幽波紋の奇妙な幻想 《Drifted Destiny》 (右利き)
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1.Drifted Stardust
1.エメラルド・スター


「初めてにしては それなりにできたな」


と吉良吉影に褒められたい、"右利き"です。

以前からジョジョ×東方がかなり好きで、ついに"やって"しまいました。

タグに既にありますが、かなり遅い更新となるのはご容赦ください……。




「くらえッ! DIOッ! 

半径20m エメラルドスプラッシュをッ!」

 

「マヌケが…… 知るがいい……………

世界(ザ・ワールド)」の真の能力とは…まさに!「世界を支配する」能力だということを!

 

 

        「世界(ザ・ワールド)」!!」

 

 

ドォウゥン

 

 

   

ド ッゴォアァーーーーッ!

 

 

____________________

 

わ……わかった……ぞ…

な…なんてことだ………… やつは…………

 

 

 

 

メ…ッセージ……で…す… これが…せい…いっぱい…です

ジョースターさん 受け取って…ください…伝わって………ください……

 

 

 

____________________

 

ここは……暗い…

 

身体が…動かない…

 

それに……異様に冷たい…… 僕は違うが……冷え性の人々はいつも…こんな感じなのだろうか……

 

最後の…"エメラルドスプラッシュ"………

ジョースターさんは…メッセージを受け取ってくれただろうか……

ジョースターさん達はやつに……DIOに勝てたのだろうか……

…生き延びたのだろうか……

ホリィさんは…… 承太郎は…… ポルナレフ……

 

典明と()()は…ダメだったが、彼らには生き延びてほしい…

典明の、17年の孤独を埋めてくれた…みんなには…

数十日の間だったが…苦楽を過ごした唯一の"仲間"である、彼らには…

 

 

_____僕は…何を言って……?

 

 

 

 

____________________

 

 時は、新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のように、爽やかな午前6時35分。

 場所、それは人体に影響を及ぼす特殊なキノコの胞子が舞う、鬱蒼(うっそう)とした森の中。

 黒い服、黒い三角帽子、白いエプロンで身を包んだ、ハロウィーンでの魔女の仮装を連想させる容姿をした金髪の少女が、箒を木に立てかけ、籠を片手にキノコを採取していた。

 

 

「ん〜……こっちかなぁ〜」

 

 

 少女は赤や青の入り混じった、明らかに普通ではないキノコ2本を見比べ、大きいと判断したものを籠に入れる。それから更に4本ほど、別種のキノコをもぎって籠にヒョイッと放り込む。

 

 

「……ぃよっと。さ〜て、そろそろ帰りますかぁ〜」

 

 

 少女は両腕を上に、そのまま背筋をぐっと伸ばすと、腰を叩きながら箒を手に取る。そして箒に跨がる(またがる)と、キノコでいっぱいになった籠の持ち手を箒の柄の先に掛けた。

 この動作、他所から見ればかなりシュールであり、多くの人は正気を疑うだろう。おいおい、冗談は格好だけにしておけ、と。しかし、彼女に於いては、これは冗談などでは断じてない。

 何と、少女を乗せた箒は"ひとりで"に浮遊し始めたのだ。決して速くなく、加速し切る前のエレベーター程度のスピードで上昇し、2mを超えた辺りで、急発進する。上昇はあまり速くなかったが、前に飛ぶ速度は自動車のように時速40kmは出ているだろうか。

 しかし、ここは森の中。木々は無作為に突っ立っている。そんなにスピードを出して危なくないのか?否、ここは彼女の庭。ホームグラウンドのようなもの。降りしきる雨を避ける羽虫の如く、軽々と、難なく衝突を回避していく。

 

 いつもと何ら変わらぬ森の景色。少女は周りの風景にほとんど目も暮れず、ほぼ感覚のみで箒を操作する。

 

 

(最近な〜んにも面白いことないな…このまま帰っても、

自分がやりたいと思ったことではあるが、昨日、一昨日と何にも変わらない作業……)

「何かでっかいこと起きてくんねぇーかなぁーーー」

 

 

 ハァ…と息を漏らす少女は、帰る先に待っている退屈にうんざりしながらも箒の運転をやめずに前に進む。

 しばらくすると、一軒の建物がうっすらと見えてきた。あれは"霧雨魔法店"。彼女が経営する店(様々なものを売っており、何か象徴的な品物はない)であると同時に、自宅なのだ。この家のある森自体、あまり明るいイメージではないものの、この建物だけは決して暗いイメージを思い起こさない、目につくデザインをしている。

 

 

(おっ。見えた見えた)

 

 

 少女は箒のスピードをほんの少しだけ落とす。そして不意に、何も意図せず、何を思った訳でもなく下を見てみた。すると、そこには…

 

 

「!!」

 

 

 減速したとはいえ、かなり通り過ぎてしまった少女は箒に乗ったまま後退する。先程見えた、普段の景色にはない、異様な()()。それを確かめるために。

 ゆっくりと後退し、少女は一瞬だけ見えた()()()再び目にした。

 

 

「…なっ!なんだこれ!?」

 

 

 そこには人型の、まるで光ったメロンのような()()()が倒れこんでいた。所々に白い鎧のような()()()にブーツやグローブといった、アメコミのヒーローにいそうな風貌である。何だ、こいつは。人なのか、植物なのか、それとも……

 少女はその物体の頭部と思われる部分から、足と思われる部分の先までを撫でるように目で観察する。

 

 

「……こんな()()は見たことないな。ん〜。

もう死んでるのか?」

 

 

 そう言って物体の胴体を叩き、揺らす。しかし、反応はない。少女は観察のために曲げた背を伸ばすと、家を見ながら呟いた。

 

 

「ま、死んでたら実験にでも使うかっ。

いや、その前に…()()()にでも見せよっかな〜っ」

 

 

 そう言うと、謎の物体を箒の、自身の座る部分よりも少し後ろにくくりつける。そして再び浮遊し、家へと飛び出したのだった。

 

 

 

____________________

 

エメラルドスプラッシュ!!

 

ひきちぎるとくるいもだえるのだ 喜びでな!

 

 

     僕は自分を知っている バカではありません

 

 

死をもってつぐなわせてやる

 

お仕置きの時間だよ ベイビー

 

      勉強不足だな

 

  ニ度とあの時のみじめな花京院には戻らないッ!

 

          パン ツー まる 見え

 

 

     「魂」を! 賭けよう!

 

 

____________________

 

「ハッ」

 

 

 彼は目覚めた。彼自身、今後目覚めるハズはない、と思っていた。しかし、()()()()()()()()。思い出か、夢なのか、それとも入り混じった、どちらでもあるのか。様々な言葉が彼の脳裏に焼き付いている。しかも、どれも身に覚えがある。しかし、これらいずれも彼自身が放った言葉ではない。放ったのは、彼の()()であるからだ。

 

 

(夢だったのか…)

 

 

 彼は上半身を起こし、あることに気付く。

 

 

「これは……ベッド……?そして……建物の中か?」

 

 

 彼は身の周りを見渡す。色々な道具や植物、薬物なのか、よくわからない液体の入った瓶などが散乱している。家主は()()()()()()に何とも思わない人物なのだろうか。いや、きっとそうだろう。

 

 

「……何にせよ……状況を確認しなければ……」

 

 

 彼はベッドからのそのそと鈍臭く出ると、フラつきながら部屋のドアを開ける。一階ではなかったようで、扉の目の前には下りの階段があった。彼は手すりに掴まりながら下った。下り切り、フロアの床に足をつくと、再び周りを見渡した。上の階よりかは整っており、物品が棚のなかにしっかりと収納されている。

 

 

「ここは……店……なのか?」

 

 

 彼はフラフラになりながらも、階段近くのカウンターの端に手をつきながら歩を進めると、カウンターの後ろにロッキングチェアに揺られながら眠りこける少女を見つける。

 彼はカウンターに両腕をついて体重を支えながら少女に声を掛けた。

 

 

「……そこの君っ。悪いのだが、僕の質問に

答えちゃあくれないか……」

 

 

 一気に声を絞り込み、文を吐き出すも、少女は起きない。

 

 

「すまないがッ……起きてくれ……」

 

 

 やはり起きない。すると、彼はカウンターについていた右腕を少女へ伸ばす。カウンターから少女まで、それなりに距離があり、普通の人間の腕では到底届かない。そう。()()()()()であるならば。

 すると、伸ばされた彼の腕は突如、無数の糸、もしくは触手のように枝分かれし、少女の椅子へとぐんぐん伸びていった。そして背もたれを掴むと、この時の全力をもって後ろへ引き倒した。

 

ガタン!!

 

 ロッキングチェアは後ろに引かれた反動に耐えきれず、スリップし、少女もろとも後ろへ倒れてしまった。

 

 

「……()ってええええッ!!」

 

 

 倒れた少女は勢いよく起き上がり、引かれた方に目をやる。

 

 

「一体誰がこんな……ッ !?」

 

 

 椅子の背もたれを後ろに引いた人物を叱り飛ばそうと思っていたが、そんな気持ちは一瞬で消えた。さっき拾ったこいつ。生きていたのか!

 

 

「お前ッ!生きてたのか〜ッ!」

 

「……まぁね」

 

 

 少女はカウンターを飛び越えると、緑のこの生物をまじまじと見る。

 

 

「お前…すごいな。さっきお前を家の近くで

拾ったんだけどさ。その時に腹にこんなバカでっかい穴が空いてたんだぜ!」

 

 

 そう言って彼女は手で中学生用のサッカーボールくらいの大きさの円を宙に描いた。それを彼は"ほぼ"何も見えていない状態で話を聞いていた。しかし、限界は早くも訪れ、床に勢いよく倒れ込んでしまった。

 

 

「おいッ!お前まだ完全に治ってねぇんじゃあねぇか!」

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 

「よっこいせっと。まだ寝とくんだぞ。お前には聞きたいこと色々あるし。」

 

 

 少女は彼の肩を支えると、二階への階段を上り始めた。ここで、少女、あることを思い出した。この者、非常に軽いのだ。自身よりも身長が20cm近く高いというのに、運んで来る時や持ち上げる時に思っていたほどの負担を感じなかったのだ。

 

 

「お前、えらい軽いんだな」

 

「見ての通り……あまりガッシリとした体型では

ないからね。それに……」

 

 

 言い終わるよりも先にベッドに降ろされる。しかし、優しく、ではなくドサッと雑に落とされた。

 

 

「………ありがとう。君が助けてくれたんだな……」

 

「まあな。ホントは実験に使おうと思ってたんだけど。」

 

「……そう……なのか……」

 

 

 少し引き気味に彼は答えた。そして寝かされたまま、彼は少女に問う。

 

 

「ここは……どこなんだ?」

 

「ここか?ここは私の……じゃあないか。お前が聞きたいのは」

 

 

 そう言いながら少女はベッドの近くに椅子を引っ張ってくる。あまり使われていなかったらしく、かなりホコリを被っている。彼女はそれを手で軽く(はた)いて座った。

 

 

「ここは幻想郷。外から隔離された、

忘れられたモノが流れつく……ま、世界って感じかな」

 

 

 その言葉を聞いた時、彼の頭に衝撃が走る。

 

 

「何っ?()()()()()……?」

 

 かなりのショック。今までで体感したことのないほどだ。彼はかつて数人の仲間たちと旅をしていた()()()()だ。忘れられた……まさか、彼らに……仲間に……?

 

 

「何だ……?えらい神妙だけど……」

 

「……」

 

「まぁ、落ち着けって。ここに来る理由は、何もそれだけじゃあないからさ。」

 

「!」

 

「例えば……

そうだなぁ〜っ。以前死んじゃった、とか?」

 

 

 それだ。それも心当たりがある。自身、というより自身の本体はかつて、強敵DIOとの戦いによって死んでいった。おそらくそれが原因だ。間違いない。いや、()()()()()()()()()

 彼の胸は今、存在はしないが、心臓が胴体を破って出てきそうなほど、緊張している。

 

 

「まぁでも、

忘れられて来る、だなんて()ぐらいさ。多分だけど、

アンタは違うと思うよ」

 

「だと良いが……」

 

 

 力なく、無気力な返事を聞いた少女は椅子から立ち上がると、俯く彼に手を出した。

 

 

「気に病んでても何にもならないからさっ!

ウチの助手をやらないか? 悪いようにはしないぞ」

 

「助手?」

 

「ああとも。一目見たときから気に入ったんだよ。

お前のことをな。そして、私は色々やってるぞ。薬の調合、

道具の開発、魔法の研究。絶対楽しくなるッ!」

 

 

 彼は目を輝かせながら話す彼女を見つめる。ああ、似ている。典明にもこんな仲間が…特にはっちゃけているポルナレフに似ている。少し気になる単語があったが、今はそれを()()のは野暮だろう。

 彼は()()()()()でフッと笑うと、彼女の手を握った。

 

 

「……楽しそうだ。ものすごく。

それじゃあ………これからよろしく頼む、としようかな。」

 

「おお!よろしくな!私の名前は霧雨魔理沙!

お前の名前は?」

 

 

 

「僕の名は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)。故 花京院典明の…幽波紋(スタンド)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




記念すべき第一話、どうだったでしょうか……

なぜ、ハイエロファントが喋れるのか……
これから彼はどうなるのか……

それは次話!明らかになるでしょう!

to be continued⇒


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2.幽波紋の人格

まだ時間軸の設定をできていなかったので、この場を借りて……

本編は永夜抄"前"の話となっています。好きなキャラクター多いのも理由ですが、いずれ色々と判明します。

早くスタンドたちと絡ませたいのですが、いつになることやら……
素数を数えて落ち着く……




 魔理沙に介抱され、何とか身体を動かせるようになったハイエロファント。彼は今、魔法店の前を箒で掃除している。拾われてから、早6日。魔法の研究や薬の調合など、誘われたときに言われたことは全くやれていない。

 ()()()()()いることといえば、掃除、洗濯、料理など、いわゆる雑用。

 

(助手と言われた覚えはあるが……いつの間に家政婦になったんだ?僕は)

 

 1日、2日程なら何とも思わないかもしれないが、住み込んでおよそ1週間。何にも音沙汰がないと、どうしてもこう思ってしまう。

 落ち葉を箒で掃いて集め、ちりとりに乗せた後、店の裏まで持って行って棄てる。その後、ちりとりと箒を片付けた後、首から下げた懐中時計を見やる。

 

 

「午前7時40分。そろそろ起こさないとな……」

 

 

 そう呟くと、ハイエロファントは店に入り、二階へゆっくり上がる。目の前のドアを軽く3回ノックした後、できるだけ()()()()ようにしてドアを開けた。部屋に入った彼がベッドを見ると、グシャグシャになったシーツの上に乱れたパジャマに身を包んで、無防備に、気持ち良さそうに魔理沙が寝息を立てていた。

 ハイエロファントは近くに転がっているフライパンとオタマを手に取ると、カンカンッ!と鳴らして彼女を起こす。

 

 

「ほら、朝だ。朝食もできてるぞ。()()()()()()()()か何か知らないが、やることがあるんだろっ」

 

「ん〜〜……あと少し……」

 

「そう言って少しで起きないんだろう?まだ1週間ほどしか共に過ごしていないが、僕にはわかるぞ」

 

 

 そう言ってハイエロファントは強引にシーツを引っ張る。魔理沙も少女ゆえに体重は軽く、シーツを引っ張られた勢いで豪快に床に落ちる。

 

 

()ってえええッ!何するんだよッ!」

 

「目が覚めて良かったよ」

 

 

 頭から思い切り落ちた魔理沙がハイエロファントにキレるも、知らんフリをして階段を下った。数分後、髪は寝癖でグシャグシャのままだが、着替えた魔理沙が階段を下りて、カウンターの前に持ってこられた椅子に腰を下ろす。

 

 

「今日はシンプルに目玉焼きだ」

 

「ああ。すごいシンプル。何か言うところといえば…卵黄がめちゃめちゃ綺麗な円ってとこだ」

 

 

 魔理沙はそれがハイエロファントの腕前なのかどうかよくわからない点を褒めると、「いただきます」と合掌し、フォークを突き刺してかぶりつく。うん。かなり上手い。おそらく焼いている際中に胡椒を混ぜたんだろう。咀嚼するたびに香ばしさが口内に広がる。

 5口ほどで完食すると、横に置かれたコップを手に取り、中の牛乳を一気に飲み干す。そして「プハァッ」と息を吐くと、再び合掌。ハイエロファントは空になった皿とコップを取り、カウンターの奥にあるキッチンでそれらを洗い始めた。

 

 

「なぁ、ハイエロファント。この前さ、自分のことを"精神エネルギーが具現化したもの"って言ってただろ?アレのこと詳しく教えてくれよ」

 

 

 背を向けるハイエロファントに魔理沙は声を張って語り掛ける。ハイエロファントは洗い終わった食器を乾燥棚に入れると、カウンターに出てきて椅子に座った。

 

 

 ハイエロファントは自己紹介の後、自身のような幽波紋(スタンド)について、自身の境遇について軽く話していた。それに魔理沙は興味をもったのである。あわよくば、自身もスタンドを使ってみたい、と。

 

 

「……君のことだから、おそらくスタンドのことを使い魔か何かだと思っているんだろうが、全然そんなことはない」

 

「え? そうなのか?」

 

「ああ。スタンドは精神エネルギーのヴィジョン。1人につき1つだけ。その人物の精神の強さがスタンドに表れる。それに何でもできるスタンドなんてよっぽどいない。まぁ、僕は、少し違うとは思うが()()だがね」

 

「そっかぁ。1人に1つね……案外不便なんだな」

 

「それはどうだか。少なくとも僕はスタンド側だからね」

 

「あ、そっか」

 

 

 会話を交わしながらハイエロファントはカップにコーヒーを淹れ、湯気が立つ中、魔理沙に差し出す。魔理沙は「お、サンキュ」と言って息を吹き掛けながらコーヒーを冷まし始めた。

 

 

「……僕にも一つ、わからないことがあってね」

 

「ん?」

 

 

 魔理沙の方から、あらぬ方向へ身体を向けながら、独り言のように呟いた。

 

 

「僕はいつから……人格を持っているのか、それがどうもわからない」

 

 

 スタンドは精神エネルギー。本体の性格や感情などに大きく影響を受けるものであり、人格を持たず、本体による操作で動くスタンドが多い中、自我を持ち、直接命令されながら動くものもいる。ハイエロファントは前者だったのだが、ここ、幻想郷に来たときか、もしくはそれよりも前から人格をもっているのだ。

 

 

「典明の記憶……そして今の、()()()()()()()()()()()()としての記憶……どちらもあるんだ」

 

「んーーー……人格をいつから持ってるか、なんて誰も覚えてないと思うけどなーーっ」

 

「それとは少し違う。……気がする」

 

「なぁんだよ。それじゃあ……」

 

 

 と言いかけてカップのコーヒーを一気に飲み干す。飲み終えた後、小さく「熱っ」と言ったが、それよりも、という感じで魔理沙が言葉を繋げる。

 

 

「私の友人のとこ、行くか?案外そういうのに詳しいかもしれないぜ?」

 

 

 友人…おそらく以前話された「幻想郷を包む結界を管理する巫女」のことだろうか。

 

 

「それって……君が前言ってた人のことか?」

 

「ああ。博麗霊夢。私を超えるような自由人というか、気まぐれというか、まぁ、お前だったら苦労して卒倒しそうなやつさ」

 

 

 と笑いながら答える。ただでさえ自由気ままな魔理沙に手を焼き気味だというのに、彼女が認めるレベルの自由なやつなのか、と思わずハイエロファントは引いてしまう。というか、自分が自由気ままだとわかっていたのか。

 

 

「……まぁ、今は別にすることもないし、「知ってどうにかする」というわけでもないが、それでいいかもしれない。その子のいるところまで連れて行ってくれ」

 

「おうし。わかったっ。それじゃあ、準備するから外で待っててくれ」

 

 

 魔理沙はそう言うと、洗面所のあるカウンターの奥へ向かっていった。

 

 

(あの爆発した寝癖……直すのにかなり掛かるだろうな……)

 

 

 ハイエロファントは、彼の本体である花京院典明は男子の割にはそれなりに髪が長く、起床後に寝癖を直そうと朝から鏡の前で奮闘していたことがあるのを思い出していた。

 特にやることもなく、いつでも行ける準備はしてあったようなもののため、彼女が寝癖を直すまで突っ立っているのも何だと思い、魔理沙を追って洗面所に向かった。

 

 

 

 

13分後__________

 

 

「よしっ。それじゃあ、行くか!」

 

 

 いつもの帽子を被り、いつもの箒に跨る。そして、「お前も跨れよ」とばかりにハイエロファントに振り向いて自身の後ろのちょっとしたスペースをポンポンと叩く。

 

 

「大丈夫だ。魔理沙。僕は僕で()()()

 

 

 そう言うと、ハイエロファントの身体はゆっくりと浮き上がった。

 

 

「おお…すごいな。何もなくても飛べるなんて羨ましいぜ。でも、やっぱりこっちにしといた方がいいぜ?」

 

 

 再びポンポンと柄を叩く。そう。魔法の森での軽々しい行動ほど愚かなものはない。魔理沙は性格に合わず、それをよく知っている。この魔法の森には人体に影響を及ぼす特殊なキノコの胞子が舞っているのだ。

 ハイエロファントよりも長くここにいる魔理沙は、胞子が「最も少なく飛んでいるルート」を知っている。

 

 

「ここらは毒のあるキノコの胞子が舞ってるんだ。もちろん、上空()にもな」

 

 

 上を指差して忠告する。ハイエロファントは宙を見上げ、少し考えると地上に降りると、魔理沙の箒に跨った。

 

 

「それじゃあ、こうするしかないみたいだが、君はどうやって行くんだ?」

 

「まぁ、見てろってッ!」

 

 

 と言った瞬間、箒は急発進し、とてつもないスピードで木々を避けて移動し始めた。

 

 

「くっ……なんて……スピードだ……」

 

 

 ハイエロファントはそのスピードによる負担で後ろに吹き飛ばされそうになりながらも体勢を何とか保ち続けている。

 どれだけ経ったのだろうか、ハイエロファントは箒から離れないようにするのが精一杯で全く時間を気にしていなかったが、()()()()()()()()()()()()。しかし、スピードはそのまま。胞子なのか、霧なのかよくわからないボヤケが視界から消え去ると、2人はかなり高い、森の上空にいた。

 

 

「いつの間にこんなに高くまで……!」

 

「さぁっ!ハイエロファント。あそこに見えるだろ?神社がっ!あそこにいるんだぜッ!もっと飛ばすから、掴まってろよッ!」

 

「なっ……何ッ!? うわああああーーーーッ!?」

 

 

 箒は更に加速し、ハイエロファントは今度こそ後ろに吹っ飛ばされた……

 

が、既に自身の脚を紐状にほどいて箒の柄に巻きつけておいたため、完全に振り落とされずには済んだのだった。

 

 

____________________

 

 

 この時、博麗神社では、縁側で1人の少女が縁側で茶をすすっていた。

 

 

「はあ〜……平和ね。退屈なのは嫌だけど、こういう時間もやっぱり好きだわ〜」

 

 

 と、まったりしている彼女こそ、この幻想郷の結界の管理者たる博麗霊夢である。紅と白の服、リボンを身につけ、強めの日差しに当たりながら偶にやってくるそよ風を感じている。

 

 

ーーーーーッ!!

 

 

「ん?」

 

 

 突如聞こえた何かの声。何かをずっと叫んでいるようで、音が延びている間、聞こえる音がどんどん大きくなっていく。

 

 

「なっ 何?」

 

 

むーーーーーーーッ!!

 

 

 霊夢は不意に視線を上げた。この声、聞き覚えがある_____!

 やつだ。黒と白の服を着た、あの……

 

 

「おおーーいッ! 霊夢ううーーッ!!」

 

「まッ! 魔理沙ッ!? って!嘘ッ、突っ込んでくるの!」

 

 

 箒に跨った魔理沙は一切減速することなく霊夢のいる方へ向かってきている。しかし、鳥居を高速で抜けたところで、急停止した。後から遅れてやってきた風が、前にいた霊夢の体を強く打つ。

 

 

「ぃよっ! 元気か? 霊夢」

 

「よっ、じゃないっ!危ないじゃない!」

 

「大丈夫だってっ。私の()()()()()()()()()()()()があればなっ!そう思うだろ?ハイエロファント?」

 

 

 と言って後ろを振り向くが誰もいない。

 

 

「あ……あれ?」

 

 

 まさか、スピードでふっ飛んでそのまま落ちてしまったのか。しかし、そんな不安は杞憂だとわかったのにそう時間は掛からなかった。

 

 ゴムのように伸びた彼の体は、後から遅れてゴムパッチンのように戻ってきたのだ。

 そしてそのまま、魔理沙の頭と盛大に衝突し、魔理沙は後頭部から地面にすっ転び、ハイエロファントは目を回しながら、倒れ込んだ。

 

 

「えーー……っと、大丈夫?」

 

 

 霊夢が心配すると、魔理沙が起き上がる。ワンモーション遅れてハイエロファントも顔を上げる。

 

 

「……痛え……けど、大丈夫だぜ……」

 

「ああ……僕も目を回しているが、何とか……」

 

「全っ然大丈夫そうに見えないけど……とりあえず、あなた誰?その光ったメロンみたいな方」

 

「……僕はどの世界でもそんな風に見えるんだな……」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 霊夢がとぼけたように返したため、ハイエロファントはすぐ話題を切った。そして本題に移す。

 

 

「君が「博麗霊夢」かい?」

 

「ええ。そうよ。妖怪さん。わざわざ魔理沙に連れてきてもらって、退治されに来たのかしら?」

 

 

 霊夢は少し威圧を込めて問い返す。

 

 

「…巫女だと聞いていたから、もう少しおしとやかかと思ったが、存外血気は盛んなんだな」

 

「悪かったわね。血の気が多くて……」

 

 

 少し気に障ったのか、不機嫌になった。しかし、フンッと鼻を鳴らすと、その小さめの胸を張ってハイエロファントに問い掛ける。

 

 

「で?どうなのよ。やる気?」

 

「……君の仕事の内に妖怪退治もあると聞いている。しかし、残念ながら僕は退治の対象外だ。そもそも妖怪じゃあない。スタンドだ」

 

「スタンド?」

 

「スタンドとは、精神エネルギーが具現化したヴィジョン。妖怪よりも、幽霊のそれに近いが、そんなことはどうだっていいんだ…………実は君に聞きたいことがあって来たのだが……」

 

 

____________________

 

 

 ハイエロファントは博霊神社にやって来た事情、自身の経歴を、魔理沙と違ってできるだけ詳しく話した。そうしなければ、自身を退治されてしまうかもしれないと、案じていたのだ。

 

 

「…というわけなんだが、何かわかるなら教えてほしい」

 

「わからないわ。何も」

 

 

 間髪入れずに返された。端から見ていた魔理沙はこれがわかっていたようで、「やっぱりか」といった感じに苦笑している。確かにわからないだろう。「スタンド」を今日初めて知ったのだから、それに関わる問題がわかるのだとしたら、そちらの方が不自然である。

 

 

「まぁ、でも、推測だけどね。あなたの…花京院だったかしら? 彼が死んでしまった際、彼の魂の一片があなたに引っ付いたまま引き離された、といった感じなんじゃないかしら」

 

「どういうことだ?」

 

「草を引っこ抜いたら周りの土も一緒に取れてしまうように、花京院の魂……いえ、そもそもあなたが花京院の魂の一片なのだから、その記憶があるのは当然じゃない? 人格については、さっきの草の例でいう「土」よ」

 

「……」

 

 

 つまり、こういうことだろう。花京院の魂は死後、2つに分離してしまい、その片方が自分だった、と。シンプルだが、これが最も有力かもしれない。というより、ハイエロファント、彼自身が何より()()()()()()()()()と心の中で思っていたのであった。

 

 

 

 

 人格についての答えを聞けた後、2人は霊夢と茶菓子をつまみ、軽い雑談を2時間ほど交わした後、神社を後にした。そして、その帰路、森の上空にて

 

 

「……なぁ、ハイエロファント。本体と離れて寂しいか?」

 

 

 霊夢と別れた後は楽しかった雰囲気がしばらく続いていたが、それをかき消すように魔理沙が質問する。

 

 

「……ああ。そう()()()よ」

 

「だった?」

 

「今は、君や今日出会ったばかりだが、霊夢といった楽しい人がいるからな。それだけでいい。きっと、花京院典明(僕の中の本体)もそれでいい、と思ってるはずさ……」

 

 

 大丈夫だ、と言った。だが、完全には吹っ切れていない。それは法皇の緑(彼自身)もわかっていたし、話を聞いていた魔理沙自身も、彼の顔を振り返らずとも言葉でなく、心で理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




一日の流れで2つも作れるとは……自分自身でも驚きですし、結構疲れました。

さて次回、描きたかった戦闘シーンがついにやってきます!相手はあの()()()__________!?

ハイエロファントは果たして勝てるのか!?

to be continued⇒


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3.ダーティ・グレー 舌切り蟲①

いや〜 モチベーションがとある理由で上がりまくってしまって、それなりに長め(かもしれない)に書いてしまいました。

前回の後書きで戦闘シーンがくる、と言いましたが、グダグダでそんなに盛り込まれていないので、
そこは「すみませんでした」……

それしか 言う言葉が見つからない……




「"舌切り蟲"?」

 

 

 ハイエロファントが聞き返す。

 霊夢の神社から戻って数日、上昇してきた気温が寝首に手を掛け始めてきた頃にハイエロファントは朝食に"シチュー"を作っていた。こんな夏日にシチューかよ。

 

 

「そーそー。今、人里で話題になってるらしぃぜ〜」

 

 

 カウンターに頬杖をつき、完全に脱力しきった魔理沙が答える。

 "舌切り蟲"…魔理沙が今言ったように、最近人間たちの間で話題になっている恐るべき()()である。人里の外に出た人間を見つけては、気に入った舌を切り落として食べてしまう、という噂があり、既に死亡者も出ているそうだ。

 

 

「怖いよな。舌だぜ? 舌。ひぃ〜怖。まぁ、野良の妖怪なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

(怖いって……全然そんな風に見えないのだが…… しかし、"舌を切る蟲"か……)

 

 

 幻想郷にはたくさんの妖怪が住んでいる。人と助け合う心優しきものもいれば、欲望、本能のままに喰らいつくものもいる。人里のルールとして、里の()に出ることは禁止されてはいないものの、何かあった時は「自己責任」という風潮がある。しかし、これは決して冷徹なのではなく、安全を保障しきれない、という意味なのだ。そのため、魔理沙自身も怖い噂(気になる話題)としてしかとらえておらず、死亡者が出ている、ということに関して少々「しょうがない」、程度にしか思っていないのだ。

 

 舌を切る蟲……ハイエロファントには少し心当たりがあった。

 かつて、DIOに操られていた花京院典明は日本にてジョースター家の末裔である空条承太郎を襲撃。まんまと返り討ちに遭い、正気を取り戻すと、打倒DIOを目指して承太郎ら3名と共にエジプトへ向かうことになるのだが、日本を出た飛行機にてスタンド攻撃を受けてしまう。

 このスタンドこそ、人間の舌を引きちぎる凶悪なスタンド、灰の塔(タワー オブ グレー)である。

 

 

(ま まさかとは思うが……奴も来ているのか……?この地に!)

 

 

 スタンドは本体の影響を色濃く受ける。例のスタンドの本体は、スタンドでの攻撃の通りに、かなりおぞましい人間であった。狙っている承太郎たちだけでなく、乗り合わせた一般の無実の人々さえも虐殺した、まさに()()()()()()()()なのである。

 

 

「……魔理沙。もしかしたら、その妖怪だが、僕は知っているかもしれない……」

 

「えっ。本当か?」

 

 

 ハイエロファントの言葉を聞き、不意にうなじに氷を当てたように跳ね上がる。

 

 

「そうか。お前知って……待てよ?お前が知ってるってことは…もしかして……」

 

「ああ。その舌切り蟲というのは、幽波紋(スタンド)である可能性が高い」

 

「なッ……だとしたら、そいつは人間の魂が宿りながら殺人をしてるってのかッ!?」

 

 

 魔理沙の言葉に少しの怒気が含まれる。立ち上がって、湧き上がった少々の怒りをカウンターにぶつけているようで、ついている右腕に力が入っている。

 

 

「落ち着いてくれ。まだスタンドだと決まったわけじゃあないし、何より、仮にスタンドだったとしても僕のように人格があるとは限らないだろう?」

 

「確かにその通りだけどよっ。とにかくだッ!たとえ人格があろうが、なかろうが、スタンドだろうが、何だろうが、まずは調査だッ!本当にスタンドで、いるってんならぶっ飛ばしてやるぜッ!」

 

 

 先程とは打って変わってやる気に満ちた魔理沙は、ポールハンガーに掛かられた帽子を手に取ると、近くに立てかけられた箒を掴み、店を出て行こうとするが、ハイエロファントがまわり込んでそれを阻止する。

 

 

「魔理沙ッ!まさか、何の情報もなしに行くつもりか?危険だぞっ」

 

「危険は百も承知だっ。みすみす見逃すわけにはいかねぇッ!それに情報なんてどうするんだ。見たやつは全員殺されるか、失血死でもういねぇんだぞ!」

 

「それならば、()()()()()人に聞けばいいんだ。死んだことがわかっているなら、死体を()()ということ。その発見場所を聞けばいいし、死亡推定時刻も押さえられれば、それに越したことはない…… 頭を冷やすんだ。やつは手強い。下手なことをすれば、裏をかかれるぞ」

 

 

 ハイエロファントが落ち着いた声で魔理沙に言いきかせる。息が上がっていた魔理沙も彼の言葉が刺さったようで、肩の動きがだんだん小さくなっていった。

 

 

「……ああ。その通りだな…… ごめん。焦ってたぜ」

 

「しかし、早くどうにかする、ということに関しては賛成だ。そうしなければ……暴走してしまうだろう。悪とはそういうものだ。討伐を実行するならば、今日!今からだ」

 

 

 そうして、2人は人里へ飛び立った。この地に舞い降りた"残虐の化身"を討伐するために……

 

 

シチューを食してから。

 

 

 

 

____________________

 

 魔法店を出発してからしばらくし、2人は魔法の森を抜け、人里の近くに降りた。しかしここで、ハイエロファントはあることに気付く。

 

 

「魔理沙。1つ気になったのだが、僕は()()()()の姿でいいのだろうか?」

 

 

 ハイエロファントが抱いた不安。それは、人里の人間たちが自身の姿に恐怖し、まともな聞き込みができるのか、ということ。すると、魔理沙はハイエロファントを振り返り、「う〜〜ん……」と首を傾ける。

 

 

「…まぁ、いきなりは怖がるとは思うぜ。ということで思いついたのが、私の知り合いのところに行くんだ。直接の聞き込みは私がやるから、お前にはそいつにいろいろ聞いといてほしいんだ。あいつに会うまでは、このシーツでも被って姿を隠しとくといいぜ」

 

 

 そう言って魔理沙は脇に挟んだベッドのシーツをハイエロファントに手渡す。ハイエロファントはかなり戸惑ったが、仕方ないと、全身が見えないように被ると、2人は人里へと足を踏み入れた。

 

 人里に入ると、目の前では多くの人々が道の端に寄り集まって何かを見ていた。瓦版か何かか?否、新聞である。ハイエロファントは花京院の記憶から、幻想郷は全体的に外の世界よりも文明の発展が数百年単位で遅れているものだと勝手に思っていたが、案外そうでもないのだろうか。

 と、2人は人々の脇を通り過ぎようとしたとき、魔理沙が彼らの中に何かを見つけた。

 

 

「おっ。いたぞ。目的のやつだ。おーいッ、慧音(けいね)!」

 

 

 慧音と呼ばれた女性は人々の中でかなり前の方にいたが、魔理沙の声が聴こえたであろうタイミングと同時にこちらを振り返る。青いメッシュの入った長髪に、赤いリボンの付いた青い帽子と、かなり特徴的な容姿をしている。彼女はこちらの存在に気付くと、自身よりも後ろの人々を「すまんっ」と声を掛けながらかき分けて、2人に歩み寄ってきた。

 

 

「ふうぅっ……魔理沙か。今日はどうしたんだ?」

 

 

 この暑い中、人々にも囲まれていたせいか、かなりの発汗量だ。全身びしょびしょに濡れている。暑さから解放され、体内の熱気を放出するように勢いよく息を吐く。

 

 

「いやな。今話題になってるだろ? 舌切り蟲のことについてさ、いろいろ聞きたいことがあるんだ。ここは何だし、家に連れてってくれよ。」

 

「……あぁ、いいぞ。それより、そちらの方は……?」

 

 

 と、慧音はハイエロファントを右手で示す。気のせいか、その目には警戒の色が見える。

 

 

「こいつは私のツレさ。()()()()なんで、人目につくところにはあまり行かせられない。ハイエロファント、こっちは上白沢慧音(かみしらさわ けいね)だ。彗音、こいつはハイエロファントグリーンだ。」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 ハイエロファントがシーツが落ちないように軽く会釈しながら言うと、彗音も「ああ…よろしくお願いします」と挨拶を返す。彼女はこの時には警戒の色を消しており、その後「ついて来い」と2人を自身の家へと連れて行った。

 

 

 

____________________

 

 

 しばらく歩く3人だが、慧音が"特別な者"だと何となく分かったハイエロファントは中々変わらない周りの風景に驚く。どれもほぼ同じ建築物。地位的には彼女も他の人々と大差ないのだろうか。歩き続けてようやく「ここだ」と慧音の足が止まった。他と比べても目立った個性は感じられない、木造の質素な家であった。

 彼女の家に着くと、慧音は魔理沙とハイエロファントに客間で待つようにと言って席を外した。2人は言われた通り、客間の畳に腰を下ろす。その後、魔理沙はハイエロファントのシーツを指差して言った。

 

 

「ハイエロファント、それもう取っていいぞ。慧音はわかってくれたからな。」

 

「何だって?」

 

「あいつも()()()()()じゃあない。だからかは知らないけどよ。私が一緒にいたからってのもあるだろうが、お前を受け入れてくれたのさ」

 

 

 そう言われてハイエロファントも不安な気持ちを取り払い、シーツを取ると、丁寧に畳んで自身の左側に置いた。

 しばらくすると、再び彼女が現れた。どうやら着替えていたようで、先程の服とは違う、質素な小袖を纏っている。客間に入る襖を開けて入ると、ハイエロファントに軽くお辞儀をする。

 

 

「すみません。客人殿。本当はもっと清楚な格好でお相手したいところなのですが、待たせてはいけないと思い、湯を浴びてはおりません。お(ゆる)しください」

 

 

 頭を下げられ、そう言われたハイエロファントも頭を下げて礼を返す。

 

 

「いえ。慧音さん。そう堅くしないでください。僕たちはこの里の脅威を取り払いに来たんです。そのためにはあなたの力が必要だ。頭を下げるのは僕もです。短い間だとは思いますが、よろしくお願いします。」

 

「おう。慧音。大丈夫だって。ハイエロファントは怒らねぇからさ。私と同じように接すればいいぜ」

 

「いや、お前がいいとしても……はいえろふぁんと……殿が……」

 

 

 魔理沙に軽く促されるが、慧音は礼節をわきまえた態度を崩そうとしない。

 

 

「大丈夫ですよ。僕もそちらの方が取り付きやすいですしね」

 

「そ そうか……? では……そういうことで……」

 

 

 彗音は最後まで遠慮したが、本人に言われたため、ついに折れる。そして「オホン」と咳払いすると、胸元から1本、円筒状にまるめられた紙を取り出し、ハイエロファントたちとの間にそれを広げた。

 

 

「これは被害に遭った方々の、遺体の発見場所に関する地図だ。中央のこの楕円は人里だ」

 

 

 彗音の広げた紙には、中央にぽつんと縦に長めの楕円があり、その周りには赤い点がポツポツと不規則に散りばめられていた。また、その点の上にはバラバラの日付が。

 

 

「周りにあるこの赤い点は遺体の発見場所ですか?」

 

「あぁ。そうだ。何かわかるかもしれないと一応書き留めておいたのだが、見ての通り、バラバラだ。何の規則性もない」

 

「住処の目安がつくかと思ったんですが、これではわかりませんね……」

 

 

 ハイエロファントはがっかりしたように言う。ここで、魔理沙が「そういえば」と慧音に質問をした。

 

 

「そういやよ、慧音。さっき集まって新聞見てたけど、何か書いてあったのか?」

 

「あぁ。実は先日文屋が来てな」

 

「文屋?」

 

「あぁ。新聞を書くやつな。ハイエロファントの世界にもいたんじゃないか?」

 

「……文屋とは言わなかったな……」

 

「そうなのか。」

 

 

 質問を仕掛けた魔理沙から話題が逸れかけてきたところで、慧音が再び咳払いをして本題に戻す。

 

 

「オホン。まぁ、取材だ。舌切り蟲のことでな。こっちが大した収穫ができてないと知るやいなや帰っていったがな」

 

「へぇー」

 

 

 新聞関連でも舌切り蟲の正体は掴めそうになかった。今手元にある情報だけでは埒があかないと悟った魔理沙は2人に切り出した。

 

 

「このままじゃあ、何も進まないな……しょーがないっ。慧音。私たち2人でもっと詳しく聞き込みア〜ンド外で調査だ。ハイエロファント、お前はここで待っといてくれ」

 

「あぁ、わかった。任せたよ。2人とも」

 

「他に何かわかったら、後で教えてくれっ」

 

 

 慧音と魔理沙はそう言うと、家を出ていった。彼女らを見送った後、ハイエロファントは広げた地図を再び見つめる。

 

 

 

(一見、何も規則性がないように見えるが、よく見たら何かわかるかもしれない…… 里の入り口付近でばかり殺されているわけではないのか…… では、待ち伏せされて一瞬で……という手口ではない…… 山への道の近く……も多いわけじゃあないのか……)

 

「一体、どこに潜んでいるんだ……?」

 

 

 考えに考えるも、一向にそれらしい答えが出ない。手を後ろにつき、ため息をつくと、客間の外から男の声が響いた。

 

 

「アンタぁ、何に悩んでんだい?」

 

 

 その声を聞いたハイエロファントは、まさか近くに人がいると思わず、置いたシーツを再び被ると、声を返した。

 

 

「いえっ。大丈夫です。こちらの問題なので。ご迷惑をおかけしました!」

 

 

 いつの間に吐いていた独り言がうるさかったのだろうと考えたハイエロファントは姿の見えない男に謝罪する。すると、再び男から声が掛かった。

 

 

「いやぁ、大丈夫さ。それより、一体何を調べてんだい?」

 

 

 その問いに対し、ハイエロファントは「よく調べものだと気付いたな」と不思議に思う。ハイエロファントは客間から身を乗り出し、家の奥を覗きながら返事をした。

 

 

「……最近、人里でも話題になっている"舌切り蟲"についてです。何とか捕まえてやろうと思っているのですが……ッ!?」

(何か……おかしいぞっ!声は確かに響いている。だというのに!家の中に僕以外の人の気配が全くしない!)

 

「舌切り蟲ぃ?聞いたことねぇ〜なぁ〜」

 

「既に死人も出ているんですよっ。知らないわけないでしょう!」

 

 思わず声に力が入るが、声の主は全く反応を変えない。実に読めない男だ。

 

「舌切り蟲ねぇ……そりゃあ、ひょっとして……」

 

 

 ハイエロファントの背が凍りついた。次に聴こえた声の位置は

 

 

 

 

 

 

 

       「こんな顔かい?」

 

 

 

        背後!!!

 

 

ズバゥッ!

 

 

「ぐ あああぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ハイエロファントは声を聞いた瞬間後ろを振り向いた。既に後ろを取られていながらこの反応、戦いならば遅すぎた。

 しかし、今回、この行動が功を成したのだ。ハイエロファントの頬が抉られ、鮮血が飛び散っている。この行動が一瞬早ければ、彼もこれまでの()()()()()殺されていただろう。

 

 

「おぉ〜っと。惜しいな。ファハハハハ」

 

「ぐっ」

 

 

 ハイエロファントを傷付けた張本人、それは空中でホバリングするクワガタムシ。しかし、このクワガタ、かなり大きい。人の頭と同じような、それ以上の大きさをしている。しかも、その甲殻には何か魔的なものを感じさせる異様な紋様が刻まれていた。

 彼は、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)はこいつを知っている。

 

 

「やはり…お前だったか!灰の塔(タワー オブ グレー)!!」

 

「正解だぁ〜ッ!!」

 

 

 そう言うとタワーオブグレーは再びハイエロファントに突進する。このとき、彼らの距離はそれなりに開いていたため、ハイエロファントは何とか反応し、攻撃を躱す。

 しかし、攻撃を躱されたタワーオブグレーはその勢いを殺さぬまま、開いた窓から外へ飛び出した。

 

 

「何ッ!?外へ行っただと!」

 

 

 ハイエロファントはタワーオブグレーを追いかけるため、思わずシーツを脱ぎ去って屋外へと飛び出した。すると、彼が懸念していたことが、ついに起きてしまった。

 

 

「きゃあああぁぁ!妖怪よっ!彗音さんの家から妖怪が!!」

「うわッ!何だあの異様な体はッ!!」

「寄るんじゃあねぇっ!この化け物め!」

 

 

 人里の人間は妖怪を受け入れ辛い。それは以前に魔理沙から聞いていた。彼の本体である花京院典明は孤独()()あったが、()()()()()()()()ことは一度もなかった。初めての経験だ。緊急事態だが、ハイエロファントはこの一瞬で「自身が何者なのか」を改めて悟った。

 

 

「ッ!…………」

 

 

 何となく予想はしていたが、実際にこの仕打ちを受けると、かなり心にくる。しかし、ハイエロファントは2秒もかけずにタワーオブグレーに意識を切り替え、再び追い始める。しかし、この最中でも、彼の体には畏怖、恐怖といった視線が突き刺さり続けた。いや、もしかしたら、そう()()()()()なのかもしれない。

 周りにある何よりも速く飛行するタワーオブグレーをハイエロファントが何とか追っていると、いた。彼女らが。魔理沙と慧音だ。

 

 

「! 魔理沙ッ! 慧音さんッ! 見つけました! やつですッ!!」

 

 

 2人はその声に反応すると同時に、道の真ん中へ躍り出る。慧音は周囲に目を向け、魔理沙は服や帽子の中へ手を突っ込んで何かをあさり出す。

 

 

「ど どこだ!? どこにいる!」

 

「!! 慧音さんッ! そこから離れるんだっ! やつは既に…あなたの後ろだあああぁぁッ!!」

 

 

 その刹那、慧音の耳に今まで聞いたことのないような不気味な羽音が刻まれる。

 

 

「ビンゴォ!」

 

 

 タワーオブグレーは「()()()!」と言わんばかりに声を上げ、口内の"第二の口"を素早く伸ばす。ハイエロファントが「間に合わない」と思った瞬間_____!

 

 

「魔符.スターダストレヴァリエ……!」

 

 

 慧音の首の後ろを()()()()()が高速で通り過ぎた。そしてその何かは、進行方向にある家の屋根を吹き飛ばすと同時に消滅した。

 

 

「ちぇっ。手応えなし……か」

 

「……い、今のは……」

 

 

 攻撃を繰り出したのは魔理沙だ。ハイエロファントは思った。あの反応速度……流石のタワーオブグレーを仕留め切れたのではないか? と。しかし、羽音は耳に留まり続ける。

 

 

「お〜っと。危ねぇな。嬢ちゃん。この姿が見えるとは……もしやお前もスタンド使いか?」

 

 

 タワーオブグレーはいつの間にか2人と1人の間に移動していた。ドデカいクワガタムシはアゴをカチカチと鳴らしながらホバリングし、魔理沙に問いかける。

 

 

「いんや。私はただの……普通の魔法使いさ。で、お前も()()()()ってことでいいんだな?」

 

 

 魔理沙が怒りを込めた口調でタワーオブグレーに問い返した。

 

 

「……あぁ、そうさ。俺は「塔のカード」のスタンドッ!灰の塔(タワー オブ グレー)!!今までの人里周りの殺人事件は……俺の仕業さ!」

 

 

 魔理沙と慧音の口から「ギリッ」と音が鳴る。ついに見つけた。里の人間たちの仇を!

 

 

「さて。まぁ、お前ら3人を相手にしちゃ、俺もかなり危なそうなんでな。逃げながら……今までの倍以上殺してやろうかッ!!」

 

「何だとっ!」

 

「させるかッ!!」

 

 

 魔理沙は箒を魔法によって手繰り寄せ、勢いを殺すことなく乗っかった。臨戦態勢だ。それに合わせて慧音も身構える。

 

 

「わざわざ正面から相手にするかっ! それではな!」

 

 

 彼女らの様子を見たタワーオブグレーは反対方向を向く。そこにはハイエロファントがいる。2人の相手より、1人をすり抜けて行く方がはるかに翻弄しやすいと考えてのことだった。しかし、彼は振り向いて一瞬戸惑った。「ハイエロファントはどこへ消えた?」

 

 

「みすみす逃すと、思わないでもらおう」

 

「!」

 

 

 何とハイエロファント、既にタワーオブグレーの上を取っていた。そして、その両手からは()()()()がボドボドと溢れ出ている。それを見た瞬間、タワーオブグレーは自身の全力をもってして飛行を再開するが、ハイエロファントの攻撃は既に、始まっていた。

 

 

「くらえッ! エメラルドスプラッシュ!!!」

 

 

バ シ ア ア ア ア ン

 

 

 ハイエロファントは両手をそのまま重ねると、上下に開いた。次の瞬間、緑色の水晶の塊のようなものが無数に飛び出した!

 タワーオブグレーはそれらを軽々と避け切ると、3人を振り向いて、虫では有り得ない、縦に開く口で煽った。

 

 

「スピードがちがうんだよ! スピードが! もっと速くなってから掛かって来な!!」

 

「野郎ッ……!」

 

 

 怒りが頂点に達した魔理沙はタワーオブグレーを追跡し始めた。もちろん、やつ自身も既に逃走中だ。

 

 

「慧音さん、里の人々をできるだけ一箇所に固めて、できるだけ屋内に避難させてください! 頼みますよっ!」

 

 

 慧音の返事を聞く間も生まず、ハイエロファントはそう言い残して魔理沙たちを追跡した。

 

 

 

 

____________________

 

 

「くそっ!どこに行った!」

 

 

 追跡から1分もかからぬ内に魔理沙はタワーオブグレーを見失ってしまった。そしてハイエロファントが彼女にようやく追いついた。

 

 

「魔理沙、やつは?」

 

「悪い……逃げられた」

 

 

 しかし、ハイエロファントはあまり焦っていなかった。彼の下半身は今、()()()()()()()。脚をほどき、紐状になった自身の身体を里中に張り巡らせたのだ。やつが飛ぶときに発生する羽音、その振動を感じとり、居場所を突き止めるためである。

 

 

「……大丈夫だ。まだ付近にいるはずだ。離れずに動こう」

 

 

 ハイエロファントはそう言うと、魔理沙の後ろを警戒しながら周りを見張る。魔理沙も同様にしてタワーオブグレーを見つけようとする。そのとき、

 

ガタタッ

 

 

「!」

 

「そこか……ッ!くらえッ!」

 

 

 不意に近くの木箱が音を立てる。聴こえた瞬間、間髪入れずにハイエロファントは攻撃を加える。

 

ドス ドズッ ドズゥッ!

 

 辺りに張っていた、ハイエロファントの触脚。それが槍のように音を立てたモノを捕らえた!

 

 

「ぐ げ えええぇぇやああぁ!!」

 

「よしッ!」

 

 

 ハイエロファントはついに捕らえた!

 

 

 

 

と思った、次の瞬間__________!

 

 

ズバァウッ!

 

 

 触脚が捕らえたモノが突如2つに割れ、その中…いや、その後ろから、タワーオブグレーが飛び出した!!

 

 

「!! 危ねぇッ!!」

 

 

 それを見た魔理沙は全力でハイエロファントを押し倒す。タワーオブグレーはその空を飛び抜け、2人を振り返った。

 

 

「……中々やるな。今のを避けるとはなぁ〜」

 

「っ!」

 

「…………」

(これは……もしや……)

 

 

 ハイエロファントが突き刺していたのは、ボロボロのぬいぐるみだった。タワーオブグレーはそれを身代わりにしたのだ。魔理沙は自身の前でホバリングするやつ(タワー オブ グレー)を恨めしく睨む。

 

 

(……()()()使()()()……?)

 

「おおっと、怖い。怖い。怖いから……逃げるとするかあーーーっ!」

 

 

 そう言うと、タワーオブグレーは、ハイエロファントたちが来た方向、すなわち、里の人々がいる方へと飛んで行ってしまった。

 

 

「まずいっ!ハイエロファント!追うぞ!」

 

「……ちょっと待つんだ」

 

 

 魔理沙は跳ね起きるとほぼ同時に箒に乗ると、急ぎ飛び出そうとするが、ハイエロファントは「待った」をかける。

 

 

「何だよ!?あの方向には里のみんなの避難所があるのはわかってるだろッ!?」

 

「ああ。わかってる。だから、今思いついた作戦を行いたい。こんなときこそ冷静にならなければ、やつに一杯喰わされて、人々を殺されてしまう。今から言うことを……他でもない、魔理沙。君にやってもらいたい。できるな?」

 

 

 

 




ついに始まったスタンドバトル!


ハイエロファントグリーンが思い付いた灰の塔(タワー オブ グレー)への対抗策とは?
タワーオブグレーはなぜ殺人を犯し続けるのか?
次回、いよいよ判明!
お楽しみに!

to be continued⇒


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4.ダーティ・グレー 舌切り蟲②

空きました。5日ほど。

スケジュールやこの時期特有の体調不良だったりで、推敲が滞ってしまいました……

トニオさんの料理食べたい。


 ハイエロファントの作戦を聞き、彼と別行動をとりだした魔理沙は箒を操縦してタワーオブグレーの追跡を再開していた。

 

 

「逃がさねえぞ、この野郎ッ!」

 

「ハハハハハ。お前にできるかな?」

 

 

 タワーオブグレーは里内のあらゆる家屋の隙間や路地を縫うようにして、縦横無尽に飛び回る。魔理沙は自身の体が入らない道に逃げられた際は、上に飛び屋根と同じ高さからやつを追う。

 

 

「お前っ! なんで人を襲うんだ! お前もハイエロファントみたいに以前は人だったんだろーがっ!」

 

 

 追跡する魔理沙がタワーオブグレーの背後から問いかける。タワーオブグレーは振り返らずに「ん〜?」と挟んでから返答した。

 

 

「お前……ハイエロファントのやつは俺の本体を知っている。本人から聞けばいいと思うが、まぁ、いい。"本能"みたいなものさ。もう聞いているだろう?スタンドは本体の影響を色濃く受けると…… つまり、()()()()()()さ!」

 

「…………本体から腐ってたってことか……」

 

 

 魔理沙は彼の本体、グレーフライを心から軽蔑するが、タワーオブグレーはそれを気にも留めていない。当人ではなく、スタンドだから?いや、ここにグレーフライ本人がいても同じ反応だっただろう。彼はDIOに金で雇われ、承太郎一行を殺すのに多くの犠牲者を出した。これだけに留まらず、それ以前にも同様の事件を何度も起こしている。彼もまた、ドス黒い邪悪の1人だったのだ……

 2名は大通りに再び出ると、通りに沿って直進し続ける。しかし、そんな彼らの前に右から何かの影が現れた。

 

 

「なっ……子供!? まだ全員逃げてなかったのか!」

 

 

 建物の影から出てきたのは7〜8才程の男の子。1人で遊んでいたかで、避難が遅れしてしまったのだろうか。その()()()()()()()()()()、自動車とぶつかりそうになる瞬間、体が硬直するのと同じことが起こったのか、少年の動きは止まってしまう。

 

 

「……え? クワガタ虫?」

 

 

 「しまった」と魔理沙は思った。彼女から男の子までの距離より、男の子とタワーオブグレーとの距離の方が短い。そしてもちろん、タワーオブグレーが彼に危害を()()()()()()()()()()()()

 

 

「逃げ遅れたガキか! 丁度いい! その舌をもらうぞおおーーーーッ! お前が必死になって守ろうとしている()が目の前で無惨にも消えていくッ。地獄を味わえ、魔法使いッ!!」

 

「え……え!?」

 

「やめろおおおーーーーッ!!!」

 

 

 「もう間に合わない!」そう思ったときだった。タワーオブグレーのその顎が男の子の頬を抉ろうとした刹那、突如その子の姿が消えてしまった。タワーオブグレーは勢いをそのままに空を切り裂く。

 

 

「次から次へと……全く、退屈させない世界だな…………これで2対1……いや、3対1か」

 

「やれやれ。間一髪ね」

 

「おまっ……霊夢!」

 

 

 なんと紅白の服を着た巫女、博麗霊夢が男の子をギリギリのところで救出していたのだった。霊夢は助け出した男の子を抱いたまま魔理沙の横に降りると、タワーオブグレーをにらみつけた。

 

 

「さ、て……どうしてくれようかしら? このお邪魔虫。散々好き勝手やってくれたわね。」

 

「悪い。霊夢。私がいながら……」

 

「大丈夫よ。かなり手応えのある敵なのね。まあ、私からしたら何の問題もないけど?」

 

 

 そう応えた霊夢はお(はら)い棒を持つ手とは逆の手で一枚の"カード"を取り出し、前方に突き出して構えをとる。

 

 

「待ってくれ。霊夢。こいつは私とハイエロファントに任せてくれないか? 今ハイエロファントが策を()()()()

 

「!」

 

「策を? 今? だめよ。待てないわ。こうやって焦らしている間にやつが何をしでかすかわからないじゃない」

 

「だが! ハイエロファントは一度こいつに勝ってるんだッ! だから対抗策はできるはずなんだ! 頼む。信じて、任せてくれ!」

 

「……いい?魔理沙。知ってると思うけど、私の仕事の内の1つにね、妖怪退治もあるのよ。幻想郷の存在に危害を加えるやつらを退治することよ。今がそのときなの! 一度勝ったからって何?ここは私の! 私たちの幻想郷! 相手がどれだけ恐ろしかろうと、変わった存在だろうと、私が戦わない理由にはならないわッ! あんたたちが2人だけで動こうっていうなら私も()()()、よ!」

 

 

 そう魔理沙を叱り終わった瞬間、霊夢はタワーオブグレーに向けてカラフルな光弾、弾幕を撃ち出した。不意打ちのつもりではあったが、(ことごと)く避けられ、言葉を投げられる。

 

 

「おいおい。共闘の始まりかと思いきや、仲間割れか? ……それも怪しいな。何をたくらんでいるんだ!?」

 

「さあ? 何でしょうね。とにかく、今からあなたを退治するのよ。……それで、魔理沙。アイツを()()()()()んでしょ?」

 

「お、お前……本当はし……」

 

「はい、シーー。()()()()()()、なんでしょ?」

 

 

 魔理沙が言葉を完全に口に出す前に霊夢が人差し指で口を塞ぐ。

 

 

「私が子供への接近を防ぐから、あなたがやつを()()()()()に追い込むのよ」

 

 

 霊夢が小声で伝えると、「わかったぜ」と声を消して笑い、タワーオブグレーを追撃し始めた。タワーオブグレーも逃走を再開する。

タワーオブグレーは霊夢と会う前のと同じように狭く、入り組んだ小道を飛び回るが、大通りに近づく度に霊夢が加勢して攻撃する。それを何度か繰り返した後、じれったくなったようで、大通りとは反対方向へ逃走し、魔理沙はそれを追跡した。

 

 

「いい加減鬱陶しいぞ!」

 

「それは結構だ! お前を追うのが私の役目だからなっ」

 

 

 と、そのとき。何とか魔理沙を撒こうとタワーオブグレーが前方と右側へと道の続くT字路を右折した瞬間、緑色の発光体が姿を現した。

 

 

「待っていたよ。だが、ここはもう満員だ。

 

 

 

     エメラルドスプラッシュ!!」

 

 

ドバァア〜〜ーーッ!

 

 

「何ッ!?」

 

 

 既に待機していたハイエロファントグリーンが勢いよくエメラルドスプラッシュを放つ。その威力、消防車のホースから出される水を連想させるほどである。タワーオブグレーは放たれた緑色の結晶を避けるが、内1つが顎を撃ち抜き、凶悪に曲がった鋭利な()()が吹っ飛ぶ。

 

 

ボギャア!

 

「ぐ ぎゃあああーーーーッ!!! 貴様ッ、よくも俺の顎を〜ッ!」

 

 

 悲鳴を上げ、のけぞりながら憎しみの言葉を述べる。折れた顎の付け根からはドス黒い血が溢れ、流れ出ている。

 

 

「……痛いだろう? 君に殺された人たちは皆、その痛みを味わったんだ。……もしくはそれ以上のね。しかし、君の場合、全然カワイソーとは思わないな。自業自得というやつだ。」

 

「っ!……」

 

 

 ハイエロファントの威圧に気圧され、もと来た道を戻ろうとするがそこは既に魔理沙にマークされ通れない。残りの道はは魔理沙のいる道とは反対側のみ。

 

 

「もう諦めるんだな。見てわかると思うが、たったそれひとつだけだ。お前が行くべき道は。……往生際悪く逃げるというのならの話だが……」

 

「っ〜〜〜……クソっ。また殺されてたまるかあああーーーッ!」

 

 

 タワーオブグレーはやけくそに空いた道へ飛び込み、そのまま直進した。それを見たハイエロファントと魔理沙は後を追う。彼らは逃げるタワーオブグレーの背後から幾度も弾幕やエメラルドスプラッシュを浴びせるが、今度も中々当たらない。

 

 別れた道に遭遇する度、エメラルドスプラッシュが片方の道を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()する。タワーオブグレーは既に、ハイエロファントの策にはまっていた。この時、本人はその事を全く気付いてはいなかったが…

 

 

 何度も曲がり、その度に直進と攻撃を繰り返し、やって来た別のT字路で、ハイエロファントの思惑通りにタワーオブグレーは誘導されて左折する。

 

 

「!」

 

 

 タワーオブグレーはそこで初めて、自身が誘導されていたことに気付いた。なんとその先には一軒の店があり、道の上には屋根があったのだ。完全な行き止まり。空へも逃げられない。

 

 

「よしっ。追い込んだ! やれ! ハイエロファント!」

 

「ああ! とどめくらえ、エメラルドスプラッシュ!」

 

 

 ハイエロファントの掌から緑色の液体が流れ出し、そこから結晶が炸裂する。やつはもう袋のネズミ。確実に捕らえた_____!2人してそう思った。

 しかし、タワーオブグレーは出血しながらも未だ体力は有り余っていた。その力を振り絞り、放たれたエメラルドスプラッシュを全て避け切った!

 

 

「!! 野郎……避けられた! それに、奥の壁に穴が空いちまったぁ!!」

 

 

 避けられたエメラルドスプラッシュは、奥の店の壁を突き抜けて風穴を空けたのだ。タワーオブグレーは上下に開く口を不気味に歪ませると、その穴を通り、店内へと侵入した。

 

 

「どおーすんだっ。ハイエロファント! 店に入られちまった! 隠れられたら面倒だぞ! 隙を突かれて逃げられちまうッ!」

 

「………入ったか……店の中に。」

 

 

 

 

 

______________________

 

 

「ファハハハハ!! 入ったぞ! 建物の中に! このまま隠れながらやつらの隙を突いて逃げ、人間どもを〜〜〜…………ッ!?」

 

 

 店内に入り込み、焦りを落ち着かせてきたタワーオブグレー。しかし、彼は再び追い込まれてしまった。なぜなら、突如体が動かなくなったのだ。しかも、金縛りなどではない。何かに絡まっているような……

 

 

「な……何だこれはぁ〜〜……何かに縛りつけられているのか!?」

 

「引っかかったな?僕の"巣に"……」

 

 

 タワーオブグレーが侵入した穴をさらに破壊し、広げてハイエロファントが店の中に入ってくる。いや、ハイエロファント()()()()()()()()()()()()()()()()。共に入ってきた日光に照らされ、タワーオブグレーの周りに現れたのは……

 

 

「これはっ……貴様の触手か!!」

 

「な、何でだ!?」

 

「ご名答。これが本命の作戦さ。魔理沙には悪いが、嘘を吐かせてもらった。僕の登場が遅れたのは、僕を君の意識から外し、不意打ちを成功させるためではない。この罠を張るためだったのだ。」

 

 

 なんと、タワーオブグレーに絡みついていたのはハイエロファントの触手だった。この店内に彼の触手が目まぐるしく張り巡らされていた。その光景はまるで蜘蛛の巣のようだ。

 

 

「スペシャリストは身近にいるものだな。君のように飛び回るやつを捕まえるスペシャリストが。僕は()()ヒントをもらったんだ。想像している通り……」

 

「あっ。蜘蛛か!」

 

 

 魔理沙は手をポンと叩いて声を上げる。

 

 

「そう。実は、君がタワーオブグレーの攻撃から僕を守るために押し倒してきたときに見つけたんだ。置かれた箱や(つぼ)と地面との接着面にね。」

 

 

 魔理沙が納得したように声を上げる。それもそのはずである。彼女はこんな作戦は聞いていなかったのだから。

 

 

「貴様ッ……小癪な真似を!」

 

「君には負けるよ。それに、これに似たことを以前したことがあってね。そのときは簡単に破られてしまった。死んでしまう要因にもなったことさ。しかし、これとは違う。なんせ、あのときは「相手の能力」を解明することが目的なのに対し、今回は「君を倒す」ことが目的だ。蜘蛛の件もあって、改良するのは当然のことだ。」

 

「……ッ……!」

 

「魔理沙、少し離れているんだ。この建物から。」

 

「え? あ……ああ。」

 

 

 魔理沙はわけが分からなかったが、彼に言われた通りに店から離れる。それを確認したハイエロファントはエメラルドスプラッシュを撃つ態勢に入った。

 

 

「や…やめろ! これ以上里の人間に手は出さない! 約束してやる!」

 

「里の人間…であることに僕は全く関心はないが、僕も一介の幽波紋(スタンド)として、お前の暴走を止めただけさ。どうして"人間のルールで"殺しが認められないのか、憎まれ、恨まれるのか、改めて学習しておくといい。」

 

「お おおぉお……!!」

 

「くらえッ! 半径0m一斉放火ッ!エメラルドスプラッシュをッ!!」

 

 

 その瞬間、タワーオブグレーに絡みついた触手は緑色に発光。そしてその中から、周りの触手から、ハイエロファントグリーンから、無数のエメラルドスプラッシュが放たれた!

 

 

「ぐわああああーーーーーーッ!!!」

 

 

 

ドバァアン  ドバァアン 

   

               バシャァア〜〜ン

 

          ドバァア〜〜ッ!

 

ドォォオオオォォン!!

 

 

 

 無数のエメラルドスプラッシュが放たれた家屋は轟音を立てて盛大に爆発する。T字路の交差地点まで戻っていた魔理沙はその様子を愕然として見ていた。そんな彼女のそばに爆発によってハイエロファントが吹っ飛んできた。

 

 

「ハ ハイエロファント! 大丈夫か!……え……お前、その脚……!?」

 

 

 なんと吹っ飛んだハイエロファントの脚は…両足とも膝から下が消滅していた。

 

 

「うぅ………魔理沙……安心してくれ。出血もすごいし、痛みは……かなりあるが……大丈夫のはずだ……以前言っていただろう……? 僕を発見したとき、腹に穴が空いていたと。それでも生きているし…彗音さんの家で襲撃されたとき、やつに攻撃されたのだが、既にその傷も治っている。……おそらくだが、即死するほどのダメージなどを受けない限りは……僕の命は大丈夫のはずだ」

 

 

 魔理沙がハイエロファントを助け起こし、肩を貸して立ち上がろうとしたとき、ハイエロファントの膝辺りに黒色の何かがカサカサと転がってきた。

 

 

「おい……これって……」

 

「ああ。灰の塔(タワー オブ グレー)の甲殻だ」

 

 

 転がってきたのは、タワーオブグレーの(はね)の上にあった甲殻である。日に照らされ黒光りする甲殻だったが、5秒ほど経った後に消滅してしまった。

 

 

「……あいつもある意味被害者だったのかな」

 

「…………なぜ、そう思うんだい?」

 

「スタンドは、というより()()()は本体の性格とかが反映されるんだろ? 本体がクソみたいなやつだったから、こうなっちまったってんならさ、もっと良いやつのスタンドになれたら良かったのにな…って」

 

「……残酷なことを言うようだが、魔理沙。スタンドは精神のエネルギーがヴィジョンをもったもの。魂から生み出される分身といっても過言ではない。……あんな本体のスタンドとなってしまった時点で、というよりかはあんな人格になってしまった時点でスタンド、本体共々こうなる運命だったんだ。やつこそがグレーフライ、と言っても遜色ない」

 

「……そういうもんなのか?」

 

「……そういうものさ。多分ね。さて、霊夢や彗音さんのところへ戻ろう。きっと心配しているよ」

 

「ああ。……ってお前! やっぱり霊夢と会ってたのか!?」

 

「すまない。言うタイミングがなかったんだ」

 

「何を〜〜っ! 謝れ! 私に! な〜にが「味方となるような人物がいても作戦があること、その内容を話すな」だ! アレのせいで霊夢に説教されたし! そもそもその作戦まで嘘だったし!!」

 

「……君を信じてなかったってわけじゃあないんだが、どうにも心配でね。作戦をタワーオブグレーの目の前で喋っちゃわないかと。それに、君に言っていた嘘が無かったら本命も成し得なかった。回りくどいけど、一応本当のことさ。それに、いいじゃあないか。巫女の説教だなんて。"釈迦の説法"だろう?」

 

「"釈迦に説法"だ! わかりきってるぜ! あんなこと!」

 

 

 魔理沙はプンスカという擬音が背後にありそうな感じでハイエロファントを怒った。それでも、彼女は彼の無事とタワーオブグレーの討伐を心から喜んでいた。魔理沙はハイエロファントを箒に乗せると、彗音たちの元へ、里の大通りの果てへ飛び立った。

 

 

 

 

____________________

 

 

 タワーオブグレーが討たれたとき、里で最も広い建物、集会所と呼ばれる場所に人々は避難していた。広いといっても全員が入りきれるわけでなく、女子供を優先して屋内へ、入りきれなかった大人の男は外で待機していた。しかし、たった3人だけ、女性で屋内にいない者たちがいた。

 1人は慧音。ハイエロファントと別れた後、住人をここに避難させて見張り番をしていたのだ。

 もう1人は霊夢。発見した男の子を集会所に連れてきたのだ。

 残る1人、彼女の容姿()特徴的。黒髪をして、黒メインの短いスカートに、白いシャツを着ている。しかしそれだけではない。なんとその背中には黒い翼が生えているのだ。明らかにただの人間ではない。

 

 

「……射命丸、ハイエロファントが必ず来るとは限らないぞ」

 

「大丈夫ですよ。勝っても負けても私は取材するので!」

 

「本当にやれやれって感じだわ。その取材魂」

 

 

 この黒髪の、射命丸と呼ばれた女性の名前は射命丸文(しゃめいまる あや)は鴉天狗である。幻想郷での鴉天狗は、郷内で最も大きな山、「妖怪の山」に拠点を構え様々な活動をしている。彼女もその1人なのだが、なんと趣味で新聞作りも兼務して行っているのだ。

 

 

「おっ。噂をすれば、やって来ましたねーっ」

 

 空を眺めていた射命丸が嬉々として声を上げる。昼を過ぎ、西へ傾いた太陽をバックに魔理沙とハイエロファントが箒に乗って3人の元へ降りて来た。

 

 

「よっ。みんなお揃いだな。って射命丸……お前もいるのかよ。」

 

「何で残念そうな顔するんですか、あなたは……」

 

「それで!? どうだった? やつは倒したのかっ」

 

「安心してください。慧音さん。タワーオブグレーは倒しました。消滅もこの目でしっかりと確認しましたよ。」

 

「そうか……良かった……本当に」

 

 

 慧音は安堵して、緊張しきっていた顔が思わず(ほころ)ぶ。

 

 

「良かったわ。中々やるじゃあないの」

 

「それほどでもない。君と魔理沙のおかげさ」

 

「そう! それですよ! 私が聞きたいのは!」

 

 

 霊夢とハイエロファントの話を射命丸が割って入り込む。その手にはペンと手帳があった。

 

 

「え〜っと、ハイエロファントさん……ですっけ。私はこの幻想郷で新聞を書いている射命丸文という者です。以後お見知りおきを」

 

 

 ペコリと丁寧に頭を下げられ、ハイエロファントも思わず礼を返す。

 

 

「実はですね。此度の戦い! ぜひ記事にしたいと思っているんですよ! それでですね、あなたと魔理沙さんに取材をと思いましてねっ」

 

「……やめとけ! やめとけ! そいつは面倒くさいんだ。しっかり書けよって頼んでんのに、聞いてるんだか聞いていないんだか。射命丸文、妖怪の山の鴉天狗。そこでの職務はそつなくこなすが、趣味でやってる新聞業はいま一つな出来な女。ハイエロファント。相手にすることはないぜ」

 

「む! あることないこと言って〜……業務妨害ですよ!」

 

「それはお前だろ!」

 

「いや、魔理沙。これは良い機会だと思わないか? スタンドとは何か……幻想郷の住人たちに理解してもらえるチャンスだ。それは()()()にもメリットがある。僕にだって……ね。」

 

 

 ハイエロファントは何かを思案しているような、小さく落ち着いたトーンで言った。

 

 

「えぇ〜〜っ……そうかもしれないけどよ〜〜」

 

「というわけで、だ。射命丸。君の丁寧さと物腰の柔らかさを見込んで、君の取材を受けよう」

 

「ふふふ。話のわかる方ですねっ。それじゃあ、どこか、落ち着ける場所へ行きましょう。魔理沙さんの取材はできなくても、ハイエロファントさんで十分でしょうしねっ」

 

 

 射命丸がペロッと舌を出して魔理沙に向かって言う。それを見た魔理沙はムッとした顔をし、箒に(またが)ると、空へ上昇し始めた。

 

 

「それじゃーなっ、文。ハイエロファント、終わったらすぐ帰ってくるんだぞ!」

 

 

 魔理沙はそう言い残して青色が強くなってきている空へと飛び去ってしまった。

 

 

「それじゃあ、里をちょっと出たところに丁度いいところがあるので、そこで行いましょうか。ついてきてください!」

 

 

 

 

____________________

 

 射命丸についていったハイエロファントは、人が3人ほど座れそうな切り株に座らされ、取材を受けた。想像はしていたが、その質問数、十数はあっただろう。自身の存在について、魔理沙との出会い、スタンドとは何か、タワーオブグレーのこと……

 

 

「おおっ。ありがとうございます!これだけネタがあれば、久々に満足する記事が出来上がるかも!ご協力ありがとうございます。」

 

「それは良かった。……終わりのようですし、そろそろ帰らせていただきますね。日もかなり傾いている」

 

 

 ハイエロファントが立ち上がり、宙に浮いて魔法店へ帰ろうとしたとき、後ろから「待った」がかかった。

 

 

「そういえば、ハイエロファントさん。知ってますか?舌切り蟲とは別の噂」

 

「別の噂?」

 

 

 ハイエロファントが喰らい付き、射命丸は心の底で「やった」とほくそ笑む。にやけを我慢しながら話を続ける。

 

 

「ええ。なんでも、ここから妖怪の山方面へ歩いていくと、巨大な湖が途中にあるんですけど、そこの噂でですね、深い霧が出る日、それも朝か夕方に()()んだそうです」

 

「出る?出るって……何がだい?」

 

「……幽霊船です。その湖は霧に包まれることが多く、通称"霧の湖"、と呼ばれているんです。それになぞって、この噂の名前は……

 

 

      曰く"霧の湖の幽霊船"」

 

「ままだね。だが、幽霊船か」

 

 

 ハイエロファントにはまたも心当たりのある話題だった。

 

 

「まぁ、所詮噂なので、取るに足らないことかもしれないですけど…それもスタンドが関連しているかも? 調査してみてはどうでしょうか?」

 

「…そうだな。しかし、すぐにでもなくていいかもしれない。僕が知っているものであるならね」

 

 

 それを聞いて少し残念そうにする射命丸だが、「そうですか」と言うと、別れのあいさつを告げて妖怪の山へと飛び去った。

 

 ハイエロファントは思った。ここには過去に死んだスタンドも流れつく。どんな本体であってもだ。もしかしたら、典明のかつての仲間……()()も流れつくかもしれない。それで、もしかしたらだが、未だ心にある亀裂を再び修復し始められるかもしれない……と。

 

 




ついに灰の塔(タワー オブ グレー)を撃破!

射命丸が言う"霧の湖の幽霊船"とは?果たしてスタンドなのか?それとも別の何か?
今回の事件が新たな戦いを、出会いを呼び起こす!次回、ハイエロファントは紅い館へ!

お楽しみに!

to be continued⇒


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5.紅い悪魔と幽波紋

明けましておめでとうございます。
長めの休暇の中で、かなりぎゅっと敷き詰めた一話となりました。
そして疲れました。
トニオさんの料理食べたい。

それよりも、「岸辺露伴は動かない」の実写ドラマ、皆さん見ましたでしょうか?
個人的にかなり好きな具合に仕上がっていて興奮しました。単行本で1、2は持っているので、富豪村とD.N.Aの話は知っていたんですけど、「くしゃがら」は知りませんでした…
初めて内容を知った、ということで「くしゃがら」が一番のお気に入りです。
(録画しました)



 射命丸からの取材から一夜明け、ハイエロファントはこれまでのように早朝から忙しく家事をしていた。玄関前の掃除を終え、ポストの中を覗くと、1枚の新聞が。

 

 

「「文々。新聞」……これは……昨日の取材のか?」

 

 

 新聞の正面には大々的に「舌切り蟲の討伐! その正体は妖怪ではなかった!?」と記されていた。

 

 

「案外早いんだな。新聞が作られるのって……」

 

 

 花京院は新聞記者の取材を受けたこともなく、別に新聞を愛読していたわけでもないため新聞について新たな知識を身につけられたことが少し新鮮に感じる。

 ハイエロファントは新聞を取り出すと、店内のカウンターに置き、魔理沙を起こして朝食を出した。魔理沙はトースターから出てきたばかりの淡い焦茶色のトーストにマーガリンを付けて頬張る。ひと齧りした後に指に付いたパンのカケラを指同士を擦り付けながら皿の上に落とすと、そばに置かれた新聞を手に取り、何にも期待してないような半目のまま新聞を読み始めた。

 

 

「……ふ〜〜ん。あいつにしちゃ……真面目に書いたな。これ絶対お前に興味出したぞ」

 

「別に危害があるわけではないんだろう?いいんじゃあないか?」

 

「面倒だぞぉ? 付き纏われたりするし」

 

「嫌になったら君にどうにかしてもらうさ」

 

「えぇ〜〜」

 

 

 他愛もない会話をしながら朝食を終えると、魔理沙は2階へ着替えに行き、ハイエロファントは食器を片付け始めた。いつもの白黒の服に着替え終えた魔理沙が2階へ戻ってくると、ドカッと再びカウンターに座った。

 

 

「やることね〜な〜。なーんにも」

 

「……君、いつになったら僕に助手らしいことをさせてくれるんだい?」

 

「え?助手?もうやってるだろ?」

 

「ハァ。もういいよ。初めからだが、君のそういうところが素なのかワザとなのか未だにわからない…」

 

「ハァ〜。魔法だのの研究も大体終わったしな〜。」

 

「……では魔理沙。パチュリー様の図書館から盗んだ本、返してくださる?」

 

「いや〜。それは断るぜ……ん?」

 

 

 突如店内に()()()以外の女性の声がフワッと鼻を撫でる落ち着いた紅茶のような匂いと同時に発せられた。住人2人は声が聴こえた瞬間、同時に玄関を振り返る。すると、そこには銀髪の、西洋の物語から抜け出してきたようなメイド服を着た女性が立っていた。外見からして10代後半〜20代前半ぐらいか?

 

 

「なっ……誰だ!」

 

 

 ハイエロファントは彼女を振り返ると、掌を合わせる。エメラルドスプラッシュを放つ迎撃態勢だ。

 

 

「落ち着けって、ハイエロファント。私の知り合いだ。以前ちょっとした事件があってな。そこで知り合ったんだよ」

 

「紅魔館でメイドをしております、十六夜咲夜です。よろしくお願いしますわ。ハイエロファント様」

 

「は……はぁ……」

 

 

 十六夜咲夜と名乗った女性はハイエロファントに軽くお辞儀をした。そして顔を上げ、ハイエロファントを手で指し示しながら話を続ける。

 

 

「今日やって来たのは、あなたに用があってね」

 

「……僕に用だって? 欧米風の人間に知り合いは少ないぞ」

 

「実は……我が主、レミリア・スカーレットが今朝の新聞を読んであなたに非常に興味をもたれたのよ。それで、あなたを連れてくるようにと命を受けて来たの」

 

 

 今朝の新聞。タワーオブグレーの件を気にかけていたのだろうか。いや、まさかスタンドの存在自体に?ただならぬ()()を覚え、ハイエロファントは警戒する。

 

 

「別にそこまで警戒することでもないぜ? 新聞読まれてめっちゃ気に入られただけだよ。きっと。いきなり()()()()()()()()はしないはずさ」

 

 

 いや、待て。今魔理沙の口からかなり気になる言葉が飛び出たぞ。「とって食う」だって?

 

 

「とって食う、か。普通の人間とは思えないが……何者なんだ? 君の主は」

 

「お嬢様は……吸血鬼よ。本当はご自分であなたを招きたかったそうで。でも、こんなに日光が照りつけていては出向けない、と嘆いていらしたわ」

 

 

 吸血鬼! 

 ハイエロファントの頭に電流が走った。彼の本体、花京院典明はかつてDIOという男に敗れたのだが、彼もまた吸血鬼の1人だった。ハイエロファントは幻想郷が()()()()()()()()、既に耳にしており吸血鬼が存在しているだろうことも考えていたが、まさかあちらがコンタクトを取ろうとしてくるだなんて一体誰が考えられるだろうか。

 

 

「……吸血鬼か…… 魔理沙。以前僕の本体、花京院典明が敗北した相手の名前は知っているだろう?」

 

「え? あぁ。たしか、DIOってやつだろ?」

 

「そう。……彼も吸血鬼だった」

 

「え!? そうなのか!?」

 

 

 魔理沙が目を剥いて驚く。咲夜も無言だがいかにも「意外」と思っていそうな表情をしている。大方、主が吸血鬼だと知って驚愕するリアクションを期待していたのだろう。実際ハイエロファントは"驚いては"いる。

 

 

「まさに「悪のカリスマ」。「邪悪の化身」と言っても過言ではない。会ってしまったら誰であっても虜にしてしまうだろう容姿、雰囲気。恐ろしいやつさ……スタンドも強力だった。「時を止める能力」。圧倒的パワー、スピードを持ち合わせているというのに、あの能力は反則というやつだ」

 

 

 ハイエロファントはDIOと初めて遭遇したとき、そして敗北したときのことを思い出す。心なしか、体が少し震えているように感じた。ハイエロファントは話を聴いていた彼女らの方を見る。「そんなやつだったのか」、と唖然としているだろう……

 

 

「へぇー。大変だったんだな」

 

 

 意外!それは平静ッ!

 

 

「私とお嬢様を足して2で割ったような感じなのね。たしかに強い存在だとは思うわ」

 

「……何?」

 

「実は咲夜ってな、時間を操れるんだよ。もちろん止めることだってできる。あんな広い館の中で家事をするんだ。何時間とか止められるんだろ?」

 

「そうね……2、3時間といったところかしら。限界まで止めたことはないけど、家事をするときはそれぐらい止めることもあるわ。……でも、一回止めたらクールタイムが要るわね。それでも数秒間だけだけど」

 

「……す……すごいな……」

 

 

 ハイエロファントはまたもや驚愕する。自分自身、DIOが永遠に時を止められるとは思っていなかった。止められても数秒〜数十秒程度だと。それ以上止められるのならば、ジョースター一行はDIOの館に足を踏み入れた時点で殺されていただろう。

 だというのに、今目の前にいるこのメイドは数時間だって?DIO以上に恐ろしい存在なのではないか。その考えにハイエロファントは思わず(おのの)いてしまう。……では、彼女を従えるレミリア・スカーレットとはどれほど強力な者なんだ?

 

 

「我が主も圧倒的カリスマ、何人でも虜にできる素晴らしい容姿をお持ちになっているのよ。そんな方が招いているんだから、どう? 美味しいお茶も出すわ。」

 

「い、いや……うぅん……」

 

 

 どうにも警戒してしまう。彼女の言い草からして、ほとんどDIOにそっくりなのではないか。本心、かなり行きにくい。

 

 

「なぁ、行こうぜ。ハイエロファント。私もパチュリーに用があるしよ。ついでだ、ついで!」

 

「図書館に、の間違いでしょ?」

 

 

 ハイエロファントは最後まで迷ったが、幻想郷の住人となってしまった今、このような機会を無下にするのはどうか、と思い遂に折れた。

 紅魔館へ行く決意をし、それを2人に表明すると、咲夜は早々と時間を止めて帰ってしまい、魔理沙は出発の準備を整えて箒に乗ると、ハイエロファントも乗せて紅魔館へ直行した。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 箒で飛び立っておよそ7分後、森が開けたところに巨大な湖が見えてきた。未だ天に昇りつつある太陽の光を反射して、波が生まれる度に宝石のように煌めく。そして湖のさらに向こう、赤茶のレンガで造られた洋館が佇んでいる。なるほど。名前の通り、たしかに紅い。

 

 

「あれが紅魔館か。いかにも西洋の吸血鬼がいそうな場所だ」

 

「ああ。それに、見た目通り結構広いからな、迷子になるなよ」

 

「大丈夫だとは思うが……さすがに咲夜さんが案内してくれるだろう」

 

「かもな〜」

 

 

 そんな話を交わしながら数分後、館の前まで辿り着くと門の前に咲夜ともう1人、高身長な女性が立っていた。見慣れない服を着ている。ハイエロファントは記憶を辿り、彼女が着ている服が中国のものに似ていると気付いた。しかし、なぜ洋館で中華なんだ…?

 

 

「お待ちしておりました。さ、ハイエロファント様、こちらへどうぞ。レミリア・スカーレット様の元へ案内いたしますわ」

 

「よっし。行こうぜ。ハイエロファント!」

 

 

 魔理沙が元気良くハイエロファントと並んで門の内へ入ろうとしたとき、中華の女性が立ち塞がった。

 

 

「ハハハー。すみませんねぇ、魔理沙さん。パチュリー様からあなたの入館は認められてなくってぇ……」

 

 

 申し訳なさそうに魔理沙の肩を手で押さえている。魔理沙は「ハァ?」と素っ頓狂な声を上げると、中華の女性に掴まれながらジタバタと暴れ始めた。

 

 

「おい! なんでだよぉ! つーか、そういうことってあいつも決められるのかよッ! 別に何もしないって、パチュリーのやつに言っとけよ! 咲夜ぁ!」

 

「…だってあなた、信用ならないもの」

 

「おいいぃぃーー! ハイエロファントぉ! 私が今から言う魔導書をも……」

 

「はいはい、お引き取り願いしまーす」

 

 

 女性が先程よりも強いパワーを以ってして魔理沙を抑えつける。途端に「いたたたた!」と叫びが飛んできたが、そんなことに構いもせず咲夜はハイエロファントを連れて外門をくぐって行った。

 

 

 

「……ものすごくどうでもいいことなんだが、君もこの館もまさに「洋」という感じなのに、何で門の女性は中華風なんだ?」

 

「彼女は中国の妖怪なの。ちなみに、中華風なのはここで彼女だけよ」

 

「ハァ……彼女も妖怪……なぜ中国の?」

 

 

 次の質問をぶつけられた咲夜は人差し指を顎に当て、「んーー……」と考えた、と思ったら、

 

 

「……わかりませんわ」

 

 

 即答であった。回答を聞いたハイエロファントは「実は彼女は大雑把な性格なんじゃあないか?」と心の中で思わずにはいられなかった。

 

 紅魔館の中に入ったハイエロファントは「やはり」といったように扉から入ってすぐのホールを見渡す。館内はとても暗かった。明かりだなんてものは必要最低限、というより壁際の、しかも天井付近で小さい炎が揺らめいているだけだ。かつて訪れたDIOの館もこのように明かりが少なかった。今回は扉から入って落とし穴に落とされることはなかったが。

 

 ハイエロファントは咲夜に案内されるまま、暗い廊下や階段を進む。その途中で妖精を見かけ、咲夜になぜ館内にいるのか、と聞くとどうやら館内のメイドの一員のようである。彼にとって初耳だったのが、咲夜が紅魔館のメイド長であったこと。しかし、それほど驚くようなものでもなかった。彼女の振る舞いなどからして、かなり()()()人だとわかっていたからだ。

 

 

 そのような会話を交わしながら、ついに咲夜の足が他のものより少し豪華な、両開きの扉の前で止まる。

 

 

「到着しましたわ。それじゃあ、私に続いて入ってちょうだい」

 

 

 咲夜はそう言うと、扉をノックした。すると、扉の向こう側から「どうぞ」と女の子の声が聴こえた。声の高さからして、咲夜よりも年下なのか?とハイエロファントは思ったが、彼の緊張を解くにはまだ弱い説である。

 返事を聞いた咲夜は「失礼します」と断りを入れ、扉を開けた。徐々に大きくなる扉の隙間からボウッと朧げな光が漏れる。蝋燭か何かの火だろうか。咲夜が開かれた扉を通るのに続き、ハイエロファントも入室する。それを見て咲夜はハイエロファントの左側に立つと、蝋燭の火によって暗がりができている部屋の奥を手で示した。

 

 

「本日は足をお運びくださり、ありがとうございます。ハイエロファント様。そして、この御方こそ、この紅魔館の主君、レミリア・スカーレット嬢でございます」

 

 

 そう言った直後、壁際のランプが一斉に点灯。蝋燭の向こう側に1人の背の低い女の子が手を広げていた。

 

 

「ようこそ。我が館へ。ハイエロファントグリーン。会えてとても嬉しいわ。既に紹介があったけど私が紅魔館の主、レミリアよ。よろしくね」

 

 

 鋭い眼光を向け、威圧たっぷりの声で話す彼女は、青紫の髪をし、レースの入った淡いピンク色の服を着ている。さらに赤い目をもち、しゃべっているときにチラリと見えた口内には人間のそれよりも鋭い犬歯が。しかも背中には黒いコウモリの羽ときた。DIOとは似ても似つかないが、それこそRPGや伝説にある姿をした、吸血鬼。何人もの人々を虜にすると咲夜は言っていたが、それは妖艶な姿に、ではなくてほのかに漂わせる"可愛らしさ"のことなのではとつい思ってしまった。彼女がレミリア・スカーレットか。

 

 

「……お初にお目にかかります。レミリア嬢。あなたのような高貴な方と繋がりをもてたことにとても感謝しています」

 

 

 片膝をつき、頭を垂れ、出来るだけ……レミリアの気分を損なうまいと言葉を紡ぐ。

 

 

「あら、律儀なのね。やっぱり()()()()()()()()()のよ…………ほら、早くこっち座ってっ」

 

 

 レミリアは蝋燭の立てられている机を挟むようにして置かれているイスの片方に座ると、もう片方よりの机の面をパンパンと叩いて促す。

 

 

「え、ええ」

 

 

 渋々といった感じで椅子に座ると、レミリアはいきなり身を乗り出してハイエロファントをまじまじと観察する。

 

 

「あの…何か僕の顔に付いているんですか?」

 

「いいえ?……ふぅーん…………ねぇ、あなた。うちに来ない?」

 

 

 唐突な勧誘。一体さっきの観察で何を思ったのだろうか。

 

 

「魔理沙のところよりも美味しい食事もあるわよ。大きい図書館もあるし、館内の人数も多いから退屈はしないと思うわっ」

 

「いや、いきなりどうしたんです? 僕に何の用なんですか? 勧誘ですか?」

 

「あっ……いけないいけない。気持ちが先行しちゃった…… オホン。えーっとね、ハイエロファント。実は今朝の新聞を読んで、あなたにものすごく興味が出たのよ。"スタンド"についてね」

 

 

 今朝の新聞。

 昨日の取材でスタンドに関する、ハイエロファントが持ち合わせている情報のほとんどを開示していた。レミリアはそれに興味を示したようだ。

 

 

「なるほど。それで、あわよくば自身もスタンドを身につけたいと?」

 

「そうよ! ねぇ、ハイエロファント。スタンドの発現方法を教えてちょうだいな。もしくは、私の従者になるか」

 

 

 肩を掴んで揺さぶりながら問いかける。おもちゃを買ってもらおうと親の説得にかかろうとする子供のようだ。

 

 

「一応言っておきますけど、スタンドは使い魔だとか、ペットじゃあないんです。そう扱う人もいるかもしれないですが、少なくとも、僕と僕の本体(花京院典明)はそう思っていない。」

 

「わかってるわよ。私は珍しいものが好きなの」

 

「物みたいに扱わないでください」

 

「むぅ……じゃあスタンドの発現方法! 教えてほしいわ」

 

 

 ハイエロファントはレミリアを見つめて「どうしたものか」と考える。ハイエロファントグリーンはスタンドを無理矢理発現させる方法は知っていた。かつてDIOに操られていたとき、腹心であるエンヤという老婆が人間を特殊な矢で貫くことによって、スタンド能力に目覚めさせる光景を目にしたことがあるからだ。

 しかし、ハイエロファントはこの方法では発現しておらず、"矢"による発現の詳細をよく分かっていない。

 

 

「残念ですが、僕は"自然に発現"したスタンドのため、無理矢理スタンドを発現させる方法はよく知りません。1つだけ目撃したことがありますが、使われたアイテムも無いですし……」

 

「……そう」

 

 

 残念そうにハイエロファントから身を離す。そんなにスタンドが欲しいのか。

 

 

「はぁ〜〜。スタンドが欲しいわ……」

 

「そんなにですか?」

 

「だって面白そうじゃない。()()()()()()()()()()()だなんて、誰だって気になるわ」

 

 

 レミリアは机に突っ伏し、足をパタパタと揺らしながら呟く。魔理沙よりも幼く見える姿の通り、子供らしい言動が多い。ハイエロファントは彼女に関する話と実際の矛盾を感じているが、ただならぬオーラを醸し出しているゆえ、警戒を解けない。

 

 

「…スタンド能力の覚醒については何とも言えないですが、灰の塔(タワー オブ グレー)や僕みたいに他の流れつくスタンドを引き抜けばいいんじゃあないですか? "霧の湖の幽霊船"なんか……」

 

「幽霊船……やっぱりあれもスタンドなのね」

 

「見たことはないですが、死ぬ前に似たようなスタンドに遭遇したことがあるので。タワーオブグレーの件もありますし、おそらくスタンドだと思いますよ。」

 

「でも船じゃない…………じゃあ、"狐火"は?」

 

「狐火?……初めて聞きましたが……」

 

「そっちは知らないのね。最近ここいらの森で出るって噂らしいわ」

 

 

 "狐火"。それは幽霊船と並んで噂される妖怪話である。道行く人間や妖怪を追いかける火の玉であり、それに驚いて逃げるといつの間にか消えている、という噂だ。

 

 

「人を追いかける火、か……」

 

 

 火にまつわるスタンド。たしかに身に覚えがある。しかし、人や妖怪を追いかける……

 

 

「それは……どうでしょうね。わからないです」

 

「そう。……変な時間とったわね」

 

 

 と言うと、レミリアはイスから離れた。ハイエロファントも「終わりか?」と席を立つ。そしてレミリアはハイエロファントに「ついてきなさい」と言うと部屋を出た。ハイエロファントは彼女を追い、部屋を出る。

 

 

「実はあなたを呼んだのには別の理由があってね。こっちが本命なのよ」

 

「何ですって?」

 

「私の妹、フランドールっていうんだけど、最近自分の部屋から出てこないの。私や咲夜が呼びに行っても断固として出てこないのよ。運べばご飯はしっかり食べるんだけどね。姉として心配だわ」

 

「……心配だという割には、()()()()()を優先していませんでした?」

 

「ギリギリまで迷ってたのよ。あなたに相談してどうにかできるかってね」

 

 

 もっともらしい言葉を述べ、レミリアはハイエロファントを連れて次々と階を下へと巡る。

 

 

 1階まで下り、入り口とは別の巨大な両開きの扉の前まで来ると、小さい体に似合わず大扉を1人で開ける。扉の奥にはなんと、見渡す限り本、本、本の広大な図書館があった。しかも、他の部屋や廊下に比べてランプが多く、明るくなっている。魔理沙や咲夜が言っていた図書館はここのことだったのだ。

 

 

「なんて広い図書館なんだ……」

 

「こっちよ」

 

 

 レミリアに導かれて図書館を歩いていく。上下にも広く、階段も下り、2フロア分地下へ下りると、開けた空間に出た。ハイエロファントはそこで、本が山積みされている長机の中に動く紫の服を着た女性を見つけた。服だけでなく、紫色の髪、紫色の帽子と、とにかく紫色が好きなようだ。本を手にしながらこちらを見つめている。どうやら彼女が「パチュリー」らしい。魔理沙が言っていた女性だ。レミリアによると、彼女も魔理沙と同じ魔法使いでこの大図書館の管理人であるよう。

 レミリアは彼女とアイコンタクトで「妹のところへ行ってくる」と伝え、パチュリーは再び読書のために目を本に落とした。

 

 しばらく歩くと、再び両開きの扉が。側には咲夜がいる。時間を止めて移動してきたのだろう。

 

 

「咲夜。どうだった? あの子の様子は」

 

「…………」

 

 

 咲夜は「残念ながら……」と言うように首を振る。「やっぱり」と言い、レミリアが扉を開ける。その先は長い通路になっており、館内よりもさらに暗い。3人は共に通路の先を目指して進み出した。

 

 

「お嬢様。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

「何者かと一緒に、ね……」

 

「……フランドールは1人で引きこもっているわけではないのか?」

 

 

 思っていたことと違った。てっきり喧嘩だか、()()()()()()が来ただかして1人で引きこもっているのかとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。ハイエロファントの問いに咲夜が答える。

 

 

「どうやら、そのようで…… しかも、妹様がお変わりになられてから、館内でおかしな話が出てきたの」

 

「おかしな話?」

 

「ええ…………妖精のメイドたちの数人が行方不明になったのよ」

 

「……断りも入れずに休暇を取ったんじゃあないのか? もしくは、仕事に嫌気が差したか……」

 

「考えられない話ではないけど、噂はそれだけじゃあないわ」

 

 

 咲夜が答えようとしたとき、レミリアが口を挟んだ。

 

 

「実はね、この館の中で"悪魔"の目撃情報が出たのよ」

 

「悪魔だって?」

 

「そう。鋭い爪に角、光る目、巨大な体躯。まさしく悪魔だーって報告しに来たわ。最初はパチェの……ああ、パチュリーのことね。彼女の使い魔の見間違いかと思って本人聞いてみたんだけど、目撃情報が出た期間に使い魔の呼び出しは一切やってないって言うのよ。不思議な話よね」

 

「……それで、件の悪魔が妖精メイドを(さら)って、フランドールがそれを匿ってる可能性があると?」

 

「そう。フランが誰かに話している声は何度も聞いたけど、その相手が誰なのか、何者なのか、教えてくれないのよ。」

 

「……なるほど。それで僕を…………わかっていると思いますが、僕はスタンドだ。仮に悪魔だったっていうんなら、専門外ですよ。」

 

「それを確かめるためにあなたを呼んだのよ。ほら、着いた。」

 

 

 長い通路を歩き続け、到着したのは、これまた両開きの扉の前。しかも、今までと明らかに雰囲気が違う。所々が錆びつき、辺りには血痕らしきものが飛び散っている。

 魔理沙よりも幼く見えるレミリアの年下。レミリア自身、子供らしい部分があるというのに、それよりも幼いというのに、こんな部屋を持たせるのはいかがなものか?そう思いながら、ハイエロファントは扉に顔を近づけて中の様子を音で探る。

 

 中からは女の子の声がする。しかもただ1つだけ。それ以外の声は全く聴こえない。女の子の声のトーンからして、上機嫌のようだ。楽しく()()に向かって話している。

 

 

「音だけではわからないですね」

 

「それじゃあ……ね?」

 

 

 レミリアと咲夜は互いを見た後、同時にハイエロファントを見つめた。"頼んだ"、と。「はぁ」とため息をつくと、ハイエロファントは意を決し、扉をノックする。すると、中の女の子の声が消える。と同時に、トコトコと扉の近くまで歩いてくる音がした。

 

 

「……あなたは……? そのノック……お姉様や咲夜じゃあない……」

 

「僕の名はハイエロファントグリーン。君のお姉さんに言われて来たんだ。なぜ君が引きこもるのか、誰と一緒にいるのか……それを聞かせてもらうために。教えてくれないか……?」

 

 

 奥の少女、フランドールは黙り込む。「だめか?」と思った瞬間、返事がきた。

 

 

「……どうしても、だめ。あなたを()()()()()()

 

 

 傷つける? なぜ?

 

 

「大丈夫。僕も、君ほど頑丈というわけじゃあないが、ただの生物ではなく、スタンドという存在。そう簡単にやられることはないさ」

 

 

 スタンド。その単語を言った時、フランドールが思わず、といったように「えっ」とこぼした。ハイエロファントはこれを聞き逃さない。

 

 

「……君今、スタンドと聞いて反応したな? 誤魔化せないぞっ。君が一緒にいる者はスタンドッ! 教えてくれ! 君は誰と一緒にいるんだッ!?」

 

 

 声に力が入り、怒鳴るようにして問いかける。しかし、その直後、扉の奥から「だめ!」と叫ぶ声が聴こえてきた。ハイエロファントに言い放ったわけではない。同室の誰かに…

 

 

「フ……フラン?」

 

「何か……ヤバい雰囲気だ……」

 

 

 扉の外の3人は不穏な空気を感じとる。フランドールの叫びはどんどん大きくなる。まるで、暴れる獣をなだめて抑えようとしているように。次の瞬間、扉がドンッと力強く叩かれると、フランドールの絶叫が響いた。

 

 

「お兄さんッ!! 逃げて! 早くッ!!」

 

「!!」

 

「何か……ヤバい!」

 

 

 

    ガ   オ   ン 

 

 

 

 突如、フランドールの部屋の扉に大穴が穿たれた。壊された?……いや、円形に消滅した、という方が正しいだろう。そして、その大穴は部屋前の通路まで空けられていた。スプーンで抉り取ったように、不自然に通路の床、壁が変形している。そして…あの3人のいたところも。

 

 

 しかし、3人は既に退避し、大図書館に移動していた。咲夜が時を止め、2人を連れていっていたのだ。

 

 

「な……何っ?フランは何を隠していたのッ!?」

 

「……彼女に悪意はない。おそらくだが、君たちに、そして、あの存在に被害が及ばぬように匿っていたんだ。バレてしまったら、双方に被害が出ることをわかっていた……君たちはやつを、やつは君たちを……そして……出てきた。あれが一連の犯人、というわけか」

 

 

 ハイエロファントが天井より少し下の付近を指さす。すると、その何も無い空間からスーーーッと滲み出るようにして、丸いシルエットの黒い布を被った骸骨のような顔に2本角をした異形の存在が姿を現す。しかも、自身の体を口に入れているのか、彼の下半身は無く、体の続きは口へ入っていっている。

 

 

「そんな……まさか本当に悪魔が……」

 

 

 咲夜が感嘆する。しかし、ハイエロファントは大して驚いていない。なぜなら、

 

 

「いいや、あれはスタンドだ。やつから感じるこのエネルギー……間違いないっ」

 

 

 禍々しい姿のスタンドは3人を睨みつける。すると、奥の扉から、1人の少女が息を切らしながら走ってきた。金髪で、白と赤の洋服に身を包み、宝石を思わせるようなキラキラとした羽のようなものが背中から生えている。

 

 

「フラン!」

 

「お姉様! 彼を傷つけないで!」

 

「な……何を……妹様! あの攻撃! やつは危険です! 放っておくわけには……!」

 

「ハ……ハイエロファント……グリーン…………」

 

 

 スタンドがここで初めて口を開いた。そして発したのは、相対するもう1人のスタンド、ハイエロファントの名。

 

 

「? なぜ僕の名前を……会ったことはないはずだが……」

 

「う……グゥゥ……キ様を……始末スル……ッ!」

 

 

 始末する。たしかにそう言ったスタンドは口をガバァッと開き、自身の下半身を再び飲み込んだ!それを見たフランドールは叫び、彼の()()()()()()()()()()()を止めようとする。

 

 

「だめ! せっかく仲良くなれてきたのに……ッ。また暴れて……私を困らせないでよ!!

 

 

 

       「クリーム」!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




フランドールが匿っていたのは…なんとクリーム!?
襲いかかるクリーム……ハイエロファントとフランドールはどう対処していくのか?
お楽しみに!

to be continued⇒


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6.亜空の瘴気

ジョジョのゲームで、Eyes Of Heavenてありますよね。
いつもフリーバトルしかやらないんですが、そっちの方がキャラクターを多く使えて新鮮じゃないですか。

そんな感じで、好きなキャラクターがいるんですけど、
手応えがコントローラーを通して伝わる「承太郎」と
時を長く止められる「DIO」、
カウンターというか、原作の再現がしやすい「ディアボロ」、
元々キャラクターとして好きな「定助」がお気に入りです。

(どうでもよかった)


 異様な行動を取るスタンドにかけられたフランドールの言葉に、咲夜とレミリアは目に焼き付けられたスタンド像を視界から外さずに反応する。

 

 

「クリー……ム?」

 

「あいつの名前のようね……」

 

「! 来るぞ!」

 

 

 ハイエロファントの声で2人は構える。宙に浮かぶクリームは自身の体を呑み込んで姿を消してしまっていた。

 

 

「咲夜さん、あのクリームとかいうスタンドの攻撃、その最中で()()()()()()を目撃したかい?」

 

「い、いいえ……何も見えなかったわ」

 

「……もしかしたら、あいつは……」

 

 

 ハイエロファントはクリームのいた地点から目を下に落とす。その直後、いきなり同じ地点の床が抉られた。そこで止まった…思いきや、床につけられた()()()はハイエロファントたちのいる方向へ、高速で進行し始めたのだ。

 

 

「やはり! 透明になって攻撃してくるスタンドッ!」

 

「……咲夜!」

 

「はいッ。時よ……止まれ!!」

 

 

 レミリアの合図を受けた咲夜は、クリームの攻撃が自身の10m程先の辺りに来たとき、右手を前へ広げて叫んだ。

 

 

 

 そこからは静止の世界。動くものは何も無く、ハイエロファントやレミリア、巻き上げられた瓦礫、クリームの攻撃、全てが止まっている。しかし、たった1人だけ、動く者がいた。

 十六夜咲夜。種族はただの人間でありながら、"時間を操る"という強力な能力をもっている。止まった時の中で動ける彼女からして、この時間()はまさに、"彼女だけの世界"。

 

 

「あなたの攻撃の軌跡が……見える。いくら透明だといっても、自身の痕跡を残しているようじゃあ私の敵では、ない!」

 

 

 クリームの攻撃が行われている箇所を見ながら、彼女は攻撃に移る。

 咲夜は静止したクリームの攻撃目掛けて、無数のナイフを全方位から刃が向くように配置し、攻撃の進行方向からもさらに束ねたナイフ群を宙に置いた。そして元の場所に戻って一言。

 

 

「そして時は動き出す」

 

 

 

 突如として現れたナイフの群れ。それらは咲夜の掛け声と同時にゆっくりと破壊の権化に向けて進行する。そしてクリームの攻撃は何事もなかったかのように3人のいる方へ、そして自身を殺すために散りばめられた鋼鉄の雨へと突進した。

 

 

        ガオン!    ギャオォン!

 

     ガオン!

 

 

 しかし、「その程度の攻撃、どうということもない」とでも言うかのようにクリームはナイフ群をまとめて削り取る。そしてその勢いを殺さぬのまま、3人の方へと迫った!

 

 

  ゴ  オ  オ  オ  オ  オ  ォ  ォ 

 

 

「まずい……! 避けるんだッ!」

 

 

 ハイエロファントの声をトリガーとしたように、レミリアは張りの良いバネの如く宙へ、咲夜とハイエロファントはそれぞれ左右に転がり、クリームとの衝突を回避する。標的を失ったクリームは()()()()()()()本棚と一体化している壁へ激突し、きれいな円形の風穴を空けた。大型トラックのタイヤのような穴だ。

 

 

 

 空洞音を響かせる風穴はしばらく何も変化が無かった。そのまま突き抜けたのか?クリームが戻って来る気配はない。

 

 

「戻って来ないなら……何にせよ、今がチャンスだ。あのスタンドへの対策を練られる。」

 

 

 ハイエロファントはそう言って図書館の奥へ目をやる。そこにはレミリアの妹、フランドール・スカーレットがいた。彼の視線に気付いたフランドールは何を口に出せばいいのか分かっていないのか、とても難しく、悲しそうな表情をしていた。

 

 

「私がフランと話してくるわ……いろいろね」

 

「頼みます」

 

 

 フランドールの様子を見たレミリアは、ハイエロファントが彼女の元へ行こうとする前にフランドールへの事情聴取を名乗り出た。「あんな様子だからこそ、姉の私が聞いてやるに限る」と。

 

 

「それじゃあ、咲夜さん。クリームとフランドールの関係についてはレミリア嬢に任せよう。こっちでやつへの対抗策を。時を止めて攻撃をしたとき、何か気付いたことはあったかい?」

 

「いいえ。……やつに弱点なんてあるとは思えないわ。全方位からナイフで囲んだというのに全部、ほら、この通りよ」

 

 そう言って3本のナイフをハイエロファントに見せつけた。刃が半分失われているもの、完全に刃が消え、持ち手だけになったもの、刃だけ残ったもの。石の壁や鉄でできた道具など、やつに削られないものはないのだろう。そんなことを間接的に想像内に刷り込ませてくる。

 

 

「……どんなものでも削られる上に、全身を隠し、なおかつ防御も完璧、か……」

 

「どうするの? どうにかして引きずり出すつもり?」

 

「…………」

 

 

 ハイエロファントはクリームの攻撃を受けてから、これまでの光景を思い返していた。干渉されることのない無敵の状態となって攻撃してくる。それは透明な時だけ。それでは、今の今まで一度も姿を現さずに突進攻撃を仕掛ければ我々を葬っていけただろうに、わざわざ姿を見せた理由は……

 

 

「……やつは、我々のことが見えてない。」

 

「え?」

 

「いや、気が触れていて獣のようなやつだと思ったから、一度姿を見せたことに何も意味なんてないと思った。だが、やつは僕を狙っていながら、()()()()()()()()()。そのまま僕らを空中へ追い込めば、やつは軌道を読まれることなく始末ができるというのに、それをしてこない…… あの無敵の状態のときは目が見えていないから、わざわざ顔を出して見る必要があるんだ。」

 

「なるほど……でも、それが分かったからってあっちが顔を出すまで何もできないじゃない? こっちを見させるために陽動しようと言ったって目は見えないし、顔を表に出していないから目が見えない、というなら耳も頼りにならなさそうだけど。」

 

「いいや、もう1つ分かったこと、というより可能性が高いことがある。やつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 咲夜は顎に親指の先を当てて考える。

 

 

「……私たちを襲ってきたとき、床を伝って行ったから?そのまま削り取りながら沈まずに。」

 

「ああ。」

 

「……確かに。あり得るわ………でも、それだけ分かっても対抗策なんて全然思い浮かばない…厄介な相手ね……本当に。」

 

「…………」

(あのスタンド…とても理性が感じられなかった……本体が元々あんな人格だった可能性もあるがにわかに信じられない。……僕と違う、何か問題がある状態で生まれてしまったのか……?)

 

 

 

 

____________________

 

 

「フラン」

 

 

 ハイエロファントに情報聴取を任されたレミリアが呼びかける。フランドールは一瞬レミリアをチラリと見やるが、すぐ顔を伏せた。レミリアはそれを見て彼女に歩み寄り、右手を肩に、左手で頭を撫でながら「大丈夫 大丈夫」と言うように興奮した犬を(なだ)めるように、落ち着いて言い聞かせた。

 

 

「何があったのか……話してくれる?」

 

 

 レミリアの問いかけに、しばらくしてからコクンと頷くと、フランドールは口を開いた。

 

 

 私とクリームが出会ったのは、今から大体2週間前。館内を歩いていたら、見つけたの。体中に小さい穴がたくさん空いてて、苦しそうに唸りながら突っ伏してたわ。見つけたときは1人だったから、その時は誰にもクリームの存在に気付いてなかった……

私は無意識に彼を自分の部屋に連れて行ったの。今思えば、新しい遊び相手をむざむざ放っておきたくなかったのかもしれないけど。部屋に運んで、自分のベッドで寝かせて2日後くらいにクリームは目覚めたわ。目覚めたクリームとはお互いに自己紹介して、話し相手や遊び相手になってもらったの。とても楽しかったわ。咲夜や美鈴、パチェに遊んでもらうのとは全然違ったの。それは"いつもはいない特別な存在"みたいな…ね。その時は、"私の友達"って館のみんなに紹介するつもりだった……

 でも、「隠そう」って思ったのはクリームが目覚めてからすぐのことだったわ。いきなりだったの。クリームはいきなり苦しみだして、態度が変わった。すごい気迫で、溜め込んでいた恨みが爆発したみたいに荒っぽくなって、私が抑えてもダメだったの。そしてそのまま、()()()()()()()()になって部屋を出て行った。出て行った彼は図書館前にいた、私を夕食に誘いに来た妖精メイドを見つけて食べちゃったわ。そして、またいきなり正気に戻ったの。その時に思ったの。「この子は私と似てる」って。もし、彼の存在がお姉様や霊夢にバレたら、私はレミリア・スカーレットの妹だから、今は()()()()()()()()けど、彼は何でもない、ただの妖……スタンド。

 せっかく私が、自分で作った"初めての友達"……絶対に離さないって決めて……匿ったの…… だって彼も……心が空っぽの器だけみたい。だけってことは……1人ぼっちなのよ。

 

 

 自分で作った初めての友達。フランドールはその言葉を出してから、涙が止まらなくなってしまった。いい終わった後、フランドールはレミリアに「ごめんなさい」と謝るが、レミリアはそれに反応することなく、フランドールをそっと抱きしめる。

 

 

「それは……こっちのセリフよ。フラン。そんなに優しい子に育っているなんて……全然気付かなかった。ごめんなさいね」

 

 

 フランドールの涙はもう止まっている。彼女は「うん」と抱きしめ返した。そこでレミリアが再び口を開ける。

 

 

「大切な友達……だからこそ、どうにかするべきじゃあない?あのまま放っておくわけにはいかないでしょう? ……手を貸してくれる?」

 

 

 レミリアの問いかけに、今度は間も入れずに答える。

 

 

「うん。クリームを止めましょう」

 

「それでこそ我が妹、よ。」

 

 

 レミリアはそう言うと、フランドールの手を引き、ハイエロファントたちの元へ軽く羽ばたいた。床から2メートル程浮き上がる。レミリアには羽らしい羽があるが、フランドールはなぜ()()()()()()()()()()()()()()()()で飛べてるのかはわからないが。

 

 

「フラン。クリームの弱点はわかるかしら? 本人に聞いていたりしない?」

 

「……わからない……自己紹介の時に記憶がなさそうだったわ。名前しか思い出せないって」

 

「……困ったわね」

 

 

 記憶がない。ということは、今暴れ回っているのは少なくとも理性によってではない。そう確信したレミリアは思案する。

 

 

(記憶がないのに、相手を傷つける方法、自分の特性をよく理解しているのは変ね…………となると、フランに嘘をついたか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……何にしてもずっと暴走状態のままだったら、本当に太刀打ちできないわ……いくら吸血鬼といえども……)

「…フランに嘘をついた、ということはなさそうね。メリットがないもの」

 

 

 その呟きに対してフランが小さく頷いたとき、図書館の外から獣のような、いや、それよりも更におどろおどろしい、低い雄叫びが館中に響いた。おそらく……

 

 

「この声、クリーム!?」

 

「! フラン!」

 

 

 聴こえた瞬間、フランが飛び出した。レミリアは待ったを掛けながらフランの肩を掴み、静止させようとする。ハイエロファントたちも気付いたようで、咲夜と共に2人の元へ寄ってきた。しかし、

 

 

   ガ  オ  ン  ! 

 

 

 次の瞬間、レミリアの頭上、しかも遥か上の図書館の天井に円い穴が空いた!

 

 

「お嬢様!?」

 

「……いきなり来たか……レミリア嬢! 早くそこを移動するんだッ!」

 

「お姉様……っ。クリームッ! 顔を見せてッ!」

 

 

 フランドールの言葉を無視しクリームは答えず、顔も出さない。しかし、彼の"牙"は確実に迫ってきているのは明白である。

 

 

(軌道が……読めない……ッ。せめて何か……クリームに削り取らせないと!)

 

 

 攻撃が当たる前に、何かをぶつけて軌道を読もうと画策するが、近くには何もない。だからと言って下手に動くのも、命取りだ。レミリアが「まずい」と覚悟した瞬間……

 

 

ブ ワ ワ サ ア ア ア ァ ァ!!

 

 

 何かの"群れ"がレミリアの周りを囲んだ。鳥のように羽ばたく何か。それをガオン!と削る球形の空間がレミリアの視界を埋める。

 

 

(み……見えたッ。クリームの攻撃が!)

 

 

 自身の右手側から接近するクリームを発見し、前方へと回避する。目標を再び失ったクリームは墜落するようにして床に穴を空けた。

 それを見たレミリアと、その他の者は突如視界を覆った物体へと目を向ける。先程は羽ばたいていたように見えたが、どうやら違ったらしい。おそらく、"舞っていた"だけ。その証拠に、物体全てが今は宙になく、床に散乱していた。

 その物体とは、本。おびただしい数の本である。しかし、本は自分では舞うことはない。誰かが()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「全く……私の図書館で好き勝手やるわね。あなたたち」

 

「パチェ!」

 

 

 魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。彼女が魔法によって本の群れを巻き上げたのだ。読書の途中だったようで、1冊の本を脇に抱えて4人の元へゆっくりとやって来ると、クリームの空けた穴に向かって声を投げる。

 

 

「ま、あちこちの破壊の犯人はあなたらしいけど? 話は何となく聞いていたから、あなたの命までは取りはしないわ。でも、しばらく再起不能になってもらう」

 

 

 いい終わったすぐ後、穴の上にポッとクリームの顔が出現した。目をギラつかせ、上顎から首から下の部位が流れるように現れていく。異様な光景だが、5人は全く臆すことなくクリームの全貌が現れるのを見つめていた。

 全身が現れ、その両足が床に着いたとき、ハイエロファントは驚愕する。なんて巨大な体躯。自身の1.5倍。いや、それ以上にもなろうか。

 

 

「クリーム……!正気に戻ったの?」

 

 

 フランドールが駆け寄ろうとするのをレミリアに抑えられながら問う。クリームはフランドールを目を向けた後、ハイエロファントを見やった。

 

 

「……私ハ元カラ正気ダ。ハイエロファントグリーン……貴様のヨウな裏切リ者は、DIO様ヨリ「殺せ」と命令されテイル」

 

「……何だと?」

 

 

 ハイエロファントはクリームの言葉に対して疑問を抱く。DIOは既に花京院典明を殺した。それを知らないのか……?ということは…まさか……

 

 

「お前は……まさかとは思うが……アヴドゥルと……イギーを殺したのはお前か……?」

 

 

 ハイエロファントの言葉に怒気が混ざる。挙げられたかつての仲間は、DIOの館の中で死亡した、とポルナレフという別の仲間から聞かされていた。

 

 

「その通りだ。ソシテ花京院典明ッ! 貴様をココで始末シテやル! コノ"ヴァニラ・アイス"のスタンド、クリームの暗黒空間にバラ撒いてなッ!!」

 

 

 全員が驚愕する。中でもハイエロファントとフランドール。どちらの想像とも違っていた。スタンドに入っていたのは本体の人格ッ!クリームの人格は今表にはないッ!

 

 

「このスタンドッ! いつの間に人格が変わったんだ! 絶対に正気じゃあないぞッ!」

 

「そんなッ! クリームを返してッ!」

 

 

 フランドールが自身の周りに弾幕を形成し、クリームに飛びかかった。

 

 

「訳の分かラナイコトを……邪魔だッ! 小娘ェッ!」

 

 

  バ キ イ ィ !

 

 クリームは苛立ちながら飛びかかるフランドールを殴り飛ばした。吹っ飛んだフランドールは軌道上にある本棚をいくつも貫通し、硬い絨毯(じゅうたん)に墜落する。

 

 

「ク、クリーム……」

 

「まだ息がアルのカ………ウゴガァァッ!?」

 

 

 フランドールの小さな呟きを聞き逃さなかったクリーム。しかし、その刹那、クリームの左脇腹に大きく鈍い音と共に"弧"ができた。そして間髪入れずにクリームの体が右手方向へ勢いよく転がされ、壁に激突する。原因はすぐ分かった。

 

 

「あの程度では、たしかにフランは死なないわ。でもね、私はあなたを許さない。あの子の心につけ込んで……いつから人格が入れ替わっていたのかは知らないけど、私の怒りに火をつけるには……今ので充分よ……ッ」

 

「この……ガキガッ……」

 

 

 レミリアの蹴りである。吸血鬼の身体能力、その全力を注ぎ込んだ一撃。そして、この場にいる全員が、レミリアの激昂を肌で感じた。

 

 

「……ッ! ……いいだろウ! ……ハイエロファントの前にッ! 貴様モ始末シてくれる!!」

 

 

 叫んだクリームは自身の体を再び呑み込んだ!それを見たレミリアはパチュリーと咲夜に向かって大声で指示を出した。

 

 

「パチェ! もう一度本を巻き上げるのよッ! 咲夜ッ! フランを!!」

 

「……わかったわ」

 

「御意に!」

 

 

 咲夜はフランが飛ばされた方へ走り、パチュリーは魔法を唱え、羽ばたく本の群れをレミリアの周りを旋回させる。

 

 

「さあ……来なさい」

 

(彼女、かなり()()()()()、大丈夫なのか……? だが、僕もこのままここにいるのはまずいッ!)

 

 

 ハイエロファントはレミリアの激昂を良く思ってはいなかった。何なら、危機を感じている。しかし、「止まれ」と言って止まらないことは目に見えている上、自身の力の全てを使おうともレミリアを抑えるのは無理だと分かり、ハイエロファントはその場を退く。

 

 巻き上げられた本の嵐、その中にたたずむレミリアは目を閉じ、集中する。今のクリームは、自身に対して明確な殺気をもっている。いくら透明でも殺気は消せない。怒り狂っているのなら、尚更である。しかもそれが両者ときたものだから、ハイエロファントは巻き込まれまいと一時的に身を引かざるを得なかった。

 

 

(フラン……あなたの思い通りにならないかもしれない……その時は、また謝るわ……)

 

 

 身の周りを舞いに舞う無数の本。クリームの攻撃を予知するための対策だが、未だに攻撃は行われない。外から見るハイエロファントとパチュリーは怪訝に思う。レミリアの方にもアクションは見られない。

 

 

 

 

 一方、咲夜は床に倒れているフランドールを介抱していた。

 

 

「妹様、大丈夫ですか? 今、お嬢様がクリームの相手を……」

 

 

 咲夜がフランドールに声を掛け、応急処置として、(いびつ)に曲がった左腕を固定する。すると、フランドールは空いた右手で咲夜の服をおもむろに掴むと、(ささや)くように声を出した。

 

 

「咲……夜……クリームは……削り取るだけじゃあ……ないの……彼は……物の隙間にも入り込めるの……!」

 

「え……?」

 

 

 

 巻き上げられた本……その1冊の中、ページとページの間から不気味な顔がレミリアを背後から覗いていた。目を瞑り、完全に隙だらけ。クリームは両腕を出し、レミリアに襲い掛かった!

