501のウィザード (青雷)
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501JFW
ウィザード


読んでいただきありがとうございます。


「──ご苦労、中佐。今回君に来てもらった理由は他でもない。君の部隊に新たに加わる戦力についての話だ」

 

「新たな戦力…ですか?つい先日、扶桑からの物資と新人隊員1名を迎えたばかりですが」

 

 ブリタニア連邦の空軍司令部──将官2人と向かい合っているのは、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。ネウロイに対抗すべく世界各国から優秀なウィッチ達を集めた501統合戦闘航空団(J F W)──通称ストライクウィッチーズの指揮官を務める若き女軍人だ。

 

「ああ、確か扶桑から連れてきた娘だったか…聞く所によれば、その娘は戦闘訓練も何も積んでいないそうじゃないか。戦場に連れ出したところで弾除けが精々、即戦力にはなり得ない」

 

「……何が仰りたいのでしょう?」

 

 何やら含みのある言い方をした空軍大将トレヴァー・マロニーを小さく睨むミーナ。過去のやり取りを思い返しても決して友好的とは言えない2人を見かねたもう1人の将官が、

 

「気に障ったのならすまない。だが今回こちらから派遣する隊員は、間違いなく即戦力として活躍してくれるだろう。1人分の訓練に費やす時間も削減できる。その点は君自身、延いては501にとっても悪い話ではないはずだ──」

 

 話を終え、部屋を後にしたミーナに、軍服を着た男が1通の封筒を差し出す。あの将官達の話では、この中に新しく配属される隊員の情報が入っているらしい。短く礼を言って封筒を受け取ると、入口の前で待っていた迎えの車に乗り込んだ。

 

「ふぅ……一体何を考えてるのかしら。私たちに何も言わずに決定を出すなんて」

 

 胸の内で憂鬱そうに呟いたミーナは、おもむろに封を解いて中の書類に目を通す。

 先頭の1枚目には、先程も聞かされた501に新たな隊員を配属させる旨が記されており、不穏な内容が書かれていないか気にしつつ流し読みしていく。特に変わったことは書かれていないことに安堵を覚えながら書類を捲ったミーナは、驚愕に見舞われた。

 

「ちょっと、これって……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の朝──ブリタニアのドーバー海峡に設置された501JFW拠点の滑走路に、2人の人影があった。1つはミーナ、もう1つは彼女の副官であり友人でもある坂本美緒少佐だ。

 

「予定ではそろそろ着く頃合か」

 

「ええ……にしても驚いた。まさか司令部がこんな人材を寄越してくるなんて」

 

「世界的に見ても希少な()()()()()()()()──実際に見るのも会うのも初めてだな」

 

 経歴を見る限り、その男はこれまでどこかの部隊に所属していたわけではない。かと言って、全くの素人というわけでもないようなのだが、ミーナも美緒もそこに違和感を覚えた。

 

「例えどんな僻地にいようと、魔法力を持った男というだけで多少なりとも話題になりそうなものだが……その存在が今まで全く耳に入ってこなかった。ましてや突然部隊に派遣されるとはどういうことだ?」

 

「上層部が何か知っているのは確実でしょうね……とにかく、悪いことが起きないのを祈るわ」

 

 そう言って朝焼けの空を見上げた2人の目には、真っ直ぐこちらを目指して飛んでくる大型の輸送機が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、ブリーフィングルーム。

 壇上のミーナは501の面々が全員揃っていることを確認してから話を始める。

 

「ついこの間、宮藤さんがこの501に入隊したばかりですが、また1人新しい仲間が加わることとなりました。今日はその新人を紹介します──入りなさい」

 

 ミーナの呼び声に応じ、後方の扉が開かれる。少し前に美緒が扶桑から物資と共に連れてきた新人の宮藤芳佳は、501の戦闘隊長である美緒をして「才能がある」と言わしめた期待の新人だ。

 そんな彼女に続く新しい仲間がどんな人物なのかと好奇心に胸を躍らせていた隊の面々だったが、部屋に入ってきたその姿を見るなり、全員漏れなく驚きの表情を浮かべることとなる。

 

 

「──ご紹介に預かりました、ユーリ・R・ザハロフです。本日付で501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズに入隊させて頂きます。よろしくお願いします」

 

 

 前に進み出てきたのは、グレーの男性用の軍服に身を包んだ少年だった。外見をして14~15歳といったところ。肌は白く、背丈も特別高くない。

 

「男だと…!?」

 

「中佐!これは一体どういうことですの!?」

 

「言いたいことはよく分かりますが、バルクホルン大尉もペリーヌさんも落ち着きなさい。彼は連合軍の上層部から派遣された男のウィッチ──ウィザードです。階級は上の進言もあって宮藤さん達より1つ上の曹長。部隊所属の経験こそありませんが基本的な戦闘訓練は既に受けていますから、すぐ実戦に出てもらうことになります」

 

「ここはネウロイとの戦いの最前線だぞ。そんな奴が使い物になるのか?」

 

「──発言、よろしいでしょうか」

 

 厳しい言葉を投げかけるバルクホルンを諭そうとするミーナだが、それに先んじて口を開いたのはユーリだった。

 

「大尉殿の仰るとおり、皆さんから見れば私は精々素人に毛の生えた程度でしょう。それは自覚しています。ですから私のことはどうぞ、使える駒が1つ増えたとお思い下さい」

 

「……駒だと?」

 

「はい。私は階級こそ曹長ですが、この部隊に於いて一番の新参者です。上官・先輩方のご命令があれば、私はそれに従います」

 

 ユーリは言葉を続ける。

 

「それに、急に私のような異分子が入ってきたことに不快感を示されるのも無理はありません。ですから、私は出動と訓練の時を除き、原則自室内で自主待機する所存です。最低限の衛生確保などのやむを得ない場合は目を瞑って頂く他ありませんが、それ以外では一度たりとも皆さんの前に姿を現さない事をお約束します。ご命令の際はお声掛け頂ければ応じますので、ご心配なく」

 

 ユーリの自らを人として見ていないかのような物言いに、一同は呆然とする。彼の言っていることは即ち、無期限の禁固刑を自らに課すようなものだ。それでいて過酷な戦闘や訓練には参加し、あまつさえ上官や先輩からの命令には絶対服従を誓う。

 

 まるで洗脳に近い訓練を徹底的に施された軍用犬のようだ。

 

「……何はともあれ、皆さん仲良くしてあげてください。基地の案内は──」

 

「事前資料で大部分把握しています。問題ありません」

 

「そう…では、これにて解散とします。ユーリ曹長は、まず隊の皆とコミュニケーションを取ることからね。分かってると思うけど、実戦では隊員間の連携が重要になるわ」

 

「それは上官命令でしょうか?」

 

「…ええ、そういうことにしておきます」

 

「了解しました」

 

 困ったような顔をしたミーナは会議室を後にする。その後に美緒が続き、パタンとドアが閉まったところで、部屋の中に重苦しい空気が充満し始める。

 もしユーリが女であったならここまで静かになることはなかっただろう。皆始めてのウィザードである上に、ユーリはここまで表情をピクリともさせない完璧な無表情を貫いている。そんな彼に対してどう接していいのかわからないのだ。

 

(さて…中佐殿からはああ言われたものの、コミュニケーションというのはどうすればいいのだろう?名前は先程伝えたし、他に何か話すようなことも──)

 

 と、ユーリもユーリでそんな事を考えていたところに、背後から音もなく忍び寄る影が……

 

 

「──ウリャッ!」

 

 

「っ──?」

 

 可愛らしい声と共に、何者かが背後からユーリに組み付いてきた。ユーリよりも小さいながら血色のいい両手は彼の胸部に回されており、モニョモニョと揉みしだく──もとい、何かを確かめるように力を込める。

 

「どうだ?ルッキーニ」

 

「カチカチのぺったんこ……ペリーヌよりも無い」

 

「んなっ!?…どうしてそこでワタクシの名前を出すんですの!?」

 

「よかったじゃないかペリーヌ!これで最下位脱却だぞ」

 

「最下位じゃありませんっ!大体あなた(ルッキーニさん)の方が──ああもうっ!」

 

 何やら憤慨した様子で会議室を出て行ったペリーヌ。そんな彼女のことは他所に、ユーリは背後から奇襲をかけてきた人物を肉眼で確認する。

 

「……あの、この行為には一体どのような意味が?」

 

「あぁ悪い悪い。ルッキーニの奴が、お前が本当に男なのかどうしても気になるって言うモンだからさ──あたしはシャーロット・E・イェーガー大尉だ。お前の胸を揉んだ奴はフランチェスカ・ルッキーニ少尉。よろしく」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。イェーガー大尉、ルッキーニ少尉」

 

「気安くシャーリーでいいよ。これから長い付き合いになるかもなんだし──さっ!」

 

 差し出された手を握り返したユーリ。彼の手を握る自らの手に、シャーリーは一瞬だけ力を込めた。以前入隊したばかりの芳佳にも同じことをして、彼女は顔をしかめていたが……

 

「ご命令であれば、そのように」

 

 と、平然と言葉を返す。女性とはいえ銃器を持って戦う軍人の握力だ。その鉄面皮から少しくらい反応を見せてくれるのを期待したシャーリーだったが、期待に沿う結果にはならなかった。

 

「堅苦しいなぁ。もっと気楽に行こうぜ?そんな肩肘張ってちゃ疲れるだろ」

 

「ご命令であれば、善処します」

 

「ご、強情な奴め……」

 

「ちょっといいかー?サーニャが聞きたいことがあるってサ」

 

 寝ぼけ眼で今にも眠ってしまいそうなサーニャに代わってエイラが言うには、ユーリは自分と同じオラーシャ人なのではと思ったらしい。事実、ユーリの名前はオラーシャ帝国のものだし、前髪で目元が隠れてしまっているが、顔立ちも整っている。

 

「どうでしょう。私自身、どこの生まれなのか判断がつきません」

 

「なんだそりゃ?じゃあお前の親はどこの生まれなんダ?」

 

「それもわかりません。私は両親の顔も名前も知りませんから。今生きているのかすらも」

 

 その言葉を聞いて、エイラはユーリの家族がネウロイの攻撃で離ればなれになってしまったのだろうと推測した。他のメンバーも同様らしく、辺りを気まずい空気が流れる。

 

「……すまん、変なこと聞いタ」

 

「お気になさらず。些細なことです」

 

 暗くなってしまった雰囲気をどうやって明るくしようかと考えていると、輪の外で芳佳がおずおずと手を挙げた。

 

「あの~、そろそろ朝食にしませんか?ほら、みんなで一緒にご飯を食べれば、仲良くなれるんじゃないかなぁ……って」

 

「ああ、そっか。そういやまだ何も食ってなかったな。よし、食堂行こうぜ──あ、お前も来いよ?」

 

「命令でしたら──」

 

「もう何でもいいからとにかく来いって」

 

 シャーリーに首根っこを掴まれたユーリは、そのままズルズルと引き摺られ連行。501部隊は新たなメンバーを加えての朝食となった。

 




前書きでも言いましたが、まずは本作を読んでいただきありがとうございます。
ストパンは少し前に2のアニメが再放送しているのを見て興味を持ち、3期も現在視聴中です。
因みに作者はこういった作品で中々推しが絞れず、501ではミーナさん、バルクホルン、エイラーニャ、シャーリー、リーネちゃん等好きなキャラが乱立する始末です…w
502はニパちゃんとロスマン先生の2人まで絞れてるんですけどねぇ(あ、でも最近ラル隊長もいいなって…)

本作は無印の5話と6話の間というなんとも微妙な時系列からのスタートとなり、下手くそな部分もあるかと思いますが、こちらでもおかしな部分を見つけたら適宜修正していく予定です。何卒よろしくお願いします


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初陣

 朝食を取り終えたユーリは、美緒監修の下で射撃訓練を行っていた。傍らにはリーネと芳佳の姿もある。

 

「よし、撃ってみろ」

 

 美緒のゴーサインを受けたユーリは、愛銃であるシモノフ対装甲ライフルのサイトを通して遠く離れた海上に設置された四角い的を狙う。ゆっくり引き金を絞ると、轟音と共に銃口に取り付けられたマズルブレーキが火を噴き、対装甲ライフル特有の巨大な弾丸が発射された。放たれた弾丸は真っ直ぐ飛んで行き、標的を粉々に粉砕してみせた。

 

「うん、命中。見事なものだな」

 

 固有魔法である右目の魔眼を眼帯で隠した美緒は、関心しながら伏射姿勢のユーリを見下ろす。

 

「ユーリさんもリーネちゃんと同じ狙撃手なんだね」

 

「うん。しかも私と違って1発命中…なんか自身無くなってきちゃうな」

 

 この前に的を撃ったリーネは1発目が惜しくも目標を逸れ、続く2発目で見事目標を捉えてみせた。狙撃手にとって、実戦ではこの1発が戦局を分けることもある為、リーネは日夜狙撃精度の向上に努めているのだ。

 

「私からしてみれば、ビショップ軍曹の方が凄いと思います。以前の出撃で基地に迫るネウロイを見事に撃墜したと聞いていますが」

 

「でもあの時は芳佳ちゃんが助けてくれたから…私1人じゃ、何も出来ませんでした」

 

「それは当然かと思われます」

 

「そう…ですよね……」

 

 気落ちするリーネを見たユーリは小首を傾げる。そこへ芳佳が食ってかかった。

 

「あの、そんな言い方はないと思います!リーネちゃんは一生懸命ネウロイと戦って、基地やブリタニアの人達を守ったんです!」

 

「いいの芳佳ちゃん。実際、私なんてまだまだだし……」

 

 そんな2人を見たことで、ユーリは芳佳の言いたいことを理解した。

 

「……誤解を生むような言い方をしてしまい申し訳ありません、言葉足らずでした。私の言った"当然"というのは、戦場に1人放り出されて状況を変えることなどまず不可能だということです。世界各国の名立たるウィッチ達でさえ、1人でネウロイを倒せる者はそう多くないはずです。それこそ、カールスラントのエースであるハルトマン中尉やバルクホルン大尉のようなレベルでなければ難しいでしょう」

 

 この501部隊も、ネウロイ討伐の際には編隊を組んで出撃する──無論、やむを得ず単独で戦うこともあるし、基本的に1人で任務にあたる事の多いナイトウィッチも存在しているが──仲間のウィッチや、各国の軍と強力して戦わねば勝つことが難しい。ネウロイはそれだけ強大な敵なのだ。

 

「ですから、ビショップ軍曹が気を落とすことは一切ありません。味方と助け合い戦うのが普通であって、その必要がない者は…最早、軍人ではなく兵器と称した方が適切かと」

 

「ザハロフの言う通りだ、リーネ。お前は母国を守るプレッシャーに打ち勝ち、立派に皆を守ってみせたんだ。少しくらい胸を張ってもいいんだぞ?」

 

「坂本少佐……はい、ありがとうございます。ユーリさんも」

 

「いえ、お礼を言われるような事では」

 

 体を起こして銃を持ち上げたユーリは、次に控えている芳佳へ順番を変わる。手にした銃を構えて射撃位置に付いた芳佳だったが……

 

「……あの、坂本さん?」

 

「どうした宮藤?早く撃て」

 

「あの、的は……?」

 

「的ならあるだろう」

 

 眼帯をずらして遠方を見据える美緒。その視界には、ユーリやリーネが粉砕したのと同じ的が。

 

「ええっ!?む、無理ですよ届きません!それ以前に見えませんし……!」

 

「はっはっはっは!──冗談に決まってるだろう。お前が狙うのはあっちだ」

 

「もー、止めてくださいよ……」

 

 ユーリは知る由もないが、芳佳やリーネからしてみれば美緒なら本気で言いかねない、と信じてしまうのも無理はない。

 

 気を取り直した芳佳が銃を構えた瞬間───けたたましい警報が基地内に鳴り響く。

 

 

『皆聞こえる?出撃よ──』

 

 

「ミーナ、今シャーリーとルッキーニは哨戒に出てるんだったな?」

 

『ええ。でも今回ネウロイが出現した場所とはちょうど逆側なの。2人にも現場に向かうよう連絡するけど、どうしても時間はかかるわ』

 

「分かった。すぐに出る!──ザハロフ、初陣だ。お前の実力を見せてもらうぞ」

 

「──了解」

 

 芳佳とリーネには基地で待機するよう言い残し、美緒はユーリを伴って格納庫へと走った。

 今回の出動メンバーは、前衛にバルクホルンとハルトマン、中央にエイラとペリーヌ、後衛に美緒とユーリが割り当てられている。

 

「フン、精々落とされないよう気をつけることだな」

 

「トゥルーデったらまだそんなツンケンしてるわけぇ…?」

 

「軍人である以上、どれだけの腕を持っていようと、然るべき時に使い物にならねば意味がない。少なくとも今回の戦いを生き残らない限り、私は奴を背中を預けるに足る仲間とは認めん!」

 

「全くもー…そんなに気にしないでいーよ?これでトゥルーデなりに心配してるんだろうからさ」

 

「おいハルトマン!新兵に適当なことを──!」

 

 ユニットを履いた2人が言い合いがヒートアップする前に、ユーリはその場を収めようと会話に割って入る。

 

「──認める認めないはともかく、命令は了解しました。ネウロイを倒し、無事帰還できるよう努めます」

 

「よし、行くぞ──!」

 

 美緒の号令で、一斉にハンガーからユニットが発進する。滑走路から離陸すると美緒の指示通り編隊が組まれ、出現したというネウロイの元へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 暫く飛行を続け、高度が5千メートルに達した辺りだろうか。魔眼で遠方を見据えた美緒が、ネウロイの姿を補足する。

 

「──見つけた!接敵まで30秒だ、ペリーヌはバルクホルンに、エイラはハルトマンに付け!ザハロフ、お前は後方支援を頼む!」

 

『了解!』

 

 中央の2人がポジションを入れ替え、前衛の僚機として後ろに付く。やがて先頭を飛ぶバルクホルン達も、こちらに向かって飛ぶずんぐりとした長珠形状の大型ネウロイを目視で確認した。移動速度こそ速くないが、そのサイズたるや過去に確認されている大型の中でも1、2を争うスケールだ。

 

 

「行くぞ!戦闘開始──!」

 

 

 銃を構え直した一同は左右に分かれ、左右からネウロイに攻撃を開始した。後方支援を命じられたユーリは少し離れた場所で動きを止め、戦場全体を視界に収める。

 現在はバルクホルン隊が右から、ハルトマン隊が左からネウロイの装甲を削りにかかっており、各僚機の2人もそれに倣っている。そして指揮を執る美緒は取り巻きとして大型の内部から出現した小型ネウロイの放つ真紅の光線を回避、またはシールドで防ぎながら、魔眼によるコアの捜索に取り掛かっていた。

 

(流石、各国でエース級の実力を持っているだけある。後方支援とは言われたものの、出る幕が見つからない)

 

 よく訓練されているのだろう、ネウロイを猛撃するバルクホルンの死角は、僚機であるペリーヌがしっかりとカバーしているし、ハルトマンとエイラはそもそも攻撃が当たらない。両者共軽快な動きで攻撃を回避し、着実にネウロイの装甲を削り続ける。

 

「コイツ、やたら硬いゾ!」

 

「装甲の再生速度も心なしか早く感じますわねっ──!」

 

「狼狽えるな!銃撃を一箇所に集中させればダメージは入る!ペリーヌとエイラは小型を掃討!ハルトマン!少佐がコアを見つけるまで、私たちで食い止めるぞ!」

 

「オッケー!」

 

僚機の2人は各長機のサポートに徹し、バルクホルンとハルトマンのカールスラントエース2人が大型ネウロイを猛撃する。

後方のユーリも、美緒やペリーヌ達が処理しきれない小型を狙撃で援護。既に20機以上撃墜している。

 

「──見えたっ!コアを発見!私が出る!ザハロフ、援護しろ!」

 

「了解」

 

 捕捉したコア目掛けて突貫する美緒。そんな彼女にネウロイの攻撃の矛先が向くと、亜音速で飛来した徹甲弾が命中し、敵の照準を妨げる。高度を上げて上方からネウロイを狙うユーリの狙撃だ。続けて2発、3発と、美緒の進行を妨害する小型ネウロイを悉く撃ち抜いていく。

 ユーリの援護を受け、美緒はネウロイの正面下部に向かって機関銃を構えた。至近距離から撃ち出された弾丸がネウロイの装甲を破壊していく。これならば程なくしてコアを破壊できるだろう。

 

 このまま事もなげに撃破まで行けるかに思われたのだが……

 

「──っ!?コイツっ……!」

 

『少佐!まだ破壊できないのか!?コアは見つけたんだろう!?』

 

「ああ、確かに見つけた!今も見えてる!だが、いくら撃ってもコアが出てこない!」

 

『えぇー!?どういうことさ!?』

 

 困惑するバルクホルンとハルトマン。だが誰よりも驚いているのは当の美緒自身だ。

 美緒の魔眼は確かにネウロイのコアを捉え、こうして至近距離から攻撃を続けているわけなのだが、どういうわけか装甲の下にあるはずのコアが露出してこない。

 

 ひとつの仮説に行き当ったユーリは、インカムを美緒に繋ぐ。

 

「……発言、宜しいでしょうか。坂本少佐」

 

『なんだ!?』

 

「少佐は現在もコアを確認できていながら、その場所に攻撃を加えてもコアが露出しない…であれば、このネウロイのコアは機体の最深部に位置しているのではと推測します」

 

『最深部……このデカブツのか!?』

 

 直に美緒の銃は弾が尽きる。すると彼女に残された武器は背中の扶桑刀だけだ。彼女が愛用しているこの刀は魔法力を流すことでネウロイの装甲も両断できる。

 

 だが今回は敵が従来よりも大きい上に、装甲も硬いときた。全力を出してもコアまで攻撃が届くかどうか……

 

「こ…んのぉ──!シュトゥルム!!」

 

 大気中のエーテルと風を纏う固有魔法を発動させたハルトマンがネウロイに突っ込む。強固なネウロイの装甲をも抉り取る威力を持つこの魔法によって大型ネウロイの装甲が一部削り取られるが、それでもまだコアには届かない。

 

「ハルトマンの魔法でもダメなのか…っ!」

 

「クソ…このままではジリ貧だ」

 

「どうにかできないのかヨ!」

 

 優勢が一転、消耗戦に持ち込まれてしまった。ウィッチ達はユニットを駆動させるために常時魔法力を消費し続けている。このままでは魔法力が足りなくなり、撃墜されることは必至だろう。

 だが501の主力達でも、このネウロイを倒すことは難しい。一度撤退するか、こちらに向かっているはずのシャーリーとルッキーニを待つのが最善だろうが、こちらの動揺を悟ったかのように大型の内部からワラワラと小型のネウロイが押し寄せてくる。

 

 比較的自由に動けるのは後方にいるユーリのみ。であれば、すべき事は1つ。

 

「──緊急につき、無断で失礼します。皆さん、大型から距離をとって下さい。アレは私が引き受けます」

 

『どういうことだ!?』

 

『何か作戦があるってこと!?』

 

「作戦と言える程ではありませんが、ネウロイを撃破するにはこれが最適解かと。イェーガー中尉達が到着するまでどれ程かかるかわからない以上、先にこちらが削りきられてしまう可能性は捨てきれません。ハルトマン中尉の魔法も、乱発できるようなものではないとお見受けしました」

 

 通信しながらも自分の周囲にいる小型ネウロイをシモノフで粉砕していくユーリは、近辺の小型をあらかた片付けると、大型ネウロイに向かって引き金を絞る。然して精密に狙ったわけではない弾丸は一直線に突き進み、大型ネウロイの体勢を崩した。

 いくら一撃の破壊力が大きい対装甲ライフルでも衝撃を与えるのが精一杯で、装甲を()くのは容易ではない。

 

『待て!いくらお前の固有魔法でも、あのネウロイを1人で倒すのは無理だ!』

 

 資料に書かれていたユーリの固有魔法は〔射撃威力強化〕──魔力で銃撃の威力をブーストするというシンプルな能力だが、ユーリがここまでネウロイに放った銃撃を見て分かるように、大型に対する決定打には至らない。何発も打ち込み続ければやがて最深部に到達するかもしれないが、絶え間なく小型を吐き出し続ける大型ネウロイを1人で相手しながらでは時間が掛かり過ぎる。削った装甲は再生され、ユーリもやがてガス欠を起こすだろう。

 

 美緒の制止を振り切り、ユーリは狙撃で大型ネウロイの注意を引き付けながら高度を更に上げていく。美緒やバルクホルン達は当然後を追おうとしたが、大量の小型ネウロイがそうはさせじと邪魔をする。

 

 皮肉にも敵の手伝いがあって目論見通り美緒達からネウロイを十分引き離したユーリは、反撃で放たれる光線をシールドで防ぎながら弾倉クリップを交換した。

 

「──さて、始めましょうか」

 

 ユーリの身体を魔法力の光が包み込むと、そのまま狙いを定めてシモノフが火を吹く。発射された14.5mm弾が大型ネウロイ目掛けて一直線に飛んでいく様は、先程までと何ら変わらないように見える。

 だが…これまでは装甲の表面に浅めのクレーターを作る程度しか効果の無かったユーリの銃弾が敵に着弾すると、突如爆発音と共にネウロイの装甲が粉々に弾け飛んだ。

 

「ふむ……本当に硬い。普通なら1発で少なくとも半壊するんですが」

 

 ネウロイの光線を最小限の動きで避けながら、間髪入れず放たれる第2射。マズルブレーキが火を噴き、徹甲弾が抉り取られたネウロイの損傷部に着弾。またも漆黒の機体の一部が弾け飛ぶ。

 全体の半分近くをたった2発の弾丸で吹き飛ばしたユーリは、大型ネウロイの中心部に赤い光を発する結晶体を確認した。ネウロイのコアだ。

 それを見るなりシモノフを一層しっかりと構え、サイト内にコアを捉える。

 

「終わりです──!」

 

 柔らかく、しかし素早く絞られたトリガー。終焉を告げる轟音が鳴り響き、魔力を纏った鋼鉄の槍が真紅の結晶を貫き砕いた。

 一瞬の間を置いて、大型ネウロイの機体は無数の破片となって崩壊していく。それに伴い、あのネウロイの内部から湧いていた小型ネウロイの群れも同様に崩壊が始まっていた。

 

「ふう……任務、完了」

 

 小さく息を荒げたユーリが美緒達の元へ降下を始めると、そこへ偵察地点から飛んできたシャーリーとルッキーニが合流する。

 

「ありゃ、もう終わったのか?さっき上でデカいネウロイが爆発してたように見えたけど……」

 

「……ああ。ネウロイはたった今、ザハロフが撃墜した」

 

「おお、マジか!?遠目に見ても結構な大型だったのに、やるなぁアイツ──」

 

「すっごーい!」

 

 感心するシャーリー達を他所に、美緒達出動組は頭上のユーリを声もなく見つめる。

 

「ハルトマン、今何が起きたのか分かるか?」

 

「んー…とりあえず、ユーリがなんかすっごい攻撃でネウロイを倒したってことくらいは」

 

「……何はともあれ、無事にネウロイは倒したんだ。全員帰投するぞ。シャーリー達も、わざわざ来てもらってすまなかったな」

 

「いいっていいって。誰も怪我してないなら何よりさ」

 

「そーそー♪早く帰ろー!」

 

 消耗しているバルクホルン達に代わってシャーリーとルッキーニが先導を務め、一同は進路を基地へと向けるのだった。

 



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思惑

話を書くのってやっぱり色々と難しいですね…


「──ちょっと宮藤さん!またこの腐った豆を出しましたわね!?」

 

「でも、納豆美味しいんですよ?ね、坂本さん?」

 

「ああ、扶桑では親しまれてる味だな。もっとも、扶桑の人間でも苦手な奴はいるが」

 

 食事中にも関わらず賑やかな食堂では、芳佳が用意した扶桑の民間食、納豆を巡ってペリーヌと芳佳が言い争っていた。

 

「とにかく!ワタクシは絶対に食べませんわよ!そこの彼だって同じ事を言うに決まってますわ!」

 

 そう言ってペリーヌが指を突きつけた先には、食事に全く手をつけず不動のままのユーリの姿が。

 

「あ、あの…もしかして、和食嫌いでしたか?」

 

「いえ、そのような事は。ただ……これは私が食べていいものなのかと」

 

「食事は人数分用意されている。目の前にあるのは、紛れもなくお前の分だよ、ザハロフ」

 

 美緒の言葉を受け、ユーリは芳佳を見る。彼女が肯定の意を込めて微笑み返すと、静かにスプーンを持って食事を食べ始める。

 

「どうですか?扶桑の料理がお口に合えばいいんですけど……」

 

「ん……はい。非常に美味しく思います。先程宮藤軍曹が仰っていた納豆という食材も、見た目に反して美味です」

 

「わぁ…良かったです!」

 

 次々と料理を口に運んでいくユーリを見て嬉しそうに微笑む芳佳。その横では、ペリーヌが信じられないと言うような目でユーリを見ていた。

 

「あ、あんな臭くてネバネバしたものを美味しいと思うなんて……一体どんな食生活をしてきたんですの?」

 

 音もなく味噌汁を啜ったユーリは、ペリーヌのこの言葉にも律儀に答える。

 

「ここに来る前──連合軍本部にいた頃は、軍用食と、足りない栄養素は投薬で補っていました」

 

「軍用食って……あの味気ないレーションとかビスケットか?」

 

「アレきらーい。美味しくないもん」

 

 シャーリーとルッキーニが言うとおり、軍人が戦場で食べる携帯食は過酷な戦場で生き延びるのに必要な最低限の栄養素を補給するためのものだ。保存性を優先する為、当然味など二の次。そこに「美味しい」という感想が発せられることはまずない。それはユーリも例外ではなかった。ただ彼女たちと違う点として、ユーリはアレを不味いとか美味しくないとも別に思っていない。ただ出されたものを黙々と腹に入れていただけだ。

 

「わたしも好きじゃないなーアレ」

 

「お前は贅沢過ぎだぞハルトマン。軍人たる者、どのような状況下でも生きて戦わねばならん。人体にどんな影響を及ぼすかも知れない泥水やその辺の草を食べるより、軍用食の方が遥かにマシだ。──とはいえ、司令部の下にいたにも関わらずそのような物しか与えられていないとはどういうことだ?そこまで物資が困窮しているわけでもあるまい」

 

 バルクホルンの疑問はもっともだ。ブリタニアの最前線であるこの基地でさえきちんとした食材が供給されている以上、食糧難というわけでもないのは明らか。

 

「私自身、特に不満はありませんでしたし、気にすることでもないと思うのですが。何でしたら、明日から私の食事はレーションでも──」

 

「──ユーリ曹長。それは認められません」

 

 ユーリの言葉を遮ったミーナは、テーブルを挟んだ斜向かいから真剣な眼差しを向けていた、

 

「何故でしょう?今現在は問題なく物資の供給が続いていますが、昨今はネウロイの出現パターンが変化しつつあると聞いています。いつ補給路が絶たれるか分からない以上、貴重な物資は1人分でも節約できるに越したことはないのでは?」

 

 ユーリの言い分も一応理に適ってはいる。彼自身が軍用食だけでも大丈夫だと判断している以上、ユーリの分を他の隊員達に回した方が合理的だ。合理的なのだが……

 

「いくら司令部の命令でここに来たとはいえ、あなたはもう501の隊員で、私の部下です。私の部下になった以上は万全の状態で任務や訓練に臨んで貰わねば困ります。誰1人欠けること無くヨーロッパを奪還する為にも、きちんと食事や睡眠をとりなさい。これは上官命令です」

 

 ミーナがきっぱり「命令」と言ったのが効果覿面だったらしく、ユーリは「了解しました」とそれ以上は何も言わず、残った味噌汁を飲み干した。

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

 扶桑のマナーに従いきちんと手を合わせたユーリは、食器の乗ったプレートを片付け始める。シンクにプレートを置いたところで、一足先に食べ終えていたミーナと美緒から、執務室へ来るよう指示を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の後についてミーナの執務室を訪れたユーリは、直立不動で次の言葉を待つ。呼び出される理由にはいくつか心当たりがあった。

 

「──さてザハロフ。この部隊で1日過ごしてみて、どうだ?」

 

「……どう、とは?」

 

「正直、私も坂本少佐もあなたみたいな存在と直接交流するのは初めてだから、色々と不安はあったのだけど、あの子達とは上手くやっていけそうかしら?」

 

「そういうことでしたら、私からは何も。それより、私の存在が501に影響を及ぼさないかの方が重要なのでは?」

 

「いい影響ならこちらとしては大歓迎だ。それに、もう何人かはお前に対する警戒心も薄れつつある。バルクホルンも、内心ではお前のことを認めているようだったしな。だが同時に──今回は無事でも、大型ネウロイを1人で相手するのは無茶が過ぎる──とも言っていた。これに関しては私もミーナ中佐も同意見だ」

 

「……少佐の指示を無視し、あまつさえ身勝手な行動をとったことについては反省しています。申し訳ありませんでした。どのような罰も、甘んじて受け入れます」

 

 深々と頭を下げたユーリに、美緒は困ったような顔をする。バルクホルンも大概軍人としての規範意識にうるさいが、ユーリもユーリで中々に曲者らしい。

 

「お前は本当に生真面目な奴だな……どうするミーナ中佐?」

 

 執務机で手を組むミーナは、呆れ半分な笑みを浮かべる。

 

「そうね……ではお望み通り、処分を言い渡します──」

 

 その言葉を聞くと、ユーリは下げていた頭を上げて背筋を正した。

 

「ユーリ・ザハロフ曹長。貴官には、今後無期限に501統合戦闘航空団の隊員達と円滑なコミュニケーションを計ることを改めて命じます。また少なくともこの部隊にいる限り、自主的な自室待機の禁止及び発言許可の確認も不要とします。他の隊員達と同様に生活するよう心掛けるように」

 

「はっ──は……?」

 

「なんだ、不満か?」

 

「いえ……そういうわけでは」

 

 ユーリに言い渡された処分は、処分とは名ばかりの非常に軽いものだ。本来ならこのような形をとる必要もない。それでもミーナが処分という体裁をとったのは、ユーリの「命令には忠実」という性分を逆手にとった為。こうしなければ、十中八九「ご命令でしたら従います」の一文が彼の口から出ていたことだろう。

 

「確かに軍人として礼節や規律は大切よ、けどそれで隊員間に溝が出来たら元も子もないでしょ?ここにいるのはあなたの仲間であり友であり、家族も同然なんだから。必要以上に上下関係を意識する必要はないわ」

 

「家族……その様に言っていただけるのは有難いのですが、私がこれまで会話をしたのは軍の人間が殆どで、具体的にどうすればいいのか……」

 

「ふむ……まずは皆が接しやすくなるよう、堅苦しさを無くしてみるのはどうだ?」

 

「堅苦しさ……ですか」

 

「そうね。例えば、1人称を"僕"に変えてみたらどうかしら?」

 

「他には、皆のことを愛称で呼ぶのも良いかもしれんな」

 

「…美緒?それは流石にまだ早いんじゃないかしら」

 

「そうか?シャーリー辺りは初対面の人間にも愛称で呼ばせてるじゃないか」

 

「それはシャーリーさんだからよ。きっとトゥルーデはいきなり愛称で呼んだら怒るわよ?まだ彼は部隊に来たばかりなんだから、まず名前で呼ぶところから始めるべきだと思うわ」

 

「むぅ、そういうものか……よし、ではとりあえず私達の事を好きなように呼んでみろ。因みに私も今後はお前のことをユーリと呼び捨てさせてもらう」

 

 まるで子供の育児方針を決めるが如き議論が繰り広げられる様を一歩引いて見ていたユーリは、突然話を振られて困惑しながらも、言われたようにする。

 

「では、僭越ながら──ミーナ…さん。坂本、さん」

 

「うむ、それでいい。皆と絆を深めれば、自ずと連携も取れてくる。そうすれば、今回のような無茶をする必要もなくなるだろう」

 

「……ご厚意に感謝します。努力します」

 

「さて──本題に入るまで随分長くなってしまったけれど、あなたを呼んだ理由は別にあるわ」

 

 柔和だったミーナの表情が引き締められ、ここまでとは一転して真面目な話だということが伝わる。ユーリもスイッチを切り替え、改めて姿勢を正した。

 

「資料では、あなたの固有魔法は〔射撃威力強化〕とあったけれど──この情報に虚偽はないかしら?」

 

「……何故、そのようなことを?」

 

 この問いには美緒が答えた。

 

「お前があの大型ネウロイを撃墜した時、明らかに銃撃の威力が跳ね上がっていた。あれがお前の固有魔法だというなら、何故もっと早く使わなかった?」

 

 美緒の言い分はこうだ。

 ユーリの固有魔法である〔射撃威力強化〕自体は至って珍しくないカテゴリのもので、近しいものだとリーネの〔射撃弾道安定〕がある。これらの威力を決定づけるのは使用者の魔法力の量であるが、ユーリの魔力総量は並を大幅に上回ってはいるものの飛び抜けているわけではない。その点では芳佳の方が突出している。

 つまり、ユーリの魔力量ではあそこまでの大威力狙撃を連続して行えるはずがないのだ。

 

 一方で、ユーリが美緒を援護していた時の威力は銃単体で出せる威力ではない。恐らくリーネでも固有魔法を発動させなければ同じ威力を出せないだろう。

 

 つまり──

 

・もしユーリが射撃威力強化の固有魔法を常時発動していなかったならば、何故そうしなかったのか?

 

・逆に、ユーリが射撃威力強化を発動した状態で戦っていた場合、ネウロイ撃墜時のあの攻撃は威力強化の魔法とは別の何かが働いていたことになり、それに関する言及は資料内には無い。この理由は何故か?

 

 ──と、2人はそう言いたいのだ。

 

「……流石、501部隊を率いているだけあって、観察眼も素晴らしいです」

 

「こちらとて、何かしら事情があるのだろうとは察している。内容次第ではあるが、この事を上層部に報告するつもりは無い。話してみろ」

 

 美緒とミーナを順番に見たユーリは、ひと呼吸おいてから口を開く。

 

「分かりました。お二方を信用した上で、お話します──」

 

 

 まず、司令部からミーナに渡された資料に虚偽の内容は一切書かれていない。だが記載されていない事実はある。

 

 それが、ユーリが持つもう1つの固有魔法──〔炸裂〕である。

 

〔炸裂〕は、銃弾等に付与したユーリの魔法力を着弾時に破裂させることで、通常の射撃では出せない大威力攻撃を行うことができる魔法。あの大型ネウロイの強固な装甲をたった2発で半壊させることができたのは、この魔法を発動させたからだった。

 ただしこの魔法は威力の下方調整が難しく、多数の敵味方が入り乱れる編隊戦闘で使おうと思うと味方を巻き込みかねないリスクがあった。だからあの時、ユーリは単身で大型ネウロイを美緒達から引き離したのだ。

 

「──何故隠す必要があった?お前の固有魔法はネウロイに対する強力な武器になるじゃないか」

 

「いつ爆発して巻き添えを食うかもわからない状況では、皆さんも安心して飛べないでしょう?ましてや、私──…僕はこれまでに類を見ない男の航空ウィッチ(ウィザード)ですから」

 

「……そうか。そういうことならば、我々から言うことは特にない。お前が仲間を気にかけていたということも分かった。ただ、〔炸裂〕の魔法はお前の言う通り、気軽に使えるものではないな」

 

「わかっています。今後も基本的に使用せず戦うつもりです。それ以前に、並み居るエースの方々の力があれば、必要ないだろうと判断しました」

 

「そこまで評価してくれているなら、私も戦闘隊長として鼻が高い」

 

「坂本…さん、ミーナさん。この事は……」

 

「大丈夫、この事は内密にしておきます。話してくれてありがとう、ユーリさん。もう戻って大丈夫よ」

 

「はい。失礼します」

 

 

 

 

 

 

 一礼して執務室を後にしたユーリは、自室までの廊下を歩きながら小さく口元を歪ませる。

 

 先程ユーリが美緒達に明かした事実は、真実の一部でしかない。〔射撃威力強化〕の延長として通すつもりだった〔炸裂〕のことを早々に看破されたのは誤算だったが、何とか彼女たちを丸め込むことができた。

 

 美緒もミーナも、501の面々は優しい。当初はもっと招かれざる客然とした扱いをされることを想定していたのだが、そうならなかったことを見ても、彼女達は皆いい人なのだろう。

 疑う事を知らないという訳ではないが、だからといって積極的に疑うこともしない。極論、得体の知れない異物であるユーリが部隊に馴染めるよう、あれこれと考えてくれた。

 

 そんな彼女達を平然と騙したユーリの胸の内には、形容しがたいモヤモヤとしたものが立ち込めていた。

 

(いつか本で読んだな……確か「良心の呵責」と言ったっけ。僕にそんなものがあったのだろうか……でもまぁ、関係ない。ネウロイを倒し、あの人の目的を達成する。その為に僕は生まれたのだから)

 

 ユーリ・R・ザハロフは、ネウロイと戦うために生み出された。兵士(兵器)を育てるのに愛など不要。極限状態でも冷静冷徹に任務を遂行できる精神と、それに耐えうる肉体。そして敵を倒すための力があればいい。

 

 兵器として生を受けた彼の運命が、静かに変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ユーリが出て行った後の執務室では……

 

「お前はどう思う?ミーナ」

 

「少なくとも、嘘をついてるようには見えなかったわ。けれど……」

 

「ああ、全て詳らかにしたわけではないだろうな。やはり、上層部絡みの何かがあるんだろうが……」

 

「美緒…あれで良かったのかしら」

 

「ユーリのことか?もし間違っていると思ったなら異を唱えていたさ。それに、その心配は無用だと思うぞ」

 

「どういうこと?」

 

「ユーリが置かれている立場は、私たちが想像している以上に複雑なのかもしれないが…それでも、あいつ自身は優しい人間だと私は確信している。でなければ、訓練で気落ちしているリーネを励ますような真似はしないさ」

 

「……美緒がそう言うなら、きっとそうなんでしょうね。あなたの人を見る目は確かだもの」

 

「なぁに、もしもの時の為に私達がいるんだ。ユーリも含めて、あいつらを見守ってやろう」

 

「そうね──」

 




その内ユーリのプロフィールを出そうかなーと考えてはいるんですが、如何せん最低文字数をどうやって埋めるかで頭を悩ませております。

ネタバレ情報無しでどうやって1000文字埋めれば…


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夜間哨戒

大事なとこをはしょってしまった感……


 ユーリが501に配属されてから早数日──ミーナ達の勧めもあって、少しずつではあるが他の隊員達との交流を持つようになった。

 

 現状頻度として一番高いのは、食事や美緒の訓練で何かと顔を合わせることの多い芳佳とリーネ。次点で当初からユーリに対し好意的だったシャーリーとルッキーニだ。

 特にリーネは同じ狙撃手ということもあり、今では射撃訓練の際に飛行状態での狙い方や偏差射撃のコツ等を教えることもある。

 

「──では僕が的を投げるので、落下する目標に弾が命中するようタイミングを図って撃ってみてください」

 

『はい……っ!』

 

 

 片やシャーリーは時折ユーリを捕まえては「ストライカーの簡易メンテナンス方法を教える」という名目で、ユニット改造仲間を増やそうと画策しており、その度にバルクホルンから大目玉を食らっている。

 

「ちょっとココんとこ押さえてくれ……っし、オッケー!見とけよー?早速テストを──」

 

「おいリベリアン!新人を妙な遊びに巻き込むんじゃない!しかも何だその格好は!?ザハロフ、お前も少しは気にしろ!」

 

「遊びとは失礼な!アタシはユーリにスピードの世界に存在するロマンの何たるかをだな──!」

 

 だがユーリとしては、これまでユニットの内部に触る機会など無かった為、知識として知っておく分にはそう悪いことではないのでは?というのが正直なところ。

 

 

 そのバルクホルンは、機会があればユーリを模擬戦で扱きに扱き、時には敵チームとして、時には味方として、ユーリを徹底的に鍛え上げるつもりでいるらしい。

 

「どうした!この程度でへばっていては立派なカールスラント軍人になれんぞ!」

 

 と言っている辺り、どうやらユーリに伸び代を感じた様子だ。因みにユーリはカールスラント軍に入る予定は無い。

 

 

 ペリーヌは態度こそ多少軟化したものの、まだユーリに対する警戒心が完全には拭いきれないのか、ツンケンした態度を取ることが多い。……もっとも、それは芳佳に対しても同じなのだが。

 

 

 ハルトマンは……いくら上官であると同時にカールスラントのスーパーエースであろうと、流石のユーリも参考にすべきではないと判断した。だがいつ如何なる時も冷静(マイペース)でいられる胆力だけは、内心密かに一目置いている。

 

 

 ──と、このような感じだ。先日ミーナと美緒に提案された堅苦しさを無くす作戦が功を奏したのか、この数日で大分501に馴染んできたように思える。

 

 そんなある日のことだ。

 

「夜間哨戒ですか?」

 

「ええ。昨夜のネウロイ、あなたも見たでしょう?」

 

「リトヴャク中尉が交戦した個体ですか……」

 

 昨日、ユーリと芳佳の新人2人はミーナと美緒に連れられて首都ロンドンにあるブリタニア空軍の基地を訪れた。そこで彼女達が上層部とした話の内容は、帰りの不機嫌な様子を考えれば想像に難くない。

 その帰り道で、夜間哨戒任務に出ていたサーニャが4人の乗る大艇を迎えに来てくれたのだ。しかしそこへ突然ネウロイが接近。姿こそ雲海に隠れて視認できなかったが、ナイトウィッチが有する頭部の魔導針によって超広域探知を行えるサーニャだけは敵の位置を察知。武装を持たない大艇から単身でネウロイを引き離してくれたのだ。

 

 撃破には至らなかったものの、無事に敵を退けた501の面々が疑問視したのは、サーニャの交戦したネウロイが全く反撃をしてこなかったという証言だった。

 

「ネウロイは未だ未知数な部分が多い…だから、あの時の当事者であるサーニャさんと宮藤さんとあなた、そこへ本人の強い希望によりエイラさんを加えた4人で、今日から暫くの間夜間任務に出て貰えるかしら?」

 

「了解しました。任務開始まで仮眠をとっておきます」

 

 一礼したユーリは、早速自分の部屋に向かった。夜の空は往々にして雲を抜けるまで真っ暗闇だ。暗闇に目を慣らしておく為に、日中でもカーテンを閉め切って外光が入らないようにしておく必要がある。その作業に取り掛かるつもりなのだ。

 

 差し当たって必要なものを頭の中でリストアップしながら廊下を歩いていると……

 

「あっ、ユーリさん!ユーリさんも今日から私たちと一緒に夜間任務なんですよね?」

 

「宮藤さん──はい、先程ミーナさんから指示を受けました。これから出動に備えて、部屋の中を弄ろうと思っていたところです」

 

 向かい側から歩いてきた芳佳と、その傍らにはエイラとサーニャもいる。彼女たちもこれから仮眠を取るようだ。

 

「今からやるのか?アレ、一度つければなんて事ないけど、それまでが結構めんどくさいゾ」

 

「最悪家具や木箱でも積み上げて窓を塞ぎますから、ご心配なく」

 

「いや、それじゃ今度は片付けが面倒になるじゃんかヨ……」

 

「片付けるのは僕ですし、皆さんのお手は煩わせません。お気になさらず」

 

「あ、あの──!」

 

 呆れるエイラの横を通り過ぎたユーリ。その背中を呼び止めたのは、以外にもサーニャだった。

 

「……はい、なんでしょうか?リトヴャク中尉」

 

「……私の部屋、臨時で夜間任務専従員の詰所になってるから…その……」

 

「お、おいサーニャ?まさカ……」

 

 サーニャの言わんとしていることを予測したエイラは、ワナワナと震えながら彼女を見る。

 

「良かったら、私の部屋……使って?」

 

「サーニャーーーッ!?」

 

「リトヴャク中尉…お気持ちは大変有難いのですが、流石にそれは色々と問題があるのでは?」

 

「そーだゾ!何考えてんだヨ!?」

 

「私なら大丈夫。だってエイラがいるもの」

 

「え、あ…ま、まぁナ!私がいる限りサーニャを危険な目に遭わせやしないサ!当然だロ!」

 

 狼狽していたのが一転、デレデレと表情を崩したエイラは、クルリとユーリの方を振り向くと、その両肩をがっしりと掴む。

 

「いいか、今回はサーニャに免じて仕方な~く勘弁してやル!けど少しでも変なこと考えたらオマエを蜂の巣にして死神のカード体中に貼っつけてやるかんナ…!!」

 

「い、いえですから…なら僕は自分の部屋で──」

 

「オマエサーニャの厚意を無下にすんのカーーッ!」

 

「どうすればいいんですか……」

 

 エイラの怒りに任せてブンブンと前後に揺さぶられるユーリは、揺れる視界の中に苦笑いしてこちらを見る芳佳の姿を捉える。

 

「そ、そうです、宮藤さんは?彼女の意見も尊重すべきでは……っ?」

 

「えっ?あ、私は大丈夫ですよ?ユーリさん、訓練の時なんかもすごく優しいですし、ご飯いっぱい食べてくれますし。乱暴するような人じゃないと思います!」

 

「その警戒心の無さはそれはそれでどうなんだヨ……とにかく、3対1でお前の負けダ!大人しく来い!」

 

 エイラに背中をグイグイと押され、ユーリは観念してサーニャの部屋を使わせてもらうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──にしても、さっき起きたばかりなのに、部屋の中まで真っ暗にすることないよね」

 

「目を慣らしとけってことだロー」

 

「夜間哨戒はライトも何も持っていけませんし、あっても大して役に立ちませんからね。普段明るい空しか見てない僕達にとっては大事なことです」

 

 4人が今いるサーニャの部屋は、暗幕のカーテンを閉め切って隙間から光が洩れないよう術式の刻まれた符を貼っている。当然電気も点いてないため、中は相当暗い。最低限の視界を確保できる程度の光しか、今この部屋には存在していないのだ。

 

 そんな部屋の中で、芳佳とサーニャ、エイラの3人はベッドで寛いでいるのだが、唯一男であるユーリは一層暗い部屋の隅っこに陣取っていた。ジャケットを脱ぎ、ズボンとタンクトップ1枚の状態で壁に背中を預け、下着状態のエイラ達を見てしまわないように自室から持ってきたブランケットを頭から被っている。

 

「ユーリさん、それじゃお尻痛くなりません?」

 

「問題ありません。お気になさらず」

 

「ベッドは1つしかないし、本人がアレでいいって言ってんだからいいんだロ。確かに幽霊みたいでちょっと気味悪いけどナ」

 

「アハハ…幽霊といえば、コレ御札みたいだなぁ」

 

 芳佳が持っているのは、窓に貼ってある符と同じものだ。表面には術式が書き込まれており、確かに外見は扶桑で広く知られている護符に酷似している。

 

「……私、よく幽霊に間違われるわ」

 

「そうなんだ、夜に1人で飛んでたらそういうこともあるのかな?」

 

「ううん。飛んでなくても……居るのか居ないのか、よくわからない。って」

 

「あんなツンツンメガネの言うことなんか気にすんナ。暇ならタロットでもやろ」

 

 どうやらペリーヌの気難しい性格はサーニャにもトゲを向けていたらしい。ユーリが数日過ごして感じた限りでは、ペリーヌ自身は言う程悪い人間ではないし、芳佳に対する敵意(のようなもの)と比べれば可愛いもののように思えるが、感じ方は人それぞれだ。サーニャとて傷ついていないわけではないだろう。

 

「……ねぇエイラさん。このカードは?」

 

「んー?…おっ、良かったじゃん。今一番会いたい人ともうすぐ会えるってサ」

 

「ホント!?──あ、でもそれは無理だよ…だって私の一番会いたい人は……」

 

(宮藤博士……宮藤さんのお父上、ですか──)

 

 ブランケットの下で彼女たちのやり取りを聞いていたユーリは、当然芳佳のこの話も聞き齧っている。彼女の父親である宮藤博士は、ウィッチ達が駆るストライカーユニットの基礎理論を確立させた英雄なのだ。彼の功績なくして、人類はネウロイとここまで戦ってこれなかっただろう。

 しかしそんな博士も、数年前に命を落としたと聞いている。

 

「──おいユーリ。オマエもどうだ?今なら特別に占ってやるゾ」

 

「占いですか…興味はありますが、僕はここから動けませんので」

 

「あー…じゃあ1から7で好きな番号言えヨ」

 

 少し考えた末、愛用しているシモノフの装弾数から7をチョイスした。指定された番号位置のカードを捲ったエイラは、内容を見てニヒヒと笑う。

 

「"吊られた男(ハングドマン)"の逆位置──オマエ、意外とわがままな奴だったんだナ。ちょっと意外だ」

 

「そんなつもりはないんですが…気をつけます」

 

 そのまま暫く雑談を続けた芳佳達は次第に眠りにつき、ユーリも本格的に仮眠を取るべく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、時刻は夕方。夜間哨戒メンバーはルッキーニの声を目覚ましに起された。

 

「では、先に行きますね」

 

 女性陣が早く着替えられるよう、ユーリはジャケットを持って先に部屋を出る。食堂に向かう道すがら、基地内の照明がいつもより暗くなっていることに気がついた。

 

「──ああ、これは暗い環境に目を合わせる為の訓練だそうですよ」

 

「そういう事でしたか」

 

 食堂に到着したユーリは、リーネに淹れてもらった紅茶の匂いに首を傾げる。

 

「これは…?何やら不思議な香りですが」

 

 ユーリとて紅茶に詳しいわけではないが、上層部の人間に1~2回だけ飲ませてもらった記憶がある。これはその時の香りのどれとも一致しない。

 そんな彼の疑問に答えるべく現れたのは、得意げな様子のペリーヌだった。

 

「それはマリーゴールドのハーブティーですわ。目の働きを良くすると言われてますのよ。ワタクシがわざわざ用意してあげたのですから、感謝なさい」

 

「…………」

 

「な、なんですの?ジッとこちらを見て」

 

「……いえ、恐らく私の記憶違いでしょう。そういうことにしておきます」

 

「ちょっと!一体何なんですの!?ハッキリとお言いなさい!」

 

 黙ってハーブティーを飲むユーリの脳裏では、マリーゴールドが目にいいというのはガリアに伝わる民間伝承という一説が過ったのだが、ここはペリーヌの顔を立てることにした。

 

 もっとも、そんな気遣いも後にリーネの一言によって台無しになるのだが。

 

(我ながら変な気遣いを覚えたな…けど──)

 

 カップをソーサーに戻して一息ついたユーリは、食堂にいる501のメンバーをグルリと見渡す。

 

 芳佳の横では、今朝食べたブルーベリーの時と違って口の中がどうにも変化しないことに「つまんない」とルッキーニが癇癪を起こし、そのことを擦ったエイラに向かってペリーヌが必死に弁解しているところだ。

 バルクホルンは「静かにしろ」と彼女らを窘め、シャーリーとハルトマンはハーブティの独特な味に顔を顰める。

 そしてそんな彼女達を見て笑みを浮かべるミーナと美緒の隊長組──物心ついてからこの方、家族というものを知らずに生きてきたユーリだったが、もし自分に家族がいたなら、こんな感じなのだろうかと想像する。

 

(──こういうのも、悪くない……かもしれない)

 

 柄でもない感傷に浸りながら、残ったハーブティーを飲み干した。

 

 そうこうしている内に日は落ち、空が暗闇に包まれる。サーニャ以下4名は、ストライカーを履いて滑走路に出ていた。

 

「夜の空がこんなに暗いなんて……ちょっと怖くなってきた」

 

「オマエ夜間飛行初めてなのカ?」

 

「無理なら止める…?」

 

「ううん…てっ、手、つないでくれたら大丈夫──だと、思う」

 

 すると、サーニャは震える芳佳の手をそっと握った。その手を起点にしてじんわりと熱が伝わり、芳佳の震えも収まっていく。

 

「ムッ……」

 

 サーニャと手を繋いでいることに嫉妬したのか、エイラは芳佳の左側に回ると、こちらも空いている手をしっかりと握る。

 

「全く、だらしないナ──ほらお前も」

 

「……エイラさん、この手は一体?」

 

 彼女達の様子を黙って見ていたユーリに、エイラが突然手を差し出す。

 

「この際全員繋いどいた方がはぐれなくて済むだロ」

 

「いえ、僕は訓練で夜間飛行の経験もありますし──」

 

「──いいから行くゾっ!サーニャ!」

 

「ええ」

 

 無理矢理ユーリの手を取ったエイラは、ストライカーの回転数を上げる。サーニャと、困惑するユーリもそれに続き、まだ心の準備ができていない芳佳を連れて夜の空へと飛び立った。

 

「は、離さないでね!?絶対離さないでね──!?」

 

「宮藤さん、落ち着いてください」

 

「もうちょっと我慢して。雲を抜けるから──」

 

 それから僅か数秒後…周辺を漂っていた白い雲が唐突に途切れ、視界が晴れた。

 

「わぁ……!すごい!」

 

 雲の上では煌々とした月がこちらを見下ろしており、下を飛ぶ芳佳達のことを優しく照らしてくれる。更には月だけでなく、満天の星々も小さいながら力強い輝きを以て、4人を迎えてくれた。

 

「最初は怖かったけど、夜の空ってこんなに綺麗なんだね!私だけじゃこんな所まで来れなかったよ!ありがとう、サーニャちゃん!エイラさん!」

 

「フフン。そこまで喜んでくれるなら、連れてきた甲斐もあるってもんダ。流石のユーリも見とれてるみたいだしナ」

 

「僕が夜間飛行を行ったのはどれも月の出ていない日ばかりでしたから…こんな景色は初めてです。リトヴャク中尉がいなければ、こんな機会も無かったでしょう。僕からも、ありがとうございます」

 

「いいえ……任務だから」

 

「──そういやずっと気になってたんだけどサ、どーしてユーリはサーニャの事だけ余所余所しい呼び方すんだヨ?仲間外れにする気じゃないだろうナ……!?」

 

「エイラ、私は気にしてないわ」

 

 詰め寄るエイラに若干気圧されたユーリは、左ロールでエイラから離れつつ答える。

 

「いえ、決してそのような事は…リトヴャク中尉は501唯一のナイトウィッチとして夜間任務に当たる都合上、どうしてもお話できる機会がなかったんです──」

 

 サーニャは常日頃、夜間哨戒から帰るなり部屋で寝ていることがほとんどで、ユーリが501に配属された時も眠たそうにしていた。

 その後も中々彼女と話す機会に恵まれず、かと言って寝ているところを態々起こすのも申し訳ない。他の隊員にはそれぞれ呼び方を具申した上で接している以上、大した交流もないのに勝手に名前で呼ぶのは馴れ馴れし過ぎるのではないか。と、本人から承諾を得るまではこの呼び方でいるつもりだったのだ。

 

「そんな、気にしなくて良かったのに……」

 

「律儀な奴だナー」

 

「扶桑には"親しき仲にも礼儀有り"ということわざがあると聞きますし、リトヴャク中尉が不快な思いをされてはいけませんから。…しかし、逆効果だったようですね。申し訳ありません」

 

「いいえ。私を思ってのことだもの、謝る必要なんて無いわ。これからは好きに呼んで」

 

「……では僭越ながら、サーニャさん──と。改めて、よろしくお願いします」

 

「ええ、よろしく」

 

「サーニャは優しいからな。感謝しろヨ」

 

「どうしてエイラさんが得意げなんですかー?」

 

「宮藤うるさイ!いーだろ別に!」

 

 音ひとつない夜空に、少女達の笑い声だけが軽やかに響いていた。

 




※シモノフ対戦車(装甲)ライフルの標準装弾数は5発ですが、ユーリのシモノフは弾倉スロットを拡張してあるため2発多く入るようになってます。


因みに、今回エイラの占いで出たユーリの"吊られた男"には、

正位置:自己犠牲、自己放棄、試練、修行、服従、復活、再生
逆位置:我欲、わがまま、自己主張が強い

等の意味があるようです。



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プレゼント・フォー・ユー

通しで書こうと思ったら思いの外長くなったので、キリのいい所でカットした前編をお送りします。



「おはようございま……一体何事ですか、この状況は?」

 

 昨夜の夜間飛行訓練を経た翌日──目覚ましとして寝起きの運動を少し長く行っていたユーリが食堂へ向かうと、そこには死屍累々の光景が。

 

 生存者は美緒、ミーナ、芳佳、シャーリーの4人のみ。他は全員苦い顔でグッタリとしている。

 

「あ、おはようございますユーリさん」

 

「宮藤さん、一体何があったんですか?まさか、敵の攻撃が……!?」

 

「違います違います!皆さんコレを飲まれたんです」

 

 そう言って芳佳が差し出したのは、中型の一斗缶。表面には漢字で「肝油」と書かれている。

 

「ヤツメウナギの肝油です。ビタミンが豊富で、目にも良いんですよ。坂本さんが持ってきたんです」

 

「そんなものが……」

 

 猪口に注がれた肝油をジッと凝視する。透明感のある色味だが、匂いを嗅いでみると魚特有の生臭さが鼻につく。普通に嗅いでこうなのだから、口に入れた時どうなるか…青い顔で固まっているバルクホルンを見れば一目瞭然だ。

 

「ユーリさんもどう?結構いけるわよ?」

 

「……まぁ、ミーナの言葉を信じるかどうかは任せるとして……薬だと思えば飲めんこともない。試しに飲んでみろ」

 

(…これを用意したのが坂本さんである以上、毒や人体に有害なものでないのは確か。バルクホルンさんやサーニャさん達はあんな状態だが、部隊の隊長であるミーナさんは元気そのもの。何かを我慢している様子もない。ならば、信じるべきは隊長──!)

 

 キラキラと照明を反射する液体を前にゴクリと唾を飲み込んだユーリは、意を決して猪口に口を付け、一気に傾ける。

 

「…ッ………っ?」

 

 肝油を飲み干したユーリは、眉をひそめる。

 

「……確かにクセのある匂いですが、言う程不味いものでも……」

 

「そうよね?慣れればグイグイ飲めるというか──」

 

「いえ、それはちょっと……」

 

「はっはっは!初めての肝油の感想がそれとは、大した奴だ」

 

 愉快そうに笑う美緒の後ろで、何やらシャーリーが芳佳に耳打ちをしている。

 

「……けどさ宮藤、それってユーリの奴もミーナ中佐と似たような味覚ってことなんじゃないのか?」

 

「そんなことない……と、思いたいです…けど……」

 

 ユーリの名誉の為に言っておくと、彼からしてみても肝油は決して美味しくない。美緒の言ったように薬として見ればまだ我慢できるレベルだったというだけの話だ。飲めて2杯が限度、3杯目以降はバルクホルン達の後を追うことになる。その点に於いて、コレをグビグビ飲んでいるミーナとは違うのだという事をどうか分かって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなひと騒動を経て、ユーリ達はまたサーニャの部屋で出動まで待機していた。

 

「へぇー、2人のいた国って寒いトコなんだ」

 

「オラーシャもスオムスも、欧州からユーラシア大陸にかけての寒冷地に位置する国ですからね。スオムスに至ってはマイナス30度を下回ることもあるとか」

 

「マイナス30度……私凍っちゃうよ」

 

「スオムスに比べりゃ、他所の国の冬なんか可愛いもんダ。オラーシャも東の方は寒いらしいけどナ」

 

 サーニャの故郷であるオラーシャ帝国は、ネウロイのヨーロッパ侵攻によって領土の大部分を占領され、国民達は挙ってウラル山脈を超えた国の東へと疎開している。だがウラル付近は寒冷地、中東方面は砂漠地帯と、どちらも人が住むには厳しい環境ということもあり、苦労しているようだ。

 

 サーニャの家族も疎開して難を逃れたようだが、結構な期間、連絡が取れていない。

 

「でも良かった。無事に避難できたんだね」

 

「良かったってなんだヨ?オラーシャはとにかく広いんだぞ、人だって多い。その中から人探しをするなんて、簡単じゃないんダ」

 

 加えて、ここからウラル山脈までの間にはネウロイの巣も存在している。まずそれをどうにか排除しないことには、扶桑方面へ大きく遠回りしない限り近づく事ができない。

 

「そうかもしれないけど…でも、サーニャちゃんの家族は生きてるから。……正直、羨ましい……生きてる限り、諦めなければいつかまた会えるよ。きっと」

 

 芳佳の父親は既にこの世を去っている。どれだけ待っても、どれだけ会いたくても、もう会うことはできない。その辛さを知っている芳佳だからこそ、この言葉には重みがあった。

 

(……僕からしてみれば、宮藤さんも十分羨ましい……なんて言葉は、言うべきじゃないな。そもそもこんな事考える時点で不謹慎極まりない。反省しろ、僕)

 

 部屋の隅で独り鎮座するユーリは、以降口を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、任務前に汗を流してさっぱりした一同は、今夜もまた夜の空へ出る。前回は芳佳が初の夜間飛行ということもって、あまり遠方まで出向かないと決めた上での非武装だったが、今回からは全員武装した上での訓練だ。

 

 早くも慣れたのか、もうサーニャ達の手を取らずとも雲海を抜けられるようになった芳佳は、楽しそうに夜空を舞う。

 

「──ねぇ聞いて!今日、私誕生日なんだ!」

 

「えっ、なんで言わなかったんだヨ!」

 

「……私の誕生日は、お父さんの命日でもあるの。それで言おうか迷ってたら、結局言いそびれちゃった」

 

「バカだなぁ。こういう時くらい楽しい事を優先してもいいんだゾ?」

 

「そういうものかなぁ…?」

 

「ふふっ……宮藤さん、耳を澄ませて?」

 

 サーニャに言われるまま耳を欹てるも、当然聴こえてくるのは風を切る騒がしい音のみだ。しかしここで、突然耳に付けたインカムにノイズが走った。何事かと驚く芳佳だが、その正体にすぐに気づく。

 

「これって…音楽?」

 

「……もしや、国際放送の電波を?」

 

「そう。夜になると空が静まって、遠くの電波もこうして拾えるようになるから。夜に1人で飛ぶときはいつも聴いてるの」

 

 ナイトウィッチが広域探査に用いる術式にはいくつか種類があり、一部は基地などに設置されたレーダーにも利用されている。遠方の電波をキャッチして、波形をそのままインカムに投写することでこのような芸当も可能なのだ。

 

「……全く、2人だけの秘密じゃなかったのかヨー……」

 

「ごめんねエイラ。でも、今日は特別だから」

 

 サーニャは2人に聞こえないよう、小声でエイラに謝る。サーニャは501の中で最も親しいエイラにだけこの事を教えており、エイラとしても、それを知ってるのは後にも先にも自分だけだろうと思っていたのだが……

 

「んー……まっ、しょーがないナー」

 

 サーニャの笑顔に負けて溜飲を下げたらしいエイラは、軽やかに周りを旋回する。

 

「──あ、そういえばサーニャちゃん。部屋のカレンダーの今日の部分に印つけてあったよね?今日って何かの記念日なの?」

 

「ああ、今日はサーニャのたん──」

 

「───ッ!?」

 

 エイラの言葉を遮るように、サーニャの魔道針が大きく反応を示す。同時に、どこからか気味の悪い呻き声にも似た音が木霊する。

 

「何、この音……?」

 

「声──いや違う、歌……?」

 

 耳障りなこの音もとい声は、一定のリズムを取りながら音が変化している。似ても似つかないが、ユーリはこれと同じようなものを耳にしたことがあった。

 

「……以前、サーニャさんが歌っていた歌を真似てるつもりか」

 

「敵か、サーニャ!?」

 

「ネウロイなの!?」

 

「──3人共避難して!」

 

 そう言うなり、サーニャはエンジンを奮わせて高度を上げていく。ユーリ達もすぐさま後を追うが、それよりも先にネウロイの攻撃がサーニャに襲いかかった。

 

「サーニャちゃんっ!!」

 

 直撃こそ回避したもののシールドを張る暇もなく、サーニャは左脚のユニットを破壊されてしまった。体勢を崩されて落ちていくサーニャをエイラがフォローし、芳佳とユーリは周辺を警戒する。

 

「バカ!1人でどうしようってんだヨ!!」

 

「…ネウロイの狙いは私、間違いないわ……私から離れて!でないと──」

 

「そんなことできるわけないよ!」

 

 片脚だけのユニットでネウロイと対峙するのは自殺行為にも等しい。戦闘はほぼ不可能と思っていいだろう。芳佳も夜間飛行に慣れてきたとは言え、夜間での戦闘は未経験だ。

 であれば、彼女とサーニャを基地に帰すべき──いや、より安全面を考慮するなら、経験も豊富で未来予知の固有魔法を扱えるエイラも同行させた方がいいだろう。

 

「……宮藤さんとエイラさんはサーニャさんを基地に連れ帰ってください。次の攻撃を防いだら、僕が先行してネウロイを引きつけます」

 

「1人でやる気かヨ!?てか、見えてんのカ?」

 

「見えません。ですがネウロイ側も、雲海に身を潜めたまま攻撃はできないようです。攻撃の直前、こちらを補足できる位置まで浮上してきます。光線の発射地点から敵の位置を割り出せば、僕1人なら何とか」

 

「それでも結構な博打だろ!敵がはっきり見えてた前の時とは違うんだゾ!?」

 

「しかしあのネウロイを放置しておくわけには──」

 

「──私がっ……!」

 

 衝突するユーリとエイラの間に割って入ったサーニャは、真剣な表情でユーリに訴えかける。

 

「私が…ネウロイの位置を教える。それなら雲の中でも戦えるわ。絶対に、足手纏いにはならないから……!」

 

「サーニャさん……」

 

「ユーリさん、私も手伝います!私がサーニャちゃんを絶対に守りますから、だから1人で戦うなんて言わないでください!」

 

「宮藤さんまで……」

 

「私もコイツで援護してやル。オマエなら巻き込まれないだロ」

 

 エイラが手にしているのは、サーニャが持っていたフリーガーハマー。単独でもネウロイを撃破できる大火力を備えた支援火器だ。着弾時に爆発を引き起こすが、ユーリのシモノフの射程距離ならば巻き込まれずに攻撃できる。

 

「……分かりました。サーニャさん、敵の探査をお願いします。」

 

「うん…っ!」

 

 力強く頷いたサーニャは、広域探査に意識を集中する。程なくして、敵の位置が告げられた。

 

「ネウロイは、ベガとアルタイルを結ぶ線の上を真っ直ぐこっちへ向かってる。距離、約3200──」

 

「こうカ…?」

 

「──加速してる。もう少し手前を狙って……そう。あと3秒」

 

 サーニャが伝える位置情報を基に、エイラがフリーガーハマーを照準する。

 

「──今ッ!」

 

「当たれヨ──ッ!」

 

 トリガーが引かれ、前方に配置された発射口から3発のロケット弾が尾を引いて射出される。直線状に着弾したロケット弾が起爆し、雲海に大きな穴を空けていく中で、その内最も遠方へ向けた一発に手応えがあった。

 

「──目標健在。こっちに直進して来てる。でも今の攻撃で速度は落ちたわ」

 

「了解、追撃します──!」

 

 ユーリは身を翻し、直下を通過するネウロイ共々雲海の奥深くに飛び込んだ。これで雲の上にいるエイラ達からは目視できなくなったが、サーニャだけは動向をキャッチしている。

 

 雲の中を突き進むネウロイを捉えたユーリは、足を止めずにシモノフの狙いを定める。轟音と共に徹甲弾が放たれ、依然高速移動中のネウロイに命中するが……

 

(弾道が僅かに逸れた…雲海の所為か!)

 

 雲は水蒸気が凝集したものだ。その中は非常に湿度が高く、濃霧の中にいるも同然。密度の高い空気による抵抗に加え、お互い動き続けながらの狙撃では弾道を安定させるのが難しいのだ。リーネの固有魔法であればこのような状況でも狙った場所に当てることが出来ただろうが、生憎ユーリの〔射撃威力強化〕はその型落ち版。威力は上がるが、当たるかどうかはユーリ自身の技量に完全依存している。

 

 すぐさま弾丸を魔力でコーティングすることで対策することを考えたユーリだったが、ここで前方のネウロイが急速旋回を始める。サーニャ達の元へ引き返し、再度攻撃を仕掛けるつもりだろう。

 当然ながら、じっくりと準備する暇も与えてくれないらしい。

 

「っ………!!」

 

 舌打ちしたユーリは無理やり体を捻り、ネウロイの動きに追従する。強引なUターンで関節の節々が軋む感覚を味わいながらも体勢を立て直すと、ユニットのエンジンを全開にしてネウロイに急接近する。

 幸か不幸か、あくまでもネウロイの狙いはサーニャらしく、すぐ近くを飛ぶユーリに攻撃してくる様子はない。

 

(狙いが逸れるなら、狙わずとも当たる距離で……ッ!)

 

 シモノフを構えた瞬間──

 

『戻ってくるわ、エイラ!』

 

『戻って来んナ──!』

 

 インカムからエイラ達の声と、上方から何かが飛来する音が微かに聞こえる。恐らくフリーガーハマーを発射したのだろう。

 サーニャの正確な位置情報を基にしている以上、ユーリに流れ弾が当たるということはないだろうが、爆風には注意せねばならない。一度ネウロイから距離を取るべき状況だが、これ以上離れるわけにも行かない。フリーガーハマーの装弾数は9発。内6発は既に消費している。エイラが援護できる回数も残り少ないのだ。

 

 目標へ3発のロケット弾が迫る──しかしネウロイ側も学習しているのか、器用に舵を切って攻撃を回避してしまう。そのすぐ後を飛ぶユーリは爆風の及ばないネウロイの真下に張り付き、何とか動きについていった。

 

『クソ、いい加減出てこイ──っ!』

 

 エイラがフリーガーハマー最後の3発を発射した。その瞬間、ユーリは体を仰向け、直上のネウロイに銃口を突きつける。

 

(この状況なら──ッ!)

 

 ユーリの体を魔力光が包み、薬室内の弾丸に魔力が充填される。撃鉄が信管を叩き、轟音を伴って放たれた銃弾がネウロイに命中すると、ユーリのもう1つの固有魔法によって弾丸に込められた魔力が〔炸裂〕する──!

 

 ユーリの攻撃でネウロイの装甲が爆砕されると同時に、フリーガーハマーの弾頭も命中。ネウロイの上下で爆発が起こる。続く2発のロケット弾にもタイミングを合わせて射撃、そして魔法を発動──雲の上のエイラ達には、フリーガーハマーの攻撃でネウロイの機体の後ろ半分が吹き飛んだように見えていることだろう。

 

 斯くして、ここまでずっと雲海に身を潜めていたネウロイが姿を現す。雲の中を魚雷のように潜行していたのは、先端が鋭く尖ったミサイル型のネウロイだった。

 ユーリ達の攻撃を受け損傷し、戦闘継続は不可能と判断したのか、ネウロイはその尖端を向けてエイラ達目掛けて猛スピードで突貫を敢行してきた。

 

「っ───マズいっ!」

 

 それに対し、撃ち尽くしたフリーガーハマーを投棄したエイラは、自前のMG42Sに持ち替えてすぐさま迎撃に移る。バラバラと吐き出される7.92mm弾がネウロイを先端から粉砕していくが、ネウロイの勢いは止まらない。

 ユーリの攻撃で後ろ半分を喪失した分軽くなっているはずだが、それでも直撃すれば無事では済まないだろう。

 

「エイラ、ダメよ逃げて!私はいいから!」

 

「そんな暇あるかッ!」

 

 サーニャの警告を無視して、諦めずに撃ち続けるエイラ。そんな彼女を支援するため、芳佳はサーニャを背後に庇いながらシールドを展開した。膨大な魔法力を持つ芳佳の強固なシールドに阻まれたネウロイは、負けじとシールドの突破を試みる。

 

「大丈夫、きっと勝てるよ!サーニャちゃん!」

 

「サーニャが危ない時は私達が助ける!それがチームってやつダ──!」

 

 そこへエイラ達に当たらない射角を確保したユーリも、雲を抜けて攻撃に参加する。

 

「サーニャさん。あなたにはあなたと同じくらい、あなたのことを愛する家族も、あなたを大切に思う友も、あなたを支える仲間もいます。皆、守りたい、助けたいという思いは同じ筈です!──ですから、絶対に諦めないで!」

 

 放たれた徹甲弾が澄んだ空気を切り裂いてネウロイのボディを大きく抉り取る。その損傷部には、小さな輝きを覗かせる赤い結晶体が──

 

「っ──!!」

 

 意を決したサーニャは防御に集中する芳佳の九十九式軽機関銃を手に取ると、自身も攻撃に参加し始める。弾数が増えたことで装甲を削る速度も上がり、遂にネウロイのコアが白日のもとに晒された。

 

 魔力を纏った弾丸がコアを砕き、もう幾分も残っていなかったネウロイのボディが一気に崩壊する。凄まじい衝撃と共に飛び散る破片を防ぎきった芳佳は、安堵の息をつきながらシールドを解除した。

 

 元の静けさを取り戻した夜空で、健闘と無事を喜びながら佇むウィッチ達。その耳には、未だに音楽が聞こえていた。

 

「ネウロイは確かにやっつけたのに……!」

 

「ですが、この音は何か──」

 

「待って。これは違う…これは、お父様のピアノ……!」

 

 その事に気づいたサーニャは、片脚だけで器用にバランスを取って上昇していく。

 

「そっか、ラジオだ!この空のどこかから、サーニャちゃんに届いてるんだ!すごいよ、奇跡だよ!」

 

「いや、そうでもないかモ──何せ今日はサーニャの誕生日だったんダ。…いや、正確には昨日か」

 

「えっ、じゃあ私と一緒……?」

 

 時刻は既に0時を回っており、日付が変わってすぐだった。昨日は芳佳の誕生日であると同時に、サーニャの誕生日でもあったのだ。芳佳が見たというカレンダーについていた印は、それを示していたのだろう。

 

「サーニャのことが大好きな人なら、誕生日を祝うのは当たり前だロ?そんな人が世界のどこかに1人でもいるなら、こんな事も起こるんダ。だから奇跡なんかじゃなイ」

 

「……エイラさんて優しいんだね」

 

「べ、別にそんなんじゃねーヨ。バカ……」

 

 上空では、月を背にしたサーニャが魔導波を発している。長いこと言葉も交わすことが叶わなかった家族に向かって「自分はここにいる。あなたの気持ちはちゃんと届いている」ということを知らせるように。

 

 当然魔法力はウィッチでなければ感知できない為、現実的に考えるならばこの行為に意味はない。しかし、それでも思いは届いているはずだ。手紙でも電波でも、魔法でもない──不思議な力によって、必ず。

 

(誕生日……家族……どちらも僕の知らないもの……)

 

 ユーリは誕生日を祝われた経験はもちろん無いし、そうしてくれる家族もいない。

 自分が会いたいと思う(家族)も、自分に会いたいと思う(友達)も、自分が守りたいと思う()も、ユーリには何一つ存在しない。

 

 そんな自分がこうして戦えているのは、ただ目的があるからだ。ネウロイを倒し、与えられた目的を達成する──ただ、それだけ。

 

 最近、ふと思うのだ。目的を達成した後、自分はどうすればいいのだろう?どうなるのだろう?と。

 

 ユーリ・R・ザハロフは兵器だ。役目を終えた兵器は───

 

(……止せ、必要の無いことは考えるな。与えられた命令を遂行しろ。……ああ、それでも──)

 

 そこまで考えて、ユーリは誰にも悟られぬように手にした銃を握り締める。

 

 

「……本当に、羨ましいです……」

 

 

 月明かりの下、誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

 




サーニャのラジオ電波傍受の仕組みは素人なりの「こんな感じかなー」って解釈ですので、悪しからず。


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プレゼント・フォー・ユーラ

文量短くなりませんでした。大体同じくらいです


 不測の事態に見舞われながらも、夜間任務本来の目的を達成した4人は、その後無事に基地へと帰投を果たす。戦闘でユニットの片割れを失ったサーニャと、無茶な動きをしたことで道すがらユニットが悲鳴をあげていたユーリ以外は、一足先にミーナの元へ報告に向かった。

 

 ユーリは恐る恐るユニットのハッチを開けて中を覗いてみると、各パーツ共に中々な損耗具合だった。シャーリーのユニット弄りに付き合わされていなければ「なんか凄いことになってる」程度にしか感じなかっただろうが、彼女のお陰で、パーツの状態の判別くらいは付くようになっている。

 ……同時に、今回自分がどれだけユニットに無茶を強いたかもよーく理解できた。

 

 整備士の面々に内心で頭を下げていると、そこへサーニャがやってくる。左脚には包帯が巻かれているが、本人曰くかすり傷らしい。大事を取っての処置だそうだ。

 

「お疲れ様」

 

「サーニャさん──こちらこそ、お疲れ様でした。今回はエイラさんと宮藤さん、何よりサーニャさんのお手柄でしたね」

 

「ううん。皆が無事だったのは、あなたのお陰でもあるもの」

 

「僕は大したことはしてません。ネウロイを追撃した時も、本当ならあそこで撃墜しておくべきでしたし……僕の実力が足りなかった所為で、皆さんを危険な目に遭わせてしまいました」

 

「けど雲の中でのあなたの攻撃がなければ、きっと私たちは今ここに居ないわ」

 

 サーニャの言葉で、ユニットのハッチを閉じようとしたユーリの手が止まる。

 

「雲から出てくる直前、あのネウロイはダメージを負っていたわ。アレはあなたがやったんでしょう?見てたもの」

 

 そう言ってサーニャは魔法力を発動させ、頭部に魔道針を発現させる。

 

(見られた……!?いや、僕がもう1つ固有魔法を隠してるという事実には気づいていないはず)

 

 そう……彼女には全て見えていた。

 ユーリがネウロイに接近し、危険な戦い方をしようとしていることも──フリーガーハマーの着弾に合わせて、〔炸裂〕でネウロイを損傷させていたことも。全て。

 

「それにね?あの時あなたが言ってくれた──諦めないでって言葉。あの言葉のお陰で、私もエイラ達と一緒に戦えたのよ。だから、ありがとう。エイラや宮藤さんを助けてくれて、ありがとう」

 

 気が付けば、サーニャはユーリの手を取って優しく包み込んでいた。

 

「僕は……」

 

 日常の中での挨拶程度ではなく、初めて面と向かって受け取った正真正銘感謝の言葉。

 それに対してどんな言葉を返せばいいのか分からず、ユーリは口篭る。

 

「おーいサーニャー…と、ついでにユーリも、後ででいいから報告に来いってミーナ隊長が──あーッ!オマエサーニャに何してんダー!」

 

 そこへ報告を終えて格納庫に戻ってきたエイラが。ユーリがサーニャの手を握っている(ように彼女には見えている)のを見たエイラは、猛スピードで2人の間に割って入り、ユーリに代わってサーニャの手をしっかり握る。

 

「サーニャと手を繋いでいいのは私だけなんだかんナ!」

 

 ガルル…とユーリを威嚇しながらもサーニャと繋いだ手をしっかり見せつけてくる辺り、余程サーニャのことが大好きなのだろう。そんなエイラを見てクスクスと笑ったサーニャは、

 

「教えてくれてありがとうエイラ。行ってくるね」

 

「あっ…サーニャァァァ……」

 

 繋いでいた手をやんわりと解いたサーニャは、ミーナの元へ報告に向かった。残されたユーリもそれに続こうとした所、肩を落としていたエイラの鋭い視線に射抜かれる。

 

「……エイラさん?」

 

「………」

 

「あの……」

 

「……誕生日」

 

「……は?」

 

「宮藤が言ってたので思い出した。オマエの誕生日、知らないなってサ」

 

「あ、ああ……間違いでなければ、確か8月20日…だったかと」

 

「はァッ!?明日じゃんカ!宮藤といいオマエといい、どうして言わないんだヨ!?」

 

「宮藤さんの場合は無理もないのでは──僕は…そもそも、誕生日が祝われるものだという認識がなかったので。内心、少しだけ驚きました。宮藤さんやサーニャさんが"おめでとう"と言っている事に」

 

 遠慮がちに答えたユーリに、今度はエイラが動揺して口篭る。芳佳も芳佳だったが、ユーリもユーリで中々にヘビーな理由だったことに面食らっているのだ。

 

「ま、まぁあれダ、良かったじゃんカ。前日の内に気付けて。今度からは誰かに祝ってもらえヨ」

 

「僕自身こうして聞かれるまで忘れているくらいですから、覚えてる人は多分いないでしょう」

 

 落ち込んでいるわけではないが、どこか浮かない顔をしているユーリ。そんな彼を見たエイラは、少し葛藤した末に……

 

「シ、シカタネーナ……誕生日、おめでとう

 

「え……っ?」

 

 何かをボソリと呟いたエイラに、ユーリはつい聞き返してしまう。しかしエイラは顔を赤くして

 

「ウ、ウルセー!ナンデモナイ!早く報告行けヨ!?」

 

 と、走り去っていってしまった。

 

 尚、サーニャと入れ替わりで一番最後に報告に向かったユーリが、また無茶をしたことでミーナにこってりと絞られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──もとい、同日19日。501は諸々の業務で忙しい隊長2人を除いたメンバー総出で誕生日パーティーを執り行った。当初は昨日誕生日を迎えた芳佳とサーニャを祝う予定だったのだが……

 

「──おい聞いたぞユーリ!お前明日誕生日なんだって!?水臭いなー、どうして教えてくれなかったんだよ!」

 

「そうですよー!ほら、一緒にお祝いしましょう!飲み物、何がいいですか?」

 

「宮藤、これはお前の誕生日を祝う席でもあるんだぞ?──ザハロフ、飲み物は私が用意してやる。座っていろ」

 

「そーそー。主役はどっしり構えてなって。ていうかさートゥルーデ、折角誕生日の後輩が3人もいるっていうのに、ケーキが1個だけってのは上官としてどーなのさ?せめてもう1つくらい用意するとこじゃない?チョコケーキがいいなぁ」

 

「お前はただケーキを食べたいだけだろ!寛いでないで少しは手伝えハルトマン!」

 

……どういうわけか、ユーリまでもがパーティーの主役に据えられる運びとなっていた。

 

「皆さん、何故僕の誕生日を……」

 

 ユーリはこれまで、誰にも誕生日を口外していない。知っているとすれば、資料を見たはずのミーナと、後は──

 

「エイラが皆に教えてくれたのよ、あなたが明日誕生日だって」

 

「サ、サーニャ!バラすなって言ったダロ~!?」

 

「エイラさんが…?」

 

「ベ、別に大した理由なんてナイ。あくまでサーニャと宮藤のついでだ!どうせ近いなら纏めて祝った方がいいダロ」

 

 恥ずかしそうにそっぽを向くエイラと、目を丸くするユーリ。サーニャはその様子を微笑みながら見ている。

 

「ナ、ナンダヨ。何か文句あんのカ…!?」

 

「いえ、その……こんな風に祝って頂けると思ってませんでしたし、なんだか申し訳ないなと」

 

「オマエなァ……いいか、誕生日は年に一度だけの特別な日なんだゾ。こういう時くらい、余計な事考えずに大人しく祝われればいいんダヨ」

 

「ですが、何もお返しすることができませんし……元々、僕の誕生日なんてあって無いようなものですから。態々気を使っていただかなくても──」

 

「──うるさイ!いいんダヨッ!」

 

 何かが限界に達したエイラはユーリの胸ぐらを掴む。普段のエイラらしからぬ行動に、隊の面々も戸惑いを隠せない。

 

「何なんだよオマエ……!生まれてきた事を一度も祝福されない人生なんておかしいだろッ!あんな寂しそうな顔しといて、今更ヘーキぶってんじゃねぇヨッ!」

 

「エイラ、さん……?」

 

「……エイラ、気持ちは分かるが少し落ち着け──ザハロフ。私達はお前のことを全て知っている訳じゃない。お前に限らず、ここにいる全員がお互いそうだ。それでも、ここにいる私達は仲間であり、家族なんだ。少なくとも私達はお前のことをそう思っている。血は繋がってなくとも、な」

 

「──その通りよ。家族の誕生日を祝うのに、深い理由も見返りも必要ないわ。ただ祝いたいから祝う。それで十分なんじゃないかしら?」

 

 騒ぎを聞きつけてやって来たミーナと美緒も、バルクホルンに同調する。これで501の隊員が一堂に会した。

 

「ユーリ。お前は誕生日を祝われて、どう思った?」

 

 美緒の問いかけに、ユーリは静かに答える。

 

「初めての経験なので、まだよく分かりませんが……嬉しく思いました。少なくとも、不愉快な思いはしてません」

 

「そうか……なら簡単だ。そういう時はな、あれこれ難しい事を考える必要はないんだ。ただ一言──"ありがとう"と言ってくれれば、それだけで祝う側も嬉しくなるものだ」

 

 美緒に背中を軽く押され、皆の前に進み出たユーリは、自分を囲む501のメンバー達の顔を順番に見回す。

 

 ──美緒、ミーナ、ハルトマン、バルクホルン、ペリーヌ、リーネ、芳佳、ルッキーニ、シャーリー、サーニャ、そしてエイラ──

 

「皆さん…僕なんかの誕生日を祝ってくれて、ありがとうございます……!」

 

 深々と頭を下げる。そのまま数秒間の沈黙を経て、頭を上げたユーリが見たのは──

 

 

 

 

「あっちゃあ……ユーリ、お前どーしてそこで"なんか"とか付けちゃうかなぁ……?」

 

「全く、折角いい雰囲気でしたのに。その一言で台無しですわね」

 

「わざとではないんだろうが…ザハロフお前……」

 

 

 

 

 ──三者三様に呆れる隊員達の姿だった。

 

「……すみません、やり直すべきでしょうか……いえ、やり直させてください!やはりここはしっかり感謝を伝えるべきと判断しました」

 

「ユーリさん…ちょっと気づくのが遅いですよー…」

 

「お前という奴は……こうなれば仕方ない。お前達!今日は無礼講だ!宮藤、サーニャ、ユーリを徹底的に祝うぞ!特にユーリの笑顔を引き出せた者は、常識の範囲内に限り、ブリタニア市街で私の懐から好きなものを1つ買ってやる!」

 

 美緒の号令で、この場にいる中の数人──ハルトマンとシャーリーとルッキーニの目が光った。

 

 

「へいへ~い、ユーリくん楽しんでるぅ~?今ならこのセクシーギャルのおねーさんがジュース注いであげるよ~?」

 

「ほらほら、遠慮するなって!これも美味いぞ、もっと食えよ!」

 

「ユーリ!こないだ見っけたキレーな石あげる!」

 

「あっ!物で釣るのは卑怯だぞルッキーニ──!」

 

 

 褒美を提示された途端、積極的にユーリに擦り寄っていく問題児トリオを見て、ミーナはクスクスと笑う。

 

「あらあら…フフッ」

 

「こいつらもこいつらで現金なもんだ……」

 

「でも、ユーリさんをお祝いしようって気持ちに嘘は無いわ」

 

「……そうだな。さ、私たちも今日は楽しもう。折角の祝いの席だしな」

 

「ええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイワイガヤガヤ──そんな表現がよく似合う誕生日パーティーも、早いものでお開きになろうとしていた。

 

「……結局、ユーリを笑わせた者は無し、か」

 

「ちぇー、くすぐっても全然効かないとか反則でしょー」

 

「うじゅぅ……」

 

「予想以上に手強かったな……」

 

 シャーリーに至っては最終手段として脱ぐという手も考えたが、そうしようとする度にいつの間にか背後に立っているミーナの圧力に幾度となく阻止されている。表情こそにこやかなれど、内から滲み出るオーラは凄まじく、逆らえば命は無いと錯覚させるほどだった。

 

「よし、最後に写真でも撮るとするか!丁度カメラもあることだしな」

 

「ワーイ!撮ろ撮ろー!」

 

 本日の主役である3人とエイラを中心に据え、他の皆は思い思いの場所に立つ。美緒とミーナは撮影係としてフレームから外れた。

 

「んー…トゥルーデ、もう少し内側に寄ってもらえる?──」

 

「む、このくらいか…?」

 

「それだと後ろのフラウに被ってるわ。半歩戻って」

 

「もー、トゥルーデってば写りたがりー」

 

「ハルトマン貴様ァ…っ!」

 

 カールスラント組がまたも騒いでいるのを他所に、エイラとサーニャはユーリに話しかける。

 

「どうだった?初めての誕生日パーティーは」

 

「はい……初めて味わうことばかりでした。きっとこれが、楽しいという気持ちなんでしょうね」

 

「これだけやってもその表情だけは相変わらずだなオマエ。もっと楽しそうにシロヨ──ウリウリ」

 

 背後からエイラの手が伸び、ユーリの口角を無理矢理持ち上げる。

 

「アハハっ、変な顔ダナ!」

 

「エイラさん……力が強いです、痛いです」

 

「お前達、今から撮るぞ。変な顔で撮れても責任は持たんからな──」

 

 美緒の合図で、ミーナがシャッターを切る。

 

 後になって、出来上がった写真を見たミーナは……

 

「……フフッ、これはエイラさんの勝ちかしらね?後で美緒に言っておかなきゃ」

 

 写真中央に写る4人は、全員口元に笑みを浮かべているのだが──写真を撮った瞬間、ユーリの口角を引き上げていたエイラの手は既に離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月20日──訓練を終えたユーリは、自室に戻ろうとしていたところをサーニャに呼び止められた。

 

「──そういえば、午前中はエイラさんと市街に出ていたようですが、何か買われたんですか?」

 

 今朝方は珍しく美緒が朝練を早く切り上げ、サーニャとエイラ、運転係にハルトマンを伴って市街地へ繰り出しているのを見かけたのだ。てっきり何か急務で必要なものができたのだろうかと思っていたのだが……

 

「あのね、初めての誕生日パーティーなら、やっぱりコレが必要だと思って。エイラと一緒に選んだの。一緒に渡せれば良かったんだけど、エイラ、偵察に出ちゃってるから──はい、501の皆からの誕生日プレゼントよ」

 

 そう言って彼女が差し出したのは、リボン付きの小さな袋だった。開けるよう促されて中身を取り出してみると……

 

「これは…ヘアピン、ですか?」

 

「うん。前髪で目を痛めたら困るだろうって──貸してみて?」

 

 普通に髪を切ればいい話ではあるのだが、エイラが隊の皆にそれとなく相談してみたところ、満場一致で「短髪のユーリは想像できない」となり、このチョイスに至ったのだ。

 デザインは代表として購入に赴くエイラとサーニャに一任されたが、着けるのが男であることも踏まえてシンプルなものを選んだつもりだ。

 

「──はい、できたわ」

 

 髪を弄り終えたサーニャはユーリを近くの窓に向き直らせる。そこには、白い菱形のヘアピンで前髪を留めたユーリが写っていた。両目に掛かっていた前髪の片方はヘアピンで目を避け、もう片方は耳にかけることで、その下に隠れていたつり目気味の双眸が露わになり、随分と印象が変わった。

 

「このプレゼントというのも、昨日坂本さんが言っていた"祝いたいから"…なんでしょうか?」

 

「ええ。年に一度の記念すべき日だもの。こうして贈り物をして、その日の楽しい思い出を形として残しておくのよ」

 

「思い出を、形に……ありがとうございます。大切にさせていただきます」

 

 ヘアピンをそっと撫でたユーリの口元は、本人でも気づかないうちに緩んでいく。

 

「ああそれと。2日も遅れてしまいましたが──お誕生日、おめでとうございます。サーニャさん」

 

 あの夜の空で、サーニャ達3人は互いに祝福の言葉を送り合っていたのだが、ユーリだけは何も言葉を送れなかった。プレゼントまで貰ったのだから、後で芳佳にもきちんとお祝いの言葉を言わねばなるまい。

 

 ユーリの言葉を受けたサーニャは嬉しそうに微笑み、

 

「あなたも。改めて、お誕生日おめでとう──()()()

 

「……ユーラ?」

 

 これまでと似て非なる名前で呼ばれたユーリは、それは自分の事か、と目を丸くする。

 

「皆が呼んでる私の名前──サーニャは本名の愛称なの。だから、あなたのこともユーラって呼んでいい?」

 

 サーニャの本名はアレクサンドラ。それを縮めて皆からサーニャと呼ばれている。そしてユーリという名前にはユーラという愛称が付随しているのだが、ユーリ自身その事にこれといって関心を抱いていなかった為に、よもや自分の名前に愛称などというものが存在するとは露ほども思っていなかったのだ。

 

「どうぞ、ご自由に呼んでください」

 

 生まれて初めて意味を持った誕生日。

 疎まれはしなかったが、祝福もされない──年齢を重ねる為の区切り以上の意味を持たなかったこの日は、思い出とつながりをもらった大切な日へと変わった。

 




なんですかねコレ、最終回か…?


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ズボン泥棒を追え

今回はユーリの扱いに困ったこの話です。今後ルッキーニ絡みの事件は毎回こうなりそうですね……


 その事件は、突然起こった──

 

 某日の朝。起床時刻を報せるラッパが鳴り響く501の基地は、隊員の大部分が寝坊するという珍事に見舞われた。慌てふためく者もいれば、普段と変わりない様子の者もいる中で、いつも通りの時間に起きていたユーリは独り基地周辺を走っていた。

 

「はっ、はっ、はっ──ふぅ……」

 

「──精が出るな。ユーリ」

 

「あ…坂本さん。おはようございます」

 

 足を止めて一息ついていたところへ、同じく1人で朝練に励んでいたらしい美緒がやって来た。手には鞘に収められた扶桑刀が握られており、どうやら自分のメニューは既にこなしてきたようだ。

 

「今日はお1人ですか?宮藤さん達は……」

 

「リーネはミーナの付き添いで外に出ているんだが…宮藤はどうも寝坊したらしい。全く、今日の訓練は一段と厳しくいかねばな」

 

「お、お手柔らかに……」

 

 ヒィヒィ言いながら訓練メニューをこなす芳佳の姿を想像し、思わず苦笑いしてしまう。

 

「お前がここに来て暫く経つが…変わったな。最初の頃とは大違いだ」

 

「そう、でしょうか?」

 

「ああ。随分と表情が豊かになった。配属初日のお前に、今のお前を見せてやりたいもんだ」

 

「そうなったら、当時の僕ながら困惑するでしょうね──あ、宮藤さんが来ましたよ」

 

「──す、すみませ~ん!おはようございます~っ!」

 

 木々の間を駆け抜けて来た芳佳が合流し、美緒の訓練が始まる。当然ユーリも一緒にどうかと誘われ、お言葉に甘えることに。

 

 

「「せいっ!──やぁっ!──せいっ!──やぁっ!──」」

 

 

「宮藤、腰が入っていない!ユーリは足運びが疎かになっているぞ!」

 

「「はいっ!」」

 

 美緒の指示の下、海を目の前にした崖の上でひたすら木刀を素振りする2人。

 

「宮藤、引手の力が足りてない!──いいか、剣禅一如だ!お前たちが今握っているのは、敵を倒す剣ではないぞ!分かるか?」

 

「やぁっ!──わかりませんっ!」

 

「──右に同じくッ!」

 

「そうか。2人共、素振りをあと100本だ!」

 

 

「「はいっ!!」」

 

 

 因みに剣禅一如とは──剣の道を極めることは、禅の道を極める事と同義──どちらも雑念を完全に捨て去り、無我の境地に至るという事を意味する言葉である。

 余計な思考を捨て去れば、より高いパフォーマンスを発揮することができる。今ユーリと芳佳が振るっている剣は、言うなれば自らを縛る雑念を斬る剣というわけだ。

 

 剣を振りおろして戻る。その単純な反復動作をフォームを崩さないように繰り返していく内、段々とそれ以外のことが頭の中から抜け落ちていく。今のユーリはその事すら自覚できていないものの、着実に無我の境地への階段を上りつつある。

 

 

「──ひぇあっ!?」

 

 

 そんな絶妙な精神の均衡を、短い悲鳴が崩した。

 

「あっ、ペリーヌさん!ルッキーニちゃんも!」

 

「ヤッホー、芳佳~!」

 

 声の出処は、木の陰からこちらを見ていたらしいペリーヌだった。その前には逆さになったルッキーニがおり、どうやら昨晩はあの木の上で寝ていたようだ。

 

「あっ、ああああの少佐っ!ワタクシも──!」

 

「おお、訓練か!うむ、いい心がけだ。来いペリーヌ!ルッキーニ、お前もだ!」

 

「うぇええええッ!?」

 

 予てより芳佳に対して嫉妬していたペリーヌと、とばっちりを食らったルッキーニも交え、美緒の訓練は一層厳しさを増すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本当にいいのか?私たちもそれ程時間はかけないよう努めるが……」

 

「道具を片付けてから、もう少し周辺を走って時間を潰します。ごゆっくりどうぞ」

 

 あれから暫く訓練を続けた所で、ユーリを残した女性陣が一足先に抜ける。訓練でかいた汗を流すためだ。この501の基地には大浴場が設置されているのだが、これまでそこを利用していたのはウィッチ達──全員女性だ。

 

 当然混浴など出来るはずがないし、かと言ってユーリ1人の為に男用の浴場を新設する予算も無い。風呂に入らないなど以ての外だ。一応、整備士用の宿舎にもシャワースペースがあるものの、建物が基地とは別になっているため移動が手間。というのはミーナの言。

 

 最終的な着地点として、各入浴時に入口のカーテンを閉め、裏表で男女を示すパネルを掛けておくことで話は落ち着いた。

 

 美緒達が去った後の森を、そよ風が吹き抜ける。残されたユーリは、足元に転がっていた小石を拾い上げると、魔法力を発動させた。次第に小石が青白い光を纏っていき、魔法力が付与される。

 

「───ッ!」

 

 無音の気合と共に、ユーリは先の風で木から舞い散った木の葉を目掛けて小石を投擲した。小石は不規則に舞い落ちる木の葉を見事に捉え、真っ二つに切り裂く。だがそれだけに留まらず、小石はその勢いのまま、その奥にあったもう1枚の葉にも命中した。こちらも1枚目と同じ末路を辿るかに思われたが、2枚目の葉は切れるのではなく、パァンッ!という控えめながら小気味の良い音と共に、小石諸共木っ端微塵に弾けとんだ。

 

「……ふぅ……だいぶ安定はするようになってきた、か」

 

 ユーリは少し前から、こうして密かにある訓練をしている。ズバリ、2つの固有魔法の並行発動だ。〔射撃威力強化〕も〔炸裂〕も優秀且つ強力な魔法なのだが、この2つを同時発動したまま空で戦おうとすると、結構な神経を使うのだ。

 

 ここで、ユーリの固有魔法についておさらいしておこう。

 

 ・〔射撃威力強化〕は銃弾となるものを魔法力で後ろから後押ししてやることで、射程の延伸と威力の強化を施す魔法。

 ・〔炸裂〕は、銃弾等の内部に充填した魔法力を着弾時に破裂させ、爆発を引き起こせる魔法。

 

 〔威力強化〕は弾丸を撃ち出す射出台(カタパルト)。〔炸裂〕は弾丸の大きさを無視して詰め込める炸薬と例えればイメージし易いだろうか。同じ銃撃の威力を上げるという結果でも、それぞれ対象の外側と内側に働きかけるという点が異なっている。

 

 この2つの魔法を併せ持つユーリが今目指しているのは、〔射撃威力強化〕によってネウロイの機体奥深くに徹甲弾を撃ち込み、内部で〔炸裂〕を発動させるという2つの魔法の時間差発動──より厳密には、弾丸内の魔法力をキープすることで〔炸裂〕の発動タイミングを遅らせることだ。

 

 これを会得できたなら、大型ネウロイが相手でも装甲内部での爆発によってコアを巻き込み、1撃で倒せる可能性が高くなる。

 

 地道な自主練の甲斐もあってか、先ほどのように〔炸裂〕の発動タイミングを遅らせること自体には成功している。だが魔法力の保持に集中力を割き過ぎて、実戦で使おうと思うとまだ心許ないのが正直なところだ。

 

「……片付けよう」

 

 足元の木刀を抱え直し、ユーリは訓練を終了するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し経ち、基地内に戻ったユーリが脱衣所の前を通りかかると、カーテンが開いていることに気がつく。

 

 入口にも中に人がいることを示すものは何も置かれていない。どうやら美緒達は入浴を済ませたようだ。

 これ幸いと、ユーリも汗を流すべく風呂に入った。

 

 カーテンを閉め、入口の傍に置かれているパネルの青面──男性入浴中を示す側を表に向けて外へ引っ掛けると、手早く服を脱ぐ。

 男にしてはかなり白い肌を晒したユーリは、タオルを持って浴室に足を踏み入れた。

 

 約15分後──湯気が立ち上る中、シャワーを頭から被って体を洗った泡を流す。普段はシャワーだけで済ませるところだが、たまには浴槽に浸かってみてもいいかと考えていると……

 

「……ん?」

 

 シャワーを止め、静まり返った浴室の中でふと、耳に入った異音。発生源は外──脱衣場からだ。

 

(……風呂はまた今度、か)

 

 ユーリは濡れた身体を拭くのもそこそこに、静かな足取りで脱衣場に向かった。音を出さないようそっと戸を開け、ドアの向こう側の様子を伺う。

 

(気配は……あるな)

 

 姿こそ見えないが、何やらペタペタと足音がする。どうやら何者かが忍び込んできたらしい。侵入者を取り押さえるべく、物陰に身を隠しながら少しずつ音の方へと近づいていくと……

 

 

 

「──風呂場に逃げ込んだぞ!」

 

「……って、今ユーリの奴が入ってるじゃねーか!?」

 

「なんだと…っ!?お、おいルッキーニ!すぐに出てこい!今風呂場(そこ)はまずい!」

 

 

 

 と、風呂場の外からそんな声が。察するに、侵入者の正体は……

 

「……ルッキーニ、さん……!?」

 

「ぴぃ──っ!?ご、ごめんなさーい!!」

 

 絶叫の尾を引きながら脱衣所を飛び出したルッキーニ。脇目も振らずにどこかへ走り去って行くその背中を、外で待ち構えていた女性陣──声からして美緒、シャーリー、バルクホルンだろうか──が追いかけていったようだ。

 

「一体何が……?」

 

 ユーリは怪訝に思いながらも直ちに着替えて状況を確認しようとしたのだが……

 

「え……?」

 

 そんなはずはと、脱衣カゴの中だけでなく棚の奥、他の棚まで隈なく探すも……

 

「ズボンが……無い」

 

 風呂に入る前までは確実に履いていた…そしてこのカゴの中に入れたはずのズボンが影も形も無くなっていた。今まで直面したことのない事態に思考が5秒程フリーズしてしまう。

 

 ズボンが消えた理由──思い当たるのは1つだけ。先程ここにいたルッキーニだ。一体何を思っての犯行か、彼女がユーリのズボンを持っていったのなら、この状況に説明がつく。

 彼女が逃げ出してからまだ時間は経っていない。今から追えば追いつけるかもしれないが……今のユーリは下半身下着一枚の状態。こんな格好で女性陣がいる建物内を走り回るのは倫理・道徳的に問題がある。

 

「これで大丈夫…だろうか」

 

 少し考えた末、脱いだジャケットを腰に巻くことで何とか下半身を隠すことに成功。派手に動けば解けてしまうだろうが、現状最優先の目的を果たすには必要十分なはずだ。

 最後にヘアピンで前髪を留めたユーリは、脱衣所を出て足早に移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ズボンを返せルッキーニ!」

 

「泥棒ーーッ!」

 

「ふぇえええんっ、泥棒じゃないよぉーーー!」

 

 風呂場でペリーヌのズボンを勝手に履き、あまつさえ立て続けに芳佳とユーリ、エイラのズボンまで奪ったルッキーニは、基地内にてお尋ね者として追われている真っ最中だった。

 

 エイラやサーニャ等、寒帯国出身のウィッチ達はズボンを重ね履きしていることも多いが、それ以外のウィッチ達は基本的にズボンの下は何も履いていない。

 

 それをルッキーニに奪われた被害者は(サーニャのズボンを無断で拝借したエイラを除き)もれなく全員「履いていない」。今はまだ問題ないが、基地内には整備士を始めとした男性職員も出入りするし、何より同じ空間で生活しているユーリがいるのだ。直ちにズボンを取り返さねば、彼女達の心に深い傷を残しかねない。

 

「ひぃ…ひぃ…あわわわ……っ!」

 

 必死に逃げ続けるルッキーニは、1階の廊下で挟み撃ちに遭ってしまった。前方からはシャーリーとバルクホルンにエイラ、後方からは芳佳とペリーヌが迫る中、ルッキーニは唯一開けていた外への道をひた走る。

 そのまま外に出るのも良かったのだが、出口手前に扉があるのを発見すると、素早くその中へ逃げ込む。後から追いかけてきたルッキーニ捜索隊の面々は、それに気付かないまま外へと走り抜けていくのだった。

 

「──ああクソ。どこ行った!?」

 

「まだ廊下を抜けてから時間は経ってないはずだが…逃げ足の速い奴め」

 

「まだ近くにいるはずです!手分けして探しましょうっ!」

 

 芳佳の提案で、一同が再び散らばろうとしたその時だった。基地内にけたたましい警報音が響き渡る。

 

「えぇっ、こんな時に!?」

 

「くっ…出撃準備だ!」

 

 バルクホルンを始めとした履いてる組は真っ先に格納庫へ向かう。対する芳佳達履いてない組は、戸惑いながらもその後に続いた。

 

 

 

 

 

 一方その頃──

 

「──警報……予報では暫く襲撃は無いと出ていたはずなのに。敵の行動パターンが変わってきてるのか……?」

 

 警報を聞きつけたユーリも、格納庫へ急いでいた。階段を飛び降りることでショートカットし、最寄りの出口へ向かう。もうすぐ外に出るというところで、出口付近にハルトマンの後ろ姿を見つける。

 

「──ハルトマンさん。敵襲です、格納庫へ急ぎましょう!」

 

「んー?あ、ユーリ。出撃ならしなくて大丈夫だと思うよ?」

 

「……?それはどういう──」

 

 ホラ、とハルトマンがユーリの前から体を退けると、そこには………

 

 

 

 

 

 またも一方、格納庫では──

 

「あ、あの坂本さん!……スースーします……っ!」

 

「我慢だ宮藤、空では誰も見ていない!」

 

「は…ぃっええっ!?」

 

「し、少佐…ワタクシもその…透け透け…でして……」

 

「気にするな!任務だ任務!」

 

「ぅぅぅ……っ!」

 

 羞恥心から出撃を躊躇う履いてない組。横にいるエイラは、勝手にズボンを借りた事がサーニャにバレて、ストライカーの上から強引に脱がしに掛かられていた。

 

「ちょっ…勝手に借りたのは悪かったヨ!でも今すぐ脱げってのはひどいじゃないカ~!」

 

「だって、私のだから……っ!」

 

「全く…出撃だというのに何をやっとるんだこいつらは……いいから出るぞ!全機続け──!」

 

 シャーリーを伴い、バルクホルンが先行して出撃しようとする。そんな彼女の前に、基地へ戻ったミーナとリーネが立ちはだかった。

 

「皆待って──!」

 

「ミーナ!敵が……っ!」

 

「敵はいません。先ほどの警報は誤りです──出てきなさい」

 

 そう言われて一同の前に進み出たのは、ハルトマンに襟首を摘まれたルッキーニだった。傍らにはきちんとズボンを履いたユーリの姿もある。

 

「どうやら、ルッキーニちゃんが間違って警報のスイッチを入れちゃったみたいなんです……」

 

「……それと、コレも没収しました」

 

 ミーナが持っている綺麗に畳まれた4枚の布──それは紛れもなく、ルッキーニが奪っていった数々のズボンだ。

 

「流石だな、ミーナ中佐」

 

「いいえ、今回のお手柄は私ではありません──この混乱の中、見事な冷静さでした。ハルトマン中尉」

 

「いやー、どーもど-も」

 

「ハルトマン……!よくやった!お前こそカールスラント軍人の誇りだ!」

 

「すごいですハルトマンさん!」

 

 皆口々にハルトマンを持て囃す様を輪の外でションボリと見ているルッキーニは、どこか納得の行ってない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一連の騒動が一旦の解決を見せた後、ハルトマンの250機撃墜を賞した勲章授与式が行われた。カールスラントの軍人が武勲を立てた証として賞与される"柏葉剣付騎士鉄十字章"は、200機撃墜で与えられる"柏葉騎士鉄十字章"共々、カールスラント軍人の誉れと名高いとても貴重なものなのだ。……ハルトマンがその勲章を自室の床にほっぽり出していた事は、本人とバルクホルンしか知らない。

 

 美緒に名を呼ばれ、壇上に登るハルトマン。その背中を盛大な拍手で称える501の面々──後方では、今回の騒動の罰として両手に水入りバケツを持たされたルッキーニがションボリと肩を落として立っている。尚、ズボンは履いていない。

 

「うぅ……元々、お風呂でワタシのズボンが無くなったからペリーヌのを借りたのにぃ……」

 

「えっ…?てことは、まだ他にズボンを盗んだ人がいるってこと!?」

 

「馬鹿ですわねぇ、そんな人いるわけ無いでしょう」

 

「でも……」

 

 受勲式を邪魔しないよう小声で話す芳佳達を他所に、壇上では粛々と式が進められていく。

 

「ハルトマン中尉。貴官は第501統合戦闘航空団に於いて、見事な殊勲、多大なる戦果を挙げた。よってこれを賞する」

 

 ミーナの手で勲章を首に掛けられたハルトマンは、堂々とした佇まいで正面に向き直る。吹き抜けるそよ風までもが彼女の武勲を祝福しているようだ。……が、それは違ったのかもしれない。

 

「……あぁっ!?」

 

 何故なら、風に煽られて軍服の裾からハルトマンのズボンが覗いていたからだ。これ自体は空を飛んでいればよくある事だし、別に何ら問題無いのだが……

 

「……なるほど、そういう事でしたか」

 

 今ハルトマンが履いている青と白の縞柄ズボン──それは。普段ルッキーニが履いているものと非常に酷似している。それも当然、これはルッキーニのものなのだから。

 騒動解決の立役者が一転、騒動の発端であることが露見したハルトマンだが、本人は全く動じる様子がない。

 

「おめでとう、ハルトマン中尉!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 そう言って笑顔で敬礼までしてみせる始末であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~余談~

 

 事の真相が発覚し、ハルトマンがミーナとバルクホルンにお叱りを受けていた頃……芳佳はふと気になったことをユーリに話していた。

 

「……そういえば、ミーナ隊長がルッキーニちゃんから没収したズボンの中に、ユーリさんのもありましたよね?」

 

「はい。どうやら、僕がシャワーを浴びてる間に持っていったようです」

 

「でも、私たちが出撃しようとしてた時、ユーリさんズボン履いてましたよね……?」

 

「ああ、その事ですか。ズボンがなくなったことに気づいた後、急いで自室に戻って替えのズボンを履いたんですよ。というか、何故皆さんそうしなかったんですか。……流石に、ありますよね?替えの服」

 

 服は定期的に洗濯しなければいけないのだから、全員軍服もズボンも最低2セットは持っているはず。だというのに、芳佳達は目先の事に集中し過ぎて履いてないまま基地内を走り回っていたのだ。

 

「あ…あぅぁぅぅううぅぅ~~ッ!!!」

 

 その事に気付いた芳佳は、あまりの恥ずかしさと自分の馬鹿さ加減に頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 




これまで毎日更新できてましたが、今後は少し更新ペースが落ちると思います。


お気に入り登録や評価をしてくれた人、ありがとうございます!


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戦う理由

今回は長くなりました。前後編で切ろうとしたんですが、1話分の文字数を加味するとキリのいい場所が見つからず……


「──ああ、ユーリさん。ちょっといい?」

 

「はい、何でしょうか?ミーナ隊長」

 

「宮藤さんを呼んできて欲しいの。生憎、私は今手が離せなくて…お願いできるかしら?」

 

「はあ…分かりました」

 

「助かるわ。見つけたら、私の執務室に来るよう伝えてくれればいいから。それじゃあ、頼んだわね」

 

 基地内を歩いていたところをミーナに呼び止められたユーリは、仰せつかったように芳佳の姿を探して移動を再開する。芳佳が呼び出された理由を聞きそびれた事に途中で気づいたが、内容が部外秘なものであった可能性も考えると、聞かなくて正解だったかもしれないと考え直す。

 

「…見つけた。宮藤さん──」

 

 芳佳は基地の庭で洗濯物を干し終えたところだったようだ。隣には同じ洗濯当番であるリーネの姿もある。

 

「はい…?あ、ユーリさん。何かご用ですか?」

 

「ミーナ隊長がお呼びです。執務室へ向かってください」

 

「は、はい。分かりました。行ってくるね、リーネちゃん」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 ミーナの元へ向かった芳佳を見送ったユーリは、目の前に見える海に一隻の巨大空母が停泊しているのを見つける。

 

「アレは……扶桑の艦船ですか?」

 

 口をついて出たユーリの言葉にリーネが答える。

 

「アカギっていう扶桑の空母だそうです。芳佳ちゃんがブリタニアに来る時に乗ってたって言ってました。おっきいですよねぇ……」

 

「扶桑は今や世界最大級の海洋貿易国家ですからね……こと海上戦力に於いてはカールスラントやリベリオンにも勝ると聞きます──ですが、何故扶桑の船がここに?」

 

「それは私にも…もしかしたら、芳佳ちゃんが呼ばれたことと何か関係があるんでしょうか……?」

 

 いくつか考えてみたが、501に来る前の芳佳の事を全く知らないユーリでは皆目見当がつかない。

 

「あ…そうだ。ユーリさんは何か知ってますか?ミーナ隊長のこと」

 

 リーネは、今しがた芳佳が話していたことをユーリに伝える。何でも、芳佳がストライカーの整備作業をしている整備班に差し入れを持っていったところ、すげなく断られてしまったらしい。その際に「自分達整備兵はウィッチ隊との必要以上の会話をしないようミーナから命じられている」と言われたらしい。傍らに鎮座しているお盆とその上に乗った全く手が付けられていない扶桑のお菓子はその名残だそうだ。

 

「……残念ながら、僕にも詳しいことは。唯一分かる事があるとすれば、そういったような命令が他の基地でも実行されているという話は、少なくとも僕は聞いたことがありませんね」

 

 整備兵はストライカーにかなり精通した、ウィッチ達にとって重要な存在だ。シャーリーのように自力である程度整備や改造をこなせる者もいるが、彼女のようなウィッチはどちらかといえば少数派だろう。ストライカーの整備や修理は基本整備兵に一任している基地がほとんどのはず。

 

 そんな彼らとの必要以上の接触を禁止する命令にどのような意図があるというのだろうか。

 

 考えられるものとしてはいくつかある。

 まず、ウィッチは純潔を失うとシールドが張れなくなる。それは即ち、ネウロイの攻撃に対する防御手段を失うということ──大きな戦力ダウンを意味する。

 ただでさえウィッチ達は皆容姿に優れた美しい女性が多いのだ。事実、中には実力だけでなく美しい容姿で人気を博しているウィッチもいる。そんな彼女達と同じ基地に身を置けば、恋情なり劣情なりを抱く者も出るかもしれない。前者ならまだしも、後者は倫理的に大問題だ。まだ年端もいかないうら若き乙女(ウィッチ)達をそういった被害から守る為、というなら理解できる。

 

 が、しかし。

 ここはネウロイとの戦いの最前線だ。奴らに対抗できるのはウィッチのみ、同時に、整備兵達の手が彼女らの生死を左右すると言っても過言ではない。この基地に限らず、整備兵たちはそれを重々理解している。一時の感情に身を任せた結果、彼女達を死なせるようなことになれば取り返しがつかないのだ。

 

 故に、この線は無いと思っていいだろう。

 

「……もしかしたら、ミーナさん自身に何か思う所があるのかもしれませんね。もし知っているとすれば、バルクホルンさんやハルトマンさん──それと、坂本さんも或いは」

 

 バルクホルンもハルトマンも、ミーナとはカールスラント空軍にいた頃からの長い付き合いだ。そして美緒に対しては深い信頼を置いている。彼女達なら、ミーナがこんな命令を敷いている理由にも心当たりがあるかも知れない。

 

 ……もっとも、聞いて教えてくれるかは定かでないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くしてリーネと別れたユーリは、その後すぐに芳佳と出くわす。手には紫の風呂敷で包まれた箱のようなものを抱えていた。

 今現在、このブリタニアには扶桑艦隊が寄港しており、旗艦である空母赤城の杉田艦長は以前芳佳に乗員を救ってもらった恩義で501の基地を訪れたらしい。芳佳が抱えているのは、そのお礼の品として貰い受けた物なのだそうだ。

 

 まだ近くにいるはずのリーネの元へ向かった芳佳を見送ってから暫く──今度はミーナの姿を見つけた。同時に、ミーナの方もユーリに気づいたようだ。

 

「さっきはごめんなさいね。急に頼み事をしてしまって」

 

「特に用もありませんでしたから、お気になさらず」

 

 軽く話しながら歩くこと数分。ユーリは、思い切って聞いてみることにした。

 

「あの、ミーナさん。お聞きしたいことが」

 

「何かしら?」

 

「もし、答えにくいものだったなら申し訳ないのですが…整備兵の──」

 

「ごめんなさい、その話は後で──!」

 

 ふと窓の外を見たミーナは、慎重に言葉を選んでいたユーリの声を途中で遮り、急ぎ足で今来た道を引き返し始める。階段を下り、向かう先は外のようだ。ユーリは何事かと戸惑いながらも後を追った。

 たどり着いたのは基地建物の外周付近──先程ユーリが芳佳と会った場所の近くだ。ミーナはそこから更に歩みを進める。

 

 曲がり角の手前で足を止めたミーナは、辺りを吹き抜ける風に乗って飛んできた何かを掴み取る。彼女が手にしたのは、1通の手紙だった。

 

 何やらただならぬ様子で走ってきて、その目的が手紙1通というのもおかしな話だ。もしや何か重要な連絡事項でも書かれていたのだろうかと眉をひそめたユーリ。その後ろから慌てた様子のリーネが現れ、建物の陰から角の向こうの様子を伺う。ユーリもそれに倣った。

 

「──このようなことは厳禁と、伝えたはずですが」

 

「す、すみません!是非とも一言、お礼が言いたくて……」

 

 静かながらも怒気を孕んだミーナの声音に答えたのは、ユーリよりも2歳程年上に見える扶桑の男性兵だった。言葉から察するに彼も赤城の乗員なのだろう、以前自分たちを助けてくれた芳佳へ個人的に礼を言いに来た。といった所だろうか。

 

「ミーナ隊長。本当です!何も悪い事なんて……」

 

「ウィッチーズとの必要以上の接触は厳禁です。従って──これはお返しします」

 

 芳佳の説得も虚しくミーナは手紙を男性兵に突き返す。彼は最後に一言謝罪すると、振り返ることなく走り去っていった。

 

「……あの、ミーナさん」

 

「ごめんなさい。片付けなくちゃいけない書類があるから、また今度にしてもらえる?」

 

「……分かりました。では、またの機会に」

 

 あの後、立ち去るミーナについて行ったユーリは、改めて男性とウィッチのみだりな接触禁止の理由を問い質そうとしたが、すげなく断られてしまった。本人に聞けないのなら、やはり彼女に近しい誰かから聞くしかないのだろうか。

 

(けど、あのミーナさんがあそこまで頑なな態度を取るということは、余程の事なのかもしれない。今更ながら、それを嗅ぎ回るような真似をしてもいいものか……)

 

 夕食中もそんな事を考えていたユーリは、真相を知ることができずに1日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──予てよりネウロイ出現の予報が出ていた通り、基地内に警報が響き渡った。501の面々はブリーフィングルームに集結している。

 

「観測所から、ガリアより敵が侵攻中との報告がありました」

 

「今回は珍しく予測が当たったな」

 

「ええ。目標の高度は現在1万5千、進路は真っ直ぐこちらへ向かって来てるわ」

 

「ならば、ルーチンの迎撃パターンで行けるな。本日の搭乗割は──バルクホルン、ハルトマンが前衛。ペリーヌとリーネが後衛。宮藤は私とミーナの直援。本来ならば以上だが、今回はユーリにも遊撃として来てもらう」

 

 残るシャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャには基地での待機を命じ、ブリーフィングは終了。各自持ち場へと移動を始めた。ユーリも格納庫へ向かおうとしたところを、美緒とミーナに呼び止められた。

 

「ユーリ。今回の出撃だが……もし必要と感じたなら〔炸裂〕を使え」

 

「……よろしいんですか?」

 

「坂本少佐と私で話し合った結果よ。もうあなたは立派な501の一員なんだから、隠す必要も無いだろう。って」

 

「それに……これは他言無用で頼むが、近いうちにガリア奪還の大規模反攻作戦が行われる。ネウロイの巣が相手ともなれば、出し惜しみはできんからな。いざ実戦で混乱しないよう、今の内にお前が〔炸裂〕を使うという事を皆にも知ってもらう必要がある。今回お前を単独での遊撃に回したのはそれが理由だ。無論、〔炸裂〕を使う際は一声かけてもらう必要があるが……やれるか?」

 

「……分かりました。必要であれば、皆さんを巻き込まないよう最大限配慮した上で〔炸裂〕を使います」

 

「頼むぞ。──我々も出撃だ!」

 

 ユニットを履いたウィッチ達が続々と格納庫を出て行く。やがて大空へと飛翔した彼女達は、編隊を組んでネウロイの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く飛び続けること数分──美緒が遠方にネウロイの姿を発見する。魔眼の力でより仔細に見た結果、今回の敵のタイプは300メートル級──中型の中でも比較的小型な部類であることが分かった。

 

「いつものフォーメーションで行くか?」

 

「ええ!」

 

「よし、突撃──!」

 

 美緒の号令で、バルクホルン達を先頭にした前後衛の4人がネウロイに接近する。射程内に敵を収めたハルトマンが先制攻撃を加えようとした瞬間──

 

「っ……!?」

 

「くっ、分裂しただとッ!?」

 

 立方体の形を取っていたネウロイは、ハルトマン達に気づくなりボディを細分化。より小さな小型ネウロイの群れと化して襲いかかる。

 ミーナが固有魔法で感知した限りで、敵の総数はおよそ210機。全機撃墜すれば勲章の大盤振る舞いとなること請け合いの数だ。

 

美緒(あなた)はコアを探して!バルクホルン隊は中央、ペリーヌ隊は右を迎撃!ユーリさんは当初の通り、遊撃に回って!」

 

 

『了解!』

 

 

「宮藤さん。あなたは坂本少佐の直援に入りなさい!」

 

「了解!」

 

「いい?あなたの役目は、少佐がコアを見つけるまで敵を近づけないことよ」

 

「はいっ!」

 

 威勢のいい返事を聞いて大丈夫と判断したミーナは、左側に固まった約30機を単独で迎撃に向かった。

 縦横無尽に不規則な動きをするネウロイの攻撃を器用に躱しながら、ミーナは1機、また1機と敵を撃墜していく。

 その様子を離れた場所から確認したユーリは、あちらへの援護は無用だと判断し、自分にまとわり付くネウロイを徹甲弾で粉砕しながらペリーヌとリーネが担当する右下方へと移動する。

 

 

 

 

 

「──いいこと?あなたの銃じゃ速射は無理だわ。()()()狙いなさい」

 

「はい!」

 

「ワタクシの背中は、任せましたわよ──ッ!」

 

 後方にリーネを残して独り先行したペリーヌは、ブツブツと文句を零しながらも多数のネウロイに囲まれた状態で固有魔法を発動させる。

 

「──トネールッ!!」

 

 雷撃に変換して放出されたペリーヌの魔法力が、周辺に屯していた10機以上のネウロイを纏めて一掃した。雷撃の余波で乱れた髪を払いながら得意げに胸を張ってみせるペリーヌだが、背後から迫る1機に気づかずにいたところを、どこからか飛来した徹甲弾に救われる。後方で彼女を支援するリーネの狙撃だ。続けてもう1機、ペリーヌにほど近い場所まで接近していたネウロイに、リーネはドンピシャのタイミングで弾を命中させた。

 

「ハァ…ハァ……!」

 

「や、やるじゃない……!」

 

『ええ。ペリーヌさんの言うとおり、いい一撃です──!』

 

「え……っ!?」

 

 不意にインカムから聞こえたユーリの声。次の瞬間、リーネとペリーヌの直上から急降下してきていた3機の小型が立て続けに粉砕された。

 突然の事にポカンと口を開けた2人の元へ、ユーリが合流する。

 

「リーネさん、上への注意がやや疎かですよ」

 

「す、すみません!ありがとございます」

 

「お礼は後で──」

 

 そう言葉を交わす間にも、ユーリはシモノフのセミオート機能を利用して次々とネウロイを屠っていく。

 

「先程の偏差狙撃は素晴らしい精度でした。訓練の成果が出てるようで何よりです」

 

「……はいっ!」

 

 ユーリとの会話でいくらか余裕が出来たのか、リーネはペリーヌの死角から襲いかかる個体や、彼女が討ち漏らした個体を次々と撃ち抜いていく。

 

「こちらはもう大丈夫そうですね──」

 

 中央を担当するバルクホルンとハルトマンには援護は不要だろう。却って邪魔になりかねない。よってユーリは、今も独りで小型ネウロイを捌き続けるミーナの援護に向かった。

 

「──ミーナさん!」

 

『ユーリ曹長、ここは任せていいかしら?私は一度、坂本少佐の所へ戻ります』

 

「了解」

 

 離脱するミーナを追い掛け回していた小型ネウロイ達を撃墜したユーリは、そのまま戦闘を引き継いだ。大きな動きで敵を数体纏めて引きつけては、振り向きざまにシモノフから放たれる徹甲弾が複数の小型を一気に貫く。時折正面に回り込んでくる個体は、急制動からのバックターンで後続の敵と衝突させ、動きが止まった所を纏めて粉砕した。

 

「いくら倒してもキリがない……!」

 

 弾倉クリップを交換しながら小さく呟く。

 

 敵の母数は増えていないはずだが、周囲を飛び交うキューブ型のネウロイは一向にその数を減らす気配が無い。それもその筈、分裂した小型の中でコアを持っている本体以外は、何度撃墜しようと時間が経てば再生し、再び襲いかかってくるのだ。

 今はまだ全員余力があるが、長引けば長引く程こちらが不利になる。その上戦線は大陸側へ移動しつつあり、このままでは街に被害が出かねない。美緒が早くコアを発見できればいいのだが……あちらもあちらで敵の数が多すぎて難航しているようだ。

 

 時折インカムを通じて耳に入る情報を聞く限り、この戦場にコアを持つ本体がいることは間違いないらしいのだが、今はとにかく敵の数を減らして美緒がコアを捜索し易い状況を作り上げる必要がある。

 

「……坂本さん、今から敵の数を減らします。コアの発見を急いでください」

 

『……そうか。分かった、頼むぞユーリ!──バルクホルン、ペリーヌ両隊!高度を上げてユーリの射線上から退避しろ!』

 

『えぇー、急に何さ?』

 

『よく分からんが、とにかく行くぞ!少佐の指示だ』

 

 美緒の指示で、ハルトマン達を始めとした4人は自分たちについてまわるネウロイを片付けた後、言われた通り高度を上げる。ユーリの射線上にネウロイだけが残ったところで、ユーリは薬室内の弾丸に魔法力を充填し始めた。

 

「──行きますっ!」

 

 絞られた引き金、轟く銃声。細身の銃身から放たれた徹甲弾は、眼下に葉虫のごとく群がるネウロイの1体に命中。その瞬間、弾丸内部に込められた魔法力がユーリの力で〔炸裂〕し、対装甲ライフルではまず起きる事のない広範囲にわたる爆発が引き起こされた。今の1射で実に20機近い敵が破片と化して散っていく。

 続く第2射──再び着弾位置を起点に爆発が起き、複数のネウロイを巻き込んで撃墜する。その様は、戦艦の砲撃や空からの絨毯爆撃をバルクホルン達に想起させた。

 

「すっごーい……!」

 

「何だこの威力は……!?ザハロフの奴、こんな隠し玉を──少佐やミーナは知っていたのか……?」

 

 ユーリの攻撃によってあれだけ数の多かった小型ネウロイの約半分が消し飛び、戦況は一転。こちら側に大きな余裕が生まれた。バルクホルン隊とペリーヌ隊は爆発から逃れた敵の掃討に戻り、敵の数と妨害も減ったことで、美緒は魔眼を向ける対象を絞る。

 

「──坂本さん、上っ!」

 

「何──ッ!?」

 

 芳佳が真っ先に上空より飛来するネウロイに気づき、美緒もその方向を見据える。だが……

 

「クソ……っ見えない……!」

 

 急降下してくる数体のネウロイは太陽を背にすることで、美緒の魔眼を物理的に妨害してきた。もう少し接近してくれば内部を見通すことができるだろうが、それは同時に敵の集中砲火を浴びることを意味する。

 

「私が行きます──!」

 

『こちらも援護を!』

 

「頼む!」

 

 芳佳とミーナ、そしてユーリの長距離狙撃支援で、飛来するネウロイが次々と撃ち落とされていく。最後の1機が残ったところで、美緒の魔眼が赤く光る結晶体を捉えた。

 

「──見つけた!」

 

「全隊員に通告、敵コアを発見!私達で叩くから、他を近づけさせないで!」

 

 

『了解!』

 

 

「行くわよ!」

 

 ミーナと美緒、芳佳の3人はコアを持つ本体を仕留めに向かい、残った5人は引き続き分裂体の相手をする。ユーリも〔炸裂〕から〔射撃威力強化〕による攻撃へ戻り、一緒に攻撃へ参加した。

 

「──今日のトップスコアは間違いなくお前だろうな、ザハロフ」

 

「バルクホルンさん…恐縮です」

 

「もしお前がカールスラント軍人だったなら、ハルトマンと並ぶ日も遠くないかもしれんぞ?」

 

「それは過大評価しすぎですよ。それに……」

 

「……どうした?」

 

「……いえ、なんでも。今は与えられた役目を遂行します」

 

 余計な考えを振り切るように、ユーリはネウロイが密集するポイントを狙って引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃……

 

「そっちに行ったぞ!宮藤逃がすな──!」

 

「はいっ!」

 

 美緒達の集中砲火から逃れた本体のネウロイを、芳佳が追撃する。既に末端部の装甲は削れており、敵も手負いの状態だ。再生される前に仕留めなければ、また分裂体を復活させられてしまう可能性もある。

 

「くっ…うううう──っ!」

 

 敵の不規則な挙動にも何とか食らいつく芳佳。慣れない姿勢になりながらも目標を追従していた銃口が遂に敵を捉え、コアを内包したキューブ型の装甲を撃ち砕いた。

 

 崩壊と共に勢いよく飛散するネウロイの破片をシールドで防いだ3人の元へ、分裂体の相手をしていた5人が駆けつけた。

 

「芳佳ちゃんすごーい!」

 

「フン、あんなのまぐれですわ」

 

「いやそうでもない、不規則挙動中の敵機に命中させるのは中々難しいんだ。宮藤が上達している証拠だな」

 

「ミヤフジやるじゃーん!」

 

 皆が口々に芳佳を褒め称える中、浮かない顔をしている者が2人──ミーナとユーリだ。

 

(さっきのは見間違い……ならいいんだが)

 

 先程──本体が撃墜されてすぐの時だ。ユーリは遠目に、美緒のシールドに穴が空いたように見えていた。

 ユーリ自身、比較的目が良いとはいえ、魔眼や視覚強化の能力を持っていない以上断定はできない。

 少なくとも、今言及してこの快勝ムードに水を差すような真似はすべきでないと判断した。

 

「きれい……」

 

 無数の破片となって散っていくネウロイを見て、芳佳の口から感嘆の言葉が溢れる。

 

「ああ。こうなってしまえば、な」

 

「綺麗な薔薇には刺が……と言いますものね」

 

「それ自分のことか~?」

 

「なっ……失礼ですわね!──まあ、綺麗ってところは、認めて差し上げてもよろしいですけど?」

 

 ハルトマンがペリーヌを茶化すのを見て、周りの皆も釣られて笑う。

 だが未だに沈んだ表情のミーナは、ふらりと地上へ降下していった。ハルトマンは後を追おうとするが、美緒に止められる。

 

「今は、1人にしておこう……」

 

 美緒の言葉の意図を捉えかねる一同だが、唯一バルクホルンだけがミーナの真意に思い当たった。

 

「そうか……ここは、パ・ド・カレーか──」

 

 欧州の海に面したこのパ・ド・カレーは、ネウロイによって奪われてしまったガリアの領土だ。かつては港として船が並び栄えていたこの地にその面影はなく、無残に破壊され廃墟と化した建物と、荒廃した砂地が広がるばかり。

 

 ミーナはその中にひっそりと鎮座していた1台の車を見つけ、ドアを開ける。その中に置かれていた小包の中身を見た彼女は、涙ながらにソレを抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地へ帰還した一同は、基地を出航する空母赤城へ挨拶に向かった芳佳、美緒、リーネを残して全員基地の広間に集合していた。広間には美しい歌声が木霊しており、その場にいる誰もが歌声に聴き入っている。

 歌声の正体は、赤いドレスに身を包んだミーナだ。

 サーニャのピアノと共に彼女が歌うカールスラントの歌謡曲「リリー・マルレーン」は、現在シャーリーの手元にある無線機によってこの基地だけでなく、赤城にも中継されている。顔こそもう見えないが、彼らもきっとミーナの歌声に耳を傾けていることだろう。

 

 広間の片隅に立つユーリもその例外ではなく、これまでにない安らかな顔でミーナの歌に聞き惚れていた。特段音楽に造詣が深いわけではないが、それでもミーナの口から紡がれる歌が素晴らしいものだということくらいは理解できる。

 

 

 ……これは、後になってバルクホルンから聞いた話だ。

 今から4年前──歌手を目指していたミーナには、同じく音楽家として共に夢を追いかけたクルト・フラッハフェルトという恋人がいた。当時、音楽学校への留学を控えていたミーナだったが、カールスラントへネウロイが侵攻してきたことによりそれを断念。ウィッチ隊に志願し、軍人となった。オストマルク陥落後、ミーナが最前線へ異動となったのを機に、クルトは夢を捨てて自ら軍に志願した。当然ミーナは反対したが、それでもクルトはウィッチとして戦うミーナを少しでも傍で支える道を選んだのだ。

 カールスラントをはじめとする欧州各国からブリタニアへの大規模撤退戦が繰り広げられたダイナモ作戦時も、整備兵としてミーナの傍に寄り添い続けたクルトだったが……パ・ド・カレー基地からの撤退が間に合わず、戦死してしまったのだという……。

 

 

 彼女が身に纏う赤いドレスは、カレー基地跡で発見した小包の中に入っていたもの──今は亡きクルトからの、ミーナへの贈り物だった。彼女にとって、クルトとの繋がりを示す大切な1着である。

 

 やがて曲が終了すると、広間に集った全員から惜しみない拍手が送られる。

 

「とっても素敵な歌でした!」

 

「はい。思わず聴き惚れてしまいました」

 

「2人共、ありがとう」

 

 真っ先に感想を述べた芳佳とユーリに、ミーナは少し照れくさそうに礼を言う。次の瞬間、ユーリの両頬を後ろから思いっきり摘み上げる手が──

 

「──エ、エイラはん……!?」

 

「確かに隊長の歌も良かったけど、サーニャのピアノを忘れてないだろうナ~?」

 

「と、とえもふばらひい演奏れした…い、痛いれすエイラはん……」

 

「何ダ~?感想くらいちゃんと言えヨ~ウリウリ」

 

「れ、れすから…はなひてふらはい……」

 

「ふふっ…ありがとう、ユーラ」

 

「あ、あのエイラさん。その辺で……」

 

 サーニャがユーリにお礼を言う一方、彼の両頬を心配して助け舟を出した芳佳だったが……

 

「お…そういえば宮藤、オマエの感想も聞いてないナ──!」

 

「ふぇぁ~~!なにふるんれふか~~~っ!」

 

 と、今度は芳佳の頬を摘まみ上げる。

 

「サーニャのピアノはどうだったんだヨ、サーニャの~~~ッ!」

 

「と、とっても…ふ、すてきれひた……!」

 

「ええい、もっと褒めロ~!」

 

「す、すてきれひたって~~!」

 

 戯れる隊員達を見たミーナは楽しそうにクスクスと笑う。この瞬間だけは、出撃先で見せたような憂いは微塵も感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから暫くして日が沈み、時刻は夜──ユーリは美緒と一緒にミーナの執務室へ向かっていた。

 

「お前の方から出向くとは珍しいな。ミーナ中佐に何か用か?」

 

「ええ、少し……」

 

「必要なら、私は席を外すが?」

 

「いえ、坂本さんにも関係のあることですから。どうぞご一緒に」

 

「ふむ……そうか」

 

 執務室では、ドレスのままのミーナが月明かりの差し込む窓際で1人佇んでいた。美緒がドアをノックすると、少し驚いた様子でこちらを振り向く。

 

「美緒……それに、ユーリさんも」

 

「いい歌だった」

 

「ええ、本当に」

 

「そんなに何回も褒められると、流石に照れるわね……ありがとう」

 

 部屋の奥でミーナと並んだ美緒は、赤城の見送りに行く許可を出してくれた事に礼を言う。

 

「あなただって本心では行きたかったんでしょ?」

 

「ああ。色々と世話になった船だからな」

 

 内心では赤城にも顔を出したかっただろうに、立場上規律を守っていた美緒に申し訳なさと微笑ましさが綯い交ぜになった笑みを零す。

 

「あの人を失った時、本当に辛かったわ。こんな事になるなら、好きになんてならなきゃ良かった──ってね。でも、そうじゃなかった……」

 

「……そうか」

 

「……でもね美緒。大切な人を失うのは今でも恐ろしいわ。それなら、失わない努力をすべきなの──」

 

 そう言って右腕を持ち上げたミーナ。その手には月明かりを受けて光るシルバーフレームの拳銃が握られていた。銃口は真っ直ぐ美緒に向けられている。

 

「ミーナさん何を……っ!?」

 

 突然のことに困惑しながらも、ユーリは体を割り込ませて美緒を後ろに庇う。

 

「……そこを退きなさい、ユーリ・ザハロフ曹長」

 

「その命令は承服できません。銃を下ろしてください。理由なく味方に銃を向けるのは決して許されない行為です」

 

 何とか説得を試みるユーリだが、ミーナが銃を下ろす気配はない。歯噛みしながらユーリも自分の銃に手を伸ばそうとすると……

 

「大丈夫だユーリ。お前は下がっていろ」

 

「坂本さん…しかし……」

 

「ありがとう。だが心配ない。私に任せてくれ」

 

 美緒に言われ、ユーリは渋々ながらその場を離れた。だが有事の際はすぐに動けるよう、利き手は常に銃の近くに置いておく。

 

「お前にしては随分と物騒だな?ミーナ」

 

「……約束して、もう二度とストライカーを履かないって」

 

「それは命令か?」

 

 いつぞやのユーリの時と同じ言葉を返されたミーナだが、今回は肯定も否定もできない。

 

「ふっ…そんな格好で命令されても、説得力が無いな?」

 

「私は本気よ…!今度戦いに出たら…きっと、あなたは帰ってこない……っ!」

 

「だったらいっそ自分の手で──という事か。矛盾だらけだな、お前らしくもない」

 

「違う…違うわっ!私は……っ!」

 

 ミーナの銃を構える腕に力が篭る。この先に言葉が続けられる事は無かった。口にしてしまうのが怖いのだろう──目の前にいる大切な友が「死ぬ」等と。

 

 そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、ユーリが口を開いた。

 

「……やはり、見間違いでは無かったんですね」

 

「ユーリ……お前まさか」

 

「はい。遠目に見ただけでしたので、僕の勘違いで済めば良かったのですが……坂本さん、あなたのウィッチとしての寿命はもう……」

 

 一般的に、ウィッチがウィッチとしていられる期間は最長でも約20年前後と言われている。これは10代をピークとして、20歳を境に魔法力が減衰し始めるためだ。故に、前線で戦うウィッチ達は総じて平均年齢が低い。20歳を超えても全盛期と遜色ない魔法力を維持できる特異な血筋も存在するにはするが、それは稀少なケースだと言える。

 そして、つい最近誕生日を迎えた美緒の年齢は20歳──既に彼女の魔法力は徐々に減衰を初めている時期だ。その証拠として、今日の戦闘で美緒は倒したネウロイの破片をシールドで防ぎきれなかった。ミーナは一番近くでその瞬間を目撃していたからこそ、こんな強硬手段に出てまで美緒がこれ以上戦わないよう懇願しているのだ。

 

「私は、まだ飛ばねばならないんだ。途中で投げ出すことなどできんさ」

 

 そう言い残して、美緒は部屋を出ていった。その背中に銃を突きつけたミーナだったが、当然引き金が引かれることはない。扉が閉まる音と共に、銃を下ろして項垂れる。

 

「ミーナさん。昼間、お聞きしようとした事なんですが……」

 

 こんな状況ではあるが、ユーリは改めて整備兵とウィッチーズが必要以上に接触しないよう命令を出していた理由を問い質した。ミーナは少し迷った末に、ゆっくりと話し始める。

 

「整備兵の人と話す度に、あの人の事を思い出してしまって……思い出す度に、あの時の自分が許せなくなるの──あの時、無理にでも戻っていれば…いえ、そもそも軍に入らないよう止めていたなら、あの人を助けられたんじゃないかって──あの子達には、そんな思いをして欲しくなかったのよ。だから……」

 

 だから万が一にも恋仲になどなったりする事が無いよう……失う悲しみと己の無力さを憎む事が無いように整備兵とウィッチーズを遠ざけていたというわけだ。

 

「……今更何を言おうと言い訳にしかならないわね。私は自分が苦しむのが嫌で、自分の気持ちを勝手に押し付けていただけ──挙句、大切な仲間の1人も守れない……こんなんじゃ、指揮官失格よね」

 

「……そんなことは、ないと思います」

 

 静かに投げかけられたユーリの言葉に、ミーナは顔を上げる。

 

「ずっと1人で失う恐怖と戦い、懸命に皆を守ってきたのはミーナさんでしょう?そんなあなたを責める人はいません。少なくとも僕にとって、ミーナさんは立派な指揮官です」

 

「ユーリさん……」

 

「1人で背負うのが辛いなら、僕にも分けてください。僕も一緒に背負います──もう、ミーナさん1人だけを戦わせたりしませんから」

 

 ただ1つの目的の為に存在し、守りたいものを持たなかったユーリが初めて自分で決めた戦う理由。自分のことを「家族」だと言ってくれた皆が誰も悲しむ事の無いように……誰も失わずに済むように……ユーリは仲間(家族)を守る為に戦うと決めた。

 

「では失礼します」と部屋を出ていったユーリ。残されたミーナの脳裏には、過去の記憶が過ぎっていた──

 

 

 ──キミ1人を、戦わせたくない──

 

 

 クルトが軍に志願したことを知った時、彼が言った言葉だ。ミーナはその言葉に折れ、クルトは戦場に身を置くこととなり、そして……

 

(……いいえ、彼はあの人じゃないわ。ユーリさんは強い。自分で自分の身を守れるだけの力がある)

 

 何度自分にそう言い聞かせても、ミーナの胸の内に燻るチリチリとした嫌な感覚が消えることはなかった。

 

 




今回でアニメ1期8話を終えました。
本作開始時点で5話分すっ飛ばしているとはいえ、話の進み方が悪い意味でハイペースになってしまっているのではと思う最近です。
他の作者さんの作品を読んだりすると、ストーリー全体から1話分の内容まで自分のよりずっと濃いですからね…


それはさておき、先日ふとユーリの外見をイラストにしてみようかと思い至りましたが、自分の画力に敗北しました。
人様にお願いするのもタダではないですし、自分で絵を描ける人ってこういう時羨ましいなぁと思いますねぇ。


恐らく今回が年内最後の更新になるかと思われます。皆さん良いお年を。


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守られざる約束

「──入るぞ、ミーナ中佐」

 

「失礼しまーす……」

 

 赤城がブリタニア基地を出航した翌日──ミーナの執務室に、資料を抱えた美緒と芳佳が訪れていた。内容は以前サーニャ達が夜の空で遭遇した、歌を歌っていたと思しきネウロイに関するデータだ。

 

「あのネウロイが出現した時、全国各地で謎の電波が傍受されている。それぞれ波形はバラバラだが…照合した結果、サーニャが歌っていた歌と酷似している事が判明した。あのネウロイは、サーニャの行動を真似ていたと見て間違いなさそうだ」

 

 横で美緒達の話を黙って聞いている芳佳は、誕生日を迎えた夜間任務の時の事を思い出す。あの時聞こえた不協和音は今でも耳に残っている。

 

「分析の規模を広げよう。これから忙しくなるぞ──この事はバルクホルンやハルトマン達にも伝えておいた方がいいな。2人をここに──」

 

「あの、バルクホルンさんなら今日は非番です。朝早くにロンドンへ出て行きました」

 

 朝方、ずっと意識不明のまま入院していたバルクホルンの妹、クリスが目を覚ましたという報せが届いたのだ。いてもたってもいられなくなったバルクホルンは私用厳禁のストライカーを履いてまでロンドン市内の病院へ向かおうとしたのを、芳佳とハルトマンが必死になって止めたのは記憶に新しい。結局ハルトマンの運転する車で病院に向かったことで、2人は基地を留守にしていた。

 

「いつもはあんなに冷静でルールに厳しい人なのに…ふふっ、ちょっと意外ですよね」

 

「……無理もないわ。彼女にとって、妹さんは戦う理由そのものだもの。誰だって、自分にとって大切なもの──守りたいものがあるから、勇気を振り絞って戦えるのよ」

 

 

──それこそ、命すら惜しくない程に──

 

 

 そう続けようとした自らの口を、寸での所で噤む。ミーナの脳裏には、昨晩のユーリの言葉がチラついていた。

 あの言葉──具体的な意味こそ明言されていないが、察するに「自分が501の皆を守ってみせる」という意味合いだろう。これまでミーナが1人胸の内に抱えてきた責任と重圧を、ユーリが肩代わりする。と……

 

 これまでも大型ネウロイを1人で相手したり、視界の悪い雲海の中でネウロイの高速機動に追随したりと、他にも色々と無茶をしてきたユーリだが、その度にミーナと美緒、時にはバルクホルンも一緒になって厳重注意をしてきた。その甲斐あってか最近では無茶な行動も鳴りを潜めており、安心していたのだが……

 

(あの言葉…あの目……あの人と同じだった)

 

 あの時のユーリは、軍に志願した時のクルトと同じ、覚悟を決めた者の目をしていた。ミーナには、ユーリがクルトと同じ道を辿ってしまうのではと思えて仕方がない。何度自分に言い聞かせても、何度頭の中から追い出そうとしても、疑念は消えてくれない。

 無意識に机の下の手を強く握り締める。

 

「……とにかく、できる限り早いに越したことはない。あいつらが帰ってきたら知らせるとしよう。ご苦労だったな宮藤、戻っていいぞ」

 

「あ、はい。失礼します」

 

 芳佳がペコリと頭を下げて執務室を出て行くのを見届けた美緒は、一層真剣な顔で1通の封筒をミーナに差し出した。封を解いたミーナは、無言で中身に目を通す。

 

「以前からお前が調べさせていた、ユーリの身元に関する調査結果だ。先に中身は見せてもらった」

 

 ミーナの伝手で、連合軍にいた頃──501に来る前のユーリに関する情報を秘密裏に探ってもらっていたのだが……結果を最後まで読み終えたミーナは、眉をひそめる。

 

「これはどういうこと……!?」

 

「私も最初は目を疑ったさ。だがお前の伝手なら、嘘の結果を寄越すはずもあるまい。その紙に書かれていることは事実だ」

 

 

──調査の結果、現在連合軍本部所属の軍人に、ユーリ・R・ザハロフという名前は存在せず──

 

 

 険しい顔をするミーナは、美緒に促されて2枚目の資料に目を通す。

 

「そしてもう1つ。ユーリの父親についてだ」

 

 ユーリやサーニャを始めとするオラーシャ人の名前には「父称」といって、必ず父親の名前が付く。

 例えばサーニャの場合「サーニャ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク」は父親であるウラジミール氏の名前を受け継いでいることになるのだ。

 

 そしてユーリのフルネームは「ユーリ・ラファエレヴィチ・ザハロフ」──父親の名前は「ラファエル」だということが分かる。

 

「連合軍の中にラファエルという名前の軍人は何名かいたが、皆年齢や結婚歴がユーリと合致しない」

 

「単に軍属じゃなかった、というだけじゃないの?」

 

「私も最初はそう思ったさ。だがこれを見ろ。ラファエルという名の男はブリタニア空軍にも1人だけいた。階級は大佐。少将の右腕として補佐も務めており、結婚歴もある。時期もユーリの年齢と合致した。更に──その結婚相手は、オラーシャ出身のウィッチだったそうだ」

 

「じゃあ、その人がユーリさんの……今どこにいるの?」

 

 ミーナの問いかけに、美緒は首を横に振る。

 

「…既に亡くなっている。母親の方は子供を出産して暫くした後、ネウロイの攻撃に巻き込まれて。ラファエルは戦死だそうだ」

 

「そう……」

 

「だが不可解な点もある。まず、ラファエルの戦死後、子供は彼と親密だった人物が身元引受人になったそうだが、その人物の名前は愚か、ラファエルとの詳しい関係性も分からないこと。次に、子供の名前も不明で、親子の写真すら残っていないことだ」

 

「……写真はともかく、身元引受人の名前が分からないのはおかしいわね」

 

「ああ。明らかに作為めいた何かを感じる」

 

 子供の名前が分からない以上、まだラファエル氏がユーリの父親だという確証はない。

 だがあそこまで徹底的な軍人としての教育を施されてきたのだ。一般人夫婦の子供とも考えにくい。

 

「ユーリの奴め、思った以上に面倒な生い立ちなのかもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そのユーリはというと……

 

「──リーネさんっ!」

 

「っはい──!」

 

 ユーリの合図で、リーネはボーイズ対装甲ライフルの引き金を絞る。放たれた弾丸は、ユーリを追い掛け回していたルッキーニのストライカーに命中した。……といっても、装填されているのは模擬戦用のペイント弾の為、被弾しても害はない。

 

「あぁ~っ!やられちゃったぁ……」

 

「マジかよ…!あの距離で動くルッキーニに当てやがった」

 

「余所見してていいんですか?シャーリーさん──」

 

「あっ…やば!」

 

 リーネが見事にルッキーニを撃ち抜いたことに気を取られたシャーリーを、今度はユーリが狙う。オレンジ色のペイント弾がシャーリーのストライカーに大きな斑点模様を作ると同時に、頭上から審判を務めるペリーヌの甲高いホイッスルが鳴り響いた。

 

「そこまで。──ユーリさんとリーネさんのチームの勝利ですわ」

 

「すごいよリーネちゃん!あんな遠くから当てちゃうなんて!」

 

「ありがとう芳佳ちゃん…でもユーリさんが2人を引きつけて、狙いやすい場所に誘導してくれたから……」

 

「謙遜は無しですよ。リーネさんの狙撃の腕はかなり上達してます。それはシャーリーさん達も感じてるはずですよ」

 

「ああ。ちっこい上にすばしっこいルッキーニを狙うのは相当ムズイ。ユーリのサポートがあったとはいえ、当てたのは素直に胸張っていいぞリーネ」

 

「そうそう!この立派なおムネをね~!」

 

 リーネの背後から忍び寄ったルッキーニが、リーネの胸に手を伸ばす。

 

「きゃあっ!?ル、ルッキーニちゃん…!やめっ──ひゃあんっ!」

 

「んん~…リーネまたおっきくなったんじゃない?前より揉みごたえが……」

 

「んっ…ルッ、キーニちゃ……んんっ!ダメ……そこは──!」

 

 為す術もなくルッキーニにいいようにされるリーネ。そこへ、先程よりも鋭く力強いホイッスルの音が。

 

「あっ…あなたたち何してますの、みっともない!ユーリさんだっているんですのよ!?もっと淑女としての慎みを──」

 

「そう熱くなるなよペリーヌ。それにユーリだって年頃の男子だぜ?目の保養も必要だろ。なぁ?」

 

 振り返ったシャーリーの視線の先には、体ごと背けて今しがたの行為を見ないようにしていたユーリがいた。

 

「僕に振らないでくださいよ…女性陣の間ではスキンシップで済むのかもしれませんが、僕がそれに言及するのは遠慮しておきます」

 

「真面目な奴だなぁ」

 

「大事なことですから。そもそも、こういう事にならないよう、501に来た時は自分の部屋に篭っていようと思ったんですけどね」

 

「ああ、そういうことだったのかアレ。てっきりお前が女嫌いなのかと思ってたから、克服に協力してやろうと思ってたんだけど」

 

「違いますよ。大体、女性が苦手ならシャーリーさんと握手出来ませんし、ルッキーニさんに組み付かれた時点で倒れてるんじゃないですか」

 

「あー、それもそうか」

 

「それより次を始めましょう。確か次は宮藤さん・ペリーヌさんチームと、シャーリーさん達でしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──くぅ……納得いきませんわ!どうして宮藤さんみたいなちんちくりんが、坂本少佐の得意技である左捻り込みを使えるんですの!?」

 

 本日分の模擬戦を全て終えたユーリは芳佳達を先に風呂に向かわせて、自分はストライカーに付着したペイント弾の塗料を落としていた。そこへ唯一残ったペリーヌの愚痴を作業の片手間に聞いているところだ。

 

 因みに結果はシャーリー&ルッキーニチームが0勝、芳佳&ペリーヌチームが2勝、ユーリ&リーネチームが1勝1敗と、低高度での模擬戦という条件付きではあるが、芳佳とペリーヌが勝ち越した。

 

「随分ご立腹ですね、ペリーヌさん」

 

「当然でしょう!きっと、ワタクシの知らない間に坂本少佐に教わったに違いありませんわ!」

 

「僕が知る限りでは、そんな気配はありませんでしたが……」

 

「あなたとワタクシでは情報量が違いますのよ情報量が!毎朝1人で訓練する坂本少佐を部屋の窓で見守ることから、ワタクシの朝は始まるんですからねっ!」

 

 勢いに任せてとんでもない事を言っている自覚がペリーヌにあるのかどうかはさておき、確かにユーリとしても芳佳が急に左捻り込みという高等技術を使えるようになった理由は気になる。

 

「そんなに気になるなら、宮藤さんに直接聞いてみればいいのでは?」

 

「言われなくともそのつもりですわ!あんの豆狸…事と次第ではただじゃ置かないんだから!」

 

 憤慨するペリーヌは芳佳たちがいるはずの浴場へ向かった。

 

「……愉快な人だな」

 

 ペリーヌに対する第一印象は、精々"気位の高いお嬢様"と言ったところだったが、いざ接してみるとプライドこそ高くも思考は柔軟で、戦闘時は味方に合わせるのが上手い。私見だが、ゆくゆくは美緒と同じ戦闘隊長になれる素質もあるように思える。

 欠点とするなら、高いプライドが邪魔をして初対面の人間との円滑なコミュニケーションにやや難が見られることと、美緒に心酔し過ぎているきらいがある所だろうか。尊敬できる上司に心酔することはそう珍しくないと聞いたことはあるが、ペリーヌのアレが果たしてどの程度のものなのか、ユーリには知りようが無かった。

 

 ひとまず考えるのを止めたユーリは、ユニットの汚れを落とすことに集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻り、ミーナの執務室。

 そこには美緒とミーナの他に、妹のお見舞いから戻ったバルクホルンとハルトマンの姿もあった。予定では先ほどのネウロイに関する情報を共有するだけのはずだったが、バルクホルン達はミーナにあるものを突き出す。

 

「悪いが、中身は勝手に見させてもらった。どういうことか説明してくれ」

 

 病院から帰る際、バルクホルン達の乗ってきた車に差し込まれていた一通の手紙。差出人は不明。宛先にはミーナの名前が使われていた。その内容は──

 

 

 ──深入りは禁物。これ以上知り過ぎるな──

 

 

「少なくともこんな手紙、普通じゃないでしょ。どんな意味か興味あるよねぇ」

 

 口調こそいつも通りのハルトマンも、その顔は真剣だ。そんな彼女達に答えたのは美緒だった。

 

「別に何もやましいことはしてないさ。なぁミーナ?」

 

「えっ?──えぇ。私達はただ、ネウロイの事を調べていただけよ」

 

「それでどうしてこんな手紙が届く?」

 

「差出人に心当たりは無いの?」

 

「寧ろあり過ぎて困るくらいだ」

 

 今やネウロイとの戦いに於いてウィッチ達の存在が重要なことは言うまでもないが、その事を快く思わない者も軍の中には多い。以前ミーナ達をロンドンの基地に呼び出した上層部もその手合いだ。

 

「──だが、こんな品のない真似をする奴の見当くらいはつく。恐らくあの男は、この戦いに於いて重要な何かを既に握っている。私達はそれに触れてしまったんだろう」

 

 美緒が言う「あの男」とは……

 

「トレヴァー・マロニー……ブリタニアの空軍大将さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ユーリの自室。ストライカーの清掃を終えたユーリは、自室で以前から進めていたとある作業に取り掛かっていた。シモノフの14.5mm徹甲弾を手に持ち魔法力を発動させたユーリは、目を伏せて意識を集中させている。

 

「……っはぁ…はぁ──今日はこれ位が限界か」

 

 魔法力を収め、ベッドに倒れこむ。手から転がり落ちた弾丸は、淡い魔法力の光を帯びていた。

 

「コレが完成すれば……きっと皆を守れる。もう少し早く手を着けておくべきだった」

 

 深呼吸して息を整えたユーリが弾丸をホルダーに収めた時──

 

「──っ!?敵襲……」

 

 僅かにフラつく体に喝を入れ、ユーリは格納庫へ向かった。

 

「──来たか、ユーリ。今回の敵は単機だが、必要によってはお前の力が頼りだ。頼むぞ」

 

「坂本さん…出撃するつもりですか」

 

「……お前までミーナと同じことを言うな。大丈夫、私はこんなところで死にはしない──よし、出撃するぞ!」

 

 美緒の号令で、ミーナ、エイラ、サーニャ──そして自主訓練で既に外にいるらしい芳佳とペリーヌを除く

 501の全メンバーが格納庫から飛び立った。

 

 ユーリは前を飛ぶ美緒に一抹の不安を覚えたが、情報では今回の敵は単機。もし前回のような分裂型であった場合は、例え命令を無視することになっても〔炸裂〕で一気に敵を掃討する方針を固めた。

 場合によっては模擬戦と先程の作業で残存魔法力が些か心配ではあるものの、そこは皆にカバーしてもらうしかない。

 

 

『──坂本少佐、ペリーヌです!今合流します!』

 

 

 待機していたペリーヌが部隊に合流するが、一緒にいたはずの芳佳の姿がない。

 

「宮藤はどうした!?」

 

「それが……」

 

 警報が鳴った後、ミーナからその場で待機を命じられた2人だったが、芳佳はそれを無視してネウロイを足止めしようと単独先行してしまったのだという。確かに最近の芳佳は成長が目覚しいが、如何せん実戦経験はまだ豊富とは言えない。1人でネウロイを食い止めるのは無理がある。

 

「宮藤が1人で……」

 

「申し訳ありません。元はといえばワタクシが……」

 

「その話はネウロイを倒した後だ。急ぐぞ!」

 

 魔導エンジンを大きく奮わせた美緒に続き、ユーリ達も速度を上げる。皆一様に芳佳の事を心配している中で、ユーリはリーネが物憂げな顔をしているのを確認した。

 

「……リーネさん。どうかしましたか?」

 

「もしかしたら、芳佳ちゃんが先に行っちゃったのは私の所為かもしれないんです。模擬戦の後、お風呂で芳佳ちゃんを(けしか)けるようなこと言っちゃったから……」

 

「坂本さんも言ってましたが、その事についてはまた後で反省しましょう。今は宮藤さんと合流して、ネウロイを倒すのが先決です」

 

「……はいっ」

 

 リーネが気を引き締めると、各員のインカムに基地からの通信が入る。

 

『サーニャさんが広域探知で宮藤さんとネウロイの接触を確認したわ!でも、それ以降の情報が分からないみたいなの』

 

「どういうことだ…そちらから宮藤に引き返すよう言えないのか?こっちから何度も呼びかけてるが、通じないんだ」

 

『こっちも同じよ。もしかしたらネウロイが電波をジャミングしているのかも……』

 

 通信妨害──今までこんな真似をするネウロイとは接触したことがない。

 

「くっ……まだ追いつかないのか!?」

 

『近づいてはいるわ。けど、ネウロイはガリア方面へ引き返してるらしいの』

 

「現れただけで、何もせずに巣へ戻っているということですか…?」

 

 これまでのネウロイはどれもブリタニア方面を目指して侵攻する個体がほとんどだった。サーニャ達が遭遇したような例外もあるが、基本的に奴らは人類に攻撃を仕掛ける目的で姿を現す。

 

(確か数年前、スオムスのウィッチがネウロイに連れ去られる事件があったはず……宮藤さん…っ!)

