ありふれた錬成師とありふれない魔槍兵で世界最強 (ゴルゴム・オルタ)
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第一章
プロローグ 異世界召喚


久しぶりの投稿になります
誤字雑事等のご指導のほどよろしくお願いいたします。


人々が寝静まる早朝前触れの時間。

俺は自然と目を覚まし、意識を覚醒する。

 

「また、あの夢か・・・・」

 

そう呟くと、俺は身支度をはじめ朝食を作るべく台所へ向かった。

台所に着くと、昨晩寝る前に仕込んだ炊飯器の窯を開け、茶碗に白米を注ぐや同じく仕込んでいた鍋の出汁を取り、味噌汁の具を調理する。

 

傍から見ればごく普通の一般家庭の朝の光景だが、俺の家では違う。

何時ものように一人分の料理を自炊し、何時ものように静かに食べる。

それが俺の日常だ。

 

朝食を済ませ、登校する前に何時もと欠かさない朝の行事をすますべく、家の一室にある仏壇に線香を差し火を付け、静かに指を添えるのだった。

 

「今日も行ってきます父さん、母さん」

 

俺の名は篠崎竜也(しのざきたつや)。

都内の高校に通うごく普通の高校生だ。

 

敢えて普通と言えない点を挙げるとするなら、両親は2年前旅行先で起きた事故で他界し、天涯孤独であることだ。

世間一般の家庭と違う事とあれば、それぐらいなのだが、その事故が切欠で起きたある体験が始まりとなったのか、常人より霊感が強くなったことである。

 

俺自身この事に対して気にはしてないが、月に何回か一人で山にキャンプ(ソロキャン)に行くと高確率で霊的な者に遭遇するぐらいである。

最初は色々とあったが、相手先とも友好的な事もあり今を無事に過ごしてる。

 

話は逸れたが、一応俺には幼い頃からの付き合いもある知人、所謂幼馴染とも言える人物がいるのである。

家を出てすぐ、彼女の姿を見るのであった。

 

「おはよう、竜也。相変わらず朝が早いわね」

「ああ、おはよう。優花」

 

俺に声をかけてきた子の名前は、園部優花(そのべゆうか)。

近所付き合いもあり、亡き両親とも交友もある洋食屋の娘だ。

彼女の実家であり洋食屋でもある『ウィステリア』の料理はどれも絶品であり、特にエビフライ定食が俺のお気に入り料理であり、最低でも週一その店で夕飯をご馳走になっている程に美味である。

なお、優花の作るオムライスは最高に美味く、時折ご馳走してくれるのは余談である。

 

言い忘れていたが、俺の両親は生前居酒屋を経営していた。

両親が他界し実質上閉店となったが、優花の両親の協力もあり、形式上店は維持しているのである。

両親が亡くなった事により、遺産を含む細かい手続きは、両親と親交も深かった常連客であったある人物が管理してくれることになり、一人暮らしをしている。

 

その人はちょっと所か凄く変わった人であり、御寺の住職の皮を被った拳法家であるが、何かと相談に乗ってくれる頼りになる人であった。

 

「ねえ、竜也。お願い聞いてもいいかな?」

「なんだ?また接客の手伝いか?」

「うん。竜也の都合がよければなんだけど・・・」

「ああ、任せてくれ」

 

登校中、傍に寄り添う優花がそう頼んでくると、俺は快く承諾した。

優花の両親には日頃から世話になっている身である以上、俺はそう言った。

そう言っているうちに学校に着き教室に向かうのであった。

 

教室に着くや先に登校しているクラスメートが俺の姿を見ると、静まり返った。

俺は気にすることもなく自分の席に座るべく移動した。

其処には相席でもある同級生に何かと絡む小者臭漂うクラスメイト、檜山大介他数名がいた。

 

「げっ。篠崎・・・」

「其処は俺の席だ。邪魔だからどけ」

 

そう言うと小悪党集団は一目散に立ち去った。

俺の隣席であるクラスメイトに挨拶をすべく話しかけた。

 

「相変わらず眠そうな顔だな南雲」

「うん・・・おはよう篠崎君」

 

俺の隣席のクラスメイト、南雲ハジメ。

一見、どこでもいるありふれた男子高校生である。

だが、この同級生はクラスのマドンナ的存在である女子に何故か見初められている。

 

それもあり、他のクラスメイトから嫉妬と願望の目線を向けられるのであった。

俺自身特に関係ないのであまり関わらないのだが、正直目に余る光景であり、ある意味このクラスの日常でもあった。

 

それから時間が過ぎ、昼休みになった頃である。

俺が、何時もの自炊した際に作った弁当を食べようと思った時であった。

床下から魔法陣のようなものが教室を包み込んだ。

 

一瞬の出来事に困惑するクラスメイト達。

俺もその一人であった。

 

こうして俺の人生を左右する出来事が幕を挙げた




次回の更新は未定ですが、ボチボチやってっきます

ストーリーの展開上若干設定を変えざる負えない為、一部変更させていただきます
(2021/1/08)


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異世界トータス

更新は不定期になりますが少しずつ書いていきます。


眩しい光に目を閉じ、再び目を開くと其処は先ほどまでいた教室とは全く違う空間であった。

それは、石造り建築物でまるで聖堂や教会のような雰囲気が漂う場所のようであった。

 

周囲のクラスメイトは突然のことに困惑を隠せない表情をしていた。

俺自身も内心驚いてはいるが、努めて冷静に周囲の状況を確認するのであった。

すると、部屋の奥にある扉が開き、数名の人物が現れた。

 

「ようこそ、トータスへ勇者様とご同輩の皆様方。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申します。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

教皇を名乗る老人は配下であろう神官らしき人物同様そう挨拶するのであった。

 

その後、イシュタルという名の教皇の案内で大広間に移動することとなった。

周囲には豪華そうな調度品、壁画などが飾られていた。

長いテーブルがありそれぞれ席に座り、とりあえずこの世界の事と、何故俺達が召喚された理由を聞くべく話し合いをすることとなった。

 

「さて、あなた方を召喚する事となた理由をこれから説明していきますので、どうか最後までお聞きくだされ」

 

詳しい話を簡単に要約するとこうだ。

 

この世界トータスには人間族、魔人族、亜人族の三種族が存在し、現在人間族と魔人族は戦争状態である。

何百年も続く戦争で戦力が拮抗したかに見えた矢先、魔人族が魔力を取り入れ変質した生物、魔物を使役するようになり均衡が崩れ始めたそうだ。

このままでは人間族が滅ぶのは時間の問題であり、そんな危機を救うべくこの世界の神であるエヒトが俺達を召喚したのであった。

 

そんなイシュタル教皇の説明に猛然と抗議する人物がいた。

召喚時にたまたま教室にいた畑山愛子(はたやまあいこ)先生だ。

俺達のクラスの担任の先生ではないが、子供に戦争をさせようとする教皇に抗議するのであった。

 

「(・・・・さて、どうしたものか)」

 

俺はそんな風景を横目で見つつ、自分が置かれている状況を頭で整理していた。

この世界が危機に瀕しているとは言ったが、それはこの世界の人間たちの問題だ。

はっきり言って関係ない俺達を巻き込まないでほしい。

この世界に召喚したというエヒトとかいう神もだが、正直教皇の話はどうも胡散臭い。

絶対に信用してはならない存在だと俺の直感が告げている。

 

さらに、教皇と先生の会話を聞いていると、元居た世界への帰還は現状不可能だと告げられ、周囲のクラスメイトがパニックになった。

誰もがパニックになる中、テーブル叩き席を立った奴がいた。

クラスメイトの中心人物と言ってもいい天之河光輝(あまのがわこうき)だ。

 

そいつは何を言い出すかと思ったら、なんとこの世界の戦争に参加を宣言したのだった。

挙句に何の根拠があるかわからないが、世界を救う為に戦おうなどと言い出した。

それに釣られたのか他のクラスメイト達も賛同し始めた。

そんな光景に畑山先生はオロオロと涙目になっていた。

結局その場の流れで全員戦争に参加することとなっていた。

 

「(天之河の馬鹿野郎が!! あいつ本当にわかってるのか!? 戦争をするって意味を!!)」

 

俺は内心、天之河に愚痴りつつもその行動に呆れていた。

言い出しっぺの天之河が、戦争に参加する本当の意味を分かっているのか正直怪しいが、恐らく分かっていないのだと俺は確信していた。

あいつは以前から思っていたが、自分自身が正義だと絶対に疑わない性格で都合の悪い事は目を逸らし、ご都合解釈をする難儀を通り越して面倒な人物だ。

 

今回もそれが悪い方向に進みこうなったわけだ。

クラスメイトが盛り上がる中、横目でチラリと視線を横にすると、其処には冷静に何かを考えている南雲の姿が映った。

 

「(・・・あれは何か考えている目だな)」

 

こういう状況の中、周囲に流されず冷静に思案する事ができるとは大した人間である。

ああいう人間が一番信頼できる。

俺はそう思うのと自分自身に置かれている状況を思案する事に天井を見上げた。

 

「・・・こうなる事が分かって俺を鍛えたんですかお師匠」

 

誰にも聞かれることなく俺は小さく呟いた。

こうして俺たちは異世界トータスでの生活と戦いの渦に巻き込まれていくのであった。

 

 




原作のほうも参考にしつつも私なりの解釈で文章にしてみました。

次回もお楽しみにしてください。


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訓練開始

少しずつ、文字数を増やせるように頑張っていきます。
タグなのですが、物語の進展と合わせ追加していこうと思います。
理由としては、タグの項目次第でネタバレになるからです。
何卒ご了承ください


異世界トータスに召喚された俺達は、この世界の戦争に参加する事となってしまった。

 

まず、教皇の案内で教会の麓にあるハイリヒ王国へと向かうことになった。

ハイリヒ王国と教会は親密な関係であり、こういう事態も想定内だそうだ。

教会があるのは神山という山の頂上であるのが分かった。

外に出ると其処には都会ではまず見られない大自然の神秘的な光景が広がり、クラスメイトは感嘆していた。

これで此処が異世界であるのを再認識することになった。

 

俺達は教皇の案内と紹介の下、ハイリヒ王国へ向かうことになった。

道中なにやらロープウェイのような物で神山を下山した。

麓まで来ると、其処にはこの世界の住民らしき人達が大勢いて、なにやら大歓迎ムードであった。

そのまま国王の住む居城へ足を進めた。

王宮に着くと、国王の玉座へと案内された。

 

それから話が進み、俺達は王国の保護下で来るべき戦いに備え、力を蓄えるべく明日からでも訓練が開始されることになった。

なんと生活はすべて、王宮で衣食住が保証される事となる破格の待遇であった。

 

その後、王宮で俺達の歓迎を兼ねた晩餐会が開かれた。

目の前にある異世界料理に興味を持ち、警戒しつつもしっかりと堪能することにした。

流石は王宮で出される料理もあって非常に美味かった。

横目で見ると、料理屋の娘としての本能なのか、優花が料理長らしき人物と楽しく談笑していた。

 

晩餐会が終わり、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。

慣れない部屋で多少違和感を感じたが、これは慣れるしかないと思った。

 

「例え異世界であっても必ず生き抜いてやるさ」

 

俺はそう言うと、静かに目を閉じ眠ることにした。

 

 

翌日、早速訓練と座学が始まった。

俺達の教育係であり教官となる王国騎士団長であるメルド・ロギンスという人物から説明を受ける事になった。

そして、全員にステータスプレートと呼ばれる銀色のプレートが配られた。

なんでも、文字通り、自身の能力を数値化で示してくれるそうだ。

同時にこの世界での身分証明書にもなるという優れものだ。

尚、このステータスプレートなるものだが、アーティファクトと呼ばれる現代では再現できない強力な力を持った魔法の道具だそうだ。

 

ステータスプレートを起動する手順を習った俺達は、習った通り起動させた。

スマホの画面のように光が現れ、そこに俺自身のステータスが表記されるのであった。

 

===============================

篠崎竜也 17歳 男 レベル1

天職 ■■■■■■■

筋力:120

体力:140

耐性:90

敏捷:200

魔力:150

魔耐:80

技能:言語理解・魔力放出・■■■■・■■■■■・■■■・■■■■■■

===============================

 

「・・・なんだこれ?」

 

 

ステータスプレートに表示された俺自身のステータスに思わず声を溢れた。

天職が黒字で伏せており全くわからない。

筋力・体力・魔力はそこそこあり、俊敏は異様に高く、耐性と魔耐が少し低い。

おまけに技能は、言語理解・魔力放出以外あるが、天職同様全くわからない。

ある程度レベルを上げていくと天職が判明され、技能が解放されていくのだろうか?

天職とやらが分からない以上、何をすればいいのか全く見当がつかないのである。

ステータスを見るからには、スピードを生かした職業か何かだけは概ね想像できた。

 

隣にいる南雲のステータスプレートを見ると、天職が錬成師で能力がオール10、技能が錬成と言語理解であった。

当の南雲はがっくり来ていたそうだ。

だが、南雲は俺と違い天職が分かっている事が少しだけ羨ましかった。

分かっているのと分かっていないのでは、何を目標とするべきかで大きな差が出るからだ。

 

メルド団長の説明は続き、レベルは各ステータスの上昇と共に上がり上限は100だそうだ。

次に天職とは才能の事であり、技能と連動し、その天職の領分においては無類の才能を発揮する事のようだ。

尚、天職には戦闘系天職と非戦系天職に分類され、戦闘系天職持ちは数が少なく重宝され、非戦系天職は百人に一人、又は十人に一人居るというのも珍しくはないそうだ。

因みに、天之河は天職勇者でステータスは見事にオール100、技能もそれに見合った物が揃っていたそうだ。

そして、畑山先生に至っては、非戦系天職の作農師で能力はそこまで高くないが、技能だけでも見ると14もあるのであった。

 

「さて、各自ステータスは把握したな。これより各天職に見合った装備を選んでもらう。何せお前達は救国の勇者御一行だからな、国の宝物庫大開放だ!」

 

団長がそう言うと、一同は城の宝物庫へ移動を開始する。

俺は敢えて最後尾に行きメルド団長に近寄ると、自身のステータスプレートの事を相談するのであった。

 

「団長、少しいいでしょうか?」

「なんだ?どうかしたのか?」

「はい、自分のステータスプレートなのですが・・・」

 

そう言うとステータスプレートを出し、異常が無いか検証してもらうことにした。

だが、結果はどこも異常は無いといわれた。

 

「ふむ・・・俺もステータスプレートでこういった表示を示されるのは初めて見るな・・・・」

「そうなんですか?」

「ああ、ステータスだけで見ると、能力は勇者並か同等、そう考えると天職は恐らく戦闘系天職だろうな」

「なるほど・・・・」

「なあに、気にするな!!訓練を積んでレベルを上げれば、その内分かる!!心配するな!!」

 

何とも豪胆な性格で、非常に気楽な喋り方をする人だろうか。

胡散臭さの塊である教皇イシュタルよりも、俺はこう言った人の方が遥かに信頼できる。

こう言う人物は嫌いではない。

 

それから俺は遅れながらも宝物庫に行き、装備を選ぶ事にした。

まず装備する防具は軽装に決め、薄着で動きやすい軽い服、両肩と両腕、腰回りと両足に軽い金属性の鎧を装着した。

そして、肝心の獲物となる武器だが、迷わず槍にする事にした。

理由としては、至ってシンプルで非常に馴染むからだ。

昔、師匠に指摘されたのだが、俺は剣より槍の方が向いていると言われ、槍に鞍替えした結果、それ以降槍一筋でやってきた。

元居た世界でも、ソロキャンプで野生の猪に遭遇し、仕留める際に使用した武器も槍である。

槍の項目の武器で探していると、目に入った物があった。

技能の言語理解で、この世界の文字をこちら側の世界の文字で翻訳すると、その槍の名前が分かった。

 

『魔獣殺しの槍』

 

俺は吸い込まれるようにその槍を手にすると、意外と手に馴染む感触を覚え、その槍を自分自身の獲物にする事に決めた。

クラスメイトが各自装備を整えたのか、訓練場に移動しそれぞれに合った訓練を開始するのであった。




次回『錬成師の鍛錬』

乞うご期待ください


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錬成師の鍛錬

今回、いろいろ話を詰め込みすぎたせいか4000字を超えてしまいました。
めっちゃ疲れた。
ぶっちゃけると、早く本編に進みたいのもありましたがね(笑)
長編連載している人達、マジでスゲーとあらためて思いました。




訓練が始まって数日が経った日の事だっだ。

戦闘系天職組のクラスメイトは着実にレベルと技能を上げていた。

最初の頃は、本物の武器を手にする事に戸惑いを見せたものの、概ね慣れて来たようだ。

 

だが、それと同時に俺はある事に気が付いた。

非戦系天職組の南雲の成長だ。

彼の天職は錬成師であり、明らかに戦闘に不向きだ。

それもあり、周囲からは無能、役立たずだの陰口を叩かれている。

挙句に、天職が勇者の天之河からは努力が足りないなどと言われている。

 

俺からすれば、非戦系天職である錬成師を戦わせる事自体、間違いだと思う。

元居た世界で例えるなら、文系の美術部や演劇部に、体育会系の野球やサッカー、柔道に空手をやらせるようなものだ。

素人が見ても不向きかつ不適切なのは一目瞭然だ。

さらに分かりやすく言うなら、洋食一筋の五つ星シェフに、日本の寿司を握らせるのと同じと言えば分かるだろう。

優花にそう言ったら納得しつつ苦笑いで相槌した。

 

その事を誰も気づかず、指摘しようとしない。

最早、見るに堪えかねないと思った俺は、ある行動に移すのであった。

それは、この世界に召喚され色々と検証と考察を重ねたある計画があった。

その為には、南雲の天職たる錬成師の存在が必要不可欠だと確信した。

 

その日の訓練が終わり、俺は計画実行の為、メルド団長の下に向かい相談し、実行に移る事にした。

俺は計画実行に必要な人物の元を巡り根回しをするのであった。

 

翌日、俺は城と目と鼻の先にある城下町に早朝から訪れていた。

最も、来たのは俺だけではないが。

 

「ねえ、篠崎君。朝早く町に来て一体何処に行くの?」

 

俺が連れてきたメンバーの一人である八重樫雫(やえがししずく)が訝しげに尋ねてきた。

彼女からすれば、疑問以外何でもないのだがこれも必要な事だ。

 

「まあ最もな質問だが、来れば分かる」

 

俺はそう言い、目的地に向け先に進んだ。

昨日、俺が実行する計画に必要な人物に南雲を含む他のクラスメイトにも声を掛けた。

それが南雲、八重樫、優花、畑山先生の4人だ。

優花は、何となく察してくれたが、八重樫は頭に?が付いた顔で一応承諾してくれた。

 

「さて、到着したぞ、此処が目的地だ」

「「「「えっ!?」」」」

 

其処は、鍛冶職の人間が働く工房だった。

4人が驚く中、俺は中に入っていくのだった。

 

「親父さん、約束通り来たぜ」

「おう、よく来たな坊主」

 

工房の奥からまさしく屈強という言葉が似合う口髭を生やした中年男性がやってきた。

この人の名はアレクス・ローレンツ。

王国城下町にある鍛冶屋の親方だ。

つい最近知り合い、気が合って仲良くなった人だ。

 

「本日は我が工房にようこそお越しいただきました、神の使徒様方。心より歓迎いたします」

 

親方とその従業員の方々が深く下げてきた。

そんな光景を目にしつつ、優花が質問してきた。

 

「ねえ、竜也。私達を連れてきた訳を教えてくれない?」

「ああ、いいぞ」

 

優花の質問に俺は、4人にこの場に連れてきた訳を話すのであった。

 

実はここ数日、俺は城の外を出て、この世界の生活状況をこの目で見て回った。

そして、城での訓練を見て俺はある事を思った。

まず、南雲の天職はどう見ても戦闘向きでない事だ。

今まで通り訓練をやっても成長は見込めない。

空を飛ぶ鳥に魚の泳ぎを教えても仕方ない

ならば、大空を飛ぶ方法を教えればいい。

 

彼の天職を生かせる場で成長させてはどうなのかと。

餅は餅屋、錬成師は鍛冶屋へだ

其処が此処、鍛冶屋である。

此処ならば、武器や防具に必要な鉱物の鑑定や錬成も出きると踏んだのだ。

錬成の練度と経験を重ねれば、今より強力な装備を作れるはずだ。

城での戦闘訓練で鍛錬を積むより、遥かにレベルと技能、経験を実用的かつ効率よく得れるだと。

将来的には修練から得た経験で、それに相応しい武器だけでなく、防具も作れるようならば、戦闘は出来なくとも、戦う人間の装備を整えることはできるはずだ。

 

八重樫を連れてきたのは、彼女の獲物にもある。

今、八重樫が使う武器はサーベルであるが、戦闘訓練を見ている内に気が付いた点があった。

明らかに、彼女の戦闘スタイルと武器が一致しない事だ。

パッと見た感じではあるが、彼女の剣は居合の型でこそ真価を発揮するタイプだ。

それに気が付いた俺は、彼女に合った武器が必要だと思った。

八重樫に合う理想的な獲物は、日本刀のような重く速い、切れ味のある鋭利な武器であると。

この世界に日本刀のような概念を持つ武器はない以上、一から作るしかないのである。

 

優花を連れてきたのは、個人的な感情がある。

彼女の実家は洋食屋である。

そんな彼女に人殺しの延長である戦争なんてしてほしくないし、刃物を取り扱うのは調理場だけにしてほしい。

あと、個人的な所見だが、優花の作る料理は絶品だ。

それだけは誰が何と言おうと譲る気はない。

如何に良質な食材があっても、それらを取り扱う調理人が居ないのであれば全く意味がない。

料理するに至って、細々とした調理道具も必要だ。

それも南雲に錬成師としての技量があれば可能だと俺は踏んでる。

 

最後に、畑山先生を呼んだ理由は非常に重要だ。

先生の持つ技能は概ね把握しているが、その技能を生かすことを俺は思いついた。

俺達が異世界に召喚されてから数日が経つが、ある懸念事項が頭を過った。

それは、ホームシックだ。

元居た世界でも、ある程度問題視されてはいたが、日本から海外、又は海外から日本へ留学する人間で起こりがちな生活習慣系の問題だ。

分かっているが俺達は、望んでこの世界に来たわけではない。

当然、故郷に帰りたい願望が多々ある。

今はいいが、何れは近い将来にホームシックという問題に直面するのは明白だ。

そうなってからでは遅く、今の内に対策を取らねばならない。

 

俺なりに考えた打開策だが、この世界の料理で故郷の料理を再現する事だ。

逆にホームシックを加速させる気もしたのだが、故郷の料理を食べる事により、帰還への希望を持ってもらうという俺なりの考えだ。

というか、俺自身故郷の和食を食べたい。

贅沢を言うなら、朝食に白米・味噌汁・納豆が食いたい。

その為に、俺はここ数日城の外を出て、この世界の人間の食生活を知るべく自分の目で見て聞いたりしてきた。

結果、食材や調味料に関しては元の世界と名称は違えど、味は概ね同じだという情報を得た。

当然、市場に足を運んで確認した確かな情報だ。

これにより、故郷の日本ではありふれた調味料である、塩、砂糖、胡椒の調達、マヨネーズ、ケチャップだけでなく、和食を作るのに欠かせない味噌の生成も可能だと知った。

調味料の調合と生成には、畑山先生の技能と存在が必要である。

それに必要な道具も調達しなければならない為、それこそ南雲の錬成師という天職は、計画実行に必要不可欠な存在である。

 

一部のクラスメイトが無能だの役立たずなどほざいてるが、そいつ等の見る目が節穴の間抜けなだけであって、南雲自身に非は無い。

寧ろ錬成師の存在を理解しない連中こそ無能である。

今回俺が立案した計画は、一つの事で複数の問題を解決する合理的かつ効率的に解決する案件だ。

 

「・・・以上が俺が考えた計画の概念だ。異論はあるか?」

「「「「・・・・・・・・」」」」

 

あれ? なんか4人の反応が薄いな。

口を開いたままポカンとしているが、そんなに変な事俺は言った訳じゃないはずだ。

すると、正気に戻ったのかそれぞれ口を開いた。

 

「その・・・篠崎君は、錬成しか取り柄の無い僕をそう考えてくれてたんだね」

「何ていうか・・・凄く驚いたわ。普段無口な貴方が其処まで考えてたなんてね」

「もう竜也ったら。そんな事言われたら、私も張り切るしかないじゃない」

「先生は・・・凄く嬉しいです。だって・・・篠崎君が・・・こんなにも皆の事を思って・・・いたなんて」

 

南雲は、自分の天職を俺にこれほどまで評価されていたのが嬉しいそうにしていた。

というか自身への評価低すぎだろ、もっと自信を持て。

八重樫は、これまで特に付き合いがなかった人物が、実はもの凄い人間だった事を知った目で俺を見て、驚いていた。

まあ、この辺はしょうがないか。

あんまり話したことないしな。

優花に至っては、一番長い人付き合いもあるが、凄く頼りにされていた事に照れ顔で喜んでいた。

俺は優花の作ったオムライスが超食べたいのが、一番の理由だが。

畑山先生はというと、半泣き状態で、泣いてるのか喜んでいるのか判断が着かない顔だった。

別に皆の為ではないですよ先生。

何時も生徒の事を考え頑張ってくれてる先生への感謝と慰労も兼ねてやるんですから。

俺は敢えて声に出さず、そう頷くのであった。

 

「兎も角、行動していかないと始まらないんだ。皆、やってくれるか?」

「うん、やってみるよ!」

「ええ、頑張るわ!」

「任せて、竜也!」

「先生も頑張りますよ!!」

 

こうして、計画実行の為に行動を開始するのであった。

 

 

やることはシンプルだ。

南雲にはひたすら錬成し、鉱物を鑑定し、練度と技能を上げ、技術を磨くのである。

精製に必要な素材があれば、俺と八重樫が城外の草原に出て、手頃な魔物を討伐し、素材となる部位を剝ぎ持ち帰る。

それと並行し、戦闘面で八重樫との連携訓練も出来る為、一石二鳥である。

 

畑山先生と俺で町の市場を回り、必要な食材を調達していく。

資金はと言うと、俺達が神の使徒というのもあり、必要な額を王国から提供して貰った。

概ね、俺達の故郷の料理に興味を持ったのか、先行投資も兼ねての出資だろう。

折角なのでありがたく使わせてもらう。

調達した食材を俺と先生で調合と生成、発酵させていく。

必要な調理器具は南雲が精製した物を使用した。

作り方の指示を俺が出し、先生が調合と生成を行う。

何度も調合と生成、試食を行った結果、マヨネーズ、ケチャップ、ソース、醤油、味噌が完成した。

俺の見積もりではもっと時間が掛かると思ったが、先生の頑張りもあり、想定していたよりも早く調味料の分野は完了した。

 

優花は、南雲が錬成若しくは精製した調理用具を手にし、問題点と改善点があれば的確に指摘していた。

これにより、南雲の錬成スキルが大幅に向上し、ステータスプレートに錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物融合]が追加されるのであった。

完成した調味料を使い、町の飲食店にある厨房を借りると、俺と優花は早速調理に掛かった。

腕に振るいを掛けて、優花は洋食の『オムレツ』を、俺は和食の『鮭大根』を作った。

優花自身、本当なら俺が好きなオムライスを作りたかったらしいのだが、ライスの元になる米が入手困難な為、妥協案でオムレツになった。

俺が何故、和食の中から鮭大根を選んだかと言うと、これには理由がある。

昔、俺の家が居酒屋を開いていた時、常連客の一人が好んで注文してくれたからだ。

その人は、富岡という人で、無口で無表情な人であったが、鮭大根を食べる時だけは凄く嬉しそうな顔をしていたからという思い出があるからだ。

当然、南雲、八重樫、畑山先生に試食してもらい、文句無しの一発合格を貰った。

行く行くは、城で出す料理のメニューに追加してもらう予定だ。

お陰で、俺と優花のステータスプレートに、「食品鑑定」「食品管理」「調味料生成」「栄養調理」「料理作成」の技能が追加された。

料理の面ではこれにて完了となった。

 

南雲の錬成スキルが向上し、調理器具の完成度で優花から合格を貰った翌日には、武器の錬成と精製と言うステップに移ってもらった。

八重樫の本来の獲物である刀と言う武器は、非常に繊細かつデリケートな代物だ。

流石の南雲も刀の精製には難を極めた。

幾千幾万とも言えるような失敗と精製を繰り返し、八重樫が俺との模擬戦で強度と鋭さを何度も試し、漸く満足のいく代物ができた。

刀自体の完成度は実戦でも使えるレベルまで出来たが、今後の南雲の錬成スキル向上次第では、更なる完成度が期待される為、日本刀(試作品)として八重樫の新たな獲物となったのである。

 

もう少し時間があれば練度も上がり良い物が出来るであろうと思って城に戻った矢先、メルド団長からある事が告げられた。

オルクス大迷宮と呼ばれるダンジョンで行われる実践訓練だ。

この出来事が、俺と南雲の運命を決める転換点になるとは思いもしないのであった。




次回『オルクス大迷宮、そして・・・』


次回も頑張って更新します。


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オルクス大迷宮、そして・・・

今回も長くなったので誤字があればご指摘ください。

あんまり関係ないのですが、八重樫と白崎のコンビを見ていると、アズールレーンの高雄と愛宕を連想します。
私の気のせいでしょうか?

キャラ設定はまだ描きませんが、主人公のイメージCVは声優の中井和哉さんです。
脳内再生しながら読んでみてください。


メルド団長からオルクス大迷宮での実戦訓練を行うことを告げられた翌日、俺達はその準備に明け暮れていた。

これまでの訓練の成果を出すと意気込む者、訓練とはいえ実戦と知り緊張する者、それぞれの考えが渦巻く空気をクラスメイトの中に漂っていた。

クラスの中でもパーティとも言える物が作られ、それぞれに分かれていた。

 

天之河メンバーの通称勇者組。

何故か俺が筆頭の後方支援組だ。

確かに俺は、裏方で色々やっていたのは分かるが、後方支援組の筆頭は無いだろ。

命名したのがよりによって優花である。

前線で戦う勇者組に及ばない実力のメンバーは自然と後方支援組になったのである。

 

後方支援とはいえ、背後の守りを任された以上は仕事をこなさせてもらう。

俺自身の役割は、回復・支援役のクラスメイトの護衛、緊急時の前線への予備戦力扱いだ。

これは、勇者組の八重樫からの推薦もあり、そう言う事になった。

実際に俺と模擬戦を行い、双方の実力を知った八重樫が、天之河とメルド団長へ進言した物によるらしい。

 

俺自身のパーティはこれまで基本的に、優花と南雲なのだが、今回新たにメンバーが加わった。

優花の友人達である、菅原妙子(すがわらたえこ)、宮崎奈々(みやざきなな)、相川昇(あいかわ のぼる)、仁村明人(にむら あきと)、玉井淳史(たまい あつし)、清水幸利(しみず ゆきとし)だ。

後に、俺と南雲を除く愛ちゃん親衛隊の前身となるパーティメンバーだ。

これまで、特に接点もなく会話も碌にした事の無いクラスメイトだったが、今回の件を切欠に交流をする事になった。

 

折角なので親睦を深めるべく、城の調理場を借り、昨日再現に成功した故郷の料理をメンバーに振るうのであった。

俺は、前日作り一晩寝かせた温めた『肉じゃが』を、優花は『オニオンスープ』を作った。

個人的には、主食が白米で無く、パンなのがやや不満ではあるが、米の調達が困難なのもあり我慢した。

この世界での主食がパンなのもあり仕方ないと思うが、何時かは白米が主食の料理を出して見せると心に誓った。

 

俺が作った肉じゃがの材料は、この世界での牛肉・ジャガイモ・人参・玉ねぎを使用、調味料は醤油・砂糖、新たに調合と生成したみりん・かつおだしである。

本来なら技能を使わずとも調理できるのだが、此処は異世界である事を考慮し、惜しみなく料理したのでる。

 

優花の作るコンソメスープの材料は、玉ねぎ・パセリを使用、調味料にコンソメ、塩コショウ、バターを使い調理したものだ。

調味料のコンソメの開発にはやや時間が掛かったが、どうにか実を結び実用化に至った。

 

メンバーは、優花が料理を作るのは得意なのは理解していたが、俺が料理が出来ると知るに至っては、意外性と驚きの表情を隠せないものであった。

あいつ等、俺が料理できたのがそんなに意外だったか?

まあ、向こうでも優花以外大して話した事が無かったから仕方ないのだが。

優花の口添えもあり、いざ口にしてみれば驚愕と絶品の声が上がった。

余ほど嬉しかったのか、メンバーの中には、故郷の料理を口にし涙を出す者、一心不乱に食す者、美味しそうに頬張る者等、結果は上々であった。

 

周囲から見た俺は取っつきにくく、話し掛け難い存在だったのだが、料理という小さな切欠で、少しだけクラスメイトとの交流の道が開けたのであった。

会話を重ね、俺の実家が元居酒屋で和食が作るのが得意と知ったメンバーは、次々に好みの料理をリクエストするのであった。

以外にも、普段無口な清水ですらリクエストを言って、『鶏肉の唐揚げ』が好きだと言った。

材料と調味料が揃い次第、俺と優花は作るとメンバーに宣言するのであった。

その日の夕方、俺は畑山先生にある物を手渡した。

それは、この世界の食糧事情を俺なりに調べ、まとめ上げた書類だ。

先生も忙しいかもしれないが、時間があるときに見てくれとだけ俺は告げた。

 

 

出発前日の夜、俺は部屋で装備の確認と準備をしていた。

普段使う槍は部屋の壁に立てかけ、俺は何もない空間に指先に魔力を込め、とある文字を描くと、其処から本来の獲物を出すのであった。

その槍は、血のように赤く鮮やかに輝いており、槍の先端も万物を貫くように鋭く尖っていた。

この槍こそ、俺の相棒と言える本来の獲物だ。

普段使う槍もいいが、コイツの方が段違いで手に馴染む。

トータスに来てから出せるかどうか不安だったが、上手くいって何よりだ。

 

「師匠から授かったこの槍を使う事を無ければいいがな・・・」

 

明日向かうオルクス大迷宮は未知数ともいえる場所だ。

今使っている獲物でも十分対処できるが、万が一の時は使用するを躊躇わない覚悟だ。

俺は、再び指先に魔力を込めその槍を元在った所に仕舞うと同時に、ある物を出し手にするのだった。

 

それは昔、ある山に行った時に知り合った少女から貰った物だ。

その少女は今時珍しく、花の模様が描かれた赤い着物姿であった。

別れ際、俺に大切な人が出来たら渡してくれと言われ譲り受けるのであった。

 

「さてと、そろそろ寝る時間だが、少し行ってくるか」

 

俺はそれを手にして部屋を出た。

この世界に召喚されてからも変わらない俺の大切な人の部屋に向かった

部屋の前まで行き、ドアをノックすると中から声がした。

 

「だれ?」

「俺だ、少しいいか?」

 

ドアが開くと、其処には寝間着姿の幼馴染である優花が出てきた。

その姿に少しドキリとした。

 

「こんな時間にどうしたの竜也?」

「ああ、少し話がしたくてな、中に入っていいか?」

「うん、いいよ」

 

優花の許可も得て俺は部屋に入るのであった。

長い付き合いではあるが、部屋で二人っきりでいるのは結構久方振りである。

まあ、お互い年頃なのもあり其処ら辺はしっかり線引きをしている。

いざ、話を振ろうにもすごく緊張するものだ。

今の優花は寝間着姿であり、しかも純白のネグリジェで、部屋の窓から差し光る月の光もあり、神秘的な光景が目に入った。

その姿に魅入られそうになったが、頭を切り替え優花と目を合わすと、話に切り込んだ。

 

「実は、明日向かうオルクス大迷宮なんだが・・・」

「どうしたの?」

「前々から優花に渡そうと思っていた物があってな」

「えっ?それって一体・・・」

 

当の本人である優花は、少し驚いた顔で俺を見た。

俺は腰からそれを出すと、それを優花に渡した。

 

「これって・・・何?」

 

優花の手にしている者はお面であった。

頬に愛らしい花の模様が描かれており、可愛らしい顔をした白い狐のお面だ。

 

「これはな厄除の面って言ってな、災いを取り払うと言う意味が込められたお面だ」

 

これを渡したのには理由が幾つかある。

これから行く所には、恐らく危険性の高い場所だ。

下手したら命の危機に及びかねない所だ。

そんな場所に、優花に怪我なんてして欲しくないし、危険な目に合ってもらいたくもない。

気休めにしかならないのかもしれないが、優花には無事でいて欲しいという俺個人の祈りと願いを込めて彼女にこのお面を渡すことを決意した。

渡す機会は元居た世界でもあったのだが、結局出しそびれて、異世界に召喚されるという異常事態を皮切りに渡すことにした。

 

「このお面を渡すのは俺の一番大切な人って決めているんだ。それは・・・」

「それは・・・・」

「お前の事だ、優花」

「えっ・・・」

 

俺がこのお面を優花に渡す時に言うと決めていた事を伝えた。

クラスメイトの中で絶対に守ると決めている人物、それは優花だ。

昔からの幼馴染と言うだけでなく、向こうの世界にいた時から心に誓っている事だ。

俺の両親が亡くなってからも、親身に接してくれたのは優花とその両親だ。

今でも心に穴が開いている感覚が俺にはあるが、それでも彼女の作る料理は俺の体を温めてくれていた。

そんな大切な人である優花を、絶対に守り無事に家に帰すというのが、この世界に来た時から立てている俺の信条だ。

 

それを聞いていた優花は、俺から手渡されたお面を優しく、胸元に包むように抱きしめると、ほんのり赤くなった顔で、俺にこう言った。

 

「ありがとう、竜也。私の事、何時もそんなに見てくれてたんだね」

「当たり前だ。俺にとっての優花は身内も同然だからな」

「ううん、それでもだよ。このお面、大切にするね」

「まあ、こっちに来て色々あったけど、これからもよろしくな優花」

「こっちこそよろしくね竜也」

 

俺と優花はお互いの顔を見つめ合うのであった。

俺は優花にお面を渡し終えると、自分の部屋に戻って寝ることにした。

まだ色々話したいことがあるが、明日は早朝に出発なのもあり、早々に寝るのであった。

睡眠不足で実力が発揮できないのであれば、本末転倒だ。

部屋に戻り、ベッドに入り込むや俺は、明日に備え眠りについた。

同時刻、南雲の部屋でも似たような事があったそうだ。

 

 

翌朝、馬車に乗って目的地に向け出発する事になった。

俺達の護衛には、メルド団長を含め精鋭の騎士数名が同行する事になった。

馬車の席順だが、俺の左側に優花がぴったりと座り、右手で俺の左手を握り頭を肩に寄せ、自身の腹部に左手を置いていた。

優花は俺が渡したお面を懐の中に入れ大切にしていた。

そんな光景にメンバーの男子勢は驚き、女子勢は黄色い声を出していた。

優花もまんざらでもない顔で、そんな光景を南雲は苦笑いしつつ微笑んでいた。

 

その日の昼前には目的地である、オルクス大迷宮の正面広場に到着していた。

広場には、露店などが並び、見たこともない食品が目に入ってきた。

今回の訓練が終われば、優花と見て回る機会があると思いつつ、今はこれからの事に集中するのである。

このオルクス大迷宮は、訓練場でなく、鉱物の採掘場としても有名で、駆け出しからベテランの冒険者もこの大迷宮に来るそうだ。

 

俺達はメルド団長と護衛の騎士達と共に、中に進むのであった。

洞窟内は薄暗く、意外と槍を振り回しても問題ない広さであった。

狭い場所では槍は使いにくいことも懸念していたが、杞憂に終わった。

前衛は、天之河率いる勇者組とメルド団長の戦闘職組、後衛は俺が筆頭に優花と南雲を含むパーティメンバー、残りの後方支援の天職のクラスメイトと護衛の騎士数名の配置だ。

前衛が先を進みつつ、後衛が背後の守りを行う。

これは、何時ぞや八重樫と戦闘訓練をした際に考案した陣形だ。

万が一、魔物から挟撃を受けた際、俺と護衛の騎士でメンバーを守りつつ退路と確保し、危険と判断したら速やかに撤退するためだ。

前衛に戦闘職が集まりすぎな気がするが、俺との模擬戦を行い実力が分かる者だからこそ得た信頼もあっての判断だ。

訓練自体は、おおむね順調に進み、討ち漏らしや手頃に倒せそうな魔物を、俺のパーティメンバーで片づけていく。

稀に体を洞窟の色に擬態し透明になってた魔物がいたが、発見次第速攻で片づけていた。

俺のステータスには気配察知の技能は無かったが、自前の勘と経験で倒した事で、ステータスプレートに追加された。

未だに黒字で伏せてある部分は分からないが、師匠に授かった槍が関係していると考察しつつも、目の前の訓練に集中するのであった。

 

二十階層に到達した頃であった。

天之河が雑魚相手に周囲を考えない大技を放ち、メルド団長から大目玉を食らった時だった。

前衛組の白崎が何かを見つけたようだ。

崩れた壁の向こうに青白く光り放つ鉱物が顔を出していた。

大きさもなかなかで、美しく光るその鉱物はクラスメイトを魅了していた。

メルド団長の説明によると、それはグランツ鉱石といい同じ物でも大きさが異なり珍しいそうだ。

興味を持ったのか、その鉱石を手に入れようとする馬鹿がいた。

前衛組の檜山だ。

メルド団長の注意を無視し、それを手にしようとした瞬間であった。

護衛の騎士が、技能か魔法を使ったのかわからないが、トラップであることが判明した。

檜山が鉱物を手にした瞬間、階層にいる全員の足元から魔法陣が現れ、転移系の魔法だと誰かが言った。

慌ててメルド団長が脱出を命じるが、すでに遅かった。

光は俺達を包み、何処かへと転移させられた。

 

光が収まると、其処は巨大な石造りの橋の上であった。

橋の下は暗闇が広がる奈落の底であった。

周囲を確認すると、上り階段があるのがわかった。

メルド団長がそれを確認すると同時に、険しい顔で指示を出し階段まで走れと言う。

俺も、周囲の状況確認をすまし撤退行動に移った。

だが、それはあまりにも遅かった。

階段側の入り口付近から現れた魔法陣の中から、剣と盾を持ったガイコツ兵が大量に表れると同時に、橋の中央に巨大な魔法陣が現れ、中から体長十メートルはあろう巨大な魔物が現れた。

魔物は四足歩行で瞳は赤黒く、鋭い爪と牙でこちらを威嚇し、轟音ともいえる凄まじい咆哮を唸り上げるのであった。

それを見たメルド団長は、「ベヒモス・・・なのか」と呟いていた。

 

これが俺たちクラスメイトが直面する最初の困難であった。




次回『ベヒモスとの遭遇、運命の転換点』


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ベヒモスとの遭遇、運命の転換点

遅くなり申し訳ありません。
色々先の展開を考案しつつ、文章に書いていくのは大変です。
今年で後どこまで進められるかわかりませんが、頑張っていきます。


トラップによって別の場所へと転移させれた俺達の前に現れたのは、ベヒモスと呼ばれる巨大な魔獣であった。

迷宮での実戦訓練となる俺達には明らかに荷が重すぎる相手なのは一目見て理解した。

行き先には無数のガイコツ兵が控えており、完全にこちらが不利である。

そんな中、俺は周囲の状況把握を行い、最善策を考案する。

 

「(状況は最悪だ、クラスメイトは完全に恐怖と不安でまともに動ける奴がいない。ならば俺が出来ることは一つだ!!)」

 

俺は、八重樫のところに行きこの場に置いての最善策を告げる。

 

「八重樫、緊急時の手順通り俺は退路を確保する。そっちは足止めと時間稼ぎを頼む」

「篠崎君!?わかったわ。退路と皆の安全確保は任せたわ」

「応!!任せろ!!」

 

そう言うと、俺は後衛メンバーのところに戻り動ける者へ指示を出すのであった。

前衛組である天之河率いる勇者組が、何やら逃げずに此処で魔物を倒すなどごねていたが、八重樫とメルド団長に怒鳴られ、渋々撤退の為に行動するのであった。

この状況を作り出した元凶である檜山はと言うと、青ざめ震えが上がっていた。

俺は、それを見て後でシメると決め、自分のパーティーに戻りメンバーに指示を出すのであった。

 

「相川、仁村、玉井、俺は今からあのガイコツ兵どもを蹴散らして前線に戻り加勢に行く。お前等は魔法陣を破壊して退路を確保しろ。優花、菅原、宮崎は退路の確保が完了次第、全員の避難誘導だ。南雲と清水は撤退する前衛組の援護だ。最後の殿は俺がやる」

 

「待てよ篠崎、あの数をお前が全部相手にするのかよ!?」

「いくらなんでも無茶だろ!?」

 

相川と仁村がそう言うが俺は怒鳴るようにこう答えた。

 

「退路の確保が後衛の仕事だ、男なら覚悟決めて腹括りやがれ!!!」

 

俺は自分とメンバーの役割を伝えると、ガイコツ兵(トラウムソルジャー)の群れに目掛けて槍を構えた。

メンバーも覚悟を決めたのか、それぞれの武器を持ち戦闘態勢に入った。

優花は心配そうな目で俺を見たが、不敵な笑みを浮かべると、大丈夫だと告げガイコツ兵の群れに突撃を開始した。

 

「(そういや、師匠の所で修行していた時も、最初の相手はガイコツ兵の群れだったな)」

 

昔の事を思い浮かべつつも、俺は槍を振るう。時に突き、薙ぎ払い、ゴミを蹴散らしていくように敵を倒していくのである。

俺としては単なる肩慣らしとウォーミングアップの感覚なのだが、後方から見ていたメンバーには一方的な蹂躙劇にしか見えていなかった。

その光景に「リアル無双かよ・・・」、「篠崎ヤベェ・・・」、「竜也・・・凄い」など声に出し驚愕していた。

ガイコツ兵を片付け終え、メンバーに指示を出す。

 

「相川、仁村、玉井!!魔法陣を破壊しろ!!」

「お、おう」

 

三人が地面に描かれた魔法陣を破壊すべく行動を開始した。

これで以降の敵の増援は無くなり退路を確保できる。

優花、菅原、宮崎は戦意が無く立ち竦むクラスメイトを退路に誘導し、南雲と清水はその援護に入るのであった。

前衛メンバーを後退させるべく、俺はベヒモスの下に向かうのであった。

ベヒモスの足止めをしていた前衛は崩壊寸前であった。

勇者組の天之河ですら全く歯が立たない相手に苦戦していた。

 

「八重樫、退路を確保した。急いで後退しろ!!」

「わかったわ。皆急いで撤退して!!」

 

そう言うと前衛組は撤退を開始する。

俺は殿を果たすべくベヒモスの前に槍を構える。

鋭い爪を持つ前腕を俺へ振るうのを回避し、俺はベヒモスの胴体に槍を刺す。

分かってはいたが、大したダメージには至らなく、精精肌に蚊が刺さる程度しかない。

一瞬、本来の獲物を出すことも考えたが、それは駄目だと判断した。

アレの威力は余りに強大すぎる。

此処で使えば相手だけでなく自身の命も危うい。

唯でさえ此処は橋の上だ。

いくらなんでも足場が悪すぎる。

手詰まりと思っていた時であった。

ベヒモスの足場が大きく揺れ、奴の態勢が崩れた。

横を見ると、撤退の支援をしていたはずの南雲がいた。

 

「馬鹿野郎!!お前は後方で支援しろって言っただろうが!!」

「そうだけど、君だけに危険な真似はさせられないよ!!それに・・・」

「ん?」

「錬成だってこう言う方法だって使えるんだ!!」

 

南雲はそう言うと、錬成を駆使しベヒモスの足場を崩壊させていく。

なるほどな。

そういう使い方をするとは盲点だった。

自身の限界寸前まで錬成をした南雲は、顔に汗がにじんでいた。

そろそろ頃合いと思った時であった。

 

階段の前まで撤退していたメルド団長から、走れと言われ俺と南雲は退路である階段まで走るのであった。

退路まで撤退したクラスメイトの魔法攻撃による援護を受けつつ、俺と南雲は橋をひたすら走る。

後ろにいるベヒモスの足場は崩壊しつつ、俺達の後ろを追ってきた。

同時に橋の崩壊が加速度的に進む。

生きて帰るか、奈落に落ちるかの瀬戸際で、全身が汗まみれになっていく感覚を忘れ、俺と南雲はひたすら走る。

 

クラスメイトの援護もあり、無事退路地点まで到達するかと思っていた時であった。

ベヒモスに目掛けて放たれた魔法攻撃である魔力弾の一つが、俺と南雲に目掛けて降りかかってきた。

 

咄嗟の事もあり、完全に不意を突かれた俺と南雲は、橋の崩落と魔力弾の爆発に巻き込まれるのであった。

このままでは、ベヒモスと一緒に奈落の底へ落ちてしまう。

そう判断した俺は、左手で南雲の手を掴み、右手に持っていた槍を無事である橋先端の部分に突き刺すのであった。

横目で見ると、ベヒモスは奈落の底に落ちていき、暗闇へ消えていった。

こっちは辛うじて九死に一生を得た状態であった。

 

「南雲君!!」「竜也!!」

 

橋の上から声が聞こえた。

恐らく、白崎と優花だろう。

俺達の安否を確かめるべく、走ってくるのが分かる。

下を見れば南雲が苦笑いをした顔で俺を見ていた。

こうして俺達は何とか困難を乗り越え、仲間に救出されるのであった。

それがありふれた展開なのであれば。

 

 

最も、現実はいつも残酷で過酷なものであった。

 

 

俺は手にしていた槍に罅が入っていた事に気が付かなかった。

それは、更に広がり槍そのものが崩れようとしていた。

余りの事態に俺は一時思考停止していた。

そして、気が付いた時には槍が折れていた。

俺と南雲は、あまりにも急な展開に声を出すことも無く、奈落の底へ堕ちていった。

 

「南雲君!!!!!!!!」

「竜也!!!!!!!!!」

 

橋の先端から白崎と優花の声が響くが、時すでに遅く、俺と南雲は奈落の底の暗闇の世界へと消えていった。

左手に握っていた筈の南雲の姿は無く、俺は浮遊感を感じながら落下していった。

ごめんな優花。

またお前を泣かしてしまって。

彼女への悔いと無念を抱きながら、意識を手放すのであった。

俺と南雲の落下を見てしまった二人は、あまりの事態に思考と理解が追い付いていなく、崩壊寸前だった

かくして、オルクス大迷宮における実戦訓練は最悪の形で幕を閉じた。

崩落した橋の先端には、崩落した橋の瓦礫に折れた槍が深く突き刺さっていた。

折れた槍の先端がまるで、二人の墓標であるかのように、同時に生き残った者の心にクラスメイトの死を胸に突き刺すのであった。

 

 

あれからどれだけ時間が過ぎたのかわからない。

暗闇の中意識が混雑し、思考が定まらない。

そんな時であった。

 

「(起きろ、竜也・・・・目を覚ませ!!!!)」

 

何処かで聞いた事がある声が頭に響き、一気に意識を覚醒させた。

体を起こすと、周囲を見回すと、洞窟の壁には大量のグランツ鉱石が出て、青白く輝いていた。

お陰で周囲の地形が分かりやすかった。

足元には地下水が流れていて、腰までつかるぐらいの深さであった。

これがクッション代わりになったのか、落下の衝撃を緩和してくれたのだろう。

多少背中が痛むが、何とか体を動かし立ち上がった。

俺は、懐に仕舞っていたある物を出した。

右頬に深い傷跡のある力強い目つきをした白い狐の面だ。

 

「お前のお陰で助かったよ、ありがとな●●」

 

再びそれを仕舞い、辺りを観察しつつ行動を開始した。

俺は地下水が流れる落下地点から岸に上がり、共に落下した南雲を探すべく周囲を探索する事にした。

武器であった槍はバッキリと折れ使い物にならない。

 

「南雲は・・・・はぐれたのか」

 

仕方ないため、本来の獲物である槍を出し、警戒しながら洞窟内を進んでいった。

神経を過すまし、気配を察知してみたが生物らしき気配が全くしない。

それどころか、人間や魔物の姿もない。

 

何もないと思って前を進んでいた時であった。

行き止まりかと思っていた先に、異様な光景が広がっていた。

床一面に赤い花が万遍もなく咲いていた。

よく見たらそれは故郷である日本ではよく知れ渡っている彼岸花であった。

紅蓮の炎のように紅く美しく咲き誇り、あまりの美しさに声を失った。

さらに奥を見ると、更なる衝撃を目にした。

天井から薄い光を放ちながら水滴をこぼす謎の鉱石があった。

問題はその下であった。

 

謎の鉱石が放つ光に照らされていたのは、この世界に存在する筈の無い生物がいた。

初めは白い狼かと思っていたが、よく見ると狐であった。

雪のように白く美しい毛並みで、尾が九本ある狐が眠っていた。

どういう訳か、全身を鎖で縛られ、静かに横たわり口元には、謎の鉱石から出る水滴が零れていた。

大きさはベヒモスより少し小さめであったが、俺からすれば十分大きく感じた。

足元には、俺の持っているお面と似たものがあり、それを取ろうとした時であった。

眠っていたと思っていたその九尾の狐が、静かに目を開き俺を見た。

曇りのない青く、綺麗な瞳と目が合い言葉を失った。

すると、首だけ動かしこう言った。

 

「誰だ・・・お前は・・・」

「ッ!!!!」

「お前も・・・私の存在を否定し・・・首を取りに来たのか」

 

弱っているのか、力を感じないが澄んだ声が俺の耳に響いた。

狐が喋った事にも驚き、俺はその時何も答えられなかった。

この日、俺は自身の運命とも言える存在と出会った。

 




次回『厄災の獣と呼ばれし白狐』



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厄災の獣と呼ばれし白狐

年内にあと何回か頑張って書いていこうと思いますので、応援よろしくお願いします。


奈落の底へ落ち、クラスメイトの南雲を探索しつつ、洞窟を探索している途中、俺は鎖に縛られた九尾の白狐と出会った。

俺は、九尾の狐の問いにこう答えた。

 

「悪いが、そのどちらでもない」

「何?」

 

そもそもの話。

この出会いは偶然の産物である、俺がこの九尾の狐を殺す理由も無ければ、敵対する理由もない。

それに何故、俺達の世界では神格化すらされる九尾の狐がこんな奈落の底にいるのか見当がつかない。

思いつく疑念は多々あるが、先ずは対話で話を切り出すことにした。

そもそも、伝説上の存在である九尾の狐にどんな言葉で話しかければいいか見当がつかない。

普段通りの言葉で話すか、敬語を使って話すか悩んでいた。

 

「ああ、なんというか・・・その・・・」

「・・・畏まった言葉遣いなどいらん。貴様の話しやすい話し方で構わん」

 

俺の迷いに察したのかそう言った。

意外にも、この九尾は話し方に関しては意外と寛容である。

九尾の狐をアンタ呼ばわりするのにやや後ろめたさを感じるが、当の本人?獣がいいと言ってるので、そうと分かった俺は普段の口調で話すのであった。

 

「俺は、篠崎竜也。アンタの名はなんだ?」

「・・・・私に特に名は無い。呼びたくばシロと呼べ」

 

意外にも名前がないのに驚いた。

てか、シロって犬や猫じゃないんだからもっとマシな名は無いのかよ。

 

「それよりも人間、何故此処にいる?」

「俺が此処にいる理由か、そうだな・・・・」

 

俺は、何故この場にいるかを目の前の九尾の狐に答えた。

元居た世界から突然、この世界に召喚された事。

人間族と魔人族の戦争に巻き込まれた事。

この迷宮で訓練中に強敵に遭遇し、謀に嵌まり奈落に落ちてきた事を話したのだった。

そう言うと、その九尾の狐は「そうか、お前もか」と短く言った。

どういった事情か分からないが、この九尾の狐もこの奈落に落とされのが分かった。

今度は、俺の方から話を切り出した。

 

「なあ、アンタはもしかして九尾の狐か?」

「ほう、この世界の人間は私を『厄災の獣』と呼ぶが、お前はその名を知っているのか・・・」

「ああ、俺の故郷ではアンタの姿をした狐は伝説になってるからな」

「・・・なるほど、私と姉様があの日、突如としてこの世界に来てから、それ程までに時が経つのか」

「どういうことだ?」

 

どうやら、思っていたよりも複雑な話らしい。

俺は目の前の九尾の狐の話を聞くことにした

 

 

九尾の白狐ことシロの話では、元々この世界に住んでいたのではなく、突如として俺達と同じ世界から今より500年以上前にこの世界の神エヒトによって召喚された存在だという。

元々、シロは日本に住む九尾の狐であった。

自身の半身とも言っても過言でない同種族の姉、セキと言う名の九尾の狐と共に静かに暮らしていたが、当時の人間達から迫害と討伐の対象になっていたそうだ。

 

シロ曰く、当時、人が治める都(現在でいう京都)は陰陽師と言われる者達が守護していて、その中でも『安倍晴明』なる者が有名であったそうだ。

俺はその名を聞いて、少なくても目の前にいる九尾の白狐は1000年近く生きている事に驚愕した。

白い狐は縁起物であるのに、人間の討伐対象になっていたのに疑問が含んだ。

故郷である日本の京都にある伏見稲荷神社では、狐を祀るほど有名であるのにだ。

理由を聞けば、日本三大妖怪の一角である玉藻前の仲間と誤認されたからだそうだ。

偉く単純で馬鹿馬鹿しくもあるが、当時の人達にはそう見えてしまったのだろう。

シロ達からしてみれば、とばっちり以外何でもないのである。

 

シロ達は、迫害を受けつつも、討伐者達を返り討ちにしつつ、安住の地を求め各地を転々としていた。

それから年月が過ぎ、人間同士が争う戦国時代に移った頃であった。

突如として、得体の知れない力によって、異世界トータスに召喚されたのだった。

召喚された当初は困惑していたが、シロ曰くいきなりトータスの人間達により、異界より現れた侵略者して世界の敵に認定させられたのだった。

この世界に突如として現れた九つの尾と強大な力を持った見たことの無い異形の獣。

魔物と言う天敵を有するトータスの人々が誤認し、排除する選択を取ったのも道理だっだ。

武器を取り、自身を排除せんとする人間達に、シロ達は応戦し返り討ちにしていった。

それ以降、シロ達はこの世界の人間も、自身の命を脅かし命を奪い取る者と認識したのだった。

 

「その後も、身に掛かる火の粉を払う日々が続くと思っていた時であった。私達を受け入れてくれたある種族と出会った」

「ある種族?」

「高潔にして清廉なる種族、『竜人族』だ」

 

竜人族。

この世界に来てすぐに王宮の座学で習ったが、神敵に認定され500年前に絶滅されたとされる種族だ。

竜人族の治める都にまで逃げ延びたシロ達は、此れまでの出来事を話した。

反対の声も懸念したが、竜人族はシロ達を客人待遇で受け入れたのだった。

何故という言葉に竜人族の王『ハルガ・クラルス』はこう答えた。

『竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る』

その言葉だけで、シロ達九尾の狐の正体と経緯を見抜き、受け入れたのだった。

元々、竜人族の都は多種多様な種族が住む場所で、中には吸血鬼族の姿もあった。

 

それ程の種族が何故、神敵と認定されたのか疑問に思ったが、シロの話を聞くのであった。

これまでの扱いが嘘のように優遇され、竜人族の都で平穏な日々を過ごすのであった。

客人待遇に不満は無かったが、せめて何か返礼できることは無いかとシロ達は竜人族の王に問うが、この国で平和に暮らしてもらえれば構わないと返された。

平穏な生活は続く。

国を守護する戦士達との手合わせや王族との交流を含めた会席に招待されたりもあったが、幸せな日々であったらしい。

だが、運命はそれを許さなかった。

 

突如として、人間族からの侵略があった。

理由は分からないが世界から神敵と認定され理不尽に晒された。

世界の守護者としてこの世界に存在していた筈の竜人族がだ。

シロ達もこれまでの恩を返すべく、戦いに参加をする意思を示すも棄却された。

これは、竜人族の問題であり、客人であるシロ達を巻き込ませたくないとの竜人族の王の意思があった。

せめて、シロと姉のセキは、竜人族の最後を見届ける為その地に残り、此れまでの恩義を果たすべく、生き残りを隠里に逃がす為、時間稼ぎと殿を務めることにした。

 

シロ達九尾の狐の力は絶大で、竜人族に侵攻する人間族の戦力十数万の戦力を消滅させ、戦場を火の海と化した。

だが、突如として天より現れた謎の存在が戦況を変えた。

それは、人の姿をしていたが、不気味なほど無表情で容赦なくシロ達に襲い掛かってきた。

奮戦するも姉のセキと分断され、不覚を取り力を抑えられ奈落の底に堕とされたのであった。

セキとはそれ以降会う事無く消息は不明。

奈落の底に堕とされ体の自由を奪われたシロは、辛うじて生き延び洞窟内でひっそりと日々をすごしていった。

姉のセキと竜人族の安否を気にしつつも、一人奈落の底で待つのであった。

幸い、天井にある鉱物から零れる水で何とか命を繋ぎ、体力の浪費を抑えるべく永い眠りについた。

そして、500年以上経った。

 

「・・・そして、俺に出会ったって訳か」

「ああ、まさか私と同じく奈落に落ちる者がいるとはな」

 

目の前の九尾、否シロの話を聞いてみた俺はどうするか考えた。

シロは俺達と同じ故郷である日本から強制的にこの世界に連れてこられた存在だ。

違いがあれば、人類の認識だけだ。

俺自身世界を救う気はさらさらないが、なんとなくシロの事を他人事に思えなかった。

平穏な日々を過ごしたかったに、無理やり異世界に召喚され、剰え『神敵』や『厄災の獣』等の汚名を被せられたのだ。

俺はこの世界に召喚した神エヒトに、更に九尾とは言え白い狐に対する人類の仕打ちに静かに怒りが湧いてきた。

衝動に促された俺は、シロを縛り着けている鎖を引き千切る行動にでた。

 

「おい、何をする気だ貴様!!」

「何って決まってんだろ。この鎖をぶっ壊すんだよ。それでアンタも晴れて自由の身だ」

「何故其処までする。そんなことをする義理は貴様に無いだろう!!」

 

俺は鎖を握ると、手に魔力を込め強引に鎖を壊そうとする。

だが、予想以上に頑丈で中々壊れそうにない。

その為、今度は手持ちの武器である槍に魔力を込める。

 

「確かに義理なんてものは無いさ、だがな・・・」

「む?」

「アンタの眼から嘘は感じなかった。なによりもな・・・・」

「なんだ・・・・?」

「俺はアンタの存在を否定したりしないし、命を奪ったりしない!!」

「なっ!!!!」

 

この九尾の狐を助けようと思ったのには理由がある。

俺の一家は大昔から代々、白い狐を神様の使いとして敬ってきていた。

幼い頃、祖父からも白い狐を助けると良い事があると教えられた。

そう考えるとシロに対する仕打ちは、罰当たり以外何でもない。

それだけではない。

昔、師匠の元を離れる際に告げられた事を思い出した。

『鎖に縛られし白き獣を救え』

今が、その時だ。

シロにそう言うと俺は、勢いよく槍を鎖に突き立てるのであった。

 

「待ってろ、すぐに助け出してやるからな!!」

「貴様・・・・」

 

効果は絶大で、鎖は見る見る内に罅が入り、そして光の粒子となって消滅した。

同時にシロの体が光に包まれ、人の形を構成していった。

光が収まると、其処には九尾の狐から、人間の女性の姿になったシロが佇んでいた。

髪は雪のように白く美しく短髪で、目は青く透き通るように美しく、目元には赤い隈取が塗っており、服装は、上半身は所々模様が描かれた白い着物で胸の部分はやや開け大変ご立派な物が半分顔を出していた。

下半身は青いスカートのような物を履いており、健康的な太腿がチラチラ見え、足は膝下まで長い白いニーソックスに、底の厚い下駄らしき靴を履いていた。

頭には白い狐の耳が立っており、腰の部分からは白い狐の尻尾が9本生えていた。

右手には白い狐の面を持ち、左手には青い形代を何枚か指に挟んでいた。

まさか人の姿になるとは思わず、俺は声を失った。

同時に、彼女の予想以上の美しさに見惚れていた。

俺の視線に気が付いたのか、やや低いトーンで声を出した。

 

「・・・・何時まで私の姿に見とれている気だ」

「おっおう、すまん。その何て言うか、凄く綺麗な姿だったんでなつい・・・・」

「・・・・まあいい、長きに渡る呪縛から解放してくれたのだ、一応礼は言うぞ」

「ああ、良いって事さ」

 

すると、俺に向かいゆっくりと近づきこう言った。

 

「何故私を助けた?このまま私に喰われないとでも思っていたのか?」

「それも考えたが、アンタがそんな事するとはこれっぽちも思わないぞ」

 

話を聞く限り、俺から見た彼女は決して平気で噓を言うような獣には見えなかった。

それどころか、自分の半身とも言える存在の姉と思いやる優しい心を持ち、異種族でありながら世話になった竜人族に受けた恩を、仇で返すような不義理を働く事無く、率先して義理を果たそうとする姿に悪意と殺意を感じなかった。

 

「それでも人間が嫌いだって言うのなら、今此処で俺を殺せばいいさ。最も、多少なりは抵抗させてもらうがな」

「・・・・いや、やめておく」

「理由を聞いてもいいか?」

「確かに人間は嫌いだ。だが、お前に助けられたのは紛れもない事実だ。それに・・・」

「まだ何かあるのか?」

「・・・・・理由は分からない。だが、私の獣の本能が告げている。お前を決して喰うなと・・・・」

 

何か意味深な事を言ったが、今後の事について話し合う事にした。

俺は、この奈落の底から脱出し地上に出る術を探す。

それには彼女も合意した。

その後、元居た世界に帰る術を探すべく旅に出る。

彼女は、消息を絶った姉と世話になった竜人族の安否の確認である。

概ね利害が一致し、その為に協力体制を作ることになった。

 

「自己紹介が遅れたが、俺は竜也。篠崎竜也だ、アンタの事は何て呼べばいいんだ?」

「・・・・昔の名は捨てる。お前が私に新しい名前を付けろ」

「は?・・・・いやだってアンタには」

「お前が言うにはシロでは犬や猫のような名ではないか!! 曲がりにも私は九尾の狐だぞ!! 共にするのである以上、それらしい名前をお前がつけろ!!」

 

参ったな。

こう言うのはあまり得意ではないが、俺は迷った。

九尾の白狐・・・・・・・。

ん?白狐?

そうだ!!良い名前があるぞ。

消して変でも無く、当たり障りのなく、女性に付けても問題ない。

そうと決まれば早速彼女に新しい名前を付けることにした。

 

「それじゃあ、アンタ・・・じゃなかった。今日から君の名前は『狐白(コハク)』だ。よろしくな」

「・・・うむ、まあ・・・そのよろしく頼むぞ・・・竜也」

「ああ、こっちこそよろしくな」

 

俺はそう言うと、握手をするべく右手を差し出した。

握手をするのが初めてなのか、頭の耳をピンと立て、恐る恐る俺の右手を握った。

これが奈落の底で出会った俺とコハクとの最初の出会いであった。

 

 




次回予告『再会と合流』



今回登場した人間の姿になった九尾の白狐ことコハクなのですが、感じで表記するなら白狐を逆にして狐白にし、コハクの名前の由来は、TYPE-MOONのゲーム『月姫』に登場する人物『琥珀』に詰って名前を付けました。

そして、コハクのイメージCVは声優の茅野愛衣さんです。
容姿は、ゲーム若しくはアニメのアズールレーンに登場する加賀(空母)をイメージしてください。

主人公の容姿は決まってはいますが、場合によってネタバレになりますのでまだ伏せときます。


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再会と合流

今年最後の投稿になります。
来年もよろしくお願いします。



九尾の白狐、コハクと行動を共にするようになり、迷宮から脱出する術を探るべく、周囲を探索しつつ行動する事になった。

 

その為にはまず、食料の調達から始まった。

階層を探っていくと、下り階段らしきものがありその奥へと進むのであった。

途中で魔物の襲撃が多々あったが、俺とコハクで応戦し先を進んで行った。

この世界では、魔物の肉を食べれば体が壊れ死に至る代物だ。

そこで俺はある発想に至った。

魔物の体内にある魔力が原因なら、魔力を無くせばいいと。

倒した魔物の毛皮を剥ぎ、肉を捌き手頃な大きさにした俺は、その肉に魔術を掛け魔力を分解する。

例えるなら魚のフグの毒抜きの応用である。

フグの肝には毒があるが、逸れさえ取り除けば食べれない事は無い。最も、フグの毒が抜ける詳しい原理は未だに解明されては無いそうだが。

魔物の肉から魔力を分解し、獣の肉にした俺は火を起こし焼いて食べる事にした。

結果は重畳であり、人体には何の異常もなかった。

コハクは、生のままでも良かったらしいが、焼いて食べるという工程に興味を持ち、焼き上がった肉を頬張っていた。

 

専用の調理器具や調味料があればもっと美味しく料理できたのだが、それが無いため現状で我慢した。

因みに今回の調理法は迷宮攻略前に考案したものである。

八重樫と魔物から素材を得る過程で試したのだが、思いの外成功したのだった。

その時、ステータスプレートを見たが、魔物の肉を食べた事により技能に『胃酸強化』が追加され、同時に各種ステータスも向上していた。

予想外の収入があったが、それが経験となり、以降魔物に遭遇し倒すたびに肉を食べ自身を強化するのであった。

尚、コハクがいた場所にあった謎の鉱石は回収済みである。

あの鉱石から零れる液体は、体力だけでなく魔力や身体の異常まで回復する物であり、結構重宝している。

俺もそうだが、コハクは華奢な体の割には結構大食いだ。

彼女曰く、500年近く食事をした事が無く非常に空腹なそうだ。

 

相方であるコハクなのだが、戦闘に置いては圧巻の一言である。

遭遇した魔物に形代を投げるや、対象を燃やし鎮圧させていった。

それだけでなく、青い形代は相手を倒すだけでなく、魂魄らしき物を吸い込み自身の力に変換するのであった。

コハクに聞くと、自前の能力らしくステータスプレートに表示される技能風に言うなれば『魂魄吸収』だそうだ。

生死問わず対象の魂魄を文字通り吸収し、自身の力に変換する技能だ。

元居た世界でも出来たらしいが、この世界に転移された事で霊力から魔力に変換され、吸い込んだ魂魄で魔力の回復並びに上限まで増やす事ができるらしい。

つまり、戦いを重ねればするほど自身を強化していくそうだ。

割とチートな能力だ。

 

コハクと行動を共にし数日が過ぎた。

迷宮の魔物を倒しながら更に先へ進み、概ね20階ほど下へ潜っていった頃であった。

目の前に巨大な壁が立ちふさがった。

行き止まりかと思いきや、その壁は明らかに人工的に作られたものであった。

手を当ててみたが、見た目より分厚い感じはなかった。

 

「ふむ・・・どうしたものか」

「周囲に道も階段も無い。ならやる事は一つだろ」

 

俺は壁からある程度距離を置くと、姿勢を低くした。

両足に魔力を込める地を蹴る、一気に壁に目掛け加速し疾走する。

最高速に達すると同時に跳躍し、手にした槍を壁に向けて投擲した。

槍は見事壁に突き刺さり、そこを起点として罅が入っていったのを確認。

それだけでは終わらず、俺は天井を足場に、槍の刺さった壁に向かって跳んだ。

そして、右足に魔力を集め、勢いを殺さず飛び蹴りを槍の石突きに叩き込む。

分かりやすく言えば、某仮面でライダーな特撮ヒーローの象徴的な必殺技を真似した蹴りである。

 

「でぇぇぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

叫び声と共に足の底へ更に力を込めた。

すると、威容を放っていた壁は音を立てて崩れていった。

俺は地面に着地し、瓦礫に突き立つ槍を握る。

奥には空洞らしき空間が薄っすら土煙の奥に見えた。

その光景を、コハクは驚くことも無く、腕を組み冷静に眺めていた。

 

「・・・お前は見かけと違い大胆な事をするのだな」

「まあ上手くいったからいいだろ」

「冷静さと大胆さ、そして強さを持つ者は嫌いではない」

「そうか。さて先に進もうか」

 

そう言葉を交わしたあと俺とコハクは先に進むのであった。

此処まで特に問題なく進んできた。

数日共に行動し付き合いはまだ浅いが、俺もコハクの事が何となく分かってきた気がした。

普段は物静かで冷静ではあるが、いざ戦闘になると敵には一切容赦しない苛烈さを見せる。

そして、敵意の無い者には見向きもしない。

強いて言うなら分別のある戦闘狂だ。

理性を失わず手当たり次第その牙を剥かない辺り、感情を制御している証拠だろう。

倒した敵の血肉を喰い、己の糧とし強くなろうとする姿は正に獣そのものである。

生きるか死ぬかの環境で敵に躊躇すれば、殺られるのは自分自身だ。

俺自身、彼女の在り方には理解できる。

そうしなければ生きてこれなかったのだから。

俺の場合は大切な人と場所を守るために力を振るうが、彼女の身の上話を聞いて何とも言えない親近感を抱いた。

だからなのだろうか、俺とコハクは何となくだが馬が合う気がする。

この先でも上手くやっていけるように感じたのだった。

コハクは俺をどう思っているか分からないが、何となくあいつの事が気になるようになった。

何処か腰を落ち着ける場所があれば、ゆっくり話すのもいいのかもしれない。

そう思っていた時だった。

 

奥に進むと、何やら激しい音が聞こえる。

気配を感じると、魔物が何かと戦っている様子だ。

さらに足を進めると、明かりらしき物が見え全容が分かってき始めた。

ベヒモス並みかそれ以上に巨大なサソリのような魔物が人らしき者と対峙していた。

一人は白髪の男で、もう一人は金髪の少女だった。

驚く事に男の手にはこの世界に存在しない筈である武器、銃を持っていた。

相手も俺とコハクに気が付いてはいるが、取り込み中らしく構う余裕はないようだ。

俺は槍を構え戦闘態勢に取る。

 

「コハク、俺達も加勢するぞ」

「構わんぞ。それにあれ程の巨体だ、中々食べ応えがありそうではないか」

「そうか、そいつは良かった。俺も同意見だ」

「折角だ、偶には自らの腕で獲物を仕留めるとするか」

 

そう言うとコハクは、何処からか青い狐の面を被ると、桜の花吹雪と共に姿を変えた。

普段来ている着物と違い、白を基調とした着物姿だ。

右側頭部に青い狐の面を付け、手には蒼い炎を纏った日本刀を手にしていた。

明らかに普段の中・遠距離戦から、近接戦に適応している姿だ。

その姿に驚きつつも、ご丁寧に俺に説明するのだった。

 

「普段の戦いは姉様の姿を真似してやっているだけで、此方の方が私本来の戦い方だ。」

「成程な、コハクは接近戦が好みって事か?」

「ああ、自らの腕で敵を倒せんのは、詰まらないにも程があるだろう」

 

この九尾の白狐、意外と万能のようである。

手にした刀を構えると、コハクは巨大なサソリ擬きに向かって駆け出して行った。

俺も構えをそのままに後に続く。

サソリ擬きは自前の爪で俺とコハクを潰そうとするが、俺達はそれを躱しその頭上に跳躍する。

サソリ擬きは尻尾から無数の針を飛ばしてくるが、俺は槍を自身の前に出すと、風車のように回転させ放たれた針を打ち落としていく。

 

「今だ、コハク!!」

「ああ、任せておけ」

 

その後方からコハクが手にした刀を横に一閃し、尻尾を切り落とす。

尻尾を切り落とされ頭に来たサソリ擬きは暴れだすが、俺は俊敏さを生かし懐に飛び込む。

顔面に迫ると、渾身の力を込めた一撃を叩きこむ。

同時に、真上からコハクが脳天に刀と突き刺し止めを刺す。

するとサソリ擬きは力を無くし崩れるように倒れ、瞳から光を失った。

俺とコハクは武器に着いた血を払い、敵に背を向けた。

その光景に唖然としていたのか、二人組の男女が身構えた。

 

「さてと、お互い聞きたいこと等あるだろうが、此処は話し合いでもしないか?」

「ッ!!!!!」

「そっちに対して敵意は無い。取り合えずお互い武器を収めようじゃねえか」

「・・・・わかった」

 

白髪の男は咄嗟に武器を構えようとしたが、俺の顔を見て驚愕し武器を下げた。

その後ろにいる金髪の少女はこちらを警戒しているのか、男の後ろに隠れている。

コハクは俺の後ろでその男女を観察するように見ていた。

すると、白髪の男が俺に話しかけてきた。

 

「お前、篠崎なんだよな?」

「俺を知っているって事は・・・お前南雲か?」

「ああ、生きて・・・いたんだな」

「そりゃあお互い様だ、お前の事も探していたんでな」

 

目の前の男は、俺と奈落の底に落ちたクラスメイトでパーティメンバーの南雲ハジメであった。

外見や口調、体格など最早別人とも言っても過言ではないほど変化しており、初見ではわからなかった。

思わぬ再会となり、これまでの事等を話そうと思っていた時であった。

南雲の後ろにいる少女がコハクを見て、驚愕した顔をした。

 

「白い9本の尻尾とその気配。まさか貴方は・・・厄災の獣!?」

「ほう、私をその名で呼び、人間とは違う気配と魔力・・・貴様、吸血鬼族か」

 

どうやらお互いの正体に心当たりがあるらしい。

話が長くなりそうなので取り合えず、この場を取り仕切り話し合いの場を作ることにした。

倒したサソリ擬きと、入り口に倒れていた魔物の肉と外装を剝がし、部屋の外に出て南雲が錬成で仮の拠点を作り話し合いをするべく合流するのであった。

魔物の肉を俺が焼きつつ話をしていった。

 

まず南雲だが、落下して生きていたものの、魔物の襲撃で左腕を失い、辛うじて逃げ延びたそうだ。

逃げた先にあった謎の鉱物『神結晶』とそこから流れ出る『神水』で何とか命を繋いでいったそうだ。

俺もコハクと出会った場所で同じ物を見つけ南雲に見せると目を開き驚愕していた。

神結晶から流れ出る神水には体力と魔力を回復させる効果がある、南雲は生きる為に罠を仕掛け、魔物を誘き寄せ倒しその肉を食べて生きて来たそうだ。

そのまま口にした魔物の肉は肉体の破壊を促し、神水は崩れる肉体を繋ぎ止める様に癒す。南雲の肉体は破壊と再生を繰り返した影響もあり、外見や体格にまで変化をもたらし今に至るそうだ。

口調も、その場であった衝撃的な出来事が切欠で変わったという。

武器である銃も錬成を重ね、自ら作り上げたそうだ。

それから、南雲は魔物との戦いを重ね経験を積み、自ら生き延びる術を身に着けてきた。

 

「・・・そうか、お前も地獄を見て来たんだな」

「そういう篠崎もそうなのか?」

「ああ、まあな。俺の場合こういうサバイバル染みた生活をするのは今回で2回目になるんだがな。最もお互い望んでしたかったわけじゃないんだろうがな」

「・・・・2回目?」

 

話を続けるとしよう。

南雲の話では、此処は真のオルクス大迷宮で50階層に位置する場所だそうだ。

クラスの連中がいたのは表面上のオルクス大迷宮であり、今俺達がいるのが真のオルクス大迷宮だそうだ。

最深部にはこの迷宮を作った反逆者の住処があるそうで、南雲達はそこを目指しているそうだ。

この情報は先程の部屋で封印されていた金髪の少女から聞いたそうだ。

その少女の名前は南雲曰くユエだそうだ。

300年以上前に滅んだとされる吸血鬼族で、王女だったそうだ。

南雲の話では、身内に騙され迷宮の奥底であるこの部屋へ封印されたそうだ。

それから年月が過ぎ、この部屋に訪れた南雲と出会い、封印と言う戒めから解き放たれ、部屋の天井にいたサソリ擬きと交戦中、部屋の壁を突き破ってきた俺達と再会したのだった。

 

「俺達の話はまあこんなもんだな」

「今度は俺達の話か、いいかコハク?」

「構わんぞ」

 

焼きたての肉を南雲とユエ、コハクが頬張りつつも今度はこっちの話をする事にした。

奈落の底に堕ち、周囲を見ながら南雲を探索している最中、コハクと出会ったこと。

ユエが言っていた厄災の獣の正体が、1000年近く生きる九尾の狐で、俺達と同じくこの世界に召喚された事。竜人族との出会いと別れ、姉であるセキと言う名のもう一匹の九尾の狐との別離。謎の存在によって奈落に堕とされた事。俺に名前を付けられ迷宮から脱出するべく共に行動していること等、これまであった事すべてを話していった。

コハクの正体を知り、南雲とユエは大変驚いていた。

まさか俺達と同じ世界から召喚されていた存在が居て、故郷では神格化までされる九尾の狐と相対するなど思ってもいなかったのだから。

 

「・・・以上が俺達にあった出来事だ」

「俺の方もそうだが、篠崎の所も大概ヤバい目に遭ったんだな」

「それを言うなら南雲の方がそうだろ」

 

俺達は、お互いの話を終え今後の行動に関する話を始めた。

奈落の底の大迷宮の最深部を目指し共に行動する事。

これには俺と南雲も賛成だ。

最深部には恐らく強力な魔物がいることを想定し、互いに力を合わせ協力するのが必要不可欠である。

コハクとユエもこれに賛成してくれた。

利害と行動目的も一致したため、改めて俺と南雲はパーティを組むことになった。

 

「折角だ、お互い苗字じゃなく名前で呼ばないか?」

「ああ、こっちに来てから色々お前には世話になったからな。よろしく頼む竜也」

「応、改めてよろしく頼むぜハジメ」

「私はユエでいい。ハジメからも貴方の事は聞いていたから信じる。よろしくタツヤ」

「そうなのか?まあ、こっちこそよろしくなユエ」

「・・・私の事は好きに呼ぶと言い。人間は嫌いだがお前達は信用できそうだ」

「そうか・・・ならこれからよろしくなコハク」

「私もそう呼ぶよろしくコハク」

「ハジメ、ユエと言ったか。よろしく頼む」

 

親睦が深まった所で、俺達は残りの肉を焼いて腹を満たすのであった。

ハジメとユエ、コハクから見た俺の肉の焼き加減は絶妙であり、高い評価を得た。

こちとら居酒屋の息子だ。

焼き鳥から揚げ物まで様々な物を取り扱ってきたのだ。

料理に関しては優花同様、他のクラスメイト達とは踏んできた場数が違うのだ。

塩コショウと焼き肉のタレが無いのは残念だが、ちょっとした焼肉パーティーとなった。

コハクも黙々と食べるだけでなく、少しではあるがハジメ達と交流を始めた。

ハジメが錬成した仮拠点の周囲にはコハクが作った青い形代を使い式神を展開、魔除けの術を込めた陣を張り、周囲に魔物が近寄らない結界を作るのであった。

それを聞いた俺達は、翌日の朝まで少しではあるがゆっくりと夜を過ごすのであった。

暗闇の中で時間の感覚が無くなりそうだが、俺は嘗ての経験を活かし時間の感覚を忘れずにいられた。

ハジメとユエがお互い寄り添うように肩を当て寝るのと同様に、意外にも俺の肩に頭を寄せ静かに眠るコハクの姿がいた。

コハク曰く、俺の横で眠るのは意外と安心できるそうだ。

 

「・・・普段は戦いになると鋭い目つきになる癖に、寝ている時の顔は可愛いんだな」

 

そんな彼女の意外な側面を見つけつつ、俺も眠りについた。

 




次回予告『最深部の守護者』
今回コハクが行った戦闘形態の変化は、特撮ヒーローのフォームチェンジをイメージしてくれると助かります。
後日、キャラ紹介で説明しますのであしからず


追伸
ここ一年、アズールレーンをプレイして3-4周回してますが、未だに赤城と加賀をお迎えできなくて心折れそうです。
友人に言ったら「素晴らしく運の無い男だ」言われました。
ティルピッツ、グラーフ・ツェッペリン、プリンツ・オイゲン、能代、高雄、愛宕、瑞鶴、翔鶴、フッド、ウォースパイト、ダイドー、シリアス、ヴェスタル、クリーブランドはお迎えできたのに未だに赤城と加賀が来ない。
フィギュアではブキヤさんの1/7スケールの加賀はお迎えできたけど、ゲームではまだ来ない。
気を改めて来年も頑張って周回していくぞ!!!!

