こころぴょんぴょん世界は転生者渦巻く混沌の坩堝と化していたようだ (金木桂)
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こころぴょんぴょん世界は転生者渦巻く混沌の坩堝と化していたようだ

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 前世はとても苦しかった。

 俺は苦学生で、学費を捻出する為に身体がギチギチになるほど夜勤を入れたり休みの日もフル出勤して、昼間は普通の私立文系大学生として講義に勤しんだ。元々仲は悪かったが大学に入った瞬間縁を切られたため親からの仕送りはなく、馬鹿みたいな艱難辛苦だった。まああのギャンブル依存症の親と縁を切れたのは清々したとはいえ現実は非常に厳しい。金無し、住無しである。学だけは守ろうと頑張ったものだ。

 

 しかしそんな俺を嘲笑うかのように俺は事故に巻き込まれた。居酒屋でのバイト中に俺と同じく大学生のアルバイターがトチって火災事故を起こして、客の避難誘導してる間にも逃げ遅れて俺は敢え無く一酸化炭素中毒によりジ・エンド。職場が5階だったのが運の尽きだったのだろう。燃えゆく中でふと力が入らなくなって絶望したのが前世の最後の記憶だ。

 

 それから神とかいうおとぎ話みたいな存在と俺は出会った。これは転生した後の話だが、本当に再び赤ん坊としてスタートしてしまった俺はその時初めてあの超常的存在は本物だったらしいと実感した。

 

 神からの発言は少なかった。無かったといっても良い。選べと言われて眼前にディスプレイが表示された。そこは白いだけで、周囲を見渡せば申し訳程度に観葉植物のようなものが脇に置かれているだけの、到底神聖さも感じない殺風景な一室だった。だが表示されたディスプレイは空中に浮かんでいたし、半分透けて部屋の奥が見えていたことからここが現世ではないことを俺は悟った。空中ディスプレイなんてまだ実用化されていないし、何よりこの部屋はまるで現実身が無かったのだ。

 

 ディスプレイにはいくつかの言葉が並んでいた。「ハイスクールオブザデッド」や「ご注文はうさぎですか?」や「NARUTO」、「魔法少女リリカルなのは」など。唯一の趣味としてアニメは見ていたのでその文字の意味を分かるは分かる。

 何となく画面を見ていると何となく次第にこう言われているのだと脳裏を掠るものがあった。転生先をこの中から選べと。

 

 どの作品もアニメで軽く齧った程度にしか内容は覚えていないが、幸いと言うべきか、地雷選択肢が分かるくらいには知識があった。例えば魔法少女リリカルなのはの舞台は地球だが原作通りに進行しなければ地球は二回甚大な被害を被ることになるし、ハイスクールオブザデッドなんてある日突然街がゾンビパニックに陥るB級ホラー漫画だ。そんな世界でビクビクと怯えながら暮らしたくはない。

 スクロールしていけば他にも作品はあったが、何故かどれも世界が滅ぶ危機があったり死亡フラグがあったりと平穏とは程遠い作品ばかり……完全に悪意を感じる。これが神なのかという落胆を感じざるを得ない。前世では苦労したから猶更、次は普通に暮らしたいだけなのに。

 

 結局、この中で一番マトモなのは最初に出ていたごちうさだけである。それを恐る恐るタップすると、再び「選べ」という声が脳内に鳴り響く。

 

 俺は何も聞いていないし分からないはずなのに、紙に水が染み込んだみたいに何を問われているか正確に理解する。

 どうやら転生特典をくれるらしい。それも二つ。なろう小説かよと一瞬は思ったが、正直有難い。来世も貧乏で苦労するのは御免だ。

 依然として神は動かず、いつの間に現れていたのか空中ディスプレイ下部のキーボードだけが明滅している。自由に打ち込めということだろうか。

 

 一つ目は「金持ちの家に生まれる」で決定だ。転生というシステムについては分からないがきっと何も言わなければ転生先の家系もランダムで決定するのだろう。下振れする可能性も憂慮すれば、そこだけは絶対に譲れないコアなとこだ。

 二つ目は少し悩んでから「逸脱した身体能力」にした。これで最悪、アスリートにでもなれば生きていくには困らないだろう。手に職ならぬ手に身体を付けとけば困ることはないはずだ。我ながら良い案だと思う。

 

 そして俺は転生した。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 久しぶりに日本に帰ってきた俺は、否が応でも心が高ぶるのを感じざるを得なかった。

 今世の俺はイギリスで育ち、13年の歳月を経て語学留学と称してこの日本の木造りの家が並ぶ石畳の街に来ていた。さながら北欧のような街並みは、来たことも無いのに軽い既視感で満ち溢れている。

 

 そう、ごちうさの街並みそのものである。

 

 ウサギは実際に街のあちこちに野良で生きているし、見た感じ非常に平和そうな場所に見える。やはりあの時ごちうさを転生先に選んだのは間違いではなかった。もし他を選択してしまっていたらここまでのほほんと街を散策することも出来なかっただろう。

 

 今世はイギリスで長い年月を過ごしていたため、久々の日本語にノスタルジックを感じながら目的地へ足を進める。

 ラビットハウス。確かそんな名前の喫茶店がこの物語の中心だったはずだ。折角ごちうさの世界に転生したのだから行っておいて損はないだろう。この街に留学を決めたのだって4割はそんな物見遊山によるものなのだから。

 

 事前にネットでググっていたので迷うことなくラビットハウスには着いた。グーグル先生によればラビットハウスの評価は☆5の満点。評価者数は100人を超えていた……確か、原作だとあまり人気が無い喫茶店なんじゃなかったか? まあそのくらいは変わるのかもしれないな。ここは現実なんだし。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店内に入ると青髪が特徴的な女の子が店番をしているのが見えた。……香風智乃(かふうちの)、だろう。本当にいるなんて、何と言うか。今までこの世界で原作とは無縁に普通に生きてきたせいか、こうして生で見て初めてここがアニメの世界であると感じてしまう。本当に実在したんだな、アニメキャラクターって。

