龍脈の申し子も異世界へ来るそうですよ (ナタルア)
しおりを挟む

始まり

「クソ親父ぃいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」

「私に子など居ないッッッ!!!」

 

 大上段から飛び掛かるように振り下ろされた一刀と、受け止めるように卍鍔の黒刀がぶつかり合う。

 出力では、単純に受け止める側が上だ。だが、その上回る筈の彼はそれでもその振り下ろしを押し返すことが出来ずにいた。

 出力?馬力?筋力?技術?それら一切合切を塗り返す強烈なまでの意志の力。

 少年だけではない。銀色の侍が、子兎が、受け継ぐ者が、皆が今ここに一丸となって男に挑んでいった。

 

 どれだけの血が流れただろうか。どれだけの命が零れ落ちて行っただろうか。

 後少し手を伸ばせば救えたかもしれない命もあった。そして、救えた命もあったが、それ以上に取りこぼしてしまった命も多々あった。

 

 だからこそ、

 

「―――――終わってくれ、クソ親父」

 

 

 

 

 

+*+

 

 

 

 

 

「随分と髪が伸びたじゃねぇかよ」

「そうかな?いや、切っても、斬っても直ぐ伸びて、この長さになっちまうんだけども」

「けっ、小憎たらしいガキだ。マジで可愛げ何ぞありゃしねぇ。そのさらさらキューティクル寄越しやがれください」

「ふはっ!アニキって何時もそうだよな。それから、無理じゃないかな。アニキの頭は死ぬまでクルクルだよ」

「だぁれがチリチリパーマだコラ」

「そこまで言ってないよ。そういえば、アニキって下の毛も銀色なのか?だったら、陰毛頭だね」

「ちょっとセンセー!?御宅のお子さん口悪いんですけどーーーーッ!?」

 

 ギャンギャン騒ぐ兄貴分に、少年はニヤリと笑みを浮かべる。

 そんな彼の左の腰には三振りの刀が差されていた。

 一つは、木刀。柄には洞爺湖の文字。一つは、卍の鍔を持った刀。柄鍔鞘、どれも黒い。一つは、脇差程の妙な鍔をした刀。

 どこのかの海賊マンガに出てくる、海賊狩りのような格好だがこの三振りは確りと理由があって差しているのだ。

 

「まっつん。もしもイジメられたら私に言うが良いネ。直ぐに飛んで行ってボコボコにしてやるアル」

「お、ありがとな神楽。もしもの時は、頼るかもな」

「松風君、元気で」

「おう、ぱっつぁんもな」

 

 チャイナ娘、眼鏡にそれぞれ手を差し出せば、パチリとハイタッチ。

 見送りはこの三人だけだが、そもそも今日の出発だって誰にも伝えずに消えるつもりだった彼にしてみれば多い方だろう。

 そろそろ、時間である。

 

「それじゃあ、アニキ、神楽、ぱっつぁん。世話になった」

「そうだね。体には気を付けて―――――」

「面白みが無いネ。そんなんだから、眼鏡は新八何て言われンダヨ」

「いや、新八が名前だから。眼鏡の方が付属品だからね。というか、人の名前つまらないみたいに言うんじゃないよ」

「大丈夫だぜ、ぱっつぁん。俺ァ、ぱっつぁんが出来る眼鏡掛け器だって知ってるからな」

「いや、出来る眼鏡掛け器って何?眼鏡が本体じゃないからね?」

「分かってるってぱっつぁん(眼鏡)

「ルビがおかしい……!」

 

 突っ込みを入れる少年も、チャイナ服の少女も楽しそうに笑いながらも何処か寂しさを滲ませる。

 大きな戦いを幾つも超えて成長してきた二人だが、やはりそれでも寂しいモノは寂しい。

 それも、もう二度と会えないことが確定しているのならば猶更。

 

「辛気臭い顔すんなよ、お前ら」

 

 ガシガシと混ぜるように、彼は二人の頭を撫でる。

 

「んじゃ、そろそろ行くぜ」

「ッ、うん」

「…………精々元気でやれヨ」

「おうさ」

 

 一頻り撫でて満足したのか、彼は残る魚の死んだような目をした男へと目を向けた。

 

「アニキ、行ってくるぜ」

「…………おう」

「甘いモノばっかり食い過ぎんなよ?糖尿病になって、パフェが本格的に食えなくなるぜ?」

「分かってんよ。テメーは俺のかーちゃんか」

「弟分さ。パチンカスも結構だけど、生活費は残すように。それから、アニキは酒、そんなに強くないんだから飲み過ぎるなよ。糖尿病の前に、肝臓病でくたばりかねないから」

「分かってるっての!何だ、オマエ!ここまで来ても小言の嵐かよ!神楽や新八相手だと、あんなに優しかったのに、兄貴分の銀さんには小言ばっかりか!?」

「いや、神楽もぱっつぁんも割と自分で何とかできそうだけど、アニキはほら……マダオじゃん?ぶっちゃけ、職をマジで探してる長谷川さんの方がマシなとこあるし」

「ちゃんと、万事屋の看板掲げてんだろうが!依頼だって入ってんだよ!人をぷー太郎みたいに言うんじゃねぇ!!!」

「銀ちゃん、認めるね。銀ちゃんはぷーアル」

「お前まで何で俺のメンタルぶすぶす刺してんだよ!?そんなに言うなら給料差っ引いてやっても良いんだぞテメー!」

「いや、僕ら給料ろくに貰わなかったことの方が多いですよね」

「家賃も滞納しまくりネ」

「ぶっちゃけ、アニキってジャンプ読みながら椅子にふんぞり返ってるだけだよな」

「何でここぞとばかりに結託して攻めてくるんだテメーらはよぉ…………」

 

 落ち込んだように肩を落とす男だが、その瞳に宿る色は優しかった。

 いつものやり取りだから。日常を感じられるから。

 一頻り、四人は笑い。そして、その時はやって来る。

 

「―――――時間だな」

 

 三本の刀を腰に差した少年は、白い羽織を揺らして一歩その場を離れた。

 

「アニキ、神楽、ぱっつぁん―――――行ってきます」

 

 少年はもう、振り返らなかった。

 自分で背負ったその運命を、自分の手で終わらせるその為に。

 業を絶つ為に。

 

 そんな彼の下へと届く、一通の封筒。旅を始めて、暫く経った時の事だった。

 そして彼、吉田松風(よしだまつかぜ)は運命に巻き込まれていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 吉田松風は実質的な不死身である。少々制約はあるものの、やろうと思えば切り離した手から全身を修復する事も可能。

 それ故に、彼の兄弟子やその従業員、知り合いたちと巻き込まれた騒動の際には自然と矢面に立って肉壁になる事が殆どだったりする。

 その事を心苦しく思われる事も多々あったが、結局のところ改善は出来ず送り出す事になってしまったのだが。

 つまり、何を言いたいかといえば、

 

「どうしたものかね」

 

 上空四〇〇〇メートルに投げ出されようが、欠片も焦らないという事。

 地面に当たるまで、凡そ数十秒掛かるかといった所。着物をはためかせながら松風は暢気に顎を撫でながら考え込んでいた。

 ぶっちゃけ、()()()()ならば岩盤はおろか宇宙戦艦装甲の合金板に叩き付けられようとも数秒とかからずに立ち上がれる事だろう。

 問題は、衣服。彼の格好は、兄貴リスペクトの代物でとある惑星の体操着だったりする。

 もっとも、その大馬鹿くるくるパーマと違った片方脱いだりはしない。羽織の様に前を止めず、下には父のような着物を着ていた。

 

(見た感じ、真下は湖か?なら、最悪濡れるだけか)

 

 空中で仰向けになると、松風はそのまま頭の後ろで手を組んで目を閉じた。

 残り十数秒でやるような事ではないが、彼と同じく強制パラシュート無しスカイダイビングを敢行させられた者たちは、大なり小なり目を剥いていた。

 そして、着水。

 遠ざかっていく湖面を前に、松風は目を開ける。

 沈む一方の体だが、身動ぎの一つもしない。そのまま湖底にまで到達。水の抵抗でわずかに跳ねた体でそのまま状態を起こし、彼は水中で胡坐をかいた。

 水中は存外綺麗なものだ。透き通っている訳では無いが、しかしそこまで汚れている訳でもない。

 このまま動かなければ数分は潜っていられる松風。だからといって、このまま沈んでいても良い訳では無いが。

 少しの間、口から洩れた気泡が水面へと向かって昇っていく様を観察し、やがて湖底に立つ。というか、このまま沈み続けていると、餞別の三振りがどうなるか分からない。

 膝を軽く曲げて少しの溜を作って、跳躍。途端に彼の体は水の抵抗も水圧も知った事かと弾丸の様に跳ねあがり、湖岸へと着地を決めた。

 

「ハハッ!派手な登場じゃねぇの。それにその格好、コスプレか?」

「コスプレ………まあ、確かにそうだな」

 

 ヘッドホンを付けた金髪の少年に言われ、松風は頷いた。

 というのも、彼は最初から和装だった訳では無いから。今の彼は形見ばかりで包まれているのだから。

 羽織を脱いで絞りながら、彼は首を傾げる。

 

「にしても、ここは何処だってんだ?あの高さから放り出されたら、普通死ぬぞ」

「その割には、貴方空中で横になってたじゃない」

「いや、まあ……俺は普通じゃないから」

 

 ひらりと手を振る松風に、黒髪の少女は眉根を寄せた。

 確かに、格好からして普通ではない。

 着物に、派手な白地に水色の流水紋を象った羽織。腰の、三振りの刀。

 観察していれば、松風は徐に木刀を湖岸に突き立て、続いて卍鍔の黒い刀を手に取った。

 鞘から引き抜かれた一振りは、まるで夜の闇の様に真っ黒な刀身をしている。同時に、言い知れぬ威圧感の様なものが発せられていた。

 

「……やっぱり、濡れてるか」

 

 周りの反応など意に介さない松風は、右手で引き抜いた刀を徐に掲げ、そして湖へと向けて軽く振り下ろす。

 瞬間、衝撃が走り湖面が真っ二つに割れ、更に対岸に深い切り傷を刻んでいた。

 あまりの光景に目を見開く少女に対して、金髪の彼は面白そうなものを見つけたと言わんばかりにその目を輝かせていた。

 

「へぇ……?やっぱり招待を受けたのは、正解だったな」

「あ?おい、何だその好戦的な目は……止めとけ止めとけ。この場でやり合っても不毛だろ。死体が一つ出来上がるだけさ」

「へぇ?そいつは一体誰の死体だろうな?」

「決まってるだろ?――――俺のだよ」

「いや、お前かよ」

 

 あっけらかんと言い切った松風に毒気を抜かれたのか、少年も肩を竦めて引き下がる。

 この間に、鞘の水も払って、同じくどこかメカチックな印象を受ける脇差も同じように水を払って鞘へと納めていた。

 

「まあ、まじめな話。ここでドンパチやるのは後でも良いだろう、てこった。状況把握しとこうぜ?」

「場を引っ掻き回してるのは、貴方の方じゃないかしら?」

「あ、それ言っちゃう?」

 

 ヘラリと笑って、松風は羽織を着なおして刀三振りを腰の左側へと差し直した。

 

「まあ、なんだ…………ピリピリしてても良くねぇだろ?」

「それで、場を柔らかくしたかった、と?」

「そんな感じだな。俺は、吉田松風。“しょうふう”じゃねぇからな?」

「松風君ね……私は、久遠飛鳥よ。それにしても、貴方は何なの?侍の真似?」

「真似…………そうだな。元々俺は素手だったんだが……色々あって刀振り回す事になってな。この三本は、餞別って事で貰った」

「餞別?つまり、貴方は元々ここに来るつもりだったの?」

「いや?寧ろ、何でこんな所に居るのか俺が聞きたいぐらいだし…………というか、そっち二人も名前聞いて良いか?」

 

 ひょいっと飛鳥の影から顔を覗かせた松風は、我関せずな二人へと水を向けた。

 三毛猫と戯れていた少女が顔を上げる。

 

「春日部耀。この子は三毛猫」

「そう。よろしく、春日部さん」

「ん、よろしく」

「それじゃあ、そっちのMrヘッドホンは………」

「誰が、Mrヘッドホンだよ…………ハァ、逆廻十六夜だ。俺も相当なもんだが、オマエも相当だな」

「そうか?俺の地元だと、そうでもなかったぞ?オレ フツウ ウソジャナイヨ」

「寧ろ、貴方の地元がどれだけ破天荒なのよ……」

「あー……木刀を改造して、柄の先っぽを押すと――――」

「「押すと?」」

「切っ先から醤油が出る、みたいな改造する爺さんとか?」

「…………何でそんな奇天烈な事になってるのよ」

「いや、兄貴のスクーターをタイヤ取っ払ってロケットブースター取り付けた時よりはマシだから」

「何がどうしたらそうなるんだよ」

「後は、年がら年中酢コンブ食ってるチャイナ娘とか、全自動ツッコミ眼鏡掛けとか?」

「字面が強すぎるだろ」

 

 十六夜も飛鳥も、この場所に来る前は中々の問題児だった。それ故に周りからも浮いていたのだが、松風の地元ならばその特異性も目立たなかったかもしれない。いや、目立ったとしても受け入れられた事だろう。

 そんな彼らの事情など知る由も無い松風は顎を撫でながら、自分の故郷を思い出していた。

 

「後はそうだな……馬並みにデカい犬とか?」

「犬?」

「そう、犬。チャイナ娘が拾ってきた犬っころでな」

 

 食いついたのは、耀だった。三毛猫を胸に抱いて、若干その目を輝かせているようにも見える。

 

「犬種は?」

「あん?…………さあ。あ、でも狛犬だったぜ。デカくて大食漢、加えて誰彼構わず噛み付くって事で捨てられてたらしいんだが、さっきも言ったようにチャイナ娘が拾ってきてな」

 

 松風が思い出すのは、あの白い毛並み。

 比較的彼には懐いていたが、それ以外の兄貴と慕う天パ侍なんかはよく齧られていた。

 

「でもまあ、可愛い奴だったよ。毛並みも良くてな………誤飲は困るけどな」

 

 叱れば言葉を理解する程度には賢い為、何とかなった。ただ、この叱るという段階に至るまでが厄介。また、叱っても誤飲したものは食べなくなるが、また別の物を誤飲してしまう始末。

 

「分かる。大きい子たちは、変なもの飲み込んじゃう」

「しかも、プラスチックとかだと余計に、な」

「うん」

 

 自然界のものならば、そもそも誤飲することは無い。誤飲するのは、基本的に人の創り出したプラスチックだとかの無機物。

 飲み込むと、消化など出来るはずもなく。寧ろ、内臓などを傷つけてしまう。

 

 ワイワイと騒ぐ四人。そして、そんな彼らを近くの茂みから見つめる一対の目があった。

 

(うわぁ………なんだか、問題児ばっかりみたいですねぇ…………)

 

 自分達が呼び出しておいてなんだが、あの四人に関わると碌な事にならない。そんな予感が彼女にはあった。

 しかしながら、声を掛けない訳にはいかない。

 意を決して腹を括って茂みを出よう。そう決めた時に、その会話は聞こえてきた。

 

「………何か、腹減ったな」

「食べて無いの?」

「いや、昼でも食べようかと思ってた所で、あの紙開いてな。どうしたもんか」

「残念ながら、私は何も持ってないわよ?」

「うん、同じく」

「俺もな」

「だよな……とすると、」

 

 顎を掻きながら、松風は背後の茂みへと目を向けた。

 

「そこの茂みに居る奴、何か食い物持ってないか?」

「あら、気付いてたの?」

「下手糞な隠形なんて、逆に自分の存在誇示てるようなもんだからな」

「ハハッ!やっぱり面白いな、オマエ。やっぱり、ちょっと遊ばね?」

「ニオイ消しも、雑。せめて風下に陣取るべき」

 

 二対四つの視線が向けられ、茂みがガサリと揺れた。

 完全にバレている。となれば、最早隠れている事自体が不義理その物。

 意を決したのか、現れたのはウサミミの少女だった。心なしか震えているのは、その向けられた眼光の鋭さのせいか。

 両手を挙げて彼女、黒ウサギは作った笑みを浮かべた。

 

「あ、あははは……そのような恐ろしい狼の様な目を向けられては、黒ウサギの矮小で貧弱な心臓が怯えて不整脈を叩きだしてしまいます。ここは、矮小な一つの生命を掬い上げるつもりで、どうか私の御話を聞いては頂けないでしょうか?」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「なあ、何か食い物持ってないか?」

「あっは、取り付く島もないと言うのは正にこの事ですね~♪あと、和装の方。キャンディで宜しければございますが……」

「飴か……まあ、無いよりはマシか」

 

 手招きする松風へと飴を渡しながら、黒ウサギは内心で彼らへの評価を僅かに上方修正。

 

(肝っ玉は、及第点。この状況でも平気でNOを突きつけられる人材と言うのは、中々にGoodというものです。後は、黒ウサギの手腕次第……少なくとも、この和装の方は何としてもコミュニティへと入っていただかなくては!)

