あの頃、僕たちは輝いていた (ryanzi)
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馬鹿と馬鹿と馬鹿が出会ったら文殊の知恵

世間一般では「異常気象」とされたワルプルギスの夜が神浜市を襲ってからしばらく経った。

神浜市はいくつかの区が甚大な被害を負ったりした。

その瓦礫撤去はなんやかんやで東が責任を負ったりとか色々あった。

だが、ある三人の少年にはそんな事情は関係なかった。

その少年たちはボランティアとして、積極的に瓦礫撤去を手伝った。

一人は神浜市の中央、一人は東、一人は西。

そして、三人とも転生者という共通点があった。

 

「へえ、君たちも転生者だったのか!」

 

笛吹文雄。参京区に住む少年は目を輝かせて言った。

 

「おい、声が大き・・・ここお前の家だからいいのか」

 

少し粗暴そうな少年、心根光種は工匠区出身だ。

 

「まあ、あまり大きな声で言うのは確かにやめといたほうがいい」

 

知的なオーラを放っている少年、碑石健康は水名区の住人。

だが、本人にもわからない事情で今は新西区の病院に入院している。

西に住んでいる者にしては珍しく、東の人間に悪いイメージを持ってない。

転生者だから当たり前なのだが。

 

「そうだぞ、笛吹。まあ、俺たち三人とも十四歳だから中二病扱いで済むかもな」

 

「この精神年齢で中二病か・・・確かに嫌だね」

 

「やめてくれ、私の心はもうボロボロだ」

 

三人とも、転生者なので身体年齢よりも、精神年齢が高いのだ。

 

「これ以上は私の精神がどうかなる。話を変えよう。

二人とも、能力は何なんだい?

私は戦闘向きじゃない。歴史の勉強に全てを注ぎ込める。

そんなくだらない能力だな」

 

「くだらなくはねえよ。実際、ゲートオブなんちゃらよりだいぶ役に立つと思うぞ。

学者になれるじゃねか。食いはぐれないぞ。俺の能力は・・・E.G.Oの発現だな」

 

心根はどこからか「何もない」の剣を出した。

 

「E.G.O!僕、ロボトミが大好きなんですよ!」

 

笛吹はさらに目を輝かせた。

 

「まあ、実況見てただけなんだけどな。

それに、現代日本だと銃刀法違反じゃねえか。

それで、笛吹の能力はなんだよ?」

 

そう聞かれた笛吹はSFでよく見る、宙に浮かぶ画面を出現させた。

 

「僕の能力は”ハーメルン”といいます。

簡単に言えば・・・マックスウェルの不思議なノートですね」

 

彼は画面にハンバーガーと打ち込み、次話投稿をクリックした。

すると、机の上にハンバーガーが現れた。

 

「おいおい、こりゃすげえじゃねえか!しかも、うまい!」

 

いつの間にか心根はハンバーガーを頬張っていた。

 

「これ最強クラスの能力じゃないか!?。

ハーメルンってあれだろ?小説投稿サイトの。

私も見たことはあるんだが・・・」

 

「ええ、そのハーメルンです。前世で投稿していたこともあります。

まあ、あまり文才がなくて、少しも見向きもされませんでしたが」

 

「でもよお、文章じゃなくても単語打ち込むだけでいいんだろ?

だったら、それで原作介入すりゃいいじゃねえか」

 

「逆に、心根さんはどうして原作介入しなかったんですか?」

 

笛吹の笑いには、いくつもの意味が込められていた。

 

「・・・まず、怖いという理由だな。マギレコの動画見たことあるんだろ?

E.G.Oはただ強いというだけだ。さすがに一斉砲撃には立ち向かうなんて無理だ。

それに、その・・・人間関係がどうかなりそうだったからな」

 

魔法少女の能力はキュゥべえからもらったという経緯がある。

しかし、転生者の能力の経緯は、とてもじゃないが説明できない。

神様からもらったといったら、変人扱いだ。

信じてもらえたとしても、不信感は残るだろう。

 

「だから、俺は読心対策も神様に施してもらった。

これで、十七夜から怪しまれることもない。

幼馴染のみたまには・・・まあ、知らないままでいてもらうしかない」

 

「僕もですよ。さすがに、かこさんには口が裂けてもいえません」

 

「私は・・・よく考えたら別に意味ないな」

 

「では、もう一つ質問です。ワルプルギスの夜が来た時、どこにいましたか?

僕はもちろん、数日前には市外に逃げていましたよ」

 

「俺も二木市に逃げてたな」

 

「私は長野県にたまたま旅行に行っていた」

 

「ほら、こういうことですよ」

 

ワルプルギスの夜はあまりに強すぎるのだ。

転生者が勝てる保証などないのだ。だから、逃げるしかない。

もし勝ったとしても、魔法少女に見られるのは避けようがない。

どちらにせよ、ワルプルギス戦は不可能だ。

 

「結局、僕はどこに行っても、何かを成し遂げることはできなかった。

ハーメルンでも、この世界でも、何も残すことはできないかった。

というより、そもそも男が出る幕なんてないんですから、この世界」

 

重い空気が漂った。

 

「・・・それでいいのかよ」

 

「・・・ぶっちゃけて言うと、不満ですね。

でも、下手に原作介入したら結果が悪くなるかもしれない。

それに、介入したところで、キュゥべえには勝てない。

相手は宇宙を維持するような文明ですからね。

第二部の展開はある意味、キュゥべえ次第ともいえますから。

そもそも、僕たちは第二部の展開自体をまだ知らない。

制作陣が狂って、世界崩壊全部チャラにするかもしれないんですよ?

それだと、僕たちには本当にどうしようもない。全てなくなるんですから」

 

「別に原作介入する必要はないだろ。転生者だから原作介入?クソくらえだ。

ただ、生きた証を残せればいい。

数年前に死んだじいちゃんが言ってたけどな、人間何か一つは残せって。

この世界はいつ滅ぶかわからない?

だったら、俺たちがいた証拠を残せばいい。

歴史とか、文化とか、とにかく何か一つを残すんだ」

 

「なるほど、それは私の得意分野だ」

 

「ボイジャーでも飛ばすんですか?でも、そんなの一般人にでき・・・あっ」

 

「ほら、さっそくお前の能力が役に立つぞ。お前はどんなものでも出せるんだ。

どうにかして、俺たちの生きた証拠を宇宙に飛ばそう。

もちろん見つかる可能性は低いし、無駄に終わるかもな」

 

「・・・でも、これで一生を無為に過ごす必要はなくなりましたね」

 

「ありがとう、心根くん。私の能力が役に立つ時が来たようだ」

 

「よし、俺たち男も魔法少女に負けないようなことをやれると証明しようぜ!」

 

彼らは円陣を組んだ。

 

「「「おー!」」」

 

この三人のやろうとしていることは、あまりにも馬鹿らしいだろう。

まったくもって物語に関係しないうえに、マギレコのテーマにも合っていない。

マギレコは魔法少女が百合百合する話であって、男子三人が何かする話ではない。

だが、そんなことは三人にはどうでもよかった。そもそも、わかっていなかった。

なぜなら、三人とも馬鹿だったからだ。男子は皆馬鹿なのだ。

たとえ何歳でも、知識がどれほどあっても、馬鹿なのだ。

そのころ、三人の転生を担当していた神様は胃薬を十錠くらい頬張った。

 

「関係ないことしないでくれるかな・・・」



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俺たちの戦いはry

三人の役割分担はすんなりと決まった。

まず、歴史に詳しい碑石がそのまま歴史担当だ。

次に、工芸品といったモノ文化は心根の担当。

そして、思想や文学は笛吹が引き受けることになった。

人々の生きた証は、この三人の男子(馬鹿)が全てを握ることになったのだ。

もちろん、これからもこの世界の人々はそんなことを知らずに生きるのだが。

 

「どの本がいいかなあ・・・」

 

古書店夏目書房はこの時間帯だと客は笛吹だけだ。

彼は今、データ化する本を選んでいるのだ。

古書店の方が、普通の本屋よりもちゃんとした本が揃っているのだ。

 

「・・・ほんと、どの本がいいか困りますねえ」

 

彼は困ってしまったのだ。

宇宙に送り出すには、ちゃんとした本がいい。

だが、夏目書房にあるのは全部ちゃんとした本だ。

そのことを笛吹は完全に保証できるくらいだ。

だからこそ、悩むのだ。

 

「どうしたんですか、ふーくん?」

 

「いや、ちょっとした事情でね・・・」

 

「ふーくんの駄作に使われる本が可哀想だと思わないんですか?」

 

「君から罵倒を受ける僕が可哀想だと思わないの?というより、小説の参考前提ですか??」

 

「冗談ですよ・・・それで、どんな本が必要なんですか?」

 

「必要というわけでもないけど・・・そうだね。

もし、宇宙に人類の文学や思想を送り出すとして、かこさんはどんな本を選ぶの?」

 

笛吹がそう聞くと、かこは目に涙を浮かべた。

 

「考え直してください、ふーくん・・・!ふーくんの小説は・・・うっ!」

 

「いや、僕の小説じゃなくてね??」

 

「よかった・・・!考え直してくれたんですね・・・!」

 

かこは泣きながら、抱き着いてきた。

 

「えへへ・・・ふーくん大好き・・・!」

 

(・・・文才がないのは自覚してるけど、そこまでなんですか?)

 

気がつくと、かこの父親が般若の表情になっていた。

 

「アア、オワッタ・・・!」

 

これから血を見ることになるので、場面を変えよう。

里見メディカルセンター、碑石はそこに入院している。

入院といっても、病気でもないので自由に外出はできる。

長野にたまたま旅行できたのもそれが理由だ。

碑石は今、多くの歴史の本と睨めっこしている。

歴史書籍は作者の思想が反映される。

もし、中立の歴史を書きたいなら、両者の意見を聞かなければならない。

普通の人間には困難だろう。しかし、碑石には軽い仕事であった。

 

「碑石くんか・・・ずいぶんと本を読むんだね」

 

「おや、院長さん。ええ、こうでもしないと中立の歴史は作れないので」

 

「そうか・・・まあ、君にだったらできるだろうね。

でも、本当は本ではなく、現場にも行ってもらいたいんだ」

 

「ですが、私は・・・」

 

院長は首を振った。

 

「本当のことを言おう。君はまったくの健康体だ。健康だけにね。

・・・今のギャグは無視してくれ。とにかく、君は病気じゃないんだ」

 

「では、私はどうして入院させられているんですか?」

 

「君の体、とにかくすごく抗体でいっぱいなんだ。どういうわけかね。

君の研究をするだけで、医学は大きな進歩を成し遂げることができるんだ」

 

歴史の勉強に打ち込めるという能力は、ここで発揮されていたのだ。

 

「つまり、私が自由に外出できたのも、長野に行けたのも・・・」

 

「そう、そういうことだ。それと、長野旅行は現場に立つということを知ってほしかったからだ」

 

「現場に・・・確かに、木曽路に本当に行った時は、いい勉強になりましたが」

 

「それだよ。最近の歴史学者は研究室にばかり籠って、他人の本ばかり読んで、

それを元に、さあ自分の研究が完成したぞというんだ。それじゃあいかん」

 

「なるほど・・・」

 

さすがは学者なだけはあると、碑石は納得した。

 

「この通り、私も前線に立っているし、弟も・・・まあ、一応は現場に行っているからな」

 

「民俗学は・・・神話の前身を研究する学問ですがね」

 

「・・・弟の話はやめておこう。とにかく、君にはちゃんとした学者になる義務がある。

そして、ちゃんとした研究を完成させるんだ。それを、世間に還元してくれ」

 

「わかりました・・・」

 

碑石はどうして院長がこんな話をしだしたのか、意図がつかめなかった。

 

「・・・私は、子育てに失敗してしまったのか」

 

「どうしたんですか、院長?」

 

「私の娘のことは知っているだろう?あの子は、私の影響を悪い意味で受けてしまった。

確かに、知識も研究意欲も一流だ。それでも、あの子は・・・」

 

「・・・」

 

「すまないね、邪魔してしまって」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

院長はただ碑石にちゃんとした学者になってほしかったのだ。

選民思想を持たずに、一般人の役に立つ学者に。

ただ、碑石はある不安を抱いた。この話を、灯花が聞いたらどう思うのか?

彼の不安通り、彼女はこっそりとこの話を聞いてしまっていた。

場面をまた変えよう。心根は工匠区をぶらぶらと歩いていた。

サボっているわけではない。工房に立ち寄っては、工芸品を記録しているのだ。

工匠学舎の生徒の中でも、心根はモノづくりに関して優秀だ。

それも、工芸品を一目見るだけで、作り方がわかるくらいに。

そして、彼はある竹細工工房を訪れた。

 

「帰ってください!」

 

「おいおい、月咲。ちょっと立ち寄ったぐらいで」

 

「帰って!あなたがうちの工房の技術を盗んだことは忘れてませんから!」

 

「盗んだって・・・人聞きわるいなあ?俺はただ参考にしただけだっての」

 

「それを盗んだというんです!」

 

仕方なく、帰ることにした。

とりあえず、正午なので途中で弁当を買って食べることにした。

 

「あっ、光お兄ちゃん!」

 

「今日も元気そうだな、理子」

 

「ええ!・・・また追い返されたの?」

 

「まあな。・・・理子、ちょっと頼みがあるんだが」

 

「なんですか?わたしにできることならなんでも!」

 

「じゃあ、レシピ教えてくれないか?」

 

「いいですよ!」

 

理子はまだ無垢なので、レシピを教えることに嫌悪感はなかった。

それどころか、すっかり心根を信用しているのだ。

彼女にとって、心根はいい兄だったからだ。

お弁当を食べて、しかもレシピまで教えてもらった心根は満足して家に帰った。

もし計画が順調に行ったら、宇宙に理子の弁当屋のレシピが宇宙に行くことになる。

それは宇宙の終わりまで、残されるかもしれない。

 

「それで、俺の部屋にどうしているんだ?みたま?」

 

「別にいいじゃない?」

 

「・・・はあ」

 

彼は幼少期に大東区に住んでいたことがある。

決して、作者の設定ミスではない。

ともかく、彼は八雲みたまと幼馴染なのだ。

歳の差はあるが、姉弟みたいな関係というわけではない。

 

「じゃあ、俺は昼寝するから」

 

「私もそうするわあ」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

仕方なく、同じベッドで二人一緒に寝ることにした。

みたまはすぐに眠りについたので、薄い本にはならない。

残念だったね、紳士諸君!

そもそも、心根は怖くて手を出せないのだ。

別にヘタレというわけではない。

ある時を境に、どういうわけかみたまは積極的に彼に近づくようになった。

その理由がわからなくて、逆に手を出せないのだ。

それに、手を出したら十七夜に殺されるというのもある。

 

「なるほど、これは面白い光景だな?」

 

そんなことを考えていたら、本当に十七夜が部屋に入ってきた。

 

「アア、オワッタ・・・!」

 

やはり血を見ることになるので、数日後。

 

「じゃあ、それぞれ情報は集め・・・二人とも、大丈夫かい?」

 

「ええ・・・なんとか生き延びました。」

 

「ああ、生きてるって素晴らしいよな・・・」

 

二人とも、ミイラのように包帯でぐるぐる巻きになっている。

 

「・・・まず、私に関しては年表とか作成したぞ。

それはもうデータ化しているからな」

 

「・・・僕はまだデータ化はしていませんが、本を買わされました。

この四次元ポケットの中に入っていますから」

 

「俺は・・・なんとか他の国のモノづくり関係も勉強しといたぞ」

 

「お、お疲れ、二人とも・・・」

 

何はともあれ、彼らはスタートラインに立ったのだ。

彼らの戦いはこれからだ。



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スタートは馬鹿と一緒に

三人はさっそく北養区の山中に秘密基地を作った。

そこを拠点に、計画を進めることにした。

もちろん、深夜に事を進めるのだ。

 

「じゃあ、笛吹くん。試しに探査機を出してくれないか」

 

「わかりました!」

 

彼は”ハーメルン”を起動させて、『丸太のような探査機』と投稿した。

後に、心根はこう語った。

 

それは探査機というにはあまりに丸太すぎた。

大きく分厚くそして丸かった。

それはまさに丸太だった。

 

「おい、ふざけんな!こんなん飛ぶか!」

 

「飛びますよ」

 

彼はまた打ち込んで、リモコンを出現させた。

彼がリモコンを操作すると、丸太は浮いて、上空を旋回した。

 

「・・・笛吹くん、これは異星人には理解できないかもしれないよ」

 

「むう、それでは・・・」

 

笛吹は普通に『絶対に壊れないという概念が付与され、解体可能な探査機』と投稿した。

すると、いかにも探査機らしい探査機が現れた。

 

「そうそう、これでいいんだよ!」

 

「・・・少し編集していいですか?」

 

「編集もできるのかい?まあ、ハーメルンだからできるのか」

 

彼は編集ボタンを押して、『光速で動く』と付け加えた。

すると、少し形状が変化した。

 

「よしよし、これは良い感じだな」

 

「あと、リモコンも用意しときましょう」

 

笛吹はさっきと同じように、リモコンを用意した。

ここまでは問題ない。

 

「それで、どうすんだよ。あの丸太」

 

「そうだね・・・笛吹くん、あれ削除できないかい?」

 

「できますが・・・その、なんというか」

 

「碑石、それは無理だ。あの丸太は笛吹の子供みたいなもんだからよ。

俺の周りにいる職人たちは、だいたいそんなもんなんだ」

 

「そうか、すまない。・・・そうだ、衛星軌道に置くのはどうだい?」

 

「それ、いいアイデアですね!」

 

「ちょ、まっ・・・」

 

心根の制止も間に合わず、丸太はさらに上空まで飛ぼうとしたが、急停止した。

 

「あっ、燃料切れそうですね」

 

「そうか・・・それは気の毒に」

 

「ねえ、もしかして俺が間違ってるのか???」

 

しかも、笛吹の指が滑ってしまい、慣性の法則を無視しながら、どこかに墜落してしまった。

 

「・・・あれはなかったことにしましょう」

 

「ああ、そうしよう」

 

「・・・そうだな」

 

とりあえず、気を取り直して、計画再開だ。

三人は秘密基地として作った小屋に探査機を運んだ。

 

「さて、探査機にデータを詰め込む前に翻訳アプリを作っておかないと」

 

「・・・確かに、それやっておかないと大変ですね」

 

また”ハーメルン”を起動させて、アプリの内容を投稿した。

投稿されたアプリは、自動的に探査機にインストールされた。

 

「これで異星人でも理解はできるはずですね」

 

「よしよし、順調だね。じゃあ、次は・・・」

 

「・・・待ってくれ。順調すぎやしないか?」

 

心根の言葉に、二人は目を丸くした。

 

「こんな理不尽な世界なのに、どうしてここまで事が進む?

まあ、その・・・俺が言いたいのは・・・」

 

「なるほど、もう少し慎重に進めろっていうことか。確かに、私も同意だね」

 

「僕もですね。念のため、確かめてみますか」

 

笛吹は懐から易経を取り出した。

 

「「えっ?」」

 

「それでは・・・なるほど、今日はやめといたほうがいいそうですね」

 

二人は確信した。意外と笛吹はやばい人間だと。

とりあえず、今日は解散することにした。

まだ時間はたっぷりある。いつ滅ぶわからない世界とはいえ、すぐにそうなるわけではない。

こういった仕事は、肩の力を抜いて、ほどほどにやっていくのが大事だ。

帰り道のことであった。笛吹はある少女に遭遇した。

 

「あの・・・ここで何をしているんですか」

 

彼女は自分の口を使わずに、マンドラゴラみたいなぬいぐるみに喋らせていた。

 

「夜遊びですよ。最近はついそれにハマってしまいまして・・・」

 

練習したおかげで、すんなりと言い訳ができた。

 

「そうですか・・・夜道は危ないので、気を付けてくださいね」

 

「わかりました!ありがとうございます!・・・そろそろ帰らないと!」

 

彼はそう言って、急いでその場を去った。

夜道では魔法少女に遭遇する確率が高い。

今の子も魔法少女かもしれない。後に違うとわかったが。

さて、翌日のことであった。

神浜市立大附属学校は騒がしくなった。

 

「ねえ、あれって・・・丸太よね?レナ、疲れてるのかしら?」

 

「ふゆう・・・丸太だね」

 

「どう見ても丸太ですね・・・はい」

 

学校のグラウンドの真ん中に、丸太が突き刺さっていたのだ。

生徒たちは、謎の事態に直面することになったのだ。

ある生徒がコンパスで傷をつけてみようとすると、まったく傷がつかなかった。

それどころか、逆にコンパスが破壊されてしまったのだ。

 

「丸太?ふーくんの小説じゃあるまいし・・・」

 

笛吹は参京院教育学園の生徒なので、この事件を知ることはなかった。



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初めて小説が喜ばれた日

笛吹は今日もノートパソコン(能力を使って出した高性能もの)を使い、小説を書いていた。

南凪区の海浜公園は、目を休めるのにもうってつけだった。

前世に置いて、彼の小説はハーメルンでは見向きもされなかった。

笛吹は、自分の小説が見向きもされないのは、文才のなさが原因だと思っていた。

それでも、彼は今回の人生でも小説を書いていた。

幼馴染みたいな関係のかこからも酷評されようが書いていた。

理由はない。彼は常に何かを書くのが好きだった。

思えば、彼の人生は常にそうだった。

好きだからそのことをするのだが、それが人に認められることはなかった。

前世でハーメルンに小説を投稿したが、お気に入りすらつかなかった。

この人生でも、かこを泣かしてしまうくらいだ。

自分には才能がない。それはわかっていた。

でも、好きだから。そうでなければ、四半世紀もこんなことはしていない。

 

「・・・いい小説」

 

「へっ?」

 

気がつくと、隣に見知らぬ少女が座っていた。

そして、その少女は彼の小説を良いと言ってくれたのだ。

そんなこと言われたことなかったから、つい間の抜けた声を出してしまった。

ちなみに、ちょうど書き終わったところだったので、集中は途切れてもよかった。

 

「・・・見せてくれる?」

 

「あっ、少し待ってくださいね」

 

彼は印刷ボタンを押した。

すると、留められた状態で印刷された。

普通のノートパソコンだったら、不可能だ。

しかし、このパソコンは能力で作ったのだ。

不可能なことなど、ない。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

両者にとって、長く感じられる沈黙。

 

「他には、ない?」

 

「あ、ありますよ」

 

笛吹はまたもう一つ印刷して、少女に手渡した。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

また、沈黙が訪れる。

 

「・・・ありがとうございます」

 

「いえ、あまり上手く書けていないので・・・」

 

「上手く、書けてたけど?」

 

「そ、そうなんですか・・・」

 

「持って帰っていい?」

 

「いいですよ。・・・他のも印刷しましょうか?」

 

「お願い」

 

彼は内心狂喜乱舞しながら印刷した。

 

「あっ、バッグも貸しますね」

 

「いいの?」

 

「大丈夫ですよ」

 

笛吹は初めて、自分の小説に自信を持つことができた。

文才はないかもしれないが、それでも自分のSF小説が良いと言われた。

その日、彼は良い気分で家に帰っていった。

その夜、少女こと柊桜子は笛吹の小説を読みふけっていた。

 

「桜、何読んでるの?」

 

「ねむ、このSF小説面白い」

 

「どれどれ・・・」

 

同志エレクセイの言ったことを真剣に受け止めていれば。

彼は深く後悔した。閉め切っていたカーテンを開ける。

家々の窓から漏れ出る光と街灯が、星々の代わりを担っていた。

あの光は、常に何かを燃やしているのだ。星々も何かを燃やして生きている。

夜の世界が終わると、太陽が”時間”を燃やすことになる。

そして、彼は人民焚書委員会として、多くの本を燃やしてきた。

このままでは、()()()()()が燃えることになってしまう!

だとしたら、こんな狂気は誰かが止めなくてはいけない。

太陽や、星々や、街灯が、それを止めてくれるはずはない。

だとしたら、自分がそれを止める必要がある。

何かを燃やすことを、彼自身だけでも止める必要がある。

ウォッカをもう一杯飲む。落ち着いた彼は、もう一度、易経を始めた。

やはり、結果は同じだ。自分はKGBの手に落ちることになる。

では、その末路は?さらに、易経を続ける。

結果はわかりやすかった。シベリア行き!

そこで彼が凍死することになるのは、はっきりとわかっていた。

でも、恐怖は感じなかった。もう、命を燃やさずに済むからだ。

ドアが破壊される。KGBが一人ずつ丸太を抱えながら、突入してきたのだ。

そして、彼らはミハイルをその偉大なる叡智で気絶させた。

だが、ミハイルの顔に苦痛はなかった。

これまでの命を燃やす苦痛に比べてみれば、なんということはなかった。

 

小説の一節を見たねむは言った。

 

「桜、これSFはSFでも、Soviet Fictionだよ」

 

「そう?」

 

「まあ、文章は悪くないね。他の借りていいかい?」

 

「いいよ」

 

次の日、みかづき荘に夏目かこは呼び出された。

 

「あなたがかこさん?ねむを助けて!」

 

この前の事件の諸悪の根源である里見灯花が泣き付いてきた。

 

「えっと・・・一体どういうことですか、いろはさん?」

 

「・・・ねむが、ずっとあんな調子なんです」

 

「宇宙の真実は42本の丸太なんだ!どうして、いろはも灯花も桜もわかってくれないんだ!?」

 

「ねむ、現実と小説を区別して」

 

「易経は真実なんだ・・・。誰か、僕の言うことを信じてよ!」

 

「あれはただの占いだから」

 

車椅子に座っている少女が必死の形相で変なことを訴えていた。

その傍にいる桜子はその少女を宥めようとしている。

 

「ふーくんの小説!!」

 

かこはドラや菌を見たドラえもんの表情をしながら叫んだ。

 

「えっ、ふ、ふーくん?」

 

「いろはさんは知らなくて当然でしょう!

あれは常人が読めるようなものではないんです!」

 

「それはどういった感じに・・・」

 

「レーザー銃から丸太が飛んでくる感じですね。

それを綺麗な文章で書くから、余計にタチが悪いんです」

 

「面白かったのに・・・」

 

「いろはさん、桜さんにまともな小説を読ませましょう」

 

「そうだね」

 

その頃、三栗あやめは喫茶店で文章の書き方を笛吹に教えてもらっていた。

 

「笛吹先輩、すっごく文章上手いじゃん!」

 

「そうですか?」

 

あくまで、読書感想文の書き方なので、丸太も易経も出てこない。

かこ曰く、普通の文章題だったら完璧とのこと。

 

「あやめさんもすごいですよ。飲みこみが早いですから」

 

「そ、そう?あちし、先輩と比べると・・・」

 

「大丈夫ですよ。この調子なら、コンクール狙えますから」

 

「・・・あちし、頑張る」

 

「その調子ですよ。・・・ところで、小説書いてみませんか?」

 

彼は才能がなかったということに苦しんでいた。

だが、そんなことで彼はもう苦しまなかった。

その後、あやめの書いた小説を読んで、ななかは体調を崩した。



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模倣する少年

心根は前世では病弱な人間だった。

そんな彼が見たのはLobotomy Corporationの実況だった。

そのゲームで、主人公は人類の病気を治そうとしていた。

そんな主人公に、彼は少し憧れを抱いた。

ついに彼が天に召される日が来てしまった。

彼は恐怖などなかった。ただ、少し寂しい感じがした。

そして、神様に転生させてもらうことになった。

その時、願ったのはE.G.Oの発現能力だった。

 

「・・・眠っちまっていたか」

 

心根は工匠学舎の屋上で寝てしまっていた。

時計を確認すると、まだ昼休みは残っていた。

彼はマギレコのストーリーはある程度は知っていた。

作者と同じように、Pixiv頼りだったが。

ゲームをする時間がなかったからだ。

動画は見れるけど、ゲームはできないというのはよくあること。

まだ時間はたっぷりとあるので、校舎内をぶらぶらと歩いた。

その途中で、生徒の作品が展示されているスペースに立ち寄った。

そこには彼の作品が一番目立つ場所に置かれていた。

それが一番出来が良かったからだ。

そして、その隣に置かれた作品は心根の作品に似ていた。

それもそのはず、彼は隣の作品の生徒の工房の作風を真似たからだ。

しかも、それは元の工房以上の出来栄えだった。

 

「またカワイくない真似したんだね?」

 

「アシュリーか・・・参考にしただけだぞ?」

 

アシュリー・テイラー、アメリカからの留学生だ。

知らない?北米版限定だもんな。

 

「それはパクりというの。作品はカワイイのに」

 

「参考にしてやっただけ感謝しろってんだ。

俺が参考にするくらいに、その工房の作品は良かったんだ」

 

「ワオ、ジャイアニズム」

 

「何とでもいえ」

 

「それでフレンズ失ったら意味ないよ。ロリコンさん」

 

「誰がロリコンだ」

 

「理子があなたのことをよく話すもん。

あの子は確かにカワイイけど、手を出したらアウトだよ!」

 

「出さねえよ。そもそも、そんな気すら起きねえよ」

 

「へえ、だってさ理子ちゃん」

 

「えっ」

 

だが、そこに理子の姿はなかった。

 

「やーい、引っかかった!」

 

「おいおい・・・」

 

それを不快そうに見ている生徒が二人いた。

まず、参考にされてしまった生徒。

彼にとっては、パクられたも同然だ。

しかも、自分の作った作品よりも完成されているのだ。

それで一番目立つ場所に置かれているから、余計に嫉妬心が湧くのだ。

次に、宮尾時雨という少女。

彼女は心根のもう一つの側面を知っている魔法少女だ。

神浜市は魔女が多いので、心根はたまにE.G.Oで戦うことがあるのだ。

時雨はそれを偶然目撃してしまった。

本来、一般人は魔女には成す術もないはずなのだ。

だが、その一般人のはずである彼は異様な武器で、魔女を瞬殺したのだ。

そのことが時雨に大きなショックを与えることになった。

時雨でさえも敵わないような魔女を瞬殺する彼。

どんな工房の作品でも作れてしまう彼。

理子やアシュリーといった魔法少女と仲の良い彼。

時雨からしてみれば、心根はまさに人生の勝利者。

魔法少女至上主義など、心根という人間の前には無意味だ。

もし彼女が心根が転生者だということを知っていたら、少しマシだっただろう。

だが、そんなことを知らない彼女からしてみれば、心根は謎の存在だった。

 

「ところでさ、前にカワイイ作品作ってたじゃん」

 

「ああ、罰鳥のことか?」

 

「そう、竹細工のPunishing Bird。あれの名前の由来って何なの?」

 

「俺の脳内設定だぞ?聞きたいのか?」

 

「聞かせて聞かせて!」

 

「じゃあ、話すか・・・と言いたいところだが、作成予定の作品のネタバレになるからな」

 

「えー!?教えてよー!」

 

アシュリーは心根の腕に抱き着いて、駄々をこねた。

これには、先程の二人だけでなく、他の男子生徒も不快感を示した。

悪質一流模倣犯のくせに、美少女留学生とイチャイチャしていやがるのだ。

さて、時間を進めて、夕方。帰り道のことであった。

 

「おい、小僧。我に恵め」

 

橋の上で乞食に遭遇した。

 

「お前のような傲岸不遜な乞食がいるか」

 

心根は以前、別の転生者と戦ったことがあった。

その転生者は目の前の男、ギルガメッシュを召喚して、心根の殺害を試みた。

・・・無論、失楽園というE.G.Oで撃退したが。

 

「というより、お前の財宝少し売ればいいじゃん」

 

「・・・あのバカがそれをやらかしたのだ。

今頃、警察と考古学会に追われているだろうな。

だから、他国で売り払えと言ったのに。

そういうわけで、我はお尋ね者にはなりたくないのだ」

 

「まあ、乞食の方がまだマシだな」

 

彼は竹細工を恵んだ。

 

「俺の作品は高く売れる。それで我慢しろ」

 

「むう、仕方あるまい。ところで、気を付けた方がいいぞ」

 

「何がだよ」

 

「最近、お前を襲おうという輩がいるそうだ。

ずいぶんと恨みを買ったようだな?」

 

「月咲の奴・・・まあ、あいつは姉がいないと雑魚だから気にしなくていいか」

 

「おいおい、慢心したら足元すくわれるぞ」

 

「お前に言われたくないわ」

 

そこに、一人の少年が近づいてきた。

 

「・・・心根、何をしているんだ?」

 

「おっ、正史郎じゃん。お久しぶり」

 

仏英正史郎、大東区出身の中学生だ。

心根と同い年で、栄総合学園に通う生徒で、しかも転生者だ。

 

「お久しぶり、という場合じゃないぞ。

お前、大東区の奴らから狙われてるんだぞ」

 

「えっ、大東区からも?何もした覚えないぞ?」

 

「からもって・・・だから模倣はやめろと言ったのに。

まあいい、お前が狙われる理由はただ一つ。

最近、西の人間と仲良くなったそうじゃないか?」

 

「西の人間って・・・お前も西の学校に通ってるじゃん」

 

「俺はタルト様一筋だからいいんだ。

お前は見方によっては八方美人だぞ?

東西関係なくいい顔しているからな。

まあ、馬鹿馬鹿しいとは思うけどな」

 

正史郎はこれで二回目の転生だという。

一回目は、百年戦争、つまり魔法少女たると☆マギカの時代だったらしい。

ちなみに、タルトという女性の絵ばかり描くので、大東区では腫物扱いだ。

 

「ご忠告ありがとよ。まあ、自分の身は自分で守るさ」

 

そして星条旗は立てられた。

三人は大東と工匠の男子生徒たちに囲まれていた。

 

「貴様がフラグを立てたせいで、我も巻き込まれたではないか!」

 

「知らんがな!おい、こうなりゃヤケだ!正史郎、お前も一緒に戦え!」

 

「はあ、わかったよ。・・・ラ・リュミエール」

 

三分の一が全滅した。

正史郎はただ光を放っただけだが。

 

「くっ、この変態め!裏切りやがったな!」

 

「もともと味方だった覚えはないが?

そもそも、俺たちを襲って、お前らの価値が変わるとでも。

それだから貴様らは西とやらから蔑まれるんだ」

 

「こ、この変態が・・・!」

 

「おっと、貴様らの相手は我だ」

 

「はあ、乞食は黙って・・・」

 

相手が悪かったという他ない。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

金製の棍棒が次々と放たれる。

この攻撃により、残っていた敵の半分が全滅した。

 

「槍や剣ではなかっただけ、ありがたいと思え」

 

残るは工匠学舎の男子生徒のみだった。

 

「あのなあ・・・俺はお前らの工房の技術を参考にしてやったんだ。

それだけでも、感謝してくれてもいいじゃないか」

 

「ふざけんな!この泥棒!」

 

「お前はただ技術を盗んだだけじゃないか!」

 

「オリジナルの技術で何か作ったことあんのかよ!?」

 

「お前のせいで、皆が迷惑しているんだ!」

 

心根は溜息をついた。

 

「・・・それで?お前らはオリジナルの技術とやらで何か作ったのか?

俺より優れた何かを作れたのか?お前らの工房の技術を昇華させたのは俺だぞ?」

 

これ以上は付き合っていられなかった。

彼は『お前、ハゲだよ...』のE.G.Oを発現させた。

そして、次々と生徒たちに拳銃をぶっ放した。

 

「髪が、髪が・・・!」

 

「いやだ、ハゲになりたくない!」

 

「助けて・・・!」

 

こうして男子生徒たちはハゲになりながら、逃げだした。

幸運にも攻撃を避けれた男子が一人残っていた。

昼休みに不快そうに心根を見ていた生徒だった。

 

「さて、残るはお前ひとりか。ハゲになりたくなけりゃ、逃げ・・・」

 

想定外だったのは、意外とそいつの身体能力が高かったことか?

 

「死ね!自分だけのものを作れないくせに!」

 

彼は川に吹っ飛ばされてしまっていた。

そこは意外と深く、心根の意識はだんだんと暗くなっていった。

 

「才能がない」

 

走馬灯というものだろう。

これは・・・二回目の人生の初期の記憶だ。

 

「お前には、才能がないんだ」

 

「・・・どうして?こんなに上手く作ったのに」

 

子どもらしく振舞うのは、当時はなかなか大変だった覚えがある。

 

「お前はただ他の職人を真似ただけだ。

自分だけのものを、今まで作った覚えはあるか?

ないよな?創造力のない奴はこの地区では生きていけないんだ」

 

「そんなあ・・・」

 

こう言ったのは、父親だった。もちろん、今回の人生における父親だ。

その時、彼は無性に前世の父親が懐かしくなったのだ。

前世の時から、彼は他人の作品を参考にするのが得意だった。

前世の父親は、それを率直に褒めてくれたのだ。

 

「せがれはあんなことを言っておるが、気にするな」

 

今回の人生において、一番大きな味方は祖父だった。

 

「儂もこの通り、木彫りをやっておるが、儂独自のものではない。

技術も、見た目も、他の人から引き継いだもんだ。

せがれも含め、最近は創造力とかオリジナリティーとやらに囚われておる。

そんなもんは他人を真似て、初めて出来上がるんだ。

もちろん、時間はかかるがな!」

 

心根は自覚していた。オリジナルのものを作る才能なんて、なかった。

時間は一気に飛んでいく。

 

「竹細工に、ガラス細工に、歯車仕掛け・・・素晴らしいですね!」

 

工匠学舎の先生が心根の作品をそう褒めてくれた。

それはまさに『複合』という言葉が似合っていた。

 

「これって・・・ウチの工房の技術、使ったよね?

デザインまでなんか似すぎているんだけど?」

 

先輩にあたる天音月咲はすぐに気づいた。

 

「使ったけど・・・何が悪いんだ?わざわざ、中等部にまで来て言うことか?」

 

「・・・心根くんのオリジナルの部分はどこにあるの?

このガラス細工も、歯車仕掛けも・・・。

どれも、他の職人さんのを真似ただけじゃん!」

 

「それで、先輩は作れるんですか?

先輩のオリジナリティーとやらで、俺の作品を上回るのを」

 

「・・・」

 

彼女が何と言ったのか、聞き取れなかった。

 

「何か言いましたか?」

 

「泥棒」

 

「はっ、自分の工房嫌っている奴に言われ・・・あっ」

 

つい、原作知識とやらを言ってしまった。

 

「・・・もう二度と、ウチの工房に近づくな。この泥棒」

 

もちろん、心根を擁護する友人たちも多かった。

それでも、彼を泥棒と罵る生徒も多くなっていった。

走馬灯の時系列はバラバラになっていく。

 

「はっきり言おう。私はお前のことが嫌いだ」

 

「・・・どうしてだ?」

 

「お前がそれを知る必要はない」

 

十七夜からはそう言われてしまった。

当たり前だろう、心を読めない人間など不気味に違いない。

 

「一緒に将棋しているときに言われても説得力ないけどな」

 

「ははは、それもそうだな!」

 

「なんで嫌いな奴と将棋打ってんだよ?」

 

「それは・・・普通に勝てるからな」

 

心の読める彼女からしてみたら、ある意味、心根は対等な存在だったが。

 

「ひかりくーん!見て!」

 

「わあ、花冠じゃないか!作ったの?」

 

みたまは幼稚園児の時はまだ無垢だった。

神浜市を滅ぼそうとは思ってすらいなかった。

 

「おっす、みたま。久しぶ・・・どうしたんだ?」

 

「・・・大丈夫よお」

 

わかっていた。彼女に何があったのかは。

でも、巻き込まれたくなかったから、知らないふりをした。

走馬灯が途切れた。これが彼の今回の人生。

こんなことをするために、自分は転生したのだろうか?

いや、Lobotomy Corporationの主人公になろうとしても、

結局はただの模倣に過ぎなかっただろう。

結局、自分はどこまで行っても、模倣するしかないのだ。

自分に敵対してきた転生者だってそうじゃないか。

あいつも結局は、Fateを模倣したに過ぎないのだ。

E.G.Oでさえも既存のものしか発現できなかった。

ただ真似をしただけの人生。

こんな人生に、意味はあるのか?