 

 どうやらユーリと同じような推測に至ったらしい美緒が、魔眼で遥か前方を確認する。すると……

 

「見つけた!宮藤の他に、もう1人ウィッチが…いや、コアが見える。あれは人型のネウロイだ!」

 

 その言葉に、一同は目を見張る。皆が真偽を確認するより早く、美緒はユニットを加速させた。

 

「──宮藤!何してる!?」

 

『──坂本さんっ!?』

 

 物理的な距離が近づいたことで、ジャミングの影響が無くなったらしい。インカムから聞こえる声は、間違いなく芳佳のものだった。だが喜ぶのはまだ早い。今彼女はネウロイに肉薄しているのだ。

 

「早く撃て!撃つんだ宮藤──!」

 

『違うんです坂本さん!このネウロイは……!』

 

「いいから撃て!」

 

『ダメです!待ってください!』

 

 攻撃するよう芳佳に指示を送る美緒だが、当の芳佳は何故かそれに応じない。

 

「惑わされるな!ソイツは人じゃない!」

 

「宮藤さん!せめてそこから離れてください、危険です!」

 

 ネウロイと芳佳の姿を肉眼で目視したユーリも、シモノフの狙いを定める。撃てば当たる距離、芳佳に誤射するような真似はしないが、攻撃の余波に巻き込まれてしまう可能性がある。人型ネウロイという遭遇例の少ない未知の敵だからこそ、できれば〔炸裂〕で確実に倒しておきたいのだが……

 

「くっ…撃たぬなら退け!私がやる!」

 

『坂本さん!』

 

 美緒が銃を構えたことで交戦の意思を感じ取ったのか、人型ネウロイは胸部に覗かせていたコアを収納し、両腕から光線を放つ。美緒はそれをシールドで防ごうとしたが……

 

「──いけないっ!」

 

 ユーリの制止も虚しく、ネウロイの光線は美緒のシールドに命中。撃破したネウロイの破片すらシャットアウトできなかった彼女のシールドはいとも簡単に突破されてしまった。

 咄嗟に持っていた銃で攻撃を防いだものの、それによって内部の銃弾が美緒の至近距離で一斉に誘爆した。

 

「ぐぁあああああああ──っ!!」

 

「坂本さん──っ!!」

 

 意識を失い海に落下していく美緒の体を芳佳とペリーヌが受け止めに向かう。

 

『どうしたの!?一体何があったの!?』

 

 耳元で聞こえる切迫したミーナの声。応答したのはリーネとバルクホルンだった。

 

「坂本少佐が撃たれて……!」

 

「シールドは張っていたはずなのに…まさか……っ!?」

 

「っ………!」

 

 しっかりと銃を握り直したユーリは、独りで人型ネウロイに向かっていった。

 

「なっ……!?おい待てザハロフ!!」

 

 無線越しに今どのような状況なのかを把握したミーナは、震えた声でバルクホルンに指示を出す。

 

『……バルクホルン大尉、ネウロイを追って!』

 

「だが少佐が……!」

 

『早く!命令よ!』

 

「……了解!──ハルトマン!私たちでネウロイとザハロフを追うぞ!リベリアン!後の指揮は任せる!」

 

 シャーリーにこの場を任せ、501の2大エースはネウロイと戦うユーリの元へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──真っ先に人型ネウロイを追跡したユーリは、人型と壮絶なドッグファイトを繰り広げていた。

 

 自分を追ってくるユーリに向かって、人型は両腕から光線を撃ってくる。

 ユーリはそれをロールで回避し、上下逆さの状態になりながら敵を照準。じっくり狙う時間も惜しく、間髪入れず引き金が絞られる。放たれた徹甲弾は狙っていた胴体から逸れたが、ネウロイの右腕先端を破壊。一時的に敵の攻撃力を低下させることに成功した。

 

「お前はここで落とす。ガリアに帰すわけには行かない──!」

 

 現在のガリアはネウロイの領土──数的有利を取られる以上、深追いできない。今この場で奴を倒さなければ。できれば敵に張り付いて攻撃したいところだが、ユーリの銃はセミオートといえど速射性ではどうしても機関銃に劣る上に、取り回しが利かない。向こうの動きもこれまで戦ってきたネウロイより素早く、無闇やたらに撃っていては、弾切れの瞬間を狙われるだろう。

 1番最初に牽制で3発撃ってしまった為、残弾は3発──1発1発を確実に当てていく必要がある。

 

 その為には、不規則に飛び回る相手の動きを一瞬でも止めなければ。

 

 少し考えたユーリは、ユニットを駆動させてネウロイに急接近する。当然向こうは光線を撃ってくるが、それを2重に重ねたシールドで防いだユーリは、ユニットの出力を一瞬だけ全開にする。

 

「ぐ……っ!!」

 

 強烈なGに耐えながら、ネウロイに多重シールドを叩きつけた。突然のシールドチャージに人型ネウロイは一瞬怯んだものの、まだ活きている左腕でユーリの頭目掛けてほぼゼロ距離の光線を撃ってくる。当然、ユーリもそう来るであろうことは予測していた。

 

 腕の先端に光が点った瞬間、ユーリは首と体を大きく捻って光線を回避した。

 膨大な熱量がすぐ近くを駆け抜けていくのを肌で感じながら、ユーリはシモノフの銃口をネウロイの胴体に突きつける。

 

「これで───ッ!!」

 

 終わり。そう思って引き金を引いたユーリだったが……

 

「な……っ!?」

 

 放たれた銃弾が捉えることができたのは、ネウロイの左足の下半分のみ。撃たれる直前に急上昇することで、ユーリの狙いを外したのだ。

 

 戸惑うユーリだったが、すぐさま気を持ち直してネウロイに銃口を差し向ける。しかしその時には既に、ネウロイ側の攻撃準備が完了していた。これでは間に合わない──!

 

「──ザハロフ!!」

 

 不意に、ユーリと人型ネウロイの間を銃弾が駆け抜ける。応援に駆けつけたバルクホルンとハルトマンの攻撃だ。

 相手の数が増えたのを確認したネウロイは、右腕が完全に再生した状態でも流石に分が悪いと判断したのか、攻撃を中断してユーリから距離を取る。

 

「1人で無茶をするな!」

 

「トゥルーデの言う通りだよ、今結構危なかったでしょ」

 

「……すみません、ありがとうございます」

 

「でも、お陰で結構手負いみたいだね。どうするトゥルーデ?今ここで倒す?」

 

「そうしたいのは山々だが…ここは退くぞ」

 

「えー!?どうしてさ?」

 

「ここはガリア国境の目の前だ。これ以上深追いすれば、あっという間に敵に囲まれるぞ。少佐も負傷している今、余計な危険を冒すわけにはいかん」

 

「ちぇー…そういうことなら仕方ないか」

 

 人型ネウロイもこれ以上交戦するつもりはないらしく、攻撃してくる様子はない。

 

「殿は頼むぞハルトマン」

 

「オッケー、任しといて」

 

 バルクホルンの先導で、ユーリは基地へ引き返す。自分の目でも後ろを確認したが、その時既に人型ネウロイは姿を消していた。

 




※サーニャのお父さんの名前は劇中にて登場しておらず、確定ではありません。作者の想像です。

約1ヶ月更新が空きました。まさかここまで長くなるとは当初の私は思っていなかったでしょうね。まぁ今でも忙しさの種はご存命なのですが。
取り敢えずストパン無印の話は最後まで書き通すつもりです。お付き合い頂ければと思います。


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離反

 ガリア国境付近にて確認された人型ネウロイに、美緒が撃墜された──現在彼女は基地の集中治療室に運び込まれ、懸命な処置の末に何とか命を繋ぎ留めることには成功。

 しかし依然として容態は好転しておらず、後は彼女の気力次第──それが医師の見解だった。

 

「──お、ユーリ」

 

「……エイラさん、サーニャさん」

 

 ミーナが執務室に戻ったことを聞いたユーリは、重い足取りでミーナの元へ向かっていたところ、その道すがらエイラとサーニャの2人に出くわした。

 

「大変だったみたいダナ。人型のネウロイが出たんだって?」

 

「……はい」

 

「まぁ元気出せヨ。坂本少佐ならきっと大丈夫だって」

 

「……はい」

 

「アー…サ、サルミアッキ…食うカ?」

 

「……はい」

 

 3回目の返答で、ユーリは心ここにあらずといった様子であることを察したエイラは、自らの実力不足を悟り

 

「……すまんサーニャ、交代」

 

 と、サーニャにバトンタッチする。

 

「ユーラ…坂本少佐が怪我をしたのは、魔法力が衰え始めていたからよ。ユーラのせいじゃないわ」

 

「そうダヨ。宮藤ならまだしも、なんでオマエが落ち込んでんダ」

 

「……知ってたんです。坂本さんがウィッチとしての限界を迎えていることは。あの時、力づくでも止めるべきだったのに、僕は……ッ!」

 

 やり場のない怒りを何とか飲み込んだユーリは「失礼します」と一言告げ、歩みを再開する。

 

「ユーラ……!」

 

 自分を呼び止めるサーニャの声に、足を止める。

 

「心配してくださって、ありがとうございます」

 

 それきり、ユーリはサーニャ達の方を振り向くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──申し訳ありませんでした」

 

「ユーリさん……」

 

 ミーナの執務室を訪ねたユーリは、開口一番深く頭を下げる。

 

「僕は、坂本さんを助けられませんでした。あの時、あんな大口を叩いておきながら…僕は……!」

 

「そんなに思い詰めないで?ユーリさんが責任を感じることじゃないわ。全員の──いいえ、彼女を止められなかった私の責任よ」

 

 美緒が格納庫に向かう際、当然ミーナは出撃を止めた。だが美緒はそれを聞かず、ミーナもまた美緒を強引にでも止めることをしなかった。

 

「それにね。あなたがそんなに落ち込んでいたら、美緒が起きた時に困っちゃうでしょう?だからこの話はこれでおしまい。気持ちは嬉しいけど、ユーリさんまで余計なものを背負う必要はないわ」

 

「ですが……」

 

「ごめんなさい。宮藤さんへの事情聴取の準備をしなきゃいけないから、ね?」

 

「……分かりました。失礼します」

 

 もう一度深く頭を下げて部屋を出ていったユーリ。その背中を見送ったミーナは、椅子に深く凭れる。

 

「……ええ、そうよ。こんな辛い気持ちを、彼にまで背負わせる訳にはいかないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──芳佳の連日に渡る治癒魔法が功を奏したのか、美緒は目を覚ました。皆一様に彼女の無事を喜ぶ中で、芳佳にはミーナより10日間に渡る自室禁固の処分が下される。彼女はそれを受け入れた。

 

「芳佳ちゃん、大丈夫かな……」

 

「仕方ありませんよ。独断専行、命令無視、そのせいで上官が負傷し…あまつさえ、敵を取り逃がす。軍規違反もこれだけ重なればかなりの重罪です。軍法会議にかけられなかっただけ、まだマシな方でしょう」

 

 芳佳の身を案じるリーネはユーリ監修の下、今日も日課の狙撃訓練に励んでいた。といっても、もうリーネの狙撃の腕はかなりのもので、ユーリが新しく教えるようなことはもう無いに等しいのだが。

 

「今日はここまでにしておきましょう。お疲れ様でした」

 

「あ、はい…お疲れ様です」

 

 担いだシモノフを格納庫に仕舞ったユーリは、その足で芳佳の部屋に向かった。南京錠でロックされたドアの前で、中にいるはずの芳佳に呼びかける。

 

「宮藤さん。聞こえますか?」

 

 程なくして、返事が返ってくる。

 

「その声……ユーリさん?」

 

「はい。扉越しですみませんが…少し、話を聞きたくて。あなたが人型ネウロイと接触した時のことです」

 

「……!あの、私…あのネウロイに今までと違う何かを感じたんです。あの時、私はネウロイと分かり合えたような気がしたんです!もしかしたら、ネウロイと戦わずに済む方法があるかも──!」

 

「宮藤さん落ち着いて。……言いたい事は分かりました。ですが、僕はそれを否定せざるを得ません」

 

「……ユーリさんも、ネウロイは全部敵だって言うんですか?」

 

「それは勿論、ですが根拠はあります。──宮藤さんは、スオムスのカウハバ基地で出現したと言われてるネウロイをご存知ですか?」

 

「スオムス……?いえ」

 

「当時スオムス義勇軍に所属していたウィッチが、そのネウロイに洗脳を受け、連れ去られる事件がありました。敵の目的は、ウィッチ側の大きな戦力であるエース隊員の戦い方を情報として盗むこと。加えて、味方のウィッチが洗脳を受けて他のウィッチを攻撃し始めることもあったと聞きます。このせいでスオムス義勇部隊の方々は大いに苦戦を強いられたそうです」

 

 ユーリとて記録でしか目にしていない情報だが、これまで単調な動きしかしてこなかったネウロイが優秀なウィッチの戦い方を学習した結果、どれ程の脅威になるか…容易に想像はつく。

 

「そして問題のネウロイですが──人型をしていた、と。記録にはそう残されています」

 

「そんな……」

 

「宮藤さんの視点では、確かにネウロイが友好的なコンタクトを取ってきたように思えるかもしれません。しかし、向こうがこちらの思考をコントロールする術を持っていると分かった上で見ると……僕が何を言いたいか、わかりますね?」

 

 芳佳があの時感じた気持ち、感覚──その全てが、ネウロイのマインドコントロールによるものであったとしたら?あの時美緒達が駆けつけていなければ、芳佳はあのままネウロイの巣に連れ去られて頭の中から情報を抜き出されていたかもしれない。もっと言えば、本格的な洗脳を受けて501と敵対させられる可能性だってあったのだ。

 

「あなたがやった事は、あなたが思っているより、もっとずっと危険な事だったんです。その事を忘れないでください」

 

 芳佳の返答を待たず、ユーリはその場を後にする。部屋の中で項垂れる芳佳は、今しがたユーリに聞かされた話を反芻していたが……

 

「でも、やっぱり私──」

 

 

 

 

 

 自室に戻ったユーリは机の引出しを開けると、長方形のホルダーを取り出す。中にはシモノフの14.5mm徹甲弾が1発納められており、それを手に取ったユーリは魔法力を発動させ、意識を集中させる。すると、ユーリの中の魔法力が弾丸に込められていく。

 

 そのまま30分程経つと、ユーリは止めていた息を吐き出すようにして魔法力を収めた。

 

(これでやっと必要量の半分ちょっと……できればもう少し貯めておきたいところだけど、またいつ出撃があるか分からないからな)

 

 かれこれ1週間程続けているこの作業。ユーリの魔力総量から、訓練や出撃に障らない程度の量を目分量ではあるが逆算して、少しずつ弾丸に込め続けている。

 

「今日は訓練も休みだし、少しは無理できるか……よし」

 

 再び魔法力を発動させたユーリは、もう一度弾丸に魔法力を込め始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は日付を跨いだ夜中──ユーリを除く501の面々は、ブリーフィングルームに緊急招集を受けていた。

 

「──宮藤さんが脱走したわ!」

 

「へぇ~、ミヤフジの奴やるなぁ」

 

 どうやら窓から外に出て、そのままストライカーで雨の中飛んでいったらしい。

 

「もしこれが上層部に知られたら厄介なことになる。その前に急いで連れ戻さないと──」

 

 ミーナの言葉を遮るように、壇上の電話が鳴った。嫌な予感を感じながら受話器をとったミーナは、深刻な面持ちで伝達事項を皆に伝える。

 

「──司令部より、宮藤芳佳軍曹の撃墜命令が下ったわ。出撃メンバーはすぐに支度をするように……司令部直々の指示で、既にユーリさんが先行して向かっているそうよ」

 

「ユーリが……!?」

 

「アイツ、いないと思ったら……」

 

「彼なら大丈夫だとは思うけど、我々も早く合流しましょう──」

 

 ミーナの指示の下、カールスラント組とシャーリー、ルッキーニの5人で芳佳とユーリの追跡が始まった。

 雨で視界が悪い中でも戦えるサーニャとエイラは念のため基地で待機。ペリーヌは美緒の看病。そしてリーネは、脱走した芳佳の代わりに今日1日自室で謹慎しているよう言い渡された。

 

 格納庫から飛び立っていく出撃メンバー。そんな中、ハルトマンはバルクホルンに囁く。

 

「……ねぇトゥルーデ、ユーリは上から直接言われてミヤフジを追っかけてったんだよね?」

 

「話を聞く限りではな。それがどうした?」

 

「……まさかユーリ、本当にミヤフジを撃ったりしないよね?」

 

「そんな訳あるか。あのザハロフだぞ?501に来たばかりの頃ならまだしも、今のあいつが脱走兵とはいえ仲間を撃つはずがない」

 

「そーだよね。だったら、いいんだけどさ……」

 

 ミーナを介してではなく、上層部から直接ユーリへの指示が飛ぶ──普通ならまずないこの状況に言い知れぬ不安感を募らせていたハルトマンは、この感覚が杞憂で終わることを強く願いながら、先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、一足先に芳佳を追いかけたユーリは、日が昇った空の中、少し離れた所に芳佳の姿を見つけた。武装はしておらず、ユニットだけを履いている。

 

「あの辺は……そうか、この前の──」

 

 芳佳が目指していた場所は、以前人型ネウロイと遭遇した場所だった。そこから少し行けば、ネウロイの巣がある。

 

「──宮藤さん!」

 

「っ……ユーリ、さん」

 

「──宮藤芳佳軍曹。あなたは脱走兵として、現在身柄を追われる立場にあります。おとなしく投降してください」

 

「ユーリさんお願いです!私、自分の目で確かめたいんです!」

 

「それはできません──宮藤軍曹、もう一度言います。投降してください。これ以上は、あなたに銃を向けることになる」

 

「ユーリさん……っ!」

 

 勿論、ユーリとて芳佳に銃を向けたくはない。ましてや撃つなど以ての外だ。だがこのままでは芳佳は再びあの人型ネウロイと接触し、今度こそ帰ってこれなくなってしまうかもしれないのだ。

 

「…そうです、ユーリさんも一緒に!直接見ればきっと分かります!だから──」

 

 尚も食い下がる芳佳に、いよいよ銃を向けようとした瞬間──どこからか、黒い影が飛来した。例の人型ネウロイだ。

 ユーリはすぐさま距離をとり、銃口を突きつける。芳佳はその間に割って入った。

 

「待ってくださいユーリさん!」

 

「宮藤さん…あなたという人は……!」

 

 歯噛みするユーリだが、確かにネウロイが芳佳の無防備な背中を攻撃する様子はない。それどころか、以前交戦したユーリにさえも敵対の意思はないとばかりに何もしてこないのだ。

 

 少しだけ考えたユーリは、僅かに銃口を下げる。

 

「──そこまで言うなら行きましょう。ただし危険だと感じた時は、例えあなたが割って入ろうと躊躇なく撃ちます。それでいいですね?」

 

「ユーリさん……ありがとうございます!」

 

 そう言って顔をほころばせる芳佳。それとは対照的に無表情──というかそもそも顔が無い人型ネウロイは、2人をガリア方面──ネウロイの巣へと案内し始めた。

 改めて見ると、巣の巨大さには圧倒される。一体どのような原理・方法でこんなものが作り出されたというのか。

 

 人型ネウロイは巣の下に空いた穴から内部に入っていく。芳佳とユーリはその後に続き、前人未到のネウロイの巣へと足を踏み入れるのだった。

 

「すごい……雲の廊下みたい」

 

「何があるか分かりません。十分気をつけてください」

 

 通路を道なりに進むこと数分──やがて2人は開けた球状の空間に出た。中には灯りがないはずだが、不思議なことに芳佳達はお互いの姿を視認できている。

 

「これが……ネウロイの巣の内部」

 

 思わずユーリがそう零した瞬間、フラッシュと共に空間の壁面に幾何学模様が走り、眼下に欧州地域の地図が映し出される。その上では、煌々と光る結晶体を前にした人型ネウロイがこちらを見上げていた。

 

「あれって、コア……だよね」

 

「宮藤さん──!」

 

 緊張の面持ちで人型ネウロイとその傍らに浮かぶコアの元へ向かった芳佳。ユーリはまだ人型に対する警戒心が拭えないこともあり、少し離れた場所から彼女たちの様子を見ている。

 

「あ、あの──!」

 

 芳佳が意を決してネウロイに話しかけようとした瞬間、彼女を囲むようにいくつもの窓が浮かび上がる。どうやら映像を映し出すディスプレイの役割を持っているらしいその窓は、まず一番最初に地球を、次に突如現れた世界最初のネウロイの巣へ人類が攻撃を仕掛けていく映像を映し出した。

 機銃をばら撒きながら飛行する航空機を、ネウロイは深紅の閃光でいとも容易く撃ち落としていく。やがて場面は転じ、ネウロイが街を火の海にしていく光景を挟んで、ウィッチ達との戦いの様子に移り変わった。

 海上を這う様にして飛び、幾筋もの閃光を掻い潜るウィッチ──その正体は、なんと美緒だった。

 

「坂本さん……!」

 

 恐らくこれは過去の戦いの記録映像。負傷している美緒が現在進行形で戦っているわけではないはずだが……彼女も責任を感じていたのだろう、芳佳の口から悲鳴にも似た声が漏れた。

 

 そして映像は再び切り替わるのだが……映し出されたのは、奇妙な光景だった。

 

「これ…ネウロイの、コアの破片……?」

 

 白衣を着た男達は、撃墜されたネウロイの破片を回収。そして再び場面は変わり、今度はどこかの建物の中のようだ。ガラス張りのケースの中で輝くコアと、そこから伸びるケーブル。その行き先を見たユーリは、鋭く息を飲んだ。

 

「何、アレ……?」

 

 一体自分が何を見せられているのか分からない、といった様子の芳佳だったが、またも移り変わった映像を見て小さく驚く。次に映し出されたのは、芳佳がこの人型ネウロイと始めて接触した時のやり取りだった。

 ユーリ曰く、この時芳佳はネウロイに洗脳されかけていたのではないかという話だったが……

 

(私は──)

 

 芳佳はネウロイに向かって右手を差し出す。対する人型ネウロイも、人間の手の形に変化させた右腕を芳佳に向けて差し出した。

 ユーリは万が一の時すぐに撃てるよう、シモノフのトリガーに指を掛ける。後は指に力を込めるだけ……ほんの僅かな時間ながら、実際よりも長く感じられた緊張の瞬間は、何かを感じ取ったらしい人型ネウロイの消失によって破られた。

 

「──ッ!?」

 

「待って!──ねぇ!どこに行ったの!?」

 

「宮藤さん、とにかくここを出ましょう!」

 

「でも──!」

 

「外で何かが起きているのは確かです。それを確かめるためにも、まずは外に出ましょう。出口は僕が作ります」

 

 ユーリは手近な壁に向かってシモノフを構えると、薬室内の銃弾に魔法力を充填する。

 

(ここはネウロイの巣だ。多分、普通よりも装甲は硬いはず──)

 

 いつもより多くの魔法力を充填させたユーリは、引き金を静かに絞る。轟音が中の空間に反響し、徹甲弾が壁面に衝突する──!

 

「──さあ早く!あの程度じゃすぐに再生します!」

 

 爆煙が晴れると、そこには直径1メートル程の穴が空いていた。何とか人1人がくぐり抜けられる大きさだが、もたもたしていてはユーリの言う通りすぐに塞がってしまうだろう。

 ユーリに促されて何とか迷いを振り切った芳佳は出口に向かって真っ直ぐ飛ぶ。外に出るまであと少し──そんな時だった。

 

 ユーリが穴を開けた壁とは別の方向から、突然深紅の閃光が奔った──!

 その閃光は2人のいる方向に向かって近づいてくる。

 

「宮藤さん急いで──ッ!」

 

「わぁあああああぁぁぁ──!」

 

 閃光はコアを消し去り、その勢いのまま芳佳達まで巻き込もうとしてくる。ユニットのエンジンを全開にしたユーリ達は、辛くも外へ脱出することに成功するが……

 

「ッ──宮藤さん!」

 

 巣が破壊された衝撃で吹き飛ばされた芳佳は、意識を失って真っ逆さまに落ちていく。すぐさま助けに向かおうとしたユーリだったが、それよりも早く彼女の元にたどり着いたシャーリーとルッキーニによって芳佳の身柄は無事に確保された。

 

「大丈夫?芳佳」

 

「うん……」

 

「…あれは──」

 

 巣の外で待機していたらしいミーナ達と合流したユーリは、基地がある方向へ高速で飛び去っていく何かを目にする。その正体については一先ず置いておき、ユーリはミーナの前に進み出た。

 

「ミーナ隊長。連絡が遅くなり申し訳ありません」

 

「そのことに関してはまた後で報告を。──宮藤軍曹、無許可離隊の罪であなたを拘束します」

 

 芳佳を囲むようにして、一行は基地へ進路を向ける。ミーナ共々最後尾で芳佳を見張っていたユーリは、前方に見えてきた501基地の滑走路に何者かが立っているのを見つけた。数は8~9人程だろうか。

 

 怪訝に思いながらも着陸したミーナ達は、自分達を待ち構えていた人物と向かい合う。

 

「──脱走兵の確保、ご苦労だった。ミーナ中佐」

 

「……まるでクーデターでも起こすようですね、マロニー大将」

 

 多数の兵士と銃口を以てミーナ達を迎えたのは、ブリタニア連邦の空軍大将──トレヴァー・マロニー。以前ミーナに脅迫染みた内容の手紙を寄越したとされている男だ。

 

「クーデターとはとんでもない。これは正式な命令に基づいた配置転換だよ」

 

 マロニーの手に握られているのは、ブリタニア空軍司令部からの文書。ミーナとてこれが偽物だとは思わないが、それでも彼らがウィッチ達に銃を向ける理由が分からない。

 

「これより、この基地は私直属の配下である第1特殊強襲部隊──ウォーロックが引き継ぐことになる」

 

 マロニーの言葉と共に、どこからか飛来した流線型の航空機。機首部分を展開し人型に変形したソレは、ゆっくりとマロニーの背後に降り立った。

 

「君たちは既に現場で目にしているだろうが、これは我々が開発した対ネウロイ殲滅無人兵器〔ウォーロック〕──君達ウィッチに代わる、人類の新たなる武器だ」

 

「こんなものが……」

 

 ミーナ達は先の戦場でウォーロックが人型ネウロイを一瞬で撃破したのを目撃している。自分達に秘密裏でそんな兵器が開発されていたことに驚きを隠せずにいた。

 そこへ基地の中から兵士達に連行されてきたリーネ、エイラ、サーニャ、そして美緒とペリーヌが合流し、ウィッチーズが全員集合する。

 

「それにしても、ミーナ中佐。私は脱走兵を撃墜するよう命令したはずだが?」

 

「存じています。ですが──」

 

「隊員は脱走を企て、それを管理する部隊長は上官の命令を守らない……全く残念だ、ウィッチーズ諸君──本日只今を以て、第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズを解散する!」

 

「えっ…そんな!どうしてですか!?」

 

「どうしてだと?それを君が問うのかね、宮藤軍曹」

 

「それは…っ、でも!だったら私が501を抜ければ──!」

 

「最早君が除隊して済む話ではないのだよ!ネウロイと戦う人類の守護者とも言えるウィッチーズの部隊がこうも無秩序なのが問題なのだ。そんな君達に、我が祖国であるブリタニアの防衛を任せるわけにはいかん!」

 

 マロニーの言葉は一応、筋が通っている。事実、501の面々──というかハルトマンを始めとするトラブルメーカー達はこれまでも命令違反で処分を受けた事があるし、それも1度や2度ではないのだ。

 

「501の隊員諸君は可及的速やかに原隊に復帰してもらう。今から荷物を纏めておくように」

 

 踵を返すマロニーに尚も食い下がろうと口を開いた芳佳だったが、背後に屹立するウォーロックを見て、ある事を思い出す。

 

「……そうだ、私見ました!それがネウロイと同じ部屋──実験室のような部屋の中で一緒にいるのを──」

 

「なっ……何を言い出すかと思えば、妄言も大概にしたまえ!最後くらい、大人しく命令に従ったらどうだね!」

 

 憤慨するマロニーだったが、すぐに落ち着きを取り戻す。そして──

 

 

「それと──()()()()()()()()()()()()()()と命令したのが聞こえなかったか?いつまでそちら側にいる気だ──ユーリ」

 

 

 驚愕の表情を貼り付け、501の全員が一斉に後ろを振り向く。これまでずっと顔を俯けて言葉を発しなかったユーリは、黙って前に進み出る。

 

「ユーリ……お前まさか」

 

「どういうことだよ……!?」

 

「まさか、ワタクシ達をずっと騙して……!?」

 

 口々に飛び交う言葉には一切答えないままマロニーの前で足を止めたユーリは

 

「……命令、了解しました。これより…原隊に復帰します」

 

「よろしい。以上で解散とする。ウィッチーズの諸君は直ちに荷物を纏めるように」

 

 今度こそこの場を立ち去るマロニー。少し遅れて後に続こうとしたユーリの背中を、サーニャとエイラが呼び止めた。

 

「ユーラ!」

 

「オマエ…本気でアイツのとこに行くのカ!?」

 

「……本気もなにも、()は元々こちらの部隊の所属です」

 

「でも……!」

 

「──リトヴャク中尉。コレは、お返しします。……もう、私が持っているべき物ではありませんから」

 

 そう言ってサーニャに差し出されたのは、以前ユーリの誕生日にプレゼントしたヘアピンだった。

 

「オマエ……ッ!」

 

 怒りが限界に達したらしいエイラはユーリに掴みかかろうとするが、ユーリはヒラリとそれを躱す。基本的に対ネウロイを想定した戦闘訓練しか積んでいない彼女達とは違い、ユーリは対人戦の訓練も経験している。格闘戦に於いて素人同然のエイラをあしらう程度、造作もなかった。

 

「既に命令は更新されています。皆さんも早く、ご自分の原隊へ復帰なさってください。──失礼します」

 

 ここまで一度として誰とも目を合わせることなく一礼したユーリは、格納庫へと入っていく。

 もう、ユーリを呼び止める者は誰もいなかった。

 




いつか別作品で「501出撃します!」にユーリを登場させた話を書いてみたいなーとか思う最近です。
反面「出撃します!」は時系列が2になってからなので、書くならまずは2まで行かなきゃかぁ…とも思ったり。


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最後の命令

無印の話を終えた時にユーリのプロフィールを出します。
多分無印の話が終わるのは次回か次々回あたりになると思うので、その中にどれくらいユーリに関する情報を入れられるか分かりませんが。
もしかしたら本編で書ききれなかった情報とかが載るかなーといった感じです。


 マロニーの命令によって解散する事となった501JFW。

 同日の内に基地からの退去を命じられた隊員達は、各々の荷物を持って基地を出ようとしていた。

 

「──全員、忘れ物は無いな?」

 

「はい……」

 

 元々ブリタニア出身のリーネは然して問題はないが、芳佳達扶桑組と美緒の付き添いであるペリーヌは、以前にも世話になった空母赤城に乗って帰る手筈になっている。シャーリーとルッキーニは古びたレシプロ機。サーニャとエイラは貨物列車の荷台に揺られて北方大陸行きの列車が停まる駅へ、それぞれ出発した。

 

 そしてミーナ達カールスラントの3人がバスに乗り込み出発したのを基地の窓から見送ったユーリは、基地の指令室へ足を向ける。

 かつてとは随分様変わりしてしまった指令室ではマロニー直属の部下達が忙しなく動いており、どうやらウォーロックの調整を行っているようだ。

 

「──閣下。1つ、お伺いしたいことがあるのですが」

 

「何だ、私は見ての通り忙しい。手短に済ませろ」

 

 指令台に立つマロニーの元へ向かったユーリは、帰還した時からずっと気になっていた疑問を投げかける。

 

 

「──ウォーロックの動力にネウロイのコアが利用されているのは本当ですか?」

 

 

 一瞬、マロニーの目が見開かれる。

 

「……ミーナ中佐(あの小娘)はそこまで嗅ぎ付けていたというのか」

 

 ユーリがこの事を知ったのはミーナ伝手ではなく、ネウロイの巣で人型に見せられた映像が原因だ。

 

「私もウォーロックのことは存じ上げていましたが、開発にネウロイが関わっているとは初耳だったものですから」

 

「……お前は考えたことがあるか。ネウロイをこの世から撃滅した後の事を──」

 

 世界を滅ぼしかねない脅威であるネウロイに対抗できるのはウィッチのみ。如何に過去の戦いで功績を積み上げた優秀な軍人であろうと、ネウロイ相手では全く歯が立たず、今やウィッチの方が国に対する影響力を強めつつある世の中だ。現にここブリタニア戦線でも、国民や皇室から支持されているのはブリタニア空軍ではなく、あくまでウィッチ達のいる連合軍なのだから。

 いくらネウロイと戦う力があるとはいえ、年端もいかない少女達が英雄だなんだと持て囃されるこの状況を政治的に見た場合、快く思わない者はマロニー以外にもごまんといる。

 

 ならば、ウィッチに頼らずともネウロイを倒すことのできる手段を手に入れればいい──そういったコンセプトの下に開発されたのがウォーロックだった。

 毒を持って毒を制す──既存の兵器が通用しないネウロイに対し、同じネウロイの力を軍事利用することで敵を倒そうと試みたブリタニア空軍は、秘密裏にネウロイのコアを回収し、こうしてウォーロック零号機(プロトタイプ)の開発に漕ぎ着けた。

 これが完成に至れば、ウィッチ達よりも遥かに高い火力、遥かに高い速度でネウロイを撃滅することができる。何より機械なのだから、壊れた箇所は修理すればいいだけ。生きた人間であるウィッチよりも圧倒的に使い勝手がいい。

 

 そんなマロニーの「ウォーロック計画」実現の下準備として501に送り込まれたのが、ユーリだった。

 

 来るウォーロックの量産態勢を確立させるに当たり、マロニーの養子であるユーリが前線で戦果を挙げることで、マロニーの発言力を高める狙いがあった。

 当然、〔炸裂〕という強力な魔法を有するユーリの存在が明るみに出れば、連合軍はユーリを自分たちの勢力に引き込もうとするだろう。そうさせない為に、ブリタニア空軍はウォーロック共々ユーリの存在をもここまでひた隠しにしてきたのだ。

 

 計画が順調に進めば、ブリタニアの技術の粋が込められたウォーロックが世界中で戦果を挙げ、救世の英雄としてネウロイがいなくなった世界の主導権(イニシアチブ)を握ることができる。

 

 ──そうなるはずだったのだ。

 

「それもこれも、あの忌々しい扶桑の小娘のせいで全て台無しだ!奴がネウロイと接触するような事態さえなければ、まだ未完成なウォーロックを前線に出すこともなかった!」

 

 ウィッチーズを排斥した今、ブリタニアに残された戦力はウォーロック零号機とユーリのみ。

 これから彼らがやろうとしている事を考えれば、多勢に無勢は免れない過小戦力だ。

 

「ユーリ、お前にもウォーロックと共に出てもらうぞ。聞いての通りウォーロックはまだ未完成だ、そのフォローに回れ。いいか、今こそ欧州に巣食うネウロイ共を全滅させ、お前の父親の──ラファエルの仇を取るのだ!」

 

「……任務了解。与えられた命令を、遂行します」

 

 

 

 

 

 

 

 一礼して司令室を後にしたユーリは、一旦自室に立ち寄ってから滑走路へ向かう。

 

 これまで発着に使っていた格納庫入口には長大な鉄骨が突き立てられ、厳重に封印されている。唯一ユーリのユニットとハンガーだけが外に運び出されており、1人の整備兵がユニットの最終チェックを行っていた。

 

「ザハロフ曹長。ストライカーユニットの整備、既に完了しています」

 

「ご苦労様です」

 

「……我々も、元いた基地へ帰ることになります。この基地で、最後にあなたのユニットを整備させて頂けて光栄でした」

 

「……思えば、整備兵の皆さんにも結構なご迷惑をおかけしましたね」

 

「とんでもないですよ。…ザハロフ曹長がユニットがボロボロになるような無茶をするのは、それだけ、我々整備兵の事を信頼してくれているからだと、皆勝手にそう思っていましたから。……私はこれで失礼します。ご武運を」

 

 敬礼してその場から走り去っていく整備兵の後ろ姿を見送ったユーリはユニットを履くと、ケーブルに繋がれた状態ですぐ横に屹立するウォーロックを見上げる。

 

「………」

 

 暫し無言でウォーロックを凝視し続けるユーリだったが、インカムから司令室の声が聞こえてきたことで意識を引き戻す。

 

 

『──これより、ガリア地方制圧作戦を開始します。作戦内容は、欧州地方を占領するネウロイの巣の排除。主にネウロイ討伐はウォーロックが請負い、万が一討ち漏らした個体が出た場合はザハロフ曹長、フォローを頼みます』

 

 

「任務了解。出撃準備、完了しています」

 

 ユーリがハンガーに格納されたシモノフを掴むと同時に、ウォーロックも作戦前の最終調整を終えて起動する。

 

『ウォーロック零号機、発進せよ──!』

 

 両足からエンジンを噴かせたウォーロックは、見る見る内に加速していく。滑走路から離陸する直前に、先んじてハンガーから発進していたユーリが急遽増設された機体背部のグリップに掴まった。

 動力からしてウィッチとは一線を画するウォーロックの加速力は凄まじいもので、あっという間にストライカーの出せる平均速度を越えてみせる。直後に高速飛行形態へ変形したウォーロックは、ユーリを連れてガリア方面へ一直線に飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し、時は戻り──基地から離れたバス停では、ミーナ達カールスラントの3人がバスを途中下車していた。本来はもう少し基地に近い場所で下りたかったのだが、マロニーの手の者の監視が中々離れてくれなかったのだ。

 

「──やっと監視もいなくなったわ」

 

「……このままカールスラントに帰って、祖国奪還の為に戦った方が良かったかもな」

 

「…何言ってんの?引き返そうって言いだしたの、トゥルーデじゃん」

 

「や、それはだな…!宮藤には、借りがあるから……」

 

「にひひっ、そうだねぇ。でっかい借りがね~?」

 

 ユーリが501に入ってくる前の事だ。当時のバルクホルンは、妹が半ば植物状態も同然になったことで自分を顧みない無謀な戦い方をしており、それが祟って戦闘中に負傷してしまった。重傷を負った彼女は芳佳の治癒魔法によって命を救われ、それが、後に目を覚ました彼女の妹との再会に繋がったのだ。

 あの時芳佳に救われていなければ、バルクホルンは妹を独り残してこの世を去っていたかもしれない。以降、芳佳には返しても返しきれない程の大きな恩ができた。

 

「つ、つまりだな!アイツを失意のまま扶桑に帰してしまっていいのか!?誇り高きカールスラント軍人がそんな真似を──!」

 

「はいはい、気持ちは十分に分かってるわ」

 

 まくし立てるバルクホルンを抑えたミーナは、真剣な表情で基地の方を見据える。

 

「それに、宮藤さんが言ってた事も気になるの」

 

「それって…ネウロイと友達になるー!ってやつ?」

 

「いいえ。あの時宮藤さんは、ウォーロックがネウロイと接触していたかのような事を言っていたでしょう?」

 

「ああそっちか。でも、信憑性には欠けるんじゃない?だってネウロイの巣で見たって言うんでしょ?」

 

「そうだな。こちらを同士討ちさせようという敵の罠かもしれん」

 

「……少なくとも、宮藤さんの言葉が嘘か誠か──それを確かめられるかもしれないわ」

 

「え?なになに!?もしかして、基地に盗聴器とか仕掛けてあるの?」

 

「そんな暇が無かった事はお前だって分かっているだろう、ハルトマン」

 

「盗聴器は無いけれど──コレがあるわ」

 

 ミーナがポケットから取り出したのは、飾り気の無い1通の手紙だった。

 

「……何それ、誰から?」

 

「丁度2人が居ない時だったから、知らないのも無理はないわね。これは、ユーリさんから渡されたものよ」

 

「なっ…ザハロフの奴が……!?」

 

 

 ──短期間とはいえあなたの部下でしたので、ご挨拶くらいはしておくべきかと

 

 

 基地から出発する直前──ミーナが1人になった所を見計らって、ユーリはこの手紙を手渡した。

 その場では開封しないよう念押しすると、用は済んだとばかりに立ち去ったユーリだったが、手紙の内容に関しては一切聞かされていない。

 

「……ミーナ、それってアレじゃないの?ほら、ラブなレター的な」

 

「バッ、バカを言うなハルトマン!あああのザハロフだぞ!?そんな、上官にいきなりラッ…ラブレターなど渡すはずが…!」

 

「何でトゥルーデが動揺してんのさ……?」

 

「ともかく、開けるわよ?」

 

 ハルトマンの冗談はさておき、あのユーリの事だ。このタイミングで意味のない事はしないはず。

 一縷の期待と共に、ミーナは便箋を広げた。

 

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

既に501部隊は解散し、私は元隊員…最早そう自称するのも烏滸がましい身の上ではありますが、

短い間とはいえあなたの部隊に所属していた以上、隊長であるミーナ中佐の命令は全て完遂すべき

そう判断しました。

よって紙面上とはなってしまいますが、隊長に命じられた最後の命令を以下にて遂行します。

 

 

報告:〈ユーリ・ザハロフ、宮藤芳佳両名によるネウロイの巣内部調査の結果〉

 

ネウロイの巣の内部にて、人型ネウロイは敵対行動は取らず、我々に過去の戦いの映像(アーカイブ)を見せ、

何かを訴えてかけているような印象を受けました。

先の宮藤軍曹が口にしていた

「ネウロイの巣の内部にてウォーロックがネウロイと接触している光景を見た」

という証言ですが、私も彼女と同じものを目にしています。よって彼女の証言は真実であります。

また、信じるかどうかはお任せする他ありませんが、私は洗脳らしき攻撃は受けていません。

まだ確認こそ取れていませんが、ウォーロックにはネウロイの技術が秘密裏に利用されている。

その可能性が非常に高いと推測されます。

 

 

報告は以上です。

 

これをどこで読まれているか、私には分かりません。

しかし、この事実を知ってもどうか、何もせずに原隊へお戻りください。

未知の部分が多いネウロイの技術を搭載したウォーロックは確かに危険です。

ですが同時に、ネウロイに対する強力な兵器に成り得るのもまた事実。

こんな方法しか取れない自分を情けなく思うばかりですが、

これでもう、皆さんが危険を冒してまでネウロイと戦う必要は無くなります。

 

どうか、私に任せてください。

 

 

 

 

 

 ───────

 

 

 

 

 

 

 ミーナが最後まで読み終えると、それを聞いていたバルクホルンは強く手を握り締める。

 

「"何もするな"…?ユーリの奴、一体何を考えてる!?ウォーロックにネウロイの技術が使われている事をマロニー達(連中)は私たちに伏せていたんだぞ!?どうせ碌でもない事になるに決まってる!」

 

「本気で止めに行った方がいいんじゃないの?コレ」

 

「そうね…少なくともコレが書かれた段階では、まだ情報の裏を取った訳ではなさそうだけど」

 

 鉛筆で書かれた手紙から目を離さずに答えるミーナは、末尾の一文の下に何やら跡が残っていることに気づく。恐らく一度書いた文章を消したのだろう。綺麗に消してあるが、鉛筆の芯が刻みつけた筆跡までは消しゴムでは消せない。

 少し考えたミーナは地面をなぞって指先に土埃を付けると、件の箇所を軽く擦り始める。同じ事を何度か繰り返す内に、僅かに凹んだ筆跡部分が土汚れの中に文字を浮かび上がらせた。

 

 そこには……

 

 

 ──万が一ウォーロックが悪用されたり、人類にとって危険な存在となった場合

 

 ──その時は、僕が責任を持って全てのウォーロックを破壊します

 

 

 という旨が書かれていたようだ。

 

「本気…なのかな?」

 

「確かに、ユーリさんの魔法ならウォーロックを破壊することは不可能ではないでしょうけど……」

 

 ミーナ達3人は、ウォーロックが実際に戦う場面を目にしている。ストライカーよりも遥かに高い速度を出し、ネウロイにしか使えないはずのビーム兵器を搭載したウォーロック相手では、彼1人で勝てるとは思えない。

 

「ウォーロックが敵になるのは分かるが、悪用とはどういうことだ?」

 

「……多分だけど、ユーリさんはこの戦いが終わった後の事を言ってるのよ」

 

 このまま計画が進められれば、十中八九ウォーロックは量産されるだろう。そしてその圧倒的な力で世界中のネウロイを駆逐したとする。その後の世界に於いて、ウォーロックは果たしてどうなるのか?

 

 以前、ミーナは美緒とこんな話をしたことがある。

 

 ──もしネウロイがいない世界であったなら、きっと人間同士で争っていたのではないか──

 

 その時は冗談交じりに口にした言葉だったが、今になってそれが現実味を帯びてきている。

 ユーリがその時のことを覚えていたのかは定かでないが、ネウロイとの戦いでウォーロックが敵に回るにせよそうでないにせよ、役目を果たした後、アレが人類に牙を向ける前に破壊する。そう言っているのだ。

 

「──すぐにでも基地へ戻りたいところだけど、流石に警備が厳重なはずだわ。今はとにかく、反撃の機会を伺いましょう」

 

 ユーリを止めに行く事ができないのを歯がゆく思いながらも、バルクホルン達は離れた場所にある基地を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──亜音速で飛行するウォーロックから振り落とされないよう、前方にシールドを張って衝撃から身を守っていたユーリは、程なくしてネウロイの巣へ到達した。キリのいい場所でグリップから手を離したユーリは、そのまま巣に突撃していくウォーロックを見送りながら自身もシモノフを構える。

 敵の接近を察知したらしいネウロイ陣営も、巣の中から幾筋もの閃光をウォーロックに浴びせるが、飛行形態のウォーロックは難なくそれらを躱していく。

 しびれを切らしたように黒雲の中から姿を現した大型ネウロイが一層苛烈な攻撃をウォーロックに放つ。それを正確無比な動きで回避しながら、ウォーロックは先端の機首を展開。敵が打つのと同じ真紅の閃光を放った──!

 

 ウォーロックの光線はネウロイのコアを正確に撃ち抜き、大型ネウロイは登場から程なくして機体を無数の破片へと四散させた。

 

「……こちらユーリ。ウォーロック零号機、大型ネウロイを撃破しました」

 

『フハハハッ!見たか!最早、我々の力はネウロイを超えたのだ!』

 

 無線越しに高笑いするマロニーを他所に、ユーリは目の前に依然健在の巣を見上げていた。改めてウォーロックの力に内心舌を巻いていたところだったが、そんな余裕もすぐに吹き飛んだ。

 

『──閣下!新たなネウロイが2機…いえ、3機出現しました!』

 

『構わん、殲滅しろ!』

 

 ウォーロックはもう一度真紅の閃光を放つ。その攻撃はやはり敵を一撃で撃破するが、敵が減る傍から新たな敵がわらわらと湧いてくる。人型の戦闘形態に移行したウォーロックは両腕から光線を放ち攻撃の手数を増やすが、それでも敵の増加速度には追いつけない。

 

『ネウロイの数、8…9…10…どんどん増えています!このままでは、ウォーロックの処理能力が限界を迎えて最悪停止する危険性が……!』

 

『ぐぬぅ……ユーリ!』

 

「戦闘行動を開始します──!」

 

 ユーリは既に照準済みだったシモノフのトリガーを絞り、ウォーロックの刺客にいたネウロイを撃ち抜く。〔炸裂〕の魔法により機体内部で爆発した徹甲弾は、内部のコアごとネウロイを木っ端微塵に撃ち砕いた。

 

 間髪入れず次の目標──今まさにウォーロックへ攻撃しようとしている個体に狙いを定め、引き金を引いた。轟音と共に放たれる徹甲弾がネウロイを次々粉砕していく。未だ増え続ける敵の一部をユーリが引き受けた事で、ウォーロックの処理能力にもいくらか余裕が戻った。そのタイミングを見計らい、マロニーは新たな指示を部下たちに飛ばす。

 

C・C・S(コア・コントロール・システム)可動準備!』

 

『しかしこのシステムを使うには、共鳴させるコアを持ったウォーロックが最低5機必要です!1機しかいないこの状況で発動すれば、仮に正常可動しても零号機は回路が焼き切れて使い物にならなくなります!』

 

 技術主任の意見で悔しげに歯噛みするマロニー。その間にも、ユーリはウォーロックを必死にネウロイ達の攻撃から守っていた。

 残弾も残り少ない中、撃ち尽くした弾倉クリップを交換し、再び狙撃態勢に入った瞬間──背後に庇っていたウォーロックからキィィィン、という甲高い音が鳴り響いた。

 

「これは……!?」

 

 決して心地いいとは言えない金属が擦れるような音に顔を顰めるユーリが周囲を見回すと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 これまでウォーロックとユーリに集中砲火を浴びせていたネウロイ達が突如攻撃を止め、周辺を一定の軌道で周回し始めたのだ。それだけでなく、巣の中から次々と新たなネウロイ達が現れてはその輪の中に加わっていく。

 

『コッ…C・C・Sが勝手に動いています!どうやら、ウォーロックが自らシステムを起動した模様……っ!』

 

 C・C・S(コア・コントロール・システム)──名前から察するに、ネウロイを支配下に置いて行動を意のままに操ることが出来るシステムだろうか。それならば、この状況にも合点がいく。

 

『……ウォーロックのC・C・S、正常に稼働しています!巣に存在していた全てのネウロイを制御下に置きました!これは予想以上です……!』

 

 指令室に設置されたモニターには、ウォーロックによって形成された制御ネットワークに無数のネウロイが支配されている様が映し出されている。兵士達がそれを驚きと喜びに満ちた表情で見ていると、突然周囲のネウロイの反応が凄まじい勢いで消失(ロスト)し始めた。

 

 同じ頃、戦場ではウォーロックを中心に周囲を漂っていたネウロイ達が一斉に攻撃を始めていた。ただしその矛先が向いているのはウォーロックでも、ユーリでもない。絶え間なく飛び交う真紅の閃光が向かう先は、仲間であるはずのネウロイだった。敵は急に同士打ちを始めたのだ。

 

 時折飛んでくる流れ弾は全てウォーロックの斥力場シールド──当然、魔法力由来のものではない──によって阻まれ、即座に撃ち返された光線で撃墜される。結果として、ウォーロックの最小限の動きだけでネウロイの群れを瞬く間に壊滅させることに成功した。

 

「…こちらユーリ。ウォーロック、ネウロイを全て殲滅しました」

 

 ユーリの報告を聞いて、インカムの向こうで歓喜に沸く指令室。そんな中、不意にウォーロックの反応を示すビーコンが消失した。

 

『なんだ…?──閣下!ウォーロックがこちらからの制御を遮断したようです』

 

『何だと…?ユーリ!そちらはどうなっている!?」

 

「ウォーロックには特別変化は見られませんが……」

 

 そう言って背後を振り向いたユーリは、鋭く息を飲んだ。そして即座にそこから距離を取る。

 

「……前言を撤回します。ウォーロックに異変が起きているようです」

 

 いつでも撃てる状態でスタンバイしたユーリの眼前では、漆黒に染まったウォーロックがメインカメラを赤く光らせていた。

 そして次の瞬間、ウォーロックは急激に高度を下げて飛び去っていく。直ちに後を追ったユーリの視界の先では、一隻の艦船が海上を進んでいた。

 

(あれは確か…赤城。宮藤さん達が乗っているはずの船)

 

 ふと嫌な予感が頭を過ぎった──ユーリはユニットのエンジンを全開にして、全速力でウォーロックに追いつこうとする。

 

「間に合え──っ!」

 

 彼我の距離は約200メートル程──あと少しというところで動きを止めたウォーロックは、両腕を広げて真紅の閃光を放った──あろう事か、赤城に向かって。

 海上を駆け抜けた膨大な熱量が弾け、衝撃と爆音を伴い海面を割る──幸いな事に直撃こそしなかったが、赤城艦内は大きな揺れに見舞われていることだろう。

 

『扶桑の空母アカギが攻撃を受けています!』

 

『何ィ!?』

 

『ウォーロック、制御不能──暴走しています!!』

 

『馬鹿なッ!?』

 

 マロニーの側近はウォーロックの緊急停止を打診するが、マロニーはこれを却下する。マロニーの悲願の根幹を成す貴重な試作機だ。今緊急停止シークエンスを発動してしまえば機体は海中に没し、回収できなくなる。仮にそれが叶ったとしても、ここまでひた隠しにしてきたウォーロックの存在が明るみになる事は避けられないだろう。そうなれば当然連合軍のウィッチ達からの横槍が入り、計画は頓挫・凍結してしまう。それだけは何としても避けねばならない。

 

 だが味方を攻撃しているこの状況を放置しておくわけに行かないのもまた事実。歯噛みしたマロニーは、断腸の思いで決断を下した。

 

『止むを得ん……緊急停止の用意をしろ!』

 

『はっ!』

 

 司令室で対処が行われる最中、現場では赤城が自衛の為戦闘態勢を取ったところだ。対空兵装を展開した赤城は機銃の一斉掃射で弾幕を張り、ウォーロックの攻撃を封じる。ユーリも赤城の攻撃に巻き込まれないよう、遠距離狙撃で援護をしていた。

 司令部がウォーロックを緊急停止させる決断をしたのは耳に入っている。あと少し時間を稼げば、この混乱も終息するはずだ。

 

(頼む、急いでくれ──!)

 

 あの船には芳佳だけでなく、車椅子状態で自由に身動きできない美緒と、付き添いのペリーヌも乗っているのだ。彼女達を無事に扶桑へ返す為にも、赤城を落とさせるわけには行かない。

 

『──準備、完了しました!』

 

『やれ!緊急停止──!』

 

 マロニーの指示で、ウォーロックの緊急停止シークエンスが実行される。その結果はすぐに明らかとなった。シールドで対空射撃を防いでいたウォーロックの動きが急激に緩慢になり、シールドが消滅。対空射撃を受けて機体は撃墜された。

 

 

 ──かに思えたが。

 

 

 爆煙の中から無傷のウォーロックが姿を現し、赤城に向かって本格的に攻撃を始めた。2筋の閃光が航空甲板を切り裂き、長大な光はそのまま遥か遠方の基地にまで到達。埠頭の一部を焼き払った。

 

『ぬぅ…何故だ!?何故停止しない!?』

 

『ウォーロック、こちらからの信号を全く受け付けません!』

 

『こうなれば…ユーリ!ウォーロックを止めろ!』

 

 マロニーに言われるまでもなく、ユーリの行動は迅速だった。周辺を高速で飛行し、一撃離脱を繰り返すウォーロックの軌道を先読みし、的確に銃弾を命中させる。攻撃が妨害されたことで、赤城の乗組員達もユーリの存在に気づいたらしい。誤射しないよう、対空射撃が少し弱まる。

 ウォーロックが再び攻撃を仕掛けるまで、ほんの少しだが猶予がある。その隙にユーリは赤城に無線をつないだ。

 

「空母赤城、聞こえますか?あの機体は私が相手をします。貴艦はすぐにここを離脱してください!それが無理なら全員脱出を!」

 

『ウィッチ…いや、この声は男か……!?』

 

「いいから早く──!」

 

 一先ずユーリの要請を飲んだ赤城の杉田艦長は、すぐさま全速転身を命じた。

 ゆっくりと進路を変え戦場離脱を開始する赤城だが、当然ウォーロックはそれを許さない。甲板に向けて攻撃をしようと両腕を構える──

 

「そうは、させない──ッ!」

 

 中距離から放たれた徹甲弾がウォーロックの腕部先端に命中し、攻撃を妨害する。だが当たりが浅いらしく、対ネウロイ戦を想定し頑強に作られている機体を損傷させるには至らなかったようだ。

 ウォーロックがユーリを新たに排除対象と認識しているのか、機体がこちらを向いたタイミングを狙って、続く第2射──コアが格納されているはずの頭部を照準した瞬間、ウォーロックは片腕から繰り出した光線でユーリを攻撃してきた──!

 

 それを回避することには成功したが、ウォーロックの狙いはユーリではなかったらしい。ユーリを攻撃した際、空いた片腕はしっかりと赤城を捉えており、真紅の閃光が船体前方の甲板を大きく抉りとった。更にその下に位置していた各主兵装の弾薬に誘爆したことで船体に穴が空き、大量の海水が内部に流れ込む。

 このままでは船が沈没するのも時間の問題だろう。

 

「くっ…この──ッ!!」

 

 ウォーロックに接近しながらシモノフを撃つ──いつもより甘い照準で放たれた徹甲弾、しっかり命中さえすればユーリの固有魔法によって一撃必殺は確実。そうでなくとも、ウォーロックに痛手を負わせるくらいはできるはず──だがウォーロックにはあの斥力シールドがあった。ユーリの弾丸はそのシールドに阻まれ、威力は減衰させられてしまう。

 

「なら──!」

 

 ユーリは停止した弾丸で〔炸裂〕を発動させる。内部に込められた魔法力が弾け、ウォーロックの至近距離で爆発が起こった。

 空母の対空兵器も数発の直撃は耐えてみせた装甲だ。今更外側からの爆発程度で手傷を負わせられるなどとは思っていない。ユーリの狙いは、この爆煙によってウォーロックの視界を僅かにでも封じる事にあった。

 

 ウォーロックも負けじと光線で煙を切り払うが、その先にユーリの姿はない──ユーリの姿は、ウォーロックの背後にあった。

 

「──この距離なら、シールドは張れない──!」

 

 銃口が狙うのは、ウォーロックの脚部エンジン──確実にコアを撃ち抜くためにも、まず敵の機動力を削ぐ道を選んだようだ。

 超至近距離で放たれた徹甲弾は、装甲を()いた後に内部で〔炸裂〕──ウォーロックの右脚を根こそぎ奪い取った。

 これによって機体の姿勢制御が難しくなったウォーロックはふらつき始め、徐々に高度を落としていく。

 

 このまま海に落ちてくれ──そんなユーリの望みは、いとも容易く裏切られた。両腕を大きく広げたウォーロックが、手当たり次第に光線を乱射し始めたのだ。

 幸い射線は上方に向いている為、既に赤城から退艦した船員達が巻き込まれることはないだろうが、時間的にまだ全員脱出できていないはずだ。

 

 光線が船の外装を次々抉っていく中、ユーリは限界まで広げたシールドで船を守る。その背後では、船員達が次々と脱出艇で船外に出ているところだった。このまま船を守りきれれば、ユーリも戦いに集中できる。

 できるのだが……残っている弾は僅か1発のみ。予備弾薬も先の戦闘でほぼ使い切ってしまっていた。次の1射を外してしまえば、ユーリの攻撃手段は無いに等しい。

 

 この後どうするか…それを考えながらシールドの維持に注力していると、ユーリの目がシールド越しにあるものを捉え、同時に食いしばっていた口元を一層悔しげに歪ませた。

 

「クソ…完全にネウロイ化してるのか……!」

 

 今しがたユーリが吹き飛ばしたウォーロックの右足脚──その損傷部から、徐々にではあるが機体が再生しつつあった。もし完全修復を許せば、残弾1発のユーリでは撃破が困難になる。

 せめて早く船員達の避難が終わってくれれば、最悪相打ち覚悟の射撃でコアを吹き飛ばすことも可能かもしれない。

 

 やがて、背後から「これで最後だ!」という声が聞こえた。避難完了の合図を受け取ったユーリはシールドの範囲を狭め、ウォーロックに突貫する──!

 

「ぅ…おおおぉぉぉ──ッ!」

 

 ユニットを全開にしたシールドチャージはウォーロックの姿勢を崩し、一瞬だけ光線の乱射が止まった。その隙を逃さず、ユーリはシモノフの銃口をウォーロックの頭部──コアが格納されている箇所に突きつける。対するウォーロックも両腕の間にいるユーリ目掛けて、両腕の発射口を差し向けた。

 

 間髪入れず引き金が引かれ、ゼロ距離で吐き出される徹甲弾がウォーロックの装甲をえぐろうとした瞬間──ウォーロックはまだ生きている左の推進器を噴かせて急旋回。そのせいで体制を崩されたユーリの銃弾は本来の狙いから逸れる。はずだった──

 

「──その動きはもう知っている!」

 

 細部こそ違うが、ざっくり言えば以前人型ネウロイにやられた時と同じ事だ。まず外れることのないゼロ距離射撃に於ける急旋回──同じ苦汁を舐めるわけには行かない──!

 

 ユーリは慌てず、急旋回で振り回された慣性に逆らわないよう身体を捻って姿勢を制御する。そして再度銃口を突きつけた。距離こそ多少離れたが、今度こそ外さない。少なくとも残っているもう片方の脚は奪ってみせる。敵の機動力を完全に奪うことさえできれば、今のユーリにもウォーロックを破壊する手段はあるのだから。

 だがウォーロック側もただ狙われるばかりではなかった。ユーリに向かって突きつけるのは、機首外側に搭載された機銃──威力では光線に劣るが、実弾兵器である分発射までにラグがない。ましてやこの至近距離…ユーリのシールドが間に合うとは思えない。

 

 そんな声もない考えが交錯したのはほんの一瞬──2種の異なる破裂音が同時に響いた。

 片や、小刻みに発せられる軽快な音。片や、空気を穿たんばかりの轟音。

 そんな音を伴い発射された大小の弾丸は、お互いに標的を捉えた。ユーリの徹甲弾はウォーロックの頭部ハッチに大穴を穿ち、ウォーロックの弾丸は予測よりも早く展開されたユーリのシールドによって大部分が阻まれたが、それをすり抜けた数発の内1発がユーリの左腕を掠めた。光線に比べれば威力も低く牽制程度にしかならない機銃だが、口径はそれなりの大きさだ。掠った程度とはいえ、ユーリの軍服の袖を引き裂き、その下に隠れていた白い肌を赤く染めるのは容易だった。

 

「はぁ…はぁ……ッ!」

 

 動力部を打ち抜かれたウォーロックはそのまま海中へ真っ逆さまに落ちていく。その様を痛む左腕を押さえながら見下ろすユーリは、安堵の息をつく。そこへ、下の方から何やら声が聞こえてきた。

 

 

 ──ありがとう!

 ──助かったぞ!

 ──アンタのお陰だ!

 

 

 そんな感謝の言葉をユーリに投げかけているのは、脱出艇に乗った赤城の乗組員達。そういえばと思ったユーリは、波に揺られるボートを1つ1つ確認していく。

 

 

「……そんな」

 

 

 ユーリは、脱出した乗員達の中にいなければならない3人がいないことに気づく──芳佳達だ。

 脱出に遅れた?──いや、あの時確かに「自分達で最後だ」という言葉が聞こえた。少なくとも脱出はしているはず。

 ならウォーロックの攻撃に巻き込まれて?──いや、強固なシールドを持つ芳佳も一緒にいたのだ。ちょっとやそっとの攻撃で突破されるとは思えない。

 何故、何故、何故?疑問符ばかりが頭を駆け巡る。どうして彼女達はいないのだ?

 

 

「…僕は、また……守れな……っ」

 

 

 茫然自失とするユーリ。そのせいで、眼下の海面を突き破ろうとする影に気づくのが遅れた。

 

 盛大な水飛沫を撒き散らしながらユーリのすぐ後ろへ浮上してきたのは、今しがた引導を渡したはずのウォーロックだった。その証拠に、ウォーロックのコアハッチにはくっきり弾痕が残っている。

 

 ユーリの攻撃は間違いなくウォーロックを捉えており、コアにも命中していた。しかしネウロイのコアを兵器利用するにあたってマロニー達がアレコレ手を加えたせいで、通常のネウロイよりもコアそのものの強度が上がっていたのだろう。自分自身を巻き込まないよう〔炸裂〕を使わなかったのが完全に裏目に出てしまった形だ。ウォーロックのコアは徹甲弾に穿たれ欠損しているものの、まだ動ける程度の機能は保持していた。

 

 ギギギ…とぎこちない動作で両腕を持ち上げたウォーロックは、真紅の閃光をユーリに向けて放つ──!

 

 銃弾よりも遥かに速い速度で襲い来る光線。この距離では今度こそシールドも回避も間に合わない。シモノフには最早弾丸は残っておらず、刺し違えることも叶わないだろう。

 

 死を覚悟する暇もなく光に焼かれようとしていたユーリの前に、大きなシールドが展開された。放たれた真紅の閃光はそのシールドが完全にシャットアウトし、ユーリに傷1つ負わせることはなかった。

 光線が止むと、間髪入れず銃弾が彼我の間に割って入り、ウォーロックはユーリから離れる。そんなユーリを庇うように前に降り立ったのは──

 

 

「──助けに来ました!ユーリさん!」

 

「宮藤、さん──」

 

 

 本来持ち得ないはずのストライカーユニットを履き、本来少女には不釣合いな機関銃を携えた扶桑の少女──宮藤芳佳は、ユーリ(仲間)を守る為に再び空を駆ける。

 




ウォーロックのコアが頑丈に~のくだりは完全ご都合オリ設定です。本当にそんなこと出来たらブリタニアの技術力は世界一ィ!になっちゃいますね。

最初はウォーロックvs芳佳&ユーリにしようと思ったんですが、現時点で501最強の矛と盾が揃ってるならウォーロック相手でも結構楽勝なのでは…?と思ってユーリとサシで戦ってもらいました。一応勝ちはしましたが実質痛み分けですね。


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守ってみせる

お待たせいたしました。
2つに分けようかとも思いましたが、この戦いは今回で終わりとなります。
はい、結構長いです。
尚、ユーリ君のプロフィールもアップ致しました。


 ガリア国境付近での戦いにて、芳佳がユーリの助けに入っていた頃──ネウロイと化したウォーロックの攻撃で被害を受けた旧501基地では、ミーナ達が混乱に乗じて基地への侵入を果たしていた。

 司令室に乗り込み、固有魔法で強化された持ち前の怪力を以てマロニーの副官を瞬く間に戦闘不能へ追い込んだバルクホルン。これまで前線には出ず、基本的に内地勤めだった他の軍人達は彼女の強さにすっかり萎縮し、抵抗する気も失せたようだ。

 

 デスクに積み上げられていた資料や記録に目を通したミーナは、盛大な溜め息をつく。

 

「ウィッチーズを陥れる為に、随分色々となさったようですね、閣下?」

 

 険しい表情で自分を見下ろしてくるミーナに、マロニーは悔しげに口元を歪める。

 

「ウィッチーズに取って代わる戦力を得る為にネウロイのコアを回収。しかもそれを周囲に報告せず、挙句の果てにこのような事態を招いた……他国の船に被害も出ている以上、軍法会議は免れませんよ」

 

「……もっと早く宮藤の事を信じてやっていれば、こんな事には……ザハロフを1人で行かせることにもならなかった」

 

 バルクホルンの口から溢れたユーリの名前に、マロニーは眉をひそめる。

 

「……何故そこでユーリの名前が出てくる」

 

 ミーナは、マロニーにユーリから渡された手紙のことを話した。それを聞いたマロニーは驚愕する。

 

「ユーリの奴め……いつからだ!いつから私を裏切っていた!?」

 

「っ……元はと言えば貴様のせいだ!トレヴァー・マロニー!貴様がウォーロックを開発しなければ、あいつが1人でウォーロックと戦う事もなかったんだ!」

 

「お前達のような小娘にはわかるまいな。空軍大将として国の未来を預かる私の考えなど!」

 

「皮肉なモンだよねー、その結果がコレだもん」

 

 すかさず返されたハルトマンの言葉に、マロニーは何も言い返せない。実のところ、ウォーロックは時間をかけて調整を重ねていけばこんな事態にはならなかったかもしれない。こうなった主な原因は、軍の理解を超えた芳佳の行動なのだ。彼女が馬鹿な真似をしなければ、ウォーロックは完璧に制御できていたはず。

 だがこの事を引き合いに出してしまうと、裏を返せば、マロニーは後のことを考えずにウィッチーズを排斥してしまった事にもなる。機密漏洩を防ぐ為に仕方が無かったといえ、これ以上の屈辱を味わうのはマロニーとしても御免だった。

 

「閣下、ここからウォーロックを停止させることはできますか?」

 

「できればとうにやっている。だがウォーロックはこちらの制御を完全に離れたのだ。強制停止命令も意味を成さなかった」

 

「暴走しているということか……完全に敵に回ったと見て間違いなさそうだな」

 

 その時、窓際で外の様子を伺っていたハルトマンが切迫した声をあげた。

 

「──大変だ!アカギが沈みそうだよ!それに、誰かがウォーロックと戦ってる!」

 

「ザハロフか!?」

 

 ミーナが空間把握の固有魔法を発動させ、海上の様子を探る。沈没していく赤城の近くでウォーロックと戦っているのは……

 

「宮藤さん……!それにこの波形は──美緒のユニット!?」

 

 美緒はミーナ達が芳佳を連れ戻しに行っている間、ペリーヌの助けを借りて車椅子のラックに分割した自分のユニットを潜ませていた。だが彼女は今療養中の身。あんな状態で飛べば、今度こそ間違いなく生きて帰っては来れないだろう。だから美緒に代わって芳佳がその翼を借り受け、今ウォーロックと戦っているのだ。

 

「ユーリさんは……基地(こっち)に向かってるみたい。恐らく補給目的でしょう」

 

「奴はこの前にネウロイの巣でも戦っていたんだ。寧ろ、少ない弾数でよく持ち堪えたものだ」

 

「私達も早く行こう!ミヤフジだけじゃ心配だ!」

 

 力強く頷いたミーナは、ハルトマンを伴い格納庫へ走る。手早くマロニー一派の拘束を済ませたバルクホルンも、急いでその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──

 

「──なあ、サーニャ。本当に良かったのカ?戻ってきテ」

 

「エイラは嫌だった?」

 

「や、嫌とかそんな……!ワタシはサーニャと一緒ならどこへでも行くサ。けどさ、ホラ……ユーリの奴」

 

 当初は列車に揺られて北方の地を目指すはずだったエイラとサーニャは、列車を下りてその足を基地へと向けていた。というのも、道中エイラの隣で寝息を立てていたサーニャの魔導針が突然ネウロイの反応を示し、ユーリに危険が迫っている事を知らせたのだ。

 それが分かるなり基地へと引き返したサーニャ。エイラも何も言わず続いたものの、胸の内ではユーリとの最後の会話が蘇っていた。

 

 

 ──これはお返しします。もう、僕が持っているべき物ではありませんから──

 

 

 サーニャ(とついでに自分)が一生懸命選んだプレゼントを、あんな突き返すような真似をされて尚、ユーリを助けに向かおうとしているのは「仲間だったから」という理由で無理をしているのではないかと心配していたのだが。

 

「あの時のユーラ、すごく寂しい目をしてた。ヘアピン(コレ)を渡された時だって、手が少し震えてるのが分かったもの。だから、助けに行かなきゃ……!」

 

 ユーリの行動は、きっと彼の本意ではない。何か止むを得ない事情があったのだろうと、サーニャは最初から信じていた。

 それはエイラも同様だ。あの時は感情に駆られるままユーリに掴みかかってしまったが、そんな彼女を軽くいなしてみせたユーリの所作は極めて優しいものだった。エイラを傷つけまいとして相当加減をしていたのだろう。もしユーリが本当に自分達を裏切り──あの頃のユーリに戻ってしまったというなら、そんな気遣いはしなかったはずだ。今頃エイラの陶器のような白い腕には締め上げられた跡の1つでも残っていたことだろう。

 

「……ま、それでもサーニャからのプレゼントを突っ返したのは納得いかないんダナ。後で1発ひっぱたいてやル」

 

「フフッ……急ぎましょ、エイラ」

 

 エイラにちょっかいをかけられるユーリの姿を想像して小さく笑ったサーニャは、エイラ共々並木道を駆けていく。目的である旧501基地は、もうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度は離散した501の面々が再び集おうとしていた頃──弾切れということもあり芳佳に戦場を任せ、全速力で基地に戻っている最中だったユーリは、背後からエンジンの駆動音を捉えた。ストライカーの魔導エンジンとは似て非なるその音に後方を伺うと、そこには赤いボディで風を切って飛行する古びたレシプロ機の姿が。そしてその機体には、ゴーグル付のヘルメットを被ったウサギのパーソナルマークが描かれていた。

 

「あのマーク……まさか──!?」

 

 

「──よぉユーリ!少し見ない間に大変な事になってんなぁ!」

 

「──やっほーユーリ!」

 

 

 機体をユーリの隣に付けた飛行機のパイロットは、言わずもがなシャーリーだった。後部座席には同乗者であるルッキーニと、更にはペリーヌと美緒の姿もある。なんでも、芳佳とウォーロックの戦いの衝撃で赤城から振り落とされそうになっていた所を間一髪で救出したのだとか。

 

「基地に少佐とペリーヌを送ってくけど、お前も乗ってくか?」

 

「そうしたいのは山々ですが……これ以上は乗れないのでは?」

 

「へーきへーき!ホラ、とっとと乗った!置いてくぞ──!」

 

 シャーリーに急かされるまま主翼に捕まったユーリは、ユニットの動力を落とす。お陰で、ここまでぶっ通しで回し続けていたユニットを少しでも休ませると同時に、決して十全とは言えない残りの魔法力も温存できる。シャーリーの厚意を有り難く受け取り、ユーリ達は真っ直ぐ基地を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャーリー達を乗せた飛行機が基地の滑走路に着陸すると、そこには──

 

「おーい!」

 

 封印されていたハンガーの前でこちらに向かって大きく手を振っているハルトマンと、ミーナにバルクホルン。更にはサーニャとエイラ、リーネの姿までもがあった。そしてその全員が、両足にストライカーユニットを履いている。

 一連の件に関する負い目からミーナ達と目を合わせることができないユーリは、どうにか声を搾り出す。

 

「皆さん……()は──」

 

「もういいんだ、ザハロフ。これ以上1人で抱え込むのは止せ。部隊としての501は確かに解散させられたが、私達は今こうしてここにいる。それだけで十分だ。──1人でよく頑張ったな」

 

 そうユーリを諭したバルクホルンは、優しく頭を撫でる。恐る恐る顔を上げたユーリは、穏やかな目で自分を真っ直ぐに見つめるバルクホルンを見て、彼女は妹を持つれっきとした姉なのだということを思い出す。

 短い付き合いながら、501の面々の事はある程度は知っていたつもりだったが、ユーリが目にしたのはまだまだ上辺だけに過ぎなかったようだ。

 

「──っていうか、ユーリ怪我してるじゃん!大丈夫なの!?」

 

 ハルトマンが指差すのは、ユーリの左腕だった。ウォーロックの攻撃を掠めたことで出血が見られていた傷口にはスカーフを結んで応急処置が施されているが、所詮は急場凌ぎ。スカーフには血が滲んでいる。

 

「幸い、宮藤さんに少しだけ治癒魔法を掛けて貰ったお陰で血は止まってます。少し痛みはしますが、大丈夫です。戦えます」

 

「……どうするミーナ?」

 

 バルクホルンに意見を仰がれ、少し考えたミーナは……

 

「ユーリさん。貴方には色々と言いたい事もあるけれど、それは事が全部終わってからにします。今はウォーロックを撃墜して宮藤さんを助ける為にも、貴方の力を貸して頂戴」

 

「ミーナ……!ホントにいいわけ?」

 

「ただし──」

 

 ユーリの正面に立ったミーナは、両手でユーリの顔をそっと優しく包み込む。

 

「──死なずに、絶対に生きて帰ること。いいわね?」

 

「……はい!」

 

 力強く頷いたユーリは、やれやれと首を振るバルクホルンから1丁の銃を渡される。芳佳や美緒が使っている九九式二号二型軽機関銃だ。シモノフに比べれば軽く、反動の小さいコレならば片手でも何とか扱える。

 

 その後も芳佳が本来使っていたユニットを引っ張り出したり、手早く武器弾薬類の最終チェックをしたりと、各々が出発に向けての準備を終えようとしていた所で、一足先に準備を終えていたサーニャがユーリに声をかけた。傍らにはエイラの姿もある。

 

「ユーラ、ちょっといい?」

 

「サーニャさん?何を……?」

 

 サーニャは何も言わず、ユーリの前髪に手を伸ばす。大人しくされるがままになっていると、小さくパチン、という音が聞こえた。

 

「──うん。これでいつものユーラに戻ったわ」

 

 サーニャが笑顔で見つめるユーリには、あの時ユーリがサーニャに返した──人生で初めて貰った誕生日プレゼントである菱形のヘアピンが着けられていた。同時に、髪で隠れていた双眸も顕になる。

 

「良かった……もう大丈夫ね」

 

「大丈夫、とは?」

 

「サーニャが言ってたんだヨ。オマエが寂しくて泣きそうな目ェしてたっテ」

 

「え……そんな顔、してましたか?」

 

「してたしてた。こ~んな顔だったなァ~?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべたエイラは、ユーリの顔をグニグニと弄り回す。

 

「ちょ、エイラさん!やめてくらさい……っ!」

 

「サーニャに悲しい思いさせやがっテ~!これくらいで済ませてやってるんだから感謝しロ~!」

 

 何とか解放されたユーリは、抓られた頬をさすりながらも真剣な表情で真っ直ぐ2人を見る。

 

「……確かに、お2人には酷い事をしてしまったという自覚はあります。すみませんでした」

 

「どーせオマエの事だから、『501を裏切った自分にヘアピン(コレ)を持ってる資格はない』とかなんとか思ったんだロ?相変わらずクソ真面目というか……」

 

「エイラさん、何故僕の思考を?占いというのは、そういう事もできるものなんですか……?」

 

「ンなわけないだロ……とにかくだ!ソレはオマエが持ってて初めて意味がある物なんだから、もうあんな事すんなヨ」

 

「……はい。改めて、大切にします」

 

 ユーリの言葉を聞いて、サーニャとエイラは嬉しそうに微笑んだ。

 

「──皆、準備はいいわね?これより、至急宮藤さんの救援に向かいます!」

 

 ミーナを先頭に、501の面々は滑走路を飛び立つ。最後の1人を迎えに行く為に──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──発進してから暫く飛行を続けていると、遥か遠方に赤い閃光が垣間見える。ウォーロックの放つ光線だ。芳佳はここまで、見事に敵を抑え込んでいたようだ。

 

「宮藤さんも、魔法力は相応に消耗してるはずだわ。急ぎましょう!」

 

 ユニットの出力を全開にして救援を急ぐ一同だが、遠方のウォーロックは両腕を広げて光線の集中砲火を芳佳に浴びせかけようとしている。いくら彼女のシールドが頑丈とはいえ、まともに受け続けていては防御を突破されるのも時間の問題だ。

 

「けど、ここからじゃ遠すぎる──!リーネの狙撃でも、ギリギリ届かないだろ──!」

 

 シャーリーの言う通り、現在長距離狙撃を行えるのはリーネのみ。しかし射程延伸の術を持つ彼女でさえも、現在地点からウォーロックを攻撃するには距離がある。

 

「芳佳ちゃん……っ!」

 

 ボーイズ対装甲ライフルのサイトを覗き込むリーネは、その先で戦う芳佳に焦燥感を募らせる。イチかバチかで撃つべきか?だが当たるかどうかは賭けだ。敵に気づかれていない今の状況で外してしまえば、もうこの距離から芳佳を援護することはできなくなってしまうだろう。

 

「──方法ならあります」

 

「だがザハロフ。今のお前では狙撃は無理だ!」

 

「ええ、ですから──リーネさん、失礼します」

 

「ふぇ──っ!?」

 

 リーネの背後に回ったユーリは、突然リーネの肩を抱く。加えて銃のグリップを握る彼女の手に、自分の手を重ね合わせた。

 

「ユっ、ユユユーリさん!?急に何を……!?」

 

「生憎僕は狙えない状態ですが、固有魔法は使えます。リーネさんの固有魔法に、僕の固有魔法を重ね掛けすれば、この距離でも──!」

 

「で、でも……その、ち、近いです……!」

 

「魔法を作用させるタイミングをリーネさんに合わせないといけない都合上、コレが一番やり易い体制かと……すみません。不快だとは思いますが、この一撃だけ我慢してください」

 

「はっ、はいぃ……っ!」

 

 耳元で発せられるユーリの声と息にこそばゆい感覚を覚えながら、リーネはボーイズをしっかり構え直す。ユーリは魔法によるブーストしかできない以上、照準から射撃まで全てリーネに一任される。集中しなければ。

 

「すぅ──ふぅ──……っ!」

 

 大きく深呼吸し、遠方で芳佳に対し苛烈な攻撃を行うウォーロックをサイト越しの視界に収める。

 

「大丈夫、届きます──僕とリーネさん、2人でなら──!」

 

「はい──っ!」

 

 突如、リーネとユーリの間に不思議な感覚が生まれた。お互いの息遣いや、力み具合。心臓の鼓動までもが手に取るように分かる。2人の意識は次第に溶け合い、思考が完全にシンクロしたその刹那──!

 

 

「ッ───!!!」

 

 

 トリガーが絞られ、轟音と共に13.9mm徹甲弾が撃ち出される──!

 リーネの〈射撃弾道安定〉にユーリの〈射撃威力強化〉が上乗せされた、正に一撃必殺の鋼鉄の槍は、空を斬り裂いて一直線に突き進む。流星の如く飛来した弾丸はウォーロックの胴体に命中し、上半身と下半身を真っ二つに分断してみせた。

 戦闘不能となったウォーロックはそのまま落下していき、沈みゆく赤城に墜落。それがトドメとなって、赤城は完全に海中に没した。

 

 無事に芳佳と合流を果たした一行は、一先ず再会出来た事を喜ぶ。バルクホルンは両脇に抱える芳佳のユニットは必要なかった、と安堵しながら呟いていたが、ユーリは赤城共々ウォーロックが沈んでいった海面をジッと見つめている。

 

「どうかした?ユーリ」

 

 ハルトマンの問いかけを受け、ユーリの脳裏ではある光景が蘇っていた。

 

「宮藤さん、坂本さん。念の為、すぐに自分のユニットを履いてください。……まだ、終わっていないかもしれません」

 

 ユーリの勧めで、芳佳と美緒は自分のユニットに履き替える。

 芳佳が戦場に現れる直前──ユーリは一度ウォーロックを撃墜している。しかし程なくして、ウォーロックは海中より再び姿を現した。もしウォーロックのコアがまだ無事とすれば……

 

 そんなユーリの予感は現実となってしまった──突如海面が盛り上がり、下から巨大な影が浮上してくる。

 その正体は、破壊された機体を赤城と融合させ蘇ったウォーロックだった。

 

 大まかな外見こそ赤城そのものだが、木製の甲板は見る影もなく漆黒に染め上げられ、ネウロイ特有の幾何学模様が走る。更には船首部分にウォーロックが融合しており、ネウロイとも兵器ともつかぬ異形の姿をとっていた。

 

「最早アレはネウロイでも、ウォーロックでもない──別の何かだ!」

 

 海を脱して空へと飛び立っていく「何か」──敢えてウォーロックと呼ぶ事にする──は、直下に集まっていたウィッチーズに向かって突如攻撃行動を開始した。機体の随所に見られる砲門から真紅の閃光が幾筋も放たれる──!

 

「総員、回避──ッ!」

 

 ミーナの指示が飛び、全員その場から素早く飛び退く。空を切った閃光は海面に突き刺さり、盛大な爆発を引き起こした。

 ウォーロックを取り囲むようにして上昇していくウィッチーズ各位。そんな中、美緒はミーナの空間把握の力を借りた魔眼を用いて、巨大な機体を俯瞰で透視する。その結果、赤城だった船体の中心部に巨大なコアがあり、それが船首部分のウォーロック及び機体全域にエネルギーを供給している事が判明した。

 

「我々ウィッチーズを除いて、アレを止められる者はいない。──いいかお前達!恐らくこれが、このブリタニア戦線に於ける最後の戦いだッ!」

 

「──ストライクウィッチーズ!全機攻撃態勢に移れ!目標、アカギ及びウォーロック!」

 

 

「「了解──ッ!!!」」

 

 

 501を統べる2人の隊長の命令を受け、ウィッチ達は遥か上空へと飛翔していく。破壊すべき目標であるコアは、赤城の機関部に位置している。現存戦力では、外側からの破壊は難しいだろう。誰かが内部に入り込み、直接コアを叩くしかない。

 

 差し当たり適任なのは、扶桑のウィッチであり赤城にも乗船した経験のある美緒か、或いは──

 

「──私が行きますっ!」

 

「私もっ!」

 

「わ、ワタクシも…内部なら少し分かりますわ!」

 

 美緒と同じく赤城に乗船していた期間の長い芳佳と、そこにリーネとペリーヌが同行することとなった。

 残るメンバーは、3人が中に突入するのをサポートする役目を負うことに。

 

「各員、攻撃開始──ッ!」

 

 その一声を皮切りに、各々がウォーロックに激しい攻撃を加えていく──!

 

「フフッ、おっさきぃー!」

 

「おい待てハルトマン!抜けがけは許さんぞ──ッ!」

 

 真っ先に飛び込んでいったのは、2大エースであるハルトマンとバルクホルン。不意を突いて一番槍の座を掴んだハルトマンは、機敏な動きで敵の攻撃を避けながら、赤城に肉薄していく。

 

「──シュトゥルムッ!!」

 

 強烈な風を纏い突撃するハルトマンの攻撃は、甲板を大きく抉り取ってみせた。それに負けじと、バルクホルンも攻撃を開始する。

 

「でぇやぁ──ッ!」

 

 両腕に携えたMG42Sが吠え、魔法力を付加された弾丸の雨によって赤城の船体が瞬く間に削られていく。

 そんな彼女達に続くように、サーニャとエイラも息の合った攻撃でウォーロックにダメージを与えていく。

 4人の猛攻によって周囲への攻撃の手が緩んだのを見逃さず、シャーリーとルッキーニが攻撃を仕掛ける──!

 

「いっけぇ──!ルッキーニィ──ッ!」

 

「アチョ──ゥ!」

 

 お得意の超スピードによって加速したシャーリーは敵の攻撃を掻い潜りながら、抱えていたルッキーニを力の限り投げ飛ばす。更なる加速を上乗せされたルッキーニは前方に多重シールドを展開し、超高速の弾丸と化してウォーロックに突撃する──!

 

 いくらウォーロックといえど、この攻撃を受ければ機体はスクラップとなって今度こそ再起不能になるだろう。そう思われたのだが──

 

「──なッ!?」

 

 驚愕の声を上げたシャーリーが見たのは、溶け合うように融合していた脚部を切り離し、ウォーロックの機体が赤城から分離する光景だった。その結果ルッキーニの攻撃はウォーロックを完全には捉えきれず、船首部分を大きく損壊させるだけに留まった。

 

「ウソー!そんなのアリ──!?」

 

 ネウロイ特有の謎の力によって脚部エンジン無しでも飛行するウォーロックがルッキーニへ攻撃しようとすると、どこからか放たれた銃弾がそれを妨げる。

 

「──ユーリ!」

 

「アレの相手は僕が!宮藤さん達はここから内部に突入してください!」

 

『はいッ!』

 

 左腕は添える程度にしか使えないが、対装甲ライフルに比べれば可愛いもの。右腕だけでも十分反動を受け止められる。

 

『シャーリーとルッキーニはユーリの援護に回れ!このデカブツ、どうやらコアの1部を切り離していたらしい。ウォーロック側のコアも破壊するんだ!』

 

「そんなことも出来んのかよコイツ!?」

 

「ウォーロックに使われていたコアは、従来のネウロイよりも頑丈です。場合によっては、完全に破壊しなければコアそのものを再生される危険もあります。油断せず行きましょう」

 

「うっし、気合入れるぞルッキーニ!」

 

「オッケー!やっちゃいますかー!」

 

 得物を構え、果敢にウォーロックへ向かっていく3人。対するウォーロックは、両腕を大きく広げて周囲に光線を乱射する。

 

「ちぃ──!ルッキーニ!」

 

「アイサー!」

 

 無造作に放たれる光線を懸命に掻い潜る中、僅かな隙を突いてシャーリーとルッキーニの銃口が火を噴く。ばら蒔かれた.30-06スプリングフィールド弾がウォーロックの両腕の関節部に命中し、広げていた腕がダラりと落ちる。この程度の損傷ならばすぐに再生されてしまうだろうが、お陰で決定的な隙が生まれた──!

 

「今だ!ユーリ──ッ!」

 

「はい──ッ!」

 

 無防備になったウォーロックのコアが格納された頭部のハッチ目掛けて、ユーリは至近距離から銃撃を浴びせる。全弾撃ち尽くす勢いで行った攻撃により、頭部ハッチは炎上──後に爆発を起こした。

 

 すぐさま距離をとって、爆煙が晴れるのを待つ。これまで幾度と無く復活を遂げたウォーロックが完全に破壊されたのを肉眼で確認しない限り、油断はできない。

 ユーリを始める3人が固唾を飲んで見守る中、煙の中から壊れかけのウォーロックがユーリ目掛けて飛び出してきた。突然の反撃に備えていたお陰で回避行動に移れたユーリだったが、ここで思いもよらない事態に陥る。

 

 ウォーロックの腕の先端部がまるで人の指のように枝分かれし、退避しようとしていたユーリの脚をユニットごと鷲掴みにしてきたのだ。

 

「ぐぅっ──ッ!」

 

「ユーリ!クソ──ッ!」

 

 ユーリをしっかり捕まえたまま、ウォーロックはストライカーを優に超える速度で滅茶苦茶な方向へ飛び回る。直ちに助けに向かうシャーリーだったが、一度は音速さえも超えてみせた彼女の速さを以て尚、ウォーロックに近づけない。単純な直線勝負なら追いつけただろうが、上下左右へ狂ったように飛び回る敵の動きに付いていくことができないのだ。狙いの定まらないこの状況で迂闊に撃てば、最悪ユーリに当たってしまう。考える間にも彼我の距離はどんどん開いていき、遂には豆粒程にしか見えないくらい離れてしまった。

 

「っ──うぅ───ッ!」

 

 一方のユーリ。上半身を振り回されないようボディに掴まり、強烈なGに耐えながらウォーロックをよく見てみると、コアの格納ハッチはかなりの損壊率。内部のコアも露出しており、ひび割れが酷く、輝きもどんどん鈍くなっている。コアが力を失い、ウォーロックが停止するまでは時間の問題だろう。

 つまり、この乱暴極まりない高速軌道に耐え抜けばユーリの勝ち──というわけには、残念ながら行かなかった。

 

 ユーリは、耳元を駆け抜けていく荒々しい風の中に、異質な電子音が混ざっているのを捉えた。不意に、脳裏を嫌な予感が駆け巡る。

 

「自爆ッ……する気か──ッ!」

 

 ウォーロックは兵器だ。それも、対ネウロイに限ったものではない。これは想像に過ぎないが、ネウロイとの戦いが終わった後でも兵器として利用されていたであろう代物。人類にとって未知のテクノロジーの塊であるネウロイのコアと、それを搭載したウォーロックが万が一敵対国家に渡ってしまった場合、技術の流出を防ぐ為に兵器を自爆させるというのは、そうおかしな話ではない。

 まだプロトタイプにも関わらず、この零号機には自爆機能が搭載されていたのだろう。マロニー達開発陣もまさか使うつもりはなかったはずだが、あろう事かネウロイに利用されることになろうとは露ほども思っていなかったに違いない。

 

 この状況は非常にまずい。このウォーロックもといネウロイはユーリだけでも道連れにするつもりらしく、幸か不幸か仲間達の方へ飛んでいく様子はない──少なくとも今はまだ。

 寧ろ、戦場からどんどん遠くへ離れていっているようだ。時折視界に陸地が見えることから、欧州大陸に片足を踏み入れている状態と推測される。

 とにかく、この巨大な爆弾が皆の元へ向かう前に、ユーリ1人でこの状況を打開しなければ。九九式は弾切れで既に投棄済み。残された攻撃手段はたった1つ──ユーリは右手を後ろに回し、腰に装着していた細長いホルダーに手を掛ける。その中に収められていたのは、1発の徹甲弾だった。

 

(まさか、こんな使い方をするつもりはなかったが……)

 

 間違っても手放さないようしっかりと握り締めた徹甲弾は、ユーリやリーネが普段弾薬として用いる物とはどこか毛色が違って見える。それもその筈。この徹甲弾は、長い時間を掛けて少しずつ溜め込まれたユーリの魔法力に満ちているのだ。この魔導徹甲弾は本当ならば、ユーリの文字通り全魔力に匹敵する程の魔法力が圧縮充填されてやっと完成するのだが、残念ながら今充填されているのは予定の6割5分程。完成品には程遠いが、それでも今この状況に於いては十分過ぎる活躍が見込める。

 

「今度こそ……守ってみせる──僕の、家族を──ッ!」

 

 ユーリは痛む左腕に鞭打って上半身をウォーロックの頭部ハッチに近づける。

 

「これで───終わりだァァァァァッ!!!」

 

 徹甲弾を握った右腕を振り上げ、内部のコア目掛けて力の限り振り下ろす──!

 真紅の結晶体に突き立てられた徹甲弾。その内部に充填された高密度の魔法力がユーリの固有魔法によって一気に解き放たれ、爆ぜる──!

 

 

 これこそ、ユーリの誇る最強最大の攻撃魔法──〈爆裂〉──。

 

 

 次の瞬間、ウォーロックを中心に巨大な爆発が引き起こされた。遠目でもはっきり目視できる程の、巨大な爆発が。

 同時に──ウィッチーズが戦っていた赤城の船体も、内部のコアが破壊されたことで無数の破片と化し散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日……人類は初めて、ネウロイから領土の奪還に成功したのだ。

 

 

 しかしこの勝利の裏に、1人の少年の犠牲があったということを知る者は、ほんのひと握り。

 

 ユーリ・R・ザハロフという世界初の航空ウィザードの存在は、ウォーロック計画という最大の機密事項と共に、人知れず闇の中へと沈んでいくのだ。

 

 

 もう一度言おう。この日、人類は初めてネウロイから領土の奪還に成功した。

 

 だがその大いなる勝利を手にしても、ウィッチ達が心の底から笑うことは無かった。

 



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経歴

※こちらのキャラ紹介には本編での重大なネタバレが含まれております。
 閲覧前に、本編をお読み頂くことをお勧めいたします。


改行など文字の配置はPCでやったので、スマホだと見にくいかもです


氏名:ユーリ・ラファエレヴィチ・ザハロフ

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

性別:Male

 

身長:161cm

 

誕生日:1929年 8月20日

 

年齢:14歳(物語開始時点)

 

通称:無し

 

愛称:ユーラ(主にサーニャが呼称)

 

原隊:ブリタニア空軍 第1特殊強襲部隊ウォーロック※機密事項につき部外秘※

 

階級:曹長

 

使い魔:ツンドラオオカミ

 

固有魔法:〔射撃威力強化〕…念動系魔法の一種。

              魔法力によって銃撃の威力をブーストする

     〔炸裂〕…攻撃系魔法の一種。武器に付与した魔力を破裂させ、爆発を起こす

          504JFWのウィッチが持つ〔魔法炸裂弾〕や

          ワイト島分遣隊隊長の〔金剛力〕と同系統の魔法であり、

          後者よりも射程に秀でている。

          覚醒魔法に大量の魔法力を圧縮充填し放たれる〔爆裂〕が存在する。

          理論上ネウロイの巣を一撃で消滅させられる程の威力を持つが、

          使用には長い準備期間が必要。

 

 

使用武器:シモノフPTRS1941対装甲ライフルカスタム(薬室の改良によって装弾数7発)

 

使用機材:ウルトラマリン スピットファイアMk.IX(リーネと同型ユニット)

 

パーソナルマーク:レティクルを背に導火線付きの銃弾を咥えた白いオオカミ

 

【挿絵表示】

 

 

人物モデル:無し

 

 

 

 

 

〈詳細〉

母親に事故で飛べなくなってしまったオラーシャ人のウィッチ、父親には微弱ながら魔法力を持つブリタニア軍人・ラファエルを持つ。オラーシャとブリタニアのハーフ。顔立ちは中性的。

両親共に魔法力を有していたことで、ユーリは一層希少な固有魔法のダブルホルダーとして生を受けた。

両親の死後、まだ赤子だったユーリはラファエルの上官であり友だったマロニーに引き取られる事になる。

しかしユーリの身に高い魔法力が宿っている事を知ったマロニーは、友の仇討ちと野心の為にユーリを利用しようと画策。戦闘訓練を始め、幼い頃からユーリに徹底的な軍事教育を施す。その一環として主食に軍用レーションが与えられ、足りない栄養素は点滴による投薬で補っていた。

この影響なのかユーリはやや味音痴の気が見られ、常人なら顔を顰める魚の肝油やエイラのサルミアッキも少量なら問題なく飲み食いできるが、本人曰く「本当に不味いものはちゃんと不味い」らしい。

 

 

部隊の中でも特にミーナの存在は後のユーリの人格形成に大きな影響を与えており、尊敬する人物として真っ先に名前が挙がる程。

加えて、自分の誕生日を祝われるきっかけを作ってくれたエイラとサーニャには深い感謝を抱いている。501を代表して彼女達からプレゼントされたヘアピンは一生ものの宝物。

 

501に身を置くようになった当初こそ規律に忠実な猟犬のようだったが、ミーナや美緒を始めとした隊員達との交流を経て、次第にカドが取れていく。ガリア奪還作戦の直前には、仲間をとても大切にするようになるが、一方で自分の無事を考えていない節がある。

マロニーによって501が解体される際には、ウォーロックの危険性を知りながら「全てを終えた後、自分が責任を持って全てのウォーロックを破壊する」という決心を固めていることからも、彼の異常なまでの自己犠牲精神が見て取れる。

 

 

ユーリが501に来た理由は、〔炸裂〕の固有魔法を用いた圧倒的な力でウィッチーズ達よりも多大な戦果を上げ、ウォーロックの実戦配備を進めるに当たってマロニーの発言力を盤石なものにする為。

ウォーロック初号機完成の目処が立つまで派手に活躍し過ぎないよう言われていたが、芳佳の人型ネウロイとの接触、ネウロイの巣への侵入等、不測の事態によってウォーロックは予定をかなり前倒ししてロールアウト。まだ未完成なウォーロックの支援を目的として共に戦場へ赴くことになる。

 

尚、ウォーロックの量産が実現された暁には、ユーリは戦場にて使い潰される予定であった。

 



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顛末

※本項は機密事項につき、当事者を除く第3者への不用意な開示を固く禁ずる※


 1944年 9月

 第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズに所属する12人のウィッチ達の活躍により、ネウロイの巣の撃破及び占領されていた欧州ガリア地方奪還に成功。

 

 同時に、ブリタニア空軍トレヴァー・マロニー大将によって非公式に入隊し任務に当たっていたユーリ・R・ザハロフ曹長は行方不明。ガリア奪還の翌日から身柄の捜索が行われたが、ザハロフ曹長の身柄は発見できず。

 マロニー大将の計画していたウォーロック計画の一端を担っていたという事もあり、軍人としてのザハロフ曹長に関する情報は機密指定の処分がなされた。それに伴い、同氏の身柄の捜索は僅か3日で終了する運びとなった。

 

 ユーリ・R・ザハロフ曹長は戦死とみなされ、以降捜索が行われることは無かった。

 

 

 

 

 

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──声が聞こえた──

 

 

 

──「絶対に生きて帰って」──

 

 

 

──そうだ。死ぬわけには行かない──

 

 

 

──命令は、守らないと──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同年9月 オラーシャ帝国 ペテルブルグ周辺地域

 

 

「──ここら辺はもう大丈夫そうだね」

 

「だな。ネウロイの奴ら、オレ達の強さにビビっちまったのか、少し大人しくなったみてーだ。逆に気味悪りィぜ」

 

 昼間の哨戒任務に趣いていた2人の航空ウィッチ──水色の制服に身を包んだ短い金髪のウィッチと、マフラーを巻いた黒髪のウィッチは、哨戒地域をあらかた回り終えてそろそろ戻ろうかと話していた。

 

「だったらいいんだけどねー、気味悪いってのは同感。こういうの、何て言うんだっけ?ホラ、扶桑の諺で……嵐の後には、なんだっけ?」

 

「嵐の前の静けさ、って言いてぇのか?」

 

「そうそれ!不幸が起こる前触れ、って意味だったっけ」

 

「ヘッ!どんな敵が来ようが、オレの敵じゃねーよ。それより、お前は未来よりも今現在の不幸を心配した方がいいんじゃねーのか?」

 

「へ……?」

 

 間の抜けた返事を返した金髪のウィッチ。直後──ボンッ!という音と共に彼女のストライカーユニットが突然煙を上げる。そこへ追い打ちをかけるように、ユニットの出力がみるみる低下していき、彼女の体は眼下の森へ真っ逆さまに落ちていく。

 

「ちょっ……またぁ!?ウソでしょ──ッ!?」

 

 絶叫の尾を引いて落下していった金髪のウィッチ。通常なら大慌てで助けに行くところだが、黒髪のウィッチは至極冷静だった。

 

「ったく、言わんこっちゃねぇ……おーいニパー、無事かー?」

 

 森へゆっくりと降下していくと、大木の枝に引っかかっている金髪のウィッチを見つけた。

 

「うぅ……今日もツイてない」

 

「いつものコったろ、ンなもん。で、飛べそうか?」

 

「無理……完全に止まっちゃった。あぁ……また怒られる」

 

「ま、だよな。取り敢えず掴まれ、下ろしてやるから──」

 

「ありがと菅野ォ……うぅ……木の皮の破片が口に入ったみたい。なんかじゃりじゃりする」

 

 不幸中の幸いとはこういう事を言うのだろう。黒髪のウィッチの助けを借りて何とか木から下りることに成功した金髪のウィッチは、近くに海があるのを発見した。少量の海水を口に含み、塩辛さに耐えながら口を濯ぐ。

 

 

 ……因みに、濾過していない生の海水で口を濯ぐのは衛生上宜しくないので絶対真似しないように。彼女たちはウィッチだから大丈夫なだけだ。

 

 

 話は戻り、何とか口腔内の異物を全て追い出した金髪のウィッチは、少し離れた浅瀬に何かが浮かんでいるのを見つける。よくよく目を凝らしてみると……

 

「──菅野!人が浮いてる!」

 

「あぁ!?人が浮くわけねぇだろ!ユニット履いてるならまだしも」

 

「そうじゃなくて!海!誰か流れ着いてるんだってば──!」

 

「って……マジかよ──っ!?」

 

 2人で協力し、何とか漂流者を陸に引き上げた。まとわりついていた海藻などを引き剥がすと、頭部には白い動物の耳が生えている。更に腰からは尻尾も伸びていることから、どうやらこの漂流者はウィッチらしい。

 

「息はあるみたいだけど、身体が冷え切ってる……!菅野!今すぐ戻って救助呼んで来て!」

 

「お、おう!待ってろ──!」

 

 ユニットを全開にして基地まで引き返した黒髪のウィッチを見送り、残った金髪のウィッチは今自分に出来る事を考える。

 

「とにかく、身体を温めないと……!」

 

 火を起こせれば一番良かったが、火種があっても着火剤がない。今から集めに行ってはその間に彼女が死んでしまうだろう。

 少し考えた末に、金髪のウィッチは漂流者の身体を強く抱きしめた。これで少しは温まるはず。後は一刻も早く救助が来るのを祈るのみだ。

 

 弱々しい心臓の鼓動を感じながら、金髪のウィッチは呼びかける。

 

「頑張れ!絶対に死んじゃダメだっ!」

 

 一層強く抱きしめられた漂流者の体から、何かがポトリと落ちる。

 金髪のウィッチは、拾い上げたそれを漂流者の手に握らせた。

 

 それからしばらくして、漂流者は無事にペテルブルグの基地へと運び込まれた。昏睡状態で眠る漂流者の枕元には──白い菱形のヘアピンが置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Next unit code: 502JFW "Brave Witches".




はい。これにて本当の意味で無印ストーリーが終了いたしました。
果たしてペテルブルグへ流れ着いた謎の漂流者は何者なのでしょうね?

話が一段落ついた事もあり、次回更新はまた暫く間が空くかもしれませんし、そうでもないかもしれません。

一先ず、拙い話をここまで読んでくださった方にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。


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502JFW
存在しない男


 目が覚めると、そこは知らない場所だった。

 ブリタニアの基地本部とも、501の基地とも違う。窓から日の光が差し込むそこは、どこかのアパートメントの一室を彷彿とさせた。

 視界に広がる天井は無機質な白一色。部屋の壁も所々シミがあったり、塗装が剥がれかけている。そんなボロボロの内装に反して調度品は清潔を保たれており、今自分が寝かされているベッドや、部屋の隅に設置されているクローゼット、木製の床に敷かれた絨毯等は新品と遜色ない。

 

「ん……」

 

 妙に重く感じる体をどうにか持ち上げ、壁に手を付きながらフラフラとした足取りで窓際まで移動した。余程長い間眠っていたのか、陽光が瞼を灼いてくる。少しの間目を瞑ってから、ゆっくり開くと……

 

「どこだ……ここは……!?」

 

 窓の外に広がっていたのは、ブリタニアとは似ても似つかぬ景色だった。海上に位置する孤島という点は同じだが、それを除けば全く違う。慌ててここまでの記憶を遡ってみるも、今現在に至るまでの経緯に関する記憶は全く無い。最後の記憶を境にスッパリと途切れてしまっていた。

 

「確か、僕はブリタニアでウォーロックと戦って…それで、アカギが──そうだ、501の皆は!?あの戦いはどうなって──」

 

 堰を切ったように浮かんでくる数多の疑問で頭の中がパンクしそうになっていたところへ、背後から部屋のドアが開く音が聞こえた。

 

「──あっ、目が覚めたんだ!良かった~!」

 

 万が一の事を考えて身構えながら振り向くと、そこに立っていたのは水色の制服に身を包んだ短い金髪の少女だった。

 

「……ここはどこですか。あの後、僕はどうなって──ッ」

 

 掠れた声を漏らしながら少女の元へ歩み寄ろうとした瞬間、両足から力が抜け落ち、その場に膝を付いてしまう。立ち上がろうと懸命に力を込めるが、自分の意思に反して足は震えを返すのみだった。

 

「あぁ、無理しないで!起きたばかりじゃまだフラフラでしょ」

 

 少女の肩を借りて何とか立ち上がり、ベッドまで支えてもらう。無事にベッドへ腰を下ろすと、少女は「水、持ってくるね」と、部屋を出て行った。

 

 程なくして戻ってきた少女からグラスを受け取り、落とさないよう慎重に水を飲む。冷たい水が喉を通って全身に染み渡る感覚を味わいながら水を飲み干すと、少女は一先ず安心したように中性的な顔立ちを緩ませた。

 

「えっと、まずは自己紹介した方がいいかな?私はニッカ・エドワーディン・カタヤイネン──階級は曹長。ニパって呼んでくれていいから。それで…キミの名前は?」

 

「僕は──」

 

 階級があるという事は恐らくウィッチなのであろうニパと名乗った少女に名を聞かれ、自分も名乗ろうとした時だった。

 

「──失礼しますね?」

 

 ニパに続く新たな来訪者が、ノックの後に扉を開けて入ってきた。こちらは紺色の詰襟を着ていることから、恐らく扶桑の人間だろう。

 

「あ、下原さん!」

 

「目を覚ましたと聞いたので、軽食を持ってきました。お口に合うといいんですが……」

 

 下原と呼ばれた扶桑の少女が差し出したプレートの上には、湯気を燻らせるスープと、3つにスライスされたパンが乗っていた。それを目にした途端、待ってましたとばかりに体が空腹を訴え始める。

 

「下原さんの料理はすっごく美味しいんだよ。お腹減ってるみたいだし、食べて食べて!」

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

 扶桑のマナーに従い「いただきます」を言ってから、ゆっくりと食事を口に運んでいく。スープの具材はどれも柔らかく煮込んであり、相当疲弊している自分でも難なく飲み込める。パンもスープに浸せば咀嚼するのに苦はないし、思った以上にこちらの容態を考えて持ってきてくれたようだ。味に関しては言わずもがな。ニパの言葉に偽りは無く、すぐに完食してしまった。

 

「おかわりは要りますか?」

 

「いえ、取り敢えずはこれで大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ごちそうさまでした」

 

「はい。お粗末さまでした」

 

 プレートを下げて部屋を出ていった下原は、ドアの外で誰かと鉢合わせたようだ。部屋の外から何やら話し声が聞こえる。その後すぐに、またも扉が開かれた。今度は2人組だ。

 

「──食事が出来る程度には回復したようだな。私は第502統合戦闘航空団ブレイブウィッチーズの隊長を務めるグンドュラ・ラル。少佐だ」

 

「私はエディータ・ロスマン。階級は曹長で、この部隊の教練担当をしているわ」

 

「502部隊……」

 

 目の前にいる2人の名前には聞き覚えがあった。特にエディータ・ロスマンと言えば、現代のウィッチ達にとって基本戦法となる2人1組の飛行法「ロッテ」の考案者。原隊であるカールスラント空軍のウィッチの中では撃墜数こそ平凡だが、彼女がウィッチ全体に齎した恩恵は決して小さくない。

 そしてグンドュラ・ラル。彼女も同じくカールスラント空軍出身のウィッチで、撃墜数はカールスラント第3位──ウィッチ全体で見た撃墜スコアで上位を占めるカールスラントのウィッチ中3番手ということは、即ち人類で3番目に多くのネウロイを撃破しているということを意味する。あのハルトマンやバルクホルンに次ぐ戦績を持つグレートエースだ。

 

 そんな2人が、まさか502部隊に招聘されているとは知らなかった。

 

「起き抜けで悪いけれど、貴方にはいくつか聞きたいことがあるわ。事情聴取に協力してもらえるかしら?」

 

「……はい」

 

「ありがとう。──それで悪いのだけど、ニパさんは少し席を外してもらえるかしら」

 

「あー…もしかして、私が聞いちゃいけない話?」

 

「事と次第によっては、正座より辛い罰を受けることになるかもしれないわね」

 

「う、分かりました……それじゃあ、また様子見に来るから」

 

 ニパが部屋を出ていったのを確認すると、ラルは早速質問を始める。

 

「よし。では最初にお前の名を聞かせろ」

 

「……失礼ながら、その前に1つよろしいでしょうか?」

 

 質問に質問で返す形になってしまったが、ラルは無言で続けるように促す。

 

「今はいつで、ガリアはどうなったのか。教えていただけませんか」

 

 この問いに答えたロスマン曰く、今は1944年の9月。最後の記憶から長くは経っていない。そしてガリア地方に関してだが……

 

「ネウロイに占領されていた欧州地方は、501部隊によって解放されたわ。もっとも、具体的にどうやったのか、っていう一番肝心な部分は知らされていないけれど」

 

「501部隊は今……?」

 

「ガリア解放の任務を完遂したのだ、部隊は解散し、隊員も皆原隊復帰を果たしているはずだ」

 

「……そう、ですか。良かった……」

 

「こちらの質問にも答えてもらうぞ。お前の名は?」

 

「僕は……ユーリ・ザハロフといいます」

 

「ではザハロフ。お前はブリタニア空軍の人間で間違いはないか?」

 

「……はい。階級は曹長です」

 

「ふむ、その若さで曹長か……では次の質問だ──お前の原隊はどこだ?」

 

 この質問には、ユーリも言葉に詰まった。自分がブリタニア空軍に身を置いていたという事は、発見当時にユーリが着ていた制服を見れば分かる。嘘をついても仕方のない事と思い肯定したが、原隊の話となると話は大きく変わってくる。

 

 501部隊がガリアの解放に成功したという事実は全世界に公表されているが、その詳細は軍の人間にも秘匿されている──察するに、上層部はウォーロックに関する一連の事実を公表せず、機密として内々に処理したのだろう。そんな状況下でユーリが自らの原隊を正直に口にしてしまえば、当然ラル達は深く掘り下げるはずだ。最終的にブリタニア空軍に所属するリーネにも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 かといって501JFWが原隊というのもおかしな話。あれは各国の軍からエース級の優秀なウィッチを派遣し編成された部隊。ユーリもそこに身を置いていたというのであれば、当然派遣元である原隊に行き着く。

 どうすればいいかと思考を巡らせたユーリは、その末1つの賭けに出た。

 

「……僕は、連合軍第501統合戦闘航空団に身を置いていました」

 

 ユーリの口から出てきた答えに、ラルもロスマンも怪訝な表情を浮かべる。当然だ。501のメンバーにユーリという名の隊員は存在しないことになっているのだから。

 

「……中々面白い冗談だ」

 

「それは整備兵として、という意味かしら?それとも……」

 

「ご想像にお任せします」

 

「ほう……そうか──」

 

 次の瞬間──ラルは腰から拳銃を抜き、ユーリに銃口を突きつけた。

 

「隊長──ッ!?」

 

 突然の事にロスマンも困惑している。対するユーリは、ラルが銃を抜いた時こそ驚いたが、銃口を向けられても身じろぎ一つしていない。理由は簡単。ラルは銃を向けてはいるが、トリガーに指を掛けていないのだ。これは銃を取り扱う際、不用意な誤射を防止するための基本所作。即ち、ラルに撃つ意思が無いことを示している。

 

「……ラル少佐。あまり長く銃口を向けられるのは、いい気分ではないのですが」

 

「……なる程。少なくとも戦場を経験したのは事実らしい」

 

「隊長、いきなりとんでもない事をしないでください。一瞬本気かと思ったわ」

 

「すまんな先生。続けてくれ」

 

 そう言って銃を収めたラルは、引き続きユーリへの質問を再開する。

 

「お前が一介の整備兵でないことは今ので分かった。少なくとも実戦で銃を持ち戦った経験があるな。だが、501部隊にいたというのは到底信じられん」

 

 もっともなラルの意見に、ロスマンがある提案をする。

 

「ではこうしましょう。これから私が501部隊に関する2つの質問をします。その結果を見て、あなたの言葉の真偽を確かめさせてもらうわ」

 

「……分かりました」

 

「そうね…では基本的なところから。501部隊の構成人数は何人かしら?」

 

「12人です」

 

 即答してみせるユーリ。

 

「……そうね。私達の間では11人で通っているのだけど、あなたが本当に501の隊員であるなら、12人よ」

 

 開幕から引っ掛けを出題してきた事に内心舌を巻きながら、ユーリは次の質問に答える。

 

「では2つ目。501部隊には、私の教え子でもあるエーリカ・ハルトマン中尉が所属していたわ。彼女はどのようなウィッチかしら?」

 

「それは……っ」

 

 ユーリは先程と打って変わって固まってしまう。一応、ユーリの中で浮かんでいる答えは以下の2つだ。

 

 

1.ハルトマンは撃墜数250機の偉業を達成した、皆の模範と言うべき素晴らしいウィッチである。

2.同氏は戦場ではウルトラエースの名に恥じない力を示すが、私生活は自堕落の極みである。

 

 

 果たしてどっちが正解なのだろう?問題的な意味はもちろんだが、ここに至ってはユーリの良心も関わってきている。

 

(ハルトマンさんのあの生活態度はいつからだ……!?バルクホルンさん曰く、最初は真面目だったと聞いてるが)

 

 ハルトマンはカールスラント期待のウルトラエースだ。そう「期待のエース」なのだ。

 そんな彼女の師に向かって「あなたの教え子は優秀ですが、それ以上に軍規違反を連発し自堕落な生活を送るトラブルメーカーです」等と非情な現実を突きつけるような真似をしてしまっていいのだろうか?

 世の中には、知らない方がいい事もあると聞く。もしロスマンが501でのハルトマンの輝かしい活躍を楽しみにしていたなら、そんな彼女の夢を壊すような真似はするべきではないのではないか?

 ロスマンが真面目だった頃のハルトマンしか知らないとしたら……ありのままのハルトマン像を知った際の心労は計り知れない。

 

 悩みに悩んだ末、ユーリが出した答えは──

 

「エ、エーリカ・ハルトマン中尉は……カールスラントのウィッチの中でも、非常に優秀な功績を残している、誇り高きカールスラント軍人であります……」

 

 ──前者だった。それを聞いたロスマンは瞳を伏せると、ふぅ、と息をつく。

 

「……分かりました。質問は以上よ、時間を取らせて悪かったわね。隊長、行きましょう」

 

 正解か否かを告げることなく、ロスマンは部屋を出ていく。独り残されたユーリはあれで正解だったのだろうかと無言で頭を抱えながらも、賭けを制し、一先ずこれ以上の追及を逃れることができた事実に胸をなで下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──何というか、色々と申し訳ない気分だわ。もし彼が本当のハルトマン中尉を見たら、どう思うのか……」

 

 部屋を後にしたロスマンは、そう言って溜め息をつく。先の質問の答えが原因だ。ユーリが語ったハルトマンは、主に新兵や訓練生達が教科書で学ぶ──言うなれば「綺麗なハルトマン」だった。

 だが彼女は知っているのだ。自分の僚機として指導を受け始めた頃は素直で真面目で優秀だったかわいいハルトマンが、とある人物によってあんな自堕落で怠け癖のついた問題児に変貌してしまった事を。

 

 どうか真実を知らぬまま真っ直ぐに育って欲しいと、他人ながらに願うロスマン。そんな彼女とユーリは、お互いに認識がすれ違っている事を知る由もない。

 

「ですが、あの質問ではっきりしたわね。やはり彼の言葉は信憑性に欠けるわ。何を思って501にいた、なんて嘘をついたのか……」

 

「──いや、嘘ではないだろう」

 

 ユーリの証言を偽りと判断したロスマンの言葉に、ラルは否を唱えた。

 

「隊長──?」

 

「もし奴が本当にハルトマン中尉の事を知らないのなら、あそこまで悩んだ末の答えにはならん。なのにああも時間がかかったのは、どっちが正解なのかで揺れていたんだろう」

 

「けど……何故?何を悩む必要が……」

 

「さぁな──案外、お前がハルトマンの実態を知って気絶しないかと気を遣ったのかもしれんぞ?」

 

「止めてよ……初対面の相手にそこまで気を遣われるとか、自信無くしそうだわ」

 

「それに──」

 

 足を止めたラルは、無言で窓の外を見つめる。遠く離れたその方角の先には、先日奪還されたガリアがある。

 

「以前報告にあっただろう。欧州大陸上空で起きた謎の爆発──この近辺からでも確認できる程の規模だった。いくら501とはいえ、あれほどの威力を出せる兵器を有していたとは思えん」

 

「ネウロイを撃墜する際、あんなふうに爆発する個体は確認されてないわね」

 

 ネウロイはコアを破壊されると、無数の金属片となって散っていく。その際機体が弾けるようにして崩壊するが、そこに炎や煙といったものが確認されたという例は全くない。

 

「ふっ……エディータ。あいつは手元に置いておいて損は無いかもしれんぞ」

 

「……もしかして、例の爆発は彼が関係してると?」

 

「私の勘だがな。しかし可能性は高いだろう。タイミングが噛み合いすぎている。飼い慣らして戦力に加えるもよし。事と次第では、クソッタレな上層部が隠している機密とやらも聞き出せるかもしれん」

 

「……ニパさんが嘘をつくとは思わないけれど、正直未だに信じられないわね。彼が魔法力を有しているだなんて」

 

 ロスマンが抱えているファイルには、ボロボロだったユーリを治療した医師による診断書が封入されている。内容はこうだ──

 

 

 患者は魔法力の消耗が著しく、運び込まれた段階でほぼ底をついていた。

 海を漂流していた期間は不明だが、皮膚のふやけ具合等から見るに、魔法力で身体を覆うようにして自分の身を保護していたのではないかと推測される。

 

 

 この医師達の見解は見事に的を射ていた。

 

 ロスマンやラルはまだ知らない事だが、ブリタニアの戦いで魔導炸裂弾を用いてウォーロックを完全に消し去ったユーリは、爆発の直前にユニットを脱装し、全力で多重シールドによる防御を行った。お陰でウォーロックと運命を共にせず済んだものの、衝撃までは殺せず、空高く吹き飛ばされてしまった。挙句の果てには意識を失い、運良く内陸側のバルト海に落下。そのまま陸まで流れ着き、ニパ達に発見されたという訳だ。

 意識不明の状態で魔法力による保護を維持し続けられたのは、最早執念以外の何物でもないだろう。自らの固有魔法で爆発が起こる直前、脳裏に蘇ったミーナの言葉──「絶対に死ぬな」という彼女の命令を、ユーリはこうして完遂してみせた。並を大きく上回るユーリの魔力量と、生への執念、そしてニパ達があの場にいた事。どれか1つでも欠けていれば、ユーリはここにいない。正しく奇跡とでも言うべき出来事だった。

 

「何はともあれ、まずは奴がどれ程の腕か確かめる必要がある。先生、機を見て頼めるか」

 

「仕方ないわね……了解」

 




※因みに現時点で、まだひかりちゃんは502に加入していません。


というわけで、新章502編開始となります。
諸々不安はありますが、これまで通りゆったりまったりマイペースで更新していきます。よろしくお願いします。


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502部隊

 ユーリが502部隊の基地に身を置くようになって1週間程──静養に努めた結果、問題なく歩き走れるくらいにまで回復した。

 これまでは空いた時間を使い、簡単な筋トレなどをして少しずつ体を鍛え直していたユーリだが、今日は気分転換も兼ねて朝早くから外に出ていた。無論、未だ部外者の身であるユーリが1人で基地の外に出る事を許されるはずもなく──

 

「──おはよう。ユーリさん」

 

「おはようございます、ニパさん。それと……」

 

「おいニパ!何でコイツが居るんだよ」

 

 ニパの隣には、マフラーを巻いた小柄なウィッチがいた。顔立ちからして下原と同じ扶桑のウィッチだろうか。

 

「何でって、今日からユーリさんも一緒に走るからだよ」

 

「聞いてねぇぞ!」

 

「夕べ言おうとしたら、菅野もう寝ちゃってたんだから仕方ないだろ」

 

 ニパに食ってかかる彼女の名は管野直枝少尉。ユーリの見立て通り扶桑のウィッチで、出撃の際は必ずと言っていい程一番槍を買って出る勇敢な少女だ。

 

「あの……お邪魔でしたら別の場所で走りましょうか?」

 

「ああ、気にしないで!──菅野、別にいいじゃん一緒に走るくらい。それに、ロスマン先生からユーリさんに付き添うよう言われてるんだって」

 

 そう。ユーリが外に出る条件として、必ず隊の誰かが同伴することが義務付けられていた。今回その相手として選ばれたのがニパだったというわけだ。付け加えるなら、室内でのトレーニングに限界を感じていたユーリに外での運動を提案してくれたのも彼女だった。

 

「ったく……おい、ついて来んのは勝手にしろ。だがオレはお前が遅れようが容赦なく先に行くからな!」

 

「……置いていかれない様、頑張ります」

 

 フンッ!とそっぽを向いて、直枝はいつも通っているルートを走り出す。その後に続いて、ユーリとニパも朝練を開始した。

 

「ハッ、ハッ──そういえば今更だけど、聞きたいことがあったんだ」

 

「なんですか──?」

 

「その、ユーリさんってさ……男の人、なんだよね?」

 

「はい。そうですけど……やはり、珍しいですか」

 

「あはは…そりゃあね。私も最初はユーリさんの事、女の子だと思ってたもん。肌白いし、顔立ちもちょっと女の子っぽかったから」

 

「僕からしても珍しいですよ。そんな風に言われたのはニパさんが初めてです」

 

「あ…ごめんね。やっぱり男子的にはこういう事言われるの、嫌だった?」

 

「別に気にしてません。新鮮ではありますけどね」

 

 実際、ユーリの顔立ちは女性的──とまではいかないが、男としては中性的な方だ。加えて身長も高くなく、体の線もやや細い。発見当時、魔法力を発動させている証である使い魔の耳と尻尾を生やしていたことからも、ニパ達がユーリを女と見間違うのは無理もなかった。

 

「おいニパ!ダラダラしてっとソイツと一緒に置いてくぞ──!」

 

「あ、待ってよ菅野ー!」

 

「僕のことは気にせず、先に行ってください。このままじゃニパさんのトレーニングにならないでしょう」

 

「でもまだ本調子じゃないんだし、途中で倒れたりしてたら……」

 

「……なる程。なら、僕が菅野少尉に追いつけばいいわけですね」

 

「……え?」

 

 次の瞬間、これまで軽いジョギング程度のペースを保っていたユーリの体が急加速する。隣にいたニパを後ろに捨て置き、前方遠くに離れた直枝との距離を詰め始めた。それを見たニパも慌ててペースを上げユーリについていく。

 

「ねぇ!いきなりこんなにとばして大丈夫なの!?最初なんだし、少しずつ慣らしてった方がいいんじゃ──」

 

 ニパの言うことはもっともだ。室内である程度運動してきたとはいえ、本格的に動くのは暫くぶり。下手すれば途中でダウンしてしまう可能性も十分考えられるが、当のユーリはそんな心配は無用とばかりにペースを下げる様子はない。

 

「──っ!?」

 

 ニパの声を聞いて後方を振り向いた直枝の目には、驚異的な追い上げを見せるユーリの姿が映る。確かに見事な加速ではあるが、いくら男といえど所詮は病み上がりの人間。どうせすぐにバテて失速するだろう、と踏んだ直枝は、ユーリを引き離すべく更に一段ペースを上げた。

 数秒の後、離れているであろうユーリの姿を見てやろうと再び後ろを向いた彼女だったが……

 

「っ……ンだと!?」

 

 ユーリの姿は先程と同じ位置にあった。寧ろ、さっきよりも自分に近付いているようにさえ見える。

 徐々に詰まっていく直枝とユーリの距離。後ろを追いかけるニパは、いつの間にか自分と直枝が普段走っているのとほとんど変わらないペースになっている事に気づく。

 

「ハッ、ハッ──すっご……!」

 

 そのまま走ること数分──3人は基地の外周をグルリと一周した。因みに着順は直枝、ユーリ、ニパの順。最終的に直枝とユーリの差は多少開き、ユーリと彼に付き添っていたニパが同着となった形だ。

 

「ハァ…ハァ……ッ!」

 

「大丈夫?無理しちゃダメって言ったのに……」

 

 膝に手をつき、肩で息をするユーリ。ブリタニアで毎朝走っていた頃と比べて距離こそ増えたものの、あの時は走った後に美緒の訓練が控えていたのだ。全体としてみれば、運動量はコッチの方が少ない。にも関わらずこの疲労困憊っぷり……まだ回復しきっていないというのもあるだろうが、それ以上に体が鈍ってしまっているようだ。それを裏付けるように、同じペースで同じ距離を走ったはずの直枝とニパは、多少息が弾む程度で収まっている。ユーリとは雲泥の差だ。

 

(鍛え直さねば……できる限り早急に)

 

 疲れた頭で、かつて美緒の指導で行った訓練の中からここでもできそうなものをピックアップしたり、バルクホルンに教えてもらった効率のいいトレーニング方法を思い出す。

 そんなユーリの事をジッと見つめる直枝もまた、改めてトレーニングに打ち込む決意をすると同時に、ユーリの身体能力に驚いていた。

 確かに、序盤は万が一の時助けに入れるよう、後方を伺いながら意図的にペースを落として走っていた。だが終盤は普段と同じか、それ以上のペースで走っていたのだ。にも関わらず、ユーリは病み上がりの本調子でない体でそれに付いて来た。

 

ちっ……やるじゃねぇかよ──オレの勝ちだ!これに懲りたら、病人は部屋で大人しくしてるんだな」

 

「もう菅野ったら……勝負とかそういうんじゃなかっただろ」

 

ユーリ(そいつ)が先に噛み付いてきたんだろうが!勝負って思うのが普通だろ!」

 

「それは……!──確かに」

 

「いや納得すんのかよ……」

 

「菅野少尉の……仰る通りです。正直、予想以上に保ちませんでした」

 

「無理しないで、少しずつ調子戻してこうよ。私達も手伝うからさ」

 

「おい!それオレも入ってねぇだろうな!?」

 

「手伝うくらいいいじゃんか!それに、ユーリさんがこんなになったのは菅野にもちょっとは原因あるんだし」

 

 最終的にユーリがバテる未来は変わらなかっただろうが、確かに直枝が変な対抗意識を燃やさなければ、ユーリの疲労も幾分マシだったかもしれないのもまた事実。

 

「うぐっ……ワーッたよ!付き合えばいーんだろ付き合えば!ったく……」

 

「ご迷惑を、おかけします……」

 

「そう思うんならとっとと養生しやがれ。飯食って寝ろ!」

 

 彼女の言葉に反応するように、ユーリの腹が音を上げる。つられるようにして、ニパと直枝も腹の虫が鳴き始めた。

 

「いい時間だし、食堂行こ。ユーリさんはどうする?キツいなら部屋に持ってくけど」

 

「何度も面倒を掛けるわけにも行きませんし、ご一緒させて頂こうと思います。……もちろん、ご迷惑でなければ。ですが」

 

「迷惑なんて事ないよ。あ、そうだ。いい機会だし、隊の皆を改めて紹介するね」

 

 ユーリがこの基地に運び込まれたという旨は502部隊全員に周知されているが、その中で顔を合わせたのはニパを始め5人のみ。まだ話したことのない隊員とも顔合わせをしておけば、今後ユーリが基地の中を動きやすくなるだろう。

 

 そのままの足で食堂に向かった3人は、入口でロスマンと鉢合わせる。ニパの説明を受け、彼女もユーリを皆に紹介する事に同意してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──斯くして、今ユーリは502部隊の面々の前に立たされていた。

 眼前のテーブルには下原の作った朝食が並んでおり、きちんとユーリの分も用意されている。

 

「──皆さんも聞いていたと思いますが、ここで改めて紹介しておきます。彼はユーリ・ザハロフさん。先日ニパさん達が保護した漂流者よ」

 

「ご紹介に預かりました。ユーリ・R・ザハロフです。最初に、満身創痍の自分を助けてくださった事を感謝します。ありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げたユーリに、テーブルからやや気の抜けた声が飛んでくる。

 

「いやぁ、あの時は驚いたよ。ナオちゃんが血相変えて戻ってくるんだもん」

 

「仕方ねーだろ。人命救助だ」

 

「またまた~照れちゃって。──それで?ここに連れて来たって事は、ボク達にもちゃんと紹介してくれるってことでいいのかな、先生?」

 

 ユーリは初めて目にする502部隊の食卓には、初対面の顔が3つあった。今しがた話していた褐色肌のウィッチと、それとは対照的に真っ白な肌とカチューシャが特徴的な金髪のウィッチ。そしてブラウンの髪をツインテールにしたウィッチだ。

 

「ええ。けどそれより先に、皆の自己紹介を済ませましょう。クルピンスキー、あなたからよ」

 

 既に見知った間柄であるニパと菅野、そしてロスマンとラルを除いた4人が順番に名乗り始める。

 

「初めまして。ボクはヴァルトルート・クルピンスキー、中尉だよ。気軽に"伯爵"と呼んでくれたまえ」

 

「……中尉は爵位をお持ちなんですか?」

 

「彼女の言う事は9割聞き流していいわ、真に受けないこと。──次はサーシャさんね」

 

「はい。──アレクサンドラ・I・ポクルイーシキンです。階級は大尉。この部隊の戦闘隊長を務めています」

 

 皆から「サーシャ」の愛称で親しまれる彼女は、故郷であるオラーシャ陸軍ではトップエースに位置づけられる程の実力者だ。過去の戦いによる負傷から頻繁に出撃できないラルに代わり、彼女が現場指揮を務めることも多い。そんな歴戦のウィッチであるラルからの信頼もまた、彼女の実力の高さを裏付けている。

 

「改めまして、下原定子といいます。少尉です。よろしくお願いしますね。…それと、隣の彼女は──」

 

「ジ、ジョーゼット・ルマールです……少尉、です」

 

 下原の隣にちょこんと座る小柄な少女──日頃「ジョゼ」と呼ばれている彼女は、基本的に男子禁制であるこの空間にユーリが居る事で緊張しているようだ。先程からチラチラと目線をユーリに向けているが、一度として目を合わせてくれない。彼女の心状はユーリとて重々理解しているのだが、それでも少しだけ──ほんのちょっとだけ、傷ついた。

 

(いやいや…寧ろ初対面なのに抱きついてきたり気さくに話せるシャーリーさんやルッキーニさんがいじょ──凄いんだ。これが普通の反応だ。うん。これが普通……)

 

 そう思うことで心の平常を保ったユーリは、続けられるロスマンの言葉に耳を傾ける。

 

「自己紹介も済んだところで、さっきの話を続けるわよ。彼には暫くこの502基地へ滞在して、回復に努めてもらいます。その後経過を見てから、我々の部隊に加わって貰う予定です」

 

「はぁ!?おいどういう事だ!?」

 

 堪らず椅子から立ち上がった菅野。他の隊員達も、事情を知るか否かを問わず彼女と胸中を共にしているようだ。一言一句違わず──どういう事だ?──と。それは当のユーリも同様だった。

 

「彼を発見した当事者である菅野さんやニパさんは知っていると思うけど、改めて説明するわね。彼の体には魔法力が宿っています。全快に至ればこの場の全員を上回ると推測されているわ」

 

「男性のウィッチ……ウィザード、ということですか?」

 

 一口にウィッチと言っても、在り方は様々。当然、ユニットを駆動させるに至らない微弱な魔法力を宿して生まれる者もいるし、そのボーダーをクリアしても全員が航空ウィッチになれるわけではない。事実、全世界に存在するウィッチの過半数以上は空ではなく陸で戦っているのだ。そんな陸戦ウィッチ達の為に陸戦用ストライカーも日夜開発・配備されている。

 同じストライカーではあるが、陸と空ではエンジンを駆動させるのに要求される魔法力が桁違いとなる。陸戦型が脚部ユニットの履帯を回すのに対し、航空型は人一人を空高く浮かせるのだ、それも当然と言えるだろう。

 ユーリが身を置いていた501や、ここ502部隊の面々を始めとする航空ウィッチ達は、ウィッチ全体で見れば少数派──航空ユニットを長時間稼働させ、そのまま戦闘を行えるだけの膨大な魔法力を宿した文字通りの逸材なのだ。

 そんな彼女達をも凌ぐ魔法力となると、現実離れして聞こえるのも無理はない。ユーリ以上の魔法力を持つ扶桑の少女の話をすれば、目が眩むのではないか。

 

「──今は幸い目立った活動がないけれど、ネウロイの攻撃は着実に激しさを増してきてるわ。我々攻性部隊にとって戦力はあって困るものではないし、悪い話ではないでしょう」

 

「確かに人手が増えるのは助かりますけど……」

 

「ユーリさんは早く元の部隊に帰してあげた方がいいんじゃないかな?きっと心配してるよ」

 

「……と、ニパはこう言ってるが?お前はどうだ、ザハロフ」

 

「僕は……」

 

 この場に於いてユーリが501部隊に所属していたという事実──厳密には推測だが──を知る者は本人を除けばラルとロスマンのみ。サーシャもニパも、ユーリがどこかの部隊での戦闘で海に落ち、ここへ流れ着いたと思っているのだ。魔法力の目覚めは個人差がある。流石にユーリ程歳を重ねてからの覚醒は珍しいケースだが、海に投げ出されるという極限状態に追い込まれたことで発現したと考えれば辻褄は合う。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 結局その場では答えが出せず、今日の夕飯まで回答は保留という事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べ終えて部屋に戻ったユーリは、ベッドの上で考え事をしていた。件の話の答えはもちろんだが、主だった原因は食堂を出る際にラルに言われたことである──

 

 

 ──戦場を離れるなら止めはせんが、ネウロイと戦うつもりなら我々に着いた方が懸命だぞ。悪いようにはしない──

 

 

 かれこれ数時間、声も発さずに考え続けているユーリは、ラルのこの言葉の真意について1つの推測を見出している。

 

 ずばり、自分はもう死んでいるのではないか?と。

 

 より正確に言うならば、自分は()()()()()()()()()()のではないかという事だ。

 

 501部隊は、世間的に見ても各国のエース隊員達が結集した精鋭中の精鋭部隊。言ってしまえば宝のようなものだ。入隊した経緯が経緯とはいえ、ユーリのブリタニア戦線に於ける功績は決して小さくない。そんな彼を縛り付けていた直属の上官が失脚したのだ。彼の活躍を聞いた各国の上層部はもちろん、何よりブリタニア空軍にとって、ユーリは是非とも正規所属の軍人として手に入れたい・手元に置いておきたい戦力だろう。行方不明になっているならば、血眼になって捜索してもおかしくない。当然、各地の基地にも通達が行くはずだ。

 だというのに。ユーリを見つけたニパ達は勿論、上層部と表立って相対するラルでさえもユーリの存在を全く知らなかった。軍の権力をもってすれば素性を偽装するなりしてユーリ(捜索者)の正体を隠すこともできただろうに。

 

 これらの事を踏まえ、ユーリは自分が既に戦死認定を受けているか、ウォーロック共々機密として歴史の闇に葬り去られた存在なのではないか、という結論にたどり着いたのだ。自分で考えておいて変な気分だが、これが一番しっくり来た。

 

 ネウロイと戦うなら軍のサポートは必要不可欠。しかし今のユーリは帰るべき部隊が存在しない上に、そもそも存在しないことになっている。軽はずみに外部へ連絡してしまえば、権力者達が奪い合うパイとなってしまう可能性が高い。そういった理由から、ラルはユーリを502部隊に引き入れようとしているのではないだろうか。少なくともこの欧州戦線に於いて、戦力は多いに越したことはない。上層部もユーリの存在を知ったからといって無闇に引き抜くような真似はしないはずだ。

 軍属ではなくあくまで民間──今のユーリは事実上軍の人間ではない──からの入隊という例では、丁度芳佳という前例もある。客観的に見て彼女に匹敵する才能と資質を持つユーリならば、兵学校を介せずに直接入隊させることにも違和感はないだろう。

 

「……何というか、随分知能派な人だな」

 

 一緒にするのは本人に失礼極まりないだろうが、彼女はどこかマロニーと通ずるものを感じる。バリバリの現場で戦うタイプかと思いきや、アレで中々謀略も得意なタイプと見た。そんな彼女と同じ土俵でユーリが優位に立てるはずもない。ユーリに残された道は実質1つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻──朝と同じように食堂に集まる部隊の面々。食事が始まる前に、ユーリは例の件に対する回答を伝える。

 

「答えは決まったか?」

 

「はい──少佐のお誘い、お受けします。502部隊の一員として、一緒に戦わせてください」

 

「……ほんとにそれでいいの?」

 

「ええ。……僕のいた部隊は既に解体されてますし、他に行く宛もありません。それに、助けて頂いた恩返しもしたいですから」

 

「決まりだな──」

 

 心配そうな顔をするニパを納得させたユーリは、隊長であるラルに真っ直ぐ向き直る。

 

「ユーリ・ザハロフ。貴様はこれより我が502部隊の隊員として私の下で戦ってもらう。だが病み上がりの者を戦場に出すわけにもいかん。よって──」

 

「──貴方には本格的な訓練の前に、私のテストを受けてもらいます」

 

 ラルの言葉の続きは、ロスマンが引き継いだ。

 

「テスト…ですか」

 

「ええ。と言っても、そう難しいものではないわ。万全じゃないとはいえ、()()()()()問題なくクリアできるはずよ」

 

 どこか含みのあるロスマンの言葉。とにかく、彼女の課すテストとやらに合格すれば、ユーリは本格的にこの部隊の戦力として数えられるようだ。因みにもし不合格だった場合は、戦場に出ない整備兵として働く事になるらしい。

 

「それじゃあ食事にしましょ。テストは明日の一○○○(ヒトマルマルマル)から。しっかり食べて、体調を整えておきなさい」

 

「了解」

 

 暫定ではあるが新たな仲間を迎えた502部隊の夕食は、以前より少しだけ賑やかだった。主にクルピンスキーやニパから前いた部隊に関する質問が幾度となく飛んできたが、どうにかやり過ごすことに成功。内心で変な汗をかきながらも、その日は眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──隊長。彼が501にいたという事、皆に伝えなくて本当に良かったんですか?」

 

「構わん。奴とてまだ完全に信用できるわけではないからな。交渉用のカードは残しておくべきだろう?」

 

「……あなたって、本当に狡猾ね」

 

「ふ…いつも言ってるだろう。これも戦略だ」

 

 先日行われた事情聴取にて、ユーリが語った嘘──に見せかけた真実。つまり、ユーリには自分が501部隊にいたという事を公言したくない理由があるのだろう。流石にその真意まで探ることはできなかったが、あたりがついただけでも収穫だ。

 

「奴が戦場に身を置けば、遅かれ早かれ化けの皮は剥がれる。願わくば、それまでに懐柔しておきたいものだな」

 

「……一応、私の生徒になる予定の子にあまり酷い事はしないでちょうだいね」

 

「ほう…?早くも情が沸いたか?先生」

 

「違うわよ。将来有望な後輩を潰されるのは、教練担当としていい気持ちがしないってだけ」

 

「将来有望…か。明日が楽しみだな」

 




なんかこう、ユーリと隊長の腹の探り合いみたいな方向になっていってる感じが…そういうの好きとか得意ってわけじゃないんですけどねぇ


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爆ぜる牙

 某日の朝──ユーリは格納庫に足を運んでいた。

 目の前にはハンガーに固定されたストライカーユニットが鎮座しており、傍らにはロスマンとサーシャの姿もあった。

 

「今回あなたに使ってもらうのは、この予備のユニットよ。暫く使われてなかったけど、昨日の内にメンテナンスは済ませてあるから問題なく動くはずだわ。ザハロフさん、そっちの調子はどう?」

 

「魔法力は8割方戻っています。体調も万全です」

 

 ユーリはその身1つでここに流れ着いた為、当然自分のユニットも武器も所持していない。この基地に使われていないユニットがあって幸いだった。ユーリとて素人でないとはいえ、万が一不慮の事故で隊員の誰かのユニットを破損させるようなことになっては、流石に顔向けができない。予備なら問題ないというわけではないが、心理的にいくらか楽になったのは確かだ。

 

 促されるままユニットを履いたユーリは、初めて履くユニットにも関わらず不思議と違和感が無い事に驚く。ある程度クセがあるのではと予想していたが、余程丁寧に整備されているようだ。

 

「始めましょう。まずは回転数1500をキープしてみて」

 

「はい──」

 

 ユニットを回し始めたユーリは、ロスマンに言われた通りエンジンの回転数を一定の値でキープする。その状態で数秒経ってから、徐々に回転数を上げるよう指示される。段階を踏んで増していく回転数に難なくついて行くユーリ。回転数が5000に差し掛かった辺りで、制止の声が飛んだ。

 

「──そこまで!……問題なさそうね。さすがの魔法力だわ」

 

「お褒めに預かり光栄です。……ですが、それよりもこのユニットに驚きました。暫く使われていなかったにしては、かなりスムーズに動いてくれましたから。整備士の方の腕がいいんでしょうね」

 

「……ええ、自慢の整備士よ。そうよね、サーシャ大尉?」

 

「えっ?あ……はい。そう、ですね……」

 

 何やら意味ありげな笑みを浮かべるロスマン。その視線の先では、サーシャがむず痒い表情をしていた。

 

「次に行きましょう」

 

 ロスマンに連れられ次に訪れたのは、射撃訓練場。ユニットを履いた状態でどれだけ命中精度を保てるかのテストだ。

 

「この中から好きなのを使ってくれていいわ」

 

 ズラリと並んだ大小の銃を見渡すユーリだったが……

 

「ロスマン曹長、狙撃銃……対装甲ライフルはないんでしょうか?」

 

 MG42Sや九九式機関銃等、様々な銃が並ぶ中には、いくつか姿が見られないものがある。501ではサーニャが、そして502では他ならぬロスマンが使用する大型支援火器フリーガーハマーと、これまでの戦いでユーリやリーネの相棒として多くのネウロイを屠ってきた対装甲ライフルだ。

 

「……ごめんなさい。ウチに対装甲ライフルは1丁しか無いの、それもサーシャさんが実戦で使用する事があるから、残念だけどここでは使えないわ」

 

「そう、ですか……」

 

 502部隊逗留しているペテルブルグは、ブリタニアと違って物資の補給が十全とは言えない。過去にもネウロイによって補給ルートが絶たれ、その度に苦しい戦いを強いられてきた側面を持つ。

 ……加えて、とある理由からこの部隊は常に予算が切迫しており、ユニットや武器も破損したものを修理してやりくりしているのが殆どだった。狙撃手を擁していない以上、使いもしない銃を何丁も発注する余裕などあるはずもない。

 仕方なくブリタニアの戦いでも使用した九九式二型を手に取ったユーリは、射撃レーンに立って銃を構える。

 

「前方の台座にコインがあるのは見えるわね?アレを撃ちなさい」

 

「はい──」

 

 ロスマンがターゲットとして指定したのは、1枚のコイン。肉眼では豆粒程度にしか捉えられない小さなコインを撃ち抜けと言う。

 普通なら無理だと言う所だが、魔法力によって銃の反動を相殺できるウィッチであれば決して無理難題ではない。遠視魔法や魔眼には遠く及ばないものの視力を強化することも出来る為、目標が見えないということもない。ましてや銃を構えているのはユーリだ。

 

「すぅ──ふぅ──」

 

 ひとつ深呼吸をして、吐ききった所で息を止める。照準をピッタリ定めたユーリは、静かに引き金を絞った。パァン、という軽い発砲音と共に放たれた弾丸は見事にコインを捉え、ユーリとロスマンの耳に小さな金属音を届けた。

 

「お見事。射撃能力も問題なし、と……それじゃあ──」

 

 次なるテストに移ろうとしたロスマン。その瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。忘れもしないこのけたたましい音──ネウロイが現れたようだ。

 

「テストは一時中断ね……続きはまた後日行うわ」

 

「……分かりました。ご武運を」

 

 そう言ってロスマンの背中を見送るユーリだったが、一瞬だけ自分も出撃すると言いかけたことを反省する。大方復調しているとはいえ、ユーリはまだ病み上がりの身。付け加えれば、まだ502部隊の一員に数えられてすらいない。そんな状態で出撃を申し出たところで許可されるはずもなければ、出たところで足を引っ張ってしまうだけだ。

 今はとにかく無理をせず、課されたテストをクリアしていくことを最優先に考えなければ。

 

 そう自分に言い聞かせるユーリは、胸の内に言い知れぬ歯痒さも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──出撃したロスマン達は、観測されたネウロイとの交戦を開始していた。

 出撃メンバーはロスマン、サーシャ、クルピンスキー、直枝、ニパの5人。そこに哨戒へ出ていた下原とジョゼが合流し、基地で総指揮を担うラルを除いた502部隊の総力を以て事に当たっている。

 

 出現したネウロイは陸上型1機のみ。サイズこそ大型だが、現状変わった能力も見られない。このまま行けば然したる苦労もなく倒せるだろう。

 

「──へっ!ただデカイだけでオレ達に勝てるわけねーだろ!」

 

「攻撃も弱まってきています。一気に畳み掛けましょう!誰かコアを発見した人は──!?」

 

「っ──結構削ってるはずだけど、全然見つからない!」

 

 ネウロイを取り囲んで集中砲火を浴びせる502の隊員各位。しかしどれだけ撃てども、弱点であるコアが見つからない。

 

「ちっ──めんどくせぇ、一気に決めてやる──!」

 

 痺れを切らした直枝は銃を投げ捨て、ネウロイの直上へ大きく飛び上がる。彼女が右腕を掲げると同時に、他の隊員たちは攻撃をパタリと止めた。その隙を見て逃げ出そうとするネウロイだったが、ロスマンのフリーガーハマーによる攻撃がそれを許さない。

 

「やっちゃえ菅野──!」

 

 ニパの声に応えるように、直枝の右手が青白く光る。これこそ、彼女の固有魔法である〔超高硬度シールド〕を右の手袋に宿すことで繰り出される菅野直枝必殺の一撃──!

 

 

「うおおおおぉぉぉ───ッ!(ツルギ)──いっせえええええぇぇぇん──!」

 

 

 何物をも通さない最硬の鉄拳が、一筋の流星となって漆黒の装甲を打ち砕く──!

 

 直枝の攻撃で無数の破片となって散っていくネウロイ。止めの一撃を見舞った彼女が得意げに胸を張っていると、宙を舞う破片の中から何かが飛び出してきた。

 

「うぉッ!何だ──!?」

 

 ただ黒い、という程度しかわからないその物体は、明らかに不自然な速度で低高度を一直線に飛び去っていく。

 

「……ねぇ、今のネウロイだよね!?これマズいんじゃないの!?だってあっちには──!」

 

「やられたッ……!」

 

 鬼気迫る表情のニパとロスマン。それもその筈。あの物体もといネウロイが飛んでいった方向には502の基地があるのだ。

 

「とにかく追いましょう!これ以上離されるわけには行きません──!」

 

 サーシャを先頭に、すぐさまネウロイの後を追う各員。だがそもそもの速度が速い上に完全に出遅れてしまったせいで、彼我の距離は一向に縮まらない。悔しいがあのネウロイに追いつくのは無理と言う他ないだろう。唯一加速を行えるクルピンスキーでさえ、その加速は瞬間的なものなのだ。

 

 ロスマンはすぐさま、基地へと無線を繋いだ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──状況は分かった。私が出る」

 

『頼むわ、隊長!』

 

 通信を切ったラルは、そっと自分の腰を撫でる。

 

「……全く。本当に神とやらがいるなら、1発殴ってやりたいものだ」

 

 そう呟くラルの腰にはコルセットが巻かれていた。過去の戦いで負った腰の古傷を保護する為の魔法繊維で編まれた特注品だ。ロスマン達が基地を発ってすぐに感じた嫌な予感──杞憂であれば良しと思っていたが、憎たらしいことに予感というのはこういう時ばかり的中する。

 

 執務室を出て格納庫に走る──そこで、1人の整備兵に呼び止められた。

 

「少佐!先程、見知らぬ少年が銃を──!」

 

「……まさか」

 

 ラルが壁面の武器ラックに目を向けると、サーシャが今回装備していないはずの対装甲ライフルが姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃──502基地の最上階。

 こっそり拝借していたインカムから状況は伝わっている。どうやらこの基地に小型のネウロイが高速接近中らしい。

 大型ネウロイを模した外殻を纏い、それが破壊されると中に潜んでいた小型の本体が行動を開始する──そうと分かっていなければ対応できない、所謂初見殺しというやつだ。いくら小型とはいえ、ストライカーをも超える速度で飛来するネウロイを単独で処理するのはラルの腕を以てしても決して容易ではないだろう。

 

 本来なら圧倒的にネウロイが有利な状況だ──しかし敵も何分運が悪い。

 

「まさか1丁だけ置いてある銃がコレだったとは……柄にもなく、運命めいたものを感じるな」

 

 何せ──今この基地には、数多のネウロイを葬ってきた最強の狙撃手(スナイパー)がいるのだから。

 

 報告にあった敵が来る方角を向いたユーリは魔法力を発動させ、担いでいた銃──シモノフPTRS1941対装甲ライフルのバイポッドを開き手摺に立てると、弾倉スロットのストッパーを外して一度銃弾を抜き取る。薬室を空の状態にすると、引き金を2~3度引いて感触を確かめた。そう期間は空いていないはずだが、随分久しぶりに感じるシモノフの重みに小さく笑ったユーリは弾を再装填。バイポッドを畳み両腕でしっかりと銃を構えた。

 

「…敵影、確認──」

 

 程なくして、低空飛行で接近する小型ネウロイの姿を確認したユーリは深く息を吸い、吐く。

 

「ふぅ──……ッ!」

 

 体内の酸素を限界まで吐ききった所で息を止めたユーリは、僅かに銃口を下向けて引き金を引いた。

 九九式とは比べ物にならない──聞き慣れた轟音。そして頼もしい反動が肩を叩く。大きなマズルフラッシュを残して放たれた14.5mm徹甲弾は張り詰めた空気を切り裂き、(ユーリ)に仇なす黒い機影へその牙を突き立てる──!