 

 黒ウサギは、先程松風が軽い一振りで湖を割った瞬間を確かに見ていた。

 気合を入れ直す彼女だが、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――えい」

「ふぎゃ!?え、ちょ、なあ!?」

 

 いつの間にか黒ウサギの背後に回っていた耀。その手が、がっしりと、黒ウサギの頭頂部に生えたウサミミを鷲掴みしていた。

 

「ちょ、ちょっとぉっ!?触るまでなら許可しますが、流石に初対面で何の断りもなく人様の耳をガッツリ掴みますか普通っ!?」

「良い手触り。好奇心のなせる業」

「それは勿論、常日頃から手入れを…って、そうではございません!と、とにかくその手を放して――――」

「へえ、その耳本物なのか」

 

 黒ウサギの抗議の声も意味を成さない。

 右からは十六夜が手を伸ばし、

 

「……じゃあ、私も」

 

 比較的良識のある飛鳥が左から手を伸ばしてそれぞれ黒ウサギの耳を掴んでいたのだから。

 悲鳴を上げる黒ウサギ。

 そして、我関せずを貫いた松風はというと、

 

「ガリガリ…………ん?へい、バニーちゃん。追加の飴くれよ」

「この状況を見ていう事がそれですか!?!?!?」

 

 空きっ腹潰しに飴を噛み砕いてお代わりを要求していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「ま、まさか話を聞いてもらうその前段階に辿り着くために、小一時間も時間を浪費してしまうだなんて………これぞ正しく学級崩壊というものです………」

 

 真っ白な灰の様に燃え尽きて項垂れる黒ウサギ。彼女の毛並みは、中々の荒れ具合を起こしていた。

 事を成しえてしまった問題児たちといえば、

 

「飴、一人で食べたの?」

「良いだろ?」

「私も欲しい」

「バニーちゃんに貰えばいいんじゃね」

 

 不満気に唇を突き出す耀に、取り合わない松風は手を振った。

 彼にしてみれば、黒ウサギが何者で、ここがどこで、一体何の用があるのか。一切合切、正直な話どうでも良い。

 元々、一人旅の為に広大な宇宙へと足を踏み出すような大バカ者なのだから。そこが未知の惑星だろうと何だろうと気にも留めないのだ。

 とはいえ、場は一応の終着を見た。少なくとも、話を聞いてくれるであろう状況にはなった。

 ペソペソとべそかきながら、しかし黒ウサギはキリッと顔を上げる。

 

「んんっ!き、気を取り直してまして!皆さま、箱庭の世界へようこそ!この度は、皆様の様な“ギフト”を持つ者のみが参加する事が出来る“ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせていただきたく召喚させていただいた次第なのです!」

「ギフトゲーム?」

「YES。皆さまもお気づきかとは思いますが、その身に宿る力は通常人々が持ち合わせている様なものではございません。何れも、数多の修羅神仏から、或いは悪魔、或いは精霊、或いは星。様々な上位存在から与えられた“恩恵”となるのです。この箱庭では、日夜それら恩恵を比べ、競い合う“ギフトゲーム”が行われております。そして、当然ながら強力な“恩恵(ギフト)”を持つ方々も居り、そんな彼らがオモシロオカシク生活してるのが、この世界なのです!」

 

 気合の入った黒ウサギの語り。成程、問題児たちの関心を集める事には成功しているのだろう。

 一人を除いて。

 

「…………」

 

 先の通り、松風としては惹かれる要素が無い。そもそも、彼の体に宿っているのは恩恵と言うよりも、最早呪いの類であるから。

 ついでに、

 

(何企んでやがるんだか)

 

 黒ウサギの腹の内もある程度察していたりする。

 別段、松風は手練手管を駆使する策略家が嫌いではない。そもそも、彼は考える事が嫌いな為に罠に嵌められたうえで罠ごと相手をぶった切るような事も珍しくないのだから。

 その点、彼女は色々と拙い。気配の消し方然り、腹芸然り。最早微笑ましいとも言えそうな物。

 一つ補足をするならば、松風の目から見て黒ウサギは悪意を持って四人を呼び出したという訳では無い点だろうか。

 とにかく、彼女が腹を割って話す気が無いのならば、松風としても協力する気にはならなかった。それは同時にやる気の無さにも繋がる。

 

「そちらも、質問などはございませんか?」

「ん?……あ、俺?ないぜ」

 

 心ここにあらず、というか説明の何割聞いていたのかも分からない松風に、黒ウサギのジト目が僅かに向けられる。

 

「あの、説明を聞いておられましたか?」

「聞いてた聞いてた。要は、喧嘩売られたらぶっ飛ばして、身包み剝いでやればいいんだろ?」

「違いますよ!?」

「大丈夫だって。その場のノリと勢いに任せれば何とかなるさ。うん、ダイジョブ」

「~~~~っ」

 

 頭痛がする、と言わんばかりに黒ウサギは眉間を揉む。

 明らかに興味が引けていなかった。しかし、この場での話は切り上げる流れ。セールストークを連ねようにも難しい。

 やっぱり問題児だった、と黒ウサギはため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、結構賑わってるんだな」

 

 雑踏を進む松風の感想である。

 今彼は、左手を腰に差した刀に乗せ、右手を懐に突っ込んだ姿で街を行く。欧風な街並みには浮いてしまう格好だが、そこは箱庭。多種多様な種族のお陰かそれ程でもない。

 問題なのは、今の吉田松風が()()()この箱庭の街並みを歩き回っている点だろう。

 

 発端は、この箱庭に到着した時の事。

 まず十六夜がやらかした。彼は、黒ウサギの目を盗んで世界の果てへと向かってしまったのだ。黒ウサギはその後を追った。

 そして、このゴタゴタの内に興味の湧かなかった松風は、その場を離脱。散歩へと繰り出していた。

 全く知らない街で自殺行為の様にも見えるが、生憎と死ねない彼の足は思いの外フットワークが軽く、尚且つその場に留まれない。名前の通り、風の様な男だった。

 同時に、元の世界では、面倒事ホイホイと言われてもいたり。因みに、その点を指摘するとうちの兄貴には負ける、と返ってくる。

 しかし、この地に彼の兄貴分は居ない。故に、ホイホイは彼になる。

 

「…………ん?」

 

 団体を道の端に寄って避けた所で、松風の耳がとある音を拾う。

 音、というか声だろうか。大人の男と、それからくぐもった小さな声。

 反射的に見回せば分かりにくい路地の先で、何かが揺れた。

 近付けば、自然と声も聞こえてくる。その内容も。

 

「おい、早くしろよ……!」

「暴れんじゃねぇ!ロープ、もう一本寄こせ」

「もう殺っちまって良いんじゃねぇか?どうせ連れて行ったら、ガルドさんが殺っちまうんだしよ」

「馬鹿野郎。こんな場所でやっちまったら、血で汚れてバレるだろうが」

「馬鹿はテメェだ。首へし折れば、血なんざほとんど出ねぇよ」

「~~~~~ッ!!」

 

 中々に畜生な会話をしている男たち。その頭には、獣の耳が揺れており、男たちの中には獣の尾を持つ者も居た。

 何より、彼らが今まさに大きな麻袋へと積めようとしているのは、猿轡をかまされて縛られた小さなか子供。

 明らかな事案の光景がそこにはあった。

 これからこの子供には、途轍もない不幸が降り注ぐのだろう。そして、ソレに抗う事など出来ないだろう。

 だが、今この瞬間だけは違う。

 

「めんどくせえな。もう、手足折って折りたたん「はい、お邪魔ー」でっ!?」

 

 男の一人が吹っ飛んだ。そのまま五メートルほど飛んで、路地を転がる。

 慌てて、男たちの目が向けられたのは白地に、水色の水流紋があしらわれた羽織を着た三振りの刀を左の腰に差した男。

 左手を刀の柄に乗せたまま右手で顎を掻く彼は、呆れたような目を男たちへと向ける。

 

「ギャーギャー、ギャーギャー喧しいんだよ、この野郎共。何だ?発情期か?盛るなら、人目の無いところでヤレよ」

 

 どこのチンピラだと言われそうな柄の悪さを持って、吉田松風はその場へと割り込んでいく。

 

「何だ、テメェは」

「ただの通りすがり」

「チッ……オレ達が、“フォレス・ガロ”だって知らねぇのか?アイツぶっ飛ばしたことは不問にしてやるから、失せやがれ」

「失せろって。いやいやいや…………性欲こじらせて、ロリコンだか、ショタコンだか、ペドフィリアみてぇんな犯罪現場を見て、ハイサヨナラなんて出来る訳ねぇだろ」

「「ああ゛?」」

 

 男たちの蟀谷に青筋が浮かんだ。

 目の前の少年は物騒な物を腰に差してはいるが、男たちはその身に獣に関するギフトを宿した者達だ。その身体能力は常人の域ではなく、少なくとも数メートルの距離を苦にすることは無い。つまりは、抜刀される前にその爪で引き裂く程度なんら苦も無く行える。

 

「口の利き方には気を付けた方が良いぜ、小僧。この箱庭で長生きする事は、自分の分を知る事だ」

「へぇー……ま、()()()()からの有り難い助言だからな、聞いてやるよ」

 

 右手の小指を耳に突っ込んで耳垢を掃除しながら、松風はそんな事を宣う。フッと息を吹きかければカスが飛んだ。

 それが、合図。男たちの内一人が、苛立ちのままに石材すらも大きく傷を刻む爪を持って目の前の馬鹿を引き裂かんと迫った。

 だが、

 

「ばっ!?」

 

 肉の軋む音と、鼻が潰れて骨の折れる音が響く。

 ノーモーションからのカウンター。腕を振り抜かんと突っ込んだ男の顔面に、松風の右拳が深々と突き刺さり力任せに、石造りの裏路地へと叩き付けられていた。

 拳を振り抜いた体勢から、脱力した立ち姿へと上体を起こした松風はそのまま両手の指の関節を鳴らす。

 

「教えといてやるよ、センパイ。人を見た目で判断しない方が良い。俺は、結構血の気が多くて、尚且つ気の短い方だ」

「ッ……!」

 

 一歩松風が進めば、自然と男たちは一歩後ずさっていた。

 恐ろしかったのだ。目の前の優男にも見える少年が、底知れない感じがして。

 だがしかし、彼らもまたこの場から本能のままにしっぽを巻いて逃げる訳にはいかない。

 この誘拐を失敗してしまえば、自分達が危ういのだから。

 

「お、終わってたまるか!!」

「うおぉおおおおおおお!!」

「死ねぇえええええ!!!」

 

 三人が気合のままに突っ込んでいく。

 都合三回。肉を潰し、骨を折る音が響く。

 

「…………ケッ、特攻すれば勝てるとでも?」

 

 両手を払って、羽織に着いた砂埃を払って松風は吐き捨てる。

 彼にしてみれば、この程度のチンピラなど百人束になっても素手でボコれる。木刀を抜く櫃寄制も無い。

 路地に転がった男たちを端へと蹴り避けて、松風は未だに麻袋に体が半分収まった状態で震える子供へと足を向けた。

 一歩近づく度に、子供の目は涙の膜が厚くなり決壊。同時に震えも酷くなる。

 しかし、彼は知った事かと子供の前にまで辿り着くと膝を折って視線を合わせるように屈み込んだ。

 

「よお、ガキンチョ……っと、悪いなソレ、外してやるよ」

「っ……ぷあっ、だ、だだだだれ?」

「俺か?俺は、吉田松風。さっき言ったのが聞こえてたかは知らねぇが、ただの通行人だ。偶々、声が聞こえてこっちまで来た。それでよォ、そこの発情期の馬鹿どもは、知り合いか?」

 

 親指で後方を示す松風に、子供は取れそうな勢いで首を横振った。

 同時に、決壊した涙に引っ張られる様に泣き出してしまう。

 

「おかあさんにあいたい……」

「ちょ、おいおい……あんまり擦るな、目に悪い……参ったな」

 

 いっその事大声で泣き喚いてくれればまだ対処しやすいのだが、子供は顔を手で覆って肩を震わせ声を押し殺すように泣いているのだ。

 蹲踞の姿勢で頭を掻いた松風は、とにかく麻袋から子供を出そうとその手を伸ばす。

 脇の下に手を突っ込んで持ち上げた子供は、年相応の重さがあるが彼にしてみれば大したことは無い。そのまま慣れた手つきで抱き上げれば、肩口に子供は顔を押し付け、縋りつくように首に腕を回してきた。

 心細かったのだろう。恐ろしかったのだろう。そして、子供ながらの直感が目の前の少年は信じて良いと判断したのだろう。

 とにかく、色々と要素が絡み合って子供はただただ、泣いていた。

 そして、松風はそんな子供の背を優しく叩きながら、後ろで伸びている野郎共をどうしてやろうか、と頭の中で考えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 様々な種族入り乱れる箱庭の街並み。

 しかし今この瞬間、人々はある光景にドン引きしながら道を譲る、という事態に陥っていた。

 

「おにーちゃん、あっち」

「おう」

 

 泣いたからか目元の赤みは残っているが、それでも持ち直したのかふくふくとした頬を赤く染めて道の先を指さす子供と、そんな子供を右腕に乗せるように抱え上げ、左手にはロープを握った着物姿の少年。

 ただそれだけならば、ロープは邪魔だが年の離れた兄弟姉妹にでも見えるかもしれない。

 だが、その光景を微笑ましいだけで終わらせないのが、少年の握るロープの先に繋がれたもの。

 

「「「「…………」」」」

 

 四人の獣人の男たちがロープでグルグル巻きに一つに纏められ引き摺られているのだ。

 白目を剥いた彼らの上には麻袋が乗せられており、その袋の表面にはこう書かれている。

 

『私たちは小児性愛者です by“フォレス・ガロ”』

 

 社会的な死である。少なくとも、道を開ける人々は松風と子供のやり取りにほっこりして、直後に引き摺られる男たちにギョッとし、そして彼らに張り付けられた麻袋の文面を見てゴミを見る様な目を彼らに向けた。

 

「おにーちゃん、つよいね。コミュニティにはいってるの?」

「あ?あー……入る予定では、あるな」

「はいってないの?」

「色々あんだよ。それよりも、ホレ。次の道はどっちだ」

「じゃあ、マロのコミュニティにはいって!」

 

 耳元で叫ぶように勧誘してくる子供に、松風は頭を傾けながら眉根を寄せた。

 彼自身、自分を呼び出した黒ウサギに思う所はある。だが、同時に苦手そうな腹芸をしなければならない状況で呼び出したのだから、何かしらの事情があるのだろうとも理解していた。

 そんな彼女を放って、他のコミュニティに所属するのは、あまりにも不義理。最低でも、一言断りを入れるべきだろうというのが、彼の考えだった。

 

「悪いな、ガキンチョ。俺は、不義理は働かねぇんだ」

「なんで!?やだ!おにーちゃんはいって!」

「唐突に我儘言いやがる……ダメなもんは、ダメだ。駄々こねんな」

「ヤー!!」

 

 じたばた腕の中で暴れる子供に、松風の眉根が寄って眉間に皺が刻まれる。とはいえ、小さな子供一人の駄々で取り落とす程軟な体はしていない為、その腕の安定感に陰りは無い。

 ポカポカ叩いてくる柔らかな手にされるがまま、時折目元に迫る分だけ躱しながら辿り着いたのは、ペリベッド通りにある噴水広場。

 少し周囲を見渡して、そこで子供が気付く。

 

「おかあさん!」

「ッ!マロ!」

 

 松風の腕に抱えられたまま手を振る子供に、血相変えた女性が駆け寄ってくる。

 

「マロ、無事なのね!?怪我は?どこも痛い所はない?」

「うん!おにーちゃんがたすけてくれたの!」

 

 子供の言葉に、そこで女性の顔が松風へと向けられる。

 

「ありがとうございます!この子にもしもの事が有ったらと思うと…………」

「気にすんなよ。俺も、偶々その場に居合わせただけなんでな」

 

 頭を下げる女性に軽く返しながら、松風は後方を親指で示す。

 示された方向を確認した彼女は、その目を大きく見開いて顔色を悪くしていた。

 

「フォ、“フォレス・ガロ”!?そ、それじゃあ、誘拐は彼らの……?」

「自分達でそう名乗ってたぞ。まあ、どこのどいつだかは知らねぇけどな」

「おかあさん!おにーちゃん、コミュニティに入ってないんだって!」

「そうなんですか……?」

「まあ、この箱庭?にも来たばっかりだからな……おい、羽織から手を放せ」

「やっ!」

「嫌じゃねぇっての」

 

 四苦八苦しながら子供を女性へと渡そうとする松風。ただ、怪我をさせる訳にはいかないからかいまいち力を発揮できておらず、どうにも上手くいかない。

 引き摺ってきた男たちを踏みつけて両手を使い始めた時には、既に周囲の視線を集めており同時にその場にいるほぼ全員に認識されるという事。

 

「――――見つけましたよ、松風さん!!!」

 

 甲高い声が響き周囲の視線が集まる。

 視線が集まる先に居たのは、その髪を淡い緋色へと変えて目を三角にしている、黒ウサギだった。

 一旦、子供を下す事を止めて左手を挙げる松風。

 

「よお、バニーちゃん。何してんだ?」

「よお、バニーちゃん、ではありません!ジン坊ちゃんに聞きましたよ!?松風さん、箱庭に着くと同時に姿を消したというではありませんか!いったいどれほど気を揉んだと思うのですか!?」

「いやー、悪い悪い。いまいち興味も湧かねぇが、街見て回れば気も変わるかと思ってな」

 

