銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ (ほうこうおんち)
しおりを挟む

序:イゼルローン要塞攻略直後の動向

 宇宙暦796年、自由惑星同盟軍第13艦隊によるイゼルローン要塞攻略の報は、銀河の半分を熱狂させた。

 人類社会が支配している範囲での銀河系は、48:40:12の比率で三分されている。

 約4割の勢力である自由惑星同盟は、不倶戴天の敵である専制国家・ゴールデンバウム朝銀河帝国との戦いにおいて、両国を繋ぐ回廊に建造されたこの要塞に、六度に渡って苦汁を嘗めさせられた。

 その事実を知っているだけに、僅か半個艦隊による要塞攻略に市民は熱狂したのであった。

 

 だが、同盟軍統合作戦本部長のシドニー・シトレ元帥は、市民の熱狂に同調して浮かれてはいない。

 一方の歓喜は、敵対するもう一方の屈辱である。

 今は帝国も茫然自失としているだろうが、その時を過ぎれば奪還作戦に出るだろう。

 その時、6000隻程の第13艦隊だけでは心許無い。

 元帥は、第13艦隊の司令官で、今回イゼルローン要塞を自軍は無血で占領した立役者ヤン・ウェンリー少将ならば、もしかしたら4倍程の敵に対しても持ちこたえられるのではないか、と思う部分も有ったが、そんな期待を理由にすべき事をしない程彼は無能でも夢想家でも無かった。

 要塞を維持する為、彼はボロディン中将率いる第12艦隊に要塞への入港を命じた。

 これに伴い、第13艦隊は首都ハイネセンに帰還する。

 ヤン少将は嫌がるだろうが、昇進と凱旋パレードを準備してやらねば、市民が収まらないだろう。

 

 シトレ元帥はもう一つ手を打った。

 イゼルローン要塞という点を奪ったとはいえ、帝国との国境はイゼルローン回廊の同盟側出口よりやや内側になっている。

 明確な国境線というものは無く、この一帯にある非可住惑星や衛星に、帝国・同盟双方とも偵察基地や補給基地、修理用の施設を置いていた。

 これらを奪還し、イゼルローン回廊帝国側出口まで国境を押し出す。

 この任務にルグランジュ中将の第11艦隊を充てた。

 

 第11艦隊と第13艦隊は共通点がある。

 両艦隊とも敗戦によって再編中の艦隊である。

 アスターテ会戦で4~6割を喪失し、残りも損傷していた第4艦隊と第6艦隊の残存兵力と、新規建造された配属未定の艦艇を寄せ集めて新設編制されたのが第13艦隊である。

 第三次ティアマト会戦で司令官ホーランド中将と3割以上の艦艇を失い、新司令官としてルグランジュ少将を中将に昇進させて再編したのが第11艦隊である。

 アスターテの敗者には名誉回復の機会が与えられた。

 第三次ティアマト会戦の敗者にも名誉回復の機会を。

 シトレ元帥に意見を聞かれた宇宙艦隊総参謀長のグリーンヒル大将は、そう言って第11艦隊を推薦した。

 果たしてルグランジュ中将は感激してこの任を受け、イゼルローン要塞に出撃する。

 ボロディン中将のイゼルローン要塞着任を確認した第13艦隊は要塞を発進、首都への航路に就いた。

 その為、第11艦隊と第13艦隊はすれ違いとなった。

 

 先任のボロディン中将と第12艦隊は要塞駐留艦隊として、回廊帝国側出口付近を担当する。

 第11艦隊は、レグニッツァ、ヴァンフリート、アルトミュールといった恒星系を探索し、残された帝国基地を探してこれを攻撃する。

 

 案外帝国軍の基地は在るものだ。

 中には同じ星の大地に、帝国・同盟双方の基地が存在し、陸戦を続けていたりもした。

 だが、イゼルローン要塞失陥の報は既に彼等にも届いており、帝国軍は意気消沈、同盟軍は士気高揚していた。

 同盟軍基地からは、来援したように見える第11艦隊に支援を求める。

 ルグランジュ中将はこれに応えて上空を抑え、陸戦隊を合流させる。

 こうして同盟軍が攻め寄せると、帝国軍は両手を挙げて降伏した。

 

 中には降伏を潔しとせず、徹底抗戦する基地も有ったが、1万4千隻の第11艦隊とそれら基地の数千人では勝負にならない。

 帝国軍の抵抗を圧倒的戦力で踏み潰し、第11艦隊はイゼルローン要塞から同盟領内へ約50光年の範囲の帝国軍を掃討した。

 拠点自体は多いが、重要な航路や基地をおける安定した環境となると限られていて、50光年立方という巨大な範囲を虱潰しに探す必要は無かった。

 こうして第11艦隊は、数ヶ月に渡って同盟内の帝国軍基地を破壊して回る。

 

 この期間中、要塞に居たボロディン中将は不穏な噂を耳にする。

 イゼルローン要塞を拠点に、帝国領に逆侵攻をかける計画が持ち上がっている、というものだった。

 

(難しいだろう)

 ボロディン中将はそう考える。

 現在の自由惑星同盟は、長年の戦争で疲弊している。

 軍人である彼は、戦争そのものを打ち切るべきだとは思わないが、休戦は必要と考えていた。

 今がまさにその時であろう。

 せめて10年の休戦が実現すれば、同盟の経済は劇的に回復する。

 帝国軍の仕業と見せかけ、航路上の商船を襲撃する宇宙海賊も、イゼルローン要塞の失陥と第11艦隊による残敵掃討によって活動を停止せざるを得ない。

 副次的だが、残敵掃討任務が辺境星域の治安活動としても効いたのである。

 航路を安全に使えると、保険料率は下がるし、民間護衛会社を雇う経費も浮く為、流通が向上する。

 イゼルローン回廊周辺の可住恒星系はエル・ファシルくらいだが、航路として見るならより広い領域が安全になった為、経済に与える効果は大きい。

 

(帝国領逆侵攻は、そうして同盟と同盟軍が立ち直ってからにすべきだ。

 今、性急に行う必要は無いだろう)

 

 ボロディン中将は同盟軍の中に在って、有能で知的と評される将である。

 士官学校も優秀な成績で卒業し、国防省や国民からの期待も大きい。

 その彼にして見抜けなかった事がある。

 

「休戦が必要」

 これは士官学校を出た俊才ならば、ほとんどの軍人が理解していたという事。

 

「今、性急に行う必要は無い」

 これについては、これから数ヶ月以内に行わないと困る者たちが居たという事。

 それは政治家の選挙活動だけでは無かった。

 同盟軍の中に、「休戦が必要」という合理的な思考と、「数ヶ月以内に戦果が欲しい」という野心とが、混在して、公私ごちゃ混ぜの作戦計画が立案されつつあったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3人の有力者

 自由惑星同盟軍は決して一枚岩では無い。

 多数の人間が属する以上、そこには派閥というものが存在する。

 大きくは国防委員長ヨブ・トリューニヒト派と、非政治派とに分かれる。

 その非政治派の中で、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥派と、宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥派に司令官や参謀たちは分かれていた。

 別に憎しみ合い、足を引っ張り合ったりはしていない。

 単に派閥の領袖の出世が自身の出世にも繋がる為、ライバル視し合っているだけであった。

 そんな両派閥の間に、宇宙艦隊総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将の派閥がある。

 

 シトレ元帥は良識派と言われ、戦争は国力の許す範囲内でしか行えないと考えている。

 彼の派閥は必然的に軍よりも社会優先になり、可能なら明日にでも戦争を終わらせたいと考えている。

 敵である銀河帝国が戦争の主導権を握っていて、終わらせるに終わらせられないから、仕方なしに戦争を続けているだけだ。

 

 ロボス元帥の派閥では、それを消極的に過ぎると考えていた。

 いずれは民主主義の敵である銀河帝国の打倒を。

 だが、今現在の同盟の力では、帝国打倒等難しいのも分かっている。

 故に、如何に有利な条件で「休戦」を勝ち取るかが課題だ。

 その優位な条件を得ずに休戦すると、再戦のイニシアティブは帝国に握られるし、休戦期間の国力回復は帝国有利に働きかねない。

 何としても同盟有利な状況を作らねば、結局は社会の回復どころでは無くなる。

 だから多少無理をしてでも、軍事力による優位性確保を狙う。

 ロボス元帥は艦隊指揮の名手で、数多くの艦隊戦で成果を挙げて来た。

 「静」のシトレと「動」のロボス。

 彼と彼の派閥が軍事力に賭けるのもそういった経歴からだ。

 ある意味、第二次ティアマト会戦で同盟軍最大の勝利を収めた故ブルース・アッシュビー元帥とその同僚「730年マフィア」(宇宙暦730年士官学校卒業組)以来の、同盟軍の主流派閥と言えた。

 

 グリーンヒル大将はその中間である。

 戦略思考においてはロボス元帥に近い。

 同盟優位な状況作りが必要である。

 だが、そのバックボーンとなる社会への視点はシトレ元帥に近い。

 つまりは「現在出せる兵力で、同盟優位な状況を構築する、それまでは可能な範囲で戦争を継続する」と、下手をしたら最も戦争が長引く思考をしている。

 それは彼自身も理解していて、「現在出せる戦力」を増やすよう社会を改革し、効率の良い経済を作り上げた方が良い、とも考えていた。

 これは政治に踏み込みがちな思想で、ややもすれば政府批判に陥りやすい。

 もっとも、非政治派と言いつつ、シトレ元帥は旧友で良心的政治家と言われるジョアン・レベロ財務委員長と親しくして、とかく戦争を煽るポピュリストのトリューニヒト国防委員長と対立しているし、ロボス派は逆に戦争遂行側のトリューニヒト派と近い。

 

 宇宙艦隊総司令部で、参謀部第2課長(2課は作戦参謀たちが属する)として勤めるコーネフ中将はロボス派であった。

 その彼は、最近気になる事があった。

 ここ数年で、派閥領袖であるロボス元帥のキレがめっきり悪くなったのだ。

 忘れやすく、怒りっぽく、依怙贔屓が見られる。

 集中力が持続せず、優柔不断になっている。

 

 先年の第六次イゼルローン要塞攻略戦での事である。

 この時、戦略戦術課の末席にヤン・ウェンリー大佐が在籍していた。

 普段の勤務態度は良く言って給料泥棒、悪く言えば風紀紊乱者、居るだけで不快なものだったが、この戦闘においては数々の作戦を立案してみせた。

 だがロボス元帥は、ヤン参謀が立案した作戦の多くが撤退計画であり、しかもそれらが当たっていただけに不快になった。

 グリーンヒル総参謀長はヤン参謀の作戦を取り上げ、修正加筆して実行していたが、そのグリーンヒル大将にしても

「どうにも自分の作戦案が認められないと、不貞腐れてしまい、それが態度に現れる。

 少し勤務態度を改めた方が良い」

 と判定していたから、ロボス元帥にしたら更に不快であっただろう。

 元帥は総司令部から第2艦隊司令部にヤン大佐を転属させてしまう。

 准将に昇進の後の転属だったから懲罰人事ではないが、第2艦隊のパエッタ司令官は消極的な意見を嫌い、机上の計画を嫌う実務的な人間だったから、彼の下で根性を叩き直させようという意思が見て取れた。

 

 その後、アスターテ会戦で第2艦隊は唯一の勝利を収めるも、パエッタ司令官は負傷入院中。

 シトレ元帥の抜擢で第13艦隊司令官となったヤン少将がイゼルローン要塞を陥落させた。

 元々ヤン少将は、シトレ元帥の士官学校校長時代の教え子だったと言うし、あの「エル・ファシル奇跡」で帝国軍に包囲された惑星エル・ファシルから民間人200万人を連れて脱出を成功させた後に、当時のシトレ中将の第8艦隊に属させて参謀としてのイロハを叩き込まれた為、シトレ派と言って良いだろう。

 ヤン少将が誰もが待ち望んだ帝国に優位に立てる大戦果を挙げた。

 シトレ派の優越は誰が見ても明らかである。

 そして、次の統合作戦本部長選挙でもシトレ元帥が勝つだろう。

 ロボス元帥はその後でなければ、制服組最高位の統合作戦本部長の目は無い。

 

 そのロボス元帥だが、先に述べたような症状が出ている、老人性痴呆症とも解釈出来る症状が。

 こうなると、ロボス元帥の統合作戦本部長職就任は期待出来ない。

 ロボス元帥は宇宙艦隊司令長官を最後に勇退。

 痴呆症が明らかな人間を、クビには出来ないが、幾つかの名誉や勲章と共に追い出す事は出来る。

 そしてシトレ元帥勇退後、統合作戦本部長はグリーンヒル大将が一足飛びに就任。

 宇宙艦隊司令長官は、第5艦隊のビュコック中将、第10艦隊のウランフ中将、第12艦隊のボロディン中将の誰かが、艦隊司令職兼任のまま大将昇進して就任するだろう。

 おそらくは士官学校出のウランフ提督かボロディン提督になるだろうが、こうなるともう世代遅れのロボス派の出番は無くなる。

 

「これは我々にとっては重要な問題だ」

 コーネフ中将は、参謀部第4課長(情報参謀が属する)ビロライネン少将に語る。

 彼等2人はロボス元帥派で、ロボス元帥の出世と共に将官への道を歩んで来た。

 だが、それが終わるかもしれない。

 ロボス元帥が数年以内に勇退となれば、彼等は閑職に回され、後任はウランフやボロディンに歳の近い若手が抜擢されるだろう。

 グリーンヒル大将は情け深い人格だから、拾ってくれるかもしれないが、グリーンヒル大将は自身の娘の上官となったヤン中将(昇進が確実となった)を極めて高く評価していて、関係改善(悪くは無かったが)し、親身に付き合っている。

 次にヤン中将が功績を上げたら、宇宙艦隊総参謀長に抜擢されるだろう。

 

「ヤン少将のイゼルローン攻略は素晴らしいが、出来ればそれを我々がしたかった」

 言っても無理な話である。

 イゼルローン要塞を内部から攻略という、言われてみればの「コロンブスの卵」。

 それはヤン・ウェンリーだから出来たのであり、ロボス派では今まで通りイゼルローン回廊に屍山血河を描き出すだけであっただろう。

 

「あと半年もしたら、全軍健康診断があるぞ」

 情報参謀を束ねるビロライネン少将が言う。

 ここで仮にロボス元帥に痴呆症の疑いアリとされたら、もうキャリアは終わる。

 判断ミスを恐れ、ロボス元帥は前線への出撃を止められ、功績を立てる機会は永久に失われる。

 

「それまでに、イゼルローン要塞攻略に匹敵する功績を上げたい。

 何か無いだろうか?」

 実に問題となる発言である。

 軍は個人の武勲の為に存在するのでは無い。

 派閥の論理で動くものでも無い。

 ロボス元帥に大功績を立てさせ、そのお零れで自身も高位軍人として生涯を終えたい、その為の戦争等言語道断であろう。

 

 だが、一面で彼等なりの理屈も存在していた。

 彼等とて「休戦」を欲している。

 その為の戦果が欲しい。

 ポーカーで勝負をするにも、もう少しチップの上乗せをしたい。

 だが、彼等にはその方法が分からなかった。

 

「君の2課に、ヤンに匹敵する男が居ただろ?」

「ああ、フォーク准将か。

 彼は確かにロボス元帥派と言えなくは無いし、元帥のお気に入りだ。

 だが彼は若く、グリーンヒル大将も評価していると聞く。

 我々のような長年尽くして来て、今更鞍替えしようもないロボス元帥派とは違うぞ」

「それでもいいよ。

 彼に話を通して貰えないか?

 イゼルローン要塞攻略に匹敵する、いや上回る作戦計画は無いか?ってね」

 

 もしもイゼルローン要塞を確保した条件で、更に上乗せした休戦が実現したとしよう。

 功績を上げたロボス元帥を昇進させる為、シトレ元帥は勇退せざるを得ない。

 そして「英雄」の肩書と、10年程度の休戦期間であれば、痴呆老人でも統合作戦本部長は務まる。

 むしろ本部長本人より、側近のコーネフ中将、ビロライネン少将の方が重要視されるだろう。

 

 やはり弁護しようも無い打算的な理由から、第2課の作戦参謀アンドリュー・フォーク准将が談合に招かれた。

 流石に恥ずかしいのか、ロボス元帥の痴呆の疑いと、それを隠して出世させる為の作戦である事は隠した上で、2人は若き英才に尋ねる。

「我々はイゼルローン要塞攻略だけでは足りないと考えている。

 休戦の為のより良い軍事計画は無いだろうか?

 可能ならイゼルローン回廊出口から数百光年の範囲で恒星系を割譲させ、そこに解放区を作れるようなものが」

 

 フォーク准将は神経質である。

 聞いていて、かなり不快になったようだ。

 険のある目で2人に言ってのけた。

「確かにイゼルローン要塞攻略だけでは足りません。

 しかし、帝国に領土を割譲させる等、不可能です。

 イゼルローン要塞を確保するのが現状最高の成果なのです」

 

 2人のロボス派は面食らっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンドリュー・フォーク准将の戦略





 アンドリュー・フォーク准将、宇宙暦792年自由惑星同盟軍士官学校首席卒業。

 不愛想で陰気であったが、作戦立案時の集中力と、その説得力から意外と上官からの信望は篤かった。

 むしろ幾つか出した作戦の緻密さやセンスから

「過去の英雄、『ボヤキのユースフ』ことユースフ・トパロウル元帥もこんな感じだった。

 少し陰気でぶっきらぼうな方が作戦参謀として有能なのだろう」

 とかえって評価されている。

 人望的には、特に同級生・下級生からのものが低く、度々論破されて嫌な思いをした者は多数存在した。

 本人もそれは弁えていて、

「自分の為に死んでくれる部下はいない」

 という諦観と、周囲への不信感を抱いていた。

 だからと言って上下で態度は変えず、上に対しても馬鹿だと思えば容赦の無い論破にかかっていた。

 

 今回、コーネフ中将、ビロライネン少将の唱えた戯言も論破すべき類のものである。

 

「銀河帝国はイゼルローン要塞を失った事を恥だと思っていますよ。

 恥を雪がねば、強権政治を敷く帝国の沽券に関わります。

 彼等は我々が六度失敗したイゼルローン攻略戦を、分かっていて繰り返すでしょう。

 そうしてまでイゼルローンを諦めない」

 おそらくはそうだろう。

 態勢を立て直せば、帝国軍はイゼルローン奪還作戦に取り掛かるだろう。

 

「では、その勝利をもって休戦呼びかけを……」

「応じる筈有りません」

 コーネフ中将の言葉を遮って否定する。

 

「考えてみて下さい。

 我々が六度に渡ってイゼルローンを攻めあぐねた時、帝国から降伏ではなく休戦の呼びかけが来たとして、応じますか?

 応じないでしょう。

 それと一緒です」

 

 イゼルローン要塞は守るだけでなく、攻め込む際の拠点となる。

 この要塞が帝国側に有る時点で休戦しても、いつイゼルローン要塞を出撃した侵攻軍に隙をつかれるか分かったものではない。

 逆もまた真である。

 イゼルローン要塞が同盟側に有るのに、帝国が安心して休戦に等応じる筈が無い。

 休戦はしても良い、だがそれには相手は攻められず、こちらは好きな時に攻撃出来るようにイゼルローン要塞を得ている事が条件となる。

 

「統合作戦本部長はこれで休戦を、と望まれていますが、甘いと言わざるを得ません。

 かえって戦争は激しくなります」

 

 シトレ本部長は、表向き「イゼルローンを失った帝国は、もう攻め手を欠いた」と言って、言外に休戦を匂わせていた。

 もっとも食えない男としても知られるシトレ本部長は、要塞を攻略した有能な教え子をこき使い、イゼルローン要塞を彼の艦隊で守らせれば、休戦期間を定める以上の長い間、同盟は繁栄と安定の時期を迎えられると計算していた。

 あとは、普段は怠惰なとこが個性の変人提督を、どう上手く働かせるか、というものに思考が移っている。

 

 フォークはそこまでは読んでいない。

 このままでは平和など来ないという点は、実はシトレと一致していたが、シトレが政治的に和平を醸し出そうと喜んでみせているので、フォークはそれを否定していた。

「イゼルローン要塞を確保したまま休戦に入るには、それに匹敵する戦果が必要。

 先ほど数百光年を割譲等と言ってましたが、譲られる等問題外。

 我々が奪って、それを返す代わりに休戦と言うしか無いですよ」

 これがフォークの理論であった。

 

 同盟も帝国も、未来永劫休戦を続ける気など無い。

 だから講和でなく休戦なら成立の余地は有る。

 だとしても、イゼルローン要塞を奪って即「休戦しましょう」は通らない。

「休戦に応じても良いが、イゼルローン要塞返還が条件であり、それ以外は認めない」

 となるだろう。

 ここは戦果を上乗せし

「今、同盟軍が不法に占拠している数百光年立方の宙域とイゼルローン要塞を返せ」

 にもっていけば条件闘争が可能だ。

 もっとも、これでも休戦が纏まらないかもしれないが、その場合でも敵の敷地で戦える事が重要であり、戦場を辺境とは言え同盟領から帝国領に移せるなら十分な成果だ。

 

「つまりは、帝国領を切り取り、それを交渉材料として帝国から譲歩を引き出すと言うのか」

 コーネフ中将の問いに、フォークは首を横に振る。

「上手くいった場合はそうだが、恐らくそこまで上手くいきません」

「と、言うと?」

「十中八九、イゼルローン回廊出口付近で戦闘となります」

「成る程、その通りだ」

「ここで勝利を収める事が重要です。

 ですが、仮に負けてもイゼルローン要塞まで帝国軍を引きずり込めば勝てる。

 とにかく成果を出す事が重要なのです」

「ううむ……、貴殿の言う通りなら、最悪我々はイゼルローン回廊帝国側出口で敗戦し、なんとかイゼルローン要塞主砲を使って勝ちに持ち込む、それが精一杯。

 それでは大戦果にも休戦への条件にもなりはしないではないか」

「これは上手くいかなかった場合です」

 口調が刺々しくなる。

 彼はあらゆる場合を想定して喋っている。

 どちらか片方の極端な場合だけ解釈されても困るのだ。

 

 フォークは話を箇条書きにする。

 

1.帝国軍に対する戦術的大勝利

2.帝国領の体積的確保

3.帝国領重要拠点確保

 

 いずれかで成果を上げるのが良い。

 

 もしも帝国軍がイゼルローン回廊帝国側出口に大挙して押し寄せていたならば、その時は同盟軍も大軍を出す。

 フォークの想定では、帝国軍18個艦隊全てが投入される事は無い。

 迎撃の任には宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥、少壮気鋭のローエングラム伯、老練なメルカッツ大将辺りが考えられる。

 仮に大軍を擁するからと言って、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯という大貴族が出て来た場合、フォークは同盟軍の圧勝と見ている。

 恐らくは帝国軍もそう考え、上記3将以外の選択肢は採らないだろう。

 その3将が率いる兵力は少なくて4万隻、多くて8万隻程度と予測。

 これに対し同盟軍は6個艦隊約8万隻を投入。

 帝国軍が少なければ同盟軍の提督たちは勝つだろう。

 帝国軍の方が多いならば、イゼルローン要塞との連携で戦えば良い。

 いずれにせよ、8万隻という空前の動員数を上回る大軍を撃破すれば、それは5万6千隻の帝国軍を打ち破ったブルース・アッシュビー元帥を凌ぐ戦果となり、帝国へ与える衝撃も計り知れないものとなろう。

 

 では、帝国軍がイゼルローン回廊帝国側出口に待ち構えていない場合は?

 その場合、有人惑星を占領し、人民を解放していけば良い。

「それはどれくらいの数を?」

「分かりませんが、帝国軍が出て来るまでです」

 帝国軍が迎撃に来たら、その部隊は後退し、連携して包囲殲滅戦を行う。

 この場合は敵地に深入りしているから、敗北も有り得る。

 だが

「帝国領深く侵攻した事自体が戦果となりましょう」

 あとは適当な恒星系に集結し、そこで戦線を膠着させる。

 そこまでの領域を返還する事を条件に休戦の席につかせる。

 

 それでもまだ帝国軍が出て来ない場合は?

「帝国の重要拠点を占領します」

「それは何処か?」

「軍事的な場所では有りません。

 心理的にです。

 帝国は貴族・官僚・軍隊によって成り立つ国家です。

 その内、適当な貴族領を狙い打ちします。

 何個も貴族領が解放されると、彼等の圧力で軍が出て来ざるを得ないでしょう」

 この場合も、侵攻した事自体が壮挙となる。

 あとは休戦に持ち込むのだが、方法は既に述べた通りだ。

 

「なんというか、目標がはっきり定まっていない。

 最終的に何処を目的とするのか、どう戦うかの方針も定まっていない。

 とにかく帝国軍を引っ張り出して、大軍による勝利を得たい、そういう事かね」

「……随分な仰りようですね」

 フォークにしたら、帝国軍と戦って勝つ、その時点までの占領宙域を交渉の材料とする、までは定まっていて、後は状況によって対応を変えるべきだと考えている。

 最初からイゼルローン回廊帝国側出口での会戦を目的にしていたなら、それを肩透かしされた時に士気をどう維持するのか?

 状況状況で対応する為に参謀という存在があるのだ。

 

「いや、准将、悪かった。

 貴官の言う通りだ。

 休戦に持ち込むという方針は定まり、その為の方法は臨機応変に変えるべきだな」

 フォークは肯く。

 やっと分かってくれたようだ。

 今度はビロライネン少将が質問する。

「休戦に持ち込む為の一戦、我々は理解出来たが、前線で戦う者たちへはどう説明する?

 彼等は帝都オーディンまで攻め込めなんて言い出しかねないぞ」

「まさか……」

「私は情報参謀だぞ。

 今、同盟全土は士気高揚している。

 本来、休戦の為の作戦だと知られるだけで、我々は身の破滅だ。

 暴虐なる帝国と手を組むのか?