 

 しかしネウロイも、手傷を負って尚歩みを止めることはない。鉛弾ならばここまで幾度となく受けてきた。強大な鎧こそ失ったが、目と鼻の先にある人類の住処を蹂躙する程度、造作もなi──

 

 ……果たしてネウロイがそんな事を考えていたのかはいざ知らず。その目的が達せられることはなかった。その漆黒の体に牙を立てられた時点で、既に敗北は決しているのだ。

 

 

「───爆ぜろ」

 

 

 刹那、小型ネウロイの機体は爆音を伴い木っ端微塵に弾け飛んだ。凄まじい衝撃が辺りを駆け抜け、煌めく破片が舞い落ちる。

 

「っふぅ……目標、撃墜。任務かんりょ──いや、任務ではないか」

 

 見事敵を迎撃してみせたユーリは、銃を担ぎ直して踵を返す──そこで足が止まった。

 

「──予想以上だ。どうやら私の予感も捨てたものではないらしい」

 

「……ラル少佐」

 

 いつの間にか背後に立っていたラルはゆっくりとした足取りでユーリに詰め寄ると、右手をユーリの頬に這わせた。突然のことに困惑するユーリは、まるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けない。やがてラルの手はユーリの顎にかかり、中性的な顔を至近距離でマジマジと見つめられる。

 

「し、少佐……?」

 

 これは一体どういう状況なのだ?と脳内で必死に考えるユーリを他所に、ラルはこう告げる──

 

「益々お前が欲しくなった──ユーリ・ザハロフ、お前は私の部下(もの)だ。誰にも渡さん」

 

「は……!?」

 

 突然のことに、いよいよユーリも思考停止に陥りかける──だが人というのは物事を都合よく解釈する生き物だ。額面通りに受け取れば誤解を招くラルのこの言葉は、ユーリの奇跡的な理解力の下に本当の意味で受信されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕食──食堂では、昨日に引き続きユーリが隊員の前に立たされていた。

 

「──というわけだ。以上の事を踏まえ、ザハロフの能力は502部隊に相応しいと私は考える。異論のある者はいるか?」

 

「いーんじゃない?隊長がそういうんなら本当でしょ。ボクは歓迎するよ」

 

「私も、隊長の決定に従います」

 

 ラルからユーリの活躍を聞かされ、クルピンスキーとサーシャは彼女に同調する。続けて、予てよりユーリに友好的だったニパと下原、そしてジョゼもこれを承諾。ロスマンもまだテストが途中であることをぼやきつつユーリの正式加入を認めた。そして残るは……

 

「……ねぇ菅野ってば。何か言いなよ」

 

「別に必要ねぇだろ。今更何を言えってんだよ」

 

「何って……これから一緒に頑張ろう、とか色々あるでしょ」

 

「ハッ──!ンな浮ついた気持ちで生き残れるほど戦場(ここ)は甘くねぇ!仲良しこよしがしたきゃ他所に行くんだな」

 

 ツンケンした態度を取る直枝に、ユーリは正面から向かい合う。

 

「菅野少尉のご意見はごもっともです──ですが、そう刺々しくても生き残るのに苦労するのでは?戦場で大切なのは仲間との連携だと、僕はそう教えられました」

 

 今や随分と懐かしくも思える──501での記憶。ミーナや美緒に教えられたことは、今のユーリを形作る上でかけがえの無いものだ。

 

「ですから、僕はこの502部隊で戦っていく為にも……その、皆さんと、仲良くなれればと思います。その第一歩として──僭越ながら、皆さんのことをお名前でお呼びしたいな、と……勿論、僕のことは好きに呼び捨てて頂いて構いません」

 

 これもミーナ達から教わったことだ。どうもユーリは初対面の人間に対して堅苦しくなりすぎる嫌いがある。その解消策として、相手のことを名前で呼ぶ。という方法を取っていた。

 それが果たしてこの武闘派502部隊でも通用するのか否か……沈黙に満たされた緊張の瞬間は、直枝の声で破られた。

 

「──ぷっ、ハハハハ!」

 

「ちょ、菅野!笑うことないだろ!」

 

「ヒィ、だってよ……!こいつ、ニパのこと散々名前呼びしてるくせして今更…~ッ!」

 

「いえ、それはその……ニパさんにお許しを頂いたので」

 

「おまっ、人の名前呼ぶのに一々許可取ってんのか?バッカじゃねぇの!」

 

「バッ……!?」

 

 どストレートに投げつけられたバカの2文字を受け、ユーリはガクリと膝をつく。

 

「ああもう、菅野ってば──気にしないで!私たち全員、名前で呼ばれるのが嫌とかそんな風に思ってないし、好きに呼んでくれていいからね!」

 

「そうそう。ナオちゃんのこれは愛情の裏返しみたいなものだから、気にすることないよ」

 

「って、おい!何テキトーなこと抜かしてんだ!」

 

 途端に賑やかになった食堂。ニパのフォローでなんとか立ち上がったユーリに、下原達も声をかける。

 

「それじゃあお言葉に甘えて。改めて、よろしくお願いします。ユーリさん」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「……はい、こちらこそ。下原さん、ジョゼさん」

 

「っていうか、いっそのことタメ口でもいいんじゃない?ボクは全然構わないけど?」

 

「タメ口……えと……すみません。僕はまだその領域には至れないようです──クルピンスキーさん」

 

「まぁ、こういうのは自然体が一番でしょうし。無理をする必要はありませんよ」

 

「そう言って頂けると幸いです。サーシャさん。──それと、銃を勝手に持ち出してしまい、申し訳ありませんでした」

 

「ああ、構いませんよ。あの銃はこれからもユーリさんが使ってください。その方がいいだろううって、ロスマン先生も仰ってましたし」

 

「新しいユニットを用意できないお詫びにね。……ユニット共々、くれぐれも大切に扱ってくれると助かるわ」

 

「そう、ですね……是非、そうして頂けると」

 

「……了解しました。お心遣い、感謝します。ロスマン先生」

 

 隊員たちと次々打ち解けていくユーリ。501にいた頃はこうもスムーズに事は運ばなかった。こうなっているのも、大元を辿れば直枝が笑い飛ばしてくれたお陰だろう。

 

「……ありがとうございます。菅野さん」

 

 ボソリと呟いたその言葉は、直枝の耳には届いていない。結果的に助けられたとはいえ、ストレートに自分をバカと言った直枝に対するせめてもの仕返しのつもりだった。

 

 何はともあれ、晴れて502部隊への仲間入りを果たしたユーリ。

 彼がこの場所で一体何を手にするのか……それは、神のみぞ知る、と言うべきだろう。

 




ラル隊長の告白もとい正式勧誘の際、ユーリくんに悪寒の1つでも走らせようかと思いましたが、それはまたの機会に……


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雁淵

 ユーリが502部隊にて初撃墜を挙げた翌々日──隊の面々は今日も顔を揃えて朝食を取っていた。

 

「……なんだか、今日は随分とご機嫌のようですね。菅野さん」

 

「ああ?別にいつも通りだろ」

 

「そんなこと言って、口元がにやけてるの気づいてないの?」

 

「はぁ──っ!?」

 

 ニパの指摘を受け、慌てて口を隠す直枝。だが朝食のパンを咀嚼する彼女の口は至って正常であり、カマを掛けられた事に気づいた直枝は悔しげな目でニパを睨む。

 

「ニパ、てめー覚えとけよ……!」

 

「ご、ごめんて──今日はね、菅野の知り合いがウチに転属してくるんだって。向こうじゃ結構有名人らしくて、名前は確か……」

 

「──雁淵孝美中尉。数年前に繰り広げられた、リバウからの撤退戦で戦果を挙げた扶桑のウィッチだ。ブリタニアで少し交流があってな。その縁でここに呼んだ」

 

 ラルもまた欧州からの撤退戦を経験したウィッチであり、負傷によるブリタニアでの療養中、同じ境遇だった孝美と知り合ったらしい。

 

「なるほど、リバウの……」

 

「孝美はオレと同じくらいつえーんだぜ。なんせ大量のネウロイ相手に、1人で殿を買って出たんだ」

 

 リバウの撤退戦と言えば"リバウの三羽烏"と名高い美緒を始めとする3人のウィッチ達が真っ先に思い浮かぶが、確かに扶桑のウィッチが単身で殿を務めたという記録を目にした覚えがあった。その当人がこの502部隊に来るのだという。

 

「夕方頃には着くって聞いてるからな。下原、今日の夕飯は気合入れて頼むぜ!」

 

「ふふっ、任せてください」

 

 基本的にツンケンした態度を取ることの多い直枝がここまで気を許すとは、余程気の合う相手なのだろう。直枝と同じ気質でないことを密かに願いながら、ユーリは朝食を食べ終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ザハロフ曹長。こちら、頼まれていたパーツです。併せて、こちらがクリップになります。確認をお願いできますか?」

 

「はい。……うん、動作も問題なさそうですね。ありがとうございます。急なお願いで、ご迷惑をおかけしました」

 

「いえ。皆さんをサポートするのが我々の役目ですから。ましてやそれがあなたのような存在とあれば尚更です」

 

 格納庫では、ユーリと数人の整備兵及び技師達が話し合っていた。彼らの隣には先日サーシャから譲り受けたシモノフが鎮座している。

 ユーリが頼んでいたのは、シモノフの改造──といっても、機関部には一切手をつけていない。弾倉スロットのカバーを通常のものより大きいものに付け替えて装弾数を増やし、差し当たってクリップも大型化したものを15個程用意してもらったのだ。これでユーリが501にいた頃使っていたシモノフと同じように7発まで装填することが可能になった。

 クリップに関してはブリタニアの時と違い技師達の手による急造品な為、今後はちゃんと補給品目に付け加えて貰う必要があるだろうが、基本的に弾の消費が少ないユーリならこれで暫くは保つだろう。……もっとも、いつぞやのように大量のネウロイと戦うような事態になればその限りではないのだが。

 

空撃ち(ドライファイア)での動作試験も問題ありませんでしたが、もし何か違和感を感じたら言って下さい」

 

「はい。本当にありがとうございました」

 

 では。とその場を去っていったペテルブルグの技師達を見送ったユーリは、改めてシモノフを構えてみる。前と比べて、銃身を支える手の位置が随分しっくり来るようになった。

 そんな格納庫へ、ある人物が顔を出す──

 

「──随分嬉しそうね」

 

「ロスマン先生……ええ、まぁ」

 

「なら、501部隊にいた頃と同じだけの働きは期待してよさそうね」

 

 ロスマンの言葉に、ユーリは微かに目を見開く。

 

「安心して。あなたが元いた部隊に関して、これ以上詮索もしなければ他言もする気はないわ。今のところは、ね」

 

「……お心遣い感謝します。自分で言うのも何ですが、まさかあの言葉を信じて頂けるとは思いませんでした」

 

「私だって完全に信じたわけじゃないわ。あなたが501にいた事を示す証拠が無いもの」

 

「……確たる情報が欲しいのなら、方法はあると思いますが」

 

「えぇ勿論。けれど、あなたとしてはそうされると困るんじゃないかしら?」

 

「………」

 

 現状、ユーリが501にいたということを知るのはロスマンとラルのみ。その2人でさえまだ予想の域を出ず、ユーリの発言の裏までは取れていない──正確には、取ろうとしていない。

 答えてくれるかは別として、ラル達がその気になれば元501の誰か──顔見知りであるミーナやハルトマンに連絡を取ってユーリという隊員が在籍していたか聞き出すことも可能だ。敢えてそれをしないのは、ユーリを502部隊に繋ぎ留めておく為の保険という意味合いが強い。

 即ち「お前が隠していることをバラされたくなければ、大人しく協力しろ」と。

 思いの外ユーリが502部隊への協力に意欲的だった為、この保険は無用なものとなっているが、謀略──もとい戦略を得意とするラルにとって、握っておくカードは多いに越したことはない。

 

 同時に──ユーリとしても、自分が501にいたという事実が確定してしまえば、ラル達からの追求を逃れる術が無くなる。そうなれば仲間(リーネ)がいる筈のブリタニア空軍へ何かしらの影響が及ぶのは避けられないだろう。……いや、ラルならば或いは真実を知って尚他言しない可能性もあるが、それに賭けるのはリスクが高すぎる。

 

 結果的に、今のこの状態が互いにとって都合がいいのだ。わざわざその均衡を崩す必要もないだろう。

 

「──いらない話を蒸し返してしまったわね。気を悪くしたなら謝るわ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 話を終えようとするロスマンに逆らわず、シモノフをハンガーのコンテナに戻そうとした時──突如、基地内に警報が鳴り響いた。

 

「敵襲ね……出撃準備を」

 

「了解」

 

 先んじてユニットを履いたユーリに続き、直枝やニパを始めとする隊の面々が次々出撃準備を完了する。最後にクルピンスキーがユニットを発進させ、502部隊はサーシャを先頭にネウロイの元へ急行した。

 

 ──道すがら、今回は基地に残ったロスマンから、インカムを通して敵の位置情報が周知される。

 それによると、今回の出撃は北極海方面を航行中の扶桑艦隊からの救援要請であり、ネウロイの群れと遭遇してしまったらしい。現在、航空戦隊及び同乗していたウィッチ1名が応戦しているとのことだが、劣勢を強いられているようだ。

 

「ネウロイが群れを……過去に同じケースはあったんですか?」

 

「いいえ、全く未知の遭遇例です──」

 

 ネウロイは基本的に単独行動だ。それが共通の行動指針なのか、はたまたそういった意識が薄いのかは定かでないが、これまで確認された限り、例外を除けば複数のネウロイの同時出現は多くて2機が最大。どれも群れと呼べるほどの規模ではなかった。

 

 しかしここにきて突然の群れを成して行動するネウロイの出現……明らかな異常事態だ。

 

「へっ!なんだよユーリ、ビビってんなら基地で待っててもいいんだぜ?」

 

「別にそういうわけではありませんが……」

 

「心配いらねぇよ。向こうで戦ってるウィッチってのは多分孝美だ。オレらが着く頃には、あいつがネウロイも全部倒しちまってるかもな!」

 

「そんなに強い方なんですか?」

 

「おうよ!言ったろ、孝美は俺のマブダチだ。あいつの強さは、こん中じゃオレが1番よく知ってんだ」

 

 そう語る直枝の瞳からは、一片の憂いも感じられない。確かに、リバウからの撤退戦で単身殿を務めて生還したのなら、多数のネウロイを相手取ることにもある程度慣れている可能性がある。直枝の言うように敵を全滅させられるかはともかく、かなりの善戦を期待していいのかもしれない。

 だがそれも無限に保つものではない。一刻も早く現場に到着するに越したことはないだろう。

 

 そう思った矢先だった──

 

「え……?もう一度お願いします──雁淵中尉が戦闘不能!?」

 

「なっ……孝美がやられただとッ!?」

 

 サーシャのインカムに流れてきた情報。それは、孝美が負傷したという報せだった。

 

「一刻の猶予も無さそうです。急ぎましょう──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること十数分──遠視の魔法を持つ下原が、遠方に戦火を捉えた。救援要請を送ってきた扶桑艦隊だ。旗艦である天城を始めとする艦隊は応戦しつつ離脱を始めているようだが、ネウロイの追撃を受け数隻の僚艦が沈められていく。

 

「敵の数は……中型が2体!ウィッチ1名が交戦中のようです!」

 

「しかし、雁淵中尉は戦闘不能だと……」

 

「やっぱりな!孝美がそう簡単にくたばる訳ねぇんだ!」

 

 ネウロイの攻撃をシールドで防いだ孝美と思しきウィッチは、動きがフラついて安定していない。怪我を押しての再出撃を図ったのだろうか。何はともかく、彼女をこのまま戦わせるわけには行かない。

 

「ユーリさん、ここから彼女を援護できますか!?」

 

「了解──!」

 

 サーシャの指示で、ユーリは独り高度を上げる。ネウロイを見下ろせる位置に着くと、シモノフの銃口をネウロイに差し向けた。覗き込んだサイトの先では、敵の攻撃で怯んだ孝美にネウロイが突進しようとしている──

 

「───ッ!」

 

 無言で狙いを定めたユーリは、静かに引き金を絞る。轟音と共に放たれた徹甲弾が、流星と化して漆黒の機体の奥深くに食らいついた。間髪入れず銃弾に込められたユーリの魔法力が〔炸裂〕し、孝美に襲いかかろうとしていたネウロイはコア諸共機体が無数の破片となって散っていく。その光景を遠目に見たニパとジョゼは、感嘆の息を漏らした。

 

「うわ、一撃……!?」

 

「すごい……!」

 

「流石、隊長が認めただけのことはあるね。ボクらも負けてられないな──!」

 

「菅野一番!いくぜえええええ──ッ!」

 

 ユーリの狙撃を狼煙として、直枝を筆頭に502部隊が残ったネウロイに集中砲火を浴びせる。四方八方から絶え間なく降り注ぐ銃弾の雨を受け、ネウロイの装甲は次々削られていく。程なくして姿を現したコアを直枝が至近距離からの銃撃で砕いた事で、あっという間に2体目のネウロイを撃墜してしまった。

 

「これが502部隊……ブレイブウィッチーズ──」

 

 最初の地点から動かずに後方で狙っていたユーリは初めて目にした、彼女達の戦い。

 ミーナ率いる501は各々の持ち味を活かしながらも比較的堅実な戦い方をしていたのに対し、502部隊はとにかく攻撃あるのみ。といった所だ。直枝はともかく、普段は温厚なニパや下原、ジョゼまでもが果敢にネウロイを攻撃していた。

 敢闘精神旺盛なメンバーが集まっている、という話だけは聞いたことがあったが、噂に違わぬ勇猛さだ。

 

(この中に招聘されるということは、雁淵中尉はやはり菅野さんと似た性格なんだろうか……)

 

 戦闘が終了し、空中で独り佇む孝美の元へ真っ先に直枝が駆けつける。話し声から為人(ひととなり)を探ってみようとインカムに耳を傾けると……

 

 

『──誰だてめぇ』

 

 

 開口一番聞こえた直枝の言葉は、おおよそ再開した友人に向けられるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、オラーシャ北部ノヴォホルモゴルイの港。

 扶桑の欧州派遣艦隊はネウロイによるダメージを負いながらも、無事にオラーシャまで到着。扶桑からの補給物資を送り届けることに成功した。

 

 しかし……

 

「──じゃあ、孝美はいつ目覚めるか分からない。ということか」

 

「はい。明日か、一月後か。最悪、このままずっと……」

 

 ネウロイの攻撃で負傷してしまった孝美は、現在昏睡状態にある。ジョゼの治癒魔法で傷を塞いだものの、彼女にできるのはそこまで。激しい戦いで魔法力を消耗し過ぎ、残り少ない魔法力を全て生命維持に回してやっと命をつないでいる孝美は、奇しくもかつてのユーリとほぼ同じ状況に置かれている。

 唯一違う部分といえば、ジョゼの言うようにこのまま目を覚まさない可能性があるという点だ。どうにかして傷を完治させるなり、外部から生命維持を施すことができれば、魔法力も徐々に回復して目を覚ますだろうが、今の彼女は魔法力が回復する端からそれを消費し続けている状態、船の医療設備ではその消費をカバーしきれないのだ。

 

 現状取れる最善策は、このまま孝美を扶桑に送り返す事。

 このまま待ち続けても目覚める見込みがない以上、ペテルブルグで身柄を預かるわけにもいかない。そこへ追い打ちをかけるように、北部に新たなネウロイの巣が出現してしまった。これにより扶桑までの最短ルートが使えなくなるのも時間の問題だ。ブリタニア方面へ大きく迂回していては、その間に孝美の命が尽きてしまうだろう。

 

 正直、迷っている1秒すらも惜しい。

 

「……分かった。補給物資を下ろし次第、孝美を扶桑に返す」

 

「おい待てよ──!」

 

 断腸の思いで決定した孝美の送還だが、それに異を唱える者がいた。言わずもがな、直枝だ。

 

「孝美はオレ達と一緒に戦う為にここまで来たんだろ!」

 

「私も残念だ。だが聞いての通り、孝美は戦える状態じゃない」

 

 戦友として絶大な信頼を置いていた孝美が戦闘不能という事実を受け止めきれないのだろう。何も言い返せずに歯噛みする。

 

「幸い、戦力の増強という目的は果たせている。孝美を迎えられなかったのは痛いが、その分奴に働いてもらうとしよう」

 

 ラルの言う「奴」──ユーリは、ラルの意向で彼女の補佐としてこの場に立っている。どうやらウィザードとしてのユーリの存在を外部にはできる限り伏せておくつもりらしい。

 

 ユーリの存在が公になれば、まず上層部が黙っていないだろう。強引に引き抜くことはなくとも、検査やら研究やらの名目をつけて暫くの間戦線から離される可能性がある。只でさえ孝美の加入が白紙になったというのに、この上ユーリまで取り上げられたら堪ったものではない。

 

「菅野さん……」

 

「──お願いがありますっ!」

 

 菅野にかけるべき言葉を探していたユーリだが、そこへ威勢のいい声が飛び込んできた。声の主は、紺色のセーラー服に身を包んだ少女──何を隠そうユーリ達が駆けつけた時、負傷した孝美に代わって2体のネウロイと戦っていたウィッチだ。

 

「私を──私を、502に入れてください!」

 

「……お前は?」

 

「雁淵ひかりです!私が代わりに戦います!」

 

 孝美と同じ姓を名乗ったことに、一同は眉を潜める。

 唯一事情を知る天城の伊藤艦長によると、彼女は孝美の妹であり、隣国であるスオムスのカウハバ基地へ派遣される予定だったのだという。

 

「てンめぇ……!孝美の妹だか何だか知らねぇが、ロクに戦えもしねぇ奴が抜かすんじゃねぇッ!」

 

「戦えます!私だってウィッチです!」

 

「ふざけんなッ!オレ達がいなきゃてめぇ死んでたぞ!」

 

 直枝の言う通り、ひかりの戦闘技能はお世辞にも高いとは言えない。…いや、はっきり言ってかなり低い。応援が駆けつけるまで、ネウロイ2体を相手取って生きていたのが不思議なくらいだ。

 

「じゃあ……じゃあ、死ぬまででいいから入れてくださいッ!」

 

 ウィッチとはいえ、仮にも年端のいかない少女が口にするとは思えない言葉を言い放って見せたひかり。流石の直枝も耳を疑っているようだ。

 

 後方でその様子を黙って見ていたラルは、戦闘隊長であるサーシャに意見を仰ぐ。

 

「──正直、戦力としての期待値はゼロです。しかし、我々が到着するまで中型ネウロイ2体を相手に5分耐えた事を考えると……」

 

「ふむ……ザハロフ、お前はどうだ」

 

 自分に話が振られたことを意外に思いながらも、ユーリは私見を述べる。

 

「概ねサーシャさんと同意見です……が、僕は正直賛同しかねます」

 

「ほう?」

 

「確かにあの状況下で生き延びてみせた事は賞賛すべきと思いますが、今回は運が良かっただけ、とも取れます。……何より雁淵中尉が目を覚まされた時、彼女が生きている保証はありません」

 

 ひかりの窮地を救ったのは他でもないユーリだ。そんな身としては、彼女がこうして生き延びた結果を彼女の実力故と見るのは懐疑的にならざるを得ない。

 

「一理あるな……どう思うね、先生?」

 

 少し考えた末に今度はロスマンに振るが、

 

「もうあなたの中で答えは出てるのでしょう?」

 

 そんなロスマンの微笑みで背中を押されたかのように、ラルは未だ睨み合っているひかりと直枝の元へ歩み寄る。

 

「──雁淵ひかり。お前を502統合戦闘航空団へ迎え入れる」

 

 ラルが下した決断は、ひかりを引き入れる方だった。当然、猛反対していた直枝は先に続いて耳を疑っているし、ユーリもまた驚きを隠せない。彼女に何かを見出したということなのだろうか。

 

「ありがとうございますッ!」

 

「ただし、今のお前はあまりにも弱い。戦いたければ強くなるんだな」

 

 ラルとて無条件にひかりを受け入れたわけではなく、前線で戦うにあたって、相応の実力をつけることを条件付けた。これなら、一先ずひかりが加入早々戦死してしまうという事態は避けられるだろう。

 だが先も言ったように、彼女の実力は決して高くない。あそこから実戦で使い物になるには、彼女にとっても厳しい訓練の日々が待っていることが予想される。

 

 だがひかりはそんな不安を一切感じさせない毅然とした表情で、

 

 

「──はいッ!!」

 

 

 そう、言い放ってみせたのだった。

 




特徴的なワードが浮かばず悩んだ末に「雁淵」というサブタイになった今回は、ついにひかりちゃんが502にやってきました。

もしかしたら、孝美が魔眼でコアを捕捉しユーリが片っ端から撃ち抜くという最強スナイパーコンビが誕生した世界線もあったかもしれません。


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仲間だから

「改めて──本日着任するはずだった雁淵孝美中尉に代わってこの部隊に入ることになりました、妹の雁淵ひかりさんです」

 

「雁淵ひかりです!よろしくお願いしますっ!」

 

 元気よく自己紹介をしたひかりは、深々と頭を下げる。それに対し、隊長であるラルから順番に自己紹介をしていったのだが……

 

「……おい、菅野の番だよ」

 

「知るかよ」

 

 自己紹介は直枝の番で止まった。以前ユーリが自己紹介した時と同じように。頑として名乗る気がない直枝はひかりを睨みつけ、ひかりもまた睨み返す。両者の間に火花が散り始めた所へニパが仲裁するように割って入り、本人に代わって直枝のことも紹介する。

 

 そして……

 

「ユーリ・R・ザハロフ、曹長です。階級こそ上ですが、僕もここに来てまだ日が浅いので。同じ新人同士、よろしくお願いします」

 

「………」

 

「……雁淵軍曹?」

 

「──あ、はっはい!よろしくお願いします!」

 

 慌てて礼を返したひかりは、興味深そうにユーリを見ている。

 

「あ、あのロスマン先生……すごく失礼かもなんですけど……あの人、男の人ですよね?」

 

「えぇ。彼は男でありながら、私達と同じように魔法力を持つウィザードよ」

 

「教科書で少しだけ読んだことはあったけど、本当にいるんですね……」

 

「戸惑うのも無理はないわね。少しずつ慣れていけばいいわ──紹介も終わったことだし、食事にしましょう」

 

 カチャカチャと食器の音が響く中、隊の中で最もフランクなクルピンスキーが早速ひかりに声をかける。

 

「ねぇ、雁淵さん。ひかりちゃんって呼んでいいかな?」

 

 会って早々に名前呼びは挑戦的過ぎるのでは?とユーリは思った。それを裏付けるかのように、人当たりのいいひかりが反応を返さない。彼女の呼び名に関してはある程度段階を踏んだほうがいいだろうか…と、向かいに座っているひかりへ目をやると……

 

「…っ……──」

 

 スプーンを持ったまま、うつらうつらと船を漕いでいた。ここまでの長旅に加えて、初めての実戦で疲れが溜まっていたのだろう。

 

「……子猫ちゃんは休ませてあげた方が良さそうだね」

 

「食べ終わったら私が部屋に連れてくよ」

 

「えぇ、そうしてあげて。ニパさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝──ユーリは今日もニパと直枝と共に朝のランニングを行っていた。

 

「ハッ、ハッ──ユーリさん凄いね。こないだと同じペースなのに──」

 

「今後出撃も増えるでしょうし、あまり時間も掛けていられませんからね──」

 

 以前、ユーリがバテバテになってからまだ日も経っていないが、過密気味にすら思える怒涛の自主トレーニングの甲斐もあって体力はほぼ元通りになっている。お陰で未だに筋肉痛が抜けきっていないのだが、今のユーリは周囲にそうと感じさせない程のパフォーマンスを発揮していた。

 

「へっ、何ならまた勝負するか?今度もオレが勝つだろうけどな──」

 

「……ご遠慮させて頂きます」

 

 流石に、この筋肉痛を抱えながら全速力の直枝に付いていける自身はユーリに無い。

 

「ンだよ張り合いねぇな──っくし!……最近、冷えてきたな」

 

「そうかなぁ……?」

 

 小さくくしゃみをした直枝に、ニパは呑気な答えを返す。

 

「……お前はスオムス人だからな、そらそう思うだろうよ──ユーリ、お前はどうだ?」

 

「確かに、少し気温は下がっているようにも感じますが……寒いという程では」

 

「お前ら揃いも揃って……」

 

 ユーリは生まれこそオラーシャだが、育ちはブリタニア(の軍事教練施設)だ。まだほんの序の口とはいえ北国の寒さを味わうのはこれが初めてなのだが、母方の血のお陰だろうか、生まれつき寒さにはある程度の耐性を持っていた。

 

「……あれ?ねぇ菅野。前、誰か走ってるよ──」

 

 早朝の霧に包まれているが、3人の前を走る人影。紺色のセーラー服に包まれたそれは、間違いなくひかりの背中だった。

 

「……抜くぞ──!」

 

 前にいるのがひかりだと分かるなり、直枝はペースをあげて一気にひかりを追い抜く。ニパとユーリもそれに倣うが、直枝のように抜き去りはせず、ひかりの両隣でペースを合わせた。

 

「おはよう、雁淵さん!」

 

「あっ、おはようございます──!」

 

「おはようございます。雁淵軍曹も自主トレですか?」

 

「はいっ!」

 

「2人共おせーぞ!」

 

「えぇ?なんだよもぉ……!」

 

「すみません、お先に失礼します──」

 

 急かされた2人は、満足にひかりと話す暇もなくペースを上げ直枝についていく。ぐんぐん離れていく3人の後ろ姿を見たひかりもまた、一段ペースを上げた。

 

「……ねぇ、雁淵さん付いてきてるよ?」

 

「ほっとけ。あん時ゃ病み上がりだったとは言え、ユーリですらバテたんだ。素人が付いてこれるわけねぇ──!」

 

 そう言って走り続ける直枝だが……

 

「ぜぇ…はぁ…っ!も、もうダメだぁ……ッ!」

 

「頑張ってくださいニパさん。もう少しです」

 

「あ…ありがと……っ、2人共すごいな。雁淵さんなんて全然息が乱れてないや」

 

「凄まじいスタミナですね……」

 

 基地の周りを一周し終え、肩で大きく息をするニパと、彼女を気遣うユーリ。そんな2人が見上げる階段の上では、先んじて到着していた直枝とひかりが言い争っていた。

 

「──お前なんかじゃ孝美の代わりは務まらねぇ!オレと孝美(アイツ)でネウロイの巣をぶっ潰すはずだったんだ……なのに、てめぇが弱ぇから──ッ!」

 

「……そうです。私が弱かったから、そのせいでお姉ちゃんが……でも、頑張って絶対強くなります!」

 

「頑張るだけで強くなれりゃ世話ねぇンだよ!今必要なのは即戦力だ!」

 

「やってみなくちゃ分かりません!」

 

 どちらも一歩として退くつもりは無いようだ。見かねたニパが疲れた体に鞭打って仲裁に入る。

 

「ちょっと2人共、喧嘩は止そうよ。仲間なんだしさ?」

 

「仲間じゃねぇ!……弱ぇ奴は他の奴まで危険に晒すんだ……仲間ごっこがしてぇなら、さっさと扶桑に帰れ!」

 

「あ、ちょっと菅野──!」

 

 ニパの仲裁も空しく、直枝は走り去っていってしまった。

 

「……あー、ごめんね?菅野、口は悪いけど、悪い奴じゃないんだ。なんて言うか……あいつはあいつなりに、必死なんだよ」

 

「……分かってます。私がもっと強ければ」

 

 明らかに気落ちしているひかりを懸命にフォローするニパ。その様子を階段の下から見ていたユーリが、そこに加わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、朝食を終えた502部隊は、ブリーフィングルームに集まっていた。

 貼り出された地図にはペテルブルグを含む欧州地方全域が描かれており、今も各地で戦い続けている統合戦闘航空団の所在も表記されている。

 

「──現在我々の前には、最重要攻略目標だったネウロイの巣"アンナ"と、南方に位置する"ヴァシリー"があります。それに加え今回、白海(はっかい)にも新たな巣が出現しました」

 

 ラルによって"グリゴーリ"と命名された新たなネウロイの巣。

 この巣が陣取った場所──オラーシャ北部の内陸からバレンツ海に続いている白海は、この欧州東部戦線に於ける補給の要だ。"グリゴーリ"から現れるネウロイの影響圏は着実に広がりつつあり、補給路が完全に絶たれるのも時間の問題。もしそれを許してしまえば、502部隊はこのペテルブルグから退却を余儀なくされる。

 本来502部隊に課せられた任務は、オラーシャ方面からのカールスラント奪還だ。さし当たって目下優先すべきは、カールスラントへの進路上に立ちはだかる"アンナ"及び"ヴァシリー"の殲滅だが、それを確実に遂行する為にも、"グリゴーリ"を真っ先に排除し補給線を再確保しなければならない。そして、その為の時間的猶予も決して長くはない。

 

「あの……ネウロイの巣って、倒せるものなんでしょうか?」

 

 緊張の面持ちで手を挙げた下原の問いはもっともだ。何せこれまでの短くも長いネウロイとの戦いの中で、巣を破壊したという事例は一切無かったのだから。

 

 ──ただ1つ。501部隊を除いて。

 

「ですが……肝心の方法が分からないのでは……」

 

「──ザハロフ。お前はどう思う?」

 

「……僕、ですか?」

 

「ああ。以前ブリタニアでネウロイとの戦いを経験したお前の意見を聞かせろ」

 

 席を立ったユーリは、少し考えてからゆっくりと口を開く──

 

「──巣の破壊は、可能かと思われます」

 

 この一言で、この場の全員が驚きに目を見開く。しかしユーリの言葉はまだ続いた。

 

「具体的な方法は不明だとしても、501部隊にできて、502部隊に不可能という道理はありません」

 

 ユーリはブリタニア空軍ではなく、501部隊の一員として巣の破壊に参加している。あの時は様々なイレギュラーが重なった末での勝利だったが、ユーリとてただ気休めでこう言ったわけではない。事実、巣を破壊する手段は存在する。

 

「ユーリの言う通りだ。どんな敵だろうが、オレがぶっ潰す!」

 

「その意気だ菅野。──私もザハロフと同意見だ。今から弱気になっているようでは勝てる戦いも勝てんからな。──雁淵、お前は午後から訓練だ。それまでに基地の中を案内してもらえ。ザハロフはこの後、私の部屋に来い。以上、各自勤務表通りに動け」

 

 各々席を立ち持ち場へ向かう中、ユーリはラルと一緒に彼女の執務室へ向かう。

 ロスマンはひかりの訓練の準備に取り掛かっており、部屋の中にはユーリとラルの2人だけしかいない。

 

「──さて。お前を呼んだのは、先の事についてだ」

 

 ラルが言っているのは、先ほどユーリが口にした「巣の破壊は可能」という言葉のことだ。

 

「お前の過去について詮索はしない。そう踏まえた上で答えろ。あの言葉は、"自分ならば巣を破壊できる"──という意味か?」

 

「……はい」

 

「……冗談ではないようだな。詳しく聞かせろ」

 

 覚醒魔法──決して数は多くない固有魔法保有者の中で、稀にその力をもう一段階引き出せる場合がある。先の戦いで孝美が戦闘不能に陥る一因となった〔絶対魔眼〕もその1つだ。

 そしてユーリもまた、この覚醒魔法にあたる力を持っている。

 ブリタニアでの戦いでウォーロックを消し去る際に使用した、魔導徹甲弾を用いて放たれる大威力砲撃──〔爆裂〕。当時は不完全な状態で使用することとなったが、完全な状態であれば大型ネウロイは愚か、理論上ネウロイの巣でさえも一撃で消し去ることが可能だ。

 

「──それはすぐに発動できるものか?例えば今日、明日だ」

 

「……可能か不可能かと問われれば、可能ではあります。ですが……」

 

「やはり、そう美味い話ではないか」

 

 戦闘で大きな利を齎す覚醒魔法にも当然欠点はある。孝美の〔絶対魔眼〕は発動に際し使用者へ大きな負担が掛かる上に、発動中はシールドの硬度が著しく低下する。単独での発動は本来想定されていないものだった。

 そしてユーリの〔爆裂〕の欠点は、発動に要求される魔法力の量だ。アレは本来、徹甲弾にユーリの全魔法力を一瞬で圧縮充填して放つもの──1発撃つだけでユニットを回す魔法力すらも枯渇し、すぐさま戦闘不能に陥ってしまう。その対応策として、日頃から魔法力を少しずつ銃弾に蓄積するという手段を取っていたのだ。しかし発動時の安全が得られた代償として、一度の発動に対しかなりの準備期間を要する事となってしまっている。

 

「──おおよそでいい。完成までにどれ程かかる?」

 

「まだ完成に至った事がないので確約はできませんが……安全を期すなら約3ヶ月程はかかるかと」

 

 以前ユーリが魔導徹甲弾の制作を試みた時は、部隊の仲間を守りたい一心で結構な無理をしていた。お陰で約1週間という極めて短期間に予定の半分程の魔法力を充填出来ていたわけなのだが、ここはブリタニアよりも厳しい状況下に置かれている戦場だ。軽率な魔法力の消費を行えば、いざという時満足に戦えない危険性がある。

 

「3ヶ月……分かった。そのつもりで弾丸の精製を始めろ。ただし無理はしてくれるなよ?お前は貴重な戦力だ。只でさえ孝美がいないというのに、お前にまでくたばられては困る」

 

「……善処します」

 

 一例してラルの部屋を出て行ったユーリ。独り残されたラルは、組んだ両手の下で不敵な笑みを浮かべ、

 

「……とんだ宝を拾ったものだ」

 

 そう独り言ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やはり、そうですか」

 

「うん。雁淵さん、結構苦労してるみたい。さっき飛んでるとこチラっと見たんだけど、速度が安定してなかった」

 

 食堂で一息つくユーリは、先客のニパからひかりの様子を聞かされていた。

 彼女の飛行は戦場で一度見たきりだが、その時でさえも飛ぶのがやっと、という印象を受けた。恐らくひかり自身の身に宿る魔法力が、ユニットの要求量に対し絶対的に不足しているのだろう。寧ろそんな状態でよく飛べたと思うべきか。

 

「やっぱり、扶桑に帰されちゃうのかな?せっかく仲間になれたのに……」

 

「仲間だからこそ、ということもあります。少なくとも、今のまま雁淵軍曹がここにいても命を落とす危険ばかりが付き纏うでしょうから」

 

 もしひかりがユニットの整備等にも意欲を見せていたなら、或いは整備兵として身を置くこともできただろうが、彼女自身は前線で戦うことを望んでいる。当然、このまま彼女が無残に命を落とすのを看過できる者はこの基地に誰ひとりとしていない。だからこそ直枝は彼女に早く帰国するよう言っていたのだ。

 

「何か力になってあげたいけど……う~ん」

 

 頭を抱えたニパがテーブルに突っ伏した所で、基地内に警報が響き渡った。

 

「緊急出動!?行こう──!」

 

「はい──!」

 

 急ぎ格納庫へ向かった2人。そこでは既に直枝達が出撃準備を始めており、傍らにはひかりの姿もあった。

 

「今回、ユーリさんは下原さんやジョゼさんと一緒に基地での待機をお願いします。また前回のような事が無いとも限りません」

 

「そうですか……了解しました。ご武運を」

 

 珍しく待機を命じられたユーリは、後に続くロスマンの言葉に耳を疑うことになる──

 

「──ひかりさん。あなたも出撃しなさい」

 

「っ…!?──はいッ!」

 

「おい!何でこんな奴まで出撃させンだよ!?」

 

「訓練の一環です。ラル隊長が許可しました」

 

 直枝と同じことを思っていたユーリは怪訝な目でラルを見つめるが、彼女は黙して佇むのみ。この決定を覆す気はないようだ。

 出撃メンバーが基地を発ったのを見送ったユーリは、執務室へ戻ろうとするラルの背中を呼び止める。

 

「──何故?と言いたげだな」

 

「彼女には実戦経験が圧倒的に不足しています。今出撃させても──!」

 

「だからこそだ。動かない的相手の訓練より、実戦の方が得られるものはずっと多い」

 

「しかし、それで命を落とすことがあれば──!」

 

「どれだけ訓練してから出撃させたところで、初の実戦である事に変わりは無い。戦場に於いて、訓練通りに行くことなど無いに等しい事くらい、お前なら分かっているだろう」

 

「それは……」

 

「何より、雁淵ひかりは魔眼使いの可能性がある。それを確かめる為の出撃だ」

 

「……!」

 

 もしそれが事実であるなら、502部隊としても願ったり叶ったりだ。学生上がりの素人が一転、孝美の代役として鍛えるに値する価値が生まれる。完全に説き伏せられてしまったユーリにラルはインカムを投げ渡すと、装着するよう促す。無線越しに、現場の様子が聞こえてきた──

 

 

『──ひかりさん、コアは見える!?』

 

『ッ……!』

 

『──どう!?見えるの、見えないの!?』

 

『ッ……見えません……』

 

『……そう。いいわ、下がってなさい──!』

 

 

 もしや、という期待を持って耳を傾けていたユーリとラルだったが、結果は望んだものではなかった。

 

「……ハズレ、か」

 

 小さく嘆息したラルは格納庫を出て行く。残されたユーリは、引き続きインカムに意識を集中していた。

 

 

『──危ないッ!』

 

『ッ!?──キャアッ!──っぅぐ……ッ!』

 

『ひかりさん──ッ!』

 

『逃げろバカ──ッ!』

 

 

 切迫したロスマンと直枝の声。間髪入れず、何かが衝突するような音が聞こえた。

 

 

『菅野さん──!』

 

『ボサっとしてんじゃねぇ、死にてぇのか!!──ったく、言わんこっちゃねぇ。行くぞニパ──!』

 

『了解──ッ!』

 

 

 推測するに、危機に陥ったひかりを直枝が助けたのだろうか。ひかり自身、魔眼が発動しなかったことに対する疑問と落胆で注意力が散漫になっているようだ。

 最終的にネウロイはひかり以外の隊員達によって撃破。残敵の警戒を言い渡された直枝とニパを除く4人は、そのまま帰投することとなった。

 

「………」

 

 恐らくひかりは扶桑へ帰る事になるだろう。黙ってインカムを外したユーリは安堵していると同時に、どこか残念がってもいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地に戻ってきたひかりは正式に扶桑への帰国を言い渡されるはずだったが、ラルの「最後に思い出くらい持ち帰らせよう」という計らいで、ユニットの故障により墜落したニパの捜索及び救出に向かう事となった。

 あくまでも捜索が目的ということで許可が出たわけなのだが、予想外にも出先で新手のネウロイと遭遇。飛べないニパを抱えたひかりが直枝のサポートを行ったことで、無事にネウロイは撃破された。

 

 そんなひと仕事を終え無事に帰投した3人は、格納庫で全員()()()()()()()。これは"正座(セイザ)"という扶桑に伝わる伝統的な座法であり、習熟していないと1時間も続ければもれなく足が痺れて悶絶。歩くことすら困難になるという恐ろしい罰だ。──というのは502部隊の扶桑出身者以外の共通認識であり、本来は精神統一やマナーの一環として行われるもので、基本的にこのような罰として行われるものではない。

 こうなった理由というのも、帰投中に体力を使い果たした直枝とニパを抱えて飛ぶひかりが、基地を目の前にして海に墜落してしまったから。曰く不慮の事故ということでひかり自身が何をしたわけでもないのだが、「帰投するまでが任務です!集中力が足りません!」というサーシャのお達しでこうして正座をしている。

 

「──にしても、ひかりって結構無茶するよね」

 

「あはは……ニパさん、私のこと仲間だって言ってくれましたから。仲間なら助けないと、って」

 

「お陰で助かったよ。ありがとう」

 

 任務報告で執務室に呼び出された直枝を除いて談笑していた2人は、ここに来て疲れが襲ってきたのか、次第に寝息を立て始める。そんな彼女達の様子を入口から覗く影があった。

 

(仲間だから……か)

 

 ユーリ自身気付いているか定かでないが、ひかりの行動原理はユーリと似通う部分もある。彼女がここで戦いたい等と無茶を言っているのも、率先してニパを助けに向かったのも、根底にあるのは「家族や仲間の為」という思い。それは間違いなく、ユーリが501部隊で手に入れたものと同じだった。

 

 彼女達を起こさないようそっと近づいたユーリは、正座したまま寄り添って眠る2人に持っていたブランケットをかけ、格納庫を後にした。

 




今回は501編の最後で唐突に出てきたユーリ君の覚醒魔法について少し触れました。
この魔法が502部隊での戦いにおける鍵となると思います。……多分。

それと、プロフィールにもあるようにユーリ君には通称(二つ名)が無く、このまま無しで行こうかなと思っていたのですが、ちょっと中二臭い良さげなのを思いつきました。
登場がいつかはわかりませんが「こんなのかなー?」とか想像してお待ち頂ければと思います。


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何の為に

 先日の出撃のこともあり、扶桑への送還がほぼ確実と思われていたひかりだったが、彼女に可能性を見出したらしいラルの采配によって引き続きこの基地に残ることとなった。

 しかし彼女の実力不足が悩みの種である事に変わりはない。そこで、欧州(いち)の教官と名高いロスマンの下で1週間に渡る訓練を受けることになったのだが……

 

「やぁ──っ!」

 

「……ねぇ、アレ本当にテストなのかな?」

 

「さぁな。どっちにしろ、アレが出来なきゃアイツはここにゃ居られねぇ」

 

「手伝おうにも、魔法力の制御は個々人の感覚に依るところが大きいですからね…こればかりは雁淵軍曹が自力で頑張るしかありません」

 

 ユーリも受けた事のあるロスマンのテスト──魔法力の量や武器の扱いを確かめる為のそれを受けたひかりだったが、その結果は燦々たるものだった。落第の評価を受けても尚食い下がるひかりに、ロスマンはある課題を突きつけたのだ。内容は至ってシンプル。尖塔に引っ掛けた帽子を1週間以内に取ってくる事。

 ──ただし、ユニットを使ってはならない。

 

 方法としてロスマンがひかりに示した手本では、全身に流れる魔法力を両手足に分配し、それを使って塔の壁面をよじ登っていた。ロスマンとて保有魔法力が多いわけではないが、魔法力の制御をしっかりすればそう難しいものではない。

 ……が、しかし。ひかりが同じ事をやろうとすると、難易度は一気に跳ね上がる。只でさえ魔法力が平均より劣っているというのに、それを各手足へ4分割してしまうと壁に張り付くことさえ困難なのだ。

 ここまで、登っては落ちてを何度も繰り返す内に段々とコツは掴んできているものの、重なっていく試行回数に反比例してひかりの精神力は削られる一方だった。

 

 結局、その日は満足に塔を登れないまま夜を迎えた。

 夕食の際、酷使した手の痺れからひかりがスプーンを滑らせ、掬っていた熱々のスープが直枝に降りかかったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──ひかりは昨日に引き続き、ロスマンに課された課題に励んでいた。眠って気力が回復したのは勿論、前日に僅かながら掴んだ感覚を手がかりとして、愚直に塔を登っていく。

 

「あ、でも昨日に比べたらスムーズに登れてるね」

 

「あんだけやってりゃ嫌でも上手くなンだろ」

 

「とはいえ、昨日落ちた回数は両手じゃ足りないくらいです。怪我に繋がらなければいいんですが……」

 

 ユーリが心配を口にした途端、まるで予言したかのようにひかりの体がぐらつき始める。塔を見上げると、壁をよじ登っていたひかりの頭上を小鳥が飛び回っているのが見えた。振り払おうにも手荒な真似はできず、更に集中が途切れたことでひかりの体は真っ逆さまに落ちていく。

 

「ひかり!大丈夫……!?」

 

「いったた──あんなトコに鳥の巣が……」

 

「おう、ありゃチドリだな。そろそろ巣立ちが近づいてる時期だ」

 

「チドリ……」

 

 孝美が履いていた扶桑の新型ユニット〔紫電改〕に付けられたのと同じ名の鳥をジッと見つめるひかり。丁度いいタイミングだろうと、ニパの提案で休憩することになった。

 

「──お前分かんねぇのか?ロスマン先生はお前に"諦めろ"って言ってんだよ」

 

「でも、てっぺんの帽子を取ってくれば……」

 

「ばーか、おめぇに出来るわけねぇだろ!」

 

「そういう菅野はできるの?」

 

「へんっ!こんなのラクショーだろ!」

 

 手本を見せてやる。とばかりに魔法力を発動させた直枝は助走をつけて勢いよく壁に取り付くと、ものすごいスピードで塔を登っていく。その姿に感嘆の声を漏らすニパとひかりだったが、程なくして直枝は地面に背中を打ち付けた。

 

「……最高到達点こそ雁淵軍曹より上ですが、帽子まではまだ距離がありますね」

 

「う、うるせぇな!こんなのできたって何の役にも立たねぇよ!」

 

「……でも、やらなきゃ」

 

 不貞腐れて隊舎に戻っていく直枝を他所に、ひかりは壁登りを再開する。その日1日ずっとひかりに付き添っていたニパとユーリだったが、結局今日もまた、ひかりが塔のてっぺんに到達する姿を見ることはできなかった。

 

「今日はもうここまでにしようよ。疲れただろ?一緒にサウナ行こ」

 

「サウナ……?」

 

「うん。疲れた時はサウナが一番!──あ、でもユーリさんは……」

 

「お気になさらず。どうぞ、お2人で行ってきてください」

 

 ひかりとニパを見送り、独り残されたユーリは塔の尖端で夜風に揺られる帽子を見上げる。

 現実的に考えて、ひかりがこの課題をクリアできる可能性はゼロとはいかないまでも、かなり低い。もっと言うなら、仮にこれを突破したからといって、ひかり自身の力量に大した変化は見られないはずだ。

 

 

 ──こんなのできたって何の役にも立たねぇよ!

 

 

 昼間に直枝が口にしていた言葉を反芻しながらその場を後にするユーリだが、その胸中では「本当にそうだろうか」という疑問が燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、ひかりは毎日様々な工夫をしながら塔を登り続けた。

 魔法力による吸着力を高める為に、靴を脱いで裸足に。次の日は少しでも体重を軽くすれば高く登れるだろうと、朝食を抜いた。しかしそのせいで十分な力が出ず、思ったような成果は得られなかった。その次の日、前日の失敗を踏まえて朝食をしっかりと摂ったひかりは快調な動きで塔を登っていくが、ある地点で動きがピタリと止まる。何事かと目を凝らすと……

 

「うわ!ひかり寝てるよ!あのままじゃ──!」

 

 ニパの予想通り、意識を手放したことで手足から魔法陣が消え、ひかりの体は重力に任せて落下し始めた。

 通常、ウィッチは高所から落下してもシールドによって身を守れるが、睡眠中等、無意識状態ではその限りではない。あの高さから落ちれば無事では済まない。

 幸い、間一髪で滑り込んだユーリによってひかりは抱きとめられ、事なきを得た。ユーリに抱えられて部屋へと運ばれている最中もぐっすり寝息を立てていたのを見るに、連日の疲れがここに来て一気に押し寄せてきたのだろう。

 

「ったく…4日でこのザマじゃてっぺんなんて届くわけねぇだろ」

 

「ふふっ……」

 

「……何笑ってんだよニパ」

 

「いや?何だかんだ言って、菅野もひかりのこと心配してるじゃん」

 

「あぁン!?これのどこが心配してるように見えるってんだよ!?」

 

「お2人共静かに。雁淵軍曹を起こすつもりですか?」

 

 ユーリに窘められ、3人はそのまま部屋を後にする。幸か不幸か、期日まではまだ3日あるのだ。根を詰めすぎても良くない、今日1日くらいゆっくり休むのも悪くないだろう。

 

 ……と、思っていたのだが。どうもひかりの体に蓄積していた疲れは想像以上だったらしい。朝の9時頃に意識を失ってから夜の9時まで──実に半日以上の時間が経ってもひかりが目を覚ますことはなかった。

 夕食時になれば起きてくるかと思っていたニパが心配して部屋を覗いてみると、ひかりは未だに寝息を立てていたとのことだ。

 

(雁淵軍曹は着実に上達しつつある……が、この調子じゃ期日までに課題を突破するのは難しいか)

 

 そう考えたユーリは夜も深まりつつある中、基地の裏手を訪れていた。その目が見上げているのは、ひかりが何度も挑戦しては敗れている尖塔だ。

 

 まずはロスマンの手本通り、魔法力を両手足に分配して壁面に取り付いてみる。ユーリの魔法力を以てすれば、制御を怠らない限りこの程度造作もない。そのまま確かめるように1歩、2歩とよじ登ってみてから、軽やかな身のこなしで地面に飛び降りた。

 

「言われた通りにやれば普通は出来る。その"普通"よりも劣っている雁淵軍曹がこれをクリアするには……」

 

 暫し考え込んだユーリは、ここまでのひかりの問題点をざっと挙げ直してみた。

 

 

 ・魔法力の総量が並のウィッチよりも劣っている。

 ・そのせいで、ユニットを十分に駆動させられない。

 

 

 他にもあるが、目下のところ課題点となっているのはこの2つだろう。どれだけ射撃技能や戦術理解を深めようと、航空ウィッチにとって何よりも重要なストライカーユニットを満足に動かせないようでは死活問題だ。

 ひかりの魔法力ではエンジンを回すので精一杯。そんな状態ではシールドの出力が不安定になり、かといってシールドの展開に魔法力を割けば、今度はエンジンが出力不足に陥ってしまう。

 魔法力は後天的に増やすことはできない以上、ひかりが今握っているカードで今後も戦っていくつもりなら、方法は1つしかない。

 幸いというべきか、あの〔紫電改〕を履いた状態でネウロイの攻撃を最低限防御出来ていた事は彼女が502に来る前の戦いで確認できているのだから、後は魔法力の制御さえ上手くできるようになれば──

 

「──そういう事か……」

 

 果たしてロスマンがこれを見越してこのテストを課したのかは定かでないが、理論上可能だ。今ユーリが考えついた方法なら、ひかりでもこの塔を登りきることができる。

 

「すぅ──ふぅ………」

 

 物は試しと、数歩下がってピョンピョンと小さくジャンプする。1つ深呼吸を挟んだ後に走り出したユーリは、力の限り地面を蹴って塔の壁に飛び掛かった。

 

(──今ッ!)

 

 壁面に右足が着いた瞬間、魔法力をそこに集中させる。一点に集中された魔法力が右足を強固に固定したことで、ユーリはそのまま壁を()()()()()()。体が持ち上がると同時に、上半身が後ろへ傾いていく。だがそれよりも速く、今度は魔法力を集中させた左手を壁に着いた。同時に魔法力が霧散した右足は重力に従ってズリ落ちるが、さっきと同じ要領で今度は左腕で体を持ち上げ、すぐに左足。壁を蹴って今度は右手、という具合に、両手足4箇所の間で魔法力を目まぐるしく移動させることで、ユーリはものの数十秒で塔の先端まで登り詰めてしまった。

 

「はぁ、はぁ……なるほどやってみるものだ」

 

 風に揺られる帽子には目もくれずに、塔を滑り降りた──今度はちゃんと両手足に魔法力を纏わせている──ユーリは、深く息をつく。

 

(出来はした……が、これを彼女にやらせるのは危険だ。一瞬でも魔法力の制御をミスすれば真っ逆さま。下手をすれば命が危ない)

 

 やってみたら出来てしまったものの、この方法はかなり集中力を要する。魔法力の制御に於いてはロスマンと互角以上の腕を持つユーリでさえ、内心ヒヤヒヤものだったのだ。

 もう少し気軽且つ安全に行えるならひかりに勧めるのも吝かではなかったのだが、それは叶いそうにない。

 いや、寧ろこれで良かったのかもしれない。語弊を恐れずに言うなら、そもそもユーリはひかりがこの基地にいるのをあまり快く思っていなかったはずなのだ。彼女の身の安全の為にも扶桑へ帰国──それがダメなら、せめて本来配属されるはずだったカウハバ基地へ向かうべきだと。

 

「……そうだ。それでいいじゃないか」

 

 今体験したことは胸の内にしまっておくことにしたユーリだったが……

 

 

「──うわぁ……ユーリさんって凄いんですね。あんな登り方出来るなんて!」

 

 

 背後から聞こえた声──その主であるひかりと遭遇してしまった。

 

「か、雁淵軍曹……一体、いつから?」

 

「はい?ええっと……私がここに来た時、丁度ユーリさんが塔をすごいスピードで登っていくところでした」

 

「そう、ですか……」

 

 よりにもよって1番見られたくなかった部分をバッチリと見られていたらしい。自分で言うのも何だが「ユーリさんすごい!」と顔に書いてあるのが目に浮かぶ。

 

「よーし、私も頑張らなきゃ!──あ、そうだ。ユーリさん、今のってどうやってたんですか?菅野さんとかロスマン先生とやり方違いましたよね?」

 

「……お教えすることはできません。危険ですから」

 

「お願いします!出来る事は何でもやっておきたいんです!」

 

「あなたには出来ない事です。最悪、命を落とすことだって──」

 

「やってみなくちゃ分かりません!」

 

「やってみた結果死んだら意味がないでしょう!」

 

「っ……」

 

 珍しくユーリが声を荒げる。

 

「以前、仰ってましたね。"死ぬまででいいから部隊に入れてくれ"と」

 

「は、はい……」

 

「あなたは死ぬ為にここに来たんですか?」

 

「そんなこと──!」

 

「戦いたいなら強くなれと、そう言われたはずです。しかし今のあなたは戦場で戦うには弱すぎる」

 

「っ…分かってます!だから、こうして──」

 

「あなたはまだ自分に何が足りていないのか理解できていない。そんな状態でこのテストを続けても無駄です。万が一帽子を手にできても、戦場に出た瞬間命を落とすだけだ」

 

「そんな…こと……」

 

「……突然大声を出してすみませんでした。失礼します」

 

 足早に隊舎へ戻っていくユーリ。その背中に対し、ひかりは反論をぶつけることができない。いつもなら「やってみなくちゃ分からない!」とすぐさま言い返すところだったが、喉まで出かかっていたその言葉が今回は不思議と出てこなかった。

 

「──随分と言われたようね」

 

「ロスマン先生……」

 

「少し付き合いなさい。話があるわ」

 

 ユーリと入れ替わるように姿を現したロスマンは、ひかりを伴って海岸へ場所を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……ぁふ──ひかり大丈夫かな──って、うわぁっ!?」

 

 同じ頃──欠伸をしながら基地の廊下を歩いていたニパは、曲がり角で蹲っていた何かと鉢合わせる。窓から差し込む月明かりからは陰になっているせいで姿はよく見えないが、暗がりの中でも微かに見える白い菱形のヘアピンを見て、ニパはこの"何か"の正体を悟った。

 

「こんなとこでどうしたの?ユーリさん」

 

「……この声はニパさんですか。こんばんは」

 

「あ、こんばんは──じゃなくて。何かあったの?廊下で寝たら体痛めちゃうよ?」

 

 膝を抱え項垂れていたユーリは、ニパに先ほどのひかりとのやり取りの事を話した。

 

「──そういうことなので、ニパさん。僕を殴ってください」

 

「えぇ!?なんでそうなるのさ、嫌だよ仲間を殴るなんて」

 

「そうですか…では菅野さんに頼みます」

 

「わ~待った待った!ひかりに色々言っちゃって落ち込んでるのは分かったからさ、一旦落ち着こう?ユーリさんらしくないよ」

 

 早まるユーリをどうにかして宥めようとするニパは、ユーリを連れて基地の最上階へ向かった。

 

「──暫く一緒にいて思ったんだけどさ、ユーリさんってすっごい真面目だよね」

 

「……堅苦しい、という意味ですか?」

 

「違うよ。んーと……真面目に優しい?なんて言えばいいかなぁ──とにかく、ユーリさんって誰に対しても優しいでしょ?」

 

「そうでしょうか……優しい人は、頑張っている雁淵軍曹にあんな事を言わないと思いますが」

 

「ほらそういうとこ。つい厳しく言っちゃうのも、その後落ち込むのも、全部ひかりのこと心配してるからでしょ。別に間違った事を言ってるわけでもないんだし」

 

「それは……」

 

「大丈夫だよ。きっとひかりは分かってる。じゃなきゃ、菅野にあれだけ言われた時点でもう扶桑に帰っちゃってるでしょ」

 

 そう言って笑うニパにつられる様に、ユーリも顔を緩ませる。

 

「だから気にしないで……ってよく考えたら、これ私が言うことじゃないか。アハハ──けど、あまり思い詰め過ぎるのは良くないってホントに思うよ?」

 

「肝に銘じておきます。──ニパさんにはずっと助けられてばかりですね」

 

「私が…?そう言ってもらえるのは嬉しいけど──買いかぶり過ぎだよ。私がいつもツイてないの、知ってるでしょ?」

 

「関係ありませんよ。そもそもニパさんが見つけてくれなかったら、僕はここにいなかったでしょうし。あなたに見つけてもらえたのは、僕の今までの人生で一、二を争う幸運です──本当に、ありがとうございます」

 

 星空を見上げながら感謝を伝えたユーリだが、すぐ隣にいるニパから何も返事が返ってこないことに気づき、ふと首を横向ける──

 

「……ニパさん?」

 

「へっ!?あ…っと、なに!?」

 

「いえ。何か用、というわけではないんですが……それより、大丈夫ですか?」

 

「な、何が?」

 

「先程と比べて顔が赤いように見えます。意識もボーッとしているようですし……風邪や熱ではないと思いますが、念の為医務室で診てもらいましょう」

 

「だっ、大丈夫だよ!これはその…えっと、そう!ユーリさんを見つけるまで自主トレしててさ!その後サウナ入ったから、多分そのせいじゃないかな?」

 

「そうでしたか……お疲れの時にすみませんでした。もう遅いですし、ゆっくり休まれてください」

 

「う、うん!私はもう少し涼んでくよ」

 

「分かりました。では、おやすみなさい」

 

「お、おやすみ~……」

 

 ペコリと一礼したユーリが階段を下りていくのを見届け、更に数秒経つのを待ってから、

 

 

「っ……はぁぁぁ~~~っ!」

 

 

 と、ニパは盛大に息をついた。自分でも顔が火照っているのが分かる。それくらい顔が紅潮しているのだ。きっと鏡を見ればとんでもないことになっているだろう。

 

「普通に相談に乗るだけのはずだったのに……!」

 

 不意に、ユーリに言われた言葉が蘇る。

 

 

 ──あなたに見つけてもらえたのは、僕の今までの人生で一、二を争う幸運です。

 

 

「あんなこと言われたの、初めてだ……」

 

 ニパがウィッチの力に目覚めてからというものの、"ツイてない"体質のせいで周囲からは散々な言われ様だった。502部隊に来る前にいたスオムス空軍では、エイラと同じ──と言っても彼女は自分よりもずっと優秀なのだが──エースの称号を持ちながらも"ツイてない"体質のせいでハンガーの掃除を命じられ、出撃させてもらえなかった経験さえある。

 

 そんな自分が、初めて誰かにとっての幸運になれた。自分と会えたことを幸運だと言ってくれた。

 

 その事実が、ニパには堪らなく嬉しかった。

 

「ふふっ、えへへへ……」

 

 壁にもたれて腰を下ろしたニパは、笑顔を以て嬉しさを噛み締める。部屋に戻ってベッドに潜ってからも彼女がその笑みを絶やすことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2日が経過し、7日目──今日がロスマンの課した課題の期日だ。今日中にひかりが塔の上の帽子を手にできなければ、彼女は扶桑へ強制送還される。

 この6日間でひかりも随分上達したが、それでもまだ塔のてっぺんには手が届いていない。それでも、単純計算すれば7日目の今日、塔を登りきれる可能性は僅かながらあった。

 

 しかし……

 

「──風が強い。もう今日しかないのに」

 

「あいつも大概ツイてねぇ奴だな」

 

 天候は曇りと強風。塔を登るには最悪に近い空模様だ。不幸中の幸いで雨は降り出していないが、灰色の空を見る限りいつ降ってきてもおかしくない。

 

 普通なら速く登りきってしまおうと焦るところだが、ひかりは冷静だった。落ち着いて、一歩一歩塔を登っていく。やがて塔の半分ちょっとを登ったところで、天の悪戯か、強烈な横風がひかりを襲った。できる限り身を縮めて堪えるも、次第に体は押し流されていき……

 

「危ない──ッ!」

 

 ニパの言葉とほぼ同時だった。遂にひかりの手足は壁から完全に引き剥がされ、真っ逆さまに落ちていく。いくらシールドがあるとは言え、完全に衝撃を殺せるわけではない。このままでは──!

 

 そう、誰もが息を飲んだ瞬間、

 

 

「ッ──!!」

 

 

 壁に擦っていた両足に意識を集中させると、ひかりの落下が止まる。彼女の両足は魔法力によってしっかりと壁を掴んでおり、未だ吹き続ける風の中でも微動だにしていなかった。

 

「あっぶなぁ……巣にぶつからなくて良かった……!」

 

「ひかりー!大丈夫ー!?」

 

「はい!巣は無事でーす!」

 

「ったく…そっちの心配かよ」

 

 微妙にズレた返答をするひかりに呆れる直枝だが、彼女もニパと一緒に朝からひかりの挑戦を見守り続けているあたり、内心では応援しているのだろう。

 

「よし…せーのっ……!──っと……うわぁ──ッ!?」

 

 逆さの状態で宙ぶらりんになっていた体を何とか起こしたひかりはすかさず両手を壁につくが、魔法力が両手にも回された途端、今度こそ風に吹き飛ばされてしまった。

 

「いったた……上に行けば行くほど、風も強い……!」

 

「この風じゃ無理だ。ロスマン先生に言って、もう1日──」

 

「──ダメです。延長は認めません」

 

 転落したひかりに期限の延長を提案する直枝だったが、その案はほかならぬロスマンによって真っ向から斬り伏せられる。

 

「休んでいる時間は無いわよ。あなたがやると決めた以上、最後まで続けなさい」

 

「はいっ!」

 

 再度、塔を登り始める。その様子を、隊舎の中からも見守る者がいた。言うまでもなく、先日のこともあって、ここ数日ひかりと顔を合わせるのが気まずいことこの上ないユーリだ。

 例えクリアできずとも、どうか無事に終わるよう祈りながらひかりの挑戦を見守っていると、ふとひかりが動きを止めた。何やらロスマンが指示を飛ばしているようだ。

 すると、突然ひかりは壁から足を離す。この風の中で自殺行為とも言える真似だが、ひかりの体は風に流されることなく、しっかりと壁に取り付いている。両手でぶら下がっている状態から、今度は左手を離す。片手だけになったひかりを見て、ユーリはロスマンがやらせようとしている事を理解した。

 

「やはりそれしかないか。けど……」

 

 この方法は裏ワザ的なやり方だ。これでひかりが帽子を取れても、根本的な問題の解決にはなっていない。ロスマンはそれを承知の上であのやり方を指示したのだろう。テストをクリアした後も、ひかりがちゃんと戦えるようになるまで自分が面倒を見る、と。

 

(……欧州一の教官と言われるわけだ)

 

 腕だけで登り続けるひかりが塔の半分程まで到達した頃、身の程を弁えない彼女に対する天からの怒りのような、激しい雨が降り始めた。

 強風と豪雨──危惧していた最悪の条件が遂に揃ってしまったが、それでもひかりは手を止めることなく登っていく。

 

 そこへ更なる追い打ちをかけるように、基地に警報が鳴り響いた。

 

 

『ラドガ湖北部の基地に向かって東方から急速接近中の中型ネウロイを確認。総員、緊急出撃』

 

 

 ラルの指示を聞き、ひかりを除いて出撃可能な部隊の全員がすぐさま格納庫へ向かう。次々と出撃していく隊員達の中で、ユーリは横を飛ぶ直枝がしきりに後ろを気にしていることに気づいた。

 

「……何か、()()()()()()()()()()()()。菅野さん?」

 

「……そうだな。悪りぃ、すぐ追いつく」

 

「え、おい菅野──!?」

 

 独り基地へ引き返していく直枝に困惑するニパはその後を追おうとしたが、ユーリに止められる。

 

「菅野さんならすぐに戻ってきます。先に行きましょう」

 

「わ、わかった……」

 

 それから少しして無事に合流した直枝の表情は、心なしか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ネウロイ発見!前衛は攻撃、中尉と曹長は援護を!」

 

 

「「了解!」」

 

 

「菅野一番!出る──ッ!」

 

 先行した直枝とニパ、その後ろからサーシャが先制攻撃を仕掛け、戦いの火蓋が切って落とされた。クルピンスキーとユーリは後方支援を担当し、ネウロイの装甲を着実に削っていく。

 

「──コアは見つかったか!?」

 

「ダメだ、見つからない!──ねぇ、アレって──!」

 

 ニパの視線の先には、こちらへ向かって飛んでくる2つの影──1つはフリーガーハマーを携えたロスマン。もう1つは──

 

「……ひかりだ!アイツやったんだ!」

 

「へっ、遅ぇんだよ──!」

 

「頑張った子猫ちゃんに、カッコ悪いところは見せらんないね──!」

 

「ちょ、中尉!全くもう──!」

 

 ひかりが試練を乗り越え出撃してきたことでニパやクルピンスキー達の士気が上がり、攻撃が激しさを増す。代償として援護を命じられていたはずのクルピンスキーが前衛に加わってしまったが、残ったユーリと、合流してきたロスマンの2人で後方支援を続行する。

 

「──先ほど雁淵軍曹に何か指示していたようですが、何を?」

 

「大したことじゃないわ。ただ、自分らしく戦うよう言っただけよ」

 

「自分らしく……茨の道、というやつでしょうか」

 

 上から戦場を見下ろすユーリは、ネウロイの光線を掻い潜って接近していくひかりの姿を見つめる。彼女は魔法力も弱ければ、射撃技能も高くない。遠方から撃って当たらないなら、当たる距離まで接近する。魔法力が足りないなら、防御を捨てて機動力に特化させる。

 傍目には捨て身の戦法としか思えないが、あの連日に渡る塔登りのお陰で魔法力の制御が上達したのだろう。以前とはまるで違う軽やかな動きで、見事にネウロイの攻撃を回避できている。

 

「彼女が自分で選んだ道だもの。ああも諦めが悪いと、いっそとことん極めさせた方がいいかと思ってね」

 

「……心中、お察しします」

 

「その言葉、そのままお返しするわ」

 

 ここで会話を打ち切り、再び援護に集中するユーリ。ネウロイの直上を飛びながら攻撃を加えるひかりの姿を捉えたところで、急ぎ照準をネウロイの左翼側に定めた。

 引き金が絞られ、轟音と共に徹甲弾が放たれる──一直線に突き進む弾丸は狙い通りネウロイの左翼に命中し、装甲の薄さも相まって一撃で砕け散った。

 

「間に合うか……っ!?」

 

 依然ひかりはネウロイの上で攻撃を続けているのだが、攻撃に集中しすぎる余り、背後から迫るネウロイの尾に気づいていない。このままでは接触してしまう。打ち所が悪ければ意識を失う危険性もあるのだ。

 そこでユーリが放った弾丸により、ネウロイは姿勢を大きく左に崩していく。十分な距離さえあれば接触事故を防げただろうが、もう彼女とネウロイの距離は幾分もない。ギリギリ間に合うかどうかといったところだ。

 

 最悪ネウロイの機体後部ごと吹き飛ばせるよう〔炸裂〕の発動準備を行うユーリだったが、ここで運は味方をしてくれた。鯨やイルカのようにのたうつネウロイの尾は直撃確定だった軌道から逸れていく。

 だが惜しくも完全回避には至らず、ひかりは漆黒の機体に肩を打ち付けて大きく体勢を崩してしまった。

 

「ッぅ──!……っ!?コアが見えた──ッ!」

 

 ひかりのこの言葉はインカムを通して全員に伝わり、ひかりが銃撃を浴びせるポイントへ意識が集中する。果たして、削られていった装甲の下から、赤く輝く結晶が顔を覗かせた。

 

「でかした!コアの位置さえ分かりゃ──!」

 

 直枝を筆頭に、全隊員がコア目掛けて集中砲火を浴びせる。四方八方から降り注ぐ弾丸の雨はコアを砕き、ネウロイの機体を無数の金属片へと爆散させた。

 

「やったねひかり!」

 

「ま、ビギナーズ・ラックってやつか」

 

「──ひかりさん。コアが見えたというのは本当?」

 

 今回の戦いの功労者であるひかりの活躍を口々に賞賛する中で、ロスマンは極めて冷静に当時の状況を把握しにかかる。

 

「はい!前と同じで、ネウロイにぶつかった時に!」

 

「ネウロイとぶつかった……そう」

 

「立ち話もなんですし、まずは帰投しましょう。詳しい話はその後で──」

 

 そう提案したサーシャを先頭に、一同は基地へ進路を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰投後、ロスマンとラルによる事情聴取により詳しいことがわかってきた。

 

「──雁淵ひかり。お前には〔接触魔眼〕の力があるようだ」

 

 〔接触魔眼〕──名前の通り、ネウロイと接触することで発動する魔眼だ。姉である孝美がそうであったように、ひかりにも魔眼の力が発現していたようだ。これで晴れて孝美の代役を務めることが──

 

「──〔接触魔眼〕は使用を禁止する」

 

「え…!?なんでですか!?魔眼があればネウロイだって──!」

 

「無駄に命を捨てるな!何の為に孝美は"あの技"を使ってまでお前を助けたと思っている」

 

「"あの技"……?」

 

 心配をかけまいと伏せていたのだろう。孝美が発動した〔絶対魔眼〕──単独での発動は自殺行為にも等しいとされるこの魔法の存在を、ひかりは聞かされていなかった。

 

「──いいか、〔接触魔眼〕は禁止だ。孝美が払った犠牲を無駄にするな。ここ数日努力をしてきたのは、あいつの代わりにここで死ぬ為ではないだろう」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃん、チドリ。私、502に入れたよ」

 

 夕日の差し込む格納庫で、独り〔紫電改(チドリ)〕に語りかけるひかり。そんな彼女の元に歩み寄る者がいた。

 

「──雁淵軍曹」

 

「あ……ユーリさん」

 

「……初撃墜、おめでとうございます。無事帰還できて何よりです」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

 緊張の面持ちでひかりと向かい合うユーリは、気まずそうに目を泳がせる。自らを落ち着かせるように深呼吸してから、意を決して──

 

「……その……すみませんでした!」

 

「え、えぇっ!?」

 

 ──ユーリは頭を下げた。

 

「雁淵軍曹なりに皆の力になりたいと頑張っているのはわかっていました。仲間としてそれを応援すべきだったにも関わらず、頭ごなしに実力不足だと切り捨てるような真似を……」

 

「そんな、頭を上げてください!私、気にしてませんから!寧ろこっちがごめんなさいというか、お礼を言いたいのはこっちというか!」

 

「お礼……ですか?」

 

「こないだユーリさんに言われたのと同じこと、隊長からも言われました。"死ぬ為にここにいるんじゃないだろう"って……ロスマン先生からも、"お姉ちゃんみたいになるんじゃなくて、自分になりなさい"って。あの時ユーリさんが言いたかったのって、そういうことですよね?」

 

「雁淵軍曹……」

 

「塔の帽子を取ってからチドリを履いた時、私、チドリと一つになれたって感じたんです。それで思ったんです。私、お姉ちゃんみたいになろうって思い過ぎて、チドリと全力で向き合ってなかったんだな、って」

 

 あの日ユーリに指摘された「自分に足りていないもの」を自覚したひかりは、自分でも驚く程スムーズに〔紫電改〕を使いこなせた。あの塔登りを経て魔法力制御のコツを掴んだことで、全身に散らばってムラのあった魔法力をユニットへ集中させることができたのだ。

 

「ユーリさんがいなかったら、例え塔を登りきってもチドリとひとつになれなかったと思います。ですから、ありがとうございました!これからも、よろしくお願いします!」

 

「……はい。まだ至らない身ではありますが、こちらこそ、よろしくお願いします。雁淵軍曹」

 

 無事にわだかまりを解消できたユーリは、ひかりに手を差し伸べる。それを見たひかりは、嬉しそうにその手を握り返した。

 

「──あ、それと。私のことはもっと気軽に呼んでください。階級で呼ばれるの、実は全然慣れなくて……天城の皆さんにも、名前で呼んでもらってましたし」

 

「そうでしたか……では僭越ながら、ひかりさん、と呼ばせて頂きます」

 

「はい!」

 

 そう言って笑う2人の生徒を、ロスマンは階段の上から静かに見守っていた。

 




こんなに長くなるはずでは無かった…二重の意味で。
しばらくぶりの更新となりました。ちょっとFGOにかまけてたらコレですよもう。

書き終えてから今回のユーリくんとニパのやり取りを見直してて思い出しました…

「ヒロイン未定」タグの存在を。

現状、ヒロイン!って感じの絡み方をユーリ君も相手側もしておらず、フラグというか、匂わせというか「ヒロインになるかもしれない」ムーブだけやってる感じなので。
「そもそもストパンなんだし、明確なヒロイン無し路線もアリっちゃアリなのでは?
いやでも書きたい欲「だけ」はあるしなぁ…しかも誰にするのか自分の中でも固まってないし…」ってな感じで進めております。

見切り発車もいいとこですが、お付き合いいただければ幸いです。


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家庭の味

今回は羽休め?回です。


 某日──日課の早朝トレーニングを終えたユーリが足早に食堂へ向かうと、美味しそうな匂いが鼻腔を擽った。

 

「おはようございます──遅れてすみません。皆さんもう食べ始めてますか?下原さん」

 

「おはようございます、ユーリさん。──ちょうど今出来たところです。今日は蕎麦の実を使ったシチーとカーシャで、オラーシャ風にしてみました」

 

「シチーとカーシャ…確か、どちらもオラーシャの伝統的な家庭料理でしたね」

 

 楽しみにしてます。と席に着くユーリに、下原は訝しげな視線を向けていた。

 

 全員の手元に料理が行き渡り、各々朝食をとり始める。

 

「──美味しい!下原さんって、オラーシャ料理も得意なんですね」

 

「喜んでもらえて嬉しいです」

 

「"シチーとカーシャ、日々の糧"──小さい頃によく家族で食べたのを思い出します」

 

「本当はユーリさんが502に入った時の歓迎会で作ろうと思ったんですけど、あの時は材料が足りなくて……」

 

「同じ家庭料理でも、家毎に味付けが微妙に違ったりして面白いんですよ──そういえば、ユーリさんのご家庭はどうだったんですか?」

 

 サーシャの質問に、黙々とカーシャを食べていたユーリは一旦手を止める。元ブリタニア空軍とはいえ、ユーリの出身はオラーシャだ。あまり過去を語らないユーリの"家庭の味"の話を聞けると思っていた一同だったが……

 

「……お恥ずかしい話ですが、実はシチーもカーシャも食べるのはこれが初めてなんです。両親が幼い頃に他界しまして。以降はずっと父方の故郷であるブリタニアで育ちましたから」

 

「すみません……!私ったら──」

 

「いえ、お気になさらず。寧ろ、折角の美味しい朝食を台無しにするような話をしてしまいました」

 

「……あ、ってことはユーリさん、オラーシャとブリタニアのハーフなんだ?」

 

「私、ブリタニアの料理がどんなのか知りたいです!」

 

 重くなっていた空気をニパとひかりが持ち直し、ユーリも挽回のチャンスだということを感じ取った。

 

 ──感じ取りは、したのだが……

 

「……すみません、食文化にはあまり詳しくなくて。そういったことは深く考えずに食べていたものですから」

 

「なんだよ、お前みたいなのでも意外と食い意地張ってんのな」

 

「ええ、まぁ……そうなのかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を終え、ブリーフィングルーム──

 

「──現在、"グリゴーリ"から現れるネウロイの侵攻はラドガ湖の北方で止まっていますが、湖の凍結が始まれば一気に南下してこちらへ進出してくると考えられます」

 

「湖が凍りだすのって、12月の頭くらいだっけ」

 

「あと1ヵ月足らずですね」

 

「その為、本格的な冬に備えて新たな防衛網を構築する必要があります」

 

 ひと月あれば時間は十分に思えるが、次の物資補給を待たなければ防衛網を敷くことができない。実際作業にかけられる時間は1ヶ月よりも短いと考えていいだろう。

 

「今日の定時偵察当番は……下原さんとジョゼさんね。今日は偵察範囲をラドガ湖北東のペトロザヴォーツクまで広げます。何か気付いたことがあったら、些細な事でもいいから報告してちょうだい」

 

 

「「了解」」

 

 

「それと──ひかりさん。あなたも同行するように。遠乗りの訓練にいい機会だわ」

 

「はい!──ジョゼさん、下原さん、よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ!」

 

「よ、よろしく……」

 

 ひかりの同行を快諾する下原だったが、一方でジョゼは承諾こそしたものの、その表情はどこか浮かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひかり達3人が基地を発ってから、3時間程経った頃──

 

「下原さーん。今日のお昼は──って、そっか。今偵察出てていないんだった」

 

 普段通りの偵察であれば戻ってきている時間帯だが、今回は偵察範囲が広がっている。それも冬に備えての重要な偵察とあれば、時間がかかるのも頷けるというものだ。

 

「下原さんがお昼を作り置きしてくださってますよ」

 

「ホント?流石下原さんだなぁ」

 

 食堂では、ユーリを始め他の隊員達も下原が残していったサンドイッチを摘んでいた。軽食ではあるが、出撃までの短時間できちんと人数分用意してくれた下原に感謝の念を送りながら腹を満たしていく。

 

「もぐもぐ……ひかり達、大丈夫かな?」

 

「さっき下原さんから定時連絡があったわ。ジョゼさんもいるし、何かあってもカバーしてくれるはずよ」

 

「……そうだよね!下原さん頭いいし」

 

「ま、お前が一緒じゃないなら大丈夫だろ」

 

「ちょ、どーいう意味だよ菅野ー!?」

 

 直枝の冗談で飛ぶ笑い声。誰もが、この時はまだ「今日の夕飯は何だろう」等と考えていたのだが……

 

「……ねぇ、流石に遅くない?」

 

「えぇ……偵察範囲拡大を加味しても、基地を発ってからこれだけ経っても戻らないとなると……」

 

 心配したユーリがロスマンに確認したところ、どうやら定時連絡が途絶えてから4時間が経つらしい。これはいよいよ非常事態だ。

 

「搜索に行きましょう。もしかしたら、ネウロイに足止めを食らっている可能性も考えられます」

 

「そうね……日没も早くなってきてるし、満足に夜間戦闘を行えるのは下原さんだけだわ」

 

 下原の固有魔法である〔魔法視〕は、遠距離視と夜間視の複合型だ。その特性上、ナイトウィッチを擁さない502部隊にて夜間哨戒を行える唯一の隊員として重宝されている。

 

 ロスマンの声がけで集まった4人──直枝、ニパ、クルピンスキー、そしてユーリは、すぐさまユニットを履き出撃しようとするが……

 

「──待ってください!出撃は中止です」

 

「はぁ?どういうことだよ!?」

 

「これを見てください──」

 

 突如飛んできた鶴の一声に、誰もが怪訝な顔をして説明を求める。そんな彼女達に、声の主であるサーシャは言葉ではなく、格納庫のゲートを開けることで答えた。

 

「これは……!」

 

 重々しい音を立てて開いていくゲートのむこうでは、曇り空の下で白い雪が踊り狂っていた。その壮烈さを物語るように、格納庫に吹き込んできた冷たい空気が肌を撫でる。

 

「……確かに、この吹雪では無理ね。視界不良に加えて、ユニットが凍結しかねないわ」

 

 一刻も早く吹雪が止むことを祈りながら、ユーリ達は渋々基地の中へと引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は進むこと夜の9時。依然として外は吹雪いており、歯痒い状況が続いている。雪が止むのを今か今かと座して待ち続ける502部隊の面々だったが、彼女らはここに来て新たな問題に直面していた。

 

「……もう9時だよ。夕飯、どうしよう?」

 

 日頃502部隊の食事──特に夕食は下原が担当していたこともあり、炊事班は彼女らの分の食事を用意していない。整備兵など他の兵士達の食事の時間もとっくに終わっているであろう今、わざわざ炊事班を呼び出すのも気が引けた。

 

「フッフッフ……仕方ない。ここはボクが一肌脱ぐとしようじゃないか」

 

「クルピンスキーさん。料理できたの?」

 

「流石に下原ちゃんには及ばないけどね。その代わり、子猫ちゃん達への愛情はたっぷり込めさせてもらうよ」

 

 意気揚々とキッチンへ向かったクルピンスキー。この際空腹を満たせれば贅沢は言わない、と料理完成を心待ちにしていたのだが……

 

「……なぁ。なんか変な臭いしねーか……?」

 

「言われてみれば……」

 

 一瞬、嫌な予感が直枝とニパの脳裏をよぎる。そして──

 

 

「お待たせ皆!さぁ、召し上がれ」

 

 

 ──そして、その予感は形となって目の前に現れた。

 

「……これ、食っても大丈夫なやつだろうな……?」

 

「もちろん!見かけはちょっと不格好だけど、ナオちゃんへの愛をたっぷり込めたからね。よく味わってくれたら嬉しいな」

 

「ちょっと……?」

 

「不格好……?」

 

 ニパとサーシャが息を飲むのも無理はない。何しろ目の前に並べられたクルピンスキーの料理(スープ)は、未だかつて見たことのない色をしているのだ。

 より具体的には一般的なスープらしからぬ紫色の液体に、何やら具材らしきものが浮いている。

 何にせよ、お世辞にも食欲をそそるとは言えない──寧ろ食べる気が失せるナニかが、502部隊の面々の前に鎮座していた。

 

「ま、まぁ…食べてみれば美味しい可能性もある、わよね……」

 

 一縷の望みをかけ、意を決したロスマンがスープを一口。固唾を飲んでその様子を見守っていた隊員達だったが、顔を青ざめさせ小さく嘔吐(えづ)く彼女を見て、やはりこのスープは見た目通りの味なのだという事を悟った。

 

 対して、これを生み出した張本人であるクルピンスキーはというと……

 

「どう、美味しいでしょ?このスープには先生ご自慢の食材もたっぷり入ってるんだよ」

 

「なんですって──ッ!?」

 

 鬼気迫る形相でキッチンへと駆け込むロスマン。次の瞬間、彼女の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

「あぁ…わ、私が1年かけて集めた、貴重なオラーシャキャビアが……!」

 

 呆然と立ち尽くすロスマンの眼前には、見るも無残に開封されたキャビアの空缶が積み上げられていた。

 怒りと怨嗟に満ちたロスマンがクルピンスキーにお灸を据えているのを尻目に、直枝達も恐る恐るスープを口にしてみるが……

 

「う…っ!?なにコレ…!?」

 

「やっぱ下原じゃなきゃ無理だ……ッ!」

 

 やはり結果は同じ。とても食べられたものではない。キャビアの塩味を中和しようと手当たり次第に調味料をぶち込んだのか、そのせいで筆舌に尽くしがたい酷い味となってしまっている。これでは犠牲になった大量のキャビア達も浮かばれないだろう。

 

 直枝、ニパ、サーシャが揃って口元を押さえる中、ラルとユーリだけは黙ってスプーンを動かしていた。あろう事か、この劇薬(スープ)を事も無げに飲んでいるではないか。

 

「……流石です、隊長。こういう時も冷静ですね」

 

 サーシャの言葉で手を止めたラルは一言、

 

「──まずい」

 

 そう呟き、それっきりスプーンを持ち上げることは無かった。

 ラルがこれでは、もう誰ひとりとしてこの暗黒物質(スープ)を処理できるものはいない──そう思ったのだが。

 

「──菅野さん、スープ(ソレ)を」

 

「んぁ?おう──って待て!お前ソレ全部食ったのか!?」

 

 言われるままに自分の皿を差し出そうとした直枝は、慌ててユーリの皿を覗き込む。なんと、ユーリの皿からはあのスープが消えていた。

 

「ユ、ユーリさん……!?」

 

「あの、気を悪くしないで欲しいんだけど……まずいよね?コレ」

 

 緊張の面持ちのニパが投げかけたこの問いに対するユーリからの回答は……

 

 

「……不味いです。正直、かなり」

 

 

 やはり、YESだった。

 

「──ですが個人的に、何とか、ギリギリ、紙一重で食べ物の範疇と判断しました。恐らくですが、皆さんの分を僕が頂くことも可能かと」

 

「なっ…!?バカ言うんじゃねぇ!死ぬ気かてめぇ!?」

 

「そうだよ!無理しないで!」

 

「どうか早まらないでください!」

 

 全力でユーリを止める直枝達。だがユーリは制止を振り切り、直枝の皿を自分の手元に引き寄せる。

 

「食材は貴重な物資です。例え惨たらしい姿になってしまったとしても、料理として食べられる以上、無駄にはできません」

 

 ユーリの言うことも一理ある。近くに次の補給が控えているとはいえ、物資は節約できるに越したことはない。加えて今基地にいるメンバーの中では、ユーリだけがこのスープに対抗できる唯一の存在なのだ。

 

(皆さんの胃は、僕が守ってみせる──!)

 

 決死の覚悟で、まずは直枝の分を食べ始める。一口しか手をつけられていないスープは見る見るその量を減らしていき、わずか3分弱で直枝の皿を平らげてみせた。

 

「ふぅ……次、ニパさん!」

 

 続けてニパの分、サーシャの分、テーブルを離れているロスマンの分と、次々スープを飲み干していくユーリ。

 

「っ…あと、ひと皿……!」

 

 明らかに顔色を悪くしながらも4人分のスープを片付けたユーリは、残るひと皿──ラルの分に手を伸ばそうとするが、

 

「……私の分はやらんぞ」

 

 と、伸ばされた手は空を切った。見れば、ラルの皿は既に空になっているではないか。ユーリが必死にスープを口にしていた傍らで、密かに完食していたらしい。

 

「もしかして、隊長はユーリさんの負担を少しでも減らそうと…?」

 

「あぁ、流石隊長だ。それに比べてオレ達は…ッ!」

 

「ユーリさん……なんて無茶を」

 

「ごめん……ごめんね。ユーリさん」

 

 テーブルに突っ伏すユーリを見て自らの非力さを悔やむ直枝達。せめて部屋でゆっくり休ませようとユーリを運ぼうとした時だった──

 

 

「──おや、もう食べちゃったのかい?喜んでもらえて嬉しいよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 絶望とは、最も効果的な瞬間にこそ降りかかる。

 ユーリがその身を犠牲にして撃破したスープは、ほんの氷山の一角に過ぎなかったのだ。全兵力を鍋の中に総動員してテーブルに降り立った絶望(スープ)は、一瞬にして直枝達から血の気を奪い去った。

 

「僕なら、まだ……ッ!」

 

 青い顔のユーリは満身創痍の体に鞭打って絶望(スープ)に挑もうとするが、伸ばすその手を制止する者がいた。

 

「ユーリ…もういい。お前は休んでろ」

 

「か、菅野──さん」

 

「──ニパ、サーシャ、()るぞ。腹ァ括れ!」

 

「ッ……うん!」

 

「はい…ッ!」

 

「さぁナオちゃん、ニパ君、サーシャちゃん!ボクの愛情(スープ)をたっぷり召し上がれ!」

 

 

「ッ…やってやらァァァ──!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

 目を覚ますと、そこは自室だった。カーテンの隙間からは薄明るい空が覗いており、今が朝なのだということを理解する。

 

(まだ少しクラクラする──そうだ、下原さん達は無事に戻れただろうか)

 

 クルピンスキーが引き連れてきた本隊(スープ)との戦いを目前にして気を失ったユーリは、その後ラルによって部屋に運びこまれていたのだ。

 

 まだ口の中にアレの味が残っているような感覚を覚えながら、一先ずユーリは水を求めて食堂へ向かう。

 

「ん…この匂いは……」

 

 ふと鼻についた美味しそうな匂い。発生源である食堂を覗いてみると、そこには──

 

「──あ、ユーリさん。おはようございます」

 

「下原さん…!良かった、ご無事だったんですね」

 

「心配をかけてすみませんでした。ひかりさんもジョゼも無事ですよ」

 

 そう言って笑う下原の前では、火の上で煙を燻らせる蒸し器があった。匂いの元は下原の料理だったようだ。

 

「──ロスマン先生から聞きました。色々と、大変だったみたいですね?」

 

「……えぇ、それはもう。改めて下原さんの凄さを痛感しました」

 

「ふふっ、大袈裟ですよ」

 

 下原から水の入ったグラスを受け取り、ゆっくり飲み干す。

 

「あ、そうだ。今日の朝ごはんの玉子焼きが少し余ってるんですけど、食べますか?」

 

「それはジョゼさんの分では…?」

 

「1つくらい大丈夫ですよ。あ、でも一応ジョゼには内緒にしてくださいね?」

 

 そう言って口の前で指を立てる下原の厚意に甘え、玉子焼きを一切れつまみ食いする。

 

「……甘い」

 

「お口に合いませんでしたか?砂糖は少なめにしたんですけど……」

 

「ああ、いえ。玉子焼きはだしの味がするものだとばかり思ってたんですが、甘いのも美味しいですね」

 

「よく知ってますね。扶桑料理、お好きなんですか?」

 

「……そうですね。前いた部隊に扶桑出身の方がいたんです。下原さんと同じく料理が好きな方で、いつも部隊の食事を作ってくれていました」

 

 その人物とは言うまでもなく芳佳のことだ。彼女の玉子焼きは甘くないタイプで、ユーリはそれが当たり前だと思っていた。

 

「……あの、良かったら教えてくれませんか?ユーリさんの好きな食べ物とか」

 

 少し迷った末に、ユーリは自分の過去を断片的に語り始めた。

 幼い頃から厳しい訓練を課されたこと。その中で与えられた食べ物が軍用食だけだったこと。その影響か、今の自分は若干味音痴の節が見られること。大抵のものは美味しく頂けるのだが、そのせいで食に関する嗜好や拘りが殆ど無いこと。

 ……そんな食生活を送ってきたことで、所謂"家庭の味"というものを知らずに生きてきたこと。

 

「……それじゃあ、ユーリさんの好きな味を再現するのは難しそうですね」

 

「……何故そんな必要が?」

 

「前にも言ったと思うんですけど、ユーリさんが502に来た時にオラーシャ料理を作ろうと思ったのは、故郷の料理を食べれば皆と打ち解けやすいかなって思ったからなんです。まあ、結局作れなかったんですけどね……」

 

「そうでしたか……お気遣い、ありがとうございました。──でも、僕は下原さんの料理好きですよ。お味噌汁は特に。欲を言えば()()()()()()()()()()()()()

 

「え……っ!?」

 

 突如、下原の顔が赤くなっていく。同時に、蒸し器から溢れる煙も激しさを増したように見えた。

 

「……下原さん?」

 

 これといって特定の味を好むことのなかったユーリだが、実は数少ない"好きな食べ物"の中に下原の味噌汁がランクインを果たしていた。同じ味噌汁でも、芳佳と下原では若干味が違う。味噌汁というカテゴリで一括りにするのも惜しいということで、両者共別枠となっている。

 

 だがユーリは知らなかった──「美味しいから」という単純な気持ちで口にした「毎朝味噌汁を作って欲しい」という文言が──

 

「ええと……その……ユーリさん、実はですね──」

 

 

 ──扶桑に於いて、求婚を意味するものだということを。

 

 

 下原から説明を受けたユーリは雷に打たれたような衝撃を受け、すぐさま深く頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした!女性に対しなんという非礼を……!」

 

「い、いえそんな。仕方ありませんよ。頭を上げてください。──嬉しいです。私の料理を気に入って貰えて」

 

 どうにかユーリを宥めた下原は、お詫びの名目でユーリに食器の用意を頼む。2つ返事で了解したユーリがテーブルにスプーンやフォークを並べる最中、朝食の仕上げに取り掛かる下原は、照れながらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 




下原さん達が雪の中頑張っている裏を書いてみようと思った当初、まさかあんなギャグシーンが挟まることになるとは想像だにしていませんでした。
文字数だってざっくり4000文字くらいで短めにしようかなって思ってたんですが…
勢いって怖いですね。


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幸運を

「──またユニットを壊しましたね、ニパさん?」

 

「は、はい……ごめんなさい」

 

 格納庫の中で、大破したユニットを前に縮こまる正座したニパ。そんな彼女の前に仁王立ちしているのは、困った表情(かお)のサーシャだった。

 

「僕からも、すみませんでした。もっと上手くカバー出来ていれば……」

 

「いえ、これはニパさんの心掛けの問題です。いつものような不運ならまだしも、今回は完全な不注意が原因。ユーリさん1人ではカバーしきれないのも無理はありません」

 

 今回のニパのユニット破損は、ユーリと2人での偵察任務中にネウロイと遭遇した事によるものだ。コアもいち早く発見し、あと少しで倒せる……そんな時、背後に迫っていた背の高い木に気付かず激突。枝々に揉まれて落ちていき、地面に着く頃にはユニットがこの有様だった。

 

「ユーリさんもごめんね。迷惑かけちゃって」

 

「いえ。ご無事で何よりでした」

 

 サーシャは露出したユニットの内部を覗き込み、魔法力を発動させる。

 

「今回の破損箇所は──ありました。これなら私だけでも直せますね」

 

「流石サーシャさん!これならまた落ちても──」

 

「"また落ちても"──何ですか……?」

 

「い、いえ……安全第一で、キヲツケマス」

 

 嘆息したサーシャは工具箱を開くと、白い手が汚れるのも厭わず慣れた様子で修理を開始する。

 

「手伝います。多少はユニットの知識もあるので」

 

「助かります。では、もう片方をお願いできますか?破損箇所は──」

 

 道具を手にもう片割れのユニットを覗き込んだユーリは、すぐに壊れた箇所を見つける。どこがどう壊れているのかまで、今しがたサーシャに指示されたのと寸分も違わなかった。

 

「サーシャさんは、いつもユニットの修理をご自分で?」

 

「流石に日頃の整備や、破損が酷い時は整備兵の方々にお任せしていますが……そうですね。軽い損傷の時は大体私が」

 

「では、修理も独学で?」

 

「独学と言えるか怪しいですが……元々私は、父の影響もあって機械弄りが好きでしたから。それに、ここまで手際良く作業できるのは私の固有魔法によるところが大きいと思います」

 

 サーシャの固有魔法は、視覚から得た情報を映像として記憶し、必要に応じて自由に引き出すことができる。絵や写真は勿論、ひと月以上前の食事の献立から、ストライカーユニットの複雑な内部構造まで、一切を鮮明に記憶することが可能なのだ。

 ユニットの破損箇所を速やかに把握できたのも、この魔法によって記憶したユニットの設計図と照合したからだった。

 実は現在ユーリが使っている、埃を被っていた予備ユニットを1日で使えるように仕上げてみせたのもサーシャなのだが、当のユーリはそれを知る由もない。

 

「──よし。こちらは終わりました。念の為確認をお願いします」

 

「分かりました。……うん、切れた配線の接続も丁寧ですし、問題ありませんね。ありがとうございました。後はこちらでやっておきます」

 

「……もしご迷惑でなければ、後学の為に修理の様子を見せて頂いても?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 そう言って作業に戻るサーシャの隣に、ユーリが膝を突こうとした瞬間──

 

「──ッ!?」

 

「警報…ッ!」

 

 

『北東部監視所がネウロイの砲撃を受けた。出られる者は全員出動せよ──』

 

 

 ラルの指示を受け、ユーリとサーシャはすぐさまハンガーへ向かう。ニパもそれに続こうとしたが、

 

「ニパさんは留守番です。まだユニットの修理が終わっていませんから」

 

「えぇ!?そんなぁ……!」

 

 サーシャの言う通り。ニパのユニットは今も尚目の前で無残な姿を晒しており、とても飛べるような状態でないのは誰の目にも明らか。がっくりと肩を落とすニパを残し、502部隊は現場へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 被害現場へ到着した一同は、分担して周辺の警戒及び怪我人の救出、現場にいた兵士からの情報収集に当たっていた。

 

「──目撃した兵によると。砲撃は1発のみ。ペテルブルグ外周部より撃ち込まれたと思われます」

 

「アイツ等、とうとう街の近くにまで出てきやがったか……!」

 

「今まではラドガ湖が陸上ネウロイの侵攻を阻止してくれてたけど……」

 

「この前、ネウロイのせいで凍っちゃったから……」

 

「予期しない湖の凍結によるネウロイの早期侵攻……厄介ですね」

 

 本来想定していた時期よりも早い段階で湖が凍結したことにより、これから構築を予定していた新たな防衛網無しで敵に対処しなければならない。これでも一度、ユーリが偵察ついでに凍った湖を〔炸裂〕で割ったのだが、自然の修復力には及ばなかったようだ。

 

 ラルの判断で指揮権は現場のサーシャに移譲され、彼女の指示の下、一同は手分けしてラドガ湖方面を中心に周辺区域を探索する運びとなった。

 

「──どう?502部隊での生活は楽しんでもらえてるかな?」

 

「ええ、お陰さまで」

 

「ウチの部隊は可愛い娘が多いでしょ。ユーリ君はどんな娘がタイプだい?」

 

「これといって特には」

 

「ボクは可愛い女の子なら誰でも大歓迎さ!ニパ君やサーシャ君みたいな綺麗な金髪の娘もいいけれど、ナオちゃんやひかりちゃんみたいな扶桑の女の子の綺麗な黒髪も捨てがたいよねぇ。特に下原ちゃんの清楚な立ち振る舞いなんか、正に扶桑女子って感じ。ああいうのを扶桑じゃ"フソウナデシコ"って言うんだってさ」

 

「………」

 

「あ、ユーリ君がタイプじゃないって事は無いから、安心してね?ボクは基本女の子が大好きだけど、ユーリ君、男の子にしてはかなり可愛い顔してて結構ボク好みだからさ。──あ、そうだ。今度試しに女の子のふ──」

 

「──サーシャさん。こちらユーリ&クルピンスキー班。敵影は見られません」

 

 クルピンスキーの雑談を遮るように無線で連絡を入れるユーリ。今はれっきとした任務中なのだが、クルピンスキーはずっとこんな調子だ。最初こそ丁寧に受け答えをしていたユーリだったが、話題が異性(クルピンスキーにとっては同性)に移ってからというものの、答える気力も沸かなくなってきた。

 

「もう、拗ねないでよ。可愛い顔が台無しだよ?ほら、またボクの愛情たっぷり特性スープ作ってあげるからさぁ」

 

「スープだけは断固拒否します」

 

 まだ記憶に新しいあの惨劇の夜が脳裏に蘇る最中、インカム越しに他のチームからの状況報告も入ってきた。どこのチームもネウロイは発見できなかったようだ。

 

『──了解。各班警戒しながら帰投してください。以降の捜索は陸上ウィッチ部隊に引き継ぎます』

 

「了解。──僕達も戻りましょう」

 

「だね。見落としが無いかの確認も含めて、帰りは少し高度を下げようか」

 

「……ちゃんと仕事をしていたんですね」

 

「あっははは!ひどいなぁ、まるでボクが日頃怠けてるみたいじゃないか!」

 

「少なくとも出撃の時以外でクルピンスキーさんが真面目に仕事をしている姿を見たことはありませんよ、僕は」

 

「これは手厳しいね──」

 

 そう言いながらも、クルピンスキーの提案通り高度を下げ、地上を間近に捉えながら基地へ進路を向ける。

 普段は怠けていつつも、やるべき時はきちんと仕事をするクルピンスキーのスタイルに、ユーリはどこか懐かしいような感覚を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に全員基地へと帰投した502部隊だが、その面持ちは皆深刻だった。

 というのも、各チームが帰還中、1人残ってもう一周り探索を行っていたサーシャが雪原でネウロイと遭遇し交戦したのだ。結果から言えば敵は取り逃がしてしまったのだが、それだけではない。

 サーシャと交戦した際にネウロイが放った砲撃──それが基地の貯蔵庫を直撃したのだ。決して物資が多いとは言えないこの状況下で貯蔵庫の破壊。502部隊の面々はいずれも歴戦のウィッチ達だが、そんな彼女達でもネウロイからここまで直接的な兵糧責めを受けたのはこれが初めてだろう。

 

「申し訳ありません。私が油断していたせいで……」

 

「まぁまぁ、失敗は誰にでもありますよ」

 

「ニパさんの言う通り、やられてしまったものは仕方ありません。今すべきは、これ以上被害を受けないよう速やかにネウロイを撃破することです」

 

 壇上で情報を纏めるロスマンの話によれば、今回も撃たれたのは1発のみ。射撃ポイントはペテルブルグから88キロ離れた雪原に潜んでの、超長距離ピンポイント砲撃だという。

 

「驚いた。あのネウロイは一流の砲撃手ってわけだね」

 

「けどよ。いくらネウロイつっても、ンな離れた場所からピンポイントで狙うなんて芸当出来んのか?」

 

 そんな直枝の疑問には、ユーリが答えた。

 

「方法ならありますよ。狙撃と砲撃では少し勝手が変わりますが、砲撃を補助する観測手(スポッター)……若しくは、誘導用のマーカーがあれば、離れていても弾道を計算してピンポイントで目標を撃ち抜く事が可能です」

 

「そういう事だろうな。観測班から、ネウロイの砲撃を受ける直前、被害に遭った場所から微弱な電波が発信されていたという報告が挙がっている」

 

「じゃあ、そのマーカーネウロイが街中に侵入してるってことですか…!?」

 

 今こうしている間も、ペテルブルグの街中をネウロイが徘徊している……その事実は、言葉以上に隊員達の胸に重くのし掛かった。

 

「そこで、だ。チームを2つに分ける。──エディータ、クルピンスキー、菅野、下原、ジョゼの5名は砲撃ネウロイを捜索。発見次第速やかに撃破しろ。指揮はエディータに任せる」

 

「了解」

 

「サーシャ、ニパ、雁淵の3名は街に侵入したマーカーネウロイを捜索。こちらも見つけ次第撃破せよ。2人はオラーシャとスオムスの出身だ。多少は土地勘もあるだろう」

 

「ですが私は南部の生まれで、この街の事は……」

 

「ふむ……まぁ、お前なら何とかなるだろう」

 

 他人事のように言ってのけるラル。小さく頭を抱えるサーシャを元気づけるニパだったが……相手が"あの"ニパだからか、イマイチ効果は薄いようだった。

 

「あれ……?あの、隊長!ユーリさんは?どっちのチームにも入ってないですけど」

 

 手を挙げたひかりの質問に、ラルはとんでもない答えを返した。

 

「ザハロフ。お前には観測班の指示の下、固定砲台になってもらう」

 

「砲台…ですか?」

 

「ああ。これまでの事例を見るに、今回のネウロイはどちらも身を隠しているせいで迅速な発見が困難だ。お前は街の中央上空に陣取り、万が一敵の砲撃を許した場合、これを()()()()()。1発たりとも逃すなよ」

 

 ユーリに与えられた役割を聞いて、隊員達は皆驚愕する。どこから発射されるかもわからない、超高速で飛来する敵の砲弾を、当たる前に狙撃で撃ち落とせ、と。ラルはそう言っているのだ。

 

「でも待って!ペテルブルグの街は結構広いんだよ!?その全体をユーリさん1人でカバーしきれるわけ──!」

 

「観測班が砲撃の予兆である電波をキャッチし次第、ザハロフへ直接連絡するよう話をつけてある。奴の有効射程なら街全域まではいかずとも、重要な施設の大部分はカバーできるはずだ。やれるな?ザハロフ」

 

「──任務了解。全力を以て事に当たります」

 

「無論、ネウロイをいち早く撃破するに越したことはない。両チーム共に気を抜くなよ」

 

「なるほど。一流の砲撃手vs一流の狙撃手ってわけだ。面白くなってきたね」

 

 クルピンスキーの冗談はともかく、この作戦はネウロイだけでなく時間との勝負でもある。迅速な任務遂行が求められるこの作戦では、全員が重要な役割を担っているといっていい。

 

「よし。各自配置に着け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペテルブルグ主街区──その上空に陣取ったユーリは、ラドガ湖がある方角を前にして街を見渡す。

 

「静かな街……これがオラーシャの街並み──僕が生まれた国の」

 

 いつかエイラが言っていたように、オラーシャ帝国の領土は広い。サーニャの生まれだというモスクワは、ここペテルブルグの南に位置している。ここから更に東へと続いている広大な領土のどこかで、ユーリは生を受けた。

 ……とはいえ、全く実感が沸かない。各国の軍人達が皆胸に秘めている愛国心が自分には存在しないのだということを、改めて見せつけられたような気分だ。

 

「こちらザハロフ。所定位置に着きました。観測班からの通達まで待機します」

 

 張り詰めた冷たい空気を大きく吸い込み、吐く。気合いを入れ直したユーリは、警戒を強めた。

 

 そして……

 

『──ザハロフ曹長!第2貯蔵庫から例の電波を確認しました!』

 

「了解──!」

 

 ユーリは即座にシモノフを第2貯蔵庫の方へ差し向ける。幸いユーリの射程圏内だ。上空を見渡すと、小さな影がこちらへ向かって飛んでくるのが目に入った。

 

「目標、補足……ッ!」

 

 放物線を描くように飛来する敵の砲弾。その落下位置を予測し、引き金を絞る。

 無人の街に木霊する轟音に後押しされるように、撃ち出された徹甲弾は凄まじい勢いで進んでいく。やがて貯蔵庫の上空20メートル程の位置で、大きな爆発が起きた。爆煙に混じってキラキラと光る金属片が舞い散る。

 

「──迎撃、成功!別動隊はマーカーネウロイの捜索を!まだ近くにいるはずです!」

 

『今向かっています!ユーリさんは引き続き、敵の砲撃を警戒してください──!』

 

 通信が終わると同時に、3つの人影が貯蔵庫へ向かっていくのが見える。人影達は二手に分かれると、周辺の捜索を開始したようだった。

 その様子を見届けたユーリは、溜めていた息を吐いて空を見上げる。

 全力を尽くす。とは言ったものの、正直砲弾を撃ち落とせるという確たる自信は無かった。大まかな方角こそ分かっているものの、正確な砲手の位置は分からないのだ。今回はいち早く砲弾を見つけられたから良かったが、少しでも反応が遅れれば更なる被害を被ることになる。

 

「僕が、守らないと………!」

 

 小さく意気込んだユーリ。

 結局、この後2発に渡る敵の砲撃が行われたが、その両方をユーリは見事に撃ち落としてみせた。お陰で被害はゼロだが、肝心のネウロイは砲撃型、マーカー型のどちらも発見できないままに終わってしまったのだった。

 

 その後、解析班からの報告を踏まえて新たに判明した事実がある。

 

「──ユーリ曹長が撃墜したあの砲弾はネウロイと同じ体組織から生成されたもので、1日に3発撃つのが限界だと思われます」

 

「取り敢えず、今日はもう撃たれる心配が無くなったか。……しかし、街に潜伏したマーカーネウロイが擬態能力を持っているとは……面倒だな」

 

「はい。今回は被害を出さずに済みましたが、ユーリ曹長の消耗も考えるとあまり時間はかけられません。1日3発とはいえ、1発落とすのにも相当な集中力が要求されるでしょうから」

 

「──すみません、あの時自分が仕留めてさえいれば……」

 

 そう肩を落とすサーシャだが、ラルも、隣にいるロスマンも彼女を責めるようなことはしなかった。

 

「まぁそういう時もある。明日も頼むぞ、サーシャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。ふと格納庫の前を通り過ぎたユーリは、中から誰かが言い争う声を耳にした。程なくして声は止み、何事かと中を覗こうとすると、格納庫を出ようとしていたニパと鉢合わせた。

 

「ニパさん、何かあったんですか?」

 

「あ、ユーリさん……うん、ちょっとね」

 

「……僕でよければ相談に乗らせてください。以前、僕もニパさんに話を聞いて頂きましたし、そのお返しということで」

 

 表面上は笑っているが、明らかに気落ちしているニパをこのまま見送る事もできず、ユーリは彼女を連れて食堂へ向かった。

 

「──どうぞ」

 

「ココア……?」

 

「気が動転している時は、温かい飲み物を飲むと落ち着くそうですよ」

 

「なんか悪いな、気を遣わせちゃって──いただきます」

 

 カップを傾け一息ついたニパは、ゆっくりと格納庫での出来事を語り始めた──

 

「──そういう事でしたか。それはまた何というか…運が悪かった、ですね」

 

 ニパが語った事の経緯は、ほんの些細なすれ違いだった。

 普段は自分に厳しいサーシャが、実はニパのユニットハッチにオラーシャ語で"Удачи(幸運を)"と願掛けのように書いたのを見つけたのが事の発端である。

 ニパはそのお返しに、欧州に於いて幸運の象徴とされるナナホシテントウの絵をサーシャのユニットに描いていたのだが…現場をサーシャ本人に見つかり、更にテントウムシの絵を悪意から来る落書きと勘違いされてしまったのだという。

 

「あぁ……どうしてこうなっちゃうんだろ」

 

「今回の作戦の事もあって、サーシャさんも少し気が立っているのかもしれませんね。大丈夫ですよ、ちゃんと話せば分かってもらえるはずです」

 

「だといいんだけど……サーシャさん、本気で怒ってたみたいだし」

 

「だったら尚更、誤解は解かないと。──その為にも、まずは作戦を成功させましょう。ネウロイを倒して、サーシャさんとも仲直りする。不安なら僕も立ち会いますから」

 

「……うん、ありがと。頑張ってみるよ。ユーリさんも頑張って。一緒に街を守ろ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──前日と同じようにチーム毎での行動を開始した502部隊だったが、昨日と違う点が1つだけ。街中でマーカーネウロイの捜索を担当していたサーシャの班から、サーシャ1人が別行動を取っていた。

 ネウロイが次に狙いそうな施設に当たりを付け、周辺の地形や建造物を記憶することで、擬態したネウロイをあぶり出すのが目的だ。

 

「できれば、今日で決着をつけたいところだな……サーシャさんやロスマン先生達のチームが上手くやってくれると良いけど」

 

 恐らく砲撃ネウロイは3発の砲撃を撃ち切ってしまえば、また撃てるようになるまで顔を出さない。1~2発目──あわよくば1発も撃たせない内に発見、撃破するのが理想だ。こちらに関してはロスマンが記録と地図と睨めっこしていた為、全面的に任せて問題ないだろう。

 一方問題なのはマーカーネウロイだ。報告によるとマーカー型は小型ですばしっこく、身軽さで言えばウィッチを上回るらしい。路地での追いかけっこに持ち込まれれば、例の擬態能力も相まって逃げ切られてしまう可能性も大いにある。こちらはサーシャの記憶力とチーム3人に期待するしかない。可能ならユーリもマーカー型の対処に協力したかったが、生憎狙撃銃は狭い場所での追撃戦に不向きだ。ユーリにできるのは、仲間を信じて砲弾の迎撃に全神経を集中する事のみ。

 

 待つこと数分──インカムに通信が入った。砲撃の予兆かと身構えたユーリだったが、聞こえてきたのはひかりの声だ。

 

『マーカーネウロイ発見!追跡中ですッ!』

 

 位置を確認するサーシャだが、またもやニパが不運を発動しているらしく、無線から聞こえるひかりの声は目の前で起きている惨劇に半ばパニック状態のようだ。幸い大まかな位置は聞き取れたようで、サーシャがそこへ飛んでいくのが見えた。

 

『──こちらも砲撃型を発見しました!交戦に入ります!』

 

『了解した。ザハロフ、お前は引き続き砲撃の警戒を続けろ』

 

「──了解。皆さん、ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ──私ったら……」

 

 マーカーネウロイを目視で捉えたサーシャは、路地に逃げ込んだネウロイを単独で追撃していたのだが、窓に反射した日光で目を眩ませてたことでユニットの制御を失い、暫くの間気を失っていたようだ。

 

「ネウロイは──…っ?この景色……やっぱり、私はこの街を知ってる……!」

 

 昨日の作戦でも感じていた妙な既視感。他ならぬ彼女自身が間違いなく知らないと断言していたこの街の景色。今この瞬間、サーシャの記憶に僅かな歪みが生まれていた。

 

「そうだ……小さい頃、私はこの街に──おばあちゃんの家に遊びに来たことがあった──」

 

 

 幼少期のサーシャが、この街に住む同年代の子供達と遊んでいた時の事だ。事故により暴走した車から他の子供達を守ろうと、サーシャは初めて魔法力を発動させた。幼いとはいえウィッチのシールドだ。サーシャは暴走車から見事に子供達を救ってみせたのだが……そんな彼女を、子供達はまるで凶暴な獣でも見るかのような目で見ていた。

 1番混乱していたのは、突然ウィッチの力が目覚めたサーシャ自身だ。自身へ向けられる畏怖の念を敏感に感じ取ったサーシャは、泣きながらその場を逃げ出した。

 

 

 ──そんな彼女の逃げ場となったのが、今サーシャの訪れている祖母の家。

 今でこそウィッチは世界的に受け入れられつつあるが、オラーシャは迷信深い一面も持つ。特に感受性豊かな子供達にとって、魔女(ウィッチ)は簡単に受け入れられる存在ではなかったのだ。それは魔女となった当人も例外ではない。

 周囲から魔女扱いされるのも、魔女になった自分自身も怖くて、サーシャは無意識にペテルブルグでの記憶を固く閉ざしてしまっていた。

 

「──でも、お母さんとおばあちゃんだけは、泣いて帰ってきた私を抱きしめてくれたっけ」

 

 蘇る思い出に笑みを浮かべる。そこへ、何者かが床を踏みしめる音が……

 

「あ、えっと……」

 

「どうしたの、サーシャさん……?」

 

 遠慮がちに尋ねるひかりとニパを見て、今が作戦中だということを思い出す。

 

「ふぅ……ごめんなさい。任務に戻ります」

 

 ニパからここまでの状況説明を受けたサーシャは、自分達もマーカーネウロイを見つけなければと思考を巡らせる。

 

「ふぁ…ぁ──へくちッ!」

 

「うわっ!?──急にどうしたのひかり?」

 

「すみません……あの建物がキラキラしてて、何でか急にくしゃみが」

 

 ひかりの目線の先では、金色に彩られた寺院の屋根が陽の光を反射していた。

 

「ハハッ、なんだよそれ。──あぁでも、丁度この辺に通信所があるし、ネウロイが狙う場所としては十分アリだよね」

 

 ニパの言葉を受け、サーシャは寺院を凝視する──

 

 

「──違う」

 

 

 違和感にはすぐ気づいた。

 

「あの寺院に尖塔は無い──ッ!」

 

「えっ!?尖塔って、あの屋根の先っちょのヤツだよね──!?」

 

 祖母の家から見える景色──その一部でもあったこの寺院の外観を、今ならばハッキリと思い出せる。

 

「それで隠れたつもり──ッ!?」

 

 サーシャと共に、ひかりとニパも寺院中央の建物──その先端に銃撃を集中させる。数発弾丸を受ければ破損するであろう細い尖塔は弾丸を弾き、やがてその姿を漆黒の悪魔へと変じさせた。

 

「本当にいた──!」

 

 驚きながらも攻撃の手を緩めず、集中砲火を浴びせ続ける。

 元々戦闘向きではなかったのだろう。マーカーネウロイの機体は存外呆気なく四散していく。だが死の直前、このネウロイがある置き土産を残していったのをサーシャは見逃していなかった。

 

「しまった──マーキングされたッ!」

 

「でもユーリさんなら──!」

 

 安心したのも束の間、無線に下原からの連絡が入る。

 

 

『すみません、撃たれました!──現在、3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3発……」

 

 この通信は、当然ユーリにも届いていた。マーカーネウロイの電波が観測されなかった事から、恐らく3発の内2発はマーキング無しで無造作に放たれたものだろう。

 置き土産というには物騒極まりないこの事態にも、ユーリは退かなかった。

 

「了解。これより迎撃行動に入ります──ッ!」

 

『ユーリさん本気……ッ!?』

 

 ユーリとて考え無しに迎撃するわけではない。砲撃手が1体だけな以上、3発の砲弾はそれぞれ着弾するまでにタイムラグがあるはずだ。その時間差を利用し、順番に砲弾を撃ち落とす──これがユーリの考えた策だった。

 

『全ての砲弾をいちから探していては間に合いません!私達がいる寺院に向かう1発は無視してください!恐らく1番最初にここが狙われるはずです!』

 

 最初の1発を無視するということは、残る2発への対処に時間的余裕を持たせられることを意味する。破壊されても問題ないここよりも、無作為に放たれた2発が重要な施設へ着弾する危険性の方が重要だと、サーシャは戦闘隊長として合理的な判断を下した。

 

「っ……了解。皆さんは至急退避を!」

 

 ユーリは、ロスマン達の交戦区域があった方角を前に、青空へ目を凝らす。

 

「──見つけた!」

 

 いち早く発見した1発目掛けて、シモノフの引き金を絞る。ユーリの魔法力で弾速の増した徹甲弾は、空気を切り裂き飛来する砲弾を粉砕した。

 

「次──ッ!」

 

 次なる砲弾を探すユーリの視界の端を、黒い影が通過していく。サーシャに無視するよう言われた1発だ。

 

「ッ……!」

 

 歯噛みしながらも、サーシャに言われた通りその砲弾は無視し、遅れて最後に飛来する3発目の砲弾を視界に収める。狙いを定める思考の隅で、視界の外から爆発音が聴こえてくるのだろうと、そう思っていたのだが──

 

 

「やあああぁぁぁ───ッ!」

 

 

 聞こえてきたのは、破壊音ではなく激突音だった。サーシャと一緒に退避したはずのニパが、シールドで砲弾の直撃を食い止めているのだ。

 

「ぐっ…ううぅ──!この街を、守るんだああああああぁぁぁ──ッ!!!」

 

「───!」

 

 次第に押し負けていくニパの叫びを聞いたユーリの行動は、極めて正確且つ迅速だった。

 照準済みのシモノフが轟音を発し、飛来する悪魔の槍に対し鋼鉄の槍が放たれる──その結果を確認するよりも早く、ユーリは銃の反動を利用して体の向きを変え、自分でも驚く程の精度でピタリと狙いを定めた。

 

(3発目──ッ!)

 

 ──即座に絞られる引き金。マズルブレーキが火を噴き、魔法力を纏った弾丸が一筋の閃光となって漆黒の砲弾を貫いた。

 刹那、爆煙と無数の金属片が舞い散る。その中を、意識を失ったニパが落ちていく。

 

「ニパさん──ッ!」

 

 すかさずサーシャが彼女の体を受け止めたお陰で、大事には至らずに済んだ。無事に彼女たちが地上へ降りたのを確認したユーリは、無線を繋ぐ。

 

 

「──こちらユーリ。目標、全て迎撃に成功。ペテルブルグの街は無事です。……任務、完了しました」

 

 

 インカムの向こうから、直枝達の歓喜の声が聞こえる。どこか心地良さそうに顔を顰めたユーリは、自分もサーシャ達の元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──3人の元へ降り立ったユーリが目にしたのは、横たわるニパの胸で泣き崩れるサーシャの姿だった。

 

 何があったのか、と聞く必要は無い。聞くべきは──

 

「仲直りはできましたか?ニパさん」

 

「……うん。ユーリさんもありがとね。街を守ってくれて」

 

「この街を守ったのはあなたです。僕は…一瞬、諦めかけてしまいましたから」

 

 サーシャの提案を呑んだ後も、ユーリはどうにかして寺院を守れないかと考えていたのだが、1発を処理した時点で「自分では無理だ」と諦めかけていた。ニパの決死の行動が無ければ、あの寺院は木っ端微塵に破壊されていただろう。

 

「ですから、ありがとうございます。またニパさんに助けられてしまいましたね」

 

「大袈裟だよ……でも、うん。どういたしまして、って言っとこうかな」

 

 そう言って、ニパとユーリは小さく笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──でも、少し意外でした」

 

「……何がですか?」

 

 基地への帰投中、すっかり泣き止んだサーシャはユーリへある質問を投げかける。

 

「その、ユーリさんはどちらかというと私寄りの思考をする方だと思っていたので。隊長からの命令があったとはいえ、ニパさんと一緒になって街を守ろうって言ってくれたのが、意外だったというか……」

 

「ああ、その事ですか。──僕はどうも、皆さんのように守りたいものが多くないようで。このオラーシャも、正直生まれ故郷だという実感は今でも湧きません。極端な話、国や街そのものには、これといって思い入れも何もありませんよ」

 

「……じゃあ、どうして?」

 

「僕が戦う理由は、仲間や家族を守る為です。そこには勿論、仲間(サーシャさん)が大切に思うこの街も含まれています。帰る場所が無いというのは、結構クるものがありますから」

 

「ユーリさんには無いんですか?帰る場所は」

 

 この問いへの答えには、ユーリも少し時間を要した。

 

「僕の帰る場所──僕が前にいた部隊は、今はありません。でも家族はいます。あそこにいた人達が、僕にとっての家族です」

 

「そうですか。また会えるといいですね。家族の方々と」

 

「……はい。またいつか」

 

そう言って、ユーリは頭のヘアピンをそっと撫でた。

 




502部隊での物語も折り返しといったところでしょうか。短いような長いような。


先日コロナワクチンも2度目を摂取しまして、当方発熱で苦しんでおりました。結構辛いですねアレ。
最近急に寒くなってきましたので、皆さんにおかれましても体調を崩されませんようお気をつけ下さい。


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サトゥルヌス祭

「風邪、ですか?ひかりさんが?」

 

「はい。応急処置は済ませたので、明日には元気になると思います」

 

 突然知らされたひかりの急病。きっかけは川遊び──ただし、凍った川の上でのソリ遊びだ。

 魔法力の補助を受けて結構な速度を出していたソリが丁度氷の薄いエリアに踏み込んでしまい、そのまま真冬の川に落ちてしまった──ソリに乗っていた、直枝とニパが。

 

 そう。ひかりは川に落ちていないにも関わらず風邪をひいてしまったのだ。

 基本的にウィッチは無意識下で体を魔法力によって保護している為、風邪等の病気には掛かりにくい。だがそれにも例外はある。肉体的・精神的な疲労が蓄積していくと、魔法力の保護も弱まり、病を発症する可能性は高くなってしまう。

 

「やっぱり、私が朝から連れ回したせいで……」

 

「いえ、流石にそれだけが理由ということはないでしょう。ひかりさんのスタミナは折り紙つきですし」

 

「ええ。ひかりさんは元々魔法力が強くないから、並のウィッチよりも病気に掛かりやすいのかもしれないわ」

 

「最近、厳しい任務が続いていた事が1番大きいと思います。こちらとしても、もう少し考慮すべきでした」

 

 サーシャの言う通り、思い返せば直近だけでも雪山での遭難に続いてペテルブルグ市街での小型ネウロイ捜索と、前線に出て来て日の浅いひかりにとって結構なハードワークの連続だった。いくら体力自慢のひかりといえど、目に見えない精神的な疲労が溜まっていたのだろう。

 

「なに、風邪程度で済んで良かった。どこぞの誰かのように低体温症になられても困るからな」

 

 ティーカップ片手にそう語るラルの目線はユーリに向けられている。ユーリがペテルブルグに漂着して来た時のことを言っているのだろう。あの時のユーリも体力の低下した状態で数日間水の中にいたせいで、低体温症を発症していた。救助到着までの時間、体を温めてくれていたニパと、ジョゼによる懸命な処置によってあの時ユーリは命を繋ぐことができたのだ。

 

「その節はご迷惑をおかけしました……」

 

 ユーリがバツの悪そうに頭を下げたところで、下原が本日の料理を運んできた。次々とテーブルに並んでいく皿の中身を見て、いつもなら口々に感想を言う所なのだが……今日に限っては、誰も一言も発しなかった。

 

「……下原ちゃん。これ、なんだい?」

 

 クルピンスキーが掬い上げたスプーンには、色の薄い汁と、何やら練り物のようなものが乗っていた。

 

「ん……ニョッキに似てるわね…でも、これちゃんと煮えてる?」

 

「ピエロギ……じゃないよね?」

 

「具の無いペリメニ……?」

 

 皆口々に覚えのある名前を挙げていく。実際、そのどれもが小麦粉を練ったものであり、味や食感も今食べているものと非常に近しくはあるのだが……

 

「……もしかして、これすいとんか?」

 

「すみません。今ある食材では、これが精一杯で……」

 

 すいとんは小麦粉で作った生地を一口サイズにして汁で煮た扶桑料理──なのだが、今彼女達が食べているすいとんは随分味気ない。それもその筈、下原としてももう少し味を付けたかったのだが、先日のネウロイの砲撃で貯蔵庫が破壊され、食料備蓄が壊滅的になってしまったことで、それが叶わなかったのだ。

 このような状況でも最低限の味は保証されている辺り、流石下原というべきだろうが、普段の食事と比べて満足感に欠けるのは、先程から何とも言えない微妙な表情ですいとんを食べ続けるジョゼを見れば明らかだった。

 

 尚、例の如くすいとんを黙々と食べていたユーリの感想は「流石下原さん、美味しいです」だったのだが、直枝やサーシャからは「まさかこの間のクルピンスキーのスープを大量に食べた事で味覚に変調をきたしてしまったのではないか」と密かに心配されていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな食事を済ませた後のブリーフィングでは、ロスマンの主導で現在502部隊が置かれている状況の確認を行っていた。

 

「先日砲撃を受けた際は、ユーリさんの活躍で被害を最小限に抑えられました。しかしムルマン港からの補給ルートが絶たれたせいで、物資不足である状況に変わりはありません」

 

「スオムスからの援軍は?」

 

「要請はしましたが、あちらも残っている補給線は北海経由の陸路のみで、余裕が無いようです」

 

「補給線奪還作戦を立案中ですが、とにかく食料の備蓄が足りません」

 

「補給の目処が立つまでは、ずっとアレ食べることになるのかぁ……」

 

「現状打開策は無し。補給が改善するまで待つしかないということか」

 

 幸い燃料や弾薬類の貯蔵庫は無事だが、こちらから遠方へ出向いて物資を受け取る、というわけにも行かない。とにかく耐えの期間を強いられる事になりそうだ。

 

「明日は基地恒例のサトゥルヌス祭が予定されていますが……」

 

「仕方あるまい。今年の祭りは中止だな」

 

「ええええぇぇ───!?」

 

 中止というワードが聞こえた途端、突然立ち上がったニパ。何やら酷く落胆している様子だ。

 

「……どうかされたんですか?ニパさん」

 

「えっ、あ、いや……なんでも、ないです」

 

 尻すぼみになっていく言葉と共におずおずと席に戻ったニパは、以降ずっと顔を俯けたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィング後。直枝、ニパ、ユーリの3人はひかりの様子を見に彼女の部屋へ向かっていた。

 

「──ったく、何が"えぇー!?"だ。大方、祭りでひかりを喜ばせようってンだろ?」

 

「分かってるなら協力してよ」

 

「協力っつっても、物資も補給も無い今の状況じゃ祭りなんて無理だろ」

 

 ここで、黙って2人の話を聞いていたユーリが口を開く。

 

「あの、サトゥルヌス祭とはどういうものなんですか?」

 

「お前、サトゥルヌス祭も知らねぇのか……?」

 

「勿論知識としては知っていますが……具体的に何をするのかまでは」

 

「お前がいた部隊ってのはどんだけ血の気の多いとこだったんだよ……」

 

 サトゥルヌス祭とは12月の中頃~下旬にかけて行われる、豊穣神サトゥルヌスを祝う祭事だ。毎年この時期になると街や部隊をあげてのパーティーが行われ、笑い合いながら飲み食いしたり、親しい者同士がお互いに小さなプレゼントを贈り合うのが風物詩となっている。

 

「ま、お前も大概ツイてないこったな。初めてのサトゥルヌス祭が中止なんてよ」

 

「だから何とかしようって話をしてるんだろ」

 

「お2人共そのへんで。ひかりさんの部屋に着きますよ」

 

 ドアを軽くノックしてみるが、返事はない。まだ寝ているようだ。

 

「……少しはマシになったみたいだけど、まだ熱はありそう」

 

 食堂へ水入りのポットとコップを取りに行ったユーリを除き、2人は椅子に腰掛けひかりの容態を見守る。

 

「何とかは風邪ひかないって言うが、ありゃ嘘だな」

 

「何とか、って……どういうこと?」

 

「別に知る必要ねーよ」

 

「ん…──あれ、菅野さんとニパさん。どうしたんですか……?」

 

 目を覚ましたひかりに事情を説明したところ、一番驚いているのはどうやらひかり自身だったようだ。

 

「私、小さい頃からあまり風邪ひかない質だと思ってたんですけど……」

 

「ごめん。私がソリに誘ったりなんかしたせいで……」

 

「そんな!私の気が緩んでたせいですよ。──ホント、ただでさえ役立たずなのに。風邪ひいて倒れちゃうなんて……」

 

「っ──早く元気になって、また一緒に飛ぼうよ!」

 

 悔しげに布団を握り締めるひかりを勇気づけるニパ。そんな彼女を押しのけた直枝は、起き上がったひかりの額を軽く小突いてベッドに寝かせる。

 

「暖房点いてるとはいえ、燃料節約で温度は下がってんだ。暖かくしてとっとと寝ろ」

 

「はい…ありがとうございぁ──ヘックシュ!」

 

「うぁっ!?汚ねぇ──ッ!」

 

「ず、ずびばぜん~!」

 

 ひかりのくしゃみを至近距離で浴びた直枝は文句を言いながら部屋を出ていく。そんな彼女と入れ替わりで戻ってきたユーリは、ベッド脇に移動させたテーブルへポットとコップを置いた。

 

「汗もかくでしょうし、水分補給はこまめにしてください」

 

「ユーリさんも、ありがとうございます……」

 

「いえ。──では、僕達はこれで。お大事にしてください」

 

 部屋を出たユーリとニパは、廊下で待っていた直枝と合流する。

 

「……ねぇ。やっぱりサトゥルヌス祭はやろうよ!私、ちょっとでもひかりを元気づけたい。この基地に来て良かったって、思って欲しいんだ」

 

「言うと思ったぜ。──まぁ、バカだけが取り柄のアイツがあんなしょぼくれてたら、こっちも調子狂うしな」

 

「……とはいえ、実際問題どうしましょう?お祭りは隊長が中止してしまいましたし、食べ物もあのすいとんくらいしかありません」

 

「それでも、やれるだけの事はやろうよ。他の皆にも相談してさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ということで。まず訪れたのは、格納庫にいたサーシャの元だった。

 

「なるほど……ひかりさんの為に」

 

「その、隊長には秘密にしてもらえますか……?」

 

「ふふっ、分かりました。──ひかりさんの所にも、冬じいさんと雪娘がプレゼントを持って来てくれればいいのにね」

 

 オラーシャの古い言い伝えでは、毎年この季節にはいい子にしていた子供達の元に冬じいさんと雪娘が現れ、プレゼントをくれるのだそうだ。

 

「あの、私達で用意できそうなプレゼントって、何か無いですか?」

 

「そうね……あっ──小さい頃、朝起きたら枕元に木彫りの人形が置かれてたことがあったわ。おばあちゃんが作ってくれた物だと思うんだけど、嬉しかったなぁ……」

 

「人形か……」

 

「それって、私達でも作れます!?」

 

「ええ。1日あれば作れるわよ。材料は用意しておくから、明日皆で作りましょうか」

 

「やった!ありがとうサーシャさん!──よし、次行こう!」

 

 続いて訪れたのはキッチン。こちらには下原とジョゼの姿があった。

 

「サトゥルヌス祭…?ガリアでは、よく"ブッシュ・ド・ノエル"を食べるの。薪みたいな形をしたケーキなんだけど──」

 

「ガリアじゃ薪を食うのか……?」

 

「あくまで外見を似せたものでしょう。恐らく、チョコレートケーキの一種ではないかと」

 

「うーん……探してるけど、ケーキの材料になりそうなものは無いですね……」

 

 他にも、ジョゼの家の風習としてツリーの下にトナカイへのご褒美として人参を置く、という案も挙がったが、やはり食材を必要とする時点で今の基地では不可能だと判断された。

 

「あ、食材なら前にニパさんが採ってきてたキノコはどう?アレなら、森で調達できるんじゃないかな」

 

「確かに…!今晩の内に、レシピを考えてみます!」

 

「2人共ありがとう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──これで、食事とプレゼントの当ては付きましたね。他に必要なものはありますか?」

 

「どうせやるなら、もっと何かやりてぇよなぁ……」

 

「そうだね──クルピンスキーさんに相談してみようか?」

 

「あいつかぁ……」

 

 ボヤきながら訪れたクルピンスキーの部屋では──

 

「──え?祭りでひかりちゃんのハートをゲットしたい?」

 

「耳イカれてんのかてめぇ」

 

 早速雲行きが怪しくなってきたが、この基地で道楽事に関しては彼女の右に出る者はいない。何かいい案を出してくれるのではないかと期待していると、クルピンスキーは「いい話」と称してこんな事を教えてくれた。

 

「実はこの基地にはね、サトゥルヌス祭の夜になると、銀髪のキツネ女が現れるんだ──」

 

「キツネ女……?」

 

「身長151センチ、19歳って本人は言うけど、本当はサバを読んでる婆さん狐でね。夜な夜な若いウィッチの生き血を啜りに来るんだよ……」

 

「い、生き血……!?」

 

「そ、そんなんいるわけねーだろ……!」

 

「そう……?──ほら後ろにィ──!」

 

 

「「ぎゃあああああぁぁぁ──ッ!」」

 

 

 突然大声を出したクルピンスキーに驚かされ、恐怖の余りニパと直枝は部屋を駆け出していった。虚勢を張りながらも真っ先に部屋を出た辺り、直枝は意外と怖がりなのかもしれない。

 

「アッハハハハ──!可愛いなぁホントに!──あれ、ユーリ君はこういう話、信じないタイプだった?」

 

「いえ、信じないというか……」

 

 ユーリの頭の中では、4つのワードがぐるぐると回っていた。

 

「銀髪…キツネ…身長151センチ…19歳……クルピンスキーさん、そのキツネ女というのはもしかして──」

 

「──私もこの基地に来て結構経つのだけど……初耳だわ、そんな言い伝え?」

 

 その瞬間、ユーリの背筋に冷たいものが走った。いつの間に背後を取られたのか考える余裕もなく、恐る恐る振り返った先には……

 

 

「ご…ご覧、ユーリ君?これがキツネ女ことエディータ・ロスマ──ぎぃやああああああぁぁぁ──ッ!」

 

 

 クルピンスキーの断末魔を背に、ユーリは部屋を出て急ぎ扉を閉める。やがて叫び声が止み、胸の中でクルピンスキーの生存を祈りながらその場を立ち去ろうとしたユーリだったが……

 

「……待ちなさい」

 

 僅かに開いたドアの隙間から伸びる手が、ユーリの腕をしっかりと掴んでいた。

 

「……私、そんなに年上に見えるかしら?」

 

「は……!?」

 

「私、19歳よね?」

 

 ドアから覗く魔法力を発動させたロスマンの表情はにこやかなれど、その内からは有無を言わさぬ迫力が感じ取れる。

 

 ──答えをしくじれば、命はない。

 

 自らの命の危機を察知したユーリは、内心パニックになりながらも持てる国語力を総動員して最適解を模索する。

 

(こういう時……そうだ!坂本さんは確か……)

 

かつて美緒はこう言っていた──「相手を褒める時は、変に飾らず、素直な感想を言えばいい」──と。その教えに則り、ユーリは一瞬の内に組み上げた回答を確認する暇すら惜しく、即出力を行った。

 

 

「……ロスマン先生は、年相応──いえ、年齢は関係なく、見目麗しい、美しい女性であります」

 

 

 数秒間に渡る沈黙の後、ユーリの腕は解放された。伸びていた腕は室内に引っ込められ、静かにドアが閉じられる。

 ……どうやら命を繋ぐことに成功したようだ。ユーリは再び扉が開く前に、そそくさとその場を後にした。

 

 一方、ドアの内側では──

 

「……き、機嫌が直ったようで、良かった──ユーリ君ナイス」

 

 最後に小声でそう呟いたクルピンスキーの見る先には、ドアに背を預けてご機嫌そうに微笑むロスマンの姿が。年下とはいえ異性であるユーリに容姿を褒められたのが嬉しかったのか、腰から伸びるキツネの尻尾が大きく左右に揺れていた。

 



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聖夜の再会

「──どうやら菅野さんとニパさん、ユーリさんの主導で、お祭りを計画しているようです」

 

 執務室へ諸々の報告に訪れたロスマン。そんな彼女を、ラルは訝しげな目で見ていた。

 

「……そうか。なら今日はその3人は非番でいい」

 

「ふふ、寛大なんですね?」

 

「違う。今は哨戒任務さえ減らして、物資を節約したい状況だ」

 

「あら。てっきり隊長もお祭りに興味があるのかと」

 

「む……まぁな。──ところで、今日は随分と機嫌が良いようだが」

 

「そう見えますか?うふふ」

 

 満面の笑みで笑うロスマンに言い知れぬ怖さを覚えたラルは、これ以上詮索するのは止めることにした。

 

「ところで、クルピンスキー中尉の風説の流布に対する懲罰の件ですが──」

 

「……モミの木」

 

「は……?」

 

「サトゥルヌス祭にはツリーが必要だろう」

 

「ああ……了解しました」

 

 この後、クルピンスキーは斧を片手に森へ出向くこととなる。──"私は虚偽の情報を流布しました"というパネルを首から下げて。

 

 場所は移り、格納庫──3人は予定していた通り、サーシャの教えを受けながら木彫りの人形制作に取り掛かっていた。

 

「──サトゥルヌス祭の事、ひかりさんに教えてないの?」

 

「うん。びっくりさせたくてさ」

 

「なるほどね──あ、菅野さん出来た?」

 

「へへ…どうよ。我ながら傑作」

 

 直枝の掌には、小さな木彫りの動物がいた。

 

「へぇ…菅野上手いじゃん」

 

「可愛い猫ね…!」

 

「……犬だよ」

 

 直枝の意外な才能に驚いていると、ユーリも木を削っていたナイフを置く。

 

「わぁ…!ユーリさんも上手!」

 

「こいつは……タヌキか?」

 

 ユーリの作った人形は何らかの動物を表していることはすぐに理解できる。ただしその形状というのが、2本の足で立ち、胴体には丸い円盤状のものを抱えているというもので、丸みを帯びた耳やずんぐりしたフォルムも相まって、扶桑で有名な動物であるタヌキを想起させた。

 

「一応、猫のつもりで作ったんですが……扶桑では"招き猫"というコインを抱いた猫の人形が縁起がいいとされる、とお聞きしたことがあったので」

 

「サトゥルヌス祭で招き猫って……どっちかっつーと年明けだろ」

 

「……そうなんですか?」

 

「まぁ悪りぃモンじゃねぇし、いいけどよ……サーシャ、赤い塗料ってあるか?」

 

「えっと、確か……」

 

 そんなこんなで順調に人形が量産されつつあったところへ、新たな来訪者が……

 

「おはようございまーす……」

 

「えっ、ひかり!?」

 

「まずいぞ、隠せ隠せ──!」

 

「そんな急に──えと…菅野さん、そこに正座!」

 

「ハイッ!」

 

 突然のひかりの来訪に慌てて作業の痕跡を隠蔽する4人。木材類は後ろでいつものお説教を再現するサーシャと直枝に任せ、ニパとユーリはひかりに部屋へ戻るよう2人掛りで説得にかかる。

 

「ダメじゃないかひかり!まだ寝てなきゃ……!」

 

「大丈夫ですよ。熱も下がりましたし」

 

 ニパはひかりの額に手を当てて熱を測ってみる。確かに昨日よりは格段に熱が下がっているようだが……

 

「まだ完全に下がりきってないよ。部屋に戻ろ?」

 

「そうです。病み上がりで無理をすれば、再度悪化する危険性だってあります」

 

「や、でも私、昨日ずっと寝てた分トレーニングしないと──」

 

「万全じゃない状態でトレーニングをしても、効果は望めませんよ!」

 

 どうにかしてひかりを部屋に帰そうと粘る2人だったが、

 

「──ただいまー!いやぁやっと帰って来れたよー。あ、ひかりちゃーん!見て見て、君の為に一番でっかいツリー採ってきたからね!」

 

 これ以上ないバッドタイミングでモミの木を持ち帰ったクルピンスキーによって、その努力は水泡に帰すのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はい。完成です」

 

 食堂では、下原が中心となってサトゥルヌス祭用の料理を完成させたところだった。その食材となったキノコは、ひかりへのサプライズを台無しにした罰としてクルピンスキーがロスマン監修の下採ってきたものを使用している。

 

「サダちゃん、味見していい?」

 

「もう、ジョゼったら。皆の分も食べちゃダメよ?」

 

「分かってるよ~!」

 

 待ちきれないといった様子のジョゼに、下原はキノコスープを1杯取り分ける。そこへ、各所準備作業の進捗を確認して回っていたユーリとロスマンが通りかかった。

 

「──あら。料理、完成したのね」

 

「はい。良かったら、先生とユーリさんも如何ですか?」

 

「そうね……あの偽伯爵が採ってきたキノコだもの。今の内に美味しいか確認しておきましょうか」

 

「先生もご一緒だったんですから、流石に今回は大丈夫かと思いますが……」

 

 そう言いつつもしっかりスープの皿を受け取るあたり、ユーリも恐れているのだろう。あの惨劇を繰り返してはならないと。

 

「では、いただきます──っと」

 

 掬ったスープを口に運ぼうとした瞬間、ユーリの頭からヘアピンが外れた。一旦味見を中止してヘアピンを拾い上げたユーリは、きちんと髪を留め直してから改めてスープを食べようとしたのだが……

 

「っ…く──フフフ……ッ」

 

「……ジョゼさん?」

 

「プッ…クスクス……」

 

「ふぅ…ふぅ…ッ~~!」

 

「下原さん?ロスマン先生も……どうかされたんですか?」

 

 気づけば、ユーリを除く全員が内から込み上げる何かを必死に堪えている様子だ。

 

「分からない…けど、急に、笑いが……ッ!」

 

「笑い……?」

 

 次の瞬間、堰を切ったかのように3つの笑い声が食堂に響き渡った。

 

「ヒッ…ヒィ……も、もしかしてこれっ……ど、どk──アハハハハッ!」

 

 いつもの清楚な立ち振る舞いは何処へやら。大笑いする下原を見て、ユーリは今自分が口に入れようとしていたスプーンを口元から離し、皿ごと遠ざける。

 

「──下原さーん?なんかすごい声してるけど、何かあったの……ってホントに何があったの!?」

 

「ニパさん!──僕にもわかりません。ただ下原さんが作ったきのこスープを食べた途端、皆さんが壊れたように笑い出して……」

 

「きのこって……ちょ、これ"ワライタケ"じゃん!れっきとした毒キノコだよ!何でこんな物スープに……!?」

 

「クククッ……ク、クルピンスキー中尉が、絶対美味しいからって──ッフフフフ!」

 

「ク、クルピンスキーさんは……!?あの人はどこに……!」

 

「──ボクをお呼びかな?ユーリ君」

 

 姿を現した全ての元凶であるクルピンスキー。彼女の手には、味見用の小皿とスプーンが……

 

「いやぁやっぱり…フフッ、つまみ食いはジ…ジョゼ君のせんばいとっきょ──ダッハッハッハッハッハ!」

 

 普段の凛々しい(?)彼女とは正反対な本能に任せた大笑いを他所に、ニパは立ち尽くす。

 

「そんな…これじゃ祭りが……!」

 

 そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、スピーカーから警報が鳴り響いた。

 

 

『中型ネウロイ1機が接近中!502部隊は出動をお願いします──!』

 

 

「行きましょう、ニパさん!」

 

「ああもう、こんな時に──ッ!」

 

 ここにいる4人は到底戦える状態ではない。格納庫で作業しているはずの直枝とサーシャは──

 

「ギャーッハッハッハッハッハ!」

 

「プッ…ククククク……!」

 

 見事にキノコの毒にやられ、こちらも大笑いしていた。

 

「こっちもかよ……!」

 

「仕方ありません。僕達だけで出ましょう!」

 

「うん!」

 

「ニパさん!ユーリさーん!」

 

 ユニットを履き発進しようとしたところへ、ひかりも警報を聞いてやって来た。彼女はきのこスープに手をつけておらず正気を保っているが、それ以前に病み上がりの身だ。出撃させるのは危険すぎる。

 

「ひかりは来ちゃダメ、じっとしてて!上官の命令だよ!」

 

「あぅ…分かりました……」

 

 珍しくニパが上官権限を行使したことで、ひかりの出撃は防げた。後はネウロイを倒すだけだ。

 

「行きましょう!」

 

「発進──ッ!」

 

 ユニットがハンガーから外れた瞬間、基地に接近していたネウロイの光線が放たれる。直撃こそしなかったが、格納庫前に屹立していたツリーが倒れ、炎上してしまった。

 

「くっ…このぉ──ッ!」

 

『──ニパ、ザハロフ。聞こえているな?』

 

「隊長!ご無事でしたか」

 

『…ここまで敵の接近を許したのは、何らかの能力によるものだと思われる。くれぐれも注意しろ』

 

「了解!……良かった。隊長はまともだった」

 

 一抹の安堵を胸に飛翔する2人。その目が遠方を飛ぶネウロイの姿を捉えた。

 

「見つけたッ!」

 

「援護します──!」

 

 先行したニパがネウロイの背面上に周り、MG42が火を噴く。ばら蒔かれた7.92mm弾がネウロイの装甲を削っていくが、攻撃を受けるなりネウロイの姿が掻き消えていく。

 

「消えた…!?観測班が見つけられなかったのはコレの所為か……ッ!」

 

「恐らく迷彩によるカモフラージュ……実体は間違いなく近くにいるはず」

 

 ユーリも目を凝らして周辺を探すが、ネウロイの姿は発見できない。そんな時だった。

 

『ニパさん!11時の方向です!』

 

「ひかり…!よし──っ!」

 

 地上からこちらを観測しているひかりのサポートで敵の位置を割り出したニパ達だが、指示された方向へいくら進めど敵の姿が見つからない。

 

「ひかりさん!今も敵はこの方向にいるんですか──!?」

 

「はい!こっちからはネウロイも、2人の姿も見えてます!」

 

「下のひかりからは見えてる……──ユーリさんッ!」

 

「──はいッ!」

 

 急降下したユーリが雲の下から空を見上げると、そこからはネウロイの漆黒の機影がバッチリ視認できた。

 

「裏返しますよ──!」

 

 真下から放たれた徹甲弾がネウロイの機体をカチ上げ、上下をくるりと反転させる。

 

「今だ──ッ!」

 

 ユーリの作った隙を突き、ニパが一気に畳み掛ける。降り注ぐ弾丸の雨はネウロイの機体後部に隠されていたコアを露出させ、その勢いのままコアを砕いた。

 

「やった!ひかりのお陰で倒せたよ!」

 

『やりましたね!ニパさん!』

 

 ネウロイの残骸である金属片が舞い散る中、勝利を称え合うニパとひかり。その様子を黙って見守っていたユーリが、ふと空を見た時──

 

 

「っ──ニパさんッ!」

 

 

 突如、ニパの背後で真紅の光が点滅した。それを見るなりユーリはニパの元へ飛び、寸でのところで光線からニパを守るシールドを展開する。ユーリの強固なシールドがニパに襲いかかる光線を阻む一方で、同じ場所から新たな閃光が放たれた。一直線に突き進む閃光が狙う先はただ1つ──シールドからはみ出ている、ユーリのストライカーユニットだ。

 

 それに気づいたユーリも即座にシールドの範囲を広げるが……光線の方が一瞬早かった。

 ユーリの右脚のユニットは光線を掠めてしまい破損。ニパを残して落下していく。

 

「ユーリさん!──どういうことだよ!?ネウロイは確かに倒したのに……!」

 

 光線を防ぎ切った後、ニパはすぐさま攻撃された方向に銃を向けるが、その先には何もない。青空と雲が広がるのみだ。

 困惑するニパに、何とか不時着したユーリが無線を繋ぐ。

 

『ニパさん気をつけて!もう1体います!しかも──』

 

 先の光線の発射位置からして、ネウロイがニパと同じ高度にいるのは間違いない。1体目と同じように姿を隠す迷彩能力を持っていることまでは想定の範囲だったが……

 

『……どうやら、2体目の迷彩能力は完璧なようです。地上からも姿が見えません』

 

「そんな……!どうやって倒せばいいんだ」

 

 少し考えたユーリは、地面に仰向けに寝そべるとシモノフを空に向けて構える。

 

「ニパさん、よく聞いてください。今から()()()()()()()()()()()()。合図をするまで、高度を下げて退避してください」

 

『えぇっ!?爆撃…って、空に!?』

 

「いいから早く!」

 

『わ、わかった──!』

 

 ユーリの指示通り、ニパは高度を下げる。これで邪魔なものは一切無くなった。

 

「さぁ、姿を見せろ──!」

 

 シモノフが立て続けに火を噴く。亜音速にまで加速された徹甲弾達は瞬く間にニパがいた高度まで駆け上がり、内包したユーリの魔法力が6つの地点で同時に〔炸裂〕する──!

 

 爆発に次ぐ爆発──広範囲に渡り空を埋め尽くした6つの爆炎は、その空域に漂っていた姿無き漆黒の機影の存在を浮かび上がらせた。

 

「敵影確認!ニパさん──ッ!」

 

「やああああぁぁぁ──ッ!」

 

 あぶり出された敵の姿を見失う前に、ニパが突攻を仕掛ける──!

 至近距離での集中砲火──例えコアを捉えられずとも、削られた装甲が再生するまでの間は敵の位置を視認できる。

 だがニパはあくまでもここでこのネウロイを倒すつもりだった。直感に任せ、目の前の機影に向かって引き金を絞る──が、数十発の弾丸を吐き出した辺りで、MG42の機関部から異音が発せられた。それっきり弾が発射されなくなる。

 

「嘘だろ、詰まったァ!?」

 

 ニパにトラブルが起きたのを聡く感じ取ったのか、ネウロイ側も光線を連射して攻撃できないニパを追い詰めていく。

 

「くっそ……何でこんなにツイてないんだよ──!」

 

 放たれる光線の数々をシールドで防ぐニパ。その遥か向こうでは、ネウロイが爆炎から抜け出し再び姿を眩ませようとしていた。

 

(せっかくユーリさんが作ってくれたチャンスなのに……ッ!)

 

 悔しさで歯を食いしばったその時──ニパの背後から、数発のロケット弾が飛来した。それらは何もない空間──厳密には姿を隠したネウロイに命中し爆発する。

 

「この攻撃……!?」

 

 

『今よ、エイラ──!』

 

『コア確認、っと──!』

 

 

 まるで宙に浮いているように見える露出した内部のコア目掛けて、ニパではない誰かによる射撃が浴びせられる。的確にコアを捉えたその射撃は、迷彩型ネウロイをあっという間に金属片と四散させた。

 

「今の、誰が──」

 

 

「──よぉ、ニパ!いい子にしてたカー?」

 

「敵、撃破確認。異常なし(オールグリーン)──久しぶりね、ニパさん」

 

 

 ニパの耳に届いた、慣れ親しんだ声。その正体は──

 

 

「──エイラ(イッル)!サーニャさん!」

 

 

 ──その正体は、サンタクロースのコスチュームに身を包んだ、スオムス空軍所属のトップエースであるエイラ・イルマタル・ユーティライネンと、同じく現在スオムス空軍に身を置いているサーニャ・V・リトヴャク。502部隊に来てから久しく会っていなかった、ニパの旧友達だった。

 隣国であるスオムスの同僚や上官達が、ニパの為にと補給物資を輸送用ソリに積んで運んできてくれたのだ。

 

「こっちへ向かっている途中でネウロイの反応を探知したから、急いで駆けつけたの。間に合って良かったわ」

 

「姿が見えないネウロイも、サーニャの広域探知の前じゃ丸裸同然だからナ!ワタシ達の敵じゃないってことダ」

 

「助かったよ…!せっかくのチャンスも、無駄になっちゃうとこだった」

 

「チャンスって、さっき起きたあの爆発のこと……?」

 

「うん!あ、そうだ。2人にも紹介するね。きっと驚くよ!」

 

 そう言ってニパが地上へ目を向け、エイラ達もそれに倣う──

 

「っ…───ッ!!!」

 

 微かに口元を震わせたエイラは、次の瞬間ユニットを全開にして急降下を始めた。目指す先は、ここまでずっと、言葉もなく、地上から彼女達を見上げていた──

 

 

「ユーリィイイイイイ───ッ!!!」

 

 

 銃を投げ捨て、握り締めた拳を振り抜く。繰り出された一撃はユーリの横面を綺麗に捉え、数メートルに渡り殴り飛ばした。

 突然の事に驚く暇もなく、ユニットを脱装したエイラは倒れたユーリの上に馬乗りになって胸ぐらを掴み上げる。

 

「オマエのせいだ!オマエのせいで皆おかしくなったんダッ!」

 

「ッ………」

 

「あれから皆必死でオマエの事探して、そしたら急に上の連中からオマエが死んだって言われて…ワケ分かんないまま、機密だとかで誕生日の写真ッ…宮藤が持ってるの以外ぜんぶ燃やされて……ッ!ミーナ隊長も、坂本少佐も、宮藤もシャーリーもルッキーニも!──みんなッ…皆、暗い顔のまま解散して……ッ!」

 

 俯けられたエイラの頭が、コツンとユーリの胸に預けられる。表情は隠れて見えないが、時折耳に入って来る嗚咽と啜り泣く声で、今彼女がどんな顔をしているのか容易に想像できた。

 力なく持ち上げられた拳が、弱々しくユーリの肩を叩く。

 

「フザケンナバカ…ッ──いままで、どこでなにしてたんだヨ……っ……!」

 

「エイラさん……」

 

「──ユーラ」

 

 2人の元へ降り立ったサーニャは、白い両手でユーリの顔を包み、確かめるようにジッと凝視する。

 

「……サーニャさん、僕──」

 

 続けようとした言葉は、サーニャがユーリを優しく抱きしめたことで遮られた。

 

「何も言わなくていいわ。生きてる、って──私達が知ってる、あのユーラだって分かったから。それで、十分…ッ──よかった…!いきてて…ユーラ……っ!」

 

 抱きしめる腕に力を込めたサーニャの頬を涙が伝う。

 何度、また聞きたいと思った声だろう。何度、また見たいと思った顔だろう。

 ──何度、また会いたいと思ったことだろう。

 

 長いようで短い時を経て、元501部隊の3人は聖なる日に再会を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──度重なるアクシデントに見舞われつつも、エイラ達が持ってきた補給物資を用いて無事にサトゥルヌス祭は行われた。

 

 色とりどりの料理がテーブルに並べられ、皆飲み物片手に談笑していた中、

 

「──おい、雁淵」

 

「は、はいっ!?」

 

「……ん」

 

 直枝はぶっきらぼうに、ひかりへあるものを差し出した。

 

「うわぁ…かわいい!」

 

 ひかりが受け取ったのは、オラーシャで古くから親しまれる"マトリョーシカ"。日中にサーシャ達が作っていた木彫りの人形だ。

 

「それ、真ん中から開くのよ。開けてみて」

 

 サーシャに言われ人形を2つに開いてみると、中から一回り小さいサイズのマトリョーシカ人形が出てきた。

 

「へぇー、面白い!」

 

「それ、もう2段階開くんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 最初の人形をニパに預け、2体目の人形を開く。中から出てきたのは……

 

「コレ……招き猫、ですか?」

 

「よく分かったね?それ、ユーリさんが作ったんだよ」

 

 現れたユーリのタヌキもとい招き猫は、抱えている硬貨を除き全身が綺麗な赤で染められていた。基本的に商売繁盛等を祈願して飾られることの多い招き猫だが、赤い招き猫は病除けという意味を持つのだという。当然ユーリはそんな事は知らず、色を付けたのも直枝の提案を受けてのことだ。

 

「すごい可愛いです!これも開くんですよね?」

 

 招き猫の中に入っていたのは、直枝が作った小さな人形だった。

 

「うわぁ…!可愛いブタ!」

 

「イ・ヌ・だッ!どーしてユーリの招き猫が分かってオレのがブタなんだよ!?納得いかねー!」

 

「まぁまぁ菅野。褒めてくれてるんだからいいじゃん!」

 

 憤慨する直枝を宥めるニパ。

 その様子を、少し離れた場所からエイラが見守っていた。傍らにはサーニャとユーリの姿もあり、元501部隊のメンバーで積もる話もあるだろうという皆の配慮だった。

 

「──正直、ちょっと心配だったんだけどナ。アイツ、502で浮いてンじゃないかっテ」

 

「そんなことないですよ。寧ろ、僕はニパさんに何度も助けてもらいましたし」

 

「マジかヨ…あのニパだぞ?」

 

「まぁ、確かに彼女は不運に見舞われることが多いですが……それでも、この502部隊に必要な存在だと、皆さんそう思っているはずです」

 

「ふーん……ま、アイツも成長したって事ダナ」

 

「ふふっ、エイラ。ニパさんのお父さんみたい」

 

「まぁナ!スオムスで一緒だった頃、ニパを育てたのはワタシといっても過言じゃないからナ!」

 

「あのエイラさんが…人を育てる、ですか……?」

 

「何だよ、何か文句あんのカー?」

 

「……いえ、何も」

 

「言いたいことがあるならはっきり言え~ッ!」

 

「うわっ!?エ、エイラさん止めてください!飲み物持ってますから──!」

 

 久しぶりに戯れ合うエイラとユーリを見て、サーニャは嬉しそうに微笑む。

 

「あ、そうだ──ユーラ。元501の皆にも、ちゃんと無事を知らせてあげて。……部隊が解散する時も、皆すごく落ち込んでたから」

 

「そーだゾ。ミーナ隊長なんか、3日くらい毎晩泣いてた…っテ。坂本少佐とか、バルクホルン(大尉)ハルトマン(中尉)がずっと付き添ってたんだからナ」

 

「そう……ですか。本当に、すみませんでした。その、外部と連絡をとろうとすると、どうしても僕の正体を明かさなければいけなくなるだろうと思って……」

 

 ユーリが抱えていたその辺の事情も、2人は理解している。最初こそどうして早く連絡しなかったのだと怒っていたが、ユーリから直接話を聞いた後は「ユーリはこういう奴だった」と納得してくれた。

 

「でも、またこうして会えて本当に良かった。そのヘアピンも、まだ着けててくれたのね」

 

「当然です。初めて頂いたプレゼントですし。大切にすると、お2人に約束しましたから」

 

 それを聞いたエイラとサーニャは、意味ありげに顔を見合わせる。

 

 

「じゃあ、ついでにもう1個約束しろヨ──」

「──もう、1人で黙って遠くに行かないで」

 

 

 そう言って、エイラはユーリの袖を摘み、サーニャはユーリの手を取る。

 

「……はい。約束です」

 

 そこで、502部隊の皆から3人にお呼びが掛かる。どうやらサトゥルヌス祭の記念に写真を撮ろうということらしい。

 

「では、撮りますよ──」

 

 通りがかった整備兵に撮影を頼み、横に並んだ12人に向けてシャッターが切られる。

 この日、ユーリの存在を証明するものがこの世界に1つ増えた。

 














 ガリア領、カールスラント国境付近。マーストリヒト・アーヘン空港──
 某日、いつものように書類作業に没頭していたミーナの元へ、ハルトマンが駆け込んできた。

「──ミーナ居る!?」

「ハルトマン中尉。入る時、せめてノックくらいして欲しいのだけど……それで、どうしたの?」

「コレ!今さっき届いたんだよ!」

 ハルトマンが見せたのは、1通の手紙。飾り気のない、至って普通の封筒だった。

「手紙…ペリーヌさん達からかしら?」

「ユーリからだよ!ユーリから手紙が──」

「──止めて頂戴」

 ユーリの名前が出た瞬間、ハルトマンの言葉を遮ってミーナが釘を刺す。

「ハルトマン中尉。死者の名前を軽率に扱う行為は、悪戯の範疇を超えています。…今後、二度としないように」

「ミーナ……」

 立ち尽くすハルトマン。その時、何者かがハルトマンから手紙を奪い取りミーナに突きつけた。手紙を見るなり走り出したハルトマンを追って来たバルクホルンだ。

「ミーナ。読むんだ」

「……言ったでしょ。彼はもう死んだのよ。死者から手紙なんて届くはずがないわ」

「現にこうして届いている。お前宛にだ」

 無理矢理押し付けられ、ミーナは辟易しながらも手紙を開封した。
 大方、自分を元気づけようと彼女達が仕組んだものだろう。もう大丈夫、気にしていないと何度も言っているというのに。
 然して期待もせずに、綺麗に折りたたまれた便箋に目を通す──。


「────!」


 ──ポタリと雫が落ちる。1つ、また1つと。気づけば涙が溢れていた。

 口元を覆い、堪らず泣き崩れるミーナ。そんな彼女に寄り添う2人の戦友達の目にも、涙が滲んでいた。

「……エイラは最後までずっと言ってたよね。ユーリは大丈夫だって。それにほら、ブリタニアの戦いの時にもさ、約束してたじゃん──"絶対に生きて帰る"って」

501部隊の誰もが遅かれ早かれユーリの死を受け入れていた中で、誰よりも強く彼の生存を信じていたのがエイラだった。


──アイツの事占ったら、何度やっても幸運って出るんだヨ!
──ワタシの占いは当たるんダ!


