ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか (緑茶わいん)
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病弱でアルビノな忍者の娘

※作者の知識はルルーシュ、R2、亡国のアキトまでです。


 吹き抜けた春風が木の葉を揺らす。

 静寂に包まれた世界に小さな揺らぎは自然と収束し、何事もなかったように消えていく──かに思えた、刹那。

 消えかけた揺らぎが突然息を吹き返したように、木立ちの一本が「がさり」と音を立てた。

 森の中。

 木々の間隔が比較的広い自然のスペースに向け、飛び出したのは一人の黒装束。

 

「──隙あり」

 

 右手の苦無が陽光によってぎらりと輝く。

 囁くような声は、忍びの者独自の発声法によって明瞭に響いた。

 当然、声は標的にも届く。

 しかし、行く手に立つ標的──簡素な着物を纏った年若い少女は黒装束に背を向けたまま、びくりと身を震わせることさえしなかった。

 聞こえなかったのか、驚き過ぎて動けないのか、いずれにせよ隙は十分、最初に飛び出した一人に続き、周囲の木立ちからは次々に仲間が飛び出しており、最早どう対処しようと逆転は不可能。

 

 影に生き、暗殺を生業とする者達にとって奇襲は十八番。

 声をかけた以上、成功は必定。

 ()()()()襲撃者の判断に間違いはなかった。

 

「甘い」

 

 平時であれば愛嬌を感じさせるであろう声が、今は強烈な冷たさをもって一帯に響いた。

 少女は烈風の速さで振り返ると同時に跳躍。

 鋭い視線が敵を射抜く。

 

「な──!?」

 

 驚愕しながらも得物を投擲、すぐさま予備を引き抜いた黒装束もさすがと言うべきだろう。

 勢いを殺さぬままに身を捻り、かわした苦無を掴んで投げ返してみせた少女の方が、一枚も二枚も上手ではあったが。

 最初の黒装束が飛来する苦無を叩き落とした時点で形勢は逆転。

 少女は接近と同時に相手の股間を蹴り上げて無力化すると、こぼれ落ちた苦無を奪取、空中に留まったまま、悶絶する男の身体を支柱に半回転、飛び道具に対する盾を作った。

 

「ええい、平蔵めしくじりおって」

「かかれ。立て直す間を与えずに攻め立てるのだ」

「───」

 

 近くの木の幹に飛びつき、足場として再度跳躍した少女は、僅かなタイムラグを交えて襲い掛かってくる残りの黒装束達に向け、再びその身を飛び込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 天然の訓練場である森を抜けた少女は、ふう、と息を吐いて空を見上げた。

 視線の先に浮かんでいるのは美しい夕焼け。

 

「思ったより遅くなっちゃった」

 

 年上の男達大勢からえんえんと攻められ続けるという稽古は厳しい上、終了時間が計りにくい。少女か男達、どちらかが精魂尽き果てるまで終わらないものだから、全員から立つ気力を奪うのに難儀してしまった。

 そのうえ、年下の女の子にこてんぱんにされた男達ときたら「さすがはお嬢様」「これなら篠崎流も安泰だ」「でも、お相手になる方は大変だな」と聞き飽きたような賛辞を次々と送ってくる始末。そんな元気があるなら戦いに活かせと言いたかったが、これ以上、稽古が長引くのは勘弁だったので何も言わずその場を辞した。

 

 代々続く忍者(しのび)の家系に生まれ、家の名を冠する「篠崎(しのざき)流」の次期継承者として平日は学校から帰ってから、休日はまる一日稽古漬けの生活を送る少女だが、一日のノルマをこなしさえすれば後は自由にしていいと、現当主である父から許しを得ている。

 よって、ここからは自由時間。

 夕餉まではほんのひと時といったところだが、時間の長さは関係ない。稽古終わりに彼女が向かうところといえば一つしかなかった。

 

「お帰りなさいませ、咲世子(さよこ)様」

「ただいま。あの子は部屋にいますか?」

 

 少女──咲世子の家は大きな日本屋敷だ。

 玄関で靴を脱ぎながら使用人に問うと、返ってきた答えは少し予想と違っていた。

 

百合(ゆり)様はたった今、浴場へ向かわれたところでございます」

「そうですか」

「咲世子様も入浴になさいますか?」

「はい」

 

 幼少期から世話をしてくれている彼女は少し楽しそうに「かしこまりました」と応え、手早く入浴の準備を始めてくれた。というか、既に準備が始まっていたようにも見える。なんというか有難い話である。

 急いだ甲斐もあって、咲世子が脱衣所で服を脱ぎ終え、浴場へと入ったのは想い人が湯に浸かる直前だった。

 

「百合。一緒に入ってもいいかしら」

「姉さま」

 

 十歳という年齢相応以上に細い足を熱い湯に浸けようとしていた少女は、ぺたん、と石の床に足を下ろすとゆっくり振り返った。

 咲世子を視認すると小さな唇が笑みの形に変わる。

 

「もちろん、ご一緒いたしましょう」

 

 快諾を得た咲世子は異性からのどんな告白よりも胸がときめくのを感じながら、百合との距離を一歩詰める。

 と。

 どういうわけか、こくんと頷いたばかりの百合が困ったように眉をひそめ「でも」と言う。

 

「お互い裸ですので、少し恥ずかしいです」

「恥ずかしがることないでしょう。女同士だし、姉妹なんだから」

 

 一緒の入浴について抵抗を口にされるのはこれが初めてだった。

 百合もそういう年頃になったのか、と寂しく思いながら、咲世子は断固として姉妹のスキンシップを続けようと心に決める。

 それらしい理由をつけて説得するのも百合に積極的になってもらうためだ。

 一歩、二歩、警戒心を持たれないようゆっくりと歩き、彼我の距離をほぼゼロに縮めると、細くか弱い少女の手を取って入浴を促す。

 

「で、ですが姉さま」

「湯気も立っているし、良くは見えないでしょう?」

「それはそうですが」

 

 意外にも説得は難航した。

 異性ならともかく同性なのだから実際問題、そこまで恥ずかしがらなくてもいいと思うのだが。ひょっとして、足を滑らせないよう支えてあげる際、後ろから抱きしめたのが原因だろうか。

 

「どうしたの、急に恥ずかしいだなんて」

 

 小さな身体を湯船に肩まで沈めた後、洗い場に移動しながら尋ねる。

 少し遅れておずおずと返ってきたのは、

 

「その、夢を見たのです」

「夢、って、いつもの?」

「はい。ですが、今回の夢はいつもと内容が違いました。それに、より鮮明で……私は、夢の中で、成人した男性と一つになって」

「な、何を言いだすの」

 

 咲世子は慌てた。十歳の少女が大人の男性と一つになるなど、あまりにも破廉恥が過ぎる。

 

「い、いえ、そういう意味ではありません。ただ、魂というか存在そのものが重なるような感覚を味わったということで……」

「あ、ああ。そういうこと……。それで、自分が自分じゃないような感じがして、私とお風呂に入るのが恥ずかしかった?」

「はい……そうです」

 

 言っていて恥ずかしくなったのか、百合の声は最終的に消え入りそうなほど小さくなっていた。

 とはいえ咲世子には笑う気も咎める気もない。

 幼少期にはありがちなことだし、そういう可愛らしい理由なら反抗期よりもずっといい。

 

「大丈夫。あなたは私の大切な妹。それは変わらないから」

「ありがとうございます、姉さま」

 

 汗をかいた身体を丁寧に洗い、湯に浸かる。

 百合は咲世子が入ってくるのを待っていてくれた。のぼせてしまわないかと思ったが、案外平気そうだ。いつの間にか肩までしっかり浸かるのではなく胸のあたりから上を出しており、そのせいもあるかもしれない。

 後ろから抱きしめるようにして小さな身体を持ち上げ、白く細やかな髪を梳く。

 

 五歳離れた腹違いの妹は特別な存在だ。

 純血の日本人でありながら髪も肌も透き通るように白く。先天的に色素の薄い体質であるのが原因らしい。そのせいで日焼けに弱く、病気がちであるため外で遊ぶことも学校に通うこともできない。

 生まれた時から家の中で育てられた彼女は「篠崎流を会得させるには不適格」として「代わりの教育」を施されている。

 歳が違うせいで座学さえ共にできないため、会うことができるのは一日のうちのほんの僅かな時間しかない。

 

 家人の中には疫病神だの呪われた子だのと言って嫌う者もいるが、咲世子は百合を愛している。

 小さくてか弱くて、どこか西洋のお姫様のようなところのあるこの妹に少しでも幸せになって欲しい、彼女が健やかに成長できるよう守ってやりたいと、そう願っている。

 だから、自由時間はこうして百合と会い、話をする。

 そうすることで咲世子自身も心安らぐことができるのだった。

 

「あの、姉さま。質問があるのですが」

「なあに?」

 

 また、百合は聡明な子だ。

 話をしていると「この歳でそんなことを?」と驚かされることも多い。

 答えるのに苦労するような疑問を投げかけてくるので咲世子自身の勉強にも──。

 

「主に神聖ブリタニア帝国で開発されているKMF(ナイトメアフレーム)は現在第何世代まで進んでいるのかご存じですか?」

「……え?」

 

 訂正。

 百合の話についていくには咲世子の側にもっと勉強が必要かもしれない。

 咲世子は愛する妹の評価を更に上方修正しつつ、どう答えたものかと頭を悩ませることになった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 転生した先はコードギアス世界の日本人でアルビノの女の子だった。

 

 十歳のある日、前世の記憶を完全に取り戻した俺こと篠崎(しのざき)百合(ゆり)はしばらくの間、右も左もわからない状況に途方に暮れることになった。

 使用人や家庭教師にあれこれ質問をしたりしているうちに百合の記憶と俺の記憶の整合性が取れ、ある程度のことは理解できたのだが──率直に言って、俺は近い将来死ぬかもしれない。

 

 順を追って説明しよう。

 『コードギアス』は地球に似た世界を舞台にした近未来SFロボットアニメだ。

 外伝がいろいろあったり媒体によって設定が違ったりしてややこしいが、とりあえず言えることは、この世界における日本は今から数年後に滅ぶ。

 何故なら大元となるテレビアニメ作品が「他国の侵略によって日本が植民地となって七年後」から始まるからだ。

 

 主人公はルルーシュという少年。

 彼は日本を占領した『神聖ブリタニア帝国』という国の王位継承者の一人、つまりは皇子様なのだが、なんやかんやあって両親から見捨てられ、日本の地で戦争を経験する。

 戦争から七年後、元の身分を捨てブリタニアの平民として、ブリタニアの植民地『エリア11』となった日本で学生をしていたのだが、なんやかんやあって『C.C.(シーツー)』と名乗る謎の少女と出会い、謎の力『ギアス』を得て祖国への復讐、そのための日本解放へと乗り出していく。

 

 というわけで。

 この日本は何もしないでいるとほぼ確実に戦火に飲まれ、神聖ブリタニア帝国の植民地になってしまう。

 一応、アニメの通りなら虐殺に次ぐ虐殺、戦いに次ぐ戦いの末にルルーシュが希望を繋ぎ、日本には平和が訪れるのだが、そこに至るまでには数多くの日本人が死ぬ。具体的に言うとストーリー中盤の一イベントだけで十万人くらいさくっと死ぬ。

 いや、うん、生き残れる気がしない。

 染色体異常のアルビノで常人並の戦闘能力さえ覚束ない百合の身体では、そもそも最初のブリタニア侵攻の時点であっさり死にかねない。

 正直、この事実に気付いた時には自分の正気を疑ったし、まだ半信半疑だが、いくつかの独特のワード(神聖ブリタニア帝国とか)を確認できてしまったのでほぼ間違いない。

 

 ──生き残るためには介入するしかない。

 

 もちろん、百歩譲ってこの世界がコードギアスの世界だとして、原作通りに進む保証はないのだが、もし原作通りだったとしたら確実に日本が滅びるわけで。

 原作通りに進まないならそれでいい、原作通りに進んでしまった時のために手を打っておくのは悪いことではない。

 

 幸い、俺のすぐ傍には原作キャラが存在した。

 

 俺、篠崎百合の実家である篠崎家の長女、篠崎咲世子。

 彼女は原作において主人公ルルーシュと妹ナナリーの世話をするメイドであり、その正体はくノ一っぽい服装で苦無や爆薬を駆使し、作中トップクラスの戦闘能力を誇るSP(自称)──まあ、要するに忍者メイドである。

 今は原作の時間軸より前なのでメイドにはなっておらず、それどころか家を継いでもおらず先代が健在なのだが、実際に会った彼女には確かにキャラの面影があった。

 まあ、初めて会ったのが風呂で、しかもお互い全裸だったのには内心すごく焦ったが。

 百合の中には段階的に俺の記憶、そしてそれに纏わる知識が蘇っており、それらを夢として知覚していたので、夢で見たと言って誤魔化すことができた。

 

 年頃の女の子である咲世子の裸は前世で男だった俺には正直目の毒だったが、妹として愛情深く接してくれる彼女を邪険にすることもできなかった。

 仕方なく咲世子とのスキンシップを受け入れた俺は、咲世子の年齢から今の時代を原作開始から九~十年前と判断した。

 開戦が原作開始七年前なので猶予は二、三年。

 思ったよりは余裕があるが、何しろ事は国家レベル、政治レベルの事件だ。ちょこちょこっと介入した程度では何も変わらない。

 できる限りのことをできるうちにやっていくしかない。

 

「主に神聖ブリタニア帝国で開発されているKMF(ナイトメアフレーム)は現在第何世代まで進んでいるのかご存じですか?」

 

 手始めに、俺は現在の技術レベルを確認しようと、姉である咲世子に軽い質問をぶつけた。

 すると「何を言ってるんだこいつ」という顔をされた。その程度の情報は当たり前だったか。さすがは忍者だ。



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病弱でアルビノな忍者の娘 二

KMF(ナイトメアフレーム)、か」

「はい。父上はご存じでしょうか。……神聖ブリタニア帝国が開発している新兵器だ、ということなのですが」

 

 咲世子の父、篠崎家現当主の仕事部屋は畳敷きの六畳間だ。調度品も最低限で、資産を考えれば質素なくらいだが要人警護を主な生業とする家柄上、派手な暮らしは控えるべきという方針であった。

 人払いを行い二人きりとなった部屋で、咲世子は正座し、最大限の礼を尽くしながら用件を切り出した。

 当主は咲世子に背を向けたまま表情を見せなかったが、KMFの名を聞いた後、声色が僅かに硬くなったように感じられた。

 「重要な案件」として目通りを願ったのは間違っていなかったらしい。

 

「ブリタニアの新兵器。……噂程度であれば耳にしている」

「噂、ですか?」

「左様。既存の概念を覆す人型の機動兵器。とはいえ、現状では通常兵器に勝る点の方が少ないらしい」

「そう、ですか」

 

 咲世子は胸中で安堵した。

 篠崎家は代々続く裏の家系。生身での戦闘を基本ではあるものの、()()()()()()()()の知識として、軍事兵器についても情報を集めている。

 その上で、当主が「弱い」と判断しているのなら間違いはないだろう。

 百合からその名が出た時は、あるいは早急な対処が必要なのではと思ったのだが。

 

「うむ。……ただし、その兵器がKMFと名付けられたのはつい最近のことであるはずなのだが、な」

「……っ!?」

「ブリタニアの軍事機密。日本軍とて詳細までは把握していないであろう情報を、あれは一体、どうやって入手したというのか」

「あの子が他国と内通している、と? しかし、それは」

「わかっている。あれは一人では外に出ることさえ困難な身。かといって、この私と同等の諜報力を持つ者なら、わざわざあれを『使う』必要もあるまい」

 

 当主にさえ気づかれず情報収集ができるなら自分で目的を果たせばいい。実際、百合から咲世子に、咲世子から当主に伝わってしまっているのだから。

 情報を流すことそのものが目的という可能性もあるが、いずれにせよ、百合が国あるいは篠崎家に悪意を持っているとは考えにくい。

 

「……あれは特別だからな」

「はい。あの子が不思議な『夢』を見るのはこれが初めてではありません」

 

 幼児には難解な漢字の読解、連立方程式の概念の理解、シェイクスピアの四大悲劇を全て挙げる等、どこで知ったのかという知識や情報をふとした拍子に口にすることがある。

 本人は「夢で見た」と主張しており、状況的にも疑うのは難しい。

 

「それで? あれが言っていたのは名前だけか?」

「いえ。KMFの情報を入手し、可能であれば我が国でも開発するべきだと。また、KMFの運用においてサクラダイトが重要になると」

「……世迷言としか思えないくせに妙な信憑性がある。あれの頭の中を解剖して調べられれば良いのだが」

「父上。冗談でもそのようなことを仰らないでください」

 

 咲世子は淡々とした口調を崩さないまま釘を刺した。

 篠崎流の次期継承者として家に尽くすつもりはある。父のことも尊敬しているが、本気で百合を害するつもりなら「親子喧嘩」をする覚悟はある。

 先の発言については当主も本気ではなかったようで、黙ったまま会話が流されたことで事なきを得たが。

 

「KMF。念のため、最低限の働きかけはしておくべきか」

 

 この時はまだ、咲世子も当主も、百合の先見性と異常性を本当の意味で理解できてはいなかった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 姉にKMFの情報を尋ねたところ「お父様に確認してみる」と言われた。

 咲世子はまだ成人しておらず修業中の身なので、全ての情報を把握しているわけではないらしい。ならいっそ直接話そうかとも思ったが、俺はあまり父から良く思われていないようなので断念した。

 何しろまともに話をした記憶さえ碌にない。

 まあ、仕方ないとは思う。篠崎家は忍者の家系。当然、篠崎の子は流派を継ぐことを求められる。

 しかし、俺──篠崎百合はアルビノかつ病弱なせいで武芸を極めるのは到底無理。言ってしまえば役立たずなのだ。

 

 俺は殆ど家から出たことがない。

 たまに外出しても家の周辺を散歩する程度。日中に外出するなら完全防備が必要な上、日差しのない夜に外出すると身体を冷やして風邪をひく。

 だから屋敷の中で、使用人と家庭教師から教育を受けている。

 父は俺を通常の役割とは別の形で「使う」つもりらしい。具体的に言うと外国人との婚姻、あるいは養子縁組だ。

 俺は白い髪と肌のお陰で黄色人種の特徴を殆ど持っていない。幸い容姿は割と整っているから貰い手には困らない。なので、施される教育には未来の旦那様、あるいはご主人様を喜ばせるための作法や技術も含まれていた。

 

 ぶっちゃけ、これじゃあ愛されていると思う方が無理だ。

 だが、百合はそんな生活を受け入れていた。姉の咲世子が何かと世話を焼いてくれていたし、百合自身も他の生き方を知らなかった。外国人に嫁ぐのは珍しいが、嫁に行くこと自体は女であれば当たり前のことである。

 というわけで、

 

「では、百合様。前回に引き続き、手で男性を喜ばせる方法を学んでまいりましょう」

「───」

 

 記憶が統合され、前世の人格が強くなった結果、俺は教育の内容に拒否反応を起こした。

 

「百合様? どうなさいました?」

「い、いえ、その。私にはまだ、こういったことは早いのではないかと……」

 

 木製の張り型を前におずおずと言えば、身の回りの世話をしてくれている使用人の女性に首を振られる。

 

「何を仰いますか。前戯の技術はとても重要です。特に手淫は体力や体格に左右されづらいですから、むしろ早いうちから学ぶべきです」

「え、ええ……?」

 

 いや、十歳の幼女に何させる気だよ!?

 張り型の形状も妙に生々しく、なまじ馴染みがあるだけに触りたくない。だから触らせないで欲しい。握らせないで欲しい。いや、ちょっと、顔に近づけるな。

 くノ一にとって色仕掛けは重要な技術。教育に熱心なのも道具等々が充実しているのもわかる。咲世子がそういう特訓をしている姿を想像すると胸が高鳴るが、自分が勉強させられるとなれば話は別だ。ダブスタ? なんとでも言え。

 とはいえ立場上、あまり強く拒否もできない。しばらくやんわりと抵抗を続けたところ「あまり我が儘を言われますとお仕置きをいたしますよ」と言われたため、泣く泣く従うことになった。

 

 これは、早くなんとかしないとやばい。

 

 日本の植民地化を防ぐと同時に俺自身も処世術を身に着けなければ、命が助かっても精神的に死ぬ。

 手っ取り早いのは学問だろうか。

 教養を身に着けて賢さをアピールできれば、売り飛ばされる先が変態親父から知的なイケメンになるかもしれない。身体目当てじゃなければ「そういうこと」をする頻度は下がるだろうし、利用価値があるうちは雑な扱いもされないはず。

 よし、そうしよう。

 心に決めた時には咲世子と風呂に入った──俺が前世の記憶を完全に取り戻した翌日の勉強が全て終了していた。

 

 また風呂で合流になるかと思ったが、今日の咲世子は入浴の前に部屋へとやってきた。

 

「姉さま。昨日お話しした件はいかがでしたか?」

「振り出しから一歩進んだだけだって。でも、考えてくださると言っていたわ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 昨日と違って近くに使用人がいるからか、姉は遠回しに結果を伝えてきた。

 今は第二世代、か。

 原作開始時点の七年前、日本占領の際に用いられたKMF『グラスゴー』が確か第四世代。二世代分も余裕があるならまだ日本でKMFを開発する余地があるかもしれない。もちろん最重要機密だろうし、設計図の入手あるいは鹵獲やリバースエンジニアリングがどこまでできるかって問題はあるが。

 少なくともサクラダイト──KMFの動力源として採用されることになる謎物質の重要性だけでも日本に伝われば、ブリタニアとの政治の流れが変わるかもしれない。戦争のきっかけとなったのがそのサクラダイトの採掘権を巡る争いだったのだから。

 

「そんな話より、楽しいお話をしましょう? 今日は何をしたのか教えてくれる?」

「はい、わかりました姉さま」

 

 姉はこの手の話がお気に召さないらしい。

 どっちにしてもすぐに動けるわけじゃない。次に何をするべきかは後でゆっくり考えることにして、今は姉との会話を楽しむことにする。

 と、ここぞとばかりに使用人が口を開いて、

 

「咲世子様。百合様に夜伽のコツをお教えになっていただけませんか? どうやらあまり気乗りなさらないようでして、なかなか上達してくださらないのです」

「そうなの? 百合、恥ずかしいのはわかるけど、必要なことだから」

「ね、姉さま」

 

 そんな話になるんだったらさっきの話を続けたかった、と、心から思う俺だった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

『しばらくの間、あれの動向には注意しろ。不審な点があれば報告せよ』

 

 密かな相談の後、当主からはそんな命令が下った。

 故に、少々緊張しながら百合の部屋に向かった咲世子だったが、妹はいつもと変わらず愛らしく、翻意など欠片も感じ取れなかった。

 警戒したのは部屋に行ってすぐ、例のKMFの件を尋ねられた時くらいだ。簡単な婉曲表現を用いて答えたところ、特に悩む様子もなく頷かれた。健康な身体ならランドセルを背負って小学校に通っている年齢の子供としては、やはり破格なほど聡明だ。

 

 しかし、話が勉強のことに及ぶと途端に微笑ましい会話になる。

 

 閨の教育が捗らない、という話を聞いた時は表情に出して安堵してしまったくらいだ。

 女の武器を使うのが得意、というのが悪女になるための条件の一つだと咲世子は個人的に思っている。その点、百合は下手なうえに苦手でもあるようなので到底悪女になどなれないだろう。

 昨日、入浴を拒否されそうになったので好きな男でもできたのかと思ったが、恥ずかしがって艶事を厭っているあたりまだまだ子供だ。

 

「姉さま、学問。学問の話をいたしませんか?」

 

 百合の方から率先して話題を変えてきたあたり筋金入りである。

 実際に仕草でお手本を見せたところ顔を真っ赤にしていたので、使用人には悪いが少し妹を甘やかしてやることにした。

 今日勉強したところだという漢字や計算を披露してもらう。すると、自分から話したがっただけあって、こちらは素晴らしい出来だった。以前からそういう兆候はあったが、今日は特に調子が良かったらしい。前日の何割増しかのペースで進んでいる。

 

「現在お教えしているのは十三歳程度の内容です」

「それでこれだけできるのだから、すごいじゃない百合」

「そうですね。閨のお勉強もこれくらい熱心にしていただけたら……」

「わ、私は賢い女を目指そうと思っているのです」

 

 話が戻りかけると慌てて主張する百合。

 

「そう。私は強い女にならないといけないから、百合が賢い女になってくれれば、ちょうどいいかもしれないわね」

「賢い女は男から嫌われると申しますが……」

「日本男児の話でしょう? 女が王になる国もあるのだから、気にする必要はないと思います」

 

 抱き寄せて頭を撫でてやると、妹は一瞬恥ずかしそうにしたものの、結局は「えへへ……」と嬉しそうに身を任せてきた。

 可愛いと心から思う。

 男も女も戦う力を持つのが当たり前の篠崎家にあって、百合の存在は特異だ。だからこそ、姉である自分が守ってやらなければならない。

 

(……KMF(ナイトメアフレーム)

 

 はっきりと口にされたわけではないが、妹はそれが攻めてくる可能性を危惧しているようだった。

 ならば、打ち勝てるようにならなければならない。

 

(戦車だろうと、ブリタニアの新兵器だろうと)

 

 武器ならともかく兵器となると篠崎流の管轄外となる。

 とはいえそれは本格的に扱うことを想定しない、という意味であって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 現実的には「相手にしないのが正解」であり、また実践的な訓練も難しいために本格的には学んだことがなかったのだが、これからは試してみることにしよう。咲世子はそう心に決めた。



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婚活女子 篠崎百合

 さて。

 俺にできることを本格的に考えていこう。

 

 目下の問題はブリタニアの日本占領。

 主な対策としては二つ。一つはブリタニアに勝てるか、せめて長期戦に持ち込めるだけの戦力を用意すること。もう一つは戦争そのものを起こさせないこと。

 一つ目の方法としてはとりあえず、父にKMF(ナイトメアフレーム)およびサクラダイトの話題を流した。これが日本上層部に伝わってくれれば多少戦況はマシになるかもしれない。

 

 二つ目の方法は──うん、まあ、それができたら誰も苦労しない。

 ブリタニアは「力こそが正義」みたいな方針の国だ。力のある国が世界征服を目指すのは当たり前でしょ? くらいのノリで領土を広げる奴らで、そのためなら武力行使も厭わない。究極的には国が亡びるまで止まらないんじゃないだろうか。

 ブリタニア皇帝を暗殺できたらなんとかなるかもだけど、いくつもの理由から不可能に近い。

 

 となるとやっぱり、一つ目の方向で行くしかないか。

 まあ、こっちも正直言って現実的じゃない。

 原作の時間軸(今から九年後くらい)には日本製のKMFも出来上がっていたし、技術力自体はある。軍人の中にも腕の立つ人間はいるんだけど、どうしたって国土の広さと資金力の問題が大きい。第二次世界大戦時の日本とアメリカが多分ちょうどいい例だ。俺も詳しいわけじゃないが、軍艦等の質自体は良かったが物量ですり潰されたらしい。

 それでも、やらないよりはマシ。

 少なくともKMFを危険視してもらうことさえできれば、あっさり負けて占領されました、だけは避けられるはず。KMF自体を造れなくても対策はできるかもしれない。極論、KMFに対抗できるならモビルスーツでもISでもアームスレイブでも何でもいいのだ。

 そのために俺にできること。

 

 ……えっと、何ができるんだ?

 

 娯楽作品としてコードギアスを楽しんでいただけの人間にKMFの開発ができるわけがない。

 現代に近いが元いた地球とは異なる世界。知識チートや競馬・宝くじで大儲け、なんてこともできない。

 というか、俺という存在が目立ちすぎるのもまずい。この世界には異能の持ち主がいるので、ふとした拍子に洗脳されたり記憶を弄られたり心を読まれたりする可能性がある。

 目立つのを避けつつ、歴史に大きな変化をもたらすような改変を行わないといけない。

 駄目じゃん。

 

 あれこれ頭を悩ませつつも良い案が出ないまま一か月が過ぎた。

 

 咲世子(あね)は心境の変化でもあったのか、前にも増して訓練に励んでいる。

 戦車や戦闘機にも勝てるようになりたいのだとか。そのためにより丈夫で威力のある武器を調達できないか父に掛け合っているらしい。すごく頼もしい話だが、いったいどこまで強くなる気なのか。

 

 もちろん、俺もただ単にうんうん唸っていたわけではない。

 性教育をスルーする言い訳のため……もとい、将来の役に立てるために勉強に励み、可能な限りの知識を身に着けつつ、優秀な子供であることをアピールした。

 何しろ前世で一度大学まで出ているので、高校卒業程度までの内容は学ぶというより思い出すといった方が正しい。社会科に関しては残念ながら覚えなおす必要があったが、主な歴史上の人物や過去の事件には共通する部分もかなりあったので全くの二度手間というわけでもなかった。

 教育係が大喜びだったので、俺の優秀さは父や他の家人にも伝わったはずだ。

 

 篠崎百合の脳自体も前の俺よりスペックが良い。

 飛び級で大学に入学できれば兵器開発に携われる目もあるだろうか? まあ、そのためには外を出歩いても倒れない程度の体力が必要だが。

 というわけで、暇を見ては体力トレーニングにも励んでいる。ただし、トレーニングといっても部屋の中をぐるぐる歩き回ったり、お手玉をしたり、座った状態で足をぶらぶらさせたりするだけなので傍目からどう見えるかは謎。

 

 これ、十歳の幼女にしては結構頑張ってる方なんじゃないだろうか。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 百合は変わった。

 以前から抱いていた違和感を咲世子は確信に変えていた。

 いつからかといえば、風呂で拒絶されそうになったあのあたりからだろう。

 

 妹は、前よりずっと大人になった。

 もともと聡明な子ではあったのだが、最近は更に優秀になった。

 能力以上に本人の熱意が上がったようで、世話係や家庭教師は大いに喜んでいる。

 

「知的な女性になって、姉さまや篠崎の方々の力になりたいのです」

 

 頑張る理由を尋ねると百合はそんなふうに答えた。

 幼いながらに自分の役割を理解しているのだ。外国の家に嫁がせるのは何も、相手先からの見返りだけが目的ではない。むしろ、外の情報を手に入れるための間者の役割を期待するところが大きい。

 何食わぬ顔で妻や娘の役割を果たしつつ祖国に利する。

 か弱い百合に負わせるには重すぎる役割だと咲世子は考えていたが、妹は咲世子が思っていた以上に成長していたらしい。

 

「ねえ。百合には夢はある?」

 

 稽古が長引いてしまい(人ではなく鉄の塊を想定した訓練を始めたせいだ)、会いに行くのが寝る前になってしまった日。

 部屋の窓から二人で星を見上げながらそんな話をした。

 百合はきらめく星々をどこか眩しそうに見つめながら、ゆっくりと答えた。

 

「私の夢は、おばあちゃんになるまで生きて、死ぬことです」

「百合……」

「だから、世界には平和であって欲しいと思っています。戦争なんてないに越したことはありませんから」

 

 多くの日本人にとって戦争とは「遠いどこかの出来事」だ。

 しかし、咲世子は知っている。ブリタニアという強国が現実的に存在しており、世界各地に戦争を仕掛けていることを。

 この国も、いつまでも平和でいられるとは限らない。

 病弱な百合にとって、命の危機はより深刻だ。普通に暮らしているだけでも寿命を全うできる保証が全くないというのに、戦争となればなおのこと。

 

「ね、姉さま。苦しいです」

「ごめんなさい。でも、もう少しだけこうさせて」

 

 気づけば咲世子は妹を抱きしめていた。

 

 妹は変わった。

 しかし、一方で百合は全く変わっていない。

 小さくて軽くて病弱で美しい、大切な妹。どこか捉えどころのない言動をしつつも邪気を全く感じさせない、咲世子の良く知る妹のままだ。

 

 この子が戦火にみまわれる未来がありませんように。

 咲世子は密かに星に祈った。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくが経ったある日、咲世子は当主から意外なことを告げられた。

 

「百合に縁談の話が上がっている」

「縁談? 国内から、ですか?」

「そうだ」

 

 篠崎家の家業は要人警護。

 当主である父も週に半分以上は仕事のために外出している。当然、政治家や資産家等、要人といえる人物と顔を合わせる機会が多く、時には酒宴に顔を出すことさえあるのだが──ふとした拍子に子供の話になり、百合の話を漏らした。

 すると、そこから話が広まり「見目麗しく優秀な子とあらば、うちの子にどうか」という申し出が寄せられるようになったらしい。

 

「ですが、あの子はまだ十歳です。法的にも婚姻可能な年齢ではありません」

「わかっている。もちろん、あれが十六になるまでの婚約という形になる。また、現段階では本決まりというわけでもない」

 

 先方としても選択肢の一つに百合を加えた、という程度の話だ。

 まずは百合本人に会ってみて、あるいは息子を会わせてみて好感触なら前向きに検討する、といったところだろう。

 途中で立ち消えになる可能性も当然高い。というか十中八九そうなる。

 咲世子はほっとしつつ、それでも更に異を唱える。

 

「百合の身体は()()には向かないと思いますが」

 

 戦国の時代、女の価値とは家柄、容姿、持参金、そして()()()()()()()()()()()()といったものが主だった。

 時代が変わったとはいえ、子を産むことが女の役目、という考え方は古い世代を中心にまだまだ残っている。生まれた子が優秀かどうかは産んでみないとわからないとはいえ、そもそも「出産したら当人が死にかねない嫁」は多くの家にとって選ぶに値しないはず。

 と、

 

「後妻を取るなり、愛人の子を養子とするなり手はある」

「っ」

 

 死んだら代わりを用意すればいい、と言わんばかりの発言に咲世子は歯噛みする。

 当主は明言しなかったものの「そもそも百合の方を愛人とする」という手段も、もちろん存在するだろう。

 百合の才覚が欲しいのなら正妻とすべきだろうが、容姿に重きを置くのなら愛人でも問題はない。

 

 咲世子は数秒迷ってから口を開いた。

 

「私は反対です。百合は──」

「相談のためにこの場を設けたわけではない」

 

 しかし、当主はぴしゃりと反論を封じた。

 

「……父上は、百合を外国へと考えていらっしゃったのでは?」

「国内も一枚岩ではない。間者を作っておいて損はなかろう。……それに、あれにとっても日本の方が過ごしやすかろう」

「お父様……!?」

 

 当主が、父が、百合を心から嫌っているわけではないことは咲世子も知っていた。

 当の百合は嫌われていると思っているようだが、そもそもあの子は当主と愛人との間に設けられた子。愛しい女の産み落とした子を嫌えるほど性格がねじ曲がっているわけではないのだ。

 とはいえ、彼が口に出して情を訴えるのは意外だった。

 何事もなかったように、あるいはついこぼしてしまった内心を恥じるように沈黙を作った当主へ、咲世子は静かに頭を下げた。

 

「父上のご厚情、誠に感謝いたします」

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「百合様。さあ、お仕度をいたしましょう」

 

 原作介入計画を始めてから約二か月。

 体力トレーニングは大した効果が出ていないものの、勉強の方はどんどん捗り、若干調子に乗り始めた今日この頃、俺の周囲には変化が生まれていた。

 

 なんだか知らないが来客が急に増えたのだ。

 

 それまでも篠崎流の若い衆が挨拶に来たり、からかいに来たり、花や玩具を置いていったりすることはあったのだが、最近来るのは身内ではなく外部の人間。

 お役人だの政治家だの社長だのといった人たちが結構なペースで訪れ、俺は彼らに挨拶をさせられている。

 もちろん、俺に会いに来たわけじゃなくて父を尋ねて来てるんだが、そういう奴らにわざわざ俺が挨拶させられるなんて今まではなかった。この二か月だけじゃなく、それより前も含めてだ。普通に考えて挨拶させるなら咲世子の方だし。

 なのにわざわざ俺ってことは、まあ、そういうことなんだろう。

 

 外に出ないので正月くらいしか着ない綺麗な着物を身に着け、大人のおっさんに頭を下げた後、部屋に帰って良いのかと思えば父とおっさん相手に話をさせられる。

 っていうか父とまともに顔を合わせるのいつ以来だっていう。

 

「百合君は最近、どんな本を読んでいるのかな?」

「はい。機械工学の入門書に挑戦しております」

 

 難解すぎて入門書を理解するために別の本を何冊も取り寄せる羽目になり、少し泣きそうになっている。

 

「世界情勢についてはどう思うかね?」

「神聖ブリタニア帝国の横暴は目に余るかと。現状、武力衝突は得策ではありませんので、諸外国と連携して経済面から力を削ぐことも視野に入れるべきではないでしょうか」

 

 前世の聞きかじり知識で知ったような口を利いているだけだ。

 

「将来何か挑戦してみたいことは?」

「若者向けの電子遊戯を開発し、手に入れた利益を国に還元できたら、などと夢想しております」

 

 ポケモンとかたまごっちとか作ったら当たるんじゃないかなって。

 

「このようなことを聞くのは失礼かもしれないが、どのような男が好みかな?」

「そうですね……我が家は無骨な殿方ばかりですので、すらりとした方に憧れます。真面目で真っすぐなお人柄であればなおよろしいかと」

 

 少なくともあんたみたいなおっさんは好みじゃない。

 

「なるほど。いや、楽しかった。……当主殿、良いお嬢さんをお持ちだ」

「恐縮です」

 

 こんな出来事が何度も繰り返されるのでだんだんうんざりしてきた。

 そもそも、俺が嫁ぐのは外国じゃなかったのか。そう思っていたら、姉がこっそり教えてくれた。

 

「父上は百合が日本に居られる方法を考えてくださっているの」

 

 なるほど。あの堅物親父にも良いところがあったのか……。

 でも、日本に滞在し続けるのも良いことばかりじゃないんだよな。日本占領を防ぐのが目標なのは変わらないが、原作通りの展開になった場合、それまでに日本を出ていた方が安全なのは間違いない。

 いや、本当にどうしたものか。

 

 俺が新しい問題に頭を悩ませていると、またも使用人から来客の予定を知らされる。

 

「二日後に枢木ゲンブ首相とご子息が来られるそうです」

「そうですか、ありがとうございま……え?」

 

 頭の中に今の内閣組織図を思い浮かべながら答えた俺は、礼を言いかけて硬直した。

 枢木ゲンブ。

 原作にも名前が出てきた日本のトップが遊びに来るとは父も本当に凄いらしいが、今はそんなことはどうでも良い。

 

「あの。枢木首相の息子さんの名前はわかりますか?」

「? ええと、たしかスザク様だったかと思いますが……?」

「そ、そうですか」

 

 がくがくと手が震えるのを感じながら俺は愛想笑いを返した。

 枢木スザク。

 原作における主人公ルルーシュの親友にしてライバルにして最大の敵。読者視点からだとぶっちゃけゲンブなんか目じゃないくらいの重要人物。

 この時点ではまだお子様のはずではあるが、なんで原作の重要人物が向こうから接触してくるのか、誰か俺に教えて欲しい。



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婚活女子 篠崎百合 二

 どうして自分はこんなところに連れてこられたのか。

 日本国総理大臣・枢木ゲンブの息子、枢木スザクは、山間にひっそりと建つ日本屋敷を見て不思議に思った。

 護衛や世話係はついているものの、基本的には父と二人。

 未だ八歳の幼い少年に過ぎない彼には、あまり面白いシチュエーションではなかった。裕福な家の出であるため、大きな日本屋敷を見るのは初めてではないし、何より屋敷に着くまでにそれなりに歩いたので少し疲れた。

 

「父さん、ここは?」

「私が世話になっている人の家だ」

「ふうん……?」

 

 余計に自分が場違いな気がして首を傾げる。

 出迎えに出てきた使用人と若い男──身のこなしから見るに護衛の類だろう──に案内されて玄関から入ると、引き締まった筋肉を持つ男に出迎えられる。最近通い始めた武術道場にいる男達と同様の気を発しているので、こちらはかなりの達人に違いない。

 少し興味が出てきたスザクはふと男(この家の当主らしい)の後ろに何か白い物を見つけた。なんだろうと見つめると、それは髪だった。白い髪。これは初めて見た。身体を傾けて更に観察すれば、そっと顔を出した()()()()()()と目が合った。

 同い年か、それとも一つ下くらいだろうか。

 

「これが次女の百合です」

「おお、この子が。話の通り聡明そうな子だ」

 

 百合と呼ばれた少女に興味を引かれている間に話が進んでいたらしく、今度はスザクが紹介される。

 

「息子のスザクだ。彼女よりは二つ年下になる」

「初めまして、篠崎百合と申します。以後お見知り置きくださいませ」

「年上!? こいつが!?」

「スザク。女性に対して失礼だろう」

 

 ゲンブから窘められるも、スザクは「百合は年上」という事実が衝撃的すぎてそれどころではなかった。

 髪だけでなく肌まで白く、手足は折れてしまいそうなほどに細い。何から何までスザクとは違う、例えるなら人形のような少女だった。

 百合は百合でスザクの方に視線を向けてきていたものの、何を考えているのか表情からではいまいち読み取れない。怖がられているような気もするし、一挙一動を観察されているような気もする。

 

「では、枢木首相。こちらへ」

 

 和室に通されたスザク達は篠崎家による歓待を受けた。

 酒やちょっとした料理、菓子に果物などが振る舞われ、父親達は盃を合わせて笑い始める。

 基本、スザク達は蚊帳の外である。

 首相だけあってゲンブはこうして催しによく参加している。家に人を招くことも良くあるので、スザクにとっては慣れっこだ。といっても、話についていけるという意味ではなく、一生懸命聞いてもちんぷんかんぷんだ、ということがわかっているというだけだが。

 年上にはとても見えない幼い百合も似たようなものだろう、と、煮物のこんにゃくをつまみつつ視線を送ると、少女は金平糖を一粒ずつ口にしながら大人の会話に耳を傾けていた。

 

「百合君はどう思うかね?」

「はい。サクラダイトは今後、世界において最も重要な資源になると考えます。日本、特に富士のサクラダイト採掘量は世界有数ですので、間違いなく諸外国から狙われるでしょう」

「首相。例の話はこの百合が出どころなのです」

「ほう。やはり女子(おなご)は花を好むのだな。百合君は特に桜が好みか」

「ええ。桜の下には死体が埋まっているとはよく申したもので、かの『桜』は多くの屍を作り上げることでしょう」

「ふむ。手放すべき、か?」

「一概にそうとは言えません。そして桜の美しさを世界へ広める場合でも、安売りはすべきでないでしょう」

 

 何を言ってるんだこの子は。

 スザクには百合の言っていることが一割も理解できなかった。どうやら父との間で会話が成り立っているようだが、一体何をどうしたらゲンブと世間話ができるのか。

 一人置いていかれたような気分になって不貞腐れる。

 なんだかいつも以上に面白くない気がして、煮物や菓子を貪っていると、

 

「おっと。スザク君は退屈のようだ」

「そうですな。子供を酒に付き合わせるのは無粋というもの。スザク。百合君と遊んでいなさい」

「いいんですか?」

「ああ。子供は子供同士の方が良いだろう?」

 

 はい、とスザクは答えた。

 得体のしれない少女が一緒なのは不満だが、この場から離れられるのは嬉しい。

 

「行こうぜ」

 

 立ち上がり、百合に歩み寄って手を引く。

 

「あっ。父上、金平糖を持って行ってもよろしいですか?」

「ああ、構わない」

「金平糖か。酒に合わないわけではないが、私には少し甘すぎる。百合君、遠慮せずに持っていきなさい」

「嬉しい。ありがとうございます」

 

 大事そうに金平糖を包み始める百合。

 スザクとしては父に同意だった。美味しいとは思うが幾つも食べたいとは思わない。

 やはりこの少女とは気が合わないかもしれない。

 思いつつも、準備の終わった百合の手を引き、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 こいつとは間違いなく気が合わない。

 スザクが確信を抱くのにあまり時間はかからなかった。

 

「外に遊びに行こうぜ」

 

 せっかく自然が多いのだから屋内にいたら勿体ない。

 廊下に出るなり提案すれば、百合は困ったように眉を顰めた。

 

「それよりも私のお部屋に参りませんか?」

「部屋じゃ何もできないじゃないか」

「そんなことはありません。お喋りをしたり、読書をしたり……ああ、双六もございます」

 

 スザクは聞いただけでうんざりした。

 

「何が面白いんだよ、そんなの」

 

 拗ねられるかと思った。

 周りにいる同世代の女子は自分の主張が通らないとすぐにへそを曲げるからだ。

 しかし、百合は微笑んで言う。

 

「スザクさま。こういう時は女性を立てるものですよ」

「お前は女性なんて柄じゃないだろ」

「これは一本取られましたね」

 

 あっさりと言って、なおかつ結局、少女はスザクを部屋に引っ張っていった。

 女の子らしい部屋の中は案の定スザクにとってはつまらなかったが、百合が遊び道具を探しながら漏らした言葉にそれどころではなくなる。

 

「私、身体が弱いので外には出られないのです」

「病気なのか?」

「病気というよりは体質ですね。日焼けに弱く、病気もしやすい身体なのです」

「じゃあ最初からそう言えよ」

「申し訳ありません。憐みを誘うのはあまり好きではないのです」

「じゃあ、何が好きなんだ」

 

 続けて尋ねる。

 二人での双六や静かな読書に比べればお喋りの方がまだましだ。

 百合は「うーん」と首を傾げて、

 

「そうですね。平和、でしょうか」

「なんだそれ。よくわからない」

「わからないのは今が平和な証拠です。争いの無い幸せな生活です」

 

 うんうんと自分で頷く少女。

 どこか捉えどころのない、揺らぎの多い瞳に見つめられて何故かどきりとする。

 

「争いはできるだけ避けるべきです。もちろん、暴力も。目的のためだからといって短絡的に人を殺めるなどもってのほかです」

「? そんなの当たり前だろ?」

「そう、当たり前です。当たり前なのです、スザクさま」

 

 どういうつもりなのか知らないが、百合は口を酸っぱくして「殺しがよくない」と言ってきた。外で遊ぼうとしただけなのに、暴力的な男だと思われてしまったのだろうか。

 怫然としつつ話を流し、後の時間は将棋をさして遊んだ。

 百合はチェスとかいうゲームをやりたがっていた。なんでも将棋に似た西洋のゲームらしいが、スザクが遊ぶ機会はこれからもきっとないだろう。

 

 あの少女が自分の婚約者候補だったと知らされたのは家に帰ってからのこと。

 

 結局、百合の婚約はお流れになり、スザクは後に別の少女と婚約することになる。

 婚約相手となった少女は年下の我が儘なお嬢様で、何から何までが篠崎百合とは違っていた。

 だからだろうか、以来、スザクはふとした瞬間にあの少女の顔を思い出すようになった。子ども扱いされた苦い思い出と一緒に、だ。

 

 この時のスザクはまだ知らなかった。

 あの少女──百合と将来、意外な形で再会することになることを。

 そして、再会した時の自分が今とは異なる状況に置かれていること。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 スザクとの婚約はなんとか(?)回避した。

 

 まあ、もともと成立する見込みは低かったと思う。

 原作におけるスザクの婚約者はキョウト(カタカナなのは原作準拠)の超お嬢様。首相の息子のお相手としてどっちが相応しいかは考えるまでもない。

 姉に匹敵する肉弾戦能力の持ち主であるあいつの妻は俺には務まらないだろう。いや、原作でも婚約破棄されてたりして結局誰ともくっついてないんだが。

 

「藤堂さんは強いんだ。あの人は最強だと思う」

「最強は私の姉さまです」

「お前の姉さんってそんなに強いのか。俺、その人に会いたかったな」

 

 スザクとはそんなどうでもいい話をした。

 あと、殺しは良くないと何度も繰り返し言い聞かせた。

 原作だとあの男、ブリタニアとの徹底抗戦を唱える父ゲンブを殺してるからな……。父を殺せば戦争が終わると思ったらしいが、年齢を考慮するにしてもあまりに短絡的すぎる。あれだけ言っておけば少しは思い留まってくれるんじゃないだろうか。

 

 むしろ俺的にはゲンブ首相と直接話ができたことの方が重要だ。

 サクラダイトの重要性を訴え、最も危険視すべきがブリタニアであることも示唆した。

 来るべき戦争に備えさせるにはこれ以上ない成果だ。

 

 これで一安心。

 だけどあまりほっとしてもいられない。ちょっと準備した程度じゃ結局、日本は負けるだろうからだ。

 ゲンブ首相には負けるにしても負け方を考えてもらえるように言っておいたから、それ込みで好転してくれると信じたいが、他の方法も講じておくべきか。

 

「お前の縁談話は全て破談になった」

「残念です」

 

 父に呼び出された俺は「まあそうだよね」と言うのを我慢して愁傷な顔を作った。

 

「では、父上。予定通り外国と縁談を?」

「うむ。異論はあるか?」

「ありません。ですが、嫁ぐのならブリタニアに嫁ぎたいです」

「……他に選択肢もあるまいな」

 

 情報収集の観点から見てもそれしかないだろう。

 傍目からは沈没船から逃げ出すように見えるかもしれないが。

 

「わかった。その方向で動こう」

「お願いいたします」

「………」

 

 父は黙った後で「今のうちから暗号の使い方を学んでおくように」と言い渡してきた。

 一見すると厳しい当主の姿なんだけど、咲世子からあんな話を聞いたせいかツンデレっぽく見える。いかついおっさんがツンデレても可愛くないが。

 

 

 

 

 

 

 

 国内ならいざ知らず、外国人との婚約となると調査から根回しまで手間がかかる。

 月日はあっという間に流れ、俺の記憶が戻ってから一年近くが経った頃、ようやく俺のお相手が本格的に決まった。

 病弱なアルビノの幼女を嫁に貰おうという奇特な人はどこの誰かというと「アスプルンド伯爵家」のご子息、れっきとした貴族様だ。

 歳は二十一歳。大学に在学中で、卒業後はブリタニア軍で兵器の研究開発を行う予定とのこと。研究一筋の変人で知られており、自分の趣味を許容してくれることが一番の条件だと言っているらしい。俺がまだまだ子供で結婚できる年齢でないのも時間稼ぎができるので好都合というわけだ。

 

 この変人さんの名前はロイド。

 俺にとっては家名よりもこのロイドという名前の方が馴染みがある。彼は原作において枢木スザクが搭乗するKMF(ナイトメアフレーム)・ランスロットを開発した人物だ。なので技術者としての才能は折り紙つき。作中でも奇行が目立つ人物であり、変人っぷりも折り紙つき。

 原作でも没落貴族の令嬢を婚約者に指名し、彼女が学校を留年しても婚約を取り消さなかった。彼なら確かにOK出すかも、と、俺としても納得である。

 

「とはいえ、貴族に嫁ぐのならそれなりの箔が必要だ」

 

 ロイドについての説明を一通り終えた後、父は俺にそう告げた。

 

「貴族の正妻というのは基本的に貴族か、あるいはそれに準じる名家の令嬢でなければならない。ならば、そうなってしまえばいい」

 

 要するに、以前から計画されていたことを実現させる。

 俺をブリタニア貴族の養女として迎えてもらい、その家からロイドのアスプルンド伯爵家に嫁ぐという形を取るのだ。

 当然、その場合、俺を養女にするのは別の家ということになるが、これに関してはロイドの家が嫁に迎えるという前提があるのでそこまで難しくなかった。

 日本人に理解があるというブリタニアの名家が「ならばうちが」と名乗りを上げてくれたのだ。

 

 家の名前はシュタットフェルト家。

 原作ヒロインの一人、紅月カレンの父方の家だった。




※余談です

■篠崎百合
皇暦1998年生まれ。
(咲世子より五歳年下。ルルーシュ・スザクらより二歳年上。ミレイより一歳年上)
容姿は「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」のソフィア・アスカルトに和服を着せたイメージで概ね問題なし。
ブリタニア人になった後は「リリィ・シュタットフェルト」となる。

名前の「百合」の由来はラ行縛りに合わせるために「リリ」か「レレ」にしようとした結果、百合という日本人名から百合に改名するネタを思いついたため。なので姉妹百合がしたいという欲望が先行したわけではない。


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婚活女子 篠崎百合 三

 シュタットフェルト家の当主が日本人贔屓なのは俺も知っていた。

 原作で日本人女性を孕ませているからだ。浮気だったとはいえ、彼は日本が占領された後、カレン母娘を家に迎えている。この際、カレンは「カレン・シュタットフェルト」の名を与えられ、名誉ブリタニア人(金銭等によってブリタニアの一員と認められた日本人)ではなく正式なブリタニア人となっていた。

 政治的道具にする気だったのかもしれないが、少なくとも日本人女性に忌避感はないだろう。

 婚約が決まっている以上、手を出してくることも多分ない。

 

 婚約の流れとしてはまず一度、ロイドとカレン父に会って正式な約束を取り付ける。

 その後、準備ができ次第シュタットフェルト家に養女として入り、俺が結婚可能な年齢になったらロイドと結婚、といったところ。

 なのでまず一度、話し合いのためにブリタニア本国へ渡らないといけない。

 

 カレン父は定期的に日本に来ているらしいが、大学生のロイドはスケジュールが厳しい。本人が研究にかまけて時間を使い潰すせいだが、無理強いすると「じゃあ婚約止める」と言いだしかねないのでしょうがない。

 こちらがお願いする立場である以上、こちらから出向くのが筋でもある。

 地道に体力トレーニングもしたので、日焼け対策をしておけば倒れることはないと思う。移動には車や飛行機を使い、必要な時以外ホテルにいればなんとかなるだろう。

 

「どうせすぐ結婚はできないんでしょう? もう少し遅らせてもいいと思うんだけど」

 

 それでも姉は心配してくれたが、あまりのんびりもできない。

 

「日本とブリタニアの関係が悪化してからでは話がまとまらなくなる可能性があります。おそらく、このタイミングがベストかと」

「戦争……。百合は本当に起こると思う?」

「はい。まず間違いなく」

 

 世界ではサクラダイトを利用した技術が次々に生まれている。

 原作だとサクラダイトの働きを阻害する装置で都市機能がほぼ完全に麻痺していたが、このままなら近いうち、そういうレベルで生活に浸透するだろう。

 そして、世界最大のサクラダイト産出国は日本。

 狙われないはずがない。

 

「私がついていければいいんだけど」

「姉さまにもお勉強があるでしょう? お気持ちだけありがたく受け取らせてください」

 

 咲世子は高校卒業後、正式に『仕事』を始めることになっている。

 もう少し遅らせたら、と言った理由の中には自分がついて行けるから、というのもあったかもしれない。

 でも本当、そんなに危なくないと思うのだ。

 ブリタニアは他国に次々攻め込む狂犬みたいな国だが、裏返せばそれだけ強いってことでもある。本国が狙われることはまずないので国民達は平和に暮らしているはずだ。

 

「行ってまいります、姉さま。大丈夫。必ず帰ってきますから」

 

 俺は少数の護衛、世話係と共に日本を発った。

 鍔の広い帽子に長袖のワンピース、手袋とタイツを身に着け、更に日傘をさして完全防備。屋敷のある山の中から車道に出るまでの道のりこそ辛かったが、車に乗ってしまえば後は空港まで一直線。基本的に座っているだけで良かった。

 窓の外から見た日本の景色は古色蒼然としているような、思ったよりは近代的なような。

 前世の日本に比べると和の要素が残っているものの、都市部にはビルなんかもある。もし、第二次世界大戦がないまま発展したらこんな感じになるのかもしれない。

 

 百合になってから初めての飛行機は、何事もなく無事にブリタニアへ着いた。

 前世で何度か乗っていたので戸惑うこともない。むしろ、機内食で鶏肉のソテーが食べられて少し興奮した。

 ブリタニア行きに備える意味もあって最近の食事は洋食中心だったのだが、ビーフシチューが肉じゃがになるまでいかなくとも若干「ん?」と首を傾げるような味付けだった。やっぱり本物は違う。

 まあ、ブリタニアがイギリスモチーフだとするとメシマズの可能性があるんだが、原作に出てきた食事は割と美味しそうだったので大丈夫だと信じたい。いや、でも何かっていうとビザ〇ットだったな。チェーン店のピザくらいしか美味いものがないのか? うーん……。

 

 古い伝統と新しい文化が入り混じる夢の街、というのはどこかの本で読んだキャッチフレーズだが、神聖ブリタニア帝国の街並みはまさにそんな感じだった。

 伝統的な建物は残しつつも要らないものはばんばん壊して新しくし、近代化を進めている感じ。鉄道にバス、公衆電話等々、前世の俺の感覚で言うとこっちの方が慣れ親しんだ感さえある。

 

「では百合様。ホテルへ参りましょう」

「あ、はい」

 

 久しぶりのベッドの感触に懐かしさを覚えつつ、パンと芋の食文化を堪能。

 翌日はロイドのいるアスプルンド伯爵家へ挨拶に行った。

 

「初めまして、篠崎百合と申します」

「ロイドです。どうぞよろしく」

 

 ロイドは色白で三白眼気味の美青年だ。

 付き合いたいという女性は大勢いるだろうに、俺との初めての挨拶もいともあっさりしたものだった。

 ブリタニア式の礼の仕方とか頑張って覚えたのに、オッス私百合、くらいのノリでも普通にスルーされたかもしれない。まあ、そんなことしたらご両親からノーを突きつけられるだろうけど。

 

「ふうん。なるほどねえ」

「? なんでしょう、ロイドさま」

「いや。確かに日本人には見えないな、と思っただけ」

 

 広いテーブルの下座に落ち着いたと思ったら、ニヤニヤ笑いのロイドにそんなことを言われる。

 

「どうです、二人とも? この子ならブリタニア人でも通るでしょう?」

「うむ」

「え、ええ、そうね」

「よろしい。では僕はこれで」

 

 いや、ちょっと待てこの研究馬鹿。

 顔合わせは済んだからこの話進めといて、と言わんばかりの彼を慌てて制止。

 

「お待ちください、ロイドさま」

「うん?」

「このような場では形式も重要と存じます。周囲の皆さまに納得していただくためにも、通り一遍のルーチンをこなした方が結果的に時間短縮になるかと」

「へーえ? 面白いこと言うねえ、キミ」

 

 さっさと部屋から出ようとしていたロイドが戻ってくる。

 

「いいよ。キミの言うルーチンとやらをこなしてあげる」

「あ、ありがとうございます」

 

 笑みを浮かべたまま俺に近づき、顎をくいっと持ち上げる彼。

 顔が近い。まさかキスされないよなとびくびくしつつ、これをやられたら落ちる女もいるだろうな、と他人事のように思った。

 後の話はとんとん拍子に進んだ。

 お互いの自己紹介をした後は現実的な話──百合(おれ)にどんな価値があるのか、篠崎家がどんな見返りを与えてくれるのか、という話になる。後者は具体的には金銭だが、追加要素としてシュタットフェルト家との親交もある。

 何より大きいのはロイドの結婚相手を決められること。

 伯爵家に嫁ぎたい女性は多いだろうが、そういう「金や権力目当て」の女性はご両親としてもノーサンキュー。かといって顔目当ての女性はロイド自身が嫌がるので、彼らはほとほと困っていたのだ。ちなみに原作通りならあと八年くらいは相手が決まらない。

 えり好みして変な女しか残らないよりはさっさと決めてしまうか、といったスタンスなのである。

 

 話がまとまるにつれてご両親は上機嫌になって、最終的には「後はしばらく二人だけで」と、こちらのお目付け役と一緒に退室していった。

 こうなるとロイドは部屋に戻りそうだな、と思ったが、意外にもニコニコしたまま紅茶を飲んでいる。

 

「逃げなくてよろしいのですか?」

「言っただろう? ルーチンに付き合うって。それに外で誰か見張っているだろうからね」

「それはそうですね」

 

 俺なら確実に見張りをつける。

 

「では、ロイドさま。何かお話をしてくださいませんか?」

「話? 僕は趣味の話しかできないよぉ?」

「では、機械のお話ですね。素敵です。是非お聞かせください」

 

 両手を胸の前で合わせて話をねだると「仕方ないなあ」と言いつつ若干嬉しそうに、ロイドは自身の専門に関する話をしてくれた。

 彼の話をうんうんと頷きながら聞く俺だったが、方便は半分くらい、残る半分は本心から楽しんでいた。

 何しろ前世は男の子、メカとかロボットとかは割と好きなのである。

 

「では、ランドスピナーとは機械仕掛けのローラースケートのようなもの、しかも状況によって使い分けが可能なものなのですね? 戦車ですと性能を発揮しきれないように思いますが、多脚型の戦車を? それとも二足歩行の兵器に用いるのでしょうか」

「いい質問だねえ。そう! ランドスピナーは人型兵器にこそ相応しいんだ。まるでSF小説かアニメーションの世界だ。いやあ、いい時代になったよねえ!」

 

 やばい、ちょっと同意したい。

 

「キミ、こういうの結構詳しいんだね?」

「はい。多少興味がありまして、専門書や論文を幾つか読みました。日本で手に入るものは限りがありますが……」

「へえ、例えば誰の論文を?」

「そうですね、例えば──」

 

 ……と、話は意外に弾んだ。

 話し込んでしまった(九割がたロイドが勝手に喋っていただけだが)せいか、ご両親が「そろそろいいんじゃないか」と呼びにきたくらいだ。

 取り込み中の可能性を考えたのか遠慮がちにノックされたのに、二人とも向かい合って座ったままだったので若干がっかりされたが。

 

「百合さん、ロイドをよろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 ロイドの母親からよろしくされてしまった。

 ロイドはというと別れ際、

 

「キミの目的は果たせそうかい? お嬢さん」

 

 と、耳元で囁いてきた。

 食えない男だ。研究しか興味のないフリをしながら人間観察まで行っている。

 努めて笑顔を浮かべながら俺は答えた。

 

「はい。お互いにとって良い結婚となることを願っております」

 

 翌日はシュタットフェルト家との顔合わせ。

 こっちは前の日以上にさくさく進んだ。

 当主の正妻からは良い顔をされなかったものの、強烈な拒絶もされなかった。最初から嫁ぐ前提で養女になるわけだし、色白で日本人的特徴は殆どないし、当主と血の繋がりもないからだろう。利益のための打算的な関係の方がいっそ仲良くしやすい。

 当主の方は「女の子が増えると華やかになっていいな!」くらいのノリ。もちろん表面上は取り繕っているが、奥さんいるのに日本人女性を孕ませてる男だ。原作でも正妻をほったらかしてよその女のところに遊びに行っていた節がある。

 よろしくお願いします、と最後に挨拶をして円満に締めくくった。

 

 三者揃っての顔合わせは行わないことに。

 二家の話し合いはいつでもできるし、結婚の話し合いなんだから俺がシュタットフェルト家に入ってからでもいいだろう、という話。

 示し合わせてよからぬこと企まないといいけど、まあ、アスプルンド伯爵家とシュタットフェルト家も別に仲良しとかではない。これがキョウトのお嬢様とかなら話は違うだろうが、俺ごときを陥れても大した得はない。人質に取って日本の情報を、とか考えたとしても国も父もあっさり俺を見捨てるはずだ。

 

 翌日、ホテルで一日休んだ後で日本へ帰国。

 終わってみれば拍子抜けするほど上手くいった。

 それでも、日本の空港に降り立った瞬間はほっと息がこぼれた。やっぱり、それなりには緊張もしていたし、何より俺は日本人なんだろう。

 空港から屋敷までの車中、景色をぼんやり眺めながら、この風景が壊れなければ良いとぼんやり思った。

 十中八九、ブリタニアに襲われるこの地からいち早く逃げだす俺が思っていいことではないかもしれないが。

 

「百合!」

「ただいま戻りました、姉さま」

 

 平日昼間に戻ってきたので、咲世子と会うのは夕方になった。

 学校から帰ってくるなり、稽古のための着替えも後にして部屋に飛び込んで来た姉は、俺の姿を見るといきなり抱きしめてきた。

 この一年で更に成長した女性らしい身体は、姉の戦闘能力からは考えられないほど柔らかかったが、肉親としての意識が浸透してきたせいか、週に二、三回は一緒に風呂に入っているから見慣れたのか、感じたのはただただ安心感だった。

 

「お帰りなさい、百合。風邪をひいたりしなかった?」

「はい、大丈夫です。ですが、日本食が恋しくなりました」

「そう」

 

 咲世子はくすりと笑って身を離し、俺を見つめた。

 

「じゃあ、たまには私が作りましょうか?」

「嬉しいです。でも、姉さま。お稽古の方は大丈夫ですか?」

「早く終わらせれば問題無いわ」

 

 有言実行、姉はその日の稽古を本当にあっさりと終わらせた。

 あっさりと「終わらされた」うちの男衆にしたらたまったものではなかっただろうが、俺は嬉しかった。咲世子は将来メイドになるだけあって家事も得意なのだ。

 料理といえば、俺も一応覚えた方がいいかもしれない。いいところの家に行くから自分で作る必要は基本ないだろうが、ロイドと結婚した後はどうなるかわからない。小さな家で二人暮らしという可能性もある。そうなった場合、あの男は「食べられればいい」とか言うに決まっているので、美味しいご飯が食べたければ自分で作るしかない。

 

「しばらくはのんびりできるんでしょう?」

「そうですね。嫁入り先を探す必要はなくなりましたし」

 

 当たり前のように組まれる勉強スケジュールさえこなせばいい。

 俺達は互いの稽古や勉強の合間を縫って逢瀬を重ねた。それはいずれ来る別れを忘れようとするかの時間だった。

 

 しかし、確実に「その時」はやってくる。

 

 職業柄、軍事や政治の情報に詳しい篠崎家にはいち早く、日本とブリタニアの関係悪化の報が入ってきた。

 日に日にきな臭い方向に向かっていく情勢。

 残酷にも、開戦は原作開始から七年前のことで──咲世子が高校を卒業するのを時は待ってくれなかった。



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婚活女子 篠崎百合 四

 皇暦2010年、日本と神聖ブリタニア帝国の開戦が間近に迫っていた。

 一般にはまだ公開されていない情報だが、情勢から鑑みれば聡い者は気づくだろう。これから、日本人にとっては前代未聞の激しい戦争が始まるということに。

 

(本当に、戦争が始まる)

 

 篠崎咲世子はこの戦争を以前から予期していた。

 否、妹──百合の予言によって知らされていた、というのが正しい。

 百合は非常に聡い子だ。

 まだ幼いというのに知識を猛スピードで吸収し、開戦を以前から言い当てたばかりか、政府の重要人物に進言して戦争準備に影響を与えてさえいる。

 

 戦い。

 

 幼少期から篠崎家の跡取り候補として育てられてきた咲世子に戦いへの忌避感はない。家の男衆とは日常的に技を競い合っているし、いざとなれば人を殺す覚悟もできている。並の軍人よりも自分の方が強いという自負もある。

 しかし、兵器と兵器のぶつかり合いは古色蒼然とした戦とは違う。

 策略家と策略家が知恵比べを行い、彼らの駒として鉄の塊が、人が、湯水の如く消費されていく。個の武勇を競う余地など殆どない。

 飛行機や軍艦に無力なのであれば、戦争になる前に手を打つべきだったのだろうに、咲世子は未だ学生の身。仕事をするどころか一人前と認められてさえいなかった。

 

「百合。準備はできた?」

「はい、姉さま。万端です」

 

 夜。

 空は雲に覆われていた。時折、雲間から月が顔を出すものの、星まではとても見ることができない。

 明日の朝、百合は屋敷を発つ。

 最後の夜は二人で綺麗な夜空を眺めたかったのだが。

 

 本当は二か月ほど後の予定だった百合のブリタニア行きは、シュタットフェルト家の意向により早められた。

 向こうも開戦の予兆を察知したのだろう。

 既に根回しは終わっているとはいえ、戦いが始まれば日本人の少女の受け入れも難しくなる。逆に今のうちにブリタニアへ行けば問題なく全てが行える。

 百合は「孤児からシュタットフェルト家に拾われたブリタニア人」として生きていくことができる。

 

「……本当に一人で行くの?」

「もう、姉さま。それはもう何度も聞きました」

 

 寝間着に身を包んだ妹は小さく頬を膨らませる。

 

「送っていただく必要はありますし、二、三日は居ていただくことになると思いますが、それ以上は駄目です。私はブリタニア人としてシュタットフェルト家の養女になるのですから」

「でも、その家は日本人に寛容なのでしょう? だったら使用人の一人や二人──」

「駄目です。姉さまや皆さんにもそれぞれの役割があるのですから。私のために振り回すわけにはまいりません」

「……全くもう、いつもそうなんだから」

 

 小さくて、戦う力を持たない最愛の妹。

 彼女はいつだって人のことを考えている。世界を見ている。遥か未来を見据えている。

 自分のことなんてどうでもいい、とでも言いたげな言動を度々発する。

 咲世子は溜め息をつくと少女の身体を抱きしめる。

 

「あなたの心配をするのだって、私の大事な役目よ。だって、家族なんだから」

「……ありがとうございます。ごめんなさい、姉さま」

 

 旅に出る百合が英気を養えるよう長い時間はかけず、しかし、いつもよりは少しだけ夜更かしをして、姉妹は長い別れを惜しんだ。

 

「姉さま、きっとまた会えます。それまでお元気で」

「ええ。百合も、元気で」

 

 ブリタニアに行った百合とは姉妹ではなくなる。

 それでも、血の絆はなくならない。半分だけとはいえ血が繋がっているのだ。

 

(私も、私にできることをしましょう)

 

 自室に帰ってから泣きはらした咲世子は、翌日、妹を笑顔で見送った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ブリタニア入りは思ったよりもギリギリになった。

 もう少し時間に余裕があれば日本に情報を流したりしやすかったのだが……まあ、間に合っただけマシと思うしかないだろう。

 原作よりは日本も持ちこたえてくれるだろうし、ロイドと話す機会があればKMF(ナイトメアフレーム)の情報を送れるかもしれない。そのための暗号は一生懸命勉強した。

 

 ──と、ここで一つ懸念事項がある。

 

 開戦とは別の原作イベント。

 本格的に何もできない案件なので優先順位を下げていたのだが、開戦前後に()()()()()()で大きな出来事が起こる。

 原作主人公であるルルーシュの母・マリアンヌが何者かによって殺されるのだ。

 この事件をきっかけにルルーシュはブリタニア、特に皇帝への不信感を抱き、更には妹のナナリーと一緒に日本へ送られてしまう。そして日本の地でスザクと出会い、共に戦火に見舞われるのだ。

 

 母の死はルルーシュにとって辛い出来事。

 変えられるなら変えてやりたいという思いはあったが、何しろブリタニアでの事件なので介入が非常に難しい。

 顔合わせでブリタニアに行った時がチャンスと言えばチャンスだったが、ルルーシュもマリアンヌも皇族なので気軽に会えるわけがない。手紙を送ろうにも検閲が入るだろうし、もし無事に「暗殺に気をつけろ」などと伝えられたとしても上手く対処してくれるとは限らない。

 原作と同じ流れなら犯人も相当ヤバイ奴なのでそっちをどうにかすることもできない。

 加えて、ここでルルーシュが「ブリタニア憎し」と思ってくれないとブリタニア最大の敵が消滅してしまう。ぶっちゃけあの男が親ブリタニアのまま日本の敵に回ったら無理ゲーだ。主人公を敵に回して勝てるわけがない。

 

 だから結局、俺はマリアンヌ殺害の件について何もしなかった。

 すぐにでも開戦しそうなこの状況下、もし事件が起こるなら既に起こっているだろう。

 殺されるマリアンヌは可哀想だが、原作では「とある方法」で後にルルーシュと再会することになる。その時の彼女の言動はその、なんというか思っていたのと違っており、その印象もあって俺としては「別に助けなくてもいいんじゃ……?」と思う。

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。無事、この日を迎えることができたことを嬉しく思います」

「よく来たね、百合。……いや、リリィ」

 

 シュタットフェルト家でカレン父らに出迎えられる。

 

 リリィ・シュタットフェルト。

 それが俺の新しい名前だ。

 篠崎百合という存在はこの世から消え、新しくリリィという存在が誕生した。

 篠崎家での思い出は、ブリタニアで生活する限り心に秘めていかなければならない。そうでないと俺だけでなく家族に、そして他の日本人にも害が及びかねない。

 

「これからよろしくお願いいたします、お養父さま、お養母さま」

 

 俺にはシュタットフェルト家の屋敷内にある奥まった一室が与えられた。

 他の部屋に比べると小さめのようだが、綺麗に掃除されていたし、あまり広い部屋をもらっても逆に落ち着かない。必要最低限の調度品も安物には見えないので、むしろ感謝したいくらいだ。

 付いてきてくれた使用人に持ってきた荷物を下ろしてもらい、さっそくベッドに腰を下ろした。思った通りふかふかだった。

 

「今後、リリィさまのお世話は私どもがいたします」

「よろしくお願いします。なにぶん、勝手が違うことばかりですので戸惑うことが多いと思いますが、なるべく早く馴染めるように頑張ります」

 

 後の世話はシュタットフェルト家のメイドさん達にバトンタッチされる。

 篠崎家の使用人は引き継ぎもあって大忙しだ。俺の食べ物の好みやかかりやすい病気、細々とした癖などを伝えないといけない。伝え漏れがあったからといってまた来るわけにはいかないので、帰るまでに全てこなすことになる。

 こういう時に俺は役立たずだ。

 というか、お嬢様なんだから世話されるのも仕事のうち。武家というか忍者の家系だった篠崎家は割と無骨なところもあったが、シュタットフェルト家ではそうもいかないだろう。

 

「では、百合様。……いえ、リリィ様。私達はこれで」

「はい。今までお世話になりました。どうか皆さんもお身体に気をつけて」

 

 使用人の滞在期間の数日はあっという間に過ぎた。

 深く頭を下げてお礼を言うと、彼女達はぐっと涙ぐんでいた。意外と愛着を感じてくれていたのかと今更ながらに驚く。篠崎家の家風とは合わない子だっただろうに。いや、だからこそ、なんだろうか。

 俺には彼女達に頭を下げるしかできない。

 これからは他人になるのだ。彼女達にも、帰る前にできるだけブリタニアの情報を集めるという任務があるはず。お互いに感傷に浸ってばかりもいられない。

 

 別れは全て、新しく与えられた自室の中で済ませた。

 

 

 

 

 

 

 新しい生活を始めた俺は気候の違いから風邪を引いたり、水の違いからお腹を壊したり、情けなくも大変な日々を過ごすことになった。

 洋食には前世で慣れてるから身体が馴染めば平気だとは思うのだが、そのうち白いご飯と味噌汁が恋しくなりそうな気もする。

 で、まあ、一か月くらいが経って体調を崩す頻度も落ちてきた頃、養父から申し出があった。

 

「リリィ。学校に通う気はないかな?」

「学校……。そうですね、年齢的にもちょうどいいタイミングです」

 

 俺ももう十二歳。小学校を卒業する年齢だ。

 中学から、ということなら新しい学校にも馴染みやすいだろうし悪くない。

 ロイドと結婚するにもある程度の実績(というほど大層なものでもないが)が必要だろうから、通っておいた方がいい。

 

「はい、是非。ただ、入学式から通うかは体調と相談させていただけませんか?」

「ああ、それは構わない」

 

 と、話は案外あっさりと片付いた。

 

 当初はすぐ体調を崩す俺に大慌てしていたメイド達も何度か繰り返すうちに慣れてきて「また風邪ですか」「はいはい温かくして寝ましょうね」みたいな反応になってきた。

 まあ実際、日焼けさえしなければただの風邪くらい、安静にしていれば治る。

 養父は仕事が忙しいのか女遊びが忙しいのか家を空けていることが多い。

 養母は俺から一定の距離を置いて接してくる。礼儀作法や学問の勉強をするように、と言い渡して教材や本の手配をしてくれたりはするが、フレンドリーな会話は殆どない。嫌がらせとかされるかとも思ったが案外優しい。下手に嫌がらせすると死ぬからかもしれないが。

 

 ロイドとはこっちに来てから会えていない。

 俺の健康状態がもう少し良くならないと風邪を移しかねないし、何よりあの男がわざわざ会いにくるはずもない。落ち着いたら頃合いを見てこっちから会いに行くしかないだろう。

 

 ベッドの上での読書を中心とした日々を過ごす。

 そしてある日、ブリタニアと日本との戦争が始まった。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国は日本の富士山周辺を中心とするサクラダイト採掘地の譲渡を日本に要求。

 日本は「サクラダイトは我が国にとっても重要な資源」とこれを拒否。外交の場において熾烈な値段交渉が繰り広げられた結果、交渉は決裂。

 ブリタニアが日本に宣戦布告を行い、日本もこれに応じる形で両者の戦端が開かれた。

 

 ブリタニアのメディアはこれを淡々と報じた。

 基本的に屋敷から出られない俺には市民の声も十分に入らないが、テレビから確認できる範囲とメイド達の様子からすると、一般市民の反応は「また戦争かあ」といった感じだった。

 どこか別世界の話というか、ブリタニアが他国と戦争をするのはわかったけど、いつものことでしょ? という反応。

 誰もブリタニアが負けるとは思っていない。

 それどころか、本国が戦火に包まれることもないと確信している。

 

「この国と戦争するなんて日本人は愚かね」

「そうですね。無駄な血を流すのは愚かな行為だと思います」

 

 誇りを守ることは無駄ではないからこそ戦うのだが。

 俺は養母が投げてきた珍しい世間話に表情を変えず応じながら、内心で呟いた。

 

 ブリタニアと日本の戦いはまず海上が主戦場となった。

 軍艦による撃ち合い、空母から発艦した航空機が鎬を削る戦い。ブリタニアの艦船は高い国力のお陰で強力だが、日本海軍も負けてはいない。量では劣るものの艦の質ではむしろ勝っており、乗組員やパイロットの練度もあって健闘した。

 接舷しての白兵戦なんかはさすがサムライ、と、ブリタニアのメディアでも報じられた。

 

 しかし、形勢は徐々にブリタニア側に傾く。

 

 次第に敗戦を重ねるようになった日本側は戦線を下げることを余儀なくされ、遂には湾岸に住む住民を立ち退かせての本土決戦が敢行される。

 本土を守るための対空戦力をしっかり温存していた日本軍に対し、ブリタニア軍はここで新たな一手を切る。

 

 サクラダイトを動力とする人型の機動兵器。

 ナイトメアフレームが史上初めて実戦投入されたのだ。



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病弱令嬢 リリィ

※作者に軍事知識はほとんどないです。


「いや、日本攻略戦は意外な結果になったねえ」

 

 ロイド・アスプルンドは清楚な洋服を纏った少女を向かいに置き、紅茶を片手に声を弾ませた。

 

「ええ。まさか小さな島国がブリタニアを相手にあそこまで善戦するとは」

 

 おっとりと応え、クッキーと紅茶を口にする婚約者はその端正な顔立ちに何の感情も浮かべないままに同意の言葉を口にする。

 リリィ・シュタットフェルト。

 名家シュタットフェルト家の養女となった()()()()は、服装からも容姿からも本来の生まれを感じさせない。

 最近は学校にも通い始めたらしい。

 体調が良い時しか行けないので休みがちなのですが、と、困ったような笑みを浮かべながら話してくれた。

 

「この結果によってKMF(ナイトメアフレーム)の有用性が見誤られなければ良いのですが」

「それはないんじゃないかな。むしろ、対策をされてもあの戦果、と考えるべきだよ」

「そうですか。それならば良いのですが。ロイドさまにとっても、KMFが不要と断じられては困るでしょう?」

「うーん。確かにそれは困るねえ」

 

 日本本土の攻略戦にて、神聖ブリタニア帝国軍は新兵器KMFを初めて実戦投入した。

 ランドスピナー等の画期的な機構を搭載した第四世代KMF『グラスゴー』は戦場の花形となったものの、目覚ましい戦果を挙げるには至らなかった。

 これは日本側の抵抗がブリタニア軍の想定以上に強かったからだ。

 市街地等の限定的なフィールドでは小回りに欠けるため用途の限られる戦車を多用せず、地雷等の罠を用いた地の利による戦術を敢行、更には歩兵に大型の携行砲を持たせてグラスゴーの動きが止まったところを狙うなど、臨機応変な動きを見せた。

 現段階でのKMFは実戦投入が可能なレベルには到達しているものの、まだまだ改良の余地が多い。日本軍はそうした欠陥を上手く突いてきた。

 KMFはランドスピナーを活用するため、また、どのような地形でも運用可能とするために二足歩行となっている。そのため戦車に比べて脚部が脆く、破壊されると移動を極端に制限されてしまう。そして脚部をピンポイントで狙うのであれば、戦車を使うより的の小さい人間や、どこに埋まっているかわからない地雷を用いる方が効果が高い。

 

 その巧みな戦術は、聡明な軍人、あるいは技術者には一つ印象を与えた。

 日本軍はかなり早い段階から、対KMF用の戦術を研究していたのではないか。

 対策をされてしまえばKMFは脆い兵器なのではないか。

 

「でも、本当に大丈夫だと思うよ。だって()()()()K()M()F()()()()()()()()()()()()

「……そうですね」

 

 日本軍の抵抗もあって本土攻略作戦は長期戦に移行。

 何度も攻撃を繰り返すことによって相手の兵を疲弊させ、物資を消耗させる作戦は成功するかに見えたが、ここで日本軍は更なる秘策を繰り出して来た。

 日本製のKMF・無頼の投入である。

 性能的には決して良好とは言えなかったものの、これは確かな戦果を挙げた。

 

 KMFの利点を幾つか挙げると、汎用性が高いことや複雑な作業にも耐えうること、そしてパイロットが一人で済むことなどがある。

 特に最後のメリットは大きい。

 戦車は操縦主や観測主など複数の乗組員を必要とするため、多くの人員を充てなければならない。その点、KMFはたった一人で操縦でき、かつ、上手くやれば戦車を圧倒できる。