 

 

「そこだァッ!!」

 

 

ド メ シャ ァ ! !

 

 

 レミリアのフルパワーが込められた裏拳がクリームの顔面にヒットし、爆音を立てる。メキメキとクリームの顔は痛みに歪んでいくが、しかし、

 

 

「グ……ガァッ……!……だが……ッ()()()()……!」

 

「!?」

 

 

 たしかにクリームにダメージが入ったが、拳の下部をクリームに咥えられていた。クリームの口内に入った部分は、崩れるようにして徐々に、ボロボロとなって消滅していく。

 

 

「なッ……アアァァアァアーーーー!!?」

 

 

 クリームは本から体を出し、レミリアの右腕をガッシリと掴んで、右肩目掛けて彼女の腕を口の中へと詰め込んでいく。いや、その表現は適切ではない。シュレッダーのように、入れた途端に消えていく!

 クリームの口が右半身に到達した時、いつの間にか消えていた本の群れの代わりに、青い光弾と、緑色の結晶体が束になってクリームの脇腹に衝突する。その勢いに負け、レミリアの体から口を外し、クリームの体は吹っ飛ばされる。そして解放されたレミリアの体は、力無く、床に倒れ伏せた。

 

 

「!! レミィ!」

 

 

 パチュリーが叫び、レミリアに近づこうとするが、高速で戻ってきたクリームがそれを殴り飛ばす。

 

 

バ キ ィ !

 

 

「パチュリーさん!」

 

 

 ハイエロファントは宙を飛ぶパチュリーの体を、紐状に解いた体を結び、ネットにしてキャッチする。ハイエロファントは脱力する彼女の首に手を当てると、脈はあるままであった。

 

 

「良かった……命に別状はないな……」

 

「ウ……グ……ッ……オアァァァアアァッ!!」

 

 

 叫んだのは、殴られ、気絶したパチュリーではなくクリームである。頭を押さえ、膝をつき、何度もガンガンと壁や床に叩きつける。激しい()()()()()()()()()()()()に。ハイエロファントがその様子を不気味に思って見ていると、クリームはフラつきながらも立ち上がり、レミリアにトドメとばかりに拳を振り上げた。

 

 

「! まずいッ。エメラルドスプラッ……!」

 

 

 ハイエロファントはエメラルドスプラッシュのための態勢を作ろうとしたが、すぐその手を下げることとなる。クリームのいる更に後方から、フランドールが飛行してきたのだ。そして、クリームの拳がレミリアの頭を砕く前に、彼女を掴むと、床に転がり落ちた。

 

 

「小娘……ッ!」

 

「ハーッ……ハーッ……お姉様……クリーム! 目を覚まして! ヴァニラ・アイスだなんてやつに負けちゃあ嫌よ!」

 

 

 フランドールは叫ぶが、その思いを踏みにじるかのように、クリームは自身の体を呑み込む。そして、出来上がった暗黒空間は2人目掛けて突進した!

 

 

「フランドールッ!!」

 

 

 ついに捉えられた……!

 そう思ったが、2人はいつの間にか、元いた場所とは左右反対の側に移動していた。咲夜だ。時を止め、その内に2人を連れて避けていた。

 

 

「咲夜さん……! 良かった……」

 

「妹様……大丈夫です……か?」

 

「ええ……大丈夫よ。でも、お姉様が……」

 

 

  ゴオオオオオォォォォ!!!

 

 

 フランドールが言いかけたとき、再び轟音と共にクリームが迫ってきた。

 

 

「ま、まずいッ!! 時を止められるまで、後数秒要るのにッ!」

 

「咲夜ッ! 私たちをハイエロファントの方に投げて!!」

 

「……え……ええ!!」

 

 

 クリームの攻撃が当たる直前で、咲夜は2人をハイエロファントの方へ投げ、彼女はクリームが迫ってくる側から見た右側へと転がり避けた。

 しかし、咄嗟のことのため、焦って飛距離が足りない。これでは、ハイエロファントの元へ着く前にクリームに直撃してしまう。

 

 

「う うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 ハイエロファントは2人を捕まえるため、必死で触手を伸ばした!

 

 

 

        

         が……現実は非常である。

 

 

         

         ガ オ ン !

 

 

「あ ああぁあ……!」

 

「そんな……レミリア嬢……フランドール……」

 

 

 削り取られた。レミリアから匂っていた鼻を突くような鉄の臭いは、元からどこからも流れてきていなかったように消えている。いくら再生力が高い吸血鬼だろうと、髪の毛一本も遺さずに消滅してしまえば、何もできずに死亡判定である。クリームは、2人の居たところを念入りに、舐め回すようにして旋回しながら削り取ると、咲夜とハイエロファントの間に降り立った。

 

 

「邪魔者は……始末シた。後は貴様らだ……花京院典明、貴様を始末スレば、DIO様もさぞお喜ビになるダろう。」

 

 

 ハイエロファントを花京院と呼ぶクリームの腕は、ゆっくりとハイエロファントに迫る。咲夜は2人の死の悲しみで動きそうにない……

 何もできない。この距離では。

 

 

 そう思った瞬間、クリームの足下から、勢いよく火柱が出現した!

 

 

「グォオォオオオアア!!?」

 

「な……何だ……?」

 

 

 クリームを絡めとり、まる焦げにした炎は、上部が円、下部が十字というあまり見かけない形をしている。これは、いわゆる"アンク"と呼ばれる、生命を意味するもの。ハイエロファントは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼はそれを目にした後、何気なく、図書館の上階に目をやると、真っ赤に燃える炎の塊が手すりに乗っかっていた。しかし、一切燃え広がることなく、枝にとまる小鳥の如く、静かに止まっている。その側には、炎に抱えられるようにしてぐったりしている、レミリアとフランドールがいた。

 

 

「レ……レミリア嬢ッ!」

 

「え……ッ!?」

 

 

 ハイエロファントの叫びに応え、咲夜も上階へ目を移す。怪我をしているものの、しっかりと存在している我が主の姿を視界に入れると、自然と安堵の涙が頬を濡らした。

 

 

「お二方……良かった……ッ!!」

 

 

 口に手をやり、更に泣き崩れる。しかし、ハイエロファントには、もう1つ、気になるものがあった。その炎である。

 

 

「その炎……もしかして……あなたは……ッ!」

 

 

 そう言った直後、燃え盛る炎が弾けるようにして、火の粉を舞わせながら晴れた。その中には、赤い肌をした屈強な男……のような上半身と、獣や鳥を思わせるような赤い毛で全体を覆われた下半身をした、猛禽類(もうきんるい)に似た顔をもつ生物がいた。

 

 

「あなたは……DIOの館で死んだアヴドゥルの!

 

 

      魔術師の赤(マジシャンズレッド)

 

 

「YES I AM!」

 

 

 

 




新たに現れたスタンド、マジシャンズレッド!
未だ猛威を振るうクリームにどう対抗するのか?
クリームはどうなるのか?

お楽しみに!

to be continued⇒


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7.炎の魔術師と暗黒空間

私、最近ロストワードをプレイしているんですが、難しいです。一章の紫になかなか勝てなかったんですよ。他にもいろいろなゲームをプレイしているんですけど、ゲームが好きというだけで別に上手いわけではないんですよね。
でも、東方のおかげでいろいろな地域や伝承を知るきっかけになったり、ジョジョのおかげでいろいろなことを深く考えるきっかけができたりするんですよね。下手であっても興味をもって突っ込めば、何か得られるし、楽しいですよね。
だからやめられない。

という感じでメディスンがお気に入りです。


「YES I AM!」

 

 

 ハイエロファントの声にそう答えたスタンド、マジシャンズレッドは左肩を突き出し、サムズアップした状態の右手を腰付近でチッチッと振る。

 

 

「ハハ……何ですか……そのポーズ」

 

 

 再会の嬉しさに思わず目が熱くなる。マジシャンズレッドはスカーレット姉妹を壁際に座らせると、ハイエロファントの前に降りた。彼の目もまた、再会を喜ぶように見開かれているが、同時に悲しさを含んだ輝きがあった。

 

 

「会えて嬉しいぞ……ハイエロファントグリーン……お前もこちらへ来たんだな……」

 

「ええ。来てしまいましたよ……」

 

 

 2人は固く握手する。様々な想いを込めた互いの手は、燃えていなくともとても熱い。

 

 

「驚きました。火にまつわる噂話が出ているのを知って、もしかしたら、と思ったのですが……それより、彼女らはどうやって助けたんです? そんなに速く動けましたっけ?」

 

 

 ハイエロファントの問いに再びチッチッと手を振る。

 

 

「見せなかったか? これだよ。赤い荒縄(レッドバインド)。これを使って、間一髪だったが、2人を救助したのだ」

 

 

 そう言ってマジシャンズレッドが出した右手から、細長い炎の縄が形成される。ヘビのようにうねうねと動くそれはハイエロファントの触手の如く、自在に操れるのだ。

 

 

「……助かりました。……それで、やつのことなんですが……」

 

「ああ。分かっている。あのスタンドは私を、アヴドゥルを葬ったスタンドだ。」

 

「……やはり」

 

 

 ハイエロファントはまる焦げになって動かないクリームを指差してマジシャンズレッドに問いかける。

 葬られたアヴドゥル、そしてイギーというもう1人の仲間に代わり、怒りのパワーで性能の上がったポルナレフのスタンドがクリームを葬ったのだが、マジシャンズレッドは()()()()()()()()()()。しかし、なぜ本体(アヴドゥル)の死後のことを知っているのかは、ハイエロファントには知る由もなかった。

 

 

「あのスタンド、明らかにあなたや僕とは違うようです。さっきの口ぶりから察するに…本体の人格が()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 M(マジシャンズ)レッドは「ふむ」と思案する。クリームは未だ動きを見せない。

 

 

「クリームの本来の人格は先程あなたが助けたフランドールと知り合いのようで、命を取らないでくれ、と……」

 

「……私が仇討ちでクリーム(やつ)を殺してしまうのではないかと?」

 

「!」

 

 

 不意に背中を叩かれたように、ハイエロファントは意外そうにM(マジシャンズ)レッドを振り返る。不本意に言ったのではないかと思ったが、彼の瞳は綺麗に澄み、嘘など1つもついていないと一目でわかった。

 

 

(アヴドゥル)は全く後悔をしていない。命をかけなければならない戦いだったのだと理解していたし、そして覚悟をもっていた。自身の命を投げうってでも守りたい仲間たちがいたからこそ……満たされているのだ。敵討ちだと? 違うな。ハイエロファント。私がここに立ち、そして戦おうとしているのは、再びお前と同じ時を過ごす、そんな運命を感じているからだ! お前が戦うというのなら、喜んで協力しよう!」

 

 

 ハイエロファントは静かに聞いていた。

 ああ、彼もまた黄金のように輝く精神と気高き覚悟をもっている。僕……典明も満たされていたんだろう。幻想郷に来てから感じていた()()()()()()()。心に走る亀裂が、たった今セメントで塗り固められていく。ジワジワと、ゆっくりやって来るこの緊張感は、仲間に会えた気分の高揚だろうか?それとも、再び味わうかもしれない"喪失への恐怖"なのか……

 

 

「……だったら、やることは1つですね」

 

「ああ。2人で、ヴァニラ・アイス(あの人格)を倒すッ」

 

「3人……いえ、4人でなくて? ハイエロファント、と鳥のスタンドさん」

 

 

 決意と友情を込めた2人のスタンドの掛け合いに、サッカーのスライディングの如く入り込む者がいた。目が赤く腫れており、短いスカートのお尻の部分に少し砂埃がついている。十六夜咲夜だ。それに…

 

 

「咲夜さん……と……」

 

 

 咲夜の後ろからフランドールが登場する。咲夜も主2人の安否を確認できたのか、顔が晴れている。フランドールの方も、やっと何かを振り払ったような、意を決したように強い顔をしている。

 

 

「フランドール……」

 

「ハイエロファント。私、決めたわ。()()()()()()。私のせいでお姉様とパチェがやられたんだから、私が間違ってたことは……分かったわ」

 

 

 フランドールは反省している。

 落ちるトーンを聞いたハイエロファントはフランドールの肩をポンと叩き、「いいや」と否定した。

 

 

「君は間違っていない。たしかに、2人は負傷してしまったが、それは君だけのせいじゃあない。友を助けたいのだから、攻撃に躊躇するのは当然のことだろう。君は今こそ腹を決めた。それが最も重要なことだと思うよ」

 

 

 ハイエロファントの言葉が自然と心に刻みこまれる。フランドールはハイエロファントのことを知らないし、その逆もそうである。しかし、彼らは共に"孤独を体験した者"。その事実が互いに引き合ったとしたら?マジシャンズレッドとの再会、アヴドゥルとイギーの仇、そして似たもの(フランドール)。これら全てが運命の贈り物なのか?

 知らない事実に取り囲まれた彼らは、それを確かめる術をもっていない…

 

 

「! お二方、あれを……」

 

 

 フランドールとハイエロファントの会話の切れにタイミングよく咲夜が指を出す。その先には、下半身が未だ寝ている状態で上半身をもたげ、こちらを睨むクリームの姿。恨めしそうにその瞳はギラギラと鋭く光り、口からは瘴気のように暗い霧が漏れ出てている。

 

 

「起きたか」

 

「……みんな、クリームは透明になれるけど、本当は完全な透明じゃあないの」

 

 

 フランドールの突然の告白に皆振り向く。

 

 

「何だって?」

 

「実は、よく見てみると淡い紫色のボールなのよ。多分、それが彼の()()()()()()

 

 

 フランドールから突然発せられたクリームの"攻撃の穴"。ハイエロファントはこれを聞き、うつむいて数秒考える。

 

 

「……みなさん。僕に考えができました」

 

「!」

 

 

 ハイエロファントが顔を上げると、「本当!?」とフランドールが希望と驚きを混ぜた瞳を向け、M(マジシャンズ)レッドと咲夜は「待ってました」と口元が緩んだ。

 

 

「いいですか……この作戦はあなた方3人の力が必須ッ。全員の力無くして成り立たない。しかし、今は()()()()()()()()()()()()()障害が残っている」

 

「障害ですって? 我々はほぼ万全の状態のはずよ。フラン様のケガも治りつつあるし……」

 

「パチュリーだ」

 

 

 ハイエロファントは近くに倒れているパチュリーへ目を移す。彼女は生きてはいる。しかし、ダメージが大きいため、魔法を使うことも自力で歩くことすら叶わないだろう。

 

 

「彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。レミリア嬢もそうだが、巻き込んでしまう可能性がある。どうにかしなくては……」

 

「それなら、私の時間停止で移動させれば?」

 

使用不可時間(クールタイム)があるなら、できるだけ使いたくない」

 

 

 ハイエロファントは思案する。こうしている間にもクリームは傷を修復し、いよいよ腕をついて立ち上がろうとしている。

 すると、M(マジシャンズ)レッドは両手を重ねて開き、フランドールの胴体並みの一塊の炎を生み出した。

 

 

「マジシャンズレッド?」

 

「この炎は生物探知機だ。これだけ暴れまわったのだ。館の外に茂っている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「まさか……」

 

 

 炎はマジシャンズレッドを離れて上へ、そして本館に近い壁側へと迫っていく。ある程度まで近づくと、炎はいきなり右へ移動する。

 

 

「捉えたぞ。そこだッ! C・F・H(クロス ファイヤー ハリケーン)!」

 

 

 マジシャンズレッドは手をクロスさせ、巨大なアンク型の炎を生物探知機へ向かって撃ち出した!

 

 

  ド  グ  オ  オ  ォ  ン 

 

 

 轟音と共に壁に大穴が穿(うが)れた。すると、

 

 

「おわーーッ! 何だァ!?」

「ちょっと魔理沙さん! 何やってるんですかーーッ!」

 

「! あの声は……」

 

 ハイエロファントと咲夜、フランドールの3人には聞き覚えのある声。爆炎と土埃が晴れると、そこには白黒の服を着た少女と、緑色の中華服を着た女性が驚きの表情を浮かべて立っていた。

 

 

「魔理沙ッ!」

 

「美鈴!?」

 

「おっ。ハイエロファントォ! って、すげええ! 何が起きたんだこりゃ!」

 

「咲夜さん! 何かあったんですか!? 修理はまた私が中心なんですかァ!?」

 

「! ……ええ! そうよーー!」

 

 

 2人共、それぞれ別の意味で驚いている。ハイエロファントは「しめた!」と2人へ向かって叫んだ。

 

 

「説明は後でするが、2人共!パチュリーとレミリア嬢が負傷しているッ!どこか安全なところへ連れていくんだ!」

 

「な、何ィ〜〜ッ? レミリアとパチュリーが? やばい敵みたいだな……」

 

「そ、そんなッ! すぐ行きます!」

 

 

 魔理沙はすぐさま下の階へ箒に乗って下り、パチュリーを回収して再び上昇。美鈴と呼ばれた中華女性はレミリアを探しに上階を駆け出した。

 

 

「ハイエロファント! 負けんなよッ!」

 

「大丈夫さ。負けることは……ない」

 

 

 上へ上がる魔理沙に応え、クリームを振り返る。他3人もやつを見据えている。クリームはいよいよ膝を立たせ、今にも踏み込んで襲ってきそうだ。

 

 

「ググ……オォノレェ……貴様ら全員、クリームの暗黒空間ニばら撒いてクレル!!」

 

「いいですか……作戦は……」

 

NNU UOOHHHHHHHH(ヌヌウ  ウオオオオオオオオオオオオ)!!

 

 

 クリームは憎悪と怒りで作り上げたかのようなおぞましい咆哮を上げ、両腕に力を込めて跳ね上がると、滞空している間に体をガブガブと呑み込み始めた。

 

 

「…………する。いいですね。」

 

「ああ!」

 

「わかったわ」

 

「任せて!」

 

「……では、行くぞッ!!」

 

 

 クリームの暗黒空間が襲いかかる前に、ハイエロファントは作戦を3人に教え、右手を上げる合図と共に4人は散開する。暗黒空間と化したクリームは標的を見失ったことに気付かず、先程まで4人がいたところを大きく抉り取る。

 攻撃の経過を見たハイエロファントは咲夜に叫び、ついに作戦を決行した。

 

 

「さぁ、咲夜さん! 任せるよ!」

 

「ええ! 時よ……止まれッ!!」

 

_____________________

 

 

 

 

 「確実に仕留めた」と思っていたクリームは異変に気付き、ポッと顔を出す。

 

「奴ラは……どこへ行ッタ!!」

 

「こっちだ。クリーム」

 

 

 クリームは掛けられた声に向かって勢いよく振り向いた。そこにはマジシャンズレッドが。両手に火を灯し、口からは火気が漏れている。

 

 

「モハメド・アヴドゥル……貴様ハ暗黒空間ニ呑み込ンダはずダ……なぜ生きてイル!!」

 

「……哀れなやつだ。()()()()()すらも覚えていないというわけか」

 

「グガアアアアーーーーーッ!!」

 

「フランドール!!」

 

 

 何をトリガーに怒りだしたのか分からないまま、クリームは目に見えぬ暗黒空間に再び身を包み、突進する。しかし、M(マジシャンズ)レッドはフランドールの名前を叫び、飛んできた彼女に掴まってクリームを回避した。

 

 

『いいかい、フランドールは僕とM(マジシャンズ)レッドの機動力になるんだ』

 

 

「いい動きだったぞ。フランドール嬢。流石は吸血鬼。パワーもスピードも、人間とは桁外れ違う、といったところか」

 

「ありがとう。鳥さん……それで、いつのタイミングで()()の?」

 

「……やつの攻撃をギリギリで(かわ)すのだ。我々の位置を把握できなくなったとき、やつは顔を必ず出すはず。その時に一気に距離をつめてくれ」

 

「分かった」

 

 

 マジシャンズレッドを外したクリームはUターンし、宙にいる2人目掛けて高速で迫る。フランドールはこれを避け、通過したクリームは大きく弧を描き、再びUターン。フランドールはギリギリで躱す。

 焦ったくなったのか、クリームは3度目のUターンを行わずに縦横無尽に飛び回り、辺り一体をめちゃくちゃに抉り始めた。そこに残るのは元々豪勢な図書館だったとは思わせぬ程、破壊し尽くされた()()()()()

 

 

「くッ!」

 

 

 フランドールは更に速く、クリームの猛攻を捌こうとするが、クリームの()はフランドールとほぼ同じような大きさである。しかも、それが高速でやって来るのだから、いくら吸血鬼(中でも子供の部類のフランドール)といえども範囲が広く、マジシャンズレッドを抱えているという制約の中で無限に躱し続けることはできない。そして、ついに限界を迎え、

 

 

      ガ  オ  ン  !

 

 

「あっ……あああ…ッ!」

 

「フ、フランドール!!」

 

 

 右脚を抉り取られ、隻脚となってしまった。しかし、1度抉っただけではクリームは止まらない。第2撃を加えようと、2人へ再び接近する。

 

 

「まずいッ……2人共ーーッ!」

 

 

 ハイエロファントが悲痛な叫びを上げる。しかしこの時、フランドールは痛みに顔を歪めながらも、()()()()()()を既に決めていた。

 

 

「鳥さん! ガードして!」

 

「な、何だとッ!?」

 

「このまま……殴り飛ばすわッ!」

 

 

 ド  カ  ア  ッ 

 

 

 フランドールの指示で咄嗟に交差させた太い十字に、フランドールの鋭い拳が叩き込まれる。その反動によってマジシャンズレッドは床のある下へ、フランドールは上へとふっ飛んだ。クリームは2人の間の空を切り裂き、再び的を外してしまう。

 

 

   ド  ガ  シ  ャ  ア  ァ

 

 

 床へ墜落したマジシャンズレッドは、すぐさま首を上げ、図書館の宙を見上げる。そこには、先程よりも軽々と飛び回るフランドールの姿が。クリームの続く攻撃群を避けているのだ。五体不満足でも、あれだけの身体能力を維持できるのか、とつい見入ってしまった。

 フランドールは更に上昇し、空中で動きを止めると、マジシャンズレッドに叫んだ。

 

 

「鳥さん! 行ったよ!」

 

「……そうか」

 

 

 マジシャンズレッドは辺りを見回す。すると、自身の8m程先に、クリームの頭が出現していた。フランドールを睨みつけているが、マジシャンズレッドを見失ったようだ。当の本人はそれをいいことに、静かにクリームに歩み寄る。

 

 

「グ……チョコマカと……アヴドゥルはドコへ消えタ!!」

 

「こっちだ」

 

「!」

 

 

 声を聞き、振り返るクリームだったが、頭の両角をM(マジシャンズ)レッドに掴まれる。

 

 

「ヌッ、貴様ァ……ッ」

 

「このまま焼き払ってやろうか……え?」

 

「ナメるナアアアァァッ!!」

 

 

 クリームは力づくで振り払おうとはせず、暗黒空間から腕を伸ばすと、マジシャンズレッドの腕にすばやく掴みかかる。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 感情の(たか)ぶりによってパワーが上がったクリームの握力はすさまじく、マジシャンズレッドは思わず両角から手を離してしまうが、クリーム自体からは離れられない。腕はギリギリと悲鳴を上げている。

 

 

「終ワリだアァッ!」

 

 

 クリームは暗黒空間となっている口をガバァッと大きく開くと、逃げられないマジシャンズレッドを暗黒空間に呑み込もうとする。が、

 

    ザクッ!   ザグッ! 

 

 

「グアアアァァッ!!」

 

 

 クリームの両目にナイフが突き立てられた。いや、高速で飛んできたのだ。こんな芸当ができるのは、たったの1人しかいない。

 

 

「咲夜!」

 

「良かった……間に合ったわ」

 

 

 犯人は咲夜だ。マジシャンズレッドの更に後方に控えており、クリームからはM(マジシャンズ)レッドと姿が被っていて見えなかったのだ。

 クリームは思わぬ奇襲に怯んでしまってマジシャンズレッドの腕をつい離してしまうが、底無き執念によって再び掴みかかる。

 

 

「な、何だと!? 何という執念だ……ッ!」

 

 

 目が見えない状態でありながら、食らいつこうとする生物にあるまじき勢い。その姿はまるで"屍生人(ゾンビ)"。マジシャンズレッドは自身の周りに炎を暴れさせるが、辺りを破壊するだけで、クリームには中々ダメージが入らない。まだ暗黒空間に入っている()()()さえ出せば……

 

 

「無駄な足掻キだ! アヴドゥルッ! 貴様ハ……死んダッ!!」

 

 

 

   ガ  オ  ン

 

 

「なっ……あああっ……」

 

「鳥さん……が……」

 

 

 クリームは情けなしにマジシャンズレッドの頭にかぶりつき、粉微塵にして消滅させた。クリームはたしかにその感覚を覚え、一息するために暗黒空間から両足を床につけ、ナイフを目から抜くと、回復完了と同時に辺りの業火を見回す。

 

 

「フン。マジシャンズレッドだったカ。派手ニヤッたな。他の3人ニ逃げる隙を与エルタメカ」

 

 

 マジシャンズレッドの遺体を見下ろすと、それすらも焼かれ、元々の姿がどのようであったのか全く分からなくなっていた。クリームは顔を上げると、激しく揺れる炎の中に人型のシルエットを見つける。

 

 

「アヴドゥルの隙ヲ無下ニスルとハ……愚かなヤツダ。アの大きさハ花京院典明! 貴様モ終ワリだアアーーッ!」

 

 

 クリームは炎をかき分け、大口を開けてハイエロファントに飛びかかった。しかし、ハイエロファントの様子がおかしい。なぜ、突っ立ったままでいる……?

 

 

「警戒もなしに突っ込んでくるとは、愚かなやつだ。お前は空っぽだなッ!頭の中すらも!」

 

 

 ビッとハイエロファントは自身の足元を指差す。クリームはつられて指の先へ視線を移動させると、網メロン程度の穴が。しかも、火花を噴いているではないか。誰であっても、この状況に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なッ、コレハッ!?」

 

 

 マジシャンズレッドが辺りに炎を放ったのは逃走の隙を作るためではない。炎の勢いで床に穴を開け、攻撃のための隙をつくるためだったのだ。そしてまんまとクリームは引っかかった。

 

 

「終わりだ。魔術師の赤(マジシャンズレッド)!!」

 

 

 ハイエロファントの掛け声と共に、その穴は勢いよく噴火した。

 静脈血よりもはるかに真っ赤な噴炎はクリームの腹部に激突し、そのままクリームを宙へと押し上げた!

 

 

「グオアガアアーーーッ!! す、全て計算の内カ花京院典明ィッ!」

 

「当たり前だ! この花京院典明(ハイエロファントグリーン)は何から何まで計算ずくだーッ! そしてッ、2人共、任せたぞッ!!」

 

「ああッ!」

 

「ええッ!」

 

 

 ハイエロファントの呼びかけに応え、殺されたはずのマジシャンズレッドが火口を崩して姿を現し、時を止めて咲夜がクリームの背後へ周り込む。

 

 

「き、貴様ラ…ッ!」

 

「終わりだ! クロスファイヤーハリケーン!!」

 

「幻象.ルナクロック!」

 

 

 下からはアンクの炎。上からは鋼鉄のナイフの雨。いくら暗黒空間を操り、それら全てを消せるクリームであっても、大火傷という深傷を負った今では避けることすらままならない。

 

 

「キ、貴様らなああんぞニィィィィーーッ!!!」

 

 

ドグオオオオオ ドガ ドガガガガ ドガガッ

 

 

 全てがヒットした。上がる爆炎。飛び散る鮮血。恐ろしい断末魔と共に、ヴァニラ・アイスの生気は消滅したかのように感じられた。炎が晴れると、まる焦げになったクリームが姿を現し、轟音を立てて床に墜落した。その体からはシューッという音と共に煙が出ている。

 

 

『咲夜さんは時間を止めて、M(マジシャンズ)レッドに似た石像を彫ってください。M(マジシャンズ)レッドはクリームに敢えて捕まってください。そして、食われる直前に咲夜さんの石像と入れ替わり、その後に生まれる隙を突いて総攻撃をする』

 

 

 

「原型は残るようにかなり加減してやったが、どうかな」

 

「よし、クリームは……これでしばらく再起不能のはずだ」

 

「……よかった……」

 

 

 ハイエロファントの言葉に咲夜が思わず安堵するが、マジシャンズレッドが「まだだ」と入れる。

 

 

「このスタンドから人格を消し去るんだろう?ここからがまた難しいのだ。どうやって抜き取るのか……」

 

 

 フランドールが降りてきて合流し、4人はクリームを見つめる。すると、彼の胸辺りから、()()()()()()()が新たに立ち始めた。それは宙へと上がり、やがて形を創りだす。

 とった形は、筋肉に富み、長髪をもつ男。その顔は4人を睨みつけ、顔のあらゆる筋肉に全力を込めて歪ませている。

 

 

「! まさか、あれが本体!?」

 

 

 ハイエロファントは驚きを隠せない。しかし、マジシャンズレッドは"それ"がいきなり出てきたことに驚いたものの、そこ以外には、何か思うことがあるような視線を送っている。

 

 

「おそらく、本体の魂の一部が肉体のダメージの蓄積に耐えきれずに出てきてしまったんでしょう。さ、妹様、思う存分に……」

 

「ええ。」

 

 

 咲夜に勧められるのを分かっていたように、彼女の言葉をトリガーに前へ出ると、上を向けて開いた右手を立ち昇る本体の魂へ向ける。

 

 

「何を……する気だ?」

 

「……消えちゃえ!」

 

 

 フランドールはその言葉とともに開いた手を力強く、勢いよく握った。すると、ヴァニラ・アイスの魂は歯を食いしばり、痛みに顔を歪めるような表情をすると、ビキビキという音とともに亀裂が走り、砕け散ってしまった。

 

 

「な………」

 

「これが、妹様の能力よ。」

 

 

 「あらゆるものを破壊する程度の能力」。それはもはや「程度」で済ませていいものかと思ってしまうような恐ろしい能力だ。物体の最も緊張した"核"のようなものを問答無用で破壊し、連鎖するようにして物体自体を壊すのだ。

 それを聞いた2人は「スタンドでもそんな卑怯な能力をもつのはいないんじゃあないか……?」とつい思ってしまった。

 

 

「グ……ウ……ア……ッ……」

 

「! クリーム!?」

 

 

 苦しそうな唸りを聞き、フランドールがクリームへ駆け寄った。刺さった残りのナイフを抜き、優しく彼の手を握る。

 

 

「良かった……意識が戻ったのね……」

 

 

 安堵の涙がフランドールの頬を濡らす。それを焼けて褐色がかった大きな手が拭った。

 

 

「フラン……ドール。私ハ……」

 

「いいのよ。もう喋らなくて。大丈夫だから」

 

 

 フランドールはクリームに優しく抱きつく。安心させる抱擁。それは先程レミリアから自身に与えられたもの。

 子供は成長する。芽生えた自我が他者から受けたものを全て吸収して成長する。孤独を吸収したフランドールは、その辛さと寄り添われる喜びを学んで成長していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写、難しいです。


長い戦いがようやくひと段落。
次回はクリームの紅魔館での生活に触れていきます。
お楽しみに!

to be continued⇒


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8.The Devil of resentment 人形憑き

フランドールって人気がすごいある割に情報が結構少なかったりするんですよね。
私は紅魔郷はやったことがないので(永夜抄からプレイ)、色々調べてみたんですけど公式での登場も思ったより少ないですし、それによって二次創作での扱いというか、解釈だとかが色々あって「あー…どうやって物語に絡ませようかな…しゃべらせようかな…」とかなり悩みました。でも、それが東方の面白いところですよね。

今回はあまり出ないんですけど。


 紅魔館での件から2日後、図書館と館の壁の片付けを手伝い、魔法店へ帰ってきたハイエロファントと魔理沙は今までと変わらぬように過ごし始めた。今朝の朝食は味噌汁とご飯。

 

「全くよー。私が散らかしたわけじゃないのに瓦礫の撤去とか……」

 

「いいじゃあないか。おかげで僕の片付ける分が減ったしね」

 

「それ私にメリットないだろっ」

 

 「いただきます」と手を合わせてから熱い味噌汁に息を吹きかける。2回吹いた後、そーっと上唇をつけた。ジンジンと熱くなるが、そんなことが耐えられるほど赤味噌の効いた味噌汁がうまい。3分の1程度(すす)った後で、ご飯にも手をつけた。

 

「ん〜、美味いな。人里で一番有名な味噌はやっぱり美味い。いや、美味いから有名なのか?」

 

「後者じゃあないかな」

 

「……かもなー。ほい、ごちそうさま」

 

 食べながら会話を交わしていたというのに、魔理沙のお椀に入った米はもう空だ。味噌汁もない。ハイエロファントは魔理沙から2つのお椀を受けると、台所でそれらを(ゆす)ぎ始めた。

 

「なーハイエロファント。良かったのか? そのまま別れちまってよ。久々に会えた仲間なんだろ?」

 

 カウンターに頬杖をつきながら、背を見せるハイエロファントに問いかける。ハイエロファントは「ああ。」と答え、濡れているお椀から軽く水を払うと水切り籠に置いた。振り返ったハイエロファントの顔はいつも通り喜怒哀楽を読ませないかのように無機質なものだ。

 

「昨日、紅魔館で片付けをしていた時にこっちに来ないかと誘ったよ」

 

「ほーん。そう……ここに来いとね………いや、一応ここアタシん家だぜ?一言断れよなぁ〜〜っ。別にいいけど」

 

「その時は彼も来る気満々だったのだが、レミリア嬢にスカウトされたらしくてね。僕と伝書鳩のやり取りができることを条件に、あっちに住むことになったのだとか。」

 

「へぇ。やっぱ紅魔館って()()()()()()も揃ってるんだな。でも、こっちから連絡したい時はどうするんだ?鳩は向こうのもんだろ?1羽貰ってきたわけでもないのに、どうやってすんのさ」

 

「その時は……こちらから出向こう。頼りにしているよ。魔理沙」

 

「私はお前の()じゃあねぇっ!」

 

 今までと同じような調子から、2人の1日は始まった。

 今までと変わらぬ()()()。"変わらない1日を"。そう断言できないのは、ハイエロファントの心が以前歩を進めた旅路、そこへ置いてきた()()を取り戻せたから。

 なのかもしれない。

 

 

 

____________________

 

 

 時を同じくして真紅の館、紅魔館。

 ここはいつもとは違う朝を迎えていた。復興作業。館中のメイドが掻き集められ、主たちの大暴れの後片付けをさせられている。カンカンだのキンキンだのとレンガを削ったり、釘を打ちつけたりする音が昨日から続いている。

 こんな耳障りなものからは誰だって逃げたくなるものだ。例えば、図書館のような静かな場所に。しかし、その肝心な図書館も今は騒音でいっぱいとなっている。何故なら、この場所こそがその激戦の中心地であったからだ。本棚は抉られ、中に入っていたあらゆる本も散らかり、破れ、穴を空けられている。

 館中が大忙しでうるさい中、1ヶ所だけ()()()()()()()()()()部屋がある。地下の図書館のさらに奥。重く、厚い扉の向こう側に存在する物騒な雰囲気を漂わせる部屋。

 

「すー……すー……」

 

「……モウ朝……イヤ、朝ダカラコソ起キナイノカ……」

 

 吸血鬼、フランドール・スカーレットの私部屋。中央奥には大きなベッドがあり、彼女はそこで寝ている。床には大小様々な人形が転がっているが、その中で一際大きなものが。黒いフードにギラつく目、鋭い角を生やし、その額には大きなハートマーク。彼は人形ではなくスタンド。その名はクリーム。

 戦いの発端は彼にあり、彼の体に居着いた本体の魂が暴走したことによるものだった。彼の口から繋がる暗黒空間に入れた物、その全てを粉微塵にするという能力を振るい、館の主やクルセイダースのスタンドと激戦を繰り広げたのだ。

 しかし、そんな彼も本体からの呪縛から解き放たれ、今はフランドールの友人として館に住み着いている。ベッドに縮こまるフランドールを見つめる彼。とそこで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに気付く。地下は冷気が立ち込め、夏でもそれなりに冷えている。吸血鬼の身体事情はよく知らないが、クリームは布団を引っ張って彼女の体が冷えないようにと足を隠した。

 

「……シカシ、随分ト散ラカッテイルナ……」

 

 床に散乱する人形たちは異様な状態で放置されている。腕や脚といったパーツがもげていたり、顔部分から綿が飛び出ていたり、内側から弾けたかのように原型を留めていないものがあったり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。それは紅魔館の周りの者でさえ周知の事実。幻想郷にスタンドたちがやって来る前、紅魔館を中心に起こったとある異変にてフランドールは姉であるレミリアにより()()()()()()()()()。彼女は彼女自身の能力、性格を危惧されて軟禁されていた。しかし、数百年もの間の地下生活に馴染んでしまっていたので、突如館内での自由行動を許されても、それまでの癖が抜けきらずに風変わりな生活を営んでいるわけなのだ。

 そして、人形がこのような状態なのは遊びの中での"彼女の癖"であり、本人ですら気付いていない隠れた"牙"を表していた。

 

 クリームはまだ原型の残っている人形を一つ一つ拾い上げ、抱えながら壁に掛かった棚に置き戻す。

 クマの人形、ウサギの人形、ドレスを着た女の子の……とにかく様々な種類の人形をヒョイ、ポフ……と手際良く置いていく。そのスピード、リズムはさながら流れ作業である。

 

(……コレハ下半身ダケノ……モウ使イモノニナラナイナ……)

 

 クリームが手にしたのはピンク色の生地をした、上半身が消滅して綿が爆発したように露出しているぬいぐるみ。しかし、このぬいぐるみ、何か変である。飛び出ている綿が真っ赤なのだ。しかも湿っているように感じる。

 ぬいぐるみの不審さを感じたクリームは持つ手を変えてみた。すると、先程ぬいぐるみが掴まれていたその右半身の部位が赤く染められているではないか。

 

(コノ()()ハ……マサカ血……カ……?)

 

 クリームはゆっくりと最初にぬいぐるみを持っていた左手を上に向かせ、おもむろに手の平を開けると…

 

「! 何ダトッ!?」

 

 バックリと割れていた。左手は血液を滝のように流しながら力が抜けていくのを感じる。

 

 切り口は鋭利な刃物で切り裂いたような形をしていた。しかし、クリームはついさっき刃物に触っていた覚えがない。まさかフランドール?いや、まだ熟睡している。消えた脚の回復に体力を使って2日間寝たままでいる。

 クリームは部屋の中を警戒する。もし、自身の敵ならば未だ目覚めないフランドールを守り続ける必要があるが、侵入者の気配はない。

 

「ドコカデ切ッタトハ考エニクイ……何者カノ仕業ト考エルベキカ……」

 

 

 タッ タッ タッ タッ タッ ……

 

 

「!」

 

 突如、室内に小さな()()()()()()が響いた。人間の大人はともかく、子供だと考えても納得しづらい程の小音。外からの音ではない。確実に同じ空間で発せられていた。

 

 もしや小人か?

 そうクリームは考える。妖怪、吸血鬼、魔女が住む幻想郷だ。小人がいたとしても何らおかしくはない。クリームは自身の背後や人形を置いた棚などを隅々見るが侵入者の痕跡は見当たらなかった。

 足音が聴こえてからの間に「まさか」と思ったクリームがフランドールの寝ているベッドを振り返ると、彼女の首元にキラリと光る何かがクリームの瞳に映った。

 

「……!」

 

 しかし、ここからが早い。流石クルセイダースを2人葬った者のスタンドと言うべきか。瞳に映ると同時にクリームの右腕は動き始めており、謎の発光体を捕らえたのだ。たしかに掴んだ。手を広げてみると、中にあったのは鋭く尖ったビンの破片。血液が少量付着しており、クリームはすぐにそれが自分のものだと理解し、警戒を強めた。

 

 何者かは分からないが、フランドールの命を狙う"敵"。

 確実に追い詰めて倒す。確実に。

 

「ヘイ! メ〜〜ン! お前、そのガキのお守りか何かか〜〜?」

 

 クリームは後ろから掛けられた声に反応して振り返る。しかし、その足下には何もいない。正面にも人形が数体置かれた棚があるだけだ。

 

 それもそのはず。声の主は、人形ッ!

 棚の真ん中に座るクマの人形の顔面がメキメキと音を立てて変形し始めたのだ。目はギョロリと動き、口から何本もの牙が歪に伸び、手の爪が鋭く生えそろう。

 

「コイツハ……」

 

「お前! 俺と同じくスタンドだなぁぁ〜? 俺は「悪魔のカード」の暗示をもつ! エボニーデビルだッ!」

 

 可愛らしい姿からおぞましい風貌へと変わってしまったクマから、元の姿にも今の姿にも似合わないねっとりとした男の声が発せられた。不気味な眼差しをクリームに送るが、本人には全く反応されない。

 

「エボニーデビル……聞イタコトモナイナ。私ノ本体ナラ知ッテイタカモシレナイガ……」

 

「何だとぉ? お前は本体の記憶を持ってないのか?」

 

 エボニーデビルは意外そうな、少し残念そうな音をあげる。それは口がへの字に曲がった表情からも落胆していることが分かった。

 

「私ニ何カ用ガアッタノカ?」

 

「……J(ジャン)=ピエール・ポルナレフという名に聞き覚えはあるか? 銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)というスタンドを知ってるか? 俺はそいつらをワケあって探しているのさ」

 

 ポルナレフ。それは相対するクリームとその本体ヴァニラ・アイスを葬った者。と同時に、このエボニーデビルとその本体である通称"呪いのデーボ"を倒した男でもあるのだ。エボニーデビルはその人間を探している。生前に受けた屈辱と、()()()()()()怨念を抱いて今度こそ始末しようとしているのだ。

 ポルナレフに殺された、という点で共通点のある2名だがクリームは記憶を失っており、生前のことは何も分からないままでいる。そしてデーボという男だが、彼は当時の裏社会で有名な殺し屋であり、そちら側に繋がりのある者ならば誰だって彼のことを知っているのだ。そのため、出てくる答えは……

 

「イヤ、何モ知ラナイナ」

 

 言葉が放たれてから、無言の時間が過ぎていく。どちらも無表情のままだ。数十秒間見つめ合った後、先に口を開いたのはエボニーデビルだった。

 

「へっ、そうかそうかぁ。それじゃあ、お前にもう用はねぇ…………そこをどきな」

 

 ドスのきいた声で言い、凶器になった右手を振り上げた。クリームは臆すること無く臨戦状態へ移行し、質問を投げかける。

 

「……何ノタメニフランドールを殺ス? オ前ト何ノ関係ガアルノダ?」

 

 クリームの質問に反応して、エボニーデビルの右頬辺りからギリッと硬い物が互いに削り合うような音が聴こえた。

 

「……そのガキはなぁ! 俺の()()()人形をことごとく壊しまくってんだよォッ! 何回も何回もなァ! だからしばらくの間! 人形の山の中に隠れて休んでたんだよッ! それをお前が発掘したのさ! けけけけけッ! そいつが殺されるきっかけはお前が作ったのさ〜〜ッ!!」

 

 なるほど。つまり、フランドールの1人遊びに不幸にも巻き込まれていたのか。話を聞く限り、それはクリームがやって来る以前のことなのだろう。

 そして、そう言い放ったエボニーデビルはクリームへ飛びかかる。素早く引き抜いた左手と共に、両方の爪でクリームの顔面を抉ろうとする。が、記憶が無くともクリームは十分強力なスタンド。体重を乗せた平手でエボニーデビルの体を打ち、そのままの勢いで鷲掴みにする。

 

「う ぐげぇええああぁーーッ! 離せやこのボゲェェーーーッ!」

 

「大シタパワーモナイ。法皇と魔術師(アノ2人)ニ比ベタラナ……」

 

 

グ  シ  ャ  ア 

 

 

 握り潰す。人形の頭部が圧力に負けてふっ飛び、腕と足がボロボロと綿を散らして崩れ落ちた。しかし、何か妙な感覚だった。今のはまるで"抜け殻"のような……

 怪訝に思って顔を上げると、剣をもつ戦士を模した民族人形のような像が宙に浮いていた。

 

「これが俺の(ヴィジョン)だ……お前……よくも俺の体を壊してくれたな〜〜!? お前も殺してやるッ! ウケッウケッウケケケケケッ!」

 

 エボニーデビルは高笑いしながら次の人形へと乗り移り、クリームへ襲いかかるが、またもや軽くいなされる。「アギーッ」と奇声を発しながら次々と憑依し、壊され、また取り憑き、破壊される。

 

 

 10回は人形を破壊しただろう時、エボニーデビルの姿は消えた。人形も襲って来ない。もう五体満足の人形も残っていないからか?クリームはフランドールを振り返り、異常がないか確かめる。良かった。特に何の変わりもなかった。

 すると、自身の後ろからギイィィと金属類が軋むような音が聴こえた。反応して視線をそちらへ向けた時にはもう遅い。ガチャンと閉まった扉の奥から、エボニーデビルの高笑いが木霊する。

 

「ぶはははははは!! ほ〜ら追ってきてみろッ、ウスノロスタンドがァァーー! もっともッ! 追いつけたとして、お前は殺されるだけだがな〜〜〜ッ! お前を殺してからそこのガキを始末してやるぜェェェーーーーっ!! ぶばはははははは!」

 

「………………」

 

 タッタッと聴こえる足音が次第に消えていった時、クリームもまた、1()()()()()()()を残して悪魔を追った。

 

 

 

 

 

   ガ    オ    ン

 

 

 

____________________

 

 

 

 フランドールの部屋から飛び出したエボニーデビルはホラー映画に出てきそうなほど不気味に歪んだフランス人形に憑依していた。スカートをたくし上げ、特徴的な笑い声を弾ませながら走るその姿は「奇妙」以外にふさわしい言葉が見つからない。

 そんな彼も長い通路を走り抜け、復興作業中の図書館に出てきた。ズタボロになった図書館の中で、多くの妖精のメイドやコウモリのような翼を生やした女性たちが忙しく動いている。エボニーデビルは1人の妖精メイドに目をつけ、ゆっくりと背後から近づいてその赤く鋭い爪を振りかざした。

 

「アギッ アギッ アギィィーーーッ!」

 

「え……キャアアアーーーッ……ァ……」

 

 

 

 

 

  ガ  オ  ン  ! 

 

 

 雑に修理されたフランドールの部屋の扉から、図書館の壁に一本の丸い通路を繋げてクリームが到着する。図書館の宙に(おど)り出ると、暗黒空間から上半身だけ露出して自身の下を見回す。怪しい影はいない。相手が人形なのだから、すぐに見つけられると思っていたが、目に入るのは妖精メイドとパチュリーの使い魔たちだけだ。

 既に図書館を出たのか?そう思いながらクリームは床に着地する。全身を露わにして3m近くの巨人が小さい使用人たちの間を縫っていく。彼女らからしたら、何の紹介もないまま紅魔館に住みだした"得体の知れない不気味なやつ"である。

  

 クリームは周りの者一人一人に注意を向けてエボニーデビルを探す。相手は人形。小さいからといって油断できない。誰かの背中に張り付いているかもしれないし、見えづらい足下から攻撃してくるかもしれない……

 

 

  ド  ン  !

 

 

「……!」

 

「あっ……ごめんなさい……」

 

 小さい金髪の妖精メイドがクリームの膝にぶつかった。急いでいたようで、謝罪は残すが顔を向けずにそそくさと去っていく。

だが、ぶつかられた彼の膝には!

 

 

ブ シ ュ ア ア ア ァ ァ  

 

 

「ッ! ……何ダトッ!?」

 

 修復作業に使用するツルハシが刺さっていた!大きく抉れた膝からは噴水の如く血が噴き出している。その様子を見ていた周りの使用人たちは皆「ひィィィ」「キャアアァァァ」など悲鳴を上げに上げる。

 クリームは去っていく妖精メイドの頭を素早く掴みとると、己の方へ顔を向けさせた。

 

「……イヤ、コイツハタダノメイド……一体イツ攻撃サレタ!?」

 

 いきなり頭部を掴まれたメイドも「ヒイィィ」と怯え、クリームに離してもらうと逃げていった。間違いなく、この人の群れの中にやつはいる。隠れているのだ。

 そんなうごめく人の流れの中に、ギラリと光るノコギリを右手にもつ妖精メイドを見つけた。心なしか彼女を見つけた時、その顔の口がニヤリとつり上がったように思ったクリームはすぐさま追跡を開始する。

 

「待テ貴様! 始末シテヤルッ!」

 

 クリームが走り出したことに気付いたメイドは180°方向転換し、クリームから距離を取ろうと動き出した。クリームは使用人たちを押しのけながら突き進む。もちろん、彼女らはその巨大な処刑人に次々とふっ飛ばされていった。メイドよりも遥かにスピードに乗っていたクリームは20秒もかけずにメイドに追いつき、再び頭を掴もうと手を伸ばした、その時……!

 

 

ズ  バ  ウ  ウ  ッ  

 

 

「ナ、何ィィーーーッ!?」

 

 クリームの右手の半分より先端が一瞬で切り落とされたのだ。メイドの持つノコギリに血液が付着していることより、凶器はこれで間違いない。しかし、ノコギリとは本来()()()()()()ことによって対象の繊維をちぎって切断する道具である。ナイフや刀剣のようにスパンと切るものでも、切れるものでもない。

 この事実が表すこと、それは!

 

(コノメイド、パワートスピードガ私ヨリモ上ッ!)

 

 そしてもう一つ、 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()……体ハ私ノ方ヲ、顔ハ私カラ逃ゲル方ヘト……ツマリ!」

 

「俺がエボニーデビルだぁぁーーッ! 恨めば恨むほど強くなるッ! アギッアギッアギーーーッ!!」

 

 エボニーデビルは妖精メイドになりすましていた!正体を暴露すると同時にエボニーデビルの顔面はぐりんと180°回ってクリームへ向き直り、ノコギリによる第二撃目を放つ。が、クリームはそのたくましい左腕でガードする。今度は真っ二つとはいかず、腕の半分にも切り口は広がっていなかった。

 

「……ソウカ。恨メバ恨ムホド……ナラバ私モ全力デ叩キ潰スシカナイナ…!」

 

 「待っていた」と言わんばかりに()()()()ノコギリを()ぎ払うと、エボニーデビル目掛けて左手を振り上げた!

 

URRRYYYYYAAAHHHH!!(ウリリリイイイイイヤアアアーーーー!!)

 

 

ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ 

 

 

バ  ギ  ャ  ア  ア  

 

 

 鋭く重いラッシュがエボニーデビルに叩き込まれ、フランス人形はバラバラに砕け散る。既に人が少ない場所にいたため、その影響を受けて負傷する者はいなかった。

 確実に当ててやったが、また途中で憑依を解いており無傷の状態で宙へ現れる。ピンピンしているようだ。その像は変わってはいないが、溢れ出る怨念のオーラがエボニーデビルをさらに禍々(まがまが)しく見せている。

 

「ま〜た体を壊しやがったな〜〜!! だが、俺の恨みは既に限界を迎えているんだぜ〜ッ!」

 

「モウ隠レラレル場所ハナイ。貴様ノ恨ミナド知ッタコトデハナイガ、大人シク殺サレルコトヲ勧メヨウ」

 

「アギーッ! アギッ! アギーーーッ!!」

 

 本当に観念したのか、とち狂ったのか。それとも、クリームを殺せると思っている圧倒的な自信からか、エボニーデビルは奇声を上げて手に持つ剣を振り上げてクリームを斬りつけた!

 

ド  メ  シ  ャ  ア  !

 

 

「ぐぎいいぃーーッ!!?」

 

 が、そんな単純な攻撃、クリームには通用しない。記憶は無くとも戦闘技術は体が覚えている。剣を避けたクリームは左手の掌底を勢いよくエボニーデビルの腹部へと当てて怯ませた。激昂したエボニーデビルは今度はクリームの胴体を剣で薙ぎ払おうとするも、巨体から繰り出される拳のパワーには鉄の凶器ですら耐えられず、陶器を硬い地面に落としたようにガチャン!と音を立てて砕かれた。

 

「ひ、ひィィィーーーッ!」

 

 思わず後退(あとずさ)りするエボニーデビル。顔面も大量に冷や汗をかき、口も鋭角になった"への字"に曲がっている。

 

「や、やめろ! もうあのガキは狙わねーって! どこかで細々とやっていくからよーーっ。二度も死ぬなんて嫌だぁーーッ!」

 

「フン。オ前ノ性格カラシテ、本体ノモノモ褒メラレタ性格デハナイノダロウナ。ダガ、殺シ屋トイウノハ紛レモナイ事実ナノハ分カッタ。私ヲ何度モ追イ詰メルトハ……ココデ始末スルノガイイダロウ」

 

「やめてくれーーッ!」

 

「始末スルトイウコトハ、逆ニ始末サレル覚悟ヲ持ッテイルトイウコトデハナイノカ?何ノ覚悟モ持タナイ者ガ、殺シナンゾスルモノジャアナイ。サテ、

 

      

        粉微塵ニナレ。」

 

「あばぎゃあああーーーッ!!」

 

 

 

      ガ  オ  ン  

 

 

 

____________________

 

 

「ふわ〜〜あ……んー……おはよう、クリーム」

 

「アア。オハヨウ。フランドール」

 

 時刻は午後4時。黒褐色の悪魔との戦いから6時間経過しており、ようやくフランドールが目を覚ます。室内であれだけうるさくしていたのに、全く目覚めなかったフランドールの眠りはかなり深かったのだろう。精神的にも身体的にも、先の戦いでそれなりに疲れていたのだ。

 

「あれ? 何でドアに穴が空いてるの?」

 

 昨日木の板を貼り付けるだけ、という雑な修復をしたドアに再び風穴が空けられているのを指摘する。

 

「……寝相ガ悪イノダ。後デ修理シテオコウ」

 

「そうなんだ。頑張ってね〜〜」

 

 フランドールはヒラヒラとクリームに手を振ると、ご飯を()かしに行くため部屋を飛び出して元気に駆けて行った。

 

 

 

 

 エボニーデビルとの戦闘後、どの使用人が言ったのかは分からないが、パチュリーの耳に苦情が入っていた。「先日住み始めたクリームとかいう化け物が暴れている」と。戦い終わり、少々疲れてしまったクリームの元にパチュリーがやってきて説教をしたのだが、彼女はその後にマジシャンズレッドとレミリアに「クリームも気が触れているのではないか」とさらに苦情を入れていた。

 そして、そのまま当人たちの耳に届くことなくクリームはフランドールの遊び相手かつ、お守りを。マジシャンズレッドはクリームの制御係かつ教育係に任命されたわけだが、これはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クリームの生活、というより「前話までのまとめ」という感じになりましたね…
クリームのルックスは結構好きなので個人的に今回の話は気に入っています。


今までスタンド問題にばかり物語が進んでいましたが、次からようやく東方寄りの話が出てきます。何というか…やっと異変を引き起こせますね。
お楽しみに!

to be continued⇒


※アンケートの件ですが、ダニエル・J・ダービーのことをD'・J・ダービーと表していますが、Dに'が付くのは「ダービー」の方でした。申し訳ありません。


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9.東方花映塚①

今回はかなり会話文が多めとなっています。
プラス、オリジナル要素がマシマシです。


 今は夏日。月で例えるなら、8月の前半〜中間辺りである。森に住む妖精たちも、人里で営む人間たちも揃って日陰を求めて生を送る。しかし、こんな状況下で幻想郷に不思議な出来事が起こっていた。

 

「ああ〜……何ということでしょう! 今は夏だというのに、こんな所にスイセンが! あそこにはウメまで開花して! ……これは異変に違いありません……急いで霊夢さんへ報告しなくては!」

 

 鴉天狗の射命丸文。幻想郷で「文々。新聞」という独自の新聞を発行し、主に人里で親しまれている。そんな彼女は"夏に別の季節の花が咲く"という変わった現象に直面していた。幻想郷各地を飛び回ったが、どこでもこの現象が起きており、「これは異変である」と確信した彼女。

 起こった異変を解決するのは巫女の仕事。博麗神社の霊夢に異変解決をしてもらえれば新たな新聞のネタとなる。それにより、上機嫌に神社のある方角へ飛び立っていった。

 

 

____________________

 

 

 

「いや〜しかし珍しいよなぁ。こんな時期に桜が咲くなんて」

 

「本当よね〜」

 

「……いや、珍しいどころか異常じゃあないか……?」

 

 博麗神社では、遊びにやって来た魔理沙とハイエロファント、そして博麗霊夢が茶をすすっていた。幻想郷の元々の住人である2人は呑気に今の風景を楽しみ、ハイエロファントは「異常事態では」と事態を重めに見ている。

 

「大丈夫だって〜、ハイエロファント。今の季節に合わない花が咲いたからって私たちに何も悪い影響なんて無いじゃねーか。それに、春を取られたり霧に覆われたりして花もフラストレーションが溜まってたんだよ」

 

「そんなはずないだろう……」

 

 だが、「たしかに」とハイエロファントは思う。花が大量に咲いたからといって悪いことを企むやつなんて、そういない……かもしれない。自身の知るスタンド使いにもそんなやつはいないはずだ。

 せんべい籠を側に置き、霊夢は縁側で寝転びながら醤油味の円いせんべいをバリッとかじり始めた。

 

「こら。行儀悪いぞ」

 

「……案外スタンドの仕業かもしれないわね〜」

 

「なはは。花を咲かせるスタンドなんていんのかよぉ〜?」

 

(明らかに話をズラされたな……)

「……まあ、ないことはないと思うよ。心が穏やかな人だとかはそういうスタンドを発現させるかもしれない。夢を操ったり、金属に化けたり、銃や太陽のスタンドもいたのだから、生命を与えるスタンド……いるかもしれないな」

 

「ほへぇ〜〜」

 

 せんべいを咥えながら覇気のこもっていない声で返事をする。自分で話を振っておきながら興味なさそうにする辺り、魔理沙と同じぐらい自由だな、とハイエロファントは呆れ返る。だが、「2人が大丈夫だと言うなら」とハイエロファントも諦め、神社を囲む春気に身を(ゆだ)て意識の底へ落ちそうになった、その時。突如、大量の桜の花弁が舞い上がった。先程まで吹いていた夏らしい青臭いそよ風で飛ばされたのとは違う。

 原因は突風だ。この者が起こした………

 

「どうもーっ。「清く正しい射命丸」です! お揃いですねぇ〜、御三方。ハイエロファントさんは幻想郷に慣れましたか? 魔理沙さんはハイエロファントさんと上手くやってますか〜? 霊夢さんは独りで寂しくないですか〜?」

 

 挑発的に挨拶をしてくる黒い翼をもつ女性。以前ハイエロファントが新聞の取材を受けた、鴉天狗の射命丸文だ。黒い翼を羽ばたかせながら境内に降り立つ。彼女の弾むような口ぶりとランランと輝くその瞳は「絶対に良いことがあったな」と周りに思わせてくれるものだった。

 

「やかましいやつが来ちゃったわ……」

 

「よー。射命丸。何か用か?」

 

「フフフ……気になります?」

 

「やめときなさいよ、魔理沙。どーせ"ろくでもないこと"よ」

 

 霊夢は射命丸の来訪にうんざりしている()を見せる。しかし、射命丸は魔理沙の問いに「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに目の輝きを強めて3人へ迫った。

 

「皆さんの目に映って見える通り……これらの桜は本来春に咲くものですが、今は夏! だというのに、ウメやスイセン、桜と、四季折々の花々がなぜか咲いているんです! これは異変に違いありませんよ! さあ、霊夢さん、魔理沙さん。いざ、異変解決へ!」

 

 「どうぞ!」と手で彼女らの前方を示すが、2人は特に立ち上がることも、何のリアクションもしなかった。魔理沙はニコニコの射命丸を見つめ続け、霊夢は上体を起こしてせんべい籠の中を物色する。ハイエロファントはあまり意に介していない。無言の時間が過ぎ、射命丸は気まずい空気が流れ始めるギリギリで「ちょっと!」と声を上げる。

 

「これは異変ですよ! 絶対に!」

 

「いや〜、別に悪いこと無いんだから良いじゃないの」

 

「そんなに気になるのか? この花たちのこと」

 

「気になりますよ! 去年や以前だってこんなことなかったんですからね! たまたま「あ、ちょっと咲くのが早いな〜」って感じで思うことはありましたけども、今回ばかりは納得できません!」

 

 異変の調査、解決に乗り気でない2人を手帳とペンを片手に説得する。それでも動じない霊夢たちに、射命丸は「そうだ」と怪しい笑みを浮かべた。

 

「……もし、あの博霊の巫女が独断で「花の異変は悪い影響がないもの」と見なして、実は害がありました! なーんてことになったら……霊夢さん困りません?」

 

「……何が言いたいのよ」

 

「「博麗の巫女!ついに仕事を放棄!」」

 

「だーーっ! 分かったわよ!」 

 

 何と射命丸、霊夢が異変解決に向かわないことを記事にするぞ、と脅したのだ。霊夢の怠慢で何か影響があったなら、博麗神社の参拝客の減少や霊夢自身が信用されなくなってしまう。さすがにそれはまずいと感じ、霊夢は頭の大きなリボンを結び直して出発の準備をし始めた。

 

「フフフ……さすがは博霊の巫女!行動が早いですねぇ〜」

 

「うるさいわ! 行けばいいんでしょ? 行けば! ……全くもう……」

 

「頑張れな〜」

 

 忙しい霊夢を尻目に、魔理沙が能天気にエールを送る。ここまで特に動かなかったハイエロファントグリーンだが、霊夢が神社を出て行こうとした瞬間に立ち上がり、境内を飛び出そうとする2人に「すまないが」と声を掛けた。

 

「僕も一緒に行っていいかい?」

 

 彼の言葉に霊夢は「え?」と眉を上げる。魔理沙は特に反応せず、射命丸は「何と!」と嬉々とした表情をハイエロファントに向けた。射命丸が真っ先に口を開く。

 

「もしかして、ハイエロファントさんも異変解決をやってみたいんですか?」

 

「いいや。単なる社会見学ってやつさ。幻想郷(ここ)の住人になった以上はそういうことを学んでおこうと思ってね。異変なんて、月一イベントのようなものでもないんだろう? 起こった今こそ行ってみたいんだ」

 

「おう! 行っとけ行っとけ!」

 

「まあ、異変解決の手助けもするってんなら歓迎よ」

 

 霊夢と射命丸は快く承諾し、魔理沙も笑って送り出す。ハイエロファントは霊夢と違って特に準備することもなく、飛行する2人を追って神社を出発して行った。魔理沙は神社で留守番(昼寝)をするようで、再集合場所は博霊神社となった。

 

 

____________________

 

 

 飛び立った3名は霊夢のスピードに合わせて空を征く。彼らは幻想郷で最も高い山「妖怪の山」のある方角とは逆方向へ突き進んでいる。ハイエロファントは即興の思いつきでついて来てしまったため、彼女らが何を目指しているのか、よく分かっていない。

 

「なあ、僕らは一体どこへ向かって飛んでいるんだ?」

 

「さあ? ねぇ、文。どこに向かってるのよ」

 

 並んで飛ぶ2人を少し離れたカメラが写すと、白い光が飛び出して彼らの目を焼く。思わず目を閉じた霊夢とハイエロファントに「それはですね…」と前置きをしてから問いに答えた。

 

「"太陽の畑"ですよ。霊夢さんは行ったことぐらいあるんじゃあないかなー?」

 

「あー……あそこね。」

 

 霊夢は「太陽の畑」に関して何かを思い出したような様子だが、あまりスッキリしていなさそうに口角が片方だけつり上がっている。

 

「花の異変……だからって?」

 

「ええ! 何か知っているかも!」

 

「ちょっと待ってくれ。話について行けないぞ」

 

 ハイエロファントが「待った」をかける。話の流れで「花に関係する何か」を目指していることは分かったが、肝心なことが全く分からない。「あーそうだった」と射命丸は口を開いた。

 

「この異変の元凶に覚えがあるのか?」

 

「ええ。実は今目指している"太陽の畑"というのは、広大な向日葵(ひまわり)畑なんですよ。この時期に満開になる場所なので、花の好きな妖精がよく集まるんです。もちろん、妖怪も。そんな中、花を操るとある妖怪がいましてね」

 

「そいつなら何か知ってるかもしれないってことよ」

 

「なるほどな……戦闘になる可能性は?」

 

「大いにありますね……かなり変わっているので……」

 

 大丈夫か?ハイエロファントはそう思う。

 彼は最近連続して戦いを繰り広げている。生前も打倒DIOを目指したエジプトへの旅の中で幾度も戦いをくぐり抜けてきたが、再びその試練を味わっているようだ。対スタンドならば経験と策略にものを言わせて存分に戦うことができる。しかし、彼は幻想郷の住人との弾幕戦は未だ経験がないため、個人的に狙われてしまったときの対処は難しいのだ。ハイエロファントはそれを危惧していた。

 

 

 

 会話を交わしながら十数分飛行し続けると、遂に真っ黄色に輝く大地が見えてきた。あれが"太陽の畑"。3人は向日葵畑の上空へ来ると、徐々に降下して件の妖怪の姿を探し始めた。が、背中に羽の生えた小さいシルエットしか見当たらない。今は満開の花を目当てにした妖精ばかりいるようだ。目的の者らしい影は見えない。

 

「う〜ん。いませんねぇ。いつもならいるんですが」

 

「どーすんのよ。他に幽香(ゆうか)の行きそうな所はないの?」

 

「彼女は様々な花を巡る妖怪……いるとなると森か、人里でのんびりしているかでしょうねぇ」

 

「それじゃあ、手分けでもするかい?人里と魔法の森へ行くチームを決めるんだ」

 

 「それがいい」と、ハイエロファントの提案に2人は頷く。3人の中で目的の人物について一番よく知らないのはハイエロファントだ。それに幻想郷に入ってからまだ2週間程度しか経過しておらず1人で捜索させるには少し危険なため、ハイエロファントは2人のうち1人と決まった。

 

「それじゃあ、私と文のどっちがどっちに行くかだけど……」

 

「では、私がハイエロファントさんと共に人里へ行きましょう」

 

「え? あんたがぁ?」

 

 霊夢がとても意外そうな声を上げた。彼女は自分が人里へ行くつもりで満々だったのだ。

 

「何であんたが人里に行くのよ。妖怪じゃないの」

 

()()()()()()()()()()()。ハイエロファントさんも人外。これは霊夢さんと彼のためにもなるんですよ」

 

「? ……何を言ってるのかわからないけど……まあ、いいわ。アリスでも誘って探すとしようかしらね」

 

 霊夢はフワッと浮き上がると、元来た方角へと飛んでいった。それを見送ると、射命丸はハイエロファントに左手を差し出す。

 

「どうぞ、握ってください。ひとっ飛びしますから」

 

「え……あ、ああ……ッ!?」

 

 言われた通りに手を握ると、その瞬間視界が大きくブレた。射命丸が一瞬で飛び立ったのだ。体中に強く圧力がかかって、身をよじることすら叶わない。魔理沙の箒よりもスピードが出ているのでは?と頭に浮かぶが、そんな思考ですら宙へ置いていくかのような速さだ。

 

「う うわああぁぁーーーーッ!!?」

 

「舌! 噛まないようにしてくださいねっ。あるかどうかわからないですけど!」

 

 ハイエロファントの耳にその言葉が届くことはなかった。彼は人里に到着するまでの間、体を潰されるかのような圧倒的スピードに何とか耐え続けようとした。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

「よ、ようやく着いた……」

 

「ようやくって……2分もかかりました?」

 

 人里の入り口近くに2人は着陸する。射命丸は例のスピードに慣れているため涼しい顔をしているが、ハイエロファントはかなりグロッキーな様子だ。ジョセフが操縦する飛行機とは違うヒヤヒヤ感があった。

 

「ううっ……顔半分が内部でふっ飛んで、脳ミソが1/3ぐらい顔の肉とシェイクされたような感じだ……」

 

「何をバカなことを〜〜……はいっ、行きましょうか。」

 

 射命丸は手をついて座り込んでいるハイエロファントの脇を抱えて起こし上げると、2人を怪しそうに見つめる見張りの人間に「こんにちは〜」と、軽く挨拶をして人里に入っていった。

 

 

 

 人里は以前顔を隠して来た時のように活気が盛んだった。道に面した屋台には「団子」「和菓子」など、旗が掲げられて売りに出されている。道ゆく人々は皆、元気に明るく過ごしているが、彼ら2人がすぐそばを通ると話は違ってくる。射命丸は一切気にしていない様子だが、周りからの視線は"畏怖"に染まっていた。

 

「射命丸……君は何とも思わないのか?」

 

「……別に嫌われてるわけじゃあないですよ。()()()()()()なんです」

 

「何だって?」

 

 ハイエロファントの質問に射命丸は小声で返す。ハイエロファントが聞き返した後に続く言葉は、さらに小さくなって彼の耳に入っていった。

 

「妖怪を恐れること。それが人間の仕事なんです」

 

「……どういうことだ?」

 

「この幻想郷はバランスがよく取れています。妖怪は人間からの「恐怖」が無ければ存在できません。人を食う妖怪はいますが、彼らが退治されるのは、畏怖する人間を消してしまう可能性があるから。だから巫女が退治する……()()()限った話ではないですけど。もし、今日霊夢さんと一緒にここに来ていたら、「人間で妖怪退治を生業とする霊夢さんが妖怪と一緒にいるなんてーー」となって信用がより下がりかねません」

 

「……そういうことだったのか……その……妖怪を恐怖するのが仕事、というのは人間たちは知っているのか?」

 

「いいえ。もし、そんなことが知れ渡ろうものなら、とっくに反乱紛いのことが起きてますよ」

 

「……間違ってるとは思わないが、まるで箱庭じゃあないか。一体誰なんだ?ここの主は?」

 

「箱庭だなんてぇ。楽園ですよ。ここは。秩序を守るためには()()()()()()()()()()です。束ねなければバラバラに乱れてしまいますからね。それに主……ですか。幻想郷を創り出した者の1人、と考えれば、「八雲紫」。彼女ですかね?」

 

「八雲紫……?」

 

「「賢者」とも呼ばれています。彼女も妖怪ですよ」

 

「妖怪だから、妖怪のための世界を……ってことなのか?分からなくもないが……」

 

「まあ、実際我々は助かってますし。「幻想郷の闇を覗いてしまったー」だなんて思わない方がいいですよ。互いに必要以上の干渉が無ければ、大したことじゃあありませんしねっ……おじさ〜ん!団子もらっていいですか?2本お願いします」

 

「あ、ああ……はいよ。みたらし2本。」

 

「…………」

 

 屋台に駆け寄って「お〜おいしそ〜」と2本のみたらし団子を購入した射命丸にハイエロファントは再び声を掛ける。

 

「僕は妖怪じゃあない。怖がられたままでいるのはさすがに嫌なんだ」

 

「ええ。ですから、今回はあなたへの()()を解くのも目的で来てるんですよ」

 

「!」

 

「ねえ、おじさん? この方、怖いですか?」

 

「え……いや……その……」

 

 会話をわずかながら聞いてしまっていた団子屋の店主は、つい答えに困ってしまう。射命丸は店のカウンターに手をつくと、ズイッと店主に近寄った。

 

「おじさん。この方は妖怪じゃあないんですよ。以前に彼があなた方に何かしましたか?この前の私の記事、読みましたか?彼は"スタンド"という存在で、舌切り蟲の事件だって解決している。むしろ、皆さんの味方なんですよ。」

 

「…………」

 

 店主は黙り込む。恐怖に申し訳なさが混ざったような瞳をハイエロファントに向け、「すまない」といったような感じで浅く頭を下げた。しかし態度からは深い反省が見られる。それを見た射命丸は、自分たちの背後にいる人々に顔を向けると、彼ら全員が目を逸らしていた。

 

「……大丈夫ですよ。ハイエロファントさん。時間を掛けながら、ゆっくり馴染んでいけばいいんです」

 

「ああ。そうだね」

 

 ハイエロファントには、今の射命丸が非常に心強かった。普段の若干へりくだり気味の態度からはあまり想像できない堂々とした、威厳すら漂っている。これが、幻想郷内でかなり力を持った部類である、天狗か。

 

「あっ、そーだ。おじさん。今日、この辺りで風見幽香(かざみゆうか)さんを見てませんか? とある用事で探しているんですよー」

 

「……彼女か……今日は見てないね。いつもの花屋にでも行ってるんじゃあないかい?」

 

「花屋?」

 

「ええ。今我々がいるこの大通りをずーーっと真っ直ぐ行けば右手側にあります。行ってみましょうか。ありがとうございます。おじさん」

 

「ああ。緑色の君、その……悪かったね」

 

「いえ、僕も誤解が解けたようで何よりです。()()()()が早く広まることを祈ってます。それじゃあ」

 

 そう言ってハイエロファントは射命丸と共に人里の奥へと進んでいった。

 

 

 

____________________

 

 

 人里の花屋。()()()()()を取り扱っているということで、様々な花が店先に置かれている。ランタナやハナショウブ、ハーブ類まである。そんな優しい香りが漂う花屋の前に、緑色の髪に赤いチェック柄のスカートとベストに身を包んだ女性がじっとたたずんでいた。彼女の瞳は色とりどりの花々に釘付けであり、次々と視線が移る。と、彼女の視線が1本の花に留まった。そのまま、視線をずらすことなく、花屋の店先で花たちを整理している店主に話しかけた。

 

「ねえ、ちょっと。店主さん? そこの朱色のダリアの配置なんだけど……どういうつもりなのかしら?」

 

 ズイッと威圧を含んだ声と共に穏やかそうな中年男性ににじり寄る。

 

「……どっ、どういうつもりって……何か悪かったので……?」

 

 怯える男の質問を聞き、女性は懐中時計をパカッと開く。時刻を確認すると、店主の顔へ向き直ることなく言葉を続ける。

 

「今、午後2時34分。太陽が沈み始めているわ。こんな位置に花を置いていたら、午後4時には影が伸びて日が当たらなくなるじゃない。日光は花にとってこれ以上ないまでに大切なものなのよ。花屋なのに、そんなことにも注意を払えないのかしら?」

 

「そ、それはぁ……」

 

「動かすのよ。今すぐ!」

 

「は、はいィィ!」

 

 怒気を込めて放った言葉で店主が大慌てで花を動かし出した。若干道に飛び出してしまっているが、新たに台を置き、元の位置よりも南側にダリアを配置した。

 

「こ、これでよろしいですかッ!?」

 

「ん〜〜。良し…………良かったわねぇ。よく日の当たる場所に出してもらえて」

 

 女性は位置を変えられた花に近づいてしゃがむと、親しき友人か、小さい息子か娘に接するように話しかけた。先程店主に見せた威圧の込められた表情とは打って変わり、温かみのある和やかな笑顔だ。ダリアの方も、決して物言わぬ植物のはずが彼女の声に呼応するようにして太陽光を反射して眩しく輝いている。

 

 

 

「あ〜。いましたねっ。彼女が目的の人物ですよ」

 

「あの人がか……」

 

 緑髪の女性が花を愛でている中、そこに近づく2つの影。射命丸とハイエロファントは女性へ歩いていく。射命丸は「ようやく会えた」といった感じで少し笑みを(こぼ)しながら、ハイエロファントはもの珍しそうに髪を見つめながら彼女の方へと歩を進める。

 

「こんにちは〜。幽香さん。今日もお綺麗ですねぇ」

 

「……あなたたちは……新聞の鴉天狗に……あー。思い出した。たしか"すたんど"とかいう…」

 

「ハイエロファントグリーンです。」

 

「そう。そんな名前だった気がするわ……それで、何かご用? 冷やかしに来ただけなら返り討ちにでもするけど?」

 

 「物騒なことを……」とハイエロファントは彼女の言葉に反応した。幽香の腕に掛かっている日傘は彼女自身の闘気を表しているのか、不思議なリズムでユラユラと揺れている。幻想郷(ここ)に来てからそんなことをよく思う。警戒をするハイエロファントに代わって、射命丸が「オホン」と咳払いをすると、幽香に質問を繰り出した。

 

「風見幽香さん。単刀直入にお聞きしますが……今夏、起こっているこの花の異変! 犯人はあなた……でよろしいのでしょうか?」

 

「………………」

 

 沈黙の時が流れる。射命丸もハイエロファントもちょっぴりドキドキしている。2人共、()()()()()()で異変に立ち会うのは初めてだからだ。そして、数秒の間を置いて、風見幽香はついに口を開いた。

 

 

 

 

いいえ。私は関係ないわ

 

 

 

 

 

 




花の異変の犯人は幽香ではなかった……?
明かされる花々の秘密。異変への鍵を握るのは?
次話、ついに第1部《Drifted Stardust》完結!

次回もお楽しみに!
to be continued⇒


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10.東方花映塚②

今までで最も内容がギッシリしていると思います。


「いいえ。私は関係ないわ」

 

「へ?」

 

 予想外の返答に素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた射命丸。ハイエロファントも表情に表れてはいないが、「何だ、違うのか」と犯人の手掛かりがゼロとなって少し残念に思う。

 

「ち、違うんですか……? 幻想郷中の花たちが四季に関係なく咲き誇っているのは、幽香さんの"花を操る程度の能力"のはたらきなのでは……?」

 

「いいえ?」

 

 完全否定だ。表情には緊張も見られず、嘘をついているような気もしない。射命丸は「ハァ〜……」と露骨に残念がる。失礼なやつだ、とハイエロファントと幽香が呆れると、射命丸はハッとして顔を上げて幽香に再び質問をぶつけた。

 

「それじゃあ! この異変が起きた原因、もしくは起こした犯人はご存知ですか?」

 

 幽香は胸下に腕を組んで考え込む。がんばって思い出しているようだが、数秒で諦めて口を開いた。

 

「知ってたような……知ってたけど……忘れたわ」

 

「そ、そうですか……」

 

 ストーンッと音が鳴りそうな程、勢いよく射命丸の頭が落ちた。これは困った。こんな異常事態、原因も分からないまま終わってくれては、新聞の記事に載せようにも()えることはない。射命丸は完全に「詰み」状態となった。スペシャリストが知らないのでは、手掛かりをこれ以上探すのはかなり難しい。

 

「その……忘れてしまっていいんですか? 異変の原因を」

 

「……別にいいと思うわ。忘れるってことは、忘れてもいいぐらいどうでもいいことなのよ。メロンのスタンドさん」

 

(メロンのスタンドって……)

「……では、別に我々に害があるわけではないと?」

 

「ま、大丈夫よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 花から?

 どういうことなのか。花の異変に便乗して悪事を働く者がいると言いたいのだろうか?項垂(うなだ)れていてもしっかりとフレーズを拾った射命丸の首は再び上を向き、目を輝かせだした。

 

「つまり! 別の何かからは何か影響があるかもってことですね!?」

 

 肉を与えられた飢えたライオンのように幽香の言葉に喰らい付く。ハイエロファントも興味を示していた。少し間を空けて「残念だけど」と前置きをし、幽香は言葉を紡いだ。

 

「あなたの喜ぶようなことではないわ。来てるのよ。閻魔様(えんまさま)が」

 

「……えんま?」

 

「え……な……何ですってェーッ!?」

 

 ハイエロファントは訳も分からず混乱するが、射命丸はこれ以上ない程取り乱した。もうすぐ夕方ではあるが、まだ外は暑い。それによる汗なのか、閻魔様とやらのための冷や汗なのか、射命丸の額とシャツはぐっしょりと濡れている。そんなに芳しくないことなのか?

 

「ちょっと待ってください。その閻魔様っていうのは……地獄の閻魔大王のことですか?」

 

「そうよ。彼女は非番の時、しょっちゅう幻想郷にやって来るのよ」

 

「ひ、非番……? それに「彼女」?」

 

 思っていた閻魔大王とは違う様子。花京院の記憶を辿(たど)り、閻魔大王とはどういう存在なのか。がんばって思い出そうとしているが、「非番」や女性を揶揄(やゆ)するようなワードは無い。実際は伝承とは異なっている姿をしているのだろうか?ハイエロファントはそう考える。

 

「まあ、お互いがんばりましょう。天狗さんも気をつけてお帰りになって。流石のあなたでも、閻魔様には頭が上がらないわよね? ……それじゃ〜ね」

 

 幽香は少し勝ち誇ったような表情とセリフを残して、低く浮かぶ太陽の光を浴びながら悠然と去っていった。一方、射命丸。彼女はかなり動揺している。閻魔大王に悪い思い出でもあるのだろうか?

 

「閻魔大王か……あまり良いイメージは無いな。とりあえず、今日は帰らないか? 異変解決は明日でもできるだろう? 真実は逃げない」

 

 ハイエロファントは射命丸を()かして「帰ろう」と声を掛けた。すると、射命丸は突如スクッと立ち上がり、力強く羽ばたいてホバリングをし始める。彼女の顔には強い焦りの色が出ており、何かただならぬ雰囲気を醸し出している。

 

「ど、どうしたんだ? 急に飛んで……まさか、そんなに閻魔大王が怖いのか……?」

 

 ハイエロファントの問いに射命丸の左頬がピクピクと反応する。図星のようだ。だが、その視線はハイエロファントに向けられてはおらず、徐々に赤みの強くなっていくその背後を見つめていた。

 

「わ…私のジャーナリズムアンテナにビビッときました……()()()()…………」

 

「来てる? ……一体何が……?」

 

 ハイエロファントは怪訝(けげん)に思って射命丸から「来ているモノ」の正体を聞き出そうとするが、射命丸は答えずにハイエロファントに背を向ける。

 

「すみませんが、私はもう帰らせていただきますッ! 明日も早いですしねッ! それじゃあ、ハイエロファントさん! 失礼しましたァーッ!!」

 

「あっ、ちょっと待つんだ!」

 

 ギュン!!と空気を裂きながら高速で飛び出して行った。その風圧は(すさ)まじく、アスファルトで整備されていない人里の通りの砂を大量に巻き上げ、そばにある花屋の商品()や店主まであおられた程である。

 付近の人々は「うぎゃっ」「キャァーッ」と、突然のことのため仕方ないものの、情けない悲鳴を上げていた。

 

「うぐ……一体全体何があったと言うんだ……? 本当に……」

 

 ハイエロファントは咄嗟(とっさ)に顔面を(おお)った右腕を下げ、射命丸が飛び去っていった空に目をこらすが、既に彼女の姿は無かった。

 

 射命丸が行ってしまい、人里に独り取り残されたハイエロファントは再び周りの声に無意識に神経を研ぎ澄ませてしまう。しかし、「これではだめだ」と、「自らが動かなければ、何も無いのだ」と思い直していたハイエロファントは、射命丸がやったように花屋の店主の誤解を解こうと花屋へ向き直って足を踏み出した。

 

 

 

    人間讃歌は 勇気の讃歌

   人間の素晴らしさは 勇気の素晴らしさ

 

 

 ある男は言った。「「勇気」とは「怖さ」を知ること」だと。ハイエロファントにとって恐怖とは、自身の運命を分けた数十日の星屑のように輝く旅路の、それ以前の17年間の孤独。だが、今の彼には魔理沙や魔術師の赤(マジシャンズレッド)のように仲間がいる。それでも、彼には()()()()()()()()()()()がある。「恐怖」を我がものとし、この瞬間!その一歩を踏み出せたことは、"スタンド"(ハイエロファントグリーン)もまた気高き勇気のある人間の心を持っていることを示していた……

 

 

 

 と、腰を抜かしているままの花屋に話しかけようとした時、ハイエロファントは自身の背後から近づく者の気配を感じ取った。

 ザッ ザッ と、彼に対する恐怖など微塵も感じられず、ただ淡々とハイエロファントの方に歩を進めてきている。もちろん、ハイエロファントは振り返った。どのみち、彼は()()()()()()()()()()わけだが。

 彼が振り返った先にいたのは少女。いや、女性と言った方が正しいか。紺色の服に黒いミニスカートを履き、幽香のそれよりも深みのある緑髪。それらに加えて王冠を彷彿(ほうふつ)とさせる巨大で特徴的な帽子まで被っている。右手には……何だ? 文字の書かれた棒のような物を手にしている。

 

「あなたは……なるほど。あの天狗のようには逃げないのですね」

 

 ズシリと肩に乗り掛かるような、質量の存在を疑う声。160cm以上、十代後半程度にしか見えないその容姿からは想像できない、まるで巨石のような存在感。ハイエロファントは一瞬で(さと)った。彼女だ。射命丸が焦りに焦っていたのは、彼女が近くにいたからだ、と。

 

「あ……あなたが……幽香さんが言っていた"閻魔大王"か……ッ!」

 

「その通り。私の名は、四季映姫・ヤマザナドゥ。ヤマザナドゥは役職名です」

 

 彼女が閻魔大王。可愛らしい姿をしているが、もし死んでしまった時、あの世での己の行く末を決める者だ。そんな人がなぜハイエロファントの前に……?

 

法皇の緑(ハイエロファントグリーン)。ちょうど良かった。私は()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何ですって?」

 

 ハイエロファントの聞き返しにハァとため息をつく。ハイエロファントは思わず「何かやってしまったのか…?」と不安になるが、どうやら杞憂(きゆう)であったようで、

 

「小町という部下が私にはいるのですが、()()サボりに来ているようでして。そのついでに、あなたと話しておこうと思ったのですよ。マジシャンズレッドやクリームではなく、あなたと」

 

「話したいこと……ですか? 一体何を……」

 

「立ち話も何です。よく寄る茶屋があるので、そこでお話しましょう」

 

 そう言って、映姫はハイエロファントを連れて人里の入り口方面へ向かって、淡々と歩を進めていった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 東に向かい続けて十数分。大きく「茶」と書かれた旗を壁に掛け、特段派手なわけでもないが、風流と落ち着きのある家屋に到着した。映姫は外に置かれた長椅子には座らず、茶屋の主に「こんにちは、少々話をしたいので」と断りを入れてからハイエロファントと茶屋内のテーブル席についた。

 

「さて、ハイエロファントグリーン。私はあなたに聞きたいことがたくさんあるのです。まずは、あなたの本体についてから」

 

「は、はぁ……」

 

 映姫は手に持つ(しゃく)を自身の前に、ハイエロファントを問い詰めるように質問を投げかける。出会ってから一切表情筋を動かすことなく、真顔で、実に淡々と話す様子はハイエロファントをかなり困惑させていた。

 

「僕の本体……ですか。「話せ」と言われても何から話せばいいやら……」

 

「安心してください。"スタンド"については軽くではありますが、既に予習済みです。それに、あなたの幻想郷での行動は逐一(ちくいち)監視していますから」

 

 多少は専門的な用語を使ってもいい、ということだろう。ハイエロファントは少し安心する、ことはなかった。「監視していた」だって?プライベートのへったくれもないではないか、と思わず心の中で文句を垂れる。

 しかし、花京院の記憶も含めて、今まで出会った人々の中で最も偉いのは、間違いなく彼女であることには違いない。言葉に気をつけねば、と肝に(めい)じてハイエロファントは説明を始めた。

 

「僕の本体の名は花京院典明、高校生でした。スタンド能力に目覚めたのは幼少期で、「()()()()()()()()()人間とは心が通じ合わない」という考えを持っており、およそ17年間の孤独の生活を送りました。そこから先は知っての通りです」

 

「"そばに現れて立つ"というところから、そのヴィジョンを名付けて"スタンド"。あなたは花京院典明にとって、自分自身ではなく、()()()()()()()と思われていたのでしょうね」

 

「ええ……僕もそう思います」

 

 映姫は相変わらず真顔のまま答えるが、ハイエロファントにはその返答が快く思われた。種族は違えど、理解者の存在は誰にでも大きいものだ。

 ハイエロファントはここであることが思い浮かんだ。彼女は閻魔大王だ。死んだ者を裁く者。もしかしたら……

 

「……映姫さん。その……あなたが閻魔大王というのなら、僕の本体と……」

 

「それはないですよ。ハイエロファント」

 

 きっぱり真っ向否定。ハイエロファントが考えたのは、死んでしまった花京院と映姫は相対したことがあるのではないか、ということ。しかし、事実は違ったようであるのだ。彼女は花京院を裁いていない、とのこと。

 

「私は閻魔ですが、あなたの想像している像とはかけ離れていると思いますよ。私は"是非曲直庁(ぜひきょくちょくちょう)"という組織に所属しているのですが、我が組織は幻想郷の担当です。花京院はDIOという男によって殺されてしまった、と聞きました。エジプト、ですよね? その地は幻想郷でもなければ、日本でもない遠い場所。死んでしまった彼は私とは会っていません」

 

「そう……ですか」

 

 非常に残念そうにトーンが落ちる。彼の視線も下に向けられ、無言の間が出来上がるも、映姫は特に慰めることもなくハイエロファントを見つめ続けていた。ハイエロファントは映姫が(しゃべ)り始めるのを待つのと同時に、自身の質問を探す。映姫はハイエロファントの体を空港の税関職員のように隅々まで見回すと、「そういえば」とようやく口を開いた。

 

「スタンド……ですか。不思議な存在ですね。亡霊のように「魂=体」ではなく、「魂の周りを体=意思が取り巻いている」という感じ。核となる魂も完全なものではなく、言ってしまえば不完全なカケラのようですし」

 

「………………」

 

「……ハイエロファントグリーン。以前あなたが戦った……そう、タワーオブグレーを覚えていますか?」

 

「ええ……」

 

 しっかりと覚えている。前世でも幻想郷(こちら)でも戦った相手なだけあって、印象深い。しかし、なぜ映姫はタワーオブグレーを話に出してきたのだろうか。

 

「私は先程、幻想郷での行動を逐一監視している、と言いました。もちろん、タワーオブグレーとの戦いもヴァニラ・アイスという者の意識が宿ったクリームとの戦いも目にしています。ヴァニラ・アイスの魂は紅魔館のフランドール・スカーレットによって破壊されたことも知っています。本来はあまり無視しないことですが、今回重要なのは()()ではありません」

 

「な……何が重要なんですか?」

 

「幻想郷から来た魂、幻想郷を経由して来た魂。それらをジャッジすることが私の仕事。あなたはタワーオブグレーがどうなったか……気になりませんか?」

 

「!」

 

「彼は……私の元へは来ませんでした。」

 

「何ですって……!?」

 

 ハイエロファントは生物の魂を破壊する力を持っていない。フランドールのようにタワーオブグレーに存在する魂のカケラを破壊する術も知らない。だというのに、タワーオブグレーは彼岸へと到達しなかったという。()()()()はある事実を示していた。

 

「スタンドは、内に秘める魂の力が弱すぎるあまり"死"と同時に完全なる消滅を迎えてしまう、ということです。」

 

「まさか……そんな……」

 

 ショックだ。ハイエロファントは幻想郷に来てから2度の戦いを経験してきた。タワーオブグレーとの戦いで、自身の体の治癒力が異常に高まっていることを知り、多少の無茶をしたこともあった。だが、一歩間違えていたら何も残すことなく、どこへも到達することなく消滅していたかもしれないというのだ……

 映姫の目が厳しいものへと変わると、彼女は1つの提案をしてきた。

 

「幻想郷には"賢者"がいます。外の世界とこの世界を繋ぎ、幻想郷へ概念を送り込むことのできる妖怪、八雲紫の手によって外の世界へ出ることは可能でしょう。この地で生きていくには、あなたたち"スタンド"は()()()()()が弱すぎる。強力な妖怪もいますし、これからもスタンドは次々と現れるでしょう。()()()以降、どうもそんな気が……」

 

 映姫は口を閉じた。「あの件」というワードを口にした瞬間のことであった。もちろんハイエロファントはそれを聞き逃すはずもなく、「逃がさない」とでも言うように映姫に問う。

 

「……あの件? 何ですか? あの件とは」

 

「……数ヶ月前に起こった"大異変"、とでも言いましょうか。環境を劇的に、あらゆる事象の通常を異常に変えた「時」。世界中を巻き込む程の規模でした。しかし、それを覚えている者はほとんどいない」

 

「なぜです? そんな大きな事件だというのなら、誰もが知っているものでしょう?」

 

「……幻想郷の賢者たちはその異変を隠しました。「解決できなかったから」、「原因が分からないから」。理由はその程度。この事実を知る者はほんの数人です」

 

「霊夢は知っているんですか?彼女は幻想郷の中でもかなり重要な人物だと聞きましたが……」

 

「いいえ。博麗の巫女も例外ではありません。彼女もまた、()()()()()()()()()1()()です。試しに本人に聞いてみてはどうでしょう」

 

「……」

 

 予想外だ。異変の解決は基本的に霊夢の仕事だと聞いていたため、本人に確認すれば何か分かったかもしれないと考えたが、どうやら無駄のよう。

 

「……解決できなかった、ですか。幻想郷は平和そうに見えますけど……」

 

「平和が全てではありません。長い間続いてきた"通常"が重要なのです。異変が疎まれるのは、それが突如やって来る"異常"だから。 ……解決はできませんでしたが、異変の影響を最小限に食い止めることは成功しています。影響というのは、あなた方"スタンド"の出現。そして、幻想郷中に咲き誇る花々。」

 

「! あの季節外れの花たちはその大異変が原因だったんですか?」

 

「正確に言えば二次災害です。死して幻想郷に入ってきた幽霊たちがあの様々な花を咲かせているのです。先程も言ったように、あの異変の真相は謎のまま。これから本当の"恐怖"が起こる可能性は十分にありますが……」

 

 閻魔大王は言葉を途中で切った。机上に置かれた湯呑みから、少量のお茶を静かに飲んでハイエロファントを見つめ直す。

 

「あなたの身にこれから起こることは全く予想がつきません。いつ、あなたに消滅が訪れるかも分からない……それでも、あなたはこの地で「幻想郷の住人」として生きていきますか?」

 

 ハイエロファントは映姫の言葉を「逃げたっていい」と解釈した。たしかに、ハイエロファントにだって死の恐怖はある。それも、先の無い消滅への恐怖。並の人間、生物なら真っ先に「NO」と断り、八雲紫とやらの力を借りて外の世界へ逃げ出すかもしれない。

 しかし、ハイエロファントは違った。花京院典明(ハイエロファントグリーン)は既に決めていた。「もう、恐怖からは逃げないし、負けもしない」と。幻想郷にはかつての仲間、M(マジシャンズ)レッドがいる。新たな友人である魔理沙、霊夢、レミリアと彼女の館の住人たちだっている。ようやく見つけた()()()()()()()()()()を離れて何のアテもなく外の世界を放浪するよりも、心の通じる仲間のために戦えるというのなら、

 

「僕は受け入れます。幻想郷で再び背負った「運命」を。たとえこの身が滅びることがあっても、それが「運命」というのなら、それに従います」

 

 ハイエロファントの「覚悟」を見た映姫はしばらくハイエロファントの目を見つめると、(まぶた)を伏せた。映姫は「少々軽く見ていた」と少し気恥ずかしく感じるのだった。

 チラリと外を見ると、既に夕暮れ時。明るい橙色(だいだいいろ)に染められた道路が彼女の目に映る。

 

「……あら、もうこんな時間でしたか。そろそろ、小町を探しに行かなくてはいけませんね……ハイエロファントグリーン。今日はお話ができて良かったです。あなたの気高き覚悟。見定めさせてもらいました」

 

 映姫は席を立ちながらハイエロファントに感謝を述べた。その言葉と声は、先程の堅苦しいものから変わって、相手に落ち着きを与え、優しさを感じさせるものとなっていた。

 

「ええ。僕もです。あなたのような人と出会えて、お話させていただいたことは光栄に思います」

 

 ハイエロファントも席を立ち、茶屋の出口まで映姫を見送る。店を出た彼女は数歩だけ歩くと、忘れていたことを思い出したようにハイエロファントへ振り向いた。

 

「本来、私が言うことではありませんが、あなたの「勇気」に敬意を表して……ようこそ。幻想郷へ。この地はあらゆるものを受け入れます。それはとても残酷な話で……同時に美しきことでもある。あなたと花京院典明の「第二の生」に"Luck(幸運)"と、更なる"Pluck(勇気)"があることを祈っています。もちろん、善行の積み重ねも……ね。」

 

 映姫はハイエロファントにそう言い残すと、彼と夕日に背を向けて、暗い群青に染まりつつある人里の出口へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 彼女は最後にハイエロファントに微笑みを見せていた。閻魔大王たる彼女は滅多にその表情を見せはしない。あの顔の真意は何だったのか。

 気高き者への敬意の表れ、それだけなのか?果てなき旅路を往く「運命の奴隷」を哀れんでのものなのか?苦難の道を往く「十字軍」の"安寧"を祈ったものなのか?どちらであったとしても、彼女との「時」はハイエロファントに幻想郷で生きていく力を更に成長させたことは確かである。

 

 

 精神力の成長はスタンドの成長である……

 




第1部《Drifted Stardust》完

どうだったでしょうか。花映塚の話を入れた理由としては、ハイエロファントグリーンの勇気、そして映姫の最後の言葉を書きたかっただけなんですが……

まだたった10話しか投稿していませんし、まだまだ物語の導入部なので、面白さも「大して」な程度かもしれませんが、事件は第2部より本格始動!

次部、
第2部《ダイナマイトは湿らない》
これからもお楽しみに!
to be continued⇒


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登場スタンド紹介 《第1部》

思い付きで作ってみました。


法皇の緑(ハイエロファントグリーン)

本体名:花京院典明(かきょういんのりあき)

    (一般的には《のりあき》だが、

        原作者(荒木先生)曰く《てんめい》らしい)

容姿:

「緑色でスジがあって光るメロンのよう」(JOJO談)

口元や体の至る所に、防具のようにして白い装飾が付いている。

能力:

緑色の結晶体を無数に飛ばす"エメラルドスプラッシュ"という技を使う。体を紐状に解くこともでき、罠のように張り巡らせたり、遠くの物を掴むことができる。

幻想郷では披露していないが、相手の体内に侵入して身体の支配権を奪うことも可能。

 

 

灰の塔(タワー オブ グレー)

本体名:グレーフライ

容姿:

人間の頭部程の大きさのクワガタムシ。全体的に暗い色をしている。

能力:

至近距離で弾丸を撃たれようとも簡単に避けられる程のスピードをもつ。また、口内に塔針(タワーニードル)という伸びる第2の口を隠している。これを使って標的の舌を引きちぎっていた。

 

 

・クリーム

本体名:ヴァニラ・アイス

容姿:

巨大な体躯をもつ。体全体は白っぽく、頭部には黒い頭巾を被っているようなヴィジョンをしている。白目と黒目がなく、常にギラついた硝子(がらす)のような瞳をしており、額には大きなハートマークが刻まれている。

能力:

クリームの口は"暗黒空間"となっており、中に入れたもの何でも粉微塵にすることができる。しかし、クリーム自身と本体であるヴァニラ・アイスは粉微塵になることはなく、ヴァニラ・アイスはクリームの口内に隠れて攻撃する戦法をとった。

クリームが体全体を口に入れたとき、彼の周りには暗黒空間が出来上がり、近づく者を死に追いやる。

狭い場所(床の石畳の間など)に入り込むことも可能。

これらのことがあってか、DIOに「無敵のスタンド」と称されたこともあった。

 

 

魔術師の赤(マジシャンズレッド)

本体名:モハメド・アヴドゥル

容姿:

たくましい人間の男の胴体をもち、猛禽類を思わせる顔と下半身をしている。全体的に赤い。

能力:

"炎を自在に操る"能力をもっている。縄状にして縛り上げる"赤い荒縄(レッド・バインド)"やアンク型の炎を放つ"C・F・H(クロス ファイヤー ハリケーン)"、"C・F・H・S(スペシャル)"などの技を使う。

炎の威力も温度もかなり高くすることができ、鉄を空中に浮いている状態で溶かしたり、人が2人入れる程の穴を地面に一瞬で空けたりすることができる。

生物を探知する炎を生成することも可能。

 

 

・エボニーデビル

本体名:デーボ(呪いのデーボ)

容姿:

戦士を模して土で作られた人形のような姿形をしている。また、頭には角のように突起物がある。

能力:

エボニーデビルは人形に取り憑くことができる。また、それには本体であるデーボの"恨みのパワー"が必要であり、恨みが蓄積すればするほど、強くなればなるほど、その性能は跳ね上がり、より強力なスタンドとして敵にけしかけることができる。しかし、取り憑いた人形と本体のダメージがリンクしており、人形がダメージを受けると本体まで同じダメージを受けてしまうことになるため、この弱点を突かれてポルナレフに滅多刺しにされて死亡した。

 

 

 




それぞれの部の終わりで、このようにまとめていきたいと思います。良かったら、活用してください。


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2.ダイナマイトは湿らない
11.東方永夜抄①


 
前部までのあらすじ

 幻想入りしたスタンド、ハイエロファントグリーンは魔法使いの霧雨魔理沙に拾われ、彼女の助手として共に暮らすようになる。しかし、幻想郷に入ったばかりの彼の身には険しい戦いや謎が次々と降りかかっていくのだった。
 ハイエロファントは別のタイミングで幻想入りしたかつての仲間のマジシャンズレッド、そして仲間の(かたき)()()()クリームと出会い、幻想郷での運命を感じる。ある異変の中、四季映姫に覚悟を見せつけた彼は幻想郷の住人として生きていくことを決めたのであった。


「結局、花の異変の原因は分からずじまいだったな〜」

 

 閻魔大王こと四季映姫と出会って1週間後、"花の異変"は収束し始め、季節違いの花々を目にすることは無くなってきていた。そして現在、魔理沙とハイエロファントの2人は魔法店で蕎麦(そば)を食べているのだ。ハイエロファントが直々に打った手作り蕎麦である。魔理沙は氷と共にざるに乗せられた蕎麦につゆをつけ、爽やかな音を立てて(すす)り上げる。

 

「う〜〜ん。美味い! つゆとの相性もいいな! 冷たいし」

 

「……そんなに美味しいかい? それは良かった。先日、咲夜さんに(おそ)わったんだ」

 

「咲夜に? へぇ〜。やっぱり何でもできるんだなぁ〜〜」

 

 改めて咲夜の家事技術(スキル)と、ハイエロファントの学習の早さに感心する。ハイエロファントグリーンはここのところ、魔理沙が留守にしている間に紅魔館へ(おもむ)いてマジシャンズレッドと話したり、フランドールと遊んだり、咲夜に家事を教えてもらうなど、すっかり幻想郷の住人として一層馴染(なじ)ながら生活している。それにプラスして魔法店での家事とで、ご婦人のような生活リズムを取っていた。

 

「なあ、ハイエロファント。お前さ、食事はしなくてもいいのか? お前が何か食べ物食ってるところを見たことないぞ。」

 

「ああ。()()()()()する。いつもこのマスクのようなもので口を覆っているが、中にはしっかり口もある。ただ、食べなくていいんだ。それに、疲れや痛みはあるものの回復は割と早いし、眠たくもならない。もしかしたら、生物としての条件がほぼ無いようなものなのではないかな。」

 

「ふぅ〜ん。ちょっと魔法使いみたいだな」

 

「魔法使い? ……君も本当は腹なんて減ってないのか?」

 

「いんや、減るぞ。私は()()()()()使()()だからな。種族として魔法使いじゃあないんだ」

 

「そうなのか……」

(何か違いがあるのか…………?)

 

 魔理沙との会話は楽しい。彼女の言うこと、言い方は本当に飽きないのだ。話のネタが尽きないこともあるが、彼女の明るい性格が無意識に側にいる者へと作用し、場を沸かせるのだろう。

 ハイエロファントと会話を交わしながら、机上の蕎麦を次々と消費していく魔理沙。ついにザルの中には氷だけが残り、蕎麦は完食された。魔理沙は満足そうに水も飲み干すと、()()になった食器類をハイエロファントに手渡した。

 

「……どうだ? ハイエロファント。お前が幻想郷にやって来て3週間目! そろそろ慣れてきたか?」

 

「ああ。だいぶ慣れてきたよ…………気遣ってくれているのかい?」

 

「まあ、それもあるけど、そろそろお前に教えなくちゃあな〜と思ってさ」

 

「教える? 何を?」

 

 魔理沙から渡された食器を流し台で(ゆす)ぎながら聞き返す。魔理沙は「フッフッフッ」と何が可笑しいのか不敵に笑うと、ドカッと右足をカウンターに乗せて言い放った。

 

「そりゃあ、もちろん「弾幕」さ!」

 

「足を下ろしなさい」

 

 厳しく言われるが、彼女の表情はハイエロファントの注意をスルーしたまま、自然と右足は床へと戻った。

 

「いいか? ハイエロファント。この幻想郷では「スペルカードルール」ってんのがあるのさ」

 

「……君がタワーオブグレーとの戦いで使っていた()()のことか?」

 

「ああ。あれもそうさ。基本的にはじゃんけんみたいな感じで、ちょっとしたいざこざなんかを解決したりするための……システムっつーか、遊びっつーか……そういうもんよ」

 

「なるほど。それで、僕にも教えることでより一層幻想郷の住人らしく、と?」

 

「そうだ。覚えておいて損はねーからな」

 

 食器を洗い終わり、乾燥棚に並べ並べながら少し間を開ける。ハイエロファントはほんの少しだけ心配していることがあるのだ。それは、

 

「……当たって死ぬことってあるのか……?」

 

「ああ。たまにな」

 

 またもショック。魔理沙は思ったことや事実ははっきり口に出す癖があり、優しめにじわじわと事を述べるタイプではない。こうもいきなり言われてしまうと、さすがに()()ものがある。

 

「……やめとくよ。スタンドは(もろ)いんだ……」

 

「いや……そこまであるわけじゃあないぜ? その……当たりどころが悪かったりとかな……?」

 

「じゃんけんみたい、と言ったが、そう例えたということは結構な頻度で行うんだろう?つまらない理由で死ぬのはさすがに嫌だ」

 

「むう……まあ、分かるけどさ……」

 

「滅多にないとは思うが、僕はスタンドバトルだけでいい。それ以外は譲歩して、弾幕戦に発展しないようにでもしよう。」

 

「……分かったよ。お前がいいってんなら、それでいいのかもな。無理強いはしないし、幻想郷にいる全員がやってるってわけでもねーし。任せるよ」

 

「ああ。そうしてくれるとありがたいな」

 

 「やれやれ」といった感じで魔理沙が微笑むと、形に表れてはいないがハイエロファントの表情も少し緩んだ気がした。

 

 

 

 時刻は午後7時50分。日にちも夏がじきに終わる頃。鳴く虫たちの透き通るような音が森中に響いて木霊(こだま)している。1日の終わりを感じる幻想の住人は、いつものように同じことをして、いつものようなものを食べ、いつものように同じ時の中を流れる。それは魔法店の2人の同様であり、魔理沙はシャワーを浴び、ハイエロファントは洗濯物をたたむなどして今日という日を終えようとしていた。

 

「ふ〜。さっぱりした。やっぱり暑い日には暑いシャワーで体を清める、ってな!」

 

 首にタオルを巻いた状態でシャワー室からパジャマ姿の魔理沙が出てきた。まだ湯の熱が冷めておらず、薄く蒸気を(まと)っている。

 

「良かったな…………明日は何をするんだ?」

 

「ん〜。特にやることも思いつかねえしな〜。アリスの家に遊びに行ってみるか」

 

「アリス……君が以前話していた「魔法使い」のことか?」

 

 「ああ」と首を縦に振り、2階へ続く階段に足をかけるとハイエロファントの方をもう一度振り返った。魔理沙の顔はどことなく嬉しそうである。友人に友人を紹介できるからであろうか。誰だって人とのつながりを深くできるのは喜ばしく思うものだ、とハイエロファントも彼女の気持ちを何となく理解していた。

 

「んじゃ、ハイエロファント。明日も早いからな、寝坊すんなよ!」

 

「僕のセリフだ。いつも僕の方が早く起きるんだからな…………おやすみ」

 

「おう! おやすみ〜」

 

 魔理沙はハイエロファントに暇を告げると、自室に入っていった。ハイエロファントもまた、残った作業を終わらせようとするのだった。

 

 

 

 

____________________

 

 

「ん〜〜……むが?」

 

 ベッドで眠っていた魔理沙が目を覚ます。起きた直後でまだ(まぶた)は重いものの、疲れは一切感じない。結構ゆっくり、長く寝ることができたのだろう。一時、魔理沙は目覚めの爽快感に酔うが、ハッとしてあることに気付いた。

 

「あ! そうだった……今日はアリスの家に行くんだった! ハイエロファントは「遅い」って怒ってるかな……!?」

 

 急いで着替えて一階に降りると、ハイエロファントの姿は無かった。「どこに行ったんだ?」と周りを見回すが、自分以外の人気(ひとけ)はない。そしてもう一つ、おかしな点があった。普段窓から差し込んでいるはずの日光が、ない。そして玄関のドアが開きっぱなしだった。

 

「? まだ夜だったのか……? いや……それにしても、ドアを開けっぱなしにするのは感心しねーな。ハイエロファントに注意しないと」

 

 そう言ってドアに近付いて閉めようとする。ふと、魔法店の外を見ると、薄く透き通るカーテンのような月光を浴びて誰かが立っていた。目を凝らしてよく見ると、あれはハイエロファントだ。右手に懐中時計を持って月を眺めている。「何やってんだ?」と思い、魔理沙も冷え始めた夜に足を踏み入れ、ハイエロファントの元に歩いていった。

 

「よお。ハイエロファント。何やってるんだ?」

 

「ま、魔理沙か……」

 

「? 何だよ、そんな怯えちまってよ。ゴキブリでも見たのか?」

 

 魔理沙が冗談混じりに聞くと、ハイエロファントは懐中時計を彼女の方へ傾けて時刻を示した。未だ月が天高く昇り、大きく見える状態のままだというのに、時計の両針は7時25分を指していた。

 

「おかしいと思わないか? 朝のだろうと、夜のだろうとこんな時刻に月がこの位置に、()()()()に見えるだなんて……ッ」

 

「時計が壊れただけじゃあないのか? ちょうどその時間になった時に針が止まっちまったんだよ」

 

「最後に見たときは8時を過ぎていた。ということは、少なくとも()()()()()()()()。それに、店の中の時計も見たが懐中時計と同じ時刻を指し示していた……それにだ」

 

 ハイエロファントは遥か遠くに見える巨大な満月を指で指す。魔理沙は彼の指先を目で追ったが、特に気になるものは無かった。

 

「な、何だよ」

 

「あの月……少し()じゃあないか?」

 

「変って……何が変なんだよ」

 

「やけに大きいし、光もいつもと少し……何か違う。これは……異変だと思わないか?」

 

「何ィ〜ッ? 異変だとぉ?」

 

 

 ハイエロファントから出た「異変」の言葉。彼は心の底から今夜が異常だと思っているそうだが、魔理沙にはあまり差を感じられない。

 

 

「まあ、ちょっとしたことに疑問を覚えることは悪くないことだとは思うけどよ〜っ。異変ってのはちょっと違うんじゃあ……」

 

「あら、意外。あなたのことだから、異変と聞いたら解決に乗り気になるとばかり思ってたのに」

 

「! 誰だ?」

 

 ハイエロファントと魔理沙が声が聴こえた方を振り返る。すると、木陰から1人の女性が、徐々に月光を浴びて歩いてきた。魔理沙と同じく金髪だが、魔理沙のものよりも色が薄く、レモンのようにさっぱりとし、かつ上品な雰囲気を(かも)し出している。青い服に白いケープを羽織(はお)った彼女は魔理沙と目が合うと優しく微笑みかけた。

 

「お、お前……何でこんな所に……?」

 

 魔理沙の質問に答えることなく、ハイエロファントに視線を移した女性。もの珍しいそうにジロジロと眺めると、ハイエロファントに目を合わせて口を開いた。

 

「あなたは法皇の緑(ハイエロファントグリーン)ね?」

 

「そういう君はアリス・マーガトロイド」

 

 アリスと呼ばれた女性は少し驚いたようで、一瞬眉が上がる。が、すぐに笑みを戻すと、ハイエロファントに手を差し出して握手を交わした。

 

「私のこと、知ってるのね。魔理沙から聞いてた?」

 

「ああ。友人だと聞いてるよ」

 

「そう。嬉しいわ」

 

 アリスは「フフフ」と笑いながら彼女の方を見ると、魔理沙は少し照れ気味に頭を()いた。ゴホン、と咳払いを入れ、魔理沙はアリスに改めて魔法店を訪れた理由(わけ)を問う。

 

「……で、何でアリスがここに来たんだ? 自分から来なくたって、私たちは明日お前の家に行くつもりだったぞ」

 

「あなたの予定なんて知らないわ。鈍感なあなたのことだから、異変に気付いていないかと思って教えに来たのよ。そしたら、優秀な助手さんが既に怪しんでいたってとこ」

 

 "優秀な助手"と聞いて、ハイエロファントは魔理沙に小声で「僕のことも話していたんだね」と呟くと、「うるせえ」とまたも照れ気味に返した。魔理沙は片手の人差し指をクイッと自身の方へ曲げると、魔法店から彼女の必需品である箒と帽子が飛んできた。出掛ける準備だ。

 

「2人が言うんじゃあ、そういうことなんだろーな。認めざるを得ない」

 

 そう言うと、魔理沙は三角帽子を被って箒に跨がった。そして浮かび上がろうとした時、アリスは手で押さえて浮上を阻止する。「え?」と困惑した表情で魔理沙はアリスを振り返った。

 

「私も行くわ。だから、乗っけてちょうだい」

 

「ハア? お前も来るのか?」

 

「良いじゃあないの。春以来の大型イベントなんだから、私も参戦するわ」

 

「それじゃあ、僕も行こうかな。もしかしたら、他のスタンドだっているかもしれない。そうなった時は僕の力が必要だろう?」

 

「まあ、そうだけどよ……」

 

「ほら、固いこと言わないの。もうちょっと下げて」

 

 こうして、3人はスーパームーンも顔負けの巨大な満月へ向かって飛び立って行った。

 しかし、彼らは大きな困難がこの先で待ち受けている、だなんてことは全く想像していないのであった………

 

 

 

____________________

 

 

 場所は変わって、博麗神社には、境内で満月を眺める霊夢の姿があった。いつもの服に着替えているが、特に何をしようというわけでもなく、ボーッと立っているだけだ。

 

(あの月……いつもと何か違う……?)

 

 

 ガサ ガサ ガサ ……

 

「! 誰ッ!」

 

 神社の敷地の端に生えている草むらが、何かによって揺らされる。無風であるため、風で揺れたわけではないことは確かである。して、霊夢の声に反応して出現したのは、白い髪に黒いリボンを付け、腰に2本の刀を差した女の子だった。霊夢は彼女に見覚えがあった。

 

「あなたは……えーと……妖夢……だっけ?」

 

「そう。名前は魂魄(こんぱく)妖夢で合ってるわ」

 

 魂魄妖夢。人間と幽霊のハーフである、半人半霊という種族の少女。しかし、彼女がなぜ霊夢の元を訪れたのかは、霊夢は見当もつかない。不思議そうにする霊夢を、妖夢は彼女の頭に浮かぶ()()()()()()()()を眺めると、神社の屋根に目を向けた。

 

「何であなたがここに来てるのよ。何か用?」

 

「……私が、というより、()()()あなたに用で来てるの。私は幽々子(ゆゆこ)様の命でお供するだけよ」

 

「彼女?」

 

 妖夢が見つめる先に、霊夢も視線を移す。するとそこには、長い金髪をなびかせ、夜でありながら傘をさす女性が腰を下ろして(たた)ずんでいた。脚を組み、妖しげな雰囲気を纏っているが、同時にどこか気品のあるオーラを漂わせている。彼女こそ、幻想郷の賢者。名は、

 

八雲(やくも)……(ゆかり)……!」

 

 

____________________

 

 

 幻想郷の空を飛ぶ3つの影。内2つは箒に乗り、残りの1つはその体から伸びる紐状のものを箒に巻き付け、共に飛行している。霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、ハイエロファントグリーンだ。

 

「なー、ハイエロファント。お前、この異変を起こせるスタンドに覚えはないのか?」

 

「ないな。夜と月をおかしくするだなんて……だが、太陽のスタンドがいたのだから、月のスタンドだっていても驚くことはなさそうだ」

 

「へー。太陽のスタンドだなんているのね。どんなスタンドだったの?」

 

 質問した魔理沙ではなく、アリスがハイエロファントの言葉に食いついた。実はアリス、「文々。新聞」でスタンドの情報を得てからというもの、レミリアと同じようにスタンドにかなり興味を持ちだしているのだ。

 

「太陽のスタンド。強力なやつだったよ。夜の砂漠で遭遇したんだが、普通は陽が沈んだ砂漠というのはかなり冷えるんだ。しかし、あの太陽のスタンドときたら、真昼のように明るい光で辺りを照らすばかりかと思いきや、気温を70°C超えるぐらいまで上げてきたんだ。それに、火の玉まで飛ばしてくる。僕も負傷したよ。だが、強力なスタンドの割に、本体は呆気なかったな」

 

「それは強そうね。死ななくて良かったじゃない」

 

「ああ。あの時は本当にマズいと思ったよ」

 

 他愛もない会話をしていると、彼ら3人は人里が()()()()()()地点まで到着していた。魔理沙は上空から人里の異変に気付く。

 

「おい……何か人里……いつもより暗くないか……?」

 

「本当ね……何かあったのかしら?」

 

「……いや、そもそも人里が無いぞッ! どうなっているんだ!?」

 

 目を凝らして異変に気付いたハイエロファント。人も明かりも無ければ、家屋すら無い。消えた、というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と認識させるようにうっすらと草っ原まで見えるのだ。

 

「こ、これも異変の影響だっていうのか!?」

 

「! 少し落ち着いて、魔理沙」

 

「落ち着いてなんかいられねえぞっ」

 

「あれよ。あそこ、たしか竹林だったじゃない? でも変よね。少しだけ、(あか)りがあるわ……」

 

「何だって? どこだっ?」

 

「ほら、あそこよ。この指の先の延長線上!」

 

 アリスが身を乗り出して前方下部を指で指す。そこには彼女の言っている通りに、ほのかに灯りがついている。今まで竹林にそれ程関わってきたことのない3人は同時に、頭の中にある考えが浮かんだ。

 

 

『あそこが、異変と何か関係のある場所に違いない!』

 

 

 

 

 

 




太陽のスタンドの名は、「太陽(サン)」。
割と好きです。


ついに始まった第2部!
終わらぬ夜と月の異変にハイエロファントたちはどう立ち向かっていくのか?
突然現れた八雲紫。その目的とは?
お楽しみに!
to be continued⇒


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12.東方永夜抄②

個人的にかなり好みな話になりました………
次回から戦闘パートに入れそうです。


 普段あまり入ったことがない、ということもあって竹林の中に怪しく(とも)る灯りに「異変の謎がある」と確信した3人は、彼の地への侵入方法を話し合っていた。

 

「やっぱり真っ直ぐ突っ込んだ方がいいぜ!」

 

「何の対策も無しに? 無茶よ。何か罠があるかも」

 

「罠なんて張るのか? 弾幕勝負が基本なんじゃあないのか?」

 

「弾幕戦で罠を張るのもいるわ。それに、異変の犯人が「ルール」を知ってるとも限らないもの」

 

「弾幕は火力! パワーは命! いいか? コソコソやってちゃあ調子が出ねえってもんだ!」

 

「それ、あなただけの問題じゃない」

 

 まだ確信も何もない状態であるにも関わらず、魔理沙は灯りへ向かって突進する意見を変えない。それに対し、アリスとハイエロファントは様子を(うかが)う意見を示す。灯りの元へは直接行かず、その近くに降り立って接近しようという作戦だ。

 

「竹林の中にいる、ということは「竹林内での適切な動き」を熟知している可能性が十分ある」

 

「それが……どうしたんだよ」

 

「空は遮蔽物(しゃへいぶつ)が何もないから、誰だってそこから侵入しようと考える。もし、それで監視されてた場合、すぐバレるでしょ?」

 

「そう。竹が乱立している竹林は姿を隠すには最適だ。あちらからしてもだし、僕らからしても……だ」

 

「……ということは、なんだ? 近くに降りてから地上を歩いて接近する、ってのか?」

 

「僕はその作戦を推すよ」

 

「…………分かったよ。それで行こう」

 

 ハイエロファントの作戦を聞き、魔理沙はほんの少し迷ったが、ついに承諾する。「しっかり掴まってろ」とアリスに言うと、ハイエロファントと共に夜の闇よりも更に暗い竹林へと降下を開始した。

 

 

 音1つ出すことなく、静かに着陸した3人はかなり先に見える灯りを目指して歩を進める。

 静寂。とても静かな林。魔理沙たちの耳に入るのは、彼らに蹴散らされた落ち葉や竹のカケラのこすれる音のみ。ひたすら無言で、サッサッと流れるように目的地を目指し歩く。未だ動くことのない満月の光は、人形劇の人形の如く彼ら3人をあの灯の元へと手繰(たぐ)り寄せるのか、と感じさせるように魔理沙たちを正面から優しく照らしていた。

 しばらく歩き続け、見えている灯りの大きさが最初に見えていた頃のものよりも大きくなってきていることが分かるようになった時、3人の足は止まった。魔理沙は後ろに続く2人に手で「止まれ」の合図を送る。それに気付いたハイエロファントとアリスは、突如聴こえ出した()()()()()()()に耳を傾ける。足音の主はどうやら、自分たちと平行に灯りの方へ歩いているようだ。

 

「……!」

 

 前を歩く魔理沙がハンドサインでハイエロファントとアリスに「私が行く」と合図を送ると、2人は承諾して足を止める。魔理沙はスカートのポケットからミニ八卦路(はっけろ)を引き抜くと、足音を消して、敵と思しき者へと接近を開始した。あちらも3人の気配に気付いたようで、足音を限りなく小さくしてこちら側に近づき始めていた。

 魔理沙と謎の人物は束になって生える竹を壁にして背を合わせると、ガンマンの早撃ち勝負の如く、高速で相手の眉間へ()()を押し当てた!

 

「……えっ?」

 

「な……!」

 

「? どうしたんだ? 魔理沙?」

 

 魔理沙の動きが止まった。後ろから見ていたハイエロファントとアリスが怪訝に思って彼女へ近づくと、いつの間にか雲で(さえぎ)られていた月光が魔理沙たち2人を照らし出す。するとそこには、"お(はら)い棒"と数枚の札を持って構える霊夢の姿があった。

 

「ま、魔理沙……どうしてここに!?」

 

「お前こそだぜ……何でいる!? 抜け駆けできたと思ったのに!」

 

 魔理沙の口からうっかり本音が漏れる。しかし、驚きのあまり「あっ、しまった」の声は彼女から発せられることはなかった。ハイエロファントとアリスが魔理沙の背後へ来ると、霊夢の背後にも2つの影が出現した。長身のものと、そうでないもの。

 

「……その2人は? 君の知り合いかい?」

 

「あー。この2人ね。妖夢はどうでもいいけど……」

 

「ひどいです。霊夢さん」

 

 霊夢が口に出した瞬間口を挟んだ。しかし、言葉に出した内容と比べて、表情は()()()()()()()。刀を差した白髪の少女はハイエロファントを見ると、「よろしくお願いします」と目を伏せて礼をする。ハイエロファントも礼を返すと、霊夢は話を再開した。

 

「あーーと……それで、こっちが八雲紫」

 

「!」

 

 霊夢の言葉を聞いたハイエロファントは素早く妖夢から視線を移す。美しく、しかしどこか妖しさを秘めた微笑みを浮かべた八雲紫はハイエロファントを見つめ返した。突如現れた緊張の鎖が体を縛り上げ、彼女から目を離させない。

 

(彼女が……幻想郷の賢者、八雲紫か。確かに、魔理沙や霊夢とは桁はずれのオーラがある……!)