そう言って、最後の最後までユーリの捜索を続けるようミーナに打診していたのもエイラだった。

「フッ──命令を完遂したなら直ちに報告をしろと、次に会った時、精々キツく言い聞かせないとな?ミーナ」

「……っ……!ええ、そうね──」

涙ながらに笑みを浮かべる3人の前には、手紙に同封されていた1枚の写真があった。



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ペテルブルグ大戦略:Ⅰ

紛う事なき長文となったので分割2話でお送りします


 サトゥルヌス祭が終わり、年越しを1週間後に控えた某日。

 502部隊の基地では、珍しい光景が……

 

「──さぁさぁ!早く部屋を空けてください!大掃除は時間との勝負なんですから!」

 

「え、あの、ジョゼさん……?」

 

 日課の早朝トレーニングを終えて部屋に戻ってきたユーリは、息つく間もなくジョゼによって部屋から追い出されてしまっていた。

 日頃物静かなジョゼが見違えたように生き生きしているのを見て呆然とするユーリの元へ、聞き馴染んだ声が飛んでくる。

 

「オマエも追い出されたのカ……何なんだよアイツ?」

 

「おはよう、ユーラ……」

 

 つい先日、スオムスから補給物資を届けに来てくれたエイラとサーニャは、そのまま年末の休暇に移行するということでこの基地に留まっていた。この2人の顔を見るだけでも、ブリタニアで501の皆と過ごしていた時の事を思い出す。

 

「おはようございます──正直、僕にも何が何やら……というか、サーニャさんはまた随分眠たそうですね」

 

「んゅ……」

 

「寝てるとこを叩き起されたからナー。只でさえサーニャは朝弱いってのニ」

 

「そこは相変わらずですね……ふふっ」

 

「……何笑ってんだヨ?」

 

「ああ、いえ。何だかお2人と話していると、あの頃に戻ったような……そんな気持ちになってしまって」

 

「確かに、こうしてワタシ達3人だけで話すのは久しぶりかァ。昨夜は周りで502の皆が騒いでたし」

 

「それに、エイラさん達のお陰──と言うのも変ですが、少しだけ肩の荷が下りたというか」

 

「ずっと1人で、大変だったものね……」

 

 これまで胸の内で燻っていた、部隊の皆へ隠し事をしている負い目。ユーリ自身に何ら悪意があったわけではないが、エイラ達がここに来たことで必然的にユーリの身の上が全員に知れる事となった。あの嫌な腹の探り合いをもうしなくて済むと思うと、気持ち的にかなり楽になる。

 

「ま、そういう意味じゃナイスタイミングだったみたいだナ?」

 

「そうね。まさかここでユーラとまた会えるとは思ってなかったから、嬉しい誤算だわ」

 

「……何のことですか?」

 

「あー、まぁアレだ。今502が必要としてるモンが、あの物資の中に入ってんダヨ」

 

「大きい声では言えないけど、きっと皆の役に立つと思うわ。ユーラもいれば尚更ね」

 

 結局、その"必要なもの"が何なのかは教えてもらえなかった。

 

 そんな3人が一息つこうと食堂へ向かっていると、ふとサーニャが足を止めた。

 

「──サーニャ?」

 

 振り返ると、サーニャはジッと窓の外を見つめていた。その視線の先には、雪化粧を施されたペテルブルグの街が広がっている。

 

「サーニャさん、もしや過去にこの街へ来たことが……?」

 

「ううん。ただ……大きいけど、寂しい街……って思って」

 

 数年前は多くの人々で賑わっていたペテルブルグの街も、今やその面影は無い。ネウロイの襲撃によって、住民達は皆国の東へ疎開してしまったからだ。

 

「でも…いつかきっと、皆この街に戻って来れるよね」

 

「……そうですね。いつかきっと」

 

「──よし、サーニャ。今日は街に行ってみよっカ!」

 

「エイラ……?」

 

「誰もいないけどサ、久々にオラーシャの街を散歩しよーぜ!──その、ふ…ふたりで……

 

「そうね……折角だし、ユーラも一緒にどう?」

 

「僕もですか?」

 

 正直、ユーリとしてもサーニャ達と休日を謳歌するに吝かではないのだが……

 

「………」

 

 すぐ横でがっくりと肩を落としているエイラをチラリと見たユーリは、

 

「……折角のお誘いですが、生憎この後私用がありまして。是非、エイラさんとお2人で楽しんで来て下さい」

 

「……!──じゃあ仕方ないナー!いやぁ、ワタシも502部隊の面白い話とか聞きたかったけど、用事があるんじゃナー!」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうなエイラは、サーニャからは見えないようにサムズアップした指をユーリの背中にグリグリと押し付ける。──よくやった!という意味だろうか。

 

「なら仕方ないわね。それじゃあエイラ、一緒に──」

 

「──あ、いたいた。イッルー、サーニャさーん!」

 

 お出かけの確約までもう少しというところで、エイラ達を呼ぶ声が。声のする方を見ると、ニパがこちらへ向かって手を振っていた。その後ろにはラルとロスマンの姿もある。

 

「隊長達が2人に話があるってさ」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「スオムス方面の戦況を聞かせて欲しくてな。すまないが、少し時間を貰えるか?」

 

「あー、えーっとだなァ……何か色々タイヘン……?」

 

「ええ、それは分かっているつもりなのだけど……」

 

「──正直、あまり余裕はありません。この時期になると周辺の湖も凍りつく為、ネウロイの進行に伴う陸戦ウィッチの稼働率も損耗率も、通常より高くなっています」

 

 航空ウィッチを主体に構成されている502部隊では中々目にする機会がないが、スオムスを始めとする各国の基地では陸戦ウィッチ達が日夜戦線を支えている。ネウロイが苦手とする水も、凍ってしまえば何ということはない。進行ルートが増える冬の季節は、毎年ネウロイからの襲撃が激化する傾向があった。

 

「ラドガ湖が凍結した502(ウチ)としても他人事ではない、か……」

 

「その分、空に関してはハンナ大尉が中心になって何とか凌いでくれています」

 

 ハンナ・ヘルッタ・ウィンド大尉──スオムス空軍に於いてエイラと並び立つスーパーエースだ。

「射撃のハンナ、回避のエイラ」という謳い文句の示す通り、非常に射撃の腕に秀でている。更には個人携行レベルの武装であれば小銃から対装甲ライフルまで幅広く使いこなすなど、どんな状況にも対応できる高レベルのオールラウンダーとしても名高い。

 そんな彼女が前線で戦っているお陰で、サーニャとエイラもこの基地へ赴くことができたのだという。

 

「やっぱハンナ(ハッセ)はすごいなぁ……!ねぇイッル。ハッセ、私に何か言ってなかった?」

 

「え?アー…っとォ──」

 

「リトヴャク中尉、立ち話もなんだ。続きは隊長室で」

 

「分かりました」

 

 あれよあれよと話が進み、ラル達と一緒に隊長室へ向かってしまうサーニャ。一緒に出かける予定だったエイラには

 

「街にはエイラだけで行ってきていいから、私のことは気にせず楽しんできて」

 

 そう言い残し、サーニャは行ってしまった。

 

「いや、1人じゃ意味ないじゃんかヨ……」

 

「そんなに街に行きたかったの?──じゃあ、私が付き合うよ!1人で町に行くのが寂しいだなんて、イッルはいつまで経っても子供だなぁ」

 

「や、そういうことじゃなくてダナ……」

 

「──で、イッル!ハッセは何だって!?」

 

 当初の目的だったサーニャと2人きりでの外出が叶わなくなったことで、残されたエイラは先程よりも深く肩を落とす。その日は1日、事情を知るユーリと事情を知らないニパで気落ちしたエイラを励ます事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──気を取り直してサーニャを街に誘おうと意気込んでいたエイラだったが……

 

 

「サーニャー!逃げろーッ!危ない奴がいるゾーーーッ!」

 

 

 現在彼女は、鬼気迫る表情でサーニャの部屋へ走っていた。その後ろには──

 

 

「ハーッハッハッハ!アブナイ恋こそ燃えるものだよ!待っててね、サーニャちゃ~~~ん!」

 

 

 心底楽しそうにエイラと並走するクルピンスキー。その手には、真っ赤な薔薇の花束が携えられていた。言葉から分かる通り、彼女の目的はサーニャをデートに誘うこと。奇しくもエイラと同じ目的だったが為に、2人はいち早くサーニャの元へ向かおうと走っているのだ。

 

「させるカァ~~ッ!」

 

 負けじと速度を上げるエイラは、通り過ぎた曲がり角の先に助っ人の姿を垣間見る。

 

「おいユーリ!ちょっと手伝ってくれ──!」

 

「……今のは、エイラさん……?」

 

 何の説明もなくあっという間に遠のいていくエイラの声。彼女と一緒にクルピンスキーの後ろ姿も見えることから、大方の状況は察したが、一先ずちゃんと事情を聞くべくユーリは2人の後を追った。

 

 一方、一足先にサーニャの元へ到着したエイラ達はというと──

 

 

「「サーニャ(ちゃん)!」」

 

 

 我先にと押し開けたドアの向こうでは、どうやら寝起きらしいサーニャが下着姿で立っていた。日頃は起きてから暫くの間欠伸をする事の多かったサーニャだが、この状況を受けて流石にバッチリと目が覚めたようで……

 

「……エイラ」

 

「チ、チガウンダサーニャ!ワタシはただ、クルピンスキー(コイツ)を──!」

 

 微かだが、しかし明確な怒気を孕んだサーニャに、大慌てで釈明するエイラ。そんな彼女を他所に、クルピンスキーは悠然と前へ進み出た。

 

「これはこれは──正にオラーシャの新雪の如き、穢れない、美しい──」

 

 サーニャは先程とは一転して戸惑いの表情を浮かべる。クルピンスキーの行動は言葉だけならば紳士のそれだが、その視線はあられもなく晒されたサーニャの肢体をバッチリと目に焼き付けているせいで台無しである。

 

 当然、エイラがそれを看過するはずもなく──

 

「サーニャヲソンナメデミンナーーー!」

 

「ちょ、独り占めはずるいじゃないかぁー!」

 

 エイラが彼女の両目を覆い隠す。身長で勝るクルピンスキーは立ち上がって目隠しを外そうとするが、エイラも負けじとクルピンスキーにしがみつくことで視界を封じ続ける。

 

 そこへ………

 

「──エイラさん?大体の予想は付きますが、一体僕に何を手伝えと?」

 

「ウワバカ!今入って来んナ──!」

 

「あのですね。アレコレ言う前にまずは説明を………ッ」

 

 エイラの制止も空しく、何も知らないユーリは開けっ放しになっていたドアの中を覗き込む。

 まず、エイラとクルピンスキーが取っ組み合う光景が目に入った。ここまではユーリの想定内で、驚く事は無い。だがしかし──その向こうで佇むサーニャがあられもない姿だという事までは、流石に予想していなかった。

 

「ユ、ユーラ──」

 

「──何も!ギリギリ、手前のお2人に隠れて何も見ていませんから!──というか、エイラさんもクルピンスキーさんも何してるんですか本当に!?全く……!」

 

 ようやく状況を把握したユーリは慌てて廊下へと引っ込む。

 

「ユーリ!とにかくコイツどうにかするの手伝え!──ただし、ゼッッッタイに目ェ開けんなヨ!?」

 

「無茶言わないでくださいよ……!」

 

「フフフ…いくらユーリ君といえど、僕の燃えるハートは止められないよ──ッ!」

 

 ここまで来ても退く様子のないクルピンスキーに、ユーリはどうしたものかと思案する。

 目を瞑ったまま、という問題はこの際置いておくにしても、エイラがクルピンスキーにしがみついている以上、強制連行の難易度は上がる。抵抗する人間をあまり無理な方法で引っ張り出してよろけでもすれば、クルピンスキー共々エイラまで転倒、大なり小なり怪我をする危険性がある。

 かと言って、クルピンスキーが説得でサーニャを見逃してくれるとも思えない。実力行使しか手段がないのもまた事実だ。ユーリが男でなければ、シンプルにエイラと2人でクルピンスキーを抑えることもできただろうが……無いものねだりも甚だしい。

 

「何か方法は……」

 

 考え込むユーリの元へ、足音が近づいてくる──

 

「ユーリさん、こんな所で何を……?」

 

 その声を聞いて、全ての問題が一気に解決した。

 

「いいところに……!僕の代わりに、クルピンスキーさんを止めてください!」

 

 事情を話す暇も惜しく、ユーリはその人物の背中を押し、部屋の中を見せる。幸い、その人物はすぐさま大まかな事情を理解してくれたようだ。

 

「クルピンスキー中尉、何しているんですか!?」

 

 突如飛んできた(げき)に、クルピンスキーはビクッと肩を震わせる。

 

「そ、その声は……サーシャちゃん……!」

 

 このピンチに偶然通りかかった救世主サーシャは、厳しい目でクルピンスキーを睨む。

 

「ウ、ウィッチ同士、親交を温めようとしただけです!大尉殿」

 

 間違ってはいないが正解でもないクルピンスキーの釈明に嘆息したサーシャは、ベッドの上に畳まれていたブラウスをサーニャに羽織らせる。

 

「ありがとうございます。ポクルイーシキン大尉」

 

「サーシャで構いませんよ。愛称が似ていて呼びづらくなければですが……」

 

「いえ……じゃあ、私のこともサーニャって呼んでください」

 

「ありがとう。──なんだか、サーニャさんとは他人の気がしませんね」

 

「……私達、似てますか?」

 

「もしそうであれば、光栄です」

 

 オラーシャ出身のウィッチ同士で友好を深める2人。騒ぎの中心にいたはずのエイラとクルピンスキーは、いつの間にか蚊帳の外になっていた。

 

「ああ、それと──ユーティライネン少尉を少しお借りしてもいいですか?」

 

「えっ、ワタシ?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「即答!?」

 

 当初はデートに誘う予定だったサーニャ本人に快諾されてしまっては、エイラとしても突っぱねることはできない。何をすればいいのかと聞いたところ……

 

「いい機会ですので、少尉の飛行技術を教授していただこうかと──恥ずかしながら、502には問題児が多くて……」

 

「まぁ、教えるのはいいケド……」

 

「ありがとうございます!では、早速行きましょう──!」

 

 エイラの手を引いて部屋を出ていくサーシャ。クルピンスキーは勝ち誇ったような笑みでそれを見送ろうとしたが、

 

「貴女だって他人事ではないでしょう。行きますよ、ブレイクウィッチーズ!」

 

「えぇっ!?ちょ、そんなぁ~~~!」

 

 クルピンスキーの襟首もしっかり掴んだサーシャによって、事の発端であった2人はブリーフィングルームへ強制連行。エイラの想定とは大きく違うものの、取り敢えずクルピンスキーの毒牙からサーニャを守るという最重要目的は果たされた。

 

 エイラを見送ったサーニャは、手早く服を着て身なりを整えるとドアの外へ呼びかける。

 

「……ユーラ、いる?」

 

「………はい」

 

 気まずそうな返事と共に、ユーリは覗かせた手を小さく振る。

 

「あの……本当に申し訳ありませんでした」

 

「事故だもの、ユーラは悪くないわ。──でも、その…あまり思い出さないでね?恥ずかしい、から……」

 

「……可及的速やかに忘れるよう努めます」

 

 この話はこれで終わり。ということで、ユーリは教鞭をとっているエイラの様子を見にブリーフィングルームへと向かった。

 

「皆さん、大丈夫だろうか……」

 

 講義の邪魔にならないよう静かに扉を開けると……

 

 

「だ~か~ら~!こう、ビュン!と飛んでスルッ!と躱してシュパッ!と捲れば、ネウロイの攻撃なんか当たんないって!──なんで分かんないかナァ……?」

 

 

「擬音ばっかじゃねぇか!分かんねぇよ!」

 

 直枝の抗議に、他の皆も同意を示す。

 そもそもエイラの回避技能は彼女の固有魔法である〔未来予知〕に依るところが大きい。敵の攻撃や動きを予見し、それに合わせて回避行動を取ることで、エイラはこれまで被弾数ゼロという世界で彼女だけの偉業を保持し続けている。

 とはいえ、分かっていても回避が困難な状況というのは往々にしてあるものだ。どのような攻撃であっても見事に躱してみせるエイラの身のこなしは、間違いなく彼女が実戦で培ってきた後天的な技術であり、そのノウハウを周囲に共有できれば大きな戦力アップに繋がること間違いなしなのだが……今しがたの説明を聞けば分かる通り、肝心のエイラ本人はバリバリの感覚派。理論派のロスマンとは真逆の、誰かに物事を教えるのに向かないタイプであった。

 

「あ、ユーリさん……少尉の説明を我々でも分かるように翻訳できませんか……?」

 

「それが、僕にもさっぱりで……一番付き合いが長いであろうニパさんが分からないなら、恐らくサーニャさんでも分からないのではないでしょうか」

 

 もしかしたらサーニャならばエイラの言っている事を理解できる可能性もあるが、それを他者にも分かるよう言語化できるかは本人のみぞ知る。といったところだ。

 サーシャに加え、生徒としてここに集められたユニット破損常習犯達がロスマンの凄さとありがたみを身に染みて感じていたところ、後学の為にと同席していたひかりが口を開く。

 

「え~っと、つまり──どーん!と行って、グイッとやって、バーン!──としちゃえばいいんですか……?」

 

「おお、分かってんじゃン!ソレだよソレ!オマエ見所あるなァ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 驚くべきことに、唯一ひかりだけがエイラの説明を理解できたらしい。──もっとも、その理解の仕方までもが一緒だったわけだが。これではひかりに翻訳を頼むのも無理だろう。何より、ひかりがエイラの言うことを正しく理解できているのかさえ傍目には判断できないのだ。

 

「うんうん……なるほど!」

 

「ク、クルピンスキーさんも分かったんですか……!?なら説明を──!」

 

「うん!──教鞭を執るエイラ君も可愛いなぁ!メガネとか掛けてみたらより教師っぽくていいかも!」

 

「……ダメ、みたいですね」

 

「ああもう、この人は……!」

 

 思っていたのとチガウ──後の世で"コレジャナイ感"と呼ばれる感情を抱いたサーシャは、力なく机に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に翌日──首尾よくサーニャを部屋から連れ出したエイラは、周辺を警戒しながら出口へと進んでいた。持ち前の未来予知を駆使してラルやクルピンスキーといったサーニャを狙う者達を躱し、今度こそサーニャとの外出を実現させようと奮闘する。

 

「エイラ、そんなに街に行きたかったの?一昨日は結局行かなかったみたいだけど……」

 

「あ、あの時はその…急に気が変わったんダ。今日こそは2人で街へ行くゾ!」

 

「う、うん……」

 

 サーニャの的確な問いに、一瞬エイラの気が動転する。すぐに持ち直したものの、その一瞬が命取りとなった──

 

「うわっ!?──っと、悪イ」

 

「いえ、こちらこそ──」

 

 曲がり角で誰かとぶつかったエイラは反射的に謝罪の言葉を口にするが、そのすぐ後にしまった、と身構える。基地の出口まであと少しの所で鉢合わせたのは、502部隊の良心、下原定子だった。

 

(コイツなら大丈夫そうダナ──)

 

「2人でお出かけですか?」

 

「──ああ、ちょっとナ!」

 

「そうですか。行ってらっしゃい!」

 

「オウ!アリガトナー。……よし、もうすぐだぞサーニャァッ──!?」

 

 出口は目と鼻の先。ようやく叶うサーニャとのデートに思わず歩みを速めたエイラだったが、突然何かに後ろ手を引かれる。何事かと後ろを振り向いた先では──

 

「あぁ~!幸せ~~ッ!」

 

「え、えっと……」

 

 ──感激の声と共にサーニャを抱きしめる下原の姿があった。

 

「アァーーッ!?!?サーニャニナニシテンダヨオマエーーーッ!?」

 

「ああもう、サーニャさん可愛いです小さいです私もう我慢できません!ごめんなさい、実は最初見た時からずっとこうしたかったんですぅ~~!」

 

「コラーーッ!サーニャから離レロ~~ッ!」

 

「ああん後生です!もう少し、もう少しだけこの小さ可愛さを堪能させてくださ~~い!」

 

「ハ~ナ~セ~~ッ!!」

 

 サーニャを抱きすくめる下原をどうにか引き剥がそうとするエイラだが、下原も素直に従う様子はない。それどころかサーニャに対し頬ずりまで始める始末。

 502部隊の中では有名な話なのだが、実は下原は"小さくて可愛いもの"に目が無く、また抱きつき魔でもある。普段の清楚な立ち振る舞いを見ていれば分かる通り、平常時は完璧に欲望を抑えているのだが、時折発作的に欲望の発露が起こる。どうしようもない時は一緒にいることの多いジョゼの協力で発散していたところが、今回は運悪く近くにいた+初対面からくる新鮮味という2つの要素を兼ね備えたサーニャに矛先が向いてしまったということだ。

 因みに、502きっての低身長である直枝とロスマンも過去しっかり被害に遭っている。

 

「お願いです!あと5秒…10秒だけもいいので~!」

 

「増えてんじゃねーカ!ハ~ナ~レ~ロ~ヨ~!」

 

「あゥ……」

 

 未だに下原の腕の中にいるサーニャは、気疲れしたような息を漏らすことしかできなかった。

 



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ペテルブルグ大戦略:Ⅱ

いつかやろうと思っていました。ええ

…もしかしたら、若干キャラ崩壊入ってしまっているかもしれません。ごめんなさい



 ──結局、あれから色々と策を弄したものの、エイラはサーニャと市街を巡ることができないまま年越しを目前に控えてしまった。今日1日、502基地は年越しパーティーの準備で賑わっていた中、エイラだけはどこか不機嫌さを滲ませていた。

 

「ハァ……まぁ、今年最後の夕飯がサーニャの手料理ってだけでもラッキーダナ……」

 

 隊長であるラルの挨拶もそこそこに幕を開けた年越しパーティー。テーブルに並んだサーニャと下原の合作であるオラーシャ料理の数々に舌鼓を打ちつつ談笑していく。

 

「エイラさん、元気出してください。折角のパーティーなんですし、楽しんだ方が良いのでは?」

 

「分かってるけどサァ……こうも上手くいかないと、流石になァ……」

 

 エイラにしては珍しく本気の落ち込みようだ。実力不足を悟ったユーリが、この際サーニャ本人に元気づけてもらおうかと考えていたところ──

 

 

「──さぁて!パーティーも盛り上がってきた所で、ここはひとつゲームでも如何かな?」

 

 

 ワイングラス片手にそう声をあげたクルピンスキーに注目が集まる。

 

「ゲームって、何の?カードとか?」

 

「確かにトランプならありますけど、この人数じゃ流石に……」

 

 

「チッチッチ……ニパ君もサーシャちゃんもハズレだよ。大人数のパーティーでやるゲームといったら──ズバリ!王様ゲームさ!」

 

 

 王様ゲーム──プレイヤーの中からくじ引き形式でランダムに選出された者を"王様"として、王様は臣下である他のプレイヤー達に様々な要求を1つ命令できる。「王様の命令は絶対」というルールの下、命令を受けた臣下はその要求を遂行しなければならない──という、中々に変わったゲームだ。

 

「なんでも命令だぁ……?嫌な予感しかしねぇぞ」

 

「あれれー?もしかしてナオちゃんてば、クジ運に自信ないのかい?ボクとしては残念だけど、そこまで言うんならいいよ?仕方ないもんねぇ、もし負けたらって思うと、怖いんもんねぇ」

 

「あ゛ぁん……!?──誰が怖がってるっつったよ!?いいぜやってやらぁ!オレが王様になったら真っ先に吠え面かかせてやっからな!!」

 

 クルピンスキーの煽りにまんまと乗せられてしまった直枝が参加を表明したのを皮切りに、監視役として手を挙げたロスマンとサーシャを始め、他のメンバーも次々と参加を決める。

 

「さて、ユーリ君で最後だね。どうする?参加するかい」

 

「ゲームの内容的に僕はいない方が安心でしょうし。遠慮しておきます」

 

「でも、それじゃユーリさんだけ仲間外れみたいになっちゃうし……」

 

「別にいいじゃねぇか、参加しろよ。どーせお前のことだ、大したこと命令しねぇだろ」

 

「はい。ユーラなら大丈夫だと思います」

 

「まぁ、確かにナ」

 

 サーニャとエイラの脳裏では、501にいた頃、夜間哨戒前にサーニャの部屋で集まった時のことが思い起こされていた。あの時、ユーリは独りだけ部屋の隅でブランケットを被って女性陣へ配慮していたのをよく覚えている。

 

「そうね。ユーリさんならそこの偽伯爵の何十倍も信用できるし、折角のパーティーだもの。こういう時くらいは楽しんでいいと思うわ」

 

「……そこまで仰るのであれば、お言葉に甘えて」

 

 斯くして、502部隊の全員にエイラとサーニャを加えた12人による王様ゲームが幕を開けた。

 空き缶に入った12本の木の棒を各自1本ずつ手に取り、緊張の瞬間が訪れる。

 

「それじゃあ行くよ?──王様だーれだっ!」

 

 クルピンスキーの掛け声で、一斉に棒の先端が開示される。王様の棒は1本だけ、先端に王冠のマークが描いてあるのが目印だ。当たりを最初に引き当てたのは──

 

「あっ、私だ!私が王様ですっ!」

 

「おめでとうひかりちゃん!さぁ、我ら臣下に何なりとご命令をどうぞ」

 

「あはは……でも、改めて王様になると何を命令するか迷っちゃいますね」

 

 記念すべき最初の王様の座を引き当てたひかりは、少し考えた後に命令を下す。

 

「じゃあ……菅野さん!」

 

「オレかよ……何だ?馬鹿な命令したら分かってんだろうな」

 

「しませんよ……えと、前にサトゥルヌス祭でもらったプレゼントありましたよね?ほら、あのブタの人形!」

 

「だから犬だっつってんだろ!──ったく。んで?人形がなんだってんだ?」

 

「ああいうの、もう1個作って欲しいなって。ほら、2つ並んだら狛犬っぽくなりませんか?」

 

「あー……まぁそんくらいなら今度作ってやるよ。けど、出来にはあんま期待すんなよな」

 

「やった!約束ですからね!」

 

 1周目が終了し、王様権限がリセット。再度抽選に移行する。

 

「皆、今ので王様ゲームの感覚は掴めたかな?あんな感じで、誰かを直接指名してもいいし、棒に書いてある番号でテキトーに指名するのもアリだからね。──それじゃ2回目。王様だーれだっ!」

 

 引き続き、クルピンスキー主導でゲームは進められていく。次に王様の権利を手にしたのは──

 

「あ、私ですね」

 

 2代目の王様となったサーシャは予め命令を考えていたらしく、考える時間は必要なかった。

 

「では、王様として命令します。──菅野さん」

 

「またオレかよっ!?」

 

「それからニパさんと、クルピンスキー中尉も。──ブレイクウィッチーズの3人は、もう二度とユニットを壊さないように。修理する私の身にもなってください」

 

「う……ごめんなさい」

 

「悪りィとは思ってるよ……けどよぉ──」

 

「けど……何です?王である私に口答えする気ですか?」

 

「ぐっ……ナンデモナイデス」

 

「まぁまぁサーシャちゃん。楽しいゲームの最中なんだから、そういう硬いことは言いっこ無しだよ」

 

「これは切実な問題です!いいですか。そもそも王というのは国を運営する役目を担っているんですから、502部隊という国の財政が脅かされている現状に対処するのは当然でしょう!」

 

「サーシャさん、これゲーム!ゲームだから…!」

 

 ニパによって何とか平静を取り戻したサーシャ。彼女が落ち着いたところで、3周目──

 

 

『──王様だーれだ!』

 

 

「……次は誰だよ?」

 

「えっと……私じゃないです」

 

「私でもないよ?」

 

 ひかりでもなければニパでもない。まだ王様を引き当てていないロスマンや下原、ジョゼも違うようだ。

 

「サーニャはどうダ?」

 

「ううん、違うわ。ユーラは?」

 

「僕も違いますね。後残っているのは──」

 

 

「フッフッフ……ハーッハッハッハ!ついにボクの時代が来たということさ!」

 

 

 高らかに笑うクルピンスキーの手には、王冠の描かれた棒が。3周目の王様の座は、この場の全員が危惧していたクルピンスキーの手に渡ってしまった。

 

「さぁて……どの娘に何をしてもらっちゃおうかなぁ~?」

 

 酔いが回っているらしいクルピンスキーは舐めるように皆を見回す。

 

「まぁ1回目だしね。ここは名指しではなく、番号で行かせてもらおう。──3番の娘に、料理を食べさせてもらっちゃおうかな!勿論、可愛い笑顔と"アーン♥"の言葉も付けてね!」

 

「マジか……!」

 

「で、でも、思ったより酷くなくてちょっと安心だったなぁ……」

 

「わかってないなぁニパ君。こういうのは段階を踏んでいくのが醍醐味なのさ。──さぁおいで!ボクの可愛い子猫ちゃん!」

 

 クルピンスキーの呼びかけに応じ前に進み出た3番の臣下は、スプーンで料理を掬い、クルピンスキーの命令を実行する──

 

「──あーん」

 

「………」

 

「……どうしたクルピンスキー。食わんのか?」

 

「い、いえその……ちょっと思ってたのと違うかなぁ……って」

 

「む……あぁ、そういえば笑顔もご所望だったな──」

 

 3番の臣下──502部隊隊長であるラルは、普段のクールな表情からは想像できないにこやかな笑顔を浮かべ、再度スプーンをクルピンスキーに差し向ける。

 

「──あーん」

 

「たっ、隊長……?なんだか笑顔が怖いよ……?」

 

「ちっ……我儘な王様だ──」

 

 小さく舌打ちしたラルはクルピンスキーを椅子に座らせると、彼女の膝の上に自身も腰を下ろす。そして密着状態とも言える超至近距離から、こう囁いた──

 

 

「──私にここまでさせたのはお前が初めてだ、クルピンスキー。さっさと口を開けろ。これ以上私の手を煩わせればどうなるか……分かっているな?そら、あーん、だ」

 

 

「うぅ……あムッ──」

 

「どうだ、美味いか?」

 

「ごくんっ……料理に込められたサーニャちゃんの愛情が身に染みるよ……」

 

「もう一口食わせてやろうか……」

 

「だっ、大丈夫大丈夫!さっ、次行こう次──!」

 

 最早どっちが王様か分からなくなった所で4周目に突入。各自引いた棒を開示すると……

 

 

「~~~ィヤッタァー!ありがとうボクの愛の女神様ァ~!」

 

 

「おい2連続なんてアリかよ!──何か細工でもしたんじゃねーだろうな!?」

 

「してないしてない!今さっき棒を回収したのは先生だよ?」

 

 豪運を発揮し、またも王様となったクルピンスキーの言う通り、抽選用の棒が入っていた缶は今もロスマンの手にある。これではクルピンスキー本人が何かしら細工をすることは当然不可能だし、ロスマンがわざわざクルピンスキーの手に王様の棒を渡すとも思えない。

 

「このチャンスはしっかりモノにしなきゃね。──次はキミだよ、ユーリ君!」

 

「……まさかの僕ですか。何をすれば?」

 

「フッフッフ……コレさ──ッ!」

 

 

 

 ~数分後~

 

 

 

「……あの……」

 

「どーしたユーリ?早く入ってこいよ」

 

 椅子にふんぞり返る直枝の視線の先では、食堂のドアから顔だけを覗かせたユーリがいた。

 

「……やっぱり止めませんか、こんな事?命令はちゃんと実行したんですし……」

 

「それはダメだよユーリくぅん!王様の命令は絶対──臣下が命令を実行したか、ちゃあんと確認しなきゃねぇ?」

 

「くっ……」

 

「オラとっとと入れってんだよ!男がいつまでもグダグダ言ってんじゃねぇぞー!」

 

 命令をしたのはあくまでクルピンスキーなのだが、その内容を知った直枝は完全に面白がって同調している。他の面々に縋るような視線を送ってみるが、誰一人としてそれに応じてくれる者はいない。ただ気の毒そうな視線が返ってくるだけだった。

 

「まぁ、ユーリ君がどうしてもって言うならボクはいいよ?ただ──皆楽しんでいるパーティーゲームでルールを拒否するような真似をしたら、すっごく空気が冷えるだろうねぇ……?」

 

 尊厳を取るか、場の空気を取るか。普通の人間なら考えるまでもなく前者を優先するところだが……困ったことに、彼はユーリ・ザハロフだ。自分よりも他者を優先しがちな人間だ。

 年越しを祝うパーティー、そこには久しぶりの再会を果たしたエイラとサーニャもいる。彼女たちがいる中で、折角の楽しいパーティーに水を差すべきではないのではないか……そんな考えが浮かんでしまった時点で、ユーリの敗北だった。

 

「ぐうぅ……っ!──分かりました……」

 

 数秒に渡る葛藤の末、ユーリは観念してドアに隠れていた首から下を露わにする──

 

「おぉ~~ッ!やっぱり似合うじゃないかユーリくん──いや、ユーリきゅん!」

 

「きゅん……!?」

 

「ちぇっ、何だよ……普通に似合ってんじゃねぇか。期待して損したぜ」

 

「偽伯爵が服を出してきた時はどうなる事かと思ったけど……男性でもユーリさん位の体型なら無理なく着れるのね」

 

 皆口々に賛辞の感想を送る中、ユーリは羞恥に顔を俯けながら直立不動で縮こまっている。そんな彼が身に纏っているのは、いつもの軍服──ではなく、カールスラントの民族衣装であるディアンドルだ。言うまでもなく、本来は女性が着る衣装である。

 

 即ち、ユーリは暴君クルピンスキーの命令によって女装をさせられているのだ。しかも予想に反し似合ってしまっている。

 基本的に男性は女性よりも肩幅が広くガッシリした印象を受けるが、ユーリは男性としては小柄且つ華奢で、線が細い。お陰で大きく露出した肩も、裾から覗くピッタリ閉じられた脚も、元々白い肌や、中性的な顔立ちと相まって十分女性として通用するレベルだった。

 クルピンスキー的に惜しむらくは、せめてもの抵抗としてユーリがスカート(ベルト)の下にいつものズボンを履いていたことだろうか。

 

「とても似合ってるわ。ユーラ」

 

「まぁ悪くないんじゃないカ」

 

「そう言って頂けるのは恐縮ですが……あまり見ないでください……」

 

 サーニャ達からの褒め言葉を複雑な気持ちで受け取ったユーリ。そんな中、不意に"パシャッ"というシャッター音が耳に入った。息を飲んだユーリがすぐさま音のした方を確認すると、そこには──

 

「フフ~ン。こいうのは記念に撮っとかないとね!」

 

 満足気な表情でカメラを構えるクルピンスキーの姿が。そのレンズは真っ直ぐユーリに向けられている。

 

「ちょ、撮らないでくださいクルピンスキーさん──!」

 

「大丈夫だって!可愛く撮ってあげるからさ!」

 

「そういう問題ではなく──!」

 

 クルピンスキーはどうにかしてカメラを奪おうとするユーリを難なく躱していく。見かねたロスマンが背後からカメラを奪い取ったことで、これ以上写真が量産されることはなかった。

 

「調子に乗り過ぎよ、偽伯爵。あなたの命令は"ユーリさんに女装をさせる"だったんだから、皆の前に出てきた時点で命令は達成されているはず──よって、命令に無いこのフィルムは没収します」

 

「あぁ~っ!そんなぁ~!」

 

「度が過ぎた暴君は、最も近しい臣下によって討ち果たされる……よく覚えておきなさい」

 

 フィルムを抜き取られたカメラを前に悔し泣きするクルピンスキー。酒の影響か、泣き方が大袈裟に感じるが、無情にもクルピンスキーに同情する者はいなかった。

 

「……ありがとうございます。ロスマン先生」

 

「同僚が迷惑をかけたわね。早く着替えてらっしゃい」

 

 ユーリが別室へ向かおうとした瞬間──基地内にネウロイ出現の警報が鳴り響いた。

 

「こんな時にネウロイ……!?」

 

「パーティは一時中断だ。出撃準備をしろ!」

 

「誰を出しますか?燃料の節約で、あまり大人数での出撃は出来ませんが……」

 

「今回は夜間戦闘だ。となると──」

 

「ボクがでるよ!このくやしさ、ネウロイに八つ当たりでもしなきゃ晴らせないね!」

 

「そんな明らかに酔ってる状態で出撃させられるわけないでしょう」

 

 ロスマンの言う通り、今のクルピンスキーは些か情緒不安定だ。視界が不明瞭な分、連携が重視される夜間戦闘には不向きだろう。

 

「ふむ……では、出撃メンバーを伝える──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ま、こうなるよナー」

 

「502部隊にはナイトウィッチがいないから、今は私達がちゃんとしないと」

 

「ダナ。──ユーリ。久しぶりの夜の空だからって、ワタシ達は助けてやれないかんナー?」

 

「ご心配なく──またお2人と一緒に飛べて嬉しいです」

 

 ラルが選出した出撃メンバーは全部で6人。

 夜間戦闘の経験が豊富なサーニャとエイラの2人を筆頭に、502からは夜間視を行える下原。同じく夜間戦闘の経験があり、更にエイラとサーニャとの連携面も考慮してユーリ。そして貴重な夜間戦闘の経験を積ませるという目的でひかりと、現場指揮としてロスマンが同行している。

 

「わぁ……っすごい星!こんなの初めて見──ウワァ──ッ!?」

 

 初めて飛ぶ夜の空に興奮を禁じえないひかりは、慣れない環境で平衡感覚を失いユニットの制御を失ってしまう。姿勢を制御できずグルグルと回転するひかりに、見かねたロスマンが助け船を出した。

 

「一度目を閉じて深呼吸!体の力を抜いたら、後はユニットに聞きなさい!」

 

「はっ、はい!──すぅ──はぁ──……っと、戻った……!ありがとう、チドリ!」

 

「夜の空は位置を見失い易いわ。常に自分や仲間の位置を把握すること。──夜間戦闘の経験を積む為に来たのだから、しっかり身体に叩き込みなさい。いいわね?」

 

「はいっ!」

 

 そんなひかりを見て、サーニャは小さく笑みを零した。

 

「どうした、サーニャ?」

 

「芳佳ちゃんと、初めて夜空を飛んだ時の事を思い出したの」

 

「あぁ──そういや宮藤の奴も、最初はバタバタしてたっけなァ。ユーリも感動して、泣きながら"ありがとう"って言ってたナ」

 

「泣いてませんよ──でも、ほんの数ヶ月前の事のはずなのに、なんだか随分昔のように感じますね」

 

「えぇ。……覚えてる、エイラ?あの時、一緒に手を繋いだね」

 

 当時を思い出すかのように、サーニャがエイラに向かって手を伸ばす。驚きながらも顔を輝かせたエイラは、その手を握ろうとするが──

 

「──見えました!前方3000、ネウロイです!」

 

 下原が敵影を発見し、サーニャの意識が戦闘状態へシフトしたことで、エイラの手は虚しく空を切ってしまった。

 

「私とユーラで援護するわ!エイラ、お願い──!」

 

「ああクソッ、空気読めヨ!コンニャロ──ッ!」

 

 沸々と滾る怒りを胸に、エイラが先行してネウロイに突撃する──!

 ネウロイ側も攻撃を開始し、幾筋もの真紅の閃光がエイラに向けて放たれる。並のウィッチならば堪らずシールドで防御するところだが、相手はあの無傷のエースたるエイラだ。光線は難なく躱され、その進行を止めることはできない。

 

「くらえ──ッ!」

 

 至近距離でエイラのMG42が火を噴くが、吐き出された弾丸は全てネウロイの装甲に弾かれてしまう。

 

「この距離で効いてない……嘘ダロ!?──うぉっと!」

 

 お返しとばかりに繰り出された光線もエイラは見事な身のこなしで躱してみせる。

 

「私がいきます──!」

 

 エイラに続き、下原もネウロイへ突撃──より近距離からの銃撃を浴びせるが、ネウロイの装甲には傷一つ付いていない。

 

「装甲が硬い……!」

 

「下原さん下がって!──サーニャさん!」

 

「えぇ──!」

 

 ユーリとサーニャが息の合ったタイミングで攻撃を繰り出す。ユーリの徹甲弾が作った亀裂がロケット弾の爆発によって広がり、ようやく目に見えてダメージが入った。

 

「敵は防御特化型──全く攻撃が効かないわけじゃないわ!」

 

「そうと分かれば──!」

 

「えぇ!装甲が割れるまで攻撃を続けて、コアを探し出すだけのこと!」

 

「行くわよ──!」

 

 ロスマンの指示の下、6人は攻勢に出る──!

 急速旋回してこちらへと向かってくるネウロイの攻撃をロスマン達がシールドで防ぐ中、ひかりは光線の威力を殺しきれず弾かれてしまう。

 そこを的確に狙ってきたネウロイの攻撃をひかりは懸命に避ける続けるが、激しさを増した攻撃のせいで近づくに近づけない。

 

「おいオマエ!」

 

「エイラさん!」

 

「いいか、攻撃ってのはこうやって躱すんだ。よく見てロ──!」

 

 そう言って急上昇したエイラは、ネウロイの直上から攻撃を仕掛ける──!

 エイラの接近に気づいたネウロイも、光線を上向けて迎撃しようとするが……

 

「当てられるモンなら当ててみナ──ッ!」

 

 どれだけ光線を集中させようと、回避の達人であるエイラにはかすり傷一つ負わせることができない。気づけば、ネウロイの攻撃の矛先は銃弾と共に周囲を飛び回るエイラに引き付けられていた。

 

「ユーリ!1()0()()()()()()()()──!」

 

「ッ……──了解!」

 

 その隙を逃さず、ユーリとサーニャ、ロスマンの後方支援組が集中砲火を浴びせる。空から飛来した槍の如き徹甲弾が漆黒の装甲に突き立てられ、それを目印に一斉射撃された大量のロケット弾が着弾。ダメ押しの〔炸裂〕による爆発で、全く銃弾を通さなかった磐石の装甲が崩壊。遂に弱点であるコアが姿を現した。

 

「今よ──!」

 

「いえ、あれは……!」

 

 一気に畳み掛けようとしたロスマン達の視線の先で、破壊された装甲がどんどん修復されていく。装甲が硬いだけでなく、再生速度もこれまでの個体より速いようだ。

 

「だったら──!」

 

 もう一度、同じように攻撃して装甲の破壊を試みるが、ネウロイは突如急加速。ロスマン達を振り切り、戦場を離脱し始める。逃げた方向を下原が遠距離視で追跡した結果、ネウロイの目的が判明した。

 

「っ……あっちには基地があります!」

 

 すぐさま後を追おうとする502の3人だが、それをサーニャが制止する。

 

「大丈夫です。だって──」

 

 サーニャは広域探知によって、ネウロイの進む先に何が待ちまえているかを知っている。彼女の表情は、勝利を確信していた。

 

 

「──悪いナ。オマエの行動、全部()()()んダ」

 

 

 基地を目指して突き進むネウロイの前には、コアのあった1点に狙いをつけたエイラが待ち構えていた。だがネウロイの装甲は再生が終わっており、エイラの銃撃が通用しないことは既にわかっている。

 だからこそ、ネウロイもエイラを無視して基地の破壊を優先しようとしたのだが……

 

「──10秒ドンピシャ。流石だな、ユーリ」

 

 エイラが呟くと同時に、上空から一筋の光がネウロイに突き刺さる──エイラから指示を受け、こちらも敵を待ち構えていたユーリの狙撃だ。しかし一撃の威力に秀でた対装甲ライフルさえも、このネウロイの装甲を貫くことはできない。これも既に実証済みだ。

 

 だが、今ネウロイの周囲には誰もいない。いるのは、前方で自らを待ち構えるエイラのみ。

 であれば、あらゆる攻撃をシャットアウトするこのネウロイの絶対的な防御もその限りではないのだ。

 

 漆黒の装甲に突き立てられたユーリの牙が、内包した魔法力を一気に〔炸裂〕させる──!

 

 刹那、徹甲弾を起点に巻き起こった爆発でネウロイの装甲は機体前部諸共崩壊。そのままの速度で向かって来るネウロイへ、エイラはすれ違いざまに剥き出しのコア目掛けて短く引き金を絞った。

 

 凄まじい風圧でエイラの銀色の髪を靡かせ遥か後方へと飛んでいくネウロイ。その機体が、無数の金属片となって弾けた。

 

 舞い散るネウロイの残骸を、エイラはしてやったりな表情で見据える。そこへユーリを始め、仲間達が合流してきた。

 

「ハハ……結局、1人で年越しかァ……」

 

「1人ではないでしょう」

 

「んぇ……?」

 

 ユーリの声を聞いて、伏せていた瞳を開けたエイラ。すると、不意に左手が柔らかな感触に包まれた。

 

「へっ?あっ……サ、サーニャ!」

 

「お疲れ様、エイラ。──まるで本物の花火みたいね」

 

 ネウロイの金属片が光の粒子となって舞い散っていく様は、確かに花火を彷彿とさせる。

 この年越しで何とかサーニャへアプローチを掛けたかったエイラは、パーティーで花火を打ち上げられないだろうかとこっそりラルに相談していたのだが、物資が厳しいこの状況でそんな余裕は無い。と一刀両断されてしまい、すっかり諦めていた。

 

「フフッ……今年もよろしくね。エイラ」

 

「サーニャ……エヘヘ──うんっ」

 

 笑顔で手を繋ぐ2人を見て、こちらも満足げに笑みを零すユーリ。

 結果的に、ここ数日連敗だったエイラの望みが最後の最後で叶って良かったと、そう思っていると……

 

「──おいユーリ、いつまでそんなとこに居んダヨ?」

 

「えっ……?」

 

「ほら、ユーラも──」

 

 ユーリに向かって、繋がれた2人の手が小さく掲げられる。彼女達の言わんとしている事を理解したユーリは、おずおずと自分の手をそこに重ねた。

 

「これで、あの時と同じね」

 

「流石に宮藤はいないけどナ」

 

「それは仕方ありませんよ」

 

 エイラ達から、芳佳はあのあと軍を離れたと聞いている。きっと彼女も、扶桑で家族と共に年越しを過ごしているはずだ。

 

「………あのね、ユーラ。もし、ユーラさえ良ければ、なんだけど……」

 

「はい……?」

 

 少し逡巡した末にサーニャの口から出てきた言葉は、少々以外なものだった。

 

「もし良かったら、私達と一緒に来ない?」

 

「僕が、スオムス空軍に……という事ですか?」

 

「ワタシ達501がガリアを開放したお陰…ってのも変だけど、ちょっとだけ上に口利き出来るようになったからナ。オマエ1人くらいなら、今からでもウチの所属にできると思う。少なくとも拒否されるってことは無いダロ」

 

「……お気持ちは嬉しいですが、すみません。僕は一緒には行けません。──僕にはまだ、ここでやらなきゃいけない事が残ってますから」

 

 ……正直、魅力的な提案ではある。だがユーリは、瀕死の自分を救ってくれた502部隊への恩返しとして、最低でも"グリゴーリ"の破壊までは彼女達と共に戦おうと決めていた。

 

「そう……それじゃあ、また暫くの間、お別れね」

 

「オマエ、ちゃんと約束覚えてるだろうナ……?」

 

「勿論ですよ。──大丈夫、僕は死にません。またこうしてお2人と会えるまで、絶対に死にませんから。502部隊の皆さんも一緒ですしね」

 

 そう言って、再会を誓ったユーリは重ねた手にそっと力を込めるのだった。

 




いつかやろうと思っていました。ええ(2回目
衣装に関してはメイド服という案もあったんですが、こっちの方がクルピンスキーさん用意しやすいかなと思い、ディアンドルに落ち着いた次第です。

それはさておき、予想以上に長くなったブレイブウィッチーズ特別編のお話でした。
時系列的にはこの後、ユーリ君の手紙が全国の元501メンバー達へ送られます。

正直「2」以降の話は書こうかどうか迷っている部分もあったんですが、サトゥルヌス祭から一連の話を書いてたら「やっぱりちゃんと面と向かって再会させてあげた方がいいよなぁ」と思いましたので、今のところ取り敢えず「2」までは続く予定です。…予定、です!

頑張ります


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Sei bitte vorsichtig

例の如く長くなったので、分割です


「──たった今下原から報告があった。ペトロザヴォーツク地区のネウロイの掃討が完了したそうだ」

 

「これで、ムルマン港との補給ルートが開通しましたね」

 

 サトゥルヌス祭に年越しと、年末行事を経た新年。

 502部隊はブリタニアから来る大規模補給に備え、補給ルートの安全確保に取り掛かっていた。その補給船団には新型のユニットも積まれており、常に機材と物資の不足に頭を悩ませる502にとって、この補給は安全確実に完了しなければならない。

 

 そんな事情を鑑みてか、当日はラル達502部隊にも船団を護衛する"ラッセルシュプラング作戦"が発令されていた。

 

「……しかし、妙ですね。ムルマン港の補給線は安全なはずなのに」

 

 サーシャの疑念は、この場にいるラルやロスマンも同じものを抱いていた。基本的にネウロイは巣を中心に行動しており、自分が出てきた巣から遠方へ出向くことはない。ブリタニアからバレンツ海にあるムルマン港へ向かうルートは周辺にネウロイの巣が存在しない為、道中護衛を要する程の危険は無いはずなのだ。

 

「新型ユニットを守る為…にしても、我々に出撃要請が出る程ではないように思えます」

 

「であれば、新型以外にもよほど重要な物が積まれているのかもしれんな──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃──格納庫では、大きな木箱を前にひかり達が目を輝かせていた。この木箱は先日エイラ達が持ってきた補給物資の1つで、まだ開封されていない最後の1個だ。

 

「中身は何でしょうね?美味しいものとかだったらいいなぁ……!」

 

「ほら菅野、早く開けよ!」

 

「そう急かすんじゃねぇよ」

 

 ニパも直枝も、期待に胸を躍らせながら箱の蓋を外す。緩衝材に包まれ入っていたのは……

 

「──ちぇっ、なんだ武器かぁ。ぶどうジュースに期待してたんだけどなぁ」

 

 そうぼやいたのはクルピンスキー。年越しパーティーでワインを飲み、出撃できないほど酔っていたはずだが、まだ飲み足りないというのか。

 

「ここ最近は補給路の確保で出撃が続いていましたし、少しでも武器弾薬が増えるのは喜ばしい事ですよ」

 

「そうだけど……ユーリきゅんは真面目だなぁ」

 

「……その呼び方は止めてくださいとお願いしましたよね?」

 

 落胆するクルピンスキーを他所に、ユーリ達は箱の中身を確認していく。

 

「おっ、リベレーターまである。──って、弾入ってねぇじゃねぇか」

 

「かわいい!何ですかそれ!?」

 

「か、かわいいかな……?」

 

 リべレーターに対し予想外の食いつきを見せたひかりに、クルピンスキーが悪戯っぽい笑みを浮かべながら解説をする。

 

「これはね子猫ちゃん。ケルト魔法がかかったお守りなんだよ──ほら、全体がルーン文字の形をしてるだろう?」

 

「ルーン文字、ですか……?」

 

「そう。敵の弾が当たらないように、っておまじないが掛かってるんだ」

 

「へぇ…!扶桑の破魔矢みたいですね!いいなぁ、欲しいなぁ……!」

 

 このように感激しているひかりだが、当然リベレーターにそんな起源など無い。弾除けのおまじないも、ルーン文字型の形状も、全てクルピンスキーの冗談。これはどこまでいっても携帯用の小型拳銃でしかないのだ。

 

「ボクとデートしてくれたら、これはひかりちゃんにプレゼントするよ?」

 

「えぇ…じゃあいりません」

 

「ハハッ、うそうそ。ひかりちゃんにあげるよ」

 

「やったぁ……!」

 

「──ひかり信じちゃったよ……ああも騙されやすいと、ちょっと心配になってくるなぁ」

 

「正真正銘のバカだな、アイツ」

 

 武器以上の意味を持たないリべレーターに目を輝かせるひかり。それを呆れた様子で見ていた菅野とニパは、銃の下に同梱されていたその他の物資を改める。その中に、異彩を放つ小さな箱が入っていた。

 

「……あれ、コレ何だろ?」

 

「ん?──"クルピンスキーへ"って書いてあるな。おめぇ宛か?」

 

「僕個人へのプレゼント……ってことは、スペシャルなぶどうジュースかな!?」

 

 期待に胸を膨らませ小箱の蓋を開けると、中には色とりどりのマカロンが収められていた。

 

「あ、お菓子だ!美味しそう……!」

 

「お菓子もいいけど、ぶどうジュースが良かったなぁ……あムッ」

 

 文句を言いながらもマカロンを齧るクルピンスキーだが、彼女の歯は、本来柔らかい食感であるはずのマカロンにあるまじき硬い何かに行き当たる。

 

「うぇ…っ何だコレ?」

 

 突然の事に堪らずマカロンを取り落とした所をユーリがキャッチ。クルピンスキーに代わり、マカロンの断面を確認する。見たところチョコレート風味の生地の中に、何やら金属のような固形物が混入しているようだ。

 

 生地を半分に割り、中に入っていた異物を取り出してみると……

 

「これは……ロケット?」

 

 マカロンの中に仕込まれていたのは、手の平サイズのペンダントロケット。中に写真を入れて持ち運べるタイプのものだ。

 

「……隊長達に知らせた方がよさそうです。行きましょうクルピンスキーさん」

 

 ロケットの中身を見たユーリは、クルピンスキーを連れて隊長室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──マイクロフィルムをお菓子に隠すなんて……余程の重要事項、という事でしょうか?」

 

 ユーリ達がラルの元へ持ち込んだロケットの中には、数枚の小型フィルムが入っていた。それを現像・引き伸ばしたものが、現在ラルの手にあるバインダーへファイリングされている。

 

「クルピンスキー、本当に心当たりはないのね?」

 

「あるとすれば、いつぞやデートに誘った子猫ちゃんだけど……手の込んだラブレター、ってわけでもなさそうだし?」

 

 クルピンスキーの冗談を他所に、目の前の資料に目を通していたラルは小さく息をつく。

 

「潮時だな──」

 

 そう言って、ラルはバインダーを無造作に投げ出す。机の上を滑り目の前までやってきた資料を一目見たユーリは、小さいながらも確かな驚愕の表情を浮かべた。そこには、ユーリにとって因縁深い存在が描かれていたからだ。

 

「もう隠す必要もあるまい。()()()について、お前が知っている事を全て話してもらうぞ。ザハロフ」

 

「……分かりました。──その兵器の名称は"ウォーロック"──本当の意味で、ガリアを占領していたネウロイの巣を破壊した存在です」

 

 ユーリは、ブリタニアで起きた一連の事件と計画のを全てラル達に打ち明けた。……勿論、計画に関わっていた自分のことも、全て。

 

「──以上が、ブリタニア空軍トレヴァー・マロニー元大将による"ウォーロック計画"の全容と顛末です」

 

「ネウロイのコアを兵器利用するだなんて……」

 

「ネウロイを以てネウロイを制す──そんな作戦が実在したとはな」

 

「見た感じ、攻撃力も最高速度もウィッチ(ボクら)より上っぽいね。こんなのが戦場に出てきたら、ネウロイとの戦いもずっと楽チンなんだけどなぁ」

 

「しかし、結局ウォーロックは暴走。ネウロイだけでなく、友軍までもを攻撃する無差別破壊兵器になってしまった──緊急停止も動作しなかったことから、やはり動力として利用されたネウロイのコアが何らかの影響を及ぼしたものと考えられます」

 

「さしずめ、コアにシステムを侵食された、という所かしら……501部隊はそのツケを払わされた訳ね」

 

「そして、その馬鹿げた計画の尖兵だったユーリ(お前)は機密処分をくらい戦死認定。この世に存在しないウィザードとして我々の元へ流れ着いた──と」

 

「……はい。今までお話しできず、申し訳ありませんでした」

 

「まぁ、それに関しては何も言わん。ブリタニアの連中がお前という上玉をあっさり手放してくれたお陰で、結果的にウチの戦力が潤ったわけだからな」

 

 ユーリがここに来た時、ラル達から受けた事情聴取──そこで感じた違和感や疑念の全てが晴れた。突然魔法力に目覚めた無名のブリタニア軍人は、その実、世界初のウィザードとして501部隊と共に肩を並べ戦っていたのだ。それほどの実績を持つ存在を面倒な根回し無しで手に入れることができたのは、ラル達502部隊にとって僥倖と言う他ないだろう。

 

「確かに、よくよく思い返せば色々と不思議だったんだよね。魔法力に目覚めたばかりで、ユニット履くのも初めてのはずなのに、随分軽々と乗り回してたし。それもこれも、501部隊で戦ってたんなら全部納得だ」

 

「……しかし困りましたね。501部隊が巣を撃破した真相がこれでは、我々も同じ手段をとることはできません」

 

「そうだな。──だが、一連の話を聞いて分かった事がある。いくら巣といえどネウロイの数には限りがあり、倒し続けていればいつかは巣が(カラ)になるはずだ」

 

 "グリゴーリ"撃滅にあたって司令部にこの情報が知れれば、十中八九、火力を集中させてネウロイに対し消耗戦を仕掛けることになるだろう。

 

「……ということは、まさか?」

 

「ああ。ムルマンに向かっている船には、"グリゴーリ"攻略の切り札が積まれているに違いない」

 

 察するに、消耗戦へ持ち込むのに必要な大火力を備えた兵器だろうか。ラルの予想通りであれば、この輸送船団が502部隊へ護衛を要請してきたのも頷ける。

 

「光明が見えてきたな。皆にも作戦説明だ。エディータ、手伝え」

 

「はい」

 

 その場は解散となり、ラルとロスマン以外はそのまま食堂へ。

 遅れてやって来た2人によって、輸送船団護衛作戦の全体説明が昼食と同時並行で行われた。

 

「──以上が、今回の作戦の概要です。出発は明朝。安全なルートではありますが、くれぐれも油断はしないように」

 

「参加するメンバーは5名。作戦指揮は──クルピンスキー中尉が執れ」

 

「待ってよ、ボクが指揮するのぉ?出撃だけならまだしも、指揮とかあまり得意じゃないんだけどなぁ……」

 

「はぁ……船団には、非常時に備えてブリタニアのウィッチが1名同行しています」

 

 クルピンスキーのこの反応を予測していたのか、嘆息したロスマンは1枚の写真を差し出す。写真には、その船団に同行しているというブリタニアのウィッチの姿が写されていた。

 

「か、かわいい…!──作戦指揮、喜んで引き受けます!隊長殿!」

 

 あっさり丸め込まれたクルピンスキーに、ラルは他の参加メンバーの選出も委ねる。

 

「うーん…じゃあ残りは──ナオちゃんにニパ君、ひかりちゃんと……後はユーリ君がいれば安心かな」

 

「決まりだな。今指名された者は出撃に備えておくように。私からは以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜──静まり返った射撃場に、一定の間隔で銃声が鳴り響く。銃声の主はカールスラント製のMP43突撃銃。そしてそれを構えるのは、隠れてこっそり訓練中のクルピンスキーだった。

 そんな彼女の元へ、ロスマンが現れる。

 

「──ユーリさんは分かるけれど、どうしてあの3人を選んだの?」

 

 ロスマンの質問に、クルピンスキーは撃ち終えたMP43を手際よく分解(オーバーホール)しながら答える。

 

「……先生はさ、ボクらがあとどれだけ飛べると思う?」

 

「突然どうしたの?」

 

「いやさ。ボクらは開戦以来──先生に至っては更に前のヒスパニアからずっと戦ってきて、もう十分過ぎる程の経験があるじゃない?」

 

「……そうね。気がついたらこんなにも長い間戦っていたわ」

 

「今、ボクらが居なくなったら、この基地はどうなるんだろうね」

 

 502部隊はカールスラント奪還の為の攻性部隊だ。直枝やニパ、下原にジョゼと優秀な隊員が揃っているものの、やはり502部隊がここまで戦い続けてこられたのはクルピンスキーやロスマンといった、対ネウロイ戦のベテラン達の存在が大きい。クルピンスキーの実力とロスマンの教え。どちらか1つでも欠けていれば、502はより苦境に立たされていたことだろう。

 

 しかしそんな彼女達も、前線から退かざるを得ない時はやってくる。ロスマンは19歳。クルピンスキーとラルは18歳と、ウィッチとしての寿命を目前に控えているのが現状なのだ。

 今はまだ問題なく戦えているが、魔法力の衰えがいつ表層化してくるかはその時になるまで分からない。きっちり20歳を迎えるまでは何事もないかもしれないし、ほんの数時間後には飛ぶだけで精一杯になってしまうかもしれない。

 

 もし仮に、クルピンスキーやロスマンが一気に前線から身を退くことになった場合、502部隊の戦力的損失は無視できないものになってしまう。最悪、部隊の存続にも関わってくるだろう。

 

「──だからさ、できるだけあの娘達に経験を積ませてあげたいんだ。ボクや先生が傍で見てあげられる内にね」

 

「そういうことなら、菅野さんとニパさんは納得だけれど……ひかりさんは?」

 

「ほら、ナオちゃんもニパ君もボクに似てバリバリの前衛だからさ。ひかりちゃんが2人のフォローに回れれば、ぴったりなバランスだろう?──何より天下のエディータ・ロスマン先生が目をかけてるんだ、理由はそれで十分でしょ」

 

「クルピンスキー……」

 

「あ、ユーリ君を指名したのだって、ちゃんと理由はあるんだよ?彼、後ろで戦場全体をよく見てるから、先生に代わる現場指揮官になれそうだし。──隊長なんかはあがり迎えても指揮官として基地に残りそうだけど、やっぱり現場で直接指揮できる人がもう1人いれば、残ったサーシャちゃんの負担も軽くなるかな。ってね」

 

 かつて行われた部隊を2つに分けての同時作戦がいい例だ。ああいった作戦を展開できたのも、サーシャとロスマンという指揮を行える者が双方のチームにいたからこそ。クルピンスキーは、いつかできるその空席にユーリを充てがうつもりのようだ。

 

「……いつもそれくらい真面目な所を見せておけば、少なくとも部隊の皆からの印象くらい変わったんじゃないかしら?」

 

「心外だなぁ、ボクはいつだって大真面目さ。女の子のハートを射止めるのに全身全霊を傾けているとも!」

 

「全く……そんなこと言って、また私の教え子を誑かすのは止めて頂戴ね」

 

「なに、先生。もしかしてひかりちゃんにヤキモチ妬いてる?心配しなくても、先生の方から求めてくれれば、ボクはいつでも準備オーケーなのに」

 

「何の準備よ……?」

 

「やだなぁ。いくらボクでも、流石にレディの前でそんな事を言うのは憚られるというものだよ。──そういえばひかりちゃんで思い出したんだけどさ。ボク、実は気づいちゃったんだよね」

 

「気づいた……ってまさか──」

 

 ロスマンが思い当たったのは、ひかりの持つ固有魔法〔接触魔眼〕。実戦で使用するには危険な能力ということで、本人を除けばラルとロスマンしか知らないこの存在を、まさかクルピンスキーは勘付いていたというのか……?

 

「普段は隠れて見えないけど───あの娘、中々()()よね!」

 

 次の瞬間、意味ありげに両手をワキワキとさせるクルピンスキーに、オーバーホール直後でまだ射撃の熱も残っているMP43の機関部(レシーバー)が押し当てられる。

 

 銃声に代わって、クルピンスキーの苦悶の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝──予定通り格納庫に集まった出撃メンバー5人は、各々準備を終えて出発を目前に控えていたのだが……

 

「──おい、大丈夫かよそれ?」

 

「うーん、頼むから1000キロ保ってくれよ……!」

 

 早くも不運の兆候を見せ始めたニパのユニットは、排気口から黒い煙を咳き込むように吐き出している。先行きが不安な自らの翼を不安げな目で見下ろすニパの隣には、対照的にワクワクした表情のひかりがおり、自分の首の後ろで何やら紐を結んでいた。

 

「……おめぇ、それ持ってく気か?」

 

「えへへ~、いいでしょう!あげませんよぉ?」

 

「いや、いらねぇよ……」

 

 ひかりが大事そうに襟元に仕舞ったのは、昨日クルピンスキーにもらったリべレーター。紐を括って首からぶら下げられるようにしたらしく、未だにコレがお守りだと信じているようだ。

 

 そしてその原因であるクルピンスキーはというと……

 

「"夜空の星"──"大輪の薔薇"──違うなぁ……"君の瞳に"の次はなんて台詞がいいかなぁ?ねぇ、ユーリきゅんはどう思う?」

 

「いっそ口説くのを止めてみては如何でしょう?」

 

「何を馬鹿な!彼女との出会いはこれっきりかもなんだよ!?またいつ会えるかも分からないんだし、ボクという存在をしっかり刻み付けたいじゃないか!──いや、もしかしてアレかい?"押してダメなら引いてみろ"的な恋のテクニックの事を言っているのかな?」

 

「……もう何でもいいですから、とにかくユニットを履いてください。もう出発の時間ですよ」

 

「もうちょっと!もうちょっとだけ待って!あと少しでいい台詞が浮かんできそうなんだ」

 

 例のブリタニアのウィッチの写真片手にグズるクルピンスキーの背に、突如冷たいものが走った。

 

「──いつまでここにいる気かしら、伯爵様?」

 

「せ、先生……!これは、その──ギャフッ──!」

 

 餞別として鈍い音と共にクルピンスキーへたんこぶをプレゼントしたロスマンは、呆れた様子で息をつく。

 

「ユーリさん。こんな指揮官だけど、よろしく頼むわね。必要だと思ったら、任務に支障が出ない程度に殴るなり蹴るなりしてくれて構わないわ。私が許可します」

 

「……体罰に関してはともかく、微力ながら善処します」

 

「ああ、それと──先方には、こちらから送る護衛は全員ウィッチだと伝わっているわ。ブリタニア海軍にまで例の事が知れているかは分からないけれど、万が一顔を見られても平気なように、一応これを持って行きなさい」

 

 ロスマンから渡されたのは、スカーフとゴーグル。もし必要と感じたなら、これで目と口元を隠せということだろう。同時に、服装に関しては男装ということで通すようにも言われた。幸い似たようなタイプのクルピンスキーが同行している為、然程不審には思われないはずだ。

 

「さぁ、もう出発しなさい!時間は待ってはくれないわよ──!」

 

 ロスマンに尻を叩かれユニットを履いたクルピンスキーを最後に、一行はムルマン行きの長旅へ出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること数時間──ペテルブルグから300キロ地点に到達した辺りで、一行は羽やすめの為ペトロザヴォーツク基地へ降り立った。

 現地の整備班によるユニットのメンテナンスを待つ間、5人も昼食を摂っていたのだが……

 

「──キミ可愛いねぇ!ペトロザヴォーツクにキミみたいな娘がいるってもっと早く知ってたら、ここのネウロイの掃討作戦はボクが行ってたのになぁ」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

 出された食事よりも、食事を運んできてくれた女性士官の方に目を輝かせるクルピンスキー。女性士官の方も褒められて悪い気はしていないようだが、初対面でいきなり口説きにかかるクルピンスキーに些か引いているようだ。

 

「これ食ったらすぐ出発すンだから、ちょっかいかけてんじゃねぇよ」

 

「イタタ……!もう、ナオちゃんってば。ヤキモチ妬いてるならそう言えばいいのに」

 

「マジで殴りてぇ……!」

 

 クルピンスキーは、引っ張られた耳をさすりながら昼食のパンを食べ始める。その横で、ユーリは女性士官に小さく謝罪をしていた。

 

 そんな一幕を経て、メンテナンスを終えたユニットと共に再出発。指揮を執る立場でありながら、どこか呑気なクルピンスキーに直枝達が苦言を呈しながら飛んでいると、眼下の陸地が途切れ、辺り一面が青一色に染まった。

 

「あ、海ですよ!」

 

「やっと白海だぁ……!」

 

「……クルピンスキーさん」

 

「うん。ちょっと急ごうか」

 

 どうやらユーリと同じことを考えていたらしいクルピンスキーは、早いところ白海を横切ろうと提案する。というのも、この白海に出現した新たなネウロイの巣"グリゴーリ"が理由だ。

 

「ここからじゃ見えないけど、水平線の向こうは"グリゴーリ"の勢力圏内だからね。今ボクらがいるこっちの方は安全海域らしいけど、急ぐに越したことはないよ」

 

「クソッ……このまま突っ込んでって倒してやりてぇぜ」

 

「焦らない焦らない。巣の撃破はあくまで最終目標なんだから。今は任務が優先だよ──」

 

 提案通り足早に白海を横断した一行は、森林地帯での小休止を挟んで更に歩を進める。やがて雲の切れ目から、海に面した軍港基地が顔を覗かせた。

 

「見えたよ、あれがムルマン基地だ」

 

「はぁ…やっぱ1000キロは疲れるなぁ」

 

「ハハハッ。船団の到着は明日だから、今日はゆっくり休むといいよ。ニパ君も、そのユニットもね」

 

 1000キロに渡る長距離飛行に耐えかね、ニパのユニットはいよいよ本格的に不調を訴え始めていた。今朝方の様子を鑑みれば、寧ろここまでよく保ってくれたというべきだろうか。

 

 ニパを支えながら滑走路に降り立った5人はユニットを整備班に預けると、探検がてら港の様子を見て回ることに。

 

「はぇ~…ムルマン基地って広いんですねぇ。物資もあんなに沢山……」

 

「先行して運ばれてきた補給物資だね。あれでもほんの一部だよ。後から来る船団には、もっと大量の物資が積まれてる」

 

「まだ増えるんですか!?想像つかないです……」

 

「──ねぇ、あのデッカイの何だろう?」

 

 周囲を見回していたニパが指差すのは、コンテナの上に横たえられた巨大な筒──人が持つにはあまりに大きな何かの砲身らしきパーツだ。

 

「戦艦でも作ってんのか、ここは……?」

 

「アレだけでは何とも言えませんが、可能性としては十分有り得そうですね」

 

 直枝達はまだ知らないが、ユーリとクルピンスキーはこの大規模船団に"グリゴーリ"攻略の為の新兵器が積まれているのではないかというラルの予想を聞かされている。海上戦力の中でも最大級たる戦艦ともなれば、巣の攻略に大いに貢献してくれそうなものだが……

 

「むむっ…アレは──!」

 

「……何か気になるものでも?」

 

「うん。中々お目に掛かれない、貴重な光景さ。見てごらん──」

 

 そう言われ、ユーリ達はクルピンスキーの視線を追う。その先では、3人のウィッチ達が開発部の人間らしき人物と何やら話していた。それを見て、ひかりは不思議そうな顔をしている。

 

「あの人達、ウィッチですよね?私達と同じ」

 

「……ああ、ひかりさんは初めてなんですね。彼女達は陸戦ウィッチ──僕達とは違い、空ではなく陸を舞台に戦う対ネウロイ戦の主戦力の方々です」

 

「その通り。ほら、彼女達のユニットもボクらのとは全然違うだろう?」

 

「はい。なんだかゴツゴツしてるというか…持ってる武器も重そうです」

 

 陸戦型ユニットは、航空型よりも稼働に要求される魔法力の量が少なく、また可能積載量では大きく上回る。航空ウィッチでは重すぎて運用できない強力な重火器を携え戦う彼女達は、ネウロイとの戦いに無くてはならない重要な存在だ。

 ……一方で、陸上ウィッチは航空部隊よりも()()()が段違いに高い。今目の前にいる彼女達は、そんな過酷な戦場を生き抜いてきた正真正銘の猛者達であるということも、どうか覚えていて欲しい。

 

「カールスラントとスオムス、それにオラーシャか──いいねいいねぇ!バックパックのベルトで引き締められた健康的なボディラインもさる事ながら、やはり目を引くのはむn──イダダダダッ!?」

 

「堂々と問題発言をしないでください。──全く、仮にも上官相手にこんな事はしたくなかったんですが」

 

 発言がエスカレートするクルピンスキーを、今度はユーリが止めた。ペトロザヴォーツク基地で直枝がやったのと同じように耳を引っ張るユーリは、言葉とは裏腹に手の力を緩める様子はない。

 

「隊長達の話では、新型ユニットがもう到着している筈です。確認だけでも済ませておきましょう」

 

「だな。場所は──あっちか」

 

「ちょ、ユーリきゅん!耳!分かったからせめて耳を~~~ッ──!」

 

 502部隊へ宛てられた物資のある倉庫へ向かった5人は、奥に鎮座していた補給ユニットを発見。機体を照らす照明に負けず劣らず目を輝かせた。

 

「──やった!オレの《紫電改》だ!これさえありゃあネウロイなんてイチコロだぜ!」

 

「うわぁ、ピカピカだぁ……!」

 

「横にある他の箱は何ですか?」

 

「これは…ラル隊長とロスマン先生のユニットだね」

 

 ラルは先の戦いで負った傷もあり戦場に出る頻度こそ少ないが、近い内に行われるであろう巣の攻略に備え彼女の力も必要ということだろう。この手厚い補給からも、嵐の前の静けさのようなものを感じられる。

 

「……あの、アレもユニットじゃないですか?」

 

 照明が届かない闇の中へ目を向けるひかりは、眼前の2機とは離れた場所にひっそりと佇む何かを見つけた。布が被せられて中身は見えないが、布越しに見える輪郭は目の前のユニット達と同じように見える。

 

 たまたま近くにいたユーリが怪訝に思いながらもその布を取り払うと──

 

「これは……」

 

「驚いたな。まさかブリタニアの名機《スピットファイア》まであるとはね」

 

 隠れるように安置されていたのは、ブリタニア製のユニットである《スピットファイア》──以前ユーリがブリタニアの戦いで使用していた《Mk.(9)》をベースにエンジン等の細部を強化された新型《Mk.XVI(16)》だった。

 

「しかし、一体誰が……?」

 

 他国から輸入したユニットを使うスオムス等の例外はあるが、基本的に統合戦闘航空団の隊員達は慣れ親しんだ自国の武器やユニットを使用する場合が殆どだ。その証拠として、直枝にはひかりと同じ扶桑の新型である《紫電改》、クルピンスキーにはカールスラントの《メッサーシャルフ Bf109K-4(K型)》が与えられている。

 そして502部隊にはブリタニア出身の隊員が所属しておらず、またユーリの生存も知られていない以上、ブリタニア側としても何故502が《スピットファイア》を欲するのか疑問に思って然るべきだが……

 

 口元に手を当て考え込むユーリは、ユニットが固定されたハンガーに1通の手紙が添えられているのを見つけた。中身に目を通すと──その口元に小さな笑みが浮かぶ。

 

 

 手紙には短く一言──"Sei bitte vorsichtig(どうか無事で)."──とカールスラント語で書かれていた。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 この為にわざわざ根回しをしてくれたのであろう手紙の送り主に小さく感謝の言葉を呟いたユーリは、ありがたく新型を受け取ることに。

 

「いいなぁ、新型ユニット……」

 

 後ろでは、唯一従来のユニットを続投させることとなったニパが羨ましそうに3人を見ている。

 

「じゃあ、《K型(コレ)》はニパ君が使って」

 

「えっ!?でも、コレはクルピンスキーさんのでしょ?」

 

「いーのいーの。どの道ニパ君のユニットは壊れちゃったんだし、ボクも慣れてない新型でいきなり任務に出るのは自信無いからね。けどニパ君なら、すぐに乗りこなせるでしょ」

 

「いや、でも……」

 

「はい、決定。──それよりボクはぁ……」

 

 話を打ち切ったクルピンスキーは周りの箱を物色し始める。いくつか箱を開けた後に目当ての物を見つけたクルピンスキーは、ムフフ……と興奮を隠しきれない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後──セッティング調整も兼ねて新型の試運転を終えた5人は、ユーリを除いて全員サウナへ。

 残ったユーリが基地の中を見て回っていると……

 

「──ザハロフ曹長?」

 

 不意に、誰かに名前を呼ばれた。反射的に振り返ろうとして、寸での所で踏み止まる。

 書類上ユーリは戦死したと方々に伝えられている。もし上層部に通ずる人間に生きていることがバレれば、任務どころではなくなってしまう。

 こうなるならムルマンに着いてすぐ、ロスマンの勧め通りに顔を隠しておくべきだったかと後悔していると、

 

「……覚えていませんか?ブリタニアの基地で……最後に、あなたのユニットを整備させていただきました」

 

 その言葉を聞いて、ユーリの脳裏にとある記憶が蘇る。

 

 

 ──この基地で、最後にあなたのユニットを整備させて頂けて光栄でした。

 

 

「まさか……」

 

 チラリと声の方を伺うと、

 

「やはり……!ご無事だったんですね!」

 

 そこにいたのは、ユーリがウォーロックと共にガリアを占領する巣の破壊に向かう際、ユニットの最終メンテナンスを請け負っていた、あの時の整備兵だった。補給船団の第1団に同乗し、ムルマン滞在中はユニットのメンテナンスを担当しているらしい。

 

「ガリアが解放されて以降、旧501基地に逗留していた全員にザハロフ曹長が戦死したと通達が来た時は、同僚も先輩も、皆悲しんでました。それに箝口令も敷かれて……今はどこで何を?ここにいらっしゃるという事は、軍に復帰されたんですか?」

 

「……他人の空似でしょう。そのザハロフという方は、()()()()()()()()()()()?心中は察しますが、箝口令を敷かれているということは、それなりの事情があるはずです。今のは聞かなかったことにしますから、ご自分の仕事に戻られてください」

 

 そう言ってその場を立ち去るユーリ。

 

「……そう言えば、先輩が話してたな。──502部隊の補給品目に《スピットファイア》がある──そういう事だったのか」

 

 僅かな情報から真相にたどり着いた整備兵は、それ以上何も言わず、もう大分離れてしまった彼の背中に敬礼を送った。

 



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君の想いにありがとう

 翌朝──502部隊に課せられた本来の任務である船団護衛に出発するため、格納庫に集まっていた4人だが……

 

「……クルピンスキーさん、来ないですね」

 

「皆さんが起きた時は、ベッドにいたんですよね?」

 

「うん……」

 

「ひでぇ寝相だったけどな」

 

 じきに任務開始の時間だ。このまま来ないようであれば、最悪彼女抜きで出発しなければならない。

 

「──あ、来ましたよ!」

 

 出発時間ギリギリになって現れたクルピンスキーは、誰の目から見てもグッタリとしていた。顔色は悪く、足取りもフラフラと覚束無い。

 

「うぅ……キモチワルイ……」

 

「どうしたんですか!?顔がおかしいですよ!?」

 

 ひかりはまだ状況が飲み込めていないようだが、ユーリ達3人は一様に「やっぱりな」の一言を思い浮かべていた。

 というのも、クルピンスキーは直枝達が新型ユニットの試運転をやっていた昨日の夕方からずっと、補給物資に入っていたぶどうジュース(ワイン)をグビグビとラッパ飲みしていたのだ。いくらウィッチといえど、あれだけ飲めば二日酔いにもなる。彼女が飲んでいるものの正体を勘づいた直枝が再三の忠告をしたものの、それを聞かなかったクルピンスキーの完全な自業自得というわけだ。

 

「やぁ…ひかりちゃんはきょうもかわいいねぇ……?」

 

「少し休んでた方がいいんじゃ……」

 

「いや、どうしても行かなきゃ……ッ!」

 

 自業自得とはいえ不調の身体に鞭打ってでも出撃しようとするクルピンスキー。いつになく真剣な表情を見てニパとひかりが心配したのも束の間──

 

「ブリタニアのかわいこちゃんを、迎えに行くんだ……ッ!」

 

「……もう海に捨てよーぜ、コイツ」

 

 直枝の冗談とも本気ともつかない発言はともかく、こんな状態のクルピンスキーを連れて行くのは危険だ。せめて症状を落ち着かせてから、遅れて合流してもらうという手もあるが……

 

「ボクは大丈夫…!ほら、もう時間だし、しゅっぱーつ……!」

 

 覇気の無い音頭を取ったクルピンスキーを心配しながらも、一行は船団の元へとユニットを奮わせた。

 

「うぅ…あぁ……目が回る……ッ」

 

 先頭をユーリに代わり、最後方を飛ぶクルピンスキーは、やはりというべきかフラフラして危なっかしさを感じさせる。

 

「……おい、やっぱ基地で寝てろよ」

 

「でもぉ……ブリタニアのかわいこちゃんがぁ……!」

 

「コイツ…2発ぶん殴りてぇ……!──っと、おわぁッ!?」

 

 後ろを振り返りながら飛んでいた直枝の体制が一瞬乱れる。すぐに持ち直したが、それを見たクルピンスキーは青い顔で小さく笑った。

 

「ナオちゃん、飛び方がいつもより荒いよぉ……?ユニットのセッティング、合ってないんじゃなぁい……?」

 

「うっせぇ!酔っ払いは黙ってろ」

 

 直枝はこう言っているが、彼女が昨日まで使っていた《零式》と《紫電改》では、扱いの勝手も変わってくるはずだ。昨日の短い試運転だけでユニットの性質を完全把握できたとも思えない。

 新型を駆るのはニパとユーリも同様だが、ニパの《K型》はこれまで使っていたのと同じ《メッサーシャルフ》であり、基本的な乗りこなし方は変わっていないと見ていい。何より、あり合わせの部品でユニットを修理することも多いスオムス出身の彼女は、ある程度の感触の違いなどにも柔軟に対応できている。

 そしてユーリの《Mk.XVI》も同じ《スピットファイア》というだけでなく、ベースになった《Mk.Ⅸ》と比べて性能面に於ける劇的な変化は無い。そのお陰で《Mk.Ⅸ》とほぼ同じ感覚で乗りこなせていた。

 

「……しかし菅野さん。本当に大丈夫ですか?あまり酷いようなら──」

 

「あぁ?気にするこたァねーよ。こんなモン誤差の範囲だ、すぐ慣れる」

 

 そこへ、連絡係を担っていたニパのインカムに緊急入電が。輸送船団がネウロイの襲撃を受けたとのことだ。

 

「そのルートはネウロイが出ないはずなんじゃ……!?」

 

「何事にも例外はつきものです。急ぎましょう──!」

 

 エンジンを奮わせようとしたユーリ達の間を縫って、後方から一気に飛び出す影があった。言うまでもなく、クルピンスキーだ。さしずめ、随行しているブリタニアのウィッチが危険に晒されていると知り、気合が入ったのだろう。

 一転して先頭に立った彼女に続き、ユーリ達も速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンツ海を航行中だった大規模補給船団は、予期せぬネウロイの襲撃に対し劣勢を余儀なくされていた。

 単機とはいえ大型ネウロイの攻撃は激しく、護衛艦は次々と撃沈されていく。更には随行していたブリタニアのウィッチも撃墜されてしまい、船団はネウロイに対する有効な攻撃手段だけでなく、何より重要な防御面の要を失った事になる。

 最重要物資と念押しされた積荷を有するエルスワース号だけでも無事に送り届けるべく、旗艦自らが盾となって懸命にネウロイに立ち向かう。そんな必死の抵抗を嘲笑うかのように放たれた深紅の閃光が、艦橋に突き刺さろうとした時──間に割って入った何者かが、青白い障壁を展開し閃光を阻んだ。

 

「間に合った……!──こちらは第502統合戦闘航空団、クルピンスキー中尉!これより船団を援護する──!」

 

 シールドを解除したクルピンスキーの前に、直枝、ニパ、ひかりも続々と集結する。ユーリはここよりも高い位置から、ネウロイを補足していた。──因みに、今度はきちんと顔を隠している。

 

 ウィッチ達が増えたことを受け、ネウロイ側も本格的な戦闘体制に移行したのだろう。刺々しい球状の機体が左右に割れ、2体に分裂した。

 

「ナオちゃんとニパ君は左側!ひかりちゃんはボクと一緒に右側を倒すよ!ユーリ君は上から援護よろしく!」

 

 いくら敵が分裂しようと向こうが2体に対しこちらは5人だ。経験にムラがあるとは言え、実力的には申し分ない。何より強力な後方支援があるのが心強かった。万が一直枝達が危うくなっても、ユーリがしっかりカバーしてくれるはずだ。

 

 そう、思っていたのだが……

 

 

『緊急連絡!3時の方向に新手のネウロイ出現!離脱中の補給船団目掛けて接近してきます!』

 

 

 旗艦からの連絡を受けて横を向けば、少し離れた海上を飛行する円盤型の機影が見て取れた。

 

「新手だと……!?」

 

「あちゃあ…これで実質3対5か……しょうがない──ごめんユーリ君、指示変更。新手の相手を頼んでいいかな?」

 

「ユーリさん1人でですか!?」

 

『しかし、皆さんの方は……?』

 

「こっちはボクが上手くやるよ。──それに、敵が1体ならユーリ君は集団より1人で戦う方がやり易いでしょ?」

 

『……分かりました。可及的速やかに撃墜の後、応援に向かいます。援護が必要であれば言ってください』

 

「ありがとう。──それじゃ気を取り直して、行くよ──ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各々の相手に向かって突撃していく502部隊。

 ユーリはクルピンスキーの指示通り、新手のネウロイに向かってシモノフの銃口を差し向ける。

 対するネウロイもユーリの存在を確認したのか、動きを見せた。円盤状だった機体が解け、空を這う蛇へと姿を変えると、頭部に相当するネウロイの先端装甲が4つに開き、クルクルと回転し始める。次第に細く収束していく4枚の装甲の中心で、深紅の閃光が瞬いた。

 

「ッ───!」

 

 それを見たユーリは、即座に引き金を絞った。狙いは甘い。それでも撃ったのは、弾丸に対し敵が回避行動なりを取ることで攻撃を少しでも遅らせ──シールドに全神経を集中させる時間を稼ぐ為だった。

 

 次の瞬間、花弁の如く一気に展開された装甲から、信じられない太さの光線がユーリに向けて放たれた──!

 

 ユーリの弾丸をいとも簡単に飲み込んで真っ直ぐ突き進む光線に対し、ユーリは両手を使っての全力防御を行った。

 

「グ──ウウウゥゥ……ッ!!!」

 

 限界まで広げた広範囲シールドでの防御が功を奏し、後ろにいる船団への被害もゼロに抑える事に成功する。だが……

 

(今の攻撃……防ぐので精一杯だった。もう2発──いや、あと1発撃たれたら、船団を完全に守りきれるか……!?)

 

 痺れが残る両手の感覚を確かめたユーリは、背に回していたシモノフをしっかりと握り直しネウロイに向かっていく。

 あの極太光線──あれ程の高出力であれば、まず連射は利かないはずだ。次を撃たれる前に本体を叩くしかない──!

 

 接近してきたユーリに対し、蛇型ネウロイは開いていた先端の装甲を2枚分離し、遠隔操作できる小型砲台として周囲に散開させる。そして自身もまた光線を放ちながら、ユーリとの本格的な交戦を開始した。

 

 ただでさえネウロイがグネグネとのたうつせいで狙いにくいというのに、四方八方様々な角度から光線を撃ってくる子機は、ユーリにとって厄介な事この上なかった。機関銃であれば弾幕を張って対抗する事もできるが、速射性で圧倒的に劣る対装甲ライフルではそうもいかない。子機達は目まぐるしく周囲を飛び交いユーリに狙いをつけさせず、かと言って子機の処理に集中力を割けば、離脱中の補給船団の元へ親機の接近を許してしまうことになる。

 防御の合間を縫ったユーリの苦し紛れの攻撃は全て満足に狙いをつけられないまま、空を切るばかり。

 歯噛みするユーリは完全に子機に足止めを食らってしまい、親機が船団の元へ接近を始めた。

 

「マズい……ッ!」

 

 どうにか子機を振り切って親機を追うが、そうはさせじと背後から子機達が攻撃を仕掛けてくる。それを回避する視界の端では、いよいよ補給船団を射程圏内に収めたらしいネウロイが再びあの高出力砲を撃つ準備を始めていた。

 

「間に合え───ッ!」

 

 子機の妨害をくぐり抜け、親機の元へ急ぐ。しつこく付いてきた子機達はユーリの妨害を止め、先んじて親機の元へ。子機を統合し完全体になったネウロイは補給船団に向け、あの閃光と呼ぶには巨大な一撃を放とうと──

 

 

「させ──るかァァァァ──ッ!!!」

 

 

 煩わしいゴーグルを投げ捨て、寸での所でネウロイの眼前にたどり着いたユーリは、再び全力のシールドを展開する──先と違い、ほぼゼロ距離だ。光線の発射口に蓋をするように展開されたシールドを押し破ろうと、間髪入れずあの極太の光線が発射された。

 魔法力の障壁1枚を隔てた先で、膨大な熱量が荒れ狂う。シールドを維持して必死に踏ん張る左腕はガクガクと震え、シールドを抜けてきた衝撃が肌を裂き、紅い飛沫を頬に飛ばした。

 

 

「ぐっ──オオオオオァァァ───ッ!!!」

 

 

 やがて、光線の熱量に耐え切れずネウロイの漆黒の機体に亀裂が走る。亀裂はどんどん広がっていき、ネウロイ自身の体を自壊させた。

 我慢比べに勝利したユーリは、砕け散る装甲の内に隠されていたコアへシモノフを突きつける。左腕だけでの防御という無茶と引き換えに掴んだこの機を、逃すユーリではない──!

 

「───!」

 

 最早照準など不要。

 無言の気合と共に絞られた引き金。これまでの鬱憤を晴らさんばかりに咆哮したシモノフが、その牙を以てコアを噛み砕いた。

 

「ハァ…ハァ…──皆は!?」

 

 金属片となって散っていくネウロイを尻目に、ユーリはあの分裂型を相手する4人の方へ目をやる。

 目線の先では、直枝達が相手をしていた個体の片割れが爆散していく。しかしもう片割れは依然として攻撃を続けていることから、どうやらあちらの方がコアを有する本体らしい。

 

『──ユーリさん!そこからクルピンスキーを助けられませんか!?今1人で戦ってるんです!』

 

「クルピンスキーさんが……!?」

 

 ひかりからの通信を受け、目を凝らす。見れば、確かにネウロイの攻撃はある一点に集中しているように見える。あそこにクルピンスキーがいるというのか。

 

 走る痛みと血による滑りでリロードに手間取りながらも、ユーリはクルピンスキーの応援に向かう。

 ハッキリ目視できる距離まで近づいたところで、シールドを展開していたクルピンスキーが攻撃に耐え切れず弾かれてしまった。黒煙が尾を引いていることからユニットが破損しているらしく、あれでは体勢を立て直すのも困難だ。

 

 そこへとどめとばかりに、ネウロイの子機が迫る──!

 

「クルピンスキーさん──ッ!」

 

 使えない手の代わりに腕を支えにしてシモノフを構えた瞬間、あろう事かクルピンスキーはユニットを履いた脚で迫るネウロイを()()()()()。常識を超えた行動に驚くのも束の間、返ってきた子機と衝突したことで親機のコアが露出する。

 

『コア──!』

 

 すかさずクルピンスキーの銃に取り付けられた42LP投擲銃から大型の炸薬弾が発射され、コアに命中。ユーリの〔炸裂〕と比べれば小さい爆発の後、半球型の機体が無数の金属片となって弾けた。

 

『ふぅ……皆無事かな…──ッ!?』

 

 ネウロイ撃破を確認し息を抜いたクルピンスキーだったが、爆煙の中から飛び出してきた崩壊間際の子機に反応が遅れ、特攻をもろに食らってしまう。ユニットが外れて真っ逆さまに海へ落ちていく彼女を、誰も受け止めることはできなかった。

 

「──無事ですかクルピンスキーさん!?返事をしてください!」

 

 一番最初に駆けつけたユーリは、海に浮かぶ彼女の安否を確認する。やがてゆっくりと目を開けたクルピンスキーの口元には、穏やかな笑みが讃えられていた。

 

「──ほんの冗談のつもりだったのになぁ……ありがとう、ひかりちゃん。君の想いがボクを守ってくれたんだね」

 

 そう言って胸ポケットから取り出したのは、酷く変形したリべレーター──苦戦する直枝達の元へひかりを応援に向かわせる際、クルピンスキーを心配した彼女が渡していったものだ。ネウロイの死に際の特攻はこのリベレーターが受け止め、結果的にクルピンスキーの命を救うお守りとしての役目を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして、無事に補給船団はムルマン港へ到着。積荷は無事に送り届けられた。撃沈された護衛船の乗員達も無事に脱出したらしく、負傷者こそ出たものの死者は0人。予想外の事態に見舞われたものの、護衛は大成功と評していいだろう。

 

 翌日──4人は足を骨折したクルピンスキーのお見舞いに、基地の病室へ向かっていた。

 

「昨日は大変でしたねぇ。まさかあんな所にまでネウロイが出てくるなんて」

 

「クソ…あんニャロウ。オレ達が手こずった相手を1人で倒しやがった」

 

「子機とはいえ、ネウロイを蹴り飛ばしたのには驚きましたね……」

 

「……他人事みてぇに言いやがって。おめぇも似たタイプの大型を1人で倒してんじゃねーか」

 

「倒しはしましたが、実質痛み分けのようなものですよ。お陰で左手はこの有様です」

 

「最初見た時ビックリしたよ……ユーリさんの左手、血で真っ赤だったもん」

 

 負傷したユーリの左手は包帯でぐるぐる巻きにされており、全治数週間との診断を受けた。利き手ではない為食事などには困らないだろうが、基地に戻ったらジョゼに治癒魔法で治りを少しでも早めてもらうつもりだ。

 

「えっと……あ、ここですね!──クルピンスキーさーん」

 

 ノックをしたひかりが病室の扉を開けると……

 

「あんな強いネウロイを倒すなんて、凄いです!」

 

「いやぁ、ハハハ。──君みたいに可愛い女の子の為なら、いつだって駆けつけるよ?」

 

「やだもう、お上手なんですから……!──ハイ、あ~ん」

 

「あ~ムッ!──んん~!やっぱり可愛い子に食べさせてもらうと、りんごも数倍甘く感じるなぁ!」

 

 ベッドの上には、美女にりんごを食べさせて貰いご満悦のクルピンスキーがいた。手足の怪我などどこ吹く風といった様子だ。

 

「ん?あぁ皆!お見舞いに来てくれたん──ってどうしたの、その顔?」

 

「……とりあえず、お元気そうで何よりです」

 

「そういうユーリ君もね。そっちは平気?」

 

「ええ、大事には──」

 

 

「あぁーっ!あなたはもしかして……!?」

 

 

 突然そう声を上げたのは、クルピンスキーにりんごを食べさせていた金髪の美女だ。立ち上がった彼女は、確かめるようにユーリをマジマジと見つめる。

 

「あ、あの……何か……?」

 

「──やっぱり!昨日、2体目のネウロイと戦って補給船団を守ってくれた方ですよね!?」

 

「あぁ、はい。それは僕ですが……」

 

「私、皆さんが到着する前に撃墜されちゃって……運良く補給船の上に落ちて、目を覚ましたらあの蛇みたいなネウロイがビームを撃とうとしてた所でした。せめてシールドで皆を守らなくちゃ、って思っていたところへ、あなたがすごく大きなシールドで船を守ってくれたんです!私あんなの初めて見ました!」

 

「もしかして。ブリタニアから船団に同行していたウィッチというのは……」

 

「はっ!私ってば──失礼しました!私はブリタニア海軍 第804海軍航空隊所属のノーラ・テイラー軍曹です。不甲斐ない私の代わりに、船団を守って下さったことを改めて感謝します。ありがとうございました!」

 

「そんな、不甲斐ないということは……あのネウロイの特性を考えれば、1人では厳しかったでしょうし。寧ろよく持ち堪えた、と言うべきではないでしょうか」

 

「そんな風に言って頂けるなんて……あの、もしお時間があるようでしたら。私に指導をつけてくださいませんか!?」

 

「えっ、僕が、ですか……!?」

 

「はい!船団の護衛ウィッチとして任務にあたる以上、やっぱりシールドの制御は大事だと思うんです!勿論、射撃とか飛行訓練とかも教えて頂けたら……って、流石に図々しいですよね!?すみません!」

 

「……ど、どうしましょう?」

 

「いいんじゃない?どうせ私達ももう1日ここにいるんだし」

 

「どうせなら、私達も一緒に訓練を付けてもらいましょうよ!」

 

「えぇっ…!?いえその、百歩譲ってテイラー軍曹の訓練を手伝うのはともかく、ひかりさん達はちょっと……ロスマン先生と同等以上の教えを付けられる自信なんてないですよ」

 

「じゃあ、引き受けてくださるんですね!やった…!ありがとうございます!」

 

 ノーラは感激の余り、ユーリの右手を取って胸の前で握り締める。同性であればいざ知らず、生憎ユーリは男だ。これ以上手を彼女側に引き込まれると、彼女の恵まれたスタイルも相まってまずい事になってしまう。

 

「わ、分かりました……大した事はお教えできないと思いますが、出来る限りの事はさせて頂きます。──ので、一旦落ち着いてください」

 

 ユーリに個別で指導を付けてもらう確約を取り付けたノーラが嬉しそうに笑う後ろでは、クルピンスキーが寂しそうな顔をしていた。

 

「……ライバルって、意外と身近にいるんだなぁ……──ングッ!?」

 

 ノーラの意識をユーリにかっさらわれたことで気落ちしているクルピンスキーは、不意に口にリンゴを突っ込まれる。

 

「ムゴ──ナ、ナホはん(ナオちゃん)……!?」

 

「……認めンのは癪だが、まぁ頑張ったじゃねーか。いつもあンくらい真面目にやれッつーの」

 

「むぐ……っ──ナオちゃ~ん、もっとボクを慰めてぇ~!」

 

「うえぇッ!?引っ付くな気持ち悪ィ!っつーか、怪我してんだから安静にしてろッ!」

 

「ボクは寂しいと死んじゃうんだよぉ~~!」

 

「ダァ~~ッ!やっぱコイツ殴りてぇ~~~~ッ!」

 




気づけば2万字近くになっていた…怖
見切り発車で始まった502編も終盤に差し掛かりました。


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結束

「──菅野さん、そこに正座!」

 

「うぅ……」

 

 先日502に齎された新型ユニットへの慣熟訓練を行っていた直枝、ニパ、ひかり。そんな彼女たちの元へネウロイが襲来し、3人でそれを無事撃破したまでは良かったのだが……

 

「菅野さんも中尉になったんですから、もっと機材を大事にしてください!」

 

 格納庫で正座をさせられている直枝と、お説教するサーシャ。そして整備兵達の手によって修理されていくユニット──いつもと同じ光景だが、変わったこともある。ここまでの活躍を認められ、直枝が少尉から中尉へと昇進したのだ。

 

「階級は関係ねぇ!ネウロイはぶっ倒したんだ、それでいいだろ」

 

「良くありません!……全くもう……」

 

 今回のユニット破損の原因は、ある意味では事故と言えなくもない。

 直枝の戦闘スタイルは知っての通り、固有魔法である〔圧縮式超硬度防御魔法陣(めっちゃ硬いシールド)〕を利用した一撃必殺のヒット&アウェイを得意とする。今回もその例に漏れず、シールドを纏わせた自慢の拳でネウロイの機体をコアごと貫いたのだが……その際、ユニット内部に外気を取り入れる為のエアインテークから砕いたネウロイの装甲の破片が入り込んでしまい、ユニットのプロペラを回す魔導タービンが破損してしまったのだ。

 

 支給されたばかりの新型ユニットだろうとお構いなしに我道を突き進むのは、良くも悪くも直枝らしいと言ったところか。

 

「──あなたは"ブレイクウィッチーズ"なんて呼ばれるようになっちゃダメよ、()()()()()?」

 

 ため息をついたサーシャが格納庫の入口へそんな声を飛ばすと、お説教の様子を覗いていたらしいひかりとニパが顔を見せる。

 

「あの、サーシャさん。ブレイクウィッチーズって……?」

 

 これまでも何度か会話に出てくることのあった"ブレイクウィッチーズ"というのは、機材の損耗度外視で無茶な戦い方を敢行し、出撃の度にユニットを壊して帰ってくる502の隊員3人に向けて、いつしか付けられた呼称だ。

 メンバーは今まさに正座をさせられている直枝と、"ユニット壊し"の二つ名を持つクルピンスキー、そして度重なる不運に見舞われているニパの3人──最後の1人に関しては時として不可抗力でユニットが壊れる事もあるが──この3人には共通点がある。それは、502部隊の中でもとりわけ敢闘精神旺盛であるということだ。

 

「──それに!撃ちきってすらいない銃をポイポイ捨てるなとも言いましたよね?銃も弾薬もタダじゃないんですから、もう少し考えて使ってください!」

 

「う……そ、それに関しちゃ悪ィと思ってるって……」

 

 その後もサーシャのお説教は続き、直枝は夕飯までずっと正座の刑に処された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……クソ、まだ脚が痺れてやがる」

 

 その日の夜──部屋に戻って寝ようかと廊下を歩いていた直枝は、突き当たりを横切っていく人影を目撃した。

 

「ありゃあ……雁淵か?こんな時間に……」

 

 床の冷たさが痺れた素足に染みるのを堪えながら、直枝はひかりの後を追った。

 

「ねぇチドリ、あれからずっと連絡が無いけど、お姉ちゃん大丈夫かな……?」

 

「──心配すんな。孝美は簡単にくたばる奴じゃねぇ」

 

「菅野さん……」

 

 無人の格納庫で独りチドリに語りかけるひかりを、直枝は珍しく素直に励ます。

 

「孝美が半端なく強ェ事くらい、おめぇだって分かってんだろ。呉の海軍学校でアイツと会った時に思ったぜ──"オレの相棒はコイツしかいねぇ"──ってな」

 

「相棒……あの、菅野さん!それって私じゃダメですか!?」

 

「はぁ!?おめぇが相棒を名乗るなんざ100年早ェっての」

 

「じゃあ、どうすれば相棒にしてくれます!?」

 

 いつになく前のめりなひかりに少々面食らいながらも、直枝が返した答えはいたってシンプルなものだった。

 

「ンなもん簡単だ──強くなりゃいいんだよ。孝美の様にな」

 

「……そう言えば、菅野さんが戦う理由って何なんですか?」

 

 本来ここに来るはずだった孝美は、ネウロイを倒し平和になった世界をこのチドリと一緒に旅したいと話していたのを、ひかりは昨日のことのように思い出せる。ひかりはそんな孝美の背中を追うように、彼女のような立派なウィッチになりたいと戦場に身を投げた。

 

「決まってんだろ。どッから来たかも分からねぇ変な連中に、一方的に好き勝手やられてムカつくじゃねぇか!」

 

 いかにも直枝らしい回答に、ひかりは小さく吹き出す。普段ならばここで直枝が「何笑ってんだよ!」と食って掛かりそうなものだが、孝美の話をしていたからか、今回はそのような素振りはない。

 

「──だがな!その為には強くならなくちゃいけねぇ。今よりもっと、もっとだ!」

 

「……私はともかく、菅野さんは今でも凄く強いじゃないですか?そんなに焦らなくても──」

 

 

「──ダメだッ!」

 

 

 突然荒げた菅野の声が、辺りの暗闇に消えていく。

 

「菅野さん……?」

 

「……オレよりも、クルピンスキーやユーリの方がずっと強ぇ。けどオレは絶対にあいつらより強くなって、ネウロイ共を1匹残らずぶっ潰す……!1秒でも早くな!」

 

 そう意気込んだ直枝にひかりも威勢良く協力を申し出たが、そこはいつもの様に「100年はえーよ」と軽くあしらわれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝──ブリーフィングルームに集結した502部隊は、ラルから今回の任務の説明を受けていた。足を負傷し動けないクルピンスキーはこの場にいないが、左手の傷が回復しつつあるユーリは参加している。

 

「"グリゴーリ"殲滅にあたって、この地点からペトロザヴォーツクへ向かっているネウロイを排除しろ──という軍司令部からの命令だ」

 

「折角取り返したのに、もう……」

 

 ペトロザヴォーツクの基地は、つい先日ユーリ達も訪れた場所だ。ムルマンからの補給線を奪い返す為に、数日かけて付近のネウロイを掃討したわけなのだが……もう再侵攻の手が伸びているらしい。

 

「ラドガ湖を挟んでいるとはいえ、ペトロザヴォーツクは"グリゴーリ"の目と鼻の先ですからね……悔しいですが、無理もありません」

 

「でもそれじゃあ、このままネウロイの進行を許したら──」

 

「また補給が止まっちゃう……!」

 

 下原もジョゼも、かつて自分達が戦ったネウロイの能力によって湖が凍結し、結果的に基地の物資困窮へと繋がってしまった苦い経験を持つ。

 

「そんな……ッ!クルピンスキーさんとユーリさんが怪我までして守ったのに!」

 

「落ち着いてくださいひかりさん。まだペトロザヴォーツクがネウロイの手に落ちたわけではありません」

 

「要するにネウロイを倒せばいいんだ。やる事はいつも通り……そうだろ隊長?」

 

「ああ、その通りだ。直ちにペトロザヴォーツクへ向かい、ネウロイが基地に到達する前に叩け」

 

 斯くして、出発していったメンバーを見送ったユーリは、ズタズタにされ未だ完治には至っていない左手を見つめる。

 怪我をした当初よりも巻かれた包帯は薄くなり、あまり重くなければ物を持つのも苦ではない程度には回復している。しかしライフルを支えようとすると、やはり手の平に鋭い痛みが走るのが実状だ。

 唯一治癒魔法を扱えるジョゼに治療を頼もうにも、彼女の治癒は芳佳のそれより数段劣る──否、芳佳の治癒魔法が飛び抜け過ぎていると言った方が正しいか──事に加えて、ジョゼは治癒の最中、身体が発熱するという副次作用も抱えている。そんな彼女にかかる負担を考えると、既に一度治癒を頼んでいる手前「復帰したいから早く傷を治して欲しい」とはとても言えない。

 

「……まぁ、皆なら大丈夫だ。ロスマン先生も、サーシャさんだっている」

 

 部隊でのトップクラスの実力者であるクルピンスキーはあの有様だが、サーシャもロスマンも彼女に引けを取らない実力と経験がある。きっと無事にネウロイを倒して帰還するはずだ。

 

 

 

 ───そう、思っていたのだ。

 

 

 

「………」

 

 その日の夕食は、とにかく閑散としていた。誰も一言も発さず、食器の音だけが静かに飛び交う。献立こそいつも通りの美味しいメニューなのだが、それでも寂しさが拭えない原因は、新たな空席だろう。

 自室で療養中のクルピンスキーに続いて、サーシャの姿が無い。彼女は今日の出撃の折、敵の攻撃を避けきれなかった直枝を庇い負傷してしまったのだ。

 

 メンバーの大部分が意気消沈といった様子の中、特に気を落としていたのは当然直枝だ。先程から全く食指が動いていない。

 

「……菅野。ちゃんと食べなきゃ力出ないよ」

 

「分かってる……いただきます──」

 

 小さく呟いた直枝はゆっくり夕食を食べ始めるが……食欲そのものが湧いてこないのだろうか、目の前のスープが減る気配は無い。

 

「菅野。明日、あのネウロイに再攻撃を掛ける。出撃したいのなら無理にでも食え。空腹で力が出ないようでは困る──他の者も、各自体を休めておくように」

 

 ラルの静かな叱咤を受け気を持ち直したのか、表情を引き締めた直枝は今までの沈みっぷりが嘘だったかのように食べ始める。必ずや今回の失態を取り返さんと燃える直枝の瞳が、ユーリは少しだけ気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──菅野さん」

 

「……ユーリ(おめぇ)か。何か用か?」

 

 その日の夜、昨日のひかりと同じように格納庫に独り佇んでいた直枝の元へ、ユーリが現れた。

 

「サーシャさん、目を覚まされたそうですね」

 

「ああ。またすぐ寝ちまったけどな」

 

 短いやりとりの後に流れる沈黙を破ったのは、ユーリだった。

 

「……ニパさんからお聞きしました。今日のあなたはどこかピリピリしていた──と」

 

「………」

 

「ひかりさんからも──もっと強くならなければいけない。昨晩、そう仰っていたそうですね」

 

「……それがどうした」

 

 言葉を考えているのか、少し間を置いてからユーリは続ける。

 

「……菅野さん。あなたの理想はなんですか?あなたの追い求める強さとは、どのようなものですか」

 

「決まってんだろ。ネウロイ共を1匹残らずぶっ倒せるだけの力だ。どんな敵だろうが、何体いようが関係ねぇ、どんなに絶望的な状況だろうとオレ1人でひっくり返せる位ェの力……!」

 

 それを聞いたユーリは、静かに口を開く。

 

「……菅野さん。あなたが求めるべき強さは()()ではない」

 

「は……!?何が言いてぇ」

 

「そんな強さを手に入れたところで、今あなたが抱いている無力感が消えることはありません」

 

「……オレじゃ無理だってか。オレじゃお前らには一生追いつけねぇって言いてぇのかてめぇは──ッ!?」

 

 激昂する菅野は、目線の下からユーリの胸ぐらを掴む。

 

「ッ……偉そうな事言いやがって!──ああそうだよ!オレは1人じゃ何もできねぇよ!今までだってッ……誰かに手伝ってもらわなきゃ満足にネウロイ1匹倒せやしねぇッ!けどッ──!」

 

 俯けていた顔を上げれば、彼女の黒い瞳には悔し涙が滲んでいた。

 

「けどお前らは違うだろうがッ!!この前だって、お前もクルピンスキーも1人でネウロイをぶっ倒してるじゃねぇかッ!……なぁ教えてくれよ、どうすりゃそんなに強くなれる!?どうすりゃそれだけの力が手に入るんだよッ!?」

 

「……何をそこまで焦っているんですか」

 

「焦るに決まってンだろッ!周りに散々でけぇ口叩いといて、自分(てめぇ)の力じゃ肝心な時に仲間の1人も守れねぇオレの気持ちがッ……!おめぇに分かるかよッ!?」

 

「分かりますよ。どんなに強い力を持とうと大切な人を守れない……自分の力の存在意義すら疑いたくなる。そんな思いをした経験は、僕にだってあります……ッ」

 

 思い起こされるブリタニアでの記憶──ユーリは501部隊の中でも間違いなく最強と呼べる〔炸裂〕(チカラ)を持っていた。正に一騎当千。大型ネウロイすらも僅か数発で撃墜し、小型の群体も当たればまとめて消し去ることが可能だ。

 しかしそれ程の力を持っていながら、美緒の負傷を未然に防ぐことができなかった。それだけに留まらず、美緒を撃墜したネウロイは取り逃がし、更にはウォーロックの始末(自分が負うべき責任)すらも満足に果たせない。それで「皆を守る」などと豪語していたのだから、全くお笑い種だ。

 

 ユーリが今ここに至るまで、ユーリ1人だけの力で成し遂げた事などただの1つとして存在しない。成功の陰には、必ず誰かの助力があった。

 

「僕もクルピンスキーさんも、1人で戦っているわけではありません。仲間と助け合い、協力して戦ってこそのウィッチです。誰の助けも必要とせず、1人で力を振るい敵を殲滅するだけの存在は、血の通わない兵器も同然──最早、ネウロイと変わらない」

 

 1体1体が強大な力を持つネウロイに対し、人類はウィッチを中心に団結することで立ち向かってきた。

 世界単位で見ればまだまだ不完全と言わざるを得ないが、それでもここまで戦ってきた。結束こそがウィッチの──人類最大の武器なのだ。

 

「……心配せずとも、いつかはあなたが望む形の強さを手に入れることができるはずです。ですが、それは今ある最大の武器を捨ててまで手に入れるものではありません」

 

 クルピンスキーの強さを支える"経験"は、時間と共に積み重なってきたものだ。直枝1人がどんなに焦ったとて一朝一夕で手に入れられるものではない。当のクルピンスキーも、その経験の裏には仲間の存在があるはずだ。

 

「今ある、武器……」

 

「確かに、個の力が強いに越したことはありません。しかしそればかりを追い求めてしまうと、余計に孤独と無力感に苛まれるだけですよ」

 

 極端な話、ユーリの力を最大限活かすならば、チームを組むよりユーリ単独で戦う方が効率がいい。周囲に巻き込む味方がいなければ、思う存分〔炸裂〕の効果を発揮できるからだ。しかしそれでも、先日のムルマンのように不利な戦いを強いられることもある。左手をボロボロにしながらもどうにか1人で撃破したが、他に誰か1人協力者がいればユーリの負傷は無かったはずだ。

 あまりにも突出し過ぎた力は味方をも置き去りにし、やがて力の持ち主を孤立させてしまう。その結果自らが傷を負う危険性をも孕む、諸刃の剣なのだ。

 

「……少々、生意気が過ぎましたね。失礼します」

 

「……おめぇはどうなんだ」

 

 頭を下げて格納庫を出ようとするユーリを、直枝が呼び止める。

 

「大抵のネウロイを1人で倒せちまうようなすげぇ力を持ってて、オレらが足手纏いだって思わねぇのか」

 

「……そうですね。状況によりますから、一概には。ですが──」

 

 小さく直枝の方へ振り返ったユーリは、真っ直ぐ目を見つめる。

 

「──少なくとも僕は、502の皆さんを僕より弱いだとか、格下と思った事は一瞬だってありませんよ」

 

 最後に「まぁ、入りたてだった頃のひかりさんはまた別ですが……」と付け加えたユーリは、今度こそ格納庫を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──ラルの予告通り、ペトロザヴォーツクへの再攻撃作戦が実行された。

 観測班によれば、幸い目標のネウロイは昨日と同じ座標位置に留まったまま移動はしていないらしく、ペトロザヴォーツク基地を守りながら戦う事態にはならずに済んだ。今度こそ決着をつけなければならない。

 

 サーシャが離脱した穴を埋めようとユーリも出撃を申し出たのだが、ラルは未だ完治に至っていない左手を理由にそれを却下。曰く「満足に狙えない狙撃手がいても邪魔になるだけだ」と。

 渋々命令に従ったユーリは、隊長室でラルと共に現場の状況に耳を傾けていたのだが……

 

『なっ……分離ですって──!?』

 

『どうする菅野ッ!?』

 

『落ち着け!コアの位置は分かってんだ、コアさえ叩きゃ──!』

 

 最初こそ502に分があるかに思えた戦況は、あっという間に覆された。

 正面に向けての火力が凄まじい今回の大型ネウロイに対し、現場指揮を担当するロスマンは部隊を2つに分け、直枝、ニパ、ひかりの3人で背後から機体の裏にあるコアを破壊する手筈だったのだが……

 

『うそ──形まで変わった!?』

 

『クソッ!これじゃコアの位置が分かんねぇ……ッ!』

 

 ネウロイは高火力の前部砲門と、コアを擁する後部を切り離す。更に分離した後部が形状を変化させ、火力の高い前部砲門と同じ形態をとった。これでは前回の戦闘で割れていたコアの位置情報はもう使い物にならず、直枝達3人で、あの蜂の巣をつついたような激しい弾幕を躱しながらコアを捜索しなければならない。

 ロスマン達の応援があれば不可能ではなかったかもしれないが、生憎そちらも手が離せない。コアを持たない方の個体は、何度撃墜しようと再生して襲いかかってくるのだ。

 

『もうちょっとだったのに……!』

 

 ひかり達が必死にシールドで身を守る最中、コア持ちの本体はそのまま戦場を離脱しようと飛び去っていく。

 

『とにかくコアだ!コアの位置さえ見つかれば……ッ!』

 

 逃すまいと本体を追いかけるが、雨のように降りかかる弾幕の中ではコアを探すこともできない。

 

「……ッ!」

 

 劣勢も劣勢なこの状況に居ても立ってもいられなくなったユーリは、皆の応援に向かうべく格納庫へ足を向けようと──

 

「──待て、ザハロフ」

 

 しかし、この状況に至ってもラルはユーリを制止した。ユーリは一瞬足を止めたが、すぐに歩みを再開しようと足を踏み出す。

 

 ──そこへ、無線からひかりの声が聞こえた。

 

『ラル隊長!私に──私に〔接触魔眼〕を使わせてくださいッ!』

 

「接触、魔眼……?」

 

 初めて耳にする単語に、ユーリは進めかけていた足を返していた。

 

『どういうことだ雁淵──!?』

 

『私、ネウロイに()()()コアが見えるんです!』

 

『触るだと!?おめぇ正気か!?』

 

 これまでラルとロスマンしか知り得なかったひかりの固有魔法〔接触魔眼〕は、その名の通りネウロイと物理的に接触することでしか発動しない。即ち、ひかりはあの激しい弾幕をくぐり抜けネウロイと肉薄しなければならないことを意味する。

 

『止めなさい雁淵軍曹!アレは使用禁止と言った筈よ!』

 

「っ──聞こえますかひかりさん!今から応援に向かいます、ですから無茶は止めてください!」

 

 堪らず無線を取ったユーリも、ひかりに魔眼の使用を止めるよう呼びかける。実際目にしなくとも分かる。突破力に秀でた直枝ですら抜けられないとなると、敵の攻撃は相当なものだろう。只でさえ魔法力が少ないひかりでは、接近する程威力の増すネウロイの光線を防ぎきれない。かと言って全て避けきれるほど、彼女自身の技量が高いわけでもない。

 その点、射程範囲外から長距離狙撃を行えるユーリならば、〔炸裂〕でネウロイをコアごと撃破することが可能だ。

 

『それじゃダメです!待ってる間に逃げられます!──お願いです隊長!今使わないでいつ使うんですか!?』

 

 瞳を伏せ暫し考えたラルは、ユーリからレシーバーを取り上げ決定を下す。

 

「──いいだろう。〔接触魔眼〕の使用を許可する」

 

「隊長ッ!?」

 

「菅野。雁淵を援護しネウロイの元へ連れて行け」

 

『あぁ!?やらせるってのかコイツに!?』

 

「これは命令だ、菅野中尉。雁淵が魔眼でコアを特定し、お前がトドメを刺せ」

 

『ッ……けど……』

 

「聞いているのか!菅野中尉」

 

『ッ~~~分かったよ!連れてきゃいいんだろ連れてきゃ!!──雁淵!やるからには足引っ張んじゃねーぞ!』

 

『はいッ!』

 

 それを最後に通信が終わり、隊長室に沈黙が訪れる。

 

「……どういうつもりですか」

 

「雁淵本人が言い出した事だ。何より、あの状況を打開するにはこれしかない」

 

「〔接触魔眼〕……3人でも苦戦するネウロイにひかりさんがたどり着けると?」

 

「その為に菅野がついている。それでは不足か?」

 

「そういうことでは……ただ最近の菅野さんは……」

 

 昨夜の直枝の様子を思い出す。サーシャが負傷した時の事といい、ムルマンでの護衛任務以降、直枝は少しでも早く強くなろうと思うあまり、どこか生き急いでいるようにも思えるのだ。

 

「管野直枝を嘗めるなよ。奴は私がこの部隊に招いたウィッチだ。ここで折れるようなタマなら、そもそも502に呼んでいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、空では──

 

「──駄目だ。こんな作戦、馬鹿げてる。失敗するに決まってる」

 

「菅野さん……?」

 

「作戦は中止だ。オレより、ユーリの奴に任せた方が、ずっと……」

 

「何言ってんだよ菅野!?早く追いかけないと、ネウロイが……!」

 

「菅野さん、何か変ですよ……どうしちゃったんですか!?」

 

「オレには無理だ……!クルピンスキーやサーシャみてぇにお前達を守れねぇし、ユーリみてぇに1人でネウロイを倒すこともできねぇ……」

 

「いつもの菅野さんらしくないです!ここで帰ったら補給路は──502はどうなるんです!?」

 

「ンなこた分かってんだよ……ッ!」

 

「私の〔接触魔眼〕と菅野さんの突破力、2人で協力すれば絶対に勝てます!」

 

「うるせぇ!ひよっこが生意気な事言ってんじゃねぇ!」

 

「ッ──今更何1人で勝手にビビってんですかッ!!」

 

「……何だと……ッ!?」

 

「さっきからずっと"オレ1人じゃ"って、菅野さんは1人で戦ってるつもりなんですか!?ここには私も、ニパさんだっています!私の力なら、菅野さんの助けになれるんです!でもそれには菅野さんの助けが無いと駄目なんです!どっちか1人でも諦めたら、その瞬間ダメなんですよッ!」

 

「ッ……分かって──」

 

「分かってないですッ!何の為に()()がいるんですか!菅野さん1人じゃ出来ない事でも、協力すれば絶対に出来ます!だからっ──やる前から"できない"なんて言わないでください!」

 

「く……ッ」

 

「菅野さん言ってましたよね?今度こそ絶対にあのネウロイを倒すんだって!なのに今更怖気づいて……そんなんじゃ、お姉ちゃんの相棒なんて1000年早いですッ!──それでも、ブレイクウィッチーズか──ッ!!」

 

 ひかりの必死な叫びが空に消える。ワナワナと拳を震わせた直枝は、大きく息を吸い込むと──

 

「てンめぇ──ッ!」

 

「──いだッ!?」

 

 眼前にいたひかり目掛けて、遠慮なしの頭突きをお見舞いした。

 

「ったく、黙ってりゃ好き勝手言いやがって!──あぁやるよ!やってやるよ!」

 

「菅野さん……!」

 

 弱々しかった表情が一転、ひかりがよく知る勝気な直枝に戻った安心から、ひかりの目尻に涙が浮かぶ。

 

「何泣いてんだ!ンなザマでネウロイに触れんのか!?」

 

「なッ……泣いてないです!」

 

「へっ、いい面構えだ。行くぞ雁淵、オレの真後ろにぴったり着いて来い!」

 

「はいッ!」

 

 気合いを入れ直した直枝を先頭に、ひかりと、彼女の背中を守るニパが続く。

 

(──そうだ。一体何をそんなにビビってんだよ菅野直枝!オレ(おまえ)はこんなとこで立ち止まっちゃいけねぇだろうが!)

 

 迫り来るネウロイの光線を躱し、シールドで防ぐ最中、直枝の脳裏を昨夜のやり取りが過る──

 

("最大の武器は結束"か──ならその力、見せてもらおうじゃねぇか──!)

 

 攻撃を受けても尚歩みを止めない直枝達にしびれを切らしたのか、ネウロイは光線を1つに集約させ、サーシャを撃墜したあの強力な一撃を放とうとしてくる。

 

「菅野!デカいのが来るよ──!」

 

「上等!このまま行く──ッ!」

 

 銃を投げ捨てた直枝はシールドを自らの拳に纏わせると、放たれた大型砲に対し拳を振りかぶる──!

 全てを灼き尽くす深紅の光線と少女の拳では、間違いなく前者が勝つ。と、誰もがそう思うだろう。しかしその拳を振るうのが菅野直枝であった場合に限り、その予想は逆転する。

 

「うおおおおおおおおおおおおお───ッ!!」

 

 本人が専ら打撃に用いている所為で勘違いされがちだが、直枝の固有魔法〔圧縮式超硬度防御魔法陣〕は、シールドの範囲を狭めることで強度を大幅に向上させる魔法だ。当然、その真価は防御力にある。

 高出力の光線を文字通り切り裂く様にして突き進む直枝の拳は、自らの後ろを行く仲間達へ一切の傷を負わせることはない。やがて光線が収束し、攻撃直後の大きな隙ができる。

 

「今だッ!行け雁淵──!」

 

「やぁああああああ──!」

 

 行く手を邪魔するものは何も無い。ネウロイ目掛けて一直線に突っ込んでいくひかりの伸ばした手が、ネウロイの漆黒の装甲にしっかりと触れる。

 初めて自らの意思で発動させた〔接触魔眼〕により、ひかりの視界に赤く輝くネウロイのコアの在り処が映し出された。

 

「見つけた──ッ!」

 

 すぐさま体勢を立て直し、魔眼で探知した部位へ銃撃を集中させる。すると、削られた装甲の下から煌々と光を放つ結晶体が顔を覗かせた。

 

「コアだ!本当にあった!」

 

 一気に畳み掛けようとするが、ネウロイ側も黙ってやられるわけではない。機体を更に4つに分離させ、子機3つを差し向けた本体は逃走を開始する。

 

「今更遅ェんだよ!ニパ!雁淵──!」

 

 ひかりとニパがコアを持たない子機2つを集中砲火で一掃し、残る1機が直枝の前に立ち塞がるも、彼女にとってネウロイ1機を躱す程度、造作もない。

 

「くたばれぇえええええええ──!」

 

 拳が狙うはただ一点──!

 

 

(ツルギ)ィ───いっせえええええええええええん!!!」

 

 

 直枝の魔拳がネウロイのコアを打ち砕いたことで、無限に再生を続けていた子機達も一斉に崩壊を始める。

 

「ハァ…ハァ……はっ、これが結束の力って奴かよ──悪くねぇじゃねぇか」

 

 舞い散る金属片が粒子となって消えていく中、直枝は肩で息をつきながら独り呟く。

 

「菅野さん!やりましたね!」

 

 心底嬉しそうな顔をして自分の元へやってくるひかりに「今回くらいは素直に褒めてやってもいいか」等と思いながら、直枝は口を開く──

 

「──おう。やったぜ、()()!」

 

「えっ……今、なんて!?」

 

「ハッ……!?あ、ぃや……な、何も言ってねぇよ!」

 

「言いましたよ!"相棒"って!」

 

「じょーだんじゃねぇ!お前が相棒なんてありえねぇ!」

 

「絶対言いましたって~!」

 

 一層顔を輝かせて直枝をからかうひかり。そんな珍しい光景を見て小さく笑ったロスマンは、基地へ任務完了の連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そうか。ご苦労だった。全員帰投するよう伝えてくれ。──いい生徒じゃないか」

 

『胃に悪いです──』

 

 レシーバーを置いたラルは、そっと息をつく。

 

「……何とか、なりましたか」

 

「言っただろう。私の部隊を嘗めるな、と」

 

「……安心感が声から滲み出ているのが僕でも分かりますよ」

 

「……生意気な。──部下を大事にするだけなら誰でも出来る。時には信じて任せる事も必要ということだ」

 

「ふふっ……覚えておきます」

 

 斯くして、無事に帰投した今回の功労者である直枝とひかりだが……

 

「──菅野さん、ニパさん、ひかりさん!そこに正座ッ!」

 

 帰るなり、目を覚ましたサーシャから罰を受けていた。理由はもちろんユニットの破損。ただし今回は直枝とニパだけでなく、ひかりまでもがユニットを壊している。

 

「いやぁ、これでひかりちゃんもすっかり502部隊の一員だね。──同時に、ようこそブレイクウィッチーズへ!歓迎するよ」

 

「何言ってるんですか!クルピンスキーさんも正座ッ!」

 

「えぇ!?なぁんで~!?っていうか、ボク今脚こんなだよ──!?」

 

「散々ユニットを壊しても無事なんですから、今更この程度平気でしょう!」

 

 泣く泣く3人と一緒に正座をさせられるクルピンスキーに、502部隊の面々は思わず笑い出す。

 また1つ壁を乗り越え、結束を強めた502部隊。そんな彼女達に、新たな波乱の予感が待ち受けているとは、知る由もなかった……

 




今回怪我で戦いに参加できなかったユーリ君。
彼がお留守番してる時って大体話長くなりがちな気がするのは気のせい……?
……うん、気のせいだな。戦ってても長い話あるわ普通に。

さぁ、いよいよ"グリゴーリ"との決戦が近づいてきております。
ここまでの間にオリジナルストーリーとか1個くらい挟んでみようかなぁ、なんて思っていた過去の私はもういません。このまま502編、ラストまで突っ走ります。


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フレイアー作戦

1万字を超えなかったのは久しぶりです……


 負傷していたクルピンスキーとユーリの怪我も完治し、万全な状態になった502部隊。そんな好調に拍車をかけるかのように、ひかりと直枝のコンビネーションという新たな戦法が形になってきたこの頃──502の面々は、本日2度目のブリーフィングルームに集合していた。

 

「──マンシュタイン元帥に、敬礼!」

 

 ラルの号令で、全員一斉に席を立ち敬礼を送る。その目線の先には、カールスラントの軍服に身を包んだ壮年の男性が。彼こそはカールスラント軍の頂点に立つエアハルト・フォン・マンシュタイン元帥。"グリゴーリ"撃滅の為に結成されたペテルブルグ軍集団の総司令官であると同時に、かつて行われたカールスラント撤退戦を成功させる一因にもなった功労者である。

 

「うむ、座ってくれたまえ。──突然すまないな、ラル少佐」

 

「いえ。それで、今日はどういった用向きで?」

 

「既に一部の者には内密に伝えていたが、ペテルブルグ軍集団による"グリゴーリ"攻略の為の"フレイアー作戦"についてだ」

 

 欧州に於ける豊穣の神の名を冠したこの作戦は以前から立案自体はされていたのだが、苦しい戦況下で決行に踏み切れずにいた所、先日の502部隊の活躍による補給路の復活を受けて士気が向上。作戦の発動が正式に決定したのだ。

 

「──そこで、君達502部隊にも本作戦への参加を要請したい」

 

「その作戦ですが……501部隊がガリアを解放した手段に準ずるのでしょうか?だとするなら、あまりにもリスクが高いと思われますが」

 

 結果的にガリア解放の決定打になったとはいえ、その後自身が世界に対する脅威となってしまったウォーロック。もしあれと同じことをまた繰り返そうというのであれば、当事者たるユーリから直接話を聞かされているラル達としては手放しに協力するわけにはいかない。

 

「ほう、知っていたか……ウィッチは耳も早いな。──安心したまえ、ネウロイの技術は我々の手に余る。同じ轍を踏むつもりは無い」

 

 作戦は至ってシンプル。

 現在ムルマンに集結しつつあるペテルブルグ軍集団の総戦力を以て"グリゴーリ"を攻撃。そうすることで巣内部から湧き出てくるネウロイの生産力を壊滅させ、無防備になった巣へ突入。巣を形成しているコアを、この日の為に製造された超大型列車砲による砲撃で撃ち抜く。というものだ。

 

「列車砲って、あの船で運んでたでっかい奴……だよね?」

 

「けどコアをぶち抜くったって、どうやって巣の中のコアを見つけんだよ……?」

 

 ネウロイの巣は巨大だ。話に聞く大型列車砲とやらも、手当たり次第に撃てるような連射性能は持ち合わせていないはず。一撃で確実に仕留めるならば、予め目標であるコアの位置を特定しなければならないが……

 

「………!」

 

 暫し考え込んだ直枝は、ある可能性に思い当たる。同時に、隣にいるニパやラルにロスマンを始め、部隊の全員が同じ予想にたどり着いた様だ──唯一、ひかりを除いて。

 

「諸君らの疑問はもっともだ。だが心配はいらん。作戦決行に差し当たって、コアの特定に当たる〔()()()()()()()()()も既に選定済みだ」

 

 〔魔眼〕──その2文字で、直枝達の予想は確信に変わった。

 

「ちょっと待て!まさかひかりにやらせる気かよ!?」

 

「ダメです!絶対ダメ!」

 

「えっ……私、ですか……?」

 

 当のひかりはまだ状況がよく飲み込めていないようだ。

 

「──落ち着きなさい。菅野さん、ニパさん」

 

「けどよ先生!こんなひよっ子がネウロイの巣に突っ込んでって無事で済むと思ってんのかよ!?今までとは訳が違ェんだぞ!?」

 

 ひかりが有する〔魔眼〕は通常のそれとは違い、ネウロイと接触しなければ発動しない。即ち、ひかりが"グリゴーリ"のコアを特定するには、ひかり自らが巣へと突入しなければならない事を意味する。

 当然巣に近づけば近づく程、敵の攻撃も激しくなる。そんな針の筵の具現とも言える状況下では、ひかりの無事は保証できない。極端な話「死ね」と言われているも同然だ。

 

「作戦開始まではまだ1ヶ月あります。その間に私がひかりさんを育て上げれば、何も問題はありません」

 

 危険であることに変わりはないが、戦いの素人だったひかりをここまで鍛えて見せたロスマンであれば、それも不可能ではないかもしれない。例えばあのエイラに匹敵する回避技術を習得できたなら、或いは……

 

「……残念だが、作戦決行はこれより7()()()だ」

 

「7日……!?」

 

「どういうことでしょうか。内示では、作戦決行は1ヶ月後だったはずでは?」

 

 淡い希望を打ち砕いたマンシュタインに、微かな怒気を孕んだラルが理由を問いただす。

 

「──"グリゴーリ"が動き出したのだ」

 

 白海上空に留まっていた"グリゴーリ"が、極めてゆっくりではあるが内陸部へ移動してきているらしい。只でさえ白海という東部戦線の補給の要を抑えられ苦しんでいるというのに、勢力圏がペトロザヴォーツクだけでなくムルマンにまで伸びてしまえば完全に補給を絶たれてしまう。そうなれば502部隊は、連合軍が必死に取り戻したペテルブルグを今度こそ放棄しなければならない。既に1ヶ月も待てないところまで、敵は進軍を始めているということだ。

 

 しかし、このやむを得ない状況を聞いても尚、直枝は食い下がる。

 

「ふざけんな……ッ!」

 

「止めろ菅野」

 

「いいや止めないね!隊長こそ、ひかりをみすみす死なせるようなこんな命令断っちまえよ!」

 

 作戦の成功は確かに大事だ。特に今回の"フレイアー作戦"はこの東部戦線の行く末を左右する重要な戦い。失敗も出し惜しみも許されない。しかしだからといって仲間の命を軽視できる程、502部隊は現実主義ではなかった。

 

「……私も反対!大切な仲間を危険な目になんか遭わせらんないよ!」

 

 直枝に同調したニパが手を挙げたのを皮切りに、他の面々もそれに続く。

 

「ま、子猫ちゃんを1人で行かせるわけにはいかないよね?」

 

「そうです。どうしてもと言うのでしたら──」

 

「──私達もひかりさんと一緒に行きます!」

 

 クルピンスキー、下原、ジョゼも揃って否を唱えた。

 

「本当に、他に方法は無いんでしょうか?」

 

「他の方法、か……」

 

 サーシャの問いを受け、ラルは後方の席に目をやる。その先で、ここまで黙して話を聞いていたユーリと目が合った。何かを確認するかのようなラルの視線に、ユーリは小さく頷きを返す。

 

「閣下、1つご提案が──」

 

「君達は何か誤解をしているようだな。この作戦、雁淵軍曹を使うつもりなど無い」

 

 ラルの言葉を遮ったマンシュタインに、一同は眉を潜める。話の流れを振り返ってみても、コア特定の役目はひかりに白羽の矢が立ったとしか思えないが……

 

「……そろそろか」

 

 腕時計を一瞥したマンシュタインがそう呟くと、どこからかエンジン音が聞こえてくる。この場のほぼ全員の耳に馴染むこの音は、ストライカーユニットの駆動音だった。

 

「ムルマンからペテルブルグ(ここ)まで時間通り──流石というべきか」

 

「アレ……ウィッチ、だよね?こっちに向かって来てる」

 

 ジョゼの言う通り、基地に向かって白い軌跡を残しながら空を舞う音の主は、大きく旋回して基地の滑走路へ向かう。突然の事で呆気に取られる502部隊だったが、その正体に気づいた者が3人いた。

 

「あれって……もしかして──ッ!」

 

 顔を輝かせたひかりは、一目散にブリーフィングルームを駆け出していく。皆が驚く中、彼女と同じように謎のウィッチの正体を見抜いていた直枝の顔にもまた、喜色が浮かんでいた。

 

「──これで、502部隊も在るべき正しい形に戻るだろう。これまで現場の判断でよく頑張ってくれたな、少佐」

 

「……恐縮です」

 

「では、私はこれで失礼する──と、そうだ」

 

 踏み出しかけた足を止めたマンシュタインは、ラルとロスマンにだけ聞こえる声で最後にこう付け加える──

 

「……少佐。先程君が口にしかけた、()()()()()()()も、後ほど報告書に纏めて提出するように」

 

 それだけ言い残し、マンシュタインは堂々とした足取りで部屋を出ていく。威厳を放つ背中が見えなくなったところで、ラルは小さく息をついた。

 

「とんだ狸爺が……」

 

「隊長が独断でユーリさんとひかりさんを502に入れていた事は、お咎め無しのようですね」

 

「……代わりに、少々面倒な事になりそうだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本日を以て、502統合戦闘航空団に着任しました。雁淵孝美中尉です。──リバウ以来ですね、ラル少佐」

 

「ああ。久しぶりだな、孝美」

 

 格納庫に集結した502部隊の面々。その前に立っているのは、雁淵孝美──昏睡状態となって扶桑に送還された502本来の追加メンバーであり、ひかりの実の姉。今回の"フレイアー作戦"発動にあたって、コア特定に必要な〔魔眼〕を持つウィッチに選定されたのは他ならぬ彼女だった。

 

「本当に、復帰できたんだ……!」

 

「よかったね、ジョゼ」

 

 孝美が3ヶ月もの間昏睡状態になってしまったのを自分の力不足故だと密かに悔やんでいたジョゼは、瞳に涙を滲ませる。

 

「隊長や菅野さんからお話は常々聞いています。戦闘隊長のポクルイーシキンです」

 

 孝美を握手を交わしたサーシャは、そのまま孝美と初対面となるメンバー達の紹介をしていく。

 

「それと最後に──彼の事も」

 

()……?」

 

 サーシャの言葉を受けて小さく前に進み出たユーリは、失礼の無いよう気をつけの姿勢で自己紹介を始める。

 

「ユーリ・ザハロフ曹長です。この度のご快復、おめでとうございます。雁淵中尉」

 

「……は、はい。ご丁寧にどうも……えっと……」

 

「ま、驚くのも無理ねぇか。孝美、そいつは男のくせしてオレ達と同じ魔法力を持ってる、ウィザードってやつだ」

 

 初めて目にするウィザードという存在に、孝美も少々面食らっているようだ。

 

「まだ若輩者ですので、ご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願いします」

 

「よく言うぜ。今更おめぇが何を教わるってんだ。──まぁ気持ちは分かるけどな。オレも海軍学校で教官だったコイツには、散々しごかれたもんだ」

 

「でも、菅野さんはしっかり付いてきたじゃない」

 

「おうよ!今ならあン時の3倍は余裕だぜ!」

 

 笑いながら旧交を温める直枝と孝美。そこに加わっていて然るべきひかりがこの場にいない事に、ユーリは今更ながら気がついた。

 

「話はその辺にしておけ。孝美も疲れているだろう。続きは中でするといい」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 孝美共々基地へ戻っていく502の面々。その中で、ユーリと直枝、ニパの3人は姿の見えないひかりを探しに外へ出た。

 

「──あ、いた。お~いひかり~!」

 

 探し人はすぐに見つかった。滑走路の先端で独り立ち尽くしていたひかりは、ニパの呼びかけにも反応しない。

 

「ひかりさん。雁淵中尉と一緒にいなくていいんですか?」

 

「そうだぜ。待ちに待った孝美が来たってのによ。おめぇ一番喜んでたじゃねぇか」

 

「……はい。そう、ですよね……」

 

 先程と一転して覇気の無いひかりは、歯切れの悪い返事と共に両手を強く握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい昨日基地に来たばかりだというのに、孝美は早くも502と面々と打ち解け始めていた。

 クルピンスキーとの模擬戦では彼女の本気を引き出した上で互角の勝負に持ち込み、昼食では孝美自らが手を振るい、生まれ故郷佐世保の郷土料理である皿うどんを振舞う。

 

「いやぁ、綺麗で強くて料理も上手だなんて、完璧だよね孝美さんて。ね、ひかり!──ひかり……?」

 

「えっ……?あ、はい!そうですね……」

 

 下原に匹敵する料理の腕前を見せた孝美に尊敬の眼差しを向ける中で、ひかりだけは未だに浮かない様子だった。ぎこちない笑みを浮かべたひかりは、まだ昼食も食べ終わらない内にそそくさと食堂を出て行ってしまう。

 

 その後もひかりと孝美が一緒にいる瞬間を誰一人として目撃することはなく、気づけば夜になっていた。

 

「──ロスマン先生。ひかりさんは雁淵中尉と仲がよろしくないんでしょうか?」

 

「そんなことは無いと思うわよ。隊長から聞いた話ではリバウの頃から姉妹仲も良かったみたいだし、ひかりさん自身、雁淵中尉の話をする時は嬉しそうにしていたもの。──ひかりさんの事が気になる?」

 

「……はい」

 

 ひかりは502に来てすぐの頃、よく「孝美のようなウィッチになる」という目標を口にしていた。扶桑の訓練校にいた頃も「身の丈に合わない」「無謀な夢」等、後ろ指を刺される事も決して少なくなかったと聞くが、それでも姉の背中を目指し走り続けてきた。念願が叶い、孝美と同じ部隊で肩を並べて戦えるというのに、ひかりからは嬉しさのかけらも感じられない。寧ろ孝美を避けているようにすら感じられる。

 

「実はね……ひかりさんに、カウハバ基地への転属命令が出てるのよ」

 

「カウハバへ……?」

 

 スオムスのカウハバ基地といえば、ひかりが当初配属されるはずだった場所だ。負傷した孝美に代わってひかりがペテルブルグに残った事、その孝美が戻ってきたタイミングで転属命令が出たことを考えれば、自ずと事の真相は浮かび上がってくる。

 

「……雁淵中尉とひかりさんが、入れ替わる形になるんですね」

 

「ええ。隊長は、雁淵中尉がここに来る条件として、ひかりさんを最前線から離すようマンシュタイン元帥と取引をしたんだろう。って」

 

「そうですか……」

 

 来る"フレイアー作戦"に向けて、戦力は少しでも多いに越したことはない。状況を考えれば、孝美を502に迎えると同時に、ひかりもここに残る──差し引きゼロではなく、プラス1にするのが最適解だ。

 しかし一方で、孝美の気持ちもユーリには理解できる。彼女と同じような事を、ブリタニアの戦いでやった経験があるからだ。結論から言えば効果はまるで無かったが、ガリアの巣をウォーロックと共に撃破しに行く直前、ミーナに渡した手紙には「自分が何とかするから何もしないで原隊へ戻ってくれ」という旨を記していた。

 その気持ちを慮れば、孝美の言う通りひかりをカウハバへ向かわせるのが一番なのだろうが……

 

「………」

 

 ユーリは答えが出せないままに格納庫へ向かうと、夜の冷たい空気に晒されていたシモノフを担ぐ。そのままの足で、射撃場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空に銃声を響かせながら、無心で的を狙うユーリ。これが何発目かも数えないままに弾丸をターゲットど真ん中へ命中させ続けていると、背後からパチパチと何者かの拍手が聞こえてきた。

 

「6発連続ど真ん中──流石、元501部隊ね」

 

「雁淵中尉……」

 

「邪魔しちゃってごめんなさい。良かったら、少しお話したいなって」

 

 銃を置き、手近な所にあった椅子に孝美を座らせる。

 

「僕が501にいた事は、隊長から?」

 

「ええ。──501部隊といえば、坂本少佐は元気にしてたかしら?」

 

 美緒が"リバウの三羽烏"の1人と呼ばれるに至ったリバウ撤退戦。そこで殿を務めた孝美は、当然美緒との面識もある。

 

「はい。訓練だけでなく、色々と相談にも乗っていただきました」

 

「相談って、どんな?正直、あの人なら大抵の事は"ウィッチに不可能はない!"で押し通しちゃいそうだけど……」

 

「それは何とも坂本さんらしい……いえ、相談といっても大した事では」

 

「うーん……部隊の人達と仲良くする方法。とか?」

 

「……中尉は読心術の心得でもお有りなんですか?」

 

 一発で正解の2文字を射抜いてみせた孝美に、驚きと囁かな畏怖の念を抱く。──といっても、ユーリが世界初の航空ウィザードであることを考えれば、周囲への相談事というのも絞られてくるのだが。

 

「──皆の事を名前で……なる程ね。菅野さんが言ってたのはそういう事」

 

「……菅野さんが何か?」

 

 直枝の言葉を思い出しているのだろう。小さく笑った孝美曰く──

 

 

 ──ユーリ(アイツ)、初対面の人間に一々名前で呼んでもいいか確認して来ンだぜ。でねーと一生階級で呼んでくるぞ。ホンットバカみてぇにクソ真面目だよな。

 

 

「──って」

 

「そ、そうですか……」

 

 ユーリが502部隊に来たばかりの頃を思い出す。あの時も直枝はユーリの事を笑っていた。

 

「……やはり、一々確認せずにいきなり名前でお呼びした方が、距離感は縮めやすいんでしょうか?」

 

「んー……一概には言えないかな。でも私はユーリさんのそういう所、いいと思うわ。ちゃんと確認するって事は、それだけ相手の気持ちを考えてるって事だもの。優しい人間である証拠よ。──正直、ちょっと安心しちゃった。ウィザードの人に会うのは初めてだから、緊張してたんだけどね。可愛い一面もあるんだって思ったら、それも消えちゃったわ」

 

 そう言って立ち上がった孝美は、ここまでジッと休んでいたシモノフに手をかけると、慣れた手つきでピタリと構える。同時に、柔和だった顔つきが一気に引き締まった。

 

「ふぅ……──ッ!」

 

 深く息を吐いて、吐いて、吐ききったその瞬間、シモノフの引き金が絞られた。銃声が轟き、徹甲弾最後の1発が的に突き刺さる。微かに硝煙を棚引かせる銃口を下げると、孝美は残念そうな笑みを浮かべた。

 

「……残念、ちょっとだけズレちゃったみたい。」

 

 空になった弾倉クリップを引き抜いてからそっとシモノフを横たえた孝美。彼女が撃った弾は、ユーリが先に残した弾痕の中心から僅か数ミリ程ズレたポイントに命中していた。遠目に見ればほぼ重なっているも同然の位置だ。これだけでもやろうと思ってそうそう出来る事ではない──正に不可能に近い所業だが、恐らくもう1発撃てば今度はユーリの弾痕にぴったりと重ねてくることだろう。

 

「……なる程、中尉も坂本さんの教え子という訳ですね」

 

「ユーリさん程しっかり教えを受けたわけじゃないけどね。その点では、多分下原さんの方が少佐との付き合いは長いんじゃないかしら」

 

 実は扶桑にいた頃、美緒の厳しい訓練でこってり絞られては泣きながら彼女の同期に慰めてもらっていた経験を持つ下原もまた、美緒の教えを受け継ぐ立派なウィッチになった。この502での戦いぶりがそれを証明している。

 やはり扶桑のウィッチというのは皆、美緒と同じくどんな難題も乗り越える熱い(もの)を秘めているということなのか。であるなら、尚の事ユーリには分からない──

 

「──ひかりさんの事は、信じてあげないんですか?」

 

「ッ………」

 

 笑っていた孝美の顔が、途端に真剣な表情に変わる。

 

「……信じる信じない以前に、あの子を危険な目に遭わせたくないの。ひかりが502でどんな事をしてきたか、全部聞いたわ」

 

「だったら……」

 

「分かってる。私だって本当は、あの子を褒めてあげたい。"頑張ったね"、"強くなったね"って、抱きしめてあげたい……でも今それを私が認めてしまったら、あの子はきっと私と一緒に戦うって言うに決まってるわ。ひかりは何があっても諦めない子だって、私が一番よく知ってるもの」

 

 ひかりのカウハバ行きは、既に司令部から正式な辞令が下されている。今更嫌だといった所でどうにかなるものでもないが、その程度で諦めるようなひかりではないということは、あの日──502に入れて欲しいと頼み込んできたひかりを目にしていたユーリでも分かっている。

 

「確かにひかりは強くなった。ネウロイ相手でも立派に戦えるようになったわ。……けど次の相手は巣よ。これまでの戦いとは何もかもが違う。それはユーリさんもよく知ってるでしょう?」

 

「……はい」

 

「だから、今はとにかくあの子を諦めさせないとダメなの。その結果、ひかりに嫌われることになっても……後悔は……ッ」

 

「……僕は以前、必死に努力していたひかりさんに心無い言葉をかけてしまった事があります。"あなたの力では無理だ"と。──しかし彼女はそんな僕の予想を超えて、大きな壁を乗り越えてみせた。……まぁそれも、様々な偶然がいい方向に働いた結果だと、そう思っていたんですが」

 

 だから、ひかりの異動の話を聞いた時どうすべきか迷った。またあの時のような奇跡が起こるとは限らない。いくら502の仲間が一緒とはいえ、孝美の言う通り相手はネウロイの巣なのだ。

 

「僕の中でも答えは決まりました。僕は──ひかりさんが諦めない限り、彼女の気持ちを尊重します」

 

「無茶よ……ひかりが生き残れると、本気で思ってるの?」

 

「"ウィッチに不可能はない"──それが坂本さんの言葉であるなら、僕が信じない理由はありませんよ。()()()()

 

「失礼します」と頭を下げてから、シモノフを担いで射撃場を後にする。

 今の言葉で孝美の考えが変わるとは思わない。そもそも、彼女とて間違ったことは言っていないのだから。結果的に意見こそ違えたものの、ユーリ自身の気持ちに整理がついた事と、何より孝美は姉としてひかりの事を想っているのだという事実が分かっただけで、彼女との会話には十二分に意味があった。

 

 唯一、ユーリの胸に引っかかっているとするならば──

 

(……試しにいきなり名前で呼んでみたものの、やはりまずかっただろうか……)

 

 という、先のやり取りとは打って変わって緊張感の欠片も無い考え事であった。

 




ブレイブ放送当初から心・技・体全てを兼ね備えたパーフェクトお姉ちゃんと名高い孝美さん。
コミュ力が高い分、ユーリ君に対する言葉遣いや距離感が難しかったです……
上手いこと表現できているといいんですが。




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姉と妹

 ブリーフィングルームにて──

 

「──先程、"グリゴーリ"を監視していた偵察部隊が全滅しました」

 

「全滅だと……!?」

 

「報告では、先日バレンツ海に出現した球体型ネウロイが再生した個体との事です」

 

「そんな馬鹿な……ッ!あの時、ボク達が確かに倒したはずだ!」

 

「そうです。同型のネウロイという可能性も……」

 

 クルピンスキーが狼狽するのも無理はない。あのネウロイを倒した瞬間は、クルピンスキーだけでなく、あの場にいた直枝やニパ、ユーリ達も確かに目にしているのだから。あの時、ネウロイは確かにコアを破壊され、無数の破片となって散っていったはずなのだ。

 

「ですが事実です。これを見なさい──」

 

 ロスマンが、背にしていた写真を指し示す。そこにはあの時クルピンスキー達が戦ったのと寸分違わぬネウロイの姿と、その機体に溶けるようにして取り込まれている1機のストライカーユニットが写されていた。

 

「あのユニット、確かにボクのだ……いや、でもコアは確かに……何で……!?」

 

「そう熱くなるな、クルピンスキー」

 

 状況を整理できずに混乱するクルピンスキーを宥めたラルは、ロスマンの手を借りてコルセットを着用する。彼女がこれを身に着けたという事は……

 

「……隊長、まさか」

 

クルピンスキー(おまえ)が仕留めきれなかった相手だ。ならば私が出るしかないだろう?──行くぞ、孝美。反攻作戦前の肩慣らしだ」

 

「……はい!」

 

 これまで総指揮に徹し現場へ出る事の無かったラルが出撃の意を見せたところへ、ブリーフィングルームの扉が勢いよく開け放たれる。

 

「──待ってくださいッ!」

 

「ひかり……!?」

 

「何しに来たの!?」

 

 ブリーフィングの乱入者──ひかりは孝美の叱責にも屈せず、毅然とした態度で口を開く。

 

「私も、作戦に参加させてください!」

 

「あなたには無理だと何度言えば──ッ」

 

「そんなの──やってみなくちゃわかんないっ!」

 

 真っ向から孝美と睨み合うひかり。お互い譲らないまま訪れた沈黙を破ったのは、ラルの声だった。

 

「──いいだろう」

 

「隊長……っ!?」

 

「ひかり。もしお前の〔接触魔眼〕が孝美のそれに勝るのなら、どんな手を使ってでもお前を502に置いてやる」

 

 孝美の意思に反してひかりへチャンスを与えるラルに、ひかりは顔を輝かせる。

 

「ただし──その場合、お前に代わって孝美にカウハバへ行ってもらう。お前が勝負に勝ったところで、孝美と一緒に戦うという望みは叶わないが──それでもやるか?」

 

 ひかりがここまで諦めないのは、孝美と共に戦いたい一心からだ。憧れた姉と肩を並べて飛び、戦えるようになりたい。そんな彼女に対し残酷とも言える選択を迫るラルだったが……

 

「……やりますっ!だって今の私は、502部隊の一員だから!」

 

 それでもひかりは一歩として退くことをしない。ここまでずっと抱き続け、自身を支えてきた願いは叶わないというのに……否、既に彼女が胸に抱く想いは、孝美への憧憬だけではないのだろう。苦楽を共にしてきた502部隊の一員として、ここで皆と共に戦いたい──ひかりにとって、502部隊は孝美と同等以上の大きな存在に膨れ上がっていた。

 

「いい面構えだ──孝美、お前はどうする?」

 

 予想外の展開に、少しの間考えた孝美は、

 

「……いいわ。どちらがこの部隊に相応しいか、ハッキリさせましょう」

 

 孝美の意思が確認できたことで、502結成以来初の部隊総出で現場に向かう事になった。

 各々が手早く出撃準備を進める中、ユーリは孝美に声をかける。

 

「……昨日言ったように、僕はひかりさんの意思を尊重します。しかし、だからといって彼女を見殺しにする気もありません。必要と感じたなら、例え勝負に水を差すことになろうと必ず助けます」

 

「……そう」

 

「ですから、たか──雁淵中尉は、ひかりさんとの勝負に集中を。彼女の成長を、ちゃんと見てあげてください」

 

 ピリ付いた空気を纏う孝美を刺激しないよう、それだけ言って自分のユニットの元へ向かうユーリの背中を、孝美はそっと見つめる。

 

(名前で呼んでくれていいのに……──お言葉に甘えて、ひかりを頼むわね)

 

 胸中で呟いた孝美は改めて、ひかりの為に、ひかりをこの勝負で下す決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

「──やはり、狙いは作戦の為に集結した艦隊で間違いなさそうね」

 

 無線から入る情報によれば、ネウロイはムルマン方面へ進行中とのことだ。敵としても、あれほどの戦力は放置しておけないということだろうか。

 

「孝美、ひかり。〔魔眼〕でコアの位置を捉え、私に報告しろ。より早く、より正確に位置を見抜いた方を勝者とする」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 ラルの手には孝美から借り受けたS-18対装甲ライフルが握られており、雁淵姉妹から受け取った位置情報を頼りに、彼女がコアを撃ち抜く手筈となっている。

 

「ひかりはずっとお姉さんと一緒に戦いたいって言ってたのに……何でこんな事に……」

 

 先行する姉妹を後ろから心配そうな目で見ているニパ。そのすぐ横を飛ぶジョゼもまた、この勝負に不安を零す。

 

「そもそも、孝美さんとひかりさんじゃ実力も経験も差がありすぎるよ……」

 

 孝美の〔魔眼〕は遠視能力も併せ持っており、離れた位置から広範囲を見渡すことが可能だ。対するひかりの〔接触魔眼〕は、発動の為にネウロイとゼロ距離まで接近しなければならず、射程は無いも同然。ネウロイに肉薄する手間と難易度を考えれば、圧倒的に孝美に有利なこの勝負だが……

 

「それでもあの娘は、万に一つの可能性に賭けた。私達と共に戦う為に──そして、自分の成長を姉に見せる為に──!」

 

 これまでずっとひかりの訓練を見てきたロスマンは、彼女が積み上げてきた努力と、その想いを知っている。ひかりの挑戦は無謀極まりないが、今に至るまで幾度となく彼女に叩きつけられた不可能の3文字を持ち前の根性で跳ね除けてきたひかりならば──!

 

「見えた──11時の方向、ネウロイです!」

 

 下原の報告で、全員が空を浮遊する巨大な球体を肉眼で捉える。その姿は、正しくムルマンで戦ったあのネウロイそのものだった。ネウロイもこちらの接近を察知したらしく、幾筋もの光線を繰り出してくる。

 

「よし、行くぞ──ッ!」

 

 ラルの号令で部隊は散開。ネウロイに一斉攻撃を仕掛ける──!

 

「一気に決着させる──!」

 

 孝美はネウロイの攻撃をシールドで防ぎながら魔眼を発動。漆黒の機体に潜むコアを特定する。

 

「目標捕捉──H-4699、T-9326!」

 

「流石に早いな──!」

 

 即座にコアの位置情報がラルに伝達され、その座標位置が示すポイント目掛けてラルは引き金を絞る。正確な狙いで放たれた20mmベルテッドケース弾は孝美が示した位置に命中し、見事コアが撃ち抜かれる様を〔魔眼〕で確認した孝美だったが……

 

「そんな……っ」

 

 通常ならば崩壊を始めるはずのネウロイは、未だ活動を続けている。驚愕する孝美の目には、破壊されたコアの破片が凝集し再形成されていく光景が視えていた。

 

()()()……()()()()……ッ!?」

 

「嘘……!?」

 

「そんなの、どうやって倒せば……!」

 

 衝撃の事実に、下原もジョゼも動揺を隠せない。それはこの場の全員が同様だった。

 

(まさか本当にコアを再生しているのか……!?)

 

 以前ユーリがブリタニアで戦ったウォーロックは、人為的に手を加えられたことで、コアを完全に破壊しなければ動き続ける特性を有していた。事と次第ではコアの再生まで行えるのではと危惧していたが……全くの別個体とはいえ、まさか本当にそんな真似をするネウロイが現れようとは。

 こうなれば仕方ない、とシモノフを構え直し、先程孝美がラルに伝えた座標の位置を狙う。

 

「雁淵中尉!すみませんが──」

 

「待って!」

 

 勝負に介入しようとしたユーリを制止した孝美は、今一度魔眼に意識を集中する。

 

「これは……コアの中で、何かが動いて……まるで、()()()()()()()()()()ような──」

 

「……なる程。そういう事か」

 

 孝美の調べで、謎は解けた。このネウロイはコアを再生しているのではない。

 同じように結論にたどり着いたラルは、光線を掻い潜りながら雁淵姉妹に指示を飛ばす。

 

「恐らくそれが真のコアだ!そいつをピンポイントで撃ち抜かない限り、何度倒そうとコイツは再生する!」

 

 厄介な特性が判明した途端、球体型のネウロイが左右に分裂し、一転攻勢に出てくる。断面から夥しい数の子機を吐き出し、ウィッチ達はその対処に追われてしまう。矛先は勿論孝美にも向けられており、襲い来る子機達を果敢に撃墜していくが……

 

「くっ、魔眼に集中できない……ッ!」

 

 〔魔眼〕というのは個々人で微妙に性質が異なるものだ。例えば美緒の魔眼は、遠方を見渡しながらコアを高い精度で特定できる代わりに、その可視範囲は狭い。

 孝美の場合、遠距離視に加え広範囲を捕捉することができる代わりに、その分精度にバラつきがあるのだ。しかも今回はコアの中を自由自在に動き回る"真コア"を捕捉しなければならない。その為に意識を集中する必要があるのだが、倒しても倒しても群がってくる子機達が孝美の集中を悉く妨害してくる。

 

 歯噛みしながらもどうにか隙を作ろうと奮戦する孝美の横を、風のように駆け抜けていく影が──勿論、ひかりだ。

 

「くっ──まだまだ──ッ!」

 

「頑張れひかり──ッ!」

 

 ニパを始め周囲からの援護を受けながら、子機達の間を縫うようにしてネウロイへ接近していくひかりは、避けきれない敵は迎撃、それも間に合わない場合のみシールドを展開して、上手く攻撃を捌いていくが……

 

「数が多すぎる……!これじゃひかりさんが!」

 

 まるでサーシャの危惧が現実に影響したかのようなタイミングで、ひかりは子機と衝突。シールドのお陰で傷こそ負っていないものの、小柄な身体は大きく弾かれ、体勢も崩されてしまう。

 格好の的となったひかりに、夥しい数の子機達が一斉に襲い掛かる──!

 

「ひかり──ッ!」

 

 孝美が妹の名を叫んだ瞬間、後方から放たれた弾丸がひかりの間近に迫っていた子機を一息でなぎ払う。続けて飛来したロケット弾が、周辺の子機達も一掃した。後方からの援護に徹していたユーリとロスマンの攻撃だ。

 

「どうやら補修が必要なようね、ひかりさん。思い出しなさい、あなたが502(ここ)で得たものを。あなたの飛び方を──!」

 

「道は僕達が開きます。あなたは真っ直ぐ、一直線に──!」

 

「先生、ユーリさん──はいッ!」

 

 すぐさま体勢を立て直したひかりは、再びネウロイへ接近を開始する。ロスマンの教えを、エイラの動きを思い出しながら、襲い来る子機を左右に躱して真っ直ぐ突き進んでいく。行く先に分厚い壁があろうとも、後ろから飛来する徹甲弾がそれを撃ち砕き、ひかりが進む道を作る。

 

 一方、孝美は敵が集中していないネウロイの上方からコアを捕捉しに掛かる。

 

「──目標、重捕捉──!」

「あと、少し──ッ!」

 

 ひかりがネウロイに到達するまで、僅か100メートル──

 

「行け、ひかり──!」

 

「ひかりさん──!」

 

「──目標、補正──!」

「やぁあああああ──ッ!」

 

 残り50メートル──

 

「──目標、最終補正──!」

「届けェ───ッ!!!」

 

 残り──ゼロメートル。

 目一杯突き出されたひかりの左手がネウロイの装甲に触れた瞬間、ひかりの視界に紅い結晶体の姿が浮かび上がる。後はコアの位置を伝えるだけ──!

