

イーディスはアリスに声をかける。

 

「アリス!やめなさい」

 

「黙っていてください‼︎イーディス、この者は私がここで始末します!」

 

「だから話を聞いてって…!」

 

「うるさいッ‼︎狼藉者がッ‼︎」

 

と…いう風にすぐに戦闘が激化してしまう。

イーディスは「はあ…」と深く溜息を吐く。

 

「はあ…しょうがないなあ」

 

未だに剣をぶつけ合う2人の間に剣を滑り込ませたイーディス。

それを見た2人は、流石に戦闘を止めざるを得なかった。そしてアリスの怒りの矛先はイーディスへと向けられる。

 

「何をするのですか、イーディス‼︎彼女は間違いなく敵の間者…!ここで私が…」

 

「いいから話を聞きなさいって、アリスの悪いところだよ?彼女はね…ピンチになってたあの子らとユージオを助けた人なんだよ?」

 

「し、しかし…彼女はユージオたちに剣を…」

 

「ああ、イーディスの言う通りだ」

 

するとそこに傷を1つも負っておらず、ピンピンなベルクーリがやって来た。

 

「叔父様…!拳闘士軍は⁈」

 

「ああ、あいつらは来なかったよ。そこの女神のお陰でな」

 

「……」

 

女神と呼ばれることに慣れないアスナは複雑な表情をしてしまう。

 

「そこの女神が振るった紅い光…それに触れた者は塵と化し、その地面は激しく裂けた。あまりの裂け目に、人間離れした跳躍力を持った拳闘士軍も流石に立ち往生していたぜ」

 

そこまで聞いたアリスは、更なる疑問をぶつける。

 

「では…叔父様はこの者が神話に登場する本物の始祖神だと言いたいのですか?」

 

どうやらまだアリスが持っているアスナへの不信感は晴れないようだ。

この疑り深さはSAOの時以上だ。

 

「そうでもないと思うぜ?本当に神様なら、話もろくに聞かない嬢ちゃん如き、神の一撃であの世行きだと思うぜ?ということは…」

 

そこまで言って、ベルクーリはアスナの方を向く。

やっと話が分かってくれる人が出来て、安心したアスナは息を深く吐きながら剣を納めた。

 

「はい…私は人間です。神ではありません。ただ…私がやって来たのかこの世界とは全く別のところです」

 

「ほう…ここで話すのもなんだ。みんなを集めて、話してもらおうじゃないか。そこの2人も来るといい。それと、俺には果酒を用意しておいてくれ」

 

ベルクーリの言葉にロニエとティーゼは「はい!」と答えた。

ベルクーリが林の奥へ行くと、アスナは足を進めてユージオの肩を強く掴んだ。

アリスは、その行動に怒りを露わにする。

 

「貴様…何を⁈」

 

「いいの、アリス」

 

今度はきちんとアリスを止めるイーディス。

 

「しかしイーディス!彼女は…!」

 

「彼女がここに来た目的は、キリトのことよ」

 

初めてそれを聞き、アリスは驚愕の表情へと変える。

ユージオは戸惑いを隠せずにいるが…アスナの表情を見た途端、動揺を隠せなかった。

アスナは、涙に潤んだ瞳をユージオに向け、声を震わせて聞いた。

 

「ねえ…教えて…。キリトくんは…キリトくんはどこにいるの?」

 

先程の戦闘で見せた気迫など全くない…純粋な女性の顔。

ユージオは一瞬視線を逸らしたが、いつまでも隠していてもアスナを苦しめるだけだと判断した。

息を吐き、ユージオは真実を語り始めた。

 

「君が探しているキリト…彼は…もういない」

 

「えっ…もういないって…どういうこと?」

 

アスナの脳内に比嘉の言葉が蘇る。

 

『キリトくんは…アンダーワールド内で死亡したと思われます』

 

この言葉をアスナは信じてなどいなかった。

キリトが負けるはずがない、今までだってどんな時でも必ず生きてきた。そう…思い込ませていたアスナだったが、現実は非情だ。

 

「キリトは、僕たちを…この世界を守るために、犠牲になった」

 

