月狼奇譚 (一般兵デモニホ)
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■月狼忌憚簡易年表■

自分でもちょっとゴッチャになってきたので簡易的な年表を置いておきます(というか、とある要素を勘違いしてて既に矛盾が出そうなので軌道修正中)。
本編の補足としてどうぞ。

※出典引用:wikipedia
※適宜更新予定


コウタ「作中の時系列がよく分からないよ~サカキえもん~」

榊「うーんじゃあ、そんなコウタくんのために分かりやす~い年表を使って説明してあげようねぇ」

コウタ「さっすが~! サカキえもんは話が分かる!」

榊「うーん、普段の講義のときもこれくらい本腰入れてくれるとありがたいんだけどねぇ…」

コウタ「…スイマセン、俺、真面目な話を一分以上聞いてると意識を失う病にかかってて…」

榊「んー、人類史上そんな病は聞いたことがないねぇ~!」

コウタ「そんなことよりサカキえもん、さっきから聖奈くんの視線が痛いよー! なんか得体の知れない物を見るような目付きでこっちを見てるんだあ~!」

榊「おっとぉ、聖奈くん! そんな奇特な目で僕らを見るのは止めるんだ、聖奈くん。止めるんだ……やめ……お願いだから止めてよ聖奈くん! 僕らだって何も好き好んでこんなコントをしている訳じゃ……え? じゃあどういう意味があってしてるのかだって? それはねぇ、聖奈くん。実にのっぴきならない理由があるからだよ。システム上の都合と言っても差し支えないだろうねぇ」

コウタ「いやまァ単純に、本編の文字数1000文字が保存して公開するための最低ラインだからっていうだけなんだけどね。現時点での年表だけだと文字数が350ちょいしかなくってさ……エラーになって保存できなかったんだ……だからこうして俺らが道化を演じて規定の文字数を稼いでるんだよ……え? もうすぐ達せそう? じゃあ最後に聖奈は何か、読者さんたちに伝えたいことある? 何? ウチの親父の名前が、某アニメのキャラと丸かぶりしてるけど気にしないでくれ? 向こうは【ショウゴ】でこっちは【セイゴ】? だそうです、読者の皆さん!」

 

 

 ■■■

 

 

【2012年】

フィンランドにて生化学企業フェンリルが創業

 

【2046年】

オラクル細胞を北欧で発見

 

【2050年】

アラガミ大量発生により都市壊滅

土地の奪い合いにより争いさらに人口は減少し、最盛期の一〇〇分の一となる

 

【2052年】

P73偏食因子発見

 

【2053年】

マーナガルム計画に於る偏食因子転写実験

 

【2054年】

槙島聖奈出生

 

【2055年】

P53偏食因子発見、人工的な偏食因子調整の実現

 

【2056年】

神機の実用試験開始、ゴッドイーター登用開始

槙島聖護(19)フェンリル極東支部入隊

 

【2060年】

フェンリル各支部の再編。

ヨハネス・フォン・シックザールがフェンリル極東支部長就任

 

【2061年】

槙島聖護(24)が単独任務中に通信途絶、のちにMIA認定

 

【2065年】

旧連合軍アラガミ掃討作戦実施

 

【2071年】

槙島聖奈(17)フェンリル極東支部第一部隊入隊

 

 

 



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無印編
2071←2061


 

 びょうびょうと吹き付ける風の音に目を開けると、眼前は白一色だった。

 この場所はいつ来ても雪に塗れている。

 

 薄着の体に容赦なく叩き付ける雪の中を進んでいくと突然、白以外の色が目に飛び込んできた。赤。何かが激しい火柱を上げて燃えている……。ぷんと漂って来た胸の悪くなる臭いと、ばちばちという肉の爆ぜる音に、聖奈は、ああこれはいつもの夢なのかと確信した。3メートルほど先で景気良く燃えているのは人間なのだった。

 

 この夢とは7歳の頃からだから、もう10年程の付き合いになるだろうか(まったくもって嬉しくないが)。最初の頃こそ叫んで跳び起きていたが、この頃になるともう見飽きたものだ。それでも聖奈がこの夢に惹き付けられて止まないのは、この夢が、彼の父親に関連する唯一の記憶であるからだった。

 

 槙嶋聖奈には物心付いた時から両親がいなかった。

 

 寂れた小さな家に叔母と2人きりで生活していた。

 そしてこの叔母の言うことには母親は聖奈を生んだあと、産後の肥立ちが悪く死んでしまったという。だから、聖奈は当然の如く母親の顔を知らない。そして父親は、聖奈が7つの時に消息を絶った。それきりだ。それで、聖奈は叔母と2人きりで暮らしている。

 

 どさっと雪の上に物が倒れる音がした(そうだ、ここはまだ夢の中だった)。

 

 雪の上にうつ伏せに倒れてもなお、炎は衰えず、降り続ける雪が炎に飲み込まれていく。それを少し眺めてから、次に聖奈は視線を横に動かした。凍りついた表情の子供がいる。薄汚れて粗末な服を着たその子供は幼い頃の自分である。

 

 要するにこの雪と炎の夢は、槙嶋聖奈の実体験に基づくものであった。

 

 そして先に言ったように『父親に関連する唯一の記憶』でもあった。

 

 と、言っても聖奈自身、詳細に覚えている訳ではない。覚えていたらこんな胸糞悪い夢に頼ってまで父親のことを探ろうとはしない。それで、この夢が、本当にいつも通りならば、そろそろあの燃えている奴が起き上がるはずだ。そして、余りの恐怖に固まる自分の前までくると、燃える手で顔面の右半分を掴むのだった(だが、熱くない。夢だからだろうか)。

 

「――っ!!」

 

 ハッと目を覚ました聖奈は起き上がった。全身にじっとりと不快な汗をかいていた。濡れる前髪に指を突っ込むと、雨に濡れたようだった。床に降りると、幼い頃から使っている粗末な木製のベッドは大きく軋んだ。とにかく物のない時代だからしかたがないとはいえ、もっといいベッドで寝たいと、時々思う。

 

 シャワーでも浴びたい所だが、ちと面倒だったので、床に落ちていたタオルで適当に汗を拭き取ってから、聖奈は着替えた。洗いざらしのモスグリーンのタンクトップに、黒地に緑チェックの裾の擦り切れたスラックス。これに黒のブレザーを羽織って、長い前髪をサングラスで上げれば、全くいつも通りの『通学スタイル』の出来上がりである。

 

顔を洗いにいった洗面所の鏡に映った自分の顔を、聖奈はじっと眺めてみた――まァ、自分に見惚れる高尚な趣味はないのだけれど。それでもなかなか整った顔立ち、といっても差し支えはないだろう。実際、学校ではなかなか人気が有ったらしい。少年の荒々しさと、少女の可憐さを併せ持つ、しかし、だからといって中性的というわけではなくどちらかというと粗野な感じのする顔立ちだった。要するに魅力的な顔ということだ。いやはや。

 

 居間に行くと叔母はいなかった。朝早くから何処かへ出掛けているらしい。それならそれで好都合だ。こんな日にまでうるさく口出しされるのは御免だった。

 

 聖奈は机の上の袋からパンを一枚取りだして立ったまま食べた。そして、食べ終わると荷物を持って家を出た。

 

 もう、暫らくは帰る事もないだろう家をじっと見てからくるりと背を向けた。建物が密集する外部居住区の狭い通路を歩いて向かうのは、中央に高くそびえるフェンリル極東支部――通称アナグラ。

 

 アナグラは、非力な人類の盾となり剣となるべき神喰いの餓狼たちの巣穴である。いまや説明するべくもないが、この世界は死にかけだった。ほんの20数年前にこの地球上に突如現れた『アラガミ』と呼ばれる生命体に文明も人も喰い尽されてしまった。だが、殆ど謎のこの敵に対して反旗を翻したのはやはり人間だった。アラガミに対抗しうる技術を開発・所持する『フェンリル』は、元は生物工学、生物化学に特化した、穀物メジャー資本の一企業に過ぎなかったにも関わらず今では『人類の保護と科学技術の復興』を掲げて活動する団体であり、事実上の世界の盟主でもあった(なんとも御立派な事だ)。

 

 そのフェンリルが開発した生体兵器『神機』を駆るものが、『神機使い』とよばれる背に氷狼のエンブレムを背負った神殺しの者であり、聖奈の父親も、その神機使い――だったらしい。そして、聖奈がいまから飛び込む世界でもある。

 

 聖奈は、スラックスのポケットからくしゃくしゃになった一枚の紙切れを出した。それは、外部居住区にいる者に送られてくるフェンリルからの召集令状、神機の適合試験への招待状だった。慢性的に人不足のアナグラは定期的に神機使いの召集を行っているようだが、それでも物になるのは少ないらしい。任務中の殉職というのもあるが、適合試験に失敗する、つまり、試験中の死亡というのがあるようだ。

 

 聖奈は礼状を無造作にポケットに突っ込む。

 

 アナグラは、いまや目の前にあった。

 

.



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二人は友達

 アナグラのエントランスは一般開放されている。

 だからか、ちらほらと神機使いではない者の姿も見えた。聖奈自身はアナグラに来たのは初めてだったけれど。

 そんな一般人達には目もくれず、聖奈は真っ直ぐ、カウンターへ向かった。

 

「こんにちわ。どうかされましたか?」

 

 受付カウンターの内側には女の子が立っていた(同じ年頃だろうか?)。茶色の髪を左右二つに分け、特徴的な結い方をしている。にこりと人当たりの好さげな笑みは、受付嬢として百点満点だろう。聖奈がぶっきらぼうに来訪の訳を伝えると、受付の女の子は、「ちょっとお待ちください」と言い、慣れた様子で手元のコンソールを叩いた。暫らく聖奈は黙って彼女を眺めていたが、ややあって、彼女の目が僅かに丸くなるのを見た。

 

「あ、はい。新型神機の適合試験ですね。試験会場へは、そこのエレベーターで行けますから」

「そうですか。ドーモ」

「頑張ってくださいね」

 

 白い手袋をした手がしなやかに指し示す方へ、聖奈は向かった。

 しかし――はて。シンガタとはいったい何のことだろうか?

 

 エレベータの扉が静かに開くと、目の前には広い体育館のような開けた場所が広がっていた。その真ん中にフェンリルのマークの刻まれたプレス機のような台がぽつんとある。背後で、扉が閉まる音がして、籠が静かに上がっていった。

 

『適合試験へようこそ。槙嶋聖奈君』

 

 ザッという軽いノイズ音の後に、スピーカーからそういう声が流れてきた。男の声だった。天井の方を見上げると、正面が透明なガラス張りになっていて、そこから数人の人物が並んで見下ろしていた。その中でも一際、聖奈の目を引きつけたのは白いロングコート姿の金髪の男だった。手を背後で組み、真っ直ぐ立って自分を見つめている――その顔に見覚えがあった。

 そう、確か、この支部の支部長だ(名前は何だったっけ? まァ、いいけど)。わざわざ支部長様自ら立会いに来てくださるとは、ありがたい事だ。それとも、どの試験者に対してもそうなのか? だとしたら支部長というのもそれなりに、暇なんだな。

 

『早速試験を始める。まずは台の前まで進みなさい』

 

 と、今度はさっきとは違う声がいったので、聖奈はその指示に従った。

 台の上には巨大な兵器が横たわっていた――神機、だ。

 神機を片手にアラガミを屠り去る神機使いを見るたびに、幼い自分は胸を熱くしたものだった。俺も絶対に神機使いになる。それで――それで、何だっけな。聖奈は小首を傾いだ。まァ、いいか。

 改めて目の前の神機に視線をやる。神機が照明の光をチカと跳ね返した。おやおや、甘ったれた坊ちゃん面しやがって。果たしてお前に俺を乗りこなすことが出来るかな? そう言っているように感じられた。

 

『試験は簡単だ。神機の柄を右手で握るだけでいい。手首を腕輪に通して……そうだ』

 

 なんだ、そんなものか。言われた通りに聖奈は神機の柄を右手でグッと握った。で、何? 握ったはいいが、何も起こらないじゃないか……しかし違った。ガシャン、と音を立てプレス機の上部が落ちて腕を挟みこんだ。その瞬間、ヒュっと息が詰まった。右手首を通して、『何か』が体内に侵入してくるのが分かった。メチャクチャな痛みだった。

 

 ――適合試験はパッチテストと同じ感覚で出来ますよ。ええ、たいへんお手軽です。

 

 招聘状を持ってきたフェンリル職員のニヤケ面を思いだした。何がパッチテストだ、嘘吐きめ。痛いじゃないか、畜生が。何処かで会う事があったら、あのニヤケ面をぶん殴ってやる。

 全身から嫌な汗が吹き出ている。少しでも気を抜けば痛みに声が出そうだったが、それは何だか嫌なので歯を強く食いしばった。酷い負けず嫌いなのだ、槙嶋聖奈という男は。おやおや、我慢強い事で。

 

 再び、ガシャッと音がした。

 さっきよりは幾らかマシだが未だズキズキする手首に目を向けると、赤く大きい、やや不恰好な腕輪がくっ付いていた(犬の首輪の様だ)。そして、その先、右手はしっかりと神機を握っていた。持ち上げてみると、重厚な見た目に半して意外と軽い。神機のコアからヌル、と、黒い触手様のものが枝みたいに伸びて腕輪の穴に潜り込んでいくと、接続は完了したようだ――

 

『よう、待ってたぜ。お前みたいな奴を』

 

 はて、今の声は神機から聞こえてきたような?

 

 



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二人は友達 #2

 

『何か問題でもあったかな?』

 

 と、これは支部長の声が聞いた。聖奈は神機を高く掲げたままの格好で固まっていた。

 

『何、目ん玉丸くしてんだよ。可愛い坊ちゃん。神機が喋るのが、そんなに不思議かい?』

 

 やはり喋っているのは神機だ。聞きとりやすい低音の声。神機が喋っている、神機が! それとも、自分の耳か頭がおかしくなったのだろうか? だとしたら笑えない状況ではある。就職早々、クビにされかねない。聖奈は神機をそっと、台に戻した。

 

『大丈夫かい?』

「ウス」

『そう。ならいいんだ……とにかく、おめでとう。これで君は極東支部初の‹新型›神機使いだ』

 

 期待しているよ――それだけ言うと、支部長はさっとこちらに背中を向け部屋を出て行ったようだ。

 聖奈はもう一度、プレス機の上の神機を見たが、神機は黙って照明の光を受けていた。

 

 

 ■■■■■

 

 

 ――狂犬聖奈だ。嘘だろ?

 

 と、まず最初に藤木コウタは、そう、実を固くした。

 

 適合試験は滞りなく終わった(噂よりは怖くなかった)。メディカルチェックがあるから指示があるまでエントランスで待機するよう言われやって来たコウタに、受付の可愛い女の子は言った。

 

「実は今日、もう一人、適合試験を受けに来た方がいるんですよ」

 

 へえ、そうなんだ? どんな子だろう。もし無事に受かる事が出来たなら、俺の同僚、と、いうことになる訳だ。いい奴ならいいな。できるなら、可愛い女の子が――

 

 しかし、そういう、やや浮ついた夢想に耽っていたコウタの前に現れたのは、褐色肌の金髪の男だったのだ。槙嶋聖奈、だった。何ということだろう。今日、俺の同僚になったのは、槙嶋聖奈? あの、『狂犬』と名高い、斜向かいの幼馴染みだった。

 

 身を固くするコウタなど気にもせず、聖奈は一人分のスペースを開け、どっかと腰を下ろした。深い緑色のソファが揺れた。コウタはちらと聖奈を見た。

 

「何?」

 

 視線に気付いた聖奈が目線だけをコウタに向け聞いた。

 

「い、いや、別に」

 

 聖奈の蛇みたいな目付きにどぎまぎしながら、コウタはぶるぶると勢い良く首を横に振った。そして、少し落ち着こうと、ズボンのポケットからガムを取り出し一枚口へ入れた(これはさっき、階段下で店を広げているよろずやから買った物だ)。少し辛味のあるミントの味が口の中に広がった。

 もう一度、今度は気付かれないように、聖奈を見る。

 

 聖奈とは幼馴染みといっても、交流は殆ど無かった。聖奈は、まァ、有体に言えば『ワル』だったので。至って健全な自分とは住む世界が違う。なんとなく聖奈は浮世離れしているような印象が、コウタにはあった。

 

 そう、聖奈はワルだ――という事になっている。世間的には。まァ、いい奴だとも言い切れないのだけれど。外部居住区にも、当然、不良というのはいたけれど、そいつらのやった悪い事の凡そは聖奈のせいにされたし、大人達の殆どもそれを信じたし(ああ、だけど、家の母さんだけは違った。むしろ聖奈を気にかけていたっけ)。にも関わらず、コウタには聖奈が本当に悪い奴だとは思えなかった。それは彼が生まれついてのお人好しだから、という以外にも理由がある。昔、まだ自分が今よりも遥かに幼かった頃、近所の悪ガキに取上げられた人形を取り返してくれた。「ほら」と、右手首で鼻血を拭いながらぶっきら棒に人形を渡してくれた――たったそれだけの事だけれども、とにかく、そのような経験から、コウタは聖奈を悪い奴だと嫌うことが出来ないのだった。

 まァ、そんなこと向こうはとっくに忘れているだろうし、なによりも幼馴染みであるということすら忘れているかもしれないけれど。

 

 聖奈は眠っているのか、腕組みしながら目を閉じている。

 

「あ、あのさ、ガム食べない?」

 

 と、聞いてからコウタは今食べているのが最後の一枚であったことを思い出した。

 

「いや、いい」

「そ、そう」

 

 断られてホッとした時、カウンター横の階段を下りてこちらに向かってくる人物に気付いた。女の人だった。

 

 「立て」

 

 その女の人は目の前まで来ると、そう言った。

 綺麗な女の人だった。切れ長の意志の強そうな目と、赤い唇が印象に残る。凹凸のハッキリした体のラインを強調するようにぴったりと張り付くスーツは些か、青少年の目には毒だが……「立てと言ってる、立たんか!」

 

 厳しく言われ、コウタは自分がボーっとしていたことに気が付いた。急いで立つ。聖奈を見ると、こっちはさして気にした風も無く、ゆるゆると立ち上がった。

 

「私は雨宮ツバキ。お前達の教練担当だ」

 

 ツバキはそう名乗った。教練担当。つまり、これからはこの人に色々教わる事になる。

 ツバキは片手のバインダーに目を落としながら気忙しく言った。

 

「すまないが、時間が詰まってるので一気に言うぞ。まずはこれからメディカルチェックを受けてもらう。それから暫らくは基礎訓練、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱い等のカリキュラムをこなしてもらう。分かったな? 分かったら返事をしろ。死にたくなければ、これからは私の命令には全てYESで応えろ。分かったら返事だ」

「ハイッ!」

 

 ツバキにジロリと睨め付けるようにみられ、コウタは思わず背筋を伸ばした。返事が必要以上に大きくなったかもしれない。

 聖奈は相変わらずやや猫背で、こちらは「ウス」と実に軽い。

 

「槙嶋。まずはお前からだ。さっさと行って来い。メディカルチェックは榊博士のラボで受けられる」

 

 

 ■■■■■

 

 

「やあ。早かったね」

 

 ラボについて早々、片手を上げて迎えてくれたのが『榊博士』だろうか。博士は椅子に座って忙しそうにコンソールを弄っている。そして、その横には、支部長が立っていた。ジッと聖奈の顔を眺めている。

 

「ちょっとまだ準備ができてないんだ……そうだ、ヨハン、先に用を済ましたらどうだい?」

「榊博士。そろそろ公私の区別を付けることを覚えていただきたいね」

「いやースマナイスマナイ」

「……まずは、適合試験、お疲れ様。聖奈君。私はヨハネス・フォン・シックザール。この支部の支部長を務めている」

 

 シックザールは相変わらず、聖奈の顔を眺めていた。聖奈もジッとシックザールを観察する。なんというか、妙な雰囲気の人だな、と思った。

 

「君には改めて我々フェンリルの目的を説明しようと思うのだが……まァ、君の直接の任務はこの極東地域のアラガミの撃退と素材の回収が主になるだろう」

「この数値はっ!」

「……それはこの前線基地の維持と、きたるべきエイジス計画の完成に充てられる。エイジス計画についても、少々、説明しておこうか? 簡単に言えば、アラガミの脅威から完全に守られた人類の楽園を造るという物だが……」

「ほほう!!」

「…………この計画が完成されれば少なくとも人類は当分の間絶滅の危機を避ける事が出来るはず……」

「凄いっ! これが新型かあ!!」

「……」

「合いの手っすか?」

「いや、違うよ……ペイラー、いい加減にしてくれないか」

 

 度重なる榊の妨害とも言える歓声に、シックザールは説明を諦めたようだ。諦めた、というより、する気力が無くなったのかもしれない。

 

「いやぁ、ゴメンゴメン。ちょっと、予想外の数値に舞い上がっちゃったんだ、アハハ」

「まァ、いい。後は頼む」

「オーケーオーケー」

 

 この程度のやり取りは最早いつもの事らしい。シックザールの用事とやらは済んだらしく、白いコートの裾を翻しラボを出て行った。

 

「さ、待たせて済まなかったね。早速メディカルチェックを始めようか。まずはベッドに横になって――」

「あの、その前にちょいと質問イイすか」

「ん? 何かな?」

「俺って、新型神機の適合者なんすよね」

 

「ああ」榊は頷く「そうだね」

 

「それがどうかしたのかな?」

「新型神機って、何か副作用みたいなのあるんすか? たとえば、幻聴が聞こえるとか」

「まさか! 今の所、そういった報告は聞いた事がないなァ……」

 

 榊は眼鏡の奥の糸目を僅かに開いた。否定した。

 違うのか……と、言う事は、自分の頭が変になったということではないらしい。

 

「じゃあ、喋りますか?」

「へ?」

「新型神機。喋るんすか?」

 

 聖奈の妙な質問に榊は口をポカンと開けっぱなしにした。が、ややあって、どうしたことか笑い出した。

 

「アハハ、もしかして冗談かな? 残念だけど、今の段階ではまだ『神機とのコミュニケーション』というのは無理だろうね。でも、近いうちに実現出来るようになったら、素敵だろうねぇ……さ、ベッドに横になって……」

 

 どうやら小粋な冗談だと思われたらしい。

 さて、困ったぞ。ますます謎が深まったではないか。

 しかしその思考も、すぐにやって来た眠気に溶かされていった。

 



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二人は友達 #3

 

 アラガミが我が物顔で地上を跋扈するようになって久しい。かつては栄えたビル街だったこの場所も、今や食い荒らされた廃墟と化していた――『贖罪の街』と呼ばれるフィールドに、3人の神機使いがいた。

 3人は朽ちた壁の陰にそれぞれ身を潜めていた。目線の先には、オウガテイルと呼ばれる小型のアラガミが数匹いて、既に息絶えていた大型の、これは猫に似たような姿のアラガミの死骸に群がっていた。喰う為に存在しているアラガミの無尽蔵の食欲は、神属が違えば同胞も例外ではないらしい。

 

 先頭で様子を窺っている錆びた焦げ茶色のコートの男が軽く左手を上げる。それを合図に、神機使い達はオウガテイルに殺到する。

 薄曇りの空の元、チェーンソーめいた切っ先が閃いた……

 

 

 

「お、レア物だなぁ。榊のおっさんが喜びそうだ」

 

 倒したオウガテイルの胴体からずるりと引き抜かれた丸いコアを眺め、焦げ茶のコートの男は咥え煙草で呑気に言った。

 

「もう戻りましょ。お腹空いちゃった」

「お、そうだな」

 

 周囲の警戒をしていた女性神機使いが振向きざまに言った。美しい黒髪を肩口で切り揃え、露出の大胆な格好をしている。

 

「ほら、ソーマも行きましょ」

 

 すでに歩き出している2人に遅れ、ソーマと呼ばれた青いコートの青年も神機を肩に担いで後を追う。

 前の2人は、夕飯のメニューについてのんびり話し合っていた。

 

「今日のメニュー何だったかしら……」

「ん? この間の配給会議でなんか言ってたなぁ……あー、アレだ、ジャイアントトウモロコシ……」

「えー、またアレ? アレ、食べにくいのよねぇ……」

「そう言うなよ。この御時勢、食えるだけでも有り難いだろ」

「んー……あ、そうだ。ソーマ、後で交換しない?」

「……断る」

 

 提案を無碍に断り、さっさと自分達を追い抜いていくソーマに、焦げ茶色のコートの男は、

 

「そうだ。明日、新人が2人、ウチに配属される事になったからな」

 

 と、言う。

 ソーマは立ち止まって、首を微かに男へ振り向けた。

 

「あら、新しい子が来るのね。これで少しは、楽になるといいんだけど」

「どっちもお前さんと年が近い。お兄さんとしてちゃんと面倒見てやるんだぞ、あっはっは」

「……馬鹿か。断る」

 

 ソーマは全身で深い溜息を吐いてみせた――何故、この男は終止この調子なのだろう(煙草の吸いすぎで、脳細胞に異常が起きているに違いない)。

 

「新人教育はお前の仕事だろうが」

 

 素っ気無く言うソーマに男は苦笑した。

 

 

 ■■■■■

 

 

 あの時(そう、言うまでもなく適合試験の時のことだ)、神機が喋ったように思えたのは、恐らくは痛みと緊張による一時的な幻聴のようなモノだったのだろうと、聖奈は一晩かけて推理した。だが違った。

 

『よう、おはようさん』

 

 神機を取りに神機保管庫まで降りてきた聖奈へ、そう、挨拶して来たのだ。神機が。神機が!

 

『どうした? マヌケ面がもっとマヌケ面になってるぜ』

 

 おまけに、口が悪い。

 

「本当、何なんだろうね? まァ、私は楽しいからいいんだけどさ。でも、彼、ちょっとワガママだね」

 

 とは、整備室主任の技師、楠リッカの談で、後半の部分は小声だった。

 

「榊博士にも分からないみたいだしな~」

 

 そう、榊博士。最初は聖奈の冗談だと思っていた彼も、現物を目の当たりにして、漸く理解したらしかった。驚きのあまりずれた眼鏡をそのままに、すぐさま奇声にちかい雄叫びを上げはしゃぎ回り、余りのはしゃぎっぷりにリッカに窘められていたが、まァ、とにかく。要するに、世界最高峰の頭脳を持ってしても解明できないほどにはイレギュラーな存在なのだ。このお喋り神機というものは。

 

「ま。仕事に支障はないみたいだしさ。今日も頑張っておいで!」

 

 仕事に支障はない? 嘘だ。

 神機保管庫から送り出された聖奈は、渋々、エレベーターでエントランスに向かった。

 

 数週間の訓練期間を終え、今日からはいよいよ正式に隊に配属される。つまり、実戦になる訳だ。そう、要するに、戦場に出る。

 聖奈もコウタも、配属先は『第一部隊』。ここ、アナグラの主力部隊で、エース級の神機使いが揃う部隊だとツバキに教わっていた。

 

「お早う御座います」

 

 ミッション受注の為にカウンターに行くと、適合試験の時に会った女の子が立っていた。にこっと笑ってから、軽く頭を下げて、

 

「適合試験の時にお会いしましたよね? 私は竹田ヒバリ、極東支部のオペレーターをさせて貰っています。改めて宜しくお願いします」

 

 どうやら向こうも、聖奈のことを覚えていてくれたようだった。聖奈も軽く自己紹介を返し、前日の夜にツバキから指定されていたミッションを受けた。

 

「オウガテイル一体の討伐ミッションですね?」

 

 ヒバリはテキパキと作業をこなしていく。

 

「同行者はリンドウさんですね」

「リンドウさん?」

 

 と、首を傾いだその時。タイミング良く、カウンター脇の階段を、焦げ茶色のコート姿の男が降りてきた。

 

「あ、リンドウさん! 支部長が顔を見せに来いと……」

「OK、聞かなかったことにするわ」

 

 コートの男――リンドウはヒバリを軽く右手で制すると、真っ直ぐ、聖奈へと向かってきた。そして、1メートルほど手前で止まった。さっき、ヒバリにしたように軽く、頭の横に右手を上げた。

 

「よっ、新入り」

 

 なんだか、久し振りに会う友人のような気安さだ。

 

「俺は雨宮リンドウ。形式上はお前の上官に当たる。ま、細かい事はいい。さっさと成長して、俺に楽させてくれ」

 

 ポンと肩を叩かれた。気の良いお兄ちゃん、という印象だった。

 

 

 

 

『よくも俺をこんな狭っ苦しい場所に押し込めたな。嫌がらせか?』

 

 贖罪の街、高台の上でケースから神機を取り出して早々、罵倒された。聖奈が顔を顰めていると、横で煙草を蒸かしていたリンドウがほほーと感心したような声を上げた。

 

「本当に喋るんだなァ、お前さんの神機は」

 

 『新入りの神機が喋るらしい』というのは目下、アナグラ中の噂であったからリンドウも無論、耳にはしていたが、噂話というのは広まるに連れ尾鰭が付くものだし、希代の新型神機使いというのも相俟ってそのような話になったのだろうと思っていたのだが――こりゃ、驚いたね。本当に喋ってやがる。

 

「こりゃあ楽しくなりそうだ」

「俺は楽しくないすよ」

 

 膨れる聖奈はそのままに、リンドウは神機へ視線を落とした。見る限りは普通の神機だ。自分のと違うところといえば、傷ひとつなくピカピカであるくらい。

 

「よう。俺は、第一部隊隊長の雨宮リンドウだ」

『知ってるぜ。さっき、そこのクソッタレケースの中で聞いてたからな。全く、息苦しくて死ぬかと思ったぜ……俺のことは、ネクロって呼んでくれ。隊長さんよ』

 

 神機(ネクロ)と普通に会話するリンドウを横目に、聖奈は上着のポケットから煙草を取り出すと、一本咥えてマッチで火を点けた。

 

『コイツ、スカしてるよな~。可愛くないんだよ。おい、隊長さんよ、このクソガキに神機使いのイロハと、ついでに目上の者への態度って奴をテッテー的に叩きこんでやってくれよ。今日から実戦なんだろ? ということは、だ。俺とお前はいよいよ、相棒って事になる訳だ……まさに死がふたりを分かつまでってか?』

 

 ネクロの言葉に、聖奈は紫煙を噴き出した。

 死がふたりを分かつまでだって? それじゃあまるで、結婚式みたいじゃないか。健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを神に誓いますか?