そうだ、もう一度やり直せばいい。

転生できるはずだ。そこで、最初からやり直せばいい。

 

「光、人間死ぬとき、何かを残さなければならん。

本でも、絵でも、子供でも、なんでもいいんだ」

 

途切れたはずの走馬灯が再び始まった。

 

「死んだとき、お前の魂の行き場になるものを残すんだ」

 

「それは・・・自分だけのものじゃなくちゃダメなのか?」

 

「いいや、真似でもいいんだ。最近は独自性にこだわるが、

よく考えてみろ。結局は似たり寄ったりになるんだ。

儂の木彫りの人形だって、誰にだって作れるんだ」

 

「ふーん・・・」

 

そして、祖父が死んだとき。心根は泣いたものだった。

祖父の死だけじゃない。もう二度と、祖父の木彫りの人形は作られない。

もう二度と、何か面白い冗談や、教訓話を話してくれない。

祖父のしてくれたことのために、泣いたのだ。

気がつくと、祖父が目の前に立っていた。

 

「まだ来ちゃいかんぞ。神様に押し戻すように、きつく言われとるんじゃ」

 

「・・・結局、俺は能力すら活かせなかった」

 

「何を言っておる?お前はたくさんモノを作った。

模倣だろうが何だろうが、それはお前の残したもんだ。

それに、ここで死んだら、二人は悲しむぞ」

 

脳裏に、笛吹と碑石の顔がよぎった。

アイツらは、絶対に立ち直れないに違いない。

 

「わかった。それで、どうすりゃいい?」

 

「安心せい、お前は助かる運命にある」

 

「そうなのか・・・その、じっちゃん。ずっと言えなかったことだけど・・・」

 

「本当の孫じゃなかった、っていうつもりだろ?」

 

「・・・うん。俺、転生してきたから」

 

「気にせんでいい。もともと人間は転生という概念は知っておる。

もしかしたら、儂ももとは別の人間だったかもしれんからの。

そうなると、前のお前も別の誰かだったかもしれん」

 

祖父は意外とこういうことにはこだわらない性格だった。

 

「まあ、お前が前世では違う人間だったとしても、お前はずっと儂の孫だ」

 

「・・・うん」

 

「あと、”えご”だったか?お前の”えご”は発現しとる」

 

「はっ?」

 

彼は現実に戻っていた。

彼はコンクリートの上で目を覚ました。

右隣には、ギルが白目を剥いて倒れていた。

さらにその隣にはどういうわけか月咲が同じようになっていた。

そして、左にはなぜかみたまが添い寝していた。

 

「やっと起きたか」

 

「仏英か・・・何があったんだ?」

 

「お前を助けようとした慢心王がよりにもよって黄金装備で川に飛び込んだ」

 

「・・・言葉にできんな。それで、どうして月咲も?」

 

「お前が溺れていると聞いて、変身せずに川に飛び込んだ」

 

「・・・マジ?」

 

「本当だ。意外と嫌われていなかったようだな」

 

心根は笑った。少し馬鹿らしくなったからだ。

 

「それで、これは貴様の彫刻刀だろ?」

 

仏英はひょいっと投げ渡した。

 

「・・・えっ?」

 

「やっぱり覚えていないか。お前は無意識にそれを壁に突き刺していたんだ。

慢心王も、月咲も、そうやって流されずにいたお前にしがみついて助かった。

まあ、危うく溺死するところだったがな」

 

その彫刻刀は、なぜか自分の肉体のように感じられた。

これが、彼だけのE.G.O。彼はついに発現できたのだ。

 

「ちなみに、引き上げは俺とこの女と一緒にやった」

 

「そうか・・・腹減ったなあ」

 

「そういうだろうと思って、弁当を注文してやったぞ」

 

予想外のことに、弁当を配達してきたのはメイド姿の十七夜だった。

 

「あれ、理子は?」

 

「私じゃ不満か」

 

「そういうわけじゃないけど・・・」

 

「あの子はお前が死にかけたと聞いて、卒倒したが」

 

「・・・謝っておこ」

 

だが、心根は次のことを考えていた。

あの探査機は見た目がシンプルすぎる。

宇宙に打ち上げるというのに、あれでは恥ずかしい。

でも、今の自分にはE.G.Oがある。

それを使って探査機をデコレートすることをあの二人に提案しよう。

そうだ、生きよう。そう心根は決心した。

一方その頃、心根を川に突き落とした男子生徒は市内を逃げていた。

 

「はあはあ・・・ここまで逃げれば・・・」

 

「撒いただろうって。カワイくない考えだね」

 

「ひっ、アシュリー・・・」

 

さらに逃げようとすると、何かにぶつかった。

 

「おっと、樹里サマにぶつかるとは度胸あるな」

 

「ひ、ひえ・・・」

 

本当だったら、この男子生徒は助かるはずだった。

神浜市と二木市の魔法少女は戦争状態だ。

会ったら即戦争。そのどさくさに逃げれるはずだった。

 

「それで・・・後ろにいるのは、神浜の奴か」

 

「・・・」

 

「ぶ、ぶつかったのはすまなかった。

でも、助けてくれ!俺、コイツに殺されそうなんだ!」

 

「・・・心根を殺そうとした奴が何言ってんの?」

 

アシュリーの一言により、男子生徒は終わった。

 

「へえ、てめえ心根を殺そうとしたのか」

 

男子生徒の頭がガシッと掴まれた。

 

「・・・心根と知り合いなの?」

 

「・・・皆、アイツに世話になったからな。

じゃあ、ちょいっとヴェルダンに仕上げてくるから、

家に帰ってろ。復讐は樹里サマたちの本業だからな」

 

「アア、オワッタ・・・!」

 

これから血を見ることなるので、視点を変えよう。

時雨は最初から見ていた。

三人が包囲される前から、心根がE.G.Oを発現するまで。

ただ悔しかった。一般人で、しかも男の彼が軽々とやってのけたのだ。

 

「ふーん★魔法少女じゃないのに、あんなことできるんだ!」

 

藍家ひめなも一緒に様子を見ていた。

 

「これはちょいっと面白そうだな~」

 

「・・・」



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地獄とは、神と歴史の不在なり

地獄に続く道は、常に善意という敷石で舗装されていた。

歴史を紐解けば、いつだってそうだったのだ。

では、地獄とは何か。地獄とは・・・。

 

「・・・朝か」

 

碑石健康の一日はこのように始まる。

里見メディカルセンターの病室のベッドの上。

その病室は彼だけに与えられたもので、歴史書籍が散乱している。

 

「また読んでる途中で寝落ちしたの?」

 

灯花がにやけながら部屋に入ってきた。

 

「そうみたいだね」

 

碑石は頭を掻く。

 

「くふふ、酷い寝ぐせ」

 

そして、病室から出て行く。

 

「・・・毎回どうして入ってくるんだ?」

 

その疑問に答える者は、いつものようにいなかった。

少し遅めの朝食を食べて、彼は日課の散歩を始めた。

街はどういうわけか急速に復興が進んでいた。

今までの神浜市の行政だったら考えられないことだった。

そもそも、つい最近まで西が東に瓦礫撤去を押し付けていたはずだ。

だが、いつの間にかその状態はなくなっていた。

どの区も、等しく責任を持って、協力して復興に取り掛かっていた。

別にいいではないか?ようやく正常な街になっていくのだ。

ある魔法少女は言った。

 

「為政者達は己の欲と野心の事ばかりで市民の事など何も考えてはいない」

 

少なくとも、今の為政者は神浜市民のことをよく考えているようだ。

これは転生者である彼にとっても嬉しい事だった。

原作介入する気のない彼にとって、大事なのは原作よりも日々の暮らしだ。

それでも、彼の頭の中に警報が鳴り続けた。

これはいくらなんでもおかしい。いくらなんでも、順調すぎる。

心根も言っていたではないか。順調な時こそ、気を付けろと。

いつの間にか、彼は市役所の前に立っていた。

中に入ると、現代日本ではありえないほど全てが滞りなく進んでいた。

職員の数も少なく、というより四分の三がAIに取って代わられつつあった。

市民たちは、SFでよく見るような宙に浮く画面を操作すればいいだけだ。

それで、それまでたらい回しの繰り返しだった手続きが一瞬で終わる。

 

「なんだこりゃ・・・」

 

碑石は一瞬で悟った。これは転生者が関わっている。

そうでもないと、こんな急速な変化は起こらないはずだ。

 

「えっと・・・どれを押せばいいんでしょうか」

 

もちろん、急速な進歩は誰かしら置いていくものだ。

この場合は、環いろはが置いていかれているのだ。

 

「いろはさん、大丈夫ですか」

 

「あっ、碑石さん・・・見ての通り、こういったのは苦手なんです」

 

碑石は原作開始前とやらから彼女と知り合いだった。

その頃には、彼は無理やり入院させられていたのだ。

健康体で、年上でもあったので、院内学級では社会科を担当していた。

 

「手伝おう・・・と言いたいところだけど、私もこういうのは苦手なんだ」

 

「ですよねー。でも、大丈夫ですよ。多分、何とかなるので」

 

「そうかい。ところで、こういうのはやちよさんがやるんじゃないのかい?」

 

「やちよさんは、今日は少し用事があって、代わりに私が・・・」

 

その時、アナウンスが流れた。

 

「碑石健康さん、市長がお呼びです」

 

これは実に好都合だった。

相手から呼び出してくれたのだ。

 

「市長・・・って、今の市長って誰でしたっけ?」

 

いろはのこの一言が、今の神浜市を物語っていた。

誰も知らない統治者が、全てを推し進めている街。

 

「仕方がない。いろはさん、また後で」

 

「ええ、また後で」

 

そして、彼は誰にも聞こえないように、言った。

 

「後があるならね」

 

彼は珍しい存在となった人間の職員に案内されて、エレベーターに乗った。

エレベーターは下にぐんぐんと降りて行った。

どこまで降りたのかはわからなかった。

ただ、市長室が地下深くにあるというのはわかった。

エレベーターの扉が開くと、黄金張りの長い廊下が続いていた。

五分くらい廊下を歩いて、101と書かれたドアの前に立った。

 

「まるで愛情省だ・・・」

 

ドアを開けると、Loboomy Corporationの管理人室と同じ見た目の部屋だった。

多くのスクリーンが、壁一面に設置されていた。

 

「ようこそ、碑石健康くん。君が最初に来ると思ってたよ。

でも、まさかこんなに早く来るとは思わなかったけれどね」

 

市長の見た目は好青年だった。

一見すると、まるで何の悪意も抱いていないように見えた。

 

「まずは一杯どうだい?」

 

彼が指を鳴らすと、白い髪の少女が金色の杯を二つ持ってきた。

だが、碑石にはどうしてもそれを飲む気にはなれなかった。

 

「・・・中身はなんだい?」

 

「SCP-006はご存知ですか?」

 

「お断りだ。私は普通の人間として一生を終えたいからね」

 

「そうか・・・それは残念だ。あなただったら、ボクと仕事ができそうだったのに」

 

市長は何のためらいもなく、飲み干した。

 

「あと、まさかとは思うが・・・この金色の杯は、前任者の末路かい?」

 

「その通り。遊牧民はよくやることだよ。それは碑石くんもご存知のはずだ」

 

「あいにく、私は農耕民の末裔だからね。

殺人までして、君は一体何が望みなんだい?」

 

「そうだね・・・少し待ってくれ」

 

市長は本棚からSCP-001というタイトルの本を取り出した。

そして、ぱらぱらとページをめくり始めた。

 

「あった。これだよ、これ」

 

彼は[SCP-001-JP codename kwana]という章を開いた。

 

「ボクは代価を支払って、これに似たモノを具現化させたんだ。

地下に伸びていて、ボクたちはその内部にいるんだよ。

これだったら、いちいち代価を払わなくても、SCPを具現化できるからね」

 

「なるほど、まずは手段を説明してからっていうわけか」

 

「代価というのは、宇宙の熱量。つまり、宇宙の寿命を奪ったわけだね

安心してくれ、せいぜいビル・ゲイツから十円盗んだようなもだから」

 

彼は微笑んだ。

 

「ボクの能力は代価を支払って、望んだものを具現化することなんだ」

 

碑石は笛吹のことを思い出した。彼と似たような能力を、市長は持っているのだ。

 

「では、付いてきてくれ。セントラルドグマを見せてあげるよ」

 

「ほう、リリスでもいるのかい?」

 

「似たようなものだね。生命体ではないけどね」

 

部屋にあるエレベーターを使って、さらに下に降っていく。

そこには、巨大な「カバラの樹」があった。

 

「Lobotomyだな」

 

「まあ、あのゲームを参考にしたからね。

ボクの目的は、これを使って、神の座を簒奪することだ」

 

「へえ、神の簒奪ね・・・今、なんていった?」

 

「神の座を簒奪する。安心してくれ。君たちを転生させた神様のことじゃない。

ボクは前世では酷い人生を送った。親からの虐待やいじめとかね。

子どもをかばって、トラックに轢き殺されたときには喜びを感じたぐらいだ。

ところがどっこい、そいつはそのボクの態度が気に食わないっていうんだ。

死んだっていうのに冷静なのは罪らしいんだ。

これは夢だとかなんやかんや騒げっていうんだ。

それで勝手に能力を与えられて、すぐに転生させられたんだ」

 

碑石は自分を転生させた女神のことを思い出した。

自分も死んだということには気づいていたが、彼女は何もひどいことはしなかった。

いや、むしろ積極的にサポートしてくれた。

しかも、一週間の猶予も与えてくれたのだ。

その間に、あの世にそのまま行くか、転生するかを選ばせてくれた。

 

「その後、ボクは捨て子としてつつじの家で育った。

でも、その後もアレからの干渉は続いた。

これをやれだのあれをやれだの。全部が、酷い事だった。

ボクは必死で抵抗したから、社会的な人生の終わりは避けれた。

でも、そのおかげで体調は常に悪く、今回の人生でもいじめにあった」

 

「それは・・・」

 

「いいんだ、ボクは気にしてない。

笛吹くんたちが助けてくれたし」

 

「笛吹が?君と知り合いだったのかい?」

 

「ええ、知り合いどころか友達だよ!

まあ、彼は微妙に勘が悪くて、ボクが転生者だと気づかなかったけど。

話を戻そう。このはさんたちや、かこさんもボクを助けてくれた。

そのおかげで、ボクは人間というものの素晴らしさがわかった。

だけど、あの自称神とやらはそういったことを馬鹿にしてくる。

碑石くんは、馬鹿という方が馬鹿という言葉は知っているよね。

アレは馬鹿だから、他のことを馬鹿にしてくる。

純粋理性批判を読んでいたら、当然のようにそれを馬鹿にしてきた。

じゃあ、どこら辺が駄目なのかと聞いたら、急に頭痛に襲われた。

君は、この話が何を意味するかわかるはずだ」

 

「・・・神が痴呆だとでも?」

 

「その通り!それでいて、自分に対する反逆には敏感だった!

この艦橋もそれで不完全にしか再現できなかった。

アイツがボクに興味を失うように、廃人のフリを必死でしたんだ。

もちろん、いじめが原因だという感じにね。

二回目だったから、精神的には平気になっていたのが辛かったよ。

心の底から廃人にならなくちゃいけないからね!

このはにも、遊佐にも、あやめにもすごく心配をかけてしまった。

でも、この演技が功を奏したんだ。

ある日、神に話しかけたら、うるさいって言われたんだ。

もう興味ないから、勝手にしてろとも言われた。

通信を切ってから、ボクはようやく廃人から卒業できた。

それからボクはつつじの家から抜け出して、艦橋に住み始めた」

 

しかし、碑石には一つの疑問が残った。

 

「じゃあ、どうして神浜市の市長になったんだ?」

 

「・・・どうしても、アレが完全にボクへの興味を失ったとは思えなかった。

おっと、安心してくれ。この部屋はまた別のSCP-001になっているから。

アレの干渉は完全に断ち切っていることは証明できた。

ともかく、何らかのカモフラージュは必要になったんだ。

とりあえず、面白いことをやっておけばカモフラージュになるのはわかってた。

それで、あの部屋で市政をすることになった。でも、すごく簡単なんだ。

代価さえ払えば、ボクはなんでもできる。

あのスクリーンで、ボクはシティーズスカイライン感覚で市政ができるんだ。

成功するたびに、あの樹にエネルギーが貯まる」

 

「下水を飲ませるのはやめてくれよ」

 

「しないさ、そんなこと。街は吹き飛ばすけど」

 

「えっ?」

 

「言っただろ?カモフラージュだって。

この銃は別の方向に向けているから、見逃してっていうわけさ。

でも、非殺傷魔法で吹き飛ばすから安心してくれ。

ボクの体内にはリンカーコアが埋まっている。

あっ、もちろんアレは塵一つ残らないから」

 

「マギレコにリリなのを持ち込むんじゃない」

 

「君たちだって、マギレコにそぐわないことをしているじゃないか。

宇宙に人類の足跡を残す、素晴らしい事だけど、物語には関係ないよね?」

 

「うぐっ・・・」

 

三人のやっていることは市長にはスクリーンで全てお見通しだった。

 

「それに、神浜市を吹き飛ばすのも悪い事じゃないよ。

いくらシティーズスカイライン感覚で市政ができるとしても、

この街は色々と不全が多すぎるんだ。

東西の対立だったり、前任者の失敗だったり・・・。

Hoi4で例えれば、デバフがかけられているといった感じだね。

そこでデバフごと街を吹っ飛ばせば、新しい清らかな神浜市の誕生だ」

 

「・・・住む人のことを無視してないかい?」

 

「ああ、アフターケアはすぐにするつもりだよ。

その時には、ボクは代価無しに森羅万象を操れるだろうから。

街の復興はすぐに進むと思うよ。区画も再編したうえでね」

 

「・・・」

 

「何が不満なんだい?この街はいずれ、理性と知性を兼ね揃えた人間に統治されるんだ」

 

「そこに、感情はあるのかい?」

 

「感情?そんなものが必要だとでも?」

 

「・・・君に悪意はないんだね」

 

「そんなものクソくらえさ。アレの象徴だからね」

 

「感情もない。悪意もない。少なくとも、それは狂気だ」

 

「碑石くん?狂気は消えるんだよ。ボクは理性を持った人間だ。

そのボクが生きる限り、この世界には狂気は存在させない」

 

「君をいじめていたのも、人間のはずだ」

 

「あいつらは人間じゃないからいいんだよ」

 

「つまり、君の望む世界は、選ばれた人間の世界だと?

ついに本性を現してくれたか」

 

「そういうわけでもない。ボクはアレと違って、慈悲がある。

ボクをいじめていた連中にも理性を与えるつもりだよ」

 

碑石は樹に持たれかかった。

 

「・・・その世界は地獄だよ。神の不在は、地獄なんだから」

 

「アレを神と認めるのかい?」

 

「悪法もまた法。悪神もまた悪神だ」

 

「でも、悪法は打倒しなければいけない。

悪神もまた然り。ボクの何が悪いっていうんだ?」

 

「ナチス、ロシア共産党、手法は君と似たようなものだった。

彼らは、人間だけの世界を作ろうとして失敗した」

 

「さすが歴史の勉強に打ち込めるだけはあるね。

ですが、ボクは彼らのような失敗は犯さない」

 

「いつだってそうだった。だが、私がどれほど言っても君は聞かないだろうね。

歴史は、いつだって繰り返して、その度に地獄になる」

 

「地獄なんかじゃない!この世界は天国に一歩近づくんだ!

君がいくら嫌がったところで、もう止められない。

恨むなら、非力な君自身を恨むことだ」

 

もはや何も言うことはなかった。碑石は一人エレベーターに乗った。

 

「ボクの名前、白谷氷河っていうんだ!覚えてくれよ」

 

覚えなくてはならない。敵の名前は、絶対に忘れてはいけない。

 

「やっぱり仲間にはならなかったんだね!」

 

管理人室に戻ると、白い髪の少女がけたけたと笑った。

 

「・・・君は、この世界の住人かい?」

 

「うん、そういうことになるね!」

 

「なんで白谷に協力するんだ?」

 

「ただのアルバイトだから、ミィには関係ないの!報酬もいいから!」

 

「街が吹き飛ぶのに?」

 

「・・・姉ちゃが罪を犯すよりかは、ずっとマシだもん。

それに、人が死なないんでしょ?なんも悪い事ないじゃん!」

 

「人は死ななくても、歴史は死ぬだろうね」

 

碑石は来た道を再び戻って、市役所の受付に戻った。

いろははまだ宙に浮くディスプレイに悪戦苦闘していた。

だが、さっきと違うのは、彼女を手伝っているものがいるということだ。

 

「これはこうするのよお・・・たぶん」

 

「あ、ありがとうございます、結菜さん!」

 

それはある意味信じられない光景だった。

いろはの敵である紅晴結菜が手を貸しているのだ。

 

「これで終わりよお、次は手を貸さないからわよ」

 

「その・・・」

 

「何も言わないでほしいわ。・・・ところで、あの青白男はアンタの連れ?」

 

「えっ・・・碑石さん、いつの間に戻ってたんですか!?」

 

「ついさっきね。その子は・・・」

 

「知り合いでも何でもないわあ」

 

「わかった、そういうことにしておこう」

 

少し気まずい空気が流れた。

 

「ひ、碑石さん。新しい市長はどんな方でしたか?」

 

「・・・神浜市を善意で舗装されたレールに乗せようとしている人だった」

 

いろはは碑石の言葉に首を傾げた。

 

「今のは忘れてくれ。・・・もう、こんな時間だ。早く病院に帰らないと」

 

碑石は急いでその場を立ち去った。

 

「どういうことでしょうか・・・?」

 

「・・・遠回しに地獄行きと言ったわね」

 

「えっ?」

 

彼は病室に戻り、ベッドの上に寝転んだ。

もうすぐ神浜市は吹き飛ばされてしまう。

もはや原作など崩壊してしまうのだ。

廊下の方から、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。

氷河、君はあの子たちの笑顔を奪うつもりかい?

君は、多くの人の笑顔を奪うつもりかい?

 

「・・・そうだ、私にできることがあるじゃないか」

 

彼はベッドから起き上がると、本の山を崩し始めた。

そして、いくつかの本を選び出す。

その本はどれも、神浜の歴史に関するものであった。

世界史専門の彼は、今まで興味を示さなかったが、今は違う。

もうすぐ古い神浜は何もかもが吹き飛ばされてしまう。

歴史の不在は、地獄だ。歴史を何か残しておかなくては。

笛吹に四次元ポケットを貸してもらって、そこに入れておこう。

それだけじゃない。もし、四次元ポケットが駄目になったとしても、

あの探査機にインストールすればいい。

そうすれば、どこかで神浜の歴史は生き残り続ける。

こんなことをしても、氷河にはまったく痛くもかゆくもないだろう。

だが、こういった抵抗くらいは許されてもいいはずだ。




読者「おい、この三人のどこが馬鹿なんだ!?」

えっ?一応は馬鹿ですよ?

笛吹「(数学の)テストで三点、国語は満点!」

かこ「少しお話があります」

碑石「(理系の)テストで三点、歴史は満点!」

灯花の父親(これはひどい)

心根「(全教科で)テストは三点、工芸品は満点!」

みたま「はい、お勉強しましょうね」

あと、ライセンス表記しておきますね。
『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』

SCP-001-JP Kwanaの提言 http://ja.scp-wiki.net/kwana-s-proposal

SCP-001 スパイク・ブレナンの提言 http://ja.scp-wiki.net/spikebrennan-s-proposal

SCP-006 http://scp-jp.wikidot.com/scp-006


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神浜市がもうすぐ吹き飛ぶらしいけど、文化祭(女子校)

三人は秘密基地に集まり、作業に集中していた。

心根はE.G.Oで探査機をデコレーションして、

碑石は神浜の歴史も改めてデータ化して、

笛吹はそれぞれのデータに関する解説文を書いていた。

 

「差し入れだ。平伏するがよい」

 

ギルガメッシュが理子の家のお弁当を持ってきた。

 

「あんがとー。よし、そろそろ飯にするか」

 

心根の一言で、いったん休憩になった。

 

「うまい!」

 

笛吹の瞳はどこぞの炎の呼吸の使い手みたいになっていた。

 

「・・・小僧、こいつ結構ヤバい奴では」

 

「言うな、ギル。これでもいい奴なんだ」

 

そこに、正史郎も入ってきた。

 

「あっ、こんにちは!あなたが正史郎くんですか!」

 

「そうだ。お前が笛吹という奴か。核シェルターを貸してくれてありがとう。

おかげで、タルト様のお姿を全て守ることができそうだ」

 

「いえいえ、どうってことありませんよ」

 

核シェルターは小屋の秘密基地の隣にある。

いざという時は、そこに避難するのだ。

 

「・・・ところでだ、笛吹、氷河を説得できないのか?」

 

心根はそう訊ねた。

 

「説得ですか・・・しかし、肝心の神が生き残っている限り、氷河くんは安心できませんよ」

 

「だったら、その神を代わりにやっつければいいじゃねえか」

 

「その手も考えたんですが、目的を失った氷河くんがどうなるか、不安なんですよ」

 

「げっ、確かにそれは嫌な予感がするな」

 

碑石はコーヒーを飲みながら話を聞いていた。

 

「碑石さんは何かいいアイデアありませんか?」

 

「そうだね・・・どちらにせよ、彼は神浜市を吹き飛ばすだろうね。

市政を続けるにしても、神浜市の東西対立は大きな障害だ」

 

「けっ、迷惑な話だぜ」

 

心根は一気に弁当をかきこむ。

 

「そもそも、そいつ魔法少女の存在忘れてんじゃねえか?

もし、あいつらが真実を知ったら、そいつ、ただじゃ済まねえぞ」

 

「それは困りますね。僕にとっては大切な友人なのに」

 

笛吹は悲しそうな顔をした。

 

「現状を嘆いても仕方あるまい。他の事を考えるべきであろう」

 

ギルはいつの間にかワインを飲んでいた。

こいつ、数日前まで乞食だったんだぜ?

笛吹の慈悲で、小屋に住まわせてもらっているのだ。

もちろん、警備員としてだが。これが本当の自宅警備員。

 

「・・・そうですね。ギルさんの言う通りですね。

では、話題を変えて・・・水名女学園の文化祭で、

スペースを借りることができました。端っこですがね。

そこで小説を配布する予定なんです」

 

全員が吹き出してしまった。

 

「ごほっ・・・おい、あそこって女学校じゃねえか!」

 

「なんか、最近は男女の交流とかいう風潮になっているそうなんです。

まあ、審査基準は怪しかったんですが。顔と出身地区で選んでましたから」

 

どんな人が落とされるのかは確実であった。

 

「とにかく、あと三人くらい招待できるんですが・・・」

 

「俺はやめとく。だって、俺、東の人間だろ?

お前らは気にしないだろうけど、この世界の奴らは違うからな。

それに、みたまのこともあるし、どうしても参加できねえよ」

 

「そうですか・・・ギルさんはどうですか?

とりあえず、立っているだけでも・・・」

 

「我はここを守る役目があるからな」

 

「それでは・・・碑石さんと、正史郎さんは」

 

「私はあそこの人間とは知り合いだからな。

心根の代わりに、工芸品を売ってみようか?」

 

「おっ、頼むわ」

 

その一方で、正史郎は不安そうになっていた。

 

「タルト様のお姿は全て、あのシェルターにしまっているんだが?」

 

「破壊耐性のあるキャンパスとか紙を出すので大丈夫ですよ」

 

「なら問題ない」

 

「あと一人ですが・・・僕の方で何とかしておきますね」

 

そういうわけで、あれやこれやあって、文化祭当日。

 

「ねえ、あそこにいる人たちって、例の・・・」

 

「あっ、ほんとだー」

 

「売り子もイケメンじゃん!」

 

端っことはいえ、珍しく男子がいるのだ。

しかも、ちゃんと物もある。

一人は綺麗な本を配布していて、

一人は工匠区の職人の卵が作ったという工芸品を売っていて、

一人は美人画を書く有名な芸術家。

そして、売り子は好青年。

 

「ちょっと待って!?なんでボクが売り子なの!?」

 

「地下にばかりいたら、体に悪いですよ」

 

「・・・ボクのやろうとしていること、知ってるんですよね?」

 

「それがどうかしましたか?友達なのは変わりませんから」

 

「はあ・・・笛吹くんこそ変わりませんね」

 

とりあえず、万全を期して文化祭(女子校)に挑むことになった。

さっそく、一人目のカモ客がやってきた。

 

「あれ?これって心根くんの作品だよね?」

 

「おや、彼を知っているのかい?私の友人でね、彼は今日忙しくてこれないんだよ」

 

「えっ、心根くん、なんかゲームセンターで見かけたんだけど・・・」

 

「お嬢さん、それは気のせいだよ」

 

碑石は心の中で心根の顔に釘を打ち込んでいた。

 

「まあ、今回はどれも百円だ。お買い得だよ」

 

「値段設定間違えていませんか?これもっとお金取れますよ」

 

「彼がそう言っていたんだ。なんか模倣だからって」

 

「・・・まだ、気にしていたんですね」

 

「?」

 

碑石は心根が工匠学舎でどういう評判なのかを知らないのだ。

もし、工匠学舎の生徒がこれを見たら、暴徒化すること間違いなしだ。

笛吹の方にも客がやってきていた。

 

「あれ・・・氷河くん・・・?」

 

「・・・お久しぶりですね」

 

「あちゃー・・・」

 

笛吹は頭を抱えた。

よりにもよって、葉月が来てしまった。

つまり、他の二人も、もうすぐここに来るということだ。

チームアザレアと、氷河は、つぐみの家で育ったのだ。

迂闊だった。文化祭は、外部の人間がやってくる。

しかも、水名は普通に魔法少女が多い。

他校の魔法少女が来ても、おかしくはない。

 

「氷河くん、今までどこにいってたのさ?」

 

「黙秘権を行使します」

 

「葉月さん、どうか彼の黙秘権を・・・」

 

「クソ超展開駄作マシンは黙ってて」

 

「えっ」

 

笛吹は灰になりかけた。

 

「ちゃんと食べてるの?顔青白いじゃない!

ちょっと待ってて!何か買ってくるから!」

 

「ちょっ・・・」

 

葉月はそのまま行ってしまった。

 

「笛吹くん、ボク体調悪くなったので・・・」

 

「逃げないでください。僕だって逃げたいんですよ。

間違いなく、僕も取り調べ対象で・・・ありがとうございましたー」

 

こうしている間にも、どんどんと本が消えていった。

綺麗な装飾で、しかも一人一冊無料なので、どんどん取っていくのだ。

 

「ほら、たこ焼き買ってきたから。ちゃんと食べなさい」

 

「もごもご・・・」

 

無理矢理口に突っ込んでいるのだ。軽い拷問である。

さて、正史郎の方にも客が来ていた。

 

「これが噂のタルト・・・様」

 

梢麻友は息を飲んだ。あまりにも美しいのだ。

ちなみに、様付けしないと、正史郎に半殺しにされるともっぱらのウワサ!

キャーコワーイ!

 

「ふむ、見る目があるようだな。一つ百円だ」

 

「えっ!?そんな値段だと駄目ですよ!内臓売ってでも百万払うので!」

 

「別にいい。神浜市が吹き飛んだときに、その値段で売ればいい。生活の糧になるだろう

 

「えっ、今なんて・・・」

 

「気にするな。とにかく、一つ持っていけ。ふう、今日もタルト様は美しい」

 

「あ、ありがとうございま・・・ちょっ、天音さん、どうしたんですか!」

 

月夜は陳列されている工芸品を見て、血の涙を流していた。

 

「おのれ、心根・・・私は認めないでございますよ・・・月咲ちゃんは渡さないでございます」

 

「おっと、私は君たちの人間関係には何も言わないからな。関係ないからな」

 

「心根の弱みを教えて欲しいでございます」

 

「何が何でも言わんぞ」

 

笛吹の方に視点を戻そう。氷河がアザレア三人組に連れ去られたことを除いて、

まったくもって、順調であった。どんどん小説を取っていってくれるのだ。

文化祭では、よく文芸部が作品集を配布するが、そのノリでやっているのだ。

彼は前よりかは前向きに小説を配布していた。

面白いと言ってくれる人がいた。それだけでも、大きな自信になるのだ。

前世で、ハーメルンで小説を書いても、まったくお気に入り登録がなかった。

でも、今回は違う。この世界には、自分の書いた小説を面白いと言ってくれる人がいる。

しかし、破滅の足音は確実に笛吹に迫っていた。



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ありがとう、さようなら水名女学園

笛吹は本当に迂闊であった。

この文化祭には、外部の人間も来るのだ。

もちろん、他の学校の魔法少女も。

そして、今回、笛吹は自信作を書き上げた。

正確に言えば、自信作「たち」だ。

あの綺麗な装飾の本はSF短編集なのだ。

その中の一つ、”変わらない大切な日常”は特に自信があった。

基本的にSFは「人間を描いていない」という批判を受ける。

だが、この短編はSF的な未来でも変わらない甘い学園恋愛を描いているのだ。

 

「甘酸っぱい小説だね。まるで青春小説だね」

 

「ブラックコーヒーが飲みたくなるよー!甘すぎるよー!」

 

だが、十分後にこの会話は変貌する。

 

「素晴らしい丸太だね。まるで聖書だね」

 

「易経がやりたくなるよー!」

 

ほい、こういうことだ。

だが、読者の中でも正気を保てた者はいた。

 

「ふ、ふゆ・・・かこちゃん・・・もしもし・・・」

 

「もしもし、かえでちゃん?声が弱々しいけど・・・?」

 

「引き・・・返して・・・ふゆ・・・危険な本があるから・・・」

 

「・・・作者名は?」

 

「ふ、ふえ、ふ、・・・ふゆう・・・何人か、ひどいことに・・・」

 

電話が切れた。

かこはチームななかの仲間と一緒に行動していた。

 

「・・・ななかさん、笛吹さんが小説を向こうで出しているそうです」

 

全員に戦慄が走る。彼女たちは、笛吹の小説の危険性を理解していた。

特に、ななかは先日、あやめの小説を読んで、間接的にそれを体感したのだ。

そんなことは露知らず、笛吹は善意で危険物を配布していた。

ああ、もし彼がかこに秘密にしていなかったら!

犠牲者はもう少し減っていたはずだったのに!

 

「さて・・・そろそろ昼ご飯でも食べに行きますか」

 

「ボクは留守番してるね・・・ゲフッ」

 

こうして、笛吹、碑石、正史郎の三人は飲食スペースに向かった。

そこには、北養区名物のオムライスが出されているというのだ。

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

なんか一部の読者が怒りだしそうな先客がいた。

 

「おい、碑石。あれは・・・」

 

「間違いないね、煉獄杏寿郎だ。私も前世で名前くらいは知っていた」

 

「おいしそうに食べてますねー。・・・二人とも、どうしましたか?」

 

そして、その男は三人に気づいた。

 

「おっ、そこの君たち。一緒にどうだい!」

 

「あっ、ではお言葉に甘えますね!」

 

笛吹は、鬼滅の刃のことは知らないようだった。

 

「まなか、オムライスを頼む!この三人の分も!」

 

「はーい!」

 

笛吹は少し考えて、煉獄に聞いた。

もしかして、この男は転生者ではないのか?

 

「あの、もしかしてあなたはて・・・」

 

すると、煉獄は笛吹の口をおさえた。

 

「少年!そういうことは抜きにしようじゃないか!

というより、俺は君の聞こうとしたものとは違うからな!

しいて言えば、本人とやらに当たるそうだが・・・まあ、そんなことはいいだろう!」

 

「・・・そうですね!」

 

ちなみに、急に周りの一部の女子が騒がしくなった。

 

「BLが嫌いな女子なんていません!」

 

一方その頃、氷河は一人でスペースの管理をしていた。

スクリーン越しに市長をやれる人間なので、これくらいは簡単なのだ。

しかし、来たる破滅には抗いようがなかった。

 

「あっ、氷河くんじゃないですか!」

 

「・・・久しぶりだね、かこさん。あと、ななかさんとあきらさんも」

 

「お久しぶりですね」

 

「・・・」

 

「あと、そこの子は・・・」

 

「純実雨アル」

 

「中国から来たのかい。笛吹くんが興味持ちそうだ。

彼、最近は・・・おっと、これ以上は言えないね」

 

氷河は段々といつもの調子を取り戻していた。

 

「ところで、君たちは何をお求めに来たんだい?

笛吹くんの小説かい?工匠区の職人の卵の工芸品?

それとも・・・どうしたんだい?かこさん、ななかさん、あきらさん?

どうして、そんなに悲しそうな表情しているのさ?」

 

「・・・氷河くん、変わってしまいましたね」

 

「かこさん、何もかも変わるものさ。変わらないものがあるとしたら、

それはせいぜい笛吹君の小説の作風くらいだろうね」

 

氷河は本を一冊、人差し指と親指でつまみ上げる。

 

「それにしても、綺麗な装飾だよ・・・。

これはルビーかな?宝石まではめているなんて。

こんな美しい芸術品を壊そうとする輩がいるなんて信じられないよ」

 

彼はおどけた表情で、彼女たちを見つめた。

全てお見通しだった。彼女たちの行動パターンは読めているのだ。

 

「ボクは物を壊される苦しみと悲しみを知っているんだ。

純さんは事情を知らないだろうけど、かこさんたちは知っているはずだよね?

ボクは笛吹くんの唯一の理解者ともいえるね」

 

言っておくが、氷河はノンケの部類に入る。

ただ、スクリーンで転生者を監視する必要があり、笛吹の苦悩も知っているのだ。

まどマギにBL持ち込むような奴がいたら、見てみたいよ。

 

「笛吹くんはいつも苦しんでいるんだ」

 

その頃、笛吹たちはオムライスを食べていた。

 

「「うまい!うまい!」」

 

「・・・正史郎くん」

 

「言うな。俺だってこいつら怖いんだ」

 

一旦、視点を戻そう。

 

「・・・氷河、あなた、すっかり頭がやられてしまったようね」

 

「ななかさん、そんな言い方はないじゃないか。

言っておくけど、ボクもさすがに笛吹くんの小説を読む気にはなれないよ。

ほら、見てよ。あの惨状を」

 

氷河は阿見莉愛を指差した。

 

「はあ、はあ・・・丸太。丸太が欲しいですわ・・・。

どこにとは言いませんが、入れたいですわ・・・」

 

色々と手遅れな彼女を見て、氷河は冷笑した。

 

「脳みそ溶かされるのは、ごめんだね。

それで何の話をしていたんだったけ?

そうそう、ボクが笛吹くんの唯一の理解者だっ・・・」

 

次の瞬間、氷河の目は驚きで丸くなった。

こんな態度を取っていれば、あのななかの怒りが見れるはずだと思っていた。

しかし、彼の胸倉を掴んでいたのは、夏目かこであった。

 

「・・・誰が、ふーくんの唯一の理解者だって?」

 

「ボクだよ。ボクこそが、彼を理解できる唯一の人間だ」

 

氷河には自信があった。笛吹が転生者だという重要な事実を知っているのは彼だ。

彼からすれば、かこはそうした事実を知らないただの魔法少女に過ぎなかった。

だが、次の瞬間、信じられない言葉が彼女の口から発せられた。

 

「私は、ふーくんの小説を幼い時から読んでいるんです」

 

信じられないことだった。彼女は、正気を保っている。

いや、知っていたはずだ。今まで、気にも留めていなかっただけで。

だが、よく考えたらおかしい。なぜ、彼女は正気を保っているのだ?

笛吹の小説を読むことは、宇宙的恐怖に直面するに等しいのに。

 

「ふーくんの小説を読んでもいない奴が、ふーくんの理解者?

冗談も度を過ぎると、殺意が湧きますよ?」

 

胸倉を掴む力がどんどんと強くなる。

 

「・・・訂正するよ。ボクは、彼の理解者じゃなかった。

でも、彼の小説を破壊することが、理解者のすることなのかい?」

 

「理解者だからこそ、友達だからこそ、止めるんです」

 

かこはまだ胸倉を掴んでいたが、掴む力は弱くなっていた。

その頃、笛吹たちは楽しくデザートを食べていた。

 

「はい、煉獄さんにはスイート・ポテトです!」

 

「わっしょい!わっしょい!」

 

「煉獄さんが食べているのを見ているだけでも幸せです!」

 

煉獄を除く三人はブラックコーヒーを頼んだ。

あまりにも、甘すぎるからだ。

ちなみに、作者は二十一巻まで読破してるぞ。

どうして残り二巻は読んでないかって?

美術の先生が持っていなかったからだ!

視点を戻そう。

 

「友達のすることが、本を燃やすこと?」

 

「そうです。友達が人を殺めようとしているのに止めようとしないのは、友達失格ですから」

 

「ああ、君の言っていることは正しいよ、かこ。でも、ボクにだって信念はある。

ただ、その信念が、君の正しさと合わないというだけなんだ」

 

氷河はかこの手を無理やり突き放した。

 

「ふう、苦しかった・・・。さて、三冊ぐらいは守り抜くとするか!」

 

氷河は三冊本を取ると、それを抱えて走り出した。

 

「ななかさんたちは、小説の処分をお願いします!

私は氷河くんを追いかけますので!」

 

それから水名女学園を舞台とする追いかけっこが始まった。

長い間、地下に引きこもっていた氷河は、足の速さでも、スタミナでもかこに負けていた。

しかし、彼には代価を払うことで物を得られるという能力がある。

そして、それは概念にも及ぶ。例えば、「結果」だ。

彼は能力をちまちまと使って、危うい状況から脱した。

完全に逃げ切るわけにはいかなかった。

なぜなら、一冊は笛吹に託す必要があったからだ。

そして、ようやく笛吹のところに辿り着いた。

 

「笛吹くん、かくかくしかじか!」

 

「なるほど!そういうわけで、煉獄さん!僕は逃げますね!」

 

「無事を祈るぞ、少年!」

 

煉獄はわかったようだが、二人には彼らがどんな会話をしたのかわからなかった。

なぜなら、笛吹と氷河はろくな会話をしていなかったからだ。

ちなみに、まなかはどういうわけか、煉獄と同じように理解できたようだが。

笛吹は自分の本を抱えて、水名女学園から脱出できた。

どうやらかこは氷河の方を追っているようだ。

 

「待ってください、ふーくん!」

 

訂正、かこはどういうわけか笛吹に狙いを変えたようだ。

彼は逃げる。とにかく逃げる。だが、彼女の気配はどんどん迫っていた。

転生者とはいえ、一般人だ。体力は向こうの方が上だ。

水名大橋の上に差し掛かったとき、笛吹はついに決断した。

彼は橋の上から、川に飛び込んだ。あとは、川の流れが彼を導いてくれる。

その頃、ようやく誰もが昼食を食べ終えていた。

ひと段落ついたまなかは、煉獄のところに向かった。

 

「煉獄さーん!」

 

「よくやったぞ、まなか!」

 

煉獄は彼女の頭を撫でた。

 

「えへへ~」

 

碑石はとにかく気になることが多すぎた。

一体、魔法少女と柱はどんな関係なのか?