皆様も良いお年をお迎えしてください


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最深部の守護者

新年あけましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。


奈落の底に堕ちたクラスメイトのハジメと、そこで会った少女ユエと合流し共に行動するようになって1週間以上が過ぎていった。

襲い掛かる魔物を蹴散らし、その肉を食べる事により、ステータスが初期の頃より大幅に向上していた。

俺のステータスプレートに表示される天職と技能には、まだ解放されていないものの、一部だけ分かった技能があった。

『獣殺し』と『矢避けの加護』だ。

 

『獣殺し』の技能は文字通り、魔物や魔獣と言った野生動物の弱点や癖を見切り易くなり、与えるダメージが大きくなる特攻技能だ。

『矢避けの加護』の技能は、飛び道具に対する防御技能と言ってもいいだろう。原理としては向かってくる飛来物に対し魔力による受け流しを自動的に行うものである。

此処に来るまで、口や尻尾から毒針や爪を、弓矢や銃の弾丸のように飛ばし放ってくる魔物が多々いた。

その時に対し、この技能が発動し攻撃を避けられる事ができ大変助かったりしている。

ある程度レベルが上がり、ステータスプレートを再度確認すると、黒字で伏せてある技能が増えていた。

さらに増えた黒字で伏せられている技能にも気になるが、今自分に出来る事を最大限やっていくため、前へ進むのであった。

 

奥に進むにつれ魔物も強くなり、罠や迷路のような階層があり困難が続くが、俺とコハク、ハジメ、ユエと協力し警戒しつつ慎重に突破していくのであった。

途中、ユエが敵の罠に引っ掛かり、魔物に人質として捕らえられる事があった。

だが、そんな事などお構いなしにハジメは銃を発砲し、ユエの頭皮すれすれを狙い撃ちし魔物を倒すことがあった。

俺も少しは手を貸そうと思ったのだが、あまりの光景に苦笑いするしかなかった。

お陰でユエがしばらくご機嫌斜めになったのは余談だ。

 

迷路のような階層を進み続け、そして遂に最深部思われる階層に到着し、その扉の前まで辿り着いたのだった。

此処に来るまでの道中、ハジメは新兵器『シュラーゲン』を造っていた。

普段使う拳銃『ドンナー』の強化版で、ユエが封印されていた部屋にいたサソリ擬きの外殻を加工して造り出し、強力な魔物を相手に使う予定であるそうだ。

コハクは、刀以外に薙刀等を出し、戦う相手に合わせ柔軟に戦法を切り替えて使っていた。

その武器は何処で手に入れたかを聞くと、この世界に召喚される前、自身を討伐しに来た者達を返り討ちにし手に入れた『戦利品』だそうだ。

 

「さてと、行くとするか」

 

俺達は、装備と準備を整えると巨大な扉を開け中に入るのであった。

中に入ると、光る水晶の柱らしきものが並んで立っており、此処へ来る者を待っていたかのように並んでいた。

ある程度進むと、床に巨大な魔法陣が浮かび中から巨大な魔物が現れた。

 

「コイツは・・・首二本足りないヤマタノオロチか?」

「どちらかと言うとヒュドラが近いかもな」

 

目の前に現れた魔物の特徴を見て俺とハジメはそう呟いた。

体長30メートルはあり、6本の頭と蛇のように長い首、鋭い牙に赤い目と大きい胴体。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

俺達を見ると部屋全体に響き渡りそうな雄叫びを上げた。

それと同時に、俺達は戦闘態勢に入り行動を開始した。

 

「行くぞ、皆!!全員でコイツを仕留めるぞ!!!!」

「おう!!」「うん」「ああ!!」

 

ハジメとユエ、俺とコハクが左右に分かれ牽制攻撃を行った。

まず、ハジメがドンナーで赤い頭の蛇を撃ち抜き、コハクが黒い頭の蛇に式神を放ち蒼炎で燃やし、後方でユエが魔法を放ち緑の頭の蛇に攻撃する。

残った青い頭の蛇に俺が接近し、顎から脳天へ槍を突き刺すのだった。

残りの頭が二つになり、このまま一気に一斉攻撃をしようと思った時であった。

白い頭の蛇が叫んだと思ったら、倒した筈の蛇が回復し元の姿になった。

すかさず、ハジメがドンナーで白い頭を攻撃しようとするが、黄色い頭の蛇が壁となり攻撃を防ぐ。

 

「白い頭が回復、黄色が盾、残りが攻撃とはバランスが良いこったな!!」

「ああ、回復を潰そうにも残りと盾が邪魔して厄介だ」

 

ある程度戦って分かったが、白色が回復と全体指揮をし、黄色がそれを守る盾となり、残りの赤が炎系魔法、青が氷系魔法、緑が風系魔法、黒が不明だが意外と連携が取れて攻めあぐねる。

どうしようかと思った時であった。

ユエの方から悲鳴が上がり振り向くと、膝をついて体が震えあがり、明らかに様子のおかしいユエの姿が目に入った。

すると、ハジメがユエの元に駆け寄り後方に連れて行った。

俺とコハクはその穴を埋めるようにフォローに入った。

 

「コハク、ハジメたちが戻るまで足止めだ!!」

「ああ、どうやらそのようだな。蛇の分際で小癪な!!」

 

ハジメたちが回復するまで俺とコハクが足止めをするべく敵の前へ立ちはだかった。

ジリ貧なのは分かるが、現状それしかできず、迫りくる脅威から仲間を守るため戦うのであった。

コハクは、式神だけでなく刀を持ち接近戦に持ち込むが、盾役の蛇に阻まれ断念せざるを得なかった。

俺とコハクで白頭と黄色頭を狙っても良かったが、そうすればハジメたちが無防備になる為、迂闊な行動をするわけにはいかなった。

このままでは持たないと思っていた時だった。

 

「遅くなってすまねえ竜也、コハク!!あとはコイツで纏めて薙ぎ払う!!」

「もう、これ以上やらせない!!」

 

振り向くと、其処には新兵器である狙撃銃シュラーゲンを構え発射体制に入ったハジメと、その隙を狙わせないかのようにユエが凄まじい速度で魔法を次々と放ちカバーしていく。

黄色頭がハジメの攻撃を察したのか防御態勢に入るが、其処を俺とコハクが肉薄し深手を負わせる。

すかさず白頭が他の頭を回復させようとするが、それこそ俺達の狙った奴の弱点だ。

白頭が回復を行う際、他の頭が動かなくなり無防備な姿を晒す。

僅かな隙ではあるが、其処を見逃す俺達ではない。

事前に打ち合わせを行ったわけでもなく、即席の連携が取れたのも此処まで苦難を乗り越えた俺達だからこそできたのだった。

ドガァァァァァン!!!!!!

ドンナーとは比べ物にならない轟音が響き、爆発が6つの頭の蛇に襲い掛かった。

煙が晴れると其処には、焼けただれ瀕死の姿となった怪物がいた。

 

「今だ!!畳みかけろ!!」

 

俺の号令の下、ダメ出しと言わんばかりに、ユエが色取り取りの魔法を叩きこみ、赤青緑黒の頭を潰す。

トドメは俺とコハクで行った。

コハクが手にした刀を横一閃に振り払い、黄色頭の頸を跳ね飛ばす。

最後に残った白頭の脳天を高く跳躍した俺が、渾身の一撃を持って突き刺し息の根を止めた。

槍を引き抜き息の根を止めたのを確認した俺は、ハジメ達の所に向かう事にした。

 

「お疲れさん、よく頑張ったなコハク」

「それはお互い様だ、あれ程の相手は久方振りでな、少々梃子摺った」

「まあ、何がともあれお互いよく生き残れたんだ。」

「ふふっそうだな。あれ程の敵を前にし、逃げる事無く戦い生き抜いたのだ。竜也、お前には強者の資格があるようだ」

「そう言うコハクも凄かったぞ。式神の使い処もだが刀を使った戦いも綺麗だったぞ」

「そんなに言うな・・・馬鹿」

 

頬を若干赤くしそっぽを向くものの、尻尾の方がパタパタ動かし喜んでいるのが分かる。

よく見ると、お互い所々擦り傷があり、着ている服にも汚れや傷があった。

俺とコハクはお互いの健勝を称えつつ、ハジメ達の所に合流するのため歩き出す。

そうした時であった。

 

この時、俺は自分らしくもない失態を犯した。相手の心臓が確実に停止し、死んでいる事を確認していなかったのだ。

後ろには倒した相手である怪物が、再び息を吹き返し動き出した瞬間を見逃してしまった。

それに気が付いたハジメ達が慌てて俺に叫ぶが遅かった。

気が付いた時には奴は口を開き、其処から収束された魔法が俺とコハクを狙っていた瞬間であった。

コハクは咄嗟の事で体が動けていなかった。

俺は、彼女だけでも助けるべく横に突き飛ばした。

同時に俺に目掛けて光の渦が濁流のように俺の体を襲った。

体全体に激痛が走り、何処かに頭をぶつけたのか、段々意識を失い視界を暗闇が包み込んでいった。

 

「(コハク・・・・・無事でいてくれ・・・・・優花・・・・ワリィ・・・・)」

 

俺は意識を覆っていく闇に抗う事も出来ず、深く沈んでいった。

 

「クルゥァァアアン!!!!!!」

 

本当の戦いはここからであると言わんばかりに迷宮の守護者は高く咆哮するのであった




今回、何時もより若干短いですがすいません。
次回からが本番なのでお許しください


次回予告
夢に見たあの日の影、届かぬ叫び
明日に自分を描くも、消えぬ願いに濡れる
零れ落ちる欠片を、その手で掴み
揺れる心を抱き、夜へ跳びこむ
誰かの為に生き、この一瞬がすべてならば
見せかけの自分を捨て、ただ在りのままの姿へ

次回『魔槍、真名解放』


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魔槍、真名解放

本年度、2回目の投稿になります。
書ける内に書いていこうと思いますので、応援よろしくお願いします。


大迷宮の最深部で対峙した守護者とも言える怪物との戦いの末、私、コハクは勝利したかに思った時であった。

その直後、僅かな隙から生じた慢心により、手痛いどころか痛恨に過ぎる反撃を受けた。

突然、横に突き飛ばされたかと思いえば、視線を向けた先には光の渦の飲まれた人間、竜也の姿が在った。

余りの出来事に、永く生きてきた私でさせ思考が停止せざるを得なかった。

振り向けば其処には倒した筈であった怪物の姿があった。

白い頭の蛇が先程より一回り大きくなり、頭から鹿のような鋭利な角を生やし、此方を睨め付けると高い咆哮を上げた。

再び闘志を燃やし、立ち上がり武器を手に戦おうとするが、奴の足元で倒れている竜也の姿が視界に入り、思わず駆け付けた。

 

「竜也!!!」

 

人間が嫌いな筈であった私が、考えるより先に竜也の下へ体が動き走り出した。

急いで竜也担ぐようにして、安全な後方へ下げる為走るのだった。

竜也が受けた傷は思っていた以上に酷く、着ている服は焼け全身が火傷と裂傷だらけであり、最早生きているのが奇跡とも言える状態だ。

竜也を仰向けに寝かせると、懐からハジメから貰った神水の入った容器を出し、口に含ませる。

だが、飲み込む事が出来ないのか効果が出ずもう一本出すと、自分の口内に含み竜也と口を合わせて神水を喉奥に送り込む。

九尾の狐である私が、誰かの為に、ましてや人間の命を救う為にこんな事をするなど初めてだ。

 

「死ぬな・・・目を開けてくれ・・・竜也ッ!!」

 

此処を脱出したら、消息不明の姉を探すべく、竜也達とは別れる筈であった。

だが、共に過ごしていく内に、何時しか私の中に今まで感じた事の無い感情が渦巻いていた。

人間に対する感情は、憎悪と嫌悪、怒りなどでこれまで負の感情しか抱いた事が無かった。

だが、あの日竜也と出会いそれまで感じた事の無い感覚を知った。

人間は今でも嫌いであり、これからもそれは変わることは無いと思っていた。

だが、竜也だけは他の人間達とは違う何かを感じた。

初めは本能的に殺す事を拒否し、時を重ねる毎に向ける感情はより親しさを増していく。

竜也の事を見ていると、胸の奥を温かく包み込む様な感覚が生まれ、その事に惑いと安らぎを感じ心を揺さぶられた。

言葉では言い表すことが出来ず、自身の本能がそう告げているように感じた。

 

「これは・・・なんだ・・・涙・・・なのか?」

 

何時しか頬を熱い雫が流れた。

気が付かないうちに、自分の眼から涙が零れていた。

後ろを振り向くと、ハジメとユエが怪物に応戦していた。

攻撃方法も先程と違い、頭部の横に魔力で丸い球体を作るや、其処から無数の針のような物を放ち弾幕を張り、付け入る隙等与えない様子であった。

ハジメの持っていた長い得物もその攻撃で破壊され、ユエも避けることで精一杯であった。

竜也が手にしていた槍は何処かに消えており、どこにも見当たらない。

私は涙を振り払い、手にした得物に力を籠め闘志を滾らせる。

 

「待っていろ、お前の仇は必ず取ってやる。だから死ぬな竜也」

 

横たわる竜也にそう言うと、怪物を目掛け駆け出すのであった。

私の存在に気が付いたのか、奴は此方に視線を向けると口から白い炎を出した。

普段の私であれば冷静に避けれたのだろう、しかし怒りに任せ最短距離を突き進む。

体の彼方此方から蒼い炎が溢れているのが分かる。

自分でも自覚があったが、今の私は完全に頭に血が上り冷静さを欠いていた。炎の熱さより、頬を伝う涙の方が何倍も熱い。

 

「さあ、楽しい死合の時間だ。貴様の血肉を喰ろうてやるぞ!!!!」

 

ハジメとユエが私に何か叫んでいるが全く耳に入らなかった。

怒りと獣の本能に従い、敵を殺す事しか頭になかった。

このような感情に至るのは久方振りで、非常に闘志が昂り技も策も無く本能のまま飛び込んだ。

奴の懐に入り込み、力任せに刃を叩き付ける。

脳天を串刺しにしてやろうと跳躍した時だった。

奴が頭を振りかぶったと思ったら、凄まじい勢いで私に目掛け頭をぶつけてきた。

冷静さを欠いた私には避ける事も出来ず、そのまま背中から壁に叩き付けられた。

壁に叩き付けられた私は身動きが取れずにいた。

頭を強く打ったのか意識が朦朧としているだけでなく、額から流れてくる血で視界が赤くなり、呼吸も儘ならない。

ただ、奴が私に向けて竜也に食らわせた光の渦とも言うべき炎を浴びせようとしているのが分かった。

 

「「コハク!!!!」」

 

ハジメとユエが私の名を叫び、手助けしようと援護するも、最早それすら間に合わない。

 

「(姉さま・・・すいません・・・竜也・・・・ありがとう・・・・)」

 

頭に浮かんだのは姉への謝罪と、私を長年の呪縛から解き放ってくれた人間である竜也へ向けての感謝だった。

自身の死を察した私は深く目を閉じた。

だが、それは何時まで経っても訪れなかった。

 

「ギャオオオオオオンンンンン!!!!!!」

 

聞こえてきたのは、怪物の悲鳴とも言える叫び声であった。

霞む視界に映るのは奴の目に何か刺さり、悶え苦しんでいる様だ。

私は、頭から床へ落下していくが、強く温かい何かに包まれて、そこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「(あれから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。)」

 

突然、異世界へ召喚され戦争に巻き込まれ、奈落に堕ち、生死をさまよっている。

思い出すのは過ぎ去ったもう二度と戻る事が叶わない、暖かな日々の記憶。

家に帰れば、父さんと母さんが温かく迎え、店である居酒屋の手伝いをする日常。

幸せに溢れた家族の時間には、もう戻れない。

すべては広がった深い闇へ消えていった。

2年前、俺と両親は海外へ旅行中に事故に遭った。

遺されたのは俺のみだと知り、その時から胸に大きな孔が生まれた。

全てを失った俺は心に大きな闇を棲みつくようになった。

その闇に俺自身が今飲み込まれそうになっていた。きっとこの闇は死への願望なのだろう、本能でそう悟る。

このまま闇に飲み込まれ、全て楽になってしまおうかと思っていた時だった。

 

『何死んだような顔してんだ坊主』

 

目の前に光が現れ、人の姿になっていくのが見えた。

 

「アンタは・・・何時も俺の夢に出る・・・」

『応!こうやって話すのは初めてだな』

 

その男は、青い髪に赤い瞳、逞しい体格でウェットスーツのようなピッチリとした服装で、両肩に銀色の肩当を付け、師匠に授かった同じ赤い朱槍を持っていた青年が俺の前に現れた。

俺は毎晩、夢の中でこの男と戦っていた。

こっちは本気で打ち込んでいるのに、涼しい顔で受け流していく。

まるで弟子の稽古をする師匠のような顔でだ。

それだけ腕が経つという証なのだろう。

毎晩の様に現れて、俺がボコられる夢だ。

 

『しっかしまあ、派手にやられたもんだな坊主。このままだと本気で死ぬぞ』

「俺に何の用だよ、アンタ。それに、結局師匠の下で鍛えられてもこの様だ。身動き一つ取れそうに無い傷なのは見て分かるだろ」

『まあ、そう言うなって。同じ師匠の下で槍と魔術を学んだ奴が困ってるようなんでな、ちょっと手助けに来たもんだよ』

「手助け?」

『おう、年はかなり離れちゃいるが、俺にとって坊主は弟弟子って事でな、兄弟子として少しばかり面倒見てやろうと思った訳よ』

 

この男は何故師匠の事を知っている?

男が手にしている槍は多少の差違は有るが見間違えることも無い、師匠から授かった槍だ。それを見せ付ける様に掲げる。

そしてふと、思い出した。

嘗て師匠の下で僅か一年で槍の奥義と魔術を学び、自身の槍を授けると認めた男の話を聞いた事を。

 

「・・・まさか、アンタは!?」

『おっと、名前まで言わなくてもいいぜ兄弟。俺から言えるのはお前が使う槍の本当の力についてだ』

「本当の・・・力?」

『ああ、その為にはまずお前には俺同様、アルスターの戦士が契る聖約〈ゲッシュ〉を立ててもらう』

 

聖約〈ゲッシュ〉の事は師匠から聞いた事がある。

一つに限らず、複数課せられる聖約の事だ。

守れば神の祝福を、破れば禍が降りかかるもので、聖約〈ゲッシュ〉は厳しい物であればあるほど受ける恩恵が強いとされる。

 

『俺の場合は<犬の肉を食べない>、<己より身分の低い者からの食事の誘いを断らない>、<詩人の言葉には逆らわない>なんてあるが、それが死因になったり敵に利用されたりするから考えて選べよ』

「俺は・・・・」

 

正直まだ俺自身迷っていた。

俺は、望んでこの槍を手にしたわけではなかった。

死にたくない、生きて家に帰りたい、ただそれだけの望みで師匠の下で生きる術を学んだ。

だが、師匠は俺にこう言った。

『お前は何時か、その槍を手にし戦わねばならない時が必ずやって来る』

そしてその時がやってきた。

武器を手にし、命を懸けた戦いは今でも怖く感じる。

戦いの道を進めば進むほど、自分自身のなりたい夢から遠ざかってしまう自分に恐怖した。

同時に、強い相手と戦い高揚し、更なる強敵を求めて槍を振りかざす自身の獣性。

その矛盾とも言える感情が、二律背反となり自分自身を迷わせ槍を鈍らせて来た。

結局、師匠の言う通り戦いの渦に巻き込まれ、生きる為に槍を手にし戦う事態になった。

 

『で?どうするんだ兄弟。その槍を手にして戦う以上、お前の運命は決まっているも同然だぜ』

 

そうだ。

俺には、守りたい大切な人が居る。

幼馴染で何時も俺の傍で支えてくれた優花。

知り合って間もないが、最近なんだが気になる九尾の白狐のコハク。

奈落の底へ堕ち、共に故郷へ帰還すると誓ったハジメと同伴するユエ。

知らぬ内に、俺自身の周りには大切な者が出来ていた。

その事に気づき俺は覚悟を決める。

 

「俺の立てる聖約〈ゲッシュ〉は・・・〈大切な者達を守る為に戦う〉だ。」

『ほう、分かりやすくていいがそれだけか?』

「まずはこれからだ、別に増やしてもいいんだろ?」

『応!!増えれば増えるほど戦士の格が上がるってもんよ。まあ俺の場合は嫌味妬みの嫌がらせだったけどな!!』

 

目の前の男はハッハッハッと豪快笑うのであった。

あんまり笑えない話ではあるが、俺は自分自身に課せる事にした聖約〈ゲッシュ〉を改めて誓うのだった。

両親が残した店を継ぐという夢を捨てたわけではない。

だが、目の前の脅威から逃げる気など更々ない。そう、逃げ出した先に楽園等無いのだから。

大切な者達を守り戦うのが俺に課せられた運命だというなら、この槍で切り開き戦い抜く覚悟を決めた時であった。

 

目の前に、小さくとも眩い光が見えてきた。

何もない暗闇から俺を導くように光は道となり、先を照らしていた。

道幅には、紅蓮の炎の様な紅色の彼岸花が咲き誇っていた。

その道幅には俺を見送るかのように見覚えのある人達の姿があった。

とある山で知り合った、白い狐の面を付けた少年と少女。

そして、あの日の事故で亡くなってもう二度と会う事が出来ないと思っていた両親。

思わず涙が零れそうになったが、ぐっと堪えた。

 

「男なら強く、心を燃やせ。お前ならできるだろう」

「優花が待っているよ。だから生きて」

 

少年と少女は、優しく微笑みそう言うのであった。

例え地を這い、無様に足掻こうとも、諦めない意思は希望となり、それが俺を導いてくれる。

どんなに悔しくとも、辛くても前へ進むのだ。

降りかかる絶望の闇に抗う為に。

両親は俺に何か言うことも無く、見守るよう静かに微笑むのであった。

 

『行ってこい兄弟。あんな蛇の化け物ぐらい軽く捻ってこい!!』

「応っ!!!!」

 

男は背中を押すように俺に檄を飛ばした。

俺もそれに応えるように力強く声を出した。

失っても、傷ついても生きていくしかないのだ。

どんなに打ちのめされても、俺には守るべき者たちがいる。

そして俺は、光の先端まで走り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

静かに瞼を開け、意識を覚醒していく。

 

「戻って・・・・来れたんだよな」

 

体の彼方此方が痛むが何故か動きは軽く感じた。

ゆっくりと体を起き上がらせ、周囲の状況を把握していく。

どうやらハジメ達がまだ奴と戦っているが、決定打が足りないのかジリ貧気味だ。

足元には神水の入った試験管の空き瓶が転がっており、誰かが俺に飲ませたのが分かった。

懐に入れてあるステータスプレートを確認すると、黒字で伏せてあった項目が判明しているのが分かった。

 

===============================

 

篠崎竜也 17歳 男 レベル:75

 

天職 アルスターの戦士

 

筋力:6000

 

体力:7000

 

耐性:4500

 

敏捷:10000

 

魔力:7500

 

魔耐:4000

 

技能:言語理解・魔力放出・宝具真名解放・戦闘続行・ルーン魔術・獣殺し・矢避けの加護・聖約〈ゲッシュ〉・仕切り直し・胃酸強化・食品鑑定・食品管理・調味料生成・栄養調理・料理作成・魔力分解

 

===============================

 

「やっぱりあれは夢じゃなかったんだな」

 

解放された天職と技能を確認すると、右腕を水平に伸ばし自前の槍を喚ぶと強く握った。

今まで以上に体全体に力が湧き、滾っているのが分かる。

槍も以前と違い、獲物を求め血を吸わせろと言わんばかりに紅く鮮やかに輝いていた。

 

「待たせたな相棒、そんじゃまあ仕切り直しと行くか」

 

俺は前線で奮戦するハジメ達に加勢すべく駆け出すのだった。

どうやらコハクは奴と戦っているようだが、劣勢なのは一目瞭然だ。

奴はコハクを壁に叩き付けるや、トドメを刺さんとばかりに口から光の渦とも言えるブレスを吐き出さんとしていた。

俺はさらに駆け出し、それを阻止するべくハジメとユエの間を擦り抜けた。

 

「良く持ち堪えた。後は任せろ」

 

そう言うと、俺は手にした槍を奴の眼に目掛け、渾身の力で投擲するのだった。

槍は奴の眼に直撃し悲鳴と言える雄たけびを上げた。

壁からコハクが頭から血を流しながら落下していくのを見て、彼女の下へ跳躍し、支える様に肩と膝裏に手を伸ばし、抱きかかえて地面への落下を防ぐ。

すぐさまハジメ達の元へ駆けつけ治療を頼むのだった。

 

「竜也!?怪我は大丈夫なのか?」

「俺の事はいい。それよりコハクの治療を頼む」

 

ハジメ達にコハクの治療を任せると、俺は奴に対峙すべく前線に戻った。

余程痛かったのか、未だに悶え苦しむように暴れており、俺は魔力で槍を自身の手元へ喚び戻す。

槍はまるで生きているかのように動き回り、掌へと戻った。

奴も俺に気が付いたのか残った片目で、睨んでくるが軽く吹き流すかのようにこう言った。

 

「よう、さっきは良くもやってくれたな。それは俺からのお返しだ」

「グルルルルルル!!!!」

「アレで俺を倒したつもりだったか?生憎だったな蛇野郎、あの程度で俺がくたばるわけねえだろうが!!!!」

「ギャオオオオオオンンンンン!!!!!!」

「いいねぇ、そう来なくちゃ・・・と言いてえが、今度こそテメエに引導渡してやるよ!!」

 

奴の叫び声に、槍を構え対峙する体勢を取った。

不敵な笑みを零した俺は、槍に持てる魔力を注ぎ込んだ。

奴は、頭部の横に丸い球体を作ると、其処から無数の針のような物を俺に目掛けて放ってきた。

だが、それは一発たりとも当たる事は無かった。

撃たれる針よりに俺が速く動き、奴の懐に飛び込んでいたからだ。

気づいた頃にはもう遅く、俺の接近を許した時点で奴の負けは決定する。

獲物に襲い掛かる猛犬の如く、槍で奴の体に無数の傷を付けていく。

疾風怒濤の攻撃に成す術も無く、最深部の守護者は蹂躙されるのであった。

ハジメ達もその光景を目の当たりにしていたが、余りの速さに目が追い付けないのであった。敢えてその光景を説明するのなら、深紅の閃光が蛇の肉体を蹂躙し削っていると証するだろう。

最早、虫の息と言わんばかりの姿になった奴を見た俺は、トドメを刺すべく槍の真名を解放する為、魔力を込めるのだった。

紅く燃え盛る紅蓮の炎のような魔力は、槍から溢れんばかりに零れだし、槍全体を包むとやがて鋭利な形状へと変化した。

 

「赤枝の棘は茨の如くってな、この一撃手向けに貰って逝け」

 

俺は奴に目掛けて加速するや、大きく跳躍した。

右手に持った槍を奴の頭へ目掛け、投擲する体勢を取った。

そして、槍の力を解放するべく真名を叫んだ。

 

「突き穿て、牙を剥け!!!! ゲイ・ボルク!!!!」

 

投擲された槍は、奴の頭を貫通するだけに留まらず、胴体を突き破り急所である心臓部まで到達すると魔力を解放し大爆発を起こした。

最早原型さえ残さず最深部の守護者は塵となり朽ち果てるのであった。

再び掌に魔力を込めると、槍は空中をジグザグに曲がりながら俺の下に帰ってきた。

戻ってきた槍を掌で回すように掴み、踵を返しハジメ達の所へ戻る。

 

「今度こそ・・・やったんだよな?」

「ああ、色々迷惑かけて悪かったな。」

「タツヤ、凄かった・・・」

「おう、これでよう・・・やく・・・」

 

急に全身から力が抜ける感覚が俺に襲い掛かってきた。

そのまま、前へ倒れ込んで行きそうになるが、なんとか持ち堪えた。

意識が朦朧とする中、二人の声が聞こえるが、俺は足を踏ん張りコハクの元へ歩いた。

コハクの元まで辿り着くと、仰向けで静かに眠るコハクの手を優しく握った。

 

「・・・・帰ってきたぞ、コハク」

 

そのまま、コハクの前に倒れこみ、俺は今度こそ意識を失った。

その後、俺とコハクは、ハジメとユエに介抱されつつも、最深部の奥にある場所へ連れていかれるのだった。

こうしてオルクス大迷宮の最深部で繰り広げられた激闘は幕を閉じるのであった。

だが、俺達は知らない。

此れから先に繰り広げられる戦いの数々の中では、まだ序章が終わったにすぎないことを。




今回、竜也君が使う槍の真名が判明しました。
FGOをプレイ若しくはfateを知っている方は多分、分かる筈です。
知らない方は、wikiで検索するか、アニメを見ることを推奨します。
オススメは、Fate/stay night[UNLIMITED BLADE WORKS] です。
ご存じ、アニメ「鬼滅の刃」の制作会社ufotableさんの美しい絵写なのできっと気にいる筈です。

次回予告「反逆者の住処」

追伸
本編で「やっぱりあれは夢じゃなかったんだな」の所からアニメ「Fate/stay night」のBGM『運命の夜』を脳内再生しながら読むと尚面白いかもしれませんのでお試しを。


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反逆者の住処

遅くなってすいません。
色々今後の話を考案するのに時間が掛かってしまいました。

言い忘れていましたが、前回主人公が死の淵で出会い、背中を押してくれた男のイメージCVは神奈延年さんです。


閉じていた瞼をゆっくりと開く。

其処は、見慣れぬ風景が視界に入る。

左右を見るとレースのような天幕と、後頭部には柔らかい枕の感触、身体が柔らかくも暖かい感触に包まれている。

完全に意識が覚醒してはいないが、俺は王宮にあった様な豪華な天蓋付きの高級感溢れるベッドに寝かされているのが分かった。

あの後どうなったのかさっぱり分からない。

蛇野郎を仕留めて、体から力が抜ける感覚を覚え、コハクの元に辿り着いたがそこで記憶が途絶えたままだ。

 

「どうやら・・・生きている上にあの世じゃないみたいだな」

 

上半身を起こそうとするが、体に何やら重い何かが覆いかぶさっているのが分かる。

まさかと思い、シーツをゆっくりと捲ると其処にはコハクの姿があった。

捲った先には、普段着ている筈の着物姿では無く、一糸纏わぬ裸姿で俺の体に抱き着くコハクが目に入った。

前から思っていたが、コハクは非常に美しい容姿でスタイル抜群なのは理解していた。

パッと見て着痩せするタイプかと思いきや、想像以上に重量感ある胸部装甲(意味深)が俺の胸板に押し付けられていた。

余りの事態に冷静さを失いかけたが、自分自身も裸姿のに気づき一気に意識を覚醒させた。挙げ句自慢の槍(意味深)まで覚醒しそうになって焦る。

 

「おい、コハク!!起きろ!!」

「・・・んぁ・・・竜也・・・すぅ・・・」

 

未だコハクは夢の中なのか寝言で俺の名前を呼んでいた。

起きる所か腕と足を絡ませ、俺の体をガッチリとホールドしてきた。自慢の槍(意味深)に魔力(意味深)が充填されていく。

こんなところを誰かに見られたら、完全に夜戦(意味深)案件だと誤解されてしまう。

何とかコハクの拘束を解こうとするも、更に力強く俺の体を抱きしめるてきた。このままだと真名解放(意味深)まで秒読みに入りかねない。

 

「竜也、コハクいい加減起き・・・」

 

最悪のタイミングでハジメとユエがその場にやって来たのだった。

お互い目が合い声が出なかった。三人の視線が無言で交わる

 

「大変お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ・・・・」

「ちょっまっ!!!」

 

状況を察したのか、ハジメは回れ右をして足早にその場を去っていった。

ユエは興味津々とした目線で俺達を見ていたが、ハジメに連れられてその場を去っていった。

俺は二人の誤解を解くべく、コハクの肩を掴み強引に揺すり起こすのだった。コハクの柔らかさを余計感じてしまい魔槍(意味深)の魔力(意味深)が臨界に近付く。

 

「むぅ・・・もう朝か・・・」

「ああ、いい加減起きろ!!」

 

お互い上半身だけ起こした状態で向き合うのだった。

柔らかくも重々しく揺れるコハクのバルジ(意味深)に俺の魔槍(意味深)が使え貫け穿て(意味深)と猛っている。

俺はいいが目のやり場に困る為、コハクにシーツを被せるのだった。シーツの間からチラチラと肌色が見えて余計ヤバいかも知れない、判断を誤ったかも。

 

「取り合えずお互い生きてるのは分かるが、これは一体どういった状況なんだ?」

「そうだな。それから説明するとしようか・・・」

 

意識を覚醒させたコハクが俺と向き合い、これまでの経緯を説明するのであった。

あの戦いの後、意識を失った俺とコハクは、ハジメとユエによって最深部の奥にある反逆者の住処に運び込まれた。

俺より一足先に意識を取り戻したコハクは、ハジメとユエから事情を聴き、俺をこのベッドに運び込み寝かせたのだった。

屋敷の探索は既に済ませていた為、休養を兼ねてハジメとユエは屋敷内で過ごしているそうだ。

探索中、屋敷の外に洋風の露天風呂らしきものがあったらしく、すでに堪能したとかなんとか。

俺が倒れてから今日で2日経っているらしく、その間コハクが付きっきりで俺の看病をしていたそうだ。

 

「そうか・・・そいつは色々世話になったな」

「気にするな、お互い助けられた身だこれぐらいはな」

「だとしてもだ、ありがとな・・・・コハク」

 

そう言うと、俺は無意識にコハクの頭に手を当て撫でていた。

コハクは突然の事に驚きはしてはいたが、拒絶すること無く受け入れていた。

何処か嬉しそうに頬を赤く染め満更でも無い表情だった

状況把握も済んだ俺は、素っ裸でいるわけにもいかず服を探した。

魔槍の猛り(意味深)も話を聞いているうちに大分収まったのは余談だ。

さっきから目のやり場に困る。シーツの間から見えるコハクの白い肌は別の色を映えさせるから余計に。

コハクが事前に用意していたのか、新品同然の元の服があった。

戦闘により破損どころか消失しているも同然だった事から考えて、ハジメに錬成して貰ったのかも知れない。

着替え終わるや、俺とコハクはハジメとユエに会うと世話になった礼をした後、この屋敷の主が待っていた部屋へ案内された。

 

屋敷には様々な部屋があり書籍や工房、生活するに必要な物が揃得られていた。

3階の奥の部屋には床に魔法陣が描かれ、奥には白骨化した屋敷の主がいたそうだ。

尚、遺骨は既にはじめとユエにより埋葬されこの場にはない。

魔法陣は迷宮を攻略した者への報酬として神代魔法が会得できるそうだ。

ハジメとユエは既に済ませているので、残った俺とコハクが得る番となった。

魔法陣の中央に足を踏み出した瞬間、頭の中に何かが刷り込まれる感覚が走った。

同時に、俺の目の前に眼鏡をかけた青年が薄っすらと現れた。

 

『よくぞ試練を乗り越え辿り着いた。私の名前はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ』

 

目の前の青年は穏やかな口調で話し、この世界の真の歴史と反逆者と呼ばれた『解放者』について語りだすのであった。

尚これは記録映像な為、質問する事は出来ず静かにオスカーと言う青年の話を聞くのであった。

オスカーの話を大まかにまとめると、この世界は今より遥か昔から戦争が繰り広げられていた。

それぞれの種族と国が神を祀り、神託を受け争いを続けていた。

そんな終わりの見えない戦いに終止符を打つべく立ち上がった者が『解放者』と呼ばれる集団だ。

この世界の神々は、人々を駒に遊戯感覚で戦争を促していたのだ。

そんな神々を討たんとし解放者達は戦いを挑んだ。

だが、その目論見は戦う前に破綻してしまうのだった。

神々は人々を巧みに操り、解放者達を世界を滅ぼす神敵に認定したのであった。

守るべき存在に力を振るう事が出来ず、解放者は何時しか反逆者と呼ばれ、次々と討たれていった。

最後まで残ったのは中心となった七人だけであり、最早どうする事もできないと悟り、大陸の果てに迷宮を創り潜伏したのであった。

試練を乗り越え突破した者へ力を授け、何時しか人間を神から解放する者が現れることを信じて。

 

『・・・話を聞いてくれてありがとう。君のこれからの日々に自由な意志の下にあらんことを願っている』

 

そう言うとオスカーの記録映像は消えると同時に、脳裏に何かが刷り込まれ頭がズキズキするが、神代魔法を会得する為と思い耐えるのであった。

ステータスプレートを見ると、技能に生成魔法が追加されていた。

言うなれば魔法を鉱物に付加し、特殊な性質を持った所謂アーティファクトを生成出来る魔法である。

この生成魔法は錬成師であるハジメにはうってつけの神代魔法である。

俺はと言うと、師匠に教わったルーン魔術と組み合わせれば出来る事が増えそうな感覚であったが、コハクからすれば、なんだそれはと言わんばかりの顔であった。

どうやら神代魔法にも適性や相性と言える物があるみたいだ。

 

無事神代魔法を会得した俺とコハクはハジメ達が待つ1階に戻り、今後について話し合いを始めた。

ハジメが調べた結果、先程の魔法陣から地上に通じる転移門があるのが判明した。

だが、暫くの間この屋敷に滞在することとなった。

早く地上に出たい気持ちはあるが、これから行う他の大迷宮攻略の為に可能な限り準備をしたいとハジメが申し出た。

俺としても此処最近戦いに明け暮れていたので偶にはゆっくり休みたい気持ちがあった。

コハクもそれで納得していた。

こうして解放者の住処で4人生活が始まるのであった。

 

屋敷は思ったより広く部屋も充実していた。

かなり長い年月が経っているにも拘らず清潔感があるのは、オスカーが造ったとされる自立型清掃用ゴーレムのおかげである。

他にもトイレ、厨房、寝室などがあり生活する上で必要な物が揃っていた。

屋敷の外にも生活するに必要な施設が色々とあった。

まず風呂だ。

石造りの住居に大きな円状の穴があり、その淵にはライオンのような動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座しており、その口から温水が流れていた。

外には畑があるが今は何もなくただ土があるだけで、畑の横には川が流れておりよく見れば魚の姿が見えた。

此処最近肉ばかり食べていたのもあり、違うものも食べたい感覚が頭に過った。

上を見上げると太陽のように眩しく輝く光があった。

勿論本物ではないが、円錐状の物体が天井高く浮いており僅かに温かさを感じた。

尚、夜になると月のようになり、天井にある鉱物も相まって美しい夜空のように輝くそうだ。

 

ハジメはというと、新しい武器や装備の製造と生成、失った左腕に代わる義手の装着等色々忙しくもゆったりと過ごしていた。

ユエはそんなハジメにべったり着き添い、遠目に見ても甘ったるい雰囲気を漂わせていた。

俺はと言うと自主練もしつつ調理場で本格的とはいかないが、料理の鍛錬も行っていた。

基本的に俺が料理当番となっているが、どういう訳かコハクも手伝うようになっていた。

ここ数日コハクの様子がどうもおかしい。

毎朝起きると俺のベッドの中に転がり込んで何故か一緒に寝ているのだ。

一線を越える事は今のところは無いが。

部屋はそれぞれある筈なのだが、毎日のように俺の寝床にやって来るのだ。

朝目覚める度に魔槍(意味深)が臨戦態勢に入るので辛い。

それだけではなく、俺が一人のんびりと風呂に浸かっていると、何処からともなく現れるのだ。

まるで狙ってやって来たかのように現れたコハクは、そのまま俺と風呂に浸かるのだ。湯船にタオルを浸けるのは赦されぬと惜し気もなく裸体を曝すので目のやり場に困る。

挙句に頼んでも無いのに背中まで流すという始末だ。身体にタオルを巻いても濡れて透けるので殆ど同じ隠せても居ない。

悪い気はしない、むしろ役得とも思うが、コハクの突然とも言える奇行に終始戸惑うのだった。

此方も若い男手情熱をもて余す事を理解して欲しいものだ。

 

その日の夜、俺は風呂上がりに外に設置してあるベンチに一人黄昏ていた。

頭に過る事は様々で、地上の王宮にいる優花の事、パーティメンバーの安否、元居た世界で両親が残した実家と店の状態等考えていた。

此処最近ではコハクの事でも頭を悩ませている。

最初はただの協力関係で、他人を寄せ付けない雰囲気を出し明らかに距離感を保っていたのだが、最近では遠慮が無くなったというか、此方に歩み寄る姿勢さえとっている。

ハジメやユエとも交流を深めつつあるも、俺限定でベッタリ処かガッチリホールドだ。最早捕食を狙っているのを疑うレベルで。

例えるなら、保健所に預けられた犬が引き取り手に対し不信感を抱き、牙をむき出しにして吠えていた筈が、気が付くと飼い主にベッタリな甘えん坊に豹変しているのと同じだ。オタク風に言うのなら『時間経過式ツンデレ』と言えば分かるだろうか?

コハクは人の姿になってはいるが、アイツは一応九尾の狐の獣だ。

人間嫌いが改善されたかと最初は思ったが、それとは違うらしい。完全に俺だけに懐いてくるのだ。

コハクの奇行には驚いてはいるが、俺自身悪い気は無く心地よさを感じていた。

俺だって健全な男子だ、美人と親しくされて嬉しくない筈もない。

両親が亡くなって一人で過ごす俺にとって、まるで心に空いた穴を埋めるかのように包み込む温かさは言葉では表せないものがあった。幼馴染の優花とはまた違う形で、俺の心を満たしてくれている。

 

「こんな所にいたのか竜也?夜風が無いとはいえ体調管理も大事な事だ」

「心配いらねえよ、こんな事で風邪を引くような軟な体じゃねえよ」

 

俺が物思いに更けていると、横からコハクの声がしてそう返した。

振り向くと、風呂上りで青い浴衣姿のコハクがいた。

何故浴衣かと言うと、これは俺自身の趣味で作ったものだ。

材料はあったため、ルーン魔術と生成魔法を複合し作ったのだ。

折角なのでコハクだけでなく、ユエの分も作ったら非常に大好評で気に入ってもらえた。

普段コハクが着ている着物もいいが、浴衣姿も中々似合っている。

自画自賛するわけではないが、我ながら良い物だと自負している。

そんなコハクは俺の横に座り、肩に頭をのせてきた。

風呂上がりなのかコハクから凄く良い香りが嗅覚を刺激した。呼んでもいないのに魔槍(意味深)が魔力(意味深)を巡らせ始める、落ち着け。

 

「なあ、コハク・・・」

「なんだ?」

「此処最近、やけに俺にベッタリなんだが理由を聞いてもいいか?」

「ああ、それか。構わんぞ」

 

俺は敢えて回りくどい言い回しをせず直球で聞くことにした。

するとコハクはクスリと笑い、訳を話すのであった

それは、迷宮の守護者との戦いの直後であった。

コハクは暗闇の中で嘗ての記憶を見ていた。

様々な記憶の中で、まだ元居た世界でのある出来事が鮮明に記憶から蘇った。

それはコハクがまだ幼かった頃であった。

人間達から迫害され、山奥に逃げている最中、猟師が仕掛けた罠に引っ掛かり身動きが取れなくなった事があった。

逃走中で疲労が溜まり力の回復も出来ていなかった事もあって絶体絶命の危機が訪れた。

悪いことに姉ともはぐれ誰の助けも無い状況で、ある人影が視界に入った。

人間の姿をみるや命の危機を覚悟したと思った時であった。

その人間の男は、コハクを見るとゆっくりと近寄り罠を外し、優しく傷の手当てを始めたのだった。

コハクにとって人間は自身の命を奪い嫌悪する存在であったのだが、この人間は有ろう事やコハクの危機を救ったのだ。

何故助けたのかと尋ねるとその人間の男はこう答えた。

 

「白い狐様は神様の御遣いであって、決して悪さをする獣ではない」

 

コハクはこの男は他の人間達とは違う何かがあると本能で感じ取った。

そして、助けてくれたお礼にコハクは白い狐の面を男に渡した。

これを大事に持っていれば禍から身を守る事が出来るとコハクはその男に言い、その場を去った。

長い年月を得てその事すら忘れてしまっていたが、俺との出会いを切欠に忘れていた記憶を思い出したのだった。

 

「・・・成程な、その男と俺を重ねて見ていた訳か」

「それもあるが、私の命を救ったその男と竜也はどこか似ている気がするのだ。否、同じ魂の波動すら感じるぞ」

 

その話を聞いた俺はコハクに家に伝わるある逸話を話すのであった。

俺の家は大昔から続く家系で、先祖代々欠かす事の無い行事がある。

それは、家督を譲る者がご先祖様が残し守り続けてきた白い狐の面を受け継ぐ者へ引き渡す行事だ。

俺の祖父母は小学生の時に亡なった、そして今際の際に父さんがその行事を受けたのだ。

その時、祖母から聞いた話が今でも忘れる事が無い。

『白い狐様を助けたら良い事がある』

父さんが居酒屋を開き、毎日そのお面を飾られている神棚にお供え物の酒を用意し欠かさずお祈りをするのは家の日常である。

店が閉店しこの世界に召喚されるあの日まで、毎日欠かさず俺が引き継いできた。

 

「あの時コハクに会った時、何故家にある筈のお面と同じ物があるか不思議でな、お前の話を聞いて納得したよ」

「・・・・・」

 

横を見ると驚いた顔で、瞳から涙をポロポロと零すコハクが目に映った。

どうかしたのかと尋ねると、何処か嬉しそうな声で大丈夫だと答えた。

 

「・・・あの時私を助けた男の子孫がお前で、何気なく渡したあの面が縁となり再び結びつないだのだ。こんなに嬉しい事は無い」

「ああ、まさか先祖代々から続いた事が、異世界で実を結ぶなんてな」

「ふふっ、嘗て失ったかと思った縁が時間と世界を超えて再び結び繋ぐとは、お前との出会いは私にとって運命そのものだ」

 

そう言うとコハクは俺の首に腕を回し、強く抱きしめるのであった。

俺もコハクを優しく包むように抱きしめるた。

 

「竜也・・・お前は・・・私の運命の男だ。決して二度と手放す気はないぞ」

「コハク・・・」

「知っているか竜也?強者とは互いに惹かれあう存在だ。お前がそうだ」

「・・・俺はそんな大層な奴じゃねえよ」

「謙遜するな、竜也は強さと優しさ、そして勇敢さを持った強者だ」

 

そんなに言われると何とも照れ臭いものだ。

俺自身、師匠なんかと比べたらまだまだ未熟そのものだ。

だが、目の前の彼女、コハクや仲間を守れるくらいにはなりたい。

いや、なって見せると決心するのであった。

暫くお互い抱きしめあい、暖かい温もりを感じあうのだった。

……落ち着け魔槍(意味深)お前の出番は無いから。

すると、コハクは俺に何気ない質問をしてきた。

 

「ところで竜也、ずっと気になっていた事がある」

「なんだ?」

「お前の槍と見慣れぬ魔法、戦い方は明らかに修練を重ねた者が身に着けた術だ。一体何処で学んだのだ?」

「そうだな・・・・俺自身まだまだなんだが、俺の槍と戦い方はある人から学んだものだ」

「聞けば竜也達は戦いと無縁の生活を置いていたのだろう。なのに何故お前は強者としての強さを持っている?」

 

そう、俺達は元々戦いとは無縁の生活を元の世界で送っていた。

異世界に召喚され、武器を持って戦うなんて考えもしなかった。

だからこそ俺と言う存在は異様に見えるのかもしれない。

あんまりおもしろい話じゃないぞと言い、俺は一息吐くと思い出すように語り始めるた。

 

「・・・・あれは2年前に経験したある出来事だ」

 

 

 

 

当時の俺は中学3年の冬、高校受験が終わり結果を待っていた。

合格通知が届き、両親と大喜びした。

近所に住む優花も同じ高校へ通う事が決まり、お互い幸せの真っ只中だった。

喜びの中、両親は俺にある物を渡してきた。

海外に行くパスポートと旅行のチケットだ。

合格祝いも兼ねて家族で旅行に行くのは前々から計画していたらしい。

当然俺が合格するのを見越してだ。

旅行の行き先は鮭が有名なアイルランドだ。

当時の俺は、海外の料理に興味を持っていて、好物が鮭を使った料理なのもあり両親とそんな話をしていた。

 

出発当日、空港には優花の一家が見送りに来てくれた。

優花は俺にお土産を忘れないようにと念を押してきて、俺は笑って答えた。

国際便の飛行機に搭乗し、人生初の海外旅行もあり凄くワクワクしていた。

この時までまさかあんなことが起きるなど予想だにしなかった。

機内での娯楽を楽しみ到着までの時間を過ごしながら、俺は旅行先での行動に期待を膨らませていた。

機内放送で到着1時間前を報じられた時であった。

ふと外の景色を見ようと窓に目を向けた時だった。

眩い閃光が走ったと思った瞬間、突如として機体は揺れ強い衝撃が襲った。

機体は大きく揺れ動き乗客は突然の事態にパニックになっていた。

窓を見ると機体の翼が折れ、エンジンから火が吹いていたのを見た。

次の瞬間、機体は突然爆発し、出来た穴から乗客が外へ吸い込まれるように吐き出された。

俺もその一人で、猛烈な勢いで外へ吸い出される。

両親は悲痛な顔で俺の名前を叫び手を伸ばすが、その手は空を切った。

これが両親を見た最後の姿だ。

外へ出された俺はなすすべもなく真下へ落下していった。

目下は暗い世界が広がり、天候と海は荒れており余りの事態に声が出なかった。

視線を逸らすと、火を噴きながら墜落する飛行機の姿が映った。

俺は荒れ狂う暗い海に落下し、水中に引きずり込まれるかのように沈んでいった。コンクリートに叩き付けられる様な衝撃を受けて生きていたのは、正に奇跡だろう。

高度は不明だが飛行機から投げ出され、重力加速度を加えた衝撃は人をバラバラにしても余りある。

息をしようにも足掻けば足掻くほど苦しくなり、やがて意識を失った。

 

 

「俺は・・・一体・・・・」

 

気が付くと、俺はうつ伏せで何処かの浜辺へと流されていた。

あの状況で生きていた自分に驚くが、立ち上がろうとした時だった。

体から徐々に力が失っていく感覚が襲った。

正確には目に見えない何かが俺の体を侵食し、蝕んでいいったと言える。

近くにあった岩に手をつくも、支えきれずに体のバランスを崩し尻餅を着くように倒れこんだ。

呼吸を整えようにも息が乱れるばかりだ。

 

「グルルルルルル!!!!」

 

突如として俺の前に、明らかに敵意を放つ野生動物らしき獣の群れが現れた。

獲物を追い詰め、一斉に襲い掛からんとする獣達が俺を囲い込んでいた。

嫌だ。

死にたくない。

そんな言葉が連続で頭に過っていった。

何でこんなことになった?

俺が何をした?

そう思ってはいたが、その獣の群れは俺に襲い掛かるのであった。

もう駄目だと思ったと時であった。

俺の眼と鼻の先まで迫ってきていた獣の真上から赤い閃光が放たれた。

それも一発ではなく、獣すべてに放たれた。

突然の事態に俺は思考停止していた。

放たれた閃光が槍と気づくのに時間が掛かった。

 

「ふむ、気まぐれで散歩に出てみれば、まさか我が領地に人が迷い込んで来るとはな」

 

何処からか女性の声が聞こえてきた。

周囲は薄暗く、月の光も無い場所であり、全く見えない。

だが、声の主である人らしき姿が薄っすらと見えてきた。

やがて謎の声の正体が分かった。

全身タイツのような体のラインが分かる濃ゆい紫色の服装、両肩には金色の肩当らしきものを付けており、頭部にはベールを覆い、腰には短いマントを付けていた。

肌はシミ一つ無い色白で瞳は宝石のように紅く輝いていた。

手には血の色のように紅く鮮やかに色付く鋭い槍を持っていた。

均整がとれ黄金比と言っても過言ではないプロポーションと美しさを放つ彼女の姿に、先程まで謎の獣に襲われた事すら忘れる程に、俺は声を失った。

すると彼女は鋭い目線で俺にこう言い放った。

 

「問おう。お主が我が領地に流れ着いてきた漂流者か?」

 

その日、俺は自身の生き方を決める運命とも言える存在に出逢った。

 

 




次回予告『魔境の主』

最後に出た女性ですが、イメージCVは能登麻美子さんとなってます。
気づかない方が難しいと思いますが、察しの良い人はすぐ気が付くと思いますね(笑)
次回から少し過去編2話ほど続きますがご了承ください。
それが終わり次第、本編へ移る予定です。


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第0章
魔境の主


今回何時もより少し長くなってしまいました。
本当なら何話かに分けたかったのですが、時間と尺の都合により1話分に圧縮しました。
過去編前編となりますが、誤字などがあればご指摘ください。

今回からタグに新しい項目を加えます。


「漂流・・・者?」

 

俺の目の前に現れた謎の女性の問いに対し、目の前で起きた突然の事で頭が混乱しつつも小さく答えた。

九死に一生を得て助かったのもあり、俺は意識を失った。

体の限界を超え、眠るように仰向けに倒れた。

 

「・・・ふむ、小僧とは言え聊か刺激が強すぎたか・・・」

 

その声の持ち主たる女性は、俺を担ぎ何処かへ歩いて行った。

彼女は俺を担ぐや、住処である城へ足を運んだ。

 

 

気が付くと、俺は見知らぬ部屋の床で横になって寝かされていた。

体には申し訳程度の毛布が掛けてあり、自分が生きていることに改めて実感した。

此処は何処なのか、先程襲って来た謎の獣は一体何なのか、俺を助けた女性は何者なのか、様々な考えが頭を過った。

すると部屋のドアが開いた音が聞こえた。

振り向くと、其処には俺を助けた謎の女性がいた。

 

「目は覚めたようだな小僧」

「貴方は・・・一体?」

「ふふ、アルスターの女を見るのは初めてか。小僧、名を何と言う?」

 

その女性に言われ、俺は自分の名前を告げるのであった。

確か外国では名前が先で名字が後であったのを思い出し、「タツヤ・シノザキ」と答えた。

俺はそう名乗ると、目の前の女性の名前を尋ねると、女性はそうかと言い話をするのであった。

 

「ふむ、どう言うべきかな。改まって名を語る等久しくてな。お主のように偏見無く名を聞く者は何時以来だろうかな。腕に自信のある戦士達は力を求め城を目指した。魔獣や亡霊は私を恐れ戦いを挑んできた。皆、私の正体を知りつつも恐れていた。」

 

その女性は、自らの事を語るのが久しぶりなのか何処か嬉しそうで、穏やかな顔と口調で語った。

俺は目の前の女性から放たれる只ならぬ気配に背筋を縮ませていた。

まるで、知っていて当然と言わんばかりにだ。

そもそも外国に行くのは初めてであり、この女性の素性等全く分からない。

それを察したのか、目の前の女性は自らの素性を語るように言った。

 

「私は世界の外側に在り続け、老いず死なず永遠にあり続ける者」

「世界の・・・外側?」

「我が名は影のランサー。異境にして魔境たる、影の国の主である。」

「ラン・・・サー?」

「まあ、異国の者であるお主が知らぬのも無理もない。見知りおくがよい」

 

俺は、ランサーと名乗る女性にここが何処かを聞くことにした。

彼女は構わんと言い、此処が何処なのかを教えてくれた。

 

此処は世界の裏側にして影の国である事。

本来であれば、此処に到達するには様々な行程を踏まえなければ辿り着く事が出来ぬ神秘の場所であると言う。

気紛れで、城を出て散歩がてら歩いていたら、俺が漂流され獣に襲われている所に立ち会ったとの事だ。

俺が地上に帰る術は有るのだが、準備に時間が掛かるとの事だ。

世界の裏側やら影の国やら知らない単語が出てくるが、目の前の彼女がとても嘘を言っているようには思えなかった。

曲がりにも命の恩人である彼女に不躾な態度をとるわけにはいかなかった。

 

「本来ならば私の許し無く生きたまま我が領地に踏み入れた者は、即座に死ぬ筈なのだが・・・お主はどうやって生きながらえておる?」

 

そう問われ俺は回答に困った。

そう言われても思い当たる節が全くない以上答えようがなかった。

 

「答えられんか・・・まあいい。如何なる理由があれ、我が地に足を踏み入れた以上すべき事がある」

 

そう言うと、突然目の色を変え何処から出したか分からない槍を俺の喉元へ突き立てた。

矛先が喉元ギリギリで止まるや彼女はこう答えた。

 

「小僧、我が領地を生きて出たくば、お主には生きる術を身に着けてもらう」

「なッ!!!!」

「我が城に無償で滞在できるとでも思ったか?経緯はどうであれ、我が領地である影の国に来た以上、お主が選ぶ道は二つだけだ」

「・・・・・!!!!」

「私の元で武術と魔術を学び生きる術を身に着けるか、今此処で死ぬかだ。選ぶがいいぞ小僧」

 

それは突然の事で、頭が追い付かなかった。

ただ、何方か選ばなければ俺は確実に死ぬという事だ。

刃物何て包丁かハサミぐらいしか握った事が無い俺が武器を持てだって!?

混乱する頭の中で俺がとった選択は、前者であった。

こんな訳も分からない所で死ぬなんて御免だ。

俺は生きて両親と会って家に帰りたい。

その一心で、彼女の元で生きる術を学ぶことを決めざるを得なかった。

 

「ふふ、安心しろ小僧。こう見えても私はこれまで多くの戦士達を弟子に取り、鍛え上げ送り出してきた身だ。お主のように一から鍛え上げ、唯の人から戦士へと育てるのもまた一興だ」

 

彼女は俺に笑ってそう言い、今日の所は休めと言って部屋を後にした。

それ以降、俺はあの人の事を便宜上、師匠と呼ぶ事にした。

生きて帰るためには師匠の下で生きる術を学ぶしかない。

その為にはどんな事があろうとやってみせると誓った。

だが、俺はこの時分かっていなかった。

師匠の鍛錬は、ハードとかスパルタ等と言った生易しいものではなく、文字通り命がけの特訓だというのも知る由もなかった。

 

翌日、師匠の元で修行が始まった。

最初は、プロのアスリートも真っ青な基礎体力訓練から始まった。

武術以前に基礎体力の練成から地獄が始まった。

しかも、与えられたノルマが達成できなければ、俺の命を貰うという通告を受けてだ。

俺はただ、死にたくない一心で必死にやらざるを得なかった。

やっていて分かったが、師匠の言う鍛錬は世間一般が思い描く安全面に考慮したもの等ではない。

一言で言うなら殺し合いだ。

世に言う生かさず殺さずなどと言った生温いものじゃない。

生かす事無く必ず殺すスタイルと言う、安全性完全度外視の明らかにヤバい教育方針だ。

まず師匠の赤い瞳から放たれる殺気が半端ない。

目力だけで人を軽く殺せそうなくらいだ。

だが、地獄はまだ始まったばかりであった。

この世界には太陽のような明るさや温かさ等無く、暗闇に覆われた冷たい世界だ。

時間の感覚が麻痺してしまうのぐらい日数の感覚がなくなっていた。

 

基礎体力が付き、今度は武器を持った戦闘訓練となった。

獲物は、師匠の長年の経験と勘を持って俺に適した武器が槍に選ばされた。

槍の特性を学ぶべく軽くレクチャーを受け、武器を持った素振りから始まった。

最初の内は俺が間違っていれば、小さい小言だったのが何時の間にか頭頂部への拳骨へと変わっていった。

世界の裏側とは言え、生きている以上腹は減る。

寝床は何とかなるが、食事事情は何とかしないといけない。

最初は師匠からの施しで最低限の食事を貰って何とかなっていたが、生きる以上食事は必要である。

そんな生活が一か月近く続き、何とか武器の扱いを得た次に、ステップアップと言わんばかりに次の段階へと強制的に進められた。

 

武器の扱いを文字通り、体で覚えた俺を待っていたのは、実戦訓練であった。

最初の敵は、ガイコツの群れ10000体であった。

この程度の敵などで梃子摺るようでは生きるなど夢のまた夢等と師匠に告げられた。

その数を聞いた時は嘘だろうと思った。

ケルトの勇士にとって数など問題などではないと師匠は言い、俺に笑い飛ばすのであった。

相手は既に臨戦態勢に入っており、最早戦う以外の選択肢などなかった。

激励なのか発破なのか分からないが、師匠は俺にこう言った。

 

「小僧!!お主の初陣とは言え戦いだ!まずは戦え!考える前に戦え!悩み惑うのは戦の後に生き残った者の特権だ!故に戦え!戦って己の生と勝利を勝ち取れ!それがケルト流だ!」

「ド畜生・・・やってやらあああああああああああ!!!!!!!!!」

 

俺はそう叫ぶと、ガイコツ兵の群れに槍を構え立ち向かうのであった。

立ちはだかる敵を前に俺は槍を振りかざし、千切っては投げ、時には蹴り飛ばし本能の赴くまま生き残る為に戦った。

その戦いの詳細は、実はと言うとはっきりと覚えてはいない。

ただ、言えるとすれば無数にあった死から奇跡的に掴み取った生還と言う勝利だけだった。

気が付けば、俺は着ていた服が破け散り上半身裸になっていた。

寧ろこの方が勝手がよかった。

何となくだが、肌を露出する事で五感が研ぎ澄まされ、迫りくる殺気や気配をいち早く感じる事が出来た。

すべての敵を倒し終えたその場には俺以外誰も立っていなかった。

それを見ていた師匠から賞賛の言葉を得るかと思ったが、更なる地獄を言い渡された。

 

「ふむ、アレを乗り切るとはな。ならば次は、翼竜と魔猪の群れを相手にしてみるとしようか」

 

それを聞いた俺は顔面蒼白となった。

 

後日、師匠の告げられた翼竜と魔猪の群れとの戦いを繰り広げられることになった。

翼竜と言う名のワイバーンと呼ばれる空を飛ぶ魔獣と、魔猪と言う名の猪の魔獣の群れの退治を俺は師匠に課せられた。

断るという選択肢は俺には無く、生き残る為に戦うしかなかった。

前日倒したガイコツ兵の群れより数は少ないが、戦闘力が段違いであった。

お陰で、全身切り傷と擦り傷だらけで体には無数の傷跡が出来ていた。

只闇雲に槍を振るうのではなく、相手の動きをよく観察し近づいて来た所をギリギリで躱しカウンターで突き刺したり、地形を利用して自分に有利な状況を作るべく戦術を練ったりした。

師匠曰く、いい加減自分の飯ぐらい自分で狩って食えと言われ、与えられた修行も兼ねて自分の食い扶持を得るのだった。

俺は、倒した魔獣の鱗と毛皮を剝ぎ取り、肉を切り出していく。

最初は慣れない手つきで中々苦戦したが、生きる為の術として身に着けるのだった

切り取った肉を只焼いて食う。

それだけだが、他に食料が無い以上、魔獣の肉を食って腹を満たし生き延びるのだった。

師匠の教え方は超を幾つ付けても足りないくらい厳しいが、生きる術を体で覚え付け教えてくれるだけ分かりやすかった。

時間を見つけては与えられた課題以外に自主鍛錬に励んだ。

魔獣と戦う以上今の体格は駄目だと思い知り、自ら鍛え上げることに決心した。

此れも生きて帰る為と思い、限界を超える為にひたすら鍛錬に励んだ。

 

魔物との実戦訓練以外にも、師匠は俺にルーン魔術を伝授してくれていた。

師匠の使うルーン魔術は、ファンタジー物でありがちな魔法の詠唱はなく、ルーン文字というのを刻むことで魔術的神秘を発現する代物だ。

それぞれのルーンごとに意味が違い、強化や発火、探索などと幅広く活用できるそうだ。

師匠が使うのは原初のルーンと言うものらしいが、何のことかよくわからなかった。

どうやら、師匠曰く俺には槍だけでなく魔術の才もそれなりにあるらしく、基礎的な事ではあるがルーン魔術なる物を伝授してくれた。

その為に、俺の体に眠る魔術回路を開くため、何やら俺の体を調べたら思いの外に魔術回路の数が多く、戦士だけで無くドルイドの適正もあると言われた。

現段階ではその領域に到達出来ない為、基本的なルーン魔術を習得する所から学ぶのだった。

 

魔法だの魔術など詳しい事は分からないが、呪文や詠唱を唱えずに発動できる便利さもあって、俺は基本的に槍を使った武術をしつつ、魔術は補助的な要素として師匠に学ぶのであった。

使える物多くは無いが、基礎部分だけ身に着けた。

だが、この時ある問題があった。

師匠の服装である。

俺にルーン魔術を伝授する際の服装は何故か、何時もの全身タイツ(師匠曰く戦装飾)ではなく、長い髪を短く束ねて普段掛けない眼鏡を掛け、色気のある女教師とも言えるスーツ姿であった。

普段の服も大概目のやり場に困るが、此れもそれと同じぐらいであった。

思春期の少年である俺には刺激が強いのだが、それを分かってやって来る師匠も師匠である。

修行と言う命がけの戦いの後は、師匠が俺にルーン魔術を使って体力を回復してくれていたが、傷跡だけは体に残っていた。

槍を使った戦いに魔術を加えてやってみた所、以前と違い効率よく魔獣を倒すことができるのが新たに分かった。

 

師匠から槍を使った戦いと魔術を伝授して幾らか月日がった。

この時になると、今何年何月なのか忘れて唯ひたすら自身の鍛錬に励んでいた。

最初の頃は師匠への返事が「はい」から何時の間にか「応!」になっていた。

自分でも驚くぐらい師匠の言うケルト流に染まっていたようだ。

俺の体格は以前までのごく普通の一般人の体格からアスリートもビックリな引き締まった体付きになっていた。

筋骨隆々とはいかないが、無駄な物は削ぎ落されやや細身ではあるが自分でも驚くぐらいマッチョになっていた。

装備面も城の武器庫から選び自分に合った物を探す。

師匠の許可もあり好きに使えと言った。

今では上半身裸でなくとも五感を研ぎ澄ませることができ、ルーン魔術を活用した戦術を練り上げる事が出来る。

 

そう思っていた時であった。

師匠が俺が滞在する部屋に突然現れた。

 

「今からお主の最終試験を行う、着いて来い」

 

そう言うと俺は師匠の後を追って城の外へ出た。

ついていった先は俺が流れ着いた何もない浜辺であった。

すると、師匠は手にした槍を海に目掛け投擲した。

同時に巨大な水柱が立ち上がり巨大な怪物が現れた。

その大きさは10メートルは有ろう巨大な魔獣であった。

 

「お前に課す最後の試練は海獣クリードとの一騎打ちである。見事果たして見せよ」

「応!!!!」

 

師匠にそう答えると俺は、目の前に立ちはだかる海獣クリードに対し槍を構え闘志を燃やす。

初めは魔獣に対し恐怖心を抱いていたが、今では強敵を前にして闘気を滾らせている。

恐怖心に対し、逃げずに敢えて立ち向かう事で理性や正気を失う事無く戦えるのだ。

俺はこれまで培ってきた経験と五感、鍛え上げた体と教わった魔術すべてを駆使して戦いに挑むのだ。

 

「行くぞ海獣クリード、俺とお前との最初で最後の大勝負だ。全力で来い!!!!」

「ガオオオオオオオオンンンンン!!!!!!!」

 

俺の宣戦布告に答えるかのように、海獣クリードは雄叫びを上げ答えるのであった。

海獣クリードはその巨体を生かし、自前の両椀で俺を砂浜ごと横薙ぎに大きく振り払うのであった。

俺はそれを避けるべく真上に跳躍し回避する。

奴と俺の体格は一目瞭然である以上、敢えてそれを生かした戦法を取らざるを得ない。

振り払った腕に着地するや、そのまま奴の腕を駆け上がり、生物の急所である頭部を目掛けて魔力を込めた槍を放った。

チマチマ攻撃しても埒が明かないのは分かっている。

要は大きい敵は頭を潰すだ。

一点集中で頭部だけを狙い、他の攻撃はすべて避けつつ、機会を見て頭部に攻撃し続けるのが即席ではあるが俺が考えた作戦だ。

 

これは師匠に課せられた課題の応用である。

翼竜と魔猪の群れにはリーダーと言える巨大な魔獣がいた。

他の個体と違い、色だけでなく大きさも違っていた。

幾等胴体に傷を付けても決定打には至らなかった経験がある。

その為、一点だけを狙った集中攻撃に切り替えた所、効果が現れ倒すことが出来た。

今回戦う相手はこれまで陸地で戦ってきた魔獣と違い、下半身を水場に隠し、上半身だけ水面に出している。

足場の悪さは、ルーン魔術で身体強化をしつつ、機会を伺いながら攻撃を続ける。

相手は巨体を生かした力任せな戦いしかしない為、動きが読みやすかった。

何度も頭に攻撃が集中されるのが嫌なのか、俺が鬱陶しく思ったのか急に暴れだした。

同時にそれは奴に攻撃が効いている証拠でもある。

連続で頭部に攻撃が集中されたのか、奴の頭部に罅が入っているのを見つけた。

それを見た俺は、最後の一撃を与えるべく体全体に魔力を流し込むと奴の頭上に跳躍した。

同時に、槍に全ての力を込めた渾身の一撃を放つのだった。

 

「穿て・・・抉れ・・・ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

渾身の力を振り絞って投擲された槍は、見事海獣クリードの急所たる頭部に突き刺さった。

海獣クリード断末魔の雄叫びを上げつつ、海面にその骸を叩きつけた。

 

「はあ・・・はあ・・・やった・・・んだよな」

 

敵の攻撃はすべて避けるスタンスを取ると言っても、巨体から繰り出される衝撃波で、少なからず体中傷だらけであった。

俺は片膝を砂浜に着け何とか息を整えた。

その一部始終を見届けていたのか、後ろから師匠が歩いてきた。

 

「見事だ小僧。否、もう小僧とは言えんな」

「・・・師匠?」

「よくぞクリードを仕留めた、褒めて遣わすぞタツヤ」

「ッ!!!!!」

 

師匠と向き合うと、俺の頭に手を置き優しく撫でた。

思わず溜め込んでいた涙が溢れ始めた。

これまでの苦労が報われた気がして凄く嬉しかった。

師匠は俺の頭を撫でつつ、とんでもないことを言い放った。

 

「幼体とは言え、お主はクリードを仕留めたのだ胸を張り誇るがいいぞ」

 

え?

幼体?

あの図体で?

さっきまで流していた涙が事切れ、頭が真っ白になった。

すると、後ろから巨大な水柱が立ちあがり、先程まで俺が死闘を繰り広げたクリードより遥かに大きい個体が現れた。

すると師匠は、撫でるのを止め槍を手にしその巨大な海獣と向き合った。

横目で俺を見るや、不敵な笑みで俺にこう言った。

 

「お主は其処で見るがいい。異境にして魔境、影の国の女王たる我が真髄をな!!!!」

 

師匠は両手に深紅の槍を手にすると、目の前の敵に対し一気に駆け出した。

そして、唯等なる魔力と殺気を放ちクリードに迫った。

 

「刮目するがよい我が弟子タツヤよ、絶技!発動!!!!」

 

師匠がそう叫ぶと両手に持つ槍に魔力が流れ、槍から溢れるかのように全体を包むと鋭利な形状へ形成していく。

そして、クリード目掛けて駆け出すのであった。

 

「槍こそが我、我こそが槍・・・刺し穿ち、突き穿つ!!!!」

 

師匠の右手に持っていた槍は凄まじい轟音と共に放たれ、相手の胴体に投擲し動きを完全に止める。

残った左手に持った槍に、師匠の魔力で更に赤く染め上がる。

同時に周囲の空気が震えるかのように振動する。

 

「『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!!!!!!!」

 

凄まじい魔力、尋常じゃない速度で投擲された槍は、巨大なクリードの心臓部分を一撃で穿ち、断末魔の雄叫びを上げる暇も無くで一瞬で絶命させた。

敵を仕留めた槍は主人の元へ忠実な猟犬の如く戻っていき、師匠はその槍を掌で遊ぶように回し、左手で長く美しい髪を払うような仕草を見せた。

 

「私を殺せる者は何処だ・・・ふふっ、居る筈も無いか」

 

そう言うと師匠は何事も無かったかのように海に背を向け、俺の元へと歩いてきた。

師匠は俺の肩に手を置き、「城に戻るぞ」と言うやその場を後にする。

俺は来た道を辿り、師匠の住む城へ帰路を歩いた。

 

 

城に帰るや、風呂に入って来いと言われた。

案内された場所は大浴場とも言える広さの風呂だった。

ルーン魔術を使い、水をお湯に変換し体の汚れを洗い流し湯船に浸かった。

何か月ぶりの風呂なのか分からないほど長い事風呂に入っていなかった気がする。

これまで一度たりとも気が抜けた事が無いほど戦いに明け暮れていた為、それどころではなかった。

ゆったり湯船に浸かっていると、後ろから物音がしてきた。

まさかと思い、振り向くとは湯煙で所々隠れているが、裸姿の師匠の姿が目に映った。

 

「何をボサっとしておる、背中を流してやるから来い」

 

そう言うと師匠は手招きをしてきた。

言いたいことが山程あるが、断る訳にはいかず前を隠しつつ師匠の前に背を向け座った。

師匠は俺の背中を優しく撫でるかのように洗い流すのであった

今まで師匠から課せられた修行の数々でも緊張感にあふれたことがあったが、これは逸れ以上だ。

背後には恐らく裸姿の師匠がいると考えると、体が強張って仕方ない。

 

「背中加減はどうだタツヤよ。」

「ふぁっ!?」

 

すると、俺の背中に何やら柔らかい者が当たっている感触がした。

もしかしてしなくてもアレが当たっているのか!?

師匠のアレが当たっているのか!?

それを考えると心臓がバクバクして超ヤバイ。

俺の頭の中では凄まじいGRANDなBATTLEが繰り広げられていた。

前髪で片目を隠し、巨大な十字型の盾を持ち鎧姿の少女の盾兵が、「Arrrrrrr‼‼‼」とか「thrrrrrrr‼‼‼」等と叫びながら重火器をぶっ放す黒い靄の掛かった騎姿をした狂戦士の男の攻撃を必死に防いでいる異様な光景だ。

そんな光景を頭に浮かびつつ、ドギマギしている仕草に気が付いたのか師匠は更なる追撃を仕掛けてきた。

 

「ふふっ・・・どうだタツヤよ。普段からお主が熱く凝視しておる物が背中に当たっているぞ」

「!!!!!!??????」

 

耳元で囁くように師匠がそう呟いた。

てか何で知ってるんだ師匠!?

そりゃあ俺だって男だ、興味の一つや二つ無い訳がない。

てか師匠だって四六時中あんな全身タイツみたいな姿でいるし、大変ご立派な胸部装甲だから見ろと言わんばかりだ。

そんな物をほぼ毎日見せられてはそんな気持ちにならん方がおかしいのだ。

 

「まあいい、今度はお主の番だぞ」

「はっはひぃぃぃ!!」

 

やや上擦った声で返事をし、俺は背中を向けた師匠を洗い流す番となった。

お湯で浸かった布を絞り、あまり力を入れすぎずゆっくりと師匠の背中を洗っていく。

よく見ると師匠の髪は凄く艶のあって綺麗な成り立ちであるのが分かった。

背中姿も凄く美しく思わず触ってしまいたくなるほどだ。

まじまじと見ていると、後ろに目があるのか思うかのように、俺にこう言ってきたのだった。

 

「何だったら後ろから気が済むまで揉んでみても構わんぞ」

 

急に何を言うんだこの人は!?

すると、師匠は急に此方を向き俺の手首を握るや、自分の胸に寄せるのであった。

掌に柔らかい感触が伝わってきた。

余りの事に思考が停止した。

だが、俺の意思に反するかのように指先だけは動いて、師匠の胸を揉みしだいていた。

想像以上に柔らかく、何時までもこうしていたい感覚が脳に刺激した。

 

「ほれ、中々であろう私の胸は」

「あ・・・ああああ」

 

俺は頭から湯気が出るかのように床に倒れた意識を失った。

余りの出来事に思考がオーバーヒートしたのだった。

そんな光景を師匠は怪訝そうな顔で見て呟いた。

 

「・・・ふむ、やはりこやつは此方の分野に関しては免疫が無いか・・・仕方ない奴め」

 

師匠は俺を介抱し、体を拭き取ると自身への部屋へ担ぎ込むのであった。

 

 

目が覚めたら見知らぬ天井が視界に映った。

薄目で周りを見ると、何処かの王室かのように豪華な装飾品が並ぶ部屋であるのが分かった。

そして頭には凄く柔らかい感触が・・・。

ん?柔らかい感触・・・これは太腿?

まさかと思い見上げると、其処には俺の顔を覗き込む穏やかで優しい顔立ちの師匠が俺の顔を覗き込んでいた。

この状況、俺は師匠の太腿に頭を乗せ膝枕されているのか?

周囲の状況を把握し一瞬で理解した。

 

「ん?漸く起きたか、全く何時までも世話を焼かせる弟子だ、まったく」

「師匠?なんで・・・此処は一体・・・」

「ここは私の部屋だ」

 

起き上がろうとしたが、寝たままで良いと師匠は言った。

寝たままでいると師匠はある事を俺に告げてきた。

外への門が開く準備ができ、明日の早朝に城を出て山頂に向かうとの事だった。

それを聞いた俺は、心が躍った。

漸く帰れるのだと。

それに対し師匠は何処か寂しそうな顔をしていた。

よく考えれば師匠はこれまでずっとこの城で過ごしてきたのだ。

俺が帰れば師匠は再び一人きりの生活になるのだ。

そう思うと何とも言えない気持ちになった。

 

「私の事は気にするな、むしろお主はこれまでよく頑張ったのだ胸を張り誇るがいいぞ」

 

すると師匠は俺と出会ってこれまでの事を語りだした。

最初は取るに足りない小僧であった事。

鍛錬や修行は気まぐれで始めた単なる暇つぶしであり、あまり乗り気ではなかった。

だが、師匠から見た俺は驚くべきことに、簡単に死なないどころか生きる事を決して諦めない瞳をし、それが眩しく見えた。

悪態や文句を言わなければ、鍛錬を怠らず真剣に取り組む姿勢を見て、重い腰を上げた。

長い年月を生きてきたが、これ程までに見込み有る者は久方振りであり、気が付くと嬉しくなっていた。

自身の肉体は生きていても、魂は当の昔に死んでいる。

俺が弟子となってそこそこ欲が出てきたそうだ。

嘗て自身の槍すら授けたある男と俺が重なり、昔を思い出させる感覚すら覚えた。

気が付くと師匠から見た俺は、見立て通りどころかそれ以上の存在になっていた。

 

「全くお主といると昔の頃を思い出すよ」

「昔の事?」

「こう見えてもな、若い頃は王女だったのだぞ」

 

なるほど、道理で気品ある佇まいな訳か。

師匠からは王者の気質を感じる時があったのはその為だったのか。

俺は折角なので、師匠から色々話を聞いてみる事にした。

師匠の弟子たちの事等聞いてみたかったからだ。

構わんぞと言い、話を聞くことにした。

今何時ぐらいか分からないが、そんな事など関係ない。

明日には師匠の元を離れる身だ。

聞けるときに聞いておきたいと思い、師匠の弟子たちの事、特に槍を授けた男の事について聞いてみたかったからだ。

 

師匠の弟子たちの話を聞くにつれ、愛用の槍を授けた男の名前はクー・フーリンと言う名の戦士だそうだ。

俺は何処となくその男と似ているそうだ。

正確には、その男の若き頃にだが。

性格は違うが、眩しいまでに輝く魂はそっくりだと言った。

 

「さて、明日にはお主は此処を経つのだが一つ聞いておかねばならん事がある」

「なんです?」

「お主、女を知らぬ童貞か?」

「ブッ!!!!」

 

いきなり何を言うんだこの人は!!