それならば、さしずめこの腕輪は、結婚指輪ということになる訳だ。面白い冗談だ。冗談じゃないが。

 

 

 その時、遠くでアラガミの咆哮が上がった――

 

 



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二人は友達 #4

 

 ――オウガテイルは新米神機使いにとっちゃ登竜門だぜ。

 と、そう言ったのは、相談役の百田ゲンだった。

 まだ、神機の基本的な扱いに慣れていない頃、アナグラ内の訓練施設でホログラムのダミーを相手にしていた時の事だった。

 

「単純に数が多いからな。そこら中で見るだろ?」

 

 確かに。外部居住区にいた頃、何度か間近で見た事があった。太く鋭い牙を生やした口と、鬼面のように見える尾が特徴的な小型のアラガミだ。

 

「そう、小型だ。しかも精鋭揃いの極東じゃあ、まァ、まず雑魚の部類だ。だが、舐めてかかるなよ、新人の坊主ども。何事も基本が大切なんだ」

 

 そういう台詞を、聖奈は確かに聞いたような覚えがあった(勝手に動きまわるネクロに引き摺られていたのでうろ覚えも同然だが)。

 

 

「今日はお前さんの力量を見るのが目的だ。まずは好きにやってみろ。何、ヤバそうだったらフォローはしてやる」

 

 そう言って、リンドウはコートのポケットから煙草の箱を取り出すと、新しいのを一本咥えた。

 

「他には?」

「ん?」

 

 リンドウが聖奈を見た。

 

「おっさん、隊長なんだろ。他になんかないんすか。命令とか」

 「ああ、成る程ね」リンドウが吐き出した紫煙はあっという間に空に溶け込んでいく。言った。「じゃあ、命令は3つだ。死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ。運がよけりゃ不意をついてぶっ殺せ」

 

 なんとも簡潔な命令だった。シンプルなのはいい。ただし、3つじゃなくて4つだが。

 

 ネクロを片手に高台から飛び降りて、暫らく探索していると、耳元のインカムからヒバリの声が入ってきた。

 

『オラクル反応、近いです』

 

 成る程、確かに、朽ちた壁のすぐ向こうにアラガミの息遣いが聞こえる。そっと覗くと、本日の遊び相手であるオウガテイルが一匹、所在無げにウロウロしている。聖奈は足元の小石を拾い上げると軽く放った。小石は緩い放物線を描いて、こつんとオウガテイルの頭に当たった。投石とは随分とまァ、原始的な第一手。

 

 オウガテイルが振向くのと同時に、いやいや、若干早く、物影から飛び出していた聖奈は、ネクロを既に捕食形態へと可変させていた。バスターソードの刀身を被い尽くして余るほどのドス黒い、見ようによってはグロテスクな捕食口がオウガテイルの右足に喰らい付いた。

 ネクロから伝わる肉を引き裂く生々しい感触に、聖奈は些か興奮していた。これは前から自覚していたことなのだが、困難な相手に立ち向かう時ほど、にやりと笑ってしまう。そう、俺は、ちょっとこの状況を楽しんでいる。

 

「よし、巧いぞ! 新人!」

 

 本当にリンドウは極力手を出さないつもりのようだ。少しはなれた場所から、煙草を蒸かしてこっちの様子を見守っていた。

 

『呑気なおっさんだねェ。隊長様ってのはあんなモンなのか』

 

 ネクロがブツブツ言うと、「おーい聞こえてるぞー」と、これまた呑気な声が返ってきた。

 

「新人! オウガテイルは側面からの攻撃に弱い! 分かってるな?」

「ウス」

 

 リンドウの言葉に聖奈は頷く。

 引き裂いた肉をネクロが飲み込むと、瞬く間に分解されたソレは腕輪を通して聖奈の身体能力を底上げした。捕食からの恩恵、神機解放。

 不意打ち的に攻撃を加えてきた襲撃者にオウガテイルは怒りと不快の色を表した。足の肉をタップリと持っていかれたにも関わらず、その場に踏みとどまり咆哮を上げた ――粋がちゃってまァ。

 「可愛い奴め」そう言って、聖奈は唇を舐めた。

 

 バックステップで距離を取った聖奈に対してオウガテイルは頭ごと突っ込んできた。強力な顎による噛み砕き攻撃。引き千切られた民間人の死体を何度見た事か。しかし聖奈はそれを更に後退して避け、素早く剣型に戻していた神機を振り上げた。振り下ろした。

 

「チッ――」

『甘いんだよ、振り下ろしが』

「うるせえ」

 

 刃はオウガテイルの首に喰い込んだけれど、それだけだった。途中で止まっていた。ネクロの言う通り、少々、甘かったようだ。

 オウガテイルは痛みにグルグル唸った。聖奈はこのままゴリ押して首を叩き落とそうかとちらと思ったが、止めた。神機を引き抜いた。血と肉の繊維が粘着質な糸を引いた。

 重しのなくなり身軽になったオウガテイルは、次に尻尾による旋回攻撃に出た。それを装甲で防ぐ(しかし、この装甲とやらはいちいち開くのが手間だな)。僅かに足が後方へ押された。装甲を畳む。敵がもう一度、尻尾を振り回したのを、今度は跳躍でかわした。そのままトンボを切り、背後の高台に着地した。

 

 下を見ると、オウガテイルは恨めしげにこっちを見上げていた。前傾姿勢をとり、尻尾をピンと立ち上げている。ミサイル針による攻撃に移る気か。その予想通り、尻尾から鋭い針が聖奈に向けて発射された。

 聖奈は再び装甲を展開してそれを防御した……のではなかった。3発のうち、初弾はすいと首を傾けて避け、残り2発を、バスターの刀身を、野球バットよろしく振りかぶって打ち返したのだ。1発は地面を抉ったが、もう1発はオウガテイルの尻尾を砕いた。

 

『逆転サヨナラ満塁ホームランだ!』

 

 ネクロが言った。

 

 見ていたリンドウは目を丸くした。口端の煙草がポロッと落ちた。オウガテイルの針を打ち返した奴など、初めて見た。それは驚きと呆れと、そして一種の痛快さだった。槙嶋聖奈。もしかしてコイツはとんでもない奴なのではないだろうか?

 

 聖奈は神機を振り上げるとオウガテイル目掛けて飛び降りた。そして、全体重を乗せた一撃を、オウガテイルの首 ――一度、切りつけた箇所へ叩き込んだ。血がパッと飛び散って、聖奈の顔にかかった。褐色の肌に毒々しい赤のコントラスト。神機を握る右の手首にありったけの力を込めて、肉を潰すように刃を押し進めていくと、オウガテイルの首はぼとんと地面に転がった。次いで、胴体が倒れた。

 

「やれやれ、俺の出る幕がなかったな」

 

 新しい煙草に火をつけたばかりのリンドウがやって来て苦笑した。

 

「マ、頼りがいのあるのはいいことだが。コアの回収も頼むな。コイツを回収しないことにゃ話にならん」

『よし、モグモグタイムだ。しっかり喰わせてくれよ。ド新人に振り回されてクタクタなんだからサ』

「うるせえな、本ッ当にうるせえな」

 

 言うが早いか、ネクロは既に(勝手に)捕食を始めていた。美味そうに屍肉を咀嚼するネクロを見ながら、本当に、一体全体コイツは何なのだろう? という疑問が浮かび上がった。それと同時に、神機使いだった父親のことも――そう、アナグラに来れば、少なくとも何か分かるかもと思っていたのだけれど、今の所はまだ何も分かっていない(そういえば、アナグラの地下に殉職した神機使い達の墓所があるらしい。今度行ってみようか)。

 

 考え込む視界の端に、チラと煙草の箱が映り込んだ。リンドウだった。リンドウが柔和な笑みで箱を傾けていた。

 

「お前さんもどうだ。イケるクチだろ?」

「……ウス」

 

 堂々とした未成年喫煙。聖奈に隠すつもりはないし、リンドウにも叱る気はないらしい。

 聖奈は一本摘み出すと咥えた。マッチを擦って火を点けた。自分の愛飲している銘柄とは違った味と香りが口腔に広がった。

 

『よっしゃ、レアモンだぜ!』

 

 橙色に輝く丸いコアを咥えたネクロが顔を上げた。

 

「おっ、幸先いいな」

 

煙を吐き出し、リンドウが笑った。

 

 



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君はロックを聴かない

 

 正式に第一部隊の隊員になってから実に一週間が経とうとしていたが、やはり聖奈はコウタのことを覚えていないのかもしれない。

 

「はあ……」

 

 新人区画の自動販売機横のソファに腰掛け、コウタは溜息を吐いた。両手でさっき買ったばかりの缶ジュースを転がした。もうひとつ、溜息。

 俺ってば、ケッコー繊細だったのね。

 神機使いになって、ガラッと生活が変わった。慣れない環境と、殆どが初対面の人間(それも、極東の神機使い達は良くも悪くも皆、個性的な人たちばかりと来ている。至って平凡な自分とは大違い)ばかりの中で、見知った顔があるというのは些かホッとする物はあるのだが。気にかけているのは自分ばかりで、聖奈の方は気にも止めていない(ように見える。少なくともコウタには)というのは結構、傷付く。これじゃあまるで、恋する乙女だ。

 

 コウタは缶を開けた。プシッと小さく炭酸の抜ける音がした。

 

 あの新入り、新型の方。なんでも地下の墓場に入り浸りらしいぞ。

 

 と、他の神機使い達がひそひそと言っていた。その言葉通り、最近の聖奈は地下にある墓所に足繁く通っている。一度、理由を尋ねてみたが、昼寝するのに丁度いい。と、素っ気無く返されてそれきりだった。

 

 話しかけてもダンマリだし、何考えてんのかワカンネーよな。

 新型サマだしな。きっと俺達のことを馬鹿にしてんのさ。

 だとしたらムカつくな。一回、先輩として教えてやらなくちゃな。色々と。

 

 その、「色々」の部分には多分に悪意の色が含まれていた。

 

 言っていたのはどれもこれも、余り評価の良いとは言い難い先輩達だった。どこにでも、はみだし者というのはいる物である。

 外部居住区で、不良少年達を相手に頑なに一匹狼を貫き通していた聖奈であるから、あの先輩達が、仮にその『色々』とやらを御教授しようが涼しい顔でやり過ごすのに違いない。

 それに、聖奈は喧嘩が滅法強いのだ(まァこれは、一匹狼のセオリーともいえる)。

 

 いつだったか、コウタの住む区画(外部居住区はいくつかの区画に分けられていてコウタと聖奈の住んでいた場所はE26区画だった)に一人の男が住んでいたのだけれども、協力し合わないと生きてはいけないこの世の中、ソイツはとにかく傍若無人な奴だった。他人を見下し、自分至上主義の男。子供や年寄りを脅しつけ配給を取り上げたり、若い女の子にちょっかいを出したりなんかは日常茶飯事だった。コウタ自身も、酔ったその男(そういえば、酒なんてどこで手に入れたのだろう?)に凄まれた事があった。住人の訴えもあって、見兼ねた区画長が何度か注意していたようだが、その都度、そういう態度が改められる事はなかった。コウタはそいつが嫌いだったし、もちろん殆どの住人からも嫌われていた。

 

 そんなある日、コウタが家でテレビアニメを観ていた時。外で大人の男の悲鳴が聞こえた。

 アラガミが侵入して来たのかもしれないと慌てて外に様子を見に飛び出すと、斜向かいの槙嶋家の前に人だかりが出来始めていた。近付いて、人垣の隙間から窺うと、手に角材を持った聖奈と――そして、あの嫌われ者の男が向き合っていた。もっとも、角材の先は血に染まっていて、男は尻餅をつき額からダラダラと大量の血を流していた。

 聖奈は子供らしからぬ冷え切った、感情がすり抜けたような目をしていた。

 対する男は、こちらは傷を押さえながら引き釣ったような、媚びたような笑みを浮かべていた。

 

「わ、悪かったよ。ちょっとした冗談、悪ふざけじゃないか」

 

 そう言って、上目遣いに目の前の子供に媚びる姿にいつもの傍若無人さはなく、ただただ情けなかった。いままで自分はこんな奴を恐れていたのかと、幼心に呆れすらした。

 

「な、謝るよ。悪かった。これでいいよな?」

 

 到底、謝罪とは言い難い謝罪。聖奈は再び右手に握った角材を振り上げた。飛び散った血の球が日の光を反射していたのをコウタは強烈に憶えている。グシャッという肉の潰れる音がした。角材が男の顔面に振り下ろされていた。野次馬達がざわめき身動ぎした。

 

「畜生、謝ってるじゃねえか! これだから売女のガキは……ぎゃああ!」

「コウタ君、子供の見るもんじゃないよ」

 

 そう言って、近くの大人に家まで連れ帰られたからあの男がどうなったのかは知らないが、後になって聞いた話によると、どうもあの男が聖奈の叔母に対して卑猥で侮蔑的な言葉をぶつけたのが原因らしかった(余談だが、奴は聖奈と彼女を親子だと思っていたようだ)。

 

 それからだっけ。居住区の皆が、聖奈に対してちょっと距離を置いたような接し方になったのは。

 聖奈の躊躇のなさが怖いと、大人達は言っていた。

 

「そうだよ、ヤバイじゃん」

 

 コウタはハッとした。まだ半分ほど残る缶の中身を一気に飲み干すと、空き缶をゴミ箱へ捨て、エレベーターに乗った。

 

 先輩がたよりも前に聖奈に会って忠告しなければならなかった。聖奈は一切、躊躇しない。つまり、先輩がたが、話を聞き流す相手に痺れを切らし暴力による制裁に出てしまったとしたら、乱闘になるのは必至だった。コウタが知る限り、聖奈は自分から喧嘩を売るような無法者ではなかったが、売られたとあっては別だった。腕っ節が恐ろしく強く、更に躊躇をしないときたら、これほど怖い奴はいない。

 

 エレベーターが目的の場所に着いた。ぽんと到着音が鳴って扉が開いた。

 

「聖奈!」

 

 墓所に飛び込んだコウタの目に映ったのは、誰かの墓石の前に突っ立つ聖奈本人と、床に転がる3人の先輩がただった――しまった、ちょっと遅かったか。

 

 いやはやその通り。ちょっと遅かった。伸びる先輩がたを踏まないように避けて歩き、コウタは聖奈の後ろに立った。

 

「喧嘩したのかよ。バレたら――っていうか、絶対コイツらツバキさんにチクるし。そしたらアンタ、懲罰房行きだぜ」

 

 ちらとコウタに視線をくれ、聖奈はふんと鼻を鳴らした。言った。

 

「好きにすりゃいいさ」

 

 言い訳はしない、という事だろうか。

 聖奈は踵を返すと出口へ向かった。コウタもそれを追う。

 

 左右に並んでエレベーターの到着を待つ間、ずっと無言であった。聖奈は元から口数が少ない方だが(なにせ、彼より彼の神機の方がお喋りなくらいだ)、人並みにはまァ、お喋りなコウタには今の無言は些か苦痛だった。

 

「あの、さ……」

 

 俺、一応、幼馴染みなんだけど覚えてる? ――そう聞こうとして、しかし、躊躇した。

 

「何?」

「い、いや、」

 

 言い淀み、足元を見た。

 来た時同様の、ぽんという軽い音が鳴った。エレベーターが着いたらしい。顔を上げる。聖奈が乗り込んだのを確認し、自分も続こうとした。

 聖奈はドア横の壁に腕組みしながら凭れ掛かっていた。

 中に乗り込むコウタを眺めていた聖奈がぽつりと言った。

 

「……オタクさー、どっかで見た事あると思ったらさ、斜向かいのコウタだよな」

「は? え、何、今更?!」

 

 どうやら覚えていたらしい。いや、もしかしたら忘れてたのを思い出したのか。どちらにせよ、聖奈の方からそういう話題が出たという事実に、コウタの口元には嬉しげな笑みが浮かびかかった。

 

「そうだよ、コウタだよ! 藤木コウタ!」

「やっぱりな。あの、近所のガキ大将に苛められて小便漏らして泣いてたコウタか」

「は!?」

 

 聖奈が意地悪そうにニヤッと口端を釣り上げた。

 確かにそんなようなこともあったかもしれないが……コウタは顔を真っ赤にした。そして、聖奈の襟元を掴んだ。

 

「は?! な、何でそういうことばっか覚えてんの? ちょっと、それ他の人に言うなよな! 特にヒバリさんとかリッカさんとかカノンさんとかジーナさんとか、サクヤさんとか!!」

「さあ?」

「さあ、じゃないよ!?」

 

 コウタの余りの必至さに聖奈はくつくつと笑った。それは実に数年ぶりの穏やかな笑いだった。

 



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嵐を斬り裂いて

 

 ソイツが極東に現れたのは季節はずれの嵐の夜だった。

 

 夕方に降りだした雨は、夜半になる頃にはバケツをひっくり返したような物に変わっていた。それだけでも嫌なのに、さらに横に殴りつけるような強風まで吹いている。風に流され飛ばされていく草やら葉っぱやらを目で追いながら、「参ったなァ」などと見張りの兵達は口々に言っていた。

 この、『見張りの兵』というのは外部居住区の周囲をぐるりと囲む壁――アラガミ防壁の門番のことで、無論、フェンリルの職員ではあるがゴッドイーターではない。浅いグレーの制服にヘルメットを被り、肩からアサルトライフルを提げている。

 まず最初にソイツに気が付いたのは中年の職員のほうだった。雨風で遮られた視界の先、恐らく1メートルほど先に、何か黒い物がフラフラと近付いてきていた。眉を寄せ、首を伸ばしてソレを見る。避難を求めてやって来た難民か? ――「あ!」っと、叫んだ。難民なんかじゃない。難民の方が遥かにマシだ。

 

 ソレはアラガミだった。

 

「おい!」中年の職員は年若い職員に振向いた。「いますぐアナグラに報告しろ!」

「は、ハイ!」

 

 それで漸く、彼も事の重大さに気付いたらしい。慌てて無線を手にした。

 それを横に見ながら中年職員は、アサルトライフルを素早く構えるとアラガミの足元目掛けて掃射した。アラガミ相手に通常の武器による攻撃は聞かないと分かってはいるが威嚇程度にはなる。もっとも、それも長くは保たないだろうが……とにかく、この壁を越えさせるわけにはいかない。

 

「すぐに神機使いをこっちに寄越してくれるそうです!」

 

 無線を切った成年職員が、中年職員同様にライフルを撃つ。

 休みなく乱射される弾がアラガミの足元の地面を削った。しかし、アラガミはお構いなしにこっちへ向かって進んでくる。

 

「クソッ!」

 

 弾切れになりそうな事に気付き毒づきながらマガジンを差し替えた。

 ほんの一瞬目を離しただけなのに、その隙にアラガミは眼前まで迫って来ていた。その異様な姿に、2人は息を呑んだ。

 全身真っ黒のソイツには顔がなかった。正しくは、目や鼻、口などの、顔を構成するパーツがないのだ。つまり、まったくののっぺらぼう――無貌のアラガミがそこにはいた。

 

 「ひっ」っと成年職員が息が詰まったような音を漏らした。無理もない、長年、フェンリルに勤めている自分でもこんな奴は初めて見たのだから……

 

「邪魔だ、下がってろ」

 

 ふと、風に紛れて頭上でそのような声がした。言われるがままに1、2歩下がるのと同時に影が降って来た。

 

 影は神機の切っ先がアラガミの爪先を斬り飛ばした。更に返す刀でアラガミの銅を横薙ぎに斬り払おうとして、しかし、アラガミは後ろに跳び難を逃れた。

 

 「ちっ」と舌打ちしながら神機を肩に担ぎなおしたソーマ・シックザールは改めてアラガミを観察した。見た事のない奴だ。だが、やる事はいつもと変わらない。

 ソーマは、泥を撥ね上げ、泥濘るむ地面を蹴り素早くアラガミの懐へ飛び込むと股下から斬りあげた。しかし刃は身体の中間で食い込み止まった。真っ黒い身体の真ん中、ほの青く光る剥き出しのコアを破壊するまでには到らなかった。

 アラガミの身体の横、だらりと下がった腕――腕というよりも触腕といったほうが適当だ。一体なにを捕食したのかこのアラガミはなんだか冒涜的なまでに不気味なデザインだ――が僅かにうごめくのが目の端に見えたので、ソーマは食い込んだ神機をムリヤリ引き抜きバックステップで距離を取った。それとほぼ同時に、さっきまで自分がいた場所に太く鋭い棘が生えた。成る程? 避けるのが少しでも遅かったら串刺しになっていたわけだ?

 

 とりあえず職員を壁の中へ避難させた。

 雨は激しくなる一方だった。全身を雨粒に叩かせながらソーマは神機の柄を強く握った。考えた。

 現状、目の前のアラガミに果して自分が勝てるのか? と言えば、恐らく無理だろう。単純に力でねじ伏せるような事は可能だろうが、なにせ未知の敵だ――要するに情報がない(出る時にヒバリに可能な限りのデータを取るよう言ったがこの雨では無理だろう)。

 

 アラガミは動かない。ふと、ソーマは、アラガミが極東支部の方を見ているのに気が付いた。目がないのに見えるのか? いや、そんなことはどうでもいいか。

 次の瞬間、金属の擦れるような不快な音が響いた。

 

「くっ…!」

 

 思いがけず怯み、耳を塞ぐ。これはヤツの咆哮らしいと気が付いた。空気がビリビリと振動している。

 バサと羽ばたくような音に顔を向けるとヤツが飛び上がっていた。背中からは蝙蝠の羽根に似た漆黒の翼が突きだして、薄い皮膜に網のように細い血管が走っている。

 

「逃がすか…っ!」

 

 今、ヤツをここで討ち漏らせば、後々厄介なことになる。

 ソーマは神機をむしろ投げつけるようにして空中のアラガミへと叩きつけたが、すんでの所で当たらなかった。空ぶった神機の切っ先がぬかるんだ地面に突き刺さる。

 アラガミはもう一度、極東支部の方を眺めたがすぐに向きを変え飛び去っていった。

 気が付くと雨は上がり、周囲は不気味なほど静まり返っていた。

 嵐がアレを連れてきたのか、それともアレが嵐を連れてきたのか…――

 

 

 ■■■■■

 

 

 夜半にそんな事があったことなど、先日の喧嘩の罰で懲罰房入りを命じられていた槙嶋聖奈は当然知る由もなかったが、妙な胸騒ぎがして粗雑なベッドの上で飛び起きた。それはちょうどソーマ・シックザールが例のアラガミと対峙したときだった。

 全身に水を被ったように汗をかいているのに、にもかかわらず体の底からゾッと冷えていた。

 ドアの上辺に空いている明り取りの窓から見えた通路は真っ暗で、まだ真夜中だとわかった。

 もういちど寝ようと横になり毛布を被りなおそうとして、ふと、何か甲高い悲鳴のようなものが微かに聞こえてきた。

 

「う…」

 

 瞬間、頭が激しく痛みだし呼吸が乱れた。痛みに喘ぎながらもがく様にベッドの上から床に落ちる。その音に、外にいたツバキが飛び込んできた。

 

「どうした!?」

 

 ツバキは汗みずくの聖奈を抱き起こす。体が死人のように冷えている。ベッドから毛布を取り、聖奈の体に巻き付けると、ズボンのポケットから端末を取り出しすぐさま医者を呼びつけた。

 ツバキは聖奈の頬をぴしゃぴしゃと何度か軽く叩く。聖奈の目がツバキを見る。刺激に反応はしているようだった。ツバキは内心ホッとした。

 

「喋れるか?」

「ウス」

 

 と、返事はするもののやはり息苦しそうだ。

 

「今、医者を呼んだ」

「別にそんなんイイッスよ…」

「馬鹿者、良いわけあるか」

「こんなん、いつものことッスから」

 

 そう、頭痛自体はいつものことなのだ。いつも見る“例の夢”の副作用に過ぎない。ただし、今日のような強烈な痛みは初めてだったが…。しかし聖奈は頭痛なんかよりもツバキに抱きかかえられているという状況の方が気になった。コメカミの付近に彼女の豊かな胸がある(以前コウタが「すげーよな」と評していたが確かに「すげー」)。同年代に比べて異性に興味のない聖奈でも、これにはちょっと困った。

 

「あの、もう平気ッスから…その…」

 

 まさか、「胸が当たってる」などとはさすがの聖奈でも指摘するのは気恥ずかしい。ツバキ本人は気が付いていないようだし……

 それに本当に頭痛が治まってきた。さっきまでの痛みが噓のように引いている。

 そうこうしている内に呼びだされた軍医がやってきた。

 「本当に大丈夫」と言ってベッドに戻ろうとする聖奈を、ツバキは半ば無理やり引き摺り出して軍医のオオグルマに引き渡した。

 

「いいから診てもらえ」

「ハァ」

「明日からの任務に支障が出たら困るだろう」

「ハァ」

 

 ということは、謹慎は3日で解除か。思ったよりも短くて済んだな――。

 

 

 オオグルマの後を少し遅れてついて行きながら聖奈は窓の外を見た。

 季節外れの嵐はすっかり立ち去っていた。

 

 



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コヨーテ

 

 謹慎明けの聖奈に言い渡された任務は、中型アラガミの討伐だった。

 朝、エントランスに下りてきた聖奈の様子を見て、大丈夫だと判断したのだろう。ツバキは手にしていたクリップボードの資料を1、2枚めくりながら簡潔に指示を出した。

 

「本日のミッションは中型アラガミ【コンゴウ】一体の討伐だ。フィールドは【鎮魂の廃寺】。詳しい事はヒバリに聞くんだな」

 

 鎮魂の廃寺と言われて、聖奈は一瞬ギョッとした。何せ御存知の通りあの場所は聖奈にとっては想いいれのある(いや、因縁深いと言ったほうが適切だろう)場所だったので。

 だがしかし、「行きたくない」とも言い出すわけにはいかない。下っ端の悲しいとこである。聖奈は頷くと、対策と準備の為にエントランス上階に並ぶターミナルに向かった。階段に足を一歩かけた所でツバキが、

 

「今回の任務には藤木コウタとお前の2人で行ってもらう」

 

 と言ったので思いがけず振向いた。

 ツバキが顔の横にかかった前髪の陰から聖奈を見た。

 

「何だその顔は」

「冗談スよね?」

「私がこんなことで冗談を言うように見えるのか?」

「見えないっスね」

「分かったらさっさと用意を済ませろ。さっさとアラガミを滅ぼしに行け、ゴッドイーター」

 

 それで、聖奈はそれ以上何も言わずに黙々と出撃準備を済ませた。時間を確認すると出撃までにまだ幾らかの猶予があったので念の為にトイレに行っておくことにした。

 

「お。よう大将」

 

 ドアを開けると咥え煙草のリンドウが手を洗っているところに出くわした。

 聖奈は軽く会釈し、さっさと小用を済ませようとリンドウから一番離れた便器の前に立った――と、背後に気配を感じてジッパーを下げかけた手を止め振向くと、リンドウが真後ろに立っていた。ジッとこっちを見つめていた。

 

「な、何スか!?」

「お前、そんなデカイ声出せるんだな」

 

 さすがの聖奈もギョッとして素っ頓狂な声を出すとリンドウは妙に感心したようだった。うんうんと頷きながら、しかし視線は聖奈に注がれたままで、それが聖奈には居心地が悪い(当然だ)。

 

「あ、気にせんで続けてくれ」

「見られてたら出るモンも出ないスけど……オタクはそういう趣味でもあるんで?」

 

 それでリンドウはようやく気が付いたらしい。露出しているほうの目を丸くした。

 

「いや、まさか!」

「じゃあ見ないでくれます?」

 

 聖奈は半分までおろしていたジッパーをキッチリ上まで上げた。

 

「悪かった。悪かったからそう警戒せんでくれ……いや、何、お前さんのそのジャケットがだな」

「……」

 

 リンドウは、聖奈が肩に引っ掛けているモスグリーンのジャケットを指した。合皮で背中にフェンリルのエンブレムが刺繍してある――まァ至って普通のフェンリル製の物だ。ゴッドイーターなら誰でも着ている。

 

「見ないモンだなと思ってな――今は流通してないデザインだろ、それ。どうしたんだ?」

 

 リンドウは指差しながら言った。言いながら改めてジャケットを観察した。だいぶくたびれて色褪せ、綻びていた。ところどころに薄く血の染みが付いている。どう見ても新品とは言い難いシロモノだ。

 

 「別に――」暫らく言いよどみ言った。「知り合いからの貰いモンっスよ」

 「知り合いねぇ」言って、ジャケットの裾を摘もうとするリンドウを聖奈はトイレから追い出した。

 

「つれないなァ」

「いい加減時間ないんで。おしっこしたいんスよ、これから寒い所に行かなきゃならないんで」

「あ~成る程。それで御機嫌斜めなわけか」

「……」

 

 クックックと笑うリンドウをじろっと睨むが悪びれもしない。短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけ潰して棄ててしまうとリンドウは右手をひらひらとさせながら行ってしまった。

 

 

 

「あ~聖奈。おせーよ、どこ行ってたの?」

 

 神機保管庫から神機(ネクロ)を取って装甲車に乗るために発着場にやってきた聖奈に、すでに来ていたコウタが頭上で手を大きくブンブン振ってみせた。

 

「喧しいヤツだな、便所だよ。お前は俺の彼女かよ」

「そう言う言い方は良くないって~~」

 

 聖奈のつっけんどんな物言いにコウタが気を悪くするような事はなかった。

 今回の目的地である鎮魂の廃寺へは車で向かえばすぐに着く。聖奈はコウタの後に乗り込むと、後部席の古びたシートへどかっと腰を下ろした。

 

「俺は寝るからな、着いたら起こせ」

 

 そう言って、コウタの返事を待たずに目を閉じる。眠りに落ちる間際、そういえば今日はまだネクロの声を聞いていないなと思った。

 

 未舗装の道を走る車の振動は心地よく、軽く眠ろうと思っていた聖奈は予想外にも深い眠りに落ちていたらしい。夢を見た。また、あの、例の夢を。

 

「聖奈――絶対にお前の所に帰るからな」

 

 目覚める瞬間、そう言うような声を聞いたような気がした。落ち着いた強い男の声、だったような気がする。

 

「――」

「あ、起きたか」

 

 目を開けると目の前に自分の顔を覗きこむ藤木コウタの顔があった。

 

「着いたぞ!」と、寝起きにはややうるさい声に急かされて車から降りると、目の前は一面の銀世界だった――と言ってもロマンの欠片もない、どちらかと言えば亡霊の怨念がこびりつく場所だった(時折、吹く風に乗って念仏や唸り声めいたものが聞こえたような気がした。あくまでも“気がした”だけだが)。

 寒い寒いと騒ぐコウタを横目に、装甲車のトランクから神機を降ろす。

 車が去った後、東屋で軽くブリーフィングをした。標的であるコンゴウの姿は目視できる箇所にはなく、周囲を警戒しつつ索敵することになった(当然のことだが、面倒なことだ)。

 地面に膝を着き神機ケースを開ける。ネクロが黙ったままキチンと収められていた。

 

「何だ、今日はお喋りしないのかよ。それとも車酔いか?」

 

 右手で柄を掴み、腕輪と結合しながら持ちあげる。バスターの分厚い刀身が、ちかと青白い月の光を跳ね返した。

 

「ま、喋らないってんならそれに越したこたないがな。普通の神機は口なんかきかないんだしよぅ」 

『お前さ』

「あ?」

 

 くっくと喉を鳴らし額のサングラスを目元まで下げかけた聖奈は、今日ようやく口を開いた(というのも妙な表現だ)ネクロを見た。

 

『昨日、何か変なこと、なかったか?』

「変なこと?」

『いや――何もなかったんなら良いんだ』

 

 僅かに首を傾げた聖奈に、ネクロは溜息を吐いた(これも妙な表現だが)。

 そんなネクロの態度を不審に思わないこともなかったがミッションに割り当てられた時間は決まっている。気にしている暇はなかった。

 

「おし、んじゃあサクッと済ませちゃいますか!」

 

 寒いし、と続けたコウタだったが聖奈がとっくに歩きだしているのに気がつくと慌てて後を追った。

 

 

 



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君の神様になりたい。

 

 討伐目標のコンゴウは実にアッサリと見つかった。ただ、既に事切れていたが。

 

『やっぱり……さっきまであったオラクル反応が急激に弱まったんです。すぐにお知らせするべきでしたが……実は観測計器の不調が最近多いんです。だから万が一のことを考えると警戒は解くべきではないと判断しました』

 

 そう説明をするオペレーターの竹田ヒバリの声にも若干の戸惑いの色が滲んでいる。

 ヒバリと話し込むコウタを横目に聖奈はコンゴウの死骸へと近付いた。コンゴウは顔面の半分を明らかに食い千切られていた。その傷から血が流れて白雪を赤く汚している。

 

『こりゃ明らかにオカシイぜ……』

 

 妙な表現だがネクロがゴクリと生唾を飲み込みつつ言った。それには聖奈も同感であった。

 

 実は、この手のことは今回が初めて――という訳ではない。アサインされたミッションに出向いた先で、その討伐対象が≪何か≫に喰い殺されていたという事態がこの短期間にしばしば起きていた。属性の違うアラガミ同士が喰いあうことは何も珍しくはない、フィールドに出ればそれこそよく見る光景だ。ならば、何をもってこれを異常事態と見るのか?