 

「あらあら。そんなに睨んで……警戒することはありませんわ。紹介の通り、私が八雲紫。幻想郷の……と言わなくても、既に知ってるかしら?」

 

「…………」

 

 広げた扇子で顔を半分覆いながら、ハイエロファントたちに改めて名を告げる。3人共、まさかこんな所で彼女に会うとは想像もしていなかった。()()()()()()()()()()。それほど重大な異変なのだろう。そう考えた魔理沙はフッと笑うと自信に満ちた表情で声を上げた。

 

「わざわざ幻想郷の賢者さまが動くってことはよー……かなりまずい事態なのかもしれないが、解決は楽って感じかぁ? 何たって()()()()()()()()()()()!」

 

 魔理沙は手を広げて目の前の5人を合わせて示す。アリスも魔理沙と同じ考えのようで、出発前よりも余裕のある笑みが(にじ)出ていた。ハイエロファントも「さすがに負けることはないだろう」と自分たちの戦力を自賛する。

 

「よぉーーし……それじゃあ、私たち6人で! 月と「終わらない夜」の異変を解決しに行くぞッ!」

 

 魔理沙が拳を上げて士気を上げようとしたが、それに応える者はいなかった。元々、()()()()()はいないが、特に霊夢と妖夢は紫を凝視して何とも言えない表情を浮かべていた。まるで、つきたくもない嘘を無理矢理つかされているように……

 

「……何だよ、お前ら。異変解決しに行くぞ。霊夢、どーしたんだよ。まさか今更怖くなったのかよ〜〜?」

 

「……紫。言ってやりなさいよ」

 

「……そうね」

 

「?」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったハイエロファント。紫は広げた扇子を閉じ、その長い袖にしまう。すると、身につけたドレスを(ひるがえ)してハイエロファントの肩に右手から体重をかけた。ハイエロファントはその異様な光景に身じろぎもできぬまま、紫に身体を支配される。愛人にすり寄るかのようなその構図のまま、紫は静かに言い放った。

 

「……「永夜の異変」を引き起こしたのは……私よ。魔理沙」

 

「……ハァ?」

 

 思いもしなかった言葉に、少し間を空けて素っ頓狂な声を上げる魔理沙。しかし、驚いたのは魔理沙だけでなく、ハイエロファントグリーン、アリスも同様であった。次に3人の頭の中に浮かんだのは「なぜ?」である。

 

「…ど、どういうことだよ。お前が幻想郷の夜を止めたのか…?」

 

「その通りよ」

 

「なぜ…そんなことを? あなたは幻想郷の賢者で……この地を管理するのがあなただと聞きましたが……」

 

「異変を引き起こした理由……ね。()()()()()()()()()()()。ただそれだけのことですわ」

 

 

ガ  シ  イ  ィ 

 

 紫から発せられた答えをトリガーに、魔理沙が紫の襟に掴みかかった。2人分の体重がハイエロファントに襲いかかり、彼の細い体がおもむろに後退する。「うっ」と苦しげに音を上げたハイエロファントに対し、掴まれた紫は一切臆することはなく、真っ直ぐ魔理沙を見続ける。

 

「お前ェ……! 面白半分で異変を引き起こしたってのか! 人里を消したのもお前か!?」

 

「ちょ、ちょっと魔理沙! 落ち着いて! 何もそういうわけじゃあ……」

 

「うるせえ! お前だって……こんなやつの肩を持って異変に加担してたのかッ!?」

 

「は? 違うわ! こっちの話も聞きなさいよ!」

 

「……ちょっと……2人とも……」

 

 こんな敵陣近くで、とアリスが止めようとするが霊夢と魔理沙の言い合いはヒートアップする。一方、妖夢は我関せず、と遠目でその様子を見つめていた。魔理沙は霊夢を何よりも認めていたからこそ、()()()()を許すことはできなかった。

 しかし、この時。魔理沙に信じられない出来事が起こった。

 

 

バ  キ  イ  ィ  !  

 

 

「い……っ……!?」

 

「な……!?」

 

「…………」

 

 魔理沙の体が宙を舞った。殴り飛ばされたのだ。拳を振り抜いていたのは、ハイエロファントだった。吹っ飛んだ魔理沙は「信じられない」といったように打たれた頬をゆっくり撫でる。

 

「落ち着くんだ。魔理沙」

 

「……ハ、ハイエロファント……」

 

 ハイエロファントに声をかけられて、魔理沙は気がついたようにキッと彼を睨みつけた。

 

「お前が……その2人を庇う理由は無いだろッ……!」

 

「ああ。その通りだ」

 

「じゃあ、何で!」

 

「八雲紫は「面白半分で」だなんてことは一言も言っていない。物事を一方的に解釈するな。もし本当に君の思う通りだったとしても、博霊霊夢(親友)の言うことぐらい聞いてやるんだ。さもないと……たった1人で戦うことになるぞ」

 

「……!」

 

 ハイエロファントの頭に蘇ったのは、エジプトへの旅路で遭遇した夢を操るスタンド「死神(デス13)」。恐るべきことに、その本体は生まれて間もない赤ん坊であった。花京院典明はいち早くその正体を突き止めたが、仲間たちは「まさかそんなこと」と信じようとせず、壊滅の危機に瀕したことがあったのだ。ハイエロファントはその経験故に仲間内での繋がりに神経質になっている。()()が今の自身の親友ともなれば、見放すわけにはいかなかった。

 

「……悪かったよ………ごめん。霊夢。ハイエロファント……」

 

「……ありがとう。ハイエロファント」

 

「礼なんていいさ。それよりも……なぜ、異変を引き起こしたんですか?八雲紫」

 

 全員の視線が束となり、ハイエロファントの問いとともに八雲紫へぶつけられる。まるでこの時を待っていたかのように、不敵に笑みを浮かべると、一瞬で厳しい表情へと変化した。並ではない威厳が彼女から発せられる。DIOや出会ってきた数々の猛者たちとは比べものにならないオーラは、その場の空間をねじ曲げているようで呼吸すらも意識しなければ難しくなっていた。

 

「異変は……もう1つ起こっていた。私はその異変を解決するべく、この世界の夜を止めたのよ。」

 

「も、もう1つの異変だって……!?」

 

「あの月。見てみなさい。ここにいるほとんどの者が分かってると思うけど、あれは本物の月ではない。偽物よ」

 

「やっぱりか……」

 

「月は妖怪にとって大切な存在。こんな異変、夜を止めてでも解決しなくてはならない!

 

 

 

 

____________________

 

 

 ここは、竹林に立つとある屋敷の奥。大人というにはまだ早いぐらいの、腰より下まで伸びる長髪をもつ女性が正座し、全開された障子から巨大な月を眺めていた。

 

「……綺麗ね。本当に綺麗。永琳(えいりん)()()()から……当然なのかしら……?」

 

 独り言、ではない。彼女が佇むのはかなり広い空間であり、1人で生活するにはかなり持て余してしまう程の広さをもつが、今、この空間は()()()()()()()()()。何によってか?それは、()()()()彼女にも分からなかった。しかし、互いの理解だけが人の繋がりではない。()()は人ではないのだが。

 

「……イナバ……てゐたちが()()()みたい。加勢しに行ってくれる?」

 

 何者かたちに問いかける。問いかけられた者たちはウゾウゾと(うごめ)き、「OK」のサインを彼女へ送った。

 

「ウフフ……嬉しいわ。みんな。それじゃあ、行ってあげて。私のかわいい……お友達……」

 

 

 

____________________

 

 

「それじゃあよー。なんで人里が消えてたんだよ」

 

「知らないわよ。紫がスルーを強行したから……あなたは何か知らないわけ?」

 

「……大丈夫よ。大したことではないわ」

 

「いや、大したことだろ! ハイエロファント! こいつやっぱり……」

 

「彼女が言うなら大丈夫だ。僕たちは目の前の問題を解くだけでいい」

 

「ハア?何でお前はそんなに紫の肩を持つんだよ」

 

「君よりかは彼女についての情報に富んでるさ」

 

 何とか元の仲を取り戻した霊夢と魔理沙、他4人はいよいよ竹林の灯りへと出発を再始した。奥に小さく見えていた灯りはもうかなり大きく、その周りにある物がくっきりと(おぼろ)げではあるが目に見え始めてきていた。

 

「あれは……屋敷……か?」

 

「そうみたいね。でも、あんなに大きな……」

 

「……どうして気づかなかったのかしらね」

 

 数人は目を凝らして、奥に見える建物の様子を探ろうとする。後ろをついて歩くハイエロファントは彼女らの周りを警戒して首を左右へ振っていた。

 

「どうする? ここから吹き飛ばすか?」

 

「物騒なこと言わないの。魔理沙。まだ推定犯人、というだけで確定してるわけじゃあないんだから」

 

 歩き続けながら魔理沙とアリスがやり取りしているのを見て、紫とハイエロファントは少し微笑む。霊夢は「やれやれ」と呆れている様子。6人が何事もなく、奥の建物へ到着できる、と思ったその時。ハイエロファントと同じく後方を歩いていた妖夢の足が止まった。

 

「? どうしたんだい? 妖夢?」

 

「……どうしてみなさん、口をパクパクしてるんですか?」

 

「ハア? 何言ってるんだ? 私たちちゃんと喋ってるだろ?」

 

「ほら、そうやって口だけ動かして……」

 

 訳の分からないことを言い出した。確かに魔理沙とアリスは声を出して話していた。それはハイエロファント、紫、霊夢も分かっている。妖夢だけ、()()()()()()()()()ようだ。

 

「おいおい妖夢……耳かきのし過ぎかぁ? 鼓膜がイカれちまったんじゃあねーのか?」

 

「魔理沙。何か変よ。冗談はそれぐらいにして、周りを警戒して……」

 

「? んっ……? ねぇ、紫。あなた、そんなに青臭かったっけ……?」

 

「……霊夢。レディに向かって「青臭い」は失礼よ」

 

「え? だって……いつもの香水か何かの匂いが……」

 

「おいおいおい……霊夢もかよ……?」

 

 妖夢に続いて霊夢の様子もおかしくなってしまった。他5人の鼻には、特に紫の強めの香水の匂いがしつこく引っ付いている。だが、霊夢にはそれを感じられないらしく、竹林特有の青臭さが代わりに彼女の鼻を刺激していた。

 

「何か……ヤバい雰囲気だ……」

 

「え!? おい! みんなどこに行った!?」

 

「魔理沙…? 何を言ってるの……?」

 

「うう…みんなが何を喋っているのか分からない……何かまずいことが起こっているのは分かるのに……」

 

「ッ! は、鼻がスースーする……! あーっ、もう! 気持ち悪いわ!」

 

 妖夢は聴覚、霊夢は嗅覚、魔理沙は視覚の異常を訴え始めたのだ。それらはハイエロファントたちにも襲いかかり始めた。

 

(! この匂い……霊夢の言っている青臭さ……!?)

 

「……5人が消えた……? どこかへ……いえ、でも声は聴こえるのね……」

 

「キャアッ!」

 

 アリスが転倒……いや、うずくまった。かなりフラついており、地面に突っ伏している。生まれたばかりの鹿やキリンのように、立とうとするもすぐにへたり込んでしまう。

 

「アリス?大丈夫かい?ほら……手を……」

 

「ハ、ハイエロファント……今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ…………まるで、浮いてるみたい………お、お願い。手を握ったままでいて……」

 

「!」

 

 アリスがハイエロファントの手を掴んだ瞬間、ハイエロファントの視界からアリスの姿が消えた。声もだ。先程からうるさく叫んでいる魔理沙や、臭いに狼狽(ろうばい)する霊夢の声が聴こえなくなった。彼の聴覚、嗅覚、視覚は異常をきたした。しかし、彼の目には5人以外の物体が映っていた。自分たちを取り囲む何人分もの影。その頭部には2本角のように、突起物が生えていた。

 いや、あれは耳だ!ウサギのような耳が生えた人間の群れ!そしてそのほとんどが少年、少女と呼べるぐらいの者ばかりであった!

 

(なるほど。既に囲まれていたのか。そして……あの中に、我々の五感を()()()()()がいる……!)

 

 ウサギたちの群れを凝視するハイエロファント。彼らの中に攻撃を仕掛けた者がいる、とにらんでいると、ついには彼らさえもハイエロファントの視界から消滅してしまった。敵を見失ったのだ。しかし、ハイエロファントは臆さない。さらに言うと、ピンチだとも思っていない。

 

「……君たちの正体……は、僕には一切分からない。だが、「勝った」とは思わないことだ。君たちでは僕らを倒せない」

 

 ビシッと自身の正面を指差して言葉を放った。

 そんなハイエロファントの様子を見ていたウサギたち。自分たちの作戦は完璧だ、と自負していた彼らにとって相手が未だ余裕をもった状態でいることを不思議に思う者は少なくなかった。

 

「な、何か……嫌な予感がするかも……」

「私も……」

「ど……どーせ()()()()だ……俺たちの勝ちさ…!」

 

「その通り〜……私の作戦に狂いはない! ね? 鈴仙(れいせん)?」

 

「うるさいわね……ずっと能力を発動しっぱなしで疲れてるのよ……」

 

 ウサギたちを指揮する、特段不思議なオーラを放つ2つの影。白と桃色が混ざった、白兎(しろうさぎ)を彷彿とさせる少女に、セーラー服を着たウサ耳の、こちら少し長身の少女。背の高い方は両目が赤く輝いている。どうやら彼女が6人の様子をおかしくした犯人のようである。鈴仙・優曇華院(うどんげいん)・イナバ、月からやって来た兎。そして、小さく、周りのウサギを操るのが()()と呼ばれる地上の兎。

 

「大丈夫よ。みんな。私たちの「勝利」には変わりがない」

 

「さあ! みんな! あの侵入者たちをやっつけちゃってぇ!」

 

 指差すハイエロファントを真似して、てゐも彼に向けて指を差した。それを合図に、周りの無数のウサギたちは五感が狂った6人へと突進を開始した!

 

 

 相手が勝ち誇ったとき、

    そいつはすでに敗北している 

 

 

 ドタドタと走り出したウサギたち。いつもは慣れている竹林で、今日はよく竹の根が足に絡む。くもの巣が顔にかかる……

 

「うわ! 根が足に!」

「危ない! 誰!? 根を切って整備しなかったの!」

「うわぁ! 顔にくもの巣が……!」

「ちょっと生温かいぞ……」

「ん? この竹の根っこ……ちょっと緑色に光って……」

 

 

 

 

「エメラルドスプラッシュ」

 

 

 

 

ドバアアア    ドバアアア

 

    ドバアアア

 

              ドバアアア

 

 

バ シ ャ ア ア ア ア ン 

 

  

 

 

 

 竹の陰、地面、空。あらゆる方向から緑色の結晶体が無数に飛んでくる。ウサギたちは奇襲に対応しきることができず、てゐ、鈴仙共々、エメラルドの激流に呑まれて雨のように地面へ墜落していった。

 ハイエロファントは妖夢が足を止めた時点で触手の罠を張り巡らせていたのだ。

 

 

「君たちの作戦には恐れ入ったよ。能力もね。だが、敵を知らなさ過ぎた。勉強不足だったな」

 

 

 




やはりハイエロファントには罠が似合う、とつくづく思います。


竹林の屋敷へ到着した一同。送り込まれた第一の刺客を撃破したが、次に立ちはだかるのは一体……?
屋敷の主とその"友達"とは?
お楽しみに!
to be continued⇒


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13.小さき収穫者たち

久々に長めのお話を書きました。



「……お? みんなが戻ったっ!」

 

 ハイエロファントが張り巡らせた触脚でウサギたちを掃討し終わった瞬間、魔理沙の元気な声が響いた。ハイエロファントを除く他の4人も五感の調子が戻ったようで、辺りを見回して一息つく。ハイエロファントが5人を先導するために前に出ようとした時、彼の腕をアリスが掴んだ。

 

「……どうしたんだい?アリス?」

 

「いや……その……()()()()()()、もしみんなが知らなかったら、内緒にしててよ……」

 

「……あ、ああ……」

 

 先程の戦いの中で、五感だけでなく平衡感覚まで狂わされたアリスはハイエロファントに助けを乞うたのだが、どうやらそのことを恥ずかしく思っているらしい。全く気にしていないハイエロファントは彼女に返事をすると、魔理沙たちに「行こう」と告げてついに竹林の屋敷へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 玄関の戸はすんなり開いた。そこから先は通路が二手に分かれており、どちらの先も視認することができない。外から見た大きさよりも、屋敷内部はかなり広くできているのだろうか?もしくは……()()も何者かの仕業だというのだろうか。

 

「通路が2つに分かれてんなら……別行動しかないな」

 

 魔理沙の言葉に全員が頷く。さらに霊夢の提案で話し合いでチーム分けを行ったところ、右手進行が魔理沙、妖夢、ハイエロファント。左手進行が霊夢、アリス、紫、という組み合わせとなった。パワーバランス、頭脳面で考慮した結果である。

 

「うし。この組み合わせなら、まず負けることはねーな」

 

「そうね。黒幕と出会ったら、真っ先に「叩く」! それじゃあ、また後で落ち合いましょう」

 

「おう!」

 

「ああ…………ん?」

 

 霊夢と魔理沙の掛け合いに反応したハイエロファント。ふと、自身の行く左手の廊下へ目をやると、不思議な存在を見つけた。タッタッタッと走る、小人のような影。しかし、その全容はハイエロファントの視界に完全に映る前に、先の闇へと姿をくらませてしまった。

 

「どうしたんだ?ハイエロファント。何か見つけたのか?」

 

「……いや……紫さん、幻想郷には小人はいるんですか?」

 

 ハイエロファントは紫へ視線移すことなく、闇を見つめて問いかけた。紫は別に不思議がることも、「何を言ってるんだ、こいつは」と呆れる様子も見せず、表情筋を少しも動かすことなく「おそらく」と答えた。どちらにせよ、それほどメジャーな存在ではないようだ。ハイエロファントは自身の見た影を頭の隅へしまい込むと、魔理沙と妖夢と共に他3人と別行動を開始した。

 

 

 

 

 3人と別れて十数分。彼らの歩く廊下は未だ終わりを告げることなく、一方向へと、ただただ続いている。進み出した頃は、右側の壁に月明かりが差し込む小窓がいくらか存在していたが、今歩いている地点は外からの一切の明かりを遮断していた。

 だからといって、彼ら3人は無様に手探りで歩を進めているわけではない。どちらにもだが、魔法使いがいる。こんな時のため、と言わんばかりに魔理沙は魔法で橙色(だいだいいろ)の光の玉を宙に浮かべて辺りを照らしていた。

 

「くそ〜。全然終わりが見えないぞ」

 

「うん。やっぱりこのお屋敷、何か変よ。何かしらの"術"がかけられてるのかも」

 

「正体が分かれば、こんなチンケな術のトリック、簡単に解いてやるのにさ。あっ。そういえば、ハイエロファント。紫に小人のこと聞いてたけどよ、何かあったのか?」

 

 思い出した魔理沙がハイエロファントの背に問いかけた。先程から、ハイエロファントは魔理沙と妖夢の前を歩き続けて何かを探しているようなそぶりをしている。彼は魔理沙の方を振り向くことなく、応答した。

 

「……いや、さっき変な……小人を見た気がするんだ」

 

「こんな豪勢な屋敷にかぁ〜?」

 

「確証はないが、ゴキブリだとか虫ではないことは確かだ。人型をしていたかは怪しいが……」

 

「もしかして、ハイエロファントさんと同じスタンド……?」

 

 中々鋭いところを突く。ハイエロファントも、少しだけだがそう思っていたところだ。小さい、小人のスタンド。魔理沙はそれを頭の中で想像してしまったらしく、いきなり吹き出した。妖夢は()()を避け、ハイエロファントは呆れ気味だ。

 

「汚いわ。魔理沙」

 

「いや……だってよー! 小人のスタンドだろ? 絶対(ぜってー)弱いんじゃあないのかっ!?」

 

「魔理沙。小さいからといって(あなど)ってはいけないぞ。人の目では見えないぐらい小さなスタンドでも、()()()()()()()非常に恐ろしい」

 

 恋人(ラバーズ)。ハイエロファントの言葉が指しているのは、このスタンドである。

 人間の血管の中にまで入れてしまうような、極小のスタンド。髪の毛一本ですら動かすことができず、本体である"鋼入りのダン(スティーリー・ダン)"も「史上最弱のスタンド」と称していた。が、なんとこのスタンド、目に見えないだけにあらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これによって、花京院の仲間であるジョセフ・ジョースターの体内に侵入し、本体とダメージを共有する、という能力を存分に発揮してジョセフと承太郎を苦しめた。

 

「アハハ……ハァ〜ア。いや、悪い悪い。つい笑っちゃったよ……」

 

「油断しないでね。ハイエロファントさんの言った通り、ここにいる"小人"も何か恐ろしい力を持ってるかもしれないから」

 

「はいはいよ」

 

 適当な返事をして、魔理沙たちは未だ終わりの見えない廊下を歩き続けた。

 

 

 

 進み続けてさらに数十分。ついに右手側に中庭と思われる場所へ繋がる戸が見えてきた。戸の下部は加工された木の板が張られており、上部は薄い硝子張りとなっている。そこから、偽の月の光が廊下へ差し込み、暗黒の通路を明るく照らしていた。

 

「やっと終わりかと思ったら、これは……庭かぁ?しかも結構綺麗な……」

 

「白玉楼の庭とちょっと似てるわ……ここにも庭師さんがいるのかな」

 

 

タッ タッ タッ タッ ……

 

 

「!」

 

「……足音か……2人共、構えるんだ」

 

 魔理沙と妖夢の2人が中庭に気を取られていると、先程自分たちの歩いてきた方向から何者かの走る音が響いてきた。ハイエロファントはそれにいち早く気付き、2人へ警戒するよう声を掛ける。音の大きさから思うに、まだ3人との距離がそこそこ離れていると見た。

 

「敵……か? どう思う? ハイエロファント」

 

「もし敵なら、あのウサギたちの誰かだろう。わざわざ走って追ってくるだなんてこと、普通はしないはずだ」

 

 ハイエロファントは先程撃破したウサギの誰かだと予想を立てた。中でも、力を持っていそうなセーラー服の女か、直接指揮していた小さい女か。しかし、ハイエロファントの予想は思っていたよりも早く外れた。足音の主は、すぐに姿を現したのだ。

 

「! これはっ!」

 

 走ってきたのは、小さな、とても小さな存在。ハイエロファントが言っていた小人?いいや、違う。間違いなく、「人」ではない。首が存在せず、ずんぐりとした体型に、計6本の手足。その臀部(でんぶ)からは昆虫を思わせる"腹"のような器官が伸びており、蜂のように黄色を基本とした横縞模様を体に引いていた。

 その小さな存在は、彼の存在に驚愕する3人を無視して、廊下の先へと走っていった。

 

「な、何だぁっ!? 今のちっさいのはっ!」

 

「もしかして、あれがハイエロファントさんの言ってた小人の正体……?」

 

「追いかけてみよう。もしかしたら、異変の元凶の元へと辿り着けるかもしれない。」

 

 

 

ゴ オ オ オ オ オ オ ォ ォ 

 

 

 ハイエロファントが2人を先導して、謎の小人を追跡しようとした瞬間、廊下に轟音が響き、同時に大きく長い振動が3人を襲った。

 

「今度は何だ!」

 

 地響きのような轟音はドドドドドと大勢の何かが走ってくるような音へと変化する。3人は廊下の先から小人が走ってきた音が響く方を見やると、そこには驚くべき光景が。

 3人の方へなだれ込んできたのは、先程の小人の群れだった!その数、300はくだらない。川を()く激流のように、小人たちの群れはハイエロファントたちを飲み込んでしまった!

 

「ぐわあっ!? ヤバい! こいつら、結構パワーがある……!?」

 

「! まずいです! みんながバラバラに!?」

 

「ふ、2人共! 僕の触手に掴まるんだッ!」

 

 ハイエロファントは咄嗟に魔理沙と妖夢へ触手を伸ばして救出を試みる。が、それはついに叶うことはなく、全員がバラバラに押し流されてしまった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

「今、何か音がしなかった?」

 

「……音?」

 

 変わって、こちらは霊夢サイド。小人の群れに襲われた魔理沙たちのことなどつゆ知らず、終わりなき暗黒の通路を着々と突き進んでいた。こちらも照明係は魔法使いであるアリスが担当している。アリスと紫は特に気にも留めていないが、霊夢だけ()()()を聴いていたようだ。

 

「聴こえてなかったの? 結構大きい音だと思ったけど」

 

「多分、魔理沙が何かやらかしたんじゃあないかしら……そうとしか思えない……」

 

 霊夢とアリスが話に夢中でただ歩を進めている中、突如紫の足が止まった。何かに気付いたのか、ゆっくりと後方を振り返る。

 

「……どうしたの?紫」

 

「…………(やっこ)さんがいらっしゃったみたいよ」

 

「敵っ!?」

 

 紫がそう言うと、霊夢とアリスも同じように来た(みち)を向いて構える。すると次の瞬間、3人の見据える廊下の奥から、壁に付けられた松明が次々と点灯し始めた!ボッボッと、誰かがマッチかライターで着火しているのではない。魔法か、何かの力であろうか。霊夢たちが警戒心を強めていると、灯りのついた廊下の奥から、走ってくる何者か。

 

「! 何か来たわ。あれは……」

 

「あっ。さっきの(うさぎ)!」

 

 息を切らしながら走ってきたのは、先程6人を襲ったウサギたちの1人、鈴仙と呼ばれていたセーラー服の者だった。エメラルドスプラッシュを受けて、キレイだった服はボロボロだ。

 

「ハア、ハア、やっと見つけたぁぁーーーーっ!」

 

「ちょうど良かったわ。何もない長いだけの廊下で飽き飽きしてたところよ。さあ、掛かってらっしゃい!」

 

 霊夢は「待ってました」とばかりに札とお祓い棒を構える。しかし、それを遮るように、彼女の前に1本の腕がにゅっと横から生えてきた。アリスだ。

 

「え? アリスがやるの? 私にちょうだいよ」

 

「……霊夢。悪いけど、私にはあの兎を倒さなくちゃいけない理由があるのよ」

 

「ハア?」

 

 アリスの瞳はどことなく暗かった。因縁の敵を見つけたように、(うら)みと嬉しさを孕んでおり、霊夢も少し驚いた。確かに、アリスは「怒らせると怖いやつ」と何となく思っていたが、それは()()ではなく、()()()()意味で怖いのか、と改めて認識した霊夢であった。

 

「やらせてあげましょうよ。霊夢。せっかくやる気が出ているのに、邪魔しては悪いわ」

 

「いや、私もやる気……」

 

「ほら、行きましょ。それじゃあ、アリス。後は任せたわ」

 

「ええ。早く行って、元凶を倒してきちゃって!」

 

「ちょ……ちょっと、紫!」

 

 紫は抵抗する霊夢を抱えると、明るくなった通路を低空飛行して進んでいった。鈴仙がそれを追おうとするが、その前にアリスが立ちはだかる。やる気満々のアリスを目にし、鈴仙はその様子を鼻で笑う。

 

「ふふ。また、()()()みたいにされたいのかしら?結構可愛かったですよ〜」

 

 鈴仙はアリスを煽るが、アリスは俯いた状態のままでいる。どうしたのか、と鈴仙がアリスに近付こうとすると、アリスの体から赤いオーラが溢れ出し始めた。

 

「! もしかして、魔法使いの魔法……初めて見れるのかしら。」

 

「フフフ。さっきはありがとう……あの時のお礼に、あなたをブッち切りで打ちのめしてあげるわ」

 

「……!」

 

 

 オーブというものがある。オーブとは、よくカメラの写真などに写り込む"光の玉"である。一般的に「ほこり」だったり、「霊の魂」だと言われているのだが、後者の場合、そのオーブの色によって体験者にどんな影響を及ぼすのか、分かるようだ。例えば、「白色」は浄化された魂で、何ら影響はない。「黄色」は守護霊を表し、当事者の安全を。

 そして、「赤色」は怒り。当事者に不吉な出来事を……

 

「あなたをこてんぱんにしないと、「赤っ恥のコキっ恥」をかかされたこの気分がおさまらないのよ」

 

「…………ッ!」

 

 アリスから発せられるオーラは赤く染め上がり、彼女自身の闘気そのものを表しているように揺れる。その威圧に圧された鈴仙の目は、アリスの背後から出現する複数の「小さな人間」を映し、ブラックアウトした。

 

 

 

 

____________________

 

 

「うっ……ハッ……!」

 

 場面はまた変わり、小人たちの群れに押し流されたハイエロファントは目を覚ます。上体を起こし、周りを見渡すが他の2人の姿はない。それに、彼のいる場所は既に屋敷内ではなく、屋外の竹林だった。

 

「やつらに……弾き出されたのか……? それに、あの屋敷すらも見えない。どこまで連れてこられたんだ……」

 

 ハイエロファントは立ち上がり、見失った屋敷へ戻ろうと、少し朦朧(もうろう)としながら歩き始める。が、()()がそんなことを見逃すはずがない。ハイエロファントを()()()()連れて来たのだから、当然のことである。

 

 

 ガサ  ガサ  ガサ  ガサ  ……

 

「!」

 

 近くの低い茂みから、竹の陰から、上空から、やつらは現れる。小さい襲撃者たち……いや、彼らの名前の由来は「収穫」。彼らは"命の収穫者"である。

 

「こいつら……」

 

 

「おらたちの名前はっ!」    「ししし」

        「"ハーヴェスト"!」 

          「お前っ、動くんじゃあねーど!」

  「何だってできるんだどーッ!」 「ししし」

 

 

 ハーヴェスト。「おら()()」。ハイエロファントも初めて聞く名前、そして特性を持っているスタンドだった。基本、スタンドは1人につき1つだけ。

 しかし、このハーヴェストは違う。群体型のスタンド!何匹もいて、初めて1つのスタンドなのだ。

 

 呆気に取られているハイエロファントに、ハーヴェストたちは突進を開始する。あらゆる方向から迫ってきている中、ハイエロファントは棒立ちの状態を貫く。

 

永遠亭(えいえんてい)のみんなの邪魔はさせないどっ!」

 

『お前はここで再起不能(リタイヤ)だどーッ!!』

 

「やはり、君たちも敵か……エメラルドスプラッシュ!」

 

 竹林の中が緑色に輝いた。

 放たれたエメラルドはハイエロファントに直撃することなく、辺りに密集したハーヴェストの群れを薙ぎ払う。これには体の小さな彼らは(たま)らず、「うわあああ」、「ひイイィィ」と叫び声を上げながら砕け散っていった。

 

「あれだけいたのに、罠を張っていることに気付けなかったのか? ざっと見たところ、今この場にいたのはおよそ30体ほどのように見えたが……屋敷の中では今の10倍の数はいたはず。他にも……ッ!」

 

 自身の後ろに何者かの気配を感じ、ハイエロファントはうなじ部分を即座にガードした。

 

 

ザ シ ュ ウ ッ ! 

 

「うぐぅっ……ッ!」

 

 ガードに使った右手から、痛みとともに鮮血が飛び出す。ハイエロファントは元いた地点から跳び退き、改めて負傷箇所を確認する。すると、彼の右手の中指の中間、その端が抉られていた。首筋にもチクリと痛みを感じて触れてみると、そこからも(わず)かに出血していた。

 

「今度は……さっきの倍ぐらいか……」

 

 傷を付けられた場所へ顔を上げ、向けてみると、次は50体以上のハーヴェストが滞空していた。ウゾウゾと(うごめ)き、可愛さがほんの少しだけ存在していた外見にも関わらず、気持ち悪さを感じさせてくれる。

 

「しかし、どれほどいようが、お前たちに負けるわけにいかないッ! エメラルドスプラッシュ!」

 

 ビッとハーヴェストたちを指差し、エメラルドスプラッシュを放とうとするが、何も起こらなかった。おかしい。それに加えて、()()()()()()()()()()()()()

 

「お前が探しているのはコレのことかどー?」

「メロンみたいだど」

「ヘビみたいで気持ち悪いど〜」

 

「な……っ……」

 

 なんと、数体のハーヴェストがハイエロファントの触手を切断し、彼の目の前へ持ち出してきていたのだ。切断面は真新しく、プシュッ プシュッと栓の壊れた蛇口に付けたホースの如く、小刻みに血液を噴き出していた。不意の出来事に、ハイエロファントは目を丸くし、そして認識した。こいつらは、強い。

 

「お前のことなんか全然怖くなんかないど〜」

輝夜(かぐや)が喜ぶど〜」「帰ってまた遊ぶど!」

 

「……かぐや……君の主の名前か」

 

「むっ! 何で分かったんだどーっ」

 

「さっき自分で言ったじゃあないか……あまり()()()()()()()()()()のかな……」

 

「……そこまで言われて黙ってるおらたちじゃあねーど! 行くぞ! みんな!!」

 

 空中で静止していたハーヴェストたちは、内1体の掛け声によって同時に動き出した!対するハイエロファント。今は何もしていない。罠も張っていない。

 ただ、焦っていた。

 

(まずい……自分で煽っておいて何だが、まだ何も対抗策を思いついていない……ッ!!)

「くぅ……ッ!!」

 

(とど)めだど!! くらえェェーーッ!』

 

 

ド グ オ オ ォ ォ ン 

 

「な……これは……ッ!?」

 

 ハーヴェストたちが束となり、襲撃者を徹底的に追い詰めようとする大型蜂の如くハイエロファントに飛びかかっていった直後、突如現れた業火によってハーヴェストたちは焼き払われた。その跡には、彼らの残骸は残っていなかった。炎、といえば……

 

「マ、マジシャンズレッド!?」

 

「ようやく会えたな。ハイエロファント」

 

「どうしてここに……!?」

 

「異変解決に乗り出したのは、お前たちだけではない、ということだ。他にもレミリアと咲夜、クリームも来ている」

 

 助けに来てくれたのはマジシャンズレッドだった。聞けば、竹林の中に緑色の光を見て駆けつけたという。とんでもない助っ人だ。特にクリーム。彼に任せてしまったら、かなり危ないと思うが、そのストッパーとしてマジシャンズレッドと咲夜が来ているのだろうか?

 

「とにかく、助かりました。敵はあれで全てではないと思いますが……」

 

「ああ。どうやら、そのようだ。見ろ。再びやって来たぞ」

 

 マジシャンズレッドが指差す竹林の奥から、再度ハーヴェストの群れが押し寄せて来た。ハイエロファントは掌を合わせ、M(マジシャンズ)レッドは腕を交差させて大技を放つ構えをとる。そして、叫んだ。

 

『エメラルドスプラッシュ!!』

 

『クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル!!』

 

 

バ シ ア ア ン ! 

 

ボ グ オ オ ォ ン ! ! 

 

 

 放たれた無数のエメラルド、アンク型の炎はハーヴェストたちを次々と殲滅(せんめつ)していく。伊達(だて)に日本からエジプトへ1ヶ月以上費やして進み続けたわけではない。その後も何十体ものハーヴェストが襲いかかってくるが、2人はその全てを焼き払い、吹き飛ばし、消滅させていく。

 

 もう200体は倒したか、という時に、突然マジシャンズレッドの様子がおかしくなり始めた。順調にハーヴェストを倒している中、いきなり膝をついたのだ。苦しそうに(もだ)えているわけでも、息が上がっているわけでもなさそうである。

 

「! 大丈夫ですか!? マジシャンズレッドッ。」

 

「ぐ……何か……おかしいぞ……この体の熱、フラつきよう……まさか……酒か……!?」

 

「さ……酒だってっ!? そんなバカな……!」

 

「ししし」  「勝手に持ってきたのかどー?」

「怒られるど!」「大丈夫大丈夫!」

「今持ってきたこの酒……お前たちの体に入れてやったど。酔っ払っちゃってフラフラかど〜?」

「こうなっちゃったら、もうおらたちの勝ちだど!」

「やったど!」   「やったど!」

 

「な、何ィッ!?」

 

「う……僕まで……アルコール……を……」

 

 膝をついて頭を垂れる2人の頭上、酒瓶を数体で抱えたハーヴェストたちが「勝利の喜び」を(うた)う。マジシャンズレッドとハイエロファントの足には、それぞれ3体ほどハーヴェストがくっついており、彼らの口部にある"針"で酒を直接注入したようだ。

 

「まずい……酔って焦点も合わない……」

 

「うおおぉお! C・F・H(クロス ファイヤー ハリケーン)!」

 

 ハイエロファントが酒による酔いに苦しむ中、マジシャンズレッドは果敢(かかん)にハーヴェストに大技を放つ。が、酒の効力は(すさ)まじく、M(マジシャンズ)レッドを離れた炎はハーヴェストたちを避け、何本もの竹を薙ぎ倒して消えていってしまった。

 

「おらたちは()()なんだど!」

「お前たちなんか、あっという間に倒せるんだど」

「最後の止めだど!」

 

「ま……マズい! 今の状態では、まともに防げないぞ……!」

 

「くぅ……っ……」

 

 ハーヴェストたちがジリジリとにじり寄ってくる。さすがに為す術なし、と2人が再起不能を覚悟したその時!

 

「幻象.ルナクロック!」

 

 ザグ! ザク ドスゥ! ザグザク ザグ ! 

 

「うわあああ!」「ひィィィ!」

「うぎゃああぁ!!」

 

「! ……このナイフは……!」

 

「さ、咲夜!?」

 

 酔っ払ってしまった2人へ飛びかかったハーヴェストの群れは、突如現れたナイフの雨によって一掃された。この光景にハイエロファントが驚いていると、彼らの目の前に咲夜が降り立ち、夜風に(なび)く髪をかき分けて、2人へ視線を移した。そして、物珍しそうにキョトンとした顔でマジシャンズレッドに問いかける。

 

「あなたが追い詰められているなんて……よほどの強敵だったのかしら。」

 

「それは……()で言っているのか……?それとも、イヤミか……?」

 

「とにかく、助かりました。もしかして、さっきのM(マジシャンズ)レッドの炎で場所が分かったんですか?」

 

「そーよ。そして、私以外にもここに来てるわ」

 

「……? レミリア嬢のことかい?」

 

「いいえ。あなたのお仲間かと思うけれど……」

 

 咲夜がそう言うと、近くの茂みがガサガサと動いた。敵かと思ってハイエロファントは構えをとるが、そこから現れたのは妖夢。頭や服、そこら中に葉っぱを付けており、竹林の中をかなり歩き回ったと思われる。彼女は3人の顔を見ると、心底安心したように、表情が明るくなった。

 

「あ……良かった。みなさんここにいたんですね!」

 

「……誰だ?この少女は……?」

 

「魂魄妖夢……詳しい紹介は後でするわ。マジシャンズレッド。そして、見て。妖夢を()()()()()のか、敵がさらに来たみたい」

 

 咲夜が警戒を(うなが)すと、妖夢の背後から「待ってました」と言わんばかりにハーヴェストたちが飛び出す。ハイエロファントとマジシャンズレッドが妖夢へ「危ない!」と声を掛けようとした時、大量のナイフと共に、収穫者たちの影が落ちた。妖夢は腰に差した刀を一本、いつの間にか抜刀していた。

 

「さて……まだ続けるつもりかしら? おチビさんたち?」

 

「言っておくと、私も咲夜もかなり手強(てごわ)いですよ」

 

「ひィィ!こいつら、強いど!」

「逃げろーッ」「うわああ!」

「まっ、待ってくれど!」

 

「逃がしは……!」

 

 逃走を開始するハーヴェスト。それを追跡し、斬り伏せようと走り出す妖夢だったが、彼女はすぐに足を止めてしまった。彼女にとって、驚くべき光景を目にしたからだ。

 彼女が今手にしている刀は、「楼観剣」。妖夢が持っている刀の内、長いものの方である。そのため、内短い方の刀は腰に差してあるはずなのだが、それが今、彼女の目の前で地面に突き刺さっているのだ。妖夢は()()()()抜刀した覚えはない。

 

「な……何で……?」

 

「どうしたの? 妖夢?」

 

「わ、私の「白楼剣」が……いつの間にか! 地面に刺さってるんです!」

 

「何だって……? 何かおかしなことが……? 妖夢! そこから離れるんだ……ッ!」

 

『そうだ……早く逃げるんだな……ハーヴェスト』

 

「!」

 

 異変に気付き、警戒するハイエロファントと妖夢。咲夜と未だ酔っているマジシャンズレッドは周りを見渡す。しかし、突如響いた謎の声の主と思しき者は見えない。

 

「一体、誰だ……!? どこにいる……!?」

 

 ()いずった状態のまま、ハイエロファントは音、景色、振動、匂い、全てを頼りに敵を探すが、何も無い。本当に何も、手がかりが無い。ハーヴェストたちの気配も感じない。ただ聴こえるのは、夜風で竹が揺れる音。そして、バキバキと……

 

 

 

バ キ バ キ バ キ ィ ! 

 

 

「な……何だ! この音は!?」

 

「木が軋むような……」

 

「! これは………落ちてきたのは……これは、木片……ッ!?」

 

 轟音に混ざって空から降ってきたのは、家屋に使われているような木材。しかも、朽ちているものだ。咲夜はそれを拾い上げる。すると、それをトリガーにしたかのように、上から次々と同じような木片が降ってきた!

 

「あ、当たったら、ひとたまりもないですよッ!」

 

「咲夜さん! 退避だ! 時を止めて……!」

 

「!! 上から降ってきたのは……木片では……いや、あくまでアレの()()()()()のか!?」

 

 

 

ゴ オ オ オ オ ォ ォ 

 

 

 

 

 上空から降ってきたのは、木片の雨ではない。

 降ってきていたのは、巨大な、木造家屋だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仗助も言っていた通り、ハーヴェストって強いですよね。
しかし、群体型スタンドで一番好きなのはピストルズ……



突如現れた巨大家屋。一体誰が空から落としてきたのか?
敵は何者なのか?
お楽しみに!
to be continued⇒


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14.恐怖のサイン

第2部でやりたかったことがここにある。

2つ目は再来週辺りでできるでしょーか……


ド ガ シ ャ ア ア ! ! 

 

 

 上空から降ってきた木造の瓦礫(がれき)は大地に衝突する。下にいた4人はどうなったのか。あれほどの質量をもつものが降ってきたのだ。直撃すれば確実に死亡してしまうだろう。

 しかし、心配はいらない。彼らは避けていた。咲夜の時を止める能力によって。

 

「……危なかった……」

 

「しかし、敵がどこにいるのかまだ分からないわ。警戒を(おこた)らないように。」

 

「咲夜さん。時を止めた時に索敵をしませんでしたか?」

 

「もちろんしたわ。でも、近くにはいなかった………どこか遠くから喋りかけてきてる可能性もあるけれど……」

 

 咲夜の言う通りに、3人は周りを見渡して敵影を(さが)すが、依然見つからない。辺りの音も、廃屋が落ちてきた爆音が遠くで木霊しているものしか聴こえない。しばらくすると、再びあの声が響いた。頭の中ではなく、確かに竹林内に。

 

『なるほど。そこの……メイドの能力か。空条承太郎と同じように、時を止める能力を持っているな?』

 

「確かに、私の能力はあなたの言う通りのもの……だけど、クウジョウ?」

 

「咲夜、それはかつての私の仲間の名だ。だが……おかしい。承太郎の"星の白金(スタープラチナ)"は怪力と超スピードをもっているだけで、時を操ることはできないスタンドのはずだが……」

 

『赤色のお前も……スタンドか。空条承太郎とどういう関係かは知らないが、私もその能力を直接目にしたわけではないのでね……言伝(ことづて)だから、齟齬(そご)が生じている可能性も否定できない』

 

「今、スタープラチナのことはどうでもいい。問題は、お前も我々を邪魔するのか?それだけだ。いい加減姿を現してはどうなんだ」

 

 痺れを切らしたハイエロファントは謎の声を遮り、その正体を言及する。マジシャンズレッド共々、未だ酔いが覚めきっておらず、危機的状況を打破できたとは言い難い。敵の強さ、能力によっては、ハーヴェストと戦っていた時よりもピンチに(おちい)っている。

 

『……随分と食ってかかるな?酔っているからか?……そう急がずとも、既に「攻撃」は始めている』

 

「何……ッ!」

 

 ハイエロファントが反応した直後、その頭上から明るく燃える影が降ってきた。長めなその形を見る限り、おそらく降ってきた物の正体は松明。

 

「ハッ!」

 

 ザンッ!と妙に聴き心地の良い音を響かせて妖夢は松明を両断する。加えて、流れる水の如くしなやかに、横にもう一閃。四つに()かれた松明の残骸は自身の炎によって空中で燃え尽き、ハイエロファントを避けて落下した。

 

「大丈夫ですか?ハイエロファントさん」

 

「ああ……済まない。妖夢……」

 

「お2人は戦闘の続行が厳しそうに見えます。ここは、私と咲夜に任せてください」

 

「! だが……」

 

「だが…何ですか?もしかして、私たちが相手に勝てなさそうに見えるんですか?」

 

「いや、そういうことでは……」

 

 別に彼女らをみくびっているわけでは、断じてない。妖夢と会ったのは今日初めてのことであり、咲夜とは共闘をしたことこそあるものの、その強さの真髄を見たわけではない。故に、魔理沙ほど2人の()を知れていない、という心配があるのだ。ましてや、相手の正体は謎のまま。力を合わせなくては、苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだと考える。

 少々しどろもどろになりつつ、ハイエロファントはマジシャンズレッドへ目を移し、彼の判断を仰ごうとする。彼もその視線に気付き、ハイエロファントへ「任せよう」と首を縦に振った。

 

「それじゃあ、そういうことで……行きましょう。咲夜」

 

「ええ。もうやる気満々よ」

 

『……決まったようだな。では、じっくりと観察させてもらうとしよう。君たちの()()()()()()を」

 

 

ガサッ  ガサッ  ガサッ! 

 

 

 謎の敵が言葉を終えた瞬間、自分たちの頭上から葉を切り裂いて迫る物体の音が聴こえた。シュルシュルと空気をかき分けて妖夢の頭頂目掛けて接近していく物体。それは、3枚の手裏剣!

 

「フッ!」

 

 不意打ちのつもりで放ったのであろうが、残念なことにこんな攻撃は妖夢に通用しない。3枚まとめて楼観剣で払いのけ、投げられたと思われるポイントへ斬撃型の弾幕を()()()()()()。が、手応えはない。細く鋭い弾幕は葉と(かん)を撃ち抜いて夜空へと放り出された。

 敵の攻撃はそれに連なり、今度は二方向から手裏剣群を仕向ける。これに対しては妖夢。白楼剣を抜刀し、楼観剣と共に、2本の刀でつむじ風の如く回旋して攻撃を叩き落とした。手裏剣を阻んでも回転は止まらず、勢いはそのまま、両方の刀から弾幕を投擲(とうてき)ポイントへ撃ち出す。が、これも手応えなし。

 

「当たった感覚はなし……咲夜。敵は見えた?」

 

「いいえ。怪しい影は無かったわ。2回目に投げられた瞬間に時を止めて見たけど、特には……この紙切れぐらいよ」

 

(折られた紙……?)

「……紙だなんて……攻撃に使えるわけないよね」

 

 妖夢は咲夜が手にしていた紙をチラリと横目で見るが、「どうせ、ゴミだろう」とすぐに意識を次の攻撃へ移した。

 しかし、この様子を見ていたハイエロファント。紙切れに妙な気を覚えていた。「そんなはずはない」を(くつがえ)すのがスタンドだ。自分たちの常識を超える何かが、この紙にあるかもしれないと(にら)まずにはいられなかった。

 

「咲夜さん。一応その紙にも注意しておくんだ。何かのヒントになるかもしれない」

 

「ええ。ポケットにでも入れておくわ」

 

 ハイエロファントに言われた通りに、咲夜は拾った紙切れをスカートのポケットにしまった。

 

『確かに、君たちもやり手だな。真正面からの殴り合いをしなくて本当によかった。僕は殺傷能力をもたない、チンケなスタンドだからな』

 

「薄々感じていたけど、あなたもスタンド」

 

 再び響いた謎の声。突然の発生と突然の告白に、4人は思わず静聴してしまう。そして、ハイエロファントとマジシャンズレッドは「やはり」と頷き、妖夢も声をこぼした。

 

『しかし、もう勝負のバランスは傾き始めている。この僕の方へね……』

 

「……何ですって?」

 

『能力の関係上、多数の相手を同時に始末するのは苦しいが、1人ずつ順番に順番に……確実に仕留めてやろう』

 

 4人が敵スタンドの声に夢中になっていると、突如そこへ強風が吹きかかった。竹の葉や稈を揺らして地面の落ち葉を巻き上げる。スノードームのように舞った落ち葉は夜空へ高く上っていく。が、しかし、それらは4人の元へ戻ってくることはなかった。代わりに降ってきたのは、小さな、大量の紙の雨!

 

「やはり! やつの能力は「紙」だったのかッ!」

 

 4人の周りを舞い落ちる紙吹雪。ハイエロファントは自身の目の前に落ちた紙を見て、あることに気付いた。折りたたまれているのだ。どれもこれも、綺麗にたたまれている。ものによって折られている回数に違いはあるものの、折りたたまれていない紙はない。

 

(なぜ……全ての紙が折られているんだ……? 開いた状態ではいけない理由が……?まさか……()()()()()()()()()()のか……? だとしたら……)

「咲夜さん! ポケットに入れた紙を急いで捨てるんだッ!!」

 

「なっ……どうして!? さっき、()()()()()()()()()って……」

 

「その紙は折られていた! きっと、それが能力だ!開かれる前に捨て……」

 

 ハイエロファントの声が途切れる。こちらを見る咲夜のスカートに、闇に紛れて伸びる腕を見たからだ。おそらく、あれが敵!

 

「てっ、敵だ! あなたのポケットに手を伸ばしているぞッ」

 

 ハイエロファントの言葉を聞いた咲夜。ここからが早かった。既に左手で握っていたナイフを右手へ持ち替えると、右の腰ポケットに少しも目を振ることなく紙使いのスタンドの腕を突き刺した。

 とばかり、ハイエロファントと咲夜は思っていた。実際は違っていた。

 「捉えた!」と確信した咲夜は、確かな手応えを感じるナイフへ目を移すと驚くべき光景を目の当たりにしたのだ。刺していたのは人外の腕ではない。先程襲撃してきたウサギの内の1匹だったのである。ナイフはウサギの少年の胸に深々と突き刺さっていた。声を上げる暇も無かったのか、そもそも正気の状態でなかったのか…ウサギの少年は絶叫することなく、涙を静かに垂らしながら死んでしまった。

 

「そ、そんな……確かに「腕」があったんだ! この目で見た!」

 

「ハイエロファント……酔っているなら、余計な口を出さないで……」

 

「……っ……」

 

 咲夜は静かに言葉を放った。特に何でもない者を殺してしまったが、それでも冷静なのは「さすが吸血鬼のメイド」と言うべきか。ハイエロファントは自身の目を疑いたくはなかったが、状況が状況。口をつむぐしかなかった。

 

「咲夜……大丈夫? その子は……?」

 

「もう死んでるわ。でも、どうしていきなりウサギの少年が……ッ!?」

 

 事態に口を閉ざしていたマジシャンズレッドと妖夢は周りを警戒しながら、咲夜に少年の安否を問いかけ、彼女は首を左右に振って応えた。咲夜は少年を()きかかえて地面に下ろそうとする。

 が、咲夜はとある異変に気付いた。少年の体が自分の腰から離れない。少年が重かったから?いいや、違う。咲夜のスカートはビリビリに破れており、少年の体の位置は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように、ボロボロに穴が空いて糸が張られただけになったスカートの残骸(ざんがい)に絡まっていたのだ!

 

「こ……これはっ!?」

 

 

バサ!  バサ!  ブワサアッ! 

 

 

「! 咲夜ッ。周りを見ろ! 「紙」の様子がおかしいぞッ! ()()()()()()()()()、折られた紙が開いていくッ!」

 

「!」

 

 咲夜がマジシャンズレッドの声で振り返ると、地面に落ちていた無数の紙が徐々に展開されていく光景が目に入る。それだけでなく、再び空を切り裂く音と共に手裏剣が放たれていた。妖夢は既に手裏剣の対処に追われており、咲夜のことからは目を離していた。

 

「急いでこの子を服から離さなくては……!」

 

 咲夜は妖夢に加勢するべく、絡まったウサギを離そうとするがかなり複雑に糸が巻かれているため、中々手間取ってしまう。

 そんな中、自身の脚に違和感を覚えた。カサカサ、ウゾウゾと何かが()い上ってくるその感覚は、一瞬で全身を駆け巡って体を硬直(こうちょく)させる。違和感の正体を探るべく、視線を落とそうとした瞬間、ウサギの少年の顔を無意識に見てしまった。その刹那(せつな)、サブリミナル効果のように彼女の脳裏に刻まれたのはウサギの少年の、中途半端に開いた口から伸びる()()()()()()()。モソモソと動いていた。

 

「……ッ! こ、これは……!?」

 

 脚部に感じた妙な気配の正体。それは、咲夜の上体目掛けて駆け登ってくる害虫、毒虫の群れだった!ゴキブリ、ムカデ、()、ハエ、ブヨ……飛び回り、狂乱しながら咲夜の脚を登っていく。

 

「ひィッ……この……虫めッ!」

 

 咲夜は脚を振り上げて虫たちを払おうとする。もちろん、()()は咲夜の脚から吹っ飛んでしまうわけだが、この時、咲夜は1つ重大なミスを犯していた。

 彼女はこの状況下で、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ズ  キ  ュ  ン 

 

 

「なっ!?」

 

 虫たちを払いのけた咲夜は、突然地面に倒れ伏せてしまった。気を失ったとか、足が疲れたわけでは断じてない。彼女の下半身は、何と(くだん)の紙に吸い込まれているのだ!

 

「さ、咲夜さん!!」

 

「まずいぞッ!」

 

 手裏剣の相手で動けない妖夢に代わり、マジシャンズレッドとハイエロファントが咲夜を救出するために炎の縄と触手を伸ばして彼女の両腕を捕捉する。それを確認した2人は、息を合わせて彼女を引っ張るが、思いの(ほか)紙に吸い込まれるパワーが強い。2人の力を以ってしても咲夜を引き返すことができず、逆に引っ張られてしまう!

 

「咲夜さん! 時を止めて脱出するんだッ!」

 

「……既に……やったわ……だけど、出られない……もう腰まで引き込まれた!」

 

『フフフフ。これが僕の能力。咲夜とか言ったか? そのメイド。お前は僕に見せてしまったのさ。「恐怖のサイン」を!」

 

「何だってッ!?」

 

『僕の名は「エニグマ」ッ! 物体、人間、あらゆるものを紙にする! この僕に「紙」にできない者なんて、誰もいない……』

 

 エニグマと名乗ったスタンドは勝ち誇り、余裕がでてきたのか、口数が増えてきていた。実際、彼はハイエロファントたち4人を追い詰めてはいるのだ。

 もう胸の辺りまで紙に吸い込まれている咲夜。他2人も力尽き、ついに彼女の腕から触手などを離してしまった。マジシャンズレッドとハイエロファントの顔には焦りの色が(にじ)み出る。しかし、咲夜の抵抗が(かな)ことはなく、声を上げることもなく、やがて完全に紙に吸い込まれてしまった。

 

「さ……咲夜さァァーーんッ!!」

 

「な、なんてことだ……!」

 

「!! あの咲夜が……」

 

 咲夜を吸い込んだ紙は一人でに折りたたまれ、月光の下へと飛んでいく。宙を回転して舞っていた紙をパシッとつまんだのは、人型の何か。古代の石像か、芸術作品の彫刻のような模様をもつ、彼こそが"エニグマ"である。

 

「まずは……1人。次は……そこの赤いスタンドがいいか? お前が僕に手を出さないのは、酔ってしまって上手いこと炎をコントロールできず、「仲間を巻き込む可能性があるから」……フフフ。違うか?」

 

「……!」

 

「だったら、他の仲間を紙にする前にお前を紙にしておいた方が、後で楽だなぁ?」

 

 そう言うと、エニグマは咲夜の紙とは別の「紙」をどこからか取り出した。エニグマの攻撃を予見したマジシャンズレッドが自身の腕に炎を(まと)わせる。が、その間を妖夢が楼観剣を片手に持ち、割って入った。「まだ私がいるだろう」と視線だけでエニグマにそう思わせるほどの気迫を放っている。

 

「彼の前に、まず私ですよ」

 

「……それはお前が決めることではない。それに、大した特殊能力を持たないお前が僕に刃向かうというのは、()()()()()()()()

 

「賢いかそうでないか、ではありません。斬るか斬らないか」

 

「……勝負あった……」

 

 妖夢の強気な主張に、エニグマは呆れ返る。ハイエロファントとマジシャンズレッドはその様子を無言で見つめていた。()()咲夜が無力化されてしまう相手にどうやって勝つ気なのだろうか?彼女に秘策があるのか?ただ純粋に気になってしまう。下手をすれば自分たちの命を危険にさらしてしまう状況でありながら、法皇と魔術師(彼ら2人)は妖夢の中に見えた弱気や迷いのない()()()に目を奪われてしまっていた。

 

「いいだろう! お前を徹底的に恐怖させ、「紙」にし! 後でビリビリに引き裂いてやるっ! そうなってもいい覚悟があるなら、構えておけ!」

 

 エニグマは咲夜の紙をしまったかと思うと、紙の群れを再びばら撒いていつの間にか姿を消してしまっていた。エニグマの最後のセリフを聞いた妖夢は、右手に持っていた楼観剣を(さや)におさめ、目をかたく(つぶ)る。腰を落とし、刀の()に手をかけると彼女は静止してしまった。

 この構えを見た瞬間、マジシャンズレッドの頭の中にある言葉が浮かび上がった。「居合(いあい)」!

 妖夢は居合斬りをしようというのだ。

 

 

 バサバサと髪や葉が揺れ、ただ時が過ぎていく。エニグマからの攻撃もない。妖夢も動かない。スタンド2人はその光景を固唾(かたず)を飲みながら凝視していた。永遠のように長い時間は集中力を削っていくものだ。妖夢は今、何を思っているのか?

 それが分かるのは、そう遠くない時であった。沈黙を破って先制攻撃を仕掛けたのはエニグマ。空から手裏剣を何枚も飛ばしてくる。これに対し、妖夢。今度は叩き落とすことはしなかった。避けたのだ。走って逃れたのではなく、最小限の動きで、襲いくる数枚の手裏剣をノールックで避け切った。

 次の手に、竹の陰から、何らかの液体が飛ばされた。夜であるため、その液体の外見はあまり分からなかった。が、水のように透明色ではあった。妖夢はそれに気付いているのか、いないのか、自身に当たるまで一切その場を動こうとしない。

 

「よ、妖夢! 気付いていないのか!? 何か液体が飛ばされているぞ!」

 

 咄嗟(とっさ)に妖夢へ声を張り上げるが、彼女がハイエロファントの叫びに反応することはなかった。しかし、宙を舞う液体の内、下の部分が落ち葉へ付着した時、付着部分から「シューー」という()()()()()()()()()()が発せられた。妖夢は音の場所を理解し、一跳びで元の場を離れた。あの液体の正体は、おそらく"酸"であろう。

 跳び退いた妖夢が着地すると、次はその足下から虫たちの群れが出現する。毒虫も混ざっており、瞬時に妖夢の脚を駆け上がるが彼女は一切気にすることはなかった。やがて彼女のスカートの中へ。(そで)の内側へ。徐々に侵攻されるが、妖夢は()を崩さなかった。

 

『ここまでして、まだ粘るのか……しかし、だ。まだ僕の有利が傾いたわけではない……「こういう手」もあるのだ!』

 

 

 ギュ  ギュン  ギュン!  ギュウゥン!

 

 エニグマの言葉と共に放たれたのはナイフの嵐。そして、それらに見られる形状からして、放たれた無数のナイフは咲夜のものであると理解したハイエロファント。エニグマはハイエロファントとマジシャンズレッドもついでに一掃し始めようとしている。縦横無尽に飛び回るナイフは、彼らの肩や脚に問答無用でくい込んでいく!

 

「うぐあっ!?」

 

「やつめ……妖夢の恐怖をあばこうとするついでに、我々を始末するつもりかッ!!」

 

『その通り…手裏剣を目を開けずに避けていたところから、ナイフを当てにかかっても同じように避けられるだろう。ならば! 殺意を込めずにその周りだけにナイフを飛ばし、かつ、お前たちを始末する。構えを解いて2人を助け、蜂の巣になるか…あくまで僕を倒すことに集中して2人を見捨てるか……究極の選択! さあ、「恐怖のサイン」を見せてみろ! その時、この「エニグマ」は絶対無敵の攻撃を完了するッ!』

 

 エニグマの言う通り、妖夢の頭部や胴体をナイフは狙っていない。当たるにしても、腕や脚を(かす)る程度だ。

 エニグマの余裕は妖夢に聴こえていたのだろうか?勝者として(おご)る彼を斬る手立てはあるのか?彼女が動かない間に、ハイエロファントたちの体は徐々に、徐々に削られていく……

 

『2人を見捨てるかァッ! 白髪(はくはつ)の剣士! ならば、望み通りにこいつらを始末してや……』

 

 エニグマの言葉は途中で途切れた。妖夢がハイエロファントとマジシャンズレッドがいる方へと体を向けたのだ。依然、目は閉じている。

 

『……今更2人の命が惜しくなったのか? 安心しろ。まとめて極楽浄土へ送って……ッ!?』

 

 

ド  ォ  ウ  ッ  !  

 

 妖夢は目を見開き、ハイエロファントとマジシャンズレッドの方へと体を飛ばしたのだ。その右手は、腰の楼観剣の柄を血管が少し浮き出るほど、しっかりと握っていた。

 しかし、未だナイフは尽きることなく飛び交っている。無数のナイフは先程よりも妖夢の命に近づいて切り裂きにかかってきた。肩を貫き、(もも)に刺さり、(ほお)を抉る。しかし、臆さない。彼女はハイエロファントたちに向けて言い放った。

 

斬った

 

 

 

ズ バ ア ァ ン ! !

 

 

 

「うっ……ぐッ……!? なぜ、僕の……場所が……!?」

 

 妖夢は2人の間を通り抜け、その奥に隠れていたエニグマを斬り伏せた。エニグマの右腰から左肩にかけて大きく長い裂傷が走り、鮮血をぶち撒ける。最後まで言葉を紡ぎ切ることができないまま、彼は落ち葉の海へと身を落としたのだった。

 

(す、凄みだ……妖夢は凄みでエニグマを捉えたんだ! 隠れてコソコソと観察することしかできないチンケなスタンドなんかよりも、彼女の精神力の方が圧倒的に上だった。強気ではあったが、妖夢の()()に屈したエニグマこそ、敗者になったのか……)

 

 ハイエロファントは理解していた。もっとも、妖夢は自身のことに気付いている様子を見せていないのだが。

 妖夢は楼観剣に付いたエニグマの血を振り払うと、鞘におさめた。そして一言。

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまり無い! ……ん?」

 

 バシッと決めた!と思いきや、いきなり色の変わった声を出した妖夢。ハイエロファントとマジシャンズレッドも怪訝に思った。視線を動かさず、その額にはじんわりと冷や汗が滲み出てきている。妖夢はおそるおそる自分の服の(えり)を引っ張り、その中を覗く。と、

 

「キャアアアァァーーーーーーッ!!」

 

「ど、どうしたんだ!? 妖夢!」

 

「む……虫! 虫が服の中にィッ!!」

 

「まさか……さっきの攻撃……気付いてなかったのか……?」

 

 先程エニグマの攻撃によって妖夢に近づいていった虫たちだろう。エニグマと戦っている時の気迫は既に消え去り、見た目相応の弱点を(あら)わにした。服の上から、小さく多い膨らみがモゾモゾと(うごめ)いているのがわかる。妖夢は地面に倒れ、電撃でも浴びているかのようにのたうちまわった。

 

「取ってェー! 早く誰か取ってェェーーッ!!」

 

「……マジシャンズレッド。僕は咲夜さんを救出する。おそらく紙を開けば元に戻るだろう。妖夢は任せた」

 

「わ…私が……? ……か……断固拒否する! ハイエロファント、お前の方が近い。触手を伸ばして虫を取ってあげればいいではないか」

 

「僕だって嫌です!」

 

「自分が嫌なことを人にやらせるなッ! どんな性格をしているんだ!」

 

「いーから! 早く取ってよォーーー!!」

 

 妖夢の絶叫はしばらく竹林に木霊していた。

 

 

 

 

 




エニグマの本体はあまり好きではないですが、エニグマの能力やデザインは四部に登場するスタンドの中でもかなり好きな部類です。



エニグマ、ハーヴェストを倒したハイエロファントたち。
一方の魔理沙や霊夢はついに月の異変の犯人と遭遇……!?
犯人の目的は?異変はクライマックスへ……
お楽しみに!
to be continued⇒


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15.知恵すら穿つ暗黒空間

先に述べておこうかと思います。

()はあまり出てこないです。





「さっきまで通路を歩いていたと思ったら……今度は空か? 箒に乗っといて良かったぜ……」

 

 ハイエロファントたちがエニグマを撃破した頃、妖夢ともはぐれてしまった魔理沙はハーヴェストの波に押し流され、気付いた時には外に出ていた。箒に乗った状態で月光に照らされて滞空している。

 ただ風が吹いているだけのこの夜空、魔理沙は自分1人だけがこの場にいると思っていた。思って()()ということは、今は違うということである。魔理沙以外にいた。彼女よりも、高いところに。彼女よりも()()()()ところに。

 

「……お前が私の相手と、いうことか?」

 

 魔理沙が問いかけた相手は、中々に高身長の女性。咲夜よりもはるかに長い銀髪を空中へ流し、赤と青だけのツートンカラーをした服を着ている。彼女は(なび)く髪を耳にかけると、口を開いた。

 

「……あなたね? 私の張った"結界"を破ろうとするのは……」

 

「結界だぁ? そんなもん、知らないね。私はただ、"月の異変"を解決しに来ただけだ!」

 

「そう。それじゃあ、あなたは私の敵ということね。」

 

「お前が異変の真犯人か? そうならば、覚悟しなっ! この霧雨魔理沙さまがとことん相手してやるぜッ!」

 

「…………」

 

 魔理沙が拳を持ち上げて言い放つ。それに対して、相手の女性。右腕を伸ばし、掌底を魔理沙へと向けると彼女の周りから、赤色や青色をしたおびただしい数の光弾を出現させた。

 

 

ゴ  ォ  ア  ア  ァ  ァ  

 

 女性の周りに現れた光弾の群れは、高速で魔理沙へ一斉に襲いかかった!

 結構のんきしてた魔理沙だったが、彼女は今までいくつもの弾幕勝負を制してきたベテラン。この程度ではやられない。素早く服中のポケットというポケットからアイテムや円筒を引っ張り出し、同じく弾幕で応戦する。相手の弾幕を縫うようにして避ける。

 

「危ねーなっ! 私が歴戦の強者(つわもの)だったからいいものの……おっと!」

 

 魔理沙は箒に乗りながら元の位置から飛び退く。鮮やかな弾幕の嵐は魔理沙を何とかして捉えようと、その軌道の跡を執拗(しつよう)に攻撃していく。しかし、当たらない。魔理沙は飛行しながら全て回避、もしくは撃ち落として直撃を防いでいた。

 

(しっかし、かなり弾幕の密度が高いな……当たることはないと思うが、やつに攻撃するのはかなり難しいぜ……)

 

 魔理沙は敵である女性の周りを、弾幕を避けながら周回する。しかし、その際にも防御を止めることはできなかった。弾幕の1つ1つの威力が高いわけではなかったため、拡散する弾を撃ち返せばすぐに消えはしたのだが。

 

「油断も隙もありゃしねーな」

 

「だったら、どうするの?」

 

 余裕に満ちた微笑みを浮かべ、魔理沙へ問い返す。

 

「ぶちかますぜッ! 恋符.ノンディレクショナルレーザー!!」

 

 魔理沙は1枚、カードを女性へ見せつけて叫んだ。その時、彼女の周りに数個の魔法陣が出現。そこから、何本ものレーザー、無数の大小様々な星型の弾幕を撃ち出された!

 

「!」

 

 突然の大技に一瞬驚きの表情を見せるが、ここまで魔理沙の攻撃を一切許さなかった女性。こんなことでは終わらない。

 縦横無尽に()ぎ払われるレーザーを軽々と避け、接近する星型の弾幕を自身の弾をぶつけて消滅させる。しかし、流石の彼女も難しいのか、魔理沙を追跡する大量の弾幕は「ノンディレクショナルレーザー」にかき消されて()んでいた。

 

(ちぇっ……()()()()()()()()をこんな簡単に避けられるとショックだぜ)

「こんの……」

 

 魔理沙は少し悔しがるが、弾幕が止んだチャンスを見逃すことはなかった。自身の周りに放り投げて配置した円筒や水晶から、無数の弾幕を集中させて放つ。その光景はまるで、天を流れる天の川のようであった。

 

「……こっちも使おうかしら。天丸.壺中(こちゅう)の天地」

 

 女性も魔理沙と同じように、カードを引き出す。右手の人差し指と中指で挟んだ状態で魔理沙へ見せつけると、彼女の周りから大きな弾幕が20個近く撃ち出され、魔理沙の弾幕を吹き飛ばす。しかし、それだけでは終わらず、回避を試みる魔理沙目掛けて……ではなく、彼女の周りに配置され取り囲む。

 

「な、なんだぁ?」

 

「今から分かるわ」

 

 魔理沙を囲んだ弾幕は、彼女を逃がさないようにするためだけのものではなかった。魔理沙がそれに気付くのはかなり早かった。炸裂したのだ。配置され、間髪入れずに弾幕は炸裂。外側は速く多い弾幕が。魔理沙のいる内側は遅く少ない弾幕が飛び交う。狭い空間に行動を制限されてしまい、弾速が大したことのないものでも、魔理沙は回避に手こずって攻撃どころでなくなってしまった。

 

「う、うぉおああぁあぁぁ!」

 

「1人だけだと、やっぱりキツかったと薄々思ってたわ。どう? 降参する?」

 

「こ、降参なんぞするかァ! 絶対勝ってやる!」

 

「……そう」

 

 「まあ、無理でしょう」と女性は返事をすると、空中で腕を組んですっかり休息モードへと入ってしまった。

 この狭い空間。飛び交う弾幕を撃ち落とすのは至難の(わざ)だ。下手をすれば自分にダメージが入ってしまう。魔理沙には、弾幕の間を縫ってなんとか脱出する選択肢しか残されていなかった。

 

(なんとか弾幕の隙を見て抜け出さなければ…………! そ、そうだ! そこへ動け!)

「そこだーーッ!! 進むべき道がッ! 今ここに見えたぜッ!」

 

 魔理沙は飛び交う弾幕の一瞬の隙をついに見つけた。いくら大きな満月が光を放っているとはいえ、今は夜。暗黒に染められた空だ。だが、今ここに目撃した弾幕の隙間は、魔理沙からは輝く一本の道筋に見えた。

 魔理沙はこのチャンスを逃すまいと、大きく反動をつけて箒を急発進させる。

 

「そう簡単に抜けられるかしら?」

 

 彼女の言う通り、弾幕は簡単に魔理沙を逃してはくれなかった。せっかく開いた隙間が別の弾によって再び閉じられそうになる。この事態に魔理沙、おもわず箒のスピードを落としてしまった。

 

「くっ、し、しかし行くしかねぇーーッ!」

 

「無駄無駄……」

 

 魔理沙は身を屈めて小さくなりつつある隙間を通ろうとするが、一度落としたスピードは元に戻らなかった。女性は魔理沙の努力を無駄だと言い放ち、自身の勝利を確信した。そして、ついに隙間が閉じ…………

 

 

ド ォ オ ス ゥ ッ 

 

 

「うげェッ!!」

 

「! あれは……?」

 

 魔理沙の脱出は防がれたと思ったその時、なんと魔理沙の右脇腹に1本の棒が突き刺さったのだ!

 中々の速度を出していた棒。魔理沙はその勢いに押され、箒を掴んだまま弾幕の隙間へ放り出されて通過した。銀髪の女性も突然の事態に眉が上がる。

 弾幕群の外へ放り出され、むせこむ魔理沙だったが自分に突き刺さったこの棒に見覚えがあった。これは親友の"お(はら)い棒"だ!

 

「危ないところだったわね。魔理沙」

 

「れっ、霊夢!」

 

 現れたのは霊夢。左手に札を3枚持ち、既に臨戦状態だ。先程飛んできたお祓い棒は、魔理沙よりも下方にいた霊夢が救出のために投げたものらしい。空中といえど、人体を動かすぐらいの勢いが出ていたのだ。かなりの力が込められていたし、魔理沙の腹部へのダメージもそこそこ高かった。

 

「れ、霊夢……脇ではあるけど腹はやめようぜ……私だって()()()()()()からよ」

 

()()()()()()()でしょ?」

 

「いや、そーだけど……そういう問題じゃあねぇ!」

 

「……敵がいるのに、のんきなのね。私ってそんなに弱く見えるの?」

 

 霊夢と魔理沙の掛け合いに痺れを切らし、2人を見ていた女性が口を開いた。霊夢の参戦によって、先程まで見られた余裕が消え失せる。真剣な眼差しだ。

 

「……魔理沙の攻撃を許さない弾幕。中々って感じ? 認めてあげるわ」

 

「…………」

 

 ナメている。もっとも、霊夢は煽るだなんて、そんなつもりは一切ない。本当にこう思っているのだ。しかも、この文でありながら言葉を選んでいるつもりでもある。彼女の無礼に女性は不機嫌となりつつある。

 

「その自信、なんとかへし折ってあげたいわ。名前は?」

 

「博麗霊夢。それで、こっちの魔法使いが……」

 

「霧雨魔理沙、でしょう?」

 

「悪いな、霊夢。もう名乗ってたんだ」

 

「…………じゃあ、あんたも名乗りなさいよ。無礼にも、人から名乗らせたんだから」

 

「……フフ。あなたに無礼と言われるのは(しゃく)ね。私の名前は八意永琳(やごころえいりん)。でも、言ったところで意味なんて無いと思うわ。どうせ、すぐ何も分からなくなる……私の弾幕でね」

 

 

 

 

____________________

 

 

「…………派手にやってるわね。あの2人」

 

 激しい弾幕戦を繰り広げ始めた霊夢たちを永遠亭の庭から眺める影。アリスだ。鈴仙・優曇華院・イナバとの戦いに勝利し、外へ出てきたのだ。今度は能力に翻弄(ほんろう)されることなく弾幕でねじ伏せることができた。

 アリスは人形を操る。それが能力というわけではないのだが、魔理沙やパチュリーと同じく魔法使いであるアリスは魔法によって人形を操作し、弾幕戦を行うのだ。

 

 

  ザッ  ザッ  ザッ 

 

 

「!」

 

「アリス。良かった。無事だったのか」

 

 突如庭の竹林方面から草をかき分けて歩いてくる音が響く。

 アリスが振り返ってみると、そこにはハイエロファント、マジシャンズレッド、そしてなぜか髪が乱れて落ち葉を体中に付けた妖夢がいた。

 

「あら、ハイエロファントと妖夢……と、どなた?」

 

 アリスが手で示したのはマジシャンズレッド。確かに、彼女はまだマジシャンズレッドとは会ったことがなかった。そのことに気付いたハイエロファントはアリスに彼を紹介する。

 

「彼はマジシャンズレッド。僕のかつての仲間で、彼もスタンドだ。炎を操ることができる」

 

「そうなの。私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 アリスとマジシャンズレッドは歩み寄って握手を交わす。手を離すと、アリスは妖夢の姿格好をまじまじと見つめて尋ねた。

 

「……結構大変な戦いだったのね。相手はスタンド?」

 

「うん。ハーヴェストとエニグマとか言ってたわ。咲夜さんもいたけど、スカートが破れたから修復しに戻ってるよ」

 

「そう。やっぱりどこか変わってるのよね〜。紅魔館(あの館)の住人は」

 

 アリスは「うんうん」と(うなず)きながら誰かを思い出しているようだった。彼女も紅魔館に知り合いがいるのだろうか? ハイエロファントとマジシャンズレッドは一瞬疑問に思うが、マジシャンズレッドは次に頭に浮かんできたことによって、すぐに頭から消え去ってしまった。それは共にやって来たレミリアとクリームの存在。

 

「時に、アリス。私も紅魔館に身を置いており、そこの住人数人と共にこの地へ来たのだ。そこで質問なのだが、レミリア・スカーレットと「クリーム」というスタンドを見ていないか?」

 

「……いいえ。見てないわ。(ここ)には敵を倒してから直進し続けて到着したけど、誰一人も目にしてないわ」

 

「そうか……」

 

「マジシャンズレッド。レミリア嬢の性格を考えてみるんだ。彼女ならきっと、雑兵ではなく大物を狙っていくと思わないか?」

 

 ハイエロファントの考えに「それもそうだな」とマジシャンズレッドが頷く。レミリアなら、おそらく誰よりも早く異変の元凶と相対しようとするだろう。と、なるとやはり夜の空(あそこ)へ向かっているはずだ。

 

「では、ハイエロファント。これからどうするんだ?」

 

「今、魔理沙たちが戦っている敵、そしてハーヴェストたちが口にしていた「かぐや」という名前の者。この2人、同一人物なら1人だが、これらが今判明している敵だ。霊夢と魔理沙(彼女ら)が戦っている間に「かぐや」なる人物を探すしかないだろう」

 

 ハイエロファントの提案に他3人が頷き、賛成した。妖夢とアリス、マジシャンズレッドがどこを誰が探すか、相談し始める。

 ハイエロファントはこの光景を見て懐かしさを感じる。スターダストクルセイダースとしてエジプトを目指す旅。色々なことがあったが、仲間と力を合わせて試練を乗り越えていったあの緊迫感、仲間の存在という心強さ。幻想郷(この地)で感じるデジャヴのような、何とも言えない感覚を覚えていると、それは突如()()()

 

 

 

ゾ  ク  ゥ  ッ ! 

 

 

「っ…………!?」

 

 ハイエロファントは風を切って振り向いた。音がするほどのスピードをつけて振り向いた。ブオン!という音を耳にした3人は「何事か」とハイエロファントへ振り向く。

 

「どうしました? ハイエロファントさん」

 

「いや……何でも……マジシャンズレッド。何か感じなかったか?」

 

「感じたか、だと? 何も感じなかったが……」

 

「疲れてるのよ。ハイエロファント。ちょっと顔も赤いみたいだし、休んでいたら?」

 

「アリス。あれはお酒を注入されたんだよ」

 

 「なぁんだ」とアリスは笑い、3人は役割分担の相談を再開した。マジシャンズレッドも妖夢も、ハイエロファントの覚えた()()()を特に気にする様子は見られない。

 先程自分が感じた"悪寒"は何だったのか? アリス、同じくスタンドのマジシャンズレッドさえ感じなかったあの"オーラ"は? ハイエロファントがこの時思い出していたのは旅の思い出だけではなかった。もう1つ、思い出していた。それは、DIOと相対し、その声を聞いたとき……そこで感じた()()()()だった。

 

 

 

 この時、竹林の中。ハイエロファントたちを(のぞ)く1つの人影があった。目にしている光景に何の感想を抱くこともなく、彼はただ、その大きく見開いた目を彼らに向けていた。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 ハイエロファントがDIOの恐ろしさを思い出していた頃、霊夢たちは弾幕戦を繰り広げていた。永琳は相変わらず大量の弾幕をばら撒き、魔理沙と霊夢は防御に徹していた。細かい弾の群れの中に混ざっている、大きな弾。魔理沙は目にする度に「うげえ」と口にしていた。

 

「全然攻めてこないのね。本当に退屈だわ」

 

「チクショーッ! 調子のりやがって〜〜!」

 

「魔理沙。そうやってすぐに煽りに反応したらキリないわよ!」

 

「分かってるぜ……」

 

「フフフ。何でもすぐに受け取るのは悪い癖。いろんな視点でものを見ないと痛い目を見るのよ。こうやってね。蘇活.生命遊戯-ライフゲーム!」

 

 新たなスペルカードだ。「壺中の天地」と同じようにしてカードを示すと、魔理沙の身の周りに無数の弾幕が配置された。今度は逃げ道など無く、完全な密閉空間だ。

 

「ま、また()()()()()かよォーーーーッ!!」

 

「魔理沙!」

 

 先程と同じように、霊夢が魔理沙のサポートをしようとするが以前のスペルよりも密度が高いため助太刀を挟めない。

 魔理沙を取り囲んだ弾幕は動くことはなかった。しかし、それで終わらないのが大技(スペル)なのだ。永琳のいる地点から楕円、球形の弾幕が一斉に放たれる。しかし、魔理沙は依然、逃げることができなかった!

 

「や、ヤバいッ! 周りにある青い弾幕が動かないのは良かったが、その隙間から見えるあの緑の弾! だんだん近付いてきているッ!!」

 

「さあ、どうするのかしら? 魔法使い」

 

 徐々に接近する弾幕。魔理沙は頭の中で策を練ろうとするが、焦ってしまって何も思い浮かばない。そして、ついに緑色の弾が不動の青い弾幕に触れた! しかしその瞬間、魔理沙の背後から青い弾幕が消滅し始めていった。どうやら本命の緑の弾幕を標的に当てるため、(おり)として使った青い弾幕は相手の死角から消していくようだ。霊夢はそれに気付いた。

 

「魔理沙、後ろよ! 後ろから青い弾幕が消えていっているッ!」

 

「と、逃走経路が見つかったのは嬉しいが、もう近すぎて当たっちまうぜッ! 霊夢、助けてくれェーー!」

 

 魔理沙が悲鳴を上げ、霊夢に助けを乞うが、その願いが叶う距離でないことは霊夢は既に分かっていた。咄嗟に札を投げるが、もう弾幕を防げはしないだろう。魔理沙は右手で顔をガードして大ダメージを避けようとするが、それすら間に合うか分からない。魔理沙は痛みを覚悟して、ついに目を閉じた。

 その時、

 

 

 

ガ  オ  ン  ! 

 

 

 

 どこかで聞いたことのある音が魔理沙の耳に刺さった。そして、しばらく弾の痛みがやって来ず、不思議に思って目を開いてみれば、自分を囲っていた弾幕の群れは既に消失していた。

 

「こ、これは……」

 

「お久しぶりね。2人とも」

 

 またまた聞き覚えのある声。霊夢と魔理沙が見上げてみれば、そこにいたのはレミリア・スカーレットだった。永琳も攻撃を止めて、新たな客へ視線を移す。が、頭の中にあったのはレミリアのことではなかった。自身のスペルの行方だ。あの弾幕群が一瞬にして消えた理由。

 

(あの吸血鬼が消した……? そんな能力を? でも、どちらかというと何かが通り過ぎていくようにして消えたような……)

 

「レ、レミリア、助かったぜ。今回は礼を言うよ」

 

「今回は、じゃあなくていつも言ってちょうだい。まぁ、()()()()()に遅れなかったから、良しとするわ」

 

 バサッバサッと翼を動かして滞空するその姿。美しくもあるが、容姿もあってどこか可愛げが漂っている。その余裕に満ちた態度、彼女よりも更に多くの時間を過ごしてきた永琳には、一種の屈辱を覚えるものにも見えた。霊夢にレミリア。揃いも揃って、()()()を侮辱しているのか、と。

 

「……そこの吸血鬼。さっき、私の弾幕を一瞬で消し去ったのは、あなたの能力?」

 

「ふふふ。どうかしら? 気になるの?」

 

「まぁ、厄介だとは思うわ。でも、あなたの数百倍生きてる私から言わせれば、どうということもなさそうだけれどね」

 

「ふぅ〜〜ん…………フッ!」

 

 

ド シ ュ オ ォ ォ ッ ! 

 

 

「!! な……ッ!?」

 

 なんとレミリア。不意打ちとして紅い弾を1発、永琳へ撃ち出したのだ。永琳は反応が遅れ、弾幕で撃ち落とすことができずに無意識に出た右腕でガードした。弾が直撃した腕の側面は火傷し、赤く腫れ上がっていた。

 レミリアは、突然の出来事に驚く永琳の表情を見てご機嫌になっていた。

 

「アハハハ! そんなに驚くことかしら? 戦いを中断します、なんて誰も言ってないわよ。年配だから、耄碌(もうろく)が始まったの?」

 

「こ、この……ッ!!」

 

 最大の侮辱だ。言われた永琳は激昂し、魔理沙と霊夢は少し引きながら「やれやれ」と呆れている。

 

「……そう。そうね。戦いは終わってない……だったら、全員まとめて相手してあげるわッ! ガキ共め、消し炭にしてやるッ!」

 

「うへぇ! 怒ったぞ!」

 

「レミリア! あんたねッ!」

 

「大丈夫よ。私たちは攻撃に集中しておけばいーの」

 

 幼い外見通り、ことの重大さが分からない? それともただの虚勢? どちらも違う。レミリアは分かっている。自分たちのすべきことを。怒る永琳は再び弾幕の嵐を3人に向けて放ち始める。セーブをしようとすらしていないのか、弾幕の密度は今までで一番高く、そして巨大な弾もかなり多く混ざっている。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を信じて、臆することなくレミリアは弾幕を撃ち出した。

 

「お、おい! レミリア! 本当にいいのかよ!? 防御とかしなくてよォーーッ!」

 

「大丈夫よ! そうやって、ただあの女を狙っていれば勝てるッ!」

 

「いいえ! あなたたちはもう終わりよッ! 私の弾幕によって、この夜空のもくずとなるッ!!」

 

 

ガ オ ン ! 

 

ガ  オ  ン  ! 

 

ガ  オ  ン  ! 

 

 

 

「なっ……また、あの攻撃!?」

 

 再び現れた謎の攻撃は永琳の放つ弾幕を遠方から、彼女付近にかけて順番に削りとっていく。永琳の放った弾幕は消され、消されたそばからレミリアたちの弾幕が接近した。永琳はそれらを撃ち落とそうと弾幕を配置するが、置いた瞬間にあの音とともに消されていってしまう。永琳は謎の攻撃の全貌を掴むことすらできぬまま、徐々に押され、3人の弾幕の接近を許してしまう!

 この攻防はやがて終わりを迎え、ついに()()()が訪れた。

 

 

ド ゴ オ オ ォ ォ ン ! 

 

 

「やった! ついに一発食わしてやったぜッ」

 

「……ふん。年寄りは敬いなさいって? 尊敬できる年寄りなら、存分に尊敬するわ」

 

「でも、レミリア。あの攻撃は何なの?」

 

「ああ、あれはね…………!」

 

 永琳に弾幕が直撃した地点。そこからは弾幕によって生み出された煙がもくもくと立ち昇っていたが、それが晴れるのは早かった。中から出てきたのは、戦闘不能になった八意永琳ではなく、透明の球。彼女1人だけしか入っていないこともあってか、高さ、幅、奥行き、どれも余裕のある大きさであった。その中には服の一部が焼けて破れている永琳の姿が。

 

「……当たる瞬間、私の妖力の半分以上を使って作り出した結界……よくもやってくれたわね。こうなるとは思ってもいなかった……でも、私にもプライドがあるから、これ以上のことはしないわ。だって弾幕戦なんだもの。決着は、弾幕でつける!」

 

「なっ……往生際(おうじょうぎわ)の悪いやつ!」

 

「勝つのは私よ! そして、この結界はパワーでは破れない! もはや、私の意思でしか消すことができない壁! 決して()()()()を解除させたりはしない。姫さまのために!」

 

「誰さまって?」

 

「お姫さまらしいわ。でも、たしかにパワーでどうにかできる結界ではないとしたら、いよいよ私たちにできることはないわね」

 

 レミリアは「やれやれ」と手を上げた。打つ手無しなのか、相手の自信への呆れなのかは2人は分からない。しかし、魔理沙は一片も信じていないのか、ミニ八卦路(はっけろ)を取り出してパワー全開で結界を吹き飛ばそうと試みる。

 

「やめときなさい。魔理沙」

 

「やってみなきゃ分かんないだろ!」

 

「いいえ、霊夢。構えるのよ。結界をこじ開けるためではなく、中にいるあいつを倒すためにね」

 

「何言ってるのよ。結界を消さなきゃ、あの女にダメージは入らないわ」

 

「結界は開く。こじ開けるために大技、倒すために大技。これってすごく格好悪いでしょ? だから、スペルは必ず1発だけ」

 

「ハァ?」

 

 霊夢はレミリアの言っていることが全く理解できない。それもそうだ。いきなり「格好悪い」だの「スペルは1発だけ使う」だのと言われては、誰も完璧に理解することは不可能だろう。しかし、霊夢と魔理沙はレミリアに(うなが)されて渋々スペルカードを取り出すのだった。

 その様子を見て永琳。一瞬見せた焦りは影も形も無くなって、強い眼差しで3人を見下していた。

 

「それが、あなたたちの作戦? 力で押し切るのは無理だと言ったけれど?」

 

「いいえ、力は使わないわ。使うのはこの1枚、1回だけ! これだけで倒すわ」

 

「そう。覚悟はできたみたいね。それじゃあ、消え失せるのよッ!」

 

 結界内の永琳は手を広げ、弾幕を撃ち出そうとする。

 そこで、レミリアは叫んだ!

 

クリーーーーム!!

 

 叫んだ直後、ビタン! ビタン!と巨大な手が結界に貼り付いた! しかもこの手、なんと何もない空中からいきなり出てきており、その腕の根元が存在していないのだ。

 

「こ、これはッ!?」

 

 永琳が驚愕の声を上げると、ついに手の主が姿を現した。その容姿、俗に言う悪魔。永琳自体、霊夢や魔理沙よりも身長が高いのだが、このバケモノは自分の身長の1.5倍はある。

 クリームは(ひそ)んでいた暗黒空間から全身を出すと、拳をめいいっぱい振り上げて、全力で振り下ろした。が、大したダメージも音も出ることはなかった。どうやら、本当にパワーでどうにかなる代物ではないらしい。

 

「……ナルホド。ヤハリパワー(破壊力)デハドウニモナラナイカ」

 

「あ、あなたは……? もしや、スタンド……?」

 

「ソノ通リ。我ガ名ハ"クリーム"。オ前ノ名ハ特ニ気ニナルコトハナイガ、マァ、イイダロウ。ソノ結界ヲ破ラセテモラオウ」

 

「……確かにあなたはそこそこのパワーがあるよう。でも、拳で殴る以外に何ができるというのかしら?」

 

「……」

 

 クリームは永琳の問いに反応することはなかった。ただ、自分の大きな口を開けて、彼女の結界にかぶりついたのだった。この行動に永琳は思わず笑ってしまった。何とも野生的で、非効率的、かつ頭を使わない方法であるか。

 

「フフフフ。まあ、握力よりも顎の力が強い生物の方が多いわ。でもね、だからってかじること(その方法)はないでしょう!」

 

 だが、永琳はこの行動を許したことを後悔することとなる。クリームの能力を知らない故に……

 

 

ガ  オ  ン  ! 

 

 

「なっ……!? 何ですってェッ!?」

 

 結界に穴が空いた。クリームの暗黒空間はどんな物でも粉微塵にする。彼の口の中に入れられた時点で、永琳の結界はもはや無意味なものとなっていたのだ。この時、彼女を襲ったのはクリームやレミリア率いる3人に攻撃される恐怖ではなかった。自分の力の、叡智(えいち)の結晶をいともたやすく破られたことへのショックだった!

 

「そ、そんな……私の結界が……こんな簡単に……? バカな……」

 

「後ハオ前タチダ。任セタゾ」

 

 クリームはそう言い残すと、永琳よりもさらに上空へ退避する。永琳はハッと意識を目の前のことへ移そうとするが、もう遅かった。3人は既に自身を取り囲んでいた!

 

「よくもまあ、やってくれたな! 次に囲むのはこっちだぜ!」

 

「食らいなさい。"スカーレットディスティニー"!」

 

「霊符.夢想封印!!」

 

「恋符.マスタースパーク!!」

 

 3人の大技は球形の結界に空いた穴へ撃ち込まれた。穴を通じて結界のなかへ、結界の中にいる永琳目掛けてぶち込む。結界を無効化されるとは思っていなかった永琳。結界を素早く解くことは叶わず、逃げ場を失って立ち往生を余儀なくされる!

 

「こ……この、地上の人間に……妖怪なんかにィ……ッ!!」

 

 

 

ド オ グ オ オ ォ ン ! 

 

 

 爆音を上げ、盛大に光を放って、永琳は散る。3人の大技を同時に受け、ボロボロの満身創痍(まんしんそうい)の状態となった彼女は、真下にある永遠亭に墜落していった。

 

 

 轟音を立てて亭の上に落ちてきた永琳。かなりの高さがあったはずであるが、それでも彼女は原形を留めていた。しかし、体が頑丈でも落ちてきた時に体中にかかった負担はゼロにできず、指を動かすことすら叶わない。

 砂埃(すなぼこり)が立ち昇る中、何者かが永琳の元へやって来る。そんな足音が彼女の耳へ入ってきた。

 

「……う……優曇華か……誰か……?」

 

「なるほど。落ちてきたのは、上で戦っていた者か。」

 

「!」

 

 聞き覚えのない声だ。音の低さからして、声の主は男性。空から降り注ぐ月光が、砂埃の向こう側をシルエットにして映しだしていた。そこには、異形の者。明らかにただの人間ではない、何者かがいた。よく見てみれば、こいつ、少し光っている……?

 砂埃が晴れると、彼女の視界には4人の人影が見えた。1番近い者は腕に炎を灯し、その隣にいる者は近くに小人のような存在を置いている。その奥には剣を(たずさ)えた者、そして緑色に光る者が立っている。

 

「! あ、あなたたちは……!?」

 

「我々はお前にいくつか質問がしたい。大人しくしているんだな」

 

 

 

____________________

 

 

 墜落していった永琳を見送ったレミリアたち3人は、夜空に浮かぶ満月をしばらく眺めて勝利の美酒に酔っていた。

 

「あ〜。達成感がすごいぜ」

 

「まだ全部終わったわけじゃあないのよ」

 

「いや、そうなんだけどよ。とにかく、レミリア。お前が来てくれて助かったぜ」

 

「ふふふ。どうってことないわ。これぐらい。私たちを敵に回した時点で、あの女の敗北は決定していた。それが運命! 何をやったって、無駄だったのよ。無駄無駄……」

 

 

 

 

 

 

 




初めて東方キャラを敵にして長々と書きました。
思っていたより記憶がトんでいてちょくちょく調べないと分からないこともあったので、vs東方キャラクターは結構少なくなると思います……


ついに異変の元凶、八意永琳を撃破!
彼女の身柄を確保したマジシャンズレッドたち。異変を起こした真の目的とは何なのか?
そして……新たな敵も……?
お楽しみに!
to be continued⇒


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16.月の姫

ついに東方永夜抄も終わりが近づいて参りました。

そして、第1部で「永夜抄には好きなキャラクターがいる」と書きましたが、1番好きなキャラクターは輝夜です。




「た、大変だどーッ」 「輝夜〜!」

「永琳が負けたどォーッ!!」

 

「…………そう」

 

 永遠亭のとある部屋。照明はなく、ただ小さな窓口から月の光が入ってきており、それだけを頼りにしている薄暗い部屋だ。そこへ、3匹のハーヴェストが駆け込み、主へ永琳の敗北を報告する。彼らの話に耳を傾ける彼女こそ、蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)、その人である。腰の下辺りまで伸びている黒い髪に、白いリボンやフリルのようなものの付いた桃色の服、赤いスカートを身につけている。

 ハーヴェストの報告を聞いた彼女はゆっくりと立ち上がり、月光の差し込む戸を閉めてどこかへ歩いていくのだった。

 

 

 

____________________

 

 

 場面は変わり、こちらは異変解決チーム。(やり)を構えたアリスの上海(シャンハイ)人形を首元に配置され、庭の外壁際で尋問されている永琳とその様子を見る妖夢、アリス。尋問しているのはスタンドの2人だ。

 

「もう一度()く。ここにいるスタンドは"ハーヴェスト"、そして"エニグマ"だけなんだな?」

 

「だから……そう言ってるじゃあないの。そんなことで嘘なんかつかないわ」

 

「八意、「念には念を」という言葉がある。ここは敵陣。最大限の警戒をしておかねば落ち着けないのだ。」

 

「……もういないわよ。いい加減信じて」

 

「……だ、そうだ。ハイエロファント」

 

「…………」

 

「まだ気にしているのか?」

 

 マジシャンズレッドが言う通り、ハイエロファントは気にしていることがあった。それは空での戦いが終結していなかった頃に感じた、圧倒的「悪のオーラ」。自分や幻想郷の住人への危害を考えると、スルーできるものではない。ここで何としてでもその正体を掴みたいと思っていたのだ。

 しかし、「知らない」と言い張られてしまえば、もう何もできない。拷問をする手もあったが、直接害を及ぼされたわけでもないため、痛めつけるのも気が引ける。

 

「分かった。あなたの言葉を信じよう」

 

「助かるわ。それと、もう少し人形たちを離してくれると助かるのだけれど」

 

「それはできない。信じるのは「スタンドは他にいない」。この言葉だけだ。あなたの全てを信用したわけではない」

 

「生意気言うわね。10年ぽっちしか生きてないくせに」

 

「僕から見れば、あなたはその倍も生きていなさそうだが?」

 

 ハイエロファントの言葉に一瞬沈黙する永琳。すると、何が可笑しいのか分からないまま、永琳は「フフフフ」と意味ありげに笑いだした。妖夢、アリスは特に思うことが無いのか、それともそんな光景に慣れているのかは知らないが、先程と全く同じ表情で永琳の笑い声を聞いている。ハイエロファントとマジシャンズレッドは意味が分からず、互いの顔を見合わせるのだった。

 

「何が可笑しいんだ?」

 

「いいえ。フフフ……あなたは私をただの人間だと思っているの?」

 

「何だって?」

 

 妥当な答えだ。そう訊き返すということは、彼女はただの人間ではないのだろう。弾幕をあれだけ操っているのを思い出せば、そのことにも納得できる。魔理沙だって種族でいえば人間だが、職業的な面では魔法使いだ。

 ハイエロファントの間抜けた声をスルーして、永琳は言葉を続ける。

 

「私は元々ね、この地球()の者ではないのよ。いえ、正確に言えば「戻ってきた」といった感じなのだけれどね。()()()は月から来たの」

 

「何っ? 月からだと!」

 

 衝撃の告白だった。ハイエロファントは幻想郷に来て、様々な妖怪や生き物と出会った。半人半妖、鴉天狗、外の世界にもいた吸血鬼……

 そのどれもが地球産のものであり、鏡の中の世界など、メルヘンなものや存在の根拠が薄いものは信じないハイエロファントは彼女の言葉に非常に驚いた。今目にしているのは宇宙人なのだから。

 

「なぜ月の者が地球へ……?」

 

 マジシャンズレッドが問いかける。これに対し永琳、先程までこぼしていた笑みが完全に消え、再び真剣な表情へと戻った。

 

「……明かすのはここまで。私だって、あなたたちのことを信用しき……」

 

「いいじゃあないの。永琳。話してあげて」

 

「! 誰だ!?」

 

 永琳がマジシャンズレッドの問いへの返答を拒否しようとしたその時、半壊しかけていた永遠亭から、女性の声が響いた。可愛らしい中学生〜高校生くらいの声。そしてその風貌。彼女の美しい顔、そしてその長い髪に、身の周りに浮遊しているハーヴェストによってハイエロファントは突如現れたら女性の正体を理解した。

 

「まさか……あなたが……?」

 

「私の名前は蓬莱山輝夜。永琳が言った通り、私も月の住人よ」

 

「! 「かぐや」で、しかも月から来たなんて……まるでおとぎ話の「かぐや姫」じゃあない!」

 

 輝夜の自己紹介にアリスが反応した。そう。彼女こそ、かの有名なかぐや姫なのだ。

 輝夜は永琳を(いさ)めるように言うと、ハイエロファントたちへニコリと微笑みを向けた。その美貌や柔らかなオーラといったら、承太郎の母親であるホリィとは比べものにならない。まさに絶世の美女。

 

「私と永琳、そしてあなたたちが倒した"イナバ"はね、月からここへ来たのよ。イナバは違うけど、私と永琳は月でのルールを破ってしまってね。流刑でここに来た」

 

「姫さまッ!」

 

「大丈夫よ。永琳。彼らは()()()ではないし、本当に何も知らないのよ」

 

 輝夜のカミングアウトを防ぐため、永琳が口を挟もうとするが輝夜はそれを止める。輝夜はハイエロファントたちのことを「自分たちの敵ではない」と言うが、永琳の顔からは納得できていなさそうであった。

 

「私の元へね、八雲紫なる妖怪がやって来たのよ。彼女が全部説明してくれたわ。永琳、あなたがやったことは無駄だった、てね」

 

「なっ……!?」

 

 輝夜と永琳の会話は、彼女ら2人にはよく分かることであろう。しかし、その近くにおり、しかも知らず知らずの内に尋問相手を奪われたハイエロファントやマジシャンズレッドたちには彼女らの言っていることの意味が一切分からなかった。蚊帳の外に出されてしまったハイエロファントは「おいおい」と説明を求める。

 

「話が見えないぞ。僕らにも分かるように説明してくれ」

 

「……実を言うと、永琳は自分の意志でここへ来たのよ。地球へ追放されて1人になった私を案じてくれてね。それで、自分を連れ戻そうとする月の民の来訪を何としてでも防ぎたかった」

 

「…………」

 

 永琳は黙って聞いていた。目を伏せ、輝夜の話に静聴しているその姿からは、彼女へ自分の不甲斐なさを謝罪しているような気も感じられた。

 

「だから、この幻想郷の内側に結界を張ったのよ。元々あるのとは別の、もう1枚ね」

 

「……結界? この世界は結界に囲まれていたのか?」

 

「"博霊大結界"という結界です。外からの侵入、幻想郷そのものの守衛をするために張られているんです」

 

 初めて知った事実に首を(かし)げるマジシャンズレッド。彼に妖夢が耳打ちして補足情報を彼の耳に入れた。ハイエロファントとアリスは霊夢などから既に得ていた情報であるため、そのまま話に集中し続けた。

 

「でも、元々張られている結界が既に外からの観測を防ぐ役割を持っていたので、永琳が張った結界は結局無駄なものだったと……そういうことなの」

 

「……そう、だったのですね」

 

 輝夜の説明にようやく納得したのか、永琳は思わずホッとしたように顔が(ほころ)ぶ。

 平たく言えば、ハイエロファントたちと永遠亭の者が対立する理由はもとより無かった、ということなのだ。互いの勘違いが原因だったのである。しかし、ここでマジシャンズレッドが混乱した。

 

「……では、どうして結界を張っただけで夜が止まるのだ? 元々ある結界は夜を止めていなかったではないか」

 

「「月の異変」は永琳が張った結界の影響よ。終わらない夜の異変は……ねぇ?」

 

 マジシャンズレッドの疑問に輝夜が答えるが、意味ありげな間を残すと、ハイエロファントの方へ今にもイヤミが飛んできそうな悪い笑みを向けた。この場ではマジシャンズレッドだけが()()()()のだ。夜を止めた者の正体を……

 これにはハイエロファント、妖夢、アリスは何も言えず、ただ各々が視線を合わすことなく何もないところを見つめるしかできなかった。複雑な気分だ。異変を解決しに来たら、仲間のせいで自分たちまで異変の共犯、しかも別の異変の犯人に加担する形になりかけていたのだから。

 輝夜はバツの悪そうなハイエロファントたちから視線を空へ移すと、ふわりと浮遊を開始した。

 

「永琳の月の異変はもう解決も同然。それじゃあ、今から「永夜の異変」を私が解決してしまいましょうか」

 

「! 何だって? あれは幻想郷の賢者である八雲紫がかけた術だ……そんな簡単に破れる代物(もの)なのか?」

 

「見ていなさい。ハイエロファント。これから目にするのは、姫さまの「能力」……」

 

 永琳がハイエロファントへ促す。輝夜は自身の能力を使って、紫の"永夜"を解除しようというらしい。

 宙空へ上昇した輝夜がゆっくりと手を広げると、不思議なことが。

 何と見えていた月、星々が凄まじい勢いで東へ流れ始めたのだ。もはや点や光る丸ではなく、流星のように線を引き、その軌道がはっきりと目で見て取れる。と、思ったら、気が付いた時には朝となっていた!

 

「こっ、これはッ!?」

 

「よ、夜が……朝になった……」

 

「そう。これが姫さまの「永遠と須臾(しゅゆ)を操る程度の能力」。その一端よ」

 

 永遠と須臾を操る。

 永遠を操るのは分かるだろう。物体の存在を固定し、まるで時が進んでいないかのように状態を保存することができる。では、須臾とは? 非常に細かい時間のことだ。人間はそれを認識することすらできない。その時間の中で行動を完了することができるのが、須臾を操る能力なのだ。

 

永夜を解除した輝夜は、自分を見上げる5人に軽く手を振って挨拶を告げると、未だ上空にいる霊夢、魔理沙、レミリアに弾幕勝負を仕掛けに行ったのだった。

 

 

「……何というか、少しバカらしい1日でしたね。永琳さん」

 

 突然敬語で話しかけてきたハイエロファントに、永琳は一瞬驚く。先程まで完全に警戒され、強気な口調で圧力をかけてきていたのにだ。

 

「……どうしたの? いきなり口調を変えて」

 

「いえ……僕らは敵対する必要が無かった。その上、異変を解決しに来たというのに、最後は立場が逆転してしまったなんて。笑いものだと思いませんか?」

 

 永琳はハイエロファントの言葉に「ふふ」と笑いをこぼすと、既に人形が退いていたため、立ち上がる。そして明るくなった空が、さらにカラフルな花火で染められていくのを見ながら、背伸びをすると、(きびす)を返して半壊した永遠亭に戻ろうと足を進め始めた。

 

「そうね。でも、「めでたしめでたし」なのは変わらないわ。それで良いじゃあないの。私だって、平和が1番」

 

 永琳の返答に頷く一同。これ以上の損害はまっぴらだとお互い思うのであった。

 

 そして永夜が明けたこの日、輝夜は本当の自由を手に入れたも同然だった。これ以前は月の追っ手を気にして、あまり外を出歩くことが無かったが、これを機会に存分にやりたいことを為せるようになった。その初めとして、彼女は霊夢たちに弾幕勝負を仕掛け、1日中戦うのであった。

 ハイエロファントたちはウサギたちと気を許し合い、共に永遠亭の復興作業を行った。余談だが、ハイエロファントはあまりエニグマが好きではなく、彼が寄ってきても喋りかけようなどとは思いもしないらしい。

 そして、倒されたハーヴェストはいつの間にかその数を戻していた(数百体で1つのスタンドのため)。

 

 

 復興作業を始めて2日後、輝夜の提案で異変に関わった者たちで宴会を、そして「肝試し大会」をやることとなった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 時、永夜の異変が解決された日の午後9時、その(なか)ば。

 場所、幻想郷のどこかにある家屋。永遠亭のように豪勢であるわけでも、人里の家々のように庶民的でもない、なんとも不思議な和風の平屋。

 この時刻、その中に足を踏み入れる者がいた。八雲紫。幻想郷の賢者だ。

 

 

ガラ ガラ ガラッ 

 

「……戻ったわ」

 

「ゆ、紫さま!? 今までどちらに!?」

 

 来訪者、ではなく、現在この家を自身の寝床としており、たった今帰宅したのだった。それを出迎えたのは、()と同じく長い中華風の服を着て腰から9つの黄金色の尾を生やした女性。名前は八雲藍(やくもらん)。紫の式神である(平たく言えば、決められた、指令された通りに動く使い魔)。

 

「紫さま。まだ、大異変(あの時)に消費した力はまだ戻られていないでしょう。安静になさっていてください! 今冷えたお茶をお持ちします」

 

 藍は紫が履き物を脱いで屋内へ上がるのを肩を貸して手伝うと、そのまま台所のある方へとパタパタと走っていった。

 

「……月の異変は……解決したようで良かったけど…………またしばらく……動けないわ……ね……」

 

 

 

バ  タ  ン  ! 

 

 

 

____________________

 

 

 時を同じくして人里。永夜の異変が解決したことにより、上白沢彗音の能力によって()()()()()()()()から元に戻っていた。

 外の世界のように街灯などの整備が全くされておらず、今はポツポツと松明の火がちらほら見えているぐらいで非常に暗い。人通りもほとんどなく、里の中にほんの数軒だけの居酒屋程度しか営業もしていなかった。

 

 そんな夜中に1人、自身の家へ疾走する女性がいた。息を切らし、普段はあまり使わない脚全体の筋肉をフル稼働して目的地を目指す。まるで、何かから逃げているようだ……

 

「ハアッ、ハアッ、ようやく見えたッ!」

 

 ついに家を見つけ、タヌキやアライグマの如く凄まじい速度で家へ入ると、ダン!と引き戸を閉め、(かぎ)で戸を固定し、外側からの開閉を不可能にした。

 

(な……何なのよ! ()()()はッ! 人間じゃあない……もしかして、新聞に取り上げられてた……あれもスタンドッ!?)

「ハアッ……ハアッ……でも……ここまで来たら、さすがにもう大丈夫のはず……」

 

 呼吸を落ち着くの待ち、女性は家の灯りをつけようと後退りをする。すると、

 

 

 

ド ッ ……

 

 

「!!」

 

 何かが背にぶつかった。いつもと同じ家具の位置のはずだ。自分の思い出せる限り、()()()()には家具や荷物は置いていない。そして私は独身。もう22歳でいい歳だから結婚したいけど、気を抜いたら出てしまうちょっと粗雑な一面で中々相手を見つけられない。だから、本来ならこの私の家には私以外の誰もいない!

 

 女性はゆっくり振り返った。そして目で見たのは、永遠に続いていそうな暗黒。しかし、何も見えなくとも、彼女は分かっていた。確かに、そこに何かがいる、と。

 

 

ガ  シ  イ  ィ  ッ  ! 

 

「ひィッ!! あぁ、嫌ァ〜〜ッ!」

 

 突如何者かの腕が彼女の首、そして左手首を捕らえた!

 

「イィィイイ嫌ァァーーッ!! 私まだ独身でェッ! 家を出る時にお母さんに「元気な子供見せるね」って言ったのよォーーッ! まだ相手も見つかってなくて兆候も見えないけどォ、あなたでもいいッ!! いいわッ! だから、後生よォ、せめて命だッ………!!!」

 

 

ボ グ オ ォ ォ ン ! 

 

 

 女性は爆ぜた。火薬を体に詰められて火を点けられたわけではない。弾幕を当てられたわけでもない。ただ、触れられただけだ。

 そして、目の前の何者かは、彼女がいた場所に落ちていた物体を手に取った。それは、彼女の左手。それを大切に抱え、自身の頬の近くに寄せると、()は口を開いた。とても、小さな声で。誰にも、その()にだけしか聴こえないような声で……

 

「……私の…………名は……()……()……吉影(よしかげ)……」

 

 

 

 

 

 

 




いや〜……()()が来ていますね……
彼との邂逅もそう遠くない未来です。


ついに永夜の異変を解決した一行。
輝夜が提案したという肝試し大会。それにはとある思惑が……?
お楽しみに!
to be continued⇒


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17.宴会

今回は休憩回です。




 復興作業が始まって2日。"ハーヴェスト"やウサギたちといった数にモノを言わせた作業員たちによって、ボロボロとなった永遠亭、そして付近の竹林は元の(おもむき)のある綺麗な状態へと戻っていた。

 そして本日。永遠亭で宴会と肝試し大会が行われることとなっている。一度魔法店に戻ったハイエロファントと魔理沙は送られてきた招待状を眺めていた。

 

「開催は午後4時から……か。そこそこの人たちが招かれているんだな」

 

 ハイエロファントが「招待客一覧」の表を見て声を漏らす。ただ今午後2時。あとおよそ2時間後に始まるので、余裕をもって3時半頃には到着していたいものだ、と考えている。

 

「そーだなぁ〜。「博麗霊夢」、「霧雨魔法店」、「アリス・マーガトロイド」、「紅魔館」に……」

 

「魔理沙、これは何だ? 白玉(しらたま)……(ろう)……?」

 

白玉楼(はくぎょくろう)だな。言いにくいな。妖夢のとこさ」

 

「……あぁ、彼女の……そういえば、彼女は何者なんだ? 異変解決の時にあまり訊くことができなかったが」

 

 ハイエロファントは妖夢の正体だけはよく分からないでいた。アリスのことは魔理沙が話をしてくれたおかげでなんとなく素性を知れていたが、妖夢だけは別だった。触れはしなかったが、彼女の近くには常に白く半透明な物体がフワフワと浮いていたこととか、とても気になる。

 

「妖夢は半人半霊。文字通り、半分が人間で半分が幽霊なんだ。あのフワフワしてたのがあいつの幽霊の部分だな」

 

「なるほど、そういうことだったのか。てっきり、スタンドかと思っていたよ」

 

「スタンド脳だな〜〜。お前」

 

「……? そういえばだが、八雲紫の名が無いぞ」

 

「あいつは住所が分からないからだろ」

 

 「あぁ、なるほど」とハイエロファントは頷いた。映姫から聞いた「大異変」の詳細をさらに訊き出したかったが、タイミングを掴み損ねて結局情報を得られず、少し残念に思ったハイエロファント。しかし、神出鬼没だというのなら、また会うこともあるだろうと少々楽観的に考え、これから始まる宴会を楽しみにするのだった。

 

 

 

____________________

 

 

 一方、紅魔館。こちらでも永遠亭主催の肝試し大会の招待状を、大図書館にて主な住人たちが囲んで色々と話し合っていた。しかし、彼らが参加するにあたって、1つ問題があった。宴会自体始まるのが午後4時のため、日を浴びることができないフランドールとレミリアは少し行動を制限されてしまうということだ。だが、2人ともそれほど気にしていない様子。明らかにウキウキしている2人の態度からすぐ分かった。

 

「ねぇねぇ、クリーム。肝試し、一緒に行こーよ」

 

「イイダロウ。私ニ()()()ガアレバイイナ」

 

 肝試しは1〜2名で1つの組として数え、1組ごとに順番に竹林の中を歩く、というルール。フランドールはクリームを誘って組を作った。

 

「悪いけど、咲夜。私は1人で行くわね。吸血鬼の精神力を思い知らせてやるわ」

 

「了解しました。では、私は美鈴と共に参加いたします」

 

「咲夜さんと肝試しかぁ〜。怖いものなんてありませんね!」

 

 レミリアは1人参加。咲夜は中華風門番、紅美鈴(ほんめいりん)とパートナーを組む。美鈴はあのように言っているが、それは、咲夜がエニグマに完封されたことは知らないでいるからだ。

 ここに出席してはいるが、「この時期の竹林は虫が多いし、暑苦しい」という理由でパチュリーは自主的に留守番をすることとなる。

 

 そして、ここで1人、完全に孤立している者がいた。マジシャンズレッドである。虚空を見つめ、何やら目元が暗くなっているが、彼は今何を思っているのだろうか。残念なことに、彼以外の者はマジシャンズレッドの孤立に気付くことなく、出発の時を迎えた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 そして迎えた午後3時半。箒に乗った魔理沙とハイエロファントが永遠亭に到着した。亭の前の道はさらに広く切り拓かれ、提灯やら紅白幕やらが門や壁に掛けられたいる。豪勢な屋敷にふさわしい、壮大な歓迎ムードだ。

 外門をくぐり抜け、中庭へ行くと、そこには驚くべき風景が。庭の面積が大きくなっていたのだ。風流のある、実に落ち着いた雰囲気を出していた庭から、(わく)となっていた壁が撤去され、いくつも屋台が並び立っている。屋台主は全てウサギのようで、焼き鳥屋だったり、わたあめ屋などがある。ハーヴェストもちらほら見られた。

 

「……宴会というより、祭り……?」

 

「細かいことはどーでもいいんだぜ。ハイエロファント。今日は楽しむ日さ!」

 

 魔理沙はそう言うと、全開にされた縁側から履き物を無造作に脱ぎ捨て、珍しい物を探しに屋敷内へ駆けていった。「彼女らしいな」とハイエロファントは魔理沙を見送ると、彼もまた縁側へ。そして腰掛け、宴会の準備風景を眺めるのだった。

 しばらく座っていると、そこに近づく何者かの影が。体格からして、女性ではないだろう。彼はエニグマだった。

 

「やあ、ハイエロファント。開始時間まで20分近くあるのにもう到着しているなんて、意識が高いなぁ〜」

 

「…………」

 

 人によっては鬱陶(うっとう)しく思えるように、ねっとりと(から)んできた。これによって気分を悪くしたのか、それともエニグマが嫌いなだけで喋り方は特に関係なかったのか、ハイエロファントは応えない。

 エニグマは()りることなく、ハイエロファントの(となり)に座って話を続けた。

 

「昨日の敵は今日の何やら……この前の戦いの件はもう忘れようじゃあないか。え? ハイエロファント」

 

「うるさいぞ。僕に近寄るな。君の攻撃のせいで咲夜さんと少しギスギスした関係になってしまったんだからな」

 

「おいおい……逆ギレか? だったら、この僕があのメイドの代わりに「友人」になってやろう」

 

「嫌だ。断る」

 

 エニグマの友だち発言を間髪入れずに拒絶したハイエロファント。エニグマが嫌いだから、というのもそうだが、こんな言い方で友だちになってくれると思う考えが(ハイエロファント)には理解できなかった。しかし、この程度でエニグマは食い下がることはない。

 

「そんなこと言うなよォ〜〜っ。実は、今日の肝試し大会のコンビを組みたかったんだが、誰も相手にしてくれないんだ。だから……もう君しかいない」

 

(情け無さすぎる……)

「……一緒に竹林を歩くだけでいいんだな?」

 

「きっ……来てくれるのかい!?」

 

「……いいだろう。しかし、これっきりだ。君をパートナーにするなんてな……」

 

 あまりにも情け無いエニグマに呆れ、ハイエロファントはついに折れてしまった。彼の言っていたことが事実であるのを強調するかのように、ハイエロファントの「承認」に大喜びするエニグマであった。

 

「や、やったっ。嬉しいよ、ハイエロファント。何が出ても僕が紙にしてやるからな」

 

「うるさいなっ! 君も永遠亭(ここ)の住人なんだろう!? 遊んでいないで屋台の準備ぐらい手伝ってやるんだ! パートナー解消するぞッ」

 

「わ……分かったよ……あまり大きな声を出さないでくれ……」

 

 肩をポンポンと叩いて上機嫌なエニグマを叱り、屋台を手伝わせた。しかし、ハイエロファントも肝試しのパートナーは決めていなかったので、気分は乗らなかったがエニグマが相手であることは「どうせ、肝試しの時だけのコンビ」だと思ってそれほど気にしていないのであった。

 

 

 

 そして、ついに訪れた午後4時。

 招待された者が続々と終結し、ついに宴会が始まった。

 霊夢や魔理沙、アリスは集まって縁側で焼き鳥などをつまみながら酒を口に運んでいる。未だ日が出ているので、フランドールとレミリアは屋敷内で楽しんでいるようだ。フランドールの楽しげな声が外まで響いて聴こえる。ハイエロファントはマジシャンズレッドと共に焼き魚と冷やしたキュウリをかじっていた。

 

「お疲れ様です。マジシャンズレッド」

 

「あぁ。お前もな」

 

「しかし、魔理沙たちは大丈夫なんでしょうか」

 

「? ……何がだ?」

 

「アレですよ」

 

 ハイエロファントは指を差した。その先にあったのは、徳利(とっくり)とお猪子(ちょこ)を側に並べて顔を赤くしていた魔理沙たちだった。外の世界では未成年の飲酒が規制されていたが、それは健康面ももちろん考慮してのことだった。しかし、魔理沙たちはどう見ても未成年だ。「実は見た目以上に生きてますよ〜」ということだったとしても、体は完全に子どもなのだから、彼女らの健康は大丈夫だろうか、という心配があった。

 これに対し、マジシャンズレッドは笑って反応した。

 

「まあ、彼女らが良いのなら、放っておいてもいいんじゃあないかな。こちらでもレミリアたちがワインを口にすることがあったから、あのような光景には慣れてしまった」

 

「……泥酔(でいすい)されるのは困りますけどね」

 

 表情にはあまり出ていないが、2人とも苦笑気味に彼女らの楽しそうな様子を眺める。ハイエロファントはそうでもなかったが、美味しそうに酒を飲む様子を見て、マジシャンズレッドは幻想郷の酒に少し興味が出てきているのであった。

 

 

 一方、亭内ではフランドールがハーヴェストたちを追いかけ回していた。小さく、挙動も可愛らしい彼らを気に入ってしまったらしい。それで、紅魔館へ連れ帰るために捕獲をしているのだ。クリームはフランドールを()()()()と思って加勢しなかった。

 レミリアはそんな2名を見て笑いながら、輝夜と「お嬢さまトーク」に花を咲かせていた。自身の過去や、仲間の話、ハマっているものやコレクションなどについて交流し、こちらも実に楽しそうである。

 

 そしてこの時、エニグマは咲夜に捕まって、先日の()()として両腕を逆方向へバッキリと折られたのは別の話である。

 

 

 

 

______________________

 

 

 時は流れ、午後9時。ついに肝試し大会が始まった。主にスタンド以外の面々は酒が入り、かなりテンションが上がっている。開催直前にルール説明を(おこな)った輝夜はそうでもなかったが、魔理沙や霊夢はすごかった。非常に赤かったのだ。

 

「それでは、これより「永遠亭主催 竹林の肝試し大会」を始めます」

 

「いえ〜〜い! 待ってたぞォー!」

 

「魔理沙。頭を冷やしてきたらどうだい?」

 

「な〜に言ってンだあよォ〜、ハイエロファント! こっからが大事なんだぞ! 頭冷やしちまったら全部パァだぜっ、このメロン!」

 

「…………」

 

 酔っているとはいえ、魔理沙の態度に少しカチンときたハイエロファントはエニグマとコンビを組んだことよりも、どうやって魔理沙を置いて帰ろうかと考え始めていた。

 

『それじゃあ、肝試しのルール説明をするわ。ルートは既に確保してあって、一本道。最終的に永遠亭の裏口に到着するわ。1つの組に1本の松明を配るから、それを頼りにして進んでいってね…………あ、それと1つ。この竹林には、不死身の怪物が現れるのよ。なんでも、その肝を食べた者は同じく不死身の体になれるらしい……まぁ、頑張ってね!』

 

(……と、輝夜姫は言っていたな。不死身の怪物か……)

 

 輝夜の説明が終わり、始めの方の番に出発する組がスタート地点に並び始めた頃、ハイエロファントは考えごとをしていた。「不死身の怪物」というワード。文字通りの不死身で、文字通りの怪物ならばとっくに霊夢が手を出していそうだが、そんな様子はない。そもそも霊夢は縁側で寝てしまっており、輝夜の話を聞いていなかったのもあるが。

 

(この前の戦いでも姿を現していてもよかったと思うが……もしや、以前感じたあのオーラの正体……!?)