 少数精鋭を旨とする日本軍にとって、KMFは相性の良い兵器なのだ。

 本国からの輸送や補給を必要とするブリタニアに対し、日本はそれらをダイレクトに行えることもあって、彼我の戦力はぐっと縮まった。

 

 ところでその無頼だが、鹵獲したグラスゴーを修理・改修したというのが軍部の見解だ。

 タイミングから考えれば納得できる話だが、ロイドの見解は違う。

 (軍の研究機関に入ることがほぼ内定しているとはいえ)未だ学生である彼のところには入る情報も限られているが、それでも、日本軍のKMFが持つグラスゴーとの相違、また投入数の多さは感じられる。

 もちろん鹵獲した分も含まれているのだろうが、おそらく日本軍は以前からKMFの開発に着手していたのだ。その上で、完成させるには情報、もしくは時間が足りなかったか何かで遅れて投入してきた。

 

 情報漏洩。

 まあ、無理もない話ではある。何しろ機動兵器だ。本格的な試験には広い場所が必要になるし、そうすれば人目にも触れやすくなる。

 実戦投入が決定してからはパイロットの養成も必要だったのだから、完全に秘匿しておくのは無理だ。

 とはいえ、

 

「これだけ都合よく戦況がコントロールされるのは妙だと思わないかい?」

「日本の諜報員が優秀だったということでは?」

「それはそうなんだけどねえ。謎なのは『いつの段階から』『どのように』情報を抜かれていたのかってことさ」

 

 開戦には間に合わなかったにせよ、初の実戦投入に対抗してきたのだ。相当以前から情報収集を行っていたと見た方がいい。

 それこそ、第四世代機のグラスゴーも、第三世代機のガニメデも試作機すら出来上がっていない頃から、KMFが将来脅威となることを予期されていたのではないか。

 でなければ情報を集めたとしても製作に踏み切れはしなかったはずだ。

 

 リリィはことん、とティーカップを置くと小首を傾げた。

 

「考えても仕方のないことでは? KMF開発において()()()が先行しているのは事実です。後追いには限界があるでしょう」

「そうだね。確かにそうだ。そもそも、僕は政治家でも策略家でもないしね」

 

 ロイドは肩を竦め、皿に盛られたクッキーを掴み、まとめて口に放り込んだ。

 少女が眉をひそめて「はしたないですよ」と注意してくるが、気にしない。

 

 ──そう、ロイドは気にしない。

 

 絶妙なタイミングで逃げるようにやってきた日本人の少女。

 過去の経歴を抹消し、ブリタニア名家の養女となった上、将来は軍の兵器開発に関わるであろうロイドと婚約した少女。

 歳の割に聡明な彼女と日本軍の奇妙な動きを結び付けたりはしない。

 証拠がないし、荒唐無稽な話でもある。わざわざ気にして証拠を集めるほど暇でもない。

 少女がブリタニアを利する者か否か、などということはロイドにとってどうでもいい。彼が好悪を判断するのはもっと別の部分である。

 

 リリィ・シュタットフェルトは兵器について延々語っても嫌な顔せず付き合ってくれるし、キスして欲しいだのデートがしたいだのうるさいことも言って来ない。

 どうしても会いたい時は「少しは婚約者らしい振る舞いも必要です」と理詰めで来るあたり、ロイドの扱い方を弁えている。

 他の相手にすげ替えられては困る、と思う程度には、ロイド・アスプルンドは彼女を気に入っている。

 

「リリィはこの戦い、どうなると思う?」

「ブリタニアの勝利でしょう。そもそも、防衛に徹している時点で日本側に勝利はありえません。膠着状態を作り、ブリタニアに『拘泥するだけ損』と思わせられれば話は別ですが、サクラダイトの重要採掘拠点である日本を諦めるとも思えません」

 

 日本が負けるのは時間の問題。

 一度、ブリタニアが引き上げるという展開はあるかもしれないが、それはあらためて大攻勢を行うための準備だろう、と少女は言った。

 

 そして、彼女の予言は殆ど的中することになる。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 わかってはいたけどブリタニア軍が強すぎる。

 かなり前から戦争の準備を進めてた日本軍が時間稼ぎしかできないとか、ちょっとチート過ぎやしないだろうか。

 そもそも原作のルルーシュも武力でブリタニアを降伏させたわけじゃない。必死に戦っている間になんやかんやで皇帝を殺すチャンスが巡ってきただけだ。

 むしろ、俺からの不確かな情報を十分すぎるほど活かしてKMFを作ってみせた日本軍が凄い、と言うべきか。

 

 普通の戦争なら痛み分けで終わってもおかしくない状況。

 ただ、ブリタニアに関してそれは無い。

 とある事情からブリタニア皇帝は人的被害を軽視しているし、日本のとある島にあるとある遺跡を重要視している。

 サクラダイトの件も含めればなんとしてでも日本を占領しに来るとわかる。

 わかっていても特にできることがないのが歯がゆい。

 

 何度か送っていた日本への手紙も戦争のせいで送れなくなった。

 

 俺は内心で苛立ちのようなものを感じながら学生生活を送った。

 ブリタニア本国にあるお嬢様学校。

 通っているのはお金持ちの子供達と成績優秀な特待生。養父としてはシュタットフェルト家の資産をアピールしたいのか、向こうからこの学校を指定してきた。

 日焼け対策を万全にし、日傘をさしていても目立たないので俺としてもありがたい。入学前から予習をしていた甲斐があったのか勉強にもついていけている。

 

「リリィ様はお身体が弱いのですよね?」

「ええ。ですので、残念ながら毎日は通えないのです」

「大変なのですね……」

「私達にできることがあったらなんでも言ってくださいね」

「ありがとうございます、皆さま」

 

 お嬢様学校だけあって生徒にも良い人が多い。

 身体が弱いと言えば心配してくれたし、話しかければ笑顔で応じてくれる。

 運動部に入るどころか外で日向ぼっこするのも難しい俺は自然と交友関係を広げ、生徒達の噂話から情報収集をするようになった。

 とはいえ、みんながみんな善良な人物というわけでもない。

 

「あれがシュタットフェルト家の養女」

「平民の癖に大きな顔をして」

「もっと大人しくしていればいいのに」

 

 プライドの高い者達からは嫌われているようで、ひそひそと嫌な話し声が聞こえてくることも珍しくなかった。

 どうにかしたいところだが、面と向かって喧嘩を買うのは逆効果。

 なので、普段は聞こえていないフリを徹底、悪意は全てスルーしながらテストで良い点を取り、学力でぶん殴ることになった。

 前世の知識があるわけだからガチのチートだが、良い成績を取っておきたい事情もある。

 一回目のテスト後は「まぐれ」だの「その程度で調子に乗るな」だの言っていた連中も二回、三回と続けていくうちに大人しくなった。

 俺が伯爵家と婚約関係にあるというのが広まったせいもあるかもしれない。

 

 そんなふうにして中等部一年生の生活があっという間に過ぎようとしていた頃、俺にコンタクトを取ってくる上級生がいた。

 

「リリィ・シュタットフェルトさん。生徒会に入る気はありませんか?」

 

 生徒会長に立候補中の二年生──つまり、順当に行けば次期生徒会長となる少女だった。

 生徒会。

 原作の学園パートにおいても重要な役割を果たしていた組織だ。といっても、それは『エリア11』に設立される(つまりまだ存在すらしていない)アッシュフォード学園の生徒会の話。今いる学園とは何の関係もない。

 俺は悩み、養父母にも相談した上でその話を受けた。

 

 役職は書記。

 生徒会書記、リリィ・シュタットフェルトの誕生である。

 

 書記なら地味だし、資料整理が主になるから学園内を歩き回る必要もない。休みがちでも持ち帰り仕事でカバーできる。

 実働は見事会長になった先輩や他の役員に任せておけばいい。

 そんなことを考えつつ中学二年の春を迎えた俺は、適度に生徒会の仕事を手伝いつつ、一年目と同じように情報収集に努めた。

 

 日本とブリタニアの戦争の話。

 貴族や政財界に関する話。

 部活の愚痴とか恋愛話も交ざるので効率は良くないが、勉強だけしているよりは気分転換になるし、学生時代のコネが将来役に立つかもしれない。

 休み時間の度にお喋りに興じるのはもちろん、話し相手がいない時は廊下を歩いて他の人の話に聞き耳を立ててみたり。

 

 その日も昼食を終えて(小食なので時間はかからない)廊下の壁際をのんびり歩いていた。

 何か面白い話はないかと思いつつ角を曲がろうとして──身体に衝撃。

 とすん、と尻もちをついた俺は、角の向こうから飛び出してきた少女が同じように尻もちをついているのを見た。

 

「ごめんなさい! あの、大丈夫ですか!?」

 

 彼女は俺よりも早く立ち上がると手を差し伸べてくれる。

 

「お昼遅くなっちゃって、購買に行こうとしてたからつい」

「ありがとうございます。こちらこそ前方不注意でした」

 

 どことなく快活そうな印象を受ける金髪の少女。

 何故か既視感を覚えた俺は、どこかで会ったことがあっただろうか、と思いながら彼女の手を取り、立ち上がった。

 リボンの色からすると新入生。

 残念ながら身長は向こうが上であり、傍目だと俺の方が年下だが。

 

「? どうしました?」

「いえ、その。なんだか初めて会う方のような気がしなかったので」

 

 って、この言い方だと口説いているみたいじゃないか。

 

「たぶん、初対面だと思いますよ。私、先輩の髪を見たら絶対覚えてるはずですから」

 

 向こうもそう思ったのか、くすりと笑いながら言って、

 

「私、ミレイ・アッシュフォードっていいます」

 

 どこかで聞いたことのある名前を口にしたのだった。




日間ランキング二位ありがとうございます。
びっくりしすぎて嬉しい悲鳴が出ました。


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病弱令嬢 リリィ 二

「リリィ先輩! 一緒にお昼ご飯食べませんか?」

「ミレイさん。はい、喜んで」

 

 何らかの縁で結ばれているのか、あの後、俺はミレイと仲良くなった。

 

 ミレイ・アッシュフォード。

 姓からも推測できる通り、原作でルルーシュが通っていた『アッシュフォード学園』の理事長の孫娘である。

 性格は明るく自由奔放、学園の生徒会長として各種イベントを企画し、ルルーシュやスザクを含む生徒達を振り回していた。

 

 性格は中一の時点からあまり変わっていないようで、異様なフットワークの軽さで学園内を歩き回っている。

 俺の方も情報収集の関係であちこち歩いているので事あるごとに出くわし、その度に話しかけられ、気づけば定期的に昼食を共にするようになっていた。

 さっぱりとした気持ちのいい気性の持ち主なので相手をしていて楽しいし、色んな話が聞けて重宝してもいるのだが、

 

「先輩、お昼、またそれだけですか? もっと食べないと大きくなれませんよ?」

「ミレイさん……。私、先輩なのですが」

 

 お弁当のサンドイッチをちまちま齧っていると、俺のランチボックスの小ささを見て唐揚げ(正確には骨なしのフライドチキン)を一個差し出してくるミレイ。

 子ども扱いしないで欲しいとやんわり言えば、彼女は瞳をくりくりと動かして、

 

「先輩が小さくて可愛いのがいけないんですよー」

 

 と、全く取り合ってくれない。

 この、お節介かつ自由奔放すぎるところが玉に瑕である。

 

「先輩って本当に飛び級してないんですか?」

「はい。間違いなくミレイさんより年上です」

「胸張っちゃって可愛い! 抱きしめてもいいですか?」

「駄目です」

 

 ミレイはぺろっと舌を出して「残念」と笑った。

 

 

 

 

 

 

 ミレイと知り合ってから、俺の交友関係は更に広がった。

 二人でランチしているだけでミレイの友人が寄ってくる上、ミレイが直接友人を連れてきたりもするからだ。

 

「じゃあ、ミレイさんの家は貴族なんですね?」

「元、ですけどねー。お陰でお父様やお母様はお家再興に燃えちゃってます」

「元なら気楽ではありませんか」

「そうですわ。わたくし達なんてしょっちゅパーティに連れていかれて、肩の凝るお話を聞かされているのですから」

 

 二人だけの会じゃないとわかると俺の友人も参加してくるようになり、一年生と二年生合同の華やかなランチになることも多かった。

 

「私だって十分大変ですよ。リリィ先輩ならわかってくれますよね?」

「残念ながら、私はもう婚約者が決まっているんです」

「え、初耳なんですけど、誰ですか!?」

 

 驚いて尋ねてくるミレイにロイドの名前を教えてやると、そのやり取りを聞いていた貴族組が「まあ」と声を上げた。

 

「アスプルンド家のご子息といえば、変わり者で有名な」

「変態と陰口を叩かれて『その通り』と胸を張ったという……」

「先輩? つまりその人はロリコンってことですね?」

「違います」

 

 女の子に興味がない類の変態なのだと弁解したら「じゃあホモか」と余計ややこしいことになりかけたので、ロイドの名誉のために全力で否定しておいた。

 

 

 

 

 

 

 情報収集が前にも増して捗るようになり、お小遣いで買ったノートパソコンに手に入れた情報を纏める日課も活発になった。

 学校の勉強はもちろん、合間に色んな専門書を読んだり、シュタットフェルト家の使用人に料理を習ってみたり、独自の事業を始めるための準備をしてみたり、やることが多すぎてめまぐるしい日々を過ごしているうちに、また生徒会役員選挙の時期が近づいてきた。

 

「リリィ。もうすぐ新役員の立候補・推薦期間ね」

「そうですね、会長」

 

 生徒会室で書類仕事をしていると、同じく仕事をしていた会長がぽつりと言った。

 気づけば二人きり。

 窓の外からは夕日が射し込んでいて、家に帰るのに気楽な時間になりつつあった。

 

「会長に立候補する気はない?」

「ありません」

「じゃあ、私から推薦しておくから」

「待ってください」

 

 生徒会長なんてやりたくない、という意味で即答したのだが、伝わっていなかったらしい。

 慌てて抗議すると会長はにっこり笑って、

 

「うちの学園は立候補者と被推薦者の力関係が対等だから」

「前生徒会長に推薦されたら、私、すごく有利なのでは……?」

「私の推薦でなくとも、出れば当選するんじゃないかな」

「え……?」

 

 初耳である。

 

「だってあなた、一年生と二年生の間で有名人だし」

「う」

「なんなら普通に過ごしているだけで目立つし」

「うう」

「婚約のためにも実績を積んでおきたい、って自分で言ってなかった?」

「……そうでした」

 

 と、思ったらあっという間に言い負かされた。

 いわく、生徒会長とは学園の顔であり、いい意味で目立つことが求められる。となれば俺の容姿は非常に強い武器となる、と。

 なんというか、反論のしようもないほど正論だったので、

 

「わかりました。推薦していただけるなら出るだけ出ます」

「ありがとう。……ちなみに、前言撤回は無しだからね?」

 

 生徒会長に立候補するという話が広まると、ミレイを始めとする友人達はこぞって応援してくれた。

 結果、二位に大差をつけて当選、翌年の学園には「日傘をさした白い髪の生徒会長」が誕生し、生徒達の間で話題になった。

 とはいえ俺もただでは死ななかった。

 

「ミレイさん。どうせなら生徒会、一緒にやりませんか?」

 

 ミレイを巻き込──もとい、貴重な戦力としてスカウトしたのだ。

 応援演説にも俺が出たのでもちろん当選し、生徒会の企画担当としてその手腕を振るってもらうことになった。

 

「ありがとうございます、リリィ先輩! 全力で学園を盛り上げますね!」

 

 ちっとも嫌がられなかったので作戦としては失敗だった。

 

 そして、俺が中学三年に上がる前に日本は負けた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「皆、今日までよく励み、仕えてくれました」

 

 篠崎流三十七代目当主、篠崎咲世子は座敷に奥まった場所に座し、使用人や門下生達を見据えて告げた。

 

「今日この時を以て篠崎流は解散します。皆、これからはそれぞれの道を生きてください」

 

 誰もが言葉を失っていた。

 何も言えないまま座っている者、静かに涙を流す者、嗚咽を漏らし俯く者──それぞれ、反応は異なっていたが、誰もが別れを、そして失われていくものを惜しんでいた。

 当然、咲世子も。

 自分の代で篠崎流の長い歴史に終止符を打たなければならないことに胸を締め付けられるような思いだった。

 

「お嬢はこれからどうなさるんですか」

 

 誰かが言った。

 別の誰かが「馬鹿、当主だろ」と窘めたが、これで篠崎流が終わる以上、呼び方に大した意味はない。何より、当主に就任してまだ間もないのだ。咲世子より年上の者の方が圧倒的に多いのだから、彼らにとってはまだまだ「当主の娘」という認識だろう。

 それでも、いや、だからこそ、咲世子は毅然と答える。

 

「使用人としてブリタニア人に仕えたいと思っています」

「馬鹿な」

「篠崎流の当主が敵に仕えるなど」

 

 ざわめきが生まれる。

 咲世子は「静まりなさい」と一喝すると、先の言葉に補足する。

 

「無論、私とて本意ではありません」

「では何故」

「いつの日か日本を再興するためです。そのために、今は力を蓄えなければなりません。私も、そして皆もです」

「……っ!?」

「ブリタニアの貴族、あるいは資産家に仕えられれば情報も得られるでしょう。あるいは皇族に接触する機会もあるやもしれません。といっても、確証はありませんが……」

 

 濁した説明にはなったが、ざわめきは静まった。

 理解したからだ。

 咲世子もまた悔しいのだと。その上で苦渋の決断をしているのだと。

 聡く、優しい仲間達に心の中で感謝しながら、咲世子は宣言する。

 

「いつの日か、我々にチャンスが訪れた時はもう一度集いましょう。もちろん、全員とは言いません。未だ戦う意思を絶やしていない者は、共にそれぞれのやり方で戦いましょう。日本のため、篠崎流の誇りのために」

 

 そして、いつの日か篠崎流をもう一度。

 楽しかったあの日々を取り戻すのだ。

 

 

 

 

 

 

 開戦から約二年で日本とブリタニアの戦争は幕を下ろした。

 戦争の泥沼化を悟った日本政府がブリタニア側に()()()()()()()を申し入れ、ブリタニアがそれに応じた結果だった。

 盛り込まれた主な条件はブリタニアに降る代わり、自治権を引き続き保持すること。サクラダイトの採掘に関しては日本側が四、ブリタニア側が六の割合で権利を得ること。日本国民を神聖ブリタニア帝国の国民として認めること、などだった。

 

 調印式は枢木ゲンブ首相と神聖ブリタニア帝国第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアを代表として執り行われることになった。

 日本はもちろん、ブリタニアにとっても歴史的な出来事。

 そう。

 そのまま降伏が成っていれば、どんなに良かっただろうか。

 

 調印式は行われなかった。

 前日の夜、()()()()()()()()()()()()()()()()されたからだ。

 犯人は不明。監視カメラの故障により映像記録は残っておらず、また、ゲンブに付いていた護衛は咲世子の父──篠崎流の三十六代目当主を含め全滅していた。

 綿密な事情聴取の結果、犯行はごく短い時間にて行われたことがわかっている。警備の状況から見ても賊はごく少数、あるいは単独とみられる。交戦の跡はなかったことから全員、抵抗せずに殺されたらしい。

 信じられない話だ。

 不世出の天才と評された咲世子でさえ不可能だろう。全員殺すだけでいいのなら話は別だが、気づかれず抵抗もされずにとなると難易度は跳ね上がる。

 よって、犯人は不明。

 

 日本側はブリタニアの陰謀と断定、逆にブリタニア側は日本側の仲間割れが原因との見解を発表。

 騒然となった国内は意外にも早急に鎮圧された。

 臨時国会を開き会議を始めた政治家達をブリタニアの戦闘部隊が急襲、半数以上を銃殺した上で捕縛、総督府の設置を宣言したからだ。

 表向きの理由は首相不在による混乱を収めるため。

 実際、総督府が設置され、ブリタニア軍が治安維持を代行するようになったことで静かにはなったのだが、それはあまりにも荒っぽく、策謀の匂いがするやり方であった。

 

 日本を裏で操るキョウト六家は降伏条件の履行を条件にブリタニアの支持を表明。

 政治家の多くが死亡したこともあって事実上、日本国はブリタニアに完全占領されることとなった。

 

 せめてもの救いは流れた血が少なかったことか。

 結局、日本本土は大規模な空爆を経験しなかった。これは日本空軍と日本製KMFの活躍による成果だ。

 しかし、ブリタニアは降伏条件を履行するフリをしながら自国本意な方針を次々に打ち出していった。

 

 日本国は消滅、日本の国土はブリタニアの植民地『エリア11』になった。

 元日本国民のブリタニアへの参入は認められたものの、一定額の金銭を支払うことと簡単なチェックを受けることが義務付けられた上、純粋なブリタニア人ではなく『名誉ブリタニア人』という扱いをされることになった。

 サクラダイトの採掘は日本人あらため『イレブン』にも可能とされ、取り分の四割も守られたものの、主な産地である富士山は採掘プラントとして大規模な改造が行われ、日本人が誇りとしてきた富士の山は見るも無残な姿に変貌した。

 日本の自治は引き続き認められたものの、それは「自治が可能になった段階で、ブリタニアが代行している統治を日本側に委ねる」という意味であり、日本政府の復活を前提としていた。そしてそれはゲンブ首相以下、多くの政治家が死亡した状態では困難と言わざるを得なかった。

 

 各地にブリタニア用の領域である『租界』が作られ、名誉ブリタニア人でない元日本人、通称イレブンは『ゲットー』と呼ばれる区画に押し込められることが決まった。

 篠崎家がある土地はゲットーの範囲外であり、このまま住み続けていれば違反者として取り締まりの対象となる可能性があった。

 また、これまでのような政治・経済活動が行えなくなった時点で『SP』としての篠崎家の本業は機能しなくなったも同然であり、死んだ父に代わって当主となった咲世子は家の者達を守るためにも屋敷・土地の売却、財産の分配を決断せざるをえなかった。

 

 幸い、十分な金銭が残されていたため、家人達はみな当座の資金に困ることなく新しい生活を見つけることができるだろう。

 ただ、

 

「……あの子の帰る場所を、守れなかった」

 

 大した額にならないからと家財道具を売らずそのままにされた妹の部屋(家の者達も一人として反対しなかった)で、咲世子は一人呟いた。

 戦争開始を待たずしてたブリタニアへと赴いた──日本人としての存在を抹消された少女、百合。

 家人の中にさえ「逃げた」「ブリタニアに魂を売った」と揶揄する者がいたが、咲世子はそうは思っていない。

 彼女はたった一人で敵地に赴いた。祖国を蔑み、嘲る者達と話を合わせて微笑み、ブリタニアを祖国と呼んで暮らさなければならない。それはむしろ、祖国を失うよりもずっと辛いはずだ。

 

 だから。

 

「絶対に諦めたりはしない。……いつかきっと、日本を取り戻す」

 

 ブリタニアには持っていけないから、と、残されたままになっていた妹の着物を抱きしめ、かすかな残り香を感じた後、咲世子は決然と立ち上がった。



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病弱令嬢 リリィ 三

「先輩! 新しい企画を考えたので聞いてください! 名付けて『ドキッ! 女だらけの大告白大会』──」

「没で」

「えー!? いいじゃないですかー!」

 

 本日の業務を終え、二人だけになった生徒会室にミレイの明るい声が響いた。

 

 前生徒会からの引継ぎが終了し、三年生が始まって、生徒会長用のちょっと良い椅子が俺のものになってからしばらく。

 新体制はうまいこと回っている。

 頼まなくても次々に面白そうな企画(本人主張)を持ってくるミレイをはじめ、メンバーはみんな優秀だ。お陰で俺は指示を出すのと決裁を行うのが主な仕事。後は時々、生徒達の前で壇上に上がって話をするくらい。それだって体調の悪い時は副会長に代わってもらっている。

 期せずして人を使う練習ができている気がする。

 近いうちに事業を立ち上げるつもりなのでちょうど良かったかもしれない。学生の身の上である以上、実働はどうしても他の人に任せることになるのだから。

 

「予算にも限りがあるんですから、そうそうイベントを頻発できません」

「そこをなんとかするのが生徒会長の腕の見せ所じゃないですか?」

「そういうのはミレイさんが生徒会長になったらやってください」

「推薦してもらえます?」

「実務を覚えるか、頼りになる助手を見つけられたら考えます」

 

 まあ、彼女なら間違いなくどうにかするだろう。

 あのアッシュフォード学園の名物生徒会長として上手いこと采配を執っていたのだから──

 

「っ!」

 

 不意に強い吐き気を感じて口元を押さえる。

 こんなこともあろうかと常備しているエチケット袋を開き、こみ上げてきたものを吐き出す。身体に寒気が走り、瞳には涙が滲む。

 すかさずミレイが背中を撫でてくれる。しばらくすると落ち着いてきたので「ありがとうございます」とお礼を言った。

 

「すみません、見苦しいところを」

「……体調、まだ戻りませんか?」

「ええ……。しばらく時間がかかるかもしれません」

 

 このところ、俺は継続的に不調だった。

 風邪をひいているとかそういうことではないのだが、今のように突然、吐き気が襲ってくることがある。何度も続いているので自分でも対策をしているし、ミレイら生徒会メンバーも特別驚いたりはしなくなった。

 医者によると原因は精神的なものらしい。

 本当のところ、何が原因かははっきりしている。

 

 ──日本が負けて、エリア11に変わったからだ。

 

 枢木ゲンブ首相が何者かに暗殺され、結果だけ見れば原作と大差ない状況に追い込まれたからだ。

 殺したのはスザクではないだろう。

 警護していたSPも全員殺されているという情報からして、犯人はプロの殺し屋だ。原作キャラの中に一人、思い当たる名前もある。

 もし、予想が当たっているとすれば、これはブリタニア、その裏側で暗躍している超越者の陰謀だ。

 奴は、奴らは、自分達の目的のために日本のトップを殺した。その上で、殺したことをなんとも思っていない。

 警護者の中に女性がいなかった、つまり殺された中に姉がいなかったことは不幸中の幸いだが、

 

(私が! 私がもっと頑張っていれば、こんなことにはならなかった! 私のせいで、たくさんの人が死んだ!)

 

 再びこみ上げてくる吐き気。

 さっきあらかた吐いたお陰で大した強さはなかったので、俺はそれを自力で飲み下す。

 

 ……つまり、不調の原因は自分の中にある百合としての自我を抑えられなくなったからだ。

 

 俺と百合は別人ではなく同じ人間だ。

 便宜上、前世の記憶をベースとする『俺』と今世の記憶をベースとする『百合』の二つの自我を使い分けてはいるものの、根っこのところでは繋がっている。

 だから、俺の経験したことは百合も経験している。

 百合の感じたことは俺にもフィードバックされる。

 幼い少女が原作改変、その結果としての悲劇に耐えられるわけがない。百合は自責の念を強く抱き、それが体調に影響しているのだ。

 

 はあ、と、溜め息をついて気持ちを落ち着かせる。

 すると、ミレイがいつものおどけた表情とは違う、どこか気遣わしげな面持ちで俺を見つめてくる。

 

「本当、先輩は危なっかしいですよね。時々見てられなくなります」

「ミレイさんが気に病むことじゃありませんよ」

「病みませんよ。でも、構ってあげたくはなりますよね」

 

 すくすく成長している少女の手が伸びて、俺の白い髪を梳く。

 

「来年は構ってあげられないかもしれないんですよ」

「転校、するんですか?」

 

 予想はしていたので、さほど驚かずに尋ねることができた。

 ミレイは困ったような笑みと共に小さな溜め息をついて、

 

「そうなんです。お祖父様が新しい学校を作るそうで、海を渡ることになりそうなんです」

「海……もしかして、エリア11に?」

「はい。学校を作るのが念願だったそうで、開拓に協力する見返りとして良い土地を貰えることになったとか。新しく学校作るのって大変なんですよ。他の学校が近くにあると儲けるのが大変だし、騒音問題とかもあるので周りの住民とトラブルになったり」

 

 単純に広い敷地が必要なのもあって本土ではなかなか実現しづらい。

 新しくできた植民地ならもろもろの問題を一気に解決できて好都合というわけだ。何しろ新しく街を作るわけで、学校ができるのが織り込み済みなら苦情も出にくい。

 

「ミレイさん、理事長のお孫さんになるんですね」

「滅茶苦茶偉そうな肩書きですよね? まあ、せっかくの権力は有効活用しますけど」

 

 さすがミレイ。

 俺はくすりと笑ってから彼女に告げる。

 

「なら、来年も会えるかもしれませんね」

「え?」

「私も、父の仕事の関係でエリア11に渡る可能性がありまして」

 

 シュタットフェルト家も向こうの開発に関わるのだとか。

 原作にて当主と本妻が揃って日本にいたのはそういう事情があったらしい。拠点が日本になるから本格的な屋敷を日本に作ったというわけだ。

 途端、ミレイの目が輝く。

 

「じゃあ……!」

「はい。新しくできる学校なんて幾つもないでしょうから──」

「先輩!」

 

 ぎゅっと抱きしめられた俺は照れくさいものを感じながら「苦しいです」と控えめな苦情を後輩に伝えた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 妖精は実在したのか。

 セシル・クルーミーは大学内にあるカフェテリアの一角で、さして美味しくもないインスタントコーヒーをすすりながらぼんやりと思った。

 四人掛けのテーブル。彼女の正面に座っているのは件の妖精だ。

 紅茶の入った紙コップを大事そうに抱えてちびちびと飲む、人形のような少女。髪は白く、瞳は赤い。異様に白い肌と合わせてアルビノの特徴と一致する。現在中学三年生らしいが、小柄なせいかもっと幼く見える。

 

「で、脚部駆動系の部品を全部バラシて組みなおしたわけ。そうしたら案の定、八パーセントも効率が増加したよ」

「まあ。ですが、組み立て直すのは大変だったのではありませんか?」

「まあねえ、みんなヒイヒイ言ってたよねえ」

 

 セシルの隣に座っているのは眼鏡をかけた優男風の青年。

 大学のゼミの先輩であり、()()()()()()()いたく尊敬している人物──ロイド・アスプルンド。

 男性として、あるいは人付き合いのための参考資料としては一ミリも尊敬することができない変態、もとい変人は何やら楽しそうに研究の苦労話を語っている。

 妖精ことリリィ・シュタットフェルトは彼の話を楽しそうに、相槌を打ちながら聞いているのだが、

 

「完全に、幼子を騙してよからぬことを企む悪党の図ですよね」

「ひどいこと言うねえ、セシル君」

「ご心配には及びません、セシルさま。私、ロイドさまの性質はよく存じております」

 

 小さな呟きを聞きつけた二人は会話を中断し、セシルに向き直ってくる。

 変なところで息がぴったりの二人である。

 

「本当に大丈夫? この人、見た目よりずっと変態よ?」

「セシル君、言い方」

「はい。機械しか愛せない特殊な方なのだということは十分に」

「リリィ君?」

 

 何が気に入らないのか、半眼になってツッコミを入れてくるロイドを無視し、セシルは「なるほど」と頷いた。

 

「男性としての能力に期待しなければ、そこそこ良い相手かもね」

「男性に強く愛されると困ってしまう身の上ですので、ロイドさまは私にぴったりの方なのです」

 

 ロイドに対する認識で合意を得た女二人は、年齢や立場を越えた友情を感じて見つめあう。

 隣ではロイドが憮然とした顔をしていたが、ひとまず無視。

 リリィのような可愛い子が年上の変態に捕まるのは世の不条理を感じずにはいられないが、見るからに病弱そうな彼女には確かに、子作りとかどうでも良さそうなこの男が合っていそうだ。

 

「リリィちゃんもKMF(ナイトメアフレーム)の設計志望?」

「まだ迷っております。近々起業する予定もあるので、そのまま経営の道に引っ張り込まれてしまう可能性もあるのではないかと」

「ああ、そういえば今日の用件はそっち関係だっけ」

「無関係な私を連れてきておいて本題を忘れないでください」

 

 ジト目で突っ込みを入れると、それを見ていたリリィが首を傾げて、

 

「セシルさまは、ロイドさまのことを男性としてどう思われますか?」

「駄目人間」

「安心しました」

 

 にっこりと微笑むリリィ。

 本気ではなかったらしいが、それにしても恐ろしい冗談を言わないでほしいものである。セシルはロイドのことを男性として意識したことはないし、それは今後も変わらないだろう。

 もし、リリィが彼女なりに嫉妬しているのだとしたら可愛らしいが。

 

「で、何の用だい?」

「そうでした。お二人とも、どなたかプログラミングやグラフィック関係に強いお知り合いはいらっしゃいませんか?」

「プログラミング? 何に必要なの?」

「ゲームを作るんです」

 

 玩具になるかもしれませんが、と、答えるリリィ。

 起業というのはゲーム会社を立ち上げる、という意味だったらしい。少し意外だが、民間軍事会社とかよりはずっとこの少女に似合っている。

 ファンシーなゲームを想像していたら、本格的なRPGやSLGを作りたい、と言われて面食らったが。

 

「私達に尋ねたのはどうして?」

「もちろん普通に求人募集もするつもりですが、研究者の方ならスペシャリストのお知り合いがいるのではないかと思いまして」

「なるほどね」

「なんで僕の方を見るのかな、セシル君?」

「蛇の道は蛇、なんて言葉があるらしいじゃないですか」

 

 実際、二人には思い当たる名前がないわけでもなかった。

 彼らの学部はやや方向性がズレるが、知り合いの知り合いといった形で知り合った人物の中には別の学部の者ももちろんいる。

 その道ではそこそこ優秀な人材のはずなので、バイトならともかくスカウトとなると厳しいかもしれないが、概要をメールしてもらって本人に伝えてみる、ということで合意した。

 連絡用のメールアドレスを教え、ついでにプライベートな連絡先も交換しあう。ロイドに関する愚痴ならいつでも聞くと言うと少女は笑い、ロイドが仏頂面になった。

 

「ところで、その歳で起業なんてまた、どうして?」

 

 別れ際に何気なく投げかけた問いには、雑談の時とは違う透明な笑みが返ってきた。

 

「欲しいものがあるので、そのための資金稼ぎです」

「そう。頑張ってね」

「はい。ありがとうございます、セシルさま」

 

 セシルは後に知ることになる。

 何気ない激励に笑顔で答えた少女の『欲しいもの』が割ととんでもない代物であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、後見人であるシュタットフェルト家の人々と共に植民地、エリア11へと渡ったリリィは、少数のブリタニア人スタッフと共に安価に現地雇用したイレブンのスタッフを用い、ゲーム会社を設立。

 神話の幻獣を捕獲・使役して幻獣マスターを目指すRPGや魅力的なキャラクター達が実在・架空のKMFを駆る仮想戦記もののSLG、通信対戦が可能な画期的なデジタルカードゲームなど、数々のゲームを次々に発表してかなりの収益を上げることになる。

 特にKMFもののゲームは好評を博し、セシルもシリーズ全てを買いそろえるほどドハマりした。実在のKMFはかなり忠実に設定している癖に架空のKMFの設定はかなりぶっ飛んでおり、この機体を実現させるにはどうしたらいいか、などという空想にさえ発展。

 最終的には神聖ブリタニア帝国とライセンス契約を結び、実際にKMFを操縦する感覚を味わえるアクションゲームまで発売され、ちょっとした社会現象を巻き起こすことになった。



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病弱令嬢 リリィ 四

 中学三年生の日々もあっという間に過ぎた。

 生徒会長の役職は後任に引き継ぎ。次の会長に据えようと思っていたミレイが転校してしまうため、別の生徒を任命した。

 そして、卒業式を終えてから僅か二日後、俺は一人の使用人と共に日本へと渡ることになった。

 

「お忘れ物はございませんか、リリィ様?」

「はい。たぶん、大丈夫だと思います」

 

 あれは荷物に入れた、これも入れた、と思い返しながら答えると、いつの間にか長い付き合いになりつつある彼女が笑って頷く。

 

「こちらのお屋敷も引き払うわけではございませんので、どうしても必要なものは後からでもお送りします。ただ、場合によるとリリィ様はそのままアスプルンド家へ嫁がれる可能性もありますので……」

「思い出の品などは確保しておいた方がいいですね」

 

 微笑みを浮かべて俺は答えた。

 卒業式に貰った餞別のプレゼントなんかはちゃんと送ったので大丈夫なはずだ。というか、部屋を見回しても記憶を掘り返しても頭に引っかからなかった時点で、捨ててしまっても問題ないものしか残っていないだろう。

 見るからに幼かった頃に比べれば俺も丈夫になった。

 普通に歩いたり、車に揺られる分だけなら体調を崩さなくなったのは大きな進歩だと思いながら、しばらくぶりに飛行機に乗った。

 

 日本の地に戻るのは約三年ぶりになる。

 空港を出て見渡した景色は、思ったよりも元の街並みの面影を残していた。

 間違いなく日本だ。

 ただし、今はエリア11の名で呼ばれているのだが。

 こみ上げたのは意外にも吐き気ではなく猛烈な郷愁で、俺は勝手に溢れてきた涙を指で拭った。

 

「東京租界の中はブリタニアの街並みを再現しているそうですので、ホームシックにかかる心配はございませんよ」

「……ええ、ありがとうございます」

 

 使用人の優しい声にそっと答える。

 実際に俺が感じているのは逆の感情なのだが。

 

 

 

 

 

 

 空港から屋敷までの間にテロリストの襲撃を受ける──などということはなく、車は無事、シュタットフェルト家の新しい屋敷に到着した。

 見たことのない顔ぶれの交じる使用人(本国の屋敷も残しているため、半分程度の人員は新たに雇うことになったのだ)に出迎えられ、真新しい屋敷に入ると、先に移動した養父・養母が揃って出迎えてくれる。

 

「やあ、よく来たねリリィ」

「いらっしゃい。長旅で疲れてはいないかしら?」

「ただいま到着いたしました、お養父さま、お養母さま」

 

 だいぶ様になってきたカーテシーで二人に応える。

 養母が前と比べて大分フレンドリーになっているのは、俺が中学校で『活躍』したからだ。成績優秀な上、生徒会長まで務めた娘。保護者の間で羨ましいと噂になったらしく、健康面以外は手のかからない子供であることもあって手のひらを返した。

 一方、養父の方は「抱けない女にはあまり興味がない」とでもいうのか、今となっては小動物か何かを飼うような態度である。でもまあ、起業したいって言ったらちゃんと聞いてくれるあたり悪い人ではない。事業計画書を書かされた挙句、何度もリテイク食らったけど。

 

 と。

 

「ほら、こっちに来なさい」

「………」

 

 養父に手招きをされて寄ってくる赤い髪の少女が一人。

 一見するとブリタニア人にしか見えないが、肌の色が若干濃い。俺の感覚で言えば「ハーフっぽい」顔立ち。純粋な日本人である俺の方が肌の色は断然白い。

 無言のまま、どこか気の強そうな瞳で俺を睨んでくる彼女は、

 

「新しく君の妹になったカレンだ。仲良くしてやってくれ」

 

 原作ヒロインの一人、紅月カレン。

 既に戸籍上の名前はカレン・シュタットフェルトに変わっているはずだが。

 養女という立場である俺は養父の曖昧な説明に対して特に追及することなく頷く。自分がそうなのだから、もう一人似たような者が増えても驚く必要はないだろう。

 

「初めまして、カレンさん。リリィといいます。仲良くしてくださいね」

「っ」

 

 差し出した手は、ぱん、と、小さな音と共に払われた。

 踵を返してどこかへ去っていく少女の背中を見つめていると、養父が溜め息をついて言った。

 

「悪く思わないでくれ。色々あって気が立っているんだ」

「大丈夫です。せっかくできた姉妹ですから、仲良くしないと損ですから」

「リリィは良い子ね」

 

 原作でカレンと仲が悪かった養母が俺には優しいというのも、なんというか変な感じだ。

 

 

 

 

 

 

 カレンに続いて新しい使用人達からも自己紹介をされた。

 幾つかの顔ぶれの中に「紅月」を名乗る日本人──名誉ブリタニア人の女性がいたので、これがカレンの母親だとすぐにわかった。

 

「よろしくお願いします」

 

 名誉ブリタニア人とはいえ旧日本人を使用人にするなんて、などと文句を言うわけもなく、俺は快くカレン母らを受け入れた。

 シュタットフェルト家は親日本派とまではいかないものの日本人に好意的な家柄だし、俺自身、イレブンと呼ばれる旧日本人達を雇用する計画を立てている。

 建前上は純粋なブリタニア人ではあるが、カレン母を厚遇する言い訳は立つ。

 

「ありがとうございます、紅月さん」

「と、とんでもございません、お嬢様」

 

 カレン母は割と美人だが、気立てがいいとはいえない女性だった。

 カレンと兄(こちらは純粋な日本人)を育てた人なのだから家事自体はそこそこできるはずだが、慣れない環境への戸惑いと、他に行くところがないというプレッシャー、実の娘を他人として扱わなければならない苦しみなどのせいで本領発揮できていないのだろう。

 彼女に対して俺ができることは殆どない。

 原作では溜まりに溜まった心労のせいでやばいドラッグに手を出したりもしていたので、せめてそうなる確率が下がるよう、普通に接してやるくらいだ。

 

「おはようございます、カレンさん」

「……ふん」

 

 カレンの方は相変わらずだった。

 日本占領から厳しい生活が続いていたせいだろう、シュタットフェルト家の娘となること自体は受け入れたものの、新しい父と母に従う気はない、といった態度。

 ツンツンした振る舞いのお陰か、俺よりはよっぽどお嬢様っぽく見えるが、こんな態度を続けていて疲れないのだろうか。

 まあ、そうやってカレンが抱えた現状への不満、ブリタニアへの恨みがレジスタンスへの参加を決意させ、結果的にルルーシュや他の者達を大きく助けることになるのだから、一概に悪く言うこともできないのだが。

 

「カレンさん。美味しいケーキがあるそうなのですが、一緒にお茶をしませんか?」

「………」

「カレンさん。今日はいい天気ですよ。たまには日向ぼっこなどされてはいかがですか?」

「………」

 

 とりあえず、顔を合わせる度に何かしら声をかけてみる。

 何を言っても無視されるだけだったが、それでも諦めずに続けていると、そのうち痺れを切らしたように言ってきた。

 

「ああもう、なんなのよアンタ!?」

「なんなの、と言われましても……」

「調子狂うったらないわ。無視しても平気で声かけてきて、使用人にも親しげにして……イレブン相手だって気にしないで」

 

 言っているうちにバツが悪くなってきたのか、カレンは視線を逸らしながら呟いた。

 

「ブリタニアのお嬢様ってみんなこうなわけ?」

「残念ながら、私は特別変わっている方だと思います」

 

 彼女の苛立ちもわかるので、俺は声を荒らげることなく答える。

 

「それから、紅月さんはイレブンではありません」

「……名誉ブリタニア人だ、って?」

「そうですね。そして、日本人でもあります」

「っ!?」

「私、元は孤児なんです。お養父さまに拾っていただいてお嬢様をしていますが、生まれは違います。……生まれ育った環境というのは、その人の中にずっと残るものでしょう?」

 

 カレンの俺を見る目が奇妙なものを見るようなそれに変わる。

 あまり気持ちのいい視線ではないが、少なくとも敵意は薄れた。

 

「お嬢様がそんなこと言ってると、周りから虐められるんじゃない?」

「嘘も方便、といいますでしょう? 私は『使う側』として『使われる側』に気持ちよく騙されてもらうために、彼らを尊重しているだけです」

 

 と、いうことにしておけば「あの子は物好きだな」程度で済む。

 はあ、と。

 少女の口から観念したような溜め息が漏れ、向けられる視線が呆れに変わった。

 

「……まあ、何言っても無駄だ、ってことは良く分かった」

「わかっていただけて幸いです」

 

 それからは、話しかけると反応してもらえるようになった。

 大抵は「うん」とか「ああ」とかそんな返事だけだったが、無視されなくなっただけでも大きな進歩だ。

 そんな風にして、俺はカレンと少しずつ仲良くなっていった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ルルーシュ・ランペルージは日本の地で戦火に見舞われ、両親を失った戦災孤児である。

 エリア11にアッシュフォード学園を創設したアッシュフォード家に妹と共に引き取られた彼は、学園のクラブハウス内に設けられた私室にて生活するようになった。

 と、いうのが、日本とブリタニアの戦争のどさくさに紛れて本当の名を捨てたブリタニアの第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの仮の姿(ペルソナ)である。

 

「お兄様、今日はお休みですからゆっくりできますよね?」

「ああ、もちろんだよナナリー」

 

 ブリタニア風に整えられた部屋の中で、妹からの呼びかけにルルーシュは答えた。

 

 ルルーシュと妹、ナナリーが日本にやってきたきっかけは母・皇妃マリアンヌが何者かによって暗殺された事件だった。

 不幸にも殺害現場に居合わせてしまったナナリーは視力と脚の機能を失い、ルルーシュは何もできなかったことに大きな悔しさを抱いた。

 ブリタニアの皇帝にして父であるシャルルに母の死を訴えたルルーシュは、素っ気ないという言葉では言い表せないほど冷淡な返答を与えられたことから父を憎んだ。

 そして、国のために感情を殺せないルルーシュを「不要」と断じたシャルルによって日本の枢木ゲンブ首相の下へと送られ、そのまま開戦の日を迎えた。

 

 アッシュフォード家とコンタクトを取れたのは幸運だったと言っていい。

 日本に送られた後の兄妹の消息を追っていたらしく、アッシュフォード家はルルーシュとナナリーを快く迎え入れてくれた。

 お陰で、戦争に心を痛めていたナナリーも少しずつ心の平穏を取り戻そうとしている。まだまだ安心とはいかないのかとにかくルルーシュの傍に居たがって大変だが、(本人に自覚はないものの)大変なシスコンであるルルーシュにとってそれは望むところであった。

 

 ルルーシュとて、一連の事件の衝撃は大きかった。

 心を癒す時間はまだまだ必要なのだから。

 

「良かったですね、ナナリー様」

「はい。ありがとうございます、咲世子さん」

 

 穏やかにナナリーへ声をかけたのはアッシュフォード家に雇われたメイドの篠崎咲世子だ。

 彼女はブリタニア風のお仕着せに身を包んでいるものの、黒髪を持った日本人──エリア11を出身とする名誉ブリタニア人である。

 彼女が雇われた理由としてはアッシュフォード家が日本人に対する偏見を持っていなかったことが大きい。

 ルルーシュとナナリーにしても一時期、日本の家に預けられていた身の上である。また、預けられた家では歳の近い少年と縁を結びもした。皇帝とは縁を切られたこともあって、下手なブリタニア人よりはむしろ日本人の方が信頼に値する。

 咲世子も、ブリタニア人であるルルーシュ達にとても良くしてくれている。立ち居振る舞いが丁寧で、歳の離れた子供の扱いも上手い。聞いた話によれば元は良家のお嬢様だったというが、育ちが良いお陰だろう。

 

 今日は一日、ナナリーと何をして過ごそうか。

 と、ルルーシュがそんなことを考えていると、部屋のドアがノックもなく開かれて一人の少女が入ってきた。

 

「ルルーシュ、ナナリー、いるー?」

「……ミレイか。ノックくらいしたらどうだ」

 

 入ってきたのはミレイ・アッシュフォードだった。

 ルルーシュ達の後見人から見ると孫娘にあたる少女。ルルーシュより一つ年上の中学三年生で、アッシュフォード学園中等部の初代生徒会長に就任している。

 性格は明るく自由奔放。

 鬱陶しいくらいに距離を詰めてくるため、現在絶賛やさぐれ中(ナナリー相手を除く)なルルーシュにとっては少々頭の痛い相手である。悪い人間というわけではないものの、出会った当初は幾度となく喧嘩になった。そのうち、どういうわけかミレイの態度が軟化して今に至るのだが、

 

「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」

「着替えでもしていたらどうするんだ」

「ルルーシュが私の着替えを覗くならともかく、私がルルーシュの着替えを覗くなら問題ないでしょ?」

「いや、どう考えてもあるだろう……」

 

 思わず頭を抱える。

 そんな二人のやり取りにナナリーが「お二人は仲がよろしいですね」とくすくす笑って、

 

「ミレイさん。今日はどうされたんですか?」

「ああ、うん。そうだった」

 

 応えたミレイは二人に対して笑顔を浮かべ、意外なことを言ってきた。

 

「あのさ、二人とも今日は時間ある? 紹介したい人がいるんだけど」

「人、か」

 

 思わず警戒するルルーシュだったが、結果的にそれは杞憂だった。



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病弱令嬢 リリィ 五

 引っ越し作業が落ち着いた頃、新しい学校での生活が始まった。

 アッシュフォード学園。

 ガチで新品の校舎での学園生活というのはなかなか体験できないことなので、百合としても俺としても心弾む部分があった。

 

 一年目の学園は転校を希望してきた生徒数との兼ね合いから「中等部の1~3年+高等部の1年」をメインとした体制でスタートした。

 高等部の2年生以降は転校希望者があまりいなかったこと、最初とあって教師やスタッフ達も不慣れな部分があることから少人数による特別指導という形でカバー。

 そのため、高等部は実質一学年のみでの運用となり──そのせいか、最初の高等部生徒会長には俺が選ばれてしまった。

 

「どうして私なんでしょう?」

「能力と実績、経験を考慮した結果だよ」

 

 以上は学園理事長──つまりはミレイのお祖父さんと俺が交わした会話の要約である。

 さすがはミレイ祖父。飄々としているように見えてしっかりした信念のもとに行動している。つまり、抗議しても無駄ということだ。

 

「……わかりました。最善を尽くします」

 

 仕方なく了承した俺。

 来年はミレイに引き継いでやる、と思ったのだが、考えてみると中等部の生徒は高等部の生徒会選挙に出られない。二、三年生から会長が選ばれなかった時点で来年の候補者は増えないわけで、ほぼ俺が二期会長を務めるということではなかろうか。

 アッシュフォード学園の生徒会長とかミレイのイメージしかないんだが。

 まあいい。俺に彼女の真似はできないので、真面目かつ堅実な生徒会運営を心がける。はっちゃけるのは学園祭や体育祭などのイベントごとの時だけで十分だ。というか、学園祭なんかは中等部と高等部の合同になるので、否応なく中等部の生徒会長であるミレイが出張ってくる。放っておいても彼女が色々アイデアを出して盛り上げてくれるだろう。

 というわけで、我が生徒会は実務能力の高そうなメンバーで構成した。実務は部下頼りの生徒会長とかミレイだけで十分である。できたばかりの学園である以上、俺達が今のうちにマニュアルや前例を整備しておくことで、後にルルーシュやシャーリーが被る被害を少なくできるかもしれない。

 

 そんな風にして新しい生活を謳歌していたある日、中等部と高等部に分かれたことで会う機会の少なくなっていたミレイから連絡が入った。

 

『リリィ先輩。会わせたい人がいるんですけど、今度の日曜とか空いてますか?』

『はい。大丈夫です』

 

 俺の休みの日の予定には自動で「自室で休養」という項目が設定されているが、体力が削られるのを覚悟すれば予定の変更が可能である。

 ミレイが指定してきた場所は学園のクラブハウスだったので、それくらいなら大した負担にはならないだろうと、俺は申し出を了承した。

 

 実を言えば、()()()()()が来ることは予想していた。

 来るのか来ないのか、来るとしたらいつ来るのかそわそわしながら待っていたのも事実であり、俺はただ学園で知人と会うだけだというのにいつもより睡眠時間を減らすことになった。

 あれを着て行こうか、やっぱりこっちにした方がいいか、とあれこれ悩んだ挙句、学園に行くんだから制服じゃん、と気づいて愕然としたのはここだけの話である。

 

 そして。

 

 休日に学園のクラブハウスに出向いた俺は、原作主人公ことルルーシュ・ランペルージ、ルルーシュの妹のナナリー、そしてアッシュフォード家の雇われメイド、篠崎咲世子と出会ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドアを開けて姿を見た瞬間、硬直してしまった。

 以前よりも綺麗になった姉がいた。

 清楚なメイド服に身を包み、背筋を伸ばして立つ彼女。目立つ怪我はしていないようだし、肌艶も良い。アッシュフォード家によくしてもらっている証拠だ。それに、最後に会った時よりも雰囲気がぐっと大人っぽくなっている。

 

「ミレイ、会わせたい相手ってのはこいつか?」

 

 俺が放心していると、その場にいたうちの一人──細身かつ聡明そうな容姿の美少年が口を開いた。

 俺達から等距離あたりに立ったミレイは「そうよ」と胸を張る。

 

「でもルルーシュ、リリィ先輩は年上だからね? いくら可愛いからって失礼は駄目よ」

「年上? こいつが?」

 

 こら主人公。小さく呟いたつもりだろうが、ばっちり聞こえてるぞ。

 というか、ルルーシュの口が思ったよりも悪い。俺が知っている彼は今から四年後くらいの彼だし、戦争からあまり日が経っていない現在はまだ心がすさんでいるのだろう。原作では敬語を使っていたミレイ相手にため口利いてるし。

 俺は気を取り直して挨拶をする。

 

「初めまして。私はアッシュフォード学園高等部一年、リリィ・シュタットフェルトと申します。以後お見知り置きくださいませ、ルルーシュさま、ナナリーさま」

「シュタットフェルト……」

 

 ルルーシュがまた意味ありげに呟く。脳内情報をおさらいしているんだろう。頭が切れるせいでいろいろ大変そうだ。

 ナナリーの方は可愛いというか平和な態度で口元に笑みを浮かべてくれる。

 

「ナナリーです。こちらこそ、よろしくお願いします。……あ、でも、気軽にナナリーと呼んでくださいね」

「ありがとう、ナナリー」

 

 俺は彼女が皇女殿下だって知ってるので呼び捨てが怖いのだが、この兄妹にだけ様付けし続けるわけにもいかないか。

 などと考えていると、ナナリーが顔を上に向けて、

 

「こちらは私達のお世話をしてくれている咲世子さんです」

 

 車椅子のハンドルを握っている咲世子を紹介してくれた。

 つられて顔を向けた俺は、姉とじっと見つめあう形に。

 

「………」

「? 咲世子さん?」

「……失礼しました。()()()()()、リリィ様。篠崎と申します」

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 しっかりと他人のフリをしてくれる姉に、俺もまたお嬢様としての笑みを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 自己紹介が済んだ後はみんなで遊ぶことになった。

 車椅子かつ目の見えないナナリーがいるので遊び方は限られてしまうが、俺はとっくに織り込み済みだったし、人の良いミレイが文句を言うはずがない。

 しりとりをしたり、どこに誰が触っているかナナリーに当ててもらったり、平和な遊びをして時間を過ごした。

 というか、自然とゆったりした遊びになるので、俺はナナリーと相性が良い気がする。

 

「では、リリィさんは身体が弱いんですか?」

「はい。特に日光に弱いもので、外に出るには日傘が手放せないのです。ですから、日向ぼっこを楽しめるナナリーが少し羨ましいです」

「私は、リリィさんのお顔が見られないのが残念です……」

「では、私達はお互い似た者同士ですね」

 

 ナナリーはルルーシュの三歳年下。俺から見ると五歳差があるが、運動不足とはいえ健康面に問題のないナナリーと虚弱な俺は見た目も近い。

 思った以上に早く仲良くなることができてほっとした。

 いっそ俺がナナリーの世話をすれば外に出られない、移動速度が遅い、のんびりしていてもお互い気にならないで平和かもしれない。暴漢に押し入られたり、建物内で火事でもあったら二人してアウトだが。

 と。

 飲み物を買いに行こうと俺が部屋を出ると、ルルーシュが「俺も行く」と言ってついてきた。

 俺は特に拒否せず、自販機までの道をしばらく歩いて、

 

「お話はなんでしょう?」

「……話が早いな。咲世子さんに何か含むところでもあるのか?」

「いいえ、特には」

 

 こっちから切り出されるのが意外だったのか、ルルーシュは一瞬顔を顰めた後で尋ねてきた。

 即座に答えたものの、青年もまた即座に断言してくる。

 

「嘘だな」

「………」

「思っていることが顔に出にくい性質のようだが、演技の技術に長けているわけではない。見る者が見ればそれくらいのことはわかる」

 

 ブラフのような気もするが、ルルーシュならそれくらいできてもおかしくはない。

 俺は溜め息をついてシラを切りとおすことを諦めた。

 

「日本人の方が世話係なのはどうしてか、と考えていただけです」

「日本人か。イレブンではなく」

「言葉遊びですが、蔑称に近い呼び名は好みません。立場上、隔意を表現したい時は『旧日本人』と言うようにしたいと思っています」

「……そうか」

 

 今度の答えは嘘ではない。

 姉に見惚れていた、という一番の理由を答えなかっただけで、元皇族に日本人のメイドがついていた原作の設定をあらためて意識したのも事実だ。

 まあ、日本人に忌避感がないなら手ごろに雇える最強の護衛なのだが。逆に言えば最強の敵になりうるわけで、その人物にルルーシュ達の素性を明かすのだから、アッシュフォード学園理事長は相当肝が据わっている。あるいはミレイと同じく直感で人を見抜くタイプか。

 ごとん、と、自販機からアイスティーの缶が落ちる音が響いて、

 

「すみませんでした。……やはり、人を疑う癖がついているようです」

「謝らないでください。私は戦火を直接体験していません。あなた方の苦労に比べたらその程度、どうということもありませんから」

 

 都合が悪いから、と、マリアンヌ殺害を止めなかった負い目もある。

 

「ミレイにも優しくしてあげてくださいね。私にとっても大切なお友達なんです。……きっと、お二人のことが心配で、私を紹介してくれたんだと思います」

「……わかってはいるんですけど、ね」

「ぐいぐい来られすぎてしり込みしてしまいますか?」

「そういうことです」

 

 ルルーシュも運動が得意ではない頭脳労働タイプなので、振り回されるのは苦手なのだろう。

 俺達は「意見が合った」とばかりに笑いあった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 雇い主の孫であるミレイ・アッシュフォードが人を紹介すると言ってきた時は正直言って警戒した。

 貴族とも繋がりのあるアッシュフォード家に雇われることができ、しかも拠点をアッシュフォード学園という「裕福な家の子供が集まる学校」にできたことは予想以上の幸運だが、ミレイの奔放な性格は狙いを読みづらい部分があり、少々困りものだ。

 メイドの仕事自体に戸惑うことは少なかったとはいえ、ルルーシュ・ナナリー兄妹の信用を買ったり、理事長やミレイの周辺人物を調べたり、新しい生活に馴染むために忙しかったことも「ミレイの先輩」にまで調査が及んでいなかった原因だろう。

 中等部と高等部に分かれたことやお互いに生徒会長として忙しいことで交流が減ったという件の人物と()()()が同一人物であるとは思わなかった。

 

 だから、ドアを開けてリリィ──百合が現れた時は全てを忘れて硬直してしまった。

 

 数年ぶりに会う妹はすっかり成長していた。

 良い意味で人形のようだった容姿は花開き、身体の起伏を備えたことで生き物らしさを備えた美少女のそれへと生まれ変わった。

 白い細い髪と透き通るような肌は健在で、淡いクリーム色をした女子制服が良く似合っている。どこか幻想的なまでの美しさは、周囲の男が放っておかないであろうことを思わせる。そういう意味では早々に婚約を決めてしまったのは良かったのかもしれない。

 

『? 咲世子さん?』

 

 だから、ナナリーに声をかけられて我に返った時は焦った。

 自分と彼女は赤の他人でなければならないのに、あまりにも見つめすぎてしまった。大切なお客様なのでじっくりと観察してしまった、という体にすれば不自然ではないだろうか。

 自重しなければと思いつつ、妹と同じ空間にいられることに胸の高鳴りを覚えた。

 リリィが物怖じせず兄妹に話しかけ、特にナナリーとはあっという間に仲良くなっていく様は、姉妹として過ごしていた頃を思い起こさせてくれた。

 

 アッシュフォード家に雇われたのは、やはり思った以上の幸運だった。

 

「リリィ様。どうか、また、ナナリー様とお話してあげてください」

 

 別れ際に声をかけると、妹はすっかり身に付いた気品ある態度で柔らかく答えた。

 

「はい。喜んで」

 

 その日の夜は妹の一挙一動を反芻していたせいで、いつもより眠るのが遅くなってしまった咲世子だった。



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生徒会長 リリィ

「扇要です! 前は学校の先生をしていました!」

 

 今、俺の前には一人の男が気を付けをして立っていた。

 対する俺は余所行きのワンピースを着て机の前に座っている。机の上には履歴書的なものがあり、いわゆる面接の体裁が整っている。

 男の名前は本人が言った通り。

 旧日本人の成人男性で、髪はパンチパーマ気味。文化の違いかお金の問題か、着ているのはスーツではなくカジュアルな私服だったが、原作でトレードマークだったバンダナ(鉢巻?)は着けてない。

 

 扇要は原作にて旧日本人による反ブリタニア勢力──レジスタンスのリーダーを務めていた男だ。

 もともとのリーダーは紅月カレンの兄だったが、彼が行方不明になったため、なし崩し的にリーダーになった。

 悪人ではないものの、致命的なほどリーダーに向いていない人物だ。

 ルルーシュ扮する謎の人物『ゼロ』を信じて反ブリタニア勢力『黒の騎士団』のメンバーになったものの、正体不明のゼロを信用しきれず、記憶喪失になったブリタニアの女軍人を匿って恋仲になってみたり、記憶が戻って軍に復帰した彼女を仕事そっちのけで追ってみたり、敵の重要人物から「ゼロが裏切っている」と言われて反旗を翻したり、挙句、例の女を孕ませ結婚した上にちゃっかり日本の首相に収まった男である。

 

 そのため、原作ファンでも「扇要は嫌い」という人間は多い。

 正直、俺もあまり好きではないのだが、原作における重要人物の一人だし、何より、環境次第では大活躍できるキャラクターだと思う。

 流されるまま組織の重要人物なんかを務めた彼の自業自得ともいえるが。

 

「扇要さんですね。今回は、事務作業員としてのご応募でよろしいですか?」

「はい!」

 

 そんな扇がどうして俺の面接を受けているかというと、俺が立ち上げるゲーム会社の求人に応募してきたからだった。

 たぶん、既にカレン兄と一緒にレジスタンスをやっているとは思うのだが。

 レジスタンスだけでは生活費が稼げないので表の仕事を欲したのか、それとも東京租界を出歩く口実が欲しかったのか。

 応募者はできるだけ俺自身が面接しているものの、まさか扇が来るとは思っていなかったので名前を見た時は驚いた。

 

 まあ、原作キャラであろうとそうでなかろうと、従業員になるために応募してきたからには必要か、必要でないかで判断する。

 

「まず最初に確認しておきたいのですが、我が社での雇用の条件として『名誉ブリタニア人としての登録』を義務付けております。こちらは問題ないでしょうか?」

「……それは、どうしてですか?」

「信用の問題です」

 

 やや声音を落として尋ねてくる扇へ静かに答える。

 

「名誉ブリタニア人として登録されている、ということは、ある程度の経済力をお持ちであり、また最低限の人格を保証されているということです。会社の資金や、あるいは開発途中のデータを盗まれるようなことがあれば損害は免れませんから、必要な保険かと思います」

「俺達、日本人が信用できないってことですか?」

「そこまでは申し上げておりません。登録されている方と登録されていない方、どちらが信用できるかを考えれば前者になる、というだけの話です」

 

 資格を持っている人間と持っていない人間、と言い換えてもいい。

 

「……あなた方としても、ブリタニア人である私を無条件で信用はできないでしょう?」

「………」

 

 微笑んで尋ねると、扇ははっとした顔で黙り込んだ。

 日本人がブリタニアを憎むのは当たり前だ。国を奪われた上、首相まで殺された(ように見える)のだ。

 扇は気を取り直したように俺を見て尋ねてくる。

 

「じゃあ、どうしてわざわざ日本人を雇うんです?」

「ブリタニア人を雇うよりも人件費が安く抑えられるから。別の視点があった方が色々な意見をゲームに取り入れられるから。……何より、お金というのはある人のところよりない人のところに行くべきだと思うからです」

「ボランティアのつもりだと?」

「そうではありません。お金儲けをするつもりは大いにあります。……ただ、そのために役に立ってくださるのならブリタニア人でも旧日本人でも構いませんし、うちで働いた給料を社員の方がどう使うかはその方達の勝手だと思っています」

 

 登録していない『イレブン』に食料を与えたり、あるいはレジスタンスの資金の足しにしても、だ。

 俺の答えに、扇は少し考えてから答えた。

 

「雇っていただけるなら、名誉ブリタニア人になる覚悟はあります」

 

 俺は更に幾つかの質問を投げかけた上で決定を下した。

 

「では、扇要さん。あなたを採用します」

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「カレンさん」

「ん……ああ、義姉さん」

 

 キッチンの使用人からおやつ代わりの焼き菓子をもらった帰り道、自分を呼び留める可愛らしい声に、カレン・シュタットフェルトは立ち止った。

 振り返ると、そこにいたのはカレンより身長の低い義姉。

 相変わらず、その気になれば簡単に押し倒せそうだ、と思いながら彼女に尋ねる。

 

「何か用?」

「少しお伺いしたいことがあるんですが、良いでしょうか?」

「まあ、歩きながらで良ければ」

「いえ、どちらかというとカレンさんの部屋が良いです」

「?」

 

 よくわからなかったが、まあいいかと思い、カレンは了承を返した。

 

「わかった」

 

 歩き出すとリリィは静かに後をついてくる。

 歩幅が違うせいかちょこちょこと追い付いてくるのがちょっと面白い。

 思えば、以前に比べると良好な関係になったものである。といっても義姉の態度はずっと変わっておらず、カレンの方が一方的に毛嫌いしていたのだが。

 邪険にしても無駄だと気づき、また、彼女が日本人にも親切だということを知ってからは少しずつ話すようになった。

 どうせ暇なのだから話し相手くらい居てもいい。

 養母はもちろん、父や使用人達とも慣れ合う気はしないが、この小さな義姉は悪意を向けてこないので付き合いやすい。

 

「学校には行っていますか?」

「義姉さんなら知ってるんじゃないの?」

「ええ、まあ、一応」

 

 質問に質問で返すと、リリィは苦笑しつつ頷いた。

 カレンはアッシュフォード学園の中等部に籍を置いてはいるものの、病弱という設定を使い、実際にはほとんど登校していない。

 面倒くさいから、というのもあるが、大元の理由は「ブリタニア人ばっかりで息が詰まるから」だ。

 

「私がこんなですから、病弱だと言っても皆さん信じますよね」

「義姉さんもたまには役に立つね」

「役に立ったのなら嬉しいです」

 

 カレンと違って可能な限り登校し、更には生徒会長を務め、かと思えば起業してゲームを作り、婚約者の相手や中等部との交流まで義姉は明らかに何かおかしい。無理しすぎては風邪をひいて寝込んでいるので、たぶん秀才のフリをした底抜けの馬鹿なのだろう。

 

「で、話って?」

 

 部屋についたところで切り出せば、リリィはゆっくり窓際に歩み寄り、外を確認してから言ってきた。

 

「扇要さんという方を知っていますか?」

「扇さん? ああ、それなら……」

 

 意味ありげな間を置いた割にあっさりとした質問だった。

 普通に頷きかけてから、カレンは硬直した。義姉には「新しい妹」としか紹介されていないはずだが。

 

両親(あいつら)が喋ったの?」

「はい。別段、隠すようなことでもないでしょう?」

「……誰にも言ってないでしょうね?」

「言いませんよ、そんなこと」

 

 返答を聞いてほっと息が漏れた。

 実際問題、隠しても仕方のないことではある。父がいない時の養母は割と露骨にカレンに嫌味を言ってくる。使用人はともかく、リリィは気づくだろう。

 そして、この義姉はカレンの出自を知っても全く態度を変えていない。

 

「うちの会社に応募があったので採用したのですが、学校の先生だったそうなので、もしかしたらお知り合いかと」

「日本人が何人いると思ってるのよ……。まあ、知ってるけど」

「奇遇ですね。もしかして恋仲とか?」

「違うわよ。兄の友人」

「お兄様は今どちらに?」

「さあね。親もいないし、好きにやってるんじゃない?」

「元気なんですね」

 

 嬉しそうに微笑むリリィ。

 

「家族は大切にした方がいいと思います。失ってから大事だったと気づいても遅いですから」

「……そうね」

 

 リリィは元孤児だという。

 孤児といっても色々いる。物心つく前に親に捨てられた者、何かの理由で両親が死に行くところのなくなった者。どういう経緯でシュタットフェルト家に引き取られたのかは聞いていないが、後者であれば幼少期に親を失っていることになる。

 経験者の言葉は重い。

 カレンだって戦争のごたごたで失った友人がいる。それこそ孤児になった子供も目の当たりにした。

 

「ねえ。例えばあんたの会社でもう一人雇ってもらえたりするわけ?」

 

 カレンの兄・ナオトは反ブリタニアのレジスタンスに所属している。

 扇要も同じ組織の一員だ。二人揃って「お前には普通の暮らしをして欲しい」の一点張りで手伝わせてくれないのが不満だが、もちろん尊敬はしている。

 扇がリリィの会社に入ったのも何かの目的があるからだろう。

 身分を手に入れ、定期的な収入があれば、できることも増えてくる。

 だから、悪くないアイデアだと思ったのだが、

 

「採用するかしないかは、会社に必要な人材かどうか、それ次第ですね」

「家族を大事にしろって言ったのはあんたでしょうが」

 

 しっかりしているというか、ちゃっかりしているというか。

 抜け目ない義姉の返答にカレンは苦笑しながら文句を言ったのだった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 カレンに確認したところ、兄のナオトはまだ生きているらしい。

 なら、こっちからスカウトしても良いかと思ったが、止めておくことにした。

 カレン経由で話を持っていくにしても怪しまれそうな気がするし、彼は扇がなる前のリーダーだったはずだ。

 指導者が名誉ブリタニア人かつ、ブリタニアの企業の下働きでは他の者がついてこないかもしれない。忙しい身の上だろうし、彼はなかなか優秀な人材だった節がある。下手にレジスタンス活動を停滞させたりすると後の反抗に支障をきたすかもしれない。

 

 そんな感じで、俺のゲーム会社はスタートした。

 

 初期メンバーはブリタニア人の精鋭三人+旧日本人が数名。東京租界の中にある小さなビルのワンフロアを借りてオフィスを構えた。弱小ソフトハウスとしてはちょっと規模が大きいかもしれない。

 とはいえ、旧日本人のメンバーもなかなか粒ぞろいだと思う。

 雑用係の扇以外は絵が描ける者や文章が書ける者などクリエイター色の強い人間を中心に集めた。新しいものを作りたい、という熱意に溢れた若者達だ。きっといいものを作ってくれると思う。

 

 俺は社長だが、基本的に現場には居ない形になる。

 肩書きだけデカイ奴が普段から居座っていたらスタッフも集中できないだろうし、そもそも学生なので平日昼間は予定が埋まっている。

 代わりに現場を仕切ってくれる人間としてブリタニア人のスタッフを揃えた。うち一人は父の伝手で来てもらったマネジメントに長けた人だ。なるべく人種差別意識の薄い人間を選んだので上手いこと回ってくれると思いたい。

 作業進捗や起こったトラブルなどは幹部扱いであるブリタニア人スタッフからレポートを上げてもらい、毎日それをチェックする。遠慮なく意見は言うつもりだが、社長としての強権を発動するよりは現場の意見を尊重したい。じゃないと完全に前世で見た作品のパクリになりそうだし。

 

 ひとまず目指すは黒字。

 安定してプラス収支を出しつつ、ちょっとずつ事業拡大できるくらい儲かればいいと思う。

 欲を言うならもちろんどーんと儲かって欲しい。事業開始にあたって養父から融資してもらったので、その分は色をつけて返さないといけないし、もっと言えば、親から融資してもらわなくても自分で使える資金を確保しておきたい。

 会社を大きくできれば雇える人数も増える。

 限られた人数とはいえ旧日本人に収入を与えてあげられるし、儲かる額も増えるだろう。

 

 そして、俺は欲しいものを手に入れたい。

 俺が欲しいのは、平和だ。



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生徒会長 リリィ 二

※忍者技を他作品から持ってきたので「クロスオーバー」タグを追加しました。


「特別派遣嚮導技術部……ですか」

『そ、略して特派。そこの主任にどうかって言われて、即OKしちゃった』

「ロイドさまを主任だなんて、変わった方ですね」

『おいおい、言葉は選んでくれよ。ま、僕もそう思うけどねえ!』

 

 はっはっは、と、電話越しにロイドの笑い声が聞こえた。

 

『というわけで、僕もエリア11(そっち)に行くことになるから』

「では、これからは定期的にお会いした方が良いですね。お住まいはどちらに?」

『研究所内に寮も併設されるから、そこに入るつもりだけど?』

「なるほど」

 

 小さく答えながら、俺はどうしたものかと思案した。

 

 特別派遣嚮導技術部。略して特派。

 神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルが組織した軍内部の技術チームだ。その名の通りエリア11へと派遣された研究者や技術者で構成されており、新技術の開発やハイエンドなKMF(ナイトメアフレーム)の製作が主な仕事となる。

 シュナイゼルは皇帝を除いた皇族の中では最も政治的にやり手で、彼が提供する潤沢な資金を用いてばんばん研究ができるという、ロイドにはぴったりすぎる部署である。

 原作ではこの特派がKMF『ランスロット』を開発し、それに搭乗したスザクが主人公ルルーシュの作戦を()()()()()()()というどうしようもない手段でことごとく邪魔をすることになる。

 正直言って、放っておいていいのか悩ましい部署だ。無駄を承知で「ロイドさま、研究者やめませんか?」とか聞いてみたくなる。

 けどまあ、現実的に考えてスルーするしかないだろう。

 

「私も婚約者として一緒に住むべきなのでしょうか」

『僕は別に構わないけど、たぶんキミにも構わないよ?』

「そうですよね」

 

 夜遅くまで研究に明け暮れた挙句、部屋には寝るためだけに帰ってくる──という生活が割と目に浮かぶ。そのくせ日々充実しているので肌艶は良いのだ。羨ましいを通り越して若干妬ましい。

 

『というか、基本的には独身寮だから部外者を入れるのは問題あるかも?』

「……独身の男性ばかりのところに行くのは少し怖いですね」

『そこはどうでもいいというか、心配してないけど』

 

 おい、今なんて言った?

 

『機密漏洩の問題もあるから、主任権限でも通らないかなあ』

 

 ああ、そこは大事だ。

 研究施設への立ち入りはセキュリティ権限で制限できるにせよ、ロイドのパソコンを盗み見るとか、他人のカードを拝借するとか方法はあるだろうし。だったら最初から部外者を入れない、というのは当然の対策だ。

 俺としてもそんな環境に置かれたら情報を盗みに行かない自信がない。

 発覚した時に絶対怪しまれるから逆に行動できないような気がひしひしとするが。

 

「では、別に部屋を借りて二人で住むのはどうですか?」

『通勤時間が発生するからヤダ』

 

 駄目だこいつ。

 まあ、通勤とか通学の時間が煩わしいのはわかる。たとえ徒歩五分の距離でも、それをゼロにできるならしたくなるに決まってる。

 かく言う俺も「屋敷まで帰れる体力が無くなったり、天候不順が発生した時のため」という名目でアッシュフォード学園のクラブハウス内に部屋を借りることにした。生徒会の仕事等で遅くなっても平気だし、教科書等の保管場所としても利用できる。

 これなら食事はルルーシュやナナリーと一緒にとることもできるし、何よりナナリーが喜ぶ。

 

『というかそんなに同棲したがるなんて、僕のこと案外好きだったんだ?』

「別の方がお相手では嫌だと思う程度には、ロイドさまのことを好んでおります」

『わお。じゃあ僕達は相思相愛だね』

 

 単なる利害の一致だと思う。

 

 その後、結局、ロイドは寮に一人暮らしをすることになった。

 ときどき遊びに行くくらいなら割と簡単に許可が出るそうなので、部屋の掃除や料理でもしに行こうと思う。ロイドじゃないが、正直通い妻をするのは面倒なのだが、仕方ない。

 どっちかというとセシルが非番の日に彼女のところに遊びに行きたいが……そういえば彼女はヤバイレベルのメシマズだったか。遊びに行くなら食事は宅配ピザだな。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 篠崎咲世子は毎日忙しい。

 基本的にはルルーシュ、ナナリー兄妹の世話を仕事としているが、雇用形態としてはアッシュフォード家の雇われメイド(兼SP)である。

 理事長やミレイから要請があれば外出に同行したり、事務作業などを行うこともある。

 ルルーシュ達が学園で授業を受けている間も暇かといえばそんなことはなく、主のいない間に掃除や洗濯、食材の調達や下拵えなども行う必要がある。

 護衛対象の一人であるナナリーは目が見えず足が不自由なため、誰かの介助がないと移動もままならない。授業中の教室移動などは親切なクラスメートが行ってくれているものの、登下校などは咲世子が担当することも多い。

 

 主人よりも遅く眠り早く起きるのは使用人の基本。

 これは単なる心構えの話ではなく、それだけ仕事が多いという純粋な事実をも示している。

 単なるメイドではなくSPも兼ねる咲世子の場合は猶更である。日々の業務をこなしながらも鍛え上げた肉体を弛ませないための鍛錬も欠かせない。

 クラシカルタイプのお仕着せは袖とスカートが共に長く、肌の殆どが隠れるため、中に物を隠すのにちょうどいい。腿のあたりには投擲も可能な刃物(補充の容易さも考え、苦無ではなく小型ナイフ)をホルダーと共に装着しているし、それとは別に両手足には訓練用の重りをつけている。

 

「……さて。通常業務はこんなところでしょうか」

 

 とある平日の午後二時過ぎ。

 今日は特別な仕事がなかったため、作業が早めにいち段落した。

 掃除で出たゴミを捨て終えた咲世子はほっと一息つき、クラブハウスへの道を戻る。

 背筋はぴんと伸ばしたまま。

 メイドとしての礼儀でもあるが、それ以上に戦う者としての習慣である。己の身体は常にベストの状態に整えるべし。いつ、どんな時に敵が襲ってくるかわからないのだ、と。

 

《咲世子さん》

 

 どこからともなく響く『声』を咲世子は聞いた。

 周りは全くの無人というわけではなかったが、さりげなく見渡した限り、その声に反応した者は誰もいない。当然だ。今のはスピーカー等を通して伝えられたわけではない、特殊な声だ。

 やまびこ、と呼ばれる忍びの技法。

 特殊な発声法を用いることによって己の声を遠方へ、ある程度の指向性をもって届けられる。聞き取りにも習熟が必要なため、心得のある者とだけ内緒話が可能だ。

 

 相手は自ずと限定される。

 そして、この声の雰囲気には覚えがあった。

 

「ああ、今日でしたか」

 

 声に出して呟きつつ、もう一つの声で応える。

 

《いらっしゃいませ、枢木スザク様》

 

 熟達したやまびこの使い手は腹話術のような会話も用いる。

 篠崎流の当主を襲名した咲世子にとっては当然の技術。また、ある程度近く──おそらくは学園内にいるはずの少年にやまびこを教えたのは他でもない咲世子だった。

 

《やめてください。あなたにそんな呼ばれ方をしたらくすぐったくて仕方ありません》

《そう言われましても、私のご主人様になるかもしれないわけですし》

《ああ。それは、どうでしょうね》

 

 スザクの返答には含みがあった。

 今日の「戦い」が難航することを予感しているのかもしれない。実を言うと、それは咲世子としても同感であった。

 

《ご武運を》

《はい》

 

 短い会話の後、二人は会話を打ち切った。

 表向きは何もなかった。

 本当の戦いのための準備は秘密裏に行わなくてはならない。

 

「金物屋さんへ新しい道具を見に行くには少し時間が足りませんね。近くのスーパーマーケットへ食材の買い足しに参りましょうか」

 

 咲世子はそのままクラブハウスに戻ると、外出の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 日本はまだ死んでいない。

 少なくとも咲世子はそう考えているし、抗う意思を持つ者達の多くは同じ見解だろう。

 武力衝突で完膚なきまでに叩きのめされて占領されたわけではない。

 結果的に植民地となるに至ったものの、各地に抵抗のための戦力が残っているし、当のブリタニアが「日本政府が成立すれば自治権を委譲する」と言っているのだ。

 まあ、日本政府が成立したと見做される条件が厳しすぎて現実的でない上、総督府の政策が邪魔をしているのも事実なのだが。

 

 それでも、希望は残されている。

 軍はいったん解体されるに至ったものの、日本製KMF『無頼』の設計図及び実物を含む兵器の多くが戦後のどさくさによって持ち出された。

 日本軍きっての逸材・藤堂鏡志朗をはじめ、優秀な軍人も身を潜めており、機を窺いつつ同士を集めている。

 日本を裏から支配していたキョウト六家も「売国奴」と批判されつつも、いざという時のために力を残している。富士山の日本製プラントは完成が遅延している状態ではあるが、生産量の四割は日本側が所有できる。

 

 武力、あるいは政治によって日本を取り戻すビジョンはまだ描ける。

 その分、血気にはやり、散発的なテロで散っていく者も多いが、軍の残党や一般人出身のレジスタンスの呼びかけによって少しずつ力を集結させつつある。

 

 咲世子、そしてスザクもまた、それぞれのやり方で日本を取り戻そうとしている戦士だ。

 

 少年と知り合ったのはゲンブ暗殺から少し経った頃だった。

 亡き首相の息子を担ぎ上げようとする者、ブリタニアに売り渡して媚びを売ろうとする者、やり場のない怒りのはけ口にしようとする者──様々な大人達の思惑によってスザクが翻弄されつつあることを知った咲世子は、秘密裏に彼を屋敷へ匿ったのだ。

 期間にして数か月。

 キョウト内部でのごたごたが収まり、婚約者である(すめらぎ)神楽耶(かぐや)が引き取るまで、咲世子はあれこれとスザクの世話を焼いていた。

 全く無縁の存在というわけでもない。ブリタニアの暗躍(と彼女達は信じている)によって父を亡くした者同士であるし、かつてスザクは百合の婚約者候補であったこともある。歳の離れた弟のような存在として彼に接する日々は戦後の荒んだ心を癒してくれた。

 

 子供の身で独りになったスザクにとって、咲世子がどんな存在だったかはわからない。

 ただ、不安や恐怖から彼を守るために抱きしめたこともある。

 少年らしい衝動を受けとめ、大人になる手伝いをしてやったこともある。

 そうした行為が功を奏した、というよりはスザク自身の強さによるものだろうが、彼は落ち着きを取り戻し、以前よりも少し大人になった。

 やまびこの使い方、そして戦いの技術を教えてやったのもその時である。

 妹は身体が弱く、一緒に稽古することができなかったため、これもまた咲世子にとっていい思い出となっている。

 

 スザクとはこんな話をしたことがある。

 

『ブリタニアが憎くない?』

『もちろん、憎いです。でも、僕は戦う以外のやり方を模索したい。……暴力だけじゃ何も解決しないって、ある人が教えてくれたから』

『そう……。良い人ね』

『年上の癖に小さくて、ひ弱で、こっちをからかって楽しんでいる癖に、当たり前のように大事なところを突いてくる、憎たらしい女の子ですよ』

 

 誰のことなのかは察しがついた。

 

『その子のこと、好き?』

『まさか。……でも、いつか再会したら、もう君にからかわれるほど弱くない、って胸を張りたいです』

『きっとなれるよ、スザク君なら』

『スザク君はやめてください。恥ずかしいです』

 

 あれから、スザクはきっと頑張っていたはずだ。

 咲世子も色々あったのであまり連絡は取れなかったが、キョウトでやっていくのも簡単ではなかったはずだ。だが、彼の婚約者はキョウトのトップ。お飾り扱いされている少女ではあるが、意志の強さは並外れている、と話に聞いている。

 神楽耶のサポートがあったのなら、上手くいったのだろう。

 ただまあ、その神楽耶が今回の話を聞いてどう思ったのかは、少々恐ろしくはある。

 

 何しろ、スザクが今日ここに来たのは婚約の話をするため。

 もちろん、神楽耶との婚約ではない。

 アッシュフォード学園の理事長に、お孫さんをくださいと言いに来たのだ。

 

(そういえば)

 

 この学園にはもう一人、やまびこを聞き取れる可能性のある者がいる。

 リリィ・シュタットフェルトと名を変えた妹、百合である。自ら用いられる域には到達しなかったものの、他人の発した声を聞きとれることはできたはずだ。

 腕が鈍っていなければ、さっきの声を聞いたかもしれない。

 

 聞いたとしたらどう思うか。

 スザクだと気づいて感動の再会、実は両思いだったことに気付いて禁断の愛、なんていうことになったら面白いかもしれない。いや、いくらスザクでも百合を娶りたいなら自分を倒してからにしてもらわないと困る。

 まあ、そんな偶然は普通ないだろうが。

 

 咲世子はスーパーへの道を歩きながらそんなことを思った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ゆ──」

「く、枢木スザクさまですよね? ゲンブ首相の息子さんの。お写真を拝見したことがございます。理事長にご用事でしょうか?」

 

 授業中に理事長に呼び出されて世間話に付き合わされたと思ったら、何故かスザクの『声』が聞こえて、しかも本人が理事長室にやってきたんだが、なんだこれ。

 人当たりのいい笑みの中に「いいから話を合わせろ」というメッセージを込めつつ、俺は「誰か助けてくれ」と心の中で願った。




予約投稿時間を間違えましたが12月31日分です……。


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生徒会長 リリィ 三

 枢木スザクにとって篠崎百合は因縁浅からぬ相手だ。

 始まりは婚約者候補として出会ったあの時。

 妙な会話に付き合わされた挙句、妙な屈辱感を植え付けられ、結局婚約はなかったことになった。代わりに相手に選ばれたのは神楽耶(かぐや)という我が儘娘。

 百合の方がマシだったと言うつもりはないが、なんだったんだあいつは、と思わざるを得ない。

 無関係になったかと思えば、父・ゲンブが未練がましくあの少女の話を出す。あの見識は見事だの、身体さえ弱くなければ、せめて家柄がもう少し良ければだのと言っていた。神楽耶との婚約自体は「これ以上ない」といって喜んでいた癖に、では百合と誰を契らせるつもりだったのか。

 

 だから、ミレイ・アッシュフォードとの婚約話のために理事長室を訪れた彼は、思いがけぬ再会に絶句した。

 とはいえ、伊達に首相の息子をやっていたわけでも、キョウトのお姫様の婚約者をしているわけでもない。

 

「……理事長、こちらは? 学園の生徒さんのようですが」

「ああ、彼女は高等部の生徒会長をしてくれている、リリィ・シュタットフェルト君だ」

「リリィです。どうぞよろしく」

()()()()()、シュタットフェルト様」

 

 百合がシュタットフェルト家の養女となりブリタニア人となったことは咲世子から聞いていた。

 いったん落ち着きを取り戻してしまえば取り繕うのは難しくない。

 清楚なお嬢様にしか見えなくなった白髪の少女と何食わぬ顔で挨拶を交わし、リリィが再び口を開いて──。

 

「理事長、では私はこれで……」

「ああ、せっかくだから残ってくれないか? じきにミレイも来るだろう」

「え?」

「は?」

 

 二人して疑問符を浮かべるも、理事長は取り合わなかった。

 

「リリィ君にも関係のある話かもしれないのだ。どうだね?」

「……そう仰るのでしたら、私は構いません」

 

 結局、折れたのはリリィの方だった。

 

「スザク君は一人でここまで来たのかね?」

「いえ。皇家の使用人と一緒です。彼には外で待ってもらっていますが」

「ああ、堅苦しい話になるのも億劫だからね。助かるよ」

 

 話しつつ、三人でソファに腰掛ける。

 テーブルを挟んで理事長の正面にスザク。リリィはスザクの隣に座った。

 

(どうしてそこなんです?)