 

『やっぱりな……』

 

 歯形がどの既存アラガミとも一致しない。つまり、未知の新種が発生し、この極東を移動しているという訳だ。要するに異常事態というのはこれのことである。

 

 その≪未知の新種≫というのは、先日の嵐の夜にソーマ・シックザールという神機使いの先輩が対峙した無貌のアラガミのことだろう。彼がソイツと闘った翌日には既に情報はアナグラ中の神機使いに共有されていた。神機使いは、そのアラガミ――暫定的にナイアーラトテップと命名された新種と出会した場合、戦闘を避けるように厳命されている。闘いを挑むには情報が少なすぎるし、そもそもそういうのの対応は第7部隊の仕事らしい(「第7部隊は実入りが良いから羨ましい」と誰かがぼやいていた)。

 

「聖奈ぁ、帰投命令ぇ~」

 

 ヒバリとの通信を一旦切ってコウタがこちらを振り向いた。

 

「ツバキさんが帰ってこいって、迎えがくるまで待機しとけってさ」

 

 案の定だ。ド新人二人連れのミッションに第一接触禁忌種の乱入濃厚ともなれば、何事もないうちに引き上げさせるのが当然の判断であろう。ましてや、聖奈に至ってはアナグラ初の新型だ。おまけに神機はお喋りするレア物ときている。

 

 コウタを見ると、場の緊張感にやや顔を青ざめさせていた。

 

「と、とりあえず移動しようぜ……寒くてたまんねーよ、あっこの高台んとこの東屋であったかい飲み物でも飲もーぜ」

 

 言いながらコウタが指差したのはここから少しばかり離れた位置にある高台であった。来たときにブリーフィングするのに利用した場所だ。吹きさらしになってはいるが屋根と簡易的な休憩所が設えてある分、ここで頭から雪に降られ突っ立っているよりは遥かにマシってもんだろう。コウタの提案に聖奈も賛同した。ネクロを肩に担ぎ、既に瓦解し始めていたアラガミの死骸に背を向けた……正にその瞬間、何か、妙に厭な感覚が聖奈の背骨を通り抜けた。足を踏み出して目一杯腕を伸ばすと、先を歩いていたコウタのマフラーをひっ掴んで、思いきり引っ張った。

 

「グエ」

 

 当然、急になんの断りもなくマフラーを力一杯後ろに引かれたコウタは首が絞まり変な声を上げてひっくり返った。片手に神機を掴んだまま仰向けに雪の上に倒れた。

 

 それと同時に、さっきまでコウタが立っていたすぐ真横の壁が破壊された。飛び散る瓦礫と共に黒い背高の影が現れた。

 

「なっ――」

 

 コウタが素早く起き上がりつつ神機に手をかける。すぐ目の前に例の第一接触禁忌種ナイアーラトテップがまるで影その物のように立っている。聞いていた通り、全身が細身の漆黒で、その胸に剥き出しの青いコアが輝いている。聖奈はコレの接近を察知して咄嗟にマフラーを引っ張ったのだろうか?

 

 とにもかくにも、すぐにこの場から退避するべきである。背後の聖奈へ視線で合図を送ろうとしてチラと振り返る「聖奈!?」

 

 聖奈が雪に片膝をついている。こめかみの辺りを押さえ、苦しげに顔を歪めている。

 こんなときに、と思わなくもないがとにかくコウタは聖奈の手を引くと走り出した。

 

「大丈夫かよ聖奈!?」

「ああ……」

「破片でもぶつかったのか?」

「いや――ちょっと立ちくらみがしただけだ、もう平気だ」

 

 いつも通りのぶっきらぼうは言葉遣いとは裏腹に脂汗の浮いた顔はあまり大丈夫そうには見えないが……とにかく聖奈は手を離した。その代わりに神機を握り直して、ナイアーラトテップへ向かい合っている。

 

「ちょ――何してんのさ?! 逃げないとだよ!」

「二人で逃げても仕方ねぇだろ」

「はぁ!?」

 

 思いがけずすっとんきょうな声を上げてコウタはたたらを踏んだ。前につんのめりそうになりながらも踏みとどまり聖奈をもう一度見る。何だか知らないが、いや、槇島聖奈という男は覚えがある限り昔からこうなのだが、やはりナイアーラトテップに立ち向かうつもりらしい。

 コウタにはその風景が、昔、例の酔っぱらいの男と睨み合っていた幼い聖奈の姿とダブって見えた――だがしかし、今、目の前にいるのは、くだらない酔っぱらいなどではなく人類の敵アラガミだ。

 

 もう一度聖奈の手を掴み、コウタは怒鳴った。

 

「アンタ、血の気が多すぎるよ! なにもこんな時にまで――」

「勘違いするなバカ、オメーはよわっちいから先に逃げとけって事だよ! 察せよそんくらい!」

「察せよって……アンタは俺の彼女か?」

 

 どうも、彼は彼なりにコウタの兄貴分をやろうとしているらしいと解りうっかり微笑ましい気分になったが、そんな呑気している場合ではないのである。

 

「よわっちいのはアンタも同じだろ! 俺たち同期のド新人なんだから!」

 

 コウタは腰のポシェットから素早くスタングレネードを掴み出した。そのまま流れるように素早くピンを抜き取ると、眼前のアラガミ目掛けて投げ付けた――と同時に、閃光に目を眩まされる前に聖奈を引っ張って、さっきナイアーラトテップが開けた壁の穴に飛び込んだ。

 

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君の神様になりたい。#2

 

 おかしな話ではあるが――ナイアーラトテップを目前にしたネクロは恐怖や混乱よりもある種の懐かしさに似た物を感じていた。本来、感情なき生体兵器でしかない神機が、アラガミに対してそういう気持ちを覚えるというのも妙な話ではあるが……それを言えば普通の神機は口を利かない。その時点でネクロという存在は規格外のイレギュラーなのである。

 

 話は前後するが、槇島聖奈がネクロの所有者となる前にも何人か新型の適合試験を受けていた。どれも適正値は申し分ない若者達だったが、3人のうち、ふたりは体内のオラクル細胞が暴走し結果《事故死》。残りのひとりは、どうにか前者の二の舞を踏むことはなかったが訓練期間の終了を待たずに神機使いを辞めた。アナグラを去るとき、彼女は悪夢に取り憑かれ精神的におかしくなっていた。そういう訳で、ネクロは槇島聖奈がアナグラへやって来るまで眠りについていた。あのときネクロの言った「お前のような奴を待っていた」という台詞は、何も格好つけだけで言ったわけではなく――実にしっくり来たのだ。聖奈の手に握られた時。懐かしさを感じた。

 

 そして、ナイアーラトテップに感じている物も、それと酷似していた。

 

「とにかく逃げまくるんだよ! 迎えがくるまで! 闘っちゃダメだ!」

 

 相変わらず聖奈の手を引っ張りつつコウタは走っていた。まさか、隙あらば闘いにいこうとする聖奈のお守りをするはめになるとは思わなかった。背後の聖奈を窺うと、相変わらず片手でこめかみの辺りを押さえている。

 

「ああもうほんと……こんな時に!」

 

 今だかつてない逆境に逆に笑えてきた。コウタが引きつった笑みを口端に浮かべたとき、金属的な咆哮がフィールド中に響き渡った。

 

「なっ、なんだぁ!?」

 

 聞くに耐えないおぞましい声にコウタは思わず足を止めていた。聖奈も顔を上げて周囲を見回した。

 

『突っ立ってる場合か! アナグラに連絡してさっさと迎えをよこしてもらえ!』

 

 いつも余裕じみているネクロでさえ珍しく感情的になっている。

 

「そんなのもうとっくにやってるよ! でもジャミングが酷くて向こうと繋がらないんだって!」

『なにィ……?』

 

 恐らくはナイアーラトテップの仕業だろう。アナグラ前に現れたときも同様の現象が観測されている。そしてそれは、アナグラの方でも同様だった。こちらの異変を察知したヒバリやツバキが何度も呼び掛けているにも関わらず反応は何一つ帰ってこないのである。

 

 咆哮はまだ続いていた。空気がビリビリと振動していた。一体、どれ程の時間それが続いたのかは定かではないが……周囲に再び静寂が取り戻された時にはコウタと聖奈は無数のアラガミたちに取り囲まれていた。

 

「これマジ……?」

 

 自分達の様子を窺うようなアラガミの群れにコウタはタラリと冷や汗を流した。神機使いになって3ヶ月ちかく経つ。外部居住区に住んでいたときよりも遥かに間近でアラガミを見るのも、そしてそれと闘うのにも慣れつつあったが、これだけの数のアラガミに包囲されるのは初めての経験であった。聖奈も同様の筈だが、その表情には焦りや恐怖といったものはなく、寧ろ超然としていた。まァ、こいつはこういう奴だから。ただ表情に出ないだけだ。実際によく観察してみると、神機を握る手にかすかにだが力がこもっている。

 

 翼の翻る音がしていた。上空を見上げるとナイアーラトテップの痩躯があった。翼をはためかせながらその場にホバリングしながら、こっちをじっと見下ろしていたがややあってから、ついと身体の向きを変えて飛びさって行った。

 

 あいつ一体何しに来た訳――?

 

 そう思ったが、一先ず未知のアラガミ相手においかけっこをかます必要は無くなったというのはありがたかった。もっとも、危機が去ったという訳でもないが――小型アラガミの群れは相も変わらず、自分たちを包囲しているのだ。定番のオウガテイルやザイゴート、中には初めて見かける奴もチラホラといる。嫌な置き土産をしていくものだ。

 

「聖奈ぁ、イケそうか?」

「ヨユーだろ」

 

 お互いに背中合わせになりながら言葉を交わす。余裕だろうとなかろうと、この状況を切り抜けないといけないのである。そこからはもう文字通り死に物狂いだった。並み居るアラガミ共を斬り、叩き、撃つ。ネクロが捕食し生成したアラガミバレットを聖奈がコウタへとパスする。受けとるとバーストモードの恩恵で身体能力が向上した。こういうとき、相棒が新型でありがたいと染々思う。オウガテイルの突進攻撃を避けつつオラクルの弾丸を撃ち込んだ。

 

「ああもう、キリがないな!」

 

 斬り伏せ、撃ち貫かれた死骸が山となってもアラガミの群れは次から次に沸いてきた。いつだったかサカキ博士の講座で、アラガミを構成するオラクル細胞は時間がたてば再び再構成して新たなアラガミになると聞いた。それってつまり、この地球上からアラガミを駆逐するのは無理筋ということなのではないか? 無限ループって怖くね? 少なくとも、何かとんでもない奇跡でも起きないかぎりはアラガミが絶滅することはないのだ。絶望である――そして今、絶望のお試し版のような状況にまさに陥っていた。

 

「皆殺しだ……!」

 

 全身血塗れの聖奈が神機を握り直して再びアラガミの群れへ突っ込んでいく。休む暇もなく前線に立ち続けて疲弊している身体を更に無理矢理動かしているのは分かっていた。コウタも手元にあるアンプルを口へ流し込んで体内のオラクルを補充した。これが最後の一本だ。今生成した分を使いきればいよいよ万策尽きる。そうなれば応援がくるまで(ナイアーラトテップが去ってからすぐにアナグラへは連絡済みだ)何処かに身を潜めていなければならないのだが……何度も言っているが、依然として周囲はびっしりとアラガミたちがひしめいている。

 

 神の前に人間は無力なのだとでも言わんばかりに――

 

 その時だった。2、3体のオウガテイルの体が突然弾けて血を噴き出した。

 

「……あ?」

「え、な、何だ?」

 

 聖奈もコウタも、アラガミたちすらも動きを止めて視線をさ迷わせた。

 流血で足元の雪を濡らすオウガテイルから煙と肉の焦げ付く臭いが漂っていた。その様子が“夢”とダブって、聖奈は、今が現実なのか夢なのか一瞬判断しかねたが、離れた位置から響いた射撃音と何か風を切り裂く音にこれは現実であると判断した。

 

「応援が来てくれたのかな?」

 

 安堵の色が混じったコウタの声。上空から急襲してこようとするザイゴートを叩き伏せて、聖奈は弾丸の飛んできた方向を向いた。

 

「大丈夫ですか?!」

 

 破れた築地塀の横に神機を携えた2つの影があった。

 

 

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涙はいらない

 

「本日付けで極東支部第1部隊配属になりました、アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。よろしくお願いします」

 

 と、まだあどけなさの残る顔をキリリと引き締めて少女は規律正しい敬礼をした。豊かな銀髪に、赤いハンチング帽を被っている。中々の美少女である。実際に隣に立つコウタはアリサを見て「おー」と感嘆の声を漏らしている。しかし、目下、聖奈の注目を一身に集めていたのは、アリサの隣に立つライダースーツの女だった。

 

「同じく第1部隊“一時”配属になります、レオニール・グラスハートです……以後お見知りおきを」

 

 溌剌としたアリサとは対照的に、レオニールは気だるげな雰囲気を持っていた。緩いウェーブのかかった栗色の髪をリボンで一つにまとめて胸元に垂らしていた。背が高く、180ある自分と大差ないように思う。聖奈が余りにもレオニールに注視しているのを何を勘違いしたか、コウタがニヤニヤとして言った。

 

「なになに? 聖奈はレオニールさんみたいな人が好みのタイプなの?」

「あ?」

 

 こいつは一体何を勘違いしていやがる。聖奈は僅かに眉を寄せる。レオニールに興味があるのはあながち間違いではないが……厳密に言えば、彼女というよりも彼女の持つ神機に興味があった。

 

 あの先日の廃寺エリアで、無数のアラガミに囲まれてあわやこれ迄かという窮地に陥った聖奈とコウタを援助したのはこの二人、アリサとレオニールであった。

 

「私たちは極東支部に向かっている道中だったんですが……急に輸送機の挙動がおかしくなって……」

 

 と、オウガテイルを叩き斬りながらアリサが言った。どうやら近々、アナグラに配属予定の新兵らしい。それも――聖奈と同じ新型ときている。

 彼女らを乗せた輸送機が墜落したのは恐らく、というよりも十中八九、ナイアーラトテップの影響だろう。フィールド全体に強力なジャミングを発生させる特殊なオラクル波が計器やら何やらを狂わせ操縦不能にしたに相違ない。それでもどうにか操縦士が粘り不時着させたのが廃寺エリアであり、ゴッドイーター特有の感知能力でもってアラガミの存在を察知し、討伐に向かった先で聖奈たちと出会した――というのが事の次第であった。

 

 相変わらず宙空を漂うザイゴートの身体になにかしなる鞭様の物が巻き付いて締め上げた。それが、レオニールの神機だった。通常ならば、ショート、ブレード、バスターの3種類のみだが(他にも更にハンマー、スピア、サイスが新型の自分には宛がわれていたが聖奈は専らバスター専門だった)、彼女の刀身パーツはそのどれとも違っていたのだ。

 

「アリサ、レオニールの本格的な隊への参加は明日以降からになるが……お前たち、それぞれ情報交換を済ませておくように。何か質問はあるか?」

 

 片手に電子端末を持ったツバキ教官がぐるりと第1部隊の面々を見渡した。

 

「あ~っと、姉上」

「ここでは教官と呼べと何度言ったら分かるんだ、雨宮少尉」

 

 のそりと手を挙げた雨宮リンドウに、ツバキはやや呆れた溜め息を吐く。それを横目に、橘サクヤがクスクスと笑う。

 

「えー……教官殿、こちらのレオニールさんの一時所属とはどういう意味ですかな?」

 

 ややおどけたような口調のリンドウは次に視線をツバキからレオニールへと向けた。釣られて他のメンバーもそっちへと向く。もっともな疑問であった。

 

「そのままの意味だ、アリサはロシア支部からの転属。レオニールは……まァ、一時留学のようなものだ」

「なるほど……?」

 

 いまいちツバキの歯切れが悪いような気もするが……それ以上の追及はせずにその場は解散となった。アリサとレオニールに友好的に話しかけるコウタを背に、聖奈はさっさと移動用のエレベーターへと向かう。「あ、おい」

 

 背後でリンドウが言った。

 

「お前さんの今日の任務には俺とサクヤも同行する。午後からだ、忘れるなよ」

 

 振り返らずに頷くと、丁度やって来た籠に乗り込んで目的地へのボタンを押した。

 

「――何なんですか? あの人?」

 

 その背を眺めてアリサはつまらなさそうに呟いた――

 

 

 神機保管庫には楠リッカしかいなかった。他の面々はそれぞれ出払っているようだ。

 

「あ、聖奈くん」

 

 ちょうど小休止をいれようと顔を上げたリッカに軽く頭を下げると、リッカは頬についたオイルを拭いつつ笑んだ。

 

「君が気になってるのはどうせコレでしょ?」

 

 そう言うなり聖奈の右手を引っ張って保管庫の中へと引き込むと、とある神機の前まで連行した。

 

「レオンさんのコレ、凄いもんねぇ?」

 

 照明の鈍い光を受けて立て掛けられているレオニールの神機――アルラウネ。一見するとロングブレードタイプのパーツに見えるが、その刀身は鞭のように伸び、しなるのである。

 

「いわゆるガリアンソード……蛇腹剣てやつだね。SFアニメとかだと定番だけど、今の技術で実際に再現するのはすごく難しい――ていうか、ぶっちゃけ不可能のはずなんだよ。剣の強度とか殺傷力の問題でね。だから私も初めて見たよ!」

 

 やや早口で語る彼女の語尾は震え、瞳は熱っぽい。自他ともに認める《技術バカ》のリッカの事だから、初めて目にする機構のパーツに興奮と感動を隠しきれないのだろう。それは他の技術士らも同様だったらしく、アルラウネは今では神機保管庫のちょっとしたアイドル扱いだ。そしてそれは、少し前まではネクロのポジションであった訳で――すっかりお株を奪われた本人は実に面白くなさそうだった。

 

『けっ! なんだそんなもん、ちょっとばっかし伸びたり縮んだりするだけじゃねーか!』

「まぁまぁ、この伸びたり縮んだりするだけっていうのが凄いんだってば。勿論、ネクロくんも凄いよ? 喋る神機なんて前代未聞なんだから」

 

 ネクロを宥めつつ、リッカは聖奈から受け取った冷やしカレードリンクの缶を開けた。プシッと小さく空気の抜ける音、次いでほのかにカレーの匂いが空気に溶ける。聖奈も、コーラの缶を開け口を付けた。

 

「これ、リッカ先輩は造れないッスか?」

「ブッ!――き、君、とんでもないこと言い出すね!?」

 

 何気ない質問のつもりであったが、リッカは思いきり蒸せていた。ゲホゲホと咳き込みながら聖奈を見る。

 

「割りとマジで言ってそうだね?」

「割りとマジッス」

「はぁ……やっぱり君もオトコノコだねぇ、こういうの好きなんだ?」

「まァ……割りと」

 

 そうかそうかとリッカは頷いた。

 

「御期待に添えず残念だけど私には無理――これを設計・製造したのはレオンさん本人らしいんだけどどういう技術を使ったのか聞いたら企業秘密だってさ。だから当然メンテナンスも彼女がしてるんだけど……なにせ企業秘密だからね、見せてくれないんだよ~……それに、ウチはポール型のパーツにもてんやわんやしてるくらいだからね。あっそうそう、ちゃんとポール型も使ってレポート書いてくれないと困るよォ。運用実績がないと正式採用できないんだからさ」

 

 何気ない質疑応答から話が飛躍し、自分へのクレームになってしまった。薮蛇だったと思いつつも聖奈はリッカを宥める。

 

「レポート、書いて出したじゃないスか」

「だってアレ、ホログラムのダミー相手でしょ? 実戦で使ってくれないと意味ないよ」

「ポール型はどうも挙動が苦手で……まァ、それはそのうち……」

「全く……マ、でも君専用の神機パーツを作るって話は前向きに検討しても良いかな」

「え?」

 

 リッカは缶の中身を一気に半分ほどあおると、にっと白い歯を見せた。

 

「榊博士からの提案でね。君、よくパーツを破損させるでしょ?」

「まァ……それは悪いと思ってるッスけど……」

 

 聖奈は思わず苦い表情をした。任務のたびに刀身パーツを破損させるものだからリッカによく小言を言われていた。今ではすぐ替えの効く安価な物しか使っていない。

 

「それでさ、そのこと世間話程度に博士に愚痴ったら『聖奈くんの神機は使われてるコアが特殊だから通常のパーツだと負荷に耐えられないのかもしれないね』って言うんだよね。じゃあなら専用パーツを造ろうかって話になってさァ……で、ほら、今のところ君の神機の整備担当って私だからさ、折角だからリッカくん造ってあげたらなんて言うもんだから。実際に私も興味あるしね」

「それで先輩からの小言が減るならありがたいスけど――」

 

 立て掛けてあるネクロを見る。黒を貴重に金の差し色の入ったこの神機に特殊なコアが使われているとは初めて知った。そんな聖奈の心中を察したのか、リッカが言う。

 

「ネクロくんのコアは、前に第7部隊が狩ってきたアラガミのコアでね。一体どんなアラガミだったのかは私は知らないんだけど」

「そうスか」

「でもまァ、君が刀身パーツのこと言い出してくれてラッキーだったよ、実はもう試作品第一号は出来ちゃってるんだよね。午後からミッションなんでしょ? ちょうどいいから試してみて感想聞かせてくれないかな」

 

 相変わらず仕事が早いと言うか……聖奈に内緒で既にパーツを試作済みとは驚いた。言うなりリッカはネクロへのパーツの取り付けを始めている。

 

「とりあえずバスタータイプにしといたけど……何か要望とか不満があったら遠慮なく言ってよ、こういうことに対してお互い遠慮してると良いもの造れないし、事故とかにも繋がるからね……んしょっと……ポール型の方は後で良いからさ……そうそう、話は変わるけど――君、他の神機使いの子達とあまりコミニュケーション取ってないんだって? コウタくんがぼやいてたよ?」

「別にそんなつもりは――いや、まァ――人見知りなモンで……」

「そうなの?私とは普通に話してるじゃん」

 

 それはリッカが学年は違えど同じ高校の出身だからだ。さっきから聖奈が彼女を先輩と敬称をつけて呼んでいるのはそういう理由からであった。

 

「まァとにかくさ、神機使いっていうのは基本チーム戦なんだから他の子達とも交友を深めておきなよ……じゃないといざってときに助けて貰えないよ」

「……ウス」

 

 缶を片手に頷く聖奈を、根は素直ないい子なんだけどなァ……とリッカは溜め息を吐いた。

 

 

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涙はいらない #2

 

 朽ちた工場群と、高くそびえる鉄塔には環境変化によって生い茂った緑が絡み付いている。廃液が滴り常に霧が覆うこのフィールドは鉄塔の森――かつてはこの地域全体に電力を供給していた発電施設跡である。

 

 神機ケースを肩に担ぎフィールドに降り立った聖奈を出迎えたのは、一足先にやって来ていた隊長の雨宮リンドウと第一部隊の紅一点・橘サクヤだった。

 

「こうして一緒に任務に出るのは初めてよね? 私は橘サクヤです、ヨロシクね新人くん」

 

 黒髪を肩口で切り揃えた凛々しい女性だった。アナグラ内で何度か見かけたことがある。手には――銃型の神機を携えている。目が覚めるような美人だが、噂によると、リンドウの幼馴染みであり……恋人らしい。確かに“そういうこと”に疎い聖奈から見ても二人の間にある空気感はただの幼馴染みとか戦友のソレよりも深いのが分かった。

 

 差し出された右手を無視していつものように「ドーモ」で済ませようとしたが、リッカの言葉を思い出して右掌をズボンへ擦り付けてからサクヤの握手にしっかりと応えた。

 

「……槇島聖奈ッス、よろしくお願いします」

「おっ、何だよ新入り。俺のときとエライ違うじゃねぇか」

 

 その様子を少し後ろで見ていたリンドウがからかうような口調で言って紫煙を噴き出した。そうだったかな? と思ったが、思い返してみると確かに、それこそ「ドーモ」で済ませたような気がする。

 

「やっぱ何だかんだベッピンにゃ弱いかぁ?」

「あらそうなの? 嬉しいわね」

「いや別におっさんと握手する趣味ないだけッス」

「おっさんてお前ねぇ」

「マ、10代から見たら確かにおじさんかもね」

 

 互いに顔を見合わせ笑う二人は、やはり恋人同士で間違いないだろう。まァ、密かにサクヤに憧れているコウタには悲報だが。そんな二人を尻目に聖奈は神機ケースを地面に置くと片膝立ちになってさっそく蓋を開けた。いつも通りネクロが不満をぶちまけたが気にせずに柄を掴む。

 

「お」と、リンドウが声を上げた。

 

「ソイツがお前さん専用パーツ第一号か」

 

 リッカ謹製のソレは、鉄塊のように分厚く武骨な姿をしていた。刀身は漆一色。悪くない、と思った。

 

「リンドウさん知ってたんスか」

「知ってるも何も、元々リッカにチクったのは俺だからな。いざって時に神機に不調が出たらそれこそ生存率は下がる……前も言ったが俺は後身にさっさと育ってもらって早くラクしたいんだ、お前さんに簡単に死んでもらっちゃ困る――この間はツキがあったな」

 

 この間というのは言うまでもなくナイアーラトテップと遭遇した日のことだろう。アリサとレオニールに助けられてボロボロになって帰ったコウタと聖奈から報告をうけた時、リンドウは一瞬だけ苦い顔を表した。もっとも、すぐにいつも通りの飄々とした態度を取り繕ったのでその些細な変化に気がついた者は自分以外にはいなかったかもしれないが。

 

 言うだけ言ってリンドウはすでに高台から飛び降りている。

 聖奈の肩を、ポンと軽くサクヤの手が叩いた。

 

「ああ言ってるけどあれでも君に期待してるのよ。さ、私たちも行きましょ」

 

 ■■■

 

 本日の遊び相手はグボロ・グボロだ。

 

 事前に予習していたノルンのデータベースによると、巨大なヒレと頭部に砲塔とも言うべき突起を持つ水棲のアラガミだ。大きさは中型、砲塔からの水弾と酸を降らせる攻撃が厄介そうだ。文中ではことごとく《鰐》と表されていたがこうして実物を眼前にしてみると《鰐》というよりも《大型の魚》と言った方が相応しい気がした。

 

「そういやお前さん、中型の討伐はコイツが初めてか」

 

 火を点けたばかりの煙草を横ぐわえにしたリンドウがグボロ・グボロを観察しながら言った。

 

「少し隊長らしくアドバイスしてやるか……良いか、奴さんはさほど苦労するような相手じゃない。攻撃は大振りだし、水弾や酸の攻撃には前兆がある。注意深くよく観察するんだ。分かったな?」

 

 言いながらリンドウの目は常に獲物の動向を探っていた。聖奈もそれに倣い、長い前髪を片手で掻きあげると開けた視界で少し離れた位置にいるグボロを観察した。データベース通り、視覚と聴覚はあまり良くないようだった。此方の存在にはこれっぽっちも気が付かずにコンクリートの壁を捕食している。

 

『マヌケ面に相応しいマヌケ野郎だ』

 

 ネクロが呆れたように言った。もしも自分達のような実体を持っていたら欠伸をしていたかもしれない。

 

『こんな仕事はちゃちゃっと終わらせちまおうぜ、大将がた』

「その意見には大いに賛成だな、さっさと終わらせて美味いビールでも呑みたいもんだ」

 

 開戦の口火を切ったのはサクヤの射撃。真っ直ぐに進んだレーザーがアラガミの盾様のヒレを撃ち砕いた。思わぬ急襲に食事を止め戸惑うも、どうにか迎撃の姿勢を整えるグボロの眼前には既にリンドウが差し迫っていた。耳をつんざくような雄叫びを上げて目の前の無法者を噛み砕こうと牙の並ぶ大口を開ける……が、リンドウの神機――ブラッドサージがエンジン音の唸りを上げて相手の口を切り裂く方が早かった。「新入り!」

 

 リンドウの叫ぶのと聖奈が跳躍するのは同時だった。上段に構えた神機(ネクロ)に全体重と落下の勢いを乗せて砲塔へと降り下ろす。その一撃は斬るというよりも叩きつけるといった様相だった。その証拠に、砲塔にはヒビが入り砲口が瓦解した。

 

『おっと』

 

 地につく前にネクロの捕食口を伸ばしてキャッチするとそのまますかさず飲み込む。食い意地の張った奴だと思ったが、神機使いは喰うのが仕事なのだからある意味では仕事熱心とも言える。

 

 急に縄張りに入ってきた人間に撃たれ、斬り裂かれ、挙げ句のはてには叩き付けられたという理不尽しにグボロ・グボロは怒り狂いその場で暴れまわる。八つ当たり的に手当たりしだいにそこらじゅうを破壊している。その蹂躙に巻き込まれてはことだと、リンドウと聖奈はステップで距離を取った。

 

 先に言われたように聖奈は奴の動きをよく観察した。1回、2回、3回――まるで反復横跳びの要領で三回跳ねると、今度はその場に止まり背後に少し下がる。そこから勢いをつけて頭ごと突っ込む体当たりをしゃにむに食らわせる――というのがパターンのようであった。こちらに標的を向けたグボロの巨顔が土煙とともに突っ込んでくるのを、聖奈は装甲を展開して防ぐ。ビリビリと手首に心地よい痺れがあった。

 

 ああ、俺は今、闘っている。生きている! こういうときつくづく思う。俺は、闘うことが好きだ!