そりゃあそうだけどさ、幾等何でも直球過ぎるだろう。

師匠はそうかそうかと言うと、俺を寝かせていたベッドへ押し倒すのであった。

完全にマウントを取られ身動きが取れない状態になった。

 

「この城にはお主と私以外居らんのだ。何も遠慮することは無いぞ」

「師匠!?冗談にも程がありますよ!!」

「知るか。私と閨を共にするのは一流の戦士だけなのだぞ。光栄に思うがよい」

「いや、ですから・・・・」

「私自ら筆を下ろしてやろう。その童貞、貰い受ける!!!!」

「ちょっ・・・まっ・・・アッーーーーーー!!!!」

 

こうして師匠による夜のGRAND BATTLEが幕を開けた

その日、俺は師匠によって大人の階段を上るのであった。

 

 

 

 

数時間後。

 

 

 

 

肌が艶々な師匠に対しごっそり搾り取られ干乾びた姿の俺がベッドに横たわっていた

詳しくは言わないが、これまで経験したどの戦いの中でも一番の激戦だったと言っておこう。

敢えて言う事があるとしたら、師匠との最果ての死闘は命懸けであると言っておく。

精気だけでなく生命力から魂までごっそり搾り取られるヤバいものだった。

何とか起き上がり、お互い身支度を始めた。

 

「では行くかタツヤよ」

「応!!」

 

今では定着した返事でそう返した。

色々あったが、師匠と過ごしたあの城ともお別れとなると感慨深くなった。

城を出る時俺は深く頭を下げ一礼をした。

そして振り返る事無く、師匠と影の国で一番高い山の山頂を目指した。

不思議な事に魔獣の襲撃も無く難なく山頂へ到着できた。

山の上から見ても相変わらず光など無い暗い世界であった。

師匠は、槍を地面に突き立てルーン文字で魔法陣を展開すると、目の前に巨大な門が現れた。

 

「この門の向こうにはお主がいた地上へと繋がっている。後は門に手に触れ開ければそれで帰る事が出来る」

「この門の先に・・・」

「ああ、行くがよい我が弟子タツヤよ。お主との日々、楽しかったぞ」

「師匠・・・今までありがとうございました!!!!」

 

俺はこれまでお世話になった師匠に深々と頭を下げ感謝の言葉を伝えた。

頭を上げ向き合うと、師匠は、「おっといかん、忘れる所であった」と言い、俺の右手にある物を手渡してきた。

それは、師匠が持っていたあの赤い槍だ。

驚く俺に師匠はこう語った。

 

「影の国で修行と鍛錬を行い、私から武術と魔術を学んだ者への報酬だ。」

「だけど俺は・・・」

「何、槍の一本構わんさ、それよりも私から槍を授かる者は、クー・フーリンの奴以来だからな。誇るがいいぞタツヤよ」

「師匠・・・・」

「確かに今のお主にはその槍の真価は発揮できん。だが、お主は何時かその槍を手にし戦う日がやって来るだろうな」

 

そう言うと師匠は忠告とも言える助言を俺に伝えた。

『鎖に縛られし白き獣を救え』

何やら意味深な言葉だった。

何れ分かる時が来ると思い、その事を胸に仕舞う事にした。

俺は門の前に立ち触れる前に師匠にある事を尋ねた。

それは師匠の名前だ。

会った時にランサーと名乗っていたが、何となくそれは偽名のように思えたからだ。

師匠はそういえば言っていなかったなと言い、改めて向き合うとこう告げた。

 

「我が弟子タツヤよ。心して我が真名を聞くがよいぞ。我が真名は『スカサハ』。異境にして魔境たる、影の国の女王である」

 

その名前を聞くと俺は改めて師匠にお礼を言い、門に触れその先に進んだ。

その光景を師匠が笑って見送ってくれた気がした。

門を抜けた先には、雲の隙間から朝日が差し込み目に入った。

一体何か月ぶりになるであろう朝日の輝きが目に染みた。

振り返ると其処には先程の門は無く、唯の岩陰があった。

右手には師匠から授かった槍を握っていた。

 

「帰って・・・来れたんだよな」

 

あの出来事は決して夢などでは無い。

そう思うと俺は、山を下山する事にした。

槍は魔術で隠し、服装は俺が影の国へ来た時の最初の服をルーン魔術で直した物に着替えた。

左胸に何かあると思い調べると、身分証明書があった。

パスポートが無いのは不便だが、何とかなるだろうと思いゆっくりと進んだ。

取り合えずアイルランドにあるであろう日本大使館へ向かう事を決めた。

俺は両親が無事でいるのを信じつつ、目下の街に足を運んだ。

道中、巡回中の警察官らしき人が乗る車と遭遇した。

運が良い事に日本語が分かる方であり、事情を説明し車に乗せてもらう事になった。

警察署に着き、待合室で待っていると担当の人が現れ、日本大使館と連絡が取れたと聞き、向かう事になった。

車に乗って数時間経過し、ようやく日本大使館に到着した。

同行してくれた警察官の人にお礼を言い、大使館の職員の人に連れられ中に入った。

中には日本から外交官として派遣された、内閣情報官である風鳴八紘(かざなり やつひろ)さんと会った。

俺は早速、両親の安否を確認するのだったが、その人は心苦しそうな渋い顔で俺にこう伝えた。

 

「・・・残念だが、君の両親は・・・・亡くなっている」

 

告げられたのは両親の生存ではなく訃報であった。

 

 




次回予告『炎(ほむら)』

今回登場した竜也のお師匠ですが、分からない方は「スカサハ(fate)」で検索してください。

FGO以外にもPS4『Fate/EXTELLA LINK』にて登場する人気キャラです。
既にプレイされている方も多々いると存じますが、未プレイの方はぜひやってみてください。
fateを知らない方に主人公が経験した修業がどんな物かを分かりやすく例えるならば、特撮ヒーローでかの有名なウルトラマンレオが経験した、数々の地獄の特訓フルコースを運動経験のない一般人の人間が行うと思ってください。
運動に自信のある方は是非チャレンジしてみましょう(笑)

追伸
尚、途中でリタイアする方には、某運命の夜に登場する中華飯店『紅洲宴歳館・泰山』の激辛麻婆豆腐10皿を1分で完食することを義務付けられますのであしからず。


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炎(ほむら)

今回も若干長くなりましたが、過去編と言うのもあり次回から若干文章が短くなるかもしれませんのでご了承ください。


父さんと母さんの訃報を聞いて数日が経った。

事故発生から3ヵ月が経過していたのを知らされた。

俺的には半年以上かと思っていたが、そんな事などどうでも良かった。

暫く口に食べ物が喉を通らない日々が続いた。

精々、偶に水を飲む日々が続いた。

大使館の職員も俺の惨状を見兼ねて話し掛けるも、変化はなかった。

俺自身、両親の死には流石に堪えていた。

泣くにも泣けず唯、茫然としていた。

何もかもどうでもいいと思っていたそんなある日であった。

俺の元に面会を希望する人物が現れた。

なんでもアイルランド政府から派遣された事故調査委員会の調査員だとかなんとか。

いざその人物に会った時、俺は目を疑った。

何せ、その人は師匠と顔立ちが似ていたからだ。

違うとすれば髪型と服装ぐらいだ。

左目の下に黒子と、両耳に銀色の耳飾りが特徴的だ。

物静かな雰囲気で人から見ればクールビューティーな女性だ。

男性が着るようなスーツ姿で、キリっとした振舞いの姿に俺は何だか胸を掴まれる気がした。

その女性は俺と二人きりで話すことを希望して、大使館の職員に話を通すのであった。

俺との面会を希望したその女性の名前は、微妙に長かったので『ケルト女』という呼び名が頭の中で決まった。

部屋にある机を挟んで椅子に座るや質問というより尋問染みた会話が始まった。

 

「確認しますが、貴方が唯一の生存者である篠崎竜也ですか?」

「だとしたらなんだ?冷やかしなら帰れよ」

「いいえ、あの状況下で生き残った貴方の事を聞く為に来ました」

「悪いが、話す事なんて無ぇ」

 

こっちは折角生きて帰って来たのに、父さんと母さんが亡くなったと聞いて気が沈んでいる。

そっとしておいて欲しいものだ。

仮にこの女に本当の事を話したところで信じて貰える保証はない。

精々与太話程度にあしらわれるのが関の山だと思ったからだ。

すると、目の前の女は椅子から立ち上がるや俺にこう言い放った。

 

「・・・話さないのであれば、直接体に聞くまでです!!」

「は?」

 

女は、目を開くと俺に目掛けて渾身の右ストレートを俺の顔面目掛けて放ってきた。

先程とは打って変わって、闘志の籠った気を全身に纏っていた

咄嗟ではあったが、その拳を難無く左手で掴み受け止めた。

とても女性とは思えない怪力染みた腕力に驚きつつも、頭を切り替えて戦闘態勢に移行する。

 

「ほう、初見とは言え私の拳に対応しますか・・・」

「随分なご挨拶だな。アンタ、何者だ?」

「そっくりそのままお返しします!!」

 

女は一旦俺から距離を取ったかと思ったら、ボクサーのようなファイティングフォームを取り、次々と拳を放ってきた。

放たれる拳はどれも鋭く速い。

時に放たれる蹴り技も尋常じゃない。

常人なら数秒も持たず、女の拳を畳みかけられている程だ。

その女の猛攻を俺はただ受けるだけでなく、防いだり躱したりしていた。

内心、調査員でなく尋問官じゃないかと思いつつ女の攻撃を捌いていく。

狭い部屋で突然の拳による攻防が繰り広げられるが、俺もされるがままでは無く反撃するのであった。

格闘術に心得は無いがコツを掴み、目の前の女の姿の見様見真似で対応する。

コイツの放つ拳は確かに速い。

だが、師匠の投擲する槍に比べれば格段と遅い。

よく見て観察すれば対応できなくも無い。

そう思った俺はある方法を考えた。

やる事は一つ、ぶっつけ本番だが、やるしかない。

俺は敢えて正面から先手で女に拳を放った。

案の定、相手はそれを待っていたかのように、紙一重で避けカウンター技を放とうとする。

俺の放った拳を躱した女は、顎目掛けて拳を放とうとするもそれは叶わなかった。

 

「そんな・・・馬鹿な!?」

「・・・・残念だが、俺の勝ちだ」

 

勝利を確信したかのように思った女の拳は、放たれる前に自身の顔に俺の拳が目の前で止まっていた。

一体何が起きたか分からなかったようで、茫然としていたようだが逸れもそうだ。

カウンターで相手を仕留めようとしたはずが、逆にカウンターを喰らったのだから。

茫然とする女に俺はこう言った。

確かにアンタは強い、男とか女とか関係なく。

何手か拳を交わして分かったが、この女はカウンター特化のタイプのようだ。

敢えて後手に回り、相手に先手を打たせカウンターで倒すものだと分かった。

コイツはカウンター技が得意だが、カウンター技で返されるのは未経験だ。

其処に付け入る隙があったと話した。

女は暫く黙っていが、成程と言い息をつくと戦意を解いた。

口頭で言うのは簡単だが、カウンター技にカウンター技を返すのは至難である。

此れも師匠の元で特訓と修練を重ねてきたのもあるが、内心上手くいくかかどうかわからない分の悪い賭けであった。

賭けは俺の勝ちであったが。

狭い室内のもあるが、女は明らかに全力ではなかった。

大方、腕自慢か小手調べ程度であった。

最初から本気であれば負けていたのは俺であった。

 

「・・・成程、ますます貴方に興味を抱きます」

「なんだって?」

「つい数か月前まで只の一般人である貴方が、私と互角に戦えるのは明らかに異常そのものです」

「・・・それがどうかしたか?」

「貴方のその強さ。それは独学ではなく、誰かの師事で学んで得た物かと推察します」

 

なるほどな。

この女はこう言ったことに関しては勘が良いみたいだ。

見た目は凄い美人の癖に、気が短くて喧嘩っ早い女かと思っていた。

俺は、あまり多くは語る気はないがこの女にこう言った。

 

「確かにな、俺はある人から生きる術を学ぶ過程で力を得た、望んで得たわけじゃないがな」

「ある人・・・それは一体誰ですか?」

「影のランサー・・・その人はそう言ったよ」

「影の・・・ランサー?」

「俺が言えるのはそれだけだ。じゃあな」

 

俺はそう言うと体の汗を流すべく、部屋を後にした。

女は俺の後姿を見つつ静かに黙るのであった。

面会時間が過ぎたのか女はその日の内に帰っていった。

 

 

大使館での日々を満喫しつつ、職員からパスポートの再発行が出来たと聞いた。

帰りの飛行機は、大使館に在住している風鳴八紘さんの手配によってチャーター機を手配してもらった。

八紘さんの仕事上話す機会はないが、何故俺にここまで便宜を図ってくれるかを聞いた。

聞けば、弟が何時も俺の店で世話になっている礼だからだ。

名字を聞いてピンときたが、なんとこの人の弟さんである風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)さんは家の店の常連客の身内であるのが分かった。

まさかこんな形で縁が結ばれるとは思わず凄く嬉しかった。

車で移動し空港に着くや、チャーター機が待機していて弦十郎の部下である緒川慎次(おがわしんじ)さんが待っていた。

その横には、何時ぞやのケルト女がいた。

なんでも見送りに来たらしく何時ものスーツ姿でいた。

別れ際に、俺の手に自身の連絡先が書かれた紙を手渡され「また会いましょう」笑顔で言ってきた。

俺個人としては御免被るが、一応受け取るだけ取り機内に搭乗した。

だが、俺はこの時知らなかった。

それは、あのケルト女との縁は切れる所か、後に奇妙な関係になるのを知る由もなかった。

 

帰りの便の航空機は快適であった。

同時に、日本での情勢を緒川さんに教えて貰う事になった。

あの事故で俺は奇跡的に生還するも重症の末、現地で入院し怪我の回復を見て退院し無事帰国だそうだ。

この手の情報操作はお手のものらしく大して苦にならないとか。

思わず忍者かよと思ったが俺的にはかえってありがたかった。

現地の空港には、弦十郎さんと優花を含む園部家が待っていると教えて貰った。

長い空の旅を終え俺は無事、日本の地に足を踏むのであった。

空港では優花を含む園部一家と、弦十郎さんが温かく出迎えてくれた。

優花は俺が生きていた事に泣きじゃくりながら抱き着いてきた。

その光景を優花の両親が優しく見守ってくれていた。

 

だが、俺は感動の再開の場面だと言うのに何処か空しく感じていた。

両親の訃報を聞いた時から、心に大きな穴が開いた感覚があった。

手配された車に乗って俺は実家へと帰宅した。

道中、優花の両親と弦十郎さんが色々俺の事を励ましてくれたりしたが、俺は何処か上の空だった。

自宅前に着くと、其処で優花達と一旦別れた。

数か月ぶりの我が家であったが何処か寂しい感じがした。

両親の葬儀は既に終わっていたのか、和室の一角に仏壇があり遺影が掲げられていた。

それを見たのにも関わらず、俺の目からは涙が一滴も零れなかった。

あのケルト女が言った通り俺は異常なのかもしれない。

両親の死は凄く悲しいのにも関わらず涙が零れなかった。

ただ、目の前の出来事に呆然となった。

 

それから一週間が過ぎた日の事であった。

店の方に足を運び店内の掃除をしていた時であった。

出入り口から思わぬ客が訪れてきた。

 

「随分と久しぶりになるが息災か?」

「貴方は・・・大鳥(おおとり)さん!?」

 

俺の前に現れた人物、それは常連客の一人であり近所のお寺で住職を務めている大鳥ゲンさんだ。

両親の葬儀もこの人が取り仕切り、資産を預かってもらっている。

昔は格闘家としてその名を全国に轟かせていたが、今では御寺の住職となっている。

現役を退いても尚、その実力は衰えておらず寺の敷地内にある道場で鍛錬を重ねているという。

突然の訪問に驚きつつも大鳥さんはある事を口にした。

 

「少し見ない内に随分と逞しい体付きになったが、心はどうだかな」

「ッ!?」

「今のお前の心は未だ暗い闇が覆ったままだ」

「それは・・・・」

 

そう言われ下を向き俯いてしまう。

この人の言う通り俺の心は曇っており、師匠の住む影の国のように暗いままだ。

そんな俺を見兼ねたのかこの人はある事を言った。

 

「お前はこれから先一人で生きなければならない。だが今のお前にはとてもじゃないが出来るとは思えん」

「俺に・・・どうしろって言うんですか?」

「知りたくば俺に着いて来い」

 

俺は大鳥さんの後を追い外に出た。

玄関の先には大鳥さんの保有する車ジープが待っていて、それに乗って目的地に向かった。

町から出て数時間、漸く目的地に到着した。

其処は、何処かの山であった。

薄暗く年中濃ゆい霧が山頂を覆っており、空気も少し薄く感じる山であった。

車から降りると、大鳥さんは俺にこう告げた。

 

「この山で一週間過ごしてみろ。それが出来なければ一人で生きる事等などできはしない」

「なっ!?」

「出来なければあの店と家を守る事等お前には無理だ」

 

俺にそう言うと、大鳥さんは来た道を変えるかのように去っていった。

その場に残された俺だが、選ぶ選択肢も無く山の中に入った。

 

「一週間か。なんとしてでも生き残ってやるさ」

 

まず俺は周囲を探索し、食料と水の確保に向かった。

奥を進むと、滝壺があり水の中には魚が泳いでいた。

食料と水の目途は得たので寝床の確保に移った。

それが終わると、その日は何事も無く過ごしたのだった。

だが、俺は知らなかった。

この山が只の山では無い事に。

 

翌朝俺は違和感を感じ取って目が覚めた。

それは、山の空気が異常に薄い事に気が付き、一瞬慌てかけたが状況を把握し呼吸を整えた。

昼間もそうだが、この山は何か変だ。

空気が薄いだけでなく何処と無く肌寒く感じる。

まるで、影の国に似ている雰囲気を放っている。

違うとすれば、日は差すか差さないかであり、まるで幽霊か魔獣が出てきそうな山でありそれらしい気配が幾つも感じ取れた。

気を引き締めなおすと、俺は周囲の探索から始めた。

暫く歩いていくと広い所に出てきて、其処には縦に引き裂かれた大岩があった。

近くで見ると、割ったというより鋭利な刃物で切り裂かれたような痕跡があった。

 

「こいつは一体・・・・」

「どうかしたの?」

 

突然後ろから声が聞こえ驚いた。

振り向くと其処には、白い狐の面を顔の横に被り、小柄で赤い着物姿の可愛らしい印象の少女が立っていた。

その少女は俺も見て無邪気に笑っていた。

さっきまで居なかった所に突如として現れた少女に思わず警戒した。

気配を感じ取れないどころか、気配そのものが無い。

一体何なんだと思った矢先だった。

 

「こんな所に生きた人間が来るとはな」

 

再び振り返ると、岩の上に白い狐の面を被った白い羽織姿の少年が座っていた。

先程の少女と違い、腰には刀を帯びておりお面で顔は見えないが、只ならぬ気を放っていた。

すると、その少年は岩から飛び降り腰から刀を抜くと俺に向け構えた。

 

「此処はお前のような弱者が来る場所ではない。すぐに立ち去れ」

「なんだと・・・」

 

今の言葉にはカチンときた。

誰だか知らんが、出会い頭に人を弱者呼ばわりするコイツには流石に頭に来た。

俺は槍を出し構えると目の前の少年と対峙した。

勝負は一瞬にして始まった。

お面の少年は無言で俺に斬りかかってきた。

それを槍で防ぎ弾き返し距離を取ろうとしたが、そいつはお構いなしに襲ってきた。

俺も防戦一方は癪に障る為、反撃するも躱されてしまう。

相手が小柄なのもあるが、常人離れした動きと太刀捌きで俺は翻弄されていった。

 

「クソがっ!!!!」

 

必死で槍を振るうも当たるどころか躱され続け、遂に懐に奴の接近を許してしまった。

 

「如何に力が有れど、精神と心が惰弱過ぎる。そんな者は男ではない!!」

 

斬られると思った俺は距離を取ろうとするも遅く、腹に回し蹴りが叩き込まれた。

そのまま後ろにあった大岩に背中と頭を強く打ちつけられた。

 

「野郎・・・・・」

 

意識が段々と遠ざかっていく中、そいつは刀を収め森の中へ入っていった。

後は任せるぞという声を最後に、俺は意識を失った。

 

あれからどれだけ立ったのだろうか。

目を薄っすら開けると、相変わらず空気が薄いが何とか意識を回復させる。

周囲の状況を確認しようとした時であった。

 

「大丈夫?」

「なっ!?」

 

俺の後ろに現れた謎の少女が俺の顔を覗き込むように見ていた。

体を起き上がらせ立とうとするが、体に痛みが走った。

すると少女は俺の手を包むように握ってきた。

その光景に俺はただ茫然としていた。

何故だか分からないがその少女の手は暖かく感じた。

俺は少女に名前を聞く為、自分の名前を告げた。

すると少女は笑顔で真菰(まこも)と名乗ると森の方へ行き立ち去って行った。

何とも奇妙な出来事ではあったが、不思議と嫌な感じはなかった。

胸のつっかえが少し抜けたような気がした。

 

俺はそれから連日、彼女たちに会うべく大岩と寝床を行き来した。

前回は頭に血が上って冷静な判断が出来ず、怒り任せに戦ったのが敗因となり俺は負けた。

案の定、そいつは二つに裂かれた大岩の上に乗り待っていた。

真菰もその下で見守るように佇んでいた。

同じ奴に二度も負けてたまるかと思った。

呼吸と精神と整え、怒りで冷静さを失わないように心を落ち着かせた俺は再戦を決意し、奴の前に立ちはだかった。

お互い武器を構えると合図も無く戦いが始まった。

それから毎日、奴と決着を着けるべく俺は何度も挑んでいった。

初戦みたいに負けはしなかったが、どれも引き分けであり勝ちとは言えなかった。

奴の太刀捌きも凄いが、こんなにも空気の薄い場所でよくあんなに速く跳ぶように駆けるのが不思議であった。

戦いの中よく観察していくと、奇妙な呼吸をしているのに気が付いた。

其々の挙動に無駄がなく、周囲の木々を足場にして飛び跳ねては俺の死角を取ろうとする。

大きく空気を吸い込み、肺の中に送り込むとで心臓を爆発させるかのような奇妙な物だった。

見様見真似でやってみたが、結構難しい物ではあったが、やってみると意外と体に馴染んできた。

奴との戦いとは別に、真菰とは仲良くなれた。

俺の悪い癖を指摘し、正しい呼吸の方法を教えてくれたりした。

そんな中、真菰は何気ない質問を俺に問いてきた。

 

「竜也はどうして戦うの?」

 

その質問に俺は答える事が出来なかった。

そもそも俺は望んで戦いの道を歩んだ訳ではない。

死にたくない一心で生きる為に、学び身に着けた術だ。

戦う術は有っても理由が無い事に気が付いき漠然とした。

そんな俺の様子を見たのか真菰はこう言った

 

「竜也ならもう知っているはずだよ。守りたい大切な人の事を」

 

真菰はそう言うとその場を後にした。

俺はその場で座禅を組むと静かに黙想を始めた。

両親が亡くなったと聞いて俺はまるで生きた屍のようになっていた。

まるですべてを無くしたかのように。

奴との戦いで何度か言葉を交わしてきた。

お前は何の為に生き戦うのか、そんな想いの籠っていない槍では誰も守れはしないと。

何度か奴と戦って感じた物があった。

それは、ある気迫ともいえる物が刀に籠っていた。

何の為に生き、何かを守るために力を振るうのか、それを伝えてくるような気迫をだ。

 

(俺の大切な物・・・・・・守りたい者・・・・・・)

 

そう考えたらある光景が頭に広がった。

まだ父さんと母さんが生きていた頃の日常風景だ。

まず、お店に足を運んできてくれる常連になっているの人達だ。

最初の常連客である早田(はやた)さん。

7が付く日にか必ず来る諸星(もろぼし)さん。

レーシングクラブの会長の郷(ごう)さん。

近所でパン屋を経営する北斗(ほくと)さん。

ボクシングジムのトレーナーの東(ひがし)さん。

近所のお寺で住職を務めている大鳥さん。

中学校の教諭を務めている矢的(やまと)さん。

鮭大根以外注文しない冨岡(とみおか)さん。

何時も3人の女性を侍らせている宇髄(うずい)さん。

燃える炎を連想させる明朗快活な煉獄(れんごく)さん。

近所付き合いの長い、洋食屋を経営している園部一家。

他にも多くの人に支えられて、あのお店は存続していることに気が付いた。

そして何よりも、幼馴染でもある優花。

身近にいたのにも関わらず、俺はそれに全く気が付かなかった。

俺にはまだたくさんの大切な物が身近にあるのだ。

両親を失ったのは凄く悲しい。

だが、俺にはまだ沢山の大切な物があるのだ。

 

「・・・・何時までも悲しんでいられねえな!!」

 

黙想を解き、沈んでいた心に喝を入れると俺は目を開き立ち上がった。

そして、奴が待っている大岩のある所へ歩き出すのだった。

失った命と物は2度と戻りはしない。

だが、俺は何も全てを失ったわけではない。

両親が残した大切な場所、傍で支えてくれる大勢の人達、凄く身近にいて見守ってくれている大切な人が居る限り、俺は前に向かって進み戦える。

俺の心を覆っていた暗闇はもう既に無い。

有るのはただ一つ、命と心を燃やす炎(ほむら)だけだ。

そんな俺を待っていたかのように、奴は刀を抜き構えていた。

 

「・・・漸くか。思ったより早かったな」

「ああ、今度こそお前に勝ってやる」

 

お互い武器を構えると、静寂がその場を包んだ。

少しでも気を抜けばやられるのは自分だ。

奴には此れまで散々苦渋を舐めさせられてきたが、今回は違う。

俺も奴もこの場で決着をつける気迫が肌を通して分かる。

沈黙が長く続くかに見えたが、勝負は一瞬で決まった。

お互い同時に動き渾身の一撃を放った。

奴の刀は俺には届かず、先に槍の矛先が面の額を捉えていた。

 

「・・・・俺の勝ちだ」

「ああ、そのようだ」

 

奴は刀を鞘に納め、俺も槍を引き収める。

すると奴はお面を取り素顔を晒した。

面の下には宍色の髪に口元から右頬にわたって大きな傷が特徴の優しい顔立ちであった。

俺は此れまで戦ってきた相手の名前を聞くことにした

 

「俺の名は竜也だ。アンタは?」

「・・・・錆兎(さびと)だ」

「そうか、お前・・・結構どころか凄く強かったぜ錆兎」

「そういう竜也もな」

「俺の前に出てきたのは、まさか腑抜けていた俺に喝を入れる為か?」

「そうだ。鈍くて弱い未熟な奴など、そんなものは男では無いからな」

「まあ色々あったが、ありがとな錆兎」

 

そんな彼に俺は礼を言うのであった。

恐らく錆兎は、腑抜けて何もかも無くしたかのような俺を見兼ねて姿を現したのだろう。

師匠の元では生きる術を学んだが、この山では錆兎と真菰にそれ以上に大切な生きる原動力を教わった。

本当に感謝してもしきれない。

すると、真菰と錆兎が俺の前に出てきてある物を渡してきた。

それは、日頃彼らが着けている狐のお面だ。

真菰のお面はにこやかな表情で、右頬には愛らしい花柄の模様が描かれていた。

錆兎のは、対照的に力強い男の表情で、右頬に大きな傷跡のあるお面だった。

 

「竜也の大事な人に渡してあげて。きっと守ってくれるから」

「俺の面も持っていけ・・・・」

「真菰・・・錆兎・・・ありがとな」

 

そう言うと俺は、真菰と錆兎からそれぞれのお面を受け取るのだった。

このお面は、錆兎と真菰の大切な人である鱗滝(うろこだき)という名の人物が、自ら作って貰った物であり厄除の面と呼ばれ、災いを取り払うと言う意味が込められたお面だそうだ。

 

「竜也・・・男なら大切な物や人を守れるくらい強くなれ。それは生きている人間であるお前しかできない事だ」

「竜也なら大丈夫だよ。だって、竜也も炭治郎みたいに心が温かいから」

「錆兎・・・真菰・・・分かった。ありがとな二人共」

 

二人は俺にお面を渡しそう告げると濃ゆい霧が覆う山の中へ姿を消していった。

それと同時に東の空から朝日が差してくるのが見えた。

俺はお面を手にし山を下りるのであった。

丁度俺が山に入って1週間が経った日の事であった。

麓には大鳥さんが車で迎えに来ていた。

 

「俺の課した試練を乗り越えたな。よく頑張ったな」

「大鳥さん・・・」

「どうやら心の迷いと暗雲も払ったようだ」

 

普段の厳つい顔から想像できない優しい笑顔で俺を迎えてくれた。

こうして俺は、大鳥さんの課した試練を乗り越え帰路に就くのであった。

道中あの山で経験した事を話すのだった。

あの山の名は『狭霧山(さぎりやま)』と呼ばれ年中濃ゆい霧で覆われている山であり、同時に心霊スポットでも有名な場所だ。

山の中の空気は薄くまるで冥府を連想させるように暗い所で、山を訪れた人の大半が白い狐の面を被った少年少女の霊を目撃しているそうだ。

そんな山に何故俺を連れて行ったのかと言いたいが、敢えて黙っておく事にした。

俺はその話を聞いて錆兎と真菰を思い出す。

以前から不思議に思っていたが、あの二人は山に住む人間では無く幽霊じゃないかと感じた。

会った時もそうだが、明らかに人間の気配とは異なっていたからだ。

大鳥さんの話を聞いて漸く納得がいく答えが見えた。

 

「(また来るぜ、錆兎・・・真菰・・・)」

 

俺はあの山を振り返りそう思い、時間があればあの山へ再び行くことを決心した。

家の近くまで送ってもらい、大鳥さんとは其処で別れた。

家の玄関には優花が俺の帰りを待っていた。

どうやら、大鳥さんからは事情を聞いていたのかやや心配そうな顔をしていた。

俺は、ゆっくりと歩き優花には差し掛けようとした時であった。

突然、優花が俺に向かって駆け出すとそのまま抱き着いてきた。

 

「馬鹿!!心配したんだよ!!また・・いなくなったんじゃないかって!!」

「優花・・・・・心配かけて悪かった」

 

俺は素直に謝りつつ優花を優しく抱きしめた。

流石にこのままは気まずいので家の中に入る事にした。

優花は中々泣き止まなかったが、どうにか泣き止んでもらう事が出来た。

日本に帰ってきたころと変わらず家の中は静かだが、心なしか温かくなった気がした。

時計の針を見ると、既に夕方を示し夕食時なのが分かった。

俺はある事を優花に頼むことにした。

 

「なあ優花、少し気まずいんだが、その・・・頼み聞いてもらえるか?」

「なに?」

「久しぶりに優花のオムライス食いたくなってな。どうだろうか・・・」

「オムライス?」

 

散々心配かけて言うのもなんだが、無性に優花の作るオムライスが食べたくなったのである。

優花が料理上手なのは昔から分かっているのだが、オムライスは特に絶品である。

此処最近あんまり良い物を食べていなかったのもあり食欲が以前のように戻ってきたのだ。

優花は流した涙を振るい、台所へ向かうと調理を開始した。

俺は座ってていいと言われ、テーブルのある椅子に座り完成を待つことにした。

 

「はい、特製オムライスの完成っと!!」

「おお!!待ってました!!」

「熱いから気を付けてね」

「嗅覚と食欲を刺激し、暖かさと優しさを感じる香り、正しく優香特製オムライスだ!!」

「もう、大袈裟なんだから」

 

俺はスプーンを手にし、口の中にオムライスを入れるのであった。

ほんのりとしてまろやかな味わいが口の中を充実するのが分かった。

今まで優香特製オムライスは食べてきたが、歴代最高にまで美味いと言える。

其処で俺はある事に気が付いた。

目頭が熱くなって、視界が潤んでいるのだ。

こんなにも人の温かみを感じる料理を食べたのは初めてである。

俺のそんな様子に優花は心配してくれたのだが、大丈夫だと言って残りを食べるのであった。

その日、俺は両親が亡くなったと知っても尚、流す事が無かった涙を初めて流したのだった。

同時に、俺に胃袋はガッチリと優花に掴まれたのであった。

あの時食べた優花が作ったオムライスの味は、何時までも忘れることはない。

 

その後、俺は本来なら4月に入学するはずであった高校に遅れながら通学する事になった。

クラス入りした頃は既に一学期の終わり頃であり、遅れていた勉強は夏休み返上覚悟で挑むのであった。

学校側も俺に起きた事情は把握しており、詳しく追及することはなかった。

補習も兼ねて俺の担当となったのは、当時まだ新人教師になったばかりの畑山先生であった。

先生もそれなり頑張って俺の勉強を見てくれていた。

その甲斐もあり夏休み後半までには、遅れていた勉強を取り戻すまでに至った。

2学期から新たにクラスメイトとして、この学校に優花と通えるようになったのは一途に畑山先生のおかげでもある。

皆は、先生を愛ちゃんと呼ぶが俺は敬意も込めて畑山先生と呼ぶのだった。

クラスメイトには色々な奴がいたが、中々周囲とも馴染めず苦労したりした。

中には興味本位で悪意を持って接する小悪党染みた馬鹿共がいた。

鬱陶しく絡んで来ようとするが、殺気を籠った目で睨みつけてそのまま黙らせた。

結果として、優花以外の交友が無いまま学校生活を送る日々となったが、対して気にはしなかった。

 

それからと言うものの、俺は優花の両親が経営する洋食屋でアルバイトをしつつ、時間を見ては狭霧山にソロキャンプという名の山籠もりをしに何度も訪れる事にした。

山には錆兎と真菰以外にも大勢の子供たちが居て、腕試しも兼ねた手合わせも何度も行った。

大鳥さんの元で格闘術を学ぶべく鍛錬をしたり、俺の様子を見に来た弦十郎さんとアクション映画顔負けの特訓を身内である甥の少女と一緒にやったり等、それなりに楽しい日々を送っていた。

他にも色々な事があったが、俺なりに日々の生活を謳歌するのであった。

 

 

 

「・・・まあ、こんなもんだな。あんまり面白い話じゃなかっただろ」

「いや、お前の事を知る事が出来たのだ。それだけでも僥倖と言えるだろう」

 

俺は此れまでの経緯を横に座るコハクに話すのであった。

辛い事や悲しい事もあったが、それがあったからこそ今の自分があると思い、改めて横に座るパートナーに話すのであった。

異世界に召喚され、戦いに巻き込まれ、奈落の底で俺はコハクと出会った。

共に過ごすに連れ、段々と俺に中ではコハクの事が優花と同じぐらい大切な存在になっていた。

同時に、コハクと優花も異性として意識し始めるのであった。

優花は幼馴染ではあるが奈落に堕ちてから、再び離れ離れになってからより一層愛おしさを感じるようになった。

地上にいた時は、優花の事を一番大切な人と言ったが、今では最早大切処か好きな人と呼べる存在になっていた。

コハクの事もそうだ。

最初は人間嫌いで常識はあるが戦闘狂のおっかない奴だったのが、共に過ごし境遇を聞き、肩を並べて戦い抜き、今では俺にこんなにも心を開いてくれている。

九尾の狐で人の姿をしているが、結構というよりかなり俺好みのタイプだったりする。

美人で気が強いが何より他人を思いやる優しさを持ったコハクの事が何時の間にか好きになっていた。

俺の胃袋は優花が握っているが、心はコハクが握りつつあるのであった。

コハクの気持ちにも応えたいが、優花の事もあり板挟みとなって悩んでいた時であった。

何かと思いコハクの話を聞く事にした。

 

「そういえばお前の話に出た、ケルト女という人間は何者だ?」

「ああ、そう言えばアイツとも色々あったな」

 

その女は、俺が日本に帰国してから数か月後、再び会いまみえるのであった。

なんでも、あの事故の真相を突き詰めるべく、アイルランドから態々日本までやって来てまでも事の真相を確かめるべく俺の前に再び現れた。

その事でケルト女と色々いざこざがあったがそれはまた別の話として置いておく。

ただ、あの女の名前は今でもはっきりと覚えている。

 

「俺がケルト女と呼ぶアイツの名前は、『バゼット・フラガ・マクレミッツ』だ」

 

 

 




次回予告『旅立ち』

過去編第一弾は此れまでとなりますが、何時の日かまた行いますのでお楽しみに。
次回から本編に移ってきますので乞うご期待ください

追伸:ネタバレ防止のためあ敢えて伏せていましたが、主人公である篠崎竜也君の容姿はクー・フーリン(プロトタイプ)となっております。
察しの良い人はイメージCVで凡そ予想していたと思いますが、キャラ紹介時に詳しく記入しますのでお待ちください。


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第一章 最終
旅立ち


ネタ集めやら話の構成に今後の展開を考えていく内に遅くなりました。
今回で第一章が終わります

前回と比べ文字数が少ないかもしれませんがご了承ください。


コハクに俺の過去を話した翌日、ハジメとユエが気まずそうな顔で俺に話しかけてきた。

どうやら俺の話を遠巻きに聞いてしまったらしい。

「盗み聞きする気はなかった、すまない」とハジメは言ってきたが、俺は気にする事はないと返した。

寧ろ変に気を使われるより、此れまで通りで良いと言った。

そんな事もあったが、オスカーの隠れ家での生活も概ね慣れてきた。

ハジメは、地上に出て激化が予想される戦闘に備えて必要になるであろう新兵器と移動手段としてのアーティファクトの開発を開始した。

その間俺とコハク、ユエで料理の食材となる魔物の討伐に迷宮に赴くのであった。

流石に生活する以上、食糧となる物の調達は外に出ないといけないが、その過程で意外な発見があった。

 

それは、ユエがエセアルラウネという魔物に捕らえられた階層の部屋である物を見つけた。

迷宮の最深部にある扉と大きさは違うが同じ物が其処にあった。

長年放置されていたのか、此処に来た時は蔦や木が生い茂り覆い被さっていたので全く気が付かなかった。

偶然其れを見つけた俺達は扉の中を探索する事にした。

扉を開けたら其処は、隠れ家と同じく明るい光が差し込む場所であった。

部屋の中は様々な動植物があり、植物園か何かを連想させた。

念の為に、コハクに頼み式神を飛ばしてもらい、危険な生物がいないか探ってもらった。

幸い、そのような生物は居らず安全地帯だと言うのが分かった。

更に奥を進んで行き探索を終えるとこの隠し部屋と言える謎の階層の正体が分かったのである。

此処はいわば食料となる植物を育てる栽培室だという事だ。

部屋の隅々を見れば其処には色取り取りの野菜や果物が栽培されていた。

多種多様にエリア分けして栽培されており、その種類はかなりの数に至っていた。

目に付いた木に生っていたリンゴを手で千切り食べた所、全く問題なかった。

どういった理屈で畑が保たれているかは分からないが、俺としては嬉しい発見であった。

奈落に堕ちてからの食事はどれも魔物の肉ばかりであり、とてもまともじゃない食生活を送っていた。

いい加減に肉以外の品目も食べたいと思っていたので渡りに船である。

俺とコハク、ユエの三人で手分けして野菜の収穫に取り掛かった。

こんな事の為にある物を持ってきた。

それは、オスカーが造ったアーティファクトにあった宝物庫と呼ばれる物の試作品だ。

完成品はハジメが使用する指輪サイズの物だが、これは結構大きな物で長さ300㎝幅200㎝深さ100㎝の代物だ。

言うなればRPGでお馴染みの便利なアイテムボックスだ。

普段は俺がルーン魔術で収納し必要に応じだしている。

性能としては完成品と同じで容量の物が収納できる。ただ大きさがネックになるので、小型化が現在の課題でもあった。

俺達三人は多種多様な野菜と果物を収穫し宝物庫(試作品)に収納していくのであった。

 

隣のエリアには野菜と果物以外にも調味料の原料となる物があった。

料理の基本「 さ し す せ そ 」となる砂糖、塩、酢、醤油、味噌があった。

野菜エリアの横には、水源地帯と言える場所があり小さな水溜りのような物が無数にあった。

酢と醤油は水源の湧き水のように静かに溢れていたのであった。

どんな原理であろうか、熟成や発酵の行程もそうだが保存に際し空気に触れれば酸化が進み劣化するものだが。

味噌に至っては白味噌と赤味噌があり、火山の河口から溢れる溶岩のようにブクブクと音を立ていた。

熟成の為に暗所で寝かせる必要が有るかも知れないので確認しなければ。

砂糖と塩は少し違うが、砂漠や雪原を思わせる広がる銀世界のように輝いていた。

他にも胡椒の実やパンの原料となる小麦粉が山のようにあった。

栽培エリアにも小麦や胡桃は有ったが収穫され加工されている物も存在したらしい。

久しぶりに嗅ぐ懐かしい調味料の匂いに驚きと戸惑いを隠せなかった。

あらかじめ用意してきた大き目の瓶にそれ等を入れていった。

胃酸強化スキルにモノを言わせ味見をしてみたが、問題は無いように思えた。

これで漸く本格的に料理を振るう事が出来ると思った俺は嬉しくて溜まらなかった。

そうと分かれば俺達は採集作業に取り掛かった。

 

「いやあ結構取れたもんだな。」

「それは何よりだ、今夜の食事は期待しても良いのだろうな?」

「応よ!!久しぶりに腕を振るってやるから楽しみにしてろよ」

「うん。ハジメとタツヤがいた故郷の料理、凄く楽しみ」

 

凡そ半日程の時間をかけて俺達は、収穫と採集を終え帰路に着くのであった。

食材以外にも料理に必要なオリーブを筆頭とした油や胡椒を筆頭とした香辛料の実等もあり概ね満足な成果であったと言えよう。

ただ、米の原料である稲が無いのが不満だが、暫く小麦粉で作るパンでどうにかしよう。

 

あの隠しエリアには食材や調味料以外にも生物が生息していた。

それは数時間前に遡る。

奥に行けば森と湖があるエリアがあり、其処には鳥や兎、鹿や牛等と言った草食動物が生息していた。

それもただの草食生物ではなかった。

テレビや図鑑で見るような毛の色と異なり、どれも全身の毛皮が金色なのだ。

湖がある場所には黄金の角と毛皮を纏った鹿と牛の群れがいた。

遠目で見ても分かるその輝きを放つ生物に俺は、只の個体ではないのが直感でわかった。

しかも俺が知っている鹿や牛より一回り大きいのだ。

例えるならば、某モンスターをハンティングするゲームで言う通常種と異なる希少種や亜種等の個体と言えば分かるだろう。

世間一般で知られる鹿や牛が同ゲームで長年看板モンスターとして君臨する『空の王者』の異名で有名な火竜の通常種と仮定しよう。

目の前にいる黄金の鹿と牛(近くで見たらバッファローであった)は希少種とされる『銀火竜』や亜種である『蒼火竜』、群れのリーダー格は更にその上を行く『黒炎王』と言えばいいだろうか。

幸いこちらには気が付いていない模様だ。

奇襲を仕掛けて仕留めるには良い頃合いだ。

折角だ、今夜の夕食のメインディッシュと今後の旅に食べる食材には打ってつけだ。

俺は槍を取り出すと、コハクとユエに戦闘準備をするように合図をした。

コハクに至っては概ね俺の心情を察したのか、既に準備を済ませ不敵な笑みを浮かべ刀を出し手にしていた。

 

「ユエ、俺達がいた故郷では獲物を狩りに行く際に仲間にある一言を言ってから狩りに行くんだ」

「?・・・それは何て言うの・・・?」

「それはな・・・『一狩り行こうぜ!』って言うんだ!!」

 

本当ならハジメも呼んで一緒にやりたかったのだが、今回は仕方ないから次回またやろう。

俺とコハクは背を低くして見つからない距離まで近づくと、ユエの魔法の合図を待つ。

 

「〝緋槍〟」

「ユエの魔法の着弾と同時に駆けるぞ・・・いいかコハク?」

「ああ、任せておけ。久しぶりの狩りだ。一撃で仕留める!!」

 

ユエの放つ炎を円錐状の槍の魔法は群れの中心に着弾し爆発を起こす。

突然の爆発に驚き統制を失う金色の魔物達の群れを駆け巡り、一気に接近する俺とコハク。

それぞれ狙いを定め、俺は金色の鹿をコハクは金色のバッファローに狙いを定めると、自身の獲物を振り翳し獲物の首を落とす。

一瞬の出来事ではあったが、取り逃がす事無く仕留める事が出来た。

群れは突然の襲撃に鹿と牛の群れは驚き、すぐさま森の方へ逃げ帰って行った。

あれら全てを仕留める事はない。

必要な分だけ狩り、他は別の機会に狩ればいい。

そう思いながら俺は仕留めた獲物の血抜きを行い、宝物庫(試作品)に収納するのであった。

俺自身は知らなかったが、仕留めた獲物達は地上では幻の生物とさえ言われ、現存する事が疑われる伝説の生物だと言う。

他にも金色の卵を産む鶏や鋭い牙を持つ猪を仕留めていった。

金の卵を産む鳥はそんな童話が有ったな、と元の世界への郷愁を誘った。1羽は持ち帰って新鮮な卵を産んで貰う様に出来ないだろうか?

かくして俺達は狩りを終え、オスカーの隠れ家である今の住処へ戻るのであった。

勿論、再び訪れる為にも隠れ家までにマーキングをしっかり行い、迷うことなく再び訪れる事が出来るように念入りに行った。

尚、ハジメに黄金鹿と黄金牛の話をしたら、「次は俺も絶対に行くからな!!」と目を開いて俺に迫ってきたのは余談だ。

 

拠点に戻った俺は早速調理に取り掛かった。

調理に必要な道具はハジメに作ってもらい、必要な材料と油は隠しエリアから調達済みである。

今夜の夕食は黄金鹿のメンチカツである。

本当なら鹿肉をヨーグルトに漬けて肉の臭みを取り柔らかくするのだが、それが無い為断念せざるを得ないためまたの機会にやろう。

黄金牛が乳牛として役に立つかも要確認である。

まず、肉をハジメに錬成して貰ったミンチメーカーで挽肉にしていき、玉ねぎを微塵切りにして、肉と調味料を合わせてよく混ぜる。

挽肉は滑らかな二度挽と歯応えを残す粗挽きを3対1の割合で混ぜ合わせるのがポイントだ。

粘り気が出てきたら形を作り、小麦と卵、パン粉で衣をつけて油で揚げる。パン粉はどういう訳か隠しエリアに有った、無ければ小麦粉からパンを作りミキサーで砕かねばならなかった為にメンチカツでは無くハンバーグにするところだったのは余談だ。

その間にキャベツの千切りを行い皿に盛り、狐色になるまで揚げたら揚げ皿に上げ余熱で中まで火を通したら完成だ。

そのままメンチカツを食べても良いがウスターソースとマスタードかけて食べるとよりおいしく味わえる、何故か隠しエリアには有ったので今回は食卓に出せた。通な人には塩で食べるのもオススメだ。

野菜には隠しエリアで取れたドレッシングもある為よりおいしく食べれる。

メンチカツと言えば豚ロースだが鹿肉ならではの利点もある。

それは、100g中の栄養価比較だ。

豚肉が263kcalに対し、鹿肉は半分以下の110kcalである。

たんぱく質も鹿肉が上であり、脂質に至っては豚肉の19.2gと比較しても鹿肉は1.5gである。

最も、この極限条件下では脂肪を増やさねば長時間栄養補給が叶わない時に筋肉を消費して生命を維持する事になりかねないので、バランスを取ることも大事だ。平時でアスリートやダイエットを心掛ける人には最適なメニューでは有ることは間違いない。

つまり男女問わずヘルシーで肉感がしっかりで美味しいのであるのだ。ネックとしてはやはりジビエ特有の臭みだろう、ヨーグルトが無いためハーブである程度消さなければ女性には辛いかも知れない。

本当ならもっと手を込んでじっくり作っていきたがったが、あくまで元居た世界の料理の再現であるものの、食べてくれる人に満足してもらえれば俺はそれで充分であった。

 

本当なら主食はパンではなく米がよかったが、ハジメとユエも大いに満足してくれた。パンが主食になるのならメンチカツサンドをメインに据えても良かったかも知れないが、今回は定食メニューで通させて貰った。

見た目も良いが、ナイフで切ると中から肉汁が出てより食欲を感じる。

いざ口にすると此れまで味わった事の無い食感と味に驚きと衝撃を得たのか、目を開いていた。

コハクもメンチカツは初めてではあるが、食べている表情を見れば大いに満足してもらえたのか終始笑顔であった。

当然、ハジメとユエ、コハクにもお代わりを頼まれた為、予め多く作っておいたメンチカツをそれぞれの皿に盛っていき食されていくのを見ていた。

勿論、俺の分はあらかじめ確保済みである。

後日、ハジメのリクエストでモン〇ン飯が食べたいと言うのもあり、ハジメの監修と要望に応え、見事オリジナルに近いモン〇ン飯を再現した料理が完成したのは余談である。

どうもハジメは、アニメや漫画で定番の『マンガ肉』に憧れていたのかそう言った料理を希望するのであった。

まぁ、気持ちは分かる。骨の付いた大きな肉にかぶり付くのは男の子なら一度は憧れる物だろう。

そんな食事風景を間近で見て俺はある感情を胸に感じた。

それは、元居た世界での食事はほとんど一人か優花と二人で食べてきたのだが、大人数で食べる食事と言うのも良い物だ。

もしかしたら、両親が居酒屋をやっていたのはこんな光景を見ていたかったなのかも知れない、そう思った。

何時の日か自分の家族という物が出来たら今の様な光景を見れるのだろうかと思いつつ、食卓に着き料理を口にするのであった。

そんな取り留めの無いことを考えていた俺は、隣で美味しそうに食事をするコハクを見てある事を決めた。

 

「ああ・・・いい湯だ」

 

夕食が済み後片付けを終え、一人露天風呂でゆったりと湯船に肩まで浸かりのんびりするのであった。

背中を伸ばし疲れを取っていると、後ろから気配と足音を感じた。

ハジメやユエで無いとすれば残りは只一人だ。

 

「どうせ其処にいるんだろコハク。入ってきたらどうなんだ?」

「ああ、そうさせてもらう」

 

敢えて振り返る事はせずに俺は横から湯船に入ってくるコハクを待っていた。

今更ではあるが結構慣れて来た光景だ。

もっとも魔槍(意味深)が魔力(意味深)を巡らせるのを辞めるにはまだまだ若い身体では無理だ、枯れている訳でも不能な訳でもない健康な雄なのだから。

湯船に浸かりつつも俺は今後の事を考えていた。

地上に戻り元居た世界に帰る手掛かりを見つけたその後だ。

それまでにコハクのお姉さんを見つけなければならない。

それはコハクと交わした約束の一つであり破る気などサラサラない。

問題は目的がすべて完遂された後の事だ。

コハクはその後一体どうするのだろうか?

俺はそれを確かめるべくコハクに聞いてみる事にした。

 

「なあ、俺達の旅はまだ始まってすらいないんだが」

「ん?急にどうした」

「ああいや、その何て言うか。コハクは姉さんを探す為に、俺達は元居た世界に帰る手掛かり得る為、旅に出る。これは合っているな?」

「そうだ、私はなんとしても姉さまを見つけねばならない」

「それが終わったらお前はどうするんだ」

「・・・そうだな。それについては考えもしなかったな。最もお前の傍を離れる気はないが」

「それなら俺の家に来るか?」

 

改まって思うが、俺はコハクの事が好きだ。

此処最近、一緒に暮らし過ごすようになってからその思いが膨れ上がっていた。けっしてその肉感的な肢体に惹かれた訳では無い……とも言いきれないが、それ以上に背中を預け合い共に死線を潜り抜けた間柄なのだ。

仮に元居た世界に帰れても、俺はまた一人生活へと逆戻りだ。

一人で生きていくと決めた筈なのだが、コハクと過ごすうちに家庭の暖かさを再び感じた。

人は独りでは生きていけないとはさて、誰の言葉だったか。

両親が亡くなってから家を出る時も、帰る時も誰もいない家で俺は過ごしてきた。幼馴染の優花は迎えに来てくれては居るが、彼女には彼女の生活が有る故に一緒に住んでいる訳でもない。

せめて帰りを待ち出迎えてくれる人が居れば俺はそれで満足だ。また『行ってきます』と『お帰りなさい』が交わされる生活を送りたい、両親が生きていた頃の空気を僅かでも戻したいのだ。

だからこそ俺は元居た世界に帰る事が出来る日が来たのなら、コハクとお姉さんを同じ家で住む家族として迎え入れたい。

傍から見ればとんでもない考えかもしれないが知った事か。孤独を理解しない第三者にこの感情を否定されたくは無い。

誰が何と言おうが俺は、コハクの事が好きで家族として迎え入れる。

そうコハクに伝えた。

すると、当の本人はやや驚いた表情をしていた。

九尾の狐なのに狐に摘ままれた顔で驚いていたのだった。

 

「それはつまり、お前は私に・・・嫁に来いと言っているのか?」

「まあ・・・最終的にはそうなるがダメか?」

「駄目ではないが、私は九尾の狐なんだぞ!!」

「ああ知ってるよ、だが今更それがどうした。」

「九尾の狐を嫁にする男はお前が初めてだぞ・・・」

 

頬を赤く染め照れつつも何処か嬉しそうな表情をするコハクの事が愛おしく思った。

諸説有るが、安倍晴明には狐の血が流れていると言う逸話も有るのだが、今は不粋なので無いものとする。

コハクの肩を両手で握り顔を合わせると、彼女に想いを告げるのであった。

 

「誰がなんて言おうが関係ねえ、俺はお前が事が好きだ。」

「竜也・・・・・私もお前が好きだ。」

「コハク、今日からお前は俺の家族だ」

「竜也。ああ末永くよろしく頼む」

 

俺はそのままコハクと口付けを交わすのだった。

突然の事に驚くも、そのまま身を任せお互い抱きしめ合った。

湯の熱とは違うコハクの体温と肌の柔らかさを感じる、沸き上がるこの気持ちは愛しさと呼ばれる物だろう。

気の済むまでお互いの唇を味わい終え、俺はコハクに「続きは部屋でやるぞ」と告げた。

魔槍(意味深)が『ついに出番か!』と猛り狂って(意味深)いる。

その意味を理解したのか耳をピンッと立て、顔をさらに赤く染めた。

やや視線が下に向き、俺の魔槍(意味深)がどうなって居るのかを確認して首筋まで赤くなる。

普段物静かで落ち着きのある大人の女性の雰囲気を漂わせるコハクだが、こう言った事に関しては初心なのか何とも見ていて可愛げのある表情をするものだ。

俺とコハクは体を拭き服を着ると部屋に戻るのであった。

部屋に戻って何をしたかと聞かれれば、内緒だと答えよう。

敢えて言うならば愛し合ったと答えるべきか、魔槍(意味深)の真名解放(意味深)が果たされたと言うべきか。

同時に俺は新たに聖約〈ゲッシュ〉を立てるのと決めた。

それは、〈愛する者達を守る為必ず生き残る〉だ。

例え戦いに勝っても死んでしまったらおしまいだ。

何より愛すると決めた女達を泣かせたくはないからだ。

こうして俺とコハクは異世界の奈落の底にある最深部の隠れ家で愛を交わし家族となるのであった。

 

翌日、この事をハジメとユエに話したらやや驚くもおめでとうと祝福してくれた。

優花の事はどうするのかとハジメに尋ねられたが、その事に関しては優花に会った時にしっかりと話すつもりでいる。

と言うより、優花にも俺の想いを伝える気でいる。

傍から見たら堂々と二股宣言しているも同然だが、コハクはその事に関しては一切異議を唱え無い処かむしろ背中を押してくれていた。そもそも彼女は九尾の狐で在るため、一般的な人とは倫理観が若干ズレて居る節が有る。

女を侍らせるのは強者の特権だと言い、俺の大切な者をこれからも増やしてほしいと言ってくれた。

その時やや顔を赤らめながら下腹部を撫でていたのは気にしない方向で。

俺自身ハーレム願望など微塵も無ければ、女遊びが好きな女好きでも無い。

純粋に心からコハクが好きで、家族として迎え入れたいだけだ。

もしかしたら、両親を喪ったあの時から俺は家族の枠組みと言う物に何かしらのズレが生じているのかも知れない。

優花は俺の事をどう思っているか気になるが、会ったら会ったで話をしようと思う。

コハク自身も優花の事に興味を持ったのか、色々話を聞いてきたりした。

俺の孤独を癒して居たこと、寄り添って居たことに尊敬に近い念を抱いている様に見えた。

それともう一つコハクからの頼みで、もし生きて再会が叶うのであればお姉さんも家族に加えて欲しいそうだ。

俺はコハクのお姉さんの事について知らない為、改めて聞くことになった。

 

そのお姉さんはコハクとは色々と対照的な存在であった。

まずコハクが九尾の白狐ならば、お姉さんは九尾の赤狐であり傍から見れば紅白揃って縁起がいいなと俺は思っていた。

人の姿となった時の容姿は、長く艶のある黒髪の美しい美女で、胸はコハク以上の大変ご立派な物をお持ちらしく胸元を大きく開けないと息苦しいとの事で大分扇情的な着方をしているとの事、服装はコハク同様に着物姿であり、色合いは赤と黒が基調であるそうだ。

普段は物静かな口調で思慮深く妖艶な雰囲気を漂わせる年上のお姉さんだそうだが、コハクと真逆で人間を嫌うどころか愛しているそうだ。

竜人族の里に滞在していた時も、子供や大人の男性からも親しまれており、当時の竜人族の王とその妻である二人の仲睦まじい夫婦の関係に憧れを抱いていたのである。

最も其処までは良かったが、問題はそこから先である。

その愛がとてつもなく重い物であるのだ。

敵対者には容赦のない蒼炎で焼き滅ぼすコハクとは逆に、お姉さんは赤く燃え盛る紅蓮の炎を全身に纏い愛の抱擁と言い直接抱きしめたり、無数の火球を造り出し広範囲に連続で放ったり等々である。

お姉さんの紅焔は、触れたり直撃すれば焼け焦げる所か、骨も残らず蒸発するほどの高温の炎であり、その光景を何度も目の当たりにしてきたのか、「私の愛を受け止める事が出来る殿方は何処・・・」と口にし目から理性の光が消えた幽鬼のような顔で戦場を彷徨い歩き、討伐しに来る人間達を愛の紅焔で燃やしてきたそうだ。随分と熱烈な婚活である、生きるにしろ死ぬにしろ墓場行き確定である。

大まかに説明すればこんな感じだとコハクは告げた。

その話を聞いてハジメとユエはドン引きしていた。

だが、何となくハジメは似た何かから逃げられないのではないかと俺の直感的な何かが告げてきた。

俺はコハクの話を聞いて何となくではあるがお姉さんの事が分かった。

コハクが分別の有る戦闘狂のクーデレならば、お姉さんは思慮深い妖艶なヤンデレである。

其れも只のヤンデレではない。

高純度1000%で濃縮された超重い愛のヤンデレだ。

ブラックホール並に重力が強い、一度捕まれば逃げ出せないレベルだろう。

ふざけて婚活戦士ゼクシィなどとは間違っても呼べない、骨も残らない熱烈な抱擁を受けるだろう。

この先会うかもしれないコハクのお姉さんとの会合に非常に不安を残しつつも話を終えるのであった。

 

 

オスカーの隠れ家で過ごすようになって二か月余り月日が過ぎた。

俺達は地上に出る決意をし、準備と装備を整えるのであった。

思いの他隠れ家での生活を満喫した俺達だったが、漸くこの日が来たのである。

神代魔法を会得した部屋にある魔法陣が地上と繋がっておりそこから転移するのだと言う。

 

「結構長く此処に滞在したが皆、準備は出来たな?」

「うん、ハジメと皆となら何処でだって行ける」

「こっちの生活もそれなりに良かったが、そろそろ本物の太陽を拝みたいしな」

「私には姉様を探すと言う義務がある異論はない」

 

この時、ユエとコハクの左薬指には指輪が嵌められていた。

それは神結晶で出来た指輪であり、魔力枯渇を防げる代物である。

ハジメがユエに、俺がコハクに渡す際プロポーズと誤解されたが、俺としては元居た世界に帰りその際に改めて本命を渡すので、婚約指輪とも言えるだろうか。

そんな話をしたら夜に激しい戦闘(意味深)が起ったが割合。

 

「ユエ、竜也、コハク。俺達の武器や力は地上では異端だ。教会や各国が黙っている筈がない」

「ん・・・・」

「この世界に無い兵器やアーティファクトを要求されて、戦争に強制参加も考えられる」

「だろうな・・・」

「教会や国だけでなく自称神の狂人とだって敵対するかもしれないヤバイ旅だ」

「今更だな、望む所だ!」

 

ハジメの演説染みた台詞にそれぞれが答えていく。

 

「俺がユエを、ユエが俺を守り、竜也がコハクを、コハクが竜也を守る。」

「それで俺達4人は世界最強だ。敵は全部ぶっ飛ばして世界を超えようぜ!!」

 

魔法陣が光るや、俺達はそれに吸い込まれるように包まれた。

こうして俺達はオスカーの隠れ家を去り、地上へと帰還を果たすのであった。

 

 

同時刻、ハイリヒ王国の城の中にある鍛錬室で一人、己を鍛えるべくトレーニングに勤しんでいる人物がいた。

栗毛に切れ目が特徴の少女が黙々と鍛錬を行い修練を重ねていた。

普段下ろしている髪を一つに束ね、ポニーテールと呼ばれる髪型にしている少女は、ボクシングジムにあるサンドバッグを模した砂袋に拳を叩きこんでいく。

只闇雲に打つのではなく、無駄なく正確なフォームでそしてスピーディーに叩き込んでいく。

無意識下でもこなせるように鍛練を重ねた様子がその一打一打に垣間見える。

以前の少女はごく普通の一般人と大して変わらない体格をしていた。

オルクス大迷宮で行われた実践訓練中に起きた事故とある出来事が切欠で、彼女は戦士の道を踏み出した。

彼女の幼馴染である少年が見たら、もしかしたら料理人として大切にしていた手に拳胼胝が出来ている事に少なくない悲しみの感情を持ったかもしれない。

彼女を知る者達はまるで別人のようになったみたいだと言わんばかりに彼女の体格を称えた。

いや、一人の大人はその選択を尊重しつつも自身の無力を感じていたのかも知れないが。

スレンダーではあるが、美しさと強さの両方を均等に保ちつつ鍛えられた肉体は、昔の弱く守られてばかりの存在ではなかった。

休憩をするつもりなのか軽く息を整えて、供えられたベンチに腰を掛ける。

すると彼女は天井を見上げ、拳を高くつき上げると呟くようにこう言った。

 

「竜也・・・皆は死んだって言うけど・・私は竜也が生きているのを信じて諦めないよ」

 

周囲の人間が奈落の底に堕ち死んだと言う人物の一人、篠崎竜也を名前で呼ぶ彼女こそ園部優花であった。

一時期はショックで部屋に閉じこもっていた彼女は何故あの事故から立ち上がり、戦士といての道を進むようになったかは別の話で語るとする。

そんな彼女を見守るかのように、ベンチに置かれた白い狐の面が傍らに有るのであった。




次回予告第1.5章『残された者達』
第二章の前に幕間を挟んで次に移ろうかと思います。

今回出た隠しエリアですが本作オリジナル設定で、奈落の底の生活はどうするかと思い考え、昔ジャンプで連載されていた『トリコ』を読んでひらめきました。

作中出てきた宝物庫(試作品)ですが、モンハンのアイテムボックスをイメージされれば助かります。

そして、コハクのお姉さんですが、容姿はアズールレーンの赤城でイメージCVは声優の中原麻衣さんとなってます。
今後とも皆様のご感想をお待ちしれおります。
何時もご感想を書いてくださる方々、本当にありがとうございます。


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第1.5章
残された者達


今回番外編でクラスメイトサイドで書きました。
至らぬところがあると思いますが、心深く読んでくれると幸いです。



月日は遡り、竜也達がオルクスの真の大迷宮を発つ数ヵ月前になる。

 

オルクス大迷宮での不測の事故で死者が出て三日程経った。

五体満足で何とか迷宮入り口まで帰還した勇者一行を含むクラスメイトは、意気消沈となっていた。

皆誰もが生き残るのに必死で他者に気を配る余裕が無かった。

実戦訓練初日でまさか死者が出るとは思わず、悔しさと己の不甲斐なさを隠しきれないメルドであった。

オルクス大迷宮における初の実戦訓練にて不測の事態に陥り、死者が出た事を護衛に就いていたメルド団長による報告がすぐさま王宮に上がった。

訓練とはいえ死者が出たのに驚く一同であったが、それが錬成師の南雲ハジメと天職不明の篠崎竜也と知り王国上層部は安堵するのであった。

もしこれが勇者であれば一大事だが、無能と呼ばれる者と得体の知れない者であれば大した事では無いと判断し、メルド団長への処罰は不問とされた。

それを聞いたクラスメイトの一部は憤慨しそうになるが、周囲に止められ有耶無耶になってしまった。

この事がクラスメイトの内で軋轢を生むことになるのだが、それは後に語るとする。

南雲と篠崎の二人が奈落に堕ちた光景を目の当たりにした白崎と園部はショックのあまり今でも宛がわれた自室で眠っている。

二人が奈落の底へ堕ちた当初、その光景に我を失い錯乱する二人を無理やり気絶させ、強引に地上に連れ帰ったのはメルド団長であった。

他のクラスメイトも異世界で目の当たりにした死への恐怖に戦意と覇気を失っていた。

 

其れもそうだ。

ある日突然、異世界に召喚され戦争へ参加する事を強制され、戦う力があっても無縁の生活を送っていた少年少女に訓練を施したとは言えど戦いのイロハも分からない人間に顔見知りの死を直ぐに受け入れられる筈も無い。

特に篠崎と南雲が殿を務め皆を逃がす際、援護で放った魔弾が誤射で二人の足元に着弾し、奈落の底へ堕とす切欠になったなど誰も想像にさえしなかった。

あの時様々な魔法の魔弾が錯綜し誰が何を撃った等分かりもしない。

もしかしたら自分の責任と思い誰もその事を口にしなかった。

否、したくなかったのだ。

寧ろ、あれは事故ではなくただ単に南雲と篠崎が出しゃばりすぎた結果であり、二人の自業自得だと現実逃避をするようになっていた。

あの危機的状況で誰より先に周囲を把握し、全員を救うべく行動していた彼等に対する評価は無く、侮蔑と軽蔑であった。それは最悪の責任転嫁であり、己が出来なかった事を為した二人への無意識の嫉妬であった。

それに追い討ちを掛けるように、訓練とはいえ死者が出たと知り、驚きと悲しみに陥るのはクラスメイトだけではなかった。

異世界召喚された唯一の『大人』である畑山愛子その人だ。

訓練中に死者が出てそれが南雲と篠崎だと知り、自室で人知れず涙を流すのであった。

彼女は自分がもっとしっかりしていれば、あの時止めていれば等と口にし後悔するのであった。二人とはクラスメイトの精神安定の為に日本の料理を提供する計画でも共に居たのだ、慚愧の念は絶えない。

一晩中泣いた翌日、畑山愛子は生徒を此れ以上危険に晒したくないと決心し、教皇と国王との協議に出るのであった。

これ以上生徒から犠牲者が出る事が無いように、皆で日本に帰れるように。

議論の結果、戦う意思を持つ者のみで訓練の再開を勝ち取るのであった。

一時期塞ぎ込んでいたとは言え、自分こそが皆を救う勇者と自負し率先して前に立ったのが天之河であった。

其れに連なるように他の生徒も立ち上がり戦意を取り戻すのであった。

一見、立ち直ったかに見えるが、それは死と言う恐怖からの現実逃避である事を誰も気づかず指摘も出来なかった。

その異常な光景に違和感と疑念を抱くも、勇者(笑)の暴走を抑止すべく立ち回る八重樫雫を除いてはだ。

 

 

クラスメイトがそんな事になっているとは知らず、宛がわれた自室で死んだように眠る園部優花はある夢を見ていた。

気が付くと、濃霧に覆われた森の中に彼女は立って居た。

見慣れない光景に戸惑いつつ、何かに呼ばれる様にゆっくりと前へ進んで行った。

ある程度進むと、縦一直線に割れた大岩に直面した。

状況が分からず、調べるためにその大岩へ触ろうとした時であった。

 

「大丈夫?」

 

振り向くと、着物姿で狐の面を被った少女が可愛らしい声で其処に立っていた。

その少女の顔には、最近手にした見覚えのある狐の面があった。

大迷宮に行く前に、幼馴染から渡された物と同じ厄除の面が目の前にあった。

謎の少女は面を外し、素顔を露にするとにっこりと此方を見て微笑んだ。

 

「竜也が心配?」

 

その名前を聞いて、胸が詰まる感覚がした。

何故この少女は竜也の名前を知っているのか。

そんな事などお構いなしに、その少女は言葉を紡ぐ。

 

「私は真菰。貴方は?」

「えっと・・・私は・・・園部優花」

「優花・・・・うん、良い名前だね」

 

その少女は名前以外自身の事を何も語らなかったが、竜也の事を教えてくれた。

両親を失っても、強く前へ進もうとして居る事。

大切な者を守るために必死に足掻いて居る事。

今でも生きる為に必死に戦っている事。

これまで知らなかった竜也の一面を教えてくれた。

暫く語ると少女は、話す事が無くなったかのように森の中へと消えていった。

色々と聞きたいことがあるが、その少女は別れ際にこう言った。

 

『人は心が原動力なの。だから竜也を想う心が優花の強さなんだよ』

 

その言葉に戸惑い立ち竦んだ。

此れまで当たり前のように傍に居てくれた幼馴染である竜也の存在を改めて実感した。

思い返すのは元居た世界での日々だ。

小さい頃から何時も私を守ってくれていた。そして、そんな彼の心を守りたかった。

困った事があれば直ぐ、手を伸ばし助けてくれた。お礼を兼ねて得意なオムライスをご馳走した。

体目当てで言い寄って来るナンパ野郎達の前に立ち塞がって、体を張って守ってくれた。

そんな彼の存在理由になりたかった。

両親が営む洋食屋での助っ人も快く引き受けてくれた。

貴方の居場所は此処にも有るんだと示したかった。

事故で家族を失って本当は誰よりも辛いのに、人前では決して涙を流さず、前へ強く進んで行こうと歩みだす姿。

そんな彼の唯一弱音を吐き出せる存在になりたかった。

クラスメイトから煙たがれ腫物扱いされても、直向きに真っすぐに行く竜也の姿を見てきた。

そんな彼を隣で支えたかった。

 

それは異世界に召喚されても変わらなかった。

世界の危機と知って後先考えない勇者気取りのクラスメイトと違い、誰かの為に考え行動しそれを実践する彼の強さを。

本当は誰よりも強く優しい心を持ち、勇気を持っている。

ぶっきらぼうだが、人知れず結果的に皆の事を考えて行動する。

周囲から無能や役立たずと呼ばれていた南雲を偏見無く接し、彼の持つ真の力について評価をしていた。

そんな彼に何時しか幼馴染以上の感情を抱いていた。

何時も傍にいて強くて優しい彼を見ていると胸が温かくなっていた

最早惹かれていると言っても過言ではない。

それだけ自分の中で彼の存在が大きいのを再確認した。

 

「私は・・・竜也の事が・・・好き?」

 

だが今更そう思っても、後の祭りだ。

当の本人は奈落の底へ堕ちていった。

今になって彼への感情を理解した。

自身でも気づかなかったが失ってようやくわかった。

彼、篠崎竜也の事が好きであったのを。

小説や漫画でありふれた、喪ってからその想いを認識すると言う現実。

改めてその事実に直面しつつ、この想いを諦めようと思った時であった。

 

『何か悩み事かい、お嬢ちゃん?』

 

そう背後から掛けられた声に反応して振り向くと、其処には見慣れない格好をした男性がいた。

青い髪に赤い瞳、銀色の肩当、体のラインが分かる全身タイツのような服装であるものの、如何にも鍛えられた体格で血のように赤い槍を両肩に担ぐように持って大岩に座り此方の様子を伺っていた。

見慣れぬ服装をした男性の登場に優花は戸惑っていた。

突然の出来事に頭が追い付かず混乱するのであった。

その男は、不敵に笑うと語るようにそう言った。

 

「もしかしてお嬢ちゃん、タツヤって名前の坊主の想い人かい?」

「えっ!・・・なんで貴方は竜也の事を知ってるの!?」

「なんで、か。あの坊主は俺の弟分だから、って答えたら納得するか?」

 

男は不思議そうに答え、よいせっと言うと大岩から降りゆっくりと立ち上がり、優花にこう言った。

 

「安心しな、坊主は死んじゃいないぜ。寧ろピンピンしてるぐらいだ」

「竜也が・・・生きている・・・」

「応、奈落に堕ちた程度でくたばるなら今まで生きていねえよ!」

 

呵呵と笑う男の言葉を聞いて少し安堵した。

奈落の底へ吸い込まれるように堕ちていった幼馴染兼想い人が、生きていると聞いて嬉しくて涙が零れ始めた。

もしかしたらと思い不安で一杯だったのがその一言で救われた気がしたのだ。

しかし此処である疑念が優花に過った。

何故目の前の男は竜也の現状を知っているのか?

竜也にとって男は何に対する兄貴分なのか?

そう思わずにいられず目の前の男に質問するのであった。

男は律義にもその質問に答えるのであった。

 

「あの坊主は、俺の師匠の下で槍と魔術を学んだ者同士でな、云わば年が離れた兄弟弟子って所だ」

「・・・・・師匠?」

「まあその辺は坊主に会った時でも聞いてみな。まさか俺に弟分が出来るとは思わなかったが、悪くないもんだな」

 

初対面だと言うのにこの男性からは、不思議と安心感を覚えた。

まるで竜也と一緒にいる時のような感覚だ。

いや、感じる力強さは目の前の男の方が圧倒的な迄に大きいが。

今度は、男が値踏みするかのように此方を見てくるのだった。

 

「しっかしまあ、弟分は女を見る目があるもんだ。お嬢ちゃん、将来絶対に良い女になるぜ」

「っ!!!!!」

「まあまあ、そんなに睨むなって。寧ろお嬢ちゃんの事を褒めてんだよ。」

「・・・・・・・・」

「美人で気が強くてオマケに健気と来たもんだ。坊主も幸せ者だぜ、俺は良い女と縁が無かったもんだから羨ましいくらいだ」

 

男は頭を掻きながらそう呟くのであった。

そろそろ話のネタが切れたなと言い、男は帰り支度を始めた。

目の前の男からまだ聞かねばならないこともあるが、最後に男はこう言うのであった。

 

「お嬢ちゃん、あの坊主の事が好きかい?」

「・・・・・・・はい!!私は・・・竜也の事が誰よりも大好きです!!!!」

 

これに関しては迷わず言えたのだった。

竜也の事が好きだと言う想いは自分が一番であると自負しているからだ。

それに気が付いたのはついさっきだが、自信をもって答える事が出来た。

 

「なら俺から言う事は何もねえよ。坊主を想うお嬢ちゃんの心は絶対に忘れんじゃねえぞ。お嬢ちゃんが坊主を信じないで誰が坊主を信じるんだ?」

「私は、絶対に何があっても誰が何と言っても、竜也が生きているのを信じ続けます!!!」

「ほう・・・よくぞ言ったぜお嬢ちゃん!!腕前は兎も角、度胸じゃ誰にも負けてねえ!!それでこそ坊主の女ってもんさね」

 

竜也の女と言われ思わず顔を赤くしてしまう。

まだそんな関係ではないが、何時の日かそうなると考えると思わず嬉しくなってしまう。

別れ際に、彼女は男の名前を聞くことにした。

 

「あの・・・貴方のお名前を聞いてもいいですか?」

「あん?俺の名前ねぇ・・・大した名前じゃねえが気楽に『ランサー』とでも呼んでくれや」

「ラン・・・サー?」

「応よ!他にもクランの猛犬だのアルスターの猟犬、光の御子なんてあるが、俺はランサーって呼ばれるのがしっくりくるんでな、まあそう呼んでくれや」

「ランサーさん・・・その・・・ありがとうございます!!」

「ははっ良いって事よ!!健気なお嬢ちゃんに免じて、ちょいと一肌脱いだだけってもんさね。しっかりやんなよお嬢ちゃん」

 

ランサーと名乗るその男性は、片目を瞑りそう笑うと、霧の中に消えていき同時に周囲の風景が光に包まれるのであった。

 

 

「今のは・・・夢?」

 

目を覚ますと其処は宛がわれた部屋の天井が目に映った。

身体をベットから起こす優花。

部屋にある窓を見ると時刻は深夜であるのが分かった。

体は思ったより重くなく、寧ろ軽く感じた。

ベットから出て床に立つと、部屋を出てある場所へ向かった。

其処は、幼馴染である竜也に宛がわれた部屋であった。

幸い、部屋に鍵は掛かっておらず室内に入る事が出来た。

部屋の壁掛けには、この世界に来た時に来ていた学校の制服が掛けられており、それ以外は特に私物は無くベットと椅子がある机ぐらいだ。

この部屋に来ても彼がいないのは分かっていたが、少しでも温もりを感じたくてやって来たのだ。

結局余計に虚しく感じてしまい元居た部屋に戻ろうとした時であった。

ドアを開けると同時に、見知った顔の少女が其処にいた。

 

「園部さん?貴方・・・もう動けるの!?」

「八重樫・・・さん?」

 

其処にはつい最近話すようになったクラスメイトの八重樫雫が立っていた。

部屋を出ようと思ったが、少し話したいことがあったのもあり、竜也の部屋で二人きりとなり話をする事にした。

南雲と竜也が奈落に堕ちて3日程経過し、その間様々な事があったのを優花は八重樫から聞くのであった。

二人は正式に死亡扱いとなり、その事が原因でクラスメイトが塞ぎ込みがちになった。

優花同様にオルクス大迷宮での事故のショックから回復せず白崎が未だに目を覚まさない事。

天之河を含む一部の生徒は訓練を再開し始めた事。

それを聞いた優花はそうなんだと弱弱しく返事をした。

そんな様子を見た八重樫は何とも言えない表情になった。

だが、優花から思わぬことを聞くのであった。

 

「ねえ、八重樫さん。貴方から見た竜也ってどう思えるの?」

「私から見た・・・篠崎君?」

 

優花にそう尋ねられた八重樫は返答に困った、つい最近漸く彼との接点が出来たばかりで此れまで付き合いは無かったが、八重樫雫から見ても篠崎竜也と言う少年はなぜか印象に残る人物になっていた。

普段無口で優花以外と喋らず他人と関りを持たない彼だが、この異世界に召喚されて一度話してみると、彼の人物像が判明した。

人を寄せ付けない雰囲気を出すが、南雲の天職への理解と活用方法、他者への思いやりと手を差し伸べる優しさ、他のクラスメイトと比べ群を抜く観察力と想像力、優花と同様に料理上手な一面もあり、此れまで抱いていた彼への人物像は無くなり親しみさえ覚えた。

それだけではない。

 

戦闘訓練では他の生徒と比べ、群を抜いていた。

彼は帰宅部であり運動やスポーツなどはやっていない筈なのに、剣道部である自分や幼馴染である天之河よりも本物の武器を持った戦いの心得だけでなく、武器の扱いに関しても明らかに手馴れていた。まるで武術の心得が有るかのように。

南雲に専用の刀を錬成して貰う過程で何度か手合わせをしたことがあった。

普段無表情な彼と違い武器を持って構えた瞬間、今まで感じた事の無い威圧感を感じた。

明らかに武器を持って戦う事に慣れ、戦う覚悟を決めた本物の戦士の気迫そのものであった。

剣術三倍段、実家が剣道場を営む八重樫には慣れ親しんだ言葉だ。

槍に対し剣と言う武器の差もあるが、それでも彼と戦って一度も勝つ事はできなかった。

八重樫雫と言う少女剣士に、篠崎竜也を上回る技量が無いことの証左だ。

何度も負け判定を貰おうとも、必死で食らいつき一矢報いろうと渾身の力で刀を振りかざした瞬間信じられない光景を目の当たりにした。

真剣の刀を白羽取りしたのだ、しかも片手で中指と人差し指だけでだ。

本来なら両手の掌で行うはずの神業を片手の指だけでやってのけたのだ。

同時に理解した。

自分と彼の力量差に横たわる溝、太刀筋が完全に見切られる程に開く雲泥の差。

刀の耐久力と現状の使い勝手のテストも兼ねた模擬戦を終え、彼と改めて話す機会があった。

そこで彼から自分に対しての思わぬ意見が出た。

 

「八重樫には悪いが、剣道ははっきり言って実戦ではあまり役に立たない」

 

それを聞いて少なからずショックを受けた。

此れまで培ってきた経験や鍛錬を否定されたみたいで在り、驚きを隠せなかった。

理由を聞いたら彼はこう答えた。

確かに剣道でやってきた経験や場数は対人戦では多少有効だが、これから戦う魔物等と言った相手には全く役に立たない。

何故かと言えば至って簡単で、剣道は魔物との戦いを全く想定していないからだ。それを言うなら基本的に剣術・武術と言う物は対人を想定しているのだが。

良くて剣道は剣を持った戦いの基礎や心構えを得る物であると彼は答えた。

武道と言う物は基本的に心構えに依っている為、確かにその通りである。

剣で戦う基礎として『剣道』を土台に、これからは基礎を媒体に応用で『剣術』を取り入れていけばさらに強くなれる筈だと言われた。

そもそもが八重樫流で基礎は出来ている、『竹刀』で打突するための打撃法では無く『刀剣』で切り伏せる剣戟を鍛え直す必要が有るだけだ。

幸い、八重樫は基礎も心構えもしっかりしているから問題は無い。

幼い頃より叩き込まれた八重樫流の剣術は備わってる。

必要なのは経験だけである以上、時間があれば今回みたいに模擬戦の相手になるから、これからもお互い頑張っていこうと言われた。

 

「それに、八重樫だけは他のクラスメイトと違って、戦いの心得を分かっているみたいだから此れから先、絶対に強くなる事だけは俺が保証する。」

 

彼からそう言われた私は、胸がドキリとした。

其れだけでなく、此れまで感じた事の無い温かくて心地いい感触が胸を貫いた。

付き合いは短い筈なのに、何故か長い間自分を見てくれていた感覚がしたのだ。

此れまで周囲の人達との付き合いは、幼馴染である光輝と香織、龍太郎の三人が主である。

他のクラスメイトとも友好的であるが、どの人物も私の事を一人の女の子として見てくれていたどうか怪しい物である。

何より、年上の同性からも『お姉様』などと呼ばれ『ソウルシスターズ』等と言うファンクラブが作られている時点で『八重樫 雫』と言う『少女』の内面まで見て見てくれたのは親友の香織くらいのものだろう。

だが、彼から見た私はそんな事が無いように思えた。

何故だか分からないが、彼だけは自分の事をしっかりと見てくれていた気がしたのだった。

その日以降、彼の顔を見るとなんだか胸がモヤモヤするような感覚を感じるのであった。

 

 

「・・・・私から見た篠崎君はこんな感じかな」

「そっか、八重樫さんから見た竜也はそう見えたんだね」

 

それを聞いていた優花は、何故か微笑ましく感じていた。

竜也はクラスの皆が言うような怖くて近寄りがたい人じゃなくて、温かくて優しい人だと確信した。

それに、一見孤独で友人がいないように見えて竜也には、ちゃんと友達や親しい人がいる。

クラスは違うが、竜也の両親が開いていた居酒屋の常連さんの一人である、東光太郎さんの息子さんである幼馴染の東大河(ひがしたいが)君。

私や竜也の幼馴染でもあり、凄く仲が良くて困った人の助けになってくれる頼りになる男の子だ。

足の速さが自慢で陸上部の風間忍(かざましのぶ)君。

学生離れの筋骨隆々でレスリング部の太田泰足(おおたやすたり)君。

他にも、竜也と同じでアルバイトをやって生計を立てる一人暮らしの朝倉陸(あさくらりく)君。

0が付く日には両親が経営する『ウィステリア』に必ずやって来る諸星零斗(もろぼしれいと)君。

私と同じカレー好きで『ウィステリア』でウェイターとして働く日々野未来(ひびのみらい)さん。

無鉄砲で型破りな性格だけど「絶対に諦めない」を信条としている飛鳥真(あすかしん)さん。

皆、あの事故で両親を失って落ち込んでいた竜也の傍で支えて励ましてくれた人たちだ。

いつもお世話になって、竜也共々助けてもらってばかりであった。

同時に、私はある事を決意するのであった。

今度は助けてもらってばかりじゃなくて、自分が誰かの助けになる番だと。

クラスでも仲の良い妙子と奈々、パーティメンバーの相川、仁村、玉井、清水。

竜也が考えて実行するには、必要不可欠だった故郷の料理の再現に貢献してくれた愛ちゃん先生。

皆とは言わないけど、竜也も身近な人を守ろうとしたように、私も身近な友達を守れる存在になりたい。

そう思えば居ても立ってもいられなかった。

何時までも俯いていられない。

竜也が守ろうとした人や物を今度は私が守るんだ。

 

「八重樫さん、私やるよ!!」

「やるって何をするの?」

「竜也が守りたかった人や物を守るために自分を鍛えるの!!」

「ええっ!?」

「皆は何て言うか分からないけど、竜也が帰ってくる場所と人を守るために強くなりたいの」

 

それを聞いた八重樫は、やや驚くも何故か安堵していた。

訓練を再開し始めたクラスメイトは、死への恐怖から現実逃避するかのように訓練に打ち込む中、目の前の彼女は目的をもって行おうとするのだ。

それを察した以上、止める事などできはしなかった。

 

「わかったわ。一応今夜は寝て朝から頑張りなさい」

「八重樫さん・・・・」

「私の事は雫でいいわ。そう呼んで」

「ありがとう雫。私も優花で良いから」

 

そう言うと優花と雫は自室に戻り休養を取る事にした。

部屋に戻りベットに戻った優花は早朝からの訓練に備え睡眠に入った。

塞ぎ込んではいた物の、無事立ち直った優花を見て微笑ましそうに机に置かれた厄徐の面は光を反射するのであった。

 

翌日の早朝から、優花の特訓は始まった。

まず足りていない基礎体力を得る為の演習場外周のランニング。

筋力と瞬発力を得る為の腕立てと腹筋、縄跳び。

それが終わると、神山で麓から山頂までの走って登り切り、下っていく。

言うのは簡単だが、実際やろうとすればかなりハードであり何度もくじけそうになった。

だが、膝を尽きそうになる度、竜也の事を思い出し優花は何度でも立ち上がった。

彼女の事情を知らない者からしてみれば、死んだ人間に未練を持って未だに現実も見れない人間のように映ったらしく、陰口が絶えなかったそうだ。自分自身の事はどうやら鏡を見ても理解出来ていないらしい。

そんな事などお構いなしに、優花は己の決めた信条と信念に従い鍛錬に励むのであった。

彼女の天職は投術師であり、其方の方の鍛錬も欠かさないでいたが、些か成長に伸び悩んでいた。

しかしなんと優花にとって渡りに船となる人物が現れた。

 

それは、王宮に仕えるメイド達の纏め役にして、その統括であるメイド長の『ベルファスト』さんであった。

艶があり絹のように柔らかく繊細な白髪、蒼く透き通った瞳、凛としていながら女性特有の柔和さで、初めてこの世界で見た時から同じ女性として憧れるスタイルの超が付く美人さんだ。

数多くいるメイドさんの中で、選りすぐりのメイド達で選定された『王族親衛メイド隊』の総括でもある。

元々彼女は金ランクの冒険者であり、その腕前と美貌を買われ王宮に仕えるメイド達のリーダーであるメイド長になったという経歴がある。

その彼女も優花と同じ投術師であり、彼女なりにレクチャーしてくれるのであった。

メイド長であり多忙の身でありながら、効率よく実践的に学んだ優花の投擲技術は飛躍的に向上したのだった。

同時に、この世界での料理も習い優花の調理技能と主婦力の向上に繋がるのは余談である。

 

優花は、投擲技術でなく近接戦闘時での格闘戦も独自に鍛えるのであった。

それは、まだ元居た世界での事ではあるが、竜也の知り合いである外国の女性から学んだ護身術を鍛え上げる事であった。

当時は、しつこく言い寄って来るナンパ男から身を守るために基礎のみを学んだものだが、この世界でも同様の事案がある可能性を考えた優花は、城の中にある鍛錬室にて一人黙々とサンドバックに拳を叩きこむのであった。

その光景を見た雫はこう言った。

 

「それは護身術じゃないわ。只のボクシングよ・・・」

 

優花は護身術とボクシングの区別がつかないのもあったが、身を守る手段としてひたすら鍛錬を続けるのであった。

それから月日は流れ、クラスは迷宮攻略組と残留組で別れた。

優花自身、竜也の安否も気になったが、愛ちゃん先生主導による、王都近隣の村と町の農地の調査と改善、開拓の為、城を出奔する事になったそうだ。

その護衛に神殿騎士が数名その任に就くらしいが、それを聞いた優花は居ても立っていられなかった。

どこぞの馬の骨とも知れない輩に愛ちゃんを任せておけないと思い、オルクス迷宮に潜ったパーティメンバーを誘い『愛ちゃん護衛隊』を結成したのであった。

当初メンバーは乗り気でなかったものの、「竜也と南雲の頑張りがあって今がある!!」と奮い立たせ人数を集めたのだった。

彼らも若干負い目はあったが、あの場で二人が動かなければ全員死んでいた事もあり、そう思うと何時までも塞ぎ込んではいられなかったのだ。

何より優花自身から、手伝ってくれるなら手作り料理をご馳走すると言いメンバーはやる気を出すのであった。

道中畑山先生を巡るイザコザはあったが優花をリーダーに一同は纏るのであった。

こうして、神殿騎士数名を含む『愛ちゃん護衛隊』は結成されるのであった。

 

「竜也、私は信じてるよ。絶対に生きてるって事。だから何時か会う日まで私も頑張るから!!」

 

こうして園部優花は再び立ち上がり歩みを進めるのであった。

再会の日はそう遠くないが近くも無い。

竜也と優花、二人の結んだ縁は決して途切れはしないのだから。

 




FGOをプレイの皆様、ガチャを引く際何かされておりますか?
ネットで調べた結果様々なジンクスがあるみたいですが、私はある事を行っています。
・風呂場で冷水で身を清める。
・触媒に麻婆豆腐をお供え物に使う。
・英霊召喚の前に詠唱を唱える。
・召喚のスイッチを押して推し鯖の名前を言いながらスマホの周りを舞う。

私はこんな感じでやってます。
その結果これまで何回か星5鯖をお迎えできました。
皆様のご意見お待ちしています。

次回予告『残念なウサギ』


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キャラ紹介

次回予告をしておきながらキャラ紹介で本当にすいません。
いい加減キャラ紹介をしないといけない思い書きました。
もしかすると肩透かしを感じた方には申し訳ないと思います。
本当にすまなくてすまない。
すまない言って許されるのは某竜殺しセイバーのすまないさんだけなのは分かりますが、ほんとうにすいません。


名前 篠崎竜也 年齢17歳 性別 男

容姿 FGOのクー・フーリン(プロトタイプ)

服装 第一章~第二章時 第一霊基

   第二章以降    第二霊基

 