(ミレイさんが来るのであれば、こうするしかないのでは?)

 

 目でやり合い、スザクが負けた。

 

「それで、枢木さまはどうしてこちらに?」

「どうかスザクとお呼びください、レディ」

 

 この少女相手に敬語とか、物凄くむず痒い。

 

「私は、ミレイ・アッシュフォード様との婚約を認めていただきたくこちらに参りました」

「婚約……」

 

 目を見開いたリリィだったが、すぐに口元を押さえて表情を取り繕う。

 

「なるほど。日本再興のための後ろ盾が欲しいのですね?」

「……その通りです」

「リリィ君。そう率直に告げてはスザク君が困るのではないかな」

「これは申し訳ありません、スザクさん」

「いえ、お気になさらず」

 

 どうしてよりによって婚約話の時にこの少女と巡り合うのか、スザクは天の采配を呪った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ミレイさんと婚約する場合、皇家のご令嬢との婚約は解消なさるのですか?」

「はい。残念ではありますが仕方ありません」

 

 スザクと大雑把な話をしつつ、ミレイが来るまでの時間を潰した。

 

 言ってしまえば政略結婚だ。

 政治的な手段で日本を再興するなら、ゲンブの息子であるスザクが立つのがわかりやすい。その際、ブリタニア側の民意を取り込む手段としてブリタニア人の配偶者を必要としている。

 ついでに資金的な援助や政治的なサポートが得られれば言うことはない。

 欲を言えば相手は貴族が望ましいが、本物の貴族女性ではハードルが高い。そこで『元』貴族のミレイに目をつけたのだろう。

 

「失礼ですが、スザクさんはご登録を?」

「いいえ。いざという時、日本人が立つのとブリタニア人が立つのでは心象が違うでしょう?」

「なるほど」

 

 日本人の心象を考えればその方がいいかもしれない。

 再興してしまえば国に戻るのだから、名誉ブリタニア人に拘る必要もなくなる。当たり前に国際結婚すればいい話だ。

 しかし、そう簡単にミレイと結婚できるだろうか。

 

「失礼します。理事長、お呼びでしょうか?」

「おお、ミレイ。こっちに座りなさい」

「はい。……あれ、リリィ先輩? それに、こちらは」

「初めまして、ミレイ・アッシュフォード様。枢木スザクと申します」

 

 颯爽と立ち上がったスザクが日本式に一礼する。

 一般的な女性視点が欠けている俺だが、とりあえず俺に話しかける態度より心が籠もっているのは確かだ。

 で、説明を聞いたミレイがどう答えたかというと、

 

「お断りします」

「え」

 

 笑顔でばっさりだった。

 ここまで即答されるのは予想外だったのか、スザクは慌てて、

 

「な、何がいけないのでしょう。貴女の意向に添えるよう善処します。私に足りないところがあれば努力しますから──」

「だってこれ、政略結婚じゃないですか」

「っ」

 

 ミレイ当人への説明としてはややこしい話はできるだけ避けていたが、さすがにバレバレだったらしい。

 さっぱりとした気性の少女は苦笑を浮かべて、

 

「スザクさんがどうとか、イレブンの人がどうとか、そういうのじゃないんです。ただ私、政略結婚とかって嫌いなんですよ。結婚相手は自分で選びたいんです。だから、ごめんなさい」

「それは……」

 

 唇を噛んで俯くスザク。

 断る理由としてはこれ以上ない。当人の意思がはっきりしているし、振られたスザクの自尊心も傷つかない。改善の余地もほぼない。

 ミレイの両親は貴族に返り咲こうとしているわけで、この話を知ったら絶対反対するだろうし、諦めた方がいい気がする。

 まあ、付け入る隙というか、方法が全くないわけでもないのだが。

 

「ちなみに、ミレイさんの好みのタイプはどんな方ですか?」

「せ、先輩?」

「いえ、参考までに。スザクさんと恋仲になる可能性はないのか、と思いまして」

 

 小首を傾げて悪戯心を誤魔化しつつ、そんなことを言ってみる俺。

 とはいえミレイには通じなかったらしく、彼女は半眼になって言ってくる。

 

「先輩の好みのタイプはすらりとした男性でしたっけ」

「え」

「真面目で真っすぐな人柄ならなおいいんですよね。スザクさんなんかどうですか? 婚約されてるロイドさんとかいう人よりは合ってると思いますけど」

「ミレイさん、私を売る気ですか」

「ふっふっふ、先輩が先に喧嘩を吹っかけてきたんですよー?」

 

 ぐぬぬ、と睨めば向こうも睨み返してくる。

 本気で喧嘩しているわけじゃないが、じゃれ合いのような膠着状態。

 

「いいじゃないですか、結婚。決まってしまうと気楽ですよ?」

「他人事だと思って。じゃあ先輩、私と結婚しましょう」

「え、いえ、その、ブリタニアは同性婚を認めていませんし……」

「あら、認められてたら結婚してくれるんですか?」

 

 正直、ロイドよりは気楽だとは思うが。

 こほん。

 男性陣が同時に咳払い。俺とミレイは顔を見合わせてから「すみません」と言った。

 と、スザクが気を取り直したように、

 

「リリィ様個人に対して含むところはありませんが、その、私の目的から考えると少々難しいです。貴族との婚約を解消するとなると騒動になりかねませんし、リリィ様の立場も悪くなるでしょう」

「先輩は養女だものね。あまり勝手なことをしたら怒られちゃいますか」

「アスプルンド家との仲が拗れるのは好ましくありませんね……。スザクさんが立派になられた後であれば話は違ってくると思いますが」

 

 立派になるために俺と結婚する、という話だと実際困る。

 現在は平民に身をやつしているが、血統的にブリタニアのやんごとなき身分で、スザクともそう歳の離れていない女の子がいれば話は解決なのだが。

 そう、例えばナナリーとか。

 しかし、スザクはおそらくナナリーの所在を知らない。咲世子と旧知の仲ではあるようだが、果たして皇族の存在という最重要情報まで喋っているかどうか。そもそも咲世子が兄妹の出自を知らされるのはどの程度仕えた段階なのか。

 っていうか、うちの姉と親しげに喋ってたけど、いったいどういう関係なんだ。何人の女をたらしこめば気が済むんだ。ラノベ主人公か。

 

「でしたら、私の妹はいかがでしょう?」

「妹? 君……いえ、貴女の?」

「はい。カレン・シュタットフェルト。私の二つ下ですからスザクさんとは同い年です」

「そうですか。……そんな方が」

 

 考え込むスザク。

 悪くないな、とか考えてるんだろう。自分の女性関係を政治手段に利用できるとか、中三にして凄い成熟の仕方をしたものである。

 原作からして彼は「こいつ童貞じゃないのでは?」というムーブが多かった。逆にルルーシュは「あ、こいつ童貞だな」っていう印象。主人公だからというのもあるが、男視点で見ていた俺はどっちかというとルルーシュの方が好きだった。

 

「申し訳ありません、理事長。この話は……」

「ああ、構わない。私としても孫の相手は慎重に選びたい」

 

 頭を下げるスザクに理事長は鷹揚に応えた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 理事長室を後にしたスザクは伊達眼鏡をかけ、帽子を被って変装する。

 イレブンが租界に入りこんでいるだけでもリスキーなのに、彼の場合は特別有名人でもある。対策しておくに越したことはない。

 待ってくれていた護衛兼監視役と合流すると、後を追うように白い少女が部屋から出てきた。

 

「校門までお送りします」

「よろしいのですか? 供の者もいますし、無理をしていただく必要は──」

「ご心配なく。家から出る時は日傘を常備しているのです」

 

 言って胸を張るリリィ。

 妙なところで子供っぽいのは変わっていないらしい。

 スザクはフッと笑って彼女の申し出を受け入れた。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 少女の歩調はゆっくりとしていて、帰るという観点だけで見ると邪魔をされているようなものだった。

 婚約者の神楽耶はお嬢様ながら元気いっぱいで、リリィとは真逆のタイプ。早く早くと手を引かれることの方がずっと多いため、新鮮ではある。

 それに、考え事をするにはちょうどいいペースだ。

 

 これからどうするべきか。

 

 日本を取り戻すという大目的ははっきりしているが、そのために打ち立てるべき小目的が悩ましい。

 アッシュフォード学園の理事長は時間を取らせたにも関わらずスザクに好意的で「もし名誉ブリタニア人になる気があるなら喜んで学園の門を開く」と言ってくれた。

 この学園は人種・身分を問わない学びの場。

 入学した上で寮に入ってしまえば日本側、ブリタニア側からの余計な横槍を防げるかもしれない。

 その方が相手探しが捗るのは間違いないだろうし、名誉ブリタニア人になったらなったでブリタニア側の心証を緩和できるというメリットがある。

 

「そうそう。私は今、ゲームの会社を経営しておりまして。旧日本人のスタッフを雇い入れているのです」

「それは、面白いことをされていますね」

 

 相槌を打ちつつ、リリィの理解力と配慮に舌を巻く。

 学園に入る他に企業で働くという選択肢を与えてくれているのだ。

 

「妹君も会社に関わっていらっしゃるのですか?」

「いいえ。あの子は病弱なもので、あまり学園にも来ていないのです」

「大変ですね」

 

 病弱なくせに神出鬼没な義姉とどちらが厄介かは微妙だが。

 

「世の中ままらないものですね」

 

 呟くように言うリリィ。

 

「一つの考えに凝り固まってしまっている方も多くいらっしゃいます。そんな方には何を言ったところで無駄。()()()()のように空しいものです」

「そうですね」

 

 スザクは頷き、唇を小さく動かした。

 

《君には感謝している。あの時の忠告がなかったら、僕は父を殺していたかもしれない》

 

 リリィは微笑んで、

 

「私には困っている方の()()()()()()()()()()()()()()。ですがお互い、言動には気をつけなければなりませんね」

「全くです」

 

 言動。

 たとえやまびこであっても不用意な使用は控えるべき、ということか。

 頷きつつ、スザクはもう一度だけ声を発した。

 

《僕は日本を取り戻す。君は敵か、味方か》

 

 校門に着いた。

 シュタットフェルト家の令嬢にして生徒会長の少女はスザクに向けて一礼する。

 

「困ったことがあれば相談してください。微力ながらお力になれるかもしれません」




あけましておめでとうございます。

投稿時間を間違えたりしてタイミングを逃しましたが、日刊一位ありがとうございます。


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生徒会長 リリィ 四

 まさかいきなりスザクが現れるとは、本当に驚いた。

 話の流れでカレンを推薦してしまったものの、もしスザクがカレンの婚約者になった場合、原作じゃありえなかったカップリングが誕生する。

 ついでに言うと俺はスザクの義姉。

 

 扇は扇でうちの会社の雑用をしつつ、ブリタニア人スタッフと日本人スタッフ双方の愚痴を聞いて宥めるというムードメーカーを務めているし、色々と状況がカオスになってきた。

 今後はあまり原作知識が役立たないかもしれない。

 日本の状況も敵への対策もまだ「ちょっとマシ」になった程度なんだが、この先大丈夫なんだろうか。

 

 俺は戦々恐々としつつ日々を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームの開発は進んでいるし、スタッフの意欲も高い。

 生徒会の仕事が少なくて放課後に余裕ができた時はときどき差し入れを持って顔を出す。時間に追われ、食事の時間を惜しんで仕事しているせいか「ピザ以外の食い物は久しぶりだ」と喜んでくれる。やっぱりピザか。ピザなのか。

 数少ない女性スタッフは「ここに座ってください」「いまお茶入れますね」「飴食べます?」と別の意味で生き生きしている。小さい子を通り越してペット扱いな気がするが、まあ、楽し気な女性陣を見て男性陣も喜んでいるのでちょうどいいのかもしれない。

 と、思っていたら、

 

「社長、プログラマーが足りません」

「そうなのですか? 作業進捗に大きな遅れはありませんが……」

「メイン担当が有能だからです。ですが、逆に言うと彼が倒れたら替えが利きません。後進育成のためにもスタッフを増やしましょう」

「なるほど。わかりました」

 

 今が順調でも先を見据えた場合、それじゃ足りないこともある。

 肝に銘じていたつもりだが、つい忘れがちになってしまうことだ。

 ついでだからプログラマーだけでなくデバッガーや雑用スタッフも追加募集をかけることにした。現在のスタッフにも「信頼できる人材がいたら紹介して欲しい」と伝えておく。

 

 

 

 

 

 ロイドは特派の主任として日本(エリア11)にやってきた。

 研究施設が完成するのは少し先になるのだが、責任者ということでいち早くやってきたらしい。

 

「いや、しばらくはホテル暮らしだよー」

「楽しそうですね」

「そりゃあ、ホテルなら衣食住が全部保証されてるじゃない」

 

 部屋でも設計図は書けるし、本国との連絡はネットと電話でOK。

 意外とロイドにとっては快適な環境らしい。

 

「で、なんか面白いネタはない?」

「そうですね……動力付きの車輪に爆薬を積んで放つ、なんていうアイデアが最近職場で出ましたが」

「それ、途中で転んで自爆しない?」

 

 はい、します。

 ついでに言うと職場で出たアイデアじゃなくて前世のトンデモ兵器ネタだが、トンデモ研究者のはずのロイドは引っ掛からなかったか、残念。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで年度替わりの時期へ。

 高等部の生徒会長には当たり前のように俺が当選し、旧三年生のメンバーが新二・三年生と入れ替わっただけで、半分以上が既存メンバーのまま二期目がスタート。

 

「来年の会長にはミレイさんを指名しますからね」

 

 そう告げたところ、当の本人は望むところだとばかりに微笑んだ。

 

「はい! っていうか、高等部に入ったらお手伝いさせてもらいに行くつもりでした」

「……二年生までは待てませんか」

 

 進路についてはまだまだ迷っているのだが、研究者になる道はほぼ諦めた。

 ロイドを見てもわかる通り、彼らはデスクワークだけど身体が資本なのである。寝食を忘れて熱中するくらいじゃないと優れた研究者にはなれない、と言ってもいい。

 このまま経営者に徹した方がいいと判断し、授業はそっちをメインに履修することにした。

 

 で。

 

 一年生の授業が全て終わり、休日に生徒会室で仕事をこなしていた時のこと。

 こんこん、と、外から丁寧なノック音。

 

「どうぞ」

 

 声をかけるとドアが開いて、二人の人物が入ってくる。

 

 一人は短髪で、よく見ると引き締まった身体の少年。

 もう一人は黒いロングヘアを備えた小柄な少女。

 

「失礼いたします。こちらが生徒会室だと伺って参ったのですが」

「はい。確かにここが高等部の生徒会室ですが……」

 

 少女の言葉に答えつつ、俺は少年の方へ視線を向ける。

 

(突然どうしたんですか)

(仕方ないだろ。この子が来たがったんだから)

 

 若干、憮然とした態度で視線を返してくる少年──枢木スザク。

 今度はどんな厄介事を持ちこんできたのか。

 と言いつつ、既に予測してしまっている自分が憎い。少女とは初対面だが、見たところスザクより幾つか年下。しかも美少女と来れば候補はかなり限られる。

 

「初めまして。私は(すめらぎ)神楽耶(かぐや)と申します。リリィ・シュタットフェルトさんというのは、あなたですか?」

 

 やっぱりか。

 物怖じせずに話しかけてきた少女を立って出迎えつつ、俺は内心の動揺を抑えて笑みを浮かべた。

 

「はい。アッシュフォード学園高等部生徒会長、リリィ・シュタットフェルトです。初めまして、神楽耶さま」

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 厄介なことになった。

 枢木スザクは平静を装ったまま内心呟いた。

 

「今はそれほど忙しくないので」

 

 そう言ったリリィが案内してくれたのはクラブハウス内にある彼女の部屋。

 利用するのは週に一、二度程度だというそこは清潔に整えられていた。

 利用頻度の割に大きめの本棚には機械工学や経営論、心理学等の本が数多く並べられている。テレビも一応置かれているものの、菓子を片手に娯楽番組を見ていそうな雰囲気は微塵もない。

 こういう時のために、と用意されていた四人掛けのテーブルは今、一席を除いて埋まっている。神楽耶とスザクが隣同士で、リリィは神楽耶の正面。

 にこにこと笑顔を交わし合う少女達は一見和やかな雰囲気だが、幼少期から武道を嗜んでいるスザクは妙な緊張を感じ取っていた。

 

「では、お二人ともアッシュフォード学園に?」

「はい。婚約者を一人で行かせるのも心苦しいですし、今、日本で学びの機会を得るにはここが一番でしょう?」

「婚約者、ですか」

「まだ婚約は解消しておりませんので、スザク様は私の婚約者です」

 

 ね? と同意を求められたスザクは「え、ええ」と苦笑した。

 

「神楽耶様からは『相手を連れてくることが婚約解消の条件』と言われているのです」

 

 私の眼鏡に適う女を連れて来い、と言われているに等しい。

 ミレイ・アッシュフォードが了承してくれれば話はすんなり進んだのだが、生憎、あの話は破談になってしまったため、スザクとしては妥協案を選ばざるを得なくなった。

 つまり、名誉ブリタニア人になってアッシュフォード学園に通い、ブリタニア人の女性と恋仲になること。

 方針としては悪くなかったはずだ。

 ただ、誤算だったのは、それを聞いた神楽耶が「では私も」とアッシュフォード学園入りを希望したことだった。

 

 この少女は何かというとスザクに「婚約者らしい振る舞い」を求めてくる。

 スザクより三つ年下であるため大人の恋愛にはまだ疎いものの、二人で散歩したり世間話をしたりといった時間を持ちたがり、また、そういう時はきちんとエスコートしてやらないと機嫌を損ねる。

 どういうわけか、政略結婚ではなく本気で好かれているらしい。

 お陰でスザクとしては頭が痛い。

 

「現在の婚約者さまを連れて新しいお相手探し、ですか」

 

 リリィがぽつりと呟く。

 やめてくれ、と、端正な顔立ちの少女をそっと睨むと、

 

「本当に酷い話だと思いませんか、リリィ様?」

「ええ。スザクさんは少し女性を蔑ろにし過ぎかと」

「勘弁してくれませんか、神楽耶様」

 

 対立するのかと思いきや一瞬で同調した二人を見て音を上げる。

 と、

 

「スザク様。公の場以外では呼び捨ててくださいといつも言っていますのに」

「いえ、今は高等部の生徒会長との会談の場でしょう?」

「あら。リリィ様とのお喋りの場ですわ。そうですわよね、リリィ様?」

「はい。神楽耶さま」

 

 何か恨みを買うようなことでもしただろうか。

 愛想笑いを浮かべながら、スザクは己の不幸を呪った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 まさか神楽耶まで学園に来るとは思わなかった。

 

 皇神楽耶。

 出番はあまり多くないものの、原作においてかなり重要な役割を果たす少女だ。

 日本を裏から牛耳る「キョウト六家」のトップであり、アニメ内で明言はされていなかったものの、名前からして天皇家に相当する血筋と思われる。

 子供であることから基本的にはお飾り扱いされてはいたものの、間違いなく日本の権力者の一角である。

 原作ではルルーシュ扮するゼロの後援者となり、また自ら「ゼロ様の妻」を志願、魔女C.C.とカレンを含めた三人を「三人官女」と称するなど獅子奮迅の活躍を(主に恋愛面で)見せた。

 

 以上のエピソードからわかる通り、割と「いい性格」をしており、

 

「神楽耶さまが外に出られてしまって、キョウトは大丈夫なのですか?」

「問題ありませんわ。あの方達にとって不必要な存在であれば、私はとっくに処分されております」

 

 などと、飄々と言ってのける強さを持っている。

 

「ですが、貴女までが『名誉ブリタニア人』になるというのは……」

「あら、何か問題がありますか? 日本という国が無くなり、ブリタニア帝国が庇護の手を差し伸べてきた。その手を取って再起し、再び日本を取り戻す。順番として何も間違っていないでしょう?」

「ええ、確かにそうですね」

 

 確かにそうだが、そんな風に割り切って考えられるのは一握りの人間だけだろう。

 

「……ところで、神楽耶さまはお幾つでしたか? アッシュフォード学園に初等部はないのですが」

「ご心配なく。私は来年小学六年生ということになりますが、いわゆる予科という制度を作っていただけることになっております。なんでも、他にも似たような境遇の方がいらっしゃるとか」

 

 六年生だとナナリーと同い年か。

 日本のお姫様とブリタニアの皇族が肩を並べて授業を受けるかもしれないのか。ある意味、夢のような光景だ。

 わざわざ俺のところにやってきたのは挨拶も兼ねてそれを報告するためだったらしい。

 

 俺は頷いて、

 

「護衛ならスザクさんがいますから、安心ですね」

「ええ。最強のナイト様です」

 

 最強はうちの姉だ、と言い返したいところだがそれは我慢。

 

「リリィ様は私のこと、認めてくださいますか?」

「認めるも何も、このアッシュフォード学園は身分や人種に関わらず多くの人を受け入れています。正規の手続きを経て入学する方を否定するはずがありません」

「ありがとうございます。あなたは優しい方ですね」

「争いごとが嫌いなだけですよ」

 

 神楽耶の言葉に、俺はそっとそう答えた。

 

 

 

 

 

 スザク、そして神楽耶が入学することで来年の学園はちょっとした騒ぎになりそうだ。

 今のうちに覚悟しておいた方がいいと思っていると、ミレイから連絡が入った。

 

『先輩。聞きましたか、部活の話』

「部活? 何かあったんですか?」

『なんでも次から、生徒会役員も部活所属が義務付けられるらしいんです』

「……え、そうなんですか」

 

 思わず絶句する俺。

 俺やミレイの通うアッシュフォード学園では全生徒に部活動への所属を義務付けている。前世の日本でもそういう学校は珍しくなかったのだが──問題は、今まで俺が「生徒会所属だから」という理由で部活所属を免れていたことだ。

 

「どうしてまた、急に?」

『二年目に入って、高等部の部活も本格的に動きだしますよね? なので、生徒会役員が率先して部活動を推進するべきだって理事会で決まったらしいです。お祖父──理事長からも明日あたり連絡があると思いますけど』

「……そ、そうですか」

 

 まあ、わからない理屈ではない。

 一年生で生徒会長になった俺が特殊なのであって、普通は三年間生徒会所属というのはありえない。なら、生徒会役員であっても一年から他の部に所属していた方がいい。

 原作でも生徒会メンバーのシャーリーが水泳部と掛け持ちしていた。

 

「それはちょっと、困りますね」

『先輩、運動苦手ですもんねー』

 

 下手にはしゃぐと倒れて寝込むことになるので、表現としては「嫌い」ではなく「苦手」で正しい。

 要は体力が無いということなので吹奏楽部等の真面目な文化部も厳しいのだが。

 

『友達に文化部所属の子がいるので紹介しましょうか?』

「えっと……そうですね。お願いしてもいいですか?」

『わかりました!』

 

 この機会に知り合いの部活状況をチェックしてみるのもいいかもしれない。

 ミレイの元気のいい声を聞きながら、俺はそんなことを思った。



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生徒会長 リリィ 五

 第一回「みんなはどんな部活に入っているのかチェック」。

 

 最初の犠牲者──もとい、ターゲットに選んだのは他でもないミレイ。

 

『私ですか? 私は服飾部に入ろうかと』

「ミレイさん、裁縫得意だったんですか?」

『私だって人並みにはできますよ。小さい頃からやらされてるんですから』

 

 裁縫自体はそれほど好きではなさそうな口ぶりだが、では何故服飾部なのかといえば「イベントといえばコスプレじゃないですか」とのこと。

 確かに、原作でもその趣味は遺憾なく発揮されていた。

 本人もちゃんと着るからまだいいが、彼女の場合、自分で着るより人に着せる方が好きなのがまたタチが悪い。まあ、動物コスとか急に着せられても似合ってしまう生徒会メンバーもスペック高すぎると思うのだが。

 

 

 

 次はスザクと神楽耶のコンビに聞いてみることにした。

 二人とも理事長の配慮でクラブハウス組になることが決まっており、入寮の手続きがあるというのでちょうど良かった。

 手伝いをするという名目で会いに行き、どんな部活に入りたいか尋ねてみる。

 

「私ですか? 私なら……そうですね、柔道部か剣道部でしょうか」

 

 首を傾げつつ答えるスザクだったが、残念なことにどっちもアッシュフォード学園には無い。

 

「ああ、そうか。ブリタニアにはないのか……。じゃあどうしようか」

「なんなら自分で作りますか? 中等部の生徒会長にも理事長にも顔が利きますよ?」

「折角ですが、悪目立ちしそうな気がするので……」

「あら、スザク様。結婚相手を探してらっしゃる方が何を仰いますか」

「う」

 

 さすがは神楽耶様。

 俺とスザクの会話をにこにこと聞いていたかと思えば、ばっちりのタイミングでぴしゃりと言ってのけた。

 呻いたスザクは僅かに肩を落として俺に尋ねてくる。

 

「柔道と剣道、どちらがいいと思いますか?」

「やはり柔道ではないでしょうか」

「……へえ」

「それはまたどうしてですか、リリィ様?」

 

 ひょっとして迂闊だったか。

 興味深そうに話を掘ってくるスザク、神楽耶を見て内心動揺しつつ、言い訳を口にする。

 

「剣道が剣術の類、柔道は日本のマーシャルアーツでしょう? でしたら、特別な道具の必要ない柔道の方が部員は集まりやすいかと」

「ああ、確かにそうですね」

 

 神楽耶も「さすがはリリィ様」と褒めてくれたが、果たして今のでかわしきれたかどうか。

 脳筋なスザクを囮にした神楽耶の知略に舌を巻く俺だった。いや、半分くらい天然でやっている可能性はあるが。

 

 

 

 さて。

 屋外では日傘を手放せない上に虚弱な俺がわざわざ入寮の手伝いに来たのは、何も部活アンケートだけが理由ではない。

 どうせなら神楽耶とも仲良くなりたいというのが一つ。

 そしてもう一つは、

 

「では、クラブハウスには他にも住人の方がいらっしゃるのですね?」

「ええ。通常の寮では不都合のありそうな方のため、理事長が部屋を用意してくれているんです」

「不都合といいますと……?」

「身体が不自由であったり、使用人を用いる可能性があったり、それから──他の生徒とトラブルの可能性のある方、などでしょうか」

「納得いたしました」

 

 ちなみに俺は一つ目と二つ目に当てはまる。

 スザクと神楽耶に関しては三つ目。人種差別の問題があるため、隔離しておく方がお互いのためだろう。

 

「クラブハウスに住んでいる方は問題ないのでしょうか。……その、私達が住むことについて」

「問題ないと思います。一人は私ですし、後の二人も人種に拘る方ではありませんから」

 

 ブリタニア式の書類に不慣れな二人を手伝い、さっさとクラブハウスを進んでいく。

 ちなみに肝心の荷物運びに関してはスザク頼りである。

 

「なら安心ですね。格好いい殿方でしたらスザク様から乗り換えてしまおうかしら」

「ははは……。そ、そうですね」

 

 スザクの笑いが物凄く引きつっている。

 と、言っているうちに部屋が近づいてきた。

 

「他のお二人はスザクさんと同い年のお兄さんと、神楽耶さまと同い年の妹さんです。兄妹とはいえお年頃ですので、部屋は多少離して配置しております」

 

 で、ルルーシュの部屋とナナリーの部屋の間にスザクの部屋と神楽耶の部屋、そして俺の部屋が位置するような構図になる。

 

「では、妹君が私と一緒になる予科の生徒ですね? お名前はなんと仰るのですか?」

「はい。名前はナナリーさんで、お兄さんの方が──」

「ルルーシュ?」

 

 スザクの呟きが俺の言葉を引き継いだ。

 少年の視線の先には、今まさにナナリーの部屋を訪ねようとしていた兄・ルルーシュの姿。

 

「スザク? スザクなのか?」

 

 二人にとってはしばらくぶりの、原作で七年かかったことを考えれば随分と早い、親友同士の再会であった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 天気は幸いにも晴れで、屋上には爽やかな風が吹いていた。

 自販機で飲み物を買ったルルーシュとスザクは二人並んで周りの景色を眺めている。

 

 ナナリーと神楽耶のことはリリィに任せてきた。

 実質、咲世子に三人分の面倒を任せたようなものではあるが、あの少女がナナリーを害することはないだろう、と確信できる程度には、ルルーシュはリリィを信用している。

 ここに至るまでに何度か会い、少しずつ「ナナリーと二人きりにする時間」を増やしてきた結果だ。ここで短絡的にナナリーを害するくらいならチャンスは幾らでもあった、という話。

 

 おそらく、スザクも似たような理由で婚約者を預けたのだろう。

 いや。咲世子を見た時、何か納得したような表情をしていたことから見て、そちらの方と面識があったのかもしれない。総理の息子と護衛の家系、幼少期に面識があったとしてもおかしくはない。

 

「……その、なんだ。久しぶりだな、スザク」

「うん。ルルーシュも、無事で良かった」

 

 どこかぎこちない会話。

 紅茶と、緑茶。それぞれの飲み物を会話の間を埋めるように口にする。そういえば、クラブハウスの自販機に緑茶があるのはリリィのリクエストによるものだったか。あの独特の渋みが好みだとかなんとか。

 割合、親日家の性質が強いシュタットフェルト家の令嬢であれば納得の行く話ではある。ルルーシュ個人としては茶といえばやはり紅茶なのだが。

 

「あれからどうしていたんだ?」

「親切な人がいてさ。()()()()()があってしばらくは世話をしてもらえたんだ。その後は、皇家──神楽耶の家に匿われていた」

「そうか。お互い、良い人に巡り合えたんだな」

 

 ルルーシュとナナリー、そしてスザク。

 彼らは幼い頃──といっても二、三年程度前の話ではあるが──に出会った。母マリアンヌが何者かに殺害され、間もなく日本へ人質のように送られた兄妹。幸い、送られた先の枢木家は彼らを人として扱ってくれたのだが、本当の意味で血の通った付き合いをしてくれたのはスザク一人だった。

 枢木家に預けられてから戦争が始まり、アッシュフォード家に発見されるまでの間、彼らは時に喧嘩し、時に仲良く遊び、真の友情と呼べるものを築いた。

 とはいえ、お互いに境遇が違い過ぎる。

 背負った運命の重みが二人の口を重くしている。

 

「ゲンブ首相の件は、残念だったな」

「……うん」

 

 ぎり、と、奥歯を噛みしめながら答えるスザク。

 

「父親としてのあの人には思うところもある。だけど、首相としては自分にできることを精いっぱいやっていたと思う。なのに、あんなことになるなんて」

「ああ。纏まりかけた和平をあんな手段で破談にするなんて、あってはならないことだ」

「首謀者に心当たりはないのかい?」

「……わからない。ただ、ブリタニア皇帝が命じたとしても俺は驚かない」

 

 ルルーシュは少しだけスザクとの心の距離を縮めた。

 互いの想いが、少なくとも逆方向を向いていないことを確認できたからだ。

 

「クロヴィスは?」

「あの男があんな大それたことをするとは思えない。やったとしても誰かに脅されたか、命じられたかしたんだろう」

 

 現在のエリア11総督を務める第3皇子クロヴィスは芸術分野への関心の高い男だ。

 皇族らしい高慢さは持ち合わせているものの、ブリタニア人とイレブンを区分しているというよりは「皇族、貴族、平民」という区分での身分意識が強い。

 イレブンは反抗的だから取り締まる必要があるのであって、ブリタニアに恭順し、文化や芸術を理解するのならばどう生きようと構わない、とそんな風に思っているはずだ。

 

「やっぱり、大元は皇帝か」

 

 どことも知れない場所を見つめながら呟くスザク。

 

「スザク。お前は、どうするつもりなんだ?」

「決まってるだろ。僕は、日本人が平和でいられる場所を取り戻す」

「戦うつもりか? ブリタニアと」

 

 彼の想いそのものを否定するつもりはない。

 ルルーシュ自身、ブリタニアのやり方には否定的だからだ。彼ら兄妹を否定し、母の死を悼もうともしなかったブリタニア皇帝には憎しみさえ覚えている。

 いつかあの国は討たねばならない。

 ただ、ルルーシュはそれを今すぐとは考えていない。何年、何十年かかってでも力を蓄え、いつの日か達成できればいいと思っている。

 だから、親友が短絡的な方法を取るのであれば複雑な想いを抱かずにはいられない。

 だが、

 

「いや。それは最後の手段だ」

「……そうか」

「うん。戦うとしても、それは平和的な手段でだ。じゃないと結局、ブリタニアと同じになってしまう」

 

 もちろん、他にどうしようもなくなれば武力を行使するのだが。

 自嘲気味に笑いつつも自分の信念をはっきりと告げるスザクを、ルルーシュは眩しく思った。

 

「……強いな、お前は」

「女々しいんだよ。僕にああしろ、こうしろって言ってくる女性が多かったからかな」

「女性、か」

 

 スザクの言葉に、ルルーシュはふとナナリーと、それから仲の良かった腹違いの妹の顔を思い出した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「部活動、ですか。私でも入れるでしょうか」

「もちろん。……まあ、予科のうちは年齢制限に引っかかるかもしれませんが、中学生になったら誰にも文句は言わせませんわ」

 

 いや、なんというか、神楽耶様はやはり俺なんかとはモノが違う。

 明るく感情的で、表情をころころと変えながら心の距離をあっという間に詰めてくる。若くして恋愛強者の貫録を漂わせていた原作のキャラクター性は間違っていなかった。彼女はなんというか、理詰めやしがらみで行動方針を作る男達とは根本から違う存在、女らしさを失わないままに「できる女」を体現している。

 ただお喋りをしているだけで眩いばかりの存在感を放つ彼女に、俺は思わず見惚れそうになってしまう。

 というか、穏やかに相槌を打ちながら笑顔を浮かべるナナリーも只者じゃないというか、ある意味、王者の風格を備えた傑物だ。周りの人間に慈愛を感謝を忘れず、それでいて人に世話されることに慣れており、自分の意思を貫く心の強さも持っている。

 咲世子(あね)が凄い人物なのは言わずもがな。実は俺って物凄く場違いなのではないかと思っていると、

 

「リリィさんはどんな部に入るのですか?」

「え? ええと、それを決めかねていまして、皆さんにアンケートを取っていたのです」

「そうだったんですね。……うーん、私は何がいいかなあ」

「ナナリーさんならどんな部でも馴染めますわ。ね、リリィ様?」

 

 俺は神楽耶に「そうですね」と答えつつ考える。

 温和なナナリーならどこの部でもすぐに馴染めるだろうが、足が動かず目が見えない彼女でも存分に楽しめそうな部というと、なんだろう。

 

「ナナリーさんには合唱部、なんて特に似合いそうです」

「合唱、ですか?」

「はい。せっかくの綺麗な声を生かさないのは損かと」

 

 歌詞を覚えるのに若干難儀するかもしれないが、歌いだしは伴奏の音で把握できるし、歌っている最中に動く必要もない。

 目が見えない分、記憶力に優れている子なので、自主練するのにも不自由はないだろう。

 これには神楽耶も手を合わせて、

 

「まあ、素敵ですわね。どうですか、ナナリー様?」

「はい、楽しそうです。……でも、ちょっと恥ずかしいかも」

「ナナリー様なら大丈夫かと存じますが」

 

 ナイス、姉さま。

 

「うーん……で、では、リリィさんも一緒にやってくれませんか? 知ってる方がいれば私、恥ずかしくないと思うんです」

「それはまた、大役ですわね、リリィ様?」

 

 と、思ったら、なんだかすごい役目を押し付けられた。

 可愛くて綺麗な声をしてるナナリーならともかく、俺が合唱なんかやっても悪目立ちするだけだと思うのだが、

 

「……そ、そうですね。生徒会と掛け持ちで良ければ」

「わあ。約束ですからね?」

 

 ナナリーと指切りをして約束した俺は「いざとなったら生徒会が忙しいと言えば……」と考えていた。

 この時は気づいていなかったのだ。

 ナナリーが中学に入るのは再来年、その時、俺は三年生で、生徒会長職をミレイに譲って隠居するつもりだったということに。

 

 仕方ないので(?)、戻ってきたルルーシュに部活の予定を尋ね、まだ保留中だというので「じゃあプログラミング部に入りましょう。私が作ります」と勧誘した。

 部というのは仮の姿。

 実務能力にも長けたルルーシュを我が社に勧誘するための建前である。これなら部長(社長)の仕事があると言い訳も立つし、優秀なプログラマーを確保できる。

 暇な時間に、在宅でいいから手伝って欲しい、バイト代はちゃんと出すから、と二人きりの場所で交渉したところ「俺も金を稼ぐ手段が欲しかったんです」とルルーシュも快諾してくれた。

 

 目下の問題が解決し、ほっと一安心する俺であった。



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生徒会長 リリィ 六

 高校二年に進級して一週間ほど経ったある日のこと。

 

「あの!」

 

 昼休み、()()()()()()()とある教室目指して中等部の校舎を歩いていると、背後から呼び留められた。

 振り返れば、明るいブラウンヘアに深緑色の瞳の可愛らしい少女。

 後方の物陰にはダークグリーンのショートヘアで、眼鏡をかけた少女がそっと様子を窺っている。

 文句なく可愛い子と、お洒落したら可愛くなりそうな子の組み合わせ。なんとなく相手が誰かを察しつつ、俺は立ち止ったまま首を傾げた。

 

「はい?」

「リリィ・シュタットフェルト先輩ですよね? 高等部の生徒会長の」

「そうですが……あなたは?」

 

 尋ねられた少女は小さく息を吸い込み、気合を入れるような仕草と共に言ってくる。

 

「私はシャーリー・フェネット。ルル──ルルーシュ・ランペルージの友達です。少しお話したいんですけど、いいですか?」

 

 やっぱりか。

 機会を見て接触したかった相手だ。

 俺は頷いて、後ろの少女に視線を向けながら答えた。

 

「わかりました。でも、友人に連絡だけさせていただけますか?」

 

 さすがにシャーリーもこれに「駄目」とは言ってこなかった。

 

 

 

 

 

 アッシュフォード学園のカフェテリアには落ち着ける個室が少数だが用意されている。

 もともとは自由に使えたものの、初年度にさっそく「不純異性交遊」に使った不届き者がいたため、現在は許可制となっている。

 なので、最近では部活や学園祭などの作戦会議の場に利用されることが多いのだが、さすがにこの時期はがら空きだった。

 許可手続きも生徒会長権限であっさりパスである。

 

 料理の載ったトレイを持った二人の少女と向かい合い、俺はテーブルにお弁当を載せる。

 おにぎりと玉子焼きと唐揚げ……などというわけにはいかないので、サンドイッチと水筒に入ったスープの組み合わせ。

 カフェで人混みの中、注文するのも厳しい時があるので、俺の昼食は基本お弁当である。

 

「それで、お話というのは? シャーリーさんと……ニーナさん、でしたね?」

「は、はい」

 

 緊張しつつ頷いたのは大人しそうな少女、ニーナの方だった。

 シャーリー・フェネットとニーナ・アインシュタインは共に原作の時間軸(ルルーシュが高校二年次)においてミレイ率いる生徒会のメンバーだった。

 シャーリーは水泳部に所属する元気な少女。父親がちょっといい会社に勤めていそうな「手の届くレベルのお嬢様」で、健気な片思いから色々辛い目に遭った末、想い人であるルルーシュと結ばれた。

 ニーナはミレイの友人で、科学系の秀才あるいは天才である。彼女のお祖父さんは第三世代KMF(ナイトメアフレーム)・ガニメデの開発に関わっていたらしい。

 

「話があるのは私です」

 

 そこで、きっ、と俺を見つめてくるシャーリー。

 

「先輩はルル──ルルーシュ君とどういう関係なんですか?」

「……そういうお話でしたか」

 

 深緑の綺麗な瞳を覗き込むと、かすかに潤んでいるのがわかった。

 必死なのだ。

 気になっている人に他の女の影があるから確かめずにはいられなかった、そんなところだろう。

 俺は微笑んで答える。

 

「ルルーシュさんとはただのお友達ですよ」

「ほ、本当ですか?」

「もちろん。私には婚約者がいますから」

 

 言って、ロイドからプレゼントされたペンダントを見せてやる。

 ロケット部分には白い宝石──ムーンストーンが嵌め込まれており、開くと「ロイド・アスプルンド」の名前が刻印されている。

 何か婚約の証明があった方が便利でいいという話をしたところ、ロイドが「指輪だと作業の時に邪魔なんだよねえ」と我が儘を言ったため、代わりとして互いに送り合ったものだ。

 もちろん偽造というか、勝手に造ることも可能ではあるが、貴族家の名前を勝手に使えば罪に問われかねないので、ある程度の効力はある。

 

 シャーリーも安心したのか、露骨にほっと息を吐いた。

 

「……良かった」

「安心していただけて何よりです」

「はい。……すみません、勝手に早とちりして」

「いいんです。私も少し思わせぶりな態度を取っていたかもしれませんし」

 

 何しろ、ここのところ連日ルルーシュに会っていたし。

 

「先輩は、あのイレブンを誘っていたんですよね?」

「ニーナ。イレブンなんて言い方したら失礼じゃない」

「だって……」

 

 おずおずと言い、シャーリーに窘められるニーナ。

 ちらり、と、助けを求めるような視線が飛んできたので応えて、

 

「そうですね。私が会いに行っていたのはスザクさんです。ルルーシュさんはオマケというか、ついでのようなものです」

「どうしてですか?」

「もちろん、お友達だからというのもありますが、学園が平和であるよう努めるのは生徒会長の役目でしょう?」

 

 スザクは転入してきたばかりの上、ばりばりの旧日本人なので反感を買いやすい。

 神楽耶は可愛い女の子だからまだマシだが、こっちはこっちで心無い生徒から乱暴を受ける可能性がある。なのでスザクをランチに誘い、一緒に神楽耶のところへ行くのがこのところの日課になっていた。

 高等部の生徒会長が率先して仲良くしている相手なら、そうそう手を出されることもないだろう。

 

 それに、神楽耶のところには高確率でナナリーがいる。ナナリーがいるということは咲世子がついている可能性も高い。俺にとっては姉の傍にいられるだけでも心が和む。

 

「スザクさんの婚約者さまが、ルルーシュさんの妹さんのお友達なんです。ですから自然とルルーシュさんも」

「ああ、ナナリーちゃん! 一回会ったことあります」

「じゃあ、ルルーシュもあのイレブンと仲いいわけじゃないんですね」

「そうですね。まさか以前に接点があったはずもありませんし。一緒にいて自然と仲良くなることはあるかもしれませんが」

「………」

 

 若干、浮かない顔で黙り込むニーナ。

 はむはむとサンドイッチを齧りつつ窺うと、シャーリーの方は「ナナリーちゃんは妹だし、枢木君と婚約者さんは婚約者だから……うん、まだいける」とどうでもいいことを呟いていた。

 

「ニーナさんは旧日本人がお嫌いですか?」

「え?」

「先ほどから気にしてらっしゃるようだったので。違いますか?」

「嫌いなわけじゃないです。……ただ、好きじゃないだけで」

 

 眼鏡の奥の視線がすっと逸らされる。

 明確に嫌う理由はないが、なんとなく好きになれない、か。

 原作のニーナは過去に旧日本人から乱暴された経験があるらしく、そのせいで「イレブン」を毛嫌いしていたのだが。

 

「ブリタニア人と旧日本人には確執がありますからね」

「はい。だから私、怖くて」

「ですが、ブリタニア人全員が善人でないように、旧日本人がみんなニーナさんに危害を加えるわけではありません」

 

 にっこりと、少しでも安心させるように笑う。

 

「自衛は大事です。日本人街(ゲットー)や、人気の少ない場所には近づかない方がいいかもしれません。ですが、少なくともスザクさんと神楽耶さんに関しては良い人だと保証します」

「……でも」

「イレブンだから、と旧日本人全員を毛嫌いしていては、ブリタニア人だから、という理由であなたに暴力を振るう人と同じになってしまいますよ?」

 

 ニーナがまだ直接的な被害に遭っていないのなら、危険な行動を取らないよう釘を刺すと共に、過度な偏見は取り除いておきたい。

 

「で、でも! あいつらは私達に復讐したいと思ってるんです!」

「そうかもしれません。()()()()()()()日本を滅ぼしましたから」

「っ!?」

「逆の立場だったら、ニーナさんだって相手を恨んだでしょう?」

 

 少なくとも俺は恨んでいる。

 ブリタニア皇帝とか今すぐ死ねばいいのに、くらいは思っている。

 

「少し肩の力を抜きませんか? でないと、不必要な敵を増やすことになってしまいます」

「はい……」

 

 どのくらい効果があったかはわからないが、ニーナはそう言って頷いてくれた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「……変な人。まるでイレブンに肩入れしてるみたい」

「そう? 単に大人なだけじゃない?」

 

 高等部に戻るリリィと別れた後、ニーナはぽつりと呟いた。

 彼女にとってはリリィの「イレブンだからって偏見は良くない」という意見が強く胸に刺さった。痛みは不快感を生み、正論だからといってそのまま素直に飲み込めない、という気分にさせられたのだが、恋愛的な意味で進展(?)のあったシャーリーはむしろ上機嫌だった。

 まあ、もともとニーナとシャーリーはそこまで仲がいいわけではない。

 シャーリーは人付き合いの多い少女で友人も多い。一方のニーナは引っ込み思案な性格から、特に親しいといえる相手はミレイくらいしかいない。そのミレイがルルーシュを構い、構われるルルーシュにシャーリーがつき纏うので、自然と一緒にいることが増えただけだ。

 性格的にはあまり合わない。まあ、ミレイと同じく「誰とでも仲良くなれる系」女子なのがシャーリーなので、仲が悪いわけでもないのだが。

 

「っていうか、ニーナだって嫌いじゃないでしょ? リリィ先輩のこと」

「え? ……そんなこと」

 

 ない、と言おうとしたが、言葉は最後まで続かなかった。

 

「だって、ちょっと嬉しそうだし」

 

 シャーリーの指摘が図星だと気づいてしまったからだ。

 この年頃の二歳差は大きい。まして中等部と高等部の違いがあれば猶更。にもかかわらずちゃんと向かい合って、かつ、強く叱りつけるのではなく諭すように話してくれたことはニーナにとっても好感の持てる出来事だった。

 加えてリリィは、

 

『何か困ったことがあったら相談してくださいね』

 

 と、携帯電話の番号とメールアドレスを教えてくれた。

 さっと名刺が出てきたのには驚いたが、副業で社長をしているので、ついでにプライベート用の名刺も作ったのだという。

 何を言ってるのかわからないと脳が理解を拒否しかけたが、ミレイにしろシャーリーにしろリリィにしろ、ニーナにできないことを平然とやってのける輩はいるものである。

 

 例えば、暴漢に襲われそうになったらリリィは助けてくれるだろうか。

 

 制服の上からそっと、ポケットの中にある名刺をしまったパスケースに触れて、ニーナはそんなことを思った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「義姉さん、最近前にも増して忙しそうじゃない?」

 

 夜。

 机に向かってノートパソコンを弄っていると、背中側からカレンの声がした。

 振り返ると夜着姿の彼女が俺のベッドに腰掛けている。中三ながらなかなか悪くないスタイルだが、咲世子(あね)の裸さえも見慣れているせいか、百合になって長いせいか、その程度ならいちいちドキドキしたりはしない。

 というか、来てたのか。

 メイドが部屋に出入りするのが当たり前なせいか、自室のドアが開いてもあまり気にしなくなっている。音が違うのは耳に入っていたものの、なんとなく危険な気配はしなかったからいいかな、と、本能が勝手に判断を下していた。

 

 カレンが俺のところに来るのは最近しょっちゅうだ。

 休日の昼間などは「使用人に構われるのが鬱陶しい」などと言ってよくこっちに逃げてくる。俺が机の前かベッドでじっとしていることが多いせいか、俺付きのメイドは後ろで淡々と作業をこなしており、いちいちあれこれ言ってこないからだ。

 ちなみにカレン付きのメイドというのは「紅月さん」すなわちカレンの実母だ。

 いらないならくれ、と言いたいところだったが、カレン母の心情的には娘の傍にいたいだろうから我慢している。

 

「高等部の人数が増えましたし、学園に旧日本人の方が来られたので、そのせいですね」

「ふーん……って、日本人!?」

「言っていませんでしたか?」

「聞いてないってば」

 

 夕食の席で話した記憶があるのだが……そういえば、カレンはその場にいなかったか。

 義理の娘がいて(半分とはいえ)実の娘がいない状況で上機嫌だった父母もちょっとアレだが、お嬢様の癖にふらふらしてるカレンもカレンである。

 義妹(いもうと)は興味がわいたのかベッドを降り、俺の椅子に軽く体重を預けてきて、

 

「で? 誰? どんな奴?」

「枢木スザクさんという方と、その婚約者の方です」

「へえ、枢木……って、枢木スザク!?」

「ご存じですか?」

「知らないわけないでしょ!? っていうか婚約者って皇神楽耶!? どうなってるのよ一体!?」

 

 日本最後の総理の息子とキョウトのお姫様のコンビだ。

 そこそこ情報を持っているはずのカレンとしては当然気になるか。

 

「あの、今の話、あんまり他に広めないでくださいね? 荒事の得意な方とか」

「……租界の外になんか出ないし、租界にスラムなんかないでしょ」

 

 対外的にはそう答えるしかないよな。

 

「それならいいのですが……。そうだ、カレンさん」

「? 何よ?」

「スザクさんが婚約者と別れて他の相手を見つけようとしているようなのですが、お相手にどうですか?」

「はあ!?」

 

 カレンの驚く声が大きく響いた。



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生徒会長 リリィ 七

「カレン・シュタットフェルトと申します」

「枢木スザクです。お会いできて光栄です、シュタットフェルト様」

 

 放課後。

 アッシュフォード学園内のカフェテリアにて、一組の若い男女がぎこちなく向かい合っていた。

 片方は淑やかな赤髪の令嬢(仮)、片方は紳士的な少年。伏し目がちな令嬢に対し、少年の方は真っすぐに情熱的な視線を向けている。

 いや、単に「そっと見つめる」なんて器用な真似ができないだけだろうけど。

 カレンはカレンで思いっきり猫を被っている。素の彼女をよく知っている身としてはこの擬態は詐欺だと思う。

 

「上手く行くと思われますか、リリィ様?」

「どうでしょう。相性最悪、というわけではないと思いますが……」

 

 俺は神楽耶と一緒に、初々しい若者二人を遠巻きに眺めている。

 小学六年生相当のまだ幼い日本のお姫様は、しかし恋愛に興味津々のご様子。わくわく、という擬音が聞こえてきそうな表情で成り行きを見守っている。

 スザクとカレン。

 この二人に関しては本当にどうなるかわからない。

 

「神楽耶さまはご不快ではないでしょうか? こんな現場をわざわざ眺められて」

「婚約の解消は私も了承したことですもの。それに、私もまだまだ若いですから」

「新しい恋を探すことは難しくない、と」

「ええ!」

 

 紅茶の入ったカップ(さすがにカフェテリアに緑茶はない)を両手で包みつつ、目をきらきら輝かせる彼女。

 

「いっそルルーシュ様なんていいかもしれませんね。スザク様とは真逆のタイプ。ですが間違いなく美男子ですし、お話ししていて楽しいです」

「からかっていて、の間違いのような気がしますが……。というか、お家の方が許してくださいますか?」

「もう、リリィ様。夢を壊さないでくださいませ」

 

 ぷく、と膨れ面で睨まれてしまった。

 やっぱりブリタニア人との結婚には問題があるらしい。これがブリタニア貴族や皇族との婚姻で、向こうが婿に来るなら話は別なのだろうが。

 ルルーシュが地味に条件を満たしているのは言わないでおく。

 

「家のしがらみというのは本当にままならないものですわ。リリィ様もそう思いませんこと?」

「そうですね……。女が嫁ぐもの、という慣習に関しては私も少し思うところがあります」

 

 お陰で環境をどんどん変えないといけない。

 

「その点に関しては私の場合、相当なお方が相手でなければ大丈夫ですわ」

「羨ましい限りです」

「私もリリィ様が羨ましいのですよ? ()()()()()()()()()()()()()のですから」

「ロイドさまは貴族制度に関心の薄い方ですから、権力など得られないと思いますよ?」

「それでも、貴族の仲間入りができる。そこに意味があるのではなくて?」

 

 俺は僅かに苦笑を滲ませながら「そうですね」と答えた。

 と、神楽耶は喜色と共に息を吐いて、

 

「恋のお話というのは楽しいですね。私、こんな風にお話ができる歳の近いお友達がいませんでしたので、とても楽しいのです」

「神楽耶さま。私、五歳もお姉さんなのですが」

「威厳を保ちたいと思っていらっしゃる方は、こんな風に私に付き合ってくださらないかと」

 

 普通の女子会というのはこんな腹の探り合いにならないと思うのだが。……いや、そうでもないのか? ロイドからも「貴族女性はマウント合戦が酷い」とか聞くし。

 

 俺と神楽耶が話している間にスザク達も会話を進めている。

 二人とも見合いのような当たり障りのない会話をしているらしい。

 

「シュタットフェルト様は卒業後はどうするおつもりなのですか?」

「カレンで結構ですわ。さあ、私はどうでしょう……? どこかの家に嫁ぐことになるのではないでしょうか」

 

 嫁ぐことになる前に家から逃げ出しそうだが。

 

「本当にスザク様は生真面目ですわ。もっと情熱的に口説けばいいでしょうに」

「でも、そんなところが気に入っているのでは?」

「まあ、よくお分かりですわね、リリィ様」

 

 ここでカレンが切り込む。

 

「枢木さんはどうなさるんですか?」

「はい。俺は父の跡を継ぎたいと思っています」

「……言いましたわね」

「……言いましたね」

 

 本当に裏表のない男である。

 放課後とはいえ、優雅にティータイムを楽しんでいる生徒もいるというのに。誰かに聞かれたらどうするのか、と尋ねれば「別に恥じるようなことはしていません」ときっぱり言い切るのだろう。

 

「エリア11を日本に戻されるのですか? どうやって……?」

「もちろん、正規の手段で政治的に取り戻すつもりです。武力を用いて奪い取るのでは誰も納得しないでしょうから」

「あ」

 

 神楽耶が小さく声を上げる。

 俺も今のはまずったかもしれないと思う。

 カレンの表情が小さく揺らいだからだ。

 

「そんなことが本当にできるでしょうか」

 

 カレンはおそらく、既にレジスタンスと関りを持っている。

 ブリタニアに対して恨みを抱き、武力によって日本を取り戻そうとしている。

 正しいかどうかは一番の問題じゃない。不当なやり方によって齎された現状を打開すること、恨みを晴らすことを必要としている。

 そして、彼女自身の被った仮面のせいでスザクにその気持ちは伝わらない。

 

「できると思っています。……いえ、やらなければならない」

「スザクさんは格好いいですね」

「でしょう? ……ですが、この場合は」

「ええ。悪手だったかと」

 

 少女の顔に明らかな不快の色が浮かぶ。

 

「私、男らしくない方は嫌いです」

「私は父、枢木ゲンブを立派な男だと思っております。政治家として国の未来を真っすぐに考えていた彼の跡を継ぎたい。それはおかしなことでしょうか」

 

 奪われた日本人として「男なら戦え」と言いたいカレン。

 ブリタニアの令嬢に対して紳士的に「わかりあった上で取り戻したい」と説くスザク。

 お互いの境遇を深く知らない以上、二人の会話が平行線を辿るのは仕方のないことだった。

 

「失礼します。……婚約者をお探しなら他をあたってくださいませ」

「あっ……!」

 

 病弱な令嬢の声音は崩さず、しかし眼光は鋭く言い放ったカレンはすっと立ち上がると、スザクの制止を待たずに歩き出した。

 

「行きましょう、お姉様」

「え、ええ……」

 

 できればスザクの方のフォローをしたいところだったが、そう言われてしまっては仕方ない。

 

「意外と気の強い妹君ですね。スザク様のことは私にお任せを」

「申し訳ありません、お願いします」

 

 俺は立ち上がってカレンの後を追いかけた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ああもう、なんなのよあいつ! 首相の息子があんな腰抜けでどうするわけ!?」

「カレンさん、家の門まで我慢したんですから玄関の中まで……」

 

 冷静な義姉が囁いてくるが、カレンとしても我慢の限界だった。

 一度振り返り、外から覗いている人間がいないのを確認するとリボンを緩め、ブラウスの第一ボタンを外す。極力抑えていた歩幅を苛立ち任せに広げ、玄関へ向かった。

 

「義姉さんもあんなの紹介しないでよ。ああ、苛々する!」

「言っていることは真っ当だと思うんですけど……」

「真っ当だから余計苛々するんでしょ!?」

「それはわかります」

 

 スザクを擁護しているのかと思えば、突然神妙に頷く義姉。

 毒気を抜かれたカレンは深い溜め息をついて気持ちを多少落ち着かせた。

 

「……そんなに上手くいくわけないじゃない」

 

 リリィはカレンを連れて自分の部屋に行くまで何も答えなかった。

 

「戦って勝つのも一筋縄ではいきませんよ」

「そんなの当たり前でしょ。でも、戦いってのは勝つまで終わらないのよ」

「そうですね。ただ、ゲームと違って駒は無限に湧いては来ません」

「っ」

 

 戦士を駒に例えられたのが若干気に障ったが、リリィが人命を軽視していないのはすぐわかった。

 彼女のゲーム会社は一つ目のゲームとして神話の幻獣を収集するファンシーかつファンタジックなRPGを完成させ、新たに戦略SLGを作っているらしい。

 腕に覚えのあるプレイヤー向けに超高難易度のステージを用意するのも面白いかもしれない、とかこの間、カレンを相手に語ってくれた。

 自軍の拠点が一度落とされたところから、軍事力で勝る敵を相手に挑む、という設定を考えているとかで、自軍ユニットの方が数が少ないのに敵軍ユニットの方が性能も上、という有様らしい。

 それでも、そう、ゲームならリセットが利く。

 

「戦うよりお話し合いで解決するのに義姉さんも賛成なわけ?」

「日本人が武力蜂起するのに賛成したらまずいでしょう。……そうでなくとも、私は争いごとが苦手ですし」

「あー、まー、そーでしょーね」

 

 結局のところ、この義姉は戦う力がないからあれこれ言って人を煙に巻くのだ。

 言ってしまえば腰抜けである。

 カレンには戦士の血が流れている。日本の軍人達は戦力で大幅に勝るブリタニア軍を相手に懸命に戦ったのだ。彼らに敬意を表して戦いを選んだ者は実際多い。

 その一人である兄のように自分も──。

 

「っていうか、義姉さんにこんな話したって仕方ないじゃない」

 

 本当はカレンだってわかっている。

 戦って勝つより、戦わないで勝つ方が良いに決まっている。

 流れる血は少ない方がいい。

 リリィの言う非暴力論は、簡単に死ぬ彼女が言うから真実味がある。

 そんな義姉は微笑んで、

 

「愚痴でしたらいくらでも聞きますよ」

「……いいわよ。今日のは私が悪い。頭に血が上って冷静な話ができてなかった」

 

 気づけば大分頭が冷えていた。

 カレンは頭を掻いてリリィの部屋を出ようとする。窮屈な制服を脱いで私服に着替えたい。

 と、背中から声がかかった。

 

「スザクさんとカレンさん、意外と似てると思いますよ」

「馬鹿言わないでよ。なんであんな奴と私が」

 

 それだけ言って部屋を後にしたカレンだったが、一方で、これからは定期的に学園に通おうかと考えていた。

 枢木スザクと皇神楽耶。監視というほどではないが、両名の動向を追うことはレジスタンスにとってもプラスになるはず。

 そのためなら、いけ好かないあいつと顔を合わせるのだって我慢しよう。

 全く、なんだか面倒なことになったものである。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「……そうですか。スザクさんは失恋なさったのですね?」

「ええ、それはもう見事に。もう少し女性の心の機微を勉強するよう私からきつく言い聞かせておきました」

義妹(いもうと)にはもう少し人と仲良くするように言いました」

 

 自慢げに胸を張る神楽耶に続けて報告しつつ、俺はスザクの苦労に苦笑いを浮かべた。

 学園クラブハウス内にあるナナリーの部屋。

 スザクとカレンのお見合い(?)が行われた後日、俺と神楽耶とナナリー、それに給仕役の咲世子という面子での女子会(?)では件の交渉決裂が話題になった。

 ナナリーは可愛らしい顔に僅かな苦みを滲ませ、呟く。

 

「スザクさん、良い方だと思うのですが……」

「あら、ナナリー様は上手く行って欲しかったのですか?」

「はい。それはもちろん、スザクさんのやろうとしていることはたくさんの人を救うことですから」

「ああもう、そうではなく」

 

 神楽耶の質問に真っ当な返事をしたナナリーだったが、尋ねた神楽耶としては気に入らなかったらしい。

 ぴっ、と、人差し指を立てて言う。

 

「実はスザクさんにほんのり恋しちゃったりなんかしているとか、そういうのはないんですか?」

「え、ええ……?」

 

 ほんと恋バナ好きだなこの子。

 そして相当勘がいい。原作でもナナリーはスザクにある種の好意を抱いていたようだ。

 ただ、彼女の好意が恋愛感情的なものなのか、それとも兄・ルルーシュに向けるのと同種の家族愛的なものなのかまでははっきりわからない。原作でスザクはルルーシュと敵対していた上、スザクもナナリーも最終的に自罰的になりすぎて恋愛どころじゃなくなっていたからだ。

 まあ、ナナリーも相当なブラコンなので、案外スザクにもルルーシュにも恋愛感情を抱いている、という可能性もないわけではない。その場合、ナナリーがスザクにあっさり靡かないのは「私とスザクさんがくっついたらお兄様が一人になってしまう」とかいう理由かも。

 と、シェイクスピアの悲劇にでもなりそうな妄想はさておき、

 

「神楽耶さま、人の恋路はあまり詮索してはいけないと思います」

「でも、リリィ様だって気になりますでしょう?」

「もちろん気になりますが」

 

 ナナリーが「え?」という顔になった。

 姉はポーカーフェイスを貫いているが、内心興味津々っぽいのが俺にはなんとなくわかる。

 

「気になりますが、恋の監督役なんて碌なことになりません。傍観者でいた方が面白いと思います」

「あの、リリィさんも結構凄いことを言っていますよね……?」

「ナナリー様。一応、リリィ様は助け船を出してくださっています」

 

 助け舟の行き先が母国とは限らないわけだが。

 俺は微笑んで、

 

「それに、スザクさんとカレンさんの物語もまだ終わっていないでしょう?」

「まあ、それはそうですね」

「え、そうなのですか?」

 

 首を傾げるナナリーに、神楽耶が不敵に告げる。

 

「対抗意識というのは、時に燃え上がるような恋に変わるものなのですよ、ナナリー様」

 

 ちなみにこの子、まだ小学六年生である。

 



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社長 リリィ・シュタットフェルト

 我が社のゲーム第一作目が発売された。

 発売日は社員一同そわそわしながら授業を受けたり、家電量販店に偵察に行ったり、web掲示板を開きっぱなしにして定期的に更新したりと全然落ち着かない有様だったが、当初の売れ行きは「まあ、さっぱり売れてないわけじゃない」程度のものだった。

 

「いきなり大ヒット、なんて上手い話はありませんね、社長」

「そうですね。でも、これからかもしれませんよ?」

 

 予言というほど大層なものでもなかったが、俺達が作った「神話生物を集めて育てて戦わせる新感覚RPG」はじわじわとヒットしていった。

 それというのもこのソフト、交換や対戦といった機能があるため、一人で遊ぶより家族や友人と競い合って遊ぶ方が面白いからである。

 初動の段階で買ってくれたユーザーの一部がハマり、周りの人間に勧める。

 特に学校等の低年齢層のコミュニティでは効果は絶大だった。アッシュフォード学園の中等部では最終的に二、三人に一人が購入し、デマを交えたゲームの攻略情報が噂を介して飛び回った(ルルーシュ談)。

 

 実を言うと、このために学園購買部に頼んでソフトを置いてもらっていた。

 数量限定だが、学割が利くので生徒は普通よりも安く買える。普通ならゲームを置くなんて考えられないが、そこは「遊ぶと自然に幻獣に詳しくなる」「神話に目が向けばアーサー王伝説を調べる子供が増えるかも」とかなんとか言って誤魔化し──説得した。

 KMF(ナイトメアフレーム)のワンオフ機にランスロットだのガウェインだの名付ける民族だ。なかなか魅力的な提案だったらしく、無事に了承された。

 ついでに俺も自分用に確保していおいたソフトを実際に学内で遊んで宣伝した。

 お陰で休み時間にゲームやってる生徒が増えまくったが「授業中にプレイしているのを見つけた場合は容赦なく没収してください」と先生方に媚びを売った。

 

 結果、新興のソフトメーカーとしては異例の大ヒットである。

 じわじわ、じわじわ、どーん! みたいな売れ方をしたので驚けばいいのか喜べばいいのかわからなかったくらいで、多めに生産したはずなのに在庫が追い付かなくなり追加発注をかけることになった。

 

「よくやった、リリィ」

「私達としてもとても嬉しいわ」

 

 両親からも褒められた。

 まとまったお金が入ってきたので、借りていた分は無事に返すことができたし、返してもなおお金が残った。俺のお小遣いこと社長の給料はそれほど多くないが、子供のお小遣いとしては多すぎる額である。これで多少の出費なら親に気を遣って遠慮する必要はなくなった。

 会社の金は設備投資と人員追加、次回作の費用で大部分が消えるのだが。

 

 友人、知人もゲームのヒットを喜んでくれた。

 親しい相手にはソフトをプレゼントしたのだが、ミレイに至っては「ソフトが2バージョンあるから」と渡さなかった方のソフトを自費で買い込むほどだった。

 せっかくなのでシャーリーとニーナにも渡したところ、ニーナの方はインドア派のせいか結構ハマってくれたらしい。

 

「ゲームの中なら空想の生物も動き回れるんですね。こんな風に、お祖父ちゃんのガニメデも……」

 

 と、少し切ない呟きを漏らしていた。

 KMFの登場するゲームというアイデアは自分の脳内やスタッフの意見の中にもあったので、ありがたく「検討させていただきますね」と答えた。

 ナナリーに関しては、

 

「おめでとうございます、リリィさん。私も一緒に遊べたら良かったんですが……」

「そうですね。できたらナナリーさんにも遊んで欲しかったです」

 

 ディスプレイを用いた携帯ゲーム機のソフトなので、目の見えない彼女には遊ぶことができない。

 自分のことのように喜んでくれただけに少し心苦しいところがある。

 フルダイブ型、とまでは言わないものの、脳波を介したディスプレイに頼らない次世代ゲーム機を作れれば、ナナリーとも一緒に遊べるのだが──。

 と、考えた俺は原作、というかコードギアスのスピンオフ作品に登場するとある人物を思い出した。

 

「皆さん。資金を投資に使いたいんですが、いかがでしょう?」

 

 思いついたアイデアを元に色々皮算用をした後、俺は放課後、会社に直行してスタッフ一同で会議をした。

 みんなの反応は概ね「また社長が変なこと考え付いたよ」といったもの。

 マスコットっぽい容姿と同じレベルで「発想が変」という認識も行きわたっているらしく、突拍子もない提案をしても驚く者がいなかった。

 その上で、会社の資金をどーんと使うことには色々と難しい顔をされたのだが、最終的には、

 

「ま、いいんじゃないですか?」

 

 となった。

 

「え、本当にいいんですか?」

「いや、提案した本人が驚かないでくださいよ」

「社長の会社ですし、面白そうな話だとは思いますからね。まともに形になるのに滅茶苦茶時間がかかると思いますけど」

「うん、滅茶苦茶時間がかかると思いますけど」

「二回も言いますか……」

 

 というわけで、許可が出たので、俺はとある()()()()()と連絡を取った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

『このような形での話し合いとなってしまい申し訳ありません、ランドル博士。本来なら直接お会いして話をするべきなのですが、何分身体が弱く、また学生の身でもありまして』

「いいえ。こちらとしても手短に済ませられますので助かります」

『恐縮です』

 

 脳科学者ソフィ・ランドルはパソコンのモニター越しに一人の少女と向かい合っていた。

 リリィ・シュタットフェルト。

 世界最大国家『神聖ブリタニア帝国』の植民地『エリア11』に住むブリタニア人の学生、兼実業家だ。彼女からメールをもらった後で調べたところ、ゲームを作って一山当てた若き女社長だ、という情報が手に入った。

 胡散臭い。

 いや、本人は真剣なのかもしれないが、子供の遊びに付き合わされて損をするのは沢山だ。通信による会議くらいなら付き合うが、話に乗るかどうかはきちんと検討する。

 

『では、早速本題に入っても?』

「ええ、もちろん」

 

 余計な世間話をせず話を切り出して来たのは若者らしい性急さと言うべきだろうか。研究テーマとしては理想を追うが、基本的には現実主義者であるソフィは、リリィのその態度を「好感が持てる」と感じた。

 

『私が提案したいのは、ランドル博士の研究への資金提供。その見返りとして、我が社が立ち上げる新プロジェクトへの協力をお願いしたい、ということです』

「詳細はもらった資料の通りかしら?」

『ええ』

 

 資料にはもう目を通してある。

 提供資金の額は多いとは言えない。とはいえ、それは上には上がいる研究者の世界での話である。

 ソフィは研究者として無名に近く、研究内容に至っては「異端」「オカルト」扱いをされている。最大にして唯一の同志であった夫は研究中の事故によって倒れ、現在は植物状態となってしまっている。

 だから、この資金提供は魅力的だ。

 問題は、

 

「次世代ゲーム機の開発、というのは、具体的にどういうこと?」

『そのままの意味です。ランドル博士の研究を応用した、目と手の代わりに脳波を用いるゲーム機を作りたいのです』

「……確かに、BRSを実用化できれば不可能とは言わないけど」

 

 BRS(ブレインレイドシステム)

 特殊なデバイスを埋め込むことで「考える」行為によって機械を操作する、という仕組みだ。

 ソフィと夫が研究を続けているシステムであり、未だ完成には至っていない。資金がもらえれば研究スピードは確実に上がるだろう。

 だが、

 

「単刀直入に言うわ。ゲーム機の開発というのは建前、隠れ蓑でしょう?」

『どうしてそう思われるのですか?』

 

 白髪の美少女が不思議そうに首を傾げる。

 

「メリットが無さすぎる。開発費だって嵩むでしょうし、時間だってかかる。大手ゲーム会社からの話ならまだわかるけど、ね。何より、わざわざE.U.の研究者に話を持ち掛けてくる?」

 

 ユーロピア共和国連合(E.U.)は神聖ブリタニア帝国と対立している。

 というか、本当の意味でブリタニアと協調できている国など一つもない、というべきか。自国至上主義で武力制圧が大好きな国にすり寄ったところで末路は占領と大差ないからだ。

 今はまだ戦争に至っていないものの、いつ戦争が始まってもおかしくない情勢である。

 だから、ブリタニアは信用できない。

 何より、

 

「あなたの婚約者ってKMFの開発者でしょう?」

 

 ソフィの言葉にリリィは静かに答えた。

 

『私は戦争が嫌いなんです』

「口ではなんとでも言える」

『日本人のお友達もいます。彼らともいがみ合うより仲良くした方が楽しい、と、そう思っています。もっとも──』

 

 少女の口元に苦笑が浮かび、

 

『KMFのシステムに転用しない、という保証は確かにできません。軍に情報を売ればお金が入ってきます。開発費に充てるのにちょうどいいでしょう。……私でも扱えるKMFがあれば、いざという時に役立つかもしれない、という考えもないわけではありません』

「やっぱり」

『でも、一番の目的は違います。目の見えない友人にもゲームを楽しませてあげたい。そう思ったから、あなたに話を持ちかけました』

 

 最後に、少女は付け加えるように、

 

『もう一人のランドル博士にもいつかお会いしたいですし』

「……あなた」

 

 ソフィの夫・タケルは日本人である。

 本国が失われたことで、このE.U.でも日系人を「イレブン」と呼ぶ動きが生まれている。卑怯な方法で奪われた者達に同情を向ける者もいるが、帰る場所のない彼らなら冷遇しても問題ない、と考える者達もいる。

 むしろ、このE.U.には腐った人間の方が多い。

 シュタットフェルト家が親日家であるのは確かだ。リリィの通うアッシュフォード学園も看板として差別の撤廃を謳っている。

 自由な気風の元で育つ少女なら、一般的なブリタニア人とは違う感性を持っていてもおかしくはない。

 

 ソフィはしばし思案した末に答えた。

 

「考える時間を頂戴。助手がいるの。彼とも相談してから決めたい」

『かしこまりました。こちらも、もっと良い条件を提示できないか検討しつつお待ちしております』

 

 通信を切った後、ソフィは一人溜め息をついた。

 

 胡散臭い部分はある。

 夫に頼れなくなってから辛いことの方が多かったせいか、すっかりスレてしまった心はリリィの話を嘘だと感じていたが、同時に純粋な部分では信じたいとも感じている。

 

「……どうしたものかしらね」

 

 結局、この後、悩みに悩んだ末、ソフィは少女の提案を了承した。

 夫の治療をしたいという思いに勝てなかったことと、その夫についてリリィが言及したことが最後の決め手だった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 BRSの技術提供を受けられることになった。

 これで脳波コントロール型の機器の開発ができる。

 ナナリーでも遊べるゲーム機はもちろん、カメラから読み取った映像を意識内に直接出力して義眼の代わりになるようなものとか、考えるだけで動かせる強化外骨格的なものとかに応用できるかもしれない。実現すればナナリーみたいな子でも景色を見たり、歩いたりできるようになる。

 コードギアスの世界はこういうヤバイ技術の芽がその辺に散らばってるから恐ろしい。

 

 まあ、俺はスピンオフ『亡国のアキト』でこのBRSがKMFに搭載されているのを見たから思い切ったことができているわけだが。

 お陰でまた金を稼がなければいけなくなった。

 web通信は割と発達している世界なので、PC向けの課金ゲーでも企画しようか。萌え系の文化が未発達なのでガチャゲーじゃなくて、ゲーム内マネーを買うことでプレイが楽になるようなシステムがいいか。デジタルカードゲームなら後からコンテンツの追加がしやすいから向いているかもしれない。……パックを剥く作業はガチャと大差ない気がするが。

 

 ゲーム機開発の部署も設置しないといけない。

 ブリタニア人だけを雇用していたら大変なので日本人の技術者も雇用することにしよう。今まで以上に守秘義務を徹底しないといけないから考えることいっぱいで頭が痛くなりそうだが、その分だけやりがいはある。

 名誉ブリタニア人登録を義務付けると共に寮を作って、そこに住んでもらうことにすれば外部との接触を極力断てるだろうか。

 などと、ああだこうだと悩ましい日々を送っていると、

 

「会長、合唱部に入った以上、たまにはうちにも顔を出してください」

「え」

 

 ナナリーと一緒に歌うために入っただけの合唱部が、先んじて牽制を放ってきた。



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社長 リリィ・シュタットフェルト 二

「……疲れました」

「お疲れ様です、社長」

 

 とある午後の会社。

 普段は空席になっている社長席でぐったりしていると、扇が苦笑しながら紅茶の缶を持ってきた。プルタブを引いて開封してから渡してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 自力だと上手く開けられない時があるため、細い棒状のものを普段から携帯している俺である。梃子の原理は偉大だが、気配りのできる部下はもっと偉大だ。

 冷たい紅茶を一口喉に流し込むと、疲れが少し抜けていく。

 

「いや、凄かったですね」

「本当ですよ、もう。みんな悪ノリが好きなんですから」

「ノリが悪い奴はこんな会社に来ませんよ」

「む。言いますね、扇さん」

 

 扇もすっかりうちの会社に馴染んだものである。

 事務作業をしつつ社内のムードメーカーを務め、色んなスタッフに気に入られた挙句、シナリオの誤字校正やプログラミングのバグチェックにまで駆り出されている。

 お給料はちゃんと出しているとはいえ結構大変な仕事だろうに、しっかり勤めてくれているのはありがたいことだ。

 会社が始まって結構経つのに未だ安物の服を着ているあたり、お給料がどこに消えているのかちょっと不安ではあるが。

 

「社長は色んな意味でみんなの人気者ですからね」

「今日、あらためてそれを実感しました」

 

 きっかけは合唱部の一件である。

 ナナリーが中等部に入る来年度からでいいよね、と思っていた俺は問答無用で部に顔を出させられ、練習に参加させられた。

 女の子多めの合唱部は名前だけの部員である俺を歓迎してくれ、それ自体はとても嬉しかったのだが「じゃあ早速一緒に歌いましょう」となったのは勘弁して欲しかった。

 

「あ、でしたら私は伴奏を──」

 

 お嬢様の嗜みとしてピアノくらいは弾ける。

 なんなら三味線も嗜む程度には触っているのだが、

 

「駄目です。一緒に歌いましょう」

「……はい」

 

 ノリノリの女子には勝てなかった。

 どのくらい歌えるのか確認するため、と、最初に一人で歌わされ、みんなでわくわくと見守られたあたり、新手のいじめかとも思ったのだが。

 一曲を必死に歌いきって振り返ると、部員達は息を呑んでいた。

 

「すごーい、会長、声きれー!」

「うん、驚いちゃった!」

「技術は微妙だったけど、可愛いよね!」

 

 これは褒められてるのか……?