 しかし、俺が前世で見た姿よりも随分小さいな。元々小柄だとしても少し背丈が低すぎる。それにティッピーを頭に乗っけている様子もない。もしかしてまだ小学生なのだろうか。まあ原作の時系列とか知らないし、こういう日常系アニメに関してはあまり気にする必要は無いから別に良いが。これが例えば進撃の巨人とかなら確実に把握しておかないとウォールマリア崩壊の時に普通に逃げ遅れて死ぬし、ブラックラグーンならば時系列関係なく死ぬ。北斗の拳も同上。治安は大事。

 

 取り敢えずブレンドコーヒーを注文して、空いている席に座ってみる。店内に取り揃えられた調度品はどれもかなり渋い基調で、見回せば全体的にシックな喫茶店である。読書スポットとしては最適な場所だ。

 店内は人で賑わっている様子で、比較的年齢層が高いのかザワザワとはせず各人が思い思いに静かに過ごしている。にしてもこの店の客は服装と言い髪色と言い、目を惹くものがある。そういう部分でキャラの個性を出さなくてはならないというアニメの名残りだろうか。まあ俺も今世の両親がイギリスということもあって金髪碧眼だから人の事は言えないが。しかし特に目立つのは白髪白肌悪人面でボーダー模様の服を着た……。

 

「……は?」

 

 思わず目を疑う。ここ、ごちうさだよな? 俺の視力が正常ならアレ、一方通行(アクセラレーター)だよな? 二度見してみる。

 ……いや待て待て、やっぱそうだろ! 何でコイツがここにいるんだ! この世界には当然学園都市なんて存在しないし、仮に存在していたとしてもコイツが外に出る時なんて大抵碌なイベントじゃなかったはずだろ!

 よく見れば他にもそこはかとなく知っているような顔がある。前世からの知り合いだとかそんなちゃちなもんじゃない。家庭教師ヒットマンの沢田綱吉みたいな少年や、龍が如くの桐生一馬、それにアレは魔法少女リリカルなのはのフェイト・テスタロッサだろ!? んな無茶苦茶な! 全員自分の作品に帰れよ!

 

「お待たせいたしました。こちらブレンドコーヒーになります」

「あ、ああどうも……少し聞いていいか?」

「いかがしましたか?」

 

 俺には珍しく取り乱したな……。

 香風智乃ではなくまた別の老年のウェイターがコーヒーを運んできたので、丁度良いのでこの人に少し尋ねてみる。

 

「あー、あの人とあの人とー……まあいいか。彼らはこの店に良く来るのか?」

「はい? ……かなりの頻度でいらっしゃいますよ」

「ということはこの辺に住んでいるってことか」

「は、はあ。宜しいでしょうか?」

「ああ、助かった」

 

 ウェイターと思ったが、よくよく考えたらこの男こそこの喫茶店のマスターだろう。まだ香風智乃は小学生に見えるしそんな児童に店を任せるのは……とかそんなことは今は良い。コーヒーを気分転換に啜りながら俺は悟られないように観察する。

 今考えなきゃならないのはアイツの存在についてだ。

 神の言葉に嘘が無いならここはご注文のうさぎですかの世界であって、アイツらが出てくるようなハードでスペクタルな戦闘ばっかの世界観とは違うはずだ。なのに何だこれは。何であんな一等級に危険人物ばかりいるんだ。

 

 考えろ俺。前提条件は覆らない。なら間違っているのはアイツらの存在だ。

 

 ……まさか、アイツらも転生者ってことか!?

 

 確かに、そう考えれば辻褄が合う。合ってしまう。俺はこの世界に来る前、二つ願いを神に叶えて貰った。その願いの一つを消費すれば一方通行みたいになりたいだとか、沢田綱吉になりたいだとか、そんな思春期の馬鹿みたいな願望も叶ってしまう……! なんだこの世界、俺以外にも転生者いたのか。

 

 そうなるとここにいるのは最早マズい。マズすぎる。

 彼らが全員転生者と仮定すると、ここで大人しく座っていることから完全に身内同士ということになる。互いを認知してるからこそ動じないのだ。あのグループに何かしらの目的があるのかどうかは分からないが、少なくとも俺のことがバレてしまえば良い顔はされないだろう。

 兎も角、妙な事に巻き込まれないように俺は一旦下宿先に帰った方が良いかもしれない。そうと決まればさっさと帰って現状を整理したいが……果たしてこのままタダで帰してくれるかどうか。

 

 俺は急いで飲み終えると、香風智乃の前で会計をする。オタクからすれば憧れるシチュエーションなのに、冷や汗が薄く背中からにじみ出るのは生物の本能だろう。

 ……見られているな。

 

「また来る」

「あ、ありがとうございました」

 

 俺は滞在時間5分で喫茶店ラビットハウスを後にする。店外への扉を開いた瞬間、視線を感じた気がするのは恐らく気のせいじゃない。気付かれている。

 

 そのまま何事もないように振舞って歩き始めるが、一分もしない内に俺は肩を叩かれた。

 

「君、この町は初めて?」

「ああ。そうだが」

 

 早速お出ましか、と思いながらも振り向く。何処かの高校の制服を着た茶髪の男だ。……先程までの連中とは違い、アニメのキャラでは無いようだ。

 

「良い町でしょここは。ちょっとばかし趣は日本と違うし、最先端のもんは何も無い。だけど景色も街の雰囲気もとても良い。こんな街は日本に2つとないよ」

「……そうだな」

 

 まだ俺が転生者であることはバレていないのか?