本作の主人公。

実家は両親が経営する居酒屋『かず』の一人息子。

普段は物静かで口数は少ないが、心優しい人物。

両親は本作開始2年前に旅行中の事故で他界。

当事故での唯一の生存者である。

事故で影の国に漂流し、其処で魔境の主であるスカサハと自身の生き方を決める運命的な出会いを果たし、元居た世界への帰還の為に生きる術を学ぶ。

スカサハから課せられた数々の困難と修行を経験し、最終試験を乗り越え彼女から魔槍ゲイ・ボルクを授けられ元居た世界に帰還する。

帰還後、両親の訃報を知り落ち込むも、ある出来事が切欠となり再起を果たす。

居酒屋の息子もあり両親の店の手伝いの傍ら、料理の中でも和食を得意とし、その才能は両親譲りである。

園部優花とは幼い頃からの幼馴染であり、関係は極めて良好。

クラスでは容姿と近寄りがたい雰囲気で孤立し優花以外付き合いが無い。

異世界トータスに召喚時も、周囲の雰囲気に流されず独自の考えで行動し、自分に出来る事を模索する道を選んだ。

南雲の錬成師の技能を見込み、畑山先生の協力もあり異世界で故郷の料理の再現に成功する。

同時に、優花以外のクラスメイトである八重樫雫を初めとし、優花の仲介もあり少しずつではあるが他のクラスメイトとの関りを持つ事となった。

奈落の底で九尾の白狐であるコハクと運命の出会いを得て共に行動する。

初めはお互いの利害の一致で行動するも、日を重ねる内にお互いの事を意識し始める。

竜也自身はコハクの事を家族として迎え入れ、最終的に男女の仲となる。

元々は、何処にでもいるごく普通の男子高校生ではあるが、影の国での経験も得て男だけでなく戦士としての成長を遂げる。。

だが、本来の優しさと思いやりは無くす事無く、大切な人と愛する者の為ならば、武器を持って戦う覚悟を持つ心の強い人物である。

戦闘時は、槍を使った戦いを主軸に、ルーン魔術は身体能力向上や傷の治癒、解毒などに活用する。

調理面は材料調達と食材調理を兼任できる。

 

名前 コハク〈狐白〉 年齢不明 性別 女

種族 九尾の狐

容姿 アズールレーンの加賀(空母)又は(戦艦)

イメージCV 茅野愛衣

特技 狩り

イメージソング 『愛し桜花よ散るなかれ』/加賀(アズールレーン)

スリーサイズ B90/W57/H86

 

本作メインヒロイン。

平安時代から生きる九尾の白狐。

日本にいた頃は、人間達から謂れの無い迫害と偏見を受けるがすべて返り討ちにしてきた。

それが原因で人間の事を嫌悪し、人間嫌いとなる

竜也達より500年前にトータスへ姉共々召喚され、同じく人間の敵とされ命の危機に晒される。

命辛々、逃げ延びた先の竜人族の里で保護され平穏な日々を送るも、竜人族が神敵と認定され再び戦火に身を置くことになる。

この時の戦いで姉と共に竜人族に侵攻する人間族の戦力である10数万の戦力を消滅させ、人間達から『厄災の獣』と認知されることとなる。

 

その後、天より現れた謎の存在によって姉と分断され、自由を奪われ奈落の底へ堕とされる。

竜也と出会い、長い戒めから解放されお互いの利害の一致の為に行動を共にする。

当初は竜也を利用して自身の目的を果たそうとするが、日を重ねるたびに竜也の事を意識し始め、何時しか愛する存在へと変わっていった。

同時に失われた記憶を取り戻し、嘗て自身の命を救った人間の末裔が竜也と知り、愛するようになる。

その後、竜也によって家族として迎え居られるも、コハク自身は嫁入りと認識しこれまで以上に竜也を愛するようになる。

竜也より優花の事を聞き興味を持つようになる。

戦闘時は式神と呼ばれる紙を放ち、対象を燃やすだけでなく魂魄を吸収し、己の力へ変換する能力を有する。

最もそれは姉の真似事で、本来は刀等の武器を使った接近戦を得意とする。

近接戦闘時は服装が変わり動きやすい服装に変化する。

普段は物静かだが、戦闘時は常識のある戦闘狂と化す。

家事は人並みに熟し、料理は軽食程度ならば作れる模様。

調理面では材料調達を主に狩りを得意とする。

 

名前 篠崎和平(しのざきかずひら)

イメージCV 黒田崇矢

容姿 龍が如くシリーズの桐生一馬

竜也の父親。

物語開始時には故人。

居酒屋『かず』の初代大将。

物静かだが料理への情熱は人一倍に熱い。

息子に跡を継いでもらうべく竜也に料理を教える。

旅行中の事故で亡くなる。

 

名前 篠崎愛華(しのざきまなか)

イメージCV 沢城みゆき

容姿 アズールレーンの天城

竜也の母親。

物語開始時には故人。

居酒屋『かず』の初代女将。

おっとりとして入るが芯が強く旦那を支える良妻賢母の鏡。

旅行中の事故で亡くなる。

 

名前 園部優花

天職 投術師

イメージソング 『unbreakable』/オグリキャップ(ウマ娘)

スリーサイズ B86/W54/H87

本作のヒロインの一人。

主人公の幼馴染であり、両親が経営する洋食屋『ウィステリア』の一人娘。

特技は料理で洋食を得意とする。

少し勝気な性格で栗毛で切れ目が特徴であるが、他人も思いやる心を持つ少女。

元居た世界では幼馴染の竜也の事を若干だが異性として認識する。

クラスでも、菅原妙子、宮崎奈々と仲が良くよく行動する。

男子は竜也以外に相川昇、仁村明人、玉井淳史と交友関係がある。

異世界トータスに召喚時、周囲同様に困惑するも竜也と行動を共にするのだった。

竜也の考案した南雲の練成技術向上も兼ねて作成した調理器具で故郷の料理の再現に成功する。

戦闘時は十二本で一式の投擲用ナイフに炎の魔法を纏わせて戦うが経験と実力不足が目立つ。

竜也が奈落に堕ちた際、酷く落ち込み塞ぎ込む。

夢の中で現れたある人物との会合を得て、竜也への好意を認識し異性として好きになる。

再起後、此れまでの守られてばかりだった自身から脱却すべく、此れまで以上に訓練に励む。




取り合えず、キャラ紹介だけはやっておきました。
もしかしたら第二弾があるかもしれませんが、その時はまた書いていこうと思います。
随時変更点や追記していきますのでご了承ください


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第二章
残念なウサギ


本話より第二章が始まります。
予定ではライセン大迷宮攻略までとなります。



眩い閃光が収まり、目を開けると其処は洞窟の中であった。

 

「・・・・なんでさ」

 

ぽつり呟くようにハジメがそう言った。

其れもそうだ。

折角地上に戻れたかと思ったら洞窟の中であったため、肩透かしを食らったも同然だ。

考えても仕方ないと思い、俺達は洞窟の先を進むことにした。

考えてみてもそうだ。

反逆者と言われた隠れ家に簡単に辿り着けるはずも無い。

仮に地上に召喚陣が有っても、経年の劣化で発動しないのであれば本末転倒だ。

それを隠す為、手頃な洞窟に隠したんだろう。

洞窟を進むと行き止まりに突き当たった。

壁を見ると、オスカーの隠れ家で見つけた紋章が彫られた指輪と同じ形をしているのを見つけた。

まさかと思いそれに合わせるようにかざすと、壁と思われていた物が扉のように左右に別れ、光が差し込み、念願の地上に舞い戻る事が出来た。

 

「久しぶりの・・・・地上の光だ!!」

「やったぞコンチキショウ!!!!!!」

 

俺とハジメはそう叫ぶのあった。

コハクとユエも背筋を伸ばし、何百年振りとなる日の光を浴び頬を喜ばしていた。

そう俺達は地上に帰ってきたのだ。

喜ばずには居られなかった。

そんな光景に空気を読まない者達がいた。

俺達の声に連れられて集まった魔物達だ。

折角苦労して地上に戻ってこられたのにも関わらず、其れなどお構いなしに寄って集まってくるのであった。

オスカーの隠れ家で調べたが、どうやら此処は『ライセン大峡谷』だそうだ。

魔法使いにとっては鬼門であり、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまう場所でもある。

魔法を使うには分解される以上の魔力を練らなければならないらしい。

俺達の声に反応したのか魔物は群れを連れてやって来た。

当然俺達は戦闘態勢に入るのであった。

ハジメは、新たに造ったドンナー&シュラークを両手に持ち、試し撃ちと言わんばかりに独自で身に着けたガン=カタで群がる魔物を撃ち殺していく。

 

新装備はハジメだけではなく、コハクもそうだ。

ハジメに頼み、コハク専用のアーティファクトを精製してもらった。

その名も『飛行甲板』だ。

コハクは式神と呼ばれる紙を作り、飛ばすことで遠距離攻撃を行うスタイルだ。

それに目を付けたハジメと俺が、コハクに合うアーティファクトを造り戦闘力向上を考えた。

コハク自身アーティファクトに関し半信半疑ではあったが、いざ使ってみると思いのほか馴染むのであった。

此れまで指先に挟んで飛ばしていた式神は、飛行甲板と言うアーティファクトから飛び立つのであった。

其れだけでなく、式神も改良し形状を変えていた。

此れまでの式神は蒼い炎を纏った十字状の紙であったが、俺のアイデアで戦闘機の形を纏った形態となった。

大きさはラジコンやプラモデルぐらいであり、魔力次第では実物大の大きさに出来るらしい。

 

そのアイデア由来は、元居た世界の商店街で模型店『キティホーク』を経営する店長さんによる知識からくる。

この店長さんは、元航空自衛官の戦闘機のパイロットであり、退官後に退職金で模型店を経営し始めた。

店長さんは、ジェット機よりもレシプロ機が好きであり、第二次世界大戦時の中で太平洋戦争時の旧日本海軍の戦闘機マニアである。

商店街の付き合いで、店長さんから耳にタコができるぐらい話を聞いたのは余談である。

その知識を生かし俺は、コハクの式神を改良した『零式神』となるのであった。

形状は、蒼い炎を纏った零式艦上戦闘機『ゼロ戦』となった式神である。

云わば、コハクは此れまでの式神を放つだけでなく、ゼロ戦型の式神を放つ空母となり、索敵や偵察だけでなく遠距離攻撃も可能となったのだ。

最も、ゼロ戦だけでなく状況に応じ『彗星』や『流星』の艦上爆撃機を射出する事も出来るようになった。

 

「さて、久しぶりの地上での戦いだ。楽しませてもらうぞ」

 

コハクはそう言うと、体の右脇に飛行甲板を展開すると、『零式神』『彗星』『流星』を射出し展開するや魔物達に強襲を仕掛けるのであった。

結果は言うまでも無く圧勝となった。

黒焦げ処か消し炭となった魔物に対しコハクは不完全燃焼気味であった。

俺も何体か倒したが、奈落の魔物に対し地上の魔物は弱く感じた。

魔法使いの鬼門とされる場所で難無く、そんな中で魔法を展開できるユエとコハクの規格外の魔力量を思い知るのであった。

周辺の安全を確保した俺達4人は移動を開始するのであった。

ライセン大峡谷で大迷宮の探索も考えたが、とりあえず町がある方角に進むことが決まった。

その為には、『ハルツィナ樹海』を抜けなければならない。

ハジメの宝物庫から移動手段となる乗り物である魔力駆動二輪『シュタイフ』を取り出し、それぞれ搭乗する事にした。

魔力駆動二輪とはハジメが作ったバイク型のアーティファクトであり、地球のバイクと違い燃料の代わりに搭乗者の魔力で動く構造となっており、速度調整は搭乗者の魔力で調整する事が出来る代物だ。

因みに俺が乗る魔力駆動二輪はハーレータイプである。

理由を聞いたら、何となく竜也に似合いそうだからだそうだ。

ハーレータイプのバイクは割と好きである為、結構良かったりする。

コハクは俺の後ろ腰に手を回すと、しがみつくように乗りバイクを走らせるのであった。

 

暫く走らせていると、前方から何かが近づいてくるのが見えてきた。

何やら頭が二つあるティラノサウルス擬きの魔物が雄叫びを上げながら走ってきている。

だが、注目すべきところは其処では無くその真下だ。

その足元にはピョンピョン跳ねながら走り回り、半泣き状態で逃げ惑うウサミミを生やした少女だ。

遠目で見ても整った容姿で白髪碧眼の美少女である。

 

「あの娘、兎人族か・・・」

 

コハクが呟くようにそう言った。

兎人族とはその名の通りウサギの耳と尻尾を生やした亜人の事である。

この世界での住処はハルツィナ樹海であり、ライセン大峡谷ではない筈だ。

何故こんな所にいるのか考えていると、俺達に気が付いたのか方向転換してこちらに走って来るのであった。

 

「助けてくださ~い!!おねがいしますぅ~!!」

「グルアアアアアアアア!!!!!」

 

逃がさんとばかりに魔物は咆哮を上げた。

そんな様子を見て溜息を吐くとハジメは、ドンナーを片手に構えると魔物に向け発砲するのであった。

魔物は頭から崩れ落ちるように倒れ込み、ウサミミ少女はその光景に困惑するのであった。

俺とコハクはハジメが倒した魔物に近寄り、毛皮や牙、爪をはぎ取る解体作業を始めた。

折角仕留めた魔物なのだから食べずに捨てるのはもったいない。

切り取った肉と素材を宝物庫に仕舞うと、バイクに乗り移動を再開しようと思っていた時であった。

さっきまで困惑していたウサミミ少女がハジメにしがみつくとこう言ってきた。

 

「先程は助けて頂きありがとうございます!!お願いします!!私の一族を助けてください!!」

「断る」

 

少女の渾身の願いを即答で断るハジメであった。

まあ、そんなことは概ね予想できたが。

何故、見ず知らずの兎人族を助けなければならないのか。

助けた所で俺達に何の得があるのか。

それを言われたウサミミ少女は言葉に詰まった。

 

「そう言う事だ、じゃあな」

 

ハジメはその少女にそう言うと、背を向け去ろうとする。

だが、そのウサミミ少女はハジメの腰目掛けてタックルするかのようにしがみ付いてきた。

 

「お願いします!!話を聞いてください!!」

 

ものすごく嫌そうな顔をしてハジメはその少女と再び顔を合わせた。

下手したら先程の魔物同様に撃ち殺さんと言わんばかりの剣幕でだ。

そんな様子を見ていたのか、意外にもユエの方から助け舟がやってきた。

 

「ハジメ、話だけでも聞こう。この子の様子がおかしい・・・」

「・・・・わかった。聞くだけだからな」

 

俺達はその少女から話を聞く事となった。

 

彼女達兎人族、別名『ハウリア族』は亜人国『フェアベルゲン』で平穏に暮らしていたそうだ。

そんな中、亜人族には無いはずの魔力を有し、直接魔力を操る術と、とある固有魔法が使える少女が生まれた。

それが彼女らしく、一族は困惑しこの事を他の亜人族に知られないように秘匿するようになった。

だがある日を境にそれが知られてしまい、ハウリア一族は樹海から追放されることとなった。

魔力を操れる亜人など魔物と変わらないと言うのが亜人族の考えらしい。

なまじ力を持つゆえに迫害されるのは、何処の世界も同じであるのを俺は認識した。

住む場所を追われたハウリア一族は、北の山脈地帯を目指し其処で住むことを考えたが、その目論見は潰えた。

運悪く帝国に発見され、奴隷として一族の半数は捕まってしまったそうだ。

人間の魔の手から逃れるために南に逃げ、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は其処でひっそりと暮らすようになった。

だがそこでも魔物がハウリア一族を襲い再び窮地に陥るのであった。

魔物に喰われるか人間の奴隷になるかで一族は滅亡の危機に晒されている。

 

「お願いです!!私たちの家族を、助けてください!!」

 

涙目で訴える彼女に対し、ハジメは無情にも「断る」と再び即答するのであった。

そんな光景に流石の俺もややドン引きであった。

ハジメの素っ気無い態度に少女は涙目で抗議の声を上げた。

 

「何でですか!!こんな美少女のお願いを断るなんて!!」

「自分で美少女とか言うな。話を聞く限り厄介事しかねえだろうが」

「お願いです!!お礼なら何でもしますから!!」

 

日本にいるオタクと呼ばれる大きなお友達が聞いたら大喜びしそうな事を平然と言い放つが、ハジメは我関せずであった。

 

「頼むなら俺じゃなくてあっちに言え」

「ふえ?」

 

ハジメが指さした方向には俺達がいた。

あいつ、面倒事を俺に振りやがったな。

ウサミミ少女は標的を俺に変えて迫って来るのであった。

 

「あの、お願いs・・・」

「断る」

「なんで貴方もですか!!ウサミミより狐耳さんがいいんですか!!」

 

どうやらこのウサミミ少女は隣にいるコハクを見て、俺の事を狐耳好きと認識したらしい。

まあ実際そうなのだが、断るのには理由がある。

それはハジメ同様で厄介事に自分から首を突っ込みたくないのと、俺自身ウサギに対して若干トラウマを持っているからだ。

 

「生憎な、俺が知ってるウサギはな、語尾にピョンピョン言って槍を振り回して戦うだけでなく、挙句の果てに『バニーストライク!!』と言って槍を投擲する存在なんだよ」

「それ絶対ウサギさんじゃないです!!ウサギさんの皮を被った別物です!!」

 

それを聞いたハジメは「それお前のお師匠さんだろ」と呟いていた。

だが、此処で再び彼女に助け船が来た。

 

「娘、お前の使える固有魔法とはなんだ」

 

以外にも沈黙を保っていたコハクがその少女に話しかけるのであった。

ウサミミ少女は驚くも自身の固有魔法について話すのであった。

彼女の持つ固有魔法、それは『未来視』と呼ばれ、仮定した未来が見えるものである。

例えば自身に危険が迫ってくる際に自動で発動し危機を回避する事が出来るらしい。

任意で使えば莫大な魔力を消費するが、直接・間接に問わずに彼女に危険が迫った時に発動するものだそうだ。

それを使い、自身を救ってくれる存在の位置を特定し、ライセン大峡谷を彷徨っていたそうだ。

 

「なるほどな。ハジメ、この娘を連れていくぞ」

「何!?正気かよ」

「どの道樹海の案内は必要だ。」

「・・・・・」

 

コハクはハジメにそう提案するもやや乗り気で無い様だった。

其処に俺が言葉を増やし納得させるのであった。

樹海は亜人族以外で無いと必ず迷うとさえ言われている。

道案内が居れば心強い物は無い。

 

「・・・・分かった。おい残念ウサギ。お前等に樹海の案内をしてもらう。」

「はいです!!!まっかせて下さい!!!」

 

泣いたり喜んだりと感情の起伏が激しい少女だ。

そう俺は思ったのだった。

そういえば自己紹介をしていなかった事に気が付いた。

 

「改めまして皆さん、私はシア・ハウリア、兎人族ハウリアの長の娘です!!」

「俺はハジメ。南雲ハジメだ」

「ユエ・・・・」

「ハジメさんとユエさんですね。そちらの方は?」

「篠崎竜也だ。タツヤで良い」

「コハクだ・・・精々務めを果たせ娘」

 

こうして、俺達4人はライセン大峡谷にてシア・ハウリアとの会合を果たすのであった。

 

俺とコハクはそのままだが、シアはハジメとユエの3人乗りでバイクに乗った。

バイクの席順だが、ハジメを挟むように前にユエが座り、シアが後ろに跨る感じである

最初はバイクに驚くシアであったが、段々慣れて来たのかハジメの背中に抱き着いてはしゃいでいたりする。

この時、ハジメの背中にはシアの凶器が当たっており何とも言えない表情をしていた。

それを横目で見ていたコハクは何となく理解したのか、俺の背中にある物を押し付けてくるのであった。

日が高いうちに何をしてんだよ言いたかったが、まんざらでもない感じであった。

 

「ハジメさん、もうすぐ父様達がいる場所です!!」

「分かったから耳元で怒鳴るな!!」

 

俺達の目の前には、今まさに魔物の襲撃を受けている数十人の兎人族達がいた。

シアの話だとあの魔物の名前はハイベリアと言うらしい。

それを見たコハクは零式神を放ち、ハイベリアと呼ばれるワイバーン擬きを迎撃するのであった。

霊式神から放たれる蒼い炎に成す術も無く魔物達は地に堕ちていくのであった。

突然の出来事に何が何だかわからず、立ち竦む兎人族達であった。

そんな中、彼らにとって聞きなれた声が渓谷に木霊するのであった。

 

「父様~!!みんな~!!助けを呼んできましたよぉ~!!」

 

シアは喜びのあまり後部座席から立ち上がり手を振るのであった。

小刻みに跳ねるたびにハジメの後頭部に、シアの柔らかくて大きい胸部装甲が直撃し衝撃を与えるのであった。

初めて会った時からそうだが、唯でさえシアの服装はきわどい物である。

最早服と言うより下着に近いほど肌の露出が多いぐらいである。

当の本人であるハジメは何とも言えない顔となっていた。

兎人族達の目の前まで行き、そこでバイクを停車させた。

 

「シア!無事だったか」

「はいです父様!!」

 

濃紺の短髪で初老の男性ではあるが、頭にはウサミミを生やしている。

ウサミミのおっさんとか誰も得しない為、俺達は敢えて目を逸らすのだった。

シアから事情を聴いたのかその男性は俺達の前に立ち向き合うのであった。

 

「ハジメ殿にタツヤ殿でしたか?私はカム。シアの父にしてハウリア一族の族長をしております。我が一族の窮地をお助け頂き、族長として深く感謝致します」

「一応礼は受け取っておく。樹海の案内と引き換えだ。てか随分とあっさり人間の俺達を信じるんだな」

「それはシアが信じる方々ですし、我らも信頼しなくて恩を返せませんから」

 

ハジメはまあいいと言うと、ライセン大峡谷から脱出できる場所を目指し歩き出すのであった。

現在、ハウリア一族は四十数人である。

中には幼い子供や女性もいる。

ぞろぞろ歩いて移動していればそれを狙ってやってくる魔物が来るわけだ。

彼らに危害が及ばない為に俺達が護衛として同行するのであった。

暫く歩いていると、岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう中々に立派な階段が見えてきた。

この辺までくれば魔物の襲撃も無く、やや長いが階段を上っていくのであった。

階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見え、歩いて半日足らずで樹海の入り口の様である。

長い階段を上り終えると、岸壁で野営をしている人影が見えてきた。

恰好から見ると帝国兵の様である。

恐らくシア達兎人族を追ってやって来たのだろう。

だが、全くの無警戒で此方には気が付いていないようであった。

 

「ハジメ、コハク。これからする事は分かっているな?」

「ああ、帝国だろうと敵対するなら潰すまでだ。」

「私はどちらにしろ殺すことに変わりない」

「ユエ、念の為にシア達の護衛に就いててくれ」

「・・・わかった」

 

俺は指示を出すと、連中に向け歩いていく。

どうやら帝国兵も俺達に気が付いたのか、此方を見て動き出してきた。

その後方にはシア達を見て、俺達を奴隷商人か何かと思い近寄ってきた。

 

「兎人族の連中、まだ生き残っていやがったとはな」

「奴隷商人にしちゃ若いがガキかありゃあ?」

「女は殺さすな、男はまあ多少やっても良いがな」

「兎人族だけじゃねえぞ、狐の亜人・・・しかも白髪と来た!!」

 

どうやら連中はコハクの事を奴隷と勘違いしているようだ。

下心丸出しで下種な眼差しに不快感を感じた。

此れで連中を殺す理由が一つ増えたものだ。

 

「渓谷からはるばるご苦労なこった、そいつら全員帝国で引き取らせてもらう」

「・・・いくらだ?」

「代金か?それなら払うぜ言い値でな」

「金ならいい。それとは別の物で払ってもらう」

「おいおい、本当に商人かお前?金以外何があるんだよ」

 

俺は余りに無警戒過ぎる男の前に槍を出すと、心臓を目掛けて深々と刺すのであった。

男は自分が何をされたのか分からず声を上げずに絶命した。

余りの事態に帝国兵もシア達も唖然としていた。

 

「代金は・・・・お前たちの命だ」

 

俺は男から槍を引き抜くと、そう言い放った。

男は自分が死んだことも分からずその場に崩れ落ちるように倒れこんだ。

その光景に帝国兵達は状況をようやく理解したのか武器を手に迫ってきた。

誰が言ったか分からないが「やっちまえ!!」と典型的な小物染みた台詞を叫び戦闘態勢に入った。

5人ほどいたが、ハジメがドンナーで撃ち殺し、コハクが刀で首を斬り物言わぬ死体にした。

残った一人は完全に及び腰であった。

俺はそいつの前に立ち、他の兎人族の行方を聞くことにした。

 

「他の兎人族はどこだ?」

「それなら・・・・帝国に移送済みだ・・・・」

「そうか・・・・」

「い、嫌だ。し、死にたくない。た、助けてくれ!!」

「・・・・・・」

「金なら払う!!だから!!」

「もういい、死ね」

 

俺はそいつの心臓目掛けて槍と突き刺した。

一瞬で絶命し、槍を引き抜くと血を払いその場を後にした。

元居た世界では殺人は完全にご法度だが、不思議と何も感じなかった。

連中はシア達だけでなくコハクまで手を出そうとしていた。

家族を大切な者に害をなす連中から守るために力を振るう。

ただそれだけだ。

コハクは兎も角、ハジメも同じ感じであったらしい。

もっとも無差別殺人などする気も起きないが。

余りの光景にシア達は絶句していたが、俺はこう言い放った。

 

「平和主義で温厚なのもいいが、それだけじゃ大事な者は守れはしない」

「タツヤ殿・・・・」

「アンタらがどう思うと勝手だが、弱い奴は真っ先に死ぬ。覚えておけ」

 

そう言い放つと俺は、帝国兵が使用していた馬車を見つけ、それを兎人族の移動手段にする事に決めた。

女子供、老人を優先で荷馬車に乗せ、男は馬に乗る者と分けて樹海に向け移動を開始した。

帝国兵の死体は、俺のルーン魔術とコハクの蒼炎で火葬し灰にしてやった。

こうして俺達一行はライセン大峡谷を後にし、ハルツィナ樹海に向け進むのであった。

 




最近、アズールレーンの建造で戦艦の加賀さんをお迎えする事が出来ました。
欲を言うなら天城さんと土佐も欲しいぐらいです。
あとはひたすら3-4周回で一航戦を得るまでです。
小説の執筆も兼ねて頑張っていきます


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ハウリア・ブート・キャンプ

更新が遅れてしまい申し訳ありません。
今後の展開を考え過ぎもあり、中々筆が進みませんでした。
お待たせした分の期待に応えられるか不安ですが、頑張りました。


ハウリア族を連れて亜人族の国フェアベルゲンであるハルツィナ樹海に到着した俺達一同を待っていたのは歓迎の声では無く追放の声であった。

自分たちの住む森に人間だけでなくシア達を連れてきた事にいきり立っている様子であった。

何でも、亜人族の長達から遠回しではあるが追放勧告を言い渡せれたのだった。

理由としては、亜人でありながら魔力の使えるシアの存在もある。

そのような異端とされる存在であるシアと、それを匿ってきた兎人族を同胞とみる事等断じてできず、結果追放する事が長老会議で決められたそうだ。

俺達としては、樹海の最深部にある大樹の下へ行くのが目的である。

その理由と経緯、迷宮攻略の証である指輪を見せた所、渋々ながら承諾してくれた。

一部、血気盛んな虎や熊の亜人達が反論するも、長老たちに説き伏せられ引き下がるのであった。

意外とあっさり樹海の最深部へ通してくれるものと疑問に思ったが、それには理由があった。

 

それはコハクの存在であった。

一見、コハクの姿は狐の亜人族に見えそうなのだが、彼女の本質を亜人族は理解したらしい。

亜人と呼ばれる種族には耳と尻尾があるが、コハクの存在は彼らにとって異質であった。

狐の亜人もいるのだが、他の亜人同様で尻尾は一本しか無いのに対し、コハクは九本あるのだ。

白い髪に九本の尻尾を持つその容姿を見た長老の一人である亜人がコハクに対し、恐る恐るこう尋ねてきた。

 

「貴方様はもしや、伝説に聞く『厄災の獣』なのですか?」

 

その名を聞いた他の亜人族とシア達兎人族は身震いするのであった。

彼らの素振りを見た所、どうやらこの世界の人間族でなく亜人族まで『厄災の獣』の名前と存在は畏怖される存在だと理解した。

彼らからすれば、兎人族だけでなくコハクまでも厄介事を招く存在に見えたのだろう。

コハク自身はそんな事等知った事が無いように流し、無言を保ったままであった。

結局俺達とシア達兎人族は、追放される形で亜人族の里を離れ、樹海の奥へと向かう事になった。

道中、コハクの事が気になりシアが恐る恐る声を掛けた。

 

「あの・・・コハクさん」

「なんだ?」

「コハクさんは・・・・その・・・」

「あの者達の言う通りこの世界では私はそう呼ばれている。それがどうした?」

「この・・・世界?」

「まあいい。どうせいつか話す予定だっただけだ」

 

コハクはそう言うと、自身の事をシア達に話すのであった。

元々この世界にの住人では無く、俺たちのいた世界の存在であり、エヒトによって拉致に近いやり方でこの世界に呼び込まれ世界の敵になった事。

人間から迫害され命を脅かされるのは慣れたもので、その都度返り討ちにしてきた事。

行方不明になった姉を探すために俺達と行動を共にしている事等をシア達に話すのであった。

俺はその様子を見て少しだけ驚いた。

基本的にコハクは他者と距離を取るスタンスである。

今だからこそ、俺やハジメ、ユエと親しく話せる仲ではあるがまず自分自身の事は話したりはしない。

此れは俺の勝手な予想だが、他者から迫害され畏怖される兎人族に一種のシンパシーを感じているのではないかと感じた。

同じ痛みや苦しみと理解できる物同士からこそ分かる心情なのだろうか。

俺にはそう感じるのであった。

そう思った俺は思わずコハクの肩に手を置いた。

 

「コハク・・・」

「気遣いなら無用だ。私の居場所ならもう既にあるさ」

「・・・そうか。ならいいんだ」

「ああ、竜也。お前の傍こそ私の居場所だ」

 

人前にも拘らずコハクは堂々と俺に言ってくれた。

そう思うとなんというか嬉しいやら照れ臭いやらそんな気持ちになった。

俺とコハクがそんなやり取りをしている最中、シアが突然こう言ってきた。

 

「ところで気になったんですけど、竜也さん達って一体何者なんですか?」

「そういや話していなかったな」

 

名前以外教えていなかったのもあり、移動がてら俺達の素性を話すのであった。

他のハウリア族も気になったのか俺達の話を聞くのであった。

それが済むや今度はハジメがハウリア族の今後の事について話すのであった。

まず、樹海の最深部までの案内で、俺達が彼らを守ると言うのはシアから聞かされている。

問題はその後である。

俺達は大迷宮の探索と攻略がある為、場所が分かり次第この森から離れる。

そうなれば、戦う術の無いハウリア一族は他の一族や人間族から蹂躙されるのは目に見えている。

俺の目から見ても今の彼らは余りにも弱すぎる。

であれば樹海の最深部に行くまで面倒がてら彼らを強くすることになった。

それを聞いた彼らは難色を示したが、何れにせよ彼らハウリア族に選ぶ道は二つに一つだ。

弱いまま蹂躙されるか、家族や一族を守れる程強くなるかだ。

暫く考えたのち、族長であるカムが声を上げた。

 

「ハジメ殿、タツヤ殿、コハク殿。どうか我らを強く、そして戦う術を教えてください!!」

 

こうしてハウリア族の戦闘訓練が始まるのであった。

シアはと言うと、俺達の旅に同行する為にも強くなりたいと懇願してきたのだった。

ハジメとユエは最初は拒むのであったが、条件付きで承諾した。

それは、此れから十日間でユエと戦い、一撃でも攻撃を当てられれば、俺達の旅に同行するという条件だ。

そういう訳もあり、シアはユエに任せると俺達はカムたちの戦闘訓練に移るのであった。

それぞれ、ハジメが錬成した武器を支給し、俺とコハクで武器の扱いから覚えさせた。

彼らハウリア族の強みである索敵能力と隠密能力を生かし、奇襲と連携に特化した集団戦法を身に着けて貰う予定であった。

だが、訓練は思わぬ形から壁にぶつかった。

 

「ああ、すまない・・・罪深い我らを許したまえ!!!」

 

それは、彼等があまりにも平和主義と言うか何というか、虫一匹殺すどころか魔物を仕留めても懺悔をするかのように泣き叫ぶやとても訓練にならなかった。

他にも花や虫を踏みそうになる度に飛び跳ねては悲鳴を上げていた。

そんな光景を見兼ねた俺達は、堪忍袋の緒が切れかける寸前であった。

コハクに至っては、全身から蒼い炎を吹き出し今すぐにでも燃え盛る一歩手前であった。

 

「お前達兎人族と言うのがよ~くわかった・・・・」

「同感だ。命のやり取りをするっていうのに甘ったれた考えでいると言うのがな・・・・」

「ああそうだな・・・この駄兎共にはかなり灸をすえねばな、フフフ・・・・」

「「「「「「「「ヒィィィィッ!!!!」」」」」」」」

 

その光景を見たハウリア族は体を震わせるであった。

この瞬間俺達三人の怒りが爆発した。

 

「聞け!!!!この性根まで腐りきった駄兎共!!!!テメエ等やる気あんのか!!!!」

「「「「「「「「ハイィィィィ!!!!!」」」」」」」」

「なんだその腑抜けた返事は!!!!根性見せて見ろ!!!!!」

「「「「「「「「おっ・・・押忍!!!!!!」」」」」」」」

「此れから先、脱落する者は容赦なく切り捨てる。死に物狂いで励め!!!!」

「「「「「「「「押忍!!!!!!!」」」」」」」」

 

気合が入った所で、俺はハジメとコハクにある提案をする。

それは今後の彼らの教育方針だ。

生半可な鍛え方では強くなることなどできはしない。

しかも時間が十日しかなければ、結構詰め込む必要がある。

其処で俺が考えたのは、『影の国流ケルト戦士育成方法』だ。

要するに、俺がやって来た死に物狂いの特訓と修行を彼らにすると言うものだ。

出来なければ容赦なく切り捨てる超スパルタ教育であるが、此れも彼らの為である。

指導の匙加減はハジメとコハクに一任し、俺はアドバイザーとして教育する事にした。

その内容に若干引きつつも概ね了解してくれた。

二人の承諾もあり、今度は俺が彼らの前に立ちこう叫んだ。

 

「いいか!!これから行う訓練は生死を掛けたものだ!!出来ない奴は切り捨て、出来る者のみが先を進むことが許される物だ!!わかったか!!」

「「「「「「「「押忍!!」」」」」」」」

「気合が入っていねえな!?返事は応だ!!わかったか!!!!」

「「「「「「「「応!!!」」」」」」」」

「訓練開始だ!!!!」

 

こうしてハウリア一族の存続と生死を掛けた戦闘訓練が改めて行われるのであった。

行う内容は、俺が影の国で体験した命懸けの修業の再現だ。

本家より難易度は下がるが、彼等には十分なものだ。

其れから十日間、ハウリア族の戦闘訓練と言う名の地獄の日々が始まった。

魔物の群れと命掛けの戦いや、俺達との模擬戦。

その他数々の修業と特訓を行っていくのであった。

初めはかなり苦戦しつつ辛勝ばかりであったが、徐々に学習していったのかそれなりに戦えるようになった。

魔物戦だけでなく、今後予想されるた種族との戦闘にも備え、対人戦を叩きこんでいく。

その為に、ハジメにある物を錬成してもらい、彼らに実践してもらった。

 

それは、ボクシングである。

通常のボクシングと違い、革のグローブでは無く、スパイクの付いた金属製のグローブだ。

それを付けて彼等に本格的かつ、実戦的なボクシングを教え戦わせた。

此れは元居た世界で店の常連客であった風鳴弦十郎さんから教わり、俺自身が実践したことのある特訓だ。

なんでも、弦十郎さんが子供の頃に読んだ少年漫画であったのを実際に再現した物らしく、行う相手が居なく困っていたところ、俺が行う事になった。

実際にやってみると非常に危険処か命懸けであった。

弦十郎さん曰く、「血も涙も汗も流さなくて男が磨けるかよ!!」と言っていた。

結果は引き分けであったが、何故か凄く楽しかった。

昔の事を思い出しつつ、俺達はハウリア族との訓練に励むのであった。

時にハジメがドンナーから発射されるゴム弾で意識を失った者を強制的に起こし、コハクが蒼炎と式神を使い歩みを止めた者を走らせる等、戦闘訓練は日々激しさを増していった。

 

 

戦闘訓練が始まって一週間が経過した頃であった。

ある日の夜、俺はいつも見る夢の中で彼と出会うのであった。

その人物こそ、我が兄弟子にしてケルト神話の大英雄であり、『クランの猛犬』でアイルランドにその名を轟かせたクー・フーリンだ。

 

「よお、坊主元気にやってっか?」

「兄貴!!俺は何時もと変わんねえよ」

「ははっそうりゃあよかった。」

 

何時もと変わらない顔立ちで兄貴はそう言うと、俺にこう言ってきた。

 

「まずは宝具の真名解放までは出来たみたいだな坊主」

「ああ、此れも師匠や兄貴のおかげだよ。本当にありがとうございます」

「固え事いうなって、確かにそうかもしれねえがこれも坊主の頑張りもあってだぜ。胸を張りな兄弟!!」

「応!!」

 

すると今度は結構真面目な顔になり、ある事を告げてきた。

何だと思い俺はそれを聞くことにする。

 

「だが、その槍の力はまだまだそんな物じゃねえぞ。真名解放まで行ったとは言え、良くて四割ぐらいしかまだ坊主は引き出せていねえからな」

「・・・・・・」

 

俺自身分かっていた事であった。

まだこの槍の全力を出すにはまだまだ未熟だと言うのが実感していた。

自己採点で五割行ければいいと思ったが、全開には程遠いのが分かった。

俺はまだ、師匠や兄貴の領域には遠い存在なのが分かった。

 

「まあ気長にやっていこうや。焦る奴ほど失敗するんだぜ」

「兄貴・・・・俺、もっとこれからも鍛錬して強くなっていくぜ。いつか師匠や兄貴に認められるぐらいになるまでこの槍を使いこなして見せる!!」

「へへっ言うじゃねえか。それでこそ俺の弟弟子ってもんさね。」

 

兄貴はそう言うと俺の前に槍を立てきた。

そして、こう告げるのであった。

 

「クー・フーリンの名において命ずる。我が弟弟子たる篠崎竜也を赤枝の騎士団の一員として迎え受ける!!!!」

「兄貴!?良いのかよ俺なんかが・・・」

「良いも何も師匠の下で槍と魔術を学んだ所か、槍まで授かって生きて帰れたんだろ?資格なら十分過ぎる位にあるだろ。」

 

この時俺は凄く嬉しくて涙が出そうになった。

まだまだ未熟で、師匠から授かった槍もまだ完全に使いこなせないのにもだ。

生まれた国や生きた時代が違うにも関わらず、兄貴は俺の事を弟として見てくれている。

その期待に応えるべく、俺は槍を強く握り締めるのであった。

 

「まあ変に気負う必要はないぜ。騎士団って言っても不忠さえしなけりゃ何やっても構わねえんだしよ。坊主は坊主でやりたい事やりゃあいいしな」

「兄貴・・・俺まだまだ未熟だけどやってみるよ。何時か師匠や兄貴と肩を並べる位に強くなってみせる!!!!」

「応!!がんばりな。それはそうと今後とも俺が坊主の修業を手伝うぜ」

「俺の・・・・修業?」

 

ふと思えば不可思議な事が思いつく。

何時も夢の中で兄貴と戦ってきたが、その経験が現実の世界に反映されるのか、俺の体は強くなっているのが分かった。

一体どういう原理でそうなるのか不思議で仕方なかった。

それを兄貴に聞いてみた所、意外な回答が帰ってきた。

 

「ああそれな。師匠がある奴に頼んで夢の中を通して色々手を回してんだよ」

「ある奴?誰なんだ・・・」

「まあその内分かるってもんさ。そいつを通して坊主の夢の中に俺が使いで送られるってもんさね。詳しい理屈は分かんねえがまあいいだろ」

 

何とも言えないが、俺自身強くなれるのならそれで構わない。

其れで大切な者や愛する人を守れるのであればだ。

 

「まあ安心しな。坊主の修業の相手は暫く俺がやるからよ」

「兄貴・・・よろしくお願いします!!」

「応さ。俺はスカサハの鬼婆みたいに鬼畜な事はしねえから安心しな」

「鬼婆って・・・・師匠に聞かれたら槍が降ってきますよ」

「はっ!!んなことあるわけね・・・え!?」

「ん?え?ええええええ!!!!!」

 

真上を見上げると、見覚えのある紅い魔槍が無数にあった。

 

「「ちょっ!・・・まっ!・・・えええええ!!!!!!!!!」」

 

それが豪雨のように俺達に降り注いできた。

全身に激痛が走るような痛みを感じる暇も無く俺と兄貴は串刺しになった。

 

『誰が鬼婆だ莫迦弟子が・・・』

 

薄れゆく意識の中で、師匠の怒気を含んだ低い声が耳に聴こえた。

兄貴は兎も角なんで俺まで槍が降って来たんだ?

 

 

「・・・・酷え目に遭った夢見た」

 

目を覚ますと其処は森の中であった。

横にはコハクが静かに寝息を立てながら眠っていた。

その様子を見て俺は安堵するのであった。

俺はコハクを起こさないように立ち上がり、朝食の準備を開始した。

今日は兎人族の戦闘訓練で最終試験を行う日だ。

最後まで気を抜かずに取り組んでいくのであった。

最終試験とは、俺達の手を借りずに指定した魔物を狩って来ると言うものだ。

此れまでのハウリア族では不可能であっただろうが、それは昨日までの常識だ。

 

「ボス!!お題の品仕留めてきましたぜ」

「俺は一体だけで良いと言ったが」

 

ハジメの目の前には数匹分の魔物が並べられていた。

十日前に見た軟弱な兎人族は、立派な戦士となっていた。

そう、彼らは此れまでの狩られる存在ではなく、狩る側の存在になるまで成長したのである。

体付きも大きく変化していた。

寧ろ画風が濃ゆくなったと言うか何というか。

正確には生まれ変わったと言った方がいいのだろう。

 

「兄貴!!こっちも仕留めてきましたぜ!!」

「ほう・・・よくやったぞ。素手で仕留めるとはやるじゃねえか」

「応!!此れも兄貴のご指導あっての事です」

「姐さん!!魔物の素材剥ぎ完了しやした!!」

「そうか・・・ご苦労下がっていいぞ」

「押忍!!ありがとうございます!!」

 

俺の目の前には上半身裸で、武器も持たず拳のみで仕留めたのか、逞しい筋肉を自慢するかのようにマッスルポーズを取るウサミミの男たちがいた。

コハクの目の前には魔物の牙や爪が山済みで献上されていた。

因みにだが、ハウリア族の中では俺が兄貴、ハジメがボス、コハクが姐さんと言う名が定着していた。

俺達がそう呼べと言った訳でもないのだが、彼等から率先してそう呼ばれるのであった。

最終試験は無事問題なくクリアとなった。

そんな時であった。

 

「ボス!!ご報告があります」

「言ってみろ」

「はっ!!熊人族と虎人族の集団が接近しつつあります。」

「なるほどな・・・大方こっちを狩りに来たって訳か」

 

周辺に斥候として向かっていた兎人族の若者が報告を上げた。

熊人族と虎人族の集団か。

結構思い切ったことするもんだ。

そんな中、一族の長であるカムが声を上げた。

 

「ボス、もしよろしければ我らにお任せできないでしょうか?」

「・・・・やれるのか」

「もちろんです。兄貴や姐さんに鍛えられた頂いた身、早々無様を晒したりなど致しません」

 

折角来ていただいたんだ、生まれ変わったハウリア族の力を示すいい機会だ。

彼等には実戦訓練の相手になってもらうとするか。

 

「いいだろう・・・聞け!!此れより実戦訓練を行う!!相手は熊人族と虎人族の集団だ!!」

「ほう・・・奴等、俺達にケンカを売りに来たって訳か」

「いいねえ、そうこなくっちゃなあ・・・」

「兄貴、!!奴らの相手は俺達に任せてください!!」

「姐さん!!俺達もやりますぜ!!」

「此処で戦わなくては男が廃るってもんですぜ!!」

 

カムと言い他の連中もすっかり逞しくなったもんだ。

此れなら任せてもいいだろう。

 

「元よりそのつもりだ!!派手に暴れてこい」

「ふっ良いだろう。命知らずな馬鹿共に貴様らハウリア族の力を示せ!!」

「「「「「「「「応!!」」」」」」」」

 

俺とコハクの鼓舞もありハウリア族は闘志を燃やすのであった。

結果は言うまでも無く圧勝であった。

完全にハウリア族を舐めて掛かり、彼等からの奇襲戦法で成す術も無く、熊人族と虎人族は蹂躙されていくのであった。

鍛えられた身体能力を生かし、目にも止まらぬ速さで跳躍し相手を倒していくのであった。

一部、「卑怯だ!!」とか「正々堂々戦え!!」と言う声もあるがそんな事などお構いなしだ。

俺から言わせれば、相手を舐めて掛かって、キルゾーンに誘き寄せられたのにも知らずに、ノコノコやって来る馬鹿が悪い。

戦いは何時だって命懸けだ。

卑怯?正々堂々?

糞喰らえだ。

対するハウリア族はと言うと、初の実戦にも拘らず狂気に呑まれる事も無ければ、敵をただ圧倒していった。

狂気に呑まれ理性も正気も失った戦士を『狂戦士(バーサーカー)』と言うが、彼らハウリアの戦士は、狂気に呑まれる事無く、理性も正気を保ちつつ戦いを楽しむ『天然狂戦士(ナチュラルバーサーカー)』となっていた。

別名ケルト戦士とも言うのだが。

 

「オラオラ!!そんなもんかよテメエ等の力は!!!」

「最強種を名乗るなら力を示せ!!このハウリアに!!!!」

「お前等熊人族と虎人族なんぞ、俺達兎人族の敵じゃねえんだよ!!!」

「どうしたそんなものか!?張り合いが全くねえぞ!!」

 

案の定ボコボコにされる熊人族と虎人族であった。

戦いに赴く前にカムたちには伝えていたが、トドメを刺す事無く俺は敢えて生かして返すことを選んだ。

理由としては、今回は実戦訓練であり戦争ではない。

万が一殺してしまえば、色々と収まりがつかなくなるからだ。

だから今回は敢えて見逃すことにした。

戦意を失った熊人族と虎人族の者達の前に立つと、俺達はこう言った。

 

「今回はこれぐらいで勘弁してやる」

「だが、次も見逃してもらえると思ったら大間違いだ。」

「兎人族はもはや最弱ではない、それは身をもって知っただろう。」

「分かったらさっさと失せろ!!」

「だが、忘れるなこれからもハウリア族は強くなる」

「もしも再び貴様らが戦いを挑むならば、フェアベルゲン最後の日と知れ」

 

そう言うと熊人族と虎人族は我先にと逃げ出していくのであった。

これでいい。

相手を全滅するのではなく、屈服させるには高くつくと言う認識を相手に与えればそれだけで抑止力になる。

暫く、アイツらは大人しくしている筈だ。

その間にもハウリアは更に力を付け強くなればいいのだ。

カムたちは俺達の前で跪くと、先の戦いの

 

「ボス、兄貴、姐さん!!我らの戦いは如何でしたでありましたか!!」

「上出来だ。これからも訓練を怠るな」

「俺が言えたものじゃないが、日々の鍛錬を継続あるのみだ」

「弱き者は淘汰される。悔しければ強くなれ分かったな?」

「「「「「「「「応!!」」」」」」」」

 

こうしてハウリア族はトータス版ケルト戦士として生まれ変わり爆誕するのであった。

その光景を見ていたシアは絶句し、「父様達が別人になっちゃたです!!」と叫んでいた。

尚、シアの特訓の方は無事終わったらしく、終始ご機嫌であった。

ユエはと言うとやや落ち込んでいるのか、渋々シアの同行を許可するのであった。

俺から見ても今のシアは何となくだが、初めて会った時の頃より背筋も伸びて少し自信が付いたようにも見える。

ユエ曰く、魔法の適正はハジメと変わらないが身体強化に特化しており、今後次第で大きく成長が見込めるそうだ。

その後、カム達の案内で樹海の最深部にある大樹の元へ案内されていった。

到着した俺達を待っていたのは、枯れ果てた大樹であった。

恐らく此処が大迷宮の入り口なのだろうが、全く見当がつかないのであった。

木の根元には石板があり、調べていくと裏側に窪みがあり、其処に指輪を刺すとある文字が浮かんできた。

 

『四つの証、再生の力、紡がれた絆の道標、全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

色々考えた結果、この大迷宮の攻略は後回しになった。

七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を入手しなければならないと判断したからだ。

まあ、大迷宮の所在が判明できただけでも収穫はあったと思えば、苦にはならない。

気持ちを切り替え、他の大迷宮の攻略をした後、再びこの地に来るのを決意した。

急遽、ハジメが集合を掛けた。

 

「俺達は、他の大迷宮の攻略を目指すことにする。お前達と交わした大樹への案内の約束も果たされ完了した。今のお前等なら樹海でも十分生きていけると俺は確信している」

「ボス・・・・・」

「だが、俺達は再びこの地に戻って来る。それまで、この地の守りをお前たちに任せる。いいな!!」

「「「「「「「「応!!」」」」」」」」

「それまで鍛錬でもして今以上に強くなって待っていろ。」

 

ハジメがそうカム達に告げると、「早速訓練開始だ!!」と言い励むのであった。

シアが俺達の旅に付いて来る事になったのは良いが、その理由を聞いていないのを思い出した。

改めて理由を聞こうとすると、シアは顔を赤くし体をモジモジさせていた。

 

「えっと・・・聞いても怒りませんよね・・・」

「怒らねえから早く言え」

「は・・・ハジメさんの傍に居たいんです!!!好きですから!!!!」

 

それを聞いたハジメとユエは固まり言葉を失った。

ハジメ的には結構雑な扱いをしていたのだが、シア曰く絶対に見捨てる事無くなんやかんやで世話焼きな所が好きになったそうだ。

まあ、俺もコハクと優花といった二人の女性を好きになっている手前、余り口出しできないがハジメも根負けしたのか「勝手にしろ、物好きめ」と吐き捨てるように言い、シアの同行を許すのであった。

その後、俺達はハウリア一族の見送りの元、ハルツィナ樹海を後にするのであった。

今後の予定は、一旦近郊の街に寄って準備を整えた後、ライセン大峡谷の大迷宮を攻略するのが決定した。

何時ぞや戦った帝国兵から拝借した世界地図によれば、北の方角の進むと『ブルック』という町があるらしい。

まずそこで買い出しなどを済ませる事になった。

俺自身、この世界の食事事情にも興味があり、まだ見ぬ異世界料理に期待を膨らませていた。

道中で野営の最中、シアが料理が出来ると知り作ってもらった結果、非常に美味かった。

料理を通して、シアと少しだけ仲良くなれた気がしたのだった。

 

 




相も変わらず酷い駄文ですいません。
次回予告『ブルックの町にて』



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ブルックの町にて

今回はブルックの町での出来事になります。
基本的には原作よりですが、本作オリジナルストーリーを入れてますのでお楽しみに。


ハルツィナ樹海を出てから数日が経過した。

それぞれのシュタイフに乗り移動していると、遠くに町らしきものが見えてきた。

周囲を堀と柵で囲まれてはいるが、大きさからみて小規模の町である。

街道に面した場所に木製の門があり、門番の詰所が町の入り口に設置してあった。

流石に、このままシュタイフで乗り込んで行くのは不味いので、一旦降りて宝物庫に仕舞うと、俺達5人は徒歩で入り口まで向かうのであった。

道中、シアがハジメに対してブチブチと文句を垂れていた。

なんでも、シアの首にはめられている黒を基調とした首輪の事だ。

この世界ではハウリア族を含む亜人は、奴隷か愛玩動物として扱われている。

何よりもシアは女性であり、整ったプロポーションとも言える容姿は男性から目を引くものである。

その予防線と言うのもあり、人攫いの魔の手から守るべくハジメがシアに首輪をはめたのであった。

表向きは奴隷だが、シアはれっきとした旅の仲間である。

俺とコハクから見たらまだ同行人ぐらいの認識だが、何れは頼もしい仲間になると考えている。

そんな事を考えている最中、門番をしている人が俺達に気が付いたのか声を掛けてきた。

 

「止まってくれ。見た所冒険者か?ステータスプレートを表示してくれ」

 

俺とハジメは自前のステータスプレートを出し、門番に見せた。

特に問題が無かったのかすぐに返してくれた。

此れには理由があり、俺とハジメのステータスは最早化け物レベルであり、このまま素直にステータスプレートを出したところで、町に入れるか不安があった。

その為、事前にステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能を活用するのであった

結果、難無く門番から怪しい眼差しを向けられることも無く難なくやり過ごせた。

 

「町へ来た目的はなんだ?」

「食料の補充と素材の換金だ」

「なるほどな、そっちの三人は・・・」

 

門番の眼差しの先にはユエ達が映っていた。

金髪の美少女に白髪の兎人族、尻尾が9本ある狐耳の亜人。

どれもあまり見ない風貌もあり、門番の人も若干戸惑っていた。

まあなんというか其処は男の性なのか見惚れているように目た俺は、咳払いをして門番を正気に戻した。

下手に怪しまれないように俺とハジメは何とかして誤魔化すことにした。

 

「こっちの金髪の子は魔物の襲撃でステータスプレートを無くしちまってな、白髪の子は見てわかるだろ?」

「ああ、そうか。もう一人は・・・」

「こいつは俺の付き人だ。別に問題ないだろ」

 

やや強引ではあるがあまり深く探られないようにしやり過ごすのであった。

特に問題が無い以上門番も深くは検索してこなかった。

 

「よし、通ってもいいぞ」

「どうも。ところで、素材の換金場所って何処にあるんだ?」

「ああそれなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞くといいさ。簡単な町の地図をくれるぞ」

「そいつは親切にどうも」

 

門番から情報を得た俺達は、門をくぐり待ちの中へと入っていった。

オルクス近郊の町ホルアドや王都の城下町ではないがそれなりに活気があり賑わっていた。

地図や門の所でも確認したがこの町の名前は『ブルック』と言う名前であり、俺から見ても治安の良い町であるのがよくわかる。

何より道端にはゴミらしきものが見当たらず、人が住むにはいい環境が整っているのであった。

結構な数の露店が立ち並び、呼び込みや値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

いうならばRPGの序盤で訪れる小さな町と言っても過言ではない。

 

暫く歩いていると門番の言っていた冒険者ギルドが見えてきた。

俺のイメージするギルドと言うのは商店街の組合のようなものである。

最もそれは元の世界での話であり、異世界で通用するか不安だったがそれは杞憂に終わった。

中に入ってみると、意外に清潔さが保たれおり、入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店となっており、何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談していたりする。

俺達が入って来ると、当然ながら注目を浴びるのであった。

見慣れない服装と容姿の五人組は町の冒険者から見ても注意を引いた。

ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外と理性があると言うか、観察するに留めているようだ。

最もユエやシア、コハクの容姿に見惚れているのか、瞳の奥の好奇心が増した者や、「ほぅ」と感心の声を上げる者がいた。

そんな視線の数々等知った事じゃないと言わんばかりに堂々と歩く俺達は、目的を果たすべく受付へ向かうのであった。

ギルドの受付と言えば大変魅力的美人が担当するのが定番なのだが、現実は非情であった。

横幅がユエ二人分ありぽっちゃり系の体格のおばちゃんであった。

別に期待していた訳ではないが儚い幻想が砕かれた気がした。

まあ俺にはコハクが居て、ハジメにはユエやシアがいるから別に問題ないのだが。

 

「美人の受付じゃなくて残念だったね。」

 

そんな俺達の内心を見透かすように、オバチャンはニコニコと人好きのする笑みで俺達を迎えてきた。

読心術の固有魔法が使えるのかと思いつつ、頬を引き攣らせながら俺は何とか返答するのであった。

 

「あの・・・そんなこと考えてないから」

「女の勘を舐めちゃいけないよ?この年になれば男の考えなんて簡単にわかっちまうんだよ。愛想尽かされないように気を付けな?」

「肝に銘じておくさ」

「まあそれは置いといて。冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「素材の買取をお願いしたいんだが・・・」

「素材の買取だね。じゃあ、ステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取だけでステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

素材の買取にステータスプレートは不要なのだが、冒険者と確認できれば一割増で売れるそうだ。

冒険者になれば様々な特典も付いていて、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるだけでなく、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするそうだ。

登録には千ルタが必要だとオバチャンに言われた。

ここで一つの問題が発生するのであった。

俺達は実は手持ち無しの無一文だ。

それもそうだ。

ずっと奈落の底にいたのだから金には無縁だったのだ。

最も金があっても使う場所が無かったから仕方ないのだ。

ルタとは、この世界トータスの北大陸共通の通貨であり、ザガルタ鉱石という特殊な鉱石を他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石となり、それに特殊な方法で刻印したものが使われているそうだ。

青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の9種類があり、一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万となっており、驚いたことに貨幣価値は日本と同じである。

冒険者のランクもこれと同じシステムで、色が階級を示す者でもあるのだ。

戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒であり、天職なしで黒に上がった者は天職ありで金に上がった者より拍手喝采の称賛を受けるらしい。

最もそんなケースは極稀にしかいないのだが。

まあこの辺は王宮の図書館と座学で学んだこの世界の一般常識であるが。

 

「折角だから登録するよ。ただ・・・俺達持ち合わせがないから素材の買取金額から差し引くってことにしてくれないか?」

「あれま!?可愛い子が3人も居ながら文無しとはね!上乗せしとくから安心しな」

「ハハハ・・・面目ない・・・」

 

俺とハジメはオバチャンの厚意を受け取っておくことにして、ステータスプレートを差しだすのであった。

ステータスプレートが戻るまでの間、ハジメは宝物庫からあらかじめ準備した素材の入ったバックを取り出すのであった。

今回素材の鑑定に出すのは樹海の魔物の物だ。

流石に奈落の魔物の素材を出すわけにはいかなかった。

下手に出して周囲に余計な混乱を招きたくないし、それを巡るトラブルに巻き込まれたくなどないからである。

素材の買取価格次第ではユエ達のステータスプレートを発行するのも考えたが、今回は見送る事にした。

何故ならば、ユエとシアは兎も角、コハクの存在だ。

この世界では『厄災の獣』の名は禁忌に近い名前であるからだ。

発行したステータスプレート次第では、コハクの正体が周囲にバレる可能性がある為だ。

白い狐の耳と髪に9本の尻尾と言う時点で色々とヤバいのもあるが、それは狐の亜人の中でも極めて珍しい変異種という事で何とか誤魔化せる。

何かあったら俺がコハクを守らねばならない。

そう思っていると、ステータスプレートが戻ってきた。

天職欄の横に職業欄が新たに表示され、そこに『冒険者』と表記され青色の点が付いていた。

 

「素材の買取に移りたいんだけどいいか?」

「構わないよ。こう見えて査定資格があるからね」

 

そう言うとハジメは素材の入ったバックをオバチャンに渡した。

オバチャンは一つ一つ丁寧に素材を査定をしていく。

すると、「こ、これは!」と声を上げ、驚愕するのであった。

息を吞むような緊張感の中、査定が終わったのか深き溜息を吐き俺達に視線を向けた。

 

「あんた達とんでもない物を持ってきたね。これすべて・・・・樹海の魔物だね」

「ああ、そうだ」

「樹海の魔物の素材はどれも良質な物ばかりだからね、売って貰えるのは助かるよ」

 

知っての通り樹海は危険地帯でもあり、人間族は感覚を狂わされ一度迷えば二度と出てこれない。

行くならば亜人の奴隷持ちが金稼ぎで行くが、素材を売るのなら辺境の田舎では無く、中央でだと高く売れるそうだ。

その方が名を上げやすいのも理由の一つだ。

オバチャンはチラリとシアとコハクに目を向けた。

恐らく、シアやコハクの協力もあって素材を入手したのだと推測した。

全ての素材を査定し終え、買取金額は50万ルタと言う結構な額となった。

この額で良いのかと尋ねられたが、問題ないと返答し買取は終了した。

俺達はそれぞれ10万ずつ山分けし懐に納めるのであった。

鑑定を終えた俺達はギルドを後にするのだったが、オバチャンに引き留められた。

なんでも、町の地図と言うよりはガイドブックをオバチャンに貰った。

町の宿屋やお店等、精巧で有用な情報が簡潔に記載されたものであった。

オバチャン曰く、書士の天職持ちだそうでこれぐらい何ともないらしい。

ありがたく貰った俺達はギルドを後にした。

 

ガイドブックに記載された宿屋『マサカの宿』で今夜は一泊する事にした。

とは言えまだ昼前なのもあり宿屋で予約を取り、夕方からチェックインする事にした。

何故この宿屋なのかと言えば、飯が美味いのと風呂がある事が決め手となった。

宿屋に入るとシアと同年代くらいの女の子が受付を担当していた。

 

「マサカの宿へようこそ!お泊りですか?それともお食事でしょうか?」

「宿泊だ。と言っても夕方からになるが予約を取れるか?」

「はい!構いませんよ。今ならお部屋も空いていますし如何されますか?」

 

俺達はオバチャンから貰ったガイドブックを見せ、受付の女の子に名前と人数を言い、宿泊の手続きを始めた。

部屋割りの際、ユエとシアがハジメを巡って揉めそうになったが、結局俺とコハクとシアの三人部屋とハジメとユエの二人部屋の予約を取れた。

宿屋の女の子にガイドブックを見せた所、ギルドの受付をしていたオバチャンの名前が判明した。

その名前はキャサリンと言うのだそうだ。

そんな事はさておき、俺達は夕方まで自由行動をとる事にした。

宿屋へは入店する際、ステータスプレートを見せれば問題ないという事だ。

俺とコハクは食料の買い出し、ハジメは部屋である物を造るらしく宿屋に残り、ユエとシアは服屋で旅に必要な服を見繕うらしく別行動を開始した。

 

町の商店で売られている品々を見て回りながら、俺とコハクは買い出しを行っていく。

この世界の食糧事情は王都の城下町にて確認しているのもあり、品揃えは十分把握しており特に問題なく終わった。

 

「さてと、買う物買ったしこの後どうすっかな」

「折角二人っきりなのだぞ、逢引以外何があるのだ」

「そうだな、そうするか」

 

まあ、二人で買い物するのがデートみたいなものだが、俺は俺で楽しんでいたりする。

買った食料は宝物庫(試作品)に入れて手ぶらになった所で、コハクが突然俺の手を握ってきた。

少し驚いたが、「逢引なのだからいいだろう」と言い俺は優しく握るのではなく、指と指を重ねる恋人繋ぎで手を握った。

少しばかり顔を赤くしていたコハクだったが、満更でも無い顔で俺と歩調を合わせ歩いてゆく。

それを見ていた周囲の人間達は男女のカップルに見えたらしく、「もげろ!!」「爆発しやがれ!!」等と声を上げるのであった。

そんな周囲の喧騒などお構いなしに俺とコハクはデートをするのだ。

ブラブラ歩いているとある店の看板が目に入った。

そのお店の名前は『喫茶店アーネンエルベ トータス支店』と書かれていた。

支店があるという事は他の町にもあるのかと思い、興味本位で店の中に入る事にした。

そろそろ昼飯時もあり、コハクと二人で昼食を取る事にした。

店の中に入ると其処には、目を疑うような光景が視界に入ってきた。

 

「いらっしゃいませニャ!!お二人様ご案内しますニャ!」

「・・・・・はい?」

 

そう、店員が何と人間では無く、猫であった。

正確にはネコ科の動物を思わせる三頭身のナマモノがいた。

初めは猫の亜人族かと思ったが、何となく根本的に違う種族な気がするのだった。

見渡すと、店員だけでなく厨房で料理するのも、レジらしき機械を操作するのも、注文を聞くのもその猫擬きのナマモノ達であった。

人間の言葉を発し、二足歩行で歩き働いている。

異世界に転移されて色々見てきたつもりだが、この店は飛び抜けて魔空間である。

案内された席に座り、店内を見回しメニューを見ていたていた時であった。

 

「ご注文はお決まりになりましたか?」

 

振り向くと其処にはやや不機嫌顔の女性のメイドさんがいた。

正確にはメイド服姿のウェイトレスさんだ。

服装はメイド服なのだろうが、スカートの裾は膝より高く、ニーソックスを履いていた。

容姿も整っており結構良いスタイルをしている女性だ。

その女性は髪は銀髪で瞳は金色に輝き、肌の色はやや青白い印象が特徴であり、胸に着けているネームプレートには『邪ンヌ』と書かれていた。

あんまりジロジロ見るのも失礼なので早めに注文する事にした。

俺とコハクはオムライスを注文する事にした。

ドリンクにオレンジジュースを二つ頼み、注文を終える事にした。

 

「・・・ご注文は以上でしょうか?」

「ああ、以上だ」

「かしこまりました。ところでお客様、少しお伺いしたいことがありますがよろしいでしょうか?」

「ん?なにか?」

「お二人は恋人関係なのでしょうか?」

「っ!!!!!」

 

この店員さんなんて事を聞くんだよ!

まあ別に隠す事でもないんだが。

 

「もしそうであるのでしたら、カップル限定の特別サービスがありますのでご利用されますか?」

「ほう・・・では頼むとするか」

「かしこまりました。ではごゆっくりお待ちくださいませ」

 

コハクはそう言い特別サービスを受ける事にした。

店員さんは不敵な笑みを浮かべそう言うと厨房の中へと入っていった。

何となく嫌な予感がするがそれまでゆっくりと待つことにした。

まあなにあれ久しぶりにオムライスが食べれるのだ、楽しみである。

コハクにもオムライスの美味しさを知ってもらえるいい機会だ。

店内を見渡していると、何やらポスターらしきものが張っているのが目に映った。

ポスターには、白い服装で両手にニンジンを持った少女と、パーカー姿で片目を前髪で隠す眼鏡を掛けた少女が両手にマラカスを持って踊る様子が描かれていた。

ポスターの下には『カルデア支店にてグランドカーニバル開催中!!』と書いてあった。

他にも、店内に飾ってある写真には、『2011カーニバルファンタズム集合写真』と書いてある写真が大きく飾っていた。

暫く待っていると、先程の女性店員が注文していた料理をもってやって来るのだった。

 

「お待たせいたしました。当店特別サービスによるオムライスであります」

「ほう、此れがオムライスとやらか」

「コイツは・・・またすごいな」

 

コハクは初めて見るオムライスの感嘆の声を上げた。

だが、そのオムライスは普通の物と大きく異なっていた。

それもそのはず、見た目は普通なのだが、ケチャップで絵が描かれていた。

オムライスに先程注文した女性の顔が描かれていた。

なにやら悪戯に成功した子供のような顔を浮かべオムライスの説明を始めるのであった。

 

「多少簡略化されてはいますが、立派に見えますよね」

「へえ、器用なもんだな。凄く上手く書かれているじゃねえか」

「ちょっと・・・誰が称賛しなさいと言ったのよ。よく見なさい私の顔よ、顔!」

「それがどうかしたか?」

「私の顔を象ったオムライスなんて食べたくないでしょう。そう思わないの・・・かしら?」

 

どうやらこの店員さん、サービスと言う名の嫌がらせでもしに来たのだろうか?

本人はそのつもりでも俺はそうは思えない。

 

「オムライスは美味しいのに私の顔で台無し・・・そうならないのかしら?」

「そんな事は無いさ、崩すのが勿体無いくらい上手く描かれているぞ」

「竜也、そろそろ食べるぞ。」

「おっそうだな、じゃあいただくか」

「えっ!?ちょっとまさか貴方達!」

「「いただきます」」

 

俺とコハクはスプーンでオムライスを掬い口に入れた。

それと同時に店員さんが店内に響くほどの声を上げた。

当然ながら、オムライスに描かれた彼女の顔は崩れるのである。

 

「ぎゃああああああああ!!食べ、食っ、食べっ、食べるの!?食べちゃうの!?」

「折角作ってくれたんだ、食べるに決まっているだろ」

 

俺がオムライスを口にするたび、引き攣った顔でその光景を見ていた。

 

「嘘・・・ヤダ信じられない。あなた達それでも人間ですか・・・!?」

「ほう・・・これがオムライスとやらか・・・初めて食べるが中々に美味いな」

 

初めてオムライスを食べるコハクからも高評価の感想が出た。

 

「美味しい?私が作ったオムライスが美味しいって言ったの!?」

 

味を噛みしめながらも思わずスプーンの手が止まらないほど俺はオムライスを口にしていく。

すべて食べ終わり、ドリンクを飲むとほっと息をした。

コハクもオムライスには満足したのか頬が緩んでいるように見えた。

当の本人である店員、邪ンヌさんはと言うと悔しそうな眼差しで俺達を睨みつけていた。

 

「美味しかったよオムライス。また頼むわ」

「・・・・覚えておきなさい、この借りは必ず返すわ!」

「また幾度となく挑むがいいぞ店員」

「くっ・・・・あと、竜の魔女の料理を食べたなんて、呪われても知りませんから!!」

 

邪ンヌさんは「フンだ!!」と吐き捨てるようにその場を去って行った。

俺とコハクは其処まで気にすることなく、のんびり過ごし会計を済ませるのであった。

宿屋で作業をするハジメに差し入れをするべく、テイクアウトできるメニューの中から商品を選ぶのであった。

俺はメニューから『ハンバーガーキャメロットスペシャル』を選ぶのだった。

 

「「「「「「「「またのお越しをお待ちしてますニャ」」」」」」」」

 

店内で働くナマモノ達に見送られながらも、会計を済ませ店を後にする。

宿屋に戻りハジメに差し入れを渡すと偉く喜ばれた。

なんでもジャンクフードは元居た世界でも食べてはいたが、トータスでも食べれるとは思っていなかったそうだ。

ユエ達も買い物が終わったらしく、シアに至っては若干服装が変わり、肌の露出が減ったように感じた。

それでもまだ人目がある為、普段は冒険者用のフードで体を隠すようにしている。

それと、シアの武器となる大槌型アーティファクト『ドリュッケン』が完成した。

ドリュッケンをシアに渡す際、若干だがハジメの顔が柔らかくなったように見えた。

夕方となり、夕食を済ませた俺達は風呂に入ってそれぞれの部屋で眠る事にした。

ハジメとユエは案の定とも言えるが部屋でイチャつくのが目に浮かぶ。

俺はと言うと、コハクとゆっくり過ごそうにもシアの目が気になる為、そうならなかった。

シアはと言うと私の事はお気になさらずと言うも、目を真っ赤にして見てくるのだった。

仕方が無い為俺は、ルーン魔術でシアを強制的に眠らせる事にした。

 

「さて、やっと静かになったな」

「ああ、久しぶりに二人っきりの夜だな」

 

俺とコハクは一つのベッドで横になり抱きしめあっていた。

お互いに唇を何回も重ねると、コハクが俺の上に跨ってきた。

 

「お前だって男だ。だから私がこうやってすっきりさせないとな・・・・」

「ふっ・・・可愛いなコハクは・・・」

 

普段クールで物静かなコハクが、俺の前では甘えてくる仕草に心がドキッとする。

優しく頭を撫でつつも、抱きしめるのであった。

コハクはと言うと顔を赤くし、恥ずかしそうにこう言ってきた。

 

「だったら・・・・可愛がればいいだろう・・・」

 

そんな可愛らしい仕草に俺の理性は限界突破するのであった。

こうして俺とコハクは宿屋で一夜を過ごすだけでなく、体を重ねあうのであった。

数時間後、お互い満足したのかベッドで横になり、静かに寝息を立てるコハクを俺は眺めていた

明日にはライセン大峡谷にて大迷宮の探索と攻略をするべく体を休めるのである。

 

翌朝には、朝食を取ると料金を支払い、宿をチェックアウトし町を出るのであった。

宿屋を出る際に、受付の少女からハジメとユエ、俺とコハクに「昨晩はお楽しみでしたね」と笑顔で言われた。

外に音が漏れないように部屋には防音処置をしたはずだ。

何故分かったんだ?

そんな事を考えつつ、俺達はシュタイフに乗り込むと、ライセン大峡谷を目指し出発する事にした。




今回登場した人物の邪ンヌさんですが、元ネタはFGOでお馴染みの星5アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタです。
イメージCVは坂本真綾さんとなっております。
知らない方はネットで検索してください。

次回予告『ライセン大迷宮』


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ライセン大迷宮

今回若干文章が短いかもしれませんがご了承ください。


ブルックの町を出て再びライセン大峡谷と戻った俺達は、探索を続けていた。

目的はライセン大迷宮の発見及び探索、大迷宮の攻略で得られる神代魔法の会得である。

相変わらず魔法の発動が阻害されているこのエリアでの捜索は難航を極めた。

此処を飛ばして他の大迷宮に行くことも検討されたが、何れは行う大迷宮の攻略なので、引き続き捜索と探索を行った。

その間、ブルックの町にてシアに与えられたドリュッケンの習熟も兼ねて魔物の討伐を兼ねた食料の調達を行っていた。

野営は、ハジメが製作したテントで夜を過ごし、見張りは交代で行っていく。

尚、このテントだが見た目はごく普通だが、れっきとしたアーティファクトである。

室内は常に常温が保って在り、冷暖房完備なだけでなく、調理器具も兼ね備えている優れものである。

コハクの使う式神で気配遮断の結界も張れない事は無いが、魔力の消費が激しい為、今回は行わないそうだ。

代わりに気断石と言う鉱物が気配遮断の効果で魔物が寄ってこない為、比較的楽が出来る。

 

「・・・・にしてもライセン大迷宮ってのは何処にあるんだよ」

「そうだな。オルクスみたいに分かりやすい入口があればいいんだが、無いな」

 

俺とハジメはボヤキながらも時折襲ってくる魔物を適当に蹴散らしていく。

倒した魔物は直ぐにコハクが解体し、手頃な大きさに捌いていく。

今日の料理当番はシアである。

俺とシアの交代制で日々食事を作っていくのが俺達の中では日常となっていた。

基本的に俺が作るのは故郷の料理の再現であるが、シアの作る料理はこの世界でのオリジナル料理だ。

ハジメ曰く、故郷の料理も美味いがトータスで食う異世界料理も結構いけるそうだ。

此れと言った娯楽が無い以上、冒険者にとって料理は楽しみの一つでもある。

この世界に召喚されるまで異世界での料理は空想の産物なのだったが、実際に食べられる機会が来るとは夢にも思わなかった。

俺にとってこの世界に来て良かったと思える数少ない事だ。

 

「ハジメさ~ん、竜也さ~ん、ご飯が出来ましたよ~!」

「わかった、今行く。」

 

シアの元気な声を聞いた俺達は、野営地に戻るのであった。

今夜の夕食はクルルー鳥と言う名の鶏肉のトマト煮である。

鶏肉は一口サイズに切られ、小麦粉をまぶしてソテーにした各種野菜を一緒にトマトスープで煮込んだこの世界ではポピュラーな料理だ。

肉にはバターの風味と肉汁が染み込んでおり、野菜はトマトとジャガイモ、タマネギが風味と甘味を引き出し、食欲がそそる旨みを引き出している。

主食はパンだが、テント内に設置してある竈で焼き上げたパンの柔らかさもありメンバー全員から好評が出た。

俺も時間があればシアにこの世界の料理を勉強中であり、シアも俺から故郷の料理を習っている。

コハクは基本的に食材の確保と狩猟をするが、俺からも簡単な軽食を習っている。

米があればおにぎりは作れるらしく、今朝はコハクとユエが出来立ての食パンを具で挟んで作ったタマゴサンドとカツサンドを作れるようになった。

大絶賛の夕食を済ませ片づけると、見張りのローテーションを組み配置に着く。

夕方から夜中は俺、夜中から深夜はハジメ、深夜から朝方までがコハクである。

そんな中、シアが素っ頓狂な声を出しながら俺達の所へ走って来るのであった。

 

「ハジメさん、竜也さん!!こっちに来てください!!大変ですぅ!!」

 

何事かと思いシアの所まで行くと其処には、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れているだけであり、特にこれと言った物は無いかに見えた。

しかし、よく見ると壁面と一枚岩との間に、人一人分が通れる隙間があり、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間があった。

俺達はシアに導かれるままその中に入っていくと、思わず「は?」と声を出した。

視線の先には壁を削って作ったのか長方形型の看板がありこう書かれていた。

 

【おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ】

 

妙に女の子らしい丸っこい字で書かれている看板を見て俺は何とも言えない顔になった。

 

「なんじゃこりゃ・・・」

 

隣にいるハジメとユエは信じられない者を見た表情となって固まっていた。

信じがたいが恐らく此処が大迷宮の入り口なのだろう。

此れまで見つからなかったのは、経年の劣化もあるのだろうが、此処まで見つかりにくい場所にあるとすれば、この大迷宮を創った者達のコンプセントなのだろうか?