それを聞いた途端、アスナの身体がストンと崩れ落ちる。

同時にポロポロと涙が溢れた。

では何故フラクトライトがまだ維持出来ているのか?などと言った疑問は、この瞬間だけ吹き飛んでいた。

悲しみだけがアスナを襲う。

それを見ている5人も…あの時の悲しみ…苦しみを思い出してしまう。

だが、アスナも泣いてばかりはいられなかった。

襲撃者はアリスを狙っており、この戦争を止める術を人界軍に伝えなくてはならない。

張り裂けそうな悲しみをすぐに押し込み、アスナは立ち上がった。

 

「すぐに今の状況を話すわ。アリスたちを来て」

 

全員静かに頷き、アスナの後に続こうとした時、不意にイーディスが足を止めた。

 

「どうしました?イーディス」

 

「…ううん、何でも」

 

イーディスが気になったのは、腰にかけた黒剣であり…一瞬輝きを放ち、動いたように見えたが…気のせいだと思い、すぐに彼らの後を追うのだった。




【補足】
『始祖神:ルーツ』
人界を創造したと言われる始祖の神。そのアバターを使用して、アスナがアンダーワールドにダイブした。能力としては、人間を分子レベルで破壊する光線を天から降り注がせることが可能。それはぶつかった地面なども跡形もなく破壊する程。しかし、能力の使用は自らのフラクトライトに多大な負荷をかけるため、数回程しか利用出来ない。
元ネタはミラルーツ。正直…最初はアンイシュワルダにして、『地形操作』だけに特化するという案もありましたが、ボツにしました。理由としては、アイツ自体があまり神々しさがない…という点ですね。
余談ですが、最初の○○神…相当悩みました。創世神でも良いかなと思ったんですが、ルーツは全ての龍の始祖と言われているだけで、『創世』したわけではないんですよね…。そこから何度も考えて、1番シンプルな『始祖神』が良いかなと、思い至りました。


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第43話 謝罪と願い

既に陽も暮れ、闇に包まれた暗黒界のある箇所…大きめの焚き火を中心に人界軍の錚々たるメンバーが集合していた。しかし、注目の的は人界軍の総指揮のベルクーリでもなく…大活躍したユージオ、アリス、イーディスでもない。

神の如き力で暗黒軍を一掃したアスナの方だった。しかし、そんな好奇の目に晒されているアスナだが、全く惚気ることもなく…真剣な眼差しで口を開いた。

 

「皆さん、初めまして。私は『外の世界』よりやって来たアスナです」

 

『外の世界』に全員動揺を隠せない。

 

「何を今更驚いてんだ…お前らはよ…」

 

ベルクーリは果酒を飲みながら呟く。

 

「人界の外に暗黒界があり…奴らがいずれ人界に攻めてくるって…信じてた奴はどれくらいいた?今更外の世界があったところで驚きも何もしないさ」

 

「しかし…この女が外の世界からやって来た侵略者という考えも…!」

 

「それだったら…こんな場所で呑気に話をするわけねえだろ…」

 

「…その通りです。私…いや、私が所属する組織『ラース』は、この世界を守るためにやって来たのです。私と同じ世界から襲撃をかけている者たちから」

 

アスナの話は何もかもが飛んでいて、理解できる者はほとんどいない。

そんな中、アリスがこんなことを聞いて来た。

 

「それならば…何故キリトに会いに?」

 

「…彼は、現実世界では意識を取り戻さずに、今も生死を彷徨っています。だけど、ここでは治療する方法があるはずだったんです。ですが…」

 

「おおっと、アスナ嬢ちゃん、話が逸れるからそれは後々話してくれ。それで…その襲撃者は何の目的で人界を攻めるんだ?」

 

話が長くなりそうだと思ったベルクーリはアスナの話を止める。

それと同時に別の質問をする。

 

「人界ではなく、ある1人の人間を奪取するために、攻め込んで来ているんです」

 

「ほう…で、その1人の人間というのは?」

 

アスナはアリスの方にゆっくりと視線を向ける。

唐突に向けられた視線にアリスは思わず立ち上がり、「私…ですか⁈」と声を上げてしまう。その横でイーディスが納得したように呟いた。

 