 イゼルローン要塞を落としたその勢いで、帝国を壊滅させよ!とね」

「……なるほど。

 全く、戦略戦術の知識の無い馬鹿どもが…………」

 フォークは苛ついて、爪を噛み始めた。

 その様子を見ているコーネフ中将とビロライネン少将だが、彼等は更に悪い事に、この作戦が「ロボス元帥に手柄を立てさせる為のもの」という事を黙っている。

 この事実こそ知られてしまえば、軍法会議ものであろう。

 

 フォークは暫く考えた上で、こう言った。

「作戦目的は教えない事にしましょう」

「はっ?」

「いや、それではきっと収まらないぞ」

「言ったところで無意味です。

 目的は流動的なのです。

 それは理解出来ないでしょう。

 だから言わない。

 前線は総司令部の決めた事に従っていれば良いのです。

 迂闊に休戦狙いと言って、やる気を無くされても困ります」

 

 フォークの増長がそこに在った。

 いや、フォークだけではない。

 参謀という、本来司令官の補佐をするスタッフでしかない軍人が、意思決定の力を持つようになると、こういう思考に辿り着いてしまう。

 前線は我々の作戦通りに行動せよ、作戦が上手く進捗しないのは前線が怠けているからだ、と。

 そこへ加え、フォークには自分には兵が従わないという負い目がある。

 司令官の威を借りて作戦遂行させる他に手は無い。

 説得しても(傍から見れば論破しているだけだが)、誰もが不満そうな表情で引き下がる。

 だったら何も言わない方が良い。

 

「作戦会議ではどう説明するのかね?」

「こう言いますよ、『高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処』とね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤン・ウェンリーの休日

 統合作戦本部の一室、第13艦隊地上指令室。

 ここにはフィッシャー准将、ムライ准将、パトリチェフ大佐、そしてフレデリカ・グリーンヒル中尉がデスクワークで詰めている。

 特に仕事の無いのに、「薔薇の騎士」連隊長シェーンコップ大佐もソファに座って、幕僚たちが仕事をしているのを眺めていた。

 第2艦隊所属のブラッドジョー大佐、ラオ少佐も居て、コンピュータを操作している。

 

 やにわにシェーンコップ大佐が立ち上がった。

 その途端、自動ドアが開き、大柄な黒人男性が入室する。

 

「これはこれは、元帥閣下ではありませんか。

 ようこそ第13艦隊司令部へ」

 恭しくわざとらしい礼をするシェーンコップと、起立して敬礼する幕僚たち。

 シトレ元帥は意に介していないようだが、彼の後ろにいたキャゼルヌ少将はシェーンコップの方を見て、小声で

(お前さん、なんで此処に居るんだ?)

 と質問文の形式をした批難をした。

 

「いえ、連隊司令部はリンツの奴に任せたんで、俺は暇でしてね」

「そういう問題じゃなくてだな」

「オホン」

 シトレ元帥が咳払いする。

 

「第2艦隊の解体、第13艦隊への吸収・合併、君たちには手間をかけるね」

 シトレが声をかける。

「恐縮です」

 堅苦しくムライ准将が答える。

 

 この部屋の主であるべきヤン・ウェンリー少将は居ない。

「居たって邪魔になるだけだろ」

 とキャゼルヌが毒舌を吐き、シェーンコップが同意する。

「彼は今、休暇で士官学校地区に行っている」

 シトレが話す。

「彼は歴史家志望でね、今回の御褒美で士官学校の戦史科の教官だった者に紹介状を書いたから、授業を聴きに行かせてる」

 

 ヤン・ウェンリーは元々戦史研究科にそこそこの成績で入学したのだが、彼の二年生終了時に戦史科自体が廃止された経緯があった。

 彼は奇跡と呼ばれる戦略研究科への転科をしたのであったが、

「歴史を勉強させると言って学生を募集しておきながら、途中で廃止するなんて詐欺だ」

 と今でもごねている。

 

 イゼルローン要塞攻略任務を達成した彼は今、待機中でやる事が無い。

 正確には「第13艦隊は整備、補給の後に新規兵員を訓練し、臨戦態勢で待機」なので、その司令官に仕事が無い事はないのだが、幸か不幸か第13艦隊の幕僚は事務仕事の達人揃いである。

 ヤンの友人にして先輩であるキャゼルヌが言う通り

「居ても邪魔にしかならない」

 為、どうしても司令官の署名が必要なものは「仮決定」として、そのまま進める。

 どうせ司令官が書類を見て「却下」と言う事も無いのだ。

 ヤンのものぐささよりも、幕僚たちが司令官が絶対拒否するような配属や計画を立てないし、理由が有っての事なら説得すれば済むのである。

 その為、シトレ元帥から

「久々に学生街に行って、果たせなかった戦史研究科の真似事でもして来たらどうだ」

 と言われ、キャゼルヌからも

「そろそろ思いを吹っ切って来い」

 と送り出された。

 

 ヤン・ウェンリーは自由惑星同盟きっての有名人である。

 今や「イゼルローン無血占領の英雄」「奇跡のヤン」「魔術師ヤン」の名を知らない人は少ないだろう。

 そんなヤンがアポ無しで訪問しても、断れる人はまず居ないのだが、彼は士官学校時代の校長シトレ元帥に紹介状をねだった。

 戦史研究科の教官というのは閑職である。

 一方で士官候補生たちから「先生」と呼ばれる顕職でもある。

 このような役職には、退役間近の老軍人が就く事が多い。

 ヤンは、栄達を諦めて毒気が抜けたような老教官が好きだった。

 多くの学生が試験の為にしか受講しない講義を、熱心に聴いていた。

 それだけに、偉そうにいきなり押しかけて話をしよう、なんて無礼をしたくなかった。

 シトレもその意を汲み、今では退役した当時の教官の何人かに連絡を取って、紹介状を渡して訪ねさせた。

 中にはヤンが学生当時、顔を見ただけで授業を受ける前に廃科となり、ついに学べなかった人物もいた。

 

 そんな訳で、ヤンは士官学校を含む多くの学校が集中する学生街に居た。

 軍指定の高級ホテルを手配されたのは、単にVIPだからではない。

 司令官の署名が欲しい時に、電子署名すら面倒臭がって

「今、回線の調子が悪いようだから後にしたい」

 と言って逃げるのを防ぐ為でもあった。

 

 そのホテルを出て、フラフラと学生街を歩くと、ヤンは完全に風景に溶け込んでしまう。

 その風貌や雰囲気から、とても「イゼルローンの英雄」には見えない。

 この学生街で論文も書かず、修了出来ずに留年し続ける大学院生にも見える。

 まじまじと見なければ、誰もそこに宇宙艦隊を指揮する少将、間もなく中将がいると気付かず、道行く学生たちもただ通り過ぎて行く。

 ヤンは古本を購入する。

 別に紙媒体でなくても良いのだが、ヤンは古風な紙の本が好きなのだ。

 そして、そういうものは今では学生街に行かないと、中々探し出せなくなった。

 古書店を出ると、ヤンは学生向けの安い喫茶店で紅茶を飲みながら、買ったばかりの本を読む。

 そうして時間を潰すと、約束の時間に戦史学の元教官の邸宅を訪問する。

 ここ半月ほど、彼はそういう生活をしていた。

 

 

 

「ほお、『史記 黥布列伝』かね。

 先日のアスターテ会戦との共通性を見い出そうとしているのかね?」

 元教官に尋ねられる。

「そんな大した事ではありません。

 ですが、確かにアスターテ会戦と似てるな、とは思って読んでます」

 

 アスターテ会戦は同盟軍の手痛い敗戦であった。

 三方から2万隻の帝国軍艦隊を包囲する4万隻の同盟艦隊。

 しかし帝国艦隊を指揮するローエングラム伯は、中央で守りを固めて萎縮する事なく、包囲完成前に同盟軍で最も少数の第4艦隊を撃破、次いで第6艦隊を撃破、と各個撃破してしまった。

 古代の地球でも同様の戦闘が有った。

 反乱を起こした淮南王黥布を、漢帝国の三部隊が攻撃する。

 しかし黥布は包囲が完成する前に一隊を撃破、そのまま別の一隊の背後に回って攻撃して皇子たちの大軍を敗退させたのだった。

 

「ところで私は、君にこの本をプレゼントしようと思っていてな」

 貴重である紙の、しかも漢字で書かれた本である。

「そんな貴重なものを、受け取れませんよ」

「いいのだ、君に役立てて欲しい。

 家内も倅も埃臭い本を有難がってくれなくてな」

「そうですか。

 心苦しいのですが、いただきます。

 で、この本は何ですか?

 私は残念ながら古代文字は読めないものでして」

 ヤンという姓ながら彼は漢字は全く読めない。

「『三国志 呉志 陸遜伝』だよ」

「『三国志』?

 孫子の再編集をした曹操の時代ですね?」

「……君は微妙な間違いをするね。

 注釈を入れた魏武注孫子を編纂したのだよ。

 当時も今のように、貴重な書物が散逸した時代だったからね」

「ええ、貴重な書を後世に遺してくれた事に頭が下がります。

 で、その曹操じゃなくて、陸遜の伝ですか?」

 老教官はニヤリと笑うと、

「私の勘では、遠からずその伝の有難さを実感すると思うよ」

 そう言った。

 

 

 

 ホテルに戻ると、ヤンの被保護者ユリアン・ミンツ少年が待っていた。

「少将、これ、グリーンヒル中尉からです」

 演説の原稿と思われるデータを渡されたヤンは、何の事か分からなかった。

「ユリアン、これは何だい?」

「士官学校の創立記念日の式典に出席して欲しいと、シトレ元帥から命令があったそうです。

 それで中尉が急いで挨拶の草案を纏めたそうです」

 

 シトレとキャゼルヌがただでヤンに休暇等認める筈が無かった。

 わざわざその日が重なるような日程で士官学校の在る地区に送り出したのだ。

 しかもホテルは軍の顔が利くから、当日送迎車も来る。

 ヤンは完全にハメられたのだった。

 

「相変わらず食えない親父さんだ……。

 あの人が私が喜ぶ事をする時は裏が有ると疑わねばならないのに、忘れていたよ」

 かつての校長に軽く毒を吐く。

 そして、ふと思い立って、先ほど老教官から貰った本の内容を調べてみた。

 

 ヤンは漢字は読めないが、主要な歴史書は翻訳され、データ化されている。

 そのデータの方を読めば、内容はとりあえず分かるのだ。

 

 陸遜とは、三国時代の呉の武将であった。

 彼の生涯は栄光と、最期の悲劇で彩られている。

 彼の歴史の表舞台への登場は、「男子三日会わざれば刮目して見るべし」という格言の主・呂蒙の後任としてであった。

 無名の彼の遜った態度に油断した当代の猛将関羽は、密かに復帰した呂蒙に討たれる。

 その後、関羽の死に怒った蜀漢皇帝劉備による侵攻を受けた呉は、その時もまだ無名であった陸遜を防御指揮官に抜擢。

 陸遜は蜀軍と戦わずに時を待ち、夷陵の戦いにおいて火計により撃退する。

 その後、魏軍の侵攻も石亭の戦いで撃退する。

 逆に魏に侵攻した際は、勝算の無さを察知し、僚友と共に無傷で撤退してのけた。

 

 最期の悲劇とは以下のようなものである。

 呉の皇帝孫権の後継者争いに巻き込まれたのだ。

 武将である陸遜は最前線に駐屯していた。

 しかし、その時の宰相が死亡した事で、陸遜は前線の将でありながら宰相にも任命される。

 遠く離れた任地に居る陸遜は、宰相の任に堪えなかった。

 宰相である以上、事情は分からずとも皇帝の下問には答えなければならない。

 仕方なく「皇太子を後継とすべし」という当たり前の事を答え、敵対する派閥からは恨みを買う。

 遠い任地に居て彼は、讒言や誹謗に対し打つ手が無かった。

 やがて皇帝に疑われるようになった陸遜は、任地にて憤死する。

 呉を支えた柱石としては、余りにも報われない最期であった。

 

 

「なるほどねえ」

「何がですか? 少将」

「うん、今日貰って来た本に書かれた歴史上の人物なんだけどね、自分の役柄でも無い職に任命された事と、首都から遠くに居た事で悲劇に見舞われたんだ。

 私も余り遠くには行かない方が良いと思い知ったよ。

 いや、それ以上に宮仕えはするもんじゃないね。

 シトレ校長に勝手に予定を決められるし、勝手に挨拶をしろと原稿は書かれるし、まったくもって悲劇だよ、そうは思わないかい?」

(そんなレベルの話なのかな?)

 そう思わないでもないユリアンだったが、とりあえずはヤンに同意してみせた。

 

 ヤンが陸遜の生涯から教訓を得るのは、やはりその程度のものでは収まらないのだが、その頃には内容は兎も角誰の逸話かは忘れてしまっていた。

 

 そして忘れやすい、いやそういう事にして面倒事から逃げているヤンは、式典で来賓挨拶を求められた時に

「皆さんは3日もすれば急成長する年代ですから、好きな学問に励んで下さい」

(あくまでも戦略戦術とは言わず、好きな学問、である)

 と全く原稿と違う事を話して終わったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

草案レベルでの攻防戦

「おい戦争屋、まだ死んでいないのか?」

 喧嘩腰の電話は、ジョアン・レベロ財務委員長からシドニー・シトレ統合作戦本部長へのものだった。

「生憎だが、私はまだやりたい事が有って、簡単に死ぬ訳にはいかんのだよ」

「それは帝国領への逆侵攻か?」

「まさか。

 折角イゼルローン要塞を落とし、帝国軍の侵攻口を塞いだんだ。

 こっちから戦争を吹っ掛ける馬鹿もあるまい」

「……それはお前の本心だな? シトレ」

「ああ、本心だ。

 だが一体どうしたと言うのだ?

 帝国への逆侵攻なんて動きがどこかに有るのか?」

「お前の足元だよ。

 気づかんのか、薄らデカい図体に似合ったドン臭い奴め」

「おい、レベロ。

 どういう意味だ?」

「本当に知らないらしいな。

 軍の一部若手士官が、与野党問わず帝国領出兵計画を説いて歩いていると、最高評議会でも噂になっていたぞ」

「私は知らんぞ」

「そのようだな。

 だが、制服組のトップが知らぬ存ぜぬでは済まされん。

 噂の段階で潰しておくに如かず。

 いいな、馬鹿な計画は芽の内に摘むんだ」

 

 レベロからの電話で動きを知ったシトレは、査閲部長を呼ぶ。

 内部調査を行わせる為だ。

 更に情報部長ブロンズ中将を呼び、この件が帝国の謀略ではないか、調査を命じさせようとした。

 だが、その疑惑は薄くなる。

 

 ブロンズ中将は自信満々に

「お呼びになったのは、帝国領侵攻計画についてと愚考致します。

 既に内々にフェザーン商人を買収し、帝国領内の情報を集める下準備を始めています」

 と言い、シトレを愕然とさせた。

「貴官、誰からその話を聞いた?」

「宇宙艦隊司令部参謀4課のビロライネン少将からです」

「宇宙艦隊司令部だと?」

 つまりはロボスの発案という事になる。

 シトレは常識人であり、まさか部下が宇宙艦隊司令長官の意向を無視し、出征計画を立てている等、想像もしなかった。

 それでもブロンズ中将に、ロボス元帥へ出征計画を吹き込んだのが帝国の工作員でないかを調査するように命じた。

 ブロンズは声を潜め

「本部長は、あの噂をご存じなのですか?」

 と聞く。

「あの噂?」

「ええ、ロボス元帥は帝国の工作員と知らず、若い愛人と関係を持ったが、その愛人に梅毒を伝染され、最近は判断力が低下した、との噂です」

「なにを馬鹿な事を。

 ロボスは私のライバルではあるが、士官学校以来の友人でもある。

 あいつに限ってそのような事は無い!」

「失礼しました!」

「……だが、そんな噂が有るのか。

 残念な事だな」

「噂を封殺しますか? 閣下」

「封殺よりも、その噂が流れている事に不安を感じる。

 さっき言ったように、ロボスの身辺、いやロボスの幕僚近辺に帝国の工作員の影が無いか探ってくれんか?」

「承知いたしました」

 

 多分無いだろう、シトレはそう思う。

 彼が想定したのは、若手の士官、下士官たちの間で次の戦争が焚き付けられている事だった。

 政治家連中に働きかけているのが若手の士官という事だから、この層が単純な熱意と正義感をくすぐられ、敵の思惑に乗せられるという事は有り得る。

 だが、宇宙艦隊司令部の少将が既に計画を情報部長に話し、具体的な立案段階にあるという事は、もっと前から計画の骨子は出来ていたと考えられる。

 それはイゼルローン要塞陥落直後くらいだろう。

 その時期帝国は要塞を奪われた衝撃で、工作員を使って帝国領に誘引させる作戦等指示出来る状況では無かった、そう見ている。

 仮にイゼルローン失陥直後から、同盟を更に戦争に引きずり込む事を考え付く者が居たとしても、中立地帯のフェザーン自治領を通じて同盟国内に潜む工作員に連絡し、上層部にまで食い込むには早過ぎるのだ。

 

(誰かがヤンの功績に便乗しようとした、或いは妬んだ。

 それでより大きな戦果を求め、すぐに帝国領侵攻計画を立案した)

 そのように考える。

(だとしても焦り過ぎている。

 せめて来年まで待てば良いものを。

 何か焦る理由でも有るのか?)

 

 焦ると言えば、シトレも帝国も謀略という事に自信が有る訳ではない。

 将来的には有り得る。

 イゼルローン失陥の屈辱は、次の勝利で晴らすしかない。

 厭戦気分が出た場合、敵軍の侵略というのは古今民を団結させる格好の材料だ。

 だが、イゼルローン失陥直後の今だと、逆効果になる可能性が高い。

 士気阻喪の帝国に、意気上がる同盟の大軍が雪崩れ込むと、堤防に穴を開けた者が洪水に巻き込まれて死ぬ愚を犯す事になる。

 

 何にせよ展開が早過ぎる。

 拙速と言って良い。

 まずは事態を把握せねば、とシトレは考えた。

 

 

 

「失礼します」

 グリーンヒル大将がシトレのオフィスに現れた。

 グリーンヒル大将は現在、イゼルローン回廊同盟側出口から周辺宙域の帝国軍残敵掃討を統括していた。

 敵としては小さく、範囲としては広い為、首都ハイネセンから指揮はせず、中将としては先任のボロディン中将を指揮官、実行部隊の司令官として第11艦隊のルグランジュ中将を充てて、彼等に自由裁量を持たせていた。

 だが、同格の指揮官が2人居た事が、帝国のイゼルローン失陥の原因。

 それをヤン少将から聞いたグリーンヒル大将は、調整役として自分が入る事で、帝国からの侵攻が有った場合にはボロディン中将の指揮権が優越、それ以外はルグランジュ中将の補給要請にイゼルローン要塞のボロディン中将が応じる裏方に徹するよう、関係を調整していた。

 漸く第11艦隊の制圧戦も終わり、その報告をしに来たのである。

 

 シトレは報告を聞いた後、宇宙艦隊司令部参謀部から出ている帝国領出兵計画について話を振った。

「初耳です」

 どうやらグリーンヒル大将にも話が漏れないように進められた、完全にロボス派主導の計画なようだ。

 話を聞いたグリーンヒル大将は硬い表情となる。

「既に政治家にまで話が及んでいるとあれば、事態は急を要しますね。

 最高評議会で決めてしまったら、最早我々に拒否は出来ませんから」

「うむ。

 そちらは私が……というか私の信頼する政治家にも依頼して、決定阻止を依頼しよう。

 貴官は参謀部の中を調べてくれんか?」

「分かりました」

 

 シトレとグリーンヒルは分かれ、それぞれに行動を開始する。

 そして等しく同じ考えに至った。

(もし回避出来ないとしたら、最低限の失敗に留めたい。

 それにはあの男が必要だ)

 

 ヤン・ウェンリーが休養先でクシャミをしたという記録は、ユリアン・ミンツの回顧録にも無い。

 

 

 

「やっているかね?」

 グリーンヒルは変わらぬ表情で、久々に参謀部に顔を出す。

 今までは別室を借りて、残敵掃討作戦の管理をしていた。

「お帰りなさい、閣下。

 我々は日々業務をこなしております」

「なら結構。

 皆、座り給え」

 そう言い、グリーンヒルは自分の席に座った。

「それで、何か変わった事は無いかね?」

 コーネフ中将とビロライネン少将が顔を見合わせ、話を始める。

「実は、帝国領侵攻計画が持ち上がっています」

「続け給え」

 グリーンヒル大将の泰然とした態度に、承認が得られると期待した2人は詳細についても話し始めた。

 一通り話を聞いてからグリーンヒルは口を開く。

「なるほど、休戦を求める事が最終目的とあらば、私としても賛成せざるを得んな」

 静かに言うグリーンヒルに、コーネフ、ビロライネンも安堵の溜息を漏らす。

「だが、これはどこから出た計画かね?

 休戦を求める為の出兵計画は、本来政治家の領分だ。

 もし一軍人が政治的判断を必要とする計画を立案したとあらば、軍人の領分を弁えない行為であるな」

 この発言に二人は沈黙する。

 代わりに別の参謀が口を開く。

「とある政治家です」

「フォーク准将、何故それを知っているのかね?」

「小官も中将、少将に誘われ、お会いした事が有りますので」

「なるほど。

 で、それは誰だ?」

「お答え出来ません」

「答え給え」

「閣下は先程、高度な政治判断を有する計画は政府の領分、軍人の領分では無いと仰いました。

 小官たちは、極秘に計画を立案し、それをもって最高評議会に諮るという依頼により妥当性のある計画を、草案として纏めているまでです。

 本決まりとなれば公表もしましょう。

 ですが、打診段階で、しかも政治家からの依頼で極秘にと言われましたから、詳しく明かす事は出来ないのです」

 グリーンヒルは、この男が計画立案者であると悟った。

 コーネフ、ビロライネンが話を持ち掛け、主導権をフォーク准将に握られた、そんな所だろう。

 

「……なるほど、では計画の出所は良しとしよう。

 だが、私にも計画修正の権限は有ろうな?」

「賛同頂けるのであれば」

「よろしい。

 ではこの草案の六個艦隊だが、これでは足りない。

 遠征軍六個艦隊、補給一個艦隊、要塞守備一個艦隊、予備兵力一個艦隊、合計九個艦隊が必要だろう」

「そ……それは……」

 フォーク准将が言葉に詰まった。

 遠征に見込んだ軍事費を大幅に超過する。

 自由惑星同盟軍で、一度にここまでの艦隊を動員した例も無い。

 処理し切れるだろうか?

 

「それに、帝国領侵攻で有人惑星占領が有りながら、陸戦隊が不足している。

 有人惑星だけでなく、敵基地攻略も有るなら、過酷な惑星や衛星を進むレンジャー部隊も必要だ。

 更に占領後に同地の治安悪化を防ぐ文民警察、食糧不足を防ぐ農業指導団等、恒久的な占領もしくはそう見せかけるには、これだけ必要だ」

 

 概算すると兵力は艦隊だけで一千万人を超え、総兵力は三千万人以上となろう。

(どうだ?

 これだけの規模となれば予算も通らないだろう。

 少なくとも政府を納得させられる計画に落とし込む事は困難だ。

 これで諦めろ)

 コーネフ、ビロライネン両名は顔を見合わせ、何やら話している。

 彼等の運用能力は超えたようで、無理だという表情をしている。

 だが、フォーク准将はまだ踏み止まっていた。

 

「分かりました。

 ご要望に沿う形で草案を修正し、然る後に作戦計画書に落とし込みましょう。

 他に何かご要望はございますか?」

「では言おう。

 第13艦隊がリストに無いのはおかしい。

 加え給え」

「しかし閣下、第13艦隊はイゼルローン攻略の任を終えたばかり。

 あえて必要無いでしょう」

 グリーンヒルは、第13艦隊という名を聞いた時、フォーク准将の表情が歪んだのを見逃さなかった。

「いや、イゼルローンを落としたヤン・ウェンリーの名は帝国軍に対し有利に働く。

 彼を囮にする事も出来よう。

 何より彼は同盟軍有数の名将だ。

 それとも君は彼を使いこなす自信が無いのかね?」

 

 どうもフォークはヤンにライバル意識を持っているようだ。

 ライバルの名を聞く毎に、こめかみの辺りが引きつっている。

(過大な部隊編成に、己のライバルを入れる作戦、断っても良いのだぞ)

 断ったら、それを契機になし崩し的に無かった事に持って行こうという思惑である。

 だが、フォークはそれをも呑み込んだ。

 

「分かりました。

 確かに同盟軍最強部隊を加えないのは小官の落ち度でした。

 直ちに草稿を再作成いたします。

 で、もう有りませんね!?」

 

 余り追い詰めるのも大人気無いと思ったグリーンヒルは、ここで引いた。

 フォークは既にいっぱいいっぱいの状態。

 纏め切れないと判断した。

 

 だが、フォークはやはり俊才だった。

 グリーンヒルの要望を相当取り入れ、かつ予算を確保出来るギリギリの兵力、そして第13艦隊も加わった布陣、これを纏め上げ、グリーンヒルに見せる前に伝手を使って最高評議会に持ち込んでしまった。

 かくして帝国領侵攻計画が最高評議会に諮られる運びとなった。

 

 そして休養から戻ったヤン・ウェンリーはぼやく。

「なんで私が居ない場所で、勝手に私の仕事が決められるのかなあ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝国領侵攻計画

 ドワイト・グリーンヒルは語る。

「まさかあの要求を纏められるとは思わなかった」

 

 シドニー・シトレは述懐する。

「まさかあの要求を政府が可決するとは思わなかった」

 

 ジョアン・レベロは愚痴を零す。

「まさか最高評議会があそこまで腐り切っているとは思わなかった」

 

 3人とも評論家のように言っているが、全員関係者である。

 空前の大出兵となるような要求を出したのはグリーンヒル大将であった。

 こんな要求は通らないだろうと必死で食い止めなかったのはシトレ元帥であった。

 そして最高評議会に出席していながら、多数派を形成出来なかったのはレベロ財務委員長であった。

 3人ともそれぞれに悔しい思いを抱く事になる。

 

 

 

 多くの者はアンドリュー・フォーク准将はヤン・ウェンリー中将にライバル心を持っていると思っていた。

 或いは嫉妬していると言う者もいた。

 実際の所はどうか?