そう思うのであった。

シア曰く、トイレに行くつもりが偶然この場所を見つけたそうだ。

まさか野営をしていた直ぐ傍にあるとは思わず、灯台下暗しとはこの事である。

俺だけでなく、全員失念していたのもあり妙にやる気が出てこない。

今日はもう遅い為、翌日早朝から大迷宮の探索と攻略を開始する事にした。

 

 

翌朝、俺達は準備を整え昨夜発見した大迷宮の入り口に向かった。

念の為にマーキングしていた為、見失う事は無かった。

中に入ったのは良いが、完全に行き止まりである為か八方塞がりである。

シアが興味本位で周囲をキョロキョロしたり、壁をペチペチ触っていると、窪みに触れたのか壁と思っていたのが横回転し、壁の向こう側へ消えていった。

それを見ていた俺は「忍者屋敷かよ・・・」と呟いた。

何がともあれ迷宮の入り方は理解した俺達は、シアがやった通りに入っていく。

向こう側には尻餅をついて蹲るシアの姿を確認した。

どうやら無事だったらしい。

それを見たコハクがシアに手を差し伸べてきた。

 

「お前も今のでわかったはずだが、迂闊な行動は死を招くぞ」

「はい・・・すいません」

「分かればいい、気を付けろよ」

 

そう言うと、コハクはシアの手を引く立ち上がらせた。

先程の扉を見て思ったのだが、この大迷宮はオルクスと違う何かがある気がする。

試しに手頃な石を掴み、適当な所に投げてみる。

すると何処からか「ヒュヒュヒュ!」と無数の風切り音が響き、俺に目掛けて漆黒の矢が飛んでくるのだった。

幸い、技能の一つである『矢避けの加護』が機能し、矢はすべて壁に刺さった。

恐らく今のは侵入者に対するトラップの類だろう。

今ので俺は仮想から確証へと変わった。

この大迷宮は無数のトラップを乗り越えて、目的地まで辿り着く事をコンセプトにしたものだと確信した。

並大抵の冒険者ならば、即死確定である。

近くにあった石板を見ると、こう書かれていた。

 

【ビビった? ねぇ、ビビっちゃった?それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった?】

 

訂正する。

無数のトラップだけでなく、悪質極まりない悪戯に精神と心を乱さないのも試練の一つなのが分かった。

それを見たシアはドリュッケンで粉砕するも、砕かれた石板はたちまち修復していき、再び文字が刻まれた。

 

【ざんね~ん。この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~】

 

余りのウザさにハジメだけでなくシアとコハクも額に怒筋を浮かべていた。

 

「・・・ミレディ・ライセンは解放者云々以前に人類の敵で問題ないな」

「ああ。そのようだな・・・」

「・・・・激しく同意」

 

どうやらこのライセン大迷宮は一筋縄ではいかないようだ。

だがこれはほんのご挨拶とも言える物であり、奥に進むにつれてさらに悪質なトラップが待ち構えているとは思わなかった。

 

奥へ進んで行くと俺達を待ち構えていたのは想像を超えるトラップの数であった。

其処はまるで迷路のような場所であり、壁は石造りで出来ており通路には階段やらドアやら入り乱れており出口が見えない通路は正しく迷宮であった。

更に厄介な事と言えば、この大迷宮の中では魔法がまともに使えないのだ。

コハクは普段の姿と変わり近接戦形態になっていた。

ハジメも普段使う『空力』や『風爪』と言った外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可で、ドンナー・シュラークはおろかシュラーゲンもその威力が半分以下に落ちていた。

谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためか、魔法特化のユエにとっては相当負担が掛かるらしく、魔力の消費が激しいらしい。

この大迷宮では身体強化が何より重要になってくると感じた。

結果、俺とコハクとシアが攻略の要となる。

特にシアに至ってはメンバーの中でも身体能力が飛び抜けている為、独壇場とも言える活躍をするのであった。

当のシアなのだが、ドリュッケンを肩で担ぎ、獲物を探す肉食動物のような座った目つきで周囲を見渡していた。

 

「殺ってヤル、殺ってヤル、殺って殺ルですぅ。ムッカつくミッレディ、ボッコボコにぃ~」

 

明らかにと言うより完全にキレていた。

シアの気持ちは非常にわかる為か、俺とコハク、ハジメとユエは何とも言えなかった。

 

この大迷宮を攻略し始めてから一週間が経過していた。

トラップがあるのは予想していたが、その数は尋常では無かった。

ある意味ベタと言えばベタだが、足元の石を踏むと落とし穴があったり、天井から巨大な石が降ってきたり、壁のブロックの隙間から高速回転しながら振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出たり、巨大な岩で出来た大玉が転がってきたり等々である。

一番酷いとしたら、シアとコハクの真上からネバネバした白い液体が降り注ぎ全身謎の粘液まみれになった事だ。

流石のコハクも堪忍袋の緒が切れたのか、迫りくるトラップを悉く破壊していった。

其れで気が晴れるのならばいいのだが、ミレディの悪質極まりないトラップはこんなものでは無かった。

無数のトラップを潜り抜けて目の前に扉があり、先へと進めるかと思った矢先、其処には見覚えのある部屋に出ていた。

そう、最初の入り口の部屋である。

見たくはないが石板を見ると、其処にはこう書かれていた。

 

【ねぇ、今、どんな気持ち?苦労して進んで行き着いた先がスタート地点ってどんな気持ち?】

「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」

 

ハジメとユエ、シアから表情が消えた。

それは俺とコハクも同様である。

例えるならば、長い時間書きあげて作った原稿が目の前で塵にされる作者の心境である。

瞳からハイライトが消えた俺達一同は仰向けになり倒れこんだ。

言うなればベッドの上から動かない無気力状態の引きこもりのニートある。

 

何とか精神を立て直し、再び迷宮攻略を再開するのであった。

その間も数々のトラップとウザイ文に体よりも精神を削られ続けた。

スタート地点に戻されたり、致死性のトラップに襲われ、全く意味のない唯の嫌がらせを受けた数は数えきれない。

所々、ハジメがマーキングしていったのもあり、この大迷宮の構造を把握しつつあった。

一定期間事に構造が入れ替わり、ブロックが入れ替わったりするのも確認していった。

そろそろ進展があるかもと思いつつ視線を横にすると、ハジメの両隣にはユエとシアが眠っていた。

俺の方も同様にコハクが俺の肩を枕に静かに眠っていた。

こっそり手を伸ばし、コハクの尻尾を触ってみると凄く柔らかかった。

起こさないように優しく触ると思いの外気持ちよかった。

その事で俺はある事を思い出した。

 

以前、オスカーの隠れ家でコハクの尻尾をモフモフさせてくれと頼み込んだら、渋々ながら承諾してくれた。

コハク曰く、尻尾は非常に敏感らしく俺が尻尾に顔をうずめている最中は非常に恥ずかしそうにしていた。

その光景を見ていたハジメとユエがやって来て、「「モフモフ・・・モフモフ・・・」」と言いながら手をワキワキさせながら面白い物を見つけた子供のような表情でコハクに近寄ってきた。

コハクはハジメとユエの表情を見て身の危険を感じたのか、体を震わせ怯えながら叫んだ。

 

「おいやめろ!・・・寄るな!・・・触るな!・・・モフる・・・にゅああああああああ!!!」

 

隠れ家のある空間にコハクの悲鳴が響き渡った。

俺だけでなくハジメとユエも交わりコハクの尻尾を堪能するのだった。

満足したのかその場を後にしようと思ったら、全身から蒼い炎を出し怒り心頭のコハクが立ちはだかった。

 

「貴様ら・・・よくも私にあのような恥辱を・・・ぶっ殺してやる!!!!」

 

コハクからの折檻を受けた俺達はその後、不用意に尻尾を触らないと決意するのであった。

俺は横で眠るコハクの寝顔を見つつ大迷宮の事を思い返す。

悪質なトラップを何度も受けつつも、思い返すのは優花の事である。

俺とハジメが奈落の底に堕ちてから数か月が経過しても尚、時折優花の安否も気にしている。

 

「今頃何をやっているんだろうな優花は・・・」

「・・・・むぅ」

 

どうやらコハクが起きたようだ。

ゆっくりと瞼を開き意識を覚醒させていく。

そして俺の顔を見るやまだ寝ぼけているのか、首元に腕を回し抱きしめてくるのだった。

 

「おい、コハク。起きろって!寝ぼけてるのか?」

「すぅ・・・すぅ・・・」

「しょうがねぇなぁ・・・」

 

俺はコハクを起こすべく肩に手を回すと、そのまま唇を重ねた。

流石のコハクも気が付いたのか、目を開くと自分の置かれている現状に気が付き意識を完全に覚醒するのであった。

 

「起きたか?まだ寝ぼけているならもっと激しいのをするぞ?」

「・・・・まだ眠い。だからお前の言う激しいのを求む」

「そうか。ならちゃんと起こさないとな」

 

戦闘時は常識のある戦闘狂なコハクも、俺の前では唯の甘えん坊のようだ。

全く仕方ない九尾の白狐様だ。

俺はコハクの希望する激しいのを実践すべく再び唇を重ねた。

今度は口だけでなく舌で絡めあう口づけだ。

一瞬ハジメの視線も気にしたがお構いなしだ。

数分間、お互いに舌を絡めた口づけを終えると、コハクも満足したのか漸く目を覚ますのだった。

 

「今度は俺が寝るから、起こす時は頼むわ」

「ああ、任せておけ」

 

やや顔を赤くしながらもコハクは微笑みながらそう言った。

俺はコハクの膝を枕にして睡眠をとる事にした。

尚、この光景はばっちりハジメだけでなくシアにも見られていたのは余談である。

 

翌朝、何度目か数えるのを忘れた大迷宮の攻略を開始した。

無数のトラップを潜り抜け、その中でも一際大きい扉に辿り着いた。

中へ進むと、薄暗く広い空間が視界に移った。

左右には騎士の甲冑姿の巨大な像が並んでいた。

 

「あの~ハジメさん。もしかしてあの像って・・・」

「言うな。俺も何となくわかる」

 

シアが言い出したのが切欠となったのか案の定と言うか、テンプレなのか巨大な像と言うよりゴーレムたちが動き出した。

無数に近いゴーレム騎士が俺達の前に立ち塞がってきた。

前衛は俺、コハク、シア。

後衛はハジメとユエだ。

戦法は至って単純で、俺達が派手に暴れて先に進みながらハジメとユエがそれに追従する。

ゴーレム騎士の後ろにはオルクス大迷宮の最深部でも見た巨大な扉が見えた。

一触即発ともいえる状況でハジメがシアに発破をかけた。

 

「シア。お前は強い。俺達が保証してやる。下手な事は考えずに派手に暴れろ」

「ハジメさん!わっかりました!!!!」

「あっちはあっちでやる気みたいだが行けるかコハク?」

「ふん。愚問だな、このような木偶人形共に遅れなど取ると思うてか?」

「いんや、んじゃまあ行くとすっか!!」

 

その言葉を先端に俺とコハクは己の武器を手にして駆け出していった。

こいつらゴーレム騎士は図体こそデカいが動きは単調だ。

俺は相手の弱点を探りつつ適度に攻撃をし、コハクが詰め寄り関節部分を切り裂き、シアが物理的につぶしていく。

何体か倒していくと、心臓部分にコアらしきものがあり其処を潰すと行動不能となった。

いちいち全部を相手にする気などサラサラなく、こっちの数の少なさを利用した少数精鋭による電撃戦法で一気に奥にある扉まで辿り着くのであった。

全員が辿り着いたのを確認し、扉を開けると其処は異空間とも言える場所だった。

扉を開けた先には道が無く、十メートルほど先に正方形の足場が見えた。

 

「皆、飛ぶぞ!!!」

 

ハジメの掛け声とともにそれぞれ跳躍していった。

俺とコハク、ハジメは問題ないが、ユエとシアはハジメの抱き着く形で飛んだ。

正方形の足場にあと少しで届くかと思われたが、足場が急に移動を開始した。

このままでは全員落下するかと思われた時であった。

 

「来翔!!」

 

ユエが発動させた風系統の魔法により上昇気流が発生し、それに乗って足場まで辿り着いた。

一瞬肝が冷えたがユエの機転で難を超えた。

だが安心したのは束の間、此処は大迷宮である。

すぐさま戦闘態勢へと頭を切り替えて周囲を警戒していく。

するとシアがウサミミをピンっと立てて急に叫んだ。

 

「逃げて!!」

 

その声を聞き咄嗟に判断できたのは僥倖だった。

頭上から黒い正方形型のブロックが隕石のように降って来たのだから。

シアの『未来視』が発動したおかげで何とか助かった。

だがそれは此処で起こる激闘の始まりの挨拶に過ぎなかった。

下の空間から巨大な何かが出てくるのだった。

先程まで戦ったゴーレム騎士とは比べ物にならないほどの巨大な何かだ。

俺達の前に現れたのは20メートルはあろう巨大なゴーレム騎士だった。

言うなればゴーレム騎士団の団長格であろう親玉である。

俺とコハクは驚きはしつつも警戒をし、ハジメ達はその姿に圧倒されていた。

周囲を見渡せば先程まで戦ったゴーレム騎士が整列し、胸の前で大剣を立てて構える。

まるで此れから始まる決闘を見届けるかのようである。

巨大ゴーレムとの戦いが始まる一触即発の重い空気の中、その均衡を崩したのは以外にも巨大ゴーレムのふざけた挨拶だった。

 

「やっほ~はじめまして~!みんなの大好きミレディ・ライセンだよぉ~!キラッ☆」

「「「「「・・・は?」」」」」

 

その場の空気をぶち壊すように、巨大な図体に似合わない可愛らしい声で親指と人差し指と小指を立てて、満面の笑顔を浮かべる巨大ゴーレムに俺達は呆れるしかなかった。




次回予告「ライセン大迷宮と最後の試練」

次回はミレディとのバトルになります。
それが済んで何話かしたら漸く優花ちゃんとの会合となりますので、読者の皆様の声援をお待ちしています。


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ライセン大迷宮と最後の試練

今回も色々と詰め込みました。
後2話ぐらいやって第三章に移ろうと思います。


「やっほ~はじめまして~!みんなの大好きミレディ・ライセンだよぉ~!キラッ☆」

 

「「「「「・・・は?」」」」」

 

余りの事に思わず声を失いかけた俺達であった。

見るからにゴーレム達の主なのだが、言動があまりにも子供っぽく見た目と声が一致していない気がした。

拍子抜けとも言える状況で、俺は質問をする事にした。

 

「・・・あ~その何て言うか、アンタがミレディ・ライセン?聞いてた姿とかなり違うんだが?」

「うん、そうだよ!私が正真正銘ミレディ・ライセンだよぉ~!」

「オスカーの手記にもアンタの事が書いていたんだが、どうして人間の姿じゃなくてゴーレムなんだ?」

「あっ!もしかして君達、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

 

どうやら、『オーちゃん』と言うのはオスカーの事を指すのか、目の前のミレディを名乗るゴーレムはそう答えた。

今度はハジメがミレディに質問を行うのであった。

 

「今度は俺から聞きたいことがある。この大迷宮で得られる神代魔法はなんだ?」

「神代魔法ねぇ・・・君達は何が目的で神代魔法を求めてここに来たんだい?」

「質問に質問を返すな。どうなのか答えろ!」

「知りたかったら私を倒してからにしようか。そうしたら答えてあげてもいいよ。もし君達があのクソ野郎共を滅殺してくれるのだったらもっと詳しく教えるけどね」

 

ミレディの言う『あのクソ野郎共』とはエヒトの事を言うのかその部分だけ怒気が含んだ低いトーンで話すのであった。

どうやら此処の守護者はミレディ自身が行うのか、既に戦闘態勢に入っていた。

 

「神殺しとやらには興味が無い。俺達はエヒトに無理やりこの世界に連れてこられた。目的は故郷に帰る事だけだ。他の神代魔法もその為の手段だ」

「へえ、別の世界からねぇ~。だったら私を倒せないとその目的は叶わないよ!!」

 

先制攻撃のつもりか、ミレディ・ゴーレムはその巨体から為す物理攻撃の拳を振りかざしてきた。

俺達は分散しそれを避けると、各々攻撃を開始するのであった。

相変わらず魔力の分散が激しく思うように魔力が練れないが、物理攻撃の身で対処するしかない。

 

「ハジメ、ユエは後方から可能な限り援護。俺とコハク、シアで奴にダメージを当てていく!」

「わかった!見た所かなり頑丈そうだが、やれんのか?」

「へっこれくらい何てことはなねぇ、寧ろ上等だ!!」

 

俺はハジメに指示を出しそう返すと、槍を手に駆けだすのであった。

案の定、それを妨害するかのように手下のゴーレムが妨害しようと立ち塞がって来る。

だが、そんな妨害もハジメの『宝物庫』から取り出されたあるアーティファクトの前では無に帰すのであった。

ハジメが取り出した武器、それは所謂ガトリング砲だ。

その名を『メツェライ』と言い、毎分一万二千発の弾丸を放つ強力な武器だ。

放たれる弾丸の数々に手下のゴーレム達は跡形も無くスクラップにされていく。

俺とコハクは近寄ってくるゴーレムだけを斬り払いながら進み、ミレディ・ゴーレムに肉薄するのだった。

 

「へぇ、結構やるじゃん!だけどそう簡単に私は倒せないよ!」

「寝言は寝てから言え木偶人形・・・」

 

コハクの持つ刀が煌めいたかと思ったら、高く頭上に跳躍し縦一閃に刀を振りかざした。

ミレディ・ゴーレムはその攻撃を防ごうとする為、片腕を動かそうとするがその一瞬のスキを俺は見逃さなかった。

一気に懐にまで接近し、相手の胴体を足場にして心臓部分に槍を突き刺すのであった。

思いの外頑丈であったが、その巨体を守る鎧には確かに罅が入った。

 

「うりゃああああああ!!!」

 

相手に反撃の隙も与えないように、シアが追撃の一撃を破損部位にドリュッケンを叩きこむ。

魔力の分散で広範囲の攻撃が出来ない以上、一点集中の攻撃で相手の心臓部の身を狙って攻撃する。

この大迷宮での攻撃方法を俺達は事前に考え行う事にした。

 

「こぉののの!」

 

ミレディ・ゴーレムも反撃するべく拳を振りかざすだけでなく、空中からブロックを落下させたりして俺達と距離を取ろうとする。

俺はその攻撃を避けつつも相手に接近し、右腕の関節部分のみに狙いを定め部位破壊を行う。

 

「まさか!関節を狙うなんて!」

「相手がデカ物なら狙って当然だろが!!」

「私を忘れては困る・・・・」

 

俺に気を取られていたのか、別方向から接近してきたコハクが懐まで入り込み、反対側である左腕を肩から切り裂いた。

鎧と鎧の繋ぎ目である僅かな隙間を狙った斬撃だ。

身を守る手段を失ったミレディ・ゴーレムは最早ダルマも同然であった。

 

「どりゃああああああ!!」

 

今度はシアが頭上から攻撃を加え、ミレディ・ゴーレムの脳天にドリュッケンを叩き込むのであった。

怒涛の連続攻撃に、態勢を崩したミレディ・ゴーレムは尻餅をつくのであった。

起き上がろうとするもそれは出来なかった。

 

「嘘!?なんで!?」

 

それは氷であった。

正確にはユエが発動した上位魔法『凍柩』であった。

氷系統の魔法は、水系統の魔法の上級魔法であり、この領域で中級以上は使えないのだが、それは通常の魔法使いであればの話だ。

魔法に関しては天才とも言えるユエにのみ為せる業である。

とは言え魔力の分散もあり、一時的のみ拘束は可能であった。

 

「コイツを喰らいやがれ!!」

 

無防備な姿を晒したミレディ・ゴーレムに接近するのは、大筒型の形状で漆黒の杭が装填された武器を左腕に装備したハジメであった。

その武器もまたハジメが錬成したアーティファクトである。

ハジメの持つ技能の一つである『圧縮錬成』により、四トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした杭打機『パイルバンカー』である。

パイルバンカーにハジメが魔力を注ぎ込むと、大筒が紅い閃光を放ち、中に装填されている漆黒の杭が猛烈と回転を始め、「キィイイイイイ!!!」と高速回転が奏でる旋律が響きわたる。

その光景に表情を引き攣らせているミレディ・ゴーレムなどお構いなしに、心臓部分と思わしき罅の入った箇所目掛けて大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速した杭を叩き込むのであった。

 

「存分に食らって逝けや!!」

 

そんな言葉と共に、ミレディ・ゴーレムの核に漆黒の杭が打ち放たれた。

体を守る甲冑は砕かれ、心臓部には水晶型の格が露見すると、放たれた杭は核に目掛けて打ち出された。

ミレディ・ゴーレムは核に漆黒の杭が打ち放たれた核を撃ち抜かれて倒れた。

だか、その目論見は大きく外れた。

核を守る最後の守りとも言える漆黒の装甲があり、それには傷一つ付いていなかったからだ。

 

「・・・・アザンチウムか」

「正~解!オーくんの迷宮の攻略者だものねぇ、生成魔法の使い手が知らないわけないよねぇ~」

 

ミレディ・ゴーレムが核を狙われても大した抵抗をしなかったのにはこれが原因でもあった。

パイルバンカーと同じ世界最高硬度を誇る鉱石で出来た装甲であり、魔力が分散されるこの大迷宮だと、本来の威力が出し切れず相殺されたのだ。

 

「さってと、両腕再構成するついでに程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

まずい。

今の一撃でハジメは限界を突破したのか片膝を尽きかけている。

ユエも息切れが激しいのか戦闘続行は困難だ。

コハクはユエよりましだが、時間の問題だ。

ここに来て振出しに戻れば、水の泡だ。

ミレディ・ゴーレムを倒す機会は今を持って他ならない。

腕が再構成している瞬間こそ好機なのだ。

 

「・・・・一か八かだ!!」

 

俺は体の魔力を槍に集中させると、真名解放を発動させ正真正銘、最後の攻撃に出た。

腕だけでなく鎧の再構成をしている無防備なミレディ・ゴーレムの核に目掛けて俺は槍を突き刺すのであった。

 

「その心臓、貰い受ける!!」

「無駄だよ。アザンチウムの装甲を砕けるわけないよ」

「上等だやってみろよ!刺し穿て、死棘の槍!!ゲイ・ボルク!!!!」

 

前へ突き出すように放たれた呪いの朱槍は、心臓部分へ目掛け突き進んだ。

ミレディ・ゴーレムは防ぐ素振りも見せず、唯それを受け止めていた。

 

「幾ら君が頑張ろうとも、アザンチウムの装甲で出来た盾は貫けないよ」

「はっ!そいつはどうだかな?」

 

呪いの朱槍と呼ばれるゲイ・ボルクと、アザンチウムの盾とのぶつかり合いは激しさを増していた。

俺達が元居た世界には『矛盾』と言う言葉がある。

最強の矛と最強の盾がぶつかり合えばどうなるかという逸話だ。

結果は台無しで、お互いに壊れ話が成立しないと言うものだ。

だが、俺は師匠の元で修行してから常々こう思った。

元が同じであれば扱う奴の技量次第では無いかと。

剣であれ槍であれ、銃であれ弓であれ、どれも人間が扱う事を前提に設計されている。

元の世界であれ異世界であろうとその理は同じだ。

いかに最強の武器や防具が有ろうと、取り扱う人間がド素人であれば、宝の持ち腐れだ。

 

「(俺はまだゲイ・ボルクを完全に使いこなせてはいない・・・だからどうした!!)」

 

俺は放ち続ける槍を更に強く握り魔力を込めた。

 

「(だったら使いこなせるように、強くなればいいだけだろうが!!師匠や兄貴のように!!)」

 

膠着状態が続くかのように思えたが、徐々にゲイ・ボルクが押し始めてきた。

最強の盾とも言えるアザンチウムの装甲に罅が入り砕かれる一歩手前である。

 

「まさか!?そんな・・・・!」

「ぶち抜けぇぇぇぇぇ!!!!」

 

しかし、あと一押しと言ったところで、再び拮抗状態に戻るのであった。

此れまでかと思った瞬間、後ろから声が聞こえた。

 

「此処は任せてください、竜也さん!!」

「シア!?」

 

俺は咄嗟にシアが何をやろうとするのかを理解し、槍を手放すと同時に立ち位置を交代した。

入れ替わるようにシアが、野球選手がバットを大きく振りかぶるかのよう、ドリュッケンでゲイ・ボルクの柄の底である石突(いしつき)に叩き込むのであった。

 

「うおりゃあああああああああ!!!!!」

 

俺の魔力とゲイ・ボルク、シアの高い身体能力が重なりその威力は想像を絶する威力だ。

拮抗していた物は無と解し、アザンチウムの盾は砕かれ、呪いの朱槍ゲイ・ボルクはミレディ・ゴーレムの心臓部分である核を貫き、文字通り刺し穿つのであった。

 

「きゃあああああああ!!!!」

 

ミレディ・ゴーレムの断末魔の叫び声が迷宮に響き渡る。

ほどなくして、力が抜けるように瞳から光が消え、仰向けになって倒れるのであった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・やったぞ!!」

「大丈夫ですか竜也さん!?しっかりしてください!」

「ああ、それとシア。最後の一撃はよかったぞ。」

 

俺はシアに支えられながらも、何とか立った。

ハジメとユエ、コハクも歩きながら近づいて来た。

 

「勝った・・・んだよな俺達・・・」

「ああ、オルクスと違って満身創痍ではないが何とか勝った」

「・・・・竜也とコハク、特にシアが居なかったら詰んでいたな」

「そうでもないさ。お互いに足りない所を補うのが仲間ってもんだろ」

 

ハジメと俺は確認しながらそう言い、互いに健闘を称えあうのであった。

確かにこの大迷宮は魔法が使えない事を考えれば厄介な所である。

最後の一撃はシアに持っていかれたが、結果オーライだ。

今回の攻略でMVPがあるとすればそれはシアだろうな。

彼女の身体能力の高さが無ければ、最深部どころか攻略だって出来ないほどだ。

俺はシアにお礼を言うべく、声を掛ける事にした。

 

「シア、さっきはありがとな。おかげで助かった」

「竜也さん・・・」

「騒がしい奴と思っていたが、中々見所がある奴だ。よく頑張ったなシア」

「コハクさん・・・」

 

俺だけでなくコハクも健闘を称えるべく声を掛けて肩に手を置いた。

するとユエがシアを屈ませると頭に手を置き、乱れた髪を直すように、ゆっくり丁寧に撫でるのであった。

 

「シア・・・よく頑張りました。」

「ユ、ユエさぁ~ん」

「ハジメは撫でないから代わりに・・・」

 

すると、ハジメもやや照れながらも感心した目でシアを見るとこう言った。

 

「まあ・・・なんだ。よくやったなシア。最後の一撃は中々だったぞ。」

「ハジメさん・・・」

「お前の事、少しどころか結構見直したぞ」

「ありがとうございます、ハジメさん。あっでも、いっその事惚れ直したでもいいですよ」

「直すも何も元から惚れてもねぇよ」

 

疲れた表情をしてはいるが、ハジメとユエ、俺とコハクの称賛にはにかむシア。

最初の内は第一印象が残念なウサギであった。

だが、ハジメやユエ、俺とコハクに付いて行きたい一心で弱音を吐かず、恐怖も不安も動揺も押しのけて強くなり、大迷宮の深部に到達どころか攻略にまで貢献するなどであった頃には想像だってしなかった。

シアにはシアで強くなる理由があり、それが今日身を結ぶことになった。

これもシアがハジメを想う強さが原動力となった結果である。

シアの頑張りと根性につい絆されてしまうのは仕方ないことだろうか、ハジメのシアを見つめる眼差しが柔らかいものになる。

漸くシアも只の付き人から俺達の仲間となる事が出来たと俺は確信した。

此処を出たらシアに美味しい物でも作ってやろうかと思った時であった。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、ちょっといいかなぁ~?」

 

振り返ると倒した筈のミレディ・ゴーレムに再び目の光が戻っていた。

まだ死んでいなかったのか!?と思った俺とコハクは再び武器を手にし、核のある場所に破壊しようと考えた。

 

「待って、待って!大丈夫だってぇ~。試練はクリア!残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~!」

 

どうやらまだ完全に死んだわけでは無かったらしい。

取り合えず話とやらを聞くことにした。

 

「で? 何の話だ?『クソ野郎共』を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ?」

「言わないよ。言う必要もないからね。話と言うより忠告かな。必ず私達全員の神代魔法を手に入れる事と・・・君の望みのために必要だから・・・」

「どういう事だ?」

 

何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディ・ゴーレム

 

「あのクソ野郎共って・・・ホントに嫌なヤツらで・・・嫌らしいことばっかりしてくるから・・・少しでも慣れて欲しいんだ」

「あんまり慣れたくないけどな」

「おい。神殺しなんざ興味ないって言っただろうが。勝手に戦うこと前提で話すな」

 

俺はぽつりそう呟くのであった。

逆になれた奴の頭の神経を疑いたいが。

そう思っているとミレディ・ゴーレムは話を続ける。

 

「戦うよ。君が君である限り。君が・・・君達こそが神殺しを為す」

「・・・・意味は分からないことも無いが、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが・・・」

「わかった。その頼み俺達が引き受けた」

「竜也!?」

 

俺は、ミレディ・ゴーレムからの頼みを引き受ける事にした。

すぐさまハジメから反論の声を聞くが俺はこう返した。

 

「俺達をこの世界に呼び寄せたのはエヒト自身だ。何時か必ず何処かで妨害してくるに違いない」

「そりゃあそうだが・・・」

「仮に元居た世界に帰る手段が見つかって、実行しようとすればエヒトの野郎は必ずやって来る。戻ったとしてもまた呼び込まれたら面倒だろうが」

「・・・・まあ、それもそうか・・・」

「まあ、とりあえずは残りの神代魔法と大迷宮の攻略が最優先だ。」

「・・・わかった。ただ、こう言った大事な話は相談くらいしてくれ」

「その辺はすまない。」

 

ハジメを何とか納得させつつも、話をまとめるのであった。

それを見ていたミレディ・ゴーレムは微笑ましく見ながら燐光のような青白い光に包まれていた。

死した魂が天へと召されていくようで、とても神秘的な光景だ。

 

「そろそろ時間みたいだね。最後にこれだけは言っとくね」

「なんだ?遺言かなにかか」

「君は・・・君達の思った通りに生きればいい。君達の選択が・・・この世界にとっての最良となるのだから。君達のこれからが・・・自由な意志の下に・・・あらんことを・・・」

 

オスカーが残した同じ言葉を俺達に贈り、ミレディ・ゴーレムは今度こそ瞳から光を消すのであった。

すると同時に、壁の一角が光を放っていて、浮遊ブロックが近づいてることに気がついた。

まさかと思った俺とハジメは警戒しつつも近くに寄るのであった。

恐らく、ミレディ・ライセンの住処まで乗せてくれるようだ。

試練にはクリアしたが攻略の証や神代魔法を会得していないからだ。

俺隊はその浮遊ブロックに乗ると、導かれるまま案内された。

進んだ先には、オスカーの住処へと続く扉に刻まれていた、七つの文様と同じものが描かれた壁が見えてきた。

すると、壁が横にスライドし奥へと誘うように進み、浮遊ブロックは壁の向こう側へと進んでいった。

 

「やっほー、さっきぶり!本体のミレディちゃんだよ~!」

「「「・・・・・・」」」

「はぁ・・・・やっぱりか・・・・」

「こんなこったろうと思ったよ・・・・」

 

其処には小型ではあるがミレディ・ゴーレムがいた。

それもそうだ。

浮遊ブロックが近づいてる時点で予想していた事だ。

もし、あの場でミレディが死んでいればどうやってこれから来るかもしれない迷宮の挑戦者に対応するのだろう。

あの巨大なゴーレムですら本体が居なければ操作できる筈も無いからだ。

一度のクリアで最終試練がなくなってしまう等という事は有り得ない。

俺とハジメは、ミレディ・ゴーレムを破壊してもミレディ自身は消滅しないと予想し、浮遊ブロックが乗せて案内するように動き出した時点で確信に変わっていた。

したくは無かったがそれが確信に変わり、今それが目の前にある事に遠からず、呆れていた。

ユエ達三人は、まんまと一杯食わされた顔をし肩を震わせワナワナしていた。

黙り込んで顔を俯かせるユエ達に、おちょくるようにミレディが非常に軽い感じで話しかける。

 

「あれぇ?どうしたのぉ~?あぁ、もしかして消えちゃったと思った?だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね!」

「「「・・・・」」」

 

その時のユエ達三人の顔は凄い笑顔であった。

今まで見た事の無いほどの笑顔であったと言えよう。

ただし、目は笑っていなかったが。

それどころかどこぞの少年漫画よろしく『ゴゴゴゴゴ!!』と言う擬音をバックにミレディに迫っていた。

揺れながら迫ってくるユエ達を前に、ミレディも事態を理解したようだ。

やり過ぎたのだと。

 

「待って!ちょっと待って!落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

「「「死ぬがいい・・・」」」

 

こうして三人によるミレディに対するお話(物理)という制裁が加えられるのであった。

暫くの間、ドタバタ、ドカンッバキッ、ゴキッメキッ、らめぇ~壊れちゃう~等の悲鳴やら破壊音が聞こえてくるが俺はそれを無視した。

いっその事俺も参加して、ミレディの尻にゲイ・ボルクを刺してやろうと思ったぐらいだ。

ハジメはと言うとそんな光景を無視し部屋を物色していた。

何やら本棚には神代の時代と思わしき本があり、調べていくと他の大迷宮と思わしき情報が記載されている本を見つけた。

オスカーの住処にもそれらしいものがあったのだが、名前だけで詳しい場所までは書いていなかった。

正確には経年の劣化で失伝していたのもあり、比較的状態の良い本が残っていた事に驚くも、大迷宮の位置を記した場所を確認していく。

 

・砂漠の中央にある大火山、『忍耐の試練 グリューエン大火山』

・西の海の沖合周辺にある、『狂気の試練 メルジーネ海底遺跡』

・教会総本山にある、『意志の試練 神山』

・東の樹海にある大樹ウーア・アルトの『絆の試練 ハルツィナ樹海』

・ガーランド魔王国のシュネー雪原にある、『精神の試練 氷雪洞窟』

 

調べ終わった頃にはボロックソにされたミレディの姿がいた。

正直言ってスクラップ寸前と言ってもいいのだろうか、辛うじて原形が保っているのであった。

ハジメも調べ物が終わったのか、ミレディの首根っこを捕まえて報酬を要求するのであった。

 

「ホントに死にたくなかったら、さっさとお前の神代魔法をよこせ」

「はい、すぐに渡します・・・」

 

ユエ達の制裁が余程聞いたのか割と素直に答えるのであった。

オルクスにもあった魔法陣に立つと、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。

シアは初体験なのか体を跳ね上げていた。

数秒で刻み込みは終了し、ミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れるのであった。

ステータスプレートを確認すると技能に『重力魔法』新たに記載されていた。

 

「やはりとは思ったが重力操作の魔法か」

「ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね・・・と言いたいけど君達男子二人とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするくらい」

「やかましいわ!一々気にしてる事を言わんでいい!」

「ある程度予測はしていたがまさかとはな」

「まあ、体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。金髪ちゃんと白狐ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

 

どうやらユエだけでなくコハクにも重力魔法の適正はあるらしい。

適性あるなしはオルクスでも経験済みな為、気にしてはいないが。

気が付くと、ミレディの体はすっかり元の戻っていた。

戦闘中も再生したことを考えると、そう言った類の神代魔法なのだろうか?

 

「それと、さっさと攻略の証を渡せ!持っている便利そうなアーティファクトと感応石みたいな珍しい鉱物類もだ!」

「君、そのセリフ完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

「まあ待てハジメやり過ぎは良くないぞ。」

「おおそっちの君は平和的だね!」

「全部とは言わないが持てる分だけ持っていこうぜハジメ」

「ちょっとおおおおお!!!!」

 

部屋に再びミレディの悲鳴が木霊する。

結果、大量の鉱石類を保管している隠し部屋から頂戴する事にした。

壊れたゴーレム達の修繕分にも残してくれと懇願され、渋々その願いを聞くことにした。

ミレディ自身が使うアーティファクトは修繕の為に譲ってもらえなかったが、鉱石でも特にゴーレム達を操っていた『感応石』は結構重要であった。

今後ハジメが錬成する際に作るアーティファクトに組み込む予定だそうだ。

 

「いやあ結構いい物あるじゃねえか、さてどんな武器作るかな」

「じゃあ、もうやる事済んだかな?」

「まあ、そうだな」

 

するとミレディは部屋の隅に行き、天井からぶら下がっている紐を引っ張るとこう言った。

 

「それじゃあとっとと出て行ってね!」

「は?」

 

そう言うのも束の間、足元に巨大な穴が開き「ガコン!!」と言う音と同時に四方の壁から途轍もない勢いで水が轟音と共に流れ込んできた。

 

「嫌なものは、水に流すに限るね!それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「テメェ!!!!」

 

俺達は成す術も無く流れ込む渦巻く大量の水と共に外へ投げ出されるのであった。

正確には水と共に吸い込まれ外へ吐き出されると言った感じだろうか。

流されていくと、激流で満たされた地下トンネルのような場所で、他の川や湖とも繋がっている地下水脈なのがわかった。

すると、縦穴らしきものが見えて、俺達はその穴に吸い込まれるように水面へ吐き出された。

水面に上がると、其処は何処かの森の中にある泉のような場所で、周囲を見ると既に夜であり、星空が視界に広がっていた。

 

「ゲッホ、ガッホ!!・・・・死ぬかと思った。皆無事か?」

「ケホッケホッ・・・何とか無事」

「水攻めとは・・・やってくれるな」

「ゴッホ、ゴッホ・・・生きてるよ・・・」

 

ハジメがメンバーの安否を確認している最中、ユエ、コハク、俺の順で返していく。

その中で返事をしないのがいた。

それはシアであった。

水面をうつ伏せで浮かんでおり完全に意識を失っていた。

急いでシアを岸に挙げ、救命処置をとる。

シアを仰向けに寝かせ安否を確認していると、顔面蒼白で白目をむき呼吸と心臓が停止していた。

容態を見て心肺蘇生を行う為、ハジメは人工呼吸と心臓マッサージを行った。

何度目かの人工呼吸のあと、遂にシアが水を吐き出し意識を回復させた。

水が気管を塞がないように顔を横に向けてやると、シアも状況を理解したのか分からないが、ハジメの声に答えるのであった。

 

「無事かシア?ったくこんなことで死にかけてどうすんだよ」

「ケホッケホッ・・・ハジメ・・さん?」

「おう、ハジメさんだ。見直したと思ったらお前はホントにっん?」

 

呆れた表情を見せつつも、どこかホッとした様子を見せるハジメを見ていたシアは、突如抱き着きそのままキスをした。

両手でハジメの頭を抱え込み、両足を腰に回して完全に体を固定する体勢を取ったシアは、しっかりホールドすると一心不乱にハジメにキスをし続けるのであった。

俺やコハクはまだしも、ユエが止めに入るかと思ったらそうでは無かった。

寧ろシアの気が済むまでやらせている状況だ。

吸い付いてくるシアを、ハジメは体ごと持ち上げると、尻を鷲掴みにして激しく揉むやシアを引き剥がそうとする。

突然尻を揉まれたことに驚いたシアは一瞬、ハジメと離れるのであった。

緩んだ隙を逃さず、漸くシアを話す事に成功するハジメであった。

ハジメとキスをしたことに顔を赤くするシアであった。

 

「うへへ、ついにハジメさんとキスしちゃいました!まさかハジメさんからしてくるなんて!」

「もう一回溺れてこい、このっエロウサギ!!」

「うきゃあああああああ!!!!!」

 

流石にキレたハジメはシアを再び泉へ放り込むのであった。

最後は何とも締まりのない形ではあったが、こうして二つ目の大迷宮攻略と神代魔法会得を完了するのであった。




次回予告『愛ちゃん護衛隊』

次回は優花サイドの話となります。
久しぶりの優花ちゃんターンとなりますので推しの皆様お楽しみにしてください。
期待に応えられるように私も頑張ります。


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愛ちゃん護衛隊

優花さん推しの皆様、お待たせいたしました。
我らの愛妻、優花ちゃんの再登場となります。
満足いただけるかどうかわかりませんが、期待の添える事が出来れば何よりです


時は、竜也達がライセン大迷宮を攻略完了した日へ再び遡る。

 

同じ頃、ある一団が北の山脈地帯付近にある辺境の町に到着した。

その一団とは、ハイリヒ王国より派遣された男女数名の使節団である。

使節団の目的は、王都近隣にある周辺の町村での農地改善・開拓を目的とし、各地を転々として訪れ、護衛の騎士数名を連れ『湖畔の町ウル』へやって来た。

その一団こそ、数ヵ月前にこの世界トータスを救済するべく神エヒトによってに召喚された神の使徒と呼ばれる一同とされ、ウルの町にもその話は聞き及んでいた。

町の住民の間では、神の使徒達は迷宮で力を付ける勇者一行だけでなく、近隣の町村で農地の調査と改善を行い田畑に豊穣と恵みを与える存在と知れ渡っている。

一説だと、土壌の汚染や不作に悩んでいた村では、神の使徒の力とその知恵により豊かになったとされる。

その一団の正体こそ、園部優花率いる一団、通称『愛ちゃん護衛隊』である。

なぜ彼女らが王都を離れ周辺の町村へ足を運ぶようになったかには理由がある。

 

それは竜也とハジメが奈落に堕ちてから一月が経った頃であった。

畑山愛子を含む園部優花と竜也やハジメとの接点のあった一部生徒らは未だ立ち直れずにいた。

突如として異世界に召喚され周囲に流されるまま戦争に参加させられ、初の実戦訓練にてクラスメイトの死を体験した彼等には辛い出来事であった。

ある日、クラスメイトの一人である園部優花が立ち直り、此れまで以上に訓練に励むようになった。

死と言う恐怖から目を逸らし現実逃避するのではなく、ただひたすら前へ向かって進み始めた彼女の姿を見た一同は、触発されたのか一人また一人と歩みを止めた足を動かすのであった。

 

「竜也と南雲の頑張りがあって今がある!!」

 

本当なら親しい人間を失って辛いはずである彼女、園部優花に発破される形で、パーティメンバー全員が復帰したのである。

彼女達は、勇者メンバーとは別行動をとる事を決意し、竜也が考案した故郷の料理再現計画に携わった人間でもある畑山愛子を引き入れ今後の方針を話し合うのであった。

畑山愛子としても教え子の落ち込む姿を見ているのも、戦いに巻き込まれていくのを見るのも見るに堪えかねない光景であった。

唯でさえ王国と教会との会議で精神をすり減らし心を痛めている彼女にとって、優花は竜也に代わる希望の光であった。

優花率いるパーティメンバーと協議を行い、愛子はある行動に出た。

それは自身の技能を最大限に活用した『周辺町村の農地改革計画』である。

文字通り、王都周辺の町村へ訪れ、土壌の汚染の回復や農地改善・開拓を目的とし、戦闘面でなく生活面での支援を行うべく立案したものである。

尚この計画の基盤を考えたのは、竜也である。

オルクス大迷宮へ行く前に竜也が考案し、愛子へ渡した資料が元になっている。

その資料には、竜也なりに情報収集したこの世界の世界情勢と、食糧事情が詳しく書かれていた。

情報源は、王都の城下町にて食品を携わる商人から聞き及んだ物であり、戦闘面よりも生活面の重要性を考えた竜也なりに考えた資料である。

如何に強力な武器や能力、ステータスがあろうと人間である以上、体を動かせば腹も空く。

それは何処の世界であろうと変わらない基本的な事だ。

人が生活する以上必要な物が3つある。

それは『空気』『食料』『水』だ。

そのどれか一つでも欠かせば生きていくことなど出来はしない。

現在、王国と同盟国であるヘルシャー帝国は魔人族との国との戦争状態にある。

戦争をする以上物資の備蓄は必要不可欠である。

当然ながらそれを維持していく資金や物資の消費は恐ろしい物となる。

それを長年維持していけば、どちらか片方か力尽くか共倒れもあり得る。

唯でさえ浪費していく資源をそれ以上の量で増産できる存在がいるとすればどうだろうか。

味方から頼もしく、敵からすれば厄介以外何でもない。

王国や教会からすれば愛子の存在は今後の戦争の継続に必要不可欠な人材以外何でもない。

そう考えた王国と教会は、愛子達一行が行う周辺町村の農地改革計画に賛同するのであった。

こうして優花率いる地方遠征を目的とした農地改革組こと『愛ちゃん護衛隊』は発足され活動を開始するのであった。

優花を含むパーティメンバーは王都以外の地へ赴けることもあり期待を膨らませていた。

同時に愛子も、王国や教会との協議の日々から解放され心に余裕を持てるようになった。

迷宮で力を付ける勇者組の生徒の安否も気にはしていたが、彼等の事はメルド団長に委ねる以外他ならなかった。

愛子自身、異世界召喚の時点で心が擦り減って気が滅入っていたのだ。

誰かに縋り助けを求める気持ちだってある。

彼女もまた一人の人間である以上、弱気になる時だってある。

そんな愛子を見兼ねたのか、護衛の騎士たちが心の支えになるべく奮起したのだ。

教会から派遣された護衛の神殿騎士達である。

彼等は、教会からの厳命もあるが自ら護衛に志願した騎士達である。

専属護衛隊隊長のデビッド、副隊長のチェイス、近衛騎士クリスとジェイドだ。

彼ら4人の騎士達は、普段から愛子の誠実さと一生懸命さ、可愛らしさの虜になってしまい、現代社会で言う愛子の信者となっていた。

彼ら曰くこう言った。

 

「愛子は・・・俺の全てだ」

「愛子さんに全てを捧げる覚悟がある」

「愛子ちゃんと出会えたのは運命」

「愛子に身命を賭すと誓う、一人の男として」

 

優花は当初、愛子が神殿騎士によるハニートラップを警戒していたのだが、予想の斜め上を行くどころか、ミイラ取りがミイラという事態になり、逆に神殿騎士を虜にしていたのだった。

愛子本人にその自覚は無いが、護衛の神殿騎士をも虜にした逆ハーレムを築き上げるのであった。

それを見た優花を含むパーティメンバーは事態を重く見て、愛子の傍を離れようとしなかったのである。

 

「馬の骨に愛ちゃんは渡さん!」

 

優花の一言を切欠に一同は団結するのであった。

こうして、異世界から召喚されたクラスメイト達は、オルクス大迷宮で実戦訓練をつむ光輝達勇者組、王都での居残り組、愛子の護衛組に生徒達は分かれていた。

丁度、竜也とハジメが奈落に堕ちた日から2ヶ月が経過した日であった。

 

愛子達農地改善・開拓組一行は各地を転々として、新たなる巡礼地である湖畔の町ウルへ到着するのであった。

到着時には既に夕刻であったが、町の人達からは歓迎の声が上がった。

当然ながら出迎えの宴と町長との挨拶を含めた歓迎会が開かれた。

神の使徒の中でも、農地に豊穣をもたらす愛子の存在は王国領土内に留まらず、同盟国であるヘルシャー帝国にまで響いていた。

故に、愛子は二つの国から栄誉と敬意を込めて『豊穣の女神』の二つ名が与えられるのであった。

当の本人である愛子からすれば過ぎた二つ名かもしれないが、この世界からすれば愛子の存在は現世に降臨した現人神その者である。

こうしてウルの町での些細ではあるが神の使徒を歓迎する日常が紡ぐのであった。

此処まではそうであった。

 

ウルの町に来てから愛子達にある異変が起こった。

それは同伴者である清水幸利の突然の失踪である。

ウルの町に来た翌朝、彼の部屋に来てみれば蛻の殻であった。

部屋には荒らされた様子もなく、周辺の町村への捜索依頼も出すも空振りに終わった。

優花や愛子も捜索に出ようとするも、ウルの町へ来た目的である周辺町村の農地改革を行うべく、仕事に追われる日々でそれだけでは無かった。

突然失踪した清水に困惑と不安を抱くパーティメンバーと愛子を励ますように、優花は設立時に交わした自身の手料理を振舞うと言う約束を果たすべく、厨房にて調理を行うのであった。

優花が得意とするのは洋食であり、ウルの町にて収穫された食材を使った料理となる。

この町では稲作が有名であり、日本の主食とも言える米が食べられる事もあり、メンバーの期待は高まるのであった。

 

「皆、お待たせ。私特製の『コーンとベーコンの洋風炊き込みご飯』だよ!」

「「「「「おおぉぉぉぉ!!」」」」」

「これは凄く美味しそうですね!」

 

大きめの皿に盛られた料理をテーブルに置かれ、それを見て感動を覚えるメンバー達と愛子。

数か月ぶりとも言える米を食べられる事を考えれば、喜びもまた人一倍であった。

優花が作った料理は米を使ってはいるが洋食に分類される。

コーンとベーコン、玉葱を具材にしてコンソメとバターで味付けし、米と一緒に炊き上げると言う簡単な料理である。

久しぶりに食べる米と言うのもありメンバーは食欲にそそられ、思春期を迎えた年頃もあり一心不乱に食していく。

愛子もまた同じく久しぶりに食す米の味に感動を覚えていた。

主食は米ではあるが、汁物と主菜に至ってはこの世界の物である。

優花達一同が食事をしている場所は、ウルの町で一番の高級宿『水妖精の宿』である。

一階はレストランとなり2階からの階層が宿泊施設となっている。

宿の隣には大陸一の大きさを誇る湖である『ウルディア湖』があり、日本の琵琶湖の四倍程ある大きさだ。

昼間の明るい時間帯には蒼く透き通った美しい湖が見える事もあり、女子メンバーの菅原妙子と宮崎奈々はその風景を非常に気に入っていた。

男子メンバーである相川昇、仁村明人、玉井淳史もまた都会では見られない自然の風景に感動を覚えていた。

ウルの町に来て数日、メンバーは農地改革を行うべく日々農作業を行っていた。

陣頭指揮を愛子が執り、優花達と町の人達で農地の改善と開拓を行っていた。

最初は慣れない農作業に悪戦苦闘していたメンバーであったが、王都を出発してから一月と言う短い期間ではあるものの、今では慣れた手つきで行えるようになるほど上達していた。

当然ながら体を動かす以上、食欲も旺盛となるので当然である。

異世界で食べられる地球の料理に近い米料理もあり、メンバーの評価は自然と高くなるのだ。

 

食事も終えたメンバーは就寝する時間まで談笑するのであった。

すると、妙子が優花に何気ない質問をしてきた。

 

「ねえ、優花。前から気になっていたけど腰に着けている其れって何?」

「そういえば何時も着けてるよねそのお面?」

 

メンバーからの視線が集まる中、優花は「ああ、これね」と言い、腰に着けているお面をテーブルの上に置いた。

すると優花はゆっくりとこのお面の事を話すのであった。

 

「これはね、竜也が私にくれた物なの」

「篠崎君が優花ッちに?」

「うん。竜也に聞いたら『厄除の面』と言ってね、災いを取り払う意味が込められたお面らしいの」

「ふ~ん。でも、よく見たら可愛いかも」

「そう言われてみるとそうだね。凄く綺麗に作られている」

「でもなんで白い狐なんだ?」

 

メンバーからの質問と感想に優花も話していくのであった。

 

「理由は分からないけど、竜也の家は昔から狐と縁があるみたいなんだけどそれもあるかな」

「でも園部は何時これを篠崎に貰ったんだ?」

「・・・初めて大迷宮に行く前日の夜にね、竜也から渡されたの」

「あっ・・・その・・・ごめん」

 

玉井が何気ない質問の中に大迷宮の名前が出た瞬間、優花の顔が曇るのが分かりすぐさま謝罪した。

他のメンバーも聞いてはいけない事をしてしまったような表情となるが、優花は「気にしないで」と言い話を続ける。

 

「このお面なんだけど、竜也が元居た世界にいた時に山でキャンプをしている時に出会った女の子から貰った物らしいの」

「山で出会った・・・女の子?」

「うん。竜也から聞いた話だと、その子から何時か大切な人が出来たら渡してあげてと言ってもらった物なの」

「へぇ、篠崎ってキャンプするんだな。てっきりインドア系かと思った」

「俺も思った。確か元居酒屋って言ってたけど何で元なんだ?」

「昔はそうだったよ。今と違って南雲に近い感じだったんだけど・・・・」

 

すると、優花のトーンが小さくなっていくのが分かった。

それまで静かに見守っていた愛子が心配そうに様子を伺ってくるのであった。

優花は「大丈夫だよ」と言い、話を続けた。

 

「園部さん、辛いならあまり無理をしてはいけませんよ?」

「愛ちゃん先生・・・ううん、私皆に話すよ。竜也の事知ってもらいたいから」

 

そう言うと優花は息を整えると、この場に無い幼馴染である竜也の事を語りだすのであった。

 

「竜也はね、高校に上がる前に・・・海外旅行へ行った時に事故で両親を亡くしたの」

「「「「「「えっ・・・」」」」」」

 

優花から聞かされる話に一同は静まり返るのであった。

一同は、元居た世界で何気ないニュースの中に、昔海外で起きた航空機事故の事を思い出した。

生存者は1名だけでそれ以外の乗客が全員死亡した悲惨な事件だ。

優花の話を聞いていく内に一同はまさかと思った。

その唯一の生存者がまさか竜也の事だと知り、声を失った。

竜也の存在は高校に上がってからも浮いた存在であった。

当時、一学期終了間際に遅れての入学となったクラスメイトに驚きを隠せなかった。

まるで他人を寄せ付けない異様な雰囲気を放ち、優花以外まともに会話や交流も行わない人物に、クラスメイトはまるで竜也を腫物のように扱うようになった。

事故から生還し日本に帰ってきた竜也の姿を見た優花は動揺した。

姿は多少変わったものの、雰囲気は全く別人となっていた。

以前の大人しい雰囲気から、獰猛な猟犬染みた気配を漂わせていた。

 

「あの時見た竜也は少し怖かった。本当に竜也なのか少し自信が持てなくなったの」

「あいつ、そんな事があったんだな」

「道理でおっかない雰囲気出してたのってそれが原因か?」

「確かに昔と比べて変わった所もあったけど、でもね、竜也の良い所は全く変わらなかったよ」

 

 

帰ってきた当初、正直目も当てられないほど落ち込んでおり、近所のお寺で住職をしている人に連れられて何処かへと言ってしまった。

一週間後、帰ってきた竜也は何処か憑き物が取れたかのような清々しい表情であった。

その時作った料理を食べながら竜也は泣いていた。

長い付き合いの中で、泣く姿を初めて見た。

竜也の実家である居酒屋が事実上閉店するも、それから優花の実家でアルバイトをするようになった。

以前は、稀に手伝う助っ人であったが、あの事件以降実家である洋食店の手伝いを積極的に行う事となった。

それ以外も、商店街での手伝いや仕事などを行い、事故がショックで塞ぎ込むかと思われたが、再び立ち上がる事が出来たのだった。

何故竜也は再び立ち上がる事が出来たかと言うと、それは竜也が誰よりも強く優しい心と何事にも恐れず立ち向かう勇気を持っているからだ。

あの事故で家族を失って本当は誰よりも辛いのに、人前では決して涙を流さず、前へ強く進んで行こうと歩みだす竜也の姿に優花は何時しか惹かれていた。

 

変わった事と言えば、竜也の趣味と日常生活が変化したことだ。

以前はインドア系の趣味だったのが、野外キャンプと言ったアウトドア系になった事だ。

長期休暇には必ず地方の山へ行き、キャンプ以外にも地方で農業を営む農家の手伝いをやったり等して、そこで採れた野菜だけでなく、猪や鹿の肉をお土産に優花の両親に渡してくれた。

聞けば猟師の手伝いをして働いた報酬にもらったそうだ。

体格も変化し以前のような草食系男子から体育会系もビックリな屈強な肉食系男子となっていた。

竜也の事は、事故で大怪我を負って入院していたと聞いていたが、そうは思えない竜也の変化に戸惑ったりした。

 

学校生活では、授業は普通に出て成績も其れなりに良く、特に問題は無かった。

だが、部活動などには全く興味を持とうとしなかった。

ある時、剣道部に所属している天之河から勧誘を受けるも、竜也は何処吹く風の如くスルーし無視をした。

やんわり断ればまだよかったが、竜也の態度に腹を立てたのか決闘を申し込むのであった。

ストッパー役でもありクラスの纏め役でもあった八重樫が止めようとするも、聞き分けが無い子供のように癇癪を起こした天之河は駄々をこね始めた。

結局、道場にて決闘が始まるのであった。

傍から見れば経験者である天之河と未経験である竜也とでは勝負になる筈も無く、決闘と言う名のリンチが行われるのは目に見えていた。

当の本人である竜也は防具を身に付けないどころか、普段の制服姿のまま竹刀を持って構えをすら取っていなかった。

見るからにやる気のない竜也の姿に、天之河だけでなく他の剣道部員や師範も頭に来ていたのか怒気を募らせていた。

道場にて決闘が行われていると聞いた天之河ファンクラブも、竜也に対してあからさまなブーイングと言う野次を飛ばしていた。

周囲の事等知ったものかと言わんばかりに決闘と言うリンチは行われた。

優花もその騒ぎを八重樫から聞いて駆けつけていた。

竜也の事が心配で来てみれば、道場は多数のギャラリーが居て異様な空気に包まれていた。

ギャラリー達は皆、天之河を応援しており竜也は完全に敵役であった。

一見、天之河が正義の味方で、竜也が悪役に見えていたが、優花からすれば処刑人と罪人にしか見えなかった。

だが、いざ始まってみると思わぬ結果に周囲は静まり返った。

なんと、天之河の瞬殺であった。

試合が始まったかと思ったら、天之河が壁に強く叩きつけられていたのだ。

余りの一瞬の出来事に周囲も何があったのか把握できなかった。

竜也はと言うと拍子抜けとも言える表情で竹刀を片手で持ち下ろしていた。

天之河はと言うと完全に気絶し意識を失い、同級生に介抱されていた。

ふと竜也はポツリこう呟いた。

 

「所詮は遊びだ」

 

審判役であった師範も唖然としたが、その一言に頭に来たのか次の対戦相手を竜也にぶつける事にした。

それは2年や3年の上級生であり、その様子は明らかに憤っていた。

無理も無い。

初戦から面子を潰されたも同然であったのだ。

この時まだ普段の冷静さを保っていればまだ少しは違った結果になっていたのかもしれない。

竜也はと言うと臆する素振りをする様子も無く、竹刀片手で握ったまま肩に置き、彼等を挑発する事を言った。

 

「ノロマ共を一々相手にするのも面倒だ。纏めて掛かって来いよ」

 

その一言に完全に剣道部一同はキレた。

上級生一同と師範を含めた総勢20人だ。

剣道部の怒りの猛攻が竜也に襲い掛かるのであった。

本来なら師範が止めなければいけない筈なのだが、そんな事は完全に頭から消えていた。

竜也はと言うと、激しい動きをしているのにも関わらず、呼吸一つ乱さず竹刀を片手に次々と剣道部部員を道場の床に沈めていくのだった。

相手の首を横薙ぎに払い、ある時は喉元を目掛けて直突で仕留めていく。

それを見ていたギャラリーは完全に意気消沈していた。

特撮のヒーローが悪を退治する風景でも見る感覚で見ていたと思ったら、魔王(正確には魔槍兵だが)に蹂躙される勇者の構造であった。

剣道未経験者であるはずの竜也が、大勢の経験者を竹刀一本で蹴散らしていく異様な光景に周囲も困惑していた。

その光景に優花と八重樫は唖然としていた。

最も一番動揺していたのは剣道部の師範であった。

素人であるはずの竜也に経験者達が一方的に倒され、蹂躙されていくなど悪夢以外何でもない。

当の竜也は完全に無傷であり余力があった。

最後の一人となった師範は完全に闘気を失っていた。

竹刀を払いゆらりと近づいて来る竜也に得体のしれない恐怖を感じていた。

すると竜也は竹刀を両手で握ると、師範の脳天目掛けて振り下ろそうとするのであった。

自身の頭に竹刀が打たれるかと思った師範は、完全に戦意を失い尻餅をついていた。

だが、竹刀は頭に当たるどころか寸止めで止まった。

すると竜也はこう言った。

 

「これに懲りたら二度と俺に関わるな」

 

低いトーンで静かにそう言い放つ、と竜也は竹刀を合った場所へと戻し道場を出ると、荷物を持って学校を後にした。

一部始終を見ていた優花は竜也の後を追うべくその場を去っていた。

竜也を追うものは誰も居なかった。

剣道部の師範だけでなく部員一同も意気消沈していた。

ギャラリーもまた同様で、ヒーローが活躍するどころか無残にも惨敗する光景を見せられ言葉が出なかった。

この出来事がトラウマになったのか、暫く剣道部は活動を自粛せざるを得なかった。

学校でもこの問題は挙げられたが、剣道部の師範が全責任を負う事になり竜也への追及は無かった。

同時に、竜也はクラス内だけでなく学校でも孤立していく事となる。

周囲が竜也を腫物扱いする中で、優花だけは傍に寄り添うのであった。

単に幼馴染というだけでなく、生涯孤独となった竜也の心を守り温めたかったからだ。

昔と比べて別人みたいに変わった所もあるが、変わらない所もあるのだと優花は信じていた

 

「・・・剣道部の一件が原因で竜也が皆から孤立しているけど、私は絶対に竜也の事見捨てたりなんかしないよ」

「優花ッち・・・」

「竜也が皆の言うような人だったら、異世界に召喚されて故郷の料理を再現するために計画立てたり、オルクスで南雲と一緒に皆を助ける為に行動できる人じゃないよ」

「そう・・だよな。俺達、あいつ等に助けられたんだよな」

「篠崎が作った肉じゃが・・・すげえ美味かったよな!」

「最初見た時は怖かったけど、篠崎君って・・・結構優しい人なんだね」

「園部限定で超甘々だと思うのは俺だけか?」

「先生は篠崎君の事を信じていますよ。彼は本当に優しい心の持ち主なんですから」

「もし優花ッちが言うように篠崎君が生きていたら、その時は皆でちゃんとお礼を言わないとね」

 

優花から聞かされた竜也の話を聞いた一同は完全に静まり返っていたが、改めて竜也の印象が変わった気がするのであった。

剣道部の一件は概ね聞いてはいたが、事の詳細に関しては皆真実を知らなかった。

どれも竜也が剣道部全員を袋叩きにした等、明らかに事実を捻じ曲げた風評被害染みた物ばかりだった。

実際は、戦いを仕掛けたのは天之河と剣道部であり、竜也は挑まれただけであった。

剣道部も頭の沸点が低いのか、心の鍛錬が足りていないのか、素人相手にムキになり過ぎである。

事が大きくなったのは天之河がムキになった挙句、癇癪を起こしたのが原因だと言うのは一目瞭然である。

あの一件以降、竜也と天之河はお互いに顔を合わせる所か目を合わせることも無かった。

それは他のクラスメイトも同様である。

 

「・・・・そういや皆覚えているか?」

「何がだ?」

「オルクス大迷宮でトラップに掛かって魔物に襲われたことがあったよな」

「ああ、それがどうしたんだ?」

「真っ先に退路を確保するのに動けた篠崎って一体何者なんだ?」

 

突然、話を変えるべく玉井の一言に相川が答える。

一同もその事に疑問を浮かべる。

 

「確か退路にいたガイコツ兵は100体位いた筈なのに、篠崎の奴が一瞬で片づけたんだよな」

「あの時の篠崎君は、本当に凄かったね・・・」

「うん、そうだよね。あの時の皆、一体どうすればいいのか分からなかったのにね」

「篠崎が凄ェ奴なのは分かったけど、一体何処であんな強さを身に着けたんだ?」

 

オルクス大迷宮にてクラスメイトが恐慌状態にもかかわらず、冷静に行動が出来ていた竜也を思い出した。

仁村、菅原、宮崎、相川の順で竜也の謎に疑問を抱く。

優花もその一人だ。

剣道部の一件以降、その事を竜也に聞いてみたのだが意外な答えが返ってきた。

 

「朝起きて、飯食って、週刊ジャ〇プ読んで寝る。男の鍛錬はそれで十分だと常連さんに教わった」

 

嘘なのかホントなのかよく分からない珍回答に優花は困惑した。

それを竜也に教えた常連さんは優花も知っており、アクション映画をこよなく愛する『風鳴』と言う名字の警察官だ。

その事をもう少し詳しく聞く為、優花は竜也に質問をしていくとこう帰ってきた。

 

「剣や刀を使った戦いはあまり得意じゃないからやりにくかった。錆兎と真菰の見様見真似でやってみただけだ。やっぱり剣より槍の方がしっくりくるんだよな」

「・・・錆兎と真菰?」

「山でキャンプした時に知り合ってな。凄く強くってな、それに比べたら剣道部の連中なんて鈍臭いったらありゃしねえよ」

 

つまり竜也は扱い慣れていない所か扱い辛い武器を使って彼ら剣道部員に圧勝したのだ。

その事を思い出した優花は一同にそう伝えると、若干引きつつも驚いていた。

圧倒的不利な状況にもかかわらず諦める事無く戦い、勝利を収める竜也に愛子も一同も困惑した。

その事で、優花はある事に気が付いた。

竜也に渡された厄除の面の持ち主の事だ。

あれ以降、時折夢の中で真菰と言う名の少女と出会うのだ。

真菰もまた竜也から渡された面と同じ物を持っていた。

つまり、竜也は真菰と面識があってお面を渡され、今私の手にあるという事だ。

一体竜也は何処でどうやって真菰と会ったのか分からないのである。

ふと、お面を見ていた愛子がある事を思い出したかのように話し始めるのであった。

 

「園部さん、このお面・・・何処かで見たことがあります」

「えっ!?愛ちゃん先生知ってるの!?」

「はい、小さい頃に御婆ちゃんから聞いた事がある話です」

 

愛子曰く、そのお面とよく似た物を作る職人が親戚にいるのだとか。

白い狐の面だけでなく、赤い天狗の面まで多数作っているとか。

その職人の名字は『鱗滝』と言い、大正時代から現代にまで掛けてある山の管理人をしているのだとか。

その山の名前は『狭霧山』といい、年中濃ゆい霧に山頂が覆われているだけでなく、山の中の空気も薄くハイキングや登山、キャンプには向かないそうだ。

地元では昔からその山には子供の幽霊が出ると言う心霊スポットとしても有名であるそうだ。

山に入った人に話によれば、袴姿から着物姿の少年少女の霊の例が複数目撃されており、白い狐のお面を顔に被っていたそうだ。

愛子からその話を聞いた優花達生徒一同は言葉を失った。

 

「ねえ優花ッち、そのお面・・・もしかして」

「それ以上言わないで奈々。私が一番驚いているから」

 

つまり竜也が優花に渡したお面の持ち主は山に出没する子供の幽霊から貰ったという事である。

テーブルに置かれているお面を優花は凝視するのであった。

お面はと言うと普段と変わらずにこやかな表情で優花達を見ているように見えた。

 

結局、その日は此れにてお開きとなった。

翌日も仕事がある為か皆それぞれの宛がわれた部屋に向かい就寝する事にした。

優花は、お面をベッドの横にある戸棚の上に置くと就寝するべく布団の中にもぐりこんだ。

夢の中に出てくる真菰の正体を知ったが、優花は嬉しくもあった。

竜也が山であった子供が真菰だと言うのなら、夢の中であった時には竜也の心を救ってくれたお礼をいう事を決意するのであった。

優花もまた夢の中ではあるものの、真菰にある事を教わっている最中である。

それは、王宮にいた頃から始めており鍛え上げた体とそれに伴い増強させた肺活量により、一度に大量の酸素を血中に取り込み、血管や筋肉を強化・熱化させる事により、瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な呼吸術である。

まだまだ会得には程遠いかもしれないが、真菰曰く「死ぬほど鍛えないといけない」との事だ。

真菰に教わりつつある呼吸の名を『全集中の呼吸』と言う。

ベッドに横になり体を休めつつも、睡眠時を含んだ時間でさえ活用し、四六時中全集中の呼吸を維持し続ける鍛錬を行うのであった。

そんな彼女を覗き込み見守るような表情で見ている存在がいた。

赤い着物姿に黒い髪の謎めいた雰囲気を漂わせる可愛らしい少女がいた。

 

「もうすぐ竜也と会えるよ優花」

 

こうして優花率いる愛ちゃん護衛隊のウルの町での一日が終わるのであった

 




次回予告『ブルックにて再び』

周囲の人間から見た竜也と竜也から見た周囲の人間の印象を大雑把に語れば以下のようになります。

周囲から見た竜也
・触れ得ざる者、怒らせるとヤバい奴。
優花から見た竜也
・物静かだけど誰よりも強く優しい心と勇気を持った人。
・何時も傍にいて守ってくれるだけでなく、誰かの為に考え行動できる人。
・幼馴染だけでなく、人としても異性として好きな人
八重樫から見た竜也
・いざと言うときに行動でき、周りをよく見て動ける人。
パーティメンバーから見た竜也
・おっかない雰囲気をしているけど凄く頼りになる人
・優花同様に料理上手な人。
・本当の意味で困っている人を助ける事が出来る人
・謎めいた雰囲気を持つけど根は良い人
愛子から見た竜也
・生徒の中でも一番信頼している優しい心を持った生徒。

竜也から見た剣道部一同
・錆兎と真菰に比べたら鈍くて弱くて未熟すぎる。
・師範に至っては、スカサハ師匠の足下にすら及ばない
竜也から見た優花
・何が何でも守り抜き、必ず両親の元へ帰らせる人。
・クラスメイトの中でも一番大切な人。
・何時か必ず想いを告げるべき異性として好きな人。
竜也から見た八重樫
・優花以外のクラスメイトの中で一番信頼できる人
竜也から見たパーティメンバー
・優花の次に守るべき人達。
・故郷の料理を作ると約束した人達。
竜也から見た愛子
・周りが愛ちゃんと呼ぶ中でも、敬意をもって接するべき人


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ブルックにて再び

今回で第二章が終わり次回より第三章となります。
普段より少し短いかもしれませんがご了承ください


ライセン大迷宮を攻略した俺達は、徒歩で近くにあった町ブルックに再び足を運んだ。

 

あの泉からブルックまでの距離は馬車で一日ほどの場所であり、その場にたまたまやって来た服屋の店主『クリスタベル』と宿屋の娘と遭遇した。

何故そんな所にいたかと言えば、隣町からブルックへの帰還中に立ち寄ったそうだ。

なんでもこの服屋の店主、元金ランク冒険者であり現在は新人の育成の為に服屋で生計を立てているとの事だ。

問題はその容姿であり、身長は二メートル強で屈強な体格に筋肉と言う名の天然の鎧を身に纏ったオネエ口調の漢女(おとめ)であった。

ユエとシアは何故か彼?彼女?な漢女との話が合うらしくあっさり会話が進んだ。

流石に大迷宮を攻略して外に吐き出されたとは言えず、冒険の途中でこうなったと答えた。

相手もそこまで深く聞き入りすることも無く、折角だから町まで一緒に来ないかと誘われ、俺達は厚意に甘える事になり馬車へ同乗する事になった。

道中、馬車の中で着替える事になったのだが、コハクの服をどうするかで困った。

実はと言うとコハクの服には替えが無く、代わりになる服が無いのだ。

準備をしていなかったコハクもそうだが、このままでは風邪を引くといけない為、仕方なく俺は宝物庫(試作品)からコハクのサイズに合いそうな服を選び着替えさせることにした。

何とか着替える事が出来たのは良いが、渡した服に問題だった。

それは、リブ生地のセーターで色は白のホルターネックであり、背中が大きく開いた服で合った。

分かりやすく言うならば、元居た世界では『童貞を殺すセーター』で有名な服である。

何故それを選んだかと言えば、ユエやシアと違い、コハクの尻尾が通せる服がそれしかなかった為であり、他の服と言えば胸開きタートルネックだったりする。

他の服では尻尾がつっかえたりする以上、その服を着る以外の選択肢はコハクにはなかった。

胴の裾は長いのか、太腿より少し上あたりであり後ろから見ても尻は見えなかったりするのは不幸中の幸いだ。

 

「(こんな事ならブルックの町へ寄った時にコハクに服を買ってやればよかったな)」

 

俺はそう思いながら今更ではあるが後悔した。

その服を着ていたコハクを見る視線は十人十色であった。

ユエは自身との胸の大きさに格差があるのを再確認したのか驚愕し、シアはと言うと「コハクさんも結構胸が大きいんですね」とあからさまに胸の部分をガン見していた。

ハジメは視線を合わせないように腕を組み明後日の方向を見ていたが、馬車に同乗していた男達はというと、コハクの容姿と服から溢れ出る色気に無言で唾を呑み凝視していた。

集まる男どもの視線に睨みを向けるも、自身の服装が原因と自覚しているのか何処か羞恥心を隠せない目で合った。

その光景に俺は何とも言えない雰囲気で固唾をのんでいた。

 

そんな事もあったが、一同は無事ブルックの町に到着するのであった。

ギルドへの報告は翌朝に済ませる為、すぐに宿屋へ向かう事にした。

馬車を下りてからもコハクは終始無言で、人前であんな醜態を晒したのがショックだったのか、視線も耳も力無く垂れていた。

部屋は俺とコハクが二人部屋で、ハジメ達が三人部屋となった。

それを知ったコハクは足早に部屋へ向かうと、勢いよく扉を閉め部屋に入り込んだ。

これはハジメが俺とコハクに気を使ったのもあるが、前回泊まった時に二人部屋を俺達に譲る約束をしていたのもある。

俺が部屋に入ると、濡れていた服も乾いたのかコハクは何時もの服装に戻っていた。

下の階で食事を摂ることも無く、ベッドに入り込むや不貞寝を決め込んでいた。

 

「寝ているのかコハク?」

「・・・・・・」

「飯食って無いだろ?持ってきたぞ」

 

厨房から運んできた食事を手にした俺は部屋に入るや、ベッドで眠るコハクに話しかけた。

コハクの好きな肉料理もあり少しは機嫌が戻ればいいと思っていたが、予想以上に事態は深刻のようだ。

無理も無い。

親しい関係の俺達ならともかく、知らない人間の前で肌身を晒したも同然なのだから、落ち込むと言うより恥ずかしいと感じないのは仕方がない。

此処に来るまでのコハクと言ったら「もう・・・お嫁にいけない」と言わんばかりであった。

だからこそ、家族である俺が励まさなくてはならないのだ。

食事を部屋にある備え付けの机に置くと、コハクの傍に寄るのであった。

コハクは、頭まで毛布をかぶり、手足と頭を引っ込めた亀のようになっていた。

外の音を聞き取れるように耳だけ出してはいた。

そんな様子を見兼ねた俺は、優しくコハクの耳を触るのであった。

案の定、耳を触られたのかビクンッと動かし少しずつ毛布から顔を出してきた。

 

「腹減ってるだろ、飯食うか?」

「・・・・食べる」

 

目元まで顔を出したコハクは弱弱しくそう返事をし、ゆっくりと起き上がるのであった。

持ってきた料理をコハクに出すと、少しずつではあるが食べ始めた。

食べ終わったコハクはベッドに腰を掛け、俺はその傍に座った。

少しは元気が出ればよかったのだが、コハクはまだやや落ち込み気味であった。

俺はコハクの隣に座り腰に手を回し、優しく引き寄せた。

コハクに元気が無いのは恐らく例の服の事だろう。

事故とは言え俺以外の男に肌身を晒した事が凄く恥ずかしかったのだ。

其処で俺はある事を思いついた。

明日にはギルドへ寄る用事もあるが、服屋へ行ってコハクの服を買ってやろうと考えた。

 

「なあ、コハク。この世界の冒険者が着る服には興味あるか?」

「服だと?」

「ああ、今回の事で替えの服が無いと困るだろ。折角だから買う気は無いか?」

 

傍から見たら単なるご機嫌取りにも見えるが、折角の機会だから普段コハクが着ている着物以外の服も見てみたいと思ったからだ。

服と聞いて耳をピクンッと立てたコハクは横目で俺を見つつ、何かを考えていた。

少しばかり考えてはいたが答えは早く出た。

 

「わかった。だが、竜也に見繕ってもらうぞ」

「おう、任せろ!」

「・・・所で何時まで私の腰に手を回しているつもりだ?」

 

コハクはジト目でそう言い俺の顔を見た。

二人っきりでいる際はこうして傍に居る事が多く、俺も自然とコハクに寄り添う体勢となっていた。

するとコハクの口から意外な言葉が出てくるのであった。

 

「まあいい。折角二人部屋を譲ってもらったのだ、今から夜戦をするぞ」

「ふぁっ!?」

 

するとコハクは俺をベッドの上に押し倒し、マウントを取った。

これまで何度もベッドの上でコハクとは愛し合ってきたのだが、誘うのは俺の方からでありコハクからは今まで一度も無かった。

 

「何を驚く必要がある。散々交わってきただろう、偶には私から誘っても構わないだろう」

「別に悪くはないが、コハクの方から来るとは思って無くてな、少し驚いたんだよ」

「ふっ・・・夜は長いからな、たっぷりとお前を味わうとしよう」

 

そう言うとコハクは俺と唇を合わせるかと思ったら、首筋に咬みつくのであった。

思わぬ行動に「痛って!」と言うと「獣の本能だ気にするな」と返してきた。

すると、今度は嚙んだ所を舌で舐め始めるのであった。

コハク曰く、咬んで舐めるのは一種の愛情表現であるとか言っていた。

舐め終わると、俺の両肩を掴み勢いよく口づけを交わすのであった。

お互いの舌を絡ませる深い口づけであった。

こういう事は此れまで何度もやってきたので、お互いお手のものである。

 

「んっ・・・偶にはこう言うのも悪くはないだろう」

「そうだな、初めの頃と比べたらコハクもだいぶ積極的になったものだ」

「・・・お前が私を『女』にしたんだろうが」

 

あの夜、オスカーの隠れ家で俺とコハクは文字通り一つになった。

俺自身、体を重ねるのは愛情表現でもあり、お互いの心と気持ちを一つにし繋がりも深める事が出来る。

何度も交わりあい繋がりを深くして言った俺とコハクは一心同体の存在になった。

違う言い方をすれば、共に困難に立ち向かい、同じ道を歩み互いを支えあう運命共同体だ。

その関係を見て異を唱える輩はこれから先も出るだろう。

だが、そんな事等俺には関係ない。

コハクは俺の大切な家族であり、命を懸けても守るべき存在だ。

 

「コハク」

「なんだ?んんっ!?」

 

今度は俺がコハクへ口づけを行った。

俺からの突然の口づけにコハクは目を開き驚いた表情を取った

深く長い口づけを交わした俺は、コハクの唇からようやく離れた。

コハクはと言うと頬を赤く染めていた。

 

「愛している。俺がコハクに抱いている嘘偽りのない気持ちだ」

「竜也・・・私も同じ気持ちだ」

 

そう言うと、俺は部屋の明かりを消し、ベッドの上でコハクと何度も重なり合うのであった。

深夜とも言える時間まで愛し合い漸く眠るのであった。

 

翌朝、朝食を取る為に一階へ降りてきた。

俺とコハクを待っていたのは宿屋の娘と宿泊客達、ハジメ達の暖かい眼差しであった。

そして口を揃えてこう言ってくるのであった

 

「「「「「「昨晩はお楽しみでしたねご両人」」」」」」

「は?・・・・・・あ」

 

此処で俺はある事を思い出した。

部屋の外へ音が漏れないように普段からやっていた筈の防音処置を忘れていた事だ。

何時もならルーン魔術でやっていたのだが、あの夜すっかり忘れていたのだった。

つまり、俺とコハクと愛し合う音と声が部屋の外へ響いていたのである。

となりの部屋で眠るハジメ達だけでなく、扉に耳を当て盗み聞きしていた宿屋の娘にも丸聞こえである。

何とも言えない雰囲気となる俺であったが、それを聞いていたコハクはと言うと、昨日同様に羞恥心を隠せない表情になり、完全に顔を赤くしていた。

宿屋をチェックアウトした俺達は、ギルドへ向かった。

其処に着くまでの間、コハクは普段から持っている狐のお面を被り顔を隠すのであった。

ギルドへ向かい、受付のキャサリンさんに軽く挨拶をした俺達は、旅に必要な資金を稼ぐ依頼がないかを探し始める。

次の目的地は『グリューエン大砂漠』にある七大迷宮の一つ『グリューエン大火山』だ。

その為に大陸の西へ向かうのだが、途中に大陸一の商業都市で有名な『中立商業都市フューレン』がある。

大迷宮の攻略も大事ではあるが、折角異世界にいるのだ。

冒険者らしい仕事をしても悪くはない。

フューレン関連の依頼が無いか探していたら、キャサリンさんから声を掛けられた。

 

「それだったら商隊の護衛依頼で丁度良いのがあるけど引き受けるかい?」

 

依頼内容は、商隊の護衛依頼で中規模な商隊が十五人程の護衛を求めているらしい。

約二名程空きがあり、俺とハジメに白羽の矢が立った。

ユエとシア、コハクは冒険者登録をしていない為、俺達の連れという事になる。

結果、俺とハジメはその依頼を受ける事になった。

形式上キャサリンさんからの推薦という事もあり、依頼を受けるのに必要な手紙ともう一つ、ギルド関連の手紙も渡された。

内容は、他の町で揉め事や厄介事に巻き込まれたらギルドの職員かお偉いさんにそれを渡せば少しは役に立つかもしれないものであるとか。

手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるキャサリンさんは何者なのか考えたが、折角なのでありがたく貰っておくことにした。

キャサリンさんの推薦もあり、俺達はフューレン行の商隊の護衛依頼を受ける事になった。

 

商隊の出発は昼過ぎと言うのもあり、必要な食料と備品の買い出しを行う事にした。

昨晩コハクと約束した服の新調も兼ねた買う為、クリスタベルさんが営む服屋へと向かった。

相変わらずすごい顔つきの巨漢の化物ではあるが、結構いい人であった。

コハクに似合う服を探しているとクリスタルベルさんおススメの服を推奨された。

見た所、青と白のツートンカラーでそれなりではあるが着物や浴衣に近い感じがした

折角なのでコハクにその服を試着してもらう事になった。

試着室から出てきたコハクに俺は驚いた。

なんでもクリスタルベルさん曰く、弓兵の天職を持つ冒険者向けで作ったものらしい。

装備の方は武器屋にあるためこの店にはないそうだ。

上半身は白の道着と黒の胸当てに襷掛け、下半身はミニスカートにアレンジされた蒼い弓道袴と腰の前垂れの金属プレートには「カ」の文字が入っている。

 

「何か見たことがあるような服装だな・・・」

 

その姿の何故か俺は既視感とも言える感覚を覚えた。

元の世界に合ったゲームの一つにコハクの着ている服装と良く似たようなキャラクターを思い出した。

艦隊をコレクションするゲームに出る、美少女へ擬人化された正規空母と似ているのであった。

コハク自身も、「どういう訳だか分からんが、不思議としっくりくるようだ」と言っていた。

結局その服を買う事となった。

昼過ぎとなり、正面門に向かうと、出発の準備をする商隊のまとめ役と十四人の冒険者が見えてきた。

商隊のまとめ役である『モットー・ユンケル』と言う人物にキャサリンさんからの推薦状を渡した。

推薦状もあってか難無く自己紹介を終え、俺達は護衛の仕事を受ける事となった。

フューレンまでは馬車で約六日の距離であり、それまでは景色を楽しむことができる。

勿論、護衛の仕事をしつつだ。

こうして俺達五人は次の目的地である中立商業都市フューレンへ向けて出発するのであった。

 

 

 

 

 

おまけ

 

竜也達がブルックにて一夜を過ごそうとしていた頃であった。

ウルの町にて夕食を終えたある少女は非常に不機嫌な表情を取っていた。

 

「優花ッちどうしたの!?なんかあったの!?」

「ううん、特に何もないよ。けどね・・・予感がしたの」

「・・・予感?」

 

話を進めるに連れ優花の瞳からは輝きが消えハイライトが消えた状態になっていく。

 

「白髪で狐耳を生やしたすっごくスタイルの良い綺麗な女性が竜也と、二人っきりの部屋でなんかすんごくイチャイチャイチャイチャ、羨ましいぐらいにまで良い事をしているような予感がしたの・・・」

「落ち着いて優花ッち!目が病んでいるよ!」

「なんか優花の後ろに何かいるんだけど!?」

 

優花の背後には何か黒い人物らしき物が浮かんでいた。

それは全身が黒く屈強な体格で、黒いヘルメットに顔を隠すように黒い仮面を着けていた。

拳には熊のような鋭い鉄の爪を装備し、仮面の目と口に位置する部分は赤く光り、禍々しい笑顔で「コーホー」と呼吸しファイティングポーズを取っている姿が妙子と奈々の瞳には映っていた。

優花の天職は投術師の筈なのにその背後にはス〇ンドらしきものがいた。

 

彼らが出会う日はそう遠くないのである。




次回予告『冒険者ギルド フューレン支部』

クリスタルベルの服屋で調達したコハクの服と、オマケで出た優花の背後に現れた者の元ネタはお分かりでしたか?
ご感想お待ちしております。


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第三章
冒険者ギルド フューレン支部


遅くなって申し訳ありません。
思うようにモチベーションが上がらず苦戦いたしました。



ブルックの町を出た俺達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。

道程はあと半分であり、ここまで特に何事もなく順調に進み、日の出前に出発し、明るい内に移動を行い、日が沈む前に野営の準備に入ると言う行程を繰り返していた。

俺達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。

道中、魔物や野盗の襲撃も懸念していたのだが此処まで何もないと結構退屈であったりする。

とは言え何もせずに景色を眺めていくのもつまらないが、楽しみとも言える物がある。

それは食事だ。

朝昼夜の一日三食は基本的に食べるのだが、その内容である。

この世界での冒険者達も任務中は干し肉やカンパンのような携帯食と言った酷く簡易な食事で済ませるそうだ。

理由としては、ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるそうだ。

俺達の場合は『宝物庫』から取り出した食器と材料を使い料理を始め調理を行う。

携帯食は直ぐに食べれるという利点はあるが、それだけでは栄養バランスが崩れる為若干手間は掛かるが、しっかりと食事を摂るのが俺達のモットーだ。

何よりも、この世界に来てからちゃんとした料理で無いと食が進まないぐらいだ。

実際の所、ハジメがそうである。

元居た世界では、カ〇リーメイトやウ〇ダリーゼリー等で昼食を済ませていたのか、この世界に来て俺とシアの料理を食べた事によって、完全に舌が肥えてしまっていた。

奈落の底での悲惨な食生活を経験した身であれば、改めて食の大切さと有難みを感じ経験した以上、中途半端な食事や調理はしないと心に決める俺とハジメであった。

携帯食に興味が無いわけではないが、曲がりにも元居酒屋の息子としては、「そんなものを食べる位なら俺が調理した料理を食わせてやる!」という料理人魂と言ってもいい闘気が体から湧くのであった。

結果、此れまで通り道中の食事は俺とシアの共同で行うのであった。

俺達が作った豪勢なシチューモドキをふかふかのパンを浸して食べていれば当然、いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、周囲から視線が集まるのは当然である。

俺達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、周囲を警戒していた筈の冒険者達が匂いにつられてやってきたのか、ゾロゾロ集まってきて涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になっていた。

流石に居心地が悪くなったのかシアがお裾分けを提案した結果、満場一致で合意し共に食事をする事になったのである。

それからというもの、冒険者達がこぞって食事の時間にはハイエナの如く群がってくるようになり、ことある毎にシアとユエ、コハクを軽く口説くようになったのである。

その口説き様と言ったら呆れたものであった。

 

「亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「シアちゃんは俺の嫁!」

「ユエちゃん、今度俺と食事に!」

「コハクさん・・・・ハァハァ」

 

揃いも揃って変態しかいなかった。

俺自身遭遇したことは無かったが、ブルックの町の住民も「ユエちゃんの下僕になり隊」や「シアちゃんの奴隷になり隊」と言った連中がいたのが、冒険者たちも似たり寄ったりであった。

大人げなくぎゃーぎゃー騒ぐ冒険者達に俺とハジメは無言で『威圧』を発動する。

それを見た冒険者達は、体の芯まで冷え青ざめた表情でガクブルし始める。

 

「腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

「人の女を口説くとはいい度胸してんじゃねぇか?」

「「「「「すんませんっしたー!!!!」」」」」

 

そんな事がありつつも一同はフューレンへ向け足を進めるのであった。

 

話は数日前に遡る。

ブルックの町を出たその日の夜、商隊の護衛と言う仕事を始めた最初の夜の事であった。

俺は夢の中よく会う人物と久しぶりに会った。

 

「よう、坊主。元気にしていたか?」

「兄・・貴?どうしたんだよその恰好」

 

夢の中で見る風景は、相変わらず殺風景で何もない空間であった。

変わっているとしたら目の前にいる人物の服装だ。

何時もの青い全身タイツのような物ではなく、薄い水色でドルイドのような恰好で普段持っている紅い槍は魔法使いが持つような杖になっていた。

槍兵からドルイドへ転職したのかと思い、随分と変わったイメチェン?なのか分からないがとりあえず話をする事にした。

 

「この格好が気になるか?まあ・・・色々あったんだよ」

「そういや思ったんだけど、何時もの槍じゃなくてなんで杖を持ってるんだ?」

「ああ・・・それな。前に師匠の事を鬼婆なんて言った事をスカサハの奴がかなり根に持っていてな、その罰だとかででこうなっちまったんだよ」

「それはなんというか・・・ご愁傷様です」

 

兄貴の話によると、師匠曰く「師への敬意が払えん馬鹿弟子に槍など無用!杖でも握っておれ!」と言う。

師匠の機嫌が戻るまでの間、槍を没収させられたのだった。

まあ、なんというか師匠の事を鬼婆とかいう兄貴が全面的に悪いのだが、今回ばかりは反省しているようであった。

すると俺の槍を見た瞬間、杖と交換しないかと言われたが即答で断った。

当の本人である兄貴は「ハッハッハ!そりゃ自分の獲物を他人にやる奴は居ねえよな」と言い豪快に笑っていた。

そろそろ俺の前に現れた理由を聞くことにした。

只の世間話をするためにやってきたのではないと思ったからだ。

話を切り出したのは兄貴であった。

 

「坊主への要件はいくつかあってな、此れはスカサハからの頼みで先ずは坊主の使うルーン魔術についてだ。」

「俺の使うルーン魔術?」

「ああ。基本的な事はスカサハから教わったんだろうが、此処からはそれの応用と発展でな。暫く俺から坊主に色々と教えようと思ってな。」

 

要するに次の段階へのステップアップという事なのだろうか?

これまで使ったルーン魔術はどれも基本的な物であり、俺自身の身体能力の向上や補助、索敵や解毒と簡単な回復ぐらいに使っていた。

攻撃でも「アンサズ」のルーンを使用するぐらいであった。

魔術で攻撃するよりも槍を使った方が早いからなのもある。

兄貴が俺に教えるのはその応用発展版だそうだ。

要は魔術を使った必殺技みたいなものなのかと聞くと、まあそんなものだと答えた。

基本的には槍で戦う事に変わりはないのだが、戦術の幅が広がると考えれば損は無い。

そう思った俺は兄貴から教えを受ける事に決め、承諾するのであった。

 

二つ目の要件は、忠告であった。

それは、俺の槍の事である。

これまでの戦いで多くの魔物を葬ってきて生き血を吸ってきたのだが、それが人間の生き血であれば槍は更に鋭くなり形状を変化させていくそうだ。

普段から何気なく使ってきたのだが、戦えば戦って行くに連れてゲイ・ボルクが赤く輝いていくのを感じた。

まるで、もっと血を吸わせろと言わんばかりにだ。

 

「俺もあまり人の事を言えた身じゃねえが、坊主は何があっても生きる事と戦う意味を絶対に無くすなよ」

「兄貴・・・・」

「・・・俺自身、戦いに明け暮れた日々も存外悪くなかったが、その過程で色々と失うものもあってな。折角出来た弟弟子の坊主にだけは、俺みたいにはなって欲しくねえんだよ」

「それは・・・・・」

「エメル、フェルディア、アイフェ、ウアタハ、コンラ・・・俺としては二度目の生なんぞに興味はねえし、無念はあっても未練はねえよ。だから坊主、お前はお前の守りたい奴を全力で守ればいい。それだけの事だ。」

「わかった。肝に銘じておくよ」

「ならいいさ。果たせなかった未練に固執しても、この世に固執して欲の皮がつっぱった怨霊みたいにはなりたくねえしな。まあ、坊主に肩入れするのはスカサハだけじゃなく俺もそうさ。最も俺は俺の信条に肩入れしているだけだがな」

 

俺が、戦いの狂気で理性を失い狂戦士にならない為の兄貴なりの忠告なのだと感じた。

生前、アイルランド全土にその名を轟かせた国一番の戦士でもあるから言葉に重みを感じるのであった。

 

三つ目の要件は警告であった。

それは、教会の神父や修道女は信じるなとの事であった。

この世界に来て最初にあった教皇もそうだが、王国の場内で偶に見かけた銀髪の修道女からは何か異質なものを感じたことがある。

これは兄貴の経験ではあるが、ある神父に呪いを掛けられ自身の自由を奪われた挙句、碌な目にあった事が無いそうだ。

なんでも、戦いの健闘を褒美にマーボーなんとかという死ぬほど辛い食べ物を10皿、1分で完食してくるがいいと言われたことがあるとか。

兄貴曰く教会の神父はとことん性根の腐った奴と言う認識であり、気を付けろと言われた。

修道女の方も似たり寄ったりで、文句を言えば分厚い紙で頬を殴るわ、口の中にそれを叩き込まれ赤い布で簀巻きにされたり等で散々だったそうだ。

 

「最後に付け加えてもう一つあってな、弓以外の武器を使う弓兵には注意しろ」

「弓以外の武器を使う弓兵?なんだそりゃ、弓を使わない弓兵でもいるのかよ兄貴」

「ああ、それがどういう訳かいるんだよ。弓兵のくせに剣士の真似事で接近戦を挑んで来るだけじゃなく、どっからか出した剣を矢の代わりに放ってくるだよ。」

「・・・それもう、弓兵の皮被った別の何かだよな」

「ああ、真面目に弓を使う弓兵に謝りやがれってんだ」

 

兄貴曰く、その弓兵とは奇妙な縁というか腐れ縁らしく、何処の戦場に行ってもその弓兵の顔があるそうで、いい加減運命とか感じちまう等と言い非常に嫌な顔をしていた。

その弓兵の特徴は、浅黒い肌に赤い外套を纏った白髪の男だそうだ。

浅黒い肌に白髪の男と聞き、俺は、元居た世界での事を思い出す。

そういえば、近所の商店街にある食事処を営む若い青年男性を思い浮かべた。

優花の料理の師匠と言っても過言でなく、和食だけでなく洋食や様々な料理の知識と経験が豊富である不思議な人である。

聞けば、学生時代は調理実習三年間無敗記録を持ち、卒業後には海外へ料理人としての修業に赴き世界中の一流ホテルのシェフとメル友になること百余名と豪語していた。

料理の腕前も、文字通り超一流で未だにあの領域に達する事が出来ず日々料理の鍛錬をする優花であった。

確かそのお店の名前は『味処えみ屋』と言う名前だったのを思い出す。

 

若干話は逸れたが、兄貴からの言伝は終わるのであった。

話が終わると、当初の予定通り魔術の鍛錬を始める事になった。

 

「俺が坊主に伝授するのは二つある。使いこなせるかどうかは坊主次第だ」

「それは一体なんだよ兄貴」

「『灼き尽くす炎の檻』と『大神刻印』だ。今の坊主だと、前者は出来ても後者には届くかどうか怪しいもんさね。まあ、スカサハも坊主の事は結構気に入ってるみたいだしな、今後の頑張り次第ではもしかするとって所だ」

「俺はまだ兄貴や師匠に比べたらまだまださ。昔や今の自分より強くなってやるよ!!」

「応さ!よくぞ言った。それでこそ俺の弟弟子だ!それじゃあボチボチ気合い入れていくぞ!」

 

こうして夢の中ではあるが、俺は兄貴から魔術の鍛錬を受ける事になった。

それは、フューレンに着くまでの間みっちりとしごかれることになるのであった。

 

 

 

「・・・・にしてもこの技能は一体何なんだ?」

 

昼間、俺は明るい内にある事を行っていた。

それは、自身のステータスプレートの確認である。

懐からステータスプレートを出すと、その数値と技能に疑問を浮かべるのである、

 

===============================

篠崎竜也 17歳 男 レベル:???