 ともあれ評判は上々、はしゃいだ面々と一緒に何曲か歌わせてもらい「無理すると倒れるので」と合唱部を後にした。

 

「また来てくださいねー!」

「わ、わかりました」

 

 ちゃんと顔を出さないと無理やり連行されそうである。

 ……と、いうことがあり、その話を何気なく会社でしてみたのだが、これが良くなかった。

 

「歌、ですか」

「社長が歌……」

「あの、みなさん?」

 

 意味深な沈黙の後「これはいいことを聞いた」とでも言いたげににやりとする社員達。

 

「社長。ゲームに主題歌を付けたい、というアイデアがありましたよね?」

「嫌です」

「まだ何も言っていませんが」

「どうせ、私に歌えというんでしょう?」

「よく分かりましたね」

 

 誰でもわかると思う。

 

「私は素人なんですよ? ゲームにつけるとしたらちゃんとした歌手の方、という話だったじゃないですか」

「上手い方だと経費がかかりすぎる、って一度没にしたじゃないですか」

「自分で歌えばギャラがゼロですよ、大儲けです」

 

 それは確かに美味しい……じゃなくて。

 

「嫌です。駄目じゃなくて嫌です」

「頑なにならないでください。飴あげますから」

「さすがに誤魔化されませんからね?」

 

 と、よくわからない問答を長々と繰り広げた結果、俺は「ゲーム主題歌を担当する」という罰ゲームから逃れることに見事成功した。

 代わりに初回限定盤につけるスタッフコメンタリーにて映像付きで歌うことになったが、まあそれくらいなら良いんじゃないかと──。

 

「……あれ、いつの間にか顔出しが決定してる……?」

「伝説になれるかもしれませんよ、社長」

 

 扇が真剣なんだか茶化してるんだかわからない口調で言ってきたが、俺にはもうツッコミを入れる気力が残っていなかった。

 

 なお、後日、件の初回限定盤は何故か大反響になった。

 なんでも「歌は微妙だけど可愛い」「一生懸命なのがいい」とかなんとか。

 お陰で我が社のゲームには「社長の歌ってみたシリーズ」のオマケがつくのが定番になっていくのだが……どうしてこうなった。

 もう、腹いせに動画サイトに専門チャンネル(スパチャ付き)を開設して荒稼ぎしてやろうか、もちろん他のスタッフも巻き込んで……と若干本気で思ってしまったくらいである。

 

 

 

 

 

 悪ノリのすごい会議で遅くなってしまったので、帰りは迎えの車を呼んだ。

 

「申し訳ありません、わざわざ来ていただいて」

「とんでもございません。むしろ遠慮なさらず、もっと気軽にお呼びください」

 

 運転手にお礼を言って車に乗り込む。

 シュタットフェルト家の車はサクラダイトを利用した最新式に切り替わっていて、エンジン音が小さく快適な乗り心地だ。

 スムーズに発進する車内で「歩行者にとっては音がしないの怖いんだよな……」などと思っていると、携帯電話が音を立てる。

 発信者は──ニーナ・アインシュタイン。

 

「もしもし、ニーナさんですか?」

 

 あの子が自分から電話してくるなんて珍しい。

 ミレイと喧嘩でもしたのだろうか……と、

 

『助けて!』

「え、あの、ニーナさん? 何かあったんですか!?」

 

 最初に耳に飛び込んで来たのは悲鳴だった。

 ただ事じゃないと思った俺はすぐさま尋ねる。

 

『家に帰ろうとしていたら、怖い男の人に声をかけられて──あっ!?』

 

 がん、と、大きな音がしたかと思うと通話が途切れる。

 

「リリィ様?」

「申し訳ありません。寄り道をしていただけないでしょうか?」

 

 運転手へ手短にお願いする。

 こんなこともあろうかと主要人物の家の位置は把握している。生徒手帳に挟んである地図を取り出し、学園からニーナの家までの経路を手早く確認、それに沿って移動してもらいながら、念のため警察にも電話をかけた。

 場所がわからない、状況もニーナ当人からの申告でしかわからないため警察としても動きづらい様子だったが、念のため該当経路の巡回だけでもしてもらえるように依頼する。

 

 車内から外の景色を注視して──。

 

「止めてください」

「お友達ですか?」

「わかりません。ですが、特徴的な色が見えました」

 

 路地裏に、アッシュフォード学園の制服の色。

 見間違えでないといい、いや、そもそも全てが杞憂であればいいと思いつつ、運転手と一緒に車を降り、現場へ向かう。

 途中で、道に落ちた携帯電話を発見。

 素早く拾い上げて先に進むと、

 

「嫌! いやあっ!? 離してっ!!」

「何を、しているのですか」

 

 三人の男に取り囲まれ、押さえつけられているニーナがいた。

 抵抗のせいか、少女の制服はかすかにはだけている。瞳には涙が滲み、落ちた鞄から教科書やノート、ゲーム機が散乱している。

 手早くボイスレコーダーを起動、自分の携帯で写真を撮る俺。

 

「あ? なんだよお前ら?」

「下衆が、その子から手を離せ」

「何か勘違いしてないか、おっさん」

「俺達はこの子と楽しくお話してただけだぜ?」

 

 げらげら笑う男達。

 酔っているのか顔が赤い。

 身なりと肌の色から見てブリタニア人。旧日本(イレブン)じゃないということは例のアレとは別のイベントか……? とはいえ、加害者の人種が変わったからなんだという話。ニーナが襲われている事実に変わりはない。

 

「り、リリィ会長……っ」

「その子を離してください。警察も呼びました。巡回に来るのも時間の問題ですよ」

「は、警察?」

 

 牽制のつもりで告げた言葉に男達の表情が変わる。

 

「なに勝手なことしてんだよ、おい」

「勘違いだっつってんだろ」

 

 ニーナから手を離した彼らは俺達の方へ。

 運転手が二人を抑え、殴り合いを始める中、最後の一人は俺の方へと向かってくる。

 

「リリィ様!」

「謝れよ、おい。謝れってこのガキ!」

 

 あらためて治安悪いなこの街。

 俺は内心、戦々恐々としつつ、鞄につけた防犯ブザーを作動させる。けたたましい音が周囲に響くと、男が目を吊り上げて襲いかかってくる。

 篠崎流の娘とはいえ、俺は殆ど戦闘技術を持っていない。

 訓練なんかしたらあっという間に倒れるため、教えられたのは単純な心得が一つだけだった。

 

 先手必勝。

 相手の弱点を突き、一発で勝敗を決めること。

 

 脳内で復唱しつつ、両手で持った鞄をフルスイング。

 

「があああっ!?」

 

 成功。

 鞄の角が()()()()()()()に直撃し、男は悶絶して動きを止めた。

 股間を押さえてうずくまる彼。痛そう。というか絶対痛い。可哀想だが、正直自業自得ではある。

 その隙に回り込んでニーナを庇うように立つと、

 

「お、おい、逃げようぜ!?」

「本当に警察が来たらヤバイだろ」

「あ、ああ!」

 

 暴漢三人組は逃げていき、程なく警察が巡回に来た。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「本当にありがとうざいました、先輩」

「いいえ。ニーナさんが無事で良かったです」

 

 まさか、あんなことになるなんて思っていなかった。

 ニーナ・アインシュタインは暴漢に襲われ、リリィに助けられた後、小さな先輩の身体に顔を押し付けてわんわん泣いた。

 落ち着いた後は事情聴取を受け、解放された。

 リリィが提出した証拠データがあるので、警察では一応警戒をしてくれるという。

 

 彼らも酔っていたからこそあんな真似に及んだのだろうし、今回の件で懲りて妙な真似はしないだろう。

 

 リリィが男の一人を一蹴したのは意外だったが、聞けばあれは偶然だという。あれが外れるか、避けられていれば後は為す術もなかったと。

 それでも、とっさに行動を起こせるのは凄いと思うのだが。

 

「ですが、寮住まいも検討した方がいいかもしれませんね」

 

 自分も警察もいつでも駆けつけられるわけではないから、とリリィ。

 

「はい。そう、ですね」

 

 アッシュフォード学園には寮があるが、全寮制ではない。

 家から通うか寮に住むかは自由なのだが、通学が楽だからと寮を選ぶ生徒は多い。

 ニーナの場合は家の方が本が多いことや、寮が二人部屋で気疲れしそうだから、等の理由で通いだったのだが、今日みたいなことがまた起こったらと思うと恐ろしい。

 街を歩いていて今日の奴らが「あの時はよくもやったな」と来る可能性もゼロではないのだ。

 

「両親と相談してみます」

「はい。お願いしますね」

「でも」

 

 ニーナはリリィの顔を見つめて微笑んだ。

 

「……リリィ先輩が助けてくれて、嬉しかったです」

「どういたしまして。また何かあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「はい」

 

 頷き、リリィと別れると親の車で家まで帰った。

 

 話し合いの結果、寮住まいは簡単に了承を得られた。

 幸い、同室の相手も優しかった。一人だと寂しかったので歓迎だという彼女と新しい生活をスタートさせたニーナは、心の中である決心を固めた。

 

(ミレイちゃんに生徒会へ入れてもらえるようにお願いしてみよう)

 

 今度、ニーナが高等部に上がる時にはミレイが生徒会長になっているはず。

 友人であるミレイが会長ならなんとかやれるだろうし──何より、あの先輩に少しでも近づけるかもしれない。

 

(あと、プログラミング部って私でも入れるのかな……?)

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ニーナは「虐めてオーラ」でも出しているのか。

 気をつけていても別の暴漢に襲われるとか歴史の修正力みたいなものを感じてしまうが、未遂で防げて良かった。

 以来、少女も少し前向きになったようだし、このままいい方向に行ってくれることを願う。

 

(ちなみに、後に彼らは捕まった。

 なんでも警察が巡回しているところにふらふらと自分達から現れたらしい。急に気が遠くなった、などと供述しているらしいが、通りすがりの忍者でも出たんだろうか。

 ニーナを襲ったのはなんとなくむしゃくしゃしていたから、とのこと。

 日本(エリア11)に家族や会社の都合で来させられてストレスが溜まっていたとか。結局、ブリタニア人の側にもそういう人間はいるのだ)

 

 気づけば高校二年生も残り半分以下。

 時の流れるのは早いものだ。まだまだ課題はたくさんあるのだが、この調子だとあっという間に原作の時間軸に追い付いてしまいそうだ。

 まあ、日本が降伏するまでに二年かかっている時点で、時系列として全く同じになるはずはないのだが。

 

 ちょっと緊迫した場面に遭遇しただけで体調を崩して一日寝込み──しばらく経ったある日。

 

「ねぇ、リリィ。頼みたいことがあるんだけど」

「なんでしょう、ロイドさま」

「僕と一緒にパーティーに出てくれない?」

 

 無事、独身寮に入って呑気に研究を続けているロイド。

 彼のところには定期的に訪ねていき、掃除をしたり簡単な料理を作ったり、一緒にお茶を飲んだりしている。まるきり通い妻状態である。

 まあ、そのうち結婚するんだからそれでいいんだが。

 何回目かの訪問の際、ロイドの方からそんな話が出た。

 

「私が高校生のうちはのらりくらりとかわすおつもりかと思っておりました」

「そのつもりだったんだけどねえ。両親が思った以上に積極的なうえ、上司からもお声がかかっちゃって」

「上司?」

「シュナイゼル殿下」

「っ!?」

 

 思わず紅茶を吹きそうになった。

 

「どうして皇子様に興味を持たれているのですか」

「僕が話したからかもねえ」

「それ以外ないじゃないですか」

「仕方ないじゃない。研究に関わらない世間話をしないといけない時もあるからさあ。その点、キミの奇行ならネタに事欠かないし」

 

 自分の大好きなプリンの話でもしてればいいのに。

 この男、件の菓子がいたくお気に入りらしく、俺は訪問の度に手土産としてプリンを持参している。うち一つはお茶の際に供されるものの、残った分はロイドの胃の中だ。頭を使うと糖分が欲しくなるとは本人の談だが、お陰で一部では「プリン伯爵」と呼ばれているとか。

 ともあれ俺はロイドの頼みを了承した。

 

「かしこまりました。卒業したら嫌でも出ることになるでしょうし、今のうちから慣れておいた方がいいかもしれませんね」

「大学に行って猶予期間を伸ばしてもいいんだよ?」

 

 行くに越したことはないけど、大学生になるともう「結婚しない理由」としては弱いだろう。



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社長 リリィ・シュタットフェルト 三

「お初にお目にかかります。ロイドさまと婚約させていただいている、リリィ・シュタットフェルトと申します」

 

 似たような挨拶を何度繰り返しただろうか。

 俺はロイドにエスコートされる形で貴族のパーティにやってきていた。

 今日のドレスは青色の落ち着いたデザイン。黒だと既婚のイメージが強いし、白だと()()()()という理由で無難なところに落ち着いた。いつもの服装に比べると顔や首など肌が露出しているが、夜かつ屋内のパーティだったので紫外線は問題ない。

 ロイドの方もばっちりスーツで決めており、癪ではあるが似合っている。

 

「キミもなんだかんだ言って成長しているねえ」

「ありがとうございます。ロイドさまこそ、落ち着いていらっしゃいますね?」

「僕は小さい頃からだからねえ。いい加減慣れるよ」

 

 で、あっちこっちへ連れまわされては挨拶をする。

 初めて来たものだから会う人がほぼみんな初対面。向こうの名乗った名前を脳内データベースに照合し、新たに顔をインプットする作業に四苦八苦である。

 と、僅かな自由時間にロイドが「ふうむ」と俺を見てくる。

 

「どうなさいました?」

「いや、猫を被るのが上手いなあと思って」

「そのままお返しさせてくださいませ」

 

 何年もお嬢様やってればさすがに身に付く。シュタットフェルト家に来る前だって一応お嬢様ではあったわけだし。

 

「お、本命のご登場かな」

「え……?」

 

 ロイドにつられて視線を向ければ、絵に描いたような金髪美形が優雅にこっちへ歩いてきていた。

 さすがにこのレベルになると心理防壁を貫通してくるのか、俺は鼓動が早くなるのを感じつつ臣下の礼を取った。

 

「やあ、ロイド。こちらが噂の婚約者かな」

「ええ。うちの可愛い婚約者です」

「リリィ・シュタットフェルトと申します。殿下におかれましてはご機嫌麗しく──」

「そこまで畏まらなくて構わないよ。似たような挨拶をさんざんされて肩が凝っていてね。知人のところに逃げてきたんだ」

 

 爽やかに微笑むこのイケメンはシュナイゼル・エル・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国第二皇子にして帝国宰相。

 ルルーシュやナナリーにとっては異母兄であり、原作においてはルルーシュにとって最後の障害となった人物である。

 一見、人当たりのいい温和な人物で、その印象も間違ってはいないんだが……この男、ブリタニア皇帝なんかとは別のベクトルの怖さを持っている。

 腹の底が知れないというか、どこまで織り込み済みで動いているのか、何手先まで計算しているのかわからない、そんな男だ。

 原作主人公ルルーシュでさえ知略で彼に勝ったことがなかった、というのだからその凄さは推して知るべし。

 

「少し話をしようか。リリィ嬢は、お酒は駄目かな?」

「はい。未成年ですので、ソフトドリンクをいただいております」

 

 飲み過ぎると体調が悪くなりそうだし、成人したら少量から慣らさないといけないだろう。

 お洒落なグラスに入ったスパークリングウォーターを受け取り、カナッペなどの軽食をちびちび口にしつつ、シュナイゼルと会話をする。

 正直逃げたい。

 

「以前から君のことはロイドから聞いていてね。会ってみたいと思っていたんだ」

「光栄です。私も、ロイドさまが私のことをお話していると聞いた時はとても驚きました」

「安心していいよ。彼がここまで人に興味を持つのは珍しい」

「そうなのですか? 私にはその情熱をちっとも向けてくださらないのですが」

「ええ? いつも楽しくお話しているじゃないか」

 

 ああ、うん、KMF(ナイトメアフレーム)の話ね。

 楽しいし、参考になるから正直助かっている。

 

「ロイドさまはそのままで居てくださいませ」

「ロイドの性格はこのまま直らないだろうね」

「二人とも僕の性格をよく分かってますねえ」

 

 さらりと嫌味をかわすな。

 と、シュナイゼルがさりげなく、自然なウインクを送ってくる。悪戯めいた仕草はこの場の楽しさを共有しているというサインか。

 こんなことをいつもやっているのだとしたら、女性ファンがさぞかし多いことだろう。俺がまともな女だったら多分やられていた。

 

「アッシュフォード学園には名誉ブリタニア人の生徒もいるそうだね」

「はい。後輩のミレイ・アッシュフォードともども、友人として親しくさせていただいております」

 

 俺がスザクを構いに行き、ミレイがルルーシュを構いに行くので、ミレイがスザクと関わる機会も割とあったりする。

 ミレイも婚約者として接するのでなければ別に問題ないらしく、一緒にいると嬉々としてスザクをいじっている。なかなか懐いてくれない猫みたいなルルーシュとは対照的な、子犬めいたところのあるスザクは「反応が可愛い」とかで、これはこれでミレイのお気に入りになりつつある。

 一度はなくなった恋愛話だが、ちゃんと段階を踏んでから再度起こる可能性がもしかしたらあるかもしれない。

 

 シュナイゼルは「ふむ」と顎に手を当てて、

 

「生徒会長も次期生徒会長も推進派か。なら、これからはより広い人材が集まるかもしれないね」

 

 意味ありげな言葉だ。

 誰か学園に寄越す予定でもあるのだろうか。何のために? って、もしかしなくてもスザク、あるいは神楽耶が狙いか。

 シュナイゼルは普通に武力も使うが、平和的にブリタニアが優位に立てるならそっちを使うタイプだ。だとすると暗殺じゃなくて結婚相手を宛がう方向か。

 一般には公開されていないブリタニアの皇女様で、守ってあげたくなるような美少女とか、スザクの相手にはぴったりじゃないだろうか。それも「スザクとくっつけ」と命令するのではなく暗に誘導するだけで当人達が恋仲になればベスト。

 ……まあ、とりあえず普通に返しておこう。

 

「もちろん、生徒会長としても歓迎です。友は多い方がいいと思いますので」

「なかなか気が合いそうだね」

 

 冗談でも止めて欲しい。

 

「そうだ。リリィ嬢に一つ言っておきたいことがあったんだ」

「? なんでしょう?」

「面白い事業をしているらしいね。君の会社が作ったゲーム、私も少しだけプレイさせてもらったよ。チェスのような知的遊戯の方が得意なので少しだけだが」

「それはそれは、ありがとうございます」

「ああ。湖の乙女を入手した辺りで忙しくて遊べていないんだ」

 

 いや、それ隠しキャラなんだけど。

 

「今後は架空の軍事ゲームなども考えていますので、もしかしたらお気に召すかもしれません」

「ほう? それは面白そうだ。どうせならKMFを登場させられたらもっと良いね」

「それはそうですが、軍部は権利関係がうるさいでしょう?」

 

 ロイドをちらりと見ると「それは僕程度じゃなんとも」と肩を竦められた。

 というわけで、ミッドナイトフレームとかなんかそんな感じの名前で濁そうかと思っていたのだが。

 

「なら、こちらから軍部に話を通してみよう」

「え、それは、よろしいのですか?」

「遊戯にKMFが登場するとなれば、いい宣伝にもなるだろう?」

 

 妙に好意的だと思ったらそういう腹か。

 とはいえ、KMFが登場するゲームを作るだけなら大手ゲーム会社に作らせればいい気がするが……。

 と、思っていたらシュナイゼルが俺の耳元に顔を近づけてきた。二メートル近くある長身の彼なのでしゃがみ込んだ体勢になるのだが。

 まあ、そこまでされても俺の容姿のせいでロマンス的な印象はない。

 

「……()()()()()の方に出資も考えている。上手くやりたまえ」

「っ」

 

 バレてるし。

 いや、事業として行う以上、申請は必要だから情報は当然行ってるとは思うんだが。夢物語みたいな計画と現行のゲーム制作を結び付けた挙句、俺に近づいてくるとかどういうことだ。

 忠告、か?

 シュナイゼルの性格上、ゲンブを暗殺した一派とは対立していてもおかしくない。別にじわじわ文化侵略して長年かけて日本を併合しても問題なかったはずだからだ。となれば、過激派への抑止力の一つに使おうとしている、ともとれる。

 

「……過分なご配慮、誠に感謝いたします」

「うん。ロイド、いい婚約者だね。大事にしたまえよ」

「ええ、もちろんですとも、殿下」

 

 ……この男に(最終的に)勝ったルルーシュは一体どうなってるんだ。

 

 愕然としつつ、俺は必死に頭を巡らせる。

 シュナイゼルは怖い。

 だが、ブリタニアには珍しい穏健派──というか、穏健な策も取れる派の彼と接触できたせっかくのチャンス。こちらからも何か打てる策はないか。

 そうだ。

 

「あの、殿下?」

「なんだい?」

 

 俺は精いっぱい背伸びをして、シュナイゼルとロイドにしか聞こえない声量で囁いた。

 

「エリア11で非人道的な研究を行っている一派がいる、という情報を耳にしたのですが、虚偽の情報でしょうか。もし本当にそんなことが行われているとしたら、私、寒気がいたします」

「……聞いたことはないが、本当であれば由々しき事態だね」

 

 シュナイゼルは暗に、俺の密告に注意すると答えてくれた。

 

 

 

 

 

 シュナイゼルに伝えたのは魔女C.C.に関する話だ。

 不老不死であるC.C.は、現ブリタニア総督であるクロヴィス以下、一部の人間によって研究対象(モルモット)として扱われていた。他人に『ギアス』という特殊な力を与えることができる彼女だが、自分で用いることができるわけではない。

 拘束されてしまえばただの無力な少女に過ぎないため、そこから抜け出せないでいた。そんな時、偶然にもルルーシュと出会って物語が始まるのだが──。

 

 この世界では日本対ブリタニアの戦争期間をはじめ色々なことが変わってしまっている。

 ただのほほん、と待っていたとして、後に原作と同じ偶然が起きる、などとは言い切れない。

 何かしらC.C.を解放する手立てが必要だった。レジスタンスに期待するのはスザクの頑張りを無駄にすることにも繋がりかねないし、かといって自力でなんとかするのも難しい。ならいっそシュナイゼルの力を借りてしまおう、と思った。

 正直、これはある種の賭けだ。

 ラスボスにヒロインを差し出すような行為とも言える。シュナイゼルがC.C.を拘束すれば相手が変わっただけにもなりかねない。それでもシュナイゼルなら、少なくとも非人道な扱いはしないのではないかと思う。

 何しろC.C.の存在と不老不死の秘密についてブリタニア皇帝はとっくの昔に全部知っており、それを知らないクロヴィス達が勝手に研究していた、という話なのだ。不老不死であるという情報だけでもシュナイゼルなら何かしらの繋がりに気づいてくれるだろう。

 

 これでシュナイゼルがギアスを所持して「日本人死すべし」とか言いだしたら最悪だが──まあ、ないと思う。ないと信じたい。

 逆にブリタニア皇帝を倒してくれる可能性もあるわけだし。

 

 とはいえ、あらためて先行きが不安すぎる。

 とりあえずできそうな対策だけでもしておこうか……。

 

 

 

 

 

「対象の体感時間を停止させる能力?」

「はい。もし、そんなものがあったとして、それを所持している殺し屋がいたら、どんな対処法があると思いますか?」

 

 我がプログラミングの部員(という建前の我が社のバイト)となったルルーシュに「ゲームのネタ出しを兼ねた思考実験」という体で話題を振ってみる。

 俺の周りで一番頭の切れるのは彼だし、その能力に直面する可能性が高いのも彼なので、考えてもらって損はない。

 ルルーシュは「そうだな……」としばし考えた後、

 

「やはり狙撃でしょう。意識外から撃ち殺してしまえば能力を用いる暇もない」

「もし殺し屋が誰かわかっていなかったら?」

「映像記録や状況証拠から割り出すしかないのでは? もちろん、周到な相手であれば先んじて対策を打つでしょうが……。ん? もし、そんな能力があったとすれば、対象からは『時間が停まっている』ように感じられるはず。範囲型の能力であれば複数人の護衛もろとも対象を殺すことも可能、か?」

 

 ぶつぶつと呟くルルーシュ。

 気づいたらしい。そう、その通りだ。

 

「そもそも、()()()()の状況証拠から思いついた能力なんですよ。もちろん、純粋な時間停止でもいいんですが」

「さすがに時間停止まで行くと現実味がありませんか」

「超能力めいたものを持ち込んでいる時点で現実味なんてありませんけどね」

 

 それが実在してしまうから困る。

 

「ですが、そんな暗殺者がいたとしたら最悪でしょう。目立った時点で、そいつの所属している組織から差し向けられてジ・エンドだ。いや、証拠が残らない、ということ自体が証拠になりえるのか。となれば、切り札(ジョーカー)であるからこそ、敵方にとって最良の状況では動かせない?」

「動かさざるを得ない状況を作るか、あるいは、過信して動かした事実があれば、突破口になるかもしれませんね」

「……なかなか面白い話ですね、先輩」

 

 ルルーシュに話して正解だった、と、俺は微笑みながら思った。

 

「そう言っていただけると何よりです」



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社長 リリィ・シュタットフェルト 四

※各話サブタイトルを調整しました。


 チェス盤という戦場を白と黒の駒が駆ける。

 

 戦況は既に決しつつあった。

 悩みに悩んだ末に意を決して動く白の陣営に対し、黒の陣営は「既に予測済みだ」とでも言わんばかりに即座に対応してくる。

 陣形は瓦解し、もはや勝機はほぼなし。

 後は王の延命を考えるしかないような状況だった。

 

 ……ルルーシュ相手にチェスで挑むとか無理ゲー。

 

 大金がかかっているわけでもなんでもない、負けたら相手にジュースを奢るというだけの遊びのゲームだが、さすがはルルーシュ、手を抜いていても十分強い。

 

「そういえば、ブリタニア貴族のパーティに出席されたとか」

 

 ほぼノータイムで指し続けて暇なのか世間話まで繰り出してくる。

 こっちは一生懸命考えていて頭がパンクしそうなんだが。

 

「ええ。あいさつ回りで大変でした」

「ほう」

「何しろ皇子様まで出てきましたからね。緊張して倒れるかと思いました」

 

 近くで観戦中の咲世子、ナナリーペアがくすりと微笑む。

 しかし、ルルーシュの反応は違っていた。

 俺の指した手にすぐに応じないかと思ったら、こっちを見て尋ねてきたのだ。

 

「どの皇子と会ったんです?」

「シュナイゼル殿下ですよ。背が高くて美形でした」

「シュナイゼルおに……殿下は見惚れてしまうくらい格好いい方ですよね」

「はい。ナナリーさんもお会いしたことが?」

「ええ、目がこうなる前に」

 

 これは期せずしてルルーシュへの心理的揺さぶりになったか。

 僅かなチャンスを逃さず、少しでも戦況を良くしようと思ったら、

 

「チェック」

 

 かつん、と、予想外のところに駒が飛んできた。

 

「貴族でもないのに皇族と会話なんて大変でしたね。何か面白い話は聞けましたか?」

「最近学園が賑やかだという話をしたら、今後はもっと増えるかもしれない、って言われました」

「なるほど。……俺としてはこれ以上騒がしくならないでいいんですが」

 

 参りました、と俺が頭を下げて勝負は終わった。

 自軍の駒を回収して並べなおしていく俺とルルーシュ。もう一戦するかどうかは不明だが、チェス盤はわりと駒が載ったまま保管されるのでどっちにしても問題ない。

 

「ルルーシュさんは強すぎます」

「リリィさんでもお兄様には勝てないんですね」

 

 ナナリーさん、それは俺を買いかぶりすぎです。

 

「先輩は読みの掘り下げが少々足りないかと。目の付け所は良いと思うので、もう少しだけ読みを進めるようにしてみては?」

「集中すると疲れるので、つい諦めてしまうんですよね。将棋だったらもう少し頑張れるかも、とは思うのですが」

「将棋? 確か、日本のボードゲームでしたか」

 

 雰囲気から水を向けられたことを察した咲世子が頷いて、

 

「ええ。チェスとは駒の種類や動き方が異なる他、取った相手の駒を自分の駒として使うことができる、という特徴があります」

 

 日本なんかだと武将が主君を変えるのは珍しくなかったので、そういう民族性が反映されたのでは、みたいな説をどこかで見た気がする。

 西洋だと敵方の有能な将とか捕らえたら殺すイメージがある。

 

「……敵を味方に、ですか。なるほど」

 

 何がなるほどなのか、ルルーシュは頷いて。

 

「先輩がそう仰るなら一手ご教授願いたいところですが、さすがに駒と盤がありませんね」

「将棋の道具ならこちらに」

「あるんですか!?」

 

 俺とルルーシュが同時に驚いた。

 どういう先読みをしたら将棋セットを持参できるのかと問い詰めたいが……さすが咲世子。

 俺は姉への尊敬を一層深めた。

 

「……ああ、でも、将棋だと結構時間がかかってしまいますね。ナナリーさんもルールがわからないと退屈でしょうし」

「私は大丈夫ですけど……あ、でしたらリリィさん、私とチェスで対戦しませんか?」

「ナナリーさんもチェスをされるんですか?」

「ナナリーは強いですよ。互いに目隠し戦なら俺よりセンスは上かと」

 

 マジですか。

 

「それは私では荷が重そうな……。私とナナリーさんでルルーシュさんに挑むくらいでちょうどいいのでは?」

「あ、それも面白そうです!」

「二面指しですか。いいでしょう、受けて立ちます」

「頑張ってください、ナナリー様」

「はい、頑張ります!」

 

 こうしてルルーシュvs俺&ナナリーという変則ゲームが開始。

 ナナリーの分は盤を使わない目隠し(咲世子が裏で正誤チェック)、俺の分は盤を使った普通のゲームで──やっぱり俺達はルルーシュに惨敗したのだった。

 

 

 

 

 

 さて。

 スザク達が転校してきて結構時間が経った。

 

「婚約者探しの調子はいかがですか、スザクさん?」

「痛いところをついてきますね」

 

 神楽耶ともどもランチに誘い、直接尋ねてみたところ、スザクは曖昧な笑みを浮かべた。

 

「正直、芳しくはありません。当然といえば当然ですが……」

「恋愛ならともかく、結婚が前提のお付き合いとなると皆さましり込みなさいますものね」

「ええ、まあ」

 

 神楽耶の言葉に苦笑を深めるスザク。

 彼が言いたかったのは「日本人と結婚したがるブリタニア人が少ない」という方だったのだろうが、少女の言ったことも間違いではない。

 というか、

 

「……ひょっとしてスザクさん、『僕と結婚を前提にお付き合いしてください』なんていきなり言ってませんか?」

「う」

「まあ、リリィ様。よくお分かりですね」

「神楽耶まで」

 

 スザクの抗議はこの際無視だ。

 この真面目人間、求婚するにしてももう少しやりようがあるだろうに。

 

「いや、だって、後から言われたら嫌でしょう?」

「先に言われても困りますわ」

「それはそうですが……」

 

 じゃあどうすればいいんだ、という顔。

 

「スザクさんなら、女の子の一人や二人、簡単に落とせそうなのですが……」

「落とすといっても、女性はダルマではありません」

「そうではなく、女性経験が既におありなのではないかと。でしたら、口説き文句くらい出てくるでしょう?」

「それは……」

 

 口ごもり、目を逸らすスザク。

 これは図星っぽい反応。

 神楽耶に視線をやると、正妻の余裕というやつか、悠然と微笑んでいる。

 勝手に翻訳するなら「私の見ていないところでの交際であれば、見て見ぬふりをするのができる女というものですわ」といったところか。

 相手がこの子だったら通報した方がいいのだろうが……。

 

 神楽耶の目を盗んだとしたら、思い切ったことをしたものだ。

 勢い余ったか、向こうから誘われたのだろうか? 微妙に顔を赤らめているあたり「いい思い出」で終わっていそうなので、相手は悪い人間じゃなかったっぽい。

 モテモテか、羨ましい。

 

「柔道部に見学しにくる女性が複数いると聞いていますが」

「なんで知ってるんですか!?」

「普通に噂になっていますよ」

 

 こっそり会っているわけでもなし、女子がその手の話題に食いつかないわけがない。

 

「……彼女達は見世物を楽しんでいるだけです。目的のために利用するのは可哀想でしょう」

 

 スザクは結局、柔道部を作った。

 

 中等部の他の生徒に絡まれ、軽く投げ飛ばして制したのがきっかけだ。

 投げられた当の生徒は「日本にはブシドーとかいうのがあるらしいな。見せてくれよ、そのブシドー」とか言ってたのが嘘のように「スゲーなジュードー!」となり、スザクに教えてくれとねだってきた。

 じゃあ俺も、と、格闘技好きの男子数名が参加を表明し、なし崩しに部が設立、スザクは部長として指導に追われている。

 さっきも言った通り、追っかけのような女子も現れているのだが、

 

「事情を知った上で共犯者になってくれる女性となると、お付き合いする上で気疲れしませんか?」

「覚悟の上です」

 

 生真面目な顔で突き放すように言ったスザクは付け加えるように、

 

「……自分で婚約者を決めるというのは、難しいものなのですよ」

 

 家の都合で宛がってもらっただけの俺に対する嫌味か。

 むっとして睨みつけたら、神楽耶に「可愛い」と言われた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「枢木スザクとの進展?」

「はい。喧嘩しているうちに意識し合うようになった、とか、そういうのはないのでしょうか?」

 

 飄々としている義姉が意外と恋愛話を好むことに、カレンは最近ようやく気付いた。

 本人は打算的な恋愛をしている癖に、他人にはロマンスを求めてくるのだ。

 

「ないわよ。……全く話さないってわけじゃないけど」

 

 寝る前のゆったりとした時間。

 後は寝るだけだから、と人払いをした義姉の部屋で雑談をするのももう何度目か。

 素で話しても咎められないというだけでもこの場所はだいぶ居心地がいい。

 

 肩を竦めたカレンは学園でのことを思い返す。

 

 休みがちでも怪しまれないようにと始めた病弱設定のせいか、クラスメートは何かにつけて世話を焼いてくれる。

 お陰で噂話を集めやすくて助かっているが、演技が面倒くさくなることも度々ある。スザクとの会話もその一つだ。

 あれ以来、スザクはたまにカレンへ話しかけてくる。

 登下校の挨拶などのちょっとした声かけ程度。向こうは何気なくやっているだけだろうし、「うっさい! 放っておいて!」などと叫ぶわけにもいかないので、曖昧に微笑むくらいしかできない。

 

 柔道部を始めた挙句、女子にきゃーきゃー言われているのも気に入らない。

 義姉が積極的に溝を埋めたことと「男子投げ飛ばし事件」のお陰で彼もだいぶ学園に受け入れられており、今では世間話をする相手もできたようだ。

 日本人の癖に。

 政治的に日本を再興したとして、ブリタニアを放っておいたら緩やかな屈服が待っているだけだ。結局いつかは戦うことになる。ならばその時、いま笑いあっている仲間と殺し合うことになるかもしれないのに、何を呑気なことをやっているのか。

 

 気に入らない。

 

「あいつとは根本的に気が合わないのよ。悪いけど他をあたってもらうしかないわね」

 

 何かにつけてあの男のことを考えさせられているのも、気に入らない。

 

 結局、兄のナオト達に婚約者探しの件は伝えられていない。

 伝えたとしてなんと言われるかが怖かったからだ。

 もし「枢木スザクに取り入ってレジスタンスへの協力を取り付けろ」と言われたら、どうすればいいのか。

 レジスタンスの仕事を手伝わせてもらえることを喜ぶべきなのか、それとも。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「スザク君ですか? からかうと可愛いですよね」

 

 ミレイにも聞いてみたところ、あっさりとした反応が返ってきた。

 

「それだけですか?」

「? ああ、恋しちゃったとかそういうのは無いですよ。いい男だとは思いますけど」

「そうですか……」

 

 この分だと脈なしっぽい。

 まあ、格好良くて話す機会が多いからと言って好きになるとは限らない。逆に一度会っただけのいけ好かない奴を好きになることだってある。

 

「恋とは落ちるものですからね」

 

 しかも、落ちてから気づいても遅いのだ。

 残念ながら俺に恋する乙女の気持ちはわからないのだが。

 と、ミレイは笑って、

 

「一気に落ちる恋もあれば、いつの間にか落ちてる恋もあるみたいですよ」

「経験談ですか?」

「残念ながら一般論です」

 

 原作の彼女はルルーシュのことが好きだったわけだが、こちらでもそうなのだろうか。

 明るく屈託がなく心の深いところを無暗に晒さない、それで問題なくやれてしまう少女だから、もし恋をしているのだとしても、最後まで明かさないかもしれない。

 応援してやりたいという気持ちがある一方で、それはお節介なのではないかという思いが襲ってきて、俺はミレイに何も言えないでいる。

 

 このままだとシュナイゼルの策が始動しかねないのだが。

 

 かといって、このコードギアスのギアスの世界はチェス盤にするには広すぎる。もちろん将棋盤でも同じこと。

 もし、本当に()()()()がやってきてスザクと恋に落ちるのなら、それは運命なのかもしれない。

 

 戦争や復讐ならともかく、恋について本人達の心を捻じ曲げるのは、良くないことだろう。

 

 

 

 

 

 と。

 スザクの婚約者探しに端を発する恋愛話にやきもきしたり、もやもやしたりしているうちに、ブリタニア軍から「ナイトメアフレーム」の名称および、公表済みの機体名等についての使用許可が下りた。

 

 問い合わせ等への直接の応対はシュナイゼル直轄、ロイドが主任を務める特派が引き受けてくれ、完成したゲームについては発売前に軍の検閲を受け、許可を得る必要はあるものの、あくまで機密情報漏洩に関する検閲であって、よほどのことがない限りストーリーには口出ししない、とのことである。

 

「……マジっすか」

「社長、何をやったんですか」

「いえ、私でもさすがに無理ですよ。ブリタニアの偉い人が向こうから協力を申し出てくださいまして」

「社長のコネは本当に異常ですね……」

 

 扇を含むスタッフ達は驚きすぎて絶句していた。

 製作中だったメカものの戦略SLGは「これはやり過ぎかな?」「いいじゃん、やっちゃおうぜ!」とか言いながらチキンレースの如くギリギリセーフのラインを狙おうとしていた。

 小さな会社だからできるやんちゃ、平和的に軍へ喧嘩を売ろうとしていた矢先に「堂々とやっていいよ」と来たものだから、俺を含めて「はあ!?」となった。

 

「ナイトメアフレームの名前を出せるゲームとか前代未聞ですよ」

「でも、ちょっと今のバージョンも名残惜しいですね」

 

 わかる。

 今作っているゲームはKMFじゃないからこその熱量に溢れているので、KMFが出るゲームは別に作りたいというか。

 

「じゃあ、これはこのまま出しましょうか。で、エンディングに続編製作決定の告知を仕込むんです。『グラスゴー』あたりのシルエットと一緒に」

「やばい、それはやばい!」

「うまくやったらまた伝説ですよ!」

「伝説を作るためにやっているわけではありませんが、うちは皆さんの熱意でここまで来た会社ですからね。皆さんが乗り気ならやっちゃいましょう」

 

 こうして、スタッフの悪ノリが詰まったこのゲームはSNSやネット掲示板を通して「衝撃のエンディング」と話題になり、またも口コミを通じてヒットを飛ばすことになるのだった。



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社長 リリィ・シュタットフェルト 五

 ブリタニアからうちの会社への援助はもう一つあった。

 

「……シュナイゼル殿下名義で、新世代ゲーム機開発に援助金が下りました」

「はぁ!?」

「加えて、特派の技術者を一人、協力員として派遣してもらえるそうです」

「特派って、資金に任せて最先端の一歩先を研究してるっていう……」

「おい、言い方」

 

 まあ、言い方は悪いがその通りである。

 特派はシュナイゼル直轄の部署であり、そもそも技術部門なので軍そのものとは毛色が違うと考えていい。実際、原作でも軍人から煙たがられたり「戦場の隅っこで大人しくしていてください」的な扱いをされていた。

 要は金持ちの道楽だ。

 シュナイゼルが管理しているうえにロイドが主任なので、しっかり結果が出ちゃってるのが頭の痛いところだが。

 

「でも、それにしては社長、浮かない顔ですね?」

「ええ。この話、お断りしようか考えていまして」

「え、どうしてですか!?」

「研究成果が利用されることには変わりないでしょう?」

 

 研究員を派遣するっていうのはそういうことだ。

 向こうの高い技術力を借りられる代わりに情報を抜かれると思った方がいい。本当にBRSを採用したいってなったらその時にあらためて話があるだろうが、概要を押さえられて細かく報告されるのは間違いない。

 BRSがランスロットに採用されることはないだろうが、何かしら別のハイエンド機体に採用され、ダウングレードした量産型が作られる可能性はある。

 直接的に、俺のせいでブリタニア軍が強くなる可能性がある。それは、さすがに怖い。

 

 だが。

 

「でも、それって今更じゃないですか?」

 

 そんな俺の胸をスタッフの声が刺した。

 

「KMFのゲームを作る時点で軍とは関わりがあるんですし、今更避けても仕方ありません。あの研究もゲームを作るためなんでしょう? だったら、利用できるものは利用して、私達は私達で『面白いゲームを作る』ことを目指しましょうよ」

「そう、ですね」

 

 そうだけど、そうじゃないのだ、とは言えなかった。

 みんなが言っていることは正しい。

 問題があるとすれば、それは俺自身の問題。そしてその問題は口に出せない。

 

 ロイドの婚約者としての俺にも、実業家としての俺にも、殊更に軍の介入を嫌う理由はない。

 これが「兵器開発にご協力ください」とストレートに言われたのなら別だが。

 

「すみません、我儘でしたね。この話、受けましょう」

 

 結局、俺は吐き気を堪えながら了承した。

 

 ランドル博士にも伝えたところ、彼女は「ならブリタニアで研究する」と言いだした。

 もちろん、本人が近くにいる方がいいに決まっているのだが。

 

「研究データだけ送っていただける、という話でしたよね?」

『纏まった額の資金が出るなら話は別よ。それに、ブリタニアとの戦争が始まったら、自由に通信もできなくなるしね』

 

 助手と、(眠り続けている)旦那さんも一緒だ。

 『亡国のアキト』でもE.U.の軍属になっていたわけで、彼女にしてみれば魂を売る先が変わった、という程度の話なのだろう。

 安全を求めるなら強い国の方がいいに決まっているし、今ならシュナイゼルのお墨付きもあって簡単に移住できる。

 旦那さんの生まれた地なら何か変わるかも、という思いもあるかもしれない。

 

「ご協力に感謝します」

『利害が一致しただけよ。あくまでも研究のためだってことは忘れないで』

「もちろん。こちらもそのつもりです」

 

 結局、俺は俺にできる方法で頑張るしかないのだ。

 

 

 

 

 

 KMFっぽいメカを使った戦略SLGが(エンディング効果もあって)ヒットし、会社にはまた纏まった額のお金が入ってきた。

 

「社長、また何か変なこと考えてませんよね?」

「恐竜を蘇らせてテーマパークを作ろうとか」

「暴走させて手がつけられなくなるビジョンしか見えないので、それはやりません」

「やらないのはそういう理由なんですか!?」

 

 暴走する確信があって、ブリタニア本国の研究者に押し付けられるならやってもいいんだが……いや、それでも駄目か。

 別にブリタニアの一般人を虐殺したいわけじゃない。殺すならブリタニア皇帝だ。

 萌え死とか尊死とかで倒れてくれたらありがたいんだが。

 

「今回は特にビジョンがないんです。……皆さんは、何か生活で困っていることはありませんか?」

「ピザに飽きました」

 

 それはわかる。

 マスコットキャラクターの「チーズくん」のグッズ、オフィスにコンプしてあるからな……。

 もちろんぬいぐるみもある。あったかいので抱きしめて座っていたら写真を撮られまくった記憶がある。

 と、扇が「んー」と顎に手を当て、

 

「俺的には故郷の味が恋しいですね。ピザも美味いんですが、食べ慣れた味になかなか触れられないのが痛いです」

「扇君、それは社長に言っても──」

「いえ、いいかもしれません」

「……え?」

「東京租界に和食レストランを開店できないか検討してみましょう」

「えええ!?」

 

 結局また変なこと思いついたよこの社長、みたいな反応をされた。

 

 

 

 

 

 というわけで和食レストランを思いついた俺。

 となれば当たってみるべきは日本人だろう、ということで、身近にいる日本人に話を聞いてみることにした。

 

 放課後、クラブハウスにある俺の部屋に集まったのはスザク、神楽耶、そして咲世子。

 この部屋なら咲世子も何かあった時すぐ戻れるので安心である。

 

「……それで、皆さんにご意見を伺いたいのですが、どう思われますか?」

「私はいいアイデアだと思いますが……」

 

 そう言ってくれる咲世子は、難しい顔をしているスザク達へ視線を向けた。

 先に口を開いたのは少年の方。

 だんだんとあどけなさが抜けて精悍さが強くなってきた顔立ちには真剣な表情が浮かんでいる。

 

「目的はなんでしょう? 和食が食べたいから、というだけではありませんよね?」

「食べたいから、で間違いはないのですが……」

 

 お前は俺の素性知ってるんだから絡んでくるなよ、とは言えない。

 

「我が家には旧日本人の使用人がいまして、お願いすれば和食を作ってくれるのです。素朴な家庭の味ですが、ブリタニアの料理とは違った美味しさがあるのですよ。芋と揚げ物とソースとチーズばかりでは健康にも良くありませんので、私としては好んでいるのです」

「リリィ様は緑茶もよく召し上がられていますものね。日本びいきのシュタットフェルト家らしいですわ」

 

 神楽耶が微笑んでフォローしてくれる。

 珍しく普通に優しい気がする。いや、普段の言動も俺が勘繰りすぎなだけなのかもしれないが──。

 

「ですが、リリィ様? そう日本人に肩入れされていては敵を作るのではありませんか?」

 

 敵、か。

 確かに、学園にはスザク達日本人を快く思っていない層がまだまだいる。彼らのヘイトは日本人と仲良くするブリタニア人、つまりは俺やミレイにも向けられている。

 生徒会長と理事長の孫だから強い反発にはなっていないが、そういった「反イレブン」層の意識改革は難しいだろう。

 同じ国の人間であっても主義主張や考え方は違うのだから、別の国の人間、しかも少し前までその国と戦争をしていたとなれば「何を考えているかわからない」と思っても当然の話だ。

 

 だが。

 

「構いません。旧日本人にばかり肩入れしているつもりはありませんし、何をしたところで不満に思う方というのはいるものです」

 

 不満の中には「なんとなくウザい」「嫌うのにちょうどいいから」「成功してるから妬ましい」といったものも含まれる。

 敵を作らないことなど不可能なのだから、好かれたい相手に好かれる努力をした方がいい。

 俺が好かれたいのは平穏を望む人々であって、異なる人種を排斥したい人々ではない。

 

「私が和食を食べたい。和食を作ることができて、職に困っている人がいる。故郷の味を求めている人がいる。需要があるなら会社の利益につながるかもしれない。なら、やらなければ損というものです」

「……リリィ様、何か心境の変化でもございましたか?」

 

 断言した俺を見て、神楽耶とスザクはぽかんとした表情を浮かべた。

 特別、大きなイベントがあったわけではないんだが……。

 

「私、何かおかしいでしょうか?」

「いいえ。ただ、リリィ様はもう少し慎重な方だと思っておりましたので」

 

 変なことばかりしてきた気がするので「慎重」と言われると違和感を覚えるが──。

 確かに、以前までの俺だったらもう少し、他人の目を気にしたかもしれない。

 俺は笑って答えた。

 

「少し大胆になってもいいのではないか。そう思っただけです。……生徒会長の任期ももうすぐ終わりますし、ね」

「なるほど」

 

 神楽耶は大きく頷いて、

 

「私はいいと思います! 一度きりの人生、楽しく生きた方がいいに決まっていますから」

「いや、神楽耶はもう少し落ち着いて欲しいんだけど──」

「ふんだ。スザク様は女の子のお尻を追いかけまわしていればいいのです」

「もう少し言い方を考えてくれないかな!?」

 

 疑問を解消した神楽耶は「私にできることであれば協力いたします」と言ってくれた。

 ならば、と、俺は彼女にメインとなる料理人の斡旋と調度品の手配をお願いした。従業員はごく普通のブリタニア人と名誉ブリタニア人でいいとして、メインシェフくらいはきちんと調理経験のある人にお願いしたい。日本の骨董品とかこのご時世だと手に入りにくいし。

 建物はブリタニアの建築基準に則って作りつつ、雰囲気には和のテイストを取り入れる。中は椅子の席と畳の席を用意して、日本人はもちろん、通のブリタニア人にも楽しんでもらえる店にできたらいいと思う。

 

「完成したら教えてくださいませ。絶対に食べに参りますから」

「ああ、僕も興味があるな。ここにいると和食はなかなか食べられないし」

「はい、もちろん。というか、お二人はセミオープンにご招待したいと思います」

 

 俺の野望はまだまだ尽きない。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「では、後のことはミレイさんにお任せします」

 

 アッシュフォード学園の生徒会室。

 上品な調度品で整えられた部屋に、広い窓からの夕陽が射し込んでいる。

 

 ──すっかり様変わりした。

 

 調度品自体を入れ替えたわけではない。机や椅子の配置を入れ替え、幾つかの私物が片づけられただけだというのに、がらりと印象が変わった、とミレイ・アッシュフォードは感じた。

 大きな原因は会長の机だ。

 これまでは敢えて()()()()()()()()()に設えられていたそれが、日光を背にする絶好の位置に移動している。

 日差しを和らげるためのブラインドは依然として窓に取り付けられているものの、この変更は『彼女』が高等部の生徒会長でなくなったことの何よりの証だった。

 

 白い妖精。高等部の魔女。静の生徒会長。

 リリィ・シュタットフェルトは学園創立から二年間務めた会長職を退き、ミレイへと役割を譲ることとなった。

 

 会長用の机の鍵を最後の引継ぎ事項としてミレイに手渡すと、少女はいつものように穏やかに微笑んだ。

 

「このアッシュフォード学園を生徒会長として盛り上げていってください」

「リリィ先輩。本っ当~っに、お疲れ様でした!」

 

 几帳面な彼女らしく、数少ない私物は綺麗に引き上げ、私費で購入したティーセットなどそのまま使える品は生徒会の備品として引き継がれた。

 それでも、室内には彼女の遺したものが多くある。

 詳細かつわかりやすいマニュアル、各種イベントの記録や会議の議事録、生徒会としてコネクションを築いた各所への連絡先等々、凄腕揃いの旧生徒会メンバーと共に大きすぎる遺産を彼女は遺した。

 ミレイとしては割とフィーリングでもなんとかなると思っている生徒会業務だが、ミレイ直々に任命された新生徒会メンバー達はリリィの手厚いサポートを泣いて喜んでいた。

 

 というわけで、頑張った先輩を労おうとハグしにいったら、ひょい、と軽く逃げられて、

 

「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますね」

 

 これである。

 身体が弱いから、と、イベントごとでも開会と閉会に挨拶するくらいで、後は日の当たらない場所から微笑んで皆を見守っていた。

 本当に病弱であることは誰もが知っていたため、リリィとミレイは「静と動の生徒会長」と一部で呼ばれていた。

 ミレイはそれが誇らしくもあり、歯がゆくもある。

 なので手をわきわきとさせながら、

 

「先輩。今からでも名誉顧問の役職を作りますよ?」

 

 リリィは次で三年生。

 生徒会長としては引退するが、生徒としてはしっかり学園に残るのである。三年目も会長をしたい、と本人が言えば、大抵の生徒は「どうぞどうぞ」と言っただろう。

 しかし、彼女は笑顔で首を振って、

 

「私はもう十分働きました。それに、この学園にはミレイさんの元気が必要です」

「先輩……」

 

 温かい言葉に思わず瞳が潤む。

 

「先輩、死にませんよね?」

「殺さないでください。私はまだまだ長生きしたいです」

 

 軽く頬を膨らませたリリィに、ミレイは「てへ」と笑い、浮かべた涙を引っ込めた。

 

「暇があったら遊びに来ます」

「いつでも歓迎しますから、絶対来てくださいね!」

 

 こうして、ミレイ・アッシュフォード率いる新生徒会がスタートした。




書きかけが尽きてきたので、投稿間隔が空くことがあるかもしれません。
今日は投稿がないなー、となったら多分そういうことですので何卒ご容赦くださいませ。


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社長 リリィ・シュタットフェルト 六

 二年間(中学の時も含めれば三年間)の会長任期が終了し、ミレイへの引き継ぎも終わった。

 会長じゃなくていいから生徒会に残らないか、という誘いは丁重にお断りしたので、晴れて自由の身。ちょっと、というかだいぶ肩の荷が下りた気分だ。

 ミレイ発案のイベントは大概、俺にとって命の危険を感じるものだった。制御しないと死ぬ、というスリルはなかなかのものがあったのだが、いち生徒の立場なら傍目から眺めていればOKだろう。振り回される役目はルルーシュ達に任せる。

 

 新生徒会のメンバーは生徒会長のミレイを筆頭にルルーシュ、ニーナ、シャーリー、それからルルーシュの悪友であるリヴァル(原作キャラだが、騒がしい男なので俺は絡んでいなかった)、更に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ミレイの生徒会長権限でメンバーは一新され、なんとミレイ以外の全員が新一年生。

 中等部の人間は役員に任命できない、という俺も悩まされた問題を「新年度まで会長以外のポストを空席にする」「学年が変わってから新一年生をスカウトする」という荒業、暴挙、チートによって解決(?)したミレイ・アッシュフォードはやはり只者ではない。世が世なら天下を取っていたかもしれない人材だ。

 まあ、中等部から高等部の生徒会室に呼び出されて仕事をさせられるルルーシュ達には同情するしかないのだが。基本スペックの高い面々が揃っているのでなんとかなるだろう。

 

 スザクとカレンに関しては原作でも生徒会入りしているメンバーだが、入ったのは二年生の途中からだった。

 それを考えれば人員は二人増えているといえる。

 それにしても、スザクを起用するとは大胆なことをする。神楽耶じゃないが「敵を作りそうだ」と思わざるをえない。まあ、ミレイの場合は持ち前の性格で敵を味方に変えてしまうのであんまり心配ないんだろう。その要領の良さは本当に羨ましい。

 

 カレンはスカウト後、かなり悩んでいたようだが、ミレイからの熱いアタックに結局根負けしたらしい。

 

「あの学園には変な奴しかいないわけ!?」

 

 とか言っていたが、残念。アッシュフォード学園には変な奴とノリの良い奴しか基本いない。何しろミレイの企画するイベントにノリノリで参加する奴らだ。

 ニーナみたいな大人しいタイプはさぞかし苦労しているだろう……と思うのだが、そのニーナもどうやらやる気を見せているようで、

 

「リリィ先輩。私、頑張ります……!」

 

 と、意気込みを語ってくれた。

 積極的になるのは良い事だ。大量殺戮兵器を開発するとかでない限りは応援できる。微笑んで「期待しています」と言ったところ嬉しそうに頬を染め、

 

「それで、あの、プログラミング部って私でも入れますか……?」

 

 優秀なアルバイトが一人増えることになった。

 給料などの条件は二つ返事で了承され、同僚ということになるルルーシュとも本格的な交流を開始した模様。あれで割と偏屈なところのあるルルーシュだが、実務的なところに関しては真面目な人間なので、人を茶化したりしないニーナとは相性が良さそうである。

 ニーナにカレンと、ルルーシュの周りに女子が増えたことに危機感を覚えている女子(シャーリー)もいたが。

 

「先輩、私もプログラミング部に!」

「えーと、その、さすがに間に合ってるというか、水泳部に悪いんじゃないかと……」

「雑用でもなんでもやりますから!」

 

 結局、断り切れずにマネージャーということで入部を許可した。

 プログラミング部のマネージャーってなんだよって話だが、要は名前だけのポジションである。部の活動自体、週一、二回ほど短いミーティングをする程度で、後は個人での作業になる。

 部室もなく、必要に応じて会議室を借りているだけなので本格的にすることがない。

 

「それじゃ私、いる意味ないじゃないですか!」

「えっと……」

 

 そうだよ、とは言えなかった俺。

 仕方ないのでSNSでの宣伝を任せてみた。公認の『非公式アカウント』という扱いでシャーリーの好きなことを書いてもらう仕事だ。

 公式アカウントは別にあるし、公認であって公式ではないので炎上しても問題ない。そもそもシャーリーには社外秘の情報を伝えないので漏洩のしようもない。ゲームのプレイ日記とかただの日記とかを不定期更新してくれるだけで十分話題にはなるだろうという目論見。

 後にこれがプチヒットして固定ファンができるのだが、それはまた別の話。

 ゲームのプレイ日記よりシャーリーの綴る「社長観察日記」の方がいいね数が多いという謎の現象が起こったりもするのだが、それもまた別の話。

 

 そんなあれやこれやが落ち着く頃には、会長の任期満了から二週間ほどが過ぎていた。

 

「……放課後が暇になってしまいました」

 

 授業を終え、今日の予定を思い返して、生徒会の用事も部のミーティングも無いことに気付く俺。三年生になれば合唱部の用事がポップするだろうが、それは三年生になってからでいい。あまり自分から顔を出していると「歌ってみたシリーズ」が活気づいてしまう。

 とりあえず、自室の整理でもしようか。

 スザク達がやってきたり、会社が勢いづいたあたりから忙しくなって、学園の部屋に泊まることも増えていた。会社に顔を出し過ぎるのも良くないし、これからはもう少し家に帰れるだろう。

 

 日傘をさしてクラブハウスへと歩いていると、仕事中の咲世子が目に入った。

 向こうもこちらに気付いたようで軽く会釈を送ってくる。俺も小さく一礼を返した。日傘の陰に入ったまま礼をする方法に関しては少しばかり自信がある。

 と。

 

二一〇〇(ふたひとまるまる)。ひのとの寅》

 

 忍者の特殊話法、やまびこが耳に飛び込んで来た。

 俺は反応をしなかった。

 元より送信側の訓練は受けていないし、内緒話のための声に応えてどうする、という話。

 傍目からは友人の使用人と言葉もなく挨拶を交わしただけのこと。もし、何かしらの方法でやまびこを聞いていたとしても、暗号めいた言葉の意味がわかるかどうかは怪しい。まあ、忍者なら一発でわかる程度の暗号だが。篠崎流や他流派から技術だけを盗んだ者がいたとしたらここでリタイアするはず。

 現存する忍者の中で間違いなく最強であろう咲世子(さよこ)が動いたのだから、危険はほぼ無い、と確認できたのだろうが。

 

 思いながら俺は自室に戻った。

 

 陽の当たらない場所は気楽だ。

 過ごしやすい服に着替えたらPCを起動し、とあるプログラムを立ち上げる。

 部屋の入り口や窓に取り付けた複数個のセンサー、そのログを確認するためのものだ。開閉があった場合、中継装置を通して俺の携帯にも通知が来るようになっているので問題はないはずだが──うん、特に異常はなかった。

 念のためPC側にも捜査プログラムなどを走らせてみるが、データを改竄された痕跡も、覗き見された痕跡も見当たらない。

 一応、鍵のかかった机の引き出しの二重底になった隠し場所から盗聴器・監視カメラの発見器を取り出し、起動してみる。

 結果は当然のごとくグリーン。

 

「……学園は平和ですね」

 

 一通りのスパイ対策を終えて一息つく。

 誰かに見られたら「過剰では?」と言われるかもしれないが、()()()()()()しか防げない、と考えるとこれくらいやっても不安なくらいだ。

 これだけ対策しているのはやましいことがあるからだ! と言われた場合には「名家の養子」で「自分の会社を所持」していて「学園の生徒会長も務めていた」「病弱な令嬢」が「機密情報の入ったPCを保管する場所」にセキュリティをかけているだけだ、と言えばいい。

 

 とはいえ、以前から続けているこの対策に誰かが引っかかったことは今のところない。

 

 今のところ俺個人としては特別重要視されてはいない、と考えていいだろう。

 まあ、シュナイゼルとか一部には目をつけられてるっぽいけど、あの男の場合は逆にスパイを送るなんてリスクを冒さないか。

 腹の探り合いで相手の性質を見極め、どっちに転んでもいいように策を巡らせる──とかの方が似合いそうだ。

 日本側の勢力に関しては神楽耶やスザクが直接監視めいたことをしているので、こちらもやっぱりスパイする意味があまりない。というか、最強のスパイが学園にいるわけで。

 

 その最強のスパイがこれまで何もしていなかった、なんてことがあるわけないわけで。

 

「頃合いでしょうね」

 

 生徒会長から退いたことで俺の露出度が落ちた。

 高校生社長というのは目を引く看板だが、こちらも卒業が近づくにつれて効力を失っていく。これから注目される理由がない今ならば──。

 食事や入浴などを済ませながら俺は「その時」を待って。

 早い人間なら既に寝静まる時間。部屋のドアにロックをかけ、セキュリティを起動し、カーテンをしっかり閉めて電気を消す。

 

 それから部屋の床の、カーペットが()()()()()()()()()に歩み寄ると、模様の如く配置された六十個のマス目から、聞いた暗号に沿う一つを押す。

 かち、と。

 普段であれば決して発せられない音がかすかに聞こえたかと思うと、床の一部がスライドして下への階段が現れた。

 俺は用意していた携帯用ライトを手に、迷わず階段へと足を触れさせた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 遂に、この時が来た。

 篠崎咲世子は高鳴る胸を押さえながら静かな通路を進んでいた。

 

 ──アッシュフォード学園クラブハウス地下。

 

 理事長によって密かに設けられたこの秘密の空間はいざという時のための脱出路であり、また、人目を避けた密会のための場所でもあった。

 地下への階段は居住スペースとして用意されたすべての部屋と繋がっている。当然、咲世子と「あの子」の部屋にもだ。

 ただし、降りるためのパスワードは全室違っている上、普段はロックがかかっているため正しく入力しても何の意味もない。

 今日まで入念に繰り返してきた周辺調査と合わせて考えれば、まさに万全の体制といっていいだろう。

 

 咲世子は理事長が守っている二人の皇族、ルルーシュとナナリーを守るためという名目でその操作権限の一部を与えられている。

 

 だから。

 

「百合」

 

 非常灯だけが照らす静かな通路に一人佇み、咲世子を待っていた最愛の妹を、本当の名前で呼んだとしても許される。

 

「姉さま」

 

 妹の愛らしい声を、ずっと聞きたかった言葉を、聞くことができる。

 

「百合!」

 

 駆け寄って抱きしめる。

 

「姉さま、苦しいです」

 

 妹の悲鳴はこの際、やんわりと無視した。

 少しひんやりとした肌の奥、確かにある妹の体温を感じる。

 

「百合」

「……姉さま」

「百合」

「姉さま」

「ゆ──」

「姉さま、キリがないです」

 

 言われてしまったので仕方なく身を離す。

 あと三回くらいは繰り返したかったのだが。いや、欲を言えば五回。いやいや七回くらいは。

 

「と、とりあえず、移動しましょうか」

「はい、姉さま」

 

 百合の出てきた入り口の正面は小部屋になっている。

 パスワードを入力して開けると、咲世子の希望で整えられた室内──畳に座卓の置かれた空間が露になる。わあ、と、妹が小さな歓声を上げてくれたのがとても嬉しかった。

 座卓に向かい合って座……ろうとした百合を抱き上げて膝に乗せる。少女は恥ずかしそうにしたものの、文句までは言ってこなかった。

 

「重くなったわね」

「さすがに私だって成長します」

「そうね」

 

 何しろ、あれから何年も経っているのだ。

 何年も、姉妹として話ができなかったのだ。

 

「おせんべいでも食べましょうか」

「あるんですか?」

「ええ。皇様からのいただきものだけど」

「あ、そういえば私もいただきました」

 

 もともと、百合が店を出すと言いだした件の関係で取り寄せたものらしい。

 百合がもらった分はその場で味見をし、残りは会社のスタッフに分けてしまったため残っていないのだという。

 少し得意になりながら茶を淹れ、二人で分ける。

 

「今でも、おせんべいを焼いてらっしゃる方がいるんですね」

「ええ。お米の量と質の問題で、以前のようにはいかないようだけど」

 

 米作りにはどうしても広い土地が必要だ。

 ゲットーとして用意された範囲はさほど広くなく、田んぼを作るにも限界があった。ただでさえ排水等の関係で、どこにでも作れるわけではないというのに。

 

「なんとかしたいものですね」

「……父上の命を無駄にしないためにも、ね」

「……父上の件は本当に残念でした」

 

 妹の声はかすかに震えていた。

 辛かっただろう。誰とも悲しみを共有できなかった分、もしかしたら彼女が一番辛かったかもしれない。

 咲世子は戦う者として「親不孝」さえも覚悟していた。しかし、戦闘技能者として育てられなかった百合に同じ覚悟を求めるのは酷というものだ。

 

「あなたが無事で本当に良かった」

「死にませんよ、私は。まだ死ねません。……日本人が平和に暮らせるようになるまでは」

 

 それは、咲世子にとっても切実に叶えたい願いだった。



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社長 リリィ・シュタットフェルト 七

(姉さま可愛いっ。姉さま、姉さま姉さま姉さまっ)

 

 自重しろ篠崎百合(おれ)

 いやまあ、姉と久しぶりに本音で話せて嬉しかったのは事実だが。一夜明けてなおこのテンションなのはちょっと困るというか、こっちにまで感情が伝播してきて辛い。

 男ベースの意識まで咲世子の虜になったらまずいだろう。ただでさえ彼女の温もりや柔らかさが感覚としてはっきり残っているってのに。

 咲世子も咲世子だ。いくら妹だからって年頃の娘を当然のように抱きしめるんじゃない。普通の姉妹なら恥ずかしがって多少距離を取るのが普通だからな。

 

 ……とまあ、愚痴はこれくらいにして。

 

 なんだかんだ、俺は咲世子との束の間の逢瀬を楽しんだ。

 何しろ数年ぶりのまともな会話だ。

 せんべいはあっという間に尽きたが話題は尽きず、お互い名残惜しいくらいだったが、あまり長い時間部屋を留守にしているとまずいので解散せざるをえなかった。俺はともかく、咲世子の方は「ナナリーが熱を出した!」とか言ってルルーシュが飛び込んでくる可能性もあるわけで、そうなった時に「寝てました」はちょっとまずい。

 なので、スキンシップを取りつつ手早く情報交換を行わなければならなかった。

 

「軍の残存勢力やレジスタンスはどうなっていますか?」

「散発的な抵抗を続けつつ、拠点を定期的に移動して勢力を維持しているわ。篠崎の者やキョウトの手勢も入り込んでいるから、今のところはなんとかコントロールできていると思う」

 

 俺の掴んでいる情報とも一致する。

 日本(エリア11)に駐留しているブリタニア軍は今のところ大規模な戦闘を経験していない。散発的に現れる抵抗勢力と戦闘、鎮圧している程度だ。その抵抗勢力にしても一当てして「勝てない」と踏むと潔く撤退しているため、破損した兵器や捕まった人員はごく僅かに限られている。

 全く被害が出ていないわけではない、という時点で罪悪感を覚えずにはいられないが。

 

「ブリタニアのKMF(ナイトメアフレーム)開発の方はどう?」

「日本との戦争を受けて開発された第五世代──『サザーランド』や『グロースター』等が徐々に比率を大きくしつつあります。コストの問題でまだまだ第四世代が主流ですが、部隊の主力は第五世代に変遷していると見るべきでしょう。水面下では第六世代、第七世代相当の構想も始まっています」

 

 ロイドはお調子者に見えて重要情報は決して漏らさない切れ者なのだが、研究施設に遊びに行ったり、セシル等の研究員とお茶したりするとぽろぽろ断片情報が拾えたりする。

 世代と機体名を明かしただけでこのお子様に何かできるわけない、みたいに無意識下で油断しているのが原因だ。お陰で見えてくるものも多々あった。

 

「サクラダイトの採掘は順調に推移しているわ。さすがにブリタニア側も、一度定めた採掘権を強引に奪い取ることはしたくないみたい」

「それをやってしまうとブリタニア国民の民意を失いかねませんからね。まさか、自国民からクーデターが起こるようなことにはなりたくないでしょう」

 

 まあ、皇帝はやりかねないんだが。

 あいつはとある事情から人の生き死に頓着していない。邪魔になるならとりあえず殺しとけばいいじゃん、くらいのノリで虐殺を起こす危険すぎる男だ。

 ただ、第一皇子のオデュッセウスは日和見派だし、宰相のシュナイゼルは版図拡大という皇帝の意向を果たしつつも人的被害をできる限り抑えようとしている。超越者と人間の意見齟齬といったところだが、皇帝がよくわからない命令を下さない限りオデュッセウスかシュナイゼルがトップという構図ではあるので、そのあたりはある程度信頼できる。

 

「では、日本側もある程度の戦力を確保できていると?」

「ええ。主力KMFは『無頼』の改造型に移行できているし、日本オリジナルのKMFも試作を経て量産に入っているわ。攻め方によってはエリア11の主要拠点を制圧できると思う。ただ……」

「本国からの増援に抗う力はない。情報漏洩等で作戦が看破されれば日本の奪還も危うい。秘密裏に生産している関係上、これ以上の戦力拡大が難しい」

「さすがね、百合」

 

 やはり、芳しい状況とはいえない。

 いざという時のために力を蓄えておく必要はあるが、それが露見してしまえば敵対行動と見做されて日本人の扱いが悪くなる可能性がある。

 それに、日本を奪還すればそれで終わりというわけではない。

 ブリタニア本国が無事である限り再占領を狙ってくるのは目に見えているし、国土を取り戻したからといってすぐ人々の生活が元通りになるわけではない。食料をはじめとする資源の確保、家屋の再建等々、問題は山積みとなる。軽はずみに大規模作戦に出れば今度こそ「詰み」になりかねない。

 この辺り、後のない原作の方が「いちかばちか」で行動に出られた面はあるかもしれない。

 

「やはり、まずは政治的に自治を認めさせるのが無難かと」

「スザク君の婚約者探しの方は?」

「芳しくありません。正規の手続きでの日本再建とはいえ、敗戦国に嫁ぐようなものですから、なかなか乗り気になってくださる方はいないかと」

 

 まあ、最悪の場合、別に神楽耶が相手役で問題ない。

 日本人とブリタニア人のペアの方が受けがいいというだけで、日本の重要人物同士のペアでも別に構わないのだ。この場合でもアッシュフォード学園に来たことは無駄にならない。スザクの柔道部部長としての活躍、神楽耶がナナリーと仲良くなったことなどはブリタニア側の支持率に影響するはずだ。

 

「と、いいますか姉さま。気になっていたのですが、スザクさまとはどういったご関係なのでしょう? 随分と仲がいいように思うのですが」

「え? ええ、っと……以前、少しの間だけお世話をしていたのよ。戦いの訓練とか、色々」

「なるほど。お世話、ですか」

 

 お世話。お世話ね。

 スザクにも色々あったわけだし、そんな彼を篠崎家が拾うのは別に不思議ではない。だけど、傷ついた青少年をこの姉が「お世話」である。

 性的な意味が含まれていたのではないか、と思ってしまうのは勘繰りすぎだろうか。

 咲世子が言いづらそうに言葉を濁したこと、スザクが「過去の女性経験」で顔を赤らめていたことから考えても割とギルティである。

 

「……そうですか。そうでしたか」

「ゆ、百合? どうしたの? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です姉さま。やはり私とスザクさまは相性が悪いな、と、あらためて認識しただけですので」

 

 あの女たらしめ、さっさと相手を見つけて添い遂げろ。もしくはもげろ。

 

「そう。……私は、百合と彼が一緒になってもいいと思ったのだけれど」

「絶対に嫌です」

 

 汗臭そうだし、あいつと一緒になったら命がいくつあっても足りない気がする。

 

「婚約者の方を大事に思っているのね?」

「ん……そう、ですね。これ以上ないお相手だと思っております」

 

 ロイド以上に利害の一致する相手はいないだろう。

 と、いった具合に話をして、最後に次の密会をどうするかを決めた。

 

「週に一度とか、日を決めて会えたらと思うんだけど」

「定期的に実施すると怪しまれる原因になるかと。お互いの都合が合う時、不定期で実施しましょう」

「わかったわ」

 

 また会うことを約束して、俺は咲世子と指切りをした。

 

「日本人が穏やかに暮らせる世界を」

「絶対に取り戻しましょう」

 

 二人であらためて誓った数日後、俺はブリタニアの手の者によって拉致された。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「おいシュナイゼル。その『会わせたい人間』というのはもうすぐ来るんだな?」

「ああ。部下からは間もなく到着すると連絡があった。心配しなくても大丈夫だよ」

 

 神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルの用意したとあるセーフハウス、その一室にて、少女はソファにどっかりと座り込んでいた。

 若葉色の髪を持った美しい少女だ。

 手足はすらりとのびやかで、肌は若さを全力で主張するように瑞々しい。華奢で可憐といっていい腰回りと、意外に我が儘な胸元は男をその気にさせるのに十分すぎる魅力を備えている。

 ともあれ。

 どこか尊大な男性口調は、多くの男にとって眉を顰めたくなる要素だろうが。

 

「まったく。助けてくれたのには感謝しているが、あれこれ尋問したと思ったら放置、かと思えば突然やってきて『人と会え』とは随分じゃないか?」

「すまないね。でも仕方なかったんだよ。計画的に──というか、()()()()()()()()()()動くと君の存在がバレる原因になりかねなかったんだ」

「ま、それはわからないでもないがな」

 

 ふん、と、少女は鼻を鳴らして肩を竦めた。

 世界で指折りに偉いと言っていいシュナイゼル相手に随分な態度ではあるが、彼女はそれを不思議なことだとは考えていないし、シュナイゼルの方も困ったような笑みを浮かべるだけで文句を言ってきたりはしない。

 それは二人が恋人同士だから……などという楽しい理由ではない。

 少女──C.C.(シーツー)が政治権力などというものを超越した存在である、ただのその一点によるものだ。

 

 一言で少女を言い表すなら、魔女。

 一つ形容を付け加えるなら、不老不死。

 

 死ぬことも老いることもなく長い時を生きてきた彼女の精神年齢は少女と呼ぶには大人びているし、彼女の存在はいかにシュナイゼルが多くの部下を使える立場でも消すことができない。

 故に、二人のパワーバランスはこうなっている。

 

 C.C.は少し前までエリア11駐留のブリタニア貴族に捕まっていた。

 彼女の持つ不死性に目をつけられ、非人道的な研究の対象にされたのだ。そんなことをしても成果が得られるはずはない、と言ってはみたが聞き入れられるはずもなく、ただ嬲られるだけの日々が続いていた。

 そんなある日、()()()()()()によって施設から脱走することに成功、しかし、そのままでは追っ手に拘束される恐れがある──という時にシュナイゼルの配下によって『保護』されたのだった。

 もちろん事故自体がシュナイゼルの策略だったのだろうが、少なくともこの皇子はC.C.を紳士的に扱った。どこか胡散臭い印象のせいか男としても人間としてもあまり好きにはなれないタイプではあったが、身体をあれこれ弄り回されるよりはずっとマシだった。

 シュナイゼルと共に過ごした時間はそう多くない。

 ブリタニアの宰相として多忙な彼は基本的に本国に居なければならなかったし、彼と共に本国へ赴くことはC.C.が拒否した。結果、彼女はセーフハウスで保護され、軟禁状態となっていた。

 

 そんな折、この胡散臭い男は人と会って欲しいと言ってきた。

 一人で逃げ出す力がない以上、従うしかないのは事実だが、会わされる相手によっては良くない展開だ。

 シュナイゼルとC.C.の利害はある程度一致している。面倒なことにはならないと信じたいが──。

 

「お連れいたしました」

「ご苦労。下がって良い」

「はっ!」

 

 シュナイゼルの部下は一人の客人を連れてくるとすぐに退室していった。部屋の周囲は固められており、防備は万全だが、普通に話す分には外に聞こえることはない状態。

 さて。

 C.C.は連れてこられた少女をまじまじと見つめて、

 

「なんだこいつは」

 

 率直すぎる感想を口にした。

 

「……あの、シュナイゼル殿下。突然連れてこられて私も困惑しているのですが」

 

 幸い(と言っていいのかわからないが)、向こうとも意見が合った。

 学校の制服らしきものを着た白髪赤目の少女は「困っている」と言いながらもおっとりした態度で首を傾げてみせた。

 まさか、ただの学生というわけでもあるまいが。

 

(いや。そうだ。ただの学生ではない)

 

 C.C.には長年の経験による観察眼が備わっている。

 人の性質を直感的に判断できるその感覚によると、この少女はある意味自分と、そしてシュナイゼルと似たタイプだ。

 力を持たないが故に人を観察する癖があるということと、何食わぬ顔で人を食ったような行動を取ってくる、という意味で。

 その証拠に、向こうもさりげなくC.C.を観察し、その上何かを感じ取ったのか、かすかに動揺したような様子を覗かせている。

 

 シュナイゼルはそんな二人を見て穏やかに微笑んで、

 

「C.C.。彼女はリリィ・シュタットフェルト。君が囚われているという情報を私に提供してくれた人物だ」

「何?」

「リリィ。彼女はC.C.。例の非人道的実験の被害者にして、不老不死の魔女だ」

「え、あの」

「シュナイゼル。お前、何を考えている」

 

 いきなりぶっちゃけすぎだろう、というC.C.とリリィの視線をシュナイゼルはさらりと無視した。

 やはりこの男は信用ならない、と思いつつ、C.C.はリリィというらしい少女に視線を向け、

 

「そこまで明かすということは、こいつは信用できるんだな?」

「ああ。少なくとも君を悪い人間に引き渡すことはないと思うよ」

 

 当人が悪い人間でないとも、情報を秘匿しきれるとも言っていないわけだが。

 

「例の実験、彼女で行ってもらえないかと思うんだ」

「え」

 

 声を上げたのはC.C.ではなくリリィだった。

 リリィが上げなければC.C.が上げていただろうが……()()()()()()()()()()()()()()()()の件を知っているC.C.はともかく、少女の方は一体、さっきの言葉から何を読み取ったというのか。

 まあいい。

 C.C.は息を吐くと立ち上がり、リリィに数歩の距離まで歩み寄った。

 

「リリィとか言ったな」

「は、はい」

「お前には願いはあるか。力が欲しくはないか。欲しければくれてやろう。王の力はお前を孤独にするかもしれない。だが──」

「あ、要りません」

「おい、シュナイゼル!? どうしてこんなやつを連れてきた!?」

 

 C.C.は長く生きてきた。

 力などいらないと言われたことはもちろんあった。だが、そう答えた者達でもさすがに思案する間はあった。だというのに……。

 言葉の意味を理解できたかどうかすら怪しいタイミングで、食い気味に断られたのは、さすがの彼女でも初めてであった。



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社長 リリィ・シュタットフェルト 八

 放課後、家に帰ろうとしたらシュナイゼルの部下に拉致された。

 スーツ姿(皇家の紋章が入っていないもの)の若い女性を使い、帰り際の俺にタイミングよく声をかけてきたあたり抜け目がない。端から見ていただけの生徒は「仕事関係の人かな?」くらいにしか思わなかっただろう。

 俺にしたって、記者が取材に来たりすることもあるのであまり警戒していなかった。

 

「会っていただきたい方がいるのです」

「どちら様ですか?」

「シュナイゼル殿下です」

「っ」

 

 囁かれ、声を上げなかった俺を褒めて欲しい。

 有無を言わさず、とまでは行かない、任意同行くらいの強制力ではあったが従わないわけにもいかず、俺は要請に応じた。

 家や会社にどう連絡するかは迷ったものの、普通に用事で遅くなると伝えた。

 一応「我々に貴女を害する気はありません」と言われたのもある。信用できるかというと信用できないが。シュナイゼルの場合「害する気はないけど情報は抜くよ」とか「平和的な手段でこっちの思い通りに動いてもらうよ」とかがありえるわけで。