 

 アンドリュー・フォークは多くのヤンを嫌う者同様、彼の怠惰さと軍人でありながら軍事を毛嫌いする態度を嫌っていた。

 そして今回はヤンの言動に苛つかされてしまう。

 フォークはグリーンヒル総参謀長の言に一理有ると考え、六個艦隊での遊撃計画から、九個艦隊を動員する占領を行う計画に切り替えた。

 草案を書き直し、グリーンヒル総参謀長と意見を交換する。

 それを即座に最高評議会に届くようにしたのはフォークの勇み足だったかもしれない。

 だが、草案を見た政治家たちは、詳細な計画を出すように指示。

 この段階で、現時点で最も補給に精通したアレックス・キャゼルヌ少将に、補給計画提出を要請した。

 キャゼルヌ少将は遠征計画に反対で、辛辣な批判を浴びせて来た。

 それでも彼は勤勉である。

「最高評議会を通るかどうか分からんが、俺の能力の及ぶ限界を書いて来た」

 と補給計画をきちんと纏めて来た。

 それは、500光年立方をクリアし、最大800光年立方まで3000万将兵が1年間戦える計画であった。

 これを基に、帝都オーディンからイゼルローン要塞までの距離6250光年の一割に当たる625光年を一区切りとした占領と、迎撃部隊と決戦する為の布陣を踏まえた作戦を立案した。

 大規模なプロジェクトであり、ケース毎の行動計画を詳細に設定した、一世一代の作戦案であった。

 フォークと彼につけられた5人の佐官参謀は、この半月程、一日平均1時間しか寝ていない。

 時には夜を徹したシミュレーションをして練り上げた作戦計画である。

 この計画を纏め上げた自分を褒めてやりたかった。

 

 だが、統合作戦本部でグリーンヒル総参謀長から出兵計画について問われたヤン中将は、一言

「無理でしょう」

 と切って捨てた。

 

 たまたま隣の椅子に居て、睡眠不足の軽い興奮状態であったフォークは、この一言に血が頭に上ってしまう。

(この男は、我々の苦労も知らずに!

 会議までに計画書をしっかりと読んでみろ!)

 と憤りを覚えてしまった。

 

 それが表に現れてしまったのが、最高評議会による出征命令が出た直後の作戦会議であった。

 

 

 

 帝国領侵攻作戦は、帝国領を帝都オーディン方面に約500光年侵攻し、その間にある有人惑星解放を第一段階とし、半年間の進捗を見て第二段階へ進む。

 この際、長蛇の列では側面を衝かれる心配がある為、天頂、天底、侵攻方向左右に1個艦隊を配置し、帝国軍の横撃に対抗する。

 先鋒は2個艦隊とし、先鋒と上下左右とイゼルローンを結ぶ細長い八面体の重心部分に1個艦隊を配する。

 遊撃部隊であり、必要に応じてどの方面にも救援可能とする。

 先鋒部隊は積極的に敵部隊を探し、攻撃する。

 帝国軍が同盟軍占領宙域に入り込んで来た場合、最寄りの艦隊がこれを迎撃し、遅滞戦術に出る。

 その間に他の部隊は、帝国軍を回り込むように機動し、包囲殲滅に移行する。

 大規模な帝国軍の迎撃が見込まれる為、この撃滅に成功した場合、それも第一段階の達成とし、その時点での占領宙域の体積を見て、第二段階を調整する。

 最短の場合、イゼルローン回廊帝国側出口にて帝国軍大部隊の迎撃が予想される為、先鋒及び次鋒の2個艦隊は一戦の後に後退し、イゼルローン要塞方面に敵を誘引し、駐留艦隊も含めた全力で帝国軍を壊滅させる。

 

 このように、天頂方面で会敵した場合の自軍の行動、敵に出くわさなかった場合の占領計画、解放後の自治の確立等多岐に渡って策定され、作戦立案者のフォーク准将が

「今回の遠征は我が同盟開闢以来の壮挙であると信じます。

 幕僚としてそれに参加させて頂ける事は武人の名誉、これに過ぎたるはありません」

 と涙目(寝不足もあるが)で語るだけの計画ではあった。

 

 だが、ヤン・ウェンリーは冷たく考えている。

(同盟開闢以来の愚挙だろう)

 

 確かに巧緻を極め、自分なんかはここまで細かく決められない、素晴らしい作戦案である。

(キャゼルヌ少将に補給計画を練って貰い、フィッシャー少将に艦隊の機動限界や航路の使い方を設定して貰い、細かい情報をグリーンヒル大尉に教えて貰い、ムライ少将にダメ出しをして貰い、その上で敵将ローエングラム伯の都合を聞かないと私にはここまで踏み込んだ作戦は作れない)

 そう思うヤンだが、根本的な部分で

(いくら細かく計画していようが、戦線を拡大するという一歩目で間違っているのだから、後の計画は全く意味が無い)

 と切り捨てていた。

 

 そんなヤンの第13艦隊だが、次鋒に充てられていた。

 

■帝国領侵攻軍集団

・前方軍(第10艦隊、第13艦隊、第4管区警備部隊)

・天頂軍(第8艦隊、第1管区警備部隊、第10管区警備部隊、第11管区警備部隊)

・天底軍(第3艦隊、第2管区警備部隊、第8管区警備部隊、第9管区警備部隊)

・左翼軍(第7艦隊、第5管区警備部隊、第6管区警備部隊、第7管区警備部隊)

・右翼軍(第9艦隊、第3管区警備部隊、第12管区警備部隊、第13管区警備部隊)

・中央軍(第5艦隊、第14管区警備部隊、独立機動戦隊、第2補給艦隊)

 

■イゼルローン軍集団

・イゼルローン駐留艦隊 第12艦隊

・イゼルローン要塞守備隊

・警戒部隊 第15管区警備部隊

・補給部隊 第1補給艦隊、第3補給艦隊

・総予備 第11艦隊、練習艦隊

 

 その他、帝国領占領軍集団として陸戦部隊やレンジャー部隊の司令部もイゼルローン要塞に置かれる。

 警備部隊は400~800隻程度の巡視艦艇で編制される。

 旧式軽巡洋艦や駆逐艦の武装を軽減し、索敵能力と通信能力、航続距離と活動日数を長くしたものが多い。

 索敵、治安維持、護衛任務に適しているが、艦隊所属の艦艇よりも攻撃力、防御力、戦術機動力(戦場における最大速度)が劣る。

 敵の接近を早期に見つけようと意思はよく伝わった。

 何せ、同盟全域の警備部隊を動員し、残るのは首都の特別管区隊くらいなものだ。

 

 だが、こうなると余計に作戦の意図が読めなくなった。

 敵の誘引、殲滅こそが目的では無いのか?

 

 作戦計画書は、パターンが多数有り、それぞれの行動計画は細かく決まっている。

 だが、最終的には何がしたいのだろうか?

 

 第10艦隊司令官ウランフ中将が挙手し、質問する。

 

「我々は軍人だ。

 命令と有らば何処へでも赴く。

 ましてそれが帝国首都であれば猶更の事だ。

 だが、壮大と無謀は同義ではない。

 この作戦の目的が奈辺に有るのか、そこをお聞かせ願いたい」

 

 実は休戦を引き出すのが目的です、とは言いにくい。

 士気が鈍る。

 イゼルローン要塞攻略後の士気を最大限に活用し、大戦果を挙げないと、帝国の士気を挫くだけの交渉材料を敵から分捕れない。

 コーネフ、ビロライネン両参謀の場合はもっと酷い。

 ロボス元帥を統合作戦本部長にするだけの戦果、イゼルローン要塞攻略を上回る戦果が欲しい等と口が裂けても言えない。

 ロボス派の参謀はこの意識が有った為、迂闊な事は言えない。

 フォークはシレっと

「大軍をもって帝国領土の奥深く侵攻し、帝国人どもの心胆を寒からしめる、それだけで意義有りましょう」

 と言ってのける。

 ウランフは更に突っ込んで聞いて来る。

「では戦わずして退く、と解釈しても良いのか?」

「それは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する事になろうと思います」

 ウランフは不愉快な表情になる。

「もう少し具体的に言って貰いたい。

 あまりにも抽象的過ぎる」

「要するに、行き当たりばったりという事なのじゃろう」

 その声は同盟軍の宿将、第5艦隊司令官ビュコック中将のものだった。

 当たっていなくは無い。

 敵がどう出るか、可能性でしか無い。

 だから無数のパターンを想定し、対応策を練った。

 しかし、ビュコック中将の言は作戦全体を否定的に評したものであるのは、口調からも明らかである。

 

 アレクサンドル・ビュコック中将はこの年70歳。

 第二次ティアマト会戦を経験し、一兵卒から将官にまで昇進した歴戦の将である。

 「老練」と言う言葉はビュコック提督以外に使うな、とまで言われる人物なのだ。

 フォークは不愉快ながら無視して次に進める事にし、ウランフも苦笑いして引き下がった。

 

 続いて挙手して質問したのがヤン中将である。

「帝国領侵攻の時期を、現時点で定めた理由をお訊きしたい」

(まさか選挙の為等と言えないだろう)

 

 これもコーネフ、ビロライネンらロボス派は本当の事を言えない。

 下半期開始の10月には全軍規模の健康診断が予定されている。

 そこでロボス元帥の痴呆症状が見つかったら派閥として一巻の終わりだ。

 すぐに大規模出征し、出征中の将兵は健康診断から除外される事を利用したい等と言えない。

 

「戦いには機というものが有ります」

 やや突っかかり気味にフォークが返答する。

 イゼルローンを喪失して意気消沈している今攻撃に出る他ない。

「つまり、現時点が帝国に積極的攻勢に出る機会だと貴官は言いたいのか?」

「積極的大攻勢です」

「イゼルローン要塞失陥によって帝国軍は狼狽してなすところを知らないでしょう。

 まさにこの時期、我が同盟軍の大艦隊が長蛇の列を成して自由と正義の旗を掲げて進むところ、勝利以外の何物が前途にありましょうか」

 これは戦意に欠け、消極的なヤンに対する嫌味も含まれていた。

 ヤンは兎角、敗北を前提に物事を考え過ぎる。

 エル・ファシルでも第六次イゼルローン攻防戦の時も、彼は常に自軍の敗北を予想し、撤退する方にばかり頭を使っていた。

 その癖、戦わせたらアスターテ会戦を見ても強いではないか。

 才能を活かさず、自ら消極的思考に入り込んでいる、それがフォークがヤンを認めたくない部分である。

 

 ヤンは続ける。

「その作戦は敵中に深入りし過ぎる。

 隊列が長過ぎては補給及び情報伝達に支障を来すのは確実だ。

 逆に帝国軍は我が軍の細長い側面を突く事で、容易に我が軍を分断出来るし補給線も断つ事も出来る」

「何故、分断の危機のみを強調するのです。

 我が艦隊の中央部へ割り込んだ敵は、前後から挟撃されて惨敗……取るに足りぬ危険です」

 フォークは(作戦書を読んだのか?)と内心かなりイライラしていた。

 確かに横よりも帝都への侵攻方面、縦には長い。

 だが、割り込んだ敵を察知し、袋叩きにする算段はついている!

 

 ヤンの認識はフォークのそれと違った。

 かつて士官学校で学年首席の生徒との戦術シミュレーションで、補給部隊を全力で叩いて逃げまくり、行動の限界に達しさせて勝利したヤンはこう思う。

(私なら、帝国全軍をもって補給部隊を叩き、物資の窮乏した我が軍を楽々と叩く。

 この程度の横幅等、大軍による補給部隊攻撃の前に無いに等しい。

 私程度が思いつくのだから、あの男が気づかない筈が無い)

 そうして、ついに具体名を挙げた。

 

「帝国軍の指揮官は我が軍に苦汁を嘗めさせてきたローエングラム伯だ。

 彼の軍事的才能は想像を絶するものがある。

 それを考慮に入れて、もう少し慎重な計画を立案すべきではないか」

 

 フォークは更にイラついた。

 ローエングラム伯のみならず、ミュッケンベルガー元帥やメルカッツ大将、その他の将の攻撃も計算している。

 それを……

 

 フォークが口を開く前にグリーンヒル大将がヤンを制した。

「中将、君がローエングラム伯を高く評価している事は分かる。

 だが彼はまだ若いし、失敗や誤謬を犯す事もあるだろう」

「ええ、そうです。

 ですが、我々が彼以上の失敗や誤謬を犯したら、結局帝国軍の勝利になるのです」

 

 フォークはついに爆発してしまった。

 消極的過ぎるし、余りに悲観的過ぎる。

 全可能性を考えて練り上げた作戦を一から十まで否定する気なのか!?

 

「いずれにしても可能性です。

 戦う前から悲観論と敵の過大評価は慎んで頂きたいものですな。

 その言動自体が利敵行為に類するものとなりましょう。

 どうか注意されたい」

 

「フォーク准将、貴官の言動は礼節を失しておるぞ!」

 怒気を孕む声はヤンではなく、ビュコック中将のものだった。

 

「貴官の言に賛同せず、慎重論を唱える者に対し、利敵行為呼ばわりはなんだ!」

「一個人への中傷と捉えられては困ります」

 

 フォークは思う。

 やはり前線指揮官は大局を理解しない。

 政治的な判断も含むこの作戦は、とにかく帝国領に1メートルでも侵入し、成果を挙げねば意味が無い。

 慎重に度が過ぎるというより、最早作戦自体を潰しにかかっているように思える。

 

 偶然ながら、ヤンの方も可能なら作戦会議で穴を見つけまくり、無謀な計画を中止に追い込みたいという意思は有った。

 

 フォークは会議自体を流す事にした。

「そもそも、この遠征は専制政治の暴圧に苦しむ銀河帝国民衆を解放し、救済する崇高な大義を実現するためのものです。

 これに反対する者は結果として帝国に味方するものと言わざるを得ません。

 小官の言う事は間違っておりましょうか?」

 

 滔々と原則論、抽象論を語り続ける。

 というか、こうやって相手を白けさせ、黙らせないと心が落ち着かない。

 周囲が次第に自分へ反感を持ち始めて来たのも感じられるが、そんなのいつもの事だ。

 参謀部で決めた作戦を、遺漏なく遂行するのが前線指揮官の務め。

 こちらの指示に従ってくれたら良いのだ。

 

 こうして強引に作戦会議は纏められた。

 もうビュコックはそっぽを向いているし、ヤンとウランフは呆れ顔で発言しなくなった。

 

(理解されなくても構わない。

 第二次ティアマト会戦で、アッシュビー提督の説明不足に艦隊司令官たちは不服そうだったという。

 だが、アッシュビー提督の読みは当たり、同盟軍は空前の大勝利を収めたではないか。

 勝てば良いのだ、自分の言う事はその時分かって貰えれば……

 いや、分からずとも勝利という結果さえ有れば十分だ)

 

 こうしてフォークは、各艦隊司令官との間に溝を作り、この戦役中ついにそれが埋まる事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦会議後の宴

「やはり辞めておくべきだった、そう言いたげな顔だな」

 シトレ元帥はヤン中将を見てそう語りかける。

 ヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞攻略後、辞表を提出している。

 元々軍人になる気が無かったのに、父親の死によって無一文となり、無料で歴史を学ぶ為に士官学校に入ったヤンは、事あるごとに退役を口にしていた。

 士官学校卒業後10年を経ていないヤンは、退役後に年金を得られない為、仕方なく現役を続けていた。

 だが少将に昇進したヤンは、満額では無いが年金受給資格も得ていた為、被保護者のユリアン・ミンツと2人で生活するくらいなら問題無いだろうと退役を申し出たのだ。

 イゼルローン要塞を同盟の物とした事で、帝国軍は攻め口を失った為、ここを守り続ければ約30年程度同盟領内は平和を享受出来るという計算も有った。

 それを却下したのがシトレ元帥である。

 その時はシトレも、イゼルローン要塞を得た事で戦争を一段落させられると考えていた。

 彼がヤンの退役を認めなかったのは、単に彼の派閥を強化する為にかつての教え子を確保しておきたかっただけである。

 シトレにとって政敵はロボス派ではなく、無制限な戦争を煽る国防委員長トリューニヒトの派閥である。

 扇動政治家で国民人気の高いトリューニヒト議員に対する有力な駒が、「イゼルローン無血占領の英雄」「魔術師ヤン」ことヤン・ウェンリーであったのだ。

 ヤンに休暇を与え、士官学校街で歴史学習をさせたのも、退役を却下した事に対する「飴」と言える。

 だが、事態は2人の予測を裏切り、戦争は収束するどころか拡大しようとしている。

 

「私の考えが甘かったかも知れない。

 イゼルローンが手に入ったら戦火は遠のくと信じていたが現実はこれだ……」

 シトレが苦い顔で嘆く。

「今となっては君の辞表を却下して良かったと思っているよ」

 シトレはフォークの人となりを否定した。

 己の才を示すのに言論をもってする、それも他人を否定する方法で。

 士官学校校長を務め、人間教育に重きを置いていたシトレは、フォークの論破癖を見てそのように評していたのだった。

 フォークは成績優秀者、参謀部という狭い世界で生きて来た者に見られる論破癖を持っている。

 議論に勝ちたがり、相手を不快にさせる事が多いのだ。

 これこそフォークが言った「一個人への誹謗」と出来ない問題である。

 参謀本部という制度を持った地球時代のドイツ帝国に始まり、自由惑星同盟に至るまで、秀才肌でかつ参謀本部から出ない人間に見られる通弊なのだ。

 自分たちを高みに置き、外部の人間を軽蔑し、論理を駆使して意見を言わせず黙らせる。

 そして狭い世界内でトップを狙うが、その際には揚げ足取りも盛んに行われる。

 軍隊でなく民間なら「象牙の塔」と呼ばれる学者の集団、その国の最高学府から財務官僚へと進んだ学閥集団、更にはマスコミの中でも見られる。

 自分たちだけが偉く、他は自分たちの議論に交ざる資格も無い。

 自分たちの世界で頂点に立つ事が至上の目的となり、他人は隙有らば蹴落とす。

 シトレはそういう世界の象徴としてフォークの名を挙げ、彼に限らずこういう連中を掣肘せよとヤンに言った。

(いくら何でも重過ぎる荷物だ)

 ヤンはそう思うが、シトレは

「私もこれで色々と苦労もして来たのだ。

 自分だけ苦労して他人がのんびり気楽に暮らすのを見るのは、愉快な気分じゃない。

 君にも才能相応の苦労をして貰わんと、第一、不公平と言うものだ」

 そう言って笑う。

(私は本部長と違い、自発的に買って出た苦労じゃないんだけどなぁ……)

 ヤンは内心肩をすくめていた。

 

 

 

 会議室を出たヤンを、副官フレデリカ・グリーンヒル大尉が待っていた。

「急用かい、大尉?」

「いいえ、どちらかと言うと私的な事になります」

 訝るヤンに、

「父が……、ドワイト・グリーンヒル大将が提督と食事を共にしたいと申しております。

 第10艦隊のウランフ提督、チェン参謀長とも同席となります」

 そう告げるフレデリカ。

 ヤンは「やれやれ」と頭を掻きながら、承知した。

 先鋒集団を任された2人の提督が呼ばれた以上、私的と言いながら、半分公務のようなものだろうと予想がついたからだ。

「あ、ユリアン君も招いて欲しいとの事でした。

 尉官に過ぎない私共々別の席になるとは思いますが」

「やれやれ、本部長と言い、総参謀長と言い、曲者だね。

 私より先にユリアンの予定を押さえたんじゃないのかい?」

 皮肉を言ってみたが、年少の被保護者に家事をさせている事を常々気にしていたヤンは、またご馳走させてやれるな、とも思った。

 

「やあ、待っていたよヤン中将。

 また会えたね、ユリアン君。

 済まないが今日は、娘と共に別な席で食事を楽しんで欲しい。

 分かるよね?」

「はい、お気になさらないで下さい」

 ユリアンは賢い少年であり、ヤンとウランフとグリーンヒル大将が居る席に同席すべきではないと理解していた。

 

 食卓にはグリーンヒル宇宙艦隊総参謀長、ウランフ第10艦隊司令官、チェン第10艦隊参謀長、ヤン第13艦隊司令官、ムライ第13艦隊参謀長という高官が座った。

 食事が運ばれて来る。

 コース料理にはせず、3皿程度で食べ終え、コーヒー4杯と紅茶1杯が運ばれて来たら

「しばらく誰も近づけないで欲しい」

 とグリーンヒル大将が給仕に告げた。

 

「さて本題だ。

 これはオフレコで頼む」

「何でしょう」

「本来、こういう密室……では無いですが、こういう密談は好まないのですが」

 ヤンもウランフもこそこそ密談するタイプではない。

 グリーンヒル大将はそれを分かった上で招待した。

 実は第5艦隊のビュコック中将も誘ったのだが、老提督は丁重に断ったと言う。

「今回の遠征計画なのだが、本当の目的は帝国から休戦を勝ち取る事なのだ」

 グリーンヒル大将が苦々しく語る。

「何ですと?」

「はあ……なるほど……」

 両提督が反応する。

 両艦隊の参謀長も驚くが、司令官を差し置いて口を挟まない。

「イゼルローン攻略で我が国の戦意は異常に高揚している。

 そのはけ口を作るのと、イゼルローン要塞を確保した上で休戦を勝ち取る為、交渉材料となる戦果を挙げる、それが本当の目的なのだ。

 休戦が目的という事なら、私としても反対は出来なかった……」

 

 グリーンヒル大将はロボス派の参謀たちの真の目的は知らない。

 現時点で休戦を申し入れた場合、帝国はイゼルローン要塞返還を要求する、イゼルローン要塞が帝国に還れば、休戦破棄は帝国の都合で行える。

 だから交渉材料として広大な占領地が有れば、イゼルローン要塞を確保した状態で休戦が可能だし、この場合帝国が休戦破りをしてもイゼルローン要塞で侵攻を食い止める事が出来る。

 この論理をシトレ元帥もグリーンヒル大将も是としたのだった。

 

「これについて、今更だがどう思うかね?」

 グリーンヒル大将の問いに

「話になりませんな」

 とウランフ中将が即答する。

「イゼルローン攻略だけを見れば、確かに我々は帝国からダウンを奪った。

 だが戦争全体で眺めてみれば、我々はアスターテでダウンを奪われている。

 同じラウンドでダウン1個ずつなのだ。

 決して同盟軍が帝国軍を圧倒している訳ではない。

 あくまでもヤン提督が勝っただけで、全体として同盟軍は疲弊した軍である事に変わりは無い。

 参謀たちはそんな現実を見ず、戦略戦術という視点でしか見ていないから、あんな絶対勝つ事を前提とした作戦を立てるのだ。

 一旦統合作戦本部を出て、一般の兵卒に交じってみれば良い。

 どれだけ無理をした軍か見えてくる筈だ」

 ウランフの発言に他の3人も肯く。

 グリーンヒルは苦い表情を更に渋くする。

 その批判は自分にも、更にはシトレ統合作戦本部長にも当てはまるのだ。

 

「ヤン提督はどう思う?」

 ウランフから話を振られたヤンは、更に救いが無い回答をする。

「いくら占領しても、何度勝利しても、帝国は休戦に応じませんよ」

 ヤンは、固有名詞を覚える事は苦手だが、歴史学者志望だっただけに過去の戦役に詳しい。

 ヤンはナポレオンやヒトラーのロシア侵攻を例に出し、仮に首都を落とされても戦争は終わらないと語った。

「もしも民主国家ならば、民衆の権利と財産を守る為、休戦を呼び掛けられたら応じる選択肢も有ります。

 しかしかつてのロシア(ヒトラーの時はソ連だが)同様、専制国家の帝国は、皇帝が戦争を止めると言わない限り戦争をやめないでしょう。

 まして首都までの侵攻どころか、1万光年程の領域を持つ帝国からして500光年くらい侵攻された程度なら痛くも痒くもないでしょう、少なくとも皇帝には」

 

 一応作戦計画書には、補給可能な範囲での活動や、貴族領攻略によって意思決定に関わる貴族社会を揺さぶる事が書かれているが、

(そこにブラウンシュヴァイク、リッテンハイム、カストロプ、あと何だったかな、そういう公爵級の名門貴族領が無い以上、何の効果も無いだろう)

 と期待出来ない。

 

 ヤンは休戦など期待せず、イゼルローン回廊を守っていれば、今までの帝国相手ならば30年は平和を維持出来ると見ている。

 最近はその予測を覆す、イゼルローン回廊を必要としない戦略が頭に浮かび、

(もしも帝国の中にそれに気づく者が居たら……)

 と絶望的な想像をしていたが、それは口に出さなかった。

 

「両提督の意見はよく分かった。

 私の判断も甘かったようだ。

 残念だが、最高評議会で決定した以上、遠征自体は止められない。

 私は早期撤退計画を立て、最低限の損害で終わらせるよう努力してみたいと思う」

 

 グリーンヒル大将主催の意見交換会は、誰も楽しい気分になれないまま散会した。

 これと同じ頃、ロボス派の参謀たちは祝宴を打ち上げていた。

 

 最早コーネフ中将、ビロライネン少将の2人だけではない。

 同じようにロボス元帥が制服組最高位となれるかどうかに自身の出世が掛かっていた者たちが、この遠征に期待していた。

「既に軍の広報、政府報道部も買収済みだ。

 我々は帝国領に踏み込み、敵と一戦して戻ればそれだけで『開闢以来初の帝国領解放と敵地での戦闘』という成果として報道される。

 フォーク准将の言い様ではないが、我々は帝国領に侵攻するだけで勝利となるのだ!」

「ですが、民間の報道機関はどうなんですか?」

「ハイネセン中央放送の緊急世論調査によると、帝国領侵攻に対して賛成71%、反対14%、どちらでもないが15%と圧倒的に賛成多数だ。

 民間の方もこの調子なら、帝国への勝利を大々的に宣伝してくれるだろう」

 情報担当参謀に任じられたビロライネン少将はそう言う。

「ハイネセン中央放送や同盟共同放送協会はそうでしょう。

 反政府寄りのバーラト通信社やテルヌーゼンテレビジョン等はどうなります?」

「取るに足らない地方局じゃないか。

 それに情報部のブロンズ中将も我々のシンパだよ。

 余りに批判的なら利敵行為を理由にどうにでも出来るよ」

 

 こういった感じでロボス派の参謀や軍官僚たちは美酒を味わっていた。

 その中に作戦立案者のフォーク准将は居なかった。

 彼は今、美酒を味わえる体調でなかった。

 胃がキリキリ痛むし、興奮状態が続いて眠れない日もある。

 作戦会議を終え、一仕事済んだ彼は、祝宴を断って官舎に戻ってベッドに横たわっていた。

 一仕事終わった筈なのに、気が楽にならない。

 むしろ、会議で彼に向けられた敵意や白けた視線、老提督の怒声等が頭の中を巡って出て行かない。

(理解されなくて良い、勝ちさえすればいいのだ)

 そう呟きながら、今夜も眠れぬ夜を過ごしていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊出撃前の蹉跌

 自由惑星同盟軍は、基本的に国防軍である。

 補給艦を削って、その分を正面装備に充てて来た。

 無論、物資の消耗を軽視してはいない。

 彼等は各地に補給基地を造って、そこの物資を使い前線を維持している。

 国防軍であり、補給基地からの移動距離も短い。

 その分だけ同盟軍艦艇は同種の帝国軍艦艇よりも小型で、一方戦闘力は高い。

 元々宇宙開発が冒険だった地球時代からの名残で、長大な航続距離とそれを支える艦内貯蔵庫を持ち、サバイバビリティを持たせた帝国軍艦艇の設計思想が古いとも言えるが、こと遠征に関しては帝国軍の方が能力が高い。

 貴族による地方反乱討伐の経験もあり、補給部隊も充実している。

 流石に帝国の版図も拡大し、中間基地を求めるようになった為、帝国軍は各所に宇宙要塞を造り、そこで補給や整備を行う。

 要塞から数百光年を補給部隊を引き連れ攻める帝国軍と、精々数光年、場合によっては戦場となる星系内に補給基地を築いて、そこからの補給を受けながら迎撃する同盟軍と、艦隊運用には違いが有った。

 

 初の帝国領侵攻作戦に際し、まず司令部と補給艦部隊がイゼルローン要塞に入った。

 要塞内に遠征軍総司令部を開設し、同盟領内から集めた物資を備蓄する。

 如何に不本意でも、キャゼルヌ少将は最善を尽くし、イゼルローン要塞を大規模な倉庫にしてしまった。

 フォークは、如何に自分を嫌っていようが、仕事をきっちりこなす人物は好きである。

 礼を言っても毒舌で返されるから、自分の仕事っぷりで返す事にした。

 

 だが、着任早々問題が起こる。

 

 要塞を守っていた第12艦隊は良いが、同盟領内に点在する帝国軍の前進基地を破壊して回った第11艦隊の物資消耗が、直ちに戦争に耐えるレベルでは無かったのだ。

 ルグランジュ中将は、第三次ティアマト会戦で敗れた汚名を晴らそうと、果敢に戦った。

 果敢に戦う程、物資は消耗し、兵は疲弊する。

 特にミサイルの充足率は11%と、一会戦すら出来る量でない。

 また、陸戦隊の疲弊が激しく、装甲車や惑星用航空機の損耗も大きい。

 

「これは、一回首都ハイネセンに戻した方が良いな」

 総司令部ではそう判断せざるを得ない。

「お願いします。

 帝国領侵攻という栄えある作戦に、どうか我が艦隊も参加させて下さい」

 ルグランジュ中将はグリーンヒル総参謀長に懇願する。

 だが、無理なものは無理だ。

「どうしてここまで消耗している事を報告しなかったのかね?」

 と叱責するグリーンヒル大将の前に、ルグランジュ中将は黙るしか無かった。

 

 同盟軍には悪い癖がある。

 功績を立てれば全て良いとして、情報を独り占めする癖である。

 この癖は第二次ティアマト会戦に始まる。

 第二次ティアマト会戦で指揮を執ったブルース・アッシュビー大将は

「あの少ない情報から、何故敵の意図を看破し得たのか?」

 と不思議がられる人物であった。

 恐らく彼しか知らない情報を得ていた、或いは戦場で見えていたのだろう。

 だが彼はそれを他人に話さない。

「俺の言う事に従っていれば勝てるのだから、お前らは余計な事を知らなくても良い」

 この態度がもとで、士官学校の同期生で「730年マフィア」と呼ばれた幕僚団とも不仲になっていった。

 当時の第11艦隊司令官ジョン・ドリンカー・コープ中将とは関係修復は不可能ではないか?と疑われる程激しくぶつかり、第5艦隊司令官のウォリス・ウォーリック中将からも

「何もかも貴様の手の中か!