 この会話からでは判断は付かないが、少なくとも向こうからそこまで敵視するような感じは見て取れない。様子見だな。

 

「君は何をしにこの町に?」

「語学留学だ。俺の地元で丁度ここにある中学校への留学の話があってな、応募して受かった」

「ほへー外人さんね。見たとこまだ年行ってないのに随分と日本語が上手だね」

「ああ。俺の父親は貿易系の仕事をしていて四か国語話せるからな。俺もその内の幾つかは習ったんだ」

 

 感心するような男の声に俺は合わせて頷く。

 半分は本当だ。ただ俺が日本語を習ったというのが嘘である。何せ俺の父さんは四か国語話者と言っても話せるのは多い英語、中国語、スペイン語、ヒンディー語の四つだからな。当然日本語が話せるのは俺の前世から来ている。昔取った杵柄と言うやつだ。

 

 目の前の男はその言葉に薄く笑うと、口を開いた。

 

「なるほど、ね。いや良いんだ、そんな警戒されても僕もやりにくいだけだから」

「はあ?」

「端的にアンタは転生者だろ。分かるんだ、この町じゃそのくらいのことは」

 

 俺には分からないが、男なりに確信を持っているからか手を広げて仰々しく言う。お前の正体は見破っているぞ、と。

 

 ここで惚けるもアリではある。未だ男の正体が判明していない上、俺へとこんな強引に接触をしてくるということからしてもどうもこの町はキナ臭い。自白するにしても男の素性が分かっていからでも良いだろう。

 そう考えているのを見抜かれたのか、男は名刺を懐から取り出した。

 

「これ、僕の名刺ね。鰆矢宗達(さわらやそうたつ)。東条会でしがいない組員をやってる」

「東条会……?」

「色々事情があってね。君が白を切るというなら話は別だけど、まあ聞いといて損は無いと思うよ。この町に住むならね」

 

 確かに先程桐生一馬は目撃したが、東条会とは……。

 衝撃が抜けきらぬうちに鰆矢は「ちょっと喫茶店で話そうか。勿論ラビットハウス以外で、ね」と感情の読めない仮面のような笑みを張り付ける。少し悩んだのちに俺は彼について行くことに決めた。

 

 

 

 

 

「まず一応確認。君に聞きたいのは、原作についてだ」

 

 再びブラックコーヒーを俺は啜りながら、今度は全く見知らぬ喫茶店で鰆矢と向かい合う。鰆矢は相変わらず不敵にも見える表情でこちらを伺っている。内心の読めない奴だ。

 

「原作?」

「そう。この世界がご注文はうさぎですか? の世界であると君は認識しているはずだ。なんせ自分から選んだんだからね。だから聞かなきゃならないんだ。この世界で君は何を成し遂げたいのかを」

「成し遂げるとは嫌に壮大なテーマだな」

 

 夢を語れ、と言う訳ではないだろう。要点を若干ぼかしているように思えるが、言いたいことは分かる。つまりは原作に干渉したいか否かということだ。

 ごちうさという作品は多くの美少女が登場する日常系アニメだ。その中で原作介入するという事は基本的にキャラクターの誰かと恋愛関係になりたいという事を意味する。

 

 もし魔法少女リリカルなのはならばリインフォースを救いたいだのアリシアを復活させたいだの、色々と個人によって成し遂げたいこともあるだろう。原作ではバッドエンドだった点を原作介入(テコ入れ)して、原作には無かったハッピーエンドにしたいという目的が生まれるのは個人的にも分かる話だ。二次創作にはこの手のものも数多い。しかしごちうさはこの点に置いてバッドエンドなど無いのだからこのような理由も生まれる訳もなく、つまり「積極的に原作介入する=キャラクターと恋愛したい」というスイーツ脳な方程式が完成する。いや、寧ろ下心と言った方が良いのか。どうでも良いか。

 

 それを問われれば、否である。

 

「俺は普通に生きて行ければ後はどうでも良い。確かに俺はアニメキャラが現実にいるという事、アニメの舞台が実在するという事に惹かれてここに留学することにしたが、ただの興味本位だ」

「へえ。じゃあこれ以降原作キャラと会えなくても問題ないって?」

「問題無いな。会わなくても死ぬわけじゃない」

「なるほど、オッケーだ」

「それよりもそっちの事情を聞かせてくれ。何で他作品のキャラが沢山いるんだ」

 

 納得気に頷く鰆矢に俺は口を挟む。未だに脳裏にあのアルビノ体質の凶悪なヤクザ面がチラついて堪らない。まああの場には本当のヤクザもいたが。

 

「ああ、察してるかもしれないけど僕も彼らも転生者だ。あそこにいたのは全員東条会に属す、言わば穏健派さ」

「穏健派……?」

「まあそう定義づけているのは僕たちだけだけどね。この町には穏健派と無干渉派と過激派がいるんだ。中でも僕たちは穏健派。香風智乃や保登心愛といった原作キャラクターの良き隣人でいて、尚かつ転生者による危害を齎さないのが目的の組織だよ。対外的にはカッコ付かないからリーダーの桐生さんから則って東条会って名乗ってるけどね」

 

 言葉を充填するように鰆矢はカフェモカに口を付けた。

 東条会というのは別にヤクザの集まりじゃないということか……。島の争いとかは無いようだから少し安心した。

 他の派閥についても整理してみる。無干渉派はあまり考える必要ないだろう、字面から考えれば恐らくは原作には積極的に関わらない連中だと推測できる。つまり無害な転生者の集まりということだ。

 だが最後の一つの派閥、過激派が気になる。

 

「無干渉派は何となくだが言葉通りの意味なら分かる。しかし過激派って何なんだ?」

「あ、それ聞いちゃう。まあ話が早くて助かるよ。過激派はまあ、他人を害してでも原作キャラと恋仲になりたいだとか、原作キャラに言うもおぞましい行為をしたいだとか、そういう社会不適合者の集まりみたいなもんさ」

「そうか……」

「んで、過激派は幾つかのグループがあるんだけど、その中で一番でっかいのが五人組」

「五人組って江戸時代の百姓の制度か?」

「名称自体はそこから来ているのかもしれないけど実態は違うね。ほら、このアニメのメインキャラは五人いるだろう? 香風智乃、保登心愛、宇治松千夜、桐間紗路、天々座理世。彼らは自らの利益を逸しないよう全員が違う推しの五人でチームを組んで、原作キャラと仲良くなろうと協力し合うんだ。だから五人組」