 

「ハイエロファント? 何を難しい顔をしているんだ? そろそろ出発……」

 

「今話しかけないでくれ」

 

 可能性は大いにある。永夜の異変の時に感じた、巨悪のオーラの主こそ、その不死身の怪物である可能性だ。感じたそばから、ずっとその正体を探りたいと思っていた。DIOのように圧倒的カリスマをもつ大物なのか、それとも新手のスタンドか、不老不死の妖怪か……今こそ時は極まれり。

 ハイエロファントは強敵との遭遇を考慮し、気を引き締めて因縁のエニグマと共に竹林へと足を踏み入れるのであった。

 

 

____________________

 

 

 歩き続けて5分ほど経過した。辺りに響くのは、足に蹴られて舞い上がった枯葉(かれは)のカサカサという音と、夏の終わりと秋の訪れを感じさせる鳴き虫の声だけ。エニグマとハイエロファントは一切(しゃべ)らなかった。エニグマは「こうなるんだったら、1人でもよかったな」と思うのであった。

 しかし、ここで初めてハイエロファントが口を開いた。

 

「なぁ、エニグマ。君は輝夜姫から何も聞いていないのか?」

 

(あっ……口を聞いてくれた……)

「いや、何も……何かあったのか?」

 

「輝夜姫が肝試しの説明をした時、「不死身の怪物」がどうとか言っていたろう? それについて何か知らないか、と思ったんだが」

 

「ああ、そのことか……もしや、不死身の生き物が本当にいると思っているのか?」

 

「!」

 

「不死身なんてものはなァ〜〜……ない! 生命力が異常に高いだけなら分かるが、不老不死の者なんてのは存在しないものさ。必ずどこかで終わりを迎える」

 

 と、エニグマは得意げに持論を展開するが、よく聞いてみれば根拠が無かった。ハイエロファントは「聞くだけ無駄だったな」と表情に出すことなく後悔する。

 すると、彼らの近くでガサガサ!と草をかき分けるような音が響いた。ハイエロファントはエメラルドスプラッシュを撃てるよう、素早く両手を合わせる。エニグマは松明を左手で持ち、空いた右手で数枚の紙を引っ張り出し、臨戦態勢に入った。

 その後、草の音が聴こえた辺りから、今度は女性の声が彼らの耳に届いた。

 

「さっきから、不死身、不死身って……そして、輝夜? アンタたち、何者?」

 

「……それは僕らのセリフだ。君こそ、何者なんだ?」

 

 ハイエロファントは姿が見えない謎の女性に質問を投げ返す。すると、2人の前にもう1つ、炎の(かたまり)が浮かび上がった。そしてその灯に照らされて、長い白髪に赤いリボンを付け、モンペを穿()いた女性が現れた。年齢は花京院よりも少し下か、同程度に見える。

 

「私の名前は藤原妹紅(ふじわらのもこう)。アンタたちがさっきから言ってる「不死身の怪物」の正体。多分ね」

 

「な……何だって?」

 

 驚きの言葉がハイエロファントに飛んできた。彼女こそ、「不死身の怪物」の正体だと言うのだ。外見的に全く怪物らしくもなければ、他の人間と大差は感じられない。やけに髪が白いといったことぐらいか?

 

「……あなたは今何を言ったのか、分かっているのかい? 不死身だって? 全くそうには見えないなァ〜。嘘をつくなら、もう少しマシなものを、と思うよ」

 

「おい、エニグマ」

 

「…………」

 

 ここへ来てエニグマが妹紅と名乗る女性を煽り出した。ハイエロファントは止めようとするが、悪びれる様子は微塵(みじん)もない。対する妹紅も、エニグマの言っていることを大して気にしていない様子だ。

 

「まあ、嘘だと思うなら、試してみたらどう? その紙でさ」

 

「!」

 

「私が声を掛けた時、ナイフとか短筒(たんづつ)とかではなく、その紙を真っ先に出した……ということは、あなたにとってはその紙が武器なんじゃあないの? どうやって使うのかは分かんないけどさ。自分の手で確かめてみればいいじゃあない?」

 

 よく見ていたものだ。あの一瞬の中でどこを観察すれば良いのかを理解し、素早く考察する力まで身につけているとは。まさか、本当に不老不死の体をもち、長い年月をかけてそのスキルが研磨(けんま)されたというのか。ハイエロファントはこの女性が強敵であることを確信した。それに対してエニグマは、妹紅に試されている感じに嫌気が差しているようだ。彼から不機嫌さを感じる。

 

「……いいだろう。だったら、そこに突っ立っているんだな! お前を紙にして、バラバラに引き裂いてやるッ!」

 

「ま、待て! エニグマ!!」

 

 やけくそに攻撃しようとするエニグマを、ハイエロファントは触手を使って押さえつける。ハイエロファントはとても細く、人並みのパワーしか出せないが、エニグマは簡単に抑えられた。「チンケなスタンド」の意味がようやく分かったハイエロファント。だからこそ、今()()()()で戦わせた場合、エニグマが敗北するのは火を見るよりも明らかであった。

 

「それに……も、妹紅と言ったか? 僕らは何も知らないんだ。輝夜のことも知っているようだったが、君こそ何者なんだ?」

 

「……輝夜とはちょっとした因縁があってね……あいつのせいで、私は不死身になったんだよ」

 

「な、何だって?」

 

「そして、あいつと……永琳も不死身さ。蓬莱人(ほうらいびと)って言ってね。文字通りの不老不死の存在になっているわけさ。結構大変なんだよ? 不死身って。孤独だし」

 

「それは……大変なんだな」

 

「まあね。それで? アンタらは私に何の用があるのか……まだ訊いてなかったっけ?」

 

 妹紅の炎が少し強まる。直接口に出してはいないが、彼女は輝夜のことを()いていないのは確かだ。下手なことを言えば無事では済まなさそうな雰囲気だが、事実、本当にただの肝試しで来ている。素直に言えば(ゆる)してくれるだろうと、ハイエロファントが口を開こうとした時、

 

「その2人はね、私の刺客(しかく)よ〜」

 

「! な、何ッ!? 輝夜姫!?」

 

「やっぱりか……」

 

 暗がりから突然現れて言い放ったのは、輝夜だった。彼女は永遠亭にいたはずだが、なぜここにいる? そして笑顔でとんでもない大嘘をかましてくれた。

 

「今度こそあなたを殺そうと思ってね。送ったのよ。妹紅」

 

「ふん! 3人まとめて消し炭にしてやるわ!」

 

「待つんだ、妹紅! 僕らは何も知らなかったんだ!」

 

「ハイエロファント! 触手を離せェッ! 僕が紙にしてやるんだ!」

 

「君は黙っていろッ!」

 

ド ス ッ 

 

 何が目的なのか、さっぱり分からないまま、輝夜によって場を乱されて今にも激しい戦闘が起こりそうだ。大方、長らく帰って来ない自分たちが妹紅と遭遇したと考えて飛んできたといったところか。迷惑なことをしてくれる、とハイエロファントはため息を吐く。事態の収束を図るため、ハイエロファントは第一にエニグマの首筋を手刀で攻撃して昏倒(こんとう)させて落ち着かせるが、しかし、残る2人はどうしようもできず、その言い合いを見てることしかできなかった。

 

「ふふ。妹紅、続きは空でやりましょう。もちろん、弾幕でね!」

 

「望むところだ!」

 

 輝夜はフワリと浮いて星が(またた)く夜空へ、同じく妹紅も炎の翼を広げて飛び立った。その直後、彼女らが向かっていった空が弾け、カラフルに輝くのを永遠亭の面子は花火大会のようにして鑑賞していたのは、エニグマを抱えて帰ったハイエロファントが今回1番目を()いた出来事であった。

 

 

 

 そして、輝夜たちによるセルフ花火が終了すると、宴会の参加者は続々と帰路についた。そんな中、ハイエロファントが()()()()()()()()が永遠亭の縁側で起こっていた。1人で来ていた霊夢は知らないが、ハイエロファントはこの後、本当に魔理沙を置いて魔法店へ帰ったのだった。

 

「「酒は呑んでも、呑まれるな」だ。魔理沙。めでたいからって、調子に乗っちゃあいけないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




変に戦いを避けていった終わり方ですが、休憩回なのでこれもありでしょう!
ちなみにですが、ハイエロファントとエニグマは徐倫とグェスみたいな関係と思っていただければと。徐倫はここまでグェスに冷たくはないと思いますが、そんな感じです。


東方永夜抄、完!
しかし、何に引かれてか、難は再びハイエロファントたちを襲うのであった……
人里で行方不明事件勃発!?
お楽しみに!
to be continued⇒


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18.猫はダイナマイトが好き

最近、かなりの頻度で投稿していますが、次週からスピードが元に戻るかと思われます。
ご容赦ください。


激しい「喜び」はいらない…… 

 

そのかわり「深い絶望」もない…………

 

そんな「植物の心」のような人生を……

 

 

射程距離内に………………入ったぜ…………

 

出しな……てめ〜の…………

 

 

____________________

 

 

 

 

 永遠亭での宴会から4日後、ハイエロファントは魔法店で新聞を眺めていた。彼にとって興味深い見出しだったので、ガラにもなく店のカウンターに広げて読んでいる。その見出しというのが、「人里で行方不明事件勃発! ドロドロに溶けた死体も発見」というものだった。別にオカルトやスプラッタが好きというわけではないが、実に興味をそそられる。

 

バ タ ン ! 

 

「いよぉーす、ただいま。ハイエロファント」

 

「あぁ、おかえり。魔理沙、帰ってきていきなりで悪いが、これを見てくれ」

 

「んー?」

 

 ハイエロファントに(うなが)され、帰宅して帽子を脱いだ魔理沙は「文々。新聞」を覗く。すると、「あぁ〜」とまるで知ってるかのような反応した。本当に知っていたのだが。

 

「さっきアリスの家で見たよ。まるで、灰の塔(タワー オブ グレー)の時みたいだな」

 

「ああ。行方不明にもだが、ドロドロの死体というのも気になる。僕が出会ったスタンドにそんなことが可能なやつはいなかったが、今回もスタンドが犯人である可能性はゼロではない」

 

 ハイエロファントの言葉に魔理沙が頷く。早朝からアリスにお茶会へ誘われ、帰宅しても眠そうに(まぶた)が目の半分を覆っていたが、ハイエロファントの言葉で完全に覚醒したようで、いつもの魔理沙へ調子が戻り始めてきた。

 それを確認したハイエロファント。タワーオブグレー戦(舌切り蟲の事件)の時と同じ言葉を彼女へ掛けた。

 

「今からでも、確かめに行くかい?」

 

「もちろん行くぜ! 私もお前をそれに誘うつもりだったんだからな!」

 

 魔理沙は力のこもった返事をすると、帽子を被り、帰宅と同時に立て掛けた箒を再び手に取って人里へ向けて飛び立とうする。が、それをハイエロファントが呼び止めた。

 

「あ、待ってくれ、魔理沙。昼ご飯なんだが、今日は塩むすびなんだ。6個あるんだが」

 

「それぐらい持ってこォーい! 行くぞ!」

 

 こうして、塩むすびを持ったハイエロファントと魔理沙は新聞に大々的に報じられていた事件を解決すべく、魔法店を後にした。ちなみに、塩むすびは人里へ行く途中で6個全て消費された。魔理沙は朝ご飯を食べていなかったため、無くなるまでがすぐであったのは言うまでもない。

 

 

 

____________________

 

 

 ハイエロファントたちが人里へ向かっている際中、かの地の中央に位置する寺子屋に、人里中の人間が集まっていた。何をしているか? 多くの人々が見物だ。そしてごく少数の人が、寺子屋前に立つ慧音と言い争いをしていた。では、なぜこんなことになったのか? それは先日までの行方不明事件と関係している。集まった人々は寺子屋側とその反対である通り側、といった具合で分かれていた。分かれているといっても、慧音以外の者は全員通り側にいるのだが。

 いや、それには少し語弊があった。寺子屋側にもう1つだけ、(たたず)む影がある。それは異形の者だった。体格は人間の()()であるが、体色はやけに白っぽく、背中からは数本の(とげ)、そして頭には猫のような耳が生え、その目は大きく見開かれていた。(ひとみ)もなんだか猫のように鋭い。極めつけは、角のようなものが生えたドクロがあしらわれた()()に、腰巻きで、それらが()()()()()雰囲気を(かも)し出ていた。

 

「だっからよぉーーーっ、慧音先生! 行方不明事件が起きてる中、こいつがいきなり現れたんだぜ! どう見ても普通じゃあねえし、怪しすぎるんだぜ!」

 

「お、落ち着いて! 怪しいことには怪しいですが、彼が犯人だという証拠はないはず!」

 

「犯人じゃあなくても、こいつぁヤバいやつだってハッキリ分かる! ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!」

 

「しかし……どうすれば……なぁ、君もどうにか言ったらどうなんだ!?」

 

 彼は人里を闊歩(かっぽ)している時に発見され、縄で縛られて連行された。人里の民は口を(そろ)えて「こいつが行方不明事件の犯人」だと言い張っているわけだが、もちろん証拠は何もない。以前文屋がやって来て調査していったが、見つかったのはネズミの足跡と糞程度。

 慧音は必死に人里の民を(しず)めようとするが、勢いはさらに増していく。しかも、肝心な当人は一切口を開かず、沈黙を貫いているときた。

 

「こいつは即刻! 打首にすべきだ!」

「おおぉぉーーーー!!」

「人里は俺たち、人間の手で守るんだ!」

 

「お、落ち着いて!! おい! 君もいい加減にしてくれ! 何でもいいから知っていることを話すんだ!」

 

ブチッ ブチブチ ブチ……

 

「え……?」

 

 人々の雄叫びが止まった。その理由は非常に小さな音だった。男たちの大声で簡単にかき消されてしまいそうな、ただ、()()()()()()()()()()()()。彼は両腕と胴体をギッチリ巻いた縄を何の苦労もせずに引きちぎると、立ち上がり、この光景に目を見張る人の群れを押し退けて寺子屋を去ろうとしたのだ。

 

「お、おい……どこへ……?」

 

 慧音が呼び止めようとするが、彼は一切見向きもせず、ズンズンと場を離れようとする。

 

「こ、こんの……逃すかよォーーッ! この化けモンがァッ!!」

 

 自分の脇を通って場を後にしようとする彼に、恐怖が限界を超え、暴力へと変化してしまった1人の住民。本来なら、誰かがこれを止めに入るが、状況が状況である。

 活火山の噴火の如く、勢いよく拳を振り上げ、火山弾の如くめいいっぱいに振り下ろした!

 

 

バ シ ィ ッ !

 

 

「なっ……何じゃあ!? こりゃあ!」

 

 振り下ろされた拳が、()に当たることはなかった。それを止める者が現れたからである。殴りかかった男の拳は、緑色の触手に絡め取られていた。もちろん、その触手の主は……

 

「! ハイエロファント! それに魔理沙!」

 

「よっす、慧音。何だ? この人だかり」

 

「ああ、それは……彼だよ。怪しいには怪しいんだが……な」

 

 箒で降り立った魔理沙は慧音の元へと駆けていき、ことの顛末(てんまつ)を訊く。ハイエロファントは男の拳を縛り上げたまま、離さない。

 

「その拳をしまうんだ。後ろへ引っ込めるように力を入れたら離そう」

 

「く……くそっ……」

 

「早くしろっ。拳を引っ込めるんだ」

 

「分かってるぜェッ! うるせぇんだよ!」

 

 男は乱暴に拳を引っ張ると、ハイエロファントは触手を男から離した。しかし、ハイエロファントは未だ睨みつけている。人間である男ではない。異形の彼のことだ。見てみれば、彼の拳は既に彼自身の胸と同じ高さまで、拳が抜かれていた。男の拳を止めるのがあと一瞬遅ければ、()が何をしていたか、誰にも分からない。

 ハイエロファントは一目見て理解した。「彼はスタンドだ」と。

 

「ちッ……お前、この前の「スタンド」ってやつか……鬱陶しいぜ……」

 

 男はハイエロファントに触れられた箇所を、分かりやすくパンパンと逆の手で払うと、悪態をつきながらその場を去っていくのだった。その男に続き、寺子屋前の人だかりは徐々に、バラバラと小さくなっていく。やがて、ほとんどの者がいなくなると、慧音は魔理沙たちを振り返って声を掛けた。

 

「魔理沙、ハイエロファント。話はこちらでするよ。寺子屋に入ってくれ。そして、君もだ」

 

 慧音はこれまでの出来事の詳細を語ろうと、寺子屋へハイエロファントたちを招き入れた。

 

 

 

____________________

 

 

「なるほど。そんなことがあったのか」

 

「ああ。そして、行方不明者は6人、例の遺体は14。合計20人分の被害だ」

 

 行方不明、死傷事件の情報がまとめられた資料を3人の前に出して語った。行方不明者の名前と、最終目撃場所が記された地図には、「犯人の痕跡(こんせき)」と書かれた箇所があったが、その下には(むな)しく空欄(くうらん)が続いている。カメラはまだ幻想郷の全体には普及していないのか、異形の肉塊のスケッチが数枚。それらは現場と犯行の凄惨(せいさん)さを放っていた。

 

「何も証拠がない、というのは厄介ですね」

 

「ああ。だから、彼にも話を訊きたいのだが……」

 

 一同はスタンドを見やる。当の本人は全く顔に感情が出ておらず、初めて慧音と相対したときと同じ無表情。口はあるのに、一切喋らない。手があるのに、ジェスチャーもしない。何とも掴みどころのない存在だ。

 

「彼もスタンドでしょう。彼から感じるこのエネルギーはスタンドのそれだ。ここは、同じくスタンドであるこの僕が、彼とのコンタクトを図ろうと思います」

 

「ああ、やってみてくれ」

 

「頼んだぜ」

 

 ハイエロファントがスタンドとの会話相手に立候補すると、彼の前に移動して座り、正面から互いの顔が見られるような態勢をとる。そして、ハイエロファントは自己紹介から始めた。分かりやすく、身振り手振りも交えながら。

 

「やあ、僕の名前は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)。本体の名前は花京院典明。僕もスタンドなわけだが、ぜひ君とも交流がしたいんだ。君の名前を教えてくれないか?」

 

「…………」

 

 沈黙。スタンドに反応はない。自己紹介をするハイエロファントの、自分を指し示す手の動きに彼の視線がついていっているだけだ。

 

「……君が言いたくないなら強制はしない。だが、それなら意思をはっきり示してほしい」

 

 ハイエロファントはできる限り優しく要請する。すると、

 

……キラー……クイーン……

 

「! 今、何て?」

 

「私の……名は……"キラークイーン"…………と、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!! 何だって……!?」

 

 そのスタンドは確かに名乗った。"キラークイーン"と。しかし、彼の言った最後の言葉は、どこか日本語がおかしかった。自分のことを「こいつ」「名付けて呼んでいる」だって? まるで、掘り返された誰かの記憶、もしくはセリフを使い回したかのようだ。キラークイーンは最後に放った言葉を最後に、再び黙りこくってしまった。

 

「……ハイエロファント、今のは?」

 

 魔理沙は驚きの表情を浮かべてハイエロファントに問いかける。慧音も事態がよく分からないため、魔理沙ほどの焦りや驚きは見られないが、キラークイーンから目を離せないでいた。彼の容姿は確かに恐ろしいものだが、その口から発せられた声はどこにでもいそうな、それでもって狂気を孕んでいそうな、耳から離れようとしない特徴的なものだった。

 

「……分からない。ただ、クリームの時と似ているのか……それとも、今回も別のパターンなのか……とにかく、僕やマジシャンズレッドとは違うはずだ」

 

 以前戦ったことがあるクリーム。彼は本体の魂に束縛され、紅魔館で暴れ回ったことがあった。その時は、クリームの本体であるヴァニラ・アイスという男がクリームの体を乗っ取る形であったが、今回はそれと似て非なるパターンだ。本体の記憶が色濃く残りすぎているのか? 本体の意思が中途半端に混ざっているのか? ハイエロファントには分からなかった。

 しかし、分からないことはどれだけ悩んでいても仕方がない。ハイエロファントは彼についてのさらなる情報を求めて、再びキラークイーンとコンタクトをとる。

 

「今回の……連続殺人、および行方不明事件の犯人は君なのか? それとも違うのか?」

 

「…………」

 

「だんまりでは分からないぞ。何か知っていることがあれば教えてくれ」

 

「…………」

 

 今度は一言も話さない。ハイエロファントはその後も粘って質問を繰り返したが、結局口にしたのは彼自身の名前のみであり、本体、能力すら判明することはなかった。

 時間が経つのはおそろしく早く、既に日が沈みかけている。彗音の提案により、ハイエロファントと魔理沙、キラークイーンは慧音の家に()()()()()()()ことになった。そして今夜、彼らがパトロールすることも……

 

 

 

_____________________

 

 

 午後6時12分、慧音宅、ハイエロファントたちは慧音の作った夕飯を食している。メニューは白米に味噌汁、(あゆ)の塩焼きというなんとも庶民的なもの。ハイエロファントは普段食べ物を口にしないのだが(食べなくてもいい)、慧音が4人分用意してしまったため、珍しくマスクを外して食べていた。

 

「幻想郷にも鮎はいるんですね」

 

「川魚はかなり豊富に存在していると思うぞ。外の世界から流れ着いた図鑑とか読んでみると、見たことあるやつが多かったりしたからな」

 

「なるほど。今度、魚料理にもトライしてみようか……」

 

 魔理沙が「うまい、うまい」と舌鼓(したづつみ)を打ちながら豪快にかぶりつくのに対し、キラークイーンはしばらく鮎を見つめたかと思えば、約30cmのその魚を丁寧に切り開いて少しずつその身を口に運んでいく。キラークイーンから目を離すまいと監視していたハイエロファントは、「彼の本体はとても行儀の良い人物に違いない」と心の中で感心するのだった。

 

 

 

「では、今夜9時から人里内でのパトロールを始めようと思う。コンビについては私と魔理沙、ハイエロファントとキラークイーン、という組み合わせなのだが、異論のある者は?」

 

「大丈夫だぜ」

 

「特にないです」

 

「…………」

 

 そしてパトロールの時が来た。慧音の考案したコンビに、一同は文句を言わなかった。この組み合わせの()はキラークイーンであり、彼の行動の監視も視野に入れてのこと。その役割を同じスタンドであるハイエロファントに一任した。

 

 魔理沙と慧音は人里の中で「妖怪の山」に比較的近い辺りを、ハイエロファントたちはその逆の方角からしらみ潰しに事件の犯人を探し出すこととなり、彼らは出発する。

 しかしここで、ハイエロファントは自身の()()()()を見つけることができるとは微塵(みじん)も予想していなかった……

 

 

 

____________________

 

 

 ハイエロファントとキラークイーンは静まりかえった大通りをひたすら歩いていた。夏はようやく終わり、秋の涼しさが顔を出し始めている。遠くから鈴虫などの透き通るような鳴き声が響き渡るが、それ以外の音はほとんどない。2人の間にも会話はなかった。ただ、ハイエロファントが手に持った松明だけが、暗黒に包まれた人里のほんの小さな空間を明るく照らしているだけである。

 

(……今のところ、キラークイーンに不審なことはない……何か、音沙汰があるわけでも、だ。本当に素性が知れないな……)

 

 ハイエロファントはキラークイーンを見つめてそう思う。キラークイーンはそれを知ってか知らずか、彼とは目を合わせようとはしなかった。

 いや、それにしてもだが、なんと静かで落ち着きのある夜だろうか。永遠亭での戦いや、その後の宴会が嘘のようだ。カラフルな弾幕が飛び交い、命の危険にさらされていたあの時とは打って変わって、自然が豊かな地方の村落のように心地よい風が身を包んで守ってくれているようだ。

 

 

タッ タッ タッ タッ ……

 

「! うっ……今の足音は……ネズミか?」

 

 突如耳に入り込んできた小さな足音。それにハイエロファントは思わず、首筋がゾワリと(うず)いた。野ネズミならば、まだ構わない。しかし、どうにも人間と生息域が重なっている、()()()()()()はどうしても好きになれないものだ。不衛生で、何でも口に入れる、迷惑な害獣。そんなイメージがハイエロファントの中では大きかった。

 しかし、このネズミも、ハイエロファントたちに()()()()ものだった! しばらくして足音が通り過ぎたと思ったが、違う。止まったのだ。しかも、そこそこ近い距離でだ。まるで、彼ら2人を見張っているかのように。そして、次の瞬間!

 

 

ドシュゥ〜〜〜ッ! 

 

 

「!! 何だ!? 今の音はッ!」

 

 突如耳を打った、()()()()()()()()()()()! そしてその音源は、ネズミの足音が止まった地点から聴こえてきた!

 ハイエロファントは急いで周りを見渡し、()()攻撃を発見、回避しようとするがそれらしいものは見当たらない。非常にまずい。どんどん近づいてきている!

 

「!」

 

 

ガッ!  ドッ…………ドスゥッ  

 

 

 ハイエロファントの焦りが頂点に達しようとした瞬間、キラークイーンの姿が消えた。いいや、消えてはいない。高速でしゃがみ込み、道に落ちていた小石を投げて(せま)り来る謎の物体に当て、撃墜(げきつい)したのだ。その証拠にぶつかる音、石が落ちる音、そして針か棘のようなものが突き刺さる音が響いた。凄まじい動体視力だ、とハイエロファントは自身の目を剥いた。

 

 

タッ タッ タッ タッ タッ ……

 

 攻撃に失敗してしまったからか、退散するようにしてネズミの足音は離れていく。ハイエロファントは攻撃に使われた物の正体を探ろうと、一瞬足元に意識を移した瞬間、ドゥッと大地を蹴る音が至近距離で弾けた。おそらく、キラークイーン!

 

「! キラークイーン? 追跡するのかっ! 待つんだ!!」

 

 ハイエロファントも後を追おうとするが、その時には既にキラークイーンの姿は無かった……

 

 

 

 

 ネズミの足音は民家の屋根を突き進む。そして、それを追うのはキラークイーン。彼は通りから追跡している。松明を持っていたハイエロファントは置いてきてしまったため、彼の視界は非常に暗くなっているが、耳の感覚を研ぎ澄ませて襲撃者に食らいつく。

 が、彼の努力は虚しいこととなるのはすぐのことであった。ネズミの足音は通りのある方とは逆の、民家の群れのさらに奥へと行ってしまったのだ。

 しかし、キラークイーンはこのことを何とも思っていなかった。彼はその左手を一度もたげ、右手で支えつつネズミの足音が消えていった民家へと向けた。そして一言。

 

「キラークイーン第2の爆弾「シアーハートアタック」」

 

ドギュウウ〜〜ン!

 

 

 キラークイーンの左手から、キャタピラとドクロが付いた小さな戦車のような物体が撃ち出される! その小型戦車はギャルギャルとキャタピラを回転させると、見た目からは想像できない高いスピードを出して、民家に突っ込んだ!

 

カチッ

 

ド グ オ ォ ォ ン ! !

 

 

 

 

「! 今度は何だッ!?」

 

 キラークイーンを捜索中(そうさくちゅう)のハイエロファントは、爆音が轟《とどろ》いた後方へ振り向いた。そこには、ハイエロファントが想像もしていなかった光景が広がっていた。いや、音が響いた時点で予感はしていたことではあったが、なんと、その奥にメラメラと立ち昇る真っ赤な炎が家々を侵食し始めているではないか!

 

「なっ……一体何が起こっていると言うんだッ……!!」

 

 ハイエロファントは燃え上がる炎へ向かって走り出した。

 

 

____________________

 

 

ギャル ギャル ギュル …… ガシュン! 

 

 

 再び場面は変わり、出火場所。キラークイーンが放ったシアーハートアタックが彼の左手へ帰還する。先程の爆発はシアーハートアタックが起こしたものだ。熱源に反応し、追跡。そして爆破する、小型自動追尾爆弾。つまり、爆発して炎が起こったということは、シアーハートアタックが反応したということだ。それはネズミか? それとも……この家の……

 

「キラークイーン! この炎は何だッ!? まさか君の仕業とは言わないなッ!」

 

 爆発に気付いて駆けてきたハイエロファントが遠目から叫んだ。しかも、かなり激情に()られているのか、昼間のような穏やかさは消えている。ハイエロファントはキラークイーンの側まで来ると、再び問い詰めた。

 

「キラークイーン。敵を見つけたらしいが、これは一体何が起こったんだ? 先程の攻撃から、敵の能力では炎が発生するとは思えないぞ。知っていることを今ここで全部吐くんだッ」

 

「……私は……」

 

「!」

 

 キラークイーンが口を開いた。ハイエロファントの前では初めて、()()()()()()で口を開けたかのように感じられたが、今その部分の進歩はどうでもいい。問題はこの炎。間違いなく、この民家の住人は死んでいるだろう。しかし、キラークイーンの口から出てきた言葉は信じられないものだった。

 

「私は敵を見つけ、始末しようとしただけだ。この炎はその二次被害。性に合わないが、これではかなり目立ってしまうだろうな……」

 

「ッ! そういう問題ではないんだ! 僕たちは君の無実と、人里の安全のために戦っているんだぞ。こんなことをしては、むしろ逆効果だ!」

 

「……敵の存在は既に明らかとなった。そして、私の攻撃は()()()()()()()()()……だということも判明した。ということは? 今まで炎と爆発音を聞いて、見た、という情報はあるのか? 完全に……私が犯人ではないということが分かるはずだが? これで()()()()()()()()は達成されたわけだ。あのネズミが焼け死んでいたら、だがね」

 

「…………!」

 

 開き直り? いいや、違う。心の底から、彼は自分の保身だけを語っていた。そのためには誰がどうなろうと関係ないと、彼の思考の奥底に眠る「真の邪悪」が垣間見えていた。

 

「それじゃあ、私は失礼するよ。()(ぎぬ)であることが日の下にさらされて本当に良かった……」

 

 キラークイーンはそう言うと、ハイエロファントのいる方向から足を(そむ)け、夜の闇に消えようとする。が、ハイエロファントがそれを許すはずがなかった。場を去ろうとするキラークイーンの背後から、威圧を込めた声をぶつける。

 

「待つんだ」

 

「……!」

 

「自分のためだけに、何も知らない人間を自分だけの都合で殺した……お前は…………まさに「吐き気を催す邪悪」だッ! しかし……失った命は戻らないし、君に「殺す」という意思がなかった以上、僕は君を攻撃することはない。だが、もし、次に同じことがあれば……僕は君を(ゆる)さない。決して」

 

 ハイエロファントからしたら、それは一種の「(おど)し」だった。説得ではない。他人の命を狙ったわけではないとはいえ、こうも簡単に命を無下にするキラークイーンを、ハイエロファントは赦すことができなかった。

 これに対してキラークイーン。背中越しに言い放たれ、足を止める。そしてゆっくりと振り返るが、その様子を見たハイエロファントは思わず絶句した。キラークイーンは振り返りざまに、ドス黒いオーラ、殺気、威圧。そのどれとも取れるような重々しい雰囲気をドッと放ったのだ。

 

「……分かったよ。肝に(めい)じておこう……だが……」

 

 ハイエロファントはこの時、ようやく気付いた。()()()()のだ。永遠亭で感じた、あの邪悪のオーラの持ち主!

 

もっとも、戦ったとしても私は誰にも負けんがね

 

「……ッ!!」

 

 そう言うとキラークイーンは、くるりと体をハイエロファントから背け、人里の、夜の闇へと姿を消していった。それから消化活動が行われたのは約20分後のことだった。そして、偶然か必然か、死者はたった1人だけ。昼間にキラークイーンに殴りかかった男が焼死体で発見された。

 

 

 




シアーハートアタックって、良いですよね。


突如人里に現れたキラークイーン。
彼の目的は? 行方不明事件の犯人は誰なのか?
キラークイーンの毒牙は止まることを知らない……!
お楽しみに!
to be continued⇒


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19.殺人

ジョジョリオン、今すごいですね。
久々に興奮しました。


「慧音さんッ! こいつぁ、一体どういうことなんだ!」

 

 人里内で突如発生した大火事が鎮火(ちんか)し、その翌朝、人里の消防団のリーダーが慧音に怒鳴る。寺子屋の前には先日と同じように多くの人々によって()が形成されていた。

 

「……返す言葉もありません……」

 

「あのバケモノを逃がしちまう、大火事を許す、人は死ぬ! 正直、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ところさ!」

 

「……!」

 

「待ってください。責任は僕にあります。僕がキラークイーン()をしっかり監視していなかったのが……」

 

「やかましいッ、人外は引っ込んでな!」

 

 慧音が責められるのを見かね、ハイエロファントが自分へ矛先(ほこさき)を移そうとするが、一喝されて口を塞ぐ。無差別的に命を狙われている現状、感情的に叫び散らしたくなる気持ちはよく分かるし、彼らは何も悪くない。だからハイエロファントはこれ以上は言葉を出せなかった。

 

「あーあー。犯人はあいつじゃあねぇってことはよく分かった。しかしよ。だからと言って俺たちの里をめちゃくちゃにされて黙ってられるわけがねぇだろう? それとも何だ? 俺たちがアンタら、スタンドのことを気味悪がるのが気に入らず、結託して放火したのかァ!?」

 

「なんだと、てめぇッ!!」

 

 消防団の男の放った言葉に反応し、今まで黙って見ていた魔理沙が飛びかかった。男の襟を掴む手と彼女の額には血管が小さく浮き出ており、完全にプッツン状態だ。

 

「ハイエロファントはそんなくだらねぇことをするやつじゃあねぇッ!! それもこれも、キラークイーンと本当の犯人がやったことだし、やつらが悪いんだ!」

 

 ハイエロファントと出会って1ヶ月ほど、共に過ごしてきた魔理沙は幻想郷の中でハイエロファントを1番よく知っている。彼女だからこそ、ここまで怒れた。スタンド(ハイエロファント)のために。魔理沙には、ハイエロファントという者を知る彼女には、憶測だけで彼を悪者に仕立て上げる目の前の男を赦すことができなかった。

 

「くそ……! 離しやがれっ、魔理沙! お前らの関係なんか知ったことじゃあねぇんだ!」

 

「なんだとォーーッ!?」

 

「いいかッ! あいつらスタンドは"疫病神(やくびょうがみ)"だ。ただの妖怪が里や人間を襲ったとしても、被害は小さかった。スタンド共に比べたらなッ。やつらが相手になった時から、急に変わり始めた。里自体への被害は甚大(じんだい)、被害者の数も一度に十数〜数十人! もう()()りだ! 俺たちの前から消えるんだ、このスタンド(死神)めェッ!」

 

「ッ…………このッ!」

 

 ギリギリと歯が(きし)む音を立てながら、怒りが頂点に達した魔理沙はついに拳を振り上げた。意図したわけではない。そして、振り下ろすという行為もまた、無意識の(もと)執行(しっこう)されるわけだが、拳が男の顔面へ降下することはなかった。それを止めた者がいる。

 

「いい。止めるんだ。魔理沙」

 

「! 何言ってるんだ、ハイエロファント! こんなやつ……」

 

「魔理沙。僕だって、自分とは全く違う存在と出会ってしまえば、彼らと同じく怖いし、警戒だってする。ましてや、それが命を狙ってくるときた。同族に(うら)みをもつのも、さらなる恐怖に(おび)えるのも分かる……彼らの発言はもっともだ」

 

「…………」

 

 魔理沙はハイエロファントの言葉を聞いて、男の襟から手を離す。「くそっ」とセリフを吐き捨て、男もハイエロファントの方を向いて続く言葉に耳を傾けた。

 

「……『僕が怖い』。だったら話は簡単だ。僕は行方不明事件(この件)から身を引く」

 

「なっ……ハイエロファント……」

 

「何ィッ!?」

 

 ハイエロファントの口から出た予想外の言葉に、魔理沙も思わず気分を悪くしてしまう。いや、正確に言えば、ハイエロファントの気分を害してしまった、と自分の力不足や人里の人間たちのことについて()やんだのだ。魔理沙は忌々(いまいま)しそうに前方に(ひか)える人々を(にら)みつけた。

 が、この発言を聞いて1番声を上げたのは消防団の男であった。

 

「お……お前、火事の件についての責任はどうすんだよ……!」

 

「責任か。それじゃあ、その()()()()()()()()()()()()()()()()か」

 

「そ、そういうことを言ってんじゃあねぇ!」

 

「ハイエロファント……お前がいなくなったら、犯人はどうすんだよ!」

 

「魔理沙、君は僕より強いだろう。慧音さんもいるし、実力的には申し分ない。それに、昨日彼らは言っていた。『人里は自分たちの手で守る』と。きっと犯人を捕まえる策や勝てる算段でもあるんだろう。だったら、僕がいてもいなくても同じだと思わないか?」

 

「……ハイエロファント……」

 

「そういうことで、僕はあなた方に()()()()()()。それでは」

 

 ハイエロファントは体の向きを180°変え、人里の出口のある方へと足を進め出した。しかし、ここで魔理沙がハイエロファントを止めようと、男を押し退けて躍り出る。

 

「待ってくれよ、ハイエロファント! たしかに人里(ここ)のやつらはお前の気に(さわ)ることを言ったかもしれねぇけどよォ〜〜ッ! お前がいないとだめなんだッ! 私は人里を放っておけないんだ! だから、たの……」

 

「当て身」

 

ド ス ッ 

 

 

 ハイエロファントの声とともにバタン!と音を立てて魔理沙が倒れた。よく見てみると、ハイエロファントの右腕が(ほど)け、そこから伸びる緑色の触手が魔理沙のうなじ部分まで届いていた。

 ハイエロファントは魔理沙の気絶を見届けると、彗音の方を振り返った。

 

「慧音さん。魔理沙は見ての通り、かなり暴走しやすい()だ。しかし、あなたなら彼女の暴走も上手いこと丸め込めるでしょう。任せます」

 

「! 待つんだ、ハイエロファント! どこへ……?」

 

「……では」

 

 ハイエロファントは一度止めた足を再び動かした。それを見送る慧音は、スタンド戦のスペシャリストであるハイエロファントが離脱したことにかなり焦り、同時に何も分かっていないこの状況でさらなる犠牲者が出ることを予期(よき)し、かなりの不安感に襲われていた。他の人里の者も、全員ではないが同様の者がそこそこいた。一度人里を救ってくれて「また彼が」と思っていた人はゼロではなかったのだ。しかし、よく分かっていない正体不明の謎の敵、キラークイーンの存在と重なってしまい、希望が絶望へと変わった者は()()()よりも増えつつあった……

 

 

 

 

____________________

 

 

 慧音たちと別れ、日の光が届かない人里のとある小道。ハイエロファントは目的地もなく、ただ徘徊(はいかい)していた。()が現れるのを待ちながら。

 

「……ようやく現れてくれたか。かなり探したよ。キラークイーン」

 

「…………」

 

 ハイエロファントに呼びかけられ、彼の数メートル先の陰からキラークイーンがぬっと姿を現す。相変わらずの無表情で、大きな2つの瞳がハイエロファントをジーっと見つめている。しかも、何やら竹で()まれた(かご)を足元に置き、彼の左手には1匹のネズミが握られていた。

 

「……私も君を待っていた……ちょっと、君に訊きたいことがあったんだ」

 

「…………」

 

 キラークイーンの発言に、ハイエロファントは(あご)を引く。相手を真っ直ぐ見据える姿勢である。キラークイーンはハイエロファントの行動に気付くが、特に気にすることもなく言葉を続けた。

 

「私もこの地にやって来て日が浅い……だから、君から幻想郷のことについて詳しく知っておきたいと思ってね……」

 

 キラークイーンは口を小さく開閉し、他の表情筋をピクリとも動かすことなく淡々と言葉を述べる。ネズミを(にぎ)りながら無表情でいるその様子と、昨晩に感じた圧倒的悪のオーラも相まってとても不気味だ。しかし、ハイエロファントは少しも怖気付くことなく、返答した。

 

「分かった。君の質問には嘘偽(うそいつわ)り無く答えよう。だが、こちらの質問にもいくらか答えてもらう。それが条件だ」

 

「…………ああ。構わないよ。ギブアンドテイクだな?」

 

 キラークイーンは「YES」と意思を示すが、ハイエロファントはキラークイーンが口を開いた瞬間、彼に対しての信用が構築されることはなかった。

 なぜか? キラークイーンは一瞬()()()。会話が十分成り立つことは、昨晩のやりとりで分かっている。言っていることが分からないとか、脳内で返答の仕方を悩む、だなんてことには()()()()()()()はかからない。つまり、彼は自分のことを話すことについて快く思っていない部分があり、ハイエロファントが突き出した条件をのむか迷った、と考えられる。

 しかし、彼は言葉では()()()()()()()。何食わぬ顔であっさり了承した行動はハイエロファントには演技であったように感じられ、キラークイーンがこれから話す内容は"嘘"の部分が存在すると思っていた方がいい、とハイエロファントは用心するのだった。

 

 

 

____________________

 

 

「……僕の持っている情報はこの程度。次は君の番だ。キラークイーン。君のことを教えてくれ」

 

「本体と……私自身の能力について、だな? 私の本体は『吉良吉影』。『カメユー』というチェーン店の会社員だった。しがないサラリーマンさ……いきなり首に刺さった「矢」によって、(スタンド能力)に目覚めた。そして……私の能力は「爆破」だ。見て分かる通り、()()()()()()()()()()()。私が能力を使えば、近くにいる者は大体分かるだろう。今回の事件について、犯人は分かっているし、私は無関係であるのは……言うまでもないかな?」

 

「…………」

 

 キラークイーンからの質問にはあらかた答え、今度はハイエロファントの要求が応じられる番。キラークイーンの能力と本体のことについて本人の口から訊き出すことはできたが、ハイエロファントはそのほとんどを信じてはいない。

 スタンドというのは、その本体の奥底に眠る「本質」が形をもったもの、と言ってもよいわけだが、爆破の能力をもつスタンドだって? そんなスタンドを操る本体が()()()()()()()()()であると、ハイエロファントには到底思えなかった。

 

「……君のことはよく分かったよ。その上で気になったのが……その左手で掴んだネズミだ。見たところ、まだ生きているようだが……?」

 

「これか」

 

 キラークイーンは左手を少しだけ持ち上げ、全身を圧迫されて苦しそうに呼吸しているネズミの顔を(おが)む。

 

「……話してやってもいいが、その前に私も君に訊きたいことがもう1つだけある」

 

「なんだい?」

 

「君、さっき人里の人間たちに『行方不明事件には関わらない』と言っていたが、それはどういう意図(いと)があったのか? 文字通り、人里を見捨てるつもりなのか、それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのか……はっきりさせたいのだよ。このネズミのことはその返答次第だ」

 

「……立ち聞きしていたのか。趣味が良いとは言えないな」

 

 キラークイーンはハイエロファントと魔理沙たちが別れた場にいたというのだ。彼の様子からして、昨晩から今朝までの人里の情報はほとんど把握(はあく)しきっていると思われる。ハイエロファントの意思とキラークイーンが掴んでいるネズミには一体何の関係があるというのだろうか。

 

「……君も薄々(うすうす)分かっているとは思うが、後者だ。僕は人里のためではなく、魔理沙たちのために戦う。僕だって、自分を攻撃してくる危険がある人には親密に関わりたくないからな」

 

「フフ……違いないな」

 

 キラークイーンはハイエロファントの返答を聞くと、何かが可笑しかったか、満足したのか、相変わらずの無表情のまま声を()らす。ハイエロファントはその様子については別に何とも思っていなかった。キラークイーンは本体から()()()()なのだろう、となんとなくの予想もついてるのもあったからなのだろうか。そのところはハイエロファント本人でもよく分かっていなかった。

 こぼれる笑みが引いたキラークイーンは近くにある木箱に腰掛(こしか)けると、足元の竹籠(たけかご)の中からピンセットを取り出してハイエロファントに見せつけた。

 

「さて、君に話して有意義なことであるのは分かった……実のところ、()()ネズミはあまり関係ない。この行方不明事件にはね」

 

「何?」

 

「昨晩、我々は何者かの攻撃を受けただろう? その正体は私が既に掴んでいる。こいつとは違う、別のネズミだ」

 

「……それじゃあ、そのネズミは何なんだ?」

 

「それはこれから分かる……」

 

 キラークイーンはそう言うと、竹籠から小さな(つづら)を取り出してその(ふた)を開けた。中から姿を見せたのは、(とげ)が数本生えた小さなライフルの弾丸のようなもの。キラークイーンは慣れた手つきでその弾丸をピンセットでつまむと、逆の手で押さえつけたネズミの背中に突き刺した。

 すると、

 

「ギッ……ギィッ……」

 

ドロオ〜〜 オッ 

 

 

「! これは!?」

 

 ネズミがさらに苦しそうに一瞬(うな)ると、刺した部分からドロドロと、やかんから沸騰したお湯が(あふ)れるようにして溶けた肉が噴き出してきた。ピンク色の流動体がネズミの胴体を(おお)い隠す頃にはネズミは絶命してしまい、異常なほど強烈な刺激臭(しげきしゅう)が鼻を突き始める。戦いの中で死体や殺人も目にしてきたが、ハイエロファントにもこの光景にはかなり()()ものがあった。

 

「キラークイーン、これは……? いや、これこそが!」

 

「そう。行方不明事件の犯人の武器だ。昨晩撃ってきたものを回収したのだが……私が防いでいて良かったな?」

 

 キラークイーンの言う通りだ。彼があの時、石をぶつけて弾丸を撃ち落としていなければ、このネズミと同じようにしてハイエロファントもドロドロになっていただろう。想像して、思わずゾッとする。

 

「だが、敵のネズミは何なんだ? 妖怪か? それともスタンドなのか?」

 

「さあね。それは私にも分からないが、スタンド(我々)(おびや)かす存在であるのは確かだ。そして、これだけではない。私はこのネズミの居場所……というより、テリトリーの位置も掴んでいる。感謝したまえ」

 

「何ッ!?」

 

 ハイエロファントは思わず()頓狂(とんきょう)な声を上げた。キラークイーン、何て行動の早いスタンドなのだ。本当に彼の本体は普通のサラリーマンであったのか? 元々そのような行動を早く起こせる聡明(そうめい)な人間であったのか? ますます謎が深まるが、キラークイーンが未だ内心を見せない以上は確かめようがない。しかし、なぜキラークイーンはここまでのことをしたのか? ハイエロファントには疑問でしかない。

 

「キラークイーン。いい加減、君の目的を教えてくれないか? どうしてそこまでのことをする?」

 

「……どうして、だって? そんなもの、決まっているだろう。私からしてもネズミ()の存在は邪魔でしかない。ならば消す。それだけさ。君()中々面白いやつだが、味方だと勘違いしてほしくないな。あくまで手を組んだだけ、という……利害の一致だ」

 

「……なるほど。しかし、こちらもその程度で構わない。僕もあまり君とは関わりたくはないので…………それで、これからどうするつもりだ? 手は組んだが、まさか情報だけ開示して1人で"ネズミ取り"をするのではないんだろう?」

 

「まさか……」

 

 ハイエロファントのイヤミっぽい言葉に、嘲笑を込めた返事をする。キラークイーンは竹籠から筒状に丸めた大きめの地図を広げ、ハイエロファントに赤い枠で囲んだ地点を示した。2人のいる場所から近いわけではなく、歩いていけば、30分はかかるであろう。それでも大通りからは離れているわけではなく、人目にはそこそこつきそうな場所ではある。ここがネズミのテリトリーである、とキラークイーンは話した。

 

「この赤い枠の上に点があるだろう? ここに何があったと思う?」

 

「何、だって? ……糞か何かかい?」

 

「……ドロドロに溶かした同族(ネズミ)、もしくは溶けた人間の指や耳、挙句(あげく)には女性の乳房といった体のパーツだ。原型をとどめていないものも多かったよ」

 

 淡々と話しているが、かなりえげつない光景である。実際に目で見たらその場で嘔吐(おうと)してしまうだろう。さらに追加情報として、赤い枠の中には糞が一箇所に集められ、まるで人間でいうところの便所のような場所があったり、食べ物のカス(人間の指の骨など)を集めた貝塚モドキのものまであったそうだ。

 

「力を誇示(こじ)してナワバリを主張する……ずいぶん自身があるようだな……敵は」

 

「…………」

 

 しかし、ここで1つ疑問が生まれる。なぜキラークイーンは無事なのか? テリトリーに入られておきながら、無事で逃す生物はそういないはずだ。仮に無傷だったとしても、「戦った」という事実は述べそうなものだが、キラークイーンは一切話さない。ハイエロファントはついに質問を投げかける。

 

「キラークイーン。君の口ぶりからすると、ネズミのテリトリーに入っていったようだが、その時は攻撃を受けなかったのか?」

 

「…………」

 

 一時、沈黙が場を制する。禁断の質問であったのか? そう思いきや、キラークイーンは口を開いた。

 

「……敵のネズミはかなり賢い。素人目から見て、犯人が特定されづらいようにある程度証拠を消すこともやってのける。だからこそ、だ。相手は()()を警戒し、無闇な攻撃をやめたんだろうな。闇討ちを防いだ我々を「強敵」と認めた……簡単にテリトリーを見つけられたが、敵本体は目にしていない。ネズミは大物と予想する方がいい……」

 

「そうか……厄介だな……」

 

 ハイエロファントは腕を組みながら親指を顎に添え、ネズミへの対抗策を考える。それを見たキラークイーンは、ドロドロに溶けたネズミを地面に放り、ハイエロファントへこう言った。

 

「……既に作戦は考えてある。私はこれから罠を張る。君は適当に(ひま)を潰していてもらって構わない……」

 

「何? 2人でやるのが1番じゃあないか?」

 

「我々は()()()()()()。私は君に手の内を全て見せたくないだけだ」

 

「…………」

 

 キラークイーンは静かに語った。ハイエロファントはキラークイーンの瞳を見つめ、その真意に迫ろうとするが、彼の意志は堅いよう。抱く意思は明白だった。こうして話してみて、キラークイーンが気難しいスタンドであることが分かってきていたため、ハイエロファントはこれ以上何かを言うのは無駄だと判断して口を紡ぐ。そして了承した。

 

「分かった。そこまで言うなら、任せよう。それで……作戦の実行はいつにするんだ? あまり時間は掛けられないぞ」

 

「フン。やはり人里の人間たちが心配なんだろう?」

 

「……いつなんだ?」

 

「……明日の午前5時、寺子屋の前に集合だ。霧雨魔理沙は連れて来てもらっても構わないが、邪魔はさせるなよ。万が一、敵を取り逃した時のための()()だ」

 

「使えるものは何でも使う、かい?」

 

「当たり前だ。私は生き延びるために(ネズミ)を始末する。容赦はしない……」

 

 

____________________

 

 

 キラークイーンとハイエロファントはその後別れ、ハイエロファントは一度魔法店に、キラークイーンはネズミが活動を始める夕方にポイントとなる家々に罠を張った。その夜、とある民家にて。

 

ボグオン! 

 

 

 キラークイーンは女性の右手を握っていた。左手はサムズアップに似た、親指を人差し指の側面に付けた形を取っている。手首から後ろの部分が無くなった右手は宙にぶら下げられ、キラークイーンはそれを下から覗く。この行動に()()()()()()()()()

 相手が憎かったとか、魔が差したとか、そういうことではない。ただ、悪意に染まった意思の下で行ったことではなかった。

 

(……吉影(あの人)は……どうしてこんなものに興味があったのか……)

 

 キラークイーンの本体、吉良吉影は死亡するまでの約15年間、手の綺麗な48人の女性を殺してきた。それ以外にも殺害している者はいるにはいる。

 しかし、「女性」というところが肝なのだ。彼は常にその「手」を狙っていた。キラークイーンもそれは覚えている。頬ずりしてみたり、指輪を買ってあげたり、共に昼食を食べたり……しかし、キラークイーンには吉影の気持ちが今になって分からず、気になっているのだ。そして、「知りたい」という興味の延長線上にて、無意識に殺人が行われていた。

 

吉影(あの人)が望む「平穏」……私なら手に入れ、ずっとそばに置いておけるのか…………? 私は……吉影(あなた)が望んだものを目指す。あなたと同じように生きる。邪魔するやつは誰であろうとも爆殺し、勝って生き延びてみせよう……!」

 

 

 

 

 

吉良吉影は()()()()()()()。ただ、大きな波も谷もない、「植物の心」のような人生を……

 

 

 

 

 




基本的にスタンドの口調や性格は本体から受け継がれたような感じにしたいのですが、キラークイーンがベラベラ喋るところを想像してみると……シュールですよね。


次回、ついにネズミ退治が始まる!
ハイエロファントは敵を討てるのか?
キラークイーンは己が望むものを手に入れられるのか?
お楽しみに!
to be continued⇒


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20.Queen hunts the Rat

「その血の運命」って良いですよね。




 時刻は午前4時30分。人里の中心に位置する寺子屋に忍び寄る影が1つ。ハイエロファントグリーンだ。彼はキラークイーンと手を組み、人里を脅かすネズミを退治するため、指定された集合場所に到着した。と言っても、彼らは人里の人間のために戦うのではなく、「関わりのある友人を守るため」、「自分の命を守るため」にネズミを討たんとしているのだ。

 季節は秋に変わり始め、外は薄暗く、冷たい風が緩慢(かんまん)に外皮を()でる。ハイエロファントは辺りを見回し、近づく人影がないかと注意を向ける。

 

(冷えるな……人々はまだ寝静まっている頃か……)

 

 外皮をさすりながらそう思うハイエロファント。

 すると、突然寺子屋の戸が開いた。ハイエロファントは不意の出来事に驚き、(てのひら)を合わせて"エメラルドスプラッシュ"を撃てる態勢をとる。が、中から現れたのは敵ではなく、箒を手にした魔理沙だった。その顔は昨日別れた時と違い、落ち着きを取り戻していた。

 

「魔理沙……」

 

「戻ってくるって……思ってたぜ。ハイエロファント。全くよ、2人だけで見回りしろってかぁ?」

 

「……すまない。魔理沙。そんなつもりは無かったんだ。しかし、今日からまた僕は復帰する」

 

 魔理沙の冗談めいた言葉にハイエロファントは謝罪する。別れた理由が第三者にあるとはいえ、魔理沙を昏倒させて無理矢理あの場を後にした。ハイエロファントの勝手は、本人でもスルーできないほど、良い対応とは言えなかったからだ。

 ハイエロファントは魔理沙を真っ直ぐ見つめ、こう言い放った。

 

「今日! 敵を討つ。君も……ついて来るかい?」

 

 ハイエロファントは宙に右手を出し、魔理沙へと差し伸べる。

 

「へっ。そんなの、当たり前だろ! それに、こちらこそ、ありがとな」

 

「……僕は君のために戦う。人里(この場所)は僕を嫌う人が多くいるが、君にとっては思い入れのある所であり、守りたいものなんだろ? それを、君の友人である僕が手伝うことに、何もおかしい点は無い……」

 

 魔理沙は差し出されたハイエロファントの手を取る。それを確かと見たハイエロファントはガッシリと、様々な念と力を込めて魔理沙の手を握り返した。

 そこへ現れるもう一つの人影。

 

「……ずいぶんと、お早い集合だな。感心したよ」

 

「キラークイーン」

 

「!」

 

 寺子屋の向かい側に建つ家屋と家屋の間から、キラークイーンが姿を現す。ハイエロファントは前日に彼とコンタクトを取っていたので、キラークイーンが声をかけたこの一瞬、普通に接するところであった。しかし、次の瞬間、ハイエロファントは魔理沙へと瞬時に視線を移す。キラークイーンのことを自身よりも知らない魔理沙が、キラークイーンに対してどんな反応をするのか……先日の火事の件と相まって、魔理沙が()()()()()()いくか……?

 しかし、そんなことは杞憂(きゆう)であった。

 

「よう、キラークイーン。罠の手応えはどーだ?」

 

「……それを今から確かめに行くんだろう……」

 

「! 魔理沙? なぜ"罠"のことを知っているんだ? 君は気を失って、あの場にはいなかったはず……」

 

 ハイエロファントの疑問に、魔理沙ではなくキラークイーンが答えた。彼の表情から「つまらんことはとっとと終わらせたい」という思いがジワジワと(にじ)み出ている。

 

「君が人の苦労も知らずに早く帰ってしまった後、彼女に偶然()()()()しまってね……うるさくて面倒だったよ。ことの顛末(てんまつ)を話してやって、今、この通りと……いうわけだ」

 

「おう。そーいうわけさ。と、いうわけで……ハイエロファント、一緒に敵を倒そうぜ!」

 

「……フフ。ああ。そうだね」

 

 ハイエロファントは心から笑みがこぼれていた。これから"死"の(ふち)まで突き進むというのに、彼は後戻りしたいという気は全く持っていなかった。ここにある確かな仲間の存在と、信頼しきっているわけではないが、強力なスタンドと共に友人のために共闘するというこの()()。ハイエロファントはしかと噛み締めていた。

 

 

 

____________________

 

 

「なあ、キラークイーン。ネズミ取りの罠ってよぉ〜、何をしたんだ? チーズでも置いたのか?」

 

 3人はキラークイーンが罠を設置したという、標的(ネズミ)のテリトリー内の民家を目指していた。キラークイーン本人(いわ)く、ハイエロファントと約束した通り、廃屋だったり、既に犠牲者が出ている家に罠を張ったとのこと。魔理沙はその罠のことについて、素朴(そぼく)な疑問を投げかけた。

 

「……そんなわけないだろう。大体、「ネズミはチーズが大好物」だなんてこと、その(とし)で信じているのか?」

 

「なっ、何をぉ〜〜っ?」

 

「魔理沙、ほとんどのネズミは雑食性なのは知っているだろう? たしかに、チーズも食べるだろうが、やつらは主に穀物(こくもつ)を狙う。彼らの被害は昔からあり、弥生(やよい)時代では()り取った(いね)などを守るため、ネズミの侵入を防ぐ「高床式倉庫」というものが作られるほどだ」

 

「そう。だから私も麦だとか、玄米だとかをかき集めて罠に使った(それを食べるかは知らんが)。それだけではないがね」

 

「へぇ〜。そう……」

 

 ハイエロファントは魔理沙に分かりやすく解説してくれたが、キラークイーンは無知であることに対してイヤミっぽく、冷たく応える。キラークイーンの()()()()()()()()()()()にムっとした魔理沙は、前を歩くキラークイーンから視線を外し、人通りの無い小道を眺めながら後をついて行くのだった。

 

 キラークイーンの仕掛けた罠。それは、先程彼が言った通り、穀物をいくつかの廃屋にかためて配置したもの。それに加え、ボロボロに細かくしたチーズをまぶしている。キラークイーンはチーズぐらい人里のどこかにあるだろうと思っていたが、偶々(たまたま)見かけなかったのか、そもそも無かったのか、見つけられなかった。ただ、牛乳は手に入れられたため、じっくり煮込んでバターとの中間のようなチーズをしかたなく作ったのだ。しかし、このチーズはあくまで()()を消すためのものである。何の匂いを? チョークである。チーズと穀物の"山"に粉状にしたチョークを混ぜているのだ。

 キラークイーンは寺子屋からチョークを持ち出していた。寺子屋のチョークは()()でいうなら、旧タイプのものであり、石膏(せっこう)でできている。「万物に害を与える毒」というわけではないものの、もし体内に入った場合、分解するのは困難。キラークイーンはそれを狙っていた。水に濡らしても溶けづらいという性質、そしてネズミは人間よりも口内は(せま)い。

 キラークイーンはネズミの「窒息」を狙っていた!

 

(結局チーズを使ってるんじゃあねーか……)

 

「? どうしたんだい? 魔理沙」

 

「いや、何でも……」

 

「そろそろ着くぞ。集中するんだ」

 

 3人はいよいよ罠を仕掛けた1軒目に到着した。里の大通りから大きく外れた廃屋である。今回の行方不明事件とは関係なく、家主はずいぶん前に亡くなってしまったという。

 キラークイーンは(ゆが)んだ戸を力づくでこじ開け、奥に設置した餌皿を持参してきた提灯(ちょうちん)で照らした。

 

「うっ……! こいつは!?」

 

「ネズミ共は確かに()()()()()()()()な。ただの、だが」

 

 餌皿の周りには食い散らかされた穀物、そして、ひっくり返って動かない4匹のネズミが。4本の手足を(いびつ)に曲げて天を仰いでいる。魔理沙はショッキングな光景に戸の側から動けずにいたが、ハイエロファントとキラークイーンはズカズカと入っていき、ネズミの死骸をいじったり、家具の裏を調べたりし始めた。

 

「……のたうちまわったようではあるが、()()()()()形跡は無い。先日、僕らを襲ったネズミはいないようだ」

 

「では、次だ」

 

 キラークイーンたちは始めの廃屋で収穫を得ることはできず、2軒目の家を目指すこととなった。

 そんな3人の様子を、窓から覗く異形の存在。

 

「クルル……ギ……キキ……」

 

 

____________________

 

 

 3人は1軒目の廃屋を巡った後、2軒目、3軒目、4軒目と罠を張った家々を回る。罠を仕掛けた家々は、巡るごとにネズミのテリトリーの中心へと向かっていく。だが、見つかるのはただのネズミの死骸ばかり。先日ハイエロファントたち2人を襲った弾丸も、()()()()()()()()()()()()も見つからない。その事実は、キラークイーンに苛立ちを与えて続けていた。

 そして、3人は最後に5軒目の家へと向かう。

 

「なかなか掛かってねぇもんだな」

 

「敵がスタンドなのか、妖怪なのかハッキリしていない今では、効果的な対処が分からない……そもそも訪れていない可能性もあるんじゃあないか?」

 

「…………」

 

 ハイエロファントの問いかけにキラークイーンはだんまりで返す。

 言い返さないのは、ハイエロファントの言ったことが心のどこかで「その通り」だと納得していた部分があったからだ。狩猟経験のないキラークイーンは()()()()()()()()()()()()()()()であることを知らない。

 

「……そーだな……敵はスタンドなのかな? ハイエロファント、襲われた時にスタンドのエネルギーを感じ取れなかったのか?」

 

「それが……かなり焦っていたものだから……魔理沙は妖怪のエネルギーみたいなものを感じることはできないのか?」

 

「できないことはねぇけどよ。人里に来てからは()()()()()のは感じてないぜ」

 

「……いい加減口を紡げ。頭にくる。そして、着いたぞ」

 

 キラークイーンの苛立ちは既に限界を迎えていた。ぶっきらぼうに2人へ言い放つと、家屋の戸を開けて中の様子を見た。しかし、キラークイーンの望みはついに叶うことはなく、10匹ほどの、よく見たネズミがチョークを喉に詰まらせて死んでいた。

 

「ここも……か。結局、ターゲットのネズミは掛かっていなかったな」

 

「スタンドって死んだら消滅するんだろ? もしかしたらもう消えてるのかもしれねーぜ? なぁ、キラークイーン。そう落ち込むなって。罠っていうのはそう上手くいくものじゃあない……」

 

 ハイエロファントと魔理沙は家屋から出ようと、玄関へと足の先を向ける。しかし、キラークイーンはそうしようとはしなかった。彼の諦めたくない気持ちや、悔しさが"妄想"として生み出したのかもしれないが、キラークイーンの頭の中には、とある仮説が浮かんでいた。

 

(以前テリトリーに訪れた時、他のネズミの形跡やその姿を一切見かけなかった……それは、ネズミたちがこのテリトリーの主を恐れていたから……罠に気付いたターゲットがテリトリーを別の場所に移した、ということは容易に想像できる。だが、たった一夜で他のネズミ共は()()()()()()にこうも多く侵入してくるか……? たとえ、美味い馳走(ちそう)があったとして……)

「……待つんだ」

 

「ん?」

 

「どうしたんだ? キラークイーン」

 

 キラークイーンは背を向けた状態で、外へ出ようとするハイエロファントと魔理沙を呼び止める。そして2人の方へ振り返るが、彼の瞳は今まで以上に鋭さを増して、金属のように鈍い光を放っていた。

 

「これは私の勝手な想像だが、一応君らに教えておこうと思う」

 

「え? 勝手な想像?」

 

「ああ。我々が狙うネズミだが、もしかしたら、今、この近くにいるかもしれない」

 

「詳しく聞かせてくれ」

 

「……ここは我々が狙うネズミのテリトリー(独壇場)。だというのに、テリトリーの中心に行けば行くほど、罠に掛かるネズミの数が多くなっている。まるでテリトリーなど無かったように、どころの話ではない。まるで、この場所へ集められたかのような……な」

 

 キラークイーンがここまで言うと、ハイエロファントは彼が何を言いたいのかを何となく理解してきた。だが魔理沙はまだ分からず、眉が左右で歪んでいる。

 

「……君の言いたいことが分かったよ」

 

「えっ? 何だよ?」

 

「私は思うわけだ。今まで見てきたネズミ共の死骸は……ターゲットが()()()使()()()結果だと」

 

「な……何ィーーッ!?」

 

 キラークイーンの考えは、ターゲットはテリトリー付近のネズミだけでなく、人里中のネズミを力で従え、昨夜にキラークイーンが張った罠の毒見に使った、というもの。もしターゲットの正体がスタンドであった場合、罠の発見も他のネズミを使って(おこな)ったと仮定するなら、キラークイーンがエネルギーを探知できなかったこと、妖怪である場合にも本体が遠く離れていれば、魔理沙が探知できなかったことに合点がいく。

 

「なるほど……だけどよーっ、ターゲット(やつ)が近くにいるってのはどうして分かるんだよ?」

 

「人里には自分を殺そうとする輩がいる……しかし、そこは絶好の餌場。かつ、自分は人間を簡単に殺せる手段を手にしている。逃げという一択を何の躊躇(ちゅうちょ)もなく選ぶとは思えない」

 

「そして、一度逃げてしまえば永遠に追われ続けることとなるわけだ。だから隠れるのもいいだろうが、いくら賢くても野生動物。自身の平穏を脅かす者は……確実に迎え討ち(消し)に来るだろうな……」

 

 ハイエロファントは事実に基づいて意見を言う。が、それに対してキラークイーン。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような発言をする。が、ハイエロファントにも魔理沙にも、彼の言葉が怪しがられることはなかった。これにはとある理由が。

 魔理沙のスカートのポケットの中には、妖怪の妖力を探知するミニレーダー装置が入っている。装置から半径50メートル以内の一定値以上の妖力を検知すると細かく振動するのだが、それが今、反応したのだ!

 

「! ハ、ハイエロファント! 妖力だ!」

 

「……妖怪が近づいて来ているのか……? しかし、僕らには……」

 

「……スタンドのエネルギー……2人とも、構えるんだ。正面の窓から、姿を現す……!」

 

 人里をほのかに照らし始める日光が、3人のいる家の正面に取り付けられた窓から中へ差し込んできていた。するとその時、ガリガリと音を立てて、窓の下部から影が這い上がってきた。魔理沙は帽子の中に隠した円筒やミニ八卦路を、ハイエロファントは両掌を合わせ、キラークイーンは提灯を投げ捨てて戦闘態勢に入る。

 姿を現したのは!

 

ギシャアァァーーーーッ!!

 

「な、何だ!? あいつはッ!」

 

 姿を見せたのは、非常に大きなネズミ! 顔や前足の形は今まで嫌というほど見てきたネズミ共のそれであったが、違うのはその大きさ! 子犬ほど? いいや、それどころではない。体長は1メートルにもなろうか。尾も入れた全長であれば、魔理沙の身長だって軽く超えてしまうだろう。

 しかも、魔理沙たちの目を()かせたのは大きさだけではない。そのネズミの背中には、2つの砲台が埋まっていた。ギラリと光るその砲身は、確かに3人を狙っているのをハイエロファントは一瞬で理解するも、時すでに遅し。

 

「!! マズい、魔理沙ッ! 伏せるん……」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 

 

 ネズミの背中に埋まった砲台は、ハイエロファントの言葉をかき消し、ガトリング銃のように圧倒的スピードと火力で3人を蜂の巣に……いや、ドロドロにせんと火を噴いた。これを食らってしまっては、いくら超常的実力を持つ3人であっても、ジャムのようにされてしまっているだろう……

 

 

 

 砲撃は約1分間に渡って浴びせられた。そして殺戮(さつりく)ショウがいよいよ終わると、ドデカいネズミは窓についた格子を(かじ)って破壊し、家の中に足を踏み入れる。中はネズミが放った、硝煙(しょうえん)と言えるのかは分からないが、白い煙のヴィジョンが充満し、屋内の細かい様子はよく見えなかった。

 ネズミは3人のいた地点に、死体を確認しに近づく。と、次の瞬間!

 

「ギ……チッ!?」

 

ドガシャアアァ〜〜ンッ! 

 

 

 近づくネズミに、巨大な木の板が吹っ飛んだきたのだ!

 反応が遅れた巨大ネズミは木の板に押され、家の外に壁を破って飛ばされてしまった。何が起こっているのか? ネズミにはさっぱり分からなかった。あの3人は確実に殺したはず、だと……

 

「やれやれ……君たち、私がいて本当に良かったな」

 

「ああ……感謝するよ。キラークイーン。凄まじいパワーとスピードだったな。久々に見たよ」

 

 煙が晴れ、木の板が飛ばされた中からキラークイーンたち3人の、ピンピンした姿が。危機を乗り越えたのは、キラークイーンの行動であった。

 彼はハイエロファントが魔理沙を庇おうとしていた一瞬、家の床に指を突っ込み、ちゃぶ台返しのごとくひっくり返したのだ。(さいわ)い、家の床下は朽ち始めていたため、簡単に穴を空けられた。ネズミの弾丸は恐ろしい毒があるものの、威力は大したことはなかった。そのため、1つも貫通していくことなく、ひっくり返した床板で全弾防ぐことができたのだ。

 

「さて、ご対面だ。よくも私の命を狙ってくれたな」

 

「魔理沙、立てるかい?」

 

「おう、ハイエロファント。大丈夫だぜ。それにしても、何なんだ? あいつ。妖怪に、スタンドの特徴まであるなんて……」

 

「実際によく見てみれば分かる。外へ出るぞ」

 

 キラークイーンに(うなが)され、ハイエロファントと魔理沙は外へ飛び出した。家の前には土埃(つちぼこり)を巻き上げて床板が砕け散っていた。その下にはネズミの気配はない。血溜まりもないことから、押し潰して圧死させた、ということはないだろうと判断する2人。すぐさま周りを警戒する。

 土埃がかなり晴れ、早朝の日が2人の瞳を熱く突き刺したその時、やつは姿を現した。

 

「! 魔理沙! あれを見るんだっ」

 

「……こいつは……」

 

「ギギ……キィーーッ!」

 

 魔理沙の目には丸々と太ったネズミがいた。先程の巨大ネズミと同一個体であるのは確かだが、魔理沙は少し違和感を覚えた。彼女は、このネズミのことを知っている。

 

「こいつ……コダマネズミだぜ!」

 

「コダ……マ? 何だい? それは」

 

「れっきとした妖怪だ。別にそこまで強力ってわけでもないんだが……」

 

「なるほど。理解した。そのコダマネズミとやらに、スタンドであるその砲台が刺さっているというわけだな」

 

 キラークイーンが遅れて家から姿を出し、毛を逆立てて威嚇(いかく)するコダマネズミをジロリと(にら)む。ハイエロファントはキラークイーンの言葉を聞いた後、集中してコダマネズミを観察してみると、なるほど。確かにその通りである。砲台からスタンドのエネルギーが放出されている。

 

「やつの正体は分かったが、なぜあんなことに……?」

 

「今はどうでもいいことだ。やつはすぐに始末する!」

 

 キラークイーンは腰を落とし、標的(コダマネズミ)の攻撃に備える。

 しかし、次の瞬間、彼が避けたかった事態が起こった!

 

「なんだぁ? さっきの騒ぎはよ!」

「おいっ、うるせぇーーぞッ! 朝から!」

「! あ、あそこを見て! スタンドよーーッ!」

「あいつらァ〜っ! また暴れ回ってんのか!!」

 

「…………できれば避けたかった事態だ。面倒だな……」

 

 コダマネズミの乱射攻撃やキラークイーンが吹き飛ばした瓦礫(がれき)の轟音によって、周りに住んでいた人々が起きてきたのだ。ハイエロファントは懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 

(! 既に6時30分を過ぎている……! マズい。ここまで騒がれては、この場にいる人々は……)

 

「おい! 静かにしててくれ! 今ここに敵が……!」

 

「ギシャアアァーーーーーッ!!」

 

「な、何だぁ!?」

 

 魔理沙が起きてきた人々に叫ぶが、その声が()()()()ことはなかった。コダマネズミは人々の叫びによって刺激を受け、興奮してしまう。そして、背中の砲口が人里の民に向けられた!

 

 

ドドドドドドドドドドドドド! 

 

 

「ぎゃあぁぁーーーーッ!!」

「うげっ」

「ひィイィィーーーーッ!」

 

 大量に放たれた弾丸が、家々から顔を見せた人々に襲いかかる!

 毒の付いた弾丸は、人々の顔や胴体に突き刺さり、見るも無惨な姿へと変えていく。即死を(まぬが)れた者も、脚や腕が溶かされて()()()()()()にされ、後はコダマネズミに食われるだけ。こうなっては救いようがない。

 

「や、野郎ォーーッ!!」

 

 人々へ弾丸を撃ち続けるコダマネズミ。魔理沙は自分が()()()()()()今が好機(チャンス)と、ターゲットに飛びかかる。しかし、コダマネズミがそれを許すわけがない。火を噴く砲口を魔理沙の来る方へとゆっくり向け、弾丸の雨でなぎ払おうと攻防一体の攻撃を仕掛ける!

 

「クルル……ギギ……!」

 

「! や……ヤバ……」

 

「まっ、魔理沙!」

 

 ネズミと魔理沙の距離はおよそ7メートル。毒の弾丸が魔理沙を襲おうとしたその時! その間に緑色の触手が割って入った!

 

ドス ドス ドス ドスゥ! 

 

「うぐぅ……!」

 

「ハ、ハイエロファントォ!?」

 

 魔理沙に弾丸が当たる瞬間、ハイエロファントが腕を触手に変えて攻撃を防いだのだ。もちろん、ネズミの毒が溶かせるのは人間だけではない。スタンドすらドロドロに溶かし崩す、まさに「スタンド毒」!

 盾に使われた触手はスリムなフォルムを失い、ブシュゥと耳障りな音を立ててジャムのように(あふ)れ、広がる。

 

「ギッシャアァァーーーーッ!!」

 

「! あっ……待て! コダマネズミ!」

 

 人々を混乱状態にし、ハイエロファントの無力化を確認したコダマネズミは咆哮(ほうこう)を放つと、態勢を立て直すためか、一同に背を向けて逃走を開始した。魔理沙は逃げるコダマネズミを追おうとするが、触手を溶かされてうずくまるハイエロファントを置いては行けず、ターゲットが走り去る姿を黙って見ている他なかった。

 

「く、くそっ。やつに逃げられる!」

 

「魔理沙、僕に構わず……コダマネズミ(ターゲット)を追うんだ……」

 

「そんなこと……できるわけないだろ!」

 

「やれやれ……何をぐずぐずしているんだ? くさい演技は今はいらないんだ……」

 

「な、何だとォッ!?」

 

 魔理沙が対応に追われる中、キラークイーンが相変わらずな態度で喋りかける。彼の言葉に魔理沙はキッと振り返るが、キラークイーンは彼女らの方ではなく、逃げるコダマネズミを瞳に捉えていることに気付いた。

 

「そうだっ、キラークイーン、お前が追ってくれよ! お前は無傷だろ?」

 

「誰がそんな……私はやつの居場所へ向かいはするが、()()()()()()

 

「ハァ? こんな時に何を……!」

 

第2の爆弾(シアーハートアタック)

 

コッチヲミロ!

 

ギャル ギャル ギャル 

 

 

 キラークイーンが叫び、左手をかざすと、その甲からドクロがついた小型の戦車が撃ち出された。小型戦車は不気味な声を上げて、背を向けるコダマネズミをキュルキュルと追跡し始める。

 

「何だぁ? ありゃ!」

 

「……フッ!」

 

ザ シ ュ ウ ! 

 

「ぐぅあ!」

 

「ハイエロファント!?」

 

 キラークイーンはシアーハートアタックを撃ち出した直後、魔理沙の反応に一切応えることなく、ハイエロファントの触手の付け根、右肩の部分を手刀で切り落とした。(かせ)となる負傷を文字通り切り落とすことで、ある程度ハイエロファントの自由を確保できるのだ。肩の切断面からは、ドバドバと赤い血が流れ出る。

 

「まだくたばるんじゃあないぞ。君にはもう少し働いてもらわないと困る」

 

「…………」

 

「キラークイーン……そんな言い方ないだろ?」

 

「どのみち、その程度の傷なら死ぬことはない。即死レベルのダメージを負わない限りは…………我々から流れ出る血液も、あくまでヴィジョンだ。そう簡単に失血死もしないだろう」

 

 自分でハイエロファントの腕を切ったからか、大した心配は無い様子のキラークイーン。彼の態度に、魔理沙はムっとして睨む。

 

「いや……助かったよ。キラークイーン。それじゃあ……ネズミを追おうか……」

 

「おい、ハイエロファント。無理するなよ」

 

「フン……そう急がずともいい」

 

 ハイエロファントが魔理沙の肩を借りて、やっとの思いで立ち上がる。しかし、それに手をだしてストップをかけるキラークイーン。「何か考えがあるのか?」とハイエロファントは思うが、魔理沙は焦りが(つの)ってキラークイーンに対して苛立っていく。

 

「な、何言ってんだよ! さっきのちっこいのでどうにかなるのかァ!?」

 

「……シアーハートアタックは……よっぽどのことが無い限り、追跡をやめることはない。()()()()()()()()()。もちろん、破壊されることも……我が第2の爆弾(シアーハートアタック)に弱点はない!」

 

 




キラークイーンが好きすぎて主人公交代が起こりそうで怖い……(一応メインはハイエロファント)


ついにコダマネズミとの戦いが始まった!
毒の弾幕を潜り抜け、ハイエロファントたちはターゲットを仕留められるのか?
お楽しみに!
to be continued⇒


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21.ネズミの王

今回は短めです。


 キラークイーンたちはハイエロファントの回復をある程度待った後、姿を消したコダマネズミとシアーハートアタックを追って、駆け足でその場を離れる。シアーハートアタックは北上しているようだ。

 

「なぁ、キラークイーン。コダマネズミはどこへ向かっているんだ!?」

 

「そんなこと……私が知るわけないだろう。だが、シアーハートアタックの反応を見る限り、ターゲットは人里の中心から離れ続けている。外へ逃げるつもりのようだな」

 

「お前、さっき「逃げない」とか言ってただろーがッ!」

 

「全ての生物に当てはまるとは言っていない」

 

「ケンカはやめろ!」

 

 魔理沙の突っかかりにキラークイーンはのらりくらりと適当に答え、彼女をヒートアップさせるも、ハイエロファントが仲裁に入る。

 人里の中心から離れ続ける理由について、3人はヒントも持ち得ず全く分からなかったが、すぐに明らかとなった。3人の前方に「妖怪の山」が見えてきていたのだ。

 

「山に入るつもりかっ」

 

「キラークイーン、山に入って私たちを()くつもりらしいぜ!」

 

「それは参ったな」

 

「な、何ィッ!? 弱点は無いんだろ!?」

 

「……「妖怪の山」と言うぐらいなのだから、妖怪は大量にいるんだろう? シアーハートアタックの()()()()()()()()()いいが……」

 

「ハァ〜〜?」

 

 ハイエロファントと魔理沙は一切知らないことだが、シアーハートアタックは標的の体温を検知して追跡する。温度が高ければ高いほど、シアーハートアタックは優先して狙うのだが、妖怪の性質をキラークイーンは全く知らず、かつ、その数が多いというのだから山に入られては()()()()追跡がしにくくなる。キラークイーンはコダマネズミには山へ入ってほしくないと思わず願った。

 

「このスピードじゃあ山に入られるッ!キラークイーン、お前飛べるか!? 私は先に行くぜ!」

 

 そう言い残した魔理沙は、乗った箒のスピードをぐんぐん上げて直進して行った。ハイエロファントも浮遊し、魔理沙を追う。

 

「……飛ぶ……か……浮遊はできるが……」

 

 走りながら足を地面から離し、宙に浮いて魔理沙たちを追おうとするが、ハイエロファントのようにスピードを出せない。彼は慣れているのだろう。浮遊してから前方へ進むまで、()()()()()()()()

 

「……チッ……走った方が速いじゃあないか……」

 

 キラークイーンは舌打ちし、地面から離れた足を再び下ろすと、飛行する魔理沙とハイエロファントを追って人里からも外れていくのだった。

 

 

____________________

 

 

 自らの脚で駆けるキラークイーンは、しばらくして山へと続く森の入り口で立ち往生する魔理沙とハイエロファントを見つけた。シアーハートアタックを追跡できるのはキラークイーンだけのため、そのうち()()()()ことは大体予想がついていた。キラークイーンは減速し、立ち止まっている2人へ声を掛ける。

 

「大方予想はついていたが、まぁ、「このまま真っ直ぐ進んでいいのか」となるだろうな」

 

「そりゃあ……もう森だしよ。どっかで待ち伏せとかしてるかもって思うだろ?」

 

 魔理沙に言われ、キラークイーンはシアーハートアタックの反応を注意深く探知する。すると、思っていたよりも遠く離れていないことが分かった。

 

「どうだ? キラークイーン」

 

「……そう離れてはいない。このまま真っ直ぐ…………いや待て、どういうことだ……?」

 

「どうかしたのか?」

 

「シアーハートアタックが……折り返してくる……」

 

 なんと、探知したシアーハートアタックの反応は3人の方へとUターンし始めてきたのだ。ということは、コダマネズミがキラークイーンたちに向かってきた、ということになる。キラークイーンの言葉に、魔理沙とハイエロファントは戦闘態勢に移った。

 

「2人とも、すぐ撃てるようにしておけよ。じきに姿を現す……2……1……!」

 

 キラークイーンがカウントダウンを始め、"0"を迎えた。キラークイーンの読みでは、0と同時にコダマネズミが前方の草むらから姿を現す、というものだった。しかし、姿を現すどころか、草むらが揺らされる気配もない。一瞬緊張が走るが、魔理沙から早々と解けた。

 

「おい、出てこねえぞ……どうなってんだ?」

 

「…………」

 

「まさか……キラークイーン、君のシアーハートアタックは……()()()()()()()()のではないか……?」

 

「な、何ィ!?」

 

「……かもしれないな」

 

 キラークイーンはしっかりと探知していた。シアーハートアタックが自分のいる地点を通り過ぎ、人里へ向かって走る反応を!

 

「我々の来た方角へと向かっているということは……コダマネズミの狙いは人里……虐殺を続けるのか、それとも「既に人里は自分の支配下。ホームグラウンド」だとでも言いたいのか……」

 

「くそっ、だったら今すぐ追わねぇと!」

 

「あぁ……! ……何?」

 

「どうかしたのか? キラークイーン」

 

「シアーハートアタックの反応が……挙動不審に……」

 

 キラークイーンが探知しているシアーハートアタックは、3人の後方10メートルの地点で直進を止め、ウロウロと前後左右へ動いていたのだ。そして……

 

 

ボグォオン! ドバオッ! ボゴォオオン!!

 

 

 地面が爆裂した。踏んづけられた地雷のように、掘り当てられた間欠泉のように、地下から岩や土を噴き上げる。その中には、血しぶきも混ざっており、魔理沙の白い肌を赤く染めた。そしてその血の主であろう、無数のネズミの死骸も空中へ巻き上げられていた。

 

「う、うわあああ!! 何だこりゃあ!」

 

「地下には道があった……多くのネズミ共が人里と山を行き来するためのもの……ということか」

 

「キラークイーン、もう君は追跡できないのか?」

 

「難しいな……最も危惧していた事態だ」

 

 キラークイーンはお手上げ状態であった。地下から追跡するのはネズミの群れに(はば)まれて不可能。もはや地上から地道に襲うしかない。キラークイーンが()()を実行するかどうか決めかねていた中、ハイエロファントは既にどのように行動するかを決めていた。

 

「おそらく、この近くにコダマネズミが地下道に入った穴があるはずだ。僕は体を紐状にできる。そこから追跡しよう」

 

「ハ、ハイエロファント……大丈夫なのか?」

 

「……そうするしかない」

 

「決まりだな。ハイエロファント、穴はそこの草むらの奥にあるはずだ。我々はひと足早く人里に向かっているからな」

 

「あぁ。そうしてくれ」

 

 キラークイーンはハイエロファントにそう告げると、彼に背を向けて人里を見据えた。ハイエロファントもキラークイーンに背を向け、言われた通りに草むらをかき分けて穴を探し始める。

 

「ハイエロファント」

 

「ん? どうした? 魔理沙」

 

 魔理沙は腰を(かが)めているハイエロファントの肩を叩いて振り向かせる。彼女の手には一本の筒があった。弾幕戦の時に使うものと似たような形状しており、一目見たハイエロファントはそれが「武器」であるとすぐに理解した。

 魔理沙は筒をハイエロファントの右手に持たせ、握らせると彼の目をじっと見て言った。

 

「ハイエロファント……今回ばかりはマジにヤバい……絶対に死ぬなよ」

 

「…………」

 

「これ、私の弾幕の少しだ。

戦い始めたらよぉ〜、これを空に撃って合図をくれ。

そしたら、すぐに駆けつけるからな」

 

「あぁ……ありがとう」

 

「霧雨魔理沙、行くぞ。人里を「守る」んだろう?」

 

「分かってるよ! それじゃあな、ハイエロファント!」

 

 キラークイーンに()かされ、魔理沙は急足でハイエロファントの側を離れる。魔理沙は去り際にハイエロファントにサムズアップをして彼の健闘を祈るのだった。そしてまた、ハイエロファントも魔理沙から貰った弾幕の筒を握りしめ、見つけた穴に体を少しずつ入れてターゲットを追い始めるのだった。

 

 

____________________

 

 

 地下道に入ってしばらくしたハイエロファント。その中には大量のネズミがおり、道を阻んでくるものかと想像していたが、予想に反してその数は少なかった。いや、少ないどころではなく0(ゼロ)だった。足音ひとつも聴こえない。もぬけの殻状態である。

 

(明かりに関しては所々に生えている"キノコ"が発光しているおかげで大丈夫だが……なぜネズミは1匹もいないんだ?)

 

 ズルリ ズルリと体中を壁や上部にすり付けながら這い進むも、コダマネズミの移動はかなり早く、その痕跡はどこにも見当たらなかった。

 進むことおよそ5分。チラホラと地下道の上部から外の光が漏れ出ている出口が見え始めてきた。しかし、そのどれもがコダマネズミの胴体が通れるほど大きいとは言えず、いわゆるハズレの穴であることは明白であった。アタリの穴を見つけなければ。

 

(ぐっ……人里中のネズミを意のままに操っているのか? まるで「ネズミの王」じゃあないか……)

 

 ハイエロファントは幻想郷中のネズミがコダマネズミの配下になり、津波のようになだれ込む様を想像して、思わず身震いした。考えただけでも恐ろしい。

 きっと世紀末のようになってしまうんだろう、と呑気に怖いことを想像していると、ハイエロファントの前方に続く道の右脇から1匹の小柄なネズミが「キキキ」と鳴きながら姿を現した。

 

(! あれは……)

 

 コダマネズミ本体ではないが、あのネズミを追えばきっとターゲットの元に辿り着ける、あるいはどこか重要なポイントが分かるだろうとハイエロファントは考える。彼と目を合わせたネズミは、驚いたように身を引くと、ハイエロファントが向くその先に走っていった。

 もちろんのこと、ハイエロファントは逃すまいとその小さな「手がかり」を追跡を始めた。

 

「逃がさないぞっ」

 

 ネズミはその小さな体を活かして、狭いトンネルを縦横無尽に駆け回る。ハイエロファントも撒かれまいとヘビのようにうねりながらネズミを追う。が、追いかけっこの時間はそう長くは続かなかった。ネズミは穴から外へ出て行ってしまったのだ。ハイエロファントは一瞬、「しまった」と焦ったものだが、ふと気付いたこともあった。追いかけたネズミが出た穴は、直径が50cmを超えていたのだ。

 こちらは大当たりだった。

 

(この穴なら、コダマネズミだって出られるぞ……魔理沙に持たされた筒を持って外へ……!)

 

 ハイエロファントは(ほど)かれた緑色の触手で筒を絡めとり、日光が降り注ぐ一際大きな穴へと向かう。

 外から見たら()()()()が咲く様子に似ているが、緑色の紐が植物よりも生物に近い動きで穴から伸びて出てくる。さて、ハイエロファントが体を出した所はどこなのか? 現在、コダマネズミはどこにいるのか……

 

 この質問の答えは同じだった。

 

ギシャアァアァァーーッ!!

 

「な、何ッ!?」

 

 コダマネズミが「ネズミの王」……ハイエロファントのこの予想は当たっていた! コダマネズミは小さなネズミを使ってハイエロファントをおびき出したのだ。自身の張った罠に。

 ハイエロファントが体を出した地点は、家々に囲まれた小さなスペース。その一軒の家の屋根に乗ったコダマネズミからは、その穴は標的を撃ち抜くベストスポットだった。

 

「ま、まずい……!!」

 

 ハイエロファントは急いで体を地中に引っ込めようとするが、()()()()()()

 

 

ドドドドドドドドドドドドド!!

 

 

 コダマネズミに埋まったスタンド(ラット)は、ハイエロファント目掛けて火を噴いた。砲身はしっかり定まっていたため、()()()()()()()()。コダマネズミは自身の勝利を確信していた。

 しかし、この時確かに、黄金の閃光が穴から天へと昇っていた。

 

 

 

 




本当はこの話で終わらせたかったのですが、結構長めになると思ってキリのついたところで切ってしまいました。これからは少し短めの話が続くかと思われます。

そういえば、「ネズミの王」って彼岸島にもいましたね。個人的に1番気持ち悪いビジュアルでした……

次回、ついに妖怪コダマネズミとの決着!
誰がやつを倒すのか?
ハイエロファントの運命は?
お楽しみに!
to be continued⇒


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22.キラークイーンは静かに暮らしたい

前回、「次回から短くなる」と書いてしまいましたが、今までで1番長い可能性があります。


 キラークイーンと魔理沙はハイエロファントと別れた後、人里にてコダマネズミの行方を追っていた。人里全体は既に起床時間を迎えたように、人々が外へ出始めていた。朝の挨拶を交わす中、急ぎながら駆け回るキラークイーンたち2人の様子を怪訝に思い、横目でチラチラと見ている。

 しかし、ターゲットを確実に仕留めるチャンスと、ハイエロファントの命がかかっているこの状況下で2人は()()()()()を気にかけることはなかった。

 

「なあ、キラークイーン、ネズミ(やつ)は自分のテリトリーに戻ってるんじゃあないか!?」

 

「そんな分かりやすいところには行かないだろう……かと言って、他に心当たりのある場所は無いが……」

 

 キラークイーンは駆け足で考える。魔理沙は箒で飛行しながらヒントを探す。キラークイーンの頭の中が徐々に埋まりだし、視界にモヤがかかり始めた時、魔理沙は大通りから陰となっている脇道へ()れて行く存在を見つけた。

 その存在というのはネズミなのだが、そのネズミが入って行った脇道にはギラギラと光る無数の何かが見えたのだ。少女とはいえ、幻想郷では戦闘のプロである魔理沙は、それら光る存在を見逃すことはなかった。

 

「! キラークイーン、あれだ!」

 

「……何だ? どうかしたのか? 霧雨魔理沙」

 

「私は()()の正体を探るぜ! キラークイーン!」

 

「なに? おい、勝手に離れるんじゃあ……」

 

 魔理沙はキラークイーンに一言言い残すと、彼の返答を聞くことなく、ネズミの消えて行った脇道へ彼女も入って行ってしまった。彼女(魔理沙)のこと事態はどうでもよく思っているキラークイーンは一瞬放置することも考えたが、魔理沙が口走っていた「あれ」の存在も気になり、後を追う。

 

 

 魔理沙が脇道へ突進すると、無数の光は一斉に消え、その正体をさらに奥の日の下にさらした。脇道の壁や地面から這い出てきたのは……

 

「うげぇ! こりゃあ、大量のネズミ!?」

 

 そう。大量のネズミが目を光らせて魔理沙たちを観察していたのだ。ネズミの群れは脇道を抜けた大通りほどの大きさではないが、広めの通りに出ると、一切バラつくことなく隊列を組んで右方向へ逃走を開始する。しかし、魔理沙が追いつけぬスピードではない。曲がった先にある、再び現れた狭い道へ、両者は入っていった。

 

 魔理沙は日光の明るさに目が慣れてしまい、薄暗いその道に入った直後、その明るさのギャップに一瞬目が(くら)む。思わず目を閉じてしまい、すぐさま開けようとするが遅かった。魔理沙はネズミたちの行方を見失ってしまった!

 

「くぅっ! しまったぜ……ネズミ共を見失っちまったぁ〜!」

 

 せっかく見つけたターゲットへの足がかりを失い、困り果てて頭を抱える魔理沙。そして、そこへキラークイーンが到着した。誰もが想像しただろうが、彼は心の中で「何をやっているんだ」という状態であった。

 

「いきなり飛び出して()()か……」

 

「悪い……」

 

「で? 結局何を見つけたんだ? それを訊きに来た」

 

「……大量のネズミさ。変なやつらだったぜ。キチッと並んで走ってやがった! しかもこの路地に入っていったのを見たんだがよぉ〜っ、一瞬で消えちまいやがるし……」

 

「ほぅ……」

 

 魔理沙の言葉を聞き、キラークイーンは視線を地面へと落とす。すると、何かに気が付いたのか、いきなりしゃがみ込んで土の表面を観察しだした。

 

「おいおい、キラークイーン。今、土いじりをしてる(ひま)はねぇーぜ!」

 

「"足跡"だ」

 

「は?」

 

「足跡が消えている。君の言う通り、確かにネズミ共はこの路地に入った。しかし、足跡が途中で途切れている」

 

「な、何だって? すると……()()()()()()()()?」

 

「"バックトラック"だ。ネズミもやるとは思わなかったが……それに、「列を組んで走った」と言ったか? コダマネズミ(ターゲット)()()()()のか……配下のネズミに!」

 

 バックトラック。

 それは、野生動物が肉食獣や狩人(ハンターたち)を撒くため、自分の足跡を踏んで後退し、どこか適当な場所で木や葉、岩などに飛び移って追跡を(まぬが)れる手法。

 ()()()()()()()という例は、空条承太郎(くうじょうじょうたろう)及び東方仗助(ひがしかたじょうすけ)が遭遇した「虫喰い」という非公式なものを含めても二例目である。ただでさえ、先例が無く、かつここまで素早い実行……キラークイーンは、()()()()()()ネズミたちのこの行動はコダマネズミによって仕込まれたと考えたのだ。

 キラークイーンの解説を聞きながら、魔理沙がふと通りの先に目を向けると、なんとそこには先程のネズミたちがキラークイーンたちをギラギラと不気味に光る目で見つめていた。

 

「なっ……さっきのネズミ共ッ!」

 

 魔理沙は一度降りた箒に再び飛び乗ると、数十匹集まったネズミの群れに突進しようとした。が、キラークイーンがそれを阻む。彼の左腕が魔理沙の首をガッシリと掴んでいた。

 

「うげぇっ! は、離せよ、キラークイーン!」

 

「やつらは追うな。あそこまで訓練されているのなら、深追いするのはかえって危険だ。罠に誘われるか、ターゲットの位置から遠ざけられるかのどちらかだ……」

 

「うっ……くそっ」

 

 キラークイーンが手を離すと、嘲笑(あざわら)うように鳴き声を漏らすネズミ共を、魔理沙は恨めしく(にら)んだ。

 再び()()()()へと戻ってしまった2人。魔理沙は肩を落とし、キラークイーンもその場でこれからどうするかを考える。すると、

 

ドッ パァァーーーーン!

 

 

「! 何だ? この音はっ」

 

「キラークイーン、見ろ! 東の空だ! あれは……私がハイエロファントに預けた弾幕のッ!?」

 

 轟音とともに、東の空で閃光が走った。太陽は既に出ているというのに、その明るさや、撃ち出されたその様子はまるで夜の打ち上げ花火。そしてこれは、「ターゲットの発見」を意味していた!

 

「急げ、キラークイーン! あそこでハイエロファントが例のネズミを見つけたんだ! ハイエロファント……無事でいてくれよぉ〜っ!」

 

 魔理沙は再び先行し、弾幕が光った地点を目指して箒を加速させる。キラークイーンも、ターゲットを今度こそ確実に始末するため、拳を握りしめて駆け出した。

 

 

____________________

 

 

「ハァ……ハァ……これはッ」

 

 現場に駆けつけた魔理沙は、そこに広がる惨劇に絶句した。9m×9mのスペース、それを取り囲む壁には血や肉片、コダマネズミの餌食となったのか、ドロドロに溶けた肉塊がへばりついており、地面も同様であった。

 何より、魔理沙の目についたのは、見たことのある色をした流動体が、水たまりのように(くぼ)んだ場所に鎮座していた。

 

「み、緑色……嘘だろ……ハイエロファントォ!?」

 

 箒を投げ捨て、緑色の水たまりに駆け寄る。手を置いて揺さぶろうとするが、すでに固くなっていた。元々人肌並みの温度もなかったが、朝の風にさらされて棚の奥に数日しまわれた金属ボウルのように冷たい。

 

「あ……あぁ……ちくしょう……チクショオォーーッ!」

 

 うずくまって絶叫する魔理沙……それを狙う一つの影が、屋根にあった。日光に照らされ、鈍く輝く砲身は次なる標的をスコープに定める。

 

「……知ってるんだぜ……コダマネズミ……()()がお前の仕掛けた罠(狩場)だってことはなァ!!」

 

 

ボン ボン! ドシュゥゥ〜〜ッ!

 

 

 魔理沙は自分を狙うコダマネズミの存在には、既に気付いていた。長年の勘か、それとも仲間を殺された恨みが精神力を爆発的に成長させたのか……狙いを定めるコダマネズミへ、振り返りざまに弾幕を浴びせる!

 

「ギギィ……チチ……!」

 

 思わぬ反撃に砲身を引っ込めたコダマネズミは、屋根の(かわら)を蹴落としながら弾幕を避ける。しかし、2、3発程度では魔理沙の怒りはおさまらない。次なる攻撃のため、帽子から、ポケットから、(えり)の中から、アイテムを次々と出して弾幕をお見舞いする。

 

「このド畜生がァーーーーッ」

 

 魔理沙の攻撃は止むことはないが、冷静さを欠いている故に()を外したり、弾幕の威力にムラがあった。コダマネズミは、大きく強力な弾幕避け、小さく弱い弾幕は撃ち落とすなどし、両者の殺し合いは弾幕戦へと発展した……と、思ったのもつかの間。

 

「ッ!? (イデ)ッ」

 

 魔理沙の左脚に痛みが走った。冷静さの無さ故に、自分の体に当ててしまったのか? いいや、そんなはずはない。では、この痛みは何なのか。

 脚を見下ろした魔理沙が目にしたのは、強靭(きょうじん)な歯でふくらはぎに喰らいつくネズミ! しかも1匹どころか、家々の窓やスペースの入り口からどんどんネズミの波が押し寄せてくるではないか。

 

「こ、こいつらぁ〜〜っ!」

 

 ネズミたちは次々と魔理沙の体に喰らいつく。ネズミは齧歯類(げっしるい)に分類される動物であり、発達した前歯によって何でもかんでも噛み砕くことができるのだ。電気ケーブルや家の壁にも穴を空けるその歯に噛まれるのは、絶対に想像したくない。しかし、魔理沙はその激痛を今、その身で体感しているのだ!

 

「うぐぅ! くそッ、離れねぇーかっ」

 

 ネズミたちは腕まで登ってきた。魔理沙は弾幕で追い払うことも考えたが、待っているのは自爆による死、もしくは再起不能の重体。かと言って、少女である彼女はパワーでネズミたちを振り払うこともできない。ほぼ「詰み」の状態である。

 そして、ようやく攻撃が止んだことをいいことに、コダマネズミは「ラット」の照準を魔理沙に合わせた。ネズミに群がられる魔理沙も、その様子を確かに目撃したが、もはやコダマネズミの攻撃を防ぐ体力も手段もない。

 

「く……くそぉ……っ」

 

「ギッシャアアアァァーーーーッ!」

 

 コダマネズミは雄叫びを上げ、魔理沙は敗北に感嘆する。そして、ラットの砲口がついに火を噴いた。

 

ドドドドドドドドドドドド!!

 

 

 

 魔理沙はその光景を確かに目にし、「もうダメか」と死を覚悟して目を閉じた。

 しかし、魔理沙の意識が失われることはなかった。既に放たれた弾丸が魔理沙に届くこともなかった。届いたのは、ガラン!と地面に金属か何かが落ちた音だけ。不思議に思った魔理沙は目を開いてコダマネズミが立つ屋根に注目する。

 なんと、そこにはコダマネズミが放ったはずの弾丸が撃ち込まれていた! 魔理沙の頭の中は一瞬「?」で埋め尽くされたが、答えはすぐ明らかとなる。

 

「今日だけで2回目だ。『よかったな、私がいて』」

 

「キラー……クイーン……」

 

 狩場の入り口から、キラークイーンが姿を現した。

 魔理沙にラットの弾丸が届かなかったのは、彼の仕業である。先程魔理沙が耳にした、「金属の何かが落ちた音」というのは、キラークイーンが投げた鉄鍋が発生源だった。鍋の底は丸く窪んでおり、先の(とが)った弾丸が当たれば反対方向へ反射してしまうのだ。

 

「やれやれ……君は法皇の緑(ハイエロファントグリーン)とは()()()()()()()0()で相性が良いかもしれないが、私とは相性最悪だな。下手に動かず、君はもう下がっていろ……」

 

「あ……だけど……えっ」

 

 キラークイーンに言われたようにしようとするが、自分の体にはまだネズミが貼り付いている……と思っていた魔理沙。しかし、気付けばネズミはもういないではないか。辺りを見回すと、木箱の裏や窓の格子の陰に隠れ、キラークイーンを見て怯えている……?

 肝心の本人はというと……目を見開き、体中からドス黒いオーラがあふれ出ていた。

 

「キラークイーン……」

 

「さて、コダマネズミ。ようやく真打の登場だ。私を倒せば、怖いものは何も無くなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「クルル……」

 

「まぁ、私が()()()()()()()()がね」

 

「ギッギャァーーッ」

 

 キラークイーンの言葉が終わると、コダマネズミはもうひと叫びする。すると、ワンテンポ遅れて隠れたネズミたちが一斉にキラークイーンへ飛びかかった。魔理沙と同じように、全身をかじって身動きを取れなくさせるつもりまろう。

 しかし、こんな拘束はキラークイーンにとってお粗末極まりないことである。

 

「しばッ!」

 

ド バ バ バ バ バ

 

 

 キラークイーンのラッシュが、飛びかかるネズミたちを殴り、引き裂き、叩き落とす。

 キラークイーンのこの圧倒的戦力に恐れをなしたのか、後方に控えたネズミたちは二の足を踏んでたじろいだ。その様子を眺めてキラークイーンは不敵に笑みを浮かべる。

 

「フフ。『教え込む』というのは、必ずしも利益だけを生むわけじゃあない……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなぁ〜〜」

 

「キキキ……ッ!」

 

 キラークイーンの煽りに、歯軋(はぎし)りするように鳴き声を上げるコダマネズミ。しかし、配下のネズミ共を封じられたからといってコダマネズミは白旗を揚げることはない。他がダメなら自分の番だ。ラットの標準がキラークイーンの顔面に合わせられる……

 

ドドドゥン!  ドシュゥゥン

 

 

 しかし、いくら弾丸といえども本物のライフル銃で撃ったような速度で飛びはしない。キラークイーンは余裕をもって弾丸を避け、壁際に転がっている鍋を拾うと、再び撃ち込まれる第2撃の弾丸をはね返す!

 

「ウシャアアァーーッ!」

 

 はね返された弾丸はコダマネズミの脳天めがけて飛んで行く。だが、こちらも見切れない動きではなかった。飛んでくる弾丸に、さらにラットで撃ち出した弾丸を直撃させて撃ち落とす。

 この攻防は長きにわたって繰り広げられた。飛んでくる毒の弾丸は、隠れているネズミの脳天を撃ち抜いたり、魔理沙の頬をギリギリ避けて行ったりと、この戦場はまさに、近付いたら確実に死ぬであろう地獄絵図。

 

「それでスタンドを使いこなせているつもりか? ()()()()()()()()()()()()()()だけがスタンドの機能ではないんだぞ。お前はスタンドを「撃つ」ことだけにしか使ってないな」

 

 弾丸を(はじ)いた鍋を掴んでいるキラークイーンの左手は、右手にしているコテとは違う形をしていた。クレーターや露天掘りのように窪んで……まるで、そこには元々何かが()()()()()()ような…………

 コダマネズミはこの異変に、()()()()()()()()

 

______あの左手からは確か、自分を追ってくるやつが……

 

 気付いた時にはもう遅い。

 コダマネズミは自身の背後をゆっくりと振り返った。

 

ギャル ギャル ギャル 

 

コッチヲ見ロッ!

 

 第2の爆弾『シアーハートアタック』!

 コダマネズミはその存在に気付き、反射的に飛び退いてしまう。が、それがかえって(あだ)となった。シアーハートアタックの爆発によってコダマネズミの巨体は空中へ放り出される。スタンド(ラット)を持っていようとも、身動きをまともに取れない空中では無力!

 キラークイーンは()()()()()

 

「キラークイーンッ、上だ! やれェーーッ!」

 

「フン」

 

ドゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ ドゴ バゴ ボゴ ボゴ ドゴ ドゴ ボゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ バゴ ボゴ ドゴ ドゴ 

 

ド メ シ ャ ア ァ ! !

 

 

 キラークイーンのラッシュがコダマネズミの肉体に直接叩き込まれた! 強靭な拳を数十発受けたコダマネズミの体には、たこ焼きを焼くための鉄板のように無数の窪みが形成され、見ているだけでこちらが痛くなってくるほど。しかも、そのトドメと言わんばかりに殴りつけられた下顎は、頬がちぎれて完全に頭部から分離していた。仮にキラークイーンと魔理沙をこの場で始末したとしても、絶命は間近であろう。そんな展開は訪れないが。

 

「グ……ギ…………」

 

「フゥ〜〜……そんな物騒なモノも……没収だ」

 

メキ メキ……バキイィッ!

 

 力無く地面に墜落するコダマネズミだったが、滞空したままキラークイーンに捕まり、背中に埋まった2つのラットをついに破壊された。パワーにモノを言わせて、両手で掴んで横方向へへし折ったのだ。クリームであればできるかもしれないが、ハイエロファントではまず無理だろう。

 破壊されたラットはシューーッと音を立てて、徐々に消滅し始める。コダマネズミの方も完全に再起不能の状態だ。ピクピクと痙攣(けいれん)しながら地面に横たわる。

 

「さて……長かった逃亡劇も、これにて終了だな。死骸(しがい)すらも(のこ)さない。キラークイーン第1の爆弾!」

 

 コダマネズミに完全なるトドメをさすため、エネルギーを込められた手刀で()()()()()()()と、キラークイーンは下顎がちぎれ飛んだ頭を狙う。すると、コダマネズミの痙攣が……さらに速く、大きく、傷んだその全身に伝わっていくではないか!

 何かに気付いた魔理沙はキラークイーンに叫んだ。

 

「キラークイーン! そいつから離れろッ、コダマネズミは自爆するんだァーーッ!」

 

「な……何だとっ……これは……」

 

 

ドッパアアァーーーーンッ!

 

 一瞬コダマネズミの体が光り輝いたかと思ったら、次の瞬間には派手に血しぶき、肉片をまき散らして自爆していた。そもそも不潔な生物ではあるが、死体が爆発した付近では腐敗臭に似た異臭が漂い、血を浴びたキラークイーンの体……左半身はラットで撃たれたほどではないにしろ、ドロリと溶けかけていた。

 

「う……ぐ……こんな……ひどいことが……」

 

 キラークイーンはフラつきながら恨み節を吐き、ドサッと座り込んでしまった。激闘を制したキラークイーンの様子を見て、魔理沙は右手で鼻を覆いながらキラークイーンに駆け寄った。

 

「おい、大丈夫か? キラークイーン!? ありがとう……いろいろ……面倒かけちまったりよぉ……」

 

 キラークイーンの右側にまわり込み、肩を担ぎながら礼を言う魔理沙。しかし、その途中で涙があふれ、言葉が途切れ気味になってしまう。ハイエロファントが死んだ。1ヶ月ほどともに生活して、共に戦いもした。今ではかけがえのない友人となっていたのに……最期は(はかな)く……

 

「何を泣いて……いるのか……理解できない……イカれてるのか? この状況で……」

 

「……なんだと……」

 

 キラークイーンの言葉が魔理沙の怒りに火を点けた。いや、ハイエロファントはコダマネズミのせいで死に、その怒りに上乗せされたと考えれば、油を注がれたことになる。

 プッツンした魔理沙の右手に力が入り、キラークイーンの右手首を締め付けるが、彼の顔を見る限りどうってことはないらしい。

 

「……スタンドは……死ねば消滅する……そこの緑……色の水たまりは……ハイエロファントの一部だろう……え? 違うか?」

 

 キラークイーンは問いかけるが、それは魔理沙に放たれたものではない。彼の目は狩場を囲む家の1つを見つめていた。

 すると、ズルズルと音を立て、何かの手が窓の格子を掴んだ。その手の色は緑色。間違いない。

 

「ハ……ハイエロファントォ!!」

 

「やぁ……魔理沙……キラークイーンの言う通り、穴から出したのは僕の触手の一部だ……君にもらった筒も一緒に出して、攻撃を受けた瞬間に開けた。フゥ〜〜……そして、その通りに触手は溶けてしまって……切断するのに苦労していたんだ……」

 

 ハイエロファントは魔理沙たちに顛末(てんまつ)を語ると、魔理沙の箒に乗せられ、コダマネズミの狩場を後にした。

 

 

____________________

 

 

 魔理沙はハイエロファントたちを回復させるため、彗音のいる寺子屋へと向かう。が、狩場から寺子屋まではかなりの距離があった。たった1人で大人2人分のものを運ぶのは厳しい。

 しかも、運ぶ以前の問題があった。

 

「み、みんな……」

 

「魔理沙……その2人を……どうするつもりだ? 一体、どこへ連れて行くんだ?」

 

 狩場から出てきた魔理沙たちの前に立ち塞がったのは、人里の人間たちだった。30人近くいる。大方、自爆したコダマネズミが発した異臭を追ってやって来たのだろう。

 

「お前らこそ……何のつもりだ」

 

「悲劇はここで終わらせる」

「その2人を渡すんだ。魔理沙」

「これが人里のためなのだ」

 

 やはり、住民たちの意見は先日と全く同じもの。魔理沙は心の底から落胆した。自分たちが守られたというのに、力を持った者は消し去り、偽りの平和を求め続ける。

 だが、にじり寄る住人たちは草刈り鎌や(くわ)などを武器にしており、満身創痍のハイエロファントやキラークイーンも、()()()()で応戦するのは厳しいのが現実。魔理沙も2人を抱えて飛ぶことはできない。

 

「…………」

(半身が溶けた状態でこいつらの相手をするのは……骨が折れる……やるしかないか……最悪、この2人はどうなってもいい…………()()()……発現させるしか……!)

 

 何かを心で決めたキラークイーンは、キッと人間たちを睨みつける。思わず怯んだ人間たちは、キラークイーンの目から注目の意識をそらせない。その間に、キラークイーンの右手は親指以外を折り畳み、その親指は()()()()()()()()()()()()()ゆっくりと曲げられていく……

 だが、次の瞬間、魔理沙が叫んだ。

 

「お前ら、恥ずかしくねぇのかッ。命懸けで守られといて、その恩人を殺すだァ!? 大概にしろよ、コラァ! お前ら、()()()にされる側になったことあんのか。()()()()()()()()()()は想像できてもよォーーッ、()()()()()()()()は分かんねぇだろ! それでもこの2人はボロボロになりながら戦ってくれた……礼の1つも言えねぇーーのかッ! ガッカリだぜッ!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 キラークイーン、ハイエロファント、そして人里の住人たちは黙って聴いていた。

 魔理沙は感情的な人間である。そのため、敵の口車に乗せられたり、煽りを素直に受け取って暴走することがよくある。感情的になって周りが見えなくなり、ピンチに(おちい)るだなんて決定的な弱点だ。しかし、ハイエロファントは魔理沙のことを嫌いになったことは一度もない。確かに、共に過ごしてきた時間はかなり短い。だが、魔理沙には優しさがある。ハイエロファントはそれを理解していた。友人のために怒れるし、友人のために体も張れる。友人を(けな)した人里の人間だって、見捨てることはできなかった。ハイエロファントは魔理沙のその部分に惹かれていたのだ。

 

 すさまじい剣幕で怒鳴った魔理沙は息が上がり、肩が大きく上下する。キラークイーンは既に()()を止めていた。

 魔理沙の叫びを聞いた人里の人間たちは、それでも心に響かなかったのか、表情をピクリとも動かさない。魔理沙はその様子を見て、眉間(みけん)にさらにシワを加える。

 すると次の瞬間、人々は一斉に地面に膝をつき、土下座をした!

 

「な……ん……?」

 

「…………」

 

「……魔理沙、お前の言ったことは正しい……俺たちは……御二方に謝罪しに来た……!」

 

 人々の群れの、1番先頭にいた男が代表して口を開いた。

 

「子供たちが……見ていたんだ。大量のネズミを好奇心で追っていったら、アンタたちが戦っているのを見たって……」

「謝って(ゆる)されることではないのは分かってる……! だが、これで2度目だ……いい加減にしなきゃいけないのは、彗音さんにも言われたし、魔理沙、お前が言っていた通りなんだ…………俺たちは弱いから……」

「この通りっ! せめて謝罪だけでもお聞きになってください!」

 

 人間たちは口々に言い始める。これでも、人里の全員の心ではないのだが、確かに心を入れ替えた人間は多く存在するようだ。ここまでいるなら……もうハイエロファントたちがどうにかされる心配はないだろう。

 魔理沙も少し恥じながら先程の怒鳴りを反省した。

 

 

 

 この後、ハイエロファントとキラークイーンは人里の人々の謝罪を1人ずつ聞き、療養のために寺子屋に到着したのは午後2時だった。あの場で謝罪しに来た人間の数からして、人里内でのスタンドの見方が変わるのは、遅かろうとも確実である。魔理沙もハイエロファントが認められたことに心から喜んだ。と同時に、スタンドの存在を幻想郷に広めた発端となった「文々。新聞」の射命丸に対し、「スタンドへのイメージに誤解を生んだ」として責任を追及しようと思った魔理沙なのであった。

 

 

____________________

 

 

「ふんふふ〜〜ん。化け物ネズミも倒して、これで安心! 今夜からゆっくり寝られるわ〜」

 

 コダマネズミの討伐した当日、その午後10時。1人、自宅に帰ってきた若い女性。戸を開け、屋内に入ると、囲炉裏(いろり)(まき)に火をつける。ボウッと少し明るくなったところで、行燈(あんどん)にも火をつけ、部屋全体を明るく照らす。気分も良く、布団を()こうと部屋の奥へ目を向けると、

 

「やぁ、ずいぶんと遅いお帰りだったじゃあないか……」

 

「え……あ……キャアァッ!」

 

カチッ 

 

 

 姿を現したのは、キラークイーン。戸締りはしっかりしていたはずなのに、どうやって中に入ったのだ? 女性の頭の中はそのことでいっぱいとなるも、そんな思考も一緒に()()()()()()()。そして、キラークイーンの右手の中には、白く、細く、ツヤとハリのある女の手が。

 

「フフフ……私の正体を知る者は誰1人として存在しない……探ることもできない…………真の平穏を手にしたのは、私だったな。クククク……」

 

 

 




無事、ハッピーエンドですね。



ついにネズミ共との決着をつけたキラークイーンたち。
これで激しい戦闘は終わり、もとの静かな日々が戻るかと思いきや、今度は取材に連れていかれる?
お楽しみに!

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23.存在しない街

なぜ……6部は人気がないんだ……




「そうか……それは難儀だったな」

 

「えぇ。生きた心地がしなかったですよ」

 

 ハイエロファントは自身の前に差し出されたカップに口をつけ、中の紅茶を口内に流し込んだ。ここは紅魔館の3階テラス。同じテーブルを囲むのは、マジシャンズレッドとクリーム。3人は紅茶をすすりながら、先日の「ネズミ討伐」の話をしていた。

 

「ソレニシテモ、爆破能力ヲモツ幽波紋(スタンド)カ。恐ロシイヤツダガ、実際ニ接触シタ感ジハドウダッタ?」

 

「……怪しさはあった。裏表がありそうな性格でね。だが、他人には良い意味でも悪い意味でも無関心そうに見えたし、かえって無害……なんだろうか……」

 

 ハイエロファントは自信なく答えた。キラークイーンには少しサバサバしたところがあり、また、周りへの無関心さから大胆なこともするスタンドだと思っている彼。怒らせれば怖そうだが、こちらから何かしない限りは大丈夫だろう、と2人に説明した。

 

「しかし、あんなことがあっては射命丸(文屋)がまた僕のところに飛んでくるでしょうね」

 

「…………」

 

「? どうかしましたか?」

 

「クリーム。あれを」

 

「アァ。ハイエロファント、コノ新聞ヲ見ロ」

 

 ハイエロファントの呟きに不穏な反応をしたマジシャンズレッド。クリームに(うなが)し、1束の新聞をハイエロファントに手渡す。見てみれば、それは「行方不明事件」を取り扱った次の号であった。人里に関わることが書かれているかと思いきや、その内容は……

 

「……「紅魔館に2名のスタンド。その正体は敵か味方か?」……」

 

「まったく、迷惑な話だ。いきなりやって来られて質問攻めをくらったのだからな」

 

「こちらにも来たんですね……」

 

「アノ妙ニ胡散臭(うさんくさ)イヤツ……何ヲ書クカ分カランカラナ。対処ニ困ッタゾ」

 

 やはり射命丸は()()()()()()()だと思う者が多いようだ。紅魔館在住の2名はなんともいえない顔で新聞を見つめる。ハイエロファントは()()()()()ことを少し嬉しく思った。

 時は午後3時。温かい日光と少し冷えた風が体表に当たり、なんとも心地よい。そして、先程よりも風が出てきたことを感じたマジシャンズレッドは動き出す。

 

「ム……風が出てきたな。続きは屋内()でしよう」

 

「えぇ。紅茶も無くなってきましたしね……」

 

 3人は各々のティーカップと下に敷いていたテーブルクロスを回収し、館内に入ろうと背を外に向けた……その時、

 

「えっ、もう入っちゃうんですか? 私、今来たばっかりなのに〜〜」

 

 突如、3人を呼び止める声が聴こえた。もちろん、驚かなかった者はいなかったが、「誰だ?」と思う者は誰一人いなかった。この場の全員が聞いたことのある声。そして、その声の持ち主は先程話題にしていた人物だ。

 

「しゃ……射命丸……」

 

「どーーも。今日はハイエロファントさんまでいらっしゃるんですね」

 

 ハイエロファントたちが振り返ると、欄干(らんかん)の上に立ち、扇子を手にした射命丸文がいた。彼女の姿を見て、3人が心の中で何を思ったのかは言うまでもない。

 しかし、3人とも、思ったことは心の中に留めておこうとはしていたのだが、もうすでに表情に表れてしまっていたらしく、それを見た射命丸も眉をひそめてしまう。

 

「な、何ですか? みなさん……その顔は……」

 

「……イヤ……何モ……無イガ……」

 

「別にお前が嫌いというわけではない。まぁ、いきなりの来訪なのでな……」

 

「取材は受けませんよ」

 

 クリームとマジシャンズレッドがオブラートに包んで言うが、ハイエロファントはお構いなしに取材を断った。この中では1番長く射命丸との付き合いもあるためか、自然に口から出てしまったのである。ハイエロファントは「しまった」とは思わなかったが、彼女の不満そうな反応は見ることになるだろうと予想するも、実際は違った。ハイエロファントの言葉を聞いた射命丸は「違いますよ」と前置きし、シャツの胸ポケットから手帳だけを取り出してページをめくっていく。

 そして、手帳をめくり続ける手をあるページで止めると、そこに羅列(られつ)される文字に目を落としながら射命丸は告げた。

 

「実は最近、「妖怪の山」付近で気になる目撃情報が出ているんですよ。なんでも、()()()()()()()()()()()()()()()()というね。しかも、それが見える時はいつも霧が深い夜だと……」

 

「なに? 存在しない街が……存在するだと?」

 

 射命丸の言葉をマジシャンズレッドがくり返す。たしかにおかしな目撃情報だ。一文で矛盾点ができているのだから。M(マジシャンズ)レッドに続き、クリームが口を開く。

 

「幻カ……見間違エジャアナイノカ?」

 

「そんな! この情報が揚がっているのは我々天狗の監視者からなんですよ。エキスパートである彼らが見間違えるはずなんてありませんし、大体、何と間違えるんですか?」

 

「ソレハ……蜃気楼(しんきろう)トイッタ幻ナンカダロウ……」

 

「クリーム、蜃気楼は光の屈折によって遠くの景色が霧に映って見える像だ。幻とは違う」    

 

 ハイエロファントがクリームの勘違いを訂正した。蜃気楼は存在しないものは見えはしないが、存在しているならば遠く離れていても映って見える時がある。もし、存在しない街の正体が蜃気楼ならば、幻想郷のどこかにその街が存在するはずだが、幻想郷内でのジャーナリストである射命丸がそれを知らないとは考えにくい。

 

「その前にだが、天狗の監視者とは何だ? 天狗は組織でも作っているというのか?」

 

「えぇ。その通り。ハイエロファントさんには既に言いましたが、我々天狗は縦社会の形式に重きを置いた組織を構成し、妖怪の山の管理を(おこな)っているんですよ……って、話が進みません! いいですか? 私はみなさんに取材を協力してほしくて頼みに来たんです!」

 

 マジシャンズレッドの質問に答え、素早く話を元に戻す。射命丸は天狗たちの間で(ささや)かれる"噂"の検証に付き合ってもらうために来たのだ。

 だが、ハイエロファントはそれを聞いて断ろうとする。

 

「君が好きでやっていることだろう? 僕らは関係ないじゃあないか」

 

「ハイエロファントさん。もし、スタンドが関わっているとしたらどうです?」

 

「……知らない街がいきなり現れることによって、何か悪影響があるのかい? 何かあってからでは遅いし、予防は大切だが、僕はやたらめったらにスタンドとは戦わない」

 

「そんなぁ……マジシャンズレッドさん、なんとか言ってくださいよ!」

 

「無闇に刺激しないことについては賛成だ」

 

「トホホ……こんな調子だったらクリームさんも来ませんよね……?」

 

「……当タリ前ダ」

 

 結局3人に断られてしまった。射命丸はあからさまに残念そうな表情を浮かべ、(うつむ)く。ハイエロファントたちも彼女の様子を見て、ほんの少し心苦しくなるも意見を変えるつもりはない。このまま大人しく帰ってくれるか、そう思った時、彼らは射命丸の肩が()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼らの頭の中に「?」が浮かんだ次の瞬間、射命丸は顔を上げ、元々の自信に満ちた笑顔をハイエロファントたちに見せつけた。

 

「ふふふ……まぁ、簡単に乗ってくれるとは思っていませんでしたよ」

 

「……何が可笑しいのか分からないが、もう今日は帰ってくれるのかい?」

 

「まさかそんな! ……これは「()()」ですが、私は「存在しない街」に関する情報をもう一つだけ。得ているんですよぉ〜〜」

 

 ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる射命丸。ハイエロファントもM(マジシャンズ)レッドもクリームも、彼女の笑みにただならぬ予感を覚える。

 しかし、これは的中していたようで、射命丸は煽るようにハイエロファントへ言い放つと、手帳を再びめくりだす。6ページめくった後に手は止まり、勝ち誇ったようにメモを読み上げた。

 

「実はですね、その存在しない街の上空に「亡霊を見た」という証言があるんですよ。それも、大きなガイコツ!」

 

「! 大きなガイコツ……!?」

 

 射命丸の言葉を聞き、ハイエロファントが固まった。クリームは大した動揺もなく、マジシャンズレッドもハイエロファントとは違って身に覚えがないようである。もちろん、射命丸はハイエロファントの動転に気が付き、イナズマの如く質問を投げかける。

 

「おやおやぁ〜〜? ハイエロファントさん、様子がおかしいですねぇ? もしかして、「大きなガイコツ」に身に覚えがあるのではないですか〜〜?」

 

「…………」

 

(……我が本体(モハメド)はそんなスタンドに出会っていない……となると、カルカッタから紅海までに出会ったスタンドか……)

 

 射命丸の指摘を他所(よそ)に、マジシャンズレッドは静かに考える。彼の本体、モハメド・アヴドゥルはインドのカルカッタでスタンド使いの襲撃を受け、負傷。そして一時的にジョースター一行の旅から離脱したのだが、その間に戦ったスタンドだと考察する。

 

「……分かった。君について行こう」

 

「ハイエロファント!?」

 

「ふふ。やっとその気になりましたね?」

 

「勘違いしないでくれよ。僕は()()()()()()()()で、取材は手伝わないということを」

 

「分かってますよ〜〜……お2人はどうします?」

 

 ハイエロファントの同意を得られ、高揚する射命丸はクリームたちの方へ目を向ける。2人は一度顔を見合わせると、決心がついたように射命丸へ向き直った。

 

「……ハイエロファントの様子を見る限り、因縁のある相手のようだ。無視はできんだろう」

 

「イツ出発スル? 我々モ同行スル」

 

 マジシャンズレッドたちも射命丸の取材に同行する方針を示した。望んでいた結果を得た射命丸の笑みはさらに深くしわを刻む。2人の返答後、嬉しさに身を震わせると、射命丸は欄干に足をかけてその黒い翼を広げた。

 

「では、出発は本日午後6時! 再び伺いますので、準備しといてくださいよ! それではッ」

 

 そう言うと、射命丸は蒼天へ飛び立っていった。飛行機が滑走路でやるように()()()()()()、弾丸のように宙空へ突進していった爆発力は、カップの中に残った紅茶を3人にぶちまけてウンザリさせるのには充分であったそうだ(咲夜談)。

 

 

____________________

 

 

 現在、時は午後6時14分。時間通り紅魔館に来た射命丸と一行は「妖怪の山」の(ふもと)に到着、人里方面から逆方向に進んでいた。日はほとんど落ち、マジシャンズレッドが作った灯りを頼りに4人は闇夜の森を歩き続ける。

 

「かれこれ5分ぐらい歩いているが、虫の鳴き声以外何も聴こえないですし、何も見えてこないですね」

 

「あぁ。そもそも、霧が深い時にしか出ないのではないのか? 射命丸」

 

「みくびらないでください! 我らが「妖怪の山」の組織の科学力を()ってすれば、霧が発生する日にちを割り出すなんて朝飯前ですよ。その結果が今日だっただけです」

 

 それぞれが会話を紡ぎながら歩き続ける。

 今回の調査に関わること、関わっていないこと。射命丸の最近のマイブームは人里のとある喫茶店にある餡蜜(あんみつ)をからめた餅だというどうでもいいことから、咲夜はハイエロファントに気を許し、少し反省しているという良い知らせも飛び交う。「霧の湖」に出現した幽霊船の正体をマジシャンズレッドが突き止めた(正体はスタンド、(ストレングス))ことや、フランドールが嫌って食べ残したものを処理するクリームが咲夜に叱られたことなどが判明し、一行は「()()()()時間も良いものだ」と談笑していた。

 楽しく時間を潰しながら進み続けると、ハイエロファントが何かを見つけた。

 

「! みんな、アレを見るんだ」

 

「……あれは……灯り……?」

 

 山の麓到着後約20分後、一行の前方にポツポツと炎が揺らめく灯りが見え始めた。もちろん、射命丸はこんなところに火が立つものが無いことを知っている。これこそ、今回の噂につながるヒントなのか?