 最高司令官だけで戦争が出来るか!

 貴様一人で帝国軍を全員殴り倒してみるがいい」

 とまで不満をぶつけられている。

 第二次ティアマト会戦は同盟軍の大勝に終わったが、司令官アッシュビー大将は流れ弾に被弾して戦死した。

 そして彼は英雄に祭り上げられた。

 生きていれば欠点として、組織を壊すものとして非難される情報の独占癖は、彼の戦死によってあえて取り上げられなくなった。

 逆にアッシュビーが神格化されるにつれ、「報告・連絡・相談」をせずとも「勝てばそれで解決」という気質を生み出してしまう。

 「730年マフィア」の一人、コープ大将が戦死したパランティア星域会戦でも、後続のフレデリック・ジャスパー大将は前線の様子を知らず、コープ提督の独断専行が原因で連携出来なかったとされる。

 一方で世間では、ジャスパー大将が意図的に情報を隠し、コープ大将は何も知らないまま帝国軍の罠に嵌まったという噂も流れた。

 

 第11艦隊の先代司令官ウィレム・ホーランド中将も、通信を切って命令を無視した独断専行をして帝国軍ミューゼル艦隊に痛打を浴びて戦死した。

 その第三次ティアマト会戦でホーランド中将を制止しようとした第5艦隊のビュコック中将も、前年のヴァンフリート星域会戦では総司令部からの伝令に酒を飲ませ、命令を無視した行動をしている。

 今回、ルグランジュ中将が自分の艦隊の消耗を報告しなかったのは、そうすれば後送されて帝国領侵攻作戦に参加出来なくなる、と思ったからだった。

 近隣の補給基地を食いつぶす勢いで補給をしていたが、食糧や燃料はどうにかなっても、ミサイルや地上戦用装備は何ともならなかった。

 結局第11艦隊は首都に戻され、整備と補給を受ける事になる。

 

「悔しいです」

 と嘆くルグランジュ中将を、グリーンヒル大将は

「ならば急ぎ首都に戻り、補給を済ませて戻って来なさい。

 ここで文句を言っている暇は無い筈です。

 貴艦隊は予備兵力、早く戻ってくれないと肝心の戦いに投入出来ないではないか」

 と窘めた。

 ルグランジュ中将は肯き、イゼルローン要塞を離れた。

 遠征軍は当面、手持ち機動戦力は一個艦隊減の八個艦隊で戦う。

 

 

 

 不祥事は続く。

 第10艦隊と第13艦隊を繋ぐ位置に布陣し、哨戒活動を担う第4管区警備部隊司令官サンドル・アラルコン少将が民間人暴行で起訴され、軍法会議にかけられるというのだ。

 航路警備をするのが警備部隊である。

 その担当宙域を船籍不明船が高速航行していた。

 直ちに停船を命じ、臨検に入る。

 ここまでは良かった。

 この船は、国籍・船籍を知らせる装置が故障していた。

 一方で急ぎの便であった為、規則を無視して高速航行をしていた。

 それを知ったアラルコン少将は、船長を激しく罵倒する。

 船長も気の強い男で反論する。

 アラルコン少将は怒り、馬乗りになって銃床で何度も船長を殴り、重傷を負わせた。

 解放されたその船は、フェザーン資本の同盟の大企業に属する船であり、企業の法務部から同盟軍に対し訴状が送られる。

 アラルコン少将もまた、「報告・連絡・相談」を軽視していた。

 この日の事を、型通りの「不審船を臨検、船籍証明装置の修理を指示し解放」としか報告しなかった為、事態は大ごとに発展した。

 アラルコン少将と彼の副官、更に臨検に立ち会った者たちがまず査問会にかけられる。

 結果次第で軍法会議送りだが、どうもそうなる可能性が高い。

 

 遠征軍総司令部は、これに横槍を入れる。

 遠征部隊に入れているのに、司令官が軍法会議とかでは困る。

 かなり強引に干渉し、結局査問会は

「相手船長の態度に問題があり、アラルコン少将の行為に問題は無い」

 という判断を下したのだ。

 相手企業は諦めず

「船長の態度が問題なのは認めるが、重傷を負わせたのはやり過ぎだ。

 過剰な暴力である」

 として引き下がらない。

 第4警備隊は、先陣を務める第10艦隊、第13艦隊の出撃までにイゼルローン要塞に来られそうもなかった。

 

 

 そんな中、情報主任参謀ビロライネン少将から帝国の反応がもたらされた。

 同盟は情報部を使い、あえて帝国に出兵計画が伝わるようにしていた。

 迎撃が早い程、上手く遠征を切り上げられる。

 だから迎撃部隊が出て来てくれた方が良い。

 

 帝国軍の迎撃部隊はローエングラム伯爵ラインハルト元帥の艦隊と、彼の指揮下八個艦隊が担当するとの事だった。

 ローエングラム伯、旧名はラインハルト・フォン・ミューゼル。

 皇帝の寵姫の弟で、下級貴族「帝国騎士」階級出身。

 勇猛な指揮官で、同盟は彼を認識しているだけで第三次ティアマト会戦、第四次ティアマト会戦、アスターテ会戦と三度も痛い目に遭わされていた。

 この点でヤン・ウェンリーの予想は当たった。

 

 フォークの作戦計画書で、対ローエングラム伯は

「勇猛で自信家の彼ならばイゼルローン回廊帝国側出口から遠くない地域で、大規模な迎撃戦を仕掛けて来るものと推測。

 第10艦隊と第13艦隊を先鋒とし、戦いながら後退し、イゼルローン回廊付近で他の艦隊を展開させての包囲戦を行う。

 この時、アスターテ会戦のような各個撃破を防ぐ為、先鋒の二個艦隊は遅滞戦術を採ってローエングラム伯の艦隊を拘束しておく」

 というものであった。

 

「ローエングラム伯が相手なら、帝国に深入りせずに大戦果を挙げられるかもしれない」

 楽観論が漂う。

 だがフォークからしたら、既に前提が狂っている。

 ローエングラム伯が率いる帝国軍艦隊の半分、九個艦隊に対抗する為には、イゼルローン要塞駐留艦隊である第12艦隊と総予備の第11艦隊を投入し、こちらも九個艦隊で五分の艦艇を用意するつもりだった。

 それなのに今は第11艦隊は戦線離脱している。

 フォークは変わった情勢を基に、作戦をアップデートする。

 彼と彼の下につけられた参謀たちは、イゼルローン要塞までローエングラム伯の軍をおびき寄せて戦う事を軸にした作戦を練り上げ、両艦隊に送付する。

 更に第二陣として出撃する予定の第5艦隊と、イゼルローン要塞に居る第12艦隊へも増援出動の要請を出す。

 もしも回廊出口付近で戦闘となれば、ビュコック、ウランフ、ボロディン、ヤンという現在考えられる最高の布陣で戦う事になるだろう。

 

 だが、結局回廊出口に帝国軍は居なかった。

 ウランフ中将からその報を受け、フォークは対ローエングラム伯作戦を「敵が早期に迎撃部隊を出さなかった場合」に切り替え、先鋒の二艦隊はゆっくり前進し、後続の五個艦隊が回廊を出るまで足並みを揃えさせた。

 ウランフの第10艦隊は作戦に従い、偵察部隊を出したりして警戒を強める。

 第4警備隊という索敵任務部隊がいないのだから、各艦隊で索敵するしかなかった。

 だが、ヤンの第13艦隊は密集隊形を維持したまま、ほとんど動かない。

「索敵部隊を出しましょうか?」

 というムライ参謀長からの提案に対しヤンは

「敵は居ないよ。

 もっと我々を引きずり込まない限り出て来ない。

 だから燃料の無駄遣いをやめ、疲れないよう無駄な動きは控えよう」

 そう言い切った。

 

 やがて後続部隊もイゼルローン回廊を出る。

 お互い連携可能な距離を維持しながら、七個艦隊は帝国領を突き進む。

 艦隊の通過した後に、占領部隊が続き、有人惑星を降伏させていく。

 

 その占領部隊からの報にヤンは戦慄した。

「流石だ、ローエングラム伯。

 私には分かっていても、こんな事は出来ない。

 まったく大したものだ」

 彼の幕僚たちが意味を伺う。

「焦土作戦だよ。

 焼いた訳じゃないけど、食糧を持って撤退し、土地と人民を我々に渡す。

 そうすると、同盟軍は解放軍を謳っている以上、彼等を救わねばならない。

 食糧や物資を渡さざるを得ない。

 こうやってこちらの想定より遥かに早く物資を枯渇させるのさ」

 

 ヤンはある程度予測していた事を、最悪の形で実現されてしまい、途方に暮れていた。

 だが、ヤンもまた同盟軍の悪い癖を出している。

 彼の予測を「報告・連絡・相談」していないのだ。

 言っても相手にされないだろう、と諦観しているのだが、せめて近隣の第10艦隊や、後方の第5艦隊にはもっと早く話しておくべきだったろう。

 ヤンは彼の最悪の予測を彼の艦隊司令部だけに留め、外に伝えなかったツケを後々払わされる事になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲火無き戦い

 自由惑星同盟軍先鋒部隊、第10艦隊と第13艦隊の進む先に敵は居なかった。

 行けども行けども敵艦隊どころか、警戒部隊、惑星守備隊、更には貴族領の私兵すら現れなかった。

 

「全く大したものだ、ローエングラム伯は……」

 ヤンは溜息を吐く。

 ヤンはフォークの作戦の裏を理解している。

 帝国軍は誇りを重んじる。

 裏を返せば、恥をかかせれば釣り出す事が可能な、合理よりも感情で動く傾向がある軍隊なのだ。

 第二次ティアマト会戦において、現帝国軍宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の父親は、同盟軍アッシュビー提督の為に憤死した伯父の名を出し、

「仇を討った者には恩賞は思いのままに与えよう!」

 と部下に言ったという。

 こういう軍隊なのだから、これまで神聖不可侵とされた帝国領が侵攻されたら、直ちに迎撃に来るものと考えて良かった。

 少なくともこれまでは。

 ヤンは、ローエングラム伯の艦隊は、同盟軍の攻勢限界まで出て来ないと見ていたが、一方でプライドだけは高く、戦略を解さない貴族が私兵をもって抵抗する、あるいは門閥貴族でもないローエングラム伯の命令を無視して暴発する警備部隊や駐留部隊は居るだろうと見ていた。

(もし居たなら、いっそ負けてやり、それで戦線を乱して撤退させても良かった。

 少数の敵に負けても戦死者を出さないようには出来るし、私の大層な虚名を剥がす絶好の機会だしね。

 私が責任を問われたなら、降格でも退役でも喜んで受けたものを)

 だが、帝国軍は一切姿を現さない。

 クラインゲルト子爵等、逃げるのを潔しとしない地方貴族は確かに居たが、彼等は降伏して戦おうとしなかった。

(まったく、大した統率力だ)

 ヤンは敵将への評価を更に高めていく。

 

 ローエングラム伯は、今回初めて戦役全体の指揮を執る。

 アスターテ会戦では遠征軍の総司令官ではあったが、どこに侵攻せよという意思決定はもっと上、帝国三長官(軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官)がしていたのだろう。

 それ以前は全体の指揮権が無い、艦隊の一司令官に過ぎなかった。

 ヤンにしても、同盟軍情報部にしても、情報部が情報を買うフェザーン自治領やフェザーン商人にしても、ローエングラム伯の能力は未知数だった。

 だから、侵攻してみて初めて得られた情報が有った。

 ローエングラム伯は焦土作戦を平然と実行出来る冷淡さを持っている。

 ローエングラム伯は一切の命令違反をさせない統率力を持っている。

 門地も無く政治的に強くないと思われたローエングラム伯だが、後方の雑音を無視して自身の作戦を遂行出来る力を持っている。

 理解が進むにつれ、絶望的な未来しか見えなくなるヤンであった。

 

 先鋒の第10艦隊は、当初目標のイゼルローン回廊から500光年進んだ宙域に達した。

 上下左右を守る艦隊も予定の星系に到着。

 艦隊間を結ぶ警備隊も配置についた。

 この間、約30の有人恒星系を含む200の恒星系と5000万の民間人を「解放」した。

 僅か1ヶ月の事である。

 

(早過ぎる……)

 第10艦隊のウランフ中将はそう思う。

 抵抗が全く無い為、余りにも早く深入りしたように思えてならない。

 

 戸惑っているのは遠征軍総司令部もである。

 作戦立案者のフォーク准将にしたら、第一段階として想定していたケースはほとんど使われる事無く、最初の目的を達成してしまった為、第二段階の作戦を立案しなければならなくなった。

 本来ならどこかで抵抗を受け、どこかの部隊は足が止まり、帝国軍と睨み合いが発生する、そういう状況を踏まえて第二段階の作戦を立てる。

 それも時間にして3ヶ月から半年はかかると考えていた。

 1ヶ月で目標としていた全恒星系の占領が終わるとは、全くの想定外である。

「次に何をしたら良い?」

 という問い合わせに答える為にも、フォークと作戦参謀たちは第二段階の作戦立案を急いだ。

 

「5000万人の180日分の食料と200種の食用植物種子、40の人造蛋白製造プラント、60の水耕プラントだと?」

 後方主任参謀に任じられ、補給の一切を担うキャゼルヌ少将は、宣撫班からの要求を統合した結果出て来た数値に愕然としていた。

「俺は3000万将兵に飯を食わせる計画は立てた。

 俺の能力の及ぶ限りの全力でだ。

 まさか総軍よりも多い居候を抱えるなんて、思ってもいなかったよ」

 彼もまた計画書を書き直す。

 

 この後、この2人は何度も何度も計画書を書き直し続ける事になる。

 勤勉ゆえに招いたオーバーワークだが、毒舌という形で発散出来るキャゼルヌに対し、フォークの場合は内に籠った。

 

 イゼルローンの総司令部で、他に忙しく仕事をしているのはグリーンヒル総参謀長である。

 フォークの纏めた作戦指示書、キャゼルヌが修正した補給計画書を精査するだけでなく、彼は後方の政治家たちに状況を纏めて報告し、次の指示を仰いでいる。

 要は「早く帝国に何らかの交渉を持ち掛けろ、こちらは最初の目標を達成したぞ」と言うものだったが、政治家は彼の悲観的観測より更に低質であった。

「こちらから働きかける事はない」

 と言うのだ。

 つまり、言い出した側が譲歩するのが政治上の駆け引きであり、有利に交渉するなら帝国側から言って来るのを待つ、という態度である。

 ハイネセンに残るシトレ元帥と、イゼルローンから遠隔で依頼するグリーンヒル大将は、ジョアン・レベロ財務委員長、ホアン・ルイ人的資源委員長という「良識派」を通じて、遠征を一区切りさせる政治判断を求める。

 彼等は分からないようだが、ジョアン・レベロ議員の場合は逆効果を呼んでいた。

 彼もヤン・ウェンリーと同じように物事を悲観的に見る癖がある。

「このままでは遠征軍の為に国が食い潰される」

「軍に対し掣肘をかけるのが政府の仕事であり、何時までも好きに国外に置いておくのはどうかと思う」

「敵は人民を武器に使っている。

 我々は彼等に食糧を与え続け、やがて自分の食卓からもパンを失うであろう」

 こういう事を聞かせられる相手はうんざりする。

 軍に至っては、自分たちの崇高な戦争を、まるで浪費のように言われ、反感を持つ。

 やがて

「議員は余りに悲観的過ぎる。

 目的達成の為には、多少の国力消費はやむを得ないではないか」

 と返されて癇癪を起し

「これが多少か!

 貴殿は国庫を食い潰し、何ひとつ行政が動かなくならないと気付かないのか!

 ああ、そうか、君のような名士が飢える事は無いものな。

 飢えはまず貧民から始まり、王侯貴族が飢えるというのは有り得ない訳だ」

 こんな事を言って、かえって相手を怒らせてしまう。

 

 これに対し、ホアン・ルイは柔軟である。

 より「政治家」であったと言える。

 彼は戦争を望む「扇動政治家」で有りながら、国民人気は高く、今回の遠征計画には反対票を投じたヨブ・トリューニヒト国防委員長に接触する。

「今、広大な占領地を得たままで帝国に休戦を呼び掛ければ、勝ち逃げが出来る。

 どうせ休戦なんて長続きしないんだ。

 株式投資で言えば、今が売り時で、後は値下がりすると思うね。

 どうだい、一回利益確定してから、再戦に備えるっていうのは」

 こんな言い方をされたトリューニヒトは

「先生は面白い事を仰る。

 確かに一理有りますな」

 と笑って答える一方で、

「軍を預かる私が、軍の不利益になる事は出来ない。

 軍から正式な依頼が無いと無理だ。

 そうでは無いかね、ルイ先生」

 と腹の底を見せない。

 確かに、軍が頼むなら国防委員長だ。

 軍が何も言って来ない以上、国防委員長が進行中の作戦を止めるよう最高評議会に言う事も出来ない。

 

「……という事で、軍から正式に頼めないかね。

 君とトリューニヒトが対立してるのは分かる。

 でも、そんな事言ってる場合じゃないんだろ」

 シトレに告げるホアン・ルイ。

 シトレも分かっているのだが、彼には総参謀長からの報告は届くが、総司令官ロボスからの連絡が一切無いのだ。

 それこそ手続き上必要な書類がたった1枚無く、動こうにも動けない状態であった。

「ロボスめ、一体何をしているのだ?」

 

 

 結論から言うと、ロボス元帥は何もしていなかった。

 朝起きて、取り巻きに囲まれ食事をし、総司令部に顔を出すが、昼食後には昼寝をし、17時には勤務を切り上げて退出、また取り巻きに囲まれて夕食を摂って寝る。

 グリーンヒルもフォークもキャゼルヌも、総司令部に居て、尚且つ目覚めている時間に報告を上げなければならない。

 その僅かな時間、ロボスは副官から首都で起きているゴシップを聞いたり、帝国に関する裏付けの取れない噂話を聞いたりして時間を浪費している。

 そんな中で重要な報告を聞くのだが、最近のロボスは都合の良い話ばかり聞きたがり、悲観的な報告には露骨に不快さを隠さなくなった。

 高度な判断を要する案件にも、一番楽な決断をする。

 そして、「ですが……」を許さない。

 癇癪を起こしてしまう。

 

 キャゼルヌから補給計画の変更の報告が上がる。

「そうか、それで良い」

 と答える。

 キャゼルヌは続けて言う。

「確かに今は良いでしょう。

 ですが、この先更に要求が過大になる事が予想されます。

 その時は……」

「その時はその時だ。

 今は儂が良いと言った事だけをしていれば良い。

 貴官は補給について最善を尽くせばそれで良い。

 余計な口出しは無用!」

 と言葉を遮って怒り出す始末である。

 

 キャゼルヌは人目を憚りはするが、

「あのボケ老人が!」

 と毒を吐いて発散する。

 

 似たように、意見は言うなと止められたグリーンヒルは、毒を吐かない代わりに、

(あの方は、本当にボケてしまったのではないか?)

 と疑問を持ち始めた。

(昔、と言っても二、三年前はあのような態度では無かった。

 もっと聡明で寛大な軍人だった。

 でなければ宇宙艦隊司令長官になどなれなかった……)

 そして、ふとした疑念が頭をよぎった。

(まさか、この遠征計画は痴呆化が進むロボス元帥に最後の手柄を立てさせる為に立案されたものか?)

 

 だが、フォーク准将の生真面目で融通が利かない性格を知るグリーンヒルは、その考えを捨てる。

 

 

 コーネフ中将、ビロライネン少将がグリーンヒル大将の疑念を知ったら脂汗を流したであろう。

 だが、グリーンヒル大将に気づかれたとか以前に、イゼルローンに来てからのロボス元帥の老醜は加速している。

 このままでは、医官に問い合わせて痴呆症について調べる者も出かねない。

 彼等は示し合わせて、総司令官に要塞視察や後方基地激励等の用事を入れて、人前に出さないようにした。

 他のロボス派副官、参謀、その他軍官僚も一体となって総司令官を人前から遠ざけた。

 

 彼等の保身行動の為、遠征軍の意思決定は遅くなっていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦線拡大

「この度は国防委員長にお願いがあって参った次第です」

 シドニー・シトレ元帥が大柄な体を垂直に曲げて、ヨブ・トリューニヒト国防委員長に嘆願する。

「我が国の名将、シトレ元帥にそのようにされると何やら面映ゆいね。

 まあ頭を上げなさいよ。

 お願いというのは、統合作戦本部長として、ですね?」

 対立していても、横柄な態度を取るような未熟な政治家ではない。

 トリューニヒトはシトレに着席を促し、話を聞いた。

「休戦を帝国に呼び掛けて欲しい、休戦が成った暁には私の功績として良い。

 休戦は休戦でしかなく、国力満ちれば再戦に応じる、という事だね?」

「はい」

 シトレは無念そうだが、トリューニヒトの顔色は読めない。

「それで、前線はどう言ってるのかね?」

「前線のロボス総司令官からは何も言って来ません」

「それでは困るよ、君。

 軍の統一見解として嘆願に来て貰わないと。

 今のはやはり、シドニー・シトレ氏個人の要望と区別がつかないよ」

「ですから、お願いに来たのです。

 前線のグリーンヒル総参謀長から、最近は総司令官と連絡が取りにくくなり、各艦隊からの報告は全て彼が取りまとめているとの事です。

 総司令官に何か有ったのかもしれません。

 ですから、軍の統一見解は取れないのです。

 故にこうして委員長にお願いする他は……」

「君とロボス元帥はライバル同士と聞くが?」

「彼と私の個人的な問題では有りません。

 そうならむしろ、私と彼とで決着を付けます。

 そうではないので、どうかお力添えを……」

 トリューニヒトは大柄な黒人軍人の後頭部を見ながら

「よろしい、最高評議会に提案してみよう」

 と言った。

 

 

 結果から言うと、確かにトリューニヒトはシトレとの約束を守った。

 だが、ジョアン・レベロ、ホアン・ルイの援護も空しく、多数決で棄却される。

「前線からの報告なのかね?」

「いえ、ロボス総司令官は何も言っていない、そう統合作戦本部長は言っています」

「では、前線から何か言うまで、政府は彼等に制約をかけん方が良いだろう」

(この低能どもが)

 トリューニヒトは内心で思い切り見下していた。

 支持率狙いがはっきりしている。

 出兵を決めた事で支持率は24ポイント上昇した。

 だが、最近は下り気味である。

 最高評議会の参列者の多くは、早く勝利という形を得て欲しいと思っていて、勝利するまで延々と戦争を続ける気なのだ。

(損切りという言葉を知らんのか?)