 

 例のにやりとした笑みを浮かべて聖奈とグボロは押し合いになったが拮抗しているとみるや、両者は互いに跳び退る。その聖奈の真横をレーザー弾がすり抜けていって3発が相手の身体を焦がした。

 

「大きい的は狙いやすくて助かるわね」

 

 廃工場の屋根の上でサクヤが独りごちる。小型モニター越しに聖奈を眺めつつ、細長いアンプルの口を折った。

 

 サクヤからの銃撃を受けてよろめいた隙を見逃さずにリンドウは地を蹴り肉薄するとアラガミに斬撃を与えて斬り裂いていく。その度に鮮血かしぶいて大輪の赤い花でも咲いたようだった。

 

「おおい新入り、トドメはお前さんに任せるわ」

「ウス」

 

 既にその準備はできていたのである。アラガミを細切れに裂いたリンドウが後退すると、聖奈は溜めていた力を一気に解放した。暗紫色のオーラを纏った巨大化した刀身を思いきりグボロの頭上へ叩き落とす。バスター特有のチャージクラッシュ。

 

『おげ』

「あ」

 

 珍しく二人の声が揃った――それもその筈、哀れな敵の頭蓋を確かに叩き割りはしたが……引き換えにリッカ謹製試作品第一号も砕け散ったのである。

 

「あ~ららぁ……」

 

 頭を割られて地に伏すグボロ・グボロの真横にて呆然と突っ立つ聖奈にリンドウはくくっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

 

 ■■■

 

「あ~……やっぱり壊れちゃったかァ……」

 

 報告を聞いた楠リッカは、意外や意外に怒らなかった。神機を愛する余り、粗雑な扱いをする者には激しく憤るリッカが――彼女からすれば、神機はまさに恋人同然と言っても差し支えない存在なのである。そのリッカが「やっぱりねー」とか言いながらガシガシと頭を掻いている。いや、もしかしたら多少は苛ついているかもしれないが、この結果は彼女からすれば想定内だったようだ。

 

「ちなみにだけど、どんな時に壊れちゃったの?」

 

 リッカがじっと聖奈を見つめる。それを受けて、おっきい目玉だなと思った。見つめられていると不思議と居心地が悪くて目線を僅かにずらす。リッカの背後、ちらと見えた作業台の上に砕けたパーツの破片が並べてあるのが映った。

 

「えーと――チャージクラッシュの時に――」

 

 聖奈はわざわざ手を降り下ろすアクションまでして見せた。

 

「つまり叩き付けたときに壊れたってことか……ん~……分かった、次はそこら辺を中心に改善してみるよ」

「よろしくッス」

 

 リッカへ軽く頭を下げて神機保管庫を後にする。タイミングよくやって来たエレベーターに乗り込みエントランスへ向かう。チン、と軽い到着音が鳴り扉が開く。降りようとしてポスンと胸元に当たってきた人物がいた。視線をさげると、赤いハンチング帽――新入りのアリサ・イリーニチナ・アミエーラ、だった。

 

「……何突っ立ってるんですか? 邪魔なんですけど」

 

 ぶつかってきたのはそっちだろうが。聖奈は内心思ったが、思っただけで言葉にも、表情にすら表さなかった。

 

「あー……ワリィ」

 

 その一言だけを残してアリサの頭をポンとやって去っていく。

 

「……何なんですかあの人……!」

 

 まだ感触の残る箇所を帽子ごと押さえつけてアリサはつまらなさそうに顔をしかめた。

 

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INTERMISSION

今回は箸休め回
アナグラの神機使い達から見た槇島聖奈


  

「聖奈ァ、いい加減に起きろってえ」

 

 早朝のアナグラは既に神機使いや陳情にやって来た外部居住区の人間でごった返している。

 エントランスの喧騒を聞きながら、藤木コウタと槙嶋聖奈はソファーへ腰かけていた。いや、聖奈に至ってはまだ半覚醒といったふうで草臥れた背もたれに腕をかけたままうつらうつらと船を漕いでいる。

 

「おーい聖奈ぁ~、聖奈ちゃーん?」

 

 聖奈の顔の前で手をぷらぷらと振ってみるも反応に変化はなし。対面のコウタは頬杖をつきながら軽い溜め息を吐いた。こうして寝食を共にするようになってから知ったことだが、どうにも聖奈は朝に弱いらしい。適合試験の時や、神機使いになりたての時期は本人なりに気を張って朝から元気に活動してたのだろうが……気がつくと神機使いになってから既に4ヶ月近くが経過していた。まだ4ヶ月だが、もう4ヶ月だ。覚えることややるべきことが次から次に押し寄せて外部居住区にいた頃よりも時間の流れが早く感じた。

 

「聖奈ぁ、一旦起きて飯食いに行こーぜ」

 

 時間は丁度飯時だ。コウタはアナグラ併設の食堂(ダイナー)での朝食を提案した。勿論、御時勢柄、選り取り見取りのメニューに素材をふんだんに使った豪勢なものとまではいかないが自室で配給のレーションをかじるよりは味気がある。

 

 聖奈はすっかり寝入っている。気がつけばソファに寝転がって本格的な寝息を立てている。

 

 外部にいた頃、聖奈は少し周りから浮いた存在だった。それでもコウタはそういうのに鈍いのか、それともそういう偏見を持たないのか強くて格好良い頼れる聖奈に懐いていたし、何なら兄貴分を越えて兄同然に慕い心酔していたがそれは最早過去の話だ。今、同僚という公正な目線で彼を評するならば兄貴というよりも手の掛かる弟だった。

 

「聖奈ぁ、俺飯食いに行っちゃうぞ。あんたも目が覚めたら食堂まで来なよ」

 

 結局、聖奈を起こすのは諦めて空腹に耐えかねたコウタは立ち上がった。女の子ならまだしも男の聖奈はここに寝かせておいても大丈夫だろう。一応ひとこえかけるとノロノロと手を緩く持ち上げて振ったので、それを確認してからコウタはエントランスを後にした。

 

 

 コウタが食堂へ向かってすぐにソファーの横を通りすぎたのは防衛班の面々であった。最前線で闘う実質アナグラのエースチームである第1部隊とは違い主な任務は外部居住区などの拠点防衛であるがこれこそ正になくてはならない人材達だ。第2部隊と第3部隊からなる班で、それぞれ3人づつからなる構成になっている。

 そして、今、聖奈を観察しているのは防衛班第2部隊のメンバーであった。

 

「死んでんのかこれ」

「こんなところで惰眠を貪るとは大物だな」

「あのぉ……こんなところで寝ちゃったら風邪引いちゃいますよぉ」

 

 上から順に大森タツミ、ブレンダン・バーデル、台場カノンだった。それぞれがそれぞれの反応を示している。

 

「これが新型ねぇ」

 

 防衛班班長であり第2部隊隊長でもあるタツミは、腰に手を当てつつ聖奈を見下ろした。ブレンダンも顎に手をやりつつ新入りの寝姿を眺めている。

 

「遠くから見ると取っつきにくそうだが……こうやって近くで見ると意外とそうでもなさそうだな」

「それは寝ているからそう見えるだけじゃないか?」

「あのぉ……槇島さーん、起きた方がいいですよぉ?」

 

 男二人があーでもないこーでもないとやり取りしているのを傍らにカノンは軽く聖奈を揺すって起こそうとした。

 

「ツバキさんに見つかったら怒られちゃいますよ、もしかしたらまた反省文書かされちゃうかも」

 

 以前、聖奈が正にこの場所で苦悩しながら反省文を書かされていたシーンをカノンは目撃していた。それにしても――男の子なのになんて綺麗な顔をしているのだろう。こんなことを本人に言ったら嫌な顔をされるかもしれないけれど。スッキリとした輪郭に端正な顔立ち、さらさらの金髪……と、これだけ見ればまるで王子さまだ。もっとも、起きている時の聖奈は常に不機嫌そうに眉間にシワを寄せて長身の身体をやや猫背に折っていて王子さまとは遠くかけ離れている。第3部隊のシュンからはチンピラと評されていた。

 

 なんだかドキドキしちゃいますね――

 

 無防備に寝顔を晒す聖奈に自然と微笑んでしまってから、カノンはハッと頭をプルプル振った。年下相手に何を考えているのか。

 

「タ、タツミさん! ブレンダンさん! 朝の見回りに行きましょう!!」

「どしたいきなり?」

「急にヤル気だなカノン」

「わわわ私は何時でもヤル気だけはあります! ヤル気元気台場カノンです!」

 

 何故だか顔を真っ赤にしてギクシャクした動きのカノンに背を押されながらエレベーターへと乗り込むタツミとブレンダン。入れ替わりに降りてきたのは雨宮ツバキと百田ゲンであった。

 

「おっ、と……またこんなところで寝てやがる」

 

 二人で何か深刻そうに話し合いながらそのまま通り過ぎようとして、まずゲンが足を止めた。

 

「おい起きろ坊主、ツバキの嬢ちゃんに叱られるぞ……ほんと、こういうとこアイツにそっくりだよなァ、ハハハ……ハ……」

「ええ――そうですね」

 

 ツバキの前で少々迂闊だったかとゲンは固まった。期待の新型として聖奈がアナグラの神機使いになったとき、ゲンやツバキを初めとした特定の大人達は些か複雑な気持ちを抱いた。あの鉄仮面のヨハネス・シックザール支部長殿ですら僅かに眉を寄せた程だ。ペイラー榊は「因果ってヤツなのかな」などと科学者らしからぬ事を漏らした。

 

 マキシマ(槇島)という姓自体はありふれた物だ。名を聞いた当初はただの偶然だと誰もが思った――しかし、その容貌を見たときに疑惑は核心に変わった。やはり息子か、と。特に、ゲンからすれば馴染みのある顔だった。嘗ての彼の教え子、槙嶋聖護(せいご)の若りし頃に瓜二つだった。

 

 聖護はこのアナグラの神機使いだった。フェンリルが本格的に第一世代神機の実用実験とゴッドイーターの登用を開始し始めた2056年、適合試験を通過してやって来たのが聖護であった。当時19歳でその頃すでに2歳になる子供がいた(つまりそれが聖奈ということだが)。ゲンは彼の教官だったし、その3年後に神機使いとなったツバキにとっては先輩にあたる。

 聖護は一言で表すなら快活な男だった。

 豪快で細かいことは気にせず、考えるよりも先に体が動くタイプ。神機使いになる前は、配給と希に本部から出される日雇いの仕事でどうにか食い繋いでいたと言った。

 

「マ、家族にラクさせたかったんで」

 

 教習の合間、聖護に、神機使いの適合試験に立候補した理由を聞くとそう答えた。

 

「オレ、ガキいるんですわ。2つの」

「何、お前まだ19だろ」

 

 指を二本立たせて笑う聖護にゲンは面食らった。

 

「日雇いなんかよりも神機使いなった方が実入りは良いし、家族も多少は優遇されるでしょ? そーいう理由ですよ」

 

 ツバキもまた、ありし日の聖護を思い出していた。

 まだ右も左も分からぬ新人だった頃、同じ隊に所属して色々と教えてくれたのは彼だった。長く伸びた金髪を適当に緩く結わえ無精髭を生やした聖護はなんとなく自分よりも遥かに大人に感じて、少女時代の自分はほんの少しだけ良いなと思ったこともあった。もっとも、何かの折りに彼がまだ死別した妻を想っていることを知って人知れず想いを封殺したのだが……とにかくツバキにとって槇島聖護は良い先輩だったし、きっとこの先も良い仲間として付き合っていくんだろうと思っていた――なのに。

 

 2061年の真冬に、聖護は単独任務中に行方知れずとなった。それは支部長から直々に受けた任務でどういった内容だったのかは未だに伏せられているのだが……腕輪も神機も発見されずに結局MIAとなった。その事に、ゲンもツバキもショックを受けたが、ヨハネスと榊の動揺はそれ以上だった。この二人が何かを知っている、というのは目に見えて明らかだったがそれを追求できる者もまた誰もいなかった。

 

 事実は意図的に伏せられたまま月日は過ぎて――今こうして、聖護の息子である聖奈がかつて彼のいた場所で神機を握っている。感慨深さもあったが、やはりそれよりも榊の言葉を借りるなら何か《因果》めいた物を感じずにはいられなかった。

 

「……マ、俺たちが気を付けて見てやりゃ良いじゃねえか。なあ嬢ちゃん、分かってるとは思うがヨハネスには――」

「ええ、それは勿論」

 

 その時、ツバキの胸元で端末がブルブルと震えた。素早く取り発信者を確認するとゲンへ一礼してヒールを鳴らしてその場を去る。ゲンも階段を下ると、受け付けカウンターが見える席に腰を落とした。

 

 それから暫く時間を置いて最後にやって来たのはアリサとレオニールだった。

 アリサは目敏く寝こける聖奈を見つけるとわざとらしい溜め息を吐いた。

 

「呆れた、ここの人たちは緊張感に欠けると思ってましたけど、この人は格別ですね! こんな人が私と同じ新型だなんてどん引きです」

「まあまあアリサさん……そういう風に言うものではありませんよ? 彼は今までこの支部でたった一人の新型で皆さんからの期待を背負っていたんですから……それに聞いた話では雨宮隊長の任務に同行しているとか。きっとお疲れなんですわ」

 

 明らかな自分の暴言を諌めるレオニールにアリサは拗ねたようなジト目を向けた。

 

「レオンさんてば私よりもこんな人を庇うんですか?!」

 

 ロシア支部時代から姉のように慕っていたレオニールが、こんなぽっと出の男の肩を持ったのが気に食わない。それは子供じみた嫉妬だったがアリサの中で聖奈に対する印象は更に悪くなった。

 

「庇うというか……折角同じ新型同士なんですから、アーリャも仲良くしたら良いじゃないですか」

「嫌です、だってこの人ぜんっぜん大したことな――」

 

「ない」と言おうとしたアリサはそのままフリーズした。急に起き上がった聖奈の頭が上手い具合に引っ掛かってスカートが捲れたからだ。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 アリサの叫び声がアナグラ中に響き渡った。それは離れた支部長室や榊博士のラボ、ひいては神機保管庫にまでこだました。榊博士なんかは驚きの余り椅子からずり落ちた。

 

「変態! サイテー! 信じられない!」

 

 混乱のあまりスカートの裾を掴んで引っ張りながらアリサは罵倒の限りを尽くした。聖奈の背中や肩を蹴っ飛ばし、どうにかスカートを取り返すとその場から走り去る。レオニールはどうしようかとちょっとだけ迷い、アリサのフォローへ回ることにした。

 

 訳がわからないのは聖奈だ。

 寝ていたら急にアリサに罵倒され暴力を振るわれた。なんて女だと、引っくり返ったまま少しだけ苛ついた。

 

 後日、この時の一部始終を見ていた他の神機使いらから称賛されたり遠巻きにされるのはまた別の話――というヤツである。

 

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ミセエネン

今回も前回に引き続き箸休めの日常回。
アリサと聖奈の絡みをやってみました。
そしてこれはちょっとしたネタバレというか宣言なのですが、この物語では聖奈とアリサのカップリング(いわゆる主アリ)は成立しませんのであしからず…!主アリ派の方は申し訳ない!槙島聖奈はどっちかというと年上好きです。


 

「ああら、聖奈ちゃんコウタちゃん! 今日も朝からお仕事かい?」

 

 作業着姿の恰幅の良いおばちゃんがニコニコと話しかけてきたのでコウタたちは足を止めた。この人はアナグラで働いている清掃員の一人で、気さくな性格なのか職員や神機使いたちに話しかけている姿をよく見かける。

 

「いや、今からサカキ博士んとこで講義受けに行くとこだよ」

 

 相変わらずまだ半分寝ている聖奈の代わりにコウタが答えた。基本的に誰に対しても愛想がよく取っ付きやすいコウタは既にこのアナグラに馴染んでいる。おばちゃんはズボンのポケットをごそごそやると個包装の飴玉をふたつ取り出してそれぞれの手に握らせた。

 

「おやそうなのかい? あんたたちゴッドイーターになってからも勉強なんて偉いねぇ……色々と喧しい連中もいるけどさ、あんたらが闘ってくれてるおかげであたしらは生活できてるのも事実なんだ。感謝してるよ」

 

 おばちゃんはコウタの肩をバシバシ叩く。

 おばちゃんの言うことは事実であった。前線に立ち生身でアラガミと闘う神機使い(とその身内)は一般の人々よりも色々な面で優遇されやすい。当然それを不満に思って異を唱える者らもいる。実際に『神機使いの存在はフェンリルによる武力の独占である』だとか配給の改善だとか労働環境の改善だとか……そういうのをネタにしたデモは定期的に起きているし(それらは市民の()()()()としての意味合いなのかフェンリルが本格的に取り締まるようなことは滅多になかったが)、デモならまだマシな方で、各支部を標的にしたテロ行為に晒されることもある。

 

 守るべき人たちに憎まれるなんて因果な商売だよなと百田ゲンがいつだかに言っていた。その後に決まって、「マ、お前ら神機使いは憎まれてナンボだ」とも続くのだが。

 それにこうやって感謝の意を伝えてくれる人たちが少なからずいるのもまた事実だ。俺たちが守ってやっている、などど偉ぶるつもりは毛頭ないが、やっぱりこうして面と向かって褒められると嬉しくなる。

 

「今日も一日頑張っといで!」

 

 おばちゃんに送られて二人はエントランスを後にした。

 

 

「ほんっとうにこの方たちは緊張感に欠けてますね……!」

 

 サカキ博士のラボにてアリサは呆れと苛立ちを隠さずに男二人を睨めつけた。講師役のサカキ本人は「まあまあ」なんて言いながら笑って気にした素振りもない。聖奈も――それどころかコウタですら、ソファに凭れ、机に突っ伏して寝入っている。

 

「この二人は初回からずっっっっっとこうなんだ。聖奈くんは朝が弱い、コウタくんは机に着いた瞬間だからもうそういう習性なんだろうね――そうだ、今日はアラガミの習性について……」

「そんなことよりも起こさなくて良いんですか?」

「ああ~……良いの良いのもう。それに意外と寝てるようで聞いてるモンだよ、聖奈くんなんかこの間の抜き打ちテスト満点だったんだから。睡眠学習ってヤツかな? アハハ」

「……」

「なんだったらアリサくんが教えてあげれば良いんじゃないかい? 交流の切っ掛けにもなるしねぇ」

「冗談は止めてください」

 

 気だるく髪を弄りながらアリサはツンとして答える。結局、講義はアリサとサカキの1対1になった。内容自体は今さら復習するべくもないものだったが、人類最高とうたわれる頭脳の持ち主から直接指導を受けられるというのは実に貴重な体験だ。サカキの言葉に耳を傾けノートに書き記しつつも、アリサは時おり聖奈へと視線を向けた。

 

 どう見ても眠っているようにしか見えないが……

 

 何故、サカキもレオニールもこの男を評価するのだろう? あの廃寺での立ち回りを見る限り、勘は良いようだが動きは洗練されておらず、ハッキリ言えば旧型以下だ。なのに――それとも、まだ自分が察知していない何かを二人はすでに感じ取って知っているのだろうか?

 ならばとアリサは考える。実際にこの眼で確かめれば良い。講義が終わり次第、この男を叩き起こしてミッションへの同行を提案しよう、と。

 

 

「断る」

「は?」

 

 講義終了と共に立ち上がりラボを後にした聖奈をどうにか追い捕まえてアリサは同じミッションに行かないかと提案した。が、その提案は即レスで切り捨てられた。まだ些か眠たげな聖奈はアクビを噛み殺している。言った。

 

「アンタと一緒に行く意味ないから」

「はァ!?」

 

 正に一触即発、二人のやり取りを周囲の人間は緊張感を持ちつつ見守っている。

 

「な、な、な……」

 

 まさか一瞬も考えもせずに断られるとは思っていなかったアリサは混乱した。恥をかかされたと思ったし、蔑ろにされたと感じて怒りと不快感を全面に出した。わなわなと全身を震わせて言葉に詰まりながらも聖奈を上目使いで睨み付けた。

 

「あ、あーっと……ねぇ……アリサ、聖奈は先約があるから行けないって言いたいだけでさ」

「あなたには聞いてません!」

「そ、そーっすね……」

 

 これ以上はいけないと咄嗟にコウタが間に入るも裏目に出てしまった。苦笑しつつアリサに見えない角度で聖奈を肘でつつく。

 

「お前ねぇ~もうちょっと言い方を考えろって。相手は女の子だぞ!」

「あ? ……」

 

 小声で注意しても聖奈は何が悪いのかいまいちピンときていないらしい。これだからコミュ障は困る。

 

「と、とにかくコイツに悪気はないんだよ。ちょーっとばっかし人見知りでコミュ障なだけで」

「もういいです! 私、あなた大嫌い!」

 

 ついにアリサは大きな目からポロポロと涙を溢したのでこれには流石の槙嶋聖奈もギョッとした。が、なにぶん初めての経験なのでどうすれば良いのか分からない。慌ててコウタに視線で助けを求めるも、逆にコウタから冷めた視線を送られてしまった。

 

「えっと、その、泣くことねぇだろ、別に……」

「はァ?! 別に泣いてませんけど?!」

「ええ? いやだって涙出てる……」

「私、絶対にあなたなんて認めませんから!」

 

 涙目でキッと睨みつけてからアリサは走り去った。取り残された聖奈は本当になにがなんだか理解が追い付かずにフリーズしている。前回に引き続きアリサに怒られた、という単純なことは分かったが……コウタをもう一度見ると、コウタは腹を抱えて笑っていた。

 

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サーチライト

とりあえずストックが切れるまでは更新する予定です。


 

「聞いたよ? キミ、アリサちゃんのこと泣かせたんだって?」

 

 神機保管庫に入るや否や、リッカが言った。ゴーグルをしているのでその表情は確かではないが、声色は呆れや非難というよりもどちらかというと楽しんでいるように感じた。

 

「……誰から聞いたんスか」

「コウタくん、ていうかアナグラ中の話題だけどね。キミがアリサちゃんのスカート捲ったことも含めて」

「べ……別に泣かせてないし、スカートの件も事故ッスよ!」

 

 聖奈にしては珍しく大声で否定した。自分の不始末をリッカに知られるのだけは何となく気恥ずかしいという気持ちがあった。ムキになる聖奈が面白くてリッカはくつくつと笑いを堪えながら自分の考えを言った。

 

「ねえ、アリサちゃんはきっとキミと仲良くなりたいんじゃないかな?」

「いや、でも目の敵にされてるッスよ」

 

 アリサの自分に対する態度を思い返す。大抵、睨まれるか怒られるか蹴られるかのどれかで、お世辞にも()()()したがっている側の態度とは思えない。リッカは続けた。

 

「不器用な子なんだよ、きっと。キミと仲良くしたくてもどうすれば良いのか分からないんじゃないかな……ほら、キミってパッと見は怖そうだし言葉使いもぶっきらぼうでしょ」

 

 その指摘に対してそんなこと……と否定しようとして、しかし、思い返してみると先日のアリサとのやり取りは確かに些か言葉が足りなかったように思えてきた。折角向こうから(やや上から目線ではあったが)同じミッションに行こうと提案してくれたのに、「先約があるから」というのをかなりぶっきらぼうな言い方をして断ってしまった。コウタの言い方を考えろという指摘は最もだった。

 

「………」

「ね? そりゃコウタくんとか私はキミに慣れてるしリンドウさん達は年上だから察してくれるけど、アリサは年下の女の子なんだからキミの方がちょっとは気を使って接してあげないと」

『いや~そいつァ無理だろ、それに朗らかなコイツなんて考えただけで気色が悪い。気色悪すぎてパーツが錆びそうだ、ケケケ』

 

 ネクロがカタカタと揺れたのは笑っているのだろうか。その振動が伝わって他の神機も微かに揺れている。普段ならネクロのこの手の揶揄に少なからず反論する聖奈であったが、今回はイヤに神妙な顔つきで腕を組んでるだけだったが、そのポーズのまま歩いて保管庫を出ていった――

 

 向かった先はまず新人たちの部屋が並ぶ区画だった。アリサの部屋を訪ねたが留守なのかチャイムを押しても応答はなかった。その隣のレオンも然り――あの二人は大抵ニコイチで行動しているから、今日も一緒なのだろう。

 しかたなくもう一度エレベーターに乗り込みお馴染みのエントランスへ。扉が開くとすぐ例の赤いハンチングが目に飛び込んできた。

 

 案の上、レオンと話し込んでいるアリサに声をかけようとして……聖奈は躊躇した。他者どころかアラガミ相手にすらしたことのない躊躇を、自分より2つも年下の15歳の女の子に対してちょっとばかり抱いている。昨日の今日でどう声をかけるべきなのか分からなかった。そういうことは今までコウタが上手いこと間に立っていてくれたのだと、改めて痛感した。しかし今、この場所にコウタはいないし、無論頼るけにもいかない。自分の態度が招いたことだから、自分で責任を取らなければならない。

 

 暫し考えて、聖奈は胸元のサングラスをかけた。

 

「あー……アリサ――さん」

「はい?」

 

 呼び掛けにアリサがゆるりと振り向く。まず目に入ったのはモスグリーンの布地に、上から下がるドッグタグだった。そして更に上に視線を持っていく。褐色の肌と、寝癖で所々跳ねた金髪を目に入れた所で表情を固まらせた。すすす……と移動して長身のレオンの背に隠れた。

 

 すっかり嫌われている。まァ、当然といえば当然だが。

 

「ナニカヨウデスカ」

 

 無機質で事務的な声。聖奈はガリガリと後頭部を掻いた。

 

「この間は悪かった――です、その、自分の言葉足らずでアンタを泣かせた。俺は口が悪いし――語彙もねぇんだ、端的に言うと頭が悪いんだ。あー……アンタと任務に行くのが嫌だった――訳じゃなくて、あの時は……別の先約があったから……」

 

 しどろもどろになりながらも聖奈なりに懸命に言葉を選び並べていく。柄じゃないし、気恥ずかしい。周囲の好奇の視線が居たたまれなく、今すぐ逃げ出したいくらいだ。普段、アラガミと闘うときくらいにしかかけないサングラスをかけたのも照れ隠しとかそういう意味だった。

 一方のアリサもレオンの腕を掴んだままポカンと口を半開きにした。

 何か急に話しかけてきたと思ったら、これまた急に謝罪をかましてきた。今まで「俺はガキなんかに媚びねえぜ」的なスカした態度(あくまでもアリサの主観だが、事実、聖奈にそういう印象を抱いているのは彼女に限った話ではない)で、伝え聞く噂によればとんでもない()()()――外部居住区時代はその手のつけられなさから『狂犬聖奈』とか素晴らしくダサいアダ名を付けられていたと知ったときは腹を抱えて笑ったが。まァ、とにかく。

 

 何だか気分が良かった。メチャクチャ良かった、まるで質の良い睡眠を取った後のような快適さだった。

 

 謝罪の場でサングラスを取らないのは頂けないが、あの槙嶋聖奈が、己の過ちを省みて年下の女の子にはっきりと敗けを認めているのである。少なくともアリサはそう解釈した。

 

「ま、まァ、良いですよ。別にちっとも気にしてませんから」

 

 とはいえいつ噛み付かれるか分かったもんじゃない。レオンを盾にしたままでアリサは頷いた。

 

「あ、でも言っておきますけど、別に悲しくて泣いてた訳じゃないですから! あの時は悔しくて泣いたんですから!」

 

 べーっと舌を出すアリサにやっぱ泣いてたんじゃんと思った聖奈であったがここでまた余計なことを言い拗れるとより面倒な方に行くと察し黙っていた。

 

「す、すごい……あの聖奈が年下相手にへりくだってる……!」

「これも成長ってヤツだ。なにはともあれ、俺が出る前に丸く収まってくれたようで手間が省けた」

 

 少し離れた所でコウタとリンドウが事の成り行きを見守っていた。新型同士のトラブルはツバキの耳にも入っており、隊長ならどうにかしろとのお達しがきていたのである。これで姉上にキレられなくて済みそうだ。やれやれと首を振ると、腕を頭上へ突き上げ伸びをしながら階段に右足をかけた。

 

「おーい新入り、今日の仕事はソーマとエリックとだ。遅れずに向かえよ」

 

 聖奈が頷いたのを認めると階段を降りていった。

 

.




次回でようやくソーマが出せますね、第1部隊が揃います。
本来ならアリサが出るのはその後なんですが、この話ではあえてそこら辺の時系列は入れ替えてます(特に深い意味はないのですが)


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サーチライト #2

 

 先日行った鉄塔の森が小型アラガミのスポットになっているのであらかた駆逐してきてほしいというのが今回の内容だった。もしかしたらあのグボロ・グボロがここら辺の縄張りのボスで、そのボス(邪魔物)がいなくなったので小型たちが大集合しているのだろうか?

 などと余計なことに思索を巡らせている聖奈の目に、対面に佇む二つの影が映った。奥にいるのは他所を向いているが、もう一人はこちらの到着に気がつくと軽く駆け出しつつ頭上に上げた手を振っている。

 

「やあ、君が噂の新人クンかい?」

 

 近距離までやって来たのは赤毛のサングラスの男だった。サングラスが被っているので聖奈は先輩を立てて自分が外すことにした。いくらここが年中曇っている辛気臭い場所だとは言っても、雲の隙間から差す日の光が右目に刺さる。僅かに顔をしかめると、相手がそれを不思議に思ったようだった。

 

「その――非常に不躾な聞き方になるが……君は何か目に障害を?」

 

 聖奈は頷いた。

 

「つっても、そんな大したことないモンですよ。右の目玉がこう、日の光に弱いだけスから。電気とかの人工の光は不思議とどってことないんスけどね。マ、閉じてりゃ問題はねぇ……ないです」

「そういう理由なら気にせずかけていると良い。そもそも極東(うち)は服装にさほど厳しくはないのだからね、先輩の前だからといって気を使う必要は皆無さ」

 

 もちろんTPOは遵守すべきだが、と語尾に付け加える本人もその言葉通り実に素晴らしいファッションをしている。脳内で一通り思い返してみると、確かに極東の連中のファッションは個性的だ。フェンリル支給のジャケットを羽織っているのは自分くらいのものである(といってもこれだって父親の遺品のヴィンテージ物だ)。別に彼の言うように“先輩への礼儀”を気にした訳ではなかったのだが……ここは素直に甘えることにした。

 

 聖奈がもう一度サングラスをかけたのを見届けてから相手は改めて続けた。

 

「自己紹介が途中になってしまったね? ボクはエリック、エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。同じ極東の戦士として共に華麗な――」

「っ! エリック! 上だ!!」

 

 それまで、エリックと聖奈のやり取りを興味なさげに一瞥していた青いフードの神機使いが会話を遮って叫び飛び出した。その言葉につられて顔を上向けると、赤黒い何かが眼前いっぱいに広がった。これは何だと一瞬思考が停止した。それが大口を開けて自分の頭から噛み砕こうとしているオウガテイルだと気が付いた時にはすでに神機を構えるには遅すぎた。

 

「あっ、うわあああああ!!!!!」

 

 何も出来ずに絶叫するエリックへ、フードの神機使いが察するよりコンマ一秒早く察知したネクロによって後ろに引っ張られていた聖奈が手を伸ばす。辛うじてその剥き出しの腕を掴むことは出来たが、自分の方へ引き寄せるのとオウガテイルがその頭を噛み砕くのでは後者の方が早そうだった。頭を破壊されればリンクエイド(蘇生措置)は叶わない――

 

 その場の誰もが絶望的な死を避けられないと察したが……風切り音と共に伸びてきた神機の刀身が、まるで獲物に食いつく蛇の様に寸でのところでアラガミの胴体に巻き付いた。そのまま近くの壁へ叩きつけ始末してしまうと、伸びた刃は主人の手元に戻っていく。「大丈夫でしたか?」

 

 声と神機の主はレオニール・グラスハートだった。彼女もまた聖奈と共にこのミッションの為に派遣されていたのである。彼女の神機――アルラウネを携えながらゆっくりとこちらへ寄ってくる。

 間一髪でどうにか死を回避できたエリックは脱力してへたへたと座り込んでいた。

 

「は……はは……すまないね、二人とも……」

「バカが……油断するなと言ってるだろう」

「ソーマ……」

 

 フードの神機使いが肩に神機を引っかけながらエリックの隣に立った。言葉はキツいが未だ座り込むエリックへと手を差し出してやっていた。その肩にある神機の刀身はノコギリのような逆刃の並ぶバスタータイプの物だった。

 エリックはどうにかこうにか立ち上がると、改めて礼を述べてから二人へフードの人物を紹介した。

 

「と言っても君たちは知っているよね? 彼はソーマ・シックザール……君たちと同じ第1部隊さ」

 

 ソーマを紹介するエリックはどこか誇らしげであった。

 ソーマについて、聖奈は当然知っていた。こうして同じ任務につくのは初めてだったし、間近で顔を見るのも初めてだが――若干12歳にして初陣を迎え、極東支部内でもっとも高い適合率を誇りリンドウに次ぐ戦力を持つ人物……にも関わらず、周囲の人間からは【死神】などと物騒なアダ名で呼ばれている男。自分の狂犬よりは遥かにマシな気もするが。

 

「お前も気を付けた方が良いぜ? 死神に睨まれねぇようになァ」

 

 ミッション前にそう忠告(というよりも明らかに無責任な噂を面白がっていた)してきたのは第3部隊の小川シュンだった。ソーマの同行するミッションは不思議なことに死亡率が高いのだそうだ。アラガミが集まってくるという話も聞く。なのに当の本人だけは無傷で生還する――そういう事が繰り返された結果、いつしか当然のようにソーマは死神扱いされるようになっていた、と、いう訳だ。

 

「くだらねえ自己紹介なんざいい、さっさと仕事を終わらせるぞ」

「いやしかしだねソーマ、同じ隊の仲間じゃないか」

「どうせすぐ死ぬ奴らの名前なんか覚えたって仕方ねえ」

 

 やや自己陶酔の気はあるものの人当たりが良く友好的なエリックとは対照的でソーマは実に素っ気なく他者を突き放す物言いであった。もっともその面では聖奈も負けず劣らずではあったが。

 

『感じ悪いねえ、反抗期かァ?』

 

 冷えきり静まった空間にネクロの揶揄が響き渡った。ソーマがチラと視線をネクロへと傾ける。

 

「――ソイツが噂の神機か? 気持ちの悪い奴だ」

 

 フンと鼻で笑うソーマ。今度こそ踵を返して小型の群れへと突っ込んでいった。

 

「その、聖奈くんもレオニールくんも悪く思わないでやってくれ、彼は本当は仲間思いの良い奴なのだよ」

「まァ……感じ悪いのは事実スけど俺も似たようなモンなんで気にはしてないス」

「ええ、私も気にしてませんわ。それよりも仕事に取りかかりましょう」

 

 仕事自体は順調に進んだ。この場にいるメンバーを考えれば当然と言えた。なにせ、ド新人の聖奈を除けば、経験豊富な神機使いが的確な指示と技術でもって手際よく敵を駆逐していくのである。聖奈にしても、中型はともかく小型の討伐に今さら手こずるようではない。度重なるリンドウとの出撃でそういうところは徹底的に仕込まれている。

 

『あららら、囲まれちゃったぞ? どーすんのよ』

 

 向こうで鬼神の如く血肉を散らして回る神機使いの凶刃から辛うじて逃れた数匹がぐるりと周囲を囲む。一般にアラガミに高い知能はないとされているが、その低知能のアラガミにすら一番弱い相手と判断されるのはさすがに屈辱以外の何者でもない。聖奈の表情がみるみる険しくなっていく。

 

「ブッ殺す!」

 

 両手で握った神機を顔の横で構え直し上半身を捻って勢いをつけ横薙ぎに振り抜く。ようするに、“独楽”の要領だ。自分を芯にして回転の勢いで周囲のアラガミを斬り裂くという荒業で3体を同時に始末したが、残りの1体は切っ先か届く前に離脱していた。勢いに乗ったままで聖奈は逃げ出したオウガテイルを追いかけた。神機使い(ゴッドイーター)として強化された身体能力と、ついでにネクロが勝手に捕食したおかげでバーストしている。それに、他の個体と違ってスットロいのか追い付くどころか追い抜いていた。

 

『アラガミにもトロい奴ってのはいるんだな』

「ちっ、手間かけさせやがる……!」

 

 舌打ちしながらこっちへ向かって走ってくる形になったオウガテイルに神機を叩きつけようとして――パーツが根本からバキッと板チョコのように折れた。

 

「こんな時に! テメェ! いい加減にしろよ!」

『なにをこのクソガキ! オメーの神機の扱い方が雑なんだよ! ボケ!』

「ああ!?」

 

 なにがなんだか分からないが、これ幸いとばかりにオウガテイルはそのまま逃走する。それにも気が付かずに二人(という表現はいささか妙だが)は口喧嘩に夢中になっている。やってきたソーマたちに気がつかないほどに。

 

「お前ら……何くだらねー漫才やってやがる……」

 

 リンドウから「オモシロイのが入ってきた」とは聞いていたが――とんでもないのが入ってきたと、ソーマはフードをかぶり直して深い溜め息を吐き出した。

 

.