 

 これ、詰んだんじゃ? とか思いつつ「安全のため」と道中目隠しをされたまま移動し──ごく普通の高級住宅に見える場所で、シュナイゼルとC.C.に会った。

 内心は絶句である。

 さすがシュナイゼル、前準備もできないタイミングで最高のボールを投げ込んできた。

 やっぱり俺は疑われているか、あるいは試されているのだろう。

 

 何を言ってくるのか、どこまでの情報を出していいのか。

 動揺しつつ様子を窺い、とにかく不自然でない行動を取ろうとしたら、シュナイゼルの勧めでC.C.が契約を持ちかけてきた。

 

「王の力はお前を孤独にするかもしれない。だが──」

「あ、要りません」

「おい、シュナイゼル!? どうしてこんなやつを連れてきた!?」

 

 なんか盛大に怒られたが、いきなり怪しげな押し売りなんかされたらこうもなる。

 C.C.自身にある程度の人間味がある分「僕と契約して魔法少女になってよ!」とか言ってくる白いのなんかよりはマシだが、物語の渦中へ一気に放り込まれて大変なことになるのは目に見えている。

 と。

 原作を知っているからこその事情は胸に秘め、俺はC.C.同様にシュナイゼルへ視線を向けて、

 

「あの、シュナイゼル殿下。ご意向に反するようで大変申し訳なくはあるのですが、話が抽象的すぎてお受けするのを躊躇してしまいます。せめて説明をいただけませんか?」

「ああ、そうだね。すまないリリィ。少し性急すぎたかもしれない」

 

 紳士的な笑みを浮かべるシュナイゼルだが、俺はもう「この人格好いい」とか絶対に思わない。こわい。

 

「ひとまず、茶でも飲みながら話そうじゃないか」

「……ふん、良かろう」

「かしこまりました」

 

 C.C.はどこか尊大に、俺は淡々と第二皇子の提案に応じた。

 なお、お茶は俺が淹れる羽目になった。シュナイゼルにやらせるわけにはいかないし、C.C.が自分でやるわけないから仕方ないんだが。

 

「なかなかいい香りだね」

「恐れ入ります」

「おい、世辞が過ぎるぞシュナイゼル。器の温め方が甘いし香りも立ち切っていない。まだまだだな」

 

 このお姫様、ちょっとというかかなり我が儘である。

 

「生憎、私の婚約者さまは味にこだわりのない方なもので」

「食に拘りがないとは人生を損しているな」

 

 原作でピザばっかり食べてた女が何を言うか。

 

 と、どうでもいい話はここまで。

 俺とC.C.が腰を落ち着けたところでシュナイゼルが話を始める。

 

「さっきも言った通り、彼女──C.C.は()()()()()によって拘束され、非人道的な実験の対象になっていた。君からの情報もあってそれを助け出すことのできた私は、彼女から事情を聞くことになったのだけれど、そこで驚くべきことがわかってね」

「驚くべきこと、ですか」

「言うまでもないと思うけど、この話は内密にして欲しい。下手をすれば国をも揺るがしかねない事実だからね」

 

 先に興味を引いておいて「秘密にしてね」と来たか。

 あくどいやり方に俺は苦笑を浮かべ、

 

「……聞いてしまうと後戻りできなくなりそうなのですが」

「覚悟がないなら介入するべきではなかったな」

 

 と、これはC.C.。

 うるさい。実は大ピンチだったくせに。

 内心文句を言いつつ紅茶を一口飲みこんで、

 

「わかりました。お伺いします。ご協力できるかどうかは話の内容によりますが」

「ありがとう。では話そう」

 

 シュナイゼルが語ったのはだいたい次のような内容だった。

 

 不老不死の魔女C.C.は「死なないし老いない」という特性の他に、もう一つの力を持っている。それは他人に「ギアス」と呼ばれる能力を与えるものだ。

 ギアス。

 ファンタジー小説やTRPGなんかで「強制の呪い」として登場することの多い単語だが、その通り、その力は強制的な支配力を有している。

 効果は個人ごとに異なる上、適性によって威力も変化するため一概には言えないが、人を意のままに操ったり、場合によっては世界の法則さえも捻じ曲げることができる。

 

 ブリタニア皇帝シャルルはギアスの存在を以前から知っており、C.C.とは別の超越者からギアスを得ている。

 今の皇帝の代になってから急速に国土を広げたこと、強硬姿勢を貫き続けていることには「ギアスの存在」が関係している。

 

「……にわかには信じがたい話ですね」

 

 ロボットアクションものに対人用の異能力の組み合わせだ。俺も、最初に見た時は食い合わせが悪いんじゃないかと思った。

 

「だが事実だ。いや、事実らしい、と言うべきか」

「というと?」

「シュナイゼルの前で実証したわけではないからな。私自身がギアスを使えるわけではないし、証明のしようがない」

 

 もちろん、シュナイゼルは自分で契約をして確かめようとしたらしい。

 しかし彼は失敗した。

 契約は不成立となり、ギアスを得ることができなかったのだ。

 失敗した理由について俺はとある推測を立てることができるが、そこまではC.C.はもちろん、シュナイゼルも語らなかった。もちろん俺もわざわざ口に出したりはしない。

 

 ともあれ。

 自分が駄目なら、と、シュナイゼルは代わりの者を用意しようとした。

 

「ですが、殿下には多くの部下がいらっしゃるでしょう?」

「確かに、信頼のおける部下は多くいるよ。だけど、今回の件は話が大きすぎる。彼らに任せるのは少々心苦しかったんだ」

 

 使えるものはなんでも使う性格だろうに。

 まあ、情報漏洩の観点から見ても下の者を使うのは問題があったのだろう。また、本当にギアスが発現した場合、その人物が暴走しないとも限らない。

 であれば、ある程度事情を明かしても問題ない人物に委ねる方がいい。

 で、もともとC.C.の件をシュナイゼルに教えた俺なら新たに巻き込むことにはならないだろう、というわけか。

 

 ロイドあたりに頼んでも良かったような気もするが、彼も「要らなーい」とか言いそうではある。与えられた力を振りかざすより、科学者として自分の手で生み出す方に生き甲斐を感じる人物だ。つまらない茶々を入れないで欲しい、くらいに思われてもおかしくない。

 となると、やっぱり俺か。

 まさか他の皇族を使うわけにもいかないし、俺はロイドの婚約者でもある。シュナイゼルから資金提供まで受けている以上、彼とは一蓮托生といっていい。

 

「どうだい? 協力してもらえないかな?」

「失敗するかもしれませんよ。それに、そのギアスで殿下に反旗を翻すかもしれません」

「失敗したらその時はその時だよ。そして、本気で反逆する気があるならそんなことはわざわざ言わないんじゃないかな?」

 

 まあ、今のところシュナイゼルを敵に回す気はない。

 皇帝とシュナイゼル、どっちが友好を結びやすいかといったらどう考えてもこっちだ。

 とはいえ。

 

「……本当にいらないんですよね」

 

 ギアスには秘密がある。

 C.C.は言わなかったが、あれは単なる便利な異能では決してない。呪いと呼ぶのが相応しい、忌まわしい力だ。

 例えば、ギアスは暴走する。

 使えば使うほど効果が強くなって、やがて()()()()()()()()。使うほど制御しやすくなるのが普通だろうに、勝手に暴走して悲劇を撒き散らす。

 だから、いらないと言ったのは嘘でもなんでもない。

 

「やれやれ。相当に強情な女だな」

 

 C.C.が溜め息をついた。

 恐ろしいほどの深みを湛えた超越者の瞳が俺を射抜き、

 

「本当にいいのか? こんなチャンスは二度とないぞ。そして、お前が思っている以上にギアスの力は強大だ。お前の望みを叶えるのに役立つだろう」

「C.C.さまは──」

「C.C.でいい」

「C.C.は、私にギアスを使わせたいのですか?」

 

 ふん、と、一笑される。

 

「別に。ただな、お前はシュナイゼルとは違うだろう」

「違う?」

「適性はまあ、なくもない。そして、お前なら望めばギアスが手に入るだろう。おそらくな」

「そう、ですか」

 

 シュナイゼルにはできないことが、できる。

 望みさえすれば。

 

「……私は」

 

 確信できる。

 ここは大きな分岐点だ。ギアスを得てしまえば本当に引き返せなくなる。主人公のルルーシュがギアスを得ていない今、俺がギアスを得れば、渦中に立たされるのは俺になるかもしれない。

 それでも。

 俺には望みがある。

 

『日本人が穏やかに暮らせる世界を』

『絶対に取り戻しましょう』

 

 実現させるには力がいる。

 日本の再興だけならどうにかなるかもしれないが、平和を維持したいならブリタニア皇帝と、その裏にいる者を排除しなければならない。

 だが、今の俺には手段がない。

 枢木ゲンブを殺した存在──ギアスを持った暗殺者に抗う力さえ持っていない。

 

 せめて。

 せめて、ギアスの力から周りの人間を守ることができれば。

 

「わかりました」

 

 長い逡巡の末、俺は頷いた。

 

「契約します。C.C.。私にギアスをください」

「いいだろう」

 

 ふっと笑い、そしてほんの少しだけ悲しそうな顔をしたC.C.は、再び俺の目をじっと見つめた。

 そして。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「つまらん部屋だな」

「放っておいてください。というか、ここに匿うのも私としてはリスクなんですよ?」

 

 ぽふん、とベッドに腰掛けたC.C.は、新しい保護者になった少女からの(大して怖くもない)抗議の声を聞き流した。

 事が済んだ後、彼女達はシュナイゼルの部下に送られてアッシュフォード学園にやってきた。

 家に帰る予定だったリリィは「まったくもう」とか言いながら家に外泊する旨を伝え、必要以上に人目を気にしながらC.C.をここまで連れてきた。

 

「そんなに気にしなくても良かろう」

「ご自分の姿を見てから言ってください」

「? 何か問題でも?」

 

 太ることのないスリムな身体。

 研究施設から逃げ出した時からの拘束衣はこれでなかなか、慣れると悪いものではない。

 

「……せめて普通の服を着てください」

「ああ。なら最初からそういえばいいものを」

 

 ベッドから下りて「で? 替えの服はあるのか?」と尋ねると、リリィは唇を噛んだ。

 すました顔をしているこの少女が目に見えて苛立つ姿はなかなかに楽しい。唇を歪めたまま、C.C.は少女が差し出して来た服を受け取る。

 

「私の服ですので多少窮屈かもしれませんが、それは我慢してください」

「ああ、その貧相な胸ではな」

「……もうツッコミませんからね」

「それは残念だ」

 

 渡された服は「窮屈かもしれない」と言いつつ、C.C.の身体にちょうど良かった。

 お嬢様めいた大人しいデザインなのが不服ではあるが、身体の締め付けが少なく、裾や袖が長めのつくりだったことが幸いしたらしい。

 お陰で胸が苦しいこともないし、腹が出てしまったりもしない。

 

「しかし、シュナイゼルも思い切ったことをするものだな」

「そうですね」

 

 契約は成立し、リリィはギアスを手に入れた。

 めでたく共犯者となった少女にあの策謀家の皇子様は「C.C.を匿ってやってくれないか」と持ち掛けた。

 シュナイゼルの手元に置けない以上、C.C.の存在はリスクだ。C.C.としても皇族に匿われているよりは気楽ではあったが、本当に大胆な手を打つものである。

 まあ、あの男にとってはもうC.C.は用済みということなのかもしれない。

 C.C.の言ったことが真実だと証明されたことで、彼は多くの手札を得た。切り札(ジョーカー)はババ抜きでは致命傷となる。手元からなくしてしまった方が動きやすいというわけだ。

 

「ま、お前のせいでいささか地味な実証になったがな」

「能力を選べるわけではないのですから仕方ないでしょう」

 

 不満そうに言ってくるリリィ。

 実を言うと、彼女との間に契約は成ったものの、リリィは実際に「ギアスの効果を見せる」ことができなかった。

 正確には、ギアスを使おうと念じることで効果自体は発動したのだが、それはあの状況で目に見えるものではなかった。よって、確認できたのはリリィの左目に浮かび上がった紋章、ギアス行使の証だけだった。

 

「あの、C.C.。結局私のギアスはなんなのですか?」

「いずれわかる」

 

 本人からのやや間抜けな問いへ適当に答えた。

 

「お前のギアスは必要な時になれば自ずと適用される。だから、まあ、いざという時がいつ来てもいいよう、大事なものは手元にでも置いておけ」

「……なるほど。わかりました」

 

 敢えて煙に巻くような言い方をしたのでまた何か文句を言ってくるかと思えば、リリィは納得したように頷くだけだった。

 

「危険な力ではなく幸いでした」

「……欲のない女だ」

 

 嘆息し、もぞもぞと拘束衣を脱いでいく。

 

「腹が減った。ピザでも取ろう」

「ピザですか……。私、チーズくんのぬいぐるみを貰えるくらい、ピザは食べ飽きているのですが」

「なんだと!? ……なるほど、やはりお前は私の敵だったか」

 

 C.C.の欲しいものを「すでに持っている」といともあっさり言ってのけた憎らしい少女を睨みつけつつ、C.C.は頭の片隅で思った。

 この少女の瞳に浮かんだ紋章は青い、正位置の紋章だったな、と。




※補足(独自解釈を含みます)

ギアスは所有者の望みを叶えるものであり、その人物の持つ欲望が反映される傾向にある。
シュナイゼルは極限まで「欲のない」人間であり、それゆえ彼は遺伝的な意味でのギアスの適性(R因子)は十分でありながらギアスを得られなかった。

逆にリリィはR因子こそ最低限であり、口では「ギアスなどいらない」と言っていたものの、実際には十分な願いを秘めていたためギアスを得られた。

リリィに発現した青いギアスはルルーシュ等が持つ赤いギアスとは性質の異なるもの。
本編におけるジェレミアや『亡国のアキト』におけるレイラが青いギアスの持ち主だが、赤いギアスとの具体的な違いは不明。
本作では平和的(防御的)な効果のギアスの場合青くなるものとしている。


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ギアスユーザー・リリィ

 俺の部屋に美少女が住み着いた。

 態度が横柄で、服装に無頓着で、放っておくとピザばっかり食べる不老不死の魔女。原作ヒロイン筆頭ことC.C.である。

 どうしてこうなったかといえばシュナイゼルのせいだ。

 おそらく、俺がある程度の事情を把握していること、俺の内面が争いや謀に向いていないことを既に見抜いているのだろう。

 

『C.C.のことを頼むよ、リリィ』

 

 臆面なく言ってのけ、自分にとって弱点となりうる少女を俺に預けてきた。

 シュナイゼルのような公人が秘密の事柄を作ると、どうしても人や金の流れに不自然な部分が出てくる。偉いということはそれだけ人から注目されるということでもあるので、いっそ彼が匿わない方がC.C.にとっては安全、というのはわからなくもない。

 ただ、だからって俺に預けないで欲しい。

 

 勢いでギアスまで得てしまった。

 本当にこれで良かったのかと考えると頭が痛くなる。まる一日くらい頭を抱えてフテ寝したいところだが、今日も授業があるしそうも言っていられない。

 攻撃的なギアスではなかったようなのがせめてもの救いだ。

 

 とにかく、得てしまった以上は生かすしかない。

 俺は自分のギアスを「守るための力」として使う。

 

「食事はどうする?」

「昨日のピザが残っていますから、温めて食べましょう」

 

 ここに泊まることが多くなったあたりで冷蔵庫と電子レンジを追加しておいたのが功を奏した。

 俺はオーブンモードでピザを温め、多めに注文しておいたサイドメニューの野菜サラダを取り出しながら、下着姿のままベッドに腰掛けぼんやりとしているC.C.に「シャワーでも浴びてください」と告げる。

 すると、彼女は面倒臭そうな顔をして、

 

「別にそれほど臭わないと思うが」

「汗をかいていなくても、気分がさっぱりするでしょう?」

 

 心配しなくても良い匂いだ、などとはもちろん口に出さない。

 ここにはベッドが一つしかない。

 寝返りで床に落ちないようにセミダブル仕様のものを使っていたお陰で女子二人、余裕で並んで寝られたが、C.C.の匂いや柔らかさは十分すぎるほどに伝えられてしまった。

 ついでに「サイズ的に抱き枕にちょうどいいな」とか言われたのも当分忘れられない。続けて「微妙に硬いのが難点だが」と言われたのもだ。チーズ君のぬいぐるみと比べたらそりゃそうだろ。

 

 渋々シャワーを浴びにいった挙句、なんだかんだ堪能して帰ってきたC.C.に「タオルはないか?」と言われたりしつつ、ようやく食事になって、

 

「とりあえず、今後のことを相談させてください」

「私のことなら構わなくていいが」

「構います。私にとってあなたはセキュリティホールなんです」

 

 部屋のドアにロックをかけたり入室ログを取れるようにしたり対策はしていたが、それは「部屋に誰もいない時用」の対策だ。

 その道に詳しい人間なら出入りするくらいは難しくない。

 そこを「いつ誰が入ったか」把握できるようにすることでその後のための武器にするつもりだったのだが、入った誰かさんがC.C.とバッタリ、なんてことになったらまずい。

 加えてC.C.は見ての通りの我が儘娘だ。

 ふらふら出歩いたり、ピザを食べたがったりするのは目に見えている。小食の俺が二人分+αのピザを頻繁に頼んでいたら他に誰かいるのがまるわかりだ。原作のルルーシュも彼女と同居していたが、よくもまあ自分の部屋に置いておく気になったものである。

 まあ、そのあたりが気になるのは俺が情報リテラシーのしっかりした世界から来たせいもあるだろう。

 後はルルーシュが「テロリストのゼロ」と「ルルーシュ・ランペルージ」をきっちり使い分けていたため、万が一C.C.が見つかっても「学生のルルーシュが愛人を匿っていた」としかならなかったからか。いや、それでも十分大事だな……?

 

「できるだけ外には出歩かないでください。出歩くなら他の人に見つからないようにしてください。見つかった場合はなるべく穏便な形で納得させてください」

「おい、注文が多いぞお前」

「心配だから言ってるんです」

「私が見つかることでお前の身が危うくなることが、か?」

 

 ピザを持ったままふん、と鼻を鳴らすC.C.。

 もちろんそれもある。

 俺の周りで特殊な事件が起きれば注目してくる人間も増える。例の暗殺者やブリタニア軍に目をつけられないとも限らない。

 何より、C.C.が皇帝に奪われるのは本当にまずい。

 だが。

 

「あなたの身だって心配しているんですよ?」

「ほう。不老不死の私を心配か?」

「はい。現に、あなた一人では悪い人の魔の手から抜け出せなかったじゃないですか。いくら死なないと言っても、痛いことや苦しいことをされるのは辛いんです」

 

 原作を知っている俺は、C.C.が超越者であると同時に一人の人間であることを知っている。

 死んでも生き返るからと言って痛くないわけじゃない。美しい彼女なら、命の危険を及ぼさずに尊厳を踏みにじられる可能性だってある。

 性格的に合わない相手だからといって無暗に苦しんで欲しいとは思わない。ブリタニア皇帝みたいな狂人ならいくら苦しんでくれてもいいが。

 

「わかったわかった。大人しくしていればいいんだろう」

 

 C.C.が両手を上げて笑った。

 

「変な奴だな、お前は」

「よく言われます」

 

 ほんとによく言われるんだが、身の振り方を改めた方がいいんだろうか。

 

「ま、一応、暇つぶしの道具は持ってきたしな」

 

 他にも幾つかの項目を話し合った後、食後にC.C.が取り出したのは見覚えのある携帯ゲーム機。

 

「C.C.もそういうのやるんですね」

「私の生まれた時代にはこんなもの無かったがな。シュナイゼルが勧めてくるものだから、せめて奴を超えるまではと始めたんだ」

 

 シュナイゼルもゲームするのか……って、そんな話をしばらく前にした気がする。

 

「あいつめ、部下にゲームを進めさせた挙句、湖の乙女の色違いを私に自慢してくるんだぞ。あの極悪非道め」

「……えっと、その会社の二作目もテレビに繋がったゲーム機からできますから良かったら」

「ほう? なかなか気が利くじゃないか。これが終わったらやろうと思っていたんだが、さすがに据え置き機までは持ってこれなかったからな」

 

 それはもう、自分の会社で作ったゲームですから、持ってないわけがないわけで。

 

「それにしてもこのゲームの二作目は出ないのか。さっさと出せば売れるだろうに」

 

 ラインを増やして並行製作中ですからもうちょっと待ってください、と、俺は脳内でユーザーの声に答えた。

 

 

 

 

 

 それから数日。

 俺はC.C.という新たな悩みの種によって忙しい日々を過ごすことになった。

 

 ひとまず携帯電話を新しく契約。

 もう一台あった方が何かと便利なので、とかなんとか言い訳しつつ、今まで使っていた機種の電話帳データなんかを新しく買った最新機種に移し、古い方をC.C.に渡した。

 

「電話には出てくださいね?」

「面倒だな」

「連絡が取れないとお互い困るじゃないですか」

 

 C.C.は「自分がギアスを与えた人間」の居場所とある程度の状態がわかるらしいので、向こうとしては別に不便でもないのだろうが、それは俺の知らない(ことになっている)情報なので気にしてやる必要はない。

 渋々端末を受け取った魔女は「気が向いたら出てやる」と答えた。

 

 C.C.の食事に関しては作り置きを用意して冷蔵庫に詰め込み、更に買い込んだ冷凍食品を冷凍庫に詰め込み、レンジでチンすれば食べられる状態を作った。

 この世界の冷凍食品は前世の日本ほど開発が進んでいない上、作り置きのおかずと言ってもブリタニアの料理ではレパートリーが限られるため、これはさっさと日本食レストランを本格始動させるしかないなと思った。

 服を確保するために衣装も新たに買い込んだ。カレンと神楽耶に付き合ってもらったところ、振り回されて逆に疲れたのは誤算だった。その上、二人はあまり馬が合わないらしく、楽しげにカレンをからかう神楽耶と怒りを抑えきれず擬態が剥がれかかるカレンという構図に俺までやきもきさせられた。

 

 というか、下手したらロイド以上に甲斐甲斐しくC.C.の世話をさせられている気がする。

 

 正直なところ、さっさとルルーシュにパスしてお役御免になりたいのだが、いったいどういう理屈で引き合わせればいいのかさっぱりわからない。

 今のルルーシュは仮面のテロリスト「ゼロ」のモードに入っていないわけで、単なるルルーシュ・ランペルージとC.C.を引き合わせたところで物語は始まらないだろう。

 かといって原作のような劇的な場面を演出することができるかというと……うん、無理。

 

 というわけで、しばらくは俺が面倒を見るしかない。

 といっても、このままだと俺が学園に泊まれるのは多くて二、三日に一度。生徒会の仕事もなくなって暇になったのに学園に泊まってばかりではさすがに両親も怪しむ。まあ、方向性としては浮気とかになるんだろうが、それでC.C.が見つかるのは色んな意味でまずい。

 拠点を学園に移す言い訳は仕事と進学関係でどうにかなるだろうが、頻繁に倒れる俺が使用人もなしに一人暮らしをするのは色々問題がある。

 

「というわけで、私が雇った使用人ということにしてもらえませんか?」

「なんで私がお前に仕えなければならない」

 

 言うと思った。

 

「あくまでフリです。何も研修を受けろとは言いませんし、日中はゲームしててもらって構いません」

「まあ、それなら構わんが」

「ありがとうございます。ええ、私が病気で倒れたら看病してくれさえすればいいので、何の心配もいりません」

「明日病気になってもおかしくない顔色で良く言えたな!?」

 

 それでもお芝居を引き受けてくれるあたり、なんだかんだC.C.もお人よしだと思う。

 家の方には「学園OGに身の周りの世話をお願いした」とかなんとか適当なことを言って誤魔化した。家で雇用するわけじゃないし、個人的な繋がりによる緩い関係なら履歴書を提出してもらう必要もない。こっちからお願いした時以外は使用人を送る必要もない、と言っておいた。

 

「義姉さんが一人暮らしとか大丈夫なわけ?」

 

 カレンには思いっきり懐疑的な目で見られたが、そこは胸を張って、

 

「これでも私、家事は全般できるんですよ?」

「張り切りすぎて倒れないかって言ってるんだけど」

「そ、それは……だからこそお手伝いをお願いしたわけですし」

 

 実際は俺がC.C.をお世話するわけだが。

 

「カレンさんこそ、私がいないからって家に寄り着かないとかナシですからね?」

「どうせ学園では顔合わせるんだから、義姉さんから逃げられるとは思ってないわよ」

 

 カレンの素行が悪いと俺に連絡が来るから、下手なことをすると学園で義姉(おれ)から小言を聞く羽目になるというわけだ。

 最悪、カレンには兄・ナオトのところへ行くという手があるはずだが、それを選ばない程度には俺も役に立っているのだろうか。

 

「紅月さんにあまり心配かけないでくださいね?」

「それは約束できないけど、まあ、善処するわ」

 

 今のところカレンの母親が麻薬にハマるような兆候はない。

 俺があまり屋敷に帰らなくなる、と聞いて残念そうにしてくれた程度には心に余裕がある様子だ。

 というかあの麻薬、原作でルルーシュが総督を殺したのも流行った原因じゃないだろうか。引継ぎのごたごたで取り締まりが滞っただろうし、代わりにきた総督は武闘派で、文化的なところには割と疎そうなところがあった。

 

 と、そんなわけで、俺は週に一、二度家に顔を出す以外は学園のクラブハウスに帰り、C.C.と顔を合わせる生活を送ることになった。

 

「狭い部屋でこんなのと二人きりとはな」

「C.C.は格好いい男性と二人きりの方が好みですか?」

「シュナイゼルは勘弁だがな。あれといると息が詰まる。だがまあ、見目のいい男が私に夢中になるのは悪い気分ではないな」

「ふーん、そうですか」

「おいお前、聞いてきたくせに全然興味ないだろう!?」

 

 いや、だって、超越者ムーブしてる時のC.C.の言動は高確率で信用できないし。

 

「いいじゃありませんか。女二人の方が気楽ですよ」

「ん? ひょっとしてお前、そっちの趣味か? なら、伏して頼めば可愛がってやらんこともないが」

「あ、間に合ってます」

「……ええい、お前といると調子が狂う」

 

 それはこっちの台詞だ。

 

 と、そんなことを繰り返しながらも、俺とC.Cはだんだんと二人の生活に慣れていった。

 部屋で仕事をしていると「構え」とばかりに声をかけてきたりするのは鬱陶しいこともあるが、猫を飼っているとでも思えばまあ、可愛いものである。

 C.Cの方もなんだかんだと俺に文句をつけてくる割に、基本的には大人しく部屋でゲームをしてくれているあたり、話せばわかる人間なのだろう。

 後は折を見てルルーシュに押し付ければミッションはコンプリートだ。いや、C.C経由でルルーシュにギアスが渡った場合、高確率で「先輩はどこまで知ってるんです?」という話になる気がする。それはまた頭が痛い。

 

 本気でどうしたものか。

 

 そんな風に頭を悩ませていたある日、俺は理事長から呼び出しを受けた。

 なんでも来年度からやってくる転入生の件とのこと。

 その時点で大方を察した俺は、このアッシュフォード学園に役者がどんどん揃っていっていることに、ぞくりと身を震わせた。



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ギアスユーザー・リリィ 二

「来年度、中等部三年にとある人物が転入してくる」

 

 理事長室。

 並んで座った俺とミレイを前に、ミレイの祖父──アッシュフォード学園理事長は、声を潜めるようにして告げた。

 彼のその態度が、やってくる人物が只者ではないことを表している。

 前生徒会長と現生徒会長である俺達は顔を見合わせ、理事長に尋ねた。

 

「理事長、これは他言無用の件ということでよろしいでしょうか」

「中等部の生徒会長を呼ばなかったのは何故でしょう?」

「うむ。これから話すことは君達二人だけの胸にしまって欲しい。中等部の生徒会長に話さないのは、あまりにもプレッシャーが大きすぎると判断したからだ。何しろ彼女の素性については公式に発表されていない事柄なのだ」

 

 理事長はここで一枚の写真をテーブルに置いた。

 ピンクブロンドの美しい少女。

 花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女の愛らしさに息を呑みながら、俺は「やっぱり」と思った。

 ミレイの方は不思議そうに首を傾げて、

 

「確かに知らない方ですが、理事長?」

「この方はユーフェミア・リ・ブリタニア殿下。神聖ブリタニア帝国の第三皇女であらせられる」

「皇女様!?」

 

 さすがのミレイも口元に手を当ててびっくりポーズである。

 俺の認識通り、現在はまだ学生の身であるため、公の皇族リストには記載されていない。原作では皇子クロヴィスが死んで手が足りなくなったのか、新しい総督になった第二皇女コーネリアが職権乱用したのか、学生生活を切り上げることになっていたが。

 このアッシュフォード学園もお坊ちゃんお嬢様が通う学校とはいえ、日本(エリア11)に転校とはなかなか思い切ったものである。

 

 これもおそらくはシュナイゼル主導の企み。

 

 俺にとってもこのユーフェミアは重要な意味を持つ人物だ。

 ルルーシュやナナリーと仲良く幼少期を過ごした少女であり、原作においてスザクと恋仲になった少女。そして、運命の悪戯によって不幸な死を遂げ、更には大罪人として扱われてしまった少女。

 彼女がやってくることで、事態は大きく動くだろう。

 シュナイゼルがどこまで読んでいるのか、俺には想像もつかないが。

 

「皇女殿下と学友になれるとは光栄です。……ですが、他の方に知られてはならないのですよね? 大きく動く必要はない、ということでしょうか?」

「ああ。あくまでも予備知識として知っておいて欲しい、という程度だ。不自然でない程度に気にかけてくれればなおいいが」

「お祖父様、それは逆に難しいです」

 

 高等部の有名人二人が中等部の転入生を気にしている時点で目立つからな……。

 スザクや神楽耶でさんざんやっているので逆に目立たないかもしれないが。って、そうか、だから俺とミレイなのか。

 スザクとルルーシュ、あとシャーリー達が揃って高等部に進んでしまうので繋がりは減るが、今度は神楽耶とナナリーが進学するので中等部に用はある。

 

「困っているようなら声をかけて、そのまま友達になればいいのではないですか?」

「それだといつもと変わりませんけど、そんなことでいいんですか?」

「どうせミレイには凝った演技は無理だろう? 不自然に見えないならそれで構わないさ」

「あんまり褒められてる気がしないんですけど……わかりました!」

 

 にっこり笑って請け負うミレイ。

 そこでわかっちゃうからそういう扱いになるんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 それから更に数日後の放課後。

 俺はゲットー内に建設中の大きなビルをぽかん、と見上げていた。

 

「土地の下見には来ていましたが、あらためて見ても大きいですね……」

「本当にね」

 

 同行していた、どこか気だるげな女研究者──ソフィ・ランドル博士が目を細めながら頷いてくれる。

 

「できて数年のゲームメーカーが建てられる規模じゃないでしょう」

「いえ、もう、本当に」

 

 完成すると地上七階建て、地下三階建てになる予定のこのビルは我が社の新社屋だ。

 人が増えてきたので会社があるフロアの一つ下の階も借りたり、それでも手が足りないのでルルーシュやニーナのような外部アルバイトを使ったり、とだましだましやっていたのだが、そういう応急処置もそろそろ限界に近づいている。

 そこで建てることになったのが、このやたら立派な新社屋である。

 主な資金源は言うまでもなくシュナイゼルからの援助。新ゲーム機開発の研究もあるし、ソフト開発も二ラインに増やして鋭意進行中だし、上手く行けばもっと事業が拡大するかもだし、ということで、どうせならばーんと大きな社屋を作ってしまえ、ということになったのだ。

 例の日本食レストランについてはこのビルの一階に作って社員食堂の代わりになったらいいかな、と思っている。まあ、材料費を考えると高級店にならざるを得ないのでうちの社員じゃ通えない、なんてことにもなりかねないのだが、そこは通常営業を夜だけにして、昼間はブリタニアの食材を上手く使った創作和食弁当とかを安く売るとか、いろいろと方法を検討している。

 

「でも、良かったのですか?」

「何が?」

「仮の研究室、特派内部に作ったことです」

 

 ランドル博士にはひとまずその仮研究室を利用してもらっている。

 特派から人員を借りる関係上、その方がお互いに楽だというのが向こうとしての言い分なのだが、本音が「今のうちからずぶずぶ癒着していこうぜ!」なのは目に見えていた。

 俺はもう、ある程度諦めたからいいのだが、彼女の方は良かったのか。

 

「ま、ブリタニアが医療面でも最先端なのは間違いないしね」

 

 と、ランドル博士は肩を竦める。

 

「実際、機材を購入して設置して、新しい研究室に移して……ってやるよりは楽よ。借りられる機材が結構あるから」

「そうですね」

 

 お陰で費用的にも随分と助かった。

 ごそごそと、一張羅らしいスーツのポケットを探り、似つかわしくない安物ライターと煙草を取り出す博士。と思ったら俺を見てそれらをしまう。

 

「構いませんよ?」

「いいわ。……ゲームを作るんだものね。子供に夢を売る人間が不摂生じゃ仕方ないでしょう」

「そういえば、うちの会社は分煙が徹底してますね」

 

 喫煙所以外で煙草をふかした社員は「社長を殺す気か!」と問答無用でしばかれる仕組みが出来上がっている。

 有難い反面、ちょっと申し訳なくもあるのだが、お陰で社員の健康状態もちょっとはマシになっているかもしれない。

 

「いいことよ。本当にね」

 

 遠い目をしたランドル博士が何を考えているのか、俺にはわからなかったが、旦那さんが目覚め、二人で新しい命を育む日が来たらいいとぼんやり思った。

 

 

 

 

 

「リリィ様? 昨晩、少々騒がしかったようですが、何かございまして?」

「っ」

 

 神楽耶の何気ない問いかけに、俺は硬直した。

 昨夜。

 思い当たることは、ある。

 

『チーズ君を持っているというなら見せてみろ』

 

 という、C.C.の挑発的な発言に「わかりました」と会社からぬいぐるみを借りてきて見せた件だ。

 

『どうです?』

 

 少しばかり得意げな言い方になったのが良くなかったか、C.C.は無言で俺を見つめた後、さっと手を伸ばしてチーズ君を強奪してきた。

 で、ぎゅう、と抱きしめて見せた挙句、くんくんと匂いを嗅いで、

 

『お前の匂いがするぞ』

 

 である。

 言いながらも手を離さないあたり「これから私の匂いに染め変えてやるからな」とでも言っているようであり、なんとなく気に食わなかったのでさっと取り上げた。

 

『おいこら、返せ!』

『返せも何も、あなたのものではないでしょう?』

 

 で。

 ベッドの上でしばしの間、身体を絡ませ合って奪い合いになった。

 最終的に、というか、一分もしないうちにフィジカルの限界が来て泣く泣くチーズ君を明け渡したのだが……一晩、ぬいぐるみを抱きしめて眠ったC.C.は「やっぱり自分で手に入れないと意味が無いな」と、自分の匂いが移り始めたチーズ君を寄越して来た。

 ぬいぐるみだから許されるが、恋のさや当てだったら刺されてそうな言動である。

 

「何やら痴情のもつれのような感じでしたが」

「き、気のせいではないでしょうか。少々物を落としてしまったのと……ああ、上がってきたシナリオの音読などをしていましたので、そのせいではないかと」

 

 部屋の壁はわりと厚い方なのだが、騒ぐとさすがに隣に響くらしい。

 これからは気をつけよう、C.C.にも言って聞かせよう、と心に決めながら、もっともらしい言い訳をでっちあげた。

 と、神楽耶は残念そうな顔をして、

 

「そうですか。殿方でも連れ込んでいらっしゃるのでは、と、少しわくわくしていたのですが」

「それはないのでご安心くださいませ」

「それは? ということは、女性ならありえるのですか?」

「どうしてそうなるのですか」

 

 何この子、天然でやってるとしたら勘が鋭すぎるんだけど。

 

「というか、ミレイさん。助けてください」

 

 この日の女子会は俺、神楽耶、ミレイという変則メンバーだった。

 ルルーシュとナナリーは何やら用事があるとのこと。生徒会も本格的に忙しい時期ではないので、シャーリーやニーナも「なら自分達も他の用事を済ませてしまおう」と不参加だった。

 なので、俺一人でこの二人のストッパーになるのかと戦々恐々としていたのだが、

 

「え? ……ああ、すみません先輩。何のお話ですか?」

 

 女子力高めコンビ(シャーリーもいる場合はトリオになる)の片割れ、ミレイが今日はどこか上の空だった。

 彼女らしくなく、カップの中の紅茶を見つめながら物憂げな顔をしていて、俺達が水を向けてようやく顔を上げるような有様だ。

 俺と神楽耶はアイコンタクトを交わして、

 

「ミレイ様、何があったかお話くださいませんか?」

「私達、これでも少しは頼りになると思いますよ?」

 

 何かあったのか、ではなく、何かがあった前提で彼女をじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、ミレイには逃げられてしまった。

 

「ありがとうございます。でも大丈夫です! 大した事じゃありませんから!」

 

 間違いなく嘘である。

 ミレイ・アッシュフォードは人に暗い顔を見せない。ちらっと垣間見える時くらいはあるが、すぐに明るい顔に戻って元気いっぱい遊び始めるので「あれ? 気のせい?」と首を傾げてしまうくらいの人物だ。

 だから、彼女が明らかに落ち込んでいるということは何か大きなことがあったに違いない。

 

 最近あった事件といえば──。

 思い返してみて、そういえば理事長に呼び出されてユーフェミアの話をされた後、ミレイだけ残されていたことが頭に思い浮かぶ。

 祖父と孫娘なので「そういうこともあるだろう」とスルーしてしまっていたのだが、もしかするとあそこで更に込み入った話があったのかもしれない。

 ユーフェミア関連で、何か。

 

「……あ」

 

 神楽耶、ミレイと別れたクラブハウス前で、俺は小さく声を上げた。

 

 ユーフェミアは幼少期、ルルーシュ達と一緒に遊んでいた。

 つまり彼女はルルーシュとナナリー当人のことをよく知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 原作でもそうだったので、それ自体は俺も把握していた。ユーフェミアがアッシュフォード学園に来れば自ずと発生するイベントだとも思っていた。ただ、リリィ・シュタットフェルトは兄妹の素性を知らないことになっている。ユーフェミア来訪の件も理事長に口止めされている。

 何気なくルルーシュに伝えることさえ難しく、まあユーフェミアなら悪いことにはならないだろう、と半ば棚上げしていたのだが……。

 

 ミレイと理事長は兄妹の素性を知っている。

 当然、兄妹とユーフェミアが会えばまずいこともわかっているはず。

 なら、俺がいなくなった後で二人が話したことというのは、

 

「もっと早く気づくべきでしたか」

 

 C.C.の件やらシュナイゼルの件やら考えることがいっぱいで処理能力を超えていたのかもしれない。

 

 ユーフェミア来訪は理事長にとってもまずい件。

 可能なのであれば未然に防いでいたはず。しかし相手が皇族であるためできなかった。であればどうするか。

 考えられるのは、理事長の管理下であるアッシュフォード学園が一番安心できる場所であるのを重々承知の上で、ルルーシュ達を別のところに移すことだ。

 要は会わせなければいいわけなのだから。

 

 となれば──。

 

 俺はクラブハウスの中に入ると廊下を歩き、C.C.の待つ自分の部屋……ではなく、ナナリーの部屋のドアを叩いた。

 

「はい。どちら様でしょう?」

 

 中から聞こえてきたのは咲世子の声。

 

「リリィです。ルルーシュさんはこちらにいらっしゃいますか?」

 

 程なくしてドアが開き、中の様子が見えた。

 ドアを開けに来た咲世子の奥にナナリーとルルーシュの姿。用事というのは今後についての相談だったと見て間違いなさそうだ。

 一礼して「こんにちは」と告げる俺に、ルルーシュが尋ねてくる。

 

「先輩、どうしました?」

「はい。ミレイさんがこのところ何か悩んでらっしゃるようなのですが、何かご存じないかな、と思いまして」

 

 ミレイの件は、俺にとっても突破口となるかもしれない。



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ギアスユーザー・リリィ 三

 正面に座ってティーカップを傾ける白髪の少女は、いつになく緊張した様子だった。

 リリィ・シュタットフェルト。

 十分な実務能力と各種のコネクションを持ち、学生レベルを超えた財力を有する。また虚弱で、勤勉すぎるきらいがあり、大のお人好し。

 お陰でルルーシュ・ランペルージは少女に対して「とても好感が持てるが、最終的には信用も信頼もできない」という妙な評価を下している。

 何しろ、あちこちから頼られて身動きが取れなくなった上、頑張りすぎて倒れかねない。

 

 だからこそ、当たり障りのない範囲でお帰り願いたいのだが。

 

 そっと、隣にいるナナリー、それから車椅子を支える咲世子を見れば、二人の顔には「この人には誤魔化しを口にしたくない」と書いてあった。

 大事な相手だからこその方便というのもあると思うのだが、困ったものだ。

 

「ミレイ会長の件でしたよね」

 

 かつては呼び捨てにしていた一つ年上の少女は「先輩」を経て「会長」になった。

 何年もの日々を共に過ごす間に彼女には幾つもの恩と愛着ができた。

 そのミレイが悩んでいるというのなら解決してやりたいが、

 

「はい。ルルーシュさんたちなら何かご存じではないかと」

 

 リリィが察した通り、ミレイの悩みにはルルーシュとナナリーが大きく関わっていた。

 

「……ええ」

 

 ルルーシュはさっと表情を曇らせると、視線をやや下に向けた。

 

「おそらくは俺達の件が原因でしょうね」

「では、ルルーシュさんとナナリーさんに何か……?」

「はい。実は近々、この学園を去ることになりそうなんです」

「……それは」

 

 少女がはっとした表情を浮かべる。

 一方、彼女があまり驚いてはいないこともルルーシュにはわかった。

 

(聡い人だ。ある程度、ここに来る前に予想していたか)

 

 あのミレイが悩むとなれば大事だと、付き合いの長い者なら思い至るだろう。

 その中に「親しい者との離別」は当然含まれる。

 

「決定、なのですか?」

「ほぼ確定です。今は、今後の身の振り方を考えているところです」

「私も、皆さんと離れ離れになるのは寂しいのですが……」

「ナナリーさん……」

 

 心なしか、リリィの声に切ないものが交じる。

 ナナリーとはとても仲良くしてくれていた。当人には内緒で「ナナリーでも遊べるゲーム機」の開発までしているくらいだ。ルルーシュが彼女の会社でバイトを続けているのはそうした恩に報いるため、というのが大いに含まれている。

 それだけに、申し訳ないのだが。

 

 ──ブリタニア皇族が来るとなれば、学園にはいられない。

 

 ルルーシュ達はミレイから第三皇女・ユーフェミアの来訪を知らされた。

 最後に会ってから何年も経っているとはいえ、昔よく一緒に遊んだ相手だ。お互い顔を合わせれば一発で誰だかわかるだろう。

 ユーフェミアにバレれば他の皇族にもバレる危険がある。

 正直、ルルーシュもナナリーもユーフェミア一人が相手ならバラしてもいいと思っている。

 ただ、漏洩しない保証がない以上、後ろ盾となってくれている理事長の立場を考えれば、危険な橋を渡ることはできない。

 

 捨てられた存在とはいえ元皇族。

 生死を偽った挙句、別の名を与えて守っていた、などということになれば罪に問われても仕方ない。

 

 もちろん、詳しい事情までは語れないが。

 

「今後はどうなさるのですか?」

 

 ルルーシュ達の真の素性を知らないリリィもそこには突っ込んでこない。

 

「大阪か、函館か。別の租界に移ることも含めて検討中です。場所がどこでもナナリーと一緒なら俺は幸せですから」

 

 これは嘘ではない。

 ナナリーを守りながら力を蓄え、いつの日かブリタニア帝国に、皇帝に復讐する。その方針に何ら変わりはない。

 

「……プログラミング部も辞めないといけませんね。先輩にはお世話になったのに、急なことで本当にすみません」

「いえ、そんな。事情があるのであれば仕方のないことですから」

 

 やはり、リリィはお人好しだ。

 意図的に事情をぼかせば、そこまでは突っ込んでこない。なまじ頭が回る分、幾つもの理由を頭の中に浮かべてしまっているのだろう。

 沈黙が落ちる。

 数十秒か、一分か。

 間を置いて口を開いた二歳年上のか弱い少女は、一つの提案を口にしてきた。

 

「うちに来る、というのはどうでしょう?」

「え? リリィ先輩のおうちにですか?」

 

 ナナリーが可愛らしい声で疑問を口にする。

 シュタットフェルト家。

 ブリタニアの名家ながら日本人(イレブン)への偏見が薄く、柔軟な考えを持っている。根っからの貴族ではないため、金銭取り引き等を持ちかけられる余地はあるだろうが──。

 秘密が露見する可能性、アッシュフォード家の力が及ばなくなる可能性を思えば得策とは言い難い。

 が、

 

「いいえ。ルルーシュさんを正式に、フルタイムのアルバイトとして雇用したい、というお話です」

「!?」

 

 それは、考えなかったといえば嘘になる。

 どうせ学園を離れるなら東京租界を出る方が安全であること、学園を離れる理由付けとして不十分であること、そして何より「リリィにそこまで負担をかけられない」という理由からルルーシュの中でボツにした選択肢だったのだが。

 

「住居はこちらで手配します。学園から離れた一軒家を使っていただいて、これまで通り在宅のプログラマーという形で勤務していただければ構いません。勤務時間が伸びるのでお給料を弾むこともできますし、何でしたら時給アップも検討──」

「ま、待ってください!」

 

 思わず制止した。

 当の少女は「? もう少し条件を追加しましょうか?」などととぼけたことを言っているが、

 

「そういうことではありません。そこまでしていただく理由が何もない。理事長やミレイならともかく、先輩とは他人のはずだ」

「お兄様……」

「ルルーシュ様……」

 

 敢えてきつい言い方をしたルルーシュにナナリーと咲世子の声が突き刺さる。

 どうして身内のはずの二人がリリィの味方をするのか。これが女同士の結託というやつか。擁護されているのがリリィでなくスザクやリヴァルだったら数日引きずるくらいのダメージを受けているところだ。

 ともあれ。

 

「ルルーシュさん、それは違います」

 

 視線の先で、リリィは微笑んでいた。

 

「私とお二人は他人ではありません、友人です」

 

 友人。

 母を失い、父に捨てられ、頼れるものを失ったことのあるルルーシュには、その何気ない言葉が強く響いた。

 ミレイ、スザク、リヴァル、シャーリー、ニーナ、神楽耶。

 いつの間にか増えていた「友人」と呼べる存在。その顔が一つずつ脳裏に浮かぶ。

 

「そして、ルルーシュさんは我が社の貴重な戦力です。仮面の天才プログラマー・ゼロがいなければ、我が社の二作目はこれほどヒットしなかったでしょう。あなたを失うことは痛手なんです」

「……先輩」

「ゼロ、というネーミングは小中学生あたりにしか受けないのでは、という気は正直いたしますが」

「先輩……」

 

 猛烈に放っておいて欲しかった。

 自分では割と格好いいと思っていただけに、期せずして精神的ダメージを受けることになったルルーシュだが、がっくりと項垂れてみると、瞳が涙で滲んでいることに気付いた。

 この涙はもちろん、ゼロの名を酷評されたせいではない。

 

 ──リリィの提案を冷静に検討する。

 

 学費が捻出できなくなったので働く、とでも言えば退学理由は説明できる。

 在宅で仕事ができるのなら、他の友人達には「別の租界へ行く」と言っておけば誤魔化せるだろう。スザク達が卒業した後、学園とは関係のない場所で会う分には問題ない。

 ミレイとリリィが遊びに来てくれれば、ナナリーもそれほど寂しがらないだろう。

 

 ルルーシュは顔を上げて答えた。

 

「ありがとうございます。前向きに検討させてください」

「お兄様……!」

「良かったですね、ナナリー様」

 

 既に決定事項のように明るい声を上げるナナリー。咲世子の方も若干声のトーンが上がっているように思える。

 まあ、しかし実際、他に良い案がなければ受けていい話だろう。

 

 これでもし、リリィ・シュタットフェルトが全てを知っている黒幕で、最後にルルーシュ達を裏切る気なのだとしたら、まんまと乗せられていることになるが。

 

「……本当に、先輩はお人好しですね」

「よく言われます」

 

 少女は何故か得意げな様子で微笑んでくれた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 勝った。

 

 学園を離れてどっか行こうとしているルルーシュを説得し、引き留めることに成功した。

 即答してくれなかったルルーシュだったが、あのあとミレイや理事長と連絡を取ってくれたようで、翌日には俺も交えた相談が行われた。

 結果、兄妹は退学して二人暮らし、ルルーシュがうちのバイトとして引き続き働くことが決定した。咲世子もこれまで通り世話係を担当する。

 

 姉とは一回地下で話した後、C.C.の件とかで忙しくなったせいで話せていない。

 ルルーシュ達に遠くに行かれると知らないうちに詰みかねなかったし、もし咲世子がそれについていく、なんてことになったら俺のメンタルが死にかねなかった。

 だが、これでギリギリ色んなことを繋ぎ留められた。

 

「先輩は困った時ほんと頼りになりますよね!」

 

 と、ミレイからは少しばかり後が怖くなるようなことを言われた。

 

「私は自分の利を取っただけですよ」

「じゃあ、そういうことにしておきます。……でも先輩、家一軒買うって結構凄くないですか?」

「いずれにしてもあと一年で卒業でしたし、家はあっても困らないので」

 

 社長の給与という名のお小遣いは殆ど手付かずなので、家くらいならなんとかなる。

 そういうことなら、と、理事長も資金援助をしてくれることになったので、むしろラッキーだった気もする。

 

「あれ? 先輩、大学はどうするんです?」

「最近、行かなくてもいいかな、って思い始めてるんですよ」

 

 何故かといえば、日本(エリア11)にはまだブリタニアの大学が無いからだ。

 大学に行くとなると本土に渡らないといけない。ロイドがこっちにいるからなかなか会えなくなる……のはまあ、表向きの理由として、正直体調面を考えてもあんまり行ったり来たりしたくない。会社経営も遠隔でやるしかなくなってしまう。

 いっそのこともう、高校生から経営者という「どこの天才セレブだよ!」っていうコースを辿ってしまっても問題ないのではなかろうか。

 本土に行くとなるとシュナイゼルとちょこちょこ会えてしまう、という恐怖もあるし。皇帝が出てきてギアスかけてくることだってありえなくはない。

 

「なるほど。先輩は凄いですよねー。学生のうちから会社動かしてるんですもん」

「ノリでゲーム会社作ったら当たっちゃっただけなんですけどね」

「またまたー」

 

 いや、ほんとなんだってば。

 

「ミレイさんはやりたいこととかないんですか?」

「私ですか? ギリギリまでモラトリアムしていたいです」

 

 わかる。

 

「先輩、いざとなったら雇ってくれますか?」

「いいですよ。この先、企画や広報にも力を入れることになるでしょうし。まあ、ちゃんと審査はしますけど」

「さすが先輩、そういうところは面倒臭い」

 

 褒められているのかけなされているのか、どっちだろう。

 

 というわけで、家を買うことがぱぱっと決まり、ぱぱっと物件探しに入った。

 条件は学園から遠く、それでいて新社屋から近いところ。

 ロイドと暮らすことはまだあんまり考慮しなくていいだろう。大学に行かないとなると結婚自体は急ぐ羽目になるかもだが、同居に関してはギリギリまで逃げられるのが想像できる。

 

『えーっと、ほら、この新型機が完成するまで待ってよ』

『あー、あの件。ざーんねん、新しい機体の図面引いちゃったからさあ』

 

 挙句、もう研究所の中に新居を建てよう、とか言いだしても驚かない。

 卒業してからロイドと同居するまでは俺もルルーシュ達と一緒に住めばいい。……ん? 年頃の男女が同居はまずいのか? いやまあ、ルルーシュだから大丈夫だろうとは思うが。なんなら友人から家賃収入を得る悪女を演じてもいいし、ルルーシュ達も使用人扱いにしてもいい。

 使用人といえば、C.C.もついでに住まわせてしまえば色々と問題が片付く気がする。

 

「どうでしょう、C.C.。イケメンとの同居ですよ」

「嫌だ」

 

 本人にかけあってみたところ、取り付く島もなかった。

 

「どうしてです?」

「あのなあ。お前は私を雑に扱い過ぎだ。どこの世界に不老不死の魔女を友人に売る奴がいる。私からギアスを得たことを忘れたのか?」

「忘れてませんよ。まだ一回も使ってませんが」

 

 というか、俺だってC.C.をパスする先くらいは選ぶ。

 絶対にブリタニア皇帝に売ったりしない相手だからこそ、ルルーシュが適任だと思っている。咲世子がいてくれれば戦力的にも申し分ないし。

 と、言えない理由を内心呟きつつ「どうにかなりませんか」と言うと、何かを察したようにふんと鼻を鳴らして、

 

「百歩譲って一緒に住んだとしてもメイドはやらん」

「あれ、もしかして家事に自信がないんですか?」

「……お前、やってはならない侮辱をやったな? こう見えても私は家事万能なんだ! 面倒だからやらないだけでな!」

 

 じゃあやってみてください、と煽ったところ、どこをどうひっくり返しても俺より美味い料理が出来上がったので、全力で「ごめんなさい」をした。



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ギアスユーザー・リリィ 四

「一つ、はっきりさせておくぞ」

 

 家の契約は滞りなく済んだ。

 ルルーシュとナナリー、咲世子には俺からも人を入れるということで了承をもらってある。

 とはいえいきなり知らない人と同居では戸惑うだろうということで、ルルーシュ達には先に家へと入ってもらった。

 

 そして、C.C.をルルーシュ達に引き合わせる日の前夜。

 幾多のピザとポテトと野菜サラダを犠牲にして召喚されたチーズ君を抱きしめ、一つしかないベッドに腰掛けながら、不老不死の魔女は俺に尋ねた。

 

「お前はルルーシュ・ランペルージにギアスを与えたいのか?」

「……そうですね。迷っている、というのが正直なところです」

 

 ふかふかのデスクチェアに腰掛けた俺はC.C.と向かい合うようにして答えた。

 

「ほう。それは何故だ?」

「ルルーシュさんには何か秘密がある。鬱屈したものを抱えていて、放出するタイミングを窺っている。そんなふうに感じられるからです」

「ギアスがあればその『何か』の助けになる、と?」

「少なくとも私はそうでしたから」

 

 まだ一回も使っていないが、初対面の人間に「はいギアスー! ゲームオーバー!」ってやられる危険性は大きく下がった。

 C.C.を引き受けたことでシュナイゼルとの繋がりが増したことも大きい。

 

「ただ、ギアスなんてない方がいいと思うんです」

「手に入れておいて虫のいい話だな」

「はい。ですから、守るための力を得られたことは幸いでした。他のことに使えないのなら悩む必要がありませんから」

 

 とはいえ、俺のようなケースは稀だ。

 ギアスを望む者は強い望みを抱えている。それを叶えるために必要なのは赤い攻撃的なギアスである可能性が高い。

 青いギアスも危険を孕んではいるが、赤いものの危険性はその比ではない。

 

「ギアスの存在について私は否定的です。ですが、他にとりうる方法がなく、ルルーシュさんがギアスを望むのなら、それを止めるべきではないと思っています」

「ならば、私がルルーシュ・ランペルージと契約してもお前は構わないんだな?」

「構いません。それがあなたと、ルルーシュさんの決断なら」

 

 ギアスを使ってすることに口出しする気は満々だが。

 

「そもそも私は、あなたから全てを聞いたわけではありません。あなたがギアスを与える基準も、ギアスの持ち主に何をさせたいのかも詳しくは知りません」

「ああ、聞かれなかったしな」

 

 聞かれてもはぐらかす気満々だったろうに。

 くすりと笑ってC.C.を見つめる。

 

「C.C.。あなたの望みも、世界をかき乱すようなものでないと信じています。……いいえ、願っている、と言うべきでしょうか」

「それはまた、随分と見込まれたものだな」

 

 C.C.はチーズ君を傍らに置き、両手を広げた。

 

「私がこれまで何人にギアスを与えてきたかわかるか? ギアスを得た者が何をしてきたのか、お前に想像がつくのか?」

「いいえ」

 

 彼女からギアスを得た、と明確にわかるのは二人くらいしかいない。

 ただ、二人はどちらも存命の人物なので、過去にもっとたくさんいただろうことは想像がつく。

 片方のはた迷惑ぶりからして、ギアスのせいで人生を狂わせた者が多くいたであろうことも。

 

「だから、私には信じるしかありません」

「信頼などという曖昧なもので私は操られないぞ?」

「私はそんなに器用じゃありませんよ」

 

 俺の言葉がどこかへ少しでも引っ掛かってくれればいい、とは思うが、結局のところ信じるか信じないかは好き嫌いで決めるしかない。

 互いの道が違わないためには言葉を尽くすくらいしかできない。

 だから、

 

「もし、ルルーシュさんとそういう話になったら、私にも教えて欲しいです。他の人よりは話し相手になれるつもりですし」

「ああ。ま、考えておいてやる」

 

 C.C.は笑わず、目を伏せて答えた。

 

「お前はすぐに死にそうにもないからな。多少はご機嫌を取らないと後が怖い」

「む。それはどういう意味ですか、C.C.」

「さあな」

 

 今度こそくつくつと笑ったC.C.。

 彼女はその夜、一度も声を荒らげることはなかった。

 シリアスな話だったせいであって、名残を惜しんでいたからではないとは思うのだが。

 

 

 

 

 

「というわけで、ゆくゆくは私の秘書をしてくれたらいいなと思っている、セシリア・クラークさんです」

 

 翌日、日曜日。

 引っ越しの準備という名目で学園を出たルルーシュ達から遅れること十数分。C.C.を連れ、別口で新居に向かった俺は遂にこの時を迎えた。

 

 セシリアというのは当然偽名。

 特に戸籍を偽造したわけではない(逆に手続きの過程で存在がバレそうだし)が、いくらなんでも「C.C.です」では怪しすぎるということで適当にでっちあげた。

 秘書云々も出まかせだが、まあ、何かしてもらうならそのあたりが適当かな? ということで、一応本人からも了承をもらった上での設定である。

 ゲーム会社の社長秘書ならゲーム三昧でもギリギリ仕事と言い張れるだろう、多分。

 

 ちなみに俺がゲーム会社の社長で、C.C.やシュナイゼルが廃人化してるのはうちのゲームだ、と伝えた時は大騒ぎだった。

 

『どうしてもっと早く言わない!?』

 

 と言うので「少しは尊敬してくれたのかな?」と思ったら、こことこことここ、あとここの作りこみが甘い! と怒涛のような駄目だしが来た。

 神話モチーフならまだ出していない奴がいっぱいいるだろう、と、事前にがっつり調べた俺でさえ認識していないようなマイナーな名前が飛び出してきたり。

 以来、貴重なご意見を次々吐き出してくれる便利なユーザーさんとして割と重宝している。

 

「セシリアだ。よろしく」

 

 スーツを着て伊達眼鏡をかけたC.C.は文句なく可愛い。

 こんな偉そうな秘書がいるかというツッコミは我慢するとして……。

 

「ナナリーと申します。よろしくお願いいたします、セシリアさん」

 

 向かいに座ったC.C.にまずナナリーが屈託なく挨拶。

 新しい生活に向けてストレスが溜まっていないかと思ったが、肌艶も良さそうだ。住み慣れた場所からそう離れないで済む、というのが大きかったかもしれない。

 続いて咲世子が口を開いて、

 

「ルルーシュ様とナナリー様のお世話を担当させていただいております、篠崎です。以後お見知りおきを」

 

 一見、使用人としてのごく普通の挨拶。

 丁寧なお辞儀も伴っているため、C.C.が貴族令嬢だったとしても「無礼な!」とはならないだろうが、なんか少し緊張しているように見える。

 忍者としての勘が「只者ではない」ということを教えているのかもしれない。

 そして、

 

「ルルーシュ・ランペルージです。以後よろしくお願いします、セシリアさん」

 

 よそ行きスマイルでルルーシュ。

 良かった、面倒臭いことになる可能性もあると思ったけど、ごく普通に進行してくれそう──。

 

「先輩。それでは顔合わせの本番に移りませんか?」

 

 あ、駄目だった。

 

「……わかりました」

 

 頷いた俺は鞄から小さな装置を取り出すと、俺達がいるテーブルから少し離れた場所に設置した。

 装置のスイッチを入れると、会話の邪魔にならない程度の音楽が流れだす。が、音楽はいわばダミー。合わせて特殊な周波数の音が発せられる仕組みになっており、床下や天井、部屋の外から、あるいは盗聴器を介して盗み聞きしようとする者の邪魔をしてくれる。

 盗聴器や監視カメラ自体は家に入った時に検知器で探っているので、これだけやればある程度は安心だろう。

 それを見たルルーシュは「便利な物を持っていますね」と()()()()を取り出して、俺が置いたのと逆方向に設置する。ダミー音楽を消すモードもあるのでそっちで起動したようだ。

 

 ついでに姉が「その手の仕掛けは確認済みよ」とばかりにウインクしてくる。

 なんというか、みんな優秀すぎて俺が気を回す必要がないな……。

 

 あらためて席について、一息入れてから切り出す。

 どこまで話すかはもう決めてあった。

 

「セシリアさんというのは偽名で、本当は、とある方からお預かりしている大事な人物なんです」

「え? リリィさん?」

「すみません、ナナリーさん。騙しとおすつもりではなかったのですが、順を追って説明する都合上、嘘をつく形になってしまいました」

 

 両親の「大の嘘嫌い」という厄介な特性を余すことなく受け継いでいるナナリーに謝る。

 一方、必要とあらば嘘くらいいくらでもつける兄の方は顔色も変えずに話を続けてくる。

 

「その、とある方とは?」

「シュナイゼル殿下です」

「っ!?」

 

 C.C.は『とある非人道的実験』の被害者であり、シュナイゼルによって秘密裏に助け出されたものの、今なお一部のブリタニア貴族に追われている。

 シュナイゼルの手の内にあると逆に危険かもしれないので、部下の婚約者でありビジネスパートナーでもある俺──軍属ではなく、個人として動かせる資産に余裕のある者に保護が依頼されたのだ、と説明する。

 いろいろ省いたが嘘は言っていない。

 

「できればこの件は他言無用でお願いします。下手に露見すれば彼女どころか私も、シュナイゼル殿下の身も危うくなりますので」

「それは……そうでしょうね」

 

 まさかシュナイゼルの名前が出てくるとは思わなかったのか、ルルーシュはどこか呆然としながら答えた。

 ナナリーの方は口元に笑みを浮かべて、

 

「お優しいのですね、シュナイゼル様は」

「……そうですね。人道的な方法を常に模索し続けることができる稀有な才能をお持ちです」

 

 駄目だ、あれを優しいと表現するのにどうしても抵抗がある。

 

「先輩。実験というのは具体的にどのような……?」

「そこまではわかりません。ただ、毎日のように機械や薬品で身体を弄られるようなものだったと……」

「ひどい……!」

 

 C.C.が「実際あれはきつかったな」とでも言いたげに顔を顰めているのもあってか、これには一定の効果があったようだ。

 ナナリーは悲しそうな声を上げ、咲世子でさえ不快そうに眉をひそめた。

 断片的な情報だけでも女の子にする仕打ちじゃないのは間違いない。科学というのはそういうものなのかもしれないが、だとしても実行犯達は外道だ。

 

「セシリアさん。困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」

「ああ、ありがとう。ナナリーは優しいな」

「そんな、優しいだなんて……。私にできることなんてたかが知れていますから、お伺いしてもお力になれないかもしれませんし……」

「それでもいいさ、ありがとう」

 

 ナナリー相手だと誰もが毒気を抜かれるのか、C.C.は穏便に迎えられた。

 あまり外に出ない方がいいルルーシュ兄妹と、あまり外に出ない方がいいC.C.。一緒に生活してもらうにはちょうどいいメンバーだし、外見は若い少女なのでうまくやれるだろう。

 

「私もときどき遊びに来ます。電話も通じますから、何かあったらご連絡ください」

「ありがとうございます、リリィさん」

「またお話しましょうね、ナナリーさん」

 

 合唱部で活動できなくなった代わりに家で歌おう、家庭教師が必要ならいつでも呼んで欲しい、といった話をしてからお暇させてもらう。

 後は当人達だけでやった方が上手く行くだろう。

 

「咲世子さん、後のことはよろしくお願いします」

「はい。お任せください」

 

 副音声のように飛んできた《少し背負い込みすぎよ》という忠告に申し訳なさから眉を下げつつ、俺はぺこりとお辞儀をした。

 

「送りますよ、先輩」

「ありがとうございます。では、玄関までお願いします」

 

 さりげなく、意味ありげなルルーシュに応じて玄関に移動して、

 

「先輩。先輩は、何を隠しているんですか?」

「……ルルーシュさん。言えないから隠し事なんですよ?」

 

 率直な問いかけに笑みで答えた。

 

「それは、そうですが」

 

 疑問は当然あるだろう。

 説明したC.C.の境遇は別に間違っていないし、俺に回ってきた経緯もその通りなのだが、ギアスの件や、シュナイゼルが抱いている皇帝への隔意などの情報が欠けているために多少違和感を覚えてしまうのはおそらく否めない。

 ただ、今の段階ではこれ以上の説明ができない。

 俺はルルーシュの顔を見上げて、囁くように告げる。

 

「ルルーシュさんの抱えていることを話していただけたら、私も腹の内をお話しします」

「……痛いところを突いてきますね」

「それくらい大事な話なんですよ」

 

 そして、俺とルルーシュは何事もなかったかのように別れた。

 

 俺達が実際に腹を割って話すことになるのは、もう少し先のことになる。

 これまで過ぎてきた時間、そして、原作にてルルーシュが辿ってきた道のりを思えば、それでも早すぎるとはいえるのだが。

 

 俺は、俺達のこれからが上手くいくように祈りながら高校三年生に進級した。



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ギアスユーザー・リリィ 五

 高校三年生の初日はつつがなく終了した。

 進級したからといって特に大きな変化はない。校内に自分より年上の生徒がいないと気楽でいい、と感じる程度。単位制を採用しているアッシュフォード学園ではクラスに大きな意味もないし、初日はガイダンスだけなので猶更だ。

 だから、放課後は会社に顔を出すつもりだった。

 ユーフェミアのことは気になるが、いきなり会いに行くのはいくらなんでも怪しい。一週間くらい経ってからそれとなく接触するのが得策だろう。

 仕事をして、時間が余ったらランペルージ兄妹にお菓子でも持って行ければいいんじゃないかと──。

 

「皆さんお疲れ様でした。……ああ、シュタットフェルト君は少し残ってください」

「はい」

 

 あ、厄介事だ。

 脳裏に描いていたスケジュールが一瞬にして霧散したことに内心溜め息をつく。

 

「なんでしょうか、先生」

「急で申し訳ありませんが、中等部三年に来た転校生に学園を案内してもらえませんか?」

「転校生、ですか」

 

 担当教師から頼まれたのはほぼ予想通りの内容だった。

 

「構いませんが、私でよろしいのですか? 現生徒会長の方が適任では?」

「アッシュフォード君だと政治の一環ととられかねません。……それに、彼女は少々騒がしいので」

「なるほど」

 

 どっちかというと本音は後者だな、これ。

 まあ、理事長の孫に来られたらユーフェミアも「配慮されている」と感じて気にするだろうし、ミレイがいつものノリで迫るのも実際まずい。

 

「かしこまりました、お任せください」

 

 結局、俺は営業スマイルでこくりと頷くのだった。

 考えようによっては好都合だ。

 学園側からの依頼なら会いに行っても怪しまれないし、早めに顔を繋いでおいて損はない。

 

「ちなみに、お名前はなんとおっしゃるのですか?」

「ああ。ユーフェミア君とジノ君です。かなりの美男美女と聞いているのでわかりやすいと思いますよ」

「……え?」

 

 なんか余計な名前がくっついてるんですが。

 

 

 

 

 

 ジノ・ヴァインベルグ。

 皇帝直属にして帝国最強の十二騎士『ナイトオブラウンズ(通称ラウンズ)』の第三席「ナイトオブスリー」の地位にいる男だ。

 現在の年齢はユーフェミアと同じ中学三年生。

 皇帝への忠誠と実力さえあれば平民でもなれるのがラウンズだが、彼は名門貴族の出身、正真正銘のお坊ちゃんでもある。

 

 なんで彼が転校してきたのか。

 まあ、考えるまでもなくユーフェミアの護衛だろう。

 

 教師から聞かされたフルネームはジノもユーフェミアも本来のものと姓が違った。

 母方の旧姓か何かだろうか。皇女であることを明かせないユーフェミアは当然だが、ジノも正体を明かさない方向らしい。

 ラウンズは特別顔写真非公開でもないので知ってるやつは知っているはずだが、本気で隠す気はないのだろうか……?

 

「本国から来たんでしょ?」

「どうしてエリア11に来たの?」

「ああ。私はちょっと家の事情でね」

 

 中等部の校舎に移動した俺は、教室で女子に囲まれている金髪の少年を見て首を傾げた。

 髪型を変え、多少メイクもしているようだが、俺の目には一目でジノだとわかる。

 で、

 

「ユーフェミアさんもお嬢様なの?」

「二人はどういう関係?」

「ジノ様とはお友達なのです。偶然転校時期が重なったので一緒にこちらへ……」

 

 少し離れたところではピンクブロンドの美少女が別のグループに捕まっている。

 悔しそうな男子グループが遠巻きにしているのが哀愁を誘う。ユーフェミアは自分達が抑えたかったのにこちらも女子に取られたといったところか。

 ジノが笑顔で受け答えしつつもちらちら様子を窺っているので、成功してもガードされていた気はするが。

 

 ──ジノがバレたらユーフェミアまで怪しまれないか、これ。

 

 まさかシュナイゼルの嫌がらせじゃないだろうな、と思いつつ「失礼します」と教室に入る。

 

「あ、会長」

「会長だ」

 

 秒で複数名に反応された。

 帽子に手袋をして日傘持参の白髪女子なんて俺以外いないので当然だが、

 

「あの、皆さん。私はもう会長ではありませんので」

「じゃあ『前会長』ですね」

 

 できれば仰々しい呼び名そのものを止めて欲しかった。

 

「? 会長さん、ですか?」

「おお。これはかわいらしいご令嬢ですね」

 

 ユーフェミア、ジノが振り返ってこちらを見つめる。

 

「お初にお目にかかります。アッシュフォード学園高等部の『前』生徒会長、リリィ・シュタットフェルトと申します」

「まあ、高等部?」

「前会長?」

 

 中等部かと思った、と二人の顔に書いてある。

 仕方ない。俺が小さいのもあるが、ブリタニアの上流階級の発育が良すぎるのだ。何しろユーフェミアですら百六十後半ある。

 どっかで見たデータによれば原作の年代──あと一年後くらいには百七十突破するはずなので、俺とはマジで別の生き物だ。

 顔が引きつりそうになるのを堪えつつ笑顔を浮かべて、

 

「学園側よりお二人の案内を仰せつかってまいりました。よろしければご一緒させていただけますか?」

 

 俺の申し出に、転校生達は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

「では、シュタットフェルト様は婿を取るのではなく、お嫁に行かれるのですね?」

「ええ。養子ですので、後継者は義妹の旦那様になるかと。どうか気楽に接していただければ」

 

 幸い、ユーフェミアとジノは案内を快諾してくれた。

 話し足りなさそうな生徒達に謝ってから教室を離れ、学園をぐるりと一周する。案内役の俺に体力がないため、歩みは自然とゆっくりになり、道中には会話が挟まれる。

 生粋の貴族であるジノは下々の暮らしに疎いらしく、教室でも全員に馬鹿丁寧な口調で接していた。傅かれる生活に慣れきっているせいで「身分差の大きい者と生活を共にする」という感覚がよく分らないのだ。

 とはいえ学園内では建前上、身分の差が関係ないことになるので慣れてもらわないと困る。

 

「でしたら、リリィ様も言葉を崩してくださいませ」

 

 このあたり、皇族のはずのユーフェミアの方がまだ柔軟だ。

 ジノはラウンズとしてKMF(ナイトメアフレーム)の操縦訓練や式典への出席など仕事が多い。

 以前から学生をしていた分、ユーフェミアはある程度常識を理解しているのだ。お嬢様学校だっただろうし、あくまで「ある程度」だろうが。

 

「では、ユーフェミアさまがそうしてくださったら、そういたします」

「まあ」

 

 ユーフェミアが口元に手を当てて驚く。

 

「失礼いたしました。お許しもなく名前で呼んでしまいまして」

「いいえ。これは一本取られたと感心していただけです」

 

 にっこりと首を振ってくれるあたり、根は割とおてんばというか、お茶目さんなのが窺える。

 

「ところで、リリィ様はわたくしたちのことをどの程度ご存じなのでしょう?」

「いえ、先生方からは特に何も。お話をした感じから位の高い貴族さまであることは察しておりますが……」

「そうだったのですね」

 

 ほっと息を吐くユーフェミア。

 皇女とバレてるんじゃないかと心配していたんだろうか。実際知ってはいるけど、さすがにそれを匂わせることはしない。

 こちらも微笑みを返して、

 

「学園の者も同じはずです。ですので、どうか失礼な態度をお許しくださいませ、()()()()()()()()

 

 ジノを見つめて告げる。

 少年は一瞬目を見開いてから困ったように頭に手を当てた。

 

「一応、変装はしたつもりだったのですが」

「私は職業柄、そういったことを調べる機会がございまして」

「職業? リリィ様は軍人ではないかと存じますが」

「実は学業の傍ら、小さなゲーム会社を営んでおりまして。KMFを参考資料としたこともございましたので、自然と詳しくなったのです」

「ほう。ゲームにKMFを。それはもしや……」

「では、やはりあなたが『あの』リリィ様なのですね?」

「……え?」

 

 今度は俺が絶句する番だった。

 何故か俺のことを知っていて『あの』とか付けてくるユーフェミア。嬉しそうに目なんか輝かせているし。

 せっかくこっちが知らない体で接してるというのに、

 

「その、兄が『困ったことがあればリリィを頼れ』と」

「な」

「『緑色の綺麗な花を一緒に愛でた』と言えばわかる……と言われているのですが、お分かりになりますでしょうか?」

「……え、ええ」

 

 なんとか答えつつ、俺は内心叫んだ。

 

 ──何してんだシュナイゼル!?