 

「──完全捕捉ッ!──グリッドH-1588、T-1127──ッ!」

()()です──ッ!!」

 

 淀みなく座標位置を送る孝美に対し、ひかりはコアのある位置に自分の銃口を突き立てる事で位置を知らせる。

 

 間髪入れず放たれたラルの狙撃は、ネウロイのコア──その内部に潜んでいた真コアを正確に撃ち抜き、今度こそ球体型ネウロイはその機体を金属片と変えて散っていった。

 

「ハァ…ハァ……どっち……!?」

 

 勝負の分け目は、早さと正確さ──果たしてひかりと孝美、どっちが先か──

 ひかりが結果を気にする一方で、他の隊員達は一先ずネウロイを撃破できたことに胸をなで下ろしていた。しかしその中で唯一、ユーリだけが気を緩めずに銃を抱えており……

 

「ッ──!」

 

 突如、銃口を持ち上げたユーリは、舞い散る金属片目掛けて引き金を絞る。弾丸が行く先にはひかりの姿が──

 

「ユーリさん何を──ッ!?」

 

 ユーリに詰め寄るロスマン達だったが、その答えはすぐに分かった。

 ひかりの背後から、まだ生き残っていた子機の1機が襲いかかってきたのだ。ユーリの放った弾丸はひかりから微妙に逸れた弾道を進み、子機に命中。一撃の下に粉砕してみせた。

 

「……もうその手は通用しない」

 

 以前クルピンスキー達がこのネウロイを倒した際も、同じ手口でクルピンスキーは危うく死にかけたのだ。あの時と同じ個体であるなら、同じ手段を用いてきてもおかしくはない。と、完全に撃破できたのを確認するまで油断せずにいた甲斐があった。

 

「ユーリさん……ありがとう、ございま──す───」

 

「ひかり……っ!」

 

 この激戦と、勝たなければというプレッシャーで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。意識を失い、真っ逆さまに落ちていくひかりを抱き留めたのは、孝美だった。

 

「ひかり──強くなったね……本当に、頑張ったね……っ」

 

 小さく涙を滲ませながら囁かれたその言葉は、幸か不幸か、ひかりの意識に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻──勝負の結果が出た。

 特定したコアの位置はひかりも孝美も正確だったが、孝美の方が、僅かに早くラルの耳に座標を届けていた。どんなに僅差であろうと「より早く、より正確に」という勝敗条件を設定した以上は、それに則らねばならない。

 

 この基地には命令通り孝美が残り、ひかりはカウハバ基地への異動が、正真正銘、正式に決定したのだった。

 

「──ユーリさん。ちょっといい?」

 

「雁淵中尉……?」

 

 格納庫で独り、弾薬の装填作業を行っていたユーリの元へ、孝美が訪れた。

 

「お礼を言いに来たの。今日の戦い、ひかりを助けてくれてありがとう」

 

「同じ部隊の仲間として、当然です。──それも今日までですか」

 

「……502の皆には、悪い事をしたって自覚はあるわ。いくら実の姉とはいえ、大切な仲間を無理やり引き離したんだもの」

 

 深刻な面持ちの孝美を見て、ユーリはすぐさま言葉を返す。

 

「いえ、決して雁淵中尉を責めているわけではなく──すみません。もっと上手く冗談を言えれば」

 

「……ぷっ、フフフッ」

 

 ユーリまで落ち込むのを見て、孝美は思わず吹き出してしまう。

 

「ごめんなさい。ユーリさん、冗談言うような人って思ってなかったから」

 

 501に入ったばかりの頃と比べれば見違えたように丸くなったユーリだが、まだまだ傍目には真面目一徹な人間だと思われる事が多い。慣れない事はするものではないとよく言うが、今回に限っては、結果的にユーリの思い通りの方向に働いてくれたようだ。その証拠に、笑う孝美からはさっきまでの深刻な面持ちがすっかり消え失せている。

 

「なんだか力抜けちゃった。──ひかりはこんなに良い人達と一緒に戦って、強くなったのね」

 

 予てより親交のあったラルや直枝は勿論のこと、ニパやロスマンを始めとする502のメンバーは、誰もが優しかった。そしてユーリとの交流も経て、妹が良き仲間との出会いに恵まれたのだという事を知った孝美は、姉心に感謝の念を抱いていた。

 

「ありがとう、ユーリさん。こんなダメな姉の代わりに、妹を信じてくれて──助けてくれて、ありがとう」

 

「……その言葉は、僕よりも他の皆さんに言ってあげてください。中尉からのお礼なら、きっと皆さんも喜ぶと思います」

 

 そう言って装填の終わった弾倉クリップを片付けるユーリは、横から自分をジッと見つめる孝美に気が付く。その表情は、心なしか不服そうにも見えた。

 

「雁淵中尉……?」

 

「……もう名前で呼んでくれないの?」

 

「いえ、それはその……やはり勝手に名前でお呼びするのは失礼かと……」

 

「そっか……昨日話した時にユーリさんとは仲良くなれたって思ったんだけど、私が勝手にそう思ってただけで、ユーリさんは違ったのね……」

 

「そ、そうではなく……!え、えと、あの──!」

 

 露骨に肩を落とす孝美に、ユーリは狼狽する。どうにか弁解しようと必死で頭を巡らせるユーリは、孝美が小さく笑っていることに少し遅れて気が付いた。

 

「ふふっ──冗談っていうのはこうやって言うのよ?」

 

「……勉強になります」

 

「それはそれとして──私のことは、名前で呼んで欲しいな。何なら呼び捨てでもいいのよ?」

 

「流石に呼び捨ては……では改めて、孝美さんと呼ばせていただきます」

 

 無事孝美と親交を結んだユーリは、用がある、と言って格納庫を出て行った。それを見送った孝美は、

 

「ウチは姉妹だけだけど、もし弟がいたら、あんな感じなのかな」

 

 そう、故郷での家族団欒の思い出に浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、所用で席を外したユーリはというと、基地の外に足を運んでいた。夕暮れの日を浴びる滑走路の先には、ポツンと人影が1つ。

 

「──部屋にいないと思ったら、ここにいらっしゃったんですね。ひかりさん」

 

「ユーリさん……」

 

「お隣、失礼します」

 

 断りを入れた後、ひかりの隣に並び立つ。目の前には太陽を反射して光る海が広がっていた、そこに向かって悩みや思いの内を叫べば、沈みゆく夕日と同じように、何も言わず飲み込んでくれそうな……そんな海が。

 

「……私、負けちゃいました」

 

 ふと、ひかりが口を開く。ユーリは黙ったまま、続きを待った。

 

「やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……!私なんかじゃ、全然敵わないや。そんな私がお姉ちゃんとギリギリの勝負に持ち込めたんだから、結果としては十分ですよね!」

 

「………」

 

「そうですよ。お姉ちゃんと張り合えただけでも、奇跡みたい──最初は満足に飛べないくらいへっぽこだった私を、ロスマン先生が鍛えてくれて、下原さんは毎日美味しいご飯を作ってくれて。私がドジして怪我した時は、ジョゼさんが治してくれて。クルピンスキーさんはたまに変な事言いますけど、いつも部隊の皆を笑顔にしてくれた──」

 

 明るかったひかりの声が、次第に震え始める。

 

「サーシャさんは、怒ったらすっごくこわいけど……っバカな私が分からないこととか、丁寧に教えてくれて……ラル隊長は、わたしの我儘を何度もきいてくれて……っ……ユーリさんは、私が困ってる時は何だかんだ必ず助けてくれました……ニパさんは、よわよわだった私を"仲間だ"って受け入れてくれてっ……かんのさんは……っ、いつもわるぐちばっかりで、さいしょは嫌いだったけど──でも、相棒って呼んでくれた……っ……なのに……ッ!」

 

 気づけば、瞳から涙が溢れていた。一度決壊してしまえば、もう止めることはできない。

 

「いっぱい、いっぱいたすけてもらったのにッ……まけちゃったぁ……っ!ぐすっ──みんなのやくにたちたいって、おんがえししたいって、がんばったのに……ッ──」

 

 海に向かって、感情のままに泣き叫ぶ。もしここにいるのが他の誰かであったなら、きっと涙するひかりを優しく抱きしめたことだろう。

 

 だがユーリにできたのは、ただ隣にいることだけだった。

 ひかりが泣き止むまで、一声も発さず、ずっと。

 



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絶対魔眼

「──本当にスオムスに行っちゃうのかよ、ひかり……?」

 

「あはは……そうですね……」

 

 502基地では、カウハバ基地へ向かうひかりを仲間達が見送りに集まっていた。

 各々から激励の言葉や道中に食べる弁当などを受け取ったひかりの前に、最後に進み出たのは、クルピンスキーだった。

 

「コレ、やっぱりひかりちゃんが持ってた方がいいんじゃないかなって」

 

 差し出されたのは、以前クルピンスキーの命を救ったリベレーター。外装の歪みこそそのままだが、中身は修理を終えてちゃんと銃としての機能を取り戻している。

 

「クルピンスキーさん──ニパさんから聞きましたよ、コレ本当は武器なんですよね?」

 

「アハハ、バレちゃったか。──どうせなら1発くらい入ってた方が、お守りっぽいよね」

 

 そう言って、リベレーターに弾丸を1発だけ装填する。

 

「うん、これでオッケー。──銃弾にひかりちゃんが怪我しませんように、って魔除けのおまじないをかけておいたからね」

 

「またまた~、もう騙されませんよ?」

 

「おっと、手厳しいなぁ。でも、込めた想いは本物だよ?向こうに行っても、これを見る度にボクの事を思い出してくれたら嬉しいな。夢の中でも会いに行くよ」

 

 クルピンスキーが残したウィンクを最後に、贈り物を全て受け取ったひかりは迎えの車に乗り込む。程なくして、車はスオムス駅に向けて発進した。

 

「みなさ~ん!お元気で~~~!」

 

「ひかりぃ──!」

 

 遠ざかっていくひかりの姿に我慢の限界が来たのか、ニパは車を追って走り出す。しかしユニット無しの生身では追いつけず、やがて窓から身を乗り出していたひかりの姿は全く見えなくなってしまった。

 立ち尽くすニパの背中に、直枝とユーリが声をかける。

 

「……行きましょう。ニパさん」

 

「作戦会議、始まるぞ」

 

「──んで──2人共なんで追いかけないんだよ……」

 

 ニパは背中を向けたまま、震えた声を絞り出す。

 

「……追いかけたところでどうにもなんねぇだろ」

 

「ッ──私達の仲間だろっ!?ひかりは菅野の相棒じゃなかったのかよ!?」

 

「落ち着いてください、ニパさん。──気持ちはよく分かりますが、今僕達がひかりさんを引き留めてしまえば、昨日の勝負に臨んだひかりさんの覚悟を、否定することになります」

 

「ッ……」

 

「今僕達がすべきは"グリゴーリ"を撃破することです。──戦いましょう。ひかりさんの分まで」

 

 ユーリの説得を受けて滲む涙を拭ったニパは、力強く頷く。

 そうして3人は、仲間たちの待つブリーフィングルームへ──対"グリゴーリ"攻略の大規模反攻作戦、"フレイアー作戦"の最終作戦会議に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──周知の通り、"グリゴーリ"は現在時速5キロで南西に移動している。目標はペテルブルグ──この502基地と見て間違いない。従来の、出現した敵に逐次応戦する策を捨て、こちらから敵に打って出る大反攻──それが"フレイアー作戦"である」

 

 北方軍が"グリゴーリ"内部の観測に成功した結果、巨大な渦状を巻いた瘴気の雲の内側に巨大な巣の本体があり、そこからネウロイが発生しているということが判明した。早い話が、巣の本体は動く生産工場というわけだ。

 

「我々の目的は巣の本体の破壊。その為の切り札が、コレだ──」

 

 作戦の説明を行うマンシュタインが部下に合図を送り、プロジェクターの画面が切り替わる。記録写真に代わって映し出されたのは、巨大な2つの砲塔だった。

 

「これが、超巨大列車砲──"グスタフ"と"ドーラ"だ」

 

 本作戦の為に開発された2つの列車砲は、カールスラント技術省の力を結集した史上最大の火砲だ。その口径は800ミリと、戦艦の主砲すら優に超えるスケールとなっている。

 

「まず、"グスタフ"が"グリゴーリ"に撃ち込むのは、この超爆風弾だ。これを使って巣を覆う雲を消滅させる。そうして剥き出しになった本体を破壊する役目は"ドーラ"が担う。"ドーラ"に装填されている対ネウロイ用()()()()()は、陸上ウィッチ延べ数百人分の魔法力を充填しており、これを本体のコアに叩き込むことで決着をつける!」

 

 スクリーンに映し出された魔導徹甲弾に、ユーリとラルが僅かながら反応を示した。それに気づいてか否か、マンシュタインは更に言葉を続ける。

 

「本体ならば我々が打てる手は以上だったが、幸運にもここに来て更なる助力を受けられる事となった。──そうだな、ラル少佐?」

 

「はい──」

 

 皆の視線を集めながら席を立ったラルは、その目をユーリに向ける。

 

「ここにいるユーリ・ザハロフ曹長の力があれば、"グリゴーリ"本体を攻撃する魔導徹甲弾の性能を、もう数段引き上げることが可能です」

 

「うむ。先んじて報告書を読ませてもらったが、皆にも改めて説明してくれるかね」

 

 ラルがマンシュタインに打診したのは、ユーリの〔炸裂〕を用いて魔導徹甲弾の威力をさらに向上させるという案だ。既に陸上ウィッチ達の魔法力に満ちている弾芯に追加でユーリの魔法力を混ぜ込み、着弾と同時に爆破させることで、より確実にコアを破壊する。

 

「──上空1100メートルに位置する"グリゴーリ"を撃ち抜くには、最低でも巣から10キロ圏内まで接近しなければならないが……見ての通り、そこは敵の攻撃範囲内でもある。502部隊諸君の任務は、列車砲が"グリゴーリ"を射程圏内に収めるまで護衛する事だ。そして雁淵中尉はコアの位置を特定せよ!」

 

 

「「了解!」」

 

 

「では、10分後に出発だ。各自出撃準備に取り掛かるように」

 

 会議が終わり、隊員達が格納庫へ向かう中、ラルはユーリに小さく耳打ちする。

 

「……ザハロフ。例の物の準備はできているか」

 

「はい。──しかし先程の話を聞くに、マンシュタイン元帥にこの事は……?」

 

「お前はあくまでも最後の切り札だ。使わずに済めばそれで良し。だがもし使うならタイミングが重要になる。私が指示するまで、お前も()()は使うな。いいな?」

 

「……了解」

 

 斯くして、手早く準備を終えた502部隊は各自ストライカーに脚を通し、これから死線を共にする獲物を握り締める。

 

「いいか、"グリゴーリ"を倒すまで帰れると思うなよ!──502統合戦闘航空団、出撃──ッ!!」

 

 

「「了解ッ!!」」

 

 

 陣頭指揮を執るラルに続き、他の面々も次々と基地を飛び立つ。孝美を最後にして、502部隊は"グリゴーリ"の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること十数分──眼下に敷設された線路の上を重々しい音と共に往く2両の巨大な列車を確認した。あれこそが、この作戦の要である超巨大列車砲"グスタフ"と"ドーラ"の姿だ。

 

「──10時の方向、"グリゴーリ"を確認した」

 

「ネウロイの巣……実際に見るのは初めてだ。──ユーリさんはガリアの巣を見たことあるんだよね?」

 

「ええ。ですが……一度相対した程度で、慣れるものではないですね」

 

 距離こそ離れているが、視線の先で禍々しい存在感を放つ"グリゴーリ"から発せられる威圧感は、これまで戦ってきたネウロイ達の比ではない。かつてウォーロックと共に単身でガリアの巣と交戦した経験のあるユーリもまた、肌を刺すような嫌な感覚を覚えていた。

 

 

『──マンシュタインだ。私の呼びかけに応じこの地へ集ってくれた勇士諸君らへ、総指揮官として感謝の言葉を送りたいところだが……生憎、それ程の猶予は残されていない。その言葉は、見事"グリゴーリ"を討ち果たした末に、勝利の凱歌と共に送らせてもらおう。諸君らの奮戦に期待する!』

 

 

 作戦前の最後の言葉を無線越しに聞く兵士達へ、マンシュタインは高らかに宣言する──

 

 

『時間だ。──"フレイアー作戦"、開始──ッ!!』

 

 

 その一声を皮切りに、最前線に配備された対空火砲による先制攻撃が始まる。砲撃の大部分は"グリゴーリ"の瘴気の雲によって阻まれたが、着弾した数発に反応して巣の内部から夥しい数のネウロイ湧いて出てきた。

 空だけでなく陸からも侵攻してくるコアを持たない小型のネウロイ達へ戦車部隊も応戦を開始し、本格的に"フレイアー作戦"の火蓋が切って落とされた。

 

「"グスタフ"及び"ドーラ"、まもなく敵攻撃範囲内に到達します!」

 

「ザハロフ!お前はニパとジョゼと共に列車の守りに着け。落とすのは近づいて来る奴らだけでいい、後はシールドに集中しろ!」

 

「はいっ!」

 

「ニパ、ジョゼ!列車砲が発射準備に入れば、ザハロフは守りに参加できなくなる。その間はお前達が頼りだ。気合を入れろ!」

 

「了解っ!」

 

「頑張ります!」

 

「──列車砲、敵の攻撃範囲に到達!」

 

「来るぞ!何としても列車砲を守り抜け──ッ!」

 

 豪雨のように降り注ぐ光線を回避して周辺へ散っていった502部隊は、襲い来る敵を片っ端から撃破していく。

 

「どうしたクルピンスキー!5秒で1体がノルマだぞ──!」

 

「3秒あれば十分でしょ!隊長こそ、久しぶりの出撃でバテないでよ──!」

 

「誰に向かって言っている──ッ!」

 

 ラルとクルピンスキーの2人は、抜群のコンビネーションで次々ネウロイを落としていく。その動きには一切の淀みも迷いもない。カールスラントのエースの本気は、群がる中型ネウロイ程度歯牙にもかけない強さを誇っていた。

 

 実力では特に抜きん出ているこの2人だが、他の隊員達も負けてはいない。

 

「ウォ──リャアアアアアアアア───!」

 

 力強い気勢と共に敵中へ切り込んでいく直枝。その後ろには孝美が続いており、魔眼の力で直枝の死角から迫るネウロイのコアを捕捉。一撃で沈めていく。

 周辺のネウロイを手当たり次第に落としていた2人はいつしか背中を合わせ、灰色の空にいくつもの粒子の花を咲かせた。

 

 一方、列車の元に留まり防衛を担っていたニパ達は──

 

「ぐっ……!何だよこのビームの数!?」

 

「勢いも威力も桁違い……ッ!」

 

「お2人共しっかり!射程圏内まであと少しです!」

 

 ジリジリと巣に迫る列車砲を阻もうと、幾筋もの閃光が降り注ぐ。ニパ達はその全てをシールドで防ぎ続けていた。敵の大部分は前で戦う直枝達が捌いてくれているが、当然それを抜けてくる個体も存在する。ニパもジョゼも予想以上に激しい敵の攻撃に反撃の隙を見い出せずにいたが、それでもどうにか耐え続けていられるのは、やはり後ろの"ドーラ"の防衛を担当しながら迫るネウロイを撃ち落としているユーリの存在が大きいだろう。

 

 しかしそれでやっと凌げている状態だ。やがて列車砲が射程圏内に突入し、ユーリが魔導徹甲弾へ魔法力の充填を始めれば、後は2人だけでこの激しい攻撃を抑え込まねばならない。

 

「負け、るかァ……ッ!」

 

「私達がッ、頑張らなきゃ……ッ!」

 

 列車砲が射程に到達するまで、後1分──

 

 

『──超爆風弾、発射用意!』

 

 

 司令室となっている北方軍基地から、マンシュタインの指示が飛ぶ。それに呼応し、先頭を進んでいた"グスタフ"が砲塔を転回し、射撃準備に入る。

 

 

『ザハロフ曹長、魔導徹甲弾への魔法力充填を開始せよ!』

 

 

「了解!──ニパさん、ジョゼさん!」

 

「うん、聞いてた!こっちは私達で耐えてみせるから……!」

 

「ユーリさんも、自分の役目を……ッ!」

 

「……頼みます!」

 

 シモノフを背に回し"ドーラ"に降り立ったユーリは、冷たい徹甲弾の底面に手を当て、意識を集中させる。

 装填されている魔導徹甲弾は既に魔法力の充填が完了している為、ユーリ自身の消費魔法力は然程多くない。が、ユーリの〔炸裂〕が作用するのはあくまで()()()()()()()だ。普段と同じようなやり方では他人の魔法力にまで固有魔法を作用させることはできない。

 

「こっちに来んじゃねェ──ッ!」

 

「邪魔しないで──ッ!」

 

 "グスタフ"発射に伴い、直枝と孝美も列車防衛に合流し進路上のネウロイを迎撃する。

 

(焦るな、慎重に、冷静に……魔法力の流れを掴め……!)

 

 神経を研ぎ澄まし、弾芯の内部で荒れ狂う魔法力の流れを読む。

 100人分を超える膨大な魔法力を内包した弾芯は、魔法力制御に秀でたウィッチ数人掛りでようやく安定させたと聞いている。そこへユーリが無理やり魔法力を充填させてしまうと、その安定が崩れ弾芯が破損、若しくは魔法力が流出・拡散してしまう危険性がある。それを防ぐ為にも、中で渦巻く魔法力の流れに沿うように、慎重に魔法力を込めなくてはならない。

 一度流れを掴みさえすれば、後は弾芯内部を駆け巡る魔法力がユーリの魔法力を全体へ行き渡らせてくれるはずだ。

 

 

『"グスタフ"、発射準備完了──!』

 

『超爆風弾、発射ァ──!』

 

 

 赤色の砲身に魔法陣が展開され、凄まじい衝撃と共に超爆風弾が発射される。青白い軌跡を描いて一直線に飛翔していく爆風弾は前方にいたネウロイを容易く蹴散らし、"グリゴーリ"の周囲に渦巻く暗雲を跡形もなく消し飛ばした。

 

「アレが……巣の本体……」

 

「思った以上にデカいね……あんな大きな大砲を作るわけだ」

 

 サーシャとクルピンスキーも圧倒される存在感を放つ"グリゴーリ"の本体。纏わりつく威圧感を振り払うかのように、ロスマンがフリーガーハマーを数発発射する。瘴気の雲が消えたことで命中こそするようになったが、単体でもネウロイを屠れる威力を持つロケット弾を受けても尚、漆黒の装甲には傷ひとつ見られない。

 

「……やっぱり、通常兵器では歯が立たないみたいね」

 

 

『雁淵中尉、コアの特定を!』

 

 

「ッし、行くぞ孝美──!」

 

「ええッ──!」

 

 魔眼の効果範囲まで孝美を援護するべく、ラル達も後に続く。

 対する"グリゴーリ"は、円盤状に纏めていた触手状の砲門を展開。四方八方からの多角的な攻撃で行く手を阻む。降りかかる幾筋もの閃光を躱し、或いは防ぎながら"グリゴーリ"を魔眼で捉えた孝美は、装甲の下に潜むコアを補足にかかる。

 

「目標、重捕捉──!」

 

 意識を集中させ座標位置を絞っていく孝美を直枝がシールドで守り、それを更に仲間たちがフォローする。"グリゴーリ"の攻撃の矛先は孝美だけでなく背後の"ドーラ"にも向いており、そちらではニパとジョゼがシールドを張って必死に"ドーラ"とユーリを守っていた。

 

「目標、補正──最終補正──」

 

「もう、少しで……ッ!」

 

 孝美がコアの位置を特定するのと同時に、ユーリの方も魔導徹甲弾への魔法力充填が完了しようとしていた。

 

「完全補足!──グリッドH-2541、T-0429──!」

 

 

『"ドーラ"、発射用意──!』

 

 

「魔法力充填、完了。術式同期、開始──」

 

 弾芯に自らの魔法力を混入させたユーリは、続いて"ドーラ"の発射術式と〔炸裂〕の同期を開始する。少しでも同期がズレれば術式が正常に作動しなくなり、再発射まで致命的なロスが生じてしまう。細心の注意を払いながら術式を重ねるが……"ドーラ"の発射を許すまじと"グリゴーリ"は複数の砲門を束ねた強力な一撃を繰り出してきた──!

 

「ジョゼさん──ッ!」

 

「うん──ッ!」

 

 その攻撃に、ニパとジョゼは互いのシールドを重ね合わせての全力防御で対抗する。最初こそ拮抗していた両者だが、次第にニパ達の方が押され始める。

 

「ぐぅ……ッ!くそッ!くそォ……ッ!」

 

「突破、されちゃう……ッ!」

 

 諦めずにシールドを維持し続ける2人。その背後では"ドーラ"が術式の展開を始めており、発射まであと少しというところだった。最終的に"ドーラ"が破壊されようと、コアの位置を掴んでいる以上は魔導徹甲弾さえ発射できれば勝ちだ。

 

 撃つのが先か、討たれるのが先か──ニパとジョゼとのギリギリのせめぎ合いを制したのは、"グリゴーリ"だった。

 

 502の中でも防御に秀でた2人のシールドを突破し、深紅の閃光が"ドーラ"へ命中──するかに思えた瞬間、その閃光を阻む障壁が新たに展開された。

 

「ユーリさん……ッ!」

 

 寸での所で防御が間に合ったユーリだが、その片腕は未だに"ドーラ"へ触れている。術式の同期がまだ完了していないのだ。

 

(間に合うか……ッ!?)

 

 "ドーラ"を守る為のシールド維持に意識の何割かを割いてしまった所為で、あと少しで完了するはずだった術式の同期が一気にペースダウンしてしまう。

 

 

『"ドーラ"、術式展開完了!』

 

『ザハロフ曹長!そちらはどうだ!?』

 

 

「術式同期率、95%……!あと、少しで……ッ!」

 

 

『……10秒後に魔導徹甲弾を発射する!いいな!?』

 

 

「了、解……ッ!」

 

 しかし"ドーラ"を守りながらでは間違いなく間に合わない。歯噛みするユーリは、不意にシールドを維持していた方の手にかかる圧力が弱まったのを感じた。

 

「ユーリさんの10秒は、私達が稼ぎます──ッ!」

 

「早く──ッ!」

 

 再びシールドを展開して守りに加わったジョゼとニパ。守りを彼女達に任せ、ユーリは全神経を術式同期に回す。

 

 

『"ドーラ"発射まで10、9、8、7──』

 

 同期率、96%──

 

『6、5、4──』

 

 98%──

 

『3、2、1──!』

 

 

「ッ──!」

 

 

『魔導徹甲弾、発射ァ──!』

 

 

 砲身に展開された魔法陣を介して砲弾に術式が付与され、稲妻のような砲声と共に一撃必殺の魔導徹甲弾が発射された。

 同時に攻撃を防いでいたニパ達も離脱し、"ドーラ"の装甲にネウロイの光線が突き刺さる。

 大破した"ドーラ"を見下ろすユーリの表情は、悔しげに歪んでいた。

 

「ハァ、ハァ……っ……間に合わなかった……!」

 

 発射カウントが残り1秒に達した時点で99%まで完了していた術式同期だが、間に合わないと判断したユーリは〔炸裂〕の術式を破棄していた。今"グリゴーリ"に向かって射出された魔導徹甲弾には、"ドーラ"本来の術式しか付与されていない。

 何故諦めたのかと、ユーリを責めることはできないだろう。確かに諦めなければコンマ数秒ギリギリで完全同期に至れた可能性はあったが、失敗すれば魔導徹甲弾の発射そのものが止まっていたのだ。そのリスクを考えれば、ユーリの判断は適切だったと言える。

 

 最大火力を引き出すことは出来なかったが、それでも魔導徹甲弾に内包された魔法力は膨大だ。"ドーラ"の術式だけでも、当たれば"グリゴーリ"のコアを破壊できる。

 

 

『魔導徹甲弾、着弾まで推定5秒──4、3、2、1──』

 

 

 砲弾が"グリゴーリ"の装甲を貫き、巨大な漆黒の機影が一気に無数の金属片と変わる。その光景を間近で見ていた502部隊の面々は、揃って歓喜の声を上げた。

 

「やった…やったぞ孝美!」

 

「ええ!"グリゴーリ"撃破を確認、任務かんりょ──いえ、待ってくださいッ!」

 

 一転、切迫した孝美の声。彼女の視線の先で舞い散る金属片が凝集し、"グリゴーリ"がその姿を再構成していく。

 

 

『"グリゴーリ"健在ッ!機体が再生していきます!』

 

『どういうことだッ!?コアを破壊したんじゃないのか!?』

 

 

「嘘……ッ!?コアの中に、コアが……!」

 

「こいつも前の奴と同じタイプか……ッ!?」

 

 厄介な事に、前回の出撃で撃破した球体型ネウロイと同じく"グリゴーリ"もコアの中に真コアを隠し持っていた。いくら威力を高めた魔導徹甲弾でも真コアを捉えることができず、コアの外殻のみを破壊したということだろう。

 

 

『真のコアをピンポイントで撃ち抜かねば倒せないとは……"グスタフ"はどうなっている!?』

 

『まもなく発射準備、完了します!』

 

『よし。──雁淵中尉!その真コアは今も視えているのか!?』

 

 

「はい!グリッドH-66──え……ッ!?」

 

「どうした孝美!?」

 

「見えないっ……捕捉不能ッ!──真コアが視えませんッ!」

 

 魔眼を通してコアを捉える孝美の視界には、今の今まで補足できていた真コアが溶けるようにして姿を消す様が映っていた。いくら意識を集中すれども、視えるのは真コアを覆う外殻のみ。

 

 

『魔眼を用いても視えないとはどういうことだ……ッ!?』

 

 

「恐らく……真コアを覆う外殻が、私の魔眼を遮るシャッターになっていると推測されます」

 

 魔眼でコアの再生過程を見ていた孝美は、真コアを覆うコアの外殻が3つ重なっているのを目にしていた。恐らく再生する際、孝美の魔眼をシャットアウトできるようコアが変化したのだろう。

 残る魔導徹甲弾は、現在"グスタフ"に装填されている予備の1発のみ。外殻の中で動き回る真コアには、先程の位置情報が通用しない。

 

 

『グッ──"グリゴーリ"が進路を変更!先には──ッ……"グスタフ"がありますッ!』

 

『ぬぅ……こちらの狙いに気づいたか……ッ!』

 

 

 "グリゴーリ"に対抗しうる最高戦力である列車砲。その片割れである"ドーラ"は既に破壊されてしまっている。ここで"グスタフ"まで失うわけにはいかない。

 

「……やるしか……ない──ッ!」

 

 突如、孝美はエンジンを奮わせ、"グリゴーリ"に向かって急接近を開始する。

 

「孝美さん……!?」

 

「孝美ッ!?おい待て──!」

 

 ユーリと直枝がすぐさま後を追いかけるも、孝美を迎撃しようと放たれた流れ弾に足止めされて思うように近づけない。

 

「待て孝美!1人で早まるなッ!」

 

「隊長!これしか方法がないんですッ──!」

 

「馬鹿野郎……ッ!」

 

 単身"グリゴーリ"の前にたどり着いた孝美は、〔魔眼〕の真の力を解放する──!

 

 

「発動──〔絶対魔眼〕──ッ!」

 




次回、502編完結!?


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信じてますから

 時は、"フレイアー作戦"前まで遡る──

 

 車に揺られてペテルブルグの駅に到着したひかりは、ここで落ち合うはずのスオムスからの迎え人の姿を探していた。

 

「スオムスの人ってことは、ニパさんみたいな制服着てるんだよね……?」

 

 辺りを見回すも、行き交う人々は皆男性の軍人や、その家族等が殆どで、スオムス特有の水色の制服は見つからない。……実の所、迎えに来るのが必ずしもニパと同じウィッチであるとは限らないのだが。

 

「もしかして、予定よりも早く着いちゃったのかな……?」

 

「お、いたいた──ヨウ!」

 

 首を傾げるひかりの背中へ不意にかけられた声。後ろを振り向くと、そこにはひかりの見知った顔があった。

 

「エイラさん!サーニャさん!迎えって、お2人のことだったんですね!」

 

「ま、話は後ダ。そろそろ列車が出る時間だし、ちょっと急ぐゾ」

 

 エイラ達に連れられ、改札を潜る。乗り込んだ列車は乗客も少なく、3人は他に誰もいない最後尾の車両に腰を下ろした。

 

「それで、どうしてお2人が……?」

 

「迎えに来て欲しいって連絡があったの。ニパさんとユーラから」

 

「特にニパの奴、ひかりの事すんげー心配してたゾー?」

 

「ニパさん達が……そっか」

 

 基地を発つ際、ギリギリまでひかりを見送ってくれたニパの顔を思い出し、口元を緩める。彼女だけでなく、どうやらユーリもひかりの身を案じてくれていたらしい。

 

「あっ……──?」

 

「どうした、サーニャ?」

 

 ふと、サーニャの魔導針が反応を示す。付近の空に何かを捉えたようだ。窓を開けて外を見てみると、青空に引かれた10本の軌跡が目に入った。

 

「502が出撃したのカ……」

 

「……あの中に、ユーラもいるのね」

 

 心配そうな目で空を見上げるサーニャ。膝の上に置かれた陶器の様な手に、小さく力が込もる。

 

「サーニャ──心配すんなヨ。アイツはちゃんと帰ってくる。ワタシらと約束しただロ?」

 

「うん……」

 

「……そういえば、ユーリさんって502に来る前はエイラさん達と同じ501にいたんですよね?」

 

「ん?ああ……そうだナ。──その辺、オマエはどれくらい知ってるんダ?」

 

「えっと……501部隊でガリア開放の為に戦った後、事故でペテルブルグに流れ着いた。って聞いてます」

 

 一部を除くひかり達502の面々がラルから聞かされているのは、あくまで表面上の出来事のみ。当然ウォーロックの事も、ユーリが本当はどこに所属していたのかも、彼女達は知らない。

 

「そうか──そんじゃ教えてやるよ。501でのユーリがどんなだったか」

 

「エイラ……?」

 

 いいの?という視線を向けるサーニャに、エイラもまた視線で、大丈夫だ。と伝える。彼女とてひかりに要らぬ事を話すつもりはない。あくまでユーリとの思い出を聞かせるだけだ。

 

「その代わり、502でのアイツの事も聞かせろよナ?」

 

「勿論です!楽しみだなぁ……!」

 

「面白い話には、美味しいお菓子(お供)が必要だよナ~……ほら、手ェ出せよ」

 

 言われるままに手を差し出したひかり。そこへ、エイラの手にある小さな箱から黒い菱形の欠片がポロポロと落ちてくる。

 

「エ、エイラ?それ、もしかして……」

 

「なんですか、コレ……?」

 

「ニパから貰ったことないのカ?スオムスの美味しい飴でな、サルミアッキっていうんダ」

 

「わぁ……!スオムスのお菓子ってこんな感じなんですね!」

 

「そんなに沢山……ひかりさん、止めておいた方が──」

 

「大丈夫ですよ!私、お菓子大好きですから!──いただきまーす!」

 

「ま、待ってひかりさん……っ!」

 

 サーニャの制止も空しく、ひかりは両手いっぱいに乗った十数粒ほどのサルミアッキを()()()()()()()

 

「どうだ、いけるダロ?」

 

「ムグムグ……ふい(はい)んんふ(おいし)……──」

 

 ふと、ひかりの言葉が止まる。目には涙が浮かび出し、心なしか顔も青くなって──

 

「──んっ、んんんん~~~~~~ッ!」

 

「お、おい大丈夫カッ!?」

 

「ひかりさんしっかり!」

 

 3人以外無人の車両内で、声にならない叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──んッ、んッ……っぷはぁ──はぁ~……」

 

「大丈夫……?」

 

「はい、何とか……まだ少し後味が残ってますけど」

 

 独特の風味に悶えながら、口の中のサルミアッキを水で半ば流し込むように飲み込んだひかりは、ややぐったりしている。

 

「オマエもダメか……美味いんだけどなァ。ユーリの奴も何てことない顔で食ってたんだゾ?」

 

「そ、そうなんですか……!?」

 

「あくまで2~3粒の話でしょ。さっきのひかりさんと同じ量は流石にユーラでも無理だと思うわ……」

 

 かつてサルミアッキを勧めた時、5粒程食べた辺りでそっと皿を下げたユーリ。嫌いな食べ物が無いといえど許容範囲には限度がある。サルミアッキは魚の肝油と比べれば幾分マシではあったものの、エイラやニパ達スオムス人のようにパクパクと摘める程適応できなかったようだ。

 もっとも、それしか食べ物が無いという状況になったならば、エイラ達の言うように何食わぬ顔で食べるのだろうが。

 

「……あの、さっきから気になってたんですけど。ユーラって……?」

 

「ユーリの愛称だよ。ほら、ニパの本名はニッカだし、アイツはワタシの事イッルって呼んでるダロ?あれと同じダ」

 

「愛称……仲の良い人同士で呼び合うあだ名ってことですよね?」

 

「そうよ。私のサーニャって名前も、本名を縮めた愛称なの」

 

「へぇ……!お互い愛称で呼び合うなんて、サーニャさんはユーリさんのこと、大好きなんですね!」

 

「えっ……!?」

 

 そう言って笑うひかりに食ってかかったのは、サーニャではなくエイラだった。

 

「ハァ~~~ッ!?何言ってんだよオマエ!?」

 

「え……違うんですか?」

 

「違うに決まってんダロ!あ、いや、違うというか……えと……!──ど、どうなんだサーニャ……ッ!?」

 

「ユーラの事は好きよ?」

 

「えぇッ!?サ、サーニャ……!?!?」

 

「──勿論、エイラの事も」

 

「えッ!?……っと、それは、つまり──さ、3人で、ってことカ……!?ま、まぁユーリの奴ならまだ……いやでもワタシはサーニャと……!けど、サーニャがああ言うんじゃ──あーもー!どうすればいいんだよォ~~~ッ!」

 

 小声でブツブツと呟いて頭を抱えるエイラを他所に、サーニャは言葉を続ける。

 

「それから、芳佳ちゃんにミーナ中佐、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉──501部隊の皆が好き。皆大切な仲間で、家族だから」

 

 そう言って微笑んだサーニャに、ひかりも笑みを返す。

 

「仲間は家族……いい言葉ですね!──私も502の皆と、そうなれたら良かったな……」

 

 そんな言葉と共に、彼方の空を眺める。同時にサーニャの魔道針が再び反応し、作戦が開始したことを報せた。

 

「……やっぱり心配カ?」

 

「ちょっとだけ……本当は、私が心配するような人達じゃないんですけどね!皆さん、本当に強いですから」

 

「……思い出話はまた今度ダナ。ちょっと待ってロ──っと」

 

 席を立ったエイラは、棚の上の荷物を探る。不思議そうな目をするひかりにサーニャは、

 

「どんなに強くても関係ないわ。仲間だもの、心配するのは当然よ」

 

「そういう事ダ。──ジャジャーン!」

 

 得意げな顔をしたエイラが窓際に置いたのは軍用の無線機だった。ダイヤルを弄って周波数を合わせると、スピーカーから雑音混じりの通信が聞こえてくる。

 

「……今のところ、順調に戦えてるみたいダナ」

 

 今回の作戦でバックアップを担当するスオムス軍にも、事前に作戦の概要が周知されている。流石に巣が相手ということもあって連合軍側も被害ゼロとはいかないが、現状作戦通りに事を進められているようだ。

 

 暫く固唾を飲んで戦況に耳を傾けていると、突然スピーカーからノイズが溢れ出た。戦場で撃った超爆風弾の衝撃で電波障害が発生しているのだ。

 

「あーもう、いいトコだってのニ──!」

 

 文句を言いながら無線が復活するのを待つこと十数分──息を吹き返した無線から聞こえてきたのは、総指揮を務めるマンシュタインの切迫した声だった。

 

 

『雁淵中尉!真コアが視えないとはどういうことだ!?』

 

 

「真コア……って、何ダ?」

 

「何か起こってるのは、間違いないみたいだけど……」

 

 初めて聞く言葉に首を傾げるエイラとサーニャ。そんな中、唯一状況を理解できたひかりは、そうと分かるなり駆け出していた。

 

「お、おいひかり──ッ!?」

 

「お姉ちゃんを止めなきゃ──ッ!」

 

 目指すは客車の更に後ろ──貨物車両。そこにはひかりのユニットが──あるはずだった。

 

「えっ……!?」

 

 客車のドアを開けた先に待っていたのは、列車が走っていた線路と、雪で彩られた林道。そこに貨物車の姿は無かった。貨物車両は発車直前で客車と切り離され、別ルートでカウハバへ向かっていたのだ。

 

「……私、行きます!」

 

「ハァ!?行くって、どこヘ……!?」

 

「それに、ユニットも無いんじゃ……!」

 

「やってみなくちゃわかりません──ッ!」

 

 そう言うなり、ひかりは無謀にも走る列車から宙へ身を踊らせた。

 上手く受身を取れず雪の上に転がり落ちたひかりは、打ち付けた身体の痛みも無視して走り出す。閃光と硝煙が飛び交う戦場を目指して──。

 

「ひかりさん、大丈夫かしら……」

 

「ン~……多分大丈夫ダ。ホラ──」

 

 瞬く間に遠ざかるひかりの姿を心配そうに見つめるサーニャに、エイラは1枚のカードを示した。

 

 ──正位置を指す、"法王(ハイエロファント)"のカードを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は現在へ戻り──

 

「発動──〔絶対魔眼〕──ッ!」

 

 生まれ持った魔眼の力を解放した孝美の髪が、鮮やかな赤へと染まっていく。そして髪色と同じ赤い光を湛える双眸は、先程まで見えなかった"グリゴーリ"のコアをハッキリと捉えていた。

 

(コアはッ……真コアはどこ……ッ!?)

 

 焦燥感に駆られながら、赤く輝くコアの中に潜む真のコアを探す孝美。当然、"グリゴーリ"はそんな彼女を見逃してはくれない。複数の砲門による集中砲火が孝美に襲いかかる──!

 

 孝美の〔絶対魔眼〕は、通常よりも高い次元でのコア特定を行える代償として、身体への多大な負担と、シールド能力が著しく低下してしまう。絶え間なく襲い来る光線を必死に防ぐ孝美のシールドは早くも不安定になっていき……

 

(シールドがッ……保たない……ッ!!)

 

 降り注ぐ閃光にシールドが掻き消されそうになったその時──孝美とは別のシールドが展開され、彼女の身を守った。

 

「──なる程。やはりひかりさんのお姉さんですね」

 

「ユーリさん……!」

 

 孝美の前に降り立ったユーリに続き、直枝やニパ、502の面々が続々と集結する。

 

「ったく、やると思ったぜ。1人で先走りやがって」

 

「ロスマン先生から聞いたよ、〔絶対魔眼〕のこと!」

 

「だって、()()ひかりさんの姉でしょう?こういう状況になったら、絶対に無茶をすると思ってね」

 

「1人で行くなんて、水臭いです!」

 

「私達も一緒ですよ!」

 

 そう言って笑いかける皆に少々面食らう孝美に、ラルは、

 

「言っただろう?1人で早まるなと。何の為に我々がいると思っている──」

 

 孝美を守るように陣形を組んだ502部隊は、彼女に代わって、ネウロイの攻撃を受け止める盾となる。

 

「皆さん……ありがとう。──〔絶対魔眼〕──ッ!」

 

 防御を味方に任せ、再び覚醒魔法を発動させる。それを察知した"グリゴーリ"も再び攻撃を仕掛けてくるが、先程とは違い今の孝美には心強い仲間が傍にいる。一度仲間を守ると決めた彼女達の盾は、いくら強力な攻撃を受けようと決して揺らぐことはない。

 

「──目標、最終補正──完全……補足ッ──!」

 

 自らの弱点を特定されることを恐れた"グリゴーリ"は、孝美を守る盾を乗り越えるように上方から光線を放つ。しかし──

 

「もう……不意を突けると思うな──ッ!」

 

 それを見越していたかのように、彼女を守るシールドがもう1枚展開された。ユーリのシールドだ。

 ムルマンでのクルピンスキー、先日のひかりと、"グリゴーリ"から湧いてくるネウロイは総じてこちらの油断を突いてくる個体が多かった。であれば、生みの親である巣本体もまた同じような手を使ってくるだろうと警戒していたのだ。

 

 不意打ちも失敗に終わり、作戦本部へコアの座標が伝えられる。

 

「真コア……ッ……グリッドH-58954、T-87449……ッ!」

 

 

『了解。座標、入力します──!』

 

 

 無事に役目を果たした孝美は、今の報告を最後に力尽きたように落下していく。只でさえ負担の大きい〔絶対魔眼〕を連続で発動したことで、体力の限界が訪れたのだ。

 

「孝美さん──ッ!」

 

 落ちていく孝美をいち早く抱き留めたジョゼは、治癒魔法を発動させながらゆっくりと降下していく。

 

「孝美!大丈夫か!?」

 

 無事に地上へ降りた孝美とジョゼの元へ駆けつける直枝達。治療を受ける孝美に外傷は見られないが、覚醒魔法の連続使用による肉体へのダメージは決して小さくない。このまま治癒魔法を掛け続ければじき回復するだろうが、孝美にこれ以上の戦闘継続は不可能と見ていいだろう。

 

 皆が孝美の身を案じる一方、本部では孝美が身を呈して届けた座標位置へ、"グスタフ"を差し向けていた。

 

 

『"グスタフ"、グリッド入力──照準及び、術式展開完了!いつでも撃てます!』

 

『発射ァ──ッ!』

 

 

 マンシュタインの一声で、兄弟(ドーラ)の仇とばかりに"グスタフ"が吼えた。一際大きく空気を震わせ放たれた魔導徹甲弾は、特定された真コア目掛けて飛翔していく。これが命中すれば、今度こそ──!

 

 ──そんな希望を閉ざすように、"グリゴーリ"の機体から禍々しい瘴気が噴出。分厚い雲となって巣を覆い隠してしまう。

 

 

『本体ネウロイ周辺に、雲が復活していきます──ッ!』

 

『何だと……ッ!?』

 

 

 そのまま突っ込んでいく魔導徹甲弾は、突如として時が止まったかのように空中で静止した。ネウロイが吐き出す瘴気の雲が、ウィッチに於けるシールドのような役割を果たしているのだ。

 更に雲から発生した赤雷が弾丸を襲い、最後の望みを掛けて放たれた魔導徹甲弾はバラバラに破壊されてしまった。

 

「……魔導徹甲弾、破壊されました……」

 

「そりゃ無いよ……!」

 

 勝機を絶たれ途方に暮れる502部隊。そこへ、倒れた孝美の名を呼ぶ声が──

 

「お姉ちゃん───!」

 

 この場の全員が聴き馴染んだ、この声の正体は、

 

「ひかり……ッ!?」

 

「ウソ、戻ってきたの!?」

 

「お姉ちゃん──ッ!お姉ちゃん、しっかりして!死んじゃダメ──ッ!」

 

「落ち着いて、ひかりちゃん。孝美ちゃんなら大丈夫だよ」

 

 クルピンスキーが孝美に縋り付くひかりを宥めると、ひかりは目を丸くして、本当に?と言うように周りを見る。

 

「で、でもお姉ちゃん〔絶対魔眼〕を使って……」

 

「確かに〔絶対魔眼〕は身体に大きな負担をかけますが、使ったからといって死ぬようなものではありません」

 

「孝美さんの脈も体温も正常よ。心配ないわ」

 

 ユーリとジョゼの説明を受け、ひかりは胸をなで下ろす。どうやら孝美が初めて彼女の前で〔絶対魔眼〕を使った時のことを思い出し、誤解していたらしい。あの時は孝美のカバーを行うウィッチがいない状況での発動を強行した結果負傷してしまっただけで、今回のように味方のサポートを受けられる状態で発動するのが〔絶対魔眼〕本来の運用方法なのだ。

 

「皆さんが、お姉ちゃんを助けてくれたんですね……!ありがとうございます……ッ!」

 

「ん──ひかり……」

 

「お姉ちゃん!」

 

 目を覚ました孝美は、消耗を滲ませるか細い声でひかりに語りかける。

 

「ごめんね……倒せなかった……」

 

「そんな……!謝ることなんて!」

 

 実際、様々なアクシデントに見舞われながらも502はあの時点で打てる最善を尽くした。それでも尚倒しきれなかったのだ。

 

 行く手を邪魔するウィッチ達がいなくなったことで、"グリゴーリ"はオラーシャの空を我が物顔で進んでいく。更に行き掛けの駄賃のつもりか、残弾を失った"グスタフ"を完膚なきまでに破壊していった。

 

「このまま、ペテルブルグが落とされるのを黙って見てることしかできないのかよ……ッ!?」

 

「本当に、もう打つ手は無いんでしょうか……?」

 

 下原の言葉を聞いて、ユーリはラルを真っ直ぐ見つめる。

 

「隊長──」

 

「分かっている。だがこの状況を打開するにはピースが足りん……!」

 

 ここで一度、状況を整理しよう。

 孝美にコアの位置を見破られた以上、真コアはまた移動しているはずだ。例え"グリゴーリ"の強固な装甲を破壊出来るだけの武器があっても、巣を覆う瘴気の雲をどうにかしない限り近づくことができず、またコアの位置も特定できない。

 

 劣勢も劣勢なこの状況を打ち破るには……

 

「……真コアの位置が分からないんですよね?──私が見つけます!〔接触魔眼〕を使わせてください!私は諦めたくありません!」

 

「オレもだ!身体はピンピンしてるし、魔法力だって残ってる!最後の一滴を絞り尽くすまで、絶対に諦めたくねぇ──弾が無くても、この拳がある!オレがぶん殴ってやるッ!」

 

「無理だよ……!只でさえまともに近づけないのに」

 

 コアを探す〔魔眼〕と、それを破壊する弾丸()。必要な内2つのピースは集まった。しかしラルが思い描く逆転劇にはまだ足りない。敵の接近を阻む雲を突破する手段が……!

 

(あと1つなんだ──どこだ、どこにある……!?)

 

 脳裏で必死に思考を巡らせるラル。すると──

 

「ッ……?」

 

 ふと、背中に熱を感じた。かつてカールスラント撤退戦で負傷した、まさにその箇所──腰の古傷が、ラルをどこかへ導くかのように疼いているのだ。

 

 導きに従い、進んだ先で──パチン、と最後のピースが嵌る。

 少し小突けば即崩れ去るような、脆くも、その先に確かな勝利が待ち受ける逆転の道筋が完成した。

 

 

『──502の諸君。よく健闘してくれた。だが最早我々に反撃の術は残っていない……撤退だ』

 

 

 これ以上の作戦続行は不可能と判断したマンシュタインだったが、それに否を唱える者がいた。

 

「──待ってください元帥。我々に策があります」

 

 

『策だと……?』

 

 

 この絶望的な状況に活路を見出したラルは、不敵な笑みを浮かべ言い放つ。

 

 

「菅野、望みを叶えさせてやる──()()()()()……ッ!」

 

 

「……!──っへへ、盛り上がってきたぜェ──!」

 

 直枝が意気込む一方、周囲は戸惑いの表情を浮かべている。一体どうやってこの少ない戦力で"グリゴーリ"を倒すというのか。

 

「──待たせたなザハロフ。お前の虎の子の出番だ」

 

「……使わずに済めばいいと言っていた割には、嬉しそうですね?」

 

 ユーリが腰のホルダーから抜き出したのは、1発の徹甲弾──否、これこそラルの要請でこの日の為に作っていたユーリお手製の魔導徹甲弾だ。

 

「最初はコイツを直接巣にぶち込んでやろうと思っていたが、今の状況ではそうもいかん。──そこで、だ。魔導徹甲弾(コイツ)を菅野の手に移植する」

 

「弾丸を手に……?」

 

「正確には、この魔導徹甲弾に込めてある魔法力を菅野さんの手袋に移します」

 

「なる程な──って、ああっ!?しまった……!」

 

 困ったように顔を覆う直枝の手は何にも覆われていない素手──いつも着けていたはずの手袋が、忽然と姿を消していた。実は、ひかりが基地を出発する直前に餞別として手袋を渡してしまっていたのだ。

 

「──菅野さん、はいコレ!ずっとポケットに入れといて良かったです」

 

 幸運にも手袋を持ってきていたひかりのお陰で、必要なものは全て揃った。

 

「では、いきますよ──」

 

 ユーリの手で、魔導徹甲弾に充填されていた魔法力が全て直枝の手袋へ転移される。焦げ茶色だった手袋は今や魔法力の眩い輝きに満ち溢れ、渦巻く力の解放を今か今かと待っているようだった。

 

「おお……!すげぇなコレ。おめぇこんなもん作ってたのかよ」

 

「今、菅野さんの右手には僕の全魔法力に等しい力が宿ってます。文字通り、魔拳といったところですかね」

 

「へっ、おもしれぇ。早くぶん殴りたくてウズウズしてきたぜ!」

 

 一方、ラル達も逆転の為の準備に取り掛かっていた。

 ラルの獲物に装着された42LP投擲銃に括りつけられている紫色の結晶──古傷が導いた最後のピース、超爆風弾の弾芯の破片だ。こうもバラバラにされてしまっては流石に雲を全て吹き飛ばす程の威力は期待できないが、炸薬弾と合わせれば突入ルートを開く程度の効果は望めるだろう。

 

「作戦は簡単だ。私がコイツで雲に穴を開け、ひかりと菅野が内部へ突入。他の者は2人を援護しつつ、ひかりが魔眼でコアを特定し、菅野が殴る。──孝美の話では、一度再生した"グリゴーリ"の真コアは3つに重なった外殻で守られているらしい。気合を入れて殴れよ。何せチャンスは1度きりだ」

 

「1回で十分だ!──そうだろひかり!」

 

「えっ……?」

 

「なぁにアホ面してんだ。孝美が戦えねぇ今、オレの相棒はおめぇだろ。大体、おめぇの〔接触魔眼〕が無きゃ、真コアを殴りようがねぇしな」

 

「──はいッ!」

 

 コツンと拳を突き合わせたひかりは、最後に孝美と言葉を交わす。

 

「……失敗は許されないわ。ひかりに出来る?」

 

「出来るとは言い切れない。でも、やってみなくちゃ分かんないし──やらなきゃ、出来る事も出来ないから!」

 

「……うん、そうね!ひかり、チドリを使って。──いってらっしゃい」

 

「うん!いってきます!」

 

 孝美から翼を譲り受けたひかりは、今一度空を翔る──今度は姉の代わりではなく、雁淵ひかりとして。502部隊の一員として、役目を果たす為に。

 

「さぁ、奴をぶっ飛ばしに行くぞ──ッ!」

 

 

「「了解──ッ!」」

 

 

 戦えない孝美と、その治療の為に残ったジョゼを除く総力を以て一転攻勢に出た502部隊。

 

「──以前の戦い。確かに先にコアを見つけたのは孝美だったが、よりピンポイントにコアの位置を示していたのはひかりだった。たった一度のチャンス、私はひかりに全てのチップを賭けよう!──他に、この馬鹿な賭けに乗るバカはいるか?」

 

「ハハッ、いーんじゃない?その賭け、ボクも乗ったよ!」

 

 クルピンスキーだけではない。この場にいる全員が、馬鹿しか乗らないギャンブルにオールインを表明した。

 

「──ひかりさん。あなたは決して優秀な教え子ではなかった。でも努力は誰よりもしてきたわ。──費やした努力の価値がどれ程のものか、この戦いで証明してみせなさい!」

 

「ロスマン先生……──はいッ!」

 

「"グリゴーリ"との距離、12000!」

 

「このまま進行を続ければ、15分後にはペテルブルグが飲み込まれます!」

 

「5分でカタをつける!行くぞ──!」

 

 遂に巣の攻撃範囲に到達した一同。黒雲から放たれる牽制代わりの雷撃の合間を縫って、ラルがMP43を構えた。

 狙う先は、サーシャが固有魔法を駆使して突き止めた、雲の層が薄い箇所──

 

「そこだ──!」

 

 42LP投擲銃の引き金が絞られ、炸薬弾が雲の中で弾ける。爆発に反応した超爆風弾の破片が、僅かに残っていた力を振り絞り、勝利への活路を開いた。

 

「今よ──ッ!」

 

「突入します!──フォーメーション・アロー!」

 

 サーシャの指示で一直線に陣形を組んだ突入メンバーは、一気に雲の中を駆け抜ける。冷たい雲のトンネルを抜けた先では、"グリゴーリ"が鎌首をもたげて一同を待ち受けていた。触手状に解けた大量の砲台が、その先端に深紅の光を灯す。

 

散開(ブレイク)──ッ!」

 

 降り注ぐ光線を躱し、応戦しながら散り散りになった陣形を組み直す。

 

「いい!?菅野さん達が本体にたどり着くまで、何としても耐えるのよ──ッ!」

 

「ユニットが悲鳴あげそう……ッ!」

 

「壊しても怒んない──ッ!?」

 

「ちゃんと2人を送り届けられたらね!──下原さん、道は見つかった!?」

 

「はい!──左上、敵の攻撃が薄くなってます!あそこなら──!」

 

「ユーリさん──!」

 

「了解──ッ!」

 

 下原が見つけたポイントの砲台達目掛けて、ユーリが立て続けに引き金を絞る。1発1発が〔炸裂〕による強大な威力を備えた徹甲弾は、硬い装甲をものともせずに周辺の砲台を撃ち抜いていった。

 

「今ッ!」

 

「行くよ──ッ!〔マジックブースト〕──!!」

 

 ユーリが作った突破口へ、クルピンスキーが先導して切り込んでいく。懐へ飛び込んできたウィッチーズをこれ以上進ませまいと、"グリゴーリ"はすぐさま手近な砲門を集め一斉攻撃を図るが──

 

「邪魔を──ッ!!」

「するなァァァ──ッ!!」

 

 前に進み出たニパとクルピンスキーがそれを許さない。至近距離からばら蒔かれた銃弾の雨は周囲に群がる砲台を一掃し、その隙に本命であるひかりと直枝を前に送り出す──!

 

「あとちょっと──ッ!」

 

「いけええええええ──ッ!」

 

 蛇のような動きで襲い来る砲台達を躱し、躱し、躱し続け、2人はひたすら突き進む。攻撃を防ぐことなど一切頭にない。行く手を阻む障害は、信頼できる仲間が排除してくれる──!

 

「道を──開けろッ!」

 

 上空に身を置いたユーリは、ひかり達の進路上に顔を出す砲台達の頭を悉く破壊していく。いくらやってもひかり達の進行を止められないことに痺れを切らした"グリゴーリ"は、邪魔をするユーリの方にも妨害の手を差し向ける。回避や迎撃を余儀なくされたことで、ユーリの狙撃支援の手が止まる──だが、これでいい。

 

「これで最後──ッ!」

 

 隙を突いて放たれたユーリの弾丸が、コアのある中心部を遮っていた砲台をまとめて吹き飛ばす。これで道は完全に開かれた。ユーリの方にも手を回した分、ひかり達への攻撃が弱まったことも手伝い、2人はぐんぐん突き進んでいき──

 

「やぁああああああああ──!」

 

 目一杯伸ばしたひかりの手が、遂に"グリゴーリ"を捉えた。その瞬間、ひかりの〔接触魔眼〕によって真コアの在り処が示される。

 

「見つけたッ!あっちです──!」

 

 巨大な"グリゴーリ"の機体を這うようにして、コアを目指す2人。拳以外の武器を持っていない直枝の代わりに先行するひかりが、行く手を阻もうと最後の足掻きを見せる"グリゴーリ"の魔の手を撃ち払う。

 

「ったく、やりやがるぜ!──まさかコイツの後ろ(ケツ)に着く日が来るとはな──!」

 

 息の合った動きで最後の妨害をくぐり抜けた先で、ひかりは持っていた九九式を振りかぶり、

 

 

()()だァァァ───ッ!!!」

 

 

 魔眼が導いた真コアの真上に、銃口を力いっぱい突き立てた!

 間髪入れず、直枝もまた己が最も信頼する()を振りかぶる──!

 

 

うぉおおおおおお──ッ! 魔剣(ツルギ)ィ──いっせええええええええええええんッ!!!!

 

 

 突き立てられた九九式ごと、直枝の魔拳が"グリゴーリ"に牙を立てる。ひび割れた漆黒の装甲が砕け、内部のコアを覆う外殻をも破壊する。しかし直枝は力を込めるのを止めない──!

 

 

ウオオオオオオォォォ──ッ!!! ブ ェエエエエエエ───ッ!!!!!

 

 

 力の限り咆哮する直枝の拳が、2層目の外殻を打ち砕いた。2層目破壊の衝撃が伝わり、既に3層目にも深々と亀裂が入っている。これを壊せば、真コアが──!

 

「菅野さん、もう一発──!」

 

「……クッソ……も、鼻血も出やしね──」

 

「菅野さん──ッ!」

 

 予想以上に硬かったコアの外殻を2枚割るのに魔法力を使い果たしてしまった直枝は、悔しげに顔を歪めながら落ちていく。寸での所でその手を掴んだひかり。バランスを崩した拍子に、ポケットからあるものがこぼれ落ちてきた。

 出てきたのは、クルピンスキーに貰ったリベレーター──中には、クルピンスキーの想いが込められた弾丸が1発だけ入っている。

 

「ッ──!」

 

 迷わずリベレーターを掴み取り、真っ直ぐコアに向けて構える。この時ひかりの脳裏では、ロスマンとの訓練の日々が走馬灯のように駆け抜けていた。

 彼女が教わった、魔法力に乏しい自分の戦い方──全身に散らばる魔法力を1点に集中させ──

 

 

「──撃つッ!」

 

 

 引き金を引くと、小さな反動を残して弾丸が撃ち出される。直枝のそれに比べれば可愛いすぎる一撃は、ひび割れていた最後の外殻を粉々に撃ち砕いた。

 

 しかし──

 

「1発ッ……足りない……ッ!」

 

 コアを覆っていた外殻は全て破壊し、剥き出しになった真コアはもう目の前。勝利は目前だというのに、ひかりにはもう武器がない。九九式は壊れ、リベレーターも残弾ゼロ。直枝のようにコアを殴るという真似もできない。

 

「負けられない──絶対、勝たなきゃダメなのに……ッ!」

 

 もう少し自分に力があれば、真コアまで攻撃が届いたかもしれない──そんな後悔を滲ませながら、ひかりは直枝共々真っ逆さまに落ちていく。ニパとクルピンスキーに抱きとめられた2人は、どうにか巣の端まで退避する。

 

「……ねぇ、何か方法は無いの?」

 

「少しずつですが、コアの外殻の再生が始まっています。ここを逃したら……!」

 

「わかってる……けど近づこうにも、こちらの弾薬が保たないわ。菅野さんももう戦えない、この状況じゃ……」

 

「失敗、ってこと……!?ここまで来たのに……!」

 

「ごめんなさいッ……私が、もっと強ければ……ッ!」

 

 絶望に打ち拉がれるウィッチ達。そんな中、静かな──しかしハッキリとした声が聞こえた。

 

「──下原さん、再生してるコアの外殻はまだ1枚だけですか?」

 

「えっ……?は、はい。菅野さんの右手に宿ってた魔法力のお陰で、再生速度はかなり遅くなっているようです」

 

「分かりました。──僕がやります」

 

「ユーリさん……!?」

 

「こんな事もあろうかと、魔導徹甲弾は()()1()()だけ用意があります。菅野さんが戦えない以上、撃てるのは僕だけですが」

 

 思わぬ吉報に、消えかけていた希望が再び見え始める。

 

「じゃあ、皆でユーリさんをサポートすれば……!」

 

「──いえ、皆さんは先に巣を脱出してください」

 

 思わぬユーリの返答に、全員が耳を疑った。

 

「……ユーリ君、まさか本気じゃないよね?」

 

「冗談を言ったつもりはありません」

 

「何言ってんだよユーリさん……!?ここに1人で残るなんて!」

 

 当然ながら納得しない仲間達へ、ユーリは手短に事情を話し始める。

 

「お恥ずかしい話ですが、僕も魔導徹甲弾を撃つのは初めてでして。爆発させた場合、実際にどれほどの威力になるのかは未知数──僕の近くにいたら巻き込まれる危険性があります」

 

「だけど……っ」

 

「弾を1発撃つだけですから、余計な時間もかかりません──皆さんが素早く脱出して下されば、の話ですが」

 

 いくら説得しようと、ユーリは頑として譲らない。実際問題、"グリゴーリ"を倒し得るのはユーリの魔導徹甲弾だけであり、彼の言い分も理に適っている。

 

「……ユーリさん。1つだけ、正直に答えてください」

 

 ユーリの目を真っ直ぐ見据えるサーシャは、戦闘隊長として何よりも優先しなくてはならない事が1つだけある。

 

「……あなた自身は、ちゃんと生きて帰って来ると約束できますか?」

 

 部隊をまとめる隊長の1人として、部下をみすみす死なせるわけにはいかなかった。

 

「……はい。皆さんが、僕は死なないと信じてくれるなら」

 

 真っ直ぐサーシャの目を見返して答えたユーリ。サーシャは逡巡した末に、戦闘隊長として命令を出す。

 

「──これより巣を脱出します!ニパさんは菅野さんを支えてください!」

 

「で、でも……!」

 

「これは命令です、カタヤイネン曹長!」

 

 こう言われてしまっては、ニパとしても逆らえない。まだ納得しきれないながらも、戦闘不能の直枝を抱えて雲の出口へ向かう。他の皆もそれに続き、ユーリ以外の6人は巣から脱出を始めた。

 

「もし死んだら、さすがのボクも怒るからね──!」

 

「どうかご無事で、ご武運を──!」

 

「ユーリさん。絶対、絶対死なないでくださいね──!」

 

 皆口々に激励の言葉を残し、雲の穴へ向かう。巣にユーリ1人が残った所で、シモノフを構え、射撃体勢に入る。

 

「悪いが、実験台になってもらうぞ。"グリゴーリ"──」

 

 ユーリの身体を魔法力の光が包み込み、特徴的な長い銃身に沿っていくつもの魔法陣が多重展開される。その様は、超巨大列車砲のそれと同じ──いや、魔法陣の数で言えばユーリの方が上か。

 

「圧縮術式、展開完了──」

 

 サイトの先で煌々と輝く"グリゴーリ"のコアは、既に外殻が1つ完全再生しており、再び複数の外殻でコアを覆おうとしているようだ。その邪魔をしようという意思を感じ取ったのか、"グリゴーリ"はユーリに集中砲火を仕掛ける──!

 

「流石に、大人しく撃たれてはくれないか……ッ!」

 

 幾筋もの光線をシールドで防ぎ続ける。次第にシールドがひび割れていく中。インカムに通信が入った。

 

 

『ユーリさん!本当に大丈夫なんだよね!?──信じていいんだよねッ!?』

 

 

 耳元で響くニパの声に、ユーリは小さく笑って声を返す。

 

 

「大丈夫ですよ。ニパさんを──502の皆さんを、()()()()()()()

 

 この言葉を最後に通信は途絶。ノイズだけが鳴り響く。どうやら彼女達は無事に巣を抜けたようだ。

 遂に集中砲火に耐え切れず、シールドが突破される寸前──ユーリはユニットのエンジンを全開にし、急降下する。追従してくる光線をくぐり抜け、"グリゴーリ"の真下に到達すると、真上にいる"グリゴーリ"に術式を展開した銃口を突きつけた。同時に、"グリゴーリ"の砲台達もユーリの周囲を取り囲み、全方位至る所で深紅の光が灯り始める。

 

「───!」

 

 互いに銃口を向けた一触即発の数瞬──シモノフの銃身に展開されていた多数の魔法陣を一気にチャンバー内の弾に集約し、ボルトの隙間から輝きが漏れ出す程の魔法力が一瞬で徹甲弾に圧縮充填される──それはまるで、スナイパーライフルのボルトを引き、初弾を装填する動作にも見えた。

 

 この激しい戦いの幕引きの瞬間は、とても静かだった。

 ユーリが引き金を絞った刹那──空気を割るようなシモノフの咆哮と共に、ネウロイのコアにも引けを取らない眩い輝きを湛えた徹甲弾が放たれる。文字通りユーリの()()()()を乗せ、美しい軌跡を描いて駆け上がる閃光の槍は、"グリゴーリ"の機体に大穴を穿ち、無数の亀裂を残しながら、羽撃きを止めることなく飛翔していく。

 

 やがて、"グリゴーリ"の機体の天辺から一筋の光が飛び出したかと思えば──次の瞬間、ペテルブルグを戦火に陥れんとしていた巨大な悪魔の中で、巨大な力が一気に爆ぜる──!

 

 本来の力を発揮したユーリの覚醒魔法〔爆裂〕は、漆黒の悪魔を滅ぼすだけに止まらず、辺りを渦巻いていた暗雲を跡形もなく消し去り、更に巣の上に渦巻いていた雲すらもかき消して、大きな()()()を空けてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 "グリゴーリ"の美しい残骸が舞い散る中、巣の外で待機していた502部隊のウィッチ達は、破片の中から必死に仲間の姿を探す。

 

「……!いました──ッ!」

 

 1番最初に見つけたのは、遠距離視の力を持つ下原だった。彼女の視線の先には、力なく宙を落ちていくユーリの姿が──このままでは、ユーリは地面に真っ逆さまだ。見たところ意識も失っており、ユニットも外れている。シールドによる衝撃吸収は期待できない。

 

 飛べる者は一斉にユニットを奮わせ、少しでも早く届けと願うように、手を伸ばす。

 

「届──けェェェ───ッ!」

 

 そう叫んだのは、果たして誰だったか。

 ともかく、そんな声に背を押されるようにしてユーリの手を掴んだ。

 

「ハァ……ハァ……間に合った──生きてるよね、ユーリさん!?」

 

 自らの名を呼ぶ声で目を開けたユーリは、視界に映った顔を見て小さく笑みを零す。

 

「……ええ、生きてます。信じてましたから。必ず助けてくれると──ニパさん」

 

 最初にユーリの手を取ったウィッチ──ニパは、酷く安心した顔に涙を浮かべる。そこへ、他の仲間達も続々と手を重ね、ユーリの体を支えるのに力を貸す。

 

「バカ……ッ!もし助からなかったらどうするつもりだったのッ!」

 

 厳しい叱責を飛ばすロスマンに、ユーリはか細い声で応える。

 

「……"何があっても仲間を助け、どのような敵を前にしても一歩も退かず、必ず生還する"──502統合戦闘航空団(ブレイブウィッチーズ)とは、そういう部隊でしょう?」

 

 どんなに絶望的な状況であろうと、仲間(ユーリ)の生存を信じて最後まで助けようとしてくれるはず──そんな彼女達を、ユーリもまた信じていたのだ。自分を信じてくれる仲間達のことを。

 

「全く……信じてくれるのは有難いが、気が気でなかったこちらの身にもなれ。……だがよくやった。それでこそ私の部下だ」

 

「……ありがとう、ございま──す……」

 

 その言葉を最後に、ユーリは完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1945年 3月──オラーシャ地方に出現したネウロイの巣"グリゴーリ"の完全消滅が確認された。

 

 雁淵ひかり軍曹は第502統合戦闘航空団へ正式に配属が決定。雁淵孝美中尉は、扶桑へ一時帰国する運びとなった。

 

 同時に──この戦いによって、502部隊に義勇兵として加わっていた世界初の航空ウィザード、ユーリ・R・ザハロフ曹長の存在が、全世界に知れ渡ることとなったのだった。

 




今回で502編は終わりと言いましたね。
アレは嘘……とかでは別にないんですが、もうちょっとだけ続きます。


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魔弾

 "フレイアー作戦"完了から3日後──事後処理として白海周辺のネウロイの掃討作戦を終え、束の間の安息を享受していた502部隊の元へ、とある来客があった。

 

 ブリーフィングルームに集められた502の面々の前には、メガネをかけた金髪の少女の姿が。

 

「──お初にお目にかかります。カールスラント技術省所属、ウルスラ・ハルトマン中尉です」

 

「技術省……?」

 

 聞き慣れない名前に首を傾げるひかりに、ニパが小声で説明する。

 

「ほら、"フレイアー作戦"の時に使った列車砲あったでしょ?アレ作った人達だよ」

 

「ああ、あのおっきい大砲!」

 

「へぇ。初めましてだけど、ホントにエーリカ(フラウ)そっくりだね。流石は姉妹だ。──どうかな?この後ゆっくりお茶でも……」

 

「止めなさい。彼女は列車砲の実戦データを受け取るついでにここに来ただけよ。──早速、本題に入ってもらえるかしら?」

 

「はい──」

 

 ウルスラは抱えていたバインダーを開き、中に入っている書類を読み上げる。

 

「本日は、現在ムルマン基地にて静養中のユーリ・ザハロフ曹長の診断結果をお届けに参りました」

 

「ユーリさんに、何かあったの……?」

 

 隊員達の声を代弁したロスマンに、ウルスラは資料を読み上げることで答える。

 

「──覚醒魔法〔爆裂〕の使用によって魔法力を全て使い果たしたザハロフ曹長ですが、入院してから今日までの僅か3日で魔法力の約8割程が回復しているそうです。」

 

「ンだよ、辛気くせぇ顔してるから何かと思ったら、普通に吉報じゃねぇか」

 

 ユーリの魔法力は並の航空ウィッチを凌ぐ。それを全て使い果たしたとなれば、8割回復するのにも相応の時間がかかるはずだ。瀕死のユーリがペテルブルグに流れ着き、満足に動けるようになるまで1週間かかった事を考えれば、丸3日と言うのは驚異的な回復速度だと言える。

 

「──医師の見解では、その()()こそが危険だとされています」

 

「……続けて」

 

「魔法力に関しては未だ未解明な部分が多いですが、本来魔法力を使い切ってからの回復はゆっくりと時間をかけて行われます。その理由に、回復に際して人体にかかる負担を抑えるよう、無意識下で回復速度を調節しているのではないかという説があるそうです」

 

 つまり、先の戦いで身に宿る膨大な魔法力を一瞬で使い果たし、そこから驚異的なスピードで回復を果たしたユーリの体には、目には見えない大きな負荷が──それも一瞬の大量消費と短期間での大量回復を合わせた2倍──かかっているはずだ。というのが、検査を担当した医師達の見解だった。

 精密検査の結果、ユーリの身体が〔爆裂〕の負荷に耐えられるのは、推定7回──今回の戦いで1度発動した為、後6回〔爆裂〕を使用した場合……死に至る可能性も十分考えられるとのことだった。

 

「──中尉、ひとつ聞かせてくれ」

 

「何でしょう?」

 

 ここまでジっと腕を組んで話を聞いていたラルがおもむろに手を挙げる。

 

「その話──既に上層部にも知られているのか?」

 

 ラルの質問の意図を汲み取れず、隊員達は怪訝な表情を浮かべる。一方、質問を受けたウルスラは、極めて落ち着いた声音で答えた。

 

「それについてもう1つ──アドルフィーネ・ガランド少将より伝言を預かっています」

 

 ウルスラの口から出てきた名前に、502の面々がざわめき立つ──唯一ひかりだけ、そのざわめきの中から外れているようだが。

 

「マジかよ……ガランド少将つったら、オレだって知ってる大物だぞ」

 

「あの、ガランド少将って……?」

 

「ひかり知らないの……!?少将はね──」

 

 アドルフィーネ・ガランド──カールスラント空軍所属の元ウィッチであり、現在は連合軍最高司令部にて世界各地で戦うウィッチ隊の総監を務めている。所謂()()()を迎えたウィッチの多くが退役していく中、軍に残って今や少将という歴代のウィッチ達の中でも最上位の階級まで上り詰めた女傑だ。

 

「──じゃあ、世界中のウィッチの中で1番偉い人……ってことですか?」

 

「そう。……でも、そんな人が伝言ってなんだろ」

 

「聞かせてくれ、中尉」

 

 では。と、ウルスラは小さく咳払いをしてから、ガランドからの伝言を伝える。曰く──

 

「ザハロフ曹長の覚醒魔法については、私から上層部へ伝えてある。"次にアレを使ったら彼の命の保証はない"と。そういうことだから、安心するように。──以上が、少将から頼まれた伝言です」

 

「……って、ちょっと待て。おめぇさっき後6回って言ってたじゃねぇか!適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

「菅野さん落ち着いて。ウルスラ中尉、それはつまり──?」

 

 サーシャの問いかけに、ウルスラは小さく頷いた。

 

「はい。ガランド少将は、ユーリさんの置かれた状況を大いに脚色して報告されたようです」

 

「そうか……向こうで少将に会ったら、感謝していたと伝えてくれ」

 

「了解しました。──では、私はこれで失礼致します」

 

 メッセンジャーとしての役目を終え、ムルマンへ戻っていったウルスラを見送ったラルは、隊長室のソファに深くもたれ掛かる。向かい側に同席しているロスマンが静かに口を開いた。

 

「隊長、先程の話ですが……」

 

「上層部の事か──ザハロフに、後が無いギリギリの状況になるまで魔導徹甲弾の使用を許可しなかったのは、奴の覚醒魔法を本当に最後の切り札だと周囲に印象付ける為だった」

 

 501のガリア解放に続く2度目の巣の攻略──そんな一大作戦でユーリが活躍すれば、まず間違いなくその存在は世界中に知れ渡る。"グリゴーリ"を一撃で消し去ってみせたユーリの覚醒魔法の事を知れば、上層部はユーリを世界各地のネウロイの巣の攻略に駆り出すはずだ。

 それでも、ラルが本人から話を聞かされた時点では「覚醒魔法の発動は弾丸の生成に長い時間を要する」という明確な難点があった。仮にユーリが予てより生成しておいた魔導徹甲弾で決着がついたとしても、それを口実にユーリだけが各地の巣をたらい回しにされる事態を防ぐ算段はあったのだ。

 ……だが、ユーリは文字通り自らの身を削り真の〔爆裂〕を使ってしまった。それに加えて先程ウルスラから聞かされた報告だ。これにより、ラルの計画の土台が揺らぎを見せることになる。

 

「……隊長は、上層部がユーリさんを兵器同然に使い潰すのではないか、と?」

 

「確証もなければ根拠もない、所詮私の妄想だがな──悲しいことに可能性がゼロとも言い切れん」

 

 余計な時間を掛けずとも、魔法力さえ回復していれば発動できてしまう本来の〔爆裂〕は、世界各国──特にカールスラントやオラーシャ、オストマルクを始めとした、ネウロイに国土を奪われた者達にとって、祖国奪還の為の強力な武器になる。当然彼らとて無理強いはしないだろうが、頼みさえすればユーリはそれを受け入れてしまうだろう。

 現状確認できている巣の数は10を超えるが、ユーリの命を全て使い潰す前提なら6つ、ギリギリで踏み止まるとしても5つの巣を攻略できる。立て続けに複数の巣を破壊できればネウロイ側に大きな痛手を負わせることになり、結果的に世界からネウロイを殲滅する為の大きな足がかりになるはずだ。

 

「だがガランド少将のお陰で、一先ずその未来は回避できたと見ていいだろう。彼女の言葉であれば、上層部も軽視はできんだろうからな」

 

「……ですが気掛かりな事もあります。いくらウィッチ隊総監といえど、行動が早過ぎませんか?まるで、誰かに予め頼まれていたかのような……」

 

「そうだな……大方、過保護な保護者が口を出してきたんだろう。例えば、赤髪の女公爵(フュルスティン)──待て」

 

「……はい?」

 

 突然表情を凍りつかせたラルに小首を傾げたロスマン。次の瞬間、ラルは悔しげに呻きながら両手で顔を覆った。

 

「エディータ……訂正する。やはり最悪の未来は避けられなかったようだ」

 

「……ああ──フフッ、こちらも"グリゴーリ"攻略でそれどころじゃなかったとはいえ、見事に出し抜かれましたね、隊長?」

 

「覚えておけ──ミーナ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、ムルマン基地──病室のベッドで体を起こすユーリの前では、首に単眼鏡を下げた妙齢の女性が椅子に腰掛けていた。

 

「──とまぁ、そういうわけだ。いい上官を持ったな、ザハロフ曹長」

 

「……なんというか、思った以上に色んな方々の手を煩わせてしまったようですね」

 

「そりゃあそうさ。君は世界にとって、突然現れた大きな希望なんだ。……今の話を聞いて尚、人類の未来の為にその力を貸してくれるかい?」

 

「……はい。僕に出来ることがあるのなら、全力を尽くします」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。──私としては、是非君には最後まで戦い抜いて、その先の未来を見て欲しいと切に思うがね」

 

「未来、ですか?」

 

「ああ。君が戦う理由はあくまで仲間の為であって、祖国や世界の為ではない。そうなった理由は、世界の美しさをまだ知らないからだ。だから知って欲しい。ネウロイを倒し、平和を取り戻した世界を──君が仲間達と守り抜いた世界の素晴らしさをね」

 

 そう言って立ち上がった女性──アドルフィーネ・ガランドは、ユーリをまっすぐ見据えて言い放つ。

 

「長くなったが、本題に入ろうか──ユーリ・ザハロフ()()、君には体が回復し次第ロマーニャに行ってもらう。現地でとある作戦に備えている504部隊に合流し、そこの指揮下で任務に当たってくれ」

 

「504部隊……その作戦というのは?」

 

 ガランドは窓の外に広がるバレンツ海に目を向けながら答える。

 

「"トラヤヌス作戦"──君も遭遇した事のある、()()()()()()()()()()を試みる作戦だよ」

 

「ネウロイとの、対話……!?」

 

 

「──君には期待しているよ、"魔弾(フライクーゲル)"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Next unit code: 504JFW "Ardor Witches".

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 And……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Return unit code: 501JFW "Strike Witches".

 




はい、これにて本当に502編終了です。

皆様覚えておりますでしょうか?ユーリ君の通称の件を。
最後にガランド少将が口にしましたが、彼は今後「魔弾(フライクーゲル)」の名前で知られることになります。
最初は「魔弾の射手」にしようと思ったんですが、調べたらワイトの角丸隊長と被ってたので…



プロットがある程度固まっていた501編と違い、ざっくりとした結末以外は手探りだった502編をなんとか書ききることができました。皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。

次回の更新は……まぁいつも通り、いつになるかはわかりません。果たして早いか遅いか。
とりあえず「紅の魔女」をもう一度読みながら、見切り発車の準備を続けます。
(まるで成長していない)


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504JFW
ハリボテのユーリ


気付けば本作も1周年。ここまで続けられるとは当時の私は思ってませんでした。
新章の開幕1話目から1万字を超えるとも、全く思っていませんでした……


 第504統合戦闘航空団(JFW)──ロマーニャ及びヴェネツィア防衛の為に結成された、4つ目の統合戦闘航空団。

 隊員にはロマーニャでも精鋭のウィッチを始め、扶桑やブリタニア、ヒスパニア、リベリオンからもエース級のウィッチ達が参加している。

 

 そんな504部隊に臨時で新たな隊員が入ってきたのは、突然の事だった。

 

「──いや~、助かったわ。ウチの子達を助けてくれてありがとね。えーと……ユーリって呼び捨てちゃっていいかしら?」

 

「はい、ご自由に呼んでいただければ。──偶然交戦空域付近にいたのが幸いでした。力になれたようで何よりです。……もっとも、助けは必要なかったかもしれませんが」

 

 隊長室で話しているのは、504部隊隊長を務めるフェデリカ・N・ドッリオ少佐。ロマーニャ空軍の軍服を胸元を大きく開けて着るという扇情的な身なりをしているが、これでも立派な504部隊の隊長であり、ロマーニャ公からの信頼も厚いウィッチだ。

 

「──そう思ったんなら手出ししないでよねッ!!私が華麗にネウロイを倒すところだったのにィ……!!」

 

「えっと……それは本当に、すみませんでした。撃墜スコアはお譲りしますので」

 

「ムキィ~~~!!なによぉ余裕ぶっちゃって!ムカつくゥ~~~!!」

 

「え、えぇ……」

 

 地団駄を踏んでユーリに食ってかかるのは、フェルナンディア・マルヴェッツィ中尉。フェルの愛称で親しまれる彼女は、この504部隊のメンバーであり、隊長であるドッリオに強い憧れを持つウィッチでもある。

 

 彼女がここまで憤慨しているのは、今しがたの言葉から分かるように、ユーリに撃墜スコアを横取りされた事が原因だ。念の為言っておくとユーリ自身にそのような意図は全く無く、100パーセント善意で応援に駆けつけたつもりだったのだが……真っ直ぐネウロイに突っ込んでいくフェルを助けようと行った狙撃支援が完全に裏目に出てしまったようだ。

 

「まーまー落ち着きなさいよ、フェル。これから一緒に戦う仲間なんだから」

 

「一緒に……って、ウチに来るんですかッ!?」

 

「ま、正式所属じゃなくて一時的なものだけどね。──言ってなかったっけ?」

 

「初耳ですッ!!」

 

「そっか、ゴメンゴメン。とにかくそういう事だから、ロマーニャを代表する赤ズボン隊の一員として、ルチアナ達と色々教えてあげてよ。──ユーリも、ウチの子達と仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

「お心遣い、感謝します。ドッリオ少佐。マルヴェッツィ中尉も、よろしくお願いします」

 

 小さく頭を下げたユーリ。対するフェルはというと……

 

「……まぁ少佐もああ言ってるし、いいわ。まずは基地を案内したげる。──といっても、あんまり広いとこじゃないんだけどね」

 

 丁寧なユーリの態度に一先ず溜飲を下げたらしいフェルは、ユーリを伴い基地の中を案内し始めた。彼女の言う通り504基地はブリタニアにあった501やペテルブルグの502基地と比べると規模が小さく、各設備の案内はすぐに終わった。

 

 そこで、部隊のメンバーを紹介すると誘いを受けたユーリは、まず最初にフェルと最も親交の深い2人の隊員と顔を合わせた。

 

「──あ、いた。アンタ達ー!」

 

「んぇ……?あ、隊長!」

 

「そちらの方は……って、えぇッ──!?」

 

 フェルの呼び声に反応した2人の隊員──小柄なプラチナブロンドのウィッチと、対照的に背の高い黒髪のウィッチだ。

 

「紹介するわね。この娘達は私の部下で──」

 

「マルチナ・クレスピだよ!よろしくねー!」

 

「ロマーニャ空軍少尉、ルチアナ・マッツェイといいます。あ、マルチナは曹長です」

 

「……で、コイツが──」

 

「連合軍総司令部の命令で、暫くの間お世話になります。ユーリ・ザハロフ准尉です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げたユーリを見て、ルチアナは戸惑った様子でフェルに耳打ちする。

 

「あっ、あの隊長?この人って……!」

 

「えぇ──さっきの出撃で私が倒すはずだったネウロイを横からかっ攫っていった──最近話題のウィザード様よ」

 

「やっぱり──……っていうか、まだ気にしてたんですね……」

 

 ユーリの存在は新聞で大々的に伝えられている。この3人の中では比較的新聞を読んでいるルチアナは、ユーリの事も紙面上ではあるがよく知っていた。

 

「へー、キミ有名人なんだ?」

 

「まぁ、成り行きで……様付けされる程大層な身分ではないんですが。それに有名人というなら、皆さんの方が──」

 

「あら、私達の事知ってたの?」

 

「お名前を聞いて気づきました。──ロマーニャ公直轄の精鋭部隊、"赤ズボン隊(パンタローニ・ロッシ)"──中でも有名な……お三方にお会いできて、光栄です」

 

 ユーリが微かに言い淀んだのを、フェルは聞き逃さなかった。

 

「別に取り繕わなくていいわよ。今更何とも思ってないしね」

 

 ユーリの歯切れが悪かったのは、フェル、ルチアナ、マルチナの3人の通称のせいだ。

 彼女達は元々、ロマーニャ空軍第4航空団の地上攻撃ウィッチ部隊に所属しており、3人揃って配属された北アフリカ戦線では、カールスラントで身につけた急降下爆撃の技術を遺憾なく発揮して地上攻撃に尽力。ロマーニャには同じ戦法を取るウィッチが殆どいなかったこともあって、いつしか周囲は彼女達3人を"三変人"と呼ぶようになったのだ。

 因みに、504部隊の隊長でないにも関わらず、ルチアナ達がフェルを隊長と呼ぶのは、部隊長を務めていたこの頃の名残だったりもする。

 

「最初こそ"何よそれ!?"って思ったけど、裏を返せば、ロマーニャには私ら以外に同じ事を出来る人がいなかったって事だしね。そう考えれば逆に誇らしくすら思えたわ」

 

「確かに……思い返せば、私達のことを悪い意味で"三変人"って言ってくる人、あまりいませんでしたね」

 

「そだったっけ?ボクあんま覚えてないや」

 

 あっけらかんと言ってみせる3人。明るく陽気なイメージを持たれるロマーニャ人的には、やはり悪意や皮肉めいた気持ちから付けられた名前ではなかったらしい。

 

「──そういや隊長、2人で何してたの?」

 

「少佐に頼まれて基地を案内がてら、部隊の皆を紹介するとこだったのよ。ちょうどいいわ、あんたらも付き合いなさい。見たとこ暇でしょ」

 

「ゴメーン、ボクこれから皆とサッカーする約束あるんだ」

 

「あぁ、あの子達ね。わかったわ、行ってきなさい」

 

「いってきまーす!」

 

 そう言って走っていったマルチナだが、程なくして隊舎の陰からひょっこり顔を覗かせる。

 

「隊長、大尉が呼んでるよー?なんか話があるってー」

 

「タケイが?──分かったわ、今行くー!──…ってことで後は頼むわね、ルチアナ」

 

「えぇっ!?わ、私1人ですか!?」

 

「別に難しいことじゃないでしょ。もう基地の案内は終わってるし、テキトーに歩いて、見つかったメンバーを紹介してけばいいから!じゃ、頼むわねー!」

 

 ルチアナを押し切ってさっさと行ってしまったフェル。残された彼女は、

 

「え、えぇっと……じゃあ、行きましょうか……」

 

 と、フェルに代わってユーリの案内を開始するのだった。

 

 思いの外、紹介はスムーズに進んだ。

 まず最初に出会ったのは、扶桑から派遣された2人組──

 

「──は、初めまして。扶桑陸軍少尉、諏訪天姫(すわあまき)と言います!よろしくお願いします」

 

「同じく少尉の中島錦(なかじまにしき)だ。よろしくな」

 

 名乗った2人にユーリも自己紹介を返すと、錦はユーリを確かめるようにマジマジと見つめてくる。

 

「あの、何か……?」

 

「ああ、いや──男のウィッチって本当にいるもんなんだなぁ。ってさ。てっきり御伽噺とばかり」

 

「世界中を探せば、他にもザハロフさんみたいな方がいるんでしょうか……?」

 

「どうでしょうね……僕には何とも……」

 

「ま、同じ部隊で戦う以上は仲間だ!改めて、よろしく頼むぜ」

 

「はい。微力ながら、力になれるよう頑張らせていただきます」

 

 ルチアナに連れられ次に向かったのは、基地の談話室。作戦前のブリーフィングルームも兼ねているそこには、金髪のウィッチの後ろ姿があった。ソファーに腰掛ける彼女に、ルチアナは声をかける。

 

「あ、いました──ジェーンさん、今お時間大丈夫ですか?」

 

「ルチアナさん?はい、大丈夫ですけ……ど──って、ルチアナさんこの人……ッ!?」

 

「あはは……まぁ、そういう反応ですよね」

 

 先の自分と同じ反応をする金髪のウィッチに、ルチアナは事情を説明する。

 

「なる程……そういう事だったんですね。──申し遅れました、私はリベリオン陸軍のジェーン・T・ゴットフリー大尉です。それと、こちらが──大将、起きてくださいってば、大将……!」

 

 座ったまま自己紹介をしたジェーンは、下へ目を向ける。ソファーの背もたれに隠れていたが、その視線の先には、もう1人ウィッチの姿があった。ジェーンの膝枕で安らかに眠る彼女のジャケットの下に、リベリオン陸軍の制服が見える。

 

「んん──なんだよ……もっと堪能させてくれ……」

 

 "大将"と呼ばれた彼女は、そう言ってジェーンの膝──というよりは、ピッタリ揃えられた脚のより柔らかい部分──付け根の方へと顔を埋めた。至近距離で吹き掛けられる寝息にくすぐったさを覚えたジェーンは、

 

「ひゃうっ!?──たっ、大将……ッ!とにかく、一度起きてくださいッ!」

 

 と、勢いよく立ち上がる。当然、そうなると寝転んでいた彼女はソファーから転げ落ち、床にぶつけた頭が鈍い音を上げた。

 

「いって……なんだってんだ──ん……?」

 

 辺りを見回す寝ぼけ眼がユーリに止まる。

 

「……何で男がここにいるんだ?まさか──上層部もいよいよ本格的にイカれて、こんな子供を重役に据えるようになっちゃったのか」

 

「もう、いきなり失礼ですよ大将!前に少し話したじゃないですか、ペテルブルグでウィザードの方が大活躍した。って」

 

「んん……?あー、そういやそんな話聞いたっけか──んで?じゃあコイツがそのウィザードってやつだとして、何でここにいるんだよ?」

 

「総司令部の指示だそうです。──それより、大将も自己紹介してください」

 

「ふーん……まぁいいや。ドミニカ・S・ジェンタイル。ヨロシク」

 

「ユーリ・ザハロフです。──お会いできて光栄です、ジェンタイル大尉」

 

 ドミニカはリベリオンの中でも屈指の実力を誇るエースウィッチだ。2振りの銃を携えた攻撃的な戦いぶりから、"ワンマンエアフォース"という名も付けられている。そんな彼女の僚機を務めているのが他ならぬジェーンであり、リベリオンウィッチの中でもドミニカの全力の動きについて行ける唯一無二の存在として、彼女を支えている。

 

 因みに、巷では2人の関係がかなり進んでいるという噂もあるのだが──

 

「……ところでお前」

 

「はい……?」

 

「ジェーンを見てどう思う?」

 

「どう、と言われましても……非常に優秀なウィッチと聞いていますが──」

 

「──可愛いだろ?」

 

「えっ?」

 

「ジェーンは可愛いよな?」

 

「たっ、大将ッ!?」

 

 いきなり何を言い出すのかと、困惑するジェーン。そんな彼女を他所に、ドミニカはユーリに詰め寄る。

 

「正直に答えろ。()()()()()()は可愛いよな?」

 

「えと……容姿のことを仰っているのであれば……はい。非常に可愛らしいと思いますが」

 

「えぇっ!?」

 

「よし。ではお前に言っておく事がある。よーく聞いておけ」

 

 ドミニカは突如、恥ずかしそうに顔を赤くするジェーンを抱き寄せると、

 

 

「──私とジェーンは相思相愛だ!ジェーンに色目を使うんじゃないぞ!」

 

 

 そう、はっきり堂々と宣言した。

 

「もうっ、大将はまたそういう……」

 

 一層顔を赤くしながらもまんざらではない様子のジェーンを見るに、どうやら巷の噂は本当だったらしい。

 

「もしジェーンを泣かせたり、妙な真似をしたら……私は全力でお前をボコボコにしなきゃならん。命の保証は無いと思え」

 

 反応に困っているユーリへ強く釘を刺したドミニカ。そこへ、先程のドミニカの宣言を聞きつけたのか、新たな2人の隊員が顔を見せた。

 

「どうかしたのドミニカ?あなたがジェーンとラブラブなのは今に始まったことじゃ──…って、あら?」

 

「む、どうした。シェイド中尉──」

 

「ああ。パティさん、アンジーさん。丁度良かったです」

 

 ルチアナの仲介の元、自己紹介をした2人のウィッチの内、オレンジ色の髪をしているのは、パトリシア・シェイド中尉。かつてユーリも所属していたブリタニア空軍の所属で、3年前のマルタ島防衛戦をドッリオと共に戦い抜いた実力者だ。

 

 そしてもう1人──長い髪を後ろで纏めた厳格そうな雰囲気を纏う少女は、アンジェラ・サラス・ララサーバル中尉。ヒスパニア出身のウィッチであり、あのロスマンと同じくヒスパニア戦役の頃から戦っているベテランである。その時義勇兵としてロマーニャ義勇軍に志願した縁で推薦を受け、彼女はヒスパニア人でありながら名誉赤ズボン隊の称号も持っている。

 

 ……ここだけの話、ラルが502部隊を結成するにあたって隊員候補に彼女の名前があったことからも、その実力が伺えるだろう。結果は見ての通り、失敗したわけだが。

 

「──ザハロフ准尉。"フレイアー作戦"以降療養していたと聞いているが、身体はもう回復しているのか?」

 

「はい。そこは心配に及びません」

 

「そうか。──であれば、私からは何も言うことはない。よろしく頼む」

 

 宣言通り、それ以降一言も口を開かないアンジーをフォローするように、パティが間に入る。

 

「あはは……アンジーはちょっと不器用なだけで、別に悪気があるわけじゃないの。──短い間だそうだけど、これからよろしくね!」

 

「はい。よろしくお願いします!」

 

 差し出されたパティの手を握り返す。これで504部隊のほぼ全員と顔合わせを終えた。あと1人だけ残っている隊員のことを思い浮かべたルチアナは……

 

「──ああ、そうです。お2人は竹井さんを見かけませんでしたか?」

 

「大尉?確か……」

 

「竹井大尉なら、マルヴェッツィ中尉と隊長室へ入っていくのを見かけたが?」

 

 ルチアナがユーリを案内し始める直前に、フェルを呼び出していた竹井という隊員。彼女が504部隊最後の1人らしいのだが……

 

「──うぅ……酷い目に遭ったわ」

 

 と、そこへフラフラとやって来たのは、どこかやつれた表情をしたフェルだった。

 

「あ、フェル隊長!……その様子だと、また怒られたんですね?」

 

「ええ。こないだの報告書に表記漏れがあったとか。──私としたことが、うっかり"書類を書いたのはルチアナだ"って言っちゃったのよ……そしたらタケイがもうカンカン。今の今までこってり絞られてたってわけ」

 

「そうですか……あの、すみませんでした。私のせいで……」

 

「──いいえ。ルチアナさんが謝ることじゃないわよ?」

 

 不意に聞こえた新たな声。その声を聞いた瞬間、フェルがビクッと体を震わせる。

 ドッリオと一緒に談話室に入ってきたのは、扶桑海軍の軍服に身を包み、柔和な笑みを湛えたウィッチだった。

 

「あの報告書は元々フェルナンディアさんの仕事だもの。確かに書類に不備があったのはルチアナさんに原因があるけれど、最低限フェルナンディアさんが提出前にきちんと確認していれば防げた事よね?」

 

「う……そ、それはホラ、アレよ。優秀な部下を信頼しているからで……」

 

「自分は悪くない、と──?」

 

 浮かぶ笑みから突然温度が失われ、その内から有無を言わさぬ迫力が滲み出てくる。

 その冷ややかな笑みを目にした瞬間、無関係であるはずのユーリまでもが背筋に冷たいものを感じた程だ。

 

「だっ──だから反省してるって言ったじゃない~ッ!次からは私も手伝うわよ!」

 

 あくまでも自分1人で書類を片付ける気は無いらしいフェルはルチアナに泣きつく。その様子を見て嘆息した彼女は、その視線をユーリに向ける。

 

「挨拶が遅くなっちゃってごめんなさい。私は扶桑海軍大尉、竹井醇子です。504部隊の戦闘隊長よ」

 

「やはり、あの竹井大尉でしたか……!」

 

 何を隠そう、醇子はリバウ撤退戦を経験したウィッチであると同時に、あの美緒と肩を並べる"リバウの三羽烏"の1人なのだ。個人での戦闘能力や前線指揮能力こそ美緒に分があるとされている一方で、より規模の大きい部隊単位の指揮や運営、兵站管理の能力にかけては美緒以上と評されており、撤退戦以降、504部隊に招聘されるまでは扶桑本国で教官として後進達の育成に勤しんでいたのだという。

 

「──さて。見た感じ、自己紹介はタケイで最後だったっぽいわね。いい時間だし、皆集めてお昼にしましょ!」

 

「そうですね」

 

 ドッリオの提案を受け、本日の食事当番である醇子はキッチンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな顔を加えた504部隊の昼食には、料理上手な醇子お手製の肉じゃがが振舞われた。統合戦闘航空団では各隊員が持ち回りで自国の料理を振舞うことも多いのだが、中でも扶桑料理は高い人気を誇っており、504部隊のメンバー達も醇子の作る料理が出る日は各々食べる量が増えるとか。

 

 今回もその例に漏れず、賑やかな食卓になるはずだったのだが……

 

「──ザハロフ准尉。今の発言は聞き捨てならんぞ」

 

「はい……?」

 

「"最低限食べられればなんでも"……!?聞けば准尉はブリタニアとオラーシャのハーフらしいな。やはりブリタニア人は食に対する熱意が足りんッ!」

 

「アンジー、落ち着いて!ユーリに言ったって仕方ないでしょ?」

 

「シェイド中尉もだ!以前諏訪少尉達が持ってきたうなぎに対する冒涜的発言、私は忘れていないぞ!」

 

「え、えぇ……っ!?」

 

 想定とは随分違った賑やかさを見せ始めた食卓。事の経緯を簡単に説明すると……

 

 醇子がユーリの食の嗜好を何気なく聞いた際「嫌いな食べ物は無い」と答えたまでは良かったのだ。しかしその瞬間、ペテルブルグで味わったクルピンスキーの料理のことを思い出してしまい──「人体に害が無く、最低限食べられるものであれば、なんでも大丈夫です」と続けてしまったのがユーリ痛恨のミスだった。

 食に対し並々ならぬ拘りを持つアンジーがその発言に異を唱え、今に至るというわけだ。

 

「──例えばこの肉じゃがだ!じゃがいもはカールスラントをはじめとする世界中で親しまれている作物だが、大抵は蒸かすか揚げるかしか調理のバリエーションは無かった。それがどうだ──じゃがいもを他の具材と一緒に煮込み、内部までしっかりと味を染み込ませることでこれまでのじゃがいも料理の固定観念を粉々に破壊したこの肉じゃがという扶桑料理の素晴らしさ!しかも大尉の話によれば、調味料の配分を変えるだけでも味わいは多種多様になるというではないか!ここまで奥深いじゃがいも料理を私は見たことがない!それを……ッ」

 

 肉じゃがを熱く語るアンジーは、人差し指をユーリとパティに突きつける。

 

「それを前にして何だ!?"食べられればなんでもいい"など、料理を作ったシェフに対する──いいや、最早材料になった食材達に対しても失礼だとは思わんのか!?」

 

「──アンジェラさん?食事中にお行儀が悪いわよ?」

 

「ッ……失礼した。せっかくの美味い料理を台無しにするような真似を……」

 

 先程のフェルのときとは違い、優しくたしなめるような声でアンジーを制止した醇子。ヒートアップしていたアンジーが彼女の言葉にあっさり従った事にやや面食らいつつも、食事は再開された。

 

「──にしてもアンジーって、ホントに料理を前にすると性格変わるわよねぇ」

 

「マルヴェッツィ中尉……それではまるで私が大食らいのようではないか。──以前にも言っただろう。我々ウィッチはいつ死ぬとも知れない身だ、せめて食事くらいは1回1回をより満足のいくものにしたい。それだけだ」

 

 アンジーの名誉の為に言っておくと、彼女は悪い意味で舌が肥えているとか、食い意地が張っているわけではない。彼女の場合は食事の量や効率より質を重視するタイプというだけなので、くれぐれも誤解しないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて──その後も隊員達とコミュニケーションを取り、例の如く名前で呼んでも良いかなどの確認を終えたユーリ。いつの間にやら日も暮れており、ユーリは基地に設置された浴場へ足を運んでいた。これまた例の如く男湯と女湯が分かれている訳ではないため、ユーリの入浴は1番最後となっている。

 

 身体を洗った泡をシャワーで流し終えたユーリは、背後で湯気を立ち上らせる湯船を見やる。

 

「……そういえば、結局ブリタニアでは入らず終いだったな……」

 

 501にいた頃は元よりシャワーだけで手早く済ませる質だったこともあり、ゆっくり湯船に浸かる事は終ぞなかった。

 女性陣は既に全員入浴を終えたと聞いているし、折角と思ったユーリはゆっくりと湯船に身体を沈めた。

 

「おぉ……これは、中々……」

 

 浴槽に満たされているのは同じお湯のはずだが、シャワーとはまるで違う。浸かっているだけで暖かさが身体に染み込んでくる。そして──

 

「────…」

 

 ユーリの意識もまた、沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮遊感にも似た感覚の次にユーリが感じたのは、これまた不思議な感覚だった。どうやら横たわっているらしい身体は硬い床の感触を感じるのだが、一部分だけ──後頭部の辺りから、不自然に柔らかい感触が伝わってくる。

 

「ん──…」

 

 妙に重い瞼を開くと、そこには──

 

「──あ、気がついた?」

 

「………」

 

 突然の事で言葉が出なかった。天井を見上げるユーリの視界には、見覚えのある顔が。

 

「ド、ドッリオ隊長……ッ!?」

 

 数秒遅れで自分が置かれている状況を理解したユーリは、慌てて起き上がろうとする。が──

 

「ッ──!?」

 

 力を込めた瞬間、ユーリの身体は大きくフラつき、踏ん張ることもできずに倒れて込んでしまう。

 

「おっ、と──大丈夫?」

 

 危ないところをドッリオに抱き止められたユーリだったが、今度は思い切りドッリオの胸に顔を埋める形になってしまった。普通なら即座に押し退けるなり、悲鳴の1つでも上げそうなものだが、ドッリオは笑いながらユーリの頭をポンポンと叩く。

 

「すっかりのぼせちゃったみたいね?流石にビックリしたわ、入ったら湯船で溺れかけてるんだもの」

 

 ドッリオの声は最早まともに聞こえていない。ユーリの脳裏を駆け巡っていたのはただ1つ──早くここから退かねば──それだけだった。

 

「あ、あのっ……隊長。もう、大丈夫ですから……っ」

 

「ダメよ、まだフラフラじゃない」

 

「でっ、ですがこの状態は……!」

 

 ユーリの言いたいことを察したドッリオは、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「あらぁ?もしかして、女の子の裸を見るのは初めてだった?」

 

「当然ですっ!とっ、とにかく一度離れてください……っ!」

 

 どうにか密着していた体を引き離したユーリは、途端に頭がくらくらして気分が悪くなる。ドッリオの言う通り、まだ回復には程遠い状態のようだ。

 

「もう──ほら、せめてもう少しこうしてなさい」

 

 彼女の手で再び寝かせられる。頭は先程と同様、褐色の膝の上に。せめてもの抵抗として、ユーリはしっかり両目を瞑った。

 

「ふふっ、そうそう。隊長の命令には素直に従っときなさい」

 

 ドッリオが何故ここにいるのかというと──書類仕事がひと段落ついた為、気分転換にもうひと風呂浴びようと風呂場を訪れたところ、のぼせて湯船で溺れかけていたユーリを発見。ここまでつきっきりで介抱してくれていたらしい。

 

「……情けない姿をお見せして、すみません」

 

「どうして謝るのよ?」

 

「……僕が504部隊に来た理由、隊長はご存知なんじゃないですか?」

 

「……そうね、うん。今の所、私とタケイだけが知ってるわ」

 

 ユーリがここに来た理由──それは504部隊が臨むことになる前代未聞の作戦を支援する為だ。

 

「もし何かあった時、僕は皆さんの力にならなければいけないのに……作戦前からこのザマです。……挙句の果てに、その……事故とはいえ、女性である隊長に不埒な真似を働く始末」

 

「どうせならもっと堪能しておけば良かったのに♪ああいうの、ラッキースケベって言うらしいわよ?」

 

「……それを素直に受け入れたら色々とマズい気がするんですが」

 

 不意に、先程まで顔全体で感じていた柔らかな感触がフラッシュバックする。ユーリがそれを慌ててかき消した所で、ドッリオが口を開いた。

 

「──私はね。面白い人しか部隊に入れない主義なの」

 

「……?」

 

「確かに、上層部から人型ネウロイとの接触だけじゃなく、交戦経験まであるあなたが来るって聞かされた時は、正直心強いと思ったわ。只でさえ人型に関する情報は少ないし、そんなのとコミュニケーションを取ろうだなんて、接触するウィッチのリスクが大き過ぎるもの」

 

 しかし彼女のポリシーである面白いかどうか、という観点は、彼女自身の目で見なければ判断できない。504部隊の隊員の大部分がそうやって選出された以上、そこへ突然ウィザードが入ってきて、果たして上手くやっていけるかどうか……彼女も不安な部分はあったのだろう。

 

「私から見たあなたの第一印象は、"素質はあるけどまだまだ"だったのよね。折角の面白さが内側に押し込められちゃってる、みたいな」

 

「はぁ……」

 

「で、ちょっと強引にでもそれを引き出そうと思えば出来たわけなんだけど──何だかあなた、今の状態で満足しちゃってるような気がしたのよね」

 

 ドッリオがユーリを一目見た時、彼女の直感が伝えてきたのは、どこか歪に思えるユーリの内面だった。簡潔に表すなら「無欲過ぎる」といったところだろうか。

 人間誰しも、未来に向けた何かしらの目標や願いを持って今を生きている。それはウィッチだって例外ではない。──祖国を奪還し、家族と暮らした暮らしを取り戻したい。この戦いが終わったら、世界中を旅したい。予てより興味のあった夢に挑戦したい──そんな未来に向けての希望が、ユーリからは一切感じられなかったのだ。

 あるとすれば即物的なものだけ──ユーリの場合「仲間や家族を守りたい」がこれに当たる。立派な目的であるのは間違いない。だがそれは夢や目標のように、追い求めるものでないのもまた確かだ。この戦いが終わり、仲間達を守る必要が無くなったら……その後、一体ユーリには何が残るのだろうか。

 

「勿論、人の生き方はそれぞれだし、何より本人がそれで良いと思ってるんなら、私が手出しするのは良くないかなって思ったんだけど……あなたの場合、多分そうじゃないわよね?」

 

 ユーリを見下ろすドッリオの瞳からは、僅かながらも確かな憐憫が見て取れる。

 彼女自身初めての体験かもしれない。彼女の天才的とも言える直感は、まるで直接覗き込んだかのようにユーリの内側を感じ取っていた。

 

 幼い頃からひたすら戦う為に育てられたユーリは、()()()()のだ。

 この世に生を受け、時を重ねながら、様々なものに触れることで、人は多種多様な夢を抱く。だがユーリは違った。10年以上の時を過ごした狭く閉じた世界には、おおよそ夢と呼べるようなものが存在しなかった。

 

 ユーリは夢を求めない。そんなもの知らないのだから、それが当たり前だったのだから。

 

 ドッリオがどうして憐みを感じているのかすら、ユーリはよく分かっていないはずだ。これではまるで、中身が空っぽのハリボテではないか。

 

 ──だが、ユーリの中にそういった物が全く存在しないわけではない。先も言ったように、無いのではなく、認識できていないだけなのだから。先程ドッリオの胸にユーリが倒れ込んだ際、彼は慌てて離れようとしていた。それは嫌悪から来る行動ではない。要するに、人並みにあるはずの欲を凄まじい理性で押さえつけているのが今のユーリなのだ。

 

「──ユーリ。あなたはもっと自分に正直になりなさい。折角の人生なんだから、今のままじゃ勿体無いわ」

 

「正直に……」

 

「さて、そこでもう一度聞きます。──初めての女の子の身体はどうだった?」

 

「なッ……!?」

 

 すっかりのぼせも引き、火照りの収まった顔がもう一度赤くなる。

 

「へ、変な言い方をしないでください!──もう大丈夫ですので、失礼しますッ!」

 

 足早に浴場を出て行ったユーリ。静まり返った浴場にドッリオ1人が残されたかと思うと、脱衣所とを隔てていた戸が僅かだけ開かれる。

 

「……介抱して頂いた事は、ありがとうございました。おやすみなさい」

 

 それだけ言い残し、ユーリは今度こそ風呂場を後にした。

 

「ふふっ……弄ったら結構可愛いところあるじゃない」

 

 小さく笑ったドッリオは、自身も湯船に身を沈めるのだった。

 

 尚、部屋に戻ったユーリがベッドに入らず、正座したまま眠りに就いた事は本人のみぞ知ることである。

 




ドッリオ少佐が劇中でも言っているように、ユーリ君が504に身を置くのはトラヤヌス作戦が終わるまでという短い間ですが、コミックス「紅の魔女」をまだ読んだことないという方に、504メンバーの魅力を少しでもお伝えできればと思います。

尚、のぼせたユーリを介抱してくれた少佐が果たしてタオルを巻いていたのかは……皆様のご想像にお任せします。




それはさておき。ここらで一度、ユーリ君の事がどこまで世界に知られているのかを整理しておきましょう。


・ユーリは男でありながら魔法力を持つ航空ウィザードである

・彼は天性のストライカー操縦技術を持っており、501部隊に義勇兵として志願。ガリア解放の為に尽力する。

・ガリアの巣が消滅した後、続けて502部隊にまたも義勇兵として志願。ここでも獅子奮迅の戦いぶりで白海の巣の撃破に貢献する。


ざっとこんな感じです。
実際、ユーリ君のストライカー操縦技術や銃の扱いなんかは幼少期から厳しい訓練を積んで身につけたものですが、表向きには上記の形で民衆達に伝わっています。1から10まで真実を知ってるのはブリタニア空軍の上層部と501、そして502の上位メンバー4人だけです。


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教えて欲しい

※形式上、一部台本形式となっております。予めご了承ください。



 ユーリが504部隊に合流して、僅か2日。ネウロイ相手の実戦に代わって部隊内での模擬戦を何度かこなし、連携も板についてきた頃──"トラヤヌス作戦"を2日後に控えた504部隊の元へ、とある案件が舞い込んできた。

 

「──取材、ですか?」

 

「ええ。まだ仮のタイトルだけど──"世界初のウィザードへ独占取材!胸の内に隠された秘密とは!?"──だそうよ」

 

 その存在を世に知らしめるきっかけとなった"フレイアー作戦"以降、世界初のウィザードであるユーリへの注目は際限なく上昇している。その話題性に目をつけたのか、リベリオン誌からユーリを取材したいというオファーがあったのだ。

 

「作戦前の大事な時だし、私も少佐も最初は断ろうと思ったんだけど、どうも訳アリというか……ただの取材ってわけじゃないみたいなの」

 

 醇子が手にしている手紙。オファーを寄越した記者から渡された物だというそれには、見覚えのある名前が記載されていた。

 

 

 ──502部隊隊長 グンドュラ・ラル

 

 

「内容はまぁ……"ユーリのインタビューをしっかりサポートしてあげて"ってとこかしら。直前の知らせになっちゃって悪いけど、取材は明日。あなたさえ良ければ、この話は受けるつもりだけど、問題ない?」

 

「はあ……僕は大丈夫ですが……」

 

「じゃあ決まりね。先方に連絡しておくわ」

 

 ユーリを隊長室から帰し、2人きりになったドッリオと醇子。その表情が、やや真剣みを帯びる。

 

「──にしても、インタビューとは502の隊長さんも面白いこと考えるわね」

 

 ラルが記者に持たせた手紙には、インタビューの"裏の目的"が記載されていた。掻い摘むと──

 

 

 民衆に対するユーリ・ザハロフの人気を高めるサポートをして欲しい。それが彼を守ることに繋がる。

 

 

 ユーリが世界の民衆達から一定の人気を博するようになれば、以前ラルが危惧していた最悪の事態を防ぐ為の更なる予防線に成り得る。詳細こそ記載されていないものの、ラルが至って真面目にドッリオ達へ協力を要請しているという事は、この短い文面からでも伝わった。

 

「502部隊のグンドュラ・ラル少佐というと……あまりいい噂は聞きませんが」

 

「そう?私は結構好きよ。1回会った程度だけど、気が合いそうだったし」

 

「そ、そうですか……」

 

 醇子はラルと面識はないが、遊び心が旺盛すぎるドッリオと気が合うという時点で嫌な予感しかしない。

 

「ま、如何にもウチ向けな案件だし、手伝ってあげようじゃない。ユーリもれっきとした504部隊の仲間だしね」

 

 そう意気込んだドッリオは、善は急げとばかりに準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日──基地の談話室は一層の賑やかさを見せていた。それもその筈、部屋の中には504部隊の隊員達が全員集合している他、更に新たな顔が1人追加されているのだ。

 

「──あたしはデビー・シーモア。リベリオンでカメラマンをやってる。まずは取材に応じてくれたことを感謝するよ。ユーリ・ザハロフ准尉」

 

 差し出された手を握り返す。銃など握った事もなさそうな、柔い感触。だが彼女も彼女で取材の為に各地へ飛んでいるからか、不思議と貧弱には感じなかった。

 

「こういう取材は初めて?緊張してる?」

 

「……正直、戸惑ってはいます」

 

「ははっ、そんなに警戒しなくていいよ。502部隊のラル少佐とはちょっとした知り合いでね。最初はペテルブルグに行ったんだけど、そしたら君はもう別の部隊に行ったって言われてさ。使える手を全部使って、大急ぎでロマーニャまで来たって訳」

 

 流石に疲れたよ。と軽口を叩くシーモア。他所には知らされていないはずのユーリの動向を一体どうやってキャッチしたのかと思っていたが、どうやら情報源はラルだったらしい。

 

「それと、504部隊の皆さんも。お手を煩わせてすみませんね」

 

「いーのいーの。気にしないで。ウチとしても全面協力させてもらうわ。──といっても、基本的には私だけだけどね」

 

 本来ここにいなければいけないのは取材を手伝うドッリオと、そのお目付け役である醇子のみなのだが、他の面々もユーリという人間をよく知りたいという興味から、単なる野次馬精神といった様々な理由でこの場に居合わせている。

 

「それじゃあ始める前に、この取材の趣旨を簡単に説明させてもらうね。今回の取材は、ウィザードとしてのザハロフ准尉だけじゃなく、彼個人としての側面も押し出していこうと思う。例えば私生活に関する事とかね。そうして、インタビューを読んだ人達に君という人間に対する親近感を与えるのが、この取材の狙いだよ」

 

 軍人然とした堅苦しいものではなく、あくまでフランクな内容にすることで、世界初のウィザードであるユーリへの印象を良くする。そうすることで、軍は国民達から反感を買う事を嫌ってユーリに対し大っぴらに手を出せなくなる。それがシーモア及びドッリオに協力を要請したラルの狙いだった。

 

「じゃあ早速始めようか。ドッリオ少佐は、昨日渡した資料の中から気になったものをピックアップして、ザハロフ准尉に質問をするインタビュアーを頼むよ」

 

「任せて。それじゃあまずは名前とスリーサイズを──」

 

「隊長?」

 

 いきなりとんでもない質問をし始めたドッリオに、早速醇子がストップをかける。

 

「えっと、確か胸囲が──」

 

「ユーリさんも答えないでいいから!」

 

「えっ……は、はい」

 

「どーして止めるのよタケイ?これを読む人の中には、ユーリのスリーサイズを知りたい人だっているかもしれないじゃない」

 

「そういう問題じゃありません!スリーサイズは無しです、無し!私の友人の教え子なんですからね一応!?」

 

「ちぇ~……っ」

 

 不満そうに唇を尖らせるドッリオによって、本格的にユーリへのインタビューが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 ドッリオ「まずはお名前と階級をお願いします!」

 

  ユーリ 「ユーリ・R・ザハロフです。階級は、先日准尉へ昇進させて頂きました」

 

 ドッリオ「好きな食べ物は?」

 

  ユーリ 「基本何でも食べられますが、ブリタニアやペテルブルグでいただいた扶桑のお味噌汁は美味しかったですね」

 

 ドッリオ「扶桑の家庭料理ね。食の嗜好は庶民派、と。──ザハロフ准尉といえば、欧州東部戦線での活躍が記憶に新しいですが、その前はあの501部隊にも参加していたんですよね?」

 

  ユーリ 「はい。義勇兵として501部隊に志願して、先輩方からご指導をいただきました」

 

 ドッリオ「501のあったブリタニアと502のペテルブルグでは環境もかなり違ったと思いますが、大変だった事は?」

 

  ユーリ 「そうですね…やはりペテルブルグは欧州でも有数の激戦区ですから、あまり物資に余裕がありません。なので、機材や武器弾薬だけでなく、食料等もできる限り無駄にならないよう大切に使っていました。ネウロイと戦うにはきちんと食べて体力をつけないといけませんし、かと言って食べ過ぎもいけません。その辺りの調整は、炊事を担当してくださっていたウィッチの方に感謝ですね」

 

 ドッリオ「ふむふむ……ここからは、そんな激戦区を渡り歩いてきたザハロフ准尉の内面を深堀していきたいと思います。まず最初に──ズバリ、最も尊敬している人は?」

 

  ユーリ 「最も、と言われると、やはり501部隊の隊長を務めていたミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐でしょうか。ブリタニアでは、本当にお世話になりました。ご迷惑をお掛けしたこともありましたし、お詫びも兼ねて、いつか恩返しができればと思っています」

 

 ドッリオ「あぁ、ヴィルケ中佐ね!私も中隊長会議で会った事あるわ。物腰柔らかくて優しそうなのに、仕事できるオーラ凄いわよねあの人。……もしかして、ユーリってばああいう人がタイプだったり?」

 

  ユーリ 「そういうつもりで言った訳では──」

 

 ドッリオ「それじゃあ次の質問ね。ザハロフ准尉はいつもヘアピンを着けてますが、大切なものなんですか?」

 

  ユーリ 「はい。ブリタニアで誕生日を祝って頂いた際、プレゼントとしていただきました」

 

 ドッリオ「プレゼントという事は、501のウィッチの皆さんから?」

 

  ユーリ 「はい。大切な宝物です」

 

 ドッリオ「うんうん。もらった物を大切にするのはいいことね。そこで聞きたいんですが、准尉のここまでの活躍と、世界初のウィザードということも相まって、さぞモテるんじゃないですか?」

 

  ユーリ 「モ、モテる……?」

 

 ドッリオ「ウィッチ同士の恋愛はそう珍しいことじゃないですけど、ウィザードであるザハロフ准尉なら周囲の女性──それこそ、同じ部隊にいたウィッチから愛の告白の1つや2つ、された経験があるんじゃない?」

 

  ユーリ 「……そういった事は全くありませんでしたね。僕がいたのはどちらも最前線でしたから──語弊のある言い方になってしまいますが、皆さんそういった事に目を向ける余裕も無かったと思います。……一部例外もありますけど」

 

 ドッリオ「なる程……では逆に、准尉から見た場合はどうでしたか?1人くらいは好みのタイプとかいたんじゃないですか?」

 

  ユーリ 「あの、取材の趣旨が変わりつつあるのでは……?」

 

 ドッリオ「いいからいいから!どうなの?」

 

  ユーリ 「好みと言われても……女性と接した経験自体多くないので、正直よく分からないです」

 

 ドッリオ「えぇ~?じゃあじゃあ、ウチだったらどう?」

 

  ユーリ 「……はい?」

 

 ドッリオ「504部隊には好みの娘とかいないの?これは自慢だけど、ウチの子達皆可愛いでしょ?」

 

  ユーリ 「いえその、もちろん、皆さん非常に美しい女性であることは承知してますが……」

 

 ドッリオ「でしょでしょ~!我ながらいい人選だったと思うわ!ドミニカ達が来てくれたのも、ラッキーだったわね──っと、話を戻して……それで、どうなの?私的には……ルチアナなんかどう?同じ狙撃手だし、結構気が合うんじゃないかしら。ルチアナはいい子よ~?」

 

  ユーリ 「そう言われましても……どう答えればいいんですか」

 

 ドッリオ「どうも何も、正直に答えればいいのよ。──それとも何?もしかしてユーリは"自分より背の高い女なんて認めん!"とか言っちゃうタイプ?」

 

  ユーリ 「背……?身長と、その人への好感度に何の因果関係があるんですか?」

 

 ドッリオ「ほほう?つまり、愛さえあれば関係ないと……」

 

  ユーリ 「──とにかく……その、仲良くして頂けたら嬉しいです。これ以上は問題発言になりそうなので、勘弁してください」

 

 ドッリオ「はいはい。えーっと、これだけは絶対聞いて欲しいって質問があるわね。なになに──ザハロフ准尉はウィッチの方々と同様にストライカーユニットを履いて飛んでいますが、ズボンはウィッチ達と同じ女性用のものを履いてるんでしょうか?それとも裾の長いズボンなんですか?──だって」

 

  ユーリ 「そういう疑問を持つ方もいらっしゃるんですね──僕が履いてるズボンは、一般の男性兵士も履いてる膝丈のズボンとそんなに変わりませんよ。ユニットを履く時邪魔にならないよう、裾を少し詰めてあります」

 

 ドッリオ「でも結構綺麗な脚してるし、女物のズボン履いてても違和感なさそうよね。試しに履いてみたら?」

 

  ユーリ 「絶対に嫌です」

 

 ドッリオ「なんでよー。502部隊では女装したこともあったって聞いたわよー?」

 

  ユーリ 「どこから聞いたんですかその情報!?」

 

 ドッリオ「とある筋からの情報(リーク)よ。否定しないってことは本当だったみたいね」

 

  ユーリ 「し、してないです!だいたいなんで僕が女装なんか……!」

 

 ドッリオ「焦ってるのが見え見えよ~?機会があったら、ユーリに私秘蔵のコスチュームを着てもらおうかしら──っと、流石に外野(タケイ)の視線が怖くなってきたので、私的な質問はこの辺で。軌道修正しまーす」

 

  ユーリ 「うぅ……」

 

 ドッリオ「気を取り直していくわよ。──といっても、もう終盤なんだけどね」

 

  ユーリ 「大部分、隊長の私的な質問ばかりじゃないですか」

 

 ドッリオ「細かいことは気にしなーい。じゃあ次行くわよ───」

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 インタビューもいよいよ終盤。ドッリオはユーリに質問を投げかける。

 

「ザハロフ准尉が、ウィザードとしてネウロイと戦おうと思ったきっかけはなんですか?」

 

 ここまで戸惑いながらもスムーズに答えてきたユーリだが、ここで初めて、明確な沈黙が流れる。

 

 ユーリのウィザードとしての出自や戦うきっかけは、今や軍事機密扱いだ。ましてやこれは世界中に頒布される雑誌の取材、絶対に真実を明かすわけにはいかない。

 かと言って、何か高尚な理由があるわけじゃないのも事実。逡巡しながらチラリと目を向けた先では、ドッリオが優しげな目でユーリを見つめていた。答えを催促するでもなく、助け舟を出すでもない。「答えなら分かっているだろう」とでも言いたげな彼女の視線を受けたユーリは、考えた末に、恐る恐る口を開いた。

 

「……最初は、特に理由らしい理由なんてありませんでした。"僕はウィザードだから戦わなければいけない"と、そう言われ続けたから──然して疑問も抱かず、そういうものなんだと思っていたんです」

 

「統合戦闘航空団で戦う内に、心境の変化があったってことね?」

 

「はい。501部隊と、502部隊──どちらからも大切なものを教えて頂きました。今の自分にとって、どれもかけがえの無い経験です。僕を仲間だと言ってくれる方々の大切なものを守りたい、その気持ちに報いたい──今は、それが僕の戦う理由です」

 

 自分勝手な理由ですみません。と目を伏せるユーリ。ドッリオは小さく微笑み、続く質問を投げかける。

 

「これが最後よ。──ザハロフ准尉は、この戦いが終わったら、何がしたいですか?」

 

 再びの沈黙。無理もない。ユーリは本来、役目を終えれば使い捨てられるはずだった兵器だ。501部隊との交流を経て、その運命から解放されたはいいものの、肝心のユーリ本人は──わかり易く言えば、仕える先がマロニーから仲間達へ変わったに過ぎない。骨組みだけだった心に肉こそ付いたが、それでもまだ、彼が人としてこの戦いを生き抜く為に必要な(もの)が致命的に欠けている。

 

「──ま、今はまだ分かんないか。ネウロイとの戦いで、それどころじゃないもんね」

 

「……すみません」

 

「いーのいーの。気にしないで──さて。シーモアさん、インタビューはこんな感じで大丈夫?」

 

「うん。写真も沢山撮れたし、いい記事になりそうだ。准尉も取材ありがとう。──あとコレは少佐に。ほんのお礼です」

 

 ドッリオと握手を交わしたシーモアは、彼女に1通の小さな封筒を手渡して基地を去っていく。

 

「お礼って何かしら……」

 

 中身が気になったドッリオが早速封筒を開封すると──

 

「ムフフっ……あらあらぁ~?」

 

 入っていたのは1枚の写真らしく、中身を改めたドッリオの表情が、ニヤニヤと心底楽しそうに緩んでいく。

 

「ふ~ん。なるほどねぇ?へぇ~?」

 

 何やら意味ありげな目でユーリの身体を舐め回すように見るドッリオ。流石に気になったのか、近くにいたフェルやドミニカ達もこぞって彼女の手元を覗き込んだ。

 

「えっ……?えぇえええええええ──ッ!?」

 

 開口一番驚愕の声を上げるフェル。

 

「嘘でしょ……()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「……はい?」

 

 フェルはドッリオから受け取った写真を手に、写真とユーリとで視線を行き来させる。

 

「あの、一体何が──」

 

 そこはかとなく嫌な予感を感じつつ、ユーリは意を決してフェルの持つ写真を覗き込もうとするが、寸での所でフェルが手を引っ込めてしまう。

 

「取材の時は少佐の冗談かと思ってたけど──」

 

 公開された写真には、カールスラントの民族衣装に身を包んだ黒髪の少女が写っていた。

 

「…………」

 

 待て。この少女の顔立ちには見覚えが無いだろうか?そもそも少女というか、どこか少年のようにも見えるというか……何より、彼女(?)が髪に着けているヘアピン。ユーリが今まさに着けているものと非常に酷似している。いっそ同じものだと言われた方が納得できる程だ。

 それもその筈。何故なら──

 

 

「……な──なんでその写真があるんですかッ!?

 

 

 この写真は、去年ペテルブルグの502基地で執り行われたサトゥルヌス祭の折に、ユーリが隊員達の前で披露させられた女装姿を撮影したものだからだ。カメラマンは言わずもがなクルピンスキー。

 しかし。しかしだ。あの時ロスマンの手によってフィルムは回収されており、クルピンスキーが写真を現像するのは不可能なはずなのだが……

 

 とにかく。今はあの写真を一刻も早く奪い取り、処分しなくては。そうと決めるなり、ユーリはフェルの持つ写真に手を伸ばす。不意を突かれたフェルだが、危うい所で写真を避け、ユーリから距離を取る。これを皮切りに、談話室内での熾烈な鬼ごっこが幕を開けた。

 

「ちょ、フェルさん逃げないでください!」

 

「なによいいじゃない別に!似合ってるって言ってんでしょ!」

 

「そういう問題じゃありません──!」

 

 懸命に逃げ回っていたフェルだが、やはり身体能力ではユーリに分がある。距離は程なくして縮まり、もう少しでユーリの手が写真に届く──その時だった。ユーリとは別の手がフェルから写真を奪い、ユーリの手は虚しく空を切る。

 

「──へぇ、男にしちゃ様になってんじゃん。ま、ジェーンの方がこの服を着こなせるに決まってるけどな」

 

「ドミニカさん!ソレを渡してください!」

 

「なんだ、コイツが欲しいのか?なら取ってみせろよ、ホラ」

 

 ヒラヒラと写真を見せつけるドミニカに、ユーリは向かっていく。だが伸ばす手はどれも空を掴むばかり。ドミニカは生まれつき動体視力に優れており、彼女の趣味であるボクシングでも活かされている。それはこのような悪戯に於いても遺憾無く発揮され、ユーリとて素人でないにも関わらず、彼女はまるで未来視でもしているのかと疑いたくなるような軽快さで次々とユーリの手から写真を避けていた。

 傍目から、小さな子供が取り上げられたおもちゃをムキになって取り返そうとしている図にも見えていたこの攻防は、ドミニカが唐突に写真を投げた事で終わりを迎えることとなる。

 

「ホラ、取ってこーい」

 

 無造作に投げられた写真は風を切って飛翔する。偶然その先にいたルチアナは慌てて写真をキャッチしたが……

 

「へ──?」

 

 写真を取った次の瞬間、ルチアナの前には、投げられた写真に向かって飛び込んで来るユーリの姿が。ギリギリ写真を掴めなかったユーリはそのままの勢いでルチアナとぶつかり、ガタガタッ!という音と共に倒れ込んでしまう。

 

「うぅ……」

 

 シールドのおかげで痛みは無いが、突然の事で混乱するルチアナ。体を起こそうと目を開けると、

 

「──ひっ!?」

 

 顔のすぐ横に何かが勢いよく叩きつけられる。それが、倒れた自分の上に覆いかぶさるユーリの手だと気づくのに、数秒の時間を要した。

 

「ルチアナさん──」

 

「ひ、ひゃいっ……!」

 

「写真、渡してください」

 

「どっ、どうぞ……っ」

 

 至近距離で詰め寄るユーリに、ルチアナは堪らず写真を渡す。何とか目的を達したユーリは、写真を破きながら安堵の息を漏らす。そこでようやく、自分が今何をしているのか気がついた。

 床に仰向けで横たわるルチアナと、彼女の身体を跨ぐようにして覆い被さる自分。ルチアナの目尻にはうっすらと涙が浮かんでおり……

 

「──すっ、すみませんでしたルチアナさんっ!今退きますからっ!」

 

 大慌てで飛び退いたユーリ。次の瞬間、脳天に凄まじい衝撃を感じた。次いで、衝撃の起点から鈍い痛みが込み上げてくる。

 

「ユーリさん?自分が何をしたのか、分かってるかしら?」

 

 背後で凄まじい威圧感を放つ醇子のげんこつを受けたのはユーリだけではないらしく、フェルとドミニカもユーリ同様、痛みに顔を顰めていた。

 

「談話室で暴れるんじゃありません。特にユーリさん、あなたは節度ある行動を今一度心がけるように」

 

「は、はい……本当に、申し訳ありませんでした……」

 

 醇子と、一番迷惑をかけてしまったルチアナに心から謝罪をする。幸いにもルチアナは怒っていないようで、醇子もこれ以上罰を与えることはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──入浴を済ませたユーリは、部屋に戻る途中でルチアナと鉢合わせた。

 

「……あ」

 

「ルチアナさん……その、昼間は本当にすみませんでした。改めてお詫びを──」

 

「いっ、いえそんな!ユーリさんに悪気があったわけじゃないのは分かってますし、そんな気に病まないでください。それに……」

 

「それに……?」

 

「……いえ、何でもないですっ!おやすみなさい!」

 

 それだけ言って、ルチアナは行ってしまう。残されたユーリは、やっぱり嫌われてしまっただろうか……と肩を落としながら、トボトボと自室へ足を向けた。

 

 一方、先に自室へ戻ったルチアナは……

 

「ふぅ……私、変なこと言ってないよね……?」

 

 月明かりが差し込む暗がりの部屋で、扉に背を預け座り込むルチアナ。彼女の脳裏には、昼間のユーリとのハプニングが思い起こされていた。

 ルチアナとてロマーニャ空軍に身を置くれっきとした軍人だ。ロマーニャでは女性を口説く男性も多く、彼女も男性兵士から声をかけられたことが何度かある。整備兵達とも日常的に会話をする以上、決して男性に免疫がないわけではないはずだ。なのだが……

 

(私、あの時すっごくドキドキしてた……ユーリさんの顔、あんな近くに……もし、一歩間違えたら。まちがえたら──)

 

 益体もない想像をしてしまったルチアナは、それをかき消すように(かぶり)を振る。

 

(ダメダメ!大体、ユーリさんは私みたいな大きくて地味な子──)

 

 好みじゃない。そう続けようとした時、またも脳裏に昼間のことが……

 

 

 ──身長と、その人への好感度に何の因果関係があるんですか?

 ──つまり、愛さえあれば関係ないと……

 

 

(だからぁ~~~~~ッ!!!!)

 

 堪らずベッドに顔を埋め、両手でボスボスとマットレスを殴る。一頻り暴れて落ち着いたところで、ルチアナも諦めがついたらしい。

 

 

 潔く認めるしかないようだ。自分はユーリに好意を抱いているという事実を。

 これは所謂一目惚れ、というやつでいいのだろうか。

 

 胸に秘めた初めての恋情をどうすればいいのか。そんな迷いを抱きながら、ルチアナは眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~余談~

 

 某日、502部隊基地。

 

「~~~♪」

 

「何を見てるの?」

 

「ああ、先生!ほらコレ!」

 

「コレって……あの時の写真?」

 

「可愛く撮れてるでしょ?ボク、あがり迎えたらウィッチ専属のカメラマンになろっかなぁ」

 

「何言ってるのよ──じゃなくて、どうやって現像したのよ!?フィルムは確かに処分したはず──」

 

「それはボクにも。急に"特別報酬だ"って隊長から渡されたんだよね」

 

「隊長が……?もう、ユーリさんからも恨みを買わなければいいけど……」

 

「"そこは全くもって心配ない"って言ってたし、大丈夫なんじゃない?それより、次はナオちゃんかニパ君、どっちがいいと思う?」

 

「調子に乗るんじゃないわよ偽伯爵!今度はカメラごと没収しようかしら……」

 

「先生ってばまたヤキモチ?心配しなくても、先生のこともちゃんと撮ってあげるよ。2人きりの時に、ね?」

 

 クルピンスキーの脛に、鈍い音と共にロスマンのつま先が命中した。

 

 




暫くぶりの更新となりました。
先月の中頃にはもう半分近く書けていたんですが、デュエル開始の宣言をしたりヒスイ地方に行ってたりで一気に時間が奪われ……

あといらん子リブート読んだりもしてました。アレ中々見つからなかったの何で…?

今年はルミナスもアニメが始まりますし、楽しみですねぇ。


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トラヤヌス作戦

「──皆、通達があるから聞いてくれる?」

 

 昼食を終え、各々業務に戻ろうとしていた504部隊の面々を引き止めたのは、真剣な表情をした醇子だった。

 

「我々504部隊は明日、とある作戦に参加します。その作戦についての説明をさせて頂戴」

 

「なんか只事じゃないって感じね。そんなに大きな作戦なわけ?」

 

「ええ。作戦名は──"トラヤヌス作戦"」

 

 作戦の概要を説明された隊員達は、皆一様に考え込んでいた。作戦を先んじて知らされていた醇子とドッリオとしても、こういう反応になるだろうと予想していた。

 

「ネウロイとのコミュニケーション実験ねぇ……まさかそんな作戦に私達が選ばれるとは驚きだわ」

 

「こんなの、前例もないですし……上手くいくんでしょうか?」

 

 不安を零すルチアナに、醇子は説明を付け加える、

 

「一応、実際にネウロイと接触するのは私だし、皆には何かあった時の為に周囲で待機してもらうことになるわ」

 

「──本当に成功すると思ってるのか?こんな馬鹿げた作戦が」

 

「大将……」

 

 真っ向から醇子に否を投げつけたのは、ジェーンの膝枕で横になっていたドミニカだった。

 

「私は反対だね。大体、もう何年アイツ等と戦ってると思ってるんだ。和平交渉なんてできる余地があるなら、とっくに試してる筈だろ。対話も何もない兵器の大群相手に、今更何を期待してるんだか……」

 

「大将、きつく言い過ぎですって……」

 

 ドミニカを嗜めるジェーンだが、彼女も概ねドミニカと同意見のようだ。それに続き、またも反対意見が挙がってくる。

 

「……うん。私も同意見かな。少佐だってアフリカで苦労して戦って、怪我までしたのに……今更和平って、出来ると思いますか……?」

 

 パティはドッリオと共にマルタ島で戦い、彼女が負傷する様を目の前で見ている。ネウロイとの激しい戦いを数多く経験している者程、この作戦に対する反対の意思が強くなるのは当然の帰結だ。

 

「……皆思う所があるのは理解しているわ。でもね、無尽蔵に湧き出てくるネウロイに対し、我々ウィッチは疲弊して、消耗する一方よ。このままずっと戦い続けるにしても、苦しい状況は変わらないと思う。その状況を変えられる可能性があるのなら、試す価値はあると思うの」

 

 ドミニカ達の反対意見も最もだが、一方で醇子の意見も一理ある。例え和平に至らずとも、コミュニケーションを取ることで今まで知り得なかったネウロイの情報を掴めるかもしれない。そしてそれが、戦況を好転させる大きなターニングポイントになる可能性だって存在するのだ。

 

「ま、そういうことよ。何もせず状況悪化を待つよりは、取り敢えず試してみるのもアリなんじゃないかしら。それに、もしもの時は心強い仲間もいることだしね」

 

 ドッリオの目線がユーリに向けられる。

 

「ってことは、ユーリがウチに来た理由って……!?」

 

「そ。目標である人型ネウロイとの交戦経験者って事で、上からお達しがあったのよ」

 

「要するに、今更何を言っても作戦自体は決行されるってわけだ。好きにすればいいさ、私は乗らないし、ジェーンも絶対に行かせないからな」

 

「ええ。勿論強制するつもりはないわ。ジェーンさんもそれでいいわね?」

 

 醇子は一応ジェーンの気持ちも確認したが、やはり彼女も作戦には参加しないと答えた。

 

「そうねぇ──私は悪くないんじゃないかって思うわ。失敗が怖くて何もしないってのも性に合わないしね」

 

「だよねだよね!さっすがフェル隊長!」

 

 ドミニカ達が参加を拒否した一方で、フェルやマルチナといった赤ズボン隊の面々は参加を表明。そこへ、同じく赤ズボン隊の名誉隊員であるアンジーも参加を頼まれ、これを承諾した。

 何も言わずに醇子の要請を受け入れたアンジーへ、パティは心配そうに話しかける。

 

「ねぇアンジー。大丈夫?」

 

「私は命令に従うだけだ。問題ない。それに我々の任務は護衛がメインと聞いているし、そう危険が及ぶようなものでもないだろう」

 

「だと、いいんだけど……」

 

 残る天姫と錦の2人だが、新型ユニットのテストパイロットも兼務している天姫にはデータを持ち帰るよう本国への帰還命令が出ている為、今回は不参加。彼女を途中まで見送りに行って欲しいと頼まれた錦もまた、出撃メンバーからは外れることとなった。

 

 斯くして、来る"トラヤヌス作戦"に関するブリーフィングは終了。

 作戦決行は明日の昼。出撃が決まったメンバー達は、各々準備を済ませておくよう言われ、食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた作戦当日──時刻は正午、出発1時間前。

 "トラヤヌス作戦"に参加するフェルやアンジー達504部隊の面々は、最終ブリーフィングを行っていた。ただし今回皆の前に立っているのは、醇子ではなくユーリだ。

 

「作戦前に、僕が知る限りの人型ネウロイの情報を皆さんにも共有させてもらいます。──ただ、情報が情報なので、一応今回の作戦に関係のない人には他言無用ということでお願いします」

 

 念を押したユーリに、一同は首肯を返す。それを確認してから、ユーリは人型ネウロイと交戦時の事や、過去の記録についてを話し始めた。

 

「──以上が、人型ネウロイに関する情報です」

 

「まぁ、普通のネウロイと同じだろうなんて端から思っちゃいないけど……話を聞く限りじゃ予想以上に厄介みたいね」

 

「ああ。敵は燃料消費も弾薬の上限も無い。我々が優位に立てるとすれば、各々が培ってきた空戦技術と、それを利用した連携だけだ」

 

「で、人型は過去にその情報を盗もうとウィッチを洗脳し、連れ去った……そう言われてるんですよね」

 

 人型に関してユーリが確証を持って言えるのは、ブリタニアで接触したあの個体のみだ。過去にスオムスで出現したとされる個体の情報はあくまで記録上のもの。共有したそれらが有用に働いてくれるかは神のみぞ知る。

 

「人型ネウロイと直接接触する竹井さんは特に注意を。人型はその力の全容や目的、まだまだ不明な点が多いですから。皆さんも、もし戦闘に陥った場合、必ず2人1組で対処するよう心掛けてください」

 

 5人が頷き、最終ブリーフィングは終了。それからはあっという間に時間が流れ、出発時刻である13時を迎えた。

 

「留守は私達に任せて、いってらっしゃい──くれぐれも気をつけてね」

 

 見送りに来たドッリオの激励の言葉を背に、醇子率いる作戦メンバーは、人型が目撃された地点にあるネウロイの巣へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そういえば気になったんだけどさ。人型ネウロイって、お話出来たりするのかな?」

 

「どうでしょう……さっきのユーリさんの話を聞いた限りでは、会話が成立するようには思えませんけど」

 

「じゃあ、ジェスチャーならどう?こうとか、こうとか……」

 

 素朴な疑問を抱いたマルチナに、後ろを飛んでいたユーリが答える。

 

「仮にこちらの意思を理解できたとしても、向こうがそれに応じなければ通じていないも同義です。今回はそれを確かめる為の作戦ですよ」

 

 彼女達には話していないが、ブリタニアに現れた人型ネウロイは芳佳とユーリを自らの巣へと招き入れ、何かを訴えるような素振りを見せた。それを鑑みるに、ネウロイにもある程度の自我や知性があると考えるのが自然だが……果たしてその解釈がどこまで通用するか。

 

 ネウロイ全てか?人型のみか?はたまた、ブリタニアの人型が特殊だったのか?

 

 何にせよ、今しがたユーリが言ったように、この"トラヤヌス作戦"が終わった暁にはそれも明らかになる筈だ。

 

「──竹井大尉は今回の作戦、どこまで信憑性があると思っているんだ?」

 

 醇子にだけ聞こえるように問いかけてきたアンジー。醇子は少し考えてから、偽らざる本音を答えた。

 

「そうね……正直、上手くいったら儲け物。くらいかしら」

 

「意外だな。もう少し成功率を高く見積もっていると思っていたが……」

 

「まぁ、今私達の近くにある巣はガリアやオラーシャにあったものより規模は小さいし、仮に失敗して戦闘になったとしても、このメンバーなら何とかなると思っている部分はあるわ──何か、余程想定外の事態でも起きない限りはね」

 

 そう話している内に、目的の巣が迫ってきた。醇子達の接近を感じ取ったのか、巣の中央から何かが現れる。ウィッチ達がそれを目にすると同時に、彼女達の後方を飛んでいた観測班もまた、それを目視で確認した。

 

 

『ネウロイの出現を確認。昨年、501統合戦闘航空団から報告のあった人型と酷似──』

 

 

「わ……ホントに人型だ」

 

「それにあの姿……ウィッチ?」

 

「いっちょまえに私達の真似でもしてるってのかしらね」

 

 フェル達は初めて目にする人型ネウロイ。脚部はまるでウィッチの駆るストライカーユニットのような流線型。更に頭部には動物の耳のようなパーツも見られ、彼女達の言う通り、まるでウィッチを思わせる箇所がいくつも見られた。

 

「──我々も目標を確認した。これより接触行動に移る」

 

 

『了解。──お気をつけて』

 

 

 この通信を最後に観測班は退避し、巣の近くには504部隊の面々だけが残る。さらにそこから醇子だけが前に進み出て、暗雲纏う巣の下にポツンと佇む人型ネウロイと正面から向かい合った。周辺で醇子を見守るフェル達護衛チームも、有事の際はすぐ行動に移れるよう片時も油断しない。

 

(この実験が成功すれば……終結させられるかもしれない。この戦いを──!)

 

 緊張の面持ちで人型とのファーストコンタクトを図ろうとした、その瞬間だった──突如、空が紅く光った。

 

「竹井さん──ッ!」

 

「ッ──!?」

 

 ユーリの声とほぼ同時に、醇子はその場から飛び退く。間髪入れず、醇子のいた場所を深紅の閃光が駆け抜けていった──そこにいた、()()()()()()()()()()()()

 否、少し違う。醇子を狙った攻撃に人型が巻き込まれたのではない。その逆だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そう表現した方がしっくりくる。完全な不意打ちだったにも関わらず、醇子が攻撃を回避できた事がその説を裏付けていた。

 

 とすると、必然的に浮かび上がってくる疑問──

 

「まさか……ネウロイがネウロイを攻撃したというの……!?」

 

「タケイ──!」

 

 作戦続行が不可能と判断した護衛チームは、素早く醇子の元に集合する。醇子と同様に、目の前で起きた事実を理解できず困惑している彼女達は、そのせいで気付くのが遅れた。

 

「ちょっと……何よアレ」

 

 今醇子達が相対している巣の更に上──地表から遥か上空に、巨大な黒い渦があった。

 

 いや違う。あれは……巣だ。

 

「……こちら竹井……作戦は失敗した──繰り返す。"トラヤヌス作戦"は、失敗した……ッ!」

 

 空を見上げる醇子達の目には、目の前の巣を優に超えるとてつもなく巨大なネウロイの巣があった。恐らく先程のビームはこの巣から放たれたのだろう。人型の撃墜に止まらず、新たに出現した巣は元あった巣を跡形もなく消滅させた。これでまた1つ、世界からネウロイの巣が消滅した──それで済むと思う程、楽観的ではない。

 古い巣を潰した新しい巣は、次はお前達だと言わんばかりに内部から多数の中型ネウロイを出現させる。その数たるや、ざっと目視できるだけでも7機はいるだろう。

 

「どーしよフェル隊長!?このままじゃアイツ等、ヴェネツィアまで行っちゃうよ!早く倒さないと!」

 

「でも数が多過ぎます……!一度退いて、迎撃態勢を取った方がいいんじゃ……!?」

 

 マルチナとルチアナはフェルに指示を仰ぐが、当のフェルはこの状況に圧倒され、軽くパニックに陥ってしまっているらしい。部下達の声こそ聞こえているものの、それに答えようと開いた口からは掠れた息しか出てこない。

 

「──ルさん──フェルさんッ!!」

 

「ッ!……ユーリ」

 

「落ち着いてください。こういう時こそ冷静に、状況を見定めましょう」

 

 このままここで戦っても、次々湧いて出てくるネウロイを完全に押さえ込むことは難しい。後ろに回り込まれて囲まれるか、そのままヴェネツィアまでの侵攻を許してしまうことになる。

 かと言って、今すぐ退いたところで万全な迎撃態勢を敷くにも時間が足りない。最悪ネウロイがヴェネツィアだけではなくロマーニャ本土へ進路を向けることも考えられる。

 ならば徐々に後退しつつ応戦。最低限ヴェネツィア市民達が避難できるだけの時間を稼ぐ事が現状の最善策だと、ユーリは考えた。

 

「──私もユーリさんと同じ見解よ。悔しいけれど、あれ程の規模の巣が相手では私達だけじゃ撃退できない。深追いは考えず、とにかく時間を稼ぐ事に徹して。市民全員の避難が完了するまで、何としても食い止めるわよ!」

 

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

「攻撃開始──ッ!」

 

 陣形を組みネウロイに向かっていった部下達。一方醇子は基地にいるはずのドッリオへ無線を繋いだ。

 

「緊急通信!少佐、応答願います」

 

 

『──オッケー、聞こえてるわ。何かあったのね?』

 

 

「はい。実験は失敗。新たに現れた巨大な巣に古い巣は破壊され、中から多数のネウロイが出現。現在応戦中です」

 

 

『そう……最悪の結果になっちゃったわけね。──まぁなっちゃったものは仕方ないわ。今できる最善を尽くしましょう』

 

 

「まず、一刻も早くヴェネツィア市民を避難させるよう連絡をお願いします。こちらもできる限り時間を稼ぎますが、それ程長くは保ちません。それと──新たな巣から出現したネウロイの一団が、ヴェネツィアとは別の方向へ向かっているようです」

 

 

『その方向は?』

 

 

 無線越しに、重苦しい醇子の声が返ってくる。

 

 

「……恐らく、504基地です」

 

 

『そっか……分かった。こっちはこっちで何とかするわ。タケイはそっちの皆をお願い。……死なないでね』

 

 

「了解ッ!」

 

 基地も心配だが、あちらはドッリオ達を信じるしかない。通信を終えた醇子もまた、手近な位置にいるネウロイ目掛けて飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 醇子が基地へ連絡を取っていた頃──

 

「──私としたことが、さっきはちょーっとだけ驚いちゃったけど、大した事はないわね!」

 

「えー?さっきの隊長、本気でビビってなかったー?」

 

「そんなワケないでしょ!私を誰だと思ってんのよ!!」

 

「2人共、無駄口叩いてないで真面目にやりましょうよー!このネウロイ、とにかく硬くて装甲が中々()けないんです」

 

「オーケーオーケー。行くわよマルチナ!ルチアナ!ナメた真似されて黙ってる赤ズボン隊じゃないってこと、コイツらに分からせてやるわッ!!」

 

 呑気に軽口を叩いていたのが一変、フェル達三変人は息の合った動きでネウロイ達を1機、また1機と撃墜していく。変人の名にそぐわない見事な連携は、ウィッチとして長いこと戦っているアンジーとしても目を見張るものがあった。

 

「一見不真面目なようで、よく連携が取れている……いいチームだ」

 

 狙撃手として後方に陣取ることが多く、また自分でもあまり社交的とは言えない性格も手伝い、アンジーには相棒と呼べる程親密な戦友がいない。頭の片隅でフェル達の関係性を羨ましがっている事に気づいたアンジーは、無い物ねだりをしても仕方がない、と意識を切り替える。

 

「……ああ。私は私に出来る事をするだけだ──」

 

 銃を構えたアンジーの身体を魔法力の光が包み込み、ネウロイに差し向けられたボーイズ対装甲ライフルの銃口に魔法陣が展開される。

 引き金が静かに絞られ、轟音と共に13.9mm徹甲弾が放たれる。漆黒に彩られた薄い六角形の機体に命中した徹甲弾は一際眩い光を発したかと思うと、先の銃声に負けず劣らずの爆音を伴い弾けた。その衝撃はネウロイの機体をコアごと破壊し、銃弾1発でネウロイは光る破片と化した。

 

 これが彼女の固有魔法〔魔法炸裂弾〕──ユーリの〔炸裂〕と同系統の攻撃系魔法だ。

 

「わぁ……!アンジーかっこいい!」

 

「見なさいマルチナ、アンジーだけじゃないわよ──」

 

 フェルが見ている先では、こちらも単独で戦闘を続けているユーリの姿があった。遠距離から確実に敵を狙い撃つスタイルのアンジーに対し、ユーリは時折足を止める程度。狙撃手らしからぬ動きでネウロイの周囲を飛び回り、まるで機関銃を運用するような機動で対装甲ライフルを振り回していた。

 

「ふッ──!」

 

 1秒程足を止めてネウロイを落とし、再始動。止まった瞬間を狙い打とうとするネウロイの裏をかき、すれ違いざまに徹甲弾を撃ち込んでいく。かと思えば、今度はしっかり足を止めた正確な狙撃で一気に複数のネウロイを撃墜してみせる。仲間内の模擬戦では一度として見せなかった戦い方だ。

 

「ユーリさんもすごいですね……」

 

「あいつホントに狙撃手(スナイパー)よね……?」

 

「隊長!ボクらも負けないように頑張んなきゃッ!」

 

「そうね。もうちょっと気合入れるわよ──!」

 

 アンジーとユーリの攻撃によってネウロイの撃墜速度が増し、次第に戦況は504へ優位に傾いていく。──そう思われた。

 

「ッ!?──アンジーさん後ろッ!」

 

 どこか悲鳴にも似たルチアナの声。それを聞いて背後へ目を向けたアンジーは、自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるネウロイに気づいた。

 

「くっ──!」

 

 舌打ちしながらも、アンジーは身体を捻って射線を後ろへ向ける。それだけでは足りず、ボーイズを横に倒して腕と肩を目一杯突き出すことで、どうにかネウロイを捉えることに成功した。しっかり狙う暇などあるはずもなく、間髪入れず引かれる引き金。流石ヒスパニア戦役からの歴戦のウィッチというべきか、咄嗟の射撃にも関わらず、弾丸はネウロイに命中した。

 ……しかし当たる直前、ネウロイが僅かに機動をずらしたことで、徹甲弾は本体ではなく、翼の末端部を浅く捉えるのみに終わる。更に不運はまだ終わらない。

 

「アンジー危ない──ッ!」

 

 破損したネウロイの機体の破片が、突っ込んできたネウロイの勢いそのままにアンジーに向かって飛んでくる。彼女も警告より先に回避しようと身体を逃がすが間に合わない──!

 

 

 ゴリッ────!

 

 

 ──そんな音が、聞こえた気がした。アンジーに襲いかかった破片は彼女の左肩を深々と切り裂き、紅い飛沫を飛ばしながら飛び去っていく。同時に痛手を受けた彼女もまた、ユニットの制御を失い落下していった。

 

「アンジー───ッ!!」

 

 真っ先にアンジーの元へ駆けつけたフェルは、彼女のジャケットを脱がし左肩を露出させると、傷口に手を翳し意識を集中させる。すると魔法力の光が傷を包み込んだ。彼女の固有魔法である〔治癒〕が発動したのだ。

 

ぁ──マルヴェッツィ中尉……すま…ない……」

 

「いいから喋らないで!」

 

 しかしこれまでの彼女は己の治癒魔法を然程重要視しておらず、固有魔法の練度に限れば502部隊のジョゼをやや下回る程度。

 治りが遅い傷を見ながら、もう少し治癒魔法の勉強をしておくべきだったと過去の自分を呪ったフェルに、醇子から通信が入る。

 

「──フェルナンディアさん!アンジェラさんの容態は!?」

 

 

『今治療中!でも応急処置にしかならないわ!』

 

 

「……分かったわ。そのまま治療を続けて!」

 

 少ない弾数で敵を倒せる高火力持ちであるアンジーの負傷と、治療に伴うフェルの戦闘離脱。優秀な兵を2人失った504は、一気に劣勢に追い込まれることとなる。

 アンジーと、治療を行うフェルを懸命に守るマルチナとルチアナだが、マルチナはもう弾薬が底をついた。ルチアナも直に弾切れを起こすだろう。それは醇子やフェルも同様で、何よりユニットの燃料が保たない。

 

(マズいわね……この人数じゃもう支えきれない……!)

 

 今はまだユーリが敵を引き付けてくれているお陰でこうして考える余裕が生まれているが、それも無限に保つものではない。決断を迫られた醇子は、歯噛みしながら指示を飛ばす。

 

「皆一旦下がって!補給に戻り、態勢を立て直します!」

 

「ならば──」

 

 醇子の耳に、今にも消え入りそうな掠れた声が入る。

 

「アンジー……!?」

 

「……ならば、殿(しんがり)が必要だろう……撤退中、敵を押し留める殿が──その役目、私が引き受けよう……」

 

「ア、アンタ何バカなこと言ってんのよ!?私の魔法はあくまで応急処置!止血はしたけど、全然治ってないのよ!?」

 

「大丈夫だ……私はまだ燃料も、弾薬も残っているし……」

 

「そうじゃなくて──!」

 

「頼む……っ!」

 

 必死に引き止めるフェルに、アンジーは息も絶え絶えながら語気を強める。

 

「……頼む。やらせて欲しいんだ」

 

「アンタ、何をそこまで……」

 

「──私はな……一度カールスラント(ベルリン)で人々を守れず、逃げざるを得なかったことがあった。その時の事がずっと心の片隅に残っていて、忘れられないんだ……」

 

 カールスラント撤退戦。多くのウィッチと、多くの軍人及び民間人が命を落とした地獄のような戦いに、アンジーもいた。街は炎に呑まれ、志半ばで多くの同胞が死んでいった。避難が間に合わなかった民間人もいる。だというのに、必死に逃げる事しかできない。この手には間違いなく、人々を助ける為の力が備わっているというのに。過去に味わった無力感が、これまでずっとアンジーの胸の内で暗く、燻り続けていた。

 

「だから頼む……今度は、守らせて…くれ……」

 

「僕も残ります。弾薬も燃料もいくらか余裕がありますし、防戦に徹すれば、まだ──」

 

 アンジーに続いて名乗りをあげたユーリ。こちらも燃料・弾薬共に消耗しているが、言ったように防戦に徹すればまだ戦える。

 

「……分かったわ」

 

「タケイ!?」

 

 未だ避難が完了していないヴェネツィアへも民間人護衛に人手を回さねばならない以上、醇子達は絶対にここで全滅するわけにはいかない。それには殿が必要なのも事実だ。

 

「ただし条件があるわ。必ず迎えに来る。それまでどちらも欠けず、何としても生き残ること。この命令は絶対よ」

 

「了解した……──そうだな、出来れば早めに来てくれると助かる」

 

 精一杯の軽口を以て醇子らを見送ったアンジーとユーリ。残された2人の前に、ネウロイが迫る。物言わぬ敵であるはずだが、無謀にも残ったアンジー達を嘲笑っているように感じられた。

 

「──君まで残る必要はなかったんだぞ。准尉」

 

「アンジーさんと同じですよ。今度こそ守りたいから、ここにいます。──本音を言えば、アンジーさんには戻ってもらいたかったんですが」

 

「ふ……それは…無理な相談だ。君も聞いていただろう?」

 

「ええ。ですから止めません──」

 

 言葉の途中で、ユーリはシモノフを構えるなり引き金を引く。今まさに2人へ攻撃を仕掛けようとしていたネウロイに徹甲弾が喰い込み、〔炸裂〕──金属片となった残骸が辺りを舞う。

 

「──代わりに、アンジーさんには絶対に生きて帰ってもらいます」

 

「そうか……精々努力しよう……──さてネウロイ共、もう少し付き合ってもらうぞ。私達の……罪滅ぼしに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──醇子達を見送ってから、どれくらい経っただろうか。もう引き金を引いたのが何度目かも覚束無い。

 

(1発撃つ度、左肩に響く……あの時は見栄を張ったが、准尉がいてくれて良かった)

 

 アンジーは荒い息をつきながら周囲を見回す。防戦とはいえ少なくとも数体のネウロイは倒しているはずだが、敵の数は減るどころか増えているようにすら思える。それも当然か。何せ目の前には巣があるのだから。

 

「アンジーさん!まだ生きてますよね!?」

 

「ああ……お陰様、でな」

 

 気丈に振る舞うアンジーだが、合わせた背中越しでも分かる。消耗が隠しきれていない。これ以上無理を強いれば、彼女の意識が先に落ちてしまうか……斯く言うユーリも、正直だいぶキツい。魔法力はまだどうとでもなるが、燃料が残り少なく、何より残弾は僅か2発しかない。アンジーの方はどうか定かでないが、多く見積もっても2~3発と見るのが妥当だろう。

 

(竹井さん……急いで……!)