「何だが物凄くしょうもないし虚しくなってくる話だな……まあ理解した。聞いてる限りだと同じ五人組でも推しが被って他のチームとは競合する関係上、チーム内でしか信頼関係はなさそうだな」

「そうだね、まあチーム内でも裏切りとかあるらしいけど。正確には同じ推しを持つ者は明確に敵という認識を持っていると言った方が彼らには正しいと思うよ」

 

 何だか一気に物騒な話になったもんだ。敵だのなんだの、ダークファンタジーみたいな話題である。その癖話の中身は女子中学生や女子高校生を巡って争うって言うんだから笑えるな……転生者が絡んでなければ本当に笑えたんだが。

 

「そして一番過激派でヤバい集団、一廃(いっき)。簡単に言えばリョナラーの集まり……あ、リョナって分かる?」

 

 鰆矢の口からまたとんでもない単語が飛び出してきた。リョナってあのな……。過激派には頭のおかしいロリコンしかいないのか。

 

「ああ、分かるから説明しなくてもいい。ヤバさも分かる」

「彼らがトップクラスにこの町で危険な存在だろうね。過去に原作キャラへの誘拐未遂も起こしている。僕ら穏健派が一番警戒しているのも奴らだ」

「何なんだこの街は。漫画タイムきららを一等象徴する街だろうに……ここはロアナプラの姉妹都市か?」

「一部を除いてカタギには手を出さないからロアナプラよりは数段マシさ。面子に限って言えばヤバい奴も多いけどね」

 

 一方通行なんてヤバさの塊だよね、と鰆矢は軽く告げる。同意だ。どの時点の一方通行かは分からないが、原作開始時点の制限無く能力が使える一方通行ならばこの町の住民全てを一秒と掛からず物言わぬ粗大ごみへと変形させることが出来るだろう。そんな奴が大人しくラビットハウスでコーヒーを飲んでいたのは心情的に非常に気味が悪い。ただ中身は転生者だから原作の人格よりはマイルドなはずだと思う……全力でそうだと願いたい。

 

「……留学なんてしなきゃよかった」

「まあ、ご愁傷様。ついでにようこそ、日本一のカオスな街へ。歓迎するよ……えっと」

「アルヴィン・ウィリアム」

「そう、じゃあアルヴィン。一緒に頑張って行こうね」

 

 表面上だけを浚ったような笑みに、俺は内心で引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 留学生活三日目。

 初日を生活必需品の買い揃えに時間を使ったために、この街を散策するのはまだ二日目だ。新学期まではまだ日にちがあるため、家に籠っていても暇を持て余すだけと思って俺は街に繰り出していた。

 

 こうして表面を見る限りではこの町は至って平和そうだ。行き交う人々は笑顔で、土曜日だからか開催されているバザーには活気もある。だが裏側では転生者による原作キャラを巡る争いが行われていると考えていると、何処となく虚飾のものに感じてしまうのも事実だ。

 

 ただ街を楽しむにも俺には一つ、欠点があった。散歩が嫌いなのだ。見慣れない景色を見るのは新鮮で楽しいが、それが既知のものに塗り替えれると退屈極まりない。飽きる。 

 二時間ほど歩き回っていれば昨日と合わせて大体の街の全貌も把握できてしまい、諦めて噴水のある公園に立ち寄る。ゆっくりベンチに座って、ポケットからスマホを取り出そうとして空振りする。そうだ、スマホはまだ家で充電中で持ってきてなかった。

 

 只管に空を眺める。今日の天気は終日快晴。雲一つない陽気な青空に思わずため息を吐く。散歩は嫌いだがこうやって心を無にして人工物が何一つ存在しない空を眺めるのは自分でも意外に好きだった。

 

「あれは……甘兎庵の兎?」

 

 ふと視線を下げた時、どこか見覚えのある兎が噴水の縁で佇んでいるのが見えた。名前は忘れたが、多分、宇治松千夜の働く甘兎庵の兎だったはずだ。頭の上に王冠が乗ってるし間違いない。

 迷子の飼い兎ということだろう。俺は重い腰を上げて、近づくと兎を持ち上げた。飼い主が来たら一応引き渡せるよう、俺は膝の上に乗せる。

 

 兎は見知らぬ俺に抱えられたというのに一先気負うことなく、銅像みたいにちょこんと座っている。暫くすると「あ、アンコ!」と幼い声が聞こえた。

 それは日本人形の如く整った相貌の、和服を着た少女だった。小学生か、中学生かは判断が付かない。幼さの残る丸い頬に円らな瞳。

 

「探しているのはこのウサギか?」

「……いえす、あいふぁいせんきゅー」

「日本語は通じるが。今俺日本語話してただろ」

「え、あ、そうだったかしら。ごめんなさい、英語に集中してて気づかなかったわ」

 

 そう言うと少女は柔らかく微笑んだ。まあ俺の容姿は完全にこっちからすれば外人だし、無理も無いか。

 

「ほら、ウサギだ。もう見失うなよ」

「ええ、ありがとう! 私は宇治松千夜、貴方はどちら様?」

「アルヴィン・ウィリアム。一応イギリス人だが日本語は少し出来る」

 

 面影を感じると思っていたが、やはり原作キャラだったらしい。宇治松千夜、鬼畜和菓子で有名な美少女だ。今は幼女だが。

 宇治松はウサギを大事そうに受け取ると、和服の乱れを気にしながらそのまま俺の隣に座った。

 

「凄いわ……私なんか日本語以外できないのに」

「環境が環境だったからな」

「ところで何歳? 私は今年から中学生なんだけど……」

「俺もそうだな。四月からここの公立中学校で世話になる予定だ」

「ってことは同級生と書いて好敵手(ライバル)ね!」

「ライバルになるつもりは一切ない」

「つれないわ……およよ」

 

 そう言って器用にもアンコを持ちながら泣き崩れるポーズを取った。

 同じ中学か……少し鬱屈とした気分になる。美麗な街並みに気を抜きそうになるが、原作キャラである以上過度な接触は他の転生者への刺激になってしまう。過激派とかいう平和じゃない集団もいるらしいしな。扱いには気を付けた方が良いだろう。