というより、どうして柱がここにいるのか?

完全に別作品のキャラ、しかも本人がなぜかいる。

 

「・・・あっ、大変です!ガス点けっぱなしでした!火!」

 

「それは大変だ!炎の呼・・・」

 

碑石の疑問は物理的に吹っ飛んだ。

南凪区の海浜公園、笛吹はどこからともなくやってきた爆発音に耳を傾けた。

北西の方を見ると、見慣れないキノコ雲が現れていた。

 

カクテ世界ハ変ワリユク

 

いったい、何の小説のセリフだったか?そんな言葉が脳裏によぎった。

彼は身震いした。寒い。やっぱり寒い。はやく家に帰らなくては。

本は耐水性なのでまったく濡れていないが、服と体はそうはいかない。

それに、塩水をかなり飲み込んでしまった。水分補給も必要だ。

タオルと着替えと、ペットボトル一本のスポーツドリンク。

彼がいま一番欲しいものであった。

 

「ほら、タオルと着替えと、スポーツドリンクですよ」

 

「ありがとう、かこ・・・・さん?えっ・・・?」

 

なぜか一番捕まりたくない人が、目の前にいた。

しかも、笛吹が欲していたものを抱えて。

氷河は苦虫を嚙み潰したような表情をして、その様子をスクリーン越しに見ていた。

彼は用事を済ませたので、市役所まで一気に逃げたのだ。

本当は販売スペースに戻るべきだったのだろうが、

 

「どうせここに来るだろうと思っていたんです。

その時には、ふーくんは濡れてるし、喉もカラカラでしょ?」

 

「・・・本は見逃してもらえませんかね?」

 

「タオルと着替えと、ドリンク、あげませんよ」

 

「すみませんでした」

 

「はい、この一冊は私が責任を持って厳重に保管しておきますね。

家に帰ったら、少しお話がありますよ?」

 

「ふえええ・・・・」

 

氷河はスクリーンの電源を落とす。

かこは本当に笛吹の唯一の理解者だった。

彼の逃げる場所、その時の彼の状態まで、全てを予測していたのだ。

だが、今はそれよりも、爆発で崩壊した水名女学園をなんとかする必要があった。

 

「ねえ、市長。これ姉ちゃの料理と同じオーラがするんだけど???」

 

「気にしないでいいよ。とりあえず、一冊はみたまさんに渡してくれ。

一冊はボクが保管しておくから。気が向いたら、読んでみるよ」

 

とにかく、これは予行演習だ。神浜市全域をいつか吹っ飛ばす時が来る。

その事後処理もする必要があるのだから、練習は必要だろう。

幸いにも、死者はおらず、重傷者もいなかった。

どうしてその被害で済んだのかは、氷河にもわからなかった。



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よく見ると、日常には、ひびが入っていたんだ

颯爽と街中を駆け抜ける文学少年が一人。

そんな彼を追いかける本を愛する少女が一人。

彼女は何回も彼を捕まえようとするけれど、彼もその度に危機を回避する。

そして、ついに彼はポストにファイルを放り込んだ。

しかも、その数秒後にそれは取り出され、どこかに行ってしまった。

なお、少年は無事に少女によって取り押さえられた。

彼に待っているのは、少女からのOHANASHIであった。

そのファイルは、あるビルに運ばれて行き、色々な作家に審査された。

彼らは、多くの風変わりな作品を書いたりして、半ば狂人とも言えた。

だから、少年の小説を読んでも、精神に支障をきたすことはなかった。

むしろ、彼らの多くは少年の作風を好んだ。

少年の小説もまた、狂っていたからだ。

そして、その小説は見事合格となり、あるミステリー雑誌に掲載された。

その雑誌は、ミステリー業界では一番発行部数が多い。

 

「む・・・これはなかなか出来の良い作品だね」

 

そんなミステリー雑誌を手に取った少女、広江ちはるは珍しく精神ダメージを受けなかった。

関係ない話だが、この日、全国の精神科は繁盛したらしい。うん、関係ない話だ。

 

「作者名は・・・笛吹文雄。えっ、中学二年生なの?

すごいなあ、そんな年齢でこれほどのミステリーを書けるなんて。

・・・神浜市出身?意外と身近にいるんだ」

 

その頃、その笛吹文雄とやらは死にかけの状態で学校に登校してきた。

 

「ちょっ、笛吹くん!?なんかものすごく死相が滲みでてるんだけど!?」

 

「夏希さん・・・いえ、ちょいっと幼馴染とOHANASHIをしていましたから」

 

「数学のテストの事で?」

 

「それは二週間前の事じゃないですか。もうとっくにOHANASHI済みですよ」

 

「それはそれで大変だね・・・それで、何をやらかしたの?」

 

「なんか素人のミステリー小説大会みたいなのが雑誌の企画にあったので、

それを見て、ついうっかり一作書き上げて、ついうっかり投稿しただけなんです」

 

「それは確信犯というんだよ?だから、ニュースで・・・」

 

「何かあったんですか?」

 

「ううん、別に?」

 

「・・・?」

 

昼放・・・おっと、作者の出身県がバレるところだった。

昼休み、笛吹は学校の図書室で中国文化について勉強していた。

次に完成させる超大作のための勉強だ。

 

「中国の人名、色々と面倒くさいな・・・」

 

そう呟きながら、彼は勉強を進めた。

 

「あれ、笛吹くん?数学の勉強しなくていいの?」

 

「大丈夫ですよ、あきらさん。もうOHANASHIには慣れたので」

 

(・・・全部、中国関係の本じゃん。なんか嫌な予感がするな。

まさか始皇帝が丸太を振り回すSFでも作るんじゃないよね?)

 

あきらの予感は半分当たることになってしまった。

夕方、彼は夏目書房に寄って、遠野物語を立ち読みしていた。

いくつかの差異はあるが、重要な書籍に関しては現実と同じだ。

 

「ふむふむ、これは・・・非常に参考になりますね」

 

「最近、よくその本を立ち読みしていますね」

 

「ええ、民俗学について学ぶ必要があったので」

 

「それはそうと、冷やかしは駄目ですよ。ふーくん?」

 

「買いますね」

 

かこには逆らえないのだ。言っておくが、笛吹の方が年上だ。

そして、夜。彼は例の秘密基地に向かった。

そこで、重大な議論があるのだ。

 

「遅くなってすみません」

 

「いや、大丈夫だ。私たちも今来たところだ」

 

「じゃあ、始めようぜ」

 

議題:地球の位置座標を宇宙に公開するべきかどうか?

 

キュゥべえを追い出すために、別の文明の力を借りるという作戦。

そのためには、まずは他の文明に地球の場所を知ってもらう必要がある。

これは、探査機とは別に進める予定であった。

だが、それで本当にいいのか、議論をする必要があった。

絶対、マギレコ世界でするような話ではなかったが、三人はそんなこと気にしなかった。

 

「まあ、そうはいっても、俺たち全員反対なんだけどな」

 

「それを言ったらおしまいだよ。まあ、全員理由を考えてきてから、だったよね?」

 

「そうですよ。まずは、心根くんからお願いしますね」

 

心根は咳ばらいをしてから、喋りはじめた。

 

「まあ、俺のは根性論に近いんだけどな。

やっぱりよ、こういうのは自分の力で成し遂げるべきなんじゃねえか?

自分の力で追い払わなかったら、他の文明にやられても文句言えねえよ」

 

「なるほど、心根くんらしい精神論だ。では、私は歴史論で行こう。

二人とも・・・インカ帝国やアステカ帝国がどうなったか知ってるかい?」

 

「「うん、知ってる」」

 

碑石の話はあっという間に済んだ。

最後は、笛吹の話だ。

 

「僕は民俗学的アプローチをしますね」

 

「「えっ?」」

 

笛吹は懐から遠野物語を取り出す。

 

「ギルさん、電気を消してください」

 

「我を顎で使おうというのか?わかった」

 

なんやかんやでギルは秘密基地の電気を消した。

 

「ここが真っ暗な森の中と仮定しましょう。

二人は森の中を歩いていて、僕を探しているとします。

あと、言っておきますが、森の中には別の何かもいます」

 

「さらっと怖い事言ってんじゃねえよ!」

 

「あと、付け加えておくと、僕たち三人は猟銃を持っています。

安心してください。何かあっても、それで一発ですよ」

 

「あっ・・・」

 

碑石はさっそく笛吹の言わんとしていることがわかったようだ。

 

「さて、二人が僕を探しながら森を歩いていると、前から足音がしてきました」

 

「そうだな・・・俺は声をかけてみるかな?」

 

「本当にそれでいいんですか?森には別の何かもいるんですよ」

 

「そうか。じゃあ、困ったな・・・碑石、お前はどうすんだ?」

 

「・・・私だったら、遠慮なく撃つね。それが確実だから」

 

「おいおい、もし相手が笛吹だったら・・・」

 

「笛吹くんも、猟銃を持っていて、森の中にいる何かに怯えているかもしれないんだ」

 

「それがどうしたんだよ・・・ああ、くそ、そういうことかよ。

足音の正体がお前だったとしても、お前も俺たちを撃つかもしれない。そうだろ?

だったら、生き延びる方法は一つ。とにかく早く撃つ。

でもよ、それがどうして宇宙に結び付くんだよ」

 

「そうですね。じゃあ、百均で買ったミニランタンで説明しますね」

 

真っ暗な秘密基地に、一つの星が輝く。 

 

「基本的に、恒星間の距離は四光年です。いったんキュゥべえの文明は忘れてください。

そして、今さっき話したことも含めて考えてください。

この星にある文明にコンタクトして安全ですか?相手が何者かわからないのに」

 

「・・・つまり笛吹くんは、宇宙が遠野の森みたいなことになっていると」

 

「ええ、そういうことですよ。キュゥべえは・・・まあ、彼らは最強クラスですからね。

地球のような文明になんて、恐れは抱かないんでしょう」

 

「じゃあ、決まりだな」

 

再び、電気がつけられる。

ギルが拍手していた。

 

「ふっ、素晴らしい理論だな。だが・・・この世界、マギレコだぞ?」

 

「ええ、この世界だと宇宙開発以外ではほとんど役に立たない理論ですね

でも、現実の世界でも同じですよ。あと、使えると言えば、僕のSFぐらいでしょう」

 

それからしばらく、探査機調整に集中した。

データはたくさん入れる必要があるし、その解説文もその分必要だ。

こうした作業は簡単に進むものではなかった。

それでも、この作業は楽しいものだった。

 

「・・・よく考えたら、僕たちって一番のんびりとしていますよね」

 

「うん?まあ、そりゃそうだな。今頃、十七夜たちはドンパチやってるもんな」

 

「私たち男子は意外と平和なんだよな」

 

そして、お開きの時間がやってきた。

三人は解散して、秘密基地にはギルだけが残ることになる。

その帰り道、笛吹は最初に秘密基地に集まった日の帰りに会った少女にまた遭遇した。

 

「あっ、お久しぶりですね」

 

「・・・お久しぶりです」

 

「僕はこの通り、あいも変わらず夜に散歩することが多いんです」

 

「そうですか。・・・もしかして、笛吹文雄さんですか?」

 

「えっ?そ、そうですけど・・・」

 

目の前の少女は、どういうわけか笛吹の名前を知っていた。

 

「やっぱり・・・かこさんの友達の方ですよね?

私、かこさんに頼んで、あなたの写真と、小説を見せてもらったんです」

 

自然と納得がいった。おそらく、この少女は魔法少女なのだろう。

だから、かことも自然と知り合いになって、それで自分の話題が出たに違いない。

 

「かこさんの好みには合わなかったようです。でも、私にはすごく良い小説でした」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「それで聞きたいんですが・・・魔法少女の事知っていますよね?」

 

危うく喉から心臓が飛び出そうになった。

しかし、転生者である彼はポーカーが得意であった。

 

「・・・どういうことだい?」

 

「かこさんが、たまに笛吹さんの小説をこっそり押収しているんです」

 

「何それ、初めて聞いたんだけど?」

 

「その押収した小説に、いくつか怪しい記述がありました。

人間を怪物に変化させ、それによるエネルギー供給・・・」

 

しまった、と彼は思った。それはマギレコではない。

LobotomyCorporationの二次創作のつもりで書いたのだ。

下手に知らないと言えば、後でややこしいことになるかもしれない。

真実味を含んだ嘘、これが重要だ。

 

「・・・参考にしていないといえば、嘘になる。

でも、僕はただ、こっそり聞いていただけに過ぎないんだ。

どの魔法少女だったか忘れていたけど、そんな会話をしていたんだ。

でも、そんなことを直接書いても誰も信じないだろ?

だから、こうやって少しずつ書いていこうと思ったんだ。

そうすれば、いつかすべてが白日に晒されても、みんな受け入れられるはずだから」

 

とっさにすらすらと、嘘を言うことができた。

どうせバレることはないだろう。

なぜなら、それは彼が転生者であるという事実とともに暴露されるからだ。

そして、転生者という事実はバレないだろうという確信が何故かあった。

 

「・・・そうですか。実は、私も同じ目的で魔法少女のことを記録しているんです」

 

「君も・・・魔法少女なのかい?」

 

「いえ、私は、魔法少女ではないんです」

 

「それだったら、僕と同じだね。僕たち一般人はやれることをやればいい。

突然、魔法少女の事を公開するのは論外だけど。皆が慣れないだろうからね」

 

「・・・そうなんですか?」

 

「そうだよ。皆、意外と脆いんだ。何かあったら、すぐに割れてしまう。

僕だってそうさ。何か大きな真実を突きつけられると、頭がついていかない」

 

「・・・参考になりました!ありがとうございます!」

 

「いえ、僕は大したことは言っていませんよ」

 

「・・・ところで、神浜市のどこに住んでいるんでしょうか?」

 

「参京区の方ですよ」

 

「・・・では、一緒に帰りませんか?夜道は危ないですから」

 

「ええ、そうしましょう」

 

二人はしばらく些細なことを喋り合った。

かごめが魔法少女の事を知った理由や、かこのことだったり。

何故か、かこの話題になると、少しかごめは不機嫌そうだった。

 

「ところで、この写真の男子、知りませんか?」

 

「どれどれ・・・」

 

そこには、心根がE.G.Oを手に魔法少女と戦っている姿が映っていた。

 

「・・・僕の友人ですが、これはいったいどういうことですか?」

 

「・・・いえ、気にしないでください」

 

そして、ついに別れの時間がやってきた。笛吹の家の前まで来たのだ。

 

「それでは、かごめさん。また、会いましょう」

 

「はい・・・あと、最後に一つ。今度から・・・ふーくんと呼んでいいですか?」

 

「ええ、いいですよ」

 

笛吹は家に入ると、急いで地下に入り、溜息をついた。

 

「・・・氷河くん、聞こえていますか?」

 

すると、彼の目の前に、SFでよくあるような浮く画面が現れた。

 

「さすがは笛吹くん。名演技だ」

 

「記憶処理剤、ばらまいてくれませんか?」

 

「あれは逆効果かもしれない。ここは・・・マギレコだ。

財団のチートアイテムが使えるとは限らないんだ」

 

「・・・僕たちはすっかり油断していたのかもしれない。

いくら、マギレコだからといって、ここは現実と同じなんだ。

いや、現実そのものだ。何が起こってもおかしくはないんだから。

あり得ないことだけど、僕たちが転生者だといつかバレるかもしれない」

 

「ええ、そうだろうね。・・・できる限り、サポートはするよ」

 

「・・・ありがとう」

 

「それはそれとして、神浜市は吹き飛ばすけど」

 

「やっぱり?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やった、やった。かこさんに追いつける。

かこさん曰く、ふーくんの小説を読めるのは彼女だけらしい。

でも、私は読めた。そして、正気を保てた。

さらに、私はふーくんに偶然会ったふりをした。

最初に会った時は、本当に偶然だったけど。

その時は、変わった子だなと思ってた。すごく優しそうには見えたけど。

でも、かこさんと話しているときに、ふーくんの写真と小説を見せてもらった。

運命ってあるんだと思った。あの夜、偶然会った子が、こんなにすごい子だったなんて。

そして、小説を見て気がついた。ああ、ふーくんも魔法少女のことを知ってるんだって。

それで、偶然を装って、再び会ってみた。そして、聞いてみた。

ふーくんは、私よりも考えが深くて、慎重に事を進める人だった。

でも一つだけ、嫌なところがある。・・・かこさんのことになると、顔を輝かせることだ。

いやだ、いやだ、ふーくんには私を見てもらいたいんだ。

でも、悔しいけど、かこさんは私よりも十数年間もふーくんと一緒にいる。

それだったら、ふーくんはかこさんを信頼して当然だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・じゃあ、その信頼できる奴がいなくなったら、ふーくんは私だけが頼りだよね?



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閑話その一:どうしてギルや煉獄がいるの!?

Say!Hi!戦争!それはそれは熱き転生者たちの戦い!

Say!Hi!戦争!それは人生の縮図、男たちの熱いロマンである!

これは、あの三人が知り合う少し前の話である!

おーしゃにれっ!

 

「それで、どうして僕がマスターに?召喚した覚えないんだけど??」

 

「そんなこと沖田さんは知りませんよ」

 

前世でついうっかり死んでしまった千堂無花果は状況を呑み込めなかった。

マギレコ世界で、のんびりと二回目の人生を送っていたのだ。

それなのに、目が覚めると、自分は裸で、隣には沖田総司が寝ていたのだ。

 

「絶対、僕の貞操奪ったよね?」

 

「てへ!顔は悪くないどころか、すごく可愛かったので!」

 

「てへじゃねえよ・・・どうして召喚されたんだよ・・・」

 

「多分、マスターの寝言に何かが反応したんですよ!」

 

「ガバガバじゃねえか(おこ)」

 

「とりあえず、沖田さんお腹がすいちゃいました!運動したので!」

 

「わかったよ・・・また、笛えもんにでも相談するか・・・」

 

その頃・・・。

 

「あれ、僕の書いたLobotomyの二次小説がないや」

 

さっと朝食を済ませて、二人はある転生者の家に向かった。

 

「マスター、どこに向かってるんですか?」

 

「僕の知り合いの笛えもんだよ。さては、朝食に夢中で聞いてなかったな?

そいつだったら、この事態を何とかできるはずだし」

 

「えー・・・」

 

「文句言うんじゃありません」

 

無花果はドアのカギ穴に耳を近づけた。

 

「どこいったかなー、僕の小説・・・」

 

沖田の手を取ると、無花果は急いで家から離れた。

 

「ど、どうしたんですか!突然、手を握るなんて・・・トゥンク」

 

「手を握っただけだよな???まあいいや。

今日は笛えもんに相談しておくのはやめておくよ。

どうせ、かこが押収したんだろうが・・・」

 

「・・・顔が蒼ざめていますが、どうしたんですか?」

 

「いや、笛えもんの小説読んだ記憶がよみがえって・・・」

 

「下手なんですか?」

 

「そういうわけじゃないんだ。その、文章はすごく綺麗なんだ。

なのに、その文章力で描く風景がすごく狂気的と言うか。

本人がまともなのが、またタチ悪いんだ」

 

「それは最悪ですね・・・最悪と言えば、この街、何か嫌な感じがするというか」

 

「ああ、気にしなくてもいい。普通に生活している分には関わってこないからな。

触らぬ間に何とやら。とにかく、変なオーラを放っていたとしても、絶対に指摘するな。

ただ、普通の人間として接しろ。僕やお前だと、絶対に負けるから」

 

「沖田さんだったら大丈夫ですよ!」

 

「大丈夫じゃないからに決まってんだろ???

例えば・・・あの古本屋だな」

 

無花果は夏目書房を指差す。

 

「あそこの店にいる女の子も変わった力を持っているが、

本人は秘密にしているつもりだから、絶対に聞くなよ。僕の胃が死ぬ。

あと、そうでなくとも、あそこで変な本は手に取るな」

 

「魔導書でもあるんですか?」

 

「いや、笛えもんの小説が置いてある。

あれを読んでしばらくすれば、お前のために黄色い救急車がお出迎えに来てくれるぞ」

 

「そんな危険物をどうして・・・」

 

「そりゃ、笛えもんがこっそり置いているからな。

店の子も、積極的に取り除こうとしてるけど、いたちごっこだ」

 

「出禁にすればいいじゃないですか」

 

「まあ、あいつら幼馴染だからな。昨日まで爆発して欲しいと思ってたよ」

 

「今は?」

 

「ドヤァ」

 

二人はその足で大東区に向かっていった。

 

「・・・これ付けておけ」

 

「何ですか?この丸太バッジは?」

 

「笛えもんが僕にくれたんだ。これから向かう場所には心を読む奴がいる」

 

「つまり、これを付けると、心が読まれないと。最高ですね!」

 

「その分、怪しまれるけどな」

 

「最悪じゃないですか、やだー」

 

二人は、なんかすごい清々しいオーラを放つ家の前に立った。

 

「ここがあの男のハウスだ」

 

「・・・あの男って誰ですか?」

 

「仏英正史郎。色々とすごい転生者だ。入るぞ」

 

さっそく、何百枚もの美人画が視界に飛び込んできた。

 

「・・・感激です。こんなに美しい絵を描ける人がいるなんて。

なんか、この人知っているような気もするんですが、気のせいですかね」

 

「まあ、そりゃそうだろうな。正史郎、いるかー?」

 

男が階段から降りてきた。

 

「正史郎、少し、困ったことになった。僕がいつの間にかマスターになってた」

 

「あっ、こんにちは!沖田総司と申します!」

 

「聖杯戦争はお断りだ。帰ってくれ。俺はタルト様の顔を書いてる途中なんだ」

 

「僕だってお断りですよ!でも、相談に乗ってくれるだけでも」

 

「帰れ」

 

正史郎が手から謎の光を放つ。

 

「「ヒエ・・・」」

 

二人は急いで正史郎の家から離れた。

 

「な、なんかすごい人でしたね・・・」

 

「ああいう奴なんだ・・・悪い奴じゃないけどな」

 

それからしばらく歩いていると、突然、沖田が立ち止まった。

 

「・・・サーヴァントの気配がします。それも尋常じゃないレベルの」

 

「えっ。・・・戦うのはよしておこうぜ」

 

「ええ、相手も何かと戦っているようですから。でも、様子だけでも見ておきましょう」

 

「・・・うん、そうだな。敵の姿は見ておいたほうがいいかもな」

 

気配を辿っていくと、そこには三人の男がいた。

そのうちの二人は、マスターとサーヴァントのようだった。

ちなみに、工匠区も微妙に治安が悪いので、目立たない。

信じられないだろ。俺もだよ。

 

「あの金髪・・・ギルガメッシュかよ。厄介だな。

あれが踏み台転生者とかだったら、対処できたんだが」

 

「私も戦いたくありませんよ・・・」

 

そして、一方は転生者のようであった。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

数十の刃と剣が転生者に向かってくる。

しかし、彼は動ずることなく、赤く目のついた剣で、それらを全て薙ぎ払った。

 

「・・・ありゃ、E.G.Oじゃねえか。しかもミミックかよ」

 

「えご?」

 

「違う世界の武器だ。振り回しているだけでも、人類最強クラスの戦士だ」

 

「そんな無茶苦茶な・・・」

 

「その無茶苦茶が許されるのがプロムンのゲームなんだ」

 

ギルガメッシュは何度も何度も攻撃するが、転生者の方もそれを難なく受け止める。

 

「・・・ふっ、我の負けだな」

 

「お、おい!勝手に敗北宣言すんじゃねえ!俺の言うことを・・・」

 

サーヴァントは令呪でギルガメッシュに戦闘を続けさせようとしたが、無駄だった。

 

「・・・沖田、僕たちは何も見なかった。いいな?」

 

「は、はい。それはそうと、沖田さん、お腹がすいちゃいました」

 

「じゃあ、外食で済ませるか。おいしい洋食店知ってるんだ」

 

二人は北養区に向かった。

だが、ウォールナッツは様子がおかしかった。

 

「・・・なんか女性客が多いな」

 

「大丈夫ですよ、カップルのふりをすれば。

あと、サーヴァントの気配がするので、気を付けてくださいね」

 

「いや、そういう問題じゃないんだ。いつもだったら、おっさんが多いというか。

その、かわいい子が看板娘だから、その・・・な?」

 

「なるほど、沖田さんにヤンデレになって欲しいんですね。私以外見ないでっていう感じに」

 

「僕は正当な目的で来てるんだぞ?絶品オムライスという」

 

「まあ、入ってみましょうよ」

 

「・・・そうだな」

 

中に入ると、イケメンのウェイターがいた。

しかも、帯刀している。

 

「いらっしゃい!おや、恋人のようだな?

そこの席に座ってくれ!」

 

「マス・・・無花果さん、私たち、カップル扱いですよ!

あれ、どうかしましたか?」

 

「・・・いや、大丈夫だ。問題ない」

 

「それ問題ある台詞ですよね?」

 

まず、わかったことだが、女性客が多いのは、ウェイターがイケメンだったからだ。

そして、帯刀している理由について、無花果はそれを知っていた。

 

(・・・鬼殺隊だったら不思議じゃないよな)

 

生前、鬼滅の刃はあまりにも人気になっていた作品だった。

無花果も最終話も知っていたし、民度の低さも知っていたくらいだ。

そして、その内容を十四年たった今でも覚えているのだから。

だからこそ、そのウェイターがどっからどう見ても煉獄杏寿郎だとわかったのだ。

とりあえず、オムライスは相変わらずうまかったが。

もっと言えば、いつも以上にうまかった。

わざとゆっくり味わって、店内が自分たちだけになるのを待った。

 

「・・・ふむ、君たちも同類か!」

 

先に声をかけてきたのは、ウェイターの方からだった。

 

「・・・ああ、話が早くて助かるよ、煉獄杏寿郎さん」

 

「ほう、俺の名前を知っているのか!」

 

「ええ、ちょっとした事情でね。先に言っておくけど、戦うつもりはないんだ」

 

「えっ、沖田さんは戦いた・・・」

 

沖田の口を手でふさぐ。

 

「もごっ・・・せめて・・・口で・・・」

 

「すみません、少し好戦的なので」

 

「別にいいんだ!見たところ、そちらのお嬢さんもかなりの使い手のようだな?」

 

手を放してやる。

 

「・・・ぷはっ、沖田総司と申します!新選組に所属していました!」

 

「そうか!俺は君のマスターが言った通り、煉獄杏寿郎という!

生前は、鬼殺隊という組織に所属していた!」

 

無花果は頭が破裂しそうだった。

煉獄杏寿郎は、鬼滅の刃の登場人物だ。

それなのに、どうしてFateの聖杯戦争に参加しているのか?

こっちで十四年過ごしている間に、コラボでもあったのか?

いや、そもそもマギレコ世界で聖杯戦争があること自体、おかしいのだ。

そして、自分が転生していることも冷静に考えればおかしい。

そう考えれば、煉獄がいたとしても普通の事ではないか。

 

「・・・それで、煉獄さん。アンタのクラスは?」

 

「くらす?ああ、確か”らんさー”という言葉が頭の中に響いたな?」

 

二人とも、目を丸くした。

ランサーというのは、槍兵を意味する。

無花果は考えるのをやめた。

 

「あれ、無花果くんじゃないですか!・・・もしかして、無花果くんも?」

 

常連なので、顔馴染みになっているのだ。

 

「そうみたいだ、まなか殿!」

 

無花果はさらに考えるのをやめた。

よりにもよって、マギレコの登場人物がマスターになっているのだ。

こういうのは、転生者同士がバチバチやるものなのだ。

それなのに、魔法少女まで巻き込まれている。

 

「へえ、沖田さんってすっごく積極的なんですね!」

 

「ええ、寝ている隙にやればコンプリートですよ!」

 

「参考にさせてもらいます、これで煉獄さんもまなかのものに・・・」

 

「まなか殿???」

 

沖田とまなかは女子同士で変な話で盛り上がっていた。

煉獄は蒼ざめていたが。

こうして女子同士が仲良くなったところで、いったん家に帰ることにした。

その途中で、荷物を持って駅に向かっている笛吹に遭遇した。

 

「笛えもん、助けてよ!」

 

「どうしたんですか、無花果さん。いじめられたんですか?」

 

「その話題は危険すぎるぞ!」

 

「それもそうですね。それで、こちらは彼女さんですか?」

 

「はい!」

 

「いや、こいつは勝手に降臨した上に僕を睡姦した奴だけど?」

 

「ひどいですよ、無花果さん!」

 

「・・・もしかして、沖田総司さん?」

 

「やっぱり沖田さんは有名人ですね!」

 

「なるほど、もしかして聖杯戦争が始まってしまったと」

 

「やっぱり笛えもんは話が早くて助かるぜ!」

 

「僕を猫型ロボット扱いして欲しくないんだけどね・・・。

それじゃあ・・・神様ホットライン、と」

 

彼が高速で画面に打ち込むと、電話が出てきた。

 

「これで、神様に電話してください。多分、僕を転生させてくれた神様が出るので」

 

「ありがとう、笛えもん!・・・ところで、荷物を持ってどこにいくんだ?」

 

「そろそろアレがやってくるかもしれないので。僕は親切な人のところにね」

 

「・・・アレか。僕もそろそろ逃げねえとな」

 

「もしこれが小説だったら、一人称同じせいで見分けがつきませんよ」

 

二人とも、沖田の言うことは無視した。

とりあえず電話してみると、親切な神様だった。

彼女の権限で、聖杯戦争は中止となった。

逆に親切すぎて、サーヴァントは残ることになった。

通話を終えて、無花果は溜息をついた。

 

「・・・はあ、結局、こいつはついてくると」

 

「喜んでください!」

 

「・・・まあいいや。とりあえず、一緒に温泉行こうぜ」

 

「えっ、つまりプロポ・・・」

 

「どうしてそうなるんだよ???ちょいっと原作の都合とやらで、この街危険になるからな」

 

「なるほど、しばらくの間、やり過ごすつもりだと!」

 

「そういうことになるな」

 

二人は家に帰ると、急いで準備を済ませて、翌日には神浜市を脱出した。

 

「へえ、二人はそう言う理由でここに来たという訳か」

 

数日後に木曾路で会ったのは、同じ転生者だった。

 

「そういうわけなんだよ、アンタも同じ理由だろ?」

 

「まあ、そういうことになるね。私も死にたくないからね」

 

ちなみに、煉獄杏寿郎のことは話さなかった。

逆に信じてもらえないと思えたからだ。

 

鬼滅キャラが、マギレコ世界で、聖杯戦争にサーヴァントとして参加した。

 

あまりにも荒唐無稽すぎる。



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閑話その二:笛吹くんはどこにいたの!?

笛吹は神浜市を抜け出した後、ある豪邸の前に立っていた。

そこは、たまたま知り合った女友達が済んでいる家であった。

少し時を遡ろう。彼は夏目書房で政治に関する本を読んでいた。

それというのも、この世界、不自然なくらいに穏やかなのだ。

もちろん、中東情勢はいつも怪しいし、EUとロシアはいつも対立している。

それでも、現実と比べたらかなり穏やかな部類に入るくらいだ。

おそらく、原作とやらを円滑に進めるための補正だろう。

しかし、原作が終わったら、どうなる?翌日には第三次世界大戦かもしれない。

それはオーバーかもしれないが、生活は常に政治に左右される。

転生者だとしても、それは変わらないのだ。知っておくに越したことはない。

 

「ふ、ふーくんが政治に興味を持ってる・・・!明日は、大雪ですかね?」

 

夏目かこはまるでこの世の終わりを見たかのような顔をしていた。

それもそうだろう。それまでの彼はSFにばかりこだわっていたからだ。

 

「・・・この世界に一帯一路構想は存在しないのですか。中国もそこまで覇権的じゃないし」

 

「ふ、ふーくんが難しいことを・・・ぎゃふん」

 

衝撃のあまり、かこは気絶してしまった。

せっかく転生したというのに、原作介入もせずに、政治を勉強していた。

前世で勉強していたのもあって、スムーズに進んだ。

 

「・・・ずいぶんと政治に興味を持っているんですね」

 

話しかけてきたのは、白い髪の美しい女性だった。

 

「・・・ええ、結局、何かあったら僕たちのところに跳ね返ってくるので」

 

「ちゃんと意識があるんですね」

 

「少なくとも、物事の本質を一ミリでも理解できれば、

突然の事態にパニックにもならず、トイレットペーパーも買い漁らずに済みますから」

 

女性は一冊の本を手に取る。

 

「地政学・・・あまり聞いたことがないですね」

 

「まあ、日本だと半ば禁止されていたと聞きますからね」

 

マギレコ世界の日本でも、それは変わらなかった。

僕は一体何の小説を書いているのだろう?

その後、その女性、美国織莉子とは政治の話で仲良くなった。

お泊りに関しても、向こうから持ち掛けてきたのだ。

これは非常にグッドタイミングであった。

そろそろ、ワルプルギスの夜が来るかもしれなかったからだ。

駅に向かう途中で、友人の転生者にばったりと会った。

いつの間にか聖杯戦争が始まっていたようだ。

見捨てることはできないので、神様との直通電話をあげてやった。

そして、話は元に戻る。豪邸の前に立っていて、そしてメイドに案内された。

その後は、普通に政治の話題でいつも通り盛り上がった。

地政学に関しては、いつの間にか笛吹が教えられる側に回っていた。

 

「やっぱり一帯一路は駄目ですかね?」

 

「アイデアはいいんです。でも、それが長期的に持つか・・・」

 

「ですよねー」

 

こうしているうちに、いつの間にかワルプルギスの夜は討伐されたようだった。

 

「・・・僕の街がとんでもないことになっていますね。

帰らないと。少しでも人手が必要でしょうから」

 

「ええ、そうした方がいいわね」

 

こうして、神浜に帰ると・・・。

 

「・・・ふーくん?」

 

かこが、今にも怒り出しそうで、泣き出しそうな顔をしていた。

 

「・・・ちょっとお話しよ?」

 

「アア、オワッタ・・・!」

 

こうして、別の意味で難を逃れることには失敗したのだ。

 

「・・・というわけで、僕は織莉子さんの家にいたんですよ。

その後、酷い目に遭いましたがね。どうしました、碑石さん?」

 

「・・・君は、本当に善意で彼女が君を家に招いたと思うのかい?」

 

「それはどういう・・・もしかして、彼女は原作の登場人物だったと?」

 

「ああ、それも未来が見える魔法少女だ」

 

「・・・えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、来たる破滅とやらは回避できたのかい?」

 

「わからないわ?少なくとも、破滅していく神浜から離すことはできた。

・・・でも、見えた未来より被害が少ないわ」

 

「つまり、神浜はもっと酷いことになると?」

 

「ええ、そういうことになるわ」

 

「そこに、笛吹とかいう奴がいると、ジ・エンドか。

先に殺した方がいいんじゃないか?」

 

「・・・それはそれで、嫌な予感がするのよね」

 

「はあ・・・あんな男にどうして」

 

「悪い人ではないわ。考えも深いし、誰も考えたことない戦略を提案するから」

 

「イッタイ・イチロのことかい?あれってただ金で他の国を釣ってるだけじゃないか」

 

「そうともいうわね。それに・・・あれ自体、彼独自の考えじゃない気もするわね。

とにかく、今度も神浜市への警戒を怠らないでちょうだい」

 

「・・・わかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心根が遅れてやってきた。

 

「あっ、心根さん。この写真について詳しく」

 

笛吹はかごめからもらった写真を見せた。

 

「げっ・・・撮られてたのかよ。

あれは数日前のことだったな・・・」



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閑話は休題し、そして事態は変化する

それはある日のことだった。

 

「早く帰って、ゲームでもするか・・・」

 

学校から早く帰ろうとしている心根の前に、魔法少女が立ちはだかった。

 

「・・・心根先輩、ぼくはずっとあなたのことが嫌いだった」

 

パチンコ玉が飛んでくる。間一髪のところで、それを薙ぎ払った。

使用する武器はミミック、防護服は黄昏、ギフトは魔法の弾丸。

 

「先輩は、ただの一般人だ」

 

玉の雨が降ってくる。E.G.Oは偉大だ。

避けなくても、防護服が守ってくれる。

 

「それなのに、どうして今の攻撃も耐えられるの?」

 

手の指が吹き飛ぶ。だが、E.G.Oの力ですぐに修復される。

元は同じ人間だ。勝手に何とかしてくれるのだ。

 

「どうしてすぐに失った部分が生えてくるの?」

 

もちろん、痛いのは変わらない。

しかし、加えたパイプが勇気を与えてくれる。

 

「どうしてくじけないの?」

 

また一歩、また一歩と近づいていく。

次々とパチンコ玉が飛んでくる。

両足がいつの間にかなくなっていた。

それでも、彼は立っていた。

 

真っ直ぐ立てる意思・・・こういうことか」

 

「な、何を訳のわからないことを言っているの・・・?」

 

ミミックを一振りする。その斬撃が、相手の腕を斬り飛ばした。

 

「・・・どうして、立っていられるの?」

 

「さあな?」

 

「やっぱり、先輩は人間じゃない」

 

「お前らには言われたくないな、Magic Girl」

 

そう言うと、相手は逃げていった。

 

「・・・というのが、この写真の経緯だな」

 

「心根さんもだいぶ無茶しますね」

 

「ついE.G.Oに頼っちまうんだよ。まあ、大したことじゃなかったから忘れてたんだ」

 

「忘れないでくださいよ、僕たちの正体が露見してしまうかもしれませんし。

・・・ところで、碑石さん。どうしましたか?」

 

「この秘密基地、本当に安全なのか疑わしくなってきたな」

 

「大丈夫ですよ、ギルさんが守ってくれていますし」

 

「安心せい、我がすぐに気配を察知するから」

 

「・・・それもそうだったな!」

 

この日も探査機をあれこれいじったり、新しくデータを打ち込んだり、

前世で読んだ漫画について話したりした。

そして、いつものように解散した。

その帰り道の事、電波望遠鏡のところで、笛吹は正史郎を目撃した。

 

「アンテナとタルト様・・・あと、星空も書き加えるべきだな」

 

何やら構想を練っているようだ。邪魔をしてはいけないことを笛吹は理解していた。

そのまま通り過ぎようとすると、女性が彼に近づくのが見えた。

気配でわかった。その女性は魔法少女だ。そして、大きな剣を引きずっている。

とっさに正史郎を庇った。そして、右肩から腹部にかけて、大きな亀裂が走った。

 

苦痛について望みうることは一つだけ。それが止むこと。

肉体の苦痛ほど悪いものはこの世にない。

苦痛を前にしたら、英雄もへったくれもあるものか。

 

そんな文章が笛吹の頭を何十回も往復した。

確か・・・ジョージ・オーウェルの小説だったはずだ。

 

「お、おい、笛吹だったか!?しっかりしろ!」

 

正史郎が必死に笛吹に呼びかける。

だが、彼はその隙を突かれ、剣で殴り飛ばされてしまった。

その一撃で、正史郎は気絶してしまったようだ。

 

「・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。

すぐに、楽にしますから・・・」

 

笛吹はその魔法少女の名前をようやく思い出した。

安積はぐむ、ようやく思い出した。

 

「・・・はぐ、む、さんですか?」

 

少しでも、言葉を続けようとする。

 

「・・・」

 

「な、つめ、かこ、というこに、つたえてくだ、さい」

 

「・・・」

 

「ぼく、の、かいた、しょう、せつは、すべて、もや・・・」

 

その瞬間、笛吹は多大な量の血を吐いた。

もう、何も喋れない。呼吸すら難しかった。

 

「・・・わかりました。その子にそう伝えておきます」

 

慈悲が振り下ろされようとしていた。

それが、笛吹の一番望んだものだった。

苦痛ほど、最悪なものはないのだから。

気がつくと、彼は白い世界に立っていた。

 

「・・・あの世、っていうわけでもなさそうですね」

 

一度行ったことがあるので、なんとなくわかるのだ。

 

「そう、ここは一種奇妙な精神世界だと思ってくれ」

 

笛吹の前に、突然、碇シンジが現れた。正確に言えば、シンジそっくりの何かだ。

 

「・・・次はエヴァに転生ですか?」

 

「精神世界と言ったろう?まだ君は死んじゃいない。

それに、死んでもらっては困るんだ」

 

「困る?それはいったいどういうことですか?」

 

「・・・それは僕の都合だ。だが、君が死ぬことで多くの者が悲しむのは確かだ」

 

笛吹は自分の葬式をイメージしてみる。

かこを悲しませてしまうのは間違いないだろう。

だが、自分が死んでも彼女の人生は続くのだ。

幼馴染が死ぬのは悲しい事だろう。

だが、笛吹はかこには幸せになってもらいたかった。

自分が死んだあとも、彼女には幸せな人生を歩んでもらいたい。

 

「それは無理だ」

 

「人の思考読まないでくださいよ」

 

「先輩として助言しよう。彼女は君を愛している」

 

「いやいや、幼馴染だからといって・・・」

 

「まあ、確かに時には幼馴染だからといって縁がない場合もある。

だが、その結果、美樹さやかが本来の世界でどうなったかは知っているだろう?」

 

「さやかさんは仕方ありませんよ」

 

「まあ、確かに仕方ないな。だが、君たちの場合は違う。

君も、かこも、二人とも互いを愛しているのだ。

どうして付き合わないことがある、いや、付き合えばいい」

 

「なんですかその反語表現?・・・それはともかく、彼女には僕以上に・・・」

 

「いいや、君以外に、かこにふさわしい男はいない。僕が保証しよう」

 

「・・・」

 

笛吹の背後に、巨大な扉が現れた。

それは”真理の扉”そっくりだった。

 

「とにかく、君は助かったんだ。その扉から戻ればいい」

 

「・・・僕を助けてくれたんですか?」

 

「いや、君はとっくに助かっている。

僕はその隙を突いて、この精神世界に連れてきただけなんだ。

君の本体は、今頃は病院のベッドで寝ているはずだ」

 

扉がゆっくりと開く。

 

「最後に一つ、アドバイスしよう。かこをラーメン士郎に誘うんだ。彼女は喜ぶだろう」

 

ラーメン士郎は、アメリカ発祥のラーメンチェーン店だ。

かこがラーメン好きだということは知っていた。

 

「・・・さようなら、シンジのそっくりさん。またいつか会いましょう」

 

「ああ、またいつか会おう。そして、かこを頼む」

 

「・・・」

 

笛吹はどうしてもシンジのそっくりさんに聞きたいことがあった。

どうして、かこのことを知っているのか?