 

 歯噛みするユーリの耳が、ネウロイの接近を背後に感じ取る。片腕が使えず照準を安定させるのに時間がかかるアンジーと位置を代わり、ユーリがネウロイを撃墜。そこを狙って逆方向──またもアンジーの前にネウロイが向かってくる。

 

「ぐ……うう……っ!」

 

 上手く力の入らない腕を叱咤し、アンジーはボーイズを持ち上げる。

 

「アンジーさんっ!」

 

 ふらついて狙いの定まらないアンジーの腕を、ユーリが後ろから支える。まだ多少のブレはあるが、アンジーは狙撃手としての意地を見せ、ネウロイに照準が合った刹那を捕まえ引き金を絞った。

 寸での所でネウロイは爆散し事なきを得たが、状況は依然変わらない。しびれを切らしたネウロイ達が一斉攻撃を仕掛けてくるであろうことを考えれば、保ってあと5分……いや3分か。

 

「すまない准尉……今ので、最後だ……」

 

「そうですか……こちらもあと1発だけです」

 

「はぁ…はぁ……っ、准尉──」

 

「──逃げませんよ。言ったはずです。必ず生きて帰ってもらうと」

 

「君はまだ…未来があるだろう……それに、上官への恩返しとやらも、済んでいないんじゃないのか……」

 

「……アンジーさんは意外とズルい言い方をするんですね。なら──今度、ロマーニャの美味しいお店でも教えてください。僕みたいな人間でも間違いなく気に入るだろうって所をお願いします」

 

「准尉……?こんな時に何を……」

 

「はいもう約束しましたからね。アンジーさんはこの約束を果たさないまま、死ぬつもりですか?」

 

 意趣返しをくらい目を丸くするアンジーは、戦場の只中(ただなか)で小さく吹き出した。

 

「……ふふっ…ははは──そうか。ならば、生き延びなければな……!」

 

 アンジーが僅かながらも気力を取り戻した所で、ネウロイの機体に赤い光が灯る。ユーリが迎撃しようと銃を持ち上げた瞬間、小刻みな銃声と共に銃弾の雨がネウロイを襲った。醇子が戻ってきたのだ。すぐ後ろにはドミニカの姿もあるが、手にはいつも携えている2丁の銃が無い。

 

「──2人共無事ッ!?」

 

「竹井大尉……ああ、無事と言えるか怪しいが……何とか生きてはいる」

 

「良かった……それだけ軽口が叩けるなら大丈夫ね」

 

「ほら、ユーリ(お前)も掴まれ。どうせ燃料もほぼ無いんだろ?」

 

「……バレましたか。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 騙し騙し回し続けてきたユニットも、いよいよ限界だ。ドミニカに抱えられると同時に、ここまで頑張ってくれたユーリの《スピットファイア》は眠るようにエンジンを停止させた。

 

「直ちに戦場を離脱、撤退します──!」

 

 ユニットを全開にして即時撤退を開始する醇子達だが、当然ネウロイ達は許してくれない。背を向けて逃げようとする彼女達に向かって、幾筋ものビームを放つ。

 

「あークソ!せめてグレネードの1つでも持ってくるんだったか!」

 

「くっ……敵が予想以上に多い……!」

 

 アンジーとユーリが敵を押さえ込んでいる間にも、ネウロイは着実に数を増やしていた、彼女らが撤退を始めたことにより、そのネウロイ達が一斉に襲いかかって来たのだ。基地へ向かっていた一団を迎撃するのに主要な武器弾薬を全て使い果たしてしまった為、ドミニカは丸腰。武装しているのは醇子だけ。彼女1人では敵の攻撃を振り切るのに手が足りない。

 

「ドミニカさん!僕を後ろに向けてもらえますか?」

 

「ああ?何する気だよ──!?」

 

「奴等を倒します!」

 

「できるのか──!?」

 

「……はい!」

 

 ドミニカは意見を仰ごうと醇子を見る。彼女も今のやり取りは耳に入っており、数秒の思考の末、醇子は決断を下した。

 

「──お願い!ユーリさん!」

 

 このまま撤退を続けても追っ手は振り切れない。最悪街までネウロイを連れてきてしまう。ユーリにこの状況を打開する術があるならば、それに賭けるしか道は残されていない。

 醇子の指示を受け、ドミニカは身体を前後180度反転。抱えられていたユーリは後方でうじゃうじゃと群がるネウロイ達を視界に収める。

 

「……ドミニカさん。僕をしっかり捕まえておいてください」

 

「……?わかった」

 

 身体に回されたドミニカの腕に力が篭ったのを確認したユーリは、シモノフをしっかりと構える。すると、長い銃身の先にいくつもの魔法陣が多重展開された。

 

「……術式展開。目標、補足」

 

 魔法陣達は銃身を滑るようにして、チャンバー内に残された最後の1発に魔法力を圧縮充填する。この時点で、もし"知っている者"がいたなら即座にユーリを止めていただろう。だが生憎醇子もドミニカも、ユーリがやろうとしているのがどんな事なのか、何も知らなかった。

 

 

「〔爆裂〕───ッ!」

 

 

 引き金が絞られ、眩い輝きを纏った徹甲弾が敵の群れに向かって飛んでいく。ネウロイ達の隙間をくぐり抜け、群れの中程の個体に命中した瞬間──光と共に、凄まじい轟音と衝撃が辺りを駆け抜けた。同時に、あれだけいたネウロイ達が次々金属片となって散っていく。ユーリの覚醒魔法〔爆裂〕によって、新たな巣から湧き出てきた大量のネウロイ達が一瞬にして消滅していた。

 

「この威力……ユーリさん、あなた一体──!?」

 

「──ダメだ。完全にノびてる。今ので魔法力も全部使い果たしたんだろうな」

 

 ドミニカの腕の中で意識を失い、グッタリとしているユーリ。彼女の推測通り、今の彼には一滴たりとも魔法力が残っていない。

 

(今のが噂の魔弾ってやつか……こんなの使い続けてたらその内死ぬぞ。コイツ)

 

何はともあれ、このチャンスを無駄にしてはいけない。醇子は困惑しながらも、ドミニカ共々全速力で撤退を再開した。

 

 

『──タケイ!今そっちで凄い爆発あったけど、大丈夫なの!?』

 

 

 ノイズ混じりだが、インカムからフェルの声が聞こえる。補給に戻った際、ヴェネツィアの避難民護衛に向かわせた赤ズボン隊の3人も、無事に任務を完遂したようだ。

 

「大丈夫よ。今アンジェラさんとユーリさんを回収して撤退してるわ!あなた達も合流ポイントへ向かって頂戴!」

 

 

『了解!』

 

 

 今しがたのユーリの攻撃でネウロイ側も大損害を被ったのか、これ以上新手が出てくる様子はない。醇子はさっきまでの攻勢が嘘のような沈黙を見せる巣を睨んだ。

 

(この借りは必ず返すわよ……覚えておきなさい……!)

 

 こうして、ネウロイとのコミュニケーションを図る前代未聞の作戦"トラヤヌス作戦"は失敗。新たに出現した巨大なネウロイの巣によって、ロマーニャの北に位置するヴェネツィア公国がネウロイの手に落ちてしまったのだった。

 

 




ユーリ君が覚醒魔法を気軽に使っちゃう件。
因みに身体に掛かる負担のことはちゃんとガランド少将から聞かされてます。それを知った上で2発目の〔爆裂〕を撃っちゃったわけですね。

ユーリ君の命は、あと5発。

ガランド少将には「次に覚醒魔法使ったら死ぬみたいなこと言ってなかった?」と問い詰める上層部に「流石はウィザード、運が良かったんでしょう。もう使わないようちゃんと言っておきます」とかなんとか上手いこと言いくるめてもらいましょう。


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おかえりなさい

 ネウロイとのコミュニケーションを図るという前代未聞の"トラヤヌス作戦"が失敗に終わってから、早くも1週間が経った。

 ヴェネツィア北部を占領した新たなネウロイの巣は、ユーリの覚醒魔法〔爆裂〕によって配下のネウロイの大部分を一度に失った為か、目立った活動はせず、時折単独でネウロイが出現する程度に収まっている。

 

 しかしそのネウロイへの対処にすら満足に手が回らないというのが現状だ。現れる敵はどれもコアを持たない哨戒機だったことが幸いし、なんとかウィッチの手を借りずとも対処できていたが、もしコアを有する中型以上のネウロイが出現すれば、軍の装備だけでは太刀打ちできない。

 

 こういう時の為にロマーニャ及びヴェネツィアの防衛にあたっていた504部隊も、"トラヤヌス作戦"失敗によるネウロイの巣との交戦によって壊滅状態。当初の基地は物資もろともネウロイに蹂躙されてしまい、未だに完全復旧の目処は立っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たに504部隊に充てがわれた基地。そこから車で程なくした所にある病院には、肩を負傷したアンジーと、魔法力の過剰消費によって倒れたユーリが入院していた。

 

「──アンジー、怪我の具合はどう?」

 

「ああ。順調に快復に向かってると聞いている。今日また検査があってな、その結果次第だが、近い内に退院できそうだ。出撃できるようになるまでは、まだ掛かるだろうがな……」

 

 ベッドの上のアンジーと話しているのは、お見舞いに来たパティ。ベッド脇のチェストには花の入った花瓶と小さなバスケットが置いてあり、中には差し入れに持ってきたジェーン&ルチアナ作のドーナツが入っている。

 

「……その、ゴメンね。あの時助けに行けなくて……」

 

「またその話か?──気にするなと言っているだろう。基地に向かっていたネウロイの迎撃で手が離せなかったのだから仕方がないし、寧ろシェイド中尉は自分の役目を立派に果たしたじゃないか」

 

「でも……でもさ。やっぱり私は助けたかったよ。アフリカの時も色々あったから……いくらユーリが一緒にいたとはいえ、傷ついた仲間が必死に戦ってるのに助けに行けないのは……嫌だった」

 

 膝の上で手を握り締めるパティは、アフリカ戦線で苦い経験をしてからというものの、胸の内に悔しさと後悔を募らせていた。決して仲間を信頼していないわけではない。ただ、仲間を守りたいという気持ちが人一倍強い彼女にとって、胸に秘めた後悔を上塗りすることになってしまったのは、歯痒い事この上なかっただろう。

 

「そうか……そうだな。シェイド中尉の言うこともよく理解できる。その気持ちはありがたく受け取っておく」

 

「……あのさ、アンジー。きっとまだ戦闘は続くと思う。だから、その……もしまたアンジーが危なくなった時は──」

 

「……ああ。その時はよろしく頼む」

 

「うん……!」

 

 嬉しそうに微笑んだパティは、バスケットに手を伸ばす。

 

「そうだ、お腹空いてない?ルチアナとジェーンがドーナツ作ってくれたんだけど」

 

「道理でいい匂いがすると──だが生憎、もう少しで検査の予定でな。その後でゆっくりいただくとしよう」

 

 残念そうに笑ったアンジーは、ドーナツ入りのバスケットをジッと見つめる。

 

「アンジー……?」

 

「ああいや。"トラヤヌス作戦"の時、戦場でザハロフ准尉と交わした約束を思い出したんだ」

 

「約束って?」

 

「ロマーニャの美味い店を教えてくれと言われた。情けなくも意気消沈していた私を叱咤する為の口実だったんだろうが、約束した以上は、その準備もしておかねばと思ってな」

 

「あははっ、ユーリがそんな事言ったんだ?私もアンジーのオススメのお店、知りたいな」

 

「なら丁度いい。退院したら、シェイド中尉も候補探しに付き合ってくれ。私のおすすめと言われたが、やはり准尉と同郷であるシェイド中尉から見た意見も欲しいからな」

 

「それは嬉しいけど……お、お手柔らかに……?」

 

 アンジーの食に対する熱意は並々ならないものだ。きっとユーリへ勧める店を探すのにロマーニャ市街の店をいくつもハシゴして、吟味に吟味を重ねることだろう。それに付き合うのを想像したパティは、取り敢えず当日は目一杯お腹を空かせておこうと決めた。

 

「……アンジーもこう言ってるんだし、早く目を覚ませばいいのにね」

 

「そうだな……」

 

 パティとアンジーが目を向けた先──ベッドを仕切るカーテンの向こうには、未だ眠ったままのユーリと、パティと一緒にお見舞いに来たルチアナがいる。ここ1週間、ユーリの声を聞いていない。アンジー曰く、時折目を覚ましているような気配は感じたようなのだが、それも数える程度だという。

 

「ユーリさん……」

 

 カーテンの内側で、ルチアナはユーリの名前を呟く。ここに運び込まれた時点で目立った外傷は無し、魔法力の過剰消費が原因で眠っているだけ。というのが医師の見解であり、その魔法力だって、1週間も経てばほぼ全快に至っていておかしくないはずなのだが……

 

(まさか、このままずっと……なんて事──)

 

 そんな縁起でもないことを考えてしまい、小さく(かぶり)を振る。

 

「ルチアナ。ユーリの様子、どう……?」

 

 沈んだ気持ちを感じ取ったのか、心配したパティが顔を覗かせた。ルチアナが首を横に振ると、パティは、そっか。と息をついた。

 

「お医者様の話じゃ、もう目を覚ます程度の魔法力は戻っているはずなのよね?」

 

「そう聞いてます。……もしかしたら、あの魔法を使ったのが原因かもしれない。とも……」

 

「ああ……アレね。基地から避難してる時、私達も見えた。確か、502部隊がオラーシャの巣を破壊した時も、同じような爆発があったって……」

 

 ユーリの覚醒魔法は、発動と回復の際、身体へ掛かる負担が大きいことが懸念材料だ。それを短期間で2度使った事が影響して、ユーリの目覚めを遅らせているという可能性も考えられる。

 

「何か、出来ることはないんでしょうか……」

 

「悔しいけど、直接どうこうできるようなことは無いでしょうね……あるとすれば、早く目を覚ますように祈るくらい」

 

 ルチアナは傷跡が残るユーリの手を取り、そっと両手で包み込む。

 

「ユーリさん……皆待ってますから」

 

(ルチアナ……もしかして……)

 

 その様子を見たパティは何かを感じ取ったが、詳しい話を聞くことはしなかった。代わりに別の話題を振る。

 

「──にしても、ユーリの手。すっごい傷跡よねー。確か502にいた頃、ネウロイのビームをほぼゼロ距離で防いだんだって?」

 

「確かに……ホント凄いですよね、ユーリさん──あっ」

 

 ふと、ルチアナの脳裏にあるアイデアが降ってきた。するとルチアナは、何やらブツブツと呟きながらユーリの手をジッと観察し始めた。

 

「ル、ルチアナ……?」

 

「──すみませんパティさん。私、先に基地に戻ります!」

 

「えっ?あ、ちょっと──!?」

 

 急ぎ足で病室を出て行ったルチアナ。残されたパティは呆然としながら、ベッドの上のユーリを見下ろす。

 

「……ほんと。早く目を覚ましてあげてよね。私だってアンジーを助けてくれたお礼したいんだから」

 

 それだけ言って、パティはアンジーの元へ戻る。そこで丁度アンジーの検査の時間が来たらしく、パティはそのまま彼女に付き添って診察室に向かった。

 

 ユーリだけが残された病室。開けた窓から春の風が吹き込み、ユーリの頬を撫でる。すると──

 

「───」

 

 伏せられていた目が、ゆっくりと開かれた。身体を起こし、窓の外に広がる空を見上げる。

 

「……行かないと」

 

 独りそう呟いたユーリは、傍らのクローゼットに収められていた自分の軍服に着替える。最後にヘアピンで髪を留めると、しっかりとした足取りで病室を出ていった。

 

 運良く誰とも鉢合わせることなく病院を抜け出したユーリは、更に運のいい事に発進直前の車を見つけた。そして近くにいた車の運転手と思しき男性が「504部隊基地へ向かう」と口にしていたのを耳にする。

 そうと分かるなり、ユーリは基地に常備する用の医療品が積まれているのであろう車の荷台に忍び込む。やがて車は出発し、ユーリは息を潜めて、504部隊の新たな基地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──新たな基地を初めて目にするユーリだが、格納庫がどこにあるのかはひと目で分かった。車が完全に停車するのを待たず荷台から飛び降り、格納庫へ走る。

 武器弾薬などが不十分なせいで中は閑散としており、数機のユニットが鎮座しているのみ。その中に見慣れた自分のユニットを見つけたユーリは、迷わず足を通した。

 魔法力を流し、エンジンを始動。発進ユニットに収納されていたシモノフを掴む。

 

「はっし──」

 

 

「──待ちなさい」

 

 

 背後から飛んできた、ユーリを制止する声。そちらへ目をやると、そこには隊長であるドッリオが腕を組んで立っていた。

 

「病院から連絡があったわ。あなたがいなくなったってね」

 

「……勝手な真似をした事は謝ります。しかし、ネウロイが出たんですよね?」

 

「あなた、どうしてそれを……」

 

 確かに、ロマーニャのすぐ隣に位置するアドリア海にネウロイが出現した事はここにも連絡が来ている。しかしそれは10分程前の事で、通信設備の無い病室にいたユーリがそれを知る術は無いはずなのだが。

 

「眠っている間、感じたんです。皆が──僕の仲間(かぞく)が戦っている」

 

「だから、助けに行くつもり?」

 

「そうです」

 

 即答してみせたユーリに、ドッリオはため息をつく。

 

「これでも一応隊長だからね。退院したての部下をすぐ戦場に出すなんてさせられない」

 

「………」

 

 最悪無断発進することも考えたユーリだが、ドッリオの言葉はまだ終わっていなかった。

 

「──けど。あなたが504にいるのは"トラヤヌス作戦"が終わるまで、って話だったわね?」

 

「……!」

 

「いくら階級が上だって、指揮下にいないんじゃ命令もできないし、仕方ないわよねぇ──」

 

 でもね?と、ドッリオは更に続ける。

 

「それとこれとはまた別よ。一度でも仲間として戦った以上は、やっぱり危険な目に遭って欲しくはない訳。それは分かってくれるわね?」

 

「それは……しかし──」

 

 ドッリオの言いたいこともよく理解できる。だがユーリも引き下がる訳には行かない。彼女達の気持ちを無視して発進すべきか葛藤するユーリは、いつからか響いていた小さな笑い声を耳にする。その声の主は、やはりというべきかドッリオだった。

 

「ごめんごめん。そんな顔させたかった訳じゃないの。回りくどい事はするもんじゃないわね」

 

「ドッリオ隊長……?」

 

「私がこの場を見逃すには条件があるわ」

 

 ドッリオが提示した条件は2つ。

 

「まず1つ目──何でもいいわ。面白い、興味深いと思ったことに触れてみなさい。あなたの中はまだ空白だらけよ。もっと沢山のものを詰め込んで、もっと沢山の世界に触れなさい。最終的に夢まで見つかれば尚良し。いいわね?」

 

 無言で頷きを返すユーリ。続けて示された2つ目の条件とは──

 

 

「2つ目──仲間の為に命を懸けるのは立派だけど、仲間を守る為に命を捨てるのは止めなさい。絶対にダメよ」

 

 

「それは──」

 

 見捨てろ。という事ですか?──そう続けようとしたユーリの胸を、ドッリオの褐色の指先がトンと叩いた。

 

 

「どうせ守るなら、自分も仲間も全部守ること。それが、あなたの大切な人達の笑顔を守ることに繋がるわ」

 

 

 あなたが死んだら本末転倒でしょ?とウィンクしたドッリオに、ユーリは

 

「……はいっ!」

 

 そう、力強く答えてみせた。それを聞いて安心したのか、ドッリオはいつか見せた優しい笑みを浮かべると、ユーリが進む道を開けた。

 

「隊長、お世話になりました。短い間でしたが、504部隊での日々は……面白かったです」

 

「……そう、なら良かったわ。──さぁ行きなさい!あなたの家族が待ってるわよ!」

 

「ユーリ・ザハロフ、発進しますッ──!」

 

 ユニットを固定していたボルトが外れ、ユーリは空高く飛び立っていく。みるみる小さくなっていくその姿を地上から見上げるドッリオは、

 

「面白かった、か──最後に嬉しいこと言ってくれるじゃない。その言葉、本気にしちゃうわよ……?」

 

 どこか不敵な笑みを浮かべるドッリオ。そんな彼女の執務室には、名前の入っていない、白紙の転属願いがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ネウロイが出現したアドリア海では──

 

「待て宮藤!1人では無理だッ!」

 

 海面に浮かぶ大艇の上で空に向かって叫んでいるのは、扶桑海軍の坂本美緒。その視線の先で独り、果敢にネウロイに立ち向かうは宮藤芳佳。かつて501部隊にも所属していた2人のウィッチは、"トラヤヌス作戦"失敗により大きな痛手を受けたロマーニャを支援する為に渡欧中の所をネウロイに襲撃され、応戦中だった。

 

 破壊された機体を再生しながら芳佳に向かってビームを放ち続けるネウロイは、見ての通り一度倒したのだが、弱点であるコアが機体内部を自由自在に動き回る特性を持っていた事で完全撃破には至らなかったのだ。

 装甲の硬さと再生速度に秀でるこのネウロイは、芳佳単独で撃破することは難しい。倒すには複数人による同時多重攻撃を仕掛ける他無いが、生憎美緒のユニットは大艇が襲撃を受けた時に損傷しており、現在急ピッチで修理を行っている最中。ユニットが最低限飛べるようになるまでの3分間、芳佳だけで持ち堪えられるかどうか……

 

「くうっ……!」

 

 敵の攻撃を防ぎ、躱しながらの攻撃でコアを発見しても、トドメを刺す前に別の場所へ逃がれてしまう。後を追おうとすれば、そこを狙ったネウロイの攻撃が襲いかかる──やはり芳佳1人では厳しいと言わざるを得ない。

 

「──宮藤!後ろだッ!」

 

「えっ──きゃああああぁッ──!」

 

 徐々に疲弊しつつある芳佳の不意を突き、深紅の閃光が襲いかかる──ギリギリでシールドが間に合い直撃こそ逃れたが、衝撃に耐えられなかった芳佳は大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「宮藤──ッ!!」

 

 美緒の声で、手放しかけた意識を繋ぎ留めた芳佳は、こちらを攻撃しようと光を灯すネウロイを確認した。

 

(シールド……張らなきゃ──守らなきゃ)

 

 頭ではそう思っていても身体がついて来ない。そんな時だった。視界の中でグルグルと荒れ狂う空に、光が瞬いた──

 

 風を切って飛来したその光は、芳佳ではなくネウロイに命中。轟音と共に漆黒の装甲を破壊した。

 

「まさか──!」

 

 喜色を浮かべる美緒の頭上を、2つの航跡雲が駆け抜ける──!

 

 

「ィヤッホ──ゥ!」

 

 

 そんな声と共に戦場へ飛び込んできたのは、赤いジャケットに身を包んだウィッチ──

 

「──シャーリーさん!」

 

「──シャーリーだけじゃないよ~?」

 

 続いて芳佳の傍に降りてきたのは、小柄なツインテールのウィッチ──

 

「えへへっ!チャオー、芳佳~!」

 

「ルッキーニちゃんも!」

 

 応援に駆けつけたのは、シャーロット・イェーガーとフランチェスカ・ルッキーニ──どちらもかつて芳佳達と共に501部隊で戦った戦友だ。

 

「ねぇ見た見た!?今の全部命中したでしょ~!」

 

「うん!すごいすご──うわぁッ!?」

 

 久方ぶりの再会に水を差すように繰り出されたネウロイのビームを躱し、2人は攻撃を続けるシャーリーに合流する。

 

「──でも、2人ともどうしてここに?」

 

「そりゃ聞きたいのはこっちだよ。何で──」

 

「って、話してる暇無いかも──!」

 

「おっと──!」

 

 軽い雑談をする時間すら与えてくれないネウロイは、先のルッキーニの長距離射撃を受けて尚ピンピンしている。

 

「えぇ~。いいトコ当てたと思ったのに、さっきの効いてないのォ……?」

 

「これまでのやつより再生速度が速いの……!」

 

「チッ……只でさえ硬くて厄介だってのに。あたしらじゃ火力が足りないか……!」

 

 そんなシャーリーの声に応えるように、また別方向から弾丸が飛来する。芳佳達3人の攻撃にも動じなかったネウロイは、初めて大きく体制を崩した。

 この一撃の威力に秀でた長距離狙撃──対装甲ライフルの攻撃だ。

 

「──芳佳ちゃーん!」

 

「リーネちゃん!良かった、無事だったんだ!」

 

「うん!ガリアから今着いたの!」

 

「──全く。感激してる場合じゃありませんわよ?」

 

「ペリーヌさん!」

 

 ガリア復興に専念していたペリーヌとリーネに続き、新たな攻撃の手がネウロイに向けられる。どこからか飛来したロケット弾がネウロイに命中し、爆発を起こした。ロケット弾が残した軌跡を辿った先には──

 

「エイラさん!サーニャちゃん!」

 

 先行したエイラは、背後から発射された多数のロケット弾をものともせず、まるで見えているかのように躱しながら自身もネウロイに攻撃を加えていく。

 

 各地から集い、どんどん数を増やしていくウィッチ達。極めつけに、こちらへまっすぐ向かって飛んでくる3つの人影が──

 

「来たか──!」

 

「3人だ──!」

 

 501部隊の隊長を務めたミーナと、カールスラントでもトップクラスの実力者であるバルクホルンにハルトマン。501の中でも指折りの実力者達が合流を果たしたことで、形成は逆転。美緒も修理を終えたユニットを駆り、空を翔る仲間達に加わった。

 

「ミーナ中佐!総攻撃だ!」

 

「分かってるわ!フォーメーション・カエサル──攻撃開始ッ!」

 

 

「「了解ッ!!」」

 

 

 ミーナの統率の元、ウィッチ達は一転攻勢に出た。

 

「っし、行くぞルッキーニ!」

 

「うん!」

 

 先陣を切ったのはシャーリーとルッキーニだ。攻撃を躱しながらシャーリーが敵を牽制。その隙に高度を上げたルッキーニが、急降下攻撃を仕掛ける──!

 それに気づいたネウロイもルッキーニを撃ち落とそうとビームを放つが、小柄で的の小さいルッキーニはその間をすり抜け、展開したシールドを起点に固有魔法を発動。シールド越しにネウロイと接触した瞬間、彼女の〔光熱〕の魔法によって強力な熱エネルギーが発生。一気に放出することで、ネウロイの装甲を一撃で溶解させた。

 

「よそ見をしている暇はありませんわよ──ッ!」

 

 そこへ続いたペリーヌがすれ違い様に〔雷撃(トネール)〕を放ち、敵全体の表面装甲を剥離させる。当然ネウロイもすぐさま修復にかかるが……

 

「リーネさん!」

 

「はいッ!」

 

 まだ再生しきっておらず攻撃の通りやすい部位に、リーネの放った徹甲弾が突き刺さる。明確なダメージを受け、堪らず雲の中に逃げ込んだネウロイ。視界の悪い雲中であれば、完全再生までの時間を稼げると、そう思っていた──

 

「逃がすカッ!サーニャ──!」

 

「うん!」

 

 ネウロイを追って雲に飛び込んだエイラは、サーニャの手を引いて視界の悪い雲の中、ネウロイを追撃する。雲よりよっぽど視界の悪い夜闇の中でも戦える2人にとって、この程度では隠れた内に入らない。そのまま雲の外まで追い立てられたネウロイに向かって、サーニャがフリーガーハマーを発射。全弾命中したロケット弾が装甲を破壊し、ネウロイの動きを更に鈍らせた。

 

 間髪入れず、外で待ち受けていたハルトマンとバルクホルンが追い打ちをかける──!

 

「アハハッ!遅い遅い!そんなんじゃあくび出ちゃうよ──!シュトゥルムッ!」

 

 軽快な動きでネウロイとの距離を詰めたハルトマンが、固有魔法による風を纏い、竜巻となって敵に突っ込む。大きく抉り取られた装甲を再生する時間を与えず、銃弾の雨がネウロイに降り注ぐ──!

 

「ズ……ォリャアアアアア──ッ!!!」

 

 両手に携えたMG42一斉掃射から、銃身を握ってのストックによる打撃。バルクホルンの凄まじい怪力から繰り出される一撃は、ボロボロだったネウロイの装甲を破壊。内部に潜んでいたコアを露出させた。

 

「コアが──ッ!」

 

「任せろ──ッ!」

 

 飛び出した美緒が背中の扶桑刀を抜き放ち、まっすぐ敵に突っ込んでいく。対するネウロイも美緒を近づけさせまいと幾筋ものビームを繰り出した。

 

「少佐──ッ!」

 

「美緒ッ!」

 

 美緒はもう戦闘に耐えうるだけのシールドを張ることができない。そんな状態で戦場に赴くだけでも危険だというのに、彼女は旋回する様子もなく、まっすぐ突き進んでいく。

 

「手出し無用ッ!」

 

 自分を止めようとした仲間達を制止した美緒は、見事な身のこなしでビームを全て回避していく。その動きは回避の達人であるエイラを彷彿とさせた。

 手数では落とせないと判断したネウロイは、それならばとビームを集束させ、強力な一撃を以て美緒を迎え撃つ。攻撃範囲の増した極太のビームは、先のような最小限の動きで回避できるものではない。今度こそ当たる──誰もがそう思った時だった。

 

「斬り裂けッ!烈風丸──ッ!」

 

 何と美緒は、自らの前に掲げた扶桑刀でビームを受けた。あろう事か、そのまま深紅の閃光を文字通り斬り裂いて進んでいく。

 常軌を逸しているとしか言えない美緒の行動に危機感を覚えたネウロイは、露出したコアを逃がすことで緊急回避を試みる。いくら〔魔眼〕でコアの位置が分かると言っても、攻撃の直前にコアを逃せばまだ戦える、と。

 

 しかし───!

 

 突如、ネウロイの直上から6つの弾丸が降り注ぎ、ネウロイの機体を端から吹き飛ばしていく。残ったのはコアが潜んでいる部位のみ。機体が欠損したこの状態では、もうどこにも逃げられない──!

 

 

「くらえええぇぇ!──必殺ッ! 烈 風 斬 ッ──!!!!」

 

 

 渾身の気合と共に放たれた美緒の斬撃は、ネウロイの機体をコアごと真っ二つに斬り裂いた。

 

 ウィッチ達の連携の前に敗北したネウロイは、壮絶な断末魔を残して弾け飛ぶ。キラキラと舞い散る破片の中、刀を収めた美緒は、

 

「はっはっは!──ウィッチに不可能はないっ!」

 

 そう、豪快に笑い飛ばすのだった。

 

「坂本さん凄いです!ネウロイのビームを斬っちゃうなんて!」

 

「流石少佐ですわ!」

 

「ああ。私もまだまだ戦える。お前達には負けてられんさ」

 

「リーネちゃんも!最後の坂本さんのサポート、かっこよかったよ~!」

 

「えっ?あの、芳佳ちゃん……」

 

「何?」

 

「アレ、私じゃないよ……?」

 

「えっ……?」

 

 謙遜ではなく、本当に何も知らない様子のリーネ。この場にいる中で、ネウロイの装甲を破壊出来るだけの威力を出せるのは、対装甲ライフルを持つリーネのみ。だからてっきり、リーネが美緒を支援したものだと思っていたのだが……

 

「全く……」

 

 嘆息した美緒は頭上を見上げると、

 

「──ようやく来たか!遅いぞ!」

 

「えっ……!?」

 

 美緒の声に、芳佳達も皆上を見る。その先には、ゆっくりとこちらへ降下してくる人影が──

 

「──これでも全速力で飛んできたんですが……僕が最後ですか」

 

「ああ。お前で最後だ───ユーリ!」

 

 懐かしい声、懐かしい名前──それを耳にした全員が息を呑んだ。

 

「ぁ……っ……ユーリさんッ!」

 

 第501統合戦闘航空団、最後の1人──ユーリが合流し、ガリアを解放した伝説のウィッチ達がこのアドリア海で実に半年ぶりの集結を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ユーリィ!」

 

「ユーリさぁん!」

 

「うッ……!?」

 

 戦闘を終え、武装を解除したルッキーニと芳佳は、一目散にユーリの元へ走った。彼女達に勢いよく飛び付かれて倒れ込んだユーリの口から、くぐもった声が漏れる。

 

「良かった……っ……ホントに良かったです……!」

 

「ホンドによがっだよぉ~~!」

 

 大泣きする芳佳とルッキーニに便乗したのか、今度はユーリの頭に手が伸びてきた。

 

「ったく、心配させやがってぇー!生きてんなら早く連絡しろよな!」

 

「ホントホント!これはお仕置きが必要だよねぇ?ウリウリ~!」

 

 シャーリーとハルトマンは、荒い手つきでユーリの頭をワシワシと撫で回す。更にそこへエイラも加わろうとした所で、見かねたバルクホルンが止めに入った。

 

「全く……立てるか、ザハロフ?」

 

「は、はい……ありがとうございます。バルクホルンさん」

 

 差し伸べられた手を取って立ち上がったユーリに、バルクホルンは小さく咳払いをする。

 

「それはそれとして、だ。──何故もっと早く連絡しなかった!お前が行方不明になってから、私達がどれだけ必死にお前を探したと思う!?」

 

「っ……本当に、すみませんでした」

 

「ま、まぁまぁ大尉。コイツにも色々事情があったんダヨ。ワタシとサーニャも同じこと思ったけど、そこはほら、ワタシが1発ぶん殴っといたからサ」

 

「いーやそれでは気が済まん!私からも1発お見舞いしてやる。ザハロフ、歯を食いしばれ!」

 

「ちょ、本気かヨ……!?」

 

 どうにかバルクホルンを止めようとするエイラを制し、ユーリは前に進み出る。

 

「……どうぞ」

 

「……よし。行くぞ──」

 

 目を伏せ、言われた通り歯を食いしばって痛みに備えるユーリ。だが覚悟していたような頬への衝撃も、鈍い痛みも、訪れる事はなかった。戸惑いながら目を開けた瞬間、額に小さな衝撃とじんわりとした痛みが広がる。

 

「あの……」

 

「お前の502部隊での働きは私も知っている。お前がしでかした事と、オラーシャの巣の撃破への貢献を加味した結果、デコピン(これ)が妥当だと判断したまでだ。異論は認めん」

 

「は、はい」

 

「──皆。積もる話は一旦おしまい。連合軍総司令部からの命令を伝えます」

 

 辞令を片手に呼びかけたミーナの声に、全員が耳を傾ける。

 

「まず、旧501メンバーは原隊に復帰後、アドリア海にてロマーニャへ侵攻する新型ネウロイを迎撃、これを撃滅せよ──尚、必要な機材は追って送るが、それまでは現地司令官と協議の上、調達すべし」

 

「ははっ、流石に手際がいいな。ミーナ」

 

「ええ。ガランド少将のお墨付きよ」

 

「──なぁんて言ってるけど、ホントは無理矢理少将の同意を貰ってきたんだよ」

 

「人聞きが悪いぞハルトマン。過程はどうあれ、命令は命令だ」

 

「えっと……つまり、どういうことですか?」

 

 命令の内容をよく飲み込めていない芳佳の質問に、ミーナは小さく笑ってから答える。

 

「私、ミーナ・ヴィルケ中佐。以下──」

 

──坂本美緒少佐

 

──ゲルトルート・バルクホルン大尉

 

──シャーロット・イェーガー大尉

 

──エーリカ・ハルトマン中尉

 

──サーニャ・リトヴャク中尉

 

──ペリーヌ・クロステルマン中尉

 

──エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉

 

──フランチェスカ・ルッキーニ少尉

 

──リネット・ビショップ曹長

 

──宮藤芳佳軍曹

 

「──以上、11名を以て、ここに第501統合戦闘航空団 ストライクウィッチーズを再結成します!」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 再び集った501部隊だが、芳佳はその中に1人の名前が存在しない事にいち早く気がついた。

 

「あの、ミーナ隊長……ユーリさんは……?」

 

「……ユーリさんには、私達とは別に総司令部からの命令が下りてるわ」

 

「え……じゃあ……」

 

「ユーリはあたし達と一緒じゃないって事かよ……!?」

 

「……まぁ、僕はあくまで民間からの義勇兵として501に参加したという事になっていますから。復帰する原隊が無い以上、命令の遂行は難しいですね」

 

「そんな……!」

 

 顔を曇らせる芳佳達。ミーナはユーリに下った命令を伝える。

 

「──ユーリ・ザハロフ准尉。前任務である"トラヤヌス作戦"の支援を完遂後、貴官に対する命令権は、第501統合戦闘航空団隊長に委任する。別命あるまで待機せよ」

 

「──!」

 

 ユーリへの命令権は501部隊の隊長に委任される──この場合、総司令部からミーナへと権利が移った事になる。

 

「──よって私、ミーナ・ヴィルケ中佐は、ユーリ・ザハロフ准尉に第501統合戦闘航空団への参加を要請します」

 

 ユーリは姿勢を正し、答える。

 

「了解!──またお世話になります。ミーナさん」

 

「やった!これでまた皆一緒ですね!」

 

「全員揃ったー!」

 

 晴れて全員が揃った所で、ユーリは皆に向かって頭を下げる。

 

「改めて……皆さん。ご心配をおかけして、本当にすみませんでした!」

 

 この謝罪に応えたのは、美緒だった。

 

「全くだ。──だがよくやった。ミーナとの約束をちゃんと守った上に、私達がいない場所でも勇敢に戦い、多くの人々を救った。お前は本当に大した奴だ」

 

 そう言って、ユーリの頭を撫でる。力強くも優しいその手に、ユーリの胸の内から何か熱いものが込み上げてきた。

 

「あれぇ~?もしかしてユーリ、感動のあまり泣いてる?」

 

「な、泣いてないです……っ!」

 

「照れることないじゃん。よしよし、頑張ったね~!」

 

「や、やめてくださいよハルトマンさん……!」

 

 戯れつくハルトマンをどうにか振りほどいたユーリの前に、芳佳が進み出る。

 

 

「ユーリさん──おかえりなさい!」

 

 

 部隊全員の言葉を代弁した芳佳に、ユーリは目元を軽く拭ってから言葉を返す。

 

 

「──はい。ただいま戻りました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──皆に散々心配をかけた罰として反省文という名の始末書を書き終えたユーリは、それを提出しようとミーナの執務室を訪れた。ドアをノックすると、中からミーナの声が返ってくる。

 

「失礼します──こちらを提出しに来ました」

 

「はい、ご苦労様」

 

 手渡された始末書を受け取る際、ミーナはユーリの左手の傷跡に気が付く。

 

「その手……」

 

「これはその、502部隊にお世話になっていた時、ネウロイとの戦いで……あ、でももう完治してますし、後遺症なんかもありませんから、何も心配は──」

 

 慌てて釈明するユーリだったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。言い終わるより先に、ミーナがユーリの身体を抱きしめたのだ。

 

「ミ、ミーナさん……?」

 

「──ガランド少将から聞いたわ。あなたの覚醒魔法のこと」

 

「……そう、ですか……」

 

 ユーリはオラーシャの巣との戦いで1回。更に先日のヴェネツィア撤退戦でも、敵の追撃を振り切る為に〔爆裂〕を使用してしまった。そのお陰で、結果的にヴェネツィアの巣はここまで目立った動きを見せずにいたわけなのだが……これを聞かされた時のミーナの心境がどうだったか、考えるまでもない。

 ミーナが今こうして感じている、ユーリが心臓の鼓動(生きている証)。覚醒魔法を使い続ければ、これも止まってしまうのだ。

 

「約束して。これ以上覚醒魔法は使わないって──もう、大事な仲間(ひと)が帰ってこないのは嫌。あの時と同じ思いはしたくないの」

 

 それは果たして恋人(クルト)を喪った時の事か、バルクホルンや美緒を喪いかけた時の事か──どちらにせよ、ミーナは仲間を失うことを強く恐れ、怯えている。ユーリを501に引き入れこそしたものの、心の底では出撃させたくない──と、そう思っているかもしれない。

 

「ミーナさん……」

 

 ふと、ユーリの脳裏をある約束が過ぎった。

 

 

 ──どうせ守るなら、自分も仲間も全部守ること。それが、あなたの大切な人達の笑顔を守ることに繋がるわ。

 

 

 ユーリはミーナの肩をそっと掴み、彼女の目をまっすぐ見据える。

 

「……ごめんなさい。もし皆さんの身に危険が迫って、これ以外に手がないという状況になったら……僕は、きっと使ってしまうと思います」

 

「駄目よ……!そんな事したら──」

 

「わかってます。ですから代わりに別の約束と、お願いを──僕は、僕の大切な人達と、その人達が大切にしているものを守ります。皆さんの故郷、仲間、家族……もし、その中に僕が含まれているなら、僕自身も」

 

「ユーリさん……」

 

「ですから──もう一度、ミーナさんが背負っているものを、僕にも分けてくれませんか。今度こそ、守らせてください」

 

 ユーリの願いを聞いたミーナは、僅かに瞳を伏せてから言葉を返す。

 

「……だったら、私からも別のお願い──今度こそ、501部隊(わたしたち)にもあなたを守らせて」

 

 ユーリと同じように、ミーナ達もまた、ブリタニアの戦いでユーリを助けられなかった事をずっと後悔していた。結果的に生きていたものの、助けられなかったという事実は無くならない。だから今度は守られるだけではなく、自分達にも守らせて欲しい──それがミーナの、延いては501部隊全員の総意だった。

 

「……分かりました。でも無茶はさせませんからね」

 

「それはこっちの台詞よ。私達の目が黒い内は、無茶な真似ができるとは思わないことね」

 

 そう言って、2人は小さく笑い合った。

 






【挿絵表示】


復ッ活ッ!501部隊、復活ッッ!!


502、504部隊での経験を経て、色々と成長したユーリ君。
坂本さんの教えをモロに受けたことで502の辺りから扶桑人あるある、天然ジゴロ属性を開花させつつあるユーリ君。
そんな彼が再び501の皆と再会し、ドッリオ少佐に言われたように夢を見つけられるのか……

見つけられるのかは……私にもわかりません。


そしてこれは余談ですが、ミーナさんはユーリ君をトラヤヌス作戦に向かわせる代わりに、後の命令権を移譲してもらうようガランド少将と取引をしてました。
流石に永久的にミーナさん直属にする訳にも行かなかったので、妥協点として「501部隊隊長に委任する」→501部隊として活動している内は、ミーナさんが好きにしていいよ。ということになったわけですね。つまりヴェネツィアを奪還して501が解散したら、命令権は総司令部及びガランド少将に戻ります。


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私を──

ここ数話にしてはちょっと短めでお送りします。


「──ふーん……ここが501の基地か」

 

「立派なとこだねぇ」

 

「ホント、凄いです……」

 

 つい先日再結成されたばかりの501部隊の基地を見上げる3つの人影。トレードマークの赤いズボンを身につけた彼女達は、赤ズボン隊の"三変人"ことフェル達3人組。壊滅状態に陥った504の代わりにヴェネツィア奪還及びロマーニャ防衛を請け負う501に挨拶をしてきて欲しいと頼まれたのだ。

 

「全くタケイの奴……私らの怪我も治りきってないってのに」

 

「まぁでも、他に手の離せる人がいなかったのも事実ですから……」

 

 そう言いながら、ルチアナは自分のジャケットのポケットをそっと撫で、中に入っているものが無事であることを確認する。

 

 何故この3人なのかは、今しがたルチアナが言った通りだ。入院中のアンジーは言わずもがな、天姫はまだ扶桑から戻ってきておらず、現状満足に動けるのはドッリオ、ドミニカ、ジェーン、パティ、醇子、錦の5名のみ。ドッリオと醇子は少しでも早い基地機能回復の為に連日各方面へ走り回っており、意外な事に重機の操縦を行える錦は作業班の手伝いに。ドミニカ、ジェーン、パティも慣れないながら物資搬入等の作業に忙殺されていた。

 フェル達はヴェネツィア市民護衛の際に負った傷が完治しきっておらず静養中──もとい暇していた所へ、こうして醇子におつかいを頼まれたというわけだ。

 

 そんなこんなで基地を訪れたフェル達を出迎えたのは、501の戦闘隊長である美緒だった。

 

「よく来てくれたな、赤ズボン隊の諸君。君達のことは竹井から聞いているよ。中々に優秀な隊員だとな」

 

「いやまぁ、それ程でも……あるけどね」

 

 謙遜せずに美緒の言葉を受け取るフェルにルチアナはややハラハラした様子で、マルチナはというと、興味深げに基地を見回していた。

 

「今日はアレよ。ヴェネツィアの件のお礼をと思ってね。501には結構お世話になっちゃったから」

 

「気にすることはない。我々は同じウィッチとして、当然の事をしたまでだ。──だがそうだな……礼という事なら、1つ頼まれてくれないか?」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──えっと……どちら様ですか……?」

 

「やー、どもども!噂の501部隊の見学に来たわよ。私はフェルナンディア・マルヴェッツィ。フェルって呼んでくれて良いわ、よろしく!──あなたがミヤフジちゃんね?」

 

「あ、はい……」

 

 基地の中庭で洗濯物を干していた芳佳は、突然現れたフェル達に困惑しているようだ。その困惑は、続くフェルの言葉でより深まることとなる。

 

「ちょーっと急なんだけどォ……私と模擬戦しない?」

 

「えっ……!?」

 

「大丈夫よ、洗濯物(それ)干し終えるまで待ってあげるから!」

 

「いや、あの──!」

 

「何なら私らで手伝っちゃいましょうか!ほら、やるわよアンタ達!」

 

「え、ちょっ……ええええええぇぇぇ──!?」

 

 有無を言わさぬ勢いで、あれよあれよと事は進み──気づけば芳佳は空にいた。

 

「あ、あの……状況がよく分からないんですけど……!」

 

「言ったでしょ、模擬戦よ模擬戦。使うのはペイント弾だし、危険も無いわ。ルールは……まぁ先に1本取った方が勝ちでいいか。それじゃ始めるわよー!」

 

「な、何でぇぇぇ───!?」

 

 フェルの合図で、審判を務めるルチアナのホイッスルが高らかに鳴り響く。開始の合図こそ鳴ったものの、当の芳佳は未だに状況を飲み込めずにいた。

 

「ほれほれ、ボーッとしてるとこっちから行っちゃうわよ~?」

 

「うぅ……てやぁああああああ──ッ!」

 

 とにかくやるしかない。という結論に落ち着いたらしい芳佳は、いきなりの左捻り込みで、自分より後ろを飛んでいたフェルと真っ向からぶつかり合う。

 

「おぉ!?何その機動!面白いわね──ッ!」

 

 フェルもまた、今出せる全力で芳佳と相対する。唐突に始まったこの模擬戦の結果は───!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いやぁ~見事にやられたわ!ミヤフジちゃん、中々やるじゃない!」

 

「そ、それほどじゃ……フェルナンディアさんも本調子じゃなかったみたいですし」

 

 模擬戦を終えた芳佳達は、美緒や赤ズボン隊の2人も交えて、基地に設置された露天風呂で汗を流していた。フェルの言葉から分かる通り、結果は芳佳の勝利だ。

 

「すまなかったなフェルナンディア中尉。まさか怪我をしていたとは……」

 

「お礼って言ったでしょ。いーってことよ」

 

「あ、あの。だったら私が治します!私、治癒魔法が使えますから」

 

 芳佳の治癒魔法によって、フェル達の治りかけの傷が見る見る癒えていく。芳佳の魔法の効力を身を以て感じたフェルは、自分と同じ治癒魔法でもここまで違うものかと、内心舌を巻いていた。

 

「……すごいわねコレ」

 

「ねー!痛みがあっという間に消えちゃった!」

 

「この魔法力、隊長よりすごいかも……」

 

「何よルチアナ、傷つくわねぇ……」

 

「ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ……」

 

「冗談よ。──私も、少しずつでも治癒魔法の勉強しないとねー……また"トラヤヌス"みたいな事があった時の為にも」

 

 あの時、もう少しフェルの治癒魔法の練度が高かったならば、アンジーの傷をもっとしっかり治療できたはずだ。傷を癒す力が備わっているにも関わらず、己の未熟さ故にそれを十全に発揮できなかったという苦い経験は、フェルの心境にも変化を与えていた。

 

「フェルナンディアさん。もし良かったら、なんですけど──私でよければ、お手伝いさせてもらえませんか?」

 

「ミヤフジちゃんが?」

 

「はい。私、ウィッチとしてはまだまだ新人ですけど、治癒魔法はお母さんとお婆ちゃん、坂本さんにも鍛えられたお陰でちょっとは自信があります!……ので、その、アドバイスとか出来たら……って」

 

「んー……うん!そういう事なら、お言葉に甘えちゃおうかしら!」

 

「……はい!頑張りますっ!」

 

 程なくして風呂から上がった5人。早速芳佳から治癒魔法のレクチャーを受けに行くフェルは、ルチアナとマルチナの2人に

 

「アンタ達は基地の中でも見せてもらったら?少しくらい楽しんだってバチは当たんないわよ」

 

「はいはい!ボク基地の中探検したーい!」

 

「い、いいんでしょうか……?」

 

「はっはっは!──ああ、好きに見て行ってくれ。無理をさせたせめてものお詫びだ」

 

「そんな、お詫びだなんて!宮藤さんの魔法で治療して頂いただけでも十分……」

 

「ならばお詫びではなく、宮藤の奴を揉んでくれた礼という事にしてくれ。お礼のお礼、というやつだ」

 

 結局、美緒の厚意をありがたく受け取った2人は、フェルの勉強が終わるまで、基地の中を見て回る事になった。

 

「はぇー、ウチより全然広いねー。建物も綺麗だし」

 

「風化して空き地になった遺跡に新しい基地を建造するって話は聞いた事がありましたけど、いつの間にかこんなに立派な建物が完成してたんですね……」

 

「ねぇねぇルチアナ!1番上まで行ってみようよ!」

 

「あ、ちょっとマルチナ!一応他所様の基地なんですから、走り回るのは止めた方が──!」

 

 丁度階段に差し掛かり、マルチナは軽快な足取りで最上階まで駆け上がっていく。その後を追いかけたルチアナは階段を上り終え、軽く息を整えていた所、一足先に到着していたマルチナの感嘆の声を耳にした。

 

「すっごーい!見てルチアナ!ここから基地が全部見渡せるよ!」

 

「わぁ、すごい景色……!」

 

 沈みゆく夕日が差す中、隊舎の裏側まで見渡せる基地の最上階から地上を見下ろしていたマルチナは、遠目に見覚えのある姿を見つける。

 

「ねぇねぇ!アレってユーリじゃない?」

 

「え?……あ、ホントですね」

 

「お~い!ユーリ~!」

 

 最上階から呼びかけるマルチナの声に気づいたユーリは、彼女達がここにいる事に戸惑いながら、自身も基地の最上階へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そういう事でしたか。宮藤さんがお世話になりました」

 

「いえいえ。それを言うなら、フェル隊長が今まさにお世話になってますから」

 

 ルチアナ達と僅か数日ぶりの再会を果たしたユーリは、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 

「黙って出て行ってしまって、すみませんでした。後日、改めて挨拶と、お世話になったお礼に伺おうと思っていたんですが」

 

「あの日はびっくりしっぱなしだったよねー。ユーリはいなくなっちゃうし、ルチアナは病院から戻るなり裁縫道具持って部屋に篭っちゃうしでさー」

 

「ルチアナさんが……?」

 

「あ、そういえばアレ持ってきてるんじゃないの?今渡しちゃえば?」

 

「マ、マルチナ……ッ!」

 

「アレ──とは?」

 

 ルチアナの制止も虚しく、マルチナは首を傾げるユーリに話を続ける。

 

「こないだルチアナの部屋にハサミ借りに行った時、ボク見たんだ。机の上にユ──」

 

「あーあー!何も聞こえないですー!──マルチナ、もうその辺で!」

 

「でも501の基地に行けって大尉に言われて、ルチアナは出る前に1回部屋に戻ったよね?ボクてっきりアレ取りに行ってたんだと──」

 

「分かりました!分かりましたからっ!もうお願いですからちょっと黙っててください~ッ!」

 

 これ以上ここにいると何を言い出すかわからないマルチナをどうにかフェルの元へ向かわせたルチアナは、頭を抱えながらユーリに向き直る。

 

「えっと……結局、マルチナさんが言っていたアレというのは……?」

 

「うぅ……コ、コレの事、です……」

 

 ルチアナがポケットから取り出したのは、1組の黒い手袋だった。

 

「本当は、退院された時にお渡しするつもりだったんですけど……。ユーリさん、過去に左手を怪我されてますよね?これなら傷跡を隠すのに、丁度いいんじゃないかって……」

 

 ルチアナお手製の手袋は、ウィッチ達が着ている軍服等と同じ魔法繊維で出来ている。傷を隠すだけでなく、新たな傷から手を保護する目的でも使えるようにと、ルチアナなりに考えた末の事だった。

 

「ありがとうございます……!着けてみても?」

 

「は、はい。しっかりサイズが合うといいんですが……」

 

 手袋に指を通し、何度か握って開いてを繰り返す。頑丈ながら伸縮性のある素材を使用している手袋はユーリの手にピッタリとフィットしており、別段問題はないかの様に思われたが……

 

「どう、でしょう……?」

 

「そうですね……本当に強いて言うなら、ですが──少しだけ、指と指の間が窮屈に感じるくらいでしょうか」

 

 指と指──特に人差し指と中指の間がキツく、指の可動域が少々狭まっているように感じる。実戦ではこれを着用した状態で銃を握る。事と次第では、銃の取り回しに差し障る可能性もゼロではなかった。

 

 ルチアナは病院でユーリの手を仔細に確認し、目に焼き付けた記憶からサイズを逆算してこれを作ったのだが、これが完全に裏目に出てしまった形だ。傍からすれば、採寸に使うメジャーも何も持ち合わせていなかったのだから仕方ない。という所だが、他ならぬルチアナ本人が自らの失態を内心で強く非難していた。

 

「ご、ごめんなさいっ!ダメな物をお渡ししてしまって……手袋(ソレ)はこちらで処分しますので……!」

 

 外された手袋を半ばひったくる様にして受け取ったルチアナ。そのまま背を向けて走り去ろうとした所で、ユーリの声が飛んだ。

 

「……処分、してしまうんですか?」

 

「えっ……?」

 

「てっきり、手直ししてくださるものと思っていたんですが……やはり、お手を煩わせてしまうでしょうか?」

 

「そんな事は……!──でも、いいんですか?こんな、ちょっとお裁縫が得意なだけの素人が作った物より、もっとちゃんとした物の方が……」

 

 素人目には十分過ぎる出来なのだが、ルチアナとしては失敗も失敗、大失敗だ。こんなものを使うより、自分よりもずっと腕のいいプロが作った物の方がいいに決まっている。そう、思っていたのだが……

 

「はい。ルチアナさんの手袋がいいです」

 

「………っ」

 

 すかさず返されたユーリの言葉に、ルチアナは胸の奥が熱くなるのを感じた。あの時と同じだ。ユーリに対し抱いている気持ちを自覚した、あの時と。

 

「……分かりました。すぐに直してまたお渡しします。ただ、その内解れたり破けたりしちゃうかもしれません。その時は──」

 

 俯けられていた顔が持ち上がり、ユーリの目をまっすぐ見つめる。

 

 

「──その時は、また私に直させてください。何度でも、何回でも、私が直します!もしサイズが合わなくなってきたら、また新しいのを作りますから!」

 

 

「お気持ちは嬉しいんですが、流石にそこまでお願いするのは悪いですよ……!ルチアナさんだって504部隊の仕事があるでしょうし」

 

「大丈夫です!勿論、ユーリさんが嫌でなければ、ですけど……」

 

「決して、嫌という訳では……あの、どうしてそこまで……?」

 

「えっ……!?」

 

 突然の核心を突いた質問に、ルチアナは言葉に詰まりながらも、意を決して声を絞り出す。

 

「そ、その──き……だから、です

 

 消え入りそうな彼女の声に、ユーリは思わず聞き返す。ルチアナの顔は見る見る赤くなっていくが、幸か不幸か、夕日に照らされていた事で、ユーリがそれに気づくことはなかった。

 鼓動が早鐘を打つ中、ルチアナはもう一度、自身の中にある勇気を総動員して声に出す──!

 

 

「す──好き、だからです……ッ!」

 

 

 流れる沈黙──それは時間にして数秒か、数十秒か。もしかしたら、緊張のあまり長く感じているだけで、実際は1秒にも満たなかったかもしれない。

 いずれにせよ、この沈黙に耐えかねて音を上げたのは、やはりというべきか、ルチアナだった。

 

 

「──お、お裁縫がッ!ウィッチになる前から服飾関係のお仕事に興味があって、それでその、将来はウィッチの方々が着る服を手がけてみたいなって思ってるんです!これはそのための第一歩というか、あのでも決してユーリさんを練習台扱いしているわけじゃ……!」

 

 

 こんな言い逃れが通じるのかとドキドキしながら早口でまくしたてるルチアナだったが、ユーリはというと、

 

「なる程……素敵な夢だと思います。そういうことでしたら、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 ──という具合に、ルチアナの言葉を全面的に信じたようだ。安堵7割、落胆3割といった心持ちで息をつくルチアナは、こちらも安堵と落胆が入り混じった──それでも、どこかすっきりしたような笑みを浮かべてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いや~、今日は思わぬ収穫だったわねぇ。まさかタケイのお使いがこうも有意義になるとは思ってなかったわ」

 

「基地の探検も楽しかったー!また来ようよ隊長!」

 

「そうしたいトコだけど、怪我が治った以上は私らも働かないとよ。いつまでも隊の皆に任せっきりにするのも悪いしね」

 

「うー……そっかぁ」

 

 時は夕刻。すっかり日が暮れ、街の灯りがちらつき始めた頃だ。芳佳との治癒魔法の勉強を終えたフェルは、マルチナ共々自分達の基地に帰ろうとしていた。

 

「……ところで、ルチアナはどうしたのよ?」

 

「先に帰るって、結構前に行っちゃった」

 

「なんかあった訳?」

 

「それが分かんないだよねー。偶然ユーリ見っけて、少し話したら急にルチアナがアワアワし出してさ」

 

「……へぇ?ユーリと会ったのね」

 

 マルチナの言葉を聞いたフェルは、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

(私の聡明な作戦が上手くいったわけね。ルチアナったら、あんだけユーリの事意識しといて、バレてないとでも思ってんのかしら)

 

 実を言うと"トラヤヌス作戦"以降、ルチアナは2日程ベッドで過ごした後、出歩ける程度に回復するなりパティ共々病院へ通い詰めていたのだ。それも毎日とくれば、ルチアナがユーリに対し浅からぬ想いを抱いているということは容易に想像が付いた。

 

「隊長。なにニヤニヤしてんの?」

 

「何でもないわ。ほら帰るわよ」

 

 部下の恋を応援しながら、フェルナンディア・マルヴェッツィはクールにロマーニャの街の帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日後──ユーリ宛に届いた小包には、先日見たものと同じ黒い手袋が2組入っており、どうやらきちんと定期的に洗濯できるよう追加で作ってくれたらしい。手袋を着けてみたところ、違和感は全くない。驚く程ピッタリとユーリの手にフィットしている。

 

 因みに、これと同じ物が近い将来に赤ズボン隊グッズの新商品として世に出回ることになるのだが──謂わば真の意味で初回生産版とも言えるユーリの手袋には手首の部分に小さく、彼の使い魔である狼が、504部隊のイメージカラーである赤の刺繍で縫い付けられていた。

 




 ユーリ は ルチアナの手袋 を 手に入れた !

前回ルチアナが病院脱走直前のユーリ君の手をジロジロ見ていたのはこういうことでした。
正確な採寸も無しにほぼジャストフィットな手袋を作れるなんて、恋の力ってすごいですね~

因みに、今回のサブタイで「?」となった方は、是非「手袋 プレゼント 意味」でググってみてください。書き終えてからサブタイで悩んでいた私もマジで驚きました。


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501JFW〈Ⅱ〉
特訓


 501部隊が再結成されてからというものの、基地では美緒の指導の下、ウィッチ達が訓練に励んでいた。皆久しぶりの模擬戦や編隊の確認等をしている中で、目下美緒の悩みの種となっているメンバーが3人程……

 

「──ペースが落ちてるぞ!宮藤、リーネ!」

 

「はぁ…はぁ……はいぃっ……!」

 

「が、がんばりますっ……!」

 

 既に先着していた他のメンバー達は各自解散している中、こうして走り続けているのは芳佳とリーネ、そして意外にもペリーヌの3人だった。

 

「明らかに体力不足ね……」

 

「無理もない、と言いたい所だが……ここまでとはなぁ」

 

 なんとか走り込みを終え、息も絶え絶えに倒れ込んでしまう芳佳達。それを見たミーナと美緒は、一層頭を悩ませる。

 ブリタニアでの戦いが終わってから半年間、芳佳は扶桑で学生としての生活に戻っており、ペリーヌは前線から離れてガリア復興に専念。リーネもそれに同行していた。別に遊び惚けていた訳でもなし、そういった事情を考えれば、美緒の言う通り無理もない事なのだが……

 

「バルクホルン大尉の話では、午前中の飛行訓練でも問題が多かったって言うし……このままじゃ出撃させるには危険だわ」

 

「そうだな……よし──」

 

 少し考えた美緒は、

 

「宮藤、リーネ、ペリーヌ!お前達は基礎から鍛え直しだ!」

 

「は、はいっ!」

 

「少佐のご指導でしたら、どんな訓練でも耐えてみせますわ!」

 

「でも基礎からって、具体的に何を……?」

 

 リーネの質問に小さく頷いた美緒は、芳佳達の1番の問題点を挙げた。

 

「自分でも分かっているだろうが、今のお前達はブリタニアにいた頃より腕も体も鈍っている。まず基礎体力だが、これに関しては地道に鍛え直す他ないだろう。従って、今お前達に必要な訓練は魔法力の制御だ」

 

「魔法力の……?」

 

「そうだ。そして私には、その道のプロと言えるウィッチに伝手がある。お前達は彼女の下で修行をして来い。合格を貰えるまで、帰って来ることは許さん!」

 

「えぇッ……!?」

 

「そら、さっさと準備に取り掛かれ!」

 

 言われるままに身支度を始める芳佳達。その傍ら、訓練を見守っていたユーリが手を挙げる。

 

「あの、坂本さん。宮藤さん達の訓練に、僕も同行させてもらえませんか?」

 

「……魔法力制御にかけては、今や501の中でも最上位と言っていい腕前のお前が、か?」

 

「そう言って頂けるのは光栄ですが……ダメでしょうか?」

 

「まぁ、ダメとは言わんが…──いや、そうだな。一度初心に立ち返る事で、新たに得られる物もあるやもしれん。何よりいい経験になるだろう。行って来い!」

 

「ありがとうございます。準備してきます!」

 

 斯くして──ブランク3人組にユーリを加えた4人は、美緒から渡された地図を頼りに、訓練所へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地を発って暫く飛び続けた4人がたどり着いたのは、ヴェネツィアの南部にある小島。

 つい先日ネウロイの支配下に落ちてしまったヴェネツィアだが、ここのような末端部には幾つか無事な地域も点在していた。

 

「ホントにここが訓練所、なんですか……?」

 

「少佐に頂いた地図では、ここの筈ですわ」

 

「でも、誰もいないよ……?」

 

 芳佳達が疑問に思うのも頷ける。美緒にはここへ訓練に向かえと言われたものの、周りには民家らしき建物が1軒と、後は林が広がるのみ。一般的な訓練所のイメージとは大きくかけ離れていた。

 

「うーん……ちょっと探してみよっか?」

 

「ねぇ芳佳ちゃん。アレ、なんだろ……?」

 

 リーネが指差す方向──頭上へ目を向けた4人は、空から落下してくる謎の物体を目にする。芳佳達が小さく悲鳴を上げながらその場から飛び退く一方で、ユーリは驚きこそすれ、落ちてくる物を受け止めてみせた。

 

「な、何なんですの急に……!?」

 

「これは……たらい?」

 

「全く、ネウロイかと思いましたわ……」

 

 

「──誰がネウロイだい」

 

 

 全員の意識がたらいに集中する最中、突如聞こえた声に、またも驚きの声が上がる。

 

「た、たらいが喋った……!?」

 

「いえ、まさかそんなはずは……!」

 

 困惑する4人の前に、またも空から、新たな影が降り立った。

 

 

「──全く。挨拶も無しにウチの庭に入るなんて。近頃の若いのは躾がなってないねぇ……!」

 

 

 そんな言葉と共に現れたのは、1人の老女だった。先程のたらいも彼女が投下したのだろう。突然そのような仕打ちを受けた事も勿論だが、それ以上に4人の驚きと興味を惹いたのは、箒に跨り宙に浮かんでいるという彼女の出で立ちだった。

 

「──突然の訪問、申し訳ありません。アンナ・フェラーラさんでお間違いないでしょうか?」

 

 気を取り直したユーリの謝罪と問いかけに、彼女は首肯を返す。

 

 彼女の名はアンナ・フェラーラ。元ヴェネツィア空軍所属のウィッチで、退役時の階級は大尉。この第二次大戦が開戦するよりずっと前からウィッチとして空を飛んでいた、歴史の生き証人とも言うべき人物だ。

 何よりも特徴的なのは、彼女の頭部から覗いている動物の耳──使い魔との契約がまだ活きていると言う点。要するに、彼女はとっくに20歳を超えているにも関わらず、今に至るまで魔法力を保持し続けている事を意味する。それは彼女が箒に乗って空を飛んでいた事から見ても間違いない。ましてやストライカーではなく、何の変哲もない藁箒で空を飛んでいるのだ。彼女を魔法力制御のプロと称した美緒の言葉に嘘も誇張も無いようだ。

 

「あ、あのっ!私達、坂本少佐の命令で訓練に来たんです!合格を貰うまでは絶対帰るなって言われました!」

 

「あぁ……その話かい。──取り敢えずその脚に履いてるモン、脱ぎな」

 

 アンナに言われ、脱いだユニットを物置に仕舞った4人。そこへ1人1つずつ渡されたのは、これまた何の変哲もないバケツだった。

 

「──それじゃあアンタ達には、今晩の食事とお風呂の為に、水を汲んできてもらうよ」

 

「水汲みですか……?」

 

「えっと、水道──井戸とかは……?」

 

「井戸ならあっちだよ」

 

 井戸の方向を指差すアンナだが、そちらへ目を向けた芳佳達は思わず言葉を失う。井戸が設置されているという場所は古びた遺跡の切り立った断崖の上。それだけならまだしも、とにかく遠い。全力で走っても片道20~30分はかかりそうだ。大陸から離れたこの孤島には水源が無く、水が出るのはあそこしか無いと言う。

 

「あ、でもストライカーを使えば……!」

 

「そうですわ!ストライカーで飛んでいけばこのくらいの距離──」

 

 真っ先に倉庫へ向かうペリーヌだったが、その前にアンナが立ちはだかる。

 

「誰がそんなモン使っていいって言ったんだい?」

 

「えっ……?」

 

「もしかして、あんな遠い所まで歩いて行くんですか……!?」

 

「そんなことしてたらあっという間に日が暮れちまうよ!──ほら、コイツを使うんだ」

 

 そう言って各自渡されたのは、またまた何の変哲もない1本の箒。先程アンナが空を飛ぶのに使っていた箒と同じものだ。尚、本数の都合ユーリには渡されていない。

 

「これで飛べ、という事ですか?」

 

「それ以外に何があるって言うんだい。そら、さっさと行きな!」

 

 呆然としていたのも束の間、アンナに尻を叩かれ、芳佳達は見よう見真似で箒に跨った。

 

「──行きますっ!」

 

 アンナとユーリが後ろで見守る中、魔法力を発動させ、それを箒へと込めていく。徐々に箒が持ち上がり、それに伴って3人の足も地面から離れていくが……

 

「うぅ……い、痛い……っ」

 

「く、くい込む……」

 

「くっ……ッうう……ッ!」

 

 上昇は、揃って一定の位置で止まった。理由は言わずもがな「痛いから」の一言に尽きる。何が?とは聞かぬが仏だ。

 

 やがて集中力が切れ始めたのか、箒がバランスを崩し始める。最初に芳佳、次いでリーネだ。ペリーヌはというと、表情こそ苦しげだが、どうにか姿勢を保つことに成功していた。

 

「いつまで地面をウロウロしてるんだい!こんなんじゃ夕飯に間に合わないよ!」

 

 満足に飛ぶこともままならないこの状況に痺れを切らしたアンナは、大きく手を叩く。これによってギリギリで繋ぎ止められていた集中の糸が完全に切れ、遂に3人の箒は制御を失い、あらぬ方向へと暴れ始めた。振り落とされまいと必死に箒にしがみつく3人だったが、早くもリーネが転落してしまう。

 

「全く、この程度で魔女とは片腹痛いねぇ……──リーネ(アンタ)は無駄にデカいモン付けてるから、バランスが取れてないんだよっ──と」

 

「ひゃうっ……!?」

 

 いつからか明後日の方向に目を向けていたユーリには何が起こったのか分からないが、リーネが短い悲鳴を上げる。

 

「で──芳佳(アンタ)はいつまで回ってんだい!」

 

「ほっ、箒に聞いてください~~~~ッ!」

 

 箒共々空中でぐるぐる回り続けていた芳佳は、目を回した事で魔法力の供給が途切れ、そのまま地面へ真っ逆さまに。

 

「ぐ…ぬぬぬぅ……ッ!」

 

「おや、ペリーヌ(アンタ)は中々やるじゃないか」

 

「こっ、この程度……ッ!ウィッチと…してっ……と、当然っ…ですわ……ッ!」

 

「そーかい、そーかい──」

 

 あくまでも気丈に振る舞うペリーヌの箒を、アンナは下から小突き上げる。力らしい力の込もっていない、本当に些細な接触だったが、そんな些細な干渉でペリーヌの箒はあれよあれよとバランスを崩していく。

 

「ふっ……んんん~~~~ッ!」

 

 箒がほぼ垂直になっても諦めずに粘ったペリーヌだったが、それが続いたのも僅か3秒程。諸々我慢の限界が訪れ、箒から落ちてしまう。

 

「これじゃ、アンタ達には永遠に合格はやれそうにないねぇ……」

 

 嘆息するアンナは、落下した芳佳を助け起こすユーリに目を向ける。

 

「──アンタもやるかい?ここにいるって事は、修行しに来たんだろう?」

 

「……はい。挑戦させてください!」

 

 近くにいたリーネから箒を受け取ったところで、ユーリは跨るのではなく、腰掛ける形で箒に乗るようアンナから指示される。何故?とは聞かないお約束だ。

 アンナの指示通り、箒を腰の後ろに構えたユーリは魔法力を発動させ、まず箒を浮遊させる。丁度いい高さに上がって来た所で箒に腰を乗せ、上昇を再開したのだが……

 

「あっ、危ない──!」

 

 リーネの叫び声と同時に、バランスを取ろうとグラついていたユーリの体は真後ろに転げ落ちてしまう。打ち付けた頭に鈍い痛みを感じるユーリを案じて、リーネと芳佳が駆け寄ってきた。

 

「だ、大丈夫ですかユーリさん?結構な勢いでしたけど」

 

「………」

 

 ユーリからの返事がない。それどころか、じっと目を瞑ったまま身動きひとつしないではないか。呼吸はしている為生きているのは間違いないが、もしや打ち所が悪かったのだろうか……?

 

「………」

 

 数秒の沈黙の後、パチリと目を開けたユーリは、起き上がるなりもう一度箒を手に取る。

 2度目の挑戦。先程は箒をある程度浮かせてから腰を乗せていたが、今度は最初から箒を腰に触れさせた状態でのスタートだ。芳佳達が固唾を飲んで見守る中、箒共々ユーリの体が少しずつ浮き上がっていく。慣れない姿勢でバランスを取るのに注意を割いているせいか、上昇こそゆっくりではあるものの、先ほどの芳佳達と比べてしっかりと浮遊できていた。

 

「……ほう。ユーリ(アンタ)、この娘達とは違うね。男ってだけじゃない。魔法の込め方を分かってる」

 

 僅か2度の挑戦でここまで出来た時点で、アンナとしては合格とは行かないまでも及第点だったようだ。

 

「その様子じゃ慣れるまでそう掛からないだろう。アンタだけでも水汲みに行ってきな」

 

「分かりました」

 

 アンナの予想通り、程なくしてユーリは箒での飛行に慣れてきた。今やアンナと遜色ないレベルで箒を乗りこなせるようになっている。

 未だ芳佳達が浮遊するのに四苦八苦している傍らで、ユーリは箒の先端にバケツを3つ引っ掛け、水汲み作業を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ユーリ以外まともに飛べないまま迎えた訓練2日目──芳佳達はどうにか地面から足を離して移動出来る程度の上達は見せていた。が、しかし……猛スピードで直進するばかりで曲がれなかったり、バランスを崩して箒から落ちたり、挙句の果てにはぴょんぴょんジャンプする箒に必死にしがみつく始末。お世辞にも箒を操れているとは言えない有様だった。

 

「うぅ……どうして上手くいかないんだろう……」

 

「魔法力、足りてないのかな……?」

 

「そんなはずはありませんわ!ユーリさん以上の魔法力を持ってる宮藤さんでこの有様ですもの、きっと他に理由があるはずです」

 

 小休憩ついでにあーだこーだと考えを巡らせる3人。丁度そこへ、今日もまた独りで水汲みを行っていたユーリが井戸から引き返してきた。小さく息をつくユーリに、リーネが申し訳なさそうに口を開く。

 

「ごめんなさいユーリさん、任せきりにしちゃって……」

 

「そう急がずとも──とは言えない状況ですね。こちらは大丈夫ですから、皆さんも頑張ってください」

 

「色々試してはみてるんですけど、箒が思い通り動いてくれないんです」

 

「何かコツはありませんの?箒を安定させる方法とか……」

 

「コツ、ですか……」

 

 自分が飛べるようになった時の事を思い出し、当時の感覚の言語化を試みる。

 

「箒を飛ばすのではなく、自分を飛ばす──と言いますか。箒はあくまでも魔法力を込める媒体と考えれば、自然と安定すると思います」

 

「……ごめんなさいユーリさん。ちょっと何言ってるか分かんないです……いや、聞こえてはいるんですけど」

 

「ま、宮藤さんが分からないのは当然ですわね」

 

「ペリーヌさんは分かったんですか?」

 

「……と、当然ですわ!つまり、その……ユーリさんの言った通りです!」

 

「分かってないんですね……」

 

 ペリーヌが苦笑いするリーネに反論していたところへ、アンナが様子を見にやって来る。訓練の首尾を聞いて呆れたように嘆息したアンナは、座り込む芳佳達を横に並ばせた。

 

「──いいかい?アンタ達はストライカーユニットって機械にずっと頼って飛んでた。まずはその機械に頼った飛び方を一度忘れなきゃダメなんだよ」

 

「でも、忘れてどうすれば……?」

 

「箒と一体化するんだよ。空を飛ぶ箒に乗ろうとするんじゃなく、箒を自分の体の一部だと感じるんだ。そして、自分の足で一歩踏み出す!──そんなイメージで魔法を込めるんだよ」

 

 箒は体の一部──空を飛ぶには、その「一部」だけを飛ばそうとするのではダメだ。アンナの言葉を反芻しながら、3人は今一度魔法力を込める。すると……

 

「ゎ……うわぁ!飛べた!」

 

「すごい!綺麗に飛べてるよ、芳佳ちゃん!」

 

「うん!リーネちゃんも!」

 

 芳佳もリーネもペリーヌも、見違えたようなしっかりとした姿勢で自らを宙に浮かせることに成功した。

 

「いいかい。魔法力のコントロールで大切なのはイメージだ。自分の中の魔法力をどんな形で発動させるか。それさえイメージ出来れば、大抵の事は出来る」

 

「ありがとうございます!アンナさん!」

 

「礼を言うのはまだ早いよ!今までユーリ(この子)に任せきりだった分、今度はアンタらが働きな!」

 

 地上から飛んだ声に尻を叩かれ、3人は井戸を目指して飛んでいく。アンナは笑みを浮かべながらそれを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──芳佳達が入浴している間、ユーリはアンナにある相談を持ちかけていた。

 

「──ふぅん……なる程ね。要するに、固有魔法の性能をもう一段引き上げたいって訳だ」

 

「はい。単純な威力強化よりも、何か応用を利かせた使い方が出来れば、と」

 

 〔炸裂〕は魔法力制御が密接に関わってくる魔法だ。美緒をして「その道のプロ」と言わしめた彼女であれば、何かヒントをもらえるかも知れない。少し考えた末に、アンナの口から出た答えは──

 

「そういう事なら、特別教える事は無いよ」

 

「……そう、ですか」

 

「勘違いするんじゃないよ。アンタに伸び代がないってンじゃない。私がわざわざ口を出す必要がないってだけさ。アンタも聞いてただろう、魔法力の制御で重要なのはイメージ──自分の魔法を自力でここまで高められたんなら、しっかりイメージ出来ている証拠だ」

 

 当初、着弾と同時に爆発する仕様だったユーリの〔炸裂〕は、地道な訓練の甲斐あって、時間差での爆発や着弾させずグレネードの様にも使える等、ユーリ自身の手で研磨されてきた。今更外野が口を挟むより、このままユーリの感性に従って磨き上げるべきだと、アンナはそう判断したのだ。

 

「ただまぁ、そうだね……強いて言うなら、柔軟に考えればそれだけ別の使い方って奴が見えてくるんじゃないのかい?」

 

「別の使い方……分かりました。考えてみようと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員入浴を済ませた芳佳達4人は、大陸と島を結ぶ橋の上で夜風に当たっていた。

 

「──よく考えてみたら凄いよね、昔の人って。皆箒で空飛んでたんでしょ?」

 

「私のお母さんも、昔使ってたって聞いたことあるよ」

 

「そういえば、リーネさんのお母様は──」

 

 リーネの母ミニー・ビショップは、約30年前に勃発した第一次ネウロイ大戦で英雄と呼ばれる程の活躍をした元ウィッチだ。彼女もアンナ同様、飛行技術が進化する前の時代を生きた1人だった。

 

「……でも、箒で飛ぶ事で本当に強くなれるのかしら?そこだけはまだ疑問ですわ」

 

「魔法力制御は重要ですよ。──それまでは飛ぶだけで精一杯だったのに、魔法力制御の訓練を続ける事で前線で戦えるようになったウィッチを、僕は1人知ってます」

 

 つい先月まで一緒に戦っていた、スタミナと根性が持ち味の少女の事を思い出す。彼女達は元気にしているだろうか。

 

「──明日も早いってのに、こんなトコで何してんだい?」

 

「アンナさん──私達、橋を見てたんです」

 

「橋……?橋がどうかしたのかい」

 

「アンナさんはあんなに上手に箒で飛べるんだから、橋なんて要らないんじゃないかな。って……」

 

 芳佳の言葉を聞いたアンナは、小さく顔を俯かせる。

 

「……確かに、私だけなら橋が無くても何て事はないさ。……けど、私の娘は魔法が使えなくてね」

 

 魔法力の遺伝。ウィッチの子供──特に女児は母親同様に魔法力を持って生まれる可能性が通常より高い。そんな中で、魔法力を持たずに生まれてくる子供も一定数いるのが実状だ。アンナの娘もその1人だったらしく、幸か不幸か、軍人としての道を歩む事はなかった。

 

「もうとっくに嫁に行っちまったが……年に数回、孫達を連れて会いに来てくれるんだ。この橋を渡ってね」

 

「その娘さんは、今どこにいるんですか……?」

 

 

「……ヴェネツィアさ」

 

 

「っ……!」

 

 何の気なしに行われた芳佳の問い。その答えを聞いたユーリは、密かに奥歯を噛み締める。

 

「あの、娘さん達は無事なんですか……?」

 

「大丈夫だよ。家族全員、無事に逃げられたって連絡があった。──自分達を守って戦ってくれたウィッチ達のお陰だ。ってね」

 

「その時戦ってたのって……」

 

「……壊滅した504部隊、ですわね」

 

「じゃあ──」

 

 芳佳は、振り向いた先で沈んだ表情を浮かべるユーリに目を向ける。

 

「……そうかい」

 

 おおよその事情を理解したらしいアンナは、

 

「言っただろう。娘達が助かったのは、あの時ネウロイと戦ったアンタ達がいたからだ」

 

「……ですが、市民の方々を護衛していたのは僕ではありませんし……何より、娘さん達が帰ってくる場所を守れませんでした」

 

「ったく、最近の若い子は……。──よく聞きな。領土は奪われても、また取り戻せる。でも命は一度失っちまったら二度と取り戻せない……アンタ達はその二度と取り戻せないモンを守ったんだ。少しくらい胸を張りな」

 

 ユーリはああ言っているが、実際あの状況では街まで守れる程の戦力も余裕も無かった。例え〔爆裂〕を用いたとしても、巣を覆う瘴気の雲がある以上は本体に有効なダメージを与えることが出来ない。

 そもそも、カールスラントを中心に各所の戦力を結集してどうにか倒せた"グリゴーリ"以上の規模を持つヴェネツィアの巣を相手に、小隊規模の戦力で応戦する方が無謀なのだ。

 そんな不利な状況下で、市民達が避難するまで戦い抜いた504部隊に──ユーリに感謝こそすれ、非難する者はいなかった。

 

「そうですよ!ユーリさんも、フェルナンディアさん達も……皆怪我してでも立派に戦ったんですから!」

 

 治りかけの状態とはいえ、芳佳はフェル達の傷を実際目にしている。それだけでもヴェネツィア撤退戦の壮絶さが伺い知れた。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 ユーリが気を持ち直したところで、4人はアンナからとっとと寝床に着くよう仰せつかる。芳佳達はアンナにも優しい一面があるのだという事に笑みを浮かべながら、床に就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えた翌日──すっかり箒の扱いに慣れた様子の芳佳達は、ユーリと4人掛りで1つの大きなたらいに汲んだ水を持ち帰っていた。

 

「最初からこうすれば、もう少し楽にいっぱい運べたのにね」

 

「この調子なら、お風呂のお湯も肩まで浸かれるくらいになるかな?」

 

「うん、頑張ろ!ね、ペリーヌさん!」

 

「えっ?ま、まぁワタクシはどっちでもいいのですけれど……」

 

「そうと決まれば、少しペースを上げましょうか」

 

 そんな提案をしたユーリが、ふと辺りの空を見回した時──青空の中で、不自然に瞬く光があった。

 

「……ペリーヌさん。今の、見えましたか?」

 

「ええ。あれはまさか……」

 

「ネウロイ……!?」

 

 当初の予定よりもスピードを上げた4人は、島にいるアンナの元へ急ぐのだった。

 

「──アンナさんッ!ネウロイがこっちに向かってます!」

 

 島に降り立つなりアンナの元へ走った芳佳達。勢いよく開かれたドアの向こうで、電話を終えたアンナが受話器を置く。

 

「丁度今、アンタ達の基地から連絡があったよ」

 

「では、誰かが出撃を?」

 

 ユーリの問いに、アンナは首を横に振る。

 

「基地の部隊は、今から出撃したんじゃ間に合わないそうだ」

 

「そんな……!」

 

 そうこうしている内にも、ネウロイはこの島へ接近しつつある。あまり時間は残されていない。

 

「……僕が出ますッ!」

 

「ダメだ。聞いた話じゃ、敵は中型でも結構な大きさだそうだ。1人で相手するのは無茶ってモンだ」

 

「っ……だったら、私達も戦います!」

 

「もっとダメに決まってるだろう!アンタ達がここに来た理由、忘れたわけじゃないだろうね!?」

 

「でも戦わなきゃ、島も橋も壊されちゃいます!見捨てるなんて出来ません!」

 

「そうです!家族が帰ってくるお家なんですよね?」

 

「それに。この橋が無くなったら、お孫さん達が帰って来た時の目印が無くなってしまいますわ」

 

「アンタ達……」

 

「行きましょう──!」

 

 手袋をしっかり着け直すユーリに続き、芳佳達はユニットと武器がしまってある物置小屋に向かう。

 数日ぶりに足を通したユニットに魔法力を流し、4人は勢いよく空へ飛び立っていった。

 

 敵の姿はすぐに発見できた。もう島から目と鼻の先まで近づいて来ている。早く撃墜しなければ、戦っている内に島を蹂躙されてしまうだろう。

 先頭を飛ぶペリーヌの指示で、実際に編隊を組んだ経験のある彼女とリーネが攻撃。芳佳とユーリがそれを援護する形を取る。

 

「攻撃開始──ッ!」

 

 先行するペリーヌとリーネが攻撃を開始。彼女を援護しつつ先導に従い進むリーネを、更に後ろから芳佳とユーリがカバーする。

 ビームを躱しながら至近距離からの銃撃を浴びせていくが、ペリーヌと芳佳の銃では有効打を与えることができない。リーネのボーイズ対装甲ライフルでも大きなダメージには至らず、すぐに再生されてしまっていた。

 

「装甲が硬い……!ユーリさんッ──!」

 

「了解──ッ!」

 

 自分達では火力不足と判断したペリーヌは、後方のユーリに攻撃を代わると同時にリーネ共々退避する。

 2人が十分距離を取ったのを確認すると、獲物を構えネウロイを照準。引き金を絞るべく指に力を込めようとした時──ネウロイの機体で一際存在感を放っていた大きな赤い砲門から、強力な閃光が放たれた。

 

 空気を斬り上げるような軌道で遠方まで伸びていくビーム。この距離であれば十分回避可能だったが、ユーリが選んだのは回避ではなく、防御だった。

 

「ユーリさん!」

 

「くぅ……ッ!」

 

 シールドでビームを防ぐユーリの背後には、まさに4人が守ろうとしている島があったのだ。もしユーリが回避を選んでいたなら、ネウロイの攻撃によって島への被害は避けられなかっただろう。

 見事な反応で島を守ったユーリだったが、ネウロイはそこへ目をつけた。自身に対し有効な攻撃手段を持っているのであろうユーリが攻撃態勢に移れないよう、絶え間なく島目掛けてビームを放つ。当然芳佳達も助けに入ろうとするが、そうはさせじとビームの雨を降らせてウィッチ達の合流を阻む。

 

「倒そうにも私達だけじゃ火力が足りないよ……!」

 

「でもこの攻撃ではユーリさんと合流できませんわ──!」

 

 こうしている間にもネウロイは島へ接近している。悠長に考えている時間は無い。そんな時、芳佳がある提案をする。

 

「──1人1人で足りないなら、3人同時に行こう!」

 

「3人同時に……って」

 

3機編隊(ケッテ)なんて高度な事、私達じゃ──」

 

「──出来るッ!」

 

 

「「……!」」

 

 

「私達3人なら出来るよ!」

 

 傍からすれば何の根拠もない芳佳の言葉だが、リーネとペリーヌの胸には驚く程すんなりと入ってきた。

 

「……そうですわね。ワタクシ達なら!──行きますわよッ!」

 

「はいッ!」

 

 意を決して3機編隊による同時攻撃を試みる3人。

 現在主流である2機編隊(ロッテ)に比べて、3機編隊(ケッテ)は1人の長機と、その後ろに付く2人の僚機が相互支援の息を合わせることが非常に難しいとされている。その為の訓練を積んだ訳でもない3人が、ぶっつけ本番で出来るような事ではないはずなのだが──

 

「すごい……皆の動きが見える!」

 

「余裕を持って攻撃を躱せますわ!」

 

「箒の特訓のお陰だよ!」

 

 この戦いが始まる直前──彼女達は大きなたらいを4人で運んでいた。ストライカーの場合、スピードを調節する際はエンジンの回転数を目安にできるが、あの時彼女達が乗っていた箒にそんなものは無い。箒に込める魔法力の微妙な加減で速度を調節する他ない。即ち、急ぎながらも水入りのたらいを持ち帰ることが出来た4人は、お互いの速度や加速のタイミングをしっかり意識できていたという事だ。

 誰か1人でも遅れたり、また先行し過ぎればせっかく汲んだ水が海に還ってしまうあの状況が、図らずもこの3機編隊攻撃を可能とさせる大きな要因となっていたのだ。

 

 見事な連携でネウロイの攻撃を躱しながら攻撃を続けていると、砕けた装甲の内から赤く輝くコアが覗いた。しかし、やはり強固な装甲だけあって損傷は軽微。再生するのにかかる時間もほんの数秒といった所だろう。

 

 加えて、この場から離脱するつもりなのか、ネウロイは移動速度を上げる。このままでは島の直上を通過し、ネウロイの進路上のものは全て焼き払われてしまう。

 

「──私がやりますッ!」

 

 見る見る離れていくネウロイ目掛けてボーイズを突きつけたリーネは、サイトにコアを収めて引き金を絞る。放たれた徹甲弾は命中こそしたが、タッチの差で再生が終わるのが先だった。装甲の表面に傷をつけるのみに終わってしまう。

 再生が終わった事でネウロイ側にも余裕が出来たのか、お返しとばかりにリーネ目掛けて幾筋ものビームが放たれる──!

 

「危ない!リーネちゃん──ッ!」

 

「きゃあ───ッ!」

 

 狙いが甘かったのか、迫るビームはどれもリーネの体には命中しなかったが、その内の一条がユニットの先端を捉えた。タービン部分を破損したリーネはバランスを崩し、海に落下していく。

 助けも間に合わないかに見えたその時──リーネの体を抱きとめる人影が。ネウロイの攻撃が止まった事で自由に動けるようになったユーリだ。

 

「大丈夫ですか、リーネさん!?」

 

「ユーリさん──はい!」

 

「マズい──もうすぐ島ですわ!早くコアを破壊しないと!」

 

 こちらも追いかけてるとはいえ、ネウロイとの距離はかなり開いてしまっている。リーネとユーリのスナイパー組でギリギリ届くかといった所だ。

 そこで、リーネは自分を後ろから抱き抱えるユーリにある提案をする。

 

「……ユーリさん。ブリタニアで最後に戦った時の事、覚えてますか?」

 

「えっ……?」

 

「お願いします!()()()と同じように──!」

 

 そう言われて、ユーリはリーネが何を考えているのかを理解した。ユーリがリーネの体をしっかりと抱え直し、銃を構える彼女の手に自分の手を重ねる。

 

「コアの位置は──!?」

 

「覚えてます!後は当たりさえすれば──!」

 

「大丈夫です──」

 

「──はい!私とユーリさんの2人なら、絶対に──!」

 

 重ねた手を起点に、2人の意識までもが重なっていく。互いの呼吸、心音、息遣いを感じながら、波長が完全にシンクロした刹那──弾丸が放たれた。

 ユーリとリーネの魔法を掛け合わせることで可能となる、銃の有効射程を超えた超長距離狙撃──風を切り裂き、咆哮の尾を引いて突き進む鋼鉄の槍は、リーネが睨んでいたただ一点を正確に貫く──!

 リーネ1人では仮に命中しても()けなかったであろう漆黒の装甲は、ユーリの魔法による後押しもあって一撃で崩壊。内部に潜んでいたコアをも撃ち砕いた。

 

「やった……!やりました!ユーリさんっ!」

 

「ええ!」

 

「お見事でしたわ。流石、501きってのスナイパーですわね」

 

「すごいよ2人共!私達、アンナさんの家も橋も守れたんだね!」

 

 空から見下ろす限り、島にも橋にも被害らしい被害は見られない。無事、ネウロイの手からアンナの島を守りきることに成功したのだ。

 全員で喜びに顔を綻ばせる中、何やらそわそわしていたペリーヌはひとつ咳払いをする。

 

「……ところで。その、あなた達はいつまでそうしているつもりですの……?」

 

「えっ……?」

 

 やや気まずそうなペリーヌの視線の先では、未だに抱えて抱えられての状態なユーリとリーネの姿が……。

 

「あっ……す、すみませんリーネさん!──えと、宮藤さん!肩を貸してあげてください」

 

 ユーリに代わって芳佳に支えられたリーネは、何度も頭を下げるユーリを恥ずかしそうに笑いながら宥める。

 

「そ、そんなに気にしないでください。頼んだのは私ですし、ユーリさんのお陰でネウロイを倒せましたから」

 

「そうですよ~!こーやってリーネちゃんに抱きついてると何だか落ち着くの、私も分かります!」

 

「よ、芳佳ちゃん……ッ!?」

 

「宮藤さん!ユーリさんの前で何をしてるんですか、はしたない!」

 

「だって本当に落ち着くんですもん~!ほら、ペリーヌさんもぎゅ~!」

 

 芳佳に引き込まれたペリーヌは、2人で左右からリーネを挟み込む形になる。確かに、最初はリーネのほんわかとした雰囲気にあてられて気を許しそうになったが……ふと、腕に()()()()()()を感じたことで我に返る。

 

「ハッ──!?ほ、ほら!馬鹿なことをやってないで、さっさと戻りますわよ!」

 

 ペリーヌに続き、4人はアンナの待つ島へ降り立つ。そこで島を守ってくれた感謝の言葉と共に、合格の2文字を受け取ったのだった。

 




最初は1人だけアンナさんにめっちゃ可愛がられるユーリ君なんてのも考えてたんですが、普通に同じ接し方に落ち着きました。

流石にユーリ君とて初見の箒はちょっと難しかったようですね。
ルッキーニは天才故に1発でビュンビュン乗りこなしてたみたいですが。
(↑小説版で描かれてるらしいです)

…そして、話の中では多少経ってるとはいえ女の子からプレゼントをもらった次の話で別の女の子に抱きつく(?)ユーリ君…w

えー、全て私のせいです。


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今度こそ絶対

「──これがカールスラントの新型か」

 

「正確には、その試作機ね」

 

 某日。格納庫に顔を揃えた美緒とミーナの前に鎮座する、赤いボディのストライカーユニット。

 正式名称は《Me262V-1》──またの名をジェットストライカー。従来のレシプロ型と違い、大気中のエーテルを圧縮して一気に噴出することで、爆発的な加速と推進力を得られる、次世代を担う夢の機体だ。

 

 今朝方、リベリオン南部にあるノイエ・カールスラントより送られてきたこのジェットストライカーは、まだまだ開発途中。そこで、501部隊にこの機体のテスト運用をして欲しいとの事らしい。

 

「──ジェットストライカー……研究中と聞いていたが、もう完成まで漕ぎ着けたのか」

 

 と、ミーナ達に合流してきたのはユーリを伴ったバルクホルン。ブリタニアでの戦いが終わってから今に至るまでの間に、このジェットストライカーと関わりのあるウィッチと交流を持った縁もあり、彼女としてもジェットの開発には興味を持っていた。

 

「さっきも言ったけど、まだ開発途中の試作機よ。一応スペックは記載されてるけど、どれも理論値──実戦投入にはまだまだデータが足りないわ」

 

 ミーナの手元にある資料によると、出力は従来機の数倍、最高時速は950キロ以上とある。現時点で実用化されているストライカーユニットではおいそれと手が届かない領域だ。

 

「とはいえ、こうして送りつけて来たからには、基本骨子は出来上がっているという事だろう。テストは誰がやるんだ?」

 

「まだ決めていないけれど……」

 

 誰も到達したことがない速度と、従来機とは勝手の違う運用方法──量産を視野に入れるならば、入念なデータ収集が必要になるだろう。となると、適任なのは──

 

「へぇ~、お前950キロも出るのか!すごいなぁ……!」

 

「おいリベリアン!服を着ろと言ったはずだ!」

 

 どうやら少し前にバルクホルンから身なりを整えるようお叱りを受けていたらしいシャーリーだが、彼女の苦言などそっちのけで目の前のジェットに目を輝かせている。

 最早501部隊の日常となりつつあるバルクホルンとシャーリーのやり取りを他所に、ここまでジッと沈黙を貫くユーリはジェットではなくその横に鎮座する物へ目を向けていた。

 

「あの、ミーナさん。こちらの武装は……?」

 

「それは……ジェットストライカー専用の武装みたいね。50mmカノン砲1門と、30mm機関砲4門だそうよ」

 

 シモノフやボーイズを優に超える長大なカノン砲を目にしたユーリと美緒は、揃って同じ疑問を思い浮かべた。「こんな大きな武装を携行して満足に飛べるのか?」と。

 見るからに重そうなこれらの武装は、航空型ストライカーではまず運用は不可能だろう。可能積載量に秀でたユニットを用いても、機動力の大幅な低下は避けられないはずだ。陸戦型ストライカーでようやく、ある程度まともに運用出来るかと言ったところだ。

 

「──なぁ、これあたしに履かせてくれよ!」

 

「ダメだ。私が履こう」

 

「何でだよ!?別にお前のじゃないだろ」

 

「この機体はカールスラント製だ。ならば私が履くべきだろう!」

 

「国は関係ないだろ。950キロだぞ?超音速の世界を知ってるあたしが履くべきだ!」

 

「お前はスピードの事しか頭に無いのか!?」

 

「そっちこそ、ルールを守る事しか頭に無いのかよ!?」

 

 またもギャイギャイと始まる2人の口論。見かねたミーナが、この2人以外に頼むべきかと候補を思案していると……

 

「にひひっ──いっちばーーーん!」

 

 不意に、天井から飛び降りてきた小柄な人影がジェットストライカーに脚を通す。

 

「あっ!?ずるいぞルッキーニ!」

 

「今すぐそれを脱がんかッ!」

 

「早い者勝ちだも~ん♪」

 

 魔法力を発動し、エンジンを始動させたルッキーニ。これまで使ってきたレシプロ型とは違う、重々しい音を立てながら出力を上げていく魔導エンジン。そのまま発進するかに思われたが……

 

「ミ゛ッ!?──ピギャアアア──ッ!?!?」

 

「ル、ルッキーニさん──!?」

 

 突如として悲鳴をあげながら飛び上がったルッキーニは、逃げるようにジェットから離れて機材の裏に隠れてしまう。

 

「おい、どうしたんだよルッキーニ?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 事情を聞くのも兼ねて、安否確認に向かったシャーリーとユーリ。

 

「なんかね、急にビビビッ!って来た……」

 

「ビビビ……?」

 

「これまでとはまるで違う原理に加えて、まだ試作品との事ですし。何かしら違和感を覚えるのも当然かもしれませんが……」

 

「そういうんじゃなくて……なんかこう、ゾワゾワ~ってくる感じがしたの。私アレ嫌い……!」

 

「うーん、イマイチ分かんないなぁ……あたしも履いてみるか」

 

「ダメ!シャーリー、履かないで……?ユーリも!」

 

 ジェットの元へ向かおうとしたシャーリーを、ルッキーニは強く引き止めた。その眼差しは、抜け駆けした時のような悪戯めいたものではなく、何かを訴えかけるような、至って真剣なものだった。

 

 まだ不定形ながらも何かを感じ取ったのか、

 

「──やっぱりあたしはいいや。考えてみれば、まだレシプロでやり残したこともあるしな。ジェットを履くのはその後からでも遅くはないだろ」

 

 と、シャーリーはジェットのテスト飛行を辞退。それを聞いたバルクホルンは、嘆息しながら発進機に上がる。

 

「フッ、怖気づいたか。まぁ見ていろ──」

 

 ユニットに脚を通し、魔法力を発動させる。バルクホルンが与える魔法力に応じてどんどん出力を上げていくエンジン。

 依然としてルッキーニは苦い表情を向けているが、従来のレシプロ機とは一線を画したポテンシャルを秘めているという事が、格納庫に木霊するエンジン音を耳にするだけで伝わってくる。それはここにいる全員の共通認識だった。

 

 ジェットの力の一端をその身で感じたバルクホルンは、シャーリーに向かって言い放つ。

 

「どうだ?今までのレシプロストライカーで、コイツに勝てると思うか!」

 

「はぁ?──いい年してはしゃぐなよ。新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいだぞ」

 

「負け惜しみか?みっともないぞ」

 

「気が変わっただけだ。あたしはまだレシプロ(コイツ)で良いんだよ」

 

「フン、勝手気ままなリベリアンめ!」

 

「お前こそ、言う通りにしてやったってのに文句ばっかじゃないか!この堅物軍人バカ!」

 

「何だと貴様──!」

 

 三度始まった言い争い。流石に辟易としていたのか、この言い合いに終止符を打ったのは、意外というべきかユーリだった。

 

「お2人共その辺で。──バルクホルンさん、流石に大人気ないですよ」

 

「だ、だがザハロフ……!」

 

「へん、部下に注意されてるようじゃ世話ないなぁ?」

 

「シャーリーさんも、不必要に煽らないでください」

 

「全く、世話がないのはどっちだ」

 

「何だとぉ──!?」

 

 またも口論が再燃しそうになった所を、ユーリが手を叩いて制止。

 

「──あくまでも争うつもりなら、実際に勝負されてはどうです?ジェットのテスト飛行にも丁度いいでしょう」

 

「……そうだな。そっちのが分かりやすくていい」

 

「私も異論はない。早く準備をしろ。カールスラントの技術力を見せてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリの提案を受けて始まった、バルクホルンとシャーリーの勝負──もといジェットストライカーのテスト飛行。

 最初に行われたのは上昇勝負。ユニットが到達できる高度の限界を競う対決だ。

 

 滑走路から飛び立ち、あっという間に小さくなっていく2人を見上げるユーリ。その横には、騒ぎを聞きつけてやってきた芳佳やリーネ、ペリーヌ達の姿もある。

 

 

『うぉりゃァアアアアア──ッ!』

 

 

 かなりのスピードで一気に空を駆け上がるシャーリー。501きってのスピード自慢に恥じぬ速度だが、傍を飛ぶバルクホルンはそれ以上だった。スタートはほぼ同時だったにも関わらず、彼女の姿はシャーリーより上にある。シャーリーは負けじとエンジンを奮わせるも、次第にエンジンが息切れを起こし始めた。どうやらここが限界高度のようだ。

 

 ユーリは測定を担当してくれているサーニャに通信を繋げる。

 

「サーニャさん、どうですか──?」

 

 

『シャーリーさんは12000メートルで上昇が止まったわ。バルクホルンさんは……まだ上がってる。すごい……』

 

 

 歯噛みするシャーリーを捨て置いて更に高度を上げていくバルクホルン。勝負の結果は言うまでもなく、バルクホルンの圧勝だった。

 

 間に昼食を挟み、続くは搭載量勝負。装備重量の限界と、その状態での機動力を見るテストだ。

 

「わぁ……シャーリーさん、そんなにたくさん持って飛べるんですか?」

 

「ああ!あたしの《P-51》は万能機だからな!いざとなったら、どんな状況にでも対応できるんだ」

 

 芳佳がこう思うのも当然だ。初戦のリベンジをせんと意気込むシャーリーの身体には、実に10個もの予備弾倉が装着されている。通常装備に加えてこれだけの弾薬を携行するとなると相当な重量になるはずだが、シャーリーの言う通り、彼女の使う《P-51D》は調整次第で航続距離、高高度性能、加速性、運動性、搭載量といった、多くの側面に於いて一定以上の性能を発揮できる、正に万能機と言える力を秘めていた。

 彼女の場合、ここからスピードを愛する自分好みにチューンが為されている訳なのだが、それでも《P-51》が元来持つ万能性を失っていないのは流石と言うべきか。

 

「シャーリーさんの場合、()()()()()を減らせば少しは速くなるのではなくて?」

 

「胸……」

 

 皮肉めいたペリーヌの言葉に、何故かリーネが反応を示す。

 

 一方、バルクホルンはというと……

 

「バルクホルンさん。本当にこれで飛べるんですか?」

 

「ああ、問題ない。──待たせたな」

 

 ユーリから武装を受け取ったバルクホルンは、芳佳達の前に姿を現す。その出で立ちに全員が目を疑った。

 

「おいおい……そんなんで飛べる訳無いだろ」

 

 長大な50mmカノン砲を背負い、肩がけした弾帯には、ユーリやリーネが用いる徹甲弾をも優に超える巨大な弾丸が10発以上も収納されている。極めつけに両手に2門ずつ携えた30mm機関砲とくれば、いくらなんでも重量過多で飛べないと誰もが思うだろう。

 しかし当のバルクホルンは不安など全く感じていない様子。どうなることやらとハラハラしながら始まった2戦目だが……

 

「おい、嘘だろ………」

 

 呆然と零すシャーリーの視線の先には、あれだけの装備重量をものともせずシャーリーを追い抜き、両手の機関砲で仮想標的を粉砕するバルクホルンの姿があった。

 装備重量の面でシャーリーに分があるのは誰の目にも明らかだった。いくらバルクホルンが筋力強化の固有魔法を使えるといっても、ユニットには強化する筋力が無い。にも関わらず、またもバルクホルンはシャーリーにジェットとレシプロの圧倒的な力の差を見せつけて勝利を収めたのだった。

 

「すごい……すごいぞ!このジェットストライカーは……!」

 

 勝負を終えて格納庫へ戻って来たバルクホルンは、予想以上だったのであろうジェットの性能に感激しているらしい。勝負を見守っていた芳佳達だけでなく、敗北を喫したシャーリーまでもが素直に関心している中、ユーリだけが言い知れぬ違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し早めの夕食を終えた後──ユーリは海沿いの岩場にドラム缶を運んでいた。傍らにはシャーリーの姿もある。

 

「ドラム缶がホントに風呂になるのか?」

 

「可能なようですよ。502にいた時、扶桑のウィッチの方からそういう話も聞きましたし」

 

 新型機のテストの疲れを癒そうと芳佳が提案したドラム缶風呂。その準備に取り掛かっていたユーリは、シャーリーから受け取った水入りタンクを、立てたドラム缶に流し込む。最後にドラム缶の下に設置した薪に火を点けた。

 

「後は温まるのを待つだけです。ドラム缶は比較的綺麗なものを選んだつもりですが、念の為、腕や足を怪我しないよう気をつけてくださいね」

 

「おう、サンキュー」

 

 ではこれで。とその場を去ろうとしたユーリを、シャーリーが呼び止める。

 

「折角なんだし、ユーリも入ってけばいいじゃないか」

 

「僕は基地のシャワーで十分です。以前お風呂でのぼせてしまって以降、どうも湯船に浸かろうという気が起きなくて……」

 

 504部隊での一幕が脳裏を過る。鮮明に思い出さないよう小さく(かぶり)を振ったユーリに、シャーリーは悪戯めいた笑みを浮かべた。

 

「そういう事なら──あたしが一緒に入ってやろうか?それなら、またのぼせてもすぐ助けてやれるだろ」

 

「その手には乗りませんよ。504部隊で、同じような手口でからかわれましたからね」

 

 見事シャーリーの初撃をいなしてみせたユーリだったが、これはあくまでも初撃だった。

 

「恥ずかしがるなよ~!扶桑じゃ"裸の付き合い"ってのがあるらしいじゃんか。──それとも、あたしと一緒じゃ嫌か?」

 

「い、嫌というわけではないですけど……」

 

「じゃあ問題ないな!早速入るか──」

 

 そう言って赤いジャケットを脱いだかと思えば、シャツのボタンを外し始める。

 

「シ、シャーリーさん……ッ!?」

 

「ん?何だよ今更。別に初めて見るわけでもないだろ?」

 

 止める間もなくシャツを脱いだシャーリー。彼女の言う通り、こういった姿を目にするのは初めてではない。今日の午前中のように、格納庫でユニットを弄っている時はこんな格好をしている事も多く、ユーリもその度に狼狽しているわけではない。流石に慣れた。だが今回は些か状況が異なる。

 

「はは~ん。普段は興味なさげなフリしつつも、やっぱり興味あったってことかァ」

 

「な、何のことですか……」

 

「隠さなくていいって。そんなに気になるなら……触ってみるか?」

 

「は………!?」

 

 自慢の胸を揺らしてとんでもない事を言い出したシャーリーに、ユーリは言葉を失う。

 

「ほらどうする?早く決めないと、宮藤達が来ちゃうぞ」

 

「ど、どうするも何も──というか、シャーリーさんはいいんですか……っ!?」

 

「普段からルッキーニに触られてるからな、お前に触られるくらいどうってことないさ」

 

 そう言いながらジリジリと近づき、ユーリを岸壁へ追い詰めていくシャーリー。この事に気づいたユーリは、退路を完全に絶たれる前にその場を飛び退る。

 

「スピード自慢のあたしから逃げられると思うか~?」

 

 何故か両手をワキワキさせるシャーリーを前に身構えるユーリ。最悪魔法力の発動も視野に入れるか考えていると……

 

「──プッ、ハハハハハ!」

 

 シャーリーはもう堪えきれないといった様子で笑い始めた。

 

「そう構えるなって。冗談だよジョーダン!まさかそんなに嫌がるとはなぁ」

 

「はぁ~……さっきも言いましたけど、その……別に嫌というわけでは」

 

「わかったわかった。からかって悪かったよ」

 

 安堵したように息をつき、その場を後にするユーリ。その背中へ

 

「──触りたくなったら素直に言えよー?」

 

 と、性懲りもなくからかいの言葉を投げかけたシャーリーは、

 

「アハハッ──あいつ、あんな顔もするんだな」

 

 去り際にこちらを一瞥したユーリの表情を思い出し、小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。昨日に引き続き、朝からバルクホルンとシャーリーの勝負──もといジェットストライカーのテストが行われていた。

 3戦目となる今回の内容は至って単純、スピード対決だ。加速力とトップスピードを競うこの勝負はシャーリーの得意分野ということもあり、せめて一矢くらい報いてやろうと意気込んでいた。

 

「よーい……どーん!」

 

 ルッキーニの合図でシャーリーはエンジンを全力で奮わせる。さすがのスピードであっという間に遠ざかっていくシャーリーだったが……どういうわけかバルクホルンが動かない。

 心配したルッキーニが近づこうとした瞬間──溜め込んでいた力を解放するかのように、バルクホルンは急発進した。衝撃で大きく吹き飛ばされるルッキーニを置き去りにして空を翔けるバルクホルンは、10秒近いハンデがあったにも関わらず先にスタートしていたシャーリーを軽々と追い越し、凄まじいスピードで飛んでいく。

 

(凄い……まるで天使に後押しされているみたいだ──!)

 

 日頃の彼女ならまずしないであろう形容。そうさせるだけのポテンシャルがこのジェットストライカーにはあった。それは実際に履いたバルクホルンは勿論、相手であるシャーリーも同様だ。

 

「まさか、あたしがスピード勝負で負けるなんて……」

 

 501部隊に留まらず、全世界のウィッチ中最速を自負していた彼女をこうも容易く下したジェットの性能。勝負が始まった当初は、いくら新型といえどレシプロだって──長らく共に戦ってきた愛機ならば、勝つまではいかずともいい勝負に持ち込めるだろうという自信があった。しかし結果は全てに於いて完敗。

 更なるスピードの世界への入口を見つけた高揚感と、スピード勝負で負けたという悔しさ。それらが綯交ぜになった複雑な気持ちでこの事実を受け止めていたシャーリーが──いち早く異変に気づいた。

 

「なんだ……どうしたんだアイツ」

 

 遥か前方で綺麗な白い軌跡を描きながら飛んでいたバルクホルン。その軌跡が、突然乱れた。上下左右、滅茶苦茶な方向へ飛び回ったかと思えば、真っ直ぐ海へ突っ込んでいくではないか。

 

「おい───ッ!?」

 

 バルクホルンに通信を繋ぐも時既に遅し。ジェット共々海面に没したバルクホルンは、シャーリーと、遅れて事態を察知したユーリ達によって助け出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたバルクホルンが最初に目にしたのは、医務室の天井だった。

 

「──あ、起きた」

 

 傍らのハルトマンを始め、彼女が寝かされたベッドを囲むように501部隊の皆が並んでいる。皆一様に心配そうな視線を向けていた。

 

「皆、どうした……私の顔に、何かついてるのか……?」

 

「とにかく酷い顔であることは確かです。何があったか、覚えてますか?」

 

 ユーリの問いを受け、記憶を遡ってみる。だが……

 

「……ダメだ思い出せん。ジェットストライカーのテストを始めた辺りまでは覚えているんだが……」

 

「トゥルーデ、海に落っこちたんだよ」

 

 ハルトマンの言葉を聞いたバルクホルンは、我が耳を疑った。

 

「落ちた、だと……!?──バカな、私がそんな初歩的なミスをするはずが……!」

 

「だろうな。であれば──原因は大尉ではなく、あのジェットストライカーにあるという事だ」

 

「坂本少佐の言う通りよ。詳しい事は分かっていないけれど……恐らく、使用者の魔法力を著しく消耗させてしまうんじゃないかしら」

 

 バルクホルンはこの2日間で何度もジェットを使って飛んでいる。軽く飛ぶ程度ならまだしも、バルクホルンはテストの為に出来る限りジェットの性能を引き出そうとしていた。そこへ、ミーナ達の推測したジェットの欠点がバルクホルンの消耗に拍車を掛けてしまったのだろう。

 

「試作機に問題は付き物だ……実際、あのストライカーは素晴らしい性能をしている。実戦配備に向けて、まだまだテストを続けなければ──」

 

「ダメよ」

 

「ミーナ……」

 

「あなたの身を危険に晒すわけには行かないわ。バルクホルン大尉、あなたには当分の間、飛行停止処分の上、自室待機を命じます」

 

「だが……ッ」

 

「これは命令です」

 

「っ……了解」

 

 覇気のない声で食い下がろうとするバルクホルンだったが、上官権限によって渋々ながらもミーナの命令を受け入れる。

 

「──現時刻を以て、ジェットストライカーは使用禁止とします。皆いいわね?」

 

 ミーナの指示に、その場の全員が揃って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バルクホルンさーん?お昼ご飯、持ってきました──って、何してるんですか……!?」

 

 時刻は昼。自室から出られないバルクホルンへ昼食を持ってきた芳佳とリーネは、目に映った光景に驚愕した。部屋の半分がゴミの山になっている事も勿論だが、それよりもバルクホルンだ。彼女は天井の梁に捕まり、片腕で懸垂をしている最中だった。

 

「トレーニングだ。──私が落ちたのは、ジェットストライカーの所為ではない。私の実力が足りていなかったからだ……!」 

 

 ミーナからはああ言われたものの、あくまでも原因は自分の未熟さにあると言うバルクホルンは、またジェットを履くつもりのようだ。事実、ジェットの性能は凄まじい。実戦投入できれば苦しい戦況も変わるだろうが、長い目で見ればただでさえ少ないウィッチの数を更に減少させる一因にもなりかねない。

 

「──無駄だ。諦めろ」

 

 開けっ放しだったドアから顔を覗かせたシャーリーの言葉に一瞬だけ動きを止めたバルクホルンだったが、すぐにトレーニングを再開する。

 

「私を笑いに来たのか?……魔法力切れで墜落など、まるで新兵だからな」

 

「隊長だって言ってただろ。あのストライカーは本当にヤバいんだ。次アレを使ったら、飛べなくなるだけじゃ済まないぞ」

 

「ジェットが持つ戦闘力の高さは、お前達だって十分わかっているはずだ。この程度の危険と引換えにあの力が手に入るのなら──」

 

「だったら死んでもいいってのかよ!?」

 

 いくら治癒魔法を使える芳佳でも、失われた魔法力を回復させることはできない。仮に命を繋げたとしても、これまで通りの生活を送れるかさえ分からないのだ。

 そんなシャーリーの訴えを受けても、バルクホルンの考えは変わらない。体が回復し次第、彼女はまたジェットストライカーを使用するだろう。

 

「私は、もっと強くならねばならないんだ……!」

 

「っ……このわからず屋──ッ!」

 

 我慢の限界に達したシャーリーがバルクホルンに詰め寄ろうとした時──基地内にけたたましい警報が鳴り響く。

 

「あ……ネウロイだ」

 

 どうやら今まで寝ていたらしい、部屋の半分を占拠するゴミ山の主──ハルトマンはムクリと起き上がると、徐ろに軍服を羽織って部屋を出ていく。シャーリーも少しの逡巡の末、格納庫へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 出撃メンバーが基地を発ってから数分──ミーナは司令室で現場の状況を耳にしていた。後ろには基地での待機を命じられた芳佳、リーネ、ユーリの姿もある。

 今回の敵は5つに分裂するタイプであり、移動速度も速い。数的有利をイーブンにされ、各個撃破を余儀なくされた501部隊だが、こちらにはスピード自慢のシャーリーがいる。美緒の指示を受け、特に足の速いコア持ちの本体を相手するシャーリーだったが……

 

 

『くっそ……ジッとしてろよ……ッ!』

 

 

 動きにはついて行けているものの、スピードに似合わぬ俊敏さで攻撃を回避し続けるネウロイに、次第に苦戦を強いられていく。

 

 

『──こちら坂本!シャーリーが苦戦しているようだが、こちらも手が足りん。至急増援を頼む!』

 

 

 美緒の要請を受け、待機していた3人は格納庫へ走る。発進準備を完了した芳佳とリーネに続き、ユーリもユニットを履こうとした所へ、前方に人影が現れた。

 

「バルクホルンさん……!?」

 

「はぁ…はぁ……お前達の足では、間に合わん──!」

 

 何故ここにいるのかと聞く暇も与えず魔法力を発動させたバルクホルンは、使われていない発進機──ジェットストライカーを厳重に封印している鎖に手を掛ける。

 

「ぐっ……ぬぅううううう──ッ!!」

 

 持ち前の怪力で鎖を引きちぎったバルクホルンは、がくりと膝をついてしまう。

 

「まさか、出撃する気ですか!?」

 

「命令違反です!」

 

 バルクホルンの考えを見抜いた芳佳とリーネは懸命に彼女を止めるが、バルクホルンは頑として譲らない。

 

「今、アイツを助ける為には……ジェット(コレ)しかないんだ……!」

 

 フラつく体に鞭打って立ち上がろうとするバルクホルン。そんな彼女の前に、ユーリが立ちはだかった。

 

「……そこをどけ」

 

「出来ません」

 

「ザハロフ……ッ!」

 

「出来ません!」

 

 珍しく荒げたユーリの声が格納庫に響く。

 

「っ……アイツを、シャーリーを見殺しにしろというのか……!?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

「だったら……ッ!」

 

「僕はッ!──絶対に誰も死なせないと約束したんです。それはシャーリーさんだけじゃない。あなたもです、バルクホルンさん」

 

 今の状態のバルクホルンを出撃させるだけでも危ういというのに、もしジェットの使用を許せば、今度こそ命の危険が伴う。部隊の仲間を絶対に守ってみせると誓ったユーリとしては、何としても彼女を行かせる訳にはいかなかった。

 

「ならどうすればいい!?こうしている間にも、アイツは──!」

 

「分かってます──」

 

 ユーリは軽い身のこなしで発進機に上がったかと思えば、一切の躊躇もなくジェットストライカーに脚を通した。

 

「ユーリさん!?」

 

「ダメです!ジェットストライカーは使用禁止だって──」

 

「バルクホルンさんの言っている事も事実です。恐らく僕達のユニットでは、どんなに急いでも間に合わない」

 

「でも……ッ!」

 

 今度はユーリを止めようとする芳佳達。そんな2人を手で制したのは、驚くべき事にバルクホルンだった。

 

「……今の私のようになるかもしれんぞ。その覚悟はあるのか?」

 

「生きて帰って来れるなら十分です」

 

 自分の目を真っ直ぐ見返して答えたユーリに、バルクホルンは小さくため息をつくと、

 

「──くれぐれも全力は出すなよ。お前程の魔法力なら私以上にジェットの性能を引き出せるだろうが、私以上に酷い事になる可能性も高い」

 

 ユーリが忠告に黙って頷いたのを確認したバルクホルンは、自らユーリに道を開ける。

 次の瞬間、ユーリの魔法力を喰らったジェットストライカーは重々しいエンジン音を響かせながら空へと飛翔していった。

 

 

『ユーリさん!?何を考えて──』

 

『すまないミーナ。責任は全て私が取る。だから今は──』

 

『っ……5分よ。それ以上はいくらユーリさんでも危険だわ!いいわね!?』

 

 

「了解──ッ!」

 

 ジェットストライカーの性能はバルクホルンとシャーリーの勝負を見て分かっていたつもりだったが、実際に使用してみると予想以上だ。バルクホルンがあそこまでジェットに拘っていた気持ちも少しは理解できた──同時に、その恐ろしさも。

 どこまでも魔法力に飢えたユニット──そう表現すればいいだろうか。今はユーリの魔法力制御に物を言わせて無理矢理言うことを聞かせているが、少しでも気を抜けばジェットに過剰なまでの魔法力が注ぎ込まれ、飛行中に意識を失う恐れがある。

 

 シモノフに代わる50mmカノン砲を握り締めたユーリは、遠方の空に紅い閃光が走るのを目にする。ネウロイのビームだ。ジェットさまさまというべきか、もうシャーリー達の交戦空域に到着したらしい。

 

 一方のシャーリーは、ようやく捉えたネウロイに攻撃しようとしたところ、不幸なことに愛銃BARが弾詰まりを起こしてしまう。ただ直すだけなら何という事はないが、生憎今は戦闘中。それも自分と同等以上の速さを持つ敵が相手だ。そんな余裕はない。

 

「コイツら、また別れた──!」

 

 アクシデントに見舞われたシャーリーに追い打ちをかけるように、ネウロイは機体を更に前後で分割。数的有利を利用した同時攻撃で一気にシャーリーを落としにかかる──!

 

「まずい──ッ!」

 

 前後で挟み撃ちに遭い、絶体絶命の危機に陥ったシャーリー。そんな時──どこからか飛来した弾丸が、背後から迫るネウロイを一撃で撃ち抜いた。50mmカノン砲によるユーリの遠距離砲撃だ。

 

「コアはもう1機の方か……ッ!」

 

 そうと分かるなり、ユーリは残る1機にカノン砲を差し向ける。

 出撃してから今に至るまで、時間にしてものの数分だが、ジェットへの魔法力供給を一定に維持し続けるユーリの精神力は尋常でない速度で消耗しており、正直もう限界が近い。

 

「これで……ッ!!」

 

 狙いを定め、撃つ──対装甲ライフルよりも重い砲声を轟かせ撃ち出された50口径の巨大な弾丸は、ネウロイの機体に深々と喰らいつき、内部に込められたユーリの魔法力が爆ぜる──!

 閃光と衝撃を残して、コア諸共爆散していくネウロイ。窮地を脱したシャーリーの口から、思わず「すげぇ……」という声が漏れた。

 

 その様子を少し離れた場所から眺めていた美緒達も、使用禁止だったジェットストライカーの無断使用という無茶を仕出かしたユーリに呆れつつ、無事に敵を撃破できた事を喜んでいた。

 

「やったぞユーリ!──おい、ユーリ?」

 

 シャーリーがインカム越しにユーリへ呼びかけるが、応答が無い。それどころかユーリが止まる気配も無い。

 

「どうなってんだ?──少佐!ユーリのスピードが落ちないぞ!」

 

 

『何だと……!?』

 

 

 美緒は眼帯をずらし、魔眼による遠距離視でユーリを視る。

 

 

『──いかん……!ジェットストライカーが暴走してるんだ!このままじゃ魔法力を全て吸い尽くされるぞ!』

 

『ッ……シャーリーさん──!』

 

 

 美緒の通信で事態を把握したミーナは、シャーリーに指示を飛ばす。内容は聞くまでもない。

 

「う…ぐぅ……もう、少しで───!!」

 

 全速力でユーリの後を追うシャーリー。だがあと少しという所で、文字通りユーリの魔法力を喰らったジェットが更に加速する。どんどん開いていく彼我の距離。追い縋るように手を伸ばすも、その手がユーリに届くことはない。

 

 その時不意に、シャーリーの脳裏である記憶が思い起こされた。

 あれはそう──ブリタニアでの戦いだ。

 あの時もそうだった。遠ざかっていく影に手を伸ばし、掴めず、消えていった。

 終わりだと思っていた。

 だがそうではなかった。

 誰の手によるものか、奇跡が起きた。

 その奇跡が、こうしてまた自分と彼を引き合わせてくれた──チャンスが訪れたのだ。

 

 

 今度こそ……

 

 

 今度こそ、絶対に───!!

 

 

「──くそったれえええええええぇぇぇ───!!!!!」

 

 

 力の限り叫ぶ。その声に、シャーリーの翼が応えた──!

 魔導エンジンが灼き切れんばかりに咆哮し、相棒をスピードの高みへと押し上げる。彼女の周囲で空気が波紋状に広がり、海面を大きく揺らした。

 

 おおよそ人が到達し得るスピードの極致。超音速の世界へ再び足を踏み入れたシャーリーは、目一杯伸ばした腕でユーリの体を抱き抱える。

 

 

「止まれええええええええぇぇぇ───ッ!!!!!」

 

 

 半ば祈るようにして叫んだシャーリーは、ジェットストライカーの緊急停止レバーを引っ張る。すると、唸っていたジェットエンジンが煙を上げ、これ以上の加速が止まる。同時にユーリの脚からユニットも外れ、海中へと没していった。

 

「ハァ…ハァ…やった……っ……今度はちゃんと、助けられた……ッ」

 

 瞳に薄らと涙を滲ませ、ユーリの体を力いっぱい抱きしめる。あの時からずっと胸に残っていた無念と後悔が、溶けるようにして消えていくのを感じた。

 

「……そうだ、おいユーリ!生きてるよな!?」

 

 安否を確認しようと視線を下に向けてみると……そこには、シャーリーの胸の中で、安らかな表情で眠るユーリがいた。

 

「……っはは──ったく、幸せそうな顔しやがって。……助けたと思ったけど、その前にまた助けられちゃったな」

 

 そう言って、シャーリーはユーリの頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジェットストライカーによる一連の出来事が終わりを告げ、時刻は夕方。

 格納庫には、スクラップ同然になったジェットストライカーの残骸と、命令違反及びその後押しをした罰として、一心不乱にじゃがいもの皮を剥き続けるユーリとバルクホルンの姿があった。

 

「──にしても、まさかバルクホルンとユーリが命令違反とはな。これが初めてじゃないか?」

 

「全く想像がつきませんでしたわ。正直、今も信じられませんもの」

 

 501部隊の中でも規則に従順な方だったユーリと、最早規則そのものといっていいバルクホルン。確かにこの2人が命令違反をしたと言われても、誰もが1度は冗談と笑うだろう。

 

「──皆さん。どうもお騒がせしました」

 

 と、輪の中へ顔を覗かせたのは、眼鏡をかけたハルトマンだった。

 

「……何故お前が謝る?」

 

「別にハルトマンのせいじゃないだろ?」

 

「ああ、いえ。私は──」

 

 何かを言いかけたハルトマンだったが、丁度そこへ夕食を作った芳佳とリーネがやって来た。

 

「じゃがいもがいっぱい届いてたから、色々作ってみました!」

 

 ワゴンの上には、所狭しと様々なじゃがいも料理が並んでいる。芳佳はその中からフライドポテトを手に取った。

 

「はい!ハルトマンさんもどうぞ」

 

「いただきます」

 

「あれ……?眼鏡なんてしてましたっけ?」

 

「はい。ずっと──」

 

 またしてもその声を遮るようにして、芳佳の背後から()()()()()()()()()()()()()()が現れた。

 

「わ!美味しそー!」

 

「あ、こっちのハルトマンさんもどうぞ──って、えぇっ!?」

 

「ハルトマンさんが……2人……!?」

 

 ハルトマンが2人という奇々怪々極まるこの状況に誰もが困惑する中、当のハルトマン達の片方──眼鏡をかけた方が口を開く。

 

「──お久しぶりです。姉さま」

 

「あれ、ウルスラじゃん」

 

 

「「「姉さま──!?」」」

 

 

 混迷を極めたこの状況に、事情を知っているカールスラント組の1人としてミーナが説明を始めた。

 彼女の名はウルスラ・ハルトマン中尉。エーリカ・ハルトマンの双子の妹で、今回の件の種となったジェットストライカーの開発スタッフに名を連ねる、れっきとした技術者なのだという。

 

「バルクホルン大尉、ザハロフ准尉。この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。どうやらジェットストライカーには致命的な欠陥があったようです」

 

「まぁ、試作機にトラブルは付き物だ。そう気にするな」

 

「それよりも……その、貴重な試作機を壊してしまい、申し訳ありませんでした」

 

「いえ。お2人がご無事で何よりでした。ジェット(この子)は本国へ持って帰ります」

 

 ウルスラによると、どうやらこの料理達に使われた大量のじゃがいもの出処は彼女らしい。なんでも、ジェットストライカーの件に関するせめてものお詫びだとか。因みに未調理のじゃがいもはまだまだ山のように残っている。暫くはじゃがいも生活になるだろう。

 

 何はともあれ、これで一件落着。

 シャーリーとバルクホルンが、些細なことで喧嘩をする501部隊の日常が戻って来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、何か……?」

 

 ふと、ユーリは自分をジッと見つめるウルスラに気が付く。

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、ザハロフ准尉はご兄弟などはいらっしゃいますか?」

 

「……いなかったはず、ですが」

 

「……そうですか。すみません、准尉の顔立ちが知人によく似ていたもので。忘れてください」

 

 そう告げるウルスラの表情は、心なしか残念そうにも見えた。

 




なんかこう、一つ峠を越えたような気分です。あくまで気分ですが。
最後にジェット履くのをアニメ通りお姉ちゃんにするかですごい迷ったんですよ。
でもユーリ君なら何としてでも止めるよなぁと思い、こうなりました。

にしてもユーリ君、いつの間にやらシャーリーとかドッリオ少佐みたいな年上のお姉さんにイジられるキャラが板についてきたような…w
因みにシャーリーがここまで攻めたイジりをするのは、単に見てて面白かわいいのと、ユーリ君なら間違いは犯さないだろうという信頼の裏返しでもあります。
一方、「どうってことない」発言がホントか否かは…ご想像にお任せということで。

図らずもシャーユリっぽい話になりましたが、私はシャーゲルも大好きです!


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ユーリの休日


今回のサブタイは「ローマの休日」みたいなノリでつけましたが、特に意味はないです
ホントにその場のノリです


 壊滅した504基地がそうであるように、基地機能を十分な水準まで回復させるには時間と手間がかかる。

 戦闘に必要な武器弾薬は勿論、機材類を整備する為の器具や燃料、通信インフラの確立、その他各種周辺機器の設置。緊急用の医薬品も備えが必要だ。そんな中で、前述の武装類に次いで優先度が高くなるものといえば、やはり食料だろう。

 腹が減っては何とやら。食料不足が与える影響が単なる空腹のみにとどまらないという事は、いつぞやの502部隊が証明している。そしてそれは、急遽再結成された所為で、あり合わせの物資しか手元になかった501部隊も例外ではなく……

 

「──というわけで、本日はローマ市街への臨時補給を実施します。何か欲しい物がある人は、事前に伝えておいて下さいね」

 

 未だ本格的な補給の目処が立っていない為に、隊員自らが市街へ出向いて物資を調達する──比較的状況が落ち着いている地域ではそう珍しい事でもないが、訓練と出撃の繰り返しだった501の面々にとっては、久し振りに訪れたお出かけのチャンスだ。

 ……とは言っても、そこはやはり軍人というべきか。率先して街に出たいと手を挙げる者は殆どおらず、補給には運搬用の大型トラックを運転できるシャーリーと、生まれ故郷ということで土地勘のあるルッキーニ、ローマの街を見てみたいと手を挙げた芳佳の3人に、意外にも手を挙げたユーリを加えた4人が向かう事となっている。

 

「──宮藤さん。買い物のリストは纏まりましたか?」

 

「えっと……あ、エイラさんがまだです」

 

「エイラさんの分なら先程僕が伺いましたから、これで全員分ですね。行きましょうか」

 

 ユーリの手にはエイラから渡されたメモが。紙面には、彼女がサーニャの為にと頼んだ枕の色や柄、材質といった細かな注文がびっしりと書き連ねてある。果たしてオーダーメイド以外でこれらの要件を全て満たす理想の枕が存在するのか……ユーリがそんな疑問をぶつけてみたところ、エイラは悩みながらも最低限譲れない部分をピックアップし、妥協点とした。

 

 美緒から買い物用の資金を受け取り、準備は完了。運転席にシャーリー、助手席にユーリ。そして芳佳とルッキーニを荷台に乗せたトラックは、ローマ市街を目指して発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地を出発して数分後──荷台から車内へ移った芳佳はぐったりとしていた。原因は至ってシンプル、車酔いである。

 彼女とて乗り物に酔いやすい体質ではない。そもそも、いくら乗っていたのが荷台とはいえ、トラックで酔っているようではストライカーで飛ぶことなど夢のまた夢だ。

 もしこの状況を美緒が目にすれば「修行が足りん!」と一喝するだろうが、その隣でユーリもまた疲れた顔をしているのを見れば、話が変わってくるだろう。

 

「うぅ……気持ち悪い……」

 

「まさか……シャーリーさんの運転がああも大胆だったとは…──」

 

 出発してすぐの頃は、正に平和そのものだった。

 助手席で地図を確認していたユーリが、もうすぐ崖道に差し掛かる為、スピードを緩めるよう忠告したその瞬間──ハンドルを握るシャーリーは、あろう事かギアを一気に高速(トップ)へシフトさせたのだ。驚きに目を剥いたのも束の間、悪路を猛スピードで進み始めるトラック。カーブに差し掛かってもその速度が落ちる事はない。どうやら脱輪するかしないかというギリギリの所を走っているらしく、後ろから芳佳の恐怖に満ちた悲鳴が聞こえてきた。

 挙句の果てにはスピードに乗ったトラックが崖から大ジャンプをかまし、大幅なショートカットを成功させたのだった。

 

 ──と、そんな事があり。盛大に内蔵をシェイクされた芳佳とユーリはこうしてダウンしているというわけだ。そんな2人を気遣ってなのか、ルッキーニは芳佳達の肩を叩く。

 

「見て見て!ローマの街だよ!」

 

 車窓の外には、過ぎ行く街道の風景に混じって、巨大な建造物が。

 

「うわぁ……!すごーい!」

 

「芳佳はローマ来るの初めて?」

 

「うん!──ねぇ、あれは何?」

 

「あれはコロッセウム。昔の闘技場だよ」

 

 初めて目にするローマの街並みに感激を禁じえない芳佳。気付けば酔いも吹き飛んでおり、そんな彼女に、ルッキーニはローマの名所を次々と紹介していった。

 

「ローマって、古い建物が沢山残ってるんだね」

 

「ロマーニャの中でも、ローマは特に歴史ある街だからな。ネウロイとの戦いが本格化する前は、今よりもっと沢山の人が観光に来て賑わってたって話だ」

 

「ふふーん!凄いでしょー?」

 

「うん!すっごく素敵な街だね!ルッキーニちゃんが生まれた街なんでしょ?」

 

「ん。まぁね」

 

「そういやアフリカにいた時は、ずっとローマの自慢話してたよなー?」

 

「ふふっ──ルッキーニさん、本当にローマの街がお好きなんですね」

 

「だってだって!ホントにいい街なんだもーん!」

 

「はいはい。分かった分かった」

 

 このままローマの魅力を一から語り始めそうなルッキーニだったが、彼女が口にしたのは「ストップ」の声だった。言われるままに停車したトラックの横には、1軒の雑貨店が。

 

「ここでいいのか?」

 

「うん!ここは大抵の物揃ってるんだ」

 

 扉を押し開けた先の店内は外から見るよりも広く、ルッキーニの言う通り多種多様な商品が並んでいた。高級そうな食器やインテリアに、ロマーニャを始めとする様々な国の酒、食品コーナーには美味しそうなパンも置いてある。確かに大抵の買い物はここで済ませられそうだ。

 

「えーと、まずリーネちゃんの紅茶と、次にお花の種で……」

 

「中佐の言ってたラジオは……お、あった」

 

「ハルトマンさんの目覚まし時計はどうしましょう?バルクホルンさんは"1番音が大きいやつを頼む"と仰ってましたが」

 

「そうだなぁ……コレとかうるさそうじゃないか?」

 

 各々で隊の皆から頼まれたものを探し集める中、ルッキーニは自分用のお菓子を物色していた。馴染みある店だけあって選ぶのにそう時間は掛からなかったようで、彼女のバスケットには沢山のお菓子が詰め込まれていた。……因みに、この中にはハルトマンの分も入っている。

 

「──シャーリーさーん!お洋服選ぶの、手伝ってもらっていいですかー?」

 

「おーう、いいぞー」

 

 芳佳とシャーリーが洋服コーナーに向かう一方、ユーリはエイラに頼まれたサーニャの枕を探していた。

 

「えーと……"色は黒で、赤のワンポイントがあると良し。素材はベルベット、それが無ければ手触りのいいもの。中綿は水鳥の羽根で、ダウンかスモールフェザーetc."──本当にあるのか?こんな枕」

 

 エイラに渡されたメモを改めて読み返してみるが、やはり注文が多いと言わざるを得ない。サーニャの為に高品質な枕を贈ろうという彼女の気持ちもよく分かる。妥協点こそ示されているものの、ユーリとしてもできる限りエイラの要望は叶えたいのが正直なところではあるのだが……

 

 寝具コーナーに並ぶ枕をいくつか物色してみるも、中々コレ!というものが見つからない。色は合致していてもワンポイントが入っていなかったり、手触りが良くても色が黒とはかけ離れた明るい色だったりと、どこかが合致しては別のどこかが外れる。この繰り返しだ。

 

 どうしたものかと悩むユーリ。そんな時、1つの枕が目に留まった。

 

「これは……赤ズボン隊のマーク?」

 

 目の前にある黒い枕には赤い猫のワンポイントが入っており、手触りも良い。流石にエイラの要望と完全一致とはいかなかったが、中の素材にも拘っているようだ。

 赤ズボン隊は504部隊の隊長も務めるドッリオの提案で、こういった様々なグッズを開発しては売上を活動資金や国の運営に充てているという話だが、まさかこのようなタイミングで彼女達に救われる事になろうとは。

 

 赤ズボン隊枕を手にシャーリー達の元へ戻ったユーリ。頼まれていた物が一通り揃った所で、最後に自分達の買い物を済ませようという話になった。

 

「──ユーリは何買うんだ?」

 

「それが……欲しい物と言われても、特に……」

 

「そういうとこは相変わらずだなぁ……よし──」

 

 シャーリーに勧められ、ユーリは暫く1人で店内を見て回ることに。

「何でもいいから、ちょっとでも興味が湧いたものを買ってみろ」という彼女の言葉を参考にふらりと訪れたのは、様々な本が並ぶ書籍コーナーだった。

 ざっと見ただけでも、ジャンルは多岐に渡る。子供向けの絵本に、これまた様々なジャンルの小説。詩集、伝記、生き物や植物を纏めた図鑑──美緒やバルクホルンが喜びそうな効率のいいトレーニング法を載せた本もあった。

 ユーリは小説コーナーの中から本を1冊手に取ると、軽く中に目を通してみる。

 

 タイトルは"時を翔けた魔女"──主人公は、両親をネウロイに殺され復讐を誓ったウィッチ。ある日突然、彼女は時を越える固有魔法を発現させ、生前の両親と過去の世界で出会い、正体を隠しつつ2人が死なないよう奮闘する──という話らしい。

 

 復讐心から戦いに明け暮れていた少女が、過去へ飛ぶことでどんな道を歩むのか。それが純粋に気になったユーリは、一先ずこの本を購入することにした。

 

 会計に向かう道すがら、通路の棚を何の気なしに流し見していると……ふと、ユーリの足が止まった。視線の先の商品棚には、何やら短い筒状のものが立ち並んでおり、一見して何に使うものなのか見当もつかない。

 試しに手に取ってみる。筒の側面は鮮やかな紫色をしているのに対し、天面は黒一色──否、中央に穴が空いていた。筒の中を覗き込んだユーリは、思わず言葉を失った。

 

 筒の中では、色とりどりの煌びやかな欠片が複雑に組み合わさり、紋様を形作っていた。それはちょっとした衝撃で崩れ去り、新たな別の紋様へとすぐさま姿を変える。

 

「──綺麗でしょう?」

 

 不意に掛けられた声で、ユーリは我に返った。声の方へ目をやると、この店の店主らしい老女が、微笑ましげな目を向けている。

 

万華鏡(カレイドスコーピオ)を見るのは初めてかしら?」

 

「は、はい……あっ、申し訳ありません。売り物を勝手に」

 

「ふふっ、いいのよ。買う前に見てもらいたくて置いてるんだから」

 

 筒を棚に戻したユーリは、これがどういったものなのかを店主に尋ねた。

 

「これはね、筒の中に入っている鏡を使って色んな模様を楽しむものなの。先端にビーズやガラス片を入れられるんだけど、種類や形、大きさで、見れる模様も全然違うのよ。面白いでしょう?」

 

「確かに、今まで見たことのない光景でしたが……いずれ全ての模様を見尽くしてしまうのでは……?」

 

 言外に「すぐ飽きてしまうのではないか」と言ったユーリにも、店主は優しく笑って答えた。

 

「そう思うでしょう?でもね、そうはならないの。──私はね、万華鏡は誰でも使える魔法なんじゃないかって思うのよ」

 

「魔法……?」

 

「そう。万華鏡の中には無数の世界が広がっている──その全てを見通すことは出来ないし、一度見た世界(紋様)は二度と見ることが出来ない。同じに見えても、必ずどこかが違う。万華鏡を覗いて見える世界は、その1つ1つが全て奇跡──運命なの。沢山の世界の中から、自分だけが知っている景色と運命的に引き合わせてくれるなんて、魔法みたいじゃない?」

 

 基本的に一度見れば忘却してしまうだけの夢と同じように、万華鏡の景色もふとした拍子に崩れ去り、二度と同じものを目にすることは出来ない。代わりに、それこそ夢のような光景を届ける万華鏡は、魔法力を持たずとも、誰にでも扱える魔法──笑顔の魔法とでも言うべき力を持っているのではないだろうか。

 人生も同じ。一度経験した事を再び味わうのは、過去の自分よりも少しだけ成長した自分──成長したが故に、前回とは違った結果を招く事もあるだろう。

 だからこそ、一度しか無い"一瞬"を大切に生きていく事が重要なのだ。と、彼女は語った。

 

「──なんてね。後ろ半分は私の主人の受け売りなの。がっかりさせちゃったかしら?」

 

「いえ……良い考え方だと思います」

 

「なら良かった。あなたみたいな若い子にも共感してもらえて、きっとあの人も喜んでるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の買い物を済ませた3人が店の入口に戻ると──

 

「……おい、ルッキーニはどこだ?」

 

「私は見てないです」

 

「僕も……」

 

 先に買い物を済ませてシャーリー達を待っていたはずのルッキーニの姿がない。店内を隈なく探してもおらず、車に戻っているわけでもない。彼女に任せていた荷物諸共、忽然と姿を消していた。

 

「ったく、どこ行っちゃったんだよアイツ……」

 

「そう時間は掛かっていないはずですし、あまり遠くへ行っていないといいんですが……」

 

 ここはルッキーニの生まれ育った街だ。そんな彼女に限って迷うことはないはずだが、それはそれとして心配ではある。何より、ルッキーニに預けた荷物の中には、まだ手に入っていない食料を買う為の資金も入っている。このまま合流できなければ、最重要目的である食料難を解決できないのだ。

 

「もう少しだけ待ってみて、それでも戻って来ない様なら、探しに行きましょう」

 

 ユーリの提案を受け、何をするでもなく車の中で時間を潰す3人。しかしどれだけ待てどもルッキーニが戻ってくる気配は無く、一行はルッキーニの捜索を開始した。

 

 道行く人に目撃情報を聞いてみたり、彼女の行きそうな場所を探してみたりと、あれやこれや知恵を絞ってみたはいいが……

 

「あぁー…もう全然みつかんねー……」

 

「せめて写真でもあれば、少しは違ったんでしょうか……」

 

「お腹も減ってきたし、もうヘトヘトです……」

 

 この様子を見れば分かる通り、収穫はゼロ。些細な情報すら手に入らなかった。そこへ追い打ちをかけるように、空腹が彼女らを襲う。手元にあるのは先程の買い物で余ったお釣りだけで、それも一時凌ぎの軽食に全て使ってしまった為、今は正真正銘の一文無しというわけだ。

 

 一度最初の店に戻ってみるか等と話していると……

 

 

「──ユーリ?」

 

 

 不意に名前を呼ばれる。目の前のシャーリーとも芳佳とも違う、しかし聞き覚えのある声に振り返ると……

 

「やっぱり!久しぶり──ってほどでもないか。元気にしてる?」

 

「パティさん……!?それに、アンジーさんも……!」

 

 そこにいたのは、504部隊の隊員であるパティだった。隣には同じく504の隊員であるアンジーの姿もある。

 

「この2人、知り合いか?」

 

「はい。504部隊でお世話になった方々です」

 

 初対面となるユーリ以外の4人が互いに自己紹介をしたところで、話は本題に入る。

 

「それで、准尉達はこんな所で何をしていたんだ?随分と深刻そうな顔をしていたようだが」

 

 ユーリから事情を聞かされた2人だが、やはり彼女達もルッキーニらしき姿は見ていないとのことだった。

 

「まぁ立ち話もなんだし、作戦会議も兼ねてお茶でもどう?私達も手伝うわ」

 

「いえ。わざわざお時間を取らせるわけには……!」

 

「大丈夫よ。時間ならたっぷりあるし。ね、アンジー」

 

「そうだな。それに──准尉、あの時交わした約束を覚えているか?」

 

「約束……トラヤヌス作戦の時の、ですか?」

 

「そうだ。少しばかり時間が掛かってしまったが、ちょうど先日、リストが纏まってな。味は保証する。シェイド中尉のお墨付きだ」

 

 トラヤヌス作戦の最中、その場の思いつきで交わした約束──アンジーおすすめの料理店を教えて欲しい。という約束を、彼女はしっかり果たすつもりらしい。何でもこの約束の為に、アンジーはパティを連れてローマ中の店という店をはしごしたのだとか。……結局1店には絞れず、パスタやピザ、スイーツといったジャンル毎にリストアップしたようだ。

 

 美味しい店を紹介してくれるのはありがたいのだが、今のユーリ達にはそれ以前の問題が……

 

「お恥ずかしい話なんですが……実は、今手持ちがほぼゼロでして」

 

「そんなに……?仕方ないわねー、奢ってあげる」

 

 

「「いいのか(んですか)ッ──!?」」

 

 

「すごい食いつき…──いいわよ。ユーリにはトラヤヌス作戦でアンジーを助けて貰ったしね。そのお礼」

 

「パティさん……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 パティ達に連れられて訪れたのは、多くの店が建ち並ぶ路地。その中の1つであるカフェだった。

 

「ここのケーキが美味いんだ。特にイチゴジャムのケーキは絶品だぞ。スポンジケーキにジャムと生クリームのみという非常にシンプルなものだが、きめ細かいスポンジのふんわりとした食感に、生クリームの甘さとジャムの芳醇な味わいがよくマッチしている。紅茶を合わせれば甘さもしつこくなく、いくらでも食べられてしまう。また、その紅茶も茶葉に拘っていてだな──」

 

「は、早いとこ注文しちゃいましょうか……全員同じのでいい?」

 

 席に着いて早々、ケーキについて語り始めるアンジー。初対面ながら芳佳とシャーリーが圧倒されている横で、ユーリだけはアンジーの話にしっかり耳を傾けている。

 程なくして到着したアンジーおすすめのケーキ。それを口にした芳佳は、

 

「……美味しい!──シャーリーさん!コレすっごく美味しいですよ!」

 

「美味いのはいいけど、ルッキーニを探す作戦会議もしなきゃなんだからなー?」

 

 一応この中では最も階級が上のシャーリーは、ケーキに夢中の芳佳を窘めつつ、自身も一口。

 

「……すっげー美味いなコレ!?」

 

「ですよね!?」

 

 ついさっきまでの真剣な表情はどこへやら。シャーリーもケーキの放つ魔力にあてられてしまう。そんな彼女達を他所に、パティはユーリと話をしていた。

 

「──なる程。それは災難だったわねぇ」

 

「ある意味では、いい経験になりました」

 

「それで?ドッリオ少佐に言われた事、実践できそう?」

 

「まだまだ手探りですけどね」

 

「それでも、自分から動けるようになっただけ進歩じゃない。今日だって何か買ったんでしょ?」

 

「はい。小説と……あと、コレを」

 

 ユーリが取り出したのは、あの万華鏡だった。

 

「懐かしいわね~。私も子供の頃、綺麗だなーって覗いてたわ──でも、何で万華鏡なの?」

 

「何故、と言われると難しいんですが……妙に心が惹かれた…いえ、少し違いますね。えっと──」

 

 ケーキを食べるのもそこそこに考え込むユーリ。再び口を開こうとしたその時──

 

 

「「──ッ!?」」

 

 

 ローマの街に、物々しい警報が鳴り響いた。これは……

 

「ネウロイ……!」

 

「あいつら、ローマにまで南下してんのか……!?」

 

「宮藤さん、シャーリーさん!」

 

「ああ、行くぞ!」

 

「ちょ、行くって……!?」

 

 食事中という事で外していた手袋を掴んだユーリは、芳佳とシャーリー共々トラックに走る。慌てて後を追ったパティとアンジーを荷台に乗せたトラックは、警報が鳴ったばかりでまだ人の少ない街道を、街の広場に向けて駆け抜けていった。

 

「ねぇ──!何か手立てはあるわけ!?」

 

「当然──ッ!」

 

 ここで、窓から顔を覗かせていた芳佳があるものを捉える。

 

「いました!ルッキーニちゃんです!あの塔の上に──!」

 

「あれかッ!──っし、振り落とされんなよォ──!」

 

 シャーリーはブレーキと同時にハンドルを切り、豪快にドリフトを決める。芳佳が指し示した塔の下で車を停めると、ユーリは荷台を覆っていたシートを勢いよく引き剥がした──!

 

「これって……!」

 

「ストライカーユニット……!ここまでずっと積んでいたのか!?」

 

「備えあれば、ってね──!」

 

 ユーリと芳佳に続き、シャーリーも自らのユニットを駆り、ローマの空へ身を躍らせる。

 

「どうしよう……私達はユニット持ってきてないし……!」

 

 やや取り乱している様子のパティの肩を、アンジーが叩いた。

 

「落ち着けシェイド中尉。我々は我々に出来る事をするんだ」

 

「アンジー……うん、そうだね。まずは街の人の避難誘導──!」

 

 パティ達が行動を開始した直後、塔を滑り降りて来たルッキーニもユニットを装着して離陸。シャーリー達と合流した。

 

「ロマーニャは私が守るんだ──ッ!」

 

「ルッキーニ!1人で先走るな!」

 

「でも──ッ!」

 

「分かってるよ。でも1人で行くなってことだ」

 

「僕達も一緒です!」

 

「そうだよ!ルッキーニちゃんの生まれた街だもん。一緒に守ろう!」

 

「皆……うん!ありがとう!」

 

 やがて、街へ侵入してきたネウロイの機影を肉眼で確認した。敵は単機。このメンバーであれば、十分に戦える。

 

「敵の流れ弾が街に当たるとマズい──ルッキーニ!あたし達3人であいつを上に引き付ける、その隙にお前がコアを探すんだ!」

 

「了解ッ!」

 

 シャーリーの指示通り、芳佳とユーリはネウロイの上方から攻撃を加え、敵の攻撃を上方向へと引き付ける。これで一先ず、街への被害は抑えられるはずだ。

 そしてその間にも、すばしっこく周囲を飛び回るルッキーニによって装甲を削られていたネウロイは、早くも機体の下部に潜んでいたコアを露出させた。

 

「シャーリー!コア見つけたよ!」

 

「よし、"X攻撃"だ!宮藤は下に回れ──!」

 

「はい──ッ!」

 

 大きく旋回した芳佳がルッキーニと合流。残ったシャーリーとユーリは引き続きネウロイへ攻撃を続け、敵をより自分達側──上空へと引き付ける。

 

「よし、良いぞ──そのままこっちに来い……!」

 

「もう少し……!」

 

 あと少しで目的の位置に誘い出せるという所で、敵側もこちらの狙いに気づいらしい。攻撃の矛先はシャーリー達ではなく、自身の下から接近してきていたルッキーニへと向けられた。

 だがそれも想定の範囲内──!

 

「ルッキーニちゃん──ッ!」

 

 ルッキーニに向けて放たれたビームの大部分は、先行する芳佳の強固なシールドによって阻まれる、それでも尚放たれ続けるビームの合間を縫うようにして、ルッキーニは前方に多重シールドを展開。続けて己の固有魔法を発動させた。

 

「てやぁああああああああああ──ッ!!!」

 

 当初と比べて狙いは逸れたものの、進路を即座に修正したルッキーニは、ユニットのエンジンを全開にして真っ直ぐコアへと突っ込む──!

 固有魔法〔光熱〕によって灼熱の槍と化したルッキーニに大穴を穿たれたネウロイは、甲高い断末魔を残しながらその身を無数の金属片と変えて散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事にネウロイの襲撃を退け、元の賑やかな喧騒が戻って来たローマの街。その広場では、ルッキーニがはぐれている最中に知り合ったらしい少女と別れの挨拶を交わしていた。また、一方では……

 

「──お疲れ様。大活躍だったわね」

 

「今回の功労者はルッキーニさんですよ。僕はただ手伝っただけです」

 

「そう謙遜するな。ネウロイから街を守ったことに変わりはない」

 

「なら、お2人もですね。アンジーさん達が市民の方々の避難誘導をしてくださったお陰で、僕達も戦いに集中できました」

 

「何。ウィッチとして当然の事をしたまでだ。──准尉達はこのまま501基地へ戻るのか?」

 

「はい。買った物をお渡ししないといけませんから。……まぁ、1番重要な食料(もの)は買えなかったんですけど」

 

 ……そう。食料調達用に残しておいた資金は、はぐれたルッキーニが道中で全部使ってしまったのだという。聞けばローマの子供達へ食事等を振舞ったというのだから、使い道としてはまだマシと言えるかもしれないが……食料不足が解決しないのは501部隊にとってかなりの痛手だ。

 

504部隊(ウチ)から少し分けてあげられれば良かったんだけど……生憎そんな余裕も無いのよね」

 

「まぁ、皆さんと協力して何とかしてみます。──パティさん、アンジーさん。今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。501部隊の面白い話も聞けたし、それに……」

 

 パティは意味有りげなニヤニヤとした視線をユーリの左手に向ける。

 

「……いいお土産話もできたことだしね」

 

「……?」

 

 最後にユーリが小首を傾げて、501部隊は自分達への基地へ向かって出発する。道すがらルッキーニは、行きの時の芳佳に代わって荷台に乗っているユーリにこんなことを聞いてきた。

 

「ねぇユーリ。ノバ…じゃなくて、のぶ…れす?なんとか~ってやつ、どういう意味か分かる?」

 

「……もしかして、"Noblesse oblige(ノブレス オブリージュ)"ですか?」

 

「そうそれ!」

 

「そうですね……直訳するなら"貴族の義務"──といったところでしょうか」

 

「きぞくって、ペリーヌみたいなのだよね?でも私、きぞくじゃないよ?」

 

 一層首を傾げるルッキーニ。

 

「あはは……もう少し解釈を広げるなら、"恵まれた才能や大きな権力を持つ者は、それらを正しい事に使わなければならない"──ですかね」

 

「正しい事って?」

 

「要するに人助けですよ。例えばお金持ちの人は、そのお金を自分の為だけじゃなくて、自分以外の誰かの為にも使うべき──そういった、力や財産に伴う責任を表す言葉です」

 

「うーん……わかったけど、わかんないや」

 

 そう言って、ルッキーニは荷台に寝転ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──依然として食料難が続く501部隊の基地に、大量の支援物資が投下される。

 その送り主は……何と、ロマーニャ公室。一体何があったのか。現時点で真実を知るのは、昨日ルッキーニと2人でローマの街を練り歩いたロマーニャ公国第一公女 マリア・ピア・ディ・ロマーニャただ1人である。

 




気付けばもう6月も半ば。
来月からはいよいよルミナスウィッチーズが放送開始となりますね。


今回の話、当初は「アンジーセレクトのお店を手紙で教えてもらったユーリがシャーリー達と食べ歩く」みたいな感じで504のメンバーは出さずに行こうかなと思っていたんですが、思い切って出しちゃいました。
話数的にはほんの数話なのに、504メンバーのやり取りを書くのが随分久しぶりに感じます。

恐らくこのあとの504基地には、パティから「ユーリ、ちゃんと例の手袋着けてたわよ~良かったわね~」ってからかわれるルチアナがいると思います。


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「無傷」のエース

「──今見てもらったのは、空軍の偵察機が撮ってきた写真だ。中央に写っているのが、今回出現したネウロイなんだが……」

 

 ある夜、急遽ブリーフィングルームに招集された501部隊。

 壇上の美緒が指し示す写真には、彼女の言う様に今日出現した新手のネウロイの写真が映し出されているのだが、そのネウロイというのが、また奇怪な形状をしていた。

 ──率直に言って、細長い。ただひたすらに細長い。そうとしか言いようがなかった。地上から天に向かって一直線に屹立するこのネウロイは、全長が推定3万メートル(30キロ)以上。移動速度は毎時約10キロと低速だが、着実にローマ方面へと歩を進めている。

 

「厄介なのが、こいつのコアの位置でな──ココだ」

 

 指し示した場所は、敵の機体の先端部。そこに敵のコアがあるというのだ。美緒が魔眼を通して直接確認したことからも間違いはない。

 その何が厄介かというと、極めて単純明快──高度3万メートルの敵を倒しうる武器が存在しないのだ。地対空砲は無論のこと、ウィッチ達の駆るストライカーユニットの限界高度は精々1万メートル前後。そこから銃の射程を加味しても、ネウロイのコアまでは倍以上の距離がある。

 地表付近の機体を爆薬で吹き飛ばすことで敵を物理的に横倒す。という手段も考案されたようだが、周辺に群がる子機達がそれを許さないだろう事と、機体が倒れることによる周辺への被害を考慮した結果、却下された。

 

 以前この基地にひと波乱をもたらしたジェットストライカーがあれば話は変わったかもしれないが……無い物ねだりも甚だしい。

 

「そこで、だ──作戦にはコレを使う」

 

 プロジェクターが切り替わり、ネウロイの写真に代わって、何やら図面のようなものが映し出される。

 

「ロケットブースター……確かに、これを使えばストライカーの推進力を大幅に向上させられますが……」

 

「そう簡単な話ではないだろうな」

 

 ユーリやバルクホルンの言う通り。ロケットブースターは強力な分、使用者の魔法力を大幅に消耗させてしまう。通常よりも短くなる飛行可能時間の問題をどう解決するか……その答えを出すのは容易かった。

 

「だったら簡単だ。あたし達で、誰かを途中まで運んでやればいい──って言うのは簡単だけど、問題は山積みだよなぁ。3万メートルともなりゃあ空気も殆ど無いだろうし、喋ったって聞こえないかもだ」

 

「ええ。これ程の超高高度は、人間の限界を超えた未知の領域になるわ。正直、何が起きるか……」

 

「ミーナ中佐の言う通り。……だが我々はウィッチだ。ウィッチに不可能はない。今回の作戦も、我々ならば必ず成し遂げられる──私達にしか出来ない事だ」

 

 不安に満ちた空気を払い除けるような美緒の言葉に、一同は揃って頷きを返す。

 

「話を戻すぞ──今言った通り、今回の作戦はかなりの極限状況下での戦いになる。コアを叩くのに時間はかけられない。そこで、瞬間的且つ広範囲に渡る攻撃力を備える者として──サーニャ。コアへの攻撃はお前に頼みたい」

 

「私……ですか?」

 

「ああ。お前が持つフリーガーハマーの火力と攻撃範囲が必要だ。やれるか?」

 

「はい。私なら──」

 

 美緒の問いに答えようとしたサーニャの言葉を遮るように、すぐ隣から手が挙がった。

 

「──ハイハイハイッ!サーニャが行くならワタシも行く!」

 

「ふむ……時にエイラ。お前シールドに自信はあるか?」

 

 美緒の唐突な質問に、今度はエイラが答える。

 

「シールド……?自慢じゃないケド、ワタシは実戦でシールドを張った事なんて一度も無いんダ!」

 

「なら無理だ」

 

「うん、ムリダナ!──って、エェッ!?」

 

 自信満々に胸を張って答えたエイラだったが、その表情は即座に驚愕へと切り替わった。

 

「そうねぇ。こればっかりは……」

 

「な、なんでダヨ!?」

 

 これにはミーナが答えた。

 

「今回の戦いはブースターの使用と、極限環境での生命維持。そしてコアへの攻撃と、とにかく多くの魔法力を消耗するわ。その状態では、サーニャさんに自分の身を守れる程の余裕はない……だから、サーニャさんがネウロイを倒すまでの間、攻撃を防ぐ盾役が必要なのよ」

 

「ワ、ワタシは別にシールドが張れない訳じゃ……ッ!」

 

「だが実戦で使ったことはないんだろう?」

 

「うぐッ──」

 

 極限状態という大きなハンデを負っている以上、かなりの激しさが予想されるネウロイの攻撃からサーニャを守る為に求められるのは、シールドの強度だ。それを考慮した結果、適任と判断されたのは……

 

「よし。宮藤、お前がやれ」

 

「はい!──って、私ですかっ!?」

 

「そうだ。501の中で最も強固なシールドを張れるお前が、サーニャを守るんだ」

 

「は、はい……!」

 

 無事に作戦遂行メンバーの選出が終わったかと思いきや、またもエイラの手が挙がる。

 

「──待て待て待て!なんで宮藤なんダヨ!?せめてユーリとか……っていうか、そもそもユーリと宮藤で行けばイイじゃんか!」

 

 食い下がるエイラに、美緒はあくまでも丁寧に説明する。

 

「確かに、一撃の威力に関してはユーリの攻撃も必要十分だが、フリーガーハマーは対装甲ライフルとは違い、一度に多数のロケット弾で広範囲を攻撃できる。短期決戦で確実にコアを破壊する事を考えるなら、ユーリよりもサーニャの方が適任と判断した。……他に異論はあるか?」

 

「うぅ……ナイ」

 

「宜しい。ではこれにて解散だ。作戦日時は追って伝える」

 

 ブリーフィングを終え、各自部屋を出ていく中……エイラは芳佳にひたすら恨めしそうな目を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──基地の空には、3つの人影があった。

 1つはエイラ、その後ろにあるもう1つはペリーヌ、そして2人とは離れた場所にある1つが、対装甲ライフルを携えたリーネだ。

 

 

『あ、あのペリーヌさん……ホントにいいんですか……?』

 

 

「構いませんわ。おやりになって」

 

 

『で、でも……』

 

 

 リーネが躊躇するのも無理はない。彼女の構えるボーイズのサイトには、エイラの姿がすっぽりと収まっており、ペリーヌは「そのまま撃て」と言っているのだから。

 

 事情を知らない者が見れば即座に止めに入るこの状況には、勿論理由がある。

 昨晩、ブリーフィングを終えたエイラはペリーヌを呼び出し、次の作戦で自分がサーニャを守れるよう、シールドを使う特訓に付き合ってくれと頼んだのだ。こんな私利私欲と言われても仕方のない理由ではペリーヌは断るかに思われたが、思いの外すんなりとこれを承諾。そこからペリーヌがリーネを引き込み、今に至る。

 

 

『あの、やっぱり危ないと思うんです……』

 

 

「さぁエイラさん。ワタクシをサーニャさんと思って、しっかり守ってくださいまし」

 

「えぇ……オマエがサーニャ……?」

 

 肩越しに胡乱な目を向けるエイラ。脳裏では本物のサーニャとの違いをこれでもかと列挙している事だろうが、果たして口に出さなかったのはせめてもの恩情なのか。もっとも声には出さずとも、その目線からエイラの考えている事はバッチリ伝わってしまっている。

 

 

『あの…本当に、ほんっとうにいいんですか……?』

 

 

「~~~ッ!ああもう、真面目におやりなさいッ!」

 

 

『は、はいいィ~ッ──!』

 

 

 業を煮やしたペリーヌの一喝は、自分で頼んでおきながら煮え切らないエイラに対するものだったのだが、自分が怒られていると勘違いしたリーネは思い切って引き金を絞った。

 轟音と共に発射された13.9mm徹甲弾が、後ろを向いたままのエイラ目掛けて飛んでいく。弾丸こそ見えていないものの、エイラは〔未来予知〕の魔法によって弾道を認識できているはずだ。後はそれに合わせて、シールドを展開すれば──!