 

「霧も深くなってきた……いよいよ噂の「存在しない街」に到着したんでしょーか……!?」

 

「……慎重に行こう」

 

 ハイエロファントの指示により、一行は背後も入念に、身の周りへと意識を向ける。クリームが大きな手で霧を払いのけながら進むと、次第に辺りの風景が鮮明に映り込み始めてきた。

 そこで4人は驚愕する。なんと、彼らがいたのは中国を思わせる紅を基調とした静かな繁華街だった!

 

「こ、ここは!? いったい……」

 

「いきなりこんな街が現れるとは……」

 

「見ロ。屋台ニハ料理マデ並ンデイルゾ」

 

 クリームが指差す方向には様々な屋台が並び、豪華な料理がハイエロファントたちを誘惑しようと湯気とともに匂いをばら撒く。赤い提灯が薄暗く火を灯し、なんとも不気味な雰囲気を漂わせている。

 

「ッ! 痛ぁ……ッ」

 

 辺りを興味深そうに見回し、カメラのシャッターを切る射命丸。突如、彼女の腕に痛みが走った。見てみると、彼女の右前腕の真ん中に切り傷ができており、血を(したた)らせていた。

 

「……? どこかで切った……? でも、こんないきなり痛みが……」

 

「どうかしたのか? 射命丸」

 

「あぁ……何でもないですよ、M(マジシャン)ズレッドさん。もう少し調査しましょうか……」

 

 射命丸はマジシャンズレッドに傷を隠し、先を行くハイエロファントとクリームに追いつこうと足を再び進め出す。マジシャンズレッドもまた、彼女を追いかけていった。

 

 そして、ちょうど射命丸たちが去っていった通り、そこに建ち並ぶ屋台の窓ガラスには、金属に見られる鈍い光が瞬いていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、久しぶりに「千と千尋の神隠し」を見て思いついた中華風の街が舞台です。


突如現れた中華風の街。
この場所に隠された秘密は何なのか?
ハイエロファントの身に覚えのあるスタンドとは?
お楽しみに!
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24.正義のダンス

祝ストーンオーシャン、アニメ化!

ウェザーの戦いを早く観たい……



 霧に包まれる街の奥へと足を踏み入れるハイエロファントたち一行。目に映る街並みは一切変わることなく、ずっと同じ風景が続き、逆に前後左右が分からなくなってしまいそうだ。しかし、彼らには"飛行"という手段があるため、さほど重要な問題ではなかった。

 

「なんというか、建物や灯りはあるのに殺伐としているというか……」

 

「人ッ子一人イナイナ……」

 

 一行は不用心に突き進む。「敵陣かもしれないというのに、何をバカなことを」と思うかもしれないが、ハイエロファントの、彼なりの考えがあってのこと。誰もいない街道を眺めて思う。まるで中身が抜けた、セミの抜け殻のような街。

 

「…………」

(あの時と違うのは……今回は人がいない点だ……あの老婆の街にいたのは()()()()()()…………)

 

「ハイエロファント、そろそろ教えてくれないか? 心当たりのあるスタンドについて」

 

「……えぇ。そうですね…………「大きなガイコツ」というワードを聞いて思い浮かんだのは「正義」のカードの暗示をもつスタンド、正義(ジャスティス)。実体をもたない霧のスタンドです」

 

「霧だと? 実体をもたないならば、もし遭遇(そうぐう)した時にどう対処するのだ!?」

 

「"霧"ならば風に流されます。それを利用するんです。 ですよね? 射命丸」

 

「! え、私ですか?」

 

 突然名指しで呼ばれた射命丸は、驚きながら自身を指さす。横にいたクリームとマジシャンズレッドも注目した。

 

「君は風を操ることができると聞いた。実体がなく、霧でヴィジョンが形作られる正義(ジャスティス)ならば、君の敵ではない」

 

「……ほうほう……ハイエロファントさんの推察では、この街はその霧のスタンドが関係していると……それで、そのスタンドは霧であるため、私の風を使えば吹き飛ばせる……ね…………って、私が戦闘要員じゃあないですかッ」

 

 「うんうん」と頷きながらハイエロファントの言ったことを復唱し、自分の役割について指摘した。射命丸は自分ではなく、ハイエロファントたちが戦闘要員であるつもりでいたからだ。

 もちろん異論を唱える。

 

「私は調査係です! 戦いの方をお願いしたくて皆さんを誘ったのに……」

 

「お前は天狗で強いんだろう? この前レミリア嬢に「"スタンド"って聞いたことのないワードだから見に行ったものの、大したこと無さそうですね」と言っていたではないか」

 

「う……っ」

 

「……ソコマデ言ウノダッタラ、我々ガ相手スルヨリモ早ク敵ヲ倒シ、調査デキルト思ウゾ」

 

 真っ当な理由付けで言いくるめられる射命丸。久しぶりに過去の自分を呪った。だが、その時の自分に対してのため、自身の態度全体を見直そうとは考えなかったようである。また同じ目に遭う時がくるだろう。

 その上、射命丸は自分の力を持ち上げてくれたことには悪い気分を覚えず、頭を抱えながらも問題を大きく捉えなかった。

 

 と、その時。事態は一変する。

 

ケケケケケ! そうか、そうかァ〜〜……そこの黒髪女がワシの相手をするんじゃなぁああぁ?

 

『!』

 

 突如響いた女の声。ひどく()()()()()おり、時間帯のこともあってか街の不気味さをさらに引き上げる。

 一同は声の主を見つけようと街を見渡すが、あの声を発しそうな老婆はともかく、人影の一つも見当たらない。すると、何気なく上空を見上げたマジシャンズレッドが指を差して叫んだ。

 

「みんな、見ろ! 空がおかしいぞっ」

 

「霧ガ……変形シテイク……」

 

 辺り一面に広がる霧が、上空に舞い上がって渦を巻きだしたのだ。風は吹いていない。渦巻く霧は徐々に形をとっていく。グムグムと噴き出すようにして作られたヴィジョンは、王冠を被った巨大なガイコツ!

 

「やはり……お前か。この街はお前が見せていた幻影。()()()と同じように……」

 

『ヒャヒャヒャッ! ワシこそ、「正義」のカードの暗示をもつスタンド、正義(ジャスティス)。ハイエロファントグリーン……マジシャンズレッド! 待っておったぞぉ〜〜ッ!」

 

 宙に浮かぶガイコツは高笑いを響かせながら、不気味に頬骨(ほおぼね)を歪ませる。その左右には彼女の()も出現し、ハイエロファントたちを指し示す。

 恐ろしい光景だが、ハイエロファントは屈しない。

 

「……エンヤ婆と戦った時、お前の能力で墓場を1つの街に見せていた。巨大なガイコツを見たという目撃情報と、「存在しない街」という存在。やはりと思っていたが、お前が関与していたんだな」

 

『そのとぉーーり……お前たちのことは()()()()()()()()()! あえて行動を起こせば、お前たちはたまらず寄って来るじゃろう? ここはお前たちを始末するための場所。今こそ、エンヤとその息子、J・ガイルの恨みを晴らしてくれるわァッ!!』

 

「J・ガイル……!? まさか、やつのスタンドも幻想郷に来ているのか!?」

 

『ヒーヒヒヒヒ……どうかのぉ〜〜……!」

 

 ジャスティスはハイエロファントの問いに答えず、はぐらかした。

 J・ガイル。"両右手の男"とも呼ばれている。彼はかつての仲間の一人と因縁深い人物であり、その者の旅の目的はJ・ガイルの殺害だった。その後、見事J・ガイルを倒すことに成功。ハイエロファントの本体、花京院もその場にいたのだが、実に恐ろしいスタンドであったことを覚えている。

 また、マジシャンズレッドの本体、アヴドゥルを戦線離脱させた原因ともなったスタンドだ。侮れない。そのため、J・ガイルのスタンドがこの地に来ているかどうかを明かすことは重要事項であるのだ。

 

「ハイエロファントさん、先手必勝です。やつ(ジャスティス)を吹き飛ばしますよ!」

 

 射命丸はそう言うと、翼を広げて飛び立った。ギュン!とジャスティスの目前まで飛び上がると、彼女は腰に差していた一本の(おうぎ)を手にする。

 ()()がトリガーだったのか、ヒュオォオオオと射命丸を中心にして風が巻き起こる。小さなつむじ風はジャスティスの霧を軽く払うと、やがて射命丸の持つ扇へと徐々に集約し始めた。

 

『ケケケケ……やる気かぁあああ〜〜?』

 

「これも取材のため。それに、()()()()()()()()を企てている雰囲気なので、"天狗"として! あなたを退治してあげましょう。巻き起こる風でバラバラにッ!」

 

 射命丸は笑みを浮かべるジャスティスを見据え、風をまとった扇を高く振りかざす。そしてその右手を背後に振り下ろすと、プロテニスプレイヤーの如く高速で腕を振り抜いた!

 

 

 

 

 

 が、正義(ジャスティス)の笑みが崩れることはなかった。

 風は吹いていない。射命丸の右腕は(ひじ)が曲がった状態で止まっている。射命丸は風を起こしていなかった。

 

「しゃ、射命丸!? 何をしているんだッ」

 

「なぜ腕を止めた!?」

 

「ッ…………!!」

 

 突然の出来事にハイエロファントとマジシャンズレッドは驚きを隠せない。当の本人も自身の身に何が起こったのか、全く理解できていない様子を見せる。彼女も驚いた様子で()()()()()を凝視していた。

 そう。右腕を。

 ジャスティスは勝ち誇ったように高笑いした。

 

『ケーーケケケッ!! 言ったろう! ここはお前たちを始末するための場所じゃと。()()()()ではお前ら4人を相手するのは難しいが……』

 

 ジャスティスは言葉を切ると、人差し指をクイッと上へ上げた。すると、それに連動して射命丸の右腕も勢いよく上へ掲げられる。

 ハイエロファントは瞬時に理解した。

 

()()……傷をつけられていたのか……ッ」

 

『ぎゃははははっ、気付くのが遅かったなぁ〜〜!? ほんの一か所でいいのさっ。ほんのちょっぴりでいいのさッ。それがワシの能力ッ! 「正義(ジャスティス)」は勝つ!』

 

 射命丸の腕にはジャスティスの霧がまとわりついていた。いや、吸い込まれるように取り巻いている、と言った方が正しい。彼女の腕には(まる)い穴が1つ空いていた。その中に霧が入っていくのだ!

 これがジャスティスの能力。傷付けた部位に入り込んで「穴」を空ければ、その部位を意のままに操ることができる。

 

 だが、ジャスティスは実体をもたず、直接相手を傷付けることはできない。エンヤ婆と相対した時は、エンヤ婆本人があの手この手で体を傷付けようとしていた。つまり、射命丸の腕を傷付けた者が()()…………

 

(……待てよ…………さっき正義(ジャスティス)はJ・ガイルのスタンドに関することをはぐらかしていた……まさか……!?)

 

 ハイエロファントは考えた。嫌な予感が胸を突く。

 すると、一瞬意識しなかった内に、ジャスティスに捕らわれた射命丸が苦しそうに声を上げ始めた。見てみれば、右腕を吊り上げながらその手で自分の(のど)を締め上げているではないか。

 

「うっ……ぐッ…………ウギギ……」

 

「射命丸!」

 

「クリーム、あの霧を()()()()()()()!?」

 

「……無理ダ。ソンナコトハデキナイ上、霧ハ微細ナ水ノ粒。暗黒空間デ全テ消スノモ困難ダ」

 

 敵が霧であるため、あのクリームでさえもお手上げ状態である。マジシャンズレッドも炎を使おうとするが、ジャスティスが射命丸を盾にする可能性も否めず、下手に手出しできない。

 ジャスティスは動けない3人を見て嘲笑う。

 

『ケケケケケッ! なんとも非力だのぉおお〜〜ッ! これはこれで愉快じゃが、まだ終わらん! ()()()()!!」

 

 ジャスティスは捕らえた射命丸を始末するかと思いきや、突如何者かに向かって声を発した。ハイエロファントは「しまった!」と心の中で叫ぶ。彼にはほぼ分かっていた。声をかけてから、姿()()()()()()()()()()()()

 

「あっ……ぐぅッ!?」

 

 喉を解放された射命丸は、再び苦痛に顔を歪める。彼女の首筋は、横へ走る(くぼ)みができていた。まるで、誰かに締め付けられているように……

 ハイエロファントはその光景を見た瞬間、背後を振り返って街中の窓ガラスにすばやく目を配る。数ある窓ガラスの内の1つがチカッと(またた)いた。よく見てみれば、そこに映る射命丸の背後に、人影がある! 現実には無く、鏡を通して見える像……

 

 ハイエロファントは掌を合わせ、叫んだ!

 

エメラルドスプラッシュ!!

 

 飛び出す緑色の弾丸。それは()()()()()()に向かって宙を走る。が、そのガラスが砕け散るより早く、射命丸の後ろにいる人影が動き出した。

 

俺は鏡の中にいる……やれ……正義(ジャスティス)

 

 

シ ュ ピ ピ ピ ィ ッ !

 

パ  パ  ウ  ッ 

 

 

「あ……あぁ…………!」

 

 射命丸の全身から血が噴き出した。

 

 

ガシャアァ〜〜ン! 

 

 

 遅れてエメラルドスプラッシュが窓ガラスを叩き割った。ガラスはガシャガシャと音を立てて地へ落ちていく。

 しかし、ハイエロファントの狙いは「窓ガラスの破壊」では無かった。「射命丸への攻撃を防ぐこと」! しかし、それは達成されなかった。彼女の翼や脚、肩には穴が空き、ついに完全な操り人形となってしまった。

 

「ハイエロファント!? ナゼ窓ガラスヲ撃ッタ? 射命丸ガヤツノ術中ニ落チタゾ!」

 

「……窓……ガラス……まさか…………!」

 

 クリームは状況が分からず、ハイエロファントを叱責する。だが、マジシャンズレッドは彼の行動で()()()気付いた。射命丸を襲った、新たな敵の正体に!

 

「J・ガイルのスタンド、吊られた男(ハングドマン)か!」

 

『その通り……俺がハングドマンだ……』

 

 マジシャンズレッドの言葉に、どこからか響く男声の主が反応する。と、その直後、周りを警戒するハイエロファントたちに近い窓ガラスがチカッチカッと瞬いた。謎の光は次々とガラスに反射し、最後には射命丸の右目が輝いた。

 

「い、いかん! まさかハングドマンのやつ……射命丸の瞳に!?」

 

「ドウイウコトダ……ヤツノ能力ハ何ダ!」

 

「クリーム、ひとまず()()()()()()が最優先だ! マジシャンズレッド!」

 

 クリームが敵の正体を探ろうと前へ出るが、ハイエロファントが制止、そしてマジシャンズレッドへ叫んだ。言葉を介さずハイエロファントの考えをくみ取ったM(マジシャンズ)レッドは3人の周囲を炎で焼き払う。出来上がったのは炎のカーテンだ。宙にいる射命丸や、ジャスティスからは()()()()

 

『……炎の壁で()()()()ようにしたか……やはりマジシャンズレッドが厄介だな…………』

 

 

 

「……時間が無い。相手には射命丸がいる。風で吹き飛ばされる前に、僕の作戦を2人に聞いてもらいたい」

 

 マジシャンズレッドの炎の中、その小さなスペースでハイエロファントが指示を出す。クリームは敵に関する情報を求めたが、一度戦っているハイエロファントの意見を聞くことにして静聴した。

 

「まずクリーム。君には行ってもらいたい所があるんだ……」

 

「私ニカ?」

 

「君はこの中で一番速く飛べるだろう。そのスピードを活かし、永遠亭に行くんだ」

 

「……分カッタ。何ヲ考エテイルノカハ知ランガ、オ前ガ言ウナラ従オウ」

 

「ありがとう。そしてマジシャンズレッド、あなたには……」

 

「ハングドマンの相手だろう?」

 

「えぇ。射命丸は僕がどうにかします。その間にハングドマンを引きつけて、あわよくば倒してほしい」

 

「あぁ……あの時の、()()()()()()()()()やろう」

 

「よし……」

 

 2人にあらかた作戦を話し終える。と同時に、彼らを囲む炎が一瞬ゆらめいたかと思うと、凄まじい勢いで横へ流れて消滅した!

 犯人は射命丸、を操るジャスティスだ。彼女は薄笑いを浮かべ、射命丸はジャスティスに(あらが)おうと歯を食いしばっている。

 

『これで3人とも、()()()()()()()()()! 終わりじゃよ、ハングドマン!』

 

『あぁ、やつらをとどめるとしよう……』

 

 ジャスティスもハングドマンへ指示を飛ばす。ハングドマンが何かアクションを起こす、その前にクリームが動いた。体を呑み込み、全てを消す暗黒空間へと姿を変えると、射命丸へ突進した。

 

『! ジャスティス、天狗を横へ動かせ!』

 

『ほいやぁああっ』

 

 ハングドマンに言われた通り、射命丸を右方向へ移動させる。暗黒空間は辺りに広がる霧を削り取りながら直進しているおかげで、その軌道を視認するのは容易であった。暗黒空間はジャスティスの顔を文字通り「霧散」させると、虚空(こくう)へと消えていった。

 

『……あのスタンド、どこへ行く気だ……?』

 

『あれはヴァニラ・アイスのクリームか……裏切り者も始末せにゃならんのぉ』

 

「いいや、始末されるのはお前たちだ」

 

『!』

 

 

 ジャスティスたちは敵2人へ目を戻した。ハイエロファントは(てのひら)を合わせ、マジシャンズレッドは火の粉を発している。臨戦態勢だ。

 そして霧と"光"のスタンドも彼らに合わせるようにして構えをとる。ジャスティスは射命丸を操り、ハングドマンも彼女の瞳の中で右手から刃物を展開。

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 




読み返して初めて気付いたんだですが、J・ガイルの「J」って「ジョン」なんですね。


ついに幕を開けた因縁の戦い!
悪の意思を焼き払い、制することはできるのか!?
お楽しみに!
to be continued⇒


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25.寡黙な炎と吊られた男

少し忙しくなってきました。
投稿ペースが少し落ちてしまうかもしれません。ご容赦ください。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………」

 

 暗く、霧に包まれた森の中。息を切らして走る者がいる。マジシャンズレッドだ。頭と同じ高さの位置に炎の塊を浮かばせ、とにかく走る。そして、その後ろをチカチカと瞬く光が木の葉から木の葉へ移り、赤い魔術師を追跡していた。

 

『バカなことを。マジシャンズレッド、仲間(ハイエロファント)を捨てて逃げれば命を失わずに済むというのに……』

 

「ハァッ、ハァッ……」

(やつ(ハングドマン)は葉に付着した(つゆ)に反射しながら追ってきているのか……いや、()()()()()()()。私の役目は……)

 

 

 マジシャンズレッドの役目、それはハングドマンの撃破である。数分前、彼はハイエロファントの指示を受け、ハングドマンとの一騎打ちに打って出ることになった。一方、ハングドマンもM(マジシャンズ)レッドを危険視しており、ジャスティスに代わって始末しようとしていた。

 マジシャンズレッドはハングドマンをハイエロファントたちの側から引き離すため、逃走しているのだ。

 

『俺をハイエロファントと天狗から引き離すのが目的……だな? だが、それで助かるのはお前たちだけではない。やつの頭脳が無くなった今、機転を()かせた奇襲をかけられることはない。露を蒸発させるか? この森全ての露を? お前にそんなことができるか!』

 

 たしかにハングドマンの言う通りである。

 マジシャンズレッドはハイエロファントほど頭が回るわけではない。彼の強みは文字通り「火力」。ハングドマンが言うように、森の全ての露を蒸発させるとなると、ハイエロファントや射命丸は必ず巻き込んでしまうことになる。いくら自在に炎を操れると言えど、大火災を防ぎつつ細かい水の粒だけを消すのは無理があった。

 

 だから今は逃げるしかない。ハイエロファントから、霧のスタンド正義(ジャスティス)から離れるために。

 

『無駄だということが分からないのかァッ』

 

 

ズ バ ァ ウ ッ !

 

「うぐぅっ!?」

 

 マジシャンズレッドの右肩が血を噴いた。ハングドマンがその手に仕込んだ刃物で切り裂いたようだ。しかし、マジシャンズレッドは慌てることなく傷口を炎で覆う。ジャスティスの侵入を防ぐためだ。

 だが、たった一撃でハングドマンが手を休めることはなく、二撃、三撃と切り傷が増えていく。

 

「……ッ!!」

 

『フフ。せいぜい逃げ回るといい…………お前が疲れ切った後、じっくりなぶり殺してやる』

 

「ぬぅ! くらえっ、"C・F・H(クロス ファイヤー ハリケーン)!」

 

 十字に交わったマジシャンズレッドの腕が赤く燃え、炎のアンクが飛び出した。

 ボボウゥッ! とハングドマンがいた露の木を攻撃するが、直撃の瞬間チカリと光が瞬いた。マジシャンズレッド前方の木は燃え盛り、パチパチと音を立てて崩れてゆく。

 炎の音に混じり、ハングドマンの不気味な声が響き渡る。

 

『遅い……それでいて簡単に殺せる相手ではないということも含めてだが、厄介だ。マジシャンズレッド』

 

 ハングドマンの声に反応したマジシャンズレッドは、自身の周りを囲むようにして炎を放つ。落ち葉や枝に振りまかれた炎は、その場で燃え上がり、あらゆる方向からの()()を防いでいた。

 ハングドマンの「簡単に殺せる相手ではない」というのは、この部分だった。ハングドマンは同じ反射物に映ったものに干渉できる能力をもつ。それゆえに同じ反射物に映りさえすれば、攻撃ができる。しかし、炎によって完全に景色を遮断されてしまえば、その炎に焼かれてしまうことだってあり得る。

 互いに手出しが難しい状況であった。

 

『だが、いつまで()()()(かば)って逃げ続けるつもりだ? 体力は保つのか? 楽しみだ……お前が力尽き、俺の手によって今度こそ死ぬのか! 隙を見せたところをジャスティスの霧が支配するのか! もはやお前は負けているッ」

 

「くっ…………」

 

 森全体が敵。逃げ場などありはしない。マジシャンズレッドは火の粉を舞わせ、ハングドマンの接近を遅らせようとした。それでも攻撃を仕掛けようとしているのか、マジシャンズレッドへ足音が迫る。

 しかし、次に彼の前に姿を現したのは、予想外のものだった。

 

ザッ ザッ ザッ ザッ…………

 

「! なっ、何だ!」

 

グルルゥ……」「ウゥウゥウウウ……!

 

『ほぉ、こいつは……妖怪か。それも一匹、二匹どころではない。森中の妖怪共が、ジャスティスの支配下に下った獣たちがお前を迎えに来たようだぞ?』

 

 木の裏や草むらから、腐葉土を踏みしめて現れたのはオオカミのような獣の群れ。「ような」というのは、彼らが一般のオオカミとは明らかに違う点があるからだ。

 彼らの額には一つ、円形の穴が空いていた。ハングドマンの言葉通り、ジャスティスに操られている群れである。続々と姿を見せる獣たちの数、実に20はくだらない。

 

『良かったなァ、マジシャンズレッド。お前の()()()()()()者の数が増えたぞ』

 

「……!」

 

 マジシャンズレッドはゾッとした。「看届ける」ということは()()()()()()ということ!

 

 

ド ズ ウ ゥ ッ 

 

「うぐぉああっ!!?」

 

『フフフフフ……』

 

 マジシャンズレッドの首筋から血が噴出した!

 その激痛に悶え、思わず膝をついてしまう。攻撃の正体はハングドマンの刃物だ。やつの居場所、それはマジシャンズレッドを取り囲む獣の瞳の中。

 マジシャンズレッドはハングドマンが映る瞳を見つけると、火の玉を飛ばして火傷を合わせる。涙が蒸発した目玉からは、既にハングドマンは姿を消していた。直後、炎を首筋にまとわせ、霧の侵入を防ぐ。

 

(マ、マズい……攻撃を受け過ぎた……! いよいよ……限界……だ……反撃をするなら、今しかないか…………もう走れはしない……)

 

『惜しいな。あと数cm刃をズラせば殺せていたろうに……ククク』

 

 マジシャンズレッドを囲む獣たちはジリジリと距離を詰め始めてきていた。口から唾を垂らし、獲物(マジシャンズレッド)に飛びかからんと睨んでいる。

 

屍生人(ゾンビ)になっても「待て」ができるのか? まぁ、ジャスティスも見ていないやつまでは操れないか…………そろそろお前を仕留めてやる。遊びは終わりだ。あの世の閻魔に裁いてもらうといいッ!』

 

「!!」

 

 さすがのマジシャンズレッドも、ここまでのダメージを受け、ここまで長く炎を操り続けたことはない。まとった炎の衣も徐々に形を崩し始めてきている。マジシャンズレッドは肩で息をしながら、顔を伏せた状態でうな垂れる。

 

ギャァアアアッ!」「ウルルゥアア!!

 

 そして、ひときわ大きく炎が揺れた瞬間、ハングドマンの攻撃が再び始まった!

 彼の掛け声とともに獣たちは一斉に飛びかかる。1.5mの数十の影全てが宙に飛び上がり、頭の先から降ってくる様はマジシャンズレッドの元へ吸い寄せられているかのようだ。ハングドマンは彼らの瞳と露を変則的に往来して、マジシャンズレッドを翻弄する。

 

『マジシャンズレッドッ! お前の力は()()()()()!! さぁ死ねィ!』

 

 マジシャンズレッドの肩が波打った。ハングドマンに掴まれた証拠である。光のスタンドは、マジシャンズレッドの背後から飛びかかる獣の瞳の中。しかし、マジシャンズレッドには彼を探し出す気は無かった。

 

 

 

 そう。()()()は。

 上げられたマジシャンズレッドの目は死んでいない!

 

「ぬうぅんんんおぉぉおおお!!」

 

 

ドッゴォアアァァーーン!!

 

 

『な、何ィ!?』

 

 マジシャンズレッドの周囲の地面が割れ、業火が噴き上がったのだ!

 ハンターたちの体が宙にあったその瞬間、全ての獣がさらに高く打ち上げられ、辺りの露は蒸発する。ハングドマンは逃げられず、獣の瞳の中に待機したまま、濃霧の世界へ吹き飛ばされた。

 

『こ……これは……ッ!? まだこれだけの余力があったのか!? だが……ここは空中! ここからならば、地上は()()()()()。傷を負った状態で、かつ、相手の視野を広げるとは……とち狂ったか? マジシャンズレッドッ』

 

 ハングドマンは、瞳に映し出された灰色の霧を漂いながら刃物を構える。獣の瞳が地上を向いたその時こそ、ついに決着がつく。

 そして、マジシャンズレッドはハングドマンが言う通り傷を負っているため、逃げられもしない。ならば彼はどうする? もちろん…………

 

「立ち向かうまでだッ!! 来い、ハングドマン!」

 

『お前はここでリタイヤだァ! マジシャンズレッドォオオ!!』

 

 ハングドマンは刃物を振りかざす。

 マジシャンズレッドは炎を口、そして腕にまとわせる。

 

「うぉおおおおおぉおおぉおおお!!!」

 

『ハアァァアアアアッ!!』

 

 

 

 2人の雄叫びが森中に木霊する。そしてその直後、スタンドが感知できる精神エネルギーが一つ、吹き荒れる火柱とともに消失した。

 

 

____________________

 

 

 そしてそれは、()()()()で最初に感知されることになる。赤い建物が建ち並ぶ中華街…………その面影はほとんど消えていた。大きな通りを挟んで建つ両脇の建物はグシャグシャに倒壊していた。窓ガラスは割れ、コンクリートは砕け、屋根は潰れている惨状。

 関係者は3人。灰色の空に浮かぶ大きなガイコツ、ジャスティス。そしてこの場に姿は見えないが、鴉天狗の射命丸文とスタンド、ハイエロファントグリーンだ。

 ハングドマンたちの戦いにいち早く気付いたのはジャスティスだった。

 

『……おやぁ? あちらでは勝負がついたようじゃなァアア…………まぁ、マジシャンズレッドがハングドマンを捉えられるはずがないが、お前たちもそう思わないかえ? あぁ〜〜、そうじゃった。もうとっくに死んでおるかぁああああぁ』

 

 ジャスティスが笑いかけるその先には、地面に墜落した射命丸。そして彼女に巻き付き、拘束した状態で倒れるハイエロファントの姿が。

 彼らは必死に抵抗した。

 ハイエロファントはマジシャンズレッドと別れた後、すぐさま体を操られる射命丸を拘束した。ジャスティスはハイエロファントを引き剥がそうとするが、しっかり巻き付いた彼を離すのは難しい。そこでジャスティスは始めに、操った鳥の妖怪たちでハイエロファントを攻撃しようとする。しかし、ハイエロファントの"エメラルドスプラッシュ"によって妨げられてしまった。

 ここで「上手く粘れば」とハイエロファントはつい考えてしまったが、今思えば、それが命取りだったのだろう。第二の手として、ジャスティスはハイエロファントが拘束した状態で、辺りの建物に射命丸をぶつけ始めたのだった。ハイエロファントを引き剥がすことは難しいが、彼を戦闘不能にすることはできる。その結果が()()だった。

 

『ケケケケケ! 仲間を手にかけるのは嫌か? それが命取りだというのにっ!』

 

「う……ぐっ…………」

 

「大丈夫……ですか……ハイエロファントさん…………?」

 

 ジャスティスの高い声で2人は目を覚ます。射命丸の体の自由が()()()()以上、ジャスティスとの戦いはハイエロファントだけが相手となっているようなものだ。だが、体を紐状にしたり、緑色の結晶を飛ばせても、実体のない霧は殴れない。

 はっきり言おう。ハイエロファントではジャスティスには勝てない。()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あぁ……射命丸……そろそろ終わりだ……()()()()()()()()()()……」

 

 ()はそろいつつある________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ギリギリの戦いはついに終結へ!
ハイエロファントの元へ集いつつある手とは?
次回、第2部最終回
お楽しみに!

to be continued⇒


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26.霧の正義と雨のようなエメラルド

ついに第2部最終回です。
次回から第3部が始動!



『ケケケケ! 終わりじゃあ、終わりじゃあッ、ハイエロファント! 天狗を庇いながら幾度も壁や地面に叩きつけられては、もう立つ力もありはしないじゃろう』

 

 灰色に渦巻く霧、ジャスティスが笑みを浮かべる。その下にはハイエロファントと射命丸が。2人は彼女が言う通りに攻撃され、力無く倒れていた。道の脇の()()からも、その攻撃の苛烈さが見てわかる。

 

『ハングドマンが倒されることはない……もしもマジシャンズレッドが逃げ切れたことを考えておくなら〜〜……お前も()()()()()()か!』

 

 射命丸はハイエロファントに拘束されて動けない。しかし、逆に体を紐状に解いたハイエロファントも動くことはできないのだ。

 ジャスティスは宙で指をクイッと動かす。すると、バサバサと羽をバタつかせて6羽のカラスが姿を現した。もちろん、ジャスティスの支配下にあるため、彼らの体にも穴は無数に空いていた。

 

『さぁ、行けィ。カラスどもッ!』

 

カァア カァ クゥァアーーッ!!

 

「……くぅ……ッ…………」

 

 ジャスティスの指示により、カラスの群れは上空から地面のハイエロファント目掛けて急降下を開始した!

 襲いくる6羽の黒鳥は、まるで魚雷やミサイルのよう。ハイエロファントは上体を起こし、掌を構えて"エメラルドスプラッシュ"を撃とうとする。しかし、負い続けたダメージが体の自由を奪い、発射に手間取ってしまった。それが「終わり」だった。

 

ドシュゥ ドシュッ  ザクゥ!

 

「くぅあァッ!!」

 

 ハイエロファントの口から悲痛な叫びが上がる。カラスたちはハイエロファントの体、特に腕、肩に突き刺さった。頭部を狙った攻撃もあったが、バランスを崩したおかげで避けられたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 しかし、ジャスティスの前で傷を負ったということは……

 

『ヒャヒャヒャハハハハ!! ほォ〜〜れ、これでお前にも「穴」が空いたわけじゃっ。ワシとダンスを踊ってもらおうかッ!』

 

「ぐうぅッ……! う、腕が……!」

 

 負った傷は円形の穴へと変わり、カラスたちは再び空へ舞い上がる。操られるハイエロファントの腕に音楽を添えるかのように、上空で「カァー カァー」と鳴き(わめ)き始めた。

 操られる両腕は、ハイエロファントの意思を振り払い、"エメラルドスプラッシュ"の構えを取る。

 

『ケケケケケケッ、自分の技でくたばりやがれェェッ!!』

 

「ぬぅッ、やむをえん……!」

 

 ハイエロファントの掌が緑色に発光する。しかし、そこからエメラルドスプラッシュが放たれることはなかった。放射する瞬間、射命丸を捕らえていた触脚を地面に潜らせ、縫うようにして別の地点から出すと、自身の両腕を拘束。そして後方に引っ張り、無理矢理攻撃体勢を解除したのだ。

 しかし、エメラルドスプラッシュを無効にしたはいいものの、背後に控える射命丸は自由の身である。

 

「ハ、ハイエロファントさん!!」

 

「……!!」

 

 

ビ ュ ゴ ォ ウ ウ  

 

 

ボゴォアアァ〜〜ン! 

 

 

 射命丸の扇が振るわれ、超至近距離で暴風が発生。ハイエロファントを吹き飛ばす。まるで数トンの羊毛の塊を高速でぶつけられたかのような衝撃を生み出した。

 ハイエロファントは体勢を崩しながらコンクリート壁に激突する。発生した音の大きさから考えて、無事ではないだろう。間違いなく大ダメージを負ったはずだ。

 射命丸は全身から血の気が引くのをしかと感じた。「こんなやつに勝てるのか?」 改めてハングドマンの攻撃に気付かなかった、自身の軽率さを憎んだ。

 

『ケケケケケ! もう大したパワーも入っておらんようじゃなぁ〜〜!? 終いか?』

 

 立ち昇る土埃の中から、ハイエロファントがジャスティスに吊り上げられて姿を現す。息はあるようだが、全身から力が抜けているようでもう戦えはしない。そんな状態だ。

 

「………………」

 

「あぁ……ハイエロファント……さん…………こんな……敵にどう勝てば……せめて傷さえ無ければぁ……」

 

『「後悔先に立たず」! 部外者は最初から抜けておればよかったんじゃよッ』

 

 ジャスティスは笑いながら吐き捨てる。そして彼女はハイエロファントを自身の下へと移動させた。

 これから何が始まるのか? まるで(はりつけ)にされたように、ハイエロファントの両腕は左右へ伸ばされ、宙で固定される。

 それに対して射命丸。彼女はハイエロファントの前へ。そして彼女の胸ポケットから、左手が2枚のカードを一人でに取り出した。それらは"スペルカード"だった。

 

「まっ、まさか……ッ!?」

 

『ヒャッハハハハ!! さぁ、いよいよお待ちかねの処刑タイムじゃあっ! 何発耐えられるかのぉ〜〜? ハイエロファントォ!!』

 

「ぐっ……そ、そんな!!」

 

 射命丸は必死に抵抗するが、そんなことはお構いなしに左手がカードを掲げる。そのスペルカードの名前は、「風神.風神木の葉隠れ」。至近距離で撃ったならば、どんな妖怪や人間でも吹っ飛ばしてしまう威力をもつ。

 その大技は、いよいよハイエロファントに構えられた。

 

「は、離せェッ! 体を返すのよォ!!」

 

『そんな条件のむと思うのか〜〜? いいからやれィ! なんなら、最初にお前を殺してやろうか? ヒャヒャヒャヒャッ』

 

 ジャスティスに抵抗することはできない。彼女の思うがままに操られ、射命丸の精神も限界に近かった。天狗はプライドが高い種族。彼女もまた、仕事上表に出すことは少ないが、高いプライドの持ち主であるからだ。

 そして、射命丸が持つスペルカードが、掲げられた大技が、光輝き始める!

 

『ケケケケケケケッ! これで本当の終い! 拳で霧がはったおせるかッ! 剣で霧が切れるかッ! 銃で霧を破壊できるかッ! 無駄じゃ無駄じゃ。きゃきゃケケーーッ! 正義(ジャスティス)は勝つ!』

 

「こっ…………ここまで……ッ」

 

 射命丸は観念した。覚悟を決め、(まぶた)を閉じる。もう何もかも終わりであると。このまま、ジャスティスとハングドマンは幻想郷中に勢力を拡大させ、いずれは……

 

 

 ついにスペルカードは、綴られた文字や絵が見えなくなるほどの光を放つ。そして……発動する!

 

 

 

ボグォオオォーーーーン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うギャァアア〜〜〜〜ッ!!!』

 

 周囲に絶叫が木霊した。それはハイエロファントのもの……ではなかった。射命丸のものでも。

 声の主はジャスティスだ。射命丸はその異常に気付き、ゆっくりと目を開く。そこに広がっていた光景は……

 

「! ス、スペルカードが……! 燃えて…………」

 

 そう。彼女が手に持っていたスペルカードは燃え切れていたのだ。しかも、辺りには火の粉が、先程まで充満していたジャスティスの霧に代わって飛び交っていた。ジャスティスの束縛が一時的に解かれた射命丸は、ふとジャスティスのいたところへ目を向ける。

 そこに立っていたのは、真っ赤に燃える()()()()()

 

『くぅォオァ〜〜……この……炎はマジシャンズレッド……!?』

 

 オレンジ色に照らされる霧が渦を巻き、再びジャスティスが顔を作り出す。彼女が見つめる先には、体の(いた)るところに炎の衣をまとったマジシャンズレッドの姿が。息を切らしていることからして、急いでここへ向かってきたのだろう。

 焦がされた宙を漂いながら、ジャスティスはあることに気付く。ここで再度生まれた疑問をマジシャンズレッドへぶつけた。

 

『ハ、ハングドマンは……!? あやつはドコへ行った!?』

 

「……ハングドマンか…………やつは光のスタンド。反射物に映り込み、その反射物を支配する…………そして、光は直進することしかできない。もし、ハングドマンがある鏡を支配していた時、その付近に一つの反射物も無く、自身のいる鏡を壊されたら……やつは()()()()()()()()()()()……」

 

『な……なんじゃと……?』

 

「消えてしまったよ……空の彼方に!」

 

『キ……キサマァァーーーーッ!!』

 

 マジシャンズレッドはハングドマンが獣の瞳に入った時、地下からその獣を空へと打ち上げた。この奇襲を予期していなかったハングドマンは脱出が遅れ、獣の瞳の中にとどまることになってしまったが……その瞳に次なる反射物が()()前に、マジシャンズレッドが手を下したのだ。直接撃破したわけではないが、ハングドマンはこれで戻らない。残るはジャスティスのみ!

 

『お、おどれらァ〜〜……ッ!! このままで済むと思うなぁよぉおおお!!』

 

 本来骨は表情を()()()()だろう。しかし、怒りに燃えるジャスティスの顔は、おぞましく、シワを深く刻んで歪む。

 ジャスティスは怒りのままに射命丸に手をかざし、再び彼女を操ろうとした。射命丸の体はまたジャスティスの手に下り、硬直する。

 

「うっ……く……!」

 

「まだ……やる気か…………」

 

『お前ら全員、みな殺しじゃわァアーーッ』

 

 ジャスティスの指に連動し、射命丸の右腕が高く振り上げられる。暴風が吹き荒れる。その予兆だ。しかし、ジャスティスの意思と攻撃は砕かれるハメになる。なぜなら、彼が来たからだ。

 

 

ガ  オ  ン  ! 

 

 

『ばぅわっ!?』

 

 ジャスティスの顔に円形の穴が切り開かれた。直後、彼女の顔と両手は霧散。射命丸の体もまた()()()()。現れたのは暗黒空間。姿を見せるのはクリームだ。

 

「クリーム……」

 

「待タセタナ……ハイエロファントハ?」

 

「そこだ」

 

 クリームは湿る大地を踏みしめると、マジシャンズレッドが示す方を見やる。そこには、うつ伏せになって倒れるハイエロファントの姿が。彼の腕にも射命丸と同様の穴が空いており、ジャスティスから攻撃を受けたことをクリームに理解させた。

 

「……ナンニセヨ、戦イハコレ以上長引カセラレナイナ……決着ヲツケルゾ」

 

「あぁ…………」

 

 スタンドは意思が命。気絶した状態のハイエロファントは、放っておけば消滅する危険がある。最終決戦だ。マジシャンズレッドとクリームは再生するジャスティスを見据える。

 徐々に形が整っていくジャスティスの顔には、先程よりも深いシワが刻まれていた。しかし、込められた感情は怒りだけではない。焦りもまた、彼女の中に現れ始めていた。

 

『おぉ〜〜おのれェ……』

 

「……来てみろ……私はすでに疲れ切っている……加減はできないから、空のお前だって燃やし尽くせるぞ」

 

「…………」

 

『ギギギ…………ッ!』

 

 マジシャンズレッドの言葉に、ジャスティスは歯軋(はぎし)りする。彼女も大バカではない。この2人を前にして、勝機があると思いはしない。その上、一方はかつての敵、ジョースター一行の中でもかなり危険視していたスタンド。もう一方は主の側近のスタンド。

 はっきり言おう。ジャスティスは()()()()()

 

『……キィーーーーッ! 今は見逃してやるぅ……しかし、次会う時が! お前たちの最後じゃあッ!!』

 

「! 逃げる気か!?」

 

「…………」

 

 ジャスティスは辺りの霧を(ひるがえ)し、夜空の闇へと姿を消そうとする。射命丸はケガでまともに動けそうにない。マジシャンズレッドも手負いだ。では、とマジシャンズレッドはクリームに追わせんと促そうとするが、彼の口からその言葉が出ることはなかった。

 クリームはジャスティスを指差して言い放つ。

 

「……キサマ、サッキ目元ガピクピクト痙攣(けいれん)シテイタガ、アレハ何ダ? マサカ、()()()()()()()()?」

 

『……! 何じゃとぉッ!?』

 

 クリームにコケにされ、ジャスティスは怒りクリームを振り返る。しかし、この一瞬が、ジャスティスの運命を分けた。

 

 

シュゴォオォオォォォ!!

 

 

『ぬぬぅ!? す、吸い込まれ……れるえ!? な……何がァァァ!?』

 

 突然、ジャスティスの(ヴィジョン)、周囲の霧が地面へと吸収され始めた!

 射命丸は何が起こったのか全く理解できず、いきなりの事態に目を見開く。マジシャンズレッドは状況と、彼女の命運を知っているように、冷酷な眼差しでジャスティスを見つめる。

 

『ワ……ワシは!? どこへ連れて行かれるるるゥゥンじゃあぁああああ!?』

 

「……サァナ。私カラシタラ、(ainigma)ダ」

 

うごゥォオァアアアああぁああああーーーーッ!!!

 

 

パ  ァ  ン  ! 

 

 

 ジャスティスの姿が吸い込まれ、消えると同時に破裂音が響いた。いや、ただの破裂音ではない。手を、おもいきり強く叩いた音。ジャスティスが吸い込まれた地点には、畳まれた紙切れがへばりついていた。そして、そこ、同じ場所に立っていたのは、夜にまぎれるように暗い色をしたエニグマだった。

 

 

 

 正義(ジャスティス)の霧が晴れ、妖怪の山、およびその麓はいつもと変わらぬ夜に包まれた。人里や魔法の森、竹林に住む人々は、今宵(こよい)存在していた邪悪のスタンドや、命を削るような激戦を知らない。

 それが幻想郷である。それこそが。あらゆるモノが流れ着く。邪悪や、恐怖、死、あげくには因縁を…………

 様々なものが混在するこの世界では、それが普通なのだ。だが、()()()()()()()()()()()()…………

 

 

 

我々はみな『運命の奴隷』なんだ

 

 

 とある彫刻家の言葉である。

 

 

 




第2部、無事完走しました。
振り返ってみると、第1部よりも長く、戦いの表現など、かなり頭を悩ませた部分がありました。
しかし、次回からはついに第3部が始まります。気を引き締めていきたいと思います!


次回、
第3部「紅の風」
お楽しみに!
to be continued⇒


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登場スタンド紹介 《第2部》

登場スタンド紹介、第2弾です。


・ハーヴェスト

本体名:矢安宮重清(やあんぐうしげきよ)

容姿:

手のひらに乗るほどのサイズで、ずんぐりむっくりな体型に計6本の手足をもつ。胴体には横縞模様(よこじまもよう)が走り、尻の部分には昆虫の腹にあたるような器官がある。

能力:

本体曰く、500体ほどいるらしい。重清(重ちー)はその数と射程距離の長さを活用して、街中に落ちているお金を集めて小遣い稼ぎをしていた。いくら小さいとはいえ、1体1体のパワーはその腕1本で人間の皮膚を簡単に貫通するぐらいはあり、体中にまとわりつかれると厄介である。

余談だが、幻想郷に入ってきたハーヴェストは何匹殺されようとも1匹でも生存していれば、その付近から死んだハーヴェストが復活していく。

 

 

・エニグマ

本体:エニグマの少年(宮本輝之輔(みやもとてるのすけ))

容姿:

全体的に暗い色をしており、彫刻か何か、芸術作品にありそうな造形をしている。しかし、顔は人間のそれではなく、ハイエロファントのように無機質。

能力:

物体を紙にする能力をもつ。意思をもたない物であれば、問答無用で紙にすることができるが、人間ならばその者の「恐怖のサイン」を(あば)いてからでなくては紙にすることができない。また、紙にしたものは時間の影響を受けず、温かいラーメンは数時間も紙にしていても温かいままで、伸びることもない。しかし、紙にされたものは所詮(しょせん)紙であるため、破られればどれだけ硬かろうと、柔かろうと、破壊されてしまう。

 

 

・キラークイーン

本体名:吉良吉影(きらよしかげ)

容姿:白っぽい肌をした人型スタンド。黒く、ガイコツがあしらわれたコテと腰巻きを着用している。彼の耳は人間のように顔の側面には無く、さらに上部にネコの耳のようにして生えている。

能力:

ハイエロファントよりもパワーがあり、スピードも速い。

触れたもの何でも爆弾に変えることができ、自分の好きなタイミング、もしくは相手が触れたタイミング、好きな時に起爆することができる。爆発威力や爆発対象も選べるようである。(キラークイーン第1の爆弾)

左手のコテから射出される自動追尾の小型爆弾、シアーハートアタック。狙った獲物は確実に仕留められるが、温度の高いものを優先して攻撃するため、例えば温かいコーヒーに反応して突っ込んでいくこともある。(キラークイーン第2の爆弾)

そして、彼にはもう一つ、能力が…………

 

 

・ラット

本体:ネズミ(虫喰い、虫喰いじゃない)

容姿:

固定砲台の形をしている。ネズミから発現したわりに、機械的である。

能力:

生物の皮膚をドロドロに溶かし、煮こごりのようにしてしまう弾丸を発射する。腕や脚に当たる程度ではその部位だけが溶ける。また、体のほとんどを溶かされても即死するわけではなく、「ダイヤモンドは砕けない」ではドロドロに溶けながらも生きた老夫婦が冷蔵庫に保管されていた。

 

 

正義(ジャスティス)

本体:エンヤ婆

容姿:

王冠を被ったガイコツのヴィジョンをもつ霧。変幻自在。

能力:

傷ついた生物の患部に入り込み、「穴」を空けると、その部位を操れるようになる。腕に穴を空ければ腕を、脚なら脚を、そして頭に穴を空ければ体全体を操ることができる。しかも、操れる数が百だろうと千だろうと問題は無いとのこと。

また、手ごこちまである幻を見せることができる。

 

 

吊られた男(ハングドマン)

本体名:J・ガイル

容姿:

所々に包帯が巻かれたミイラのようであるが、体の一部分が機械のようにもなっている。名前の通り、男。

能力:

光のスタンド。反射物に映り込み、その反射物を支配する。同じように映った生物や物体に攻撃を加えたり、破壊したりすることができる。たとえハングドマンが映った反射物を壊そうとも、光であるハングドマンは次の反射物へ移動してしまうため、直接ダメージを加えるには、反射物から反射物へ移動する瞬間にハングドマン自体を攻撃しなくてはならない。至難の業である。




今回は早めに出させていただきました。
第2部の終わりは間近……


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3.紅の風
27.誇り高き裏切り者


前部までのあらすじ

 幻想郷に流れ着いたスタンド、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)。彼は仲間たちと共に引き起こされた異変に立ち向かい、強敵との戦いに身を投じていった。そんな中、人里の民に代わって真の平穏を手に入れようとする者まで現れる。また、因縁の相手、正義(ジャスティス)吊られた男(ハングドマン)との激闘の末、何とか勝利したのだが、ハイエロファントたちもただでは済まなかった。



気にするな ジョルノ……………………

 

そうなるべきだったところに……戻るだけなんだ

 

 

レクイエムの次に「矢」を支配するのは……!

 

 

「帝王」はこのディアボロだッ!!

 

依然変わりなくッ!

 

 

終わりのないのが『終わり』 それが…………

 

 

 

 

 

 

 

「……と! ちょいと、お客さん!」

 

「……!」

 

 ここは幻想郷の中心、そこに位置する人里。その中に建つとある喫茶店で、店長が一人の男に声を掛けている。カウンター前に突っ立ったまま静止していた彼は、その店長と話をしていた最中であった。タイミングは思い出せないが、彼の心の中に蘇っていたのは過去の記憶。最も、()()()()()()()()()()()()()が。

 店長に肩を叩かれ、男は放心した状態から意識を戻す。

 

「すまない。少し前のことを思い出していたんだ……」

 

「……あぁ。そうかい。それで、さっきの質問なんだが、()()()()()()()()()()答えたらいいのかい?」

 

「……そうだ。ここは……どこなんだ?」

 

「……ここは幻想郷。まぁ、なんだ。いろんな種族の生物が住んでいる。そんな世界さ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 店長は湯呑みに茶を入れ、男に差し出す。湯呑みを差し出された男は店長に「すまない」と短く礼を言う。熱々の陶器を、まるでガラスコップを掴むように片手全体で包み込むと、口へ温かい茶を注ぎ込んだ。

 幻想郷を知らないこの男、彼は店長の読み通り外の世界から来た者である。だが、決して意図した来訪ではない。彼自身、()()()流れ着くとは思ってもいなかった。

 

「外の世界……? どういうことだ?」

 

「いやね、俺も全てを詳しく知ってるわけじゃあないからね。うまくは言えないが、隔絶(かくぜつ)された世界なんだよ。ここは」

 

「そうか…………」

 

 男はそれ以上言葉を出さなかった。混乱しているのだろう。誰だって、いきなり別世界へ飛ばされてしまったら気が動転してしまう。どこかの世界には無数に存在する平行世界を平気で行き来する者もいるかもしれないが。

 

「……時間を取ったな。質問に答えてくれた礼を言うよ」

 

「なに、気にしなさんな。実は俺も外来人なのさ! 7、8年前に来て、アンタみたいにフラフラほっつき歩いてね。昔を思い出したよ。困った時はお互いさまってな。今度は飲みに来てくれよ!」

 

「…………」

 

 後ろから声を掛ける店長に、男は微笑みを返す。そして喫茶店から出てみると、昼時の日が空から降り注いでいた。

 喫茶店の店長は彼に対して()()()()()()()話しかけていた。楽しそうに頬を(ゆる)め、にこやかに笑っていた。男はそれを快く思っていたのだが、外へ出てみると、「()()()」と思う光景に直面する。男に視線が集まった。決して悪意に満ちた視線ではないが、もの珍しそうに見つめる瞳には思わず身構えてしまう。

 彼は異形だった。

 

「ねーねーおじさん? もしかしてさぁ、"すたんど"?」

 

「!」

 

「こら! 浩亮(こうすけ)! 話しかけちゃいけません!」

 

「だってぇ〜〜……」

 

 男の右手側から、推定7歳程の男の子と彼の母であろう女性が現れる。少年は男に興味を示して話しかけるが、それを横にいる女性が妨げた。

 "すたんど"という言葉を聞いた男は、間髪入れずに待ったをかける。

 

「待ってくれ。君、なぜスタンドを知っているんだ? この地にもスタンド使いがいるのか?」

 

「スタンド……使い? 知らないよぉ、そんなの。スタンドはスタンドだからね」

 

「浩亮!」

 

「もう少し待ってくれ、お母さん。あと一つだけ、答えほしい」

 

「……ッ!」

 

 少年の母親は男のそばから早く離れたいようで、浩亮の腕を引っ張って来た道を引き返そうとする。母親に引っ張られ、浩亮は「痛いよぉ」と声をもらすと、男はそっと母親の腕を掴んだ。それがトリガーだったのか、母親はさらに強く息子の腕を引っ張るが、今度はビクともしない。男に腕がもげてしまうほど強く掴まれているわけではない。男が逆に引っ張っているわけでも。

 何かで固定されているのか?

 

「最後にもう一度訊くが、浩亮。君はなぜスタンドを知っているんだ?」

 

「あのね、おじさん。この人里はね、2回スタンドに襲われてるんだよ。そして、2回ともスタンドが助けてくれたんだ。だから、人里のみんなは誰でも知ってるよ。スタンドが嫌いな人もいるけど、僕は大好き! だって、とってもかっこいーんだから!」

 

「…………」

 

「ねーねー、おじさんはいいスタンド? 悪いスタンド?」

 

「浩亮…………! もうやめなさい……!!」

 

 浩亮は目を輝かせながら男に詰め寄る。母親は未だに離れない男の手に恐怖し、いつの間にかへたり込んでいた。いや、少年の純粋さからくる質問が、目の前の男を刺激しないかとヒヤヒヤしているのもあるだろう。

 質問を返された男は一瞬黙り込んだ。男、そのスタンドの本体は、自分の信じた正義の道を歩んだ人間だった。自分が何者かなど、考えたことは少ない。

 しかし、男の中では答えは決まっていた。

 

「それを決めるのは…………君に任せよう。俺は自分の信じる道を歩くだけだからな」

 

「……うん! おじさんはいいスタンドだよ」

 

「…………」

 

 母親の心配は杞憂(きゆう)に終わったようで、安堵(あんど)のため息がつかれる。彼女の顔は張り詰めていた緊張が一瞬で解かれ、一気に老け込んだようにも見えた。

 浩亮は目を輝かせて男を見上げている。男は人里に()()()()()何とも言えぬ疎外感を覚えていたが、少年の笑顔を見て懐かしさと、少しだが、気分が晴れていくのを感じた。

 抵抗を見せなくなった母親を見て、男は「もう少し」と浩亮に質問を投げかける。

 

「浩亮、お母さんは少し疲れてしまったらしい。彼女の疲れが無くなるまで、君が良かったらでいいが、君の知っているスタンドを教えてくれないか?」

 

「うん! いいよ。えーっとねぇ、一番最初に人里で見たのはね、大きいクワガタムシのスタンド! そしてね、そいつを倒してくれた緑色の、メロンみたいなスタンドがいるんだ。名前はハイエロファントグリーンさん!」

 

「ハイエロファントグリーン……か…………」

(聞いたことがないな……世界中からスタンドが流れて来ているのか……)

 

「そう。そしてね、ついこの間ハイエロファントさんと一緒に妖怪を倒した…………」

 

キィイイィィィイヤァアァァーーーーッ!!

 

 浩亮が言いかけた瞬間、どこからか女の叫び声のような、甲高(かんだか)咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。

 雷鳴にも匹敵するようなその音量は、付近にいた者たちの耳を反射的に塞がせる。

 それはこの男も例外ではない。すると、浩亮たち3人の頭上から、突如巨大な影が現れた!

 

 

ガ シ ィ ッ ! !

 

 

「う、うわぁあッ!!」

 

「! 何ィ!?」

 

「あぁ、浩亮! イヤァーーーーッ!!」

 

 現れた影は、浩亮だけを掴んで宙空へと持ち上げる。

 残された2人は、その巨大な存在から、風圧の置き土産を受け取って吹っ飛ばされた。通りの真ん中に転がった2人の目に映ったのは、翼長8mはあろうかという大怪鳥!

 

「う、うわぁ! 妖怪だぁっ」

「誰かぁ! 彗音さんを呼んでくれェッ!!」

「子供が連れ去られるぞぉ!」

 

 周りの人々も風に煽られながら、バタバタと奔走しながら叫ぶ。しかし、それでどうにかなる状況ではない。子を守るのが役目である母親も、上空へと飛び去る怪鳥にはどうしようもない。彗音と呼ばれる者もいない。頼れる者は誰もいない…………

 しかし、この男は違った! 目の前で浩亮が捕まった時、驚きはしたが、彼だけは臆することはなかった。すでに行動は始まっている。

 怪鳥に狙いを定め、右手を振りかぶるという構え。この(スタンド)の名は!

 

ステッキィ・フィンガーーーーズ!! 開け、ジッパーーーーッ!!

 

 

ドシュゥゥ〜〜ン!

 

ド ゴ ォ ア ッ !

 

 

 スタンド、スティッキィ・フィンガーズの右拳は、彼の掛け声とともに()()され、ロケットパンチの如く怪鳥の右頬を殴り抜けた!

 これに怯んだ怪鳥は(たま)らず足で掴んだ浩亮を離してしまった。「うわァーーッ」と悲鳴を上げ、彼は地面へ真っ逆さまに落ちていく。

 しかし、流石はS(スティッキィ)・フィンガーズ。右肩を後ろへ引っ張り、伸びた右腕を自身の方へ引き戻すと同時に浩亮を掴み、回収する。そして戻ってきた彼を抱き止めた。

 

「大丈夫か? 浩亮」

 

「う、うん。ありがとう、おじさん」

 

「お前は早く離れるんだ。やつは俺がどうにかする」

 

「分かったよ……ホラ、お母さん、行くよ!」

 

「え、えぇ。その……ありがとうございます……」

 

「早く逃げるんだ」

 

 少年と共に駆け出す母親は、スティッキィ・フィンガーズに礼を述べると、息子に腕を引っ張られてこの場を離れた。

 彼女の礼に応えたS(スティッキィ)・フィンガーズは、拳を握って怪鳥を見据える。怪鳥は家屋の屋根に留まっており、殴られたその右頬から血を流していた。鳥獣ながら余裕の表情を浮かべているが、なぜ殴られたというのに流血しているのか? 中で切ったので口から流血、なら分かるが、頬から直接出ている。

 答えは簡単であった。ただ殴られただけではない。怪鳥の頬を見てみると、そこには半開きになったジッパーが取り付けられているではないか! 開かれたジッパーから、血が流れ出ている。 

 これが、スティッキィ・フィンガーズの能力。

 

「人語を理解できるのかは知らねぇが、一応警告しておこう。大人しくこの場を去れ。さもなければ、お前を始末する。この地の住民とは何の関わりもないが、黙ってお前に襲われているのを見過ごすことはできんからな」

 

「キチチチチ…………」

 

「………………」

 

 拳を分かりやすく掲げて言い放つ。どんな生物でも、一度自分を攻撃した()()を目の前に突き出されれば、相手が臨戦態勢であるのは理解できるものだ。

 しかし、怪鳥はS・フィンガーズの警告を無視し、彼を鋭い目つきで(にら)みつける。最も、スティッキィ・フィンガーズが怯むことはない。

 

「覚悟を決めていると……みなした! くらえッ!!」

 

「ギギギギッ!?」

 

 スタンドと怪鳥、それなりの距離があった。1歩、2歩近付いただけで腕が届く位置ではない。しかし、またもやS・フィンガーズの右拳が炸裂、次は怪鳥の喉を正確に突いた!

 

「ギ……キリリィ……ッ!?」

 

あの男と自分の距離はそこそこあるんだぞ?

どうして拳が当たるんだ?

 

 

 怪鳥は理解できなかった。気付いた時には、S・フィンガーズが距離を詰め、跳び上がり、自身の目の前まで来ているではないか。このままでは、第2撃、第3撃をくらってしまう! 

 そしてそれは、S・フィンガーズも確信していた。彼の両拳が空を切り、怪鳥の顔面に迫っていく。

 確実に仕留めた、と確信した。

 

 

ボボボッ ボォウン!!

 

「! な、何ィーーッ!?」

 

ドジュウ!

 

 

「キェアアアア!! キチチチ……! ニギィ……!」

 

 喉元に直接拳を叩き込まれた怪鳥。接近したS・フィンガーズに追撃をくらわせられると思いきや、なんと口から火を噴いた!

 怪鳥の(くちばし)から飛び出た火球は、空中にて避けられないS・フィンガーズの体に直撃。吹っ飛ばされ、向かいの家屋へ突っ込んだ。幸い、火球が当たった瞬間に炎を振り払ったおかげで、火災が起こることはなさそうである。

 

どぉーだ! 青いやつめ。思い知ったか!? こちとら長年妖怪やってるんだぜ!

 

「うっ……ぐ……不思議な……世界だな…………鳥が火を吐くとは」

 

 火球と家屋の直撃によって、かなりの衝撃が体に走ったが、S・フィンガーズはこれではやられない。瓦礫(がれき)を払い除け、目の前の怪鳥を見上げる。やつも次の手を既に準備しており、嘴から火が漏れ出ていた。

 本来歪むはずはないが、S・フィンガーズはこの一瞬、怪鳥の嘴が「ニヤリ」と吊り上がったように見えた!

 

「キィヤアアアアーーーーッ!!」

 

「!」

 

 怪鳥の咆哮とともに、業火が固められた球が辺り一面にばら撒かれた。無差別に降り注ぐ火球は他の家屋を、人々を襲う。まるで空襲である。

 もちろん、S・フィンガーズにも炎の手が回るが、ギリギリのところで回避したおかげで直撃を防ぐことができた。しかし、事態は重くなってきた。

 

「こいつ……! ヤケクソか…………」

 

「キリリリリ……ッ」

 

「うわぁッ、俺の家がぁ〜〜っ!」

「水を寄越せ、早く!」

「こっちにも回せ〜〜ッ!!」

 

 これ以上戦いを引き延ばせない。ここから別の場所へ飛び去り、発火場所が増えてしまえば被害はさらに大きくなる。見たところ、消防車も走っていない土地。バケツで消火するには無理がある。

 この鳥は、今すぐ始末しなくてはならない!

 

「ニギギギィ……!」

 

「!」

 

ボボボォウ!!

 

 

 怪鳥の攻撃は止まらない。今度の攻撃は火球ではなく、火炎放射器の如く火の柱を噴いてきた!

 しかもこの加速力。ようやく意識しだせた時には、既に通りを渡り切っている。

 このままでは、当たる…………

 

 

ボグォオォォ〜〜ン!!

 

 

 横へ転がる? 上へ跳ぶ? そんな選択の時間さえも与えず、炎はS・フィンガーズを飲み込んだ。彼が吹っ飛んだ家屋にも炎が上がり、事態を助長する。

 S・フィンガーズがどこかへ逃れたのは目にしていない。怪鳥は勝利を確信していた。横と上には動いていない。奥へ行こうとも、そちらも炎の餌食!

 敵は消し去った!

 

 

「おい、どこを見てる? まだ俺は死んじゃあいねぇぜ」

 

「ギギッ!?」

 

 S・フィンガーズは生きている。彼が返事をしたのは、炎が焼き払った位置から10mほど離れた地点だ。この一瞬で、どうやって移動した? 

 一応野生動物である怪鳥の頭の中には、「?」のマークが浮かぶ。それと同時に、ほんの少しだけ、怪鳥の中に焦りが出始めた。奇怪な術、魔法とは違う何かを使う、こいつ(スタンド)…………まだ何か隠しているんじゃあないか? そんな想像がつかれる。

 怪鳥が一瞬意識を頭の方へ移した隙を突き、スティッキィ・フィンガーズが仕掛ける!

 

「隙を見せたな! くらえッ」

 

ドシュゥウ〜〜ン!

 

 

 S・フィンガーズの右腕が再び怪鳥へ放たれた。しかし、「そんな拳は見切った!」と言わんばかりに、怪鳥は嘴で拳を(くわ)え、攻撃を防いだ!

 

手負だかは知らねぇーが、遅えんだよ! このノロマが!

 

 

「……咥えられたか。まぁいい。そもそも()()()()()撃ったわけじゃあねぇからな」

 

 S・フィンガーズの右肩、そして右手を繋ぐ細い紐のようなもの。撃ち出された瞬間に張り詰めていたソレは、怪鳥に拳を止められた後に垂れ下がる。

 と、次の瞬間。垂れ下がると同時に、怪鳥の視界が一瞬大きくブレた! 何が起こったか? それは怪鳥にも分からなかった。一つ言えることは、何者かに下から殴られたこと!

 

あ、あれはァ!? あの男の左手が……()()()()()!?

 

 

 怪鳥にアッパーカットをくらわせたのは、スティッキィ・フィンガーズの左手だった。なぜ前方にいるS・フィンガーズが、下から拳を出せるのか?

 これも彼の能力が関係していた。彼の能力とはあらゆるところに「ジッパーを付ける能力」。自分の体、他の生物、物品、何でもだ。そして今、S・フィンガーズは地面にジッパーを付け、開き、左手を撃ち込んだ。そして、怪鳥の顎の下にもう一つジッパーを出現させ、そこから左手を出したことで殴り抜けたのだ!

 

 

わ、分からないぞっ!? つ、次はどんな攻撃がくるのか…………ッ!

 

 

「おいおい、気を抜くなよ。まだ攻撃は終わらない」

 

 S・フィンガーズがそう呟くと、怪鳥の嘴を巻くようにしてジッパーが出現した。出現したジッパーは一人でにビィィーーッと開かれ、その嘴と怪鳥の頭部が分離した! 

 声を上げられなくなった怪鳥は暴れ始める。飛び立とうと翼をバタつかせるが、なぜか足が屋根から離れない。これは…………またもやジッパーだ! ジッパーで屋根と足を固定された!

 

「!? …………ッ!!」

 

「これで、お前は火を吐けない。咥えられた右手も戻った。終わりだな」

 

 そう言うと、S・フィンガーズの左拳は怪鳥のいる屋根に触れる。すると、そこからS・フィンガーズのいるところまで長いジッパーが出現した。S・フィンガーズは左手を戻し、閉められたジッパーの先のつまみを握る!

 

「開け、ジッパー!!」

 

「!!」

 

 

ビィイィィィィーーーーッ

 

よ、よせ! こっちに来るんじゃあねェーーッ

 

 S・フィンガーズの掛け声とともに、ジッパーは高速で怪鳥がいる家屋の方向へ開かれた! S・フィンガーズの体も、それに合わせて移動、怪鳥へと真っ直ぐ向かう!

 やがてジッパーは開き切ると、勢いはそのままに彼の体は宙へ跳び上がる。飛び上がったS・フィンガーズは怪鳥の頭上に到達。そして…………

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ」

 

 

ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ バゴ ドゴ ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ ドゴ

 

 

 スティッキィ・フィンガーズの両腕から放たれる高速のラッシュは、まるで降り注ぐ雨。怪鳥の全身にくまなくぶつけられ、その度にジッパーが体を()()()()()

 ラッシュの終わりの一撃。万力のような力を込めて放ち、その反動でS・フィンガーズは通りへと着地する。そして一言。

 

アリーヴェデルチ!(さよならだ)

 

 

バ カ ァ ア ア ァ

 

 

 無数のジッパーが走った怪鳥の体は、全てのジッパーが開かれることによってバラバラに散った。()から大量の血が噴き出ているのを見ると、今から元通りにくっつけたとしても、もう()()だろう。

 スティッキィ・フィンガーズは怪鳥の死骸からジッパーを消し、その場を離れる。人里内での消火活動も既に終わりを迎えていた。

 

 

 

 そんな様子を見ていた影が一つ。

 

「あのスタンド、強いな…………用心を……しておくか」

 

 建物の陰から覗いていたのはキラークイーンであった。彼の手には女性のものと思われる手首が一つ、優しく握られていた。

 

 

 

____________________

 

 

 スティッキィ・フィンガーズはしばらく人里を歩いていた。日は暮れかけている。どこかの誰かに、家に泊まらせてくれと頼みたいところだが、人外を簡単に受け入れてくれる者など知れている。

 すると、数人の民に囲まれて話をする、他の者とは雰囲気が違う人間がいた。ロングスカートを履き、珍妙な帽子を被っている。スティッキィ・フィンガーズは周りの人間が離れるのを見計らい、彼女に声を掛けた。

 

「そこの……帽子を被った君。すまない、君に頼みたいことがある」

 

「!」

 

 声を掛けられた女性はひどく驚いた。一瞬目が大きく見開かれ、その後には警戒心に満ちた視線を当ててくる。スティッキィ・フィンガーズもこの反応に少々動揺してしまうが、すぐに自分自身を無理矢理落ち着かせる。視線は相変わらずのまま、女性は口を開いた。

 

「あなたは……もしや、スタンド……?」

 

「あぁ。その通りだ。俺の名前はスティッキィ・フィンガーズ。見た目はこの通りだが、決して君に危害を加えるつもりはない。実は今夜、休む場所に困っている。どこか泊まれる場所を教えてほしいのだが……」

 

「…………」

 

 きっとこの里で彼女は中心的な人物なのであろう。先程の人だかりから察するに、彼女は皆のよすが。頼りにされているはずだ。だからこそ、S・フィンガーズは声を掛けたのである。

 女性、上白沢慧音はしばし沈黙する。互いに見つめ続け、「これはダメか?」と思うS・フィンガーズだが、彼女はOKサインを出した。「この近くに私の家がある。一緒に行こう」とのことである。予想外の応答だったが、自分で頼んでおいてのせっかくの親切を断るわけにもいかず、S・フィンガーズは慧音の後に続くのだった。

 

 

____________________

 

 

 慧音の家に訪れたスティッキィ・フィンガーズは客間に通され、夕食をご馳走になった。献立はキラークイーンが訪れた時と同じ、(アユ)と味噌汁、白ごはんである。

 

「……ミソシル……日本の代表的な料理と聞く。初めて食べるが……」

 

「そうなのか? 口に合わなければ下げよう」

 

「いや、頂く。せっかく出してもらったんだ……」

 

 そう言ってスティッキィ・フィンガーズは湯気が立つ味噌汁を口に流し込んだ。彗音はそんなS・フィンガーズの反対側に座り、彼の顔を見つめる。

 

「……どうかしたか?」

 

「いや、別にどうというわけではないが、あなたは()()()だな。きっと」

 

「……どういう意味だ?」

 

「なんというか……勘のようなものさ。この人里にはキラークイーンという別のスタンドがいるんだが、彼はどうも取っ付きにくくてな……そして不穏な感じがする。里を救ってくれたスタンドが人里の外にいるが、君はどちらかというと、そちら側だ」

 

「…………」

 

 里を救ったスタンド。浩亮が話していた「ハイエロファント」というスタンドだろうか? S・フィンガーズは考える。

 夕食を食べ終えたS・フィンガーズは慧音の提案で人里内に住むこととなった。空き家が先日の事件でかなりできているため、そちらに泊まってくれとのことだ。

 

 慧音に言われた通り、スティッキィ・フィンガーズは客間に布団を敷き、就寝の準備をする。

 彼には幻想郷にやって来て今まで、ずっと考えていたことがあった。それは本体、ブチャラティが死亡した時のことについてだ。彼は彼が所属していたギャングのボス、ディアボロとの戦いで命を落とした。その際、ボスを倒すために争奪し合ったとある「矢」を、仲間ジョルノ・ジョバァーナへと託し天へと昇ったのである。

 ジョルノはボスを倒したのだろうか? ミスタやトリッシュは無事だろうか? ブチャラティ本人ではないが、少なくとも彼の意思を継いでいるS・フィンガーズには唯一の心残りであった。

 そして、もしジョルノがボスを殺したなら、やつの、『無敵』のスタンドがこの地(幻想郷)へとやって来るのだろうか…………

 

 

 

 スティッキィ・フィンガーズは再び眠るのであった。

 

 




ついに来ました第5部のスタンド、スティッキィ・フィンガーズ。誰でもいいから早くラッシュを打たせたかったので、登場させられて嬉しいです。


幻想郷に流れ着いたスティッキィ・フィンガーズ。
そんな彼にさっそく試練が訪れる!
博霊神社にも危機が!?
お楽しみに!
to be continued⇒


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28.東方風神録

最近ハーメルンで他の方の作品を読めていない……
参考になるので、なんとか時間を見つけて読みたいものです。


 冷たく、少し乾いた秋風が紅葉を払い落とす季節。博麗神社には博麗霊夢と霧雨魔理沙が縁側で茶を啜っていた。そんな彼女ら。霊夢はいつもと変わりないようだが、魔理沙は心なしか元気がないように見える。

 実は彼女の家に居候しているスタンド、ハイエロファントが原因だった。妖怪の山の麓で起こった戦い、彼の本体(花京院典明)マジシャンズレッドの本体(モハメド・アヴドゥル)と因縁のある敵との戦いは、これまでで最も負傷が激しかったのだ。ハイエロファントはその傷が回復し切っておらず、数日間眠り続けている。

 曇った表情を浮かべる魔理沙を鬱陶しく感じ、霊夢が口を開く。

 

「魔理沙……落ち込むために神社(ここ)に来るのやめてもらえる? もう4日間そんな調子じゃあないの」

 

 嫌味っぽくなった霊夢の言葉に反応し、一瞬だけ魔理沙は視線を霊夢の方へ動かす。しかし、また彼女の黒目は正面を向いてしまった。言い返す気力もないようである。

 

「悪かったな……私だって気分転換ぐらいしたいんだよ」

 

「……分かるけど、ずっと同じことやってて何かあるの?」

 

「気分転換のためにやることを考えてんだよ」

 

「……ハァ……」

 

 霊夢は思わずため息をつく。

 ハイエロファントはスタンドであり、自分たち人間とは、そもそも普通の生物ではないため、身体の構造上自分たちにするような処置を行えない。ボロボロになったスタンドは何もしなくとも元通りに再生するが、死亡すると血の一滴も残さず消滅してしまう。ハイエロファントは消滅してはいないものの、意識がないまま寝たきりだ。打つ手がない魔理沙も精神的に疲労している。

 霊夢も何とか彼女を手伝いたいと思ってはいるが、()()()()()()と霊夢自身まで参ってしまいそうだった。

 

(スタンドね……何から何まで厄介だこと……)

 

 霊夢はまた一口、茶を啜った。

 

 

 そのまま2人の間には沈黙の時が流れる。互いに喋ろうとはしなかった。しかし、ふと霊夢が神社前の鳥居へ目を移すと、風や鳥の声に混じって人の話し声が聴こえてきた。彼らは神社への石段を登ってきているようで、だんだん足音まで聞き取れるようになる。足音から察するに、人数は3人。しかし、話しているのは内2人のようだ。

 

「……ここが博麗神社だ」

 

「なるほど。ここがな…………幻想郷(この世界)を囲む結界とやらを管理している者がいる…………」

 

「…………」

 

「あんたもここには初めて来るのか?」

 

「まぁね……」

 

 石段を登ってくる者の正体が頭部から徐々に判明する。

 淡い青色の髪にヘンテコな帽子。1人目は上白沢慧音。

 白っぽい肌に大きく鋭い目。黒いコテや腰巻きをした、2人目キラークイーン。

 青いヘルメットのような物を目元まで被り、体の所々に独特な装飾がなされている者。3人目スティッキィ・フィンガーズ。

 霊夢は彗音以外とは初対面であった。石段を登り切った彗音は縁側に(たたず)む霊夢たち2名を見つけると、軽く手を振って挨拶をする。

 

「やぁ、霊夢。修行はしているか?」

 

「そんなのするわけないでしょォ〜〜」

 

「はは。やっぱりか」

 

「それよりも、そっちの2人は? もしかしてスタンド?」

 

「あぁ。最近人里に住み始めてな。魔理沙もスティッキィ・フィンガーズは知らないだろう?」

 

「え? あ……あぁ」

 

 (うつむ)いて放心していた魔理沙は、慧音に声を掛けられて初めて3人の来訪に気付いた。慧音の紹介の後、霊夢と握手を交わしたスティッキィ・フィンガーズは、魔理沙の前に立って右手を差し出す。

 

「スティッキィ・フィンガーズだ。よろしくな」

 

「あぁ……よろしく」

 

 魔理沙はおもむろにS(スティッキィ)・フィンガーズの手を握った。S・フィンガーズは魔理沙とは初対面のため、彼女の「元気の無さ」に気付いていたものの無闇に掘り返すまいとスルーした。が、魔理沙と既知の仲であるキラークイーンは辺りを見回しながら唐突に切り出す。

 

「……霧雨魔理沙。かなり元気がないようだが、どうかしたのかね? ハイエロファントは?」

 

「お前と一緒に戦った後すぐ……また戦いがあったんだ。その時に重傷を負って、ずっと家で寝てる」

 

「……そうか」

 

 キラークイーンよりも先に、スティッキィ・フィンガーズが反応した。「里を二度救ったスタンド」と称える者もいるハイエロファント。S・フィンガーズは幻想郷に来た日からずっと気になっており、近いうちに彼の元を伺いたいと思っていた。しかし、激しい戦いで負傷、というのなら致し方ないと訪問を諦めることにする。

 全員が黙り、重くなってしまった空気に耐えかねたのか、霊夢が立ち上がって神社の奥へ体を向ける。

 

「ま、上がりなさいよ。お茶持ってくるわ。そこに座っといてくれていいから。私の分は空けといてね」

 

 そう言うと、4人を置いて台所へ歩いて行った。

 

 

____________________

 

 縁側に取り残された4人。霊夢が離れる前と同じように、重い空気が漂っている。この空気の発生源である魔理沙はともかく、キラークイーンとS・フィンガーズも表情を一切変えることなく座っている。次に耐え切れなくなってきたのは、慧音だった。

 

「その……なんだ。もっとこう……明るい話をしないか? ずっと沈んだ調子じゃあ……な?」

 

「……あぁ」

 

「…………」

 

(とっとと帰らせてくれないものか…………)

 

 キラークイーンは心の中でため息をついた。彼は自分の意思でここに来たわけではなく、慧音に半ば強制的に連れてこられたからだ。彼の頭の中は不満でいっぱいになっている。

 しかし、魔理沙が小さく返事をしたため、霊夢が来るまでの間、S・フィンガーズとキラークイーンから外の世界や、彼らの本体についての話を聞くことになった。キラークイーンが帰ることができるのは、もう少し先のことだ。

 

「まずは俺から話せばいいのか?」

 

「あぁ。頼んだ。私の話はつまらないからね。何か、面白いことを思い出すために時間をかけて話してくれ」

 

 先の話し手はS・フィンガーズとなった。彼は嫌がることはなかったが、キラークイーンとしては()()()()()()都合が良かった。キラークイーンは頭をフル回転させ、()()()()()()()を考える。

 キラークイーンの真剣な顔を見て、S・フィンガーズは口を開いた。

 

「そうだな……それじゃあ、俺の本体とその周りのことでも話そうか…………本体の名前は、"ブローノ・ブチャラティ"。ギャングだった」

 

「ギャング……? いつか本で見た…………あまり良いイメージがないが……」

 

 慧音が苦言を漏らす。彼の驚きの告白に、思わず魔理沙とキラークイーンも注目する。

 

「それが普通だ。だが、ブローノ(俺の本体)はある理由があってギャングになった。そこかしこにばら撒かれた麻薬を取り締まるためだ。しかし、麻薬が流れてくる源は、俺たちが入団していたギャング組織だった。もちろん、ブローノはそれを許せなかったわけだが、さらに一つ、そのボスを許せない理由ができあがる。それら二つの事情により、ブローノ・ブチャラティと他の仲間は組織に反旗を(ひるがえ)し、ボスと戦った」

 

「それで……死んじまったってことか……」

 

「あぁ。だが、ブローノは後悔していない。()()()()()()。生きる者たちが、さらにその先へ意思を進めるのだから……決して後悔はしていない」

 

 彗音、魔理沙は静かに耳を傾ける。再び沈黙が流れると、S・フィンガーズは「あぁ、忘れていた」と挟み、話を別方向へ転換しようとした。

 

「すまない。空気を変えるのが目的だったのに、余計重くしてしまったな」

 

「いや、いいんだ。続けてくれ」

 

「……そうだな……他は仲間の話ぐらいか…………ウチのチームにパンナコッタ・フーゴという男がいたんだが、そいつのスタンドは…………」

 

 慧音に促され、かつての仲間の話をしようとS・フィンガーズは切り替えた。キラークイーンは相変わらずな顔で黙りこくっている。魔理沙も同様である。

 すると、そんな中、4人に一陣の風が吹きかかった。少し強いと感じる程度の風で、S・フィンガーズと慧音はスルーしようと思う。が、しかし、風が過ぎた後の景色を見て、そんな考えは吹っ飛んだ。

 神社の境内、その上空に1人の少女がいたのだ。

 彼女は辺りをひとしきり見回すと、縁側に腰掛ける4人目掛けて言葉を投げた。

 

「ここが……博麗神社……ですね? 見たところ、博麗の巫女は留守のよう……」

 

 少女は不思議な容姿をしていた。

 明るい緑色の髪の毛。青いスカートに、白い上着、髪にはよく分からないヘビだのカエルだののアクセサリーが付いている。彼女が(こぼ)す独り言によると、彼女は霊夢に会いに来たようだ。

 謎の少女に彗音が声を掛ける。

 

「霊夢に会いに来たのか? だったら…………」

 

「あ、知り合いの方ですか? でしたら、博麗霊夢にこうお伝えください。『神も参拝客もいない、そんな神社は必要ない…………取り壊すか、我々"守矢神社"に明け渡すか、3日以内に決めよ』と」

 

『!!』

 

 少女の口から出てきたのは驚きの言葉だった。神社を取り壊す、守矢神社……? 言葉を聞くだけでは非常に身勝手な話に聴こえる。

 少女はS・フィンガーズとキラークイーンへ目を移すと、手に持つこれまた風変わりな、霊夢のお祓い棒のような物を向け、再び口を開いた。

 

「妖怪が蔓延(はびこ)り、参拝客が来ない神社は()()()()()ようなもの。少しでも神への信仰心が残っているのなら、大人しく我々の言う通りにすべき、ともお伝えください」

 

「……妖怪……?」

 

「俺たちのことか……?」

 

 キラークイーンとS・フィンガーズは顔を見合わせた。2人とも、化け物だの死神だのと比喩的に言われたことならあるが、妖怪と()()()()()ことは初めてだったため、少し困惑してしまう。

 慧音は素早く弁解しようと口を挟んだ。

 

「いや、彼らは妖怪ではなくてだな…………」

 

「妖怪でしょう! どう見てもッ! 自身の(つか)える神社に妖怪を呼び込む巫女だなんて、とんだお笑い草ですよ!」

 

「違うんだ……だから……」

 

「なんとまぁ、ひどい巫女! 人間としてどうなんでしょーねぇ! もっともっと顔を拝んでやりたいですよ」

 

「………………」

 

 少女は話を聞かない人間だった。慧音も説明を諦めるほどの()()は幻想郷全体でもそう見られることではない。

 話をより詳しく聞いてみれば、彼女ら"守矢神社"は外の世界での信仰が集まらなくなったため、幻想郷にて信仰を増やそうと考えているらしい。博霊神社の入手はその第一歩であると。

 しかし、これだけ騒げば様子を見に来る者もいる。と言っても、彼女の場合、お茶を()れるだけなのに何に手間取っていたのか。霊夢が奥からやって来た。

 

「何よ、何よ。うるさいわねェ……誰か騒いでんの?」

 

「あ、霊夢」

 

「! あ〜、あなたが…………なんだ、結局いるんじゃあないですか。嘘ついちゃって」

 

(我々は何も言ってないのだが……あの小娘(しゃく)に触るやつだな……)

 

 少女と霊夢はついに相対した。

 それにしてもこの少女。とにかく、キラークイーンを苛立(いらだ)たせる才能がある。

 

「博麗の巫女、博麗霊夢! この神社を明け渡しなさい!」

 

「聞いてたわよ。ずいぶん勝手に決めてくれるのね。まぁ、いいケド」

 

「え? いいのか!?」

 

 この場にいる霊夢以外の人間、全員の予想を外した回答だった。博霊神社は幻想郷の中で一番と言っていいほど重要な場所ではなかったのか? 緑髪の少女も目を丸くしている。そんな中、一番初めに口を開いたのは慧音だった。

 

「れ、霊夢!! お前、自分が何を言っているのか、分かってるのか!? 私は許さんぞっ」

 

「なんでアンタの許可が要るのよ……あっちの言う通りでしょ? 参拝客がいない神社なんて〜〜……ねぇ?」

 

「な、なんだとぉ……ッ」

 

 霊夢の態度に、慧音の額は青筋が立っていく。霊夢は少女を廃品回収の業者だとでも思っているのか。幻想郷の守護者とは思えない物言いは、慧音の中の「呆れ」と「怒り」を増幅させる結果となった。

 彗音から話を聞いていたスティッキィ・フィンガーズも霊夢と少女に何か言いたげであったが、キラークイーンに「両者だけの問題だ」と制され、口を塞ぐ。

 霊夢の承諾を聞いた少女は「オホン」と咳払いし、気を取り直して霊夢に告げた。

 

(あ、あまりにも早い回答で驚いたけど……)

「あなたの答えは決まっているようですね。では、私は3日後、再びここを訪れます。その時に、あなたにも改めて"神の存在"を説いてあげましょう!」

 

「ハイハイ。勝手にどーぞ」

 

「ぬぅ…………あ、そうだ……申し遅れましたが、私の名前は東風谷早苗(こちやさなえ)。守矢神社に仕える者です。それでは……」

 

 緑髪の少女、東風谷早苗は5人に背を向けると、風と共に「妖怪の山」へと飛んでいった。風の置き土産は、境内の端に寄せられた落ち葉の山を崩して掃除前の状態にしてしまう。霊夢はその光景にため息をつくが、そんなことは後回しだ、と彗音たちへ茶を(すす)めた。

 

「そーだ。お茶持ってきたけど、どう?」

 

「いらん!! 私は帰る!」

 

 慧音は霊夢の茶を受け取らず、ズンズンと鳥居に向かっていった。霊夢は慧音が何に怒っているのかを理解できなかったが、面倒なことは御免のため、慧音にそれ以上干渉することはなかった。それでは、とキラークイーンに湯呑みを渡そうとするが、彼も同様に、

 

「私も帰らせてもらうよ。博麗霊夢。お茶も遠慮する」

 

「あぁ、そう」

 

 キラークイーンは慧音を追って鳥居を抜けて行った。

 霊夢は「やれやれ」と、魔理沙とスティッキィ・フィンガーズを振り返る。魔理沙は相変わらずの様子だったが、S・フィンガーズはあらぬ方向を見ていた。早苗が飛んでいった方角、そこに位置する「妖怪の山」だ。

 

「えーと、スティッキィ……フィンガーズだっけ? 山なんか見て、どうかしたの? さっきの早苗っての、気に入ったの?」

 

「…………いや」

 

 妙な間が空き、霊夢は「おやおや?」と薄ら笑いを浮かべる。が、彼の表情をよく見てみると少し強張っているのが分かった。そこに変な予感を覚えた霊夢も、浮かべた笑みをゆっくり消していく。次にスティッキィ・フィンガーズの口から出てきたのは意外な言葉だった。

 

「東風谷早苗が飛んでいったあの山。ほんの一瞬だが、()()()()()()()()()()()を覚えた。どこかで感じたことがあるような……あの娘、警戒しておいた方が良いだろう」

 

「……へぇ、スタンドってそんなことも分かるの?」

 

「さぁな。だが感じたのは事実だ。忠告はしておいたぞ」

 

 スティッキィ・フィンガーズはそう言うと、遅れてキラークイーンたちの跡を追うのだった。

 神社に残された霊夢と魔理沙。持ってきた茶から立ち昇る湯気は、徐々に弱々しく(しぼ)でいく。3人が去っていっても微動だにしない魔理沙に、霊夢は呆れ気味に声を掛けた。

 

「で、あんたはいつ帰るの?」

 

「そろそろさ。だがよ、霊夢。本当に神社を渡していいのか?」

 

「……管理者権限よ。何しても私の自由なの」

 

「あぁ、そうかい。まぁ、お前がいいならいいけどさ」

 

 その後、霊夢と魔理沙は3人が残した茶を飲み干すと、3時間後、夕方4時にようやく解散した。霊夢は呆れ、魔法店で眠るハイエロファントはまだ目覚めていなかった。

 

 

____________________

 

 

 場所は変わり、ここは妖怪の山。その中継地点には、立派なしめ縄がトレードマークになる、博霊神社よりも荘厳な神社が建っていた。この神社こそ、"守矢神社"である。

 その境内に降り立つ一つの影。東風谷早苗である。彼女の前、神社に挟まれるような形でもう数個、人影があった。

 

「ただいま帰りました。諏訪子(すわこ)さま、神奈子(かなこ)さま」

 

 早苗にそう呼ばれるのは、大きな帽子を被った少女と、帽子紫色の髪と背負うしめ縄が目立つ女性。早苗と彼女らは主従関係にあるようだ。

 神奈子と呼ばれた女性は威厳のある低い声で早苗に返事をする。

 

「あぁ。おかえり。それで、どうだった? 博麗霊夢は神社を渡してくれそうかい?」

 

「はい」

 

「え?」

 

 早苗から出た予想外な言葉に、神奈子の口から素っ頓狂(すっとんきょう)な声が漏れた。隣にいる諏訪子も苦笑いを浮かべている。せっかく威圧感のある演出をしようと思っていたのに、台無しにされてしまった神奈子。心の中でズッコケていた。

 

「渡してくれそう……なの?」

 

「はい。快諾されました」

 

「へ、へぇ……アッサリしてるんだねぇ……」

 

 てっきり「絶対に渡すものか!」とか、「話し合いの時間が欲しい」という返事が来るものかと思っていた神奈子は、霊夢のアッサリ具合に引き気味になっていた。

 そんな彼女を横目に、早苗が2人の奥にいるもう一つの影に注目した。

 

「……御二方、あちらの方は?」

 

「ん? あぁ、()かい? 彼はね、私たちと同じタイミングで幻想郷にやって来たそうだ。山の天狗たちと話してくれて、この神社の移設の許可をもらってくれた。紹介しよう。彼はスタンド、グリーン・ディだ」

 

 

 

 




なぜ早苗が人気なのかが分からない者です(嫌いではない)。
自機だから、なんですかね?


平穏が続くと思われた幻想郷。
そこに忍び寄る邪悪の影…………
次回、「スタンドの幻想入り」が始まって以来、最恐の異変が起こる!
お楽しみに!
to be continued⇒


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29.La muffa cresce 死の媒介者

 博霊神社に東風谷早苗が来訪して2日。幻想郷はいつものように(さわ)やかな朝を迎えていた。

 いつもと同じように7時前に起きた霊夢は、境内に散乱する落ち葉を集め、縁側で陽を浴びる。朝の冷たい風が頬を打ち、温かい日光を感じるこのルーティーンは、現代で言うクーラーに毛布のような、自然を活かした贅沢(ぜいたく)だった。

 霊夢は縁側でくつろいでいると、ヒラヒラと舞うキタテハを見つけた。右に左に、前に後ろに、上に下に、まるで風に舞う羽毛のようだ。

 

「虫はいいわねぇ。呑気(のんき)にしてても誰も文句を言わないんだから」

 

 そう言って霊夢はチラリと目を逸らす。

 今朝は霧が発生しているのか、風景全体が(かす)みがかっていた。じきに寒くなるのか、と霊夢は内心ため息をつく。

 そんなところで、霊夢は視線を戻した。目前にはまだキタテハが舞っているだろう。そう思っていた。思って()()のだ。

 

「……!」

 

 キタテハは消えていた。

 どこへ行ったのかと、霊夢は辺りを見回してみる。すると、先程までキタテハが飛んでいた地点、その石畳の上にコロリとひっくり返っているではないか。

 キタテハの様子をよく見ようと霊夢は縁側から尻を浮かせ、その蝶々のところまで歩き、様子を見た。彼女はあることに気付く。

 

「! これは……コケ? いや……カビ?」

 

 地に落ちたキタテハの体には、コケかカビのような緑色の物体が(ころも)のようにして纏わり付いている。体の半分をそれに覆われたキタテハは既に絶命していた。

 

 

____________________

 

 

時を同じくして、「迷いの竹林」。

 

 

ズ ボ ォ オ ッ

 

 

「うわぁ!!」

 

 ドシン! と音を立てて(うさぎ)の少年が落とし穴に落ちた。月の異変の後、兎たちは竹林の中の道を整備する仕事をしているのだが、こんなもの、誰が作ったのか? 犯人は同じく兎の少女、てゐが掘ったものだった。

 

「あちゃ〜……鈴仙を引っかけようと思ってたのに……大丈夫〜? ……きゃぁああああッ!!」

 

 てゐの悲鳴が竹林中に木霊した。同胞が落ちた落とし穴を覗き込んだ彼女は、体から血の気が無くなるのを感じたと言う。

 穴に落ちた同胞の体からは大量のカビと思しきものが発生し、肉をグズグズに溶かしていた。元の人型の原型は保たれていなかった。

 

____________________

 

 

 続いて、「霧の湖」。

 

 

 スタンド、「(ストレングス)」を遊び場にした妖精たちが、何やら新しい遊びを行おうとしているところであった。

 

「よぉーーし! かんちゅーすいえいやるぞーー! 一緒にやるやつは集まれぇ〜〜いっ」

 

「まだギリギリ「寒中」じゃあないと思うよ」

 

 水色の髪に青いリボンと服を着た氷の妖精、チルノが人差し指を天に向けて仲間たちを呼び寄せる。チルノにツッコミをする妖精や、少女である彼女よりも幼く見える妖精、多種多様な妖精たちがあちこちから集まってきた。20人近く集ったところで、秋の湖で水泳をすることとなり、全員でその準備を始める。

 力を合わせ、船の形をしているストレングスの船首に飛び込み台を置き、台が向く先にガラクタで作ったゴールをセッティングする。

 

「よぉし、まずは私からよ」

 

「次はアタイね。アタイは水泳においても()()()()()になってやるんだからね。吠え面かかせてやるわ!」

 

 順番を決め、ストレングスの船首から、1人の妖精が湖に飛び込んだ!

 それに続いてチルノも水中に飛び込もうとするが、異変に気付く。先に飛び込んだ妖精の着水音が聴こえなかったのだ。

 

「あ〜〜っ! 水に入ってないなぁ? アタイの耳を誤魔化そうたって、そうはいかないわ。もしや、飛んでゴールまで行こうって魂胆(こんたん)ね!」

 

 「バレバレだぞ!」とチルノと待機する他の妖精たちは、先手の妖精が飛び込んだ水面を覗く。ストレングスの船体、そして水面には、カビかコケのような緑色の物体がこびり付き、漂っていた。

 

 

___________________

 

 

 そして人里。

 

 

「ん〜ん〜……今日も良い一日が迎えられそうだァ」

 

 ある男が通りを歩いていた。彼は37歳無職独身の柳之介(りゅうのすけ)という男だ。親から貰った少々の金を食い潰し、小道に落ちてる銭や物乞いで生計を立てている。

 そして彼、今は服の中にある物を隠し持っていた。とても綺麗な手鏡である。手入れがされ、傷もほとんど無い手鏡。柳之介はそれを売り捌こうと目論んでおり、それ故に上機嫌だった。

 

「グフフフ。こいつぁ、かなり良い値で売れると見たぜ。問題はどこで売るかなんだよなぁ〜〜。一番高い値で買ってくれるとこはどこなんだろーな〜〜……この手鏡をよ〜〜……」

 

 胸元から手鏡を取り出そうと、(えり)の中に手を伸ばし、柄を掴んで引っ張った。スルリと鏡は顔を出すが、調子に乗って勢いよく出してしまい、手鏡が手から滑り落ちてしまった。柳之介は一瞬肝を冷やしたが、鏡面に傷が付くことなく、仰向けとなって落下する。

 

「っとぉ〜〜ッ! あ、危ねぇ危ねぇ……上物をドブに捨てるとこだったぜ……早めに売り飛ばすか……」

 

 そうして柳之介は地面に落ちた手鏡を拾うため、腰を曲げて頭から覆い被さるように屈み込んだ。

 するとどうだ。金に目がくらんだ男の視界は、ウゾウゾとうごめく何かによって(さえぎ)られていくではないか。

 

「お、おぉおおぉお〜〜〜〜……? 前が……見え……み……み、みみ……ぶへぉああ〜〜〜〜…………」

 

「え? ひッ、キャアアアアアアァァァッ!!!」

 

 柳之介の近くにいた通行人の女性が甲高い悲鳴を上げた。彼女の前には、男の下半身が立っていたのだ!

 その上に上半身は無く、下半身の足元にはカビのような緑色の物体の山が積もっている。物体と物体の間からは、日光が反射して(みにく)い物から目を離してしまうようになっていたのがせめてもの救い……なのだろうか。

 

 

____________________

 

 

「こ、これは……ッ!?」

 

 場所は博霊神社に戻る。

 キタテハに起こった現象を「異常」と見なした霊夢。その後、彼女の頭上からは数羽の鳥がカビに侵されて墜落してきた。何が起こっているのか? 

 彼女は神社の鳥居から、幻想郷全体を見下ろした。目にしたのは緑の霧。いや、魔法の森に飛び交う胞子に似たものだった! 緑色のそれらは竹林を、人里を、紅魔館付近を、あらゆる土地を飲み込んでいた。

 

「幻想郷中に……これは……胞子? 何かが飛んでる……何が起こってるの?」

 

 霊夢はふと、妖怪の山に目を向ける。彼女の視界には驚きの光景が広がっていた。

 山が緑色だったのだ。木々の葉によって染められた色ではない。山を包むドームのように、夏の積乱雲のように、緑色の胞子が妖怪の山を飲み込んでいたのだ。ここで彼女の頭にスティッキィ・フィンガーズの言葉が(よみがえ)る。

 

『あの山からとてつもない邪悪を…………』

 

「まさか……守矢神社……!?」

 

 こんな現象を引き起こせる者は、幻想郷にはいないはずだ。ならば、新たにこの地にやって来た守矢の勢力が怪しい。妖怪か、スタンドか、それとも早苗が言っていた"神"とやらか。とにかく、こんな異変は野放しにすることはできない。

 霊夢は異変を解決するべく、死のカーテンに包まれた「妖怪の山」へと向かった。

 

 

____________________

 

 

「これは!? 何が起こっているんだッ!?」

 

 人里も大混乱に陥っていた。人々の体からカビが発生し、その部位の肉が腐っていく。腕が朽ちてちぎれた者、顔面をカビに覆われた者、下半身と上半身が分離しても生きている者、まさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄。

 慧音は人々の混乱を抑えようとはするが、いきなり自身の体が腐り始めて焦らない人間などいない。それは慧音も同じである。彼女も右手の指先にカビが生え始めていた。

 

「慧音、無事かッ!?」

 

「ス、スティッキィ・フィンガーズ……!」

 

 通りの奥からスティッキィ・フィンガーズが走り込んできた。慧音の元までやって来ると、肩を押さえて落ち着くよう言い聞かせる。

 

「慧音、決して慌てるな。無闇に動けば"能力"を受けるぞ」

 

「こ、これは何だ!? 幻想郷に何が起こってる?」

 

「……スタンド攻撃だ」

 

「何……ッ!?」

 

 S・フィンガーズは知っている。このカビの正体を。ばら撒く者が何者かを。

 それは、かつて相対したギャング組織の追手のスタンド能力だった。ローマにて、最後に立ち塞がった者の内の一人であり、本体であるブチャラティは直接戦っていないが、仲間が始末したことは知っている。

 まさか、こいつも幻想郷に来るとは…………

 

「いいか? 絶対に()()()()()。下ってしまえば、そこからカビが発生する。カビはやがて全身を飲み込み、腐れ落ちるぞ」

 

「これも……スタンドの力だと言うのか……」

 

「……スタンドは本体の無意識の才能と言ってもいい。心の中に罪悪感があれば、無意識に()()()()()()()()。だがやつは……ヘリの男は……「残酷さ」を楽しみ、生き甲斐にしていた……だから()()()()なのだ。カビを止めるには、カビを生み出すスタンドを直接叩くしかないッ!」

 

「…………話は……聞かせてもらった」

 

『!』

 

 S・フィンガーズの話が終わると同時に、2人の間に割り込む者が現れた。慧音とS・フィンガーズは同時に振り返る。そこにいたのは、キラークイーンだった。走って来たS・フィンガーズと同じく、彼からカビは出ていなかった。

 

「警戒して、あまり動かなかったのが良かったな……恐ろしいスタンドがいたものだ」

 

「キラークイーン……」

 

「……キラークイーン。俺は今からカビのスタンドを倒しに行くつもりだ。一緒に……来てくれないか? あんたの力が必要になるかもしれない」

 

「……!」

 

 キラークイーンと彗音にとって予想外の提案だった。彗音は思わずキラークイーンを横目で見る。彼はS・フィンガーズを黙って見つめるだけだ。

 S・フィンガーズも無理に、とは思っていない。彼が嫌がるのなら、自分一人で行くつもりだ。そして、キラークイーンの答えは……

 

「……わざわざ、自分の命を捨てに行くものだろう? 誰だって君みたいに、他人のために動けるわけじゃあない。対処法が分かっているなら、尚更自分の身を守るものだ……」

 

「…………!」

 

 答えはNOと見た。想像通りだ。そもそもキラークイーンは誰かのために戦う、という心など持ち合わせてはいない。自分のために戦うだけだ。しかし、S・フィンガーズはそれを悪いとは思っていない。自分の力を自分に使い、生き延びることなんて誰だってするし、()()()()()()()

 S・フィンガーが(ゆる)せないのは、自分のために他人を利用し、踏みつける者である。

 

「……分かった。なら、俺は今から「妖怪の山」とやらへ向かう。せめて、慧音と共に人里の人間たちに対処法を教えてやってくれ」

 

 そう言うと、S・フィンガーズは2人に背を向けて走り出した。眼前にそびえ立つ山目掛けて。

 走る通りの脇へ目を向けると、苦しむ人々が家の前で助けを求めている。動かない家内を抱きしめ、泣く者もいる。

 この世の全ての人間を助けようなどと、決してそんなことは思わない。S・フィンガーズはただ、赦すことができない(邪悪)を打ち砕くだけだ。

 

「もしもの話だ」

 

「ッ!!」

 

 突如、走るS・フィンガーズの背に語り掛ける者が現れた。かなりのスピードで走っているが、それに追いつける者などそういないはずだ。

 振り返ってみれば、走ってきていたのはキラークイーンだと分かる。

 

「もしも、君が敗北してしまった場合、この世界にカビの弱点を知る者はいなくなる。気付く者はいるだろうが、そいつが敵スタンドを倒すまでに、人里が無事でいられるかな?」

 

「…………」

 

「保証はない。私も、人間たちの"流れ"の中で生活している。それが脅かされるなら、いいだろう。協力してやる。だが、私は生き延びるからな。どんな手を使ってでも、だ」

 

「キラークイーン……」

 

 強力な味方ができた。S・フィンガーズはキラークイーンの能力、そして本性は知らない。知る必要も無いだろう。彼らが結託する理由は……"共通の敵"で十分である。それ以上の詮索(せんさく)と、()()は互いの命を削り合う。

 妖怪の山へ並んで走る2名だったが、その頭上を一つの影が飛び去った。何者かと思って見上げるS・フィンガーズたち。

 

「! あれは……」

 

「霧雨魔理沙か……キラークイーン、俺に考えがある」




チョコラータは結構好きです。


ついに守矢の勢力と激突!
誰が勝って生き延びるのか?
誰が負けて死ぬのか?
お楽しみに!
to be continued⇒


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30.ゲスい菌①

「何よ……誰もいない……妖怪も、天狗たちまで……」

 

 「妖怪の山」の上空を飛行しながら、守矢神社を目指す霊夢。本来なら、この山には監視役の天狗や、野良の妖怪たちがおり、あの手この手で()()を邪魔される。しかし、今日、彼らの一人も見当たらないのだ。静まり返り、生命を感じない。これもカビの異変が原因だと言うのか?

 

「早く元凶を倒さないと、幻想郷がもっとめちゃくちゃになる! 守矢神社に急がないと……ッ!」

 

 霊夢は飛行速度を上げ、山の上部を目指し続けた。

 

 

____________________

 

 

 飛行し続けて数分、霊夢はカビの胞子が飛んでいない空間へと出てきた。空気が美味しく、近くには鳥居、そして(やしろ)が。霊夢は一目で理解した。ここが守矢神社なのだと。

 

「おや、霊夢さん。お早い訪問で。でも、約束の日は明日のはず……」

 

 霊夢が上空で境内を見下ろしていると、前から彼女へ語り掛ける者が現れた。東風谷早苗だ。そしてその後ろ、もう一つ影が見える。巨大な輪っかの形をしたしめ縄を背中に()()、紫色の髪がトレードマークとなっている女性。ドッシリ構えている彼女も、霊夢を不思議そうに眺めている。

 

「神社が云々(うんぬん)じゃあないわ! アンタら、幻想郷へは信者を増やしに来たんでしょ? 一体何のつもり!?」

 

「……? 一体何のことを……?」

 

 霊夢の言葉に、依然キョトンとした態度を崩さない早苗。霊夢の方も、犯人は分かっていると疑って止まない態度を(ゆる)ませない。

 そんな2人を見かねたのか、いよいよと言った具合で奥に構える女性が話へ割って入ってきた。

 

「お初にお目にかかる、博麗の巫女、博麗霊夢。私はこの神社に祀られる、八坂神奈子(やさかかなこ)。何やら切羽(せっぱ)詰まった様子だが、あなたが何を言っていて、私たちに何を求めているのか……全く分からないのよ。一から説明してくれる?」

 

「……えぇ、いいわ。今、幻想郷ではあらゆる生物を腐敗させるカビが蔓延(まんえん)してんのよ。私はそんな現象を起こせるやつなんか知らないし、ちょっとした知り合いが「妖怪の山(ここ)」が怪しいって言うもんで、アンタらを訪ねてみたってわけ。そうしたら驚くことに、この神社周辺だけはカビが舞っていない! しかも、その主が何も知らないときた。アンタら怪しさMAXなのよ」

 

 霊夢が異変の詳細を語るが、早苗も尋ねてきた神奈子もピンときていない反応をする。

 こんな状況になってしまったら、多くの人は彼女ら2人の身の潔白を疑い始めるだろう。魔理沙であれば、あっという間に信じ込んでしまうに違いない。しかし、霊夢は違う。ちょっとした遊び心で勝負を仕掛けてきた相手も、もれなくコテンパンにしてきた。今までの異変解決で頭に付いた教訓、それは「迷ったら叩きのめせ!」。

 

「まぁ、いいわ。アンタらどっちも倒したら、真相が分かるでしょーよ」

 

「……血の気が盛んなことで……だったら、身の潔白を証明するために、私たちもやるしかないみたいだ……」

 

「神奈子様、ここは私が行きます」

 

 臨戦態勢となった霊夢と同じように神奈子も戦うため、前に出るが、早苗がそれを阻んで霊夢と相対する。彼女の手にも、霊夢と同じような棒が掴まれていた。

 

「博麗霊夢! 私が「神に仕える」とは何なのか、信仰心とは何か、実力を以って知らしめてあげましょう!」

 

「来なさいよ……博麗の巫女が何なのか、思い知らせてやるわ」

 

 生命が事切れていく最中、妖が住む山の中腹で、ついに弾幕戦の幕が開いた。

 

 

____________________

 

 

「ハァ……くそっ、カビの胞子の発生源は絶対ここのはずだ! 元凶はどこだ!?」

 

 胞子が渦巻く山林の中、霧雨魔理沙が箒を飛ばす。彼女もまた、カビの異変を解決せんと乗り出した者だ。

 先程博麗霊夢が通った場所を、魔理沙もまた通過する。そして同じように、他の妖怪の姿を少しも目にすることはなかった。普段より、何倍も恐ろしい山と化してしまった。

 

「ぅおぉ〜〜い……誰かよぉ〜〜〜〜……助けてくれよぉおおぉぉ」

 

「あ……!?」

 

 どこからか、助けを呼ぶ声が響いた。こんな異常事態の中、生きて登山をしているやつなんていないだろう、そう思った魔理沙だが、声が聴こえた方を振り向いて戦慄する。

 なんと、声の主は男の天狗だったのだ。しかし、天狗だと分かったのは()()()であり、彼の顔、体は異形のものへと歪んでいた。カビで朽ち果てているのだ。

 

「お、おい……そこのお前、止まれよぉおお〜〜〜〜。俺もよぉお、上へ連れてってほしいィンだけどさァ〜〜……脚が動かねんだ。どれだけ立ち上がろうとしてもよ〜〜、下半身が()()()()ぉ〜〜」

 

「う……うげぇ…………」

 

 都市伝説、テケテケをご存知だろうか?

 魔理沙の目に映るのはまさに、()()であった。

 

 

____________________

 

 

ボグォオオ〜〜ン!

 

 

 一方、霊夢たち。守矢神社では激しい弾幕戦が繰り広げられていた。早苗がばら撒く青い弾幕の雨を、霊夢が同じく弾幕で撃ち落とす。どちらもまだ全力を出していない。2人とも、余裕の表情が顔に出ていた。

 

「流石は博麗の巫女…………この程度、どうってことなさそうですね!」

 

「フン。私から神社を取ろうとしてるんだから、もっと実力があるかと思ったけど、案外そうでもないらしいわね」

 

「……!」

 

 霊夢の言葉に反応し、早苗の眉がピクリと動いた。彼女の煽りが効いたらしく、眉間にほんの少しのシワが寄り、弾幕のスピードが上がる。

 霊夢はそれらも撃ち落とし、避け、まるでレベルを合わせているようにして早苗を翻弄する。煽られることに対してあまり耐性が無いのか、早苗は出し惜しみしていたように、おもむろにカードをスカートのポケットから引っ張り出すと、宙へ掲げて叫んだ。

 

「奇跡.白昼の客星!!」

 

「! スペル……!」

 

 早苗が叫ぶと、彼女の両脇から細長い弾幕が無数に出現した。それらはスプリンクラーの如く周囲に散布され始め、早苗本人からも球形の弾幕が飛ばされる。

 しかし、霊夢は余裕の表情を崩さない。まだコツを掴んでいないのか、弾幕群の隙間は大きい。霊夢は逆に、弾幕の雨が降りそそぐ、早苗のいる方へと突き進む。

 

「……この程度の大技(スペル)! 避けるなんて容易(たやす)いわ! 真ん中に来る弾だけを撃ち落とし…………て……!?」

 

 だが、霊夢のシナリオ通りに行くことはなかった。早苗の弾幕に混じり、先程まで見られなかった青い弾幕がチラホラと現れ出したのだ。霊夢の頭の中で「?」が浮かび上がるが、犯人はすぐ分かった。神社手前で構える、()()()が強い神の仕業だ。

 

「2対1は卑怯(ひきょう)でしょうが……」

 

「悪いけど、負けるわけにいかない! 早苗、決めるんだ」

 

「はいッ! 秘術.グレイソーマタージ!!」

 

 霊夢が神奈子の弾幕に苦しめられ始めると、早苗は新たなスペルを発動。星型の弾幕群を形成し、あらゆる方向へ、かつ、高い密度で放出する。小さい早苗の弾幕と、それよりも一回り大きな神奈子の弾幕のコンビネーションは、弾幕戦のエキスパートである霊夢を唸らせるほどのものだった。

 追い詰められた霊夢に、いよいよ弾幕の魔の手が迫る!

 

「くっ……しょうがないわね……私にもちょっとだけダメージはあるけど……ッ!!」

 

 霊夢は回避行動を取ろうとはしなかった。逆に、彼女ら2人の弾幕をギリギリまで引きつけ始めたのだ。

 そして当たる直前、霊夢は手に持つ札を弾幕に直撃させ、その爆裂で自分の体を外へと押し出した!

 

 

ド シ ャ ァ ア ア 

 

 

「いっ……痛ァ……ッ」

 

 吹っ飛ばされた霊夢は、守矢神社の境内に墜落した。石畳にかなりの勢いで激突したかに見えたが、そちらのダメージは小さいようで、弾幕の爆裂を防いだ右腕を押さえる。かなりの威力があったようで、霊夢の巫女服の右袖が跡形も無く消し飛んでいた。

 

「今が好機! 霊夢さん! しばらくの間、眠っていてもらいますよッ! カビの異変とやらは私たちが解決します!」

 

「…………くっ……」

 

 早苗は霊夢にトドメを刺すため、手に持つ棒を振り上げて、下方にいる霊夢へと突進した!

 霊夢は後ろから援護する神奈子を警戒しながら、早苗を迎え討とうとするが、思っていたよりもダメージが体にあり、一瞬フラついてしまう。この差が命取りであった。

 

「これで終わ……」

 

 

ズ ゾ ゾ ゾ ゾ 

 

 

「……り…………!?」

 

「なっ……!? カ、カビが!?」

 

「あぁ……アァアァアアアーーーーッ!!」

 

 突如、3人の間に流れる空気が混沌としたものへと変貌した! 霊夢へと急降下した早苗、彼女の顔面からカビが発生したのだ!

 苦しむ彼女はそのまま境内に激突。土埃が晴れると、その中から、左半身をカビに侵された早苗の姿が現れた。

 

「さ、早苗ェェーーーーッ!!?」

 

「こ……こいつらが犯人じゃあなかった……ということは……敵は…………!?」

 

『イイ眺メダ……』

 

『!?』

 

 神奈子が早苗へと走り掛かろうとしたが、その足は止まった。謎の声が聴こえてきたからだ。

 霊夢共々、声の聴こえた方、神社の屋根の上を振り返って見る。そこには、深い緑色をした、明らかに人外だと分かる何者かの姿が。霊夢は直感でこいつが何者かが分かった。

 

「ス……スタンド……!」

 

「ゴ名答。一目見テ分カルトイウコトハ、ヤハリコノ世界ニハ他ニモスタンドガイル、トイウコトカ…………」

 

 緑色をしたスタンドは自身の親指で、軽く顎を触れる。相手の言葉にすかさず思考を張り巡らせる力、相対して分かる。こいつは()()()だ。

 霊夢の言葉と自分の持っていた仮説とを照らし合わせるスタンドに、神奈子が怒鳴る。

 

()()()()()()()!! 何のつもりだ!? お前、まさか裏切ったのかッ!」

 

 神奈子の言葉に、グリーン・ディは首を(かし)げる。彼女の言葉にピンときていないようだ。表情で分かる。心から分からないと思っているようだ。

 しばらく間を置いた後、グリーン・ディは口を開く。

 

「裏切ッタトハ人聞キガ悪イナ…………「好キニシテイイ」ト言ッタノハ八坂神奈子、アンタダロウ?」

 

「何だと……?」

 

「今マデ()()()()()()ヲ扱ッタコトハナカッタカ? ソレニ関シテハ"()()"ノ方ガ上手カッタナ。不満ハ募ッタガ」

 

「…………」

 

「……シリアルキラーに()()()()()()()()()()()()()()()()ってことでしょ…………とどのつまり。アンタの場合は"自由"って言いたいわけ?」

 

「フフフ…………」

 

 グリーン・ディは不気味な笑みを浮かべる。彼の頭部には()がいくつかあり、そこから緑色の胞子を放出しているようだ。今でもブシューーッと"死"へと(いざな)うカビを噴出している。

 苦しむ早苗を横目に、神奈子はグリーン・ディの元へと足を踏み出す。やる気のようだ。

 

「……アンタを簡単に信頼した、全て私の責任だ。早苗は助ける。幻想郷も……アンタを消し飛ばして!」

 

「……ホウ。ソレデ、私ニ向カッテクルノカ。ヤメタ方ガイイト思ウゾ……」

 

「何?」

 

「私ノ左腕ガ()()()()()()、知ッテイルカ?」

 

『!?』

 

 グリーン・ディに言われると、神奈子と霊夢の2人は彼の顔面から、その左腕があるはずの場所を注目する。しかし、()()()左腕は存在していなかった。どこに行ったのか? なぜ、左腕が無いというのに平然としていられるのか?

 彼女らがグリーン・ディの異変に気付くと同時に、「うぐ……」といううめき声と、ズブズブと何かが沈み込むような音が聴こえてきた。発生源は…………

 

「さっ、早苗!?」

 

 倒れている早苗の首筋に、緑色の腕が指を突き立て、今にもかっ切ろうとしていた!

 なぜ腕だけで動けるのか? 断面をカビで覆い、操っているから? 理由は誰にも分からない。

 ただ、分かることは、これは人質だ。自らの欲望、快楽を邪魔しようとする者を牽制(けんせい)するための人質。神奈子も思わず足を止め、グリーン・ディへの攻撃を戸惑ってしまった。

 

「オレニ攻撃シヨウトイウノナラ、コノ小娘ノ命ハナイゾッ!」

 

「くっ……そんな……」

 

「…………」

 

「! オイ、ソコノ紅白ノ女……今、何ヲシヨウトシタ?」

 

 グリーン・ディが神奈子に気を取られている、そう思っていた霊夢はアクションを起こそうとしていた。札を数枚取り出し、グリーン・ディを攻撃しようとしていたのだ。霊夢を振り返った神奈子は「嘘だろう」という表情を浮かべる。霊夢がグリーン・ディを攻撃していたら、それと同時に早苗の首は飛んでいた。

 

「私は博麗の巫女、博麗霊夢。異変解決だとか、何やらかんやらが仕事。アンタを倒すと幻想郷が救われるって言うんなら……いいじゃあないの。ほら、相手するわ」

 

「な、何を言っているんだッ! 博麗霊夢ゥ!!」

 

「…………もしかして、トロッコ問題やったコトない? 信者を増やすために幻想郷に来たんでしょ? 一人を取るか、多数を取るか……」

 

「ッ…………!」

 

 霊夢は既に決めていた。戦うことが仕事なら、私情に流されてはいけない。余計な感情は事態をさらに悪化させ、自らの死をも引き寄せる。

 『感傷』とは心の『スキ間』であり、『弱さ』。いつもは飄々とし、だらけきっている彼女であるが、戦いの中では、誰よりも冷徹になる。守護者としての責務を果たすために。

 

「……イイダロウ。ナラバ来ルトイイ。出来ルダケ()()()! 小娘ヲ殺シタ後、博麗霊夢、オ前モバラバラニシテヤルッ!」

 

「…………!」

 

 グリーン・ディは分離した左腕を、さらに深く、早苗の首へと沈める。グリグリとねじ込まれる度、傷口から血が噴き出している。彼が止めを刺さずとも、放っておけばいずれ死ぬだろう。

 グリーン・ディは笑みを浮かべ、霊夢は札とお祓い棒を持ち直す。霊夢にとって、第2ラウンドのゴングが今…………!