まるで、過去に彼女と面識があったかのように話しているのだ。

だが、それは今、質問すべきことではないと直感が告げていた。

目を覚ますと、かこが涙を流しながら笛吹に抱き着いた。

 

「かこさん・・・」

 

「・・・」

 

笛吹もかこの頭を撫でる。

 

「ラーメン士郎、行きませんか?」

 

「・・・ふーくん」

 

「・・・はい」

 

「重傷者が何を言っているんですか???

少しお話が必要なようですね・・・」

 

「アア、オワッタ・・・!」

 

笛吹はシンジのそっくりさんを恨みたくなった。

 

「冗談ですよ、もちろん怪我が完治した後ですよね?」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

掌を返すように、シンジのそっくりさんに心の中で感謝した。

そこに、病衣を着た碑石が入ってきた。

 

「おや、邪魔してしまったようだね」

 

かこは赤面して、笛吹から離れてしまった。

笛吹の方は何ともなかったが。

 

「あっ、碑石さん。おはようございます!」

 

「ああ、おはよう。三日ぶりだね」

 

「おや、僕は三日間も・・・えっ、三日?」

 

「そう、君がこの里見メディカルセンターに搬送されてから三日だ」

 

「・・・何があったか、話してくれませんか」

 

「ああ、もちろんだ。かこさんは席を外してくれるかい」

 

「は、はい・・・」

 

彼女は顔を赤くしたまま病室から出て行った。

 

「じゃあ、この三日間に起こったことを話すとするか」



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よくない状況

はぐむが振り下ろそうとした剣は、とっさのところで弾かれた。

 

「・・・てめえ、生きて帰れると思うな」

 

そこには全身ミミック装備の心根が立っていた。

もっと言えば、赤い霧の仮面も付けていた。

 

「・・・心根光種、あなたにも死んでもらいます」

 

だが、次の瞬間、死んだのは彼女の方だった。

心根はとっさに武器を黄金狂に切り替えていた。

黄金狂は衝撃波による攻撃を売りにしている。

そして、本気を出した心根は、ソウルジェムごと彼女を粉砕した。

 

「・・・碑石、助かりそうか!?」

 

「ああ、応急処置は終わったからな。ありがとう、氷河くん」

 

碑石は宙に浮いたスクリーンに礼を述べた。

 

「・・・謝るのはボクの方だ。ボクがもっと注意していれば。

現在、救急車を向かわせている。あと、死体の処理は・・・。

ああ、心根くんが既にやってくれていますか」

 

笑顔の防護服は死体を食べてくれるのだ。

 

「あと、もうしばらくすれば救急車が来るから・・・ああ、くそ、やりやがった!」

 

どこか遠くの方から爆発音が響いた。

 

「奴ら、救急車を破壊しやがった。ボクの動きが読まれてる・・・?

とにかく、碑石さんは笛吹くんと正史郎くんを抱えて!

心根さんは碑石さんの護衛を!南西の方に逃げてくれ!」

 

途中で、正史郎が復活したため、碑石の負担は減った。

戦力も増えたので、心根の負担も減った。

しかし、それでも状況が苦しいことには変わりなかった。

ネオ・マギウスたちが次々と襲撃してくるのだから。

いくら心根が天国で彼女たちを串刺しにしようと、

いくら正史郎がタルトの魔法で彼女たちを塵にしようと、

次から次へと新手がやってくるのだ。

そして、最悪の知らせがやってきた。

 

「・・・三人とも、すまない。急にスクリーンが不調になり始めた。

もうすぐ、通信することもできなくなるかも。

一応、本気を出して証拠隠滅することぐらいはできるようだけど」

 

「「「アア、オワッタ・・・!」」」

 

氷河のナビがなくなったのだ。殺人罪で逮捕されることはなさそうだが。

だが、ついに四人は包囲されてしまった。

 

「・・・殺してやる、心根」

 

「きゃはは★一般人にしてはよく頑張ったよね?」

 

「私があなたたちのために、レクイエムを演奏してあげますわ」

 

もはや、万事休すと思われた。

 

「これはもうダメかもしれませんね、ご愁傷さまでした」

 

「笛吹くん?だとしたら、私たちはここにいないはずだよ?」

 

「それもそうですね・・・じゃあ、どうやって助かったんですか」

 

時間と視点を戻そう。突如響いたハープの音色と共に、羽根たちは戦意を失った。

辛うじて、リーダー格三人は戦意を保っていたが。

 

「・・・弱すぎ、あっは!」

 

四人の窮地を救ったのは、死んだはずの魔法少女だった。

 

「・・・はは、碑石くん、お久しぶり!小さい頃は一緒に遊んでたよね?」

 

「更紗帆奈・・・君は死んだはずなんじゃないのかい?」

 

「そこら辺の事情は、碑石くんがわかっているっしょ?

あと、正史郎だったっけ?あなたの能力、ちょいっと借りるよ。

じゃあ・・・ラ・リュミエール!」

 

少なくとも、それは目くらましにはなった。

五人はその隙に、逃げることに成功した。

 

「はい、ストップ」

 

「どうしたんだい、笛吹くん?」

 

「なんか登場してはいけない人が登場したような・・・」

 

「私だって信じたくないよ」

 

視点を戻そう。

 

「・・・助かったよ、帆奈さん。でも、どうして私たちを?」

 

「だって、死なれたら面白くないじゃん」

 

「「「うん、知ってた」」」

 

更紗帆奈はある意味、そういう人間だった。

そこに、再びスクリーンが現れた。

 

「・・・ふう、ようやく復旧したか。

三人とも、安心してくれ。監視カメラの映像は全て改竄済みだ。

そうでなくとも、警察はボクの手中にあるからな」

 

「へえ、あなたが市長さん?ずいぶんと権力持ってるんだね!」

 

「まあ、ちょいっと裏技使ったら可能だね。

君たちの場所は・・・里見メディカルセンターにそのまま駆け込んでくれ。

救急車だってタダじゃないんだ」

 

「じゃあ、私はここで帰ることにするね。皆には内緒だよ!」

 

こうして彼女は闇の中に消えていった。

 

「・・・とりあえず、氷河くんの言う通りにしよう」

 

「ああ、そうだな。正史郎、お前も頭見てもらえ。色々な意味でな」

 

「そうさせてもらおう・・・何か失礼なこと付け加えなかったか?」

 

「いいや、別に?俺は帰らせてもらうぞ。だいぶ疲れたからな」

 

こうして、笛吹は里見メディカルセンターに入院することになった。

 

「・・・ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

「ところで、心根さんは?」

 

「・・・彼は自宅に謹慎中だ」

 

「えっ?」

 

笛吹が病院に運び込まれた翌日、神浜市はパニックになった。

夜が明けると、歪な木の模型に串刺しにされた少女たちの遺体が発見されたのだ。

遺体だけでなく、行方不明になった少女も多かった。

氷河の手中にある警察は事件性なしと発表した。

そもそも、監視カメラの映像も完全に改竄されているので操作しようがないのだ。

そういうわけで、一般的には今回の一件は奇怪な事故として処理されることになった。

しかし、魔法少女たちはそうは考えなかった。

 

「市長?いくらなんでも昨日のアレ、すっごく疑われてるよ!

魔法少女たちの間で、犯人探しが始まりそうだよ!」

 

「やっぱりかい?でも大丈夫だ、問題ない」

 

「その自信はどこから来るの!?」

 

「こんなこともあろうかと、ボクはななかさんに手紙を送ることにした」

 

彼は一枚の紙を引き出しから取り出した。

それには以下のように書かれていた。

 

更紗帆奈は生きている。今回の事件は彼女が引き起こした

 

「スクリーンを操作するだけで、ぱっと彼女の目の前に送れるんだよ」

 

彼の言う通り、手紙はななかのもとに転送された。

 

「市長さん、これっていくらなんでも酷くない?」

 

「酷くないさ。むしろ、君もこれでバイト先を失わずに済むんだ」

 

「・・・確かに!」

 

ところがどっこい、スクリーンに映った彼女の反応は最悪のものであった。

 

「・・・白谷氷河、あなたがやっぱり犯人なのですね。

見ているんでしょ?その市長室とやらで」

 

「「えっ」」

 

彼女はポケットから、一枚の紙を取り出した。

 

もしも、私こと更紗帆奈を犯人扱いする文書が送られたら、

その手紙を送ったやつが犯人の片割れです。

名前は白谷氷河といいます。

そいつはどんな手段を使ったのか、市長になっています。

警察やマスコミが事故扱いしているのも、そのためです。

そいつはクソッたれな人間至上主義者です。

ちなみに、そいつの秘書は八雲みかげです。裏切者です。

神浜市内をずっと市長室から監視しているんです。

あと、実行犯は心根光種という奴です。

 

氷河は急いで画面を操作して、スクリーンをななかの前に出現させた。

 

「ななかさん、更紗帆奈の言うことを信じるのかい!?

彼女は社会倫理から外れた異常な人間だ!

それは君が一番よくわかっているはずだ!」

 

「・・・ええ、確かにそうですわね。

この手紙は神浜マギアユニオンにも送られたけど、

心根とかいう少年も否認していますから」

 

「そうだよ!ボクがそんなことするわけ・・・」

 

彼女はもう一枚、紙を取り出した。

 

追伸:白谷氷河は神浜市を地図から消そうとしています。死人は出ないでしょうが。

 

「この件に関しては、すぐに心根も同意しましたよ?

彼も、この一件にはどうやら心を痛めていたようなんです」

 

「・・・ななかさん、ボクたち、友達だよね!」

 

「かこさんが言ったことを忘れたんですか?」

 

「・・・」

 

氷河は何も言わずに、通信を途絶させた。

 

「みかげ、今までありが・・・」

 

「何言ってるの?私、疑われている立場だよ?

もうこうなったら、運命を共にするしかないじゃん!」

 

「・・・そうか、ありがとう。じゃあ、計画の変更が必要だね」

 

「どういう感じに?」

 

「簡単さ、神浜だけ吹き飛ばす。アレを殺すのは諦めるよ」

 

「そのどさくさに紛れて、逃げるつもりなんだね!」

 

「まあ、笛吹くんを逃がした後にするけど」

 

笛吹は溜息をついた。

 

「・・・つまり、早く逃げた方が良いと?」

 

「そういうことだね」

 

「しかし、どうして心根くんは自宅に?」

 

「結局、あの写真は神浜市中の魔法少女に行き渡っていた。

それと、二木市との魔法少女とのつながりも疑われたんだ。

それで自宅に籠っているんだ。外には出れないんだ。

安心してくれ、君の怪我に関してはネオマギが犯人とされている。

君を傷つけられたことに怒った心根がやったことになっているんだ」

 

「・・・よくない状況には変わりませんね」

 

「ああ、よくない状況だ。いや、君と私が疑われてないだけまだマシだな。

おや、もうこんな時間か。私は院内学級の講師としての仕事があるから。

それじゃあ、また後で。くれぐれも、安静にしてくれよ」

 

「わかっていますよ」

 

心根が出て行ったあと、笛吹は部屋を見渡した。

重傷だったのもあって、部屋は個室だった。

しかし、本などは置いてなかった。

そこにかこが数冊の本を抱えて入ってきた。

 

「はい、退屈にならないように本を持ってきましたよ!」

 

「ありがとうございま・・・いたっ」

 

前屈みになると、右肩から腹部にかけて痛みが生じた。

そう、自分は三日前に剣で斬られてしまったのだ。

 

「・・・怪我していたこと、忘れてました」

 

「だから本を持ってきたんですよ。

それだったら体を余計に動かさなくて済みますから。

この本、私の知り合いが選んでくれたんですよ」

 

かこは”最後にして最初の人類”という本を示した。

この本は、前世にも存在したが、ついに読んだことはなかった。

 

「わあ、僕の読みたかった本なんですよ!

・・・もしかして、かごめさんという方ですか?」

 

「会ったことあるんですね、やっぱり」

 

「ええ、ちょっと変わった子でしたが、すごくいい子でしたよ」

 

その後は、他愛のない話題で盛り上がった。

その間に、一瞬だけ、あの碇シンジのそっくりさんのことを思い出した。

彼はこう言っていた。

 

「君も、かこも、二人とも互いを愛しているのだ」

 

そう、自分はかこのことを愛している。

笛吹はそのことを急に自覚した。

 

(・・・でも、本当にそれでいいのか?)

 

そんな疑問が脳裏をよぎった。

 

「いいや、君以外に、かこにふさわしい男はいない。僕が保証しよう」

 

そうはいっても、それはあくまで他人の評価だ。

自分は転生者だ、その事実はどこまで行ってもついてくる。

かこと一緒になったとしても、それは転生特典という偽りの幸せではないのか?

そんな気がしてくるのだ。どうしても、その考えが頭から離れない。

結局は、どこかの誰かの欲望を達成しているだけなのではなかろうか?

 

「・・・どうしたんですか?どうして、そんな悲しそうな表情をするんですか?」

 

かこがそう聞いてきた。彼女の表情も、悲しげだった。

 

「・・・いえ、もし運が悪かったら、かこさんとこうして話もできなかったんだなと」

 

すると、彼女は急に抱き着いてきた。

 

「・・・」

 

彼女は何も言わなかった。

笛吹は思った。いつか、自分が転生者だということを言わなくては。

それが、彼女に対する誠意だと思ったのだ。理由はわからない。

でも、それが一番の誠意なのではないか。

もちろん、今は言う覚悟はない。

でも、いつかは言わなくてはいけないのだ。

いつの間にか、笛吹も彼女を抱き返していた。

そして、彼はあることを決意していた。



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神浜市(もうすぐ爆破予定)にて

外に色々な意味で出られなくなった心根は木彫りの仏像を彫っていた。

それは自分が奪ってしまった魔法少女たちに対する供養と懺悔も兼ねていた。

いつかはこういうこともあると覚悟していた。

そもそも、魔女も元をたどれば魔法少女だ。

彼自身、とっくにかなりの数の魔法少女の命を奪ったことになる。

 

「・・・わかってはいるんだけどなあ」

 

それでも、心のどこかで自身を責めていた。

いくらなんでも、殺すことはなかったんじゃないか。

しかし、同時にこんな思いもこみ上げる。

彼女たちも死くらいは覚悟していたのでは?

だから、恨まれる筋合いはないという気もしてきた。

それに、世間的には事故扱いだから、将来には関係しないはずだ。

魔法少女が彼をいくら責めたところで、彼女たちは社会的には少数派だ。

これからも、彼の人生は何の障害もなく続くはずだ。

それでも、心根は自分を許せなかったからこそ、こうやって仏像を彫っているのだ。

仏像といっても、掌に乗るような小さなサイズだ。

 

「うむ、木彫りの仏像か。いかにも罪人らしいな」

 

「・・・十七夜か、罪人とは聞こえが悪いな?」

 

「実際、魔法少女を殺したのは確かだろ?」

 

「正当防衛って言葉を知ってるか?」

 

「過剰防衛という単語もあるぞ?」

 

「ずいぶんと平気そうなんだな?殺人鬼と同じ部屋なのに」

 

「平気そうに見えるなら、ずいぶんとおめでたいな」

 

彼女は魔法少女姿に変身した。

 

「遺体で見つかった魔法少女はほとんどが私の弟子だったんだがな?」

 

彼女は武器を心根の喉のギリギリに近づけた。

 

「・・・正直な話、あいつらの自業自得じゃないのか?」

 

心根は臆せず、そう言った。

 

「奴らは、何の罪もない一般人に手を出そうとした。

そして、そいつは俺のダチで、危うく死ぬところだった」

 

「・・・確かに、話を聞くだけだと自業自得だな」

 

「俺もやりすぎたさ。あの中には、何の罪もない奴もいただろうな。

でも、それが何だっていうんだ?俺は俺のやるべきことをやった。

それはそれで、これはこれだ。もう帰ってくれないか」

 

彼女は普通の姿に戻っていた。

 

「・・・それはそれで、これはこれだ。いい言葉だな。

いつか、その言葉にお前が殺される日が来るのを待っているよ、心根」

 

「残念だったな、俺はそう簡単に死なねえよ、十七夜」

 

彼はまた一人、部屋に取り残された。

それと同時に、携帯の着信音が鳴り響いた。

それは、笛吹からのメールを知らせるものであった。

その頃、笛吹の家の前にある男女が訪れていた。

 

「あれ、笛えもんいないのか?」

 

「また日を改めましょうか、無花果さん?」

 

「そうするしかないよな、というか、そうした方がいいな。

もしかしたら、イカレ小説の執筆に全集中しているかもだし。

というより、出歩くの怖い」

 

「確かに・・・急に事故が起こったようですからね」

 

「あれ、絶対事故じゃねえだろ・・・なんで地中の天国が・・・」

 

そこに、たまたま水波レナの弟が通りかかった。

 

「あれ、無花果兄ちゃんじゃないですか」

 

「おっ、レナ弟よ。久しぶりだな」

 

「あれ、知り合いですか?」

 

「ああ、友人の弟だな」

 

「・・・その人は?」

 

「こいつは沖田総司、俺を毎日〔規制〕してくる奴だ」

 

「沖田さんの第一印象を最悪にしないでくださいよ!?」

 

レナ弟は溜息をついた。

 

「・・・姉ちゃん、怒っているよ?

無花果兄ちゃんが急に行方不明になってしまったから。

しかも、彼女までいるんですか。命の覚悟くらいはしといたほうがいいかと・・・。

あと、小説兄ちゃんは怪我で入院しています」

 

「「えっ?」」

 

そこに、秋野かえでも通りかかった。

 

「ふゆっ?無花果くん、生きていたの?」

 

「かえで先輩、勝手に殺さないでください。

あっ、これ、先輩へのお土産です」

 

彼は愛媛県銘菓であり作者の大好物の一六タルトの入った袋を渡した。

 

「ありがとう、無花果くん・・・じゃあ、死のうか」

 

「「えっ」」

 

「言い忘れていましたが、かえで姉ちゃんに会っても死だよ?」

 

「レナの弟さんの言う通りだよ・・・私はずっと待ってたの。

無花果くんが帰ってくるのを。そして、生きて帰ってきてくれた。

でも、余計なの持ってきちゃったね、ふゆう・・・。

レナちゃんを悲しませた罪、万死に値するよ?」

 

無花果と沖田は恐怖した。このままでは、明らかに殺される。

 

「レナ弟よ、ここはちょいっと助けてくれないか」

 

「沖田さんからもご褒美あげますから」

 

「仕方ないなあ、俺が何とかしますよ・・・」

 

レナ弟はおもちゃの剣を構えて、深呼吸した。

 

「ここは煉獄兄ちゃんから教えてもらった技を使いますか。

・・・炎の呼級、壱の型、不知火」

 

剣は炎を纏い、一瞬で彼は間合いを詰め、かえでを斬りつけた。

 

「峰打ちですよ、勘弁してくださいね」

 

「ふ、ふゆう・・・」

 

「悪は滅びましたよ、無花果兄ちゃんと〔検閲〕姉ちゃん。

もし、小説兄ちゃんに会いたかったら里見メディカルセンターに行ってくださいね

俺はおつかいにいかなくてはいけないので、それでは。

あと、ご褒美とやらはいりませんから。俺は健全な少年ですから」

 

彼はそれだけ言って、立ち去った。

 

「沖田さんの第一印象、最悪になってたじゃないですか!

・・・それにしても、今の子は何者なんですか」

 

「それは俺が聞きたいよ???どうして炎の呼級を使えるんだよ????

なんだろう、あまり描かれないモブが二次創作で強化されるような・・・」

 

同じ時間、大東区、かごめは一人さまよっていた。

 

「・・・」

 

「あら、あなたこの前の・・・」

 

「紅晴結菜さん、ですか」

 

「ずいぶんと酷い顔してるじゃない」

 

「結菜さんこそ、さっきまで殺し合いをしていたような顔ですよ」

 

「お互い、酷い顔ね。そこのベンチに座りましょ」

 

「・・・そうしますか」

 

二人とも、溜息をついた。

 

「・・・ふーくん、いえ、笛吹文雄は知っていますか?」

 

「知っているわよ、心根のダチでしょ?私のダチのダチに当たるわ」

 

「・・・私、その子が傷つけられたことを知って、ネオマギの奴らに殺意が湧きました」

 

「私たちもよ、ダチの親友が傷つけられたっていうんだし。

今頃、私の妹たちが駆逐しているはずよ」

 

「でも、ふーくんの幼馴染のかこさんは違ったんです。

真っ先に、病院に向かったんです。

それでわかったんです。どうやったってかこさんには勝てないって。

私、恥ずかしくなったんです。この前までかこさんに殺意を抱いていた自分が」

 

「・・・一つだけ言うわ」

 

「・・・何ですか」

 

「幼馴染だからって、そのまま結びつくわけじゃないわ。

幼馴染だと油断していたら、他の女に取られるんなんてケースはいくらでもあるわ」

 

「・・・勝ち目あるんですか?」

 

「勝ちに行くのよ」

 

「・・・ありがとうございます。少しだけ、元気が出ました」

 

そう言って、かごめは立ち去ろうとした。

 

「待ちなさい、あと一つだけ助言があったわ」

 

「・・・」

 

「ころしてでもうばいとる、という選択肢が昔のゲームにあったらしいのよ」

 

「やっぱ最低ですね、結菜さん。参考にさせてもらいます」

 

美樹さやかという少女が急に血を吐き出したらしいが、神浜市外なのでカット。

 

「ひ、ひどい・・・ゴハッ。恭介は私と・・・」

 

台詞だけでも出してやっただけ感謝したまえ、さやかくん。

さて、里見メディカルセンターに視点を移そう。

 

「・・・ふーくん、コーヒーですよ」

 

「うん、ありがとうございます」

 

「今、どこまで読み進めましたか?」

 

「ちょうどヨーロッパが全滅したあたりですね」

 

「さらっと怖いこと言いましたね!?」

 

病院内でも、二人の日常は変わらなかった。

のんびりと、平凡で・・・そんなものだった。

 

「・・・あれっ、砂糖がありませんね」

 

「大丈夫ですよ、かこさん。持っていますから」

 

「あれっ、いつも持ち歩いていましたっけ?」

 

「なんかポケットに入っていたようなんですよ」

 

笛吹はそんな日常を崩したくなかった。

だから、申し訳ないとは思いつつも、それを実行に移した。

 

「・・・おいしいですね、コーヒー」

 

「うん・・・あれっ、何だか眠たく・・・」

 

カップの割れる音、笛吹は準備を始める。

かこには後で謝らなくてはならないだろう。

 

「・・・

 

それから十分後、碑石が入った後には全てが手遅れだった。

病室には、ベッドの上に移されたかこだけが残されていた。

外からの風で、ページがぱらぱらとめくられていた。

 

「あっ、碑石さ・・・えっ、事件?」

 

「久しぶりだね、無花果くん?脱走だよ」

 

沖田が零れていたコーヒーを舐める。

 

「ペロッ、これは・・・睡眠・・・ぐう」

 

案の定であった。

 

「・・・この〔放送禁止〕馬鹿は放っておくとして、笛えもんが脱走?」

 

「ああ、彼は彼の責務を果たそうとしているんだ・・・」

 

「・・・どういうことだよ?僕がいない間に何があったんだよ?」

 

「・・・悪いが、後で説明させてもらおう。私は行かなくてはならない」

 

そう言って、碑石は立ち去ってしまった。

入れ替わるように、正史郎が来た。

 

「・・・何があったか予想ができるな」

 

「正史郎、何がどうなっているんだ?」

 

「さあな、ただわかることは、笛吹たちが負ければ神浜に未来はないということだ」

 

「そろそろ安全だと思って帰ったら、とんでもないことになってた件について」

 

「この世界で平穏な生活を送れる奴がどれほどいると思うんだ?」

 

さらに、ななか一派がやってきた。

 

「あら、無花果さん・・・生きてたんですね。

あと、この状況について説明を」

 

さらにさらに、かごめが窓ガラスを割って入ってきた。

 

「殺しに来ましたよ、かこさん!ふーくんは私のも・・・あれ?」

 

数秒で彼女は取り押さえられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男は、神浜市役所における最後の人間の職員であった。

彼は転生者だった。それも物語に関わることを好まなかった部類の。

そのために、原作とやらが始まる二十数年前に転生した。

大人だったら、学生である魔法少女に関わる確率は少なくなるからだ。

そして、大人になった彼は市役所職員という比較的安定した職に就いた。

最近、恋人(もちろん原作には関係ない)もできたばっかりで人生は順調だった。

しかし、ワルプルギスの夜の襲来後に就任した市長により不安定になった。

次々と業務はAIに取って代わられて、同僚はどんどんいなくなってしまった。

それもそのはず、市長は転生者だったからだ。どんな無茶苦茶でも許される。

男は改めて、自らの立場に恐怖した。転生者は何でもできてしまうのだ。

街一つ吹き飛ばすこともできるし、神も殺すことだって企める。

彼は自分がどうして原作に関わろうとしなかったのか思い出した。

そう、怖かったのだ。自分が力を振るうことで、大事な物を壊してしまうのではないかと。

 

「・・・今日までありがとう」

 

目の前にスクリーンが現れる。

今までは、同じ転生者のよしみで解雇を免れていた。

同じ理由で、彼も市長の計画を教えてもらっていた。

だが、ついにその時がやってきたのだ。

もはや、転生者には人間という手足は必要ないのだ。

それが、たとえ同じ転生者であったとしても。

 

「市長・・・いつ神浜を吹き飛ばすつもりだ」

 

「それは今日の戦いで決まるさ」

 

「えっ」

 

それと同時に、仮面をつけた魔法少女が一人だけ入ってきた。

男は必死に記憶をたどって、その少女が誰なのかを思い出した。

そう、夏目かこ。どういうわけか、仮面をつけているが。

しかし、その仮面はどこかで見たことがあるような気がした。

そう、LobotomyCorporationの笑顔というギフトだ。

 

「・・・かこさんですか。ボクに勝てると思ってるんですか?」

 

男は初めて生で白谷氷河の姿を見た。

 

「ここで陳腐な自己紹介を。

ボクは魔導士白谷氷河、魔力量はオーバーSSSSS。

それでも、ボクに挑むつもりなのかい?」

 

それが白谷の恐ろしさだった。

彼は代価を払うことで、どんなものでも手に入れられる。

それは、別作品の代物でも同じことだ。

彼はリンカーコアを体内に埋め込むことで、最強の魔導士となったのだ。

言っておくが、この世界はマギレコであって、リリなのではない。

 

「・・・魔力量で強さは決まりませんよ」

 

それは少女の声にしてはやけに野太かった。

 

「えっ、その声・・・」

 

市長は目を丸くした。

だが、彼に驚いている時間は与えられなかった。

なぜなら、かこらしき誰かはすぐにビームを連射したからだ。

氷河はギリギリのところで、それを避けることができた。

 

「くっ・・・でも、リリカル世界の魔法の方が火力は優れてるさ!」

 

男はそれを聞いて、すぐに伏せた。

一瞬の大震動と塵煙。

並みの人間が当たったら、即気絶だろう。

たとえ、魔法少女でも大ダメージのはずだ。

しかし、ソレは立っていた。

大きな盾を持って。

それは夏目かこでも、二葉さなでもなかった。

二葉さなの服を着て、彼女の盾を持った少年だった。

 

「笛吹くん・・・女装が趣味だったのかい?」

 

「これしか方法がないんですよ!氷河くんを止めるためには!」

 

次の瞬間、笛吹は常盤ななかの服を着て、日本刀で氷河に斬りかかった。

 

「・・・君の能力は”ハーメルン”のはずだ」

 

氷河は難なくそれをデバイスで弾いた。

 

「そうですよ。でも、戦い方は能力では決まりませんからね!」

 

そのたった二秒後に、少年は由比鶴乃に変わっていた。

もちろん、顔は少年の顔そのままで、体型も女性のものではない。

男にはわけがわからなかった。

しかし、一つだけわかることがある。

この勝負に、神浜市の明日が賭けられているのだ。



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市役所の激戦

氷河は必死にタネを見極めようとしていた。

なぜ戦闘に不向きなはずの笛吹が自分と渡り合っているのか?

おそらく、自分と同じようなことをしたはずだ。

氷河自身はリンカーコアを代価を支払うことで体内に埋め込んだ。

そして、笛吹は代償無しの”ハーメルン”で何かを手に入れたに違いない。

しかし、それを考える暇はなかった。

 

炎扇斬舞

 

「・・・竜城明日香の服装で、由比鶴乃のマギア!?」

 

氷河にはわけがわからなかった。

もはや、何もかもが無茶苦茶だった。

しかし、勝機なら少しだけあった。

ソウルジェムだ。別に狙おうというわけではない。

穢れだ。穢れが溜まることで、戦闘不能に近づいていく。

事実、服装が変わっても、ソウルジェムの穢れ具合は変わらないらしい。

そのせいで、笛吹の反応速度もだんだんと遅くなっていった。

そして、ここは神浜市。魔女にはならないが、ドッペルは出る。

さすがに笛吹もドッペルを使いこなすことはできないだろう。

 

「・・・そろそろ限界ですね」

 

笛吹は夏目かこの服装に変身し、ソウルジェムを握る。

 

「・・・E.G.Oページを選択、勇み足のドッペル

 

ソウルジェムの穢れは光を放ち、ギロチンカッターに変わる。

普通のドッペルと違うのは、完全に手に持つための武器となっていることだ。

笛吹は、ドッペルを手に握っているのだ。

 

「いやいや!待てよ!今、E.G.Oって・・・」

 

「勝負の途中ですよ、氷河くん」

 

あと数秒避けるのが遅かったら、首と胴体の悲しみの別離が展開されただろう。

 

「殺す気か!?」

 

「すみません、余裕がないものですから!」

 

「ひいいい!」

 

氷河は必死に上の階に逃げた。

ある資料室に逃げ込み、彼はようやく落ち着いた。

まず、笛吹がどんな戦術を使っているのかを考えなくてはならない。

笛吹は魔法少女の服装などを纏い、彼女たちの技を使って戦っていた。

そして、ドッペルをE.G.Oにすることで完全に制御していた。

 

「・・・まるでわけがわからない」

 

氷河は初めてキュゥべえの気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

考える時間はたっぷりある。市長室に行くためのエレベーターは使えなくしてある。

みかげの方から操作しないと、うんともすんともしないのだ。

 

「・・・みかげ、聞こえるかい」

 

「聞こえてるよー・・・だいぶ苦戦してたね」

 

「何かわかったことはあるかい?」

 

「うーん、変身するときにページみたいなのが見えたというか・・・?」

 

「ページ?」

 

「気のせいだったかもしれないけれどね」

 

そういえば、さっきも”ページ”と言っていたような気がする。

深く深呼吸する。冷静に考えることがさらに可能になった。

よく考えれば、技を出される前に攻撃すればいいのである。

さなの盾だって、無敵ではないのは確かだ。

それに、真剣に戦う必要はないのだ。

彼は資料室から走り出て、笛吹を探した。

見つけた。ちょうど背後から攻撃を仕掛けられる。

 

「・・・ラグナロク!」

 

大火力の攻撃が笛吹に迫る。

閃光の後、彼がいた場所は完全に崩れ去っていた。

おそらく、一階まで瓦礫と共に落ちていったのだろう。

 

「おいおい、痛いじゃないか。氷河くん」

 

「すまなかった、碑石健康くん・・・えっ?」

 

一階にはなぜか碑石がいた。

しかも、無傷で。

 

「・・・私の能力、意外と強いことが判明したんだ」

 

「・・・異常な抗体を保有していたらそりゃそうか。

まったく、笛吹くんが片付いたと思ったら、今度は碑石くんか」

 

「すまないね、私も悪あがきくらいはしたくて」

 

「・・・どいつもこいつも」

 

「言っておくが、私はただの盾だ」

 

「・・・何を言っている?」

 

そこに、足音が近づいてきた。

 

「おいおい・・・ずいぶんな惨状じゃねえか?」

 

「心根光種くん・・・なるほど、君が剣の役目か。

まあ、ボクには敵わないさ。ボクは最強の魔導士だからね」

 

「碑石、何か痛いこと言っているぞ」

 

「ああ、古傷が痛むね」

 

心根は碑石を片手で抱えて、一気に氷河の飛んでいるところまで飛びあがる。

途中、魔力弾が飛んできたが、それは弾くか、碑石を盾にした。

 

「痛いぞ、人を盾にするなんて!」

 

「盾になるといったのお前の方じゃねえか!」

 

「確かにそうだけど・・・」

 

氷河はイラつき始めた。さっきから邪魔が入る。

それも、なんでもないと思っていた奴らから。

 

「・・・もう殺傷設定にするか」

 

「おい、何かヤバい言葉が聞こえたぞ!何とかしてくれ、心根くん!」

 

「無理に決まってんだろ!?」

 

二人は何かを忘れていた。そう、笛吹のことだ。

いや、そもそも瓦礫に埋まっていることも知らなかった。

笛吹自身も信じられなかったが、攻撃は直撃しなかった。

ちょうど謎の隙間があって、そこにすっぽりと入れたのだ。

しかも、一緒に落ちてきた瓦礫にもどういうわけか当たることがなかった。

まるで、誰かが笛吹の未来を上手く誘導しているかのように。

しかし、その誰かによる幸運も完璧なものではない。

瓦礫に埋もれた彼の腹部に、小さな鉄柱が刺さったのだ。

痛い、痛すぎて、逆に叫ぶことができない。

 

「・・・ぐっ・・・」

 

出るのはうめき声だけ。

彼は能力を辛うじて使うことができた。

漢字に変換する余裕はなかった。

ドラクエの”やくそう”を口に放り込む。

少しは痛みが和らいだ。

その時、頭上の瓦礫を誰かが蹴飛ばした。

 

「大丈夫か、君!」

 

「・・・初代仮面ライダー?」

 

「俺はさっきから君たちの戦いを見ていた者だ!

ついさっきまでこの市役所の職員だったが、クビになった!」

 

「それは・・・お気の毒に」

 

「いいんだ、それよりも君の方が大変じゃないか!」

 

男は一気に鉄柱を引っこ抜いた。

すかさず、笛吹はやくそうをもう一つ口に放り込んだ。

 

「・・・やくそうのデザインはドラクエⅦを参考にしたのか」

 

「ええ、そうです。前世の幼少期にはそれの攻略本を絵本代わりに読んでいました」

 

笛吹はふらふらとしながら、立ち上がった。

 

「・・・行きますね、彼を止めないと」

 

「待て。君は何故戦うんだ?

そんな状態になってまで、なぜ戦うのだ?

俺には、とてもそんな勇気も根性もない。

こんな姿と力を得たが、それを振るうのが怖いんだ。

何か、大事な物を壊してしまいそうなんだ。

今まで得ていた信頼、幸せに終わるはずの結末・・・。

それを壊してしまうと思うと・・・とてもじゃないが、力を振るえない」

 

「・・・わかります、僕も少し前まではそんな考えでしたから。

戦う理由は三つあります。一つは住んでる場所を吹き飛ばされたくないから。

二つ目は、氷河くんが僕の大事な友達だからです」

 

「俺たちの街を吹き飛ばそうとしているのに?」

 

「だから止めるんですよ、友達だから。

友達が犯罪に手を染めようとしているなら、それを止めないと。

そして最後の理由ですが・・・もう、やめたかったんです。

人間関係を壊したくない、原作介入したら後が怖い・・・

あなたと同じような理由で、僕はかこさんが辛い時にも手を差し伸べなかった。

かこさんの店が焼かれ、それが原因でかこさんが魔法少女になっても。

それで、何が残されたと思いますか。今まで通りの関係?

ええ、確かに残されましたよ。でも、僕はもう嫌なんだ!

僕は、もうかこさんを悲しませたくないんだ!

原作介入したら、物語が崩壊して余計に悪化する?

そんな論理、クソくらえですよ!

キュゥべえは予想以上に強いかもしれない?

それが何だ!かかってきやがれってんだ!

僕は・・・僕は、かこさんのためだったら原作だって破壊するつもりだ!

そもそも、何が原作だっていうんですか!僕たちは現実に生きて・・・ゴハッ!」

 

笛吹は血を吐き出した。

 

「・・・まだ完全に傷は治ってない、そんなに無理をするんじゃない」

 

男がそう言うと、笛吹はもう一枚、やくそうを口に放り込んだ。

 

「僕はまだ大丈夫ですよ・・・心配していただき、ありがとうございます」

 

「待ってくれ、今の君では階段を上がるのはきつかろう。俺に、いい考えがある」

 

一方、碑石たちは激しい戦いの末に、なぜか屋上に移動していた。

 

「・・・意外と、私の体は頑丈なようだ」

 

「E.G.O貸してやるぞ?」

 

「いいんだ、何か取り込まれそうな気がするし」

 

「よくわかったな。頭の中に毎回声が響くんだよ」

 

そんな二人に、氷河は容赦なく魔力弾を撃ち込む。

 

「おっと、会話中にも手加減なしか」

 

「まあ、そりゃそうだよな」

 

二人は難なくそれを避ける。

 

「・・・どうして、ボクの邪魔をするんだ!?」

 

「「だって、家とか吹き飛ばされたくないし」」

 

「この俗物どもがっ!」

 

次々と魔力弾が、それも漆黒の魔力弾が飛んでくる。

碑石はそれを殴って打ち消し、碑石は魔法の弾丸でそれを貫く。

 

「・・・もういい、この市役所一帯ごとお前らを消滅させる」

 

氷河の周りにバリアが展開され、魔力が集中する。

 

「おい、心根くん、何とかするんだ!」

 

「無理」

 

「だよねー・・・ここまでかー」

 

その時、爆音が階下から近づいてきた。

 

「・・・なんだい、このバイクみたいな爆音」

 

「さあな・・・」

 

ドアを突き破ってきたのは、本当にバイクだった。

乗っているのは、仮面ライダーと笛吹。

笛吹は一瞬の間に飛び降りて、仮面ライダーはそのままバイクを走らせた。

そして、あり得ないような大ジャンプをして、バリアを破壊する。

 

「市長、いや、白谷氷河!お前の横暴もここまでだ!」

 

仮面ライダーはそのまま氷河に衝突していった。

氷河は屋上に叩きつけられ、仮面ライダーはバイクごと落下する。

 

「さらばだ、笛吹!俺はやっぱ怖いからここでリタイアだ!」

 

鮮やかにバイクを地面に着陸させた彼は、そのまま夜の街に消えていった。

 

「笛吹くん、あの初代仮面ライダーは・・・」

 

「瓦礫に埋まっていたところを助けてもらいました。

そして、ここまで連れてきてくれたんです」

 

「無茶苦茶やりやがるな・・・」

 

そうこうしているうちに、再び氷河が立ち上がった。

 

「・・・ふっ、ボクはまだやられないさ。

所詮、オーバーSSSSSには敵わないのさ」

 

「氷河くん・・・どうしてそこまで痛い人間になったんですか?」

 

笛吹はそう言うと、調律者の服装になっていた。

 

「・・・笛吹くん、話し合いという言葉を知っているかい?話し合いで解決しようよ」

 

「そんな言葉知りませんね、スターライトブレイカー

 

「使う技はリリなの!?」

 

笛吹の指から、桜色の光が放たれる。

神浜市は魔法少女が戦っていても目立たない街。

そういうわけで、派手な技も使えるのだ。

氷河はそれをギリギリのところで避けてしまったが。

 

「・・・危ない、でも、ボクだって最強の魔導士だ!」

 

氷河も負けじと砲撃魔法を放つ。

 

「・・・Page Of Twinkle Road

 

笛吹は調律者の服装のまま、かこのマギアで相殺する。

 

「・・・なあ、笛吹くん。いったいどんなトリックを使ってるんだい?」

 

「そうだよ、笛吹。お前の能力はハーメルンのはずだぞ」

 

「そうですね・・・そろそろ種明かしをしてもいいでしょう」

 

笛吹はにっこりと笑った。

 

「LibraryOfRuinaというゲームは知っていますか?あれの応用ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は初代仮面ライダーの格好のまま、夜の街を走っていた。

それはある意味で愚行であった。

 

「おっ、仮面ライダーだ!写真撮らせて!」

 

同じ転生者に見つかる可能性が高くなるからだ。

その転生者は少なくとも、善良なように見えた。

 

「おい、無花果!今はそんな場合じゃ・・・無理だ、写真撮らせてくれ!