 ケラケラと言ってのける松風に、黒ウサギは苦いものを覚える。

 つい今しがた、彼女は己の考えの過ちを理解させられてきたのだから。そして同時に、その場を離脱していた松風には一切の弁明が出来ていない事にも気付かされる。

 だが、その弁明も場が許さない。無垢な瞳が、真っ直ぐに黒ウサギへと向けられているのだから。

 

「……うさぎさん」

「あ?」

「おにーちゃん、うさぎさん!うさぎさんがいる!!」

「っ、おおう大興奮。なに、バニーちゃんって有名人な訳?」

「ほ、本当に、ご存知ないのですか?“月の兎”と言えば、“箱庭の貴族”として帝釈天の眷属としても有名ですけど……」

「知らね」

 

 大興奮の子供が落ちないように抱え直しながら、松風は肩を竦めた。

 将軍だろうが姫様だろうが惑星の皇子だろうが、等しく関係の無い彼にとってみれば、黒ウサギが有名人のやんごとなき立場だろうがどうでも良い。ついでに、意識の逸れた隙に子供の両脇に手を通して抱え上げ、女性へと手渡す手際の良さを見せた。

 喜色満面から一転、キョトンと松風を見る子供。

 その小さな頭を撫でて、彼は笑みを浮かべた。

 

「んじゃ、俺はこれからこいつらを本拠地に叩き込んでくるからよ。お前は、母ちゃんと一緒に家に帰れ」

「やだ!!おにーちゃんもいっしょがいい!!!」

「マロ、我儘言わないの……すみません」

「まあ、それ位のガキンチョは我儘なぐらいが良いだろうよ。目いっぱい甘えて、我儘言って、愛されて、確り抱きしめてやれば真っすぐ育つだろ」

 

 大泣きする子供の頭を再度撫でて、松風は足元の男たちを担ぎ上げる。

 それが合図。

 女性は頭を下げて去っていき、大泣きする子供は母親が止まらない事を悟ってその肩口に顔を埋めてしまった。

 見送り、松風は一つ息を吐き出す。

 

「やれやれ、どうにもガキンチョの相手ってのは湿っぽくなるな」

「……松風さんも、まだまだ子供と言える年齢では?」

「まあ、な。それより、バニーちゃんは一人か?」

「バ……んんっ、皆さんの方にはジン坊ちゃんが居ますから。これから、ギフトの鑑定へと向かう所です。松風さんは……」

「このゴミクズ共を捨ててくる。まあ、オマエ等の拠点教えてくれれば、そっちに勝手に行くさ」

「……」

「何だよ」

「いえ、その……」

「…………ハッキリ言っとくが、俺はお前らの抱える問題何て、本気でどうでも良い」

「え?」

「そもそも、態々召喚しときながら、楽しんでくれ、何て言われてハイそうですか、とはならねぇだろ。バニーちゃんが何かしら腹の中に抱えてたのは見てわかった。まあ、最初から俺としちゃどっちでも良かったけどな」

 

 絶句、と言う他ないだろう。同時に、侮っていた、と黒ウサギは内心で恥じる。

 彼女は十六夜とのやり取りから、自身の考えを改めた。そして今、価値観に一石が投じられる。

 

 前提として、吉田松風は己の世界に退屈していない。十六夜や飛鳥、耀とは違い、彼の足は地球を飛び出して宇宙へと漕ぎ出していたのだから。

 それでもここに居るのは、無意識であれ、意識的にであれその文面に何かしらを感じたからだろうか。

 そしてその直感とも言うべき部分は、黒ウサギと出会った事で確信へと変わっていた。その上で、賽を相手に預ける真似をする。

 

「…………助けて、いただけませんか?」

「おう、良いぞ」

「良いんですか!?」

「言ったろ、お前らの事情とかそう言う事に興味ねぇんだよ。よっぽどの理由で呼び出したのなら、その呼び出しに報いる程度の働きはしねぇと、不義理だろ」

 

 吉田松風と言う男は、損得勘定で刀を振るったことは無い。何時だって、そこにあるのは自分の意思だ。

 助けたいから、助ける。守りたいから、守る。至極シンプルな、自分勝手だ。

 呆気にとられる黒ウサギ。しかし、知った事かと松風は指を立てた。

 

「そう言えば、バニーちゃん」

「は、はい!?というか、私の事は黒ウサギと――――」

「このゴミの本拠地ってどこだ?」

「あー…………えっと、一応箱庭にも自治機関がありますので、そちらに引き渡せば宜しいかと」

「んじゃ、そこは何処だ?」

「これから向かう道すがらにありますので、そちらで。ついでに、松風さんのギフトも知れた方がよろしいでしょうし」

「えー……別に良いだろ。俺は自分の力知ってるし」

「その他にも、皆さんとの顔合わせもありますから!」

 

 協力してもらえることが確定したからか、黒ウサギは上機嫌に松風の右手を取ると待たせている連れの方へと歩き出す。

 

 そして、彼はとある名前と出会って困惑する事になる。その名前と言うのは、実に重いものであるのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「本当に、ろくでもないわねあのコミュニティは」

 

 嘆息する飛鳥は、半ば吐き捨てながらそんな事を言う。

 つい今しがた、子供を誘拐しようとしていた“フォレス・ガロ”のチンピラたちを引き渡してきた所なのだ。

 

「にしても、偶然にも程があるだろ。その……あー、ナンタラ?は何処にでも喧嘩売ってやがるし」

「今回の松風さんが介入した誘拐も、他のエリアに手を出すための取り掛かりだったようです。この近辺で旗印を守れているコミュニティは、“フォレス・ガロ”よりも大手の場所ばかりですので」

「やっぱり、不愉快な男ね。その様で、よくもまあ勧誘なんて出来たものだわ」

「暗黙のルールって奴か?魔王なんて代物が跋扈しているなら、そう言う不正も罷り通ると」

「いいえ、“フォレス・ガロ”の、ガルド=ガスパーのやり口は完全な黒。この箱庭においても露見すれば、排斥は免れません」

「露見すれば、ね…………」

 

 げんなりとしながら、松風は空中を舞う花びらの一つを摘まんだ。

 

「見た事ねぇ花だな」

「桜……じゃ、なさそうね。それに、真夏にまで咲いている筈ないもの」

「あん?今は初夏だろ?気合の入った奴なら、まだ咲いてるんじゃないか?」

「…………?今は秋の筈だけど」

 

 おや?と四人が首を傾げれば、黒ウサギが笑って説明に入る。

 

「皆さんは、それぞれ別の世界から召喚されているのデス。元々の時間軸のみならず、歴史や文化、生態系などで差異が見つかる筈ですよ」

「へぇ、パラレルワールドって奴か?」

「近しいですね。正しくは、立体交差平行世界論と言うのですよ。ただ、この話を詳しくしようと思うと一日、二日では収まりませんので、またの機会という事で」

 

 それに目的地到着です、と黒ウサギが指さす先には今まさに店じまいを始めようとしている割烹着姿の女性店員の姿が。

 向かい合う双女神紋章。これこそが、目的地“サウザンドアイズ”の旗印だった。

 

「まっ――――」

「待った無しです、お客様。本日の営業は終了いたしました」

 

 声を掛けようとした黒ウサギだったが、女性店員はにべもなく看板を下ろしてしまう。

 

「まあ、ダメだわな」

「閉店?」

「店としても、閉店時間間際に客の対処したくねぇだろ。俺はしたくない」

 

 店員へと詰め寄る三人より一歩離れて、松風は顎を撫でた。その隣では、耀が三毛猫を抱き上げ撫でている。

 

「松風も、働いてた?」

「おう。俺の兄貴分が万事屋やっててな。まあ、基本的に閑古鳥は鳴いてるわ、家賃は滞納してるわで稼ぎ何て時々ドカッと入って後は文無し、何て事も珍しくなかった」

「…………それ、店で良いの?」

「良いんだよ。看板掲げて、社長が居て社員が居たんだから……給料を博打に突っ込むアホ兄貴だけどな」

「ダメでしょ、ソレ」

 

 呆れた目を向けてくる耀に、松風も擁護できないのか肩を竦める。

 ただ、

 

(悪い思い出じゃ、ねぇんだよな)

 

 楽しく無かった訳では無い。寧ろ、毎日笑って過ごせる程度には、退屈しない満ち足りた日常だった。

 そりゃ、何度かこの銀髪パーマ引き千切ってやろうか、とか。ついにやったか、とか。パチンカスも大概にしろ、とか。思わなかった事が一度も無いと言えば嘘になってしまうが。

 

 横からチラリと盗み見た耀は、そんな彼の表情に僅かに首を傾げて前へと視線を戻した。

 同時に、二人揃って左右へと避ける。その空いた空間を凄い勢いで、黒ウサギと小柄な何かが吹っ飛び、近くの水路へと落ちていった。

 

「…………何事だ?」

「知らないわ。でも、黒ウサギの知り合いじゃないかしら?」

「びっくりした」

「いや無表情」

 

 女性店員へと絡んでいる十六夜を除いて、三人の視線が水路へと向けられる。黒ウサギの声が聞こえてきた。

 

「もう!いい加減にしてくださいませ、()()()()!!」

 

 そんな叫びの様な声と同時に、ぶん投げられた白髪頭の少女。

 縦回転しながら、“ノーネーム”の面々の元へと飛び、

 

「ほい」

「んぎゃ!?お、おんし、初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!?」

「十六夜様だぜ、和装ロリ」

 

 ケラケラと笑う十六夜。

 その一方で、松風は右の眉を上げて怪訝な変な表情をしていた。

 

()()()~?」

「おう、なんだ小僧。私の名前に何か…………む?」

 

 解せないと言わんばかりの声色と表情でつぶやく松風に反応した、白夜叉と呼ばれた少女は、しかし軽快な態度から一変彼の顔を覗き込む様に近付いていった。

 突然の事に、眉を上げる松風。だが、その直後に何かを感じ取ったのかジッとその幼さの残る端正な顔を見下ろした。

 

「……おんし、随分と厄介な事になっているな。苦労したのではないか?」

「まあな。でもまあ、悪い事ばっかりじゃねぇよ。慣れたし」

「そうか」

 

 二人の間でだけ通じる短い会話の末、白夜叉はポンッと松風の背中を軽く労わる様に叩く。

 周りはついていけないが、しかし大した事ではない。既にこの話には、ケリがついているのだから。

 そこに合流してくる、服の水気を絞っていた黒ウサギ。

 

「ま、松風さんは白夜叉さんとお知り合いなのですか?」

「いや?初対面だぜ。な?」

「おうとも。少しばかり変わった童であるから、気になっただけだな」

 

 うんうんと頷く二人に、黒ウサギもそれ以上は突っ込めなかった。そもそも、ここに来たのは目的があっての事。

 一通り、四人を見渡した白夜叉は一つ頷く。

 

「ふむ、おんしらが新たな黒ウサギの同士という事か。中々の面構えではある……とはいえ、顔見世の為だけに来たのではないのだろう?私としても、少し気になる事がある続きは中で話すとしよう」

「オーナー、彼らは“ノーネーム”です。規定では、彼らを客とは――――」

「私個人の客だ。身元自体も、私が証明しよう。店も閉めたならば、ここからはプライベートの時間。何より、ボスに睨まれたとしても私が責任を取る。それで良かろう?」

「むぅ…………」

 

 穴はあるが、しかしだからといって規則云々だけで反論しずらい説明に、店員は口を噤んで道を開けた。中々鋭い目つきではあるが、閉店作業もある為か噛み付いては来ない。

 潜った暖簾の先は、店の外観からは妙にかけ離れた広さの中庭だった。振り返れば店舗正面入り口のショーウィンドウが確認でき、様々な珍品や名品が置かれている。

 そのまま中庭を突っ切って辿り着いた縁側。障子が開かれれば、そこにあるのは広い和室だ。

 上座へと白夜叉が腰を下ろし、残りの面々が対面するように同じく腰を下ろした。

 

「……?どうかしたか?」

「背筋がまっすぐ」

 

 各々がそれぞれの格好で座る中、背筋がまっすぐ伸びた正座の松風に耀の目が見開かれた。まるで一本の棒が背筋を通っているかのよう。

 その姿を横目に、十六夜は少し別の事を考えていた。

 軽薄な態度も見える彼だが、知識面などの頭脳分野に関しても実に優れた能力を有している。

 そんな頭脳が、考えていた。主に、吉田松風という男の正体について。

 

(木刀……は別に、良いか。気になるのは、あのSFチックな脇差と、卍鍔の刀)

 

 湖に落ちた後、チラリと見ただけだが十六夜の記憶力は正確にその造形を脳裏に刻んでいた。

 現状、彼としては興味があるのが黒ウサギと松風の二人。特に後者は、結構な期待を向けている。

 だからこそ、気になった。コスプレイヤーと揶揄したが、その立ち姿は余りにも堂に入っていたから。

 もっとも、今はそちらの追及は後回しだが。

 

「まずは改めて名乗っておこう。私は、白夜叉。三三四五外門に本拠を構える“サウザンドアイズ”の幹部を務めている。黒ウサギとは少々の縁があってな。こうして時折、世話を焼いているのだ」

「頼りになる方ですよ…………あんな感じですけど」

 

 ぼそりと呟く黒ウサギの言葉は黙殺して、改めて白夜叉は四人へと目を向けた。

 

「はてさて、おんし等はこの箱庭へと来たばかりなのだろう?黒ウサギがある程度の説明をしているものとは思うが、先達として教授してやらんことも無い」

「じゃあ、外門って?」

「箱庭の階層を示す外壁に設けられた門の事です。数字は、中心に近づくほどに若くなり、同時に強大な力を持った存在が跋扈する魔境へと変化していくのデス」

「この箱庭は、七つの層で分けられておってな。一番外の外壁から、七桁、六桁と中心へと向かうごとにその数字を減らしていく。黒ウサギも言ったように、中心部へと迫れば迫るほどに、強力なギフトを持つ修羅神仏が跋扈し、並大抵のものでは一刻と持たんだろうな」

 

 補足をするように、黒ウサギが部屋に置かれていたホワイトボードに箱庭の構造見取り図を描いて提示してきた。

 

「……超巨大玉ねぎ?」

「いえ、この場合は超巨大バームクーヘンじゃないかしら?」

「確かに、円柱状を加味すればバームクーヘンだな」

「刀の断面か?」

 

 一人首を傾げているが、大むね四人の感想は見も蓋も無い。

 ガクリと項垂れる黒ウサギだが、白夜叉には好評の様で大笑いしている。

 

「ふふ、ふー……成程、良い例え方だ。ともすれば、この七桁の外門は、差し詰めバームクーヘンの一番外側の薄い皮という事になる。付け加えるならば、箱庭は四つのエリアに分けられている。東西南北でな。その内ここは東のエリア。外門の外を世界の果てと隣接しており、そこにはコミュニティに所属こそしていないが強力な恩恵を持つ者達が居る。その水樹の苗の主のようにな」

 

 白夜叉が見たのは、黒ウサギが傍らに置いていた水樹の苗。

 

「して、誰がどのようにして手に入れたのだ?知恵か、勇気か?」

「ふふん♪こちらの苗は、十六夜さんが蛇神を素手で叩きのめして獲得したものなのです!」

「なんと!?ゲームのクリアではなく、直接打倒したとは……そちらの小僧ではなく、か?」

「先程からそうですが、白夜叉様。松風さんには何かあるのでしょうか?」

 

 黒ウサギが問えば、白夜叉は顎を掻いて少し視線を彷徨わせ、次いで松風へと目を向けた。

 

「おんしから言うのが、筋ではないか?」

「言うって…………あー、俺が殆ど不死身、とか?」

「ふ、不死身?」

「正確には、限りなく死ににくいって事だな。寿命でも死なねぇ、外傷でもほぼ死なねぇ、病気にもならねぇ…………位だな」

「…………白夜叉様?」

「言ってしまえば、そこの小僧は疑似星霊とも言うべき存在よ。ただ、人の血が強いからか権能の様な力は使えないようだがな」

「…………へ?」

 

 目を丸くする黒ウサギ。語彙が融けている辺り、そのショックの大きさを物語っている。

 そこで、飛鳥が手を挙げる。

 

「その星霊と言うのは?」

「箱庭における種族の一つだな。この箱庭には、最強種と呼ばれる種族が居る。一つが、神霊。主に、生来の神や仏がこれに該当する。二つ目が、純血の龍。幻獣の頂点であり、獣の一種の様な扱いだがその生い立ちは“誕生”ではなく“発生”と言う形になる。どちらかというと現象に近いかもしれんな。そして、三つ目が星霊。主に惑星級以上の星に存在する精霊の一種だが、前者の二種と比べても頭一つ抜けている」

「松風君は、その星霊なの?」

「少し違う。人間ではあるが、どういうカラクリかその小僧の体には、龍脈が流れて込んでおる。星を循環する膨大なエネルギーだ。小僧、何をどうすればそうなる?」

「元々は、親父の力さ。つっても、俺は親父の劣化も劣化だったんだが…………まあ、親父が死んでからこうなった……と思う」

 

 元々、吉田松風の体質は父である吉田松陽()の半分かそれ以下の回復力しかなかった。これは、流れ込む龍脈(アルタナ)のエネルギー総量の違い。

 要は、父親が本流で、松風は支流。だが、本流が潰れてその結果支流であった筈の松風へとエネルギーが供給される事になった。

 彼の容姿が父に似ているのも、この分が作用している。

 