 

「もしかしてもう下宿とかしているの?」

「ああ。留学で俺だけが来日してるからな。生憎、まだ賃貸を借りれる年齢でもないからホームステイだ。外国人を受け入れてくれる家族に今は世話になってる」

「思ったんだけど、やっぱり日常生活一つ取っても文化の違いとかあるのよね? 大変だったりする?」

 

 あー。まあ、普通はあるよな、俺は例外だから寧ろイギリス式の生活に慣れる方が大変だった。転生して人種は変われど心には未だに和が根付いているのだ。

 しかし真実は言えないので適当にぼかす。

 

「俺は適応力だけはゴキブリ並みだからそういうのはないな。だが靴を脱ぐ習慣だけは意識しないと忘れそうになる」

「ゴキブリ……。そ、そうなの」

 

 宇治松はその整った顔立ちを軽く歪めながら相槌を打った。ドン引きされたらしい。女子小学生の前でゴキブリを例えに出すのは流石にダメだったか。

 ……これ以上は話してても嫉妬の対象になるかもしれないな。離れるか。

 

「そろそろ俺は行こうと思う」

「……あ、そうだわ! これ、アンコのお礼と言う訳じゃないけど私の家がやってる喫茶店のクーポン! ドリンク一品半額だから近くに来たら寄ってってちょうだい」

「商魂逞しいな。ああ、機会があれば使わせてもらう。それじゃまた」

「ええ。中学で待ってるわ」

 

 待ってるわ、ってアンタ在学生じゃなくてこれから入学する身分だろ。野暮だから突っ込まないが。

 

 立ち上がると、俺は背を向けて立ち去る。バックではきゃあきゃあと幼い子供が駆け回り、高齢の夫妻が静かに噴水の近くで会話している。環境音に耳を澄ませば平和そのものだ。

 

 ……念願の故郷で心にゆとりも持てる生活がこうして営めるなんて、我ながら信じられない。日本に来る前はあまり感じなかったが、今ではとても素晴らしいことであるように思える。これも環境の違いか。前世はあまり余裕もなかったから余計そう思う。

 イギリスも多少は慣れたとはいえ、日本で生きて行くのも良いかもな……前世と違って英語もネイティブに喋れるようになったし就職にも困らないだろう。

 そんなことを考えている途中だった。

 

 

 ───瞬間、俺の目の前から人が消えた。

 

 

 それはオンからオフになってプツリと画面が消失したようにも見えたし、シーンが別の物に切り替わったかようにも見えた。或いは人物の書かれたレイヤーの上層を削除して背景しか見えなくなったとも表現できる。

 俺は更に周囲を見渡す。

 噴水の周りをグルグル回る子供たちも、午後の昼下がりを楽しむ老人も、先程までウサギを探して街をふらりとしていた宇治松千夜も公園にはいなかった。代わりに辺りを漂うのは不穏な空気。ひたすらに、面倒ごとの予感しかしない。

 

「お前、この町に来たばかりの転生者だろ」

 

 ふと、声がした。男だ、それも大学生くらいの。

 声がした方に顔を動かす。黒髪を短く切り、赤い双眸は光を反射して何処か好戦的に煌めいている。見覚えは無いが、第一声からして間違いなくコイツも転生者だ。

 

「誰だか知らんが、何の用だ」

「まあ一応名乗っておくか。俺は安久津優斗(あくつゆうと)。ここでは普通に大学生をやってる……新顔だから知ってっか分からないが、過激派の一人と言えば伝わりやすいか?」

「過激派……な。その話は昨日聞いたばかりだ、鰆矢からな。何でも五人組やら一廃やら、随分と血の気が多いらしいな」

 

 早速エンカウントしてしまうとは運が無い。まさか真っ昼間から仕掛けてくるとは思わなかった。こんな魔法みたいな、一般人を巻き込まない技術なんてあるなら先に教えておけよ鰆矢め。

 

「なるほど、鰆矢ね。知ってんなら丁度良い。俺はその五人組の一人、グリーン担当の男だ。不用意なお前にこの街のルールを忠告に来てやったぜ」

「……なに、グリーン?」

 

 もしかしてポケモンか?

 それにしても少し世代が古すぎる。カントー地方だろグリーンって。時代は剣盾だからな。

 俺の下らない思考など露ほども知らないだろう安久津は話を続ける。

 

「新参者に免じて教えてやろう。宇治松千夜の担当カラーは緑だから、五人組の担当色はグリーンになる。他もチノなら青、ココアならオレンジって感じにな。俺たちはそうやって推しを区別しているんだぜ。一々宇治松千夜推しなんて言葉にするのはかったるいったらありゃしねえだろ?」

 

 殆ど無意識のオウム返しだったのに丁寧にも安久津は答える。しかし、格好つかないな。完璧にアイドルオタクと同じ発想だろ。その服の内側とかにペンライトとか持ってないよな。

 

「さて、お前。今プライベートで宇治松千夜と接触したな? アレ、五人組的にはアウトなんだわ。今後は辞めて頂きたい」

「おい。この町じゃ女子小学生一人と会話しただけで文句言われるのか」

「ただの女子小学生じゃないからな。いわば彼女たち五人は特異点の中心だぜ。保登心愛は別の街にいっから関係無いが、他四人については全員ここで生まれ育っているのは確認済み。一日のルーティーンから週ごとの予定まで俺たちは把握している」

「キモイな」

 

 安久津の言い分は0から100までストーカーのそれだ。どういう人生を送ったらこうなるんだろうか。そう言う意味では若干興味は湧くが、関わり合いたくない人種だからあまり近寄りたくはない。もしもコイツが有名人なら文春砲食らってその来歴が雑誌に載る可能性あるだろうに、そしたら読んでやろうと思う。

 

 阿久津は両手を上げて、軽薄な笑顔を取り繕った。

 