 

 何かしでかしてくるかもしれないとは思っていたが、ジノがくっついてきた件でさすがに打ち止めだと思っていた。

 なのに、まさか、地雷に旗を振らせるような真似をしてくるとは。

 小一時間問い詰めたいところだが、問い詰めたら問い詰めたであの男は「ヒントは渡しておいたし、そんなに驚くことはないだろう?」とか言いそうだ。

 

「あの、申し訳ありませんユーフェミアさま。立場上、先ほどまでと同様の態度しか取れないのですが、お許しいただけますか?」

「っ。ええ、もちろんです」

 

 正体がバレていないことに喜んだと思ったら自分から正体をバラしたユーフェミアは、あろうことか俺の手を取って微笑んでくる。

 

「わたくし、お友達が欲しかったのです。ですから、リリィ様? これからも気兼ねなく接してくださいませ」

「わ、私で良ければ喜んで」

 

 シュナイゼルなんか嫌いだ。

 お兄様に言われた通りにして正解でした、とか無邪気に喜んでいるユーフェミアに微笑み返しつつ、俺はあの腹黒皇子への心証を下方修正した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「こちらがわたくしの部屋になるのですね」

「はい。少々手狭かもしれませんが、そこは了承していただければ……」

「構いませんわ。こういうの、少し憧れていましたの」

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアは学園クラブハウス内に用意された『自室』を眺め、目を輝かせながら微笑んだ。

 学園の案内役を買って出てくれ、終わった後もクラブハウスまで送ってくれたリリィ・シュタットフェルトもまた柔らかな笑みを返してくれる。

 高校三年生だという彼女だが、言動こそ時折大人びたものが交じるものの、容姿はとても可愛らしい。当人も「あまり育ってくれないのだ」と語ってくれたがその通りで、ユーフェミアはどこかマスコット的な親しみを感じてしまう。

 何よりも兄──シュナイゼルの知人で、ユーフェミアとも友達になってくれるという。

 身分を明かした上で友人を作る、というのは一つの夢だったので、それが叶っただけでも()()へ来た甲斐があったというものだ。

 

「ですが、寮以外にも部屋があるなんて不思議ですね」

「寮だと不便な方もいらっしゃいますので、そうした方用の部屋なのです」

 

 リリィ自身、ここに宿泊用の部屋を持っているという。しかも隣だというではないか。

 使用人(最小限ということで一人だけだが)を入れるため、というのが理由のユーフェミアと違い、リリィの場合は体力がないためという切実な理由だが、ある意味これは運命なのではないか。

 

「前期まで別の方が使っていた部屋なのですが、清掃はきちんと行っていますし、女性の方でしたのでご安心ください」

「あら。リリィ様はその方とも交流があったのですか?」

「ええ。仲良くさせていただいていました」

「では、わたくしも会ってみたかったです」

 

 使用人がてきぱきと作業を進める中、これからの学園生活に思いを馳せつつ言えば、リリィも笑って頷いてくれる。

 

「私は実家に帰ったり、こちらに泊まったり不定期なのですが、お時間が合えばお話やお茶などご一緒させてください」

「まあ、いいですね。お茶会。リリィ様は良く開かれるのですか?」

「そうですね。思えば、案外開いているかもしれません」

 

 小首を傾げながら考える仕草も可愛らしい。

 

「一つ下の後輩や、中等部一年生のお嬢様がお話好きなので、一度開くと『次はいつにしよう』という話になるのです。学生は自由が多くていいですよね」

「ええ、本当に」

 

 皇女であるユーフェミアは切実にそう思う。

 高校三年生、しかも若い経営者でもあるリリィも同じかもしれない。そういう意味でも彼女とは気が合いそうだ。

 気兼ねしなくていいせいで「周囲に明かしてはいけないこと」が露見してしまわないように気を付けなければならないが。

 

「そうだ。部活動もやってみたいのです」

「え」

「リリィ様はどちらに入られているのですか?」

「ええと、私は一応合唱部なのですが……」

「まあ、合唱。素敵ですわ。わたくしも入ろうかしら」

 

 歌唱や楽器演奏は基礎教養として小さい頃から教えられている。

 家庭教師にマンツーマンで指導されるのは好みではなかったし、「国歌を完璧に歌えるようになれ」と命じられるのは子供心に理不尽だと思ったものだが、今は亡き兄妹と無邪気に歌うのはとても楽しかった。

 芸術というのはきっと強制されるものでも、権力に付随するべきものでもないのだろう。

 

「では、まずは体験入部から始めると良いと思います」

「そうですね。そうしましょう」

 

 なんとか合唱部入部を諦めさせられないか、とリリィが四苦八苦しているのには全く気付かず、ユーフェミアは既に合唱部への正式入部を半分くらい決意していた。



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ギアスユーザー・リリィ 六

 ナイトオブスリー・ジノの来訪。

 シュナイゼルがユーフェミアに告げた「リリィ・シュタットフェルトを頼れ」という言葉。

 あらためて考えてみたが、やはりシュナイゼルの策略だろう。

 

 ジノが学園に来た目的はユーフェミアの護衛に違いない。

 ただ、ジノが日本(エリア11)に来た理由はおそらく別にある。ラウンズのKMF操縦技術は別格。存在しているだけでも反乱への抑止力になる。

 

 ユーフェミアと俺を接触させたのは俺への牽制と、もしもの時のための保険、それから敵対者の意識を誘導するのが狙いか。

 少女の素顔を知る者は少ない。

 護衛であり、皇帝に忠誠を誓ってもいるジノが明かすはずもなく、もし彼女に危険が及んだ場合、真っ先に疑うべきは俺になる。何しろ「俺がユーフェミアの真の顔を知っていること」はジノにもバレている。

 実行犯が俺である必要はない。情報の出どころが絞れる以上、状況証拠から情報の流れは推測可能だ。そして「情報を流した人間」の狙いも絞り込める。

 そして、それでもユーフェミアの存在は大きい。

 皇女の存在をレジスタンスや旧日本軍が知れば「武装蜂起」から「ユーフェミアの誘拐」に狙いをシフトしてもおかしくない。そうなれば、ユーフェミア一人の命を犠牲にして日本側に非を与えることができる。それは後々何らかのカードとして使えるはずだ。

 

 ……そういう悪だくみに俺を巻き込まないでくれないだろうか、割と本気で。

 

 ともあれ、俺だってユーフェミアに危害を加えたくはない。

 ブリタニアとことを構えず日本を再興するのが一番いいわけで、シュナイゼルと俺の利害は一致しているともいえる。

 やることはこれまでと大して変わらない。

 

 

 

 

 

 決意を新たにして一週間ほどが経ったある日。

 俺は箱型の小さな部屋の中でゴテゴテしい装置を弄りながら、ぐわんぐわん揺れる座席に翻弄されていた。

 

「む、無理です。これで終わりにします」

 

 息も絶え絶えに宣言し、コンソールを操作。

 これだけは外せないと頭に叩き込んでおいた強制終了ボタンを表示し、K()M()F()()()()()()()()()()を終了させた。

 それと共に揺れていた箱、座席も元の位置へと戻り、揺れを停止する。

 まだドキドキいっている胸を落ち着かせようと何度か深呼吸を繰り返し、小さく呟く。

 

「死ぬかと思いました……」

 

 箱から出ると白衣姿のロイドがニコニコと出迎えてくれる。

 

「おめでとうー。無事に生還できたねえ。ま、交戦区域に辿りつく前にギブアップしたわけだけど」

「私には自動車の運転も難しそうだということがよくわかりました」

 

 婚約者の疲弊した姿がそんなに楽しいか、と言ってやりたいところだが、開始三分くらいで吐きそうになっている時点で偉そうなことは何もいえない。

 ふらふらしているところをセシルが抱き留めてくれて、ペットボトルの水を渡してくれる。

 

「リリィちゃん、大丈夫? これを飲んで」

「ありがとうございます、セシルさん。助かります」

 

 お水美味しい、と、ちょっとアホっぽい感想が脳裏に浮かぶ。

 甘いジュースとかも美味しいけど、弱った時とかは水やお茶の美味しさが良く分かる。身体に優しいということにはただそれだけで至高の価値があるのだ。

 水を飲んだらだいぶ楽になった。

 ほんの数分とは思えないほど体力を消耗したものの、基本的には乗り物酔いの類なので、すぐにベッドに入らないと倒れるというほどではなさそうだ。

 

 ほっと一息ついて振り返ると、(おうぎ)(かなめ)以下、我が社の有志一同が戦々恐々としていた。

 

「動かすだけで社長を殺しかけるとは……」

KMF(ナイトメアフレーム)怖え……」

「大丈夫ですよお。今のはリリィが虚弱だったせいですから」

「あの、皆さん。私も保証します。健常者なら普通に動かせると思います」

 

 ロイドと共に言えば、彼らは安心したように笑って、

 

「そうですか。いや、そうだとは思いましたが」

「さすが社長。こういうのには全く向いてませんね」

「まあ、私はコントローラーだけでプレイできるゲームの方が好きですし……」

 

 目を逸らしながら俺は負け惜しみを口にした。

 

 

 

 俺達がどこで何をしているのかというと、特派の研究施設でKMFのシミュレータを体験させてもらっている、というのが正解だ。

 我が社の新社屋は間もなく完成を迎え、その後は備品の搬入等を行い、一月以内には引っ越し作業を完了できるのではないかという見込み。第三作目となる「正式にKMFの名前を登場させた戦略SLG」もマスターアップ間近、旧社屋で完成まで持っていける予定だ。

 現状二つ(+ゲーム機開発用スタッフ)となっているラインの一つが空くし、新社屋になれば人を入れるスペースがいっぱいできるので、この辺りでまた新しいことをしたい、となったところで持ち上がったのが「シミュレータをゲームに落とし込む」というアイデアだった。

 

『ねえ、リリィ。キミの会社でKMFのシミュレータに関わる気はないかい?』

 

 ロイドの家に遊びに(実際にはプリンを運びに&掃除をしに&料理を作りに、だが)行った際に「実際にKMFを操縦しているような感覚を味わえるゲームも面白そうだ」みたいな話をしたのがもともとのきっかけ。

 そうしたらロイドが思いがけない提案をしてきたというわけだ。

 

『それは面白そうですが、我が社に特別なノウハウはありませんよ?』

『でも、体感型ゲームを作る予定があって、スタッフを集めているんだろう?』

『ええ、まあ。ゲーム機だけ作ってソフトを作らないのでは売れるものも売れませんので』

『なら、お互いにとって良い話になるんじゃない?』

 

 特派としての事情はわりと単純。

 KMFの操縦を学ぶためのシミュレータという発想は割と以前からあって、既に本国で正式採用されているものが存在する。特派もこのシミュレータを運び込んで使ってはいるのだが、如何せん従来の機体用に作られた装置のため、特派が作る超高性能機を再現しきれない。

 原作における特派製のランスロットにしても、使いこなせるパイロットが乗れば単騎で無双できる性能があった。当然、従来の機体にない機構なども多数存在しており、単にデータをインプットすればシミュレートできる、というわけにはいかなかったのだ。

 そこで特派は独自にシミュレータの大幅改造、あるいは新規開発を行うことを考えた。

 

『でもさあ。既存の委託先に頼んだら遅いし高いし、いざ完成したら今度はそれを送ってもらわないといけないじゃない?』

『なるほど。確かにコストの無駄ではありますね……』

『でしょう? だったらいっそ、エリア11にある企業で面白いところを探した方がいいかと思って』

 

 で、うちの会社か。

 現状、こっちにあるブリタニア系の会社は大企業の支社か、本社をこっちに移してきた中小企業かの二択でほぼ占められている。

 うちの会社みたいに「日本(エリア11)で新規に興された挑戦的な企業」というのは殆どない。特にうちは日本人スタッフや他が使わないような特殊な人材を積極雇用していたので、規模の割に腕のいい人間が揃っている。ゲームが売れてからは「自分も作りたい!」という意欲溢れる人が更に集っているし、謎の天才プログラマー・ゼロという頼もしい切り札もある。

 どうせ新規ゲーム機開発の件で3D系に強い特派のスタッフを借り受ける契約になっていたわけで、だったらそれを拡大してシミュレータを作ってしまってもいいのでは、という話だ。

 

『どう? いいと思わない?』

『確かに。悪くないお話ですね』

 

 どれだけずぶずぶ癒着するつもりだよと言いたいところだが、シュナイゼルの奴はもう、とことん俺を使い倒すつもりなのだろう。

 そっちがその気ならこっちも利用してやるのが正しい対応だろう。

 

『では、代わりにシミュレータをダウンサイジングしてゲームとして売り出しても構いませんか?』

『既存の機械じゃなくて新造したシミュレータの方なら別に構わないよ』

 

 そこまで快諾されてしまえば、もう決まったも同然だった。

 一応「持ち帰って検討する」という話にはなったものの、主要スタッフを集めての会議では、

 

『KMFを実際に動かせるゲーム制作だって!?』

『やるしかないでしょそんなの!』

 

 というわけで、ほぼ即決だった。

 先にシミュレータを作らなければいけないわけだが、基礎プログラムを作ってデータを入力して、といった作業はわりとゲームと共通する部分がある。

 美術スタッフも三次元グラフィックスを手掛けられることに燃えていたし、経理も「費用向こう持ちで新規ゲーム用の素材を貰えるんですか!?」と喜んでいた。

 もちろんいろいろと細かい計算もしたわけだが、その上で前向きに検討することが決まった。

 で、とりあえず「戦略SLGを作る参考にもなるから」と現行のシミュレータを体験させてもらいに有志を連れてきた、というわけだ。

 

 

 

 案の定、俺以外のスタッフはシミュレータで体調不良を訴えたりはしなかった。

 頑丈そうな男を中心に連れてきたので、女性スタッフや繊細なタイプだとどうなるかはわからないが、その辺りは座席の揺れが主な原因だろう。

 シミュレータは再現性が命なので仕方ないとして、ゲームにする際にはユーザーを疲れさせる要素を削ってやればいい。

 ぎゃーぎゃー言いながら超楽しそうにシミュレータを堪能しているスタッフ達を見ながら、俺はそんなことを考えた。

 

 と、いつの間にか白衣を着た女性が寄ってきていた。

 

「ランドル博士」

「ソフィでいいわ。……あなたも次々、凄いことを始めるわね」

「向こうから来た案件も多いんですけどね」

 

 スタッフの妄言からノリと勢いで始まった企画もあるし。

 

「でも、このシミュレータ開発が上手くいけば体感ゲームを作る手助けになると思います」

「そうね」

 

 これには博士──ソフィも頷いてくれる。

 

「三次元フィールドの構築は体感ゲームに欠かせない要素よ。あなたの望むような、脳に直接情景を送り込むところまでは長い道のりだろうけど……」

「ヘッドギアに3D映像を投影するだけでも一足飛びの進歩ですよね」

「ええ。そして、機械の駆動を電子データに落とし込む作業はBRSのブラッシュアップにも役立つ」

 

 実際の動作を電子データとして表現する行為は、BRS(ブレインレイドシステム)が目指す「脳の信号を命令として機械を動かす」の逆を行うようなものだ。

 

「特派の優秀なスタッフにも協力を得られますし、そう考えるといいことがいっぱいでしょう?」

「ええ。そう思った方が気楽でしょうね」

 

 もちろん俺としても思うところはあるが、ソフィの言う通り、ここは割り切った方がいいところだろう。

 目的のため、もしもの時のため、お金はあるに越したことはないのだ。

 

 

 

 

 

 なー。

 

「……?」

 

 放課後、人の多い時間帯が終わるのを待って下校しようとしていた俺は、近くから聞こえた猫の鳴き声によって呼び留められた。

 振り返って下を見れば、一匹の猫がいた。

 やや明るい黒毛の雑種で、右目の周りと額の辺りに濃い黒縁がある。まだ若く、子猫から成猫になったばかり、といったところだろうか。

 

 なー、なー。

 

「どうしたんですか、こんなところで」

 

 足元に止まって更に鳴くので、しゃがんで声をかける。

 すると、すりすりと足に顔を擦り付けてくる。

 可愛い。

 前世は男だった俺だが、動物を愛でるのに性別なんて関係ないと思う。まして今は女子なのだから猫と戯れても文句など言われないだろう。

 

「シュタットフェルトさん」

「ごきげんよう、リリィ様」

「こんにちは。スザクさん、神楽耶様」

 

 猫を追うようにして歩いてきたのは学園の日本人コンビだった。

 彼らのお陰か、学園に通う日本人は他にも現れているのだが、やはり彼らの黒髪が人目を惹くのは間違いない。一般的なブリタニア人からは異物として。俺は、目に入ると無意識にほっとしてしまう対象として、だが。

 

「この子、お二人の猫なんですか?」

 

 日傘と鞄で両手が塞がっており、どちらも手放すのが難しいため抱き上げることもできないまま尋ねる。

 

「ええ。どうやらスザク様を家来か何かだと認識しているようでして」

「神楽耶。変な言い方は止めてくれないか」

「まあ。では、この子は神楽耶さまと同格なのですね」

「君まで変なことを言わないで欲しいな」

 

 憮然として言うスザク。

 言い訳のように説明してくれたところによると、先日とある女子生徒と一緒に、子供からいじめられているところを助けたのだとか。

 どんな生徒だったのか尋ねると「桃色の髪の美人」だったとのこと。

 運命の悪戯というやつか。彼と彼女もちゃんと知り合うようにできているのか。俺は内心「へー、ほー、ふーん」と話好きのおばちゃんみたいな反応をしてしまった。

 

「僕に寄ってくる癖に、懐いてはくれないんですよね」

「お名前はあるんですか?」

「スザク様が『アーサー』と命名しておりましてよ」

「なるほど。では、陛下とお呼びしましょう」

 

 神楽耶に鞄を持ってもらい、アーサーの喉を撫でてやる。

 

「陛下、いかがです? 気持ちいいですか?」

 

 なー。

 

「あら。この様子だと、リリィ様はスザク様のグィネヴィアではなさそうですわね」

 

 うん。

 ルルーシュならまだしも、こいつと浮気はありえないと思う。



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ギアスユーザー・リリィ 七

「リリィ様のお茶会にお招きいただけて光栄です」

 

 休日の昼下がり、学園カフェテリアの一角にユーフェミアの楽しげな声が響いた。

 天気がいいのに屋内の、しかも窓際ではなく内側に陣取っているのは日光に弱い俺のせい。今日のメンバーを招集したのも俺なので、皇女様の言葉もあながち間違ってはいないのだが、周囲から「前会長主催のサロン」とか見做されそうなのでやめて欲しい。

 

 何しろ、集まっているのはそうそうたる面々だ。

 

 ブリタニアの上位貴族(という建前で、本当は皇女)であるお嬢様、ユーフェミア。

 アッシュフォード学園理事長の孫娘にして、金髪が眩しい我らが生徒会長、ミレイ。

 艶やかな黒髪を持ち、和の美しさと気品を備えた若き日本の姫、神楽耶。

 前世は一般人、今世では一応お嬢様だが篠崎家はどちらかというと武家に近い。生まれついての気品で劣る俺が主催とか恐れ多いにもほどがある。

 いつでも、というか今すぐ神楽耶かミレイに譲りたいところだ。

 

「そのような大したものではございません。友人を友人に紹介するための場、というだけのことですから」

「まあ、リリィ様からお友達と呼んでいただるなんて」

 

 シュナイゼルのせいで妙に俺に好意的なユーフェミアはアウェーの場にありながら穏やかに微笑んでいる。まあ、彼女にとっては俺が言った通りの場なので、警戒する方がアレなんだが。

 

「私も噂の転校生様に早くお会いしとうございました」

「私も。なんか色んな人が『お前が行くとややこしくなるからやめろ』とか言って邪魔してくるから、なかなか会いに行けなかったし」

「ありがとうございます。わたくしもお二人のお話をリリィ様から聞いて、この日を楽しみにしておりました」

 

 透明化してこの三人の会話をただ聞いていられないだろうか。

 どうあがいても不可能なことを夢想しながら、俺はティーカップを持ち上げ、軽く唇を湿らせることでお茶会のスタートを正式に示した。

 

 

 

 

 事の発端はなんということはない、ユーフェミアが「自分もお茶会に参加したい」と言ったからだ。

 やんごとなき身分の者が希望を口にするのは「やれ」という意味なのだが、この場合、皇女様が気を抜いているせいなのか、それとも単にそういう意識が薄いのか。

 学園内での話なので角が立たない範囲で断ることは可能だが、俺はこれを了承した。

 ユーフェミアが悪い人間でないのは原作知識として把握しているし、実際に話してみても拍子抜けするほど毒の無い人物だったからだ。

 

 ミレイや神楽耶もあっさりと了承してくれたので、こうして開催が決まった。

(おそらく神楽耶は情報収集等の目的もあるのだろうが)

 

 女子だけの方が気楽だということで、スザクやジノには遠慮してもらった。

 といっても、どちらも役目に忠実なタイプだ。スザクは外でアーサーと戯れているし、ジノも屋外席で紅茶を楽しんでいる。

 きゃーきゃーと黄色い声が飛んできているので暇で困ることもないだろう。

 

 

 

 

 

「ユーフェミア様はどこの学校から来たんです?」

「ええと、本土の学校で、名前は──」

 

 名門のお嬢様学校の名前に俺とミレイはほう、と感嘆の声を上げた。

 

「私や先輩がいたところも名門だったけど、一枚上手ですね」

「貴族しかいないような学校は私達だと場違いですからね……」

「先輩は普通に馴染みそうですけど」

「さすがに話が合いませんよ。ゲームの話なんてできないでしょうし」

 

 お茶とお菓子を楽しみながら話を弾ませる。

 学校内の施設にしては凝っているものの、あくまで「そこそこ」といった感じのカフェテリアのメニューだが、ユーフェミアは美味しそうに味わっていた。

 場の雰囲気がお茶やお菓子の味を底上げしているのかもしれない。俺は今日、あんまり味を感じられていないが。

 

「いかがです、ユーフェミア様? アッシュフォード学園の雰囲気は」

 

 と、ここで神楽耶が動いた。

 

「ええ、とても良いところですね。皆さん和気藹々とされていますし、神楽耶様のような日本の方ともお話できるのはとても素敵だと思います」

「日本? エリア11ではなく?」

「日本は日本、日本人は日本人でしょう?」

 

 人種的な意味ではユーフェミアの言う通りだが、所属国家という意味では間違っている。

 未来のブリタニアを担う者として、本来彼女は率先して「エリア11」「イレブン」という呼称を使うべき立場。

 

 つまり、今ここにいるのはただのユーフェミア、ということか。

 

 平和主義の彼女にはこの学園の気風が合っているだろうが──果たしてシュナイゼルはユーフェミアへの影響をどう考えているのか。

 

「ユーフェミア様はお優しいのですね」

 

 神楽耶も、考える様子をかすかに覗かせつつ笑みを作る。

 対する皇女はただ微笑んで、

 

「優しいだなんて……。周りの者からも『甘い』とよく言われて困っています」

 

 それはそうだろう。

 神楽耶も同じことを思ったのか、こくりと頷いて、

 

「なるほど。リリィ様とお友達になられたのがよくわかります」

「それは私もわかる」

「ええと、どういう意味でしょう?」

「さあ……?」

 

 こっちに振るなと思いつつ、俺はユーフェミアと顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

「日本の方で思い出しましたが、スザクさんとも会われたそうですね?」

「スザク……? ああ、もしかして猫の方ですね?」

「ええ。なんでも、お二人で陛下を助けたとか」

「陛下?」

「リリィ様がつけたあだ名ですわ。スザク様があの子をアーサーと名付けたので」

 

 ユーフェミアは「まあ」とくすくす笑って、

 

「皇帝陛下の前では口になさらないように気をつけてくださいね」

「気をつけます。皇帝陛下と猫の話をする機会はないと思いますが……」

 

 というか、世間話なんか始めた時点で内容関係なく殺されそうな気がする。

 

「あの方はスザク様と仰るのですね?」

「ええ。枢木スザク。一応、私の婚約者ということになっております」

「一応?」

「婚約者を募集中なのですわ。ですので、相手が見つかれば私はお役御免というわけです」

 

 ここまで言えばユーフェミアもぴんと来たらしい。

 

「枢木スザク。……では、あの方が枢木ゲンブ首相の」

「スザク様は亡き首相の遺志を継ぎ、日本の再興を考えております。そのためにはブリタニア人の伴侶と手を取り合って、というのが理想的かと」

 

 言って神楽耶は首を傾げ、

 

「ユーフェミア様はスザク様のことをどうお考えですか?」

「お優しい方だと思いました。また今度お話してみたいと思っています」

 

 おっとりと答えるユーフェミア。

 女性に優しいスザクのことだ。きっとアーサーを助けた時もしっかりポイントを稼いでいたのだろう。

 問題はそれが無自覚だということ。もっとガツガツ行っても良いはずなのだが。

 

「ですが、わたくしの交際相手は家の都合で決まるでしょうから……」

「ええ。お気持ちは私にもわかりますわ」

 

 ミレイも「そういうものよね……」と頷く。

 家柄の大小こそあれ、ここにいるのは政略結婚が身近な人間ばかりだ。いちばん身分の低い俺がさっさと婚約を決めている、というのが皮肉だが。

 神楽耶はしみじみ言った後で目を輝かせ、

 

「ですが、ユーフェミア様? 障害があるからこそ恋は盛り上がるのだと、そう思われませんか?」

「出た。神楽耶の恋バナ好き。これが始まると長いのよねー」

 

 言いつつ、ミレイもどこか楽しげな表情である。

 ターゲットが自分以外なので野次馬根性を剥き出しにしているのだ。なんというかいい性格をしている。

 

「覚悟した方がいいですよ、ユーフェミア様。こう見えて神楽耶は肉食系ですから」

「え、ええ? わたくし、取って食われてしまうのでしょうか……?」

 

 ちらり、とユーフェミアが視線で助けを求めてくるが、

 

「私も気になります。ユーフェミアさま。私の義妹(いもうと)もスザクさんのターゲット候補のようでして……ライバルが増えるか否かは大事なポイントなのです」

「リリィ様まで……!?」

 

 悲鳴を上げつつも、お忍び皇女様はどこか楽しそうだった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「お茶会はいかがでしたか、ユーフェミア様?」

「ええ。とても楽しい時間でした」

 

 ミレイと神楽耶が話好きだというのは誇張でもなんでもなかったらしく、次々と話題が湧いてくることにユーフェミアは驚かされた。

 以前いた学校でもお喋りの時間は楽しいものだったが、ブリタニア貴族の子女ばかりが通うあの学校に比べ、このアッシュフォード学園は人種も身分も、何もかもが多様で、自由に溢れている。自然と会話の内容も今までとは異なるものとなり、何もかもが新鮮だった。

 お陰で時間を忘れてお喋りをした挙句、またお茶会をしようと約束までしてしまった。

 親切で楽しい友人が新たに二人もできてしまった。これもリリィと知り合ったお陰だろうと、ユーフェミアは心の中であの少女に感謝した。

 

 お茶会が終了した後、あとの三人はそれぞれ一足先に帰っていった。彼女達と入れ替わるようにしてジノがやってきた形だ。

 ミレイは部屋に戻ると言っていた。

 神楽耶はスザクと合流するのだとか。

 リリィはスザク──ではなく、彼と一緒にいるはずの猫(リリィいわく「陛下」)に挨拶をしてから帰宅するらしい。東京租界の治安はそれほど悪くはないものの、身体の弱い彼女はできるだけ送り迎えをしてもらっているらしい。

 

「長い時間、付き合ってくださってありがとう、ジノ」

「とんでもありません」

 

 感謝の言葉を贈ると少年は短い言葉で応えた。

 人好きのする笑顔を浮かべると、彼は、

 

「素敵な女性方が話に付き合ってくださったので退屈しませんでした。お陰でこの学園のことに詳しくなれましたし、有意義な時間だったといえるでしょう」

「まあ。もしかして、ジノも婚約者を見つけるつもりなのかしら」

「? ああ、枢木卿のことですか」

 

 噂話を聞かされていたというのは本当らしく、ジノはあっさりと正しい理解に辿りついた。

 

「彼とも少し話しましたよ。ああいうのがサムライの気質なんでしょうか。私達騎士とはまた異なる芯のようなもの──矜持や美学を感じました」

「そうでしたか」

 

 ナイトオブスリーであるジノ・ヴァインベルグの目から見ても枢木スザクは魅力的に映るらしい。

 自分の婚約者を他人に勧める神楽耶の狙いはよくわからないが、ユーフェミアから見たスザクの第一印象も決して悪いものでは、

 

(いけない。わたくしは何を考えているのかしら)

 

 ほんのりと頬を染めて思考を追い払う。

 神楽耶にミレイ、更にはリリィにまで焚きつけられたものだから、ついついそっちの方向に気持ちが向いてしまう。

 これでスザクのことを意識してしまってはまんまと乗せられた形になる。

 もちろん、ユーフェミアにも恋をしたいという気持ちはある。

 

(……ルルーシュ)

 

 今は亡き初恋の相手と、彼に抱いていた淡い恋心を思い出し、切なくも甘く、温かい気持ちになる。

 そう。

 恋をするのなら自分の意思でないと意味がない。だからこそ、恋はかけがえのない、忘れられないものになるのだから。

 

「まいりましょうか」

 

 ジノを伴って歩き出す。

 カフェテリアを出てクラブハウスへ向かうコースだ。

 

「しかし、少し残念でしたね」

「何がです?」

「リリィ様とは私も話をしたかったな、と。ご婦人方とはなかなかできない話ですしね」

「人は見かけによらないものですわよね」

 

 リリィ・シュタットフェルトが会社を経営しているというのは出会った日に本人から聞いたが、それがまさかゲームを作る会社で、しかも、KMFの登場するゲームまで作っているとは思わなかった。

 同じ会社の第一作目、神話生物を集めて戦わせるゲームは「ユーフェミアでも楽しめると思うよ」とシュナイゼルからプレゼントされ、デフォルメされたペガサスやユニコーンが可愛かったのもあって、ついつい夢中でプレイしてしまったりもした。

 今日、リリィもミレイも神楽耶も同じゲームをプレイしていると聞いた時は本国にゲーム機ごと置いてきたことを後悔した。連絡して送ってもらうので対戦や交換をしよう、とつい約束してしまったくらいだ。

 

 そんなゲーム会社の社長がリリィだという。

 ということは、あの可愛らしいリリィはKMFにも詳しいのだ。ユーフェミアも皇女として「ゆっくりなら動かせる」という程度には操縦訓練を受けているし、ある程度の知識はあるが、ラウンズに任じられるほどKMFに拘りのあるジノと会話するには全く足りていない。

 それなのに、特に訓練を受けているわけでもないリリィが自分で調べて知識を蓄えており、なおかつ、KMF開発者である婚約者とも濃い会話を繰り広げているというのだ。

 

「お願いすればきっと、喜んでお相手してくださると思います」

「そうですね。ああ、楽しみだなあ……! あのゲームの開発に関わった方だ。話したいことは山ほどある……!」

 

 今までで一番楽しそうなんじゃないか、といった様子のジノの姿に苦笑するべきか、微笑ましいと取るべきか悩んでいると、

 

「あら?」

 

 カフェから少し離れた辺りで人の話し声が耳に入った。

 見れば、三人の少女が立ち話をしている。正確には、声を出しているのはうち二人だけだが。話している中の一人は他でもないリリィだった。

 猫を愛でた後、他の生徒にでも捕まったのだろうか。

 

「先輩達ばっかりずるいです! 今度は私達も誘ってくださいよ!」

「抜け駆けしてしまってごめんなさい。ええ、今度は必ずお誘いしますね」

 

 どうやらお茶会の話らしい。

 水着が入っていると思われる防水のバッグを手にした可愛らしい少女を見つめ、彼女のことも紹介してもらえるのだろうか、と思い、

 

「すみません、リリィ先輩。ルルーシュもナナリーもいなくなって、シャーリーも寂しがっているんです」

「……え?」

 

 大人しそうな三人目の少女の声に、ユーフェミアは硬直した。



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ギアスユーザー・リリィ 八

「やっぱり、個体値厳選と努力値調整はエンドコンテンツですね……」

 

 ゲーム会社の社長である俺だが、日ごろからゲームをやりこんでいるかといえばそうでもない。

 仕事のせいでゲーム時間が削られているからだ。なので一作目も二作目も、廃人に比べたら大人しいプレイしかしていない。

(テストプレイとデバッグはさんざんやったが)

 

 ただ、数日前のお茶会でユーフェミアから対戦希望の話が出たことで、もう少し手持ちの強化をしておく必要が出てしまった。

 

「まさかユーフェミアさままでプレイしていたなんて」

 

 兄からのプレゼントだったということなので、またしてもシュナイゼルの差し金である。

 ともあれ、あの純粋な少女から「一緒に遊ぼう」と言われては断れない。

 さすがにガチ廃人ということはないはずだが、念のため、ガチバトルにも対応できるようにしておきたい。C.C.と対戦した時は技セレクトと相性でなんとかゴリ押したが、対戦理論まで構築してるような奴には手持ちだと心もとない。

 非公開の内部データやダメージ計算式、技の成功率等を網羅できているのは開発側の特権。

 純粋に強い対戦用のメンバーを一から育てて社長の面目を保ちたい。

 

 というわけで、今日はクラブハウスの方に泊まってのんびりゲームである。

 ベッドの上でチーズ君を抱きしめながらぴこぴことゲーム機を操作。

 

「ミレイさんはおそらくインパクト重視。六体全部別のオーナーからトレードした個体だとか、そういう方向性で攻めてくるはず。ただ、神楽耶さまは要注意ですね。あの方は侮れません」

 

 状態異常を駆使して一方的に攻撃して来るか、はたまた博打技を連続して成功させてくるか。正攻法では歯が立たない恐れがある。

 と。

 こんこん、と、部屋のドアがノックされる音に、俺はゲームの手を止めた。

 

「はい。どちらさまですか?」

「わたくしです、ユーフェミアです。少々お話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ユーフェミアさま?」

 

 既に午後九時にさしかかろうとしている時間に何の用だろうか。

 

「今開けますね」

 

 首を傾げつつ、ドアを開ける。

 すると、寝間着姿で憂い顔のユーフェミアが立っていた。一応、傍らに専属のメイドさんも立っているが──。

 少女は俺の顔を見つめると、真剣な様子で言ってくる。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。二人だけでお話がしたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 女同士でなければ恋愛的な意味だと勘違いしてしまいそうなシチュエーションだが、赤面している場合ではないだろう。

 

「大事なお話なのですね。お茶くらいしかお出しできませんが……」

 

 頷き、脇に避けてユーフェミアを招くと、メイドさんが「ユーフェミア様をよろしくお願いいたします」と深くお辞儀をしてくる。何かあったらお前のせいだという言外の意図を察しつつ「必ず無事にお帰しいたします」と答えた。

 ドアが閉じてもなお、ユーフェミアは緊張した様子を続けていた。

 ひとまず紅茶を出し、テーブルを挟んで向かい合う。

 

「それで、お話というのは……?」

「リリィ様。わたくし、どうしても確かめたいことがあるのです」

 

 どうにも切迫した様子だ。

 

「……ユーフェミアさま。それは、他の者に聞かれてはまずい話でしょうか?」

「……はい」

 

 ならば仕方ない。

 何が起こったのか特定しきれないまま、俺はユーフェミアに断った上で盗聴器・監視カメラ発見等のルーチンをこなした。盗聴防止装置も起動。

 本当は地下に行ければいいのだろうが、俺には権限がない。

 皇女に対して失礼すぎる行動だが、ユーフェミアは文句を言わなかった。

 

 そして。

 ユーフェミアは紅茶を一口飲んでから話を切り出した。

 

「お話というのは、わたくしの部屋に以前住んでいた方のことなのです」

「っ」

 

 息を呑んだ。

 

 ──早すぎる。

 

 隠し通せると楽観していたわけではない。ただ、バレないで済む可能性もあるとは思っていた。なのに、こんなにも早く気づかれるとは。

 心の準備もないまま投下された爆弾に冷や汗をかきつつ、誤魔化すのは無理だろうな、と思う。

 

「どんな方だったのか、リリィ様はご存じですか?」

「ナナリーさん、という女の子です。神楽耶さまと同い年で、目と足が不自由な方でした。ですからこのクラブハウスにお兄さんと一緒に住んでいました」

「お兄様のお名前は?」

 

 ユーフェミアは俺から視線を外さない。

 

「ルルーシュさんという、線の細い知的な男性です」

「……やっぱり」

 

 皇女の唇が小さく動き、俯いた顔から涙がこぼれる。

 そっとハンカチを差し出すと、少女は「ありがとうございます」と言って涙を拭いた。

 

「もしかして、お知り合いなのですか?」

「どうして、そう思われるのですか?」

 

 問い返されて迷う。

 なんとなく。あなたの様子を見てそう思った。そんな風に答えることは簡単だ。何より、踏み込むことは彼女達の、皇族の問題に深く関わることになる。

 ことを穏便に済ませたいのなら、ユーフェミア側が言葉を濁してくれることに賭けた方がいい。

 だが。

 

 ──今更じゃないのか?

 

 何故、ユーフェミアは俺のところへ来たのか。

 情報を得たいのなら直接理事長を問い詰めてもいいのだ。皇族として命令すれば理事長としても逆らうことは難しい。

 にもかかわらず俺のところに来たのは、俺が「最も親しい友人だから」ではないのか。

 皇女に頼られている、あるいは()()()()()()()()時点で俺はもう踏み込んでしまっている。

 

 ならば、話せる範囲で話せるだけ話してしまうべきだ。

 

「ルルーシュさんとナナリーさんは日本とブリタニアの戦争による戦災孤児だと聞いています。戦争時はまず海戦が行われ、本土で戦いが始まるまでには間があったにも関わらず、です」

 

 原作知識を用いずに考えても「両親はどうして日本にいたのか」という疑問が出る。

 もちろん、仕事で日本に居て帰れなくなった可能性はあるが、本土に大規模な空襲はなかった。たまたま数少ない空襲に遭ったのだとして、都合よく子供達だけが生き残れるものだろうか。

 

「最初からご両親は一緒ではなかった。亡くなったから日本へ来た、あるいは()()()()()()()、と考えた方が自然ではないかと。そしてアッシュフォード家、ミレイさんや理事長がよく気にかけていましたから……」

 

 何らかの事情を抱えていることは間違いない。

 となると、出自がミレイより上、つまり最低でもブリタニア貴族である可能性は決して低くない。

 ユーフェミアの様子を見た今なら、更に深いところまで推測できる。

 

「リリィ様は、その上で彼らと交友を?」

「利害関係だけで交友関係を続けるのは心に負担がかかります。ルルーシュさんやナナリーさんが好きだからこそ、私は彼らとお付き合いをしておりました。……いいえ、しております」

「今でも交流があるのですか?」

「もちろん、連絡は取れます。親しい友人の方はみんなそうだと思いますが」

「……リリィ様は本当にお優しいのですね」

 

 少女の口から溜め息が漏れる。

 ユーフェミアは表情を緩めると、俺に向かって頭を下げた。

 

「失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません。実は、学園内で噂話を耳にしまして……シャーリーさんという方から詳しくお話をお伺いしたのです」

 

 そうか、シャーリーからか。

 そういえば彼女は原作でルルーシュの写真まで持ち歩いていたか。俺も一緒に撮った写真くらい持っているが、さすがに持って歩いてはいない。

 

「頭をお上げください、ユーフェミアさま。大切な方なのでしょう? 手がかりになるかもしれないのなら、なんとしてでも問い詰めたい。そう思うことは何もおかしなことではありません」

「ありがとうございます、リリィ様」

 

 なおも瞳に涙を溜めながら、ユーフェミアは笑みを浮かべる。

 

「ルルーシュ達が生きていた。それがわかっただけでも代えがたい幸福です。これもリリィ様が運んでくださった幸運なのでしょうか」

「それでしたら、ユーフェミアさまに転校を勧めた方のほうかと。それから、ルルーシュさん達を保護してくださった理事長にも」

「ええ、その通りですわね」

 

 少しずつ少女がいつもの調子に戻り始めている。

 ほっとしつつ、俺は内心で「どうしたものか」と悩んだ。

 

 ──ユーフェミアにあっさりバレてしまった。

 

 こうなると退学の必要はあったのか、とさえ思ってしまうが、当のルルーシュ達が学園に居ないだけまだマシだ。最悪、本当に他の租界へ、あるいはゲットーへと逃げてもらうことができる。

 というか、ユーフェミアとシュナイゼルにかなりの繋がりがあるようなので、このままだと高確率でそうせざるをえなくなる。

 ユーフェミアにしてみれば(腹違いとはいえ)兄妹が生きていたという朗報なのだ。心優しい兄(ユーフェミア視点)に報告しない理由の方が少ない。

 

「ですが、ユーフェミアさま。差し出がましいことかと存じますが、ルルーシュさん達にも事情があること、どうかご理解いただけないでしょうか」

 

 だから、俺は先んじて釘を刺す。

 

「彼らとユーフェミアさまがどのような関係なのか、私には推測することしかできません。ですが、()()()()()()()()生きていることを隠したまま今日まで過ごしてきたのだということくらいはわかります」

「ええ。……きっと、そうなのでしょうね」

 

 ルルーシュ達の事情を知っているユーフェミアは頷いてくれる。

 兄妹が生きていると知った場合、皇帝は「反逆の意思があるなら殺せ」とかなんとか言いそうだし、シュナイゼルあたりは表面的には喜びつつ、いともあっさりと政治の材料にするだろう。

 そうでなくとも貴族の中に「親マリアンヌ派」とかができてややこしいことになる可能性もある。

 

「ですから、ユーフェミアさま。どうか、ルルーシュさん達の生存を他者に漏らすのは待っていただきたいのです。せめて、そう。本人達の意思を聞くまでは」

「ルルーシュ達と話ができるのですか?」

「連絡を取ることはできるのです。こう見えても私は彼の雇用主でもあるわけですし」

 

 ふふん、と胸を張って見せると、ユーフェミアはくすりと笑った。

 

 いや、まあ。

 威張っている場合では全くないんだが。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「今日も平和ですね、お兄様」

「……そうだね、ナナリー」

 

 ルルーシュ・ランペルージは未だかつてないほど暇だった。

 正確には平日昼間のこの時間は「勤務中」にあたるのだが、出来高制かつ時間給(割り当てられた時間に見合うだけの成果が出ていれば一定の給与が支払われる。要求以上の成果が出ればボーナスの対象になる)という融通のきく雇用形態のため、プログラマーとして天才的な才能を持つルルーシュにはのんびりする余裕が十分にあった。

 学園に通う必要もなくなった。

 授業は単位制なので、出席を重んじる教師の授業は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一定時間座って聞いていなければならない。十分以上に優秀なルルーシュにとってそれは苦痛であった。

 

 外にはあまり出られないものの、リリィから与えられた新しい家(正確にはリリィの家を借りているのだが)は快適だし、買い出し等は咲世子が担当してくれるので不自由はしていない。

 何より、

 

「退屈はしていないかい、ナナリー?」

「いいえ。むしろ、お兄様の近くにいられるので、楽しいくらいです。……皆さんと離れてしまったのは少し寂しいですけど」

「そうか」

 

 微笑み、「俺もナナリーと一緒にいられて嬉しいよ」と返す。

 親しい友人からはシスコンとからかわれる過保護ぶりだが、当人としては「兄が妹を大事にして何が悪い」と思っている。シスコンはある意味、尊称だ。

 

「ミレイさんとリリィさんは時々遊びに来てくださいますし」

「リリィ先輩には本当に頭が上がらなくなってしまったな」

 

 リリィ・シュタットフェルト。

 ミレイとは本土にいた頃からの知り合いで、名家シュタットフェルトの()()。以前は孤児であったとされ、その才覚によって見いだされ、変わり者で知られるロイド・アスプルンドの婚約者となった()()()()()()

 孤児であったことを裏付けるように、あるいは()()()()()()()()、養女になる前の彼女の動向についてはルルーシュには掴めていない。

 ただ、お気楽な性格で裏表のないミレイと違い思慮深い性格で、面倒な仕事は他人に放り投げるミレイと違い人から頼られることの方が多く、元気いっぱいなミレイと違い病弱で、知らないことは知らないとあっさり流すミレイと違い()()()()()()()

 

 シュナイゼルから預かったという謎多き少女、普段ゲームばかりしていると思えばルルーシュに対して妙に横柄だったりするセシリア(仮)の件も含め、リリィには色々と疑問がある。

 疑わしい部分があるにも関わらず心底から疑えないのがまたややこしい。

 

「あの、お兄様。せめてリリィさんにだけは本当のことを……」

 

 ナナリーが彼女を慕っているのもまた悩ましいところだ。

 幸い女性同士であるため、誑かされる心配だけはしなくていいのだが。

 

「そうだね。そうできればいいけど……それは慎重に考えないと。リリィ先輩が悪い人じゃなかったとしても、知ったせいでトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない」

「そう、ですね。そうですけど……」

 

 どうしたものか。

 ルルーシュは溜め息を吐──こうとして、ナナリーに心配をかけないように内心に留める。と、

 

「着信?」

 

 一瞬だけ携帯電話が鳴って、切れる。

 同じことがもう一度あって、ぱったりと鳴らなくなる。確認すると発信者はどちらもリリィだった。

 二回続けてワンコールで切った場合、大事な話があるから家に行く合図。

 

「お兄様」

「ああ。お茶の準備をしておこうか、ナナリー」

 

 言いながら、ルルーシュは可能な限り考えられる厄介事を脳裏に思い描いていた。

 そして奇しくもリリィの用件は、思い描いたうちの一つとほぼ一致していた。




今更ながらTwitterを始めました。
なにかちょっとしたことであればこちらで呟くかもしれません。

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ギアスユーザー・リリィ 九

 聞いたところによると、ユーフェミアはまだルルーシュ達の件をジノにも伝えていなかった。

 不幸中の幸い、と言っていいのかどうか。

 噂を耳にした際は一緒だったらしいので、名前自体はジノも耳にしている。直後、ユーフェミアの様子が変わったのにも気づいているだろう。

 後は彼自身がルルーシュ達のことをどの程度知っているかと、噂の重要性をどう考えるか。

 位の高い貴族なので皇宮の噂を聞くことができてもおかしくはないが、当時子供だった彼が覚えているかはわからない。

 マリアンヌおよびルルーシュ兄妹の件は緘口令が敷かれているはずなので、下手な調べ方をしただけでは何もでてこない可能性もある。

 まあ、どちらも希望的観測と言わざるをえないが。

 

 ルルーシュ達が住む一軒家に到着した俺は、ルルーシュとナナリー、咲世子、それからC.C.と共に地下室へと移動した。

 本当に大事な話をしたい時や、何者かによる襲撃があった時のために用意したものだ。

 周囲の空間が物理的に阻まれていれば盗聴の危険もぐっと下がる。ここまでするような事態はないに越したことはなかったのだが。

 

「……早すぎるな」

 

 咲世子の淹れたお茶を手に俺が語った内容に、ルルーシュが低い声で呟いた。

 

「もちろん、いつかは露見すると思っていましたが」

 

 さりげなく俺に向けられた視線は鋭い。

 

(先輩。わざとではないでしょうね?)

(わざとならもっと決定的な状況を作ります)

 

 困ったような笑顔で答えると、ルルーシュはふっと息を吐いた。

 嫌疑をかけるのはひとまず思い留まってくれたらしい。

 

 ここで、不安そうに顔を歪めたナナリーが口を開き、

 

「これから、どうなるのでしょうか」

「それに関してはルルーシュさん達の希望次第です」

 

 ここに来たのはユーフェミアの来訪から一夜明けた翌日の放課後だ。

 

 ユーフェミアとは「私からルルーシュさん達に対話の意思を確認します」と約束して別れた。

 その後、すぐさま非常用の連絡先を使って理事長にコンタクトを取り、今日の昼間、校内放送を使って向こうから呼び出してもらう形で状況を報告した。

 

 理事長の意見としては、本当にルルーシュ達を他へ移すことだ。

 建前上は他の租界へ移ったことになっているので、念のためそちらの移住先も確保されている。今のうちにこっそり東京租界を出て移ってしまえばひとまず危険は避けられる。

 後はアッシュフォード家ではなく咲世子の伝手を使ってどこかのゲットーにでも潜伏すれば見つかる可能性はかなり低くなるだろう。

 問題は理事長、そしてアッシュフォード家の立場が悪くなること。ブリタニア側が強硬策に出た場合、何をするかわからないこと。レジスタンスがルルーシュ達を使って反乱を企てている、などと言って武力行使に出てくる可能性だってある。

 

「ユーフェミアさまに共犯者になっていただくという方法もあります。もちろん、あの方の善意に委ねる形になりますから、策として上等とは言えませんが」

「ユフィ姉様ならきっと信じてくださいます」

 

 ぽつりと呟くナナリー。

 思いっきり「姉様」と言ってしまっているが、非常時なのでひとまずスルー。

 

「……くそ」

 

 ルルーシュも悔しそうに表情を歪めている。

 予想していなかったわけではないが、そもそも正攻法や多少の奇策でどうにかなる状況ではない、ということだろう。

 シャーリー達に口止めをするのも難しかった。言えない理由が多い以上「なんで?」という疑問に答えきれないし、お喋り揃いの面子がいつまでも黙っていられるとは思えない。ユーフェミアがいない場所ならいいんでしょ、と油断して立ち聞きされるとか、いかにもありそうだ。

 

 まあ、全く打開策がないわけでもないのだが。

 

「皇家を頼るという手もあります」

「……先輩?」

「キョウトのトップである神楽耶さま、そして皇家の庇護下にあるスザクさんは共に婚約者のいない状態にあります。婚姻あるいは婚約という形で縁を結び、助力を請えば助けてくださるでしょう」

 

 性別的にルルーシュが神楽耶と、ナナリーがスザクと、ということになる。

 もちろん、どちらか一方でも構わないだろうが。

 

「政略結婚、ですか」

「聞こえは悪いですが、全部が全部、悪いものではありませんよ。ナナリーさんはスザクさんがお相手ではお嫌ですか?」

 

 微笑みかけると、幼い(元)皇女は考えるような仕草をして、

 

「いいえ。スザクさんとだったら、きっと楽しいと思います」

「ナナリー!?」

 

 きっとルルーシュに睨みつけられる。

 

「先輩。ナナリーに変なことを吹き込まないでください」

「お兄様。リリィさんは私達のことを一生懸命に──」

「だとしても、言っていいことと悪いことがある。ナナリーを政治の道具にするなんて絶対に許さない」

 

 この怒り方には私怨(スザクにはナナリーをやりたくない)が混ざっていそうだな、と思いつつ、俺は真っすぐにルルーシュを見返した。

 じゃあ偽名くらい使っておけよ、という根本的な部分の文句は抑えつつ。

 

「では、逆にルルーシュさんが矢面に立つ覚悟もしてください」

「っ!?」

「私はシュタットフェルト家の養女に過ぎません。会社を経営しているとはいえ、ブリタニアの怒りを買えば簡単に潰されてしまうでしょう。ですから、私の会社に逃げ込ませることはできません」

 

 別に二、三日とかなら我慢しなくもないが、本気で匿うことはできない。

 話がユーフェミアで止まらないとわかった段階で、俺はルルーシュ達を「売る」ことも考えないといけない。

 皇帝を倒してくれるならルルーシュでもシュナイゼルでも誰でもいいのだ。

 

「……貴様」

 

 ルルーシュが「いつか殺すリスト」を持っていたら、そこに追加されそうな勢いで怒りをぶつけられるが、やばい状況だからって八つ当たりされても困る。

 

「ルルーシュさんに大事なものがあるように、私にも大事なものがあります。話していただけませんか、あなたの事情を」

「っ」

 

 少年の心の中ではすさまじい葛藤があっただろう。

 ルルーシュの孤独、怒りは計り知れない。

 理不尽な暴力によって母を失い、哀しみを訴えた父からは無慈悲に捨てられた。

 彼がブリタニア皇帝を憎む気持ちは、ずっと一緒に生きてきた(ナナリー)にさえ理解されない。

 それでもと進み続けてきた。

 その思いが、話してしまえば全て潰えてしまうかもしれない。

 そこへ。

 

「お兄様」

 

 ひたすらに「和」を求め続ける、ある意味では誰よりも気高く強い少女が、兄に請う。

 

「お話ししましょう。私は、リリィさんとお兄様が言い争う声なんて聞きたくありません」

「……ナナリー」

 

 かすれた声で呟いたルルーシュ。

 彼が小さく「わかった」と口にするまでには、それからしばらくの時間が必要だった。

 C.C.は一連のやり取りを黙ったままじっと聞いていた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「……リリィさんが日本人で、咲世子さんの妹」

「ずっとお話しできずに申し訳ありません、ナナリー様」

 

 ルルーシュ・ランペルージは自らの素性をリリィ・シュタットフェルトへ明かした。

 真の名を。

 母マリアンヌが何者かによって殺害された件。そして、日本へと送られることになった経緯を。それらは帰れない理由、素性を明かしたくない理由にも直結している。

 

「まさかお二人が皇族だったとは、驚きました」

 

 リリィはさほど驚いてなさそうな口調で感嘆した。

 状況からある程度は察していたのだろう。ユーフェミアと親しげな様子だった時点である程度、推測を絞り込めるのだから。

 

 そして、少女は代わりに自らの素性を明かした。

 もちろん、ルルーシュもリリィについて様々な推測を立てていた。中にはいい線行っているものもあった。

 しかしそれでも、少女の語った内容は驚くべきものだった。

 

「日本とブリタニアの開戦を予期し、養子縁組と婚約を使ってブリタニア本国に逃れた。そして、エリア11となった日本に戻ってきて独自の企業を立ち上げた、だと……!?」

 

 篠崎百合。

 それが彼女の本当の名前だった。

 

「咲世子さん、まさか彼女と──」

「いいえ、ルルーシュ様。私はお二人の情報については一言も漏らしておりません。()()()独力でここまでたどり着いたのです」

()()()と私は立場が異なります。どこにスパイが潜んでいるかわからない状況では情報交換もままなりませんでした。……まあ、姉さまこそが凄腕のスパイなのですが」

「もう、百合ったら」

 

 リリィと咲世子の会話は自然で、とても演技をしているようには見えなかった。

 

「……お前は、いや貴女は、一人で戦い続けていたというのか!? KMF(ナイトメアフレーム)の危険性を予見し、サクラダイトの重要性を進言し、コウモリと呼ばれるのを承知の上でブリタニア人となり、一人でも多くの日本人を養うために会社を立ち上げたと!?」

 

 ルルーシュは少女に親近感を覚えずにはいられなかった。

 潜伏して力をつけ、いつか目的を果たすために孤独に歩み続ける。それはルルーシュがやろうとしていたことと同じだ。

 いや、むしろリリィのやり方の方がよりスマートだ。

 武力を持ってブリタニアを倒すつもりだったルルーシュと違い、少女はあくまでも平和的な方法で日本を救おうとしている。

 彼女が動き始めた歳は、ルルーシュがまだ力のない子供でしかなかった頃だ。

 

 例えば当時のルルーシュに枢木ゲンブへ取り入り、日本での立場を作り上げて軍部に関わるような真似ができただろうか。

 

「大したことではありません。そうしなければ私は死んでいたかもしれない。だから、できることをやっただけです。会社を作ったのには多分に趣味が含まれていますし」

 

 嘯く少女だが、必死だったから、というだけで誰にでもできることではない。

 ルルーシュの胸にはある種の敗北感と反骨心が浮かび上がっていた。

 

 認めよう。

 リリィ・シュタットフェルトはルルーシュ・ランペルージにできないことをした。加えて、彼女は決して敵ではない。よって、正面から打倒することもできない。

 しかし、負けたままで終わる気はない。

 自分は自分のやり方で彼女に「参った」と言わせてみせる。リリィが何もしなくても事が済んでしまうくらい、鮮やかな策を繰り出してみせる。

 

 ルルーシュは笑みを浮かべ、小さな先駆者を見た。

 

「先輩。俺と貴女の望み、その方向性は一致している。そうですね?」

「はい。ルルーシュさんに日本を害する気がないのなら、私はあなた方の味方です」

「……百合」

 

 気づけば、咲世子が涙ぐんでいた。

 仕事中は常に使用人としての態度を崩さない(ときどき妙にお茶目な悪戯を繰り出してはくるが)彼女のそんな姿は初めて見た。

 ルルーシュは顔を隠すようにして左手を持ち上げると、告げた。

 

「ならば、考えましょう。俺も貴女も……いや、ここにいる全員にとって状況が好転するようなそんな一手を」

「はい。ですが、時間はありませんよ?」

 

 確かにその通りだ。

 リリィを疑う必要はなくなったし、やる気も十二分に漲っているが、危機的状況に変わりはない。現実は物語のように甘くはない。

 やる気になっただけで良い作戦が浮かぶのなら誰も苦労はしないのだ。

 

「それでも、どこかにあるはずです。起死回生の策が」

 

 高速で思考を巡らせながらそう告げた時、思わぬ方向から声がかかった。

 

「お前が望むなら突破口を示してやろうか、ルルーシュ」

「……セシリア!?」

 

 悠然とした口調で言ったのは緑髪の麗しい少女。

 彼女は超越者めいた笑みを口元に浮かべたまま、更に言ってくる。

 

「それは偽名だ。私の真の名はC.C.。不老不死の魔女にして、資格を持つ者に力を与える者だ」

「力だと? それは具体的にどんなものだ?」

「ギアスという。効果は個人ごとに千差万別。しかし、それは時に使用者の望みを叶え、悲しい運命を打ち破る」

「そして時に使用者を不幸へ導き、破滅させる」

 

 続けたのは白い少女だった。

 正直な話、見た目だけで言えばリリィの方がよほど魔女らしいため、彼女の言葉には妙な説得力があった。

 

「おい、リリィ。邪魔はしないのではなかったか?」

「邪魔ではありません。契約を結ぶ前に十分な情報を与えないのは不公平だと思っただけです」

「ああ言えばこう言う奴め」

 

 C.C.がリリィを睨むが、リリィは素知らぬ顔であさっての方向を見るだけ。

 シリアスな問いかけがあったはずが、急に子供の喧嘩じみてきたが。

 

(ギアスか)

 

 そんなものがあるのだとすれば、確かにこの状況を突破する鍵になりうる。

 だが。

 

「先輩ではないが、随分と荒唐無稽な話じゃないか」

「信じる信じないはお前の勝手だ。……お前が王の器だというのなら、どのみち手にすることになるだろうがな」

「王だと?」

 

 頭に父──ブリタニア皇帝シャルルの顔が浮かぶ。

 

 もしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()様々な事柄に説明がつくかもしれない。

 マリアンヌを殺した正体不明の相手。

 枢木ゲンブを殺した超人的な暗殺者。

 超急進派にも関わらず権力を掌握し、世界を統べようとしている皇帝シャルル。

 

 だとすれば、ギアスの力に頼るかどうかはともかく()()()()()()()()()()()()()()

 ただの嘘ならそれはそれでいい。

 ちらりとリリィを見て心を決める。

 

 ゆっくりと唇を開いて返答しようとして、

 

「あの、C.C.さん……? そのギアスは、私でも契約できるのでしょうか?」

「ナナリー?」

「お兄様にばかり負担をかけたくないのです。お兄様は悩んでいます。だったら私がすれば、少しでも負担は軽くなるでしょう?」

「残念だが、契約には私と視線を合わせる必要がある。ナナリーには不可能だ。……すまんな」

「いいえ。だったら仕方ありませんね……」

 

 ルルーシュはほっと息を吐き、気を取り直して答えた。

 

「いいだろう、C.C.。契約するぞ。そのギアスとやらを俺に寄越せ」



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ギアスユーザー・リリィ 十

「もう一つだけ忠告させてください」

 

 ルルーシュが契約する直前、俺はいらないお節介を焼いた。

 

「ギアスは人の強い想いを反映するようです。そしてその性質上、希望よりも欲望が、願いよりも憎しみが効果に現れやすくなっています」

 

 明かした真の立場からでも弁解しきれない、危うい台詞だが、言えるのは今しかない。

 

「どうかもう一度、あなたにとって何が大切かを考えてください。こんなはずじゃなかった、と後悔しないように」

 

 ルルーシュは無言で頷き、C.C.と向かい合った。

 

 なんとなく視線──というか、気配のようなものを感じて振り返ると、ナナリーが身体を小さく震わせていた。

 彼女の不安を少しでも和らげられればと、傍によって手を重ねる。

 もう一方の手には咲世子の手が重ねられた。

 

 そして、ルルーシュはギアスを得た。

 

 

 

 

 

 契約自体は一瞬で完了した。

 しかし、その間にルルーシュは幾つものビジョンを見たはずだ。

 

 ──C.C.が過去に見てきた光景。

 

 そういえば俺が契約した時は何も見えなかった。ルルーシュとの適性の差か、既にその光景を()()()()()せいか。

 ともあれ、帰ってきたルルーシュはしばらく動かなかった。

 

「お兄様……」

 

 はっとしたように振り返った少年は妹の顔を見つめる。

 

「ナナリー」

 

 それからもう一度C.C.を振り返って、

 

「これで終わったのか?」

「ああ。自分でもわかるはずだ。お前の中には既に新たな力が生まれている」

「そうだな。どうすれば発動するかも感覚的に理解できる」

 

 外見的にどこか変わったわけではない。

 ただ、ルルーシュの纏う雰囲気には変化があった。少し大人びたというか、オーラが強くなったというか、そんな感じがする。

 俺がギアスを得た時は周りから「今日も肌が白いですね」とかそんなことしか言われなかったが。

 

「ルルーシュさん、体調に変化は? 暑いとか寒いとか、幻聴があるといったことは?」

「いいえ、特には。()()()()()()()()そうだったんですか?」

「私も特にありませんでしたが、なにがあるかわかりませんからね」

 

 カマをかけたつもりだろう言葉にさらりと答えて、俺は更に尋ねた。

 

「試してみましょうか、ルルーシュさんのギアスを」

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ユーフェミアの元へ連絡が入ったのは、リリィと話をした翌日の夕方だった。

 携帯電話への着信。

 発信者はリリィだった。

 

「もしもし、リリィ様ですか?」

『お待たせしてしまって申し訳ありません、ユーフェミア様。今、お時間よろしいですか?』

「ええ、大丈夫です」

 

 部屋の入り口脇に控えたメイドをちらりと見つつ答える。

 

「もう一時間もしないうちに夕食になるかと思いますが、それまででしたら」

『さすがに一時間はかからないと思います。ただ、そうですね。できれば少し、のんびりお喋りしたいのです。入浴されながらなどはいかがでしょう?』

「まあ、それは楽しそうですね」

 

 秘密の作戦を実行しているような気分になりながらそう答え、掛けなおすと約束して一度電話を切る。

 

「リリィ様とお話しながら入浴いたします」

「かしこまりました。私は食事の支度がありますので、それまではどうかごゆっくり」

 

 メイドは特に不審がる様子もなくそう答えてユーフェミアに一礼した。

 

 

 

 

 

 ユーフェミアの部屋にはリリィの部屋以上の防犯措置が施されている。

 浴室に設置されたカメラもその一つ。

 ただしこのカメラ、映像はある程度鮮明に記録できるものの、音声は細かく拾えない。無音の状態ならそれでも十分だが、例えば()()()()()()()()()()()()()()()()ほぼ使い物にならなくなる。

 狼藉者の姿を捉えるのが目的なのでそれで構わないのだが、今この状況においてはバスルームが即席の盗聴防止装置に早変わりする。

 

 幸いユーフェミアの携帯電話は防水機能がばっちりだ。

 

「お待たせいたしました、リリィ様」

『お手数をおかけして申し訳ありません。ああ、こちらにも水の音が聞こえます』

「ええ。裸で電話をしていると、なんだか少しドキドキいたしますね」

『今からドキドキなさっていては大変かもしれませんよ?』

 

 裸身を温水に晒しながら、ユーフェミアが胸に切ない痛みを覚えた。

 

「では」

『はい、代わります。後はごゆっくり』

 

 向こうから聞こえてくる小さな物音が、シャワーの中でも妙にはっきり聞こえた。

 

『やあ、ユフィ。久しぶり』

「ルルーシュ……!」

 

 ユーフェミアは大きな声を上げそうになるのを必死に堪えなければならなかった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ユフィ姉様、お元気そうで安心しました」

「よかったですね、ナナリーさん」

「はい。これもきっとリリィさんのお陰です」

 

 ほんの少しの間ではあったものの、ルルーシュからバトンタッチされて携帯電話を手にしたナナリーは、会話を終えた後、嬉しそうに声を弾ませた。

 愛くるしさに溢れるその姿に、思わず自分まで微笑んでしまう。

 

「大したことはしていません。むしろ、ナナリーさんの純粋な気持ちが報われたんだと思います」

 

 謙遜というわけでもない。

 ルルーシュも、スザクも、もしかしたらブリタニア皇帝でさえも。コードギアス世界の男達は女達の純粋さを無下にすることができないのだから。

 ナナリー、ユーフェミア、神楽耶。彼女達は正面きって戦うことはできない。智謀の限りを尽くすこともないかもしれない。だからといって、彼女達は決して役立たずでも愚かでもないのだ。

 

 ちらりとルルーシュに視線を向ける。

 

 真剣な表情ではあるが、一方でどこかリラックスしているようにも見える。なんだかんだ言って彼もユーフェミアと会話できて嬉しいのだろう。

 とはいえ、この会話は大事だ。

 ルルーシュがユーフェミアを説得できるかどうかで今後の動向が大きく変わる。

 もしも協力を断られたり、あるいは嘘をついている可能性が高かったら、ルルーシュ達には全力で雲隠れしてもらわないといけない。

 

 今のところ、話は落ち着いて進んでいるようだ。

 声を荒らげるようなことになるとユーフェミアのメイドに気付かれかねないし、そのあたりもハラハラものである。

 と。

 

「ところで百合、ギアスというのは何?」

「え」

 

 気づけば姉がなんだか妙なオーラを発していた。

 一見笑っているが、俺にはわかる。これは怒っている。

 

「ね、姉さま。落ち着いてください」

「これが落ち着いていられますか。私の知らないところで変なことをしていたのね? ちゃんと説明してもらうから」

「い、いえ、その。それは必要なことだったので、仕方ないというか……」

 

 姉さま怖い。

 しどろもどろになりつつ説明にならない説明をしていると、くつくつという笑い声が聞こえた。

 見ればC.C.がお腹を抱えている。

 

「なんだリリィ。普段は偉そうなことを言っておいて、姉にはまるきり敵わないとはな」

「放っておいてください」

「咲世子。もしギアスに興味があるならお前も挑戦してみるか? お前にもリリィと同程度の適性はあるはずだが」

「いえ、結構です」

 

 俺のギアスのせいでルルーシュの実験台にされた(ナナリーは目が見えないのでギアスも効かない)咲世子は、魔女からの誘いをきっぱりと断った。

 

「得てみなければ威力も危険性もわからない力など邪魔なだけです。KMF(ナイトメアフレーム)の操縦技術でも磨いた方がよほど役に立つかと」

 

 まあ、咲世子は生身だと作中最強とも言われる人物なので、下手なギアスなんか必要ない。

 向かい合ってよーい、始め、みたいな戦闘なら、悠長にギアスを発動しようとしている相手を先んじてぶん殴ってしまえばいいのだ。

 

「あれ、姉さま。KMFに乗るんですか?」

「パイロットを気絶させて奪い取る機会がないとも限らないでしょう? アッシュフォード家の伝手で一通りの技術は学んでいるわ」

「どこまで強くなる気ですか姉さま」

「理想は生身でKMFを撃破することよ」

 

 素手で、って意味なら出演するアニメを間違っていると思う。

 いや、爆薬とか使っててもやっぱり間違ってるか?

 

「咲世子さんとリリィさんは仲が良いんですね」

 

 ナナリーにくすくす笑われてしまった。

 

「ええ、それはもちろん。姉妹ですからね」

「でも、普段はこれまで通りにお願いしますね、姉さま。周りから怪しまれては困ります」

「わかっているわ、百合」

 

 などとやっている間にもルルーシュとユーフェミアの話し合いは進んでいる。

 

 やがて通話を切ったルルーシュは携帯電話を返してくれる。

 

「いかがでしたか?」

「交渉は成立です。ユーフェミアは俺達の存在を他に漏らさないと約束してくれました」

 

 彼の表情はどこか達成感に満ちていた。

 

「条件は直接面と向かって会うこと。ユーフェミアとは俺が会おうと思います」

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、ルルーシュが得たギアスは直接的な状況打開には繋がらなかった。

 効果が絶対遵守──原作でルルーシュが得た「命令を強制する」ギアスではなかったからだ。あれならば問答無用でユーフェミアを味方につけることもできた。まあ、もしそんなことをしようとしたら俺とナナリーが二人がかりで止めに入っただろうが。

 代わりに、ルルーシュのギアスは別の「大きなもの」を齎した。

 

 俺達は手に入れた「それ」によって今後の方針というか、絶対にやらなければならない目標を得た。

 目標に向かって進むためにも、ここでブリタニア側にバレるわけにはいかない。

 

 ひとまずプランの第一段階はクリアした。

 次はユーフェミアに会って直接話をすること。彼女を味方につけ、今後の行動の足掛かりとしなければならない。

 

「……貴女は本当に、自ら危険に飛び込むのが好きですね」

 

 隣に立つ男の声に「心外だ」と眉を顰めて返す。

 

「大元の原因である私が来ないわけにはいきませんよ」

「もう少し気楽に生きても罰は当たりませんよ」

「あなたに言われるとは思いませんでした」

 

 制服姿の見慣れない男は「違いない」とばかりに肩を竦めた。

 咲世子による(特殊)メイクによって印象をがらっと変えられ、シークレットブーツによって背丈も変わっているが、中身はルルーシュである。

 自前のアッシュフォード学園男子制服を着て、俺と共に昼休みの学園屋上にいる。

 生徒会によって立ち入り禁止の表示が出されているため他に生徒は一人もいない。これだけ開けていると逆に盗み聞きもしづらいので、そこそこいい場所だろう。

 

「と、やってますね」

 

 下の方から騒がしい声が聞こえてくる。

 生徒達が学園内をわいわい歩き回っているのだ。

 

『はいはーい! 現在、生徒会では昼休み限定、校内スタンプラリーを開催中でーす! 計十か所のチェックポイントに設置したスタンプを全て集めると、好きな生徒会メンバーとお茶する権利が得られます! 交渉次第では食事やゲームでも可です! みなさんふるってご参加ください!』

 

 タイミングよく流れた校内放送は我らが生徒会長、ミレイ・アッシュフォードのものだ。

 

 護衛という名の監視がついているユーフェミアに束の間の自由を与えるため、お願いして人の群れを作ってもらったのだ。

 何しろ言い出しっぺがミレイなので「どうせいつもの思い付きだろ」と、少なくとも一般生徒は疑いもしない。生徒会メンバーとのお茶デートの権利のため、みんなノリノリで昼休みを返上している。

 こういう時はアッシュフォード学園のノリの良さが有難い。

 

『おっと、質問が入りました。前生徒会長のリリィ先輩も対象ですか? もちろん、私、ミレイ・アッシュフォードが責任をもって先輩にお願いします! ですので安心してください!』

 

 いや、うん、ちょっとノリが良すぎるかもしれない。

 

「ですが、これでうまく行ってくれると──」

 

 言いかけた時、屋上の入り口が音を立てて開いた。

 やってきたのはピンクブロンドの背が高い女生徒、ユーフェミアだ。

 来た道を気にするようにしながらそっと扉を閉めた彼女は小走りにこちらへ駆けてくる。俺達の傍でいったん立ち止まって、

 

「ルルーシュ、ですね?」

 

 真っすぐにルルーシュ(変装)を見た。

 

「ああ。すまないユフィ、こんな格好で」

「いいえ。変装していてもわかります。あなたはルルーシュ。わたくしの大切な兄弟ですわ」

「わっ!? ちょっ、ちょっと待てユーフェミア!?」

 

 がばっ、と、抱き着くユーフェミアと狼狽えるルルーシュ。

 おっとりとした印象のお姫様は身長以外の部分も発育が良く、大変立派なものをお持ちになっている。女性経験が少ないにも関わらず、いきなりそんなものを押し当てられれば動揺もするというものだが、締まらないからもう少し堂々としていて欲しい。

 まあ、そんなところもルルーシュの魅力なわけだが。

 

「ごめんなさい、つい感極まってしまって」

「い、いや、構わないが……」

「失礼しました。私、お邪魔でしたね」

「もう、リリィ様。意地悪なことを言わないでください」

 

 頬を膨らませて軽く睨んでくるユーフェミア。全く怖くないというか、むしろ可愛い。

 こほん。

 小さく咳ばらいをしたユーフェミアは一歩、ルルーシュから距離を取ると落ち着いた声で言った。

 

「それでルルーシュ、電話の話なのですが──」

「ああ」

 

 表情を引き締めたルルーシュが厳かに口を開き、

 

「ユーフェミア、俺は」

 

 瞬間。

 ルルーシュが、ユーフェミアが、まるで時が止まったかのように凍り付いた。



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皇女の友人・リリィ

 突然の事態。

 俺は硬直したまま、死角から一人の人物が現れるのを見た。

 

 薄茶色の髪をした幸薄そうな少年。

 身に着けているのはアッシュフォード学園の制服だが、右手には拳銃が握られている。

 表情はどこか虚ろで、これから自分が行おうとしていることにさしたる興味を持ち合わせていないように思えた。

 そして、彼の右目は赤く輝き、ギアス発動中であることを示している。

 

 足早に近づいてきた彼は黙ってユーフェミアに銃を向け、

 

「こんにちは、暗殺者さん」

「な……!?」

 

 俺の声に手を止めた。

 

「止まっていない? まさか、その青い輝きはっ!?」

「はい。私のギアスの力です」

 

 俺に発現したギアスは、他のギアスからの干渉に際して自動的に発動して影響を防ぐもの。

 名付けるならギアスディフェンダー、といったところか。

 

「私に『絶対停止』は効きません。ユーフェミアさまを殺させるつもりもありません」

「へえ、そう」

 

 ゆっくりとユーフェミア、ルルーシュの前に進み出る俺に拳銃が突きつけられる。

 

「じゃあお前から殺そう」

 

 ここでギアスはいったん解除された。

 ほんの一秒程度、ルルーシュ達が状況を認識しきる前に再発動されたが──うん、最後の懸念も解消された。

 この時点で俺は既に、持ってきた鞄の中に手を入れている。

 さっと取り出されたそれ──束ねられた防犯ブザーに少年がぎょっとした隙に、あらかじめまとめてあったピンを引き抜けば、けたたましい音がサラウンドで響いた。

 

「これで、ギアスを解いた瞬間に注目が集まります」

 

 ブザーを束ねていた紐をちぎり、バラバラにして床へ転がす。

 少年は反射的に銃を向け、音を出すブザーの一つを撃ち抜くが、全てを壊すのは困難と察したのか「ちっ」と舌打ち。

 

「死ね」

「嫌です」

 

 俺は、続けて鞄から取り出したペイントボールを少年へ思い切り投げつけた。

 

 

 

 

 

 ゲンブを殺した犯人について、俺は最初から心当たりがあった。

 

 ロロ。

 

 原作ではルルーシュの弟に扮して「ランペルージ」姓を名乗っていたため、本当の苗字は不明。わかっているのは、とある組織によって養成されたギアス能力者であり、非常に暗殺向きのギアスを持っているということ。

 絶対停止の結界。

 一定範囲(数百メートル程度?)の生物全ての体感時間を停止するというもので、対象にとっては時を止められているのとほぼ変わらない。さすがに認識さえできない間に殺されたのでは俺の父親どころか、咲世子でさえ為す術がない。

 だが、この超強力なギアスにも弱点はある。

 発動中は使用者であるロロ自身の心臓が停止してしまうのだ。このため、激しい動きをしたり長時間使用していると本人の命に関わる。

 まあ、作中でこれを連続使用しながらKMF(ナイトメアフレーム)で交戦圏内から逃れる、とかやってるので、俺からしたら羨ましいほど健康な身体を持っているらしいが。

 

 ユーフェミアとの話し合いに望むにあたり、もしかしたら出てくるかもしれないと思って準備していたのだが、案の定だった。

 狙いはおそらくユーフェミアだろう。

 アッシュフォード学園内で彼女を殺すことで、転校を主導したシュナイゼルに批判を向けさせられる。そうなれば彼の政治力は大きく削がれる。

 ついでに、今この場で殺せば俺かルルーシュに疑いの目が向く。面倒な相手を一網打尽にできる絶好のチャンスだ。

 

 ならば、こちらがすべきはただで殺されないこと。

 ユーフェミア暗殺の所要時間を引き延ばし、かつ、ロロが何食わぬ顔で逃げるのを防ぐ。それができればこっちの勝ちだ。

 防犯ブザーは引き延ばしのため。

 そしてペイントボールが当たれば、ロロの姿は他の生徒から不審に思われるだろう。

 

 

 

 

 

 だが、ボールは当たらなかった。

 思いっきり投げたはずなのに如何せん勢いが足りなかったらしく、ひょい、とばかりにかわされてしまったのだ。

 落ちたボールはべちゃっと潰れて派手な緑色を撒き散らした。

 

「なに今の。もしかして当てるつもりだった?」

「し、仕方ないでしょう」

 

 赤面して言い返しつつ、俺は一歩下がる。

 再びのインターバル。

 ほんの一秒程度の再開を経て再び凍り付いた世界の中、

 

「警戒して損したかな。リリィ・シュタットフェルト。ひ弱で運動がダメなんだっけ。君以外がそのギアスを持っていたら厄介だったかもしれないけど──」

「好きに言ってください」

 

 下がった俺の手がユーフェミアに触れる。

 途端、皇女は何事もなかったように動きだした。

 

「っ。あれ、リリィ様? そちらの方は、それにこの音……」

「殺し屋です! 私から離れないでください!」

「っ、触れた相手にも効果を及ぼせるのか!?」

 

 そう。

 俺のギアスディフェンダーは直接接触している相手にも防御効果を及ぼすことができる。

 ただし、触れ続けていないと効果がないし、原作ルルーシュの絶対遵守のように「一度使ったら永続する」ギアスに関してはかけられた時にしか防げない。

 ロロのギアスに関しては使用中はずっと発動しているので後からでも防げるが、問題は使用者の俺が殴られただけで死にかねない虚弱だということと、そのせいで「ユーフェミアの手を引いて逃げる」なんて真似が不可能だということ。

 手を離したらユーフェミアは止まってしまうが、手を繋いだままだと俺のせいで追いつかれるというこの悲しさ。

 

「でも、構いません。少しでも守る力になるのなら……!」

 

 ユーフェミアに触れたまま、一歩離れた場所にいるルルーシュの手を引く。

 はっとした彼は唇を空振りさせると辺りを見回して、

 

「これは、前に先輩が言っていた……!?」

「話が早くて助かります。二人とも、私から離れないでください。もう一度固まってしまいますから」

 

 全員動けるなら、とばかりに解除されるギアス。

 

「この……! 余計なことばかりして!」

 

 ここでようやく銃が俺に向けられた。

 さっさと撃てば良かったのに、と思わなくもないが、凄腕の暗殺者ロロもこの状況は想定外だったのだろう。これまでは電子的な障害さえ気を付ければはい『絶対停止』、はい殺害、で仕事が終わっていたのだから。

 

「させないと言っています……!」

「リリィ様!?」

「私の後ろにいてください、今は時間を稼ぐのが重要なんです!」

 

 二人につかまってもらいつつ、ゴールキーパーのように腕を広げてユーフェミア達を守る。

 いかんせん身長差のせいではみ出しているが、心臓くらいは守れる。

 そういえば、防犯ブザーのために日傘を放り出してしまったので日差しがきつい。時間制限があるのは俺も同じか。

 だが、ここさえ乗り切れば後はルルーシュやシュナイゼルがどうにかしてくれる。

 

「死ね」

「先輩!」

「リリィ様!?」

 

 銃声。と同時に身体を引っ張られた。

 衝撃と共に左肩に猛烈な痛み。撃たれたのだ、と、滲みだした血を見て理解する。

 あまりの痛みに膝をつく。

 

「ちっ、死にぞこないが……!」

「ありがとうございます。お陰で、もう少し時間が稼げます。この空間は長くもちません。時間と、弾数さえ稼げば、後は」

「喋るな! せめて俺達の足にでもつかまっていろ!」

 

 ルルーシュが叫ぶ。

 それはいい。座り込んでいれば、俺を狙った弾がルルーシュ達に当たることはない。既に二発の弾と相応の時間を使わせた。このままなら──。

 

「いいんですか? 音、響いていますよ?」

「くっ、このおおおおおっ!!」

 

 結界が再開。

 そう。防犯ブザーがある以上、解除したままでいれば人が集まってきてしまう。ロロはギアスを使った状態で俺達全員を殺すしかない。

 逃げれば、俺達三人に顔を記憶され、皇女暗殺未遂の犯人として手配されることになりかねない。

 

「くそっ!?」

「はぁ、はぁ……っ。え……?」

「ぐ、あっ……!?」

 

 銃声。

 だが、俺に新たな痛みはない。

 代わりに声を上げたのはルルーシュだった。

 どこからか取り出した拳銃を構えていたらしい。銃弾はかすっただけのようだが、銃は床に落ちて転がる。すかさずユーフェミアが身を屈めて手を伸ばした。

 

「動くなぁ!?」

 

 銃弾が床を跳ねたが、若き皇女は怯まなかった。

 俺が掴んでいる方の足を動かさないままに拳銃を拾い上げると立ち上がり、意外にも様になった手つきで構える。原作では拳銃どころかサブマシンガン、更にはKMFまで使ってたからな……。ブリタニア皇族の英才教育恐るべし、である。

 やばい、目が霞んできた。

 

「絶対に許さないからな」

「やってみろ、できるものならな。だが、やるなら確実にやることだ。もし俺が生き残ったなら、俺は確実にお前を殺す」

「武器を捨てて投降してください。一刻も早くリリィ様をお医者様のところへ連れていかなければならないのです」

「ぁ……」

 

 意識が遠のく。

 

「俺の目を見ろ、下郎!」

 

 俺は一秒でも長く意識を、自分のギアスを維持しようと気力を振り絞りながら、ルルーシュとユーフェミアの足にしがみつくようにして倒れた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「……やりすぎです、咲世子さん」

 

 ルルーシュは言葉を選びつつ、しゅんと肩を落とすメイド──否、リリィの姉にやんわりとした苦言を呈した。

 

「申し訳ありません」

 

 咲世子も言い訳はしなかった。

 ただ、自分のしたことに後悔はないと顔に書いてある。

 無理もないとは思う。

 とはいえ。

 

 ──専門家でもないのに、数百メートル先からの狙撃一発で胸の中心を撃ち抜くとは。

 

 タイミングはリリィが倒れた直後。

 どこまで近づいていいのか不明なため、マージンを取って陣取った場所からの本格的な狙撃。十分に時間を取って撃ったのは正しい判断だが、そのお陰で少女が負傷してしまったのも事実。

 咲世子としては()()()()()()()()()()というのが本音かもしれない。

 

 少年は死んではいない。

 ギアス使用の副作用と、弾に仕込まれた強力な麻酔薬のせいで衰弱しており、回復にどの程度かかるかわからないものの、身体は十二分に丈夫なようなので心配はないだろう。

 ただ、期待していたような情報収集はお預けになってしまった。

 

 あれから。

 

 狙撃によってギアスが解除された後、リリィの防犯ブザーによって屋上には多くの人が集まってきた。

 変装しているとはいえ見つかるとまずいルルーシュに、ユーフェミアは慌てず騒がず告げた。

 

『ルルーシュ、あなたは逃げてください。リリィ様のことはわたくしが』

『だが……』

『話はまた今度にしましょう。大丈夫、この方を害するようなことは誓っていたしません』

 

 それだけ言った皇女は日傘で影を作り、リリィの鞄から包帯を取り出して応急処置を行いながら、スピーカーモードで病院へ連絡を取り始めた。

 必死な表情から、どうにかしてリリィを生かそうとしているのがわかった。

 

『……すまない、恩に着る』

 

 屋上を出たルルーシュは「前会長が撃たれて倒れてる!」と騒ぐことで逆に人を集め、その隙にこっそりと学園を抜け出した。

 狙撃位置から離れた咲世子と合流し、潜伏先である家へと帰ってきて今に至る、というわけだ。

 リリィが倒れたことはナナリーにも伝えざるをえなかった。数日おきに顔を出していた少女が来なくなれば不思議に思うのは目に見えているし、誤魔化しきれるものでもないからだ。

 

「……リリィめ。そう簡単に死にそうにもないと思っていたが、まさか自分から死に急ぐとはな」

 

 話を聞いたC.C.はどこか不満そうにそう吐き捨てた。

 

「C.C.さん、そんな言い方は……」

「ナナリー。彼女も彼女なりに先輩を心配しているんだよ」

 

 妹を宥めつつも、ルルーシュもまた心中では動揺していた。

 目の前でリリィが撃たれる光景。それはひどく衝撃的だった。思わず母・マリアンヌや妹・ナナリーが同じ目に遭う光景を想像してしまったほどだ。

 ギアスを持った暗殺者の可能性はあらかじめ知っていた。

 派遣したのがギアスを研究する謎の組織である可能性もリリィが示唆していた。ブリタニア皇帝もまたギアスを所持しており、その組織と繋がっている可能性も。

 だから、こうなることは想定内だった。

 重傷者一名。絶対に助からない者を出すことなく脅威の暗殺者を退けたのだからむしろ成功といってもいい。同じ能力者がいない限りは危険が大幅に下がったのだから。

 だが。

 

 ──こうなることを最初から見越していたな!?