「ま、ままま松風さん!」

「ん?」

「だ、大丈夫なんですか!?具合が悪かったり、調子が優れなかったりしないのですか!?」

「え、いや、別、に?と、いう、か、揺らすの、止め、ろ!」

 

 顔を真っ青にして松風へと駆け寄った黒ウサギが、その肩を掴んで前後左右に揺らす揺らす。

 黒ウサギに負けず劣らず顔を真っ青にする松風。流石に不憫に思ったのか、耀が横合いから助けた事で、和室を虹色に汚す事にはならなかったが。

 口元を押さえて顔を真っ青に吐き気を堪える松風。憐れだ。

 各々から不憫な目を彼が向けられる中、十六夜が手を挙げる。

 

「なら、あの蛇神は神霊に当たるのか?」

「いいや?あ奴は、単に神格を与えられた蛇じゃよ。というか、神格与えたのは私だからの」

「神格って?」

「生来の神仏ではなく、その種の最高ランクに体を変幻させるギフトの事です。蛇に与えれば、巨大な蛇神へ。人に与えれば、現人神や神童へ。鬼ならば、鬼神へ。更に、神格を獲得する事が出来れば、自身の有する他のギフトも強化されるのです」

「へぇ、良い事尽くしだな」

「ですが、神格の維持には一定以上の信仰が必要となります。尚且つ、信仰を受けるうえで名前を偽ったりすることはご法度となるんです。偽れば、その力は大きく衰えることになるでしょう」

 

 多くのコミュニティが、その第一歩として目指す神格の獲得。

 強力だが、しかし無敵ではない。現に水樹の苗の主であった蛇神は、十六夜に敗れているのだから。

 

「お前が?神格を与えるって?」

「さよう。かれこれ数百年前になるか」

「つまり、あの蛇神より強いって事だな?」

「それは勿論。私は東の“階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側で、四桁以下のコミュニティでは並ぶ者のいない最強の主催者なのだから」

 

 胸を張る白夜叉に、三人の目が怪しく光る。

 だが、

 

「止めとけ」

 

 吐き気を収めた松風が、正座を崩した胡坐の状態になって頬杖をついて彼らを止める。

 恐らくこの場で、黒ウサギを除けば間違いなく彼が正確に白夜叉との戦力差というものを把握しているだろう。

 仮に、死力を尽くして戦ったとして、傷をつけることが出来ればそれだけで偉業となる。そのレベルの実力差。ぶっちゃけ、戦えと強要されなければ、松風はこの場から尻尾巻いて逃げ出している所だ。

 とはいえ、やんわりとした制止に止められる筈もなく事は進む。

 これは無理だ、と判断した松風はそそくさと和室を後にするのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 肌に馴染む空気、というものが誰にでもある。その点で言えば、“サウザンドアイズ”の和風の作りは、松風にとって故郷を思い出させていた。

 

「やれやれ」

 

 縁側に腰掛けて頬杖をついて、事の終わりを待つ。

 背後の和室で空間が歪んで五人の姿が消えたのを確認して、松風としては行動を起こす気はない。そもそも、彼がこうしてこの場を離れられたのだから、白夜叉としても力量差を理解させる程度で怪我の一つもさせないのだろうというのが、彼の見解。

 

「はあ…………」

 

 有体に言えば、暇。かといって、人様の屋敷で横になろうとは思わない。

 彼は、兄貴分たちとは違うのだ。はっちゃける時には、盛大にハジケルが。

 目を閉じた松風。そのまま眠ってしまおうかと意識を彷徨わせ始め、

 

「…………なんか用か?」

 

 目を閉じたまま問いかけた。

 彼の元を訪れたのは、先程閉店作業を行っていた女性店員だ。どうやら、一人部屋の外に出てきて座っている松風が気になって寄ってきたらしい。

 

「お話は終わりましたか?」

「いいや?今は、俺の連れと密会中。いや、力関係の刷り込み中?」

「貴方は?」

「俺は、一応止めたからな。見逃されたし」

 

 目を開ければ、好意など一欠けらも感じ取れない目が向けられる。

 当然と言えば当然で、これこそが箱庭における“ノーネーム”の扱いというものでもあった。

 気にした様子もなく、松風は肩を竦める。

 

「もう暫くすれば戻って来るだろうさ。それまでは、ここで待たせてくれよ」

「…………オーナーの客ですので」

 

 言外に、お前は店の客ではない、と言われるが事実そうであるので松風も追及しなかった。

 ただ、

 

「…………」

 

 ジッと見てくる女性店員。

 先程好意の欠片も無いと綴ったが、だからといって侮蔑などがその視線に乗っている訳では無い。

 どちらかと言えば、疑問だろうか。

 

「何故、“ノーネーム”に肩入れするのですか?」

「あ?」

「目立った功績が無かろうとも、新戦力を求めるコミュニティはそれほど珍しくはありません。例え弱小でも、名も旗印も無い“ノーネーム”と比べればその待遇はマシです。それなのに……何故」

 

 それは、箱庭の住人にとっては当然の疑問だろう。

 無論、大手は大手の、弱小中堅は彼らなりの苦労がある。大規模なコミュニティと言える“サウザンドアイズ”だろうとソレは変わらない。

 だが、それでも好んで“ノーネーム”に所属したいと思うものがどれだけいるだろうか。それも、置かれている立場などを加味した上で、それでも尚、そのコミュニティに籍を置くなど。

 問われた松風は頭を掻く。

 

「…………別に?単なる義理立てでしかねぇさ」

「義理で、全てを捨てると?」

「捨てるかどうかは、それぞれだろ。少なくとも俺は、この世界に来ても大事なもんは、ちゃんとここに持ってる」

 

 右手で軽く胸を叩く。

 例え、あの世界に二度と返れず、誰にも会えないのだとしても、その胸に刻まれた思いだけで彼は何処までも前に進めた。

 何より、

 

「義理だろうが何だろうが、俺の選択だ。途中で曲げちまえば、俺の中の大事な柱が折れちまう。逆に言っちまえば、周りがとやかく言おうともこの選択を変える気はねぇよ」

 

 自分()を誤魔化したくなかった。

 おかれている立場も、状況も、周囲の目も、等しくどうでも良い。彼の、吉田松風の選択を揺るがせるには到底足りることは無い。

 その表情に、女性店員は座りの悪いものを覚える。

 彼女自身間違った事を言っているつもりは無いし、世間一般的な箱庭の常識と照らし合わせても間違った事を言っている訳でもない。

 ただ、

 

「…………」

「何か顔についてるか?」

 

 何故だか少し羨ましくも思えた。同時に、ここまで突き抜けた者こそが箱庭の上へと進んでいく者なのかもしれない。

 会話が途切れ、松風の背後の空間が軋んだ。どうやら戻ってきたらしい。

 

「さてと、そろそろお暇する事になりそうだな」

「……もう来てほしくはないんですがね」

「はっはっは、そう言うなよ」

 

 露骨に顔を顰める女性店員。だが、最初の時ほどの嫌悪感は感じられない。ため息はついていたが。

 軽快に笑って部屋の中へと入って行く松風。直ぐに室内は慌ただしくなっていく。

 

「はぁ…………」

 

 再度息を吐いて、女性店員は踵を返した。

 表情に反してその足取りが軽いのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 障子戸を開けて和室へと入ってきた松風へと、全員の視線が集まった。

 

「おう、終わったか格付けチェック」

「ま、松風さん!いったい今まで、どちらに……」

「部屋の外で待ってた」

 

 黒ウサギの答えながら、松風は部屋の隅へと胡坐で腰を下ろした。

 

「てっきり、さっさと帰るもんだと思ってたんだけどな」

「この童たちには尋ねたが、おんしにも聞いておこうと思ってな。おんしは、今の黒ウサギのコミュニティの状況を理解しておるか?」

「アレだろ、アレ……あー、まあ色々大変とは聞いたぞ」

「そのレベルではないのだが……今は良いだろう。これから先、茨の道などと言う言葉では生温い未来が待っているとしても、コミュニティに入る事は止めんのか?」

「ああ」

 

 白夜叉の言葉に、松風はアッサリ頷いた。

 一見軽く見えるが、しかしその目に宿る意思は鋼の如し。

 

「難しく考える事じゃねぇよ。俺がやりたいから、やる。それだけさ。生憎と、大層なお題目だとか善行含めた英雄願望だとか、そんな代物は持ち合わせちゃいないんでね」

「後悔せぬか?」

「後悔上等。やらねぇ後悔をするぐらいなら、最後まで突っ走ってから後悔してやるよ」

 

 バカでなければ、選べない道もある。彼はその事をよく知っていた。

 魔王退治をカッコイイと表した問題児たちと同じく、若さゆえの蛮勇か、或いは無知蒙昧の大言壮語か。

 しかし、白夜叉はこの手の馬鹿が他人からの説得で引き下がることは無い事を知っていた。

 やれやれと息を吐いて、指を軽く弾く。

 すると、松風の目の前に光が集まり、現れるのは一枚のカード。

 

「何だこれ?」

「っ、白夜叉様、良いのですか?更にもう一枚ギフトカードを……」

「良い良い。コミュニティ復興の前祝いとして与えたものではあるし、何より私としてもそこの小僧のギフトは気になる所だからな」

 

 受け取ったシルバーブラックのカードに松風が触れれば、その表面には文字が浮かぶ。

 

 吉田松風・ギフトネーム“星脈流入(アルタナ)”“超エテ行ク者”

 

「…………いまいちよく分からねぇな」

 

 前者は兎も角、後者に関しては松風自身にも身に覚えが無い。

 彼と同じようにカードを覗き込む白夜叉。

 

「成程、前者がおんしを疑似星霊の様な状態へと変えているものだな。後者は……うむ、分からんな」

「似た様なギフトは無いのか?」

「魂に宿る恩恵は、ワンオフである場合が多くてな。それにしても、黒ウサギ。おんしの新たなる同士達は、揃いも揃って尋常ではないな」

 

 白夜叉の指摘は尤もな事だったりする。

 人類最高峰にも届きうるギフトの数々。言っては何だが、下層のコミュニティの中でも相手になるのは一握りではなかろうか。無論、ギフトのみでどうにかなるほど、ギフトゲームの勝敗は甘くないが。

 

 その後、“サウザンドアイズ”を後にした一行。その折に、女性店員から鋭い目を向けられるが、ソレはソレ。

 揃ってコミュニティのホームへと向かう道すがら、話題はもっぱら先程の事。

 

「それにしても、松風君は白夜叉の実力に気付いていたの?」

「あ?あー……まあ、強いんだろうな、とは思ってたな」

「根拠はあったの?」

「……まあ、勘だな。あの手の奴は、余裕があるもんだ。俺は、自分の嫌な予感は基本的に信用するようにしてる。それに、白夜叉って名前がな」

「そう言えば、言ってたわね。でも、知り合いじゃないんでしょう?」

「おう。単に、俺の兄貴分だった人の異名が『白夜叉』ってだけさ」

 

 松風自身としては畏怖しているつもりはないが、しかし沁みついた経験と言うのは無意識に影響を与えてくるというもの。

 彼にとってみれば、その背中は憧れだ。平時がチャランポランであっても。

 

「その兄貴分?ってどんな人?」

「ふむ………まず、銀髪天然パーマで、常時目が死んでる。鼻くそほじって屁をこいて、オッサンかと思えば、毎週月曜のジャ〇プは欠かさない。糖尿病予備軍の甘党で、週一のパフェとか言いながらほぼ毎日いちご牛乳とか飲んでるし、パチンカスで賭け事に俺達の給料まで突っ込まれた時にはドタマかち割ってやろうかとも思ったな。後は――――」

「待って、情報が多すぎるわよ」

 

 頭痛がするとでも言わんばかりに、飛鳥は己の眉間を揉む。周りで聞いていた者達も、軽く引いていた。

 いや、割とペラペラ回った口から吐き出された情報が、須らくネガティブなものばかりなのだから仕方がない。普通なのは天パな所位ではなかろうか。因みに、そこを件の兄貴分に言えばブチギレられる。

 松風としても、改めて言葉で羅列すると悲惨なその内容に目が死んで来るというもの。

 だが、それでも。

 

「でもまあ、『約束』を死んでも果たすような人さ。ダメダメの実を食ったダメ人間並みにダメなぷー太郎擬きのパチンカスでも、心の底からあの人を嫌うような奴は早々居ねぇよ」

「……そう」

 

 息をするように罵倒が飛び出してくるが、ソレを連ねる松風の表情は優しい。

 ここまで突き抜けたダメ人間、放り出されても文句は言えないのだが、やる時にはやるし、加えて文字通り命懸けで救おうと奮闘してくれるのだから、ある種の信頼があった。

 

 そして彼らは辿り着く。自分たちのこれから過ごしていく、拠点の地へ。

 

 そして知るだろう、これから先に待つ荒れた岩場の様な道のりを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「……くぁ…………ねみぃ」

 

 壁に背を預けて、木刀の切っ先を地面に付ける形で右肩に立て掛けた松風は大きな欠伸を一つ零す。卍鍔の刀と、脇差は割り当てられた自室に置いてきていた。

 彼が現在居るのは、“ノーネーム”において子供たちが生活する別館の出入り口脇の壁。

 そして、欠伸が止まない松風の前では、同じく退屈した様子の十六夜が茂みへと声を掛けていた。

 

「おーい、いい加減に襲うのか襲わねぇのかハッキリしやがれ。俺が風呂に入れねぇだろうが」

「なあ、もう帰っていい?どーせ、誘拐とか何とか、ちゃちな奴らだろ」

「おいおい、もしかするとチョー強敵()かもしれねぇだろ?そんな時、か弱い俺じゃあやられちまうかもな?」

「か弱い~……?お前が?ハッ、ないない」

 

 ゲラゲラと呵々大笑する松風。

 ぶっちゃけ、彼からすれば現状のコミュニティ最強は十六夜だ。勝てないとは、彼自身言わないがしかしやり合う気にはならない。

 一頻り笑った松風は、徐に立ち上がると木刀を腰の左側へと差して十六夜の隣へと歩を進めた。

 

「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせるとしようぜ?」

 

 言いながら、彼が手渡すのは立ち上がる時にいくつか拾った小石。

 受け取った十六夜はニヤリと笑う。

 

「よっ!」

「オラァッ!」

 

 軽い掛け声とともに十六夜が小石を第三宇宙速度で投擲し、軽く空中へと小石をトスした松風が木刀のフルスイングでかっ飛ばす。

 小石が、迫撃砲紛いの破壊力を発揮して直撃した地点を粉砕する。

 そして、ここまで騒がしい事になれば嫌でも気づかれるわけで、

 

「な、何事ですか!?」

 

 別館より駆け出してきたのは、ジンだ。

 彼が駆けだしてくると同時に、小石の衝撃で空へと打ち上げられていた何者か達がゴロゴロと落ちてくる。

 特徴的なのはその容姿か。

 犬の耳であったり、爬虫類の目であったり、鋭い爪や牙を携えたどこか獣の要素を有する人間体。

 

「……天人(あまんと)みてぇだな」

「あ?なんだ?」

「いや?それより、さっさと終わらせるんだろうが」

 

 適当にはぐらかして、松風は手を振った。

 十六夜としては、聞き馴染みのない単語に興味を惹かれたのだが、目の前の侵入者への対処が先決。

 

「後で詳しく聞かせろよ?……にしても、お前ら人間じゃねぇのか?」

「否、我らは人をベースに様々な“獣”に関するギフトを有しているのだが、格が低く中途半端な変幻しかできないのだ」

「へぇ?…………で?何か話したくて、様子見してたんだろ?」

「…………恥を忍んで、頼みがある!」

 

 リーダー格なのか一番前の一人に倣うようにして侵入者たちは土下座する。

 

「我々の…………いや、“フォレス・ガロ”を完膚なきまでに叩き潰しては貰えないだろうか!?」

「嫌だね」

「どの面下げて、言ってやがるテメェら」

 

 決死の思いは、しかしアッサリと切り捨てられた。

 呆然と固まる彼らと、それから二人の拒絶を聞いたジン。

 しかし、二人とて何の理由も意味も無く、相手の懇願を切り捨てた訳では無かった。

 

「どうせお前らも、ガルドって奴に人質取られてる連中だろ?大方、命令されて子供(ガキ)を攫いに来たって所か」

「あ、ああ。お見通しであったとは、何ともご無礼を――――」

「生憎と、その人質もうこの世に居ねぇから。はい、この話は終了な」

「えっ…………」

「十六夜さん!?」

 

 淡々と述べる十六夜。

 ジンが咎めるが、しかし、

 

「さっきも言ったが、テメェらもショック受けられる立場じゃねぇの分かってるか?」

 

 ジロリと睨む松風もまた、十六夜と同じく遠慮なく言葉の刃を侵入者へと突き刺していた。

 木刀の切っ先を突きつけ、彼は言葉を紡ぐ。

 

「ガキが攫われて人質にされたってんなら、同情もするさ。でもな、テメェらも同じことをやって来たんだろ?」

「そ、それは……人質が…………」

「なら、もしも人質が生きていた場合、テメェらはその手で我が子を抱けるか?」

「っ……」

「どれだけ洗おうが、汚しちまった手は二度と綺麗にはならねぇ。それを、自覚してたか?」

 