 

 

ボグォオン!

 

 

「! 何ヲ……?」

 

「……!! アンタ……何のつもりッ!?」

 

 突如、青い弾幕が霊夢を襲った。不意打ちだったが、反応速度が速かった霊夢は冷静に対処し、撃ち落とした。

 何者が放ったのか? 犯人は八坂神奈子だ。グリーン・ディに背を向け、彼を守るように、霊夢と相対している。霊夢にはわけが分からなかった。が、それと同時に怒りが湧き上がる。神奈子は早苗を殺させまいと、霊夢と戦うつもりのようだ。

 

「…………ッ!」

 

「ウククク……ソンナニコノ早苗ガ大切カ?」

 

「最悪…………」

 

 霊夢は心からそう思っていた。

 しかし、邪魔するというのなら、幻想郷がカビに蝕まれ続るのなら、倒さなくてはならない。例え、相手が神であろうとも。

 一方、グリーン・ディはこの状況を嬉々として食い付いていた。今までにないほど、興味深い()()()()なのだから。

 

「大切ナモノヲ守ル者と、ソレヲ見捨テテオレニ向カッテクル者……面白イ。実ニ面白イ。ソノママ殺シ合エ! コノ私ニ見セルノダッ! オ前タチノ絶望ノ表情ヲッ!!」

 

『いいや! 絶望するのはお前だッ! このゲス野郎!』

 

「! あ、アンタは……!」

 

 霊夢と神奈子が弾幕戦を繰り広げようとした瞬間、彼女らを取り巻くカビのカーテンに穴が空いた。高速で飛んで来たのは、箒に(またが)った霧雨魔理沙()()()()である。

 

 

 




グリーン・ディ(チョコラータ)の口調はこんなものでいいのでしょうか……
一応読み返しながら書いていますが、一番難しいです。


カビの異変の元凶と相対した霊夢!
しかし、人質を取られたことにより、八坂神奈子とも戦うこととなってしまう。
霧雨魔理沙も駆けつけたが、彼女はどうやってグリーン・ディと戦うというのか!?

お楽しみに!
to be continued⇒


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31.ゲスい菌②

「何ダ……オ前ハ……!」

 

「うぉおおおォォーーーーッ!!」

 

 カビの壁から突き抜けて来た魔理沙は、勢いを一切殺すことなく、箒でグリーン・ディへ突進する。

 サーフィンのようにして箒を飛ばす彼女の手には、ミニ八卦路と弾幕を飛ばすアイテムが握られている。始めから畳み掛けるつもりだ。

 それを目にした神奈子は目を丸くした。

 

「さ、させん……!」

 

「何する気よ」

 

「ッ!?」

 

 神奈子が弾幕を撃とうと、構えを取った瞬間、一札が目の前をよぎる。札が飛んで来た方を振り向いた神奈子の目には、魔理沙に手を出させないよう、ギロリと睨みつける霊夢の姿が。

 彼女の手には、さらに数枚の札が握り締められている。

 

「魔理沙! アンタがそいつを叩くのよッ!」

 

「あぁ! 任せろ……ッ!!」

 

「グ……ッ」

 

 グリーン・ディへと迫る魔理沙は、手に持つ筒を宙へ放り投げた。すると、放られた筒はボンボン!と音を立て、カラフルな光の弾をグリーン・ディへお見舞いする。

 弾幕にさらされるグリーン・ディは、残った一本の腕で弾幕を防ぐが、その火力に思わずのけぞってしまった。

 

「グアッ! オノレェ……!!」

 

「このチャンスは逃さねぇぞォッ!」

 

 弾幕による爆煙に、グリーン・ディの視界は遮られた。

 グリーン・ディはカビをばら撒く、という恐ろしい能力を持っている。だが、彼の能力はあくまで()()であり、近距離での戦闘においては自身の身体能力しか役立たない。

 視界を遮られ、標的の姿を見失ってしまったこの状況。グリーン・ディが魔理沙の攻撃を回避することも難しくなっている。

 一方の魔理沙。彼女は()えてグリーン・ディの胴体を狙い、煙幕で覆っていた。()()は2つ。一つはグリーン・ディの視界を奪うこと。そしてもう一つの目的とは…………

 

「……お前の……下半身は丸見えだぜ」

 

 上半身は煙で覆い、下半身は自分だけに見える。自分にとって有利な戦局にするための工作であった。

 好機が生まれ、魔理沙は手に持つミニ八卦路を露出しているグリーン・ディの下半身へと照準を合わせる。そして解き放つ!

 

「え! か、下半身が……!? 下半身()()が……ッ! 下に!?」

 

 ミニ八卦路から大技、マスタースパークを放とうとした瞬間、魔理沙の目に奇妙な光景が映った。

 グリーン・ディの下半身が、下へと降下したのだ。グリーン・ディが、ではない。彼の下半身が、()()()()()()、下半身だけが下へと下ったのだ。その断面は緑色にうごめくカビが覆っている。それに気を取られていた魔理沙、彼女は既にグリーン・ディの即興の策にハマってしまっていた。

 

 

ガ ッ シ ィ ィ ! 

 

 

「う……っ!?」

 

()()()……声ヲ上ゲタナ……声ガ聴コエル方向サエ分カレバ、オ前ノ位置ヲ暴クノハ簡単ダ!」

 

 下に下る下半身に気を取られた魔理沙に、グリーン・ディの上半身が飛びかかってきた。

 彼の右手が魔理沙の首筋をガッシリと掴み、離さない。このまま握り潰すのではないかという勢いだ。

 気道を圧迫され、苦しみを表す唸りが喉から飛び出すが、魔理沙の少女ならではのパワーでは凶器(右手)を引き離すことはできない。

 

「うぐっ!? ……アァ!!」

 

「ま、魔理沙ッ」

 

「終ワリダ。マズハ、オ前カラ……死ネィ!!」

 

「ぐッ……ス……ス…………」

 

 霊夢が魔理沙の危機に飛び出そうとするが、もう遅い。

 グリーン・ディはカビを使わず、自分の手で魔理沙の首を潰そうと力を込める。魔理沙の顔も徐々に青く変色し始める。だが、彼女は…………正義はこれでは潰えない。

 

「ス……ステッキィ・フィンガーーーーズ!!」 

 

 

グバァアアァ〜〜ッ!

 

 

「ナ、何ィッ!?」

 

 魔理沙の掛け声と共に、彼女の体に突如、ジッパーが走り始めた。首下から胴体の左脇腹にかけて、大きくジッパーが取り付けられると、これまたすばやく開帳する。

 魔理沙の体の中から、ジッパーの奥から姿を現したのは……ステッキィ・フィンガーズだ!

 

「アリアリアリアリアリィ!! アリーヴェデルチ!」

 

 

ドン ドン ドン ドゴォ! 

 

 

「ウグォオォァァッ!!」

 

 至近距離からのラッシュを顔面に食らい、グリーン・ディは再び怯んでしまう。最後の一撃で殴り飛ばされると、一切勢いを殺すことなく神社の屋根に突っ込んだ。取り残された下半身も、上半身の跡を追って屋根に駆ける。

 グリーン・ディから解放された魔理沙は肩で大きく息をすると、ヌルリと体から出てきたステッキィ・フィンガーズに礼を言う。

 

「ハーッ……ありがとう。ステッキィ・フィンガーズ。私一人だったら、あそこで終わってたよ……」

 

「いや、無茶なことを言った俺の責任だ。「近付け」と。霊夢と一緒に休んでいるんだ。あそこの紫髪の女も、戦う気は無いらしいしな……」

 

 ステッキィ・フィンガーズはそう言いいながら、神奈子を見下ろした。彼女からは、もはや闘気は感じられない。S・フィンガーズがしばらく見つめていると、その視線に気付いたようで、気まずそうに目を逸らす。

 浮かび上がってきた霊夢は魔理沙を連れると、高さは同じまま、ステッキィ・フィンガーズから距離を取った。

 

「さて……いつまで寝てるつもりだ? お前は。もう休憩は十分だろう」

 

 S・フィンガーズは、未だ土埃(つちぼこり)を上げる神社の屋根へ言葉を投げる。

 すると、それに応えるように土埃が晴れ、崩れた屋根からグリーン・ディの姿が見えた。しかし、彼の体は驚くべき形態を取っていた。離れていたはずの上半身と下半身が、元通りにくっ付いているではないか。

 

「……い、糸だ……あいつの腹、()()()()跡があるぞ!」

 

「……!」

 

「ハーッ、ハーッ……ブチャラティノスタンド(S・フィンガーズ)カ……パワー、スピード、ソシテコノ能力。正面カラノ殴リ合イデハ勝ツノハ難シイカ…………」

 

 魔理沙が先程言ったように、グリーン・ディの腹には縫合糸による手術痕があった。

 既に今まで幻想入りしてきたスタンドたちも、自分たちに凄まじい再生力が備わっていることを知っている。しかし、それでも限界はあるのだ。全身をあらゆる方向から潰されれば爆散するし、粉微塵にされれば消滅する。胴体を2つに分けるのも、タダでは済まないだろう。

 しかし、グリーン・ディ……いや、本体であるチョコラータは違う。子どもの頃からあらゆる実験、解剖を行い、人体をどこで切断すれば機能を残せたままにできるか、あらゆる知識を持っている。膨大な知識と経験でジョルノたちを苦しませたように、その記憶を引き継ぐグリーン・ディもまた、チョコラータと同じ技術を持っていた。

 自分で自分を解剖(バラ)し、そして()()という技術を。

 

「オ前ノ能力ハ、既ニボスカラ聞イテイタ。腕ヲ()()、本来ノ射程外ニイル標的デサエ殴ルコトガデキルト……」

 

「それがどうした」

 

「カビノ弱点ハ知ラレテイル……ナラバ、拳ダ」

 

 グリーン・ディは右手を握り締め、ステッキィ・フィンガーズへ突き出す。正面から殴り合いを、するつもりのようであった。だが、S・フィンガーズには分からないことがある。

 

「……さっきお前は、俺に殴り合いで勝つのは厳しいと言っていたはずだ。それに()()()()()()で俺と戦うつもりか?」

 

「ウククク……コウスルノダ」

 

 

ズ バ ァ ッ

 

 

「何ッ!?」

 

 グリーン・ディは不敵な笑みを浮かべ、右の手刀を高く掲げる。そして一気に振り下ろし、自身の左脚を太腿(ふともも)から切断したのだ!

 

()()()()()()ダ」

 

「! 早苗ッ!」

 

「動クナ!!」

 

 切り離された左脚は、首から血を流して倒れる早苗の方へ。そして彼女の首に刺さっていた腕はグリーン・ディの方へと飛んで行く。神奈子はグリーン・ディの脚を阻止しようとするが、一喝されて一瞬体が止まってしまった。

 早苗の元へ来た脚は、グリーン・ディの上げた声に合わせ、勢いよく彼女の胸を踏みつける。ミシミシと音を立てながら胸骨と内臓が圧迫されていくのが分かった。

 逆に、本体の元へと戻った腕は目に見えぬ速度で縫合され、機能を回復させる。

 

「サテ、ヤリ合ウカ……ッ」

 

「……!」

 

 グリーン・ディは残った右脚で神社の屋根を蹴ると、S・フィンガーズの方へと迫った!

 S・フィンガーズも敵の接近に備え、拳を握る。

 互いの距離はやがて10m……7m……5m……3……

 双方の両拳が火を噴いた!

 

「ウリヤァアアアア」

 

「アリアリアリアリアリアリアリ」

 

 

ドゴ ドゴ ガン ドゴ ガン ドゴ ドゴ ドゴ ガン ガン ガン ドゴ ガン ドゴ ドゴ ガン

 

 

 S・フィンガーズとグリーン・ディのラッシュが、轟音と共にぶつかり合い、凄まじい風圧の余波を生み出す。近くにいる女性3人の髪が、まるで高波のように荒々しく揺れる程の風圧だ。

 今までスタンドの戦いを見てきた霊夢と魔理沙も、ここまで激しいラッシュのぶつかり合いを見たことはなく、目を剥いていた。

 

「は、速ぇ……ステッキィ・フィンガーズ……ここまで強いのか」

 

「それもだけど、あの拳のスピードについていく緑色のヤツ。あいつに近付かれてたら面倒だったかも」

(アリアリって何……?)

 

 パワーはほぼ互角。数いるスタンドたちの中でも、上位の破壊力をもつ2人だ。しかし、スピードの面では、S・フィンガーズの方が優位であるか? 

 グリーン・ディの表情に余裕はなく、歯を食いしばっている。それに加え、S・フィンガーズの拳はさらに加速していた。放たれる風圧はどんどん強くなり、見える残像の数も増えていく。

 

「ウ、グォオォオオオ!!?」

 

「うぉおおおおおーーーーッ!!」

 

 そして、グリーン・ディは限界を迎えてしまった。彼のラッシュは勢いを無くし、やがて体の前で壁を作るようになってしまった。S・フィンガーズのラッシュが体へ直撃するのを防ぐため、腕でガードするが、そんなことは無意味である。

 交差された腕をパワーで振り払うと、ガラ空きになったグリーン・ディの胴体へ…………

 

 

ズ ド ド ド ド ド ド

 

 

「ウハアァバワアァーーッ!!」

 

「アリアリアリアリアリアリアリ!」

 

「や、やった! やつの胴体にステッキィ・フィンガーズの拳が叩き込まれていくッ!」

 

「これで異変は解決ね……」

 

 グリーン・ディの体が拳に歪み、ジッパーが体中を走っていく光景を目にして魔理沙はガッツポーズを取った。霊夢も同じく、安堵のため息をついてグリーン・ディの敗北を待つ。神奈子も心の内は同じだった。S・フィンガーズの勝利を確信していた。

 だが、下から見ていた神奈子は、グリーン・ディの体の異変に気付く。

 

「……ひ、左腕は……?」

 

 そう。縫合され、胴体に付いていたはずの左腕が消えていた。縫合糸もだ。S・フィンガーズやその後方にいる魔理沙たちは、未だ途絶えることのないラッシュで見えていないのだろうか。

 下から見上げ続けながら、神奈子はグリーン・ディの周囲を見張る。そしてこの時、この一瞬。開かれていくジッパーに紛れて、グリーン・ディの口が不気味につり上がったように見えた。

 

「おい! ステッキィ・フィンガーズとやら! 腕だッ、左腕に気を付けろッ」

 

「……何?」

 

「ッ! ス、ステッキィ・フィンガーズ! 後ろだ、左腕はもう()()()()()!! 回り込んできてるぞッ」

 

「遅イッ!」

 

 

ド ゴ ォ ア ッ !

 

 

「ぅぐ……がはッ」

 

 魔理沙が警告した直後、S・フィンガーズの体がいきなりのけぞり、口からは血が噴き出る。

 グリーン・ディの仕業だ。彼はS・フィンガーズのラッシュを受け始めた瞬間、縫合して接着した左腕を再び分断。ラッシュに気を取られている全員の目を()(くぐ)り、S・フィンガーズの背中に拳を浴びせたのだ。

 しかし、この一瞬が。グリーン・ディの拳に、ラッシュを止めてしまったこの一瞬が、S・フィンガーズの大きな隙を生んだ!

 

()()! ステッキィ・フィンガーズ、オ前ハ終ワリダァアア!」

 

「な、何……ッ!?」

 

 グリーン・ディはS・フィンガーズの背中に左拳をねじ込みながら、急接近する。ジッパーでグラつく頭や肩をよそに、空いた右腕でS・フィンガーズの頭を鷲掴みにすると、下方向へと押さえつけた!

 グリーン・ディの右腕によって下へ下る後頭部から、徐々に死のカビが発生し始める。

 それを見た魔理沙は箒に魔法の力を込め、S・フィンガーズの救援を急いだ。

 

「ス、ステッキィ・フィンガーズ! 待ってろ、今行くぜ!」

 

「……!」

 

「チィ……邪魔ヲスルナァ! オイ、八坂神奈子! 東風谷早苗ガドウナッテモイイノカ!? マダ俺ノ左脚ハ、ソイツノ胸ヲ捉エテイルゾッ!」

 

「…………ッ!」

 

「本当に……ゲス野郎ね……」

 

 S・フィンガーズに近寄ろうとする魔理沙と霊夢を見据え、グリーン・ディは神奈子を脅す。一方の彼女も迂闊(うかつ)には動けない。戦うとしても、負傷しているとは言え、2体1の状況となるからだ。

 霊夢は心の底からグリーン・ディを軽蔑し、魔理沙はどうすることもできず、歯を食いしばるばかりだ。

 しかし、この状況で次に口を開いたのは、()()()の幻想郷の住人ではなかった。

 

「……いいことを教えておいてやる」

 

「!」

 

「ス、ステッキィ・フィンガーズ……下手に動くなよ! 私が助けてやっからよォーーッ!」

 

 頭部をグリーン・ディに押さえられたまま、ステッキィ・フィンガーズが言葉を発した。

 その声はとても静かで、体力に限界が来ているのでは、と思えてしまうほど弱いもの。

 グリーン・ディはS・フィンガーズに意識があることを知ると、神奈子に対してやったように脅迫する。

 

「ステッキィ・フィンガーズ。今スグ能力ヲ解除シロ。ソウスレバ、モウ少シ()()ナ殺シ方ヲシテヤル」

 

「……そりゃ、助かるな。だが、解除はしない。いいか……お前はもう負けだ。何をやったってしくじるもんなのさ。ゲス野郎はな」

 

「何言ッテル……コノ状況ガ分カッテイルノカ? 何ラ変ワリナイ、俺ノ勝利ダ!」

 

「いや、違うな。()()()()()()()。そうだろう? キラークイーン……」

 

 S・フィンガーズがそう言うと、彼の体を横断するように、ジッパーが走り始める。

 それを目撃したグリーン・ディは、頭の中で最悪の想像をしてしまった。まさか、まさか()()()()()()……?

 

「ステッキィ……フィンガーズノ中ニ! モウ一人イタノカッ!!」

 

 

ビイィィィィィ!!

 

 

「シ……シマッ……」

 

 

ド グ シ ャ ア ァ !

 

 

「ハグゥッハアッ!!」

 

 

 ステッキィ・フィンガーズの体に現れたジッパー、開かれたその中から出てきたのは、一つの拳。

 黒く、ドクロがあしらわれた拳は、ジッパーの中から出てくると同時にグリーン・ディの顔面を殴り飛ばした。かなり強く殴られたため、グリーン・ディの体は大きな放物線を描きながら宙へ吹っ飛んでしまった。

 

「ロシアの……マトリョーシカ人形。この作戦を言い渡された時は、君の頭が狂ったのかと思ったよ」

 

「あっ……オメーはっ」

 

「……だが、アンタの命が危機に(さら)されることは無かったろう。キラークイーン」

 

 ステッキィ・フィンガーズの体の中から、魔理沙の中から出てきたS・フィンガーズのように、キラークイーンが姿を表した。

 中から出てきて、またその中から、というような感じのマトリョーシカ、そう言われると格好がつかない作戦かもしれない。だが、静かに、平穏に生き延びたいキラークイーンのことを考えた、S・フィンガーズの配慮が垣間見える作戦であった。

 ちなみに、魔理沙がキラークイーンの存在を知らなかったのは、S・フィンガーズが彼女に接触した時点で、キラークイーンがS・フィンガーズの中に入っていたからだ。

 

「フン…………」

 

「キラークイーン……構えるんだ。まだやつ(グリーン・ディ)は死んでいない」

 

 S・フィンガーズの中から完全に体を出したキラークイーンは、S・フィンガーズの横に立って並ぶ(浮遊しているが)。

 構えるS・フィンガーズの前方には、横に倒れるような体勢で浮かぶグリーン・ディの姿が。殴り飛ばされた勢いで、S・フィンガーズに付けられたジッパーの中から血が(したた)っている。

 

「ハーッ……ハーッ……俺ヲナメルンジャアナイゾッ! 全員マトメテカビデ殺シテヤルゥゥ!」

 

「……何をイキがっているのかは知らないが、一つ、教えてあげよう」

 

 顔中にシワを寄せ、激昂するグリーン・ディの前に、キラークイーンが躍り出た。

 その光景に、魔理沙や霊夢など全員が注目する。もちろん、S・フィンガーズも。誰も「変化」に気付いていないからだ。もっとも、目に見えるような変化でないのは確かであるが。

 

「君の体を()()()()()()。私の能力でね。君はスイッチ一つで、私の意思によって死ぬか、生きるか決まるということだ。もっとも、逃すつもりは毛頭無いがね」

 

「何……?」

 

「キラークイーン、あの小さい爆弾だけじゃなくって、そんな能力まで持ってたのか」

 

「初耳だわ」

 

 全員が驚いた。強力な能力もそうであるが、特に魔理沙とS・フィンガーズは、自分の手の内を見せたキラークイーンの行動に驚いている。そんなことをするやつだとは思ってもいなかった。

 対するキラークイーンも、本当は能力を明かしたくはなかった(シアーハートアタックを第"2"の爆弾と言ってしまっていたり、「第1の爆弾」と魔理沙の前で言ったことがあるから)。

 だが、よく考えてみれば、能力を一向に明かさないというのも怪しまれるものだ。誤魔化そうとも思ったが、ハイエロファントなど、妙に頭の回るやつらには有効とは言えない。"奥の手"だけを秘密にすれば、キラークイーンにとっては大した弊害にはならないだろう、そう考慮した結果だ。

 

「つまり、君はもう助からない。既に私に、始末されてしまっているんだ……」

 

「ナ、何ダト……」

 

「諦めろ。お前は終わりだ…………」

 

 S・フィンガーズとキラークイーンの勝利は確定した。

 だが、それに納得がいかないのか、それとも自分の死を受け入れたくないのか、グリーン・ディの顔面は歪み、体は小刻みに震えている。そして一瞬、怨みに満ちた眼で2人を睨みつけると、彼ら目掛けて飛びかかった!

 

「ナンテヒドイ野……!!!」

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 

 

 

 しかし、グリーン・ディの力では、強力な2体のスタンドの相手など不可能。力を合わせた、S・フィンガーズとキラークイーンのラッシュが叩き込まれる!

 

「ヤッダーバァアァァァァアアアアア」

 

ドゴ ボゴ ドゴ ドゴ バゴ ドゴ ボゴ ボゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ ドゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ ドゴ ボゴ ボゴ バゴ ボゴ ボゴ ボゴ ドゴ

 

バ カ ァ ア ア ア ア

 

 

 ラッシュを打たれ続けたグリーン・ディ。

 その体はやがてS・フィンガーズの能力により、断末魔とともにバラバラに解体されてしまった。

 S・フィンガーズは自身の右手の中指と人差し指を揃え、一言。

 

「アリーヴェデルチ(さよならだ)」

 

 

カチッ

 

ボグォオオオォォン!

 

 

「……よく燃えるやつだな。ゲスい……菌……か」

 




風神録の戦闘パートはこれにて終了。
都合により、次回から更新が遅くなってしまうかもしれません……すみません。


ついにカビの元凶、グリーン・ディを撃破したS・フィンガーズたち。
残る問題は守矢神社、法皇…………
そして、招かれざる客がもう一人……?

お楽しみに!
to be continued⇒


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32.神と星と紅い影

東方風神録、最終話です。
そして、次話投稿までの期間、その最長記録を達成しました。


「や、やったっ! ついにカビのスタンドを倒したぞッ」

 

 キラークイーンの爆破によって、グリーン・ディの消滅を確認した魔理沙は歓声を上げる。

 霊夢も同じく、グリーン・ディの消滅をしかと目で見た後、降下してみる。すると、その足先からカビが生えることはなかった。山の麓の方を振り返って見てみても、くすんだ緑色のカーテンは消え、先程までの地獄は嘘のようであった。

 

「……やっと終わったわね……」

 

「……キラークイーン。手を貸してくれたことに感謝する」

 

「これからは御免だがね……」

 

 各々が安堵の表情を浮かべている。魔理沙は喜びを噛み締めるような笑顔に。ステッキィ・フィンガーズと霊夢は肩の荷が降りたような、清々しい顔に。そして、キラークイーンもどこかホッとした顔をしていた。珍しいものだが、今は誰も彼に目を向けておらず、目撃者はいなかったのであった。

 しかし、彼らの中で、浮かない顔をしている者もいた。八坂神奈子だ。

 彼女の表情に気付いた霊夢は、ぐったりしている早苗を抱き抱える神奈子の前に降り立った。

 

「……その娘、息はあるの?」

 

「……脈なら…………少し休めば治るでしょうね……」

 

 右腕に乗せた早苗の顔を眺めながら、神奈子は消えるような声で呟く。

 神奈子は責任を感じていた。素性を詳しく知らない者を「同志」だと疑いもせず思い込み、簡単に信用したことによって幻想郷の大勢を犠牲にしてしまったこと。霊夢たちの手を(わずら)わせてしまったこと。そして、早苗を傷付けてしまったことに。

 自身の選択は、色々なところで間違っていた。幻想郷に来て浮かれてしまったからか、あるいは、それもこれも全てグリーン・ディの仕業なのか。

 だが霊夢は、彼女の胸の内など知ろうとも思わず、淡々とした口調で言葉を紡いだ。

 

「そう。それで? うちの神社、どうする? 交渉役がこの様だったら、今アンタと話した方が…………」

 

 

ボゥン ボゴォォン!

 

 

「うぐぅあッ!?」

 

「くあッ!!」

 

「な……何が起きた!? ステッキィ・フィンガーズ! キラークイーン!」

 

 霊夢の言葉を遮るように、突如境内に爆発音が響く。

 それと同時に、黒い煙を上げながらキラークイーンとS・フィンガーズが石畳の上へ墜落した。

 霊夢と神奈子は2人が墜落した地点を振り返り、魔理沙は2人が吹っ飛ばした何かが()()方へと目を向ける。そこにいたのは、青と白の服に身を包んで、おかしな帽子を被った少女。目玉のような物体が付いた帽子からは、短めの金髪が見えており、それらは風を受けているかの如く(なび)いていた。風は吹いていない。

 

「……す、諏訪子(すわこ)……」

 

「やっほう。神奈子。さっきまで離れててね。いまいち状況が分からないのよね」

 

「……誰?」

 

 諏訪子。彼女の名前は洩矢諏訪子(もりやすわこ)。守矢神社に祀られる、()()()()の神であった。

 S・フィンガーズとキラークイーンを吹っ飛ばしたのは、彼女の弾幕。近くにいた魔理沙でも気付かない速度で撃たれのだ。この事実が表すのは、彼女も()()()だということ……

 未だ立ち昇る土埃を振り払い、砕けた石畳の中から2人が顔を出した。S・フィンガーズは次なる戦いに臨まんとしているのに対し、キラークイーンの顔は怒りに満ちていた。全身からも、ドス黒いオーラが見え隠れしている。

 

「……クソガキが……ッ」

 

「待て、キラークイーン!」

 

「……もしかして、その2人が早苗をやったのかな? グリーン・ディの姿も見えないし」

 

 怒りに震えるキラークイーンを、S・フィンガーズが必死に抑える。先手必勝とはよく言うが、感情に任せて突っ込むのは悪手だ。

 と、スタンド2人にスポットを当てているが、感情に流されていたのは諏訪子も同じである。帰って来てすぐに目にしたのは、傷付いた身内の人間。近くには知らぬ者。傷付いた者が大切であればある程、想像は悪い方へと膨らんでいくものだ。

 

「……いや、諏訪子。早苗をこんな目に合わせたのはグリーン・ディよ。その2人はあいつを倒してくれた」

 

「……!」

 

「そういうわけだ! いきなり弾幕撃ちやがってッ!」

 

 神奈子の言葉を聞き、諏訪子の眉がピクリと上がる。

 彼女もグリーン・ディの正体には全く気付かずにいたようだ。怒る魔理沙をチラリと見ると、膝をつくS・フィンガーズとキラークイーンの前に降り立った。

 そして2人を助け起こす。

 

「そうだったんだ。それは……ごめんよ。いきなり攻撃してさ」

 

「……以後気を付けてもらいたいものだな……」

 

「…………」

(クソったれが…………)

 

 S・フィンガーズは諏訪子が差し出す手を握り、立ち上がる。

 だが、それと対照的にキラークイーンは助けを受けずに立ち上がると、皆に背を向けて鳥居へと歩き出した。誰にも、何も言わずに去ろうとするところ、諏訪子にいきなり攻撃されたことをかなり怒っているようだ。気持ちは分からなくもない。諏訪子の方も、キラークイーンの態度を意に介していない様子である。

 魔理沙は立ち去るキラークイーンを引き留めようとしたが、S・フィンガーズが彼女を制止する。霊夢も特に何も言わなかった。

 

「……私は……帰らせてもらうよ……これ以上ここにいても無駄だからな。さようなら、山の神」

 

「………………」

 

「キラークイーン……」

 

 キラークイーンは振り返ることなく別れを告げると、カビの胞子で色が(くす)んでしまった鳥居をくぐり抜けて人里へと帰って行った。

 直接の原因になったであろう諏訪子は、心の内は知らないが、表示からは悪びれる様子はなかった。

 一方のS・フィンガーズ。キラークイーンの跡をすぐには追おうとはせず、魔理沙と共に、霊夢と守矢神社のこれからを見届けることを決める。

 2人が見つめる中、霊夢は神奈子へ再び口を開いた。

 

「あいつは行っちゃったけど……で? どうする?」

 

「……こうなった原因の直接的な理由は、全て私にある。その責任を負うわ」

 

「と、いうのは?」

 

「あなたの神社はいらない…………信者を増やすために訪れ、逆に虐殺紛いのことに加担するなど、とんだ神よ」

 

 神奈子の口から出たのは、自虐の言葉だった。

 別に驚く者はいなかった。「責任を取る」。この場にいる誰もが、神奈子なら言いそうだと思っていたのだ。義理堅そうだと。

 霊夢も、早苗が人質に取られ、神奈子が立ち塞がった時には軽蔑の言葉を吐いた。だが、今になって思えば、神奈子も苦しそうな顔をしていた。その時からずっと自分の失態を重く考えていたのだろう。

 そして、信仰を増やすために博麗神社を手にする、その目的が無くなった今、彼女らはどうなるのか? そもそもカビの異変は防げたのか?

 後者が霊夢の頭を巡る。

 

「あぁ……そう。まぁ、いらないって言うんだったら、別にいいけど。そんなに責任感じることある?」

 

「何だって?」

 

「私は……あのカビスタンドは放っておいても異変を起こしたと思うわ」

 

「…………」

 

「魔理沙に聞いたんだけど、スタンドっていうのは精神からできるもの。すなわち、本体にあたる人物の欲望まで具現化させる。()()()()()()()()()()()、アンタたちと手を組まなかったとしても、どのみち異変は起こってたと思うわ」

 

「……だが、お前はあの時怒っただろう?」

 

「私の()()をしたからね。異変に加担したって点なら、降参した時点でパァよ。それにね、これだけ大変なことがあったんだから、生き残った者たちの心は(すさ)み切ってるはずよ。そんな時、心の拠り所になるのが……信仰される方なんじゃなくて?」

 

「!」

 

 神奈子は霊夢の言葉にハッとした。

 彼女の言う通りだ。分かっていなかった、と言うよりかは視界から外れていた。そもそも、神奈子と諏訪子がわざわざ幻想郷まで信者を集めに来た理由というのは、外の世界で信仰されることが無くなってきたからだ。神にとって信仰を失うというのは、河童が水を奪われるのと同じこと。自身の死、存在そのものに直結する。

 神奈子にはそれしか見えていなかったのだ。自分と諏訪子がピンチであることだけが。信者たちの心のことなど、自分たちの抱える問題によって隠してしまっていた。

 神奈子は苦笑する。

 

「分社ぐらいなら、やってもいいんじゃない? 神様は赦してくれるわよ。あぁ、アンタが神様だったっけ?」

 

「……ふっ。つまらないジョーク……でも、まさか巫女に諭されるとはね」

 

 結論が出た。

 2人の会話に、他3名も柔和な表情を浮かべる。特に霊夢と一番付き合いの長い魔理沙は、平和的に解決したことに満足していた。

 しかし今日、幻想郷中で多くの命が失われた。妖怪、人間、野生動物。あらゆる者の生がカビによって侵食されてしまった。

 だが、それでも生まれるものはある。今確かにここに生まれた拠り所は、傷付いた人々の心をなんとか回復させていくだろう。それでいいのだ。

 去ってしまった者はどうしようもない。だからこそ、今を生きる者たちを守るのが"守護者"としての役目なのだと、霊夢を見るS・フィンガーズは改めて理解したのだった。

 

 

____________________

 

 

 カビの異変が終わりを告げ、霊夢、魔理沙、S・フィンガーズの3人は守矢神社から帰宅した。

 その日の夜、妖怪の山では生き残った天狗たちが慌ただしく作業をしていた。死んでしまった者の代わりに慣れない業務をする者、生き残り天狗を点呼する者、仲間や他の妖怪の死体の処理をする者。ただでさえ被害が甚大だというのに、異変の影響で急激に数を減らしてしまった天狗たちは、あまりの忙しさに苛立ちを隠し切れず、非常にギスギスした空気を(かも)し出していた。

 そんな中、一人の鴉天狗が槍を持って見張り番をしていた。見張りと言うよりかは見回りに近いが。

 

「くそっ、何で俺がこんなへぼい仕事を…………下っ端共にやらせりゃいいのによぉ〜〜…………」

 

 文句を垂れながら山道を歩く天狗。

 いつもなら、天狗たちの中ではエリートの者が就く職務を全うしているところだというのに。文句は次から次へと生産されていく。

 

「ハァ〜〜……ったく……ん?」

 

 手に下げた提灯の灯りを頼りに山道を徘徊していると、何やら暗闇の中で動く人影を見つけた。

 ゴソゴソと音を立てながら、腰を曲げて地面にある何かを探っているようだ。人影は天狗が近付くと、その気配に気付いて動きを止める。思いもよらぬ出会いに、天狗も一瞬固まった。しかし、すぐに平静を取り戻すと、謎の人影へと圧のかかった声を投げ掛ける。

 

「そこのお前。そこで何してる? ここは我々天狗が管理する『妖怪の山』だ。こんな時刻に出歩くなんて怪しいな。こっちへ顔を見せてみろ!」

 

 天狗の声が辺りに木霊する。

 腰を曲げていた人影は彼の声を聞き届け、ゆっくりと上体を上げた。するとどうだ。思っていたより少し背が高い。この天狗よりも、ほんの少しだけ。180cmは超えているだろう。そしてかなりスリムだ。

 天狗はこの人物の顔を拝もうと提灯を上げるが、ギリギリその明かりは人影を照らし出さない。すると、次は人影の方から声が発せられた。

 

「……お前は、天狗の中でどれぐらいの地位だ……?」

 

「な、何?」

 

「……お前の地位を聞いている。早く答えろ…………まだ死にたくはあるまい」

 

「うっ!?」

 

 それは脅迫だった。

 天狗は思わずたじろぐが、ふいに手に持つ提灯で人影の足下を照らす。そこには驚くべき光景があった。

 大量の血の池。所々に見えるのは人の腕? いいや、違う。それは、殺された天狗(同胞たち)の死体の一部だ。天狗の背中に鳥肌が立つ。背中の皮膚にあまりにも鳥肌が立つせいで、まるでその場で剥がれ落ちていくような、微かな痛みも感じてしまった。

 

「お! 俺に近付くなァ! ちょっとでもその場を動いてみろッ! エリートの立場を利用し、部下たちを使ってお前を串刺しにしてやるぅぅ!!」

 

「……私はお前の"ボス"に挨拶をしたいだけなのだが……」

 

「動くなと言ってるんだ! このスカタン! いいか……5秒数える内に俺から離れるんだな! さもなくば、お前をこの場で殺すからなァーーッ!」

 

「………………」

 

 天狗は恐怖のあまり、正気を失っている。人影も呆れ返り、小さくため息を吐く。

 だが、正気を失い、ヤケになってしまったことで彼の行動力は暴走してしまっているのは確かである。提灯を持つ手とは逆の方で持つ(ヤリ)が、暗い夜であっても震えているのがよく分かる。

 そして、天狗は口に出してカウントアップを始めた。

 

「い〜〜……ち、にぃ〜〜……」

 

「こいつ……狂ったか…………」

 

 1から順番に数えていく天狗。もう後3秒もすれば、目の前にいるこの人物は槍で串刺しにされてしまう。だが、その本人は何の心配も無い余裕の様子。いや、余裕というよりも、弱者を(あわ)れむそれである。しかし、目の前に立つこの天狗は気付いてはいないが、この人物……少しだけ殺気が漏れている?

 そして次の瞬間、不可解な現象が起こった。

 

「さ〜〜ん…………ごぉ〜〜……5?」

 

 "4"が、消えた。

 

 

ド ボ ォ ア ァ ァ !

 

 

「…………!!」

 

 天狗の胸、心臓のある左胸から、突然大量の血が噴き出した。それだけではない。何者かの、()()()だ。

 その衝撃によって、未だ灯りのある提灯が天狗の左手から離れ、槍もまた使い手を失って地に落ちる。

 雲に隠れていた月が、妖怪の山へとその月光を浴びせると、誰にも気付かれぬまま天狗の背後に回った者の正体が明らかとなった。

 その姿はまさに、異形。()の瞳に見える三角のハイライトが、不気味に浮かび上がっていた。

 

「結果だけだ。この世には結果だけが残る。心臓を貫かれ、絶命するという……結果だけがな」

 

 

____________________

 

 

「う…………ハッ!?」

 

 勢いよくベッドから跳ね起きる。

 誰かに叩き起こされた? 

 目覚まし時計が耳の側で鳴った?

 どちらも違う。彼は思い出したのだ。()()()()()()を。()()()()を。かつて相対したDIOのような、あの邪悪のオーラを!

 そう。ハイエロファントが目を覚ました。

 

「……今のは……DIO……!? いや、どこか違う……まさか、そのスタンド……!?」

 

 魔理沙の魔法店、その二階で眠っていたハイエロファントは、魔理沙に拾われた時のように同じベッドで寝かされていた。気絶したハイエロファントをここまで運んだのは、マジシャンズレッドとクリームだ。

 ハイエロファントは勢いよく起きたことにより、ほんの少しの頭痛を覚える。こめかみを押さえながら、ベッドから出ようとすると、彼の脚に何かがぶつかった。

 

「! 魔理沙…………」

 

「…………」

 

 ハイエロファントが寝ていたベッドの横では、魔理沙が突っ伏してしたのだ。

 彼女はハイエロファントが眠り続ける間、このようにして「いつハイエロファントが目覚めてといいように」と側で寝ていたのだ。自分はベッドで眠らずに。

 窓から差し込む微かな月光が、魔理沙の金髪を透かしている。その色は黄金そのもの。収穫時期を迎えた小麦よりも、はるかに輝いていた。普段は雑そうな魔理沙の、隠れた優しさを表しているかのようであった。

 ハイエロファントは魔理沙が起きないように、ゆっくりベッドから抜けると、魔法店の外へ空気を吸いに出る。久々の屋外は、秋の夜でも気持ちのいいものだった。

 

「……魔理沙には、後でお礼を言わないとな……」

 

 ハイエロファントはふいに夜空を見上げる。

 彼の上には、鋼を思わせるような、銀色に輝く流れ星が瞬くのだった…………

 

 




東方風神録、無事完結。
諏訪子の扱いが少し雑になってしまったのが、唯一の心残りです。もう少し良い感じにできたらなぁ……


ついにハイエロファントが復活!
突如幻想郷に現れた、新たなスタンド。やつの目的とは何なのか!?
そしてお待ちかね、ムードメーカーの登場!
物語はここから大きく変化する!

お楽しみに!
to be continued⇒


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33.銀の戦車

すでに射程距離に入っているッ!

 

今度は逃がさないッ!

 

 

時間がまた飛んだぞッ!

 

 

これは…………「賭け」だ

 

あの「矢」を完全に制する者が

 

この世を制する者となる…………!!

 

 

 

 

____________________

 

 

「うぐ…………いつの間にか眠っていたのか……」

 

 体から金属の光沢を(きら)めかせ、木の板でできた壁に寄りかかり、深い眠りからゆっくりと目覚める者がいた。

 彼は長い夢を見ていた。それは、かつて自身の身に降りかかった奇妙な冒険の数々。妹の仇であるJ・ガイルを探す旅、悪の帝王を討つためにエジプトへ向かう旅、そして荒れた祖国の平和のためにと挑んだ戦い…………

 数多の試練を乗り越え、切り抜けてきた激動の過去を。

 

「…………ほんの少しだけ……本体の……魂を感じる。ここへ流れ着いたのは、()()()()……」

 

 体に纏った銀の鎧をカチャカチャと鳴らしながら、おもむろに立ち上がる。彼がいたのは古臭い小屋の中であり、経年劣化の跡が至るところに見られる。それでもホコリや蜘蛛の巣はほとんど無く、過ごしづらいこともなかった。

 彼は近くに立て掛けていた一本のレイピアを手に取ると、小屋の戸をじっと睨みつけた。

 何者かが近付いて来るような……そんな気配を感じ取ったのだ。鬱蒼(うっそう)とした竹林の中、どんな猛獣が出るか想像もつかない。彼はとっくに戦闘態勢に入っていた。

 

(あと…………5m弱……開けるぞ!)

 

 

ガラガラガラッ

 

「……ただいま〜〜……って、えぇ!!」

 

 戸を開け、中に入った来たのは藤原妹紅だった。

 この古びた小屋は、妹紅が現在寝床にしているもの。ホコリなどが無いのも、彼女がここに住み始めてから掃除を行ったからである。そしてちょうど今、彼女は背中に背負った(かご)いっぱいに(たけのこ)を採って帰って来たのだ。

 戸をスライドさせ、屋内に目を向けた妹紅は唖然とした顔をしていた。部屋の真ん中で、甲冑を着た者がレイピアを自分に向けていたのだから。

 

「……しょ、少女……?」

 

「な、何だ!? お前は! 私の家に何の用だ!」

 

 戸を開いた者が人間だと知り、甲冑の者はレイピアの(きっさき)を少し下げた。それとは逆に、妹紅の方は右手に炎を出現させる。甲冑の者が警戒を解いた代わりに、彼女は戦闘態勢に入ってしまった。赤く染まった妹紅の顔には、怒りもありそうだが、女ということもあり、勝手に家に入られて()()()()()()()()ちょっとした羞恥心もあるだろう。

 今にも手にしている炎を放ちそうな妹紅を見て、甲冑の者は慌てて弁明する。

 

「す、すまない! 君の家だとは知らなかったんだ! たまたま近くにあり、泊まらせてもらっただけなのだ……」

 

「それを不法侵入って言うんだよォーーッ! 乙女の家に勝手に上がり込んで、しかも剣まで向けるなんて!」

 

「すまん……」

 

 甲冑の者は完全に萎縮してしまった。

 それから数十分、彼は妹紅の説教を受けることになってしまった。悪いのは完全に彼の方なのだから、仕方ないことだ。説教を受けること自体はもちろん、慣れない正座を長時間させられたことも、彼にとってかなりの苦痛であった。

 

 

____________________

 

 

「本当に申し訳ない……」

 

「金輪際、こんなことはしないでよ?」

 

 ようやく妹紅の説教が終わった。今までの彼女は口数があまり多くない方であるが、最近は彗音とつるんでいるせいか、彼女の癖が移ってしまったらしい。彗音は寺子屋で子供たちと関わっているので、説教をかますこともしばしばだ。

 説教の終わりと同時に、甲冑の者は正座を崩す。よほど痛かったのだろう。()()()()()()()()()()()()のだから。

 姿勢を変えた彼を見て、妹紅も心の中でやり過ぎたかと思ってしまった。だが、彼女は彼の()を見てあることに気付いた。

 

「ちょ、ちょっと、そのお腹…………どうなってるの?」

 

「? 何がだ?」

 

「だから、お腹だって。棒みたいな……いや、軸?」

 

「何を言ってる?」

 

「だ、か、ら! そのお腹が変なんだって! アンタ人間じゃあないだろッ!?」

 

 甲冑の者は妹紅が何を言っているのか、一切分かりはしなかった。だが、彼の腹には確かに、人ならざる形をとっていたのだ。

 妹紅が言うように、彼の腹は下半身と胸のプレートを繋ぐ棒、あるいは柱、軸のような物が通っていた。明らかにその部分だけが細くなっている。これだけ細ければ、中に入っている臓物はどうなっているのか? 小腸辺りがありそうだが、そもそも入っているのか?

 「泊まらせてもらった」と言っていたが、中に入って長い時間過ごしているはずなのに、甲冑を脱いでいないことがそもそもおかしい。もう秋も後半に差し掛かってきたので、寒いから脱がない、ということもあり得ないこともないが、それなら囲炉裏に火を点ければいい。わざわざ重い甲冑を着たままでいる必要は無いはずだ。

 

「……今気付いたのか?」

 

「そうだけど…………アンタ、まさか妖怪か?」

 

 妹紅は素早く立ち上がり、狭い部屋の中で甲冑の者から距離を取る。その手には、先程と同じように火が灯る。

 しかし、甲冑の者。今度は慌てない。妹紅に向かって静かに言う。

 

「『妖怪』…………? たしか、日本に伝わる幻の生物のことだな? しかし、生憎(あいにく)私は『妖怪』ではない。スタンドだ」

 

「スタンド……? 永遠亭の連中に混ざってた珍妙なやつらと同じってことか……」

 

「永遠亭というのは分からんが、多分そうだろう」

 

 甲冑の者の正体はスタンド。妹紅はスタンドの幻想入りが始まって以来、あまり彼らと接点を持たなかった。一番最初に出会ったのはハイエロファントとエニグマだが、大した会話も交わさないまま輝夜と弾幕勝負を始めてしまったため、彼ら2人のこともよく知らない。

 だが、彗音を通じて、スタンドたちの活躍の方はよく耳にしており、目の前の甲冑がスタンドだと分かると、抱いた警戒心を緩ませるのだった。

 

「えーーっと……悪かったよ。いきなり警戒しちゃってさ」

 

「構わん。当然の反応だろう」

 

「…………あぁ、そうかも。えっと……あのさ」

 

「……どうした? まだ何かあるのか?」

 

「いや……アンタのこと、ホントにちょっとだけど、いろいろ分かってきたし、「アンタ」って呼び続けるのも……って思ってさ。私の名前は藤原妹紅。アンタの名前は?」

 

「…………チャリオッツ。銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)だ」

 

 

 

____________________

 

 

 時を同じくして、ここは冥界。

 巨大な樹木の影がどこにいても分かり、至るところに白い玉のようなものが浮かんでいる。これらは魂だ。閻魔に裁かれ、転生を待つ魂たちが行き着くところ、それがこの冥界なのだ。

 そんな世界であるということを聞くと、寂れた場所を思い浮かべる者は多いだろう。しかし、実際の冥界は違った。至るところに木が生えており、どこか生命を感じる。暗くもなく、太陽は存在していないのに、昼らしい明るさまで保っていた。

 そして、立ち並ぶ木々の中で最も巨大な樹木、『西行妖』の近くには小高い丘が存在している。その頂きには、塀で囲まれた一つの屋敷が建っていた。これこそ、妖夢が庭師を担っている『白玉楼』である。

 ただ今白玉楼では、主である西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)が縁側で茶と煎餅をつまみながら、中庭で漂う魂たちの舞いを見ていた。

 

「ふ〜〜……ん。スタンド……スタンドねぇ。()()()()()んでしょう? ねぇ、妖夢〜〜」

 

「はい。霊体とはどこか違う、変わった感じがしました。近くもあり、遠くもある……みたいな」

 

「…………」

 

 2人の話題は「スタンド」。

 かつて永夜の異変の際に、妖夢はハイエロファント、マジシャンズレッドと共闘したことがあった。彼女は半人半霊という種族であり、実体のある体と、霊体の体の2つをもっている。共闘中、彼女はスタンドである2人を自身の霊体と比べながら分析していたのだが、その時はどこか違う雰囲気があると感じ取った。

 そして、白玉楼の主である幽々子の方だが、彼女は完全な亡霊。妖夢と違い、人間の部分はない(脚は存在している)。

 彼女は妖夢からスタンドの話を聞き、多少の興味を示していた。

 

「機会があれば、ぜひ会ってみたいわね」

 

「……永遠亭での宴会にいましたよ」

 

「…………あの時は……ご飯に夢中だったから……」

 

「そんなことだろうと思いましたよ。さて、お話の途中ですが、お夕飯の買い出しに行って来ます。最近は人里に行ってないので、残りが少なくなっちゃって」

 

「えぇ。行ってらっしゃ〜〜い」

 

 ちょっとしたやり取りを終え、正座していた妖夢が立ち上がる。買い物用の手提げ籠とがま口財布を手に取り、部屋の奥に寝かせた楼観剣と白楼剣に目を向ける。

 人里へ買い物をしに行くだけとは言え、道中何が起こるか分からない。ひょっとしたら、村の中でいきなり妖怪が暴れ出すかも。そんな可能性は0ではないため、妖夢はどこに行くにしても刀の携帯を忘れない。

 二刀を腰に差すため、妖夢が屈み込んで腕を伸ばす。すると、

 

『俺を引き抜け……』

 

「! 今……誰か……?」

 

 突如、室内に何者かの声が響いた。女のものではない。間違いなく、男の声だ。

 妖夢は幽々子のいる縁側を振り向くが、幽々子は何にも気付いていないようで、相変わらず煎餅を頬張っている。中庭にも人っ子一人いない。謎の声に気付いているのは自分だけだ。

 

『妖夢よ……俺を(さや)から引き抜くのだ』

 

「ゆ、幽々子様! 聴こえませんか!? 今何者かが私の名前を呼んでますッ!」

 

「え? 誰もあなたのことは呼んでないわよ? ねぇ?」

 

 妖夢は声を張り上げるが、やはり幽々子には何も聴こえていないそう。彼女も付近の魂に確認するが、彼らも何も聴いていないと答える。

 妖夢は謎の声が発したワード「鞘」から、声の主は目の前にある刀であるのでは? そう考え、おもむろに刀の柄を手に取った。すると、声はさらにはっきりと、大きく聴こえるようになる。

 

『いいぞ……妖夢。さぁ、そのまま俺を鞘から抜くのだ』

 

「な、何者? 楼観剣から喋ってるの……?」

 

『その通り……俺の声はお前以外の誰にも聴こえない。だからこそ、お前に言う。力が、欲しくないか?』

 

「何ですって……?」

 

 声は妖夢の愛刀、楼観剣から発せられていた。

 彼女が持つこの楼観剣だが、この刀はただの刀ではない。妖怪が鍛えたものである。「妖怪が鍛えた」と言われると、何か特別な力があるのでは? そう考える者は多い。しかし、いくら人ではなく妖怪が鍛えたと言っても、意思をもち、喋る刀だなんてことは一切ない。白楼剣の方もだ。喋るはずがないものである。

 しかし、今確かに楼観剣は喋っている。この現実は受け入れるしかない。

 

「何を馬鹿な……私は抜かないわ。楼観剣から出て行け!」

 

『いいや、断る。それに嘘ではない。俺を鞘から抜くだけでいい。そうすれば、お前は一番なのだ。最も強い、無敵の剣士となる。剣を持つということは、多少なり強さに興味があるのだろう?』

 

「…………」

 

『さぁ……抜け……!!』

 

 

ズ ラ ア ア ァ

 

 

「!」

 

 楼観剣の鞘と、(つば)の間から鈍い光が溢れる。

 その瞬間、妖夢の思考は停止した。いや、既に停止()()()()。刀から言われるまま、何も意識できずに体が動いてしまったのだ。「しまった」と思った時にはもう遅い。妖夢の意識は闇の彼方へと飛ばされてしまった。

 では、今妖夢の体を畳の上で立たせているのは、一体誰なのか? 幽々子は最後まで何にも気付かなかった。

 妖夢の体を乗っ取ったのは、スタンド、エジプト9英神の一角である"アヌビス神"だった。

 

「ポルナレフ……いや、シルバー・チャリオッツ! いるのは分かっているぞ……リベンジマッチだ……!!」

 

 

____________________

 

 

 妖夢の体が乗っ取られてから数十分後の現在、人里はいつものように賑わいを見せていた。

 以前と違うことを挙げるとするなら、カビの異変の後、守矢神社の信者が増え祀られる神奈子や諏訪子の名前をよく耳にするようになったこと。そして、今まで何度も人里を救ったスタンドたちの信頼が、さらに厚くなったことだ。

 これには買い物に来ている霧雨魔理沙も大満足。と思いきや、とある店の前で声を張りながら、商品を極限まで値切っていた。

 

「魔理沙! これ以上は値切れねぇぞッ!」

 

「いや、まだ足りない! さっき見せたろ? 私はあれだけしか持ち合わせが無いんだ!」

 

「こっちも仕事でやってんだッ! 生活がかかってる! 大体なぁ、お前いつもそんな量しか持ってないじゃあねぇか。お前の財布事情はどうなってんだ?」

 

「ぅぐ…………ハイエロファントに……使い過ぎないようにって小遣いを少なくされてんだよ……」

 

「お〜〜、立派じゃあないか。そういうことならしょーがねぇな」

 

「売ってくれるのか!?」

 

「売るわけねぇだろーがッ!!」

 

 2人のやり取りは一種のショウと化していた。街を歩く人々が笑いながら彼らの傍を通り過ぎて行く。そんなこともつゆ知らず、2人の声合戦はさらに過激に、白熱する。

 そんな中、遠くから2人の言い合いを見ている影があった。その者の正体はチャリオッツ。妹紅の案内で人里に来ていたのだ。妹紅は妹紅で、買い物の用事があったため、店の前でチャリオッツは待たされていた。

 チャリオッツはチラリと店内の妹紅を見ると、まだ用事が続きそうなのを良いことに、魔理沙たちの方へと歩を進めた。

 

「こんの〜〜……!!」

 

「あぁ〜〜、ちょっといいか?」

 

「うん? アンタ誰だ?」

 

「私の名は銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)。だが、そんなことはどうでもいいんだ。さっきから何を言い合ってるんだ?」

 

「このオヤジが商品を値下げしてくれねーんだッ」

 

「このガキがとんでもねぇとこまで値切ってくるんだ! 元値の5分の1ってどういうことだ!?」

 

「それは…………嬢ちゃんがやりすぎなんじゃあないか……?」

(ヤブヘビだったか……)

 

「ほら見ろッ!」

 

「そんなわけねぇって!! 何言ってんだ、おっさん!」

 

「お、おっさんだと!?」

 

 魔理沙の予想外の反撃(おっさん呼び)に、チャリオッツは一瞬動揺する。たしかに、彼の本体とチャリオッツが分離してしまったのは、本体の年齢が36歳の時だ。おっさんと言われてもしょうがない歳ではあるが、やはりショックではある。

 店長と魔理沙の言い合いに、チャリオッツまで巻き込まれたところで彼がやって来た。

 

「魔理沙、君の声が中まで聴こえてるぞ!」

 

「あっ、ハイエロファント……」

 

 魔理沙が寄っていた屋台の隣にある店から、買い物用の紙袋を手に提げたハイエロファントが姿を現す。

 買い物終わりと同時に、けたたましく鳴く魔理沙に一喝した。それを耳にした魔理沙は「うげっ」と声を上げると、たちまち静かになる。ハイエロファントは彼女の元へ近付きながら店長へ謝罪の言葉を述べると、前にも同じことがあったのか、「またやったのか」と説教をし始めた。

 

「この前も言ったろう。あまり人を困らせるんじゃあないぞ」

 

「分かってるって…………でも、いきなり割り込んできたこの甲冑のおっさんにもよ〜〜、何か言ってくれよ」

 

「何?」

 

 魔理沙に言われ、ハイエロファントは彼女の背後にいる者へと目を移す。すると、その瞬間、ハイエロファントは唖然とした。

 目の前に立つ甲冑の男を顔を見た瞬間にだ。

 甲冑の男も、魔理沙に自分のことを言われたのだと思い、後ろを振り返っていた。彼もまた、ハイエロファントの顔を見て目を見開いた。

 運命の邂逅(かいこう)。そう言わずにはいられない再会。

 

「バカな……き、君は…………」

 

「………………」

 

「チャリオッツ……」

 

「ハイエロファントォォォォッ!!」

 

 ハイエロファントが彼の名をこぼした瞬間、チャリオッツはハイエロファントの肩を思いきり掴み、絶叫した。

 それは歓喜に満ちた声だった。妹紅と出会った時に見せた落ち着きなど、とうに消え去っている。チャリオッツにとっては約12年ぶりの仲間。彼の目には涙まで溜まっていた。

 一方のハイエロファント、チャリオッツに掴みかかられても、頭の整理がつかなかった。幻想郷(こちら)に流れ着くことは、(イコール)"死"を表すのだから。

 まさか、ポルナレフ(チャリオッツの本体)までDIOに……?

 

「な、何だぁ? お前ら知り合いなのか?」

 

「ま……まさか…………! こんなところでまた会えるとは……っ!!」

 

「僕も……嬉しいが…………チャリオッツ……ポルナレフも……DIOに殺されてしまったのか……?」

 

「DIO? いや、やつは……承太郎が倒した。確かに倒したぜ。()ってことは、やはりここは死後の世界なのか?」

 

「そう言うということは……ポ、ポルナレフは誰にやられたんだ!?」 

 

 チャリオッツからの質問を質問で返し、次はハイエロファントがチャリオッツへ掴みかかった。

 魔理沙は突然の事態に、ポカンと口を開けたまま突っ立っている。唖然としていたハイエロファントが、今度は鬼気迫る勢いでチャリオッツへ向かうなど、中々忙しい。

 いきなり掴み返されたチャリオッツは、「待て待て」と言いながらハイエロファントを落ち着かせると、自身の右目を指差した。彼の目の上、そして下には、何かで切りつけたかのような縦に伸びた傷が走っていた。

 

「この傷を付けたやつだ。最後に戦ったのはな……」

 

「? どういうことだ?」

 

「俺にもよく分からんことが多いんだ。殺された記憶が無いんだよ。俺は、ディアボロから逃れるために…………覚えているのは、「矢」は誰にも渡さないと、ずっとそうしてきたような……気が……」

 

「…………」

 

 ハイエロファントは何も言わなかった。誤魔化すことはあっても、ポルナレフは嘘をつく男ではない。それは、そのスタンドであるチャリオッツも同じであろう。実際、目の前で頭を抱えている様子は誰の目にも、本気で悩み、考えている姿にしか見えない。

 彼を見ながら、積もる話もあるだろうと、そう思ったハイエロファントは今後の予定を既に決めていた。

 

「チャリオッツ、今日はウチに来ないか?」

 

「!」

 

「え! ハイエロファント!?」

 

 ハイエロファントの誘いに、チャリオッツではなく、魔理沙が驚く。嫌なのだろうか?

 ただ今、時刻は正午を回り、日が傾き始めている頃。ハイエロファントはチャリオッツの行く場所は無いだろうと、そう考えていた。ハイエロファントの誘いへの返事は早かった。心なしか、チャリオッツの目は微笑んでいるようにも見える。

 

「……そうさせてもらうぜ。とにかくいろんな話を、飽きるまで聞かせてやる。寝不足になるぐらいな」

 

「……それは困るな」

 

「おい! なんか良い感じの雰囲気だけど、家主は私だからな!?」

 

 スタンド2人と魔理沙は人里の出口へ向けて歩き出す。

 異形の存在と、一人の少女が並んで歩くその様子は、誰の目からしても異様であった。しかし、不快になる者は誰一人といなかった。3人の会話が、雰囲気が、周りの者も巻き込むほど愉快であったから。

 魔理沙はチャリオッツとは初対面である。だが、ハイエロファントからすれば、数ヶ月ぶりの。チャリオッツからすれば、およそ12年ぶりの会話。弾まないわけがなかった。

 自分の知らない話であっても、魔理沙も心から笑っていた。ハイエロファントの笑みを見られて。マジシャンズレッドとは違う、懐かしき対等な存在との会話は、普段のハイエロファントとは違う彼を覗かせていたのだ。

 しかし、何とも良い雰囲気なのだが、チャリオッツはあることに気が付いてしまう。

 

「……何か……忘れているような…………」

 

「あ、やべっ。私欲しいのあったのに!」

 

「いや……それじゃあなくてだな…………」

 

 

 

 

「チャリオッツ……? どこ行ったんだ……?」

 

 買い物が終わり、店から出て来た妹紅は、一人寂しくポツンと取り残されていたのだった。

 

 

 




ポルナレフ大好きです。


 
長い時を経て、ついに再会したハイエロファントとチャリオッツ。
しかし、彼らの身には思いもよらぬ凶刃が迫っているのだった。
最初の犠牲者は……?

お楽しみに!
to be continued⇒


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34.妖刀、楼観剣

久しぶりに10000字超になりました。
元気なキャラクターがいると、書いていて楽しくなりますね。


「っつー感じで、俺たちは祖国フランスに麻薬を流したギャング組織を突き止めたのさ」

 

 魔法店に到着したハイエロファント一行は、夕飯の支度をしながらチャリオッツの話を聞いていた。

 これは彼の話した内容だ。

 DIOを討ったかつての仲間、空条承太郎やジョセフ・ジョースターと別れたポルナレフは、フランスへと帰国する。

 しかし、フランスでは1986年を境に犯罪統計(特に少年少女の麻薬犯罪)が急激に伸びていた。ポルナレフはそれを独自に調査し、ついに麻薬を流したギャング組織「パッショーネ」を突き止める。だが、この組織は彼の想像以上に完成されていたのだった。

 ハイエロファントはチャリオッツの話を聞き、抱いた疑問を口にする。

 

「承太郎の助けは呼べなかったのか? ジョースターさんの……SPW(スピードワゴン)財団の協力があれば…………」

 

「さっきも言ったが、例の組織は完成されていた。()()()()()のが上手いんだ。俺たちは孤立し、承太郎たちの助けを呼ぼうにも呼べなかった……」

 

「その……最後に戦ったっつーよ、"でぃあぼろ"だっけ? 結局そいつはどうなったんだ?」

 

「さぁな……やつに襲われたところで、俺の記憶は途切れてるからな」

 

 忌々しそうに右目に付けられた傷を撫でる。

 チャリオッツは強い。本体であるポルナレフは実に単純で、相手の挑発に乗ってピンチに陥ることが多かったが、それでも仲間たちの中では一番洗練されていたと言ってもいい。妹の仇を討つため、何年も修行していたからだ。そしてそれは、DIOを倒した後も同じである。

 パッショーネのボス、ディアボロに目を傷付けられ、脚を失った後でもスタンドパワーの衰えを見せない動きを見せていた。修行は欠かしていない。

 

「でも、本当にいいのか? 俺もここに住んじまってよ」

 

「大丈夫さ。なぁ、魔理沙」

 

「いや、だからお前が決めるなよな。まぁ、私はいいぜ。一人増えたところで、だからな。だが問題は…………」

 

「ベッドか……」

 

 彼ら3人が直面していた問題、それはベッドの数だった。

 魔法店の2階には、他の道具や家具などで隅へと追いやられてしまったベッドが2つある。ハイエロファントと魔理沙はそれらで睡眠を取っていたのだが、今日からチャリオッツが住むとなると、ベッドが一つ足りなかった。ハイエロファントは帰宅途中に気付いたが、今さらどうこうもできないため、黙ったままにしていたのだった。

 魔理沙の言う通り、「寝ること」以外なら3人でも十分やっていけるが、はてさて、睡眠事情はどうなることやら。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………よし」

 

 一人呟いたチャリオッツは、2階へ続く階段を振り返る。魔理沙にはチャリオッツが何を良しとしたのかが分からなかった。だが、ハイエロファントは彼の意図に気付いたようで、チャリオッツと同じように階段に身を向ける。

 そして…………

 

「俺が一番乗りだッ!」

 

「え! ちょ、おい! 待ちやがれ、この野郎どもッ!」

 

 ドダダダ!と魔法店全体が揺れる程の振動を響かせながら、ハイエロファントとチャリオッツは走り出した。

 遅れて走り出す魔理沙に追われながら、掴みかかる腕を払い除けながら、2人は階段を駆け上がる。そしてドアを開け、並んでいるベッドをダイブ!

 家の中のため、本当に短距離しか走ってはいないが、魔理沙は肩で大きく息をしながら3着で部屋に入る。

 

「ま、まさかハイエロファントも()()()()()()()()()()()なんて…………」

 

「よし、魔理沙が床で寝るんだな」

 

「寝ねェーーよッ!」

 

「ハハハハハハ!」

 

 チャリオッツに再会できたことで、ハイエロファントは知らず知らずの内にはしゃいでいた。魔理沙も、ハイエロファントにクールなイメージを抱いていたため、かなり新鮮に感じている。チャリオッツは昔に戻ったようで、ハイエロファントと同じく気分が良かった。

 魔法店ではチャリオッツの笑い声が響き、もう一時間ほど、ベッドの取り合いが行われた。最終的にはベッド2つと1階にあるロッキングチェアを交代しながら使うこととなり、今宵は勝負に負けた魔理沙がロッキングチェアに揺られるのだった。

 

 

____________________

 

 

「…………」

 

 時刻、午前0時を過ぎた頃。

 冬の訪れを感じさせる冷たい風をその身に受けながら、火の灯った提灯を揺らす者が人里を歩いていた。彼はスティッキィ・フィンガーズ。先日起こったカビの異変の元凶を討ち破ったスタンドだ。

 命の恩人だと、人里の民に持ち上げられた後、彼は上白沢彗音に言われるようにして人里の守護者となった。

 現在彼は、彗音と人里内の区分を分担しながら夜の見回りをしている最中である。

 

「……冷えるな」

 

 ボソリと呟きながら、広い水路を跨ぐ橋の上を歩く。

 死人のように青白い巨大な満月は、スーパームーンでもないくせに、昼間顔負けのような月光で人里中を照らしていた。チラリと水の流れる水路を見やると、突然掘り起こされたミミズのように、暗い陰へと隠れる小魚の群れが。

 彼の本体、ブチャラティは漁師の家に生まれた。離婚してしまったが、真面目で正直な父親、()()()()()()()()が、ブローノの意思を継いでいるせいか、脳裏に彼が(よみがえ)る。

 麻薬によって、麻薬が引き起こした事件によってブローノの父親は死亡してしまったが、同時にその出来事はS・フィンガーズの誕生にも繋がった。皮肉なことだった。

 「ジッパーを操る能力」。暗がりを光で照らすには、遮蔽物を取り除くか、切り開くしかない。S・フィンガーズはまさに、隠された真実と邪悪を追い続ける、ブチャラティの正義の心と優しさを映す鏡だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 歩き続けていたS・フィンガーズの脚が止まった。橋の終わりに、誰かが立っているのを見つけたからだ。

 その影には、腰の辺りから2本。何か、長い物が伸びていた。尻尾ではない。短い物が一本と、長い物が一本。そして少し反り返っている。そのシルエットはさながら日本刀。

 

「……何者だ? こんな夜中に、灯りも無く歩いているなんて普通じゃあねぇ。そして、その腰に差しているものは……」

 

「……我が名は魂魄妖夢。貴様、スタンドと見た。腕試し……願おうか」

 

 人影から発せられた声は女のもの。(うつむ)いていたため、顔はよく見えないが、短く切られた髪がサラサラと風に(なび)いているのを見ると、やはりこいつは女だと確信する。

 だが、彼女の要求は呑めない。ここは人里。こんな所で暴れれば、多方向に多大な被害が出てしまう。そして、理由も無ければ戦う気も起きない。これが一番大きな理由だ。

 

「断る。今ここでは、な」

 

「……そうか。ならば、いい。その場にそのまま突っ立っていろ…………斬り刻んでやるッ!!」

 

「!! 何ッ!?」

 

 耳をつん裂く金属音が、一瞬鼓膜を突き刺さると、妖夢の両手には刀が掴まれていた!

 二刀を広げ、力強く右足を踏み込むと、妖夢の体は目の前から消えた。戦闘の場数を多く踏んでいるS・フィンガーズが見失ったのだ。しかし、彼女の姿を探す必要は無かった。

 彼女のトレードマーク、頭に着けている黒いリボンが視界の下部に見えたからだ。つまり、この一瞬で10m近くあった距離を詰めて来ていた。第一歩の初速で、である。

 

ヒュバッ!

 

「ぅぐうッ!!」

 

「ほぉ、間一髪で避けたか……真っ二つにしたと思ったがなぁ〜〜……」

 

ブシュゥゥ〜〜ッ!

 

「ぐ……くそ……ッ」

 

 胴体が2つに分かれてしまう前に、何とか後ろへ跳び退いていたS・フィンガーズ。しかし、完全に避けられたわけではなく、胸を横断するように一本の傷が走り、血が噴き出す。S・フィンガーズでも対応しきれないスピード、厄介な相手である。

 いつの間にか手放していた提灯が、木でできた橋の上へ乾いた音とともに落下する。

 その光景を目にしたS・フィンガーズは、不思議なことに気が付いた。提灯は自分の体よりも前方に位置していた。ならば、体より先に提灯が真っ二つになるはずだ。もう既に刃が体に届いているのだから、提灯は形を保てていないのが自然。だのに、提灯は依然、提灯としての形をしている。切り傷一つ付いていない。

 

「……外見からは、お前がスタンドだとは思えない。まさか、スタンド使いか?」

 

「フフフフ。どうかな」

 

「その刀がスタンドで、「狙ったものだけを斬る能力」がある、とか? 遮蔽物を無視し、その向こう側にある物体を斬ることができる……」

 

「……良い目だな。この提灯で判断したのか」

 

「怪しまないやつはいないだろう」

 

「フフフフフ。かもなぁ。だが、ちょっと違うなァ〜〜……刀がスタンドではない。スタンドは……()()

 

 妖夢は怪しい笑みを浮かべると、刀を掴んだまま自分を指差す。S・フィンガーズは彼女の、いや、()()動作の意味が分からなかった。姿形はどう見ても人間。どこもスタンドらしくない。

 と、思った瞬間、妖夢の肩の辺りにうっすらと何かのヴィジョンが現れ出した。体は屈強な男、そして頭は黒い犬のもの。よく見れば、喋っていたのはこのスタンドだった。妖夢の口の動きと上手く連動していたのだ。

 

「……取り憑いていると、いうことか」

 

「それが能力。名はアヌビス神。タロットカードの起源となった、エジプト9栄神の一人! そしてェーーッ!! 俺の邪魔になり得るやつは始末する!! お前が一人目だァーーーーッ!!!」

 

「!」

 

 妖夢……いや、アヌビスに取り憑かれた妖夢、アヌビス妖夢は二刀を揃え上空からS・フィンガーズを叩っ斬ろうと飛び上がる!

 一見隙だらけに見えるが、S・フィンガーズが完全に避けられないほどのスピードをもっている。無闇に立ち向かえば、今度こそ真っ二つになるだろう。

 しかし、S・フィンガーズが今の間に、何もしていないと思ったら大間違いだ。彼は既に手を打っている。

 

「くっ!」

 

「ぬぅ! 速いな!」

 

 振り下ろされる刀は空を切る。アヌビス妖夢の左手側に回り込み、第一撃叩き込む構えを取る。

 しかし、アヌビスは余裕の表情を浮かべたままだ。

 

「フン! 防げないとでも?」

 

「俺なんかより、足下の注意をした方がいい。もしかして、()()()()()()を言ってるのか?」

 

「何?」

 

ズ ボ ォ ッ !

 

「ぐおッ!?」

 

 妖夢の体は橋の中に埋まった。

 いや、穴にハマったと言うべきだろう。S・フィンガーズはアヌビスの長話の間に、自分の足下にジッパーを取り付けていた。人の下半身は入り、上半身は通り抜けられないほどの大きさのジッパーだ。

 そして、アヌビス妖夢はまんまとハマった。彼女の上体はS・フィンガーズの脚と同じ高さ。今妖夢が刀を振るっても、S・フィンガーズなら跳んで避けられる位置だ。

 そして、その隙は絶対に見逃さない。妖夢の頭上から、S・フィンガーズの拳が迫る!

 

一先(ひとま)ず、気絶しておいてもらおう! 終わりだッ! スティッキィ・フィンガーーズ!」

 

 スタンドエネルギーが込められた拳が妖夢を襲う!

 あの拳に殴られれば、どんなものであろうともジッパーによってバラバラにされてしまう。人でも、亀でも、ボートであっても、だ。

 だが、アヌビスが観念することはなかった。余裕もまだ見られた。掲げられた二刀の次なる標的は、自身が埋まった、この橋自体だ!

 

「フン。来ぉい! たとえ橋に埋められようとも、絶〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ対に! 負けんのだァーーーーッ!!」

 

 刀は振るわれた。無数の残像をS・フィンガーズの見えている世界に焼き付けて。

 

ズバァン ズバァン ザァン      ズバァン ズバァン  バララァ〜〜ッ!

 

「な、何ィッ!?」

 

 アヌビスは二刀による高速の斬撃により、橋をバラバラに斬り刻んだのだ。そして破壊された橋からの拘束は解け、重力に身を任せるまま、下を流れる水路へと落ちていく。

 脱出ルート? いいや、違う。ただの脱出ではない。橋を壊されたことにより、同じく上にいたS・フィンガーズは着地のタイミングを誤ったのだ。それにより、バランスを崩して宙へと放られている!

 誰だって、突然の事態には動揺を隠せないものだ。どれだけ稼げるレーサーでも、一般道路で追突されればパニックになる。世界的なマラソン選手でも、夜道でいきなり刃物を突きつけられたら、腰を抜かして走れない。

 今のS・フィンガーズはまさにそれだ。

 

「胴体がガラ空きになったようだなァッ!!」

 

「し、しまっ……」

 

「くらえィ!!」

 

 月光を反射する楼観剣が赤く染まった。

 月からの逆光により、よく見えはしなかったが、確実に斬った。刀に付いた鮮血と、顔で感じる生温かい液体の感触。間違いない。

 そして何より、S・フィンガーズのシルエットは、真っ二つになっていた。上体と下半身が離れ離れになった…………どんなスタンドであってもお終いだ。幻覚でもない。自身の腰に流れる水流の中に、ドボン ドボン!と物体が落ちる音も響いた。

 アヌビス妖夢の口角はニヤリとつり上がる。

 

「フフ……フハハハハハ! まずは一人だ…………チャリオッツの気配はこの辺りには無いが……この村落内でのスタンドエネルギーは、あと一つ分感じる…………そちらもいずれ始末しよう。その前に、風邪を引かないように……ハックショイ! 服を乾かさねば……」

 

 鼻から鼻水を垂らしながら、アヌビス妖夢は水路を這い上がる。楼観剣に付着したS・フィンガーズの血液は、既に消えていた。

 

 

____________________

 

 

「……きろ! おい、起きろ! チャリオッツ、今何時だと思ってるんだ!?」

 

「う……う〜〜ん……?」

 

 人里で戦いがあっただなんて露知らず、その翌朝、ハイエロファントはベッドで眠るチャリオッツを叩き起こしていた。

 ベッド横の壁にレイピアを立て掛け、毛布とシーツをぐしゃぐしゃに乱して眠っていたチャリオッツ。余程疲れが溜まっていたのか、それともハイエロファントと再会したことで、昔の自分(ポルナレフ)の癖が出てきてしまっていたのか。だらしない声を発しながら、のそのそとベッドから出る。

 

「そら、早くするんだ。うちに住む以上は、多少の仕事はしてもらうぞ」

 

「ハァ!? タダで住まわしてくれるんじゃあないのか!?」

 

「働かざる者食うべからず、だ」

 

「……俺たちスタンドは、一応食べなくてもやってけるって言ってたじゃあねーか」

 

「じゃあ、住むべからず」

 

「古人の教えを勝手に変えるな! 何でもアリになるだろうがッ」

 

「おーーい! 飯まだかーー?」

 

 ハイエロファントがキツく当たっているように見えるが、これは当時の花京院とポルナレフのやり取りそのものと言ってもいい。ポルナレフの方が歳は上なのだが、どちらもまだ気分が高ぶっている証拠だ。

 2人が言い合っている中、朝食を待つ魔理沙の声が1階から響いた。ハイエロファントは朝食を作っている途中で抜け出したため、カウンターで魔理沙は座りっぱなしで待たされているのだ。

 

「すぐできるぞ! よし、行くぞ。チャリオッツ」

 

「へいへい」

 

 チャリオッツが気の抜けた返事をすると、ハイエロファントから先に階段を降っていった。

 さて、今日の朝食はというと、上からトロリとシロップをかけ、2枚重ねにしたパンケーキだ。ハイエロファントは最近、咲夜だけでなく、アリスとも交流するようになり、彼女から特におやつ系統の作り方を教わっている。パンケーキもその一つである。材料は人里では手に入らないが、アリスの家、もしくは紅魔館にあるとのこと。

 では、その2箇所はどこから仕入れているんだ……?

 

「ん〜〜……これ、美味しいぞ。というか、知ってる味だ。どこで食べたんだっけ?」

 

「アリスに作ってもらったやつじゃあないか? 彼女から教わったんだ」

 

「あ〜〜、なるほど」

 

 それだけしゃべり、魔理沙はパンケーキにがっつく。

 口の端からシロップが(したた)り、流れ、下に受ける皿にボトリと落ちる。口に付着した分は指で拭い、再び口の中へ。生地もシロップも好評である。

 そんな魔理沙の様子を、チャリオッツは羨ましそうに眺めているが、彼の分のパンケーキが出てくることはなかった。コーヒーだけは出されたが、頭に被った甲冑の隙間から、溢さないようにそっと飲むのでは手間と比べて満足し切れなかった。

 

「……で? 俺にやれっつー仕事は何なんだ?」

 

「僕の手伝いだ。掃除だとか、買い物だとか……」

 

「雑用じゃねーか。魔理沙の方はいつもは何やってるんだ?」

 

「実験の材料集め」

 

「趣味かよ! まさか、ハイエロファントがこの家の家事全部やってんのか……?」

 

「ここに来た時、助手にしてやるって言われたんだが、まんまと騙されたんだ」

 

「だ、騙したって言い方良くねぇだろ! ほら、危険なのが多いんだよ…………」

 

 カウンターに座り、3人は会話に花を咲かせる。

 特にチャリオッツと魔理沙が賑やかなムードを作り出していた。そんな時、魔法店のドアから、誰かがノックする音が聴こえてきた。

 

トントン!

 

『魔理沙! いるか!?』

 

「ん? この声は慧音か?」

 

 魔法店に訪れて来たのは上白沢慧音だった。魔理沙がドアを開けると、膝に手をつき、息を切らしている。人里から走って来たようだ。

 魔理沙は彼女をカウンターに座らせ、ハイエロファントは水を差し出す。それを一気に飲み干し、息を整えると、魔法店にやって来た事情を話し始めた。

 

「ふぅ……魔理沙、大変なんだ。スティッキィ・フィンガーズがいなくなってしまった!」

 

「何?」

 

「……スティッキィ・フィンガーズ?」

 

 慧音の言葉に、魔理沙は眉をひそめる。

 話を聞いていたハイエロファントも同じような反応を取るが、彼の場合はスティッキィ・フィンガーズが何者かを知らないだけだ。

 とにかく、彼がいきなり行方不明になるなんて、ただごとではなさそうだ。どこか、遠くへ行くとするなら慧音に(あらかじ)め言っておくだろう。幻想郷の中でS・フィンガーズと最も関わりのある人物は彼女であり、日は浅いが、互いに信用している。

 それと同時に、S・フィンガーズは実力者だ。先日の異変は、彼のおかげでどうにかなっている。戦闘センス、能力、どれを取っても強い。そんな彼が何かの事件に巻き込まれたというのなら、間違い無く大事である。

 

「魔理沙、そいつは誰なんだ?」

 

「あぁ、スティッキィ・フィンガーズもスタンドでよ。『ジッパー』を使うんだ。それで戦うんだよ」

 

「ジッパーでか……?」

 

「……ジッパーのスタンド…………」

(まさか、ブチャラティのスタンドか?)

 

 魔理沙の説明により、一層混乱するハイエロファント。だが、彼女は何一つ間違ったことは言っていない。実際にその目で見た、事実なのだから。

 そんな中、チャリオッツはあることを思い出していた。ジッパーを扱うスタンド、彼は以前見たことがあった。

 ディアボロに一度敗北した時、ポルナレフはブチャラティにコンタクトを取り、ローマのコロッセオにて()()()を渡すこととなっていた。ディアボロはそれを妨げ、あわよくば手に入れようと画策していたのだが、チャリオッツはそのスタンドを、ブチャラティたちがローマへと上陸した時に目撃していた。ブチャラティが、あのカビのスタンド使いともう一人の男と戦っている時にだ。

 

「…………」

 

「それで、そのスティッキィ・フィンガーズがどこへ行ったのか、見当はついているんですか?」

 

「それが、全く無いんだ。キラークイーンに聞いても『分からない』の一点張りで……」

 

「キラークイーンがやったんだよ、きっと! 多分、あの『爆弾に変える能力』で……」

 

「キラークイーンが殺す動機は無いだろう。それに、相手がやり手だと分かっていながら、無理矢理殺そうとするとも思えない」

 

「んじゃ、調べに行くか!」

 

 各々が考察していると、チャリオッツが椅子から飛び降り、言い放った。横に立てていたレイピアを手に取り、刀身を肩に乗せる。

 一見無鉄砲だと思えるが、ここでどれだけ考えても真実は見えてこない。皆、チャリオッツの意見に賛成した。分からないなら、真実を知る者を尋ねるか、調べながら地道に真実を追うかだ。しかし、残念なことに、S・フィンガーズ消失の真実を知る者はいない。ならば、自分の脚で行き、自分の目で見るのが一番である。

 4人は人里へと出発した。

 

 

____________________

 

 

 チャリオッツの提案で魔法店を出発した4人。10分も経たない内に人里前へと着地する。

 人里入り口の門は、いつものように巨大にそそり立っている。が、その近くに門番はいなかった。いつもは松明や槍を手にして、常に2人組が横にいるはずだ。今日に限っては、彼らは見えなかった。よく知らないチャリオッツは置いておき、慧音や魔理沙、ハイエロファントはすぐに怪しむ。

 

「おかしい……見張り番はどこに? 代わりもいないなんて……」

 

「というより、門の近くには誰もいないぞ」

 

「いや、見ろ! 誰か走って来たぜ!」

 

 ハイエロファントと彗音が辺りを見回していると、門前の大通りを2人の男が走って来た。おそらく、この場を空けていた門番だろう。だが、どこか様子がおかしい。血眼になりながら、必死にこちらへ走って来る。

 何かが人里内で起こっているのか?

 

「け、慧音さん! 大変だぁ!」

 

「キラークイーンさんが、妖夢ちゃんと戦ってるんだ!」

 

「な……妖夢と!?」

 

「おいおい……スティッキィ・フィンガーズを探しに来たってのに、何でキラークイーンが妖夢と戦ってんだよ?」

 

「とりあえず行こう! 2人共、場所はどこです?」

 

「こっちだっ、付いて来てくれ!」

 

 

 

 

 

「ハーッ、ハーッ……くそったれが〜〜……!」

 

「フフフ……」

 

「うわあぁぁあ!! もうやめてくれ、妖夢ちゃん! キラークイーンさんが死んじまうよぉ!」

「見た目は怖いけど、悪い人じゃあねぇんだ!」

「アンタ、キラークイーンに何かされたのかい!?」

 

「外野がうるさいな……お前もそう思うか?」

 

 人里を走る大通りのど真ん中。大勢の民が見守る中、アヌビス妖夢とキラークイーンの死闘が繰り広げられていた。

 しかし、もう結果は見えてしまっている。キラークイーンの体には大量の切り傷が刻まれ、しかも右腕の肘から下を切り落とされていた。うるさい野次馬と、目立っている状況、劣勢な現状が合わさり、キラークイーンの苛立ちと焦りは既にピークに達している。彼の頭の中は逃げの一手で埋め尽くされているが、それを許してくれる相手でもない。

 正真正銘のピンチである。

 

「ハーッ、ハーッ……このトラブルを……切り抜けてやる……私は生き延びるのだ……!」

(スティッキィ・フィンガーズを倒したやつだと……!? まともに相手などしていられるかッ! 第2の爆弾(シアーハートアタック)を放って離れるしかないか……!)

 

「生への執着は褒められるものだな……だが、叶わない。お前はチャリオッツとの戦いの前座。逃がさんぞォォーーッ!」

 

「ッ!」

 

 アヌビス妖夢の体が大地を蹴る。ミサイルのように飛び上がり、空中からキラークイーン目掛けて斬りかかる!

 一方のキラークイーン。アヌビス妖夢の素早い動きを目で追えても、その高速の一撃を避けられるほどの体力は残されていない。憎悪と悔しさに満ちた目で睨みながら、歯を食いしばるのみ。

 ギャラリーも戦いの終わりを予感し、中には目を手で覆う者も。キラークイーンの命は、ここに潰える。

 

バッキ〜〜イィィン!

 

「ぬぅ!」

 

「!」

 

「誰かと思えば……この感じ、久しいな」

 

「……チャ〜リオッツ〜〜……!」

 

「アヌビス神……!」

 

 妖夢の刀がキラークイーンを襲う瞬間、一本のレイピアが攻撃を防いだ。彼らの間に割り込んで入ったのは、チャリオッツだ。

 アヌビス妖夢は彼を目にすると、さぞ嬉しそうに、不気味に口角をつり上げる。女の子には似合わない笑顔だ。

 だが、チャリオッツの方は真剣な眼差しを送っている。アヌビス神の恐ろしさをよく知っているからだ。アヌビスが宿った刀剣の柄を握り、鞘から引き抜いた者の精神を支配し、操る能力。かつてはポルナレフも支配されてしまった。なにかと因縁深い相手だ。

 チャリオッツはレイピアで妖夢の刀を払いのけると、アヌビス妖夢の体は後ろへ飛び、着地する。

 

「少し見ない内に、落ち着きが出てきたか? ポルナレフも変わったらしいな」

 

「…………できれば、俺は二度とお前と戦いたくなかった……お前は()()()()()()()()()()からな」

 

「フフフフ…………おい、そこのスタンド、お前はもう行ってもいいぞ。邪魔だ」

 

 チャリオッツとの会話が続く中、アヌビスはキラークイーンに言い放つ。だが、彼の言葉を耳にしたキラークイーンは先程と打って変わり、完全に妖夢を殺す気になってしまった。

 

「……こいつ、どこまでもコケにしやがって……!!」

 

「なぁ、アンタ。俺がやるから大丈夫だ。ひでぇ傷だし、もう引っ込んでな」

 

「…………フン……!」

 

 怒りが沸き上がるキラークイーンを、チャリオッツが(なだ)めた。アヌビスが知る彼なら、もっと強引に、乱暴に抑えただろう。だが、今は違う。自分に余裕があるからか、静かに宥めたのだ。

 キラークイーンはチャリオッツに諭され、身を翻すと、右腕を押さえながら路地裏へと身を隠して行った。

 アヌビスはポルナレフの、チャリオッツの変化を目にし、依然闘気を高める。今のチャリオッツはリベンジマッチに相応しい役者だ。

 『戦えば戦うほど強くなる』自分の手で、成長したチャリオッツを殺すこと。これが目的だった!

 

「さぁ……始めようか!」

 

「……どっからでもかかって来な」

 

 




アヌビスの口調はあんな感じで良いのだろうか…………


ついに戦いの火蓋が切って落とされた!
銀の戦車とアヌビス神!
12年の時を越え、さらに強くなった者たち。勝者はどちらか!?

お楽しみに!
to be continued⇒


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35.激闘! vsアヌビス妖夢

「…………」

 

「…………」

 

 両者は睨み合う。

 周りにいる野次馬たちは、ボロボロになったキラークイーンが退散したことにホッとするが、今度は飛び込んで来た謎の甲冑に肝を冷やしていた。

 現れたこの甲冑、突然暴れ出した妖夢とキラークイーンの間に割って入ったので、おそらく自分たちの味方であろう。問題は、彼が妖夢を止められるのか、ということだ。

 しかし、心中穏やかではないのは当人2人も同じ。相手の出方を探り合い、互いが動けなくなっているが、隙はない。先に集中の切れた方が、先手を受けることになる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 睨み合いはまだ続く。

 里の人間も唾を飲んで、()を待つ。

 すると、

 

プゥゥ〜〜〜〜ン

 

「…………!」

 

 チャリオッツの視界に、突如ハエが入って来た。

 まるで挑発しているかのように、チャリオッツの顔前を飛び回る。鬱陶しいにもほどがあるが、それでもまだ、チャリオッツは集中を欠かない。欠くわけにはいかない。

 しかし、ハエはまだ飛び続けている。早く出て行けと思いつつも、意識はアヌビス妖夢にある。

 そしてハエが妖夢の姿と()()()()()()()()()

 

ドヒュゥウ〜〜ン!!

 

「!」

 

「フハハハ! 運が悪かったな、チャリオッツ! 視界から敵を外すとはッ!」

 

「……見えて……いたのかッ!!」

 

 ハエが妖夢と被った一瞬。妖夢の姿が見えなくなった直後、アヌビス妖夢は猛スピードで距離を詰めて来た!

 妖夢とチャリオッツの間には12、3m程スペースがあった。その距離を瞬間的に移動してくる瞬発力は目を見張るものだ。しかし、観察力も凄まじい。飛ぶハエがチャリオッツの視界に入り、自身の像と被ったことを察知できるほどの視力だ!

 

ギャイィ〜〜〜〜ン!

 

「ぐっ……くぅ!」

 

「第一撃は防いだか…………」

 

 チャリオッツのレイピアは、アヌビス妖夢から繰り出される唐竹を何とか受け止める。チラリと自身の足元を見てみれば、先程目の前を飛んでいたハエが真っ二つになって転がっている。その正確さ、侮れない。

 そして、込められる力も相当なもので、レイピアは今にも力尽きそうなほどにしなっていた。

 

「しかし、第二撃はどうだ!? 獲物が一本だけの貴様で、こいつをどう防ぐ!?」

 

 そう。妖夢は二刀流。楼観剣を受け止めても、まだ彼女には白楼剣が残っているのだ。

 楼観剣でチャリオッツのレイピアを押さえつつ、妖夢の腕は白楼剣を角度30°傾けてチャリオッツを輪切りにせんと狙いを定める。

 対するチャリオッツは……

 

「防ぐ必要はない…………()()()()!」

 

「……何を言ってるんだァ! 死ねィ!!」

 

 「防ぎはしない」。そう宣言したチャリオッツはレイピアをうねらせ、楼観剣を弾き返した。

 その間に、今度は白楼剣が迫る!

 チャリオッツは自身で言ったように、レイピアをそちらへ向けることはしなかった。向かわせる先とは!

 

「!! そうか……ッ! ()()()()!」

 

「攻撃は最大の防御だぜ」

 

 獲物が2つあると、武器を過信していたアヌビス妖夢の一撃(白楼剣)はチャリオッツのレイピアにスピードで負けることとなる。

 レイピアの向かった先には、妖夢の首があった!

 いくらエジプト9栄神のスタンド、アヌビス神でも死体は操れない。妖夢自身を殺されれば、戦闘不能になるのは言うまでもないこと。

 故に、妖夢が死にかねないこの一撃を、アヌビス神は防がざるを得ないのだ!

 

ギャァアン!

 

「やはり防いだな……」

 

「フン……味な真似を……!」

 

 チャリオッツの胴体を狙っていた白楼剣は高速で切り替えされ、妖夢に迫るレイピアの鋒を刃の側面でガードした。

 ほんの少しの弾けるような金属音を放ち、喉元まであと数cmのところでレイピアは止まっている。

 承太郎のスタープラチナのスピード、そして正確さを学んでいての業。アヌビス神は以前よりも確実に強くなっている。きっと、無敵のスタープラチナでも勝てないレベルにまで…………

 

「ハァアアア!!」

 

「おぉおおぉおおお!」

 

 周囲にいる者たちの耳をつん裂くような音をそこかしこにばら撒きながら、アヌビス妖夢とチャリオッツの剣は加速する。もはや野次馬たちの目には見えないレベルである。

 それと同時に彼らは恐怖し、徐々にその場を離れる者が出てきた。当然の行動だ。激しくぶつかり合う刃は、まるで猛獣。それを操る両者も、凄まじい剣幕で互いの命を切り裂かんとしている。スタンドエネルギーも大きくなっている。

 

 

 

「! すごいエネルギーだ……! チャリオッツはもう敵と戦っているぞ!」

 

「それじゃあ急がねぇと!」

 

 大通りを走るハイエロファントたちはそれを察知し、チャリオッツと妖夢の元へと、足を早める。

 だが、チャリオッツたちの放つエネルギーを感じ取ったのは、ハイエロファント一行だけではない。人里の中で一人。そして、『妖怪の山』でもう一人。確かに、チャリオッツのエネルギーを感知していた。

 中でも、『妖怪の山』にいた者は、チャリオッツを知っている。()が心の中で抱くことは、再び(ほうむ)ってやろうという静かな殺意と、因縁により立ちはだかる、過去に打ち勝てという『試練』を乗り越えんとする邪悪の意志であった。

 

「ポルナレフの……シルバー・チャリオッツか……」

 

 

____________________

 

 

「ハァ!!」

 

「ノロい、ノロい!」

 

 2名が剣を交える大通りには、既に人っ子一人見えなくなっていた。その代わりと言うように、通りを挟む家々の壁には無数の切り傷が刻まれており、それまでの熾烈(しれつ)な戦いの規模を物語っている。

 レイピア一本で攻め続けるチャリオッツだが、彼の装甲にも傷が付いている。

 それに対してアヌビス妖夢。余裕に満ち溢れていた。

 アヌビスの学習力は著しく、戦いが長引けば長引くほど相手の能力を学び、さらに強くなってしまう。

 そして、彼が取り憑いているのは剣の達人、魂魄妖夢だ。どんな者であろうとも、このコンビに苦戦しないはずがない。

 

ギャイィン!!

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

「スタミナ切れか? チャリオッツ」

 

 剣を弾き、チャリオッツは後退。片膝をつき、肩で何度も息をする。瞳はまだ闘志を失ってはいないが、彼の体力は底が見えている状態だった。

 チャリオッツが疲労している中、アヌビス妖夢は全く疲れを見せていない。呼吸の一つも乱れていない。

 やはりと言ったように、今のチャリオッツでもアヌビス神に勝つことは難しいようだ。アヌビスもそれを悟り、拍子抜けて小さなため息を吐く。

 

「……強くなり過ぎるのもつまらんな。目的は()()とは違うのだが…………」

 

「まだ……負けちゃ……いないぞ……!」

 

「…………」

(そろそろ()()()()とするか……だが、さっきから……)

 

 チャリオッツを横目に、アヌビス妖夢はチラリと『妖怪の山』を見る。そう。彼は感じていた。

 

(チャリオッツは戦いで気付いていないようだが、あの山から感じるこの気配…………()()()()。別物であるのは分かっているが、それでも似ている……DIO様に…………DIO様の『世界(ワールド)』に…………)

 

「なに……よそ見してる……!」

 

「あぁ、そうだったな。まずはお前を始末してやる! 次に敗北するのはチャリオッツ、お前の方だったなァーーッ!!」

(謎のスタンドエネルギーを探るのは、その後だ!)

 

 アヌビス妖夢は楼観剣を構えると、地面を力強く蹴って大きく跳躍する。狙いはチャリオッツの首一箇所。

 確実に断頭するため、万力のような力を込め、そして空中で刃の角度を正確にする。

 

「死ねィ!! チャリオッ……」

 

 

ドバァァアア〜〜ーーーーッ!

 

「ぬぅおおぅ!?」

 

 楼観剣の刃がチャリオッツの首に当たる瞬間、彼の背後から緑色の結晶が無数に飛び出してきた!

 宙に浮いていたアヌビス妖夢。反応することはできても、構えを解くこと、回避はできない。『雨のようなエメラルド』は、そのまま無防備なアヌビス妖夢の体中に突き刺さり、チャリオッツの前方へと肉体を吹っ飛ばす。

 

「ぐあっ!!」

 

「あ、あれは……ハイエロファントの……」

 

「一人で突っ走るのは、前から変わっていないようだな。チャリオッツ」

 

 チャリオッツは背後から発せられた声に振り返る。

 聞き覚えのある声の主、ハイエロファントが激戦の地に駆けつけたのだ。後ろからは魔理沙も走って来ている。

 久々に火を噴いたハイエロファントの"エメラルドスプラッシュ"を見て、彼女は少々興奮気味のようだ。ハイエロファントの隣に来ると、嬉々として声を上げる。

 

「決まったな、ハイエロファント! やっぱり(てのひら)から撃つのかっけーや」

 

「あぁ……だが、見ろ。当てはしたが、ピンピンしてるぞ。あの妖夢、やはり何かおかしい」

 

「スタンドだ。スタンドのアヌビス神が、あの妖夢とかいう女の子を乗っ取っているんだ。気を付けろ。やつはエジプト9栄神の一人だッ!」

 

 チャリオッツがハイエロファントたちに説明した直後、地面に倒れ伏す妖夢の体は持ち上がり、そして何事も無かったようにしてその場で立ち直る。

 彼女の瞳孔は開き、その瞳は鋭い眼光を放ちながら、ギョロリとハイエロファントを睨みつけた。

 

「花京院典明の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)か。面と面を合わせるのは、これが初めてか?」

 

「そうだ。アヌビス神、お前に忠告する。死にたくなければ、早く妖夢の体から離れろ。そうすれば、気絶だけで済ませてやる」

 

「ククク……そう言って、敗れたやつがいたな〜〜……名前は確か……スティッキィ・フィンガーズだったか?」

 

「な、何っ!?」

 

 アヌビス妖夢の口から語られた、スティッキィ・フィンガーズの名前に最初に反応したのは魔理沙だった。

 ハイエロファントの攻撃を見た辺りまで、彼女は少々浮かれていた気分だった。だが、彼女らは元々消えたS・フィンガーズの行方を探しに人里に来たのだ。件のスタンドの名が敵の口から語られれば、誰だって悪い想像をしてしまう。魔理沙もその一人だった。

 魔理沙は声を荒げて問いを投げかける。

 

「おい! スティッキィ・フィンガーズが何だって!? お前、あいつをどうした!」

 

「はて? どうしたか…………真っ二つにしてやって……川に流したんだったか? 呆気ないやつだったぞ〜〜?」

 

「!!」

 

 アヌビス妖夢は煽っている。魔理沙を挑発しているのだ。

 S・フィンガーズの名前を出し、それに反応した時点で、アヌビス神は魔理沙がどういう人間なのかを瞬時に理解した。感情の起伏が激しいタイプの人間だと。

 それが判明したら何が変わるのか? 

 アヌビス神の特性を思い出せば、すぐに分かることだ。怒った魔理沙がメチャクチャに攻撃を加えてこれば、アヌビス神はそれを学習する。そしてさらに強くなっていくのだ。スタープラチナと戦い、敗れてしまったあの時よりも、さらに!

 相手が3人もいるならば、尚更のこと。

 

「3人で来るか? いいだろう! 全員まとめてかかって来い!」

 

「言われなくてもだ。ハイエロファント! 援護しろ!」

 

「あぁ。チャリオッツ、君は少し休んでろ」

 

「そうさせてもらうぜ……」

 

 そう言うと、チャリオッツは地べたに腰を下ろし、スタミナの回復を急いだ。

 ハイエロファントはチャリオッツの前に立ち、そのまた前に立つ魔理沙が突破された時のためにと"壁"になる。

 魔理沙は帽子やポケットの中からミニ八卦路、円筒を取り出し、弾幕戦の幕を開けようとしていた。

 アヌビス妖夢は依然、剣を構えたままだ。身長に見合わない楼観剣と、それよりも少々短い白楼剣を両手にして。

 

「妖夢の体は返してもらうぜ……ワン公」

 

「お前なんぞにできるかな? 魔法使い」

 

「へっ、やってみるさ…………だりゃッ!!」

 

「!」

 

 アヌビス妖夢への回答に、間髪入れず一球の弾幕を投げつける魔理沙。刀を抜くように、高速で振り抜かれた左手は、呑気していたアヌビスには見えなかった。

 しかし、自身の方へと飛んでくる弾幕、それは避けられぬスピードでは断じてない。だが、あえて余裕を見せつけるため、アヌビス妖夢は白楼剣を振るい、弾幕を左手側へと弾き飛ばした。

 

バシン!

 

「不意打ちのつもりか? なってないぞ」

 

「そりゃ、不意打ちじゃあねぇからな。も一発いくぞ!」

 

「何を…………」

 

 アヌビス妖夢は魔理沙の策を理解することができず、呆れ顔を見せている。

 ただ弾幕を投げつけただけ? 弾かせるのが目的なら、刃に何かが付着するように仕掛けたか? 

 そんな予想を立てるが、白楼剣の刃には特に何も変わった点は無さそうである。

 だが、弾幕を剣で弾いた後から数秒後。アヌビス妖夢の耳に()()()()()が聴こえ始めてきた。

 

シルシル シルシル

 

「……何だ? この音は……」

 

シルシル シルシル

 

「これは……銀色の円筒!?」

 

「ほらいくぜ。もう一発だ。オラァッ!!」

 

 アヌビス妖夢の左耳へ謎の音を発する物体。それは空中で回転しながら浮遊する、魔理沙の弾幕円筒だった。

 魔理沙は弾幕を撃ち出すと同時に、この円筒も投げつけており、剣で弾いたとしても空中で止まるようにしていた。止まるとどうなるか?

 円筒の口はしっかりとアヌビス妖夢をロックオンしている。そして、弾幕は円筒の口から発射される。まさに、小さな固定砲台である!

 

ボヒュゥゥ〜〜ン!!

 

(円筒と、魔法使い(魔理沙)から弾幕が撃たれる! 挟み撃ちを狙ってるということか…………そして、今投げられたこの弾幕にも、同様に円筒が()()()()()()はず。ならば、弾くのではなく、避ける!)

 

 自分めがけて飛んでくる弾幕を見ながら、かつ、左手から狙う円筒に注意を払いながら回避を考える。

 左にある円筒から発射される弾幕と、前方からの弾幕を避けられる道。アヌビス妖夢は右前方へ避けることを決意する。2つの弾幕を回避し、同時に魔理沙までの距離を詰めるつもりだ。

 そして一歩踏み出す!

 

「おっと、そっちに行くのか? 当たるぞ」

 

「何?」

 

ボバァアアン!

 

「くぅあッ!!?」

 

 弾幕を避けた直後、魔理沙が弾幕と同時に投げた円筒が爆裂した。ネズミ花火の如く、そこら中に火の粉と光る弾をばら撒き、大暴れする。

 アヌビス妖夢は咄嗟(とっさ)に左腕でガードしたが、間に合わず、その衝撃により、二の腕の半分までかかっている袖が弾け飛んだ。

 "炸裂弾"。対スタンド用に、魔理沙が新たに開発したアイテムである。チャリオッツを追い込めるほど強いアヌビスも、初めて見るものには対処し切れない。

 

「ッ…………!」

 

「どうだ? こんなちっこい魔法使いでも、お前に傷を負わせるのは簡単だぜ。ナメんなよ」

 

鬱陶(うっとう)しいぞ! スタンド使いでもないやつが、この俺に対して調子に乗るなァ!」

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

 左肩から硝煙を上げるアヌビス妖夢は、()()()()()人間にしてやられたことに激昂し、楼観剣を魔理沙めがけて振り上げる。だが、そこから放たれる重い一撃は防がれることとなった。

 ハイエロファントが魔理沙の援護についているからだ。無数に飛ばされる結晶弾は振り上げた楼観剣でガードされるが、魔理沙にケガをさせないという使命は(まっと)うした。

 彼がいる限り、魔理沙に手を出すのは難しい。剣だけでは、エメラルドスプラッシュに牽制(けんせい)されてしまう。

 そう。剣だけでは。

 

「……そうだな。この世界は『弾幕』で戦うんだった…………そして、この妖夢も弾幕を使うんだろう?」

 

「そうさ。それがどうした」

 

「フフフフフ」

 

「……! 魔理沙、離れるんだ! ()()は僕でも防ぐことはできないぞッ!」

 

「!」

 

 いち早く気付いたハイエロファントは魔理沙に叫んだ。

 アヌビス妖夢が服の中から取り出したもの。それは、一枚のカードだった。幻想郷にしばらく住んだ者なら、誰だって分かるアイテムである。

 スペルカード!

 

「ここは僕の触脚で……ッ! 魔理沙、その内にアヌビス神から距離を取れ!」

 

「あ、あぁ……」

(まさか……本当に妖夢のスペルカードを使えるのか!? にわかに信じられねぇぞ)

 

 ハイエロファントの言葉の後、いつから張り巡らされていたのか、至る所から槍状の触脚が飛び出してきた。

 計6本の触脚の標的は、妖夢の左手に剣の柄と共に握られた一枚のカード。全ての鋒が一斉に襲いかかる!

 

「えぇい、無駄なことよッ!」

 

「うぐぅ!」

 

 だが、ハイエロファントの触脚が妖夢に届くことはなかった。空いた右手の楼観剣から数発の弾幕が発射され、全ての触脚は撃墜。先端を失い、力無く宙を舞う。

 

「ハハハハハッ! さぁ、くらえ。魔法使い! これが魂魄妖夢のスペル……六道剣(ろくどうけん).一念無量劫(いちねんむりょうごう)!」

 

「う……うわぁああぁあああ!!」

 

「まずい……! 魔理沙ァーーッ!!」

 

ドガァアア〜〜〜〜ーーン!!

 

 まだ楼観剣の射程内にいた魔理沙。

 スペルカードを使ったアヌビス妖夢は、カードの使用と同時に楼観剣を高速で振り抜いた。魔理沙のいた位置は、確実に巻き込まれていた。

 しかし、それで終わらないのがスペルカードである。アヌビス妖夢の斬撃からは、すさまじい密度の弾幕の群れが放たれていた!

 魔理沙はもちろん、その後方にいたハイエロファントでさえも巻き込まれてしまう弾幕量。それはまるで、色鮮やかに咲き誇る藤の花のよう。

 攻撃の雨が止んだ跡は、大通りを挟む家々は倒壊し、見るも無惨な、殺風景に変えられてしまった。

 吹き飛んだハイエロファントは、砂埃が収まると顔を上げ、魔理沙の安否を確認しようとする。

 

「ぐっ……くそ……魔理沙……どこにいるんだ!?」

 

「木っ端微塵に吹き飛んだぞ。残念ながらなぁ〜〜」

 

 砂埃が晴れ始めた地点から、地の底から響いているような声が返ってきた。アヌビス神だ。

 

「よ、よくも魔理沙を……!!」

 

「フン。どうせ、あのまま戦い続けてもお前たちの負けだ。俺は既に()()()からな」

 

「何だと……!?」

 

「承太郎のスタープラチナ。その圧倒的なパワー! すさまじいスピード! 目を見張るほどの精密動作性! その全てを俺は覚えている。そして、この地で新たに触れる『弾幕』も、今日この場で覚えてしまった。もうこの幻想郷で、俺に敵う者はいなくなるッ!!」

 

 這いつくばるハイエロファントを見下ろし、手に持つ剣をさらに強く握り締めながら、アヌビス神は吠える。

 だが、妖夢のスペルカードを初めて使ったというのに、ここまでのダメージを与えられるとなると、本当にアヌビス神は弾幕を覚えたと言ってもいいだろう。そうなると、幻想郷での弾幕戦でも、数々の猛者たちがアヌビス妖夢に苦戦することだろう。戦えば戦うほど強くなるのだから。

 しかし、

 

「いいや、ハイエロファント! 私は大丈夫だぜ!」

 

「!」

 

「何!?」

 

 突如、ハイエロファントの背後から、魔理沙の元気な声が響いた。

 素っ頓狂な声を上げたアヌビス妖夢と共に振り返ってみると、魔理沙は確かに立っていた。だが、それよりも注目すべきものが、彼女の背後に()()()()()

 その数、なんと7つ!

 

「ま、まさか……」

 

「チャリオッツ……()()()()()()のか……!」

 

 砂埃が晴れると、その場には鎧を脱ぎ去り、さらに細くなったチャリオッツが……7人!

 この姿になると、数体の分身を残像によって生み出せるほどのスピードを出すことができるのだ。

 全員が同じポーズを取り、アヌビス妖夢へとレイピアを向ける。第2ラウンドの始まりだ。

 

「次の剣さばきは……どうかな」

 

 




クリーム戦はかなり好評のようでしたが、今回はどうでしょうか…………
戦闘シーンはかなり難しいですね……

すっかり忘れていましたが、ここで(ストレングス)の解説を入れようと思います。
(ストレングス)
本体名:フォーエバー(オランウータン)
容姿:
貨物船。
能力:
貨物船のヴィジョンをしているため、その内部も本物と同じような構造となっている。内部にある設備や道具、壁、床などを自由に動かし、また変化させることができる。


ついにスペルカードを解禁したアヌビス妖夢!
しかし、それと同時にチャリオッツも本来のスピードを解き放つ!
戦いはさらに激化していく……!
お楽しみに!
to be continued⇒


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36.冥府の神、その最期

『Bloodborne』が面白すぎる、というのと、
『ウマ娘』を友人に勧められ、やってみるけどよく分からない、というので更新が遅れ気味に……




「甲冑を……脱いだのか…………」

 

「………………」

 

 アヌビス妖夢は驚いたように目を見開き、同時に、どこか嬉しそうに口角を上げる。

 アヌビス神は一度、チャリオッツの本体であるポルナレフに取り憑いたことがある。その時、アヌビス神はチャリオッツをも我が物にしたのだが、スタープラチナの猛攻により、その装甲を破壊されている。

 つまり、アヌビス神はチャリオッツの『真のスピード』を知っている。本人は心の底からそう思っていた。だが、まさか()()()()()()()()()()()()

 

「もう大丈夫だ。魔理沙、お前もハイエロファントと一緒に援護に回ってくれ。俺が直接戦う」

 

「あ、あぁ……!」

 

「チャリオッツ……」

 

「これで、ちゃんとした3対1か……だが、全力のお前を倒すことが俺の目的。第2ラウンドだ。チャリオッツ!」

 

 

ギャァアア〜〜ーーン!!

 

 

 アヌビス妖夢の言葉が終わると同時に、チャリオッツの体が突進する。そして、楼観剣とレイピアが真っ赤な火花を散らしてぶつかり合った。

 魔理沙とハイエロファントには、チャリオッツの動きは全く見えなかった。だが、アヌビス妖夢は認識できている。下に降ろしていた刀を、チャリオッツの接近と同時に上げられたということは、そういうことだ。

 第一撃が防がれた後、再び見えない速度でレイピアが振るわれ、コンマ一秒よりも()()()()()妖夢の獲物がそれを追う。そして防がれ…………

 

ギャァアン  ガィン!

ドギャギャギャギャ カィ〜〜ン!

 

 両者の剣撃はさらに加速する。

 圧巻の光景である。援護を任せられた魔理沙もこのスピードの戦いに注目しきっている。手に持つ円筒や、その他アイテムを使おうとする気力は未だ湧かなかった。

 しかし、ハイエロファントは違った。地面に着く彼の脚はクモの巣のように()()()、あらぬ方向へと伸びていた。

 

 

 それにしても、アヌビス妖夢もかなり粘る。残像をいくつも発現させるほどのスピードをもつ、現在のチャリオッツだけでなく、甲冑を着たチャリオッツ、キラークイーン、そしてS・フィンガーズと連日戦っているというのに全く疲れを見せない。これは妖夢の体力なのか、それともアヌビス神のスタンドパワーの影響なのか…………(みなもと)は不明である。

 剣撃がどんどん加速していく中、やはり2名の位置は変わっていくものだ。回避と防御、攻撃を繰り返す内に、最初いた地点を離れている。

 最初からトップスピードのチャリオッツと、それを知らなかったアヌビス妖夢では、やはりチャリオッツの方が一歩リードしていた。足を後退させていくのは、アヌビス妖夢の方だ。

 しかし、ここでアヌビス妖夢。また一歩引いたところで、あるものに気が付いた。それは…………

 

「な、何だッ!? これは(ひも)……!? いや、これは……ハイエロファントの結界かッ!」

 

「ご名答。そして、()()()()

 

 

ドバァアア〜〜ーーッ!

 

 

 後ろへ下がる妖夢の(かかと)に触れたのは、ハイエロファントの触脚。それらが剣を交える2名の周りに、大量に張り巡らされていたのだ。

 そしてそれに触れたら、"エメラルドスプラッシュ"が自動で標的を襲う。それを感知すればもちろん、ハイエロファントもアヌビス妖夢へと狙いを定めた。そして、解き放つ!

 

「くらえ! エメラルドスプラッシュ!!」

 

「ぐぬぅぅ……しかし、この程度の弾速! チャリオッツの剣と同時に相手するのは、厳しいとでも思ったか!? 全弾叩き落としてくれる!」

 

「させるか! 私もぶちかますぜッ!」

 

 ハイエロファントの掌と、結界から放たれるエメラルドスプラッシュ。そして魔理沙の弾幕が、チャリオッツの猛攻をさばき続けるアヌビス妖夢へと向かう。

 しかし、やはりプライド故か、ハッタリを言わないアヌビス神は宣言通りに弾幕と緑色の結晶弾を白楼剣で撃墜していく。楼観剣はチャリオッツのレイピアの相手だ。

 妖夢の目はチャリオッツを追い、おそらく音や空気の振動だけを頼りに弾幕を防いでいるのだろう。チャリオッツの言っていたように、アヌビス神は強敵だ。

 

「ぬぅうう!!」

(さ、さすがにキツいかッ……! 何とか…………せめてチャリオッツの動きを止めねば、あの鬱陶(うっとう)しい後衛共(法皇と魔理沙)はどうしようもない……!)

 

「どうした!? アヌビス神! 余裕が無くなってきたんじゃあないのか!?」

 

「…………!!」

(クソッ…………チャリオッツを止めねば……援護射撃があるこの状況では、どのみちチャリオッツを倒すのも困難だ…………この邪魔な結界さえ無ければ!!)

 

 ハイエロファントの結界は、上空を除いて何重にも張られている。自身の肩ぐらいの高さまで、何本もの触脚が伸び、アヌビス妖夢の回避できる範囲を狭めているのだ。

 それに触れれば攻撃が始まり、かと言って切断を試みれば、チャリオッツの高速のレイピアと魔理沙の弾幕が水を差してくる。

 しかし、アヌビス神も万策尽きたわけではない。()()()()()()()()()()()()()()。両方塞ぐ方法は、存在する。

 アヌビス妖夢が取った行動。それは、

 

「結界を切断するのだ! 強行突破、それしかないッ!」

 

「!」

 

 アヌビス妖夢の楼観剣が、ハイエロファントの張り巡らされた触脚に迫る。チャリオッツはそれを目で追い、それまでと同じように結界の破壊を阻止しようとした。

 だが、それが罠だった。

 切断はしない。アヌビス神はチャリオッツとの戦いにおいて、初めて『嘘』を吐いたのだ。

 

 

 結界に迫る刃は途中で止まり、阻みにきたレイピアが空を切る。確実に当てるつもりで放ったのだから、勢い余ってチャリオッツの身が乗り出した。今だ!

 

「ハマったなァ〜〜? チャリオッツ」

 

「うっ……!?」

 

 

ドバァアア〜〜ーーン!

 

 

 身を乗り出したチャリオッツの背中を右肘で叩き、触脚のネットへとチャリオッツを突っ込ませる。楼観剣の(きっさき)で、一瞬、触脚を上側へと上げていたため、触脚と触脚の間にチャリオッツの体が挟まれやすくなっていた。そして絡まり、脱出が難しくなると、チャリオッツへとエメラルドスプラッシュが発射されたのだ。

 そして、身動きが取れず、仲間の攻撃を受けるチャリオッツから、アヌビス妖夢は注目を外す。その瞳が次に映すのは、結界の外にいるハイエロファントと魔理沙である。

 

「次は……お前たちだ」

 

「な……んだと……!?」

 

 結界は上部には張られていない。つまり、そちらからであれば、アヌビス妖夢は飛び上がって『リング』から出られるのだ。もちろん、アヌビス妖夢はそれを使う。

 高速で上空へ飛び上がると、ミサイルのように降下する。白楼剣と楼観剣、先に血で染まるのはどちらかな?

 

「ヤ、ヤバい! アヌビスのやつ、かなり速いぞ!」

 

「攻撃が間に合わない……!」

(触脚も、アヌビス神の攻撃の前に戻すのは不可能だ! どうやって防ぐ……? 何も思いつかないぞッ)

 

「フハハハハ! 終わりだ! お前たちを始末してから、チャリオッツを倒してやる。くらえ! 第3部、完!!」

 

 アヌビス妖夢は楼観剣を高く掲げ、ハイエロファントたちへ狙いをつける。そして大きく振り下ろし…………

 

 

 

ドメシャァアッ!!

 

 

「はブゥッ!!?」

 

 楼観剣は完全に振り下ろされることなく、空中で止まってしまう。妖夢の頬には何者かの拳がめり込んでいた。勢いよくぶつけられ、妖夢の体は後方へ吹っ飛んだ。

 この拳はどこから現れたのか?

 拳の手首から後ろは、紐のようなものが地面へと伸びており、目を移して見ればそこには驚くべきものが。

 

「こ、これは……『ジッパー』だ! ジッパーを使うやつなんて、幻想郷には()()()()()()()!!」

 

「バ、バカな…………お前は! 殺したはずだぞッ!?」

 

『ス、スティッキィ・フィンガーズ!!』

 

 伸ばされた拳は、開かれたジッパーの中へと落ちていく。それと同時に、地面に取り付けられたジッパーの口は、さらに大きく広がった。

 中からゆっくりと姿を現したのは、アヌビス神が真っ二つにしてやったと、そう言っていたスタンド、スティッキィ・フィンガーズである。

 体全体を地表へ出すと、吹っ飛ばされて尻餅をつくアヌビス妖夢を見やった。

 

「己の力を過信し、思い上がり、相手の死体を確認しなかったお前の落ち度だ…………殺し屋だったら、失格だな」

 

「き、貴様……ッ!!」

 

「スティッキィ・フィンガーズ……てっきり、あいつが言った通り、死んだのかと……」

 

「簡単なことだ。魔理沙。やつの刃が体に到達する前に、自分の体をジッパーで分断した。後で回収するのが面倒だったが、攻撃を回避するのにはそれが一番の方法だった」

 

 そう。S・フィンガーズが自身の口で語ったように、彼はアヌビス妖夢の攻撃が胴体を切り裂く寸前、体にジッパーを取り付けて解体。かすり傷を負いはしたが、ジッパーで体を切り開くことにより、大事にならずに済んだのだ。

 そして水路へ落ち、流れていった先で体を元に直し、チャリオッツたちとアヌビス妖夢の戦いに駆けつけた。

 

「ク……クソッ……!」

 

「リベンジマッチといくか? それとも4対1は嫌か?」

 

「貴様程度のカススタンドが……調子に乗ってるんじゃないぞッ!! 今度こそ真っ二つにしてくれるわッ!」

 

 アヌビス妖夢はそう吐き捨てると、S・フィンガーズに高速で飛びかかる。横薙(よこな)ぎ一振りで仕留めるつもりだ。

 迎え討つS・フィンガーズは、拳を握り締めて構えを取る。スピード勝負でも仕掛けるのか、退避する気は一切無いように感じる。実際その通りだ。

 魔理沙とハイエロファントは、S・フィンガーズの後ろからアヌビス妖夢を撃ち落とそうと、それぞれ弾幕を撃ち出す態勢を整えた。しかし、その3名の攻撃が始まることはない。4対1。もう一人いるのだから。

 

ギャイィ〜〜ーーン!

 

「チャリオッツ…………!!」

 

「フゥ。ハイエロファント。"エメラルドスプラッシュ"の威力が上がったか? J・ガイルと戦った時に一度食らったが、あの時より痛かったぞ」

 

「……あぁ。甲冑を着ていないとはいえ、君の体にクレーターを残せるぐらいは」

 

 アヌビス妖夢の攻撃を止めたのはチャリオッツだ。

 ハイエロファントの結界に絡ませられたが、やはりと言ったように、すぐには脱出できなかったらしい。ハイエロファントが言った通り、彼の体の至るところに大小さまざまなクレーターができている。部分的にではあるが、変形してしまうほどのダメージ。見ているだけで痛々しい。

 だが、動きに支障は出ていない。現にこうして、アヌビス妖夢の刀を受け止めたし、そこから弾き返せるぐらいの膂力(りょりょく)はある。

 チャリオッツはアヌビス妖夢から目を離さず、体半身をハイエロファントと魔理沙、そしてS・フィンガーズの方へ向けると、こう話した。

 

「…………あの『アヌビス神』は刀に宿るスタンドだ。あの少女が持つ、どちらかの刀にアヌビス神の本体がある。俺とスティッキィ・フィンガーズで刀を上へ弾き飛ばすから、その内にハイエロファント、魔理沙。お前たちが刀を破壊しろ。妖夢(彼女)には悪いがな……」

 

「操られていたのか…………」

 

「だが、それでしか妖夢は救えない。最善かどうかは分からないが、やらずにやられるのよりはマシだ」

 

「よし……!」

 

 4人の意は決した。

 それと同時に、アヌビス妖夢も鋭い眼光をチャリオッツたちへ放つ。これほどの人数差。いくら今まで互角に戦えていたアヌビス妖夢でも、本気にならざるを得ない状況だ。彼女……いや、彼も全力で向かってくる。しかし、それをさせないのが、チャリオッツとS・フィンガーズの役割である。

 2名は前方へ(おど)り出る。

 

「貴様らまとめて斬り刻んでくれる!」

 

「………………」

 

「…………怒ると案外周りが見えなくなるもんなんだぜ。落ち着く時間でもやろうか?」

 

「ナメるなァーーーーッ!!!」

 

 S・フィンガーズの言葉により、さらに激昂するアヌビス神。妖夢の額には、図太い青筋が何本も浮き出ていた。

 楼観剣と白楼剣をさらに力強く握り締める。その柄はギシギシと(きし)んでおり、アヌビス神のスタンドパワーが上乗せされた妖夢の握力で潰れてしまいそうだ。

 さらに大きなスタンドエネルギーを放出し、さらに一歩踏み出る。そして、大地を強く蹴飛ばした!

 

「ウッ……!? あ、足が地面から離れん……!? な……何が……起こってい……」

 

 アヌビス妖夢の体が上空へ飛び出すことはなかった。

 己の足首へ目を移すと、緑色の紐、なんとハイエロファントの触脚が絡み付いているではないか! 

 

「き、貴様ァ〜〜!!」

 

「この今がチャンスだ。チャリオッツ! スティッキィ・フィンガーズ!」

 

『あぁ!!』

 

「や、やめろ…………!!」

 

 身動きの取れないアヌビス神は、迫るチャリオッツとS・フィンガーズに静止を求める。が、聞くことはない。

 

 

「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラァーーーーッ!!」

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリーヴェ・デルチ!」

 

 

ドギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ

 

 

「うあぁああああーーーーッ!!」

(マ、マズい……! ()()()()()()! か、刀をッ!!)

 

 チャリオッツとS・フィンガーズの攻撃は、妖夢の肉体を傷付けることはなかった。狙いはただ一つ。

 アヌビス神の方も、やられまいと必死になって刀を振る。それだ。思わずガードに使ってしまう、その2刀が狙いだ。チャリオッツとS・フィンガーズのラッシュは、その刀を空へと打ち上げるのが目的。

 チャリオッツはとにかく弾き、S・フィンガーズは能力を使わずにとにかく殴る!