 

天職 アルスターの戦士

 

筋力:12000

 

体力:15000

 

耐性:11000

 

敏捷:18000

 

魔力:15000

 

魔耐:15000

 

技能:言語理解・魔力放出・宝具真名解放・戦闘続行・ルーン魔術・獣殺し・矢避けの加護・聖約〈ゲッシュ〉・仕切り直し・胃酸強化・食品鑑定・食品管理・調味料生成・栄養調理・料理作成・魔力分解・九尾の加護・生成魔法・重力魔法

===============================

 

自分でも言うのは変なのは分かっているが、一見化け物染みたステータスではあるが、以前より気になっていることがあった。

それは、技能にある『食品鑑定』『食品管理』『調味料生成』『栄養調理』『料理作成』である。

まだこの世界に来て間もない頃、習得したものだ。

もし俺や優花の天職が『料理人』であったのならばその技能があるのは頷ける。

同じ技能を習得できた優花も同様だ。

本来、技能は派生しても新たに増える事は有り得ない代物だ。

多くの技能を会得しているハジメに至っては、魔物の身体の一部をその身に取り込んだ事による裏技であり、俺はそういった事はしていないのにもだ

其れなのにも関わらず何故この技能が習得できたのは疑問だ。

特に、俺の天職は『アルスターの戦士』と言うこの世界には存在しえないものだ。

ある意味俺自身がこの世界ではイレギュラーな存在と言っても過言ではない。

この世界に来て四ヶ月も経つが、いまだに疑問である。

あり得ないかもしれないが、ある仮説を考えた。

それは、もしかするとこの世界の理でもエヒトとも違う、別の異次元とも言える第三者による存在からの介入でそれが可能になったのではないかと言うものだ。

だとしたら一体何の為、何の利益があってそう言う事になるのかという結論に至り、ますます謎が深まる一方だ。

幸い、不便と言うものは無く元の世界に帰還する為の旅に必要な技能であるのには変わらない。

其れに付け加えて疑問に思う技能があるのであった。

 

それは、あの夜オスカーの隠れ家でコハクを家族として迎え入れ、契りを結んだあとに加えられた技能である『九尾の加護』だ。

これはコハクに話してみた所、生涯を共に歩む伴侶と言える存在にこそ得られる加護であり、所謂俺専用の技能だそうだ。

内容と効果は、俺がコハクを愛し続ける事によって身体能力を含む全ステータスの向上と言う恩恵を得られると言うものだ。

基本ステータスの数値に+2500されると言った代物だ。

尚、これにコハクのお姉さんも加わる事が出来れば、更に上昇するとの事であり自分でも言ってチートである。

コハク自身も、俺から愛される事によって魔力の回復だけでなく、身体能力の向上を得られると言った効果があるそうだ。

言うなれば相思相愛と言う愛の力で、ステータス向上が出来る特殊な技能であるのが分かった。

ハジメの方も似たような技能があり『血盟契約』と言うユエとの契りを結んだ際に得られた技能があるそうだ。

 

「・・・・まあ、細かい事を考えても仕方ないか」

 

俺はそう思うとステータスプレートを懐に仕舞い、周囲の警戒を続けるのであった。

フューレンへの道程があと一日に迫った頃、のどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

魔物の襲撃である。

 

「敵襲です!森の中から来ます!」

 

シアのウサミミで危険を察知したのか、冒険者達の間に一気に緊張が走る。

大陸一の商業都市へのルートなので、道中の安全はそれなりに確保されている。

現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではないのだが、魔物に遭遇しても精々二十体か四十体である。

だが、今回遭遇する魔物は数も問題であるが逸れ以上に厄介な存在がいる。

群れの頭である魔物の大きさである。

その魔物の見た目はオオカミを連想する姿なのだが、通常の個体の倍の大きさをしていた。

大きさはオルクスにいたベヒモスぐらいはある狼の魔物だ。

この世界では、極稀に変異種と呼ばれる魔物がいる。

通常の魔物は群れで行動するのが常識ではあるが、時折ではあるが突然変異種とも言える個体が出てくる。

冒険者の中でも遭遇する確率は極めて低く、存在は知っても出会う事等無いほどである。

それが今、手下とも言える魔物を連れて現れたのだ。

群れの頭とも言えるその魔物の放つ存在感と威圧に冒険者達は委縮するのである。

不思議な事に、距離100メートル手前で停止すると此方の様子を伺う素振りをするのであった。

中には、引き返そうと言う意見もあったが、完全に魔物達に捕捉され逃げる事も出来ない。

狼狽える冒険者と商隊の長であるモットー・ユンケルを前に、静かに魔物達の前へ出る人物がいた。

コハクだ。

他の冒険者達は「無謀だ!」「喰い殺されるぞ」と言うがそれを無視していく。

するとコハクは、此方に背を向けたまま顔を向けると不敵にもこう言うのであった。

 

「別に、私一人であの魔物を倒してしまっても構わんだろう?」

 

コハクは何処からか刀を出すと、普段とは違う構えを取った。

鞘から刀を出すと地面に水平にし、居合でもするように構えた瞬間、魔物の頭へ目掛けて疾走するのであった。

取り巻きの魔物達へ頭である巨大狼の魔物が手を出すなと言わんばかりに威圧し、接近してくるコハクと対峙するのであった。

コハクの事を敵と認識したのか、凄まじい速さで大地を駆けるのであった。

俺はその様子を馬車の屋根の上から見る事にした。

コハクを止めるなり加勢する事も考えたが、敢えて俺はコハクのやりたいようにさせるのであった。

いざとなれば何時でもコハクを助太刀できるように戦闘態勢を整える俺とハジメ、ユエとシアであったがコハクの戦いを見守る事にした。

周囲が固唾を呑む中、俺達だけは何故か安心してコハクを見守る事が出来た。

それは、これまで共に苦難を乗り越えてきた仲間への信頼の証でもあり自信でもあるからだ。

遠目ではあるが、俺には普段コハクが使っているのとは別の刀に目が行った。

鞘から抜き出した刀からは、赤い炎が纏っているように見えた。

コハクが手にしている刀は普段使う蒼い炎を纏った刀なのだが、今コハクが手にしている刀は赤く燃え盛る炎を連想するような得物であった。

普段使う刀ではなく何故それを選んだかは分からないが、様子を見守る事にした。

大型の魔物が獲物を喰らうかのように口を大きく開けた瞬間であった。

其れより速く動いたコハクが擦れ違い様に手にした刀で横に払うかのように魔物の首を撥ねるのであった。

魔物の首を撥ねる瞬間、コハクは力強い踏み込みと同時に炎を発するような勢いでの間合いを詰めてからの袈裟斬りをし、首を撥ねるのであった。

その太刀筋は満遍なく並べられた篝火の道筋をなぞるかの様に、真っ直ぐ一直線へ魔物の首を捉えたのであった。

首を撥ねられた大型の魔物は、同時に胴体を爆散させるだけでなく肉片も赤き炎によって焼き尽くされ炭になるのであった。

余りの光景に俺達を含む他の冒険者達も声を失った。

取り巻きの魔物達は大将が倒されたと分かると、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。

刀を鞘に納めたコハクは、ゆっくりと俺達の方へと歩いてきた。

 

「終わったぞ。先へ進むべきではないか?」

「あっ・・・はい。そう・・・ですね」

 

商隊のリーダーは若干動揺しつつもそう答え、移動を再開するべく指示を出すのであった。

コハクの戦いの一部始終を見ていた冒険者達は、未だに信じられない物を見たような表情で唖然としていた。

俺達の所へ戻ってきたコハクは何事も無かったように馬車へ乗った。

 

「さっきの戦いは凄かったな」

「それ程でもない。それよりも他に言う事があるのではないか?」

「ん?ああ、良くやったなコハク。流石だ」

「ふっ。当然だ」

 

俺はコハクの健闘を称えると同時に頭を撫でてやった。

子ども扱いするなと言いつつも、満足げに尻尾を振るコハクであった。

移動中、どうしても気になった事があったのでコハクに尋ねてみるのであった。

 

「なあ、さっき使った刀は何時ものと違ったがアレはどうしたんだ?」

「ああ、これの事か」

 

コハクは大型の魔物を仕留めた際に使っていた刀を出すと、俺達に見せてくれた。

普段コハクが使う刀は、刀身が蒼い炎を纏っている獲物だが、この刀はどこか違うものを感じた。

煉獄の如く赫い刃と炎のような形の鍔、白い柄と鞘であった。

刀の刃元『悪鬼滅殺』と書かれており、明らかに俺達のいた世界の代物だとわかる。

ハジメがその刀に興味を持ったのか、錬成師の技能で鑑定して見せた所、刀の素材に猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)と言う聞いた事の無い鉱石の名前が分かった。

調べた結果、日光が蓄えられた特殊な鉱石で出来ているのが判明した。

この刀を何処で手に入れたのかを聞いてみた所、まだ日本にいた時に山奥で倒れている侍から譲り受けたそうだ。

その侍は、息絶える寸前であり助かる見込みがないほどの重傷であった。

当時のコハクにとって人間は生きようが死のうがどうでもいい存在であったのだが、その時だけは何の気紛れかその男の最後を看取ろうとした。

コハクの存在に気付いたその男はこう言ってきた。

 

「誰だか・・・分からないが、私の刀を・・・受け取ってくれ・・・」

 

そう言い終えると同時に男は息絶え、コハクはその刀を譲り受けるのだった。

人間に対して興味が無いコハクでもその男の特徴である炎を思わせる焔色の髪と眼力のある瞳は何故だか記憶に残る風貌であった。

それ以降、その刀をあまり使う機会が無かったのだが、数百年ぶりに使う事を決めたそうだ。

理由としては普段使う刀の方が使い勝手がいいので使わなかっただけであった。

もしかしたら今後使う事があるのかもしれないとだけ言い、話を終えた。

 

翌日、俺達は何事も無ったかのようにフューレンへと到着するのであった。

中立商業都市フューレン。

高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。

様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区等、様々なエリアで構成されている。

東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあるのが特徴である。

町の出入り口の門には人だかりが溜まっており、物資の運搬作業が始まっていた。

俺達は商隊のリーダーと別れ、冒険者ギルドへ向かい報酬を得る手続きをするべく話を進める事にした。

依頼達成の証印を受けた依頼書を受け取った俺達は、冒険者ギルドフューレン支部がある中央区の一角へと向かおうとした時であった。

ところが、商隊と別れてすぐ様、三人の男性職員に呼び止められた。

服装から見てギルドの職員の様である。

何だろうと思い応対すると、どうやら俺達の事を探している様子であった。

職員の一人であるドットと言う名前のメガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が話を始めた。

話を聞くと、白髪と黒髪の少年の二人組を見かけたら支部まで案内するように言われたそうだ。

まあ、どの道冒険者ギルドへ行く要件もある以上、着いていく事にした。

冒険者ギルドフューレン支部へ到着した俺達は、支部長が待つ応接室に案内された。

金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性が待っていた。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、タツヤ君、コハク君、ユエ君、シア君でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワであった。

其処で俺達は思わぬ問題に巻き込まれるとは予想だにしなかった。




次回予告『湖畔の町での再会』


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湖畔の町での再会

最近、ウマ娘プリティダービーを始めました。
育成やら色々大変ですが、レースは凄くて汗握る物です。
私の最推しのウマ娘はサイレンススズカです。
足がメッチャ速くて良いウマ娘です。
お陰でURA決勝までぶっちぎりで勝てました。

ゲームをやっていて気付いたのですが、エルコンドルパサーの声を担当している声優さんは、ありふれのシア役の人だと今更ながら気が付きました。
アニメも見てはいたのですが、いざゲームをやってみるとメッチャ可愛いですよね。
次は、エルコンドルパサー育てねばな(使命感)


イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を俺達の前に差し出しこう言った。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「・・・・・・内容にもよるが、話を聞こう」

 

イルワ・チャングと言う名前の冒険者ギルド支部長が待つ応接室に案内された俺達に待っていたのは、支部長からの依頼と言うものであった。

その前に、イルワの方から身分証明になる手紙を持っているかと聞かされ、ブルックの町にいた時、キャサリンさんから渡された手紙を思い出した俺はその手紙をイルワに渡した。

手紙を読んだイルワがどうやら本人達で間違いないようだと言い、話を戻すことにした。

手紙の内容が気になるが、何故、他の冒険者ではなく俺達を指名してまでも頼みたい仕事に疑問を持ちつつも、とりあえずイルワの話を聞くことにした。

俺は、ハジメの事だからてっきり興味を示さない所か、話を聞かずに断ると思っていたが、素直に話を聞く姿勢に驚いた。

ハジメにどういった心境の変化かと思いつつも、支部長の話を聞くことにした。

イルワ支部長の依頼内容は、行方不明となった北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行の捜索だ。

つい最近になるのだが、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃情報が何件も寄せられ、冒険者ギルドに調査依頼がなされるのであった。

北の山脈地帯はというと、一つ山を超えると未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没すると言う話であり、高ランクの冒険者がこれを引き受ける事になった。

そこである問題が起こった。

依頼を受けた冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物が些か強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。

その人物の名前はクデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという。

ウィル・クデタと言う男は、家出同然に冒険者になると言い飛び出していったそうだ。

息子の動向を密かに追っていた連絡員も消息が不明となり、クデタ伯爵は今回の調査依頼に出た後、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ

クデタ伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているのだが、手数は多い方がいいと思いギルドにも捜索願を出したのがつい昨日のことだそうだ。

 

「最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。」

「それだったら俺たち以外の冒険者に依頼すればいいんじゃないのか?」

「そうしたいのは山々なのだが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は別の要件で出払っていてね。丁度君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

「なるほどな・・・・」

「キャサリン先生からの手紙に書いてある内容を信じて君たちに頼みたいんだ。」

「・・・先生?」

「私は彼女の教え子でね、君達は随分と先生に目をかけられているというより注目されているようだ。」

「・・・・・」

「先生からの手紙には将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいと書いてあってね。どうだろうか?」

 

話を聞いたハジメは何か考え込む素振りを見せた。

ユエもシアもその様子を見ているのであった。

俺達には元居た世界へ帰還する為に、大迷宮探索と言う旅をしている。

北の山脈地帯へ行く用事は無い以上、この依頼を受けるメリットは無に近い。

考え込む俺達を見兼ねたのか、ある提案を出すのであった。

 

「当然だが報酬は弾ませてもらう。依頼書の金額はもちろんギルドランクの昇格で青から一気に黒にしてもいい」

「・・・・・・・」

「それだけではない。ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうだろう?フューレンのギルド支部長の後ろ盾を得られるというのは決して悪くない報酬ではないと思うが?」

「・・・随分と気前がいい報酬の大盤振る舞いだな。」

「大都市のギルド支部長といえど太っ腹すぎて逆に怖いぞ」

 

イルワの提案に俺とハジメはやや疑いながらも言葉を返した。

ハジメの言葉に、イルワが初めて表情を崩した。

それは後悔を多分に含んだ表情であった。

 

「実はと言うとウィルに・・・・あの依頼を薦めたのは私なんだ。」

 

そう言うとイルワは己の内に秘めて物を吐き出すように話すのであった。

調査依頼を引き受けたパーティーにウィルを加入してもらうように話を通したのは実はイルワであった。

ウィルは、貴族は肌に合わないと感じ昔から冒険者に憧れていたものの、冒険者としての資質は無く、強力な冒険者の傍で危険な場所へ行って理解してほしと願った。

今回の依頼で諦めさせたかったのだ、ウィルに冒険者は無理だと。

異変の調査といえ、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思ったのだが、このような事態になるなど考えもしなかった。

 

「パーティがフューレンから出発して一週間以上経過している。ウィルの生存は絶望的だが、可能性は0ではない。クデタ伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている」

「アンタが其処まで入れ込む理由はそれか・・・」

「この依頼を頼めるのは君達しかいないんだ。どうか引き受けてはもらえないだろうか?」

 

イルワの話を聞いた俺とハジメは依頼を受けるべきか考えていた。

思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃く、彼の内心はまさに藁にもすがる思いと言うのが痛いほど理解でき、無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠だ。

話を聞いた俺とハジメはある相談をする事にした。

 

「・・・竜也、お前はどうする?」

「そうだな。俺は支部長さんからの依頼を受けても良いと思うぞ」

「理由を聞いてもいいか?」

 

依頼を受けるメリットは大いにある。

まず、身分証明の手続きだ。

町に寄り付く度に、ユエとシア、コハクの身分証明について言い訳するのは、はっきり言って面倒だ。

ギルド支部長に対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利であり、聖教教会や王国から異端のそしりを受けるかわからない以上、個人的な繋がりでその辺をクリアできる。

次に、ギルドランクの昇格だ。

今の俺達は最底辺の青だ。

それが黒になれば他の冒険者への牽制にもなり、他の冒険者からの余計なちょっかいや男共からのナンパからコハクたちを守る事も出来る。

今回の依頼は他の冒険者から見れば無茶な内容にも思える。

もしそれを達成できたとすれば、当然他の冒険者から一目置かれる存在になる訳である。

支部長が後ろ盾にいる冒険者にちょっかいを出す命知らずな馬鹿はいないと考えるのが俺の見解だ。

やや、本来の目的から遠回りする羽目になるが、今後の活動に大きく関わると思えば下地をするようなものだとハジメに伝えた。

それを聞いたハジメはイルワに話をするのであった。

 

「依頼を受ける以上、二つ条件がある」

「・・・・条件?」

「ああ、そんなに難しい事じゃないさ。まず一つ目だが、ユエとシア、コハクにステータスプレートを作って欲しい。そこに表記された内容について他言無用を確約する事だ。」

「なるほど、二つ目は何だい?」

「二つ目は、ギルド関連に関わらずアンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図る事だ。」

 

条件を出したハジメは詳しく説明するのであった。

俺達は少々所かかなり特異な存在で、教会あたりに目をつけられる所か、ほぼ確実に目をつけられると思う為、万が一、指名手配とかされても施設の利用を拒まない事、面倒事が起きた時に味方になってもらえるようにして欲しいからだ。

教会から目を付けられる所か指名手配されると聞き驚くイルワとドットであったが、大都市のギルド支部長もあり頭の回転は早く、暫く考えハジメに視線を合わせ承諾した。

ただ、イルワとしても俺達が犯罪に加担するような倫理にもとる行為や要望には絶対に応えられないと伝えた。

俺達が要望を伝える度に詳細を聞き、イルワ自身が判断し、できる限り俺達の味方になることは約束するのであった。

報酬は依頼が達成されてから支払う事だけをイルワがそう伝えた。

ハジメは、ウィル自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろうと言い、席を立った。

 

「本当は君達の秘密が個人的にも非常に気になるが・・・それは依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれウィル達の痕跡を見つけてもらいたい。」

「わかった。その依頼確かに承った。」

「ハジメ君、タツヤ君、コハク君、ユエ君、シア君・・・宜しく頼む」

 

イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめ、ゆっくりと頭を下げた。

そんなイルワの様子を見た俺達は、立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、俺達は部屋を出て行った。

その扉をしばらく見つめていたイルワは、大きく息を吐くとドットが気づかわしげにイルワに声をかける。

 

「支部長・・・よかったのですか?」

「ウィルの命が掛かっている以上仕方ないさ。彼ら以外に頼めるものはいなかったのだから」

「それより、彼等の秘密であるステータスプレートに表示される不都合のことですが・・・」

「ドット君。知っているかい?ハイリヒ王国の勇者一行は聞いた話ではとんでもないステータスを持った集団らしい」

 

ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開きイルワが言おうとしていることを悟った。

彼等が召喚された者である神の使徒であると。

だが、ドットにはある疑問が浮かぶのである。

ハジメ達はまるで教会と敵対するような口ぶりであり、敵対することも辞さないという決意を感じる口ぶりであった。

およそ四ヶ月前の事である。

神の使徒である一行の内二人が奈落の底に魔物と一緒に落ちてオルクスで亡くなったとドットは聞いた。

 

「まさか、支部長はその者達が生きていたと?」

「ああ、その通りだよ」

「四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だけでなく、オルクス大迷宮の底がどうなっているかも分からないと言うのに、其処から生き残るなんて・・・」

 

信じられないとドットは首を振りながらイルワの推測を否定するが、イルワはどこか面白そうな表情でこう答えた。

 

「私は気になるのだよ。何故、彼等は仲間と合流せず旅をし、オルクス大迷宮の底で何を見て、何を得たのかをね。教会や王国から追われるだけでなく、世界と敵対する覚悟する程の何かが彼らにあると思うのだよ」

「支部長・・・どうか引き際は見誤らないで下さいよ」

「ああ、もちろんだとも。」

 

イルワがそう言うと、ドットが付け加えるようにこう言った

 

「もし彼らが戻らなかった場合は、どうするおつもりですか?」

「その時は、彼女・・・・・『灰色の亡霊』に指名依頼を出すさ」

「彼女?まさか!僅か一年で金ランクまで昇格し、単独で活動するあの冒険者ですか!?」

 

ドットが驚くのも無理はない。

僅か一年で金ランクまで昇格する冒険者など前代未聞であるからだ。

その冒険者は二年前に忽然と現れ、凄まじい成長速度でステータスを上げるだけでなく、誰ともパーティを組まず、これまで討伐不可能とさえ言われてきた魔物の数々を単独で成し遂げ、実力で金ランク冒険者となったと言う異色の経歴を持つ人物だ。

ドットもその冒険者とは面識があり、イルワだけでなく他の冒険者ギルドからの指名依頼も何件も受ける程の超が付く実力者である。

 

「ああ、『灰色の亡霊』と渾名される彼女なら可能だろう」

「支部長、恐らく彼等は・・・彼女もまた彼等と同じ存在なのでしょうか?」

「さあね、だが彼女の凄まじいステータスを考えれば納得できる物さ」

 

イルワは、何かを深く考え込み半ば上の空で窓を見るのであった。

彼が懸念すべき存在は実はもう一つある。

それは、コハクの存在であった。

傍から見たら彼女は白い髪をした狐の亜人である。

だが、イルワはコハクを初めて見てある疑念が脳裏に浮かんでいた。

この世界ではある種の禁忌とも言える存在の『厄災の獣』だ。

九本の尻尾を持つ赤色と白色の狐の姿をした二体の魔物の事である。

五百年前に突如としてこの世界に現れ、人間族の多くを火の海に沈め焼き払ったとされる存在だ。

イルワの知る限りでは、当時の人間族によって多大なる犠牲を払い奈落の奥底へと封印されたと聞く。

コハクの姿を見た時、人の姿をしてはいるものの明らかにこの世界とは違う何かを感じた。

彼等は奈落の底へ堕ち、其処から這いあがってきたと仮定すれば、何処かで遭遇している可能性もある。

コハクがもし厄災の獣であると言うのであれば一大事である。

もしそうであれば彼等の内誰かが厄災の獣の封印を解いたことになる。

様子を見る限りではタツヤと言う少年に付き従っているようにも見えた。

何故、仇敵でもある人間と共に行動するのか疑問だが、自分の頭に描く懸念が杞憂に終わってくれる事だけを願うイルワであった。

 

 

フューレンの町を出た俺達は、広大な平原のど真ん中に北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道を魔力駆動二輪で疾走している。

天気は快晴で暖かな日差しが降り注ぎ、絶好のツーリング日和である。

座席順は何時もの通り、ハジメの腕の中にユエ、背中にシアの席順である。

俺の方もコハクが背中から腰に回して座ると言うものだ。

お陰で何時も俺の背中にはコハクの胸部装甲が当たっていると言う代物だ。

コハクもそれを知っててやっているのか「当たっているのではない、当てているのだ」と言わんばかりであった。

 

「まぁ、このペースなら後一日ってところだ」

 

俺達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。

このまま休憩を挟まず一気に進めば、日が沈む頃に到着する予定の速度だ。

その町で一泊し明朝からウィル一行の捜索を始めるつもりだ。

時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がっていくのが急ぐ理由の一つだ。

イルワという後ろ盾が、どの程度機能するかはわからないが、少しの労力で大きな報酬を獲得できるなら、その労力は惜しむべきではないと言うのがハジメの見解だ。

いつになく他人のためなのに積極的なハジメなのだが、これには理由がある。

これから行く町は湖畔の町で水源が豊かで、その近郊は大陸一の稲作地帯となっている。

つまり米である。

俺達の故郷である日本の主食であり、その事を知ったハジメは早く行って食べてみたいと言って喜んでいた。

因みにこの世界にも米がある事を知ったのは、何時ぞやブルックの町にいた時に知った情報だ。

俺も初めはこの世界にも米があると知り凄く嬉しかった。

これまでパンが主食だったのもあり、俺からこの世界にも米があると知ったハジメは喜びを露にしていた。

俺はまずその町に行ったら米を食うだけだけでなく、これから旅をする分の量を購入する予定だ。

幸い、軍資金は十分にあり、もしも足りない金額があればハジメと掛け合って出すつもりだ。

遠い目をして故郷の米料理に思いを馳せる俺とハジメをユエが微笑ましそうな眼差しを向け、シアが不思議そうな顔をしていた。

すると俺の後ろにいるコハクが町の名前を聞いてなかったと尋ねるのであった。

 

「これから行く場所の名前は『湖畔の町ウル』だ」

 

仕事の依頼と久しぶりに食べる米が頭に占めていた俺達であったが、其処で思わぬ再会をするとは考えもしなかった。

当初の予定通り、日が落ちる前にはウルの町へと到着するのであった。

湖畔の町と言うのもあり湖に面した美しい町と言うのが印象的であった。

俺とコハクは一旦ハジメ達と別れ、町にある市場へと足を運んだ。

米は売っていないかと探しているのだが、其れらしい店が無い。

日を改めて出直そうと考えた時であった。

傍に居たコハクが足を止めた事に気が付いた。

どうかしたのかと思い振り向くと、コハクがある店の前で足を止めているのだった。

その店は、所謂酒屋である。

俺は未成年だぞと言おうとしたが、既にコハクが店の中に入っていった。

取り扱っている商品は以外にも清酒の様であった。

この世界にも清酒を製造する技術があったのかと思い感慨に更けていると、商品を選び酒を買うコハクがいた。

その数だけ見ると凄い量である。

瓶どころか樽ごと買うと言う豪胆さに俺は驚いた。

売る側も驚きを隠せない程であり、コハクは何時ものポーカーフェイスで代金を店主に渡し店を出た。

買った酒は俺が管理している宝物庫(試作品)に収納するのであった。

これだけの量の酒を一人で飲むのかよと言うとコハクはこう答えた。

 

「飲めん事はないが、お前も今夜一杯付き合え。私の酒が飲めんとは言わせんぞ」

 

見かけに寄らず酒豪であると言う意外な側面に驚きつつコハクの晩酌に付き合う事にした。

コハク曰く、米を食するのも原料が米の酒を飲むのは竜人族の里以来だと言っていた。

俺としては数ヵ月でも、コハクにとっては五百年ぶりとなるのだから嬉しいのだろう。

何時もの表情ではなく何処と無く嬉しそうな顔をしていた。

米が食べる事が出来て一番嬉しいのはコハクであるのが分かった一瞬であった。

摘みになりそうなものは此れから宿泊する宿で調達すればいいかと思い足を進めるのであった。

今夜俺達が泊まる宿の名前は『水妖精の宿』と言うところだ。

フューレンで入手した町のガイドブックには一階部分がレストランとなっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている町一番の高級宿と書いてあった。

まあ、俺としても風呂にも入れることを考えればいい店だと思う。

宿へのチェックインはハジメに頼んでいるので夕食を食べたら風呂に入って寝るつもりでいる。

おススメの料理は香辛料を使った『ニルシッシル』と言うものだそうだ。

カレーみたいなものかと思い想像を膨らませる俺であった。

 

「(そういえば、カレーが大好物だったよな優花)」

 

幼馴染の優花の事を考えつつも、今夜の夕食はニルシッシルにするかと思い足を進めた。

ハジメ達とやや遅れてからの入店となるが、この世界での米料理を楽しみにしつつ宿屋へと入っていくのであった。

宿屋の中に入り、ハジメ達の姿を見つけた俺とコハクは声を掛ける事にした。

 

「よおハジメ、遅くなっって悪かった。早く飯食おうぜ」

「私も久しぶりに米を食えるのだ。中々楽しみだ」

 

声を掛けたのは良いが返事が返ってこなかった。

なんだか店の中の雰囲気がやけに静かすぎるように感じる。

どうした物かと思い奥へと進むと、其処には驚きべき人物たちの姿が目に映った。

 

「・・・・・・・・・・・・・・竜也?」

「・・・・・・優・・・・・花・・・・なのか?」

 

其処には幼馴染である優花の姿がいた。

余りの事に一瞬、思考が停止た。

何故此処にいるのか、他の皆とはどうしたのかなど様々な考えが頭を過り、空腹の事など頭から吹き飛んでしまっていた。

すると、俺の姿を見た優花が一目散に飛び込んでくるのであった。

 

「竜也!!!!!!!!!」

「あ・・ああ・・・・・・・・・」

「本当に・・・生きてた!!!!竜也が・・・生きてるってずっと信じてた!!!!」

 

優花は俺の胸に勢いよく飛び込んでくると強く抱きしめるのであった。

もう会えないと思っていた人物と再び出会い、二度と離さないと言わんばかりに抱きしめると、泣いているのか喜んでいるのか分からない声を上げるのであった。

一瞬倒れそうになったが、どうにか体勢を整え倒れずに済んだ。

突然の事態に困惑しつつどうすればいいのか分からず、周りを見れば畑山先生の姿も目に入った。

優花の声に聞き寄せられたのか奥から現れるのであった。

 

「・・・・・・・・・篠崎君、です・・・よね?」

「えっと・・・・・・・・先生・・・・・・だよな」

 

口元に手を当て非常に驚いた顔をしているのが分かる。

俺の困惑など知らぬかのように先生だけでなく、奥から見知った顔ぶれが出てくるのであった。

この世界に来て間もない頃、オルクス大迷宮でパーティを組んでいた菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史の姿もいた。

どうやら奥の座席から頭をひょっこり出して此方を見ている様子であった。

俺も驚いているが、向こうもそれと同じく驚いているだけでなく信じられないと言わんばかりの表情である。

こういう時どうすればいいのか俺には考え付かなかった。

傍から見たら感動の再開の場面なのだが、俺にはただどうする事も出来ず優花の気が済むまで抱きしめられるのであった。

それはハジメの方に目を向けると、そちらも同じであり目を合わせた所、好きにさせてあげようと言う結論に辿り着いた。

腹が減ったなと思っているのだが、優花の気が済むまでこうさせておくことにした。

その光景をコハクはただ静かに見ているのであった。

こうして俺達は湖畔の町で思いもよらぬ再会を果たすのであった。

 




次回予告『北の山脈地帯』

漸く優花と再会が果たすことが出来ました。
今後どう物語が進むのかお楽しみにしてください。

それと、フューレンでイルワが懸念していたコハクの件ですが、トータスでのコハクとそのお姉さんの存在はどう思われているか気になる人が居ると思いますので簡単に説明するならば、機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズに登場する厄祭戦にて猛威を振るったハシュマルを含むモビルアーマーになります。
詳しく知りたい人はアニメを見る事をお勧めします


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北の山脈地帯

ありふれのアニメ二期放送が来年一月に決定しましたね!
年内は無理かと思われていたのですが、発表があった時は大喜びしました。
問題は作画や脚本がどうなるかが気がかりです。
一期ではそこまで評判が良くなかったのですが、二期からはしっかりとした内容に期待したい所存です。


フューレンのギルド支部長であるイルワからの依頼でウィル・クデタの捜索の為に湖畔の町ウルへ足を運んだ俺達を待っていたのは、畑山先生とパーティを組んでいたクラスメイト、そして幼馴染である優花であった。

突然の再会に頭が追い付かず若干パニックになる俺を、優花は泣いているのか喜んでいるのか分からない声を上げて抱きしめ、嬉し泣きをするのであった。

そんな様子をコハクは静かに見守ると言う何とも言えない雰囲気が店の中を包んだ。

散々泣いたのか漸く落ち着きを取り戻した優花は俺から離れるのであった。

 

「・・・・気は済んだか?優花」

「ぐすっ・・・うん・・・・大丈夫」

 

気が済むまで抱きしめられた俺は、優花の頭を頭に手を置き優しく撫でてあげる事にした。

俺の方も混乱状態から立ち直り冷静さを取り戻すことが出来た。

そんな様子を見ていたハジメ達や先生とクラスメイト達の視線に気が付いた優花は、我に返って顔を赤く染め、俺の体を壁代わりにして隠れるのであった。

今更恥ずかしがってどうするんだと内心思ったが、敢えて口にせずにいた。

傍から見たら離れ離れになっていた男女のカップルが感動の再会を果たした場面なのだが、俺にはある懸念事項があった。

コハクの事である。

一応、優花の事はコハクに話しているのだが、まさか此処で再会するとは思いもしなかった為、どう説明するか悩んだ。

遅かれ早かれコハクの事は優花にも紹介するつもりでいた為、そういうかはあらかじめ考えてはいる。

ただ、コハク自体回りくどい言い回しをせず結構ストレートに話す事がある為、内心かなり冷や冷やしている。

下手すりゃ修羅場待った無しの展開が脳裏に浮かび、胃に穴が開きそうな気分になった。

その状況を見兼ねたハジメがある提案をしてくるのであった。

 

「なあ先生。俺達今から飯食うんだけど、お互い話したい事は飯食いながらで良いか?」

「ふぇっ?・・・はっはい、良いですよ。」

 

取り合えず、夕食には何とかあり着ける事が出来そうだ。

他の客の目もあり、先生の案内でVIP席とも言える専用の部屋へと向かうのであった。

その部屋は先生たちが使っているのか非常に清潔感ある部屋であった。

店の店主には先生が話を通してくれたのか俺達も同席する事が出来た。

俺達の座る席と机を挟んで向き合うような形で優花達と先生が座席に着いた。

優花は俺の隣に座りたかったのか何故かしょんぼりしていたが、コハクの姿を見た瞬間表情が変わった。

俺と再会した直後とは違う驚いた顔であった。

その視線に気づきつつもコハクは俺とメニュー表に提示してある料理を選んでいた。

 

「竜也、お前の故郷で言うカレー?なる料理はどれだ?」

「ああ、それな。ここに書かれているニルシッシルと言うのらしいんだ。それにするか?」

「私は一切構わんが、ハジメ達はどうする?」

「俺もそれでいいぞ。久しぶりの米だからな、マジで楽しみだったんだよ。ユエとシアもそれでいいか?」

「ん・・・私もハジメの好きな味知りたいからそれにする。」

「さり気ないアピールをここぞとするとはユエさん。私も負けませんよ!店員さぁ~ん、ニルシッシルを五つ、注文お願いしまぁ~す」

 

周囲の事など知らんとばかりに、元気よく注文するシアであった。

呼ばれて出てきたのは水妖精の宿のオーナーであるフォス・セルオである

スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

その姿を見た俺は、何となくではあるが優花の父親である博之(ひろゆき)さんの面影を浮かべた。

お店の雰囲気も何となくではあるが、優花の実家でもある洋食店『ウィステリア』に似ている気がする。

料理が運ばれてくるまでの間、俺達と先生達とで話をする事にした。

 

「南雲君、篠崎君。二人が無事で生きていてくれて凄く嬉しいです。先程から気になっていましたが其方の女性たちは何方でしょうか?」

 

先生からの問いにまず最初に答えたのはハジメであった。

 

「まあ、先生達からすれば他人だろうが、俺にとっては大切な仲間だ。紹介だけはするがこいつらは・・・」

「・・・ユエ」

「シアです!」

「「ハジメの女/ハジメさんの女ですぅ!」」

 

ユエとシアによる衝撃的とも言える自己紹介を先生とクラスメイト達の前でするのであった。

思わぬ自己紹介に衝撃と驚愕が奇跡のコラボレーションをしたような表情で言葉を失う畑山先生と優花達。

優花達に至っては、四か月前に奈落に堕ちて死んでしまったと思っていた同級生が、まさか生還していただけでなく女を作って帰ってきたと言う事実に唖然とした。

玉井達男子三人に至っては、ユエとシアの美貌に見蕩れ顔を赤く染めていた。

 

「ユエは兎も角として、シア。お前は違うだろうが!」

「えぇ~酷いですよハジメさん!私と運命のファーストキスしただけじゃなくて、ずきゅんどきゅんと走り出して、ばきゅんぶきゅんと駆けて行く勢いで、虹の彼方まで行ったじゃないですかぁ~」

「行ってねえよ!!何、勝手に過去を偽造してんだ!!」

「あの時の私は感じました。今日の勝利の女神様は、ユエさんではなく私にだけチュゥをすると!!」

「さっきから何言ってんだお前は!!」

 

なんだがシアが何処か変な電波でも受信したかのように可笑しなことを口走るのであった。

シアの妄言を真に受けたのか畑山先生が、顔を真っ赤にして背中から黒いオーラを出しながら低いトーンで「南雲君?貴方と言う子は・・・」と言いながら怒りをあらわにするのであった。

恐らく先生の頭の中では、ユエとシアと言う二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が浮かんでいたのだろう。

その様子は正に怒り爆発五秒前と言える。

畑山先生の様子にハジメの顔は若干引き攣っていた。

誤解を解こうにも俺がフォローしようにも手遅れであった。

 

「女の子のファーストキスを奪っただけでなく、ふ、二股で!先生は・・・先生は絶対に許しませんよ!!そこに直りなさい、南雲君!!」

 

案の定とも言えるが畑山先生の雷が落ちるのであった。

ハジメはやれやれだとぼやきつつも深い溜息を吐き、何とか誤解を解く為にも説明をするのであった。

 

 

散々、畑山先生が吠えて漸く落ち着きを取り戻した時であった。

暫くして、注文していた料理である異世界版カレーであるニルシッシルにある着ける事になった。

俺から見たニルシッシルはシチューに近いホワイトカレーであった。

ハジメは黙々と食べ、ユエやシアは美味そうに感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。

コハクも初めて感じる味覚に驚きつつも表情は非常に満足そうである。

食べながらではあるが、畑山先生が時折質問を投げかけられつつも、ハジメの事だからおざなりに返していくのは目に見えた為、俺の方からもフォローしつつ答えていく事にした。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、超頑張った。

A、お互いに生き延びる為に協力し合った。

Q、なぜ白髪なのか?

A、超頑張った結果。

A、度重なるストレスで変色した。

Q、その左肩の鎧はどうしたのか?

A、超超頑張った結果。

A、詳しくは言えないが義手として装着している

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

A、戻る理由がない

A、その前に果たすべき約束がある。

 

そこまで聞いた畑山先生が今度は俺に視線を向ける。

大方俺とコハクとの関係を聞くのだろう。

俺は一息つき、先生や優花達からの質問に答える事にした。

 

「篠崎君。そちらにいる女性は一体誰で、どのような関係なんですか?」

「まあ聞かれるとは思ったが紹介する。彼女の名前はコハク。俺の家族だ」

「家・・・族?」

 

その問いの答えに優花が驚いた顔をする。

この中では優花が俺と深い関りがある為、ある程度事情を察しているのだと推察する。

まあ、優花が俺の家庭内事情を先生達に説明しているかどうかは分からないが、場合によってはその辺も話すつもりだ。

 

「えっと・・・コハクさんで良いでしょうか?」

「なんだ?私の事は竜也が言った通りだ、それ以上でもそれ以下でもない」

 

それまで沈黙を保っていたコハクが初めて声を出した。

 

「では質問を変えます。篠崎君とはどういった過程で家族になったのですか?」

「詳しく話す気はないが、行く当てもない私を竜也が家族として迎え入れてくれた。それだけだ」

「一緒に行動する理由は何ですか?」

「そうだな。強いて言うなれば私には唯一の身内でもある姉がいる。その姉を探すのと竜也達と世界を巡るのとでお互いの利害の一致するからだ」

 

そこまで言うと、コハクは再び沈黙を保った。

必要以外の事は喋らないと言う姿勢に先生や優花は困惑した。

俺にとっては先生や優花達は知り合いでも、コハクにとっては赤の他人も同然だろう。

付かず離れずと言った微妙な距離を取りつつも様子を伺っているようにも見えた。

だが、そんな様子に拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた者がいた。

 

「貴様!愛子様が質問されておられるのだぞ!真面目に答えろ!」

 

畑山先生の傍から離れようとしない見知らぬ男だ。

外見から見て教会から派遣された神殿騎士にも見受ける。

それもそうだろう。

先生や優花達はこの世界では神の使徒として認知されている。

王宮の外の世界に足を運ぶのに護衛を付けない方がおかしい。

少し考えれば分かる話だ。

当のコハクはと言うと騎士の恫喝など知った事かと言わんばかりに柳に風と言った様子であった。

 

「此処は食事をする場だ。行儀よくすることも出来んのか?」

「行儀よくだと!!」

「折角の美味な食事が不味くなるだろうが。分を弁えろ人間」

「なんだと!!獣風情が!!」

 

コハクに取っては忠告のつもりが相手には挑発に聴こえたのだろう。

腰にある剣を今にも抜かんとばかりの剣幕をしていた。

そんな様子を見ていたシアはビクッと体を震わせ顔を俯かせるのであった。

この世界では、亜人は差別的対象として見られる。

ブルックの町ではそんな視線が無かっただけでも幸運とも言えよう。

亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を直接受けると言う不意打ちを受け、落ち込むシアである。

あんまりな物言いに、思わず畑山先生が注意をしようとするがある事に気が付いた。

その騎士の手が震えていることにだ。

よく見るとそれは武者震いでもなく、恐怖に怯えるような物であった。

コハクと目を合わせたその騎士、その名をデビッドと言うが一種の恐怖に全身を包み身動きが取れないでいた。

コハクが狐の亜人であれば、難無く剣を抜けていただろう。

だが彼の目の前にいるコハクの姿は、亜人の皮を被った別物に見えていた。

コハクの目力とも言える眼光から放たれる威圧にデビッドは恐怖を覚えていた。

彼の脳裏にはある物が浮かんでいた。

自身が所属する教会に伝わる禁忌とも言える『厄災の獣』という存在を。

コハクの外見とも言える白い髪に九本の尻尾の姿に恐怖を覚えていた。

この世界の人間族にとって厄災の獣は所謂トラウマとも言える存在だ。

恐怖を覚えるのはデビッドだけではない。

コハクから放たれる桁違いの威圧感に、先生や優花達も顔をガクガクと震えている。

そんな存在を前にして平常心を未だ留めているだけデビッドは理性的とも言えよう。

一触即発とも言える空気を漂わせている室内を、変える者がいた。

竜也である。

 

「よう、神殿騎士さんや。うちの家族に何か用か?」

「なに!」

「此処は穏便に行こうじゃないか。それとも何か?神殿騎士様は所構わず剣を抜く野蛮人か何かか?」

「我らを野蛮人と侮辱する気か貴様!!」

「コハクが言った通り此処は食事をする場所だ。そこであんた等神殿騎士が乱闘騒ぎを起こしたら、畑山先生だけじゃなく教会にも迷惑をかけるんじゃないか」

「ぐっ!!」

「まだやろうってんなら・・・」

 

俺は手にゲイ・ボルクを出すと、その騎士の喉元に突き付けた。

やろうと言えば喉元を穿てる距離を保ちつつ、こう言って警告するのであった。

 

「言っとくが、俺の家族に手を出そうってんなら、その時は・・・決死の覚悟を抱いて来い!!」

 

静かにではあるが俺は怒気を含めた声でその騎士に言い放った。

流石に戦意も消え意気消沈した騎士は大人しく席に着いた。

そんな様子を静かに見ていたハジメ達は、黙々と残った料理を食べ終えるのであっていた。

優花達は唖然とし、言葉を失っていた。

一触即発とも言える状況を経験した優花達は何とも言えない空気を漂わせていた。

言いたい事はあるが、言い出せないと言うもどかしい物であった。

そんな空気を察したのか分からないが、コハクがシアに対しフォローを入れるのであった。

 

「・・・シア、この程度の事で一々落ち込んでいてはこの先、身が持たんぞ」

「コハクさん・・・・私たち亜人って・・・やっぱり」

「ふっ・・・案ずるな。少なくともハジメはシアの事を好意的に思っているようだがな」

「なっ!!いきなり何言いやがるコハク!!」

 

まさかコハクから話を振られるとは思わず動揺するハジメであった。

ハジメに向けコハクは不敵に笑うとこう言い放った。

 

「何を言う。シアが寝ている際に耳を気が済むまで触っている奴がどの口で言う」

「なんで寄りにも寄ってコハクがそれを知っているんだよ!!」

「シアのウサ耳は可愛い、ハジメのお気に入り・・・」

「ユエ・・・お前まで」

「私のウサ耳お好きだったんですね!。ハジメさん・・・えへへ」

 

シアが赤く染まった頬を両手で押さえ悶えるかのように、ウサ耳をパタパタと動かし喜びを表現するのであった。

つい先ほどまで重い雰囲気に包まれていたのにも関わらず、ラブコメちっくな桃色空間が広がっている不思議に首をかしげる優花達であった。

 

「あれ?さっきまでコハクさん?だっけ。マジで怖かったんだけど、今はそんな超綺麗で着物美人と家族関係までを築いてる篠崎に殺意しか湧いてこないや・・・・・・」

「お前もか。つーかあのユエさんとシアさん、ヤバイくらい可愛いだけでなく超ドストライクなんだけど・・・目の前にいちゃつかれるとかマジで拷問だろ」

「・・・南雲や篠崎の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい!。異世界の女の子と仲良くなる術だけは、何としてでも聞き出したい!そうだろ昇!明人!」

「「地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

 

シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた一致団結する愛ちゃん護衛隊の男勢三人。

そんな男子共を尻目にしつつも、優花を含む女生徒達はユエ達よりもコハクの事を観察していた。

 

「・・・まさか異世界で着物美人を見られるなんて思ってもいなかったよ!」

「コハクさんだっけ・・・なんか大人の魅力が触れると言うか・・・凄くスタイル良くて綺麗・・・だね」

「うん・・・・そうだね。」

「どうしたの優花っち?元気ないけど・・・」

「ううん。大丈夫・・・コハクさんが・・・竜也の家族・・・」

 

優花の頭に浮かぶのはコハクと言う名の白い狐の亜人?の事であった。

竜也の家庭内事情は知っていたつもりではあった。

まさか、竜也の家が狐との深い縁があるのは分かってはいたが、異世界で家族とも言える存在を作っていたとは夢にも思わなかった。

その事に驚きつつも、何故か嬉しく思う優花であった。

元居た世界での竜也は独りぼっちな感じがしていた。

事故で家族を失って以降、何処か暗い一面を感じずにはいられなかった。

自分だけでは竜也の心に空く穴を埋める事が出来ない気がしていた。

突然現れた竜也の家族と名乗る存在に驚きつつも、自分に出来ない何かを優花は感じていた。

そう思っていると、ハジメは食事を終え部屋を後にしようとする。

慌てて畑山先生が止めに入ろうとするが、「明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」と言い、ユエとシアと共に部屋を後に二階の客室へと階段を上っていった。

残ったのは俺とコハクなのだが、明日は朝早くから仕事があると先生や優花達に言うとその場を後にすることを決めた。

優花やクラスメイトに対しもっと話したいことがあるのだが、仕事は仕事である為に明日に備えて寝る事に決めた。

すると、去り際にコハクが意外な事を口走るのであった。

 

「一つ尋ねたい事があるが、『優花』と言う名の娘は・・・お前か?」

「えっ・・・私?」

 

何故かコハクは優花と目を合わせると名指しで目を合わせた。

コハクから名指しをされた優花はそう返事をすると、コハクは優花に対しこう言った。

 

「・・・そうだ。お前に話がある、少し顔を貸せ」

「えっと・・・私も貴方に話したい事があります」

「ならば好都合だ。着いて来い。安心しろ取って食ったりはせん」

 

コハクに指名された優花はその事に驚きつつもコハクの後を追い部屋を出た。

先生やクラスメイト達は心配そうに優花とコハクを見るも、俺が大丈夫だと言い聞かせた。

優花の事はコハクに任せた俺は、部屋に戻る事にした。

その際、コハクからは「悪いようにはせん」と言われた。

俺は、パートナーであるコハクを信じて優花の事を任せると、先に部屋で寝る事にした。

 

 

翌日、月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた夜明けと言える頃合い。

俺達五人は旅支度を終えて宿を出た。

朝靄が立ち込める中、俺達は北の山脈地帯に続く街道へと続くウルの町の北門へと向かい歩く始めた。

特に荷物とも言える物はないが、コハクの手には小さい風呂敷を手にしていた。

中身は朝食に作った握り飯である。

移動しながらでも食べられるようにとコハクが起きて早々宿の厨房で握ったものだ。

炊飯自体は宿屋のオーナーであるフォスが事前に準備してくれたそうで、本当に感謝しかない。

山脈への道は馬だと丸一日だが、魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間と言ったところである。

表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた辺りで複数の人の気配を感じると、門の目の前には畑山先生と優花達六人がいた。

何故此処にいるのかと思ったが、コハクが「私の方から誘った」と言い出した。

てっきり先生達に対し私達と関わるなとばかり言うかと思ったのだが、意外であった。

それを聞いたハジメが「何で先生まで来てるんだよ」とコハクに詰め寄るも、「私が誘ったのは優花だけだ」と返した。

コハクが誘ったのは優花だけであったのだが、その話を聞いたクラスメイト全員が参加する事になった。

すると、畑山先生が俺達に詰め寄ってきた。

 

「行方不明者の捜索なら人数は多いほうがいいですよね?私達も行きます」

「却下だ先生。園部だけならまだしも何で先生たちまで付いて来るんだよ」

「先生は、どうしても南雲君や篠崎君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。移動時間とか捜索の合間の時間で構いません。」

「悪いが、先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだよ。」

「それに行方不明になった人の中に清水君も含まれているんです。どうか一緒に私達も連れて行ってください」

 

この町に来て優花達と再会してから気づいたことがある。

王宮にいた時にパーティを組んでいた一人である清水幸利の存在が居ない事だ。

先生体の話を聞くと、ウルの町に着いた翌日の朝には姿を消していたと言う話だ。

人攫いにでもあったかと思われたのだが、痕跡らしきものは全くなく行方知れずになっていた。

懸命に周辺地域を捜索し、冒険者にも依頼を出したにも拘らず行方は掴めないまま二週間が過ぎたそうだ。

これを機に俺達の仕事でもある捜索対象を探しながら清水の手掛かりが無いかを調べようと思ったのである。

どうするか悩んでいたハジメであったが、時間が惜しい為、同行を許すことにした。

 

「着いて来るのは良いが危険な事に巻き込まれる可能性だってある。それでもついて来るのか先生?」

「当然です!ちゃんと南雲君と篠崎君の口から聞いておきたいだけですから」

「全く、先生はブレないな」

 

そう言うとハジメは宝物庫から魔力駆動二輪と魔力駆動四輪『ブリーゼ』を取り出した。

ブリーゼの形状は軍用車両であるM1151ハンヴィーをベースに、ハジメによって若干アレンジされ大型化した乗り物である。

突然、虚空から大型のバイクと中型車両が出現し、ギョッとなる優花達。

バイクと車と言う異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれている中、「こ、これ南雲が作ったのか?」とバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ね「まあな」と返した。

すると畑山先生達の同行を許すのかとユエとシアが尋ねてきた。

 

「・・・ハジメ、本当に連れていくの?」

「ああ、まあどうせ行っても聞かないしな先生は」

「生徒さん想いの優しい人なんですね」

 

結果、優花達六人が捜索に参加する事になった。

人数の割り当て上、魔力駆動四輪『ブリーゼ』の運転手にハジメと先生達、魔力駆動二輪は俺が乗る事になった。

 

「あのさ、私が竜也に後ろに乗っても・・・いい?」

「ん?ああ、良いけどよ」

 

俺がバイクに乗ると優花が詰め寄って来たのだ。

てっきり俺の後ろにコハクが乗るのかと思ったが、優花が俺と相乗りする事になった。

そういう風に人数の割り当てをしたのはコハクだそうだ。

優花曰く、コハクから「漸く竜也と会えたのだろう。ならば離れていた分、竜也の傍に居ろ」と言ってきたのである。

それを聞いた俺は、コハクが何を考えているのか少しわからなくなった。

昨日の夜、コハクが優花を連れ出して何を話したのか聞いても答えてくれなかった。

悪いようにはしないと入ったものの妙に気になって仕方ない。

俺はバイクのハンドルを握ると、優花は俺の腰に手を回してしっかり握ると出発する事にした。

同時にハジメが運転する魔力駆動四輪も移動を開始した。

普段、俺の背中にいるのはコハクなのだがこれはこれで何とも言えない感覚であった。

元居た世界でもいつかはバイクの免許を取って優花とツーリングでもしようかと考えていたのだが、まさか此処で叶うとは思いもしなかった。

普段コハクが俺の背中に当てる胸の感触と大きさと比べるとなんだか、優花は若干小さく感じるなと不謹慎ながら考えていた。

すると、その考えを読み取ったのか優花が俺の腹を指で強く摘まんできた。

 

「・・・ねえ、竜也。今なんか失礼なこと考えなかった?」

「か、考えるわけねえだろう・・・」

「ふ~ん、まあいいか。コハクさんに比べたら私の胸は小さいかもしれないけど、こっちに来てから少しくらい大きくなったんだよ。」

「お、おう。そうかそりゃ良かったな」

「雫まではいかないけど、香織や妙子ぐらいはあるんだから」

 

ハジメの運転する魔力駆動四輪の後を追うように進み、優花の鼓動と胸の感触を背中に感じながらも、目的地である北の山脈へ向けて移動をするのであった。

 

 

数時間後、目的地である北の山脈地帯へと到着するのであった。

標高千メートルから八千メートル級の山々が俺達を待ち構えているかのように聳え立っていた。

生えている木々や植物、環境がバラバラであり、日本で言う紅葉が咲き誇る秋の山のような場所もあれば、夏の木のように青々とした葉を広げていたりと様々であった。

現在確認されているのは四つ目の山脈までであり、其処から先は完全な未知の領域である。

車とバイクで進めそうな場所まで到着すると、此処からは徒歩での移動になる。

とは言え、闇雲に探しても非効率な為、俺達はある方法を取った。

コハクの保持するアーティファクト「飛行甲板」から発進する式神に『遠透石』を組み込み、無人ドローンとして上空から捜索をする事にした。

因みに遠透石と言う鉱物はライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士をハジメがちゃっかり鹵獲した物から抜き取ったものである。

コハクが式神を操作し外部の映像を送り、ハジメの右目に装着している眼帯型アーティファクトへ送られた映像を確認すると言う仕組みだ。

尚、ハジメの右目に付けてある眼帯型アーティファクトの名前は『ターレットレンズ』である。

名前の由来は、某装甲騎兵のロボットアニメであり形状もそれに似せて作って在る。

ハジメとコハクのアーティファクトに驚く優花達であったが、三十分近く経ってからようやくめぼしい物が見つかったそうだ。

 

「これは、鞄・・・か。」

 

式神から送られた映像を確認するハジメの目に映ったものは、小ぶりな金属製の盾と折れた剣であった。

魔物の目撃情報があった山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りである。

畑山先生が何事かと目を輝かせハジメに詰め寄った。

 

「此処から先に進んで行った所に痕跡らしきものがあった。たぶん冒険者の物だな」

「そう・・・ですか」

「此処からは歩いて進むしかないようだな」

 

そう言うと、ハジメが先頭に立ち山道へと入っていく。

ハジメに続くようにシアとユエ、俺とコハクに優花が後を追っていく。

先生たちの様子に気を配りながらも、かなりハイペースな行軍速度で進んで行き、一時間以上かけて六合目付近まで到着した。

詳しく周囲を探る必要があるついでに、近くの川で休憩を取る事にした。

後ろを振り向くと、四つん這いになり必死に息を整える先生達がいた。

 

「ぜぇーぜぇー、休憩・・・ですか」

「はぁはぁ・・・もう休んで・・・いいのか?」

「ゲホゲホ・・・南雲達の体力は・・・化け物か」

「皆体力無さすぎだよ」

「なんで・・・優花ッちは・・・平気そうなの」

「そりゃあ、日頃から鍛えているもん」

 

俺達の移動速度が速すぎるのもあってか、殆ど全力疾走しながらの登山となり体力を消耗しきってフラフラになっていた。

だがしかし、優花だけは問題なく平気そうであった。

聞いたところ、時間があれば体力練成を欠かせなかったそうでクラスメイト達の中で一番体力があるそうだ。

優花も、何時までも守られるばかりは嫌だそうで、王宮にいた頃からトレーニングと訓練を欠かさず行っていたと言った。

折角なので、此処で昼休憩を取る事にした。

朝飯である握り飯はコハクが作ったのだが、昼の弁当は優花が作ったものであった。

地面にシートを広げると、背負っていた背嚢の中から木製で出来た大きめの弁当箱を取り出すのであった。

弁当箱の中身はサンドイッチである。

人数分作っているのか、種類と量も豊富で結構な出来栄えである。

定番とも言えるタマゴサンドやハムチーズサンド、ベーコン・レタス・トマトを使ったBLTサンド、タマゴとハムカツのポケットサンドを含む華やかな物であった。

それ等を見ていた女性陣や男性陣から喝采の声が上がった。

俺も久しぶりに優花の手作り料理が食べられると知り、内心喜んでいた。

ハジメやユエ、シアやコハクにも優花の料理が口に合ったのか満足気味であった。

 

「他にも色々作りたかったのもあったけど、また今度ね」

「ああ、その時を楽しみに待ってるぜ優花」

「うん!私も竜也に食べて貰えて嬉しいよ」

 

隣で座っている優花が、俺の肩に頭を乗せてそう言ってきた。

俺も優花の気持ちに答えるように手を結ぶのであった。

傍から見たら、俺と優花は付き合い始めたカップルの様にも見えた。

突如、発生した桃色空間に畑山先生は頬を赤らめ、菅原達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締め、手頃な岩を殴り始めるのであった。

ユエ至っては、ハジメにベッタリと付き、それを見たシアもまた背後から抱き着くのであった。

そんな様子を何処か微笑ましそうに見ながらも、サンドイッチを口に運ぶコハクが一瞬だけ目に映った。

俺達は行方不明者の捜索と言うの仕事を頭の隅にやり、ちょっとしたピクニックを楽しむのであった。




次回予告『白狐と黒竜』

タイトルでネタバレになりがちかもしれませんが、次回はコハクが本領発揮して大活躍しますのでお楽しみに。


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白狐と黒竜

投稿が遅れてすいません。
GWを堪能してかなりゆっくりと過ごしていました。



休憩を終えた俺達は探索と捜索を再開するのであった。

山道を進んで行くと、コハクの式神で捜索した遺留品らしきものを発見した。

現場に到着し注意深く周囲を見渡せば、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱しており、近くの木の皮が禿げているのが見えた。

遺留品と思わしき物を優花達が回収する中で先へ進んで行くと、何者かと争ったと思われる痕跡があった。

半ばで立ち折れた木や枝や踏みしめられた草木、折れた剣や血が飛び散った痕があった。

恐らく此処で何かあったかは想像に容易い。

古びた様子はないのでごく最近、ウィル一行の物であると推測し、散見される中で身元特定に繋がりそうな遺品だけは回収していく。

どれくらいの時間を探索し、時刻は既に日はだいぶ傾き始めた頃合いとなり、野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた頃であった。

式神を使って探索をしていたコハクとハジメに新たな痕跡を発見したと言う報告が耳に入った。

そこは大きな川で、水量が多く流れもそれなりに激しいが、その先には上流に小さい滝が見えた。

その川は途中で大きく抉れており、周囲の木々や地面が焦げる程に抉れた部分が直線的であるのが印象的だ。

川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大型生物が残した大きな足跡があった。

足跡を調べブルタールと呼ばれる魔物かと推測するが、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。

余談ではあるが、ブルタールとはこの世界におけるオークやオーガの事であり知能は低いが、群れで行動するのが特徴だ。

だとすればそれよりも強力な魔物がこの場所にいた事になるのだが、それが何なのか分からずじまいであった。

コハクと共に探索を行っていたハジメの技能である『気配感知』に反応が出た。

 

「これは・・・あの滝壺の奥に反応がある。大きさからして人間か?」

「生存者がいるって事か?」

「人数は・・・一人って所だな」

 

ハジメが発見した反応の先には川の上流にある小さな滝からであった。

更に詳しく見ていくと、滝の裏側には空洞になっていて、其処から反応があったとハジメは言った。

生存者がいたという事に驚く優花達も一様に驚いている中、反応のあった滝まで辿り着きハジメがユエに声を掛け魔法を発動させる。

 

「『波城』・・・『風壁』!!」

 

ユエが発動した魔法により滝と滝壺の水が真っ二つに割れ、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われるのであった。

水系魔法と風系魔法という二つの属性の魔法を詠唱や魔法陣も無しに発動させると言うとんでもない事を平気で行うユエに、優花達は声を失い本日何度目か分からない驚愕を感じるのであった。

案の定、空洞となっていた滝の裏側にある洞窟らしき場所へ踏みこみ探索を行うのであった。

足場には水溜りがある為か滑らないように気を付けながら慎重に進んでいくと、一番奥の空間に倒れている男性らしき人物を発見した。

傍に寄って確認すると、青ざめて死人のような顔色をした二十歳くらいの青年であり、端正で育ちが良さそうな顔立ちをしていた。

幸い、大きな怪我も無く眠っているようであった。

その様子を見たハジメは、やや強引ではあるが男の肩を揺さぶり起こすのであった。

 

「起きろ。お前は、ウィル・クデタか?」

「えっ・・・あ、はい。あなた達は一体・・・」

「俺は南雲ハジメだ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。」

「イルワさんが!?あの、ありがとう・・・ございます!!」

 

簡潔に自己紹介をし、イルワの名前を出すとその男はそう答えお礼を言ってきた。

どうやら俺達が探している人物であるウィル・クデタ本人に間違いなさそうであった。

それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞くことにした。

その話の内容はこうである。

ウィル達は五日前、山道に入り十数体のブルタールの群れと遭遇し撤退をするも、ブルタールの群れに囲まれ仲間二人が犠牲となった。

必死で逃げ追い立てられながらも大きな川に出た所で新たな魔物に遭遇した。

その魔物の姿は巨大な漆黒の竜であり、後方からはブルタールの群れが迫ってきており逃げ場を失った。

竜の口から放たれるブレスから難を逃れるために滝壺に落ち、運良く見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していた。

洞窟内で飢えを凌いで隠れ続け、今日まで生き延びる事が出来たと言う。

話をしている内にウィルの目から涙が決壊した堤防から溢れる水の様に零れ落ちていくのであった。

 

「私は・・・最低な人間だ。仲間を見捨てて・・・自分だけ生き延びて・・・何の役にも立たなかったと言うのに・・・生き残った事に・・・喜んでいる自分がいる」

 

息がつまり苦しそうな声ですべてを話したウィルを悲痛そうな表情で見る優花達。

言葉一つ一つに後悔と苦悶がヒシヒシと伝わってくるのが分かる。

そんな様子を見兼ねた俺はウィルの胸倉を掴み上げた。

 

「生き残って・・・生きたいと願って何が悪い!!お前のその願望は人間として至って正常で間違ってなんかいやしない!!」

「だけど・・・私は・・・」

「死んでいった奴らの事を少しでも思うんなら・・・お前は生き続けろ!!死なせたことに後悔をしているんだったら、生きて続けて贖罪をしやがれ!!」

「生き・・・続ける」

「そうだ。泥水啜ろうが、雨風汗まみれになろうとも生き続けろ!!少なくとも・・・お前には帰りを待つ人達がいるんだろう」

「それは・・・・」

「お前の生存と帰りを待っている人や家族がいるんなら、そいつ等の為にも生きて帰るのがお前の役割だ」

 

そう言うと俺はウィルを離すと自分に向かって「何やってんだよ俺は」と呟くのであった。

説教染みたことを他人に言うのは柄じゃないのだが、何となく言わないといけない気がした。

俺が居なくてもハジメが似たようなことを言うような気がするが、特にハジメからはウィルに対し何もなかった。

洞窟内を何とも言えない空気が漂ったが、一行は急いで下山をする事に決めた。

先生たちの目的である清水の姿は何処にもなかったが、ウィルが生存していただけでも儲けものである。

ブルタールの群れや漆黒の竜の存在が気になるが、万が一に遭遇した場合、優花達や畑山先生を守りながらの戦いになってしまう。

そうなる前に急いでこの山から撤退をする事にした。

 

だが、そうは事は上手く運ばないのが世の常である。

滝壺の洞窟から出た俺達を待っていた者がいた。

正確には人ではなく魔物であるが。

漆黒の鱗で全身を覆い、低い唸り声で「グゥルルルル」と上げ、翼を大きく広げた金色の瞳をした黒

所謂、ファンタジー系RPGではお馴染みのドラゴンである。

漆黒の鱗からは薄らと輝いて見え魔力を纏っていると同時に、我こそは空の王者であると言わんばかりに強さと威厳、美しさを感じさせる光を放っていた。

金の瞳が、空中より俺達を睥睨し目線があった優花達は完全に硬直し、ウィルに至っては頭を手で覆い委縮するのであった。

目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、凄まじく奈落の魔物で例えるならば、オルクスの最深部にいたヒュドラには遠く及ばないかもしれないが、九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じた。

そう考えればベヒモスなどチワワのような愛玩動物にすら思える。

その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けると同時に、頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けると、「キュゥワァアアア」と音を立ててそこに魔力を集束し始めた。

それを見たハジメと俺が「退避しろ!」とユエ達や優花達へ指示を出す。

ユエやシア、コハクはすぐさま行動に映れたが、優花達はそうはいかなかった。

実戦経験の少なさと竜と言う存在に威圧されすぐには動けなかった。

 

「チッィ!!」

 

ハジメは優花達やウィルの前に行くと、黒竜の間に割り込むと同時に宝物庫からあるアーティファクトを取り出した。

二メートル程の柩型の大盾を左腕を突き出して接続し、魔力を流して大盾の下部から杭を出すと地面に叩き付けるように突き刺した。

直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれ、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし大盾の周囲の地面を融解させていく。

ハジメが必死にブレスの圧力に抗うものの、完全に押されているのが見えた。

俺はハジメの後ろに着くと、背中を支えるように盾を握りその場に踏ん張った。

 

「クソがあぁぁぁぁ!!」

「ぐぅおぉおおお!!」

 

固定のために地面に差し込んだ杭がブレスの圧力に押し負けそうになるも、大盾の表面を徐々に融解させていく。

ブレスの威力はすさまじく、周囲にあった川の水は熱波で蒸発し、川原の土や石は衝撃で吹き飛びひどい有様である。

このままでは何時しか押し呑まれるかと思ったときであった。

 

「『禍天』っ!!」

「うらああああああああああ!!!」

 

黒龍の左右に分かれたユエとシアの攻撃でブレスの威力が弱まった。

ブレスによる攻撃は確かに強力ではあるがその分、攻撃中は無防備になる為そこを狙ったのである。

ユエの放つ重力魔法から作り出された渦巻く重力球を黒竜の背中に叩き付け動きを封じ、動けなくなった所にドリュッケンを持ったシアが頭部に叩き付けると言う作戦だ。

シアの必殺とも言える一撃が決まり、その衝撃で轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたようにクレーターが出来上がるのだ。

これで倒れてくれればよかったのだが、そうはいかなかった。

 

「グルァアアアアア!!!!!」

 

黒竜の咆哮と共に起き上がり、ユエ目掛けて火炎弾が豪速で迫った。

咄嗟に回避しようにも数発喰らったユエは地面に倒れこむ。

重力魔法の拘束が解け、先程のお返しと言わんばかりに体を横に高速で一回転させ、シアに長い尾を叩きつけたのだ。

間一髪、シアはドリュッケンを盾にして衝撃を防ぐも、木々の向こう側へと吹き飛ばされていくのであった。

 

「っ野郎!!」

 

すぐさまハジメがドンナー・シュラークを抜きざまに発砲するも、竜の鎧は予想以上に固く何事も無いように弾き返す。

俺も攻勢に入ろうとするも黒龍の攻撃が激しく迂闊に近寄る事すらできない。

どうするか手をこまねいていた時であった。

黒竜の頭部に目掛けて蒼い炎を纏った式神が放たれ爆発した。

その攻撃に怯んだのか体制を若干崩しつつも攻撃のあった方へと目を向ける黒竜であった。

ユエを介抱し優花達の守りに徹していたコハクの攻撃であった。

すると、回復したユエに優花達の守りを任せたコハクは、ゆっくりと黒竜へ向け歩きだした。

 

「・・・まさか此処でお前と会うとは思わなかったぞ」

 

口振りからしてコハクはこの黒竜の事を知っているように思えた。

するとコハクは、俺とハジメに対しこう言い放った。

 

「コイツの相手は私がしよう。お前たちは下がっていろ」

「おいおい、無茶言うなよ。コハク一人でどうにかできる相手じゃないだろうが!!」

「心配は無用だ。この竜には聞きたい事があるのでな。殺しはせん」

「生け捕ろうってのかよ?そんな余裕なんてないぞ」

「まあ見ていろ。丁度良い機会だ、私と言う存在が何たるか其処で見ていろ」

 

コハクが不敵の笑みを浮かべるとそう言い、俺とハジメは渋々ながら後退するのであった。

念の為いつでも援護が出来る位置に立ち様子を見る事にした。

すると黒竜は何故かコハクに攻撃をするどころか、翼をはためかせながら上空で滞空するのであった。

俺はその光景を見て黒竜もまたコハクの存在に警戒しているようにも見えた。

一触即発とも言える空気を漂わせる中、俺はある事を思い出した。

それは、まだコハクと出会った頃に聞いた話である。

コハクは500年前にお姉さんと共に『竜人族』と言う種族と縁があり、色々と世話になったと言う話だ。

俺はその話を思い出し、コハクが何をしようとするのか察する事が出来た。

 

「(・・・コハクはこの黒竜の事を知っているのか?)」

 

そう思っていると、黒竜と対峙したコハクは振袖から白い狐のお面を取り出すと、指先から出す蒼炎でお面を燃やすのであった。

それと同時に、辺り一面が桜吹雪で覆われるのであった。

それは黒竜だけでなく、ユエや優花達のいる所まで覆われる程である。

思わず左手で視界を防ぐように覆い目を閉じるのであったが、目を開いた瞬間、驚くべき光景が目に映った。

桜吹雪が収まったかと思ったら、其処には巨大な白い獣の姿が大地に立っていた。

体長は十メートル程あり、雪のように白く美しい毛並みと九本の尾、力と強さを象徴するかのように目元には赤い隈取をした巨大な狐の獣がいた。

その姿こそ、九尾の白狐たるコハクの真の姿だ。

 

「ワオォォォォォォンンンン!!!!」

 

九尾の白狐と化したコハクは、狼か犬が雄叫びでもあげるかのような声と共に空に舞う黒竜に対し咆哮するのであった。

コハクと出逢った当初に見た姿に俺は再び感動を覚えた。

その姿を見たハジメ達は声を失ったかのように驚愕していた。

コハクの事はハジメ達には話していたのだが、いざ直面すると驚くのも無理はない。

最も一番驚いているのは、優花達や畑山先生であった。

横目で優花達を見ていると、故郷の日本では存在自体が伝説として語り告げられ、剣と魔法のファンタジーな異世界に存在するはずの無い九尾の狐の姿に心底驚くと同時に、巨大な白い狐の獣となったコハクを見て驚くどころかガクガクと震えだし恐怖に満ちた表情をしているウィルの姿が俺の目には映った。

無理も無い。

この世界では九尾の白狐の事は『厄災の獣』として知れ渡っているのだ。

そう思いながら、今はコハクの戦いを見守る事にした。

白い九尾の狐は空に滞空する黒竜を蒼く澄んだ瞳で睨み、漆黒の竜もまた大地に力強く立つ白狐を金色の瞳で見据えるのであった。

片や、日本三大妖怪の一角にも連なり、その名を轟かせる九尾の狐。

片やファンタジー系RPGではお馴染みでもあり定番とも言えるドラゴン。

今まさに異色の対決が始まろうとしていた。

 

睨み合う二匹の獣であったが、攻撃は概ね同時であった。

黒竜は先程俺達へ目掛けて放ったブレスを吐こうとするのに対し、白狐もまた口から収束された蒼炎を放った。

互いの炎がぶつかり合い空中で大爆発を起こし、その爆風が俺達へと襲った。

強大な力と力のぶつかり合いに吹き飛ばされそうになるも、何とか踏みとどまる事が出来た。

土煙で辺り一面大手何も見えないように思えたが、その中を態勢を低くした白狐が黒竜の喉元目掛けて飛びつくのである。

呻き声か泣き声か分からない雄叫びを上げる黒竜の喉元に、白狐の牙が食い込むのである。

背中から大地に叩き付けられ、白狐に押し倒される形でマウントを取られる黒竜。

だがしかし、曲がりにも竜である以上、やられっぱなしと言うわけではない。

逆にマウントを取り返そうと負けずに大地を転がりあい、相手の首を取ろうと反撃を行う。

その様子はまるで、ゴ〇ラ映画に登場する怪獣同士の激しい戦いか縄張り争いかにも見える。

二匹の獣同士で行われる戦いの余波で、周囲の木々や川辺の石が弾け飛び、大地に戦いの爪痕を深く残すのである。

白狐もまた黒竜の喉元に嚙みついたまま放そうとしない。

漸く放したかと思ったら、前足を黒竜の頭目掛けて叩き付けるかのように殴り始めるのであった。

宛ら、浮気と不倫がバレた夫に怒りのビンタを喰らわせる妻の様である。

黒竜もまた、距離を取ろうと長い前足で腹を蹴ろうとするも、それを察知した白狐が寸での所でバックステップするかのように回避し、黒竜の前足が空を蹴るのであった。

これと言って無傷に近い白狐に対し、満身創痍手前となっている黒竜である。

黒竜の翼は折れ最早飛ぶことすら叶わず、ハジメのドンナー・シュラークですら傷が付かなかった強固な鎧は砕け罅が入り、大地に膝をついた。

そんな事などお構いなしに白狐は止めを刺す体制に移った。

九本の尻尾の先端に蒼く燃える炎が鬼火の様に灯り始め、目元にも蒼炎を滾らせ始めた。

 

「ワオォォォォォォン!!!!」

 

雄叫びと同時に、九本の尾から黒竜へ目掛けて無数とも言える火球を放つのであった。

回避することすらままならぬ黒竜は次々とその身に蒼炎の火球を浴びせられるのであった。

 

「グゥガァアアアア!!!」

 

白狐が放つ蒼い火球の弾幕とも言える絨毯爆撃の直撃を浴びせられた黒竜は雄叫びと共に大地に平伏せるのであった。

相手が倒れ意識が失ったのを確認した白狐は、黒竜の首元を咥えると仕留めた獲物を飼い主の元へ持ち帰ろうとする猟犬の如く俺達の目の前へ引き摺って来るのであった。

あれだけの攻撃を受けても黒龍は奇跡的にも生きていた。

すると、白狐が突如として再び桜吹雪に包まれるのであった。

桜吹雪が収まると、其処には普段から見慣れた姿をしたコハクの姿があった。

俺はコハクの活躍を労うべく声を掛ける事にした。

 

「お疲れコハク。さっきのは凄かったな」

「それ程でもない。まあ久しぶりにあの姿になって戦うのは悪くない物だ」

「だとしてもだ。普段のコハクも良いが白狐の姿もカッコ良かったぞ」

「そうか・・・・竜也がそう言うなら、獣化した甲斐があったと言うものだ」

 

俺から称賛の声を受け何処と無く嬉しそうな表情を取るコハクであった。

コハクの戦い振りを見ていたハジメ達からも同じような言葉を掛けられるのであった。

 

「・・・竜也から話を聞いてはいたが、改めて九尾の狐って凄いもんだな」

「コハク凄く強かった・・・」

「突然コハクさんが大きな狐さんに変身したのは驚きましたけど、凄く綺麗ですごかったです!」

「むぅ・・・その・・・あまり褒めるな。照れくさいだろうが・・・」

 

ユエやシアからの思わぬ称賛に思わず頬を赤くして照れ隠しをするコハクであった。

そんなやり取りをしていると、一部始終を見ていた優花達や畑山先生が恐る恐ると言った感じで寄って来るのであった。

 

「(まあ、あんな戦いを見たんだ。無理も無いか)」

 

優花達と畑山先生は戦いの最中、蚊帳の外とも言える状態ではあったのだが、大方どういうことなのか質問をするためなのは予想が付く。

ウィルに至ってはコハクの姿を見て完全に怯えている仕草であった。

取り合えず未だ意識を失って眠っている黒竜を尻目にコハクの事を説明するのであった。

納得してもらえるかどうかは分からないが、話せる範囲内で話す事にするのであった。

 

「篠崎君・・・その、コハクさんは一体何者なんですか?先程の大きな狐の姿と言いアレは一体・・・・」

「・・・コハクは見ての通り、この世界の住民でも無ければ亜人族でも無い。強いて言うならば九尾の白狐で、俺達がこの世界に来る500年前の日本からエヒトによって無理やり連れてこられた存在だ」

「「「「「「「「!?!?」」」」」」」」

 

そこからは、コハクに関する事を話しはじめた。

コハクは元々古き時代より日本に住む九尾の狐であり、年齢は不明だが平安時代から生きていることを考えれば1000年近く又はそれ以上生きている存在である。

九尾の狐である玉藻の前の仲間と誤認され人間達によって迫害と差別を受け住む場所を追われるだけでなく命も狙われていた。

先程巨大化した狐の姿が本来の姿なのだが、人の姿の方が勝手が良いのと魔力の消費が少ないからだそうだ。

唯一の身内である姉のセキと共に人目を離れた山奥で平穏に暮らしていたのだが、突如としてこの世界トータスへと召喚される。

召喚された矢先、この世界の人間達から世界を侵略してきた敵と認知され、『厄災の獣』と呼ばれるようになりこの世界の人間族からも迫害と偏見を受けるのであった。

幸い、コハク達の事を受け入れてくれたある種族によって保護され安住の地を得るも、その種族が人間族によって神敵と認定され再び住処を失う。

世話になったその種族へ恩を返すべく、戦うも謎の存在によって体の自由を奪われ奈落の底へと堕とされる。

それから500年が経ち、オルクスでの実践訓練で奈落に堕ちた俺と出会い、長きに渡る呪縛を俺が解き行動を共にするようになった。

 

「・・・・とまあ、こんな感じだな」

 

大まかではあるが優花達や畑山先生に分かりやすくコハクの事を伝えるのであった。

当の本人?獣であるコハクに至っては、青色の式神を使い黒竜の頭部に何やら行っているようであった。

説明を終え静まり返る一同に踵を変え、俺は一旦コハクの元へと向かった。

何をしているのかを尋ねると、この黒竜を調べてわかった事があるそうだ。

なんでも、この黒竜には洗脳や暗示と言った闇系統の魔法が多用されており、解除するには時間が掛かるそうだ。

どうした物かと考えていると、ハジメが俺に良い考えがあると言い宝物庫からある物を出すのであった。

ハジメが取り出したのは、パイルバンカー用の杭であった。

技能の一つである『豪腕』を使い左手で掴むと、肩に担いで黒竜の尻尾の付け根の前に陣取るとこう言った。

 

「知ってるか?『竜の尻を蹴り飛ばす』って諺を」

 

この時俺は、黒竜の尻にケツバットでもするのかと思っていたのだが、予想は斜め上を行くのであった。

ハジメは、槍投げの選手のような構えを取るのであった。

この時その場にいた全員がハジメがしようとする事を察した。

それに気が付いた俺とコハクが止めようとするも遅かった。

ハジメが手にしたパイルバンカーの杭は勢い良く黒竜の尻の部分に突き刺さるのであった。

言いたくはないが、ケツバットもといケツパイルである。

ズブリと音を立てて勢いよく突き刺さったその瞬間、黒竜がくわっと目を開けた。

 

『ファッ!?アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!』

 

黒竜は女の声で悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。

不幸中の幸いか、尻に刺さった杭は先端部分で済んでおり奥までは至っていない。

 

『お尻がぁ~!!妾のお尻がぁ~!!ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~!!!!』

 

黒竜の発したと思われる悲しげで、切なげな悲鳴に驚きつつも刺した張本人であるハジメはドン引き状態であった。

いち早く正気を取り戻したコハクがハジメに早く杭を抜けと怒鳴る。

恐る恐るではあるが、突き刺した杭をゆっくりと引き抜くハジメであった。

その光景を見ていた一同、主に女性陣は自分の尻を抑えると青ざめて完全に硬直していた。

杭を完全に抜き取るのを確認したコハクは、黒竜の前に立ち話し掛けるのであった。

 

「はあ・・・・・奇妙な形で再会となったが・・・随分と久しいな『ティオ』」

『その声とその姿・・・お主が何故此処に!?』

 

やはり俺の予想していた通りコハクとこの黒竜は何かしやら繋がりがあるようだ。

 

「取り合えずまずはお前の『竜化』を解いてはどうだ?話はそれからだ。」

『うむ・・・そうするのじゃ』

 

その黒竜は直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさを小さくしていき人位の大きさになると魔力を霧散した。

 

「ふぅ・・・まだお尻に違和感があるが、危うく新世界の扉が開くところじゃった・・・・」

 

黒き魔力が晴れたその場には二十代前半の女性が両足を崩し、片手でお尻を摩るように座り込んでいた。

身長は170センチほどあり、腰まである長く艶やかな黒髪と薄らと紅く染まった頬、乱れて肩口まで垂れ下がった衣服で、そこから覗くように自己主張の激しい大変ご立派な胸部装甲の持ち主であり、コハク同様に胸元が大きく開いた着物姿の艶かしい美女であった。

これが俺にとってこの世界に来て初めて見る『竜人族』と呼ばれる種族との最初の出会いであった。




次回予告『竜人族 ティオ・クラルス』

今回のバトルシーンでコハクが巨大な白狐になるシーンですが、アズールレーンのアニメ第一話であった場面の再現です。
詳しく知りたい方はアズールレーンTHE ANIMATIONをご視聴ください。




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竜人族 ティオ・クラルス

今回もですが、基本的に原作に沿いつつも若干アレンジを加えてオリジナル展開を入れました。



この世界では500年前に絶滅されたとされる伝説の種族である『竜人族』との会合を果たした俺達は目の前にいる黒竜の姿から黒髪の女性へと変身した彼女と話をするのであった。

 

「色々と面倒を掛けて本当に申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス、竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

ティオ・クラルスと名乗る彼女はそう簡単に自己紹介をした。

コハクによるとは大昔にであった種族として縁があり、竜人族の代名詞たる固有魔法『竜化』で竜へと変身すると俺は聞いている。

竜に変身する事が出来ると聞いて俺は、天使と竜の輪舞するアニメを思い出していた。

ティオと面識があるようなので色々と事情聴取をするがてら話をする事にした。

最初に話を切り出し始めたのはハジメであった。

 

「500年も大昔に滅んだはずの竜人族が何故こんな所にいる?一介の冒険者なんぞ襲っていた理由も聞かせてもらおうか」

「うむ、それに関しては申し訳ない。だが、お主等を襲ったのは妾の本意ではない。あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられ、操られておったのじゃ」

「操られていた?どういうことだ?」

「順番に話す。それでよいか?」

 

ティオはこれまで自身に起こった事と、一部始終話し始めるのであった。

彼女はある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出してこの地へとやってきた。

その目的とは異世界からの来訪者の調査である。

竜人族に魔力感知に優れた者がいて、数ヶ月前に大魔力の放出と共に複数の何かがこの世界にやって来たことを感知した。

2年前にも小規模ではあるが似たようなことを探知したのだが、その時は放任する事になったらしい。

今回の未知の来訪者が何者であるのかを探る為に一族で話し合いをした所、ティオが調査へと志願するのであった。

その調査の目的で集落から出てきたティオは山脈を越えた後、人の姿へとなり身分を秘匿して情報収集に励む予定であった。

だがここでティオに不幸が降りかかった。

人里から離れた山脈で竜の姿のまま眠っていたところ、一人の黒いローブ姿の男が現れた。

 

「非常に恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいじゃろう。」

 

その謎の男によってティオはほぼ丸1日かけて間断なく魔法を行使された。

丸1日かけてまで闇系統の魔法をかける謎の男が凄いのか、屈したとはいえ耐えきったティオが凄いのかよく分からない。

魔物を操ると言えば魔人族を考えるのだが、それはティオによって否定された。

その黒いローブの男は、黒髪黒目の人間族でまだ少年くらいの年齢だそうだ。

謎の男の闇系統魔法である洗脳を受けたティオは、魔物の洗脳を手伝わされていたそうだ。

理由は不明だが、その男は「自分こそが勇者にふさわしい」等と言い、随分と勇者に対して妬みがあるようにも見えた。

畑山先生は、脳裏にある人物が浮かんだのか困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をしていた。

その男は、魔物を集めて大軍団を作り上げている最中らしく、目撃者は消せという命令を受けていた。

運が悪いのか間が悪かったのか、調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、襲ったとの事である。

そして俺達と出会い、九尾の狐と化したコハクによってボコられた挙句意識を失い、ハジメのケツパイルという尻に名状し難い衝撃と刺激が決め手になり、によって正気を取り戻し今に至るそうだ。

 

「・・・・ふざけるな」

 

事情を説明し終えたティオに、先程から黙っていたウィルが激情を必死に押し殺したような震える声を発する。

 

「・・・・操られていたから?皆を殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!今の話だって、本当かどうかなんて・・・死にたくないがためにでっちあげたはなしなんだろう!!」

「今話したのはすべて真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

「だからって!!」

 

尚も言い募ろうとするウィルにユエとコハクが口を挟むのであった。

 

「・・・・きっと、嘘じゃない。」

「なっ・・・何を根拠に?」

「私は吸血鬼族の王族の生き残り。高潔で清廉な竜人族のあり方は王族の見本として三百年前に聞かされた」

「ティオは亡き竜人族の長であるハルガ殿と妻であるオルナ殿の娘だ。少なくともこの世界において人間族よりも遥かに信頼における種族だ。」

「・・・・・・」

「何よりも、嘘つきがどんな目をしているのかは私はよく知っている」

「お前達人間族の醜い所は、今まで飽きる程見てきたからな」

 

そう言われたウィルは言葉を詰まらせた意気消沈した。

とは言え恨み辛みが消えたわけではなく、今此処で確実に殺すべきだと強く主張するのであった。

それを見たティオは臆することなくこう言い放った。

 

「操られていたとはいえ罪なき人の命を奪ったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受ける覚悟だ。だが、今しばらく猶予をくれまいか?」

 

どういう事だと俺が聞くとティオはこう答えた。

自身を洗脳し操った者は魔物の大軍勢を作り、町を襲う気であると語った。

魔物の大軍勢が町を襲うと聞いて優花達が騒ぎ始めた。

竜人族は大陸の運命に干渉しないと言う掟があるのだが、今回の件はティオにも責任があるらしく、その男が齎す危険な脅威を放置する事など出来る筈も無く、この場は見逃してくれと懇願してくるのであった。

その話を聞いたハジメとコハクは早速、魔物の軍勢がいるとされる位置へ式神を飛ばし探索を行うのであった。

ティオが見た限りでは凡そ五千位と聞き一同は驚愕するのである。

探索をする中で、ハジメがコハクの式神から送られてきた映像を見て、小さく呟くのであった。

 

「おいおい、マジか。五千どころか桁が一つ追加される規模だぞ。」

 

方角は間違いなくウルの町がある方向で、二日どころか一日あれば町に到達する距離まで迫っている。

事態の深刻さに畑山先生は混乱しつつも、するべきことを整理するのであった。

戦闘経験がほとんどない優花達、駆け出しのウィル、魔力が枯渇し動けないティオを抱えたままでは此方が完全に不利だ。

探索を終えたハジメはすぐさま撤収準備に取り掛かるのであった。

皆が動揺している中、ウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの・・・コハク殿なら何とか出来き・・・ひっ!!」

 

言葉を遮る形でウィルの喉元へコハクが刀を抜刀し、鋭く突き付けるのであった。

その瞳は氷の様に冷ややかで見る者全てを凍り付かせんとばかりに鋭い眼差しであった。

普段の青く澄んだ瞳に若干どころか静かに怒りが籠った目でウィルを見下ろしていた。

コハクの気迫と怒気に押されたのかウィルは完全に腰を抜かし尻餅をついていた。

 

「小僧・・・貴様、人間の分際で九尾の狐たるこの私を利用する魂胆か?」

「えっと・・・あの・・・コハク殿ならなんとか・・・・」

「黙れ。貴様如きが私に口を挟むなど甚だ図々しい。身の程を弁えろ」

「ひいぃぃぃぃぃ!!!!」

 

コハクは鋭く低いトーンの口調でウィルに言い放つと黙らせるのであった。

これには無理も無いと俺は思った。

散々厄介者扱いし命を奪おうとしてきた人間達から、力があると言う理由だけで戦わせられる等、コハクからすれば我慢ならないからだ。

本当だったらこの場でウィルの首が跳ね飛ばされても文句は言えないのだが、保護対象であるため手を出さない辺りコハクが理性的なのは明白だ。

すると今度は畑山先生がコハクに懇願し始めるのであった。

 

「あのコハクさん、少しよろしいでしょうか?」

「なんだ小動物。お前もこの男のように私を利用する考えか?」

「小動物!?・・・いいえ、違います。貴方にお願いをしたいんです」

「ほう・・・願いとは言うがお前は何を対価に支払うつもりだ?血肉か?それとも魂魄か?」

「それは・・・・・」

「貴様の魂魄を私へ差し出すのであれば考えてやらんことも無いぞ。何せ人間の魂魄は魔物と比べて大変美味であるからな。久方振りに喰ろうてやりたい気分だ」

 

畑山先生を見下ろすように視線を向け、そう言うとコハクはくっくっくっと不敵に笑い始めるのであった。

その光景に怯える優花達と畑山先生ではあるが、様子を見ていたティオが助け舟を出すのであった。

 

「コホンッ。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ先生殿よ。妾も魔力が枯渇しているが一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの。どうじゃろうかのうコハク殿よ?」

「・・・・・・・ふん」

 

コハクは怒気を鎮めたのか、普段の物静かな雰囲気へと戻り刀を収めると、優花達に背を向け踵を返し、ティオの元へと歩き始めた。

未だ動けないティオの元へ行くと、片膝をついて目線を合わせると自身の振袖に手を入れた。

怪訝な顔で見るティオに対し、コハクはある物を出すのであった。

コハクの手にしているのは、艶のある漆黒の鞘に金色の竜の模様が描かれた鞘に収まった小太刀と、紅く華やかで美しい花をモチーフにした簪が手に握られていた。

それを見たティオは目を開け驚愕するのであった。

 

「何故・・・お主がそれを!!」

「これは、500年前の戦いの際、亡きハルガ殿とオルナ殿から私に託された唯一の遺品だ」

「父上殿と母上殿の・・・・」

 

コハクの話によるとこうである。

その小太刀と簪は、当時の竜人族の王であったティオの両親である、ハルガ・クラルス王と妻のオルナ・クラルス殿からコハクに託された遺品であると言う。

竜人族が神敵と人間族から認定された500年前、異世界から連れてこられるばかりか、異種族でありながらも自身らを迎え受け入れてくれたハルガ殿とオルナ殿に恩を返すべく、人間族との戦いに加勢しようとしたコハク達であった。

だが、その申し出は却下され代わりにこの小太刀と簪を託されたのであった。

コハク達に託されたハルガ王の最後の願いは、それを娘であるティオへ届けて欲しいとの事であった。

そして、ティオを含む残った竜人族を隠れ里へ避難させるべく、殿を頼まれるコハク達であった。

本来であれば世話になった者への恩を返すべく共に戦う覚悟をしていたコハク達であったが、国王直々の願いを無碍にするわけにもいかず、承諾するのであった。

ティオ達を安全な場所へと逃がした後、隠れ里へ合流する予定であったが、謎の存在によってそれが叶う事は出来なかった。

そして500年の月日が流れ、漸くそれが叶う時が来た。

 

「ハルガ殿とオルナ殿は、竜人族を治める王族として最後まで戦われた。」

「父上殿・・・・母上殿・・・・」

 

両親の遺品を手にしたティオはそれを胸に強く抱きしめるのであった

 

「竜人族の王に相応しく高潔で清廉、勇敢な最期であった。」

「シロ殿よ。・・・・・・心よりの感謝を」

「礼を言うのは私の方だ。私達のような存在を迎え入れてくれたハルガ殿とオルナ殿には感謝してもしきれん。それと、今の私の名前はシロではなくコハクだ」

「そうであったのか?それはそうと先程から気になってはおったが、シロ・・・ではなく、コハク殿の傍に居るにいるその少年は一体?」

 

ティオの目線の先が俺であるのが分かると、簡単に自己紹介を済ませるのであった。

 

「俺の名前は篠崎竜也。コハクの家族だ」

「竜也は私を家族として迎え入れてだけでなく、コハクと言う名前まで授けてくれた男だ」

「なんと!?コハク殿よ。雰囲気を察する所、よもやその少年はコハク殿の伴侶では・・・・」

「ああそうだ。詳しくは後で話すが、竜也が私の『夫』だ」

 

コハクの言う『夫』と言う部分がやけに強く強調して、視線の先にいる優花に目掛けて言っている気がするのは気のせいか?