 表情を一切変えず、周囲を馬鹿にし続けた。

(だがこれで言うべき事は言った。

 議事録にもしっかり残る。

 戦後、私の先見の明が高く評価されるだろう。

 その機会を作ってくれて、君には感謝してるよ、シトレ君)

 トリューニヒトは政治家として、煮ても焼いても食えぬ。

 

 

 最高評議会はトリューニヒトの伝言とは逆に、帝国軍の撃破または占領範囲の拡大を命令して来た。

「言ってくれるね。

 さらに150光年侵攻せよだと?

 1光年補給線が伸びる毎にどれだけの物資を消費するのか分からんのか!

 移動時の費用は全部経費で落とせる連中は、そういうのは想像もせんのだろうな!」

 キャゼルヌは毒を吐きまくりながら、スタッフたちと補給計画を練り直す。

 確かに彼は、最大800光年まで3000万将兵を食わせられる補給計画を立てていた。

 しかし帝国軍の策謀で、補給対象人数は8000万人を超えている。

 しかも必要なのは軍需物資だけではない。

 民生品も必要なのだ。

 現時点でも既に200%増しとなっているのに、更に侵攻すると占領惑星が増え、物資をたかる民衆が増える。

 際限が無い。

 それでもキャゼルヌは、民間船をチャーターし、イゼルローンまで物資を運び込む。

 この民間船チャーターも難しくなっている。

 以前、ロボス元帥は「グランド・カナル事件」という問題を起こした。

 かつて輸送計画のミスから、同盟軍は民間船をチャーターして軍需物資の輸送を依頼した。

 しかしロボス元帥は護衛艦隊に対し

「敵との戦闘を前に、無駄な損害を出さないように」

 という訓令を出してしまう。

 この為、護衛艦隊は危険宙域を前に離脱してしまった。

 巡航艦グランド・カナル1隻だけが残り、パトロール中の帝国軍巡航艦2隻と遭遇、自らは踏み留まって嬲り殺しにされながらも多くの民間船を脱出させ、同盟軍の名誉を守った出来事があった。

 同盟軍の名誉は守られたものの、宇宙輸送船舶組合は危険宙域へのチャーターには一切応じないという声明を出す。

 従って彼等はイゼルローン要塞の先には決して行かない。

 要塞から前線までは大小の輸送艦や、民間企業から買い上げた商船に簡易武装と防御装置を取り付けた仮装巡航艦で補給を行う。

 この前線まで輸送部隊のやりくりと、「グランド・カナル事件」以来同盟軍の徴用を嫌う民間船のチャーターが後方勤務部門の仕事となっていた。

 

 後方勤務部門と同様、侵攻距離が伸びた事で計画見直しに迫られたのは作戦課であった。

 占領地や航路上の要衝の恒久占領も、基地化も終わっていないのに、更に前進を命じられた。

 艦隊を更に外側に広げて配置するのだが、こうなると艦隊間の間隔が広がり、索敵に穴が生じる上に、連携が取り難くなる。

 そこで艦隊同士の間隙はそのまま帝都オーディン方向に150光年シフトし、空いた宙域にイゼルローン要塞を守る第12艦隊の前線投入を決めた。

 ここは今まで五個艦隊で護っていた。

 第12艦隊だけでは手が足りない事は理解している。

(予備兵力の第11艦隊の補給完了と前線復帰はまだなのか?)

 フォークはシクシク痛む胃を押さえながら、グリーンヒル総参謀長に問い合わせる。

 すると意外な話が返って来た。

 第11艦隊を整備する物資は、遠征軍への物資優先の為に確保されず、第11艦隊の整備終了と再出撃はペンディングとなっているという。

 敵地に深入りし、物資を消耗し続ける限り第11艦隊出撃は遅れ続けるという事だ。

 もう第11艦隊には期待せず、手持ち八個艦隊でどうにかする他無い。

 

 

「フォーク准将、私が撤退作戦を立案しようと思うのだが、どうかね?」

 グリーンヒル総参謀長がそう言った時、フォークは眩暈を覚えた。

 この人まで自分の労苦を認めず、遠征を止めろと言うのか?

 そんな表情を察したのか、グリーンヒル大将はフォローする。

「フォーク准将、君は何日寝ていない?

 食事も余り摂っていないと聞く。

 目に見えて痩せて、顔色が悪くなっているぞ」

「それが何か?」

「作戦は侵攻と同じくらい後退も重要だ。

 君の負担を減らす為にも、後退の方は私に任せてくれないか?

 勝利の栄光は君が独占し給え。

 後退の責任は私が取ろう。

 我々は同志なのだから、労苦を分かちあおうじゃないか」

 本心はともあれ、この言葉はフォークの心に沁みたようだ。

 こわばっていた表情が緩み、

「では、よろしくお願いします」

 と頭を下げた。

 

「ところで准将。

 貴官は総司令官の体調について、何か知らないか?」

「は?

 ロボス元帥閣下がどうかしたのですか?」

「最近は総司令部に顔を出す事も少なくなった。

 前線で非常事態が起きない限り、我々で処理しろなんて言っている。

 もしかしたらお体が悪いのでは無いだろうか?

 貴殿はどう思う?」

「気にしていませんでした。

 確かにここ最近はお姿を見ていませんな。

 ですが、我々に任せてくれるのであれば、それはそれで結構な事でしょう。

 小官は、余計な呼び出しや、詰まらぬ問い合わせが減って、作戦修正に専念出来て気が楽です」

 フォークは総司令官がどうなってるのか等、気にしている余裕は無いようだ。

 グリーンヒルも、フォークは知らないと見て、肯く。

「では、貴官はどうか?

 さっきも言ったが、随分痩せたように見える。

 貴官も時間を見つけて医務部に行って検査を受けた方が良いと思うぞ」

「お気遣いありがとうございます」

 礼を述べたフォークは、結局グリーンヒルの言葉に従わなかった。

 彼は時間を惜しみ、彼に割り当てられた作戦会議室に籠り続ける。

 

 

「それで、私の担当宙域がこの範囲かね……」

 第12艦隊司令官ボロディン中将は啞然とした。

 第12艦隊が進駐する宙域は、今まで四個艦隊を四方に配置してエリア防御をし、中央には第5艦隊が補給部隊の中間経由ポイント、各地に振り分ける為のターミナルを守っていた。

 前進命令により、動かせないターミナルをそのままに艦隊は150光年前方に移動した。

 代わりに第12艦隊がそこを守る。

 第12艦隊はイゼルローン回廊に最も近い位置にいるが、一個艦隊が受け持つ範囲としては過大な奥行き150光年、直径70光年に及ぶ空間を受け持つ事になってしまった。

 ボロディンは毒も吐かず、やれやれと言っただけで善処する。

 彼は500隻規模の分艦隊を16個編成し、満遍なく立体を警備させた。

 自らは4000隻を率いて航路上に駐留し、イゼルローン要塞を出港した輸送艦隊の中間停泊地を守備する。

 残る2000隻は副司令官コナリー少将が率いて、有人惑星上空に駐留する。

 ここは元々第5艦隊の分艦隊が占領した惑星で、現在も自由惑星同盟軍地上軍に属する歩兵旅団、レンジャー部隊、治安警察が駐屯していた。

 ボロディンは広域をフォロー出来た一方で、明らかに兵力分散をし過ぎている事に気づいている。

 そこで、帝国軍を発見し次第即座に集結して戦えるように、行動計画を策定した。

 近隣の4個分艦隊が集まって2000隻程度の戦闘単位となってから本隊に合流する事、合流を果たせない内は単独で敵とは交戦せず、逃走と近隣部隊への合流を優先すべき事、出来るだけ遠方で帝国軍接近を探知すべく強行偵察部隊を常に派遣する事、定時連絡は欠かさず、定時連絡無き場合は緊急事態発生とみて、ケース毎に決めた集合地点にて艦隊再集結を行う事、等等。

 一会戦での采配や攻撃力ではウランフに劣るが、長期戦を行う粘り強さと緻密な布陣や消耗戦における補充・戦線維持能力はビュコック提督をも凌ぐ同盟随一の司令官がボロディンであった。

(この時点でのヤンの能力は未知数である)

 

 こうしてキャゼルヌ、フォーク、グリーンヒル、ボロディン等が心血を注いで状況に対応したのだが、それらを更に混乱させる命令が出る。

 久々に総司令部に顔を出したロボス元帥が、現状の艦隊配置図を見て言った。

「これでは縦に長く、側面の防御が弱いではないか。

 ほれ、誰だったか、第13艦隊の……ヤンか、彼が言ったように側面から攻撃されるぞ。

 第3、第7、第8、第9艦隊をもっと外側に広げよ。

 その方が、こんな長蛇の陣より良い」

 

 言っている事は戦術上間違いではない。

 しかし、兵力やスケール的に実情に即していない。

 キロメートルや光秒の単位なら、幅を広げろというのは理に適っているが、数十光年の間隔を更に広げろと言うのは……。

 現在既に膨らみ過ぎた風船状態で、索敵に盲点が出来始めている。

 その事をグリーンヒルが伝えると、ロボスは苛ついた口調で

「ここの第5艦隊、味方の占領宙域の真ん中に置いても仕方ないだろ。

 兵力が足りないなら遊兵を作らず、周辺の前線に置いたらどうかね。

 いや、そうし給え、これは命令だ」

 こう言った為、差し当たっての索敵の穴を塞ぐ代わりに、どの方面にも援軍可能な遊撃部隊を全て前線に配備し、予備兵力の無い陣形になってしまった。

 

 そして、外側にも占領宙域を拡げた結果、同盟軍が「解放」した帝国人民は一億人に達しようとしていた。

 物資は枯渇寸前である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

物流の崩壊

 前線の艦隊司令官たちは、総司令部の命令に憤慨していた。

 150光年前進せよと言う命令は、言うのは簡単だが実行は時間が掛かる。

 彼等は広範囲に無人索敵衛星とリレー衛星を置き、独立分艦隊は宇宙母艦を旗艦にして強行偵察型スパルタニアンを航路監視に用い、陸戦部隊を出して惑星に補給基地(今や吐き出す一方だが)と連絡基地を造っていた。

 置いて行って大丈夫なものは置いて行くとして、人員や部隊は一旦艦隊に集結させねばならない。

 そうして部隊を集結させてから新しい担当宙域に到着し、部隊を展開させつつあった時に、第3、第5、第7、第8、第9、第13艦隊により外部へ進出しろという命令が出たのだ。

「移動なら移動で良いが、あっちに行けと言ったり、そこから移動しろと言ったり、そういう事は止めて貰いたい。

 ここは同盟領内では無い。

 幾らイゼルローン要塞占領時に帝国領内の航路データを得たとは言え、どう部隊を展開させられるかは、行ってみないと分からんのだ!」

 苦情はグリーンヒル総参謀長の所で処理し、作戦参謀、後方勤務参謀に面倒が及ばないようにしていた。

 彼等は既にオーバーワーク気味で、補給責任者のキャゼルヌは毒舌が300%増し、作戦を事実上主導しているフォークは青白い顔色で一層陰気な雰囲気となっている。

 そのフォークとキャゼルヌは何度も意見をぶつけ合っている。

 予備兵力として第11艦隊が来れば楽になるから、国中から物資を集めるのを止めろというフォークと、だったら戦線を拡大せず縮小しろというキャゼルヌ。

 即応部隊が居なくなった以上、輸送艦隊に付ける護衛艦を増やせというキャゼルヌと、索敵さえしっかりやれば制宙権を確保している航路は安全だというフォーク。

 艦隊を増やしても補給が追いつかないというキャゼルヌと、即応部隊が欲しいと言っていたじゃないかと反論するフォーク。

 グリーンヒル総参謀長の前で2人の俊英は意見をぶつけ、総参謀長が何とか纏める。

 しかし、そこから総司令官に話が通らず、総司令官の承諾を得ても最高評議会がうんと言わない。

 

 グリーンヒルは第11艦隊出動を諦め、最後の正規艦隊である第1艦隊の出動を求めた。

 ロボス総司令官はこれを可としたが、最高評議会は

「首都を守る艦隊が一個も無いのはいかがなものかと」

 と出動を拒む。

(首都星ハイネセンには、自動防空システム「アルテミスの首飾り」が有るだろう。

 それにイゼルローン要塞を保有し、帝国軍は同盟領に侵攻出来ないのに、一体何を恐れて出動を拒むのか!)

 グリーンヒルもいい加減、政治家に対し不満を爆発させそうになっていた。

 だが彼もフォーク准将と似ている。

 内に溜め込むのである。

 表向きは平然とした表情で勤務を続けていた。

 彼は

(総司令官が頻繁に総司令部を留守にする以上、総参謀長の私まで感情的になっていては士気に関わる)

 と責任感から行動していたが、艦隊からは苦情、宣撫士官からは要求が相次ぎ、彼の胃腸もまた悲鳴を上げ始めていた。

 

「なんだ、何故この宙域に一個艦隊しか居ない?

 これではイゼルローンが危ないではないか」

 久々に総司令部に現れたロボス元帥が指摘する。

「第11艦隊を出動させよ。

 何の為の予備兵力だと思っている!」

 グリーンヒルは首を傾げる。

「閣下、第11艦隊は物資損耗が激しく、首都に後送させておりますが?」

「なに?

 誰がそのような事を許可した?

 儂はそのような事を命じておらんぞ」

 グリーンヒルはモヤモヤしていた疑問がはっきりして来たように感じた。

「閣下、それはこのイゼルローン要塞に入城した際、閣下の御裁可を得て実行しました。

 議事録も有りますし、命令書の写しには閣下の署名も有ります」

「何だと?

…………確かに儂の署名じゃな。

 そうだったかもしれん。

 で、この宙域を守っているのはどこの部隊か?」

「……第12艦隊です」

「では、イゼルローン要塞には守備部隊が居ないという事ではないか。

 いかん!

 どれか艦隊を呼び戻せ」

「……現在の占領宙域を維持する為には、どこの艦隊を戻しても広大な防御の穴が開きます。

 イゼルローン要塞は難攻不落、駐留艦隊無しでも持ちこたえられましょう」

「だが、予備兵力が無いのは問題だぞ。

 そうだ、最高評議会に第1艦隊出動を要請しろ」

「……既に先日断られています。

 代わりに、占領地を賄うだけの物資を積んだ、本国最後の輸送艦隊がこちらに向かっています」

「なおさら予備兵力が必要ではないか!」

「閣下……」

「なんだね、フォーク准将」

「敵も発見されず、既に航路の安全は確保されています。

 護衛艦隊は不要でしょう」

「おお、そうか。

 流石はフォーク准将だ。

 だが、予備兵力の件は考えておくように」

 

 

 

 ロボスが退出した後、グリーンヒルは部下を呼んだ。

「エベンス中佐、貴官に頼みたい事がある」

「はっ、何なりと」

「ロボス元帥、コーネフ中将、ビロライネン少将について内偵して欲しい」

「了解しました。

 ですが、理由をお聞かせ頂きたい」

「うむ、ここだけの話だ。

……ロボス元帥はご病気かもしれない」

「なんですと?」

「それを知っていてコーネフ中将らが、元帥を私物化している可能性がある。

 私は軍内部の派閥抗争など好まない。

 だが、そうも言っていられない。

 ロボス元帥の派閥を全て調べて欲しいところだが、時間が無い。

 さしあたり最高位の彼等2人に絞って内偵して貰いたい」

 エベンスは敬礼をして去る。

 

 エベンスの内偵が完了する前に、ロボス元帥は失策を重ねる。

 

 コーネフ中将はロボスの指揮する艦で砲雷長を務めてからロボス派となる。

 その後、副官、後方勤務参謀、情報参謀、分艦隊司令官とキャリアを重ねて来た。

 作戦参謀は今までやって来なかった。

 だから参謀次長となる前のキャリアとして作戦主任参謀となったのだが、彼はこの間、ウィレム・ホーランド(宇宙暦782年次士官学校首席)、マルコム・ワイドボーン(787年次首席)、アンドリュー・フォーク(790年次首席)といった士官学校の首席たちの意見を調整し、無難に過ごして来た。

 ホーランド、ワイドボーンは宇宙艦隊司令部を離れた後戦死し、彼はフォーク以外に頼れる部下を持たなかった。

 だが、彼にも「一度は名案を出したい」という欲が有る。

 それが、同盟軍の作戦のお手本の一つ「第二次ティアマト会戦」の

「アッシュビー提督直卒部隊は、各艦隊から戦力を割かせてそれを糾合した」

 という事例再現を思いつかせてしまった。

 

 第二次ティアマト会戦において、帝国軍の大規模な繞回運動を見破ったアッシュビー提督は、各艦隊から少数の艦艇を割かせて総司令部直属に移し、その兵力をもって、同盟軍の背後に回り込む帝国軍の更に後ろから攻撃をかけて、敵を壊滅させた。

 戦闘中の部隊から戦力を抽出するというのは、兵法の正統ではない。

 だが、この策は成功した。

 アッシュビー提督だから出来る、という事で、以降見習う者は無かったのだが、総司令部に予備兵力が欲しいというロボス元帥の言で、これを思い出したのだ。

 結果、展開中の艦隊に

「1500隻の艦艇を割いて、総司令部に移すように」

 という命令が発令された。

 

 同盟軍は、防衛軍として遠征能力をオミットする事で、小型でかつ戦闘力の高い艦艇を運用している。

 同盟軍の12000隻は帝国軍の15000隻と互角であった。

 しかし、これは損害時の戦力低下率が高い事と同義でもある。

 仮に双方が1000隻を失ったとして、帝国軍の戦力は14000隻に低下するのに対し、同盟軍は帝国軍の13750隻相当に低下する。

 2000隻喪失なら、13000隻対12500隻相当と更に差が開く。

 ロボスの命は、戦わずして同盟軍各艦隊の戦力を低下させるものだった。

 抗議する各艦隊司令官。

 だがこの事はグリーンヒル総参謀長にも寝耳に水だった。

 事実確認に時間が掛かる間に、不満が有りつつも各艦隊は部隊を抽出して、イゼルローン要塞に送ってしまった。

 軍と言えど官僚組織、抗命罪に問われるのは避けるのだ。

 

 だが、命令違反をする艦隊も居た。

 第5艦隊ビュコック中将と第13艦隊ヤン中将は、奇しくも全く同じ命令を出す。

「出来るだけゆっくり行きなさい。

 そして、途中で道に迷って戻って来るように」

 

 

 

 イゼルローンに戻る部隊と、イゼルローンから各地に向かう輸送部隊とで、交通が混乱する。

 有効利用出来る空間が限られ、不便だから辺境なのだ。

 単艦航行ならともかく、艦隊・船団で移動するなら、限られた安全地域をワープアウト後の集結地として利用する。

 その利用を巡って混乱が起こり、結果前線への物資輸送が滞り始めた。

 

 ロボス総司令官は布告を出す。

「輸送艦隊が到着するまで、前線部隊は必要物資を現地調達するように」

 

 

 帝国の領民は、決して良民では無い。

 搾取に対し、真っ向から反発した者は、収容所に送られたか、今は自由惑星同盟に居る。

 搾取に対し、上手く誤魔化し、逆に領主を騙して物資をくすねるくらいの者たちが残って、生き続けていた。

 彼等の本性に対し、同盟軍の宣撫士官はウブ過ぎた。

 彼等の求めるままに物資を与え続けた。

 多く与えたのだから、取り返すのは簡単である。

 簡単ではあったが、黙って取られるのを許す連中ではない。

 各地で暴動が発生した。

 

 歴史では、この物資調達と暴動によって、民衆は自由惑星同盟を解放者ではなく敵と看做したとされる。

 だが実際のところ、多くの帝国人は同盟の共和主義者を「領主と上手く付き合う事も出来なかった要領の悪い連中」と見ていて、帝国軍の強大さから「同盟の支配は長続きしないな」と見ていた。

 そして暴動を起こすとともに、彼等は自分たちの食糧を奪って去った帝国軍に向けて超光速通信を送る。

 

『邪悪な反乱軍に脅されて従っていましたが、もう限界です。

 私たちは反乱軍を追い出すべく戦っています。

 どうか一時の反乱軍への協力をお許しあって、我々を助けて下さい』

 

 帝国のローエングラム伯は、密偵を置くでも、諜報員を使うでも、強行偵察を行うでもなく、同盟軍の窮乏を知る事が出来たのだった。

 

 

 イゼルローン要塞では、フォークとキャゼルヌがまた衝突していた。

「輸送艦隊を護衛する艦艇が少な過ぎます。

 もっと増やして下さい」

 在席していたロボス元帥の前で護衛艦増加を訴える。

「既に航路は安全です。

 それに、護衛を出す艦艇は有りません」

 フォークが答える。

 侃侃諤諤の激論を五月蝿く感じたロボスが決を下した。

「護衛艦は26隻とする。

 各艦隊が派遣した総司令部用の分艦隊が到着しない以上、護衛に割ける艦艇は無い。

 無いのだから、これ以上の議論は不要だ。

 下がり給え」

 

 キャゼルヌ退出の後、ロボスはフォークに命令を出した。

「フォーク准将、貴官を取り次ぎ役に任じる。

 儂に対する苦情は貴官と総参謀長で処理し給え。

 緊急でない連絡なら取り次ぐ必要は無い」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破綻

 グリーンヒル総参謀長は多忙である。

 まず彼は撤退計画を作成していた。

 また、越権行為なのを覚悟で政治家に対し、帝国への休戦呼びかけ、もしくは撤退命令を出すよう働きかけていた。

 政治家不信の芽が出ている彼は、自分自身もフェザーン駐在武官に連絡を取り、休戦への道を探っている。

 その上で、ロボス派の動向について内偵させている。

 不意に総司令部に顔を出したかと思えば、困った命令を乱発するロボス総司令官への対応が遅れるのは、軍人なのに政治向きの仕事をしていたり、派閥抗争的な事に足を突っ込んでいたからであった。

 グリーンヒルは更に補給のキャゼルヌ、作戦のフォークの議論を裁定したり、各艦隊から上がって来る要望を整理したりしている。

 もっとも艦隊からの方は、悪い意味で最近は何も言わなくなって来ている。

 言っても無駄と思われたのか、各地での暴動でそれどころではないのか。

 

 

 

 ヤン・ウェンリーは昇進が異常に早い。

 後世、銀河帝国のローエングラム伯ラインハルトの昇進の早さばかりが注目されるが、ヤンも恐ろしく早い。

 20歳で士官学校を卒業して少尉任官、これは帝国のような幼年学校が無い以上仕方が無い。

 慣例通り21歳で中尉に昇進し、エル・ファシル星系駐留艦隊司令部に配属される。

 ここで帝国軍に敗れ、民間人を捨てて逃げ出したリンチ少将に代わって、200万人の民間人を帝国軍の包囲下から脱出させる事に成功する。

 この「エル・ファシルの奇跡」により、少佐に昇進する。

 少佐時代のヤンは、エコニア捕虜収容所で知己を得るが、その後第8艦隊司令部に転属、シトレ提督の作戦参謀となる。

 25歳で中佐に昇進、27歳で大佐に昇進する。

 この時の上司が宇宙艦隊総参謀長グリーンヒル大将だが、直接の上司はコーネフ少将(当時)であった。

 少佐から大佐時代のヤンの評価は低い。

 「非常勤参謀」「エル・ファシルの奇跡はまぐれ」「無駄飯食いのヤン」と呼ばれていた。

 3年で少佐から中佐は標準的であり、大佐時代には一時昇進で差をつけていた士官学校同期のワイドボーンに並ばれ、3期下のフォークは中佐と追いつかれ追い抜かれそうであった。

 だが時代は佐官のヤンではなく、将官のヤンを欲していた。

 第六次イゼルローン攻防戦でいくつか作戦案を提出し、功績を立てるがロボス元帥とグリーンヒル大将から厭われた。

 その功により28歳で准将に昇進するも、宇宙艦隊司令部から追い出され第2艦隊次席幕僚に転属となる。

 「一度現場を知って来い」という意味で実戦部隊に転属するケースもあるが、ヤンの場合は勤務態度の悪さと、悪い予想ばかりする事がロボスに嫌がられ、片道切符での転属であった。

 この時点で宇宙艦隊司令部から統合作戦本部付参謀へ、という出世のメインコースから外れてしまった。

 本人は全く気にしていないが。

 出世コースも一人ライバルが減り、その地位を埋めようと後輩が競う。

 29歳の時ヤンは、3期下のフォークに階級で並ばれていた。

 だがアスターテ会戦の功績で少将昇進、イゼルローン要塞無血占領で中将昇進と、二十代で一個艦隊の指揮官に上ってしまう。

 

 この為、ヤンには人脈が無かった。

 エル・ファシル時代の同僚は帝国軍の捕虜となっている。

 佐官時代は周囲に嫌われ、シトレが唯一評価しているに過ぎない。

 グリーンヒル大将も一時、肝心な時に不貞寝していた姿に愛想を尽かしていた。

 将官としては日が浅く、第2艦隊時代の同僚は旗艦被弾時に負傷し、彼を補佐したのはラオ少佐だけである。

 結局、士官学校以来の関係であるシトレ元帥、キャゼルヌ少将と第10艦隊に分艦隊より小さい戦隊指揮官として赴任したアッテンボロー大佐の他は、エコニア収容所時代に知己を得たムライ、パトリチェフだけが彼の人脈であった。

 

 ヤンの性格にも問題がある。

 イゼルローン要塞攻略を命じられた時、周囲は「おむつも取れない赤子に、獅子を殴り倒して来いと言っているようなものだ」と笑っていたが、第5艦隊のビュコック中将だけは

「後に恥じ入る事が無いと良いがな。

 お前さんたちは、大樹の苗木が高くないと笑う愚を犯しているのかもしれないぞ」

 と言っている。

 これに対し「礼を言っても鼻で笑われるだけだ」として、何も言わなかった。

 結果で応えてやろうという心構えは良い。

 だが、以降も特にビュコックと親しくなってはいないのだ。

 

 グリーンヒル大将は、最近はヤンを再評価し、親しく接している。

 だがヤンの方は特にプライベートでの会食等を煙たがっている。

 一度見放された事を気にしている訳ではないが、上官と私的には付き合いたくないと距離を置きたがっているのは確かだ。

(一度見放されたというのに、全く気付いていないのも、それはそれで問題と言える。

 人間関係の機微に余りにも無関心過ぎるのだ)

 

 こういうヤンに対しては、戦死した第6艦隊参謀のジャン・ロベール・ラップ少佐やアッテンボロー大佐、「薔薇の騎士」連隊のシェーンコップ准将のように、ズカズカ踏み込んでいく方が良い。

 人付き合いが苦手なヤンには、被保護者のユリアン・ミンツも副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉も、自分の方から意見を言い、或いはヤンの意見を聞こうと質問する。

 エコニア時代のパトリチェフ大尉も、自らヤンに接近した口である。

 そうでなければ、ヤンは基本的に自分から誰かに接近しようとしない。

 

 職務上必要なら話は出来る。

 昇進の早いヤンの前に、参謀時代の同僚は置いていかれた為、今は職務上話す事も無い。

 今、彼と職務上の話をするのは将官級となる。

 そういう意味で、出征前にグリーンヒル大将がウランフ中将とヤンを引き合わせたのは隠れた好プレーであった。

 担当区域が隣の同僚と縁が出来たのだから。

 

 ヤンは沈思型の人間である。

 考え終わった時はもう結論が出ているので、被保護者のユリアンもヤンが考えている過程を知る事は生涯無かった。

 彼は途中で誰かに話す事は無い。

 結論が出てから信頼出来る人間に話し、自分の足りない部分を補ってくれるように頼む。

 だが、その癖の為に後世こう言われる事がある。

 

「ヤンが結論を出した時、ライバルのラインハルトは既に手を打ち終わっていて、結果事態が手遅れになってから対応し始めていた」

 

 

 この帝国領侵攻作戦でも同じ事が言える。

 ヤンはローエングラム伯の作戦を全て理解し、どのような手を打って来るか、いつ攻勢に出るかを完璧に読んだ。

 だがそれを隣の宙域にいるウランフに話した直後から、各艦隊の占領地域で反乱が頻発するようになる。

 ヤンはビュコックへの連絡をウランフに頼む。

 遠征軍総司令部を説得して欲しいと頼む為に、である。

 イゼルローンの総司令部にはグリーンヒル大将もキャゼルヌ少将も居るのに、ヤンは自分では連絡しなかった。

 代わりに彼は独断専行で動く。

 各地に配していた第13艦隊の分艦隊や偵察部隊に任務切り上げと集結を命じていた。

 結果として、第13艦隊だけが万全の戦力で戦える事になる。

 自信が無かったのか、ヤンはウランフにも何時頃攻勢が有るか、警告を出していなかった。

 

 

 ヤンとウランフに頼まれたビュコックは、早速イゼルローンの総司令部に意見具申する。

「何の御用でしょうか、ビュコック提督」

 取り次ぎ役を任されたフォークが、作戦修正の合間に通信に出る。

「作戦参謀如きが出しゃばるな!