 




エリック上田回でした。

ちなみに余談ですが主人公の槙嶋聖奈のビジュアルについては、
・金髪褐色
・右の顔面に薄く火傷の跡がある
・長身(やや猫背)
くらいでこれといったビジュアルの設定はしてないのですが、ボイスだけは無印の男主人公18のイメージです。
そのうち装備の詳細などもあとがきで書いていきたいですね。


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エデンの少女

 

 日は過ぎて。

 聖奈は今、贖罪の街エリアに来ていた。少し離れた背後にはアリサ、右手にはネクロを携えている。刀身はいつものバスター……ではなく、チャージスピアのパーツを装着していた。

 

 

 

「テメェは力の分散ができてねぇ」

 

 とは、例のソーマ・シックザール先輩の談であった。

 折れたパーツを巡ってネクロとやりあっている背中を思いきり蹴飛ばされて前のめりになる。その聖奈の頭を、レオンの慎ましやかだが柔らかな胸が受け止めた。ノロノロと離れると、レオンはじっと曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「力の分散?」

 

 蹴っ飛ばされた衝撃からかすっかり()()()()()から日常モードに落ち着いた聖奈が背中を擦りつつソーマを見た。フードの奥で光る目がジッと自分を見下ろしていた。はぁと分かりやすいくらいの溜め息を吐いた。言った。

 

「要するに一点に力を集中させすぎだ、その神機が特殊だからかなんだか知らんが……原因はお前自身にもある。ったく、あのバカは何を教えてやがる」

 

 それだけだった。それだけを言い捨てると、ヤレヤレとばかりに装甲車の助手席に乗り込み、それ以降は帰投するまで黙りこんでいたのでもう何も聞けなかった。“あのバカ”とは当然リンドウさんのことを指しているのに違いないが、隊長殿に向かって恐れを成さぬ物言いである。

 

 それで今日、眠気を堪えながら保管庫へ行くと、すでに元気イッパイのリッカがじゃーんと効果音つきで両手を広げて見せてくれたのが試作品第5号のスピア型パーツ【ムーンビースト】であった。

 

「ムーンビースト?」

「そのパーツの名前だよ、いつまでもただの試作品じゃ味気ないでしょ?」

 

 と、にっと爽やかに笑んでいる。それは確かに一理あるだろう、何せ、自分の神機すら「ネクロ」だなんて立派な名を自称している。

 

「わざわざソーマくんが言いにきてくれてね。アイツは多分バスターは向いてないからお前が色んなパーツを試させろってさ。彼も彼なりに君のこと気にしてるみたいだね」

 

 そういう経緯だった。何せ、事前告知なしのぶっつけ本番なので上手く使いこなせる自信はいまいちないのだが、ここまで来たらなるようになれだ。

 

 今日の任務はここ贖罪の街にて中型アラガミ《シユウ》の討伐だ。同行者はアリサとリンドウ。アリサはすでに誰よりも早く現場についていてつまらなさそうに毛先をくるくる弄っている。聖奈は未だやってこないリンドウを待ちつつ最近手にいれたばかりの望遠鏡を覗きこんでいた。オペレーターの竹田ヒバリが立っているカウンター横で露店を開いているよろず屋から買い求めた物だった。

 

『おい、さっきから何熱心に覗きこんでやがる。キレーなねえちゃんでもいたか?』

 

 既に暇をもて余しているネクロが捕食口を伸ばして顔の横に持ってきた。これは常々から思っていたことだが――神機のくせに妙に俗っぽい言い回しをする奴だ。

 

「残念ながらそんなもんはいねーよ、俺が見てんのはアラガミだ」

『色気のねえもん見やがって』

「ゴッドイーターなもんでな……」

 

 そうは言いつつも聖奈の目は【とあるモノ】へ釘付けになっていた。いや――確かに最初のうちは討伐対象であるシユウを探そうとして覗きこんでいたのだが、各エリアを順繰りに見ていくうちに、レンズの端々に()()()()がチラつき始めた。まさか、こんな所に? 最初はレンズにゴミかヒビでも着いているのかと思い確認したが指紋ひとつついていないまっさらな新品である。それならば何かの見間違いか、でなければいよいよ自分の頭が本格的におかしくなったかとこうして必死にレンズに目をくっつけているって訳だ。

 

 その【とあるモノ】とは一人の少女だった。

 そう、本来ならばこんな場に神機使いでもない一般の少女が堂々と存在しているはずがない、ましてや――ましてや、オウガテイルとなかむつまじく遊んでいるなどとは!

 あきらかに異常な光景だ。人間とアラガミがコミュニケーションを取った事例など聞いたことはない。アラガミ研究の権威であるサカキ博士ですら「そのうちそういう存在も出てくるかもしれない」という認識だ。これはリンドウさんへ報告すべきか? 背後を振り向くと、ふいにアリサ目が合う。

 

「先輩として後輩を放ったらかしにするのってどうなんですか?」

 

 弄っていた髪をふぁさと手で弾き堂々と嫌みを言う。ここにも恐れ知らずな後輩がいた。

 

「あー……悪いな、女の子と交流したことないもんでどう扱っていいのか分からねぇんだわ」

 

 適当に言って聖奈はもう一度レンズを覗きこみ……レンズ越しに少女と目が合った。「っ!」

 

 たまたまではない、確実に向こうは分かっていて意図的に目線を合わせてきている。その証拠に小柄で細い体の横でヒラヒラと小さな手を振っている。滅多なことでは驚かない聖奈もこれにはゾッと肝を冷やす。まるで下手な怪談話の主人公にでもなった気分だった。

 

「おっ、今日は新型二人とお仕事か。景気が良いねぇ」

 

 そんな呑気な声が飛び込んできてようやくリンドウがやって来た。とんでもない重役出勤であるが、当の本人はさして気にした風もなく紫煙を燻らせている。アリサと聖奈、それぞれを眺めた。軽く左手を持ち上げて、

 

「マ、足引っ張らないように頑張るわ」

「……旧型は旧型なりの仕事をしていただければいいと思います」

 

 恐れをしらないにも程がある。未だ数少ない新型とはいえ、本来ならば敬うべきの隊長(その点に関しては聖奈も人へ指摘できるかは幾分怪しいがともかく)に新兵が――このアリサのプライドが高く高飛車すぎる態度はアナグラ内でしばしば問題になっていた。「同じ新型だろう」という理由で自分に指導のお鉢が回ってきていて正直面倒だし迷惑であった。同じ新型といっても彼女には目の敵にされて嫌われているし、そもそも彼女はレオンの言うことしか聞かない。

 

『こいつ生意気だな、髪の毛引っ張って泣かしちゃおうぜ』

「きゃあ! 何するのよやめて!」

 

 どう注意しようか考えている間にネクロがアリサの銀髪をくわえて引っ張った。

 

「本当に躾のなってない神機ですねっ!」

 

 どうにかネクロを振り払ったアリサの怒りの矛先は急に持ち主のほうへと向いた。ブーツの脚を持ち上げて聖奈をガシガシ蹴った。

 

「おいおいお前ら仲良くしてくれよ」

「きゃあっ!?」

 

 喧嘩を仲裁しようとしてリンドウがアリサの肩へ触れた瞬間、アリサは短く悲鳴を上げて猫のように跳び退った。

 

「おっ……と、随分と嫌われたもんだ」

「い、いえ……私、そんなつもりじゃ……スミマセン……」

 

 アリサ本人にも、何故、そこまで過剰な反応を取ったのか理解しかねているようだった。額に手をあててゆるゆると首を振っている。リンドウに触れられた瞬間、脳裏に覚えのない記憶が走り抜けていき、ゾワゾワとした嫌悪感に全身を支配されたのである。もっとも、そんなことはアリサ本人にしか分からない。リンドウも聖奈もキョトンとしてアリサを見ている。

 

 短くなった煙草を丸い携帯灰皿の底に押し付けつつリンドウは緩く笑う。

 

「冗談だ……よし、アリサ。お前さんここでしばらく待機だ」

「いえ、大丈夫です」

「隊長命令だ。そうだな、空を見上げて動物に似た形の雲を見つけるまではここにいろ。分かったな?」

「動物って……」

 

 なおも反論しようとして、しかしアリサは渋々その命令に従い頭上を仰いだ。聖奈はリンドウと共に高台から飛び降りると誘われるままに後に従った。

 

「あの子な――ちょいと()()()らしい」

「はぁ」

 

 ズカズカ歩きながらリンドウが切り出したのはアリサについてのことだった。

 

「まァ、こんな時代じゃみんな何かしら抱えてるもんだが――あの子は定期的にメンタルケアも受けててな、マ、その、……生意気な後輩かもしれんが同じ新型同士だ。仲良くしてやれ」

 

 こういう話題は苦手なのか普段あけすけな彼にしては珍しく言葉を選んでいるようだった。あーとかうーとか唸っていたが、黒髪に手を突っ込んでガリガリ掻くと急にこっちへと振り返った。「それとな――」

 

 まだ何か真剣な話題でもあるのだろうか? 聖奈の顔を正面から眺めては視線をさ迷わせたり言い淀んだりしていたがややあってから結局言うことにしたのだろうか、ふぅと小さく息を吐いた。

 

「俺は、お前の知りたいことを少しだけなら教えてやれるかもしれない……知りたくなったら部屋に来な」

 

 

 

 それだけ言って雨宮リンドウは聖奈の肩をポンと軽く叩いた。

 

.



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ゲット・アップ・ルーシー

■アンケートを見る限り、「(展開が)もうちょっと早くても良い」がやや優勢みたいなのでちょいちょいスピード上げていきます。よろしくです。


 

 結論から言うと、今回の試作品第5号は悪くないように思えた。

 最初はうっかりいつも通りのバスターのつもりで斬りかかろうとしてシユウに弾き飛ばされたりもしたが……慣れてみると状況に応じて切り替えられる手数の多さが気に入った。手っ取り早く言えば、ソーマ先輩の言うとおりだった。

 

「新入り! そっちに行ったぞ!」

 

 リンドウが言うのより少し早く、聖奈は、捕食のために逃げ出したシユウを追う。当のリンドウとアリサは討伐まであと一手という際になって突如場に乱入してきたコンゴウの対処に追われている。

 

 脚に力を込めて地を蹴って逃亡するバケモノを追うが、向こうも命がかかっているから文字通り死に物狂いだ。全身ボロボロ、片腕も失ってそれでもなおシユウはコンゴウの乱入により降って沸いたチャンスを逃すまいと必死だ。

 

「逃げてんじゃねぇ!」

 

 一方で聖奈の方は非常に苛立っていた。大人しく始末されていれば良いものの全く往生際の悪い奴だと舌打ちしつつ、手にしている神機を思いきり振り上げた。『ちょっと待て!』とか『何する気だ!』とか頭上でネクロが喚いているがそんなことお構いなしに聖奈は力一杯ブンと音を鳴らせて神機を投擲した。無論――シユウ目掛けて。

 

 かくして(スピア)の穂先はシユウの脚を見事に捉え地面へと縫い付けた。槍と言ったって馬上槍の如く閉じた傘のような円錐形の穂先が根本付近までずっぷりと貫いている。激痛にシユウが騒ぎ体を揺するたび、血がしぶき肉が抉れた。インカムの向こうでオペレーターが結合崩壊を確認したことを告げてくる。

 

『テメー! このクソガキが! 気軽に俺様を投げるんじゃねぇ!』

 

 トドメを差しに寄ってきて柄を掴んだ聖奈へ、ネクロが怒鳴り散らした。

 

「しかたねえだろ、コイツが逃げやがるモンでよォ」

 

 さほど悪いとも思っていない口調で聖奈は、今度こそトドメをさす為に神機の柄を掴んだが……シユウが必死に身を揉み捩り結合崩壊した脚を切り捨てた。使い物にならない脚に今さら未練はないということだろう、潔い判断だった。こけつまろびつ走りシユウは朽ちた教会の中へと消えていった。生への執着――だがそれは、お前(アラガミ)が蹂躙してきた人間たちだって持っていたはずだ。

 

 素早く神機を抜くと聖奈も後を追って教会内部へ侵入した。教会といっても小さな部屋が3つほどあるだけの狭小建築である。そうそう簡単に見失う訳もなく、入ってすぐの(恐らくは)礼拝堂だったであろう個室の奥にシユウの血に濡れた背中が蠢いている。

 相手は負ったダメージを回復する為の捕食行為に夢中になっているのだろうか? 遮蔽物に身を隠しつつ聖奈は震える後ろ姿を観察していた。ボギッという、なにか固い木の枝が折れるような音が室内に響き……数瞬置いて、シユウの首がポトリと薄汚れた地面へと落ちていく。

 

「っ!」

 

 危うく声を出しそうになり寸でで飲み込んだ。それでもヒュッと息が鳴る。

 【何か】がいる! 逃げ込んだ先にいた、あるいはここで待ち受けていた【何か】によってシユウは捕食されているのだ!

 

 肉を咀嚼する音、骨を噛み砕く音が響き混ざりあっておぞましい不協和音を奏でていた。命を食まれぐったりと脱力したシユウの体がぐらぐらと揺れて、その陰から漆黒が見え隠れしている。なんてことはない、よくよく注意深く観察すればシユウの全身の所々に黒縄(こくじょう)の触手が蔦植物のように巻き付いて戒めている。

 

 瞬時にそれが例のナイアーラトテップだと悟った。

 

 極東支部へ報告をとインカムに触れるも、あの廃寺の時同様、酷いジャミング状態に陥っている。

 聖奈は無意識に冷や汗を垂らしていた。中型の討伐すら簡単にはいかないのに、ましてや第一接触禁忌種認定のナイアーラトテップなどとは! もしかすればリンドウなら渡り合えるかもしれないが、新兵二人を抱えて? いかにリンドウといえ足手まといを二人も抱えて闘うのは無理だろう。ならば――

 

『まァ逃げるのが最善手だわなぁ、俺だって仮にもご主人様のお前があんなキモいアラガミにボリボリ喰われるのはしのびねえ』

 

 いやはや全くもってネクロの言う通りだ。幸いにも向こうは食事に夢中でこっちに気が付いていた気配はない。このまま勘づかれる前にリンドウとアリサと合流・報告して撤退するに限る。優秀なあの二人のことだからコンゴウ討伐などとっくに終えてこちらへ向かう途中だろう。

 

 ふと、ネクロが妙に深刻な声色で言った。

 

『……アイツはマジでヤベェんだ、アナグラの神機使いどもは確かに精鋭揃いだが――勝てる見込みは限りなく低い。それこそリンドウくらいのモンだ。ましてやお前は――ここ最近ようやく中型討伐を任されるようになったばっかだろ? いくらお前が死に急ぎ野郎だっつってもマジで死ににいくこたねえ。自分の実力を冷静に図って逃げるのは恥じゃねえよ』

「なんだよ……いつもはもっと突っ込め死ぬ気で殺せとか言うくせに今日はやけに優しいっつーか……それに……なんかアイツと闘ったことがあるみたいな言い方じゃんよ」

『あれ? 確かに……おかしいな……?』

 

 そんな筈はない……筈だ。多分。恐らくは。もっとも――自分だって神機になる前は人類の敵アラガミだった訳で、アラガミ時代に何処かで奴と邂逅している可能性もなくはないだろう。しかしそんな憶測は無意味だった。アラガミ時代の記憶など、ネクロにはこれっぽっちも無かったからだ。自我というものが芽生えたときにはすでに自分は神機であり、極東支部の神機保管庫にいた。しかし、もしも、神機も夢ってヤツを見るのだとしたら――夜毎自分の中で再生される【とある映像】こそが忘れ去られた記憶なのかもしれない。

 

 ふいに背後でバサという翼の翻る音を認識した瞬間にはもう、ナイアーラトテップは目の前に立ち塞がっていた。

 

「な――」

 

 その得体のしれなさに呆気に取られつつ、聖奈はそれでも神機を構えた。この間は、自分では何もせず呼び寄せた小型に任せてその場から立ち去ったが、今回もそうとは限らない。右手で構えつつ左手でヒップバッグを探る。この任務の前にアイテムは補充したばかりだ。少し探れば指先にスタングレネードが触れた。

 

 聖奈がそれを素早くピンを抜きつつ取り出して地面へ叩きつけるよりも迅くナイアーラトテップは動いた。目視できないスピードで繰り出された回し蹴りが的確に聖奈の腹部へヒットした。「がはっ!!」

 

 衝撃で吹き飛ばされ壁に激突してようやく止まる。崩れた瓦礫に半ば埋もれ立ち上がることもできず咳き込むたびに鮮血が溢れた。立たなければ、闘わなければ! 頭では理解しているし実際に痛んだ体を叱咤して立ち上がろうとしているのに、地面に縫い付けられたようにピクリとも動かない。

 顔をふりあおぐとナイアーラトテップがゆるゆるとこっちへ向かってきている。

 

「ぐっ……立て、立て……俺! 闘え! 闘わなけりゃ生きてる意味ねえだろ! 闘え!」

 

 叫ぶたびに口と錆びた鉄柱に貫かれた脇腹から血が吹き出すが構っている暇はない。握ったままの神機、槍の先端を地に突き刺して支えにして無理矢理立ち上がった。鉄柱がぎしぎしと傷を擦り穴を広げた。激痛だったが、逆に自分がまだ生きて闘えると実感できる。

 

「がふっ、来いよバケモノ……!」

 

 ぜえぜえという喘鳴を聞きながら聖奈はふらつく足に力を込めた。ナイアーラトテップへにやりとした凄絶な笑みを向けた。ナイアーラトテップがその場に止まり、初めて僅かにだが警戒の色を見せた。グルグルと低く唸って目の前の獲物の様子を伺っている。

 

『おいガキ! さっき言ったばっかだろォがよォ! 闘うな! どうにか逃げる方法を――!』

「はっ……今さらこんな状況じゃ無理だろ……げほっ! あ"ー……クソっ、痛えな。服も汚れちまった……ムカつくぜ……とにかくネクロちゃんよォ、こうなっちまったら逃げるのはもう駄目だナシだ、ムリムリかたつむりだ」

『このバカ……!』

 

 そう言いつつもネクロは、聖奈をどんな言葉でも止めることができないと腕輪を通して理解してしまった。もはやかける言葉もなかった。それに聖奈の言うように相手にしっかりと捕捉された状態では逃げることは叶わないのも事実だ。何せ目の前の奴はこっちが目視できないほどのスピードで動く。あの時のようにスタングレネードで隙を作ることもできないのだ。

 

「……安心しろよ、別に死ぬ気はこれっぽっちもねえからさ。ちょい情けねえけど、リンドウさんが来てくれりゃ助かる見込みもあるわな!」

 

 

 ■■■■■

 

 

 ようやく繋がったヒバリからの連絡を受けて聖奈の元へ駆けつけたリンドウが見た光景は、今まさにナイアーラトテップが捕食にかかろうとしている姿であった。だがしかし、その対象は地面に転がる聖奈ではなく、ネクロだった。

 捕食というよりも吸収しつつあると表現した方が的確かもしれない。神機は既に半ばまでアラガミの体へ吸い込まれている。

 

「おいおい、冗談だろ?」

 

 短くなった煙草を吐き捨ててリンドウは地を蹴った。ナイアーラトテップに肉薄し刀身で斬りかかる。ぐにゃりとした感触とともに、ブラッドサージの刃が突き刺さった。

 

「そいつはうちの新入りのモンでな……返してもらおうか……ネクロ! 聞こえてるか!」

 

 相手からの攻撃を避けつつリンドウネクロへ呼び掛けた。

 

「聞こえてたら返事してくれ!」

『あー……何とか聞こえてるよ、聞こえてはいるが……』

「ならいい、今すぐに助けてやる」

 

 幾分か力のない声ではあるが反応が返ってきたことに内心でほっと胸を撫で下ろす。

 ナイアーラトテップからの触手による縦横無尽な攻撃を刀身で軽々と弾いてみせる手腕は流石は歴戦のゴッドイーターであるが、それでも交戦履歴も殆ど情報もない未経験の相手にリンドウは二の足を踏んでいた。短い期間で捕食を繰り返し進化でもしたのか、唯一交戦したソーマから聞いていた話とも些か趣が違うように思える。

 

 ともかく今は、こいつの完全討伐はうっちゃって、聖奈とネクロの確保および救出が最重要事項だ。まァ、それが出来ればとっくにしているというお話でもあるが……

 

 キィンッ! という金属同士がかち合う音がしてリンドウの神機が跳ね上がった。それをそのまま力を込めて降り下ろすと触手の数本が斬り飛ばされたがすぐに再生してしまう。それも、新たに生えたものは強度が増していた。これでは焼け石に水だ。ちらとアラガミの胸に刺さるネクロへ視線をやる。ゆっくりだが確実に吸収は進んでいた。

 

 救援が欲しいと今日ほど思ったことはない。舌打ちしてリンドウはバックステップで距離を取る。今しがたいた場所に地面を突き破って太く鋭いトゲが飛び出した。救援――せめてこの場にソーマとサクヤがいれば……そう考えるリンドウの耳に遠くからこっちへパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。アナグラへの連絡を任せて待機しているように命じたアリサが来てしまったのか?

 足音は次第にハッキリと聞こえてきた。

 

「来るなアリサ! 今はお前にまで手は回らねえ!」

 

 視界の隅に映った影に強い口調で怒鳴る。が、ヒュッと飛び上がった影はアリサではなかった。

 亜麻色の長い髪をなびかせてアラガミの四肢を斬りつけたのは見たことがない少女だった。しかし、その細い右手首に確りとはめられた赤い腕輪、そしてその先にしっかと握られているのはまさしく神機。リンドウはいよいよ呆気に取られていた。闘いの最中であるということをつかの間忘れ、眼前の少女に注視した。

 

 下手すれば自分の背丈よりも大きいだろう神機を器用に使いこなして少女はナイアーラトテップと渡り歩いた。束ねた触手による刺突を斬り落とし、更に踏み込んで再生されるよりも早く肩の根本から腕を切断した。リンドウもハッと我にを取り戻して立ち向かう。どこの誰だか知らないが、闘う術を持ち、戦力としても充分だ。

 

 リンドウがナイアーラトテップと対等に闘えることを認めると、少女は次に胸に突き刺さっている神機を引き抜こうとして柄を掴んだ。

 

 

「おい! 待て! 他人の神機に触れると捕食が始まるぞ!」

 

 だがしかし、その言葉に少女はにこりと口許に三日月を描くと、構わずに神機を抜いた。そのままアラガミの体を蹴って後ろに飛ぶと未だ倒れる聖奈の手にそっと握らせた。

 神機使いが自分以外の他者の神機に触れればたちまち捕食が始まるというのは常識であった。なのに少女はいとも簡単にネクロに触れて引き抜いたばかりか、異常ひとつなくピンピンとしている。

 

 獲物を横取りされた怒りからか、ナイアーラトテップが耳障りな甲高い雄叫びを上げて少女へと殺到した。それに対し少女は悠然と立つ。右手にしっかりと握った神機、ショートタイプの刀身を閃かせた。ネクロが抜かれたことにより広がった孔へ刃を突っ込むとそのまま斬り上げる。真上のコアを破壊しようというのか。

 察したリンドウもナイアーラトテップの背後からブラッドサージを叩き付けた。

 

「おおおおおおおおっ! ここでくたばっとけ!」

 

 腕に血管が浮き出るほど渾身の力で柔軟な肉を斬り進めていく。カチッという手応えはコアに到達した証拠だろう。少女の方も両手で握った神機をギリギリと引き上げている。あともう少し、このアラガミはこの場で殺す。逃がせば次に会うときは再び進化を遂げているだろう。もう少しだ、もう少しでコアの破壊が叶う……! ――しかし、そう思い通りにはいかなかった。

 

 ナイアーラトテップが悲鳴にも似た叫びを上げた瞬間、そこを中心に衝撃波が発生した。当然、無防備だったリンドウと少女はそれぞれ吹き飛ばされた。その隙を逃さずにアラガミは傷付いた体で宙空へ躍り上がるとちらと名残惜しそうに聖奈を見たが形勢の不利を悟り逃げていった。

 

「仕留め損ねたか……いや、それよりもありがとうな――」

 

 少女へ礼を言おうと振り返った先にはすでに何者もいなかった。リンドウが再び呆然としていると、医療班を伴ったアリサが血相変えてやって来た――

 

.