「なるほどね…それが『光の巫女』…ってわけね」

 

「もう時間がありません。アリス…さんがこの世界から離脱してしまえば、襲撃者はこの世界の干渉を止めるでしょう」

 

その言葉にアリスは憤激した。

勢いよくアスナの襟首を捕まえると、激しい剣幕を立てた。

 

「逃げる?私が…?冗談ではありません‼︎私は…この世界のために尽くすとキリトたちに誓った!それなのに尻尾を巻いて逃げ出すなんて行為…出来るはずがありません‼︎」

 

アリスの剣幕に、アリス自身もこれでこの未知の来訪者も少しは考えを改めると踏んでいた。だが、アスナの瞳は全く揺れ動いていない。

 

「この世界そのものが消えるとしたら?」

 

「え?」

 

アリスはその言葉の内容よりも…どこかで聞いたことあることで動揺した。

 

「アリスさんたちよりも高い位にいる人…彼らはこの世界そのものを変えられる程の存在よ。彼らは気分次第でたった1つボタンを押すだけで全てを消し去れる。失敗しても…また『リセット』すれば良い…と。私はそれを止めたい、キリトくんが戦い…守った世界を繋ぎ止めたいからここに来た!敵はいつ来てもおかしくない!そしてアリスさんを連れて行けば、この世界は消滅するかもしれない!その前に…」

 

「おっと、アスナ嬢ちゃん…その敵はもう来てるぜ?」

 

ベルクーリの言葉にアスナは「え…」と動揺の言葉を吐き出す。

 

「なるほどな…これで合点がついた。暗黒神ベクタ…そいつもアスナ嬢ちゃんと同じ…リアルワールド人で間違いないな…」

 

「暗黒神…ベクタ…」

 

アスナはそれが自身と同じスーパーアカウントであるとすぐに分かった。放心していると、不意にユージオが声を上げた。

 

「あの……どうして奴らはアリスを狙うんです?この世界ではなく…アリスだけを…」

 

「右目の封印に関係あるんでしょ?アスナさん」

 

さも分かっているかのようにイーディスが告げた。

その言葉にアスナは渋々ながら頷いた。

そして、右目の封印とは何か分かっていない者たちにアリスが説明する。

 

「この世界に住む人たち全てに施されている術式です。最高司祭や禁忌目録に違反しようとすると、右目の奥が焼けるような痛みが走ります。本来ならば…痛みに耐えれず思考を放棄しますがt、それでもなお逆らおうとすると…右目そのものが吹き飛びます」

 

それを聞いた人たちはゾッと…悍ましいものが背中を突き抜けた。

思わずユージオも自身の右目に手を当てる。

 

「じゃ…じゃあ、ユージオ先輩が学院で突然右目が失われたのは…」

 

「…ああ、僕だけじゃない。アリスもイーディスもカセドラルの戦いの最中で右目を失っている。あれは…僕たちがこの世界の呪縛から解き放たれた証でもある」

 

しかし、その話を聞いていたアスナは違和感を覚えた。

菊岡、いやラースはあまりに禁忌目録を守り過ぎている人工フラクトライトに、『その禁忌を犯させるような実験』を行っていた。その中の1つにキリトのダイブも含まれていたのだろう。

だが、これらの話から推察すると、ラース側は目的の人工知能の作成を妨害しているように見える。これらの推察から導き出されることはただ1つ。

 

(ラースの中に…裏切り者がいるってこと?)