 静かに問う松風の言葉に、侵入者たちは何も言えない。

 人質の為に、他を犠牲に似たような立場を量産していく。結果として鼠算の様な形で被害者は拡大していき、今のこの“フォレス・ガロ”が幅を利かせた状況が出来上がっていた。

 俯き拳を握る襲撃者たち。そして、彼らを見下ろした松風は無言で木刀を腰に差し直すと踵を返す。

 

「寝る」

「えっ……」

「おう、寝て来い。残りの御話はこっちで詰めといてやるよ」

 

 突然の流れに驚くジンだが、当の二人は気にした様子も無い。

 欠伸を零して本館へと足を向ける松風は、結局振り返る事無く夜陰に消えた。

 その背を見送り、十六夜はジンを見る。

 

「俺達の言いたい事分かったか?」

「………」

「目先のかわいそうだけで見てんじゃねぇよ。どんな理由であれ、こいつらも同じ穴の貉なんだからな」

 

 厳しい指摘だが、リーダーとしてこれから大成していくのならば必要な視点でもあった。

 同時に、十六夜は頭の中で策謀を行っていたりもする。

 これから先、進んでいこうと思うならば今のコミュニティの現状では不可能としか言えない。

 だからこその、作戦だ。

 その足掛かりは、明日のギフトゲームによって決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二一〇五三八〇外門、噴水広場から向かう“フォレス・ガロ”のコミュニティ居住区格。

 通常、コミュニティはギフトゲーム専用としての舞台区画を有している場合が多い。これは、大規模なゲームになると戦闘行為が避けては通れなくなるからだ。

 だが、今日行われる居住区格にて実行される。

 その理由は、会場を見る事でハッキリする。

 

「おいおい、バニーちゃんよ。コミュニティの拠点ってのは、個性を出さなくちゃならないのか?」

「…………ジャングル?」

「虎の住むコミュニティなら、おかしくは無いだろ」

「いや、おかしいです……“フォレス・ガロ”の所有する居住区格は、普通のものでしたから。それに――――」

 

 居住区格を覆う所か、溢れんとする樹木の幹へと手を添えるジン。その掌を伝って感じるのは、まるで心臓の鼓動の様な感触。

 

「これは、“鬼化”している?」

「なんつーか、血腥い樹だな。血でも啜って成長してんのか?」

「ねぇ、こっち見て頂戴。“契約書類”が張ってあるわ」

 

 眉を顰めるジンと、そんな彼の斜め後ろで脈打つ木の幹を見てゲンナリと舌を出す松風。

 そこに、飛鳥が門の方を指さした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 ハンティング

 

 ・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

          春日部耀

          ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件 ホスト本拠内にて潜伏するガルド=ガスパーの討伐

 ・クリア方法 ホスト指定の“武具”でのみ可能。それ以外の如何なる危害も“契約(ギアス)”により無効となる

 

 ・敗北条件 プレイヤー側の降参、もしくは上記のクリア条件を満たせなくなった場合

 ・指定武具 ゲーム内テリトリーにて配置

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します

                                    “フォレス・ガロ”印』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガルドの打倒を条件に、指定武具での討伐を……!?」

「こ、これはまずいですよ!?」

 

 顔色を青くしながら騒ぐ、黒ウサギとジン。

 だが、まだまだ箱庭の新参者である四人にはいまいちピンとこない。

 

「これは、そんなに危険なゲームなの?」

「いいえ、ルール自体は単純なものです。問題は、その打倒方法に有ります」

「……どういう事?」

「ガルドは、自身の命をベットする事で“契約(ギアス)”によって身を守っているのです。この状態では、飛鳥さんのギフトを用いて操る事も、耀さんのギフトで傷つける事も出来ないのです」

「すいません、僕の落ち度です。こんな事なら、あの場でゲームの内容まで詰めてしまうべきでした……!」

 

 黒ウサギとジンからの説明を受けて、飛鳥と耀は顔を見合わせた。

 中々厳しい戦いを強いられる事になりそうだ。加えて、不利なのはそこだけではない。

 

「クリアそのものも難しそうだな、コイツは」

「あん?どういう事だ?」

「あの三人、武器なんて真面に振るえるのか?虎なんだろ、相手」

 

 松風の指摘。

 彼は、兄貴分と同様に武器の種別問わずに振り回せるが、その一方で誰しもが武器の扱いに一定の心得がある訳では無い事を知っている。ついでに、刀を振るえても槍の名手ではない事も。

 松風の言葉を受けて、十六夜も三人を見て頷いた。

 体つきなどから加味しても、何れも肉体派には見えない。少なくとも、飛鳥もジンも荒事になれているような体つきをしていなかった。耀にしても身体能力に優れる事と、武器の扱いに優れる事はイコールではない。

 

「…………まあ、刺せば大抵死ぬし、良いか」

「何物騒な事おっしゃってるんですか!?もうゲーム開始ですよ!」

「おー、頑張れよー」

「軽いッ!?」

 

 ひらひらと手を振る松風の頭を、黒ウサギのハリセンが引っ叩く。

 しかし、彼とて何も考え無しにそんな事を言っている訳では無い。

 

「けどよ、バニーちゃん。今から何かを言っても意味ねぇだろ。出場者は決まってる、ルールも発表された。後は運を天に任せて祈るだけさ」

「うっ………で、ですが――――」

「大丈夫よ、黒ウサギ。心配は嬉しいけど、松風君の言う通り後は私たちがどうにかするしかないもの」

「そ、そうですけど………」

「おう、お嬢。武器がどうあれ、振り回しても骨が邪魔で殺せない場合があるぞ。だから、相手の動きを封じて、胸の中心をぶっ刺してやりな」

「物騒ね……まあ、アドバイスだと思って聞いておくわ」

「行ってくるね。三毛猫預かって」

「おう」

 

 渡された三毛猫を松風が抱え上げ、三人は木々の茂る屋敷へと足を向ける。

 その数分後、野獣の咆哮が響き渡った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 吉田松風の実父である男は、彼以上に不死身の男であった。殺しきろうと思うなら、地球から引き離した上で、その身に宿った命を殺し続ける必要がある。

 さて、そんな男の内に流れる血液。この箱庭の世界においては一種のギフトになってしまいそうな効能を有していたりする。

 与えられた人間は高い回復力を得て、疑似的な不死へとその身を変える。ただし、完全ではない為死ぬに死にきれない生き地獄を味わう事にもなるかもしれない。

 

 “フォレス・ガロ”とのゲームは、“ノーネーム”の勝利で幕を閉じた。だが、この際に耀が大怪我を負ってしまう。

 その血を見て、咄嗟に鯉口を切った松風だったがその直後に黒ウサギが耀を抱えてホームへと跳んで帰った為にその刃が血に濡れることは無かった。

 

「…………はぁあ……」

 

 刀をベルトに差し直して、松風は重く息を吐く。

 分かりにくいが、彼もまた兄貴分に大きな影響を受けた人格をしている。ズボラな部分はあれども、それでも仲間意識とも言うべき部分は強い。

 だからこそ、耀の出血を見た時には反射的に血を入れてしまいそうになった。

 今の彼の体は、父親と同じだ。いや、生まれつきという点から見れば父親以上に適性が強いともいえる。

 そんな血を入れられた相手がどうなるか。少なくとも、突然の変化に身体異常を来す可能性が高かった。

 

「…………帰るか」

『なんや、小僧。帰るんか?まあ、お嬢も心配やしな』

「ニャーニャー鳴かれても分からねぇぞ」

 

 三毛猫の顎の下を撫でながら、松風は肩に籠っていた力を抜いた。因みに、この三毛猫も耀が怪我した時には一目散に飛び出そうとしたところを彼に止められていたりする。

 何やら十六夜とジンが何かをやろうとしているのだが、生憎と松風はその辺りは興味が無い。

 コミュニティの復興に後ろ向きとかそういう訳では無い。ただ、彼はどちらかといえば直情径行で尚且つ考えるよりも先に前へと突っ走るタイプ。一応、理性はある為取り返しのつかない事は殆どしないが、それでも考え無しの特攻が元の世界でも何度かあった。

 

 例えば、夜の王を殴り飛ばした。その後に、傘でホームランを食らったが

 例えば、片眼鏡の白服を助けるために錨の鎖を片手に船から飛び降りるだとか

 

 今よりも不死性は低かったが、それでも無茶に無茶を重ねてミルフィーユの様な状態になっていたのは、やはりその直情径行故に、だろう。

 

「松風君」

「おん?どうしたよ、お嬢」

「貴方、十六夜君たちが何をしようとしているのか、知ってるの?」

「いや?具体的には、知らねえよ。まあ、悪い事じゃないさ」

「…………はぁ、面白い事なら私も混ぜなさい。それはそうと、貴方はホームに戻るのかしら?」

「そのつもりだな。ここに残っても、特にやる事もねぇし、春日部の具合も気になるだろ」

「そうね……」

 

 三毛猫を撫でながらそう言って踵を返す松風。その後を、飛鳥は追うと隣に並んで帰路に就いた。

 

「そういえば、松風君に聞きたい事があったんだけど」

「ん?」

「どうして刀を三振りも差しているの?一振りは、木刀だし」

「あー、餞別だからだな」

「餞別?」

「この世界に呼び出される前に、俺は旅に出たのさ。で、その前にこの羽織と一緒に貰ったってだけさ」

「…………あの、ダメな兄貴分って人?」

「羽織と木刀はそうだな」

「刀は違うの?」

「こっちは、親父の分だ」

 

 帯の左側に差した刀の柄を左手で撫でながら、松風は遠くを眺める。

 親らしいことをしてもらった記憶など無い。そもそも、あの時まで知る事は無かっただろう。

 それでも、無意識にでも求めてしまうのが、親からの愛情というモノ。

 

「ま、色々あんのさ」

「…………それもそうね」

 

 触れられたくない部分は、誰しもある。珍妙な恰好をしている松風然り。そして、飛鳥にもそんな部分は確かにあった。

 若干の気まずい空気。会話の途切れた空白が落ちてくる。

 

「…………何か、甘いものでも買って帰るか」

「お金はあるの?」

「おいおい、お嬢。ここは、箱庭だぜ?だったら、やり様は幾らでもあるだろ」

「それもそうね」

 

 二人で顔を見合わせ、軽く笑う。

 ここは箱庭。ギフトゲームによって、あらゆることが決まり、取引される場所。

 勝てばよかろうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――んで、これが戦利品って訳か?」

「まあな。チビ達にはもうやったから、残りは食っちまって良いぞ」

 

 そう言って、松風は砂糖のたっぷりかかったチュロスを頬張った。

 あの後、飛鳥と共に松風は幾つかのギフトゲームを熟して、担ぎ上げなければならない程度の戦利品を獲てホームへと戻ってきたのだ。

 菓子など早々には食えない現状、子供たちも大歓声。

 耀のお見舞いも終えて、飛鳥とジンが彼女の世話に着き、残りの主要メンバーである三人は本拠の談話室にて、松風の戦利品をお茶請けに今後の事を話し合ってもいた。

 

「にしても、ゲームが延期か」

「YES。余程の巨額による買い手がついてしまったらしく、このまま中止となってしまう可能性もある、と」

「ハァー……金があるって所は、豪勢だな。にしても、人材の売買も出来るってのか?」

「白夜叉に話を通して、何とかならないのか?」

「無理でしょう。今回の主催は、“サウザンドアイズ”傘下のコミュニティの一つ“ペルセウス”ですから。そもそも、“サウザンドアイズ”は群体の商業コミュニティなのです。白夜叉様の様な直轄の幹部が半数と、それから傘下のコミュニティ所属の幹部、といった構成ですので」

「まあ、商人が規模を広げる場合はありがちな体系だろ。ただ取り込むんじゃなく、大規模なコミュニティの幹部として取り立てる、何て言われれば、な?」

「ハッ!詰まんねぇ奴らも居たもんだな」

 

 松風の補足を鼻で飛ばして、十六夜はドーナツへと手を伸ばす。

 快楽主義者を謳う彼にしてみれば、彼らの生き方は肯定できるものではない。理解は示せども、共感する事はない。

 しかし、一組織の長として甘い蜜を啜る様に強者に阿る事は決して間違いともいえない。プライドなどは別として。

 

 とにかく、ここまで来てしまえば彼らに出来る事はない。

 “ノーネーム”は最弱コミュニティ。大手のコミュニティに噛み付いた所で埃を払うように潰されるのが落ちというモノ。

 

「まあ、次回に期待するとしようか。所で、その仲間ってのはどういう奴なんだ?」

 

 菓子の一つを頬張りながら、十六夜が問う。

 

「そうですね……一言で申しますと、スーパープラチナブロンドの超美人さんにございます。湯あみの時など、その美しい髪に流れる水滴が宛ら星明りのようでしたね」

「ぶろんど……金髪か?月詠の姉御みたいだな」

「いまいち想像できねぇが……月詠って誰だ?」

「乳のデカい別嬪さん」

「ぶぅっ!?い、いいいいきなり何を言ってらっしゃるんですか!?」

「え?姉御の特徴?」

「だからといってち……ッ、と、とにかく!!そういう事を大っぴらに言うもんじゃありません!」

 

 顔を真っ赤に地団駄を踏む黒ウサギ。挙動がまんま兎であるが、彼女も乙女なのだ。

 少なくとも、松風の知る女性陣よりもよっぽど初心である。

 ニヤニヤと顔を赤くする彼女の様子を観察していた野郎二人だが、不意に松風が腰に差した木刀へと手を添えた。

 

「むぐっ……おいおい、覗き見は宜しくないんじゃないかい?」

 

 チュロスを頬張り問いかけるのは、窓の一つ。問いかけは決まっているが、口の周りに粉砂糖がたっぷりついている辺り、格好つかない。

 

「――――おや、すまないな。楽し気な歓談を邪魔するつもりは無かったんだが」

「抜かせ。こそこそと覗き見なんてよォ…………マドレーヌ食べるか?」

「いや、落差!?というか、レティシア様!?」

 

 フィナンシェを貪りながらマドレーヌを差し出した松風の頭をハリセンでひっ叩きながら、黒ウサギは慌てて窓へと駆け寄った。

 開け放たれたそこから入ってきたのは、美しい金髪の少女。てか、幼女。

 少なくとも、美しい容姿である事には変わりないが、一方で黒ウサギが先輩と称する相手としてはかなり幼い。

 

「こんな場所からすまない。ジンに出会わずに、黒ウサギと顔合わせをしたかったんだ。もっとも、」

 

 チラリ、と少女の目が口の周りを拭う松風へと向けられる。

 

「彼にはバレてしまったが」

「ん?……ああ、気にすんな。俺は元々、その手に敏感なんだ」

「そうなのか?」

「つまり松風は、金髪ロリの視線に晒される事があった、と」

「おう、謂れのない汚名を着せんな。ちっと監視対象とかになってただけだ」

「それはそれで、どうなんだ?」

「と、とにかく!私はお茶を淹れてきますね!」

 

 ルンタッタ♪と上機嫌に茶室へと向かう黒ウサギ。それだけで、彼女がレティシアへと向ける親愛の情の深さというものが分かるというもの。

 一方で、そのレティシアの視線は十六夜へと向けられていた。

 

「ん?どうした、金髪ロリ」

「いや、君達が新たな黒ウサギの同士か、と思ってな。そもそも、今回顔を見に来たのは君達の為人を見る為だったんだ…………だからこそ、ジンとは顔合わせをしづらくてね」

「何かやっちまった感じか?」

「まあね……君達の同士がけがを負う原因を作ったのは私だからさ」

 

 気まずそうに微笑んだレティシア。

 いまいち分からず、十六夜は首を傾げる。

 

「どういう事だ?」

「……やはり、あの植物の鬼化はレティシア様が……」

 

 十六夜の問いに答えたのは、茶の準備を終えて戻ってきた黒ウサギだった。

 彼女曰く、吸血鬼は“箱庭の騎士”と称される。これは、箱庭の天幕の内でのみ日の光の下活動することが出来る彼らが、平穏と誇りを胸に生活していた事に起因する。

 彼らは体液の交換により、“鬼化”と呼ばれるギフトを付与できた。食人の気を持ってしまうというデメリットはあるものの、その効果は絶大。“神格”とはまた別に一種の増強を可能とする代物だ。

 とはいえ、この鬼化を付与できるのは純血の吸血鬼のみ。箱庭広しといえども可能とする者は、極僅か。

 

「ガルドは……当て馬にもならなかった。ゲームに参加した彼女たちも、まだまだ青い果実過ぎて判断を下すには少々先決が過ぎる。どうしたものか……」

「……ハッ、それならいい方法があるぜ?」

 

 曖昧に笑うレティシアへと、十六夜の獰猛な笑みが向けられる。

 

「お前は、これから先のコミュニティの先行きを心配してきたんだろ?言っちまえば、これから先のいばらの道を歩いて行く黒ウサギ達の道を、確かに切り開ける新戦力なのか調べに来た訳だ。なら、話は早い。力試しと行こうじゃねぇか」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 突然に始まった腕試し。

 本拠中庭に降り立ったのは十六夜。対してレティシアは、その背の翼を利用して空に陣取った。

 一方ではらはらと動向を見守るのは黒ウサギ。その隣で、松風は窓枠に頬杖をつくとのんびりと状況を見下ろしていた。

 

「……で?バニーちゃんから見て、どっちが優勢なんだ?」

「…………ハッキリとは、何とも。十六夜さんの実力は未知数です。神格を素手で打倒するほどの膂力と、尋常ではない速力をお持ちの方ですから。ですが、レティシア様もまた元魔王。鬼種と神格を有した指折りの魔王であった、と」

「ふーん……」

 

 あれが?とは、松風は言わなかった。

 彼から見て、レティシアは何というか()()()()()。強者が持つ特有の凄味とも言うべき部分が、全くもって感じ取れなかった。

 松風は、よく知っている。化物染みた戦闘能力を持ち合わせる者は、特有の雰囲気を纏っている、と。

 

 たった二人の観客が見下ろす中で、二人の勝負は始まった。

 ランスの投擲。シンプルながら、同時に純粋な力の強さというものがハッキリと現れる勝負内容だ。

 

 翼を翻し、体の捻りと撓り、腕の力。余すことなく乗せたレティシアの投擲は容易に空気の壁を突き破り、その穂先は空気との摩擦で熱を帯びた。

 迫りくる凶器を前に――――十六夜は凶暴な笑みを浮かべた。

 

「カッ!――――しゃらくせぇ!!!」

 

 振り抜かれる拳が、正確に迫りくる槍の穂先を捉え、打ち付けられる。

 普通は、穂先が勝つ。拳を腕ごと裂いてその機能を完全に破壊しつくした上で、中庭を大きく抉る事になっただろう。

 だが、今回はそうはならない。

 

 ひしゃげた。鋭い穂先も、細かな装飾の施された柄も。槍を構成する一切合切が拳に打ち負け粉砕、鉄塊となって宛ら散弾銃の弾丸のように第三宇宙速度をもってレティシアへと襲い掛かったのだ。

 通常の弾丸程度なら、彼女は翼で打ち払うことが出来ただろう。だが、それが第三宇宙速度を発揮したものならばその限りではない。反応は愚か、先程の槍を正面から殴り潰した光景の衝撃も相まって全てが遅かった。

 

(これほど、か……!)