 儂は総司令官に用がある」

「それではお取次ぎ出来ません」

「なに?」

「どれほど地位が高い方でも規則には従っていただきます。

 通信をお切りしてよろしいですか?」

 これはロボスに言われていた事である。

 フォークは愚直にそれに従っていた。

「……前線の将は撤退を望んでおる。

 総司令官にそれを伝えて欲しい」

「ヤン中将ならともかく、勇敢をもって鳴るビュコック提督までが戦わずして撤退を主張なさるとは意外ですな」

「下品な言い方をするな!」

「敵を撃滅する機会なのです。

 小官なら撤退などしません」

 逆に言えば、敵を撃破さえすれば良い。

 その程度の事も分からないか?

 そう思うフォークに、ビュコックもまた怒気を含んで言い返して来た。

「そうか、では代わってやる。

 儂はイゼルローン要塞に帰還する。

 貴官が代わって前線に来るがいい」

「出来もしないことを、おっしゃらないで下さい」

「不可能なことを言い立てるのは貴官の方だ!

 それも安全な場所から動かずにな!」

「…………小官を……侮辱なさるのですか?」

 こめかみと目蓋がピクピクし出して来た。

 寝不足や疲れのせい?

 いや、もっと深い部分から嫌なものが吹き上がって来る。

 どうして理解しない? どうして分からない?

 自分はこれだけ同盟軍の為、勝利の為に苦心しているのに……。

「貴官は自己の才能を示すのに弁舌でなく実績をもってすべきだろう。

 他人に命令するようなことが自分に出来るかどうか、やってみたらどうだ!」

 

 フォークの中で何かが爆発した。

 士官学校の名物競技「棒倒し」で寄って集って袋叩きにされた記憶。

 ジュニアハイスクールでフライングボールの試合中、誰もパスをくれず無視をされた事。

 理由は「お前、頭が良いからって威張りやがって」だった。

 少尉時代もデスクワークで、上官から嫌がらせをされた。

 士官学校3期上のワイドボーン大尉の推薦で、中尉昇進とともに統合作戦本部の第一作戦課に配属。

 そこが彼の居場所で、周囲は皆頭が良く、競い合って気持ちが良かった。

 他の士官学校首席者は、前線で自分の実力を試すべく、また作戦課に戻る前提で転属していった。

 だがフォークは、この居場所から出たくなかった。

 作戦課を出ると、下らない連中が嫉妬と劣等感から背反行為をする。

 どれだけ努力して首位を取ったのか、分からん癖に!!

 自分に真っすぐ理屈でぶつかって来る者は少ない。

 言い負かそうとする彼にも問題は有り、知己は減る一方だ。

 それでも彼は居場所に残り、准将まで上って来た。

 

 フォークもまた出世が速い。

 20歳で少尉任官、以降21歳で中尉、22歳で大尉、23歳で少佐、24歳で中佐、25歳で大佐、26歳の今は准将と、毎年一階級昇進している。

 帝国軍のローエングラム伯と同じペースの昇進であった。

 故に彼にも人脈が無い。

 彼はもっぱら話を理解してくれる上官か、理解出来ず落ち零れる同僚しか知らない。

 才能豊かだったが、あらゆる面で経験不足であり、支えてくれる仲間も無く、組織の一部でやって来た者が急に事実上のチームリーダーとして、部下を率いて頑張って来たのだ。

 

 それが全部否定される。

 これだけ同盟軍の為に必死で作戦を立てて来たのに。

 誰も彼もが勝手な事を言い、自分の作戦を台無しにし、従ってくれない。

 敵すらもぶつかって来てくれない。

 

 フォークの目の前が暗くなった。

 頭の奥で高周波の音が反響している。

 足元に床が在るのか覚束ない。

 

 フォークは椅子から滑り落ちて倒れていた。

 

 

 

 

「さてコーネフ中将、ビロライネン少将、言い分を聞こうか」

 別室でグリーンヒル大将は2人のロボス派を糾弾していた。

 エベンス中佐は、かなり強引な方法だがロボス派の思惑を吐かせていた。

 グリーンヒル大将も遠くハイネセンに連絡を入れ、情報部のブロンズ中将とは別に、私的な繋がりがあるバグダッシュ中佐を使い、ロボス元帥の家庭から情報を仕入れていた。

 家庭においても物忘れ、居眠りの多さ、感情の起伏の激しさが見られた他、何度か失禁も有ったという。

 そして本人はそうしてしまった自覚も無いし、記憶も無い。

 グリーンヒルはロボスの痴呆を確信した。

 それを知った上で、症状がはっきり出る前に功績を挙げ、シトレ元帥を勇退させて統合作戦本部長にロボス元帥を祭り上げ、自分たちはそのお零れで栄達する。

「貴官たちはその為に総司令部を私物化し、無用の戦争を始めた」

「無用とは言いがかりです。

 勝利は必要でしょう」

「では貴官たちはどう勝利を得るつもりだった?

 このまま帝国に勝てると思っているのか?

 帝国から講和を引き出すにして、貴官たちは何をしていた?

 ただ総司令官を人目から隠していただけではないか!」

 

 更に続けようとした時、衛生兵が駆け込んで来た。

 

「失礼します。

 フォーク准将が倒れました。

 ただいまビュコック提督と通信が繋がったままです。

 総参謀長閣下にご対応いただくよう、軍医長からの指示です」

「なに?

 フォーク准将が?

 分かった、私が対応しよう。

 お二方の件は、ハイネセン帰還後にじっくり対処しよう。

 エベンス中佐、お二方を丁重に護衛して差し上げろ、ハイネセンに帰還するまでな」

 

 

 

 古い言い方をすると、フォーク准将は「位打ち」を受けたようなものだった。

 その身分に相応しく無い者が、無理に高い地位に抜擢され、相応しくあろうと富も神経も消耗し尽くして身を亡ぼす、別名「高転び」。

 フォークという組織の中で出世して来た者が、コーネフ中将という上官がほとんど仕事をせず、更に上位のグリーンヒル大将も別な仕事でフォロー出来ない、最高司令官は昼寝をしているような状態で、「自由惑星同盟建国以来初の帝国領遠征」かつ「最大規模の動員」の事実上の責任者になる。

 散々神経を擂り潰して来た上で、とどめの一喝を食らって倒れてしまった。

 そのようにしてしまった責任をグリーンヒル大将は取らねばならない。

 

 そしてグリーンヒル大将がビュコック中将と通信で話す。

 グリーンヒルも、総司令官に異常があるという事を公にする事の危険を理解している。

 非常に歯切れが悪い回答となる。

「すまんがグリーンヒル大将、非礼を承知で言うが、総司令官を出してくれんか?」

 ビュコックが苛立ちながら言った。

「総司令官は…………昼寝中です」

「なんとおっしゃった、総参謀長 」

「敵襲以外は起こすなとの事です。

 提督の御希望は、お目覚めの後で伝える事になります……」

 これは本当の話であった。

 ビュコックは肺腑の底から溜息を吐き出した。

 明らかに呆れていた。

「よろしい。

 よく分かりました。

 この上は、前線指揮官として、部下の生命に対する義務を遂行するまでです。

 お手数をおかけした。

 総司令官がお目覚めの節は、良い夢をご覧になれたか、ビュコックが気にしていた、

 とお伝え願いましょう」

「提督……」

 通信はビュコックの側から切られた。

 

 灰白色の平板と化した通信スクリーンの画面を、グリーンヒルは重苦しい表情で見つめ、

(いつか真実を打ち明ける日が来るだろうか……)

 と心の中で呟いていた。

 




自分、原作小説でのフォーク准将のぶっ壊れ方に疑問が有りました。
銀河英雄伝説自体、元々1巻終了予定が人気が出て10巻まで行ってしまった為、
さっさと終わらせようと敵は思いっきり無能に描いて分かりやすくした部分があります。
そして、おそらく第二次世界大戦時の日本陸軍参謀辺りがモデルでは無いかと思われるフォーク准将ですが、
・政府に働きかけ、司令官を抱え込むような図々しい人が、ビュコックの叱責くらいで壊れるかな?
(牟田口も辻も戦後でも「作戦は間違ってなかった」って言うようなタマ)
・士官学校首席があそこまで杜撰かな?
と疑問を持ちました。
ぶっ壊れるくらい繊細な人、しかも「神経質そう」とか言われる参謀なら、逆に緻密なんじゃないかと思いました。

なので、描き方のモデルは「蒼天航路」の法正。
緻密に作戦を練り上げ、上がって来る情報から作戦を常に上書きし続け、働き続ける。
しかし相手あっての戦争は、いかに計画立てて更新しても、それを上回る事が有る訳でして。
頑張って頑張った後にとどめの一言でないと、壊れないんじゃないかな、と。

ただ「壊れる」と書きましたが、自分はフォークを「ヒステリー」で終わらす気は無いです。
終わり方は決めてますので、どうなるかはその時読んで下さい。
(同盟軍の闇を思いっきり書く予定です)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12艦隊の奮戦

 輸送艦隊を護衛していたスコット少将は三次元チェスで暇を潰していた。

 そこに警報が鳴り、彼は艦橋に呼び出される。

「なんだ? 前線で何か起きたのか?」

「前線で、ですって?

 ここが前線です」

 見るとスクリーンいっぱいに光点。

 全てが帝国軍艦艇のものである。

 コンピュータの計測値では四万隻を超えていた。

「なぜ、こんな所に帝国軍の大艦隊が??」

 次の瞬間、大量のビームとミサイル攻撃を食らい、護衛艦隊26隻は爆発四散した。

 

 

 

 

「撤退だと?

 総参謀長、どういう事かね?」

 怒鳴るロボス元帥にグリーンヒル大将は冷たく言う。

「撤退計画は完成しています。

 前線はもう限界です。

 撤退する他有りません」

「差し出がましいぞ、総参謀長。

 総司令官は儂だぞ」

「はい、その通りです閣下。

 せめて閣下の名で撤退命令を出して下さい。

 閣下の名誉の為です」

「フォーク准将はどうした?

 コーネフ中将は?」

「その2人とビロライネン少将外何人かは、揃って発病なさいました。

 今は軍医の監視下にあります。

 もう閣下に作戦を授ける者は、この私しかおりません。

 どうか、撤退の御裁可を」

「せめて、せめて一戦勝利してからではダメなのか?」

「一刻が惜しいのです、どうか」

「ま、待て、分かった。

 少し時間をくれぬか」

 ロボスは1時間後、撤退を許可した。

 グリーンヒル大将は総司令官命令で撤退命令を出し、自身の撤退計画書を全艦隊に送信する。

 

……だが、もう遅かった。

 各艦隊は作戦計画を受信するが、同時にあちこちの監視衛星や索敵部隊から「帝国軍接近」の報を受ける。

 中には、分艦隊の一部が通信途絶になったというのもあった。

 

 

 

 膨らみきった同盟軍突出部の中央に、帝国軍キルヒアイス連合艦隊は強引に入り込んだ。

 索敵部隊も衛星も一気に叩き、報告も妨害電波でかき消しながら急行する。

 そして補給艦隊を血祭りに上げると、三個艦隊に分離し、外に向かって警戒する同盟軍を、突出部の内側から攻めた。

 キルヒアイス艦隊15200隻は同盟軍第7艦隊に、ワーレン艦隊15100隻は同盟軍第3艦隊に、ルッツ艦隊15200隻は同盟軍第12艦隊を攻撃に向かった。

 

 帝国軍のローエングラム伯は、腹心の補給艦隊撃破を知ると、残った艦隊にも出撃を命じる。

 同盟軍を内側からだけでなく、注文通り外からも攻めた。

 内と外から挟み撃ちにする為に……。

 

 同盟軍の各艦隊は、占領した複数の惑星や航路上の重要拠点に艦隊を分散して配置していた。

 その上、総司令部から1500隻を供出しろという命令に従い、数を減らしている。

 

 戦闘は、先鋒部隊第10艦隊から始まった。

 急ぎ全部隊に集結命令を出したウランフ中将の下に、第3集団約2000隻と連絡が取れないという通信士官からの報告が入る。

 彼は第3集団は敵に襲撃され全滅したものと判断し、今いる部隊を戦闘隊形にする。

 間もなく偵察に出した駆逐艦から、15500隻の黒い帝国艦隊接近の方位と速度を知らせる報が入り、直後通信途絶した。

「来るぞ!」

 ウランフは全艦に砲撃準備を命令。

 同時に総司令部及び第13艦隊に「我、敵と遭遇せり」という通信を送る。

「さあ、やがてミラクルヤンが救援に駆け付ける。

 敵を挟み撃ちに出来るぞ!」

 そう言って士気を鼓舞した。

(もっとも、ヤンの方も今頃は……)

 とウランフは第13艦隊も攻撃を受けているものと確信。

 第10艦隊だけで戦う事にした。

 第10艦隊定数14400隻、そこから1500隻を分離し、更に2000隻程の第3集団を失っていた為、総数は10900隻となっていた。

 対する敵の黒い艦隊は15500隻。

 いくら単艦の戦闘力が帝国軍艦艇より高い同盟軍艦艇とはいえ、数の面で大幅に不利であった。

 

 一方、第13艦隊も帝国軍の襲撃を受ける。

 だが第13艦隊は定数13000隻から1隻も欠けていない。

 ヤンは、帝国軍襲来を読むと全部隊を集結、わざとゆっくり進めさせていた総司令部供出艦隊まで呼び戻していた。

 対する帝国艦隊は15100隻。

 単艦戦闘力比から言って、第13艦隊が有利であり、実際戦況はそのように推移した。

 

 第5艦隊も艦隊集結に成功していた。

 敵襲とほぼ同時に合流した消耗し切った部隊もあり、13500隻の艦隊は最初から逃げにかかった。

 ビュコックは戦っても良かったが、ある危惧があり、局地戦に拘らない。

 ただ、やって来た帝国艦隊は数こそ12000隻と少ないものの、戦術機動力が高く、逃げ切れない。

 後から分かった事だが、ここの帝国軍はまず奇襲効果を狙うべく、ついて来られない艦艇は後から合流せよと、打ち捨てて来たのだ。

 もしも数に拘り、全艦揃うのを待っていたら、ビュコックは艦隊再編を済ませ、帝国軍到着前に星系を離脱していただろう。

 状況判断の的確な司令に率いられた帝国軍は執拗であった。

 第5艦隊は時々追いつかれては迎撃戦を行う。

 それでもビュコックは老練さを十分に発揮し、何度かの攻撃で敵の癖のようなものを見るとそこを衝いた。

「こいつは厄介な相手だ……」

 ビュコックは副官のファイフェル少佐にぼやく。

 一時の混乱を帝国軍はすぐに立て直し、今度は別人が指揮しているかのような重厚な攻めに切り替わった。

(あの艦隊には司令官が2人居るのだろうか?)

 と訝った程である。

 

 第9艦隊は悲惨であった。

 ここの艦隊もイゼルローンから撤退計画が届くとともに部隊集結を命じた。

 供出艦艇を除き全軍11500隻。

 しかし、広範囲の守備の為に分散していた分艦隊2つが相次いで連絡を絶つ。

「速い……、気をつけて下さい、まるで……」

 という通信を残して。

 残るは司令部の4500隻と、副司令官モートン少将率いる約3000隻。

 第9艦隊司令官アル・サレム中将は、モートン少将に合流を禁じ、早くイゼルローン方面に撤退するよう命じた。

 そして第9艦隊主力は、現れた敵艦隊先頭集団に一斉射を浴びせると、即座に後退する。

 後退するアル・サレム中将は、いつの間にか自軍と帝国軍が入り交ざっているのに気が付いた。

 余りに高速の敵艦隊は、全力で逃げる第9艦隊に追いついてしまったのだ。

 やがて、敵艦隊は速度を落とし、有効射程に後退して猛烈な砲火を浴びせて来た。

 

 

 

 ビュコック、アル・サレムが心配したのは後方の第12艦隊である。

 本来五個艦隊で守っていた宙域を、たった一個艦隊で守っている。

 そして、この宙域に帝国艦隊が展開されたら、同盟軍は退路を断たれるのだ。

 

 第12艦隊司令官ボロディン中将は真っ先にそれに気づく。

「分散した部隊の集結が間に合いません。

 帝国軍が外側から来ると想定しての部隊配置です。

 内側から攻められる事は想定していません。

 そこで、司令部及び副司令官の部隊は、この星系からいずれかの分散している部隊の方に移動し、そちらで全軍集結しましょう」

 艦隊参謀の言にボロディンは首を横に振る。

「このボルソルン星系を抜けると、現在輸送艦隊が中継ターミナルとして利用している地点に辿り着く。

 そこからアムリッツァ恒星系方面を押さえられたら、同盟全軍はイゼルローンへの帰り道を失う。

 この星系を明け渡す訳にはいかん」

「では……」

「我が艦隊はここで敵を食い止める。

 分散している部隊は順次合流せよと伝えよ」

 

 開戦前の終結時規範通り、500隻ずつに分けた分艦隊は四個が集まり、まともな戦闘力を持つ2000隻程度の戦闘集団に再編している。

 それらが駆け付けて来るまで、第12艦隊司令部付艦隊のみで持ち堪える。

 司令部付艦隊は当初4000隻だったが、1500隻を総司令部の命令で割き、残る2500隻だけであった。

 その寡兵でボロディンは帝国艦隊を迎え撃った。

 帝国艦隊は15000隻、戦力比は単純な数の比で6対1。

 小惑星をトーチカ代わりにし、ボロディンは迎撃戦を行う。

 

 帝国艦隊は包囲網を広げ、上下左右から小惑星の陰の同盟艦隊を攻撃し始めた。

 じわりじわりと数を減らす第12艦隊司令部付艦隊。

 そこに有人惑星を警備していた副司令官コナリー少将の艦隊2000隻が到着する。

 合流を果たそうとするが、帝国艦隊は後陣を差し向けて阻止を図る。

 コナリー少将の突撃は三度目に成功し、司令官と副司令官は合流する。

 だが、この3時間の戦闘で既に半数を喪失していた。

 

 そこに2000隻の艦隊が出現。

 分散していた部隊の一部が駆け付けて来た。

「戦力の逐次投入は兵法の愚策だ。

 だが、時間稼ぎが必要な今は、案外ありなのかもしれない」

 

 ボロディンはイゼルローンに、各艦隊から割かれた1500隻の部隊八個、実際にはヤンとビュコックは胡麻化した為六個で9000隻の艦隊を、例の「ターミナル」に派遣して欲しいと意見具申していた。

 グリーンヒル総参謀長はロボス総司令官に強引に迫って出撃を命じる。

 その部隊や、後退する他の艦隊の到着まで時間を稼がねばならない。

 いや、時間稼ぎだなどと甘い事は言っていられない。

 擂り潰されながらでも、ここを通してはならないのだ。

 

 4000隻に増えては、また数時間かけて2000隻程度に減らされる。

 そこにまた別の分艦隊が到着する。

 この繰り返しのように思われたが、帝国軍は戦術を変えた。

 ボロディンたちを攻撃するのは半数だけとし、敵艦隊司令部と予備兵力は距離を置いて戦場を俯瞰し始める。

 やがて、また遅れて到着した2000隻の集団を、敵の約半数7000隻程の集団が後方から襲う。

「どうやらパターンを読まれて、対応されてしまった……」

 いつかは来ると思っていたが、やられるとやはり痛い。

 増援部隊は3倍の敵による背後からの攻撃で、1時間持たずに全滅した。

 敵艦隊はそのまま機動し、ボロディンの背後に回り込んだ。

「残り1個集団、どうなりましょう?」

「同じ運命だろう。

 本当なら、もう我々に構わず撤退してくれた方が良いが、妨害によってそれを命令する事も出来ん」

「第12艦隊は、このまま帝国辺境の地で消滅しますか」

「皆、すまんな……」

 コナリー少将とボロディン中将は、希望が全く見えない戦況を語りながらも、精一杯抵抗し続けていた。

 

 最後の増援部隊も動きを読まれ壊滅。

 前後左右上下、六方を帝国軍に包囲された第12艦隊は、もう限界を迎える。

「味方は何隻残っている?」

「旗艦『ペルーン』以下、砲艦8隻を残すのみです」

「そうか……」

 その会話を最後に、ボロディン中将はこめかみをブラスターで撃ち抜き自決。

 コナリー少将は降伏した。

 

 

 

 ボロディンの抵抗は無駄にはならなかった。

 妨害電波により戦況を把握出来ない彼は知らない事だが、同盟軍は何とか「ターミナル」地点に辿り着いていたのだ。

 まず第5艦隊が三割の犠牲を出しながらもポイントに到着。

 次に第9艦隊副司令官モートン少将率いる3000隻が追撃を逃れてポイントに到着。

 グリーンヒル総参謀長が送った各艦隊からの抽出部隊9000隻も到着し、約22000隻が防御隊形を整えつつあった。

 

 それでも第9艦隊を壊滅させた艦隊と、第12艦隊を倒した艦隊が挟み撃ちにすれば、帝国軍27000隻と同盟軍22000隻の戦いとなり、同盟軍は厳しい状態のままであっただろう。

 帝国軍もまた計算違いに見舞われていた。

 第10艦隊と戦っている黒い艦隊が、まだ戦闘を継続している。

 そして、第13艦隊がほとんど無傷のまま脱出に成功したのだ。

 帝国軍の通信は、

「ルッツ提督の艦隊とワーレン提督の艦隊は、直ちに合流して下さい。

 私と合わせて45000隻の艦隊で、『奇跡のヤン』を迎え撃ちます」

 というものだった。

 

 ビュコックは

(そうか、第13艦隊は無事か)

 と安堵する一方で、

(三倍の敵が待ち構えている。

 死ぬなよ、ヤン)

 と、願うしか無い状況を歯噛みしていた。

 

 ビュコックはここで、撤退して来る各地の地上部隊、偵察部隊、補給部隊を迎えねばならない。

 彼等は宇宙における戦闘力が無い。

 置き去りには出来ない。

 逃げて来たら、真っ先に後送させねばならぬ。

(グリーンヒル総参謀長の撤退計画に沿い、この宙域は奪われずに済んだ。

 逃げて来る部隊の出迎えも出来ている。

 だが、遅きに失したな……)

 

 ビュコックには悲報ばかりが入る。

 第3艦隊、第7艦隊は司令部が通信途絶。

 分散配置していた一部の部隊だけが脱出に成功していた。

 第9艦隊のアル・サレム中将は、800隻程の傷ついた艦隊に守られて戻って来た。

 切れたワイヤーロープに体を打たれて重傷である。

 第12艦隊はボロディン中将の自決で戦闘終了、艦隊は消滅していた。

 

 

 

「……この他に、ヤン中将の第13艦隊は健在ですが、ドヴェルグ星域で足止めを食らい、四時間が経ちました。

 我々は敵の罠に乗せられたのです。

 この上は一刻も早く、イゼルローンへの撤退命令を!」

 大混乱の遠征軍総司令部で、グリーンヒル総参謀長がロボス元帥に迫る。

「全艦隊、アムリッツァ恒星系に集結させよ」

「閣下!」

 大勢の参謀、士官の前である。

(いい加減にしろよ、このボケ老人)

 とは理性の上でも、性格の上でも言えない。

 ロボスは戦闘となったら目が覚めたような感じではあるが、それでも判断が正しいかどうか……。

 

 ともあれ、ロボスは命令を出す。

「このまま引き下がる訳にはいかんのだ。

 全軍、アムリッツァ恒星系に集結せよ。

 これは命令である!」




銀河英雄伝説1巻を読むと、
「第10艦隊は黒色槍騎兵艦隊より数において劣る」
「第12艦隊は旗艦の他8隻にまで打ち減らされる」
「ウランフとボロディンを失った事が大きい」
というのがありまして。
同盟軍は12000~15000隻の艦隊編制。
これが8隻にまで減らされるっていうのは、余程の事だと考えました。
無能な将ならともかく、死亡は惜しまれるボロディンが指揮をしている。
ウランフがビッテンフェルトと撃ち合って、3割は脱出させた(さらに千隻程は被害を与えた)のに、ビッテンフェルトより攻撃力は劣るルッツ相手にボロディンは全滅に等しい損害。
これを考えるに
・物資窮乏による戦意低下では片付けられない理由があった
・ボロディンはウランフより更に少ない数で戦った
と見ました。