「ひっでえの。だってここはアニメの世界だぜ? 好き勝手やってナンボだろ?」

「どういう意味だ?」

「どうもこうも、そのまんまだよそのまんま。俺たちの人生はもう終わってんだから、ここはボーナスステージみたいなもんだ。マリオで言えば土管で降りた先の、コインが大量に浮遊するあの空間。そこじゃコインを幾ら取ろうがスルーしようがプレイヤーの自由だろ。それと同じってワケよ。プラス俺たちは神から特典なんて言うボーナスも支給されてるんだ、この世界のどんな人間よりも上位互換なんだよ。お前も転生者っつーなら分かんだろ?」

 

 何がだ、と言おうとした俺の口はそのあまりの自己中心的思考の前に閉ざされた。

 

「アニメの中に転生して好き勝手やれる能力を与えられてるじゃん。これは神が俺たちが何をやっても許すと免罪符を与えたのと同じだ。俺はそう思うし、まあ穏健派に過激派認定されてる連中も大抵はそうなんだろうと思うぜ」

「……狂ってるな」

「合理的な判断だと思うがな俺は」

 

 一切恥じることも無く安久津は言い放った。

 コイツはこの世界を自分の前世と同じ世界だと思っていない。飽くまでここはアニメの中の世界であって、人によって創造されている世界だと思っているのだ。恐らくだが転生者以外の人間をNPCのように考えているのだろう。しかも質の悪いことに、神からの特典を特権だと信じ込んでしまっている。

 当然、それに頷くほど軟な心は持っていない。

 

「悪いが同じ中学校だからな。クラスも同じなら会話する機会もあるだろ。その忠告には従えない」

「……後悔するぜ?」

「はあ?」 

「知ってるか? ここは封時結界っつー便利な空間の中だ。リリカルなのはのミッドチルダ式の魔法だぜ……まあ俺はそう詳しくないんだがな。何でも時間信号をズラすとかして、結界内で起きていることを外部から視認できないようにする上に、どれだけ周囲の物を壊しても現実にも影響が出ないんだとよ。体よく人除けも出来るし便利過ぎて禿げるぜこんなの。まーつまり、今から俺がお前をミンチにしても助けは来ねえってこった」

 

 興奮した面持ちで仰々しく語る。全くオーバーな身振り手振りだ。

 

「これが最後の忠告だ。宇治松千夜だけじゃない、原作キャラに関わんな」

「そうか。断る」

「余裕なつもりか? もしやお前も戦闘系の能力を貰った口か?」

「さてな」

「言う気はない、と。なら、残念だがここでお前の人生ゲームオーバーだぜ。炎よ(kenaz)……」

 

 熱く、周囲の気温が燃え上がるように上昇した。豪ッ、とバックドラフト現象みたいに勢いよく飛び出すと指向性のレーザーが俺へと向かってきた。反射的に半身で避ければ、背後の家が聞いたことも無い爆音と共に巨大な火柱が上がる。……これがコイツの神から与えられた特典と言う訳か。

 

巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)

 

 爆風の向こう側で、安久津は楽し気に目を細めた。

 安久津の両手には今にも酸素に引火して爆発しそうなほど火力の高い炎が棒状に固められ、剣のように成形されたものが握られていた。剣からは微熱が周囲に飛び散り、落ちていた枯れ葉に引火するとパチパチと音を立てる。

 

「これを躱せるか……そりゃ太々しい態度を取っていられるわけだ」

「お前、その炎剣……知っている。ステイル・マグヌスの魔術だな」

「おっと。流石に一話から出てくるキャラの魔術だし知名度はたけえか。つっても魔女狩りの王(イノケンティウス)も出してねえのに良く分かったな」

 

 ステイル・マグヌスといえばとある魔術の禁書目録で登場する人物だ。炎を操る魔術師として作中では様々な活躍を見せる。

 容姿こそ平凡な日本人、それこそ上条当麻の方がまだ近い見た目をしているこの男はとあるの魔術のみを特典として貰ったのだろう。

 

「こんな世界に魔術を持ってくるとは、野蛮だな」

「何でもくれるっつってんだ。二度目の人生で暇を潰せる玩具は欲しいだろ?」

「玩具、か」

「そうだ。それに他にも転生者がいるのを知った時は予想外だったが、同時に俺にとっては丁度良かった。なんせこの魔術を使ってバトれるんだからよ」

 

 そう言って愉快実に犬歯を剥き出しにして嗤う。力を振るえることが楽しく楽しくて堪らない、そう言いたげなほど歪な笑みを浮かべて。

 

「安心しろ。幾ら熱いったって白色矮星みたいに5万度とか10万度とかある訳じゃねえ。たった摂氏3000度、原爆の爆心地の表面温度くらいだぜ。肉は炭化するだけで地面に残るし、骨もそもそもたった3000度くらいじゃ燃えやしねえ。ガラスみたいに表面がすべすべとした、そりゃもう綺麗な石みたいになって地面に転がるだけだ。お前が生きていた証は残るってワケ」

「アンタ、まるで実際にその光景を見てきたかのように語るな」

「ははははは! お前馬鹿か! 当たり前だろ。ヤンキーの自慢じゃねえけどこの街に来てから邪魔な奴は何人も消したぜ。そしてお前もその一人だ、墓くらいは作ってやるよ。あばら骨を砂場に刺してな!」

 

 奴の有難い長話を聞きながら冷静に俺は作戦を練る。

 こういうのは幻想殺し(イマジンブレイカー)の役割だろうが、生憎と俺にはそんな特別な能力は無い。そもそも俺は普通の家庭に生まれ、普通に生きて、そしてこの場にいる。こんなの、常識的に立ち向える訳がない。

 にじり寄る死の気配に心臓の鼓動がバクバクと加速する。

 

 あの炎。きっと安久津の言う通り、避けきれずにちょっと右手の人差し指とかが当たるだけでも人体は発火してそのまま全身火達磨になるだろう。火達磨どころか爆発四散してもおかしくない。先程のレーザーに命中した建物がその証左だ。人間の身体などチリ紙みたいに、一瞬で燃す威力が秘められている。

 近づこうにも安久津の両手には炎剣がある。安易に踏み込めば火の付いたマッチ棒を水素気体に晒したみたいに、ボンッ、だ。だがこのまま突っ立っていたらあのレーザーの良い的でしかない。

 

 開けた公園前の道路に身を隠せそうなものも存在しない。更に運が悪いことにここは木造りの建物が多いから、建物の影に隠れるのも出来ない。

 

 再び眼前が瞬く。理解するよりも前にも身体が動いたのは直感にも等しい。前方へとゴロゴロと転がり込む。刹那、俺の真上を尋常ならざる二本の炎が通り過ぎた。

 目線を上げて、安久津との距離がさっきよりも狭まっていることに気付く。クソ、今のは目くらましか!