タルト様が一番なのはわかっているのに・・・負けた!」

 

芸術家のような転生者も男子の本能に逆らえなかった。

 

「無花果兄ちゃん・・・まあ、仕方ありませんね」

 

髪が水色の少年も写真を撮っていた。その少年は転生者ではなさそうだった。

 

「・・・無花果さんも男子ですねー」

 

サーヴァントと思われる髪がピンク色の少女はそれをジト目で見ていた。

 

「あれ、無花果くんじゃないですか!どこ行ってたんですか!」

 

「久しぶりだな、少年!」

 

「あっ、まなかに煉獄さん!ちょうどよかった!ちょいっと戦力が・・・!」

 

その時、市役所の屋上で黒色の閃光と緑色の閃光が衝突するのが見えた。

 

「・・・こりゃ急がないと。笛吹が負けるかもしれないからな」

 

男は転生者の目的を察した。そして、提案する。

 

「君たち、俺にいい考えがある」



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市役所崩壊

心根と氷河は戦慄した。

碑石はLibraryOfRuinaを知らなかった。

 

「お、おい、笛吹・・・お前が使ってるのって・・・」

 

「安心してください、ハーメルンだったら本人の生死関係ないので」

 

「そ、そうだったな・・・ふう、安心したよ」

 

「心根くん、私には何が何だかわからないんだが」

 

「知らなくてもいいさ。プロムンのゲームだし」

 

笛吹の服装は病衣に戻っていた。

 

「そういうわけで、こういうことも可能なんですよ」

 

彼が指を鳴らした瞬間、氷河の立っている場所に数多くのイワシが生えてきた。

氷河は飛行魔法で上に逃げたが、今度は空から建ったビルに突き刺さりそうになった。

それをすれすれのところで避けると、今度は異臭を放つ穴に落ちそうになった。

 

「笛吹くん、これマズいんじゃないかい?色々と」

 

「別に転生したんだから関係ないですよ」

 

空に浮かぶ月は満ちも欠けもしていなかった。

 

「・・・ははは!さすがだよ、笛吹くん!

能力をここまで最大限に活用できるだなんて!

それじゃあ、ボクも同じ手で・・・」

 

「心根さん、氷河くんの邪魔を邪魔をしてください」

 

「オーライ」

 

魔法の弾丸が何十発も放たれる。

 

「くっ、邪魔すんな!」

 

「邪魔するに決まってるじゃないですか、二人とも?」

 

「ああ、そうだね」

 

「俺だって同じことするさ」

 

「この卑怯者!」

 

「神浜市を吹き飛ばそうとする氷河くんに僕を非難する資格はありません!」

 

笛吹は赤い霧の格好に変身して、天国を投げつけた。

 

「殺す気か!?」

 

「ええ、かこさんの笑顔を守るためにも!」

 

氷河はまたバリアを展開した。

 

「・・・はあ、笛吹くん。冷静に考えるんだ。

ボクが神浜市を吹き飛ばしたところで、ボクが復興させてあげるんだ。

その時に、夏目書房も復活するだろう。ここで戦うこと自体、無意味なんだよ」

 

「氷河くんはそれほど死にたいんですね???

以前、夏目書房が燃えたときに、かこさんがどれほど辛かったと思うんですか???

僕はもう見て見ぬふりなんてしたくないんですよ。

逆に聞きますがね、氷河くんは上手く神浜市を治めてきたじゃないですか。

ゲーム感覚で簡単に済むんだったら、本当に吹き飛ばす必要なんてあるんですか????

もしかして、いじめっ子に対する復讐も兼ねてるんですか??僕がやったっていうのに?」

 

「なるほど、道理であいつらが廃人になっているわけだよ!

・・・ボクがツグミの家の出身だということは知っているよね?

このはさんたちがボクに対してお仕置きをしようとしているんだよ。

もし、ここで負けたら・・・」

 

その時、地上の方からこのはの大声が聞こえた。

 

「氷河くん!さっさと降参しなさい!」

 

次に葉月の声。

 

「今ならまだ罪は軽いよ!アタシもそこまで怒ってないし!」

 

最後に、あやめの声。

 

「笛吹先輩!頑張ってください!」

 

笛吹は溜息をついた。

 

「負けられないのは僕だって同じですよ。

かこさんを睡眠薬で眠らせて脱走したうえに、負けて、

そして神浜市が吹き飛んで夏目書房もなくなってしまう・・・。

それ、いくらかこさんでも本当に許してくれると思いますか?

OHANASHIの対象はおそらく氷河くんにも拡大しますよ?」

 

「あっ、笛吹くんの後ろに般若の表情のかこさんが」

 

「ヒエッ・・・」

 

だが、氷河はその隙をついてバインドで笛吹を拘束した。

そして、そのまま氷河のところまで引きずられた。

もちろん、かこは来てなどいなかった。

 

「卑怯者!」

 

「ボクだって負けれないんだ・・・!

碑石くん、心根くん!笛吹くんを殺されたくなかったら・・・」

 

しかし、氷河の企みは失敗することになる。

さっきと同じようなバイクの爆音が聞こえてきた。

 

「・・・この音は、まさか・・・」

 

碑石の予想は当たっていた。

さっきの仮面ライダーが戻ってきたのだ。

しかも、笛吹たちの仲間を乗せて。

 

「笛えもん、来てやったぞ!」

 

「・・・タルト様、どうかご加護を!」

 

「ウォールナッツは吹き飛ばさせません!」

 

「まさか神浜市に危機が迫っていたとは・・・柱として不甲斐なし!」

 

「俺、一般人なんだけどね・・・あっ、引きずってた〔R-18〕姉ちゃんが落ちた」

 

さらに、屋上のドアが吹き飛ばされる。

 

「心根くん、ウチらも加勢するよ!」

 

「うう・・・仕方ないでございます!」

 

さらに地上の方から声がまた響いた。

 

「光お兄ちゃん!頑張ってー!」

 

「理子みたいなカワイイ子の応援があるんだから、勝ってよね!」

 

「いたた・・・無花果さん、沖田さんは別の方法で戦いますね!」

 

なんやかんやで、再び氷河はバイクに吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ・・・人数が増えたところで・・・」

 

「「笛花共鳴」」

 

氷河の頭の中に音が響き、彼は身動きが取れなくなった。

魔力量では遥かに劣る魔法少女に、彼はしてやられたのだ。

そして、解放された笛吹は服装を親指構成員のものに変えていた。

 

「・・・これでおしまいです、氷河くん」

 

「・・・ははは、確かにボクの負けだ。

こんな人数差だと、もはやいじめの領域だ。

でもね、神浜を吹き飛ばすのにボクという存在は必要ないんだよ。

機械を操作するのは、誰だって構わないんだから。

みかげが市長室にいるし、そこには誰も入れないようにしている」

 

そして、先に限界が来たのは笛吹の方だった。

彼は激しく血を吐き出した。とっくに彼は限界だったのだ。

数日前に斬られ、今日は鉄柱が腹部に刺さり、そして激しく体力を消費した。

 

「はは・・・ははは!ボクの勝利だ!」

 

「うるせえ、ぶっ殺すぞ。ふーくんを殺そうとしやがって」

 

「アアアアアッ!」

 

突然現れたかごめに、彼は股間を蹴られた。

子孫終了のお知らせにはならないレベルの蹴りだったが。

その頃、沖田総司はエレベーターに何とか入ろうとしていた。

 

「むぅ、動きませんね」

 

そんな彼女の前に、スクリーンが現れる。

 

「無駄だよー!電気は切ってあるんだから!

そういうわけで、ミィはエネルギーが溜まるまで宿題のドリルをしているの!」

 

「学校が吹き飛ぶのに?」

 

「どうせ市長がすぐに学校も復興してくれるから!」

 

「そうですかー。偉いですね!じゃあ、沖田さんもドリルをやりますかね!」

 

そう言って、彼女はテキストの方でなく、金属で先端が尖った方のドリルを取り出した。

 

「じゃあ、ドリルをしながら良い子で待っていてくださいね!

沖田さんもドリルをしながらそっちに向かうので!」

 

「えっ」

 

しかし、市役所にも限界は来ていた。

転生者が本気で戦っていたからだ。

基盤がドリルで壊されたことにより、市役所の崩壊が決定した。

股間を蹴られながらも、なんとか態勢を立て直した氷河は飛行魔法で脱出した。

振り向くと、市役所は大きな音を立てながら崩壊していた。

 

「ははは・・・さようなら、笛吹くんたち。

君たちのことは永遠に忘れないよ。

さて、宝崎市にでも逃げるとするか・・・」

 

その時、雷の鳴り響くような音が氷河に近づいてきた。

氷河はそれを見て、必死にスピードを出したが、相手は光の速度だった。

 

「我流雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

 

一瞬のうちに、氷河はおもちゃの剣に叩かれた。

 

「峰打ちですよ・・・俺たちの勝ちですね」

 

意識が途切れる残り数秒の間、氷河はそれが誰なのかを必死に思い出そうとした。

名前は思い出せなかった。しかし、その「キャラクター」の存在は思い出した。

水波レナの弟だ。原作だったら、名前も容姿もないような存在だ。

この少年が煉獄から全集中の呼吸を教えてもらっていたのは知っていた。

しかし、自分で雷の呼吸も編み出せるくらいに応用できていたのは知らなかったのだ。

オーバーSSSSSの魔導士である氷河を倒したのは、魔法少女でも転生者でもなかった。

ただのモブだった。ただ、別作品のキャラクターに強化されただけのモブだった。



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U-1と名乗る青年

「・・・またここに来たのか」

 

そう、また来たのだ。

笛吹がいるのは白い空間。

今度は碇シンジのそっくりではなく、知らない青年だった。

 

「この前と同じ人ですか・・・?」

 

「いいや、あいつは俺の友人だ。

一応、自己紹介しておくか。

俺の名前はU-1だ」

 

「僕は笛吹文雄といいます。

多分、前の人から聞いていると思いますが」

 

「ああ、もちろんスパシンから君のことは聞いた。

そして、君の戦いぶりも見させてもらった。

実に、独創的な戦いだった。常人だったら考えもしないだろうな。

以前の俺にも、君のような柔軟性があったらよかったんだが」

 

「・・・ほぼパクリですよ?」

 

笛吹がそう言うと、U-1と名乗る青年は微笑んだ。

 

「俺だってパクリとしか言えないさ。

この容姿はもちろんのこと、武器もそうだ。

神剣ラグナロク・・・もうどこの作品かも忘れたよ。

なあ、信じられるか?俺の容姿の元ネタは無個性の男子高校生なんだぞ?

それが今では、最強の人間の一人だ。テラフレアだって使える。

でもな、オリジナリティなんてどこにもないんだよ」

 

「そんなの、アニメ世界に転生した人間だったら誰でも同じですよ。

茨乃+鈴木絵里=?結果は簡単!僕の愛する女の子の完成です!

僕は誰かの作った何かを愛しているんですよ、わかりませんか?

愛する女性でさえ、誰かの作り物なんです。オリジナリティはないんです」

 

「わかっていて、彼女を愛するのか?」

 

「ええ、そうですよ。僕はその点も含めて、かこさんを愛しているんです」

 

「そうか・・・君は強い人間だな」

 

次の瞬間、笛吹の視界がモノクロになる。

変わったのは色調だけではない。

風景自体が変わったのだ。そこはよく整えられた執務室だった。

どことなく、LobotomyCorporationの46日目の設計チームを思い出させる。

デスクでは、一人の男性が何か仕事をしていた。

その男性の顔はわからなかった。黒塗りになっていたからだ。

 

「████くん、これでどうでしょうか!」

 

「・・・うん、いい感じじゃないか。だいぶ読みやすくなった」

 

黒塗りなのは顔だけではなく、名前も同じようだ。

だが、それよりも笛吹を驚かせたのは、そこにいるのが環いろはだったということだ。

この世界の、主人公である魔法少女だ。

 

「彼は、少女をその辺にいるモブとしか見なしていなかった。

せいぜい、取り柄があるとすれば、魔法少女のことを知っているぐらい。

そもそも、その子は魔法少女ですらなかったんだから。

ずいぶんと恩知らずな奴だった。彼女に誘われて、組織に入ったのに」

 

どこからか、U-1の声が聞こえてきた。

 

「僕、初めて彼女を近くで見ましたよ」

 

「君はいったい転生してからの十四年間をどう過ごしてたんだ?

いや、そういう君だからこそ、神浜市にいる資格があったんだったな。

・・・話の続きだ。いろはは彼を愛していたのだ。

しかし、彼はそれに決して気づかなかった。いや、気づかないふりをしていたんだ。

彼はこう考えていた。モブに愛されたからなんだというのだ?

そして、彼は同時に原作キャラとやらからも愛されることを望まなかった。

本当は前世で人生を終えるつもりだったのだ。前世は不幸だったからね。

組織に入ったのも、とりあえず転生者がいて話が合ったからだ。

組織が掲げる魔法少女の救済や人類の解放にも、本当は興味がなかったんだ。

ただ、日々を淡々と彼は過ごしていたんだ。いわば、傍観系の転生者だった」

 

「・・・一つ聞きます。何週目ですか?」

 

「君は本当に勘が鋭いな」

 

「似たような展開をゲームで見たことがありますから」

 

「LobotomyCorporationか。バージョンアップで武器も追加されたようだな?

俺の知っているLobotmyは、ただの怪しい施設運営ゲームだったはずだが。

質問に答えよう。まどマギ世界という括りで見るなら、二週目だ。

しかし、一週目と二週目の間には永久と思えるくらいの時間が流れた。

その悠久を始めた時の最初に、この姿を得たんだ」

 

「少なくとも、記憶はあるんですね?」

 

「ああ、永遠と思える時間だった。だが、奇妙なもんだ。

俺たちが数億年を繰り返した間、現実とやらでは数年だけが過ぎていた。

そして、救いの物語とやらも始まっていたんだから」

 

「・・・しかし、どうしてそんなことを?」

 

「それはまだ知らなくてもいい。いや、一生知ることはないだろう。

少なくとも、俺たちは闇を繰り返し、君たちは光の中で生きることになる」

 

「・・・それで、本当にいいんですか?」

 

「君は本当に優しい転生者だな?別にいいんだ。

いろはにはやちよというぴったりの女性が見つかったんだ。

少なくとも、俺たちの介入する余地はないだろう」

 

気がつくと、元の白い空間に戻っていた。

 

「時間を取らせてしまってすまないな」

 

前と同じように、笛吹の後ろに真理の扉が現れる。

 

「ただ、君に会って話をしたかっただけなんだ。

スパシンがやけに君のことを気にかけていたからね」

 

「そうなんですか・・・」

 

「目を覚ましたら、君の大切な人たちが待っているだろう。

少なくとも、君には俺たちのような失敗はしないでほしい。

まあ、失敗するようなことはないだろうけれどな」

 

笛吹はそのまま、扉をくぐっていった。

少しだけ振り返ってみると、U-1は寂しそうな表情をしていた。



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入院と勝因と、そして手紙

「・・・まだ目を覚まさないんですか、院長?」

 

「そりゃそうだろう、碑石くん。

彼は満身創痍の状態で病院を抜け出して、

それで何か喧嘩をやらかしたんだろ?

そして、市役所の崩落に巻き込まれた。

これで生きているのが不思議なくらいだよ。

もっと不思議なのは、どうして君が無傷なのかということだが。

笛吹文雄が重傷、保険証を持っていない煉獄杏寿郎という喧しい男も重傷、

その杏寿郎に庇われていた胡桃まなかは比較的軽傷。

あと、佐鳥かごめも比較的重傷だが、笛吹くんが庇ってくれたからだな。

仏英正史郎は芸術活動に支障はないが左腕複雑骨折。

千堂無花果は左足骨折で、その恋人の沖田総司は右足骨折。

すごく私の心をくすぐるスーツを着ていた男は両足骨折、バイクには当分乗れないね。

天音月夜と、その妹の天音月咲は全身を負傷だが、治癒は早い。

八雲みかげは地下深くにいたせいで、酸素欠乏症を発症しかけたが、私が意地で治した。

市役所の近くにいた少女たちはかすり傷くらいで済んだ。

どういうわけか市役所から離れた場所に落ちた水波とかいう少年は受け身を取れたから軽傷。

だが、その近くに落下した白谷氷河はあばら骨が三本くらい折れてたね。

どういうわけか無傷なのは、君と心根光種くらいだよ。医学的に不可思議だ」

 

「そりゃごもっとも」

 

「医学的に不可思議な君たちの事もそうだが、

政治的には、笛吹文雄の方がもっと不思議だね。

まさか、美国の一人娘がわざわざ虫の知らせで助けに来るとは。

ここに君たちを乗せたリムジンが来た時は驚いたよ。

まあ、彼女たちの応急手当で君たちは助かったわけだが」

 

「・・・美国議員と知り合いでしたか?」

 

「まあね。それより、弟の娘が君に会いたがっているんだ。

私は仕事があるからね、少し外してるよ」

 

入れ替わるように、里見那由他が入ってきた。

 

「碑石健康さんですね、伯父から話は聞いているですの。

私は里見那由他と申しますの」

 

「初めまして、那由他さん。父親が民俗学を研究しているそうだね」

 

「・・・ええ」

 

「民俗学は良い学問だと思うよ。私の好きな歴史学の根幹にも関わってくる」

 

碑石がそう言うと、那由他は少しうれしそうな表情をした。

 

「そうですの!ただ・・・」

 

「確かに実用性から鑑みると、医学や物理学には劣るさ。

それでも、社会学よりかはだいぶマシだろう?」

 

「ええ、それもそうですの」

 

※これは二人の意見です!しかも、二次創作の文章です!

 

「それに、私の友人は民俗学的観点で、宇宙の真実に踏み込もうとしてる。

その友人とやらは、隣の病室でぐっすりとお休み中だが」

 

「・・・どんな感じなんですの?」

 

「そうだね、ちょっと風変わりな理論だけどね・・・」

 

その様子を灯花に見られていたことを、二人とも気づいていなかった。

その頃、正史郎はギプスで固定された自分の左腕をじっと見ていた。

そんな正史郎を見て、御園かりんは心配そうに声をかけた。

 

「えっと、元気出してほしいの!正史郎くん!」

 

「・・・大丈夫だ。左腕が使えなくとも、右腕がある。

そして、俺の利き手は右手だ。タルト様をを描くのに問題はない」

 

「よ、よかったの・・・」

 

「それに、お前に負ける日など永遠に来ないだろうからな」

 

「ひどいの!」

 

「・・・セイシロウ、だったっけ?」

 

アリナは、正史郎のことも忘れていた。

 

「少し聞きたいんだケド、貴方にとってタルトって何なワケ?」

 

「様付けしなかったのは許してやる。

タルト様は・・・俺にとっての光であり、希望であり、信仰だった。

・・・この話は以前にもしたんだがな」

 

「・・・ふーん」

 

「タルト様は、決して誰にも傷つけられないような存在だった。

祖国のために、信仰のために、生きておられた方だった」

 

「まるで一緒にいたことがあるみたいな口調だケド?」

 

「ああ、いたんだ。彼女は実在したんだ」

 

「だから、あんなにリアルなワケ?」

 

「まあ、そういうことだな」

 

正史郎がタルトのことについて饒舌に話すとき、

かりんはいつも胸が締め付けられる感じがした。

彼がかりんのことに興味を抱いていないのは誰の目から見ても明白だった。

思い込みの強い傾向にあるかりんもそれはわかっていた。

最初に会った時、彼はやはりタルトという少女の絵を描いていた。

放課後の美術室、差し込む夕日、それに照らされる彼。

それは恋というには、あまりにも幼いものだった。

さらにいえば、正史郎は未だにタルトという少女に恋をしている。

 

「今回、俺の怪我が軽く済んだのはタルト様のご加護のおかげだ」

 

その隣の病室では、元市役所職員の男と、無花果&沖田がベッドの上にいた。

 

「よかったな、君たち。二人三脚ができるじゃないか」

 

ちなみに、謎の配慮によって、無花果と沖田は同じベッドだった。

 

「そんな他人事みたいに・・・いえ、すいません」

 

「私は嬉しいですよ、無花果さんと一緒にいられて」

 

「お前のせいだってわかってるぞ??

ドリルの時間ってどこの猫アニメだよ???」

 

「ギクッ」

 

そんな二人を、男は微笑んで見ていた。

 

「そういえば聞きたいんだが・・・君は笛吹文雄をどれくらい知っているんだい?」

 

「まあ、一言でいえば、僕が知っているうちで一番倫理的な転生者だな。

アイツはポンと何でもかんでも貸してくれるような奴だったし、

幼馴染のことが関わらなければ、暴力に訴えることもない。

僕と同じような傍観系転生者だったけど、これからは違うかもしれないな。

アイツはかこが傷つかないように、原作さえも踏みにじるだろう」

 

「なるほど、それでわかったよ。今から、少し信じられない話をしよう。

俺は見たんだよ、彼が安名メルの亡霊に守られていたところを。

彼と彼女の間に、何があったのかは知らないが、少なくとも彼女は笛吹を守ろうとしていた。

君たちをバイクに乗せる前に、彼は一度、瓦礫の下に埋まってた。

でも、瓦礫が直撃しなかったのは、彼女が上手く結果を誘導したからだろうな」

 

「なんとなく納得できる。笛えもんも易経が趣味だし。

おそらく、何らかの形で知り合ったんだと思うね。

まったく、あいつはとんだリア充だよ」

 

平穏な時間は終わった。

水波レナがドアを蹴飛ばして入ってきたのだ。

 

「へえ、誰がリア充ですって?アンタもリア充よね?

レナを置いて、彼女こしらえて、温泉旅行ですか?

いいご身分ね?ええ?神浜市が大変なことになっている間も?」

 

「レ、レナ!これは違うんだ!許してくれ!」

 

「レナは許すわ。でも・・・このトミーガンが許してくれるかしらね?

 

視点を移そう(切実)。

視点を移した先は、氷河とレナの弟の病室だった。

氷河の方は色々とくたびれていた。

なにしろ、氷河はチームアザレア三人組からみっちりお説教を喰らったからだ。

 

「元市長さん、大丈夫ですか?」

 

「これが大丈夫に見えるのかい?・・・というか、君の方こそ顔が酷いじゃないか」

 

レナ弟の方も、入院後すぐにレナから何十発もビンタを喰らった。

何しろ、彼は空中戦で白兵戦という危険行為に及んだのだ。

 

「・・・姉ちゃんも俺を心配してのことなので」

 

「そ、そうか。・・・ボク、どうして負けたんだろうな?」

 

そこに、心根が入ってきた。

 

「坊主、調子はどうだ?」

 

「ええ、良くなりましたよ、心根兄ちゃん」

 

「そうか、そりゃよかったよ。それで、どうして負けたのか気になってんのか、氷河?」

 

「ああ、そうだよ。はっきり言って、ボクの方が強いはずだった。

それなのに、まさか笛吹くんにああもやられてしまうとは・・・」

 

それを聞いて、心根は苦笑した。

彼は自信満々で笛吹に挑んだのだ。

しかし、その結果は散々たるものだった。

 

「同感だ。アイツの力は望んだものを出すだけの能力だった。

でも、よく考えてみたら事前準備さえ済ましていたら最強なんだよな。

先に最強のカードを出せばいいだけなんだからよ」

 

「ボク、すっかり入院していた笛吹くんのことを見逃していたんだ。

どうせ怪我人には何もできないだろうって。そしたらこれだよ」

 

「俺にもわけがわかんねえよ」

 

そこで、レナ弟が片手を上げた。

 

「・・・俺の予想を言ってもいいですか?」

 

「うん?いいぞ」

 

「おそらく・・・愛だと思うんですよ。

小説兄ちゃんはかこさんという女性が好きだって聞きました。

その人のため、本来ありえないような力を出せたんだと思います」

 

それを聞いた氷河は困惑した。

 

「愛?それでボクに勝ったというんですか?

確かに立ち上がるための燃料にはなると思うけど、

それでもボクに勝てる理由には・・・まあ、確かにこうなってしまいましたが」

 

「あと、小説兄ちゃんはたまに変な歌を口ずさむんです。

確か・・・愛で空がどうのこうのって。いい歌だとは思いますが」

 

心根は爆笑した。

 

「はっはっはっはっは・・・!そりゃ最初から笛吹が勝てるわけだよ!

アイツ、よく考えてみたら精神論的な奴だった気もするし」

 

そこに、和泉十七夜が入ってくる。

 

「ふむ・・・なかなか興味深い話だな。愛で勝ったと。

それで神浜市の破壊も防いだか。・・・実に興味深いな?」

 

「十七夜か。話聞いてたのか?」

 

「ああ、廊下の方でも聞こえたからな。

まあ納得はできるな。愛を持つ人間は持たない奴よりかは強い。

さらに言えば、私も少しは希望を持てたわけだ。

その愛を持った人間に、東西の区別なく付いていった奴らがいたからな。

愛でわかり合う。・・・ふん、実に純朴すぎるな」

 

それだけ言うと、彼女は病室から出て行ってしまった。

 

「「「・・・何だったんだ?」」」

 

三人とも、同意見だった。

しばらくして、心根も病室から出ることにした。

 

「・・・ああ、お前が負けた最大の理由がわかったぞ」

 

「何だい?」

 

「よく考えてみろ、あの時のお前って完全にテンプレ踏み台じゃないか」

 

「なるほど、負け確定だったと。ふざけんじゃねえ。

あのクソ狂気文学作家のどこが主人公なんだよ」

 

そして、八雲みかげと天音姉妹の病室に向かう。

その途中のことであった。

 

「はい、煉獄さん。あーん」

 

「うむ、まなか殿のすいーとぽてとは今日も最高だ!わっしょい!」

 

心根はそのまま無視して通り過ぎた。邪魔するのはよしておこうというわけだ。

そして、目的の病室の前に立って、ドアをコンコンと叩く。

 

「入っていいわよー」

 

みたまの声だった。言われたとおりに、中に入る。

 

「光お兄ちゃん!お弁当だよ!」

 

「おっ、ありがとな。・・・それで、三人とも調子はどうだ?」

 

「尻が痛いでございます」

 

「ウチも」

 

「ミィは姉ちゃからも叩かれたんだけど」

 

それを聞いて心根は笑った。

 

「ははは・・・まあ、いつも通りじゃねえか!

待て、みたま、どうして俺に近づいてくるんだ。

その手に持っている鞭を離すんだ」

 

「聞いたわよお?たくさん魔法少女を殺したって?」

 

「・・・確かにそうだったな」

 

「友達が殺されかけたのは私も知ってるわ。

でもね、それが免罪符になるわけじゃないわ。

もちろん、市長の凶行を止めたことも免罪符にはならないわ」

 

心根は魔法少女を殺した。たくさんの人間を殺した。

恐らく、この世界で一番血に染まった転生者だろう。

本来だったら全面戦争になっていてもおかしくはないのだ。

心根はあの日以来、考えていた。転生者だったら殺人も許されていいのか。

違う、そうではないはずだ。そうであってはならないはずなのだ。

 

(・・・A、アンタは最悪の主人公だよ。職員を大量に死なせて悟りに至る、最低だ。

人殺しはどんな理由があっても正当化できないんだよ)

 

もはや心根はどんな罰でも受け入れるつもりだった。

 

「みたま、俺を殴ってくれ」

 

「殴るのは私も気が引けるから・・・こうするわあ」

 

二本のやわらかい指が、心根の眼球に向かって直進運動を開始した。

 

「なるほど、さっきのムスカみたいな悲鳴はそういうわけか。この弁当旨いな」

 

「理子の店の弁当だからな・・・前が見えねえ。

ほら、かこも食えよ。最近、何も食ってないって聞いたぞ。

そんなんじゃ、笛吹が起きた時に逆に心配されるぞ」

 

「・・・」

 

かこは黙って弁当を受け取った。

二人はそんなかこを見て、小声で話し出す。

 

(おい、碑石。大丈夫なのかよ?かこの奴、ずっとあんな調子じゃねえか)

 

(さあね、この眠り姫ならぬ眠り王子が目覚めない限りはなんとも)

 

(ところで、さっきお前は誰と話してたんだ?)

 

(ここの院長さんの親戚とね。魔法少女さ。民俗学に詳しくてね)

 

(・・・もしかして、笛吹が言ってた理論を話したのか?)

 

(色々と欠点を指摘されたけどね。そもそも、どうして民俗学を宇宙に当てはめたのかとか)

 

(正論じゃねえか)

 

こうしている間にも、笛吹はなかなか目を覚ましてくれそうになかった。

かこは弁当を食べ終えると、また笛吹をじっと見つめるだけだった。

 

(碑石、そろそろやばいぞ。かこがずっとこんな調子だと・・・)

 

(笛吹くん、起きた後にひどい目に遭わされるな。夏目さんをこんなにしたからね)

 

(ななかに、あきらに、純実雨に、あやめに、フェリシアに・・・いっぱいだな)

 

(笛吹くんも彼女たちと知り合いだそうだからね。こりゃ後が怖いよ)

 

(俺たちは無関係でいられるかな?)

 

(駄目だね。私たちも責任の一端は負わされるだろう)

 

(笛吹!早く起きてくれ!)

 

心根の願いが叶った結果だったのか?

それとも、U-1との対話が終わったタイミングと被っただけなのか?

 

「・・・かこさん」

 

前とは逆だった。今度は、笛吹がかこを抱きしめたのだ。

 

「ふーくん・・・うわあああああん!」

 

張り詰めていた糸がぷつんと切れたように、かこは泣き出した。

そんなかこの頭を、笛吹は優しく撫でる。

 

「・・・さて、俺たちは邪魔のようだな」

 

「そうみたいだね」

 

二人は病室から出た。すると、見知らぬ男性と鉢合わせになった。

 

「おや、君たちはかこの友達かい?」

 

「ええ、碑石と言います」

 

「心根です」

 

「そうか・・・君たちがそうだったか。

笛吹がよく君たち二人のことを話していたからね」

 

「笛吹くんさっき起きたところですよ」

 

「そうかそうか。私の娘に心労を掛けさせた罪は重いな」

 

二人はこの男が誰なのかようやくわかった。

かこの父親は、ためらうことなく病室に入っていった。

 

「おや、何をしているんだね?」

 

「あっ、お父さん・・・これは、そのちがうんで・・・」

 

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 

数秒後、病院全体に笛吹の悲鳴が響き渡った。

 

「・・・なるほど、夏目さんの父親にやられるのが先だったか」

 

「こういうのを残当っていうのか?」

 

さらに、フェリシアとあやめ、かこを除くチームななかが病室に入っていく。

さらに数秒後に、再び笛吹の悲鳴が病院全体に響き渡った。

それを聞いて、がくがくと震えだしたのは氷河だった。

彼はどうして笛吹が悲鳴を上げたのか、本当の理由を知らなかった。

かこからのOHANASHIを受けているのだと勘違いしていたのだ。

つまり、次の標的は彼だということになるのだ。

もう、彼はお説教など受けたくなかった。

スクリーン越しに、かこのOHANASHIは見たことがあるのだ。

高町なのはのOHANASHIよりかは慈悲深いが、それでも過酷なのだ。

 

「・・・レナの弟さん、ボクは逃げるよ」

 

「ええ、ボクも小説兄ちゃんが普段ひどい目に遭っているのは知っているので」

 

氷河は回復魔法を自分自身にかけて、窓から飛び去ろうとした。

 

「おっと、逃がしませんよ」

 

彼の頭をガシッと掴んだのはかごめだった。

 

「ひっ!?」

 

「私、決めたんです。もうかこさんを殺しても意味はないって。

そんなことをしても、笛吹くんを傷つけるだけだって。

私みたいなのを庇う笛吹くんを傷つけちゃいけないって、ようやく気付いたんです」

 

「そ、それで、どうしてボクの頭を・・・」

 

「だから、決めたんです。せめて、二人を傷つけるかもしれない存在は取り除こうって。

氷河さん?あんなことをしようとして、まだ逃げる気なんですね?

このはさん、葉月さん、まだ説教が足りないようですよ」

 

「・・・わかったわ」

 

「・・・」

 

「ちょっ・・・レナの弟さん、助けて!」

 

「むにゃむにゃ、もう食べられない」

 

「寝たふりすんな!・・・あっ、あっ、嫌だ、来な・・・」

 

何もかもが終わりだった。

次に病院全体に響いたのは、氷河の悲鳴だったのだから。

さらに数時間後には、かこのOHANASIHIにより笛吹と氷河の悲鳴が再び響き渡った。

 

「・・・賑やかな病院ね」

 

「更紗帆奈、ゴーホーム」

 

「あら、酷いじゃない。碑石くん」

 

「酷いも何もあるもんか。空気というもんがあるだろ。

というより、君、一番危ない立場なんだぞ。

笛吹くんを怒らせたら、どうなるかわかるだろ?」

 

「確かに・・・そうね、あたしもまだ死にたくないし」

 

「そういうわけだ。飲み物奢るから帰ってくれ」

 

「昔からあたしみたいなのにも優しいのは変わらないね」

 

「・・・飲み物はどれがいい?」

 

「アイスティーしかないんでしょ?」

 

「・・・どうしてその語録を知っている?」

 

「それはヒミツ」

 

少なくとも、この世界ではゲイ向けのビデオは流行していなかった。

それどころか、そのきっかけになった作品自体も知られていなかった。

つまり、語録というのは転生者しか知らない(色々な意味で)機密情報なのだ。

まあ、転生者がその気になれば流行させることはできるが、とある選手が終わることになる。

 

「・・・まあ、コーヒーとかもあるけど」

 

「じゃあ、それをもらうね」

 

碑石はコーヒーを注いで、帆奈に渡した。

 

「碑石くんは何か飲まなくていいの?」

 

「コーヒーと紅茶しかないんだ。

私はコーヒーが嫌いだというのは君も知ってるだろ?

そして、紅茶は大好きだが、君が嫌なことを言い出しそうでね」

 

「あなたのことが、好きだったんだよ」

 

「やめてくれ・・・職人時代の悪夢がよみがえる・・・」

 

「わあ、レイシストだったんだ!キモーイ!」

 

「・・・それで、用事はなんだい?

この病院を混沌に陥れに来たんだったら帰ってくれ。

私の胃を尊重してくれる気持ちが少しでもあるんだったら」

 

「えー?つまんないなあ!」

 

「私が求めるのは、平穏だからね」

 

すると、彼女は冷えた笑みを浮かべた。

笑顔とは本来、敵対的な意味が込められている。

しかし、彼女の笑顔はそれとはまた別の恐怖を与えるものだ。

 

「碑石くん、あなたたちって本当に罪深いね。

あたしたちがもがき苦しんでいる間、あなたたちは平穏を享受していた。

平穏が欲しいからと言って、ずっと他人に苦しみを与え続けていた。

確か・・・笛吹文雄だったかな?アレはその例外になるかもだけど。

そうそう、用事っていうのは、笛吹文雄くんに手紙を渡すように頼まれたんだよ」

 

彼女は懐からラーメン士郎のロゴが書かれた封筒を取り出した。

 

「多分、社長さんかも。あなたたちみたいな匂いがしたから」

 

「・・・ラーメン士郎のCEOは表には姿を出さないと聞いたんだが」

 

「知らないわよ、そんなこと。まあ、イケメンだった。

まあ、違和感しかなかったんだけどさ。外見と中身が合っていないというか。

見た目だけだったら・・・イギリスの王様を従えていそうな感じだったな」

 

碑石は納得した。”士郎”とはそういう意味だったのだ。

それと同時に、更紗帆奈に対する疑問がさらに増した。

どうして、マギレコ世界に存在しない作品を知っているのか?