そしてOVAでラインハルトが
「戦力分散の愚かさに気づいたというわけか」
と笑ってますが、自分は艦隊が集結状態でいたなら戦力分散とは思わなかったのです。
幾ら帝国軍が有能で、同盟軍は疲弊と士気低下状態とは言え、一方的にやられ過ぎている。
500光年以上帝国領を侵攻していながら、艦隊を8ヶ所にだけ置いていても意味が無い。
思いっきり分散配置させ、帝国軍の将帥が攻めて来た時には、ほとんどの部隊は手持ちの半分以下で戦ったのではないかな、と。

それと、キルヒアイス艦隊だけ多過ぎる問題。
この後の展開を見るにつけ、ワーレン、ルッツと合わせて4万隻だったのではないかと。
だとしたら、ドヴェルグ星域でヤン艦隊相手に4倍の兵力で戦ったのは、他の提督と再合流してからかもしれないです。
本戦で「我に余剰戦力無し」と言っているラインハルトが、キルヒアイスにだけ4万隻は持たせ過ぎ。
OVAの描写、2巻の流れから見ても、ワーレン、ルッツとトリオで行動したと思い、そのように書きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アムリッツァ集結

 アムリッツァで戦闘がある、そう最初に考えたのはアンドリュー・フォークであった。

 イゼルローン要塞陥落時に手に入れた帝国領内の情報から、帝国軍の想定迎撃宙域、つまり戦場を予測した。

 その中に、アムリッツァ星系も含まれていた。

 

 恒星の内、白色から青色、スペクトルB型、O型、W型のものは航路にも戦場にもならない。

 人類がかつて暮らしていた太陽系で言えば、海王星の辺りが「一気圧の環境で水が液体で存在し得る」ハビタブルゾーンになる。

 温度はそうでも、その距離で地球上の4倍以上の紫外線が照射され、激しい放射線も浴びる事になる。

 宇宙船は高速粒子線を防ぐようになっているが、それでもわざわざ強力な放射線、恒星風が吹き荒れる場所に突入する必要も無い。

 スペクトルG型、F型の恒星、黄色から橙色の恒星には居住可能な惑星が存在している事が多い。

 人類が入植している惑星を制圧するという意味では戦場と成り得るが、安定した恒星と穏やかな空間は、攻めやすく守り難い。

 それより低温のK型、M型の恒星の内、赤色巨星、赤色超巨星というのは危険である。

 巨大なフレアが発生し、灼熱のガスが剥離して恒星系内を漂う。

 岩石惑星は呑み込まれているか、焼かれている事が多い。

 そんな危険地域だけに、外周のガス惑星の衛星が丁度良い温度(と言ってもマイナス20℃より高い程度)になっていたりして、宇宙海賊がアジトにしていたりする。

 赤色矮星が、守りやすい。

 星系によりホットジュピターが有ったり、惑星に成長し切れない小惑星の帯が恒星に比較的近い軌道を幾重にも取り巻いていたり、数時間から数日で公転する惑星が有ったりと、地形利用がしやすい。

 恒星の温度が低く、紫外線量も少なく、艦隊は比較的恒星の近くで戦える。

 恒星は巨大なフレアやプロミネンスを発生させるが、それは恒星の磁力線を惑星が乱す為で、防御側は利用しやすい。

 アムリッツァも、こういう恒星の変化や高速移動する惑星を利用しやすい、守りやすい赤色矮星であった。

 

 

 

 自由惑星同盟の帝国領侵攻軍総司令官ロボス元帥には、現在痴呆の疑いがある。

 だが、帝国軍の反攻を前に、艦隊戦のプロフェッショナルである部分が活性化したようだ。

 現在、輸送艦隊がターミナルとして利用している恒星系は、可住惑星こそ無いが、外周に巨大なリングを持つガス惑星があり、そこを大型の氷衛星が公転している。

 位置的にも、目印としての特徴も、休養施設を設置する場所にも困らない。

 実際、空き家となっていたが、帝国軍の資源採掘基地が残っていて、同盟軍もそこを利用した。

 だがここは攻められやすく、守り難い。

 20光年程イゼルローン回廊側に進んだアムリッツァ恒星系に艦隊を集結させるのは、純軍事的に間違っていない。

 輸送艦隊や、可住惑星を占領した地上軍を乗せた大型揚陸艦、兵員輸送艦、そして航路監視をしていた警備隊は、経由地点を変更されて迷惑ではあるが、ロボス元帥は

「現状のまま待機。

 艦隊が帝国軍撃破の後に迎えに行くから、迂闊に動く事無きように。

 イゼルローン回廊に近い星系の部隊は帝国軍の接近前に、速やかに要塞まで撤退する事」

 と命令を出した。

 

 

 イゼルローン回廊から最も遠く、650光年の先から第13艦隊と第10艦隊が帰還して来た。

 第10艦隊は司令官ウランフ中将、参謀長チェン少将他、副司令官、先任分艦隊司令官等、少将級の指揮官を全て失う損害を出していた。

 戻って来たのは4200隻程だが、損傷して戦えない艦艇を除くと、戦力は2800隻程である。

 第13艦隊は11000隻と、戦力を残して撤退に成功した。

 だが帝国軍の通信を傍受して、この艦隊は15000隻程の艦隊と、45000隻規模の艦隊と連戦していた。

 最初の艦隊戦では200隻未満の喪失という見事なものだったが、次の大艦隊との交戦ではロボス元帥の撤退命令により後退する際、追撃を受けて一割の損害を出したという。

「敵さんが大人しく退いてくれたから、何とか助かりました」

 とヤンは言う。

 最初の敵、ケンプ艦隊は1000隻程損害を与えたところ、部隊再編の為に一旦後方に下がった。

 その隙に第13艦隊は撤退する。

 次の敵キルヒアイス艦隊は「付け入る隙も逃げ出す隙も無い」とヤンがボヤく重厚な布陣だった。

 だが、被害を出さないよう逃げるのは無理でも、大損害覚悟で背を見せて全力で逃げたら、逃げられない事はない。

 大軍ゆえに、第13艦隊一個艦隊よりも足が速い訳ではない。

 ヤンは完成間近の陣形を崩し、一目散に逃げた。

 U字型の深い凹形陣で、中央に敵を引き入れて一撃入れる計算だった。

 これに対し「決して敵に乗せられるな」と足を止めていた帝国軍は、それまでの行動と整合性の無い急な第13艦隊の退却に虚を衝かれた。

 反応が遅れた帝国軍だが、それ故に無理はせず、高速戦艦と巡航艦の小集団だけに追撃をさせた。

 本来ならこんな少数の敵は寄せ付けない第13艦隊だが、逃走に全力であった為、設立以来最大となる損害を、自軍より2桁数の少ない部隊によって与えられる。

 

 アムリッツァに集結した中で、司令部健在で戻れた艦隊がもう一個艦隊ある。

 第8艦隊である。

 第5艦隊、第9艦隊、第10艦隊、第13艦隊と、艦隊を維持してのアムリッツァ集結に成功した艦隊は、いずれも突出部の外側から攻撃を受けた部隊である。

 損害は甚大だが、補給部隊を殲滅後に同盟制宙圏の内側から攻撃された第3、第7、第12艦隊がほとんど殲滅されているのを思えばマシと言えよう。

 第8艦隊は定数13500隻だが、そこから1500隻を抽出し総司令部に移し、残り12000隻で帝国軍メックリンガー艦隊14500隻を迎え撃った。

 分散配置していた分艦隊が2個、合計2000隻が先に撃破されていた。

 彼等が攻撃されている間に司令官アップルトン中将は残る10000隻余を纏めて、防御陣形のまま撤退した。

 物資窮乏と補給を断たれて士気の低下が著しかったからだ。

 その後、帝国艦隊の猛攻を受け、2000隻程を失うも安全圏に脱出出来た。

 およそ三分の一を失っている。

 

 同盟軍は再編成を図った。

 艦隊としてどうにか成立しているが、少将以上の指揮官のいない第10艦隊2800隻余は、ヤン中将の指揮下に入れて計13800隻の戦闘集団とする。

 第8艦隊7800隻には総司令部で預かっていた1500隻を返還し、更に第3、第7艦隊から総司令部に送られた艦隊と、分散配置されたが故に脱出に成功した1000隻未満の艦艇を合わせ、約13200隻の戦闘集団とする。

 第5艦隊9400隻には第10艦隊と第12艦隊から総司令部に送られた戦力が預けられ、12400隻の戦闘集団とする。

 第9艦隊3800隻程は、重傷のアル・サレム中将を後送し、副司令官モートン少将を司令官代理とする。

 第9艦隊から預かっていた1500隻を返還し、5300隻程の艦隊となった。

 これを総予備とし、三個艦隊半、44700隻がアムリッツァ恒星系に布陣して、味方の撤退の支援と帝国軍との決戦に挑む事になった。

 

 三人の中将と一人の少将は、お互いの持つ戦闘データを交換し合う。

 更に情報部が漸く帝国軍の情報を前線の提督たちに伝える。

(帝国ではローエングラム伯麾下の諸提督情報を公表した)

「ロイエンタール、ミッターマイヤーは知っている。

 そうか、中将に昇進し一個艦隊を率いるようになったのか」

「メックリンガー……確かミューゼル提督時代のローエングラム伯の参謀長ではなかったか?」

「ワーレン、ルッツ、ケンプ、若造じゃな。

 もっとも、儂らはそんな若造に痛い目に遭わされた訳じゃが」

「黒色槍騎兵艦隊……、第10艦隊の七割を破壊した強力な艦隊です。

 司令官はビッテンフェルト中将。

 こいつもまだ29歳か……」

 

 帝国軍のロイエンタール、ビッテンフェルトは帝国暦458年、宇宙暦767年生まれで、同盟軍で最も若いヤンと同い年である。

 ミッターマイヤーはヤンの一歳年下、ローエングラム伯とキルヒアイスに至ってはヤンより九歳年下である。

 ケンプ、メックリンガー、ワーレン、ルッツも三十代の新進気鋭な人材であった。

「なんともまあ……」

 この年70歳のビュコック中将は肩を竦める。

 若く、勢いのある連中をこうも多く相手にする事になるとは思っても見なかった。

 年齢的にも、ここまでの采配を見ても対抗出来そうな男を見て、ビュコックは呟く。

「ヤン提督、貴官が無事で良かった。

 ウランフもボロディンも、帰って来なんでなぁ……」

「その台詞はちょっと……早いのではないでしょうか」

「そうじゃな、まだ終わった訳ではないな」

 

 こうしている内にも、警備隊や揚陸艦に乗った陸戦隊や文民警察等が撤退の為、アムリッツァ星域の後方を通過している。

 帝国軍は主力艦隊を狙い、各地の警備隊は、進路上にあって通報される場合を除いて攻撃していない。

 従って、かつての輸送艦隊ターミナルとなった星系より同盟寄りの部隊は、渋滞を起こさないようにして逐次撤退している。

 全軍から見て二割程度、600万人程が撤退しない限り、アムリッツァの同盟軍も「防衛する」以上の積極的な戦術が採りにくい。

「まったくもって、民間人まで動員したものだから、行動に制限がかかってならんわい。

 まあ、アップルトン提督もヤン提督も、見捨てるという選択肢は有るまいな?」

「当然です」

「問題は、帝国側に取り残された部隊ですね。

 陸戦部隊は宇宙船に乗らないと帰れません。

 警察や農業指導者等は、軍がお願いして来て貰ったのですから、責任を持って帰さないと」

「全くじゃな」

 一応、グリーンヒル大将がロボス元帥を動かし、やむを得ない場合降伏せよ、という訓示を出している。

 そうでなければ、民間人を巻き添えにゲリラ戦に移行しかねないからだ。

 更にフェザーン経由で帝国政府に、非公式ながら

「民間人も居るから、彼等に対しては寛大な処遇を願う」

 と伝えてもいる。

 どこまで効果が有るかは不明だが、やるべき事はやらねばなるまい。

 

 提督たちの現場打ち合わせが終わり、艦隊は補給と補修と休養をしながら帝国軍を待つ。

 グリーンヒル大将は最後の支援として、大規模な機雷敷設部隊を派遣し、三千万個の機雷原を作り出した。

 恒星系自体はどこからでもアプローチ可能だが、戦場自体は赤色矮星アムリッツァの第一惑星軌道の狭い空間であり、その範囲で背後を守れたら良い。

 公転したり、恒星風の影響で二日、三日もすれば機雷原も崩れて来るが、そこまで長時間戦う事も無いだろう。

 機雷原を頼りに、同盟の三個半の艦隊は、想定戦闘正面に全て展開する。

 第5、第8、第13艦隊が前衛で、半分の規模の第9艦隊がやや後方に置かれた。

 

 第12管区警備部隊司令官カールセン少将から、撤退成功、イゼルローン回廊突入の報が入る。

 その直後、警報が鳴り響いた。

 帝国軍がアムリッツァ恒星系に突入して来た。

 決戦が始まる。




後書き:
遠征軍将兵3000万人。
一個艦隊に150万人が所属していたとして、八個艦隊で1200万人。
残る1800万人は地上軍や補助艦艇の人員でしょう。
生き残った艦隊だけイゼルローン回廊に逃げ込むと、彼等は全滅です。
彼等が一部でも逃げられるよう帝国軍を食い止める、それがアムリッツァに留まった妥当性だと思いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アムリッツァの激闘

 帝国軍はアムリッツァ星系のカイパーベルトを突破し、第一惑星軌道まで一時間の距離まで迫っていた。

 ヤンは索敵部隊からもたらされる情報を照合しながら、疑問を幾つか持った。

「数が少ない」

 正面にいるのは六個の集団。

 それぞれを一個艦隊と見て、旗艦を見極められるものは調べる。

 特徴的な艦を発見。

「どうやらローエングラム伯自身が出て来たようだ」

 そして

「私と昨日戦った艦隊が居ない。

 ローエングラム伯の腹心、キルヒアイス提督だったかな、彼が居ない」

 

 ヤンはそれをこの戦場に居る全艦隊に報告する。

 すぐに暫定総司令官のビュコック中将から回答が伝えられる。

「帝国軍の狙いは繞回運動をし、我が軍の後背から攻撃する事だろう。

 機雷原に敵別動隊が接触したならば、第5、第8艦隊は反転して別動隊を攻撃。

 第13艦隊は正面の敵艦隊を阻止。

 第9艦隊は状況に応じてどちらかの攻撃を補佐。

 それこそ高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応せよ」

 最後のは皮肉であろう。

 

 繞回運動とは、主戦場を通過せずに大きく迂回して敵背後に回り込む運動である。

 第二次ティアマト会戦で帝国軍が行い、その時は同盟軍アッシュビー提督に読まれた。

 そして、戦闘中の自軍艦隊から艦艇を抽出して総司令部付とし、その艦隊を帝国軍別動隊の更に背後に回り込ませるという博打を成功させた。

 博打というのは、作戦行動中の味方から兵力を引き抜くというのは危険な行為であり、今回の帝国領侵攻作戦では敗因の一つとなっているからだ。

 誰もが出来る戦術では無い。

 

 現在アムリッツァに集結した同盟軍艦艇は44700隻、第二次ティアマト会戦でアッシュビー提督が指揮したのが48000隻だから、同じように繞回運動する帝国軍別動隊を背後から襲う作戦も考えられる。

 だがビュコックはそうしなかった。

 第二次ティアマト会戦とは状況が違う。

 正面の帝国艦隊は6万隻から7万隻の間。

 その上で別動隊がいる。

 全軍でまずは正面の帝国艦隊を迎撃しないと、あっという間に壊滅するだろう。

 背後の敵を討つにしても、ある程度正面の艦隊を押し戻しておく必要がある。

 それですら困難だろう。

 アクロバティックな戦術ではなく、手堅く戦う方が良い。

 

 

 

 自由惑星同盟は、人類の故郷・地球の属する天の川銀河オリオン腕を脱出し、射手腕(サジタリアス腕)に建国した。

 超巨大ブラックホールを中心とする銀河中心に近いサジタリアス腕は、危険な領域を多く持っている。

 例えばイータカリーナ星雲には、太陽質量の100倍から150倍という極超巨星が存在し、強力な熱を放射し、高熱のガスを剥離させている。

 同じイータカリーナ星雲には、原始恒星がガスのジェットを発している「ミスティック・マウンテン」という領域もある。

 三裂星雲として知られるガス帯には、ここから生まれたO型の青く若く高熱の恒星が120個ほど存在している。

 オメガ星雲と呼ばれる領域では、巨大分子雲複合体があり、恒星を生成している他、強力な電波を放射している。

 分子雲は侮れない。

 大気圏内速度なら大丈夫だが、高速の何パーセントという恒星系内速度や、ワープを含む恒星間航行速度で突っ込むと、激しい衝撃を受けて艦を破損する。

 分子雲は簡単に突破出来るものではなく、数光年に渡って広がっているのだから。

 こういう航行不能領域や危険な恒星が、長い間自由惑星同盟を攻めにくくしていた。

 そして、そこで地の利を得て戦う為にも、同盟の宇宙科学は科学停滞気味の帝国よりも進んでいた。

 

 アムリッツァ恒星系を占領して僅か3ヶ月、同盟の宇宙気象学者は赤色矮星アムリッツァのフレアやプロミネンスの予報が出来るようになっていた。

 その予報を見ていたヤンは、一つの作戦を思いついていた。

 帝国軍接近とともに、その奇策を実行する。

 

 カイパーベルトにあった小惑星を何個か牽引していたヤンは、それに損傷し、廃棄する艦艇のエネルギー中和磁場発生装置を設置した。

 そして時間を計り、恒星に向けて投下する。

 小惑星は恒星突入前に熱と重力で崩壊するも、それまでの間に恒星の磁場をかき乱していた。

 その裂け目から恒星爆発のエネルギー流が噴出する。

 恒星フレアについては帝国も予報出来ている。

 しかし意図的にイレギュラーを起こされた為、予報出来ていた分意表をつかれた。

 小規模なエネルギー流だが、直撃コースの帝国軍ミッターマイヤー艦隊は回避の為艦列を大きく乱し、後続の艦隊の計器は一瞬麻痺する。

 その瞬間、ヤンは突撃と砲撃を命じ、ミッターマイヤー艦隊は旗艦を損傷する損害を受ける。

 だがこの艦隊は混乱から立ち直ると、即座に後退した。

 しかも後退しつつ、第13艦隊を帝国軍メックリンガー艦隊との十字砲火ポイントに誘い込もうとしていた。

 ヤンはそれを見て

「やれやれ、ローエングラム伯の下にはどれだけの人材が居るんだろう」

 と愚痴を零しつつ、艦隊を僅かだけ後退させた。

 

 第13艦隊は敵軍に突出した形となるが、恒星放射熱の限界距離(これ以上内側だと、艦によっては熱処理が追いつかなくなる)ギリギリに布陣した為、回り込まれる心配は無い。

 逆に第8艦隊とで十字砲火ポイントを作り、効果的に敵を撃退する。

 帝国軍メックリンガー艦隊は損害を大分出している。

 だがメックリンガー艦隊はそれでもその宙域に踏み止まり、第13艦隊を恒星側に押しやるように前進する。

 第8艦隊が背後からメックリンガー艦隊を撃つが、帝国軍もケンプ艦隊が第8艦隊を牽制し始める。

 第13艦隊はこれ以上下がると、熱限界軌道に入ってしまう為、横滑りするように位置を変えた。

 ケンプ艦隊も接近戦を仕掛け、艦載機ワルキューレを出して攻撃する。

 第8艦隊は後退し、接近戦を避けた。

 こうして第13艦隊と第8艦隊の連携が崩れる。

 

 そこを、熱限界軌道をショートカットするコースで突撃して来た艦隊があった。

 黒色槍騎兵艦隊である。

 ヤンは、ウランフ中将を戦死させたこの艦隊を警戒し、メックリンガー艦隊からの圧迫を避ける為の機動を更に加速させる。

 特に小型で高速の駆逐艦や巡航艦を全速力で移動させ、戦艦部隊は斜線陣を敷くと、戦艦の壁の隙間から小型艦による砲撃で黒色槍騎兵艦隊の突撃をいなした。

 だがそれでも、撃沈こそ免れたが戦艦が1000隻程中破する損害を負う。

 

 黒色槍騎兵艦隊は、一度恒星の重力に引かれる形で加速した為、旋回が難しかった。

 第13艦隊にかわされた黒色槍騎兵艦隊は、後退中の第8艦隊に襲い掛かる。

 アップルトン中将も、第10艦隊生き残りからのデータ共有で黒色槍騎兵艦隊の破壊力については知っていたが、それでもまだ甘く見ていた。

 彼は後退中の艦隊に戦列(艦隊による平面陣形)を重ねた防御陣形を命じた。

 古風に言えば「魚鱗の陣」、近代戦術で言えば円錐防御隊形である。

 そして、漆黒の騎士の槍をまともに食らってしまった。

 第8艦隊は、中央部の最も厚い部分を貫かれ、中央部に位置していたアップルトン中将の旗艦も被弾し、推力を維持出来なくなる。

「総員退艦せよ」

 アップルトン中将は命じたが、自身は脱出する前に爆発に巻き込まれ、戦死した。

 

 第8艦隊を貫き、崩壊させた黒色槍騎兵艦隊は、それなりの代償を払っていた。

 激しく戦ったこの艦隊は、ミサイルとエネルギーを消耗している。

 同盟軍随一の猛将ウランフ中将と撃ち合ったこの艦隊は、第10艦隊の七割を戦闘不能にする一方、自身も三割の損害を出していた。

 この戦場での黒色槍騎兵艦隊は、損傷した艦を修理に回した結果、10500隻程である。

 その数で14000隻以上の第8艦隊を壊滅させたのだから、その破壊力は凄まじいものなのだが、一方で普段以上にエネルギーもミサイルも使っていた。

 その上高速での突撃であった為、第8艦隊を貫通して後背に抜けてしまう。

 その位置で回頭しつつ、まだ余裕のある艦載機ワルキューレ射出を始めていた黒色槍騎兵艦隊は、ヤンに格好の獲物と映る。

 

「全艦、後ろで回頭しつつある黒い艦隊を狙え」

 メックリンガー艦隊から十分に距離を取った第13艦隊は、艦載機がいまだ艦隊の中に居る黒色槍騎兵艦隊を砲撃する。

 味方艦載機の爆発や、回頭中の無防備な瞬間を狙われ、黒色槍騎兵艦隊は大打撃を受けて混乱状態に陥った。

 

「よし、ヤン提督に後れを取るな!」

 恒星から最も遠い軌道上に布陣して戦っていた第5艦隊は、帝国軍ロイエンタール艦隊を圧迫する。

 第13艦隊と第8艦隊撃破の為に、帝国軍の六個艦隊の内、三個艦隊が投じられていた。

 緒戦の奇襲で後方に下がったミッターマイヤー艦隊を除き、ビュコックの正面にはロイエンタール艦隊が居るのみで、ここを突破したらローエングラム伯の本陣となる。

 ローエングラム伯は予備兵力を適切に投入し、第13艦隊や、第8艦隊との十字砲火で傷ついた艦隊の穴を埋めている。

 そんな彼にとっても、黒色槍騎兵艦隊の大打撃が想定外だったようだ。

 

「至急援軍を乞う」

 という通信に対し

「我に余剰戦力無し。

 現有戦力で戦線を維持し、以て武人としての職責を全うせよ」

 と答えたきり、通信を切ってしまった。

 この通信を何隻かの同盟軍艦艇が傍受していたのだが、それは各艦隊司令部まで達しなかった。

 戦況はそれどころでは無い。

 ロイエンタール艦隊が突破されたらローエングラム伯の身も危うくなる。

 ロイエンタール提督は、粘り強く防御し、第5艦隊の突破を許さない。

 

 こちらの方面の手薄さを見たミッターマイヤー艦隊が第5艦隊に襲いかかる。

 元々第13艦隊の正面にいたミッターマイヤー艦隊だったが、緒戦の奇襲後に陣形再編を行うも、第13艦隊側に味方が殺到していた為、自身もそこに行けば混乱させてしまうとして待機していた。

 期せずして予備兵力となっていたミッターマイヤー艦隊は、手薄となったロイエンタール艦隊の居る方面に移動したのである。

 これに同盟軍第9艦隊が呼応する。

 予備兵力として戦闘に参加していなかった艦隊だが、それこそ「臨機応変に対応」し、ミッターマイヤー艦隊と第5艦隊の間に入り込む形で砲撃を始めた。

 

 ヤンは通信を回復すると、第8艦隊の残存兵力に呼びかけ、戦力再編を命じた。

 第8艦隊分艦隊の一つを指揮するグエン・バン・ヒュー准将が最先任のようだ。

 彼は中枢こそ破壊されたが、まだ数としては7000隻を数える第8艦隊を再編し、いまだ陣形再編を果たしていない黒色槍騎兵艦隊は無視して、帝国軍ケンプ艦隊と交戦する。

 第13艦隊は再び帝国軍メックリンガー艦隊を攻める。

 今度は士気の上でも、第13艦隊がメックリンガー艦隊を圧迫する。

 メックリンガー艦隊は後退しつつ長距離砲戦に切り替え、全く崩れる気配を見せない。

 

 アムリッツァの戦場は、双方1万隻程を失いつつ、少数の同盟軍が帝国軍を押し始めていた。

 だがこの戦場に転機が訪れる。

 標準時10月25日23時の事であった。




後書き
原作やOVA見て、ランテマリオの宇宙潮流、バーミリオンの頼りない恒星という描写、マル・アデッタの恒星風を利用した戦闘、エル・ファシルに向かう途中でフィッシャー艦隊が超新星爆発の影響を受ける、とかで同盟領は危険な恒星が多く、その分恒星を利用した戦術も確立している、と考えました。
安定した恒星ばかりなら、長征一万光年も無かったと思いますし。
原作が書かれた当時は無かった赤色矮星の研究成果も交えて再構成してみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アムリッツァ撤退