 

 




■アクションは好きなんですが、いざ自分で書こうとすると非常に難しいですね。
今回はようやく主人公をリョナる…もとい、苦戦させることができました。
次回もよろしくお願いします。


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ゲット・アップ・ルーシー #2

だいぶ空きましたがまたボチボチ更新していくつもりですのでヨロシクお願いします。


 

 リンドウが謎の少女と共闘しナイアーラトテップを退けたすぐあと、アリサに伴われてやって来た医療班によって応急処置を施された聖奈は輸送され、すぐさま手術が始まった。

 事情を聞いた第一部隊メンバーがオペ室前に集まり沈鬱とした表情でランプの点灯を見守っていた。

 

「……スマン、俺のせいだ」

 

 不意にリンドウが呟く。

 

「リンドウ……」

「リンドウさん……」

 

 サクヤとコウタが彼の方を向く。

 普段ののらくらとした雰囲気とは違う、重苦しい空気をまとい俯くリンドウに「そんなことはない」とは軽々しく言えなかった。隊長としての責務を果たせなかったことはリンドウ自信が痛感している。下手に慰めることも、ましてや責めることも出来かねた。

 

「雨宮隊長のせいじゃありませんよ」

 

 空気が重苦しくなっていく中でアリサがジッとオペ室の扉を注視しながら言う。

 

「私が彼についていくべきでした。確かに、今の()()じゃアレに太刀打ちできることはないでしょうが、でも……お互いにフォローしあえていれば少なくともこんなことにはならなかった……筈です。旧型は旧型なりの仕事をなんて言っておきながら私は……自分の仕事を怠った。私のせいです」

「アリサ……」

 

 皆の視線が、今度はアリサの背に移った。小さな背中が微かに震えて見える。普段、高飛車で生意気な物言いばかりだが、彼女は彼女なりに責任を感じているのだろうか。

 

「アリサ、あなたがそこまで責任を感じることはないのよ」

「そうだアリサ。そもそも新入りに指示を出したのは俺だ、今回のことは俺の判断ミスだ」

「リンドウ、あなたも──」

「喧しいぞお前ら」

 

 にわかに険悪になり出した空気を一喝したのは、意外にもソーマであった。

 

「責任の所在がどこにあるかなんぞ今重要なことなのか? あのバカが死にかけてることで責任を感じたい奴は勝手に感じてろ」

 

 それだけ言い捨てて凭れていた壁から離れてその場を後にする。

 

「なっ、あ、あんな言い方……!」

 

 ソーマの痛烈とも言える態度にコウタは目を白黒とさせたが、残りのメンバー……リンドウ・サクヤ・アリサはハッとしたようだった。そうだ、今すべきことは誰に責任があるのかを求めることではない。自分に出来ることをするべきなのだ。

 

「そう……だな、悪い。上に報告がてら頭冷やしてくるわ」

 

 リンドウも立ち上がりエレベーターへと向かう。

 残された三人はジッと黙っていた。

 オペ室のランプが消えたのはそれから数時間経ってからだった。始まった頃は夕染めだった窓の外はすっかり深夜になっていた。

 

 そのやり取りから一週間が経ったが、聖奈は未だに目覚める気配はない。

 

 第1部隊メンバーは、それぞれの日常を送っていたが、やはり心の何処かでは聖奈を気にしているようであった。表面に出さないように振る舞っていたが、時にそれは行動や言葉に現れた。

 例えばリンドウは煙草を逆さまにくわえてみたり、ソーマは病室の前を無意味にウロウロとしたり、コウタは共に出撃した台場カノンの射線上に迂闊にも入り込み吹っ飛ばされたりと実にバラエティ豊かであった。

 女性陣は辛うじてそういう間抜けを演じることはなかったが、アリサは、聖奈に対して口さがない嘲笑をした他の神機使いと口論になり手が出かけた所をコウタに寸での所で取り押さえられた。

 

「新型だからって調子に乗るなよ!」

「つーか新型って言っても大したことねぇじゃん!」

 

 負け惜しみとも取れる捨て台詞だったが、それが余計にアリサに火を点けた。

 自分を殆ど抱き込むように押さえ付けるコウタを振りほどき、目の前の男二人組へ飛びかかろうとした正にその時。

 

「おっと君たち。そんな言い回しは実に華麗ではないねぇ」

 

 エントランスの階段を上がってきたのはエリックであった。

 たまたま下で妹の相手をしていた所に、騒ぎを聞き付けて仲裁に……というよりも、忠告にやって来たのである。エリックは表面上はいつも通りのキザな振る舞いを見せている。が、内心は煮え立っていた。男たちの、聖奈に対する悪口を彼もまた聞いていた。

 

「エリックかよ」

 

 背の高い神機使いがチッと舌打ちをくれた。もう片方は、罰が悪いのか歯噛みしている。

 

「極東の仲間が、勇敢にも難敵に立ち向かった戦士が、意識不明に陥っているというのにその身を案じこそすれ嘲笑などとは見下げた根性だね、先輩方。それとも最近、手柄が聖奈くんやアリサくんに取られているから嫉妬……かな? もっともそれは己の怠慢から来る自業自得だと僕は思うけどねぇ」

「なっ、何だとエリック!?」

「このボンボンが! こっちが黙ってりゃ言いたい放題言いやがって!」

 

 エリックの言葉は図星だったのか、二人はカッと顔面に血を上らせた。

 エリックが他者に対して明らかに悪意を滲ませる物言いをするのを、コウタもアリサも初めて見た。その珍しい姿に思わず呆気に取られた。

 

 今や対立の構図はアリサVS男たちから、エリックVS男たちに変わっていた。

 

「おいおい、どーなっちゃってんのさ」

「し、知りませんよ……!」

 

 まさに一触即発のピリついた空気にコウタとアリサは気圧されていた。

 エリックは、遠距離の後方支援型というのを差し引いても神機使いとしては痩身である。上流階級の生まれで、荒事には向いていそうにない。片や、対する男たちは見たまんま筋肉の塊で、荒事慣れしていそうだ。万が一、このまま腕力勝負に持ち込まれでもしたらエリックが勝てる確率は低いだろう。

 

「い、いざとなったら私が()ります!」

「何か物騒なニュアンスで言ってねえ!? てかアリサは一応、女の子なんだからさ! 」

「ロシア支部にいた頃、対人格闘の訓練も一通りしてましたから。少なくとも藤木さんよりは強いと思いますけど?」

「ハァ!? 何言っちゃってんの!? こっちはガキの頃から聖奈とバガラリー見てんだ、アンタよりは修羅場慣れしてるけど!?」

「そんなの何の実践経験も伴ってないじゃないですか!」

 

 酷い負けず嫌いだ。分かっていたことではあるけど。

 

「お前ら、いい加減にしろ」

 

 収拾がつかなくなり始めた場を一喝して治めたのは雨宮ツバキであった。厳しい色を多分に含む声に、一同はぎくりと身を固める。射竦めるような目線のまま硬質的なヒールを鳴らして近づいてくるツバキの姿に、男二人は目を泳がせた。

 

「アリサ、コウタ、エリックはそれぞれ本日中に反省文提出」

「えっ俺も!? ……ハイッ! 了解しましたぁっ!」

 

 ジロリと横目で睨まれたコウタは姿勢を正した。

 

「お前らは査問会にかける。沙汰があるまで自室で待機していろ」

「なっ……」

 

 査問会。その言葉に、当の本人たちは勿論、周囲もざわついた。

 組織として人が集まれば、いさかいや軋轢が生じるのは当然のことである。大抵は内々で処分を決めるものだが、看過できぬ問題が生じたとき、その処遇の判断は査問会にて協議され決定される──つまり、二人が査問会にかけられるというのは()()()()()()なのだ。

 

 それでもなお、この期に及んでも相手はツバキに食い下がった。

 

「……随分と新型を庇うんですね?」

「勘違いするな。何も今回のことばかりではない。お前たちの最近の行動は目に余る……他の神機使いや住民からも少なからず苦情が出ている。少しは思い当たることがあるのではないか?」

「──っ!」

 

 ピシャリとにべもなく言い返され、流石に男たちも二の句を飲み込んだ。悔しげに顔を歪めたまま、そそくさとその場を去るしかない。エレベーターから降りてきたシュンが、長身の方に思いきりぶつかられて喚き、その背中に蹴りを入れている。

 アリサはその様子を憤然とした気持ちで眺めていた。

 

「それにしてもアリサさ!」

「ハイ?」

「聖奈のこと嫌いなのかと思ってたけど、庇うなんて良い奴なんだな」

「……ハァ?」

 

 コウタの浮わついた声に称賛されたかと思うと同時に、バンバンと背中を叩かれた。

 

「ちょっ、馴れ馴れしい……止めてくださいよ! それに別に庇った訳じゃ……」

「うんうん! やはりアリサくんも実は熱いハートの持ち主であったという訳だね! 実に華麗だ!」

「だから……」

 

 別に、アリサ本人からしてみれば聖奈を庇ったつもりはない。ただ、ああいう手合いが気にくわなかっただけだ。

【神機使い】であるということを鼻にかけてプライドばかりが高く、しかし、自分のすべきことをせずに若手や新型に敵意を剥き出しにする浅ましさ。これだから旧型は……と、そこまで思考して、アリサはハッとした。

 

 違う。

 

 自分は甚だ愚かしい勘違いをしているのではないだろうか?

 彼らが聖奈や自分に嫉妬と敵意を向けるのは、彼らが旧型故にか? 違う。同じ旧型でも、目の前のコウタやエリックは寧ろ好意的に接してくれている。コウタは、無謀にも飛びかかっていこうとした自分を抑えてくれた。エリックは加勢してくれた。

 それに気がついた瞬間、アリサは何だか自分が恥ずかしくなった。

 

『旧型は旧型なりの仕事を──』

 

 新型であるという事実を必要以上に背負い込み、相応しい振る舞いをしようとするあまりに、いつしか旧型の彼らを下に見ていた。これではさっきの奴らを手放しで糾弾などできない。否、彼らよりもタチが悪い。現場を支え、非神機使いである人々の生活を守っているのは他ならぬ旧型の皆だ。

 

「……別に私は……」

 

 今までの自分を恥じ、目を伏せるアリサの肩へ、ツバキが優しく触れる。

 

「お前たち喜べ、今しがた聖奈が意識を回復したと医務室から連絡があった」

「え! マジ!?」

「今日は素晴らしい日だね!」

 

 

 コウタとエリックがワッと歓声を上げる。

 アリサもホッと強張っていた表情を緩める。その顔は、アナグラに来て初めて見せた年相応の少女らしい物であった──

 

 

. 

 



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ゲット・アップ・ルーシー #3

 

 聖奈の意識は回復したというが、面会謝絶の日々は未だに続いていた。それでもいくらかアナグラ内の雰囲気は活気が戻ったように思えた。特に第1部隊のメンバー、あのミッションに同行していたリンドウはようやく安心して本調子を取り戻したようだ。

 

 アリサは今、医務室にやって来ていた。極東に来てからも定期的に受けているメンタルケアの為にだ。奥のベッドでは聖奈が眠っているのが見えた。

 

「彼が心配?」

「あ……」

 

 主治医のオオグルマに苦笑混じりに問われ、アリサはハッと我に返る。どうやら知らず知らず聖奈の方を眺めてしまっていたらしい。

 

「べ、別にそういう訳では……」

「そうかい? そんな風には見えなかったけどなァ……どちらにせよ彼は今、安定剤で眠っているから、少しそっとしておいてやりなさい」

「安定剤で……?」

 

 僅かに驚き目を丸くするアリサ。平素の彼からはそんなものを必要とするような繊細さは感じ取れなかったが……。

 オオグルマは再び苦笑した。くわえていた短くなった煙草を机上の灰皿に押し付けた。ヘビースモーカーの彼らしく、灰皿は吸い殻が山のように盛っている。

 

「彼の意識が回復した時、えらく興奮状態にあってね。最初は混乱からの症状だと思っていたんだが……催眠療法にかけてみたところ、()()()()()が分かってね」

「とある事実、ですか?」

「彼のプライベートに関わることだから詳しくは伏せるが……案外、アリサくんとは【似た者同士】なのかしれんよ? それに彼の体質は──おっと、余計な話をし過ぎたな。この事はオフレコで頼むよ」

 

 些かのわざとらしさを感じさせつつも、オオグルマは慌てて口を閉じた。その髭の生え揃った唇に人差し指を当ててみせる。

 

 自分とは似た者同士──その言葉を聞いてアリサがすぐに思い付いたのは、両親のことであった。

 アラガミが日常生活に侵食し跋扈するこのご時世である。何かしらの理由で親を喪った子供は多い。言い換えれば、何も珍しいことではないのだが……ロシア時代から自分をよく知る主治医がそういう言い回しをするのには、余程の理由があるのに相違ない。それと同時に、オオグルマが何故、聖奈の主治医をも兼任しているのかをアリサは悟った。

 

「おっと、少し失礼するよ」

 

 胸元の端末に連絡でも入ったのか。ディスプレイを見たオオグルマは慌てて室外へと出て行った。

 

 ポツリと取り残されたアリサはただ黙って暇をもて余していた。

 手持ち無沙汰に毛先を人差し指に絡めてくるくると弄っていたが、それにも飽きた。オオグルマが医務室を出ていって暫く経つが、よほど込み入った話でもしているのか戻ってくる気配はない。

 アリサは、ハ、と短く息を吐いた。

 

「う……」

 

 奥のベッドから、聖奈がうなされるような声が漏れ聞こえてくる。アリサは殆ど無意識に立ち上がりベッドに向かった。

 

「ぐぅ、う……!」

 

 寝かされているベッドの上で、聖奈が寝苦しそうに呻いていた。毛布をキツく握りしめているその手も、眉根にシワをよせる顔も汗でビッショリと濡れている。せめてその汗を拭ってやろうと、スカートのポケットからハンカチを取り出し併設の洗面台で濡らし軽く絞ってから、アリサはその額へ触れた。その瞬間──「っ!?」

 

 

 まず、キン、と耳鳴りのような感覚があった。そして次の瞬間、アリサの脳裏に吹雪の雪原が克明なイメージとして広がった。

 

 (こ、これは……?)

 

 ほんの一秒前までアナグラ内の医務室にいた筈である。

 にも関わらず、本当に雪原のど真ん中に立っていると錯覚させるほどリアリティのあるイメージであった。アリサは思わず剥き出しの両腕を抱き締めた。室内は空調が効き適切な温度に保たれている。そうでなくても生粋のロシアっ子で、多少の寒さには強い。それでも、ゾッと芯から冷えるような寒さがあった。

 

 (一体何が……)

 

 その場に立ったままで視線をさ迷わせる。やはり見渡す限りの雪原だが、所々に見える朽ちた石仏の類いや仏閣には覚えがある──【鎮魂の廃寺】であった。

 

「どういう……ことなの……」

 

 どれだけ思考しても、この現象の答えは見つからずアリサはただ呆然としていた。その耳に、吹き付ける吹雪の音にまぎれて子供の泣き声が聞こえてくる。それは次第にハッキリとした物となり、飲み込まれそうな暗闇の中から一人の子供が飛び出してきた。

 

 (あれは──)

 

 その子供は猛吹雪の中にも関わらず薄着だった。裸足の足は血塗れで、白銀に赤い足跡を付けていく。長めに伸びた金髪にも血がこびりつき縺れていた。どう見てもタダゴトではない様子の子供に、アリサはギョッとした。金髪の間から垣間見える血と涙で濡れる顔に、面影があったからだ。

 

「槙島……さん?」

 

 何かから懸命に逃げようと走っているのは幼い槙島聖奈であった。

 一心不乱に走る聖奈は、足をもつれさせべしゃりと転んだ。すぐさま立ち上がり再び逃げようとするそのすぐ背後に、【燃え盛るナニか】がどさりと投げつけられた。辛うじて直撃はしなかったものの、細かな火の粉が小さな背中を焦がす。

 プンと漂ってきた胸を悪くするような臭い……肉の焦げる臭いに、アリサは吐気を覚え咄嗟に口許を押さえた。

 火柱を上げて燃え盛っているのは人間、であった。

 

 驚愕はまだ終わらない。

 燃える人物は絶命しきっていないらしく、ヨタヨタと頼りなく立ち上がると聖奈の背にしがみついた。

 

「う、あああ! あつ、あついぃ……っ! 助けてぇっ、お父さん!」

 

 痛みと熱さに絶叫を上げる聖奈。

 アリサはこの世界が偽りのモノであると分かっていても咄嗟に助けに走り出していた。雪を蹴立てて半分ほど距離を詰めたときだった。

 

「──っ!?」

 

 耳をつんざくようなけたたましい咆哮が上がった。思わず身をすくめる。瞬時に、それがアラガミの声であると理解した。背後に、ものすさまじい威圧を感じて振り返る。そこには、見知らぬアラガミがいた。白銀の体色を持つ龍と人とを掛け合わせたような姿のアラガミが。

 アリサは悲鳴すら上げられなかった。ただ、圧倒的な存在感を放つそのアラガミを見上げるしかできなかった。

 そのアラガミにアリサの姿は見えていない。

 もう一度、咆哮を上げると真正面の聖奈へめがけて奔り出した。

 

「まっ、待ちなさい!」

 

 アリサもその後に追いすがる。追いついたところでこれはあくまでもイメージの世界でしかない。仮に現実だったとしても、神機すら持たない自分にはなにができるわけでもないことは重々承知していたが、それでも見過ごすことなどできるはずがなかった。

 

「逃げて! 槙島さん!」

 

 力いっぱい叫ぶが、聖奈には聞こえていない。

 アラガミが腕を振り上げながら聖奈に迫る。

 その爪が聖奈に届く寸前──そのアラガミが横殴りに吹っ飛んだ。

 

「え……」

 

 アリサは何が起きたのか分からず目を瞬かせる。その目に、風にはためく氷狼のエンブレムが映った。

 聖奈へ向き合うようにして男が立っている。背が高い黒髪の男である。フェンリル配給のカーキ色のジャケットを肩がけしている。よほど力を込めているのだろう血管の浮き上がった太い褐色の腕の先、右手にしっかりと旧型の神機を握り締めている。刀身パーツはバスタータイプ。彼が神機使いであることは明白であった。

 

 男は、アリサを一顧だにせず聖奈の方へ寄って行くと、未だに小さな背中へ張り付く燃え盛る人間であったものの顔面に神機を突き立てた。

 

「人の息子に手ェ出してんじゃねえよ……このイカレ野郎が……!」

 

 ジュワっと音を立てて肉が焼ける。それでもソレは聖奈から離れようとしない。男が苛立たしげに神機を握ったままで足を振り上げると、ソレの腹へ思いっきり蹴り込む。神機を引き抜くのと、ソレが倒れるのは同時であった。

 

「ったく……手間かけさせやがって、ただでさえコッチャ修羅場だってんのによ……大丈夫か、聖奈」

「お父さぁん……」

「助けにくるのが遅れてゴメンな……」

 

 男は、聖奈の髪を優しく撫でるとバックパックから錠剤と水を取りだし飲ませた。神機使いがミッション時に携行する回復錠だろう。非神機使いに対し劇的な効果が望めるかはともかく、飲まないよりはいくらかマシだ。

 あの燃えていた人物が何者なのか、聖奈の父親らしき男との因縁が何なのか……アリサには当然、何一つとて分からない。だが、これが彼と聖奈との今生の別れとなるであろう事だけは理解できてしまった。なぜなら──

 

「お父さん、は、早く帰ろう……?」

「……向こうにアナグラの職員がいる。保護してもらえ。父さんは行けない」

「なんで、だって……っ」

 

 男は、聖奈をがばりと抱き締めた。

 行けない理由。それは至極単純なことであり、しかし、重大な事だ。彼がゴッドイーターであるが故、だ。あの正体不明のアラガミを放り出して行く訳にはいかない。父親としての情愛と神機使いとしての使命感を秤にかけて……苦渋の結果、後者を取ったのだろう。

 さっき一撃を受けて吹き飛ばされたアラガミはすでに起き上がって此方を睨み付けている。その背からは、赤熱の炎の翼が左右に広がっている。

 

 アリサはただ黙って父子のやり取りを見届けるしか出来ない。

 

「行けっ! 聖奈!」

 

 アラガミが咆哮を上げ殺到する。

 男は聖奈を力一杯突き飛ばすと、自らもまたアラガミに向かっていく。

 

「お父さん!」

「安心しろ! 必ずお前の元に帰るからな!」

 

 吹雪が強く吹き付ける。

 アリサの眼前は真っ白に染まっていった──

 

「──はっ!」

 

 ふと、我に返ると目の前の風景は雪原から医務室へと戻っていた。風の音もアラガミの咆哮も子供の泣き声も聞こえない。静まり返る室内には、ただ規則的な秒針の音が響いているだけだった。

 

「い、今のは……」

 

 夢、だったのだろうか? しかし、夢というには余りにもリアルだった。まるで実際にあの場にいたような感覚すらある。手のひらを見ると、じっとりと汗をかいている。

 

「う……うぅ……」

「あ、ま、槙島さん。目が覚めたんですか……」

 

 軽く呻きながら聖奈が目を開けた。あのイメージの中で見た鳶色の目が、アリサを見つめている。

 

「今、オオグルマ先生を」

「今のは……何だ……?」

「え?」

「俺の夢、だったのか? アンタに似たガキが出てきた……それで……」

「……え?」

 

 そう告げて、聖奈は再び目を閉じてしまった。

 アリサは、何か判然としない気持ちを抱えたまま、オオグルマが戻ってくるまでその場に立ち尽くしていた──

 

 

.

 

 




完全ライブ感のみで書き進めてるので、こんな序盤で感応現象イベント消化してしまいこの先どうすれば良いか本当に分からないです。どうすれば良いですかね。


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君よ!俺で変われ!

メチャクチャ今さらですが、各話サブタイトルは執筆時に聴いてた曲とかその回の雰囲気に合いそうな曲の同タイトルから拝借してます(各アーティスト様には感謝感謝です)


 

「カンノウゲンショウ?」

「ああ、漢字ではこう書くんだけど……あれ、アリサくんは漢字分かるっけ?」

 

 榊の問いに頷く。勤勉なアリサである、極東支部への転属が決まってから日常会話やミッションに支障がないレベルの日本語は履修済みである。今でも暇さえあれば、自分なりに色々と試行錯誤しながら勉強を続けていた。

 

 榊がホワイトボードに書き記したのは【感応現象】という四文字であった。

 

 先日の医務室での奇妙な一件についてアリサはミッション前に榊のラボを訪れていた。要領を得ない一連の話を聞いた後、榊は眼鏡の奥の瞳を僅かに見開き、それは恐らく感応現象による物だろうと決定付けたのである。

 

「稀に新型同士の間で起こる現象……分かりやすく言うと共鳴に近い物、かな? ただ前例が少なすぎて原因が何なのかは一切不明なんだ」

 

 榊は微かに眉尻を下げた。

 

「では、あの雪原のイメージは……」

「十中八九、聖奈くんの幼い頃の記憶だろうねぇ。聖奈くんが見たと言った【夢】も、君の記憶の一部だろう」

「そう──ですか」

 

 その言葉にアリサは意外なことにホッとしていた。不可抗力とはいえ、自分だけが彼の辛い記憶を覗き見たのではなかった──妙な表現だが、その事に心底安心したのである。

 

「ありがとうございました。この後まだミッションがあるので、失礼します」

「ああ、頑張っておいで」

 

 一礼しラボを辞すアリサへ榊はいつも通りの柔和な笑みで手を振り送り出す。

 

「そうか……それにしても、やっぱり聖奈くんは聖護(せいご)くんを覚えていたんだねぇ……」

 

 ドアが閉まりきる刹那、榊が郷愁や哀切の入り交じった呟きを溢したのをアリサの耳は確りと拾っていた。

 セイゴ。【マキシマセイゴ】というのが、あのイメージの中で見た男の名か。アリサは忘れぬように何度か口中で呟く。気にはなるが……今はミッションに集中しなければ。

 

 

 ■

 

 

 ミッションは想定していたよりも遥かに早く終了した。三位一体で連携を取ってくるシユウ3対が討伐対象であったにも関わらず、だ。

 

「……ありがとうございました、勉強になりました」

 

 同行したメンバーに向かいアリサは深々と頭を下げた。

 同行メンバーはレオンとサクヤ第1部隊の面子と防衛班班長の大森タツミである。本来ならばリンドウが同行する筈だったのだが、直前に【別件】が発生したためにそっちを優先せざるをえなくなったのだ。そのリンドウの穴埋めを自ら買って出たのがタツミであった。

 

「それと大森先輩」

「ん? なんだ?」

「この間は申し訳ありませんでした」

「ファッ!」

 

 アリサからの突然の謝罪にタツミは目を丸くした。謝られる覚えがない……訳でもない。少し前に、アリサと住民の避難を巡って口論になった事がある。だが。

 

「いやいやどうした? 急に……」

「よく考え直してみて思ったんです。先輩の言う通り、あの場ではアラガミの討伐よりも住人の避難を優先すべきでした。私が浅慮でした」

「いや、なんだ……? その、」

 

 タツミはしどろもどろになりながらアリサへ頭を上げるよう求めた。確かにあの件では些か腹が立ったし、同じ新型である聖奈に世間話の流れで愚痴ったりもしたが彼女の言うことにも一理あった。あの時、民家や住人への被害が想定よりも最小限に抑えられたのも事実である。スタンドプレーは決して褒められたものではないが。

 

「だからさ、そこまで深刻に頭を下げてもらう必要はねえんだわ。な? それに俺もあんときゃ大人げなかった、ちと熱くなりすぎた! 正直、新型に対して偏見があったって面もある! だからその、頭を上げてくれないか? 8つも年下の女の子に頭下げさせたなんて人聞きがわりぃや」

「大森先輩……」

「あーあとその大森先輩っての禁止な。タツミでいい、タツミで」

「あ……ハイ……タツミ、さん」

 

 今度はアリサが面食らう番だった。あんなにも無礼な態度を取ったのだ、謝罪を突っぱねられ罵倒されるのも覚悟していたのに、逆に気遣ってくれている。だからこそ、防衛班の班長を任されているのだろう。懐の広さにアリサは感銘を受けた。

 

「アリサ、すごい汗よ」

 

 サクヤがやって来てハンカチでアリサの汗を拭ってやる。

 

「何だ、緊張でもしてたのかぁ? カワイイとこあるんだなアンタも」

「ちっ、違いますよ! あ、いや、それもあるんですけど……このフィールド、熱くって……」

 

 今回のフィールドは煉獄の地下街と呼ばれる場所であった。ここはかつて地下鉄というモノが通っていたらしいが、アラガミが世に現れてからは至るところが食い荒らされて崩落し溶岩(!)が噴き出す、まさに【煉獄】といって差し支えない灼熱のフィールドと化していた。

 

「アーリャ、水分補給したほうが良いですわ」

「うう……でも私だけが飲む訳には……」

 

 レオンが差し出したペットボトルに手を出しかけて、だがすぐに引っ込めた。その様を見て、サクヤとタツミは苦笑する。

 

「なに遠慮なんかしてるのよアリサ! もうミッションは終わってるんだし、気にしないで休憩しなさいよ」

「律儀な奴だなー。聖奈なんか一応断り入れるけど、普通に目の前で煙草吸い出すんだぞ」

「は、はあ……あの人と一緒にして欲しくはないですが、ではお言葉に甘えて……」

 

 改めてペットボトルを受け取る。レオンが気を利かせてすでに封は切ってあった。飲み口に直接口をつけて水を流し込むと、よく冷えた液体が喉を潤していくのが分かった。一気に半分ほどを飲み干して、ようやくホゥっと一息つけた。

 

「それにしてもあの子ったら……後で注意しておかなきゃ。タツミくんも、そういうときは遠慮しないで叱って良いのよ?」

「いやーでもリンドウさんの愛弟子でしょ?」

「アラ? リンドウの指導が悪いって言いたいのかしら?」

 

 サクヤに意地悪っぽく片目を眇められて、タツミは慌てて手を振って否定した。

 

「ええ? いやそういう訳じゃあ」

「冗談よ、冗談」

 

 二人の賑やかしいやり取りを少し離れた場所で腰かけつつアリサは眺めている。いつもだったら「煩い」「緊張感に欠ける」としか思えないものが、ここ最近は心地がよかった。そして、そんな自分が何だか──

 

「アーリャ、最近変わりましたわね」

「レオンさん……」

 

 隣に腰かけるレオンが柔和な笑みを自分へ向けていた。

 

「変わった……のでしょうか。私にはあまりよく分からないです……」

「変わりましたとも。いい具合に険が抜けて、柔らかな雰囲気になりましたよ?」

「そ、そうですか?」

 

 レオンは静かに、だが深く頷いた。ロシア支部の頃から隣にいた彼女が言うのなら本当なのだろう。そう、彼女には本当に世話になっている。まるで本当の姉妹のように……「──っ!」

 

「……どうかしましたか? アーリャ」

 

 突如走った頭痛に顔をしかめて額を押さえるアリサ。痛みが、というよりは、何かぼんやりと霞がかったと表現した方が適切かもしれない。脳内に重く霞が立ち込めて、その奥から何か別のモノが垣間見えるような……そんな奇妙な現象に襲われたのである。

 

「いえ、何でもないです」

 

 心配げに様子を窺うレオンへ、アリサは笑顔を作って見せた。

 

「そう、ですか? それなら良いのですが……その、最近のアーリャは少し働きすぎの様子ですので疲れが溜まっているのではないですか?」

 

 レオンの言うことは尤もであった。聖奈が不在の今、彼の穴を埋めるかのように、アリサはここのところ出ずっぱりであった。レオンにはそれが心配でもあり……しかし嬉しくもあった。

 

「聖奈さんのためですか?」

「はひゃ!? べっ、別にそういう訳では……」

 

 と、咄嗟に否定しかけたアリサであったが。

 

「……うん、まァ、そうです。ここの皆さんは優しい人たちが多いですから、私が責任を感じることはないと仰ってくださいますが……今までの私の振る舞いと今回の槙嶋さんの件で、新型に対する評価が下がっている気がして。だからせめて、私が頑張って槙嶋さんが復帰しやすい環境を作ってあげようと、その……ああ、やっぱり今の私っておかしいですか?」

 

 大きな瞳で不安げに自分を見るアリサの頬へ、レオンはソッと手を添えた。

 

「そうですね。昔に比べたら随分と変ですわ」

「やっ、やっぱり……」

「でも、今のアーリャの方がとても素敵です。これならいずれ私がいなくなっても──」

「……え?」

 

 いなくなる?

 レオンから飛び出した不穏な一言にアリサは首を傾いだが、その言葉の続きを得ることも真意を探ることもその日には叶わなかった。

 

 

.




レオンの扱いもね~、どうするのがベストなのか決めあぐねてますね~…
原作履修済み&公式スピンオフ小説読んでる方には正体は察されてそうですし(※あの人ではないです)

あと文中で槙嶋が槙島に表記揺れしてる箇所が結構あるんですが、暇があるときに見つけて直そうと思ってます。「槙島」じゃなくて「槙嶋」が正解っぽいです。1話見る限り。


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INTERMISSION

小休止回。見舞いに来るアナグラメンバー。
サブタイトルが「INTERMISSION」の時は高確率で箸休め回です


 

 ■楠リッカの場合

 

 一通りの仕事を終えて楠リッカは医務室のあるフロアへとやって来ていた。別に体調が悪いだとか仕事中に怪我をしたとか、そういう理由ではない。本日付けで聖奈への面会が解禁になったからである。聖奈が任務中にナイアーラトテップと遭遇し重症を負ったのがひとつき前、意識を取り戻してからは2週間が経過している。

 容態が落ち着いたということで、短時間ではあるが主治医のオオグルマから面会の許可が出たのだった。

 

「オッス、聖奈くん! 元気そうじゃん」

 

 医務室のベッドの上で胡座を掻き煙草を吸う聖奈に、リッカは軽く片手を上げた。

 

「せ、先輩……あ、ドーモ」

「やだなー何気ぃ使ってんの?」

 

 慌てて灰皿に煙草を押し付ける姿に苦笑する。

 

「マ、でも君って未成年だからね。よろしいよろしい」

 

 うんうんと頷くリッカにぐりぐりと頭を撫でまわされて聖奈は複雑な表情をした。どうにもこの先輩にかかると調子が狂って困る。

 

「でもまァ、本当に元気そうで安心したよ……聖奈くんがさ、意識不明だって聞いたときは……」

 

 リッカの顔から笑顔が消えた。微かに伏せる瞳の端に涙が光って見えるのは決して気のせいなどではないだろう。直接フィールドに立つ神機使いではないとは言え、リッカとてアナグラの一員だ。寧ろその神機使いたちが手に携える神機を預かりメンテナンスする技術師という立場だからこそ、神機使いの安否には人一倍、敏感だった。

 

 今にも泣き出しそうなリッカに聖奈は柄にもなく慌てた。

 

「う、あ……ぃやっ、その……俺、もう先輩に心配はかけませんから、絶対に。だからその、な、泣かないで欲しいんスけど……」

「聖奈くん……」

 

 いつもは何事にも動じないような表情の固い彼が困り果てているのが面白く、思わずクスリと口許が綻んだ。

 

「うん、絶対だよ? 約束だからね?」

「ウス」

「約束破ったら、冷やしカレードリンク一生分奢ってもらうからね?」

「……ウス」

「あのぉ……」

 

 非常に申し訳なさそうな声が、2人のやり取りを遮った。

 

「イチャイチャしているところ申し訳ないんですが、俺もいるんで……」

「こっ、コウタくん!」

 

 視線の先、ベッドの枕元にコウタがいた。身を縮め椅子に座っている様子は、何だか哀れすら誘う。リッカは慌てて取り繕った。

 

「ごめんごめん、気がつかなかったよ! それにイチャイチャって何さ、私と聖奈くんはそんなんじゃないよー! ねぇ?」

「アッハイ」

 

 カラカラと明るく笑い声を上げて見事に否定してみせ同意まで求めるリッカ。聖奈は内心でショックを受けながらもリッカの為に同意する。

 

「え? そうなんですか? 俺はてっきり……アナグラ内でも噂になってますよ?」

「ええ~マジで? ったく、みんな娯楽に飢えてるからなぁ。聖奈くんは手の掛かる弟みたいなモノだよ、それに私、年上の方が好みだし」

「あっそうなんすね!? いや~残念だったな聖奈ァ」

「ああ゛?」

 

 何か含みのあるニヤニヤ笑いを浮かべるコウタ。

 と、それを睨みつける聖奈。

 

「あっそうだ! 思い出した! ハイこれ、お見舞いの冷やしカレードリンク」

 

 そう言ってリッカはパンパンになったビニール袋をベッド脇のサイドテーブルに乗せた。冷やしカレードリンクと聞いて聖奈は苦い顔をする。以前、彼女から勧められて飲んだことがあるのだが、あまり一般的に受け入れられる味ではなかった(配慮した表現)と記憶している。それでもリッカ本人の口には非常に美味であるらしい。そして、そんな自分の大好物を聖奈のために差し入れてくれたのである。この気遣いを受け入れてこそ男であると言えるだろう。

 

「あ、アザっす……!」

「うん。これを飲んでもっと元気になって復帰してよ。ネクロも寂しがってるからさ」

「ネクロ、無事だったんスか。良かった」

 

 あの時、霞む意識の中でネクロがナイアーラトテップに捕喰されようとしているのを聖奈は見た。自分は運良く命を拾うことが出来たが、もしもネクロがあのまま……その懸念は目覚めてから常に脳裏を掠めていた。

 

「ただ、所々の損傷が激しいからまだ補修中。なかなかパーツが届かなくって……」

「そうなんスか」

「でも安心して。キミが復帰するまでには完璧に仕上げておくから! じゃあ私は仕事に戻るよ。コウタくんもほどほどにね~」

 

 そう告げてヒラヒラと手を振り、リッカは技術室へと戻っていった。

 

 

 ■台場カノン及び第3部隊の場合

 

 

「お元気そうで良かったです~」

 