 

「それじゃあ、私はこれで帰るよ。コーヒー、ありがとね。

あと、笛吹くんに一言。マギレコにようこそ」

 

それだけ言うと、彼女はそそくさとその場から立ち去った。

 

 

笛吹文雄、ありがとうございます。

貴方のおかげで、神浜市は守られたのです。そして、我が社の資産も。

我が社だけではありません。我が社と友好関係を結んでいる企業の資産も守られたのです。

私たちは、貴方に対して非常に感謝しております。

そのお礼として、割引クーポンをお送りいたします。

どうか、貴方のご親友と、貴方の愛する人と一緒にお使いください。

しかし、それはそれとして、万々歳の方もよろしくお願いします。

現在、結果的には私と彼女の関係はないも同然ですが、それでも私の原点はあの店にあるのです。

もう、全ては遠い数億年前の彼方となってしまいましたが。

どうか、50点のあの店の味も大切にしてください。

 

ラーメン士郎CEO EMIYA/SHIROU

 

 

「・・・まあ、得をしたっていうことでいいんじゃないんかい?」

 

「そうですね」

 

「どうしたんだい、顔が暗いが?OHANASHIのせいか?」

 

「いえ、それはいいんですよ。ただ・・・」

 

笛吹は悲しげな表情をして言った。

 

「僕の体、もう二度と満足には動かせないかもしれないんです。

足にもうまく力は入りませんし、視界もやけにぼやけるので。

院長さん曰く、一生戦う覚悟が必要だと」

 

「・・・そうか、あの人でも難しかったか」

 

「・・・僕はもう、探査機開発に参加できないかもしれません」

 

そこに、心根が入ってきた。

 

「リモートワーク、って言葉知ってるか?諦めるんじゃねえよ」

 

「なるほど、さすがは心根さん。もう少しだけ、踏ん張ってみますよ」

 

いつも引っ張ってくれるのは心根だった。

最初に、探査機開発を提案したのも彼だった。

笛吹は心の中で彼に深く感謝した。

 

「・・・そういえば、更紗帆奈がさっき変なことを君に伝えてほしいと言ってたな。

マギレコにようこそって。一体、どういう意味だい?」

 

すると、笛吹は微笑んだ。

それは、碑石が見た中では、一番優しい微笑みだった。

 

「まあ、深い意味はありませんよ。ただ、僕のことをこの世界の人だと認めてくれたんだと」

 

碑石はそれで全てを理解することができた。

笛吹文雄は転生者としてある意味で最大の禁忌を犯すつもりなのだと。

心根も碑石と同じように察したようだった。

それを止める理由など、なかった。



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独断と偏見の流れ星

草木も静まる丑の刻、笛吹は一人ノートパソコンで文字を打ち込んでいた。

暗い病室、ただ画面の光だけが彼の顔を照らしていた。

ノートパソコンは、例の探査機とネット接続されている。

 

「笛吹くん、そろそろ寝たらどうだい?」

 

碑石がコーヒーを持ってきた。

 

「いえ、どうせ昼も寝ることになるのでいいんですよ」

 

「それもそうだったね」

 

ただ風の音だけが病室のBGMだった。

 

「ところで・・・君は眠っている間にどんな夢を見てたんだい?」

 

「・・・どうしてそんなことを」

 

「いや、どうにも君は起きた後に何か変化しているからね」

 

碑石は何となく気づいていたのだ。

笛吹が何かに巻き込まれているのではないのかと。

 

「まあ、変わった人たちには会いましたね。

一度目は碇シンジに似た人で、二度目はU-1と名乗る人でした」

 

「黒歴史の塊みたいだな」

 

「どういうことですか?」

 

「・・・ハーメルンやっているんじゃなかったのかい?」

 

「やっていますが・・・?」

 

「なるほど、まあいい。忘れてくれ」

 

「・・・?」

 

前世において、笛吹はハーメルンにおいて新参であった。

だからこそ、二次創作の歴史など知っているはずもなかった。

ちなみに、作者も今年から始めた新参だが、勉強はした。

 

「・・・覚悟は決めたのかい?」

 

「ええ、もう決めていますよ。

例え、変人と見られてもいいんです。

ただ、僕が誠実でありたいだけなんですから」

 

「そうか、まあ私も止める理由はないからね」

 

会話中も、作業の手を止めることはなかった。

病室のBGMは、キーボードを打ち込む音も含まれていた。

 

「・・・心根くんの作業は終わった。

もうすぐ、私の仕事も終わるだろう」

 

「そうですか、僕の仕事も大体片付きそうですよ。

ただ、心残りがあるとすれば、打ち上げに行けそうにないことですね」

 

「私にいい考えがあるんだが」

 

それから、月は沈み、神浜市はいつものように夜明けを迎えた。

太陽が東から、南、そして西へと沈み、また月が上がった。

パターン化された動きが三回繰り返された。

その間、神浜マギアユニオンとPROMISED BLOODは大きな動きを見せなかった。

特に理由は無い。たまたま動かなかっただけだ。

魔法少女たちが緊張状態にある中で、男子たちは協調主義的になっていた。

半ば強制とはいえ、氷河も探査機打ち上げ準備に携わったのだから。

無花果も沖田と二人三脚状態で手伝ったし、煉獄杏寿郎も彼らを鼓舞した。

四回目、月が上がることはなかった。新月だったからだ。

月の光がないから、星空がしっかりと見えた。

 

「こんな場所があったんですね!」

 

「ええ、碑石さんに教えてもらいました」

 

笛吹とかこが歩いているのは病院の近くにある野原。

体はだいぶ回復しており、院長の外出許可も出ていた。

もちろん、碑石の根回しもあったわけだが。

二人はレジャーシートを敷いて、一緒に寝転がった。

 

「こうして二人きりになるのも久しぶりですね、ふーくん」

 

「ええ、そうですね」

 

その時、流れ星がさっと流れた。

しかし、笛吹が待っている流れ星ではなかった。

 

「願い事できませんでした・・・」

 

「また流れると思いますよ、安心してください

・・・少し変な事言っていいですか、かこさん」

 

「いいですよ」

 

「僕、普通の人間じゃないんです。

その、中二病とかそういうレベルの話じゃなくて」

 

すると、彼女はくすっと笑った。

 

「知ってますよ、笛吹くんが普通の人じゃないってこと。

そうじゃなきゃ、この世にないはずの本なんて持ってませんよ。

そもそも小さい子供なのに小説なんて書けるわけありませんから」

 

「わかってたんですね」

 

「ええ、最初から。それで、笛吹くんはどんな人なんですか?」

 

「・・・僕は」

 

その時、一際大きな、そしてゆっくりと流れる紫色の流れ星が現れた。

それはとある三人の男子による独断と偏見で編纂された人類の記憶を乗せた流れ星だった。

その流れ星はしばらく地球を周回した後、光速で太陽系から離れるだろう。

 

「かこさんが幸せになれますように」

 

その言葉で、かこは顔を赤らめた。

願い事を言った笛吹本人も顔を赤くしていた。

 

「僕は西洋式のルールに則って一つだけにしておきますね。

かこさんは日本式でいいですよ。どうせすぐには消えないので」

 

「じゃ、じゃあ・・・笛吹くんの小説が皆に読めるものになりますように。

笛吹くんが夏目書房を継げますように。

笛吹くんが・・・私と同じように幸せになれますように」

 

実際のところ、それは流れ星でもなんでもなかった。

しかし、ある古典SFの題名にもこうあるから問題ない。

天の光はすべて星。

 

「・・・話の続きをしていいですか」

 

「ええ、もちろん」

 

「僕は、転生者なんです」

 

笛吹は流れ星の正体や他の転生者のことを除いて、全て話した。

前世の自分がこの世界のことを知っていたこと。

この世界がとあるアニメのゲームであること。

この世界において、かこに何が起こるか知っていたこと。

自分が不運な事故で死んでしまったこと。

その後、親切な神様に転生させてもらったこと。

自分が変な物をたまに持っているのは、神様からもらった能力のおかげであること。

この世界を選んだのは、ただの気まぐれだったこと。

そうしたら、夏目書房のある参京区の住人に生まれたこと。

かこと意図せずに幼馴染になったこと。

夏目書房に何が起こるのかわかっていながら、自分の平穏のためだけにそれを見過ごしたこと。

結局、彼が傍観という選択肢を取ったことを今でも悔やんでいること。

ある意味、自分が転生者であることを自白するのは転生者にとって最大の禁忌なのだ。

今まで築き上げてきた信頼は、転生者が転生者であることを隠している前提に成立するのだ。

しかし、笛吹はそれを数分間の間に投げ捨てたのだ。

もはや、信用という言葉は彼に意味をなさなかった。

ただ、愛する人の前で誠実でありたいという気持ちだけが彼を駆り立てていた。

それで彼女から嫌われたとしても、笛吹には関係なかった。

その時は、次の転生先を見つけるだけなのだから。

ふと、頬が濡れた感覚がした。それは、笛吹の目から零れた涙だった。

当然だろう、彼は数分間の間に十四年間を棒に振ったも同然なのだから。

 

「・・・寒いですね、ふーくん」

 

そう言うと、かこは自分のマフラーを笛吹にも巻いてくれた。

彼女と一緒にマフラーの暖かさを共有することができた。

それが、彼女の返事だった。

 

「・・・願い事の取り消しをしてもいいんですよ。

僕みたいな薄情者の幸せを願うんですか?」

 

「ふーくんが薄情者じゃないって、わかってます。

そうじゃなきゃ、小学生の時に氷河くんを助けたりなんてしませんよ。

それに、魔法少女になって後悔なんてしたことはありません。

確かに魔女と戦うのは怖いし、魔女になるのも怖いです。

でも、ななかさんたちやフェリシアちゃんに会うことができたんです」

 

「・・・でも、僕は」

 

「じゃあ、こうしましょう。私のために何か小説を書いてください。

書きかけのものでもいいので、何か一つ書き上げてください。

それで償ったことにしてあげますから、もう気にしないでください」

 

「・・・ありがとうございます」

 

この間に、紫色の流れ星はすっかり消えていた。

あと地球を何週かした後に、光速で広大な宇宙に飛び立つだろう。

男子三人は自分の生きた証拠を残すことができたのだ。

だが、笛吹の場合はそうでなくとも一生を無為に過ごすことはなくなった。

マギレコは男子三人が何かする話ではないと最初に言ったことがある。

それと同時に、マギレコは男女が互いを愛し合う話でもない(一部例外はあるが)。

だが、そんなこと二人にとってはそんなのどうでもよかった。

とにかく言えるのは、笛吹は依然として馬鹿であったこと。

自分の行為が、偉大なる第一歩であるということを未だに自覚していなかったのだ。

 

「うわ、色々な意味で収拾がつかなくなった!」

 

もはや彼を転生させた神には胃薬を飲む暇すらなかった。

 

「・・・笛吹の奴、大丈夫かな」

 

「心配しなくてもいいさ、心根。彼はなんとかなるさ」

 

「碑石さんの言う通りだ。笛えもんはいざという時に強い奴だから」

 

「無花果さんが言うんだから大丈夫ですよ」

 

「あの少年は芯が強い。決して、挫けることはない」

 

帰り道、一行はのんびりと夜空を見上げながら歩いていた。

もう彼らが飛ばした流れ星は再び神浜市上空に現れた。

 

「こりゃ翌日にはUFO騒動じゃねえか、ははっ」

 

心根は声を抑えて笑った。深夜だから爆笑するのはよくない。

彼は運命というのを面白く感じていた。

自分が提案したことで、世界中が騒ぐのだ。

その未確認飛行物体は、隣にいる友人たちと、今頃は禁忌を犯し終えただろう友人と作ったのだ。

すると、なぜか急に寂しい気持ちになった。

 

「なあ、碑石。なんだか笛吹の奴が遠くに行ったような感覚がするんだよ」

 

「そりゃそうさ。だって彼はもう転生者じゃなくなったんだから」

 

その言葉は、(杏寿郎以外の)一行を驚かせた。

 

「て、転生者じゃなくなったって・・・笛えもんが?」

 

「そうさ、無花果くん。普通、私たち転生者というのは物語を超越した立場に立っているものだ。

いわゆる正義のオリ主だろうと、傍観系だろうと、踏み台だろうと、最低系だろうとね。

ところがどっこい、笛吹くんの場合は物語の登場人物に自分から正体を明かした。

自分の素性をさらすことは、超越者としての立場を捨てることにもなるんだよ。

超越者というのは、自分が超越者という立場を隠しているのが前提なんだから。

二次創作の転生者は、超越者だったからこそ転生者でいられるんだ。

そうじゃなくなった転生者は、物語の登場人物の一人になる」

 

すると、杏寿郎が口を開いた。

 

「なるほど、つまりあの少年は物語とやらに完全に参加したということになるのか。

俺にとってはこの世界は現実と変わりないからうまく君の話を理解できないが」

 

その言葉に、碑石はインスピレーションを得た。

 

参加・・・なるほど、それはいいかもしれない」

 

参加者、碑石は転生者の次の段階に当たる言葉を思いついた。

果たして、この言葉が役に立つ日が来るのかはわからなかったが。

それでも、笛吹文雄の現状を説明するにはもってこいの言葉であった。

再び、紫色の流れ星はどこかに消えていた。あと二回くらい神浜市上空にまた現れるだろう。



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話す必要はないのでは?

碑石は静かな病室で、いつものように歴史書を読み漁っていた。

探査機開発を打ち上げてから、三人がしばらく一緒に会うことはなかった。

改めて、彼は自分が意外と暇だということに気がついた。

病院暮らしではあるが、学校の出席に関しては院長が何とかしてくれている。

友人と遊ぼうと考えても、一人は家に謹慎、一人はまだ入院中だが邪魔してはいけないだろう。

結局のところ、本が友達なのだ。本は常に彼と共にあった。本は彼の忠実な下僕だった。

 

「・・・ジャンヌ・ダルク、か」

 

碑石は百年戦争に関する書籍を読んでいた。

あの聖女とされる英雄は、この世界では魔法少女であった。

この世界の人類史は、魔法少女とインキュベーターによって成立していた。

もちろん、この世界の一般人たちはそんなことは知らないわけだが。

そこで、ふと彼はキュゥべえが願いをどうやって叶えるのか疑問に思った。

魔法、というのはどうにも腑に落ちなかった。

そうなると、魔法少女たちの使う魔法とやらにも疑問が湧いた。

それは本当に”魔法”なのであろうか?

彼は本を閉じて、それを放り投げた。

 

十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない

 

そんな言葉が脳裏によぎった。かつてどこかの小説家が言った言葉だ。

碑石はそれを急いでメモに書き留めた。残しておく必要があった。

自分の生きた証拠を残したからか、物思いに耽る余裕ができた。

あの夜に飛ばした探査機は、やっぱり世界中で騒動を巻き起こした。

それだけでも、彼は満足だったのだ。

原作介入をせずとも、ここまでの足跡を世界に残したのだから。

今度は転生者に関する話題に、思考が移っていた。

しかし、それについて思慮することは少々危険だった。

場所を移した方がいい。それも、人が来ない場所に。

外出は自由だった。碑石は健康体だったからだ。

その隙を突いて、灯花は誰もいない病室に忍び込んだ。

彼女はずっと碑石健康という男が嫌いだった。

理系が壊滅的なくせに、歴史ができるというだけで父親から一目置かれていた。

彼女の父親は、娘よりもどこの馬の骨とも知れない男に期待しているのだ。

こうして忍び込むことで、何か秘密が掴めるかもしれない。

すると、灯花は彼がさっき書き留めたメモを見つけた。

そこに書いてあることは、彼女が始めて見るものであった。

マギレコ世界に、アーサー・C・クラークは存在しなかったからだ。

しかし、その言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。

そんなことも露知らず、碑石は近くの野原に来ていた。

そこは前に笛吹がかこに自らの正体を告白した場所であった。

ここは彼のお気に入りの場所だった。めったに人が来ないからだ。

ちょうど二人が仰向けになっていたのと同じ場所に碑石は寝転がった。

雲一つない晴天だった。

すると、どういうわけか彼はあることを思い出した。前世で誰かを愛していたこと。

それが誰だったかは思い出せない。女性なのは確かだ。十四年よりも前の過去のこと。

転生すると、過去との繋がりは記憶だけとなってしまう。

そして、その記憶でさえも段々とあやふやになってしまうのだ。

転生者を転生者たらしめているのは記憶でもあるのだ。

その記憶が薄れていくということは、転生者でなくなっていくということだ。

それでも碑石は構わなかった。普通の人間になるというのは、ある意味救済だった。

笛吹は別の何かになってしまった可能性が高いが。

誠実!なんと甘美で恐ろしい束縛を孕んだ言葉であろうか。

それは一見すると素晴らしい美徳に見えるが、登場人物に生殺与奪の権を与えるのと同じことだ。

笛吹は夏目かこに対する誠実とやらのために、何もかもを話してしまった。

幸い、他の転生者のことは話さなかったそうだが、油断はならない。

おそらく、かこは心根も転生者だと推測できているかもしれない。

どんな秘密も、いつかは白日の下にさらされる。

一つの秘密が白日に晒されれば、他の秘密も連鎖的に晒されることになる。

笛吹は誠実を得るのと引き換えに、他の転生者の生殺与奪の権を握らせてしまった。

 

「・・・笛吹くん、やりやがったな」

 

こうなったら、自分もバレる前に話す必要があるのでは?

しかし、誰に話すというのだ?

かこに話すのはやめておこう。笛吹が許されたのは、彼女と相思相愛だったからだ。

そうではない他者がかこに話したところで、効果があるか疑問が残る。

更紗帆奈?いや、そもそも彼女は全て知っている。

それに、いい予感が一つもしない。アレは絶対に何かしでかすだろう。

では、友人の環いろは?駄目だ、危険すぎる。

彼女はこの世界の主人公だ。下手に影響を与えたら死が待っているかもしれない。

 

「・・・」

 

そこで、彼はある結論に辿り着いた。

話したところで、何か特典が手に入るわけでもない。

それに、転生者だとバレたところで、殺しに来るわけがないだろう。

こうして考え事をするのは、前世以来だった。

1145141919364364人の学者の一人であった前世の彼はよく考え事をしていた。

その考え事を学会で発表するたびに、学会を追放されたものだった。

少しだけ、懐かしい気分になった。考え事が好きだった。

 

「あれ?ケンコーくんなのですか・・・?」

 

彼の視界に、久々に見た顔がふっと現れた。

 

「沙優希さん・・・久しぶりだね」

 

史乃沙優希、碑石の幼馴染だ。

彼女の刀剣好きは、碑石の影響も少しは関わっている。

原作と変わっていないから、原作介入とはいえないが。

 

「ど、どこいってたのですか!ずっと心配してたんですよ!」

 

彼女は碑石の胸をポカポカと叩いた。

 

「ああ、ちょいっと入院してたんだ」

 

「二年ですよ!急にいなくなってから二年間もですよ!」

 

「なんか私の体はすっごく抗体が多かったらしいからね」

 

碑石は思い出した。前世で愛していた女性は碑石の歴史に関する雑学を好んでいた。

前世の友人たちが碑石と歴史の話をしたがらなかったのに、彼女だけは聞いてくれていた。

思えば、前世の彼が作っていた淫夢MMDもその女性は好んで見ていた。

さすがにこの世界には淫夢がないので、その話はできなかった。

しかし、この世界で歴史好きとしての碑石を受け入れたのは沙優希が最初だった。

その後、笛吹や心根が歴史の雑学を聞いてくれるようになった。

 

「といより、先輩と呼んでください!ケンコーくんの方が年下なんですから!」

 

「そうでしたね、沙優希先輩」

 

事実を言えば、彼の方が年上なのだが。

沙優希は碑石の横に寝転がった。

 

「ははは、私はまだ死にたくないんだが?

君のファンが見たら、殺されるのは確実だな」

 

「大丈夫ですよ!さゆさゆのファンはさゆさゆとケンコーくんの関係を認めてくれます!」

 

「何がどう大丈夫なんだい?というか”関係”とか紛らわしい言葉を使わないでくれ」

 

控えめに言っても、沙優希は可愛い。

油断していると、恋に落ちてしまいそうなくらいに。

ついこんな考えが浮かんでしまう。

友人二人も恋人みたいなのがいるのだ。自分にもいていいじゃないかという。

しかし、すぐに冷静さを取り戻す。

まず、心根はハーレムと断言してもいいくらい魔法少女に囲まれているが、実態は・・・。

 

「なあ、俺のプライバシーは二度と戻らないのか?」

 

「戻らないに決まってるじゃない?徹底的に監視しておかないとねえ?」

 

「ちゃんと更生するまで月咲ちゃんと二人きりにはさせないでございます!」

 

「光お兄ちゃん!お弁当持ってきたよ!」

 

一方、笛吹の方は・・・。

 

「かこさん、ななかさんが僕を兵器のように見ていたんですが?

何ですか?あの眼光は?僕、どうなるんですか?

というより、僕の正体がどうしてバレているんですか?」

 

「すみません・・・隠しきれませんでした・・・」

 

既にななかに戦略兵器として注目されてしまったらしい。

かこが碑石のことを言っていないのが不幸中の幸いだったと言えるかもしれない。

 

「ケンコーくんどうしたんですか?」

 

「いや、なんでもないよ。少しボーっとしてただけだ」

 

魔法少女と恋愛関係に近づくにつれて、危険度は上がる。

おそらく、男子と魔法少女が恋愛関係にならないのはこれが原因の一つだろう。

もちろん、一番大きな原因は需要に違いないが。

百合目的で魔法少女に転生した女性がいたら、碑石たちは彼女たちに即刻抹殺されるだろう。

しかし、どうだろう?もし、上手くやれば自分だけは平穏な恋愛に至れるのでは?

 

「ところで沙優希先輩、僕の病室に先輩の好きそうな本がありますが」

 

「さっそく行きましょう!」

 

飲み物はアイスティーにしよう。彼女にはその意味がわからないだろうが。

もちろん、睡眠薬などは決して入れない。当たり前だ。

史乃沙優希はとくに不幸な目に遭ったことはない。

だったら、碑石が彼女に罪悪感を抱く必要もないだろう。

転生者だと告白する必要もないのだ。こんなにもストレスなく過ごせるとは!

もちろん、笛吹の行為が理解できないわけではなかった。

しかし、転生者はかなりのことが許されるのだ!

何も自白せずに、目の前の幼馴染のアイドル魔法少女と一緒になっても罪にはならない。

だいたい、前世の二次創作でもオリ主が転生者だと自白することはなかった。

わざわざ、登場人物と同等になって物語に参加することはない。

万事これで良し。何の心配もない。

 

「ふーん、こんな本を読んでるんだ・・・あっ」

 

「灯花くん、どうして私の病室にいるんだい?」

 

「不法侵入です!」

 

「こっ、これは違うの!」

 

それから数日後、笛吹が退院した。

しかし、その後、神浜市の魔法少女と転生者に大きな衝撃を与える事件が起きた。

一つは、観鳥令の死。そして、もう一つはPROMISED BLOODの原因不明の壊滅。



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唐突な事実

笛吹は一人で南凪区の海浜公園を歩いていた。

ラーメン士郎に行きたかったが、かこの方で都合が悪くなったらしい。

思えば、ここに来るまでも魔法少女を見かけたが、様子がおかしかった。

ある魔法少女は表情が暗く、ある魔法少女はピリピリとしていた。

まるで戦前の日本といってもいい雰囲気だった。

もちろん、一般人はそんなことには気づいていなかったが。

気付くことができるのは、笛吹や他の転生者ぐらいのものだ。

 

「・・・もしもし、心根くん」

 

「おっ、笛吹か。どうした?」

 

「なんかまほ・・・神浜市の一部の人達の雰囲気が怪しいんですが」

 

外で電話するときには、特定のキーワードは言い換えた方が良い。

 

「やっぱり?俺も聞いてみたんだけど、はぐらかされたというか」

 

「心根くんもですか。僕もかこさんには詳しく教えてもらえなかったんです」

 

通話を中止する。スマホをポケットにしまい、砂浜に座り込む。

そして、バッグから自分の書いた本を取り出す。

題名は、三体。最初は超大作として、途中からかこのために書いた小説だ。

本来だったら、今日渡すつもりだったが、中止となった。

ちなみに、もう二冊調子に乗って完成していた。遠野森林。上下二巻で構成されている。

三体の続編で、民俗学を取り入れた前衛的なSFを書いたつもりだ。

神浜の海は、笛吹の前世の故郷の海と比べるとそこまで雄大ではない。

社会科の授業で、いつも苦労するのは前世の故郷である愛知県を見ないようにすること。

それを見ると、とてつもない帰巣本能に襲われるかもしれないからだ。

前世と名前が変わっていなければいいが、ここはマギレコ世界だ。

彼が育った街の名前は変化しているかもしれない。

それどころか、まったくもって別の様相に変貌しているかもしれないのだ。

そうなっているのを見て、果たして精神が正常でいられるかどうか。

 

「がんばれ!あともう少しだ!令、待ってろよ!」

 

「日本よ、俺は帰ってきた!」

 

どこからともなく声が聞こえてきた。

それは海の方から聞こえてきた。

小さな点が、中くらいの点に変化する。

 

「おっ、人がいるぞ!」

 

「よかった、本当に生きててよかった!」

 

中くらいの点は、二隻の木のボートとそれぞれに乗る青年に変わった。

そのボートは、マインクラフトのボートと同じような見た目だった。

とりあえず、どこからどう見ても転生者なのは確かだった。

能力でスポーツドリンクとサンドイッチを用意した。

 

「大丈夫ですか?はい」

 

上陸してきた二人に渡した。

 

「おっす、ありがとな!」

 

「ありがてえ・・・」

 

二人は一瞬でそれを平らげた。

 

「それで・・・いったい何があったんですか?

この文明化された世界でマイクラなんて・・・」

 

「「メーデー」」

 

「それはお気の毒でしたね」

 

笛吹は前世で一時期メーデー民だったので、言葉の意味がよくわかった。

三人とも、砂浜に座った。

 

「僕は笛吹文雄、参京区出身で、学校も参京院教育学園です」

 

「俺は方舟照星。大東区出身だけど、二年前までは南凪自由学園に通ってた。

まあ、オーストラリアに引っ越したんだけどな。能力はクラフター、文字通りだな」

 

「獅山雄郎だ。ニュージーランドに留学する前は二木市に住んでた。

おっと、別に神浜市とかには何の感情もないから安心してくれ。

俺たち転生者が登場人物のそういう感情とは無縁なのはお前もわかるだろ?

能力は鋼印信念とかいう相手に信念を植え付ける変な代物だ」

 

「僕だってハーメルンとかいうものですから」

 

少なくとも、この世界の転生者は大体が変な能力に偏っていた。

それはある意味で彼らが原作介入する意思が薄いという証明でもあった。

 

「それにしても、メーデーでよく助かりましたね」

 

「まあ、俺たち悪運はよかったからな」

 

「そうだな、無人島に流れ着いたときは絶望しかけたけど。

まあ、自分で自分に”絶対生き残る”という信念植え付けたから乗り越えれたけど」

 

(・・・そういえば、遠野森林にも同じような機械出してた気がしますね)

 

「俺は必要なかったぞ。普通にクラフターでなんとかできたし。

それより、早く令に会いたいな。手紙出したのに、遅れちゃったし。

多分、死んじゃってると思われてるよな。サプライズ仕掛けてみるか」

 

「そういや、俺も家族に顔見せないと。それに、樹里の奴にも」

 

そこで、笛吹はどこでもドアを生成した。

 

「じゃあ、どちらからにしますか?」

 

「雄郎からでいいよ。俺は歩いていきたいし」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて!」

 

彼はさっそく二木市に帰っていった。

ドアをしまった後、笛吹と照星は観鳥令のもとに向かうことにした。

照星にとって久しぶりの神浜市。歩いていると、彼はあることに気づいた。

 

「ありゃ?意外と損傷が少ないんだな。ワルプルギスの夜が上陸したのに」

 

「まあ、新しい市長が頑張りましたから。その市長も僕たちの同類でした」

 

「そうだったのか・・・えっ、過去形?」

 

「僕たちがボコボコにしました。神浜市吹っ飛ばそうとしてたので。

神浜市を吹き飛ばすとなると、かこさんの夏目書房も吹っ飛んじゃうので。

だから、皆で阻止したんですよ。まさか、皆が僕に味方してくれるとは思いませんでした」

 

「すっごく行動的だな。・・・もしかしてさ、心根とかいう奴もお前の味方だった?」

 

「ええ、そうですよ。そもそも、彼は僕の友人ですから!」

 

「そうか、そりゃそうだよな。またアイツにも顔を見せないと」

 

「ネオマギ虐殺したので、謹慎中ですが?僕も悪いんですが」

 

「えっ」

 

しばらく歩いていると、二人はあることにようやく気がついた。

この街、一人の少女を探すにはあまりに広すぎる。

しかも待ち合わせしているわけでもないから余計に大変なのだ。

それに、彼女は大東区出身だ。普通に遠いのだ。

十五分も歩いて気づかなかったのは、二人とも馬鹿だったからだ。

 

「ごめん、やっぱあのドア使わせて」

 

「はい」

 

人気のない場所に移動して、ドアを開ける。

すると、ドアの向こうは墓地だった。

笛吹はそっとドアを閉める。

 

「故障ですかね?それにしてはおかしいような」

 

「もう一回開けてみりゃいいじゃねえか」

 

「それもそうですね」

 

もう一回ドアを開ける。やっぱり墓地だった。

照星は無言で、目の前の墓石を確かめる。

 

「ごめん、そのドア故障してねえよ。

普通に令の墓だったわ」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「お前が謝ることじゃねえって・・・はは、まさかこっちがサプライズ仕掛けられるなんてな」

 

とりあえず笛吹も墓地の方に行き、ドアをしまう。

二人とも、無言で墓に手を合わせる。

 

「なあ、少しだけ一人にしてくれねえか」

 

「・・・もちろん」

 

墓地から少し離れると、嗚咽が聞こえてきた。

そして、花束を抱えた正史郎にたまたま遭遇した。

 

「あっ、正史郎さん・・・。今は近づかないほうがいいです」

 

「ああ、わかってる。この声、照星の奴か。生きてたんだな」

 

「まさか、皆の雰囲気がおかしかったのって・・・」

 

「そういうことだ。観鳥令が、争いで死んだ。

人が争いで死ぬのは、俺は百年戦争で慣れているが」

 

笛吹はすぐに易経を開始した。

結果は、あまりに残酷なものだった。

 

「・・・原作通り、だそうです」

 

「そうか・・・」

 

笛吹たちは、第二部の展開を知らなかった。

それがこの事態を招いたともいえてしまう。

 

「・・・僕はどうすればよかったんでしょうか」

 

「一つだけ言っておく。自分がいればなんとかなったという考えは捨てろ。

俺もかつて似たような経験をしたことがある。どうしようもなかったのは確かだ」

 

正史郎は青い、青い空に視線を向けた。

 

「昔の俺は傲慢だった。原作という残酷な運命を変えようと息巻いてた。

でも、結局は何も変えられなかった。タルト様を救うこともできなかった。

一人の人間が何とかしようというのが間違ってたんだろうな」

 

「・・・」

 

「タルト様が去る前に、俺もお前と同じように自分の正体を告白した。

ただ善く生きろ、というのがタルト様から与えられた最後の使命だった。

少なくとも、ただ原作介入して展開を変えるというのは善い生き方とは思えん」

 

「でも・・・人が死んだんですよ?もし、かこさんがそうなってしまったら・・・」

 

「あくまで、俺の意見だ。貴様は貴様の物差しで考えて行動しろ。

その物差しが俺を邪魔するようだったら、貴様が氷河にしたのと同じように叩き伏せるだけだ。

そうでなければ、お前は好き勝手に行動していいんだ」

 

嗚咽が止んで、照星も笛吹のいるところにやってきた。

 

「・・・正史郎、久しぶりだな。相変わらず昔の女の絵を描いてんのか?」

 

「ああ、今も昔も俺にはタルト様しかいないからな」

 

「前はお前のこと馬鹿にしてたけど、ようやくお前の気持ちがわかったような気がするよ」

 

そして、彼は笛吹の方に向くと、こう言った。

 

「力を貸してほしい、笛吹」

 

照星が何を為そうとしているのか、笛吹には痛いほど理解できた。

もし、笛吹が彼の立場だったとしても、同じことをするだろう。

そして、笛吹はどこまでもかこのために動こうとしていた。

かこにとっての脅威は、先に取り除くほうがいいに決まっているのだ。

道徳的には限りなくアウトに近いどころか、完全にアウトだ。

でも、やらなくてはいけないのだ。原作がどう動くのかわからないのだから。

 

「まずは休んでください。僕の家に泊めてあげるので」

 

「ありがとう・・・正史郎、俺たちの物差しはお前を邪魔しないよな?」

 

「当たり前だ。もう俺には原作なんて関係ないからな」

 

これで全て決まった。照星はもう止まるつもりはなかった。

 

「令、ごめんな。俺さ、道徳の授業とか寝てたんだわ」

 

それは決意に満ちた言葉だった。



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迅速かつ無慈悲な処理計画

まず、ラーメン士郎は二木市にもある。

 

「割引クーポンなんて誰からもらったんだよ?」

 

「友人から。笛吹文雄。いい奴だよ」

 

「そりゃそうだろうな。私も話だけなら聞いたことある」

 

「えっ、あいつ有名なの?」

 

「有名ってわけじゃない。ただ、私のダチのダチというか。

それより、樹里サマのエスコート頼むぜ」

 

「はいはい、お姫様」

 

「それにしても、まさかお前からデートに誘われるとは思わなかったぜ」

 

獅山は笛吹からラーメン士郎の割引クーポンをもらっていた。

これは計画の一部だった。

照星は自分の復讐で獅山を悲しませたくなかった。

そのために、大庭樹里を対象から外したのだ。

二人が夜にラーメン士郎に行くことは確認済みだ。

一つ想定外のことがあったとすれば、笛吹がPROMISED BLOODから快く思われていたこと。

心根は二木市に滞在していた間、現地の魔法少女のために尽力していたらしいのだ。

そんな心根の友人で、しかもそんな友人を守るために心根は人も殺した。

それにより、笛吹文雄はPROMISED BLOODから信仰の域ともいえるくらい信用されていた。

想定外であったが、結局計画終了まで笛吹が気づくことはなかった。

どちらにせよ、その想定外で樹里を油断させることができたのだ。

 

「もしもし?」

 

「天音さん、笛吹文雄です。心根くんはいますか?」

 

「あっ、笛吹くんでございますか。悪いけど、まだ謹慎中でございます」

 

「すみません」

 

「別にいいでございますよ」

 

「・・・ちゃんと見守っていてくださいね」

 

「もちろんでございます!」

 

次に、ちゃんと心根が家にいるかどうかの確認。

笛吹は彼に容疑がかかるのだけは避けたかったのだ。

そして、同時に照星も笛吹に容疑がかかるのを阻止していた。

 

「おい!そこで何を・・・照星?お前、生きてたのか・・・?」

 

「ひなの。この薬品たち、少し借りるぞ」

 

彼は袋に薬品を入れながら、笛吹に渡された自動拳銃をひなのに突きつける。

 

「俺って馬鹿だからさ、こういった方法しか知らないんだよ。

もちろん、令にあの世で怒られるのはわかってるよ。でも、もう抑えられないんだ」

 

「・・・一つだけ聞く、あいつの死んだ理由を知ってるんだな?」

 

「だからこうしているんだろ?とりあえず、邪魔しないでくれ」

 

本当は、薬品なんていらないのだ。

しかし、こうすることで容疑は照星だけに集中する。

それに、どうせ計画終了時には結局は原因不明と処理される。

次の瞬間、照星の姿は消えていた。

笛吹が反認識バッジを持たせていたのだ。

スイッチをオンオフするだけで、姿を隠すことができる。

さて、笛吹も自分に容疑がかからないようにしていた。

 

「・・・」

 

夏目書房でカントの書いた『永久平和のために』をずっと読んでいた。

ちなみに、かこには令の死を知ったということを話してある。

つまり、笛吹がPROMISED BLOODとの平和的交渉を望んでいることのアピールとなるのだ。

狙い通り、というか狙い以上にこれは効果を発揮してくれた。

PROMISED BLOODと関係の深い心根の親友である笛吹が交渉準備をしようとしている。

これは神浜マギアユニオンの魔法少女、とくに笛吹と縁のある少女たちにに希望を持たせた。

 

「コーヒー淹れましたよ、ふーくん」

 

「ありがとうございます」

 

かこに対してどこまでも誠実にあろうとしている笛吹にとってこれは苦行だった。

現在進行形で、かこを欺いているのだから。

しかし、この欺瞞はどこまでもかこを守るためのものなのだ。

少なくとも、この時点で何が起ころうとしているのかを知っているのは数名だけだ。

まず、計画を実行しようとしている笛吹と照星。

その二人のやろうとしていることを知っていた正史郎。

そして、一部分だけを掴んだひなの。

それ以外の者は何も知らなかった。

魔法少女も転生者も、何も知らされなかった。

そして、計画は次の段階に進む。

この段階では、神浜マギアユニオンの陽動に焦点があてられた。

当然のことながら、ひなのは方舟照星という『一般人』の暴走を報告した。

何の力もない『一般人』が魔法少女に復讐しようとしても返り討ちにされるだけ。

そのため、照星を保護するのに注意と戦力が割かれることになる。

中学生にすぎない彼女たちの組織にはかなりの重荷になるのは確実だった。

南の魔法少女たちは必死に照星を探した。

しかし、もう無駄だった。彼は笛吹の家に隠れていたのだから。

 

「笛吹くん、一般人がPROMISED BLOODに攻撃を加えようとしているわ」

 

葉月が夏目書房に報告しに来た。

 

「・・・それは無謀ですね。誰なんですか?」

 

「確か・・・方舟照星という男子ね。令の知り合いだったみたい」

 

「そうですか。まあ、僕は放っておきますよ。

さすがに一般人に対してはPROMISED BLOODも危害を加えないでしょう」

 

そして、笛吹と彼が生きて会うことはもうなかった。

二人で昼も眠らず夜に寝て計画を練ったのが最後だった。

その計画を練る際、誰が令を殺したのかも確認をした。

笛吹がタイムテレビを生成するだけで、犯人捜しは簡単に済んだ。

そして、PROMISED BLOODのアジトの場所も確認済みだ。

 

「・・・十分前、と」

 

午後七時五十分、照星は笛吹に電話をかけた。

それは事前の取り決め通りだった。

ちなみに、この時点で笛吹はかこの家にいた。

 

「どうしたんですか、ふーくん?」

 

「いえ、無言電話でした。

それはそうと、家に帰りたいんですが」

 

「駄目です。まだ照星とかいう人がいるかもしれないので。

皆、ふーくんに希望を託しているんです。

もし、ふーくんの身に何かあったら・・・」

 

「僕は大丈夫ですよ。というより、このままだとかこさんのお父さんに・・・」

 

「今日はお父さんもお母さんも帰ってこないので大丈夫ですよ!」

 

どれもこれも、笛吹の計算通りだった。

八時、作戦開始時刻。

まず、どこでもドアがアジトの真ん中に現れる。

それだけでも、二木市の魔法少女たちには予想外の事態であった。

この作戦に求められるのは、機動性。

 

死の境界

 

ドアが消えると同時に、一瞬で智珠らんかはソウルジェムごと切断された。

早業だった。誰にも見えなかった。

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

それは照星が提案したページだった。

鬼滅の刃を知らない笛吹と違い、彼は途中まで読んだことがあった。

転生者の強みとは、転生先の世界にない武力を用いることが可能という点だ。

一瞬にして末端構成員の半分がソウルジェムを斬られたことにより死亡した。

 

「・・・ひかる軍団、アイツを止めるっす!」

 

だが、煌里ひかるの使い魔も切断されて消滅した。

 

繰り返される演奏

 

残っていた末端構成員たちは、一瞬でソウルジェムが弾けてしまった。

これが幻想体ページの威力だ。

アジトにいたのは終末鳥の防護服E.G.Oを着た照星。

対するは紅晴結菜、笠音アオ、煌里ひかる、鈴鹿さくやだった。

大庭樹里は今頃はラーメン士郎、有愛うららは二木市に戻っていた。

 

「・・・その服、まさか心根から借りたっすか?」

 

「借りた?不正解、殺して奪ったんだ」

 

これは笛吹のアドバイスによるものだった。

彼は心根と二木市の魔法少女に何か特別なつながりがあると気づいていた。

そこで、相手の冷静さを奪うために思いついたのだ。

 

「・・・殺してやるっす」

 

予想通り冷静さを失ったひかるは斬りかかってきた。

ここで照星の持っている刀について紹介しておく必要がある。

その刀の名はMURASAMA BLADE。知る人ぞ知る最強の刀。

それは第一部開始以前に笛吹が護身のために生成した日本刀だった。

その時点でPROMISED BLOODの敗北は決定していたのだ。

一瞬でレイピアを折られたひかるはそのままソウルジェムを斬られてしまった。

 

「・・・さて」

 

次の瞬間、さくやが斬られていた。

 

「これでお前たちも終わりだな」

 

さらに次の瞬間には、結菜が斬られていた。

最後に残っていたのは、笠音アオだけだった。

 

「・・・さて、観鳥令は知っているよな?」

 

「・・・」

 

「まあ、そういうことだ。アンタも復讐者の仲間だったら理解できるよな?