 これまで優勢に戦ってこれたアヌビス神も、流石に疲れが出始めたのか、それとも力の差がついてしまったのか、2人のラッシュをのけぞりながら受け続ける。しかし、限界はすぐそこだ。

 と言う間もなく、ついに訪れた。

 

「くあッ!?」

 

 

ギャイィ〜〜〜〜ン!

 

 

 妖夢の手はチャリオッツたちのラッシュに耐えきれず、ついに刀を手放した。

 上空へ、回転しながら舞い上がる刀は一本だけ。これがアヌビス神の宿る一刀なのか!?

 それを目にしたハイエロファントは、両の(てのひら)を合わせて魔理沙へ叫んだ。

 

「魔理沙、刀が飛んだぞ!」

 

「あぁ! やってやるッ!」

 

 魔理沙はスカートのポケットから、素早くミニ八卦路を取り出し、照準を空を飛ぶ刀に合わせる。準備は整った。そして、解き放つ!

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

「恋符.マスター…………スパァーークッ!!!」

 

 

ドギュゥゥ〜〜〜〜ーーン!!

 

 

 空へと一本の閃光が走った。

 日光のように静かに降りそそぐ光ではない。雷のように耳を叩く轟音を伴った光だ。

 サーチライトのように小さな光ではない。稲妻のように巨大な光の柱が雲を穿(うが)った。

 魔理沙の『マスタースパーク』は、同時に放たれた"エメラルドスプラッシュ"が見えなくなるほど…………いや、その全てを覆い隠して空へと打ち上げられた刀を飲み込んだ。

 ハイエロファントは以前から魔理沙に、マスタースパークの存在を知らされていた。「強力な大技である」と。しかし、まさかここまでのものだとは、一切思ってもいなかったのだ。だが、その威力に驚いている暇は無い。今ここであの刀を消滅させなければ、アヌビス神はさらにパワーアップする。この場で確実に消し飛ばす!

 

 

 そして、閃光は徐々に閃光は小さくなり、やがて消え果てる。光の柱が無くなり、晴れた空には刀の影は既に消えて無くなっていた。

 空に打ち上げられた刀は…………白楼剣は消滅した。

 

「や、やったか!?」

 

「アヌビス神は…………」

 

ズバァアン!

 

 

「うぐッ……!?」

 

「ぐあぁあッ!」

 

 マスタースパークが放たれた空を見上げ、妖夢が正気に戻ったかどうかを確認しようとしたハイエロファント。

 しかし、その瞬間、妖夢の一番近くにいたチャリオッツと、S・フィンガーズから悲鳴が上がった。何事かとハイエロファントが振り返ると、彼らの胸には一筋の切り傷が刻まれていた。横薙ぎの一本だ。

 悪い予感は的中する。妖夢はまだ、正気に戻ってはいない。地面に倒れ伏せるチャリオッツたちの奥から、小さなシルエットが揺らいだ。

 

「ハーッ……ハーッ……クソッ……」

 

「くっ!! あの……長い刀の方にアヌビス神がいたのかッ…………!!」

 

「………………」

(さ……さすがにもう厳しい……一度退いて……また出直すしかないか……)

 

 アヌビス妖夢はフラフラだ。戦闘不能に陥ってはいないものの、残るハイエロファントと魔理沙とは戦うつもりは無い。その証拠に、右足が一歩だけ後ろへ下がった。

 しかし、倒れたチャリオッツたちよりも、ハイエロファントは支配された妖夢のため、アヌビス神を逃すことはできなかった。確実に、この場で楼観剣を破壊し、妖夢を解放する!

 ハイエロファントは再び、掌を合わせる。

 しかし、

 

「ハーッ……ハーッ……命拾いしたな……次は絶対に仕留めるぞ。ハイエロファント……チャリオッツッ!!」

 

「! ま、待てッ!!」

 

 そう言い残すと、アヌビス妖夢は楼観剣を地面に振るい、大量の砂埃を巻き上げる。

 ハイエロファントは即座に"エメラルドスプラッシュ"を放とうとするが、砂埃が晴れ、奥の景色が見えるようになった時には、既にアヌビス妖夢の姿は消えていた。

 ハイエロファントとアヌビス神のやり取りを見ていた魔理沙は、胸を斬られて倒れているチャリオッツとS・フィンガーズを助け起こしながら、ハイエロファントに問う。

 

「逃げられた……! ハイエロファント、スタンドエネルギーは感じ取れないのかッ!?」

 

「無理だ…………完全に気配を消された……クソッ!! 妖夢をッ……元に戻せなかったとは…………」

 

 ハイエロファントには表情が無い。だが今の彼からは、どんな者であろうとも彼の感情を読み取ることができる。

 悔しさ。アヌビス神を打ち負かし、妖夢の体を取り戻せなかった悔しさが、ハイエロファントの体中を巡っていた。魔理沙もそれを察知し、それ以上ハイエロファントに口を聞くことはなかった。

 チャリオッツたちはと言うと、裂傷は致命的ではないらしい。しばらく休めば治ると、本人の口から聞き出せる程度には大したことはなかった。

 ハイエロファントは、アヌビス妖夢が去っていったと思われる大通りの果てを、ただただ見つめるだけ。これから、()()()()()が起こるとは知らずに…………

 

 

 

____________________

 

 

 

「うぐっ………くっ、かなり腕に負担をかけたな…………あんな戦いは初めてだ……承太郎との戦いよりも激しく、疲労が凄まじい戦い……」

 

 ハイエロファントから逃れたアヌビス妖夢は、大通りから外れた路地裏を、肩を押さえながらフラフラと歩いていた。右手に楼観剣を掴んだまま、左手で右肩を押さえ、疲れによる痛みを和らげている。

 アヌビス妖夢は不敵に笑う。()()()()()()。チャリオッツの全力、S・フィンガーズの全力。体力を回復させた後、再び挑む時には、さらなる力の差を生んで圧倒的な勝利を手に入れられる。そしてその後は、しつこいようだが、『妖怪の山』から感じられる、謎のスタンドエネルギーを探る。

 プランはできている。休むだけだ。"総取り"の時は、そう遠くはない。

 

ドン!

 

 

「ム……!」

 

 アヌビス妖夢が歩いていると、伏せていた頭が何かにぶつかった。柔らかくはない。どちらかというと、硬いものだ。考えるに、おそらく人間ではないのだろう。

 アヌビス妖夢がゆっくり顔を上げてみると……

 

ドゴォッ!!

 

「あぐぅッ!?」

 

 ぶつかったのは何者か。日の光が入らず、暗闇の中なので顔はよく見えない。だが、間違いないことは、アヌビス妖夢がぶつかった相手は、たった今妖夢の腹部へ膝蹴りを叩き込んだことだ。

 膝は確実に妖夢の鳩尾(みぞおち)に入っており、その予想外の攻撃、予想以上の痛みに、アヌビス妖夢は思わず怯んだ。

 

「な………何者……」

 

ドメシャァア!

 

「あがぁああ!!」

 

「……さっきはよくも……やってくれたじゃあないか。え? アヌビス神……だっけ?」

 

 アヌビス妖夢が新たな敵の顔を確認しようと、再び顔を上げようと試みる。すると、次は胸を踏んづけられ、そのまま地面に倒されてしまった。

 胸を押さえつける足がどかされることはなく、そのまま少女の小さな、薄い胸を圧迫。肋骨(ろっこつ)がメキメキと悲鳴を上げる。容赦など、一切ない。

 そして、敵の正体は、アヌビス妖夢が倒された後、下から覗くことによって明らかとなった。

 それは……キラークイーンだ。

 

「バッ……バカな…………! お前…………がッ!? う、腕を……切り落としたはずだ! なぜ、もう既に治っているんだ……!?」

 

「さぁ……だが、なんとなくだが、スタンドの体(自分の体のこと)について分かってきたぞ。()()()()()()()()。意思が強ければスタンドパワーが強力になるように、我々もまた、感情の(たかぶ)りによって性能が上がる…………つまり、何が言いたいのかと言うと、私は君を、心の底から殺したかったんだよ」

 

 チャリオッツが駆けつける前、キラークイーンとアヌビス神は一度戦っていた。その時、アヌビス妖夢はキラークイーンの右腕を切り落としているのだ。

 スタンドは超常的なスピードで回復する。アヌビス神はそれを(あらかじ)め調べ、知っていた。だが、キラークイーンと戦ったのは小一時間前のことだ。あり得ない話ではないが、それでも回復が早すぎる。

 そのことについて、キラークイーンは既に答えを出していた。「我々は意思だ」と。

 意思の強さが、スタンドのパワーに影響を与える。この仮説が本当ならば、今の、殺意と憎悪に満ちたキラークイーンは、現在の負傷しているアヌビス妖夢を()()()()()()()()()()のか……!?

 

「や……やめろ……! やめてくれェーーッ! 俺は……し、死ぬわけにはいかんのだ!」

 

「……おいおいおいおい……みっともない姿を見せるんじゃあない……人様の命を狙っておいて…………無事に帰れると思っていることが……ククク」

 

 キラークイーンは命乞いをするアヌビス妖夢を見下ろし、氷のように冷たい嘲笑を見せつける。

 同時に、親指以外の指を折り畳んだ右手を、顔の前まで持ち上げる。キラークイーンの『第1の爆弾』、その作動スイッチである。もうとっくに、アヌビス妖夢は爆弾に変わっていた。

 そして、キラークイーンの()()()も、既にピークに到達しているのであった。

 

「ヒッ……た、助けてくれェ!」

 

「いいや、限界だ。押すね」

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 




これにて決着。


ハイエロファントや魔理沙たちを苦しめたアヌビス妖夢。
しかし、その最期は呆気ないものであった。
そして近付く邪悪の存在。
新たな異変が幕を開ける!

お楽しみに!
to be continued⇒


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37.東方地霊殿

遅くなりました。
早く書かないといけないのに、ロストワードで映姫さまを引き当てていろいろやってました。


 アヌビス妖夢との激闘から、4日。負傷したS・フィンガーズとはすぐ別れ、チャリオッツたちは魔法店で療養。後日、S・フィンガーズと改めて話をした。

 S・フィンガーズの"人となり"を理解し、また、S・フィンガーズの方も前から会話を交えたかったハイエロファントと会うことができた。『黄金のように輝く精神』をもつ者。明確な意志を確かにもつスタンドたちは、自身が流れ着いた幻想郷、その人里を、迫り来る敵から護ることを(ちぎ)ったのであった。

 そして現在、彼ら3人は博麗神社を訪れている。縁側に並んで座り、真ん中の魔理沙が持つ新聞を読んでいた。

 

「『人里で突如暴れ出した魂魄妖夢、路地裏で発見。刀は所持しておらず、体の数ヵ所を骨折』……? …………だ、誰がやったんだ……?」

 

「犯人は分からないが、刀が無いということは……何者かがアヌビス神を倒したか……」

 

「もしくは……乗っ取る相手を変えたか、か。おそらく、スティッキィ・フィンガーズか、慧音辺りが調べているだろうな」

 

 3人とも記事に食いついており、スタンドの2名は各々の憶測を飛ばす。

 ハイエロファントと魔理沙の負傷はほぼ無かったが、彼ら2人だけではアヌビス妖夢とはまともに戦えない。そのため、2人はチャリオッツの回復を待ったのだ。アヌビス神の目的が『リベンジマッチ』である以上、無関係な民に手を出すことは滅多にないだろうと判断してのことだ。

 しかし、そんな彼らに突如知らされたのが、この4日間の内に解放された妖夢の発見である。

 3人が記事を凝視する中、霊夢が茶を人数分、(ぼん)に乗せて運んできた。

 

「そんなに見つめて、目悪くなるわよ」

 

「……スタンドって視力落ちるのか?」

 

「さぁ、どうだろう」

 

「どーだっていいけどさ。適当に言っただけだし。その事件、私も呼んでくれたら参戦したわよ?」

 

「話すと長くなるんだけどな、別に呼ばなくても大丈夫だと思ってたんだよ…………」

 

 「あ、そう」と、重みもなくフワフワとした返事をすると、霊夢も3人と同じように縁側に腰掛け、茶を(すす)り始めた。自分の腕だけが届く位置に、煎餅(せんべい)まで置いている。

 しかし、実際霊夢がアヌビス妖夢との戦闘時にいてくれたならば、確実に仕留めることはできていただろう。ハイエロファントもチャリオッツも、霊夢の実力をハッキリと見たことはないが、彼女が幻想郷の守護者であることは魔理沙から聞いている。彼女の実力があれば、アヌビス神をあの場で倒せていた。そして、今のように「アヌビス神がどうなったか」などと心配する必要は無かったはずだ。

 

「んじゃ、次にやることはアヌビス神探しってわけか」

 

「あぁ。スティッキィ・フィンガーズのケガも、もう治ったはずだからな。彼と共同作業だ」

 

「それと、慧音さんもだ。チャリオッツ」

 

「あ〜〜……そういや、そんな人がいたな。魔理沙よりも背が高くて…………」

 

 チャリオッツの言葉が途中で切れる。上を向きながら口に出していたので、間違いなく慧音の姿を思い出そうとしていたのは確かだ。

 それで言葉が途切れたということは…………

 

「……チャリオッツ、何を想像したんだ?」

 

「……いや、何も」

 

「あ!? 待て、何でチラッと私のこと見た!? いや、私の顔というより……私の胸を見たろ!」

 

「ご、誤解だ! そんなこと、断じて無い!」

 

 チャリオッツは必死に弁明するが、「何だ何だ」と顔を覗かせる霊夢も加わり、3人に睨みつけられる。

 魔理沙は服装と顔、長くて綺麗な髪で少女だと分かる。それらをバッサリ切り捨てた時、チャリオッツは男かどうか分からなさそうだと思っているのだ。そのため、慧音の姿を思い出した時、大きいかと言われれば微妙ではあるものの、()()()()()()()()()()()()()()()、彼女の胸には2つ、柔らかそうな塊があった。

 チャリオッツは「それに比べて……」と、魔理沙を見て想像していたのである。

 

「チャ……チャリオッツ〜〜……!」

 

「サイテー」

 

「『変わった』と言うより、そういう面では昔より中途半端になったか? ポルナレフは」

 

「やかましいッ! 鬱陶(うっとう)しいぜ!」

 

 チャリオッツは、本来変色などするはずがない甲冑を赤く染め上げ、ハイエロファントにとって聞き覚えのあるセリフを吐く。

 それを聞いたハイエロファントは霊夢はクスクスと笑い、ほんの少し『プッツン』した魔理沙は、チャリオッツよりも顔を真っ赤にして説教をするのだった。

 

 

____________________

 

 

「それにしても……本当にアヌビス神はどうなったんだろーな。マジに誰か倒したのかな?」

 

 霊夢の横に置かれた袋から、2枚煎餅を取り出し、頬張りながら魔理沙が呟く。

 

「俺たちの戦いは記憶できたはずだ。手負とは言え、やつが負ける相手なんて、かなり限られるんじゃあないか? スタンド以外で、幻想郷のやり手は誰がいる?」

 

「そうね〜〜……永遠亭の……永琳なんか強かったわ。他なら紅魔館の咲夜とか」

 

「…………」

 

 霊夢が実力者を右手で数えながら述べる中、ハイエロファントは虚空を見つめて黙っていた。

 彼には思い当たるものがある。以前起こったカビの異変。ハイエロファントはその異変が解決したすぐ後、魔法店で目を覚ました。その時のきっかけとなったものだ。

 一つのスタンドエネルギー。この中の誰も知らないが、それはアヌビス神も感知しており、ハイエロファントが感じたものと同じものである。

 

「…………」

(心当たりがあるとすれば、あの謎のスタンドエネルギー。DIOの『世界』と似ていたが、あれは一体……?)

 

「どうしたんだよ。ハイエロファント。黙りこくってよ」

 

「あぁ……いや…………そうだ。チャリオッツ、君に尋ねたいことが……」

 

「俺にか?」

 

「そう。実は、僕が眠っていた時、あの『妖怪の山』から奇妙なエネルギーを感じた。君はそれを……」

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ 

 

 

「! 何だ!?」

 

「地震……か……?」

 

 ハイエロファントの言葉を遮るように、突如、神社の境内が地鳴りを響かせながら揺れ始める。横向きの動きではない。上下する、縦の震動である。

 いきなりの出来事のため、ハイエロファントたち含め、霊夢も思わず身構えた。

 震動はその後5秒ほど続き、ようやく収まった。確かに揺れを感じる程度の地震であったが、かと言ってさほど大きいものでもなかったため、神社に何らかの被害が出ていない。

 霊夢は境内の中心へ来ると、何を探すつもりなのか辺りを見回し、神社の裏側を指差した。

 

「こっちよ。こっちが震源。思ったより近いわね」

 

「い、今のでよく分かったな」

 

 野生の勘か、それとも巫女としての力の一端なのか。霊夢は驚くチャリオッツたちを連れ、震源地へと向かった。

 

 

 そして4人が目的地に到着すれば、驚きの光景がそこに広がっていた。博麗神社の裏、囲む森が少し開けたスペースに、巨大な穴が開通していたのだ。そしてそこから、細かい震動と共に間欠泉が湧いている。

 ハイエロファントやチャリオッツ、魔理沙はともかく、神社の所有者の霊夢も神社の地下に温泉があるとは知らなかったようだ。3人と同じように目を丸くして驚いていた。

 

「ま、まさか温泉が湧くなんて……」

 

「たしかに驚いたな……でもよ、今の季節にゃピッタリじゃあないか? 案外参拝客増えるかもよ、霊夢」

 

「でも、このままじゃ使えないじゃない? 整備が面倒だわ……」

 

「温泉で客を寄せようとするのは前提なんだな」

 

 白い柱を噴き上げる間欠泉を見て、霊夢や魔理沙は温泉の活用法を探していた。

 少しコントを交えながら談笑していると、4人の中で唯一、間欠泉へ怪訝な顔を向けているチャリオッツが口を開いた。彼の視線は温水の柱から、それを噴いている地面へと流れる。

 

「おい……何か感じないか? この辺り……何か変だぞ。言葉にしにくいがよ〜〜」

 

「え? どういうことだよ」

 

「地面の下から……さらに小さい震動がやって来やがる……! 温泉だけじゃあねぇ。もっと、何か……!」

 

 

ドドドドドドドドドドド!

 

 

 突如地面が裂け、雪を被るような高山でもないというのに、無数の小さなクレパスが轟音とともにできていく。

 さらに間欠泉が湧いたのか? いいや、違う。大地に走る亀裂から姿を現したのは…………

 

 

『ウシャアァァアアアア!!』

 

「な、何だぁ!? こいつらはッ!」

 

「妖怪……いや、怨霊!?」

 

 間欠泉の代わりに噴き上がったのは、黒い影のような、それでいて人間とは似つかないシルエットをもつ異形の者ども。まるで()()()()()()()()()()()()()()魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちは荒れ狂い、嬉々として雄叫びを上げる。

 あまりにも突然のことだったので、霊夢たちは戦闘態勢に入るのに時間がかかった。しかし、そんなことになったとしても、決して遅れを取るほど、彼らの腕は(なま)ってはいない。

 

「何だか分からんが……とりあえずブッタ斬るぜ!」

 

「うし!」

 

 チャリオッツの一声により、4人は怨霊たちとの交戦をついに開始する。

 霊夢は札などの巫女としての力や道具を遠慮なく使い、襲いくる怨霊の群れを引き裂き、消滅させていく。普段はだらけている姿を見せるものの、やる時はやる少女である。

 魔理沙は自身で開発した道具を、トリッキーに扱いながら敵を蹴散らす。弾幕戦に真面目な彼女らしく、色鮮やかな弾幕を花火のように炸裂させていた。

 

「こいつら……結構多いぞ! こんなにいるのに、()()()()()()()()()()ッ!」

 

「地面の下にはこんな大量に怨霊がいたってことか!? 全然知らなかったぜ」

 

「でも、見て。魔理沙。だんだん勢いは無くなってきてるわ。もう少しで終わりよ」

 

 チャリオッツはレイピアで突き刺し、斬り倒しながら間欠泉へと目を向ける。確かに、怨霊たちの『出』は悪くなってきている。あともう少しで一息つくことができる。

 そんな中、ハイエロファントは無言で戦っていた。彼の能力、性能上、大多数を同時に相手にするのは難しいからだ。"エメラルド・スプラッシュ"と触脚の罠を駆使し、一体一体確実に仕留めている。

 そして数分後……ついに怨霊の軍勢による攻撃は、終わりを告げることになる。霊夢は最後に残った一体に札を投げると、温かな光が放たれながら怨霊の姿が崩れ始めた。

 

「これで最後!」

 

 霊夢の声とともに、怨霊は断末魔の一つも上げず消滅。

 辺りは激しい戦いによってボロボロだが、それ以上の被害は防げたため、魔理沙とチャリオッツはガッツポーズを取って喜んだ。さらにハイタッチまでする中、ハイエロファントは霊夢に話しかける。

 

「霊夢。この現象のことだが、以前にはこんなことがあったのか?」

 

「……いいえ。私も初めてよ。どーして怨霊がうちの神社の近くから湧いたわけ……?」

 

 先程とは打って変わり、チャリオッツに代わって霊夢が神妙な表情を浮かべる。やる時はやる彼女。おかしな現象が起こった後は、いつもと違って真剣だ。

 霊夢が(あご)に手を当てて考えていると、パチパチと何者かが手を叩く音が響いた。霊夢とハイエロファントは、後ろで何やら上機嫌だった魔理沙たちを見やるが、彼らではない。次に神社の方へと目を移すと、緑色の帽子、服で身を包んだ、青髪ツインテールの少女が立っていた。手を鳴らしていたのは彼女だ。

 

「ブラボー! おぉ……ブラボー!!」

 

「な、何よ……あいつ……」

 

「さぁ……」

 

 少女は手を叩きながら、4人の方へと歩を進める。

 彼女のことをよく見てみれば、背中に丸く巨大なリュックまで背負っているのが分かる。それに、今日は晴天だというのに長靴まで履いている。一体この娘は何者なのか?

 

「止まりな。お前さん、何者だ? さっきの怨霊共の仲間か?」

 

「うわっ……い、いきなり剣を向けないでよ。もう〜〜。乱暴な鉄ゴミ……」

 

「あぁ!? 今何つった!?」

 

 この少女、可愛らしい見た目に反してかなり口が悪いようだ。「鉄ゴミ」と言う一瞬だけ、彼女の顔は悪い笑みを浮かべていた。先に剣を向けたチャリオッツに非があるとは言え、鉄ゴミ扱いは少し可哀想ではある。

 

「それで、アンタこそ何なのよ。いきなり現れて」

 

「あぁ、そういえば自己紹介忘れてた。私はね、"河童(かっぱ)"の河城(かわしろ)にとり。今日はアンタらに用事があって来たのさ」

 

「……かっぱ…………?」

 

「ぷっ……」

 

 にとりは自己紹介すると、帽子を外して軽くお辞儀する。その様子を見ていた4人、その内のスタンド2名はにとりを見て困惑。もしくは、吹き出した。

 ハイエロファントたちがもっている河童の情報と言えば、「頭に皿がある」、「甲羅がある」、「緑色の肌」、「水かきがある」など。しかし、それらのどれも彼女の外見に当てはまらないのだ。にとりが河童だなどと、にわかに信じられない。

 そんな彼らの反応を見て、にとりが機嫌を悪くすることを想像するのは、難しくはなかった。

 

「失礼なやつらだね。幻想郷においては、私の方が()()だってのに」

 

「いや……すまない。僕らが知ってる河童とは、えらくかけ離れてたものだから」

 

「でもよ、河童って『河の(わらべ)』ってことだろぉ〜〜? お前みたいなガキにゃピッタリだぜ」

 

「ハァ?」

 

「落ち着くんだ。チャリオッツ。それに君も。まだ、(にとり)の目的がハッキリしていない」

 

「そうだぜ。にとり、何で神社に来たんだ?」

 

 ハイエロファントと魔理沙に言われ、チャリオッツは口を塞ぐ。にとりもさらに不機嫌さを増すが、確かに彼女は喧嘩をしに来たわけではない。

 チャリオッツに向けて「フン!」と鼻を鳴らすと、4人に事情を話し始めた。

 

「山の神さま。知ってるだろ? 八坂神奈子。あの神さまが地底に何かやったらしいのさ。私たち河童っていうのは、いろいろと物作りをやっててね。先日のカビの異変の後、私たちに手を貸したりしてくれて、技術力向上も図れた。そんな時、あの神さまは地底にも手を出したんだ。具体的に何をしたのかは知らないけど、その結果が()()()()だ。ぜひ、アンタらに調査をお願いしたいんだよ」

 

「ふぅん」

 

「あの神、また何かやったのか…………またスタンドに手を出したとかじゃあねぇよな」

 

 にとりの話を聞き、興味無さそうに返事をする霊夢。一方の魔理沙は、カビの異変を思い出して悪い予感を感じずにはいられなかった。

 ハイエロファントとチャリオッツは八坂神奈子を知らないため、霊夢たちほど話を理解してはいなかった。それでも興味は向いている。彼女の話に耳を傾けていた。

 だが、そこでハイエロファントはとある疑問を抱く。

 

「……にとり。君は地底を調査してもらって、その後何をするんだ? 仮にその神が地底に何かしていたとして、君に何か不利益があるのか?」

 

「あ〜〜……確かにな。地上に出てきた怨霊だって倒せばいいし、出てくる穴を塞げばどうにかなるしな」

 

「…………」

 

 ハイエロファントの質問を受け、にとりは彼の顔を見ながら動きを止める。いや、止まったという方がいいかもしれない。何かいけないことでも聞いてしまったのか? 

 一瞬そう思い、言葉を取り消そうかと思ったが、それより早くにとりが動き出す。

 

「技術の革新っていうのは、良いことばかりじゃあない。決して。うちの技術力は、真新しすぎるんだ。生まれたばかりの(ひな)そのもの。もし神さまが私たちから地底に()()()()()()、助けが無くなって私らの技術力は止まっちまう。妖怪の山で築いた地位も下っちまうかも。そうなるとかなり困る。アンタもそう思うでしょ? 真相を知ったところで、と言われたらそれまでだけど、その時にはまた考えるさ。地底の妖怪は強いから、この地上で強いアンタらに頼むってことさね」

 

「……なるほど。君たちにも、いろいろあるんだな」

 

 にとりの話を聞き、ハイエロファントは頷く。

 彼女らにもいろいろと事情があるとのことだ。ハイエロファントたちに直接関わりそうなことと言えば、怨霊の存在だけなのだが、助けてくれと言われて突っぱねるほど、彼らは落ちぶれてはいない。

 ハイエロファントは霊夢を振り返る。霊夢はそれに気付き、「あなたがそうしたいなら」と小さく頷く。意思は魔理沙、チャリオッツも同じ意思のようである。

 

「分かった。にとり。やれるだけのことはやってみようとは思う」

 

「本当かい!? やったーー!」

 

「ま、ちょうど暇してたしな」

 

「妖夢のことはスティッキィ・フィンガーズに任せて、俺たちは地底探検ってわけだな」

 

「まぁ、いいけど。地底ってどこから行くのか、にとりは知ってるの?」

 

「あぁ。もちろん」

 

 霊夢が質問すると、にとりは先程怨霊たちが湧き出てきた亀裂を指差した。

 

「ここから行くのさ。それに、この間欠泉は幻想郷全体で現れている。バラけて行った方がいいかもね。健闘を祈ってるよ!」

 

 




にとりのセリフってこんな感じなんでしょうかね。
心綺楼とか、結構ぶっきらぼう(?)な話し方なイメージがあるので……

そして、今回の「地霊殿」ですが、原作からかなりかけ離れてるんですよね。この異変自体、風神録から結構月日が経ってるそうです(記憶が曖昧)。風神録(カビの異変)自体、相当アレンジしてるんですがね……


にとりのSOSを受けることとした、霊夢一行。
地底に潜った先で待ち受けるのは、強力な妖怪か?
それとも凶悪なスタンドか?
お楽しみに!

to be continued⇒


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38.『暗黒の日曜日』

 河童、河城にとりから地底の調査を引き受けたハイエロファントたち。彼らはにとりの助言を受け、早速潜入する亀裂を探そうとしていた。ハイエロファントは魔理沙と。チャリオッツは霊夢とコンビを組み、地底へ向かうことに決める。

 チャリオッツと霊夢は神社裏の亀裂から入ったが、ハイエロファントたちは上空を飛び、潜入するのに手頃な亀裂を探していた。

 

「にとりが言っていた通りだ。幻想郷の至る所で間欠泉が湧いているぞ」

 

「あれで温泉作ったら、結構儲かるのかな〜〜」

 

「管理するのが大変なんじゃあないか? 温泉がいつ止まるかも分からないし、やめておいた方がいい」

 

「お前が言うならそうなんだろうな〜〜」

 

 呑気に話しながら、魔理沙とハイエロファントは空を飛び続ける。地上は遠く、人里に目を向けても人影は一つも見えない。反対の方角にある湖に目を移しても、相変わらず霧に包まれて湖面が見えない。

 しかし、そのどちらにも間欠泉が噴き出ているのは視認できた。その内、人里にも温泉業が発達するのだろうとハイエロファントは考える。

 すると、突然魔理沙が声を上げた。

 

「お。おい、ハイエロファント。あそこなんてどーだ? 亀裂が結構大きめだぜ」

 

「あそこか…………よし、そうしよう。あの亀裂から地底へ向かおうか」

 

「うし」

 

 魔理沙が指差したのは、湖方面に位置する小高い丘。

 2人は体をそちらの方向を変え、飛行スピードを上げて亀裂を目指した。

 

 

 数十秒後、2人は目的の亀裂のある場所に降り立った。

 上空から見た時から亀裂はかなり目立っていたので、間近で見るとさらに大きく見える。その大きさ、博麗神社が一軒丸ごと入りそうなほどだ。

 地上に降りた魔理沙は、真っ先に辺りを見回す。付近に怨霊たちがいないか、確認するためだ。しかし、周りの森には人っ子一人見当たらず、妖怪の類の気配すらしない。とりあえずは安全を確保できた。

 

「魔理沙。永遠亭でやった時のように、魔法で明かりを出してくれないか?」

 

「おう。いいぜ」

 

 ハイエロファントの頼みに返事をすると、魔理沙は右手を広げて自身の胸と同じ高さまで腕を上げた。途端に、彼女の手の中に火の玉ような、それでいて光るシャボン玉のような物がフヨフヨと浮き上がる。

 オレンジ色の温かい色をした明かりを用意し、いよいよ突入の時だ。

 

「さぁて……どっちから行く?」

 

「明かりがあるし、君からで頼むよ。魔理沙」

 

「りょーかいっ。んじゃ…………出発!」

 

 元気良く声を上げる魔理沙。降りていた箒に再び乗っかり、目の前に開く巨大な亀裂へ飛び込んだ!

 ハイエロファントも彼女を追い、掃除機に吸い込まれるかのように地底を目指した。

 

 飛び込んだ後のこと、彼らの想像通り、地下へと伸びる大地の"すき間"は一切の明かりの侵入を許さなかった。

 四方八方に広がる岩肌は自然によって削られたもの。それ故、大きく突き出ていたり、おろし金のように粗い面だったりだ。そこそこのスピードを出して(くだ)っているが、それらの岩壁に少しでも当たれば、誰だって大変なことになるのは誰の目にも明らかであった。

 しかし、魔理沙たちにとっては小さな問題であることに変わりない。魔理沙は今まで培ってきた箒の操縦技術で、立ち塞がる障害物を易々と避けていく。ハイエロファントも、幻想郷にやって来てからというもの、魔理沙の箒に付いてまわった。その経験により、今は魔理沙との距離を一定に保ちつつ、磨いた飛行技術を存分に発揮している。

 地の底まで、もう少しかかりそうである。

 

 

 

____________________

 

 

「まだ着かないのか〜〜? いい加減深すぎるだろ……」

 

「あぁ。もう着いたっていい。この深さまで来たら、地熱の影響は少なからず受けると思うのだが…………」

 

 亀裂に飛び込んでから数分。

 本人たちは突入後からはスピードを落としていないと思っている中、中々地底に到着しない。間欠泉が噴き出したのだから、もっと高温なものかと思えばそうでもない。地底湖のようなものにも遭遇しない。

 2人の間には不穏な空気が漂っていた。というのも、ハイエロファントは魔理沙にただついて行っているだけなのだが、それ故に魔理沙の方向感覚が重要であるのだ。亀裂はただ真下に向かって伸びているのではなく、小さな抜け穴など、いろいろなルートが巡っており、それらを何の確証もなく突き進んでいるだけである。ハイエロファントがそれを最初に考えていなかったのも悪いが、まさか()()()()()()()()()んじゃないか?

 その心配がハイエロファントの頭の中をよぎる。

 

「……魔理沙。僕が前を行こうか?」

 

「い、いや! 私がやるよ! 絶対こっちだ。こっちに決まってる!」

 

「本当に合っているのか!? いいから、早く僕と位置を変わるんだ! ものすごく心配だぞ!」

 

「断るッ!」

 

 よく分からないプライドを見せながら、魔理沙は飛行スピードを上げた。彼女について行くことに慣れてきていたハイエロファントでも、彼女がその気になれば簡単に引き離せる。強引に前へ出ようとするハイエロファントを撒くため、魔理沙はグングン岩壁の間を縫って行く。

 しかし、この後すぐに、「だから言ったのに」と言いたくなる出来事が起こった。

 

ドガン!

 

「あだッ!!」

 

「魔理沙!?」

 

 魔理沙の箒が突然『へ』の字に曲がったかと思うと、大きな音を立てて岩壁に衝突した。勢い余って魔理沙の体も叩きつけられ、ぶつかった直後、ズルズルと下へと降っていく。彼女の体は、とても無事で済んだと思えない。

 ハイエロファントはそれを見かね、急いで魔理沙の救援へと向かった。地面までの距離は大したことなく、魔理沙の体は10秒もかけずに落下を止めた。

 

「魔理沙、大丈夫かッ!? 頭は打ってないか!?」

 

「いっ……てて……あ、あぁ。大丈夫さ……それよりもハイエロファント。あっち……私の右手側を見てみろよ」

 

「何?」

 

 魔理沙は地面に衝突する瞬間、周りの光景に目を配っていたというのだ。魔理沙が見たものとは?

 ハイエロファントは魔理沙が指差す方向へと目を向けると、その先にはボヤボヤとオレンジ色の何かが遠くに浮かんでいた。まるで街である。しかし、あまりにも遠いため、細かな街並みは視認できない。だが、地の底にあるとは思えないほど、明かりが多くあるのは確かだ。

 

「あっちによ、何かあると思わないか? もしかしたら、にとりのやつが言ってたもんがあるかもよ?」

 

「……あぁ。そうだね」

 

「……? どうかしたのか? ハイエロファント」

 

 魔理沙は遠くに見える謎の景色に目をやりつつ、ハイエロファントを振り返る。

 その時、彼の視線は魔理沙の指先と同じ方向を向いてはいなかった。見ていたのは、その逆。奥に見える明るく広そうな空間ではなく、真逆の先が全く見えないほど暗い洞窟の奥である。いつの間にか彼らは巨大な空間、いや、巨大な通路へと出ていたのだ。

 魔理沙の声に反応しつつ、ハイエロファントは暗闇を凝視し続けた。魔理沙は少し考えると、ある答えが浮かんだ。

 

「……()()……()()のか?」

 

「あぁ。おそらく……敵。スタンドだ」

 

 ハイエロファントはスタンドエネルギーを感じ取っていた。真っ暗闇の奥から、彼ら2人をじっと監視し続ける謎のスタンドの存在だ。

 ハイエロファントは警戒した様子だが、戦闘態勢には入っていない。魔理沙に「敵だ」と伝えはしたが、まだ彼自身確証をもてないでいるのだ。こちらを見ているのは確かだが、動き出す気配が全く無い。ずっと、監視ばかりしている。やつの目的は何なのか……?

 

「どうする? 攻撃してみるか?」

 

「やつは"エメラルドスプラッシュ"の射程外にいる。まさか、知っててこの距離を保っているんじゃないだろうな」

 

「じゃあ、私が撃つか?」

 

「いや……まずは………………」

 

「……? ハイエロファント……?」

 

 ハイエロファントの言葉が中途半端に途切れる。魔理沙はハイエロファントが注意を向けていた闇の奥から目を逸らさず、ハイエロファントを小さく呼びかけた。だが、返事は無い。

 不思議に思い、明かりをハイエロファントがいた地点へ移すと………

 

「ッ!? ハ、ハイエロファント!? どこ行ったんだよッ! ハイエロファント!」

 

 彼の姿は無かった。

 魔理沙は焦り、あらゆる方向へ首を曲げ、視線を浴びせる。だがハイエロファントの姿も、声も何も聴こえない。いきなりの蒸発に、魔理沙の背筋が凍る。

 しかし、明かりをほんの少し。前の方へと動かした時、あるものを発見した。それは、謎の人物がハイエロファントを拘束し、顔を塞いでいるという、驚くべき光景だった!

 

「な、なん……何なんだ!? お前!?」

 

 明かりで照らしているが、まるで関係ないように真っ黒い帽子のような物を被り、同じく黒いマントを羽織っている。しかし、そこから覗く顔や腕は白く、また細い。それでも、ハイエロファントの身動きを完封できるぐらいのパワーをもっている!

 

『……明カリ…………』

 

「こンの……ハイエロファントから離れやがれッ!!」

 

ボシュゥン!!

 

『!』

 

 魔理沙は謎の生物に向かって、高速で明かりを投げつけた。弾幕代わりとなる明かりは、魔理沙お手製のものである。

 彼女の攻撃を察知すると、()は掴んでいたハイエロファントを放し、暗闇へと姿を消す。標的を失った弾幕は、虚しく空を切って岩壁に直撃した。

 投げ捨てられるようにして荒々しく解放されたハイエロファントは、力が抜けたように魔理沙の方へと倒れ込む。謎の生物は既に近くにおらず、魔理沙はさらなる攻撃に警戒しながらハイエロファントを助け起こした。

 

「ハイエロファント、大丈夫か? あいつが例のスタンドか!?」

 

「ゲホッ…………あ、あぁ……あいつのエネルギーだ。僕が感じたのは…………」

 

 ハイエロファントは膝をつきながら、奥へと広がる闇へ再び目をやる。魔理沙も同じように目を向けるが、スタンドのヴィジョンは見えない。

 ハイエロファントによると、先程のスタンドは彼に攻撃した後、すぐに元の位置に戻ったとのことだ。しかし、2人がいる位置から謎のスタンドがいる位置まではそれなりに距離がある。ハイエロファントが言うには、今の一瞬で移動したようだが、それが本当ならば、あのスタンドのスピードはどれだけあるんだ? 以前人里で戦った灰の塔(タワーオブグレー)や、アヌビス妖夢よりも速いのか?

 冷える地底だというのに、魔理沙の頬を汗が濡らす。

 

「私には全然見えないけどよ……どうだ? 何か動きはあるか?」

 

「……動きは無い。ずっとこちらを監視している。一度僕を襲ってから、再び同じ位置に戻った……なぜだ? やつは()()()()()()()()()…………?」

 

 ハイエロファントはスタンドの様子を(うかが)う。

 あのスタンドが敵であるなら、攻撃をしてくることには納得できる。しかし、それならそれで、自分たちの敵である理由が分からない。何者かに始末を命じられたのか? 一体誰に?

 そうこう考えている内に、謎のスタンドは次なるアクションを取った。

 

「! 魔理沙、スタンドが()()()()ッ!」

 

「ハァ? ど、どこに……!?」

 

「分からない…………気配も感じられない! 魔理沙! 僕の背後を見張れッ! 僕は君の後ろだッ!」

 

 ハイエロファントの一声で、本人含めた両者は素早く背中を合わせる。ピッタリと合わせることはなく、魔理沙は再び作り出した明かりを背中と背中の間に浮かばせて、視界の確保も行った。

 敵の姿が十分に見えない中での戦闘。彼らにとっては、竹林の兎たちが()()に該当する敵であっただろうか。あの時も敵の正体は謎に包まれていたが、ハイエロファントの活躍によって何とか打破することができた。

 しかし、今回の相手、ハイエロファントの反応を見るに、おそらく格上の存在であろう。たった一人であるが、前回のように『狂わせる能力』だと正体が分かりきっていない。存在に気付いていても、防御もさせずに拘束するスタンド。一体何の能力なのか…………

 2人が背中を合わせてから、数十秒もしない時。警戒を怠っていない中、やつは再び現れた。

 

『貴様! 『明かり』を()()()したなッ!』

 

「うっ!? しょ、正面から!?」

 

 スタンドは魔理沙の警戒する正面から、闇をかき分けて姿を現した。ハイエロファントも魔理沙の声に気付き、素早く後ろを振り返る。謎のスタンドは、魔理沙に向けて手を広げ、掴みかかろうとしていた。

 この時点でハイエロファントは、このスタンドの能力の正体をいくらか絞っていたのだが、まさか正面から攻撃してくるとは一切思いもしなかった。しかし、今はそれどころではない!

 

ガシ ガシィッ!

 

「うぐぅ!?」

 

()()()()()()お前の往くべき道は、たった一つだけだ。すなわち、『死』ッ!』

 

「〜〜〜〜ッ!!」

(い、息が…………)

 

 謎のスタンドは魔理沙の首をめいいっぱい絞め付けた。これには魔理沙も大いに焦り、スタンドの両手を掴み返して振り解こうとする。だが、こいつの怪力を引き剥がすことはできず、取り入れる酸素はどんどん尽き始めた。それに従って彼女の顔も徐々に真っ青になっていく。

 しかし、簡単に()()()()()()

 

「魔理沙から離れろッ! "エメラルドスプラッシュ"!」

 

『!』

 

 魔理沙への攻撃はハイエロファントが許さない。

 首を絞めるスタンドはハイエロファントの『構え』に気付き、すぐさま魔理沙の首から手を離した。

 ハイエロファントの掌からは、スタンド目掛けて結晶が飛び出す。一撃で敵を粉砕できる威力は無いが、それでも自動車に穴を空けることぐらいは簡単だ。防御しても、それなりのダメージは負う。

 スタンドは、ハイエロファントの結晶を交差させた腕で受け止めて防御する。だが、やはりと言ったようにその勢いには負けてしまい、闇の中へと押し出されていってしまった。

 

「魔理沙、大丈夫か!」

 

「あ、あぁ。平気さ…………ッ! ハイエロファント! 上だッ! また来るぞッ!」

 

「何ッ!?」

 

 魔理沙が指差したのは、ハイエロファントの頭上。スタンドの次の攻撃は、既に始まっていたのだ。

 ハイエロファントが視線を敵の方へ移した時にはもう遅く、頭と両腕をガッシリと押さえつけられて拘束された。ハイエロファントは力づくで押し退けようとするが、やはりパワーでは勝てない。一切の身動きが取れなかった。

 

(こ……こいつの能力は一体……!? 瞬間移動!? いや、何か違う…………もしそうなら、さっき背中合わせになった時、僕と魔理沙の間に現れて同時に拘束すればよかったんだ。なぜ、それが()()()()()()……?)

 

「ハイエロファントを放しながれッ! いい加減鬱陶しいぞ。この野郎ッ!」

 

 魔理沙は明かりを消さず、手の中に握った円筒から弾幕を撃ち出す。しかし、それも命中することはなく、ハイエロファントの上に乗っかったスタンドは素早く闇に紛れるのだった。

 魔理沙は解放されたハイエロファントを助け起こし、再びスタンドの攻撃を警戒する。

 そんな中、ハイエロファントは一つの可能性を見出していた。スタンドの正体のだ。

 

「ハイエロファント、何か分かったか? やつの能力は瞬間移動だと私は見た!」

 

「……そうか。僕は違うな」

 

「……何だって? いきなり現れるところとか、長距離を一瞬で移動してくるとか、これは完全に瞬間移動だぜ!」

 

「もし瞬間移動が能力なら、さっき背中合わせにした時、僕らを同時に拘束できたはずだ。2人の間に出てきてね。それなのに、警戒していた君の正面から現れた。その前も、君の明かりから一瞬外れた僕を優先して襲った。変だと思わないか?」

 

「………………」

 

「背中合わせにしていた時、僕らの間に『明かり』があった。出てくる時も、必ず影から現れる! 僕の考えでは、やつの能力は『影の中』! 明かりに弱く、闇と影の中を自由に移動できる能力だ!」

 

 ハイエロファントの仮説。しかし、彼の中ではそれは確信に近かった。それを聞いていた魔理沙も納得する。

 その次の瞬間、2人の周囲からおどろおどろしい叫びが上がった。それを耳にした直後、ハイエロファントは表情に出ない笑みを浮かべる。()()()()()()()()()()

 

『うおぉおおああ!?』

 

「僕の罠にハマったようだな。解放された瞬間に、触脚を伸ばして結界を張った。影の中に」

 

「そうだったのか……いや、ちょっと待て。あいつのパワーは強いぞ。お前の結界を弱いって言うわけじゃあねぇけどよ、すぐに破られるぞ!」

 

「……それも大丈夫だ」

 

「え?」

 

「本当にパワーがあるなら、わざわざ首を絞めるなんてせずに、拳か手刀を使えばいい。殺意の有無に関わらず、な。それを一度もしないということは、押さえる力だけが強い、とかだろう? 大方……」

 

『う……ぐっ……』

 

 ハイエロファントの罠の中で、スタンドは身悶えする。複雑に絡むハイエロファントの触脚は、いくらパワーがあろうとも解くのは難しい。引きちぎらなければ、脱出するのは不可能だ。そらに加え、スタンドの能力の弱点もバレた。いくら取り繕おうとも、機転が利くハイエロファントをこれ以上(あざむ)き、裏をかこうとしても防がれるのは間違いない。

 ハイエロファントは勝利を確信し、魔理沙に促した。

 

「もうこのスタンドは敵じゃない。魔理沙、先に進もう。一応、明かりを大量に点けてね」

 

「あぁ。この先まで一直線に明かりの道を作るぜ」

 

 ハイエロファントがスタンドを拘束している間に、魔理沙は魔法で作り出した明かりを暗闇の奥まで、一本の線になるように配置する。明るい一本道は、スタンドが移動できそうな影を完全に消し去っていた。

 

「できたぜ」

 

「よし。それじゃあ、このスタンドにはもう用は無い。どこかへ行ってもらおう」

 

「倒さないのか? まだ追ってくるかもしれないのに」

 

「こいつはあくまで門番だ。個人的な恨みは無いし、放っておいたって誰かに自ら害を与えに行くことはないだろうさ。攻撃してきたことに関しては水に流そう」

 

 「行こう」と言い、ハイエロファントはスタンドを放す。魔理沙は少々納得がいかない様子だったが、命とは無闇に奪うものではない。それを諭し、ハイエロファントと魔理沙は道の先を目指し、歩き出した。

 解放されたスタンドは、暗い闇の中から2人を見つめ続ける。特に、その視線はハイエロファントを追っていた。

 

 

____________________

 

 

 歩き続けておよそ15分景色は全く変わらず、2人は明るい一本道をひたすらに歩いていた。周りは夜のように暗い闇。肝試しにでも来ている気分だが、ハイエロファントはスタンドの気配は感じておらず、魔理沙も妖怪や怨霊を感知していない。

 ハイエロファントにはそれが不思議だった。

 

「魔理沙、ここに来てから怨霊の気配は全く無いんだな?」

 

「あぁ。地上の方があったぜ。こっちじゃ全然見かけない」

 

「………………」

 

「ハイエロファント、何か分からないのか?」

 

「僕は妖怪や怨霊の類には()()()()()なんだ。魔理沙でも分からないとなると、同じように調査した霊夢に訊いた方が、何か分かるかもしれないな」

 

 地上に突然噴き上がった間欠泉。それらとともに現れた怨霊たちは、この地底では一切見かけない。先程のスタンドは門番のようであったが、何を番していたのか分からない。

 彼らには、解くべき謎がいくつかあるのだった。

 しかし、ここでハイエロファントはあることに気付く。

 

「!? ま、待て魔理沙」

 

「どうした? またスタンドか!」

 

「そうだ……やつが……追って来ている!」

 

 ハイエロファントは、影の中に潜むスタンドが自分たちを追跡して来ていることを感知したのだ。いきなりの出来事に慌てるハイエロファントだが、それに対して魔理沙は安心しきった様子である。

 

「大丈夫だよ、ハイエロファント。ここは明かりの中だぜ。やつは影の中しか移動できないなら、私たちを攻撃することはできねーよ」

 

「だから焦っているんだ! やつは僕らに手を出せないはずなのに、やつはそれを知っていながら追って来ているんだぞ! 何かおかしい……ッ」

 

 ハイエロファントの焦りは、彼の言った通りのものである。自分が手出しできないと分かっていながら、わざわざ追跡して来た。何か、こちらの手を破る方法でも思いついたのか、それともハイエロファントの読みは間違っていたのか。

 そのどちらにせよ、例のスタンドは攻撃を仕掛けてきていた。標的は、ハイエロファント!

 

ガシィイッ! 

 

「あぐぅッ!?」

 

「ハイエロファント!? バ、バカな……ここは明かりの中だってのに、何で攻撃できるんだ!?」

 

「そう……か…………分かったぞ。こいつ……()()……()()…………」

 

 ハイエロファントの視線の先。魔理沙はそれを目で追うと、そこには確かにハイエロファントの影があった。いや、あるだけではない。後ろに明かりがある故に、ハイエロファントの影が()()、それが周りの暗闇へと伸びていたのだ!

 スタンドはそこから明かりの中へと侵入し、ハイエロファントの脚を掴んで引っ張っていた!

 

「僕が……甘かった……! こいつ……の……執着心をナメていた! 倒さなければならなかったんだ…………!」

 

「ま、待ってろ! 私がすぐに……」

 

バキバキ……ボキ……

 

「うぐぅ!?」

 

 スタンドの握力はすさまじく、掴まれたハイエロファントの脚は悲鳴を上げる。

 魔理沙はハイエロファントを解放させようと、すぐさま円筒を取り出して弾幕を使おうとするが、ハイエロファントを盾にするような体勢を取られているため、中々手を出せない。

 ハイエロファントは徐々に影の中に引きずり込まれていく。ハイエロファントは声を絞り出し、魔理沙へ告げた。

 

「魔理沙……おそらく……この体勢では、やつは僕を放さない。逃れられない。だから、こいつを倒すのは君だッ! 君しかいない!」

 

「む、無理言うな! お前がいなかったら、こんなやつに対抗できねーよ!」

 

「いや、君ならできる。()()()()()()()()()()()()! 本当に簡単なことなんだ……」

 

「何言ってんだ!? 『私とクリームなら』!? 言ってることが分からねぇッ! ハッキリ言えよッ!」

 

 魔理沙は焦りと困惑が入り混じり、怒りに似た形に変化した声を上げた。「ハッキリ言え」と。

 しかし、ハッキリ言いたいのはハイエロファントも同じである。だが、このスタンドは確実に人語を理解できる。今この場で話してしまえば、このスタンドはハイエロファントの策に対抗しようとするだろう。ハイエロファントの目的とは、魔理沙を危険に晒さず、敵を確実に倒すことに変わっていた。魔理沙が彼の言葉を、確かに解釈できるかどうか。それが最も重要なことであるのだ。

 

「魔理沙……焦ってはいけない。落ち着いて考えれば、すぐに分かることなんだ……決して難しくない。頼んだぞッ……!」

 

「ハ……ハイエロファントォ!!」

 

 ハイエロファントはスタンドに引っ張られ、闇の中へと姿を消してしまった。魔法で作られた道の真ん中には、魔理沙ただ一人、焦りの消えない表情を浮かべて立っていた。

 

 

 




この敵スタンドの正体は何でしょう?



スタンドに連れ去られ、一人残された魔理沙。
ハイエロファントが暗に伝えたかったこととは?
次回、決着の時!
お楽しみに!
to be continued⇒



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39.役立たずのヨーヨーマッ

いつの間にか評価バーに色が……
ありがたい限りです。


「ハ、ハイエロファントォーーーーッ!!」

 

 影の中に引きずり込まれた仲間の名を叫び、悲痛な表情を浮かべる魔理沙。何をどうすればいいのか、今の彼女には全然分からなかった。

 ハイエロファントを助けなければならない! 

 どうやってそれを行うのか?

 敵スタンドを倒す!

 どうやって見つける?

 彼女は何も分からず、分かろうとしても彼女自身の焦りが思考の邪魔をする。そのようにして思考できない中、彼女がおもむろに手にしたのは、一枚のカードである。カラフルな絵が表面にあるカード。そう。ご存知、スペルカードである。

 

「ハーッ……恋符.ノンディレクショナルレーザーッ!」

 

 

ドギュゥゥウウウン!

 

 

 魔理沙の大技は天井や壁、地面を轟音とともに抉っていく。放たれた何本ものレーザーは辺りを荒れ地に変えていくが、それでも手応えは無い。いや、それで良かったのだ。もし、この技でスタンドを倒していたなら、一緒にいるはずのハイエロファントにも被害が及んでいたはずだ。

 土埃が立ち昇る中、魔理沙はハッと我に返り、その場でへたり込んでしまう。

 

「ハーッ……ハーッ……そ、そうだ。ハイエロファント……を……助けるんだ。だが…………」

 

 魔理沙は消えたハイエロファントを探す方法を再び考えるが、良い案が中々出ない。ここで、ハイエロファントが最後に言い残した言葉を思い出す。

 

「…………」

(た、たしか……『私とクリームなら』って言ってた……何だ? 私とクリームに何の共通点があるんだ?)

 

 魔理沙は一度座ってから、立ち上がったり、天井を眺めたりして、クリームの姿を想像する。

 そうだ。たしかクリームはでかい口で何でも()()()()。だが、魔理沙は大した口は大きくない。それに何でも食べるわけでもない。好き嫌いはしない、と謳ってはいるが、実のところ結構我儘(わがまま)である。

 

「な、何だよ……私とクリームの共通点って…………あとは……クリームは透明になれるんだったか……?」

 

 そう。クリームは自身を暗黒空間に折り畳み、自分自身が暗黒空間となれる。その際、誰の目にも暗黒空間と化したクリームの姿は見えない。目に見えないまま、暗黒空間に始末されるのだ。

 しかし、魔法でやろうと思えばできるのだが、それがハイエロファントの策と関係があるとは到底思えない。

 と、なれば……

 

「あとは…………あの……『削る能力』か……」

 

 クリームの暗黒空間。触れたもの全てを粉微塵にする亜空間。ハイエロファントが言っていた共通点というのが暗黒空間のことならば、多少は納得できる。

 そして、魔理沙の『触れたものを破壊する物』とは、おそらくミニ八卦路の"マスタースパーク"のことであろう。ハイエロファントに初めて見せたのはアヌビス妖夢との戦いでのことだ。共に白楼剣を破壊したわけだが、一体それ(マスタースパーク)が何に使えるというのか?

 まさか、やたらめったらに撃てということか?

 そんなはずはない。魔理沙は思案する。ハイエロファントは彼女に「落ち着け」と言った。魔理沙はチャリオッツ(ポルナレフ)のように直情的である。相手の挑発にすぐ乗ってしまう部分など、とても似ている。だからこそハイエロファントは言ったのだ。ポルナレフだって、落ち着いて対処する際はとても冴えていた。ハイエロファントは、それを魔理沙にだってできるはずだと考えていた。

 

(そうだ……落ち着け……ハイエロファントはその部分を強調してた。ひょっとして、それが"マスタースパーク"よりも重要なんじゃあないか……? ()()()()()()()()()()()……それが重要……)

 

 魔理沙は再び天井を見上げる。

 ゴツゴツした岩肌は、彼女のミニ八卦路で破壊できるかもしれない。壁もそう。地面だってそうだ。

 そしてあのスタンドは光が苦手だ。影が無ければ、やつ自身移動することも叶わない。

 

「天井を……砕け…………ってか……」

 

 魔理沙は小さく呟いた。そうだ。とても簡単なことである。ハイエロファントも言っていた。

 落ち着くこと。それは人間が何かをする上で、最も重要なことと言っても過言ではない。静かに、理性を保たなければ、人間足り得ない獣同然。焦った時こそ、落ち着くことが大切である。そうしなくては、どんなに簡単なことでも見落としてしまうのだ。

 天井を砕き、暗黒の地底に日光を浴びせること。それがハイエロファントが魔理沙に託した策であった。

 魔理沙はミニ八卦路を握り締める。

 

(簡単なことだ……ものすごく簡単なこと…………でも、どこか()()()()()。一皮剥けたような……)

「……分かったよ。ハイエロファント。これがお前の望むものだな!? たっぷりと浴びせてやるぜ。日光をッ!」

 

 強く握る八卦路を高く掲げ、はるか上部にそびえる岩の天井に照準を合わせた!

 

 

恋符.マスタースパァァーーーーク!!!

 

 

ドギュゥゥウウウウン!!

 

 

 日の差し込まぬ天へ向けられたミニ八卦路から、極太の光線が放たれる。だが、太さが太さでもスピードは大したものだ。飛び去る天狗だって仕留められよう。

 そうして放たれた虹色の閃光は、一撃で紅魔館を壊滅できる程の威力を以ってして岩の天井を削り始めた。擬音には換えられない轟音を響かせ、"マスタースパーク"は日の下を目指す。

 しかし、それだけの威力のビームを、魔理沙は両方の腕だけで支えている。彼女は普段、これを片手で撃っているのだが、それは箒に乗って飛行している時の話であり、そもそもこの威力で放つことがないからだ。いつも以上にかかる負担は大きいが、捕まった仲間の命には代えられない。

 

「うぉおおおおあああああ!!」

 

 魔理沙は八卦路を左へ、そして右へと薙ぎ払い始める。より多くの岩石を削り、地上から差し込む日の光を多くするためだ。

 そしてついに、岩の天井にヒビが入りだした。あともう少しだ。あとほんの数秒で、"マスタースパーク"は地面を貫通する。

 しかし、それを良く思わない者がいた。()()だ。

 

 

キラリ

 

 

「……! な、何だ……?」

 

 天井に視線を向けていた魔理沙は、視界の隅で光を放つ物を目撃した。小さく、まるで金属光沢のように冷たい光。最初は何か、全く分からなかったが、その発光体の正体はすぐ判明する。

 

 

ギュゥウオォォオオオオ!!

 

 

「う、嘘だろ……ナイフ!?」

 

 計3本。銀色に鈍く光るナイフ群が、魔理沙目掛けて高速で飛んできた!

 

「うわ! 危ねぇッ!」

 

 魔理沙はサッと頭を下げ、できるだけ体を小さく丸めようとする。始めの一本は魔理沙の顔スレスレを通り過ぎて行き、次の一本は彼女の三角帽子を貫いた。

 回避が間に合った、一瞬そう思う魔理沙だが、最後の一本はそうはいかなかった。

 通り過ぎるかと思われたナイフの刃は肩の生地を吹っ飛ばし、それによってできた傷から血を体外へ解き放った。火傷のヒリヒリとした痛みや、アブに刺されたような腫れ上がった感覚が同時にやって来る。

 痛みだけならまだいい。ここで魔理沙が()()()()()()()()()は、八卦路を手放してしまったこと。

 

「くあッ……! ヤ、ヤベェ……八卦路……」

 

 血が(にじ)む右肩を押さえつつ、転がった八卦路を拾おうとする。が、

 

『拾わせると思うかッ! お前が『往く道』はたった一つだけだと、言ったはずだ!』

 

「!!」

 

 無意識に体を傾けたおかげで、魔理沙自身の影が明かりの外へと伸びてしまった。

 敵スタンド、『ブラック・サバス』はその瞬間を見逃さず、魔法の明かりを包む闇から、彼女の影へ流れ込むように移動。上半身だけを出し、魔理沙の首を掴みにかかる!

 彼のスピードはスタンドたちの中でも並以上。弾幕戦で戦い慣れているといえど、今の魔理沙ではそのスピードに反応することはできなかった。不意を突かれ、彼の両手が魔理沙の細い首をホールドする。

 

ガシィイッ!!

 

『まだ抵抗するか? それとも生きて帰りたいか?』

 

「…………」

 

 ブラック・サバスの問いに魔理沙は答えない。

 諦めたが故の沈黙ではない。首を掴まれたからと言って、彼女の闘志が尽きることはないのだ。

 

「……強者の余裕か? ナメんなよ」

 

『!!』

 

ボバァアン!

 

『うぐぁああッ!?』

 

 突如、魔理沙の(てのひら)が光を放ったと思うと、ブラック・サバスの体が後方へと吹っ飛んだ!

 彼女は至近距離で魔法を撃ったのだ。下手な真似をすれば、すぐに頚椎(けいつい)(ひね)られる状態だったというのに、臆すことは全くなかった。()()()()()使()()である魔理沙は、今この場で、精神の成長を遂げた。誰から受け継いだのか、それとも学んだのか、今彼女にある冷静さこそ、ブラック・サバスに一撃を与えた要因と言えよう。

 ブラック・サバスは弾幕が直撃した腹部を押さえ、唸り声を上げて苦しむ。

 

『う……ぐぉ……』

 

「今度こそ終わりだぜ……ッ!」

 

 魔理沙がそう言い放つと、近くに転がった八卦路が一人でに浮遊。そして魔理沙の右手に吸い込まれるようにして飛んで行った。

 八卦路を掴んだ魔理沙の狙いとは…………

 ブラック・サバスは魔理沙の気迫に怯み、後退を試みる足の動きが止まる。今がチャンスだ!

 

「恋符.マスタースパークッ!!」

 

ズギュゥウウウゥゥウン!!

 

 再び放たれたマスタースパークは、目の前にいるブラック・サバスではなく、先程のものと同じように岩の天井を目標に向かっていく。

 そして轟音を轟かせながら、ついに地表を貫通した。

 

『うっ……!? うぉお……うォおおああああッ!!』

 

「!」

 

 マスタースパークが空けた穴からは、綺麗なカーテンやベールのように輝き、透き通る日光が侵入する。

 それを直接浴びたブラック・サバスの体は激しく燃え上がり、地底に彼の断末魔が響き渡った。シャクトリムシのように(もだ)える姿は、見る側にある意味の恐ろしさを感じさせる。

 魔理沙は心の中で勝利を確信した。が……

 

『こ、これで終わりはしない…………! 私は()()()()に『信頼』されている……ッ! ここで……お前たちを逃すことは……やつへの侮辱に値するッ! 私もお前たちも、どうなるか分からないぞッ!』

 

 炎上して転げ回る中、ブラック・サバスは声を振り絞る。『信頼』だの『侮辱』だのと口にするところを見ると、それなりに本体の影響を受けているらしい。

 遠回しに命乞いに聞こえなくもないが、魔理沙は遠慮なくぶった斬る。

 

「……お前がその『少女』とやらにどれだけ信頼されているのかは知らないが、どうせそいつが怖いから従ってるんだろ? 信頼を裏切る『侮辱』を気にしてる割には、人様の命は軽く扱って侮辱するんだな。お前」

 

『……ッ!! クァアァアアアアーーーーッ!!』

 

「まだやるつもりか!」

 

 ブラック・サバスは火だるまになりながらも、魔理沙を始末するため手を振りかざす。

 先程の魔理沙の言葉、ブラック・サバスにとって死刑宣告にも聞こえた。いや、最初から魔理沙はブラック・サバスを倒すつもりでいた。門番とは侵入者を防ぐ役割であって、敗れ、侵入を許してしまった場合にはその門番の"首"が危うくなる。

 ブラック・サバスは、一度魔理沙たちを通してしまった時点で門番は失格である。そして彼は、往生際が悪いが故にさらなる戦いへ足を踏み入れてしまったのだ。スタンドの消滅を懸けた戦いに。

 

『オォオオオッ!!』

 

「くらえ……これで最…………」

 

 

ドスッ ドズッ! ドスゥ!

 

 

『うぐぉわあああッ!?』

 

 ブラック・サバスの手刀が魔理沙に迫った瞬間、彼の体が宙へと浮き上がった。

 見てみれば、彼の胸からは3本の紐のような物が貫いている。緑色で、先端が鋭くなっている触手。もはや誰のものかは明らかだ。

 魔理沙の強ばった表情が明るくなる。

 

「ハ、ハイエロファントの触脚ッ!」

(良かった! あいつは元気みてぇだぜッ!)

 

『バ……バカな……』

 

シュボォオオォォ……

 

 ブラック・サバスはハイエロファントの触脚に貫かれたダメージと、未だ身を包む炎のダメージによって、ついに体の消滅が始まった。

 触脚はブラック・サバスから火が燃え移らぬよう、素早く体から引き抜かれる。その後は灰になる吸血鬼のように、日光のスポットライトを浴びながら、崩壊していくのだった。

 

「よし……終わった……な……!」

 

 魔理沙はブラック・サバスの消滅を見届けると、近くで脱力しているハイエロファントの触脚を見やる。

 

(この触脚を追って行けば、ハイエロファントの所へ着くな。早く行って助けないと……)

 

 そう思い、魔理沙は近くに倒れていた箒を立たせて(またが)った。そして浮遊するが、ここでとある異変に見舞われる。()()()()()()()()()()()()()()()…………

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 

「! な、何だ? この音…………いや、まさか…………天井が……崩れてくるッ…………!?」

 

 魔理沙の予想通り、突如響いたこの地鳴りは、彼女の"マスタースパーク"の影響で天井が崩壊し始めた音である。

 上を見ると、光の割れ目が続々と現れてきている。地面が割れ、日光が漏れているのだ。このままでは頭上の天井が完全に崩れ、生き埋めになってしまう。そうなる前にハイエロファントと落ち合い、地底の先に進まなくては。

 

「うし! 今行くぞ。ハイエロファントッ!」

 

 魔理沙は箒を前に動かし、ハイエロファントの触脚を辿りながら彼の行方を追った。

 

 

___________________

 

 

 地底中に鳴り響いた地鳴り。それは()()()()にも聴こえていた。

 魔理沙たち同様、にとりの依頼を受けて地底の調査を行う者たち。大小バラバラの3つの影が、火の灯された灯籠(とうろう)が並べられた道を突き進んでいた。

 

「何? 今の振動……チャリオッツ、分かった?」

 

「あぁ。地震か? 日本は多いんだろう?」

 

「えぇ。日本は造山帯にありますので、地震も火山活動もよく起こりますよ。だんな様」

 

 紅白の巫女、霊夢がチャリオッツに質問を投げる。それを受けたチャリオッツは霊夢に返答……と思いきや、別の者が霊夢に代わって反応した。

 2人の前に立ち、地底を案内しているのだ。彼もまた、ブラック・サバス同様地底に流れ着いたスタンドである。ブラック・サバスと違い、醜い出立ちをしている。

 

「あぁ、そうだ。おふたりとも、災害グッズはお持ちで? もし頭上の岩が崩れてきた時のため、ヘルメットなんてどうです?」

 

「……結構だ」

 

「そうですか。それは残念」

 

「………………」

(……何でチャリオッツは()()()()()()()()()……?)

 

 丁寧で、まるで召使いのように振る舞うスタンドだ。どうみても小さいポケットから2人分のヘルメットを引っ張り出すが、チャリオッツに断られて元に戻す。

 近くで見ていた霊夢は、この異様な光景に内心でツッコミを入れる。

 と言うのも、このスタンドとの出会いに関係していた。

 

 

 

『ようやく着いた……ここが地底か?』

 

『えぇ。そうみたいね。灯籠があって不気味なとこ』

 

『…………』

 

『……何?』

 

『どっちへ行けばいいんだ?』

 

 博麗神社の裏から噴出した間欠泉。そこから地下へと侵入した2人は、魔理沙たちよりも早く地底の世界へ到着した。

 しかし、魔理沙たちの時とは違い、一本道のどちらの方向を見ても同じ景色であるのだ。灯籠が並べられ、道が明るく照らされているのは良いが、どちらへ進むのが正しいのか分からなかった。

 そんな時だ。

 

『おやおや、おふたりとも。何かお困りで? あいにく、今はチョコレートを一切れしか持ち合わせておりませんので、食べる方はじゃんけんでお決めになっていただく必要があります』

 

『うわっ!?』

 

『スタンドかッ!?』

 

ズバァン ズババァッ!

 

『うぎゃばッ』

 

『ちょ、ちょっとチャリオッツ! いきなり斬りかかることなんて……!』

 

『もぉおおおおっとォ〜〜ーーッ! チョウダイッ!』

 

『な、何ィ!? 何だ!? こいつはッ!』

 

『キャァアアアアァーーッ! 変態!』

 

 

 

 このようにして、例のスタンドはいきなり現れたのだ。

 それに驚いたチャリオッツは、一瞬でスタンドを斬り裂くが、結果はご存知の通り。

 すぐに再生し、なおかつさらなる攻撃を要求してきた。まるでダメージが無い。しかし、敵ではないことが判明したため、今は地底の案内をさせている。

 チャリオッツは既に彼と打ち解けているようではあるが、霊夢は巫女の直感でなのか、それとも変態の面を見てしまったからか、どうにも馴染めずにいた。

 霊夢が後方で悶々としていると、スタンドは再びチャリオッツへ振り返り、身振り手振りを交えながら新たな話題を振る。

 

「しかしですね、だんな様。いくら大丈夫と思っていても、いつ何が起こるか分かりません。わたくしめがハンドシグナルをお教えします」

 

「……ハンドシグナルなら、俺も一つ知ってるぜ」

 

パン ピッ スッ スッ……

 

「パン、ツー、まる、見え」

 

『YEAAAH!』

 

ピシ ガシ グッ グッ 

 

「〜〜〜〜ッ!」

(帰りたい……ハイエロファントと組めばよかった……!)

 

 チャリオッツたちのやり取りを見て、霊夢は顔を真っ赤にしていた。彼女の中では、ハイエロファントはかなりまともなイメージがあるため、同じ内容のことを振られても相手にしないだろう、と思うのであるが、その答えは知る人ぞのみ知る。

 

 こんな調子で進み続ける一行だが、周りの景色は中々変わらない。右へ左へ、上がって下がって…………

 地底は広いのだろうという考えが半分、そして、このスタンドは本当に道を知っているのかという疑問が半分、霊夢の頭にあった。チャリオッツはというと、相変わらず案内役のスタンドと会話を交えている。

 

「しかし、ここにも風が吹くんだな。おまけに結構強い。地底だと風は無いものだと思っていたが」

 

「ハイ。この地底も入り口が複数ありますので、どこかの吹き抜けから別の吹き抜けまで、風が入って、そして出て行っているのです」

 

「ほぉ〜〜……」

 

 チャリオッツとスタンドが言うように、今彼らが歩いている地点には強風が吹いていた。スタンド2人には(なび)く物が無いが、霊夢は風が吹く度に髪を直したり、スカートを押さえたりしている。

 そんな彼女の様子を見て、スタンドはとある提案をしてきた。

 

「霊夢様。傘をお使いになりますか? 一本持ってますよ」

 

「……え……? え、えぇ。そうね……貰うわ」

 

 霊夢が『YES』の意思を示すと、ヘルメットの時と同じように、明らかにポケットに入らないサイズの傘を彼が着るオーバーオールのポケットから引っ張り出した。

 そしてその場でバサッと広げ、故障が無いかを点検する。「ン〜〜……」と唸りながら一通り確認すると、霊夢へ手渡そうと傘を支える両手を彼女へ差し出す。すると…………

 

「あッ」

 

ゴロッ ゴロゴロゴロゴロ

 

「うヒャァ〜〜」

  

「アイツ、風に煽られて転がっていったぞ……」

 

 傘を開いたことにより、風を受ける面積を広げてしまったスタンドは、そのまま吹きつける強風に煽られてバランスを崩してしまった。彼の前にいた霊夢は寸前で避けたため、巻き込まれずには済んだ。だが、彼はそのまま止まらずに転がり続けて行ってしまった。

 元々いた地点から20mも離れ、ようやく彼の回転は終わる。目を回したのか、ひっくり返った状態のまま起き上がろうとしない。それを見かね、チャリオッツは霊夢へ促す。

 

「霊夢、起こしに行ってこい」

 

「ハァ!? 何で私が……アンタの方が仲良いじゃない」

 

「お前が傘をねだったんだろう? じゃあ、お前が行け」

 

「ム、ムカつく〜〜」

 

「当然のことだろ!」

(ホントは俺だって関わりたくないんだよ)

 

 文句を言い、やりたくないことをなすりつける合う2人。結局霊夢がスタンドの元へと行くことになった。

 先程霊夢はハイエロファントと組みたかったと(こぼ)していたが、ハンドシグナルの時と同じで、おそらくこの場にいるのが彼でもチャリオッツと同じことを言っただろう。彼ら2人も、本体同士がなすりつけ合ったことがあったのだから…………

 

 ブツブツと文句を零しながらも、霊夢はちゃんとスタンドの元へと行く。ある程度近付いてみれば、やはり自力で起き上がれないようで、パタパタと手足を動かしていた。まるでひっくり返ったカエルだ。

 嫌がりながらも、霊夢はスタンドを助け起こすため、手を伸ばす。

 

「ほら……大丈夫?」

 

「おぉ! ありがとうございます。ついでですが、傘をどうぞ。お渡しするのが遅れてしまいました」

 

「…………バキバキに壊れてるけど?」

 

「おや!」

 

 霊夢に起こされたスタンドは、逆の手に持つ傘を彼女に差し出すが、転がったせいで完全に機能しなくなっていた。「仕方ない」と、バキバキに壊れた傘をポケットにねじ込むと、スタンドは霊夢に背を向けてチャリオッツのいる方へと歩き出す。

 霊夢もそれに続く。

 

「ところで、霊夢様。口笛、お好きなんですか?」

 

「……何ですって?」

 

「いえ、先程からご機嫌そうに()()()()()()()()()()()()、つい」

 

 

 

…………ハ?

 

 

 

「ヒューー……ヒューー……」

(!? な、何……で……ッ!?)

 

 今の今まで全く気が付かなかった。霊夢は自分でも知らぬ間に、口笛を吹いている。

 しかし変だ。確実に口の形は()()()()()()()()()()()()()というのに。霊夢は自身の唇を触り、その形を確かめる。やはりだ。形は成っていない。では、なぜ自分から口笛の音がするのだ?

 

 霊夢は恐る恐る自分の口元、顎、そして頬を順番に撫でていく。そして、見つけた。

 

「……ヒューー……! ヒュ、ヒューー……!?」

(わ、私の頬に穴が……!?)

 

 霊夢の右頬、そこに直径1cm〜2cmの穴が2〜4つ。複数も空いていた!

 鼻を含め、吸って口に含まれた空気が口内に溜まり、頬の穴から抜けていたのだ。それによって、霊夢から口笛を吹く音が出ていた。

 しかし、頬に穴があるというのに、痛みは一切無い。穴を空けられた感触も無く、いつ空いたのかも分からない。しかし、霊夢には一つ確信していることがあった。それは…………

 

「ヒューー、ヒューー、ヒューー……」

(こいつ()()()()()…………このスタンドの攻撃……ってわけね……)

 

「わたくしめの名前、ヨーヨーマッ…………口笛は好き嫌いがございますので、地底内ではご遠慮ください……」

 

 

 

 

 




ヨーヨーマッ、やはり話が最近のものになるにつれ、スタンドが特殊になっていきますよね。ジョジョって。


魔理沙の奮闘より、ついにブラック・サバスを撃破したハイエロファントサイド。
しかし、敵の攻撃を受けていたのはチャリオッツサイドも同様であった。
攻撃に気付いているのは霊夢だけ。戦いの行方は?

お楽しみに!
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40.『戦車』は勝利の暗示

書くのがかなり苦手な戦いになりました…………
でも、ヨーヨーマッ好きなので良し。


「…………!」

(()()()の攻撃ッ……! でも、一体どうやって……?)

 

「霊夢様、だんな様の元へと戻りましょうか」

 

「! ヒューーッ、ヒューー……」

 

 緑色で鱗のある人型スタンド、ヨーヨーマッはクルリと霊夢へ背を向け、チャリオッツの元へと歩き出す。

 まずい。何か得体の知れない出来事が起こっている。ほぼ間違い無くヨーヨーマッ(このスタンド)の仕業であろうが、その正体は全く謎。霊夢の頬に穴が空いているという事実だけしかない。

 だが、霊夢がこの場で取る行動は既に決まっていた。ヨーヨーマッの攻撃をチャリオッツに気付かせること。そして、チャリオッツへの攻撃を防ぐこと!

 

ボシュゥン!

 

「あばッ!」

 

「…………」

(こいつが余計なことをする前に、この場で倒す!)

 

 霊夢はヨーヨーマッの死角から弾幕を撃ち出し、彼の頭部へ直撃させる。軽く爆砕しているが、そもそもただの生物ではないスタンドという存在である上、回復力と耐久力が異様に高いヨーヨーマッには大したダメージになっていない。

 霊夢はさらに叩き込む。

 

ボン ボゴォン! ドパァン ボジュゥゥ

 

「あぶッ! ぺぎゃっ……ぶげェ!」

 

「………………!」

 

「アァ〜〜ン、もォォォッと叱ってェェ〜〜ーーッ!」

 

「うっ…………」

(こいつ……もう結構ぐちゃぐちゃになってんのに……まだ(こた)えてないの!?)

 

 霊夢が思っているように、今のヨーヨーマッは弾幕を受けてかなりボロボロの状態だ。まるで破裂した風船か、文字通りのボロ雑巾のよう。

 (らち)があかないことを理解した霊夢は、ついに攻撃を弾幕から"巫女としての力"へ変更しようとする。この力を行使すれば、いくらタフネスなスタンドであっても消しとばすのは可能である。

 しかし、ここで思わぬ邪魔が入ってしまう。

 

「おい、霊夢! 何やってるんだ!?」

 

「ッ……!?」

 

「……おぉっ、だんな様!」

 

 割って入ったのはチャリオッツ。

 ヨーヨーマッを起こしに行ったはずの霊夢が、いきなり彼を攻撃し始めるのを見て彼女を止めに来たのだ。

 

「いきなり何をやってるんだ? さっきは攻撃に否定的だったというのに……」

 

「ヒューーッ! ヒューー、ヒューー」

(違っ……こいつは敵よ! 攻撃されてるわ!)

 

「ん? 口笛……?」

 

「……」

 

 チャリオッツに羽交い締めにされ、暴れる霊夢。彼女は必死にチャリオッツへ敵の存在を伝えようとするが、頬に空いた穴から空気が漏れ出てしまい、口笛のような音にしか変わらない。

 当然それでは霊夢の真意が伝わるはずもなく、チャリオッツの顔には『?』が見え隠れしていた。

 ヨーヨーマッは無表情。態度といい、タフネスといい、どこまでも不気味なやつだ。

 

「よく分からんが、霊夢。こいつ無しじゃ地底を歩けないぞ。案内役はこいつしかいない。殺すならその後だ」

 

「おや、ひどい」

 

「……ッ!?」

(な……!? ダメよ! それじゃあ遅すぎるッ! その間にどんな攻撃をしてくるかも知れないのに)

 

「ほら、行くぞ。おいヨーヨーマッ、案内を続けるんだ」

 

「了解しました。だんな様」

 

 チャリオッツはヨーヨーマッに対して警戒心を持っていない様子だ。霊夢はそれに納得できず、また、チャリオッツに真実を伝えられないことをもどかしく思っている。だが、心の中では「確実に攻撃の正体を暴く」という意思が篝火(かがりび)のように燃えるのであった。

 チャリオッツに命令され、傷が再生しつつあるヨーヨーマッは2人の先頭に立つ。そして再び、強風が吹きつける地底の通路を進み始めた。

 

 

 ここから、霊夢のたった一人の戦いが始まった。

 

「ヒューーッ! ヒューーッ、ヒューーッ!」

 

「だから……さっきから何なんだ?」

 

 霊夢は諦めることなく声を上げようとするが、やはり出るのは笛の音。チャリオッツは不審がるが、それも狙いだ。

 霊夢は振り向いたチャリオッツにジェスチャーを行った。前を歩くヨーヨーマッを指差し、次に自分を。その後は自分に向けて手をパッパッと払う動作を見せるが、絶望的にジェスチャーの才能が無いのか、

 

「…………ッ! …………ッ!」

 

「……? 何だ……? いい加減口で言ってくれ」

 

「〜〜〜〜……ッ!」

 

 彼女の真意がチャリオッツに伝わることはなかった。

 あまりにも伝わらないため、霊夢は途中でジェスチャーを諦めてしまい、チャリオッツに「何でもない」と手を振って合図するのだった。

 

 

 しばらく歩き続け、次に霊夢が取った行動は『絵を描く』ということだ。

 しかし、彼らが歩く地面は岩であるため、地上でやるような『砂に絵を描く』といったことはできない。ならばどうするか。おそらく、世に生きる多くの人が一生の内に一度は経験したことがあるだろう、『背中に絵を描く』。

 霊夢はチャリオッツの背に近付き、人差し指で彼の甲冑を撫で始めた。

 

「うっ!? ビ、ビックリした…………お前、本当に何なんだ!? いきなり触りやがって!」

 

「………………」

(ご、ごめん……)

 

「そして……お前はお前で、何やってるんだッ!」

 

「アラ?」

 

 チャリオッツは霊夢を一喝した後、今度はヨーヨーマッを指差して怒鳴った。

 彼はどこからか持って来た木の枝を組み立てて椅子を一つ作ると、チャリオッツを座らせ、彼の甲冑をタオルで拭いていた。キュッキュッと丁寧に磨いているが、それは良い。問題は、腕や脚の関節に油を差し始めたことだ。

 機械でもないのに、そんなお節介。チャリオッツはバカにされていると憤慨し、ヨーヨーマッを蹴っ飛ばす。

 

「痛いですぅ〜〜。だんな様。油は必要ありませんか?」

 

「私を自動車や遊具なんかと一緒にするなッ! 貴様と同じスタンドだろーがッ!」

 

「『スタンド』と一括りにしても、色々なスタンドがございますよ。自分の体を糸にしたり、人体に潜入したり…………油が必要なスタンドも、どこかに存在するかと」

 

「ハァ……もう、好きに言ってろ…………霊夢も、次何かやったら赦さないからな」

 

 ヨーヨーマッの屁理屈に、チャリオッツは完全にうんざりしている様子。木の椅子から立ち上がると、再び向かい風が吹く地底の道を進み始めた。

 

「…………」

 

 2人の会話を聞きながら、霊夢はチャリオッツ以上に参っていた。チャリオッツに気付いてもらおうと思っても裏目に出てしまう、この現状。

 もはやヨーヨーマッが意図的にチャリオッツに絡み、自分(霊夢)から注意を()らしているのではないか、とも思い始めてきた。自身の口内をチャリオッツに見せ、攻撃されている事実を見せつけようとも考えるが、ヨーヨーマッがそれを許すとは思えない。何かしらの形で邪魔してくるだろう。

 

「………………」

(だったらせめて……あのスタンドの攻撃方法を探って、攻撃の邪魔をしなければ……)

 

 霊夢は改めて今までのヨーヨーマッの行動、そして謎の攻撃について振り返る。

 ヨーヨーマッは自分たちに対して一見忠実である。だが、怪しい部分が多いのもまた事実。なぜ、自分たちにあそこまで尽くそうとするのか?

 自分たちを油断させ、近付き、確実に始末するため…………?

 しかし証拠が無い。

 それ以外には……自分たちは()()()()()()()()()()()()こと、そして、()()()()()()()()()

 

(分からない……風にしても、蚊にしても、どうやって私の頬に穴を空けたわけ……?)

 

「あぁ、そうだ」

 

「!」

 

 前を歩き続けるヨーヨーマッを睨んでいた霊夢。突然彼が振り向いたことで、心臓が飛び跳ねたように感じ、額から汗が噴き出す。

 嫌な予感…………思わず霊夢は身構えた。

 

「お二人とも、水分の方は大丈夫ですか? そこらで拾ったイモリで特性ドリンクでも……」

 

「ハァ? イモリィ? そんなもん飲めるか!」

 

「………………」

 

 ヨーヨーマッはポケットから2匹のイモリを引っ張り出すと、チャリオッツの前でプランプランと揺らして見せた。

 だが、いくら人間ではないチャリオッツでもイモリを食べようなどとは思わず、「近付けるんじゃねぇ!」と手を払っている。霊夢も同様で、両生類が苦手な女の子らしく、遠目から見ていた。

 2人に断られてしまったヨーヨーマッは「おいしいのになァ〜」と呟くと、水を吸った雑巾のようにイモリを絞った。そこから垂れる水を口でキャッチすると、「プハァ〜!」と満足そうに息を吐く。

 

 この光景を目にした2人は、言うまでもなく唖然としていた。スタンドといえど、本体の影響をそれなりに受けているはず。まさか本体も同じことをするのか? チャリオッツの中で、ヨーヨーマッの本体のイメージはどんどんねじ曲がっていくのだった。

 

 

プゥ〜〜ン プゥ〜〜ン

 

「!」

 

パシン!

 

「ん? 霊夢、どうした? 蚊か?」

 

 耳元に鳴り響いた不快音。霊夢はノールックで音源を両手で叩き潰した。

 閉じた手を目の前までもってきて開いてみると、チャリオッツが言った通り、音の主は蚊であった。まだ血は吸っていなかったらしく、潰れた腹から赤い液体が漏れ出てくることはなかった。

 チャリオッツが横で「ここ多いよな〜」と呟く中、霊夢はヨーヨーマッへと視線を移す。

 蚊は人、スタンド関係無く寄り付くようで、ヨーヨーマッの周りを思わず背筋が凍るような羽音を響かせて飛んでいた。

 すると、次の瞬間……

 

パクッ!

 

「モグモグ…………」

 

「!?」

(えっ……蚊をッ!?)

 

「ぺ!」

 

プゥ〜〜ン……

 

 霊夢が見た光景を説明しよう。

 彼女は周りを飛ぶ蚊を鬱陶しがっていたヨーヨーマッを見ていた。最初は何の反応もしなかったが、突如、ヨーヨーマッは飛んでいた蚊を食べてしまったのだ!

 しかし、口に含んだ蚊を呑み込みはしなかった。ヨーヨーマッはそのまま口を開け、再び蚊を空中へ放ったのだ。

 そして、その蚊は霊夢とチャリオッツの元へ。

 

パシン!

 

「くそっ、鬱陶しいやつらだ…………」

 

「…………」

 

 ヨーヨーマッの口から離れた蚊は、チャリオッツの血を吸うため(本当に吸えるかは分からないが)彼の首筋に近付くが、その前に叩き潰されてしまった。

 霊夢は答えを出した。

 蚊だ。ヨーヨーマッは蚊を使って、自分の頬に穴を空けた。おそらくは、口の中で蚊を改造、もしくは洗脳でもしているのだろう。

 そう予想した霊夢は、さっそく行動に移す。

 

「…………」

 

「……霊夢? やけに()()が……どうかしたのか?」

 

パシン!

 

「…………」

(()()()()()()()……近付いてくる蚊は、チャリオッツが叩いてくれる…………)

 

 霊夢はチャリオッツの体にピッタリと密着し、前を歩くヨーヨーマッの背中を追う。

 蚊を鬱陶しく思うのはチャリオッツも同じであるため、自動でヨーヨーマッの攻撃を防げているといっても過言ではない。これも、上手いスタンドの使い方と言っても良いだろう。

 霊夢は「やってやった」と笑みを浮かべ、先程チャリオッツが言ったように、ヨーヨーマッに目的地まで案内させるのであった。そしてその後は…………チャリオッツが言った通りにするつもりだ。

 

 

____________________

 

 

 相変わらず強い風が吹きつける地底。そこを進み続ける3人であるが、霊夢が蚊を対策してからというもの、特に何も起こらず時間だけが過ぎていく。ヨーヨーマッが言う『目的地』にも着かない。

 いや、先程から少しだけ変わったことが一つだけある。それは風の温度。冷たく湿った向かい風は、熱を孕む温風に変わったのだ。

 

「急に暑くなってきたな」

 

「はい。地底は地熱の影響も受けているので」

 

「……地熱ねぇ……まぁ、温泉も湧いたし、そういうものか。それにしてもだが……」

 

 右手で自身に風を送りつつ、チャリオッツは周りを見渡す。ヨーヨーマッは温風の正体を地熱で温められた風だと言うが、チャリオッツはそうは思わなかった。

 彼らが歩く、整備も何もされていない道の脇には、何やら棒状の鉄の器具が放置されている。何本もだ。

 それだけではない。人間の物と思しき頭蓋骨や、卒塔婆(そとば)まで立っている。()()が普通の場所でないことは明白だった。

 

「ヨーヨーマッ。まだ『地霊殿』とやらに着かないのか?」

 

「まだまだです。それにしても暑いですねェ。イモリ、どうですか?」

 

「いらん」

 

 ヨーヨーマッはポケットから干からびたイモリを出すが、即答で断られる。今度はスルメイカの干物を食べるように、バリバリとかじって呑み込んだ。

 チャリオッツは最初のイモリで慣れたのか、完全に無視を貫いている。霊夢は相変わらず引き気味だ。

 

「フゥ……」

 

「!」

 

「……どうしましたか? 霊夢様。もしや、イモリ食べたかった?」

 

「…………!」

(い、いらないわよ! というか、近付いて来る!?)

 

 ヨーヨーマッはイモリを平らげると、一息つくと同時に霊夢を凝視した。彼の口は満足そうに口角を上げ、ゲップまでしていたが、霊夢に向けられた目は違った。

 全く笑っていない瞳。片目には眼帯をしているが、一つ目でも彼の感情を読み取るのは簡単だった。間違い無く、こう思っている。

 「なぜ、霊夢は攻撃を受けていないのか」と。

 

 ヨーヨーマッは霊夢へと歩み始めた。

 次は蚊は使わない。堂々と仕留めに来る気だ。だが、今ここでやるというのか?

 実力では完全に負けているが、そんなに回復力に自信があるというのか。それとも、自信があるのは回復力ではなく、()()()()

 

「遠慮なさらず。ほら、霊夢様。まだイモリはおりますよォ。赤ちゃんですケドネ」

 

「…………ッ!」

(ち、近付けるな……ッ!)

 

「ホラホラァ〜〜」

 

「…………ッ!」

 

「一口、どーぞ」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

「美味しいですよ。アカハライモリ!」

 

 ヨーヨーマッはしつこく霊夢に迫る。イモリを掴む手を、無理矢理霊夢の口にねじ込まんとする勢いだ。

 しかも、彼が勧めているのはアカハライモリ。歴とした『有毒生物』である。こいつを霊夢に食わせて、彼女を毒殺しようとでもいうのか。

 しかし、ヨーヨーマッがイモリを食わせるよりも早く、霊夢の堪忍袋の緒が限界を迎えた!

 

(いい加減に鬱陶しいわよッ! このヌケサクッ!!)

 

バキィ!!

 

「ぶべぎゃッ!」

 

「おぉ、良いパンチだ」

 

 我慢の限界がピークに達した霊夢は、思いきり握った右拳をヨーヨーマッの頬に叩き込んだ。

 今まで様々な攻撃をヨーヨーマッに加えてきたが、このパンチが一番効いたかもしれない。ヒットした瞬間の彼の顔は、苦悶に満ちていた。

 一部始終を見ていたチャリオッツは、霊夢の攻撃に拍手を送った。

 だが、これが()()()()()

 

「! 霊夢、その顔どうしたッ!?」

 

(ようやく気付いたわけ? どれだけ鈍感なのよ……)

 

「そ、その状態でよく平然としてられるなッ……! 本当に何とも無いのかッ!?」

 

(大丈夫よ。この程度のケガ……穴……? 大したことないわ。とにかく、今はこいつ(ヨーヨーマッ)をどうにか……)

 

「ほ、本当に大丈夫なのかッ!? お前、()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 

ドロォオ〜〜ッ

 

 

(え……?)

 

 突如、霊夢の視界の右半分が何かによって覆われた。

 彼女は自らの左手で触って、正体を確かめてみる。ブヨブヨ、ドロドロしている。まるで川底の泥のようだ。強く押し込めば押し込むほど、指が沈んでいく。触れていた手を離し、指先を見た霊夢は戦慄した。

 

(私の……肌…………まぶたが……溶けてるッ……!?)

 

「ヨーヨーマッを殴った右手もだぞ……! わ、私の装甲と指もだッ!」

 

「ッ…………!?」

(て、手の甲がッ……!? そんなバカな……ッ!)

 

 決め手は、『蚊』ではない。温風が吹く所に来てからというもの、蚊の姿は一切見なくなった。

 しかし、それでも攻撃は続行されたということは、霊夢の右手と顔、そしてチャリオッツの腕と肩の装甲を溶かした攻撃は、蚊を用いたものではなかったのだ。

 チャリオッツにヨーヨーマッの攻撃の存在を知らせることはできたが、事態は振り出しに。ヨーヨーマッの目的は霊夢たちの始末であろうが、そのために()()()()()()、これも依然不明である。

 2人が混乱している中、殴り飛ばされたヨーヨーマッが起き上がる。

 

「……()()()()()()()()です。案内は続行しますか? それとも、ここでおやめになられますか?」

 

「……ッ!」

 

「…………その目的地とはどこだ?」

 

「『灼熱地獄跡』ですゥ。血の池もありますよ」

 

 不気味な笑みを浮かべ、チャリオッツの質問に応答する。

 勝利を確信した顔だ。霊夢であればこの程度の敵、一瞬で倒せるものだ。だが、時間をかけ過ぎた。ヨーヨーマッに案内をさせ続けたこと、攻撃の正体を探ることにだけ専念してしまったこと。今にして思えば、そのどれもが敗北の要因だったのだろう。まさか、それら全て計算していたのではないだろうか? 

 「してやられた」と下唇を噛む霊夢は、今まで経験してきた戦いの中で最も焦っていた。

 

「……なるほど。方法は分からんが、我々を徐々に溶かし、その地獄の跡に放り込もうという魂胆(こんたん)だったわけか」

 

「どうしましょう? 攻撃の正体を探りますか? だんな様。それともわたくしの体力とだんな様の体力、お比べになりますか?」

 

「…………」

 

「…………ッ!」

(どうするのよ、チャリオッツ! こうしている内にも……わ、私たちの体は溶かされているのよ!)

 

 ヨーヨーマッは自身の能力で霊夢たちを溶かしている。彼は敢えて地霊殿に至る偽物の道を通って時間を稼ぎ、やがて戦闘不能になる彼らを地獄の跡で焼き殺す予定だった。

 しかし、霊夢の機転により、動けなくなるまで溶かされることはなかった2人は、ヨーヨーマッの次なる手段で溶解が加速してしまったのだ。ヨーヨーマッとチャリオッツの会話が交わされる中、霊夢の腕や服も少しずつ溶け始め、穴ができていく。チャリオッツも同じく、甲冑に穴が空き始めていた。

 しかし、チャリオッツは霊夢と違い、ほんの少しの焦りも見せなかった。

 

「……そうだな。体力勝負といこう」

 

「では、どうぞ。わたくしが再起不能となるのが先か、だんな様が溶けるのが先か……いざ、尋常に…………」

 

「何言ってる。気付いてないのか?」

 

「……ハイ?」

 

「だから、お前もう斬れてるからな」

 

「エ?」

 

ズルリ……ズルリ……

 

「ア、アレェ……?」

 

「フン。マヌケめ。()()()()()()やがったな」

 

 ヨーヨーマッの視界が縦に割れ、二等分された景色はそれぞれ左右へズレていく。

 そう。チャリオッツは既に斬っていた。ヨーヨーマッは何かしらの方法で、チャリオッツの()()()()()()()()()。彼がアヌビス妖夢戦の時に見せた超高速は、おもりとなる甲冑を外して防御力と引き換えに得るもの。つまり、肩と腕の装甲を溶かされたチャリオッツは、()()()()だけあの超高速で動かせるわけだ。

 ヨーヨーマッはそれを知らず、ただダメージになると、そう思い込んでチャリオッツの甲冑を溶かし続けてしまった。

 そして、おもりを捨てたチャリオッツはホールケーキに包丁を入れるが如く、ヨーヨーマッの頭をかち割った。もちろんそれだけではなく、ヨーヨーマッ本人が気付いていないだけで、とうに全身バラバラだ。

 

「アレェエエ〜〜ッ!!?」

 

「さて、と。そうやって積み木みたいにバラバラになったお前をどうするのかというと…………甲冑脱衣(アーマーテイクオフ)ッ!」

 

 チャリオッツは十数個に斬られてしまったヨーヨーマッの前に立つと、ボンッ! と軽い爆発音と同時に、着ている残りの甲冑を脱ぎ捨てる。

 そしていつかの時と同じように数人に分身すると、ヨーヨーマッ()()を抱え、『灼熱地獄跡』へと飛び出した。

 

「ウワァアアアァーーッ! な、何をするつもりだァ!」

 

「お前が考えていたことと全く同じことさ。想像できるだろう?」

 

「ま、まさか…………」

 

 ヨーヨーマッは、これから自分が辿る末を理解した。

 なんて恐ろしいことだ。このようにして死ぬ人間なんて、ほんの一握りしかいないだろう。

 しかし、それが現実。現実は非情である。ヨーヨーマッが理解した時には、チャリオッツ()()は到着した。

 ご存知、『灼熱地獄跡』! 眼前に広がるのは溶岩の渓谷。焼けるような熱気が肌を刺す。

 チャリオッツはここで何をするのか?

 想像がつく人は多いだろう。チャリオッツの分身たちは、一斉に谷底へヨーヨーマッを放り込んだ!

 

「ウワァアアァーーッ! チクショウ! チクショウ! こんなことで死ぬなんて…………さとり様ァ〜〜ッ!!」

 

「冥土の土産に覚えておきな。我が名は銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)! 『戦車』のカードを由来とするスタンド。その暗示とは、『侵略』、そして『勝利』ッ!」

 

 宙へ放られたヨーヨーマッは、自らの主君の名と断末魔を叫び、(たぎ)る溶岩の海へ落ちていく。いくら斬り刻んでも死なないスタンドでも、溶岩の中へ放り込まれればいずれ力尽きるだろう。それが狙いだ。

 危ない場面が多かったが、チャリオッツと霊夢のコンビは、ついにヨーヨーマッに勝利したのだった。

 

 

「地獄の底で寝ぼけな」

 

 

 

 

 

 

 




かなり駆け足な終わりだったかと思います……


チャリオッツ&霊夢コンビも、無事敵を撃破!
地霊殿編もいよいよ後半戦。
その頃、地上では何が?

お楽しみに!
to be continued⇒


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41.Cancella Tempo

久々の休憩回です。




 霊夢たちが地底に向かったのと同時刻。『地底から怨霊が溢れ出る異変』は、人里でも起こっていた。もちろん、間欠泉を伴ってだ。至る所で温泉と怨霊が溢れ、里の民全員がその対処に追われていた。

 朝から混乱する人里だが、昔と違って今は専属の用心棒がいる。それは…………

 

「ア……アギ……」

 

「これで全部か。何なんだ? こいつらは……」

 

「おぉ、スティッキィ・フィンガーズさん。おかげで助かりました! なんとお礼をすればいいか……」

 

「気にすることじゃない。それより、こいつらについて慧音は何て言ってるんです?」

 

 人里を縦断する大通り。そのど真ん中に現れた怨霊の大群を蹴散らす者、S・フィンガーズは彼を呼びつけた老人に質問する。

 今となっては彼も幻想郷の住人だが、それでも分からないことは多い。特に、彼が元々いた『外の世界』には存在しなかった妖怪については。

 

「えぇ……それが……全く分からないと……」

 

「慧音でも……か…………分かりました。また何かあったら呼んでください」

 

「はい! ありがとうございました」

 

 敵を排除し終えたS・フィンガーズは、背後から里民たちの歓声を受けながら帰路につく。

 朝の9時近くから怨霊の対処に追われ、時刻は既に昼を回っていた。怨霊調査を行う慧音の元へ行こうかと思ったが、S・フィンガーズは自宅へと向かう。自らは昼食を必要としないが、今()()()()()()()()には必要だ。

 彼女は食事が無くては生きていけない。

 

 自宅に到着したS・フィンガーズの手には、帰ってくる途中で買った饅頭(まんじゅう)が入った袋がぶら下がっている。

 戸を軽くノックすると、砂が乗ったサッシに構わず戸をスライドさせた。

 

「今戻った。ケガの具合はどうだ。妖夢」

 

「あっ、スティッキィ・フィンガーズさん。おかえりなさい。えっと……痛みは引いてきました。おかげさまで」

 

 布団から上半身を起こす白髪の少女、妖夢がS・フィンガーズを迎える。彼女は先日の戦いの後、アヌビス神の支配から解放され、路地裏で倒れているところを発見されたのだ。体の数箇所、主に肋骨を数本折っており、いくらかの介抱の後S・フィンガーズの家で寝かされていた。

 S・フィンガーズは彼女の前に買い物袋を置くと、妖夢は「すみません」と袋を(あさ)り始める。

 

「あ、またこのお饅頭。美味しいですよね」

 

「そう言うと思って買った。代金のことは気にしなくていい。俺も慧音から貰ったしな……」

 

「ありがとうございます……色々と。では」

 

 妖夢は一言断り、袋から出した饅頭を頬張った。

 彼女が食べている饅頭は、中に餡子(あんこ)が入っている。『つぶ』ではなく、『こし』の方だ。妖夢が目覚めてからまだ2日だが、目覚めたその日に買ってきた物を妖夢がえらく気に入ったため、S・フィンガーズは今日もこうして買ったのだ。

 スタンドであるS・フィンガーズは物を食べずとも良いが、以前慧音に勧められた饅頭屋の商品を気に入ったために、その店を知っている。

 

 S・フィンガーズは布団の横に座布団を敷くと、美味しそうに饅頭を食べる妖夢を眺める。そして、ちょうど一個目を食べ終わるタイミングで口を開いた。

 

「妖夢。君の刀の件だが…………」

 

「! はい……何でしょう?」

 

「すまないが、手がかりは依然見つかっていない。やはり、誰かに破壊されたと考えられる」

 

「……そうですか…………」

 

 淡々と告げるS・フィンガーズ。それに対して、妖夢は顔を曇らせる。

 彼女の目覚めてからの第一声は、自身の刀の所在であった。自身のケガよりも、2本の刀がどこにあるのか、それを先に心配していた。それほど必死になるのだ。彼女にとってよほど特別な物だったのだろう。

 S・フィンガーズは、ハイエロファントと魔理沙が白楼剣を破壊した時のことを思い出す。

 妖夢を解放するため仕方なかったとは言え、後になったら取り上げるだけで良かったのではないか、と考える。

 

「白楼剣の方。私を助けるために破壊したんでしたっけ」

 

「あぁ。あの場ではアヌビス神を確実に倒すことが重要だった。だが、今考えると他にやり方があったと思う」

 

 S・フィンガーズは自身が思うことを包み隠すことはしない。それは決して赦しを乞うためではなく、彼の奥底にある優しさからくるものだった。もちろん、相手がどういう反応をしようとも、全て受け入れるつもりである。それはまた、自分への戒めでもあった。

 

「ご自分を責めていらっしゃるんですか? たしかに……あの二刀はどちらも私にとって特別な物ですが、あなたは恩人です。感謝してますよ」

 

「………………」

 

 妖夢は本気でそう思っている。

 S・フィンガーズ……というより、本体のブチャラティは人の汗を見るだけで(舐めればもっと)、その人が嘘をついているか分かるという特技をもっている。今まで厚い布団に入っていたからか、食事をしたばかりで代謝が上がったからかは分からないが、妖夢の汗は真実を物語る。

 しかし、どこか悲しげな表情は崩れておらず、やはり刀を失ったショックは大きいらしい。

 

「そう言ってくれると、ありがたいがな……」

 

 S・フィンガーズはそう呟くと、視線を落とした。

 妖夢も2個目の饅頭へと手を伸ばす。

 2人の会話が終わった途端、突然誰かが戸を叩いた。

 

「ん? 誰かな?」

 

「…………」

 

『スティッキィ・フィンガーズ、いるか? 慧音だ』

 

「……慧音? 何の用だ?」

 

 S・フィンガーズ宅を訪れたのは、半人半妖の上白沢慧音。倒れていた妖夢を発見したのは彼女だ。

 S・フィンガーズは妖夢に関連した用事だろうと予想し、内側から戸を開ける。

 

「慧音。何か用か? 妖夢の刀が見つかったか?」

 

「あぁ……いや、そのことについてじゃないんだ。ここに来た理由は。君に会いたいと言う人がいてな……」

 

 「会いたい人?」とS・フィンガーズは首を傾げた。奥にいた妖夢は一瞬期待に満ちた顔をするが、慧音が刀の用件を否定したため、再び表情が元に戻る。

 それにしても、S・フィンガーズは全く見当がつかなかった。幻想郷に知り合いは少ないはずだ。その数少ない知り合いも、わざわざ人を寄越すような人物ではない。

 S・フィンガーズが腑に落ちない顔をしているのを察し、慧音は言葉を付け足す。

 

稗田阿求(ひえだのあきゅう)。この前言った人だ。彼女は前々から君たちスタンドに興味を持っててな」

 

「……例の転生をくり返す人物か。稗田家の現当主の」

 

「『幻想郷縁起』を編纂(へんさん)しているんでしたっけ」

 

「そう。彼女はそれに、スタンドのことについて書き足したいと言っていた。それで、君に協力してほしいと私に頼んできたんだよ」

 

「…………なるほどな」

 

 幻想郷縁起。それは幻想郷に住む妖怪や英雄を記す、歴代の御阿礼(みあれ)の子が受け継ぎ、書き記してきた書物である。

 と言えば、かなり分厚い巻物を連想する人が多いと思うが、実際は少し違う。たしかに、阿求含め、御阿礼の子はいくつもの長い巻物に歴史や妖怪の情報を綴ってきた。しかし、今では『鈴奈庵』という貸本屋で製本を行っているため、数冊の本になっている。こちらの方が手に取られやすいのもあってだ。

 

「決して嫌というわけではないが、俺である理由は? キラークイーンじゃいけないのか?」

 

「あぁ……その、分かっていると思うが、彼は多分……そういうのにあまり協力してくれそうになさそうだろう?」

 

「…………」

 

 S・フィンガーズは納得する。

 キラークイーンは群れるのを好まないタイプだ。カビの異変が起こる前、3人で博麗神社を訪れた時も嫌なのか、嫌ではないのか、よく分からない態度を示していた。他人にも興味が無さそうである。

 彼ならばきっと、誰かと話すために時間を取るのも、自分のことを探られるのも好きではないはずだ。

 S・フィンガーズは特に悩むこともなく、すぐに返答する。

 

「分かった。名家の人物が呼んでいるなら、行かない手は無いだろう。妖夢、また家を空ける。留守番を頼むぞ」

 

「分かりました。行ってらっしゃい」

 

「行こう。慧音。案内してくれ」

 

「あぁ。こっちだ」

 

 S・フィンガーズは戸を閉めると、慧音が先導して稗田の屋敷へと向かった。

 

 

 

____________________

 

 

 

「思っていたより、ずっと豪勢な屋敷だな」

 

 人里の、さらに中心地へ歩き続けた2人は、見張り番付きの門の前に立っていた。木でできているが、要人を守るに事足りた外壁も構えている。

 2人は屋敷の使いの者に案内され、屋内も歩き続ける。隅々まで掃除され、床は照明の光が綺麗に反射するほど。(ほこり)一つも見当たらない。

 屋敷の中にはいくつもの部屋があり、大きな中庭も存在している。中庭には池があり、肥え太った鯉が優雅に尾鰭(おびれ)を揺らしていた。

 2人は案内されるまま、そのまま二階へ。再び歩き、一つの部屋の前で立ち止まった。案内をした使いの人は、「少々お待ちください」と言い、障子を静かに開けて中に入っていった。

 

「稗田の当主はこの中にいるのか」

 

「あぁ。S・フィンガーズ、態度は崩しても良いからな。彼女は堅苦しいのは好まない」

 

「……そうか。だが、それは会ってから決めよう」

 

  S・フィンガーズは思慮深い。誰かに「そうだ」と言われても、たとえそれが信頼に足る人物であっても、自身の目で見てから判断する。稗田阿求も、もちろん例外ではない。慧音は良いだろうが、彼自身の体は人外そのもの。どんな反応をされるか分からないのもあり、下手なことはできないという理由もある。

 2人の会話が終わるのとほぼ同時に、先程中に入っていった使用人が部屋の外へ出てきた。準備が整ったようだ。

 

「慧音様。スティッキィ・フィンガーズ様。準備が整いました。どうぞ、お入りになってください」

 

「えぇ」

 

 使用人はそれだけ告げると、障子の前から立ち退く。

 それを見届けた慧音は、障子の引戸に手をかけて横へとずらした。目の前に現れたのは、床全てが畳の大きな広間。障子が開くと同時に畳の匂いが鼻になだれ込む。

 そんな部屋の真ん中に座していたのは、紫色の髪をしたおかっぱっぽい髪型の少女だった。

 

「………………」

(少女……? 女性だとは聞いていたが、まさかこんなに小さいとは思っていなかった)

 

 緑色と黄色の着物を重ね着し、花の髪飾りを付けている彼女こそ、稗田阿求その人である。

 見た目で言えば、それこそ小学生5〜6年生といったところ。その年頃の女の子なら活発な者も多いと思うが、彼女はそれとは正反対だった。醸し出す雰囲気から落ち着いている。やはり、ただの少女ではない。

 彼女の予想外の姿にS・フィンガーズは一瞬動揺するが、すぐに気を取り直して彼女の前に置かれた座布団の手前に立つ。阿求が短く「どうぞ、お座りください」と言うと、2人は同時に座布団に腰を下ろした。

 

「こんにちは。ようこそおいでくださいました。私が稗田家の当主、稗田阿求です。お見知り置きを」

 

「……ご存知だと思いますが……スティッキィ・フィンガーズです」

 

 正座の状態で、2人は軽く礼をする。

 

「お忙しいところ、急に呼び出したりしてすみません。朝から怨霊退治に奔走(ほんそう)していたんですよね?」

 

「はい。ですが、もう騒ぎは落ち着きました。後は湧き出た温泉の処理だけですが、それは里の者たちだけでできるでしょう。俺の出番は既に終わっています」

 

「そうですか……里に住む者の代表として感謝します」

 

「……いえ」

 

 阿求は挨拶の時とは違い、今度は深く頭を下げる。

 実際彼女は里を代表できるほどの人物であるが、今回の一件だけでは大袈裟だ。おそらく、S・フィンガーズは関わっていないがタワーオブグレー戦からカビの異変、今回の怨霊の件をひっくるめてのお礼だろう。

 しかし、S・フィンガーズはスタンドを代表しているわけではない。ただの一スタンドとして、阿求と相対している。謙遜、というわけではないが、S・フィンガーズは「自分が言われるべきではない」として多少の否定の意を示した。

 

「俺も里に住んでいる者。生活資金は慧音から渡されてはいますが、タダでというわけにはいきません。それ相応の仕事……用心棒ぐらいならばできます。当然の行いをしたまでです」

 

「……そう仰ってくださると助かります」

 

「あぁ。私もスティッキィ・フィンガーズには世話になりっぱなしだ。カビの異変の時、対処方法を教えてくれなければ里の被害はずっと拡大していた。私からも改めて礼を言うよ」

 

 慧音も阿求も、S・フィンガーズへ感謝を述べる。

 彼の本体ブチャラティも、ギャングではあったが、街に住む人々のためにと動き続けた男だ。母親に暴力を振るう男を言い聞かせようとしたり、自殺した娘の彼氏が、実は娘を殺した犯人だと言い張る男の調査依頼も受けた。ギャングでありながらも正義の道を往き続けた彼の評判はとても良かった。

 S・フィンガーズはその生き写しだ。礼を言われるためにやっているのではなく、ただ、ブチャラティから受け継いだ精神の下で生活している。それだけである。

 

 ここで、阿求が軽く手を叩いた。

 

「さぁ! 本題に移りましょう。スティッキィ・フィンガーズさん、私が普段何をしているか、ご存知ですか?」

 

「……たしか、幻想郷縁起の編纂……」

 

「そうです! 元々は力の弱い人間たちが、強い妖怪に対処できるように、弱点などの情報を発信するための物でした。しかし、『スペルカードルール』、『弾幕勝負』の決闘方法が確立してからは、私が取材した妖怪や英雄たちの生活にも踏み込んだ、全く新しいものへと変わりつつあります。そこで、この幻想郷縁起に『スタンド』についても記したいんです」

 

(妖怪図鑑の延長ということか……)

 

 先程の態度と打って変わって、幻想郷縁起の話題となると年頃に見合ったテンションで話し始める阿求。

 部屋の前で慧音が言っていたのは、このようなことがあるからなのか、とS・フィンガーズは心の中で納得する。

 しかし、せっかく上機嫌になっているところへ堅苦しい態度のまま振舞っても、熱が冷めてしまうだけだ。ここは、一皮剥けよう。

 

「あぁ。分かったよ。阿求。好きなことを訊いてくれ」

 

「はい!」

 

 阿求は元気に応えると立ち上がり、部屋の隅に置いてあった座卓を座布団の前へ移動させる。その上には(すずり)と筆、一本の巻物が乗っている。これに情報を記すわけだ。

 

「では、始めましょうか。まず最初にですが、私の予備知識の確認をしてもらえませんか? 以前新聞で読んだきりで、()()()()()()内容が歪曲しているかも…………」

 

「あぁ。構わない」

 

「ありがとうございます。えーと……スタンドには『本体』があり、その精神や魂のエネルギーが具現化したもの……間違い無いですか?」

 

「あぁ。俺が知っているのと同じ情報だ。付け足すとするなら、本体の性根によって能力の凶悪さも変わる。以前のカビスタンドなんか良い例だ」

 

「なるほど……そのカビスタンドの本体とは知り合いなんですか? 戦ったことがあるとか」

 

「そんな感じだ。残酷さを楽しみ、無関係な一般人を巻き込み、任務も何もあったもんじゃない。自分の快楽のためだけに殺人を犯す、まさにゲス野郎さ」

 

 S・フィンガーズはローマの戦いを思い出す。

 一番最初にカビに侵されたのは、仲間のミスタとナランチャだった。ミスタの機転で危機を脱したが、その後すぐにゲス野郎(チョコラータ)は追ってきた。ヘリコプターの中から自分たちを見下ろし、嘲笑う姿はとても印象的である。

 

「激しい戦いだったんですよね。多分。しかし、そんなにたくさん、スタンドを扱う人間がいるんですか? 話を聞いていると、私が抱いていた外の世界のイメージとはそれなりに違うんですが……」

 

「……君が俺たちのいた世界をどんなふうに思っていたかは分からないが、スタンドを身につけている人間の方が少ない。だが、俺の周りにはスタンド使いは多かった。そうだな……『スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う』と言ったら分かりやすいかな?」

 

「……なるほど。ですが、そうしたらどうして、この幻想郷ではスタンドを使える人がいないんでしょうか?」

 

「………………」

 

 S・フィンガーズは沈黙する。扱うのに苦労した筆を、阿求はスラスラと紙の上を走らせていくのを見ながら考える。

 忘れられていないから?

 可能性はあるが、根拠が無い。

 素質が無いから?

 幻想郷には人間だけでなく、たくさんの妖怪や動物がいる。『亀』の時のように彼らも使えるとは思うが、目撃情報も存在も知られていないなら可能性は低いだろう。

 

「……スタンド使いには主に二種類ある。一つは何かをきっかけに、もしくは生まれた時から備わっているパターンだ。もう一つは、あるアイテムによって発現させるパターン。スタンドの存在が知られていないなら、おそらくそのアイテムは無いんだろう。後は素質が無かったとか……」

 

「スタンドを発現……ちょっと興味あるかも……」

 

「死ぬか死なないか、だ。おすすめはしない」

 

「ハハハ……」

 

 S・フィンガーズの強められた声に、阿求は苦笑いをする。本心から言ったことだからか、S・フィンガーズも真面目に返したのだ。

 その後も2人のやり取りは続いていく。S・フィンガーズの能力や本体のことについて、また、その仲間たち。慧音と阿求、2人に突っ込まれたりしながら、かつての仲間のことを懐かしんだ。キラークイーンやチャリオッツのことについても、S・フィンガーズが知っている限りのことを限定して(本人ではないため、何でも喋るわけにはいかない)阿求に話した。

 阿求も、自身の知らない世界のことを知れて、誰から見ても分かるように上機嫌になっていた。

 

「あぁ、そうだ。S・フィンガーズさん。『鈴奈庵』にはもう行かれましたか?」

 

「いや…………たしか貸本屋だったか?」

 

「はい。私の知り合いがいるんです。最近は妖魔本を読むのにハマっているのだとか……」

 

「妖魔本?」

 

「妖怪が書き記したとされる、特殊な本のことだ。妖怪が自身の存在を知らしめたり、封印されていたりする」

 

「ほう……」

 

 S・フィンガーズの呟きに、慧音が反応した。

 彼女の解説で妖魔本が何なのかを理解できたが、人間が読むには危険すぎるのではないか? と疑問を抱く。

 だが、さらに聞いてみると、その阿求の知り合いも()()()()()()()()()らしい。妖怪ではないと言うが、特殊な能力に目覚めたら者だと。S・フィンガーズは霊夢や魔理沙のようなものかと考える。

 

「よかったら今度寄ってあげてください。スティッキィ・フィンガーズさんは人里の人気者なので、きっと喜ぶと思います」

 

「あぁ。そうだな。読書か……久しくしていないからな」

 

 

 昼近くから行われた稗田阿求の取材。

 それは夜になるまで続き、しかし、訪れた2人を不快にさせることはなかった。阿求は尽きない探究心に、スタンドという潤いを得られて満足する。S・フィンガーズもまた、幻想郷の知識を得られて有意義だったと振り返る。

 

 

 そんな彼らの会談が終わるよりも、ほんの少し前。

 貸本屋『鈴奈庵』の店番を務める少女、本居小鈴(もとおりこすず)がくしゃみをして鼻をすすっていた。

 

「ハックション! ハァ〜〜……もう、誰か私の噂してるでしょ〜〜……」

 

 髪に付けた大きな2つの鈴を揺らし、彼女は店の本棚を整理する。これは日課だ。普段と何ら変わらない、いつもの動き。人里内に怨霊と温泉が現れたこと以外、彼女は今の今まで日常を送っていた。

 しかし、彼女に再び非日常が訪れようとしている。

 

「……ん? あ、お客さんかな」

 

 店の暖簾(のれん)に一人分の人影が揺れた。

 彼女は人間の客だと疑わず、早めに整頓を終わらせてレジに座る。そして客の入店を待ち侘びた。

 

 小鈴は気付いていない。

 訪れる者の正体を。

 帝王がやって来る。黄金に敗れた、紅の王が……

 

 

 




刀を失った妖夢って、別の方の作品でもあまり見ない気がするような……


怨霊を倒し、平穏が訪れた人里。
しかし、そこに一つの影が迫っていた。
人里の運命やいかに?

お楽しみに!
to be continued⇒


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42.Cancella Tempo 〜帝王の軌跡〜

バサッ

 

「いらっしゃいませーー!」

 

 貸本屋『鈴奈庵』。その暖簾(のれん)が音を立てて大きく揺れた。誰かが入店した合図だ。

 音を耳にした店番、本居小鈴はレジのカウンターから元気良く挨拶をする。元気なのは彼女の取り柄。そんな彼女は人里でも有数の人気者である。

 そのため、人里に住む者の場合、彼女の挨拶に元気良く返すか、あるいは笑顔を向ける。

 しかし、この時来店した者はそのどちらもしなかった。というか……

 

「……あれ? さっきまで店の前にいたと思うのに……姿が見えなかった……」

 

 不思議な出来事が起こっている。小鈴は確かに暖簾の前に立ち、入店しようとする者の影を目撃していた。

 ならば、暖簾が揺れるとなるなら、その者が暖簾を手で払い、その身を店の中へと入れる時以外あり得ない。()()()姿は見えるはずなのだ。

 突然の出来事に、小鈴は徐々に恐怖を覚え始める。

 

「み、見えないお客さん……!? ま、まさか……幽霊ッ……!? 透明人間!? キャーー!」

 

 小鈴は真面目に怖がっているが、側から見るとそれなりに余裕がありそうに思える。

 だが、彼女の目の前で起こった出来事は()()()。今ここで断言しよう。これは幻などではない。そして今、確かに『鈴奈庵』には一人の客がいる。

 

 

パサ パラリ……パラリ トン……

 

 

「ひうっ!?」

 

 

パラリ……パラリ……

 

 

 小鈴の耳、鈴奈庵の中で発せられる、本の紙をめくる音。小さい音だが、確実に聴こえる。

 小鈴は屋内には一人だけ、と思い込んでいたため、この音が聴こえ始めた時にさらなる恐怖に襲われた。何かで気を紛らわせようとは思うが、意識すればするほど、紙をめくる音は頭の中に響き渡る。

 数秒悩むが、小鈴は近くに立て掛けてある箒を手に取ると、例の音が聴こえる本棚へ目を移す。

 

「………………」

(私は店番だから、あれがもし泥棒だったら鈴奈庵を守らないとッ……! でも、やっぱり怖い! ホントに幽霊だったらどうしよう……?)

 

 箒の柄をギュッと握り締め、静かに、物音を立てぬようにゆっくりと歩く。

 相手が幽霊だったら箒で叩けないのではないか、と疑問に思う人は多いだろう。しかし、今の小鈴にそんなことを考える余裕は無かった。とりあえず近くに置いてあった物なら何でもよかったのだ。

 ゆっくり、ゆっくり近付いていく。音の主はどうやら、本を手に取ってページをめくり、棚へ戻す。そしてまた手に取って……という動作をくり返しているらしい。

 いよいよ位置が縮まってきた。まだ相手の体は見えないが、音の大きさからして、もう3mほどの距離である。

 小鈴は箒を叩きやすいように持ち替える。

 

「…………ゴクリ」

(よ、よーーし……1……2の……3! で覗こう!)

 

 棚に手を掛け、呼吸を整える。

 そして意を決して、カウントを始めた。

 

(1…………2の…………3!)