『夫』と言う単語を強く主張しドヤ顔をするコハクと、悔し気にぐぬぬと憤る優花が俺の目に映った。

このまま話が進めば修羅場が待っているような気がするため話をいったん切り上げる事になった。

ハジメが畑山先生を説得し、魔物の対策を練る為に一旦ウルの町へ帰還する事を告げた。

ウルの町までの帰り道、動けないティオを誰が背負って運ぶのかが問題になった。

男子陣の相川と仁村が火花を散らす中、玉井が呆れ果てそれを見ていた女子陣が冷ややかな目で見ているのである。

結局の所、ティオの希望でハジメが運ぶことになった。

洗脳を解くとは言え、女性の尻に太くて硬い杭を打ち込んだ事に対する罪悪感もあり渋々と言った感じでティオを背負い下山するハジメであった。

車とバイクで移動できる所まで来た俺達は、シュタイフとブリーゼを出し急ぎウルの町に戻るのであった。

帰り道同様、俺と優花はバイクではあるが行きと比べ猛スピードとも言っても過言ではない速度で疾走させていた。

事態は一刻を争う状況であり、シュタイフとブリーゼの整地機能が追いつかない程にまで不整地を爆走させるのである。

 

ウルの町に到着した頃には明朝とも言える時間帯であった。

ハジメが運転するブリーゼの爆走振りに完全にグロッキーとなり青い顔になるクラスメイトと畑山先生であった。

少し休憩を挟み何とか動ける状態になった所で、町長のいる役場へ足を運ぶのであった。

緊急会議として町の役場に集まった町長を含むギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達は畑山先生から告げられた話に騒然としていた。

俺とハジメは現場を見てきた冒険者の代表としてその会議に出席していた。

明日にはこの町に魔物の大軍勢が押し寄せてくると言う話に誰もが耳を疑った。

普通ならば狂人の戯言と言われ聞く耳など持たないのだが、『豊穣の女神』と呼ばれる畑山先生の言葉と魔人族が魔物を操るという公然の事実を無下にする事など出来る筈も無かった。

話をする中で、ティオとコハクの正体は伏せておくことにした。

竜人族の存在が公になるのは好ましくないのと、厄災の獣が復活を果たしたとなれば大混乱は免れないからだ。

竜人族と厄災の獣の存在は聖教教会の中でも禁忌とされる物であり、混乱に拍車が掛かるだけでなく最悪、討伐隊が組まれたりすれば面倒極まりない。

なので、ウィル自身にも黙ってもらう事にした。

コハクの恐ろしさは山脈で十分知ったのか二つ返事で承諾してくれた。

問題は、魔物の大軍勢をどうするかであった。

このまま行けばウルの町が滅亡するのは避けられない。

違う町へ避難するか、町を守るために徹底抗戦するかで意見が割れた。

女子供は逃がすとしても、男手で戦うと言っても町の住民は素人同然の非戦闘員だ。

畑山先生の護衛である神殿騎士もいるとはいえ数万の軍勢では焼け石に水だ。

ウルの町は見ての通り観光地であり、町の防衛など高が知れている。

正直言って手詰まりと言ってもいい状況だ。

最悪、山中でも言っていた通りコハクに力を貸して貰うのもあるが、代償として畑山先生の魂魄を差し出すのが条件となりこれは却下である。

どうすればいいのか考えている中、畑山先生はハジメと俺にこう言うのであった。

 

「南雲君、篠崎君。君達なら魔物の大群をどうにかできますか?」

 

その一言に様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めくのであった。

畑山先生は真っ直ぐな眼差しで見上げ、どこか確信しているような声で俺達を見てきた。

その言葉に対し、俺とハジメは沈黙を貫いた。

確かに数万の魔物の軍勢を殲滅できるかと言われれば、出来ないとは言えない。

だが、もしも大勢の人たちの目の前で力を誇示したら他者に利用されるのは明白だ。

オマケに畑山先生の護衛である神殿騎士達の目の前で戦うとなれば手の内を晒す事にもなる。

この地で戦ったことによる結果次第では、これから先に進む旅の障害になるのは目に見えている。

考え込む俺に対し、畑山先生の問いにハジメはこう答えた。

 

「先生、幾等何でも無理に決まっているだろ?とてもじゃないが・・・・」

「南雲君、山から下りる際に平原なら兎も角、山中で殲滅戦なんてやりにくいと言ってましたよね?それはつまり南雲君達なら何とかできるですよね?」

「・・・よく覚えていたんだな先生」

 

話を聞くに、帰りの車中でハジメが先生に対しそう答えていたらしい。

周囲の人間が見守る中、俺とハジメは回答に困った。

俺達の目的は、ウィルの保護であり町の防衛は依頼の対象外である。

この地で戦う事はデメリット以外何でもないのが普通の考えだ。

だが、この町で優花達と再会したことでその考えが少し変わった。

ウィルが生存している時点で依頼はほぼ完遂されているのも同然である。

万が一、ここでウィルをフューレンへ連れて帰ったとしても、ウルの町の住民を見捨てて逃げた者として罵られるのは間違いない。

ハジメは畑山先生に質問を交えながらこう答えた。

 

「先生は生徒の事が最優先じゃなかったのか?」

「それは・・・・」

「俺にはこの町を守る理由が無いし、目的はウィルを連れて帰る事であって魔物の大軍勢と戦う事じゃない。先生が生徒に戦えなんて命じるなんてまるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

「それは重々分かっています。ですが、このままだとこの町が壊されるだけでなく多くの命が失われます!」

「その為だったら、戦う意思も無い奴に見ず知らずの人々のために戦えと言うのか先生は?」

「確かに南雲君の言う通りかもしれません。ですがこれだけは知ってください。」

 

畑山先生はハジメと目線を合わせるとこう言った。

 

「この世界で生きている人達と出会い、言葉を交わして笑顔を向け合った事で知る事が出来ました。この世界の人達は私たちと同じ生きている人間です。」

「・・・・・・」

「そんな人達を見捨てる事なんてしたくない。出来る範囲で守りたいんです。ですから、力を貸してください!」

 

町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。

俺もその一人である。

ハジメはどう考えているか分からないが、気持ちが揺れ動いているのは見えた。

畑山先生の話はまだ続いていく。

ハジメに対して「これから先ずっと大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか?」と言う質問を投げた。

それを聞いたハジメは目を開き内心動揺しているのが分かる。

先生はその生き方はとても寂しい事であり、大切な人達に幸せをもたらさない物だと。

本当に幸せを望むと言うのならば他者を思い遣る気持ちを捨てないでほしいと懇願された。

それを聞いたハジメは、少しばかり目を閉じ考え込むと、先生にこう返してきた。

 

「確かに先生の言う通りかもしれない。だが、俺の価値観は簡単に変わらないし変える気も無い」

「南雲君・・・・」

「最も、俺一人だったら此処を見捨てて何処かに行くのも考えていたかもしれないが、そう思うのは間違いだと言うのが最近になって分かった気がするんだよ」

「えっ・・・・それって」

「だがその前に聞きたい事があるんだがいいか先生?」

「はい、なんでしょうか?」

「先生は、この先何があっても俺の・・・俺達の先生か?」

「当然です!!」

 

これから先も自身の味方であり続けるのかと問うハジメに対し、一瞬の躊躇いもなく答える畑山先生であった。

その言葉に偽りがないか確かめたハジメは、踵を返し出入口へと向かった。

畑山先生が制止しようとしたところで、ハジメは首だけ向けてこう言った。

 

「流石に数万の相手に何も準備しないままって訳にはいかないだろう。町の住民の避難と話し合いはそっちでやってくれ。」

「南雲君!!」

 

ハジメの返答に顔を輝かせる畑山先生。

終始見守っていた俺もまたハジメの後ろへ続き行動を開始する事にした。

町の広場に集まった俺達は話し合いを行い、それぞれに役割を分担する事になった。

ハジメは魔物がやって来ると思われる予想侵攻ルートである北の山脈地帯側の平地に外壁を錬成させる。

コハクは式神と連動させてターレットレンズのアーティファクトで魔物の動向を監視する。

残った俺とユエ、シアとティオはハジメのサポートをしつつ、炊事を行う。

これから大規模な戦いが予想される為、腹が減っては戦が出来ぬと言うのもあり炊事を炊くのである。

力作業をするという事もあり、町の男手はハジメの手伝いをすると言うで体力回復に打ってつけの料理を作る事になった。

行動を開始する前に俺はハジメにある事を聞くのであった。

 

「なあ、ハジメ少しいいか?」

「なんだ?」

「お前の事だから、てっきりウィルを連れてフューレンにでも行くかと思ったんだが、先生の話を素直に聞くなんて意外だったな」

「なんていうか・・・まあ、俺の知る限り一番の『先生』からの忠告もあってな、ユエやシアの幸せにつながるなら今回は取り敢えず、奴らをぶちのめすのも悪くないかと思ってな」

「それだけって訳には見えないけどな」

「まあ、そう思えるようになったのは竜也のおかげでもあるけどな」

「俺の?まあいいさ。最悪の場合俺とコハクでやり合う事になるんだが、ハジメがやる気を出すなら大歓迎だ」

 

万が一、ハジメが町の防衛を拒否した場合の事も考慮していたのだが、杞憂に終わったようだ。

俺が3万、コハクが2万と言った感じの割合でやるつもりだったのだが、それを聞いたコハクが私が3万で竜也が2万と言ってきた。

それを聞いていたハジメがどんな割合だよと答えてきた。

俺としてはこの程度の数など問題ないと答え、付け足すように師匠の元で修行していた時に戦ってきた魔獣や亡霊の群れに比べれば楽勝だと自信気に答えた。

お前が修行していたところってどんだけだよと言い若干引くハジメではあったが、気を取り直して作業に入るのであった。

ハジメの練成で作り出すのは唯の壁ではなく、外壁とも言える代物である。

とは言えハジメの出来る錬成の範囲は半径4メートル位が限界なのもありそこまでは高くはない。

外壁を作り終えたハジメは、折角だからあれの実戦テストにもなるかと言うと、宝物庫から分解状態になって出来たある物を組み立てようとしていた。

完成したらお披露目をするからそれまでは秘密だと言い、壁の外側へと出るのであった。

何か知っているのかと思い俺はユエに聞くことにした。

すると意外な答えが返ってきた。

 

「ハジメ、ブルックの町からフューレンに着くまで馬車で何かを作っていた。」

「何かってなんだ?」

「詳しくは分からなかったけど見た限り、ミレディの大迷宮にいたゴーレムみたいのだった。」

「ゴーレムだぁ?なんでまたそんなのを作ろうとしたんだハジメの奴」

「分からない。でもハジメに聞いたらミレディのゴーレムが甲冑を纏った騎士なら、俺が作るのは鉄の装甲を纏った騎兵だとか言ってた。」

「騎兵ねぇ・・・・外見はどんなのだ」

「頭と肩が丸くて目が3つあって、ハジメが使う銃みたいのを持ってた」

 

ユエから聞いた話を何となく頭の中でイメージしようと思ったが、それよりも俺達4人は自身のやるべきことを果たすためにある場所へと向かうことにした。

それは、町の漁業組合と呼ばれる場所であった。

ウルの町に来た際に、あちこちと見回った際に目が付いたものだ。

俺はそれを思い出し、此れから作る料理に必要なある魚がある事を期待しつつ足を運ぶのであった。

湖に面した町と言うのもあり、そこで採れる魚は淡水魚とも言える物である。

取れた魚を拝見していくと、目的の魚が見つかった。

組合の人に話を聞くと、その魚は雑魚扱いで食えたものでは無いと言うが、俺はそれを譲ってくれないかと交渉した。

案の定、組合の人もその魚の扱いには困っていたらしくタダ同然で入手する事が出来たのだった。

その魚を見たユエ達は怪訝そうに見るも、俺は気にすることなくその魚を生簀の中へと入れていった。

生簀に入れ終わった所で俺を探していた優花を含むクラスメイト達と合流する事になった。

何か手伝えることは無いかと言われ、俺は優花達に協力を頼み宿屋の厨房にその魚の入った生簀を運ぶのを手伝ってくれるのであった。

宿屋のオーナーさんには事前に話をしていたのもあり快く承諾してくれた。

 

「さてと、いっちょ始めるとするか!!」

 

俺は部屋に戻り宝物庫(試作品)からある服を取り出すと、普段の鎧姿から板前の着る調理衣と帽子、エプロンに着替えるのであった。

そしてと作業を開始する事にした。

 

 




次回予告『篠崎さんちの今日のご飯 その①』

次回は戦いの前のちょっとしたほのぼの回になる予定です。
タイトルは某漫画のオマージュとなります。
元居酒屋の息子である竜也が作ろうとしている料理が何なのかは次回明らかになりますのでお楽しみを。
機会があれば第2、第3弾とやっていく予定です。
皆様からのご感想を心よりお待ちしております。


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篠崎さんちの今日のご飯 その①

更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
理由としましては一度書いてみてよんでみたものの、納得のいく形では無かったため、改修を重ねた結果遅れました。
それと、もう一つ遅れての報告になります。
読者の皆様方、何時も本作をお読みいただき誠に感謝を申し上げます。
皆様のおかげで、お気に入り数が500名を超えるばかりか☆9評価と☆7評価を頂き誠に感謝申し上げます。
☆9評価にhide様、ダディエル様、Mark・Rain様、坂本龍馬様、アクルカ様、GREEN GREENS様。
☆7評価に借金持ちの天秤座様、キントレスキー様。
心からの感謝を申し上げる所存にございます。
お気に入り登録をされている皆様の応援もありここまで頑張る事が出来ました。
今後とも応援の程よろしくお願いいたします


俺は厨房に立つとまず手洗いを行い準備に取り掛かった。

料理を行う前には手洗いを済ませるのは常識である。

何故ならば如何に美味しい料理を作れても食べる人が居る以上、衛生管理は大事であるからだ。

料理に置いて大事なのは味の前に衛生である。

食べて美味しいより、食べて大丈夫であるかが重要である。

最悪、食べる人に食中毒で死に至っては話にならない処か、目も当てられない。

どの分野の料理屋も必ず行う行程を俺は異世界でも欠かさず行うのである。

いざ始めようとした時であった。

傍で見ていた玉井達が俺に話しかけるのであった。

 

「篠崎・・・その・・・少しいいか?」

「なんだ?時間が押しているから話は手短に頼むが」

「・・・・あの時は、助けてくれてありがとう」

 

玉井達はやや気まずそうに言いつつもそう言い、俺に頭を下げてきた。

突然の行動に俺は面食らいつつも何に対して礼を言ってくるのか分からなかった。

ウルの町を守る事なのか、山脈での戦いの事なのか疑問を浮かべるのであるが、玉井達の話を聞くことにした。

 

「オルクスでの最初の訓練の時、俺達を助けてくれた事、本当にありがとう!」

「・・・・・・・」

 

玉井の一言を聞き俺は静かに聞くことにした。

 

「あの時、俺達は怖くて何も出来なかったのに篠崎は助けるだけでなく守ってくれた」

「篠崎の事、今まで怖くて近寄りがたかったけど、園部から話を聞いてお前の事、見直すことができたんだ」

「だけど、篠崎は直ぐに動いて指示出して、クラス全員を逃がす為に動いてくれた事は本当に感謝している!」

「あの時、篠崎君が居なかったら私達、みんな死んじゃったんじゃないかって思った・・・・」

「優花っちにも言われたけど、もし篠崎君が生きていて会える事が出来たらお礼を言わなきゃと思ってね・・・」

「だからこれだけは言わせて竜也。あの時私達を助けてくれて・・・本当にありがとう!!」

「優花・・・・お前等・・・・」

 

玉井から順番に相川、仁村、菅原、宮崎、優花の順番で俺に感謝の言葉を掛けるのであった。

正直言って意外であった。

優花の友人で構成された即席のパーティメンバーとは言え、接点の無かったクラスメイト達からお礼を言われるとは思わなかった。

俺は気にしないでくれと言い、これまで胸の内に秘めていた事を話す事にした。

 

「・・・あの時の俺は、優花を守ること以外に頭になかった。」

 

それはこの世界に来てからも変わる事の無い俺の心情だ。

優花を守る為だけに取った行動は決して無駄ではなく、全員を守る事に繋がったのだと感じるのであった。

王宮にいた頃、優花の誘いもあって玉井達とパーティを組み少しずつ俺の心境は変わっていった。

俺が元居酒屋の息子である事を話し、故郷の料理を作る約束を結ぶくらい関係を築いた。

今でもその約束は俺の中では継続しているし、無効にする気も無い。

俺としては優花を守るつもりが、他の誰かを守る事に繋がる事にもなると改めて知った。

どこぞの勇者(笑)みたいに力があれば皆を守り世界を救う事が出来ると豪語する気などサラサラない。

俺が出来るのは、身近にいる人を守れくことぐらいだ。

奈落の底に堕ちて初めて知り合い、俺の遠い先祖とも深い縁があり、種族間を超えた家族として向かい入れたコハク。

元居た世界から周囲から疎まれると言う奇妙な共通点を持つハジメ。

特に接点はないが進むべき道を共に歩み、行動する大切な仲間であるユエ。

地上に出て知り合い、異種族ではあるが料理に関して色々と精通する兎人族のシア。

昔と違い俺はもう一人ではない。

あの時ハジメがどう言おうと、俺はウルの町に残るつもりでいた。

理由としては、ウルの町に優花もいるのもあるが短い期間とは言え共に過ごした仲間を見捨てたくなかったのもある。

他にも、ウルの町で食べる米や料理が気に入ったのも理由だ。

もしこの町が失われることがあれば、二度と米が食えなくなる事があるかもしれないと言う懸念があるからだ。

この世界に来てから米に合う食事は極僅かだ。

贅沢を言えば、朝食は白飯に味噌汁、卵焼きを始めとするおかずと納豆と漬物が俺のベストアンサーだ。

それを北の山脈から押し寄せてくる魔物の軍勢と言う脅威を排除しなければ再び、毎朝パン食に逆戻りとなり、それだけは絶対に避けたい。

オルクスの最深部にある隠し部屋で採取した食材の在庫はまだ十分にあるが、いい加減元居た世界での朝食が食べたい頃合いである。

俺としてもコハクやハジメだけでなく、優花達にも食べて貰いたい所存である。

俺はそう言うと話を一旦区切るのであった。

 

「さてと、そろそろ始めるとするか」

「そういや篠崎。この生簀の中に入っている魚って・・・アレだよな」

「おう。結構生きの良い鰻(ウナギ)だ」

 

そう、俺が漁業組合から譲ってきた魚はと言うと湖で捕れた鰻である。

まさかこの世界にもいるとは思わず驚くのであった。

当然ながらこれから行うのは鰻を使った料理である『鰻の蒲焼き』だ。

他の料理ではなく何故この料理を選んだかと言うと、これから数万の魔物の軍勢との大規模な戦いが控えていると言うのに、普通の料理では気合が入らないのと、折角この地で取れた良い食材があると言うのに使わない道理はないからだ。

それだけではなく優花達やハジメ達、ウルの町の人達にも俺達の故郷である鰻を使った料理を食べて貰いたいからである。

俺は厨房に立つと、調理に必要な道具と調味料が一通り揃っているのを確認すると作業に取り掛かるのであった。

 

まず、鰻のタレ作りから行う。

・大きめの鍋に必要な材料である『濃口醤油1.8ℓ』『みりん380g』『料理酒580g』『砂糖1㎏』『三温糖90g』『味の素小さじ1』を入れていく。

・材料を入れたら、中火で煮詰めていく。

・気泡がふつふつとしてきたら弱火にして、木べらで焦がさないようにかき混ぜながら煮詰めていく。

・タレにとろみが出てきたら、火から下ろして完成である。

続いて、鰻本体の調理に取り掛かる。

・鰻の頭に目打ちと言う道具で頭を刺し、包丁で背中から開いて切っていく。

・内臓と背骨を取り出し尻尾と頭の部分を切り、体の真ん中を切ると串で刺していく。

・串で刺した鰻は鍋に入れて蒸しておく。

・蒸し終わったらタレに着けて炭火でじっくり焼いていく。

・十分に焼いたら火から離してタレをかけ皿にのせて完成である。

鰻の蒲焼きとしてはこれだけでも完成ではあるのだが、俺達が作るのは働く人達への昼食用の弁当であるため作業はまだ続く。

事前に宿屋のオーナーさんに話を付けていたので白米も炊き終わっている為、早速取り掛かるのであるのだった。

弁当箱サイズの木箱に白米を詰め、その上に鰻を乗せタレをかけて蓋をし軽めに紐で縛る。

これで『鰻の蒲焼き弁当』が完成である。

鰻の蒲焼きは地域や地方によってそれぞれに合ったやり方がある。

タレの中に鰻の頭や背骨を入れたり、捌き方も背中からではなく腹から裂いていくと言うのもある。

他にも多々あるが俺なりに多少アレンジが加えられたとはいえ、故郷の料理をこの世界で何とか再現できたと言ったところである

俺が一通りやっていた作業の工程を見ていた優花達は異世界で鰻弁当が食べれると知り感嘆し、ユエ達は初めて見る料理に興味津々であった。

折角なので優花達やユエ達だけでなく、厨房を貸してくれたオーナーさんにも出来上がった料理を試食してもらう事にした。

実際に口にしていく中で、各々感想はあるが確かな手応えはあるように見えた

 

「タレの香ばしい匂い・・・米と合って超美味い!!」

「口の中で弾けるトロっとフワッとした柔らかさ・・・それと甘いタレが良い感じだ!!」

「しっかりと脂身が乗っているだけじゃない!魚の臭みも全く無い!!」

「こんなに美味しい鰻を食べたのは・・・生まれて初めてだよ!!」

「うん!!自然と食欲が進むよ!!」

「普段食べる洋食もいいけど竜也の作る料理は格別だよ!!」

 

クラスメイト達からの評判は上々であった。

無理も無い。

元居た世界では鰻は迂闊に手が出せない程に非常に高価であるからだ。

それを見ていたユエ達も驚きつつも口にし絶賛するのである。

 

「これがハジメ達の故郷の料理・・・凄く美味しい!!」

「初めて食べるお魚ですけど、なんか食べていくにつれて凄く元気が出てきますぅ!!」

「ふむ、これは中々・・・。妾もこれまで魚料理は多々食してきたが、初めて感じる美味な逸品じゃ!!」

「まさか・・・鰻がこれ程までに美味しく調理できる方法があるとは・・・まるで魔法としか言えない!!」

 

どうやら気に入ってもらえて何よりである。

ウナギ料理の難点は仕込みに時間が掛かるのが玉に傷なのだが、手間暇かけて作るだけの甲斐がある料理である。

試食の方は問題なく終わり、結果満場一致で昼食の弁当の採用が決定した。

宿屋のオーナーさんも、今後料理のメニューに加えたいと懇願する程でもあり、魔物の討伐が終了した暁には作り方を伝授する事になった。

食べ終わった面々に俺は、弁当作りの作業を手伝ってもらえるように頼んだ。

返事は言うまでも無く即答であった。

まず、即席ではあるが役割分担から決めていく。

 

「まず作業の段取りだが鰻の捌き方は俺が行い、タレ作りは相川と仁村だ」

「わかった!」

「任せてくれ」

「次に、捌いた鰻の蒸し方とタレ着けはシアとティオ」

「はいですっ!」

「まかせるのじゃ」

「鰻の焼き方は玉井が担当だ」

「おう!」

「出来上がった鰻の盛り付けは優花とユエだ」

「了解っ!」

「ハジメの為にも、頑張る!」

「宮崎と菅原で白米の炊飯だ」

「オッケイ!」

「私、頑張るね!」

 

弁当箱の方は宿のオーナーであるフォス・セルオが町にある木工ギルドの人と話を付け、倉庫に保管してある弁当箱に適した手ごろなサイズを徴用する事になった。

 

「以上が俺が考案した昼飯弁当の作成内容だ。皆、力を貸してくれ!」

 

返ってきたのは無論、力強い返事であった。

こうして俺が考案し実行に移すことになった鰻弁当作成作戦が実行に移すことになった。

作業をやる上で、分からない事があれば即座に俺が助言しフォローに入っていく。

自分の作業をやりつつも、足りなくなったタレの補充や分量の指示、焼き方の加減や注意事項を行いつつ、弁当の主食になる米の炊飯具合の確認などを行い休む暇もなく動いていく。

作る人数の分も結構な物ではあるが、俺が言い出し始めた以上、最後までやり抜くと決めた。

 

 

一方、畑山愛子はというと、外で町の住民たちの避難作業を行っていた。

女子供を優先に避難させ、町には男手が残る事になっているのである。

避難誘導を率先して行うのは彼女であり、休む暇もなく指示をしていく。

昼頃になり、避難する住民を誘導する町の人が一旦休憩に入ろうと言い、作業の手を休め始めた。

多くの人達が昼食に入ろうとする時、荷台に何かを乗せて運んでくる人影を愛子は見た。

よく見ると、それは生徒である玉井と宮崎、菅原の三人であった。

 

「先生!お弁当作ってきましたよ!」

「皆さんの分もありますのでどうぞ!」

 

彼らはそう言うと、それぞれ木箱のような物とスプーンを人々に渡していく。

愛子もまたそれを見て近寄っていくと、何処かで嗅いだことのある香ばしい匂いをで嗅ぎ取るのであった。

 

「(この匂い・・・・何処かで・・・・)」

 

そう思うと、教え子である生徒から木箱とスプーンを渡される。

手頃な場所に座りふたを開けてみると驚くべく者が彼女の目に映った。

 

「これは・・・まさか鰻ですか!?」

「そうですよ。篠崎の奴が作ったのを俺達で手伝ったんです」

「篠崎君が・・・」

 

彼女はゆっくりとスプーンで鰻の乗った米を掬うと口の中に運んでいく。

すると、彼女は懐かしい物でも見たような顔となり、穏やかな表情となるのであった。

 

「すごく・・・美味しいです!!」

「篠崎にもそう言ってください先生。きっと喜びますよ」

「はい!!まさか此処で鰻が食べれるなんて・・・篠崎君には感謝しなければいけませんね!」

 

そう言うと彼女は次々に弁当の鰻を食していく。

まさか異世界で故郷の料理でもある鰻を食べれる日が来ようとは思っていなかったのか、ひたすら黙々と食べていく彼女の姿が玉井の目に映った。

周囲の人間も同様で、初めて食べる魚の弁当に感動したのか一心不乱で食していく。

これが鰻と知ればどうなるのやら玉井には想像すらつかなかった。

ただ言えるのは、何処の世界であれ鰻の料理は上手いと言うのだけは分かったのである。

 

 

その頃、北の山脈地帯側の平地で外壁を錬成していたハジメは、来るべく戦いに備え準備を着々と進めていた。

式神を使い上空から魔物の動向を探っているコハクからの報告だと、今日の夕方過ぎには先鋒が見えてくる速度だと言う。

それを聞いたハジメは、急ぎつつも宝物庫から取り出した機械的な部品を取り出すや、組み立て作業を行っていた。

丸みを帯びた物から角張った形をする物まで多々あり、組み立てつつも細部を調整し点検を行っていく。

これこそ今回の戦いで使用する新兵器である戦闘用人型ゴーレムだ。

元になったのはミレディの大迷宮にあった騎士甲冑型のゴーレムを、ハジメが鹵獲し改装を施したものである。

姿形は人型であり、立ち上がれば4メートル程ぐらいになるのだろうか、今は膝をついて姿勢を低くしている。

肩と頭部は丸く、胴体と腕、脚部はやや核張ってはいるが丸みを帯びた形状であり、手には銃火器と思わしき武器を保持し、目は大きな緑色と少し小さくて赤い色に平たくて一番小さなものが三つある。

色彩は緑を基本色ではある物の、太腿部と上腕部や腹部は白色で塗装されている。

 

「さてと、起動試験を再開させるとするか」

 

ハジメはゴーレムに感応石で出来たアーティファクトに魔力を送ると遠隔操作を始めた。

基本的な部分はミレディの騎士型ゴーレムと同じなので動かし方は分かる。

ゴーレムはグオォォォォンと駆動音を立てると立ち上がり動き出すのであった。

走り出す態勢となったゴーレムは勢いよく大地を疾走し始めた。

キィィィィィィン!!キィィィィィィン!!キュゥン!!

キィィィィィィン!!キィィィィィィン!!キュゥン!!

独特とも言える音が周囲に響き渡る。

音の正体はゴーレムの足裏にあるホイールを回転させるのと、両足の側面に設置してある小型の杭打ち機から発せられる物である。

縦横無尽に走り回らせたハジメは外壁側までゴーレム移動させると、再び膝をつく姿勢にするのであった。

 

「・・・ターンピックがまだ冴えないな、機体の姿勢制御がまだ甘いか。もう一回調整してみるか」

 

そう言う何度目かによるゴーレム再調整に映った。

ゴーレムを組み上げると起動試験を行い、不具合を発見し調整し試験するの行程を行ってきた。

最も、それも昼過ぎ頃には完了する予定である為、戦いには問題なく参戦できると踏んでいる。

一旦休憩でも入ろうかと思い、外壁の内側に戻るとするのである。

タイミングが良かったのか、町から歩いて来る人影を見つけた。

それは良く見慣れた人物であるユエとシア、竜也と昨日知り合ったティオである。

空を見上げれば日が天の真上を差し昼頃であるのが分かった。

それを見兼ねたのかコハクも姿を現した。

昼食を取って休憩したら作業を再開すると決めたハジメは、ユエ達の所へ向かうのであった。

 

 

俺達は町の人達への弁当を配布し終えると、ハジメとコハクの分の弁当を持って外壁のある場所へと向かった。

先生の方は玉井達が向かい、町の人達の分は優花達が行くことになった。

残ったメンバーでハジメとコハクの弁当を持っていく事になった。

タイミングが良かったのかハジメとコハクが姿を出し、弁当を渡すのであった。

 

「さてと、二人の弁当だ。中身は見てのお楽しみだ」

「へえ、良い匂いがする・・・って、これ鰻じゃねえか!!」

「ほう、中々粋な物を作ってくれるな竜也」

「応よ!手間暇かけて作ったんだから味わってくれ」

 

ユエがハジメに、俺がコハクに弁当を渡すと、早速食べ始めるのであった。

補足ながらハジメの分は他の人よりやや多めに鰻を入れている。

ユエがどうしてもハジメの分だけは自分でやりたいと言い、俺はそれに答える形で作るのであった。

 

「ハジメ、美味しい?」

「ああ、すげえ美味い!!ありがとなユエ」

「うん!!」

 

ハジメとユエは何時もの甘いほんわかとした雰囲気を漂わせ、周囲には綺麗な花々が咲き誇っていた。

それを横目に見つつ、俺はコハクの様子を見る事にした。

コハクの弁当はと言うと俺が用意したものだ。

中身は他の弁当とさほど変わらないが、おかずに『う巻き』を入れてある。

う巻きとは、鰻を卵で巻いて焼いた卵焼きの事である。

卵は狐の大好物である為、喜んでくれたら何よりと思い用意したものだ。

コハクの表情も何処か嬉しそうな顔で、美味しそうに食べてくれて心がほっとするのであった。

手頃な丸太に座り、横にはティオがいてコハクは弁当を食べつつも、何やら二人で話をしているのである。

盗み聞きする気はないが、『隠れ里』『姉上』『不在』の単語が聞こえた。

察するに、コハクはティオの言う竜人族の隠れ里に姉の姿は見ていないかと聞き、ティオは見かけていないと答えているように感じた。

コハクとしても地上に出て漸く姉の手掛かりになるかもしれない人物と合ったのだ。

聞いて当然とも言える。

残念ながら表情から見て思ったことは得られなかったようだが、500年ぶりの再会となる知人との再会に会話を弾ませていた。

よく考えてみれば、ティオは俺と出会う前のコハクの事を知っているのだ。

 

「(時間あれば、ティオと話を聞いてみると良いのかもしれないな)」

 

そう思った俺は、二人が食べ終わるのを待ちつつ休憩をするのであった。

午後からは、特にやることも無く来るべく戦いに備え体を休めせていた。

ハジメとコハクはまだやる事があるらしく、

ユエとシア、ティオは宿屋に戻り少しでも魔力と体力を回復するべく部屋で休息を取っていた。

魔物の襲来は早くて夕方過ぎ、遅くても夜中の行われると予想される為である。

町の住民である女子供の避難は思ったより早く完了した。

男たちも交代を挟みつつ、休憩を入れ戦いの準備をするのであった。

この町からすれば俺達は余所者同然であり、そんな輩に町の命運を預ける気など無いと言わんばかりであった。

幸い、畑山先生の教え子もあり邪険にされることはないが、完全に信用していないようにも見えた。

俺も宿屋で休もうかと思いつつ足を運ぼうとした時であった。

道中、優花とばったり会うのであった。

 

「あのさ・・・・竜也。少しいい?」

「優花?どうかしたか?」

「えっとね・・・時間があったらなんだけど少しだけ話をしない?」

「ああ、いいぞ。部屋で良いか」

「うん・・・いいよ」

 

そう言えば、この町で再開してからまともに優花と会話をした事が無かった。

夕方まで結構時間がある為、体を休めるのも兼ねて優花と宿屋へと向かう事にした。

優花は俺の隣に着くと、手を握ってほしいとせがまれた。

俺は断る理由も無く、優花の手を握ると歩調を合わせて歩き始めるのであった。

二人の男女が手を握り締めながら宿屋へと向かう姿を後ろから覗き込む複数の姿に俺は全く気が付かなかった。

 

戦いは、すぐそこまで迫りつつあるも嵐の前ぶれの如く町は静かであった。




次回予告『Unite~君と繋がる為に~』


ウルの町編はもうしばらく続かせていただきます。
予定だとあと5話ほど書かせていただきます。


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Unite~君と繋がる為に~

頑張って執筆して仕上げる事が出来ました。
タイトル詐欺になっていなければ幸いです。
読む前にコーヒーをご用意しておくことをお勧めします。

追記
☆9評価にultrakussy様、☆8評価に弥七様、ありがとうございます。



宿屋へ向かい部屋に入ると俺と優花はベッドに腰を掛けて座った。

優花の方から話があるという事なので俺はその事を考えていた。

この町で優花と再会したものの、まともに話をした事が無かった。

遅かれ早かれこうなるのは分かっていた為、折角の機会なので俺は、優花と話をする事に決めた。

 

「話がしたいって言ってたが、何に関しての話なんだ優花?」

「うん・・・・。えっとね、竜也と南雲が奈落に堕ちてから今までの事とかあるけど、私が一番知りたいのは、その・・・コハクさんとの事かな・・・・」

「そうか・・・・」

 

奈落での出来事を聞かれるのはまあ分かっていた。

正直言って奈落に堕ちて生還できたのは奇跡だ。

運が悪ければ落下中に頭を打って死んでもおかしくなかった。

取り合えず俺はその辺から話をする事にした。

コハクとの出会いと馴れ初めも話す気でいる。

これはオスカーの隠れ家にいた時に決めていた事だ。

いざそう言った場面になると結構緊張するものだ。

俺は深く息を吸い込みゆっくりと吐き出すと、話を切りだすのであった。

 

「あの日、奈落に堕ちた俺とハジメはそれぞれ別の場所で行動を開始していた」

「一緒じゃなかったの?」

「ああ、どういう訳か違う場所へ離されたみたいでな。」

 

俺は奈落の底へ堕ちてからこれまで起きた事をを優花に話し始めるのであった。

 

薄暗い洞窟の中を歩き回りし、ハジメを探している途中で出会った鎖に縛られている九尾の白狐。

話を聞き俺達と同じ世界の住民で500年前の日本から連れてこられたと言う事実。

その白狐には姉と呼ばれる存在が居て奈落に堕ちる前に逸れた事。

先祖代々から伝わる教えに従い、九尾の白狐を鎖から解き放つ。

人の姿になったがこれと言った名前が無く、困っていたところで白狐の名前を反転し「狐白(コハク)」と俺が名付けた。

俺は南雲の捜索と元居た世界への帰還の手掛かりを得る、コハクには行方不明となった姉を捜索する為に地上に出る事を決意し協力関係を結ぶ。

ダンジョンをお互いに協力し合い捜索している途中で、豹変したハジメと再会する。

姿や言動は大きく変わったものの、お互いの事が分かり協力し合う事になる。

同時に、ハジメと再会した部屋で封印されていた吸血鬼族の生き残りである金髪の少女ユエとも出会う。

それぞれのパートナーと言える存在が心を闇に堕とさないでいる事となり支えとなり、奈落の底の最深部へと到達する。

最深部の守護者との激闘を繰り広げる中、敵の思わぬ反撃にあり俺は重傷を負う。

それを聞いた優花は、若干強張った顔をし怪我はなかったのかと聞いて来るが、心配ないと俺は答えた。

意識を失った俺は、夢の中である人物と出会う。

それは、同じ師匠の下で槍と魔術を学んだ年の離れた兄弟子とも言える人であった。

 

「師匠?それに槍と魔術って・・・竜也はそれを何処で教わったの?」

「元居た世界で2年前に俺と家族が旅行先の事故に巻き込まれたのは知ってるよな?」

「うん。竜也は重傷で生きていたけどそれ以外の人達が亡くなったあの事故だよね」

「ああ、だがそれは表向きの事であって実際は俺はあの事故で怪我なんてしなかった。だが代わりに俺はある場所へと迷い込んでいた」

「ある・・・場所?」

「世界の裏側とも言える場所で、魔境にして異境『影の国』と呼ばれる場所だ」

 

影の国とはアイルランドに伝わるケルト神話に登場する国で、強さを求め多くの戦士達がその国の統治者である女王の元へと集まった。

日本ではケルト神話自体、余りと言うかほとんど知られないマイナーなものであり優香は首をかしげていた。

俺はあの航空事故で生き残り、理由は分からないが影の国へと迷い込んだ。

そこで、俺はそこで生きる術を教えてくれた師匠とも言える人物、影の国の女王と呼ばれる『スカサハ』と出会った。

師匠は生きて元居た世界に帰りたくば、此処で生きる術を学べと言い俺は彼女の元で修行を始めた。

過酷と言う言葉では言い表せない程の死と隣り合わせの修業を積み、俺は生きる術として槍と魔術の腕を磨いていった。

何時しか俺は彼女の事を師匠と呼び敬意を払うようになった。

最終試験を乗り切った俺は、師匠との別れ際に魔槍『ゲイ・ボルク』を授かった。

同時に、師匠から『お前は何時か、その槍を手にし戦わねばならない時が必ずやって来る』とも言われるのであった。

漸く元居た世界へ帰還する事になった。

返ってきたのも束の間、俺に待っていたのは両親の訃報であった。

そこから先の話は優花も知っている為、割愛させてもらう。

 

「それで、竜也はどうやって奈落の底から帰ってきたの?」

「あの時俺は、本当に死ぬかと思った」

 

話を戻そう。

最奥の守護者との戦いの最中、俺は重傷を負い意識を失った。

意識が混濁する中、夢の中に現れたのは師匠の弟子とも言えるある人物だ。

その人物こそ、アイルランド全土にその名を轟かせたケルト神話の大英雄にして俺の兄弟子である『クー・フーリン』であった。

俺は兄弟子とも言えるその人から、槍の本当の使い方と力を教わった。

それにはまず、アルスターの戦士が立てる聖約〈ゲッシュ〉を誓う事であった。

其処で俺が立てた聖約〈ゲッシュ〉は〈大切な者達を守る為に戦う〉だ。

取り合えず先ず一つではあるが、兄弟子に背中を押された俺は戦う道を選ぶのであった。

意識を取り戻す最中、俺は白い狐の面を付けた少年と少女と、亡くなった両親の姿を見た。

まるで背中を押してくれるようにも感じた俺は戦う覚悟を決め目覚める。

意識を取り戻した俺はステータスプレートを確認し、これまで黒字で伏せてあった項目が判明するのを知った。

解放された天職と技能を知り、槍を手にした俺は再戦を果たすのであった。

最奥の守護者との決戦は熾烈を極めた。

だが、槍の本当に力を引き出せるようになった俺は、真名を解放し最奥の守護者を葬り去った。

満身創痍ではあったが、どうにか大迷宮を攻略する事が出来た。

 

「・・・とまあ、オルクスではこんなことがあった。」

「話だけでも聞くと本当に凄いんだね。竜也と南雲は」

「正直言って生きてるのさえ不思議に感じる戦いだった」

 

オルクス大迷宮を攻略した俺達は、最奥にあるオスカーの隠れ家にて地上への帰還の手がかりを見つけ世界の真実を知った。

その為にも地上に出て活動する準備をするべく二か月近く過ごすことになる。

同時に、俺とコハクとの関係も大きく変わる。

 

「それで・・・隠れ家で竜也はコハクさんとナニがあったの?」

「・・・優花、もしかして怒っているのか?」

「別に・・・・怒ってなんかないし、嫉妬なんてしても無いよ」

 

そう言うわりにはなぜか不機嫌そうな顔をするのである。

最悪、修羅場になる事を覚悟し俺は話を続けた。

 

正直この事を優花に言うべきか悩んだのだが、隠しても仕方ない為、話す事にした。

これまでコハクとの関係は利害が一致した協力者とも言える物であった。

オルクスを攻略してからと言うもののコハクの様子が大きく変わった。

最奥の守護者との戦いが終わり、隠れ家で体を休めていた俺の傍にコハクが寄り添い始めるのであった。

食事はもちろんの事、睡眠時や入浴時までほぼ一緒に過ごしていた。

今までどことなく他人とは壁を作り、距離感とも言える間柄であったのにだ。

一体どういう事なのか考えていたところ、コハクの口から意外な事を知るのであった。

それは、戦いの最中でコハクの古い記憶が蘇った事から始まる。

まだ日本にいた頃の話で、人間達から迫害されていたコハクはある時、猟師が仕掛けた罠に引っ掛かり絶体絶命の危機が訪れた。

その時、罠にかかっていたコハクを助け、傷の手当てをした男と出会った。

自身を助けた男に対しコハク名何故助けたのかと聞くとこう返した。

 

「白い狐様は神様の御遣いであって、決して悪さをする獣ではない」

 

コハクは助けてくれた男にお礼として白い狐の面を男に渡したのである。

長い年月を得て、その事を思い出したコハクは俺とその男がよく似ているだけでなく、同じ魂の波動を感じ重ね始めるのであった。

俺の家には昔から代々、白い狐を神様の御遣いとして讃える風習がある。

実家の神棚には白い狐のお面が祀られており、そのお面がコハクが持つ者と同じである事に気が付いたのだ。

遠い昔、コハクの命を救った男こそが俺の先祖であるという事を。

先祖代々から続いた縁が異世界で時間と世界を超えて再び結び繋ぐ事に、コハクは俺との出会いは運命そのものだと言った。

異世界に召喚され、戦いに巻き込まれ、奈落の底で俺はコハクと出会い共に過ごしていく内に、ある感情が芽生え始めるのであった。

それは、コハクの事を優花と同じぐらい大切な存在であるという事だ。

優花の事は今でも一番大切な人である事には変わらない。

それどころか心から愛おしく思える程の好きな人と呼べる存在と言ってもいいだろう。

コハクの事もそれと同じくらい好きである。

普段から傍に居て、離れ離れになってからようやく俺は、コハクと優花も異性として意識し始めるのであった。

 

「コハクはな、人間嫌いな所もある九尾の狐で、常識はある戦闘狂みたいな性格だ、けど何よりも他人を思いやる優しさを持った奴なんだよ」

「・・・・・そうなんだ」

「何よりも、コハクが好きになったのは着物美人で気が強い所が、結構どころか凄い好みのタイプってのもあってな」

「ふふっ、竜也って昔から着物姿の女性が好きだったもんね」

「否定できないな・・・・」

 

優花は怒った様子など無く何処か納得しているようにも見えた。

コハクと過ごしていく内に俺はある事を考えた。

それはもし元の世界に帰れたとしてその後の事である。

両親が亡くなってからは俺はずっと一人暮らしをしていた。

朝起きて学校に行って帰って来ても、声を出しても返事が帰ってこない誰もいない静寂に包まれたあの家で過ごす事となるのが何故か嫌になった。

一人で生きていくと決めた筈だったが、コハクと過ごす内に人の温もりと家庭の暖かさを再び感じるのであった。

コハクも同様で、元の世界へ帰ったとしても行く当てなどないのだ。

そう思うと、俺はある事を決心する。

元居た世界に帰る事が出来る日が来たのなら、コハクとお姉さんを同じ家で住む家族として迎え入れるという事だ。

帰りを待ち出迎えてくれる人が居れば俺はそれだけでも十分満足である。

其処で俺はコハクに好きだと告白をする。

コハクは人間でも無ければ亜人でもない、九尾の狐だ。

だが俺はそんな事など関係ない。

コハクが何者であろうと、俺はコハクの事が好きであり傍にいて欲しいと想いを告げた。

それを聞いていた優花は俺の話を聞いて胸を撫で下ろすように息をした。

 

「優花・・・その、怒らないのか?俺が他の誰かを好きになった事を・・・・」

「怒らないよ。竜也と再会してコハクさんが家族って聞いた時は驚いちゃったけど、今の話を聞いたらなんか納得しちゃった」

「その・・・色々と心配かけてすまなかった」

 

俺は、優花に一言謝ろうとした時であった。

 

「あのさ、竜也。あの夜、私がコハクさんに呼ばれた日のこと覚えてる?」

「ん?ああ、二人共一体何を話したんだ?」

「それはね、コハクさんと竜也との関係を聞いたの」

 

すると今度は優花から話を始めるのであった。

 

 

その日の夜、優花はコハクと言う名の女性に呼ばれ、月の光が水面に反射してやや薄明るいが人気のない湖にある桟橋に足を運んでいた。

話があると言われ付いて行くと、其処でコハクと話を始めるのであった。

 

「あの、話って一体なんですか?」

「お前の事は竜也から色々と聞かされているのでな。」

 

竜也の名前を出され、内心ドキリとする優花であった。

目の前にいる着物姿の女性は一体何者で、竜也とはどういった関係なのかを知りたかった。

するとコハクは優花にこう告げるのであった。

 

「私と竜也は家族であり、男と女の間柄だ」

「えっ!?」

「所謂、夫婦と言っても過言ではない」

「ふっ夫婦!?」

「竜也が私に嫁に来いと言うぐらいだからな」

 

コハクから告げられた衝撃の事実に優花の頭はパニックになった。

後ろから頭を殴られたような衝撃を感じ取るのであった。

奈落の底へ落ちていった幼馴染が、生きていただけでなく女を作って帰ってきた事に驚きを隠せなかった。

一瞬、「この泥棒狐!」と言う台詞が喉元まで迫っていた。

同時に、悲しくもあった。

竜也が自分以外の女性を好きになった事もあるが、コハクなる女性が堂々と竜也の女発言したことに憤りを隠せなかった。

コハクは対して後ろめたい様子も無ければ優花の事を気に掛けることも無く淡々としていた。

複雑な感情が頭に入り混じる中で、コハクは優花にこういうのであった。

 

「娘、お前は竜也の事をどう思っている?」

「えっ・・・・」

「私は竜也からお前の事を聞いたが、お前自身は竜也の事をどう思っている?」

 

それを聞いた優花は、頭を冷やしていく。

まるで、目の前の女性から頭を冷やせとでも言われた気分になった。

コハクから告げられた衝撃の事実に一瞬でも揺らぎかけたが、何とか踏ん張れた。

 

「(そうだ・・・私は今まで竜也が生きているのを信じて頑張ってきた!)」

 

もし此処で折れたりでもしたら、今まで私は何のために頑張ってきたのだと自身を鼓舞する。

自分自身を奮い立たせると、深く息をしゆっくりと吐き出す。

全神経を集中した呼吸をし息を整える。

そして優花は胸の内に秘めてきた想いを言葉に出す決心をした。

竜也の事をどう思っているだと?

そんな事は分かり切っている事だ。

 

「私は・・・私は竜也の事が大好きです!!」

「ほう・・・それで」

「貴方が誰で何者か知りませんが、竜也を想う気持ちと大好きなのは誰にも負けません!!」

「そうか・・・ならば私から言えるのはこれだけだ」

 

澄ました顔で優花を見ていたコハクは、ゆっくりと近づいて来た。

コハクの容姿は見て分かる通り非常に整ったプロポーションもあり、着物姿が似合う大人の女性であった。

その瞳から発せられる覇気とも言える視線に竦みそうになるものの何とか堪えた。

距離的に目と鼻の先ぐらいまで近づいて来たコハクに内心冷や汗を出していた。

するとコハクから発せられる言葉に優花は言葉を失った。

 

「娘。お前も竜也の女になる気はないか?」

「ふぇ!?」

「何だその気の抜けた返事は?どうなのかと聞いている」

「だって、竜也にはその・・・貴方が居て・・・」

「私が何時、竜也を独占すると言った?そんな気は元よりない」

 

思いがけない言葉に優花は戸惑わずに居られなかった。

するとコハクからこう話された。

コハク自身、竜也を独占する気も無ければ他の女を突っぱねる気も無い。

優花の事は竜也から聞かされていたので、どういった娘かを直接確かめたかった。

竜也に女が出来たのを知り折れる位なら、その程度の奴と見限りを付ける気でもあった。

折れずに食い下がった優花を見て問題なしと判断した。

竜也の女と言う席には自分以外にも、姉の分を含め複数あるから席に問題はないという事だ。

 

「私以外にも何れ姉様も含まれるのだ。今の内に空いている席に座れ」

「あの・・・コハクさんでしたっけ?その何というか・・・その・・・」

「なんだ?不満でもあるのか?言っておくが正妻の席はやらんぞ」

「そうじゃなくて!竜也はその・・・私の事をどう思っているんですか?」

「安心しろ。竜也もお前の事を非常に気に掛けているぞ。私と同じくらいに竜也もお前の事を愛していると言っていたしな」

「竜也が・・・私の事も好きって事ですか?」

「ああ、お前と竜也が結ばれるのは決定事項だ。そこは安心しろ」

 

それを聞いた優花はほっとしていいのかどうか分からなくなったが、コハクから竜也が自身を想っているという事を聞き安心するのであった。

それから優花はコハクからこの町にやってきた理由を聞くのであった。

フューレンのギルド支部長からの指名依頼でこの町に寄り、明日の早朝から捜索を開始するとの事であった。

それが終わればこの町を出ていくという事を聞くのであった。

 

「お前と竜也の関係は概ね聞いている。想いを告げたくばこの町にいる内に済ませておくといい。何だったら私の方で仲人役もやっても構わないが」

「えっと、何で其処までするんですか?その・・・してくれるのは嬉しいんですけど・・・・」

 

優花にはある疑問が浮かぶのであった。

何故コハクは恋敵とも言える相手に塩を贈る真似ができるのかと。

もっとも、実際は塩どころか嫁入り道具一式を渡されたのも同然なのだが。

これで戸惑わない筈がない。

すると再び意外な言葉が返ってくるのであった。

 

「竜也と体を重ね、心を繋げて見てあることが分かった」

「えっ?それは一体なんですか?」

「心に広がる巨大な穴だ。」

「穴・・・ですか?」

「大方、両親と言う家族を失った事により空いたのが大きな要因だろう。私一人ではとてもでは無いが埋められそうにない」

 

その事を聞いた優花は心当たりがあり、ある事が思い過る。

まだ元の世界にいた頃の話である。

一人暮らしを始めた竜也に夕食を作りに行ったり、家へ招待したことがあった。

竜也の両親とは長い付き合いもありそう言った事が何回もあった。

優花の両親の目の前では平然と保ちつつも、心配をかけないようにふるまっているのが優花には分かっていた。

夕食を食べ終わり、家へ帰路に着こうとするときの竜也は何処と無く寂しそうな気配を漂わせていた。

自身が夕飯を作りに行った時も、帰り際に見送る時の竜也の顔は何処か暗い表情をしていた。

 

「竜也の心に空いた穴を埋めるには、どうしてもお前の存在が必要だ」

「・・・・・」

「お前達は幼い頃から共に過ごしてきた仲であろう。夫婦として共に歩み寄る資格など十全にある」

「あの、コハクさんでしたっけ?男女の仲になるにはその・・・段取りと言うのがあるんですけど・・・」

「男と女の仲になるのに回りくどい事をする必要が何処にある?さっさと竜也に想いを告げて抱かれて女になって来い」

「っ!!!!!!」

「話は終わりだ、明日の早朝には山脈へ出発する予定だ。着いて来るのは勝手だが、どうするかは自分で決めろ」

 

そう言うとコハクはその場から立ち去り宿へ向かっていった。

その場に残された優花はコハクに言われたことを悶々と考えるようになった。

コハクに女になって来いと言われ思わず優花は赤面するのであった。

竜也とは幼馴染ではあるが、それから発展し恋人になると考えると恥じらいを感じないわけではない。

そうなるのは嬉しいのだが、流石にそこまで即決できる勇気を持ってはいないのである。

それはそうとコハクの貞操概念が色々おかしいようにも見える。

人間の男女が関係を結び付くには恋人→夫婦→家族が一般的だ。

しかし、コハクはと言うと、恋人=夫婦=家族となっている。

その事に疑問を持ちつつも、頭を切り替えた優花はコハクの言う山脈での捜索と言うのを聞き、その為の準備を始めるのであった。

 

 

優花から話を聞き終えた俺は、終始無言であった。

あの夜コハクと優花がそんな話をしていたとは思いもしなかった。

それと同時に、俺が優花の事が好きであるのに対し、優花も俺の事が好きであると言うのが知り嬉しくもあった。

すると優花が俺の手を握りながらこう言った。

 

「ねえ、竜也はコハクさんだけでなく、私の事も好き?」

「もちろんだ。元居た世界にいた時からこの世界に来てからもその気持ちに嘘はない」

「私もね。ずっと竜也の事が好きだよ」

「優花・・・・・」

「そりゃあ私以外の人で竜也に好きな人が出来たのは驚いたけど、コハクさんなら許してあげる」

 

優花は穏やかな表情そう言うと俺に微笑むのであった。

それを聞いた俺は、内心ドキッとした。

言うなれば俺は二人の女性と関係を持つ二股男だ。

正確にはコハクのお姉さんも加われば三股ではあるが、常識的に考えれば許される物でもない。

だが、それでも優花は俺とコハクの関係を許すと言ってくれた。

すると優花は俺の手首を握ると、自身の左胸に手を当ててきた。

突然の行動に俺は驚くも、優花の顔は真剣そのものであった。

掌から胸の柔らかさと、優花の心臓の鼓動が高鳴っているのが分かる。

 

「ねえ、竜也。私、今凄くドキドキしているのが分かる?」

「ああ、分かる。」

「私ね、どうしても竜也の口から聞きたい事があるの」

「何を聞きたいんだ?」

「竜也が私の事をどう思っているのか・・・」

 

俺はその事を聞いて覚悟を決める決意をした。

奈落の底から地上に戻る際に決めていた事を今こそ果たすべきなのだと。

今更怖気ずく必要などはない。

元居た世界から何時かは優花にこの想いを告げるのを決めていたのだ。

この世界に召喚され奈落に堕ちて離れ離れになったとしても、お互いの気持ちに変わりはなかった。

後は、それを言葉で伝えるだけである。

想いを告げる覚悟をした俺は優花と向き合い目を合わせると、想いを告げる事にした。

 

「優花、俺はずっと前からお前の事が好きだ。」

「うん」

「この想いは何処へ行こうと、誰に言われようと変わる事が無い。」

「うん」

「確かに俺はコハクの事が好きで家族として迎え入れたが、優花の事も同じ位大切な存在だ。」

「うん」

「俺は、篠崎竜也は園部優花の事を心から愛しています」

「私も、竜也の事が幼馴染ではなく、異性として好きです」

「優花・・・・」

「竜也、大好きだよ!!」

 

互いに想いを告げた俺と優花は、見つめ合うだけでなく唇を交わし合うのであった。

優しくそっと触れ合うような軽い口づけではあるが、それでも互いに惹かれあう男女が想いを告げるのには十分な物である。

気が付けば、外の景色は夕日が見える頃合いの時間となっていたが、そんな事等お構いなしに俺と優花は時間の感覚など気にしない位、熱く深い口づけを交わし続けるのであった。

俺としては優花とキスから先の事もしたくはあるものの、これから北の山脈地帯から押し寄せる魔物の大軍勢を前に体力を消費するわけにはいかず、自制するのであった。

その事を言ったら、優花は乙女チックに顔を赤く染め恥ずかしがるものの、終わったらしても良いよと小さく呟くのであった。

一度だけでなく二度も俺と優花の繋がりは切れかかった。

だが、お互いに想う心がある限り俺と優花の繋がりは決して途切れる事は無いと断言して言える。

もう俺は二度と優花の事を手放したりなどする物かと決心した。

 

その日、俺と優花は幼馴染と言う関係から恋人と言う新たな関係へと足を進めるのであった。




*装甲騎兵ボトムズの予告BGMとナーレーションである銀河万丈さんの声を脳内再生しながらお読みください。

予告
異形の怪物達が大地を踏みしめ押し寄せる。
鉄の騎兵が走り、跳び、吠える。
機銃が唸りを上げ、ミサイルが弾け飛ぶ。
降り注ぐ火玉と荒れ狂う暴風。
ひたすら圧倒的パワーが蹂躪し尽くす。
弾倉が回り、撃鉄が起き、撃心が空の薬室を撃ち、空しい音を立てる。

次回『装甲騎兵』

回るターレットからハジメと竜也に熱い視線が突き刺さる。


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装甲騎兵

戦闘シーンは相変わらず書くのが大変ですが、頑張って書きました。

それと、☆8評価に村井ハンド様、ゆっくり龍神様ありがとうございます。




優花へ想いを告げて恋人となった俺は宿屋を出る事にした。

いざ部屋を出ようと思いドアに手を出し開けようとした瞬間であった。

何と玉井達クラスメイトが部屋へ雪崩れ込んでくるのであった。

それを見て驚く優花であった。

 

「何やってんだお前等・・・」

「いやあ・・・・どうも・・・・」

「篠崎君と優花ッちの事が気になってつい・・・」

 

一瞬どういう事かと思ったが、何となく察する事が出来た。

大方、俺と優花が宿屋へと向かったのを見て後ろから追尾し部屋での会話を盗み聞きしていたのだろう。

幸い部屋は防音にしていた為内容は聞かれることはなかった。

まあ、聞かれて困るようなものでもないから気にしないが問題は優花の方であった。

俺と二人っきりで何を話していたのか、まさか遂に一線を越えたのかと宮崎と菅原から根掘り葉掘り何があったのか質問攻めにあった

とはいえ、男女の一組が部屋で二人っきりになる事を考えれば、大体の事は察しているのか二人とも優花に「おめでとう優花ッち!」と言い祝福の声を贈るのである。

それを聞いた優花は何処か照れ臭そうにしていた。

一方、男子メンバーはと言うと俺に部屋で何をしていたのかと尋ねられ、想像に任せるとだけ軽くそう言った。

相川と仁村から見た俺の様子を見て悔しそうに「「爆発しろリア充野郎!」とだけ叫んでいた。

玉井だけは何故か何処か嬉しそうと言うか羨ましそうに俺を見ていた。

結局宿屋を出て外壁まで行く道中に、俺と優花はクラスメイトから質問攻めを受ける事になった。

 

「にしても篠崎と園部がかぁ・・・・なんで今まで付き合っていなかったんだ?」

「そうそう!元居た世界でも付き合っているんじゃないかって言うぐらいベッタリだったしね」

「ようやくと言うか何というか、まさか此処で付き合い始めるなんてな・・・」

「でも、篠崎君と優花ちゃんはお似合いだと思うよ」

「そうだよな、すげえ羨ましい限りだ。幸せにな篠崎、園部!」

「みんな・・・・ありがとう!」

「取り合えず礼は言っておく」

 

クラスメイト達がそれぞれ祝福の声を贈る中、俺はこれから行う戦いの事を考え頭を切り替えていた。

歩きながら、此処最近で起きた事に纏わる要素を頭の中で整理していた。

 

「(北の山脈地帯で魔物の群れの目撃、クラスメイトである清水幸利の失踪、優花達と畑山先生との再会、闇系統魔法で魔物を洗脳し配下にする謎の人物、ウルの町に押し寄せる魔物の大群、この世界の人間族と敵対関係であり魔物を操る魔人族・・・・)」

 

いくつかの要素を点と点で結び付けていくとある事に気が付くのだった。

それは、敵の目的がウルの町の壊滅ではなく別の事では無いのかと考えた。

俺から見てもウルの町は戦略上重要拠点ではない。

農業と観光で栄える湖畔の田舎町だ。

数万の魔物を引き連れて攻め込むのならもっと他にもそれと言った場所はあるのにも関わらずだ。

それでもウルの町に攻め込む理由は一つしかない。

 

「(敵の目的は町の壊滅ではなく・・・特定人物の抹殺か)」

 

現在ウルの町にいる重要人物を頭で整理していると、該当するある人物が浮かんだ。

敵の背後に魔人族が居ると考えるのであればウルの町を狙ってくるのも頷ける。

そう考えた俺は、外壁に辿り着くまでありとあらゆる観点で考案した作戦を練り上げるのであった。

 

時刻は夕方過ぎとなり空が暗くなっている時間帯に達していた。

外壁には既に俺以外のパーティメンバーが揃いそれぞれ戦いの準備を行っていた。

其処には昼間から魔物の動向を監視していたコハクだけでなく、山脈で出会ったティオの姿もあった。

俺はまず、コハクと話を始める事にした。

コハクも俺の姿を見たのか近づいてくるのであった。

 

「竜也。あの娘とは話は出来たのか?」

「ああ、コハクの御蔭で優花に俺の想いを告げる事が出来た」

「そうか、私としてもお前に大切な者が出来るのは嬉しいからな」

「色々と気を遣わして悪かったなコハク」

「構わん。竜也に対するあの娘の想いは紛れもなく本物だ」

 

そう言うとコハクは何処か嬉しそうな顔で俺と優花を見た。

一瞬だけコハクは優花の方に視線を向けるのだった。

それに気が付いた優花はコハクに軽く会釈をした。

言葉に表さなくてもお互いの言いたい事は伝わったのか、コハクは視線を逸らし背を向けた。

それを俺は、今度はハジメの様子を見るべく外壁を登った。

ハジメも俺に気が付いていたのか見せたい物があると言い、不敵に笑っていた。

昼間から何かを作っていたようで、それが何なのか気になっていたところだ。

ユエが言っていたハジメの作るゴーレムの事も気になっていたところだ

外壁に登りその正体を見た俺は咳き込むのであった。

そのゴーレムから漂う鉄と油、火薬と硝煙、炎の匂いが染みついて思わずむせた。

 

「げっほごっほ・・・・おまっ・・・ハジメこれってまさか・・・」

「おう!これは俺が作ったオリジナルゴーレム。その名も『スコープ・ゴーレム』だ!」

「嘘を言うな!!何がオリジナルだ!?思いっきりス〇ープ〇ッグじゃねえか!!」

「・・・・なんだバレちまったか」

 

悪びれも無く、悪戯が発覚したような子供表情であからさまな声でハジメはそう言った。

俺の目の前に映るソレ、ハジメが作ったゴーレムに呆れ半分驚き半分であった。

そのゴーレムの姿は正しく、某装甲騎兵のアニメに登場するリアルロボットであった。

全身が重火器で武装しておりハジメ曰く、右手に保持しているヘビィマシンガン以外にも、右肩部にはショルダーミサイルポッド、左腕部にハンディソリッドシューター、右腰に2連SMMミサイルポッド、左腰に4連ガトリング銃、背面に火器管制バックパックを装備したと言った。

当初はノーマルの状態で戦う予定であったが、大多数の魔物を相手にする以上これしかないといけないと思い重武装にし、その分機動性と運動性が低いが性能は折り紙付きであるとのことだ。

何処と無く得意げに話すハジメに俺はため息をついた。

 

「俺としては時間があればターボカスタムにしたかったんだけどな、今回の戦いでゴーレムが使い物になるならと思って試作したんだよ」

「ユエから話を聞いてはいたが、一体どうやったら騎士甲冑のゴーレムが、装甲騎兵のリアルロボットになるんだよ・・・原型すら留めていねえ」

「まあいいじゃねえか。さて最後の仕上げに移るとするか」

 

そう言うとハジメは外壁を下り、そのゴーレムの正面に立ち見上げるのであった。

ゴーレムもまた創造主であるハジメをターレットレンズ越しに見つめ合っているように見えた。

するとハジメはそのゴーレムを見てこういうのであった。

 

「あとはコイツの肩を赤く塗らねえとな・・・」

「お前・・・塗りたいのか!」

「ん?へへっ冗談だよ!ってか竜也、そのネタ知ってるんだな」

「まあな。こう見えて全シリーズ視聴済みだ。意外だったか?」

「いいや、最高じゃねえか!!」

 

俺がジト目でそう言うとハジメは軽く笑いながらそう言うのであった。

ハジメはと言うとこんな身近に趣味の分かる同志がいたと知ったオタクのような顔で俺を見るのであった。

話を終え一旦、外壁の内側に戻った俺達を待っていたのは以外にもティオであった。

 

「少し良いじゃろうか?」

「なんだ?話があるみたいだから聞いておくが・・・」

「うむ。お主達に話と言うより頼みがあるのじゃが・・・よいかの?」

「ああ。構わない」

 

ティオの話はと言うと、この戦いが終わったらウィルを送り届けてた後、俺達の旅に同行させてほしいとの事であった。

里を出てきたのはこの世界で起きている異変の調査もあり、その事を考えれば俺達と同行する方が勝っても効率も良いと言った。

俺としては戦力分的にはティオの同行は問題無いのだが、それを聞いたハジメは深く考えるようになった。

 

「何よりも、妾としてはコハク殿の姉上殿には幼少の頃より世話になった身じゃ。決して知らぬ間柄ではない以上、他人事ではないのじゃ。どうか妾も連れて行ってくれないじゃろうか?」

 

どうやらティオはコハクの姉さんに義理があるようにも見えた。

受けた恩には恩で返すと言う仁義とも言える信念を俺はティオから感じた。

そういう考えは俺は嫌いではない。

懇願するかのように見つめるティオに対し、ハジメはこう答えるのであった。

 

「・・・・どうしても付いて来たけりゃ今回の戦いで力を貸してくれ。竜人の力は頼りにしている」

「うむ、任せるのじゃ。竜になれなくともそれなりに戦えるから安心するのじゃ」

「それと、お前には俺からも言わなくてはいけない事がある」

「・・・?それはまさか・・・戦を前に妾へのプロポーズ!?」

「ちげぇよ!!何をどう考えたらそうなるんだよ」

 

ハジメは怒鳴るようにそう言うも、ティオの近くまで行くと小さく頭を下げた。

 

「その・・・・山脈では悪かった」

「・・・お主から謝られる事はないはずなのじゃが?」

「お前に掛けられていた洗脳を解く為にその・・・尻を穿った事だ。」

「ふぁっ!!!!」

 

尻を杭で穿たれた事を思い出したのかティオは片手で尻を抑え赤面するのであった。

俺としては、ハジメが素直に自分の非を認め謝罪する事に驚いていた。

それは、普段ハジメの隣にいるユエやシアですら同様であった。

信じられない物を見たと言わんばかりの表情でハジメを見るユエとシアは目を点にしていた。

二人が普段のハジメをどう思っているかは別として、俺はハジメの心境の変化に嬉しくもあった。

奈落の底に堕ちて人の心を失いかける程に荒れていた頃を考えれば、大きな一歩である。

少しづつではあるが、元居た世界での穏やかな性格であったハジメに戻りつつあると思い俺は安堵した。

ハジメなりの謝罪を聞いたティオは、怒るそぶりも見せず許すのであった。

 

「済んだ事はもう良いのじゃ。お主の御蔭で洗脳は解け自由を取り戻せただけでも僥倖じゃ」

「もう少しやり様が在ったと今でも後悔している。すまなかった」

「よいよい。お主に悪気があったわけではないからの。もし新世界の扉を開いてしもうたら責任を取ってもらうのじゃが・・・・」

「断固拒否する!!尻穿たれて喜ぶ変態を嫁にする趣味は俺にはない!!」

「ふふっ。この件はこれにて手打ちとするかのぉ」

 

そう言うとティオは俺に目を向けるのであった。

俺は目を逸らす事無くティオと視線を合わせるのであった。

ティオから見た俺はコハクの男と言うのもあり興味があるのだろう、何処と無く竜の様な瞳が俺と言う人間を見極めようとしているように見えた。

色々とティオの事を聞きたいと思ったのだが、どうやら戦いの時間がやってきたようだ。

山脈からは土煙らしきものが見え始めた。

どうやら魔物達の先鋒が到着しつつあるようだ。

俺はハジメ達を集めて今回の戦いの作戦を話す事にした。

 

「皆、大事な話がある。今回の作戦についてだ、聞いてくれ」

「なんだ竜也?ここで魔物を食い止めて一匹残らず倒すだけって訳じゃないのか」

「ああ、だがそれは作戦第一段階だ。第二段階に移る後の事を話す必要があってな」

「第二段階?どういう事だ・・・」

「その前に敵の目的を推測ながら考えた。それは・・・・」

 

俺はハジメ達に今回の作戦の概要を説明するの事にした。

それを聞いたハジメ達は驚きはするも納得するのであった。

その内容を聞いたティオは手に持っている扇子で口元を隠しつつも何か考えているようにも見えた。

戦いはすぐそこまで迫ってきた。

 

1時間後、外壁内側にはウルの町に残った男たちが松明で灯りを照らしつつ、武器を構えて待機していた。

とは言え戦闘訓練も碌に受けていない住民と町に駐在する兵士とでは焼け石に水だ。

その中には昼間、住民の避難誘導を行っていた畑山先生の姿もあった。

先生は俺達を心配するような表情をして見つめていたが、俺達の所までやって来るのであった。

 

「二人共、先生が言うのも心苦しいのですが、無茶だけは絶対にしてはいけませんよ・・・」

「大丈夫だ先生。こんなところで死ぬ気なんてないし仲間や町の住民を死なせたりなんかさせねえよ」

「南雲君。黒ローブの男のことですが・・・」

「ああ、黒ローブを先生のもとへ取り敢えず、連れて来てやる」

「そっちはハジメに任せるが、俺は別の要件で気を見てここを離れます。先生は身の回りを注意してください」

「篠崎君、南雲君・・・ありがとうございます。二人ともどうかご無事で」

 

ハジメの予想外とも言える協力的な態度に少し驚くも、苦笑いしつつも俺達を信じているのか腹を括ったのか礼を言うのだった。

先生の護衛である神殿騎士は俺達に何か言いたげであったが、先生が釘を差し黙っていた。

俺達のパーティメンバーは既に外壁の上に立ち戦闘態勢へと入るのであった。

するとハジメは何かに気が付いたのか「!・・・来たか」と言い、北野山脈地帯の方へ視線を向けた。

それは、大地を埋め尽くす魔物の群れであった。

ブルタールのような人型の魔物、黒い狼型の魔物、足が6本あるトカゲ型、四本の鎌をもったカマキリ型、その他諸々実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで迫りつつある。

上空には飛行型の魔物、ハイベリアらしき姿が何十匹と飛んでいた。

その中に一際大きな個体がいてその背中には薄っすらと人影らしきものが見えた。

ティオが言っていた黒ローブの男だ。

大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始める。

迫りくる魔物の軍勢に恐怖を感じる者までいた。

それを見たハジメは迫り来る魔物に背を向けて、息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!我々の勝利は既に確定している」

 

町の住民は自分達を睥睨する白髪の少年に視線を集中するのであった。

それを確認したハジメは更に声を上げる。

 

「何故なら、私達には女神が付いている!諸君らも知っている『豊穣の女神』愛子様だ!!」

 

そう言うとハジメは手を振りかざし、畑山先生の方へ視線を向けた。

町の住民は豊穣の女神様?と聞き、隣り合う者同士で顔を見合わせるがハジメは言葉を続ける。

そして俺はハジメが何をしようとしているのかを見抜き便乗する事にした。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!」

「愛子様こそ天が遣わした豊穣と勝利をもたらす現人神である!」

「我々は愛子様の皆を守りたいという思いに応えやって来た!」

「刮目してみよ!女神に教えられ導き出された力を!!」

 

ハジメはそう言うと宝物庫からシュラーゲンを取り出しハイベリアの群れへと照準を合わせる。

俺もゲイ・ボルクを手にすると、魔力を込め真名を解放させた状態で投擲する体勢を取った。

 

「これが女神の剣と!」

「槍の!」

「「力である!!!!」」

 

シュラーゲンから、極大の閃光が放たれハイベリアの群れを木っ端微塵に撃ち砕き、投擲された魔槍は赤い閃光と衝撃波を放ちながら大地を進む魔物へと放たれ大爆発を起こす。

その爆発は巨大な火球となり周辺の魔物達を巻き込むのであった。

ハイベリアに乗っていた黒ローブの男は爆発の衝撃波で宙に吹き飛ばされて、ジタバタしながら落ちていった。

投擲された槍は生き物のように動き、持ち主である俺の元へと帰ってきた。

魔物の先鋒は今の一撃で大半が吹き飛んだ。

隣にいる相棒であるコハクが蒼い式神に魔力を込めると、倒した魔物の死体から蒼い魂魄らしきものが大量に出てきてすべて吸い込み始めた。

吸い込み終わったのかコハクは「おおよそ一万か。まずまずだな」と不敵な笑みを浮かべるのであった。

余りの光景に唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿を見たハジメと俺は己の武器を天高々に振り上げこう言った。

 

「「愛子様、万歳!!!」」

「「「「「「「「「愛子様、万歳!!!愛子様、万歳!!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「女神様、万歳!!女神様、万歳!!」」」」」」」」」

 

今の一撃で不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に希望に目を輝かせ、畑山先生を女神として讃える雄叫びを上げた。

当の本人である畑山先生は完全に混乱状態で、顔を真っ赤にして小動物の様に震えているのであった。

 

「先生には悪いが俺達の旅先の事も考えて本当の女神になってもらうか」

「そうだな。あとが怖ぇなきっと」

 

何故此処まで畑山先生を前面に出すのには理由がある。

まず、俺達の持つ力は強大でありこの世界では異端でもある。

その力を巡って教会や国と対峙した際、面倒この上極まりない。

町の危急を『豊穣の女神』の力で乗り切ったとなれば、市井の人々は勝手に噂を広める。

そうすれば人々自身が支持する女神として、国や教会も下手な手出しはしにくくなると思ったからだ。

二つ目は、いかに人助けとは言え大きな力を見せても人々に恐怖や敵意をもつであろう。

それが自分達の支持する女神様のもたらしたものとなれば、恐怖は安心に、敵意は好意となると考えた。

旅の良く先で万が一トラブルが起きた際、『豊穣の女神』の力とすれば人々からの信頼も得られる。

最後は、俺達が『豊穣の女神』畑山愛子先生の教え子である以上、余計な面倒事から仲間と家族を守る抑止力になるとも思ったからだ。

唯でさえ俺とハジメはトラブル体質なのか面倒事に巻き込まれやすい。

それを防ぐためにも畑山先生には矢面に立ってもらう事にした。

 

「それじゃあ、手筈通りやるとするか。行くぞ竜也!!」

「おう、派手に大暴れと行くかハジメ!!」

 

ハジメの隣にはユエとシア、俺の横にはコハクとティオがいた。

本来ならば、畑山先生の隣に居る筈である優花は俺を後ろから見ていた。

戦いが始まる前に優花は俺に声を掛け、「気を付けてね」と言い頬に口づけをするのであった。

俺も、返礼として優花の額に口づけをするのであった。

町の人々の愛子様コールが響き渡る中、優花だけは俺の背中を見守っているのである。

俺も後ろから優花の気配と視線を感じつつも、目の前の戦いに集中するのであった。

 

そこからの戦いは最早、蹂躙劇とも言っても過言では無かった。

ハジメは宝物庫からメツェライを持つと、迫りくる魔物に向けて一斉掃射をするのであった。

毎分一万二千発の閃光で魔物達へ放ち肉片へと変えていく。

弾丸は予め製造していたのか、ひたすら弾幕を張り敵を寄せ付けないでいた。

シアはハジメから借りたオルカンで魔物の集団目がけて連続してロケットランチャーをぶっ放す。

放たれた弾頭は大爆発を引き起こし魔物達の集団を吹き飛ばしていく。

弾切れを起こしてもすぐに弾頭を装填し、放ち続けていく。

ユエに至っては広範囲魔法で一方的に殲滅していた。

とは言え広範囲魔法は魔力消費が激しい為、敢えて詠唱し魔力消費を抑えるようにしていた。

ユエは『壊劫』という重力魔法の応用か、魔物の頭上に巨大な正四角形の黒い塊を形成し叩き落すのであった。

魔物達は成す術も無く大地の染みへと化すのであった。

ティオの放つ魔法はと言うと「吹き荒べ頂きの風」「燃え盛れ紅蓮の奔流」と詠唱を唱えると『嵐焔風塵』と叫び、巨大な竜巻を発生させ更に渦巻く炎へと爆進させ魔物の群へ巻き上げた。

コハクは、空中に式神を放ちハイベリアを一方的に殲滅していく。

制空権が確保できたのか、今度は空中に跳び尻尾から蒼い鬼火を形成するとそれが20から30まで増え、魔物目掛けて火球の雨を浴びせるのであった。

倒した魔物はすぐさま魂魄を吸収し魔力を回復させ、火球の雨を振る注ぐの繰り返しであった。

俺はと言うと、ハジメからシュラーゲンを借り、大型の魔物を長距離狙撃で仕留めていくと言う単純作業だ。

メツェライによって挽肉にされ、オルカンで爆殺、重力魔法で押し潰され、炎の竜巻によって塵にされ、蒼炎によって焼き殺され、長距離狙撃で狙い撃ちにされる等、地獄絵図と化していた。

この時点で既に半数以上は殲滅され魔物達は一方的に駆逐されていく。

残りの数は2万以下となっていた

現実とは思えない圧倒的な力による蹂躙劇に町の住民は歓声を上げる。

町の重鎮や護衛騎士達、優花達クラスメイトは呆然としたままだ。

 

一見ハジメ達が優勢と見えるが数の暴力の前に徐々にジリ貧になっていく。

そして遂に、魔力切れを起こしたティオが最初に脱落した。

 

「すまぬ、妾はここまでのようじゃ」

 

事前にハジメから渡された魔晶石の魔力と自前に魔力が枯渇したのだ。

そう言うとティオは顔色が青白くなりうつ伏せに倒れた。

次に危険域に入りつつあるのはユエだ。

広範囲魔法の連発で魔力と消費したのか、焦りが浮かんでいた。

それを見たハジメと俺は作戦を第二段階に移すことに決めた。

 

「シア、ユエの護衛をしつつ援護を頼む。俺はコイツを動かす」

「はいっ!お任せください!!」

 

ハジメはシアに指示を出すとゴーレムを起動し戦闘態勢に移った。

大地に膝をつき待機姿勢を取っていたゴーレムはグオォォォォンと駆動音を立てて目に光が灯った。

同時に俺はシュラーゲンを置き、自前のシュタイフを出すとコハクを乗せ外壁から飛び降りるように発車した。

作戦第二段階は、ある程度敵の数を間引いたら敵指揮官を発見し倒す事である。

最も、第一段階の時点で敵の数は半数以下まで落ちていたものもあり、行動しやすくなったのもある。

ハジメが操るゴーレムで援護しつつ俺とコハクが敵陣に突撃し蹴散らし、中核を叩くと言う寸法だ。

その為には、先ず眼前の敵を排除する事から始まる。

まず最初に来たのは魔物達であった。

此方が攻撃の手を緩めたのかと勘違いしたのか、猪突猛進と言わんばかりに迫ってきた。

それを見逃すハジメではない。

 

「標的は決まっている」

 

ゴーレムと視覚を共有化したハジメは武装を選択し、バシュウウウウ!!っと音を立て、まず背中のミサイルランチャーを敵の密集している所へ放つ。

同時に、キィィィィィィン!!と言う独特の音を立てて大地を疾走する。

右手に装備してあるヘビィマシンガンをダダダダダッ!っと銃声を響かせると一斉掃射し蹴散らしていく。

 

「無駄弾を使うつもりはない」

 

小型の魔物は左腕部にハンディソリッドシューター、左腰に4連ガトリングガンで掃射していく。

ローラーダッシュで地面を滑空するかのように縦横無尽に走り回るゴーレムに魔物達は恐怖を覚えていた。

緑色と赤色の回る3つ目をした緑の巨人に立ち竦んでいた。

ハジメからすればそれは良い標的以外何でもなかった。

 

「その隙が命取りだ」

 

ヘビィマシンガンを連射から単射に切り替えピンポイントで仕留めていく。

魔物達は成す術も無く一機の装甲騎兵によって蹂躙されつくしていく。

生き残ったハイベリアが上空から迫るも、右腰に設置してある2連SMMミサイルポッドで撃ち落とす。

すると最後尾の方から一体の大型の魔物が現れた。

姿は人型のブルタールではあるが大きさは通常個体の倍はあった。

だが、魔物である事には変わらない

それを見たハジメは、残弾を確認しこの大型の魔物に対し攻撃を仕掛けることを決めた。

 

「(アサルト・コンバット・・・やってみるか)」

 

一旦距離を取ったゴーレムはローラーダッシュで接近しつつもガトリングガンを掃射し牽制射撃する。

牽制射撃で怯んだ魔物はそのままゴーレムのショルダータックルをまともに食らい体勢を崩す。

怯んだ魔物に反撃の隙を与えず、すぐさま左腕部のハンディソリッドシューターを掃射し、ヘビィマシンガンを構え照準を合わせる。

 

「これで・・・・終わりだ」

 

ゴーレムの持つ全武装の一斉掃射を浴びた大型の魔物は周囲の魔物を巻き込んで爆発を起こす。

全弾発射したゴーレムはハジメに寄って後方に下がらせる。

大型の魔物を倒したのもあり、道が出来たのを確認した。

その隙を見た俺はハジメのこの場を任せ突入する事を決めた。

 

「ハジメ、俺とコハクは最後尾にいる黒幕を仕留めてくる。黒ローブの奴は任せた!!」

「おう!!。残りは俺とシアでどうにかやっていく行ってこい!!」

 

俺はハジメに拳を突き出すのであった。

それを見たハジメは不敵に笑い、同じく拳を突き出し軽くぶつけ合わせた。

 

「行くぞコハク。式神で奴の場所を特定してくれ」

「任せておけ。竜也は目の前の敵に集中しろ」

「おうよ!行くぜぇぇぇぇぇ!!!!」

 

俺はコハクを背中に乗せ、シュタイフを駆り大地を疾走する。

魔物達が迫りくるが、コハクの蒼炎を纏ったシュタイフに触れる前に塵となっていく。

その姿は大地を蹂躙しながら突き進み炎を纏った龍の様であった。

途中黒ローブの男を見かけたが無視した。

そいつは云わば操り人形だ。

俺が用があるのは黒幕である『人形使い』だ。

 

「さあ、正真正銘のClimaxだ。派手に行くぜ、Let's party!!!!」

 

こうして俺とコハクは今回の事件を引き起こしたとされる黒幕を探しつつ、シュタイフで蹴散らしつつも、奥へと突き進むのであった。




次回予告『闇に潜む暗躍者』

最近調子が悪いのか上手く書けている気がしない。
下手糞で文才の無い私ですが、応援の程よろしくお願いします。
ご感想・評価・助言など心よりお待ちしています。

追記
最近変な夢を見まして、ハジメヒロインズのユエ、シア、香織の三人がうまぴょい伝説を踊ると言うものを見ました。
色々病気なのだろうか私の頭は・・・・。


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闇に潜む暗躍者

投稿が遅くなり本当にすいません。
自分としては週一を目指しているのですが、話作りに手間取ったり、当初の予定を変更し修正したりで中々執筆が進みませんでした。

それと、最近ウマ娘で漸くライスシャワーをお迎えする事が出来ました。
遂に私もライスちゃんのお兄様になったと思うと嬉しさ余って感無量となり、心がぴょんぴょんどころか、ぴょいぴょいしてました。

ウルの町編は今回と次回で締めくくる予定となります。
☆10評価にレヴァンチスト様、☆8評価に豊国大明神様。
誠にありがとうございます。


「(何だこれは・・・一体何なのだ!!)」

 

ウルの町を襲う数万規模の魔物の大群の遥か後方である男は、目の前の惨状を直視していた。

正確には、余りの惨状に思考を停止する寸前であった。

ありえない光景と信じたくない現実に、内心で言葉を失っていた。

男の名前は、レイスといい魔人族の男性で選りすぐった特殊部隊の者である。

この男の目的は、数ヵ月前にこの世界に召喚された神の使徒の中で勇者より厄介な存在である『豊穣の女神』と呼ばれる存在である人間の抹殺が目的である。

各地を転々としている同志とは別にある目的でこの地に来た男は、ある人間と出会った。

その人間は、神の使徒でありながら同じ人間族に憎悪を抱き、魔人族にとって有益な情報を持って現れた。

なんとウルの町に『豊穣の女神』が訪れていると言う。

情報によると豊穣の女神は各地を回り、その力で農作物を豊かにしているとの事だ。

今後の戦いにおいて人間族の兵糧が減る処か増えるのでは勇者より厄介な存在で、何としても抹殺せねばならない。

この男は清水と言う名の人間の少年からもたらされた情報を頼り、契約を結ぶのであった。

それは、豊穣の女神の女神の抹殺をする見返りに魔人族側の勇者として招き入れる事であった。

あるお方から賜った魔物達を清水に預けた男は、早速魔物の大軍勢を結集させるのであった。

清水の力は予想以上であり、僅か二週間と少しという短い期間で6万にも及ぶ魔物の軍勢を作り上げたのだ。

レイスと言う男は神の使徒の持つ力に驚くと同時に畏怖を感じた。

それは人間が持つには余りに強大な力であり何時自分達へ向けられるかもしれないと言う恐怖であった。

そこで考え付いたのが、魔人族との契約と言う建前の事、勇者として招き入れると言う餌を清水にちらつかせ、豊穣の女神諸共抹殺する事であった。

事が無し終えれば清水は用済みとなり、殺すつもりでいた。

男にとっては豊穣の女神の抹殺とウルの町の壊滅、清水と言う危険分子の排除がなせるという事もあり良い事尽くしである。

だが、いざ戦いが始まればこの惨状である。

数万の魔物の軍勢をもってすればウルの町など容易く壊滅でき、人間族への見せしめも兼ねて魔人族の力を誇示できると思っていた。

ウルの町は未だ無傷で健在であり、目の前には僅か数人の相手にあれだけ居た魔物の軍勢が壊滅状態となっていた。

見た事の無い武器に魔法、緑色で三つ目のゴーレムの戦う姿に言葉を失った。

 

「(これでは女神抹殺どころではない!私自身の命さえ危うい!!)」

 

このまま魔物の軍勢が全滅し、何の成果も上げられぬまま本国に帰還したとしても待っているのは粛清と言う死だ。

戦いの混乱に紛れ込み女神を抹殺した後、敵の情報だけでも持ち帰らねばならないと思い、その場を動こうとした時であった。

何処からか聞き覚えの無い轟音が聞こえ始めた。

ブロロロロロロロッ!!!!!!