 

 自分が倒れる可能性を考えていたからこそ、リリィは持っている情報をごっそりと開示した。

 かえって混乱することを恐れず推測も含めて話したことがそれを裏付けている。

 

「絶対に死ぬなよ。……後はもう、好きにゲームでもなんでも作らせてやる。貴女の出る幕なんて作らせはしない。だから──」

「……お兄様」

「ルルーシュ様……」

 

 拳を強く握りしめる。

 ただ一人、何を考えているのかわからない魔女は、

 

「なんだ。惚れたのか、あの女に」

「馬鹿なことを言うな。ただ単に、見返してやる前に死なれては困るだけだ」

 

 はやる気持ちを抑えながら、ルルーシュは思考を巡らせる。

 ここからは自分のターンだ。

 暗殺者から情報を引き出せなかったのは痛いが、幸い、既に十分なカードは持っている。後は第三のプレイヤーを使って場を引っ掻き回す。

 

 

 リリィ・シュタットフェルトが一命を取り留めたとの連絡がミレイ経由で入ったのは、その日の夜遅くになってからのことだった。



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皇女の友人・リリィ 二

 目が覚めたらベッドの上で、ベッドサイドに扇がいた。

 一瞬「なにこれ、どんな状況?」ってなりかけたが、気を失う前のことを思いだしてパニックは避けられた。

 

「ここは……」

「社長、気が付いたんですね。良かった!」

 

 いつも以上に身体が重い。

 なんとか唇を開いて声を出すと、扇は表情を輝かせて大袈裟に喜んだ。

 

「社長、三日も眠ったままだったんですよ」

「三日……!?」

「ああ、仕事は大丈夫ですから心配しないでください。社長がいないだけで回らなくなるような体制は取っていません」

 

 確かに、黙っていても初期メンバーが回してくれるから、最近は特にお飾り感が強い。

 いいことではあるものの、彼らに頼りすぎるのもどうかと思う。いっそ副社長を設定してもいいのだが、ブリタニア人にしても日本人にしても角が立ちそうな気がする。両方という手もあるが、それはそれで派閥争いとか起きそうで怖い。

 日本人でカリスマ性があり、いざという時は実務に関われるが普段はお飾りでいられる人間……神楽耶? いやいや。

 

「私、そんなに大怪我だったんですね」

「まあ、怪我は肩の一発だけだったんですが」

 

 それも、ユーフェミアの応急処置もあって出血多量とまではいかなかった。

 にもかかわらず、一時危険な状態にまで陥ったのは体力が無いせい。何しろ直射日光を浴びているだけで弱っていくような身体だ。

 付き添いが扇なのはどうしてかと思えば、単に社員が交代で見舞いに来ていたかららしい。休憩時間が増えたと思えばちょうどいい、と、冗談なんだか本気なんだか微妙なノリで色んなスタッフが来てくれていたようだ。

 

「見舞いの品もたくさん来ましたよ、ほら」

「ほんとにたくさんありますね……」

 

 お見舞い品は山のようにあった。

 学園の生徒はもちろん、生徒会一同と書かれたものやカレンから、両親から、社員からのもの、ロイドやセシル、特派一同と銘打たれたもの、ユーフェミアからのもの、ルルーシュ達からなのか差出人不明のもの、更にはシュナイゼルや「クロヴィス・ラ・ブリタニアより」となっているものまで……って、なんでクロヴィスからも来てるんだ。

 

「リストを作って、快復したらお返しをしないといけませんね」

「そうやって仕事を増やすのは社長の悪い癖ですよ」

 

 言いながらリンゴを剥くんじゃない。それは誰からの見舞いだ、ちゃんと控えておかないと……って、扇自身のか。ならいいや。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 扇はしばらくして帰っていったが、それからも入れ替わり立ち代わり色んな人が来た。

 聞かされた話を総合すると、ロロは俺が意識を失う直前には無力化されたらしい。強力な麻酔によって眠らされた状態で警察に捕縛され、特別室で拘束のうえ治療中とのこと。

 また、ルルーシュはうまく逃げたらしい。

 ユーフェミアも無事で、放課後になって顔を見せてくれた彼女ともども、ジノやお付きのメイドからも感謝の言葉をもらってしまった。

 

「リリィ様はわたくしの命の恩人です」

「ユーフェミア様を救っていただき、感謝の言葉もございません」

「いや、無事で良かった。ゲームの続編が出なくなってしまったら多くのKMFファンが悲しむでしょう」

 

 悪戯でユーフェミアを連れ出したのはそもそも私なんです、とは言いだしにくい空気。

 罪悪感を覚えつつ「大したことはしていません」と答えた。

 と、ユーフェミアからぎゅっと手を握られ、

 

「リリィ様。ですが、こんな危険なことはもう二度としないでください。わたくし、せっかくできたお友達を失いたくはありません」

「大丈夫です。私だって死にたいわけじゃありませんから」

「でしたら、入院中はゆっくりなさってくださいね。お仕事のことは忘れてください」

「え、それは少々困るのですが……」

 

 ジノに助けを求めると、彼は困ったような顔をしながらそっぽを向いた。

 

「出ないよりは発売延期になる方がマシですね」

 

 クロヴィスからお見舞いが来ている理由もわかった。

 

「公式的には身分を公開していないとはいえ、ユーフェミア様を救ってくださったのです。エリア11の総督であるクロヴィス殿下がお礼を申し上げることに何の不思議がありますでしょう」

「それは、恐れ多いと申しますか……」

「ですが、リリィ様が快復したら直接招いて礼を言いたい、とも仰っていましたよ?」

 

 まさか、こんな形でクロヴィスと繋がりができるとは。

 ……会いに行くのが今から憂鬱になってきた。

 

 

 

 

 

 ロロの身柄はブリタニア軍が確保することになったらしい。

 クロヴィスあたりから命令があったのだろう。アッシュフォード学園は並の暴漢では入り込めない程度にはセキュリティが厳しい。ジノと昔馴染みな程度には位の高い貴族──ということになっているユーフェミアを狙った暗殺者を拘束するのはそう不思議なことではない。

 ただ、彼から直接話を聞くのは難しくなった。

 とはいえ、吐かせるための『絶対遵守』もない。尋ねたところで素直に吐いたかは怪しいところだが。

 

 事情聴取には適当な嘘を交えつつ答えた。

 

「あの場には他に誰がいましたか?」

「ユーフェミアさまと私だけです。あの殺し屋は突然現れました」

「何故、女性だけで二人きりに?」

「まさか学園の屋上で命を狙われるとは思わないでしょう? のんびり羽根を伸ばしたくなることくらい誰にでもあるものかと」

「あの人物に心当たりは?」

「少なくとも会ったのは初めてです。……ああいった存在がいるのではないか、という疑いは枢木ゲンブ首相が殺害された時から懸念していましたが」

 

 最後の話をしたら「何を言ってるんだこいつは」という顔をされたが、俺は実際、用意していた防犯グッズのお陰で助かったのだ。

 俺が普段から防犯ブザーを持ち歩いているのはニーナの一件でも警察に知られていたため、その点については不審がられなかった。

 

 

 

 

 

「ああもう、義姉さんは弱いんだから無茶しないでよね!」

「ご心配をおかけして本当にすみません……」

 

 カレンからも目いっぱい怒られた。

 

「でも、カレンさんがそこまで心配してくれるなんて嬉し──」

「はあ!? こっちが真剣に話してる時に何よその態度!?」

「すみませんでした」

 

 いや、うん、あらためてこの義妹(いもうと)も凄い子だなと思った。

 でも、これからはこんな無茶をしないで済むはず。

 生身での戦闘におけるバランスブレイカー、ロロが退場してくれれば、後の相手は咲世子やスザクでも十分に戦える。そもそも戦いの場にのこのこ出て行くつもりはない。

 

「まったく……。とにかく、これから出歩く時は必ず車を使うこと」

「免許を取れという意味……ではありませんよね?」

「当たり前でしょ。送り迎えを頼めって言ってるの。遅くなるようなら学園に泊まりなさい。お嬢様なんだから使えるものは使えっての」

「カレンさんもお嬢様なんですが」

 

 カレンはふんと鼻を鳴らすと「私はいいの」と言った。

 

「ちゃんと治るまでは大人しくしててよ。勉強は遅れるけど、義姉さんならどうとでもなるでしょ」

「ええ。実際のところ、卒業に必要な単位は足りてるんですよね……」

「はあ? 何しに学校行ってるのよあんた?」

「学び足りない部分を学んだり、噂話を集めたり、図書館で読書をしたり、生徒会に所属していた頃はその仕事もありましたね。家にいるとリラックスしてしまうので、敢えて個室を借りて会社の方の仕事をしていることも──」

「休みなさい」

「はい」

 

 仕方ないのでノートパソコンさえあればできる仕事をしたり、本を読んだり、ゲームをしたりして時間を潰した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

『では、経過は順調なんだね?』

「ええ、それはもう。ベッドの上は慣れている子ですから。多少もどかしそうにはしていますけど、大人しく療養していますよ」

『それは良かった。直接お見舞いに行ければ良かったんだがね』

「殿下がお忙しいのはリリィもわかってますよ。ご心配なく」

 

 ロイド・アスプルンドは研究室の傍らでシュナイゼルとの映像つき通信を行っていた。

 特派の出資者と主任。連絡を取り合うには十分な間柄ではあるが、簡単な進捗報告の後で話題に上がったのは、プライベートな用件と言って差し支えないものだった。

 

「そうそう。見舞い品のお礼をくれぐれも言っておいてくれ、と、口を酸っぱくして言われました」

『大したことじゃないさ。私は君同様、リリィのことも友人だと思っているんだ』

「友人ですか。それは彼女も見込まれたものですねえ」

 

 皇子らしく、また宰相らしい上等な衣装に身を包んだシュナイゼルは常と同じく爽やかな笑みを浮かべている。

 気持ちのいい笑顔だ。

 ロイドはシュナイゼルの人柄を気に入っている。自分にとっておきの場所を与えてくれ、高い研究費をぽんと出してくれることには感謝している。

 

『君こそ、見舞いには行っているんだろう?』

「ええまあ。容態が急変でもしない限り一回行けば十分だと思うんですが、周りが行けとうるさいもので」

 

 特にセシルだ。

 大丈夫だと言っても「二、三日に一回は行くべきです。本当は毎日行った方がいいんですよ?」と譲らない。しまいには「ロイドさんが行かないなら私が行きます」と言うので「じゃあお願いね」と言ったら「そういうことじゃありません!」と怒られてしまった。

 会いに行ったところで、お土産に持って行ったプリンを二人で食べて、ロイドがほぼ一方的にKMFの話をするだけ。場所が病院であること以外はほぼ普段と変わらない。お見舞いというか、ただのオフである。

 心配ないと確信しているので行く必要はないと思うのだが。

 

『そんなことを言って、彼女が倒れたと聞いた時は心配しただろう?』

「それはまあ。これから新しい婚約者探しなんてぞっとしませんからねえ」

『君らしいな』

 

 なおも爽やかに笑うシュナイゼル。

 ロイドもまた、いつもの笑みを浮かべ、カメラ越しに出資者兼上司の姿を見る。

 

「ですが殿下? さすがに趣味が悪いんじゃないかと」

『ん? なんの話かな?』

「ちょーっと、僕の婚約者を便利使いしすぎじゃないです?」

「ちょっ、ロイドさん!?」

 

 二人の会話を遠巻きに聞き流しながら仕事をしていたセシルが悲鳴じみた声を上げる。

 大方「どうせのらりくらりとした会話が続くだけでしょう?」とか思っていたところに爆弾が投下されて焦っているのだろう。

 宰相閣下にその口の利き方はまずいですよ、とでも言いたげな視線が飛んでくるものの、ロイドはそれに気づかないフリをした。

 

『リリィにそこまで仕事を振った覚えはないがね』

「じゃあ僕の勘違いですかねぇ? まあ、言いたいことはそれだけです。暴言、失礼しました」

『いや。私も心に留めておくよ。忠告ありがとう』

 

 そうして通話は表向き、何事もなく終わった。

 シュナイゼルは自分を排除するだろうか。いや、そもそも自分は義憤にかられて妙なことをしでかすほど熱い人間ではない。そしてそのことは向こうも十分にわかっているだろう。

 

「あーあ、減給とかあったら嫌だなあ」

「ロイドさん、お給料なんて殆ど使ってないじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどねえ」

 

 貴族家を追い出された時のために蓄えはあった方がいいし、特派にいられなくなった時、私費で研究ができるだけの金があったらいいとも思う。

 追い出されないように身の振り方をちゃんとすればいい? それができたら苦労はしていない。

 と、セシルがくすりと笑って、

 

「でも、ロイドさんも案外、リリィちゃんのこと思っているんですね」

「やめてよね。そういうんじゃないんだって、本当。さ、仕事仕事」

 

 手をひらひらと振ってセシルを追い払い、ロイドは意識を仕事モードに戻した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「やあ、良く来てくれた。歓迎するよ、シュタットフェルト嬢」

「お招きに預かり光栄です。クロヴィス・ラ・ブリタニア殿下。リリィ・シュタットフェルトでございます」

 

 十二畳ほどの(貴族の感覚では)狭い部屋。

 上座にあたる場所に座っていた男が立ち上がって歓迎してくれるのに対し、俺はカーテシーの後、臣下の礼を取った。

 

 ブリタニア第三皇子クロヴィス。

 見た目はシュナイゼルから落ち着きと年齢を差し引いたような雰囲気。シュナイゼルに比べるとスリムな印象が強いが、それはあの腹黒が長身すぎる上に威厳ある服装ばかりしているのが大きいだろう。

 彼も十分すぎるほどにスタイルが良く、見目も良い。

 

 俺に同行してくれたユーフェミアは兄妹だけあって慣れているのだろう、カーテシーだけを行ったうえでにこやかに言ってくれる。

 

「クロヴィス兄様はこの日を楽しみにしていらしたそうですよ、リリィ様」

「ユーフェミア、それは言わないでくれと言っておいただろう」

「まあ。これは申し訳ございません」

 

 和やかに笑いあう姿はまるでごく普通の兄妹のようだ。

 原作でのクロヴィスは日本人(エリア11)に対する非情な攻撃を行ったうえ、ルルーシュの作戦にまんまと翻弄され、最終的にあっさり死ぬ、と、いいところなしで、後から「そういやあいつ皇族だったんだよな」とでも思い返さないと雑魚キャラにしか見えない有様だった。

 しかし、考えてみると原作でのあの作戦は「レジスタンスに奪い取られた最重要アイテム(C.C.)を早急に取り返すため」という非常時の行動だった。総督本人が戦闘指揮に優れている必要も別にないわけで、クロヴィスという人物の格をあれで判断するのは早計というものだ。

 ちなみに、こちらでもC.C.は奪われているわけだが、何しろ実行したのがシュナイゼルだ。鮮やかに奪って見せることで首謀者を絞り込ませ、下手な動きができない状況を作り上げたのかもしれない。少なくともこちらでは大規模な日本人への攻撃は起きていない。

 

「リリィと呼んでも構わないかな? 今日は要望通り、少人数での食事会という形で席を設けた。どうか気楽に話を聞かせてくれたまえ」

「はい。殿下のご厚情、誠に有難く存じます」



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■番外編:シャーリーのお仕事奮闘記?

「社長 リリィ・シュタットフェルト 六」と「七」の間くらい? の話です。
本編には特別影響しません。


「ううう……」

 

 シャーリー・フェネットは唸っていた。

 パソコンの前で唸っていた。

 時折思い出したようにカタカタと手を動かしては止め、おもむろにバックスペースキーを押し、また唸る。

 そして。

 

「あー、もう! 書けない!」

「……どうしたのシャーリー。そんなに騒いで」

 

 にっちもさっちもいかなくなって声を上げた彼女を、少し離れた席で作業に集中していた別の少女がジト目で見つめた。

 ニーナ・アインシュタイン。

 眼鏡に三つ編みお下げが特徴──だったのだが、とある少女に「ニーナさんは髪を解いた方が可愛いと思います」と言われて以来、新しい髪型を模索中の乙女(?)である。

 中学三年生にして()()()()新生徒会メンバーに抜擢されたシャーリーとニーナは時折こうして高等部の生徒会室を使わせてもらっている。前会長の遺産もあるし、新年度が始まるまでは割と暇なので、二人とも生徒会の仕事とは別のことをしていたのだが。

 

「聞いてよニーナ。全然書けないの!」

「リリィ先輩に頼まれたSNSの記事のこと? 前に『こういうのなら楽勝ですよ!』とか言ってなかった?」

「言ったけど……書きたかったことは書いちゃったんだもん」

 

 せいいっぱい可愛げを出して言い訳すると、ニーナは「仕方ないなあ」とでも言いたげに溜め息をついた。

 一見すると冷たいとも取れる態度だが、

 

「今までにはどんなことを書いたの?」

「うん、これなんだけどねっ?」

 

 ほら、これである。

 仲良くない相手には無関心かつ冷淡な反面、仲良くなった相手の頼みは放っておけない性格。そういうところが可愛いとシャーリーは密かに思っている。

 訂正、たまに口に出して怒られる。

 立ち上がってシャーリーのパソコンを覗き込んできたニーナに記事を見せると、しばらく沈黙が続いて、

 

「シャーリーなりにゲームの魅力を紹介したのね。面白いと思う」

「でしょ?」

 

 これまでに書いた記事はなかなかの自信作だ。

 何しろシャーリーの「好き」な気持ちが詰まっているので、すらすらと書いていくことができた。

 ただ、

 

「この方向性だと限界があるのかな、って……」

「熱意が尽きちゃったんだ」

「ゲームに飽きたわけじゃないよ! ただ、無理やり引っ張り出して褒めてもそれは違うかなって……」

「そうね」

 

 頷いたニーナは少し考えて、

 

「だったら別の記事を書けばいいんじゃない?」

「別? って、たとえば?」

「ゲームを最初から始めて、その様子をレポートするとか」

「ふむふむ」

「友達と対戦した話で記事を作るとか」

「ほうほう」

「いっそシャーリーの恋の悩みだけで埋めるとか」

「え、なにそれ、アリなの?」

 

 我に返って尋ねれば、最近になって見せてくれるようになった悪戯っぽい笑顔を浮かべて、

 

「別に良いと思う。シャーリーが自由に書けるように『公認だけど非公式のページ』を任せてくれたんだと思うし」

「ほほー?」

 

 ニーナと前より仲良くなれている実感と共に別の面白みを感じて、シャーリーはにんまりと口を歪めた。

 

「さすが、リリィ先輩のことになるとよくわかってるねー?」

「な、やめてよシャーリー。別にそういうわけじゃ……」

「ない?」

「………」

 

 真っ赤になって俯くニーナは物凄く可愛くて、写真に撮って残したいくらいだった。

 実際にやったらハッキングしてでも消去しに来そうなのでやらないが。

 

(もう、ほんとニーナってば、リリィ先輩のことになると恋してるみたい)

 

 二人きりで手を繋いだり、笑いあったりしているニーナとリリィを想像するとほっこりするので、シャーリーとしては不健全だとか言うつもりはない。

 リリィに相手がいることを考えると、同性とかそれ以前に叶わぬ恋だとは思うが。

 だからといって諦められるほど、恋というものは易しくないと、他でもない実体験として理解している。

 

「でも、そっか。自由に書いていいんだ」

「うん。いいと思う」

「そっかそっか。じゃあ……」

 

 唇に指を一本当てて考え、一番面白そうだと思ったアイデアを口にする。

 

「リリィ先輩の観察日記とか!」

「……載せる前に本人にチェックしてもらった方がいいと思う。別に、私がチェックしても良いけど」

 

 そんなことを言いながら「読みたい」とニーナの顔には書いてあった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、今日は一日、リリィ先輩を観察することにしました!」

「なんで私まで付き合わされてるの……」

 

 朝早く集合させられたニーナはいつも以上にテンションが低かったが、ちゃんと来てくれた上、変装までしているあたり意外とやる気十分である。

 というか、普段の眼鏡をやめてコンタクトを付け、髪を後ろでひとつに束ね、軽く化粧を施した姿は、

 

(可愛い!)

 

 逆に目立つんじゃないかという気もするが、可愛いからOKだ。

 自分の変装(帽子にサングラス)をあらためてチェックしつつ、普段の登校時間よりだいぶ早い時刻から校門前で張り込みを開始。

 

「リリィ先輩は基本送り迎えなんだよね」

「学園に泊まってる時はもちろん徒歩だけど。……っていうかシャーリー。リリィ先輩、今日は風邪でお休み、とか後から言わないよね?」

「大丈夫。そこはちゃんと確認したから」

 

 朝食としてパンと牛乳を味わいつつ待っていると、だんだんと登校する生徒が多くなってくる。

 

「あ、おはよーシャーリー。何してるの?」

「うん、おはよー! ちょっとね、リリィ先輩を見張ってるの!」

「なんでナチュラルにバレたうえ、普通に会話してるの」

 

 もうちょっと目立たない位置に隠れなおしつつ更に待ち、

 

「あ、来た」

「リリィ先輩だ。今日もいつも通り」

「いつも通り色白すぎるくらいだね」

 

 幸い、リリィを見落とす心配は全くなかった。

 白い髪と白い肌、更には一年中ハイソックスかタイツを履き、手袋をして帽子を被り、日傘までさしているのだ。そんな「私は深窓の令嬢です」と全力で主張しているような生徒は、さすがにこのアッシュフォード学園にも一人しかいない。

 

 リリィ・シュタットフェルトは日光に弱い。

 

 吸血鬼かと言いたくなるくらいにわかりやすい弱点であり、日除けグッズは欠かせない。だから色白のままなのだが、体質らしいので「日に当たれ」とも言えない。

 むしろ、リリィを無理やり連れだしたり日光浴させるような生徒は問答無用で成敗される。

 中には「実はあの人はもう百年生きている」とか言った生徒が、どこかから飛んできたヘアピンに殺されかけたなんて話もある。ヘアピンで殺されるってどんな状況なのかと思うが、なんでも壁にめり込んだとかなんとか。

 

「おはようございます、リリィ先輩」

「おはよー、先輩」

「ええ、おはようございます、皆さん」

 

 リリィを見かけた生徒は多くが彼女に話しかける。

 それらにいちいち微笑みを浮かべて応対するものだから、ただでさえゆっくりな歩みが更にゆっくりになっている。

 で、その間に追い付いてきた後ろの生徒から更に声をかけられるというコンボ。

 お陰で隠し撮りするタイミングにも事欠かなかった。

 

「ねえシャーリー。先輩が授業受けている間ってどうするの?」

「窓から観察するに決まってるでしょ?」

「ええ……?」

 

 小さく「私も体力には自信ないんだけど」とか言いながらついてきたニーナと移動し、木陰から窓の向こうを観察。

 リリィは入り口側の一番後ろの席に陣取っていることが多い。

 後ろに座る生徒は居眠りをしたりする者が多いのだが、リリィの場合は単に「荷物が多いから邪魔にならないように」だ。窓際だと日光に殺されるので、自然と入り口側になる。体調を崩した時も退室しやすいのでちょうどいいらしい。

 

「うーん、あんまり面白いことは起きないね?」

「先輩が授業中に変なことするわけないでしょ?」

「あ、でも、ノート二冊出してるよ。落書きかな?」

「新しい企画を考えてるだけだと思う」

 

 これがミレイならイベントの企画だが、リリィの場合はゲームの企画だ。

 なんとも仕事熱心だと言わざるを得ない。

 

「この授業、だいたい三年生なんだろうけど、先輩が場違いに見えるね」

「リリィ先輩、小柄だから」

 

 髪の色は多様なので白髪はさほど目立たないのだが、中等部の生徒が交ざっているような奇妙さがある。

 その小柄なリリィが指名されればすらすらと淀みなく答えを口にするのだから猶更だ。

 

「そんな感じで授業時間は過ぎていきましたっと」

「誰に言ってるの」

 

 屋外でペンを出すのが面倒だからボイスレコーダーに吹き込んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

「お昼だよニーナ!」

「ん……もうそんな時間?」

 

 さすがに飽きたのか、途中から木陰で読書をしていたニーナを現実世界に呼び戻す。

 

「リリィ先輩のお昼ご飯、興味あるでしょ?」

「あるけど。校内だと尾行するの難しくない?」

「確かに。って、先輩が出て行っちゃう!」

 

 とはいえ幸い、その辺の生徒に「前会長はどっちに行った?」と尋ねればあっさり答えが返ってくるので、急いで追いかける必要もあまりなかった。

 

「リリィ先輩は屋内だと意外にアグレッシブ」

「お昼にどこに行くかは結構バラバラなんだよね」

「イレ──旧日本人の二人と食べる時もあるし、ミレイちゃんと一緒の時もある。ルルーシュ達のところだったり、他にも色々」

「もちろん私達もご一緒させてもらったりしてるんだけど」

 

 今日はとある教室で十人近い生徒とお喋りランチタイムらしい。

 男女混合の話好きメンバーに交ざって、多種多様な話をうんうんと楽しそうに聞いている。

 なんでも、こういう情報収集もゲーム制作に役立つのだとか。

 

「ねえシャーリー。私、パン買ってきていい?」

「あ、じゃあ私の分もお願い!」

「今日はシャーリー、一段と人使いが荒いんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 午後の授業も終わると、リリィはのんびり支度をして席を立つ。

 

「生徒会長だった頃は生徒会室へ直行が多かったみたいだけど……」

「今は結構日によってバラバラかな」

 

 学園内を歩いて噂話を集めることもあれば、誰かとお茶会を開くこともある。クラブハウス内に設けられた自室で自習や仕事に勤しむことも。

 今日のリリィは、

 

「あ、女子何人かに囲まれた。ニーナ、あれは?」

「確か合唱部の先輩だったと思う」

「ああ、ナナちゃんと歌うために入ったんだよね、確か」

 

 当のナナリーはまだ中等部に入っていないため、今のところは時々連行されては練習に参加させられる、という流れになっているらしい。

 困った、と言いつつ楽しそうに語ってくれたのを覚えている。

 一応、合唱部もリリィの体力の無さは心得ているらしく乱暴なことはしていないし、適宜休憩は取らせてくれているのだとか。

 

「ほらシャーリー、私達も音楽室に行こう」

「なんで急にやる気になってるのかな」

 

 なんでも何も、リリィの歌声が聞きたかったのだろうが。

 音楽室の外から耳を澄ませて聞いたリリィの歌声は透き通っていて、彼女の儚さをそのまま表しているかのようだった。

 これで十分な声量があればオペラ歌手とかも似合うだろう。

 無理せずに合うジャンルを探すなら童謡だろうか。盛り上がるには不向きだが、子供達がうっとり聞き入ってしまうタイプの声だ。

 

「先輩の歌は商品にもなってるんだよね」

「二作目のゲームの初回限定盤に顔出しで主題歌が収録されてる」

「うん、配ってくれたから私も持ってる」

 

 後から「初回限定特典だけ回収させてください」と言ってきたものの、申し訳ないがお断りした。

 

「こうして見ると色んなことやりすぎだよね、リリィ先輩」

「放課後、会社に顔を出してることもあるみたいだし、明らかに働きすぎ」

 

 ミレイのお気に入りなのに無茶振りを控えられている、という稀有な人材である。

 まあ、ときどきコスプレさせられたりはしているのだが。

 兎の耳と衣装を付けさせられたりとか。いわゆるバニーガールのコスプレ写真は一部の(ロリ……)男子の間で伝説になっているそうだが、もこもこしたバニースーツ姿も披露してくれていて、シャーリーはそちらの方が断然お気に入りだ。

 

「一日の用事が終わった後は帰宅するか、クラブハウスの部屋に落ち着く、と」

「うん。やっぱりそこでもお仕事したりしてるみたいだけど」

「先輩、いつ寝てるの?」

「ちゃんと一日八時間以上は寝てるって言ってた」

 

 シャーリーなんか、お菓子食べながらファッション雑誌を見ているうちに一時間経っていたりとかザラなのだが、さすがとしか言いようがない。

 

 

 

 

 

 一通りの観察を終えたシャーリーは「うん」と頷いた。

 

「結構参考になったかも。ありがと、ニーナ。付き合ってくれて」

「どういたしまして。私も、意外と楽しかった」

「っ! あーもう、この子は! ときどきすっごく可愛いんだから!」

「や、やめてシャーリー、苦し──」

 

 ついつい廊下ではしゃいでいると、音楽室のドアが開いて、

 

「お二人とも、こんなところでどうしたんですか?」

 

 色白小柄の前生徒会長が首を傾げながら姿を現した。

 別に怖い顔をしているわけではないのだが、さっきまでやっていたことが若干後ろめたいせいか、二人は「ひいっ」と声を出してしまう。

 そんなシャーリー達にリリィは微笑んで、

 

「ご用事が終わったのでしたら、一緒に歌いませんか? 大勢の方が楽しいです」

「「は、はい。喜んで」」

 

 そして。

 後日SNSに掲載された社長観察日記は異例の好評を博し、休日編やイベント編、会社編などと手を変え品を変え継続することになるのだが、それはまた別のお話。



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皇女の友人・リリィ 三

※入院期間は基準がよくわからなかったので適当です。


 結局、俺は三週間ほどの入院を余儀なくされた。

 弾の摘出も問題なく済み、費用はユーフェミアの実家持ちで行われた最先端医療の結果、身体にも痕は残らないで済んだ。

 ただ、養父と養母は必要以上に心配してくれて、退院後も一週間ほど家から出してもらえなかった。

 どうせ激しい運動なんて元からできないからって早めに退院できただけで、もっと入院していてもいいくらいなんだから、とのこと。

 

 一月ぶりに学園へ顔を出すと珍獣のような扱いを受けたが……これは元からか。

 

 事件のお陰でユーフェミアと内緒話がしにくくなったのと、ルルーシュ達に会いに行きにくくなったのも少々困りもの。

 後者に関しては「早めに家を購入し、人に貸して家賃収入を得る」とあらかじめ説明してある(実際給料から幾らか引いている)のでさほど違和感は持たれないだろうが、あまり頻繁に行くと怪しまれてしまうかもしれない。

 とはいえ、快復報告に立ち寄らないわけにはいかない。

 見舞いの品の整理も兼ねてと言い訳しつつ顔を出すと、主にナナリーと咲世子から飛びつかんばかりの勢いで迎えられた。

 ルルーシュからは烈火のごとく怒られ、C.C.からは嫌味を言われた。

 咲世子に抱きしめられ耳元で怒られながらルルーシュとC.C.の相手をするのは正直辛かったが、俺が無茶したのは完全なる事実なので重く受け止めるよりほかになかった。

 まあ、一番効いたのは、

 

「リリィさんが死んでしまったら私は悲しいです。ですから、どうか……」

 

 という、ナナリーの一言だったのだが。

 

 お説教の後は、なおも離してくれない咲世子に抱きしめられながら作戦会議。

 ここからはルルーシュが主導するというので、基本的には任せることにした。隠し事がほとんどなくなったので相談事がしやすくなったのはいいことだ。ルルーシュの頭の良さは俺なんかとは格が違う。彼が効率優先で非道な方法を取らないかを俺やナナリーがチェックし、時々疑問を挟む感じで上手く回った。

 結果、ひとまず行うべきことは、ユーフェミアに依頼しようとしていた内容と同じということになった。

 ロロに邪魔をされたせいで遅くなってしまったが、お陰で巡ってきたチャンスもある。

 

 ユーフェミアとはお互いお風呂タイム中に電話をかけることで相談して、なんとか了承を得た。

 そして、俺はクロヴィスとの対面を果たした。

 

 

 

 

 

「まずは礼を言おう。我が妹、ユーフェミアを守ってくれてありがとう」

「そんな、当然のことをしたまでです」

 

 さすが皇族というべきか、食事会で出されたメニューはどれも手が込んでいて、かつ美味だった。

 俺に出された料理は野菜多めのヘルシーなものになっているのも嬉しい。なお、当のクロヴィスは厚いステーキを美味そうに食べている。

 

「リリィ様には感謝してもしきれません。わたくしにできることがあったらなんでも仰ってくださいね」

「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで十分です」

 

 なんでもする、とか軽々しく言わないで欲しい。

 まあ、既にユーフェミアには無理を聞いてもらっているので、これ以上お願いをする気はないが。

 

「リリィには聞きたいことがあったのだ」

「? なんでしょう?」

「君の会社で作っているゲームのことだ」

 

 どうしてブリタニア皇族は我が社のゲームへそんなに注目したがるのか。

 ユーフェミアの護衛として来ているジノまで「これはいい」とばかりに目を輝かせている。

 妙な展開になったと思いつつ、クロヴィスからの質問に笑顔で答えた。

 

「まずは一作目だが、神話をモチーフにしつつ、ファンシーな絵柄で女性や子供を取り込み、かつ、コレクション要素や幻獣を育てる要素を加えることで長く遊べるようにと工夫もされている。いったいどのようにしてこのようなアイデアが出てきたのか聞かせて欲しい」

「下敷きとしてアイデアを出したのは私です。コレクション要素と育成要素を取り入れつつ、可愛らしいキャラクターを、といった部分は初期段階からありました。細部に関してはスタッフと会議を重ねてアイデアを出し、より面白そうなものを採用していった形です」

「ほう。会議というと、どのような形で行ったのかな?」

「我が社ではできる限り多くの人間の意見を聞き、全員で検討することを重視しております。新しいものを生み出すために先入観は邪魔ですから」

「それは素晴らしいな」

 

 クロヴィスは思いのほか細かく突っ込んできた。

 

「名誉ブリタニア人のスタッフを多く雇用しているのは、多様性を尊重しているからなのかな?」

「ええ、その通りです。もちろん、より広い範囲から集める方が安価に、優秀な人材が集まるという意図もありますが」

「良い物を作るためには妥協をしないか。良い心がけだ」

 

 思いのほか上機嫌でワインを傾ける彼はこうも言った。

 

「当初、君達のゲームを見た時は子供向けのお遊びという印象を拭えなかった。だが、二作目を目にしてから考えが変わったよ。一作目とは美術面の雰囲気をがらりと変えてきた。ああ、彼らは遊びでやっているんじゃない、人々を遊ばせるために本気で取り組んでいるのだ、とね」

「勿体ないお言葉です」

 

 要するにクロヴィスの根っこの部分は芸術好きの気のいい兄ちゃんなのだ。

 自分が金持ちだという自覚と、自分のセンスへの自信があるせいで高慢な部分も多々あるものの、好きな絵画や彫刻を思う存分愛でていればそれで幸せな人間。

 原作ではクロヴィスの死後、純血のブリタニア人以外の芸術家が評価されない現実が描かれていたが、どうやらクロヴィスは「誰が作ろうと良い物は良い」という性質らしい。

 それはそれとして当の作者が生意気な口を利いたら即行で処罰しそうなあたりは怖いが。

 

 ゲームの話からクロヴィスの芸術話へと話題が移行し(日本の美術品も集めているらしい)、それがいち段落する頃には食後のデザートとお茶を楽しむ段になっていた。

 

「クロヴィス兄様。話が戻りますが、わたくしを狙った殺し屋については何かお分かりになりまして?」

「あまりご婦人の耳に入れる話題でもないが……当の本人とあってはそうもいかないか」

 

 機密に触れる部分もあるので詳しくは言えないが、と前置きした上でクロヴィスは話してくれる。

 

「軍で拘束し、尋問を行っているものの、だんまりを決め込んでいる。どうせ助けが来る、そうしたらお前達は殺されるかもな、の一点張りらしい」

「恐れながら殿下、拘束は十分に行われておりますでしょうか。その、彼には怪しげな能力があるようですので……」

「ああ。人の無意識に滑り込んで気づかれずに殺す技法、か。にわかには信じがたいが……」

 

 ギアス云々まで話すことはできなかったので「対象に時が止まったような印象を与える変な能力」程度にしか伝えてはいないのだが、軍部では暗殺者独特の技法と解釈したらしい。

 

「私には効果が薄かった点から信憑性はあると考えております。その、私は人と心拍数等が異なるでしょうから……」

「なるほど、心臓のリズムか。そう言われるとありえそうに思える。バックにいる者を突き止めるためにも専門家に意見を聞いてみるべきか……?」

 

 小さく呟くクロヴィス。

 上手いことロロに興味を持ってくれたらしい。

 そこですかさずユーフェミアが、

 

「お兄様。わたくし、あの殺し屋の方を見てふと思ったことがあるのです」

「なんだい、ユーフェミア」

 

 何か手がかりか、とでも思ったのだろう。

 顔を上げたクロヴィスは、次のユーフェミアの言葉を聞いて固まった。

 

「正体不明の殺し屋。マリアンヌ様の事件と共通する部分がありませんでしょうか?」

「ユーフェミア、それは……」

 

 ちらりと、俺に視線が向けられる。

 

「リリィ様も関係者です。それに、彼女は枢木ゲンブ首相暗殺事件について調べていらっしゃったそうなのです。ですから……」

「職業柄、未解決事件などについても調べる機会があったのです。物語を作るヒントになるかもしれませんので」

「しかし……いや、枢木ゲンブ暗殺事件?」

「ええ。あの件もまた、姿なき殺し屋の仕業でしょう?」

 

 実際は別人の犯行なんだが、符号する点はある。

 ロロの年齢的にマリアンヌ殺害当時は若すぎるんじゃないかという話もあるものの、ならば同様の殺し屋を複数飼っている者がいるのでは、といった発想に至るのは難しい話ではないだろう。

 思案顔になったクロヴィスは思考を打ち切るようにため息をつき、

 

「あの件については緘口令が敷かれている。それを今更調べるなど──」

「ですが、お兄様。このままではマリアンヌ様が浮かばれません」

 

 食い下がるユーフェミア。

 そう。

 俺が、というか俺達が彼女にお願いしたのは、マリアンヌ殺害事件に関する調査を主導して欲しいということだった。

 あの件はユーフェミアにとっても悲しい思い出。

 簡単にはうんと言ってくれなかったが、逆に言えば彼女にとっても心残り。一度やると決めてからは俄然積極的になってくれた。

 

「ルルーシュやナナリーのためにも、彼らと親しかったわたくしが真相を突き止めなければいけないと思うのです」

 

 まあ、ルルーシュもナナリーも生きているんだが。

 彼らのためであるのには変わりない。妹の真摯な表情から余計な情報を読み取るのはクロヴィスにも困難だっただろう。

 じっと見つめあう異母兄妹。

 やがて折れたのはクロヴィスの方だった。

 

「……負けたよ。私にできることなら協力しよう」

 

 よし、言質取った。

 

「本当ですか? でしたら、一つお願いしたいことがあるのですが」

「ああ」

「当時マリアンヌ様と接点があった方をどなたか紹介していただけないでしょうか」

「……そう来たか」

 

 クロヴィスの表情が真剣になる。

 

「その人物と会ってどうするつもりだい、ユーフェミア」

「お話を伺います」

 

 ユーフェミアはきっぱりと答える。

 

「それだけかい?」

「ええ。出版社に情報を売り込むですとか、お父様に直談判する、などというつもりはございません。少なくとも今のところは」

「今のところは、か。正直だな」

「大がかりな行動に出る前に、お兄様にご相談するとお約束します。もちろん、その方に危害を加えるようなこともございません」

 

 俺とユーフェミアじゃそもそも勝てるか怪しい。

 女性を紹介されたとしても俺が戦力にならない以上、単にユーフェミアとの一騎打ちである。

 危害を加えた後どうするんだって話もある。

 

「……もう一つ聞かせて欲しい。それはシュナイゼルの指示か?」

「いいえ」

 

 クロヴィスの視線がどちらかというとこっちに向いていたので俺が答える。

 

「私の婚約者は特派の主任ですし、私はシュナイゼル殿下とも面識がございます。ユーフェミアさまと仲良くするよう間接的にお願いされた立場でもありますが、直接指示を受けたことはございませんし、受けたとしてもユーフェミアさまを優先するでしょう」

「これはわたくし自身の意思です。お兄様、どうかお願いいたします」

 

 二人揃って頭を下げれば、皇子として紳士的に教育されているであろうクロヴィスは「敵わないな」と息を吐いた。

 そして、

 

「ジェレミア」

「はっ」

 

 控えていた青髪の若い軍人が進み出てくる。

 

「ならば、このジェレミア・ゴットバルトが良いだろう。この男はアリエス宮の護衛を務めていたのだ」

「まあ、そうなのですか?」

「はっ。その通りであります」

 

 敬礼するジェレミア。

 割と偉い地位にある人物のはずだが、よくこの場で警備をしていたものだ。皇族への忠誠心が高いものを選んだのか、あるいはマリアンヌの話になる可能性を予期して「こいつにも聞かせてやろう」と気を遣ったのか。

 いずれにせよ好都合。

 

「ありがとうございます、クロヴィス兄様。でしたら、ジェレミア卿を一日ほどお借りしても?」

「はっ。このジェレミア・ゴットバルト。可能な限りご協力することを誓います」

 

 

 

 

 

 マリアンヌやルルーシュ兄妹の話を出して情に訴えれば、クロヴィスは高確率で乗ってくると思っていた。

 皇妃の一人マリアンヌは庶民の出でありながら皇帝シャルルから唯一「本当に愛された」女性だった。また、なかなかに「いい性格」をしていたこともあって皇族・貴族からの印象はわりと真っ二つに分かれていたのだが、クロヴィスは大のマリアンヌ派だった。

 亡き彼女を慕い、総督府の屋上をルルーシュ達の住んでいた宮殿に似せているほど。

 

 ジェレミアもまた、皇族の中では特にマリアンヌへの思い入れが強い人物だ。

 護衛の任についていながら守り切れなかったことを後々まで悔いており、原作においてはそれを理由にルルーシュの味方についた。

 こちらもまた、話の持っていき方次第では味方につけやすい人物といえる。

 

 こうして、俺とユーフェミアはジェレミアという心強い協力者を得た。

 考えていた中でトップクラスに良い流れだ。

 協力者はジェレミアでなくとも、たとえば当時マリアンヌに仕えていたメイドで今は退職している人物とかでも良かったのだが、後のことを考えればこの流れはとても助かる。

 今日はもう寝るだけなので明日、ということで約束を取り付け、翌日、ジェレミアに俺の家まで来てもらった。

 

 ジェレミア自身が護衛になるということでジノには普通に授業へ出てもらい、申し訳ないもののメイドさんには部屋の外で待機してもらい、ジェレミアと()()を引き合わせる。

 

「ユーフェミア様、こちらでお話をすればよろしいのですか?」

「ええ。ただし、彼らと共に一つ作業をこなした後で」

「作業?」

 

 ルルーシュとナナリーに変装を解いてもらい、

 

「降霊術、ですわ」

 

 自信満々にユーフェミアが告げた。



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皇女の友人・リリィ 四

「な……!?」

 

 ジェレミアが硬直した。

 ユーフェミアの言い放った「降霊術」という言葉がわからなかったのもあるだろうが、何より、

 

「ユーフェミア様、彼らは──いえ、こちらの方々は!?」

「初めまして」

「いや、もしかしたら会ったことがあるのだろうか。ジェレミア卿」

「その声、そのお顔……! おお、面影がある!」

 

 ルルーシュとナナリーの後ろには咲世子の姿もあるのだが、ジェレミアの視線は間違いなく兄妹にだけ向けられていた。

 信じられないものを見たという表情。

 亡霊や偽物の可能性を疑っただろう。しかし、このタイミングで引き合わせたユーフェミアの意図を悟ると、その表情は歓喜に染まった。

 

「生きておられたのですね!? なんという幸運……! このジェレミア・ゴットバルト、直接貴方がたに詫びる機会が来ようとは夢にも思っておりませんでした」

 

 跪いたジェレミアは、自分よりよほど若い二人に躊躇なく頭を垂れた。

 

「ルルーシュ様、ナナリー様。申し訳ございません。マリアンヌ様の護衛の任についていながら何の役目も果たせなかった罪、どのような処罰、どのような言葉でも謹んでお受けいたします」

「どうか頭を上げてください、ジェレミア卿」

「ああ。よもやお前が殺したわけでもなかろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名において全てを許そう。……もっとも、もはや用いることを禁じられた名ではあるがな」

 

 謝罪の機会を与えられ、何をおいてもそれを口にした忠義の男に、兄妹は許しを与える。

 こういう姿を見ると二人とも本当に皇族なんだな、としみじみ実感する。

 ナナリーなんか特に人当たりが良くて腰が低いせいか、ついつい普通の女の子だと錯覚してしまいそうになる時があるのだ。

 立ち上がったジェレミアはなおも感涙せんばかりの面持ちで、

 

「なんという寛大なお言葉……! ユーフェミア様、お二人を見つけ出し、こうして私と引き合わせてくださったこと、心より感謝いたします」

「よいのです、ジェレミア卿。ルルーシュとナナリーを見つけ、保護していたのはわたくしではありませんし、こうしてこの場を設けることができたのもわたくしの力ではありません」

「では……」

 

 いや、ちらりと見られても、俺の力でもない。

 

「ジェレミア、その話は置いておこう。それよりも今は行うべきことがある」

 

 どう説明しようか迷っているうちにルルーシュが口を開いて軌道修正。

 

「行うべきこと、といいますと……」

「先ほど申し上げた通り、降霊術ですわ」

「は?」

 

 ぽかん、とした顔になるのはわかるが、こっちは大真面目である。

 さっきの言葉は何も「死んだはずのルルーシュ達と引き合わせる」という意味ではないのだ。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「今の俺には死者の魂を呼び戻す力がある」

 

 そう告げると、ジェレミア・ゴットバルトの顔は理解できないものを見る顔になった。

 まあ無理もない。

 ルルーシュは肩をすくめると「嘘ではない」と告げる。

 

「まずは実際にやってみせよう。咲世子」

「はい、ルルーシュ様」

「ジェレミア卿。実はわたくしも見るのは初めてなのです」

 

 若干わくわくしているユーフェミアはやはり只者ではない、と頭の片隅で思いつつ、進み出た咲世子と視線を合わせる。

 

「そちらの侍女は──どうやら名誉ブリタニア人のようですが」

「篠崎咲世子。枢木ゲンブ首相が暗殺された際、SPのトップを務めていた男の娘だ」

「なんと……!?」

「俺の力は死者の魂だけを短い時間、この世に戻すことができる。そのためには呼び出す死者と縁を繋いだ者の身体が必要だ」

 

 ルルーシュに目覚めたギアスは『降霊』とでも呼ぶべきものだった。

 咲世子とリリィは「口寄せ」とか言っていたが、この際、名前はなんでも構わない。個人的には「ファントムコール」とでも呼びたいが、また「センスが小中学生」と言われそうなので口には出していない。

 それはともかく。

 ジェレミアに説明したギアスの効果は実際に検証を行い、リリィと意見をすり合わせて導き出した推測だ。

 

『正確には「魂のデータベース」のような場所から死ぬ直前の状態を参照し、一時的に復元しているのではないでしょうか』

 

 と、リリィは小難しい見解を示していた。

 

「ここまで言えば、これから呼ぶ死者が誰かわかるだろう?」

「……まさか、そんなことが」

 

 驚くジェレミアをよそにギアスを発動する。

 自分ではよくわからないが、ルルーシュの目は赤く輝いているはずだ。そして、これはルルーシュにもわかるが、咲世子の身体から力が抜ける。

 かくん、と、崩れ落ちそうになった彼女を抱き留めて椅子に座らせると、その間にメイドの表情はどこか厳めしいものへと変わっていた。

 

「失礼。貴方は篠崎流三十六代目継承者で間違いないか」

「左様」

 

 声色も心なしか低くなっている。

 

「ジェレミア。何か質問してみるがいい」

「で、では……」

 

 ごほん、と、咳払いをしたジェレミアが数秒の思案の後に尋ねる。

 

「貴殿が妻へプロポーズした際の台詞は?」

「『俺の子を産んでくれないか』と」

「……っ」

 

 リリィが堪えきれない、といったように口元を押さえた。

 実の父親の不器用な口説き文句など、娘としては恥ずかしくて聞いていられないのだろう。ルルーシュとて母と皇帝の恋愛シーンなど再現して欲しくはない。

 

「そ、それに相手はどう答えたのだ?」

「『貴方が望むなら、丈夫な子を産みましょう』と」

「ちなみにジェレミア、魂を降ろしている間も咲世子の記憶は残るからな」

「なんですと!?」

 

 つまり篠崎家の前当主は娘二人にデリケートな部分を知られたことになるわけだ。

 ジェレミアも酷な質問をしたものだが──単なる演技でやっている可能性は低い、と、これでわかってもらえただろう。

 

「もう一つ聞きたい。貴方を殺した犯人の容姿は?」

「……幼い少年だった。突然現れたかと思えば枢木首相は既に撃たれた後だった。次の瞬間には私も撃たれ、倒れた。他の護衛役も次々に、奴が引き金を引いたタイミングさえ掴めずに殺されていった」

「髪と瞳の色は?」

「髪は薄い茶色、瞳は紫だった」

「ありがとう。おそらくもう呼ぶこともないだろう。ゆっくり休んでくれ」

 

 ギアスを解除すると、ほんの数秒で咲世子はもとの状態に戻った。

 どこか気まずそうに立ち上がり、リリィと一瞬視線を交わしてからナナリーの後ろという定位置に戻る。

 

「咲世子さん。貴方の父親の口説き文句は?」

「……申し訳ありませんが、ルルーシュ様。いくらなんでもその質問にはお答えしたくありません」

「ありがとうございます。変なことを聞いてすみません」

 

 振り返った時には、ジェレミアの表情はルルーシュの力を信用したものに変わっていた。

 

「さて、ジェレミア。お前に頼みたいことがある」

「……は。このジェレミア、喜んでご協力いたします」

「良い返事だ」

 

 リリィとユーフェミアを使ってジェレミアを連れてきてもらったのはここからのため。

 

「では、お前の身体に我が母、マリアンヌの魂を降ろす」

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ルルーシュのギアスは俺にも予想外のものだった。

 

 なし崩しにナナリーとギアスの件を共有したからか、原作ほどギスギスした状況を体験していないせいか、彼が抱く復讐心はやや薄くなり、代わりに「スマートに問題を解決したい」という野心めいたものが胸に渦巻いている。

 おそらくルルーシュが第一に求めたのは謎解き。

 母・マリアンヌの死の謎を解くには殺された当人に聞くのが一番いい。そこに「母に会いたい」という願いが重なった結果、死者を呼んで話を聞くことのできるギアスが生まれたのだと思われる。

 

 ギアスを得た直後、最初は俺が実験台になったものの、ギアスディフェンダーのせいで失敗。

 仕方ないので咲世子で試したところ、うちの父が咲世子に乗り移った。これによって犯人がロロであることを特定し、かつ、時を止める、ないしはそれに近いギアスが存在することをほぼ確信できた。

 で。

 どうやら死者の魂を戻せるらしい、とわかったルルーシュは意気揚々とマリアンヌを呼ぼうとしたのだが──咲世子相手ではどうやってもマリアンヌを呼べなかった。更に咲世子の母や祖母なんかで試したところ普通に呼べたので回数制限というわけではない。

 

 おそらく縁のある人間しか呼べないのだろう、ということで色々試したところ、咲世子としては二、三度軽くシゴいてやった程度でしかない少年(訓練中の事故で早逝した)でも呼べたため、血縁というほどの深い繋がりは必要なさそうだということが判明。

 ということはナナリーならほぼ確実に呼べるのだが、目を合わせることで発動するタイプだったために対象とすることができなかった。

 ならば、当時マリアンヌと接していた人間、マリアンヌに強い思い入れのある人間を連れてくるしかない、という話になった。

 

 ユーフェミアでもおそらく呼べるのだが、敢えてジェレミアを連れてきたのは今後の布石。

 一緒に謎解きすることでなし崩しに懐に入れ、協力させようというルルーシュの悪辣な作戦(誓って俺の発案ではない)である。

 まあ、問題があるとすれば──。

 

「ルルーシュ様?」

「ルルーシュ?」

「馬鹿な、どういうことだ……!? ジェレミアでもユーフェミアでも成功しないだと!?」

 

 やっぱりそうなったか。

 俺はポーカーフェイスを貫いたまま内心で呟く。

 咲世子の例から行けば呼べるはず。にもかかわらず成功しないのは、

 

「まさか、お母様は生きていらっしゃるのでは……?」

 

 ナナリーの呟きが、俺の説明するべき事柄を先取りした。

 

「馬鹿な、ありえません!」

 

 ジェレミアが叫ぶ。

 

「マリアンヌ様の心臓が停止していたのは間違いありません! 死因こそ隠されたものの、葬儀もきちんと行われているのです!」

「推測ですが」

 

 今度こそ俺が口を挟む。

 

「肉体が滅んでも、魂が現世に存在していれば死んだことにはならないのではないでしょうか」

「何を言っているのです!? そんなことがありえるわけが──」

「いや。そうか、ギアスの力か!?」

 

 さすがルルーシュ。

 ちょっとしたヒントを出しただけで、いともあっさりと回答に辿りついた。

 

「ギアス、それは一体!?」

「さっきやって見せただろう。この世界に密かに存在している理から外れた力だ」

「私もギアスを持っているのです。もっとも、私の力は『他のギアスを防ぐ』というだけのものなのですが」

「ギアス。防御。……いや、まさか、そういうことなのですか!?」

「そうです、ジェレミア卿。リリィ様は自身のギアスによって暗殺者の魔の手から逃れた。彼の持っていたギアスを防御して」

 

 辻褄は合う。

 この世界の不可思議な現象には基本的にギアスが関わっていると言っていい。

 もしかすれば邪馬台国の女王や恐山のイタコもギアスに関りがあったのかもしれない。

 

「ギアスは確かに存在する。こうして実例を見せられれば信じないわけにはいくまい」

「それは確かに……。ですが、ルルーシュ様。その力で何を為そうというのです。私に何をさせようというのですか!?」

「知れたこと。そんなものは一つしかない」

 

 ルルーシュは大きく腕を広げ、舞台役者のごとく高らかに宣言する。

 

「世界の裏側に潜み、ギアスを使って人の営みに干渉しようとしている者達。そしてそれを容認しているであろうブリタニア皇帝。彼らの企みを阻み、世界をあるべき姿に帰す。それが、かの者達によって母を殺された俺の望みだ!」

「お、おお、まさか、なんという……!」

 

 ブリタニア軍人の前で「皇帝は間違っている」と言い放ったルルーシュ。

 現体制への批判そのものの言動なのだが、堂々とした態度のせいで物凄く格好良く見える。ナナリーもユーフェミアも「さすが」とでも言いたげな笑みを浮かべており、ジェレミアを感動させるだけのパワーが見事に生まれたことを物語っている。

 うん、だからそれ自体は構わないんだが……ご近所さんはともかく、部屋の外にいるメイドさんに丸聞こえだと思う。

 

 あ、咲世子が釘を刺しに行ってくれた。さすが姉さま。

 メイド二人がこっそりと話をしている間にジェレミアは考えを纏めたらしく、ルルーシュをじっと見つめて言う。

 

「貴方様のお志、誠に尊きものと考えます。ですが、ルルーシュ様。可能であればこの話、クロヴィス殿下にもお伝えさせていただきたく──」

 

 まあ、そうなるよな。

 マリアンヌ殺害の件に不満、という意味ではクロヴィスとジェレミアは同志だ。

 正直、俺としてはクロヴィスは不確定要素が多すぎるため、どう扱ってよいのか計りかねるのだが、

 

「いいとも。味方は多い方がいい。だが、わかっているとは思うがジェレミア。信用できない者へみだりに漏らしてはならない。いいな」

「Yes, Your Highness!」

 

 圧倒的な度量を見せつけ、あっさりと答えてみせたルルーシュに、ジェレミアは高貴なる者への礼をもって答えた。

 さて。

 

「あの、ところでジェレミア卿。マリアンヌさまが殺害された際、そこに警備兵などは全くいなかったのでしょうか? もし殺された方がいたとしたら、そちらに面識は?」

「あ……っ!?」

 

 そして、ジェレミアに乗り移った警備の人間によって、マリアンヌ殺害の犯人の姿が明らかとなった。



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皇女の友人・リリィ 五

 皇妃マリアンヌ殺害の犯人の姿。

 

 マリアンヌと共に殺された二人の警備兵両方の証言が一致した。

 長い金髪を頭の後ろ側に垂らした、紫がかった赤目の少年。彼は手にした銃によって躊躇なくマリアンヌ、そして駆けつけた兵を撃ち殺したという。

 

「少年だと……!? だが、捕らえたあの者とは容姿が一致しないぞ」

「別人でしょう。銃声を聞きつけた兵が駆けつけている以上、あのギアスは使われていなかったと考えられます」

「少なくとももう一人、少年の殺し屋がいるというのですか」

「子供に人殺しをさせるなんて、本当にひどい……」

「女や子供を用いるのは裏の世界では常套手段ではあります。相手を油断させることができますから」

「でも、お母様は亡くなっていないのですよね……?」

 

 以上、順番にルルーシュ、俺、ユーフェミアのメイド、ユーフェミア、咲世子、ナナリーの台詞である。

 結局、ユーフェミアのメイドにも部屋に入ってもらって話に参加してもらうことになった。

 当の本人は渋々といった感じで「聞いてしまった以上はいったん協力しますが、後でたっぷり文句を言わせていただきます」と言っていたが。

 

 不可解な証言として、少年は貴族あるいは皇族が着るような上等な衣服を身に纏っていた、というのもあった。

 マリアンヌのいたアリエス宮に出入りするのに必要だっただけとも考えられるが、それにしても「どこから入手したのか」という問題はある。

 彼のバックにいる人物もかなり強力だということが伺える。

 答えを知っている俺としてはいろいろと複雑な想いだが、この謎はルルーシュ達に解いてもらわなければ意味がない。

 俺にできるのはヒントを出すことくらいだ。

 

 自由を取り戻したジェレミアも含めて更に考察した結果は以下のようになる。

 

 

 事件時、現場はマリアンヌ自身の指示によって人払いが行われていた。

(これはジェレミアも証言している)

 誰か大事な相手と会おうとしていた、あるいは大事な話をしようとしていたと考えられる。その相手というのは件の少年、または少年を連れてきた何者かである可能性が高い。

 会って話した結果、マリアンヌは殺害された。

 だが、何らかのトリックあるいはギアスの効果によってマリアンヌは生存しているものとみられる。

 

 仮説1:マリアンヌは彼らと対立していたか、仲間割れが起こって殺された。しかし、ギアスによって魂だけは逃げ延びた。

 仮説2:事件自体が偽装であり、一度殺された上でギアスで生き永らえる(あるいは偽物とすり替わる)ことが予定調和であった。

 

 母を失ったルルーシュが父であるブリタニア皇帝に「母が亡くなった」と訴えたところ、ブリタニア皇帝はこれを一蹴している。

 忙しいところにわざわざ面会予約をしてまで泣き言を言われたから怒った、というだけでも理屈は通るが、あるいは「仮説2が真実で、皇帝も承知の上だった」ために悲しむ必要がなかったとも考えられる。

 妻が亡くなったのに「そんなことはどうでもいい」と部下の前で宣言するのは求心力的にもマイナスだろうから、何か理由があったと考えること自体は自然だ。

 

 

「ですが、生きているのなら何故、お母様は私達に知らせてくださらないのでしょう……?」

「できない理由があったのかもしれません。例えば、死んでも生まれ変わるギアスだとしたら」

「見ず知らずの幼女に母だと言われても到底信じられなかっただろうな……」

 

 ギアスの存在を知らない子供達に詳しく説明するのも憚られる。

 殺された理由によっては、ルルーシュ達が狙われる原因になりうるからだ。

 

「あるいは、何者かによって監禁を受けているか」

「では、例の殺し屋を派遣した者がマリアンヌ様を?」

「わからない。俺は、ブリタニア皇帝自身が匿っている可能性もあると思う」

「お兄様……」

 

 まあ、ルルーシュの心情としてはそうなるだろう。

 ブリタニア皇帝が全て悪いという構図になれば、彼を倒すだけで話が終わる。復讐する大義名分も立つのだからこれ以上ない。

 そして、皇帝が悪いというのも実はあながち間違っていなかったりする。

 

「ルルーシュ様、ナナリー様。この件、やはりクロヴィス様にもお伝えし、その上で対策を検討したく存じます。どうか直接会って存命であることをお知らせいただけませんか?」

「私はいいと思いますが……お兄様?」

「ああ。会うしかないだろう。生存を黙っていた俺達に示せる誠意はそれくらいしかない」

「ありがとうございます」

 

 再度跪いたジェレミアは、できる限り詳細をぼかした上で、事情を知る者だけを集めて時間を取れるようにする、と約束してくれた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「騒がしい奴らは帰ったようだな」

「C.C.か。大人しくしてくれたことには礼を言おう」

「ふん。面倒なことになりたくなかっただけだ」

 

 確かに、思った以上に大事になってしまった。

 一通りの戦闘訓練を受けているというユーフェミアのメイドを取り込めたのはメリットでもあるが、リリィ共々、詰問とも小言とも取れる内容をえんえん聞かされる羽目になった。加えて言うなら、彼女に訓練を施したのはどこの部署か。当人は「二年ほど軍属だったことがある」とか言っていたが、諜報を担当する機密情報局あたりの出身だとしたら油断ならない。

 

(まあ、シュナイゼルがその辺り手を回していないとは思えないが)

 

 ギアスがある以上、絶対ということはない。

 例えば、何らかのギアスによって偽の経歴を信じ込まされている可能性もある。そして、信じ込まされているのは当人ではなくユーフェミアかもしれないし、シュナイゼルかもしれない。

 

「……つくづく、ギアスというのは面倒な力だな」

「なんだ。後悔しているのか?」

「まさか。この力のお陰で真相にだいぶ近づけた。だが、先輩がギアスからの防御を望んだ気持ちも正直理解できる」

「そうでしょう?」

 

 きなくさい話が続いて気疲れしたであろうナナリーと手遊びをしながら、リリィが得意げに言ってくる。

 

(貴女が『ギアスを得る前に』そこまで辿りつけたことも脅威なんだが)

 

 まあ、この少女に関しては勘繰るだけ無駄な気もしている。

 

「C.C.。お前は母さんの事について知らないのか?」

「さあな。私は魔女だぞ? 知っていようと知っていまいと、助け舟は出さんし邪魔もしない。せいぜい好きにやるがいいさ」

「そうか」

 

 まあ、そんなことだろうとは思っていた。

 ならば言われた通り、信じたままに進むだけだ。

 

「ですが、ルルーシュさん。クロヴィス殿下との面会は危険かもしれませんよ?」

「ええ、わかっています」

 

 ルルーシュは頷いた。

 ジェレミアはおそらく裏切らない。彼は軍人気質で、従うと決めた人間にはとことん敬意を払うタイプだ。だが、仲良くなれる(と信じている)ルルーシュとクロヴィスが対立した場合はどうなるか。

 そして、クロヴィスが難色を示す可能性となりうる存在は今、ルルーシュの傍で冷凍ピザを解凍している。

 ルルーシュのギアスの出どころはC.C.。そしてC.C.を寄越して来たのは(リリィ経由で)シュナイゼルである。

 

 クロヴィスにとってシュナイゼルは超えたくても超えられない存在。

 年上で、かつ自分より優秀なあの男の存在は相当に鬱陶しいはずで、そのシュナイゼルの差し金で状況が動いていると思われるとまずいことになる。

 それでもルルーシュは正面からぶつかるつもりでいた。

 

(敵を味方に変える──将棋のルールだったな)

 

 ルルーシュは、シュナイゼルにチェスで勝ったことがない。

 ならば、これまでと考え方を変えてみるのも悪くない。

 

 シュナイゼルの大局観はおそらくルルーシュとは格が違う。

 あの男は「対立する相手」を「相手方の駒」とは捉えていないのかもしれない。どうやっても利用できない駒だけが敵、潰すべき対象。要は盤の見方が違うのだ。

 最近、そんなふうに思えるようになった。

 

 リリィの場合はなるべく敵を作らないというか──そう、彼女の作ったゲームでいう「説得」コマンドでも用いているような動き方をする。

 

 ブリタニア皇帝は盤の上に「工場」ユニットでも持っていて次々駒を量産してくる相手といったところか。そんな奴に普通のチェスの戦術だけで勝てるとは思えない。

 

「俺はシュナイゼルの言いなりになっているわけじゃない。共闘できるなら共闘しますが、意見がぶつかることもあるかもしれない。俺だってあいつには勝ちたいんだ」

「なるほど。そういう意味では、ルルーシュさんとクロヴィス殿下は似ているのかもしれませんね」

 

 やめてくれ、と言おうと思ったが思い直し、ルルーシュは「そうかもしれませんね」と答えた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「綺麗なところですね……」

 

 数日後、俺とユーフェミアはブリタニア政庁の屋上にある庭園へ招かれることになった。

 表向きは妹とその友人との歓談、裏の目的はジェレミアを借り受けた結果を直接伝えること、そして俺達としての真の目的はルルーシュ達との対面である。

 咲世子には政庁内にあるカフェテリアで待機してもらい、俺のボディガードと世話係という名目で(変装をした)ルルーシュとナナリーに同行してもらう。

 

 ユーフェミアの護衛はメイド。

 ジノはユーフェミアから目を離した罰と、男が多くなるとむさくるしいからという理由でお休みである。

 もちろん、真の理由は「皇帝に報告されるとまずいから」だが。

 

 屋上庭園は季節の花が咲き乱れる美しいところだった。

 この景色はルルーシュ達が幼少期を過ごした場所に似ているという。入った瞬間、兄妹は同じタイミングで一瞬歩みを止めた。

 

「リリィ。その者達はお付きというには随分頼りないが……」

「申し訳ございません、クロヴィス殿下。今回の調査結果をお伝えするのにどうしても、この二人を同行させる必要があったのです」

 

 まるで俺が二人の主みたいな言い方だが、後で謝ろう。

 

「この二人が……? どういうことだ?」

「こういうことですわ、クロヴィス兄様」

 

 ユーフェミアの合図で変装を解くルルーシュとナナリー。

 

「久しぶりだな、クロヴィス」

「ご無沙汰しております、クロヴィス兄様」

「……馬鹿な」

 

 思い出の場所に似せた庭園へ現れた、死んだはずの兄妹。

 誂えたかのような状況に、遠巻きに立つジェレミアが感動の面持ちになっている。

 

「知っていたのか、ジェレミア!?」

「事前にお伝えすることができず申し訳ございません。直接お会いいただく方が情報漏洩の観点から望ましいかと愚考した次第です」

「……なんということだ」

 

 息を吐いたクロヴィスは額に手を当てて呻いた後で顔を上げ、

 

「ユーフェミア。お前がマリアンヌ様の死を調べ始めたのは──」

「ええ。彼らの力になりたかったからですわ」

 

 微笑むユーフェミア。

 恥じるところなどない、とばかりの彼女を見たクロヴィスは視線をマリアンヌの子供達に向けた。

 

「ルルーシュ、ナナリー。まさか、また会えるとは思わなかった。何から言えばいいのかわからないが……今までどうしていた。そして、どうして今になって現れたのだ」

「そうですね。話せば長くなってしまうのですが……」

「かいつまんで話そう。俺達がこれまでどうしていたのか」

 

 語られた内容はほぼ嘘のないものだった。

 ルルーシュ達を庇護した者の名前こそ伏せられたし、その他にも意図的に省かれた部分があったものの、概ね兄妹が辿ってきた道のりそのものだったといっていい。

 日本の枢木家に預けられ、戦争を経験し、ただの学生として過ごし──ユーフェミアのエリア11来訪を機に、彼らの物語は大きく動き出した。

 

「私はお二人と学年こそ違いますが友人同士でした。もちろん、真の素性は存じませんでしたが、ユーフェミアさまの来訪を機に打ち明けていただきました」

「ユーフェミアを狙う暗殺者の件も転機の一つだ。あれによって幾つかの謎に近づくことができた。だから俺は、ユーフェミアやリリィの力を借りて母さんの死の真相を探ることにした」

「っ」

 

 いきなり名前で呼ばないで欲しい。

 皇子として話してるから「先輩」とは言いづらかったんだろうけど、一瞬どきっとしただろうが。

 

「あの少年によって謎に近づいた、だと?」

「ああ。この世界には理屈では説明できない超常の力が存在する。そしてその力が母さんの死に関わっているんだ」



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皇女の友人・リリィ 六

 ギアスの存在はルルーシュの実演で証明された。

 ジェレミアの協力で警備兵に証言してもらったところ半信半疑だったので、クロヴィス自身にも体験してもらったが。

 

『大丈夫なのだろうな? 生命の危機はないのだろうな!?』

『ただの演技だと思うのなら怖がる必要はなかろう。それに、こんなところで総督殺しの罪を背負うつもりはない』

 

 入念な確認の上で協力してくれたクロヴィスは、小さい頃世話をしてくれた使用人を降ろされ、涙を流しながら「本物だ」と断言してくれた。

 その上で、クロヴィスの身体にもマリアンヌを降ろせないことを確認。

 

「マリアンヌ様が生きている、だと!?」

「正確には肉体は死に、魂のみが現世に留まっている状態だと考えている。母さんの遺体が埋葬されたことはお前も確認したのだろう?」

「ああ。だが、まさかそんなことが……いや。ある、と、考えるより他にないのだろうな」

 

 魂(あるいはそれに類するもの)の存在を身をもって確かめたクロヴィスは呻り、

 

「だが、ルルーシュ。そんな力をどこで手に入れた?」

 

 当然の問いに、ルルーシュは答えた。

 

「緑髪の魔女から与えられた。もしかすると心当たりがあるんじゃないか?」

「っ。あれは、お前の差し金だったというのか!?」

「勘違いするな。俺は成り行き上、その女と知り合っただけだ」

 

 激昂するクロヴィス。

 対して冷静なルルーシュがこちらに視線を向けてきたので、俺が答える。

 

「魔女C.C.は、私がシュナイゼル殿下から託されました」

「お前が? 何故だ!?」

「意外な人物である方が見つからないと考えたのでしょう。実際、私であれば人一人を養う程度のことは問題なく可能でしたから」

 

 まあ、まさか、シュナイゼルと一回しか会ったことがないゲーム会社の社長のところにこんな重要人物がいるとは思わないだろう。

 それはそれとして他言無用の件を喋ってしまったが──ごめんシュナイゼル、仕方なかったんだ。

 だけど、どうせあの男ならこのくらい予想してると思う。

 

「シュナイゼル……またシュナイゼルか! 何故、奴はいつもいつも私の邪魔をする!」

 

 聞きたくなかった名前を聞いたクロヴィスは更に声を荒らげたが、

 

「待てクロヴィス。わからないか? ギアスとC.C.の件はもはやお前一人の手に収まる問題ではないんだ」

「……どういうことだ」

 

 やはり、クロヴィスも頭の回転は悪くない。

 怒りに燃えていた瞳にかすかな理解の色を示しつつ、それでも声には怒気を孕ませて尋ねてくる。

 典型的な金髪美形がそんな顔をしていると十分な凄みがあるし、それ以上に申し訳ないことをしている気分になってくる。

 

「ユフィを襲った暗殺者のことを考えてみろ。リリィとユフィの証言から考えるに、奴は人の体感時間を停止させる能力を持っているらしい」

「……近隣住民への聞き取り調査の結果、学園内が不自然に静まり返った時間があったらしい。一定空間内の生物だけを停止させる能力が用いられた可能性は十分ある」

 

 C.C.の件を知っているのなら、この世の不思議について理解するのは難しくない。

 不老不死の人間がいるのだから、超能力や魔術が存在していようと今更、という話だ。

 

「そうだ。そして、その暗殺者が()()()()()()()()()どうなっていた?」

「な……っ!?」

 

 声を上げたのはジェレミア。

 だが、クロヴィスも目を見開いて驚愕している。痛いところを突かれた、といったところだろう。

 皇族殺しが狙いならクロヴィスが狙われても何もおかしくはない。

 ロロにかかれば警備兵だろうが軍人だろうがただの的。対策なしならほぼ確実に死ぬ。

 

「待てルルーシュ。あの少年がシュナイゼルの手の者でないという証拠はあるのか?」

「ない。だが、C.C.によればシュナイゼルはギアスの力を得てはいない」

「それがどうした。それこそ、あの女が嘘をついていない保証がないだろう」

「そうだな。では、せっかく手に入れたC.C.をわざわざ手放した理由はどう説明する? ギアスの使い手を増やすにはC.C.の力が必要だ。自分と対立する人間がギアスを得る可能性があるんだぞ?」

「それは……」

 

 口ごもるクロヴィス。

 ここでもう一度援護射撃。

 

「クロヴィス殿下。隠していて申し訳ございませんが、私もギアスの力を持っています。同じく魔女C.C.から得たもので、効果は他のギアスから身を守るものです」

「……そう、なのだろうな。脈拍数などと言われるよりも納得がゆく」

「リリィと俺。少なくとも二人にギアスの力が渡っている。能力は個人ごとに違う。何が起こるか一人の頭で予想しきれると思うか? それともC.C.がシュナイゼルと組んでいて、俺達に渡すギアスを恣意的に操作しているとでも?」

「───」

 

 ない、と、判断する方が妥当だろう。

 クロヴィスの管轄下で行われていた実験にC.C.が協力的だったとは思えない。不老不死の彼女は何をされても死なないのだ。身体を弄られても従わなかったのに、政治的な道具に使いたいから協力しろと言われて「はいそうですか」と言う可能性は低い。

 これであの魔女がもう少し純粋なら「助けてくれた恩義」という可能性もなくはないのだが。

 

「クロヴィス。おそらく、ギアスを用いる謎の組織を率いているのはシュナイゼルとは別のやつだ。そして、そいつらはおそらくブリタニアの中枢近くにいる」

「マリアンヌ様殺害の件。それに、枢木ゲンブ暗殺の件か」

「そうだ。母さんは何らかの形で生きている可能性が高い。しかし今に至るまで母さんの所在は隠匿され、更には平和的に解決しようとしていた日本との関係も暴力によって崩された。お前だって『嘘つきのブリタニアの大将』などと言われるのは本意ではなかろう」

「理屈はわかる。……だがルルーシュ。その発言は現体制への翻意と取られても仕方ないぞ」

「そう思ってもらって構わん。俺はこの件に皇帝が関わっているのなら、まとめて討つべきだと考えている」

「馬鹿な……!」

 

 庭園内にクロヴィスの声が響いた。

 

「陛下のやり方には疑問の声を上げるものもいる! だが、あの方の尽力によってブリタニアが繁栄したのもまた事実だ!」

「ああ、武力行使と威圧によってな。味方の屍を積み上げてまで繁栄し続けることに何の意味がある」

「………」

 

 長い沈黙。

 俺も、ユーフェミアも、ナナリーも、ジェレミアも、誰もが黙ったままクロヴィスの言葉を待った。

 そして。

 顔を上げた第三皇子は、更に尋ねてきた。

 

「具体的にどうするつもりだ。私に、お前と共にクーデターを起こせとでも言うつもりか?」

「いいや。そこまで頼めるとは思っていないさ」

「ならばどうする!?」

「決まっている。()()()()()()()()()()

「な……!?」

 

 ルルーシュの言葉は好意的に受け取ったとしても世迷言としか思えない。

 何故なら現時点で、日本という国は地球上に存在しないのだから。

 だが。

 武力制圧されて降伏した原作と違い、日本はブリタニアからの譲歩を引き出している。

 ゲンブ暗殺によってスムーズな自治を諦めざるをえなかったが、条件さえ整えば自治権を明け渡すとブリタニア側が認めているのだ。

 

「既に枢木スザクさま、皇神楽耶さま両名の協力を取り付けております。証拠はこちらに」

 

 私が示した書類にはスザクと神楽耶の直筆の署名と共に短い文面が書かれている。

 内容は「東京近郊のゲットーを起点として日本国の再興を目指す。首相は枢木スザクが務め、補佐兼副総理としてルルーシュ・ランペルージを任命する。皇家はこれを全面的にバックアップする」といったものだ。

 

「副総理だと……!?」

「まさか、高校を卒業する前に国政に関わる羽目になるとは思わなかったがな。まあ、本当なら生徒会でこき使われるはずだったんだ。似たようなものだろう」

「高校の生徒会と国政を一緒にする気か!?」

「やることは変わらないさ。志を同じくする仲間を共に切磋琢磨し、難色を示す者とは言葉をもって理解と協力を求める。それだけだ」

 

 現状、ブリタニア側は自治権の認定について「十分可能と判断した場合のみ」という見解を示している。

 統一された指揮系統、十分なスタッフ、インフラの整備等が整っていなければ自治を認めないというわけだ。

 統治を許されていない状況でそれだけの準備をどう整えればいいのか、という点がネックであり、そのために時間をかけて少しずつ進める必要があった。いわば「自治を認めると言いながら頭を押さえつけられている」状態。

 

 ならば、日本列島全てを治めようとしなければいい。

 

 幾つかのゲットーとその周辺地域だけから始め、少しずつ統治可能な範囲を広げていけばいい。

 この程度なら皇家をトップとするキョウト六家の財力があれば簡単だと言っていい。

 

「だが、それでは無法地帯が生まれてしまうぞ?」

「これはおかしなことを言う。日本人が統治しきれない部分はブリタニアが受け持ってくれるのだろう? そして、我々は既に戦争を終えて仲直りしている。協力し合っていけばいいだけの話だ」

 

 日本国となった地域以外はこれまで通りブリタニアに責任を持ってもらう。

 ブリタニアが統治するために「日本の国土」を通る必要が出てくるかもしれないが、そこは互いの信頼関係に基づいて譲り合うしかない。

 信用できない、と言うなら言えばいい。

 通行するフリをして攻撃したいならすればいい。

 仲良くしようと言っている者に悪意を向ければ、悪者になるのがどちらかは目に見えている。

 強硬策というのは外部からだけでなく内部からも反発を招くものだ。

 

「日本再興となれば『敵』も動かざるをえまい。どうせシュナイゼルも何か企んでいるだろうし、ここは一気にあぶり出させてもらう。謎を解く鍵、そして世界を平和に導く鍵は奴らが握っている」

 

 再び沈黙が流れた後、溜め息の音。

 

「本気、なのだな?」

「ああ。エリア11の総督閣下とは平和的なお付き合いをしていきたいと思っている。どうだろうか?」

「……本当に、お前は我が儘だな」

 

 ルルーシュが差し伸べた手は、しっかりと握り返された。

 

「私としても、この地が平和であるに越したことはない。無理のないビジョンが示せるのなら、前向きに検討することを約束しよう」

 

 

 

 

 

 うまく行って良かった。

 

 長い間人払いをしているのも厳しい、ということで、ルルーシュとナナリーは解いた変装をいそいそと戻していく。

 特殊メイクじみた部分までは直せないのでそれ以外ということになるが、まあ十分だろう。

 彼らの主人ということになっている俺も、変装が終わり次第、一緒にここを出るつもりだ。

 と。

 

「リリィ」

 

 複雑な表情をして突っ立っていたクロヴィスに名前を呼ばれた。

 

「なんでしょうか、クロヴィス殿下」

「なんでしょうか、ではない。そなたは身の振り方をどうするつもりだ?」

「どうと言われましても……」

 

 特別なことは考えていない。

 スザクとルルーシュによる日本国に参謀として参加、なんてできるわけもないし、

 

「新しい日本国が誕生した暁にはそちらにもゲームを輸出できれば、と考えております」

「ブリタニア人でありながら日本の再興に協力しておいて、それだけか?」

「それだけです。私にとってはルルーシュさまもナナリーさまも、スザクさまも神楽耶さまも学友です。彼らが手を取り合い、新しいことを為そうとしているのですから応援するのは当然ですし、それに」

「それに?」

「私は争いごとが嫌いなのです。平和的に物事が解決するのなら、それに越したことはございません」

「……そうか」

 

 クロヴィスは何かを諦めたように首を振ると、苦笑した。

 

「だが、そなたとユーフェミアは今後、苦労することになるぞ」

「そうですね」

「? どうしてですの?」

 

 頷く俺と、首を傾げるユーフェミア。

 

「日本側からはともかく、ブリタニア側からは裏切り者と見做されかねん」

「……そもそも敵ではないのですから、と申し上げても無駄なのでしょうね」

「ああ」

 

 目を細めて呟く妹姫に、クロヴィスは気遣わしげな視線を向けた。

 

「特にジノ・ヴァインベルグには気をつけることだ。奴はナイトオブラウンズ。皇帝直属だ」

「皇帝陛下個人に特別の忠誠を誓う最強の騎士。正直、気を付けたところで私にはどうしようもありませんが……」

 

 ユーフェミアに視線を向けると、彼女は胸を張って言った。

 

「わたくし達はこれまで通り日常を過ごすだけですわ、リリィ様」

 

 彼女の度胸を少し分けて欲しい、と切実に思った。



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皇女の友人・リリィ 七

 話を少し戻そう。

 

 神楽耶とスザクを説得するのはそう難しいことではなかった。

 何しろ、スザクはルルーシュの古い友人であり、兄妹の素性を知っていたからだ。

 

「突然押しかけてきたと思ったら『すぐに日本を再興しよう』とは、まったく勝手な奴だな、君は」

「すまない。だが、必要なことなんだ」

 

 表向き、ルルーシュとナナリーは「別の租界へ移った」ことになっていたため、顔を合わせた時は少しばかり揉めた。

 スザクは少々かっとなりやすいところがある。

 いつ戻ってきたのか、何故連絡してくれなかったのか、それとも嘘をついていたのか、となりかけた彼をなんとか宥め、こちらのプランを聞かせるのには少々時間がかかった。

 話し合いの場所自体は咲世子経由でアッシュフォード学園地下を使うことができたので、そこは助かったが。

 

「私はいいと思いますわ! かつての友人同士が人種を超えて一つの目的に向かって団結する……素晴らしいではありませんか」

 

 神楽耶の方は話が早かった。

 ルルーシュ達の素性を知っていたかは不明だが、突然の退学に理由があったことくらいは察していたはずだ。

 ある程度、真実に近い推測を既に抱いていたとしても驚かない。

 

「もちろん、僕だって早く復興させたい。だけど神楽耶、そんなに簡単にはいかないだろう?」

「あら。ルルーシュ様のお話しくださったプランはなかなかのものだと思いますわ。もちろん、エリア11総督府との協力は必須になるでしょうけれど」

「それは……でも、だからこそ、有無を言わさないために全土を一度に取り戻した方が」

「スザク様。千里の道も一歩から、という言葉もございましてよ?」

 

 ぴっ、と、指を立てて微笑む神楽耶。

 

「神楽耶さまがそう仰るということは、勝算はあるのですね?」

「その言葉、そのままお返ししたいところですけれど。ある程度の成算と、それから早めに起ちたい事情と、どちらもございます」

 

 きわめて小規模からのスタートなら皇家単独のバックアップでもある程度は機能する。

 そして、始まってしまえばキョウト六家の他の家も協力せざるを得ない。

 

 また、問題として、密かに製造して保管してきた日本製KMF(ナイトメアフレーム)の数が飽和状態になりつつある。

 表立って訓練もできないのに数ばかりが増えている現状で、そろそろ管理が限界に近い。

 小さくてもいいので日本国を立ててしまい、そこの自警用として幾らかを配備できれば格段に楽になる。

 

「……なるほど」

 

 と、口元に手を当てるスザク。

 

「だけど、人員が集まるかな。僕だって首相の息子という箔はあるけど、経験も実力も不足している。それくらいの判断はつくよ」

「問題ない。俺がサポートにつくからな」

 

 ふっ、と、笑って言ってのけるルルーシュはどこまでもキザだが格好いい。

 

「君は、そんなに自信があるのかい?」

「俺を誰だと思っている。これでも皇族として英才教育を受けていた身だぞ」

「そうだったね」

 

 ルルーシュの笑みが伝染したのか、スザクもまた笑って、

 

「君が優秀なのは知ってるよ。その分、性格も悪かったけど」

「なんだスザク。最初に会った時のことをまだ根に持っているのか?」

「当たり前だろ。君ときたらあの頃には今よりずっといけ好かない感じだった」

「ほう。今はマシになったと?」

「ああ。良い顔になったと思う。誰の影響かな?」

 

 スザクの視線が、俺を含めた女性陣へと順に向けられる。

 ユーフェミアは微妙に頬を赤らめて視線を逸らし、神楽耶は意味ありげに唇を歪め、俺は「こっちを見るな」と心の中で思った。

 

 

 

 

 

 

「ところで、そのギアスというのは便利なものですのね。私でも扱えるのでしょうか?」

 

 話が纏まり、スザクと神楽耶に一筆書いてもらった後のこと。

 神楽耶がまるで世間話でもするかのように言って首を傾げた。

 

「日本の名家の娘か。お前なら才能は十分にあるだろうな」

 

 一人だけ残しておくのも、ということで連れてきたC.C.が神楽耶を見て事もなげに答える。

 ブリタニアでいう皇族にあたる少女だ。

 当然、ギアスユーザーとしての適性も高いだろう。

 だが、

 