 

 驚愕し、同時に内心では安堵の感情も覚える。

 これほどの才覚ならば、或いは、と。そう血みどろになって撃ち落とされる事も覚悟し、目を閉じて、

 

「レティシア様!」

 

 横合いから勢いよく柔らかな何かに包まれ、同時に耳をつんざく金属音が鳴り響き、ほぼ間髪入れずに地面に何かがぶつかった音が響く。

 慌てて目を開ければ、自身を抱きしめる黒ウサギと、それから流水紋の白い羽織を翻しながらその右手に持った()()を振り下ろした格好の松風の姿が空中にはあった。

 そのまま三人は中庭へと降り立ち、同時に黒ウサギはレティシアからギフトカードをひったくっていた。

 更に、十六夜は凶暴な笑みと共に、松風へと歩み寄る。

 

「やっぱり、お前面白いぜ、松風。その木刀は、一体全体どうなってやがるんだ?」

「んな、凶悪な顔で近寄ってくんな。木刀に関しちゃ、兄貴からの餞別だよ」

 

 軽く一振りして、他二振りの刀と同じように帯へと差し直した松風は肩を竦める。

 彼自身はこの決闘に手を出す気は無かった。だが、流石に目の前で僅かとはいえ会話をした相手が血だるまになって撃ち落とされるであろう光景を見たいとは思わない。

 幸い、レティシアを襲った鉄塊は、松風にとって()()()()()()()()()()()。そして彼の剣の腕前とフィジカルは元の世界での最終決戦を経て一気に跳ね上がっていた。

 結果、問題児に絡まれる事になったが。

 

「ギフトネーム“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やはり、ギフトネームが変わってる。鬼種は残っていても、神格が残っていない……!」

「……」

 

 黒ウサギの悲鳴にも似た言葉に、レティシアは顔をそむける。

 彼女らのやり取りに、白けた目を向けたのは十六夜だ。

 

「何だよ、元魔王様のギフトは吸血鬼しか無いのか?」

「そのようです……多少の武具は残っておりますが、身体に宿ったギフトまでは……」

「ハッ……随分と歯応えが無いと思ったら、そういう事か。他人に所有されると、魔王様ってのはそこまで力を削がれるものなのか?」

「い、いえ!魔王が奪っていったのは人材であって、ギフトではございません。顕現した武具系のものならば未だしも、身に宿った恩恵は修羅神仏などに齎され、魂と結合したもの。それを手放すなど本人が……」

 

 そこで言葉を切った黒ウサギの視線がレティシアへと向けられる。だが、これもまた彼女は苦虫を噛み潰したような表情で視線を逸らすばかりだ。

 気まずい沈黙。そんな中で小さく松風が手を挙げる。

 

「とりあえず、俺はお嬢たちの方に行ってくる。ちっと騒ぎ過ぎたからな」

 

 彼が選んだのはその場からの遁走。松風の兄貴分の一人である狂乱の貴公子お得意の逃走術は彼にも受け継がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かなくて、良かったの?」

「堅苦しい話し合いとかは、苦手なんだよ」

 

 寝台に横になった耀に答えながら、松風は椅子に腰かけたまま背もたれに体を預け天井を見上げた。

 あの後、その場を後にした松風は詳しく知らない事だが、何やらごたごたしたらしい。そのまま問い詰めに行くと松風も呼ばれたが、これを彼は拒否。コミュニティ防衛を理由とする割と小賢しい手法で、面倒事を回避していた。

 それっぽい理由を即座に思いつく辺り、やはり小賢しいという他ない。

 

「それに、Mrヘッドホンとお嬢、バニーちゃんが居ればどうとでもなるだろ。まあ、ならなくても話し合いなら十分じゃないか?」

「……」

 

 耀は、嘯く少年の横顔をジッと見つめる。

 ベージュ色ともいえる長髪と柔和な顔立ち。ついでにその口から飛び出す彼の元の世界での話は呆れる事が多々あれども、聞いている分には面白い。

 ただ、気になる事もあった。それは、鼻の良い耀だからこそ気になる事。

 

「松風は……」

「ん?」

「松風は、何で()()()()()がするの?」

「…………臭いか?」

「あんまり気にならないけど……少しだけ」

 

 耀の指摘に、松風は頭を掻いた。

 心当たりは、ある。というか、彼は血腥い世界の出身であるし、騒動の度に血塗れになり、そして周囲を血塗れにしてきた実績もある。

 要するに、血のニオイが染みついているのだ。これはどれだけ気を付けていても、完全には拭い切れない。

 

「まあ、なんだ…………色々とな。別に怪我をしてる訳じゃない。不快なら、ファ〇リーズでもリ〇ッシュでも調達してくるけども」

「ううん、大丈夫。そっちの方が、臭そう」

「……仮にも消臭剤を臭いって言うな」

 

 気持ちは分からなくもない、と内心で松風は続ける。彼が思い出したのは、兄貴分のゲボを処理した際にお世話になったラベンダーの香りで無理矢理に悪臭を打ち消さんとするタイプの消臭剤。

 洗面所で使ったソレは、一週間ほどニオイが取れず逆にそのニオイで酔ってしまう程に強烈なものだった。

 今思いだしても顔を顰めるほどに強烈なニオイの記憶。

 ただ、この話題を振った耀の興味は既に別の事へと移っている。

 

「私、ゲームに出られるかな」

「あ?………大丈夫だろ。怪我も治ってる、後は血が足りれば動けるさ」

「でも、急にゲームが決まったら?」

「バニーちゃんも言ってたが、ギフトゲームってのは急には決まらない物らしいじゃねぇか。ま、そりゃそうだわな。会場設営やら何やら色々あるだろうし」

「…………」

「どした?」

「松風って、意外に人の話聞いてるんだね」

「え、何、喧嘩売ってる?俺は、男女平等パンチも使いこなす男だぜ?」

 

 シュッシュッ、とシャドーボクシングをする松風。その拳のキレは結構なものだ。

 だが、耀には何となく確信があった。彼は怪我人に手を出すような人間ではない、と。現に、喧嘩云々もどこか冗談めかした口調であったから。

 

「松風って、変」

「それ、お前が言う?」

 

 大ゲームまで、あと僅か。そんな一幕である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 吉田松風という男を創り上げたのは、父である吉田松陽と彼の弟子たち。それから、故郷と胸を張って言える町の人々達。

 特に影響を受けたのは、銀色の侍か。

 兄貴と慕い、その背を追って育ってきた。

 だからだろうか、何でも一人で背負いこもうとする兄貴分のように彼もまた一人で何とかしようとしてしまう。

 

 そんな彼は、ここ箱庭で似たような気質の少年と出会った。

 

「「…………」」

 

 場所は、“サウザンドアイズ”の支店へと通じる並木道。というか、店の前で相対する事になった。

 

「……何やってんだ?Mrヘッドホン」

「それはこっちのセリフだぜ、松風」

「俺は、アレだよアレ。ちょっと甘い物でも買いに来たんだ」

「なら、あの“六本傷”の喫茶店で良いだろ」

「たまには気分も変えたいってもんだ。で?そっちはどういう用件なんだ?」

「こいつを返しに来たのさ。白夜叉にな」

 

 そう言って、十六夜は小脇に抱えた機材を見せる。

 ペラペラと言葉を交わしながら、しかし二人は互いの要件を分かってもいた。というか、このタイミングでこの場所に来るなど用事は一つしかない。

 

「…………まあ、何だ。考える事は一緒って事だろ」

「…………だな」

 

 問題児だからといって、手の届く範囲の知人を無視する事など出来はしない。

 しかもそれが、この箱庭へとやって来て何度となく世話になっている黒ウサギの事ならば猶の事。

 十六夜も松風も、指摘されたとしても否定する事だろう。それでも、二人の性根が善性であるという事を否定する材料にはならない。

 

「俺は頭が良くない。攻め口が分からねぇ」

「なら、何でここに来たんだよ」

「コミュニティの潰し方は知ってるからだ。ガルドの件は、良い教訓になった。つまり、相手がギフトゲームを拒めない状況を作れば良い訳だ」

「ああ、その通りだ。ここで重要なのが、相手が“ペルセウス”って事だな」

「……その辺りは、よく知らねぇ」

「要は、この箱庭では神話がそのまま意味を成すって事だ。この場合は、ペルセウスの神話だ。ゲームを試練と見立てるのなら、幾つか成り立つだろ」

「そのゲームの中に、“ペルセウス”そのものを引きずり出すもんがあるって事か」

「その答え合わせをここにしに来たのさ」

「――――ご歓談は終わりましたか?」

 

 第三者の冷たい声。見れば、店から出てきた女性店員が白い目で二人を見ていた。

 

「ここは“ノーネーム”お断りです。御帰りください」

「まあまあそう言ってくれるなよ、お姉ちゃん。俺達は、この店のオーナーに話があるんだからさ」

「そういうこった。こいつも返さなくちゃならないんでね」

「でしたら、私の方からお返しします」

「いやいや、借りた手前自分で返しに行くのが筋ってもんだろ?」

 

 十六夜が女性店員とやり取りをする中、その隣を松風が抜けようとするが、そちらも視界の広い女性店員に止められる。

 

「あまりにしつこい様なら、出禁にしますよ?」

「そう言うなって。俺達はただ、白夜叉に用があるだけさ。店で買い物なんてしねぇよ」

「そういう問題では――――」

「何の騒ぎだ?」

 

 店先で揉めていれば、本命が現れた。

 女性店員は眉間を揉み、問題児二人はニンマリ、と。

 

「よお、白夜叉。借りた物を返しに来たぜ」

「律儀だの。うむ、確かに」

「ついでに一つ、聞きに来た」

「うむ?聞きたい事、とな」

「“ペルセウス”のゲームは、五つか?」

「!」

 

 白夜叉の目の色が変わった。彼らが何をしようとしているのか察したからだろう。

 

「ふむ……難関とされるのは、()()()()

「そうか。機材ありがとよ」

 

 返事は短く、十六夜は踵を返す。その後に、松風が続いた。

 並木道を行きながら、話題に上がるのは今後の動きだ。

 

「分かったのか?」

「ゲームの数が特定できれば十分だ。“フォレス・ガロ”の件を加味すれば、本拠でやるゲームが一つ。なら、残りの二つはその本拠のゲームに繋がるものだと考えて良い」

「あの数は?」

「フェイク。白夜叉には、俺達が“ペルセウス”のゲームに挑戦する意思がある事を示せば良い。白夜叉の方も、ルイオスを嫌ってる節があるし、そこから情報がいくことは無いだろ」

「なら不意打ちできるって事か。二つなら手分けすれば一ゲームで終わるな」

 

 内容は加味しない。十六夜は兎も角、松風は割と無鉄砲の嫌いがあるから。

 時間は僅か、行動は迅速に。問題児二人は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 松風が歴代相手にしてきた巨大な相手は、宇宙生物が大半を占める。一度、どこぞのハゲ坊主に“えいりあんばすたー”見習いとして宇宙に連れて行かれた事もあったり。

 何故そんな話題を出すのか。要するに、吉田松風にとって体の大きさなど何のアドバンテージにもならないという事だ。

 

『……!?』

「悪いな、デカ蛸。この宝玉は貰っていく」

 

 全身びしょ濡れになりながら、松風の左手には一つの宝玉が握られていた。

 彼の後方では巨大な蛸のような烏賊のような、とにかく海の怪物“海魔(クラーケン)”が倒れ伏していた。

 ただデカいだけの烏賊蛸など相手ではない。相手ではないのだが、少し松風は気になる事があり先を急ぎながら右拳を握って、開いた。

 

(力が上がってる、か?)

 

 駆け出しながら、考える。

 兆候はあった。父親である吉田松陽()を打倒してから、龍脈(アルタナ)は常に松風へと流入している。それを示すように、彼には龍脈関連のギフトがあった。

 不死性のみならず、身体能力なども上がっている。

 しかし、それだけではない様に彼は自身の体の変化を感じていた。

 

「…………まあ、良いか」

 

 一言呟き、走る速度を上げる。

 自分が何者で、どこの誰であろうともやるべきことは変わらない。やりたい事は変わらない。

 砂埃を巻き上げる様に駆け抜けて、程なく。見慣れた門構えとその先の廃墟群が見えてきた。

 

「あ……」

 

 ついでに、遠くに見慣れた金髪も見えた。同時にそれは、この半ば競争の様になった宝玉ゲットにおいて松風の負けを示してもいた。

 マウント取られるだろうな、とゲンナリしながら足の回転を速める。

 向かうのは本拠の黒ウサギの私室だ。

 廊下を軽い足取りで駆けていれば、扉の半壊した部屋があった。具体的にはドアノブ辺りがぶっ壊されて扉としての機能を果たせていない。ついでに喧しい声も聞こえてきた。

 

「よお、お揃いか?」

 

 部屋へと顔を覗かせれば、ポカンと十六夜の差し出した宝玉を見つめる黒ウサギの姿が。それから、飛鳥と耀も驚いた様子だ。

 十六夜が入口へと振り返り、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「この勝負は俺の勝ちだな?」

「俺はテメーほど走るの速くねぇの……ったく、まあMrヘッドホンの二番煎じにはなるが、俺もお土産だ」

「……松風君も動いてたの?言ってくれればいいのに」

「まあ、時間も無かったし、な?」

 

 若干むすくれる飛鳥に手を振り、部屋へと入ってきた松風は自身の持ってきた宝玉を黒ウサギへと差し出した。

 

「ほれ、バニーちゃん。お土産」

「ま、松風さんもゲームを勝ってきたんですか……!?」

「あんな烏賊蛸に負けるほど弱くねぇって…………あでも、足の一本切り取って来るべきだったか?たこ焼き食えるぞ」

「松風さんの言うそれって、海魔(クラーケン)ですよね!?普通食べませんし、というか松風さん海魔に勝ってしまわれたのですか!?」

「あの程度、地元じゃありふれてる」

 

 事も無げに言う松風だが、羽織っている流水紋の白い羽織は湿っており相応の苦労をした事は見て取れた。

 二つの宝玉を胸に抱き、黒ウサギはギュッと目を閉じた。

 飛鳥と耀は自分を気に掛ける子供たちとの橋渡しをしてくれた。十六夜と松風は逆転の一手を撃ち込むための手段を用意してくれた。

 実に恵まれているのだろう。いや、事実恵まれている。

 瞼を開けた彼女には、もう迷いは無かった。

 

「“ペルセウス”へと宣戦布告いたします。共にレティシア様を取り返しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

 

          久遠 飛鳥

 

          春日部 耀

          

          吉田 松風

 

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 

 

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 

 ・クリア条件

 

   ホスト側のゲームマスターの打倒。

 

 

 ・敗北条件

 

   プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 

   プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 

   プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 

 ・舞台詳細・ルール

 

  *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

 

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く) 人間に姿を見られてはいけない。

 

  *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、同時にゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うが、ゲームを続行する事はできる。

 

 

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 

            “ペルセウス”印』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 白亜の宮殿。ギフトゲームの開始と共に、“ノーネーム”の主力たちは巨大な扉の前へと転移させられていた。

 周囲に広がるのは街並みではなく、異空間。ここは箱庭であって、既に箱庭ではない空間だった。

 