 

「──あ…ヒョイっと」

 

「ヒャアッ──!?!?」

 

 ──展開…すれば……良かったのだが。

 

 

『ペ、ペリーヌさん!大丈夫ですか……!?』

 

 

「エイラさん……!?どうして避けるんですか!?避けたら特訓になりませんでしょう!」

 

「ワ、ワリィワリィ──いやぁ、何かこう…オマエじゃ本気になれなくてさァ」

 

「なっ……!?誰の為にワタクシが体を張ってると思ってまして!?」

 

 身勝手なエイラの言葉にもめげず、ペリーヌはリーネにそのまま続けるよう伝える。最早半泣き状態で射撃を続けるリーネだが、エイラはそれらを全て回避。通り過ぎた弾丸は、背後に庇うサーニャ(ペリーヌ)のシールドが全て受け止めた。

 

 弾丸が発射されてから回避する──常人どころか、ウィッチの中でも真似できる者はそういないであろう芸当をいとも簡単にやってみせるエイラだが、そんな抜きん出た才能を持った代償なのか、普通のウィッチと同じ事が出来ないという、こと今回に於いては極めて致命的な欠点が露呈した。

 

「はぁ…はぁ……もう、何度言ったらわかるんですの!?」

 

「頭じゃ分かってンダヨ、頭じゃ。けど弾道が()()()と、つい反射的に避けちまうっていうカ……」

 

「そんな調子ではサーニャさんを守るなんて出来ませんわよ?」

 

「分かってるヨ!後ろにいるのがサーニャなら、きっと……」

 

「……ワタクシでは駄目だというなら、別の誰かに頼むしかありませんわね──」

 

 嘆息したペリーヌは、下でずっと特訓の様子を眺めていた他の隊員達の中から、エイラが限りなく本気になれそうな代理人を探す。その結果──

 

 

「──それではリーネさん。お願いします」

 

 

 ペリーヌに代わってエイラの背後に立ったのは、ユーリだった。

 

「オ、オイ……なんでオマエなんダヨ?」

 

「ペリーヌさん曰く、"ユーリさん(ぼく)ならエイラさんも少しは本気になるだろう"──との事です。何故僕なら大丈夫なのかは教えてもらえませんでしたが、協力はさせてもらいます」

 

「何かカンチガイしてねーだろうな、あのツンツンメガネ……」

 

 釈然としないものを感じながらも特訓は再開。先程と同じように、戸惑うリーネが弾丸を放ち、その弾丸が辿る道が、エイラの脳裏に浮かび上がる。頭の中で必死に「ガマン、ガマン……!」と唱え続けたエイラだったが、やはり長年かけて身に染み付いた癖には中々抗えない。ギリギリまで耐えたものの、意識に反して身体は半ば自動的に回避行動を取ろうと動き始める──

 

 

「ッ──!?」

 

 

 ──刹那。エイラは回避行動を取りながら、同時にユーリを全力で()()()()()()

 

 次の瞬間、ユーリがいた場所を徹甲弾が駆け抜けていく。

 突然の事に戸惑いながら体勢を立て直したユーリ。間髪入れず、その胸ぐらを掴み上げる手が──

 

「──何考えてんだバカッ!!」

 

 エイラの予知が彼女に視せた未来は、2つあった。1つは迫り来る弾丸の弾道。そしてもう1つは……

 

 

「オマエッ……オマエ今()()()()()()()()()()()だったダロ!!」

 

 

 エイラのこの言葉は、インカムを通してリーネやペリーヌにも届いていた。彼女達もまた、信じられないといった顔持ちだ。

 

 

『ユーリさん……!?』

 

『あなた、どうしてそんな事を……!?当たれば怪我じゃ済まなかったんですのよ!?命の危険が……!』

 

 

「──それはサーニャさんも同じです」

 

「っ……!」

 

 静かに、しかしハッキリと発せられたユーリの言葉に、エイラの顔が強張る。

 

「知っての通り、作戦本番はサーニャさんはシールドを張れません。先程のペリーヌさんの様に、攻撃を避けたエイラさんの代わりに自分の身を守れないんです」

 

 エイラとてその事は重々理解していた。だからこその特訓だ。

 彼女自身が口にしていた「本気になれない」という言葉──それは心のどこかで、ペリーヌならば避けても自分で防ぐから大丈夫だという気持ちが少なからずあった事を意味する。だがユーリは違った。ユーリは自分では一切防御を行わず、本番同様、文字通り自分の命をエイラに預けてきた。その事実が、エイラの胸に重くのしかかる。

 

「……とはいえ、流石に断りもなくやってしまったのは失敗でした。驚かせてしまい、すみません」

 

 

『そういう問題ではありません!特訓はもう終わりです!エイラさんにシールドは張れませんわ!』

 

 

「待ってください!まだそうと決まったわけでは──エイラさん、もう一度やりましょう。大丈夫です、エイラさんならきっと出来ます」

 

「ワ、ワタシは……」

 

 次第にエイラの呼吸が荒く、顔色も悪くなっていく。

 

「ッ──!」

 

「あっ、エイラさん──!」

 

 やがてエイラは、特訓を放り出して独り飛び去ってしまった。

 

 すぐさま後を追おうとするユーリだったが、背後から両腕をがっしりと捕まえられる。振り向いた先では、明らかに怒っている様子のリーネとペリーヌが。それからしばらくの間、ユーリは空で2人からのお叱りを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、エイラはというと。あのまま基地の中へ引っ込み、自室へ足を向けていた。

 

「ハァ……」

 

 わざわざ特訓に付き合ってくれたペリーヌ達に悪い事をしたと思いつつ、部屋に入る。すると、椅子の背もたれに何かが引っ掛けてあるのが目に入った。

 

「コレって……」

 

「──エイラのコートでしょ?」

 

 同室のサーニャは、クローゼットの中から冬物の服を取り出していた。

 来る作戦を決行するにあたって、高度3万メートルの成層圏は南極も斯やという極低温の世界だ。魔法力の保護で寒さにはある程度耐えられるウィッチといえど、流石に今回は防寒着の着用を余儀なくされる。

 

「そっか。そういやコレ着るのも久しぶりダナ」

 

「……で、どうだったの?ペリーヌさんの特訓」

 

「え?あー…ナンダ、知ってたのカ」

 

「上手くいきそう?」

 

 特訓の首尾を尋ねられたエイラは、逡巡した末、自嘲気味に笑う。

 

「ハハ……ムリ。ダメだった」

 

「……そう……」

 

 流れる気まずい空気を変えようと、エイラは話題の転換を試みた。

 

「えと……あ──マフラー、そんな沢山持ってくのカ?」

 

 サーニャの手元には、水色と緑。そして首に掛けた赤と、3つのマフラーがあった。いくら寒冷空間での戦いとはいえ、1人で使うには流石に多すぎるように思えるが……

 

「ああ、これは私とエイラと──芳佳ちゃんの分」

 

「み、宮藤?」

 

「芳佳ちゃん、扶桑から何の用意もしないで来ちゃったから。貸してあげようと思って」

 

「そ、そっか……そうだよナ。1番寒いトコ行くんだもんナ」

 

「うん。でも……エイラも張れるようになるといいね。シールド」

 

 サーニャの激励の言葉を受け取ったエイラ。そんな彼女から返って来た言葉は、サーニャにとって予想外なものだった。

 

 

「──無理だよ」

 

 

「え……っ?」

 

「あはは……やっぱり、慣れない事はするもんじゃないナ」

 

「エイラ……諦めるの?」

 

「だって、出来ない事をいくら頑張ったって、仕方ないじゃナイカ……」

 

「っ──出来ないからって、諦めちゃダメ……ッ!」

 

「サーニャ……?」

 

「諦めちゃうから、出来ないのよ……!」

 

 サーニャのこの言葉は、エイラの胸に深く突き刺さった。

 諦めるから出来ない──あの時逃げ出したから……()()()()()()()()()()──

 

「っ……じゃあ最初から出来る宮藤に守ってもらえばいいダロッ!」

 

「エイラのバカ……ッ!」

 

「サーニャのわからず屋……ッ!」

 

 口を突いて出た言葉。どちらも決して悪意から発せられたものではなかったが、それでも──

 

 

 ──ボスッ!

 

 

 ……それでも、サーニャにとっては、枕を投げつけるに値する言葉だった。

 

 翡翠色の瞳に涙を滲ませて走り去っていくサーニャ。エイラはその背中を追いかけることも、声をかけることも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──。

 

 格納庫での作業を終え、自室に戻ろうとしていたユーリは、廊下でエイラと鉢合わせた。

 

「エイラさん……何か、あったんですか?」

 

「……別に。何でもネーヨ」

 

 そのまま横を通り過ぎようとするエイラ、ユーリはその腕を掴んだ。そのまま食堂へと連れて行く。

 

「オ、オイ……!」

 

「ちょっとだけ暇してたので。付き合ってください」

 

 月明かりの差す無人の食堂。ユーリはエイラを椅子に座らせると、グラスに注いだ冷たいミント水を差し出した。

 

「──で?何に付き合えってんダヨ」

 

「えっと……どう、しましょう?」

 

「オマエなぁ……何も考えずに連れてきたのカヨ?」

 

「すみません……随分落ち込んでいるようでしたから、つい……」

 

 シュンとするユーリに呆れながら、エイラはミント水を一口煽る。ミントの香りと、透き通るような清涼感が口の中に広がった。それから数秒の沈黙を経てから、エイラは遠慮がちに口を開く。

 

「……サーニャと、喧嘩したんだ」

 

 エイラはユーリに、昼間あった事を話した。

 

「──ワタシさ、サーニャの為なら何だって出来ると思ってた。何も怖いものなんか無いんだ、って」

 

 サーニャと一緒に夜の空を飛ぶと決めた時だってそうだ。雲1つない晴れた夜空ならまだしも、月の光が遮られる漆黒の夜空に初めて飛び立つ際はエイラも恐怖心を抱いたものだが、それでも今こうして夜の空をサーニャと一緒に飛べるようになったのは、ひとえに彼女が傍にいてくれたから。これに尽きる。

 

「でもさ……今日初めて、怖いと思った。守るって、こういうことなんだな……」

 

 スオムスにいた頃だって、失敗してはならない状況は何度もあった。見事成功させた時もあれば、失敗してしまった事もある。そしてそんな時は必ず、心強い仲間達が助けてくれた。

 だが今回は違う。ネウロイのコアがある成層圏には、エイラとサーニャだけしかいない。サーニャは自分で自分の身を守れず、もしエイラがしくじれば……その事を考えると、怖くなった。だから特訓からも逃げ出したのだ。仲間の──サーニャの命という重責に、耐えられなかった。

 

「カッコ悪いよな……サーニャもきっと、ワタシなんかより宮藤に守って貰った方が安心だ」

 

「……エイラさんは、本当にそれでいいと思っているんですか?」

 

「き、決まってるだろ。ロクにシールドも張れないワタシと、安心安全の宮藤。どっちが良いかなんて……そんなの……」

 

 歯切れが悪くなるエイラを、ユーリは無言でジッと見つめる。その目は尚も「本当に?」と問いかけていた。

 

「ッ……出来ることならワタシが守りたいよ!当然だろッ!でもッ……オマエだって見てただろ?ワタシはシールドで誰かを守れない。あれじゃきっと……サーニャのことも……ッ!」

 

 涙に声を震わせながら両手を握り締めるエイラ。

 

「──やっぱり。エイラさんは自信がないだけですよ」

 

 やった事がないのは出来ないも同然。そう考えるのは何もおかしな事ではないが、では本当に出来ないのかと言われると、また話が変わってくる。

 

「エイラさんが自分で言ってたじゃないですか。"サーニャさんじゃなければ本気になれない"って。だからその分、できる限り本番に近づけようとあんな真似をしたんですが……却って、エイラさんを追い詰めてしまいましたね。すみませんでした」

 

 あの特訓でエイラがシールドを張れなかったのもある意味当然だ。何故ならあの時背後に庇っていたのは、どこまでいってもペリーヌであり、ユーリであり、サーニャではなかったのだから。

 

「原因はハッキリしましたし、この後どうするかはエイラさん次第ですよ」

 

 いつの間にか飲み終えていたらしいグラスを片付けようと立ち上がったユーリだが、不意に何かに引っ張られるような感覚を覚える。見れば、エイラが軍服の袖を掴んで、ユーリを引き止めていた。

 

「エイラさん……?」

 

 エイラもまた立ち上がったかと思うと、無言でユーリのすぐ目の前に移動してくる。すると──エイラはユーリの胸に、自分の頭を預けてきた。

 

「……なぁユーリ。ワタシ、出来るかな?サーニャを守れるかな……?」

 

「……はい。きっと出来ます。出来ないはずがありません。だってエイラさんは、これまでもサーニャさんの為に色んな事を頑張ってきたんでしょう?それなのに、サーニャさんを守れないだなんて。そんな事、あるはずないじゃないですか」

 

「……なんで、そこまで言い切れるんだよ?根拠になってねーだろ」

 

「信じてるからですよ。エイラさんと、エイラさんがサーニャさんを想う気持ちを。だからエイラさんも、自分自身を信じてあげてください。僕も一緒に信じますから」

 

 ユーリの袖を握るエイラの手に、キュッと力が入る。

 

「……ありがとな……」

 

 ボソリと呟いたエイラは、ひと思いにユーリから体を離して食堂を出て行く。俯けられていた顔がどうなっていたのか。それはエイラが背にしていた月明かりの逆光が隠し、ユーリに見られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日未明──ウィッチーズに先んじて、ロマーニャ艦隊と航空部隊が例のネウロイに攻撃を仕掛けた。結果はやはりというべきか返り討ち。出撃していた巡洋艦2隻が航行不能に追い込まれたという。こうなればいよいよ、最後の砦であるウィッチの出番だ。

 

 滑走路に用意された3段構成の小さな骨組み。それを囲み込むようにして、一同は陣形を組んだ。

 

 発進前のカウントを緊張の面持ちで聞きながら、カウントがゼロに達した瞬間、骨組みを支える1番下の美緒やミーナ達5人がストライカーを全力で駆動させる。白煙の尾を引きながら、ウィッチ達は空へと飛び立っていった。

 

 作戦内容はシンプルだ。

 最初に、美緒達5人で構成される第1打ち上げ班が、ブースター無しの通常動力で上昇する。

 限界高度の1万メートルに到達し次第離脱し、続いてペリーヌやリーネ、ユーリが担当する第2打ち上げ班がブースターに点火。高度2万メートルまでサーニャ達を持ち上げる。

 最後はコアの破壊と防御を担当するサーニャ達2人がブースターに点火。ネウロイのコアを捉えられる高度33333メートルを目指して上昇。そのまま弾道飛行に移行し、コアを破壊する。

 

 尚、地上へ帰る為に残しておける魔法力は、精々進路を変えるだけの量しかない。重力に任せて落下するコア破壊班は、消耗している501に代わって504部隊の面々が回収する手筈になっている。

 

 そしてそのコア破壊班として陣形の1番上にいるのは……当初の予定通り、サーニャと芳佳の2人だった。

 昨夜のユーリとのやり取りで、渦巻いていた不安の大部分は解消されたものの、あと1つ足りない何かが、最後の最後でエイラを足踏みさせてしまっていた。

 

「──時間ですわッ!第2打ち上げ班、離脱(パージ)!」

 

 ペリーヌの合図で、サーニャと芳佳がブースターに点火。同時に、ここまで2人を運んで来た5人も陣形を解き、離脱を始める。

 見る見る離れていくサーニャの姿をジッと見つめていたエイラ。結局、今回の自分は最後までダメダメだった……と瞳を伏せようとしたその時──ふと、こちらを見下ろすサーニャと視線が交錯した。

 

「っ──サーニャ……」

 

 ほんの一瞬だけだが、確かにサーニャはエイラ(自分)を見た。美しい翡翠色の瞳が──その瞳から伝わった彼女の想いが、後1歩のところで縫い付けられていたエイラの心を解き放った──!

 

「……イヤだ」

 

「エイラさん……?」

 

「ワタシが……ワタシがッ!サーニャを守る──ッ!」

 

 ユーリがエイラの変化に気づいたのも束の間、エイラは弱まりかけていたブースターのエンジンを再点火。飛び去っていくサーニャを追いかけ始める。

 

「何してるの、エイラ──ッ!?」

 

「サーニャ言ってたじゃないか!"諦めるから出来ないんだ"って!ワタシはやっぱり諦めたくナイ!──サーニャはッ!ワタシがッ!守るんダアアアアアアァァァ───ッ!!!」

 

 懸命に手を伸ばすも、エイラの残り魔法力ではブースターを用いてもサーニャには追いつけない。無情にも再び開いていく2人の距離は、急に再接近を始めた。

 

「エイラさんっ!」

 

「宮藤──!?」

 

「行きましょう!」

 

 降下した芳佳は、エイラの背を押してサーニャの元へ送り届ける。

 

「──無茶よ!アレじゃ魔法力が保ちませんわ!帰って来られなくなりますわよッ!?」

 

 

『大丈夫──』

 

 

 インカムからサーニャの声が聞こえる。

 

「エイラは私が連れて帰ります──必ず、連れて帰ります……!」

 

 サーニャはエイラを引き返させるのではなく、このまま一緒に行く道を選んだ。必ず2人一緒に帰る──そんな強い意思を秘めながらも、間近でエイラを見つめるサーニャの目は、確かな喜びを湛えていた。

 

 程なくして、エイラとサーニャは作戦高度である成層圏に到達。目標のネウロイを肉眼で確認する。ネウロイ側も外敵の接近を察知したのか、先端部を花のように展開させ、エネルギーを収束させた強力なビームの発射準備を始めた。

 

「こんなの無茶苦茶ですわ……!」

 

「ええ、その通りです。それでも──!」

 

 ペリーヌの言う通り、サーニャ達の行動は無茶で、無謀極まりないものだ。ましてや、同行しているのは特訓中も一度としてシールドを張れなかったあのエイラなのだ。

 

 

 ──しかしユーリは何度も見てきた。どれだけ無理だ、無茶だ、無謀だと言われようと、たった1つでいい──

 

 

 しっかりと手を繋いだエイラをサーニャを飲み込まんと、ネウロイの先端のコアが一際眩く輝く。

 

 

 ──全身全霊を掛けられる強い想いが、願いが(そこ)にあるのなら──

 

 

 ──いかなる困難も、それを裏付ける道理も、全てをねじ伏せ我を貫く。そんな力を発揮できるのだと──!

 

 

「エイラさん───ッ!!」

 

 突如、澄み渡る青空に一条の閃光が奔った。

 どこまでも伸びていくかに思われたその閃光はある一点で途切れ、幾筋ものか細い光となって散っていく。

 

 光の拡散の起点となっている場所では、深紅の光に混じって青白い光が確認できた。魔法力の光だ。魔法力によって形成されたシールドが、ネウロイの放つ閃光を遮っているのだ。

 紅い光の尾を纏って進んでいく青い光──それはさながら、白昼の空を翔ける流星の如き美しさだった。

 

 やがて深紅の光は収まったかと思うと、次は遥か上空で大きな爆発が起きた。同時に、地上に屹立していた漆黒の悪魔も無数の金属片となって散っていく。

 

 エイラは見事、サーニャをネウロイの手から守りきって見せたのだ。

 

 そんな2人はというと……

 

「──ごめんナ。昨日の事……」

 

「ううん、私の方こそ……エイラの優しさに、甘えちゃってた」

 

 心の底には、エイラと一緒に行きたいという気持ちが間違いなくあった。しかしそれを明確に自覚出来ていなかったサーニャは「エイラならいつものように付いて来てくれる。自分の気持ちは伝わってるはず」と、いつしか勝手に期待してしまっていたのだろう。事実、エイラはいつだって自分の隣にいてくれた──それが、今回のすれ違いの原因の1つだった。

 

「見て、エイラ。オラーシャよ──」

 

「うん……」

 

 成層圏から見下ろす広大なオラーシャの大地。サーニャはその中の、大きく切り立った山脈に手を伸ばした。

 

「ウラルの山に手が届きそう──このまま、あの山の向こうまで、飛んでいこうか……?」

 

「え……ッ?」

 

 ウラル山脈の向こう──オラーシャの東の地には、ネウロイの戦火から逃れた国民達が暮らしている。その中には、半ば生き別れる形となっているサーニャの両親もいるのだ。

 

 確かにこのまま行けばオラーシャの大陸を横断し、両親に会いに行けるかもしれない。だがそれは同時に、仲間との離別も意味する。無断で前線を離れたとあれば、サーニャとエイラを捕まえて軍法会議にかけようとする声も上がるだろう。両親と再会できた傍から、終わりのない逃亡生活が始まるかもしれない。

 何より、501の皆ともう二度と会えないかもしれない──ミーナ、美緒、バルクホルン、ハルトマン、シャーリー、ルッキーニ、ペリーヌ、リーネ、芳佳、そしてユーリ。

 

 それでも──

 

「……いいよ──サーニャと一緒なら、ワタシはどこへだって行ける。絶対、守ってみせるから……ッ」

 

 もうエイラの胸に、恐怖はない──といえば嘘にはなる。だがその恐怖に足踏みをすることはなかった。サーニャが望むのなら、どこへだろうとついて行く。何があろうと傍で支える。その決意は、待ち受けるだろう脅威を前にしても揺らぐことはない。

 

「……今のは嘘。ごめんね──今の私達には、帰る場所があるものね」

 

 涙を滲ませたエイラの目元を優しく拭ったサーニャは、残る魔法力をロケットブースターに注ぎ込み、地上へと進路を向ける。

 

 仲間達の待つ、自分達の帰る場所に──。

 

 

 

 ──「守りたい」って思う気持ち、その本当の意味が、ちょっとだけ分かった気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦完了後──格納庫。

 

「──ごめんね、エイラ」

 

「えっ?な、なんで謝るんダヨ?昨日のことなら、もう……」

 

「そうじゃないの。……だってエイラ、もう"無傷のエース"じゃなくなっちゃったから……私のせいで」

 

 エイラの代名詞とも言える"無傷のエース"という称号──未だかつてネウロイの攻撃をシールド越しでも受けたことがないという彼女だけの偉業は、今回の作戦で過去のものとなってしまった。その事をサーニャは謝っているのだ。

 

「ああ……別にどーでもいいヨ。サーニャを守れるなら、称号でも勲章でもいくらでも手放すサ」

 

「エイラ……」

 

「──エイラさんの言う通りですよ。でも、1つだけ間違ってます」

 

「ユーラ……?」

 

「間違ってるって……何がダヨ?」

 

「エイラさんは、今も"無傷のエース"のままだってことです。だって、エイラさん自身は勿論、そのシールドで守ったサーニャさんも、傷ひとつ付いていないでしょう?」

 

「あっ……!」

 

 ユーリの言いたい事を理解したらしいサーニャは、嬉しそうに笑う。

 

「自分だけじゃなく、仲間も無傷で帰還させる──それもまた、"無傷のエース"を名乗るに相応しいと思いませんか?」

 

「良かったわね。エイラ」

 

「うーん、ぶっちゃけホントに興味なかったんだけどナァ……でもまァ、そういう事なら、これからも"無傷のエース"でいてやるヨ。良かったなー、ユーリ?これで他の部隊の皆に自慢できるゾー?」

 

「はい。僕も鼻が高いです」

 

「……ナンカ、調子狂うナァ……」

 

 小さく頭を掻いたエイラは、思い出したようにユーリに正面から向き直った。

 

「……ユーリ。その、あれダ──信じてくれて、ありがとう、ナ」

 

「………」

 

「ナ、ナンダヨ……別に深い意味は無いゾ?ただ、昨日のお礼、ちゃんと言ってなかったカラ……」

 

「……はっ──すみません。エイラさんに面と向かってお礼を言われたのが嬉しくて……放心状態になってたみたいです」

 

「ハ、ハァッ!?何だよソレ!?」

 

「言葉通りの意味ですよ」

 

「イ、意味ワカンネー!」

 

「いえ、ですから──」

 

 心底嬉しそうな笑顔を浮かべるユーリに、エイラはペースを狂わされる。そんなエイラを見て、サーニャもまた楽しそうに笑うのだった。

 




夏の飲み物といえば、我々日本人的には麦茶ですが、イタリアではミント水というシロップを水で薄めた飲み物が家庭で飲まれてるらしいです。カルピスみたいな感じなんですかね?氷を入れると清涼感がこう、いい感じになるそうですよ(語彙力
ロマーニャ公室からの支援物資に入ってそうだなーと思い、これをチョイスしました。

さぁて次回……どうしましょうねぇ……?
もしカットしたり、代わりのオリストを挟んだ場合は「あ、上手いこと行かなかったんだな…」と思ってくださればw


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ずるいです

上手いこと行きませんでしたぁぁぁ!
今回はほのぼの回にしようと思ったらラブコメっぽくなりました


 先日、501部隊の作戦のサポートという、ひと仕事を終えた504部隊。

 未だゆっくりではあるものの、着実に機能を回復しつつある彼女達の基地は、ある1つの話題で持ちきりだった。

 

「──皆揃ったわね?」

 

 談話室に揃った504の隊員達を前に、隊長であるドッリオは静かに口を開く。

 

「ついさっき、連絡があったわ。501部隊からね」

 

「501から……?また、何か大きな作戦でもやるんですか?」

 

 成層圏にあるネウロイのコアの破壊と、それを成し得たウィッチの回収という共同作戦は、当事者たるフェル達赤ズボン隊3人の記憶に新しい。わざわざ基地に通達をしてくるということは、また同じような用向きなのだろうかという彼女達の予想は、意外な答えによって裏切られる。

 

「──明日、来るそうよ」

 

「来る……?」

 

「あっ、もしかして物資の大規模補給とかですか?」

 

 そんなジェーンに、すかさずフェルが言葉を返す。

 

「だとしたら、どーしてその連絡が501から来るのよ?」

 

 フェルの言う通り、504部隊に向けた大規模補給の話ならば、上層部なりロマーニャ公室からの連絡になるはずだ。501部隊からの連絡というのはおかしい。

 501から504部隊へ物資を融通する連絡かとも思ったが、現状ロマーニャ防衛の最前線に立っているのは501部隊だ。優先度的にもその線は考えにくい。

 

 真剣な顔の前で手を組むドッリオが、明日この基地を訪れるという客人の名を皆に告げると、全員が成程、と納得の表情を見せる。

 

「これは緊急任務よ!皆にも手伝ってもらうわ!」

 

 大抵ドッリオの提案は突飛なもので、いつもなら戦闘隊長である醇子がそれを諌める役目を担っているのだが、珍しいことに今回は彼女も何も言わず、ドッリオの言う緊急任務に協力する姿勢を示すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──

 

「──そろそろね。皆、準備はいい?」

 

「あ、あの……本当にやるんですか……?」

 

「当然よ。盛大に出迎えようって言ったでしょ?」

 

「そ、そうですけどぉ……」

 

「大丈夫よ。皆似合ってるから!」

 

 ドッリオとルチアナを始め、心なしかヒソヒソとした声が飛び交う談話室。やがてそのドアが開かれた。迎えに出ていた醇子が客人を連れて戻ってきたのだ。

 

「皆、お待たせ──」

 

 醇子がドアを開けた瞬間──

 

 

「おかえりなさい!」

 

 

 そんなドッリオの言葉と共に、パァン!というクラッカーの音が鳴り響く。そして……

 

 

「ようこそ!──504部隊 バニー慰安会リターンズへ!」

 

 

 物陰から、色とりどりのバニーガール衣装に身を包んだ504部隊の面々が姿を現した。

 

「快気祝いも兼ねて、今日は私達が目一杯おもてなしするから、楽しんでっt──」

 

 

 ──バタンッ!

 

 

 ウィンクと投げキッスを送るドッリオの言葉が終わるのを待たず、勢いよくドアが閉じられる。ドアを閉じた張本人である醇子は呆れ果てたように顔を手で覆い、盛大なため息をつく。

 

「……ごめんなさい。来て貰ってすぐ悪いんだけど、ちょっと待っててもらえる?」

 

 断りを入れた醇子が素早く部屋の中へ滑り込むと、ドア越しに怒号が聞こえてきた。その内容を聞くに、どうやらあのバニーガール衣装は醇子の聞いていた段取りには含まれていない、完全なドッリオの独断だったようだ。

 

 ……「またあなたは!」「前にも言いましたよね!?」という言葉が聞こえるあたり、しっかり前科もあるらしい。

 

 やがて怒号が止み、暫しの沈黙が流れたかと思うと、ドアの内からにこやかな笑みを浮かべた醇子が顔を覗かせた。

 

「恥ずかしい所を見せちゃってごめんなさいね。さ、入って」

 

 部屋の中へ通されて最初に目にしたのは、先程のバニーガール衣装ではなく、見慣れた軍服に着替えた504部隊の面々だった。部屋の端で正座をさせられているドッリオに代わり、醇子が口を開く。

 

「それじゃあ改めて──しばらくぶりね、ユーリさん」

 

「は、はい。ご無沙汰してます、竹井さん。──皆さんも」

 

 客人──ユーリは苦笑いを浮かべながら、部隊の面々に挨拶をする。

 

「来てくれたのは嬉しいけど、501(そっち)は大丈夫なわけ?」

 

「はい。坂本さんが今日は1日自由行動と仰ってましたので、いい機会と思いまして」

 

 基地で建設中だった大浴場が完成したことを受け、今日の501は実質オフとなっている。無論、緊急時には出動するが、今日は日課の早朝トレーニング以外、美緒の訓練も入っていない。

 そういう事で、以前隊の皆に黙って出て行ってしまった事のお詫びと挨拶を兼ねて、ユーリは道中市街で購入した手土産片手に504部隊の基地を訪れたというわけだ。

 

「ま、折角来たんだから。ゆっくりしてきなさいよ」

 

「そうだよー!パティとアンジーだけズルいって思ってたんだから!ね、ルチアナ!?」

 

「ふぇっ!?あ、えと……そ、そうですね」

 

 突然マルチナから話を振られたルチアナは、しどろもどろになりながらも抗議の声を上げる。その行き先であるパティは

 

「だからあれは偶然だって言ったでしょ。ネウロイが来たせいでそんなに長いこと話も出来なかったし」

 

「そもそも、マルヴェッツィ中尉達が市街への買い出しを面倒臭がったから、私とシェイド中尉が代わることになったんだ。文句を言われる筋合いは無い」

 

「うっ…痛いとこ突いてくるじゃない」

 

 ブーブーと文句を言うマルチナ達を正論で黙らせたアンジーだが、その視線は先程からユーリの手元──手土産の紙袋に向けられていた。

 

「……こちら、どうぞ」

 

 アンジーの視線に気付いてか否か、ユーリは紙袋を差し出す。その中には、504部隊人数分のプリンが入っていた。

 

「こ、これは……ッ!」

 

「あら、久しぶり!あそこのプリン美味しいのよねー!」

 

「はい。ルッキーニさんにおすすめされたので、これにしてみました」

 

 いつの間にか正座を解いてプリンを手に取るドッリオ。

 ユーリが買ってきたプリンは、以前アンジーがまとめ上げた美味しいお店リストに極僅差でランクインを逃した逸品だ。同じスイーツ部門としての競合相手があのケーキだった事からも、味に関して疑いようがない事は理解出来るだろう。

 

「あムッ──んん~!この味、懐かしいわ~!」

 

 ドッリオが一足先にプリンを口にし、懐かしの味に感激していた所へ、一旦席を外していた天姫がお盆を持って戻って来た。

 

「皆さん、お茶が入りまし──きゃあっ!?」

 

 床の微かな段差に躓き、天姫は扶桑茶の乗ったお盆諸共バランスを崩してしまう。そのまま大惨事になるかと思われたが、倒れかかっていた天姫の体は横から伸びた手に支えられ、事なきを得た。

 

「──っと、大丈夫ですか?」

 

「うぅ……ありがとうございます。ユーリさん。私ってばまたドジを……」

 

「いえ、お気になさらず。火傷もしてないようで、良かったです」

 

「はい。お陰様で」

 

 よくドジをしてしまう天姫だが、ユーリが咄嗟にそのフォローに入れたのは、やはり502部隊での経験が大きい。

 

(ある意味、またニパさんに感謝だな……)

 

 ドジを超えた数々の不運に見舞われる彼女の事を思い出すと同時に、心の中で礼を言いながら、ユーリは天姫を手伝ってお茶の入った湯呑やカップを並べていく。

 

「──へぇ、扶桑のお茶ってあまり飲んだ事ないんだけど、プリンにも合うのね」

 

「ああ。扶桑のお茶は大抵のものに合うんだ。プリンみたいな甘味は勿論、ご飯に掛けてお茶漬けにしても美味いし、中には酒をお茶で割って飲んでる人もいたなぁ」

 

「なる程、扶桑の茶か……中々に興味深い」

 

 錦が披露する扶桑茶の話に熱心に耳を傾けるアンジーと、その様子を微笑ましげに眺めるパティ。

 

 更にその隣では……

 

「ジェ~ン、食べさせてくれ~」

 

「大将ってば。子供じゃないんですから……はい、どうぞ」

 

「ん、じゃあ私からも食べさせてやるよ。ほら、あーん」

 

「えっ…!?あの、大将……そんな、皆の前で……!」

 

「……なら、2人になれる所に行くか?」

 

「だっ、だから~~~!」

 

 なんてことを言いながらもジェーンは満更でもない様子。この2人の夫婦っぷりは相変わらず──というか、寧ろ拍車が掛かっているように思える。

 

「何だか悪いわね、一応お客さんなのに」

 

「いえ。喜んで頂けたようで何よりです──竹井さんもどうぞ」

 

 ユーリのお言葉に甘えて、醇子もプリンを一口。丁度そのタイミングで、ルチアナはある事に気がついた。

 

「そういえば隊長……ユーリさんの分は?」

 

「袋の中にあるんじゃないの?」

 

「はい。私もそう思ったんですけど……」

 

 ルチアナはプリンの入っていた紙袋の中身をフェルにも見せる。フェルもルチアナも、てっきりまだ手のついていないプリンが1つ残っていると思っていたのだが、袋はもぬけの殻となっていた。逆さにして振ってみても、何も落ちてこない。

 

「ま、まさか──マルチナッ!?」

 

「んー?どしたの隊長。ルチアナも、そんな慌てた顔して」

 

 スプーン片手に幸せそうな表情を浮かべるマルチナだが、対照的にフェルとルチアナは何か良くない事を想像してしまったかのような慌てぶりだ。

 

 フェルはマルチナの肩をガッシリ掴むと、

 

「"どしたの?"じゃないわよッ!──アンタ、そのプリン何個目ッ!?」

 

「えっ、何で?」

 

「いいからッ!正直に言いなさい!何個目ッ!?」

 

「い、1個目だけど……?だって、人数分しかないって……」

 

「本当ね!?嘘ついたら承知しないわよ!?」

 

「ホ、ホントだってば~!」

 

 素早くマルチナの近くを見回してみるも、プリンの空き容器らしきものは見つからない。彼女の証言通り、勢い余ってユーリの分のプリンまで食べてしまったわけではないらしい。

 では誰が?他に思い当たりそうなのは……ドッリオしかいない。日頃から何かと部隊の皆を振り回しがちな彼女だ、ユーリの分のプリンをこっそり頂いても違和感はない。

 

 しかしドッリオに疑惑の眼差しを向けたフェルは、ここで大いに葛藤した。

 憧れのドッリオの悪戯を告発するような真似をしていいものか、と。普段ならいざ知らず、ここは一応祝いの場でもある。その空気をぶち壊してしまう可能性を考えると、フェルは安易に踏み出せなかった。

 しかして黙っておこうにも、ユーリが自分のプリン消失に気づくのも時間の問題だ。同時にそれまでの時間が長引けば長引く程、後に訪れる怒りも相当なものになるだろう。

 

「──どうかされたんですか?」

 

「ひっ!?──ユ、ユーリ……おど、脅かすんじゃないわよッ」

 

「いえ、驚かせるつもりは全く無かったんですが……えっと、すみません……?」

 

 疑問符を浮かべながら謝罪する何も悪くないユーリを尻目に、フェルとルチアナは小声で囁く。

 

 

「ど、どうしましょう……!?」

 

「どうするもなにも無いわよ……!と、とにかく!まずは謝りましょ。アイツのことよ、きっと許してくれるわ」

 

「もし許してくれなかったらどうするんですか……?」

 

「その時は……私のプリンを、献上するわ」

 

「って、隊長もう半分以上食べちゃってるじゃないですかぁ……!」

 

「仕方ないでしょ美味しかったんだから!最悪、アンタの分も……!」

 

「うぅ……分かりました……」

 

 

 作戦会議と呼ぶのも憚られる打ち合わせを終えた2人は、ユーリの方に向き直ると、フェルが前に進み出る。

 

「あ、あの……ユーリ(アンタ)の分のプリンなんだけど……」

 

「僕の……?ああ、それなら──」

 

 

 ──ごめんなさい!

 

 

 そう言って頭を下げようとしたフェル。しかしユーリの言葉の方が先だった。

 

「──それならご心配なく。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうなの!アンタの分は買ってな──え?」

 

「ですから、プリンは皆さんの分だけです。元々、挨拶を済ませたら長居せずにお暇するつもりでしたから」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするフェルは、一度ガクリと顔を俯けてから……

 

「お──脅かすなって言ったでしょ~がァ~~~~ッ!!」

 

「ちょっ、フェルさ──ぼ、僕が一体、何をしたと……ッ!?」

 

 ユーリの肩を掴み、力の限りブンブン揺さぶるフェル。一頻り怒りを吐き出し終えた所で、軽く目を回してフラつくユーリの背中をドッリオが受け止めた。

 

 2人の会話から事態を把握しているらしいドッリオは、

 

「確かに。一応ユーリはお客さんなんだし、せめてプリンくらい食べてもいいわよねぇ──あ~、どこかにユーリにプリンを分けてくれる娘はいないかしら~?」

 

 悪戯っぽく光らせた目でどこかわざとらしく口にした。

 

 それを聞いた504部隊の面々──フェル、ドミニカ、ジェーン、パティ以下「プリン残ってる組」は、彼女の狙いを即座に理解したらしく……

 

「あー、私としたことがー!あまりに美味しいもんだからつい全部食べきっちゃったわー!」

 

「た、隊長……!?」

 

 ここまでの僅か数秒で残っていたプリンを完食したフェルに、驚愕の視線を向けるルチアナ。更に周りでは……

 

「──おいジェーン。あんな事言ってるが、誰にも渡すなよ?ジェーンのプリンは私ので、私のプリンはジェーンのだからな」

 

「わ、分かってますよ……!」

 

 と、リベリアンカップルは拒否の姿勢を貫き……

 

「ご、ごめんねユーリ!私のプリン、かき混ぜてグチャグチャにしちゃったから……アハハ」

 

「シェイド中尉……!?これほどの逸品にそのような惨い仕打ちを……何故だ!?」

 

「あ、いや違うのよアンジー!これには色々事情というか……!」

 

 パティもパティで、代償として信頼できる仲間からの顰蹙を買いながらも、どうにか矛先を逸らした。

 

 必然的に、残るはルチアナと、実はまだ完食していないプリンを隠し持つドッリオのみとなる。

 

「こうなったら仕方ないわねぇ──ルチアナ、アンタのプリン、一口分けたげなさいよ」

 

「えぇっ!?わ、私ですか……!?」

 

「アンタまだ半分近く残ってるじゃない、一口くらい減ったって問題ないでしょ」

 

「そ、そうですけどぉ……食べかけですよコレ!?」

 

「あのルチアナさん、僕のことは気にしなくて大丈夫ですから。無理はしなくても……」

 

「えっ、あ、いえその──別にユーリさんにプリンをあげるのが嫌ってわけじゃなくてですね……!」

 

 突然降りかかる感情の嵐に戸惑うルチアナ。この状況を後ひと押しと見たドッリオは、とっておきの切り札を使う。

 

「──じゃあ私の分をあげるわ。それなら問題ないでしょ?」

 

「しょ、少佐ッ!?」

 

「ホントに気を使って頂かなくてもいいんですが……そこまで仰るなら──」

 

 そう言ってプリンを受け取ろうとするユーリだったが、ドッリオの手にあるプリンはユーリの手を避けた。

 

「……隊長?」

 

「そんな顔しなくてもちゃんとあげるわよ──はい、あーん」

 

 プリンの乗ったスプーンをユーリの口元に差し出す。

 

「少佐ァ──!?!?」

 

 悲鳴にも似たルチアナの声が響き渡る。

 

「あ、あのドッリオ隊長、自分で食べられますから……」

 

「いーからいーから!現状もてなしらしい事も出来てないし、これくらいはさせて頂戴」

 

「お気持ちは非常に嬉しいんですが、他にも方法はあるのでは……?」

 

「細かいことはいーの!美女にプリンをあーんしてもらえる事なんてそうそう無いわよー?──それとも、私じゃ嫌?」

 

「……分かりました。いただきます」

 

 数秒の葛藤の後、観念したユーリ。その間、ドッリオが心底楽しそうな顔をしていたことなど、目を伏せたままのユーリは知る由もない。

 

「ほら、口開けて。あーん──」

 

 ドッリオに言われるまま、口を開けたユーリ。そこへドッリオの持つスプーンが運ばれていき──

 

「あムッ──」

 

 口を閉じた瞬間、滑らかながらしっかりとした食感と濃厚な味わいが口の中に広がった。なる程、これは確かに美味しい。と感想を言おうとしたユーリが閉じていた目を開くと──

 

「えっ──ル、ルチアナ……さん?」

 

 目を丸くするユーリの前には、未だプリンを乗せたままのドッリオのスプーンがあった。代わりにユーリの口にプリンを運んだのは、横から差し込まれたルチアナのスプーンだったのだ。

 

「あ、あの……やっぱり、部隊長に押し付けるのは部下として良くないっていうか……その、残ってる量も私の方が多いですし!だ、だから──っす、すみません──ッ!」

 

「あっ、ルチアナさん──!?」

 

 恥ずかしさに耐えかねたのか、ルチアナは談話室を出て行ってしまう。それから気分を落ち着かせて皆の元へ戻って来たのは、ユーリがそろそろ基地へ帰ろうかという時だった。

 

「──もう少しゆっくりしていけばいいのに」

 

「もう十分過ぎるくらいゆっくりさせて頂きましたから」

 

「またいつでも来なさい。次こそはユーリも一緒にバニー慰安会を──って、タケイ?ちょっと、まだ話が──!」

 

 背後でただならぬ威圧感を発していた醇子が、ドッリオを隊長室へ連行していく。あの様子ではユーリが来た時以上にこってりと絞られるのは間違いないだろう。

 

「……ま、まぁ何はともあれ!楽しんでくれたなら良かったわ。501(むこう)でも元気にやんなさい」

 

「はい。──皆さん、今日はありがとうございました!」

 

 ドッリオの役目を引き継いだフェルと、その後ろに肩を並べる504部隊の面々に礼を言ったユーリは、基地の出口へと向かう。フェルに言われて見送りについて来てくれたのは、どこか気まずそうな顔をしたルチアナだった。

 

(ど、どうしよう……!?何か話した方が?でもあんな事しちゃったのにどんな顔して何を話せば~~!?)

 

「──ルチアナさん?」

 

「ひゃいっ──!?」

 

 唐突に声をかけられ、間抜けな声を上げてしまう。その事にまた恥ずかしさを覚え、ルチアナは顔を俯けてしまった。

 

「わざわざお見送り、ありがとうございます。ここで大丈夫ですよ」

 

 そう言われて、もう基地の出入り口に着いてしまったのだということを理解する。

 

「あ……えっと、その……!」

 

 折角2人きりで話をするチャンスだったにも関わらず、それを棒に振ってしまったルチアナは、せめて何か言葉を交わそうと、必死に話題を探す。

 そんな時だった──顔を俯けていたのが幸いしたのだろうか。ルチアナの目が、ユーリの手に留まった。

 

「その手袋………」

 

「ああ──はい。頂いてから、ありがたく使わせて貰ってます。あの時"すぐに解れるかも"と仰ってましたが、全くそんな気配はありませんし、流石ルチアナさんですね」

 

「なら良かったです。後になってから、ちょっと地味すぎるかな、なんて思ったんですけど……」

 

「そうですか?僕はそういった観点には疎いので、よく分からないんですが──例えそうだとしても、僕はこれがいいです。何より、ルチアナさんが僕の為に作ってくださったものですから」

 

「っ──、あっありがとう…ございます……」

 

 どんどん体温が上がっていくのが分かる。以前501基地では気付かなかったくせに、今回はルチアナの変化に気づいたらしいユーリが、何か言いかけるが──

 

「──あ、あまり遅くなったら、501の皆さんも心配しますよねっ!帰り道、気をつけてください!それじゃ──ッ!」

 

 ユーリの言葉を待たず、早口にまくし立てたルチアナは基地の中へ引っ込んでしまった。

 

 廊下の曲がり角に身を引っ込めたルチアナは、恐る恐る自分の胸に手を当ててみる。

 

「私──こんな……見られちゃったかな……?」

 

 これだけ心臓が早鐘を打っているのだ、きっと顔もすごいことになっている。そしてあの距離なら、十中八九ユーリにも見られているだろう。

 せめて幾分か「見れる顔」であったことを祈るルチアナだったが、その思考とは裏腹に、とにかく笑みが止まらなかった。

 

 ──()()()()作ってくれたから──()()作ってくれたんだから──そんな言葉であったなら、内に潜む「後ろ向きなルチアナ」が「自分に気を使って着けてくれているのかもしれない」という考えを導き出し、心の均衡を保ってくれただろうが……ユーリ(かれ)は本当にずるい。

 

 

 ──ルチアナさんが作ってくださったものですから。

 

 

 どうしてよりによってソレなのだ。これでは──いくら「後ろ向きなルチアナ」だろうと、前向きにしか捉えられないではないか。そのせいで、今ルチアナは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

 

 ──本当に、彼はずるい。

 

 ──実際に私の手を取って捕まえてくれる保証なんて無いのに

 

 ──私の心だけは、しっかりと捕んで離してくれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 504部隊、隊長室──

 

「全く、今度許可なくバニーガール(あんな事)をしたら、本気で怒りますからね?」

 

「だってタケイ、絶対許可してくれないじゃない~」

 

「当然です」

 

 椅子にもたれてブーブーと文句を言うドッリオに、醇子は予てより抱いていた素朴な疑問をぶつける。

 

「そういえば、ユーリさんの快気祝いというのは分かりますけど、いくらなんでも急過ぎませんでしたか?こちらで準備できるようなものも無かったのに……」

 

「準備ならしてたじゃない、あのバニーガール──じょーだんじょーだん、そう怖い顔しないでってば──」

 

 姿勢を直したドッリオは、胸に秘めていたある目的を語り始めた。

 

「今のユーリは501部隊として任務に当たってるけど、ヴェネツィアの巣の件が片付くか、私達が完全に復活すれば、501部隊は再解散。また宙ぶらりんになる訳じゃない?」

 

「そうですね……現状、ユーリさんは特定の国の軍に所属するウィザードではありませんから、501部隊が解散すれば、再び総司令部の指揮下に戻るはずです」

 

「で、私は考えた訳──ユーリをロマーニャ空軍(504)で引き取れないかなって」

 

「な……本気ですか……?」

 

「ええ。そりゃあ、簡単に決められる事じゃないのは分かってるわよ?世界で1人だけのウィザードだし、私達が知らないしがらみとかだって色々あるんでしょうけど……まぁどうせなら、あの子が楽しく過ごせる場所に置いてあげたいっていう……親心?みたいなものね」

 

 今やヴェネツィアが陥落したことで状況も変わってしまったが、それ以前のロマーニャは然程ネウロイの脅威に晒されていない国だ。現役のウィッチ・ウィザードである以上、戦いと縁遠い暮らしができるわけではないが、それでもドッリオを始め504部隊の面々──ある程度気心のしれた仲間が一緒にいられる環境は、ユーリにとっても悪いことではない。

 何より、ロマーニャ公との繋がりがある自分が彼を引き入れることによって、間接的に公室の権限でユーリをよからぬ企みから守ることもできるかもしれない。もし赤ズボン隊に入るならより安心だ。

 

「一応、501が解散したタイミングで、ガランド中将に具申はしてみるつもりだけど……流石に本人の意思が第一だからね。いくつかある選択肢の1つとして提示した時、選びやすいように予め好感度をアップしておこう──って作戦だったわけ。因みに私視点では、経過は良好ってとこね」

 

「はぁ……慣れない事をして、問題は起こさないでくださいね?」

 

「ひどーい!私だって504の隊長よ?前の基地が壊されてから、私が色んな所で交渉してるの、タケイだって知ってるでしょ!?」

 

「はいはい。よく分かってますとも。──取り敢えず、隊長の企みはわかりました。もし仮にユーリさんが504に正式配属されるというなら、私としても喜ばしいです」

 

「でしょでしょ?タケイなら分かってくれると思ったわー!」

 

「それはそれとして、バニーガールは絶対不許可ですからね!?」

 

「えー?」

 

「えー、じゃありません!」

 




※ドッリオ少佐の前科に関しては、コミカライズ「紅の魔女」をお読みください

それと、当時まだ建設中だった501基地の浴場にフェル隊長達が入ってた事に関しては「お風呂としての機能はあの時点で完成してたけど、内装やらがまだ未完成だった」ということでひとつ。


いやぁ、オリストってイマイチ文量書ける自信ないので、いつも「短めでいいかな~」なんて思いながら書いてるんですが、どういうわけか大抵いつもと大差ない文字数になるんですよねぇ…悪い事はないんでいいんですけども。

ってかルミナスウィッチーズ7話見ました皆さん!?
すごくないですか!?めっちゃ豪華!ありがとうございます!ありがとうございます!


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新たな翼

 異変は突然、何の前触れもなく訪れた。

 

「──ちょっと宮藤さん!訓練だからって手を抜かないでくださる?それとも、ワタクシ相手では本気になれないとでも言うつもりですの……!?」

 

「そ、そんな!手を抜いてなんか……!」

 

 いつものようにペイント弾の入った訓練用の銃を携え、リーネやペリーヌ、ユーリと共に模擬戦に励んでいた芳佳は、ペリーヌとの戦闘中に謎の違和感を感じたのだ。

 今やすっかり芳佳の得意技となった左捻り込みでペリーヌの背後を取った所までは良かったのだが、射撃の直前、不意に体勢を崩したことで、まず当たるであろう距離で狙いを外してしまう。即座に背後を奪い返され、ペリーヌが1本先取。

 思うように動けなかった事を訝しみながらも、芳佳はそのままペリーヌとの模擬戦を続けるが……結果は3戦3敗。その全てがあっという間に決着するという、ペリーヌの圧勝だった。

 

 確かにペリーヌは強い。そもそもの経験値からして芳佳と違う事は勿論、今も尚精進を続けているガリアのエースだ。だから芳佳が1本も取れなかったという結果そのものは、異常事態という程の事でもない。

 問題なのは、あまりにも呆気ない勝負だったという点だ。芳佳も芳佳で成長を続けており、ペリーヌとの実力差だって、去年501に入隊した当時と比べれば格段に縮まっているはず。ペリーヌ自身、芳佳はもうあの時程簡単に勝てる相手ではないと分かっているからこそ、1戦1戦油断することなく戦った。

 だが実際はどうだ。「この距離で?」という位置から射撃を外し、肝心なところで動きも鈍い。これではまるで勝った気がしない。ペリーヌが手加減されていると感じるのも当然だった。

 

「宮藤さん、本当に大丈夫ですか?もし体調が優れないようなら……」

 

「だ、大丈夫ですよ!ホントに!」

 

「……フン。もういいです──ユーリさん、代わりに相手してくださる?これじゃ訓練になりませんわ」

 

「わかりました。──宮藤さん、くれぐれも無理はしないでくださいね」

 

 不調の芳佳に代わってユーリがもう3戦、ペリーヌと模擬戦を行う。こちらは芳佳のようにあっという間に決着がつくこともなく、1対1という接戦にもつれ込んだ。

 

 そして3戦目──好位置を取ったペリーヌは、執拗にユーリの背中を追い掛け回していた。ユーリもどうにかして振り切るべく幾度となくシャンデルやインメルマンターンを繰り返すが、ペリーヌは見事な動きで追従していった。

 

(流石ペリーヌさん……ッ!中々振り切れない……これはどうだ──ッ!)

 

 ユーリは背面飛行状態で上半身を起こし、背後のペリーヌを目視で捉えながら器用に逃げ回る。微かな隙を見つけては反撃していくも、やはり狙撃銃と機関銃では、撃ちながら追撃出来る分後者に分がある。ペリーヌの優位は揺るがなかった。

 

(ダメか……だったら──ッ!)

 

 ユーリはペリーヌの銃撃が止んだ一瞬を突き、《スピットファイア》の持つ上昇力を活かして急上昇していく。

 

「真上に逃げたところで──ッ!」

 

 ペリーヌもユーリを追って急上昇を始めるが、上昇力という点ではユーリの《スピットファイア》が優位。だが十分な速度に達してさえしまえば、追いつくことも可能だ。最初こそ開いていた彼我の距離は、ペリーヌが徐々に詰め始めていた。

 

(まだだ……ッ!もう少し──もっと速度を上げさせろ……!)

 

「いただきですわ──ッ!」

 

(ここ──ッ!)

 

 ユーリを射程内に捉えたペリーヌは、狙いを定めたブレン軽機関銃の引き金に指を掛ける。その瞬間、ユーリはユニットの動力を一瞬だけ落とした。同時に勢いよく足を振り上げ、後ろ向きに宙返りしながら直線軌道を外れる。一瞬の浮遊感の後、ユーリの体は重力に従い落下していく──ユーリを猛スピードで追ってきていたペリーヌとすれ違う形で。

 

「なっ──!?」

 

 急上昇したユーリに追いつこうとスピードを出していた所為で、ペリーヌはユーリの動きにすぐには反応できない。短くも決定的な隙が生まれた──!

 

(獲った──!)

 

 姿勢制御の為にユニットを再始動させるユーリ──だったが。

 

「えッ──!?」

 

 不意に、力が抜けたような感覚に襲われる。ユニットに魔法力を流しても、上手く魔導エンジンが回らない。

 

「くっ……!」

 

 戸惑う気持ちを抑えペリーヌに狙いを合わせる。が、時既に遅し──ユーリの体に、オレンジ色の斑点模様が量産された。同時に、審判を務めていたリーネのホイッスルが鳴り響く。

 

「2対1でペリーヌさんの勝ち!」

 

「ふぅ……最後の機動は少し驚きましたわ」

 

「上手くいくと思ったんですが……流石に無理がありましたかね。ペリーヌさんも、切り返しが思った以上に早かったです」

 

 互いの健闘をたたえ合うペリーヌとユーリ。その様子を、芳佳は浮かない表情で見ていた。同時に──

 

(さっきの感覚……何だったんだ?)

 

 ユーリもまた、先程感じた違和感に内心で眉をひそめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──やはり、お前達もそう思うか」

 

「はい。今日の宮藤さんは絶対に変でした。動きにいつものキレが無いというか……」

 

 模擬戦を終えた後、ペリーヌとユーリは先の訓練を下から見ていた美緒に、芳佳から感じた違和感のことを報告していた。

 

「意識の方はしっかり反応できているように見えましたが、やはりここぞというタイミングで、動きが目に見えて鈍っていました。本人も、原因に心当たりがないといった様子です」

 

「ふむ……わかった。報告してくれてありがとう。私の方でも宮藤の事は気にかけておく」

 

 そう言って、この場を別れようとした矢先──

 

 

「──それだけじゃないんじゃない?」

 

 

「ハルトマン……?どういうことだ」

 

 いつになく真面目な表情のハルトマンの視線は、ある1人に向けられていた。

 

「おかしくなってるのはミヤフジだけじゃないって事──だよね、ユーリ?」

 

「なんだと……?」

 

「ユーリさん……?」

 

「ハルトマンさん、急に何を──」

 

「私もさっきのペリーヌとの模擬戦見てたんだけどさ。アレ、本当ならユーリが勝ってたでしょ。ペリーヌが切り返すより早く撃てたはずだよ」

 

「確かに、完全に不意を突かれたと思ったら、思いの外あっさりと勝てたのはワタクシも思いましたけれど……」

 

「……そうだな。考えてみれば、ユーリが自分で作り出したチャンスをみすみす逃すというのも考えにくい」

 

「そーゆーこと。じゃあ何でかって話だけど──ペリーヌを撃とうとしたあの瞬間、何かあったんじゃない?思わず仕留め損なっちゃうような、予想外の事がさ」

 

 ジッと問い詰めるような目を向けてくる3人に、ユーリは観念してあの時感じた微かな違和感について打ち明けた。

 

「ユニットが上手く回らなかった……?」

 

「はい……どれだけ魔法力を流しても、エンジンが安定しなかったんです。気づいた時には元通り飛べていたんですが」

 

「ユニットのメンテナンスが不十分だったということ?」

 

「そういう訳でもないと思います。事実、格納庫から飛び立った時は問題ありませんでしたし。違和感を感じたのはあの時だけ──いえ。実を言うと、昨日の訓練の時点で兆候はありました。てっきりユニットの不具合か、疲労から来るものとばかり思っていたんですが……」

 

「ふむ……分かった。少し調べてみるとしよう。ペリーヌ、ハルトマン、教えてくれて助かった。──ユーリは異変を黙っていた罰として、今度の訓練メニューを倍にするからな」

 

「う……はい。申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルトマン達の言葉を受け、美緒がまず手をつけたのはストライカーユニットだった。

 芳佳の《零式艦上戦闘脚》と、ユーリの《スピットファイアMk.XVI》を整備兵達の手を借りて詳細に検分していく。

 

「全ての項目をクロスチェックしましたが、どちらのユニットも特に異常は見受けられませんでした。不具合があったという魔導エンジンもきちんと完全分解(オーバーホール)されていますし、動作不良を起こすような要素はありません。──念の為、オイルとプラグは新品に交換しておきます」

 

「ストライカーは問題無しか──了解した、ありがとう」

 

 ユニットに関する知識で右に出る者はいない整備兵の目で見ても問題は無い。であるなら、考えられる可能性は1つだ。

 

(問題はあいつ等自身、か……)

 

 続けて美緒は、芳佳とユーリを連れて医務室に来ていた。ユーリはともかく、芳佳には無用な心配を与えないように簡単な健康診断程度のものではあるが、もし身体に何らかの異常をきたしていると感じたなら報告するよう、担当医に話は付けてある。

 

「──至って健康ですね。異常は見られません」

 

「そうですか……」

 

「急に健康診断なんてどうしたんですか、坂本さん?」

 

「いや、部下の健康状態を把握しておくのも、上官の務めだからな。何ともないなら良かった」

 

「いいや──何ともないなら却って不安だな」

 

 そんな言葉と共に姿を現したバルクホルンは、芳佳とユーリを厳しい目で見据える。

 

「宮藤、お前がまともに飛べていないのは確認が取れている。その原因が分からない以上、実戦に出すわけには行かん──そしてザハロフ、自分では上手く誤魔化していたつもりだろうが、昨日の訓練から明らかにミスが多かったぞ。騙し騙し飛んだところで、実戦でもそれが通用すると思っているわけではあるまい」

 

 

「今の話、本当なんですか……?」

 

 

 部屋に駆け込んできたのは、芳佳達が医務室へ連れて行かれたと知って様子を見に来たリーネとペリーヌだった。

 

「芳佳ちゃん、ユーリさんも……上手く飛べないの?」

 

「……うん」

 

「やっぱり……道理で歯応えのない模擬戦だったわけです」

 

「不調の原因が明らかになるまで、お前達2人には基地待機を命じる!」

 

「っ……!」

 

「そんな、嫌ですっ!私は飛べますっ!」

 

「これは上官命令だ!」

 

「……そうだな、その方がいいだろう」

 

「めい、れい……」

 

「……了解しました。次の命令に備えます」

 

 まだバルクホルン達の指示を受け入れられずに気落ちする芳佳。そんな彼女の分もユーリが命令を受諾したことで、この場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜──ユーリは芳佳と格納庫で鉢合わせた。2人の手には箒が握られており、どうやら全く同じことを考えていたらしい。

 

「それじゃあ、始めましょう──」

 

 秘密特訓を行うにあたり、一方が飛ぶところをもう一方が横から確認するという方法を取る事に。最初はユーリが飛ぶ番だ。

 アンナの教えを思い返しながら、ユーリは箒に腰を乗せると、魔法力を発動させる。

 

「く……うぅ──ッハァ……!どう、でしたか?」

 

「あんまり……飛んだっていうより、浮いたって感じでした」

 

「そうですか……次、どうぞ」

 

 今度は芳佳が箒に跨り、魔法力を発動させる。

 

「ふぅ……っ!」

 

 瞳を閉じ、意識を集中する芳佳。箒に込める魔法力を徐々に上げていくところで、

 

「誰かいるのカ──?」

 

「ふぇっ……?」

 

 不意に飛んできた声に驚いた芳佳は、集中が途切れてしまった。

 

「芳佳ちゃん……?」

 

「ユーリも──何してんダ、こんな時間に?」

 

 格納庫に入ってきた声の主──エイラとサーニャは、2人から事のあらましを聞かされる。

 

「箒で訓練かァ。そーいや、ワタシの近所にも箒で飛ぶばあちゃんがいたナァ」

 

「でも、何でこんな遅くに2人で?」

 

「それが……」

 

「……あのね、サーニャちゃんとエイラさんは、急に飛べなくなった事ってある?」

 

「え……芳佳ちゃん達、飛べなくなっちゃったの……!?」

 

「そーなのカッ!?」

 

「ああいえ、僕も宮藤さんも、全く飛べないわけでは……」

 

「って、何だよ。驚かせやがっテ……」

 

 エイラが胸をなで下ろした時だった。突然、何か金属質の物が落ちる音が静まり返った格納庫に木霊する。

 

「ッ──!?」

 

「誰ダ──ッ!」

 

 ユーリは即座に芳佳とサーニャを背後に庇い、エイラは手近な所にあったバケツを音のした方向へ放り投げる。結構な勢いで飛んでいったバケツは見事に命中したらしく、「きゃんっ!」というような悲鳴が返ってきた。

 

「うぅ……ああもうっ──ちょっと!何なさるんですの!?」

 

 そんな抗議の声と共に顔を出したのは、頭に大きなたんこぶを作ったペリーヌだった。

 

「ペリーヌさん、そんな所で何を……?」

 

「べ、別になんでもありませんわよ。たまたま、お手洗いに行ったら皆さんがいたから……」

 

「取り敢えずその頭どーにかしろヨ」

 

「誰のせいだと思ってますのっ!」

 

 恨みがましい目でエイラを睨みながら、ペリーヌは芳佳の治療を受ける。

 

「おー、治った治っタ」

 

「その様子じゃあ、魔法力は問題ないみたいね。ユーラは?」

 

「日中確認したところ、シールドも固有魔法も問題なく使えましたから、魔法力が弱まっている訳ではないと思うんですが……」

 

「ま、取りあえずは一安心ダナ。良かったじゃんカ」

 

「人の頭を実験台みたいに扱わないで下さる……!?」

 

 ペリーヌとの禍根はともかく、エイラの言う通り、魔法力に問題は無いという事がわかっただけでも一応収穫と言えるだろう。だが一方で、疑問は更に深まるばかりだった。ユニットも、身体も、魔法力も問題ない。なのに何故急に飛行が安定しなくなったのだろうか?

 

「2人共、ちょっと休んだ方がいいのかも」

 

「そーそー。きっと疲れが溜まってんダヨ。特にユーリなんて、巣と戦って、その次に別の巣と戦って、それが終わったらまた別の巣と戦ったんダロ?そんなの誰だってヘトヘトになるって。──案外、寝て起きたら治ってるかもしんないゾ?」

 

「だと、いいんですが……」

 

「……とにかく、2人共今日はもう寝なさい。これ以上起きてたら、休まるものも休まりませんわよ」

 

 ペリーヌに諭され、芳佳とユーリは大人しく部屋に戻っていく。

 実はこの後こっそり部屋を抜け出した芳佳が再び箒での訓練を始めるのだが、その事を知っているのは芳佳本人と、彼女を心配して様子を見に来たリーネだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──501部隊の面々は朝の定時ブリーフィングの為、ブリーフィングルームに集まっていた。

 

「──連合軍司令部によると、明日にはロマーニャ地域の戦力強化の為、戦艦大和を旗艦とした扶桑艦隊が到着する予定です」

 

「いよいよか……」

 

 戦艦大和──扶桑皇国の有する、世界最大級の戦艦だ。46cm主砲を始め搭載されている武装も強力なものばかりで、コアを持たない個体に限るものの、ウィッチの助力無しでもネウロイと渡り合える力を秘めている。

 そんな戦艦がロマーニャを目指しているという事は、それだけの戦力が必要になるという事──ヴェネツィア奪還作戦が決行に近づいている事を意味していた。

 

 じわじわと緊張感に包まれていくブリーフィングルームの沈黙を、不意に鳴った電話のベルが破った。受話器を取ったミーナの表情が、次第に強張っていく。

 

「──救助要請です。先程、大和の医務室で爆発事故があり、負傷者が多数発生。大至急医師を派遣して欲しいそうよ」

 

「事故だと!?──すぐに二式大艇で送ろう!準備をするよう、医療班にも連絡を──」

 

「──私に行かせてください!戦闘は無理でも、治療と飛ぶ事くらいなら出来ます!」

 

「私も!包帯を巻くくらいなら出来ます!」

 

 名乗りを上げた芳佳とリーネ。確かに、今から医療チームを揃えて飛行艇を飛ばすよりは、ユニットで即座に出発できるウィッチ2人を送った方が早く救助に向かえる。極めつけに芳佳の治癒魔法だ。この場は彼女に任せた方が得策だろう。

 

「分かったわ。宮藤さんとリーネさんは、至急大和に向かってください!」

 

 

「「了解!」」

 

 

 芳佳とリーネが大和目指して出発していき、残ったメンバーは解散となる中、ユーリはミーナと美緒に呼び止められた。

 

「新型ユニット……僕にですか?」

 

「ええ。荒天による電波障害でこちらへの連絡が遅くなってしまったけれど、ブリタニアからの輸送船に積んである新型ストライカーを、是非ユーリさんに使って欲しいとの連絡が今朝届いたのよ」

 

 先方曰く、飛行試験こそクリアしてるが実戦配備はまだな為、簡単なデータ収集も兼ねてユーリに船が停泊している港まで出向いて試運転をして欲しいのだという。

 何故ユーリなのかという点は伏せられているようだが、文脈から読み取るなら、さしずめユーリが使うことを想定して作られたユニットということなのだろうか。

 

「とは言え、お前も宮藤同様に不調の原因は不明なままだ。向こうには断りを入れて、ユニットが基地に届くのを待つことも出来るが……」

 

「……いえ、行きます。どの道この状態では満足に訓練も出来ませんから」

 

「そうか。分かった、そのように連絡しておく。すぐに支度をしろ」

 

「了解!」

 

 これが最後になるかもしれない《スピットファイア》に足を通したユーリは、慎重にエンジンの回転数を上げながら離陸する。一気に上昇しようとするとまたあの現象が起きたが、あまりとばし過ぎないよう抑えて飛べば、何とか目的の港までは保ってくれそうだ。

 

 ヒヤヒヤしながら飛び続けること数十分──ロマーニャ沖に停泊する輸送船が見えてきた。あれが件のブリタニアの船だろう。

 

「お待ちしておりました准尉。早速こちらへ!」

 

 着陸したユーリは、現地にいた整備兵に案内されて格納庫へ向かう。

 その先で待ち受けていたのは、発進機に固定された1機のストライカーユニットだった。カラーリングこそ似ているが、ユーリの《スピットファイア》と比べて機体がやや太く、特徴的だった主翼も楕円形ではなく、角ばった台形になっている。

 

 

「こちらが、准尉にお渡しするブリタニアの新型ストライカー──《スパイトフル Mk.XIV》です」

 

 

「《スパイトフル》……《スピットファイア》ではないんですか?」

 

 ユニットと一緒に随行してきた整備兵が資料を見ながら言うには、この《スパイトフル》は《スピットファイア》の発展型の機体であり、既存の多くのユニットにも搭載されているマーリンエンジンから、より高出力のグリフォンエンジンに交換するにあたって主翼や胴体をいちから設計し直したものなのだという。

 リーネが現在使用している《スピットファイア Mk.22》にも同じグリフォンエンジンが搭載されているのだが、機体としては全くの別物。最高速度は780キロに相当するとされ、数値だけで見るならシャーリーの《P-51》以上。更に限界高度も約12000メートル、流石に航続距離では扶桑の《零式艦上戦闘脚》に軍配が上がるが、それを加味しても従来のレシプロストライカーと比べて高性能だということが分かる。

 

 しかしこれだけ高性能だと、それを動かす為の要求魔法力も馬鹿にならない。実戦配備にあたってある程度のデチューンを施されたものが少数ながら量産されているようなのだが……ユーリの魔法力ならば、開発当初に想定していたスペックを引き出せると踏んだのだろう。今目の前に鎮座している《スパイトフル》は、デチューン前の開発者達が望んだ状態でユーリとの邂逅を果たしたという訳だ。

 

「差し支えなければ、このまま試運転とデータ収集にご協力頂きたいのですが」

 

「……生憎今は不調なもので。簡単に流して使用感を伝える程度でもよろしければ、是非」

 

「それで十分です。ご協力、感謝します」

 

 整備兵達が各種計器の準備を始めていると、格納庫に置いてあった無線機がどこからかオープンチャンネルの通信を拾ったらしく、スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。

 

 

『こ──ら扶桑艦隊、旗──大和!──当艦──大─ネウ──襲撃を──る!至急──求─!』

 

 

(大和……扶桑艦隊に何か……!?)

 

 

『──繰り返す!至急応援を求む!当艦隊は大型ネウロイと交戦し、戦域を離脱中!ウィッチ1名が現在も戦闘を続けている──!』

 

 

「ウィッチ1名……まさか──ッ!?」

 

 大和に向かった2人の内、芳佳はユーリ同様に原因不明の不調で満足に戦える状態ではない。となると今大型ネウロイと単身で戦っているウィッチというのは……

 

(リーネさん──ッ!)

 

 その考えに至った瞬間、ユーリの体は半自動的に動いていた。忙しなく行き交う整備兵達の間を縫って、立てかけてあったシモノフを掴むなり新型ユニットが固定された発進機に飛び乗る。

 

「このユニット、すぐ飛べる状態ですか!?」

 

「准尉!?一体何を──」

 

「飛べますかッ!?」

 

「は、はい!しかし、この仕様の《スパイトフル》は実質試験飛行もまだ──」

 

「飛べれば十分です──!」

 

 ユーリは迷いなく《スパイトフル》に足を通す。魔法力がユニットに伝わり、足元に巨大な魔法陣が展開された。

 

「待ってください准尉!試運転も無しにいきなり実戦なんて危険です!」

 

「《スパイトフル》の速度じゃないと間に合いません!」

 

「しかし──!」

 

「データが欲しいなら実戦データを渡します!西岸の港からロマーニャを横断して大型ネウロイを撃破──それでどうですか!?」

 

 整備兵はそういう事を言っているわけではないのだが、ユーリの勢いに押されたのか、

 

「っ──ああったくもう!分かりましたよ!新型の力、ネウロイに見せつけてやってください!」

 

「了解ッ!」

 

 正面ハッチを塞いでいた人影が分たれ、進路を確保。ユニットの固定ロックも解除される。

 

「発進準備完了!准尉、いつでもどうぞ!」

 

「──ユーリ・ザハロフ、行きます──ッ!」

 

 ユニットを固定していたボルトが開き、新型ユニット《スパイトフル》がユーリと共に空を翔る──!

 

「すごい……これがブリタニアの新型……!」

 

 トップスピードは無論の事、そこに至るまでの加速力も《Mk.XVI》とはまるで違う。このユニットならば行ける──そんな確信が、ユーリの胸の中に生まれた。

 やがて遠方に、青空の中を飛行する漆黒の機影が見えてくる。アレが通信にあった大型ネウロイだ。

 

「リーネさんは……ッ!?」

 

 ネウロイの周辺を見回すと、絶え間なく放たれるビームを忙しなく動く何かが受け止めているのが見えた。懸命に耐え続けているようだが、大和からの救援要請があったタイミングとあのネウロイの攻撃の激しさを考えると、リーネももう限界に近いはずだ。

 

「くっ──間に合え──!」

 

 ネウロイを射程圏内に収めるまで、僅か200メートル。今のユーリならば息をつくより早く駆け抜けられる距離だ。

 

 しかし──無情にもリーネのシールドが限界を迎えてしまう。

 シールド越しに大きく弾かれたリーネの影が、真っ逆さまに落ちていく──そんな時だった。海面スレスレの極低空から駆け上がるようにして現れたもう1つの機影が、リーネの体を受け止めた。ネウロイは新たな敵ごとリーネを葬ろうと、全砲門に紅い光を宿すが──そうはさせじとネウロイの眼前に超巨大なシールドが出現し、渾身の攻撃を完全にシャットアウトする。

 

「あのシールドの大きさ……宮藤さん!?」

 

 ユーリ同様《零式艦上戦闘脚》に代わる新たな翼──《震電》を手に入れた芳佳が加勢に入ったことで、ネウロイ絶対有利であったこの状況が文字通りひっくり返った。

 

「──宮藤さん、聞こえますか!?」

 

 

『えっ、ユーリさん何でここに!?』

 

 

「お互い色々聞きたいこともあると思いますが、話は後で。まずはこのネウロイを倒します!」

 

 

『はいッ!』

 

 

 不思議なことに「どうやって倒すか」は示し合わせなくとも分かった。芳佳は展開していたシールドを小さく絞り、ユーリもまた、敵の真後ろに数発攻撃を加えてウィークポイントを作ってから小さく絞ったシールドを展開。そして──

 

 

「「うおおおおおおおおォォォ───ッ!!!!」」

 

 

 全力の気勢と共に、ネウロイへ突貫攻撃を敢行した──!

 潜り込んだ機体の内部で手当たり次第に撃ちまくる。そうして進み続ける内に、前方に紅く輝くコアと、こちらへまっすぐ向かってくる芳佳の姿が見えてきた。向こうも同じらしく、2人は流れ弾が当たらないよう攻撃を止める。代わりに、各々が手にした翼をより一層奮い立たせた。

 

 再度展開された2つの極小のシールドが、コアを前後から噛み砕くように交錯する──!

 

 2人がそのまま前方に見える光までネウロイの中を一直線に駆け抜けると同時に、コアを失い機体が維持できなくなった大型ネウロイが、無数の破片となって弾けとんだ。

 

「すごい……」

 

 芳佳とユーリの戦いを外から見ていたリーネは、思わず声を漏らす。ユーリ程ではないにせよ、リーネも対装甲ライフルを扱う点で攻撃力は高い方だ。しかしそれでもあのネウロイには攻撃が全く通じなかった。だというのに、あの2人は銃ではなく、シールドで装甲を突破するという荒業で見事敵を倒してみせたのだ。

 

 呆気にとられるリーネの元に、ユーリが飛んでくる。

 

「リーネさん!大丈夫ですか!?怪我は──!?」

 

「ユーリさん……私は大丈夫です。芳佳ちゃんが助けてくれましたから」

 

 珍しくオロオロしながら安否を確認するユーリに、リーネは小さく笑みを零す。そこへ、芳佳も戻って来た。

 

「全く、大型ネウロイを1人で相手するなんて無茶ですよ!」

 

「そうだよ!リーネちゃんたら1人で先に行っちゃうんだもん!ホント怖かったんだからね!?」

 

 2人してリーネを叱りつける中、当のリーネはというと……

 

「ふふっ……!良かったぁ……また、ちゃんと飛べるようになったんだねっ」

 

 そう言って、2人に抱き付いた。そんなリーネの言葉に毒気を抜かれた芳佳とユーリは、

 

「……心配かけちゃってごめんね。リーネちゃん」

 

「もう大丈夫ですから。ありがとうございます、リーネさん」

 

 と、小さく抱擁を返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──ミーナと美緒は、格納庫で顔を合わせていた。

 

「──これが扶桑の試作機?」

 

「ああ──《J7W1 震電》──開発が頓挫したと聞いていたが、宮藤博士の手紙に記されていた設計図を頼りに、完成したそうだ」

 

「博士の?──まるで宮藤さんの専用機みたいな話ね」

 

「専用機というなら、ユーリの方も大概だがな……カタログスペックでは最高速度は《震電》以上──こんなゲテモノをよくもまぁ寄越したものだ」

 

「どちらも始めての飛行で、ある程度使いこなせちゃったのよねぇ……」

 

 苦笑いしながら、改めて部下の持つ才能に舌を巻くしかない。

 

「でもすごいわよね。これまで使ってたストライカーでは、強くなり過ぎた2人の魔法力を受け止めきれなかったってことでしょう?」

 

 そう──《震電》に《スパイトフル》という新型機が加わったことで、原因不明と思われていた芳佳とユーリの不調の真相が明らかになった。

 魔法力を流すことで駆動するストライカーの魔導エンジンには、許容量以上の魔法力が流れ込んだ場合、エンジンが破損しないように動きを停止するリミッターが設けられている。要するに、ストライカーにも、それを扱うウィッチにも問題は無く、寧ろどちらも正常だったが故に起きた出来事だったという訳だ。

 

 しかしこれらの新型機であれば芳佳とユーリの全力を受け止められ、また2人ならばこれらのフルスペックを引き出すことが出来る。

 

「ふふっ。宮藤さんも、もうひよっ子卒業かしら?」

 

 ミーナが笑う一方で、美緒の表情はどこか浮かない。彼女の脳裏では、先日の芳佳とのとあるやり取りが思い返されていた。

 

 

 ──坂本さん!私にも烈風斬を教えてください!

 

 ──ダメだ。お前みたいなひよっ子には、この技は使えない。

 

 ──頑張りますっ!だから教えてください!

 

 ──無理だ。

 

 

「………」

 

 美緒は無言で、手を強く握り締めるのだった。

 




※長めな後書き

芳佳ちゃんが震電に履き換えると同時に、ユーリ君も履き換えてもらいました。
最初は特に機種変えは無しの予定だったんですが、折角ならと思ってあれやこれやと調べてはみたものの、震電のような「幻の機体」が44~5年当時のイギリスには無かった…
まぁ、スピットファイアのままでいっかーと思ったその時、

おや?スピットファイアってMk.21~22辺りから派生した別の機体あるんだ~
へぇ~、スパイトフルねぇ。なになに、スペックは凄かったけど終戦とかジェットとか時代の波に呑まれて10機ちょいしか量産されなかったとな。ふ~ん…いいじゃん。

っていう割と軽いノリでスパイトフルに決まりました。
が、ここで……芳佳ちゃんの全力を受け止められるのが特別感ある震電のハ48星型エンジンなのに対し、ユーリ君の全力を受けきれるのが既存のスピット何機かにも使われてるグリフォンエンジンってどうなんだ。じゃあリーネちゃんと同じスピットMk.22(これもグリフォンエンジン)で良かったんでないかっていう考えが私の中で浮かびました。
悩みながらとりあえず書き続けてる途中で、降ってきたんですねぇアイデアが。

どうなったのかは読んで頂いた通り。

・ストライクウィッチーズの震電はオリジナルの試作機だと芳佳ちゃんくらいしか満足に使えないので、実戦配備にあたってエンジンを下位のものに挿げ替え、誰でも使えるようにした
・史実スパイトフルは"レシプロ機の極限に近い"とされるくらいには高性能だった(らしい)

という点を踏まえ「じゃあもうスパイトフルも震電と同じって事にしちゃおう!」と。
ウルトラマリンの技術者がめちゃ強を追い求めた結果生まれたスパイトフル。
しかしスペックを最大限発揮するには要求魔法力が高過ぎる。ちょっと抑え目にしないとかぁ…
このユーリって少年、魔法力スゲェらしいじゃん。しかもスピットファイア使ってんじゃん!
彼ならスパイトフルのフルスペック出せるんじゃね!?じゃあグリフォンエンジンもこの出力バカ高いの載せたまま送っちまえー!

ってな感じですね。バッチバチのオリ設定です。



模擬戦ではユーリ君にクルビットの真似事をしてもらったり空戦に触ってみたんですが、やっぱり描き方がムズいですねぇ…(似た動きは過去の話でもしれっとやったりしてるんですが)
上述の通り、私は特に戦闘機等ミリタリー方面に関して造詣が深いわけでもないので、詳しい方からすると「ん?」と思う描写もあると思いますが、そこは素人の浅知恵というか、所詮付け焼刃ということでご容赦頂ければ幸いでございます。


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橋と海と宝探し

 任務続きの501部隊に齎された、短期間の休暇。

 各々が思い思いの方法で休暇を過ごす中、復興支援の為に一時ガリアへ帰国していたペリーヌは、ロマーニャに戻って来てからというものの、何やら浮かない表情をしていた。

 

「ペリーヌさん、どうかされたんですか?」

 

 不意にユーリに声をかけられ、ペリーヌはふと我に帰った。

 

「えっ……?あ──い、いえ。別に何ともありませんわよ?ただ……暫くぶりの復興作業で、少し疲れてしまったのかもしれません」

 

「そうですか──復興は順調ですか?」

 

「……ええ。村の建物や畑も解放直後と比べて随分綺麗になりました。まだまだ完全復興には程遠いですが、皆で力を合わせて頑張ってくれています」

 

 ペリーヌはこう言っているが、ガリア全体として見れば復興は遅々としているのが実状だ。ブリタニアや扶桑、ロマーニャといった諸国も復興支援をしてくれているものの、やはり物資提供の優先度は前線や都市部の方が高い。各地に点在する村々に割かれる物資は必要十分とは言い難かった。

 だが一方で、民衆達が力を合わせて頑張っているというのもまた事実。ブリタニアの戦い以降、ガリアで復興作業に従事していたペリーヌとリーネの努力が新聞で世界中に報じられた影響もあって、支援も手厚くなってきている。当初のペリーヌの予想を上回る多くの人々が、ガリア復興に力を貸してくれていた。

 

「ただ、橋が……」

 

「橋?」

 

 ポツリと呟いたペリーヌの言葉を聞き返した時、基地にネウロイの襲来を告げる警報が鳴り響いた。

 

「──いえ、こちらの話です。そんなことより、ワタクシ達も行きますわよ!」

 

 ペリーヌに急かされたユーリは、彼女に続いて格納庫へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ネウロイ発見!各自、戦闘態勢!」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 出撃した501部隊は目標のネウロイと接敵。敵の先制攻撃を散開して躱した後、真っ先に飛び出したのは芳佳とユーリだった。新たな翼である《震電》と《スパイトフル》の性能を遺憾なく発揮し、一気にネウロイとの距離を詰めに行く。

 

「前に出過ぎでしてよ──!」

 

 先行した芳佳がネウロイの反撃を防いだところへ、一歩遅れてペリーヌが合流。そのまま2人でネウロイに攻撃を続ける。敵の反撃が芳佳達に集中した時を見計らって、上と下とで狙撃位置に着いていたユーリとリーネが同時に引き金を絞った。放たれた2発の徹甲弾がネウロイの両翼に大きな穴を空ける。

 

「やった──!」

 

「反撃が来ますよ──!」

 

 喜ぶのも束の間、再生を終えたネウロイがスナイパー2人にビームを放つ。ユーリの声を受けて危なげなく攻撃を回避したリーネ。彼女目掛けて放たれた攻撃は、背後にあった大きな橋の上端を掠めるのみに終わった。

 

「橋が……ッ!?」

 

「被害は僅かだ、陣形を崩すな!次が来るぞ──!」

 

 僅かながら損壊した橋に反応を示すペリーヌは、先程芳佳を諌めていたのが一転、ネウロイに向かって突撃していく。

 

「橋に──何てことするんですの──!!」

 

 降り注ぐビームを躱しながら銃撃を1点に集中させたことで、明確なダメージを与えた手応えがあった。連携を無視した無謀な突攻に思えたが、図らずもペリーヌの行動が攻勢をかける決定的なチャンスを生み出した。

 

「今だっ!全機、攻撃──!」

 

 美緒の号令で、タイミングを図っていたバルクホルンやシャーリー達も攻撃に参加。集中砲火によって大きなダメージを受けたネウロイの機体から、紅く輝くコアが顔を覗かせる。

 

「よくも橋をォォォ───ッ!」

 

 気勢に満ちたペリーヌの銃撃がコアを跡形もなく撃ち砕く。次の瞬間、ネウロイは無数の金属片となって弾けとんだ。

 

「はぁ…はぁ……っ」

 

「すごいよペリーヌさん!」

 

「やりましたね!」

 

 芳佳とリーネから送られる賞賛の言葉もそこそこに、ペリーヌはこれ以上橋に被害が出なかった事に胸をなでおろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──501の面々は、全員水着に着替えて海岸の浜辺に顔を揃えていた。

 シャーリーやルッキーニ、ハルトマン達は楽しそうにはしゃいでいるが、何も行楽目的で海に来たわけではない。本当の理由は勿論、訓練である。

 

「アイツら、よくあんなにはしゃげるナー」

 

「エイラは泳がないの?」

 

「別に泳げないってんじゃないんだけどサー、元々水遊びにあんま興味沸かないっつーカ……」

 

「私も……一緒だね」

 

 そう言って微笑みかけるサーニャに、エイラはドキリとする。元々寒帯国出身なこともあり、海水浴というものに馴染みの無い2人は、浜辺に腰を並べて他の皆が遊んでいる様子を眺めていた。

 

「……えと、そうだ!暑くないか、サーニャ?良かったら、その……ひ、日焼け止め、トカ──」

 

 予め準備していた日焼け止めのボトルを握り締めたエイラ。そんな時、不意に2人の頭上へ影が差した。

 

「よいしょ──っと」

 

「ユーラ……?」

 

 何事かと振り返った先には、水着に半袖のパーカーを羽織ったユーリがいた。

 

「コレ……パラソルか?」

 

「はい。お2人とも強い日差しには慣れていないんじゃないかと思ったので」

 

 ユーリが持ってきたパラソルは、基地の倉庫に置いてあったものだ。遊び心に富んだロマーニャらしいというべきだろうか、もしかしたら建設当初からこうして海水浴を楽しむことも想定されていたのかもしれない。

 

「へぇ、気が利くじゃんカ。日焼けなんてしたら、サーニャの折角の白い肌が真っ赤になっちゃうからナ」

 

「そういうエイラさんもですよ。サーニャさんと同じくらい、白くて綺麗な肌をされてるんですから──って、日焼け止めを持ってきていたんですね。流石です」

 

 エイラの準備の良さに感心したユーリは「そろそろ訓練の時間なので」と崖の方へ走っていく。残された2人はというと……

 

「っ……最近のアイツ、あーいうトコあるよなァ……」

 

「エイラ……顔、真っ赤」

 

「あ、暑さのせいダ……」

 

 ──と、そんなエイラ達を他所に、ユーリは崖の上に立っていた。傍らには芳佳、リーネ、ペリーヌの姿もあり、4人全員足に銀一色の訓練用ユニットを履いている。

 

「いいか!訓練だからといって、絶対に気を抜いてはいかんぞ!」

 

「ユーリさんは始めてだから、気をつけてね」

 

 美緒とミーナが崖の下で見守る中、リーネと芳佳は体を震わせる。

 

「こ、この訓練だったんだ……!」

 

「またやるんですか……?」

 

 芳佳達の脳裏に蘇る過去の記憶──そう、あれはブリタニアにいた頃。ユーリが501に入ってくる前の事だ。突然海に連れてこられた芳佳とリーネは、あの時もこうしてユニットを履いたまま海に放り込まれたのを覚えている。

 

 これは万が一、飛行中にユニットの故障や破損、あるいは戦闘で撃墜されて海に落ちた際、素早くユニットを脱装して浮上する為の訓練だ。一見簡単そうに見えるが、これが意外と馬鹿にならない。

 普段はウィッチ達を鳥のように軽々と飛行させるストライカーも、一度海中に没すれば、一転して装着者を海の底へ引き摺り込む重荷と化してしまう。突然のアクシデントに見舞われてもパニックに陥ることなく、冷静に対処できるよう訓練しておく事は大切だ。

 

「全く……何故ワタクシまで……」

 

「まぁまぁ。何事も訓練しておいて損は無いですよ」

 

「いいからさっさと飛ばんかーッ!」

 

 美緒の喝を引き金として、ペリーヌとユーリに続き、芳佳とリーネが恐る恐る海へ身を投げる。

 4人全員が入水したタイミングで、美緒の手にある時計のスイッチが押し込まれた。

 

 漣の音に耳を傾けること数秒──最初に上がってきたのは、やはりというべきかペリーヌだった。そこから一歩遅れてユーリが顔を出してくる。

 

「うむ、流石だなペリーヌ」

 

「ユーリさんも。始めてとは思えないわね」

 

「き、恐縮です……」

 

「し…少佐の日頃のご指導の賜物です……!」

 

 先に陸へ上がろうとする2人だったが、突然背後から伸びた手がペリーヌの髪を掴んだ。

 

「えっ……!?」

 

「ペッ、ペリーヌさん……ッ!たすけ──て……っ!」

 

「きゃあっ!?ちょ、宮藤さん──!?」

 

「宮藤さん、落ち着いてください──!」

 

 パニック状態の芳佳にしがみつかれたペリーヌを助けようとするユーリだったが……

 

「ぷはっ……!ユーリ──さ……っ!」

 

 こちらも芳佳同様にパニックになっている様子のリーネが、藁にも縋る気持ちでユーリにしがみつく。

 

「リ、リーネさん……!暴れないで……っ!」

 

 助けようにも、こう暴れられては海に浮かぶこともできない。ペリーヌとユーリは芳佳達共々、再び海中へ沈んでいった。

 

「全く、あいつらと来たら……」

 

 最終的に、ユーリが気合と根性で3人を海面まで引っ張り上げて訓練は終了。残りは自由時間となり、4人は岩場で休憩していた。

 

「──ふぅ……ユーリさんがいてくれて助かりました」

 

「一時はどうなることかと思いましたよ。本当に……」

 

「全く、危うくワタクシ達まで溺れるところでしたわ」

 

「実際ペリーヌさんも溺れてたよね?」

 

「誰のせいだと思ってますの!」

 

 ペリーヌがそっぽを向いた瞬間、すぐ目の前の海面からルッキーニが顔を出した。芳佳達は訓練直後でそれどころではなかったが、彼女は海を満喫しているようだ。

 

「ルッキーニちゃん!何してるのー?」

 

「あ、芳佳ー!あのねあのねー?海の底に箱があったー!」

 

「箱……?」

 

「うん!おっきくてね、鍵が付いててね、なんか宝箱みたいなやつ!」

 

「宝箱、ですか」

 

「そんな……!?確かに、このアドリア海は昔から海上貿易が盛んな場所ですし、宝箱の1つや2つ、海の底に沈んでいてもおかしくはありませんが……」

 

 宝箱というワードに妙な食いつきを見せるペリーヌだが、彼女自身半信半疑ではあるようだ。結局、ルッキーニの案内でその宝箱があったという場所へ全員で行ってみることに。

 青々とした海に潜り、辺りを行き交う魚たちをかき分けるようにして進んでいくと──確かにあった。3本の鎖で海底に縫い付けるように守られた謎の箱。所々苔や小さなフジツボを付けたその箱は、ルッキーニの言った通り、いかにも宝箱らしい様相を呈していた。

 

 箱を地上へ持ち帰るべく、5人は鎖を解こうと一斉に力を込めるが……長らく海の中にあって尚、鎖の強度は健在だったらしい。手こずっている間に1人、また1人と息が限界を迎えて浮上していく。

 最終的にペリーヌとユーリだけが宝箱の元に残ったが、2人もそろそろ息が限界を迎えようとしていた。

 

(あぁもうっ……!こうなったら……っ!)

 

(待ってくださいペリーヌさん!)

 

 業を煮やしたペリーヌの体を魔法力が包み込む。彼女のやろうとしている事を見抜いたユーリは、寸での所で待ったをかけた。

 

(海中(ここ)でペリーヌさんの魔法を使ったら大変なことになります。ここは僕に任せて、先に上がってください)

 

 身振り手振りと目配せで伝えられたユーリの言葉を汲み取ったペリーヌは、鎖から手を離して海面へ上がっていく。1人残ったユーリは、先のペリーヌと同じように魔法力を発動させると、3本の鎖が交差している部分に手をかけた。

 

(これくらいの太さなら……いけるッ!)

 

 残り少ない息を少しずつ吐きながら、鎖に向かって魔法力を流し込む。すると──突如全ての鎖が一斉に砕け散った。込めた魔法力が破裂するように放出される〔炸裂〕の特性を用いて鎖を破壊したのだ。試みが成功するなり、ユーリは宝箱を抱えて全力で浮上を開始した。

 

「──ぷはぁッ!」

 

「あっ、ユーリさん!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「はぁ…はぁ……何とか……」

 

 小さく咳き込みながらも息を整えるユーリ。芳佳やリーネ達がユーリを心配する傍ら、ルッキーニは海から引き揚げられた宝箱の方に興味津々といった様子だ。

 

「ふふーん♪私にかかればちょちょいのチョチョチョイ──♪」

 

 どこからかピッキングツールを取り出したルッキーニは、鼻歌交じりに宝箱の開錠を試みる。過去の遺物ということもあってか比較的単調な作りの鍵だったらしく、あっという間に開錠された。

 

「にひひっ、なーにが入ってるのかなー♪」

 

 1人で先に宝箱を開けようとしたルッキーニだったが、その背後に揺らめく影が立ちはだかった。

 

「──何をしているんですの、フランチェスカ・ルッキーニ少尉?」

 

 影の正体──厳格な眼差しで仁王立ちするペリーヌは、有無を言わさぬ威圧感をルッキーニへ向ける。

 

「そのお宝の使い道は、既に決まってましてよ」

 

「ひぃ……っ!?」

 

 箱を開ける役目を奪った──もとい譲り受けたペリーヌの手で、遂に宝箱が開かれる。果たしてどんなお宝が眠っていたのだろうと期待に胸躍らせた彼女達が目にしたのは……

 

「あれ……?」

 

「……また箱が出てきた」

 

 思わせ振りな宝箱の中に入っていたのは、ひと回り小さい別の宝箱。あまりに拍子抜けだ。余程重要な宝が入っているという事なのだろうか。ともかく、目の前に箱があればやることは1つ──新たな宝箱を取り出したペリーヌは、緊張の面持ちで箱を開いた。

 

「……また箱、ですね」

 

「箱の中の箱の中にまた箱ォ……?」

 

「と、とにかく!開けますわよ……!」

 

 箱を開ける、すると箱が出てくる。また開ける、箱がある。とにかく開ける、やっぱり箱。ひたすら開ける、ひたすら箱。

 

 

 箱、箱、箱箱箱箱箱───

 

 

「もう、一体いくつあるの……?」

 

「開けても開けても箱だよ……」

 

「ざっと数えても10個は開けてるはずですが……何なんでしょう、これは?」

 

 ユーリの脳裏では、いつか502部隊の面々と作ったマトリョーシカ人形が思い起こされていた。周りには開け放たれた宝箱がこれでもかと散乱しており、今に至るまでの5人の苦労が伺い知れる。

 

「ねー、お宝まだ~?」

 

「ちょっと黙っててくださいまし!──きっと、これが最後ですわ……!」

 

 海で見つけた時は両手で抱えるのが精一杯な大きさだった宝箱も、幾度とない開封を経て今や小箱と呼ぶべき可愛らしいサイズとなっている。ここまで来ると大量の財宝など期待できないが、それでも何も無いよりはマシだと己を奮い立たせたペリーヌは、意を決して箱を開けた。果たして、箱の中身は──?

 

「空っぽ……」

 

「……ですね」

 

「ダマサレター!」

 

 なんと最後の箱はもぬけの殻だった。最初の箱が鍵と鎖でしっかりと施錠されていたことから、既に誰かが中身を持ち去っていたとは考えにくい。この宝箱は最初から、大量の箱しか入っていないただの箱だったというわけだ。

 

「そんな、宝が無いなんて……それじゃ、子供達が……っ……!」

 

 悲壮に満ちた顔を手で覆ったペリーヌの嗚咽は、辺りを揺蕩う波の音にさらわれていく。心配する芳佳達に、ペリーヌは以前の休暇中にガリアで何があったのかを話してくれた──

 

 ペリーヌの生家であるクロステルマン家が治めていた領地は広大で、その中には領民達の家はもちろん、ネウロイに蹂躙されてしまった畑や学校もある。帰国したペリーヌは、まさにその小学校の再建を手伝っており、完成までもう少しと、作業は順調に進んでいた。

 

 が、しかし……

 

「──そっか、橋が……」

 

「だからペリーヌさん、戻って来てからずっと元気無かったんですね……」

 

 ここに来て、件の小学校へ向かう唯一の道である石橋が完全に破壊されてしまっていた事が発覚。これでは学校が完成しても、橋の向こうに住む子供達が通って来れない。修理しようにも、石橋というのは見た目以上に緻密な計算によって組み上げられるものだ。知識に関しては後からいくらでも詰め込めるが、先立つものは金だ。ウィッチとして稼いだ給料全額だけでなく、保有していた私財のほぼ全部を投げ打って復興資金に充てていたペリーヌには、これ以上の費用を捻出する余力は残されていなかったのだ。

 

 だからこそ、ルッキーニから宝箱を見つけたと聞かされた時は天啓かと思った。もし本当に財宝が眠っていたなら、橋を修理して尚お釣りが来るほどの額になるはず。それだけの金があれば、村の復興も格段に進むだろうと。

 

 ……結果は見ての通り。見事にハズレを掴まされてしまった。

 

 こうなれば、ペリーヌに残された手は1つしかない。せめてこれだけは手放すまいと決めていた、クロステルマン家最後の家宝である細剣(レイピア)──ペリーヌと、亡き両親とを繋ぐ唯一無二の大切な宝物を売り払うしか──

 

「──あれ、なんか変な音するよ?」

 

「ルッキーニちゃん……?」

 

「変な音というのは……?」

 

「うん。箱は空っぽなのに、中から音がする。ほら──」

 

 ルッキーニが最後に出てきた小さな宝箱を軽く揺すってみせると……確かに、何やらカラカラ、カサカサというような音が聞こえる。箱の中身も開けて見せてくれたが、やはり何も入っていなかった。

 

「どういうことですの……?」

 

「もしかして……ルッキーニちゃん、ちょっとそれ貸して!」

 

 何かに思い至ったらしい芳佳は、様々な角度から箱をまじまじと見つめる。

 

「ここをこうして……うん、やっぱりそうだ!じゃあ、こっちをこうすれば──あった!」

 

 驚くべきことに、この宝箱には仕掛けが施されていたらしい。パーツをスライドさせることで底面が開き、二重底になっていた箱の中から小さく丸まった羊皮紙が出てきた。

 

「芳佳ちゃんすごい!」

 

「えへへ。家の近所にこういうの作ってる所があるの。お店とかでもよく見かけたから」

 

「改めて、扶桑の技術には驚かされますね──それで、ペリーヌさん。中には何が入ってたんですか?」

 

「これは……恐らく宝の地図、ですわね。えっと──」

 

 地図を見ながら進んでいくペリーヌは、入り組んだ岩場のとある場所で足を止めた。

 

「それに描いてあるのってここだよね?」

 

「えぇ。地図は本物のようですわね」

 

「ペリーヌさん、書いてある字読めるんだ?」

 

「これってラテン語でしょ?すごいです!」

 

「ラ、ラテン語を読む程度、良家の子女の嗜みでしてよ?」

 

「流石ペリーヌさんです。恥ずかしながら、僕は簡単なものを多少読める程度ですから」

 

「も、もう……そんなこと言って。分け前はあげませんわよっ」

 

 照れ隠しするように、ペリーヌは海へ飛び込み先へ進んでいく。そこへルッキーニが続いた。

 

「良かったですね、ペリーヌさん。ちょっと元気が戻ったみたい」

 

「はい」

 

「ユーリさん、リーネちゃん!私達も行こ!」

 

 勢いよく飛び込んだ3人は、ペリーヌとルッキーニの後を追う。岩の間の細い道を泳いでいくと、やがて開けた洞窟の中に抜けた。

 

「わぁ……!綺麗!」

 

「星空みたーい!」

 

 水の中から顔を出した3人が最初に目にしたのは、薄暗い洞窟の中でキラキラと瞬く天井だった。

 

「外から差した陽の光が、水面に反射してるんですわ……」

 

「あそこから奥に続いてるみたいですね」

 

 ユーリが指差す先では、2つの道が口を開けて5人を待ち構えていた。水から上がったペリーヌが地図を確認する。

 

「こういうのって、どっちかが正解でどっちかがハズレなんだよね。ペリーヌさん、分かる?」

 

「うーん……地図を見る限りは、どちらも奥に続いているようですが──こっちに行きましょう!」

 

「ホントに合ってんのー……?」

 

「疑うのなら1人で別の道へ行けばよろしくてよ?はぐれても知りませんけど」

 

「へいへーい……」

 

 地図が1枚しかなく、またそれを読めるのもペリーヌだけな以上、分かれるのは得策ではない。一行はペリーヌを先頭に、分岐した左の道を進み始めた。

 

「──結構進んだと思いますが、まだ続きそうですか?」

 

「大丈夫ペリーヌさん?地図見える?」

 

 壁に生えた苔が薄らと光を放っているお陰でこうして歩けているものの、視界が悪い事は間違いない。難しい顔で地図とにらめっこしていたペリーヌは、このまま真っ直ぐ進めば安全だと言うが……

 

「きゃぁっ──!?」

 

「ペリーヌさんッ──!!」

 

 踏み出した先の地面が急に崩れ、足場を失ったペリーヌが落下していく。寸での所でユーリの伸ばした手を掴んだお陰で事なきを得たが……下では夥しい数の蛇が首をもたげてこちらを威嚇していた。

 

「ハァ…ハァ…!たっ、助かりましたわ……っ!」

 

「間に合ってよかったです……にしても──」

 

「全然安全じゃないジャン……」

 

「た、たまたまですっ!もうこんな物騒な罠は無いはず──!」

 

 狼狽して足早に歩き出すペリーヌ。現にこうして罠があった以上、警戒しながら進むべきではないかとユーリ達は彼女の後を追うが──悪い予想は、思いの外早く現実となった。

 

「ペリーヌさん!まだ罠があるかもしれないんですから、もう少し慎重に進みましょう。ほら、こんな見るからに怪しい横穴もあることですし──」

 

 少々冷静さを欠いているペリーヌの腕を掴んで引き止めたユーリは、真横にポッカリと空いている穴を指し示す。穴は下ではなく上に続いているらしく、もし罠であるなら、ここから何かが降ってくる可能性があった。

 

「……まぁ、少々取り乱してしまった事は認めますけれど──でも先程の落とし穴に対して、こんな露骨に怪しい穴に罠が仕掛けられてるとお思いですの?」

 

「それは確かに……」

 

 まさかそんな──そう思った時。何かを感じ取ったユーリはペリーヌをその場から突き飛ばす。次の瞬間、例の横穴から滝のように流れ落ちてきた謎の赤い液体がユーリに襲いかかった──!

 

「ユーリさんっ!」

 

「何これ!?」

 

「分かんないよ!」

 

 降りかかった液体はすぐに止み、その場にはがくりと膝をついて項垂れるユーリだけが残った。

 

「ユーリさん!大丈夫ですの!?」

 

「この赤いの……血じゃないよね……!?」

 

 手に付いた赤い液体を目にしたリーネが顔を青ざめさせる。幸い、こちらの悪い予想は早々に否定された。

 

「安心してリーネちゃん、血じゃないよ。本物の血はこんなに水っぽくないし、いい匂いもしないから」

 

 実家が診療所をやっている都合上、小さい頃から血を見る機会の多かった芳佳は、この液体がユーリの血ではないことをすぐさま見抜く。

 

「匂い……言われてみれば、この香りは……?」

 

「すんすん……なんかぶどうみたいな匂いするよ?」

 

「ぶどう……もしかしてこれは──ワイン?」

 

 ペリーヌの言う通り、ユーリが頭から被ったのは大量のワインだった。一体何故ワインが降ってきたのかは全くもって不明だが、取り敢えず人体に有害なものではないということが分かっただけでも一安心だ。

 

「ユーリさん、立てますか?」

 

 心配そうにユーリの顔を覗き込むリーネが肩を揺すったり、目の前でヒラヒラと手を振ってみるが、俯けられた顔はうつらうつらとしており、明確な反応は返ってこない。

 

「おっきろーーー!」

 

 ルッキーニが冗談めかしてユーリのことを後ろから小突く。何か衝撃があれば目を覚ますだろうと思っての事で、実際ユーリは目を覚ましたのだが……些か、力が強すぎたようだ。

 

 

「ひゃっ……!?」

 

 

「ん……ぅ……?」

 

 不鮮明ながら意識を取り戻したユーリが最初に感じたのは、妙に心地のいい柔らかな温もりだった。この感触に身を預けていると、覚醒しかけていた意識が深く沈んでしまいそうな──

 

「ユッ……ユーリさん!いい加減目を覚ましなさいッ!」

 

 何かに耐えかねたペリーヌが、リーネにもたれかかっているユーリを引き剥がす。おまけに横面に強烈な平手を受けたことで、沈みかけていたユーリの意識は完全覚醒を果たした。

 

「んぁ……ペリーヌ、さん……?」

 

「あ、起きた!」

 

「なんだか、いいゆめをみてたような……」

 

「夢?」

 

「ん……あったかくて、ふわふわで、すごくきもちい……そんなかんじの」

 

「あったかくて……」

 

「ふわふわ~……!」

 

 酒精の強いワインだったのだろう。すっかり酔ってしまっているのか、少々舌足らずな言葉で名残惜しそうに語られるユーリの夢の感想を聞いた芳佳とルッキーニは、すぐ傍で恥ずかしそうに縮こまるリーネの胸に熱意ある視線を向ける。

 

「ユーリさん!その気持ち、分かります!」

 

「ねぇねぇリーネ!私も~!」

 

「も、もう……2人ともっ!」

 

「あなた達!遊んでないで先に進みますわよッ!」

 

 足元がふらついて危なっかしいユーリを芳佳とリーネが支え、前進を再開する。暫く道なりに歩き続けていると、開けた洞窟に出た。

 

「わぁ……なんか穴がいっぱいある」

 

「恐らく、ワタクシ達が入ってきたのとは逆の道と、ここで繋がってるのね。奥に続く道は──こっちですわ」

 

 ペリーヌの先導で奥へ進もうとした一行は、ここで奇妙な現象に遭遇する。

 

 

「ワーッハッハッハッハ──!!ヒァーッハッハッハッハ──!!」

 

 

「ちょ、何?今の不気味な声……!?」

 

「分かんないよ~!」

 

「と、取り敢えず隠れよう!」

 

 芳佳の提案で洞窟の隅に身を潜めた一行。そのすぐ後ろを、狂気を孕んだあの笑い声が駆け抜けていった。

 

「リ、リーネちゃん見た……?」

 

「うん……人間、みたいだった……」

 

「まさか、古代人の怨霊なんてこと……!?」

 

「えぇえぇえええッ!?──ねぇもう帰ろうよー!?」

 

「そうしようよペリーヌさん!ユーリさんだってこんな状態だし……!」

 

 宝探し気分で楽しそうだったルッキーニですら逃げ出そうとするこの状況で尚、ユーリは冷静だった。時間経過で徐々に冷めつつある酩酊感に苛まれながらも、撤退を提案するリーネ達に否を唱える。

 

「でも……ほんとうにゆうれいなら…もっとずっとまえにでてきてるはず……」

 

「じゃあ、幽霊じゃなくて生きた人間ってこと……?」

 

「まさかワタクシ達以外にもお宝を狙う者が……!?こうしちゃいられません!早く進みますわよッ!待ってなさいお宝──!」

 

「あっ、ペリーヌさん──!」

 

「置いてかないでー!」

 

 先を急ぐペリーヌを追って、芳佳達も暗がりの道を走る。幸いあの時のような罠はもう仕掛けられておらず、芳佳らはユーリが怪我をしないよう注意を割くことができた。

 

「もう少しですわ、ここを抜ければ──!」

 

 道の先に見える明かり──そこがこの洞窟の最深部のようだ。

 

「わぁ……!ひろーい!」

 

「ここが地図にあった宝の部屋……?」

 

「えぇ、間違いありませんわ!遂にたどり着いたんですの!」

 

 5人が足を踏み入れた石造りの広間は、宝の部屋というには閑散としていた。部屋の奥には玉座についた巨大な石像が鎮座しており、天井から差し込む陽光が神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 

「あそこですわ──あの石像の奥に、お宝が眠っているはず!」

 

 緊張の面持ちで石像の足元へ歩みを進める。地図によれば、この裏に宝が隠されているそうだが……

 

「どこ……お宝は──いいえ、子供達の橋……!」

 

 そんな時だった。突如、辺りに不気味なうめき声が──

 

「なに?──って、ペリーヌさん危ないッ!」

 

「えっ……?キャアアアアアァッ!?」

 

 芳佳の声で振り向いた先では、玉座に座っていた石像が立ち上がり、攻撃の意思を見せていた。すぐさま飛び退いたペリーヌのいた場所に文字通り岩のような手が振り下ろされ、石造りの床を大きく凹ませる。

 

「ここまで来て……っ逃げるわけにはいきません!子供達の為に!」

 

 こちらも退かないペリーヌだが、正直分が悪いと言わざるを得ないだろう。何せここにはストライカーも銃も無い。完全な丸腰で巨大な石像を相手取るのは、容易なことではなかった。

 

「な、何か武器になるものは──!?」

 

 ペリーヌを助けようと、慌てて周囲を見回す芳佳達。そんな中、ユーリがある一点を指差していることにルッキーニが気づいた。

 

「そこ……に──!」

 

「それだっ!ペリーヌ、これ使って──!」

 

 ルッキーニがペリーヌに投げ渡したのは、ひと振りのレイピア。広間の壁に盾と一緒に飾られていたものだ。

 

 

(お父様、お母様、ガリアの皆──ワタクシは……負けませんッ!)

 

 

 跳び上がって剣を掴んだペリーヌは、空中で身動きの取れない瞬間を狙って繰り出される石像の拳を見事な身のこなしで受け流すと、魔法力を発動させる。そして鋭い気合と共に、レイピアを石像の頭に突き立てた──!

 

 

「トネール──ッ!!」

 

 

 剣を媒介にして凄まじい勢いで放たれたペリーヌの雷撃は、石像の頭を木っ端微塵に粉砕してみせた。

 

「やった!」

 

「ペリーヌさんすごい!」

 

 ペリーヌの華麗な勝利を喜ぶのも束の間、広間に地響きが。見れば、石像が座していた玉座の足元が開き、隠し通路が現れたようだ。どうやらあの石像は、宝を求める者への最後の試練だったらしい。

 

「あそこにお宝が……!」

 

 剣を投げ捨て、通路の先へ走る。たどり着いた先でペリーヌを待ち受けていたのは──

 

「……これが、お宝……?」

 

 通路の先は庭園のようになっており、清らかな水が流れ、優しい陽光が降り注いでいた──肝心の金銀財宝らしきものは、どこにも見られない。あるのは長い年月をかけて育ったのであろう花々だけだ。

 

「これは……ハーブ?」

 

 クローブ、ローリエ、オレガノ、ソフラン、胡椒──趣味で花を育てているペリーヌには分かる。ここに生息しているのは全てハーブ──香辛料の花だ。

 過去の時代に於いて、食用に限らず保存料や薬の原料として様々な用途に使われたハーブは、時代が時代ならそれはもう大層な財産として重宝されたことだろう。だが今やこれらの香辛料は世界中に流通し、容易に手に入れることが出来る時代──売れるには売れるだろうが、ガリア復興の為の資金にするには、あまりにも心許なさ過ぎた。

 

「──ペリーヌ、泣いているのか?」

 

「えっ──し、少佐!?何故ここに……!?」

 

「私にも分からん。気づいたらここにいてな──そんな事より、一体何があった?」

 

 ペリーヌは、涙ながらに美緒に事の経緯を話した。

 

「そうか……泣くんじゃない、ペリーヌ。確かに何事にも先立つものは必要だ。だがそれ以上に重要なのは気持ちなんだ。国を──民達を想い寄り添うその気持ちこそが、お前を慕うガリアの人々にとっての宝なんだ」

 

「少佐……」

 

「だから顔を上げろ。胸を張れ。結果はどうあれ、お前は領主としてすべき事をした。ガリアの人々も、そんなお前のことを誇りに思っているはずだ」

 

「っ……はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。ペリーヌの部屋に集まったユーリ達は、今日あった事について話していた。

 どうやら例の宝があった洞窟は、古代のウィッチの遺跡のひとつだったという説が濃厚なようだ。ペリーヌが襲われたあの石像も、当時の防衛システムが未だ生きていたのではないかという。

 

 全く傍迷惑な話だ。と呆れるペリーヌに、芳佳が1通の手紙を差し出した。

 

「手紙……ガリアの皆から?」

 

 手紙には、村の近況報告とペリーヌの無事を祈る一文の他に、1枚の写真が同封されていた。

 

「これは……!?」

 

「すごい!みんなで橋を作ったんだ!」

 

「これで子供達皆、学校に通えるね!」

 

「良かったですね、ペリーヌさん!」

 

「えぇ……本当に……!」

 

 ペリーヌは穏やかな笑顔で手紙をそっと抱きしめる。

 

 貴族や王族といった一部の者の尽力ではなく、身分の垣根を越えて手を取り合い、力を合わせること──これこそが真の意味での復興なのかもしれない。

 

 未だ未熟な自分に力を貸してくれる民達の心強さは十分理解しているつもりだった。領主としてそんな彼らを自分が支え、守らねばと思ってばかりいたが、自分の想像より何倍も強く、逞しく、そして優しい人々に、逆に支えられてもいたのだということに気づいたペリーヌは、胸が暖かくなるのを感じた。

 

「こんなのを見せられては、ワタクシももっと頑張らなければいけませんわね。一刻も早くネウロイを倒し、そしてまたガリアに──!」

 

「私も行ってみたいなぁ!ね、この4人でいつかガリアに行こうよ!」

 

「……そうですね。戦いが終わったら」

 

「うん!行こうよ!」

 

「ふふっ──まぁ、その時は道案内くらいはしてあげても宜しくてよ?」

 

「ホント!?やったぁ──!」

 

 まだ見ぬ未来への予定に大喜びする芳佳達。その様子を微笑ましく見ていたペリーヌは、改めて手紙に目を通す。

 

(にしても……この多額の支援金を寄付してくれた方というのは一体どこの誰なのかしら……?)

 

 丁度橋を直した直後の事だ。ペリーヌの村に、匿名で多額の支援金が寄付されたらしく、これを元手に他の施設や、ペリーヌの屋敷の修理も進めていくという旨が手紙に記載されていた。

 

 この支援金を送った誰か──形式上記載されていた名前から、村の者には"名無しのオオカミさん"と呼ばれている者の正体は、未来永劫、誰にも分からない。

 

 ただ1人、ユーリを除いては。

 




ユーリ君は比較的酔い易い体質で、嗜む程度の弱いお酒ならまだ問題ないですが、飲んだお酒が強ければ強い程理性が緩んでより子供っぽくなります。話し方や、ふわふわのリーネちゃん枕をちょっと名残惜しそうにしてたのはそのせいですね。
べ、別に芳佳ちゃんみたいな不埒な考えがあったわけじゃないんですよ?ほら、シンプルに気持ちよさそうじゃないですか。ね?




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スレッジハンマー作戦

2話投稿でお送りいたします。
…なんとか間に合いました。何がかは、お楽しみです



 ネウロイに奪われた領土を人類が奪還しているように、一度奪還した領土が再びネウロイに奪われる──そんな事態もまた起こりうる。

 

 その最たる例が、ロマーニャの南方に位置する孤島、マルタ島だ。

 マルタ島は過去、既に一度ネウロイに占領されたのを各国による共同作戦で奪還したのだが、紆余曲折あって再びネウロイの支配下となってしまったのだ。

 

 その紆余曲折というのが、また込み入った事情だった。

 

 昨年、501部隊がガリアを解放した直後のことだ。部隊解散までの間、ガリアの巣の残党ネウロイ掃討にあたっていた501は、カールスラント方面から現れた特異なネウロイと遭遇し、これと交戦。苦戦を強いられながらもどうにか退けることに成功した。

 その報告を耳にした西部統合軍司令部は危機感に駆られ、ガリアまで後退していた戦線を一気にライン川の向こうまで押し返し、カールスラント北西部に存在するエルベ川の巣を撃破してしまおうという"ライン川空挺突破作戦"を実行に移す。

 

 この作戦自体は悪くなかったのだ。入念な準備の上で実行すれば、カールスラント奪還への大きな足掛かりになったことだろう。

 

 だが当時、軍の上層部は、ブリタニアのモントゴメリー将軍を筆頭に「ガリア解放の余波で欧州のネウロイが沈静化している今こそ、一気に反撃に出るべき」という強硬派と、芳佳が接触した人型ネウロイの報告を受けて「ネウロイと和解できるかもしれない」という考えの下、後に"トラヤヌス作戦"を実行する事になる穏健派で2分してしまっていた。

 

 足並みも揃わないまま、ブリタニア陸軍主導で強行された"ライン川空挺突破作戦"は、やはりというべきか失敗に終わる。

 余りにも性急過ぎた強行軍は、ライン川に手が掛かった辺りで行き脚が止まってしまい、強硬派はライン川沿いに防衛線を構築することを余儀なくされる。その為に各地からウィッチを始めとする多くの戦力がライン川周辺へ集められた。

 だがここで、ブリタニアはある失態を犯してしまう。ライン川で防衛線を敷くにあたり、自軍が防衛を担当していたマルタ島の位置する地中海方面から戦力を引き抜き過ぎてしまったのだ。

 

 結果的に無事ライン川沿いの防衛線は整ったものの、防御が手薄になったマルタ島はその隙を突かれて再陥落してしまい、現在に至るというわけだ。

 

 そして──そんなマルタ島を再奪還すべく、ミーナは新たな作戦を上に申請していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ──」

 

「ふぅ……」

 

「これで今日のメニューは完了ですね。僕は坂本さんに報告に行ってきますから、お2人は休んでいてください」

 

 今日も今日とて美緒に課された朝のトレーニングメニューをこなした芳佳、リーネ、ユーリの3人。

 もうすっかり半年のブランクは鳴りを潜め、以前と遜色ない──それ以上に成長した芳佳達を見て、ユーリは小さく笑みを零す。

 

 席を外している美緒の元へ向かおうとした所で、エンジン音と、青空を舞う輸送機の姿が目に入った。

 

「あの機体……」

 

「ええ。ミーナ隊長が帰って来たようですね」

 

 ミーナが新たな作戦の為に司令部へ趣いていたのは、ユーリも聞き及んでいる。ヴェネツィア奪還に向けて本格的に動き出そうとしているのだろう。

 とはいえ、こうして上層部とのやり取りを終えた後は、いつもうんざりした顔で帰ってくるのがミーナの常だ。今回もまた例に漏れないのだろうと考えていたユーリは、次の瞬間驚愕に目を剥いた。

 

 丁度3人の真上を通り過ぎた辺りで、突如輸送機から人影が飛び出してきたのだ。

 

「嘘、飛んだ──ッ!?」

 

「ユニットも無しに!?」

 

 芳佳達の言う通り、パラシュートのような命綱はおろか、ユニットも無しに空中へ身を踊らせた人影は、真っ直ぐこちらへ飛んで──否、落ちてくる。近づくに連れて鮮明になっていく人影の姿。風に靡く長いプラチナブロンドの髪を見るに、どうやら女性のようだった。

 咄嗟に助けに入ろうとしたユーリだったが、その必要はなかったようだ。落ちてくる女性の体を、魔法力の青白い光が包み込む──そして空中で器用に身を翻すと、何事もなかったかの様にストン、と着地してみせた。魔法力で着地時の衝撃を極限まで弱めたのだろう、見事な制御技術だ。

 

「すごい……」

 

 思わず口から漏れ出た芳佳の言葉。それに応えるかのように、石畳の上に降り立った女性は着けていたゴーグルを外す。その下から、キリっとした端正な顔立ちが現れた。

 

「やぁ。初めまして、子猫ちゃん達」

 

「こ、子猫ちゃん……!?」

 

「おっと失礼。いきなり子猫ちゃんは馴れ馴れしかったかな、お嬢さん?」

 

「わぁ、カッコイイ……!」

 

 開口一番キザなセリフを披露した女性は「悪いけど、サインはしない主義なんだ」とどこかズレた言葉を続けた。

 

「そうだ、君達に聞きたいことが──」

 

 

「──マルセイユ!何故お前がここにいる。お前はアフリカにいるはずだろう!」

 

 

 不意に飛んできた声の主──眠そうなハルトマンを伴ったバルクホルンは、厳しい目で彼女──マルセイユを睨んでいる。一方、当のマルセイユはというと……

 

「おおっ!久しぶりだな、ハルトマン!」

 

 と、先程までの凛々しい様子とは打って変わって、嬉しそうに顔を綻ばせた。そしてバルクホルンそっちのけでハルトマンの手を取る。

 

「航空学校以来か?いや違うな……そうだ、JG52の第4中隊だ!懐かしいなぁ、覚えてるか?あの融通の利かない上官の、ほら、何て言ったっけなぁ──」

 

「……バルクホルンだっ!」

 

「ああ、それそれ。そうだった。久しぶりだなぁバルクホルン。元気だったか?」

 

 飄々とした態度で差し出されたマルセイユの手を、バルクホルンは握り返す。形だけ見れば、かつての戦友達の再会という感慨深いシーンなのだろうが……

 

「ああ、大いに元気だとも。誰かさんがいなかったお陰でな」

 

「奇遇だな、私もだよ。アフリカ(あっち)にはお前みたいに頭の固い奴がいないからな」

 

 ……と、見ての通りだ。そんな2人の様子を、着陸した輸送機の窓から眺めていたミーナは、先が思いやられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ──カールスラント空軍に所属する大尉であり、ハルトマンと同じくカールスラント四強の1人。撃墜スコア200機を誇るスーパーエースである。

 彼女自身が言っていたように、以前はカールスラント空軍第52戦闘航空団(J G 5 2)にてハルトマンやバルクホルンと肩を並べて戦っていた経歴を持つ。

 他のメンバーには、現502部隊隊長のラルや、同隊のロスマンとクルピンスキー。更に、前線から身を退きながらも503部隊の副司令を務めるフーベルタ・フォン・ボニン中佐、現在もJG52にて飛行隊長を務めるヨハンナ・ウィーゼ少佐と、そうそうたる顔触れであることからも、彼女の実力の高さが伺える。

 第31統合戦闘飛行隊(J F S)"アフリカ"──現在はストームウィッチーズと呼ばれている──のエースとして、苦しい戦況の続いていたアフリカ戦線を支える大活躍を見せたことから、"アフリカの星"という通称までつけられる程だ。

 極めつけにあの美しい容姿ときた。強さだけでなく美しさまで兼ね備えた彼女の人気はカールスラントに留まらず世界中に広がっており、道行く市民に「会ってみたいウィッチは?」と聞けば、2人に1人はマルセイユと答えることだろう。

 

 詳しい話は割愛するが、彼女が身を置く部隊が、501を始めとする統合戦闘航空団(J F W)という部隊構想を固める一因にもなったという事で、実は囁かながらも501とは関係があったりする。

 

 部隊の面々が揃うブリーフィングルームで本を読んでいた芳佳は、偶然見つけたマルセイユの記事を読んで感嘆の声を漏らす。

 

「ほぇ~……本に載るくらい凄い人だったんだ。後でサイン貰おうかなぁ」

 

「──残念だったな宮藤。あいつサインはしないよ」

 

「えっ、シャーリーさん知り合いなんですか?」

 

「あたしとルッキーニは、ここに来る前はアフリカにいたんだ。その時にちょっとな」

 

「マルセイユさんって、どんな人なんですか?」

 

 芳佳の問いに、シャーリーは少し考える。

 

「ん~、まぁ色々噂は聞いたけど……やっぱ馴染みの奴の方が詳しいだろ──なぁ?」

 

 そう言ってシャーリーが声を投げかけた先には、不機嫌そうに腕を組むバルクホルンと、その横で居眠りをするハルトマンがいた。

 

「そういえばバルクホルンさん達、同じ部隊だったって……」

 

「……ああ。私とハルトマン、マルセイユは、かつてカールスラントで同じ飛行中隊にいた」

 

「やっぱり!お友達なんですね!」

 

「友達じゃない!あんなチャラチャラした奴……!」

 

「それって、どういう……?」

 

「──皆静粛に!ブリーフィングを始めます」

 

 詳しい話を聞こうとする芳佳だったが、ミーナ達隊長陣が入ってきたことで話は中断された。

 

 

「中にはもうミーナから聞かされている者もいると思うが、我々の次の作戦が決まった。作戦名は"スレッジハンマー作戦"──目的は、マルタ島の再奪還だ」

 

 

 現在、マルタ島には2体のネウロイが陣取っている。先日ロマーニャに向かっていた戦艦大和率いる扶桑艦隊を襲撃したネウロイも、ここから現れたのだろうと推測されている。

 ネウロイはどちらもドーム状の形をとっており、頑強な装甲で外からの攻撃が通用しない。当然コアはドームの中だ。お手上げに思えるこの状況だが、突破口が1つだけある──海だ。

 

「──このように、ネウロイはどちらもマルタ島の陸地だけでなく、僅かだが海上にも足を踏み入れている状態だ。と言っても、水を嫌う奴らのことだからな。海中にまで根を張っている訳ではないだろう。つまり、海の中からなら装甲をくぐり抜けてネウロイの内部に侵入が可能というわけだ」

 

 そこで、潜水艦を使い海中からネウロイ内部に突入。待ち受けているであろう護衛の小型ネウロイ達を撃破し、本体のコアを破壊する。以上が"スレッジハンマー作戦"の概要だ。

 

 説明を終え、質疑を確認する美緒に芳佳が手を挙げた。

 

「あの、坂本さん。この作戦って……」

 

「……ああ、そうだ。今回、直接ネウロイと戦うのは我々の中から選ばれた3名のみとなる」

 

 この作戦に於いて、ある意味最大の問題点がそれだった。ネウロイ内部へ突入するのに使用する扶桑の伊-400潜水空母は、潜水艦でありながら艦載機発進用のカタパルトを備えているという、まさに今回の作戦に打って付けの艦なのだが、搭載できるのは僅か3機のみ。黒板に掲示されている資料を見る限り、どちらも中型以上の規模を誇る目標のネウロイを相手取るには、過小戦力と言わざるを得ない。

 

「幸いと言うべきか、2体のネウロイは規模に差がある。3人を2人と1人に分けて作戦に当たる他ない」

 

「……それでは、突入メンバーを発表します。まず、規模の大きい第1目標と戦う2名は──今回の作戦の援軍として参加することになった、第31飛行隊のハンナ・マルセイユ大尉」

 

「──待て、どういうことだ!?突入メンバーは私とハルトマンの筈では!?」

 

 予てよりマルタ島奪還作戦が行われることを聞いていたバルクホルンは、てっきり501部隊に於ける最高戦力といっていい自分とハルトマンのコンビで事に当たるとばかり思っていた。

 

「これは上層部からの指示です──マルセイユ大尉と組むのは、我が501部隊からバルクホルン大尉、あなたです」

 

「私が、マルセイユと……」

 

 かつて共に戦っていた頃から反りの合わない2人だが、今回ばかりはそんなことも言っていられない。何せマルタ島は欧州とアフリカ方面を繋ぐ、人類にとっても重要な場所なのだ。それを取り戻す為を思えば、気に入らない相手だろうと組む他ない。幸い実力は確かなのだから──そう自らに言い聞かせ、マルセイユに歩み寄ろうとしたバルクホルンだったが……

 

「──無理だ」

 

「何……ッ!?」

 

 バルクホルンの意思を無下にするかの如く即座に異を唱えたのは、他ならぬマルセイユ本人だった。

 

「バルクホルン、あんたじゃ私のパートナーは務まらない」

 

「ッ……何が言いたい、マルセイユ」

 

「言葉通りさ。あんたの力量じゃ、私と一緒に戦うのは無理だって言ってるんだ」

 

 重ねて言い渡された、明確な拒絶の意思。見かねたミーナもマルセイユを制止するが、彼女は構わずに言葉を続ける。

 

「私と釣り合うのは──」

 

 挑戦的な視線を向ける先には、めんどくさそうに頬杖をつくハルトマンの姿が。どうやらマルセイユは彼女をご指名らしい。しかしその視線の間に、バルクホルンが割って入ってきた。

 

「貴様……JG52にいた頃もそうだ。上官を上官とも思わないその態度。変わってないな……!」

 

「ふん。変わったことならあるさ。あの時と違って、もう同じ階級だ──!」

 

 怒り心頭といった様子のバルクホルンは、マルセイユに詰め寄りながら魔法力を発動させる。対するマルセイユも魔法力を発動させ、互いの手を掴み合う力比べが始まった。2つの力がせめぎ合い、辺りを駆け抜ける衝撃は、石造りの床にヒビを入れた。最早誰の制止の声も届かず、負傷者すら出るかに思われたその時──!

 

 

「すとーーーーーっぷ!!!」

 

 

 突如飛んできたこの一声によって、驚く程あっさり事は収まった。声の主であるハルトマンは、

 

「……私がマルセイユのパートナーをやるよ。それでいいだろ?」

 

 と、マルセイユからの指名を了承した。

 

「ああ、それなら私も文句は無い──当日が楽しみだな、ハルトマン?」

 

「はぁ……」

 

 要望が叶ってご満悦のマルセイユに対し、ハルトマンはやれやれといった様子で溜息をついた。

 ひと悶着あったものの、無事にマルセイユのパートナーが決まった所で、美緒が2体目のネウロイに突入するメンバーを発表する。

 

「続いて2体目──比較的規模の小さい第2目標を担当する者だが……ユーリ、頼めるか?」

 

「それって……」

 

「ユーリさんが、1人で戦うってことですよね……!?」

 

「その通りだ。先も言ったように、こちらから送り込めるのは3人。対して敵は2体で、それぞれ規模に差がある──であれば必然、規模の大きい方に人員を割くことになる、よって残る3人目は、単独での戦闘能力の高さから選ばせてもらった」

 

 確かにユーリの火力であれば、単独でも申し分ない戦闘能力を発揮できる。美緒達隊長陣の判断は理に適ったものだが……如何せん状況が状況だ。

 最初に説明された通り、ネウロイの内部に入るには潜水艦を使った海中のルートしかない。そして一度内部に突入すれば、ネウロイを倒すまで外には出られず、また友軍からの支援も受けられない。コンビを組むハルトマンとマルセイユはともかく、単独で突入するユーリは完全な孤立状態になってしまうのだ。

 

 物理的な距離こそ離れていないが、外部と隔絶された空間に少数戦力を送り込む以上、戦いに於いて愚策とされる二正面作戦は避けられない。その点は美緒もミーナも重々理解している。その上でユーリに白羽の矢を立てた。そうせざるを得なかった事実もある。

 

「……分かりました。全力を尽くします」

 

 彼女達の思いと、自分しかいないという事実を受け取ったユーリは、力強く頷いてみせる。こうして、マルタ島奪還に向けた"スレッジハンマー作戦"が本格始動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先行きが不安に思われた"スレッジハンマー作戦"だが、明日の作戦に向けたマルセイユとハルトマンの連携訓練が始まってからも、その不安は拭いきれずにいた。それを示すように、2人の姿は普段隊員達が生活している部屋ではなく、ベッド2つだけというなんとも殺風景な部屋にあった。

 

 彼女達が営倉替わりのこの部屋に入れられた理由は、昼の訓練に於けるマルセイユの行動だ。最初こそ、息が合わないながらも真面目に訓練に励んでいたのだが、マルセイユは何を思ったのか、突然ハルトマンに銃口を差し向けたのだ。勿論、本当に引き金が引かれる事はなく、口頭で「ダダダダッ!」とまるで子供のごっこ遊びのようなやり取りをするだけに終わったが、模擬戦でもない訓練中に仲間へ銃を向けるのは許されることではない。とミーナから叱責を受けた。

 本来罰を受けるのはマルセイユだけの筈が、これを機にしっかりチームワークを養うようにと、とばっちり同然の形でハルトマンも叱られたという訳だ。

 

「全く、ハンナの所為で私まで怒られたじゃないか……」

 

「ハハハッ、やっぱりミーナは怖いなぁ」

 

 原因は自分にあるというのに、マルセイユは全く悪びれる様子がない。笑いながらベッドに寝転んでいる。

 

「本気で怒ったらもっと怖いんだぞ」

 

「そんな事があったのか。何したんだ?」

 

「アレは……」

 

 トラブルメーカーとしての面を持つハルトマンは、これまでもミーナに怒られた経験がある。その中で1番だったのは……

 

「……やっぱ教えないっ」

 

 脳裏に浮かんだ記憶を見て、ハルトマンはそっぽを向いた。

 

「はぁ?なんだよ、逆に気になるじゃないか!」

 

 ブーブーとごねるマルセイユだが、ハルトマンは頑として口を割らない。やがて諦めたのか、マルセイユはこれ以上の追求を止めた。代わりに、ずっと聞こうと思っていた事を口にする。

 

「……どうして戦わない?」

 

「んぇ?」

 

「さっきの訓練の事だ。お前の実力なら、私が狙ってから回避する事も、反撃だって出来たはずだ」

 

「昔っから勝負勝負って……ハンナは変わんないなぁ」

 

「別に変わる必要もないからな」

 

「どーしてそんなに拘るのさ?」

 

 ハルトマンの問いに、マルセイユは先程とは打って変わって真面目な表情で体を起こした。

 

「戦場では勝利以外に価値はない。私は常に勝利し、最強であり続ける。そうでなくてはならないんだ──負けられない。お前にも、あのウィザードにも」

 

「……何でそこでユーリ?」

 

「……いや、こっちの話だ。気にするな──それともう1つ聞きたい」

 

「今度は何さ?」

 

「あのユーリって奴の事だ。あいつが本当にペテルブルグの巣を破壊したウィザードなのか?」

 

「そーらしいよ。私は直接見てないけど……ロスマン先生と伯爵が一緒だったと思う」

 

「ああ知ってる。502部隊……ラル少佐の部隊だ」

 

「急にどしたの?そんなこと聞いてくるなんて」

 

「……正直、イメージと違う。もっと強そうな奴だと思ってた」

 

「え~、どんなの想像してたわけ?」

 

「そりゃあ、アレだ。私達より背が高くて、体がガッチリしてて、陸戦ユニットの武装を両手で2門、軽々と扱えるような……」

 

「アハハハハハハハッ!!」

 

 マルセイユの想像していたユーリ像を聞いて、ハルトマンは堪らず笑い転げる。

 

「そ、そんなに笑うかっ!?502部隊だぞ!?ラル少佐やロスマン先生がいる部隊で戦って、巣を倒したなんて聞いたら、こういうのを想像するだろ普通!」

 

「いやッ、だって……だってさァ…~~~ッ!!!」

 

 ハルトマンは笑っているが、実際マルセイユはイメージしたような男だと思っていたのだ。

 対装甲ライフルでネウロイを一撃の下に粉砕し、自分にとって恩師でもある上官のラル率いる武闘派部隊ブレイブウィッチーズでネウロイの巣を屠ったウィザードが、まさか自分より10センチ近く背の小さい、ぱっと見男とも女とも取れるような顔をした少年だとは思わなかった。輸送機から飛び降りた先で最初にユーリの姿を目にした時は、普通に501のウィッチ──女だと思っていたのだから。

 

「アハハハハハッ!!!」

 

「おい笑い過ぎだぞッ!真面目に勝負はしないし、笑うし、お前も大概変わらないな!」

 

「ふぅ……まーねー」

 

 ようやく笑いが収まったらしいハルトマンに、マルセイユはもう一度問う。

 

「……本当に勝負する気はないのか?」

 

「だから無いってば。そんなに勝ちたいならハンナの勝ちでいいよ。私別にキョーミないし」

 

 あくまで勝負する気のないハルトマンを見て嘆息するマルセイユは、それ以上勝負を迫ることはしなかった。代わりに──

 

 

「……ならまずはアイツだ」

 

 

 と、誰にも聞こえない小さな声で呟くのだった。

 

 




※今回の作戦で使用される伊-400潜水艦はアニメ劇中だと搭載できるのは2機までと言っていますが、実際の艦には艦載機を3機まで搭載できたとのことですので、こちらに寄せています

因みに、ハルトマンが言おうとして止めた「1番怖かったミーナさんのお叱り」が何なのか、分かりますかね?答えは……やっぱ教えないっ!



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アフリカの星

えー、はい。奴には頼らず頑張りました。何がかはお楽しみに。


 マルタ島奪還を翌日に控えた昼の訓練──美緒監修の下、隊員全員で滑走路を5往復という中々ハードなトレーニングに励む501部隊。そこに混じって走る"アフリカの星"ことマルセイユは、意外と言うべきか当然と言うべきか、美緒のトレーニングにもついて行っていた。

 大抵の者がスタミナを切らしてキツくなってくる最後の1往復。マルセイユの姿は3番手にあった。彼女の前を走るのは、先頭を行くシャーリーと、その後ろを付いて行くユーリだ。

 

「はぁ、はぁ……よしッ、このまま1着は頂き──!」

 

「いいや、私だ──ッ!」

 

「なにっ!?」

 

 ゴール目前でマルセイユは意地を見せ、前にいたシャーリーとユーリを抜き去る。そのまま彼女が1着でゴールし、最後の最後で抜かれたことで動揺してしまったのか、シャーリーもタッチの差でユーリに先着を許してしまった。

 足を止めて肩で息をするマルセイユは、ほぼ最後尾を走るハルトマンを見やる。やはり彼女はマルセイユとの勝負に興味は無いらしく、自分がゴールすることで精一杯といった様子だ。

 

 それならばとマルセイユは、自分と同じく息を整えるユーリの元へ向かうと……

 

「はぁ…はぁ……どうだ!私の勝ちだ!」

 

 と、堂々の勝利宣言を行う。唐突に敗北を言い渡されたユーリはというと、

 

「はい、最後の巻き返しはお見事でした。流石アフリカのエースです」

 

 と、素直にマルセイユの勝利を讃えた。

 

 訓練を終えた後の昼食──ここでも、マルセイユはハルトマンとユーリに勝負を持ちかけていた。内容は大食い及び早食いといった所だろうか。食べる速さと量を競うつもりらしい。

 

「──もう一杯」

 

「あ、はい!」

 

 お櫃からご飯をよそう芳佳はマルセイユの食べっぷりを気に入ったらしく、ご機嫌な様子だ。

 

「扶桑の料理、お好きなんですか?」

 

「ああ。ウチの部隊にも扶桑のウィッチがいるからな」

 

 おかわりの盛られた茶碗を受け取るなり、勢いよく食べ始めるマルセイユ。おかずの魚も綺麗に食べている辺り、彼女の言葉に偽りがないのは明らかなのだが……

 

「──でも、納豆(コイツ)だけはダメだな。部隊の仲間からも勧められたが、未だに美味さが分からん」

 

「うーん……納豆、美味しくて体にも良いんですけど……501(ウチ)、食べられる人少ないんですよねぇ」

 

「では、僕が頂きます。丁度ご飯が余ってしまったので」

 

 と、マルセイユの分の納豆はユーリに渡り、茶碗に残ったご飯に納豆を乗せて食べ始める。

 

「私はもう一杯くれ」

 

 またもおかわりを所望するマルセイユだったが、先程のおかわりを最後にお櫃の中の白米は底を突いていた。

 

「そうか、残念だ──また私の勝ちだな!……ウッ」

 

「マルセイユ大尉、急いで食べ過ぎですよ。今日はもう訓練はありませんし、少し部屋で横になられては?」

 

 正面と隣に座るハルトマンとユーリに再び勝ち誇るマルセイユだったが、流石に詰め込みすぎたのか、少し苦しそうにしている。丁度食べ終えたユーリに、部屋まで付き添って貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、その日の夜──マルセイユは、ハルトマンと共に風呂に浸かっていた。

 

「昼間の訓練と昼食。お前と奴を合わせて私の4勝だ。そのはずなのに……ッ」

 

 何かが爆発したらしいマルセイユは、勢いよく湯船から立ち上がる。

 

「──あのウィザードは何なんだ!?勝負は間違いなく私が勝ったのに、イマイチ釈然としない!」

 

 訓練で1着を取った時、ユーリは悔しがる素振りなどまるで見せず、素直にマルセイユの実力を賞賛した。昼食の時に至っては、完食のスピードと量ではマルセイユが圧倒的だったにも関わらず、彼女が食べられなかった納豆を嫌な顔一つせず食べており、挙句の果てには食べ過ぎたマルセイユを部屋まで送ってくれた。

 マルセイユとしては何か1つでも悔しがるような素振りを見せてくれれば良かったのだが、ハッキリ言って勝った気がしない。勝負に勝って戦いに負けた気分だ。

 

「だからそもそも勝負なんてしてないんだってば──っていうか、ユーリにまでちょっかいかけるなよ」

 

「益々イメージと違う……もっと張り合いのある奴かと思っていたが、とんだ肩透かしだ──あんな奴1人で、本当にネウロイを相手出来るのか?お前と私で飛行訓練してた時も、あいつは1人で遊んでただけじゃないか」

 

 マルセイユ達が作戦メンバーに決まってからというものの、ユーリはずっと1人で訓練を行っていた。ただ、マルセイユが目にしたその訓練というのが、束ねた鉄パイプを両脇に抱えてブンブン振り回すというもので、傍目には訓練にすら見えない、遊んでいると思われても仕方のないものだった。

 

「ユーリなりに何か考えてるんだよ、多分」

 

「……私は、あんな奴に……」

 

 ボソリと呟いたマルセイユの言葉を、ハルトマンは聞き逃さなかった。

 

「……そもそもさ、どーしてユーリにまで突っかかる訳?初対面でしょ」

 

 前に聞いた時は答えなかったマルセイユだが、お風呂効果というやつなのか、静かに語り始めた。

 

「……私のいるアフリカ戦線が、依然厳しい状況にあるのは知ってるな?」

 

「うん。そっちのネウロイって強いの多いんでしょ?」

 

「そうだ。今では戦況もかなり持ち直したが、それでもまだアフリカの巣には手が届いていない──兵士やウィッチの間からも、一定数不安の声はあるのが事実だ」

 

 ただでさえアフリカは砂漠地帯で、物資も潤沢とは言えない。何より「水の一滴が血の一滴」と言われる程に水の重要性が他の地域よりも格段に高かった。そんな状況下で強力なネウロイと毎日のように戦っているのがアフリカ戦線の実状だ。

 ストームウィッチーズが結成されてからは戦況もいくらか好転したし、中でも突出した実力を持つマルセイユの存在は、現場で戦う兵士やウィッチ達の士気向上にも役立っていた。文字通り、彼女は砂嵐吹き荒れるアフリカの地に道を指し示す"星"だったのだ。

 しかしそんな彼女の力を以てしても、ある時には怪我人が、またある時には死者が出る。いくらマルセイユという希望があるとは言え、このまま戦って勝ち目はあるのか?という声が上がるのも、無理はなかった。

 

 そんな時だ。世界初のウィザードが、502部隊と共に白海に出現したネウロイの巣を破壊したという報せが舞い込んできたのは。

 

 まさかのニュースに、アフリカの人々も浮き足立つ。マルセイユも、果たしてどんな奴なのだろうと興味を惹かれて新聞に目を通していたのだが……

 

 

 ──彼がアフリカに来てくれたら、大助かりなんだけどなぁ。

 

 

 ふと、兵士達の雑談が耳に入る。次の瞬間、読みかけだった新聞を握り潰していた。加えて、以降は僚機であるライーサに新聞を読ませて、ウィザードに関する情報は意図的にシャットアウトするようになった。自分で読んだのは、彼の記事が載ってない日だけだ。

 

「──私は"アフリカの星"だ。私という星がその輝きを失えば、後に続く他の奴らが道を見失ってしまう。だから絶対に負ける訳にはいかない。勝って、輝き続けなければならないんだ」

 

「アフリカも大変なんだなぁ……」

 

「ふふっ、大変だが良い所だぞ。うるさい上官もいないし、胡散臭い連合軍上層部も殆ど関わってこない。お陰で気ままにやらせてもらってるさ」

 

「……じゃあ何で今回の作戦に参加したわけ?その胡散臭い上層部の言うこと聞く必要ないんじゃない?」

 

 今回の作戦に於ける突然のマルセイユの参加は、連合軍上層部──厳密には、その多くを占めるカールスラント軍の思惑が見え隠れしている。さしずめ、自軍のトップエース2人と、現在連合軍お抱えとなっているユーリでマルタ島を奪還することで、ブリタニアの失態を取り戻すと同時に、ブリタニアに対する発言力を増大させる狙いがあるはずだ。

 

「上層部の人気取りくらい、たまには付き合ってやるさ──それでアフリカ部隊が守れるなら、安いもんだ」

 

 如何に"アフリカの星"といえど、太刀打ちできない圧倒的な力というのは存在する。それらから仲間を守る為に、彼女はここへ来た。何より──

 

「何より、501にはエーリカ・ハルトマンと、あのウィザードもいたからな」

 

 予てよりライバルだったハルトマンとの決着。そして"アフリカの星"として自分はユーリよりも強いのだと証明する為に、マルセイユはこの作戦を受けた。もしハルトマンもユーリもいなかったなら、或いは参加を拒否するか、そうでなくとも渋っていたかもしれない。

 そんなマルセイユの心情を察してか否か、ハルトマンは「なんだそりゃ」と気の抜けた返事を返すのだった。

 

 風呂での語らいを終えた2人が脱衣場へ戻ると、これから入ろうとしていたらしいシャーリーらと鉢合わせた。

 

「おっ、どうだった。初めての風呂は?」

 

「ああ、中々悪くな──いィッ!?」

 

 言葉の最後が跳ね上がったのは、彼女の背後から伸びる手──いつの間にかマルセイユの背後を取り、彼女の胸を揉みしだくルッキーニが原因だった。

 

「おぉ~!おっきい!」

 

「お、お前……私の後ろを……ッ!?」

 

 タオル越しにマルセイユの胸の感触を堪能したルッキーニは一瞬だけ悩んでから、

 

「んー、でもやっぱりシャーリーの勝ち!」

 

「ふふん。まぁ当然だな!」

 

 と、シャーリーに軍配を上げた。これまで数多のウィッチの胸を揉んできた彼女だが、シャーリーと出会って以降トップの座は揺るがず、今回もその例に漏れなかったようだ。普通なら付き合うのも馬鹿らしいと思うこの勝負。しかし生憎、彼女はハンナ・マルセイユ──大の負けず嫌いであった。

 

「バカな、私の負けだと……!?──見ろ!形は世界一だ!」

 

「へんッ、形なんて好みの問題だろ!」

 

「垂れてるよりはマシだ!」

 

「んなッ!?どこが垂れてるってんだ!ほらよく見ろォ!」

 

「どうせすぐに垂れ始める。所詮は仮初の世界一だ、精々楽しんでおくといい」

 

「何だとォ……!?」

 

「やる気か……ッ!?」

 

 睨み合うシャーリーとマルセイユ。このままでは埓が明かないと判断したシャーリーは、ある提案を持ちかけた。

 

「だったら、決めてもらおうじゃないか……!」

 

「なにっ、誰にだ?」

 

「ふっふっふ、決まってるだろ──」

 

 

 

「──どうしてそこで僕なんですかッ!?」

 

 

 

「こーいう時は男の意見が1番だろッ!」

 

「マルセイユ大尉!シャーリーさんに乗せられてます!気づいてください!」

 

「そんな事を言って逃げるつもりか!」

 

「こんな事をされれば逃げますよッ!」

 

 風呂場を後にしたシャーリーとマルセイユが向かったのは、ユーリの部屋だった。ノックに応じてドアを開けたユーリは「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさぁ」というにこやかなシャーリーの言葉を聞いた瞬間、背筋にゾクリとした感覚を覚え、反射的にドアを閉めようとしたのだが……向こうの方が一瞬早かった。

 完全にドアを閉じるには至らず、現在ユーリはシャーリー達2人とドアを開けるか閉じるかの戦いを繰り広げていた。

 

 1対1ならまず確実にユーリが勝つであろうこの戦いが拮抗しているのは、やはりマルセイユの存在が大きい。彼女がシャーリーに加勢していることで、ユーリに対抗できていた。

 

「くっ、こうなったら──マルセイユ!」

 

「いい加減に……観念ッ──しろォ!」

 

 シャーリーの目配せで、2人は禁じ手である魔法力の発動に踏み切る。身体能力が強化された事で、ユーリの必死の抵抗も空しく、ドアは破られてしまった。

 

「さぁて、決めてもらおうか。あたしとマルセイユ(こいつ)、どっちの胸が1番か……!」

 

「ぼ、僕をどうするつもりですか……!?」

 

 床に倒れ込み、ベッドまで後ずさったユーリに、シャーリー達の魔の手が迫る。

 

「決まってるだろ……!」

 

「世界一は、私だァ──ッ!」

 

 夜の501基地に、ユーリの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──心なしか疲れた顔をしているユーリは、朝起きるなり格納庫へ向かっていた。作戦前にユニットの最終調整をしている整備兵達に声をかける。

 

「おはようございます。あの、504部隊から何か届いてませんか?」

 

「ああ、准尉。おはようございます。贈り物なら届いてますよ。ついさっきね」

 

 整備兵が顎で指し示した先には、細長い木箱が。箱を開け、中身を取り出してみる。

 

「……よし、これなら」

 

「にしても、急にそんなもの持ってきてもらうなんてどうしたんです?別に壊れた訳でもないでしょうに──あの、まさかたァ思いますが……?」

 

「はい。そのまさかです。正規の方法では間に合いそうになかったので」

 

「……そんな小さい体で、無茶しますねぇ」

 

「坂本さんの言葉を借りるなら、ウィッチに不可能はない。ですよ」

 

「へいへい。くれぐれも、ユニットだけ帰ってくるなんてこたァ止めてくださいよ」

 

「善処します」

 

 そう言った所で、基地にけたたましいベルの音が鳴り響く。どうやら時間のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青々とした地中海を、物々しい船団がマルタ島に向かって進んでいく。ロマーニャ、ブリタニア、カールスラントの3カ国からなる連合艦隊だ。その上空には501部隊のウィッチ達が護衛についており、万が一新たなネウロイが出現した際にも対応できるよう、準備は抜かりない。

 

「──3人とも聞こえる?」

 

 

『ああ、通信は良好だ』

 

 

 そう答えたマルセイユの姿は、ミーナ達の傍には無い。彼女だけでなく、ハルトマンとユーリの姿も無かった。今回の作戦に於いて最も重要な役目である突入部隊の3人は、ミーナ達の下──海中を征く扶桑の伊-400潜水空母に乗り込んでいた。

 

 

『確認するわよ──目標は、2体のネウロイに占拠されたマルタ島。まず最初に、第1目標の内部へ浮上し次第、ハルトマン中尉とマルセイユ大尉が出撃。潜水艦は即座に急速潜行して、続く第2目標へ向かいます。第2目標へ到着し次第、ザハロフ准尉が出撃。この時点で、潜水艦は戦線を離脱。突入部隊は護衛のネウロイを倒しつつ、速やかにコアを破壊する──ネウロイはどちらも要塞化していて、外からは手が出せない状態よ。この作戦が成功するかはあなた達に掛かってるわ。準備はいい?』

 

 

「いつでもオーケーだ」

 

「こっちもいいよ」

 

 

『30秒後に第1目標内部に浮上します。2人は出撃準備を』

 

 ミーナの指示を受けたハルトマンとマルセイユは、ストライカーをカタパルトにセットする。潜水艦が揺れ、浮上を始めたことを知らせてきた。

 

「──おいお前。精々落とされないよう頑張るんだな。とにかく生き残ってれば、私とハルトマンで助けに行ってやる」

 

「お気遣い、ありがとうございます。そちらもお気をつけて。カールスラントのトップエース2人が揃っているとはいえ、規模はそちらの方が大きいですから」

 

「はッ、人の心配をする余裕があるなら、出て行ってすぐ撃墜なんて無様な事にはならなさそうだ──ラル少佐達が認めたお前の実力、見せてもらうぞ」

 

「見せてもらうぞ──って、私達見えないじゃん」

 

「うるさい、言葉の綾だ!」

 

 

 束の間の雑談は、一際大きい揺れと波の音で終わりを告げる。

 

 

『第1目標到着!ハッチ開放!』

 

『作戦開始──!』

 

 

「「発進──ッ!」」

 

 

 2人を見送ったユーリは、つり革に捕まって急速潜行の揺れに耐える。程なくして、インカムからハルトマンの声が聞こえてきた。

 

 

『うわ、いっぱいいる!ざっと40くらい!』

 

 

「40……坂本さんの予想よりも多い」

 

 規模の大きい方でこれだと、ユーリが向かう第2目標には少なくともこの半数は待ち構えていることが予想される。こうなる事を見越してユーリとしても準備はしておいたが、それが果たしてどこまで通用してくれるか。

 最悪の場合はマルセイユが言っていたように、とにかく耐えと逃げに徹して彼女達が再度潜水艦で突入してくるのを待つ事になる。

 

 改めて気を引き締めた所で、再び大きな揺れ──ユーリの番だ。

 

 

『第2目標到着!ハッチ開放──!』

 

 

「発進──!」

 

 カタパルトに後押しされ、凄まじい速度で飛び出したユーリが目にしたのは、辺りを飛び交う大量の小型ネウロイと──

 

 

『ユーリさん、そっちの状況は!?』

 

 

「小型が20以上と、あれは──」

 

 

『他に何かあるの!?』

 

 

「ッ──すみません、話しながらは流石に── 一旦切ります!」

 

 

 通信を閉じたユーリは、先程からワラワラと群がってくる小型ネウロイの群れから逃げ回りつつ、()()()()()()銃を差し向ける──次の瞬間、愛銃であるシモノフと、今回の作戦の為に504部隊から融通してもらったゾロターンS-18対装甲ライフルが火を噴いた。

 

 轟音と共に放たれた2発の巨大な弾丸が群がる小型の1体に命中したかと思えば、内部に充填されたユーリの魔法力が〔炸裂〕──周囲にいた他のネウロイを巻き込んで、宙に2輪の白銀の花を咲かせた。

 

 この一瞬だけで固まるのは危険と判断したのか、ネウロイ達は散開。周囲からの集中砲火でユーリをすり潰そうとする。しかしこの状況こそ、ユーリの想定していたものだった。

 

「ッ───!!」

 

 襲い来るビームを躱し、シールドで防ぎながら、ユーリは縦横無尽にドーム内を飛び回る。そんな中、左右のライフルを腰だめに構えて引き金を引く。ネウロイが粉砕されると同時に、上方や背後、側面から深紅の閃光が襲いかかる。

 上と背後からの攻撃は回避とシールドでどうにかなったが、側面の攻撃は完全に躱しきれず、右肩を掠めた。

 

「ちぃッ──!」

 

 横目で肩の状態を確認するが、幸い文字通りの掠り傷のようだ。多少ピリピリと痛みはするが戦闘続行に問題はないだろう。

 しかし、思った以上に敵の攻撃が厚い。ユーリが1機落とす間に、視界の外から最低3本は閃光が襲いかかってくる。今のままでは、その内手痛いのをもらうのは必至だろう。

 左に抱えるもう1丁は機関銃にしておくべきだったかと後悔するが、今はそんな暇すら惜しい。悔やむよりも対策を考えなければ。

 

 数秒考えた結果、ユーリが選択したのは「徹底的に無駄を削ぎ落とす」ことだった。

 

 まず、照準にかける時間を極限まで削る。

 いちいち敵をしっかり狙っていては、他の敵の攻撃に反応できない。ユーリは「狙う」という動作を排除した。

 

 ──足りない。

 

 次いで、2丁の銃をもっと効率的に扱う。

 敵は周囲を囲むようにして攻撃を仕掛けてくる。ユーリの銃は速射が出来ない以上、こと今回に於いて銃口を正面に向け続けるメリットもほぼ無い。腕は2本あるのだ、左右で別の標的を同時に攻撃した方が効率的だろう。ユーリは「構える」という動作を排除した。

 

 ──まだ足りない。

 

 ならば次に排除するのは回避だ。攻撃されてから避けるのではなく、そもそも当てにくい変則的な機動を取ることで、回避に割く思考を攻撃に回す。戦闘に差し障る、致命傷になりそうな攻撃だけをシールドで防げばいい。

 

 瞬く間に最適化が施されていくユーリの動きは、すっかり見違えるものだった。

 まるで曲芸飛行の如く、小さな宙返りや体の捻りを織り交ぜてネウロイに狙いを付けさせず、逆に一瞬でもユーリの射線上に入ったネウロイは全て一撃の下に粉砕されていった。

 

 この戦い振りをもし誰かが目にしていたなら「異常」の2文字が口から溢れていたことだろう。何せ常人ならすぐ目を回してしまうだろう滅茶苦茶な飛び方をしながら、1丁でも相当な重量を誇る対装甲ライフルを片手で、それも2丁振り回し、本来じっくり狙って撃つ狙撃銃であるはずのこれらを、僅か一瞬の照準で──最早照準ですらない、偶然射線上に入ったような敵であろうと──撃ち、あまつさえ当ててみせる。〔三次元空間把握〕や〔未来予知〕でも持っていない限り出来ない芸当だ。

 

 次々と撃ち落とされていく小型ネウロイ達の思考を代弁するならば、きっとこんな事を考えているのではないだろうか。

 

 

 ──化け物。

 

 

 自分達の攻撃は確かに大部分防がれているが、掠っているものもある。攻撃を受ければ痛みを感じ、多少なりとも動きが鈍る。人間とはそういうモノのはずだ。なのに何故、自分達を手当たり次第に撃ち落とすこの人間はそうならない?

 それどころか攻撃を躱し、防ぎ、反撃を繰り返す度に、動きがどんどん正確無比になっているのは気のせいだろうか?……否。事実、こちらの戦力の消耗速度が上がっている。

これでは自分m──

 

 

 突入してから僅か1分──内部で実際に待ち構えていた小型ネウロイ30機の内、25機を片付けるまでに掛かった時間だ。

 あの攻撃と同時並行で行われる滅茶苦茶な機動のせいで、排莢されたばかりのまだ熱を持った空薬莢が何度も頬や首筋を掠めたが、ユーリは一切動じない。

 

 ただ冷静に、冷徹に、淡々と──まるで機械のように、ネウロイを次々撃墜していく。

 

(敵、残り5──3)

 

 残敵を確認する間にも2機を落とし、残り3機──すれ違いざまに1機。時間差で攻撃しようとしたもう1機も、その前に撃ち落とす。

 

(──ゼロ)

 

 最後の1機を撃ち抜いたユーリは、本体であるこのドームを形成するコアにシモノフを差し向ける。

 

 しかし──

 

「ッ──!?」

 

 突如、下から深紅の光が駆け上った。

 寸での所で回避したユーリは、光の根源──ここまで微動だにしなかったことから一時的に意識より排除していた、地上にある巨大な六角形の物体を見下ろす。このドームの一部だと思っていたアレは、どうやら別個体のネウロイだったらしい。その証拠に、ユーリ目掛けて放たれたビームはドームの天井を突き抜け、そこにあったコアを破壊していた。

 

 核が破壊されたことで、周囲を覆っていたドームがゆっくりと崩れていく。天井に空いた穴から差し込む陽の光を浴びたネウロイは、遂にその巨体を揺るがした。

 

(なる程……ドーム型ネウロイは卵だったのか)

 

 巨大な陸亀──といった所だろうか。あの六角形を中心に、4本の足と、頭部と思しき部位が伸びてきた。ただ普通の亀と決定的に違うのは、甲羅の上に背負った2門の大砲だろう。

 

 亀型ネウロイは背中の大砲と、甲羅の随所に配置されたネウロイ特有の赤い砲門から、一斉にビームを放つ。一見無差別にも見える攻撃だが、恐らく本命なのだろう大砲の攻撃は連合艦隊へと向いている。

 幸いビームは狙いを逸れ、艦隊周辺の海を大きく揺らすに留まった。上空でマルタ島を見守っていたミーナ達は、突如ドームの中から出現したネウロイに驚きつつも応戦しようとするが──それより先に、亀型ネウロイの大砲が1門弾け飛ぶ。ユーリが破壊したのだ。

 

 亀型ネウロイは甲羅の砲門を全てユーリに照準し、一斉に放つ。しかしユーリはその弾幕を縫うようにして接近。右前足の付け根目掛けて、シモノフの引き金を引いた。通常のものより一際頑強に見えるネウロイの装甲だが、足の付け根という比較的脆い部位であった事と、戦う相手が〔炸裂〕を使うユーリであった事が災いし、巨体の支えを1つ失ってしまう。

 

 僅かにバランスが崩れたところへ、ユーリは容赦なく追撃を加えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 普段とはまるで違う戦い方をするユーリに言葉を失うミーナ達は、援護することも忘れていた──否、手を出す隙間が見つからなかったのだ。それ程に、亀型ネウロイを相手取るユーリは一方的だった。

 普通ならば仲間の実力に舌を巻くところだが……彼女達の間から、感嘆の声は一度として上がらなかった。

 

「なぁサーニャ。アイツの、戦い方……」

 

「……うん。なんだか、前のユーラに戻っちゃったみたいで、怖い……」

 

 かつて501部隊に入ったばかりの頃のユーリは、自らの危険を顧みない戦い方が目立っていたのを、エイラもサーニャもよく覚えている。今目の前で独り戦いを繰り広げるユーリは、その頃を彷彿とさせるのだ。

 

 話している間に亀型ネウロイを追い詰めたユーリは、まず最初に亀の頭へ狙いを定めて吹き飛ばす。

 

(違う──)

 

 コアが無かったと見るや、今度は背部に回ってシモノフの引き金を絞った。まるでハリネズミのようにビームを放っていた背中の砲門はユーリによって全て潰されており、再生を待つには、あまりにユーリの接近を許し過ぎた。

 

(ここも違う……こっちか?)