「神楽耶さま。ギアスは危険な力です。便利な道具くらいのお気持ちであれば止めておいた方がよろしいかと」

 

 俺の忠告にC.C.が「またそれか」とふて腐れた。

 

「お前はギアスに恨みでもあるのか」

「ありますよ。この間なんか殺されかけました」

「あれは自業自得だろう」

 

 まあ、そうとも言うが、ギアスがなければ多分、防犯ブザーだけでどうにかなっていた。

 

「私達にギアスを与えて何をさせたいのか、ちゃんと言ってもらえるのならとやかく言いませんが」

「別に大したことじゃない。ギアスで成功した奴がいたら、そいつに私の願いを一つ叶えて欲しいだけだ」

 

 その願いとやらが問題なわけだが。

 

「なるほど。何かしらの裏がある、というわけですね」

「まあ、そうだな」

 

 緑髪の美少女は開き直ったように答えると肩を竦める。

 

「ルルーシュのギアスも全くのノーリスクというわけじゃない。ギアスの種類によってはリスクの方が大きいものも存在する」

「神楽耶。そんなものに頼る必要はないんじゃないかな」

 

 今なお婚約者を継続中であり、神楽耶の護衛役でもあるスザクは困り顔だ。

 

「過ぎた力は身を滅ぼす。力を持つ者ほど自制が必要になる。力が足りないと思うなら鍛えればいいんだ」

 

 格闘技を習う者も「喧嘩には使うな」としっかり教え込まれると聞く。

 制御する自信がないなら最初から求めなければいい、というのは一つの真理だ。

 

「ですがスザク様。ルルーシュ様もリリィ様も持っているのですから仲間外れではありませんか」

「だから、そういう考え方で手を伸ばすものじゃないだろ。ユーフェミア様もナナリーも、咲世子さんだって持ってないじゃないか」

 

 まあ、ナナリーは契約できない(あるいはC.C.がやりたがらない)し、咲世子はそんなものなくても十分強いんだが。

 ユーフェミアに関しては皇女として自由が制限されているため、そもそもギアスを用いるタイミングそのものが少ない。

 確定でギアスディフェンダーが手に入るなら俺だって積極的に勧めるが。

 

「神楽耶さま。抑止力について考えていらっしゃいますか?」

「え?」

「まあ、さすがリリィ様。そうです、それです」

 

 ちょうど良かった、とばかりに適当な相槌を打たれたので、利用されたのか特に何も考えていなかったのか微妙なところだった。

 

「どういうことですか、シュタットフェルト様──って、もうリリィでいいんだよな。説明してくれないか、リリィ」

「簡単なことです。私もルルーシュ様も、大きく分ければブリタニア側の人間でしょう? 私達に仲間割れの意思はありませんが、()()()()()()()()()()()日本側にギアスがあった方がパワーバランスが取れるのではないでしょうか」

 

 いや、俺も日本人なので、本来は日本側なんだが。

 リリィ・シュタットフェルトの肩書きを捨てるわけにもいかない以上、基本的にはブリタニア人として行動しなければならない。

 ここでシュタットフェルト家もカレンも会社も捨てて篠崎百合に戻るのはさすがに無責任すぎる。

 

 神楽耶は俺の説明に微笑み、

 

「加えて言えば、キョウト六家も一枚岩とは限りませんし」

 

 神楽耶はキョウト六家のトップ。

 実質的に日本のトップと言っても過言ではないが、当人は戦闘能力のないただの少女だ。スザクがいなければそこらの暴漢に負けかねない。

 彼女が余裕をもって倒せるのはナナリーや俺くらいの相手だけだろう。

 

 つまり、味方に狙われる可能性はある。

 

 原作でも、神楽耶に近い立場の別の少女が「お飾りのトップなら挿げ替えればいい」とか言って殺されかけていた。

 これにはさすがのスザクも理解を示さざるをえなかったらしい。

 彼は長めの黙考を経たうえで顔を上げ、決然と言った。

 

「わかった。なら、僕もギアスを持とう」

「よろしいのですか?」

「ああ。リリィがルルーシュの側につくのなら、俺と神楽耶の両方が持ってちょうどお相子だろう」

 

 近しい者同士でギアスを持ちあうというのは確かに悪くない。

 何かあった時、事情を知っている者に止めてもらえる、と思えば気も楽になるからだ。秘密を共有しあうこともできるので、いわゆる超越者の孤独も薄まるだろう。

 

「どうです、C.C.? 構いませんか?」

「……やれやれ。本来はこんなに安売りするものでもないんだがな。まあ、構わん。長持ちする保有者がいるのは私にとってもいいことだ」

 

 意味深としか言いようがない台詞に、ルルーシュと神楽耶がかすかに眉を顰めていた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「キョウトに戻るのは久しぶりですわね」

「ああ。ルル──君も、西に行くのはあれ以来だろう?」

「ああ、そうだな」

 

 エリア11の総督府を出た後、ルルーシュとナナリーは神楽耶、スザクと合流、咲世子を伴ってキョウトへ移動することになった。

 最初に乗り込んだのは貨物トラックの荷台という風情も何もないものだったが、神楽耶はどこか楽しげでさえあった。

 まるで、向こうでしなければならない「仕事」を苦にしていないかのようだ。

 

(着いたら、キョウト六家の重鎮たちを「決定事項だ」でごり押し、日本再興について「消極的な承認」以上の返答を得る。その上で直ちに俺とナナリーの亡命を発表し、エリア11の総督府に日本自治政府の承認を要請する)

 

 並行して協力者を集め、復興のための資材集めなども始めなければならない。

 ルルーシュの頭脳をもってしても簡単な仕事にはならないだろう。そういう意味では、向こうの政治に長けている神楽耶の協力はありがたい。

 あるいは、神楽耶が明るいのは新たに得た「お守り」のせいもあるかもしれないが。

 

「お兄様、どうかしました?」

「いや。なんでもないよ、ナナリー」

 

 膝の上に乗った妹からの問いかけに微笑んで答える。

 

「協力者が多いっていうのは有難いな、ってね」

「はい。お友達は多い方が楽しいです」

 

 時折、襲ってくる揺れに身を任せながら再び思考を巡らせる。

 

 神楽耶とスザクのギアス取得は上手くいった。

 二人とも効果はわかりやすいものだったといっていい。

 

 スザクが得たギアスは仮称「ギアスアナライザー」。

 対象がギアスを所持しているかどうか、所持しているのならどんな効果かを判別できる。

 手の内さえわかれば後は自力で打開する、という、スザクのスタンスがわかりやすく現れたと言っていいだろう。

 

 そして、神楽耶のギアスはスザクのギアスによって詳細が判明した。

 効果は「幸運」。

 使用している間、神楽耶の運が良くなる()()()。普段に比べて運が良くなったかどうかなど確認のしようがないのでよくわからないが、危機が迫っていそうな状況でとりあえず使っておけば生存率が高くなるかもしれない。

 このギアスについて、リリィは何故か「最強ですね」と言っていた。

 なお、C.C.のコメントは「つまらん奴らだ」であった。

 

(あの女も謎が多すぎるな)

 

 本人が無害であるのは事実だろう。

 身のこなしこそなかなかだが、身体能力自体は一般的な少女と変わらない。スタンガンでも使えばリリィでも無力化できる可能性がある。

 ただ、彼女はまだ何かを隠している。

 おそらくはギアス関連で、だ。リリィはうすうすそれに気づいている節があるが、確証がないのか、それとも「言っても仕方ない」とでも考えているのか口にはしていない。

 

 そんなC.C.は東京租界に置いてきた。

 リリィが保護者なのだから連れてくる方がおかしい、というのもあるのだが、彼女のことを知れば(神楽耶がそうしたように)その力を求める者が出てくるかもしれない。

 あるいは、かつて行われていたという「非人道的実験」が場所を変えて行われてしまうかもしれない。

 日本人以外にとってはアウェーと言っていい場所に連れてくるのは気が引けたのだ。

 

「咲世子さん、すみません。向こうでの安全が確保できたらすぐ戻ってもらって構いませんから」

「ええ、ありがとうございます、ルルーシュ様」

 

 どこか遠くを見ていた咲世子に話しかけると、彼女はすぐににこりと微笑んだ。

 

(妹が心配だろうな)

 

 とはいえ、神楽耶とナナリーの二人をスザクだけで守り通すのは困難と言わざるをえない。

 ついでに言うならルルーシュだって「危なくなったら逃げる」程度が精いっぱいであり、荒事をしろと言われたら自信はまるでない。

 ルルーシュとナナリーの存在をキョウト側に認めさせるまでは護衛として居てもらうしかなかった。

 キョウトの協力を取り付け、兄妹の生存を公表してしまえば身の回りはだいぶ安全になる。

 

 ブリタニア側、というかその中の急進派にとって、ルルーシュ達兄妹は「秘密裏に抹殺しなければならない対象」だからだ。

 存在を明かされてしまったら殺す価値は半分以下になる。

 死んだと思われていたブリタニアの皇族が日本人と手を取り合って日本再興を目指す。そんなお題目が明らかになった上でルルーシュ達が死ねば「彼らを快く思わない勢力の仕業だ」と誰もが思う。当然、日本側もブリタニア批判として用いるだろう。

 明確に「責めるべき非」が生まれた場合、周辺諸国がブリタニアに対する態度を悪化させる可能性が出てくる。そうなれば最悪「ブリタニア対それ以外」による世界大戦の勃発である。

 内部に「できれば穏便に済ませたい派閥」を抱えたまま、かつてない大規模戦争を乗り切れるのか。冷静な人間であれば試してみたいとは思わないだろう。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 たとえ大蛇が出たとしても知略で篭絡してみせよう。

 ルルーシュは密かに笑みを浮かべた。



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皇女の友人・リリィ 八

「社長室の椅子がふかふかすぎて落ち着きません」

「だからって休憩所で仕事しなくてもいいのでは?」

 

 俺が寝込んでいる間に正式稼働していた新社屋。

 目の届くところでわいわいがやがやしていた旧オフィスと違い、創立メンバーも各開発室や研究室へ分かれていってしまったため、別の部署の人間でも気軽に会えるようにと作られたのが「休憩所」である。

 会社の規模から考えるとかなり広めのスペースにはふかふかのソファや白いテーブル、観葉植物に飲み物の自販機などが設置されており、社員なら誰でも利用できる。

 普通に休憩するもよし、ランチに使うもよし、互いの仕事の愚痴を言い合うもよし。ただし煙草は喫煙所でお願いします、という、もしかしたら全スペース中で一番拘ったかもしれない場所だ。

 

 社長室なんて適当にそれっぽい空間になっていればどうでもいい。

 安物でいいからそこそこ見栄えがするものを見繕っておいてください、とお願いしたら「そうはいきません」とそこそこ値の張る奴を揃えられてしまったが、まあその程度のノリである。

 

 何しろ、社長室は社長以外殆ど使わない。

 対して休憩所は社員の殆どが使うのだから、重要度は段違いだ。

 ということは、俺にとっても居心地がいいわけで。

 

「あそこにいても寂しいんですよ」

「秘書を付けたじゃないですか」

「ええ、まあ。でも彼女の仕事はむしろユーザーの代表になることですし」

 

 秘書というのはセシリアことC.C.のことである。

 彼女は今、社長室の隣に作った社長用の宿泊スペースでゲームをプレイ中だろう。

 家からルルーシュ達(というか咲世子)がいなくなってしまったので、一人C.C.を置いておくのもまずい(地下室に置いておいても勝手にピザを頼んで台無しにするに違いない)ということで、なるべく俺が連れて歩いているのだ。

 シュタットフェルト家に帰る時だけは学園の部屋に置いてきて、隣の部屋であるユーフェミア(というか護衛のメイドさん)についでに守ってもらうようにしている。

 ぶっちゃけ、学生の俺に秘書なんて宝の持ち腐れ。

 まあ、単位を取り終わったお陰でこうして会社に来られるようになったのも事実だが。

 

「あ、でも、ここにいると社員の皆さんの迷惑ですね……」

 

 社長が休憩所に居座っているとか何の罰ゲームだ。

 

「いえ、別にそれはいいんですが」

「あれ?」

「というか、逆に人が集まりすぎて業務効率が落ちます」

「あー」

 

 俺の顔を見て萎縮する社員なんてうちには殆どいなかった。

 ここでチーズ君を抱きながらパソコンをいじっていると、数分おきに「飴食べます?」とか「お菓子ありますよ」とか「写真撮っていいですか?」とか言われるなあ、とは思っていたのだが、どうやら客寄せパンダと化していたらしい。

 休憩は一時間に五分、などとけち臭いことを言うつもりはない。むしろ、放っておくと何時間も熱中する人間が多いので、休める時にまとめて休んでおいて欲しいが──無駄に居座る人が増えるのは良くないかもしれない。

 

「わかりました、社長室に戻ります」

 

 と言うと、周りにいた社員から「えー」と残念そうな声が上がる。

 

「というか、自宅が社長室で良かったかもしれませんね」

「まあ、社長の場合はそうかもしれませんね」

 

 初期から色物揃いのスタッフに揉まれた結果、庶務を務めつつ手の足りない部署のヘルプを行い、時には俺のお守りまで担当することになった扇要は「もう慣れた」とでも言いたげな様子で笑った。

 

 と。

 

 休憩所の一角に設置されたテレビの方からどよめきが上がったのは、そんな時のことだった。

 

 

 

 

 

『この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます』

 

 画面に映っていたのはスザクの姿だった。

 彼の隣にはルルーシュ、そしてその隣にはナナリーの姿もある。和服姿のスザクに対し、ルルーシュ達はスーツにドレスだ。和式で揃えることで「日本に身を寄せた」イメージを強調する手もあったはずだが、ここは別の人種が手を取り合うことのアピールを優先したか。

 他に並んでいるのはいずれも成人男性。その中心に少年少女がいるのは不思議な感じだが、彼らの堂々とした態度が違和感を打ち消している。

 

『私は枢木スザク。亡き日本国総理大臣、枢木ゲンブの息子です』

 

 報道陣は殆どがブリタニア人。

 中には日本人の姿もあるが、ごく少数。更にそのうちの殆どは名誉ブリタニア人としてブリタニアのテレビ局のスタッフとなっている者だ。

 

『本日、皆様にお集りいただいたのは二つ、ご報告したいことがあるからです。一つはここにいる二人についてです』

 

 示されたルルーシュとナナリーは丁寧な会釈をする。

 敢えてブリタニア式で行われたそれは、彼らが十分な教育を受けた──つまりは高い身分の出身であることを暗に示した。

 

『初めまして。私はルルーシュ。かつてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという名で呼ばれていたものです』

『妹のナナリーです。お兄様と共に、かつて神聖ブリタニア帝国の皇女をしておりました。目と足が不自由な身のため、お見苦しいかとは存じますが、どうかご容赦くださいませ』

 

 亡き首相の忘れ形見に、ブリタニアの皇子と皇女。

 会見の場はもちろん、休憩所まで騒然となった。

 

「社長、これ大ニュースじゃないですか!?」

「ええ。ゲームでもこんなことそうそうありませんね……」

 

 全部知ってました、とはもちろん言わない。

 

『先の戦争が始まった際、二人は私の家に客人として招かれておりました。そして故あって、本国へ帰ることのできぬまま、今日この日まで生き延びていたのです』

『我々に帰る場所はありません』

『私達にとって、今いるべき場所は既に本国ではなく、友人のいるこの地になっております』

『私はこれから彼らと手を取り合い、新しい日々を始めていきたいと考えております』

 

 ルルーシュ達はスザクと旧友であると同時に、日本への愛着を持っている。

 手を取り合う動機付けとしては十分である。

 とか思っていたら、携帯電話が物凄い勢いで振動し始めた。SNSの通知やらメールやら。アッシュフォード学園の生徒達が一斉に反応しているんだろう。

 

『それがもう一つのご報告です。私はこのルルーシュ、ナナリー、そして志を同じくする有志達と共に、日本再興に向けて本格的に動き出すことを宣言します』

 

 そこからスザクは語った。

 

 父・ゲンブが()()()()()()によって殺された後、彼自身も哀しみに打ちひしがれたこと。

 だが、そんな時でも支えてくれた人がいた。

 スザクは気力を取り戻した。いつの日か日本という国が復活できるよう、自分は力を蓄えようと。そして、ブリタニア側の配慮と善意によってアッシュフォード学園に入学し、そこで多くの経験をし、また多くの友を得たこと。

 そして気づいた。

 

『何も完璧な形での復興でなくともいいのです。一度、小さな国から日本を再スタートさせましょう。そして、その国を我々と、そして、祖国を失った皆さんの手でもう一度大きくするのです』

『行き場を失った我々を彼は受け入れてくれた。私はその恩を返したい。きっと私にもできること、私にしかできないことがあるはずだ』

『戦争は終わりました。神聖ブリタニア帝国は決して敵ではありません。彼らが許してくれた再興のチャンス、それを今こそ使いたいと思います』

 

 詳細についてはエリア11総督府に計画書を提出、その承認を待たなければならないために後日になるとした上で、現時点での主要メンバーが発表された。

 

 首相、枢木スザク。

 首相補佐(兼副総理)、ルルーシュ・ランペルージ。

 

 便利役のようなポジションには紅月ナオト、警備・防衛の責任者として元日本軍人の藤堂鏡志朗の名前もあった。

 

「ナオトぉ!?」

「お知り合いですか、扇さん?」

 

 連絡来てなかったのかよお前、という意味も込めて尋ねると、

 

「え、ええ、まあ。……こんな話、全然知りませんでした」

 

 あの野郎、とでも言いたげな表情で応えてくれた。

 まあ、うちの会社で楽しそうにしているし、何より彼に連絡するとカレンにばれかねないから内緒にされたんだろう。

 決してハブられたわけではないはず。

 扇は悪い奴ではないものの、髪型のせいもあってチンピラっぽく見えたりするから、ちゃんとした組織の創立メンバーには相応しくないというのもあるだろうし。

 

「でも、そうか。日本が……」

 

 ぐっと拳を握りしめた扇は俯き、何かを堪えているようだった。

 別に泣きたい時に泣いていいと思うが。

 

「良かったですね、扇さん」

「社長……」

「扇さんだけじゃなく、日本の皆さん全員にとって朗報といっていいでしょう。そしてもちろん、私にとっても」

「へ? 社長にとっても?」

 

 俺は「もちろんです」と微笑み、

 

「日本の方が穏やかな生活を取り戻せば、ゲームを買ってくれる人がたくさん増えるじゃないですか」

「あ、ああ。なるほど」

 

 若干引き気味な反応をされた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「びっくりしたなんてもんじゃないですよ! ルルとナナちゃんが皇子様と皇女様だったなんて! しかもスザク君と協力して日本再興って、なにこれ!?」

「いや、ほんとびっくりしたわ、これは」

「ミレイちゃん、言うほど驚いてなさそう」

「そう言うニーナさんも一周回って冷静ですね……」

 

 衝撃の発表がされた日の夜。

 アッシュフォード学園クラブハウスの一室にはシャーリー、ミレイ、リリィ、ニーナといったいつものメンバー──もとい、生徒会関係者が集まっていた。

 ルルーシュもスザクもいなくなったせいで肩身が狭くなった感のある、残る生徒会メンバーの黒一点、リヴァル・カルデモンドも溜め息を吐いて、

 

「ほんとびっくりだぜ。こんなことならルルーシュに金貸しとくんだった。高い利子つけて」

「ちっちゃいこと言ってるわね。私なら撮りためたルルーシュとナナリーの秘蔵写真を高く売りさばくわ」

 

 ミレイはふふん、と笑ってリヴァルに対抗した。

 お調子者の少年は「その手があったか!」と言い、一枚噛ませてくれと迫ってくる。それを適当にかわしながら、ミレイは思った。

 

(ルルーシュが自分から皇子の肩書きを使うなんて思わなかったなあ)

 

 学園での彼は基本的にクールな態度を崩さなかったが、親しい者には笑顔を見せてくれることもあったし、からかってやるとそれはもう良い反応をしてくれた。

 端的に言えば「楽しそう」だったのだ。

 だから、ミレイはそんな日常がもっと続くと思っていた。ただのルルーシュとして、彼もこの場所に居てくれると思っていたのだ。

 だが、現実にはそうもいかなかった。

 

 直接の原因となった少女はリリィやシャーリーの傍に立って笑顔を浮かべている。

 クラブハウスに住んでいるユーフェミアの旧友(という建前の護衛)であるジノはこの場にはいない。大方、本国か軍部あたりと連絡を取り合っているのだろう。

 ユーフェミアが悪いわけではない、というのはわかっている。

 いつ、ああいう事態が起こってもおかしくなかった。それがたまたま早めに起こったというだけだ。いや、もしかしたら遅いくらいだったのかもしれない。

 

 ただ、なんとも言えない寂しさのようなものはあった。

 

「先輩。先輩はこのこと、知ってました?」

 

 タイミングを見て耳打ちすると、ルルーシュ達よりも付き合いの長い小柄な少女は、いつも通りの笑みを浮かべて答えた。

 

「いいえ。でも、いつかはこうなるような気もしていました」

「そうですか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 理解したミレイはリリィに対してかすかな嫉妬を覚えるとさっと打ち消し、もっと楽しいことを考えようと自分に命じた。

 日本が復活するのは良い事だ。

 スザクも神楽耶も今では大事な友人だ。そんな彼らが故郷を取り戻すのなら喜ばしいことである。

 日本とブリタニアが友好的なまま両国が共存するのなら、ルルーシュ達のところに遊びにいくことだってできる。忙しいだろうからちょくちょく顔を合わせるわけにはいかないかもしれないが、名誉ブリタニア人は携帯電話を持てないせいで連絡が取りにくかった神楽耶達とも電話できるようになるかもしれない。

 

「よーっし、ピザでも取ってお祝いしましょうか!」

「会長……そうですね! ルルの居場所がわかっただけでも一歩前進ですし! 東京租界周辺から開発するのなら近くに来てくれるかも!」

「あの、ミレイさん。ピザを取るなら私は──」

「はいはい。先輩はサラダが食べたいんですよね。ご心配なく、ちゃーんと注文しますから!」

 

 さすがに酒を飲むわけにはいかなかったが、一同は遅い時間まで大いに騒ぎ、愚痴を言い合い、なんだかんだでルルーシュ達の前途を祝したのだった。



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皇女の友人・リリィ 九

「ああ、もう! 全然聞いてない! 何よこれ!?」

 

 カレンが荒れていた。

 部屋にやってきた挙句、眼光鋭く使用人を退散させると、俺の枕を持ち上げてベッドに叩きつける。ちょっとひどい。いや、まあ枕なら許容範囲か。

 何を怒っているかは大体想像がつくが──。

 俺は作業する手を止めて振り返り、首を傾げる。

 

「カレンさんは反対なのですか?」

「別に、反対ってわけじゃないわよ」

 

 少し騒いで落ち着いたのか、カレンは声のトーンを下げて答えた。

 学園での「病弱な令嬢」設定のせいで、鬱憤を晴らす場がなかったのだろう。報道の翌日になって俺が帰ってきたので、ようやく文句を言えたわけだ。

 紅月さんことカレン母の方は普段よりも明るい感じだったが、娘は誰に似たのか。父親似でもないと思うのだが。

 

「ただ、なんていうか、置いてけぼり食らったみたいな感じがするじゃない」

「普通の人にとっては、偉い人達なんて遠い存在ですよ」

「そんなこと言われてもね」

 

 カレンの場合、兄のナオトがその「偉い人達」の中にいる。

 レジスタンスに入りたかったのに、もたもたしている間に手の届かないところまで話が進んでしまっている。しかも、兄からは詳しいことを何も聞いていない。

 除け者にされたようで、子ども扱いされたようでもどかしいのだろう。

 

「私も、もどかしいです」

「義姉さん?」

 

 カレンが意外そうに俺を見る。

 

「だって、そうでしょう? スザクさん達とは少し前まで一緒に学園でお喋りしていたんです」

「まあね……。枢木スザクも、私に『婚約して欲しい』とか言っておきながら勝手にどっか行っちゃうし」

「袖にしたのはカレンさんじゃないですか」

「そうだけど」

 

 じゃあいいや、と、軽く諦められてもそれはそれで不満なのだろう。

 

「スザクさんの婚約者探しは棚上げでも問題なくなりましたからね」

 

 婚約者にブリタニア人を据えたがっていたのは、ブリタニアの協力者を得た、というのが目に見えてわかるからだ。

 元とはいえ皇子と皇女が新しい日本に協力する、しかもそれがスザク自身の古い友人となれば、十分なネームバリューがある。

 まあ、将来的にブリタニア人の嫁をもらうに越したことはないし、ルルーシュには逆に日本人の嫁が必要になりそうだが。

 

「神楽耶さまとルルーシュさん、スザクさんとナナリーさんでちょうどいいと言えばちょうどいいかもしれません」

「それはちょっと短絡的というか、下世話すぎない?」

「わかりやすいからこそ、そう考える人は多いと思います。別に適当な相手がいるなら別でしょうけど」

「私にその気はないわよ」

 

 まだ何も言っていないが。

 

「そうですか? 半分ブリタニア人、半分日本人のお嬢様なんてなかなかいません。相手方にとっても魅力的な人材ではないでしょうか」

 

 言ってしまえば、カレンならルルーシュとスザク、どっちに嫁ぐことも可能だ。

 スザク達による新政府が軌道に乗る必要はあるが、養父達も反対はしないだろう。

 カレンは半眼になって俺を睨んでくる。

 切れ長の瞳はいかにも苛烈な印象があり、少しばかりプレッシャーを感じる。

 

「義姉さんこそ、あいつらのどっちかに惚れてたりしないわけ?」

「スザクさんにはそういう感情はいっさいありませんし、ルルーシュさんと私じゃ釣り合いませんよ」

 

 それよりも、カレンが何かしたいのなら、近いうちに組織されるはずの日本の防衛組織に志願してみるのもいいんじゃないか。

 俺は義妹にプレゼンを試みようと再び口を開いた。

 

 

 

 

 

 翌日の昼食はユーフェミア、それからジノと一緒だった。

 

「ジノさま、少々眠そうに見えますが……お疲れですか?」

「いえ、問題ありません。このところ睡眠時間が減っているのは事実ですが、生活に支障をきたすほどではありませんので」

 

 俺は普段、ジノのことを名前で呼んでいる。

 一応身分を隠している彼を「ヴァインベルグ卿」と呼ぶわけにもいかないのと、彼自身がジノでいいと言ったからだ。

 ユーフェミアの友人という立場になった俺はジノとも話す機会が多くなった。

 特に退院してから、そして、スザク達による日本政府再建が発表されてからはユーフェミア、そして俺にぴったりとくっついている。

 

 怪しまれているんだろう。

 

 俺とゲームの話がしたい、良からぬ者に俺が狙われる可能性がある、という理由もいくらかは含まれているだろうが、それ以上に「事件時に皇女を連れ出した人物」として警戒しているだろうし、退院後にジノを除け者にして色々動いたのも影響があるはずだ。

 記者会見以降、俺とユーフェミアは完全に日常に戻っている──悪だくみする仲間がごっそり消えて動きようもないので、怪しまれても問題はないのだが。

 

「やはり、例の件でお忙しいのですか?」

 

 既にラウンズにも動きがあるのか、と問えば、ジノは首を振って。

 

「いえ。忙しいのは内政担当や軍の方でしょう。影響がないわけではありませんが、寝不足の理由は別です」

「別、ですか?」

 

 ユーフェミアが首を傾げ、

 

「ええ。腰を据えてKMF(ナイトメアフレーム)を指揮できる時間が夜しかないもので」

 

 そっちかい。

 思わず声に出してツッコミを入れそうになった。

 

 我が社のゲーム第三弾、正式にゲーム中で「ナイトメアフレーム」の呼称を用いた戦記ものSLGは先日発売されたばかりだ。

 正確にはPC向けのデジタルカードゲームが先にリリースされているのだが、そちらはこれまでの製品とは販路が違う(コンシューマーゲームではなくPCソフト枠)うえ、課金システムを搭載したオンライン対戦向けの製品で、そのぶんパッケージ自体は安価に抑えているために番外扱いとなっている。

 なお、そのデジタルカードゲームではプレイヤーキャラの容姿(スキン)を変更することができ、有料スキンの中には俺が声を担当したものもあったりするのだが──そんな黒歴史はともかく。

 

「本当にKMFがお好きなのですね」

 

 言うと、ジノは目を輝かせて頷いた。

 

「それはもう。KMFには男の夢とロマンが詰まっています。リリィ様もお分かりになるでしょう?」

「ええ。兵器として見なければ、造形美や機能美に溢れた素敵な機械だと」

「殿方はああいったものが好きなのですね。それとも、わたくしがおかしいのかしら?」

「男性と女性では琴線に触れる箇所が異なりますからね」

 

 女の場合「あんな鉄の塊の何がいいのか」と思う人間の方が大半だろう。

 前世の車好き、バイク好き女子にしても、たまたまそういうデザインが刺さる人だったり、あるいは運転する自分の姿に喜びを覚える人、ウェアや内装に凝るのが好きな人などが多かったはずだ。

 

「ですが、女性にも有名なKMF乗りの方がいらっしゃいますし、憧れている女性もいるのでは?」

「コーネリア皇女殿下は有名ですわね」

「ええ。それにナイトオブラウンズも半数ほどは女性です」

 

 神聖ブリタニア帝国第二皇女のコーネリアはユーフェミアの実姉であり、自ら前線に立ってKMFを駆る武人肌の女性だ。

 政治的手腕も全くないわけではないのだが、原作を見る限りシュナイゼルやルルーシュには及ばない。クロヴィスよりは多少マシといった程度だろうか。

 それでも率先して戦いに出て勇敢に指揮を執る姿はある種のカリスマを備えており、軍人や女性からは支持する声が多い。

 

 ナイトオブラウンズについては現在男三名、女四名で女性の方が多い。

 第二席「ナイトオブツー」が脱退し、男性の人数が減ったこと、原作ではここにスザクが加わるところだったことが人数比の理由か。

 また、男性であればラウンズにならずとも軍人として成り上がることは比較的容易である。

 女性の身でKMFを駆って出世したいのであればラウンズを目指すのが手っ取り早い、というのもあるだろう。

 

 まあ、コーネリアにしろラウンズにしろ、俺のような人間には羨ましい限り、雲の上のような存在で──。

 

「他のラウンズもリリィ様に会いたがっていましたよ。是非KMFやゲームの話がしたい、自分の機体もゲームに出して欲しいと」

「え」

「おね、コーネリア様も一度会ってみたいと仰っていたそうですよ」

「え」

 

 冗談かと思えば、二人の顔は大真面目だった。

 ブリタニアの主要人物から注目されすぎだ。このペースで行ったら近いうちに皇宮へ招待されかねない。そうなるならせめて皇帝が失脚してからにして欲しい。

 

 と。

 

「すみません、リリィ前会長ですよね?」

「? ええ、そうですが……」

 

 不意に声をかけられた俺は、声のした方を振り返った。

 昼休みの学園内カフェテリア。

 日の()()()()()この席は俺のお気に入りで、ここに来る時は大抵この席だ。だから、容姿と合わせて俺を特定するのは難しくないのだが──。

 テーブルの傍に立ってにこりと微笑む少女は桃色の髪に帽子を乗せた可愛らしい子だった。

 記憶している限り面識はない。

 トレイは手にしておらず、代わりに小さなバッグを肩にかけている。革製の上品なそれはアッシュフォード学園の制服にも似合っている。

 

「お会いしたことはありませんよね? 何かご用でしょうか?」

 

 穏やかに問い返しながら、ジノがティーカップを置いて姿勢を正すのを視界の端に収める。

 

 ──ラウンズが「いつでも動ける体勢を取った」か。

 

 もしかして何かあるのだろうか。

 名家シュタットフェルト家の養女に上位貴族(ということになっている)美男美女。このテーブルに躊躇なく近づいてきている時点で少々珍しい。

 単に変な絡み方をされないよう仲裁するつもりかもしれないし、あるいは、結構可愛い子だから口説きたいだけかもしれないが。

 少女はにこりと、人当たりのいい笑みを浮かべて、

 

「はい。お会いしたことがなかったので、一度お話してみたいなって」

 

 あ、やばい人だ。

 単なる空気の読めない子なら「この学園には結構いるよね」で済むが、果たしてどうなのか。よく見ると少女のバッグは留め具がフリーの状態だ。もし、その中に()()()()()()()()()()()()()短い動作で取り出すことが可能だろう。

 とりあえずお引き取りいただく方向で話を進めようと心に決め、俺は再び口を開いて、

 

「でも感激です、こんなところでお会いできるなんて思いませんでした。リリィ・シュタットフェルト様!」

 

 大きな声が辺りに響いた。

 周りの生徒がこっちに注目してくる。目立つのはいつものこととはいえ、こういう悪目立ちはしたくないのだが。

 

「申し訳ありません。食事中ですし、お友達も一緒ですので、またの機会ではいけませんか?」

「あ……っと、ごめんなさい」

 

 少しきつい言い方になってしまっただろうか。

 一転、困ったように首を傾げる少女。

 そこへ、ジノが人当たりのいい笑みを浮かべて、

 

「レディ。リリィ様が素敵な方なのは間違いありませんが、一方的に好意を向けるだけでは困らせてしまいます。押すべき時と引くべき時を使い分けるのが、意中の相手を射止めるコツですよ」

「……はい」

 

 少女が瞳を潤ませてジノを見つめる。

 爽やかな物腰のせいで勘違いさせてしまったんじゃないだろうか。まあ、矛先がジノに向くならそれはそれで──。

 

「感激しました! さすがはジノ・ヴァインベルグ様です!」

「───」

「っ」

 

 ジノの本名を大きな声で呼んだ……?

 俺は反射的に身を震わせ、席を立った。

 ナイトオブスリー──ジノ・ヴァインベルグの笑顔が緩み、彼の身体から不自然に力が抜けたのは、俺が動きだした一瞬後のことだった。

 

「ジノ?」

 

 ユーフェミアが名を呼ぶも無反応。

 少年は椅子に腰かけたまま脱力している。崩れ落ちることはなさそうだが、まるで()()()()()()()()()()()()()()()とでもいうようだ。

 

 まさかとは思うが……。

 

 俺は嫌な予感を覚えて身を乗り出す。

 指がジノの頬に触れるのと、少女が介抱でもするように少年へと身体を──口元を近づけるのが、同時のことだった。

 

「っ」

「きゃっ」

 

 少年が弾かれるように立ち上がったことで、少女はよろめき、尻もちをついた。

 

「いたた……」

 

 乱れたスカートを直すよりも先に、バッグの口に手が伸び、中を隠した。

 すぐさまジノとアイコンタクトを取り、

 

「失礼ですが、どちらのクラスの方ですか? 私、この学園の生徒の顔は覚えているはずなのですが」

「これは失礼をいたしました。怪我をされているかもしれません。一度保健室へ──」

「あ、あはは! だ、大丈夫です! ご心配なく!」

 

 生徒全員を記憶しているというのは当然ハッタリだが。

 危機を感じたのか、食い気味で立ち上がった少女はぱっと立ち上がるとくるっと背を向け、俺達の反応を待たずに駆け出していく。

 

「待て! ……っと、いうわけにもいきませんか」

 

 追いかけようとしたジノは、人の壁をすり抜けるように離れていく少女のスピードを見て足を止めた。

 俺とユーフェミアが一緒だった、というのも足枷だった。

 ジノが離れた隙を突いて別の人間が本命の作戦を実行、という可能性もある。護衛対象から離れるのは得策ではなかった。

 してやられた、と、苦い顔をする俺達にユーフェミアが呆然と、

 

「あの、今のはなんだったのでしょうか……?」

「わかりません……」

 

 俺の知識にはいない人物だが、ギアス世界は広大だ。

 原作については大体覚えているとはいえ、描写されなかったギアス能力者や軍人、暗殺者は数多くいるはず。加えて、外伝やスピンオフについてはそもそも全部網羅していたわけじゃない。

 おそらく、何らかのギアス能力者だったのは間違いないだろうが──。

 

「お騒がせして申し訳ない。皆、一度落ち着いていただけないだろうか。そう、全員、手近な席について両手を開けて欲しい。この学園に来たのはプライベートな事情なのであまり明かしたくなかったのだが、こうなった以上はきちんと説明したい」

「皆さん、どうかヴァインベルグ卿の指示に従ってください。もしかすると、先ほどの方は危険人物だった可能性があります。もう危険はないはずですが、どなたも怪我がないか確認したいのです」

 

 俺達はジノの素性の説明と、危機が去ったことの確認、理事長への報告等に追われ、謎の少女を取り逃がすことになった。




※ピンク髪の子は某スピンオフのキャラクターをイメージしておりますが、未読作品なのでwiki等の情報を元に書いています。
なので、設定の齟齬等に関してはよく似た別人か何かということでご了承いただけましたら幸いです。


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皇女の友人・リリィ 十

 あれ以来、例の少女が学園に現れることはなかった。

 

 あの一件自体、状況証拠だけで考えるとなんとも言えない。

 銃やナイフが飛び出してきたわけではないし、あの少女がしたことと言えば空気を読まずに近づいてきたことと、俺とジノの名前をフルネームで叫んだことと、動かなくなったジノを介抱しようとしたことくらい。

 ジノの素性はただのKMFマニアとかでも気づくレベルの情報なので怪しむ材料にはならない。

 ロロの一件と合わせて考えれば「俺とユーフェミアに近づいてきた怪しい相手」というだけでクロに近いのは確かだが、だとしても、まともに考えると「あの場で少女一人が暴れて何ができたというのか?」という話になってしまう。

 

 だが、まともに考えなかった場合──つまり、ギアスを考慮した場合には色々と話は変わってくる。

 例えば、あの少女のギアスが「フルネームで呼んだ相手の自由を奪い、どんな命令でも聞かせられる」だった場合。

 介抱するフリをして「ユーフェミアとリリィを殺せ」とでも囁けばあら不思議、ラウンズが皇族とその友人を殺そうとした不祥事の出来上がりである。

 最初は俺を暴れさせるつもりだったんだろう。

 だが、俺にはギアスが効かない。というか、もしあの少女のギアスが推測通りなら、ギアスディフェンダーが無くても効かない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 元孤児というカバー設定のほうで考えても効かない可能性は高かったと思うが、調査不足だったのか、それとも単なる警告か。

 ひとまず理事長には報告し、学園内のセキュリティを強化するという話にはなった。

 とはいえ、校門で生徒一人一人を確認するわけにもいかない。いきなり全寮制に変更するというのも生徒の家柄上難しいものがある。

 はっきりと事件だとわからないこともあって、すぐに取れる対策は「知らない生徒から話しかけられたら注意してください」と呼びかけることくらいだった。

 

 

 

 

 

 そして、それから数日後。

 放課後、理事長室に呼び出された俺はミレイと、キョウトから帰ってきた咲世子と顔を合わせた。

 

「向こうの様子はどうだね?」

「はい。依然として予断を許さない状況ですが、まずは一安心──といったところでしょうか」

 

 向こうに着いたルルーシュ達は早々、キョウト六家の重鎮たちと丁々発止のやりとりをすることになった。

 ルルーシュと神楽耶の弁舌、スザクの毅然とした態度によってなんとか場を収め、キョウトへの滞在を許された後は、可能な限りの手を使って理解を得なければならなかった。

 少数派である神楽耶個人を慕う者達をまとめ上げ、生き残っている旧日本政府の人材の中から穏健派を引き抜き、旧日本軍人達を説得して若き戦士・藤堂の協力を取り付け、レジスタンスとも接触してリーダー・紅月ナオトを口説き落とし、反神楽耶派の後ろ暗い金の動きや不正を暴き、並行してなるべく理想的な復興プランをまとめ上げる。

 特に力を貸してくれたのは桐原泰三という人物だった。

 日本のサクラダイト採掘を一手に引き受けている人物で、原作ではルルーシュとはかつて面識があった。実は俺も婚約者探しの件で一度顔を合わせている。

 

『蒔いた種が二粒、大きな花を咲かせたか』

 

 彼はそんなことを言って、ルルーシュ達への支持を表明したらしい。

 サクラダイト採掘という関係上、ブリタニアにも通じている彼が「ブリタニアともうまくやっていこう」とする再興策を支持するのは分かりやすい。

 有力者が支持を表明したことによって他の者が続きやすい空気も生まれ、流れが変わり出した。

 

 ブリタニアへの反感が強い派閥や日本をまるまる取り戻したい派閥も、こうなると強硬に反対はしづらい。

 彼らの懸念は「スザク達が上手く舵取りできず失敗すること」であって、平穏無事に行けば軌道に乗せられるだろう、と判断できれば話が別になってくる。

 ブリタニアが無理やりに新政府を終わらせに来たならそれはそれでOK。

 穏健派の力を削ぎ、日本人のブリタニアへの反感を強められるのだから、スザク達を隠れ蓑に力を蓄えていればいい。

 というわけで、あの会見が行われた。

 

「ルルーシュさん達の護衛は大丈夫なのですか?」

「ええ。信頼できる者に引き継いで参りました」

 

 篠崎流の門下生だった者や、篠崎流以外の忍者流派の使い手も各地に散ってそれぞれに活動している。

 咲世子はその忍者ネットワークを使って自身の繋がりの強い者へ働きかけ、数名をルルーシュ達の護衛として配置したらしい。

 いわく「単身で最も強い私は身軽な方が良いのです」とのこと。

 まあ、そもそも咲世子はアッシュフォード家に仕える身なので、皇家および枢木家の預かりとなったルルーシュ達をいつまでも守る必要がない。もちろん個人の感情としては気になるところだろうが。

 

 と、考えていた俺はミレイに脇をつんつんされて、

 

「先輩。やっぱり知ってたんじゃないですか。教えてくれてもいいのに」

「すみません。情報を漏らさないためには誰にも言わないのが一番ですので……」

 

 ミレイには言っておきたい気持ちもあったのだが、あそこまで行ったらアッシュフォード家を関わらせない方が逆に彼女らを守ることに繋がる。

 実際、ルルーシュ達の生存と新日本政府樹立の構想を同時に発表したことで、アッシュフォード家へのプレッシャーは大きく弱まったらしい。

 対処すべきことが「どん!」と目の前に現れたため、ルルーシュ達を匿っていたのは誰か、なんていうのは二の次になったのだ。

 このままごたごたが続けば有耶無耶のうちに逃げ切れるかもしれない。

 

「私はもう、堂々としているしかないだろう」

 

 ルルーシュ達を匿っていたんじゃないのか、といった類の質問にはのらりくらりとした回答を続ける。

 どうしようもない証拠を突きつけられた場合はアッシュフォード学園の理念を盾に「皇族だから匿ったのではない。身寄りのないブリタニア人を保護しただけだ」で押し通す。

 納得してもらえるかどうかは微妙だが、どうせ皇帝がその気なら処刑でもなんでも簡単にできてしまうのだから、その辺りは腹をくくるしかない。

 

「リリィ君」

「はい、理事長」

「君には咲世子を預ける。しばらく世話係として使いたまえ」

「っ」

 

 それは──。

 

「お借りしてしまってよろしいのですか?」

「うむ。学園内で危険に晒してしまった件の詫びだと思ってくれ。先日の件もある。君自身が狙われている可能性もあるのだから、傍に人を置いておきなさい」

「……かしこまりました。ご配慮いただきありがとうございます」

 

 深く一礼し、俺は理事長に感謝を述べた。

 なんと、俺にボディガード兼、まともな専属秘書ができてしまった。

 

 

 

 

 

「ところで、先日の一件というのは?」

「ああ。事件、と言っていいのかは判断できかねているのだが、ちょっとした騒動があってな……」

 

 思いがけず咲世子を借りられたことで、俺の内心が姉さま一色になっている間に、話は先日の件に向かった。

 これこれこういうことがあって、と話したところ、咲世子は事もなげに頷いて、

 

「ああ。それでしたら、私が向こうを離れる前日、容姿の一致する少女が捕縛されました」

「はあ!?」

 

 再チャレンジしに来ないと思ったら、ルルーシュ達の方を狙って捕まっていたらしい。

 

「捕縛したのはスザク様です。様子がおかしかったために声をかけたところ、怪しい動きをしたために取り押さえました。結果、所持していた刃物と銃器を押収しています。今頃は凶器ごと警察経由でブリタニア軍に引き渡されているはずです」

「それは……なんというか、思いがけぬ展開だな」

 

 危険人物だというのは合っていたが、警戒しているうちに勝手に捕まっていた──間抜けというべきか、それとも、日本とブリタニアの穏健派を潰しに来ていることを脅威と考えるべきか。

 

 

 

 

 

 色々と考えつつクラブハウス内の部屋に戻る。

 ほっと息を吐いてベッドへ腰かけると、後をついてきた咲世子は無言で室内の検分を始める。

 ピザ片手にゲームをしていたC.C.が顔を上げて、

 

「なんだ、帰ってくるなり騒々しい。……というか、咲世子も一緒か」

「ええ。このところ物騒だということで理事長からお借りしました」

「ほう。それは良かったな」

「はい」

 

 何のことでしょう、とか誤魔化すのももはや面倒だったので、素直に答える。

 口元が緩んでいるのが自分でもわかる。

 話しているうちに一通りのチェックを終えたのか、咲世子は最後に入り口のドアをしっかりとロックし、更に盗聴防止装置を取り付けて、

 

「リリィ様。この部屋の安全を確認しました」

「ありがとうございます」

「では、お着替えをいたしましょう」

「はい」

 

 C.C.がお腹を抱えて笑いをこらえている。

 軽くそちらを睨みつけつつ立ち上がり、咲世子のサポートで着替えさせてもらう。

 帽子や手袋を外し、制服を脱いでハンガーにかけ、

 

「ただいま、百合」

「ね、姉さま。せめて着替え終わるまで待ってください」

「いいじゃない。服を着てからだと皺になってしまうもの」

 

 正面から抱きしめられた俺は、姉の柔らかさと体温をたっぷりと感じることになった。

 

(ああ、姉さま……っ!)

 

 感極まったような声が内心で上がるが、同感だ。

 姉の温かさと匂いは何故か妙に安心する。きっと、幾つになっても彼女の傍が一番落ち着くんだろうな、と、掛け値なしに思える。

 腕を伸ばして自分からも抱きつこうとしたが、身長差と体格差のせいで難しかったので大人しくされるがままになった。

 そのままどのくらいそうしていただろう。

 

「おい。その格好、客が来たら怪しまれるぞ?」

「そ、そうですね。姉さま」

「え、ええ」

 

 身を離した俺達はいそいそと着替えを再開した。

 で、部屋着に着替えた上で「これならいいだろう」と、ベッドの上で抱擁を再開する。

 

「いや、それもどうかと思うが……まあ、良かろう」

 

 ふんと肩を竦めたC.C.は再びゲーム画面に集中し始める。

 

「お前が私に見向きもしなかった理由がわかったような気がするよ」

「C.C.。そんなこと言って、私に母性なんて見せなかったでしょう?」

「シュナイゼルの連れてきた怪しげな女にそんなもの見せるか」

 

 ごもっとも。

 

「ところで姉さま。スザクさんが捕らえた殺し屋っていうのはやっぱり……」

「百合ったら、そういう話は後でも……っていうわけにもいかないわね。ええ、ギアスの持ち主だったみたい」

 

 咲世子が話して聞かされたことによると、理事長室でぼかされた部分の経緯はこうだ。

 

 変装して紛れ込んできた例の少女。

 見慣れないブリタニア人の女の子を不審に思ったスザクは自身のギアスを使い、彼女を見た。『ギアスアナライザー』の結果はクロ。少女は視認した相手の名前を叫ぶことによってその人物のコントロールを得て、操ることができる能力者だった。

(これに関しては「知らない奴を見たらとりあえず調べておけ」とルルーシュや神楽耶からあらかじめ入れ知恵があったらしい)

 ひとまず呼び留め、当たり障りのない質問を投げかけたところ、フルネームを呼ばれそうになったので口を塞いだ。と、思ったよりも強い力で暴れ始めたので本格的に取り押さえたところ、銃やナイフを隠し持っていた。

 

「危ないことこの上ないですね……」

「スザク様がギアスを得ていたことと、その効果を知らなかったみたい。そうでなければ、あるいは狙われたのが別の方であれば危なかったかもね」

 

 なお、この少女についてC.C.に聞いてみたところ「知らん」ということだった。

 

「不老不死は私一人じゃない。他の奴が与えたギアスのことまで知るか」

「そうですか。ちなみに、男の魔女もいるんでしょうか」

「さあな」

 

 ぶっきらぼうな返答。だが、それ自体がある種の答えだった。

 

「警察へ引き渡す前に尋問もしましたが、彼女は口を割らなかったわ」

「自白剤は使わなかったのですか?」

「下手に使うと検出される恐れがあるもの」

 

 用意はできるのかよ、と思うかもしれないが、咲世子は忍者だ。毒の扱いにもある程度は長けている。

 

「ひとまず厳重に目隠しと拘束を施した上で警察に引き渡したわ」

「日本政府が発足していない以上、自前の警察組織は持てませんからね」

「ええ。警察には総督府の指示を仰ぐことを提案しておいたから、下手なことはしていないと思うけど……」

 

 不用意に目隠しを外した挙句に署内皆殺し、とかになったら馬鹿としか言いようがない。

 まあ、フルネームがないと殺せないなら、事前に情報収集していない限りは無力なはずだが。

 

「スザクさん達を狙ったということは、こっちに来た時のターゲットはユーフェミアさまだった可能性が高いですね」

「ええ」

 

 咲世子はこれに同意した上で、

 

「でも、あなたのことも守るわ。危険なことに変わりはないもの」

「ありがとうございます、姉さま」

 

 翌日、クロヴィスから俺に招待状が届いた。



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闇を見通す者・リリィ

「今日は格別に緊張します……」

「まあ、リリィ様ったら。これでもう三度目ですのに」

 

 ある夜、俺はユーフェミアと共にとある建物の前にいた。

 皇女殿下と並ぶのも恒例になってきたが、だからといってこの場でからかうのは勘弁して欲しい。

 シュタットフェルト家の令嬢としては、同じ相手に招かれて同じドレスを着ては行けない。毎回別の、しかも質の良いドレスを選ばなくてはならないうえ、ユーフェミアを食わないように色にも気を遣わないといけないので、これでもかなり気を遣っているのである。

 加えて、今回は招かれた場所が総督府ではない。

 

「クロヴィス殿下の私邸ですよ? 私程度が来るところでは……」

「リリィ様もシュタットフェルト家の長女ではありませんか」

「それはそうなのですが」

 

 などと言っている間に使用人が入り口を開け、中に招き入れてくれる。

 ここまで来たら覚悟を決めるしかない。できる限り優雅に一礼し、ユーフェミアから一歩遅れるようにして中に入る。

 ちなみに今回は咲世子も一緒だ。ユーフェミアはメイドさんとジノの両方を連れている。この間も襲撃未遂があったばかりだし、ジノが「連れていってくれ」と聞かなかったのである。そんな彼は高級そうなスーツに身を包みつつ、護衛として帯剣している。

 

 通されたのは食堂だった。

 食堂といっても、普段食事をする場所ではなく来客時などに用いる広めの場所で、今は十人ほどでゆったり使えそうな大テーブルと品の良い木製の椅子が置かれている。

 テーブルには既に、冷めても問題のない料理がずらり。

 都度、給仕をしてもらうのでは話がしづらい、という配慮なのだろう。今回はフルコースではなくいっぺんに料理を並べる形式のようだ。

 

 そして、そんな食堂で俺達を待っていたのはクロヴィスと、護衛役のジェレミア、そして──。

 

「お姉様!」

 

 赤みがかった桃色の髪を持つ、凛とした雰囲気の女性。

 あらかじめ顔写真を確認していたこと、ユーフェミアが姉と呼んだことから相手が誰かを理解した俺は、さっと一礼して頭を垂れる。

 そして、再会した姉と妹の挨拶が終わるのを待った。

 

「いらっしゃっているなんて聞いておりませんでしたわ」

「すまない、驚かせようと思ってな。それに、軽く立ち寄っただけだから明日には発たねばならんのだ」

「お忙しいのですね。こちらにはお仕事で?」

「ああ。それと、会いたい人物がいたのでな」

 

 この御仁がわざわざ会いに来た人物とは一体誰だろう……と、とぼけたい衝動に襲われているうちに、件の女性が近づいてきた。

 

「初めまして。私はコーネリア・リ・ブリタニア。ユーフェミアの姉だ」

「お初にお目にかかります。リリィ・シュタットフェルトと申します。ユーフェミアさまからは多大なるご厚情を賜っております」

「うむ。だが、堅苦しい挨拶はそれくらいにしておいてくれ。皇族として振る舞うのも軍人として規律を重んじるのも少々気づまりでな。たまには息抜きがしたい」

「かしこまりました。僭越ながら、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 コーネリア・リ・ブリタニア。

 ユーフェミアの実姉にして武人でもあるこの女性が加わったことで、この場はブリタニア皇族が三人、ナイトオブラウンズが一人という物凄い空間と化している。

 フランクにしてくれと言われても無理だろうと思いつつ了解の返事をすると、コーネリアの護衛として控えていた眼鏡の青年騎士が、

 

「コーネリア様。市井の者にあまり鷹揚な態度をお見せになるのは……」

「よい、ギルフォード。この者は我が妹、ユーフェミアの恩人でもある。私が多少気を抜いたとて、それを吹聴するような輩ではあるまい」

 

 吹聴したらどうなるかわかってるよな、っていう脅しでもあるんだよな、これ。

 内心恐怖を感じていると、コーネリアは俺のそんな感情を吹き飛ばすように笑って、

 

「あらためて、先日はユーフェミアを助けてくれてありがとう。できればもっと早く直接礼を言いたかったのだが、遅くなってしまった。許してくれ」

「そんな、とんでもございません。臣下として、友人として、ユーフェミアさまをお守りするのは当然のことです」

「そうか、ありがとう。どうか、これからもユーフェミアと仲良くしてやってくれ」

「勿体ないお言葉です」

 

 差し出された手を握ると、女性としてはかなり強い力でぎゅっと握られた。

 後ろでギルフォードが若干「ぐぬぬ」という顔をしている。コーネリアの騎士(皇族は一人につき一名、自身の専任騎士を任命する権利を持つ)であり、コーネリアには並々ならぬ想いを抱いている彼らしい。当のコーネリアからは死角になっているところで顔芸をしているあたりも、だ。

 ここでクロヴィスが主催者らしく声を上げて、

 

「では、揃ったことだし食事を始めようか」

 

 今回はクロヴィス主催の、ごくごく私的な食事会という名目である。

 そんな会にどうして一人だけ部外者(俺)が交じっているのか、という話だが、ユーフェミアに続いてクロヴィスからも友人認定されているらしい。

 割とバランス感覚のある皇族であるコーネリアも妹のことになるとただのシスコンお姉ちゃんと化すので、俺の存在に異を唱えることはなかった。

 スープやパン、肉料理等、熱い方が美味しい料理が並べられると、ジェレミア達を除いた護衛、メイドは退室していく。ちょっとした給仕なら部屋に残った二人のメイド──ユーフェミアのメイドさんと咲世子が担当してくれるので不自由はない。

 

「そういえば、リリィ。私の送った見舞いと礼は届いたか?」

「はい。ありがたく頂戴いたしました」

 

 見舞いとしては高い果物がどっさり届いたし、お礼という名目では会社に資金援助があった。

 ゲームのクレジットに名前を載せさせてほしいとお願いすると「別に構わないのだが、したいと言うなら好きにしてくれ」と言ってもらえた。

 協力・監修にブリタニア軍、特別スポンサーに皇女殿下の名前を書いたゲームとか史上初だと思う。もう、それだけで売れるんじゃないだろうか。

 当のコーネリアは「多少の点数稼ぎにはなるかもしれないな」とか言っていたが。

 

 そんな風に食事会は和やかに進んだ。

 俺の仕事の話をしたり、クロヴィスの芸術談義が始まったり、コーネリアが(部外者に漏らしても大丈夫な程度に)武勇伝を語ったり、そんなことをしているうちに料理が減ってきて、

 

「さて、クロヴィス。そろそろ本題に入ってはどうだ?」

「そうですね、姉上」

 

 コーネリアから水を向けられたクロヴィスが頷く。

 

「ジェレミア」

「はっ」

 

 二人のメイドによって空いた食器が下げられた結果、テーブルにできたスペースへ、とある書類が配られる。

 俺はちらりと見た段階で内容をある程度察した。ユーフェミアもそうだっただろうが、疑問の声を上げる者もいた。

 ここまで除け者にされてきたため、俺達の動きを知らない男──ジノだ。

 ユーフェミアの分の書類を覗き込んだ彼は眉を顰めて言った。

 

「失礼。クロヴィス殿下──こちらは一体なんなのでしょう?」

「ヴァインベルグ卿には説明が必要か。これは私が姉上の協力を得て作成したとあるリストだ」

 

 一見、単に人名と簡単な役職、年齢や性別が並んでいるだけのリストだが、

 

「具体的にはなんのリストなのです?」

「皇妃マリアンヌ様が殺害された際、アリエス宮に出入りしていた者のリストだ」

 

 答えたのはコーネリアだった。

 彼女もクロヴィス同様、マリアンヌに好意的な印象を抱いていた一人だ。こうしてみるとマリアンヌ大人気だが、原作で大きくクローズアップされた人間ほど有能で、マリアンヌのことを慕っており、原作のルルーシュと()()()()()()()()()()()()()といえるかもしれない。

 この返答にジノは驚愕し、

 

「クロヴィス殿下! マリアンヌ様殺害については皇帝陛下から箝口令が敷かれております! それを──」

「わかっている」

 

 クロヴィスは慌てずに答えた。

 皇帝シャルルの若いころによく似た面立ちの皇子の言葉にジノも居住まいを正し、

 

「だが、どうしても動かずにいられなかったのだ。マリアンヌ様は父上と特に仲の良かったお方。我々としてもあの事件が無念でならないのだよ」

「それは……」

 

 そういう言い方をされると、皇帝に忠誠を誓うジノとしては弱い。

 特に、マリアンヌ殺害については彼がまだ子供だった頃の事件であり、ジノ当人には実感が薄い。だからこそ、事件に強いショックを受けた者達と感情を共有しづらい。

 割と人情家な彼としては他人の想いを理解しようと一歩引いてしまう。そこがクロヴィスにとっては付け入る隙になった。

 

「無論、父上──陛下に知られれば処罰もやむ無しかもしれん。それでも、私は知りたい。そして、マリアンヌ様を殺した犯人がのうのうと生きているのなら、何らかの処罰を下してやりたい」

「……そう、ですか」

 

 唸り、ジノは踏み出しかけた足を戻した。

 

「かしこまりました。出すぎた真似をして申し訳ございません。ひとまずはお話を最後まで聞かせていただきたく存じます。ですが、何故リリィ様までこの場に?」

「リリィ様にはもともと、わたくしが協力をお願いしたのですわ」

「ゲームの参考として、KMF(ナイトメアフレーム)や王家の系譜について調べる機会がございまして、市井の人間としてはそれなりに詳しいと自負しております。そこで、ユーフェミアさまの相談にお答えさせていただいておりました」

「なるほど。そうだったのですね」

 

 クロヴィスの動向に納得したジノの別の疑問には、定番の「全くの嘘ではないが真実でもない」回答で誤魔化す。

 俺がKMFに詳しいことをよく知っているジノとしてはこれも信じられる内容だったのだろう。頷き、それ以上は追及してこなかった。

 

「話を戻そうか。リリィ、ユーフェミア。このリストを見て、何か気づくことはないか?」

「と、言われましても……」

 

 言われたユーフェミアは困ったように眉を顰める。

 無理もない。いま渡された名簿から何かしら閃けるようなら、その人物は探偵か刑事にでもなるべきだ。

 だが、俺の場合には予想される答えから逆算することができる。

 求めていた名前をリストから探し、()()が確かにそこにあることを確認して、

 

「この『アーニャ・アールストレイム』というのは現ナイトオブシックスと同一人物でしょうか?」

「……ほう。さすがだな。ユーフェミアから話は聞いていたが」

 

 コーネリアの呟きがひたすら怖いが、それはさておき。

 

「まさか!?」

「ああ。年齢・性別・家名まで一致する人間が他にいるわけもない。念のためアールストレイム家に問い合わせたが……間違いない。現ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムは当時、アリエス宮で行儀見習いとして働いていた」

「馬鹿な……!?」

 

 大げさに驚いているのはジノである。

 

「ヴァインベルグ卿。このことを当人から聞いたことは?」

「ございません。彼女──アーニャは原因不明の記憶障害を抱えているらしく、幼少期の記憶に曖昧な点が多いと聞いています。ですから当人もそのことを覚えていない可能性があります」

「なるほど、な」

「クロヴィス殿下、それが何か?」

「いや。話が聞ければと思ったのだがな。難しそうだ」

 

 記憶がないのでは、当人から話を聞いても何かが得られるとは思えない。

 当時ただの行儀見習いでしかなかった少女が、たった数年でナイトオブラウンズに上り詰める──そこに()()()()()()()()()()を見るのも、いささか強引と言わざるを得ない。

 論理的でない結論は俺が口に出すわけにはいかない。

 

「では、次だ」

 

 ジノの追及を軽くかわしたクロヴィスは再びジェレミアに命じて一枚の紙を配らせる。

 そこにはひとつの似顔絵──警察が犯人を指名手配するときに使うようなそれが描かれていた。

 

「これは数名の証言を元に作成したマリアンヌ様殺害犯の似顔絵だ」

 

 描かれているのは少年の姿だ。

 高価そうな服を着た、利発そうな少年。絵自体はモノクロだが、髪には「金髪」と注釈がされている。この絵自体を見ただけでは「育ちのいいお坊ちゃんですね」くらいしか感想がないが、

 

「クロヴィス兄様の小さい頃に似ていますね」

 

 ユーフェミアが何気なく言った一言に、他ならぬクロヴィスが頷く。

 

「やはりそう思うか。不本意だが、私も同意見だ」

「ああ。私から見てもクロヴィスに似ている」

 

 兄妹三人が同意見、ということはかなり信憑性がある。

 と、ここでコーネリアが意味ありげに、

 

「クロヴィスに似ているというよりは、父上に似ていると言うべきかもしれないがな」

「クロヴィス殿下は陛下に似ていらっしゃるのですか? シュナイゼル殿下も金髪で、見目麗しい方ですが……」

 

 今の皇帝はガタイの良いロール髪のおっさんなので想像がしづらい。

 原作では幼少期のシャルルはそれはもう可愛い少年だったので、おそらくはそうなんだろうが。

 

「ああ。父上の幼少期を知る者は、幼い頃の私を見て『陛下にそっくり』と口にしたものだ」

「では……?」

「もしこの似顔絵に信憑性があるならば……マリアンヌ様殺害の犯人は陛下の隠し子である可能性もある」

 

 衝撃の発言がクロヴィスの発言から飛び出した。



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闇を見通す者・リリィ 二

「クロヴィス殿下、その発言は不敬と取られても仕方ないかと──」

「言い方が悪かったな。何も『父上が隠し事をしている』と断定しているわけではない。皇妃の誰かが子供の存在を隠している、あるいは父上の兄弟の子という可能性ももちろんある」

 

 現ブリタニア皇帝シャルルは幼少期から激しい後継者争いの渦中にあったという。

 彼は、当時ナイトオブシックスであったマリアンヌと共に大立ち回りを繰り広げた末、現在の地位を手にした。

 なので、彼の兄弟姉妹、およびその子は生存していないはずなのだが、

 

()()()()()()()()()()()が、彼も十歳前後で死亡したとされている。それだけ大きな混乱のさ中だ。密かに生き残っていた子がいたとしてもおかしくはあるまい」

「ですが! たかが似顔絵でそのような嫌疑をかけるなど……!」

「わかっている。数年前の、誰もが忘れたい出来事の記憶とあっては鵜呑みにするわけにもいくまい。単にそういうこともあり得ると心に留めてもらいたかっただけだ」

 

 実際は、目撃者の魂を降ろしたジェレミアの記憶を元に作成したものだ。

 犯人の容姿にかなり近いのは間違いないが、ジノのいる場では口にできない。だからこそ、クロヴィスは隠し子の可能性がある、などとカモフラージュしたのだ。

 彼が本当に言いたかったのは、皇帝に双子の兄が存在したこと。

 幼少期に死んだのなら今から五十年は前の話になる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()兄当人である可能性は無いが、シャルルと瓜二つの兄だ。何かしら関わっている可能性は高い。

 

 ジノは息を吐き、一同──特に俺と咲世子を見た。

 

「本件は内密に願います。少しでも不穏な動きがあれば、私は皇帝陛下の剣として非情な決断をしなければならなくなってしまう」

「心得ております」

「まがりなりにも祖国が再興されようというこの時、ブリタニアへの翻意を示すなど、何故そのようなことができますでしょうか」

 

 俺と咲世子の答えを聞いても、ジノは硬い表情を崩さなかったが──それでも、ある程度は納得してくれたように見えた。

 

「……リリィ様にはもう一つ、お伺いしたいことがあります」

「なんでしょう?」

「先日、謎の少女に迫られた際、何か特別なことを私にしませんでしたか?」

 

 桃色の髪の少女にカフェテリアで迫られた件だ。

 彼女はキョウトでスザク達に捕まったらしいが、ジノの元にその情報が入っているかはわからない。ユーフェミアには地下室で伝えたものの、情報の出所を漏らせないのでジノには伝えようがない。

 

「どうして、そんなことを?」

「あの時、私は名を呼ばれただけで指一本動かせなくなりました。それを貴女は軽く触れただけで治した。通常、起こりうる現象とは思えません」

「そう仰られましても、触れる以外のことは何も」

 

 触れることでギアスディフェンダーが自動起動したので、全くの嘘ではない。

 意図的にはぐらかしているのは間違いないが、ジノにギアスの件を話すわけにもいかないので、こればかりはどうしようもない。

 コーネリアも肩を竦め、少年騎士を窘めるように言ってくれる。

 

「敵の殺意を無意識に感じ取った、ということではないのか? 新兵なら震えが止まらなくなるところだが、貴殿のような実力者ならむしろ緊張が勝るだろう」

「いいえ。ナイトオブスリーとして、あの程度の状況で動けなくなるような鍛え方はしておりません。たとえ死地に置かれようとも皇帝陛下をお守りできなければラウンズ失格です」

「勇敢なことだが、動けなくなったのは事実なのだろう?」

「はい。だからこそ奇妙だ、と申し上げているのです」

 

 ジノにとっては屈辱だったはずだ。

 襲撃だったと断定されたわけではないため「失態」と見做されてはいないが、護衛対象であるユーフェミアの危機に何もできなかったことには変わりない。

 騎士として納得できるはずもない。

 これがまだ、真っ向から実力で下されたのなら納得のしようもあるが、得体の知れない力で抵抗さえ封じられたのでは気持ちの持っていきようがないだろう。

 

 再度、少年の真摯な瞳が俺に向けられる。

 

「リリィ様。貴女は本当に、何もしていないのですね?」

 

 俺は息を吐き、ジノの視線を見つめ返した。

 

 クロヴィスやユーフェミアは「言うべきではない」という顔。

 ギアスについて何も知らないコーネリアはどこか興味深そうな表情だ。

 

「ジノさま。この世には、既知の概念では測れない物事が存在します」

「? 何を……?」

「理屈では説明しきれない、謎の残る事件などありふれている、ということです。枢木ゲンブ首相暗殺事件しかり、マリアンヌさま殺害事件しかり。私は、そうした出来事をつい二か月ほど前にも経験しています」

 

 言うまでもなく、ロロの件だ。

 

「あの事件の際、屋上に人が集まってきたのは全てが終わってからでした。私が防犯ブザーを撒いていたにも関わらず、です」

「貴女の周りで二度もおかしな事件が起きている、と、自ら認めると?」

「そう受け取っていただいても構いません」

 

 俺は微笑んで答える。

 

「ですが、ジノさま。当事者であるからといって全てを知っているとも、説明できるとも限らないのです」

「それは……!」

 

 違うとは言い切れなかったのだろう。

 何か怪しげな力で身動きが取れなくなった、というジノの主張自体、信憑性はないに等しい。

 何だかわからないが俺が触ったら動けるようになった、という話を否定する材料もまた存在しないのである。

 

「正直、私も恐ろしいのです」

 

 ここで、俺は本音を混ぜる。

 

 ギアスなどというわけのわからない力が存在して、しかもその使い手が俺かユーフェミアを狙っているのだ。そんなものは怖いに決まっている。

 幸い、ここまでの襲撃はギアスディフェンダーで防ぐことができたが、俺のギアスも全てのギアスに有効というわけではない。

 というか、開き直って物理的に殺しに来られたら俺なんかあっさり死ねる。

 

「ジノさまが今抱いていらっしゃる疑問は、世界の闇に触れるものかもしれません。軽い気持ちであれば思いとどまった方が賢明でしょう」

「待ってください。貴女は何を知っているというのです!? 私に何を警告しているというのですか!?」

 

 ジノの声に切実なものが混じった。

 単に難しそうなことを言って煙に巻こうとしているだけなのだが──なんだかんだ、真面目に取ってしまうあたり人がいい。

 人数不足が続いているとはいえ、若くしてラウンズに任じられるというのは並大抵のことではない。

 相応の努力と熱意、それをジノ・ヴァインベルグは抱えているのだ。

 

「大したことは知りません。単に、不審な点を突き詰めていくと見えてくるものがある。そして、そこに触れてしまった時点で、おそらく私は踏み込みすぎてしまったのだ、ということです」

 

 それ以上、ジノはあの件について追及して来なかった。

 

 おそらく、これで俺はこれでもかと怪しまれただろう。

 だが、同時にジノへ釘を刺すことができた。

 

 ラウンズである彼にはできればギアスに触れてほしくない。

 若いうえに真面目すぎるジノでは皇帝の暴挙を知った上でなお、止まることができずに戦い続ける──そんなふうになってしまいかねない。

 せめて、俺やルルーシュ達の前に立ちはだかるのだとしても、自分で納得したうえでその道を選んでくれたら、と、思わずにはいられなかった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ジノ、大丈夫ですか?」

「……不甲斐ないところをお見せしてしまい、申し訳ございません。ユーフェミア様」

 

 帰りの車内、ジノ・ヴァインベルグは意気消沈した様子だった。

 らしくない少年の様子に、ユーフェミアは胸が締め付けられるような想いを抱いた。

 

(リリィ様の言葉について考えているのでしょうね……)

 

 件の少女は車に同乗していない。

 気を遣ってくれたのだろう。今日は家の方に帰るからと言って、家の車を呼んで帰っていった。

 

 正直、少女の言葉は重かった。

 

 話をはぐらかすための会話ではあったが、込められた思いは本物。

 おそらく、リリィはジノに踏み込んで欲しくなかったのだ。

 

「リリィ様も難しい立場でいらっしゃるのです。どうか気を悪くしないでくださいませ」

「理解しているつもりです。……ですが、どうもダメですね」

 

 あの後、クロヴィスが告げた内容もジノに追い打ちをかけた。

 

『ユーフェミアを狙った殺し屋の少年について、機密情報局からの要請により本国への移送が決まった』

 

 機密情報局とはその名の通り、諜報活動等の機密事項を扱っている部署だ。

 皇帝直属であり、その活動内容は謎に包まれている。軍としての諜報部は別に存在しているため、外部から受ける印象としては「何か怪しげなことを行っている組織」というのが正直なところだ。

 同じく皇帝直属であるナイトオブラウンズにとっても、それは同じことらしい。ジノもこの話には驚いた顔を見せていた。

 

 皇帝にとって表の部下であるラウンズに対し、機密情報局は裏の部下。

 リリィの言葉に繋がるような動きだと感じずにはいられなかっただろう。

 

 ギアスの存在を知っているユーフェミアは猶更、この流れにきな臭いものを感じてしまう。

 皇帝がギアスユーザーを確保しようとしている、あるいは、先の事件そのものが皇帝の手引きであった、という風に見えなくもない構図だからだ。

 もちろん、ユーフェミアとしては父がそんなことをするとは思いたくない。

 しかし、父親としてではなく、ブリタニア皇帝としてのシャルルの行動に奇妙な部分があるのもまた事実だ。

 現在、彼は「皇子、皇女達を王位継承権をかけて競わせる」という名目で政務の大部分を任せており、自分は時折重要な命令を下す程度。

 シャルルの子供時代の政争に比べればクリーンな継承争いだといえるし、シュナイゼルらの働きによって国も上手く運営されているとはいえ、「皇帝陛下が何をお考えなのかわからない」という声はどうしても散見される。悪口を言っただけで処罰されかねない専制君主制の国にあってなお、である。

 

 マリアンヌが生きているかもしれない、という件も加味して考えれば、何かが動いているのは間違いない。

 

「やはり、リリィ様が信用できませんか?」

「……そうですね」

 

 顔を上げたジノは常とは違う、陰のある笑顔を浮かべた。

 

「正直に申し上げれば、今の私にはユーフェミア様やクロヴィス殿下、皆様を信用しきることができません」

「そう……。当然でしょうね、わたくし達はジノに黙って、マリアンヌ様殺害の件を調べていたのですから」

「ラウンズである私に言いにくい話であったことは理解しています。ですが、だからこそ歯がゆく、悔しい、と言わざるをえません」

 

 率直すぎるジノの言葉は、不敬として処罰の対象になりうるものだ。

 皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズに他の皇族に従う義務はないが、だからといって失礼な態度を取っても構わない、というわけではない。

 しかし、もちろんユーフェミアは、そんなことでジノを罰しない。

 ただ、そっと少年に声をかけるだけだ。

 

「悩んでください。貴方が納得のいくように。そして、答えを出してください」

「その結果、私がどんな答えを出しても、ですか?」

「ええ。わたくしは、自分の行いが間違っていないと信じています。お父様もきっと、わかってくださると思います。ですが、それでも糾弾を受けるというのなら、それはきっと仕方のないことなのでしょう」

 

 リリィを巻き込んでしまったのは申し訳ないが。

 きっと、あの少女にそう言えば「私がユーフェミアさまを巻き込んだのです」と言うだろう。そう思うと、なんだか笑ってしまいそうになる。

 そういうところで、あの少女とは気が合うのだ。

 

 ジノは、神妙な表情でユーフェミアを見た後、ふっと笑った。

 

「ユーフェミア様は騎士をお決めにならないのですか? きっと、貴女の騎士になる方は幸せでしょう」

「そうですね。いつか、素敵な方が現れてくださるのではないかと思っております」

 

 何故かルルーシュの顔が思い浮かんだが、彼を騎士につけることはできないというか、むしろ彼にこそ騎士が必要だろう。

 そう思ったユーフェミアは、今度こそくすりと笑みをこぼした。



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闇を見通す者・リリィ 三

「いやあ、なかなかいいのが出来上がったねえ?」

「ええ。ここまで来るのは本当に大変でしたが……」

 

 某日。

 特派研究施設内のとある一室で、わが社と特派の共同開発である新型シミュレーターの最終試験が行われていた。

 試作品ということもあって外観は二の次、既存のシミュレータと変わらない印象ではあるものの、中身に関しては大幅なブラッシュアップが行われている。

 内部機器の配置や表示を現行機の実物により近づけ、内部プログラムに関しては全くの別物。KMF(ナイトメアフレーム)の動作部分のデータと環境データ(マップ構成や地面、建物の質感等)を別個に分けることによって新しいマップを入れたい時やOSの異なるKMFをテストしたい時などに一からプログラムし直す必要を無くし、拡張性と整備性を大幅に向上させている。

 メカ好きのスタッフと特派の研究員が悪ノリして凝りまくったせいでパイロットスーツを着ずに使用しようとすると違和感を覚えるほどの本格仕様だが、お陰で僅かな環境の違いによる影響までシミュレーションできるものに仕上がった。

 

 完成に行き着くまでにはテレビで特集番組が組めそうなくらいに試行錯誤の連続、挫折と挑戦の繰り返しがあったのだが、お陰で良い物ができたと思う。

 もちろん細かい調整は必要だし、都度アップデートしていく必要はあるわけだが、今のところ大きな問題は起こっておらず、特派側からも好評。

 正式採用されればこのシミュレータのメンテナンス費用だけで毎月ある程度の収入が予定されていたりする。

 

 さて、今行われているのは正規の軍人さんを呼んでの稼働試験。

 

 実機を乗りこなしている方に体験してもらうことでより本物に近づけることや、荒っぽい動かし方、制作側が意図しない挙動が起こった際にエラーを吐かないか確認するためのものだ。

 エリア11に駐留中のブリタニア軍から数名に来てもらい、今は最後の一人がテストしている。

 体格や性別が違う者を、というこちら側からの注文に従って派遣されてきた女性軍人で、名前はヴィレッタ・ヌゥ。階級は騎士候。やや青みがかった銀髪と褐色の肌が印象的な、同性から大人気であろう美女だ。

 なかなかの腕前らしく、シミュレータ上のサザーランドを的確に操ってプログラム操作の敵機を翻弄している。

 

『自動操縦のKMFなど所詮はこの程度か!』

 

 なかなか威勢の良い声も聞こえてくるので、楽しんでもらえているようである。

 

「で、リリィ? これ、ランスロットのデータをインポートしたらすぐテストできるのかい?」

「基本動作だけなら理論上は可能です。既存機にない機能を使う場合には追加のプログラムをしないといけませんが……」

「ちょっと面倒臭いねえ。ま、そもそも動かせなかった今までのヤツよりはずっとマシだけど」

 

 我が婚約者ことロイド・アスプルンドは今日も元気にいつも通りである。

 セシルなんかは退院後に初めて顔を見せた際、大げさに喜んでくれたりしたのだが、彼に関しては「来たんだ。退院おめでとう」で終わりだった。それが少しばかり寂しくもあり、他の人が過剰反応ばかりだったこともあって逆に嬉しかったりもした。

 まあ、ロイドの実家の方はあれ以来「もうさっさと結婚してしまえ」とうるさかったりするのだが。

 うちの会社がかなり成果を上げていて、俺にもそれなりの資産があるため、結婚してしまえば俺が死んでも遺産が入ってくるとか考えているらしい。

 もちろん、籍を入れてしまえばアスプルンド家から使用人やボディガードを出し放題、危険から守りやすくなる、という目論見も含まれているのだが。

 

「いいじゃないですか。これってある意味、リリィちゃんとロイドさんの共同作業でしょう?」

 

 と、ロイドの助手的立ち位置がすっかり板についたセシルが笑う。

 

「開発したのは僕の部下とリリィの部下だけどねえ」

「皆さんで力を合わせて作り上げたのですから、いい話ではありませんか」

「さすがリリィちゃん。ロイドさんも見習ってください」

「はいはい。……まったく、キミとリリィが一緒になると敵わないよ」

 

 お手上げ、とばかりに離れていくロイド。

 セシルが「勝ったわね」とばかりにウインクしてくるのに微笑み返してから、俺は視線をわが社のスタッフの方へ向けた。

 前にシミュレータをテストした人員にももう一度、ということで何人か連れてきていたのだが、

 

「……あの軍人さん、美人だったよなあ」

「扇さんはああいった方がタイプなのですか?」

「うえっ!? しゃ、社長、聞いてたんですか!?」

「ええ、少しだけですが」

 

 実はあのヴィレッタこそが原作で扇と結ばれた女性だ。

 記憶喪失の彼女を拾い、恋仲になったのをきっかけに原作における扇の人生は大きく変わったと言っても過言ではない。

 記憶喪失中のヴィレッタは本来の強気な性格から清楚でおしとやかな性格に変わっていたので、そちらが本来の扇の好みなのかと思っていたが。

 

「気の強い女性が好みなら、うちの義妹なんかもお好きですか?」

「いや、カレンちゃんに手を出すのはさすがにちょっと……って、社長、知ってたんですか?」

「はい。カレンさんから扇さんとは知り合いだと」

「え、扇さんって社長の妹さんとも面識あるんですか? シュタットフェルト家なんてガチのお嬢様じゃないですか」

「第一開発室のあの子ともいい雰囲気な癖に、この女たらし!」

「ちょ、ちょっと待った! 濡れ衣ですって!」

 

 わいわいやり始めたわが社のスタッフ。

 特派側のスタッフも交じって恋バナ(という名のゴシップ話)に花を咲かせているが、助け船は出さないでおく。『第一開発室のあの子』が扇のことを気にしているのは俺の目から見ても事実だし。

 まあ、もし扇がヴィレッタに一目惚れして求婚するというのなら、それはそれで構わないとは思う。

 カレンの兄・ナオトが日本再興に協力している今、レジスタンスの活動はほぼ休止状態だろうし、日本とブリタニアが仲良くやれるのなら、ゲーム会社勤務の扇と軍人のヴィレッタがくっつくのに大きな障害はないのだ。

 

「さて。シミュレータが上手くいったら、いよいよロボットアクションゲームが本格始動ですね」

 

 ナイトメアフレーム熱がどんどん高まっているここで売り出せれば「どかん!」と売れる可能性が高い。

 平和への期待と共に、俺は事業計画を脳内で膨らませた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「ただいま戻りました。変わりはありませんでしたか?」

「お帰り。ああ、平和そのものだ。この学園は気楽でいいな」

 

 リリィによってセシリア・クラークという偽名を与えられている不老不死の魔女・C.C.は、アッシュフォード学園内のリリィの私室にてゲームをプレイしながら、振り返りもせずに答えた。

 第三作目の「KMFを正式に登場させた戦略SLG」に続き、第四作目となる「幻獣育成RPGの続編」も発売されたため、なかなかに大忙しだ。

 出歩かなくても暇が潰せるうえ、リリィの秘書という肩書きを得たお陰で堂々とピザを頼めるようになったので、とても快適な生活が送れている。代わりに時折、秘書業務に駆り出されるのが難点だが、そのくらいは代価として大目に見てやってい