「早速、乗り込むか?」

「いえ、その前にある程度の作戦は必要です」

「姿を見られるのがアウトって事は、ペルセウスを暗殺しろって事か?ゴルゴン退治をなぞるのなら、不可視のギフトがある筈だ」

「YES。流石にルイオスも睡眠状態であるとは思えませんが、それでも宮殿の最奥に居る事は確定でしょう。そして、我々には十六夜さんの言った不可視のギフトはございません。綿密な作戦が必要となるでしょう」

「壁ぶち抜いて行くのはダメか?」

 

 木刀を抜いて宮殿を指す松風に、呆れた目が向けられた。

 

「可能かどうかは一つ置いておきまして、やはり派手な破壊行動は人を集めてしまいます。そこでジン坊ちゃんが見つかってしまえばこちらの負けとなりますから」

「それもそうか」

「ジン君を守りながら進むのなら、最低でも三つの役割に分ける必要があるわね」

 

 黒ウサギに窘めらた松風が木刀を下せば、今度は飛鳥が一歩前に出る。

 そして右手の人差し指、中指、薬指を立てて突き出した。

 

「一つ目は、ジン君と一緒に相手ゲームマスターのいる最奥迄向かう人。二つ目は、不可視のギフトを使ってくる相手の迎撃。三つめは失格覚悟の囮と露払いね」

「耳と鼻が利く春日部が迎撃役で良いだろ。不可視の敵は任せるぜ」

「うん、分かった」

「黒ウサギは、審判としてゲームには参加する事ができません。ですので、ルイオスの打倒は十六夜さんにお任せしたいと思います」

「あら、それじゃあ私と松風君が囮と露払いって事?」

「俺は構わねぇよ。最終的に勝ちゃいいんだからよ」

 

 飛鳥はムッとすれども、一方で松風は了承。

 別段黒ウサギとて、贔屓しての選出ではない。彼女は実際に十六夜が神格を持つ蛇神を打倒した瞬間をその目で見ている。一方で、飛鳥のギフトはルイオスには効き目が薄く、松風の方も実力が不透明。海魔(クラーケン)を打倒した実績があれども、神格相当或いはそれ以上の相手ともなれば立ち向かえるか分からない。

 

「そう不貞腐れてくれるなよ、お嬢様。適材適所だ、今回は俺の方が都合が良い。何より相手は()()()()()を隷属させてるしな」

「……どういう事かしら?」

「い、十六夜さん、気付かれていたのですか……!?」

 

 驚愕という文字をそのまま表情にしたかのような目で黒ウサギは、十六夜を見た。

 元々頭のキレるタイプではあると思っていたが、まさかそこまで考えが及んでいるとは思っても見なかったのだ。

 黒ウサギの反応に、飛鳥は緊張の面持ちで問う。

 

「あの外道が、魔王を使役してるって事?」

「そもそも、ペルセウスの神話通りならこの世界にゴーゴンの首は無い筈だ。アレは戦神に献上されてるからな。にも拘らず、アイツらは石化のギフトを使ってる。なら、この箱庭に招かれたのは、神話のペルセウスじゃなくて、星座としての方のペルセウスって事だ。さしずめ、アイツの首から提げられてたのが“アルゴルの悪魔”って所か?」

「アルゴルの悪魔?」

「ま、まさか……十六夜さん、箱庭の星々の秘密も……?!」

「まあ、な。この前空を見上げて推測を立てた。後は、白夜叉に機材を借りて測定したって所だ」

 

 肩を竦める十六夜に、黒ウサギは何度目かの驚愕を覚える。

 

「十六夜さん……意外と知性派なのですね」

「おいおい、俺は生粋の知能派だぜ?黒ウサギの部屋の扉もドアノブを回さずに開けられるんだからな」

「…………いえ、そもそもあの扉ドアノブついてませんでしたから。半開きの扉だけでしたから」

「あ、そうか。まあ、ドアノブが付いていようがいなかろうが変わらねぇよ」

 

 黒ウサギの頬が引き攣る。知性派と声高々でもやり口が蛮族のソレだ。暴力万歳と言わんばかりの態度には笑顔も引き攣るというもの。

 一方で十六夜は、不敵な笑みを蚊帳の外と言わんばかりに欠伸をする松風へと向けた。

 

「それはそうと松風」

「ふぁ……あ?んだよ」

「いや?さっき壁をぶち抜くとか提案してただろ?オマエがそれをできるのか、と思ってな」

「…………良いぜ、やろうか」

 

 軽い挑発だが、松風は頷き門の前へと歩を進めた。

 その手にあるのは木刀だ。言ってしまえば、木の棒きれでしかない。

 一方で宮殿の一部である門は、少なくともそこらの棒きれよりも圧倒的に堅牢で強度も高いだろう。

 攻め手の腰の刀を。そう考え、声を掛けようとした黒ウサギだがその一歩が出る前にはたとその動きは止まる。

 雰囲気が違う。ピリピリと肌を突き刺すようなそんな威圧感。ソレが今まさに、松風より発されていたから。

 構えるのは、突き。左手を前に置き、木刀を握る右手は体の後方へ。

 踏み込み、同時に捻られていた体のバネを解放し、その両方から得た力を余す事無く右腕へと伝え、尚且つ関節の回転で威力を加速。

 突きこまれた一撃は、最早木の棒と石材のぶつかる音ではなかった。

 恐ろしいのは、門扉だけでなく、()()()()()が周囲の壁の一部ごと吹っ飛んでいった点。

 突き出した木刀を肩に担いで、松風は振り返る。

 

「行こうぜ、お前ら。祭の始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強さ。その不定形の要素に明確な形を与える一つの方法に、戦闘が挙げられる。

 

「人が来る」

「ぶっ飛べやァアアアア!!!」

 

 耀が指で示した虚空へと、松風の左拳が突き刺さる。

 

「げびっ!?」

 

 それは背後からの一撃。不可視となっていた騎士は、背に受けた一撃に白目を剥くと近くの壁へと勢いよく叩きつけられ透明な壁画の様にめり込んだ。

 めり込んだ不可視の体の頭と思しき場所へと手をかけた松風は、そのまま兜をもぎ取る。すると、透明であった騎士の姿が壁の中に浮かび上がった。

 その手に入れた兜を隠れた三人へと放って、松風は前へと向き直る。

 

 飛鳥は、宮殿の正面大階段のある広場で囮となった。ここからは松風の仕事だ。

 

「居たぞ!“ノーネーム”だ!」

「残りも引きずり出せ!」

「我らに挑んだことを後悔させてくれる!!」

 

「ゴチャゴチャ、ウルセェ!!!」

 

「「「たわばッ!?」」」

 

 突っ込んできた騎士三人が、木刀の前に沈む。

 松風の振るう木刀は、兄貴分からの餞別の品。実のところ、通販でも購入可能だがその強度は通常の木刀等とは比べ物にならない。

 樹齢一万年を超える金剛樹と呼ばれる辺境の惑星に生育する樹から作られており、真剣と鍔迫り合いを可能とする強度と、人体を貫通するほどの鋭さを有している。

 ものとしては、恩恵(ギフト)相当。そこに松風の実力が合わされば、兵隊がどれだけ襲って来ようとも何の障害にもならなかった。

 

「す、凄まじいですね……」

 

 不可視のギフト“ハデスの隠れ兜”を被ったジンは、瞬く間に兵隊を薙ぎ倒していく松風の背に一種の畏敬すら滲ませて見つめていた。

 無論、十六夜もこれ位は出来るだろう。しかし、松風の場合は少し違う。

 今も後ろから振り下ろされた剣を見もせずに体を屈めて躱し。沈んだ体をそのままに後方を足払い。軸足を蹴られ横回転に宙を舞った騎士の脇腹へと背負い上げる様に振るった木刀を下から叩きつけて、そのまま背負い投げをするように自身の前方に迫る騎士たちへと投げつける。

 何というか、無駄が無い。一撃を加えたらほぼ確実に相手を行動不能にできる様に沈めていた。

 このまま兵隊を任せて良いだろう。そう考えて、耀は周囲の状況へと五感を集中させ、

 

「ッ!」

 

 濃密な血のニオイに、反射的に視線を上げた。その姿は、さながら野良猫のよう。

 だが、今の耀の雰囲気は決して茶化せるものではなかった。産毛が逆立ち、緊張状態とも言うべきか。

 そして、彼女の見つめる通路の先で暴れまわっていた松風も同じように、その独特な()()()()()を感じ取っていた。

 騎士の連中は叩きのめした。問題はその先からやって来る存在。

 その気配に、吉田松風は覚えがあった。

 

「…………なーんで、ソレがここ(箱庭)に在るんだ?」

 

 現れたのは一人の騎士。甲冑がどこか和風の雰囲気があるのもの、それ位。

 松風が見咎めたのは、その騎士が手に持った()()()()()()()

 丸い黄金の透かし鍔に、鉄色の柄紐。

 何より特徴的なのが仄かに(べに)色に見える刀身だろう。その淡い刀身の降ろされた切っ先からは鮮血がしたたり落ちていた。

 松風は、木刀を腰の定位置へと収めた。そして代わりに手をかけるのは、卍鍔の黒刀。左手で鯉口を斬る。

 

「おい、テメー。一度だけ聞くぞ。その刀、何処で手に入れやがった」

「ふっ、くく……!ああ、贄だ。贄が現れた。()()よ。お前が求める鮮血を啜らせてやろう………!」

「話聞け…………チッ、もう飲まれてるか」

 

 黒刀を抜き正眼に構え、松風は後方へと声を掛ける。

 

「お前ら、こっちは俺がやる。先に進め」

「ッ、松風さん!相手は明らかに正気じゃ――――」

「ソレも知ってる!…………悪いが任せたぜ、逆廻ぃ!春日部ぇ!」

「「っ」」

 

 初めて、松風が真面に名前を呼んだ。決して長い付き合いではないが、それでも彼の思いは伝わる。

 耀は踵を返して駆け出し。その後を透明になったジンを担いだ十六夜が続く。

 足音が離れていくのを後ろに聞きながら、松風は改めて目の前の敵と相対する。

 

「とりあえず、テメーはへし折るぜ?」

「血、血を寄こせェェェェェエエエエエエエエ!!!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾壱

 妖刀“紅桜”。その由来は、月明かりに刀身を翳すと淡い(べに)色へと染まる事から。

 正しく、名刀だった。美術品としても一級品で、実戦刀としても鋭い切れ味はそう簡単に鈍る事もない。

 持ち主に不幸を齎す、とも言われるがそれはその美しい刀身と切れ味が剣客たちを誘惑して止まなかったからだ。

 だが、話はこれでは終わらない。

 紅桜を造り上げた刀匠の息子が、この紅桜を真の化物へと変貌させてしまったのだ。

 

 『対戦艦用機械(からくり)機動兵器“紅桜”』

 

 電魄(でんぱく)と呼ばれる人工知能が搭載され、使用者に寄生する事でその体を乗っ取り、その上学習能力によって半永久的に強くなり続ける。

 恐ろしいのが、この紅桜を握るのがただの普通の人間であったとしても、戦闘データさえ取り込んでしまえば宛ら鬼神の如し強さを手に入れる点。

 問題は、使用者の負荷を一切考慮しない所。それこそ、紅桜の伝達指令によって筋繊維が千切れ、骨が折れ、神経が断絶しようとも戦わせる。最早ゾンビだ。

 

 そんな恐ろしい兵器は、あの日光となって消えた筈だった。量産された代物も、破壊されたはずだった。

 

 その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオッッッ!!!」

 

 火花が散る。

 黒い刀身と薄紅の刀身が噛み合い、二匹の獣は鍔迫り合い。

 吉田松風と暴走騎士の戦いは、白熱していた。

 いや、剣の腕もとい戦闘力的には前者に軍配が上がるのだが、紅桜の成長速度が著しい。少なくとも同じ攻撃を三度も繰り返せば、二度目には防御を、三度目にはカウンターが返ってくる始末。

 何より、既に紅桜の侵食がかなり進んでいた。具体的には、騎士の右手の籠手。その金属装甲を突破した機械の触手が腕を飲み込み既に手と柄が一体化してしまっている。

 

「血を寄こせェ!!!」

「吸血鬼か、テメーは!!」

 

 振り下ろされた一撃を防ぎ、反撃としてその無防備な腹を蹴り飛ばす。

 松風の身体能力は、十六夜には劣るもののそれでも鉄板をぶち抜くぐらいはできる。

 案の定、彼の蹴りをうけた騎士の甲冑はその胴体部分を砕かれ、その内部である肉体にも青あざを刻む。

 だが、

 

「痛覚を捨てやがったか……!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

 ズルズルと機械の触手を増やしながら、騎士は躍りかかってくる。

 襲い来る白刃を、捌き、いなし、弾きながら松風は冷静に状況を見定めていた。

 

 紅桜を持つ浪人と、かつて刃を交えた事が彼にはある。その時は、兄貴分の仇討ちとしてテロリストの根城へと攻め込んだものだった。

 その際に経験したが、紅桜を持つ者はその動きやフィジカルなどに人間としての要素を当てはめてはならない。人の形をした、兵器である、と。

 

(痛覚は無し。骨折その他も紅桜の触手が補う。手足斬り飛ばしても同じか)

 

 下手な攻撃は、自分の隙を増やすだけ。かといって生半可な攻撃では、相手を止めきれない。

 

「……と、くればッ!」

 

 相手の横薙ぎに対して、松風は床を踏み砕く勢いで踏み込み、渾身の力で紅桜の刀身へと自身の黒刀を叩きつける。

 周囲に衝撃が走るほどの一撃。騎士から仕掛けていた筈が、この一撃に関しては受け止めるような形となってしまう程の速度と衝撃を有していた。

 金属の軋み、そして亀裂の走る音。

 

「な、にぃ……!?」

 

 血走った騎士の目が見開かれた。

 なんと紅桜の薄紅色の刀身に亀裂が走っているではないか。

 ソレもその筈、松風の振るう卍鍔の黒刀は彼の父親の無茶にも耐える特一級品。それこそ、星の命すらも断ち切れるかもしれない切れ味と強度を秘めていた。

 如何に対戦艦兵器として改造を施されていようとも、宇宙最強の得物には及ばない。

 

(もう一発で、折れるな)

 

 持ち主を斬り殺しても止まらない可能性があるのなら、そもそも紅桜自体をぶっ壊す。脳筋な戦法だが、理に適ってもいた。

 追撃をかけるべく、松風は柄を握る手に力を込めて姿勢を低くする。

 だが、彼は失念していた。

 

 これは、()()()()()()()()、という事を。

 

「居たぞ!“ノーネーム”だ!」

 

 飛鳥の方と、それから十六夜たちの捜索からあぶれた騎士たちがやって来てしまった。

 彼らにしてみれば、右腕が何やら機械の異形と化して不気味な雰囲気を放っていても騎士は騎士。つまり味方であり、相対する松風が敵にしか見えなかった。

 それが誤り。

 

「覚悟しろ!“ノーネーム”のガキ!!!」

「馬鹿野郎!!!こっちに来るんじゃねぇ!!」

 

 松風の怒声にも、騎士たちの足は止まらない。

 そのまま数で攻め潰す――――そう詰め寄った彼らへと暴走騎士が振り返った。

 

「血を寄こせェェェエエエエエエエエ!!!!」

「「「は?」」」

 

 右手と一体化した薄紅色の刀身をした()()()()()を振り被って、襲い掛かってくる。

 突然の味方の行動に騎士たちは混乱する。だが、突っ込んだ足が直ぐには止まってくれるはずもない。

 騎士たちの中で先頭を走っていた一人は、不意に周囲の景色がスローモーションになった様に感じた。

 脳裏を過るのは目の前の迫りくる凶刃ではなく、これまでの人生について。生まれから今日に至るまでの一人の軌跡であった。

 

(あ、死んだ……)

 

 走馬灯であったと気付いた時には、もう遅い。目の前にまで凶刃が迫り、

 

「ぐぅぅ…………!」

 

 横合いから強い力に押し退けられるようにして体が凶刃の範囲から逃れていた。

 代わりに斬られたのは、敵である筈の“ノーネーム”のプレイヤー。

 左切り上げの軌道で切り付けられた松風の体には、大きく血を吹き出し体勢を崩してしまう。

 現場は混乱の極致へと陥った。

 味方である筈の暴走騎士から自分達を守ったのは、敵であったから。それも大怪我を厭う事のない行動によって。

 斬りつけられた松風は膝を付いてしまう。そこを、機械の触手に包まれた巨大な左腕が薙ぎ払う。

 その一発で、彼は近くの壁へと叩きつけられてしまった。

 暴走騎士は松風へと一瞥くれる事も無く、及び腰となっている他騎士たちへと目を向けた。

 

「血だ……血、血ィィィィィイイイイイイイ!!!」

 

 最早正気ではない。いや、そもそも紅桜に魅入られた時点で彼は最早人ならざる者へと成り果てる事が確定していたと言っても過言ではないのだ。

 更なる生贄を求めて、妖刀はその刀身を怪しく煌めかせた。

 だが、その凶刃がこれ以上の血を啜る事は無い。

 

「イッテェだろうが!!!」

「ぎぃぃぃっっっ!?」

 

 横合いから飛んできた足が、暴走騎士の横っ面を思いっきり蹴り飛ばしていた。

 跳び蹴りを敢行した松風は危うげなく着地すると、近くの壁へと叩きつけられた暴走騎士を見やり卍鍔の黒刀を肩に担ぐ。

 