 

「───灰は灰に(Ash To Ash)塵は塵に(Dsut To Dust)

 

 流暢に出てきた言葉は、俺でも聞いたことある有名な一説だ。魔女狩りの王(イノケンティウス)を除けば前世でも最も知名度があるだろう魔術。ステイル・マグヌスの十八番。

 

 ……やるしか、ないのか。

 

「──────吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!」

 

 二本の炎剣が左右から襲い掛かってくる。数瞬後には俺の命を断ち切る形をした炎剣は、スローモーションとなって俺の身体を焼き切ろうと動く。そして二つの剣が交錯した瞬間、ぶつかり合ったエネルギーが周囲へと発散し、導線に着いた火が根元まで達したダイナマイトみたいに巨大な爆発を巻き起こした。

 

 俺は、堰を切ることを決意した。

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 手に職を。

 そう思って神に願った『逸脱した身体能力』。何かしらのスポーツでエリートアスリートになれれば、その後の人生は簡単だと思った。

 

 最初は野球でもサッカーでもバスケでも何でも良いと思った。才覚には自信があったのでとにかく稼げるようにとスポーツの中でもトップクラスに年俸の高い人が多いサッカーを選んだ。特にイギリスはヨーロッパでも屈指のプレミアリーグもあって、成長環境としても完璧だ。

 

 だが強豪チームの下部組織に入る前に地元の小さなサッカークラブに属して、すぐに気付いた。

 逸脱した身体能力なんて存在しない。走ってもその年齢では平均レベルの足だったし、持久力も殆ど無く試合をすれば他の子どもと同様すぐにバテた。

 

 最初は神という存在が、俺への恩恵を取り違えたのかと思った。望んだ家庭環境は得られたのだからその存在自体を疑うことはしなかったが、それでも不手際があったのだと思い込んでいた。

 

 ある日、公式試合が行われた。俺は何とかフォワードとしてスタメン出場したが結果を出せず、残り5分になっても0対0の状況だった。

 点を取れないフォワードに価値はない。

 特典が無くともやってやると意地になってぐずぐずとプロを目指していた俺にとって、その試合は非常に重要なものだった。しかし時間はない。チャンスはあって後一回。

 

 その時。俺は無意識にアクセルを踏んだ。それが何かは分からぬまま、グングンと俺の足は速くなり、ドリブルも軽快に決まるようになった。

 ふわふわとした気分だった。まるで自分が作り替えられたような、新しくパーツが組み込まれたような、そんな異物感もあった。

 

 試合はそのまま六人を抜いてゴールにボールを叩きこんだことで俺のチームの勝利で終わった。結果から言えば最良だったのだろう、だがその頃になって漸くこの意味に気付いた。

 

 逸脱した身体能力。

 それは、自らの意志で身体を作り替える能力と拡大解釈されたのではないだろうか。端的に、rewriteという作品で天王寺瑚太朗が使っていたリライト能力を知らぬ間に俺は使用してしまっていたのではないのかと。

 

 試合後にボールを触ってその疑惑は確信へと変わる。

 試合前までは出来なかったことが容易く出来るようになっていたのだ。あのスーパープレイは火事場の馬鹿力ではなく、必然だった。逆に以前までのプレイは出来なくなってしまった。自分の身体能力を書き換えたことによって、最早身体の構造が以前とは別物になってしまったのだ。

 

 リライト。上辺だけ見ればこの能力は万能で、最強だ。上書きすることによって基本的に何だってできる。足を早くすることも、羽を生やして飛ぶことも、何だって可能だ。しかしそれと同時に俺は知っていた。この能力は使えば使うほど命が削られる諸刃の剣だと。

 仮にもし、俺がサッカーでプロになったとしよう。すると俺より上手いプレイヤーに出会ってマッチングするたびに俺はこの能力を使ってしまう。予感じゃない、これは運命だ。きっと俺はアスリートとして全力を尽くそうとして、再びアクセルを踏んでしまう。その先に待ってるのを考えると、俺は怖い。

 

 結局この試合を期に俺はサッカーを辞める事になる。万が一にもこの能力を使わないように、今世こそは平和に過ごせるように。

 

 

 

 

 

 

「ふー直撃。こうやって身体動かすとスッキリすんなマジ」

 

 煙が靡く中、満足げに安久津はそう呟いた。

 爆心地は直径5mの穴ぼことなり、その衝撃の凄まじさを物語っている。爆炎が霧散した後も黒煙が立ち上って周りを確認することは出来ない。

 目隠し状態の中、俺は自身の皮膚を触ってみて異常が無いか確かめてみる。触れても痛みはない。高温によって爛れた様子もなく、火傷もなさそうだ。服だけはボロボロだが……生きているだけマシと思おう。

 

 ───上手く、行ったみたいだな。

 

 最後に手をグーパーと交互に握り締め、跳躍して穴から抜け出した。

 

「さーて、帰るか。腹も減ってっし、今日は牛丼だな」

「おい、帰宅間際で悪いがまだ死んでないぞ」

 

 声を掛けて初めて安久津は俺の生存を知ったようで、動作を止めて大きく目を見開いた。

 