 同盟軍は、繞回運動して来た帝国軍別動隊を機雷原の向こうに発見する。

 総数は30000隻以上と推定。

 帝国軍本隊と戦っている同盟軍は、別動隊が機雷原を無力化するのに半日はかかると計算していた。

 現在の戦場から機雷原までは全速力で約1時間。

 故に、様子を見ながらではあるが、あと10時間は正面の帝国軍を押しまくり、可能ならそのまま撃退する、まだ戦闘が長引くようなら第13艦隊にそちらを任せ、第5艦隊は反転、機雷原に開けた通路の出口に対し凹形陣を敷き、少数ずつ撃破する算段であった。

 

 計算通りにはいかない。

 

「帝国軍、機雷原を突破」

 僅か30分で4000万個の機雷原に穴が開けられ、既に高速艦を先頭に帝国軍別動隊が背後に進出している。

 考えている猶予は無い。

 別動隊全軍が機雷原を通過し切るまで時間が掛かるにせよ、2時間もしたら挟み撃ちに遭う。

 正面の帝国軍本隊も、別動隊到着を知って勢いづき、攻守逆転して押し返され始めた。

 

「ビュコック提督、ここは私が食い止めます。

 提督は残存兵力を糾合し、撤退なさって下さい」

 ヤンからの通信に、ビュコックは「それなら老いた自分が……」等と異議を唱える事はしなかった。

 時間が惜しい。

「分かった。

 ヤン、死ぬなよ」

 それだけ言って、第8艦隊と第9艦隊の残存部隊に、現在の位置からの離脱を命じた。

 当然、正面に敵を抱えている。

 第8艦隊残存兵力6000隻、第9艦隊残存兵力4000隻程は、この離脱に際し三割の被害を出す。

 三割で済んだのは、第13艦隊が割り込んで帝国軍を猛攻で一歩下がらせたからであった。

 

 別動隊30000隻と合わせ帝国軍は10万隻に達した。

 10万隻が追撃戦に掛かる。

 別動隊から、高速艦主体の部隊が切り離されて側撃を掛けに迫る。

「ここは小官が対処します」

 第8艦隊残存兵力を指揮するグエン・バン・ヒュー准将が、帝国軍高速機動部隊に向けて突撃する。

 帝国軍の高速機動部隊はキルヒアイス艦隊に属するブラウヒッチ准将とザウケン准将の部隊で合計6400隻。

 一方の第8艦隊残存部隊は4200隻を割り込むくらい。

 グエン准将は1.5倍の敵相手に奮戦し、ついに脱出部隊への側撃を許さなかった。

 代わりに自身が脱出する際に手痛い追撃を受け、第8艦隊の生き残りは首都ハイネセン出撃時の一割にまで減らされてしまった。

 彼はこの時の阻止戦が評価され「猛将」「破壊力は黒色槍騎兵艦隊に匹敵する」という評価を得るに至る。

 

 一方、第9艦隊残存部隊を指揮するモートン少将は、2700隻程の総力を挙げて、自分たちが敷設した機雷に機能停止コマンドを送り続ける。

 そして強引に機雷を弾き飛ばしながら退路を作る。

 そうして出来た穴から第9艦隊を、次いで這う這うの体の第8艦隊を撤退させ、最後に第5艦隊が迫る帝国軍別動隊を牽制しつつ脱出した。

 第5艦隊脱出と同時に、機雷に再起動のコマンドが送られた。

 別動隊のキルヒアイス艦隊、ワーレン艦隊、ルッツ艦隊は追撃せず、そのまま本隊に合流すべく回頭した。

 

 戦場には第13艦隊が残っている。

 この戦闘でヤン・ウェンリーの名は艦隊戦の名人として敵味方に知れ渡ることとなる。

 彼が最初から艦隊を指揮したのは、この帝国領侵攻が初であった。

 アスターテ会戦で途中から指揮を引き継いで戦った時の記録、ケンプ艦隊を撃退した戦い、このアムリッツァ星域会戦の前哨戦で「確かに強い」と帝国軍を警戒させていた。

 だが、この戦闘はその評価ですら過少評価であったと、帝国軍諸将を恐れさせる。

 損耗もあって13000隻を割り込んだ第13艦隊が、60000隻の帝国艦隊と6人の提督を相手に、正面から撃ち勝っている。

 

 ヤンの第13艦隊は、旧第2艦隊を吸収合併して三ヶ月程しか経っていない。

 更に言えば、アスターテ会戦での惨敗後の敗残第4艦隊と第6艦隊、そして新造艦艇と新兵とを寄せ集めてから10ヶ月しか経過していない。

 こんな寄せ集め部隊を、ヤンは遠征中に訓練して精鋭に鍛え上げた。

 ヤンの訓練は、砲撃訓練や艦隊機動の訓練をしない。

 最初から物資欠乏になると見越していたヤンは、物資とエネルギーと体力を使う訓練を控えた。

 代わりにコンピュータシミュレーションを使い、如何に自分の命令に素早く従うかを叩き込んだ。

 故に砲撃精度については「あの辺りに撃ち込め」程度で済ませ、阻止出来たらそれで十分と割り切っている。

 艦隊運動については副司令官フィッシャー少将に任せっきりだ。

 コンピュータシミュレーションのプログラミングは副官フレデリカ・グリーンヒル大尉に任せ、訓練の実行は副参謀長パトリチェフ准将に任せ、評価判定は参謀長ムライ少将に委ねていた。

 敵地で気を抜けないから「寝たきり司令官」をやる訳にはいかなかったが、基本的に大枠を示すだけで、本人は何もしていない。

 物資についても、節約を命じ、主計課に対し

「昔の中国の将軍みたいに、食糧係の首を切って不満を逸らすなんて事はしないと約束するから、食事量を八割に減らして欲しい」

 と侵攻当初から依頼していた。

 司令官らしい仕事と言えば、不満が起こった部署に出向いて頭を掻きながら

「不満は後で軍法会議に訴えて良いから、この戦役中は私に従って欲しい」

 と頼んで回った事だろう。

 不満を鳴らしていた連中も、今では「司令官は先の事を読んでいた」という驚きから、逆に信奉者に変わっている。

 アムリッツァに集結した後に、食事量を通常に戻したのは言うまでもない。

 

 この「反射神経」を鍛えた第13艦隊に、ヤンの戦術眼が加わる。

 ヤンはこれまで、ケンプ、キルヒアイス・ワーレン・ルッツ連合部隊、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、メックリンガーと、帝国軍の七提督と戦った。

 ヤンは、彼等の艦隊運用の呼吸のようなものを学習していた。

 第13艦隊は、正面にいる五人の提督が攻勢に出ようと予備動作を起こした瞬間に、先制攻撃を加える。

 例えて言うなら、鋭いが威力に欠けるカウンターパンチを駆使するボクサーだろう。

 相手のボクサーが前に出ようとする時の癖を見抜き、顔面にソリッドなパンチを入れる。

 ダメージは少ないが、目が眩んでしまい、足が止まる。

 それを5人のヘビー級ボクサー相手に、足捌きと勘で食い止め続けるミドル級くらいの

ボクサーと言えよう。

 

 後方に居たローエングラム伯から何やら命令が出たようだ。

 帝国艦隊は第13艦隊攻撃を止め、上下左右に艦列を拡げ始めた。

 包囲を始めている。

 更に背後からキルヒアイス・ワーレン・ルッツ艦隊が同様に、行き場を塞ぐようにして迫る。

「提督!」

 脱出を促すパトリチェフ准将に対し、ヤンは

「まだだ、もう少し粘るんだ。

 もう少しで味方はこの星系を離脱する」

 と留める。

 

 ヤンには脱出路が見えている。

 どうやらローエングラム伯にも分かったようだ。

 キルヒアイス艦隊から何個かの分艦隊が切り離され、退路を塞ぐべく動き始めた。

「提督!」

「ここまでだ。

 全軍、敵の最も手薄な部分を衝いて脱出する。

 急げ!」

 

 それは黒色槍騎兵艦隊であった。

 5000隻未満に撃ち減らされていた黒色槍騎兵艦隊に、第13艦隊は「あの辺を撃て」と、やがて一点集中砲火と呼ばれるようになる砲撃を浴びせる。

 艦列を突き崩すと、そのまま全速力で開けた穴に突撃、帝国軍の包囲網をすり抜けてしまった。

 そして戦闘速度から恒星間航行速度に移行。

 多少大回りにはなるが、イゼルローン回廊に逃げ込むべくワープして消えた。

 第13艦隊と旧第10艦隊を合わせた兵力、生き残りは12700隻。

 ここでも喪失は一割未満という驚異的な数字であった。

 

 

 

「フィッシャー少将に連絡。

 イゼルローン回廊までの航法を一任する」

「もしも帝国軍が追撃して来たなら、如何致しましょうか?」

 疲労もあって職務丸投げモードに入った司令官に、参謀長が危機対応の質問をする。

「その時は私がどうにかするが、おそらく敵は追いかけて来ないよ」

「何故ですか?」

「我が軍は相当に艦艇を失い、物資を消耗した。

 だけどそれは帝国軍も一緒だよ。

 ここで戦争を切り上げないローエングラム伯なら恐れるに足りない。

 まあ、奴さんならここで戦争を終えるよ。

 次の戦争は、彼がイニシアティブを持って仕掛けてくるだろうね」

 

 ヤンが言う通り、帝国軍はアムリッツァの戦場を出ると、帝都オーディン方面に艦隊を移動させたのを確認した。

 ヤンはその報告を聞いているのか、聞いていないのか、指揮卓に足を投げ出し、軍用ベレー帽で顔を隠して、だらしなく不貞寝している。

 それを見る部下の目は、神を仰ぎ見るような崇拝の念が籠っていた。

 ヤンはこの後、実績から部下たちに

「ああやって寝ていても、提督は宇宙の戦場を想像し、新たな戦術を考えておられるのだ」

 と過大評価されまくるようになる。

(それも迷惑な話だ。

 まだ給料泥棒と陰口叩かれている方が正しい姿を現している)

 と思うヤンであった。

 このように、信者からは唯一神のように崇められる一方、自分はだらしないがそれを改める気は無いという態度から、嫌う者からは徹底的に嫌われる事になる。

 

 そんなヤンにも、対等に話す僚友が出来た。

「提督、ビュコック提督から通信が入っています」

 副官の報告に、流石に足を指揮卓から下ろし、ベレー帽の角度を改めて応答する。

「ヤン提督、よく生きて戻って来てくれた。

 一応聞くが、背後に帝国軍を連れて来てはおらんじゃろうな?」

「ありがとうございます、ビュコック提督。

 帝国軍はいません。

 無駄な深入りをするようなローエングラム伯ではありませんから」

「そうじゃな。

 貴官は最初の会議から正しかった」

「やめて下さい、私は出征を止められなかったのですよ」

「それは儂も同じじゃ。

 それはさておき、貴官はローエングラム伯の危険性を誰よりも訴えておった。

 今後、その認識は自由惑星同盟全体でせねばならんの。

……遅きに失した感もあるが……」

 

 遅きに失した、まさにそれであろう。

 ヤンにしても、ローエングラム伯をまだ甘く見ていた。

 ここまで、補給の名人キャゼルヌ少将の計画をも三ヶ月で破綻させる徹底的な焦土作戦を行える非常さと政治力が有ったとは思わなかった。

(私には出来ない。

 やれば勝てると分かっていても、出来ない。

 何時かこの差が致命的な差となって現れないだろうか?)

 

 ヤンは帝国の若き梟雄への評価を新たに、イゼルローン回廊への入り口を通った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終回:自由惑星同盟の闇

 自由惑星同盟による帝国領侵攻作戦は、出征した3000万人の将兵の内、三分の二が未帰還という大敗に終わった。

 

「よく無事で戻った、ヤン中将」

 批難ではなく、称賛の響きより、安堵の感が込められたグリーンヒル大将の言葉である。

 彼は苦虫を百匹まとめて噛み潰したような、苦い表情すら通り越した感情を失った表情と顔色だった。

「総参謀長閣下こそ、ご壮健で」

 適切な挨拶ではないが、他に何か言うべき挨拶も出て来ない。

「ところでロボス元帥、コーネフ中将、ビロライネン少将、フォーク准将はどうされました?」

「……うむ……、彼等は一足先にハイネセンに戻した。

 フォーク准将だけは後方の軍病院に入院しておる」

「戻した?

 戻った訳では無いのですね?」

「そうだ。

 すまん。

 もっと早くこう出来ていたら、多くの犠牲を出す事も無かった」

「全くじゃな」

 ビュコックが話に入って来る。

「もっと早く貴官が主戦派を捕らえてハイネセン送りにしておれば良かったのだ。

 まあ、今更でも、やらんよりはやった方がマシじゃて。

 で、慎重な貴官がそれを出来た理由を知りたいものじゃ」

「彼等は個人的な手柄の為に、この無駄な戦争を引き起こしました。

 ロボス元帥は担ぎ出されただけ、フォーク准将はそれを知らされずに作戦を任された、そういう事情は有りますが、いずれにせよ査問会から軍法会議は免れないかと」

「個人的な手柄じゃと?」

 黙って頷くグリーンヒル大将を見て、怒りの気を発したビュコックであるが、怒りをグリーンヒルにぶつけても意味は無いし、軍法会議にかけられるなら、そこで明らかにされるだろう。

 何より、もう終わってしまったのだ。

 怒鳴っても嘆いても、空しくなるだけだ。

 ビュコックは敬礼をし、その場を離れた。

 

「ところでヤン提督。

 第13艦隊を私に預けてくれんか?」

「総参謀長に?

 どうしてですか?」

 参謀に指揮権は無い。

 理由が掴めない。

 

「ここまで敗れた以上、帝国軍によるイゼルローン要塞再奪還があるだろう。

 その時に備え、要塞駐留艦隊を置かねばならん。

 本来は第12艦隊の役割だが、第12艦隊はボロディン提督と共に消滅した。

 現在、この任に堪えられる艦隊は第13艦隊以外に無い。

 一方、貴官は昇進するだろう。

 大将になる。

 シトレ元帥、ロボス元帥共に勇退となれば、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官の何れかに貴官が就く事になろう。

 代わりの第13艦隊司令官が着任するまでは、私がこの要塞を守る」

「なるほど」

「だが、新任の第13艦隊司令官が着任したら、私も責任を取らねばなるまい。

 ヤン提督、私の後任となる宇宙艦隊総参謀長も探しておき給え」

「いえ、年齢から言っても経歴から言っても、軍のトップにはビュコック提督が就くでしょう」

「では、貴官が私の後任だろうな。

 貴官程の才能を手放す者は居ないだろう」

「買いかぶり過ぎです」

「まあ、そういう訳で貴官はハイネセンに戻ってくれ。

 今度会う時は、貴官が上官かもしれんな」

 

 これがヤンとグリーンヒルが直接会った最後となる。

 その事をヤンもグリーンヒルも全く予想だにしない。

 

 

 

「おい、生きているか?」

 首都に召喚されたキャゼルヌは、同じ立場のフォーク准将に話しかける。

 彼は医務室に容れられていたが、最近は大分回復したようだ。

「ああ、キャゼルヌ少将ですか。

 小官を笑いに来たのですか?」

「ふん、そんなへらずぐちを叩けるなら大丈夫だな。

 で、目の方はどうなんだ?」

「左目が……まだ見えない、というか暗いですね。

 右も視野が狭いように思います」

「貴官には責任を取って貰わんとならんから、さっさと治せよ」

「私が責任を取らされる、ですか……。

 帝国軍は戦おうとしなかっただけなのに、私に責任ですか」

「ああ。

 だがお前さんだけじゃない。

 俺も一蓮托生だ。

 だからこうして、見舞いに来てやったんだよ。

 グリーンヒル大将からもよろしく言われている」

 

 フォークは生き残った将兵の恨みを一身に浴びている。

 無謀な作戦を立てた最悪の参謀として。

 ビュコックは顔も見たがらないし、ヤンは基本的に見舞いに等来ない。

 同じように補給で失敗したキャゼルヌも怨嗟の声を浴びせられていた。

 キャゼルヌは結果として失敗したのだから、仕方ないとそれを受け止めている。

 だからこそ、フォークを見舞いに来たのだ。

 遠征軍総司令部で、遠征軍の為の仕事を最もしていたのがこの二人だ。

 よく衝突し、意見をぶつけ合った。

 作戦部門と補給部門が多忙を極め、グリーンヒル総参謀長がどうにか作戦を切り上げられるように動いていた。

 他の連中は一体何をしていたのやら。

 キャゼルヌは

「お前さんには悪い所が有りまくるが、それでも同盟軍切っての俊英に違いは無い。

 この責任を取るのは当然だが、こんな事で潰れなさんな。

 多くの者が死んだ。

 お前さんの一番の責任の取り方は、この危機的状況を改善する事だ。

 だから、さっさと治して立ち直る事だな」

 

 フォークは礼を言い、二人は別れる。

 この時フォークの意識も思考もはっきりしていた。

 敗戦を受け入れたがらない頑なさは有ったが、思考は冷静で、話がきちんと通じた。

 この時は……。

 

 

 

 国家に未曾有の危難を招いた参謀と、その無謀な作戦の中で類稀な大戦果を挙げて味方を故国に帰した英雄、二人は対照的な出迎えられ方をした。

「敗軍の将」

 と自らを嘲るヤンだったが、彼が副官と地上に降り立った時、大衆から拍手と歓声をもって出迎えられる。

「大尉、聞いてもいいかい?」

「はい」

「今回の戦い、我々は勝ったんだったかな?」

「大敗ですわ」

「だよね。

 こんな出迎えられ方、私には不本意だよ」

 記録メディアの作動音や飛び交う紙テープ、花束を持ってやって来る政府関係者という光景の中、ヤンの機嫌は悪くなっていった。

 

 一方フォークは、国防委員会の管理する、貨物便発着用の人里離れたエアポートに着陸する。

 そのまま救急車に押し込まれ、音も鳴らさずに軍病院の精神科に運び込んだ。

 この事実を知る市民は誰も居ない。

 

 この時既に、銀河帝国第36代皇帝フリードリヒ4世の死が、フェザーン経由で知らされていた。

 帝国の次期皇帝は定まっていない。

 死んだ皇帝の寵姫の弟であり、門閥貴族でないローエングラム伯は、失脚の予想もされた。

 大敗の中、自分たちを打ち破った敵将の破滅を見たいという屈折した心理も働いているが、第二次ティアマト会戦では敵軍を撃破した勝利の立役者アッシュビー提督が死んでいるし、「負けたけど敵将も倒れた」というのも有り得なくはない。

 

 ともあれ、銀河帝国軍によるイゼルローン要塞奪還作戦は、新帝即位と新体制が整ってからとなるだろう。

 その予測の元、グリーンヒル大将もハイネセンに召喚される。

 

 イゼルローン要塞は第13艦隊を預かるフィッシャー副司令官と、要塞防御指揮官の内定が出た「薔薇の騎士」連隊先代連隊長シェーンコップ准将が守る。

 グリーンヒル大将は、ただイゼルローン要塞に残っていただけでは無かった。

 同じように要塞に留めたグエン・バン・ヒュー准将率いる第8艦隊残存兵力500隻、ライオネル・モートン少将率いる第9艦隊残存兵力500隻、ダスティ・アッテンボロー大佐率いる第10艦隊残存兵力500隻を密かに帝国領内に潜入させる。

 再攻勢の為では無い。

 取り残された同盟軍将兵を一人でも救出する為だ。

 危険宙域に潜んでいた輸送艦、無人の惑星に隠し基地を造って立て籠っていた陸戦部隊、ひたすら辺境星域を逃げ回っていた損傷艦艇等。

 彼等の中には、自力でイゼルローン要塞に戻った者も居る。

 グリーンヒル大将が派遣した艦隊に救出された者も居る。

 銀河帝国における皇帝崩御という椿事により、残敵掃討が大規模に行われなかった幸運もある。

 銀河帝国辺境警備隊のケスラー准将、ミュラー准将、シュタインメッツ准将の部隊だけでは手が回ってもいなかった。

 未帰還2000万人の内、200万人の救出に成功したグリーンヒル大将は、一月半遅れてハイネセンに帰還した。

 そして、人事も軍事法廷も彼の思ったものと違っている事に戸惑う。

 

 まず人事である。

 士官学校を出ていないビュコックは大将昇進後、宇宙艦隊司令長官になっていた。

 その上位の統合作戦本部長は、士官学校を上位で卒業し、長らく首都を警備していた第1艦隊司令官クブルスリー中将が大将に昇進して就任していた。

 そしてヤン・ウェンリーは大将に昇進、イゼルローン要塞司令官兼イゼルローン要塞駐留艦隊司令官として最前線に赴任である。

(これでは、シトレ元帥が望んだ派閥力学や狭い参謀部のみの思考しか持たない者に刺激を与え、改革を促す核が居ないではないか。

 ヤン・ウェンリーは統合作戦本部長か宇宙艦隊総参謀長であるべきだ。

 最前線に置かれたら、全く影響力を持たないではないか)

 

 既にこの考え方自体「派閥理論」なのだが、それに気づいていない。

 ヤン以外にイゼルローン方面を任せられる軍人が居ない、そう言われたら反論のしようも無い。

 

 だが、ヤンが中央に居ないだけでなく、随分とトリューニヒト国防委員長改め、最高評議会暫定議長の派閥の者が要職を占めている。

 その内の一人、ロックウェル大将が告げた。

「軍法会議など開かれませんよ、グリーンヒル査閲部長」

 

 グリーンヒル大将は、訓練を計画し、その準備をする部門の責任者に左遷されていた。

 彼は自身の処遇はともかく、査問について聞く。

 

 査問会は行われた。

 結果「精神病を発症していたフォーク准将の独走が最大の原因」とされ、肝心のフォーク准将は病人である為軍事法廷に責任能力無しとされた。

 

「馬鹿な!

 これはロボス元帥を統合作戦本部長にする為、手柄を焦った派閥の暴走に因るものだ。

 そして、彼等と短慮で遠征を決めた政治家との間の癒着が見られた。

 根本的な原因を正さねば、軍は良くならない」

 そう訴えるグリーンヒルをロックウェルはあざ笑う。

 

「いいですか?

 我が栄光有る自由惑星同盟軍において、ボケ老人が宇宙艦隊司令長官という顕職には就いていないのですよ。

 まして、派閥争いによる戦争なんて、起こる筈が無いでしょう。

 政治家先生たちは、フォーク准将が個人的に持ち込んだ、一見素晴らしい作戦にすっかり騙されたのです。

 銀河帝国は不倶戴天の敵、休戦等以ての外。

 休戦目的の戦争など、過去から未来に至るまで企画はされないのです。

 お分かりですか? 査閲部長」

「……つまり、全てをフォーク准将の責任とし、臭い物に蓋をしたわけだな」

「まだ分からないのですか?

 臭い物など、この栄光ある民主主義の軍隊に在る訳ないでしょう。

 そういう事です。

 話は終わりました、どうぞお引き取りを」

 

 グリーンヒルは暗澹たる気分になった。

 コーネフ中将、ビロライネン少将ほかロボス派の軍人は「自分の意思で辞表を出し、責任を取った」と言う。

 ロボス元帥も辞任したが、健康診断は行われておらず、経歴は「健康」のままである。

 どうにか権限を活かし、軍病院にフォーク准将を見舞う。

 そこで見たフォークは、かつてのフォークでは無かった。

 

 ベッドの上に膝を抱えて座り、爪を齧りながらブツブツ何かを言っている。

「あ、グリーンヒル総参謀長。

 私は何時復帰出来るのでしょう?

 私以外に専制主義の悪魔から人類を救える者は居ないのですよ」

「准将……」

「敵は私を恐れて出て来なかったのです。

 そんな臆病な敵を恐れて撤退なんてとんでもない。

 今こそ帝都オーディンまで突き進む好機なのです」

「准将、戦いは終わったのだ」

「そうでしょうとも。

 私の作戦は完璧で、隙間等有りません。

 士官学校の劣等生が何を言おうが気にされないように。

 私は今回の第一解放区を元に、長駆帝都を衝くべく作戦を立てているのです。

 第10艦隊を先陣に、全艦隊で突き進みましょう。

 あ、第5艦隊と第13艦隊は駄目です。

 彼等は敗北主義に陥っていますから。

 私の作戦を理解出来る者だけで良いのです」

「准将……」

「我が同盟には十二個の艦隊が有り、臆病者の二個を置いて帝国を攻めるのです。

 私の作戦計画が有れば、必ず勝てるのです」

「…………」

「私は何時復帰出来るのですか?

 同盟軍には私が必要なのです。

 私という才能をこんな病室に閉じ込めて置くのは国家の不幸なのです」

 

 フォークは、グリーンヒル大将の方を向いていながら、その瞳はどこか遠くを見ているようだった。

 グリーンヒルは、枕元の大量の薬を見る。

 いたたまれず病室を出ると、近くに居た医官の胸倉を掴む。

「一体、何を飲ませた?

 壊れているじゃないか!」

「精神を安定させる薬です。

 随分と精神が疲れていて、睡眠が取れない様子でしたので。

 それと胃が荒れていましたので、胃のリズムを取り戻す薬です。

 まあ、飲み合わせで多少副作用が出ているかもしれませんが、最近は良くお休みになられてますよ。

 それとうつ症状が有りましたので、抗うつ薬も……」

「うつの症状は無かった!

 健康な者に、脳の活動に影響を与える薬を飲ませたのか!」

「別に健康な人に抗うつ薬を飲ませてもおかしくはなりませんよ。

 問題有りません」

「本当に抗うつ剤なのか?

 違う薬なのではないか?」

「軍病院のする事に口を出さないでいただきたいものです。

 余り私たちを誹謗するようであれば、国防委員会に訴えますぞ」

 

(この国に自浄作用は無い……。

 軍も政治家も、問題に目を向けようとせず、一人の人材を壊した上で、責任を全てかぶせてしまった)

 

 この日以来、ドワイト・グリーンヒル大将は、祖国の在り方について頭を悩ますようになる。

 軍の主流派から外れた彼の元には、同じ様に国に疑問を持つ軍人が次第に集まり始めた。

 また、彼に恩がある者、何やら思惑の有る者、様々な者が近づいて来た。

 

 そしてアムリッツァ会戦の翌年、宇宙暦797年、運命の男がグリーンヒル大将に接触する。

「閣下、いやグリーンヒル先輩。

 アーサー・リンチ少将、只今帝国の収容所より帰還いたしました。

 恥多きこの身ですが、愛する自由惑星同盟の為にもう一度奉仕したいと思っております。

 どのような汚れ仕事でも結構です。

 富も名誉も不要です。

 私を閣下のお傍に置いて下さい」

 

 グリーンヒルもフォーク准将同様、破滅への道を歩き始める。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。