 

しかし、今それが分かってもアスナにはどうすることも出来ない。

システムコンソールもないここでは、菊岡や比嘉と連絡を取ることも出来ない。

 

(どうしたら…)

 

「アスナ…?」

 

思い悩んでいるアスナを見たアリスが思わず声をかける。

 

「大丈夫…何でもないです」

 

「しかし、敵は何故そこまでアリス嬢ちゃんを欲するのやら…。アリスを守るために来たというアスナ嬢ちゃんもそうだ。一体…アリスに何をさせようとしてるんだ?」

 

今まで寛容的だったベルクーリの視線が一気に鋭いものに変わる。

アスナはそれを伝えようと言葉を吐き出そうとしたが、すぐに止めた。

 

「…ごめんなさい、それはまだ伝えられません。でも…私たちが行おうとしていることは、アリスに見て…判断して欲しいです。私たちの世界は…この世界よりも汚れて…見るに堪えないでしょう。神々が降臨し、天使が舞い踊るなど…到底かけ離れた場所です。でも!私はそれだけじゃないと伝えたい‼︎」

 

アスナの瞳は真っ直ぐアリスに向けられていた。

アリスは思わずその言葉に飲み込まれそうになるが、すぐに顔を振り、話を戻すことにした。

 

「その話はまた後ほど…。ですが、私は絶対この場から退きません。例え、ここで命を落とすことになっても…」

 

「…分かりました。私も前線で戦います。この世界を守るために…」

 

「そいつは有難いが…アスナ嬢ちゃんはあの光線を何度も使えるのか?」

 

「いえ…あのレベルの攻撃は数回が限界です…」

 

「異邦人の力など要りません。ここは私たちの世界です。私たちが守らなくてどうするのです‼︎」

 

アリスの力強い言葉にみんなが声を上げる。

彼らの意志は強固なものだと、改めて認識するアスナ。

 

(彼らと一緒に3年もいたのね…キリトくんは…)

 

不意に脳裏に過ぎるキリトの笑顔…。

アスナは思わず…誰にも聞こえないほど小さな声で呟くのだった。

 

「会いたいよ…キリトくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま集会はお開きになり、今日は寝ることになった。

アスナにもテントを与えられ、パンとスープが支給された。

それらを即座に平らげたアスナがもう寝ようかと思った時、不意に天幕の鈴が鳴り響いた。

 

「はい?」

 

すると、ユージオを先頭にアリスとイーディスが入ってきた。

思わぬ来訪にアスナは驚くが、ユージオの顔は深刻だった。あまり気持ちのいい話では無さそうだ。

 

「アスナさんは…」

 

「アスナでいいわよ」

 

「…アスナ…さん、本当にごめんなさいッ‼︎」

 

最初にユージオの口から放たれたのは、謝罪だった。

 

「僕は…キリトと相棒でした。3年前…彼がシナット村に現れてから、ずっと一緒に旅を続けてきました。だけど…僕は弱かった。アドミニストレータの術式に嵌り、キリトたちを傷つけ…挙句には…」

 

それを聞いたアスナは徐々に顔を下に向けていく。

 

「僕は許されない罪を犯した。だけど…それでもキリトは許してくれた…。こんな僕を許してくれて…今でも力を貸してくれる…」

 

そこにイーディスが近寄り、腰の黒剣をアスナの前に置いた。

 

「これは…キリトが生前使っていた剣よ。激しい戦いのせいで…剣は錆びれてしまったけど…」

 

アスナはゆっくりとその剣に触れる。

そして、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「…キリトくんらしい剣だね」

 

アスナは剣から手を離し、ユージオに語りかける。

 

「ユージオくん、顔を上げて」

 

涙を流すユージオはアスナを向く。軽蔑の…怨念が籠った目を向けられていると思ったユージオだったが、その真逆でアスナの瞳はまるで母親が子供に向けるような穏やかなものだった。

 

「キリトくんはね…いっつも、誰かのために戦うの。自分のために戦ったことなんてない。だから、いつも傷付いて…苦しんで…可哀想だった。でも、私はその人への思いやりが素晴らしいところだなあって、今でも思ってる」

 

アスナはユージオの手を取る。

 

「だからそんな悲しい顔をしないで?キリトくんはあなたたちの笑顔を守るために…戦ったんでしょ?だから、今度は私が剣を抜く。キリトくんが命を捨ててまで守った…この世界のために」

 

それを聞いたユージオは号泣した。

横で聞いていたアリスも瞳を潤わせていたが、寸でのところで止める。

イーディスの表情も読み取れない。

その時…キリトの黒剣は、微かに煌めき…震えていることには、誰も知られることはなかった。



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