「お、お前は……!」

「さっさと失せろ、テメーら。アイツは正気じゃねぇぞ。目につく全てをぶった切りやがる」

「ッ!敵にとやかく言われる筋合いは――――」

「テメーら程度がどれだけ集まろうが、巻き藁が増えるだけって言ってんだよ!!!」

 

 反論しようとした騎士の言葉を、真正面から叩き伏せる。

 紅桜の戦闘力は、一振りで戦艦十隻とも称される。この戦艦とは、宇宙を航行する戦艦だ。その戦艦砲は山すら吹き飛ばすだろう。

 それが十隻。最早単なる人間が相手取れる存在ではない。

 吉田松風は、敵であろうとも割と平気で手を差し伸べる男だ。だが、それでもやはり限度がある

 特に暴走し続ける紅桜は生温い相手ではない。本当ならば、刀の状態のままへし折りたい所だったのだが、そのダメージを学習したらしく、見覚えのある片刃の大剣状態となってしまい、折るのも一苦労だろう。

 

「ふぅ…………」

 

 一つ、松風は目を閉じて息を吐く。

 勝ち負けを気にして戦った事など一度もない。負ける可能性など、端から考慮しない。

 答えはいつだって、自身の中にある。それが、吉田松風の戦闘論だ。

 ズチャリ、と気味の悪い水音と共に乾いていなかった手についている血を使って前髪を掻き上げる。血腥いオールバックだ。

 同時に、彼の体からは恐ろしいほどに籠っていた力が抜けていく。

 真っすぐ立つ事に、力は要らない。骨と重心で立つ。刀を握る手の力も最小限。ともすれば振るった動きですっぽ抜けそうなほどに緩んでいる。

 そして開かれるその瞼。露となるのは、鋭い血の色を感じさせる瞳。

 

「ッ!?」

 

 どれだけ狂っていようとも決して無視できない気配と圧が、そこにはあった。

 一瞬の隙。死線はそこで分かたれる。

 

「ラァッッッ!!」

 

 裂帛の気合いと共に放たれた振り下ろし。

 真正面から来るのなら受け止めるのも難しくは無い。少なくとも、紅桜の防御は確かに間に合っていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ガッ………!?」

 

 薄紅色の大剣が、刀身の中ほどから真っ二つに叩き割られる。当然、防げなかったのだから騎士本人の体も袈裟切りに切り裂かれていた。

 彼の兄貴分もそうであった。破るのは、自身の内側にある壁。限界という名の壁だ。

 一撃目で折れなかったのなら、()()()()()()()()()()()()()

 つまり、今この瞬間相対している松風は先ほどの松風とは別人と思っても良い。それほどまでに、実力のふり幅があった。

 

「あっ………カッ……!!」

「動くなよ。狙いが逸れる」

 

 白目を剥く騎士へと距離を詰め、松風が狙うのはピンポイントの突き。

 狙うのは、右手。

 紅桜の本体は、より正確に言うと柄。その核を潰すのが松風の狙いだ。

 本音を言えば右腕丸々一本切り落としたい所だが、剣を使う人間の隻腕のハンデというものを知っている手前少し選びにくい。

 体の捻りと踏み込みを利用した一突き。その黒刀の切っ先は容易に空気の壁を突き破り、狙い通りの場所を穿ち抜く。

 残っていた薄紅色の剣身が粉砕され、その先にあったであろう核?が砕かれる。少なくとも、松風の見立てでは。

 だが、結果は少し違った。ビクリと騎士の体が跳ねるとフラフラと揺らめき、そしてうつ伏せに勢いよく倒れてしまったではないか。

 ズルズルと這いずっていた機械の触手も、まるで排水溝へと水が流れ込むようにして騎士の右手辺りへと集束。質量保存の法則は何処に行ったのかと突っ込みたくなる光景のまま、そこに転がったのは一振りの淡い紅色の刀身を持った日本刀だった。

 

(壊れてねぇな)

 

 先程まで伸びていた金属の触手をそのまま修復に充てたのか、へし折った筈の刀身も穿ち抜いたはずの柄も綺麗サッパリ元通り。因みに、折れた後の薄紅色の大剣の剣身はいつの間にか消えていた。

 松風は考える。

 “紅桜”は兵器として、ぶっちゃけ何でもありだ。破壊できなければ半永久的に暴れ続ける科学の怪物とも言うべき存在。

 しかしそれは、松風の元の世界で一度確かに破壊された、もとい消滅した筈だった。

 にもかかわらず、今この瞬間にも存在している。

 左手で頭を掻いて、呆然としながらも周りを囲む騎士たちへと目を向けた。

 

「おい、お前ら」

「…………」

「……まあ、聞いていようがいまいが関係ねぇか。その刀、何処で手に入れた?こいつの元々の持ち物じゃねぇだろ?」

「ッ…………数日前に、ルイオス様より下賜されたものだ。いったい、何なのだ、その刀は…………」

「紅桜。刀の見た目をしちゃいるが、持ち主を乗っ取る兵器だ。一振りで戦艦十隻程の力を振るえるようになるらしい。出来上がるのは、狂戦士だけどな」

「なっ………狂戦士、だと?」

「俺がコイツと会った時には、ほぼ飲まれてた。刀も血を吸った後だったみたいでな。大方、テメーらのお仲間でも斬ったんじゃないか?」

「ば、馬鹿な……!そんな事が――――」

「少なくとも、紅桜はそういう刀だ。俺はこっちの世界の常識にゃ疎いが、恩恵ってのは絶対に持ち主に牙を剥かないものなのか?乗っ取られたり、暴走させられる事は無いのか?まあ、紅桜が恩恵じゃなく兵器として顕現してるのなら知らねぇがな」

 

 黒刀を肩に乗せて、改めて松風は倒れた騎士へと目を向けた。

 

「お前らには、二つ選択肢をやるよ。一つは、このまま俺とやり合う。心配すんな、殺しはしねぇ。もう一つは俺を見逃して生き残りを探しに行く。好きに選びな」

「ッ…………」

 

 騎士たちとしては、戦わねばならない。

 だが目の前の少年は容易い相手ではなかった。

 剣の腕もさることながら、その回復力。斬られた瞬間を確かに見た彼らだが、今ではその傷跡は既に無く出血の痕とそれから髪を掻き上げる時に付着し固まったた血液のカスが残るのみ。

 回復能力のある不死性。“ペルセウス”のリーダーであるルイオスならば不死性を突破するギフトを持ち合わせているが、生憎と一般騎士が持つはずもない。

 彼らが逡巡する中で、松風は倒れた騎士から鞘とそれから転がった紅桜を回収。鞘へと収めた。

 松風としては騎士たちが向かってこようがその場を離れようが、何の興味も無かった。どちらであっても何の障害にもならないからだ。前者を選べば、痛い目を見る事になるだけで。

 

 果たして、決定は外野より齎される。

 

「な、なんだ――――!?」

 

 世界を包んだ褐色の光と共に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾弐

 ゴーゴンの威光。それは褐色の光と共に、世界を石化させる破格の力。

 そして、逆廻十六夜は、その星霊の力を真っ向から打ち破った。最早、ルイオスに出来る事など無い。そもそも、親の七光りでありろくな鍛錬など積んでこなかった彼には窮地を打破できるバックボーンが無い。

 詰みだった。

 そんな彼らの下に第三者の声が響く。

 

「おー、終わったか?」

 

 ぶっ壊れた宮殿最上階。四階建てが三階建てになってしまったその場所に、瓦礫を蹴りながら現れたのは鞘に入った見慣れない刀を右肩に担いだ吉田松風その人であった。

 

「松風さん!?」

 

 驚きの声を上げたのは、黒ウサギ。しかし彼女が焦っているのは、松風がこの場に現れたから、ではなく。その上半身、正確には着物に刻まれた袈裟切りの大きな切り傷を視認したからだった。

 慌てて駆け寄り、その着物の切り裂かれた部分をペタペタと撫でる。

 

「おいおいバニーちゃん、熱烈だな。くすぐったいぜ?」

「ふざけてる場合では……!!……き、傷は無さそうですね………」

「まあ、な。ちょっと聞きたい事があって来たんだ。幸い、Mrヘッドホンは相手のボスを話せる状態で置いてくれてるらしい」

 

 心配する黒ウサギを脇へとずらしてから、松風は確かな足取りで十六夜の前に跪くようにして睨み上げるルイオスの下へと足を向けた。

 既に、ほぼほぼ勝敗は決している。ルイオスは十六夜に敵わず、切り札のアルゴールもやはり十六夜に敵わない。

 ただ、

 

「ッ、貴様は既に挑戦権を失ってるプレイヤーだろう……!?」

 

 ルイオスが怒りを滲ませて指摘した。

 そう。現状の“ノーネーム”の参加プレイヤーとしてルイオスに挑めるのは、十六夜とジンの二人だけ。後の面々には“ペルセウス”の構成員に見つかっている為、挑戦権を失っていた。

 だがしかし、松風の要件は別だ。

 

「知ってるさ、んな事。俺が聞きたいのは、この刀の事だ」

 

 そう言って、彼は右肩に担いでいた刀、“紅桜”を下してルイオスへと見せつけた。

 

「お前、これをどこで手に入れた?」

「何だと?」

「答えろ。お前がこいつを自分のコミュニティに持ち込んだ結果、人死にが出てる可能性がある」

「…………は?」

 

 目が点になるというのは、正にこの事。現に、ルイオスの思考はピタリと止まってしまう始末。

 代わりに声を上げたのは、同じく話を聞いていた十六夜だ。

 

「どういう事だ?その刀に何かあるって事だよな?」

「ああ、コイツは、対戦艦用機械(からくり)機動兵器“紅桜”っつう俺の故郷にあった兵器だ。刀の見た目をしちゃいるが、とんだ化物でな。持ち主を乗っ取って支配し、暴れさせる。そんな代物だ」

「へぇ……つまり、俺達を先に行かせたのはその危険性から、って事か」

「そういうこった。こいつは一振りで戦艦十隻相当の戦闘能力を発揮する。Mrヘッドホンは分からねぇが、猫嬢ちゃんだと下手すりゃ死んでたからな」

「ほぉー……というか、何でお前は動けてるんだ?」

「何が?」

「そこの七光りが元・魔王様に使わせたのが、石化の光らしくてな。で、この世界の奴らを石化させたらしいんだが……」

「さあな。褐色の光の事か?それなら、浴びたけどよ」

「それは恐らく、松風さんの霊格が力を抑えたアルゴールとルイオスさんの霊格を上回ったからかと」

「へぇ?ギフトを無効化する事もあるのか?」

「白夜叉様のお話では、松風さんは疑似的とはいえ星霊同然の力を流入されています。恐らくそれが威光すら弾かれたのかと」

 

 霊格の要素は、箱庭においても大きな影響を与える。この観点から、箱庭三大最強種の中で星霊が頭一つ抜けているとされるのだ。

 吉田松風の場合は、龍脈が彼の肉体に、魂に流入している。ある意味では星霊にも近い破格の存在と言える。

 尤も、彼には権能の類などは無く、精々が不死身である事位か。

 

 しかし、今はそんな事はどうでも良い。少なくとも、松風にとって重要なのは今回見つける事になった刀について。

 

「で?話が逸れたけどよ。こいつ(紅桜)は、一体どこで手に入れたんだ?」

「……賭けだよ」

「賭け?」

「賭博さ。負けの込んだ奴が置いて行ったんだ。それだけだ」

 

 ルイオスが、紅桜を手に入れた経緯。それは彼の言葉のとおりでしかない。

 松風は、眉間に皺を寄せる。

 

「そいつは今、どこに居る?」

「し、知らない!本当だ!賭場には、身分やコミュニティを隠してやって来る奴が珍しくない。その刀を置いて行った奴も、フードを被って姿を曖昧にしていた!」

「…………はぁ」

 

 必死に抗弁してくるルイオスに、松風はその眼をじっと見つめてからため息を一つ吐き出し立ち上がる。

 そして踵を返すと、左手を十六夜の右肩に軽く乗せた。

 

「後はお好きにどうぞ」

「もう良いのか?」

「ああ。水差しちまったけど、存分にボコってやると良いさ」

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 拳を掌に軽く打ち付けてニンマリと笑みを浮かべる十六夜を送り出し、松風は黒ウサギ達の元へ。

 

「バニーちゃん」

「は、はい?何でしょう」

「ギフトの鑑定ってのは、“サウザンドアイズ”でしか出来ないのか?」

「そうですね……神格などが宿っているか、程度ならば私も分かりますがやはり詳しく知ろうと思うのなら大手の商業系コミュニティに依頼を持ち込む方が確実かと」

「そうか……」

 

 そこで言葉が途切れ、松風は思案するように黙り込んでしまう。

 代わりにジンが疑問の声を上げた。

 

「その刀は、それほどまでに危険なものなんですか?」

「ん?………まあ、な。出来る限り処理しときたい」

「ですが、使いこなせれば強力なギフトという事では?」

「…………」

 

 ジンの言い分は、分からないものではない。

 実際の所、松風の世界でも紅桜は兵器として造り出されたものだ。人造でありながら、ギフトとして見れば破格のものだろう。

 だが、

 

「――――悪ぃな、()()。こいつは、使う気にならねぇんだ。そして、お前らにも使わせる気は無い」

「ッ!そ、うですか…………」

 

 いつにない松風の強い口調に、ジンもそれ以上の言葉を紡げない。

 無理矢理に会話を打ち切り、松風はその小さな頭を撫でる。

 

「悪いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿威しの響く中庭。

 

「待たせたな」

「いや、んな事ねぇよ。態々時間を作ってもらって感謝する」

 

 縁側に腰掛けていた松風の隣に座る白夜叉。

 ペルセウスとのゲームを終えて、松風は他三人に事後処理という名のレティシアの所有権勝負を放り投げて“サウザンドアイズ”へとやってきていた。

 無論、愛想のない女性店員に追い出されそうになったが、のらりくらりと躱してこうして上がり込んでいたりする。

 

「それにしても、私に頼みがある、か。コミュニティ内ではなく、態々私に話を持ってくるとはどのような要件だ?」

「ああ。最悪の場合、人死にが大量に出る可能性がある要件さ」

「ほう……?」

 

 飄々とした態度はそのままに、白夜叉の瞳が細くなる。

 

「冗談では、済まされんぞ?」

「残念ながら、こっちも冗談じゃねぇんだ」

 

 そう言い、松風がギフトカードから取り出すのは問題の根幹である妖刀紅桜。

 ギフトカードに収められるという事は、ギフトとして成立してしまっているという事だった。

 

「こいつは、妖刀紅桜。俺の居た世界で造り出された既存の刀に半永久的な成長性を持たせた対艦兵器だ」

「ほう。ちと、拝借させてもらおう」

 

 刀を受け取り、白夜叉は慣れた動作でその刀身を鞘より引き出した。

 見た所は、普通の刀。だが、

 

「コレは…………これを、人間の手で組み上げた、と?」

「ああ。それで、ここからが本題なんだが、その妖刀がオリジナルかどうか。それを判別してほしい」

「オリジナル?…………まさか、」

「気付いたか。その通り、こいつは()()()()()()()。つっても、それは俺の兄貴分の一人がぶっ壊した筈なんだ。このオリジナルも、消えた」

「にも関わらずに、ここに在る」

「そうだ。ギフトとして成立しているのなら、量産された奴も出回ってる可能性がある。そもそも、俺が持ってるソレが量産品かもしれねぇ」

「それほどか?」

「宇宙を航行する戦艦十隻分だぞ?ソレもこの箱庭みたいに、ギフトなんてものはねぇただの人間が振るってそれだ。神格持ちが飲み込まれでもしたら、洒落にならねぇじゃねぇか」

 

 松風の懸念は、そこだった。

 ただの人間が振るう紅桜ならば、松風でも倒せる。それは、“ペルセウス”戦で証明した事だ。

 だが、ソレが別種族になれば話は別。

 

「ハッキリ言って、他種族がどの程度普通の人間と隔絶した能力を持ってるのか分からねぇ。会った奴も中途半端な奴が多かったからな。だが…………」

 

 一拍。

 

「もし仮に、俺の世界の面倒事がアイツらに牙を剥くってんなら、それは看過できる事じゃねぇ」

 

 吉田松風にとって、既に“ノーネーム”の面々は子供たちも含めて命を懸けて守る対象だった。そこには強弱の一つ関係はない。

 

「頼める立場じゃねぇ事は分かってる。それでも、この手の事で頼れるのは、白夜叉しか居ねぇんだ。何なら、俺のギフトを譲渡しても良い」

「…………フッ、そう言うでない童よ」

 

 目をギラギラとさせる松風に対して、白夜叉は悠然とした笑みを浮かべた。

 

「おんしの頼みは、確かに聞き入れた。ギフトゲームのスパイスとするには少々血腥すぎるようだしな」

「!そう、か……」

「それに、おんしは黒ウサギの新たな同士でもある。そんな男が、アッサリとゲームも関係なく消えては面白くないであろう?代わりと言っては何だが、その紅桜がどの程度危険であるかを見せてはくれんか?」

「まあ、それ位なら。ただ、俺が飲み込まれちまった時には紅桜ごと俺をぶっ潰してくれ。最悪、死んでも蘇生できる」

「そこはもっと、スマートに熟してみせよう」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。