「な、はぁ!? お前、あの爆発をモロに受けて何で生きてんだよ!? 死ねよ! ゴミカスが! 今のは五臓六腑を散らして死ぬとこだろうが!」

「ガキみたいな奴だな、アンタ」

 

 その姿はさながらFPSや格ゲーで負けて罵詈雑言を吐き捨てる民度の低いプレイヤーみたいだった。まあ現実を現実と思えない幼稚な思考回路を持った人間だ。単純に精神年齢が低いのだろう。

 唾を盛大に飛ばしながら安久津は親の仇でも見るかのように俺のことを睨んだ。

 

「あー分かった分かった! 燃え足りねえってなら何度でもやってやるぜ!」

 

 安久津は手で空を切ると、再び炎剣が握られている。

 武器を持った安久津に対して俺は一歩ずつ近づいて行く。確実に距離は縮む。

 

「消え失せろ!!」

 

 三歩。それが俺と安久津の間に残された距離だった。安久津がその間合いを一気に詰め、次のフレームで水平に炎剣が振り抜かれる。

 炎剣は確かに俺の横っ腹へ当たった。摂氏3000度を誇る灼熱の刀身、さっきまでの俺なら確実に灰燼に帰していたことは間違いない。

 

 だが、俺の身体には何も無い。燃えることも溶けることも灰になることもなく、ただ一つの傷跡すら存在しない。

 種明かしをすれば俺の唯一の能力、リライトによるものだ。それを駆使すれば爆発エネルギーを受けても一切動じない程度の鋼のような肉体も、摂氏3000度を優に殺す耐熱の身体も簡単に手に入る。無ければ上書きする、それがこれの本質だ。

 リライトの代償を知っている以上無暗に使いたくなかったんだがこればかりは仕方が無かった。あの爆発は安久津の言葉通り凄まじいものだ。巻き込まれていたらそれこそ無残なオブジェクトと化していただろうしな。

 

「な、な……………………!?」

「さて、次は俺の番だ」

 

 既に俺と安久津の距離は無い。

 俺は拳を握り締めて、ほんの少し書き換えを行う。ただの男子中学生でしかない俺の貧弱な拳を、ミドル級チャンピオン程度の拳にリライト。

 

「ま、待っ」

「アンタじゃ俺に勝てない」

 

 俺はそのまま拳を真っすぐ打ち抜いた。比喩抜きで世界を狙えるだろう綺麗な右ストレートは安久津の顔に突き刺さって、安久津は脱力したようにふにゃふにゃと地面へ倒れ込んだ。脳震盪だ。

 

 ……これで、決着だろ。

 

「おい、結界を維持してるアンタ。いるんだろ。コイツを回収してとっとと消えてくれ」

 

 封時結界が解けないので試しに虚空に呼びかければすぐさま反応があった。金髪の少年が空から落ちて、膝を伸ばしたままで重力など存在しないかのように着地をする。渋い緑色の街頭に頭にフードを被っているから顔は良く見えない。

 

「アンタも五人組か?」

 

 少年はその言葉を無視して面倒くさそうに安久津を担ぐと再び建物を飛び越して何処かへと飛んで行った。余り間を置かず結界は解かれ、周囲の人影が急に戻る。

 あの少年。相貌は上手く確認できなかったがユーノ・スクライアに見えた。あり得ない話ではない。昨日はフェイト・テスタロッサだっていたのだから、他にそういうのがいても全然不思議ではない。

 

 ……疲れた。もう帰ることしか考えられない。必要に迫られたとは言え命を削ってしまったせいで正直ナイーブだ。

 

「やあアルヴィン。今日は良い天気だね」

「……鰆矢。何の用だ?」

 

 背後から声を掛けられる。誰かと思えば鰆矢だ。

 

「何の用って酷いな。フェイトから結界が張られたという連絡を受けてさ、何事かと来てみれば君がいたんだよ。何だかボロボロみたいだけど何があったの?」

 

 鰆矢はボサボサと髪を掻きながらこちらに目を遣った。連絡を受けて来たと言うのは本当なのだろう、その証拠に鰆矢の額には汗が滲んでいる。余程急いできたのだろう。

 

「一言で言えば恐喝された」

「恐喝?」

「宇治松千夜と接触したんだが、それが気に入らなかった五人組の安久津って奴から恐喝されて拒否したら戦闘になった」

「アルヴィンってまだこの街に来て二日目なのに運が良いね。いやこの場合悪いのかな。まあ良いや、ともかくお疲れ様。その様子だと一応勝ったんだよね」

「ああ」

 

 命を張って掴んだ勝利だった。文字通りの意味で。

 

「ところでもう帰って良いか? 今日はもう、疲れた」

「あー待って。詳細な事情聴取……はそんな嫌そうな顔をするなら後日で良いけどさ。これ、僕の連絡先。後で連絡するから」

 

 そう言ってスマホを操作して鰆矢はQRコードを俺へと掲げた。チャットアプリで読み込んで友達登録をすれば良いんだな。

 ……あ。

 

「悪いな。スマホ、家に置いてきた」

「あちゃー……ならそうだね」

 

 少し困ったようにスマホを仕舞うと代わりにメモ帳を取り出して、ボールペンでサラサラと書き始める。ピりッと書き終えたページを破ると俺へと差し出した。

 

「これメルアドだから。家帰ったら絶対送ってくれよ。君とはまだ色々と話すことが出来たから」

「ああ。分かった」

「うん。君は五人組に目を付けられたからまた何かアクションを起こされるかもしれない。だから本当に気を付けて帰るんだ」

「……どうも」

 

 鰆矢から背を向ける。

 ……過激派グループから目を付けられた、か。本当に今日は厄日だ。

 考える事は沢山あるがリライトを行使した為に脳味噌が上手く働かない。鰆矢にも言った通り今日は大人しく休もうと思う。

 

 異国(故郷)の空は依然と明るく、爽やかだった。

 




どうでも良いけど店員にタメ口な人って何か嫌ですよね。

無茶苦茶な設定マシマシ短編でした。
こういう転生者複数ものが読みたい。


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