 医務室にほにゃららとした声が弾む。

 リッカと入れ替わりにやって来たのは、防衛班第2部隊メンバーの台場カノンと……。

 

「鳴り物入りの新型も口ほどにもないな」

「心配したのよ? でもまァ、無事なようで良かったわ。命あってこそだもの……ウフフ……」

「ダッセぇなァ~ギャッハッハ!」

 

 上から順にカレル・シュナイダー、ジーナ・ディキンソン、小川シュンの第3部隊の面々である。彼らもカノンと同じく防衛班に所属している。

 

「タツミさんとブレンダンさんも来たがっていたのですが、任務がありましてぇ……それで第2部隊代表で私が来たという訳です、ハイ」

「カノンさんは任務行かなくて良かったんスか」

「えっ……と、その、私は」

「あーコイツはアレよアレ、補習」

 

 人指し指同士を突き合わせながら言い淀むカノンを遮ってシュンが横から補足する。

 

「うう~……ヒドイですよぅ、シュンさん……」

「んだよ、ホントの事だろが」

 

 唇を尖らせて不満を表すカノンへ、シュンはゲラゲラと笑う。

 さっきとは打って代わり随分と賑やかしい見舞いである。やって来るなりシュンは見舞品の菓子を勝手に開けるし、カレルは聖奈を見て鼻で笑うし、ジーナはナイアーラトテップとの遭遇時の話を聞きたがった。そしてカノンはカノンで何やらモジモジとしていた。

 

「あまり長居しても仕方がないわね。そろそろ引き上げましょうか」

「おう、んじゃあな新型」

「早く復帰しろよなー。お前がいねぇとツマンネーよ」

 

 医務室にはカノンと聖奈の二人きりになった。

 

「えっと、槙嶋さん。甘いものはお好きでしょうか?」

「嫌いじゃないスね」

 

 それを聞き留めて、にわかにカノンの表情がパッと明るくなった。

 

「そ、それじゃあこれっ……珍しく材料が全部揃ったので、お見舞いにクッキーを焼いてみました! よよよ、よかったらドウゾ!」

 

 部屋に入ってきた時から持っていたバスケットを聖奈の手元に預けると、カノンはペコリと一礼して三人の後を追っていった。

 パタパタと遠ざかっていく足音を聞きながらバスケットの中身を見ると、様々なアラガミを型どったクッキーが詰まっている。その中から一枚をつまみ出すとオウガテイルの形だった。

 

 

 ■アリサ・イリーニチナ・アミエーラの場合

 

 

 時間は夕方に差し掛かっていた。そろそろ任務に出ていた神機使いたちが帰投し、他の職員も業務を終了する頃合いだ。

 

 聖奈はタブレット端末で小説を読んでいた。カーテンの向こう側でドアが開く音が聞こえる。終日外に出ていたオオグルマが戻ってきたのかと思ったが、しかし違ったようだった。

 

「槙嶋さん」

「……あ?」

 

 呼び掛る声に読書を中断して顔を上げると、ベッドの横にアリサが立っている。

 

「あ、ああ……お宅か……」

「なんでそんなにキョドってるんですか?」

 

 同じ新型どうしとはいえ、聖奈はアリサに対して余り良い印象がない。いつも何か怒っているような雰囲気だし、気に入らないとすぐに蹴ってくる。彼女が他の神機使いに不遜な態度を取ると、クレームを付けられるのは自分だ……それに。

 

「この間は足引っ張って悪かったな」

「……はァ!?」

 

 例のミッションの事は聖奈自身、ずっと気にはしていた。自分がこんなことになった結果、同じ新型のアリサにまで風評被害が及ぶのではないかと。神機使いになることが最大の目標ではあったが、()()()()適合率が高かっただけの自分と違い、アリサが新型という事に自負とプライドを持っていることくらい聖奈にも分かっている。だからこそ、彼女の足を引っ張ってしまったと思っているのだ。

 

 だがしかし、アリサの反応は予想していたものと違った。

 

「わっ、私が怒っていると思っていたんですか!?」

「だってお宅、俺のことが嫌いだろ」

「そ、そんなことは──確かに言いましたし嫌いですけど、死にかけた人に対してまで怒ったりしませんよ!」

「そ、そうかよ……つか結局怒ってるじゃん」

「これはアナタがバカなことを言うから……まァ、良いです、もう。そんなことよりも、槙嶋さん」

 

 んっとアリサは咳払いすると、おもむろに右腕を伸ばして聖奈の着ているシャツを一気に捲り上げた。

 

「……は?」

「ちょっと後ろ向いてください」

「いや、何これ……」

「いいから!」

 

 やって来た後輩に服を捲られるという謎の状況に混乱しつつも、聖奈は渋々、言われた通りにする。

 

「火傷がない……」

 

 アリサは暫くの間うんうんと唸りながら聖奈の背中を観察していたが納得したようであった。

 

「ありがとうございます。もう良いですよ」

「何だかわからねぇが……まァ、良いけどよ」

「それでは。私はもう用は済みましたので」

 

 本当に一体何だというのか。アリサの奇行とも言える行動に聖奈は閉口するばかりである。

 

「あ、そうだ。復帰したら、今度こそ私とミッションに出てもらいますからね」

 

 カーテンの隙間からそう告げると、アリサは今度こそ医務室を出ていった──聖奈に原隊復帰の許可が降りるのは1週間後の話である。

 

 

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混ぜるな危険

今さらですがヒロインレースアンケートやってますので、もし良かったらお好きなヒロインにポチッと一票ヨロシクお願いします~!


 

「遅いですよ槙嶋さん!」

 

 鉄塔の森にて、アリサは頭上に掲げた手を振り回した。

 

「病み上がりだからってダラダラしないでくださいよね!」

 

 相変わらず口の減らない後輩に聖奈は口をへの字に曲げた。

 だが、自分の知らない間に彼女にも何かしらの心情の変化というものがあったのだろう。何となくだが、自分や周囲に対する態度が柔和で礼儀正しい物になっているように思えた。

 

 

 今日は予てより約束していた日である。

 即ち、アリサのミッションに同行するという事。同時に聖奈の復帰初日でもあった。

 

「……他のメンバーはいねぇの?」

 

 アリサと合流した聖奈は周囲を見回した。いつもならサクヤかリンドウが必ず同行している筈なのだがどこにも見当たらなかった。それどころかコウタすらおらず、聖奈はたちまち不安な心持ちになってきた。頼もしい先輩方のサポートや気心知れた同僚の軽口がない事にではない。異性と二人きりというシチュエーションにである。それも、よりにもよって相手が()()アリサなのだ。

 

『気を付けろクソガキ、ぜってー何か企んでるぞ。油断すんなよ、背後から斬りかかってくるかも』

 

 相変わらず減らず口を叩くネクロを、アリサは横目でじろりと睨み付けた。

 

 

 

 聖奈は知らぬことだが、今回の任務は二人きりで行かせて欲しいとしてアリサは前もってサクヤとリンドウに頼み込んでいた。

 

「なんだってまた?」

 

 先の件もある。苦い顔で理由を訊ねるリンドウにアリサはどう説明したものか戸惑った。

 

「その、少し確認しておきたいことがありまして──詳しくはまだ言えないんですが……こんな理屈で私の要望が通るとは思っていません、でも、その……」

 

 確認しておきたいこととは先日の感応現象についてだったが、その事をリンドウやサクヤに打ち明けて良いことなのかアリサには判断しかねていた。そもそも、そんな突拍子もないことを告げられて信じてくれるかどうかも分からない。

 

 沈黙を破ったのは意外にもサクヤであった。

 

「まァ、良いんじゃないかしら?」

「え?」

「おいおい、サクヤ」

 

 リンドウが片目を丸くしていた。

 

「アリサがここまで言うんだもの。何か理由があるのよね?」

「はい、あの……っ」

 

 優しい気遣いに意を決して打ち明けようと顔を振り仰いだアリサを、サクヤは押し留めた。

 

「いやっ、しかしだなァ」

「リンドウ。あなたが心配する気持ちも分かるわ。でもここは、アリサの気持ちを汲んであげましょう? それにこの先、新型同士で連携が取れないなんて事になればそれこそ命に関わるかもしれないでしょ?」

 

 渋るリンドウに対してサクヤはもっともらしい正論で畳み掛けていく。彼女の言うことにも一理あるのはリンドウとてよく理解している。確かにそうなのだ、新型同士であるアリサと聖奈が連携を取れれば、戦術の幅は広がるだろう。

 暫く考えた後、結局リンドウは許可を出した。

 

「分かった……その代わり、何かあればすぐにアナグラと連絡出来るようにしておけよ」

「はい、それは勿論! ありがとうございます!」

 

 

 

 ──とまァ、このような経緯で今日という日を迎えることが出来たのだ。サクヤが送り出すときに何か妙な勘違いをしたらしく、「アリサ頑張れ!」とか「聖奈はああ見えて押しに弱いと思うわ!」とか明後日のアドバイスをくれたが、それはともかく。

 

「今日の任務は、周辺のアラガミの駆除と素材の回収です。いつまでもここで固まっていても仕方がないですし、早速始めましょう」

「……ああ、そーだな」

 

 淡々と告げて高台から飛び降りるアリサに、聖奈も続く。

 

 暫くの間、会話もなにもなく二人は黙々と索敵をした。時おりアスファルトのヒビに自生するハーブや、苔や泥水ににまみれて汚れた端材などを回収した。聖奈が服の裾で汚れを拭き取った金属をポーチにしまった時、ついに沈黙に耐えかねたネクロが口を出した。

 

『おい、お宅ら……何か喋れよ! まァ、ウチのガキが(だんま)りなのは何時ものこったが、アリサ! お前そんなに静かなキャラじゃなかっただろ!』

「神機のクセにペラペラ喋るあなたが変なんだと思いますけど?」

『俺様はトクベツなんだよ! ト・ク・ベ・ツ・!』

 

 ネクロとアリサが揃うと必ず幼稚な口喧嘩に発展するのがお決まりだった。そしてその内、苛立ち紛れにアリサから背中を蹴っ飛ばされる……はずだったが、身構えていてもいつもの衝撃が来なかった。それを不思議に思ったが、理由はすぐに分かった。

 

『──っ、オラクル反応! 近いです! お二人とも気を付けてください!』

 

 ヒバリからの通信が入るのとほぼ同時に聖奈とアリサはそれぞれ左右に跳んだ。その瞬間、ついさっきまで二人のいた場所を狙い撃った巨大な空気弾が叩き付けられる。アスファルトの地面にクレーターを作るほど凄まじい威力のソレを放ったのは『コンゴウ! 来ますっ!』

 

 曇天のもと突進してくるコンゴウに、聖奈は着地と同時に地を蹴り駆け出した。

 コンゴウは疾駆しながら右の拳を振り上げた。太い腕は筋肉で張り詰めて全身にくまなく血管が浮き上がっている。正に一目で分かる剛腕だ。

 矮小な人間一人、捻り潰すのに小賢しい真似はいらない。この力強く握った拳をただ振り下ろせば良いだけなのだから。コンゴウはそう確信していたし、事実、今まではその通りだった。だから疑うことなく、コンゴウはブゥンと空を切る音を唸らせながら拳を聖奈目掛けて叩きつけた。

 

「ギッ──!?」

 

 本来ならば肉を潰す心地よい感触がある筈だった。が、その代わりに襲い来たのは鋭い痛みと熱であった。驚愕に惑いながら拳を確認する。拳の半分が消失していた。

 

『不味ィ肉だぜ! そーとー不摂生してやがるなテメー』

 

 ギャハハと、下卑た笑い声が耳をつんざく。その声にコンゴウの顔にムラと不快の色が浮かんだ。残ったもう片方の拳を再び振り上げる。が、今度はパァンという銃撃音と共に()()が破裂した。煙を噴き出しながら鮮血が降り注ぐ。

 両の拳が破壊されたと気が付いたときにはすでに遅く、刺突と斬撃の雨霰をその身に浴びる事になっていた。

 コンゴウはたった一度の反撃すらできずに地面に倒れ付した。

 

『次、来ますよ!』

 

 ヒバリの声を受けて、アリサも聖奈も振り向きもせずに走り出す。眼前にすでに新たな小型アラガミの群が迫っていた。

 

(この人……明らかに動きがよくなってる……)

 

 アラガミの血と肉を散らしながら、アリサは聖奈をそう評した。

 あの廃寺で始めて会った時に比べて、格段に腕前が上がっている。あの頃は無駄な動きが多く、神機に対する力の分散すら上手く出来ていなかった。よくパーツを壊していたというが、それはネクロという特殊な神機だけのせいではなく、彼自身が余計な負荷をかけすぎていたからだ。

 それがどうだろう。

 まだほんのひとつき前の事だというのに、槙嶋聖奈は見違えるような【進化】を遂げていた。しかし、それもそうなのだ。何せこの男は雨宮隊長直々に教育を受けている。

 

「ぅおっ!?」

 

 アリサは前にいる聖奈の背を踏み台にして跳び上がるとサイゴートを唐竹割りに一刀両断した。粘った糸を引きながら左右に泣き別れするザイゴートを見て、

 

「俺の獲物を取りやがって!」

 

 横から飛びかかるオウガテイルを串刺しにしながら非難の声を上げる。しかしその口角は僅かにつり上がっていた。

 アリサはそれを認めて、さらにムッとした。

 本当はこのミッションを通してお互いへの知見を深められればと思っていた。感応現象を経て彼の過去を体験したときに仄かな親近感を抱いたのも事実だ。だが。

 

「やっぱり貴方にだけは負けたくない!」

「あぁ!?」

 

 やっぱりこの男にだけは負けたくない。

 神機を握る手に力を込めるとアリサは最後の一匹を叩き斬った。

 

 

 

『周辺全てのオラクル反応の消失を確認しました。ミッションは終了ですね、お疲れさまです!』

 

 ヒバリからの報告を聞いて、アリサはホッと息を吐いた。

 周囲は死屍累々、小型から中型アラガミの死骸が散乱している。霧散してしまう前にコアを抜き取っておかねばと行動に取りかかっていると、個人チャンネルからヒバリとサクヤが話しかけてきた。

 

『アリサさん! お疲れさまでした!』

『聞いてたわよアリサぁ~? あなた、随分と熱烈な告白したじゃないのー!』

「……はァ?」

 

 二人の声はどこか色めき立ち浮わついていた。

 

「あの、なんのことですか?」

『んもー、とぼけちゃってぇ!』

『貴方にだけは負けたくない……って、それって聖奈さんの隣に立ちたいってことですよね?』

『アリサ流の愛の告白でしょ?』

「……はァ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げた。

 どうやらこのお目出度い女性二人は、アリサのライバル宣言を曲解に曲解を重ねて解釈したらしい。

 勿論アリサは大声で否定した。

 

「ばっ、バカなことを言わないでください! どうしてそうなるんですか? 負かしてやるって意味ですよ!」

『ウフフ、照れない照れない』

『私たちはアリサさんを応援してますからね!』

「……」

 

 大いに盛り上がりああだこうだと話し込む二人に返す言葉もない。アリサは一方的に通信を遮断した。

 

「お宅さー、コアの回収もしねぇでなにやってんのよ」

 

 呆れ果てた声で自分を非難する聖奈へとつかつか寄っていき、アリサは苛立ち紛れに脛を思いっきり蹴飛ばした。

 

「いってぇ! 何しやがる!」

 

 こんな筈ではなかったのだが──

 ぶちぶち文句を垂れつつコアの回収に従事する聖奈を見て、アリサは溜め息を吐く。

 遠くで迎えの車が到着した音が聞こえていた。

 

 

.

 




聖奈とアリサは水と油のようでなかなか仲良くなってくれませんね…


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僕らのロマン飛行

 

 

「アンタ、この間アリサと二人きりでミッション行ったんだってェ?」

 

 藪から棒にコウタがニヤニヤ話しかけてきたので、聖奈は後頭部をひっ叩いた。なんとなくムカついたからだ。言外に「アリサと何かあったのか?」とでも聞きたそうな雰囲気が感じ取れた。流石の聖奈にも察せる程、それは露骨であった。

 

「イッテェ~……何すんのよ」

「妙な勘繰りすんなよ。確かにミッションには行ったが何もねぇよ」

「え? そうなん?」

 

 なんだよーと不満げな声を上げるコウタを無視して聖奈はズカズカと歩いた。

 今日も今日とてお仕事である。

 エントランスの階段をカンカンカンと小気味良くリズムを鳴らし降りると、受注カウンターへと真っ直ぐ向かった。カウンターでは相も変わらず大森タツミがオペレーター嬢の竹田ヒバリにモーションをかけている……が、聖奈は構わずに間へ割って入った。

 

「サーセン、任務一丁オネシャス」

「おいおいラーメン屋じゃねぇんだぞ」

「あ、ハイ。リンドウさんから預かってますよ」

 

 ヒバリもタツミも最早慣れたものである。

 ヒバリはテキパキとコンソールを叩き大型アラガミ討伐のミッションを出した。

 

「本日の討伐対象はサリエル、フィールドは嘆きの平原です」

 

 

 

 サリエルは人と蝶とを掛け合わせた姿を持つアラガミであるらしい。少なくともアーカイブの資料画像ではそう見える。額にある目玉様の器官から様々な光線を、更に毒粉による攻撃も繰り出し、何よりも厄介なのは中空を舞い飛ぶ獲物を仕留めるにはまず銃で撃ち落とさねばならぬということであろう。

 

 リンドウから課せられるミッションにおいて同行者を選ぶ権利は聖奈に委ねられていた。

 なので聖奈はまずサクヤに協力を求めた。が。

 

「アラ、ごめんなさい。先約があるのよ」

 

 との事だった。ならばと銃の扱いには一家言あるジーナに声をかけたが此方も空振りに終わった。

 

「仕方ねぇな……コウタ、ついてこいよ」

「それが人にモノを頼む態度な訳!? まァ、良いけどよー……で、他には誰誘うの?」

「あのっ、もしよければ私をお連れ下さい!」

「なるべくなら銃の上手い奴を連れていきたい」

「カレルは?」

「特別手当てとか言ってボラレルからなァ……」

「あのあのっ! 私を……」

「あー分かる分かる。腕は良いんだけど口悪いし守銭奴なんだよなアイツ」

「あのぉ~……」

「しゃーねぇ、気は進まねぇがあのロシア娘でも──」

「あのぉっ! 台場カノンですっ! 私をミッションに同行させて頂きたいのですがっっ!」

 

 耳をつんざく大音声にその場の全員がひっくり返りそうになった。

 

「……台場センパイ」

「お話に夢中で私に気が付いていらっしゃらなかったようなので、ちょっと大声出しちゃいました。ごめんなさい、えへへ……」

 

 照れ臭そうに笑うカノンに、聖奈もコウタも閉口した。

 勿論、彼女の必死の売り込みに気が付いていなかった訳ではない。気が付いていたがあえて無視していただけだ。カノン自身は悪い女の子ではないのだが、如何せん射撃の腕が良いとは言いがたい。聖奈もコウタも神機使いになってすぐに彼女の洗礼を浴びており、半ばトラウマのようになっているのである。

 

「それでですね。何やらお困りのようですので、私も微力ながらお手伝いさせていただこうかと」

「はァ、別に大丈夫です」

「え!? 大丈夫ですか!? 良かったぁ……それではちょっと準備してきますね!」

 

 ビッと敬礼しパタパタ小走りで去っていくカノン。日本語って難しい。

 

 結局、任務は聖奈コウタカノンアリサの4人で行くことになった。

 

 

「あのっ! 私っ、クッキー作ってきたんです、任務後に皆さんで食べませんか?」

「えっ? マジマジ? 俺カノンさんのクッキー好きなんだよねー!」

「お二人とも、ピクニックではありませんよ」

 

 アリサは思わずツッこんだ。

 

 嘆きの平原は遮蔽物が何もない見晴らしのよいフィールドである。お陰で索敵に何ら支障はないのだが、逆に複数の敵の分断には不向きな場所でもあった。

 

 双眼鏡を覗く聖奈は舌打ちをくれた。

 

「様子はどうですか?」

「あっ」

 

 横からアリサがひょいと双眼鏡を奪い覗きこむ。視界には一体のサリエルと、それに随伴するように漂う小型のアラガミが複数対見てとれた。見たことのないモノだった。ザイゴートとも違う、どちらかと言えば【サリエルの幼生】のような姿をしていた。

 

「何でしょうかね……アレ? データベースにもないアラガミのようですけど……」

 

 アリサの疑問に答えるように、通信越しにヒバリの声がする。

 

『サカキ博士によると【進化途中のサリエル】ではないかとのことです。今作戦では暫定的にサリエルベビーと呼称します』

「やることはハエ叩きだろ? 変わんねぇよ」

 

 アリサの手元から奪い返した双眼鏡をバックパックへ放り込むと聖奈は額のサングラスを目元まで下げた。

 

「コウタと台場センパイ、援護オネシャス」

「任しとけって!」

「り、了解です!」

「アンタは臨機応変に動いてくれ」

「アナタはどうするんですか?」

「俺は前に出る」

 

 言うや否や、聖奈は既に爪先に力を込めて大地を蹴っていた。

 

「んもぉ! 本当に自分勝手な人!」

 

 言いながらアリサも僅かに遅れつつ後を追う。

 

 視界の良いサリエル達は、自分に向かって何者かが疾駆してくるのに素早く気がつき迎撃の体勢をとる。

 

『おいガキ共、気を付けろ! あのクソデカ蝶々、レーザー撃ってくる気だぜ!』

 

 ネクロの警告と殆ど同時に、レーザーが真っ直ぐ自分目掛けて飛んでくる。避けきれぬ攻撃であったが、ネクロはガパリと大口を開けてそれを捕食してみせた。ネクロの捕食によって腕輪を通じて体内のオラクル細胞が活性化していくのが分かる。

 

 群れの頂点を守ろうとギイギイと耳障りな鳴き声を上げながら殺到するサリエルベビー達を、コウタとアリサの弾丸が撃ち貫く。数体が煙を上げて墜落していく。聖奈はそれを踏みつけながら中空の本丸へ肉薄していく。が。

 

「どわっ!?」

 

 背後からの攻撃を受けて吹っ飛ぶ聖奈へ無慈悲な一言がぶつけられる。

 

「射線上に入るなって、私言ってるよね?」

 

 言葉を発したのは我らが台場カノンその人である。

 

 極東支部にてソーマや聖奈に次ぎ適合率の高い彼女はデータ上では高スペックを誇るが、その実、射撃のウデマエは精密とは言い難い。フレンドリーファイアの常習犯であり、ついたあだ名は【ちゃん様】【誤射姫】。気に食わない上官や同僚をフレンドリーファイアを装って……などという戦場でのブラックジョークがあるが、彼女の場合は至って真面目・本気なのである。

 

 故に彼女は謝らない。

 

 平時ですら「だってアラガミが勝手に動くんです!」と大真面目に訴える彼女である。悪いのは彼女の射線上に迂闊にも入ったマヌケなのだ。更にタチの悪いのは、神機を握り戦場に立つと人格が豹変するという所だろう。もっとも、これに関しては聖奈も人のことを言えないのだが……。

 

 とにもかくにも、こういう理由から、一部の変態を除き彼女と任務に行きたがる者はごく少数であった。

 

「アハハハハハ! 雑魚がでしゃばるんじゃないよ!」

 

 邪魔だった聖奈を吹っ飛ばし充分に射線を確保したカノンは狂乱しながら高火力のブラストをブッ放しまくる。サリエルベビー達の殆どは燃えながらフラフラと墜落していき、残るは護衛を失い丸裸にされたサリエル本体のみだ。

 

「んもう、槙嶋さん! 何してるんですか!? さっさと起き上がって! 射撃!」

 

 四方八方から弾丸の雨霰を受けてサリエルは苦しげな声を上げている。スカート部分はすでに結合崩壊を起こしつつありボロボロと脆く崩れ始めていた。

 アリサからの激に飛び起きた聖奈は中腰ぎみにスピアを構え【チャージグライド】の準備に入った。銃身パーツがスナイパーのためにどっちみち近距離からの射撃には向いていない。ありったけの力を込められたムーンビーストの穂先が次第に展開していき、見る見る間に巨大な黒い槍の姿になった。

 

 その状態を保ったまま聖奈は再び地を蹴った。苦し紛れにサリエルが撃ち込む幾筋ものレーザーを無駄のない体裁きで避け、崩れかけの高台や崖の壁面に足をかけて中空へ躍り上がる。

 

(槙嶋さん……やっぱり動きが良くなってる……! でも、いくらバースト状態だからってあんなに……?)

 

 サリエルよりも遥かに高く跳び上がった聖奈にアリサは驚きを隠せなかった。思わず射撃の手を緩めて曇天を見上げる。捕食による恩恵と神機使いの身体能力があったって、あんなに高く跳ぶなんて──

 

「とっととくたばんなァっ!」

 

 逆さまになった聖奈は神機を両手で握りこみサリエルの脳天目掛けて落ちていく。落下のスピードに全体重を乗せた重い一撃にて獲物の命を食らおうとしていた。

 さらにネクロも、負けじと捕食口をガパッと開いた。

 

 迫り来る殺意の気配に頭上を扇いだサリエルの視界に映ったのは赤黒い色であった。

 

〈──っ!〉

 

 後退し回避しようと身じろぐも、地上からの砲撃にタイミングがずらされた。

 

「槙嶋さん! 今です!」

「ぅおおおおおおおっ!!」

 

 アリサの号令と同時にまずネクロがサリエルの頭に食いつきその半分程を食い千切った。すぐさま咀嚼して飲み込む。さらなるバースト状態に移行した聖奈は巨大な槍の穂先を、サリエルの抉り取られた傷口に埋め込み貫いた。

 サリエルは断末魔の叫びを上げることすら出来ずに地面に叩き落とされる。まだ僅かに痙攣しつつも何かへすがるように振り仰いだ首は、アリサの剣戟によって斬首された。

 

「あっ、何だよ。また俺の獲物を取りやがって!」

「早い者勝ちですよ」

「え? マジで俺たち大型倒しちゃった? すげくね!?」

「ですです! さすが第1部隊の皆さんですね~! 凄いですよっ!」

 

 初めて大型を討伐した歓喜に沸き立つ4人。

 ザッと軽いノイズの後にヒバリからの通信が入る。その声にもどこか嬉しそうな色が含まれていた。

 

『お疲れさまです! これにて任務終了ですね。帰投準備が完了するまでその場で待機……を……』

「? どうしたのヒバリちゃん?」

『も、もの凄いスピードでそちらに新たなアラガミが接近しています!』

 

 その言葉に場の雰囲気は一瞬で緊張状態へと転じた。

 ただの小型や中型ならば今更ヒバリがこうまで焦りを見せる筈がない。故に、此方に向かってきている個体は今この場にいるメンバーの総力を遥かに凌ぐアラガミだということだろう。

 

『この反応は……ヴァジュラ!?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、隣のアリサがひゅっと息を飲み込む音を、聖奈は確かに聞いた。

 

 

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亜麻色の髪の乙女

お久しぶりの更新です。ヴァジュラ戦です。
毎日更新は無理でも、なるべく週1~2更新はしたいと思ってはいるので応援して貰えると色々と捗ります。皆さまヨロシクお願い致します。


 

 

『今、アナグラに残っていたソーマさんとエリックさんにそちらへ向かって貰っています。お二人が到着するまで皆さんは落ち……て対……を……』

 

 トラブルにトラブルは重なるモノらしい。

 

 必死に呼びかけるヒバリの声が次第にノイズに飲み込まれていき、やがてザーザーという耳障りな音しか聞こえなくなった。酷いジャミング状態だ。そして、これが意味することはすなわち──

 

「……来るぞ、()()が」

 

 聖奈のつぶやきにその場の全員がゴクリと唾を飲み込む。

【アレ】とは要するにナイアーラトテップを指している。【アレ】が来るときは決まって酷いジャミング状態に陥り、アナグラとの通信が途絶に陥った。今ごろアナグラでは、振って沸いた二重のトラブルにてんてこまいだろう。

 

「ど、どどど、どうしましょう!? とりっ、とりあえず皆さんはどこか物陰に隠れてください!」

「いやいやカノンさんはどうすんのさ!?」

「わた、私が囮になります!」

「イヤ無茶だってぇ!!」

 

 コウタは神機を片手に飛び出していこうとするカノンに殆どしがみつくようにして止めた。彼女なりに先輩としての務めを果たそうとしているのだろうが、明らかに無謀な挑戦でしかない。アリサはアリサでさっきまでの元気を無くし、呆然自失としている。

 

『オイオイどーすんだガキ共ォ、慌ててる場合でもボンヤリしてる場合でもねーぞ』

 

 いつも通りの軽口ではあるが、ネクロの声色にもどこか緊張が混じっていた。

 それも当然のことかもしれない。今この場にいるメンバーでナイアーラトテップの驚異をその身に実感として刻んだのは、ネクロとその操り手の聖奈だけなのであるから。

 

「……とりま、台場センパイはそこのロシア娘頼むっス」

「大丈夫です……っ!」

 

 掴まれた腕を振りほどき、アリサは自分のバックパックから瓶を取り出した。乱暴に蓋を外すと直接口へザラザラと白い錠剤を流し込み、噛み砕く。骨片(こっぺん)のような欠片が薄汚れた地面に散らばった。

 

「……大丈夫ですから!」

「そうは言ってもよ、オタク──」

 

 ヴァジュラが怖いんだろう、という問いかけはアリサからの鋭い視線に遮られた。余計なことは言うなとアイスブルーの瞳が訴えている。そこには微かな恐れとは別の光が灯っているのを聖奈は認めた。というより認めざるを得ない。状況的にも戦力は多い方が良い。例えそれが新兵に毛が生えた程度の3人と誤射上等の衛生兵であろうとも──観念したようにチッと舌打ちをくれる。

 

「今は私情を優先している場合ではないですから」

「あーわかったよ」

 

 聖奈は微かに生じ始めている頭痛を確かめるように左手でこめかみを押さえた。

 ナイアーラトテップ(アレ)が来るとき、どういう訳だか頭痛に襲われるというパターンを流石の聖奈も把握していた。まるで自分と奴の間に何かしらの因縁でもあるかのように。

 

「マ、今んなこと考えてる暇はねぇか……」

 

 手元のネクロをグッと握りこむ。

 

『──ヴァジュ……来ます!』

 

 ザラついた音声が其々の耳に警告を伝えるのと同時に、ヴァジュラがフィールドへ飛び込んできた。一同は咄嗟に散開し神機を展開させる。

 まず撃って出たのは意外なことに台場カノンであった。

 

「デカブツがっ! 蜂の巣にしてあげる!」

 

 溜め込んでいたOP(オラクルポイント)全てをぶつけるような強火力の射撃であった。コウタもすかさずそれに続く。出会い頭に調子を狂わすような弾丸の雨霰で歓迎され、ヴァジュラは不快さに呻きながら鋭い爪による報復に出た。

 

「うおっ!」

「チッ!」

 

 弾幕の中からでも確実に此方を狙い切り裂こうとしてくる爪を、コウタとカノンはすれすれで避けた。地面を転がり、またはバックステップで距離を取りつつ薬液でOPの補充をする。とはいえ体内でオラクルが生成されるまでには数秒ほどを要する。その隙間を埋めるように、次にヴァジュラへと疾駆していったのは聖奈であった。

 

 しかしヴァジュラもすでにさっきの攻撃で臨戦態勢に入っている。

 繰り出される突きを交わすと、背にたなびくマント状の器官から小型の雷球を発生させ聖奈目掛けて撃ったのである。

 

 ──疾い。

 

 ここに及んで3度目の舌打ちをしつつ、聖奈は辛うじて雷球を避けた。僅かにかすったか肩に羽織っているジャケットの裾が焦げてしまったが気にしている暇もない。

 