謝罪とか懺悔とかはいらない。ただ、こうしたいだけなんだからな」

 

そう言って、彼はダイヤモンドの剣を取り出す。

一番復讐したい相手は自分の能力で殺したかった。

 

「・・・最期に一つだけ聞いていい?」

 

「冥土の土産にしたいんだったらな」

 

「本当に心根くんを殺したの?いくらなんでも無理だと思うんだけど」

 

「もちろん。アイツに喧嘩売る度胸は俺にはないよ。

笛吹っていう奴が似たような能力があってさ、そいつがくれたんだ。

この武器も、防護服も、戦い方も、全部俺にタダでくれたんだよ。

もちろん、そいつは生きてる。恩人なんだよ。

今回のことも、そいつと一緒に考えたんだ」

 

「・・・あはは」

 

アオは虚しく笑った。

 

「結局さ、あなたは笛吹に利用されてるだけなんだよ・・・」

 

「確かにそうかもしれない。でも、結局そいつは良い奴なんだよ。

お前を殺した後、俺はあることをするつもりだったが、大反対されたさ。

まあ、俺が意地を張り通して何とか採用させたんだが。

まったく、自分に容疑がかかることを気にしていないんだよ、結局は」

 

「それでも、その笛吹って人は最低だね。

心根はどうしてそんな奴守ろうとしたんだろ、はは・・・」

 

会話はそれで終わった。アオは黙って自分の死を受け入れた。

ここまで、たった数分。たった数分で魔法少女の一勢力は壊滅したのだ。

 

「・・・また無言電話ですか、困ったものですね」

 

「ふーくん・・・どうして悲しそうな表情してるんですか?」

 

「・・・不安なんですよ、交渉が失敗するんじゃないかって。

そうなったら、かこさんに迷惑をかけてしまうかもしれないって」

 

事前に用意していた嘘をすらすらと唱えるように言う。

計画は最終段階に入ろうとしているのだ。

この無言電話は、最後の別れを意味していた。

 

「大丈夫ですよ、ふーくんと安心してラーメン士郎に行ける日は絶対に来ます」

 

「・・・僕には夢があったんです。

皆で、神浜市や二木市の皆さんが一緒にラーメン士郎に行けるという」

 

「まだ叶えれると思います。危険を冒すだけの価値がある夢ですよ」

 

「・・・そうですよね」

 

やはり笛吹の表情は悲しそうだった。

かこは彼の最大の理解者だが、どうしてそんなに悲しそうなのかわからなかった。

だから、彼女ができたのは笛吹をただ抱きしめることだけだった。

笛吹はかこの腕の中で泣き出した。

泣いて、泣いて、とにかく泣いたあと、彼は自然と眠ってしまった。

こうしている間にも、計画の最終段階は進められていた。

まず、刀は笛吹の自宅の庭に隠された。それは笛吹の大事な所有物だったからだ。

次にバトルページはそのまま燃やされた。本は燃やすのが一番手っ取り早い。

そして、奪取したキモチの石はみかづき荘の玄関前に置かれた。

 

「・・・笛吹文雄、君はとんでもないことをやらかしたね」

 

精神世界で、笛吹は再び碇シンジにそっくりな青年に会った。

 

「あっ、スパシンさん。(かこさんが)やられるまえにやれですよ」

 

「確かに君の言っていることは正しい。

私だって、かこに危険が及ぶようなら、その危険を排除するさ。

ただ・・・まあいい、私が君にとやかく言える権利はないからな」

 

笛吹はいつもと同じように扉をくぐって帰っていった。

 

「・・・言わなくてもよかったのかしら?私がいるって」

 

「紅晴結菜、まさか精神世界にまで踏み込んでくるとは。

どうせ言っても聞かないんだから、仕方ないさ。

それに痛い目を見るのも大事さ。

いやはや、それにしてもまさか取り憑くとはね」

 

目が覚めると、縛られていた。

 

「さて、我が家に泊まった件は許さないからな。

手を出さなかったのは評価してやるが」

 

「お、お父さん、どうか慈悲を・・・」

 

「貴様に父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 

笛吹の悲鳴が参京区に響き渡っている頃、照星は令の墓の前に立っていた。

彼が墓前に供えたのは、アオのソウルジェムの破片だった。

足音が近づいてくるのが聞こえる。

 

「おはよう、ひなの。よく寝られたか?」

 

「こちとらお前の捜索で寝れてないんだよ。

突然、電話をかけてきたと思ったら、ここに呼びつけてきやがって。

・・・仇、取ったのか?」

 

「ああ、借りた薬品を試行錯誤してな」

 

そう言って、彼は錠剤をひょいっと飲み込んだ。

 

「待て、今何を飲んだ?」

 

「俺の調合した睡眠薬さ。よく効くタイプだ。安らかに天国に行ける」

 

「なっ・・・」

 

彼はそのまま目を閉じて、死んだ。

この最後の自殺に関しては、照星の提案だった。

もちろん、笛吹は大反対したが。

しかし、こうすることで状況的証拠によって照星が犯人だとされる。

容疑は決して笛吹にはかけられないというわけだ。

それに、物的証拠からすると照星が殺したのはあり得ないことのだ。

化学薬品で人を切断できるわけがないからだ。

結局、PROMISED BLOODの壊滅は原因不明として片付けられることになる。

もちろん、世間的には謎の大量殺人であるが、迷宮入りは確実だろう。

何もかもが、二人の思惑通りに事が運ぼうとしていた。

既に最大の敵対勢力が壊滅した時点で、原作崩壊は決まった。

キモチの石も神浜マギアユニオンの元に渡った。

これ以上、血は流されない。そのはずだった。



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私は玄武岩の足で立つので、あなたは剣を取ってください

シリアスというのは、意外と人の心を磨り減らすものだ。

そういうわけで、笛吹は久々に秘密基地に心根と碑石を呼んだ。

 

「かくかくしかじかというわけで・・・僕を殴ってください」

 

「こりゃ重症だな」

 

心根の二本の指が笛吹の眼球に向かって直進運動を開始した。

 

「はあ・・・はあ・・・何するんですか!?」

 

「だって望んだ罰与えたら罰にならないじゃねえか」

 

「確かにそりゃそうですけど・・・ありがとうございます」

 

笛吹は目薬を入れる。

 

「・・・ふう、ところで僕を恨んでいないんですか」

 

「確かにアイツらとは知り合いだけどさ・・・。

やっぱり、心のどこかでキャラクターに過ぎないって思ってるんだよ。

俺の方が、お前よりもよっぽど非情だと思うぞ。

お前はアイツらを人間だと認めているから苦しむことができるわけだし。

それに・・・照星は止めようとしても無駄なんだ。

アイツ、いざってときは意地を張り通すような奴だったし」

 

そこで、碑石が話に割り込んできた。

 

「そういえば、君は家に謹慎してなくて大丈夫なのかい?」

 

「ああ、今回の一件で俺に構う暇はなくなったらしい。

俺はずっと見張られていたおかげで、アリバイがあるんだ」

 

ちなみに、三人は理子の店の弁当を食べながら話している。

ギルはとにかく食べていた。

食料供給係の笛吹がずっと忘れていたせいである。

 

「げふっ、さすがの我でも死ぬと思ったぞ」

 

「すみません、普通に忘れていました」

 

「まったく・・・ところで、その腰に差しているものはなんだ?」

 

ギルは笛吹の帯刀しているMURASAMA BLADEを指した。

 

「これですか。これは僕の照星くんの遺品みたいなものです。

まあ、もともと僕の所持品でしたが・・・。

でも、照星くんに貸したもので僕の手元に残ったのはこれだけなんです」

 

この街は意外とおかしく、転生者が帯刀していても咎められないのだ。

その後、三人は前のように談笑して、遊んで、解散した。

笛吹はそれだけでも満足であった。心が少しだけ楽になった。

それでも、何かが彼の心を握りつぶそうとしているような気分でもあった。

家に帰ろうとしている最中のことであった。

笛吹は見慣れない青年に出会った。

その青年は一瞬日本人に見えたが、中国人だった。

それに、一般人ではなかった。

転生者は同類を見分けることがどういうわけか可能なのだ。

 

「・・・你好」

 

「你好。日本語でも大丈夫だ」

 

「わかりました。まさか中国からも転生してくるなんて・・・」

 

「中国にはbilibiliがあるんだ。私は章灯魂(ジャン・トゥコン)だ。

神浜には今日引っ越してきたばかりなんだ。

小学校の時も日本に滞在していたが、両親の仕事の都合でまた日本に来たんだ」

 

それを聞いて、笛吹はあることを聞いた。

 

「章さん、あなた前世で中国海軍に所属していましたか?」

 

「ああ、そうだ。すごいな、君はまるでホームズみたいだ。

どうして私が軍人だったとわかったんだい?」

 

「まあ、自分の書いたSFに中国海軍の将校が出てくるので。

そういえば、名字も同じなんですよね。名前は・・・章北海(ジャン・ベイハイ)

 

「北海?念のため聞くが、それは君のオリジナルかい?」

 

「ええ、オリジナルですよ。中国の人名を名付けるのは大変でしたよ」

 

「・・・三つの太陽を持つ文明と地球文明の叙事詩かい?」

 

笛吹は目を丸くした。

 

「ええ、その通りですよ!どうしてわかったんですか?」

 

「君の表情からして、君は完全にそれを独力で書いたようだな。

まさか、前世で君は劉慈欣だったのかい?」

 

「誰ですか?」

 

「たまげた。君の書いたものは、ヒューゴー賞間違いなしだ」

 

ヒューゴー賞というのはSF界における大勲位菊花章頸飾だ。

 

「そうなんですか!?・・・でも、これは売ること考えていないんですよ」

 

笛吹は三体を取り出した。

 

「僕の好きな女の子にあげるための本なんです」

 

「まあ、成功することだけが幸福とは限らないからな。

だが、後で俺のためにもコピーをくれ」

 

「いいですよ」

 

そこで能力を使ってコピーを作り、灯魂に渡した。

 

「・・・君の能力はずいぶんとすごいな」

 

「ええ、突発的な戦闘には役立ちませんが」

 

「確かにそれはそうだろう。

君の能力は、拳を振るうのに使ってはいけない」

 

「頭と尻で支配するのに使え、ということですか」

 

それは昔のSFに使われていた一種の常套句だった。

目の前の中国人青年は、悪魔の契約を持ちかけようとしているのだ。

 

「俺も原作がどうなるのかは知らないが、この先に待ち受けているのは破滅かもしれない。

君には好きな女の子がいるんだろ?その子を守るためにも統制が必要だ」

 

「それで、章さんにはどんな利益があるんですか?」

 

「生命の安全だ。我々は、どちらにせよ一般人に分類されるからな。

一般人がどんな扱いになるか、マギウスという差別主義者が証明したはずだ」

 

「もしかして、こんな夜中に歩いていたのは僕みたいなのを探すためだったと?」

 

「そうだ」

 

「僕にこれ以上罪を重ねろと?僕はかこさんを守るために、転生者と魔法少女を殺した。

もちろん、どれも直接っていうわけじゃない。でも、いつまで続ければいいんですか?」

 

「・・・もちろん強制はしないさ」

 

数分ほど黙って歩いて、そして笛吹がついに口を開いた。

 

「里見メディカルセンターの近くに人気のない野原があるんです。

そこでもう少し話を聞かせてください。内容によっては引き受けてもいいでしょう」

 

「ああ、それだけでもありがたい」

 

しばらく歩いて、野原に到着した。

そこは笛吹が自分の正体を告白し、碑石が転生者の生き方について考察していた場所。

綺麗な三日月と星々が、ススキと二人を照らしていた。

 

「それで、僕たちは一体何をすればいいんですか?」

 

「簡単な話だ。物語に参加する。

俺たち二人で新しい組織を創り上げるんだ。

その組織を介して、魔法少女同士の緊張緩和を図る」

 

「僕たちにそんなことできるんでしょうか?」

 

灯魂が次の言葉を喋るまでの数秒、世界は草木の揺れる音と虫の鳴き声だけだった。

 

「ああ、できる。少なくとも、俺たちにはその力がある」

 

彼の手が光で満たされ、その光はレーザー銃に変わった。

そして、それはまた光に還元され消えていった。

 

「でも、もしかしたら灯魂さんの正体がバレてしまうかもしれませんよ。

僕はかこさんに話したからいいものの・・・」

 

「ああ、そこも承知の上だ。参加する代償にしては小さいほうだ」

 

「・・・でも、僕にそんな権利があるとは思えない。

さっきも言った通り、僕は友人ともいえた転生者と、

和解できたかもしれない魔法少女を間接的に殺してしまった。

この刀に、それが染み込んでいるんですよ」

 

笛吹は刀を灯魂に渡そうとしたが、彼はそれを突き返した。

 

「君にはこの剣を取る義務がある。

君の顔は辛そうだ。しかし、それでも取らなければならない。

それが死んでいった者たちに対するせめてもの贖罪だ」

 

「・・・あなたの顔も少し辛そうですよ」

 

灯魂は虚しそうに笑った。

 

「はは・・・君のと比べたら些細な物さ。

症状はアイデンティティの喪失。

前世と同じ国に生まれたとはいえ、結局は外国の物語の中だ。

でも、前世から引き継いだ信念で何とかなってる。

自分で言うのもあれだが、俺の信念は玄武岩みたいなものさ」

 

二人は少しだけ笑った。

 

「・・・俺が玄武岩の足で立ち、君が剣を取るような組織を作ろうってことだ」

 

「ええ、そして物語に参加して、それを内部から統制する。

そうすれば僕は贖罪ができて、灯魂さんはアイデンティティを少しでも取り戻せる。

それで、組織名はもう決めてあるんですか?」

 

補完機構(The Instrumentality)。人間賛歌を信条とする組織の予定だ」

 

「最高ですね。名前のセンスが本当にいいですね」

 

「ああ、前から候補には入っていたが、君がSF好きだとわかったからね」

 

「面白そうじゃねえか。俺にも参加させてくれよ」

 

現れたのは心根だった。

 

「あっ、心根さん。ちょうどよかった、彼はE.G.Oを発現できるんですよ」

 

「ふむ、それはありがた・・・心根くんだったか。後ろを見たほうがいいぞ」

 

心根の後ろにはアシュリー・テイラーが立っていた。

 

「・・・アシュリー=サン、ドウシテココニ?」

 

「私たちの目を欺いて外出とはカワイくない真似するんだね。

こんなこともあろうかと、GPSを付けておいたんだよ。

ところで、笛吹さん。その補完機構とやらには私も参加していい?」

 

「戦力はいくらでも欲しいですからね・・・灯魂さんは?」

 

「確かにありがたい申し出だが、中立性やら一般人保護も必要だからな。

申し訳ないが、君の入会は認められない。当分は二人でやっていくさ」

 

「気にしないでいいよ。ただ面白そうなだけだったし」

 

「ねえ、俺参加しちゃダメ?」

 

「駄目に決まってるでしょ。良い子だからお家に帰ろうね」

 

「そんなー・・・」

 

心根は引きずられて消えていった。

 

「・・・まさか無断外出だったとは」

 

「まあ、彼もまたいつか勧誘しよう」

 

笛吹はシャンパン(未成年でも飲めるような)を生成した。

 

「何に乾杯しますか?補完機構(The Instrumentality)に?それとも過去に?」

 

「そこは当然、補完機構(The Instrumentality)に決まってるさ。君は本当にSF好きなんだな」

 

二人は一気にグラスを空にした。

この瞬間が補完機構(The Instrumentality)の設立だったとされている。

神浜史上初の、男子による魔法関係の組織が誕生したのだ。



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人員集めと挨拶回り

まあ、当然というべきか、補完機構(The Instrumentality)には結局二人しか集まらなかった。

心根は外出不可能なので参加できないのは当初の予想通りだった。

そこまでは予想できていた。しかし、碑石が断るのは想定外だった。

 

「確かに面白そうだけど、私はのんびりと暮らしたいからな。

実際、もう原作なんて終わったようなものだろう?

PROMISED BLOODは誰かさんが間接的に滅ぼしたし。

マギアユニオンと時女が争うかもしれないが、些細なものだろう。

というか、まず笛吹くんの”ハーメルン”だろ?

そして、章くんの能力はなんだって?」

 

「人民解放軍の装備の召喚。ちなみに、覚醒済みだ」

 

「その覚醒済みって何ですか?」

 

「能力をさらに自在に扱える状態だ。

俺の場合だったら、想像上の兵器も出せるようになるんだ。

もちろん、人民解放軍の装備という設定でな」

 

「ほらね、それだよ。君たち二人だけでも最強なんだよ。

私はそんなおっかない組織に関わりたくもないんだ。

もちろん、原作とやらにもね。

結局、この世界は原作じゃなくて現実なんだからさ。

すまないね、私は現実を平穏に生きたいんだ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ただ盾が欲しかったので」

 

「この野郎」

 

そういうわけで、碑石のスカウトには失敗した。

次に無花果と沖田総悟を勧誘しようと試みた。

 

「・・・僕はいいけどさ、こいつ女だけどいいの?」

 

「沖田さんを仲間外れにするんですか!女性差別反対です!」

 

「どうしますか、灯魂さん?僕は戦力強化は大歓迎なんですが」

 

「まあ、備品扱いでいいだろ。英霊は人間とはいえないからな」

 

「私が備品?えっ?」

 

とにかく失敗した。

ちなみに、ギルは無事に補完機構(The Instrumentality)の備品となった。

そういうわけで、構成員にはカウントされていない。

 

「えっ?」

 

ちなみに、煉獄に関してはまなかと関係が深すぎるので勧誘されなかった。

補完機構(The Instrumentality)は中立の予定だった。

マギアユニオンと友好的になりすぎてもいけないのだ。

次に氷河のスカウトを試みようとしたが・・・。

 

「何しに来たの?クソ超展開駄作&交渉失敗マシン」

 

「少し氷河くんに会わせてもらいたいんですが・・・」

 

「帰って、役立たず」

 

葉月遊佐に門前払いされた。

しかも、以前より悪口が悪化してた。

神浜市の一部の魔法少女の間で笛吹の評判は下がっていた。

中には照星の死の責任は笛吹が負うべきとすら考えていた者もいた。

まあ、事実その通りではあるのだが。

 

「・・・僕が何したっていうんですか。いえ、しましたけど」

 

「元気出せよ、笛吹」

 

「・・・ううっ」

 

灯魂に慰められて、何とか元気を取り戻した。

次に正史郎のスカウトに挑もうとした。

 

「断る」

 

「ですよねー」

 

一瞬で終わった。

 

「ところで、彼は何者だったんだい?」

 

「確か百年戦争時代に転生した人だったはずです」

 

「なるほど、彼だったのか。

百年戦争に黄色人種が参加していたという都市伝説があるんだ。

なるほど、彼の事だったか」

 

ここまでスカウトにまるで成功していない。

こうなったら、二木市に行くしかない。

そこでどこでもドアを出して獅山の近くを指定した。

ドアを開けると・・・。

 

「おにいちゃん、おにごっこしよー!」

 

「・・・そうだな」

 

そこにはショックから幼児化してしまった樹里と憔悴した獅山がいた。

その時、獅山は笛吹の気配に気がつき、近づいた。

 

「おにいちゃん、その人誰?」

 

「俺の知り合いだよ。ほらよ、神浜の魔法少女が喉から手が出るほど欲しがっているものだ」

 

そういって、彼は樹里の持っていたキモチの石を渡してきた。

 

「・・・」

 

「これでお引き取りくださいってな」

 

彼は知っているのだ。照星がPROMISED BLOODを壊滅させたと。

笛吹がその復讐に手を貸したことも、直感で悟ったのだろう。

その結果、樹里の仲間は殺され、彼女も幼児化してしまった。そして、照星は自殺した。

そういうわけで、獅山の瞳は完全にこう言っていた。

 

もう二度と俺たちに顔を見せるな、クソ野郎

 

笛吹はそっとドアを閉じた。

 

「・・・補完機構(The Instrumentality)で僕は本当に贖罪できるんでしょうか?」

 

「・・・そうするしかないんだよ、君には」

 

「それはそうと、キモチの石ってこんな簡単に受け渡しできましたっけ?」

 

「俺たちがいるからじゃないか?転生したというだけでも影響は大きいだろう」

 

こうなると、もうなりふり構っていられなかった。

 

「レナの弟くん!僕と契約して補完機構(The Instrumentality)に入ってよ!」

 

「断ります」

 

「レナの弟くん!マジで頼む!君も戦う力はあるんだろ?だったら俺たちの仲間に入ってくれ!」

 

小学生に土下座して頼み込む中学生男子二名という構図の完成だった。

 

「お姉ちゃんから戦うこと禁止されてるんです。あと、これからういとデートなんですよ」

 

「なるほど、こりゃ殺すしかないですね、灯魂さん?

一人だけリア充とかふざけないでくださいよ?」

 

「ああ、万死に値するな」

 

我流 恋の呼吸 初恋のわななき ・・・俺の恋路を邪魔した報いですよ」

 

そういうわけで、二人はめった打ちにされてしまった。

 

「ふーくん、小学生相手に何をしていたんですか?」

 

「これには深い事情があるんですよ」

 

「お話が必要なようですね。あと、明日の夜は予定がないのでラーメン士郎に行けますよ」

 

「ありがとうございます!!!・・・では、また明日の夜に」

 

「俺も帰らせてもらう」

 

「駄目に決まってるじゃないですか?というか、誰ですか?」

 

「俺は章灯魂。御覧の通り軍人だ」

 

「はいはい、わかりました。二人ともお話が必要そうですね」

 

「「放せ・・・!うわあああああ!」」

 

二人は夏目書房の『関係者以外立ち入り禁止』の部屋に引きずられていった。

かこのOHANASHIとは、某カードゲームで負けた後と同じくらいの苦しみを要するのだ。

何はともあれ、補完機構(The Instrumentality)は二人で当分やっていくことになった。

翌日、例の野原にレジャーシートを敷いて仕事を始めた。

まず、組織設立を他の勢力にも告知しなければいけない。それは笛吹の仕事だ。

そういうわけで、笛吹は広報誌の作成に取り掛かっていた。

灯魂は魔法少女のリストを確認していた。彼は一名除いて登場人物を忘れていたのだ。

 

「・・・いくらなんでも酷くありませんか?

アメリカの映画に出てきた御前会議でも机はありましたよ」

 

「そんなこと言ったら、俺の国の建国の父祖たちも酷い有様だったぞ」

 

今日は天気が穏やかだが、強風や雨だったりすると大惨事だ。

組織が二人しかいないうえに、組織所在地が野原。最初期から末期だ。

 

「・・・そういえば、補完機構(The Instrumentality)の紋章はどうしますか?

できればそれを表紙とかに飾りたいんですがね」

 

「そうだな・・・八一という文字を入れてくれ」

 

「それ人民解放軍のシンボルじゃないですかやだー。

冗談抜きで僕たち時女一族の皆様に殺されることになるんですが?」

 

「じゃあ、日の丸の中にでも描いとけばいいだろう。

それに、あの子だったらそんなことは気にしないはずさ」

 

「ほいほいっと・・・あの子っていうのは?」

 

「俺が唯一覚えていた魔法少女さ。

実はというと、俺は小学校低学年の時にも両親の都合で日本にいたんだ。

その時にすごく仲良くなった子がいたんだ」

 

「そうなんですか。・・・それはそうと、デザイン追加していいですか?」

 

「おーけい、それでどんなのを追加するんだ?」

 

「椿の花ですよ。あれの花言葉は美徳を意味するので。

おっと、魔法少女の方とは関係ありませんからね。

日の丸を囲むように三角形を書いて、それぞれの頂点に花を配置しましょう。

色は赤、白、ピンク。これで補完機構(The Instrumentality)のモットーである人間賛歌を表現できます。

もちろん、原義は違いますが、至上の美徳を表現しているので些細な事でしょう」

 

「君は花言葉にも精通してるんだな」

 

「ええ、友人がそういったことに詳しいので」

 

こうして出来上がった補完機構(The Instrumentality)の紋章は表紙を飾ることになった。

広報誌の内容は補完機構(The Instrumentality)の設立宣告と信条の紹介であった。

補完機構(The Instrumentality)は人間賛歌以外にも色々と信条を掲げていた。

まず、一番は一般人と魔法少女の地位の平等である。

 

私たちは確信しています。地球文明の構成員である一般人と魔法少女が平等であることを。

どちらも優れているわけではないし、劣っているわけでもないということを信じています。

 

この文章にそれははっきりと表現されていた。

次に、一般人の保護である。

 

一般人には、私たち補完機構(The Instrumentality)や魔法少女のように戦う術がありません。

だからこそ、私たちには彼らを守る義務があるのです。ああ、なんと崇高な義務でしょうか。

私たちが暗闇で戦っているからこそ、一般人は光の溢れる世界で生きることができるのです。

 

実はというと、半分くらい不真面目に執筆した文章だ。笛吹もそれは自覚していた。

しかし、神浜マギアユニオンと時女一族の歓心を買うことはできるだろう。

ネオマギウスからは大不評間違いなしだが。

次に、コスモポリタニズムという信条が補完機構(The Instrumentality)には存在する。

まあ、英語版と中国語版とチベット語版が同時に掲載されているというだけの話だ。

 

「こりゃたまげた。君は翻訳ソフトを使わずにこれを書いたのか?」

 

「ええ、語学だけは前世から僕の得意分野の一つだったので」

 

こういうところで笛吹の本領が発揮された。

何はともあれ、広報誌は完成した。タイトルは組織名と同じだ。

 

「あとはこれをどう配布するかですね。

まあ、直接届けに行きますか」

 

「そうだな。一緒に行くとするか」

 

いつの間にか笛吹はスーツ姿になっていた。

二十世紀前半のアメリカのセールスマンを想起させるようなスーツだった。

まず、二人はフラワーショップ・ブロッサムに向かった。

そこでかこのために花を買うと同時に、春名このみに広報誌を渡すつもりだった。

彼女は笛吹と友人であり、同時にマギアユニオンの一員なのだ。

 

「僕たちが入った途端に店内の花が全部枯れましたよ???

これはいったいどういうことですかね???」

 

「君、呪われてるんじゃないか?」

 

「まさか、僕が何を・・・身に覚えがありすぎますね」

 

その時、このみがやってきた。

 

「謝罪と弁償を要求します。あと、かこさんに言いつけますからね」

 

「僕が何をしたっていうんですか。ただ店内に入っただけです!

僕は被害者なんですよ!かこさんにOHANASHIされる筋合いはありません!」

 

「あなたが店に入ってこなければよかったじゃないですか!

というより、聞いていましたからね!身に覚えがありすぎるって!」

 

一瞬にして二人はもみ合いの喧嘩になった。

 

「・・・店主さんですか?どうもすみません。これ弁償代です」

 

「いえいえ・・・笛吹くんの新しい友人かしら?」

 

「はい、そうです・・・。俺の友人が迷惑かけてすいません・・・」

 

灯魂は謝罪と弁償をしていた。

 

「ほら、帰るぞ。笛吹」

 

灯魂は笛吹を引きずって店を出た。

 

「・・・納得いきません」

 

「まあまあ、他の人に渡せばいいさ」

 

そういうわけで、秋野かえでの家に向かった。

 

「どうして僕が来た途端に家庭菜園の植物が全部枯れるんですか?」

 

「そんなこと言われても知らないよお・・・ふゆう・・・どうして・・・」

 

とりあえず、広報誌を彼女に渡した。

 

「それをいろはさんに渡してください。新しい組織を設立したんです。

もう二度と、あんなことを繰り返さないための組織を」

 

かえでは笛吹の瞳に覚悟が宿っているのを見た。

 

「・・・わかった。伝えておくよ。でも、かこちゃんには言いつけるからね」

 

「いくら欲しいですか?」

 

「今のも含めてかこちゃんに言いつけるから」

 

「」

 

次に時女一族の拠点である水徳寺に向かうことにした。

 

「・・・ところで、今もマギアユニオンとは同盟関係なんでしょうかね?」

 

「さあ?まあ、どちらにせよ俺がなんとかするから安心しろ」

 

水徳寺に着くと、そこにはやはり時女の巫たちがいた。

灯魂はその中の一人、広江ちはるに近づいていった。

 

「・・・ちゃる、久しぶりだな。覚えているか?章灯魂だよ」

 

一瞬、ちはるは戸惑ったようだが、すぐに思い出したようだ。

 

「えっ・・・章くん?ほんとに、あの章くん!?」

 

彼女は照れたように顔を赤くした。

 

「ああ、中国人の章だ。少し用があってな。

少し時間をくれるか?」

 

「う、うん!いいよ!」

 

灯魂は広報誌を持って、彼女と本堂に入っていった。

 

「・・・あれ、僕、置いてかれた?」

 

そんな笛吹に一人の巫が話しかけてきた。

 

「笛吹文雄さんですね。マギアユニオンの皆様から話は聞いています。

私は土岐すなおといいます。時女一族の巫です」

 

「僕のこと、時女一族にも伝わっていたんですね。

それで、やっぱり僕のことを役立たずの交渉役だと思っていますか?

準備に気を取られていて、一般人と魔法少女の死を招いてしまった役立たずだって」

 

そう言うと、すなおは悲しそうに微笑んだ。

 

「いいえ、そんなこと思っていません。

笛吹さん、あなたは悪くないですよ。

・・・でも、あなたの顔はとても悲しそうですね」

 

おそらく、彼女は直感的に笛吹が何か関わったことを感じ取ったのだろう。

彼女もまた、人を殺したことがあるのだから。

 

「・・・それはそうと、僕と友人である組織を設立したんです。

補完機構(The Instrumentality)、できる限り中立を目指すつもりです。

もちろん、どこぞの調整屋と違って柔軟な中立をね。

ただ、一つだけ、あなた方の気に入らない信条もあると思います」

 

「どんな信条なんでしょうか?」

 

「コスモポリタニズム。日本語にすれば世界主義ですね。

そういうわけで、もしかすると日本国にとって都合の悪いこともしでかすかもしれません」

 

「大丈夫ですよ。今の時代、グローバリズムは大事ですから」

 

(・・・二つは何か違うような気がしますが、まあいいですかね)

 

こうして、時女一族との接触も友好的なものとなった。・・・と二人は思っていた。

 

「おい、このイラストなんだよ!?これ完全にふざけてるじゃねえか!」

 

南津涼子からは大不評だった。彼女は補完機構(The Instrumentality)を信用しなかった。

 

「ええ、日の本に他国の軍隊のシンボルを刻み込むのはなんて・・・。

”こすもぽりたにずむ”と言っても、品性が欠けてるのはね・・・」

 

それは時女静香も同意見だった。

しかし、広江ちはると土岐すなおが好意的だったことから、

補完機構(The Instrumentality)とは平和的にやっていくことになった。

 

「さて、次はピュエラケアですか・・・。まあ、大丈夫ですね」

 

「知り合いなのかい?」

 

「えっ、全然?」

 

こうして、二人は復興が進んだが意外とボロボロな中央区にやってきた。

まだ市役所は瓦礫の山となっている。

 

「あれ?誰が神浜市を運営しているんだ?」

 

「・・・嫌な予感がしますね」

 

後にこの予感は的中したが、補完機構(The Instrumentality)にとっては良い方向に働いた。

 

「・・・ピュエラケアの人、誰かいらっしゃいますか?」

 

「ふんっふん!」

 

「いるようですね。これ、リディアさんに渡しといてください」

 

最後に向かうはネオマギウス。

 

「そういえば、彼女たち生きているんでしょうか?

まあ、あの三人は生きてそうですが・・・」

 

「何かあったのか?」

 

「心根くんにケチョンケチョンにされたんです」

 

「それは・・・ご愁傷さまとしかいえないな」

 

そんなことを話しながら適当に路地裏に入ると、羽根たちに囲まれた。

 

「キャハ★私チャンたちはまた復活しました!」

 

「生きてて何よりです。はい」

 

笛吹は広報誌を藍家ひめなに手渡した。

彼女はパラパラとページをめくった。

 

「ふーん、補完機構(The Instrumentality)・・・。

スキャナー?ノーストリリア?罪と栄光?そういうの読んだことあるの?」

 

コードウェイナー・スミスの小説はこの世界にも存在する。

 

「よくご存知ですね。僕も全部は読んだことはないんですが」

 

「まあねー★・・・まあ、文章はいいね。でも、内容は気に入らないなー」

 

ひめなは広報誌を栗栖アレクサンドラに渡した。

 

「それもそうでしょうね。でも、僕たちはあなたたちと戦争する気はないので安心してください」

 

「うーん、どうしよっかなー?戦争しちゃおうかな★どうする、時雨ちゃん?」

 

「・・・ぼくは別にどうでもいい」

 

「でもさー、すっごく気に入らない内容だし・・・」

 

笛吹はあることに気がついた。彼女はさっきから笛吹のポケットを見ている。

そこには、獅山から渡されたキモチの石が入っているのだ。

キモチの石を手に入れるために、脅しをかけているのだ。

というか、何が何でも戦争を仕掛けようとしているのだ。

 

「・・・急がなくてもキモチの石は逃げませんよ。

そうだ、レクリエーションとかどうですか?

僕の持っているキモチの石をめぐって魔法少女同士のレースとか。

PROMISED BLOODが消滅したので、そういうのは誰も抵抗がないと思いますよ。

なんといっても、血が流れない。最高じゃないですか」

 

すると、今まで黙っていた栗栖が口を開いた。

 

「・・・良い文章ですね。噂によると、小説を書いているそうで?」

 

「・・・ええ、拙いものですが」

 

「逆にできないことはないんですか?」

 

「算数ですね。0点取った時のかこさんの表情・・・。

人の表情ってあそこまで無に近づくんですね」

 

そこで、灯魂が機転を利かせた。

 

「彼のように、人間には誰しも得意不得意というものがある。

だからといって、それで人間の価値が変わるわけではない。

それは悠久の歴史が証明している。

魔法が使える使えないという点で、人間の価値は決まらないのさ」

 

これは補完機構(The Instrumentality)の理念の正統性を訴えるためだった。

笛吹も灯魂の狙いに気づいたようだ。

 

「彼の言う通りですよ。大事なのは何を為したかということです。

別に魔法少女というものに無理にしがみつく必要はないんです。

何か好きな事、得意な事を極めればいいんです」

 

ひめなは少し唸った。

 

「むううう・・・。まあ、あなたたちの言う通りだね★

とにかく、今日のところはこれまで!」

 

「ええ、その方がいいですね。帰りましょう、灯魂さん」

 

「ああ、これからも仲良くやっていこう」

 

二人が帰っていった後、羽根たちは一斉に舌打ちした。

 

「持つ者には持たない者の気持ちなんてわからないんだよね」

 

やはり、ひめなは何かろくでもないことを考えている様子であった。

とにかく、こうして男子による組織が各勢力に接触したのだ。

この先、何が起こるか誰にもわからなかった。

転生者にも何が起こるかわからなかった。

だって、『原作』は崩壊して、今からは『現実』なのだから。

しかし、笛吹の頭の中は、今晩かこと一緒にラーメン士郎に行くことだけだった。

これからのことは、また後で考えるつもりだった。



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許されない

「ふーくん、このみさんと喧嘩しましたね?」

 

「・・・ハイ」

 

「かえでさんの家庭菜園を枯らしましたね?

しかも、お金で口封じしようとしましたね?」

 

「・・・ソノトオリデゴザイマス」

 

「後でお話ですからね」

 

「ハイ」

 

それはともかく、笛吹とかこは手をつないで夜の神浜市を歩いていた。

こうしてゆっくりとしていられるのは、ずいぶんと久しぶりだった。

最近は辛いことがたくさんあった。もちろん、良いこともあった。

灯魂に会えたのは、笛吹にとっては良い事だった。

ラーメン士郎は行列ができることで有名だが、今日は誰も並んでいなかった。

それでいて、店は開いている。しかも、店内から客の声はしない。

 

「よかった、今日は幸運でしたね、かこさん」

 

「ええ、そうですね」

 

店に入ると、笛吹は客がいない理由を一瞬で理解した。

店員が一人だけで、その店員の顔には見覚えがあった。

彼は間違いなく、ラーメン士郎のCEO、EMIYA/SHIROUに違いない。

おそらく、彼が何らかの能力を使って、人払いをしたのだろう。

 

「どうしましたか、ふーくん?」

 

「いえ、なんでもありませんよ?」

 

まさか世界的企業の社長が目の前に現れるとは思わなかった。

転生者というオーラよりも、世界経済を支配するする大物という雰囲気が勝っていた。

ラーメン士郎は前世でいうGAFAの一角に相当する企業だからだ。

ラーメンと社名にはあるが、実際には食料生産を掌握しているのだ。

しかし、笛吹はある程度スルーするということを学んでいた。

それよりも力が上手く入らない足と、さらにぼやけてきた視界が問題だった。

ここ最近、ストレスのせいか症状が悪化していた。

できるだけ、周りにはそれを隠し通そうとしていたが。

 

「・・・しっかり掴まってください」

 

かこにはそれさえも見抜かれていたようだ。

 

「僕は大丈夫ですよ、かこさん」

 

二人は手をつなぎながらカウンター席に座った。

 

「では、私は聖杯ラーメン大盛りで」

 

「僕も同じく」

 

SHIROUは頷くと、黙々とラーメンを作り始めた。

それは達人の域どころか神の域すら突破した早業だった。

 

「・・・」

 

彼は黙々と二人の前に聖杯ラーメンを置いた。

 

「「いただきます」」

 

ラーメンの味を表現するのは、語彙力のない作者にとっては至難の業だ。

極めて簡潔に言えば、それは数億年分の想いが詰まった味だ。

ただうまいだけでなく、そこに辿り着くまでの紆余曲折も感じられる味だった。

二人とも、黙々と食べた。言葉など必要のないうまさだった。

改めて、笛吹はSHIROUに敬意を感じた。

彼は気の遠くなるような年月を何度も何度も繰り返したのだ。

果たしてそこまでの年月が必要だったのかは理解できないが。

おそらく、彼が数億年で得たのはラーメン作りだけではないだろう。

もし心根が彼に戦いを挑んだとしても、あっさりと負けるに違いない。

それほどの力を得るための数億年、それは雰囲気で感じることができた。

間違いなくこの男はラーメンを作ったのと同じように敵を処理することができるに違いない。

転生者の強さは能力だけではない。彼らが経た年月も強さとなるのだ。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

二人は同時に食べ終わり、SHIROUはそんな二人の前に杏仁豆腐を置いた。

割引クーポンには杏仁豆腐の無料サービスも含まれていた。

そして、SHIROUは店の奥に消えていった。

 

「・・・不思議な店員さんでしたね。どこか人間離れしていると言うか」

 

「ええ、でも彼も僕たちと同じ人間ですよ。そんな気がするんです」

 

そう言いながら、笛吹はバッグからかこのために書いた本を、

三体、遠野森林を取り出した。

 

「これ、約束のものです。ほら、償いのための」

 

「・・・忘れてました、てへっ」

 

そう言いながら、彼女は三体の最初の部分を読み始めた。

 

「なかなか本気を出してますね・・・」

 

「ええ、自信作ですから」

 

かこはあることに驚いていた。

読み始めてから三ページになっても丸太と易経といったワードが出てこないのだ。

これは進化に近かった。笛吹が新しい境地に足を踏み入れている証拠だった。

というより、これSFのはずなのに何故か文革から始まっていた。

彼女は一旦本を閉じた。

 

「・・・また家で続きを読みますね」

 

「ええ、結構長いですからその方がいいですよ」

 

笛吹は既に杏仁豆腐を食べ終えていた。

実はというと、笛吹は意外と食べるスピードが早い。

だが、これでもいつもより遅かった方だ。

そして、かこはそれが何を意味するかを理解していた。

 

「・・・ふーくん、やっぱり辛いんですね」

 

「・・・ええ、すごく」

 

照星の自殺とPROMISED BLOODの壊滅は神浜市の魔法少女に大きな衝撃を与えた。

全ては悲劇に終わってしまったのだ。

そして、同時に神浜市と周辺の街の魔法少女はある不安を抱くようになった。

男子一人で魔法少女勢力を滅ぼすことに成功してしまったのだ。

キュゥべえも男子にそんな力があるとは把握していなかった。

そして、かこは笛吹が何か関わっていると確信していた。

 

「・・・本当は照星さんと友達だったんですよね?」

 

「・・・わかってたんですか?」

 

「そうじゃなきゃ、私の腕の中で泣かないはずですよ・・・。

それに、最近のふーくんは銃刀法そっちのけで帯刀しているじゃないですか。

・・・それ、照星さんが使ってた刀ですよね」

 

「ええ・・・やっぱりお見通しでしたか」

 

「言ってくれなきゃわかりませんよ。今の今まで、確信はありませんでしたから」

 

笛吹は静かに涙を流し始め、そんな彼をかこは抱きしめた。

彼は語った。笛吹と照星がどこでどう会ったのかを。

そして、観鳥令の死を偶然に知ってしまったことを。

その後、二人で復讐の計画を練ったこと。

笛吹がそれに協力した理由は、かこを守るためであったことも。

笛吹が大反対したにも関わらず、彼が自殺したことも。

彼がそれを受け入れざるを得なかったことを。

そして、計画のためにかこを騙したことも。

全てを語り終えた笛吹の両頬を、かこはつねった。

 

「い、いひゃいへひゅ・・・」

 

「・・・ふーくんのばか。後でお話だから」

 

そんなかこも、涙を流していた。

そして、そんな雰囲気をぶち壊すように由比鶴野が突入してきた。

 

「たのもー!はす向かいに店を立てるなんて営業妨・・・お邪魔しちゃった?」

 

厨房の奥からSHIROUが駆けつけてきた。

 

「そんな・・・人が近づかないようにしてたのに・・・」

 

すると、次の瞬間、信じられない事態になった。

 

「・・・護くん?護くんだよね・・・?」

 

「えっ、何で俺の名前を覚え・・・じゃなくて、俺はSHIROUであって・・・」

 

「嘘だよ・・・顔変わってるけど・・・えっ、護くん?

あれ?私、どうして会ったことのない人を知ってるの・・・?」

 

笛吹はとんでもないことが起こっているのを悟った。

 

「店員さん!料金はここに置いておきますね!」

 

「ひいふうみい・・・ありがとうございましたー!

・・・じゃなくて、俺を置いていかないでくれー!」

 

「かこさん、ここは二人きりにさせてあげましょう」

 

「は、はい!」

 

とりあえず、二人は近くの公園まで逃げた。

 

「・・・かこさん、僕は許されないでしょうね。

僕は多くの魔法少女を間接的に殺してしまった。

一回目は不本意とはいえ心根くんにさせてしまって、

二回目は故意的に照星くんに手を染めさせてしまった」

 

「・・・ええ、私も許さないです。

真実を知ったら、みんな、ふーくんを許さないと思います。

でも、嬉しいです。こうしてふーくんが話してくれたこと。

一緒に償っていきましょう。

少しずつ、少しずつでいいんです。一緒に償っていけばいんです。

補完機構(The Instrumentality)の活動でも、なんでもいいんです」

 

「・・・かこさん、少し泣いていいですか」

 

「さっきから泣いているじゃないですか・・・」

 

笛吹はずっとこの瞬間が続けばと祈った。

もう、原作とかどうでもいいから、こうしてかこと一緒にいたいと思った。

でもその思いは犯した罪を考えると、とても実現できそうになかった。

 

「・・・どうしようかしらねえ?」

 

笛吹に憑いていた結菜は精神世界からその様子を見ていた。

 

「結局、彼は罪悪感に耐えられなかったか」

 

スパシンも一緒にその光景を見ていた。

 

「あら、おじさん。来ていたのね」

 

「ああ、少々想定外のことが起こったがな」

 

「・・・あなたたちも何かとんでもないことをしでかしたようね?」

 

「・・・」

 

ともかく、時間は過ぎていった。

そして、次の日、笛吹はこの世界から姿を消すことになった。



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ただいまより演奏が始まります

鍵譜修也はついに大東区に帰ってきた。なぜか葬式ムードが漂っていたが。

彼は転生者である。それも原作介入せずにありのままに生きたいタイプの。

原作の悲惨な出来事なんぞ他の転生者が何とかすると思っていた。

そういうわけで、彼は巻き込まれまいと旅に出ていたのだ。

何も考えずに旅に出たが、意外とどうにかなった。服装も制服のままだったが。

思えばずいぶんと久しぶりだった。原作開始の一年前から旅に出たのだから。

西に向かって歩いていたら鳴門海峡を訪れることになった。

それで北の方に向かったら初めて自分の目で津軽海峡を見ることができた。

そして南に向かって歩き続けていたら、大東区に帰ってきた。

つまり、彼は本州を一回りしていたのだ。

ちなみに、転生特典は”楽譜を誰よりも早く読める”である。

各地でストリートピアノを弾くということも欠かさなかった。

・・・たまに酷い感想を浴びせられたが。

 

「譜面そのままでしか弾けないんじゃないのか?」

 

「正確だけどつまらない」

 

「アレンジが足りない」

 

それは彼が一番わかっていた。

前世の時からピアノは好きだった。いや、ピアノの音が好きだった。

それでも、楽譜を読むのが下手で好きな曲を弾けなかった。

だから、今回の人生の方が彼にとっては良かった。

楽譜を一回見るだけで、好きな曲をいくらでも弾けるのだから。

とりあえず、久しぶりに友達に会いたくなった。

同じ団地に住む幼馴染の相野みとに顔を見せなくては。

そうそう、伊吹れいらや桑水せいかにも。

その三人に会った後、転生者友達の仏英正史郎にも。

あと・・・まあ、心根光種にもとりあえず顔を合わせなくては。

修也は心根が嫌いだった。性格の問題ではない。一緒にいると不運な目に遭うからだ。

決まって、いかにも踏み台みたいな転生者が襲い掛かってくるのだ。

 

(・・・いや、心根は後回しでいいや。照星と令を優先しよっと)

 

二人は転生者と魔法少女という事実を抜きにしても、お似合いであった。

修也はそんな二人のことを応援していた。

照星は修也からしてみれば本当に素晴らしい人間だ。少し意地っ張りな部分があるが。

そんなことを考えていたら、菊の花束を持った正史郎にばったりと出会った。

 

「・・・お前、修也か?久しぶりだな」

 

「おっす、久しぶり!・・・誰か死んじゃったのか?」

 

「ああ、たくさんな。今回は、その中の二人に会いに行く予定だ。

お前も一緒に来い。アイツら、喜ぶと思うからな」

 

「・・・おーけい。誰が死んだんだ?」

 

死というものは転生者にとっては意外と身近な存在だ。

何しろ、彼らの構成要素自体に死が含まれているのだから。

死ぬことでしか、人は転生者になれないのだ。

一緒にしばらく歩いて、墓地に着いた。

 

「・・・照星、令、ようやく修也が帰ってきたぞ」

 

「ただいま・・・えっ、どういうこと?」

 

帰ってきたら、まさか死ぬとは思わなかった転生者と魔法少女が死んでいた。

 

「色々とあったんだ。・・・さっき言ったはずだ。たくさん死んだと。

まず、ネオマギウスに入っていた東の魔法少女たち。これは心根がやらかした」

 

「心根が!?アイツ、原作介入するような奴じゃなかったのに!?」

 

「事情があったんだ。次に、令が死んだ。ある奴の判断によると原作通りだったらしい。

PROMISED BLOODとの抗争で死んだらしいが・・・詳しいことはよくわからん」

 

「じゃあ・・・照星はそれで自殺したのか?」

 

「最終的な結果はそうなる。だが、奴はその前にPROMISED BLOODを壊滅させた」

 

「壊滅って・・・そんな・・・」

 

転生者でも魔法少女でも死ねば骨になって墓石の下に眠ることになる。

ごくごく普通のことに、修也は直面していた。

 

「・・・心根は何をやっていたんだよ?アイツ、照星を止めなかったのか?」

 

「アイツは家から一歩も出られる状態じゃなかった。

魔法少女たちに見張られていたからな。ネオマギウスの件でだ。

逆にそれがアイツの命を救ったともいえる。

もし、アイツに容疑がかかってたら、今度こそ極刑は間違いなしだったはずだ。

・・・念のため聞くが、自分がいれば何とかなったとか考えてないよな?」

 

「考えれるわけないさ。俺の能力は知ってんだろ?