 

 ひび割れた巨大な甲羅の上で、ユーリは淡々と作業のように引き金を絞り続ける。やがてシモノフの残弾が無くなると、S-18に持ち替えて、再びコアを探し始めた。

 

(──見つけた)

 

 果たして何度引き金を絞っただろうか、甲羅の内部から、赤く輝くコアが顔を覗かせる。ようやく見つけたコアに然したる感慨もなく、ユーリは即座に引き金を絞った。

 

 S-18に残された最後の1発がコアを撃ち抜き、突如現れた巨大な亀型ネウロイは、四肢と頭部を捥がれるという無残な状態で残った機体を四散させた。

 

 あまりにも一方的で、圧倒的だったユーリの戦闘が終わりを告げる。先んじてドーム型ネウロイを倒し、ハルトマン共々彼の戦いを見ていたマルセイユは、静かに息を呑むのだった。

 

 

『──さん、聞こえる、ユーリさん?──ザハロフ准尉!』

 

 

「ッ──は、はい!聞こえてます」

 

 

『はぁ……返事がないから心配したわ』

 

 

「すみません。どうも、集中し過ぎていたようで……」

 

 

『……とにかく、作戦は終了よ。こちらに戻って来て』

 

 

「了解」

 

 疲れているのか、ややフラつきながらミーナ達の元へ向かうユーリ。それを他所に、マルセイユとハルトマンは睨み合っていた。

 

「──さてハルトマン。覚えてるだろうな?」

 

「……うん。撃墜数はお互い20、だったよね」

 

「私は引き分けは好きじゃない」

 

「知ってるよ」

 

「……決着をつけるぞ、今ここで」

 

「……私が勝ったら、約束は守れよ」

 

「ふっ──ああ。お前が勝ったら、な」

 

 その言葉を皮切りに、ハルトマンとマルセイユは弾かれたように距離を取り──戦い始めた。

 

 最初に背後を取ったのはマルセイユだ。得物のMG34を構えると、躊躇なく引き金を引く。ハルトマンはそれを見事な動きで躱していった。彼女の回避機動は勿論だが、それ以上に見ている者達へ驚きを与えたのは、マルセイユが撃ったという事実だ。何せ、あの銃は先程までネウロイ相手に使用していたもの──中に入っているのは実弾なのだから。

 

「あ、あのッ!止めなくていいんですか!?撃ちましたけど!?」

 

「ああ、撃ったな。仕方のない奴らだ」

 

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ!万が一当たったら──」

 

「2人はウィッチだ。シールドがある以上、死にはせん──それよりよく見ておけ。あれが、最強とされるカールスラント四強同士の戦いだ」

 

 この戦いの勝敗条件は2つに1つ──相手より先にシールドを張るか、相手より先に弾切れになるか。

 使用するのが実弾である以上、シールドを張る=回避できない直撃コースである事を意味し、弾切れは攻め手を失う事になる。相手の攻撃を的確に回避しながら、慎重に──時には大胆に攻撃を加えていく。言葉にする以上に難易度の高い戦いを、2人は繰り広げていた。

 

 ハルトマンはすれ違いざまに、斜め上方向へUターンするシャンデルを行い、こちらに向かって引き返してくるマルセイユの頭上という好位置を取りに掛かる。

 しかし対するマルセイユもハルトマンの狙いをいち早く見抜き、即座に螺旋状の軌道を描くハイGバレルロールに移行。頭上を取ろうとしていたハルトマンの更に上へと回り込んだ。

 

 空戦(ドッグファイト)というのは、基本的に敵の射線が通りづらい後方や頭上を抑えた方が有利となる。

 相手が何か動きを見せれば、それに対して自分も動く。ならば相手は裏を掻き、自分はその更に裏を掻く──2人の脳裏では、この上ない程高度な心理戦が行われているのだ。

 両者の実力であれば、一手判断をミスすれば即敗北に繋がる。そんな戦いを制する為に、頭と体を絶え間なく動かし続ける様は、まさしくカールスラントのトップエースに相応しいものだった。

 

 そんな中、背後を取ることに成功したマルセイユがハルトマンの背中に狙いを定めた。

 

「もらった──!」

 

 大量の7.92mmモーゼル弾がハルトマンに襲いかかる。しかしハルトマンも簡単には落とされない。落とされる訳にはいかない理由が、今の彼女にはあった。

 

 

「──シュトゥルムッ!」

 

 

 銃撃の中にある刹那を捕まえて発動した風の魔法により、ハルトマンの体は通常では有り得ない動きで上昇していく。マルセイユも逃すまいと追従するが、ハルトマンが向かう先には眩く海を照らす太陽があった。逆光で視界を封じられるのを嫌ったマルセイユは追撃を断念し、距離を取る。

 狙い通り追跡を振り切ったハルトマンは攻守を逆転させると、急降下の勢いを上乗せしたスピードでマルセイユに追いつき、今度は自分がその背中を追い回し始めた。

 

「くっ──まだ、だァ──ッ!」

 

 負けじとマルセイユもハルトマンの攻撃を振り切り、彼女の後ろに付ける。しかしその時には、既にハルトマンも体を向き直っており──互いの銃口が、全く同時に突き付けられた。

 

「……ありゃ、弾切れだ」

 

「……私もだ」

 

「引き分け、だね」

 

「ふっ……これだけやっても決着はつかないか」

 

 こうして、カールスラントが誇るエース同士の私闘は、8勝8敗に1引き分けを加えることで幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──もう少しゆっくりしていけばいいのに。もう行っちゃうのね?」

 

「ああ。アフリカ(むこう)で雑誌の取材があるんだ」

 

「流石"アフリカの星"、どこもかしこも引っ張りだこだな」

 

 翌日──マルセイユはミーナ達の見送りの下、滑走路にいた。前方にはアフリカ行きの輸送機が着陸しており、乗り込み口から手を振る人影が。

 

「──いやぁ、申し訳ない。ウチのエースが迷惑かけちゃったみたいね」

 

「気にするな。我々としても貴重なものを見させてもらった」

 

「ケイにも見せてやりたかったくらいだ。私とハルトマンの華麗な戦いをな」

 

「あなたは少しくらい反省しなさい!……はぁ、こんな事ならライーサも一緒に行かせとくんだったわ」

 

 呆れた様子で顔を覆うのは、加東圭子少佐。扶桑陸軍のアフリカ派遣独立飛行中隊の隊長であると同時に、マルセイユの所属部隊である第31統合戦闘飛行隊 ストームウィッチーズの創設者兼指揮官だ。

 あがりを迎えてシールドが張れなくなった現在でも、引き続きユニットを履いての後方指揮やカメラを使った記録係として戦場に赴いており、アフリカに行く以前、報道写真家として活動していた時のコネや経験を使って部隊を支える、良き隊長である。

 付け加えると、美緒とは7年前の扶桑海事変で共に戦った間柄であり、彼女自身23機の撃墜スコアを挙げ、まだネウロイへの有効な対抗手段が確立していなかった当時としては破格の記録を持つトップエースとしての側面も持つ。

 

「まぁマルセイユに関しては、ウチの方できっちりけじめを付けさせるわ。もしまた何かの縁で一緒に戦う事になったら、その時はよろしく頼むわね」

 

「ああ。達者でな」

 

「──ああそうだ、コレをバルクホルンの妹に渡してやってくれ」

 

 マルセイユがミーナに差し出したのは、彼女のサイン入りブロマイド。先の作戦の折、ハルトマンと勝負を繰り広げる原因になったものだ。

 

「自分で渡せばいいのに……」

 

「とにかく、頼んだぞ」

 

 そう言ってマルセイユは機内に引っ込んでしまう。圭子が再び小さく頭を下げていると、彼女は遠目に何かを見つけたようで──

 

「あれはもしや──ッ!」

 

 と、圭子の腕が閃いた。同時に、パシャリ、というシャッター音が小さく聞こえる。

 

「あはは……それじゃ、失礼するわね!」

 

 ハッチが閉じ、輸送機はアフリカに向けて発進する。離陸を始める機内では、

 

「ふふ~ん、最後の最後で運が良かったわ~!」

 

「また盗み撮りか?」

 

「その言い方は止めなさいって!仕方ないでしょ、ホントに一瞬だし、距離も遠かったんだから」

 

 カメラマンとして活動していた圭子の特技の1つ──居合抜きの要領でカメラを出し、撮影、仕舞うという一連の動作を一瞬で行う高等技術を駆使して最後に撮影したのは……

 

「噂のウィザードさん、新聞の写真より可愛い顔してたわね。現像するのが楽しみだわ」

 

「可愛いのは顔だけだぞ、アイツ」

 

「あ、そうそう。その彼とはどうだったの?"実力を確かめてやる~"とか言ってたじゃない」

 

「……ああ、確かに強かったよ──でもダメだ。あいつはアフリカに来るべきじゃない」

 

「……何かあったの?」

 

 物思いに耽るマルセイユの脳裏では、昨日の作戦で目にした光景──位置的にマルセイユだけにしか見えなかった、あの亀型ネウロイを倒した直後のユーリの顔が蘇っていた。

 

 

 "アフリカの星"として数多の強力なネウロイと戦ってきた、そんな彼女の背に冷たいものを走らせたユーリの顔は、

 

 

 

 ───訓練や昼食で見せたあの柔らかな顔が嘘のように、冷たく、静かで、無であった。

 

 

 





【挿絵表示】



マルセイユがユーリ君の顔を知らなかったのは、ペテルブルグ戦直後でまだ顔写真とかが無い新聞記事を読んでた為ですね。
ユーリ君来てくれたら頼もしいのは理解してるけど、一方で「アフリカには私がいるだろう!こんな奴~!」みたいに、アフリカの星としてのプライドもあったんでしょう。以降ユーリ君絡みの記事は読まないようにして、勝手に脳内イメージを膨らませてた訳です。
ただ、アフリカ兵の人達も決して彼女を軽視してたわけではなく、寧ろ「彼が来ることでマルセイユさんの負担が減ればいいなぁ」と気遣っての発言です。見事にすれ違っちゃいましたねぇ

あと因みに、描かれてないだけでユーリ君は2丁のライフルに見立てた鉄パイプをぶんぶんして感覚を掴む練習以外にも片手持ちライフルを腰だめで狙った場所に当てる訓練とかちゃんとやってました。



活動報告の更新致しましたので、よろしくお願いします。


●唐突ですがアンケートを実施致します。

※この結果次第でヒロインが決まるというわけではありません。単なる市場調査的なアレです
※選択肢にいる/いないからといって、ヒロイン候補に含む/含まないは関係ありません。
 何故彼女?逆に何故彼女はいない?ということも多分あります。



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妖刀 烈風丸

年内にヴェネツィア奪還まで行きたい気持ちはあります…行けるかなぁ



 無事にマルタ島を再奪還したのも束の間、僅か数日後の事だ。

 ユーリは以前から美緒に借りていた、とある技術書を返却しようと彼女の部屋を訪れていた。

 

「坂本さん、ユーリです。お借りしていた本を返しに来ました」

 

 ドアをノックし、返事を待つ。しかし中から美緒が顔を出すことはなく、それどころか声すら返って来ない。もう一度ノックと呼び掛けをしてみるが、結果は同じだった。

 そこへ芳佳がやって来る。どうやら彼女もミーナからの言伝で美緒を訪ねに来たらしい。ユーリから美緒の返事がないことを聞いた芳佳は、木製の扉に手を掛けた。すると──

 

「開いてる……」

 

 何の抵抗もなく開いた扉の隙間から、部屋の中が見える。悪いとは思いつつ、芳佳は美緒の部屋に足を踏み入れ、ユーリもそれに続いた。

 

「坂本さーん……?」

 

 物の少ない部屋の中を見回し呼びかけてみるが、相変わらず返事は無い。ユーリは石造りの部屋の中で異彩を放つ畳の上に目をやった。

 

「……烈風丸がここにあるということは、訓練に出ているという訳でもなさそうですね」

 

「………」

 

「……宮藤さん?」

 

「坂本さん、いつもこの刀で烈風斬を出してるんですよね」

 

 芳佳は、少し前に美緒に烈風斬を伝授して欲しいと願い出たものの、まだまだ未熟だという理由で断られてしまったことをユーリに語った──語りながら、刀掛けに横たえられた朱塗りの鞘に手を伸ばす。

 銃とはまた違う、密度ある重みを感じながら、芳佳は緊張の面持ちで烈風丸の鯉口を切った。

 

「綺麗……」

 

 思わずそんな声が漏れてしまう。鞘の中から顔を覗かせた白銀の刀身は、薄暗い部屋の中にあって尚、窓から入り込む微かな光を反射してギラリと光る。鏡のようなその表面に、芳佳の顔が写り込んだ。

 

「……私にも、烈風斬が使えれば──」

 

 ポツリと溢れた芳佳の言葉に応じるかの様に、突如烈風丸が光を放つ。部屋の中を照らす青白い光は、美緒が烈風斬を放つ際に見られるものと同じ──魔法力の光だ。しかし幻想的だった淡い光は、急に激しさを増した。まるでグラスに注いだ水が溢れるかの如く、魔法力の光が刀身から漏れ出しているのだ。

 

「これは……!?」

 

「凄い……これが、烈風丸……!」

 

 鍛え上げられた刀身に、力が集まっていくのが分かる。どんどん輝きを増していく烈風丸から目を離せずにいると……不意に、視界が霞んだ。

 

「あ、れ……?」

 

「宮藤さんっ──!」

 

 突如脱力し倒れそうになる芳佳の体を、ユーリが咄嗟に支える。同時に、彼女が取り落としそうになった烈風丸にも手を伸ばした。剥き出しの刀身が芳佳を傷つけないよう、まずは手から刀を離そうと──

 

「ッ……!?」

 

 ユーリの手が烈風丸に触れた瞬間、ゾクリとした嫌な感覚が背筋を走った。烈風丸が再び光を帯び始める。

 

 

「──すぐに手を離せッ!!」

 

 

 不意に飛んできた声で、ユーリは芳佳の手から素早く烈風丸を引き剥がすと同時に、自分もひと思いに手を開く。どこか不満そうにも聞こえる重々しい音を残して、抜き身の烈風丸が畳の上に転がった。

 

「大丈夫か、宮藤!?」

 

 声の主である美緒が、慌てた様子で芳佳の顔を覗き込む。幸いにも芳佳はすぐに目を覚まし、問題なく立ち上がる事も出来た。美緒は床に転がった烈風丸を拾い上げると、ユーリから受け取った鞘に刃を収める。

 

ユーリ(お前)も大丈夫か?」

 

「は、はい。触れたのは一瞬だったので……」

 

「そうか……なら良かった」

 

「あ、あの坂本さん。その刀──」

 

「──馬鹿者ッ!!」

 

 芳佳の言葉が終わるのを待たず、美緒の厳しい叱責が飛ぶ。

 

「二度とこの刀に触るんじゃないッ!いいな!?」

 

「は、はいっ!ごめん、なさい……」

 

 芳佳は美緒に用件だけを伝えると、そそくさと部屋を出ていってしまう。すると美緒は、残ったユーリに向き直った。

 

「お前もだ、ユーリ。今後烈風丸には絶対に触れるな」

 

「それは了解しましたが……」

 

 何か言いたげなユーリの言葉を遮るように、美緒は床に落ちていた技術書を拾い上げた。

 

「ああ……そういえばお前に渡したままだったな」

 

 ユーリが美緒から借りていたのは、扶桑の魔女に伝わる剣の技術書。

 古来より扶桑の魔女は扶桑刀を用いた超至近距離での格闘戦を得意とする者が多く、長い歴史の中で怪異(ネウロイ)に対抗すべく剣と魔法を組み合わせた戦い方を研鑽してきた。何を隠そう、烈風斬もその1つだ。

 物に魔法力を込める、という術にかけては扶桑の魔女の右に出る者はいない──そこに目をつけたユーリは、以前からずっと考えていた〔炸裂〕の応用に向けて何かヒントになるものでもないかと、美緒に頼んで技術書を借りていたのだ。

 

「どうだ、何か役に立ちそうなものはあったか?」

 

「扶桑のウィッチの戦い方は独特だと言われているのがよく分かりました。非常に興味深かったです。気になったものとしては──"雲耀(うんよう)"という技でしょうか」

 

「ふむ。確かにお前の腕なら、雲耀を習得するのにもそう時間は掛からんだろうが……」

 

「ただ、やはり雲耀を含めて多くの技は扶桑刀を利用する前提の物ばかりでしたから。残念ながら、僕が今すぐどうこうできるようなものではないでしょう」

 

「いっそこれを機に、お前も扶桑刀で訓練してみたらどうだ?」

 

「機会があれば是非。その時はご指導をお願いします」

 

 話がひと段落したところで、美緒は先程芳佳から聞いたミーナの伝言──彼女と共に司令部へ赴くべく、部屋を後にする。烈風丸を携えた彼女の背中を見送ったユーリは、自分の手に視線を落とした。

 

(あの感覚、前にも……?)

 

 烈風丸を握った瞬間に背筋を駆け抜けた悪寒の事も勿論だが、美緒に半ばはぐらかされて解決しなかった疑問もある。

 

 先程も話した雲耀は、刀の切っ先に集中させた魔法力を強力な斬撃として放つ技だ。今や美緒の代名詞とも言える烈風斬は、この技の上位互換に当たる。

 しかしこれらの技は、魔法力を刀身に集中させるという都合、念動系魔法に適性のある者か、余程卓越した魔法力制御の腕前を持つウィッチでなければ習得は困難とされていた。

 

 そして、美緒の固有魔法は念堂系に属さない〔魔眼〕──即ち、本来烈風斬は美緒が習得するには困難極まりない技であるはずなのだ。

「ウィッチに不可能はない」とは美緒の言だが、ブリタニアの戦いを終えた501がこうして再結集するまでの約半年間で、技の習得と研磨をするには圧倒的に時間が足りない。それこそ不可能といっていいだろう。

 

 これらの情報を纏めると──美緒は何か、本来とは違う道筋で烈風斬習得に至ったのではないか、という推測に行き当たる。その道筋というのが何なのかまでは流石に予想がつかないが、とにかく美緒の身に危険が及ばないものであることを願うのみ。

 

 モヤモヤとした不安を、手に纏わりついた嫌な感覚と一緒に振り払うユーリだったが、その胸にはどうしても一抹の不安が残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どういう事ですッ!?」

 

 ロマーニャに居を構える、地中海方面統合軍総司令部──その一室に顔を揃えた3人の軍人達の元を訪れた美緒とミーナだったが、彼らから聞かされたヴェネツィア奪還の為の最終作戦の内容に、信じられないという面持ちだった。

 

「将軍。それはつまり、今回の作戦に我々ウィッチは必要無いということですか?」

 

「そうではない。ただ、今回ネウロイを倒すのはウィッチではないということだ」

 

「これまで数々のネウロイを倒してきた君達の実力はよく理解しているが、巣が相手となれば話は別だ」

 

 そう語るのは、ブリタニア陸軍のバーナード・モントゴメリー将軍。

 アフリカ戦線で戦う人類連合軍の将軍の1人であり、マルタ島が再びネウロイに占拠される遠因にもなった"ライン川空挺突破作戦"を押し進めた強硬派の人物でもある。

 

「ガリアの件にした所で、何も501部隊の諸君が直接巣を倒したわけではあるまい。君達の中で直接巣と戦い、倒した経験があるのはただ1人──彼だけだろう」

 

「……彼に、何をさせるおつもりですか」

 

 陸と空という違いこそあれ、ユーリの人生を操り、国の保身の為に切り捨てたブリタニア軍人の口からその名前が出たことで、ミーナの表情が険しくなる。

 そこへ口を挟んだのは、カールスラントのケッセルリンク元帥だった。

 

「勘違いするな。巣を相手にする以上、我々としてもザハロフ准尉の存在が心強いのは確かだ。しかし先程も言ったように、今回の作戦の主役は501航空団ではない。これは既に決定したことなのだよ──そうだな、杉田艦長?」

 

 ケッセルリンクの声に応じて現れたのは、扶桑海軍の杉田艦長──かつて空母赤城の艦長として、美緒や芳佳とも交流を持った男だった。戦艦大和と共にロマーニャへ来ている事は知っていたが、このタイミングでの登場に驚きを隠せない。

 

「はい。ヴェネツィア上空のネウロイの巣は──我が扶桑海軍 戦艦大和が撃破致します」

 

「馬鹿なッ……いくら大和といえど通常兵器です!空に浮かぶネウロイの巣に対抗できるとは──!」

 

「通常兵器ではない──戦艦大和は、我々の()()()()だ」

 

「決戦、兵器……?」

 

「その通りです。少佐──」

 

 説明を引き継いだ杉田が言うにはこうだ。

 去年のガリアでの事件以降、扶桑海軍はブリタニア空軍が破棄したウォーロック計画を独自に研究していた。その結果、より安定度の高いC・C・S(コア・コントロール・システム)を完成させることに成功。10分という限られた時間内に於いて、暴走のリスクを冒さずネウロイ化を完全に制御することが可能になったのだという。

 

「大和をネウロイ化させるなんて……」

 

「血迷ったか……っ!」

 

「──ネウロイを倒せるのはネウロイのみ。巣を倒すのは、ウィッチでは不可能だ」

 

「っ……ウィッチに不可能はありません!」

 

「ならばどうする気だね。ザハロフ准尉にヴェネツィアの巣の相手をさせるつもりか?彼が今どのような状態にあるのか、まさか知らないはずはあるまい」

 

 ユーリの覚醒魔法に関しては、美緒にもミーナを通じて伝わっていた。同時に、ガランドが上層部に大袈裟な報告をしていることも聞かされている。

 

「私のっ……私の真・烈風斬さえあれば──例えネウロイの巣が相手だろうと、必ず勝てますッ!」

 

 懸命に訴える美緒だが、元帥達には子供の我が儘のようにしか聞こえない。それもその筈、美緒が言う真・烈風斬──烈風斬を極めた先にあるとされる、扶桑皇国に伝わる秘奥義は、未だ彼女の手中には無いのだから。

 

「……坂本少佐。本来なら君は、既に前線から身を退いて然るべき年齢のはずだ」

 

 ヴェネツィアの巣は、着実にその勢力圏を広げつつある。もしこの作戦が失敗すれば、巣はヴェネツィアだけでなくロマーニャまでもを飲み込もうとするだろう。反攻作戦には全兵力を結集する都合、敵の反撃に抗うだけの時間と余力など残されているはずもなく、人類はロマーニャを明け渡さざるを得なくなる──机上の空論が土壇場で形を得るのに賭ける事は勿論、それを悠長に待つ事も出来ないのだ。

 

「会議は終わりだ──明日、ヒトマル時より"オペレーション・マルス"を発動する」

 

「将軍──ッ!」

 

「止めなさい、坂本少佐」

 

「っ、ミーナ……!」

 

 これ以上の反対は意味を成さないと判断したミーナが、美緒を制止する。

 

「501統合戦闘航空団は、敵ネウロイに突撃する大和を護衛せよ」

 

「了解しました」

 

 互いに敬礼し、会議は解散。各々が会議室を出ていく中、美緒は両手を強く握り締めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令部から戻ってきたミーナ達は、即座に隊員全員を召集。ブリーフィングを行っていた。

 

「──このように、アドリア海上に集結した戦艦大和を中心とする連合艦隊の総力を以て、ヴェネツィアを占拠するネウロイの巣を破壊する大反攻作戦。以上がオペレーション・マルスの概要よ。我々501部隊の役目は、要である戦艦大和がネウロイ化するまでの間、護衛することになります。……尚、もし作戦が失敗した場合、連合軍はロマーニャを放棄。我々501部隊も、解散となります」

 

 失敗した場合の未来を聞いた一同は、程度の差はあれ皆一様に驚愕していた。

 

「明け渡す……!?501も解散!?──そんなバカな話があるかっ!ミーナ、こんな命令に納得して帰ってきたのか!?」

 

 

「──そんなわけないじゃないッ!」

 

 

 ミーナの荒んだ声が、ブリーフィングルームに静寂をもたらす。

 

「……納得なんて、してるわけないっ……」

 

 バルクホルンの言うことももっともだ。司令部は今回、あくまでウィッチ主体ではない作戦を立案した。これが失敗したなら、すぐさまウィッチ主体の作戦で再び巣に攻撃を仕掛けると考えるのが普通だ。

 それをせずに、自分達主体の作戦が上手く行かなかったら防衛線を放棄してウィッチ隊も解散等と、最早ウィッチを戦力として当てにしていないかのような物言い──これ以上ウィッチ隊に手柄を渡したくない上層部の身勝手な思惑も見え隠れする──は断じて看過できるものではない。

 

 だが一方で──

 

「……巣の攻略は、その地域にある戦力を全て結集させる程の大規模戦闘になるんです。勿論、今回は最低限ロマーニャを防衛するだけのウィッチ(戦力)は残すと思いますが……それでも、こちらの総力を跳ね除けた上で反撃に出てくる巣を相手取るには、どう考えても足りません。消耗戦を挑むにせよ、そう長くは持ち堪えられないでしょう」

 

 この中で唯一巣と直接戦った経験のあるユーリの言葉は、何よりも強い説得力を持って皆の耳に届いた。

 

「ロマーニャを、明け渡す……」

 

「そんな……!」

 

 芳佳の脳裏に、かつて訪れたローマの街並みが思い起こされる。多くの人々で賑わうあの美しい街がネウロイに蹂躙されていく光景など、想像したくなかった。

 

 

「ぅ──やだああああぁぁぁ!いやだよおおおぉぉぉ……っ……!」

 

 

 1番辛いのは、ロマーニャを故郷に持つルッキーニだ。以前ローマにネウロイが出現した際は、誰よりも率先して街を守ろうと奮起していた。そんな彼女に、故郷をネウロイに明け渡す等という残酷な決断を迫る事はしたくない。

 

「心配すんな。ルッキーニの故郷を、ネウロイなんかに渡してたまるか」

 

 腕の中で泣きじゃくるルッキーニを安心させるように、シャーリーは彼女の頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫、勝てばいいんでしょ?」

 

「ソ、ソウダ!勝てばいいんダヨ!」

 

 サーニャとエイラの言葉に、ペリーヌも頷く。

 

「そうですわね。戦って、ネウロイを倒す──やる事はいつもと変わりませんわ」

 

「うん!絶対勝つよ!」

 

 ペリーヌやサーニャ、カールスラントの3人は、故郷をネウロイに奪われる痛みと辛さをその身で味わっている。だからこそ、部隊で最年少であるルッキーニにそんな思いをさせたくないという気持ちは人一倍強かった。

 

「そーゆーコトだよトゥルーデ。何弱気になってんのさ」

 

「そうです。バルクホルンさんらしくないですよ」

 

「なっ……弱気になど──私は例え最後の1人になっても戦う!」

 

「1人になんてさせないわ──」

 

「ミーナさん……?」

 

 壇上のミーナは仲間達をぐるりと見渡し、

 

「──私達は、12人でストライクウィッチーズよ。誰も欠ける事なく、全員でこの作戦を成功させましょう!」

 

 と、ブリーフィングを締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜──正確には、日付を跨いだばかりの頃。

 ユーリは独り部屋を抜け出し、基地の裏手で意識を集中させていた。

 

(魔法力制御に於いて、重要なのはイメージすること……)

 

 美緒から借りた本のお陰で、何か掴めそうな気がしている。扶桑刀を持たないユーリでは雲耀も烈風斬も使えないが、それに近しいことならば──

 

 これまでモヤモヤと不定形だったものが、頭の中で徐々に組み上がっていく。ユーリが目指すべき〔炸裂〕の次なるステップ。それは──

 

 

 ──ギャリィッ!!

 

 

「ッ……!?」

 

 突如どこかから聞こえてきた、何かが派手に擦れるような音によって、ユーリの集中は乱される。何かあったのだろうかと、ユーリは特訓を中断して音のした方へ足を向けた。

 

 たどり着いたのは、基地の正面ゲート──ユーリ達501の隊員が出撃する際いつも通っているそこに、美緒とミーナの姿があった。どうやら先程の異音の正体は美緒の《紫電 改》だったらしく、石畳に膝をつく美緒の傍らには傷のついたユニットが転がっていた。

 

 一先ず助けに入った方がいいだろうと、彼女らの元へ向かおうとしたユーリだが、

 

 

「まさに諸刃の刃ね──」

 

 

 そんなミーナの言葉に、思わず足を止めた。代わりに耳に意識を集中させる。

 

「戦場で戦うだけの力と引き換えに、大量の魔法力を消耗──いえ、使用者の魔法力を強制的に吸い上げる妖刀、烈風丸。その刀が、美緒(あなた)のウィッチとしての寿命を更に縮めてしまった……もう、まともに飛べない程に」

 

 

(っ……!?)

 

 

 ミーナの言葉に耳をそば立てていたユーリは、声もなく驚愕する。そして全てに合点がいった。

 

 ──刀を握った芳佳が突然気を失ったのも、同じように刀に触れたユーリが悪寒を感じたのも

 ──技に適性のない美緒が約半年という短期間で烈風斬を習得することができたのも

 

 全ては、あのジェットストライカーと同じ──それ以上の勢いで、彼女の身体に流れる残り少ない魔法力を喰らった烈風丸によるものだったのだ。そしてミーナ曰く、烈風丸は美緒の魔法力を、ウィッチとしての彼女を食らい尽くさんとしているのだという。

 

「ッ……私はっ……まだ、戦える……ッ!」

 

 彼女の心境が浮き出たように降り出した雨の中、気丈にも立ち上がり刀を構える美緒だが、烈風丸が纏う輝きは弱々しい。雨にかき消されるように、その輝きは失われてしまう。

 

「もう止めて美緒!」

 

「まだだッ!私は、必ず真・烈風斬を完成させる!」

 

「分からないの!?もう無理なのよッ!」

 

「頼むッ!一度だけ、一撃だけでいい!私に真・烈風斬を打たせてくれッ……!──お願い、だから……っ」

 

 どれだけ必至に呼び掛けようと、烈風丸は応えない。その事実に押しつぶされるかの様に、美緒は膝を折ってしまう。

 

「頼む……もう、()()()()()は嫌なんだ……」

 

「美緒……」

 

 ネウロイの巣と、兵器のネウロイ化──奇しくもあの時と同じだ。

 美緒の脳裏に思い返されていたのは、かつてのブリタニアでの戦い。元帥達はああ言っていたが、美緒には戦艦大和のネウロイ化による作戦が上手くいくとはどうしても思えない。暴走ないし、何か良くない事が起きる気がしてならないのだ。

 もし大和が使えなくなった場合、巣に対抗できるのは真・烈風斬のみ。そして美緒がこのまま技の習得に至れなければ、巣を倒すことは不可能──否、1つだけ方法があった。

 

 あってしまったのだ──絶対に使わせるわけにはいかない、命を削る魔弾が。

 

「またなのか……?私はまた、守れないのかッ……!?」

 

「……守れるわよ。言ったでしょう?私達12人、全員で勝つの。だからあなた1人で戦おうとしないで」

 

 泣き崩れる美緒を優しく抱きしめるミーナ。雨が降りしきる闇夜の空に、美緒の慟哭が空しく響き渡る。

 

 そしてそれを隠れて見ていたユーリと──こちらも同じようにして一部始終を聞いていた芳佳は、改めて決意を強くするのだった。

 

 

 ──守ってみせる。絶対に。

 

 




本編ではさも上層部がまたよからぬ事を企んでる風に書いてしまいましたが、彼らとしてもウィッチに頼ってばかりなこの状況を変えようとした結果なのかもしれませんね。
ウォーロックの時もそうですが、ウィッチとは別でネウロイに対抗できる手段があれば、彼女達の負担も減りますから。

まぁ、それが敵に回ってウィッチ達の手を焼かせてちゃあ本末転倒でしょ、って話なんですが。



それと、アンケートのご協力もありがとうございます。
ぶっちぎりツートップのエイラーニャも最初はエイラ主体の方が優勢でしたが、後からサーニャ主体も追い上げて今では綺麗に同数となりましたね。
個人的に少し意外だったのは、明確に好意を示しているルチアナや502編でユーリ君との絡みが多かったニパよりもリーネちゃんの方が得票数が多かった事でしょうか。リーネちゃんに票を入れた方々のご意見など聞いてみたいところです。

あと選択肢にいなかったヒロインを選ばれた方々も、すごい気になりますね…

一応、今後確定で追加参戦するヒロインが1名おりますので、彼女の登場後にまたこのようなアンケートを実施する予定です。


目指せ、年内完結!


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この一撃に全てを乗せて

 時刻は午前10時。501部隊基地ブリーフィングルームにて──

 

「これより我々第501統合戦闘航空団は、ロマーニャ及びヴェネツィアからネウロイを殲滅する為、"オペレーション・マルス"に参加します!──昨日も言った通り、我々の役目は扶桑艦隊旗艦 大和の護衛よ。恐らくネウロイ側も、大和が通常兵器ではないということにすぐ勘付くはず。激しい攻撃が予想されるわ。くれぐれも油断しないように」

 

 整列した隊員達を壇上からぐるりと見渡したミーナは、

 

「昨日の繰り返しになるけれど……誰1人欠ける事なく、全員でこの作戦を成功させましょう!──総員、出撃!」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 一斉に向かった格納庫では、次々とストライカーがエンジンを始動させて発進していく。その中には美緒の姿もあった。

 ミーナに続いて一足先に飛び立っていく美緒の背中を見送ったユーリは、昨晩の会話を思い出す。

 

(……僕がしっかりしないと。絶対に誰も死なせない──皆を、守るんだ)

 

 1番最後に芳佳共々基地から飛び立ったユーリは、以前の雪辱を晴らすべくヴェネツィアの巣へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること暫く──たどり着いたアドリア海では、扶桑とヴェネツィア両海軍による連合艦隊が巣に向けて進軍していた。

 

「これが戦艦大和……」

 

「でっけーなぁ……!」

 

 部隊の大部分が初めて目にする世界最大級の戦艦。すぐ横を随行する空母天城に匹敵する船体と、巡洋艦とは比較にならない巨大な主砲、扶桑のフラッグシップを冠するに相応しいその威容に、ウィッチーズ達は呆気にとられる。

 

「──501部隊の方々ですね?私は第504統合戦闘航空団の竹井です」

 

 到着した501の元へ飛んできたのは、ここまで艦隊の護衛を請け負っていた504部隊──醇子とドミニカ、ジェーンの3人だった。ミーナに手早く任務の引き継ぎを済ませた醇子は、

 

「皆さんの実力は疑う余地もありませんが……ヴェネツィアの巣は強敵です。どうかお気をつけて。ご武運を祈っています」

 

「ありがとう。そちらも任務ご苦労様です──あとは私達に任せてちょうだい」

 

 互いに敬礼を送り合った醇子は、ドミニカ達を伴い基地へと引き返していく。醇子は美緒の様子が少し気になっていたようだが、幸か不幸か、彼女らが直接言葉を交わすことは無かった。

 

「もう間もなく、艦隊はネウロイの勢力圏内に侵入するわ。総員警戒を──」

 

 

 ──ドォォン……!

 

 

 ミーナの言葉が終わるのを待たずして、突如爆発音が聞こえてくる。音の方へ目を向ければ、先行していた駆逐艦の1隻が盛大な水飛沫に包まれていた。

 

 

『駆逐艦ニコラス、被弾!敵の攻撃です!』

 

『総員、戦闘配置!』

 

 

 杉田艦長の指示と同時に、上空から多数の小型ネウロイが襲来。艦隊に向かって攻撃を開始する。

 

「始まったわ!大和がネウロイ化するまでの3分間、なんとしても守りきるのよ──ッ!」

 

 

「「了解──ッ!」」

 

 

 501部隊としては初となるネウロイの巣との直接対決──その戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「やああぁぁ──ッ!」

 

 シールド能力に秀でた芳佳は、リーネと共に大和の防衛に回る。ネウロイのビームをシールドで防ぐ芳佳だったが、その威力に内心驚いていた。

 

「くっ……キツい……ッ!」

 

 攻撃してきているのは取り巻きである小型のはずだが、ビームの威力が桁違いだ。部隊の中で最硬の盾を有する芳佳をして、シールド維持には相応の気力を要された。

 絶え間なく降り注ぐビームを、芳佳は懸命に防ぎ続ける。リーネもそんな彼女を援護し続けるが、攻撃の手は一向に緩む気配が無い。ミーナ達の予想通り、ネウロイ側も大和が普通ではないことに気づいているのだろう。

 

 501部隊に出来ることはただ1つ──ひたすら暴れて、敵の注意を出来る限り分散させることだった。

 

「──うっし、来いルッキーニ──!」

 

「あいよォ──!」

 

 シャーリーは呼び寄せたルッキーニの手を掴み、グルグルと回転した勢いを上乗せして力の限り投げ飛ばす。

 目にも止まらぬ速さですっ飛んでいくルッキーニの先では多数のネウロイ達が密集して待ち受けていたが、ただでさえ的の小さいルッキーニを迎撃することなど出来るはずもなく、隙間を縫うようにして通過したルッキーニの風圧で体制を乱されてしまう。更にその後を自慢の超スピードで追ってきたシャーリーによって、ネウロイ達は全て撃墜されていった。

 

「ヒュゥ!やったぜ!この調子で行くぞ──!」

 

 別の場所では──

 

「ほら、こっちだこっち!当ててみナ!」

 

 辺りを飛び回って敵の集団を背後に引きつけたエイラは、大和に狙いが行かないよう引っ張っていく。当然ネウロイは無防備な背中を狙ってビームを放つが、相手はあのエイラだ。〔未来予知〕を駆使した持ち前の回避技術の前には彼女に掠り傷1つ負わせることもできない。

 

 そしてそんな彼女が向かう先には……

 

「今ダッ!サーニャ、ユーリ!」

 

 離脱したエイラに代わりネウロイ達の前に現れたのは、得物を構えたサーニャとユーリ。彼女達の狙いに気づいた時には、もう遅かった。サーニャに続き、ユーリが少し遅れて引き金を絞る。

 大挙してエイラを追い掛け回していたネウロイ目掛けて、円状に放たれたロケット弾と、その中心に糸を通すような徹甲弾が突き刺さる。集団の外周にいた敵はサーニャの、内側の敵はユーリの攻撃で、青空の下に無数の銀色の華を咲かせた。

 

「やった……!」

 

「まだ油断はできません。エイラさん、もう一度やれますか!?」

 

「トーゼン!……ってか、オマエもしっかりサーニャのこと守れよナ!ほら次行くゾ──ッ!」

 

 このように各自協力してネウロイ達を撃墜している中、怒涛の勢いで撃墜数を伸ばしていたのは、やはりこの2人だった。

 

「──ねぇトゥルーデ!コイツら全然減らないんだけどー!」

 

「黙って倒せ!勲章が向こうから飛んでくると思えばいい!」

 

「えぇー、どうせなら勲章なんかよりお菓子がいいよぉー!」

 

「ええい、何でもいいからとにかく戦えッ!」

 

 軽口を叩き合いながらも恐るべきスピードでネウロイを落としていくバルクホルンとハルトマン。カールスラントの2大トップエースの実力は、巣を相手にしても引けを取らなかった。

 

 しかし最初こそ人類側に分があるかに見えた戦況は、次第に悪い方へと傾いていく。時間が経つに連れて、ネウロイ側の持つ優位性が効果を発揮し始めたのだ──即ち、ネウロイはネウロイであるのに対し、ウィッチは人間であるという違いが。

 

 敵の激しい攻撃に、流石のウィッチーズも疲労が滲み始める。それでも果敢に戦う彼女達を援護するべく、連合艦隊は砲塔をネウロイに差し向けた。

 

 

『対ネウロイ用対空弾──全艦、砲撃開始ッ!』

 

 

 砲声が轟き、空を行き交うネウロイ達を爆煙が包み込む。間違いなく効果はあったはずだが、敵の勢いは止まらない。硝煙の中からぞろぞろと後続が湧いて出てくる。その煙で接近してくる敵の姿が隠れてしまっていたのか、

 

「あっ……!?」

 

「囲まれた……ッ!」

 

 リーネとペリーヌが、小型の集団に包囲されてしまう。ペリーヌ1人だけであれば固有魔法で包囲を破ることも出来ただろうが、生憎彼女の背後には背中を預けたリーネがいる。程なくして襲いかかるであろう敵の攻撃を前に、ペリーヌはこの場を打開しようと必死に思考を巡らせる。

 

 そこへ、上空に1つの影が飛び出した。

 

「させるかァ──ッ!!」

 

 烈風丸を振りかぶった美緒の気勢は、周囲の皆──ユーリの耳にも届く。

 

「坂本さん──っ!」

 

 

「──烈 風 斬ッ!!」

 

 

 渾身の力で振り下ろされた烈風丸は、金属同士がぶつかり合う甲高い音を残してその刃を阻まれた。

 

「な……ッ!?」

 

 一瞬の、しかし大きな動揺に見舞われたせいで、漆黒の装甲に弾かれた烈風丸は美緒の手を離れてしまう。無防備になった美緒の眼前で、ネウロイは仕返しとばかりに紅い光を──

 

「──危ないッ!」

 

 寸での所で間に割って入った芳佳が、巨大なシールドを展開し美緒を守る。ほぼゼロ距離で放たれたビームに懸命に抗う芳佳を、どこからか飛来した弾丸が救った。美緒の異変に気づいたユーリの狙撃だ。同時に、この一瞬の混乱に乗じてペリーヌ達も包囲を抜け出した。

 

「はぁ……っ坂本さん!大丈夫です──か……」

 

 危機を脱し振り返った芳佳は、絶望を顔に滲ませた美緒が自らの手を見つめる様を目にする。

 これまで幾度となくネウロイを屠ってきた烈風斬が通用しない──それは即ち、最早美緒の身体には烈風斬を放つだけの魔法力すら残っていないことを意味する。もう飛んでいるのもやっとな状態だろう。

 

 美緒の事実上の戦闘不能という事態に拍車をかけるように、ネウロイの攻撃も激しさを増していく。対するウィッチーズは消耗する一方。大和がネウロイ化を始めるまでの残り時間、長く僅かな20秒を必死に稼ぐ。

 

「──魔法力を消耗した者は、各自空母天城に退避して!余裕のある者は引き続き大和の防衛を!最後の正念場よッ!」

 

 ミーナの指示に従い、エイラやルッキーニを始めとする面々が天城へと向かう。

 芳佳、リーネ、ペリーヌ、ユーリ、そしてバルクホルンとハルトマンは、散っていた戦力を大和周辺に集めて最後のひと踏ん張りを行っていた。

 

「くっ……!皆頑張れ!あと10秒だッ!」

 

「あーもう、ホント鬱陶しいなぁッ!」

 

「宮藤さん、まだ行けますかッ!?」

 

「はいッ!まだ頑張れます……ッ!」

 

 雨のように降り注ぐビームを芳佳とユーリが防ぎ、他の者が敵を落とす。普通なら人数が増えた分負担は減るはずだが、敵の数も増えたお陰で全くそんな気がしない。

 

 

『5、4、3、2、1、0──!』

 

C・C・S(コア・コントロール・システム)改、起動ッ!』

 

『魔導ダイナモ、始動しますっ!』

 

 

 大和の艦橋に搭載された魔導ダイナモが内部に格納されているネウロイのコアを励起させる。すると、艦橋を起点に大和の黒鉄色の装甲が漆黒に侵食され始めた。やがて漆黒が艦の全体に行き渡ると、艦橋の窓が不気味に紅い光を灯す。

 

 

『大和、ネウロイ化完了!』

 

『制御可能時間、残り約9分!』

 

『時は来た──大和、浮上ッ!』

 

 

 船尾から大きな水飛沫が上がり、大和が前進していく。それだけでなく、漆黒に染め上げられた巨大な船体が浮上を始めていた。ネウロイの力を利用することで飛行能力を得た大和は、搭載された対空兵器からネウロイと同じ深紅の光弾を掃射し、周囲を飛び交う小型ネウロイを駆逐していく。

 

「大和が……飛んだ……!」

 

「すごい……!」

 

 頭上を征く大和を見上げて呆然とする芳佳とリーネ。それは天城の甲板で戦況を見守るシャーリー達も同様だった。

 

 

『全システム、正常に作動中。成功です!』

 

『ネウロイの巣を補足。目標の軌道に乗りました!』

 

『よし──進路そのまま!大和、最大船速!』

 

 

 無事にネウロイ化を終え、人類の決戦兵器として巣に向かう戦艦大和。その様子を見上げるユーリは、

 

(このまま上手くいってくれ……)

 

 そう祈りつつも、心のどこかでは失敗した時の事を考えずにはいられない。

 

(もし、万が一失敗したら……その時は──)

 

 自然と銃を握る手に力が入る。ルッキーニの故郷を、彼女が帰る場所をネウロイに渡すわけにはいかない。

 勿論、ユーリとしても覚醒魔法は使わないに越したことはない。寧ろ使わずに済むのが1番だ。しかしユーリの──かつて"ウォーロック計画"に関わっていた者としての直感のような何かが、脳裏でずっと警鐘を鳴らしている気がするのだ。

 

 

 ──代償は高く付くぞ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──任務完了。全員、空母天城に帰還して」

 

 大和が起動したことで、501部隊に課せられていた「大和がネウロイ化するまでの護衛」という任務は完了した。以前のウォーロックの時の様に、暴走する様子もない。これ以上ミーナ達の出る幕は無いと思っていいだろう。

 

「……少佐、私達の任務は成功よ。戻りましょう」

 

 もうまともに戦えないという事実に打ちのめされ、項垂れたままの美緒。ミーナの言葉で顔を上げたかと思えば、その頬を涙が伝っていた。

 

「私に──私にとって、生きる事は戦う事だった……っ……扶桑で剣の道を歩み始めた、あの時からずっと……」

 

 扶桑海事変、リバウ撤退戦、マルタ島奪還戦──美緒の脳裏で、数々の戦いの記憶が浮かんでは消える。

 

「私はもう、戦えないのか……?なにも、守れないのか……?」

 

「……あなたは十分過ぎる程戦ったわ。そして多くのものを守った。あなたのお陰よ、美緒」

 

 涙を流す美緒に、ミーナは静かに寄り添うのだった。

 

 一方──役目を終えて天城へ戻ってきた芳佳達は、甲板の上から孤軍奮闘する大和を見守っていた。

 

 未だに湧き続ける小型ネウロイの大群の攻撃が、漆黒に染め上げられた船体に幾度となく突き刺さる。

 

「あのままじゃ……!」

 

「いえ大丈夫です。再生してますわ」

 

 ネウロイの力は、飛行能力やビーム兵器だけでなく再生能力までもを大和に齎した。ネウロイの再生能力がどれほど厄介且つ強力か、それはウィッチ達が1番よく理解している。

 

「なんて火力だ、直に巣本体に到達するぞ……!」

 

「再生速度も速い……あれ程の数を相手に」

 

「これが、ネウロイ化の力……」

 

 口々に感嘆の声を上げる最中、遂に大和が敵の群れを突破。本丸に王手をかけに行く。

 

 

『目標との距離、残り300!』

 

『そのまま突っ込めェ──!』

 

 

 勢いを緩めることなく、大和は巣目掛けて衝角突撃を敢行。空気を揺るがす凄まじい衝撃が遠方の天城まで届いた。

 

 

『今だッ!主砲、斉射──ッ!』

 

 

 ほぼゼロ距離での46センチ主砲一斉掃射──いくら巣といえど、これを喰らえばひと堪りもない。例え倒せなくとも相当な痛手を負わせることが可能なはず。

 

 この海域に集った誰もが、勝利を確信した。あの巨大な砲塔から勝鬨が上げられるものだと信じて疑わなかった。

 

 しかし……

 

「……撃たない?どうして──」

 

「まさか……ッ!?」

 

 

『──艦長!火器管制システムが作動しません!』

 

『何だとッ!?』

 

『魔導ダイナモ、出力低下!……完全に停止しました。主砲、撃てません!』

 

 

「そんな……っ!」

 

 期待に満ちていた空気が一転して絶望に変わる。そこへ拍車をかけるように、巣本体から夥しい数の小型ネウロイが出現。物言わぬ大和に爆撃をお見舞いする。幸い再生能力はまだ生きている為このまま撃沈されるということは無いだろうが、それも時間の問題だろう。ネウロイといえど不死身ではないという事は、ガリアでのウォーロックが証明している。

 

 

『──皆、よく戦ってくれた。だが大和の魔導ダイナモが停止し、主砲が撃てない。再起動の手段が無い以上、最早我々には打つ手が無い……作戦は、失敗だ』

 

 

 無念に満ちた杉田艦長の通信で、連合艦隊は戦場からの離脱を開始する。天城で事の行く末を見守っていたウィッチーズは皆一様に諦めきれない様子だが、事実、この状況を打開する方法は無かった。

 

「このまま諦めろってのかよ……!」

 

「しかし、ワタクシ達だけで何が出来ると……?」

 

「クソ!他に何か方法は無いのか……!?」

 

 やり場のない思いを持て余すウィッチーズ。そんな中、ルッキーニは遂に泣き出してしまった。ルッキーニの嗚咽が、漣と遠くより響く爆音の中に消えていく。

 

「っ……やだよ……私の──皆のロマーニャが、こわされちゃう……っ……!」

 

「ルッキーニさん……」

 

 甲板にこぼれ落ちるルッキーニの涙を見たユーリが、傍らに鎮座するユニットへ向かおうとした瞬間──

 

 

『──まだだッ!!』

 

 

「この声は……!」

 

「坂本さん……!?」

 

 無線を通じてこの場の全員に届いた美緒のこの言葉が、漂っていた絶望を微かに吹き飛ばす。

 

 

『まだ終わってなどいない!この戦いも──私もだッ!!』

 

 

 そう言うなり、美緒は《紫電改》を震わせ、一目散に飛び出していった。目指す先は今も尚激しい爆撃を受け続ける大和だ。

 

 

『──私が直接大和に乗り込み、魔法力で魔導ダイナモを再起動させるッ!』

 

『ダメよ美緒──ッ!』

 

 

「坂本さん──ッ!」

 

「ダメです坂本さん!今のあなたでは……ッ!」

 

 

『……知っていたか。確かに、もう私に残された魔法力ではこうして飛ぶのが関の山だ』

 

 

 加えてシールドを失い、また烈風丸も失った美緒では、爆撃の雨に晒されている大和に乗り込むことさえ困難だ。このまま大和へ向かったところで、ネウロイの攻撃をくぐり抜けられる保証は無く、それどころか失敗する可能性の方が高いのだ。

 

 

『それが分かっているなら──!』

 

 

「──それが分かっているなら止めなさい!坂本少佐!」

 

「……ミーナ」

 

 美緒の後を追って来たミーナは、MG42の銃口を美緒に向ける。

 

「戻りなさい、少佐!これは命令よ!」

 

「……私がやらなければ、誰が大和を動かせるというんだ?」

 

 ミーナの不意を突き、美緒は一気に彼女へ詰め寄った。

 

「皮肉なものだ。ここまで満足に戦えなかった私1人だけが、こうして魔法力を温存することになったのだからな」

 

 501部隊は、大和防衛の任務をこなす際に魔法力の殆どを使い切ってしまっている。それはミーナも例外ではなく、美緒の言う通り、今大和を再起動出来るのは彼女だけだった。

 

「ミーナ、私は嬉しいんだ。こんな私にも、まだ出来る事が残っている。まだ戦える──501部隊の戦闘隊長として、仲間達(あいつら)を守る事が出来るんだ」

 

「美緒……っ」

 

 501部隊の隊長として隊員の命を預かるミーナは、無理矢理にでも止めるべきなのだろう。彼女の懐には携帯用の拳銃がある。それで美緒のユニットを撃って飛行不能にさせればいい。

 

「頼むミーナ。私に、501部隊としての最後の役目を果たさせてくれ──全員で、この戦いに勝つ為に」

 

 そんな美緒の言葉が、懐に伸びかけていたミーナの手を止めた。銃のグリップを掴むはずだった手は、空気だけを強く握り締める。

 

「お願いッ……必ず、必ず帰って来て」

 

「ふっ……それは命令か?」

 

「……お願いよ」

 

「そうか……わかった。お前直々のお願いとあらば、聞き入れない訳にはいかないな」

 

 美緒はミーナから身体を離すと、彼女の横を通り抜けていく。残されたミーナはその背中を見送ることも、既に下がっていた銃口を再び持ち上げることもしなかった。

 

「──そんな、少佐……ッ!」

 

「ダメです坂本さんっ──!」

 

「っ──!」

 

「芳佳ちゃん!?」

 

「おいユーリ!オマエまでどこ行く気ダヨ!?」

 

「坂本さんを行かせるわけには──!」

 

「そうだよッ!このままじゃ今度こそ……!」

 

 自分のユニットへ走る芳佳達を阻むかのように、ユニットの並べられたエレベーターが格納庫に向かって降下していく。

 

「待って……!」

 

 艦内に沈んでいくユニットへ手を伸ばした芳佳は、バランスを崩して転んでしまう。それ程体力・魔法力共に消耗しているのだ。

 そしてこの中では比較的──あくまでも比較的魔法力が残っていたユーリだが、その腕をエイラが引き止める。

 

「離してくださいエイラさん!」

 

「落ち着けって!オマエだってもうフラフラじゃんかヨ!」

 

「ですが……──ッ!?」

 

 不意に、頬に鋭い痛みが走る。ユーリの横には、サーニャが腕を振り抜いた状態で立っていた。そんな彼女の目に薄らと浮かぶ涙を見て、ユーリはやっと元の冷静さを取り戻す。

 

「……急に叩いたりして、ごめんなさい」

 

「……いえ。僕の方こそ、すみません。感情的になっていました」

 

 静けさを取り戻した甲板に、沈んだ空気が漂う。

 

「……何も出来ないのは悔しいけどさ。信じようよ、少佐を」

 

「ああ……そうだな。時に無茶をする人ではあるが、我々の戦闘隊長だ。きっとやり遂げて戻って来る」

 

 部隊創設時からの付き合いがあるハルトマンとバルクホルンの言葉を受け、一同は美緒が無事に戻ってくる事をただひたすらに祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美緒が大和に向かってどれ程経っただろうか。時間にして30分も経っていないはずだが、体感では数時間経過しているようにも思える。

 

 そんな折、インカムから天城の船員達の声が聞こえてきた。

 

 

『魔導ダイナモの反応を検知!出力、上昇していきます!』

 

『坂本少佐か!』

 

 

 無事に大和へたどり着いたらしい美緒が、魔導ダイナモの再起動に成功した。しかしこれはあくまで起動しただけ──外部電源で辛うじて作動させているような状態だ。主砲を撃つにはまだ出力を上げていかねばならず、またC・C・S(コア・コントロール・システム)を経由した天城からの遠隔操作が行えない以上、美緒自身の手で照準、射撃を行わねばならない。

 

 

『魔導ダイナモ、出力80%!ネウロイ化解除まで、残り30秒です!』

 

 

 こちらから大和の中の様子は分からず、魔導ダイナモの反応を頼りに作戦の行く末を見守ることしか出来ない。

 

 

『出力90%──臨界!』

 

 

 魔導ダイナモの出力が最大値に達した瞬間、大和の46センチ主砲が一斉に火を噴いた。空気を揺らす砲声を響かせ、巨大な砲弾が眼前にあったネウロイの巣を撃ち砕く──!

 爆発の余韻が残る中、爆煙に混じって金属片が舞い散るのが見える。少し遅れて、上空に立ち込めていた禍々しい暗雲に青い穴が空き、ヴェネツィアに青空を取り戻した。

 

 視界が晴れるのを待つのさえ惜しく、サーニャが魔道針で広域探査を行う。

 

「……ネウロイの反応、消滅しました」

 

「坂本さんはッ!?」

 

 一先ず敵を倒せたということは分かった。後は美緒が無事かどうかにかかっている。頼む、無事でいてくれ……そう強く祈っていると、晴れゆく煙の中に影が見えた。

 

 

『大和、健在ですッ!』

 

 

 それを聞いて、重苦しかった空気は一転して喜びへと変わった。

 

「やったんだな!」

 

「流石少佐ですわ!」

 

「大和が無事なら、きっと少佐も無事ダナ」

 

「ええ。──それにしても、大和は凄いですね。ネウロイ化が解けていてもおかしくないあの状況で、爆発に耐え───待って、ください」

 

 不自然に途切れたユーリの言葉に、皆が首を傾げる。

 

 

「何故……どうして、()()()()()()()()()()()()()……!?」

 

 

 目を凝らしてよく見ると、確かに大和の船体は元の黒鉄色ではなくネウロイを思わせる漆黒のまま──何より、未だに滞空している事自体が不自然だ。

 

「どういう事……?ネウロイ化はとっくに解除されてるはずよ!」

 

 その疑問に答えを示すかのように、サーニャの魔導針が反応を示す。

 

「嘘──ネウロイの反応、復活しました!」

 

「なんですって……!?」

 

 大和の更に向こう──ようやく晴れた爆煙の中から姿を現したのは、大和を優に超える大きさの結晶体──過去に類を見ない程巨大なネウロイのコアだった。

 

「何だよアレ……!?」

 

「まさか、大和の主砲を耐えたというのか……!?」

 

 ネウロイは辺りの金属片を凝集させ、形は不格好ながら小型ネウロイとして再構成する。自軍の再編成が終わるなり、紅い光が海面を走った。間髪入れず、大きな爆発が起きる。

 

「戦艦が一撃だよ……!」

 

「何て破壊力なの……ッ!」

 

「あ……見てください、あそこ──ッ!」

 

 全員、芳佳が指差す先──ネウロイのコアを凝視する。そこには……

 

「坂本少佐ッ!」

 

 ネウロイのコアに溶けるようにして、意識を失った美緒の身体が覗いていた。サーニャの探査で一度消滅を確認している以上、何らかの方法で復活する際に取り込まれたというのだろうか。

 

 

『坂本少佐を救え!主砲、斉射──ッ!』

 

 

 かつて美緒と芳佳に窮地を救われたヴェネツィア艦隊が、今度は自分達の番とばかりに攻撃を開始。如何に巨大だろうと、弱点であるコアは剥き出しなのだ。これならば攻撃が当たりさえすれば、魔法力の込められていない艦砲射撃でも倒すことが出来る。寧ろ的が大きくて好都合と踏んでの行動だったが、その予想は大きく裏切られることとなる。

 

 

『──艦長、戦艦の砲弾がネウロイの寸前で停止!攻撃が届いていません!』

 

『何だとッ!?』

 

 

「嘘でしょ……」

 

「なんでネウロイが、シールドを……!?」

 

 目の前の光景が信じられない。信じられないが事実だ。あのネウロイは、艦隊の砲撃を()()()()()()()()()()。魔法力を有するウィッチにしか扱えないはずのシールドを、何故ネウロイが使っているのか?その答えはすぐに分かった。

 

「あのシールド──扶桑のシールドだ!」

 

「間違いないわ……ネウロイは、取り込んだ坂本少佐の魔法力を利用しているのよ」

 

 こうして砲撃を尽く防がれている以上、最早連合艦隊の装備ではあのネウロイに手出しできない。

 対抗できるとすれば501部隊のウィッチ達だが、彼女達も先の戦闘で魔法力をほぼ使い果たし、まともに飛ぶ事すらままならない状態だ。仮に飛べたとて、艦砲射撃すら防ぎきるシールドをどう突破するのかという問題が残っている。

 

 連合艦隊が蹂躙されていく様を歯噛みしながら見ていたユーリは、必死に思考を巡らせる。

 

(どうする、どうすれば坂本さんを助けられる……!?)

 

 飛べるかどうかという問題はこの際捨て置き、最も重要なのはシールドの突破方法だ。

 真っ先に浮かんだ〔爆裂〕は即座に却下した。確かに〔爆裂〕の威力であればあのシールドも突破できるだろうが、効果範囲が広過ぎて確実に美緒にも被害が及んでしまう。

 しかして〔爆裂〕以外でユーリにあのシールドを突破する方法が無いのも事実。

 

(何かあるはずだ、考えろ……考えろ……ッ!)

 

 そんな時だ──遥か遠方で何かが光った。よく目を凝らせば、大和の船首甲板に何かが突き刺さっている。あれは──美緒の烈風丸だ。

 

(僕にやれるか……!?いや、()()()()()()()()()()()()()──やるしかないんだ!)

 

 1つの活路を見出したユーリは、善は急げとばかりに踵を返す。

 

 

「「ッ──!」」

 

 

 ──全く同時に目が合った。不思議と言葉を交わさずとも分かる。きっと、彼女も同じ事を考えているのだろう。だがそういう訳にはいかない。何せ彼女は一度烈風丸を手にして気を失っているのだ。2度目はどうなるのか……少なくとも、あの時より酷い事になるのは確実だ。

 

 

 たった数瞬の視線の交錯でお互いの考えを見抜いたユーリと芳佳は、声もなく、全く同じタイミングで格納庫に向かって走り出した。

 

 

 誰にも気付かれることなく格納庫へ到着した2人は、自分のユニットを探す。

 いち早く《スパイトフル》を発見したユーリは、走りざまにエレベーターの作動ボタンを押し込んでからユニットを装着する。芳佳も《震電》が固定された発進機に飛び乗り、ユニットに脚を通した。頭上のゲートが開き、エレベーターが上昇していく中で2人はようやく言葉を交わす。

 

「今なら引き返せます。宮藤さんといえど、そんな状態では飛ぶのも難しいんじゃないですか?」

 

「ユーリさんだって、ちょっと疲れた顔してます。私と同じじゃないですか」

 

「生憎、僕はやりくり上手ですから。少なくとも今の宮藤さんよりは上手く飛べます」

 

「むっ……私だって負けません!お父さんがくれた《震電》と一緒なら、ユーリさんより速く飛べます!」

 

「……本気ですか?あの時、一度痛い目を見てるでしょう。坂本さんにまた怒られますよ」

 

「ユーリさんこそ。そんな私を見てるのに、やるんですか?今度は本気で怒られちゃいますよ」

 

 再び顔を見合わせると、お互いに小さく吹き出す。

 

 

「──残念ですが、烈風丸は僕が取ります。あなたには二度と待たせない」

 

「いいえ、私が助けてみせます!坂本さんも、ユーリさんのことも!」

 

 

 エレベーターが上がりきり、甲板上に2人の姿が現れる。それを目にした501の皆は、揃って正気を疑った。

 

「2人とも何をしてるの!?」

 

「坂本さんを助けに行きます!」

 

「無理よ!あなたもユーリさんも、もう魔法力は殆ど残ってない!仮に飛べたとしても、あのネウロイを倒す事は──!」

 

「出来ます!烈風丸があれば──」

 

「まさか、美緒の技を……!?」

 

 ユーリが見据える遥か遠方──大和の船首に墓標のごとく突き立てられたひと振りの扶桑刀を目の当たりにしたミーナ達の注意が一瞬だけ逸れる。

 

 

「「──発進ッ!」」

 

 

 その隙を逃さす、芳佳とユーリは己が翼を羽ばたかせた。普段と比べてやや不安定ながらも、ユーリは甲板から飛び立っていく。対する芳佳は、やはり魔法力の消耗が響いて上手く離陸できずにいた。

 チラリと背後を伺ったユーリは、そのまま大和へ向かう。今回ばかりは芳佳を助けることはしなかった。

 

 先行して向かってくるユーリに、ネウロイは無数の子機を展開して迎え撃つ。幾度も放たれるビームの隙間を縫うようにして、時には敵を撃墜しながら、ユーリは止まることなく進み続けた。

 

 しかし……

 

「くっ……!もう少しなのに……ッ!」

 

 大和までの距離は僅か300メートル程。ユニットを震わせればすぐに手が届く距離だというのに、ネウロイという壁がその僅かな距離を大きく広げる。ここで足止めを食らってしまったことで遅れて来た芳佳が到着。しかしユーリ同様、この敵の群れを突破するのは至難の業だった。

 

 各々で突破を試みるが、やはり手が足りない。ユーリの〔炸裂〕ならば或いは突破口を開けた可能性もあるが、残り少ない魔法力は本体を倒す為に温存しておかねばならず、魔法力を効率よく扱えるユーリとて気軽に固有魔法を扱える状況ではなかった。

 正直なところ、突破する方法ならある。片方がもう片方のサポートに徹し、大和まで送り届ければいいのだ。しかし2人にとって美緒だけを救えればいいというわけではなく、互いに烈風丸を握らせないという目的も持っている以上、それは出来ない。

 

 ふと、攻めあぐねる2人のインカムに通信が入る──

 

 

『──逃げろ!宮藤、ユーリ!』

 

 

「坂本さん……!?」

 

「待っていてください!今助けに──」

 

 

『──無理だ!諦めろッ!』

 

 

「えっ……!?」

 

 

『このネウロイは私の魔法力を利用している!消耗した今のお前達に、倒すことは不可能だッ!』

 

 

 言わばこのネウロイは烈風丸と同じだ。取り込んだ美緒の魔法力を吸い上げる形で、強固なシールドを展開している。つまり時間が経過し、美緒の魔法力が底を突けばその時点でシールドは張れなくなるはず。しかし魔法力を強制的に吸い上げられた者がどうなるのか、それはジェットストライカーが証明済みだ。ここで退いて再度ネウロイを倒す頃には、美緒の無事は保証できない。

 

 そんな未来を、この2人が許容するはずもなかった。

 

 

「ッ……ウィッチに──!」

「──不可能は、無いッ!」

 

 

 ここで口にしたのは、他ならぬ美緒の──魔法力減衰という抗えない限界を前にしても諦めなかった、彼女の言葉だった。

 

「私は絶対に諦めません!」

 

「皆を守ると、約束したから──!」

 

 

「「──絶対に、助けますッ!!!」」

 

 

 劣勢も劣勢なこの状況に置かれて尚、己を奮い立たせる芳佳とユーリ。そんな2人の背後から銃弾が飛来し、今まさに眼前で攻撃を行おうとしていたネウロイを撃ち抜いた。

 

「──全く。あなた達ばかりにいい格好はさせられませんわ。少佐を助けたいという気持ちなら、ワタクシだって負けません!」

 

「私達も同じだよ。芳佳ちゃん、ユーリさん!」

 

「みんな……!」

 

 魔法力を使い果たし飛べなかったはずの501部隊が、こうして空に集っている。大方、芳佳とユーリに触発されたのだろう。案外、無理や無茶というのは気合と根性で通せるものなのかもしれない。

 

「行くわよ皆!フォーメーション・ビクトル──宮藤さん達を大和まで援護しますッ!」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 戦場に散っていったウィッチーズは、各自ネウロイとの戦闘を開始する。

 

「──あなたの可能性を信じるわ!ネウロイを倒して、宮藤さん!」

 

「私達が道を作る!行け、宮藤ッ!」

 

 ミーナとバルクホルンの声を背に受け、芳佳は突き進む。

 上空から襲い来る一団はルッキーニが、更にまた別の一団はペリーヌが引き受けた。

 

「行っけェ、芳佳ーーーッ!」

 

「頼みましたわよ宮藤さん!必ず少佐を助けなさいッ!」

 

「はいッ──!」

 

 

 一方──

 

 

「よっしゃあ!さっさとやっつけちゃおうぜ、ユーリ!」

 

「ユーリならラクショーだよ!行っちゃえー!」

 

 ユーリもまた、シャーリーとハルトマンの援護を受けて敵陣を突き進む。

 進路上に大量のネウロイが立ち塞がり、ユーリ目掛けてビームを放つ。しかし何者かがユーリの手を引いたことで、放たれた閃光は全て空を切った。

 

「──ワタシに合わせろ!オマエなら出来るダロ──!?」

 

「はいッ!」

 

 エイラに手を引かれ、ユーリはビームの雨を正確な動きでくぐり抜ける。包囲網を突破したところで、エイラはユーリを前へと送り出した。

 

 

 烈風丸まで、あと200メートル──僅かにリードしていたユーリを止めようと、またもネウロイ達が立ち塞がる。しかし仲間達が敵を引き受けてくれているお陰で、先程よりも妨害は薄い。ユーリと、その少し後ろを飛ぶ芳佳は襲い来るビームを軽快な動きで躱していく。

 

 そこへ、背後から飛来したロケット弾が付近にいるネウロイを撃ち落としていく。それだけに留まらず、突き刺すような一撃がネウロイ達を粉砕していった。

 

「ユーラと芳佳ちゃんなら大丈夫……っ!」

 

「頑張って!芳佳ちゃん、ユーリさんッ!」

 

 サーニャとリーネの最後のひと押しを受け、2人はいよいよ大和に到達。先んじて船首にたどり着いたのは、やはりユーリだった。

 

 シモノフを投げ捨て、烈風丸に手を伸ばす。緋色の柄巻に手を掛けると、あのゾクリとした感覚が背筋を走った。だが今回は手を離さない。金属を取り込むというネウロイの性質まで受け継いだ大和によって、烈風丸の刀身が漆黒に染め上げられているのだ。刀を引き抜くには、魔法力で侵食を引き剥がすしかない。

 

「くっ……うううぅぅぅ……ッ!」

 

 魔法力を振り絞り、烈風丸の覚醒を試みる。そこへ遅れて芳佳も合流し、烈風丸の柄に手を重ねた。最早相手を止めようという余裕もなく、2人はひたすら烈風丸に力を注ぎ続ける。

 

「頑張って《震電》──!」

 

「《スパイトフル(おまえ)》の力はこんなものじゃないだろ──!」

 

 芳佳達の求めに応じ、2基のユニットはエンジンを灼き切れんばかりに震わせる。大和の船首に巨大な2つの魔法陣を展開した。

 

 

「「う──あああああああぁぁぁ──!!!」」

 

 

 2人の咆哮で目を覚ました烈風丸は、自らを覆っていた漆黒の殻を破り捨て、あの美しい白銀の姿を取り戻した。同時に、ユーリは魔法力の限界を迎えてその場に倒れてしまう。いくら魔法力を効率よく運用できても、絶対的な量は変わらない。ユーリと芳佳の間にあるその差がここで浮き彫りになった形だ。

 

 力を取り戻した烈風丸を手に飛び立つ芳佳。ユーリはそれを霞む視界で見上げる。

 

(こんなところで、呑気に寝ている場合かッ……立て、立って戦え!)

 

 最早烈風丸は完全に芳佳の手に渡った。今更それを奪おう等とは考えていない。だからといって、このまま何もせず見ているという事も出来なかった。敗者は敗者なりに出来る事をしなければ。

 しかしどれだけ踏ん張ろうとまともに力が入らない。もう魔法力も搾りカス程度しか残っていないらしく、《スパイトフル》のエンジンも弱々しく唸るのみだった。挙句の果てには、大和の甲板を通じてユニットが侵食され始めている。

 

(このままじゃ……っ)

 

 標的が芳佳1人だけになれば、たった数体でも小型を差し向けて行く手を阻むことができる。烈風斬ならば難なく倒すことが出来るだろうが、その一撃は美緒を取り込んだ巣本体にとっておかねばならない。芳佳のことだ。烈風丸に注ぎ込んだ魔法力を小分けにして烈風斬を撃つ、等という器用な真似は出来ないだろう。

 

 彼女の力を100%余すことなく巣に叩き込むには、露払いが必要だ。そしてその役目はユーリにしか出来ない。

 

 

 ──動け

 

 

 ───動け!

 

 

 ────動けッ!!

 

 

─────動けェッ!!!

 

 

 意識と共に沈みゆくユーリの手を──悪魔が引き上げた。

 

 

バチッ!

 

 

 不意に、頭の中で何かが弾ける。

 次の瞬間、ユーリの心臓が大きく跳ね上がった。

 

「ぅ゛っ……ぐ──ぁ゛……ッ!?」

 

 体温が急激に上がっていくのがハッキリ分かる。首や腕の血管が浮き上がり、体の中を熱い何かが乱暴に駆け巡る。必至で呼吸する喉からは掠れた空気が漏れた。しかしこの苦しみの中にあって、ユーリは次第に体が言う事を聞くようになっていくのを感じていた。

 

 

「ぐっ、ぅ──ああああああああああああぁぁぁ!!!!

 

 

 突如、ユーリの身体を魔法力の眩い光が包み込む。力強い光は《スパイトフル》の侵食を一気に跳ね除け、その息を吹き返す。甲板の上で完全に侵食されてしまっていたシモノフも、ユーリが掴むと同時に元の姿を取り戻した。

 

 一度使い果たしたはずの魔法力に満ち溢れたユーリは、力の限りユニットを震わせ飛翔した。

 

「ユーリさんっ!」

 

「ッ……大丈夫です、まだやれますッ!」

 

「──止せ宮藤ッ!烈風丸はお前の魔法力を全て喰い尽くすぞッ!二度と飛べなくなってもいいのかッ!?」

 

 美緒の言う通り、烈風丸は魔法力を与えられれば無限に喰らい続ける妖刀だ。そんな烈風丸にとって、芳佳の魔法力はご馳走に他ならない。彼女に一度限りの大技を打たせる代償として、魔法力を根こそぎ要求することだろう。

 

「構いませんッ!それで皆を守れるなら──願いが叶うならッ!」

 

「行ってください宮藤さん!絶対に邪魔はさせません!」

 

 ユーリは芳佳を巣の上空へ向かわせ、自身はシモノフを構える。

 

 

「お願い烈風丸……私の魔法力を全部あげる。代わりにネウロイを倒して──私に、真・烈風斬を撃たせてッ!」

 

 

 芳佳の呼びかけに応じ、烈風丸は一際強く輝く。

 

 そこへユーリの予想通り、ネウロイは2体の小型を出現させ最後の足掻きを見せた。左右から挟み込むようにして襲い来る2機の片割れを、ユーリは即座に狙い撃つ。間髪入れずもう一方へ銃を差し向けるが──敵の攻撃と、引き金を絞るタイミングが重なった。

 

「くっ……!」

 

 幸い攻撃がユーリに命中することはなく、逆にユーリの弾丸は小型を正確に撃ち抜く。しかし外れたかに思えた敵の攻撃はユーリではなくシモノフに命中しており、銃身が中程から焼き切られてしまっていた。

 

 ともあれ、邪魔者は排除した。もう芳佳の邪魔をするものは存在しない──そう思って上を見たユーリの視界に、芳佳とは別の黒い影が。

 完全な死角である巣の裏側から出現していた3機目が直上より接近している。芳佳は眼下の巣を見据えており、その接近に気付いていない。対処できるのはユーリのみだ。

 

 そう判断するなり、ユーリはエンジン奮わせ急上昇を始める。芳佳の背後をすり抜け、シールドを展開した状態でネウロイに突貫する。

 ガツン!という衝撃を感じ、小型ネウロイは大きくかち上げられる。これで狙いは逸れたかに思われたが……

 

(まだ足りない……ッ!)

 

 当たりが少々浅かったのか、依然としてネウロイの紅い銃口は今まさに刀を振りかぶった芳佳へと向けられていた。高熱で歪んだ銃身では最早射撃は行えず、回り込んでシールドを張るにはギリギリ間に合わない。

 

 

 ──刹那。ユーリは初めて走馬灯というものを経験した。

 

 

 一説では、走馬灯は危機的状況を打開する為の方法を見つけようと、手当たり次第に記憶を呼び起こしているのだと言われている。その推論が真実なのかは分からないが、少なくとも今のユーリには当てはまると言えるだろう。

 

 引き伸ばされた時間の中、凄まじいスピードで脳裏を駆け巡る過去の記憶。

 

 

 ──魔法力をどんな形で発動させるか。それさえイメージ出来れば、大抵の事は出来る。

 

 ──弾が無くても、この拳がある!オレがぶん殴ってやるッ!

 

 

 ユーリの口元に、微かな笑みが浮かぶ。

 流石に馬鹿げている。そんな真似が可能だと思うのか?出来たとして危険過ぎる──そんな「常識」が頭を過るが、

 

 

 ──やってみなくちゃ、分からないッ!

 

 

(そうだ、余計な事は考えるな!今は──)

 

 少女の声に後押しされたユーリはシモノフのボルトを引き、弾丸を1発手動排莢する。キン、という音を立てて宙を舞った弾丸の底面に自らの拳を押し当てると、魔法力を使って拳に固定。用済みとなった銃を投げ捨て、そのまま小型ネウロイ諸共急降下を始める──!

 

(──全身全霊を、この一撃に乗せろッ!!)

 

 

「「ぅ──おおおおおおおぉぉぉ───ッ!」」

 

 

 気勢と共に、芳佳は烈風丸を、ユーリは剣と化した拳を振り下ろす───!

 

 

 

 

 

「───烈 風 斬 ッッ!!!!」

 

「───剣 一 閃 ッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 少女と少年の渾身の一撃は苦し紛れに展開されたシールドを容易く突破し、見事悪魔の心臓を撃ち砕いた。

 

 無数の破片となって散っていくネウロイの残骸の中、芳佳と美緒は落下していく。芳佳の脚から《震電》が独りでに外れ、役目を終えた烈風丸共々深い蒼の中に没していった。

 

「宮藤……っ」

 

「ぁ──坂本さん」

 

「お前、魔法力が……」

 

「いいんです。皆を守れたから──願いが、叶ったから!」

 

 烈風丸に文字通り全ての魔法力を注ぎ込んだ芳佳は、ウィッチとしての力そのものを失ってしまっていた。もう彼女は空を飛べず、治癒魔法も使えない。しかしその事実に反して表情は晴れやかであり、芳佳の言葉に虚勢も偽りもないという事が見て取れる。

 

「っ……そうか……ありがとう、宮藤──()()()2()()()、本当に強くなった」

 

 美緒が頭上へ目をやると、そこにはこちらへ向かって手を伸ばす少年の姿があった。

 

「坂本さん、宮藤さん!手を──ッ!」

 

 頷きあった2人は、こちらへ向かって飛んでくるユーリの手を掴む。浮遊感が消え、握り合う手にしっかりとした重みが加わった。

 

「……あの、ユーリさん。片手だけで私達を持ち上げるの、大変じゃありません?」

 

「宮藤の言う通りだ。ほら、右手も出せ」

 

「い、いえ。その……」

 

 ユーリの左腕はプルプルと小さく震えており、額に滲む汗も酷い。しかしユーリは頑として右手を出さなかった。

 

「おい、どうした……?」

 

「な、何でもないですよ──ほら、皆さんも来ましたよ」

 

「芳佳ちゃーーーんッ!」

 

 真っ先に飛んできたリーネが、芳佳を力一杯抱き締める。芳佳は彼女に任せ、美緒の事はペリーヌとハルトマンに預ける。

 

「少佐ッ……!本当に、ご無事で良かったです……ッ!」

 

「心配をかけたな、ペリーヌ。──どうだ?私はちゃんと帰ってきたぞ、ミーナ」

 

「馬鹿……っ……おかえりなさい……ッ!」

 

「──にしてもびっくりしたよねぇ。ユーリまでミヤフジみたいなこと言い出すんだもん……ってあれ?」

 

 補助をミーナに代わったハルトマンは、相変わらず額に汗を滲ませたユーリをまじまじと見つめる。

 

「本当によくやったよ。スゲェじゃんか、なッ!」

 

 そう言って笑うシャーリーがユーリの背中を叩こうとした瞬間、

 

 

「ストォーーーーーーップ!!!」

 

 

 と、制止の声が飛ぶ。皆が何事かと声の主であるハルトマンに注目を向けた。

 

「ど、どうしたんだよハルトマン?」

 

「はいはいちょ~っとごめんねぇ……」

 

 ハルトマンはユーリの正面に回り込み、もう一度ユーリをじっと凝視する。

 

「やっぱり……ユーリ、右肩脱臼してるでしょ!?」

 

 

「「ええええええぇぇぇ──!?」」

 

 

 芳佳と共にユーリがネウロイに見舞った最後の一撃──走馬灯の記憶とその場の機転によって生み出された"ユーリ流 剣一閃"とでも言うべきあの技は、弾丸に充填した魔法力を()()()()()()()に〔炸裂〕させることで、銃を用いずに弾丸を撃ち出す技だ。

 通常の〔炸裂〕は通常兵器のグレネードと同じように、充填された魔法力が四方八方様々な方向へ弾けるわけだが、爆ぜる魔法力に一定の指向性を与えることで、このような芸当も可能になった。

 しかし流石のユーリといえど容易な事ではなく、魔法力を込めた物体と直接接触している必要があった。故に、弾丸を拳に固定して敵を殴りつけるという暴挙に出たのだ。

 

 とっさの機転にしては十分過ぎる戦績を残したこの技だが、使って初めて分かった明確なデメリットが存在する。

 何せ火薬の力を用いず、魔法力のみで銃に匹敵する弾速を発揮するのだ。充填されていた魔法力がユーリに向かって〔炸裂〕するという都合上、その衝撃で肩の骨が外れるというとんでもない代償が付きまとってしまっていた。

 

「おまっ、なんちゅー事してんだよ!?」

 

「その……坂本さんを助けようと必死になる余り、加減をミスしたといいますか……」

 

「いや、加減とかそーいう問題なのカ……?」

 

「ユーラ……」

 

「と、とにかく治療しないと……!」

 

「待て宮藤、お前はもう治癒魔法も使えないんだぞッ!」

 

「あぁそうでした!ど、どうしましょう……!?」

 

 アワアワと狼狽する芳佳を見て嘆息したバルクホルンは、

 

「落ち着け宮藤──ハルトマン、頼んだ」

 

「ほ~いっ。シャーリー、ちょっと手伝って」

 

「お、おう……!」

 

「えっ、ハルトマンさん何を……?」

 

 困惑を拭いきれない芳佳を他所に、ハルトマンはダラリと下がったユーリの右腕を優しく取り、痛むかどうか確認しながら少しずつ持ち上げていく。

 

「むむむ……うん、これならいけそう──ユーリ、3つ数えたら嵌め直すからね?多分めっちゃ痛いけど我慢だよ」

 

「は、はい……お願いします……ッ」

 

「シャーリーはユーリの身体、しっかり支えたげて。いい、しっかりだよ?」

 

「ああ、任しとけっ!」

 

「ぃよーし、行くよぉ~……い~ち、にぃッ──!」

 

「い゛ッ──!?」

 

 ゴキッ!という小さな音と共に2カウントで肩の骨を嵌め直したハルトマン。対するユーリは、予期せぬタイミングでの激痛に声もなく悶絶している。

 

「ユ、ユーリィィィ!──酷いぞハルトマン!騙したのかッ!?」

 

「仕方なかったんだってば。カウント通りにやると、緊張で体が強ばって上手くいかない可能性があるし」

 

「だからってこんな……ッ!」

 

「い、いえ──ハルトマンさんのっ、言う通りです……ありがとう、ございましたッ……」

 

「いえいえ、どーいたしまして。一応帰ったらちゃんと看てもらうんだよ~」

 

 得意げに笑うハルトマンを見て、芳佳は不思議そうな顔をする。

 

「──ああ、宮藤は知らなかったな。ハルトマンの父親は医師なんだ。あいつも軍に入ったばかりの頃は、部屋に医学書を持ち込んで読み耽る程でな。一応、今でも退役後は本格的に医師を目指すつもりらしいんだが……」

 

 その医学書も、今やあの汚部屋に埋もれているという事実に、バルクホルンは頭を痛める。

 

「──でも意外だよ。骨が外れるくらいの衝撃なら、普通肩よりも手の方が酷い事になりそうなのに」

 

「確かに……血の一滴も出ていないとはな」

 

 〔炸裂〕による魔法力の奔流を間近で受けたユーリの右手には多少のかすり傷がついている程度で、いつぞやのように包帯でぐるぐる巻きになるような怪我は負っていない。

 

(……これはルチアナさんに謝らないとなぁ)

 

 ……代わりに、その右手を包んでいた黒い手袋が、見るも無残な状態となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私達、やったんですね」

 

 ネウロイによって遮られていた陽の光を浴びるヴェネツィアの街。それを見て1番喜んでいるのは、当然ルッキーニだ。満面の笑みでそこら中を飛び回る彼女の無邪気な笑顔を──彼女の帰る場所を守れた。その事実で胸がいっぱいになる。

 

 501部隊は当初の目的通り、誰1人として欠ける事なく、ヴェネツィアを奪還することに成功したのだ。

 

 

「──任務完了!ストライクウィッチーズ、全機帰還します!」

 

 

「「了解ッ!」」

 

 

 1945年 7月──ヴェネツィアを支配していたネウロイの巣の完全消滅が確認された。

 これを以て、第501統合戦闘航空団 ストライクウィッチーズはその役目を終え、解散することとなる。

 

 彼女達が再び集うのはそう遠くない未来の話だが、それはまたいつか、機会があれば語るとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それより先に、語るべき事もある──否、ここは敢えて、まだ語らずにいるとしよう。

 

 きっと誰かが、気付くはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

──気付かぬ内に払っていた、()()()()()()代償の事に。

 

 

 

 

 

 

Next unit code: 72JFS LNAF AVIATION MAGIC BAND

 

 

       "LUMINOUS Witches".

 




ストライクウィッチーズ2編、これにて完結となります。如何だったでしょうか?
不慣れながらここまで更新を続けることができたのは、読んでくださる皆さんや、ありがたいことに感想等を頂けたお陰です。ありがとうございました。皆さん良いお年を。





ここで皆様にお知らせです。

本作「501のウィザード」は、以降1~2話程更新するのを最後に、一時更新停止とさせていただきます。

おいおいおい!全く回収されてない伏線的なものがあるじゃあないか!と思われた方。全くもってその通りです。
私自身、続きは書きたいですし「あの話のあの部分」なんかはそれを見据えた伏線です。回収方法もちゃんと考えてあります。

ただ、差し当たって問題になってくるのが時系列なんですよね。
長々とした説明になってしまうので掻い摘んでいきますが、

・ヴェネツィア奪還して501解散後、エイラとサーニャは502へ
・2人を加えた502はOVA~RtB1話までの間にリバウまで戦線を押し上げてる
・つまり、この間に502はまた1個巣を攻略してるわけで…(多分位置的に"アンナ"ですかね?)
・ラル隊長ならエイラーニャだけで満足せずユーリ君も呼ぶよね絶対
・そうなるとどのタイミングでリバウ解放戦始まるんだろ…?
・ヴェネツィア奪還後のユーリ君を下手に動かすと502に合流できないんじゃね…?

ってな事情です。
公式からの供給待ちですね。何よりユーリ君をまた502の皆に会わせたげたいので。
メインストーリーの更新再開は、「ブレイブウィッチーズ2期が放送したら」となります!

…果たして何年後になるんだろうか。



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72JFS LNAF AVIATION MAGIC BAND
ひとりぼっちの迷子


遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

かつて感想にて

「もしユーリがルミナスに入っていたら…という話も見てみたいです」

というお声をいただきましたね。
残念ながらユーリ君が501ではなく音楽隊に入るifルートは99.9%ありえない(出自が出自なので…)んですが、代わりにというか、上の感想を頂くよりも前から考えていたルミナス編をお送りいたします。




 ヴェネツィア解放を目的とした一大作戦"オペレーション・マルス"によって、ヴェネツィア上空に出現したネウロイの巣が撃破されてから、早数日──

 

 完全復活を果たした504部隊によって、残存していたヴェネツィアのネウロイは殲滅。ロマーニャやヘルウェティアといった近隣国に避難していたヴェネツィア市民達は、徐々にではあるが着実に自分達の街へと帰還を果たしていた。

 今は軍と市民で協力して街の修復に専念しており、制圧されてから解放までの期間が比較的短かったこともあって、予想していたよりも被害は少なく、順調に復興作業は進んでいる。

 

 解散した501部隊のメンバーは再び各地へ散り散りになり、シャーリーとルッキーニはこのままロマーニャに駐留。ユーリもまた、総司令部から次の命令が下されるまでの間、軽い療養も兼ねてロマーニャに滞在していた。

 

「──では、ゆっくり肩を回してみて下さい」

 

「はい」

 

 医師に促され、右肩をゆっくり大きく回す。

 

「痛みは?」

 

「大丈夫です。違和感もありません」

 

「良かった。外れた肩をその場で嵌め直したと聞いていましたが、靭帯や骨の方も異常は無いようですね」

 

「はい。お陰様で」

 

 医者の父を持ち、自身も前線で戦う傍ら医学書を読み込んでいたハルトマンの処置は完璧だった。芳佳の治癒魔法も無い中、ストライカーで滞空中という不安定な状態でありながら全くの後遺症無しに肩を嵌め直せたのは、(ひとえ)に彼女の知識と技の賜物だろう。

 

「検査は以上です。もし肩が痛み始めたら、またすぐ受診して下さい」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 頭を下げて診察室を出たユーリが受付で諸々の手続きを済ませていると、病院のスタッフ達の談笑が耳に入ってきた。

 

 

 ──そういえば知ってる?近々ヴェネツィアでコンサートがあるんですって!

 

 ──ああ、聞いた聞いた!あの音楽隊でしょ?

 

 

 どうやらヴェネツィア解放を祝して何か催し物があるらしく、スタッフが話していたコンサートというのもその一環なのだろう。確か去年の年末頃にガリアで解放記念式典が執り行われたはずだが、あの時はガリア奪還から数ヶ月の準備期間を要した。

 ヴェネツィア奪還からひと月も経たない内に式典の類を行うのは、先も言ったようにガリアと比べ被害が少なかった事に加え、一刻も早く市民達の心の傷を癒そうという目的もあるはずだ。

 

 病院を後にし、家の代わりに貸し与えられているロマーニャ空軍の施設へ帰る道中──行きは車だったが、帰りは街を見て回りたい、と無理を言って歩きである──今日も賑わうローマの街の喧騒を耳にしながら、少しだけ遠回りをして帰っていたユーリは、街の広場でこんなものを耳にした。

 

 

 ──歌を歌おう 音符の翼を羽ばたかせて~♪

 

 

(……?)

 

 見れば、広場の噴水の前に集まった数人の子供達が揃って歌を口ずさんでいた。普段なら楽しそうだな、程度の認識で通り過ぎる所だったが、ユーリは自分でも気づかぬ内に足を止め、あどけない歌声に耳を傾けていた。

 

「──お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「えっ──?」

 

 半ば放心状態だったユーリは、唐突に掛けられた声に間抜けな声を返してしまう。どうやらジッとこちらを見ていた事に気づいたらしい子供の1人──猫を模った髪留めをつけた幼い少女が、ユーリの元へ駆け寄ってきていた。

 

「あ……いえ──素敵な歌だなと思って。ご家族に教わったんですか?」

 

「ううん、この歌はルミナスウィッチーズの歌!わたしがママとパパに教えてあげたんだよ!」

 

「ルミナス、ウィッチーズ……?」

 

「お兄ちゃん知らないの!?ルミナスウィッチーズはね、すっごいんだよ──!」

 

 首をかしげたユーリに、ルミナスウィッチーズとやらの説明を喜々として始める少女だったが、

 

「──おねーちゃーん!お母さんたちが呼んでるよー!」

 

「あっ、はーい!──バイバイ、お兄ちゃん!」

 

 そう言って、どうやら姉弟だったらしい他の子供達と一緒に広場を駆けていく。結局ルミナスウィッチーズが何なのかは教えてもらえなかったが、戻ったら自分でも少し調べてみるかと思い直し、ユーリは歩みを再開した。

 

 広場を外れ、狭い路地を進む。一転して静かな雰囲気を漂わせる路地は人が少なく、考え事にはうってつけであると同時に、軍の施設への近道でもあった──もっとも、この街の生まれではないユーリに土地勘はほぼ無い。単に建物の位置関係から、この路地を突っ切っていけば近道ができるはず。という予想の下、ここへ足を踏み入れた次第である。実際その予想は当たっており、路地へ薄らと差し込む光の先には見覚えのある施設が垣間見えた。

 

(ルミナスウィッチーズ……ブリタニアのH M W(グローリアスウィッチーズ)と同じような、国軍の部隊か?でもロマーニャには赤ズボン隊以外に、そういったものは無かったはず……)

 

 遠巻きに、何やら鳥とも猫とも付かない謎の声が聞こえるが、思考に耽るユーリの意識には届かない。そのまま施設入口へ差し掛かる。そんな時──

 

 

「──んム゛ッ!?」

 

 

 突如、凄まじい勢いで飛来した毛玉のような何かが顔面にクリーンヒット。痛みという程の痛みこそ無いが、モロに受けた衝撃でユーリは仰向けに倒れ込んでしまった。

 クワ~ッ!というような鳴き声が遠ざかっていく中、少し遅れてダークグリーンのジャケットに身を包んだ少女が施設の中から駆け出てくる。

 

「モフィー!誰かとぶつかったりしたら危ない──って、ああごめんなさい!」

 

 まだチカチカと視界の定まらないユーリを見て時既に遅しという事を察した少女は慌てて謝罪する。どうやらユーリの安否を確認したい気持ちと、これ以上被害が出る前に速くあの毛玉を確保したいという気持ちがせめぎ合っているらしく、視線は毛玉が跳んでいった方向とユーリとをしきりに行き来していた。

 

「──おーい、ジニー。モフィ捕まった?」

 

「外に出て行っちゃったんです。しかもこの人にぶつかっちゃったみたいで……!」

 

「なる程──ここは私が見とくから、ジニーはモフィを探しに行って」

 

「お願いします!──あの、本当にごめんなさい!後でまたちゃんと謝りに行きますから──!」

 

 新たに現れた2人目の少女にこの場を任せ、ジニーと呼ばれたジャケットの少女は道を駆けていく。彼女に代わってこの場に残った少女は、

 

「大丈夫ー?」

 

 ようやく定まったユーリの視界には、こちらを見下ろす髪の長い少女の顔が。

 

「運が悪かったねぇ、モフィは暴れだすとあんな感じでさ──」

 

 体を起こしたユーリを見て、少女は一瞬だけ言葉を失ったようだった。

 

「っ……ほら、手。立てる?」

 

「ありがとうございます」

 

「ねぇ……名前、聞いていい?」

 

「あ、はい。ユーリ・ザハロフです」

 

「ユーリ……うん、覚えた。後でさっきの娘にも伝えとくね」

 

 そう言われて、先程改めて謝罪に来ると言っていたあの少女の事を思い出す。同時に、最も重要な疑問も思い出した。

 

「あの凄まじい勢いで飛んできた毛玉の様なものは一体……?」

 

「モフィの事?モフィはジニー ──さっきの娘の使い魔だよ」

 

「使い魔……?という事は──」

 

「うん、あの娘はウィッチ。ついでに私もね──」

 

 目の前の、自由ガリア空軍の青い軍服に身を包んだ少女は、遅ればせながら自らの名を名乗る。

 

 

「自己紹介が遅れちゃったね──私はエリー。ルミナスウィッチーズの、エレオノール・ジョヴァンナ・ガションだよ──()()()()()()、ユーリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっかけはほんの些細な事だった。自分の使い魔であるイエネコのリオが、ジニーの使い魔である黒鳥(の雛?)のモフィに戯れついて、それを鬱陶しがったモフィが逃げ出すという、いつもの事。

 自分の使い魔が原因である手前、真っ先にモフィを追いかけていったジニーを手伝おうと、自分も彼女の後に続いた。

 

 半ば暴走したモフィが通行人とぶつかったと聞いて、道のど真ん中に倒れている人物の顔を見た瞬間──エリーの脳裏に電流が走った。

 

 

 間違いない、あの時の少年だ──と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り──1944年3月、場所はブリタニア。

 当時のエリーはそこで、相方であるスオムス空軍の元エース、アイラと2人で細々と音楽活動に励んでいた。というのも、少し前に出会ったリベリオンのグレイス少佐に誘われたのだ──「音楽で人々を助けてみない?」──と。

 

 戦傷によってまともに戦えなくなってしまった経歴を持つアイラが半ば渋々それを承諾すると、エリーもそれに同調。2人きりの音楽隊もとい、小さな合唱団が結成された。今にして思えば、ここが全ての始まりだったように思える。ここから彼女達は仲間を増やし、ウィッチの音楽隊として名を馳せていくことになるのだ。

 

 

 ──これは、そんな彼女(エリー)がまだアイラと2人で活動していた頃に出会った、とある迷子の少年との短い記憶である。

 

 

 ある日、首都ロンドンのアルバートホールでコンサートを行った時の事だ。ステージを終えれば、待っているのは軍の上役からのおべっかばかり。しかも褒められるのは外面だけで、肝心の歌に関しては全くと言っていい程関心が向けられていなかった。それどころか上役同士でコネクションを作ったり、表沙汰にはできない密談の場として利用される始末。

 歌で人々を救う、と掲げたはいいが、観客がその歌を真剣に聴いてくれなければ意味がない。そしてその観客というのも軍や上流企業のお偉方がほとんどで、発起人たるグレイスが本来想定していたであろう一般市民にはそもそも観覧する権利が無い。

 何事にも先立つもの()は必要である以上、まずは活動を支援してくれるスポンサーを見つけなければならないという事情は聞かされていたし、エリーもアイラも理解はしている。だが理屈と気持ちは別だ。

 

 何度公演を行っても、イマイチ変わり映えのしない観客の顔触れ。まるで定型文の如き変わらない感想、一向に変わらない現状──ここまで手応えが無いと、果たして自分達のしている事に意味はあるのかと疑問に思うのも道理だった。

 

 そんな折だ──何度目かの公演を終え、いつものように退屈なやり取りを貼り付けた笑顔でやり過ごしていたエリーとアイラ。そこへ、1人の若い女性が近づいてくる。

 

 また外面だけ褒められるのか、と内心で辟易しながらも貼り付けた笑みは崩さず、その女性に向き直ったエリー。

 

 

 ──そんな彼女に向けられたのは、もううんざりする程聞かされたお世辞でも、歌声に対する感想でもなく、冷たい金属の刃だった。

 

 

「え───?」

 

「弟の仇──ッ!」

 

 小振りのナイフがエリーに突き立てられようとした時──凶器を握る手首を横から掴んだ者がいた。女性の腕を引いてエリーをナイフの軌道から外すなり、か細い腕を捻り上げ、後ろ膝に蹴りを入れて跪かせる。瞬く間に取り押さえられた女性は、まだ自由の利く左腕で転げ落ちたナイフを拾おうとするが、動きを見せた瞬間その腕を踏みつけられてしまった。

 

「ぐっ……何するのよ、離しなさいッ!大の男が女にこんな事して恥ずかしくないの!?」

 

「……生憎、私がその大の男というカテゴリに含まれるには、もう10年程の期間を要するかと。故に、その抗議は的外れなものであると判断します」

 

 あまりの手際の良さに顔を確認する間も無かった女性は、ここで初めて、今自分を取り押さえているのが年端も行かない少年である事に気づく。

 

「そもそも、ここは本来音楽を楽しむ場だと伺っています。そこへこのような凶器を持ち込み、あまつさえ出演者に害を成す行為に及んだ時点で、あなたには反論の権利すら無いという事をご理解ください」

 

 騒ぎを聞きつけた周囲の人間によってすぐさま警備員が駆けつけ、女性は連行されていく。

 

「ッ……あなたたちのせいよ!あなた達ウィッチが助けなかったせいでッ、弟は──ッ!」

 

 聞けば、兵士として戦場に出ていた彼女の弟は、ネウロイとの戦いの最中に戦死してしまったのだという。生前ウィッチ達の事を甚く尊敬していた弟の「ウィッチがいるんだ、きっと大丈夫さ」という言葉が、姉である彼女の聞いた最後の言葉だったそうだ。

 

 エリー達へ恨み節を吐く女性に、少年は静かに言い放つ。

 

「……あなたは実際に戦場へ行って、戦っていたウィッチ隊の顔を見たのですか?」

 

「は……?」

 

「それとも、実際に弟さんから言われたのですか?彼女達のせいで自分は死んだ、復讐してくれ。と」

 

「そんな、事……ッ」

 

「無いと言うなら、あなたの行動そのものが極めて無意味なものであると判断します。ご家族を亡くしたあなたの心中はお察ししますが、ただウィッチであるというだけで襲われる謂れは、当事者ですらない彼女達にはありません」

 

「っ……分かってるわよそんなの──だったらッ!……だったら、この気持ちはどうすればいいの……?このグチャグチャになった気持ちを、誰にぶつければいいのよッ!?」

 

「……申し訳ありません。私には、その質問に対する適切な回答が分かりかねます」

 

 大切な誰かを喪った悲しみは、その当人か、同じ経験をした者にしか分からない。幸か不幸か少年はそういった経験をしておらず、だから回答しなかったのだろう。気休め程度の回答を口にするのは簡単だが、そんなもので彼女の気が休まるとも思えず、第一その必要もない、と少年は判断した。

 

 自身の行いが無意味で的外れなものだと分かっていても、何か行動に起こさずにいられなかった女性は「ごめんなさい」と、涙を滲ませた瞳でエリーとアイラをまっすぐ見据えて謝罪をした後、改めて連行されていった。

 

 事態が終息し、徐々に観客達の喧騒が戻り始める。役目を終えたとばかりに立ち去ろうとする少年を、エリーが呼び止めた。

 

「ねぇ!──ありがとう、助けてくれて」

 

「いえ……当然の事をしたまでです」

 

「君は……ブリタニアの軍人か?」

 

 少年が着ているのがブリタニア空軍の軍服であることに気づいたアイラに、少年は言葉を返す。

 

「まだ若輩の身です。気にかけて頂く程の者ではありません」

 

「だがこうして助けてもらった以上、礼はしっかりとしておくべきだろう。後日、隊長と一緒に──」

 

「お礼の言葉でしたら先程いただきました。それで必要十分です。お気になさらず」

 

 真面目な性分であるアイラは尚も食い下がるが、そんな彼女の言葉を遮るように、エリーが小さく手を挙げた。

 

「それじゃあさ──また私達の歌、聴きに来てよ。それがお礼ってことでどう?」

 

「……確約は出来かねますが、機会があれば」

 

「うん!」

 

 嬉しそうに微笑むエリー。アイラは未だに「それでいいのか…?」と迷っている様子だったが、最終的にはエリーの案に賛成した。

 

 長々と退屈な観客達とのやり取りが終わり、ステージ用のドレスから馴染みのある軍服に着替えたエリーは、同じくスオムス空軍のジャケットに袖を通すアイラへ声を掛ける。

 

「ねぇアイラ──もう少し、頑張ってみない?」

 

「……この活動を、か?」

 

 少し前から2人の間で相談していたことだ。このまま何も変わらないようなら、いっそのこと活動を止めよう、と。

 

「お前の方からそんな事を言うなんて、珍しいな」

 

「なんかさ、さっきの見たら思ったんだ。私達、まだスタート地点にも立ってないんじゃないかって」

 

「まぁ……そうだな。グレイス隊長が言っていた"歌で人々の心を救う"という活動は、あのような一般市民達の為にこそあるべきだ。だが──」

 

 ここまでのアイラ達の活動は、ああいったホールを利用してのコンサートと、ラジオで歌を放送した事が数回ある程度。後者はまだしも、前者が届く対象は先も言ったように権力者達が殆どで、あの女性のような一般市民に直接歌を披露した経験は無い。

 

「それに、助けてくれたあの男の子……私と似てる気がするんだよね」

 

「似ている……?」

 

「うん。多分、私と同じ──迷子なんだよ、あの子も」

 

 帰る場所の無い、ひとりぼっちの迷子の目──あの短いやり取りの中で、エリーは少年に自分と似たものを感じ取っていた。

 

 

 助けたい、と──そう思ったのだ。

 

 




後半でエリー達を助けた少年は勿論当時のユーリ君です。501に入るちょっと前、軍のお偉いさんと口裏合わせをする為にマロニーに連れられてホールに来てた訳ですね。例の女性を取り押さえるのに腕を踏んづける所とか、結構容赦なく描きました。



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いいんだよ

分割したはいいものの配分を間違えましたねコレ…前回の倍くらいになっております



「──とまぁ、実はあの時に1回だけ会ってたんだよ、私達。それが今やお互い有名人なんだから、人生って分かんないよねぇ」

 

「言われてみれば……そんな事もありましたね。全く気づかず、申し訳ありませんでした」

 

「無理もないよ。会って話したって言ってもホントに短かったし、お互い名前も知らなかったし。それにユーリってばちょっと可愛くなってるしね?」

 

 そう言って、エリーは自身の頭──丁度ユーリが髪を留めている辺りを指差す。

 

 施設の裏手に設置されたベンチに腰を下ろしたユーリは、横に腰を並べたエリーから諸々の話を聞かされた。ルミナスウィッチーズの正体が、様々な理由があって前線で戦えないウィッチ達によって結成された音楽隊である事。そこで自分が副リーダーを務めていること。そしてそんな自分が、過去にユーリと出会っていた事も。

 

「でも、逆によく分かりましたね?えっと──すみません、階級をお聞きしても?」

 

「ん?えっと確か軍曹だけど……ああ、別に私の事はエリーでいいよ。階級で呼ばれるのとか違和感すごいし──それで、どうしてユーリに気づいたか、だっけ?そうだなぁ……」

 

 暫し考えたエリーは、

 

「……()()()()()()()()()()、かな」

 

 と答えた。

 

「ああ、勘違いしないでね?ユーリがあの頃と全く変わってないってことじゃなくて、印象の話。あの時と今で、会った時の印象が同じだったから」

 

 当時のユーリと今のユーリを比べると、今の方が圧倒的に感情表現が豊かになっている。そういう点では間違いなく変わっているのだが、エリーが言っているのはそこではない。もっと内面──根源的な部分にある印象が、全く同じだったのだ。

 

「……もし違ったらホントごめんなんだけど──ユーリ、帰る場所、無いんじゃないの?」

 

 おずおずと、しかしストレートに突きつけられたエリーの言葉。果たしてそれが正しかったのか否かは、紫色の目を小さく見開くユーリの表情を見れば分かる。

 

「……それ、は──」

 

「やっぱり──分かるよ。私も同じ、迷子だったから」

 

「エリーさんも……?」

 

「うん。でも音楽隊の皆のお陰でハッキリした。今はルミナスウィッチーズ(ここ)が、私の帰る場所──私の第2の故郷、かな」

 

 切っ掛けをくれたのは、1番最後に音楽隊に入ってきたあの少女。彼女が背中を押してくれたから、エリーは自分の居場所を──自分がどこに居たいのかを確認できた。そしてより元を辿るならば、

 

「それもこれも、ガリアが解放されたのが始まり。だから、ちゃんとお礼は言わないとね──ユーリ、ガリアの為に戦ってくれてありがとう」

 

 ガリア人としてユーリに感謝の言葉を伝えるエリーだが、当のユーリの表情は浮かない。彼女は知らないのだ。ユーリがブリタニアの戦いでどんな立ち位置にいたのかも、ガリア解放の真実も、何も。

 

「……ガリアを解放したのは、501部隊の皆さんです。僕は成り行き上その1人に数えられているだけで、ガリアの為に何か出来たわけでは……」

 

 確かに、ユーリは501部隊と共にガリアの巣──正確にはそれに代わる脅威と化したウォーロックと戦い、撃破した。だがその勝利はあくまで結果論だ。あの最終決戦でユーリがやった事といえば、自陣営の暴走した兵器を止めただけに過ぎない。それも散々迷惑をかけてしまった仲間達の助けを借りて。

 

 その事実が重りとなり、ユーリの表情を沈ませていた。

 

「……それを言うなら、私もだよ」

 

「え……?」

 

「ガリアが解放されて、ブリタニアに戻った時。みんなが音楽隊のことを持て囃してた。まさに英雄の凱旋って感じで。特に私はガリア出身だから色んな所で取材とか受けてさ。その度に聞かれたんだ、"ガリア解放を受けてどんな気持ちですか?"って」

 

 嬉しくない、等という事は決してない。だが──

 

「正直、変な気分だった。取材中は別の誰かが自分の声で喋ってるみたいでさ。何度も思ったよ、こんなポンコツウィッチじゃなくて、もっと他に感謝されるべき人達がいるはずなのにな、って」

 

「ポンコツって……エリーさんがですか?」

 

「何、その意外そうな顔?──だってそうでしょ?私達が活動初めて1年経った今でも、ウィッチはネウロイと戦うものって認識は根付いてる。501部隊がガリアやヴェネツィアを解放したみたいにさ。それが出来ない私達──戦うことを諦めた私は、どこまで行ってもポンコツ……何ならそれ以下なんだよ」

 

 ネウロイの欧州侵攻によってガリア陥落が迫っていた頃──毎日多くの怪我人が運ばれてくる野戦病院でナースとして働いていた彼女は、後方にいながらも戦況は苦しくなる一方という事を察していた。

 そんな日々を送る内に、彼女の中にあったはずのネウロイに対する怒りや、戦うという気概がいつしか諦めに変わっていったのだ。一度消えた熱意に再び火が灯ることはなく、それは軍に入っても変わらないまま。

 音楽隊での活動を経て、燻っていた気持ちに踏ん切りこそ付いたものの、ウィッチとしての自己評価は相変わらず低いままだった。

 

「エリーさんはポンコツじゃないですよ」

 

「あ……もしかして私、逆に慰められてる?あはは……こういうトコだよねぇ」

 

 バツの悪そうに笑うエリー。ユーリはそのまま言葉を続けた。

 

「ネウロイと戦うのがウィッチであり、ご自分がそれに当てはまらないと思っているのなら、それは違うと思います。だって、音楽隊の皆さん──エリーさんは立派に戦って来たじゃないですか」

 

 ネウロイと戦うということは、必ずしも戦場でまみえるという事ではない。

 ネウロイという存在が無作為に振りまく、恐怖や悲観、絶望──それらから人々の希望を守る事も立派な戦いだ。その為に歌う者達こそ航空魔法音楽隊(ルミナスウィッチーズ)なのだと、ユーリは思っている。

 確かに彼女達は、ユーリや他のウィッチ達のようにネウロイを倒すことは出来ない。だが逆に、人々を歌の力で勇気付け、明日を生きる活力を与えることは彼女達にしか出来ないのだ。

 

「だから、エリーさんはポンコツじゃありません。ましてやそれ以下だなんてとんでもない。あくまでも自分がポンコツだと言うのなら、いっそポンコツであることを誇りに思っていいんじゃないですか?」

 

「あはは……中々難しいこと言うなぁ」

 

「──エリーさんは、すごいポンコツです」

 

「えっ……?」

 

「副リーダーとして音楽隊の皆さんを見守り、リーダーのアイラさんを支え、世界中へ素敵な歌を届ける。その歌を聞いた人々が、また明日も頑張ろうと奮起する──そんな事が出来るエリーさんは、間違いなく"すごい"ポンコツです」

 

「ちょ、ちょっと、急に何……!?」

 

「ご自分で信じられないなら、信じられるまで言い続けます。──エリーさんはすごい人です。最高のポンコツです。歌がお上手で、責任感があって、僕みたいな人間にも手を差し伸べてくれる──世界一優しいポンコツウィッチです」

 

「わ、わかった!もうわかったからストップ!……だんだん恥ずかしくなってきた……!」

 

 紅潮した顔を隠すように手で覆うエリーは、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、先程から思っていた疑問をユーリにぶつけた。

 

「ユーリはさ……どうしてそこまで誰かに優しくできるの?」

 

 ほんの少しだけ過去に交流があり、再会したとはいえ初対面同然、自分と似た境遇だからと人生相談の真似事をしている程度の仲であるエリーに、ユーリは何故こうも親身になれるのだろうか?

 

「……多分、ですけど──」

 

 少し考えたユーリは、遠慮がちに口を開く。

 

 

「僕は、他人無しでは自分に存在価値を見い出せないんだと思います」

 

 

「価値……って」

 

「僕は戦うことしか出来ません。極論、戦う為に生まれたようなものですから。それでも、この力で誰かを守れるのなら──僕の事を家族や仲間と言ってくれる人達が、また以前のような暮らしに戻る手伝いが出来るのなら、それでいいと思ってましたし、今もそれは変わりません。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「時々……本当に時折、ふと頭を過るんです──戦う必要が無くなったら。僕を必要とする人がいなくなったら、僕はどこに行けばいいんだろう──と」

 

 

 脳裏を過る度、必死に胸の奥へ押し込んで考えないようにしていたことだ。

 

 

 501も502も、他の部隊の皆だって、帰りを待ってくれている誰かがいる。肉親、友人、領民、或いは恋人──この戦いが終われば、彼女達はそんな人々の元へ帰っていく。そして大切な人とのかけがえの無い時間を過ごす喜びを噛み締める。

 

 だがユーリには肉親がいない。旧知の友がいない。帰る家が、故郷がない。

 

 ユーリを求める場所があるとするなら、それは只一つ──戦場だけ。やがて魔法力減衰を迎えてウィザードでなくなれば、戦場に身を置くことすら出来なくなる。

 

 かつて、504部隊隊長のドッリオが危惧していた。仲間達を守る必要が無くなったら──今のまま彼が戦う理由を失ったら、何が残るのだろう、と。

 だからこそ、ユーリが501部隊に合流する際、彼が1人で生きていく為の糧になる夢を見つけるよう道を示したわけなのだが……実際のところ、彼女が思っていた以上に話は深刻だった。

 

 例えば、ロマーニャ市街に物資調達に出向いた時の事だ。

 あの時、ユーリは雑貨店で小説を購入した。単純に文学作品として興味を持ったから──ではない。興味を持ったのは、ネウロイに両親を殺された復讐を果たそうと戦いに明け暮れていた主人公のウィッチの方だった。

 ウィッチとして覚醒する前に両親を失い、以降復讐を果たす為だけに生きてきたそのウィッチは、作中で過去の時代に飛ばされる。そこで両親をネウロイの襲撃から守り、過去を変える為戦う。という話だ。

 

 終わりのない復讐心だけを胸にひたすら戦い続けてきたその主人公に対し、ユーリは自分を重ねていた。

 

 復讐という唯一の目的──存在意義といっていいものを、自らの手でかき消すが如き行い。その果てに何が待ち受けているのだろう。この話を最後まで読み進めれば、何かヒントが見つかるかもしれない。

 

 

 ──いつか必ず来る、部隊の皆との別れ(戦いの終わり)を迎えた時、自分はどうするべきなのか。

 

 

 ささやかな期待と希望を抱きながら、ユーリはその本を読破した。

 

 何も、見つからなかった。

 

 主人公の少女が過去を変えたことで、両親は生存。元の時代に戻った後も、主人公は引き続きウィッチとして戦う道を選んだのだが……その隣には、自分の手で救った両親がいた。孤独に戦い続けた彼女が、家族という奪われた居場所を取り戻すことで、物語は幕を閉じる。

 

 物語を経た彼女は復讐ではなく、家族を守る為に戦う道を選んだ。結局行き着いたのは今のユーリと同じ状況であり、復讐に歪んでいた自分の存在意義が、家族という存在によって在るべき形に戻っただけのこと。そしてウィッチとしての役目を終えた暁には、帰りを待つ両親の元へ戻るのだろう。

 

 肉親のいないユーリに、彼女のような結末は訪れない。

 

 結局、ユーリはどこまで行っても変わらない──変われないのだろう。

 もし普通の子供と同じような幼少期を僅かでも過ごしており、そこから今のように変わったのならば、或いは戻れる可能性もあったかもしれないが、生憎ユーリ・ザハロフは、自力で何かを思い、考えられる頃にはもうマロニーの養子となっていた。

 そこで見て、感じて、与えられたものこそが過去のユーリにとっての全てであり、今を含む未来のユーリの骨子となっている。何か原因があってこうなったのではない──生まれ持ったといっても過言ではないそれは、一生消えずにユーリの中に存在し続ける。

 

 彼自身自覚しつつあった「ユーリ・ザハロフは異常である」という事実は、どんなに綺麗なもので上から塗り潰そうと、決して消えはしないのだ。

 

 だから、いつしかユーリは無意識の内に一線を引いていたのだろう。今も尚戦いの中を彷徨い続ける迷子の少年は、これまでいくつもの帰る場所──そうなり得る場所や人々と出会ってきた。出会った数と同じだけ、背を向けてきた。

 自分のような"異常"な存在は、彼女達が帰っていく"日常"の中にいるべきではない。いてはならない。折角取り戻した彼女達の平穏を、いつか自分が壊してしまうのではないかと、ユーリは怖くて仕方が無かった。

 

 ならば、せめて守ろうと決めた。自分の事を一時でも家族と呼んでくれた彼女達が、本当の家族の元へ帰れるように。元の日常を取り戻せるように。暖かな平穏の外側で独り佇むことになっても、引かれた線越しにでも彼女達と言葉を交わせるなら、彼女達の笑顔が守れるならそれでいい。

 

 この気持ちに偽りはない。だがその裏側には「皆と一緒にいたい、離れたくない」という気持ちが、壁の落書きを消すかのように塗り固められていた。

 塗装は何度も剥がれかけた、その度に塗り直した。ペンキがダメならモルタルで、それでもダメなら溶かした鉄を流し込んで。何度も、何度も、必死に、必死に、誰にも気づかれないように。

 もし気づかれてしまえば、きっと皆は自分の事を受け入れてくれるだろう。だがその優しさに甘んじる事は出来ない。してはならない。

 

 だって、だって自分(ユーリ)は──

 

 

「──別にいーんじゃない?異常でもさ」

 

 

「えっ……?」

 

 静かに吐露されたユーリの胸の内をジッと黙って聞いていたエリーは、あっけらかんと言い放つ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするユーリに、今度はエリーが言葉を続けた。

 

「存在意義とか、必要とされるとか、ユーリは難しく考え過ぎなんだよ。もっと単純に考えよ?別にいいじゃん、異常な人が普通の幸せを求めても。自分が異常だとか普通じゃないとか、そんなの関係ない──人には全員、幸せを求める権利と、幸せになっていい権利があるの──まぁ、野戦病院で院長が言ってたのの受け売りなんだけどね、コレ」

 

「幸せになっていい、権利……」

 

「うん。だから無理に変わる必要なんて無いし、変われない自分に失望する必要なんて無い──ありのままのユーリでいいんだよ」

 

「でも、それじゃあ……」

 

「じゃあユーリは、今まで一緒に戦ってきた人達が、皆ユーリの力が目当てだったって言う訳?そんな冷たい人達だった?」

 

「そんなことは……っ!」

 

 即座に反論するユーリを見て、エリーは笑みを零す。

 

「ほんとはもう分かってるんでしょ。あと必要なのは、一歩を踏み出す勇気だけだよ」

 

「……本当にいいんでしょうか」

 

「本当にいーの──それにね?戦う事しかできないって言ってたけど、それは違うよ」

 

「どういう……ッ──?」

 

 顔を上げたユーリは、不意に頭に柔らかい衝撃を感じる。ボールのように跳ねたそれを咄嗟にキャッチしたユーリは、丸々とした黒い鳥…らしき生物と目が合った。

 

「えっと……」

 

「あ、モフィ。戻ってきたんだ。ジニーはどうしたの?」

 

 クワ、という間の抜けた鳴き声と共に、モフィは小さなくちばしである方向を指し示す。その方向から、小柄な少女が急いで走ってくるのが見えた。

 

「もう、モフィってば……急に飛んでっちゃうからびっくりしたよ──あっ、さっきの!あの、本当にすみませんでした!怪我とかしてないですか……?」

 

「ああ、はい。衝撃こそ凄まじかったですが、特に外傷はありませんでした。ご心配なく」

 

 ユーリと同じ、ブリタニア空軍の軍服に身を包む少女は、ユーリに自己紹介をする。

 

「良かったぁ……私、ヴァージニア・ロバートソンって言います!ジニーって呼んでください」

 

「ユーリ・ザハロフ准尉です。お気遣いありがとうございます、ジニーさん」

 

 ユーリからモフィを受け取ったジニーは、ふとある事に気づく。

 

「エリーさん、モフィが見えてるってことはユーリさんもウィッチなんですよね?」

 

「うん。まぁそんなとこだね」

 

「ユーリさんの使い魔はどんな子なんですか?」

 

「あ、それ私も気になる」

 

 ウィッチと契約した使い魔は、戦闘や飛行など魔法力を必要とする時以外はウィッチと分離し、普通の動物と同じように行動することが出来る。ただし軍属として前線で戦うウィッチは、緊急時に迅速に動けるよう、殆ど常時契約者と同化しているものも少なくない。ユーリはこの後者に該当していた。

 

「………すみません。出たくないみたいです」

 

 自身の中にいる使い魔に一時分離を呼びかけてみたユーリだが、当の使い魔はそれに応じない。思い返せば、使い魔と顔を合わせたのはブリタニアで訓練していた頃が最初で最後。以降ずっとユーリの中に引き篭ったままだった。

 

「恥ずかしがり屋さんなのかな……?」

 

「まぁ、使い魔も一応生き物だからね。1人が好きな子だっているんじゃない」

 

「そっか……モフィと友達になってあげて欲しかったんだけど」

 

「それはまた今度だね──っと」

 

 ふと、辺りに時を告げる鐘の音が木霊する。空を見上げればもう日が傾いており、どうやら思った以上に長い時間話し込んでいたようだ。

 

「もうこんな時間か──ごめんユーリ。私達、これからステージの打ち合わせがあるんだ」

 

「どうぞ行ってください。話を聞いてくださって、ありがとうございました」

 

「……あのさ。明後日のヴェネツィアでのステージ、ユーリも観に来てよ。私達の歌、聴いて欲しいんだ」

 

「……はい。是非」

 

 ずっと果たせずにいた約束を新たに、ユーリ達はその場を後にする。エリーとジニーも仲間の元へ向かう傍ら、こんな話をした。

 

「──ユーリさんって、エリーさんのお友達なんですよね?」

 

「ん~……友達、でいいのかな……?」

 

 友達と断言するには付き合いが短い気もするし、かといって知り合いとドライに割り切るには関わり過ぎた気もする。少し悩んだ末に友達の位置付けとなった。

 

「……ホントはこういうの、良くないかもなんだけどさ」

 

「はい……?」

 

「私、このステージはユーリの為に歌いたい、って思っちゃってるんだよね。一歩を踏み出す最後の勇気を、私達の歌であげられたらな、って」

 

 今回ルミナスウィッチーズがここを訪れたのは、ヴェネツィア市民達の為だ。だが本来なら大衆に向けられるべきであるはずの気持ちが、今のエリーはユーリに向いていた。

 

「よく分かんないですけど──それって、良くないことなんですか?」

 

 ジニーは真っ直ぐな目で小首を傾げる。

 

「私達ルミナスウィッチーズは、歌で皆を元気にするのが役目ですよね?だったら、エリーさんは何も間違ってないと思います」

 

「ジニー……」

 

「私達の歌で、ヴェネツィアの人達も、ユーリさんのことも、皆元気にしちゃいましょう!ずっとそうしてきたじゃないですか!」

 

「……うん、そうだね!──ありがとジニー。あの時ジニーが音楽隊に戻ってきてくれて、本当に良かった」

 

 微笑みながら、ジニーの頭をポンポンと撫でる。またも彼女の純粋さに助けられた。皆を支える副リーダー等と大層な立場にいるが、その実自分も他の皆に支えられているのだということをエリーは改めて実感した。

 

 

 斯くして夜は更けていく。太陽と月が2度入れ替わり──ヴェネツィア解放を祝うその日が訪れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人々で賑わう夜のステージ。その裏側では、衣装に着替えたルミナスウィッチーズの面々が準備を進めていた。ステージ開始まで僅か30分といった所だ。

 

「……ユーリ、来てくれるかな」

 

「きっと来てくれますよ。ユーリさん、約束を破るような人には見えなかったし」

 

 傍目には分からないよう取り繕っているが、いつも余裕を見せているエリーが珍しくそわそわしている。一応、もしユーリが訪ねてきたら通してもらえるよう話は付けてあるのだが、今の所そんな気配は無い。

 別にステージの前に会いに来て欲しいとは伝えていなかったし、もし来てくれたらちょっと嬉しいな。程度の心持ちでいた所へ、勢いよく入口を仕切っていたカーテンが開かれる。

 

 もしかして──そんな期待はいとも容易く、最悪に近い形で裏切られた。

 

 

「──皆大変よッ!ヴェネツィアにネウロイが近づいてきてるらしいの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し、時は遡り──ロマーニャ空軍の施設。

 ルミナスウィッチーズの皆がヴェネツィアへと移動したせいなのか、どこか寂しさを漂わせるそこでは、ユーリが格納庫へ足を運んでいた。

 

「──では、我々はこれで失礼します」

 

「はい。ご苦労様です」

 

 互いに敬礼を交わし、格納庫にはユーリと、各自作業に勤しむ数人の整備兵達だけが残される。敬礼を解いたユーリの傍らには、発進機に固定された1機のストライカーユニット──"オペレーション・マルス"が終わって基地に帰還した直後、酷使が祟って壊れてしまった《スパイトフル》に代わりユーリの翼を務める《スピットファイア Mk.22》が鎮座していた。

 今しがた話をしていたのは、修理の為に《スパイトフル》を本国へ持ち帰る任を負ったブリタニアの兵士達だ。

 

(──ユニットも無事受け取ったことだし、そろそろ会場に向かわないと)

 

 ルミナスウィッチーズのステージ開始までもう後30分弱。ギリギリの到着にはなってしまうが、車をとばせば開演には間に合うはずだ。

 

 予め借り受けていた車の元へ向かおうと足を踏み出した瞬間──けたたましい警報が鳴り響いた。

 

 

『──カールスラント方面より、ヴェネツィアに向かって南下する中型ネウロイを確認!至急ウィッチの出動を要請します!』

 

 

「ヴェネツィアに……──ッ!」

 

 踵を返したユーリは発進機に飛び乗り、ユニットを装着。格納されていたシモノフを掴む。

 

「──ユーリ・ザハロフ、行きますッ!!」

 

 届いてすぐの《スピットファイア》は、まるでこうなる事を見越していたかのようにユーリの魔法力に応えた。一切の違和感を感じさせずユーリの身体を空高く飛翔させる。

 

 恐らく先程の要請は504部隊の基地にも届いているはずだが、単純な直線距離では現在ユーリのいる施設の方がヴェネツィアに近い。何より──

 

(彼女達の戦いを、邪魔させるわけにはいかない──ッ!)

 

 ネウロイ接近の報せを受ければ観客達と一緒にルミナスの皆も避難するはず。それより先にネウロイを撃破するのが理想だが、例え時間がずれ込んででもネウロイを倒した後にステージが行えればいい。

 1番最悪なのは、ヴェネツィア市街までネウロイの侵攻を許した場合だ。折角復興に向かっていた街が──エリー達が立つはずだったステージが破壊されるような事態になっては取り返しがつかない。市民だけでなく、彼女達の心にも深い傷が残ってしまう恐れがある。

 

 場合によってはエリーとの約束を破る事になってしまうかもしれないが、舞台が壊されるよりは怒られる方が遥かにマシだ。ユーリはエンジンを奮わせ、闇夜の中に見えてきたヴェネツィアへ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──どうしますか、隊長?」

 

「とにかく会場に集まった市民の安全が最優先よ。でもいたずらにこの事を知らせたら、却ってパニックを引き起こしてしまうわ」

 

 ネウロイ接近の報せを受けたルミナスウィッチーズは、リーダーのアイラと隊長であるグレイスを中心にどう動くべきかを考えていた。

 今まさにグレイスが言った通り、最優先すべきは一般市民達の安全だ。だがここに集まった全ヴェネツィア市民に匹敵する数の人間を安全に避難させるには人員が足りない。何せこの場にいるウィッチは皆戦えないのだ。下手に動けば不安に駆られた民衆達の間で要らぬ怪我人を生むことになる。

 恐らくこの情報を受けて504部隊が出動しているはずだ。このまま動かずに彼女達の到着を待つか、避難を開始するか──どの道時間が経てばネウロイ接近の報せは市民達の耳にも届くだろう。そうなる前に方針を決めねばならない。

 

「……最悪、私が行きます。倒せなくても、攻撃を防いで時間を稼ぐ程度なら……」

 

 エースとしての実戦経験があるアイラが出撃を申し出るが、グレイスは苦い表情をする。アイラを含む音楽隊が使用しているユニットは、実戦用とは程遠い練習機だ。大したスピードも出ず、ユニットによるシールド補助がどこまで頼りになるか期待できない。最悪命の危険も考えられるのだ。

 

(どうすれば……ッ)

 

 歯噛みするグレイス。そこへ、無線機のスピーカーが小さくノイズを発する。どこからか通信を受信したらしい。

 

 

『き──すか──音楽隊の皆さん、聞こえますか!?』

 

 

「この声……!」

 

「ユーリ……!」

 

「まさか、ユーリ・ザハロフ准尉……!?」

 

 

『──良かった、まだ無事なようですね。そちらへネウロイが向かっている事はご存知かと思います。対応できるウィッチはいますか?』

 

 

「……いいえ。会場には私達音楽隊以外にウィッチはいないわ。だから避難するにも思うように動けないの」

 

 

『分かりました。直にヴェネツィア市街上空を通過します。皆さんは避難を開始してください──すみませんエリーさん。約束、守れないかもしれません』

 

 

 ユーリというネウロイに対処できる存在が居ることで、事態を知った市民達の不安は確実に軽減されるはず。今なら安全に避難を行えるかもしれない。ユーリの提案を受けて動き出そうとするグレイスと入れ替わるように、エリーが無線を取った。

 

「──そのネウロイ、倒せる?」

 

「エリー?何を言って……」

 

 エリーの唐突な行動に、グレイスを始め音楽隊の皆が訝しむ。

 

「ねぇユーリ。ネウロイに勝って、皆を守れる?」

 

 

『──はい。必ず勝ちます。絶対に皆さんを傷つけさせはしません』

 

 

「……うん。分かった。信じるよ」

 

 通信を切ったエリーは、グレイス達に向き直ると、

 

 

「皆……やろう──歌おう!」

 

 

「なっ……!?」

 

「おいエリー、何を言ってるんだ!?避難しろと言われたばかりだろう!」

 

「ユーリは絶対に勝つって言った!皆を守ってくれるって!──だから、私達は私達の戦いをしよう!」

 

 アイラは猛反対するが、エリーは頑として譲らない。見かねたグレイスもエリーを説得しようとするが、そこに口を挟んだのはジニーだった。

 

「──私は、エリーさんに賛成。歌おうよ」

 

「ジニーまで、こんな時に……!」

 

「こんな時だからこそ、じゃないかな?私達は武器を持って戦うことは出来ないけど、代わりに歌がある。歌で皆の心を元気にしてあげられる。その為にここに来たんでしょ?」

 

「それは、そうだが……」

 

「だったら、私達が皆を不安な気持ちにさせちゃダメだと思う。そりゃあ、本当に危ないなら避難するべきだって、私も思うけど──ユーリさんが守ってくれるんなら、きっと大丈夫だよ」

 

「……確証はあるのか?」

 

「無いけど、私は信じたい。ユーリさんを信じる、エリーさんの事を」

 

「……隊長、どうしますか……?」

 

 あまり悠長に考える時間は残されていない。最終的な決定権を委ねられたグレイスは、

 

「……もう、2人共急に逞しくなっちゃって──分かったわ。時間を繰り上げて、5分後にステージ開始よ。皆、準備と覚悟はいい?」

 

 

「「はいッ!」」

 

 

 隊員達が威勢のいい返事を残してスタンバイを始める中、エリーはグレイスに小声で囁きかける。

 

「……ありがとうございます。隊長」

 

「いいわよ別に。あなたがあんな風に頑固になるのなんて珍しいし、余程の事情があるんでしょ?」

 

「……はい。──あ、そうだ。もう1つお願い、いいですか?」

 

「ん──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──ヴェネツィアの街上空を通過中のユーリは、遠方の空に紅い光を湛えた飛行体を確認する。聞いていた通りサイズは中型、数は単機だ。あれならばユーリ1人でも十分対処できるだろう。

 

 夜の空を1人で飛ぶユーリの胸にはエリーとの約束が引っかかっていたが、今は戦いに集中しなくては。

 

 そう、気持ちを入れ替えた時──

 

 

 ~~~~♪

 

 

「っ──?」

 

 不意に、インカムからピアノのメロディが聞こえてきた。

 

 

 ──My Shining Light──♪

 

 

「この歌……まさか──!?」

 

 ルミナスウィッチーズは避難せず、ステージを開始したということか。一体何故?と困惑するユーリだったが、その答えはすぐに見当がついた。正直、すぐにまた通信を繋いで止めさせたい気持ちもあるが……

 

(……彼女達が僕を信じてくれたなら、僕も信じるべきか)

 

 そう思い直したユーリは、こちらへ接近してくるネウロイを見据える。向こうもユーリの存在に気づいたらしく、紅い銃口に光を灯した。

 

「──ここから先は行かせない。彼女達のステージに、そんな無粋なものは必要ない」

 

 少女達の歌声を耳にしながら、ユーリは戦闘を開始する。先手を取ったネウロイ攻撃をシールドで受け、わざと狙いの甘い反撃をしながら高度を上げていく。ネウロイの注意が完全にユーリに向いた事で、流れ弾がステージの方へ向かう危険は無くなった。

 ネウロイの攻撃はユーリを追従していくが、捉えることはできない。やがて銃口の無い死角まで回り込まれてしまう。

 

 その瞬間を逃さず、ユーリは突きつけたシモノフの引き金を絞った──暫く振りの単独戦闘ということもあり、遠慮なしの〔炸裂〕による一撃がネウロイの機体をコア諸共爆散させる。

 

 然して手こずる事もなくネウロイを撃破したユーリは一抹の違和感を覚えた。

 

(あのネウロイ、カールスラント方面から来たと言っていたけど……やけに呆気なかった)

 

 カールスラントは国土の中に世界最多の巣を擁する、謂わばネウロイ陣営の要塞だ。当然、そこから来たとなれば相応の強敵だろうと思っていたのだが、驚く程あっさり倒せた。

 いつぞやのペテルブルグに現れた迷彩能力を持つネウロイの事を思い出し、本命が別にいるのではないかと警戒するが、そんな様子もない。

 

 敵はコアを有する中型だったが、その実哨戒目的の斥候だったのだろうか。だとすれば、カールスラントの巣が何か動きを起こす予兆とも取れる。

 

 念の為504部隊と連合軍の上層部に報告しておこうと胸に留めたユーリは、インカムに意識を戻す。どうやら無線で送信されているらしい音楽隊の歌は、丁度1曲目を終えた辺りらしく、続く2曲目に入る。

 

 1曲目の「My Shining Light」に続いて披露されたのは、去年のガリア解放記念式典でも歌った「みんなの世界」──ジッと曲に聴き入っていたユーリは、その中の歌詞の一節が気に止まった。

 

 

 ──自分だけで生きてゆく事 そうあるべきだと思い目指してた──♪

 

 ──助けを求める事は弱さじゃない 生きるという本気の強さ──♪

 

 

 先日、エリーが言っていた「私達の歌を聴いて欲しい」という言葉。ユーリはそれを額面通りに受け取っていた訳なのだが、当人としてはニュアンスが少しばかり違ったのかもしれない。

 

 

『──それじゃあ、これが最後の曲です!みんなで一緒に歌いましょう!──"わたしとみんなの歌"!』

 

 

 歌の力というのは、何も音だけではない。音に乗って紡がれる言葉にも、人々を奮い立たせる力がある。

 エリーはユーリに伝えようとしている。自分達の歌で、勇気を与えようとしているのだ。

 

 

 ──みんなと私は ずっと傍にいる──♪

 

 ──私とみんなで こういられるように──♪

 

 ──どこにいたって感じてるよ 遠くたって 近くたって 同じ歌 歌って──♪

 

 

(どこにいても、傍にいる……)

 

 物理的な距離に関わらず、一度結ばれた絆はずっと繋がっている。いつからかそんな当たり前の事を忘れてしまっていたのだろうか。離れる事も、近づく事も、怖がる必要など無かったのだ。

 

「……こんな当たり前の事を教えられないと気づかないなんて──僕も大概、ポンコツじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の曲も、終わりが近づいてきた。静かに響くピアノの音に乗って、メンバー達が順番に歌を紡いでいく。

 

 

 ──私はみんなと──♪

 

 ──ねぇ 出逢えてよかった──♪

 

 ──本当に 本当に──♪

 

 ──ねぇ ありがとう──♪

 

 ──ひとりじゃ出来ない事──♪

 

 ──みんななら出来る事──♪

 

 ──そうだ!! それだ!! いいね!! 行くよ!!──♪

 

 

 

 進め!! 前に!! 出発──おー!!

 

 

 

(聞こえてる?私達の歌──)

 

 

 誰かと一緒にいる事に、難しい理由なんて必要ない。ただ一緒にいたいと思うなら、それで十分。

 

 

(だから、いいんだよ──自分の居場所はここなんだ、って、言っていいんだよ)

 

 

 エリーは歌いながら、ここからは見えない彼方の空を飛んでいるはずの少年を想う。誰よりも強いのに、臆病で、不器用で、心優しい少年の事を。

 

 

(やっぱり私達は似てるね。あんな偉そうな事言ったのに、私もちょっと勇気が足りないや。だから、今は(コレ)が精一杯だけど……いつかまた会った時、もしまだ君が迷子のままだったら──その時は、勇気を出して言うよ)

 

 

 

 

 ──その時は、私が君の居場所になるから。

 

 

 

 

 そのいつかの時が出来るだけ早く訪れますように、という少女の祈りが果たして聞き届けられるのかは分からない。

 ただ1つ確かなのは、ひとりぼっちだった迷子の少年の帰りを待つ者が、この世界に1人増えたという事実だった。

 




ルミナス編は短くなる都合、エリー以外のメンバーにスポットが当てられず申し訳ない…またいつかルミナスとユーリ君が交わる事があったなら、その時はもう少し頑張ってみます。

本当はここで更新を止めるつもりでしたが、もうちょっとだけ、もう1話か2話くらい続きます…更新止める止める詐欺とかではないので許してください…




さて、前回の話で察している方も多いかと思いますが、以前ちょびっと触れた「参戦確定のヒロイン1名」はルミナスウィッチーズよりエリーとなります。

ルミナス放送当時は、たまたまユーリ君がルミナスのライブが行われる場所に居合わせて、普通に交流を持つほのぼの番外編程度に考えてました。
そこからこのように舵を切ったのは、10話のエリー回が理由です。偶然ってあるもんですねぇ。
故郷を追われ、音楽隊として活動しながらもウィッチとしての自分の居場所に疑問を抱いてたエリーと、端から故郷を持たず、心の奥底で自分の居場所、帰る家を求めてたユーリ君。なんたる奇跡のマッチングか。

お互いそんな相手なので、いいタイミングかと思いユーリ君には溜まりに溜まった胸の内を吐き出してもらいました。

たくさんの人達に助けてもらって、道も示してもらったにも関わらず、それを不意にしてしまう自分へのやるせなさ。
最初は純粋さや坂本さん達の教えからくるものだった周囲への接し方と、仲間というものを知ってしまったが故にいつしか生まれた「独りになること」への恐怖。
それを内心自覚していながらミーナさんやエイラ、サーニャ等の仲間に頼らなかったのは、単に迷惑をかけたくないという気持ち以外にも、また501の皆が揃うことを期待している自分に自己嫌悪を抱いてたのかもしれません(501が再結成されるような状況をどこかで望んでしまっている)

蓋を開ければ自己評価がマイナスに振り切ってたユーリ君は、エリーを勇気づけると同時に、音楽隊から一歩を踏み出す勇気を貰いました。多分更新が再開した暁にはこれまでよりちょっとだけ遠慮が無くなったユーリ君が見れる…かな?


また、基本的にユーリ君とルミナスは関わる機会が少なく、徐々に関係を深めていくのが難しいのもあって

・ユーリ君と似た境遇(これはマジで奇跡的)
・最初に会った頃のユーリ君を助けたいという気持ちが、エリーが音楽隊の活動を続けるある種の原動力にもなっていた
・次会った時ユーリ君がフリーだったら告白する(要約)

等々、参戦したばかりながら少々エリーのヒロイン力を上げ過ぎてしまったやもしれません。

そして、こうなった以上ヒロイン無しルートは消えました。ユーリ君には最後まで一緒にいてくれる誰かが必要です。
さぁ一体誰になるんだろうねぇといったところで、選択肢を増やすだけ増やした第2回市場調査と行きましょう。

はい、私自身未だに決めあぐねております…ミンナカワイクテイイコ


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青き瞳の追憶

活動報告の方を更新いたしましたので、こちらを読み終えてからでもご一読頂ければ幸いです


 私が彼女──ナタリアと出会ったのは、確か彼女が8歳だった頃。

 

 皆からナターシャと呼ばれて親しまれていた彼女は、オラーシャ陸軍のウィッチだった。

 軍に入りたての頃は辛い訓練や実戦の恐怖でいつも泣いてばかりだったけど、仲間達と協力して、自分もたくさん訓練を積んで強くなって、いつしかエースと呼ばれるようになっていった。

 

 私はそんな彼女の使い魔である事を誇りに思ってた。

 ナターシャは昼夜を問わず空を見るのが好きで、それに因んだシニィという名前をつけてもらった。オラーシャ語で「青い」という意味らしく、彼女は私の瞳をよく「青空みたいで綺麗」と言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 ある日。基地の近くに大きなネウロイが出てきて、ナターシャとその仲間達は戦った。なんとか勝つ事はできたけど、皆で怪我をして動けない人を助けてる時に、事故が起きた。

 救助に協力してくれてた、偶然基地に来ていたブリタニアの偉い人の上に、木が倒れそうになったんだ。ナターシャはそれを庇って……片脚を失くした。

 普通ならウィッチはシールドを張って身を守れるんだけど、まだ見つかってない怪我人がいるかもしれないから、ってナターシャに言われて、その時の私は辺りを探し回ってた……ナターシャを、守ってあげられなかった。

 怪我を治すことができる魔法なんてのもあるらしいけど、そんな都合のいいものはあの時のオラーシャには無かったんだ。

 

 目を覚ましたナターシャは、とにかく泣いて、叫んで、悔しがってた。ウィッチにとって脚はストライカーを履く為に必要不可欠なのに。それを失くした自分はもう飛べないんだ、って。部隊の仲間の娘達も一生懸命励ましてくれたけど、彼女達は彼女達で仕事があるから、来られない時もあった。

 

 でもそんな中で、ナターシャが怪我をしてから毎日ずっと病室に来てくれた人が1人だけいた。彼女が助けた、ブリタニアの偉い人──正確には、その副官をしてた人なんだけど──ラファエルっていう若い男の人だった。

 

 ラファエルは、ナターシャが目を覚まして暫くはずっと謝ってた。ナターシャが脚を失くしたのは自分のせいだ、って。怒りも悲しみも、やり場のない気持ちは全部自分にぶつけてくれ、って。

 ナターシャは最初こそ、ラファエルの言う通りに色んな言葉を一方的に投げつけてたけど、1週間くらい経ったらそれも収まって、今度は逆にナターシャが謝ってた。酷いことを沢山言ってごめんなさい、って。

 本当に悪いのは、肝心な時にナターシャを守れなかった私なのに……それでも私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数年後──ナターシャはウィッチ隊を辞める事はせず、車椅子で生活しながら新人の娘達の先生をしていた。元々人にものを教える才能があったみたいで、新人さん達からの評判もいい。けど、皆どこか腫れ物扱いしているようにも見えた。

 ウィッチも一応軍人だから、怪我の理由が戦いなら「名誉の負傷」として持て囃すきらいがある。でも不幸な事故で飛べなくなったナターシャには、どう接していいのか分からないんだと思う。

 ナターシャ自身それは薄々気づいてたみたいで、基地の中を移動する途中、通りがかった人達の「元エース」って言葉を聞く度にちょっと辛そうだった。

 

 そんな彼女がめげずに頑張っていられたのはやっぱりラファエルが支えてくれてたからだと思う。

 驚くべき事にラファエルは偉い人の副官を辞めて、休暇を全部使ってオラーシャに残ってくれてたんだ。

 実はこの時「負傷したウィッチにご執心のラファエル」なんて陰口を叩かれてた事を後から知った時には、何も知らないくせに、って思った。

 ラファエルはナターシャがやりにくくなった日常生活のあれこれを甲斐甲斐しくサポートしてくれた。私も色々手伝う気満々だったんだけど、流石に限度があるから……ラファエルがいてくれて本当に良かった。

 

 そうそう。これくらいの時に気づいたんだけど、どうやらラファエルには私が見えてるみたい。

 ご先祖様にウィッチがいたとかで、とっても弱いけれど自分にも魔法力が流れてるんだって教えてくれた。もっと早く教えてくれれば良かったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に数年後──ナターシャとラファエルは結婚した。

 これを機にナターシャは完全に軍を辞めて、ラファエルの奥さんになった。しかもお腹の中には2人の子供もいるんだって。

 ……これは後から知ったんだけど、ウィッチって子供を作ろうとすると魔法力が無くなっちゃうらしい。でも、何でかナターシャはお腹に子供が出来てからも私のことが見えていた。ちょっと半透明に見える、とは言ってたけど。

 

 ラファエルは少し前からブリタニア本土で軍務に復帰するようになって忙しいみたい。

 一緒にブリタニアに行かないかって話もしたんだけど、ナターシャは子供が産まれるまで待って欲しいって。

 2人でいる時間は減ったけれど、毎月最低1日は時間を作って会いに来てくれるし、電話は毎週必ず3回くれる。海を越えてもナターシャのことを気にかけてくれてた。

 

 それから月日が経って、ナターシャのお腹が大きくなってきた頃──ナターシャは私にこんなことを言ってきた。

 

 

 ──最近夢を見るの。私とラファエルが、ストライカーユニットで飛んでる夢。

 

 

 しかも2人の間にはちっちゃなストライカーを履いたちっちゃな子供がいるんだって。「もしかしたらこの子もウィッチなのかもね」なんてナターシャは笑ってた。

 

 

 ──ねぇ、シニィ。もしこの子がウィッチだったら、その時はあなたが支えてあげて。多分、私はもうすぐ完全に魔法力が無くなって、あなたとこうしてお話することも、撫でてあげる事も出来なくなると思う。でもあなたが私の大切な家族だってことは変わらない。そんなあなただから、この子を守ってあげて欲しいの。

 

 

 この時の私は、そんな寂しいこと言わないで、って思ってたけど……時間は止まってくれなかった。

 産まれたんだ。ナターシャとラファエルの子供が。お医者さんは男の子だ、って言ったけど……私には分かった。そんな私を通じて、ナターシャにも分かっちゃったみたいで。

 

 

 ──そっか。約束、したよね。

 

 

 そう言ってナターシャは私の頭を撫でて、抱きしめてくれた。

 10年以上一緒にいた彼女と別れるのは寂しいけれど、約束だから。それに離れ離れになるわけじゃない。私はこの子の中で、2人を見守ってるから。魔法力を自由に使えるようになったら、この子にお願いしてまたナターシャとお話するんだ。

 

 

 ──今までありがとう、シニィ。これからよろしくね。

 

 

 こうして私は、新しく産まれた家族と契約した。

 最後にナターシャが教えてくれた、この子の名前はユーリって言うんだって。

 よろしくね、ユーリ。これからは私が一緒だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それ以降、ナターシャとお話することは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 ユーリが産まれて3ヶ月が経った頃。ネウロイに全部壊された。

 

 

 ご め ん な さ い 。

 

 

 ラファエルとナターシャと私が暮らした家も……()()()()()()()()()()

 

 

 ご め ん な さ い 。

 

 

 ……ごめんなさい……守れなくて、ごめんなさい……また痛い思いをさせて、ごめんなさい……

 

 

 ネウロイ達がいなくなった後、崩れた家の下からシールドで守られたユーリを見つけたラファエルの顔は、嬉しそうに悲しんでいた。

 ラファエルは泣きながら「ありがとう、シニィ」って何度も言ってくれたけど、そんな風にお礼を言われる資格なんて私には無いよ……

 

 

 

 だ っ て 私 は、 ま た 守 れ な か っ た 

 

 

 

 ──ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 

 

 ──ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい──

 

 

 どれだけ謝っても、もうナターシャには会えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……今度はラファエルが死んだ。私とユーリがオラーシャからブリタニアに移り住んで1年が経とうとしていた頃に。戦場でネウロイに殺されたらしい。

 

 

 ──ユーリを頼む。

 

 

 これが、私が最後に聞いたラファエルの言葉。人っていうのはこんなにも簡単に、何の前触れもなく、驚く程呆気なく死んでしまうんだって事を、改めて実感した。

 

 どうして?なんで?なんで皆、私の傍からいなくなっちゃうの?

 

 ……せめて、約束は守らなきゃ。ユーリは──ユーリだけは。絶対に守ってみせるから。絶対に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私としてはこれだけでも十分地獄のような思いをしてきたけれど、ユーリにとっての地獄はここからだった。

 

 そして、私にとっての地獄もまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだラファエルの代わりに、その知り合いだったらしいマロニーって人がユーリを引き取った。空軍大将って事は、とても偉い人みたい。良かった、こういう人は基本的に前線には出ないはずだから、ユーリの身が危険に晒される事はなさそう。

 

 事実、引き取られて以降は平和そのものだった。仕事で忙しいマロニーの代わりに、ベビーシッターの人がユーリのお世話をしてくれた。時々ドジなところもあるけど、とてもいい人だった。

 

 ……けど、そんな平和は本当に短いものだった。

 

 

 ──あの、お耳に入れたいことが。

 

 ──なんだ?

 

 ──例のあの子、もしかしたらウィッチかもしれません

 

 ──どういうことだ?

 

 

 気付かれた……ッ!

 

 ユーリが寝かされていたベッドのすぐ脇にある棚から、マロニーがこれまで貰ってきた勲章の1つが落ちて来たのをシールドで守ったその瞬間を、ベビーシッターに見られてしまったらしい。

 これまでもそういう事はあったけど、細心の注意を払ってきた。なのに、ここに来て見られるなんて……!

 

 私はこの失敗を今でも悔やんでいる。悔やんだところでどうしようもないのはわかっているけど、悔やまずにはいられなかった。ある意味では、ユーリが享受するはずだった平穏を私が壊してしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の子でありながら魔法力を持ってることがバレたユーリは、それまで暮らしてた豪華な家から、軍の施設にある無機質な部屋に移された。

 それでもユーリが3歳になって、自分の足で立って、走れるようになるまでは普通と変わりなかったと思う……少なくとも、この頃はまだ私も気が楽だった。

 

 本当の地獄はここからだ。

 

 ある日、部屋に見知らぬ男の人が入ってきて、急に「本日から訓練を始める」なんて言い出した。

 最初こそ部屋の中を10周とか可愛いものだったけれど、ロクな休憩も入れずにスクワット10回、その次は腕立て10回と言い出した辺りから雲行きが怪しくなってきた。こんなの、3歳の子供に耐えられる訳がない。

 

 ユーリは腕立てを10回まで頑張ったところで、体力の限界が来て崩れ落ちる。

 男の人は再開するように言うけど、ユーリはもう動けない。遂には泣き出してしまった。

 

 

 ──泣くんじゃない、立てッ!

 

 

 きつい怒号と共に、鞭が振り上げられる。

 

 ……止めて、この子を傷つけないで!

 

 私はシールドでユーリの身を守った。何度鞭を振るっても結果は同じ。怖い顔をした男の人はそれが気に入らなかったらしい。ユーリが自分の意思でシールドを張っていると考えた男の人は、罰としてその日の夕食を与えなかった。

 

 次の日──また叩かれそうになった所を、私が守る。すると今度は夕食だけじゃなく昼食も抜かれた。

 

 また次の日──信じられない事に、丸1日食事が与えられなかった。その日口にできたのは水だけ。

 

 誰もいない部屋に、ユーリのすすり泣く声とお腹の音だけが響く。

 

 

 このままじゃまずい。どうにかしなきゃ。でも私に何ができる?ユーリを守る事しかできない。でも守ったらこのままご飯も食べさせてもらえない。それじゃあ──

 

 

 それじゃあ、私は……っ

 

 

 次の日──またあの男の人が部屋に来て、訓練を始める。

 

 これまでよりも数を増やし、部屋を20周するところから始まるが、流石に丸1日水だけでは力が出るはずもなく、1周したところで倒れてしまう。

 

 

 ──立て。

 

 

 鞭の男の声が静かに響く。もう一度。それでも立たないユーリに、男はわざと足音を響かせながら近づいてくる。ユーリの恐怖が私にも伝わってきた。でも……

 

 

 ……ユーリ、ごめん……ッ

 

 

 ──立てぇッ!

 

 

 振り下ろされた鞭が、初めてユーリの体を叩いた。続けて2回、3回と鋭い音が部屋の中に消えていく。

 

 

 ──痛いッ!痛いよぉッ!

 

 ──口答えするな!叩かれたくなければ訓練を再開しろッ!

 

 

 ユーリは泣きながら、フラフラとした足取りで走り始める。鞭と怒号に尻を叩かれ、涙と鼻水でグズグズになりながら20周を走り終えたユーリに、男は無慈悲にも次なるメニューを課した。

 けどどれだけ怒鳴っても、叩いても、もうユーリに体力は残されてない。嘆息した男は小さな包みと水入りのボトルを放る。

 

 

 ──本日分の食事だ。もっと食べたければ訓練に励め。お前の努力次第では1日3食に戻してやる。

 

 

 男が部屋を出て行き、ユーリだけが残される。ユーリは床を這ってまずは水のボトルに手を伸ばす。口の端から零しながらも水を飲むと、どうにか体を起こして包みを開いた。

 中に入っていたのはチーズ──ただし、角砂糖よりも小さくカットされたものが1つだけ。

 

 それでも何も無いよりはと、ユーリはチーズを口に放り込む。当然、その程度で腹が膨れる訳がない。水を飲み干したユーリは、泣き喚く気力も無くして気を失うみたいに眠りに落ちた。

 

 

 ……ごめん。ごめんね。ユーリ。

 

 

 ユーリを守るって約束したのに。この子を守る為に守れないのが、私にとって一番辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く──ユーリは本当に頑張った。毎日毎日叩かれながら、小さな体で、言われるままに身体を鍛え続けた。段々体力がついてくると、今まで身体を動かすだけだった所に勉強が入ってきた。

 普通の子供が学校で習うような事だけじゃなくて、軍のルールとか、軍人としての心構えとか、そんなものまで教え込んでくる。勉強している時にも、ユーリの横には鞭を持った大人が立ってた。流石に分からないところを聞いたくらいじゃ叩いたりはしてこなかったけど、一度間違えたり、一度教えられた事をまた間違えると容赦なく叩かれた。

 

 この時も、私はシールドを張らなかった……

 

 勉強が始まってからは、ベッドと洗面台と机以外無かった部屋に本が置かれるようになった。1人でいる時も勉強しておけ、って事だと思う。……勉強は大事だけど、今のユーリはまともに寝る時間も取れてないのに。それでもユーリは、本が置かれた意図を汲み取って勉強した。

 

 ある日の夜──いつもみたいに厳しい訓練と勉強が終わって、1人になった部屋で、ユーリは虚ろな目をしながら本を読んでた。

 

 

 ……ユーリ?

 

 

 ふと、本のページに小さな染みができる。もう1つ、またもう1つ。

 ユーリは泣いてた。泣き叫ぶでもなく、顔を歪めもしないで。ただ静かに涙だけを流してた。

 

 それを見た私は、もう我慢できなくて……初めて、ユーリの前に姿を現した。

 

 

 ───?

 

 

 そりゃあビックリするよね。部屋の中に急にオオカミが出てきたんだもん。でも大丈夫、怖くないよ。

 

 ユーリにそう語りかけようとして──して……え……?

 

 なんで?話せない。ナターシャと契約してた時はお話出来たはずなのに、なんで……ッ

 

 

 ……ずーっと後になって気付いた。ナターシャが死んだあの日──私は崩れる家からユーリを守る為にシールドを張った。ラファエルが見つけてくれるまで、ずっと。まだ赤ちゃんだったユーリの体が壊れちゃわないように、頑張ったんだけど……多分それが原因で、私の方が壊れちゃってたんだ。

 

 

 ……もう、私は誰ともお話ができない。目の前で泣いてる家族を勇気づけてあげることすら、できないんだ。

 

 

 ──だれ……?

 

 

 それでも……それでも何かしてあげたくて。私はユーリが広げてた本のページに目が止まった。ページにはオラーシャの景色を撮った写真が載ってて、その下に書いてあった小さな文字を、私は鼻先で指し示す。

 

 

 ──シ、ニ──シニィ……?

 

 

 そうだよ。あなたのお母さんがつけてくれた、私の大切な名前。ほら、私の眼を見て。青空みたいでしょ?

 ……なんて、やっぱりユーリには全く伝わってないみたい。せめて少しでも安心できるように、私はユーリに寄り添った。

 

 ごめんね。私がもっとちゃんとしてたら、もっと上手くやれてたら、こんな辛い目に遭わずに済んだよね。痛い思いをしなくて済んだよね。いっつも肝心な所で役立たずな私だけど、ユーリが頑張ってるって事、ちゃんと分かってるから。ずっと傍にいるから。

 

 だから……希望は捨てないで。

 

 いつかユーリが大きく、強くなって、こんな部屋(ところ)から出られたら──きっと、外には楽しい事がいっぱいあるよ。同じくらいの歳の子と楽しくおしゃべりしたり、一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり……きっと、沢山の幸せが待ってるはずだから。

 

 だから……お願いだから。生きることだけは、諦めないで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから、十数年が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はその間、あの代わり映えのない殺風景な部屋以外の景色を目にしてない。勿論ユーリも。

 そのユーリは、良くも悪くも成長した(変わってしまった)

 昔は泣いてばかりだった訓練も難なくこなせる様になって、沢山勉強して頭も良くなった。

 

 でも、そんなユーリに笑顔は無い。10年以上に渡って続いた厳しい生活は、ユーリから人間らしさを少しずつ取り上げていった。

 

 もうユーリは叩かれても泣かない。けど、褒められても笑わない。まるで冷たい人形みたいだった。

 たまに部屋に来る軍人達の話を聞いてると、遠くない内にユーリは何かの作戦に駆り出されるらしい。……正直、こうなることはずっと前から予想してた。私じゃそれを防げないから、せめて無事に生き抜ける強さを手に入れられるように。って、見守ってきたけど……いざそれが近づいてると思うと、不安で一杯になる。

 

 そんな中、ここでの生活に於いて唯一の幸運と巡り合った。

 ユーリが作戦に参加するにあたって、ストライカーの使い方を教える為にブリタニア軍のウィッチの人が教官になってくれたんだけど、その人がとてもいい人だったんだ。

 

 名前は……確か、ヴァイオレット・ウィリアムズ大尉。グローリアスウィッチーズっていうおっきな部隊の人で、ウィッチの中でも珍しいナイトウィッチなんだって。

 

 ヴァイオレット大尉とのストライカーを使った訓練は、私としても数少ない心が休まる時間だった。大尉はユーリの事を気遣いながら、丁寧にユニットの扱い方を教えてくれた。他にも、ユーリは狙撃手の方が向いてる~とか、魔法力の使い方が上手だね、とか。色んな事を教えてくれて、沢山褒めてくれた。私から見ても教え方がとても上手で──少しだけ、ナターシャの事を思い出した。

 

 ある程度飛ぶのに慣れてくると、ユニットを履いたまま射撃訓練をするようになったり、夜間飛行の訓練も始まった。ストライカーを使う都合上、訓練で大尉が一緒にいてくれる時間も長くなって、男の人の怒鳴り声を聞く回数も随分減った。

 ヴァイオレット大尉はちょっとお茶目な人みたいで「才能があるから」って突然空戦軌道を教える事もあった。ユーリもユーリでやってみたら出来ちゃったりして、やっぱりナターシャの子供なんだなって。

 

 

 ……ユーリが自由になったら、こんな人と一緒に暮らせればいいのに。

 

 

 そんな私の思いも空しく、ユニットの習熟期間は終わりを迎えた。同時に、ヴァイオレット大尉はお役御免になって元の任務に戻っていった。

 

 ありがとう、大尉。ユーリがあなたみたいな人に出会えて、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ここから先は、もう知ってる通り。

 

 ユーリは501部隊に入って、大切な人達と出会う。色んな無茶をしながら、色んな人たちに支えられて、少しずつだけど前に進んでる。

 

 不安もあったみたいだけど、変に遠慮しなくていいんだよって教えてくれた人がいたから。もう、大丈夫だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……でもね。私は怒ってるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして……なんで覚醒魔法なんてものを編み出しちゃったの?あんな危険なもの、気付かなければよかったのに。

 分かってる。アレのお陰で助けられた人達もいたってことは、分かってる。でも……その度にユーリの体がボロボロになっていくのは、見たくないよ。

 

 

 お願いです、もうユーリが覚醒魔法を使わないといけないような事がありませんように。

 

 

 だってユーリは、気づいてないんでしょ?

 

 

 あの時──オペレーション・マルスで一度魔法力を使い果たしたユーリが、また飛べた理由……

 

 

 私も感じた、ユーリの中で「何か」が弾けた──ううん、()()()音。

 

 

 それは多分、ウィッチ(ウィザード)の身体に備わってる安全装置みたいなもので。

 

 

 それが壊れた今、ユーリの身体は魔法力の回復速度が尋常じゃない程早くなってる。魔法力を使い切るような事態にならなければ、大丈夫だと思うけど……万が一魔法力を使い切ってしまったら、急速回復の代償としてあの時と同じ──それ以上の苦しみが襲いかかる。

 

 

 さらに事を悪化させたのは、直前であの剣に魔法力を喰われた事。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──あの時ユーリの身体には、覚醒魔法を一度使うのと同じだけの負担がかかってしまった。

 

 

 

 このことに気づいてるのは、多分私だけ──この事を、誰にも教えてあげられない。

 

 

 だから、こうして祈る。すぐ傍で一緒に戦いながら、切に願う。

 

 

 

 

 どうか、どうか。この子の行く手が穏やかで幸せな未来でありますように。

 

 

 

 




母ナターシャが魔法力と一緒にユーリ君に遺した碧眼のツンドラオオカミ シニィ。
今となっては世界でただ1人(匹)、産まれる前からユーリ君のことを見守ってくれてる存在です。
シニィが中々ユーリ君と分離したがらないのは、もうあのような悲劇を二度と繰り返さないという決意の表れなんでしょうね。今もユーリ君を守る為、頑張ってくれてます。

そしてシニィが語ってくれたユーリ君の「現状」。唯一それを知るシニィはもうユーリ君に語りかける事ができません。
オペレーション・マルスのあの時、烈風丸によって急速に喰い尽くされた魔法力。
そこに魔法力を全回復させる代償が重なり、不運にも〔爆裂〕を使わずして消費されてしまった1発。

この事実は誰も、ユーリ君本人も知りません。


彼の命は、残り4発。


それでは皆様。また、いつか。


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