すると、男の目の前には見た事の無い鉄の塊に乗った人間が崖を登り現れた。

ブロロロォォォォン!!!!!!!

それは馬でも無ければ魔物でもない未知の物であった。

しかも、それに乗っているのは人間の男だけではなく、白髪で尻尾が9本ある亜人であった。

 

「よぉ!!こんな所でかくれんぼでもやってんのか?魔人族のお兄さんや」

「どうやら魔人族で間違いないようだな?」

 

黒髪に紅い槍を手に持ち、それを担ぐかのように肩に乗せて現れた人間が話し掛けてくるのであった。

レイスは突然現れた男女の一組にただ、混乱するのであった。

 

 

外壁からシュタイフに乗って山脈方面へ走らせている俺は、立ち塞がる魔物を蹴散らしつつも先へ進んでいた。

俺の読みが当たっていればそろそろ見つけてもいい頃合いである。

コハクに頼み上空から式神を使って索敵しているが、未だ発見には至っていない。

どうした物かと思いつつも先へ進んで行く。

俺が探している相手とは、清水などでは無く裏で操る黒幕の存在である。

魔物の集団を使役しているのは十中八九、清水であると言うのが俺とハジメの見解である。

洗脳と言った闇系統の魔法を駆使し、数万の魔物の軍勢を作り出すと言う事が出来るのは、俺達同様にこの世界に召喚されチート級の天職を持ったものである。

そして、ティオから齎された情報を整理し考えた結果、2週間前に行方不明となったクラスメイトの清水であると判断した。

清水単独でこれだけの事を仕出かしたとは考えにくい。

そう考えている内に、俺の背中にいる相棒であるコハクから報告が上がった。

 

「竜也、獲物を見つけたぞ。どうやら奴はお前の読み通り、戦場を見渡せる場所で観察していたようだ」

「よくやったコハク!!それじゃあ奴さんの面でも拝みに行くとしますか!!」

 

コハクが放った式神から本命の位置を割り出した俺は、急な崖を一気に駆け上った。

そして、登り終えた先には本命である人物の姿が視界に入った。

その男の正体は、褐色肌に尖った名が耳が特徴の魔人族であった。

突然現れた俺達の登場に面食らっているのか、驚きの表情を浮かばせていた。

シュタイフから降りた俺とコハクは、警戒しつつも戦闘態勢を整えるのであった。

本来であれば見つけ次第始末したいのは山々だが、俺はこの男からまだ聞かねばならない事があるのだ。

 

「さてと、何でここが分かったって顔してんなアンタ?こそこそ隠れているつもりだったようだが、真上から丸見えなんだぜ」

「ッ!!!!」

 

その男は咄嗟に真上を見ると十字型の青い紙が浮かんでいるのを見て驚愕していた。

そして察するのであった。

監視していたつもりが実は監視されていたのだと。

悔しさを込めた感情で俺を睨みつけ歯軋りをするが俺は言葉を続けた。

 

「テメエの目的なんざ聞くまでもねえ。当ててやろうか?目的は『豊穣の女神』の抹殺だろ」

「何故・・・貴様がそれを知っている!?」

「答え合わせと行こうか?理由は簡単だ。魔物の数があまりにも多すぎるからだ」

 

理解できないと言った顔で俺を見る魔人族の男はまたもや驚くのである。

俺が言った魔物の数が多すぎると言うのには理由がある。

それは、至って単純な事だ。

6万と言った大軍勢を使役したのは大方、清水であるのは間違いない。

それだけの数を集めたのは驚きだが、俺は此処である違和感を感じるのであった。

ウルの町に攻め込むのになぜそれだけの数がいるのかと。

はっきり言って過剰戦力であると言うのは素人が見ても分かる。

あの町は強固な城壁に囲まれた防衛拠点でも無ければ城塞都市でもない。

ごく普通の湖畔に面した田舎町だ。

もし俺があの町を攻め落とすのであれば、数万も必要ない。

大きく見積もって千程の数が在ればことは足りる。

なのに6万と言った大軍勢を用意する必要性が無いのにも拘らず、清水は行った。

まるで清水自身が自分の力を誇示でもするようにも感じた。

もしそうだとして、その後の事を考えても人間族に反旗を翻した裏切り者として扱われ、清水自身にデメリットしかないからだ。

だが、そうなったとしても問題が無いとすれば一つだけ行く当てがある。

それは、この世界において何百年もの間、人間族と戦争を繰り広げている相手である魔人族だ。

魔人族が後ろ盾となれば当面の生活が保障されるだけでなく、それなりの地位になり得ると言うメリットがあるからだ。

それは、魔人族としては人間族が召喚した神の使徒が持つ力と天職といった情報を得るだけでなく、魔人族側に付いたと言う情報がこの世界の人間族の間に流れれば、士気の低下と言った精神的打撃を与えられるからだ。

時が進み戦況次第では、他にも魔人族側に付く者が現れる可能性もある。

もしそうなればこの世界の人間族の間で、味方である神の使徒が他にも寝返るのではないのかと言う疑心暗鬼の状況を作り出す事だってできる。

この世界の人間族に義理立てする気はサラサラないが、もしそうなったりでもすれば俺達の旅の良く先にも多大な影響が及ぶのは間違いない。

最もこれらは本来の目的を達成したことで得られる副産物でしかない。

コイツの目的は先程にも言った通り、畑山先生の暗殺若しくは抹殺といったところだろう。

先生を魔物の大群で殺させるのも良し、混乱に乗じて自ら仕留めるなどいろいろやり方はある。

どう言った経緯と形で清水と出会ったかは不明だが、尋問なり拷問なりと何らかの手段を使いあの町に畑山先生事、豊穣の女神がいると言う情報を得たこの男は行動に移ったのだ。

この場所は高所から平地であるあの場所を監視するのは打ってつけであり、事が済めば清水を自陣に引き込むか用済みとして殺すのは考え付く。

 

「まあこんなとこだろうな。理由はどうあれ清水の奴を嗾けて利用すると言ったところか?」

「・・・・それが分かった所で、貴様に何が出来ると言うのだ!!」

「別にどうと言った事はねえよ。理由はどうあれ先生の命を狙うだけじゃなく、戦いに関係ない町の人達まで襲うってんだ。その落とし前はきっちりつけさせてもらう!!」

 

そう言った俺は目の前にいる魔人族の男に殺気を飛ばした。

そいつは背中に装備している弓矢を手にするのであった。

 

「私の存在を知ったからには容赦せん!!貴様は此処で死ね人間!!」

「やってみろよ魔人族。テメエなんぞに出来るもんならな」

「死ねええええええ!!!」

 

俺の挑発が癇に障ったのか、怒りのまま矢を俺の顔目掛けて放つのであった。

だが、その矢は俺に当たる事無く明後日の方向へと弾き跳ぶのであった。

男は矢がそれたことに驚くも、執拗に矢を放ち続けるのであった。

俺は槍を肩に担いだままその場を動かなかった。

技能の一つである『矢避けの加護』もあり、俺に飛び道具は通用しないのだ。

過信する気はないが、万が一の時は避けるか槍で弾き返す事だってできる。

その間、俺の後ろで待機しているコハクに指示を出すのであった。

 

「コハク、悪いが崖下にいる魔物の掃討を頼めるか?」

「構わんぞ。ハジメ達の所にいる魔物の残りなど大したものではないからな」

「ああ、折角用意してくれたご馳走だ。一匹残らず食って来い!」

「ふふっそうするとしよう。有象無象とは言え獲物は獲物だ。存分に食らい尽くしてくるとしよう」

 

コハクは不敵な笑みを浮かべると、山脈側から来る魔物の最後尾の辺りまで行き文字通り狩りを行うのであった。

戦いは終盤もあり城壁に迫っていた魔物も逃げ腰となっていた。

大方、ハジメとシアによって駆逐されているのだろう。

山から逃げる魔物と山へと逃げる魔物同士で押し潰し合ってくれると後処理が楽だからだ。

最もコハクが狙った獲物を見逃す筈もなく、魔物は一匹残らず駆逐されるのは時間の問題である。

 

「さてと・・・そろそろこっちもやるとするか」

 

俺は槍を構え戦闘態勢に移ると、両足に魔力を込めると魔人族の男との間合いを一気に詰めた。

男は俺の突然の強襲に驚きつつも距離を取ろうとする。

だが、それは余りにも遅すぎた。

下から振り上げるように槍を振るうと、相手の武器である弓を半ばから切り落とすのであった。

俺の追撃の手を緩めることなく攻撃を続けていく。

刺すように突き、そこから払うように振り回し相手に反撃の隙を与えないでいた。

相手も避けるので精一杯なのか、俺の攻撃を何度も躱すも体中に傷を増やしていき動きが鈍っていくのが分かった。

俺は相手が怯んだ隙を見逃す事無く、刺すと見せかけたフェイントを入れた攻撃で槍を払い、遂に相手の右腕を切り落とす事が出来た。

振り上げた動作と同時に俺は相手の腹部を蹴りつけるのであった。

俺に蹴られた魔人族の男はそのまま地面に強く叩きつけられ転げまわるのであった。

男は自分の腕が切り落とされたことに驚くも、地面から這い上がり俺をまるで仇敵でも見るかのような目で睨みつけ、未だ戦意を無くしてはいなかった。

 

「貴様・・・その強さは一体・・・・本当に人間なのか!?」

「俺としてはそのつもりなんだがな。」

 

そう言い軽く流しつつも俺は魔人族の男との戦いの中、ある事を感じていた。

想定していたよりも相手が弱く感じたのだ。

何百年もの間この世界の人間族と戦争をするのだから、もう少し強いとばかり思っていたそれなりに警戒して挑んだつもりが、案外拍子抜けであった事に溜息をついていた。

俺自身が強いなどと自惚れる気は微塵も無いのだが、呆気なく感じた。

単にコイツが接近戦に弱く奇襲されることが想定外で、大した装備を持っていなかったのもあるのだが、妙に肩透かしを受けた気になった。

とは言え手を抜くつもりなど無い。

コイツは確実にここで仕留める腹積もりだ。

 

「さてと、そろそろ仕舞いにするとするか。何か言い残す事でもあるか?」

「今に見ていろ・・・・何れあのお方が貴様たちを葬り去ってくれる!!」

「あのお方ね・・・そいつが何であれ俺達の敵として立ちはだかるってんなら潰すまでだ。」

「神に逆らう異教徒がっ!!」

「そうかよ。ならばこの一撃、手向けに受け取れ!!」

 

俺は槍に魔力を込めると魔槍の真名を解放する準備を整えた。

相手がまだ奥の手を隠し持っているとも限らない以上、全力を持って潰すことを決意した。

魔人族の男は、腰から短剣を取り出すと腰だめに構え玉砕覚悟で突っ込んできた。

どうやら奥の手はなさそうだと思った俺は、相手に狙いを定め魔槍を放つことにした。

 

「その心臓、貰い受ける!!刺し穿て、ゲイ・ボルク!!!!」

 

俺は前へ突き刺すように魔槍を刺しつけた。

真名を解放された魔槍は赤い閃光を放ちつつ、一直線に相手の心臓を穿つべく生き物のように鋭く突き進んでいく。

男は俺に到達するまでも無く心臓を穿たれ、力尽きるように倒れこんだ。

程なくして魔槍は相手の血を吸い込み終えたのか紅く輝き、元の状態へと戻った。

俺は槍先についた血を振り払い、魔人族の男の亡骸へと近づいていく。

首元に手を当て脈が止まっているのを確認し終えた俺は、ルーン魔術のアンサズで男の亡骸を燃やし荼毘に臥す事にした。

俺は亡骸が完全に燃え尽きたのを見届けその場を後にした。

崖下を見下ろすと、辺り一面が蒼い炎で埋め尽くされ、黒い灰のようなものが地面に散乱していた

どうやらコハクが残りの魔物達を掃討し終えたようだ。

黒い灰の正体は魔物の肉体が炭化したことによるものだと推測する。

周囲を見渡すと魔物の姿はなく、白い髪に九本の尻尾をした見慣れた姿を見つけた。

俺は崖を下りコハクの元へと近づいていく。

 

「よう、コハク。そっちは終わったか?」

「見ての通りだ。数はそこそこ多かったがあまり歯応えの無い獲物ばかりだったがな。」

「そうかい。見た所、魔物の魂魄を吸い終えたって所か?」

「ああ。ついでに蒼炎で魔物共の死骸を浄化した。死臭が風に流れて街に来ることはないだろう。竜也の方はどうだ?」

「問題ない。ちょいと梃子摺るかと思ったが拍子抜けだった」

 

周囲の安全も確保できたのを確認し終えた俺は、シュタイフを取り出しこの場を去る事にした。

コハクが乗るのを確認した俺は、外壁に向け帰路を取るのであった。

ついさっきまで暗い夜空が明るみを照らし、空の景色が変わろうとしていた。

程なくして、俺とコハクを乗せたシュタイフは外壁まで戻って来るのであった。

戦いが終わったのを確認したのか、町の住民たちは家へと戻り、外壁部に残っているのは護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人かである。

遠目で見るとユエとシア、ティオとハジメの姿が見えてきた。

俺達の姿を見て駆けつけてくる人影があった。

それは優花であった。

シュタイフを下り、走ってやって来る優花を見て俺はゆっくりと歩きだしていく。

 

「竜也!無事だよね!?怪我とかしてない!?」

「心配性だな優花は。俺もコハクも問題ないさ。それよりハジメは何処だ?」

「南雲ならそこにいるよ」

 

優花が指さした先には、畑山先生の隣に立ち黒い何かを見下ろしているように見えた。

よく見るとそれは、魔物達を使役していた黒ローブの男の姿であった。

意識を失っているだけでなく、大方ハジメが強引に確保したのだろうか、見るも無残で敗残兵の様な姿になっているクラスメイトの清水であった。

未だ白目を向いて倒れている清水に、畑山先生が歩み寄ろうとし護衛の騎士達が制止するも、それも聞き入れず顔を覗くのであった。

先生の隣には優花が寄り添い見守るのであった。

清水が町を襲撃した犯人だと知り、悲しそうに表情を歪めつつも、清水の目を覚まそうと揺り動かすのであった。

すると、やがて意識を取り戻した清水は周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解し上体を起こす。

警戒心を露にし、目をギョロギョロと動かしている。

 

「清水君、落ち着いて下さい。先生は、清水君とお話がしたいのです。どうしてこんなことをしたのか、先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

畑山先生が清水を宥めるように話しかえるも、それが返って逆効果なのか清水はボソボソと聞き取りにくい声で悪態をつき始めた。

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!俺はただ自分の価値を示したかっただけさ。そうさ、俺こそが勇者に相応しいんだってことをな」

「アンタねぇ、愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に優花が憤りをあらわにし反論する。

それを見ていた畑山先生は、声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問するのである。

 

「沢山・・・不満があったのですね。気が付かなくてごめんなさい。でも、どうして町を襲おうとしたのか先生には分かりません。あれだけの力をこんな風に使うなんて間違ってます。」

「・・・・・・・」

「清水君、どうして答えてくれないんですか?こんなことをしたって何の意味なんて・・・」

「意味・・・あるさ・・・魔人族になら」

 

その名前を聞いて俺達を除く、畑山先生と護衛の騎士達は驚愕するのであった。

俺自身が立てた予想はどうやら的中したようだ。

先生たちのその様子に満足気な表情となり、清水は先程までよりは力の篭った声で話し始めるのであった。

 

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ってその時、俺は一人の魔人族と出会ったのさ!!。その魔人族は、俺との話しを望んでわかってくれたのさ!!。俺の本当の価値ってやつをな!!だから俺は魔人族と契約したんだよ!!」

「契約・・・・ですか?それはいったい・・・」

「先生・・・あんたを殺す事だよ!!」

「えっ・・・・」

 

自分が魔人族に狙われているという事を知り畑山先生はポカンとした表情で驚愕する。

魔物の軍勢を使役する者の目的が、畑山先生である事をハジメ達には言ったものの、先生本人には伝えていなかった。

敵の目的がウルの町の壊滅ではなく、先生自身だと知れば余計な心配と気苦労を掛けると思い俺なりに配慮したつもりが返って裏目に出てしまったようだ。

 

「何だよ、その間抜面は?。まさかあんた、魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか?ある意味、勇者より厄介な豊穣の女神なんて存在を魔人族が放っておくわけないだろ!!町の住人ごとあんたを殺せば、俺は『魔人族側の勇者』として招かれるそういう契約だった。なのに・・・・」

 

すると清水は俺達の方へと憎しみと嫉妬を交ぜた視線を向け喚き立て始めた。

 

「せっかく魔人族から超強い魔物も貸してくれて、想像以上の軍勢も作れた。なのに・・・なんでだよ!!何なんだよっ!何で、六万の軍勢が負けるんだよ!あり得ないだろこんなのって!!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!!なんで俺の邪魔をするんだよお前等はっ!!」

 

清水の目は最早、狂人の領域に達していた。

思い通りにいかない現実への苛立ちと陰鬱さや卑屈さが籠った目である。

俺は今にも襲い掛からんとする目の前にいるクラスメイトの罵倒を冷ややかな目で見ていた。

それはハジメ達も同じであった。

コハクに至っては清水の事を完全にゴミを見るような目で見ていたのもあり、それが清水を激昂させる原因になっていた

 

「清水君、落ち着いてください!!」

「うるさいっ!!あんたなんかに何が分かるってんだよっ!!」

「君の・・・特別でありたいと言う願いは、人として自然な望みです。でも、魔人族側には行ってはいけません。力を示したいと言うのならもっと他にもやり方はあったはずです。それなのに・・・」

 

清水は、畑山先生の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。

護衛の騎士たちは、漸く畑山先生の言葉が通じた者とばかり思っていた。

だが、現実はそう甘くはなかった。

俺は清水の様子を見てそれは言葉が通じたからではなく、怒りに震えているものだと知った。

 

「力を示すだって・・・・俺が力を示すのは・・・魔人族にだっ!!!」

「清水君っ!!」

 

清水の手には何時の間にか黒く細長い針のような物を手にしていた。

どうやらローブの中に隠し持っていたのだろう。

こんな事であれば、ハジメに清水を確保した時点でボディチェックをするように言っておくべきだったと後悔した。

当の本人であるハジメもそれを想ったのか、苦虫をかみ砕くような表情でそれに気づきドンナー・シュラークを手にして清水を撃つ態勢に入ろうとする。

俺も動くに動けない状態であり、畑山先生は清水の持つ凶器に刺される数秒前の状態であった。

畑山先生も清水の取った凶行に全く対応できていない。

まさか、教え子である生徒に殺意を向けられるなど想像もしていなかったのだろう。

誰もが間に合わないと思っていたその時であった。

 

ドゴスッ!!!!!!!!

 

何かが清水の顔面を真横から強烈な一撃を叩き込むのであった。

突如として襲い掛かった衝撃的なそれは清水を真横に吹き飛ばし、外壁に叩き付けた。

 

「清水・・・・アンタ・・・愛ちゃん先生に何しようとしたの?」

 

清水の顔面に真横から強烈な一撃を叩き込んだのはなんと意外な人物であった。

その人物こそ、畑山先生の横に寄り添っていた優花であった。

優花の手には銀色に光るガントレットと呼ばれる籠手を装着し、プロボクサー顔負けのファイティングスタイルで清水を殴り飛ばしたのだ。

優花はと言うと、明らかに普段と違う雰囲気で体からは闘気らしきオーラを漂わせていた。

俺は優花のその姿に思わず声を失った。

それは俺だけでなくその場にいた全員がそうであった。

両手に装着したガントレットで拳同士をぶつけた優花は、目に覇気を灯し眼前にいる外壁に体をぶつけ立ち上がろうとする清水を見据えていた。

それを見ていたコハクは優花に話しかけるのであった。

 

「娘、必要なら手を貸すがお前はどうする?」

「いいえ、これは私だけでやります。なので、手出しは無用です!」

「そうか。ならば私は手を出さん。お前も竜也の女と言うのであれば力を示して見せろ。」

「はい!!!!」

 

どうやら優花はやる気満々であるようだ。

この町で再会してから優花の変化に俺は驚いていた。

オルクスの大迷宮で俺が奈落に堕ちる前よりも、体付きが良くなり背筋が伸びているように感じた。

それだけではない。

優花の体から溢れる覇気と闘気を肌で感じ取り、驚くのであった。

俺と別れて再開するまでの間、優花に一体何があったのか気になるが、今は見守るしかないようだ。

すると優花は俺の方に顔だけ向けてこう言った。

 

「竜也、私はもう守られるだけの女の子じゃない所、見ててくれる?」

「・・・・ああ、見ててやるよ。もしもの時は俺が助けてやるから安心しろ」

「うん!!わかった。それが聞けて良かった」

 

俺にそう言い笑顔で返すと、優花は清水と向き合いゆっくりと歩き始める。

清水もまた自身を殴り飛ばした優花に対し殺意の籠った眼差しで睨み立ち上がるのであった。

 

「清水。ちょっと少し・・・・頭冷やそうか?」

 

優花は小さく呟くようにそう言うと、拳に力を入れボクサーのようなファイティングポーズを構えるのであった。




次回予告『TAKAMATI式OHANASI』

Q.優花の心境を現すのであればどんな状態ですか?
A.クリリンをフリーザによって目の前で殺された孫悟空。

Q.原作と違い本作の優花はどれほど強くなっているのですか?
A.持ち前のステータスに思いやり+愛情+友情+優しさ+信じる心+諦めない不屈の心+全集中の呼吸+女子力で最早別人と言っても可笑しくない位強いです。

Q.優花の女子力を数値で表すならばどれほどになりますか?
A.本作における優花ちゃんの女子力はクラス最強で53万あります。

Q.優花の女子力はこれから先も進化していくのですか
A.これは現段階の数値であり竜也と親密度が深まれば深まるほど進化していきます。尚、進化の度合いは3段階あり女子力に加え愛妻力が将来的に加わる予定です。

2021/6/21 物語の展開の変更と修正の為、次回のサブタイトルを変更させていただくことになりました。


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TAKAMATI式OHANASI

大変遅くなって申し訳ありません。
今後の展開もですが、本作のメインヒロインであるコハクの天職とステータス、技能の設定を完全に忘れており、これまで構想しておりました。
それも相まって、執筆が遅れに遅れてしまい皆様をお待たせする事になり、誠に申し訳ございませんでした。
それでも尚、更新を待って頂いた読者の方々には感謝の言葉を申し上げる所存です。

☆9評価をして頂いた〇坊主様。
本当にありがとうございます。



清水幸利にとって異世界召喚とは、ありえないと分かっていながら憧れであり夢であった。

夢や妄想の中では何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたのか数え知れない。

異世界召喚の事実を理解した時は脳内で歓喜の雄叫びを上げた。

夢にまで見た異世界転移が現実化したことに舞い上がり、華々しく活躍する自分の姿を想像しただけでも興奮した。

だが、現実はそう甘くなかった。

二次創作でもありがちなチート的なスペックを秘めていたが、それはクラスの誰もがそうであって自分だけ特別と言うものでもなく、憧れである『勇者』は違う誰かであった。

異世界転移と言う念願が叶ったにも関わらず、思っていたものと全く違う事実に内心で不満を募らせていった。

自分だけが特別な存在ではなく、ありがちなご都合主義な展開などもある筈も無い現実とぶつかり、抱いていた異世界への幻想は音を立てて崩れ去った。

追い討ちを掛けるように、オルクス大迷宮での初の実戦訓練で死に掛けて、クラスメイトが奈落に堕ちて死んだと言う事実を目の当たりにした清水は、完全に心が折れた。

 

王宮に戻ると再び自室に引き篭り、自分の天職である『闇術師』に関する技能・魔法に関する本を読んで過ごすことになった。

この異世界には清水の心を慰める二次創作などある筈も無く、唯々自室に引きこもり本を読む日々を送っていた。

ある日の事である。

天職である闇術師について調べていく内にある事を思いついた。

闇系統魔法を極めれば、対象を完全に洗脳し支配できるのではないか? 

この世界における闇系統の魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法であり、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識され、相手の認識をズラしたり幻覚を見せたり等と、魔法へのイメージ補完に干渉して行使しにくくしたりするものである。

その考えが正しければ、誰であろうと自分の思い描くように自由自在に好きなように出来るのだ。

例えそれがこの世界の住民や王族、クラスメイトの気に食わない者までもがだ。

そうと分かった清水は、人目を避けて一心不乱に修練に励んだ。

 

最初の内は上手くいかなかったが、自身の欲望と本能に従い十数時間という長時間に渡って術を施し続けた結果、夜な夜な王都外に出て雑魚魔物相手に実験を繰り返し、人に比べて遥かに容易に洗脳支配できることが実証できた。

この世界の者であれば長い時間をかけてせいぜい一、二匹程度を操るのが限度であるものの、既に闇系統魔法に極めて高い才能を持っていた清水だからこそできた事だ。

王都近郊での実験を終えた清水は、どうせ支配下に置くなら強い魔物がいいと考え

その機会をただ待っていた。

都合が良い事に畑山先生の護衛隊の話を耳にし、同行するのを決意した。

外の世界に出れば、この世界に来ることになった原因である魔人族との接触する機会も得られると思ったからだ。

案の定、北の山脈地帯という良い魔物と出会う打ってつけの場所へ到着した清水は、配下の魔物を集めるため姿をくらませた。

更に運の良い事に、北の山脈地帯へと偵察に来ていた魔人族とも接触が叶った。

そこで清水は、本来味方である人間族との情報を洗いざらい魔人族に全てを話した。

当然その情報の中には、勇者の次にチート能力を持った畑山愛子の事も含まれていた。

話を聞いた魔人族は、豊穣の女神の抹殺と引き換えに清水を魔人族側の勇者へと引き入れる契約を結んだ。

それから僅か二週間と少しという短い期間で数万と言う魔物の大軍勢を率いる事になった。

道中、眠っている黒いドラゴンを見つけ、かなり時間は掛かったがその結果、それ相応の強力な魔物を従える力を清水は手に入れた。

魔人族との間で交わした契約の元、日々増強していく魔物の軍勢に、清水の心のタガは完全に外れてしまった。

自分こそは特別だったと悦に浸り、誰もがその偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想し、手始めに目的である豊穣の女神の抹殺を胸に、魔物の大軍勢をウルの町へ差し向けたのだった。

 

だが、予想を反して散々な結果であった。

あれだけ居た魔物の大軍勢は、見た事の無い少数の相手やこの世界にある筈の無い兵器によって一匹残らずほぼ一方的に駆逐された挙句、自身も白髪の男によって捕らえられると言う始末だ。

捕まったその先に待っていたのは見覚えのあるクラスメイトと、オルクスで死んだ筈である篠崎竜也の姿、見覚えのない人物に目的である豊穣の女神事、畑山愛子であった。

まだ運は尽きていないものだと知った清水は、畑山愛子の話を聞く振りをして機を待っていた。

話を聞き入れたふりをしていた清水は、ローブの中に隠していた北の山脈の魔物から採った毒針を手にし、畑山愛子に襲い掛かるのであった。

此処で豊穣の女神を殺す事が出来れば自分は魔人族の勇者になれる。

清水の頭にはその考えが埋め尽くされていた。

だが、その望みは叶う事はなかった。

突如として横から自身の顔面に目掛け衝撃と痛みが遅い、防壁と思わしき壁に全身を叩きつけられた。

 

「清水。ちょっと少し・・・・頭冷やそうか?」

 

辛うじて意識を失わなかったものの、清水の前に怒りのオーラを纏った紅の修羅神が立ち塞がっていた。

静かに怒りの籠った瞳で此方を睨みつける紅の修羅神と化した園部優花に全身が震えながら息を呑むのであった。

 

 

俺達は怒り心頭の優花を見て言葉を失っていた。

一番驚いているのは恐らく畑山先生だろう。

先生から見た優花は、クラスの女子の中でも温厚で面倒見の良い生徒と言った印象の筈だ。

それがここに来て普段見せない姿に戸惑いの表情を浮かべていた。

次に驚いているとしたら玉井達や菅原達と言ったところだろう。

此処まで怒りの感情を露にする優花を見るのは初めてなのだろう、若干引き気味に見える。

ハジメ達もやや驚いてはいるものの、比較的冷静で様子を見ている。

俺としては此処まで怒る優花を見るのは二度目だったりする。

優花が怒る時は、一見物静かではあるが内心は激情に駆られているものだ。

 

「園部さん・・・・」

「大丈夫ですよ畑山先生。優花を信じてください」

「篠崎君・・・・・ですけど・・・」

 

そんな様子を見ている畑山先生は、オロオロしながらも小さく呟く中で、俺が優しく声を掛ける。

とは言え俺も内心冷や汗気味だったりする。

あそこまで怒りに身を任せた優花は、そう簡単に止まったりはしない。

勢い余って清水を殺さないか不安だったりもするが、此処は優花を信じるしかないと思った。

 

「(しかし、優花の取るボクシングスタイルのフォーム・・・まさかな・・・・)」

 

俺は優花が執る戦闘スタイルとフォームに見覚えがある気がした。

それ何処かで見た事あるような気がする。

元の世界にいた頃、俺の知り合いでもありボクシングスタイルで戦うある人物の事が脳裏に浮かんだ。

去年の冬頃に、俺を辿ってアイルランドから態々日本へやってきたあの『ケルト女』のことだ。

見れば見る程優花の取るフォームは、俺が知るあの『ケルト女』が漂う闘気までもが非常に良く酷似していた。

優花に殴り飛ばされた清水はゆっくりとだが起き上がり、自分に置かれた状況を理解し始めたようだ。

 

「たかがモブの分際で・・・・俺の・・・邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!!!」

「あっそう」

 

清水は右手に持った毒針を手に優花に襲い掛かった。

対する優花は軽くそう流すように言い、拳に力を入れる。

清水は優花の顔面を目掛けて刺すように針を突き付けるも、優花はそれを見切るまでも無いかの様に余裕を持って横に逸れて躱すのであった。

それと同時に優花は、逆に清水の顔面目掛けて拳を叩き込むのであった。

見ている側も驚くほどに華麗なカウンター技であった。

まさかのカウンターを喰らった清水は大きくよろけるのであった。

 

「黙って聞いていれば、くだらない能書きばっかりね!!」

「ゴフゥ!!」

「何でアンタは他人の痛みや悲しみを考えようともしないの!!」

「ゲフゥ!!」

「自分さえ良ければ他の人はどうでもいいわけ!!」

「ガハッ!!」

「自分の価値を示す?勇者になる?力を示す?それが何だって言うのよっ!!」

「グブゥ!!」

 

カウンターを喰らい怯んだ清水に追い討ちを掛けるように優花は、溝内にボディブローを叩き込む。

それだけに留まらず、力強いフックと鋭いジャブ、速いストレートを交互に繰り広げ、反撃する暇も与えない程に清水の顔と胴体に拳だけでなく、回し蹴りも叩き込んでいく。

優花の繰り出す全力全開とも言える攻撃と、疾風迅雷の速さの前に清水は最早、人間サンドバックと化していた。

優花は拳に込めた怒りと想いのすべてを清水にぶつけつつも話をしていく。

 

「清水。アンタは・・・愛ちゃん先生やクラスの皆がどれだけ心配していたか知らないわよね?いいえ、知ろうともしない!!」

「ぐっ・・・・・」

「それだけじゃない!!アンタが起こしたバカ騒ぎのせいで、ウルの町の人達がどれだけ不安に感じたかなんて考えたことはないでしょ?」

「な・・・・に・・・・」

「何時だってアンタが考えるのは自分一人だけのことばっかり。そんなアンタなんかが勇者になるですって?ふざけんじゃないわよっ!!!」

「ぐぶはぁぁぁぁ!!!!」

 

優花の左拳から放たれる強烈なストレートを顔面に食らった清水は、外壁へ激しく吹き飛ばされ再び背中から体をぶつけ大の字となるのであった。

それを見た優花は、逃がしはしないと見たのか腰から投擲用のナイフを指に挟むと、清水に目掛けて放つのであった。

放たれたナイフは清水の腕に突き刺さる事無く、着ているローブの腕の裾に刺さり外壁に縫い合わせた。

これは正確かつピンポイントな投擲技術であり、相手の急所を外し無力化すると言う高度な技術が無かれば成り立たない技である。

体の鍛錬だけでなく、己の天職である投術師の真髄である投擲技術の練習も怠らなかった結果である。

ローブの裾をナイフで縫い合わされた清水は身動きが取れない状態となった。

最も、優花から繰り広げられた怒涛の攻撃によるダメージの蓄積もあり、動くに動けないのであった。

畑山先生やクラスメイト、ハジメ達が固唾を飲んで見守る中、優花は最後の一撃を清水にぶつけようとしていた。

すると優花の右拳が突然、白く光り始めた。

正確には、周囲の魔力が光となって拳に収束されていくようにも俺には見えた。

畑山先生やクラスメイトが優花を見ている中、ハジメと俺は優花が清水に何をしようとするのかを大方予想してしまった。

 

「・・・なあ、竜也。園部が清水にやろうとすることって・・・まさか『アレ』じゃないよな?」

「奇遇だな。俺もそう思ったところだ・・・・」

「幾らなんでも『アレ』を人間相手にぶっ放すなんてことは・・・・しないよな?」

「・・・・俺もそうで無い事を願うばかりだ」

 

俺とハジメの頭の中にはある事が浮かぶのであった。

元の世界である故郷の日本で、昔あった某魔法少女物のアニメに登場するある必殺技が頭に過った。

それは、空気中に漂う魔力素を収束しそれを相手に全力全開、又は全力全壊でぶっ放すいう『桜色の核兵器』の別称で有名な集束砲撃魔法だ。

優花の拳に収束される魔力の光はそれとよく似ていた。

まさかとは言わないが、優花はスターでライトなブレイカー染みた集束砲撃魔法を清水にぶっ放すのではないかと内心冷や冷やし始めるハジメと俺であった。

 

「自分さえ良ければ他人なんてどうなっても構わない。そんな自分勝手で周りの迷惑を考えようともしないアンタに言葉は通じないみたいだから、これだけは私からアンタにハッキリ言っておくよ」

「あ・・・・・あ・・・・あ・・・・・」

「湖の底で・・・・たっっっっっっっぷり頭を冷やして来なさいっ!!!!!!」

 

拳に十分な光が溜まったのか、優花は腕を水平に構えると、地面を強く蹴り疾走し始めた。

此処が好機だと察した優花は拳に力を入れ、頭にある人物達を浮かべ強く握った。

 

「(真菰・・・バゼットさん・・・ベルファストさん・・・私に力を貸して!!!!)」

 

不思議と優花には恐れも迷いも無かった。

唯、あるのはこの拳に想いの全てを籠めて相手にぶつけると言う事だけが頭に合った。

優花は大きく息を吸い込み、肺に空気を溜め込む。

大量の酸素を血中に取り込むと、血管や筋肉を強化・熱化させ、瞬間的に身体能力を大幅に上昇させるたのであった。

夢の中で会い特殊な呼吸法を教えてくれた少女、元居た世界で身を守る為に格闘技を教えてくれた女性、この世界で知り合った同じ投術師である王宮のメイド長。

教わった力と技術のすべてを引き出すのであった。

外壁に張り付けられ動けない清水に拳を向け、狙いを定めた優花は叫びながら走る。

 

「一撃ぃぃぃぃ必倒ぉぉぉぉ!!!!」

 

最早、戦う意思も無く動けない清水に優花の一撃を防ぐ術など無かった。

仮に防ぐ方法などがあっても、満身創痍となっている清水は完全に詰んでいた。

そんな事などお構いなしに優花は渾身の一撃を清水へとぶつけるのであった。

優花は右腕を大きく振り上げ腰を入れ、右足を前へ踏み込むと同時に、力強く握った拳を前へ突き出した。

 

「ディバイィィィィィィン・・・・バスタアァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

優花の拳は、清水の腹部に到達すると眩い閃光と共にゼロ距離で放出されるのであった。

それと同時に外壁部分に眩い光と轟音が周囲を響かせた。

凄まじい爆音を轟かせた閃光は、清水を巻き込むように輝き、外壁を突き破りウルの町の象徴とも言える湖に向けて流星の様に飛んでいった。

優花の拳から放たれた閃光は、夜空を流れる一筋の流星となって清水を飲み込むや、ウルの町の上空を過ぎ去り、湖に着弾すると巨大な水柱を上げ落下した。

頭から湖の水面に着水した清水は衝撃で意識を失うのであった。

空は既に明るく晴れ渡り、東の空から太陽が山脈から覗き込んでいた。

朝日に照らし出され、拳を前へと突き出す優花を温かく照らしていた。

一部始終を見守っていた一同が声を掛けるのもためらう中、俺だけはゆっくりと優花の元へ歩いていった。

 

「スゥ・・・ハァ・・・スゥ・・・ハァ・・・」

 

拳を前へ突き出したまま、肩で息をするかのように呼吸を整えている優花は、構えを解き姿勢を整え始めた。

そしてゆっくりと拳を天へ目掛け突き上げるのであった。

その光景は、ヒーローが勝利のスタンディングを上げるように力強い物であった。

すると突然、優花は力を失ったかのように背中から倒れこむのであった。

俺はそれを見て急ぎ優花の元へと駆け付け、肩に手を回し支えるのであった。

 

「優花、大丈夫か!?」

「うん。平気だよ。少し疲れちゃったけどね」

 

どうやら張りつめていた緊張が解けたのか気が抜けたらしい。

体の方は疲れていても、優花の顔は何処か晴れ渡り笑顔であった。

一時はどうなるかと思って心配したが、杞憂であった。

 

「ねえ、竜也。私の事どう思ってる?怖い・・・かな?」

「何言っていやがる・・・・怖くなんてねえよ。寧ろ凄かったぜ。見違える位強くなったな優花」

「嬉しいな!あの時からずっと竜也が生きているのを信じて頑張った甲斐があったかな」

 

俺は優花が見せる明るい笑顔に、これまであった事を思い浮かべた。

オルクスでの実践訓練で俺とハジメが奈落に堕ちたあの日から優花に何があったのかを考えていた。

俺が生きていることを信じ、それを希望として胸に描き、優花はひたすら強くなるために努力してきたのだ。

数か月前には考えられない程に、優花は見違えるほど強く逞しくなっていた。

今まで俺が絶対に守らねばならないと考えていた力弱い少女では無く、誰かを守れる力を持っている人間へと成長していた。

ふと見ると、優花の腰にある物が付けているのが目に入った。

それは、俺があの時王宮で渡した厄徐の面であった。

 

「そのお面、持っててくれてたんだな」

「うん。竜也が渡してくれた大切な物だから」

「そうか・・・きっと真菰が優花の事を守ってくれてたんだな」

「私もそう信じてる。時々、夢の中に出てくる位に見守ってくれてたんだよ」

 

それを聞いた俺は、心の中で真菰に感謝の念を贈った。

俺の大切な幼馴染であり、愛しい女性である優花を守ってくれた事に思わず泣きそうになった。

ふと、太陽の光が照らす外壁部分を見ると其処には見覚えのある姿が目に移った。

白い羽織姿の少年と赤い着物姿に黒い髪の少女の姿が居た。

 

「錆兎・・・真菰・・・」

 

それを見た俺は、思わず言葉を失った。

そして、ある事に気づくのであった

この世界に召喚されてからもずっと俺達の事を見守ってくれていたのだと。

先程、優花が夢の中に真菰が出てくると言っていた。

それは俺が持つ錆兎の面と優花に渡した真菰の面が繋がっていたからではないかと。

例えどんなに離れていても、俺と優花が繋いできた絆と言う繋がりは途切れる事はないと確信するのであった。

朝日の眩しさに目を当てられ、一瞬視界を逸らし再び外壁の部分を見ると、其処には二人の姿は居なかった。

俺は一瞬寂しさも感じたが、二人とはまた何処かで出会えると思い気持ちを切り替える事にした。

そんな事を思っていると、後ろから近づいてくる複数の音を耳にした。

 

「優花ッち大丈夫!?」

「さっきのアレ・・・凄かったね」

 

宮崎と菅原の二人である。

其れだけでなく、玉井達や畑山先生とハジメ達がゾロゾロとやって来るのであった。

 

「園部さん、お怪我はありませんか?清水君はどうなったんですか?」

「大丈夫ですよ愛ちゃん先生。清水は生きてます・・・・・・・たぶん」

「たぶん!?」

 

畑山先生はというと、清水がどうなったのか心配する様子であるものの、優花の事も気遣うようにも見えた。

ハジメ達は、優花の健闘を称えるように見えた。

 

「拳から魔法を放つなんて・・・驚いた」

「なんともまあ、凄い光景を見た物じゃ・・・」

「はいっ!!優花さんの放った一撃は本当に凄かったですよ!!」

 

ユエとティオはやや驚く表情で優花を見ていたが、シアに至っては称賛を贈っていた。

優花としてはやや苦笑いではあったが、何処か満足気であった。

するとコハクが優花の所へやって来るのであった。

何か言うのかと思えば、コハクは以外にも穏やかな笑顔で優花の頭へ手を伸ばし褒め称えるのであった。

 

「良くやったな娘。先程の一撃は見事であった。」

「コハクさん・・・」

「他の誰が何と言おうと文句は言わせん。お前は竜也の女として力を示した。」

「はいっ!!」

「お前が私と同じく、竜也の女として同じ土俵に立てた事を喜ばしく思うぞ『優花』」

「っ!!!!」

 

コハクに名前で呼ばれたのが嬉しかったのか、嬉し涙を流す優花であった。

取り合えず当面の脅威は去った事もあり、一旦町へ戻る事になった。

その過程で優花は俺にあるお願い事をするのであった。

 

「ねえ、竜也。お願いがあるけど聞いてくれる?」

「なんだ?言ってみろよ」

「うん。私ねさっきの魔法で体が動けないから・・・その・・・」

「おんぶでもしてくれって言うのか?」

「そっちもいいけど・・・・抱っこが良いかな」

「応!任せとけ」

 

俺は優花を横から抱え込むように担いだ。

即ち、世間一般で女性が憧れる事で言う『お姫様だっこ』と言う奴だ。

それをされた優花は嬉しそうに俺の首に腕を回し抱き着いて来るのであった。

間近でお姫様抱っこをする男女を見たクラスメイト達は黄色い歓声と願望の歓声を上げた。

それを見たユエがハジメに同じことをやるように頼み、シアが自分にもしてほしいと言い迫るのであった。

コハクとティオはと言うと、何処か楽しそうにその光景を見るのであった。

 

余談ではあるが、優花によって湖へふっ飛ばされた清水は以外にも五体満足で生還していた。

発見された頃には意識が全くなく、精気も覇気も感じない植物人間となっていた。

清水の救助と発見を真っ先に行ったのは、畑山先生やクラスメイトでは無く意外にもコハクであった。

コハク曰く、少々この小僧には用があると言ってはいた。

最も、この小僧は蝉の抜け殻同然だがなと言う意味深な言葉を残し、残りの後始末俺達に任せ去っていった。

この戦いで得た功績でウルの町の住民からは称賛と健闘を讃えて、ある呼び名で呼ばれることになった。

ハジメは『女神の剣』、俺は『女神の槍』と。

そして、意外にも優花に呼び名が贈られる事にもなるのであった。

その呼び名はなんと『女神の拳』であった。

それを聞いた優花は何処か不満気ではあったものの、大人しく受け入れるのである。

こうしてウルの町の攻防戦は幕を閉じた。

町には再び平穏が戻り、活気に満ち溢れるのであった。




次回予告『Lovin' You Lovin' Me』

原作では魔法少女と呼ばれていた優花ちゃんですが、本作では『魔砲少女』となりました。
個人的には皆様が大好きな『S,L,B』をしたかったのですが、アレをするには必要な条件が現状の優花ちゃんでは満たしていない為、自重いたしました。
理由はご察しください。
魔砲少女って何ぞやと思う方にもわかるように説明するならば、魔力を収束させて砲撃する少女の略称となります。
詳しくは『リリカルなのは』をTV版と劇場版の両方をご視聴ください。

次回は竜也と優花のイチャラブ回になります。
壁とコーヒーの貯蔵をお忘れないようにお気を付けください。


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Lovin' You Lovin' Me

投稿が遅れに遅れてしまいお楽しみにしていた読者の方々、本当に申し訳ありません。

遅れた理由としましてはシナリオの大幅な予定変更にキャラ設定の追加、その他多くの調整もあり遅れてしまいました。
自分としては納得のいく形になったと思っています。

それともう一つ報告する事ですが、気分転換でやっていたウマ娘でライスシャワーの育成に専念していたところ、当初の予定より大幅に遅れてしまいました。
ライスシャワーを一日3回育成する工程を2週間連続でやり続け、何度も失敗を重ねる度に諦めずにやり続けた結果、見事URAファイナルズで優勝いたしました。
ラストの直線でミホノブルボンとグラスワンダーに抜かれ3位になりもう駄目かと思ったところで、ゴールまで残り200の所で、固有スキル『ブルーローズ・チェイサー』で抜き返し、クビ差でミホノブルボンと差をつけ1位に輝きました。
ミホノブルボンが最後まで強敵となって立ち塞がりハラハラドキドキでした。
結論から言えば、ライスシャワーは失敗を重ねても諦めずに育成するプレイヤーを救うヒーローとなるウマ娘だと言うのが育成してきて分かりました。

これを読んでいるライスのお兄様方にお尋ねしたい事があります。
私も、ライスちゃんのお兄様の一員になれたのでしょうか?

☆9評価をして頂いたナツカンドル様。
本当にありがとうございます


戦いが終わり、ウルの町へと戻った俺達を待っていたのは、ウルの町に住む人々からの喝采と称賛の声であった。

彼等から見た俺達は町の危機を救った英雄に見えるのだろう。

町の住民から重鎮達だけでなく、駐在している兵士や冒険者ギルドの職員までもが拍手と喝采の嵐が町を凱旋する俺達を迎えてくれた。

町に着く頃には体も少し動けるようになったのか、優花はコハクと並んで俺の横を歩いていた。

その光景にやや戸惑いつつも軽く手を振って答える事にした。

こう言った事は俺自身、生まれて初めてな事もあり何ともむずむずするというか、くすぐったい感覚だ。

それは俺だけでなく、ハジメやユエ、シアにコハクとティオも同様であった。

最初の時はどうなるかと思ったが、何事も無く事が済んで良かったと思っている。

俺としては、町を守るのは二の次でありコハクや優花を守る事が出来ればいいと考えていたのだが、こう言ったのも悪くないと思っていた。

そう思いつつも俺達は宿屋へ向かう中、コハクは少し用事があると言い俺とは別行動をとる事になった。

なんでも、優花によって湖へぶっ飛ばされた清水を拾いに行くと言うのだ。

出会ってから4ヶ月経つが、人間嫌いのコハクとは思えない行動に驚きと疑問を浮かべるが、万が一にも清水が死んでしまえば畑山先生に多大な精神的負担が掛かるのは明白だ。

その事を考慮すれば、誰かが救助に行くのは順当であるが、それがよりにもよってコハクが行うとは思わなかった。

そう考えている内に、コハクは行動を開始していた。

重力魔法の応用か、足裏に力場を構成し湖の水面を疾走していくのであった。

そうこうしている内に俺達は、宿屋へと到着した。

一旦部屋へ戻り、一息着こうとした俺を優花が引き留めたのだった。

 

「ねえ、竜也。この後どうするの?」

「そうだな。風呂入って、部屋で休んで食料の買い出しとかだな。あと、宿屋の亭主さんに鰻料理のレシピを教える位か・・・」

「それなら、一緒に町を回っていかない?竜也に案内したい場所があるから」

「俺と?ああ、いいぞ。たまには二人でデートするのもいいな」

「デートって!?もう竜也ったら!!」

 

俺とのデートの約束を交わした優花は顔を赤面させるのであった。

そんな姿に俺は愛らしく思いつつも、風呂に入る準備を済ませるのであった。

宿屋のオーナーさんあるフォス・セルオさんが気を利かせていたのか、風呂場の準備を済ませてくれていた。

その気遣いに感謝しつつも俺は風呂に入る事にした。

因みにハジメ達はと言うと、俺より早く風呂に入っていたのか脱衣所ですれ違った。

ハジメの傍にユエとシアが侍っており、年頃の男子が憧れる両手に花状態で俺と出くわした。

 

「よう、ハジメ。もしかして、3人で風呂に入っていたのか?」

「ああ、まあ・・・な。元々俺一人で入るつもりだったんだけどな・・・」

「・・・なるほどな。ユエとシアが途中から入ってきたと・・・」

「うん。どうせならハジメとが良いから」

「私もユエさんと同感ですぅ!」

「そうか。」

 

男一人に女二人の間柄で、尚且つ風呂場で何があったかまでは聞かないが、ハジメの横にいるユエとシアの様子を見れば大体の事は察しがついた。

ハジメはと言うとやや気恥ずかしい物の満更でも無く、ユエとシアに至っては幸せそうな表情でいた。

見ていて甘ったるくユエとシアの周りには花畑のビジョンが見えていた。

見かけに寄らずハジメは女性関係に関しては後手ではあるが、一度大切だと思った人物には温かく大事にする男だ。

特別な存在はユエが担っているものの、そう遠くない内にシアもハジメの大切な人となると俺は確信した。

ハジメたちと別れ、脱衣所で服を脱いだ俺は体を洗い浴槽に肩を浸かっていた。

大人数が宿泊する宿屋なのもあり風呂場は大きめであり、浴槽は大人が数人は入れる程広かった。

 

「はぁ・・・・良い湯だ。朝風呂ってのも悪くないもんだ」

 

数万の魔物との戦いはそれなりに疲れはするものの、大迷宮の攻略と比べると難易度は段違いである。

今回戦った魔物は、大迷宮に生息する魔物達と比べ見劣りすような相手であった。

数の多さが厄介だが、ただそれだけだ。

限られた空間が多かった大迷宮内では威力を絞って戦わないと自身や仲間を巻き込みかねない大技を、遠慮無くぶっ放せることが出来て俺自身それなりに満足いく戦いだった。

これまでの事を思い返しつつ、自身の体を癒すようにのんびりとしていた時であった。

風呂場の出入り口である扉がガララッと音を立てて開いた。

コハクが入ってきたのかと思い、音がする方へ視線を向けると其処にいた人物に俺は言葉を失った。

 

「えっと・・・・お邪魔・・・します」

「優・・・花!?」

 

視線の先には衣服を脱ぎ、白いタオルで体を巻いた優花が立っていた。

俺は視線の先にいる優花の体付きを無意識のうちに凝視していた。

元居た世界から長い付き合いもある幼馴染であり、それなりに異性として認識していたが優花の体付きを見て改めて驚いた。

4か月程前にこの世界に召喚された頃の優花の体格はごく普通の一般女性と左程変わらなかったのだが、この町に来て再会した優花に明らかに大きな変化を感じた。

まず一番目についたのは優花の体付きである。

今の優花は、アスリート顔負けの体格へと変わっており、体に必要ない無駄な物が削ぎ落され引き締まった体になっている。

言うなれば女性特有の柔らかさを持ちつつ、何か目標を持って鍛え上げられた鋼の肉体になっていた。

次に目を行くのがスタイルの良さだ。

やや細身ではあるが、以前と違い格段に良くなっている。

北の山脈地帯へ移動する際に、シュタイフで二人乗りした時に背中に感じた柔らかさは、服越しであっても見た目以上に弾力があった。

出る所が出て、引っ込む所が引っ込んだと言うありふれた物言いではあるが、思わず唾を飲み込むような非常に肉付きが良くなっている。

目測で測ってみた所、スリーサイズはB86/W54/H87と言ったところか。

 

「・・・あんまりマジマジ見ないでよ。・・・・えっち」

「えっと、その・・・すまん。あんまりにも良い体だったからその・・・」

「あぅ・・・」

 

俺の凝視する視線に気が付いたのか、優花は何処か恥ずかしそうに腕で胸元も抑えていた。

オルクスの隠れ家で何時も一緒にいたコハクで女性の裸は見慣れているとはいえ、まさか風呂場に優花がやって来るなど思いもしなかった為、俺は浴槽を出て風呂場を立ち去ろうとした。

 

「待って!!」

「っ!!」

 

立ち去ろうとした俺の手首を優花の手が握り締めた。

どうするんだと思い優花の方を見ると、俺の手首を握っている反対の手で体を巻くタオルを握りつつこう言ってきた。

 

「えっと・・・その・・・一緒にお風呂・・・入っちゃダメ?」

「駄目とは言わないが・・・・急にどうしたんだ?」

「竜也ってずっとコハクさんと一緒だったんでしょ?その、食事するときも寝る時だって」

「ああ。そうだが・・・・」

「ならその・・・私とだってお風呂入ってもいいよね?」

 

そう言うと優花は俺の手首を離し、背中から抱き締めて来た。

前回は服越しで合ったが、今回は大胆にもタオル越しに俺の背中を抱きしめてくるのであった。

見た目以上の柔らかさと弾力を持った優花の胸部装甲が、俺の背中に自己主張しを本能を刺激してくた。

例えるのなら、全身を鎧の様に皮膚を固くした巨人が、巨大な壁を目掛けてショルダータックルするかの如く俺の理性を削り取って来るのだ。

一瞬、前屈みになりそうだったが鋼の精神で堪える事にした。

このままで埒が明かないので、俺は観念したかのように脱力した。

 

「・・・・わかった。一緒に入るか優花?」

「うん!」

 

俺は優花と風呂に入るべく浴室に留まる事にした。

一旦、俺の背中から離れた優花は何故か驚いた表情を取っていた。

どうかしたのかと思い疑問を持ち聞いてみる事にした。

すると優花は意外な言葉を口にするのであった

 

「ねえ、竜也・・・何時の間に刺青を背中に彫ったの?」

「刺青?何の事だ。俺は刺青なんてした覚えなんてないぞ」

「でもその・・・竜也の背中にあるよ」

 

優花に言われて、風呂場に備え付けられている鏡で背中を見るのであった。

俺自身、刺青なんて彫った記憶など無い。

元居た世界でも、この世界に来てからもした覚えなど無いからだ。

いざ鏡で自分の背中を見ると驚くべく光景が鏡に映っていた。

 

「・・・・何だこれ!?」

 

俺の背中には優花の言う通り刺青があった。

鏡で見た俺の背中には、彼岸花の様に紅蓮の炎を連想させる鮮やかな赤と雪の様に白く美しい色合いの九尾の狐が映っていた。

赤と白の九尾の狐はまるで、竜と虎が戦うように強い者同士が激しく戦うかの様な姿であった。

だが、俺には何となくその姿が争っていると言うより、お互いに尊重しつつも力強く俺の背中を守っているようにも見えた。

何時の間に俺の背中に刺青を彫ったのかは分からないが、それを行ったものに心当たりがある。

 

「竜也の背中の刺青を彫ったのって、まさか・・・コハクさんなのかな?」

「・・・・たぶんな」

 

コハクの奴、何時の間に俺の背中に刺青を彫ったんだ?

どんな意図で俺の背中に刺青を彫ったかは知らないが、時間があれば聞いてみようと思った。

そう考えつつも、俺は腰掛けに座り優花に体をを洗ってもらうのであった。

泡立ったタオルで俺の体を優花は洗ってくれていた。

ややぎこちないが、丁寧に背中だけでなく腕や肩、上半身の前の方へと手を回して洗うのであった。

俺の体を洗いつつ背中に彫ってある刺青を優花がじっと見つめていた。

視線を背中に感じつつも優花は俺にこう言ってきた。

 

「やっぱりコハクさんは凄いなぁ。」

「コハクがどうかしたのか?」

「えっとね、これを見て分かったの。コハクさん、竜也の事を本気で愛しているんだって」

「そうなのか?」

「うん。きっとそうだよ」

 

俺には赤と白の九尾の狐にしか見えないと思っていたのだが、同じ女性の観点なのか優花には意図が見えたようだ。

俺の背中を洗いつつも優花は俺にコハクの意図を教えてくれた。

背中に彫った刺青にはコハクからの一種のメッセージであると。

それは、俺の背中を守るだけでなく生涯を共に過ごしていき、愛し続けると言うコハクなりの決意と誓いであるという物だ。

言葉で愛を伝えるのは簡単だが、それが見せかけでも無ければ偽りでは無いという事を、刺青と言う形で示したかったというコハクからの意思だと優花はそう俺に言った。

白い九尾の狐は言うまでも無くコハクだが、赤い九尾の狐は恐らくコハクのお姉さんの事を示しているのが分かる。

500年前に行方不明になったコハクのお姉さんを必ず見つけ出して、自身同様に俺に家族として迎え入れて欲しいと言うコハクなりの希望を込めた願いとにも感じた。

無論、俺だってそのつもりである。

コハクのお姉さんが生きている事を願っているのは俺も同じだ。

 

「ねえ、竜也。コハクさんはこれからもずっと竜也の背中を守っていくんだよね?」

「ああ、コハクがそう願うのであれば俺はコハクを家族としてだけじゃなく、愛する人として守り続ける気だ」

「なら私は、これからもずっと、何があっても竜也の傍で支えて行くよ!」

「もちろんだ。俺だって優花の事はこれから何があっても守っていく。もう二度と絶対に離したりなんかしねぇよ」

「竜也・・・うん!大好きだよ!!」

「俺もだ優花!」

 

再び優花は俺の背中を抱きしめるのであった。

こうして俺と優花はこれからもお互いに支え合って生きていく事を決めるのであった

背中に彫られた九尾の狐の刺青も何処か微笑ましそうであった。

そうこうしている内に、俺の体は洗い終わり、優花の番となった。

 

「それじゃ今度は俺が優花の体を洗う番だな」

「えっと・・・いいの?」

「俺だけして貰ったら不公平だろ。それと、そろそろいいか?」

「なにが?」

「タオル・・・はだけているぞ」

「っ!!!!!!!」

 

俺を再び抱き締めたのは良いが、勢い余ってタオルがはだけて床に落ちていた。

つまり今の優花は裸で俺の背中に密着している状態である。

今度はタオル越しでは無く直接、優花の柔らかく大きく実った二つの丘が俺の背中に直撃している状態だ。

これにより俺の理性は再び優花によってゴリゴリと削りに削られ崩壊寸前になっていた。

その事に気が付いた優花は顔を赤面させていた。

鏡越しではあるが、そんな仕草を取る優花に俺は微笑ましくも愛らしく感じるのであった。

 

一旦間を置いた俺と優花は、立ち位置を交代し洗い流しを再開する事になった。

腰掛けに優花が座ると、俺は片膝をついて石鹸で泡立てしたタオルで優しく洗っていく。

洗っている途中で優花に、「随分と慣れているんだね」と言われ「まあな」と返すのであった。

オルクスにいた時にはほぼ毎日、俺とコハクは交互にお互いの体を洗い合っていた為、割と慣れた物である。

ここに来てある問題に直面する。

それは、優花の上半身である前の部分をどうするかである。

コハクで見慣れている筈なのだが、相手が優花だと思うとやや躊躇いを覚えるのだった。

俺は前の方はだけは優花にしてもらおうかと尋ねたら、意外な言葉が返ってきた。

 

「少し恥ずかしいけど・・・竜也にしてもらいたいの・・・ダメ?」

「いいのか?俺で・・・・」

「竜也になら・・・いいよ。それに・・・こんな事、竜也以外には頼めないから・・・」

 

年相応に恥じらいはあるのだが、その言葉を聞いて俺は前の方も洗う事にした。

優花の脇から手を回し、優しく丁寧に洗っていく。

タオル越しではあるが、優花の体を触っていくと鍛えられつつも美しさに磨きが掛かっていた。

特に足腰が強く鍛えられ、手首や足首に柔軟性もあるのが分かった。

優花が俺にしたように背中から肩や腕まで優しく洗っていく。

当の優花はと言うと、俺に体を触られていることに緊張しているのか、借りてきた猫の様に大人しくなっていた。

特に胸の部分にタオルが当たると、「ひゃう!!」等と声を上げていた。

コハクとは風呂場で何度か男女の秘め事を経験しているが、公共の風呂場でそう言う事をするわけにもいかず、何とか理性を保ちつつ優花の体を洗っていくのであった。

全身を丁寧に洗い終え、掛け湯で洗い流した俺と優花はゆっくりと浴槽に入るであった。

最初はお互いの肩を合わせていたのだが、優花は大胆なのか繊細なのかよくわからない行動をとってきた。

それは俺の太腿に柔らかい尻を上に載せて座ってきたのだった。

当然ながら、俺の胸板には優花の背中が当たるのである。

俺はと言うと、腰から手を回し優花を優しく包むように抱きしめた。

 

「竜也・・・大好き♡」

「俺もだ・・・優花」

「嬉しい!キスして・・・いい?」

「ああ、俺も優花としたい」

 

優花を横に向けつつも俺はそう答えて唇を重ねるのであった。

優花が俺の太腿に乗りながら体勢を変えずに深い口づけを交わしていく

何処と無く優花は満足気味ではあったが、俺としては生殺しに近い物であった。

それは、太腿に優花の柔らかい尻が当たっていることにより、男の生理現象が発動していたからだ。

流石にこればっかりは隠しきれない為か、優花もそれに気が付いていたのかお互い、顔を赤くするのであった。

何とも言えない空気が俺と優花に漂う中、そろそろ上がろうかと俺が言い優花も同意した。

しまりの無いと言えば無いが、入浴はそれなりに楽しめたので良かったとする。

俺と優花は浴槽を出ることにし体をバスタオルで吹き、脱衣所で着替える事にした。

流石に着替える所はお互いに背を向け合いながら行った。

恋人関係になったとはいえ、幼馴染の感覚が抜けきれず何とも気恥ずかしい物であった。

だが少しだけ、お互いに一歩前へ進めたのは確かであった。

湯上りの優花は何処と無く色っぽく感じるのであった

 

風呂から上がった俺は、オーナーさんとの約束を果たすべく厨房で鰻料理のレシピと調理法を教える事にした。

この世界にも鰻がいるのは驚きだが、調理法さえ工夫すれば食べられる魚であると言うのを教える事にした。

オーナーさんもこの齢で真新しい事が学べるとは良い物だと感心し、積極的に俺に質問してきた。

手帳のようなものにレシピや調理法を書き、あとは実践していく事にした。

宿屋の亭主として長年料理に関わっている事もあり、飲み込みも良く手際が良かった。

短時間であるが基本的な事をすっかりマスターしたオーナーさんは俺が教えた鰻の蒲焼きだけでなく、『鰻の白焼き』もメニューとして出品できるぐらいまでに上達していた。

 

「蒲焼きだけでなく白焼と言うのもあるとは、鰻とは奥が深い魚ですな」

「ええ、俺達の故郷ではそれ故に人気もあり、非常に美味でもあります」

「なるほどですな。ただ気を付けるとすれば篠崎様が懸念している、獲り過ぎないことですな」

「はい。美味しいが故に獲り過ぎてその数が少なくなってしまったら食べられなくなってしまいますのでご注意ください」

「分かりました。漁業組合の方々には私から話を当しておきますのでご安心ください」

「よろしくお願いします。」

 

俺とオーナーさんとの一部始終を優花だけでなく、クラスメイトの面々と畑山先生が見ていた。

何か用があるのかと思い話しかけてみる事にした。

 

「どうかしたのか?腹でも減ったか?」

「いやそうじゃないんだが・・・」

「その、篠崎達は明日にはこの町を出るんだよな」

「ああ。この町に来たのはウィルの身柄を保護するためだしな」

 

忘れがちにはなるが、俺達がこの町に来たのはそれがメインの目的である。

目的が達成した以上、この町に踏み留まる理由はない。

本来は大迷宮の攻略が目的だが、少しだけ回り道をして今に至っている。

この町で優花達と再会できたのは偶然でもあり運命でもあると俺は考えている。

ハジメはと言うと、目的が達成した以上今日にでもこの町を出ると言ったが、外壁で魔物との戦いが終わった後にユエとシアの説得もあり、今日までこの町に滞在するとだけ言った。

恐らくハジメなりの譲歩なのだろう。

俺から見たハジメはというと、奈落に堕ちて俺とユエに出逢うまでは孤独で生きる事に必死であり、心に余裕が無い様子に見えていた。

だが、ユエと言う大切で特別な存在に加え、俺とコハクと言う仲間ができ共に地上へと這い上がって、傍で支えるユエや共に行動するようになったシアの影響もあり、若干ではあるが心に余裕が出来てたように見える。

一人で抱え込まずに仲間や傍に居る人と話し合うまでになり歩み寄る姿勢さえとるようになった。

元居た世界の頃と比べたら別人に見える程に変わったようだが、誰かを思う優しさと心の強さは全く変わっていないと俺は思う。

話は逸れたが、俺の所へやってきたクラスメイト達と話をする事にした。

用件を聞くと、この世界に来て間もない頃に交わした約束を持ち出してきた。

それはと言うと、故郷の料理である和食をこの世界で再現した料理が食べたいと言うのであった。

俺自身忘れたわけじゃないが、そう言う事もあったなと思い返した。

 

「なあ篠崎、実際の所いけそうか?どうなんだ?」

「こっちの料理もそれなりに食べて慣れてきたつもりなんだけどさ、米食ってると時々日本の料理を思いだすんだよ」

「優花っちの料理もおいしいけどさ、篠崎君の料理も食べてみたいなって思って・・・」

「篠崎君の料理が凄く美味しいって優花ちゃんも言ってたから」

 

クラスメイト達の意見も最もだ。

この世界に来て4ヶ月経つがそろそろ故郷の料理が恋しくなるのは前々から分かっていた。

以前より考え、懸念していたホームシックと言う案件がここに来て顔を覗きこんできたのだ。

このままでは本格的に症状を出す前に何とか手を打たねばならない。

まあ、必要な材料は概ね揃っている以上できない事では無い。

そう考えた俺はある事を決断する。

 

「そうだな・・・材料次第で何とかできないことも無いぞ。」

「マジか!?ホントのホントなんだな!?」

「ああマジだ。今夜あたりに作るから期待して待ってろ」

「よっしゃあ!!楽しみに待ってるぞ」

「篠崎君、ありがとうございます。今夜の晩御飯は先生も楽しみにしています!!」

「良いですよ先生。今夜は期待して待ってください」

 

こうして俺はクラスメイト達に故郷の料理を作る約束をウルの町で果たす事となった。

昼間の間に必要な材料やらを買い出しするべく、俺は優花とデートをするのも兼ねて町へ向かう事にした。

その為にも一旦準備をするために部屋に戻ろうとした時であった。

湖の方からコハクが水面を疾走しながら帰ってきた。

コハクの手にはローブの首根っこを掴まれ白目を剝いて意識を失っている清水の姿があった。

岸まで辿り着くとコハクは清水を遊び飽きた玩具を捨てるかのように砂浜へと放り投げた。

倒れこんだ清水に畑山先生とクラスメイトが寄って来る。

 

「一応ではあるがその小僧は生きてはいるぞ。とは言えある意味死んでいるのと変わらんがな」

「えっ!?コハクさん・・・・それは一体どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。少なくとも寝首を駆られる心配は無いから安心しろ」

 

畑山先生にそう告げると、コハクは踵を変えその場を後にした。

相変わらず俺やハジメ達以外の人間には距離を取るスタンスは変わらないが、コハクらしいと言えばらしくもある。

クラスメイトや畑山先生が唖然とするも、清水を介抱し宿屋へ連れ込むのであった。

清水の事は先生達に任せ、俺は優花と町へデートする事にした。

 

ウルの町はと言うと活気に満ち溢れていた。

時刻は昼頃もあるが、つい半日前まで町の危機が迎えようとしていたとは信じられない程に賑わっていた。

昼飯は宿屋で食べても良いが、折角なので町を散策しつつ出店や屋台などで出回っている食べ物を食べ歩きしながら済ませる事にした。

パッと見た限り元居た世界で出回っているお祭りの屋台が行列となって町の通りに溢れていた。

俺の傍に並んで歩んでいる優花も楽しそうな表情であった。

歩きながらも、優花はこれまであった事等を話してくれるのであった。

クラスメイト達が王宮の私室で塞ぎ込む毎日を送る中、体を鍛えるべく鍛錬を始めた事。

そんな中で、王族親衛メイド隊の統括でもあり、元金ランク冒険者でもあるメイド長であるベルファストさんによるレクチャーを受け、効率よく実践的な鍛錬のもとで投擲技術が飛躍的に向上したこと。

その名前には俺も聞き覚えがある。

確かまだ王宮にいた頃の話だ。

厨房を借りて故郷の料理の研究をしていた時に知り合ったメイドさんだ。

艶があり絹のように柔らかく、繊細な白髪に蒼く透き通った瞳をしたスタイルの超が付く美人のメイドさんだ。

彼女の肩書きであるメイド長は決して伊達でなく、ありとあらゆる家事に精通しているパーフェクトなメイド長である。

俺が今日の料理をこの世界で再現する話を持ち掛けた所、興味を持ったのか俺の研究に協力してくる姿勢を持ってくれた。

御蔭で故郷の料理第一弾である『肉じゃが』が完成する日程が予定よりも早く出来上がったのは彼女の協力もある。

彼女以外の王族親衛メイド隊に所属するメイドさん達とも知り合う切欠を得て、生活面を含むあらゆる形でサポートしてくれたり等、感謝の言葉が絶えないものだ。

 

「竜也はもしかしてベルファストさん以外のメイドさんを覚えているの?」

「ああ、もちろんだ。ニューカッスルさん、エディンバラさん、シェフィールドさん、シリアスさん、ダイドーさん、キュラソーさん、カーリューさん、グラスゴーさん、ケントさん、サフォークさん、ハーマイオニーさん、グロスターさん。皆個性豊かだけど素敵な人達だよ」

 

余談ではあるが、実はと言うと俺自身、王族の面々の顔と名前は覚えていなかったりする。

王族面々よりもメイドさん達の方がはるかに魅力的だからだ。

そんな事を話しつつも、目的地に近づいて来たのであった。

町の通りにある出店を見て回り楽しみつつ、優花が俺に言った案内したい場所と言うところへとやってきた。

其処は町の中にある小さな雑貨店であった。

何でも優花が俺に紹介したいのはこのお店の店長さんだそうだ。

優花の話だと、このウルの町に来たばかりの頃、体を鍛える為に自主トレをやっている所知り合って、その人の指導の下でトレーニングをしたのだと言う。

その人の指導の下でトレーニングをした甲斐もあり、体力だけでなくスタミナが以前より格段と向上したとの事だ。

店の看板には『雑貨店Spica(スピカ)』と書いてあった。

見た感じはごく普通の雑貨店なのだが、店の横にある立て掛けてある大きな看板の絵の内容に目が釘付けになった。

その看板の絵には人が地面に犬〇家状態で上半身が埋まっており、絵の横には『冷かし厳禁!!』『店で商品を買わない奴はダートに埋めるぞ!』と書かれていた。

初見である俺には意味不明な看板だが、何故か記憶に残る印象を感じた。

 

「なあ、優花、この店本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。店長さんちょっと変わっているけど凄く良い人だから。」

 

優花はそう言うも俺は不安以外何も感じなかった。

とは言えここで立ち止まっていてもしょうがない為、店の中に入る事にした。

ドアを開けて中に入ると、来客を知らせるベルが店内に鳴り響いた。

お店の中は至って普通であったが、陳列されている商品はどれもごく普通のものであった。

運動シューズや運動着にジャージ、何故か馬の足裏に装着する蹄鉄が多数あったりした。

 

「店長さ~ん!優花です!いませんか~?」

「お~う!!今行くぜぇ!!!」

 

優花が店の奥に声を掛けると中から元気の良い返事が返ってきた。

店の奥から足音がやって来る音が聞こえた。

この店の店主なのだろうと思い音がする方へ顔を向けた。

そして現れた店主の姿に俺は驚いた。

背丈が170センチほどあり、切り揃えられた長く美しい芦毛の銀髪をたなびかせ、抜群のプロポーションを誇る美女が現れた。

服装は赤地に白いラインの入った長袖のジャージ姿と言う斬新な物であった。

俺は店の店主の姿に驚く中である箇所に気が付いた。

それは頭に馬の耳と腰に尻尾が生えている事であった。

てっきり馬の亜人族の人が店を構えているのかと思ったが、俺はそれよりも目の前の店主から放たれる異質な何かを感じた。

 

「紹介するね竜也。この店の店長さんをやっている・・・」

「ピスピース!!雑貨店スピカの店長をやってるゴルシちゃんだぞ~!!」

「・・・・」

 

優花の紹介を遮って、両手でピースサインを作ると眩い笑顔と元気のある声で勝手に自己紹介を始めるのであった。

俺は余りにインパクトある自己紹介に声を失った。

 

 




次回予告『UNLIMITED IMPACT』

優花ちゃんとのイチャラブシーンは如何でしたか?
壁とコーヒーの貯蔵は足りましたか?
コーヒーが苦手な方には激辛麻婆豆腐をご用意いたしますのでご安心を(笑)

原作の優花ちゃんとの変更点は、凄くスタイルが良くなったことです。
現時点のスリーサイズに付きましては、ウマ娘のミホノブルボンと同格となっています。
本来であれば一話にまとめる予定でしたが、私の文才の無さと尺の不足もあり、次回も優花ちゃんとのイチャラブ回が続きます。

次回はなんと優花ちゃんの新衣装をお披露目する予定です。
この新衣装もウマ娘の勝負服となりますがどのウマ娘かは秘密にさせておきます。
強いて言うなればG1レース日本ダービーを制したウマ娘の勝負服とだけ言っておきますので乞うご期待ください。


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