 今まで戦ったどのアラガミよりもヴァジュラは俊敏であった。さすがトラに似た風貌を持つだけある。俊敏で柔軟な動きと、対象しつこく狙い追い詰める残忍さは確実に獲物を疲弊させていくに相違ない。

 

 

「ヴァジュラを狩れてこそ一人前ってな」

 

 

 以前、百田ゲンが世間話の最中で言っていた台詞を思い出す。

 

「他所じゃあどうだか知らねぇがウチじゃそう決まってんだよ。ヴァジュラを狩れて初めて、一端の神機使いと認められるラインって訳だ。そういう点で言うならお前さんはまだまだ半人前だなァ、聖奈。いつか絶対どっかのフィールドで出会すことになるんだから、キチッと予習しとけよ」

 

 アラガミをブッ殺すことにかけては勤勉である聖奈は、ゲンからのありがたいアドバイスに従いヴァジュラについてターミナルで学び、アーカイブで動画を繰り返し視聴し立ち回りをイメージした。だからこそ初見で雷球を避けることが出来たのだが……聖奈はそうとは思わなかったらしい。

 

「イメトレが足りなかったか」

『暗っ! お前んなことしてたのかよ! まァそうでもなきゃ初見でアレは避けれねぇよなァ~? ほら、また来るぜ』

 

 再び自分を狙い放たれる雷球を、聖奈はまたギリギリだが避けた。

 

「ポンコロポンコロ撃ちやがって……当たったらどうしてくれんだよ!」

 

 間髪容れず連続で撃たれ続ける雷球を蛇行しながら避けるだけで手一杯になっていた。お陰で容易に獲物に近付くことすら出来ず、聖奈は二の足を踏まされていた。すぐそこに相手がいるのに攻撃に移れない。ジリジリとした苛立ちともどかしさがある。それに。

 

 例の頭痛が少しずつ強さを増し始めていた。

 まだ多少の猶予はある。が、呑気にしてもいられないだろう。

 

 OPの生成と充填が完了したらしいカノンとコウタも再び攻撃へと移る。

 不意をつかれた先程とは違ってヴァジュラは射撃の隙間を縫うように全ての弾丸を避けて見せた。

 

「クッソ……!」

 

 OPを撃ち尽くす前にコウタは射撃の手を緩め歯噛みした。もう一度薬液を口にして空になったアンプルを放り捨てる。 

 

「生意気な……っ!」

 

 リザーブしたオラクルを撃ち切りそうになっていることに気が付いたカノンも憎々しげにそう吐き捨てた。辛うじて体内に残るオラクルを神機へとリザーブする。あと2、3発といった所か。

 

「全然怯まねぇじゃんアイツ! ねぇ、カノンさん何か良い手とかないかな?」

 

 コウタはカノンへと視線を投げた。いくらちょっぴり頼りないとは言え自分より数年先輩のゴッドイーターである。ヴァジュラとの交戦も経験している筈……そういう期待を込めてアドバイスを求めたのだが、彼女から返ってきた答えは。

 

「撃って撃って撃ちまくるに決まってるでしょ!」

「アッハイ、ソウッスネ」

 

 外見はゆるふわ系、しかし戦場で神機を握った瞬間に中身が蛮族に変わってしまう彼女に建設的な意見を求めたのが間違いであったとコウタは心底実感した。が、カノンの言うことにも一理ある。それこそオラクルが尽きようとも撃って撃って撃ちまくり隙を作ってやらねば聖奈もアリサも接近戦に持ち込めないのである。「って、アリサは?」

 

 一度は戦う決意を決めたアリサであったが、やはり実物を前にすると臓腑が締め付けられた。整えたはずの呼吸が乱れ、苦い液体が飲み込んでも飲み込んでも口に充満するし、手足も小刻みに震えていた。

 

「ハァッ、ハッ……うっ、うぅ……!」

 

 落ち着け、落ち着け。

 アリサは自分に懸命に言い聞かせ続ける。

 オオグルマとのカウンセリングのお陰で前に比べたら大分症状は落ち着いた筈だ。その筈……だ。

 アリサは銃口をヴァジュラへと向けるが、震えのせいで狙いがブレてしまう。

 

「くっ、この……! どうして、なんで……」

 

 焦れば焦るほど照準が定まらない。こんなことでは駄目だと解っているのに、とてつもなく自分が情けなく感じられて涙が出そうになる。

 

 ──怖い。

 

 それが率直な感想であった。

 アラガミが怖い。

 目の前の巨大な獣が、自分を食い殺そうと襲い掛かってくるのでは……そう思うと恐ろしくて堪らない。

 

один(アジン)……два(ドゥウバ)……три(トゥリー)……」

 

 ほとんど無意識に唇から溢れたのはロシア語だった。

 один、два、три……心が揺らいだときに唱えるようにとオオグルマから言われていた言葉だ。

 

「один、два、три……」

 

 何てことはない。ただ数を数えているだけだ。だが不思議とそれがアリサの心を静め落ち着かせていく。否、それだけではない。繰り返し呟くごとに脳内にぼんやりとした霞がかかっていくのだが、当の彼女本人はおろか慣れないヴァジュラに手こずる他のメンバーすらもアリサの異変に気が付いていなかった。

 

「один、два、три……」

 

 フラフラと揺れていた照準がピタリと合った。しかし斜線上に捉えられていたのはヴァジュラではなく。

 

「один、два、три……!」

 

 ヴァジュラへ肉薄しようとしていた聖奈は、うなじにチリチリとした厭な予感めいた物を察知し咄嗟に後方に跳ぶ。その瞬間、アリサの銃から放たれた弾丸が岩壁にめり込んだ。

 

「おっ──おまっ、この局面で誤射は勘弁してくれよ! 台場先輩じゃあるまいし!」

『これはアレだ、普段の恨みを晴らそうってコトだな』

「……え? あ、ご、ごめんなさい、私……」

 

 聖奈からの苦情にハッと我に返るアリサ。左手で帽子を押さえながらふるふると軽く頭を振った。

 один、два、три──オオグルマが言うところの「魔法の言葉」は確かにアリサに些かの冷静さをもたらしたが、同時に何か不穏な違和感の様なものも抱かせていた。しかしアリサはもう一度頭を振った。今は眼前の敵に集中すべきだ。

 

「行きます!」

 

 アリサは地を蹴った。ヴァジュラに向かい疾駆する。それを認めたヴァジュラも咆哮を上げ、迎撃の雷球を撃った。

 ヴァジュラの意識が自分から逸れたとを見逃さずに聖奈も再び地を蹴って肉薄していく。

 

「援護します!」

「俺も! ありったけ食らわしてやる!」

 

 カノンとコウタによる弾丸の雨霰が容赦なくヴァジュラの全身を打ち、その場に足止めさせた。

 雷球を避けきったアリサは、剣形態に戻していた神機をヴァジュラの右前足目掛けて斬り付けた。刃は皮膚と肉を確かに斬り裂き鮮血が噴き出した。

 

 当たった!

 

 アリサはゴクンと喉を鳴らすと、もう一度、同じ箇所へ斬り付けた。今度は骨までを断ったらしく、右前足を斬り飛ばされたヴァジュラはバランスを崩してその場にガクンとくずおれる。

 

「槙島さん!」

「あいよぉ!」

 

 アリサの呼び掛けに聖奈はチャージグライドの体勢を整えながら応えた。展開した黒い巨大な穂先は確りとヴァジュラを捕捉している。

 

 場の空気は完全にゴッドイーター達へと向いていた。その場の全員に勝利の二文字を僅かながら確信させていた。

 このまま聖奈がチャージグライドによる必殺の一撃でもって貫けば、少なくともヴァジュラは無力化することが出来る。驚異の駆除に成功するのだと、誰もが思っていた──この戦いを岩壁の頂上から見物している少女ひとりを除いて。

 

「さっさとくたばれ化け物が!」

 

 力を解放し人機一体となった強力な突きがヴァジュラの右目を抉った、正にその瞬間──

 

「ぐぉっ!?」

「きゃあっ!」

「うわっ!」

「ぐっ、……!」

 

 フィールド全体を包むようなドーム状の雷球が発生し、まともにそれを食らった全員がスタン状態に陥りその場に倒れ付した。至近距離、真正面から雷撃を浴びることになった聖奈は特に状態が酷い。

 

「くっそ……マジか……」

 

 ほんの一瞬でも気を緩めた自分の浅はかさに腹が立つ。歯噛みするが、今は指一本ですら動かすことが出来ない。

 

 形勢逆転となったヴァジュラはただただみっともなく地面に倒れることしか出来ない4人のゴッドイーターを舐めるように眺め嘲笑うように喉を鳴らした。衰弱した獲物をいたぶろうという残酷さがヴァジュラの中で膨らんでいく。が。

 

「ダメ、これ以上手は出させないよ」

 

 静かな声と共に降ってきた衝撃に、ヴァジュラは脳天から貫かれた。自分の中を何かが斬り裂いていく痛みに断末魔を上げ、やがて地響きを立てながらその場に倒れ……幾度か痙攣を繰り返した後に事切れた。

 

 一体、誰が。

 声はエリックでもソーマでもない第三者、聞き慣れぬ少女の物だった。

 倒れたまま辛うじて顔を上げた聖奈の視界に映ったのは、亜麻色の髪を靡かせる小柄な後ろ姿であった。

 

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亜麻色の髪の乙女 #2

 

 ──結局あの後、駆けつけてきたソーマとエリックによって4人は回収された。ナイアーラトテップと遭遇する前にアナグラに帰還できたのは不幸中の幸いであっただろう。

 

 帰還後、4人は念のためにと医務室で検査と治療を受けた。もっとも症状が重いと思われた聖奈に至っては帰りのジープで眠っただけで粗方回復したらしい。感電による症状も後遺症も、何一つ認められなかった。

 

「ドン引きです」

「ヴァジュラの雷撃を一番間近で食らったくせに……化け物かよ」

「せ、聖奈さん凄いですね!」

 

 医務室を後にし、サカキ博士のラボへと向かう道すがらアリサ・コウタ・カノンの3人はそれぞれ素直な言葉を聖奈へ向けた。

 

「何か知らんけど、昔から怪我の治りが早いんだよな」

 

 前を歩く聖奈は首をゴキリと鳴らした。次いでじっと手のひらを見る。8歳くらいの頃だったか、居住区に紛れ込んできた小型のアラガミに手のひらを裂かれた事があった。骨まで見えるような大怪我だったにも関わらず、騒ぎが収まる頃に傷口はピッタリと閉じていた。

 

「あー確かに聖奈ってガキの頃から妙に傷の治り早かったっけ。()()()()()がよくウチの母さんにそんな話してたわ」

「イチゴさん?」

「コイツの叔母さんだよ。ここに来る前、聖奈は叔母さんと居住区に住んでたんだよ」

「へぇ、そうなんですか?」

「そういやイチゴさんとカノンさんて雰囲気似てるかも」

 

 なるほど、どうりで。

 

 コウタとカノンのやりとりを横に聞きながらアリサは聖奈の背中を眺めた。年代物のジャケットの背で氷狼のエンブレムが揺れている。

 

 あの吹雪が吹き荒れる廃寺にて、燃え盛る男に負わされたはずの火傷痕が一切無かったのもその治癒力の高さ故……か? だが、いくら並外れた治癒力を持つと言っても限度があるモノではないだろうか? あのレベルの熱傷をゴッドイーターなら兎も角、一般の少年が?

 

「……」

 

 ムム、と眉間にシワを寄せつつ考え込むアリサであったが、はたと気が付く。

 そういえばあの後、聖奈はどこで治療を受けたのだろう?

 彼の父は「他の神機使いに保護してもらえ」と言っていた。その言葉に従ったとするならば、まず確実にこのアナグラに搬送されるだろう。

 

 アリサはもう一度、聖奈を見やった。

 

 保護されてこのアナグラで治療を受けていたならば、当時の事を知っている人がいるかもしれない。例えばサカキ博士とか。

 

「一度確認してみる必要がありますね……」

「あ? 何か言ったか?」

「いえ、別に。それよりもラボに入ったらどうですか?」

 

 怪訝そうに顔をしかめる聖奈を促してアリサはドアをノックする。中からはすぐに返事が返ってきた。

 

「失礼します」

「いやぁ、疲れているところすまないねェ」

 

 4人を迎えたのは部屋の主であるサカキ博士と、これまた別個に呼び出されていたレオンを除く第1部隊メンバー。

 そして──「聖奈!」

 

「うおっ!?」

 

 真っ先に聖奈の姿を認めた亜麻色の髪の少女がパッと表情を綻ばせながら小走りに寄ってきて腹に抱きついた。

 

「なっ、なんだよ!?」

「………」

 

 異性に抱きつかれ柄にもなく赤面し慌てる聖奈と、それを見て()()()面白くないアリサ。コウタとカノンは目を丸くし、サクヤに至っては何処か楽しげに「あら~」と口許を押さえている。

 

「聖奈ー聖奈ぁー! 無事で良かったねぇ」

「いやだから……何なんだよお前は! よっ、嫁入り前の女が軽々しく男に抱きつくなよ!」

 

 ベリッと音がしそうな勢いで少女を引き剥がし、聖奈はコウタの後ろに隠れた。

 

「いやアンタ……嫁入り前って……古っ」

「ドン引きです」

「聖奈さんて外見によらず貞操観念がしっかりしているんですねぇ」

 

 各々好き勝手言う連中に聖奈は苦い顔をする。

 

「そう、君たちに来てもらったのは正にその子のことなんだよ。どうも聖奈くんを知っているようなんだけど、知り合いなのかい?」

「いや、知らないっスよ」

 

 サカキの質問に聖奈は即答した。

 

 

 

 あの時、ヴァジュラに追い詰められた自分達を助けてくれたのはこの見も知らぬ少女であった。

 

「大丈夫?」

 

 少女は血に濡れた神機を振るうと地面に刺し、雷撃のせいで痺れて身動きの出来ない聖奈を、なんと抱き上げたのである。

 

「大丈夫? 聖奈? 危なかったね。でももうお姉ちゃんが来たからね」

 

 と、確かにそう言ったのである。

 一体何を、と聞き返そうとしたときにソーマとエリックが到着し、すぐさま回収されたのだった。その際に少女もこのアナグラに連行され、ソーマの判断でサカキに預けられることとなったのだ。

 

 

「本当に、覚えていない?」

 

 再び訊ねてきた少女の視線に若干の居心地の悪さを感じつつ、しかしはっきりと聖奈は答えた。

 

「悪いけど、全然」

「そっか……」

 

 しょんぼりと項垂れる少女の姿を聖奈は改めて眺めた。

 

 所々ピンピンと跳ねた亜麻色の髪は背中まで伸びている。全体的に細く小柄で、右手に嵌まっている赤い腕輪が必要以上にゴツく見えた。白いロングティーシャツにデニム生地のショートパンツ、黒いソックスに、どう見てもサイズの大きいハイカットスニーカーの側面には見慣れたフェンリルのエンブレムが刺繍されている。顔は……一般的な感覚で言うなら【カワイイ】部類だろう。ただ、まだあどけなく幼い。どう見ても自分より5つは年下だ。

 

「そっかぁ、聖奈は()()()()()のこと覚えてないんだー。でも仕方ないよね、会ったのは赤ちゃんの時だもん」

 

 すっかり意気消沈してしまったらしい。

 少女はフラフラと2、3歩よろけるように歩くとソファに座り込んだ。

 

「そもそも、そのオネエチャンてのは何なんだよ……」

「とっ、年下の姉とか……全オタクの夢を! お前は何の有り難みも感じてな、グフッ!」

 

 錯乱しかけたコウタの脇腹へアリサは鋭い肘鉄を打ち込み黙らせる。このままでは話が思うように進まないだろうと察知したからだ。

 

「えっと、そろそろ良いかな?」

 

 と、サカキ博士。

 

「実はリンドウくんの話によると、この間ナイアーラトテップと遭遇した際に助太刀に入ってくれたのもその子らしいんだ」

「えっ?」

「マジなんですか、リンドウさん」

 

 全員の視線がソファに座り足をブラブラとさせている少女へと集まる。

 

「リンドウさんてば、そんなこと一言も……」

「お前な……」

 

 アリサとソーマが苦い顔をするのを見ながら、

 

「いやースマン! あの時は柄にもなくテンパっててそれどころじゃなかったんだわ!」

 

 と、相変わらずの適当ぶりである。「それに──」

 リンドウは紫煙を噴き出すと、短くなった煙草を携帯灰皿へ押し付けた。

 

「お前さん、一体何者なんだ? データベースを漁っても照合するデータはなかったんだが」

 

 それまでゆったりと腰かけていた少女が僅かに身を固くしたのを全員が見た。明らかに突っ込まれたくない話題に触れられて金色の目がフラフラとあっちこっちに泳いでいる。

 

「え、でも腕輪してるし極東の神機使いなんじゃないの?」

 

 コウタの問いに、新人を除いた全員が首を横に振った。

 

「私も神機使いになってまだ2年ですが、あの、アナグラでお見かけしたことはない方です」

「確かに初めて見る子だわね……ソーマは知ってる?」

「知らん、興味もねぇ」

「ええ……なにそれ、チョットしたミステリーじゃん」

 

 少女の正体について誰も知らない。

 困惑と不穏な空気が場を満たし始めていた。

 

「いや、まァ……俺も最初は新人の妹かなんかかと思ったんだが聖護(せいご)さんから娘がいるって話は聞いたことなかったしな」

「まァでも、我々に敵意があるようにも思えない。実際に彼女は今回のことも含めて2度、助けてくれているからね」

 

 場をどうにか取り繕おうとするリンドウとサカキに、少女は乗った。

 

「そっ、そうなの! ワタシ悪い神機使いじゃないです、絶対に! あの、その、聖奈のお姉ちゃんで」

「いやだから、俺に姉はいねえって」

「えっとじゃあ、その……そう、幼馴染み! 幼馴染みだから!」

「うーん……自称姉の上に自称オサナナジミって属性盛りすぎじゃない?」

 

 コウタの明後日の方向のコメントはその場の全員がスルーしたが、彼女が不審であることに代わりはない。

 

「怪しくないと言うのならまず身分を明かしてくださいよ、貴女、名前は何て言うんですか?」

「えっ、名前? えっと、えっと……ノー……じゃなくてぇ……か、カンナです。ワタシ、カンナって言います! ね? 怪しくないでしょ?」

 

 たっぷり数十秒かけて【カンナ】と名乗った少女はソファから立ち上がり、全員に深々と頭を下げてから笑顔を向けた。

 

「カンナくん、ね。うんうん……ということで、第1部隊の皆、カンナくんのことを頼まれてくれないかな?」

「はぁ?!」

「博士、それはどういう……」

「どーせそんなこったろうと思ってたぜ、このオッサン……」

 

 ソーマが呆れた溜め息を吐く。

 

「あ、いや。その提案をしたのは博士じゃなくて俺なんだわ」

「……何考えてやがんだテメェ」

「なに、今後の事を考えりゃ戦力は多いに越したことはないだろ? どういう経緯で神機使いになったかはともかく、カンナがアレと渡り合えるくらいに上澄みなのは俺がよく知ってる。それに何度も言ってるが俺はラクしたいんだよ」

「最後の台詞は余計だバカ、お──支部長にはなんて誤魔化すつもりだ」

「あー、ヨハン……支部長には私から上手く誤魔化しておくよ。とまァ、そういう事でヨロシク頼むよ君たち」

 

 サカキが全員を順繰りに見てニマ~っと笑みを浮かべる。それはなんだか逆らいがたい笑みであり……こうしてやや強引にではあるが、第1部隊に新たな仲間が増えることと相成ったのであった──

 

 

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やや強引ですが今回はここで切り上げさせて頂きます。
ちゃん様は何で呼ばれたんですかね。恐らくは防衛班メンバーにことのあらましを説明するため?まァ、本当に8割ライブ感で書いてるのでそこら辺は気にせず読んでいただけると助かります(当方、「深く考えなくても読める」をテーマの1つに据えて小説を書いております)


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INTERMISSION

槙島をもっとズバッと派手に活躍させた方が良いでしょうかね?
個人的にチートすぎる主人公が好みじゃないというのと派手なアクションシーンを書くのが苦手で避け気味なんですが、でもゲーム上の主人公は(プレイヤー次第ですが)超人寄りの描写なので迷いますね。

という訳で今回は短めの幕間です。


 

「聖奈ー」

「ねえ聖奈、一緒にミッション行こうよ」

「聖奈っ! お姉ちゃんが食べさせてあげる! はい、アーン」

 

 例のカンナが第一部隊入りしてからというもののほぼ四六時中、自分につきっきりという状態になっていることに聖奈は早くも疲弊していた。

 

「まァまァ、良かったじゃん。あんなに可愛い()()()()()が出来て」

「よかないッスよ」

 

 意地悪っぽい目付きで笑うリッカに対し、カンナが別件で席を外したタイミングを逃さず整備室に逃げてきていた聖奈は項垂れてみせた。それを見てリッカは作業の手を止め手袋の甲で頬の汗を拭った。

 季節はもうすっかり夏である。

 神機保管庫と整備室は他の部屋よりも多少空調が効いているとはいえこの資源不足の時代だ。殆ど焼け石に水のような物である。作業に没頭していれば汗は滴るに任せるしかない。リッカもすっかり汗まみれオイルまみれである。それでも臭わないから不思議だと聖奈はボンヤリ思った。

 

「ちょっと休憩しよっか」

 

 リッカは室内に備え付けのミニ冷蔵庫から冷やしカレードリンクを2缶取り出すと片方を放った。抜群のコントロールで放物線を描くそれを受けとると聖奈は蓋を開ける。途端にスパイシーな匂いが鼻を打った。

 

「カンナちゃんか……確かに不思議な子ではあるね」

 

 椅子に座ったリッカはドリンクを一口流し込みしみじみと味わいながら呟く。

 

「知ってる? あの子の神機、かなり使い込まれてるんだよ。それもリンドウさんレベル……ううん、もしかしたらそれ以上かも」

「どういうことスか?」

 

 リッカはもう一度缶を傾けてから答えた。

 

「神機って捕食するでしょ、アラガミを。でさ、色んなアラガミを捕食することで成長する訳。例えばリンドウさんのブラッドサージなんかはすっごくバランスの良い仕上がりになってるのね。カンナちゃんの神機もおんなじなんだよねぇ」

「でも、基本的に神機は適合者が現れりゃ引き継がれるモンでしょ。前の持ち主が相当なやり手だったってだけじゃ……」

「私も最初はそう思ったよ。でも、カンナちゃんの使っている神機の管理データはこの極東にはないの」

「………は?」

「てか、他の支部にもないし本部にもないの。つまりデータ上存在しない神機……ってコト」

 

 アッサリと告げられた驚愕の事実に場は静まり返った。

 

 データ上存在しない神機を持つデータ上存在しない神機使いカンナ。彼女が一体何者なのか、また、何の思惑があるのか謎は深まるばかりである。

 

「は……冗談だろ、先輩」

 

 背筋を撫でるうすら寒い何かを誤魔化すように聖奈は口端をつり上げた。

 

「顔が青いよ聖奈くぅ~ん? アレ? もしかして怖い話苦手だったァ?」

「べっ、別にんなコト……」

 

 聖奈はドリンクを一気に半分ほど飲み干し、わざと音を立てながら机に置いた。咄嗟に見栄を張ったものの、ホラーやオカルトは子供の頃から専門外である。ハッキリしない曖昧な存在というのがどうにも苦手だった。そんな聖奈を面白がって、たまに帰ってくる度に聖護は仕入れてきた飛びっきりの怖い話を寝物語に聞かせてきたものだ。こうして思い返してみるとつくづくロクデモない父親だ。

 

「ありゃ、怒っちゃった? ごめんて聖奈くん」

「あ、や、別に怒ってる訳じゃ」

 

 少々気落ちした感のリッカに聖奈は慌てて否定する。

 

「先輩と話すの嫌いじゃねぇし……」

 

 これは朴念仁の聖奈にしてはかなり気を使った言い回しである。が、リッカはそれを気付いているのかいないのか、パッと表情を明るくすると、なんと聖奈の右手を両手で包むように掴んだ。

 

「なっ、先輩?! つつつ付き合ってもない男女がこんな」

「良かった~! ありがとう聖奈くん、じゃあ私のお願い聞いてくれる?」

「な、なんスか?」

 

 手を握ったままグッと顔を近付けてくるリッカに聖奈は混乱した。間近で見るリッカは可愛いしイイ匂いがする。極東には容姿の整った人員が多い。例えば大森タツミから絶大な指示を集めるオペ嬢のヒバリだとか、ジーナやサクヤはともかく()()ワガママ娘のアリサすら人気を集めている。カノンに至っては「可愛くて巨乳である」というその一点のみで誤射癖すらお目こぼしされている。

 

 その華やかな集団に置いて、リッカはどちらかといえば地味な方だろう。

 

 仕事は裏方、服装も動きやすさと汚れても良いという理由で作業着やオーバーオールがメインだ。それても聖奈にとっては気心知れた先輩であり、不思議と誰よりも可愛く見える……そういう稀有な相手であった。

 男性神機使いと職員が女性陣に内緒で人気アンケートなる低俗な事を定期的にやっているが、聖奈は内心でリッカに一票入れたくらいだ。

 

 その先輩が直々に【お願い】があると言う。断る理由は無かった。

 

「俺に出来ることならなんでも」

「うん、あのね。ちょっと欲しい素材があるから取ってきてくれないかな?」

「………ウス」

 

 なんとなく肩透かしを食らったような気分になりながらも聖奈は頷いた。

 

「ありがとう! 恩に着るよ! 今必要な物メモするから」

 

 握っていた手を離し近くの机から適当な紙とペンを取ってリッカはさらさらとペンを走らせる。聖奈ははぁ、と溜め息を吐き残りの冷やしカレードリンクを飲み干した。最初は珍妙に感じていた味も、リッカに付き合って飲む内に慣れてきた。

 

「はい、じゃあここに書いてある物ヨロシクね。あ、もしターミナルに予備がある物だったらそれでも良いからね」

「ん……まァ、気分転換がてら行ってくるっスわ」

「うん、行ってらっしゃい。頼りにしてるよ!」

 

 リッカに見送られながら聖奈はネクロの入ったケースを持って神機保管庫を後にした。

 何だかんだイイ気分でエレベーターを降りた途端、待ち構えていたカンナに捕まることになるのだが……知らぬが仏である。

 

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ヒロインアンケート、現状はアリサとリッカちゃんがイイ勝負をしております……だからって訳ではないですが、なんとな~くリッカ先輩とイチャつく槙島回になりました。
本当は項目にジーナさんも入れようと思っていたのですがアンケ設置時には特に絡みがなかったので外しました。


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キノコパワー

またまた久しぶりの更新になりますがヨロシクお願いします。


 

「キノコ型のアラガミ?」

 

 とある日の極東支部である。

 相も変わらず榊に呼び出されてラボに集まった第1部隊の面々はそれぞれが頭上に「?」マークを浮かべた。

 

「そう、キノコ型のアラガミだねぇ」

 

 一部を除いて困惑する全員の顔を順繰りに見て榊は頷いた。

 キノコとはあの【キノコ】のことだろう。菌類の。胞子を飛ばすヤツ。ついさっき食べたばかりのランチのスープにも工場産の代用品のだが入っていた。

 

 榊はモニターに映し出されている画像に注目するよう一同へ促した。

 全員の視線が【キノコ型のアラガミ】へと集まる。

 

「ここ最近、目撃例が頻繁に報告されるようになっていてねぇ……最初は子犬程度の大きさだったんたけど、いつの間にか成人男性程に成長してしまったんだよ。今のところ人的な被害が出たという話は聞かないけれど、何かあってからでは遅いだろう? だから──」

 

 要するにそのアラガミを駆除してこい、という話だろう。それならばと聖奈は部屋を出ていこうとして背を向けた。その後を追うようにソファに座っていたカンナも立ち上がる。

 

「察しが良くてなによりだよ。あ、できればコアも回収してきてくれると助かるなぁ」

 

 

 カウンターへ行くといつも立っている筈の竹田ヒバリの姿が見当たらなかった。その代わりにいたのはアナグラで見かけたことがない男だった。白のドレスシャツに紺のベストを着ていることからオペレーターなのだろうが……。

 

 聖奈はもう一度、眼前の男をよく観察してみた。

 無造作なオールバックにした黒髪とタレ目がどこか気怠い雰囲気を感じさせる。ドレスシャツのボタンは上の2つほどが開いていて、赤いネクタイもだらしなく結ばれている。どうも全体的に()()()人物ようだ。

 

 誰なんだという疑問はあるが、ミッションの受注さえスムーズに出来れば遜色ない。

 聖奈は特に気に留めずに声をかけた。

 

「ミッションの受注、頼みたいんスけど」

「あん? ああ……もしかしてサカキのおっさんから頼まれたヤツ?」

「ああ」

 

 気怠げな男は存外テキパキとした動作でコンソールを叩き始めた。それを眺めながら聖奈は煙草をくわえた。

 

「──って、アンタらその場の流れに身を任せすぎだから! 川の流れのようにか! ボケしかいねぇのか! ツッコミ不在って恐ろしいわ!」

 

 それまで黙っていたコウタが堪りかねたように空中にチョップしながら大声でツッコミを入れた。

 

「なんだよ」

「いやナンダヨじゃないってぇ! あのー、ヒバリさんは? そしてアンタ誰です?」

「あー……何コイツ、聖奈のツレ?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」

「そうだとしか言えないだろ……アレ? この人いまアンタの名前知ってなかった? なに、知り合いなの?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。しかし、聖奈の記憶の中にこの男と一致する人物はいなかった。もっとも、()()()()が起きる以前、7歳より前の顔見知りなら話は別だが。聖奈は首を横に振ってみせた。

 

「あー……」と男は気怠く首を上向けてから、

 

「ジョナサンだ」

「え?」

「俺の名前」

「はぁ……」

 

 どうにも会話のテンポが掴みにくい相手である。

 

「本日付けで極東に配属になった。ヒバリ嬢は休みだそうだ。こいつの名前を知ってたのは珍しい新型たから。以上。他に質問は?」

「いや特には」

「んなことよりさっさと手続きをしてくれ」

「ああ……」

 

 このやり取りに聖奈は然程の興味もないらしい。手続きを促すと、背を向けて階段を上がっていった。コンソールを叩きながらジョナサンは口許にうっすらと笑みを浮かびあげた。

 

「……ねぇ、聖奈」

 

 エレベーターに乗り込むやすぐに言葉を発したのはカンナであった。扉横の壁に凭れて腕組をする聖奈をじっと見つめている。

 

「あの人、なんかあやしーよ」

「あ?」

「怪しいって、どんな風によ?」

 

 コウタからの当然の疑問にカンナはやや眉をひそめた。「あやしー」と言ったものの、どこがどうそうであるのかを彼女は具体的に説明できないようだった。外見こそ12、3歳の少女であるが、どこでどういう育ちをしたのか語彙力は小学校低学年程度しか持ち合わせないカンナである。自身の中にある物を的確に表現できる語彙を持ち合わせていないのだろう。

 

 たっぷり数十秒、唸りながら考えていたが……やがて諦めたらしい。

 

「えっと、よく分かんないけど、とにかくあやしーの。仲良くしちゃダメだよ」

 

 と、そう、いつになく真面目な顔で言ったので聖奈はやや面食らった。

 ポンと軽い到着音がし、エレベーターの戸が開く。目的地まで神機使いを送迎してくれる車両はすでに到着しており、傍らにはアリサが待ちくたびれたように立ち髪を一房、指先で弄んでいた。「遅いですよ!」

 

 もう、と頬を膨らませるアリサを横目に聖奈は車両の後部座席へと乗り込んだ。

 

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また新キャラ追加しちゃいました…
どの人の陣営なのか予想してもらえると嬉しいです。


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