・・・それにしても、勢力が一つ壊滅か。

こりゃ原作とやらは終わったんだろうな?」

 

「そういうことになる。ただし、新しい勢力が現れた。

補完機構(The Instrumentality)、二人の死を繰り返さないためとかほざいている組織だ。

今のところは転生者二人だけの組織だがな。それでも強いのは確かだな」

 

「お前は・・・ああ、そうか。タルト様とやらで忙しいか」

 

「それもあるが、俺はとにかく気に入らん」

 

「何がだよ?」

 

「・・・お前は知らなくていい。知らない方が良いともいえる。

とにかく、家に帰ってゆっくり休んでろ」

 

もう、何も理解できなかった。

その後のことはよく覚えていない。

だが、確実なことは団地に帰っていなかったということ。

彼は今、大東学院の音楽室のピアノの前にいた。

気付いたらここに辿り着いたのだ。

楽譜などなかった。いや、今まで持っていたような楽譜などなかった。

今の彼にとっては神浜の騒音が、大東区を包む悲しい雰囲気が、

何よりも照星と令との思い出が楽譜であった。

どうしてピアノを弾こうとしているのか。わからなかった。

ただ、何か悲しみを紛らわしかった。

ただ、無力感を紛らわしかった。

二人が死んだという事実さえ、紛らわしかった。

修也はただただ自分が憎かった。のうのうと帰ってきた自分が。

のうのうと生きている自分が。・・・何もできなかった自分が。

悲壮な旋律が音楽室を満たす。

だが、この旋律はほんの序章に過ぎなかった。



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どうか演奏を聴いてください、あなたたちが個を取り戻すためにも

演奏が始まる少し前、笛吹と灯魂は市長室にいた。

案の定、市政はストップしていた。

そこで笛吹は機械を再起動させて職員の再雇用を始めていた。

それと、市役所の再建も。シティーズスカイライン感覚でやれるのだ。

 

「・・・忙しいですね」

 

「まあ、仕方ないさ。こういうことはやっておかないと」

 

補完機構(The Instrumentality)は市の運営を手掛けるつもりだった。

神浜市のリソースを簡単に自分たちのものにすることができるからだ。

それに、スクリーンで各勢力の動向を監視することだって可能になる。

その監視機能も笛吹の修理で復活しそうであった。

 

「机の中は・・・帳簿?」

 

灯魂は大量の帳簿を発見した。それも複式簿記の。

市長であった氷河によって書かれたものであろう。

複式簿記の読み方を灯魂は知っていた。

だからこそ、おぞましき『清算の日』が近づいているとわかってしまった。

少なくとも、氷河は必死にそれと戦っていたことも帳簿からわかった。

 

「・・・ソウルジェムが濁るよりも、夕張市(ざいせいはたん)が先になりそうだな」

 

「えっ?」

 

視点を大東学院に戻そう(震え声)。大東学院に一人の男子生徒が訪れていた。

たまたま忘れ物を取りに来ていたのだ。

名字や詳しい名前はわかっていない。

ただ、ギンちゃんと呼ばれている生徒であることは確かだ。

そう、安名メルに構っていたあの男子生徒のことだ。

幸いだったのは、学院内に彼と修也しかいなかったことだろうか?

 

「・・・ピアノ?」

 

旋律が響き始めたのは、教室内で探し物をしていた時だった。

別に急ぎでもないし、少し聞きに行こうと思った。

それに、肝心の忘れ物は家に持ち帰っていたのもちょうど思い出したから。

 

(・・・誰が演奏してんだ?まさか、修也の奴か?)

 

そのまさかであった。彼は帰ってきていたのだ。

しかし、どこか彼を包む雰囲気は異様であった。

 

「・・・ギンちゃんか。ただいま」

 

「お帰りっと・・・なんか様子おかしいんだけど?」

 

「・・・俺のいない間にたくさんの人が行ってしまったからかな」

 

話ながらも、彼は正確な演奏をしていた。

ギンは違和感を感じた。修也が楽譜無しで演奏をしていたからだ。

それに、今までのただ正確なだけの演奏ではなく、心がこもってもいたのだ。

 

「なあ、俺のいない間にどれくらいの人が死んでしまったんだ?」

 

「・・・かなりの数だな。

・・・まず、メルが死んでしまった。

なんか二木市の女子校生が殺されていた事件もあるし・・・。

お前の友達二人くらい死んじゃったし・・・。

その前には東の女子校生が変な事故で死んで、行方不明も多かった。

・・・俺の知っている子も何人か死んでしまったし、行方不明にもなってる。」

 

「安積はぐむという高校生がその中にいるんじゃないか?」

 

「・・・ああ、その通りだ」

 

「やっぱりか。何となくそんな予感がしてたんだ」

 

悲しげな旋律は音楽室を満たしていた。

すると、不思議なことが起こった。

五線譜が鍵盤から実体化して浮遊し始めたのだ。

修也が鍵盤を弾くたびに、五線譜が出現して宙を舞い始める。

とても幻覚には見えなかった。触れてみると、少し柔らかい感覚が伝わった。

 

「・・・それで、どうしてピアノを?」

 

「・・・さっきまではわからなかった。

でも、ようやくわかった。

俺が弾き続けるのは、過ぎ去った何かを心に留めるためなんだって・・・」

 

ピアノが急にひび割れたと思ったら、次の瞬間には元通りになっていた。

いや、それどころか大きくなって鍵盤も増えつつあった。

それに応じて、修也の腕の数でさえも増えていた。

四本、八本、十本・・・。

 

「お、おい・・・」

 

「安心してくれ、お前に迷惑をかけるつもりはないさ。

いや、確かに迷惑かもな。俺みたいなのが延々とピアノを弾いていたら。

だったら、お前たちに何かしてあげないと・・・。

それでプラマイゼロになってくれるはずだから・・・」

 

「そ、そういう問題じゃなくて・・・」

 

悲しげな旋律に、調和に満ちた旋律が加わった。

その旋律を聞いていると、何だか自分たちが忘れていた何かを思い出せそうであった。

それは誇りや信頼、というべきなのだろうか?

忘れていたというよりかは、すっかり縮小していた心だった。

それがあってこそ、人間は人間でいられたというのに。

 

「・・・この街の人間は、すっかり個を失ってしまっていたんだ」

 

修也は演奏を続けながら語り始めた。

 

「よく考えてみるんだ。西の人達は俺たちを嫌う必要はないし、

東に住むお前たちも別に劣等感を持つ必要なんてないんだ。

大事なのは、個を持つということなんだ。

・・・氷河という奴もそれをわかってくれていたらよかったのに」

 

「ひょ・・・えっ、誰だよ?」

 

「神浜市の記憶が楽譜になって俺の頭の中に入り込んでくるんだ。

幸せな記憶も、悲しい記憶も、全てが俺にとっては楽譜になってくれるんだ」

 

五線譜は音楽室を飛び出して、神浜市の空を漂い始めた。

 

「・・・これこそが俺の能力の神髄だったんだ。

俺の能力はただ楽譜通りに演奏ができるというだけだけど・・・。

大事な何かを楽譜にして、それを伝えることができるんだ・・・」

 

悲しい旋律と、調和に満ちた旋律が、ギンの心に沁み込んでいく。

前に向かって歩ける。この旋律を聞いた大東区の者たちは誰もがそう思った。

でも、一つだけ問題があった。

 

「・・・ごめん、やっぱ演奏を止めてくれないか?

別に嫌なわけじゃないんだ。ただ・・・ただ・・・!」

 

「・・・わかるよ。お前の心が、楽譜になって伝わってくるんだ。

心配しなくていいさ、こんな姿になっても俺は俺なんだ。

胸を張って、そう言えるさ」

 

「違う・・・違うんだよ・・・!」

 

ギンはそういうのを望んでいなかった。

ただ、修也に普通の人間として生きてほしかった。

一人だけ仲間外れなんて寂しいではないか。

 

「・・・言ったろ。俺は過ぎ去ってしまっものを留めるために演奏しているって」

 

すると、ギンの目の前に一つの光景が広がった。

それは五人が一緒にラーメン士郎でラーメンを食べている光景だった。

照星、令、修也、ギン・・・。そして、見知らぬ青年。

彼らだけではない。多くの少女たちが、そこで楽しそうに食事をしていた。

彼は悟った。修也は演奏をすることで、この光景を作り出しているのだと。

それはもう、二度と手に入らない素晴らしいものであった。

 

「でもさ、どうしようもないじゃないか・・・。

アイツらがお前がずっとこんなことをするのを望んでいるのか?

俺にはそうは思えないよ・・・」

 

「・・・どうしてそんなに俺に構うんだ?」

 

「・・・そんなの」

 

「友達だからに決まっている、そうですよね?」

 

突如としてドアが現れ、一人の青年がそこから現れた。

さっき幻覚に現れた見知らぬ青年と同じ顔だった。

ギンは悟った。この青年も修也と同じ、いやそれ以上に深い傷を負っているのだと。

そして、さっきの光景は青年が思い描いていた夢であったということも。



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演奏はクライマックスに突入しました

「全部僕のおごりって・・・こりゃお小遣い消滅ですね」

 

いや、お小遣い消滅で済んだだけでもマシだったのかもしれない。

普段からの貯蓄があって助かっただけだ。

 

「悪く思わないでくれよ、くじ引きの結果なんだから。

それに、言い出しっぺはお前なんだしさ」

 

「・・・それもそうですね、照星さん」

 

「ごちになりまーす!笛吹くん!」

 

「・・・なんかすまんな」

 

「なんだろう・・・なんか誰かに睨まれてるような・・・」

 

照星と令は隣り合った席で仲良くラーメンを食べていた。

ここにいるのは、笛吹と照星と令と修也とギンだけではない。

かこはもちろんのこと、多くの友人や魔法少女と一緒に来ていた。

 

「ふ、ふーくん・・・後で貸してあげるから・・・」

 

「大丈夫ですよ・・・ええ、言い出しっぺは僕ですからね」

 

どんなに懐が寂しくなっても、これは彼が望んだ光景。

 

「はい、あーん」

 

「えっ」

 

「なんだよ、樹里サマがせっかく分け与えてあげるんだぞ?」

 

「はいはい、お姫様」

 

獅山と樹里を、PROMISED BLOODの魔法少女たちはスマホで取りまくっていた。

ちなみに、神浜マギアユニオンの少女たちも便乗していた。

 

「・・・まさか、アンタとこうやってラーメン食べるだなんてねえ」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「勘違いしないでほしいわ。私はただ心根のダチの誘いに乗っただけなんだから」

 

かつて対立していた組織のリーダーも楽しそうであった。

 

「・・・ウチら中立やのにこういうのはどうなんやろなあ。旨いからいいけど」

 

「ふんふふん!」

 

「今更もう遅い、と申しております」

 

・・・なんか余計なのも来ているような気がしたが。

 

「ねえ、ネオマギと同盟結ばない?ラーメン同盟っていうことで!」

 

「私の腕切断しといて?」

 

「まあまあ、ちゃる。もう繋がったからいいじゃないか」

 

「そりゃ灯魂くんがたくさんグリーフシード調達してくれたからよかったけどさ・・・」

 

ネオマギと時女は意外と良好な関係に落ち着いていた。

 

「はい、あーん。みたまアレンジ聖杯ラーメンよお」

 

「ま、待って!嫌だ!死にたく・・・アッー!」

 

・・・心根は悲惨な目に遭っていたが。

ちなみに、氷河も似たような目に遭っていた。

 

「碑石くん、旨いラーメン屋教えてくれてありがとうなのです!」

 

「・・・ははは(ネタで言ったつもりなんだけどなあ)」

 

碑石は何故かアイドルと一緒に偶然ラーメン士郎にやってきた。

一部の少女からは熱烈な殺意を向けられているのは言うまでもない。

 

「タルト様、お口に合いますか?」

 

「ええ、とてもおいしいですよ」

 

正史郎には奇跡が起こっていた。

 

「・・・かこさん」

 

「どうしましたか?」

 

「僕、今とても幸せです」

 

「ええ、私もです」

 

しかし、目を覚ませばLobotomy Corporationの管理室を模した市長室。

無機質で蒼い線の書かれた壁、いくつものスクリーン、そして悲しく調和に満ちた旋律・・・。

 

「笛吹、大丈夫か?」

 

「・・・ええ、少し夢を見ていたようなんです」

 

笛吹は白昼夢の内容を振り返ってみる。

スクリーンに写っているピアニストもどきは夢にも出ていた。

一度も会ったことのないはずの青年なのに、名前を知っていた。

さっきの白昼夢は修也という青年が自分に見せたモノなのだろう。

おそらく、修也はああやってピアノを弾くことで、失われた未来に浸っているのだろう。

 

「行かないと・・・灯魂さんは他の勢力に連絡をお願いします。

このままではLibrary Of Ruinaになりかねませんから」

 

「君の能力は戦いには向いてないと言ったはずだが?」

 

「これは僕のやるべき仕事なんです」

 

「・・・わかった」

 

灯魂は敬礼して笛吹を送り出した。

同時刻、呉キリカが夏目書房を訪れていた。

 

「まったく、なんで楽譜が空を覆ってるんだよ・・・。

失礼しまーす、かこさんいませんかー!」

 

かこはカウンターの方にいたが、演奏の影響で呆けているようだった。

 

「・・・どいつもこいつも、こんな状態か。

困ったな、織莉子がとんでもない未来を視たっていうのに」

 

神浜市の魔法少女はどれも似たような状態だった。

しかし、次々と正気を取り戻しつつあった。

いち早く本来の調子を取り戻したのは里見灯花であった。

 

「くふふ、これは興味深いにゃー」

 

彼女はありったけの機械を駆使して、この状況を調べていた。

次は相野みとであった。彼女は修也の幼馴染だ。

だからこそ、この演奏が修也のものだとも瞬時に判断できた。

そして、工匠区にある心根の家にいたみたまと十七夜も比較的早く正気に戻った。

ある意味で幻想体の塊である心根の近くにいたからだろう。

各勢力のリーダーと広江ちはるが正気に戻るのは比較的遅かったが。

彼女たちが正気を取り戻したのは、メールの着信音がきっかけだった。

 

現在、笛吹文雄が問題の対処に当たっている

 

とにかく、笛吹文雄と鍵譜修也が対峙することになった。

 

「・・・戻ってきてください、修也さん。

こんなことをしていても、誰も帰ってきてくれないんですから。

照星くんも令さんも・・・ネオマギの皆も、二木市の皆も・・・」

 

「・・・大丈夫だ、帰ってこれる。いや、俺が戻らせるから。

この世界に刻まれた記憶という名の楽譜から肉体を再現して、魂を呼び込める」

 

「「えっ」」

 

笛吹とギンがあっけに取られていると、数十万の音符が出現した。

その音符たちは人型になると、強い光を放った。

あまりの眩しさに笛吹は目を瞑ってしまった。

目を開けると、そこには笠音アオが立っていた。

 

「えっと・・・幻覚ですよね?」

 

「幻覚だったら良かったよね、笛吹くん?

どう、間接的に殺した女が自分の前に現れた気分は?」

 

「・・・どうもこうもありませんね。最悪ですよ」

 

笛吹はLibrary Of Ruinaのローランの服装を身に纏っていた。

しかし、選択ミスだったということを思い知った。

他のコアページに比べて動きづらいのだ。しかし、相手は待ってくれない。

それに、普段の状態よりかは戦いやすいのも確かだ。

装備した武器はもちろんMURASAMA BLADE。

 

「・・・わたしを殺した武器、か」

 

「僕には過ぎた代物です。・・・今となっては色々な意味でね」

 

「・・・心根があなたを守ろうとした理由、少しわかったよ。

さっきから演奏を通して、色々な記憶が頭に入ってくるんだ。

あなたって、本当に優しい人間だったっていうことが・・・。

友達のために、必死で戦ってたんだね・・・でもさ」

 

彼女は斧を笛吹に向けた。

 

「・・・やっぱ最低だよ。あなたの友達は私たちを殺した。

それでいて、あなたは友達を止めようとしなかった。

・・・矛盾してるよね?」

 

「・・・」

 

「友達が人を殺めようとしているのに止めようとしないのは、友達失格。

あなたの愛している誰かさんがそんなことを言っていたようだけど・・・」

 

「・・・まったくその通りでしたね」

 

これ以上、言葉は必要なかった。

両者ともに武器を構えて、一気に間合いを詰める。

勝負は一瞬だった。笛吹の左腕は斬り落とされ、アオのソウルジェムはひび割れた。

もはや完全に砕けるのは時間の問題であった。

 

「・・・どう、直接人を殺した気分は?」

 

「もっと最悪ですね。朝食を消化していたから、吐かずに済みました」

 

「・・・そうだよね。さようなら」

 

その体験は、笛吹の心に何らかの変容をもたらした。

それは心根が自分だけのE.G.Oを発現させたときの、または修也の能力の覚醒に似た変容だった。

笛吹は刀を鞘に納めると、それを左腕と共にギンに渡した。

 

「・・・えっ、どうすりゃいいんだよ?」

 

「とりあえず預かってください。その刀、僕にはもう不要なんです。

あっ、左腕の方はまたつなげるつもりなので取っといてくださいね」

 

「???」

 

笛吹は何も持たずに、修也に近づいていった。

すると、彼の服装は失楽園というE.G.O防護服に変わり、

右手にもその武器E.G.Oが握られていた。

本来ならば、”ハーメルン”を発動するには画面を立ち上げる必要があったはずである。

しかし、今の笛吹はその予備動作を飛ばしていた。

そのとき、音楽室の床に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

いや、そこだけではない。学院全体に亀裂が走った。

 

「えっ、待って・・・あれ、俺の体浮いてる!?」

 

ギンだけが重力に縛られていないかのように浮かび始め、じたばたともがいた。

その一方で、笛吹は歩き続け、修也は弾き続けていた。

ギンと同じように、ひび割れた床やガラスもばらばらになり浮かび始めた。

 

「・・・ギンさん、でしたっけ?今、君の安全を保証しました」

 

その笛吹の言葉通り、ギンは他の物体にぶつかることがなかった。

 

「ちょっと待ってくれよ!お前はどうするつもりなんだ・・・?」

 

「とりあえず修也さんを気絶させます!今はそれ以外に方法がありません!」

 

「そ、そんな・・・」

 

ギンは必死に近づこうとするが、誰かに掴まれて、デコピンされた。

 

「大人しくするです!まったく・・・」

 

「・・・えっ、メル?」

 

「そうですよ。それ以外に何だっていうんですか!

修也くんの演奏を逆手に取って復活したんです!

・・・とりあえず、修也くん、一言だけいうです。

いつまでもうだうだと引きずってるんじゃねーですよ!

ボクの尊敬するリーダーだって立ち直ったんです!

それなのに、お前というやつは・・・」

 

だが、笛吹と修也にはもう聞こえていないようだった。

失楽園とは白夜から抽出されるE.G.Oである。

その白夜の使徒が、笛吹の頭上に突如として降臨した。

 

「・・・お前のE.G.Oの楽譜を参考に演奏してみた。

しばらく、そこで戦ってろ。俺は演奏を続ける」

 

しかし、彼の思い通りにはならなかった。

笛吹が右手を上げるだけで、使徒たちは一瞬にして消滅した。

 

「ははは・・・まさか、お前も俺と同じように神髄に辿り着いたのか」

 

「ええ、そのようですね。ようやく使い勝手が良くなりましたよ」

 

すると、修也は力強い演奏を始めた。

何百もの五線譜が笛吹に向かってくる。

しかし、その五線譜でさえも障壁にぶつかったかのように消滅した。

そして、笛吹は一つの画面を立ち上げた。

その画面には以下のように記述されていた。

 

笛吹文雄の周囲に修也の演奏を弾くバリアが展開される。

その際、バリアを無効化する演奏さえも無効化される。

そして、笛吹は修也を気絶させることに成功する。

 

「修也さん、もう諦めてください」

 

いまや、笛吹の能力は覚醒に至っていた。

予備動作も必要なくなり、モノだけではなく状況さえも作成可能となった。

 

「・・・だったら、最後の最後まで演奏を続けるだけだ」

 

それまで笛吹に向かっていた五線譜が向きを変え、修也の周りを飛び始めた。

演奏も力強い者から、悲しげなものに戻っていた。

 

「・・・無駄なことです」

 

笛吹はその五線譜を消すために、人差し指で触れた。

すると、そこから閃光がほとばしった。

 

「言っただろ?俺の能力は楽譜を演奏することだ。

森羅万象が俺にとっては楽譜だ。それはお前の能力も含まれる。

演奏の内容は至極単純だ。お前は俺を気絶させれるが、お前は代償を払う」

 

その光は、大東学院全体を包んだ。



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本日の演奏は終了しました

目を覚ますと、そこらに散らばっている小さな瓦礫以外に大東学園の面影は残っていなかった。

 

「・・・休校だって喜ぶべきなのかな?」

 

「何馬鹿言ってやがるです???」

 

ギンとメルはかすり傷を負ったくらいで済んだ。

二人は笛吹と修也を探し始めた。

 

「・・・学校にいたのが俺たちだけで良かったな、本当に。

もしかしたら、死人が出ていたかもしれなかったし」

 

「余計な心配すんなです。もしボクたち以外にいたとしても、

その時はその時でギンちゃんのように保護したと思うです」

 

「それもそうか」

 

修也は意外とあっさりと見つかった。

ピアノにしがみついたまま気絶していたのだから。

ちなみに、腕は二本に戻っていた。

 

「よかった・・・元に戻ってる」

 

「・・・少し嫌な予感がするです」

 

「またピアノを弾き始めるとか?」

 

「そういうわけじゃないです・・・これ後で絶対尻叩かれるに決まってるです

 

ギンにはメルが何を恐れているのかわからなかった。

その時、マントを付けた少女が近づいてきた。

 

「しゅ、修也くん!」

 

その少女は修也に駆け寄ると、彼の胸に手を当てた。

 

「良かった・・・生きてる」

 

さらにもう二人少女が近づいてきた。

どうやら、彼女たちは修也の知り合いのようだった。

 

「・・・修也はあの子たちに任せるですよ。

ボクたちは笛吹くんを探したほうがいいです」

 

「了解っと」

 

しかし、笛吹はなかなか見つからなかった。

ギンの脳裏に修也が言っていたことがちらついた。

 

「・・・代償ってまさか」

 

ありえない、と考えたかった。でも、こんなことが起こるくらいだ。

あの青年がこの世から完全に消え去ってしまっていても・・・。

 

「縁起でもないこと考えるなです」

 

「ぐわあああ!?」

 

股間に蹴りを入れられた。

 

「笛吹くんがそんなことで死ぬわけないです!どうせ生きてるですよ!」

 

「・・・そ、そういえば知り合いだったの?」

 

「ええ、生前に何回か会ったことがあるです。

笛吹くんは易経というのをよくやっていたので」

 

「エキキョウ?」

 

「占いの原型みたいなものです」

 

そりゃ色々と気が合いそうだ、とギンは思った。

だが、いくら探しても笛吹は見つからなかった。

困ったことになった。左腕も何とかしなくてはいけない。

 

「困ったな」

 

ギンは困ってしまった。

 

「二回も繰り返すなです」

 

「いや、ふざけないとやっていられないというか」

 

「ボクはもっとやってられない気分ですよ!

左腕持ってかこさんにこれが笛吹くんですって言えるわけないです!」

 

「それは見物ね。ぜひ、見てみたいわ」

 

金棒を持った少女が立ちはだかった。

 

「あっ、結菜!お前、まさか復活しやがったですか!」

 

「ええ、アンタと同じ手を使ってね」

 

結菜の背後に、続々と柄の悪そうな少女たちが現れた。

 

「結菜さん、こいつらどうするっすか」

 

「今は見逃しておくわ・・・それじゃあねえ」

 

少女たちはどこかに消えていった。

ギンは考えるのをやめた。

さっきから、わけのわからない事態が連発していたからだ。

修也の非人間化、笛吹という青年の登場、二人の戦闘、メルの復活、大東学園の消失・・・。

そもそも、戦闘自体が理解不能だった。事象を操る戦闘など見たことがなかった。

 

「メル・・・?メルなのか!?」

 

さらにわけのわからない事態になった。

高等部の和泉十七夜が軍服みたいな恰好で現れた。

 

「げえっ、十七夜先輩!これはボクのせいじゃないですよ!」

 

「んなもん言われんでもわかってる。お前にこんなことできないからな」

 

十七夜はそう言って辺りを見回した。

 

「それで・・・そこのお前、お前が持っている左腕と刀はなんだ?」

 

「・・・笛吹という奴のものだった」

 

「そうか、あれの・・・笛吹はどこに?」

 

「「行方不明です」」

 

「そりゃまずいな・・・灯魂とかいう男は何をやってるんだ?」

 

その時、スクリーンが彼らの前に現れた。

 

「こっちも捜索中だ。でも、彼の生存反応が一切見当たらないんだ。

・・・俺が止めておけばと、役に立たない後悔の真っ最中だよ」

 

スクリーンがふっと消える直前、そこに映っている男は言った。

 

「・・・少なくとも、神の誕生を見たのは確かだ」

 

神、確かに笛吹という青年は神に等しい存在となっていた。

あらゆる事象を操ることができ、敵を敗北させることも自由自在だった。

 

「くだらん・・・奴が神になったというなら、どうしてこんなことになった?」

 

十七夜はそう吐き捨てたが。

 

「こりゃひどい状態だなっと・・・やっぱ左腕だけかよ」

 

「・・・ええ、最悪の状態ね。かこさんに家の中にいるように言って正解だったわ」

 

今度は鉤爪を装備した少女と白い衣装に身を包んだ少女が現れた。

 

「美国織莉子さんですね」

 

「知ってんの、メル?」

 

「笛吹くんの友人です、というかアンタ結果わかってたですか?」

 

織莉子は溜息をついた。

 

「そう言われても、今朝急に視えたんだもの。

それに、本当はもっと悪い状態になってたかもしれないわ。

心根とかいう男が両腕失って解決できるくらいの状態にね」

 

その言葉に、十七夜は蒼ざめた。

 

「心根でも・・・?何が起こるはずだったんだ?」

 

「殺戮、それもあなたたちやキュゥべえでさえ知らない力による。

私が視た未来だと、心根はそれをE.G.Oとかって言ってたけど」

 

「E.G.Oだと!?それは心根しか扱えない力のはずだ!」

 

「あら、知ってたのね?とにかく話を進めるわ。

そのE.G.Oとかいう力を発現させたのは夏目かこという魔法少女よ。

多分、笛吹くんの左腕を見て彼が死んだと思ったんでしょうね」

 

ギンにはやはり彼女たちが何を話しているのか理解できなかった。

それよりも気になったのは、修也の処遇だった。

彼女たちが只者ではないことはわかった。

今のギンにはそれがなんとなく理解できるようになった。

どういうわけか、彼女たちから謎の力を感じるのだ。メルからも同じように。

そんな力を持った彼女たちは、修也をどうするのか不安になった。

 

「・・・さて、用があるのはあなたの方にもよ。

確か・・・ギンくんでいいかしら?」

 

「それでいいよ。それで、何か用なの?」

 

「いえ、ただの警告よ。あなたは強大な力を持ちつつある。

多分、この爆発に巻き込まれた影響でしょうね。

まだ不吉な未来はあなたに関しては視えてないけど・・・。

それでも、気を付けて。力に吞まれないで」

 

なるほど、ギンは納得した。

確かにあんな戦いに巻き込まれたら何か覚醒しそうではありそうだ。

 

「・・・ところで十七夜先輩、どうするですか?」

 

「どうするとは?」

 

「修也のことです」

 

「まずは裁判だな。さすがにこれは見逃せない」

 

メルと十七夜の会話を聞いて、ギンは少し不安になった。

裁判?謎の力を持った少女たちによる裁判?

果たして、ちゃんと法律に則ったものになってくれるのか?

 

「あと、お前は尻たたきだ」

 

「ボク悪くないですよ!?」

 

「今すぐじゃない。

裁判で叩く回数を決めるから、安心しろ」

 

「ボク無罪ですよ!?」

 

「皆を悲しませたという罪があるからな」

 

「そんなあ・・・」

 

とにかく先行きは不透明。ギンは不安になった。

 

「こりゃ酷いな・・・スカっとしたけど」

 

「光、そんなこと言っちゃダメじゃない。私もスカっとしたど」

 

「光お兄ちゃんに姉ちゃも・・・ミィもだけど」

 

不穏な会話が聞こえた気がしたが、気のせいに違いないとギンは無視した。



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彼だけがいない街

気まずい空気が流れた。とにかく気まずい空気が流れた。

もう気まずいとしか言いようがないのだ。

 

「こ、こ、これ、笛吹くんの左腕です」

 

「・・・」

 

結局、嘘をついて誤魔化した方が悪化するという結論に至った。

メルの右隣では灯魂が土下座をしていた。

その左隣では、かこが暴走した場合に備えて心根が立っていた。

 

「・・・そのひだりうでにせものですよね?

どうしてそんなおもしろくもないじょうだんをいうんですか?」

 

かこのソウルジェムが急速に濁り始める。

 

(あっ、駄目だこりゃ)

 

とっさに心根がE.G.Oでかこを気絶させて、事なきを得た。

織莉子がよくやってくれたと言わんばかりに親指を立てていた。

とにかく状況は最悪だった。

笛吹行方不明の報は数日中にあらゆる魔法少女勢力に伝わった。

もちろん、転生者たちにも伝わったが、それは後にしよう。

まずは魔法少女たちの反応に関してだ。

 

「・・・笛吹文雄って誰ですか?」

 

色々な意味で最悪の反応を示したのは環いろはであった。

彼女は補完機構(The Instrumentality)は知っていたが、構成員は知らなかった。

マギアレコードは少女たちの物語だから、男子を知らないのは多少はね?

・・・なんてことでは済まないのは当然だった。

 

「・・・アンタ、それ正気で言ってるのよね?」

 

「は、はい」

 

「レナ、信じられないんだけど」

 

「ふゆう・・・笛吹くんのことも知らないの?」

 

結果として何が起こったかといえば、神浜マギアユニオンでの支持率が大幅ダウン。

笛吹本人も信じられないと思うが、彼は神浜市を救った英雄として知られていた。

まあ、その分、PROMISED BLOOD壊滅時の失望が大きくなったのもそのせいだが。

 

「いろは、君とは初対面ではないが嫌いになった」

 

「煉獄さん!?」

 

「お姉ちゃん・・・これ以上私を失望させないで」

 

「うい!?」

 

「小説兄ちゃんがいなくなったのにその態度ですか。

そんなあなたにういを任せられません、俺がもらいますね」

 

「調子に乗んじゃねえぞ、このマセガキ!」

 

後にういは語る。あんな暴言を吐いた姉は始めて見た。

環いろはとレナ弟の喧嘩が始まってしまった。

 

ストラーダ・フトゥーロ

 

我流 日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

ボヤ騒ぎで済んだものの、一歩間違えれば火事決定だった。

後にやちよは語る。あんなにういの説教が怖い物とは思わなかった。

さて、時女一族はというと・・・。

 

「しばらく喪に服すことにしましょう」

 

静香の提案で、日本中の巫が喪に服すことが決定した。

神浜市外にいる巫からしたら、なんのこっちゃという感じだったが。

土岐すなおは自分の迎えるであろう末路に思いを巡らしていた。

人を殺したという点で、彼女と笛吹の間には不思議なつながりがあった。

そんな彼が、裁きを受けたかのごとく姿を消してしまったのだから。

広江ちはるは色々と忙しかったが、それは後で説明しよう。

ネオマギウスは臨戦態勢に入っていた。

目障りな『男子』が消えてラッキー、と彼女たちは考えなかった。

むしろ逆だ。これから『男子』が増えると予想したのだ。

 

「・・・こりゃ厳しいことになるね」

 

「ええ、そうでしょうね・・・」

 

(・・・二人が真面目に!?)

 

さて、ピュエラケアはいつも通りであった。

 

「ふふん」

 

「そもそも広報誌だけ持ってきただけの奴に構う意味はないと言っています」

 

「せやな。まったく、ご近所づきあいは大事だってのに・・・」

 

さて、構成員が一人になった補完機構(The Instrumentality)はどうなってしまったのか。

ちはるはそれを気にして何度もメールや電話をしたが、一向に応じる気配がない。

そこで彼女は灯魂に直接会うことにした。

 

「・・・そういえば、章くんってどこにいるんだろ?」

 

まず居場所がわからなかった。

そこで笛吹の知り合いに聞いてみることにした。

 

「だからって、私に頼む必要もないだろ?」

 

「笛吹くんの知り合いの魔法少女はこの事態で忙しいので・・・。

それに、心根とかいう男の子も引っ張りだこの状態だから」

 

「なるほど、暇そうな私に回ってきたということか」

 

碑石は彼女を再建が急に始まった市役所の前に連れてきた。

 

「・・・ここは」

 

「以前、白谷氷河という奴がここで神浜市を操っていた。

それは君もだいたいは把握しているはずだ。

そして最近、急に市政がようやく動き出したんだ。

おそらく、灯魂くんが市政をコントロールし始めたんだ」

 

「えっ、何のために・・・」

 

「リソースのピンハネと魔法少女たちの監視」

 

「・・・章くんはそんなこと絶対しないよ」

 

「絶対的な権力は絶対的に腐敗する、ということわざがあってね」

 

ともかく、二人はエレベーターで市長室に降りて行った。

 

「まさか、あの中国人がボクに権力を返してくれるとは・・・最高だ!」

 

そこにいたのは灯魂ではなく、氷河だった。

二人は地上にさっさと戻っていった。

 

「・・・私と君は何も見なかった、いいね?」

 

「あっ、うん」

 

振り出しに戻ってしまった。色々な意味で。

 

「氷河のことはこのはさんに報告しておくとして・・・灯魂はどこにいるんだ?」

 

以外にも、その居場所はすぐに判明した。

日本の街並みには似つかわしくない四合院が見つかったからだ。

四合院とは伝統的な中国家屋のことである。

 

「ここが章くんのお家か・・・」

 

ドアに鍵はかかっていなかった。

 

「失礼しまー・・・なに、この匂い?」

 

アルコール臭が鼻を突き刺してきた。

 

「・・・ちゃるか。すまんな、こんな惨状で」

 

すっかり無気力そうな状態の灯魂がソファーから立ち上がった。

 

「俺という男はずいぶんと思い上がっていたようなんだ。

この日本人少年の能力は高いが、俺無しではやっていけないだろうってね。

ところがどっこい、彼無しでやっていけなかったのは俺の方だった。

・・・君がずいぶんと眩しく見えるよ、ちゃる。

左腕を切断されかけてもなお、君は立ち上がっている。

笛吹もそうだった。彼は左腕を切断されても、なお戦い続けた。

・・・ヒーローっていうのは、君や笛吹の人種のことを指すんだろうな」

 

「・・・碑石さん、ここは私に任せて」

 

「・・・おう」

 

碑石は一人病院に帰っていった。

 

「先生、ふーくんの左腕と私の左腕を交換してください」

 

「・・・何が何だか、わからない・・・」

 

笛吹を失ったかこはどこかが狂ってしまった。

院長はそんな彼女の無茶振りに対応できなかった。

仕方がないので、碑石はいつもの野原に行くことにした。

ようやくのんびりできると思ったら、そこには無花果がいた。

 

「僕は善人のふりをするのをやめるぞー!笛吹ィィィィ!」

 

碑石は考えるのをやめた。



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千堂無花果は「わるいてんせいしゃ」

話は二日前に遡る。

 

「突然どうしたんだ、氷河?市役所に呼び出すなんて。

というか、なんで復帰してんの?」

 

「そこも含めて、一緒に話したいと思ったんだ。

まず、知ってると思うが笛吹くんが消えただろ?」

 

「うん」

 

「我が世の春だと思わないか?」

 

「うn・・・いや、お前何言ってんだ?」

 

「自分に正直になろう、無花果くん」

 

氷河は微笑みながら言った。

 

「君はなんというか・・・悪い奴に思えるんだよ。

今までは強力な転生者が傍にいたから仮面を被っていただけで」

 

「・・・バレてしまったか。実は、僕はワルだったんだよ」

 

「ボクも映像を見て知ったんだ」

 

「盗撮じゃねえか」

 

そこに、沖田・・・と思いきや沖田(オルタ)が飛び込んできた。

 

「実は私も正体隠してたんだよ!」

 

「褐色か・・・無花果くん、どうだい?ボクは無理だけど」

 

「いけなくはない」

 

「お前ら、そこ座れ」

 

そして、今に至る。

 

「僕を脅かすものはついにいなくなった!

転生して好き勝手できると思ったら、とんでもないバケモノの卵に遭遇したんだぞ!

その時の気持ちがお前にわか・・・待て、帰るんじゃねえ!」

 

「ええ・・・面倒くさいし、というか病院にも帰れないんだよ。

かこさんが病んだ状態になってるし」

 

「安心しろ、僕はNTRが嫌いだから」

 

「そういう問題じゃな・・・おっと、さゆさゆは私に残してくれよ」

 

「ちゃっかりしてるな・・・じゃなくて、お前、僕を止めようという気はないのか!?」

 

「言っただろ、面倒くさい。ハーレムだか原作改変とか、勝手にやってくれ」

 

無花果は嬉しそうに、だが同時に唖然としていた。

 

「お、お前・・・笛吹の友達じゃなかったのかよ・・・!

俺はどんなに疎ましくても友達だったから、かこに手を出さないと決めてるんだぞ!」

 

「友達だよ。でも、今回の件もPROMISED BLOOD壊滅の件も、全て彼の責任じゃないか。

自分で物語に参加して、間接的とはいえ人を殺して、そして自分で消えて・・・。

責任は誰にあるかといえば・・・まあ、彼自身の責任というわけだ。私には関係ない」

 

「おい、碑石。後ろ」

 

「えっ・・・あっ」

 

道を塞ぐように、包丁を持ったかごめが立っていた。

 

「ここで死ぬか、ふーくんのために戦うか、どちらか選んでくださいよ?」

 

「事情が変わった。ごめんよ、無花果くん。君の野望を止めさせてもらおう」

 

「・・・ははは!僕に勝てるわけないじゃないか!」

 

その瞬間、無花果が金色の光を放ち始めた。

 

「僕の転生特典はささやかな願いを叶えるというもの!

だが、氷河にもらった薬で能力を覚醒させたんだ!

もしもの力になった!VIPRPGにおける最強の能力に変化したんだよ!

VIPRPGを知らない奴には何のことだかわからないだろうけどな」

 

「ご説明ありがとう。じゃあ、終わりだ。

残念だけど、私もVIPRPGのことは知ってたんだよ」

 

「えっ」

 

碑石はファンファーレを口笛で演奏した。

 

「お・・・犯されるのか!?僕は犯されるのか!!」

 

「そういうことだよ、無花果くん。ゴメスオチという奴さ。

もっとも、私も君と同じ代償を払うことになるがね。

今日からよろしく、Brother(竿兄弟)

 

しかし、次の瞬間に喘ぎ声をあげたのは二人ではなかった。

 

「ご、ごめんなさい!かごめちゃん!」

 

「い、いろはさん・・・どうして・・・アッー!」

 

それはもうR-18でなければ書けない光景が繰り広げられたのだ。

だが、同時に無花果は違和感を感じた。

 

「・・・ばかな!?もしもの力が使えない!?」

 

「魔王把握が終われば元通り、ということか。帰るか」

 

だが、碑石はあることを忘れていた。

魔王把握は、勇者が「帰るか」と言った瞬間にオチを迎えるということを。

 

「ケンコーくん!すっごくキレイな短刀を貰っ・・・あっ!」

 

沙優希が転んだことにより、彼女が持っていた短刀が宙を舞った。

そして、そのまま碑石の尻に飛んでいった。

 

「アッー!」

 

全治三十分の怪我で済んだのが奇跡であった。

 

「・・・今度は君の尻穴の治療か」

 

「すいませんね・・・」

 

「ごめんなさいなのです・・・」

 

ちなみに、かこは鎮静剤を打たれて、床に転がっていた。

笛吹の左腕はちゃんと冷凍保存されている。

 

「さて、どういうわけか説明してもらおうじゃないの」

 

「僕悪くない」

 

「ほう、たいした度胸ね・・・ももこ、かえで、院長さんから借りた部屋に連れて行くわよ」

 

「わかった」

 

「ふゆう・・・これはいっぱいお仕置きが必要だねえ」

 

「放せ・・・!うわああああ!」

 

無花果は『関係者以外立ち入り禁止』の部屋に引きずられていった。

そして、いろはの評判はさらに悪化した。

その夜、みかづき荘の周囲で、気温が急激に低下したとかしなかったとか。



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