 

 小鈴は棚の陰から頭を出し、本を漁る者の正体を見た。

 この瞬間、小鈴の意識は後頭部の方へ集中し、バランスを崩して後ろへ倒れそうになってしまった。

 彼女が見たものとは…………

 

「ヒッ……バ、バケモノ…………」

 

 『バケモノ』。そう言われると、人から完全にかけ離れた生物を想像しがちである。が、小鈴の目に映っているものは人型であった。逆に言えば、人間との共通点はそこだけなのである。

 体全体に十字に交差する模様が走り、体色は赤色。ガッシリしている体型と言われれば納得するし、スリムな体型だと言っても疑問を抱かない、長身でスタイリッシュなボディ。

 体色の時点で人間離れしているが、()()()()()()()()。その者の目玉はまるで魚のように丸く、(まぶた)が無い。というより、()()()()()()。それだけではない。額にはさらにもう一つ、顔が存在しているのだ。

 こんな存在を『バケモノ』と呼ばず、何と呼ぶのか。

 

「あわ……あわわ……」

 

「………………」

 

 小鈴は来訪者の風貌に腰を抜かし、思わず箒を手放してしまう。彼女の手から離れた箒はカラン! と音を立てて落ちるが、目の前の存在は意に介さない。

 だが、分かっていることが一つだけある。この存在は小鈴に気付いている。ではなぜ、気付いていないフリをするのか。反応するまでもない、矮小(わいしょう)な存在だからだろうか。

 

「…………」

 

「………………」

 

 この姿を見て、一体何秒、何十秒経過したのか。小鈴自身分かるはずもなかった。この紅の者も、本を漁るのに夢中で時間を意識していない。

 その場で固まってしまった小鈴は、頭の中を必死に整理しようとしていた。

 

(な、なんで!? なんでこんなバケモノが鈴奈庵(ウチ)に来るの!? 私、何か恨まれるようなことしたっけ? ご飯は残さず食べてるよッ!? 夜更かしもしてないと思うし…………ま、まさか妖魔本のことなんじゃ…………)

 

「…………おい」

 

「!? は、はいぃッ!」

 

 頭で色々考えていると、目の前の『バケモノ』が口を開いた。あまりにも急なことだったので、小鈴の心臓は肋骨を突き破らんとする勢いで飛び跳ねた。

 ()はそんな小鈴の様子など知らず、言葉を続けた。

 

「この貸本屋の店員は客が品探しに手間取っているのを黙って見ているのか?」

 

「…………え?」

 

「俺が今何をしているのか、どういう状況なのか、店員であるお前は理解できていないのかと訊いている」

 

 紅の者は手を止めず、視線も移さぬまま小鈴へ言葉を投げる。いきなり喋り出したため、小鈴の方は間抜けな声を(こぼ)してしまった。

 彼が何を言いたいのかというと、遠回しに「私の探し物を手伝え」ということである。小鈴はてっきり、「お前を食ってやろうか?」のような脅しを言われるものかと思っていたが、彼は()()()()()()()()()

 少々怖気付きながらも、小鈴は彼に声を絞り出す。

 

「え……えーと……何を……お探しで……?」

 

「幻想郷に関する本……地理や歴史はどうでもいい。力のある住人のことについて、詳しく書かれたものだ」

 

「……ど、どうしてそんなものを…………?」

 

「…………」

 

「ヒッ! す、すみません!」

 

 小鈴が抱いた素直な質問、どうやら彼にとってはあまり探られたくないらしい。彼女が口にした瞬間、とてつもない目力で彼女を睨みつけてきたからである。恐ろしい者だ。

 怒りを察知した彼女は急いで謝ると、店の奥へと逃げるように走って行った。

 

 

 

(な、何なのよ〜〜ッ! あいつ! あんな怖い顔見せなくてもいいじゃん! こんな()()()()()女の子を怖がらせて罪悪感無いの!?)

 

 小鈴は心の中で文句を垂れながら『幻想郷縁起』を探す。レジの裏にある、在庫品用の小さなスペース。小鈴は『幻想郷縁起』を新しく印刷された本の山の中から引っ張り出そうとしており、いくつも置いてあるダンボール箱をかき分ける。目的の箱にたどり着くと、今関係の無い本は近くに置き、新たな別の山を形成していた。

 しばらくそんな状態でいると…………

 

「おい、見つかったか?」

 

「ひゃん!?」

 

「驚いてる暇があるならとっとと探せ」

 

「…………ッ!」

(だ、誰のせいだと思って〜〜ッ!)

 

 一瞬ビクッと肩が跳ねた小鈴。大量の本を漁る彼女を、紅の彼は背後から圧をかけて急かす。

 そこから数秒もかからず、小鈴は本の山から『幻想郷縁起』を発見。引っ張り出すと、後ろで偉そうに(たたず)む彼に手渡した。

 

「ど、どうぞ……『幻想郷縁起』です。お客さんが望んでる内容だと思います……」

 

「………………」

 

 小鈴から『幻想郷縁起』を受け取ると、彼は無言、無表情を貫いたままパラパラとページをめくる。

 この『幻想郷縁起』、現在世に出ている中で最も新しいものである。カビの異変が起こった後に書かれたため、『妖怪の山』の新勢力である守矢神社のことについても記されている。

 彼は永遠亭の住人が紹介されているページをじっと見つめる。竹林に住む兎、不死身の薬師、それらを束ねる姫…………その詳細を流し読みする彼の口元は、一瞬つり上がったように見えた。

 そんな上機嫌そうな彼に、小鈴は震える声で話しかけた。

 

「あのぉ〜〜…………」

 

「……何だ」

 

「その……もし借りられるのなら、お代金……」

 

「…………いくらだ」

 

「750円です」

 

「………………」

 

 値段を聞いた瞬間、彼の顔は固まった。口は微妙な大きさで開かれ、目は小鈴をじっと見ている。

 なぜ固まったのか、小鈴には分からなかった。分からないまま、彼女も紅の彼を凝視する。未だ暴れる彼女の心臓に、恐怖と気まずさが同棲し始めるのだった。

 だが、ほんの少しすると、小鈴の頭にとある予想、仮説がよぎった。小鈴本人でさえ、月まで吹っ飛びそうな衝撃を受ける予想。どんな予想か?

 

「……も、もしかしてお客さん……お金……持ってない……んですか……?」

 

「…………」

 

「ちょ、ちょっと! 大事なことですよ!? 持ってないんですかッ!?」

 

「……レジに案内しろ…………」

 

 小鈴は疑念を抱いたまま、彼を連れて在庫を出る。

 彼が金を持ち合わせていなかった場合、もちろんのことながら『幻想郷縁起』を貸し出すことはできない。彼女……というより、彼女の家は商いをしているのだ。やはり金を稼ぐことが重要なので、タダで貸し出すということは控えたい。

 そんな願望はありはするが、この存在が金を持っているように見えるかと訊かれると、首は横に振らざるを得ない。

 小鈴はレジの前に座ると、改めて彼に代金を請求する。

 

「はい。『幻想郷縁起』、貸し出しなら750円。購入なら1250円です。どちらにしますか?」

 

「………………」

 

 もう一度訊いてみるが、やはり彼は動かない。

 小鈴は心の中で確信していた。彼は一文無しである、と。先程まであった恐怖も、客と店員の立場、そして売買の状況によって吹っ飛んでいた。今は逆に、彼に対して同格の位置に立ったというちょっとした安心感さえある。いや、自分は金を要求していて、彼は金を持っておらず困っている。それならば、()()()()()()()()()()()

 小鈴の顔に徐々に笑みが現れ始めた時、彼は口を開いた。

 

「……750…………か。確かに渡したぞ」

 

「……え?」

 

チャリ チャリーン

 

「え? えぇ!?」

 

 彼が呟くと、レジ上に数枚の貨幣が音を立てて落ちる。いきなりの出来事に、小鈴は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

 手品? 魔法? そんなものでは断じてない。小鈴はこの光景を目にした瞬間、何か恐ろしいものを感じていた。それが人間の中に眠る古代の本能なのかは知る由もないが、とてつもなく恐ろしい()()()()()を垣間見た。そんな気がしてならなかった。

 

「貰っていくぞ」

 

「え? あ……はぁ…………」

 

 紅の彼は小鈴へ背中を向け、暖簾を払って退店する。

 小鈴は事態を呑み込むのに必死で、「またのお越しを〜〜」の文句を言うのを忘れてしまっていた。

 目の前で何が起きたのか?

 彼は小鈴(自身)の前から()()()()()()()()()()()()()()。手も、頭も、あの恐ろしい表情もだ。それだというのに、お金がいきなり現れた。

 到底理解できないが、代金をしっかり払われたのは事実。小鈴は放られた金を手に収めると、レジと一体化しているドロアを開けようとする。

 

「……あれ? 鍵が……壊れてる……」

 

 ドロアを施錠する鍵は、まるでねじ切られたようにして破壊されていた。

 

 

 

____________________

 

 

 

「ほう。永遠亭…………『蓬莱人』か……」

 

 その日の夜。人里を離れた紅の者は、竹林にて幻想郷縁起を読みふけっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()、埃にまみれ、古臭い木造の小屋の中だ。

 開いているのは『永遠亭』のページ。紅魔館の住人、妖怪の山の妖怪たちの記事は既に頭の中にある。三角のハイライトが光るその目が映しているのは、永琳と輝夜の記事だ。

 

「"蓬莱の薬を飲み、不死の肉体を手に入れた"…………なるほど。不老不死…………」

 

 彼は蓬莱人である2人と、蓬莱の薬に興味をもっていた。

 不老不死。それは彼にとってはおとぎ話も同然の存在。彼のいた世界には、過去に『石仮面』という物が、文字通り不老不死の吸血鬼を生み出していた歴史があるのだが、彼と彼の本体はそれを知らない。

 だが、この世界にも不老不死が存在する。蓬莱の薬を、永遠亭の八意永琳に作らせれば、彼は力を、永遠を手に入れられる。何者も超越できるだろう、圧倒的な力。そして、誰にも侵されることのない絶頂たる地位。

 

 

 それは、もしかしたら、『呪い』に束縛された主を救うことだってできるかもしれない。

 彼のもつ(野望)とは、まさしく()()なのだ。

 

 

 2人の記事を読み終え、再びページをめくると、彼はもう一人の蓬莱人の記事を目にする。

 

「……これは…………」

 

 

 

 

 

「おいおいおい……()()かよぉ…………」

 

 竹林の中で妖怪狩りを行い、たった今帰宅した藤原妹紅。彼女の前に建つ()()()()()は、いつかの日と同じように()()()()()()()()、中から明かりが漏れていた。

 妹紅はうんざりしたように頭をわしゃわしゃと掻くと、例の日と同じように、右手に炎を灯す。そして、足音を殺してゆっくりと小屋の戸に近付いた。

 

「………………」

(中の気配は……一人分。というか、あっちも私に()()()()()な? この戸一枚挟んですぐ向こう側に立っていやがるよ…………)

 

 何者かが自分の家でくつろいでいる。以前チャリオッツにしたように、説教が通じる相手であるよう祈るが、今回はどうか。

 前と同じように、左手で戸の取っ手を掴む。そして深呼吸を一度。相手が誰であろうと、一撃でダウンさせられるように火力を調整。全神経を集中させる。

 準備は整った。

 

(よしッ…………!)

「私の家に勝手に上がり込むとはッ! いい度胸してるじゃねーか! コラァ!!」

 

 

ボォウゥン!

 

 

 妹紅はサッシから外れそうになるぐらいのスピードで戸を開けると同時に、中にいる何者かへと右手を打ち出した。高熱の炎を纏ったその一撃は、並の妖怪や人間であれば致命傷になるだろう。

 そして、確かに当たった。自分の拳は、確かに何者かを捉えている。それでは、侵入者の正体を確かめてやろうではないか。妹紅は右拳の力を弱めることなく、顔を上げる。

 目の前にいた侵入者の正体、それは妹紅自身であった。

 

「……なッ!? な、中にいたのは……わ、私!? 私が……家の中にいた……の!?」

 

 2人の妹紅。しかし、戸を開けたのは確かに妹紅だ。そして、拳を打ち出したのも妹紅だ。

 だが、妹紅の視点は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。家の中から漏れる明かりで作られる影は、確かに家の中の妹紅の存在を表している。

 そして、家の外にいた妹紅の像は徐々に薄くなり、やがて消え果てる。と同時に、残った妹紅の影にもう一つの影が重なった。()()()()()()()()()()

 

「お前がたった今目撃し、そして触れたものは……『未来』のお前自身だ。数秒過去のお前が、未来のお前自身を見たのだ。それが我が『能力』」

 

「うっ!?」

 

 妹紅は理解できなかった。過去の自分と未来の自分が、同じ場所、世界に同時に存在できるはずがない。そう頭で思い切っていたからである。そして、こいつが自分に何かしたのは確かであるが、それに全く気付けなかったことについても、彼女は理解することができなかった。

 後ろに立つ影は、ゆっくりと揺めき、細長い何かを上へと掲げる。

 

()()()()。お前に質問がある。『幻想郷縁起』にも詳しく書かれていないことだ。永遠亭はどこにある?」

 

 

 

 




彼のこと大好きなので、書いている途中ですごいテンションが上がりました。


ひとまず危機が去った人里であるが、迫る影の標的は永遠亭へと切り替えられた。
地底に潜るハイエロファントたちは、その時何をしているのか?
いよいよ始まる東方地霊殿後半戦!

お楽しみに!
to be continued ⇒


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43.地霊殿と懐かしきF-MEGA

お久しぶりです


「……ブラック・サバス……負けてしまったのね……」

 

 薄暗く、閉ざされたとある一室にて、椅子に座る一人の少女が呟いた。ブラック・サバスとは、地底に潜入したハイエロファントや魔理沙が交戦したスタンドであり、この少女の下僕であった。

 彼女は何らかの手段でブラック・サバスの敗北を知ると、小さくため息を吐き、開いていた本を膝に乗せる。

 

 彼女の趣味は読書である。本は良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本だけが、彼女に()()()()世界を見せてやれるのだ。

 彼女はまだ途中までしか読んでいない本に(しおり)を挟むと、部屋の壁を埋め尽くす大量の本棚の一つへと戻し、部屋を出て行った。

 

 

 

____________________

 

 

 

「魔理沙。もう大丈夫だ。運んでくれてありがとう」

 

 場所が変わり、こちらは地底を進む魔理沙サイド。

 ブラック・サバスとの戦いを制し、天井の崩落から逃れた魔理沙はハイエロファントを救出。負傷した彼を箒に乗せ、回復を待ちながらゆっくり箒を進めていた。

 

「そうか? ケガは完全に治ってないみたいだけど」

 

「もう何ともない具合だ。一人で動けるよ」

 

「そっか。お前が言うなら…………」

 

 ハイエロファントの体にはまだ所々に傷があったが、魔理沙の箒から降りて自ら浮遊して移動を始める。

 ブラック・サバスは殴る蹴るの攻撃を行わなかったが、力強い押さえつけによってハイエロファントは体の数カ所を折られていた。いくらかは()()()()()()()()負傷を防いだが、それでも五体満足とは言えない具合。浮遊することができて良かったといったところか。

 しかし、せっかく降りたハイエロファントだが、今までのような長距離を自力で移動することはなさそうである。その理由は、彼らの眼前に広がっていた。

 

()()()()…………怪しさしかねぇな」

 

「……ずいぶん豪勢な……屋敷か?」

 

「永遠亭より、どっちかってーと紅魔館寄りの建物だな。というか! 建物の半分壁に埋まってるぞ!」

 

 2人の前にそびえ立っているのは、巨大な西洋風の建物。すぐ目の前に大きな階段があり、その上にさらに大きな扉があった。外壁が赤い紅魔館とは違う、また違った洋館である。

 いくら広いとはいえ、これだけ大きな建物が地底にすっぽり入るわけがないらしく、館と後ろ半分は岩壁と一体化するようにして埋まっていた。一体全体どうやって建築したというのか。明らかに普通ではない。

 だが、廃墟のように見えるというわけでもない。掃除は行き届いているようで、汚さは一切感じない外見をしている。そして、巨大な建物にはそれなりの権力者がいるものだ。それが地底の長なのか、八坂神奈子とコンタクトを取った者なのかどうかは分からないが。

 

「どうする? ハイエロファント」

 

「行くしかないだろう。もしかしたら、この中に山の神と接触した人物がいるかもしれない。それに、ここまで派手なもてなしをされたんだから、礼をしないわけにはいかないだろう?」

 

「へへっ。あぁ、そうだな」

 

 ハイエロファントの返答に魔理沙が頷く。

 にとりの話によれば山の神、八坂神奈子は地底の者と何かしらのコンタクトを取ったとのこと。彼女は神奈子が地底に『何をしたのか』を知るため、ハイエロファントに調査を依頼した。ハイエロファントたちはついでに怨霊たちも鎮められれば、といった心持ちで地底へ来たわけだが、待っていたのは死闘という手厚い歓迎。もし仕組まれたものだとしたら、地底の主に事情を訊かねばなるまい。

 2人は館へと足を進め始める。と、その次の瞬間、館の扉がある階段上から何者かの声が響いた。可愛らしく、それでいて落ち着いた綺麗な声だ。

 

『ようこそ。『地霊殿』へ。おふたりのことは既に耳にしていますわ。霧雨魔理沙さんに……法皇の緑(ハイエロファントグリーン)さん』

 

「!」

 

「……少女? あの子がまさか……いや……」

 

『そう、その通り。私が地霊殿の主。古明地さとりです』

 

「うっ!? な、何ッ……!?」

 

 階段の上から見えたのは、桃色の髪をした少女。袖の長い服とフリルの付いたスカートを穿()いている。それだけならばただの少女で片づくのだが、彼女が着けているカチューシャから謎のコードが伸びており、それらが数本絡み合う先には目玉のような物が存在していた。

 

 

 ハイエロファントはさとりが自己紹介をした後、なんとも言えない不気味さを感じた。

 それは奇怪な格好に感じたのではなく、彼女が言葉を発したタイミング、そしてその内容に感じたのだ。

 ハイエロファントは「まさか……」としか言っていない。それに対し、さとりは「その通り。私は……」と続けたのだ。まるでハイエロファントが「まさか彼女が地霊殿の主なのか?」と言いたかったと分かっていたように。

 彼のその驚きですら筒抜けなのか、さとりは表情をほんの少しだけ曇らせる。そしてハイエロファントたちに背を向け、地霊殿の中へ戻りながら2人についてくるよう促した。ハイエロファントは警戒を解くことなく、彼女の後に続いて行くのだった。

 

 

____________________

 

 

 地霊殿の中を案内される2人。さとりは無言で前を進み続ける。地霊殿の中は想像通りにとても広く、そして明かりが少ない。外装に関しては紅魔館に似ている部分が多かった。

 逆に違う部分といえば、使用人の姿が一切見えないというもの。紅魔館には羽を生やした小さなメイドや、明らかに人外な小人(ホフゴブリンのこと)などがうじゃうじゃいた。しかし、地霊殿は違った。周りにいるのは動物たち。ネコやオオカミ、イタチのような哺乳類もいれば、水場も近くないのにワニやオオトカゲなどの爬虫類も闊歩(かっぽ)している。まるで動物園のようだが、異様な光景には変わりない。あの魔理沙でさえも目を輝かせることはなかった。

 しばらく移動し、到着したのは客間と思しき一つの部屋。行ったのは最初で最後だが、なんとなくレミリアの部屋を思い出す。彼女の部屋よりも本棚が多く存在しているものの、雰囲気は似通っていた。

 部屋の真ん中に机があり、それを挟むようにして2つのソファが置かれている。さとりはドア側にハイエロファントと魔理沙を座らせ、彼女自身は奥側のソファに腰掛けると、ようやく口を開いた。

 

「さて……初対面でお互いの素性が分からない中これを行うのは心苦しかったけれど、ここに来るまでの間におふたりの心の中を見させてもらったわ」

 

「は!?」

 

「…………」

(なるほど。心の中を読む能力……だから地霊殿に入る時、僕が思ったことに返答できたのか)

 

「理解が早くて助かるわ。ハイエロファントさん」

 

「……違う意味で会話にならないな。その能力」

(敬語をやめたということは、テリトリー内に入ったことで自信が出てきたのか。この少女、何が目的だ……?)

 

「…………」

 

 ハイエロファントが返答するが、さとりはそれにすぐ反応することはなかった。ハイエロファントは皮肉のつもりであのようなことを口に出したが、心の中では別のことを考えている。さとりはそれが分かるのだ。

 しばらくハイエロファントの目を見つめるさとり。すると、いきなり「フフッ」と笑いを漏らした。「何がおかしいんだ?」と眉をひそめる魔理沙を他所に、さとりはハイエロファントへ言った。

 

「別に、あなたたちを取って食おうなんて思ってないわ。敬語をやめたのは2人のことをなんとなく理解したから。初対面でいきなりタメ口を聞かれるなんて嫌でしょ?」

 

「………………」

(じゃあ、一体何が目的で僕たちを招き入れたんだ……?)

 

「目的なんて無いわ。ちょっと話をしたかっただけよ。私も私で知りたいことがあるから」

 

 会話を必要としない会話。さとりは慣れているようで、たった一人でベラベラ喋る。しかし、この感じはどうにも慣れないハイエロファントたち。全てを見透かされてるというのも、気持ち悪いものだ。嘘がバレるからというわけではなく、隠し事が何も通じないのだから。

 さとりはハイエロファントから魔理沙へ視線を移すと、別の話題に切り替えて話を続けた。

 

「そう。ブラック・サバス、そんなに強かったのね。私が彼の思っていることを当てたら、すぐに縮こまっちゃったのよ。正直門番にするのも心配だったわ」

 

「そう……なのか……」

(実力を知らないで門番を任せたのか……?)

 

「地霊殿の中のことはペットたちで事足りてるからね。空いてる仕事がアレぐらいだったのよ」

 

「……ちょっと薄情すぎねぇか?」

 

「ふゥん……どうして私がブラック・サバスに未練が無いか、とっくに分かってると思うけど……魔理沙?」

 

「…………」

 

 心を読めるさとりの指摘通り、魔理沙には思い当たる節がある。

 ブラック・サバスは消滅する時、『信頼』と『侮辱』について語っていた。だが、あの時の彼からはその2つよりも、主であるさとりへの恐怖心の方が感じられた。彼は最初からさとりを信頼していたのではなく、恐怖して従っていたに過ぎなかった。『心を読む能力』に屈服していたのだ。

 そして、さとりはそれを理解した上で、地霊殿から遠い門番の役割を与えていた。ブラック・サバスを気遣ってか、それとも彼女の方もブラック・サバスに不信感を覚えていたからか。まぁ、さとりの口ぶりから察するに後者なのであろうが。

 

「あぁ、そうそう。ハイエロファントさん、あなたのおかげで思い出したわ。私が2人に訊きたかったこと」

 

 さとりはソファから立ち上がり、近くにある文机の引き出しを開ける。彼女がそこから取り出したのは、一枚の紙切れ。遠目から見てみると、その表面片側に何かしらの文字が書かれていた。おそらく、誰かからの手紙であろう。さとりは書かれた文章を読み上げる。

 

「『地底の主、古明地さとり殿。我々、地上の者と貴公ら地底の者。ついに両者が手を取り合うべき時がやってきたと私は考えている。これはその友好の印である。地上の神、八坂神奈子』、ですって。地上の神様はセンスの無い文を送りつけるの?」

 

「どうだろうな。私は割とぶっ飛んだやつだとは思うよ」

 

「神様か……まだ僕は会ったことがないな」

 

「そうなの。それで、そう。あれが送られてきた物ね。『ゲーム』って言うらしいんだけど、これは知ってる?」

 

 さとりが『ゲーム』と呼ぶ物、それは部屋の隅に置いてある機械の箱のような物体のことだ。

 魔理沙はさとりの言葉に合わせて視線を移すが、彼女の頭に浮かんだのは『?』だけである。幻想郷には『ゲーム機』が普及していないため、ゲームという単語自体は分かるものの、それとこの箱が一体何の関係があるのか理解できなかった。

 しかし、ハイエロファントは違った。そのゲーム機に見覚えがあるのだ。これはかつて、自身の本体である花京院が使っていたことがある代物。そして、DIOを倒す旅の中で、DIOの刺客であるテレンス・T・ダービーとの勝負でも使ったものと同じ型のゲーム機だった。

 

「ハイエロファント? あの箱、見覚えあるのか?」

 

「……あぁ。僕の本体もやっていた。いわゆるTVゲームというやつさ。テレビに繋いでプレイするゲーム機。ゲーム機本体だけでなく、テレビも一緒に付けるとは、さすが神様だな……」

 

「そう。ハイエロファントさんは使ったことあるのね…………そうだ。私からちょっとした提案があるんだけど」

 

 『提案』という言葉を聞き、魔理沙とハイエロファントはさとりの方を振り返る。その時に見た彼女の顔には、小悪魔的な不敵な笑みが現れていた。

 

「2人は地上の神様が地底に何をしたのか、それを調査しに来たんでしょう? でも、私が知る限りだと例の文とゲーム機が送られてきただけ。それ以外は何も知らないわ。だけど、私がその調査を手伝うと言ったら?」

 

「手伝う? お前が?」

 

「どうせ裏があるさ。魔理沙」

 

「そんな……別に悪いことはしないわ。ただ、私の提案に乗ってくれたら、調査を手伝うってことよ」

 

「分かった分かった…………それで、提案って何だよ?」

 

「私と……ゲームで勝負しましょう」

 

『……何?』

 

 さとりの口から出てきた提案は、2人の予想の外にあるものだった。思わず間抜けなトーンで言葉を発してしまう程度には驚くもの。

 魔理沙はてっきり、ペットたちの世話を手伝え、といった雑用をさせられるかと考えていた。そうだったとしても、迷う間も無く断り、再びハイエロファントと2人で地底を彷徨(さまよ)うつもりだった。

 ハイエロファントの場合は弾幕勝負を仕掛けてくるものかと思っていた。物事を決める際、意見が対立した時には弾幕で白黒つけると魔理沙に教わっていたからだ。

 一瞬固まった2人だが、魔理沙が最初に口を動かした。

 

「ゲ、ゲームで勝負して……私たちが勝ったら調査を手伝うってか? ゲームでやる必要なんてあるかァ!? 妖怪は黙って弾幕だぜ!」

 

「……弾幕勝負っていうのはあくまで方法の一つでしょ? じゃんけんで決まるならそれに越したことは無いし、話し合いで解決するなら、それこそ弾幕勝負をする意味なんて無いわ。そして今の場合、ゲームをすることで問題が解決できる。それこそ弾幕を使う必要ってあるの?」

 

「にゃ、にゃにをォ〜〜っ!?」

 

「……さとり。君はゲームをしたいのか?」

 

「暇な時、軽い気持ちでやってみたらとても面白かったわ。ハマっちゃった。それからはずっと一人でやってたけど、今この場にはあなた(経験者)がいる。ちょっとした好奇心よ。どちらが強いか……ってね。ゲームで勝って調査を楽にするか、ゲームをせずに非効率的で無駄な時間を過ごすか。あなたが決めてくださいな」

 

「…………」

 

 日の光が入らぬ地底。そこに構える地霊殿で胡座(あぐら)をかく者は、闇に包まれた地底そのものと違ってハッキリしていた。日の下に出ない割に気が小さいわけではなく、どちらかというと自信家だ。

 魔理沙はゲームをしないつもりでいるようだが、ハイエロファントもそうかと問われると()()()()()()()()

 

「魔理沙、これから暇になるかもしれない。先に行ってて構わない」

 

「え!?」

 

「おや……」

 

「いいだろう。さとり。僕も久々にやってみたくなったところだ。君の勝負、受けて立つ」

 

「ゲ、ゲームすんの……?」

 

 ハイエロファントはやる気満々である。魔理沙は目を丸くしてハイエロファントを見つめるが、彼が言った通り、たった一人で先に行こうとは思わないらしい。驚くだけで、それ以上のアクションは取らなかった。

 提案した側であるさとりも驚きの表情を見せたが、ハイエロファントのやる気を見て、再び笑みを浮かべる。そして、ハイエロファントの言葉に返答しないまま、部屋の隅に置いてある2台のテレビを順番に抱え、テーブルへと置いた。

 

「……グッド。心の中を読んでたわけじゃないけど、受けてもらえると思ってたわ。魔理沙は……行かないの?」

 

「ゲームに興味ねーけど、ハイエロファントを置いては行けないからな。応援係でもやるさ」

 

「……ありがとう。魔理沙。それでだが……さとり、プレイするゲームは何だ?」

 

「これよ」

 

 さとりが机の引き出しから取り出したのは、ゲーム機とは別の、小さく四角いケース。ゲームカセットだ。そして、そのゲームの名前とは…………

 

「エ、F(エフ)-MEGA(メガ)……!」

 

「ゲームソフトの名前まで知ってたの。そして、しっかりプレイしてる……楽しくなりそうね」

 

 F-MEGA。前後だけでなく、縦横無尽に駆け巡る3Dコースが売りのカーレースゲームである。

 スタンドが見えない人間とは心が通じない、そのような考えをもっていた花京院は孤独の幼少期を過ごした。その()()()()を埋めるため、花京院はテレビゲームをよく遊んでいたのだ。F-MEGAもその内の一つであり、彼が徹底的にやり込んだ作品でもある。

 もちろん、花京院のスタンドであるハイエロファントも、同じようにプレイできる。記憶と技術は受け継いでいる。ある意味、幻想郷に来てから初めて、花京院と共に行う『闘い』かもしれない。本来は本体がスタンドを。そして今回は…………

 

 

 さとりはカセットをゲーム機にセットし、テレビ画面も点ける。タイトル画面になると、ロゴが現れると同時に『F-MEGA!!』と音声が鳴った。これを聞くと思い出す。テレンスとの激闘(カーレース)を。ハイエロファントの闘争心はあの時のように、静かに燃え始めていた。

 

「では、始めましょう。ハイエロファントさん」

 

「あぁ。存分に」

 

「OPEN THE GAME!」

 

 

 

 




時間をかけた割には文字数少なめです。


突如始まるさとりとのゲーム勝負!
テレンス・T・ダービーの時と違って魂を賭けているわけではないが、ハイエロファントは威信にかけて勝利を目指す。

お楽しみに!
to be continued⇒


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44.Steel Cars Run

『Select your car!』

 

 テーブルに2台のテレビを置き、ハイエロファントとさとりが向かい合うようにしてソファに座る。起動されたゲーム機はテレビ画面に『F-MEGA』のロゴを映し出し、その次に音声とともに車種選択画面へと切り替わった。

 

「車種を選択して、どうぞ?」

 

「A(カー)で」

 

「同じく」

 

『A-Car!』

 

 さとりとハイエロファントは同じタイミングでボタンを押すと、テレビのマイクから機械音声が響き、選択されたA車が大きく映る。その横側にはA車のステータス(最大速度やフルスロットルまでに要する時間など)が表示される。

 F-MEGAのA車、その最高速度(マックススピード)は425km/h。フルスロットルに達するまでにかかる時間は17秒。これがハイエロファントの知ってる情報である。

 ()()()()()()()数値である。

 

「! これは……!?」

 

「? どうかした?」

 

 テレビ画面に映るA車のステータス、最高速度は480km/h。フルスロットルまでの時間は21秒!

 ハイエロファントのもつ情報とは決定的に違っていた。うろ覚えであったとしても、ここまで数値がズレることなどあるだろうか。いや、たしかに思い出してみればこのF-MEGA、タイトル画面に出てくるロゴの形も、ハイエロファントが知る古くさい()()F-MEGAのものではない。微妙に、色さえも変わっていたのだ。

 

(一体どういうことだ……? まさか新作……? いや、だとしても全く同じタイトルだなんてことはあるのか? ナンバリングされるわけでもなく、タイトルのデザインだけを変えて…………あり得なくもない……のか……?)

 

「ハイエロファントさん? 何かおかしなことでも?」

 

「……いや、何でもない…………次は番号だったか。僕は『法皇』にちなんで05にしよう」

 

「では、私は04で。分かる人には分かるかも」

 

「?」

 

 さとりの謎の言葉に、ハイエロファントは頭に『?』を浮かべていた。彼には()()()()()()()()()である。

 テレビ画面では2人が選んだ数字がステッカーとして車体に刻まれる。ボンネットやボディサイドに05と刻まれた緑色の車がハイエロファント、04と刻まれ、ピンク色をした車がさとりである。

 2人は次にコースを決めるわけだが、さとりはその選択もハイエロファントに(ゆだ)ねた。彼はテレンス戦の時と同じように、コースNo.1を選択。次に画面に表示されるのはそのコースの全体をマップにしたものなのだが、ここでも異変が起こった。またしても、ハイエロファントが知るコースではないのだ。

 コースNo.1には6つのカーブがあり、通り抜けるとスピードが約2倍になる加速トンネルが存在しているのだが、今ハイエロファントが目にしているコースマップには、大きく分けてカーブが8つ。細々としたものを含めれば、さらに存在している。加速トンネルがあることも変わりないが、その長さが彼の知るものとは違っていた。その上、高低差がバラバラの枝分かれした道など、明らかに違うコースであった!

 

「ハイエロファントさん……用意はいいかしら」

 

「…………あぁ。早く……やればいい」

 

 さとりが自身の持つコントローラーのボタンを押すと、2台の車がスタート地点に並ぶ。上からライトが降り、赤く点滅しながらスタートまでのカウントダウンを開始した。

 コースは崖に挟まれた岩山を模したもの。もしかすれば、コースアウトを誘うように壁の無い場所もあるかもしれない。気を付けて走らなければ。

 ハイエロファントはここで考える。これは別に読まれても構わない思考だ。この試合、さとりを打ち負かすには彼女の能力を突破しなければならない。

 

「大丈夫よ。ハイエロファントさん。私はフェアですもの。()()()()()()()()()()()使()()()()。それと、カウントダウンはされてるけど、もう闘いは始まっている!」

 

「!」

 

 

タタタタタタタ……

 

 

(さ、さとりの()()()()()()は! 小刻みにアクセルボタンを連打するという、全パワーをかけたダッシュをするスタート方法だッ! ダービーと同じく、彼女はやり手!)

 

 さとりが握るコントローラー。そのアクセルボタンをスタート直前に連打することによって、爆発的な加速力でスタートを切ることができる、歴とした方法がある。神奈子は説明書かコツを書いたメモも送ったのだろうか、さとりはこの方法を知っていた。

 ハイエロファントは、まさかさとりがこの方法を知っているとは思わず、あのテレンス戦の時と同じくアクセルボタンの入力が遅れてしまった。さとりに遅れて入力するということはもちろん、スタートもさとりの方が早くなってしまうということだ。

 

 

START!

 

 

ギュウゥン! ギャウン!

 

 

「ッ…………!」

(やはり前に入られた!)

 

「こうなってしまっては、中々抜け出せないわ」

 

「……スタート前の加速だなんて、いつ知ったんだ?」

 

「自分で言うのも何だけど、私の探究心は結構強いのよ。プレイしていく内に見つけたの」

 

 自慢げに話すさとり。だが、彼女の言葉の真実を裏付けるかのように、スタートした彼女の車はハイエロファントの車の前に躍り出て、牽制しつつぐんぐんスピードを上げて距離を空けていく。

 いくら初めて目にするコースであっても、過去に何度もやってきたゲームで遅れを取ることは少ないだろう。それでも、ハイエロファントはさとりに()()を許してしまった。

 このコースにはいくつものカーブが存在するが、彼女がテレンス並みの実力者ならば、その車を抜き去るのは至難を極めているはずだ。

 ハイエロファントは考える。さとりの、「能力は使わない」という宣言。信じてみようではないか。テレンス戦の二の舞にならないことを祈って。

 

 

グルルルルルルルル

 

「なっ……高速で回転(スピン)を!?」

 

「仕様を見つけていくのも良いが、新たな技を()()()()ことも大切だ。甘いぞ。さとり!」

 

ガガガガガガガガガガ!

 

「……お、押し出され……!」

 

「おぉ! すげーな、ハイエロファント!」

 

 ハイエロファントはコントローラーの十字ボタンを右回りでなぞるように押し、自身の車を回転させた。スピードの乗ったスピンは、前方を走るさとりの車をサイドへ押し出し、互いにコースを挟む壁に激突した。

 この活躍にはさっきまで興味無さそうにしていた魔理沙も飛び上がり、画面を凝視しながらハイエロファントの肩を揺らす。

 

「やりますね……でも、勝負はここから!」

 

「再びか」

 

ギャウン! ギャウゥン!

 

 2人の車はコースに戻ると、次はスタートの時とは違って同じパワーで発進した。同じタイミング、同じスピード。少しもズレずに並走する。

 しかし、直線の道は長くは続かない。やがて前方に初めてのカーブが見えてきた。右側へと曲がるカーブだ。

 だが、ここで一つ問題が発生していた。ハイエロファントとさとりの車は並走しているのだが、さとりは右側を、ハイエロファントは左側を走っている。つまり、ハイエロファントはカーブの外側を回ることになっているのだ。もちろん、内側を走る方が有利なのは両者とも分かりきっている。

 テレンス戦の時も同じことがあった。しかし、あの時とは車が違う!

 

「…………ッ!」

(まずいぞ……あのカーブをフルスロットルで曲がれなければ、同じ車種のさとりの車との差が開いてしまうッ! しかし、それには直線が短すぎる……)

 

「…………」

(私とハイエロファントさんの車は、あのカーブに到達するまでにフルスロットルを迎えることはできない。このまま行けば、一つ目のカーブで差をつけることができる!)

 

 焦るハイエロファントと、ほんの少しの安心感を覚えるさとり。並走する車はぶつかり合うことはなく、お互い全力でカーブを曲がろうと集中していた。

 ゲームに関する知識は3人の中で最も低い魔理沙だが、ハイエロファントの画面を見て、なんとなくヤバい雰囲気だというのは分かったらしい。彼女も彼女で、昔は妖精とレースごっこをしたり、化け猫に何かを盗まれた時は追いかけっこをしていた。そのため、カーブを外側で回る不利は理解していた。

 

「うぉおい……ハイエロファント、ちょっとヤバいんじゃあないの!? もっとスピード上げろ! 気合いだッ!」

 

「気合いでどうにかなるかッ!」

 

「静かに! 気が散るわ」

 

 さとりに怒鳴られ、魔理沙は口を紡ぐ。 

 不利であることが分かっているのは、ハイエロファントも同じだ。再び回転(スピン)を使っても良いが、まだサイドには崖がある。ぶつかるだけで、簡単に復帰されてしまう。しかも、何の代償も無しで弾き出せるわけではないのだ。相手の車体にぶつかる度、ハイエロファントの車の『パワー』は減少していってしまう。相手よりも『パワー』が低くなれば、今度は自分が弾き出されてしまう危険があるのだ。無闇に使うことは賢い行いではない。

 そしていよいよ、カーブを曲がる!

 

「……や、やはりッ!」

 

「ふゥ…………」

 

「ハ、ハイエロファントの車が……少しだけ遅れたッ! やっぱり外側を走るのは不利だったか!」

 

 ほぼ同じタイミングでカーブに差しかかる2台だったが、曲がった後で直線に飛び出したのは、さとりの車が先であった。

 差は未だ小さいもの。まだ先程と同じように、前方を阻まれて抜け出せなくなるほどではない。

 しかし、災難は一度過ぎたとしても、再びやって来るものである。次に現れたのは細かく左右へ振られているカーブ地獄だ。おまけに壁が無い。今のスピードのまま突っ込めば、確実にコースアウトしてしまうだろう。

 ハイエロファントは不本意だが、スピードを落としていく。しかし、さとりは依然減速しなかった。

 

「! さとり…………まさか、そのスピードであのうねった道を行くのか!?」

 

「おや、ハイエロファントさん。自信が無いんですか?」

 

「……経験済み……か……もう慣れてるということだな」

 

「なぁ〜〜っ!! さとり、ズルいぞ!」

 

「そう言うと思って、ハイエロファントさんにコースを選んでもらったのに。外野は静かに」

 

 ハイエロファントの車が減速し、確実にカーブを攻略する中、さとりの車はスイスイと滑らかな動きでコースを走る。減速した分、さとりとの車の差はさらに開いてしまった。このうねり道の中では、もはやさとりに追いつくのは難しい。いや、不可能である。差はどんどん広がり、既に車5、6台分のスペースが空いてしまった。

 やっとの思いでうねり道を抜け、直線に出てもさとりの優勢は変わらない。さとりは先程の並走の時と比べ、かなり落ち着きを取り戻したようだ。余裕の表情で指を動かしている。

 ハイエロファントはアクセルボタンを押しながら、コースの全体図を思い出す。

 スタートしてから大きなカーブが一つ、そして多くの大小様々なカーブが入り混じったゾーン、それらを抜けて来た。たしか、その次にあった物は……

 

「次は加速トンネルか。僕がやったことのあるコースよりも、遥かに長いトンネル。差を縮めるには加速に賭けるしかない……」

 

「加速トンネルの入り口は、2台が同時に入れるほどの広さではありません。どのようにして攻略するかはおそらく知っているのでしょうけど、一応伝えておきます」

 

「ケッ! どーせ、さとりが先に入るんだろ!」

 

 魔理沙の態度にさとりは少々イラついているようであるが、彼女の悪態がさとりの調子を狂わせることはない。勝負に有利な状況が、さとりの精神状態を好調に維持しているからだ。魔理沙も『応援係』としているのだから、もっと応援してくれ、とハイエロファントは心の中で思う。

 だが、魔理沙が言ったようにさとりが先にトンネルに入ることは、覆しようのない事実。加速トンネルでスピードを上げたとしても、さとりに追いつくのは難しい。自分のミスを限り無く減らし、かつさとりのミスを誘わなければならない。

 

 

 そしていよいよ、2台はトンネルに侵入した!

 

 

「うわ、トンネルの中めちゃくちゃ暗いじゃあねぇか」

 

「…………」

(ないとは思ったが、前のライトを見る限り、さとりは確実に加速レーンを()()()()()。僕も外すわけにはいかない)

 

 トンネルの中は想像通り(魔理沙は違うが)、全く明かりが存在していなかった。あるのはせいぜい車のライトか、加速レーンの微かな光。それらを頼りに、走行の妨害をしてくるキャノン砲も避けねばならない。もちろん、ハイエロファントもさとりも、とっくに攻略済みである。

 しかし、さとりの操作テクニックも大したものだ。加速レーンはトンネルの地面だけでなく、壁や天井に付いている。つまり、車のスピードを利用して壁、天井すらも走らねばならないのだ。さとりはその技術すらも磨いており、存在する加速レーンの全てを通り、ぐんぐんスピードを上げていた。

 操作技術もほぼ互角。ここからハイエロファントはどう巻き返すというのか。互いにミスを待ちながら、加速トンネルを駆け抜ける。

 

「トンネルは間も無く終わりです。その次に待つのは、コースがいくつにも枝分かれするエリア。そこを抜ければ、再び数個のカーブがあり、そしてゴール。ハイエロファントさん、まだ負けは認めてませんよね?」

 

「………………」

 

「な、何か言い返してやれよぉ〜〜! 負けた上に時間取られるとか、私は嫌だぜッ!」

 

「まぁ静かに。ハイエロファントさんも集中してるのよ」

 

 さとりは勝利を確信しているのか、余裕をアピールしつつ魔理沙を(なだ)める。ハイエロファントはご覧の通り、黙ったままだ。

 さとりは、このまま先を走りながらトンネルを抜ける、そう思い車を走らせていたが、突然ある事に気付いた。

 

 

ガィイン ガィ〜〜ン ギャギャギャギャ

 

「! な、何の音……!?」

 

「何だ……? この……金属がぶつかるような……音。部屋の外から鳴ってんのか?」

 

「…………」

 

 魔理沙とさとりが反応した、いきなり発せられ始めた奇妙な音。それはまるで、金属と金属が互いにぶつかり合うかのような、耳が痛くなる音だ。

 魔理沙は手を耳に当て、音の発生場所を探ろうと部屋中をゆっくり歩き回る。しかし、部屋の端っこに行っても音が大きくならないため、地霊殿のどこかから鳴っているわけではないらしい。ということは、この謎の音が出ているのは、ハイエロファントたちがプレイするゲーム以外にあり得ないということだ。

 

「ハ、ハイエロファントさん!? 一体何を……?」

 

「ゲームに集中するんだ。もうすぐトンネルを抜ける」

 

「!?」

 

「あ!? こ、これはァーーーーッ!?」

 

 ハイエロファントに言われ、さとりは自身のゲーム画面に視線を戻す。すると、車は間髪入れず、ハイエロファントが言ったようにトンネルを飛び出した。さとりの車に問題があるわけではないようだ。

 注目すべきは、ハイエロファントの車。さとりの車がトンネルを抜けた瞬間、彼の車がさとりの車の上から降ってきたのだ!

 

「上から!? それに、なぜこんなにも差が小さく!?」

 

「どういうことだよ。ハイエロファント!」

 

「……キャノン砲さ」

 

「ま、まさか……キャノン砲に()()()()()()()、さらに加速した……!? でも、そんなこと……」

 

 ハイエロファントが魔理沙に答えたのはほんのそれだけ。「キャノン砲」とだけ伝えた。

 魔理沙は理解できなかったが、ハイエロファントが使った手口はこの通り。トンネル内に無数に設置されたキャノン砲の砲身、および砲丸をわざと喰らい、ぶつかって、車を猛スピードで暴走させたのだ。ぶつける角度や部位を間違えれば、車のパワーは大きく減ってしまうし、妨害となって差は開いてしまう。そもそもキャノン砲はそのために設置されているのだ。

 障害物でさえも己の武器に変えるハイエロファントのテクニックに、さとりはつい感心してしまった。そして、いきなり差を縮められたことによって、再び余裕が無くなり始める。

 

「…………!」

 

「次は枝分かれのコース! 君はこのコースについて知っているんだろう? ならば、君について行けば、差は開かなくて済む!」

 

「すげぇ! すげぇよ、ハイエロファント!」

 

「ね、すごいよね〜〜。お姉ちゃんも頑張れ〜〜」

 

 ハイエロファントとさとりの車の差は、既に車一台分までに縮まっている。そして両者ともフルスロットルであり、ハイエロファントはなんとかさとりの車のサイドへ入ろうと、さとりはそれを阻害するため、ハイエロファントの車の前へと移動する。攻防はずっと続き、お互い一歩も譲らない。

 そしていよいよ、件の枝分かれコースへと突入する。

 

「あ、私このコース知ってるよ。前やったことあるもん」

 

「へ〜〜。じゃあ、どの道が有利か、とか知ってんの?」

 

「うん。もちろんだとも」

 

「いや、魔理沙。実を言うと、僕はこのコースは初めて走るんだ。だからこんなコースは走ったことがない」

 

「……え? 私何か、お前に言った?」

 

「……何?」

 

「………………」

 

 ハイエロファントと魔理沙の会話に、さとりは何か感じたことがあるようだ。しかし、それを口には出さない。()()勝負の方が大切だ。どうにもならないが、勝利を掴みたい気持ちが、アクセルボタンをさらに強く押し込む。

 しかし、ハイエロファントはそれについていく。ピッタリとくっつき、分かれたコースも全く同じ道を走る。ゴールへ近道となるコースを使う手も、これでは台無しだ。

 さとりはなんとか、ハイエロファントの車を一瞬だけでも止める方法を考えていた。

 

「…………ッ!」

(このゾーンを抜けた先はカーブが多くあるだけ…………全てのカーブで内側を通る? でも、ハイエロファントさんはそれを許してくれる相手ではない! どうする……!?)

 

「…………」

(残すはカーブだけ。それまでに、さとりが何の手も打たないことは無いはずだ。次は……最後の手は何だ?)

 

 枝分かれゾーンは難無く突破した2台。依然、ハイエロファントの車はさとりの後方にピッタリとくっついている。

 最後にはカーブしか待っていない。カーブに差しかかるまでの直線。そこが仕掛けどころだ。経験の差でハイエロファントが勝つか、それともさとりの意地が勝つのか。

 さとりが最後に取った行動は…………

 

グゥウン……ガッチャァアアン!

 

 

「な、何ィ!?」

 

「なっ……さ、さとり! お前!」

 

 さとりの車は一瞬、ハイエロファントがいる方とは別側のサイドへ弧を描くようにズレたかと思うと、勢いをつけてハイエロファントの前に飛び出した!

 

「ま、まさか……この手でくるとはッ!」

(最後の最後……何かあるとは思ったが、こんなにも大胆な方法を! シンプルだが、自分のスピードは極力落とさず、相手だけを減速させるやり方…………まさか君がやるとは思ってもいなかった!)

 

 さとりの車は勢いをつけて横にズレただけのため、彼女の車は減速はしたものの、止まりはせず、そのままスピードを戻しながらゴールへと走る。

 しかし、いきなりの行動に度肝を抜かれたハイエロファントは、思わず十字ボタンを押して左右へ逃げ、壁にぶつかってしまった。これで再び差ができてしまったのだ。

 

「お姉ちゃんも大胆〜〜」

 

「お前、汚ぇぞ! スポーツマンシップみたいな……ものは無いのか!」

 

「……誇りってこと? これも立派な技よ。ぶつかり合うことを前提に、このゲームはできてるんですもの。それに、今のが卑怯だって言うなら、最初のハイエロファントさんのスピンだってそうじゃないの?」

 

「ぬぐぅ…………」

 

「……まずい…………」

 

 魔理沙はさとりに言いくるめられて黙る。ハイエロファントはと言うと、すでに車を動かしてはいるものの、さとりの車との差は大きく開いてしまった。カーブを通るだけでは、この差を埋めることはできない。

 ハイエロファントは敗北を覚悟…………することはなかった。

 今彼の頭の中にあるのは、彼の本体花京院と、DIOを倒すための長い旅。なぜ今思い出したのか、彼でもよく分からなかった。だが、今この場で諦めてしまったら、自分が自分でいられないと、ただただそんな予感がしていたのだ。

 

「…………」

(DIOを倒すというあの旅…………典明は……いろんな場面で()()()()()。悪夢のスタンドと戦った時も、エジプト上陸直後に目をやられた時も。でも、それでも彼は旅をやめなかった。仲間を見つけたから、という理由だけでは決してない。彼は強くなっていたんだ。確実に。僕がここで勝負を諦め、さとりに敗北するということは、典明の『強さ』とあの50日間の否定になってしまうッ! それだけはあってはならない。僕も……彼のように……()()()だ。それしか残されていないわけだが、あえて! 『厳しい道を行く』。さとりの車は関係無い。僕だけのコースを…………僕だけがなじむ道を、行く。小細工も何も無い、()()()()を。その先にこそ、『光』があるはずだ。勝利が……)

 

 

 

『光』の中へ……

 

 

 

 ハイエロファントの中で、もはやにとりの依頼の調査に関する思考は消えていた。代わりにあったのは、矜持と自身の本体を裏切るまいとする心。それが例え、ゲームという遊びであっても、目の前の不利な現実から目を背け、諦めるという行為は限り無く愚かなもの。

 ハイエロファントはそうでありたくはない。さとりに勝って終わると、高潔で誇り高い本体へ、強く誓った。()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハイエロファントの画面からはさとりの車は消え、ハイエロファントの聴覚から魔理沙の声も消える。ただ、彼は自分だけの道を行く。

 

 

 

 

 

カツン……カツン……

 

 

「……? な、何が…………」

(後ろに何かが……当たってる……? ハイエロファントさんの車は後ろのはず。差はさっきよりかは開いて、私に追いつけるわけが…………)

 

「く、車だ……ハイエロファントの車ッ! カーブを曲がる度車間を詰めて、もう追いついて来た! 何でだ!?」

 

「なッ!?」

 

「……さとりの車? もう追いついたのか」

 

 さとりの車を後ろから押すもの。それは、ハイエロファントの操作する車だった!

 さとりはその事実を知り、一度頭が真っ白になってしまう。それなりに差があったはずなのに、なぜもう追いついているのか。車体がぶつかり合うほどの距離まで、どうやって近付いて来たのか。何も分からなかった。

 ハイエロファントの車はさとりの車を後ろから押し上げ、そのまま前へ突き進む。押され続けることにより、さとりのスピードがさらに増す。それにつれ、コントロールも徐々に失ってしまう。ハイエロファントの車が左右にズレてしまえば、さとりの車もそれにつられてズレてしまうだろう。

 さとりは再び差を生むため、自分から左右に振ろうと試みる。が、振られるのはハイエロファントも同じであるため、自分の車体にぶつけて減速させることもできなかった。そして、ゴールもいよいよだ。

 

「そ、そんな…………!」

 

「ハイエロファントのスピードも上がってくぞ……! これで終わり、勝ちだぁッ!」

 

「ま、まだ……ッ!」

 

 さとりは十字ボタンをいじり、ハイエロファントの車からなんとか逃れようとするが、加速するハイエロファントからは中々離れられない。

 さとりはゲームを始める前、「能力は使わない」と宣言していた。しかし、今この時、さとりの視線と『覚の目(サードアイ)』はハイエロファントの顔を見つめてしまっていた。本当に、()()()()

 そしてようやく、無理矢理ハイエロファントの車から離れると、次に彼女に待っていたのは…………

 

「あっ……し、しまっ…………」

 

 

ガッシャァアア〜〜ン!

 

 

 さとりの車はバランスを崩し、近くまでやって来たゴールの枠に激突。大破してしまう。そして、その瞬間!

 

 

ゴール!!!

 

 

「や、やったぁ! ハイエロファントの勝ちだぜッ!」

 

「ふゥ…………勝ったのは僕の方……だ」

 

 




長かったですね。
本当はキリのいいところで切りたかったのですが、中々難しいです。



さとりとのレース勝負に勝ったハイエロファント!
これで、さとりはハイエロファントたちに協力することが決まった。
次回はヨーヨーマッを倒した霊夢サイドにスポットを当てる。


お楽しみに!
to be continued⇒


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45.火焔猫燐は案内人

「霊夢、お前……そんな札で治るのか?」

 

「治るわよ。ほら、喋れてるでしょ?」

 

「それはそうだが…………」

 

 霊夢は自分の頬をチャリオッツに見せつけながら、手に持つ札をヒラヒラと振る。彼女が持つ札には『治』と書かれており、札に宿る霊力なんかで傷を癒すことができるらしい。スタンドは勝手に再生するため、チャリオッツは札を使っていなかった。

 2人がいるのは『旧地獄跡』。ヨーヨーマッに連れて来られた場所で、近くに溶岩が滾る地下渓谷が存在している。その近くにいるため、特に霊夢は汗でびっしょりと濡れていた。

 

「……よし。右手の調子も良いわ。それじゃ、いよいよ先に行く?」

 

「あぁ。だが、このマグマの渓谷を突き進むのか…………ハイエロファントたちとの合流を優先するのはどうだ?」

 

「それもそうね……でも、位置分かるの?」

 

「いや…………」

 

「分かんないんかい!」

 

 霊夢のツッコミが渓谷に響く。すさまじい熱気は開いた口の中から水分をさらに奪い、霊夢を咳き込ませる。たしかに、地底に入ってからというもの、全く水を口にしていなかった。ヨーヨーマッはしつこくイモリを勧めてきたが、あんなものを飲めるわけがなく、ずっと我慢しっぱなしだ。その状態もどうにかしなければならない。

 軽い気持ちでやって来たが、まさかここまで苦労するとは。チャリオッツも霊夢も、万全の準備をしなかったことを後悔し始めていた。

 どうしたものかと考えていると、ふと霊夢は渓谷の先を見つめた。何かを見つけたようである。

 

「どうした。霊夢。何か見えたか?」

 

「……何か()()わ。いや、()()……?」

 

「敵か?」

 

「分からないわ……でも、何かあるのは間違い無い。(ほとばし)るこの霊力……! 敵であっても何であっても、只者じゃないのは確実よ」

 

 休憩を止め、立ち上がる霊夢。彼女はこれからの目標を「謎の霊力の探査」とした。チャリオッツが何も感じない辺り、その正体はスタンドではないと見る2人。チャリオッツも霊夢同様立ち上がり、マグマの渓谷を先を見据える。

 と、その時、2人は渓谷とは真逆の方角(ヨーヨーマッと一緒に来た方向)から、2人は更なる気配を感じ取った。先程までは気配を感じなかったため、いきなり現れたということだろう。そして近い!

 

「やぁ、おふたりさん。地底に何か用? 観光かな?」

 

「…………何だ、あいつは」

 

「猫……?」

 

「う〜〜ん……猫は猫でも、そんじょそこらの猫と一緒にしてもらっちゃ、困る。あたいは火車の火焔猫燐(かえんびょうりん)よ」

 

「火車だと……?」

 

 現れた気配は背後にあった。自分たちの後ろで宙に浮かんでいたのは、火焔猫燐と名乗る少女。彼女の頭には、霊夢が口に出したように猫をイメージさせるネコ耳があった。赤い髪をして、黒いリボンでおさげをし、そして同じく黒と濃い緑色のスカートと服など、彼女の格好はいわゆるゴスロリファッションである。

 彼女が言うには、お燐はどうやら『火車』という妖怪のようだが、チャリオッツは聞き慣れない名前に首を傾げる。火車とは、一般的に葬儀などの場に現れてその死体をどこかへ持って行くとされている。お燐の場合は灼熱地獄に運搬しているのだ。

 彼女の素性はそんなものだが、これを2人が知るはずもなく、チャリオッツは剣を、霊夢は札をお燐に向けて攻撃に備えた。

 

「いきなり現れて、アンタ何なわけ? 敵? さっきのヨーヨーマッの敵討ちかしら?」

 

「ヨーヨーマッ……あぁ、あの『スタンド』とかいうやつね。いや、う〜〜ん……喋ったことないし……なぁ。別に敵討ちってわけじゃあないんだけどね。その渓谷の先に用があるみたいだから話しかけたのさ」

 

「この先に何があるのか知ってるの?」

 

「まぁね。おっと、教える前に2人の目的を訊かなきゃ。何用で地底に来たの?」

 

「地上に間欠泉と怨霊が湧いて出て来たのよ。その原因の調査と、地上の神が地底に何をしたのか、それを調べるために来たわ」

 

「…………」

 

 お燐は霊夢の話を黙って聞く。

 霊夢へは無反応であるが、話の内容を聞いていた表情は始めよりも少しだけ暗くなっていた。チャリオッツはそれにすぐに気が付き、「彼女は何か知っている」と疑いをもつ。

 実際、2人の目的を聞いていない内に、渓谷の先にあるものの正体を言わなかったとなると、何か人に知られるとまずい情報があるのか、()()を守っているのだろうかと予想がつく。それはきっと、異変の鍵を握っているのだとチャリオッツは確信した。

 

「ちょ、ちょっと……そんな怖い顔しなくてもいいじゃん。()()()()()()()()()()()思ってないよ」

 

「だったら、もうこっちの目的は話したんだから、渓谷の先にあるもののことを話してもいいだろう?」

 

「……それは…………」

 

「言えないのね……どうやら、本当に異変に関わるものらしいわ。どうしても口を割らないなら、無理矢理訊かせてもらうッ!」

 

「!」

 

 霊夢とチャリオッツは獲物を掲げ、今にもお燐に飛びかかろうとしている状態だ。ヨーヨーマッを倒したばかりのため、2人の興奮は収まらない。それどころか、喋ったことはなくとも、やつの味方である彼女。「ならば倒さなくては」という気持ちも、2人の心の中に存在していた。

 お燐も防御のため、背中に隠した手の中に弾幕を込める。彼女は戦いはしない。戦うことは……しない。

 彼女の視線は、戦闘態勢に入った霊夢たちの足下に向けられていた。()が2人の動きを止めることを知っていたからだ。

 

 

ズ ゾゾゾゾ……

 

 

「! 何……よ……これッ!? あ、足が地面に沈んで……呑み込まれていく……ッ!?」

 

「わ、私も足を捕まえられた……! しかし、これは……足が沈んでいくんじゃあないぞ…………()()()()()()()()()()()()()ッ! さっきまで足場は岩だったはずだが、いきなり砂に変わっているッ! あのネコ娘の能力か!?」

 

「………………」

 

 2人が飛びかかる直前、その動きは彼らの足場によって止められた。チャリオッツが言うように、先程まで岩だった地面が砂へと変化しているのだ。砂漠のような、とてもサラサラした黄金色の砂に。

 そしてそれは流砂ではなく、まるでベールのような滑らかな動きで2人の体の上半身を目指して登りつつある。砂は既に、彼らを腰まで呑み込んでいた。言うまでもなく、身動きは取れなかった。

 

「これはッ!? あの女の能力!? それとも別の妖怪なの!? どちらにしても、早く脱出しないとヤバい!」

 

「いや……これは……妖怪じゃあない。今分かった! こいつは……まさか……何でここに……ッ!?」

 

「ふふん。スナマル! 良い子だね! 助かったよ」

 

 お燐が「スナマル」と呼ぶ砂は、彼らの胸辺りまでを呑み込んで上昇を終えた。そしてまたサラサラと砂の一部分が、次は2人の頭よりも高い位置へと、空気を伝うようにして昇る。そこから、ある形を造り出し始めた!

 (うごめ)く砂は固まり、そして展開を繰り返す。やがてその色も変える。造られたのは機械的なお面と思しきもの。そして、その周りには羽飾りが複数生み出されていた。まるで、どこかの大地の民族に伝わる祭祀物のようだ。だが、それはすぐに()()()()()()()だと分かった。お面の口部分には鋭い牙が生え、そして口腔内には唾のテカりが見えたからだ。

 砂へと変化する、機械的な謎の存在! チャリオッツはこいつを知っている!

 

「ザ……愚者(ザ・フール)……!」

 

アギィ〜〜ーーッ!

 

「チャリオッツ……知ってるの!? こいつのこと!」

 

「知ってるも何も……こいつは元々仲間だった()のスタンド…………だが、()()()を助けるために……死んだやつだ……まさか……こんな所で会うとは…………」

 

「ちょ、ちょっと……まさか感傷に浸ってるわけ!? この状況で!? 仲間だったら、何か言って早く解放してもらってよ!」

 

 『ザ・フール』はイギーという犬のスタンド。犬ではあるが、彼はエジプトに上陸したジョースター達に同行し、共にDIOを倒しに行ったことがある。ただの犬では断じてない。

 彼はほぼ無理矢理同行させられたのだが、それでもスタンド使いに襲われる子どもを助けたり、DIOの館では仲間であるポルナレフをサポートした。誰にでも懐くわけでもなく、突っ張った性格であるものの、弱い者や仲間を全力で守るなど、犬でありながら誇り高い面をもっていた。

 その最期は、ポルナレフをヴァニラ・アイスの攻撃から守って力尽きるというもの。ポルナレフの意志を継ぐチャリオッツは、あまりにも彼との急な再会に心から動揺してしまっていた。

 

「ウシャァア!!」

 

ガブッ

 

「あぁーーッ!? チャリオッツが喰われたァ!?」

 

「いいぞ、いいぞ! スナマル! それじゃあ、あたいがお姉さんの方をやっちゃおうかな!」

 

 ザ・フールは口を大きく開けると、彼に対しての戦意を完全に失くしていたチャリオッツの頭にガブリとかぶりついた。さすがにチャリオッツもこれには抵抗するが、腕と下半身は砂に埋もれて、上半身がうねるだけであった。

 同じく動けない霊夢がチャリオッツに注目しているのをいいことに、お燐は手に込めた弾幕を(さら)け出す。霊夢を再起不能にするため、空中から急降下して襲いかかった!

 すると、

 

サラ サラサラ……

 

「! 砂が……引いていく……!」

 

「えっ……ちょ、ちょっとスナマル……? どーして霊夢(お姉さん)の拘束解いちゃうの……?」

 

「……何だか分かんないけど……くらえ、化け猫ッ!」

 

「うわ! ちょ、待っ……ッ!」

 

ドバァアアアアン!!

 

「はぶぇッ!」

 

 まとわりつく砂から自由になった霊夢は、今の今まで握っていた札にエネルギーを込め、弾幕としてお燐の顔面へと叩き込んだ。込めたエネルギーも大したものではなく、衝撃で気絶を誘う程度のダメージであるため、お燐は目立った怪我も無くその場に倒れ込むのだった。

 ザ・フールはチャリオッツを咥えたまま、霊夢と協力してお燐を拘束する。彼女が目覚めたら、渓谷の先に隠すものの正体を喋ってもらおう。

 

 

 

____________________

 

 

 

「う、う〜〜ん…………ハッ!」

 

「気が付いた?」

 

 しばらくして、気を失っていたお燐が唸りとともに目を覚ました。霊夢に気絶させられてから場所は変わっておらず、彼女の前に岩を椅子にしてチャリオッツと霊夢が座っていた。

 お燐はほぼ反射で2人から離れようとしたが、体は動かない。彼女の体を覆い隠すように、ザ・フールが彼女の半身を呑み込んで砂山を作っていた。

 

「えっ、スナマル!? ちょっと、何であたいを拘束してるのさ! 逆だってばぁ!」

 

「その砂の……ザ・フールだっけ? そいつはチャリオッツの仲間よ。アンタと友達かもしれないけど、やっぱりチャリオッツの側だったみたいね」

 

「せ、せっかく友達になれたのに!」

 

「いや、火車。こいつ(ザ・フール)はお前を裏切ったわけじゃあない。こっちに協力してもらっただけだ…………渓谷の先に何があるのか、お前から聞き出すことにな」

 

「…………」

 

 お燐は自身を拘束する砂を見やるが、ザ・フールからの反応は特に無し。お燐が気絶してからしばらく噛まれ続け、チャリオッツは彼に()()()に言えなかった礼や、今までの気持ちをポルナレフの分も合わせて彼に打ち明けていた。ザ・フールは特に何も反応を返してはいないが、その意思は確実に伝わっている。そんなところも、イギーのスタンドらしいのだった。

 話はお燐の件に戻るが、やはり彼女は渋っているようだ。調査に来た霊夢とチャリオッツに喋ると不都合なのか、何なのか。

 ザ・フールも小さく鳴き、お燐に何か言っている。同じスタンドのチャリオッツでも本体が犬であるザ・フールの言うことは理解できないが、友達だと言うお燐ならば意図は伝わっているのだろう。

 

「うん……分かった。たしかに、あたいが始めたことだしね。お姉さんたちに教えるよ。渓谷の先に何があるか」

 

「助かるわ。もう拘束は外してもいいわよ」

 

 ザ・フールは霊夢に言われると、お燐を捕まえている砂を地面に戻し、彼女のお尻の下へと広げた。すると、徐々に盛り上がっていき、砂は低い椅子へと変化する。砂の変形が終わると、お燐は一息置いてから異変の詳細を話し始めた。

 

「えーと……何だっけ、お姉さんたちは間欠泉と怨霊の出所を追って来たんだよね?」

 

「そうよ。渓谷の先にいるやつがやったの? それとも先にあるのは物で、それが影響を及ぼしたりとか?」

 

「半分正解かな〜〜。間欠泉はそう。渓谷の奥にいるのはね、スナマルと同じくあたいの友達みたいな感じ。あたいも彼女も、元はさとり様って言う地霊殿にいる妖怪のペットなのさ」

 

「ペットぉ? お前が?」

 

 お燐が『さとり』のペットだと聞き、チャリオッツは間抜けな声を上げる。

 ペットと言えば、犬だとか猫だとか、明らかに人ではない動物に使う言葉のはずだ。少なくとも、チャリオッツはそのような固定観念があった。幻想郷なのだから、妖怪をペットにする者がいてもおかしくはないだろうが、まさか人型の生物(妖怪であれ、何であれ)をペットにするだなんて。「どんな悪趣味なやつだ」とチャリオッツは思う。

 お燐は続けた。

 

「そう。ペット。さとり様はこの『旧地獄』の管理を閻魔様から任されてて、その仕事の大体をあたい達みたいなペットに任せてるんだよ」

 

「それ、良いのか……?」

 

「いや、ダメじゃないかしら」

 

「そして今回の騒動の間欠泉は、この渓谷の奥にいる友達が管理してた。でもある時、「いいものもらった!」って言い出してね? その時はそんなに気にならなかったけど、その子の性格とかちょっと変わり始めてさ。エネルギーも強くなるしで。「これはヤバい!」って思ったのさ。それで、あの子が「地上に行く!」とも言い出して、こうなったら地上の人たちを呼んで『お空』をどうにかしてもらおうと思ったんだ」

 

 どうやら、今回の異変には『お空』なる者が絡んでいるらしい。お燐の友人だと言うが、おそらく彼女こそ、守矢の八坂神奈子から何かされた妖怪らしい。お燐の言っていたことから考えるに、手に入れたのはおそらく、膨大な『エネルギー』か神の『力』だろう。神奈子の目的は謎だが、にとりの依頼のゴールが見えてきた。

 だがここで、新たな謎も出てきた。間欠泉とそのエネルギーの管理はお空がしているとのことだが、では怨霊はどこから湧いて出てきたのか。それに、「地上の人たちを呼んで」と言っていたが、なぜ主人の手を借りないのか。チャリオッツはお燐に問う。

 

「お前のご主人様はこのことを知らないのか?」

 

「そりゃあ……言えないよ。お空のことを知って、殺処分とかにされたらまずいじゃないか。あたいだって嫌だよ」

 

「まるで失敗を親から隠す子どもじゃあねぇか……じゃあ、怨霊は?」

 

「アレはあたいが地上に出したんだ。その管轄はあたいだからね。多少操れるよ。地上の人たちを呼び寄せるために、解き放ったんだ」

 

「おかげでいい迷惑よ」

 

 心からの言葉を、フンッという鼻息と同時に吐き出す霊夢。だが、チャリオッツとしてはこの異変が無ければザ・フールとも出会うことはなかったため、お燐にはほんの少し感謝している部分もある。もちろん、それを悟られまいと振舞ってはいるが。

 

「だが、これで完全にやることが決まったな。にとりの依頼は神さまが地底に何をしたか調べること。お空とやらに聞けば分かるんだな?」

 

「うん。だけどね、お空は今ちょっと暴れ気味だから抑えないと。あたいからのお願い! お空を落ち着かせるのを手伝って!」

 

「……面倒だけど、そうしないと帰れそうにないしね。人の頼み事放っていられるほど、私は人を捨ててないわ」

 

 お燐に頼み込まれたチャリオッツと霊夢。しかし、それを断るだなんてことはせず、ゆっくりと腰を上げて渓谷の先を見据えた。2人ともやる気である。

 お燐はそんな2人の姿と返事を以て、椅子にしているザ・フールをポンポンと叩きながら喜んだ。

 

「やったーー! よし。そうと決まれば、お空が地上に向かわない内に早く行こう! あたいが案内するよ。ついて来て!」

 

「はいはい。私は霊力辿れば行けるけどね」

 

「ザ・フール、お前も来……いてぇッ! 脚を噛むなッ! 俺にぶら下がって行こうとすんじゃあねーーッ!」

 

「アギアギ……」

 

 4人は渓谷の岩場を蹴ると、渓谷の深部を目指して飛行を開始する。お燐を先頭とし、ザ・フールはハンググライダーのようなウイングを展開して宙を行く。彼の飛行は紙飛行機のように風に舞うだけであるが、今は溶岩からの熱気で膨張した空気を下から受けているため、半永久的に飛び続けられるのだ。

 霊夢とチャリオッツは異変を解決するため、力を手に入れた者を倒しに。お燐とザ・フールは友人としてお空の暴走を止めるために、彼女がいる灼熱地獄の奥地を目指すのだった。

 

 

 




色々ごちゃごちゃになって、よく分からない話になってしまったかな……


『お空』なる者を目指し、『旧地獄』を突き進む霊夢たち!
4人が行く先には激闘の予感が立ち込めているのだった……
チャリオッツと霊夢は無事でいられるのか?

お楽しみに!
to be continued⇒



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46.八咫烏(やたがらす)

「暑いな……本当に」

 

 マグマの渓谷を突き進む、霊夢たち4人。チャリオッツは溢れる熱気に汗を垂らし、甲冑の隙間から流れる液体を腕で拭う。

 流れる汗はチャリオッツの身を離れる前に、溶岩から放たれる熱気で次々と蒸発し、甲冑に塩の跡を付けるだけでなく、さらなる熱を生み出していた。

 

「くそ……後から手入れしねぇと。()()()スタンドやってた頃は、こーゆーことに気を遣わなくてよかったのによ」

 

「あんたは男だからいいじゃあないの。髪が汗に濡れたまま乾いて、パリパリになって最悪!」

 

「慣れると快適だよ? ねぇ、スナマル」

 

 お燐の言葉に、文字にならないような声でザ・フールは反応する。彼女は全く嘘を吐いていないようで、言葉通りにこの灼熱の空間に慣れていた。その証拠として、お燐は一滴の汗もかいていない。ザ・フールは砂でできているため、汗を流すことはないものの、暑がっている様子は見られなかった。

 霊夢は顔の横にぶら下げた髪を忌まわしそうにイジりながら、お燐の後を追って飛び続ける。と、ここで霊夢はあるものを見つけた。お燐が進む先にそれは広がっていた。

 

「! 何よ、あれ。門か何か……?」

 

「見えてきたよ。あれが間欠泉のエネルギーを操作する部屋の入り口さ!」

 

「部屋、と言うにはずいぶんデカいな……まるで巨大なホールみたいだが、あんなに広いところでエネルギーを操作してんのか? ドデカい装置でもあるのかよ」

 

「お空は機械とか、装置は使わずにエネルギーを操るんだよ。もし、あの子が暴れたら……お姉さんたち強いし、頑張って生き延びてね!」

 

「ハァ!?」

 

 お燐が最後に付け足した言葉に、チャリオッツは「聞いていない!」と声を上げる。

 それに、間欠泉のエネルギーを制御していると言うが、お空は専用の装置などは一切使わないとのことだ。妖怪ならばその特殊な力で、地下熱と温泉のエネルギーを操っているのだろうか。そんな可能性もあるが、地底にこれだけ多く溢れるマグマと、地上に噴出した温泉の量を考えれば、妖怪の事情に疎いチャリオッツでも自分の力だけでそれらのエネルギーを操ることがとてつもなくすごいことだというのは理解できる。

 熱せられる甲冑の下で、チャリオッツは思わず武者震いするのだった。

 

「よし、みんな。いよいよ突入だよ!」

 

 お燐の掛け声とともに、マグマの上を行く4人はさらに加速。前方に大きく構える石の門をくぐり抜け、いよいよお空のいる空間へと侵入した。

 

 

 

 門をくぐった先に広がるのは、コンクリートか金属かも分からない、謎の物質でできた壁と床。天井も同じ素材であるが、中心へ迫るほど大きく(くぼ)んでいる丸天井。

 天窓などは一切無いが、壁や床に使われている巨大なタイルの隙間から、マグマに似た橙色の光が(うごめ)いている。その光が博麗神社がいくつか入りそうな巨大な空間に溢れ、地上の夕方のような明るさを生み出していた。

 広大なドームには何の障害物は無く、ドームの端から端までを見るのに何も遮る物が無い。

 だが、空中に一つだけ。普通の人間よりも大きい影が浮かんでいた。緑色のリボンを付け、白い服に緑色のスカートを着ている。胸元には『目』のようなものが存在し、右手右足には鎧や柱のようなもの。そして、()()の背中には鳥のものと酷似した大きな黒い翼が生えていた!

 

「……お燐とスナマル……その人たちは?」

 

「え〜〜とぉ……お客さん? みたいな感じかなぁ?」

 

「……?」

 

「オッホン。私は博麗霊夢。博麗神社で巫女をやってる者よ。そこの化け猫から聞いた話で、地上の神様があんたに何かしたかもしれないって考えててね。具体的に何をもらったのか、訊きに来たってわけよ」

 

「あぁ……八咫烏(やたがらす)の、『核融合』の力のことね」

 

 彼女こそ、お空こと霊烏路空(れいうじうつほ)である。元は地獄鴉という妖怪であったが、今は事情が違うようで、他の地獄鴉には無い膨大な力を保有している。それが彼女の言う『核融合』の力。さとりから与えられたお空の仕事とは、間欠泉のエネルギーを操るというよりも、捨てられた灼熱地獄の熱管理であり、その過程で間欠泉を刺激しているというのだ。

 本来持たないパワーを、お空は如何にして手に入れたのか。彼女は語った。

 

「この前、ここに地上の神様がやって来たんだよ。「お前に力を与えるから、私たちに協力しろ」みたいなことを言って、私に『核融合』の力をくれたの」

 

「具体的に、どんな協力を請われたわけ?」

 

「う〜〜ん……「エネルギーを生み出せ」って……というか、そんなことぐらいしかできないけどね」

 

「エネルギーねぇ……たしか、河童(にとり)のやつは「山で物作りをやってる」って言ってたな。それに使うエネルギーを、あの少女に生み出してもらおうってわけか」

 

「なるほど。じゃあ、にとりが心配してた()()()()も無いわけね。ハイっ、任務は終わり! 解散!」

 

 霊夢がそう言い、部屋の中心に背を向けるとお燐とお空が「え、もう終わり?」と言いたげなキョトンとした顔を見せた。

 お空はまだその片鱗を見せてはいないが、お燐は侵入前に「暴れたら〜〜」ということを言っていた。まだ見ていないだけで、お空は暴れん坊の気でもあるのだろう。ならば、面倒くさがりの面をもつ霊夢としてはあまり関わりたくない相手だ。ヨーヨーマッの件でとっくに疲れた彼女も、もうこれ以上は弾幕戦もやりたくない。とっとと用事を済ませ、チャリオッツを連れて魔理沙たちと落ち合おう。

 そう思いながら、自分たちが入ってきた門へと戻ろうとする。が、後ろからお空が声をかけてきた。

 

「ねぇ〜〜……ちょっと気になったんだけどさぁ。巫女ってさ、妖怪退治するんだよね? もしも地底の妖怪が地上に出て行ったら、あなたはその妖怪を退治するわけ?」

 

「……そういうことになるわね」

 

 霊夢は動きを止め、顔を半分振り向かせた状態で返答する。

 そこから見えたお空は、霊夢を見下しているかのように顎を上げ、雰囲気も目の色も先程よりも暗く、不吉な予感を漂わせていた。まさに、『地獄の住人』にふさわしい威圧感。彼女に何かを感じたのはチャリオッツも同じようで、レイピアを握る左手に力が入っている。

 お空は続けた。

 

「じゃあ、今から戦ってみる?」

 

「ハァ?」

 

「…………」

(これは……おやおや。予想外だったけど……お姉さんに頑張ってもらわないといけなくなったかな。()()()()()()()()()妖怪ではないけども、自分の立場によって地上に行けないから。でも、私じゃ止められない。もし、ここでお空が止まらなかったら、地上を火の海にするまで誰も止められない……)

 

「つまり、お空。オメーは地上に行きたいのか? ただ行くだけだったら、霊夢も許してくれるだろ」

 

「そうはいかないんだよ。お兄さん」

 

 またしても、何も知らないチャリオッツはお空と霊夢の会話に口を挟む。しかし、そこには今回の異変とは別の事情というものがあり、お燐が彼に寄って、騒動の根本にある問題について話し始めた。

 お燐が話した内容はこうだ。地底には数多くの妖怪、怨霊が存在しており、そのほとんどが地獄に関連する者だと。ただでさえ危険な者がいるというのに、ある時鬼が住み始めたという。それが地獄から『旧地獄』へと変化した後の話。

 そこから、鬼たちは地上にて、自分たちと同じように忌み嫌われた他の妖怪を地底に招き入れ続けるが、地上の妖怪がそれを許さなかった。鬼たちに対し、『地底での活動を認める代わりに地上に上がっては来ない』という旨の条件を叩きつけたのだ。

 そんな条件がある中で、お空は地上へ出たがっている。以前はそんなことはなかったが、力を手に入れた直後からその欲望は増しているようだ。

 

「地上に出たら、この力を使って新たな灼熱地獄を生み出す! 本当の楽園を地上の妖怪たちに見せてやるわ!」

 

「力を手に入れてからあんなんなのね。ホントに止まりそうにないし。()()()()やつ?」

 

「知るか! おい、お空(あのガキ)が左手に弾幕を込め出してやがる。やるしかねぇぜ。霊夢!」

 

「やれやれ。締まらない始まり方ね…………化け猫とザ・フール! 戦わないなら、この部屋から出てなさい!」

 

 既にお空から距離を取っていたお燐とザ・フールは、霊夢に言われるままにこれから戦場に変わるドームの中心から離れる。霊夢は彼らへ振り向かず、退場したことを背中で感じ取ると、素早く札とお祓い棒を掲げて攻撃に備える。チャリオッツも構えた。

 

「うん。お燐たちは私の友達だからね。あなたたちがお燐たちに協力しろって言ったとしても、私は2人しか狙わないよ。案外、覚悟ができてるのかな。地獄の業火に焼かれる覚悟がッ!!」

 

『!』

 

 掲げられたお空の左手には、まるで太陽のように輝く光の玉がみるみるうちに巨大化していく。白とも黄ともつかない、直視し続ければ確実に目を痛めてしまいそうな(まばゆ)い光は、よく見てみれば燃え盛っている。

 お空は巨大な炎の塊を左手で軽く、風船を放るかの如く前方へ払うと、お空の攻撃はゆっくりと霊夢たちへ向い出した!

 

「お、遅いけど……」

 

「デカすぎるッ! 前に砂漠で()ったが、太陽のスタンドにも似たこの熱気もヤバい! 避けるぞッ!」

 

 巨大火球はゆっくりと2人に迫るが、その大きさと熱気は尋常ではないもの。お燐がここに来るまでに話していたが、灼熱地獄そのものだという比喩は間違ってなどいなかった。一度焼いたものは全て、骨も残さず消滅させてしまう。聞いた時は鼻で笑ってしまったが、体で感じるととてつもなく恐ろしい。

 霊夢はお空が火球を投げる直前まで、弾幕を使って相殺させることも考えていたが、そんなことは浅はかな考えであった。もしその場で弾幕をぶつけていたなら、火球を消した時に発せられる余波で大変なことになっていたに違いない。

 2人は火球を避けると、お空の両サイドへ回り込んで挟むようにして攻撃を仕掛ける。ターゲットを失った火球は、お空が操作したのであろう、音も無く消滅。挟み込もうとせん2人を横目に、お空も本格的に戦闘態勢に入った。

 

 

 

 左右をそれぞれ相手取るということはさすがに選ばないお空。では、どんな弾幕を張るというのか。

 答えは全方位へ放つ、高速の弾幕。個々の大きさはそれほどでもないが、凄まじいのは連射数。一発や二発どころではなく、三十や四十という数を途切れることなく連続で射出してくるのだ。また、数とスピードだけで攻めてくるわけではなく、先に撃った巨大火球と同じように目を焼くような光すら放っている。まともに避けさせる気も無い、えげつない弾幕。それをいともたやすく行うお空は、挑戦する霊夢とチャリオッツに『太陽の化身』であることを改めて認識させるのだった。

 

 

ドドドドドドドドドドド

 

 

「な、なんて密度だ……! 妖夢の弾幕とは比べものにならないぞッ! 直撃は怖いが、甲冑を脱いで……避けるしかねぇッ!」

 

 チャリオッツは身に纏う甲冑をボン! という音を立てて脱ぎ捨てると、残像が生まれるほどのスピードでお空の弾幕を避ける。霊夢も、チャリオッツよりかは飛行に慣れているため、多少スピードを上げて避け続ける。

 幸いだったのは、お空は膨大な弾幕群を左右に振ったり、2人を追尾するように撃ち続けないことだ。弾幕の精密な操作が苦手であるのだろうか。それでも、こちら(霊夢たち側)からの攻撃を許さない現状は変わらない。

 そして、お空も焦ったく感じてきたのだろう。どこからか、一枚の黒いカードを取り出して不敵に笑う。

 

「まぁ、これぐらいじゃやられないだろうね…………そろそろ使わせてもらおうかな。大技、『スペル』を。核熱.『ニュークリアフュージョン』!!」

 

「スペル!?」

 

「何だ!?」

 

 カードを掲げて叫んだお空。その直後、彼女の体は白色の光に覆われ、弾幕以上の光を放つ。と、次の瞬間!

 

ブワァアアアア〜〜ーーッ!

 

 強烈な青い光を、一瞬爆発したかのように解き放った。実際、何かを体に集束させて体外へ放出したに違いない。霊夢とチャリオッツはその光に当てられて、飛行のバランスをほんの一瞬だけ崩してしまった。

 しかし、スペルは弾幕戦における決め手にも使われる、文字通りの大技。風を起こす程度で終わるものでは断じてない。そう霊夢が警戒していると、ついにその本領を拝むことになった。

 青い光の爆発の後、お空を中心に巨大な球型の弾幕が数個配置される。一発分だけで、ただでさえ大きなお空の体を覆い隠すサイズだ。それらが先程の弾幕と同じように、まっすぐ放射状に撃ち出された!

 

「たしかに大技と言うだけあるが……それだけじゃあ、さっきと対して変わらん! 霊夢! 俺が行くぞッ!」

 

「! 待ちなさい、チャリオッツッ! 絶対に、まだ終わりじゃあないわッ!」

 

 チャリオッツはレイピアを構え、迫るお空の大型弾幕を華麗に躱すと、お空目掛けて突進を仕掛ける。

 だが、彼の剣の鋒がお空に届くことはなかった。霊夢の見立ては当たっており、お空は大型弾幕でチャリオッツに見られないように隠していたのだ。先に撃った弾幕をカーテンのように使って、その背後に大量の小型弾幕を備えていた!

 

「な、なんだとォーーーーッ!!?」

 

「ほらほら、妖怪退治の専門なんでしょう? 妖怪は容赦なんてしないよ。確実に追い詰めて倒すのさ。確実に!」

 

 チャリオッツは小型弾幕の群れを目にし、驚きの表情と絶叫を見せる。しかし、そのことが逆に功を成し、チャリオッツは空中で急ブレーキをかけて弾幕に突っ込まずに済んだ。小型弾幕のスピードは大型のものよりも幾分か速く、それでいて撃ち出される角度も様々。チャリオッツは元来た道を辿るように、バックステップで小型弾幕を避けていく。が、そこで霊夢の叫びが再び響いた。

 

「チャリオッツ! どこに向かってるのよ! まだ消えてないわッ、さっきの大きい弾幕が……停滞しているッ!」

 

「は、挟み込むつもりかッ!?」

 

「どうだろうね。()()()()()目的じゃあない。問題は、その弾幕の配置。避けられるかな」

 

 追い詰められたチャリオッツの方へと、お空は『第三の足』である右手の制御棒を向ける。その先には弾幕を形作っていると思われる、エネルギーが集まっていた。

 袋のネズミとなっているチャリオッツに、さらなる弾幕で追い討ちしようというのか。

 残念なことに、この仮説は五十点だ。それだけではない。この弾幕がトドメではないのだ。トドメは、彼の周りに配置した全ての弾幕。水中に大量に放置された機雷の如く、一つが爆発したら他のものも連鎖して爆発する。お空が狙っているのはそれである。自分の弾幕を簡単に避けられるのなら、避けられる空間を無くして追い詰める。速さなど、最早関係無い!

 

「さぁ、くらえッ!」

 

ドォオゥン!

 

「ま、まずいッ……!」

 

カッ!  ドバァアアアァ〜〜ーーン!!

 

「チ……チャリオッツゥーーッ!!」

 

 お空が制御棒から放った弾幕は、そのまま弾幕群に囲まれたチャリオッツにまっすぐ飛んでいった。直後、轟音とともに周りに並んだ小型弾幕、及び大型弾幕が爆裂。オレンジ色の火を噴き、瞬きを強制させる閃光があらゆる影を消し去った。チャリオッツの影もまた、爆炎にかき消されてしまった。

 霊夢の絶叫がドーム内に木霊するが、それも爆発音に呑み込まれて消え、ついにはチャリオッツからの返答も無いのであった。それを見たお空は一人、ほくそ笑んで霊夢へ視線を移す。

 

「まずは一人! 私の攻撃から逃れる術は無いわ。相当運が良くないとね〜〜」

 

「…………!」

 

「次は巫女の方ッ!」

 

 お空はチャリオッツを完全に始末したと思い、今度は霊夢の方へ向き直る。弾幕戦の経験に富んでいるのは霊夢の方だが、彼女もこれまでの道のりでかなり消耗している。隙をついてお空を攻撃することは、非常に困難な状況であった。

 霊夢もお空を見返すが、互いの弾幕が撃ち出されるよりも前に、彼女が注目してしまったものがある。それはチャリオッツを巻き込んだ爆煙が、ようやく晴れていく光景である。もちろん、その場にチャリオッツがいるだなんてことはなかった。しかし、その奥。少々下に降った高度の壁に、一つのクレーターができあがっていた。そこにボロボロになったチャリオッツがめり込んでいるではないか。

 お空に狙われているが、そんなことに構わず霊夢が安堵して声を上げる。

 

「チャリオッツ! 良かった……完全に吹き飛んでなかったのねッ……!」

 

「何!」

 

 霊夢の声につられて、お空も弾幕を消して振り返る。

 あれだけの弾幕の爆発を身に喰らったのだから、お空と霊夢両者ともチャリオッツはバラバラになったのかと思っていた。実際はボロボロになってぐったりしているだけ。まだ息があるのも見て分かった。

 だが、戦闘への復帰は厳しそうだ。甲冑を脱いでいたことにより、防御力が下がったところへ火力の高い攻撃を受けてしまった。全身から血が噴き出し、片目も水分が蒸発したのか銀色の兜が黒く変色し、(まぶた)も開いていない。

 彼が語ることはないが、チャリオッツは最後にお空が放った弾幕へ、近くの小型弾幕を弾いて少し離れた位置で爆破させた。それによって、連鎖する爆発を受けるタイミングを遅らせて、その瞬間に自分の位置を変えて大型弾幕の直撃を防いでいたのだ。しかし、チャリオッツはここでリタイア。戦いはこの先、霊夢だけで行われる。

 

「ちょっと驚いたよ……その耐久力。でも、トドメはやめた。放っておいてもその内死ぬかもしれないからね。これから巫女と戦うことは変わらない」

 

「……さっきから、あんた気に障ること言って……そんなに倒されたいわけ?」

 

「…………いや、倒されるのはあなただよ」

 

「あぁ、そう。それじゃあ、私はいよいよ本気を出させてもらう! これから行われるのは本場の『妖怪退治』よ。あなた、霊烏路空。あんたを退治して全てが終わる」

 

ブワァッ! シゥウウ シゥウウ……

 

「!?」

(れ、霊力が跳ね上がった…………)

 

「行くわよ」

 

 霊夢は目的を『お空の鎮静化』から、『妖怪退治』へとチェンジした。ここからは死闘である。

 空中にばら撒いた札は(ほの)かな光を帯びてお空へと向かい、振られたお祓い棒からは鮮やかな弾幕群が放たれる。霊夢の弾幕攻撃、その動きは非常に華麗だった。風に舞う花のように、蜜の多い花を物色するハチドリのようにしなやかに、素早い動きで弾幕を張る。

 回避と攻撃を同時に行っているだけであるが、お空の目から見える景色は先程と180°変わっていた。自分の攻撃は当たらず、追い詰めることもできず、囲んでは逃げられるのを繰り返す。逆に、今度は自分が回避をし始めていた。防御のために霊夢の攻撃を撃ち落としても、同タイミングで霊夢が距離を詰めて来る。それにより、さらに弾幕の精度が上がって回避も難しくなる。

 徐々に、形成は逆転し始めていた。

 

「くぅッ! つ、強い! さっきとはかなり違う。本気の弾幕になっている! でも、どうして最初からその調子で来なかったの!? 始めからそうだったら、あの剣士だってボロボロにならなかった。あなた、やっぱりちょっと()()()でしょう」

 

「……押されてても口は動くのね! じゃあ、無理矢理黙らせてやるわ。霊符.『夢想封印』ッ!」

 

「……! 爆符.『メガフレア』!」

 

 西部劇の早撃ち勝負のように、霊夢とお空は素早くカードを取り出す。霊夢の背後には巨大な魔法陣のようなものが現れ、虹色に輝く大量の弾幕が展開された。一方お空の方は、制御棒の先にエネルギーをチャージし、再び巨大な光球を生み出すと、それを前方へ射出。

 互いのスペルがぶつかり合えば、今いるドームそのものを吹き飛ばしかねない大爆発が起きるだろう。しかし、霊夢は怖気付くことはない。あの太陽の化身を、幻想郷を守る者として地上に出すわけにはいかない。スペルを使って終わりではなく、お空の『メガフレア』に衝突しないように、一つ一つの弾幕を操作してお空へと向かわせる。

 破壊者と守護者の対比はここにもあるようで、お空はとにかく相手の撃破のため、火力に特化した弾幕を使った。放てば終わりの強力な弾幕。彼女は一切そう思うことはないが、そこにはほんの少しの(おご)りが存在している。

 勝負を分けたのはその部分である。

 

「なッ……! 私の弾幕を避けようとしないなんて……ッ! 私に当てるために……血を流すのも怖くないっていうの…………そんな……バ、バカ……な……ッ!」

 

ドドドドドドドドド ドバァアアン!!

 

 霊夢の『夢想封印』は四方八方からお空を取り囲み、一斉に彼女の体に着弾。いつかのS(スティッキィ)・フィンガーズのように、相手の体に無数のクレーターを残して撃墜した。

 だが、危ないのは霊夢も同じだ。弾幕の操作を最後の最後まで行い続けたため、お空の『メガフレア』から逃れる時間が無くなってしまった。徐々に近付く激しい火炎をどう避けるか、彼女は考えていた。

 

(これだけの距離……さすがに遅すぎたみたいね。私はチャリオッツみたいに、始めからトップスピードでは動けない…………弾幕をぶつけて相殺する? スペルを使う、そんな余裕も無いわ。本当にどうしよう)

 

 光球の熱は霊夢に届き、彼女の鼻の頭をジリジリと焼く。交通事故に遭う瞬間、車が迫っているのか分かっていても、体が硬直して動けなくなるのと似た現象であろう。頭で分かっていても、霊夢は全く動こうとはしなかった。

 弾幕が霊夢に当たるまで、残り3秒。

 

ドォン!

 

「うっ!? な、何…………」

 

 突如、霊夢の体が左方向へ吹っ飛ばされた。弾幕の爆風ではなく、確実に質量のある物体がぶつかってきたのだ。一瞬肌に訪れた感覚は、生物にはない無機質な温かさ。そして硬かった。触れてきたそれは、まるで金属そのもののような存在である。

 

「あ、あなたは……! 動けたの……チャリオッツ」

 

「……全く、オメーは大したやつだ。弾幕に当たることを覚悟して、相手に喰らいつくとはな。恐れ入ったぜ」

 

「何よ……あんた……身代わりのつもりなの!?」

 

「多少はケガするぜ。爆風に備えな……」

 

 

カッ!!

 

 

 チャリオッツの影は再び閃光に消える。霊夢は爆発の瞬間、右腕で自分体を庇い、爆風に吹き飛ばされて壁に激突した。重度の火傷を右半身に負ったが、熱が空気を揺らす中、彼女の左目にはバラバラになって落下するチャリオッツの残骸が映っていた。

 

 

 

 

 

 






お空のスペルをその身で受けたチャリオッツ。
彼に助けてもらった霊夢は、この異変を真に終わらせられるのか?
次回、いよいよ地霊殿編が終結!

お楽しみに!
to be continued⇒


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47.ぶつけろ、『陰陽宝玉』

「うっ……ぐ…………チャリ……オッツ……」

 

 霊夢は壁に手をつけ、フラつきながら朦朧(もうろう)とする意識を整えようと頭を押さえる。

 鼻の奥がツンと痛くなる爆煙はまだ晴れておらず、ドーム内の状況が掴めない。お空はどうなった? 倒せたのか? 起き上がってくる気配を探りたい。だが、その前に、自分を庇って爆発に巻き込まれたチャリオッツのことだ。

 あれは幻覚であってほしい。爆風で頭を揺らしたか、壁にぶつけたかで視界がブレただけだ。そう思いたい。

 

「…………チャリオッツ……ッ! 出てきなさいよォ! あんたはスタンドでしょ!? ケガしても治るんでしょう!? 調子の狂う態度を見せなさいよッ!」

(意味が分からない! 例のスピードだったら、私を助けた後に逃げることだってできたはず…………わざわざ飛び込んで来るなんて…………!)

 

 まだ意識がハッキリし切っていないからか、チャリオッツの行動について理解しようと思っても納得のいく答えが出ない。霊夢の目にはまるで、わざと弾幕に当たりに来たようにも見えていたのだ。会って初日とはいえ、戦いを共に潜った仲間。自身の目の前で彼がバラバラになったショックよりも、謎の方が霊夢の頭に残っているのだった。

 

「ハァ……ハァ…………あ、あれは……?」

(壁の下の方に……通路? まだこの先に何かがあるっていうの……?)

 

 自分が手をついている壁とは真逆の方向、お空が背にしていた壁の下方に通路の入り口のようなものを見つけた霊夢。ドアが付いているわけではなく、本当にただの道になっているようだ。そこから暗闇が漏れている。

 霊夢はあそこが出口だと考え、余計にチャリオッツのことを頭から離せずになっていた。「本当に死んだのか?」、「ハイエロファントに何と言えばいいのか」。混乱が徐々に大きくなり始めたその時、驚きの人物が彼女に声をかけた。

 

「……よくも……やったなぁ……博麗の巫女…………!」

 

「! あんた……まだ動けるの……!?」

 

「神の力をナメちゃあいけないよ。この程度じゃあ、私の地上進出は止まらない!」

 

 なんと、倒れたと思っていたお空はまだ戦闘を続けられる状態にあった。霊夢の『夢想封印』を喰らっても尚、彼女は地面に墜落することはなく、ダメージを空中で受け止めていたのだ。

 霊夢にとって、これは初めての経験だった。今までもいくらか異変を解決してきたが、その過程で色々な種族、強者たちと弾幕戦を行った。『スペルカード』とは弾幕戦における切り札であり、使い方次第では形成をいきなりひっくり返せるほどの代物。そのように作られている。そのため、これまでに戦った『紅魔館』のレミリア・スカーレットや十六夜咲夜も、『スペルカード』が直撃さえすれば撃ち沈められることができた。

 この事実から、お空が手に入れたものは紛うこと無き『神の力』。相当強力なものだ。なおさら地上へ出すわけにいかないが、霊夢も『メガフレア』の爆発を受けて満身創痍。第二回戦を始めることは厳しかった。

 

「戦いはまだ続いている! 今体力に余裕があるのは、私の方みたいね。次の一撃で今度こそ、決着をつけてやる」

 

 霊夢が左腕で右半身を庇う中、お空はほんの少し(すす)にまみれているだけでピンピンしている。エネルギーもまだまだ足りているようだ。

 お空は再び、『メガフレア』や『ニュークリアフュージョン』とは違うスペルカードを取り出すと、これまでと同じように宙に掲げる。彼女の荒々しい、火山の噴火のような激しいスペルが、また霊夢に繰り出されるというのだ。

 もちろん霊夢も迎撃の用意をしようとするが、先に述べたように彼女は万全の状態ではなく本来の力を出しきれない。霊夢は破滅の道を征くしかなかった。

 

「くっ……弾幕を……ッ!」

 

「終わりだ。くらえ、『地獄極楽メルトダウン』!」

 

ブォオオオオオォッ!!

 

 お空がスペルを叫ぶと、左右に伸ばした両腕の先に紫色の弾幕が形成される。彼女の弾幕に共通するのは、どれもこれも球型であるということ。この『地獄極楽メルトダウン』で放つ弾幕も例外でなく、丸い弾幕をベースに展開していくようだ。

 形作られた弾幕は、空気を入れられる風船のようにどんどん大きくなる。お空と霊夢の距離はドームの半径とほぼ同じで、それなりに遠いのであるが、霊夢のところまで熱が届いている。本当のトドメとして使うところから、おそらくお空がもつスペルの中でもトップクラスで強いのだろう。これを止めねば全てが終わる。

 

「ハァ……ハァ……」

(ま、まずい…………もう避けられる体力も、迎え撃つ弾幕(霊力)も残ってない……浮遊しているだけで精一杯なのに……どうにか……しないと…………!)

 

「私の……勝ちだァアアアッ!! 消えて無くなれェーーーーッ!」

 

 お空が両腕を後ろにしならせ、振りかぶり、二つの超大型弾幕の狙いを霊夢に定めた。もう数秒後には、お空のスペルが灰も残さず霊夢を焼き殺しているだろう。「もう終わりだ」と、霊夢も覚悟した。

 

 

 

 その次の瞬間!

 

 

ガシィッ ガシィィ!

 

 

「うッ!? だ、誰……!?」

 

 突如、お空の体が弾幕を振りかぶった体勢で動きを止めた。胸と腹を大きく前に張った状態で、いかにも維持し続けたら辛そうな姿勢である。そして、彼女の言葉から考えるに、この体勢は何者かに強制されてしまっているらしい。

 霊夢がその者の正体を確認しようと、少し顔を左右へ振ってお空の背後を覗く。

 チラリと目に見えたのは、金属が放つ鈍い光沢。銀色の籠手が、お空の両脇を抱えており、頭の後ろには同じく銀色に輝く甲冑があった。それはまさしく彼だった。

 

「まったくよ……俺っていつもそうなんだ。悪運が強い。あれだけ負傷してても……『運命』ってやつの仕業なのかな、また戦わせられる」

 

「う、うそ…………あんた……さっきバラバラになって……死んだんじゃないの…………チャリオッツ……!」

 

「人を勝手に殺してんじゃあねーー。だが、オメーが時間稼ぎしてくれたおかげで、身体の節々はそれなりに回復した。そっちも無事で何よりだぜ…………」

 

 そうだ。よく見てみれば、爆破の衝撃で断裂しかけていた腕もしっかりとくっ付いているではないか。完全回復とまではいかないが、チャリオッツはそれなりに回復し、霊夢に文句を言えるぐらいにはなった。

 チャリオッツは霊夢に向けて言った後、チラリとドームの出口に目を向ける。そこには赤髪の火車、火炎猫燐とザ・フールがおり、砂を熱気に乗せてパラパラとドーム内に溶け込ませていた。

 霊夢が先程見たチャリオッツとは、ザ・フールが砂で作り出したダミーである。DIOの館でヴァニラ・アイスに使った技。その時は見破られてしまったが、彼のダミーは形が精巧に作られているのはもちろん、声まで本物そっくりにできるのだ。

 ザ・フールが砂のダミーで霊夢を助け、チャリオッツも動かすことなく回復させたのだ。

 

「…………また助けられちまったな……だが、今度は礼が言えるぜ……!」

 

 

 

「ねぇ、スナマル。君、本当は喋れるのにあの剣士さんと話さなくていいの?」

 

『ケッ! 誰があんなやつと喋るかよ。全く、相変わらず尻拭いしてやらねぇといけねー野郎だ。だがまぁ…………礼ぐらいはちゃんと聞いてやってもいいぜ』

 

 

 

「は、離せぇ……このォ! 私から離れろォッ!」

 

「あれだけ……喰らっても! こんなに元気なのかよ! 全く妖怪は侮れねぇな…………霊夢、トドメだ! こいつはまだ動けるが、俺がなんとか抑えているッ! そのうちに、一番強いやつを頼むぜッ!」

 

「!」

 

 チャリオッツは超スピードで分身すると、お空の体にへばりついてさらにキツく拘束する。いくら少女でも、お空は妖怪。パワー自体は普通の人間と大差のないチャリオッツでは、数人がかりで押さえつけねば力負けしてしまうのだ。

 そして、霊夢はというと、彼女の頭の中にチャリオッツの「一番強いやつを」という言葉が色濃く残っているのだった。一番強いスペルである。霊夢は魔理沙と違い(怠け気味なのは同じであるが)、あまり自身の強さの追求をしないタイプであった。しかし、今回ばかりは違う。スタンドたちが幻想郷に来てから、彼女のサボり癖は徐々に消えつつあった。

 

「…………」

(ふふ……いいわよ。特大のやつをプレゼントしてやるわ。後悔しないでよ、チャリオッツ…………)

 

 霊夢は口角だけを上げ、小さい笑みを浮かべて再びスペルカードを取り出した。その一枚を空中へ放り投げると、彼女は両腕を頭上へ掲げる。

 すると、どうだ。まるで気流が発生したかのように、風が巻き起こる。実際は風ではないのだが、チャリオッツとお空は確かにをそれを肌で感じ、霊夢の髪もバサバサと(なび)く。

 霊夢が両掌に集めているものとは霊力である。自身に残る多くの霊力を集め、固め、特大の弾幕に変えて相手にぶつける。これがスペル、宝符.『陰陽宝玉』。

 

「ガラにもなく、真面目に修行したのよ。そして手に入れた! 妖怪なんぞに負けるか! チャリオッツ、私が撃ったらすぐ離れるのよ。死にたくなければね」

 

「あぁ、分かってるぜ。絶対こいつにぶち当ててやるよ」

 

「ヒッ…………!」

 

 チャリオッツたちが拘束に使う腕を少し締めると、お空から怯えた声が飛び出す。彼女の正面にいるチャリオッツはいないため、お空の顔が引き()っているかどうかは分からないが、最早勝負はついていた。

 霊夢の『陰陽宝玉』はお空が撃ってきたどの弾幕よりも、はるかに大きく膨らんでいた。バチバチとスパークし、その電撃がドーム内の壁を削り取る。双方、準備が整った!

 

「いくわよ…………チャリオッツッ! 絶対離すなッ! ハァアアアアーーーーーーッ!!!」

 

「う……うあぁああああああぁああ!!!」

 

 霊夢が全身の筋肉をしならせ、腰から腕まで全てのパワーを以ってして『陰陽宝玉』をお空へ投げつける。チャリオッツが限界までお空を押さえ込む中、お空の悲鳴がドーム内からマグマの渓谷まで響き渡る。

 『陰陽宝玉』が迫るスピードはそれほど速くはなく、チャリオッツはギリギリまでお空を押さえつけるが、彼女は先程よりもさらに力強く暴れ出す。しかし、いくら彼女でも7人のチャリオッツにしがみつかれては、身動きはほとんど取れないのであった。

 そして、時は来た。チャリオッツたちは一斉にお空から飛び退くと、疲弊した霊夢を脇に抱えてザ・フールたちが待つ出口へ急いだ。事を察知したお燐たちも、お空を心配する素振りを見せながらも出口の奥へと身を翻して走り出す。

 

「お前ら、行けッ! 早くしろ! 巻き込まれて全員死んじまうぞッ! GO GO!」

 

 

「う、うぅあぁあああ…………」

 

 ドーム内に一人残されたお空。彼女は限界までチャリオッツに押さえつけられ、結局『陰陽宝玉』を避けることができなかった。しかし、避けられないなら避けられないで、霊夢の全力の弾幕を受け止めてしまえばいいのだ。そう考えたお空は、最後に力を振り絞り、両手を大きく広げて特大の超大型弾幕全身で受け止めた。

 

バチバチッ ビシッ バチバチバチィ!

 

「こ、これしき……のこと……ぉ……う……け……止めて……や…………」

 

 お空は全力で『陰陽宝玉』に抵抗するが、弾幕から発せられるスパークは妖怪であるお空をどんどん消耗させていく。彼女にとってはそれは毒のエネルギーで、巫女がもつ退魔の力そのもの。故に、お空には絶対に止めることができない大技である。

 最初から確実に、宣言通りにチャリオッツを仕留めていればこんなことにはならなかった。そう心の中で後悔する。敗因は、彼女自身の怠慢である。

 

「ま、負ける…………! 受け止め切れない……つ、潰れ……潰れるぅ……ッ! うわぁあぁああぁあッ!!」

 

 スパークはどんどん激しくなり、『陰陽宝玉』自体も真っ白な閃光を放ち始める。そろそろフィナーレだ。

 お空は神の力にあやかり過ぎてしまった。それ故に、自らが最強であると信じて疑わず、霊夢に敗北したのだ。井の中の蛙は大海を知らないように、地底の鴉は世の中を知らなかった。地上ではなく、世の中を。

 『陰陽宝玉』の光はどんどん強くなり、止まることを知らない。やがてお空の全身を呑み込んで________

 

 

 

____________________

 

 

 

「うわぁ! な、何だ!? 人里の外で火が出てるぞ! ドデカい火柱だァ!!」

「何だありゃあ……この世の終わりだぁ……」

「て、天まで昇ってやがる……何が起きてんだ!? 今日は厄日なのかッ!?」

 

 太陽も沈んだ頃、人里では大混乱が起きていた。人里から離れた森の中、そこから超巨大な火柱が上がり、それが終わりなく天まで続いていたのだ。それはまるで、火山の噴火。しかし、火口があるのは山ではなく、地の高さであれば人里と同じぐらいである。

 人々が大騒ぎしている中、とある民家に集っていた慧音とS・フィンガーズも異常な出来事に困惑していた。

 

「な、何なんだ……あれは!? こんなこと、今まで一度も起きたことがないッ!」

 

「……俺が見てくる。慧音、あんたは人里の混乱を鎮めていてくれッ!」

 

「ス、スティッキィ・フィンガーズ!?」

 

 S・フィンガーズは慧音の制止を聞かず、民家から飛び出した。彼からしたら、これは()()()()厄介ごとであった。

 火柱は幻想郷の至る所から見えており、竹に囲まれた日本家屋からも、この厄災のような現象は十分過ぎるほど目に入るのだった。

 

 

____________________

 

 

 

「な、何……!? 今の振動……!?」

 

「どうやら、地下から来ているようだ……さとり、この下には何がある?」

 

 場所が変わって地霊殿。ゲーム勝負に勝ったハイエロファントと魔理沙は、さとりに連れられるがままに、地霊殿の中を歩いていた。さとりは言う。ここは『旧地獄』に蓋をするようにして建てられた場所で、この地下に『灼熱地獄』が存在していると。

 

「そこで私のペットに温度の管理を任せているんだけれど……まさか何かあったのかしら…………」

 

「! おい、ハイエロファント……な、何だ? この振動。次は何か……足音みたいなのが来て…………」

 

 

ドガシャアァアア〜〜ーーーーン!

 

 

「うわ! 何だァ!?」

 

 3人が2フロアへ繋がるエントランスを歩いていると、一階部分にある一際大きな巨大な鉄扉が轟音を立てて開けられた。何事かと階段を降りて様子を見てみれば、そこには赤髪の少女とボロボロのチャリオッツ、そしてさらにボロボロの霊夢が、ぶちまけられた砂の上でぐったりしていた。

 魔理沙はびっくりしてチャリオッツと霊夢を助け起こそうとし、さとりもさとりで、赤髪の少女に助けの手を伸ばす。ハイエロファントは砂を少々(すく)い上げると、何を思ったのか声をかけた。

 

「……君は……もしや……ザ・フールか……? イギーの…………」

 

 砂は彼の言葉に反応し、掌の上でサラサラと形を変える。作った文字は『YES』。ハイエロファントは続けて声をかけた。

 

「ありがとう。君があの3人を守ったんだな。何があったのかは分からないが、砂のクッションとなって。個人的に関わったことは少ないが、僕は君にまた会えて嬉しいよ」

 

 今度は反応なし。「照れているのだろうか」と考え、ハイエロファントはそれ以上ザ・フールに話しかけることはなく、起き上がったチャリオッツの元へ歩いて行く。チャリオッツの傷は修復しかけており、脱ぎ捨てた甲冑も戻りつつあり、見た目はなんともバランスが悪かった。

 

「チャリオッツ、無事で良かった。さっきの大地震は2人がやったのか?」

 

「よお、ハイエロファント……まぁな。強い敵だったぜ…………なぁ、霊夢。まだ敵の反応はあるか?」

 

「うっすらと……ね…………でも、もう再起不能よ。この感じじゃね」

 

「一体……何があったの……? お燐、全部話してちょうだい」

 

 お燐はさとりに言われるまま、事の顛末を洗いざらい話した。お空が地上の神に『八咫烏』の力をもらったこと、彼女の処分を恐れて地上の者に地底の異変を察知してもらおうとしたこと、怨霊や間欠泉を勝手にイジったこと。

 さとりは終始表情を変えずに、お燐の話を黙って聞いていた。何を思っているのか、それはさとりにしか分からないことだ。全てを話した後のお燐は、今までの緊張が全部抜けたからか、少し目が潤んでいるように見える。そんな彼女に、さとりは優しく言うのだった。

 

「お燐。あなたの気持ちはよく分かったわ。でもね、私はペットであるあなたたちの飼い主だもの。処分なんてしないわ。もちろん、ミスが無くなるように叱ることはあるかもしれないけどね。私は心を読めば全て分かるけど、それでもしっかり話してくれたあなたは偉いわ」

 

「さとり様…………」

 

 体はさとりの方が微妙に小さいが、まるでお燐の母親のように、彼女はお燐を抱擁する。そして軽く宥めた後、魔理沙の提案でさとり、チャリオッツ、霊夢、ハイエロファントの5人でお空のいたドームを再び見に行くこととなった。

 長い長い通路と階段を5人は飛行して抜けて行くと目的地に到着。霊夢の『陰陽宝玉』がドームのほとんどを破壊し、地上まで大穴を穿っていた。大量の瓦礫(がれき)が溢れ、渓谷方面からはマグマも流れ出ていた。さとりがそんな惨状に唖然としている中、魔理沙と彼女に肩を貸してもらっている霊夢が瓦礫の中にあるものを見つけた。それは特大の弾幕を受け、着ていた服が全て弾け飛んで無防備な姿に変わったお空だった。

 異変の元凶だと聞きつけたハイエロファント、単純に覗きに来たチャリオッツを、魔理沙たち2人は追い返し、さとりにお空のことを任せる。

 お空の肌色を男共に見せぬように、さとりはお空を抱き抱えて苦労しながらドームを後にするのだった。

 ドームの天井は完全に吹き抜けになってしまい、空に星空が見える。一日も経っていないというのに、久々の地上を見た4人は脱力し、各々近くの瓦礫に腰を掛けた。

 

「こんなんにする攻撃を受けてもよーー、原型を留めてたあのお空ってやつ、スゲーよな」

 

「あの娘がどうやら、にとりが言ってたやつよ。神の力をもらったらしいわね」

 

「へ〜〜。大変だったんだな。こっちはゲーム機で勝負してたのに」

 

「何ィ!? おいハイエロファント、それは本当か!? 俺たちが命懸けの戦いをしてたっつーのに、ゲームだぁ〜〜!?」

 

「……すまない……今回は返す言葉がない……」

 

「そうだッ! 謝りやがれ、このチクショー!」

 

 4人はしばらく団欒し、小一時間ほど経過した後で解散することになった。この中で一番負傷が激しい霊夢は穴を出てまっすぐ博麗神社へ戻り、魔法店組の3人はゆっくりと地上へと上がる。

 ハイエロファントがチャリオッツにザ・フールのことについて訊いたが、チャリオッツは「ザ・フールが行きたくないと言うならば、無理に連れては行かない」と動きを共にすることはなかった。また改めて、話せる機会があるならば、今度はマジシャンズレッドも連れて行きたいと話しながら、3人は地底を抜けるのだった。

 地底に入ったばかりの時はすんなりと受け入れられたが、いざ地底から出てみると地上とはかなり空気が違うようだ。澄んでいてとても美味しい。木々の近くで魔理沙が深呼吸していると、木陰から何者かの影が揺れた。現れたのは…………

 

「君は……スティッキィ・フィンガーズ。どうしてここに……いや、普通来るものか」

 

「魔理沙にチャリオッツ、ハイエロファントグリーン。お前たちがその穴から出て来たということは…………起こっていた事件は解決した、ということでいいのか?」

 

「あぁ。まぁな。異変解決は、この霧雨魔理沙さまの十八番(おはこ)だからな!」

 

「そうか。なら、異変というわけではないと思うが、俺を手伝ってほしい」

 

「? 君を手伝う?」

 

 突如噴き上がった巨大な火柱を調査しに来たS・フィンガーズ。彼は厄介ごとを抱えていた。彼は心の中で、この3人の力を貸してもらえれば、事件を解決することができると踏んだ。

 その内容とは。

 

「永遠亭が何者かに襲撃された。その生き残りが人里にいる。彼女から話を聞く限り、襲撃者の正体はスタンドだ。そいつの討伐を手伝ってほしい」

 

 

 

 




これにて地霊殿編は完結。
今までで一番長い異変でしたね。


間欠泉と怨霊の異変を解決したハイエロファント一行。
しかし、難というものは次々とやってくるものである。
『無敵』のスタンドを倒すのは誰か?

お楽しみに!
to be continued⇒


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48.時を(むさぼ)る者

第三部もようやく終わりに近付いてきました。
後2話ほどで完結となります。


 地底から続く大穴を抜けた魔理沙たちは、S・フィンガーズに連れられて人里へと足を運ぶ。もう陽は完全に沈んでいる上、季節は冬。人里の大通りを歩く人間はほとんどいない。人家の明かりも、キラークイーンと出会った夏頃よりも少ないのであった。

 しばらく歩いて、4人が到着したのは上白沢慧音の家。戸をノックした後、S・フィンガーズから一人ずつ入っていく。彼の案内で通されたのは、かつて人里の住民がコダマネズミに殺された事件で使われた客間。真ん中に布団が敷かれ、うさ耳を生やした少女が寝込んでいた。その両脇には、思いもよらぬ客の来日に驚く慧音ともう一人。布団に入っている者と同じく、うさ耳の少女。彼女は永夜の異変の際に敵対した、鈴仙・優曇華院・イナバ。人里に薬を売りに来ていたとのこと。

 慧音は4人の集合を確認すると、彼らを座布団に座らせて話を始めた。

 

「えーー……スティッキィ・フィンガーズから話を聞いていると思うが、魔理沙。ハイエロファント。甲冑の人」

 

「チャリオッツだ」

 

「あぁ、次からそう呼ばせてもらうよ……それで、話を続ける。もう聞いてると思うが、永遠亭が何者かに襲撃された。それが今日で、今寝てるのが、襲撃からなんとか生き延びて私に報告してくれた兎だ」

 

「彼女が逃げて来た直後に聞いた話では襲撃者は『妙な術』を使うらしく、姿は完全に人外だそうだ。人型ではあるそうだが。そして、ちょうど薬を売っていたこの鈴仙に、襲撃者の心当たりが無いか尋ねたんだが……」

 

「何も……分からないんです……」

 

 S・フィンガーズが鈴仙の方を向いた後、神妙な面持ちで彼女は答える。鈴仙は以前に起きた永夜異変の際、永遠亭の刺客としてハイエロファントたちの前に立ちはだかってきたことがある。その特異の能力を駆使し、彼らを竹林で狂わせてきたのだが、あえなく配下の兎共々ハイエロファントに敗北してしまった。

 彼女は浮かない顔をして、目の前で眠る傷付いた同胞を見つめている。かつての敵と同じ空間にいるという気まずさもあるのか、鈴仙はそれ以上何も言うことはなかった。

 

「俺は……今からでも永遠亭に行くべきだと思っている。まだ息のある者もいるかもしれない」

 

「気持ちは分かるけどよーー、スティッキィ・フィンガーズ。今はもう夜だぜ。危険な妖怪も蔓延(はびこ)ってる時間帯だ。私たちも危なくなったらヤバいだろ」

 

「だったら尚更だ。魔理沙。そいつらが弱った永遠亭へなだれ込んだらどうなる? それに、襲撃者の目的が分からない以上、悠長としていられない。次は人里かもしれない」

 

「…………」

 

 S・フィンガーズが人里のワードを出すと魔理沙は黙った。たしかに、S・フィンガーズの言う通りだからだ。自分の両親もいる人里を、永遠亭を一日足らずで陥落させるほどのスタンドが襲ったらどうなるか。魔理沙はS・フィンガーズの提案に賛成する方向に決める。

 ハイエロファントとチャリオッツ、及び慧音も、S・フィンガーズの意見に反対することはなかった。チャリオッツは違うが、永遠亭が異変の後、人里へどのような影響を及ぼしているのかをハイエロファントと慧音は知っていた。今日の鈴仙がまさにそれで、薬を売っているのだ。直ちに永遠亭の者を救助しなければ、人里にも悪影響が出てくる。『善は急げ』と言うように、その場にいる者たちは意向を固めた。

 

「でも、準備も必要だろ?」

 

「安心しな。魔理沙。俺はまだ、さっきの戦いで出たアドレナリンが消えちゃいねぇぜ……いや、それは冗談としてだが、これだけ戦力がありゃ例え相手が恐竜だとしても負けやしねぇよ」

 

「…………よし。では、鈴仙。お前に案内を頼む。慧音は人里に残って、その兎の介抱だ。何か異常があったら、このことは伝えていないがキラークイーンを頼りにしてくれ。力になるはずだ」

 

「分かった」

 

「……分かりました」

 

「で、僕とチャリオッツ、魔理沙と君で永遠亭へ生存者の救助に行くんだな?」

 

「あぁ。早速出発だ」

 

 S・フィンガーズに促され、地底から戻った3人は出されたお茶を一気に飲み干す。そして、次なる激闘を覚悟した強い目つきで、5人は慧音の家を発つのだった。

 

 

 鈴仙に案内され、竹林の中を突き進む4人。永遠亭の住人である鈴仙は、迷う人間が後を絶たないという竹林をグングン突き進む。頭の中に何の迷いも無いようで、さすが毎日のように人里と竹林を行き来しているだけのことはある、と魔理沙たちは感心するのだった。

 特に戦闘も無く、月光に照らされる林を低空飛行する一行。魔理沙はおかしなことが起こっていることに気付く。彼女は出発前、「夜は妖怪が多く徘徊している」と言っていた。普通の動物ならば冬眠を始める時期だが、妖怪たちの中にはそうでないものと存在している。それに、幽霊の類ならば出現に四季は関係ない。だというのに、今夜ばかりは何も見つからなかったのだ。

 

「! ちょっと待て」

 

「どうした? スティッキィ・フィンガーズ。妖怪を見つけたのか!」

 

 その場で止まったS・フィンガーズに、魔理沙が箒に乗ったまま近付く。彼は一本の竹の根元を覗き込んでおり、腕も突っ込んで何かをイジっているようだ。

 角度と暗さでよく見えない魔理沙は、S・フィンガーズの背後を回り込んで彼の手元にあるものを視界に収めようとする。月光が良い具合で差し込み、ようやく彼が触っているものが鮮明になってきた。そのものとは…………

 

「な、何だそれはァーーーーッ!? ()()()()()()()……その……死骸……は…………!?」

 

「……竹に…………刺さってるな」

 

 彼が触っていたのは、熊と牛、両方の特徴が見られる大型の妖怪の死骸だった。それは人間でいうところの左胸に拳一つ分の穴を空けられ、毛に覆われた腹を竹で貫いていた。

 死んでから数時間経っているようで、S・フィンガーズが前足を動かそうと触れてみても動くことはなかった。ブラシのように粗い手並みも露に濡れている。

 ここで不思議だったのは、()()()()()()()()()()()()()()である。竹というのは、成長していくにつれて細くなり、そしてしなるようになるもの。つまり、自生している竹の先は細すぎる故に柔らかいのだ。そのため、この妖怪を上空から落とし、竹に突き刺して地面まで貫通させるのは無理矢理にでもそうしないと不可能。それに、もしその方法で殺害したとするならば、死骸がある部分より上部に、その妖怪の血が跡になってこびり付いているはずだ。しかし、そんなものは無い。まるで、その場にいた妖怪を貫いて竹が成長してきたかのような光景であった。

 

 

 

 奇妙な死骸を発見してから数分後、5人はようやく永遠亭に到着した。あの後も不可解な形の死骸は数体分発見されたが、今はそんな謎はどうだっていい。鈴仙を先頭に、永遠亭の門を開けて中に侵入する。

 明かりは一切点いておらず、何の音も聴こえない。外と変わらない、いや、月光が入らない分外よりも暗かった。思わず、ハイエロファントはさっきまで行っていた地底を思い出す。夏の夜、宴会で騒いだ屋敷は不気味な空間に変貌していた。

 

「私、仲間を探してきます! みなさんは敵の方をお願いします!」

 

「! おい、待て。鈴仙! 一人で動くなッ」

 

「僕がついて行く。3人も気を付けて」

 

 門から入り、鈴仙は外から繋がる庭の方へと駆け出した。ハイエロファントも言葉を残し、焦りで体が動いてしまっている鈴仙を追って長い廊下の闇へと姿を消した。

 玄関で取り残された3人は不本意ながらも2人を見送ると、もう片方の廊下へと進み出す。以前来た時と構造が変わらなければ、永遠亭の最初の二つの廊下は最終的に奥にある庭へと行き着く。そこでハイエロファントたちと合流できればと考え、逆へ進むと決めたのだ。そして、その廊下には輝夜と永琳の部屋がそれぞれ存在している。まずは薬を作る永琳と、主である輝夜の安否を確認しなければ。

 

「この前は何かしらの術を使われて、永遠に続くような廊下を歩かされたな。今回はそんなことないみたいだが」

 

「だが、広いには広い。まだどこかに敵が隠れている可能性も捨てるな。あの兎の少女は、襲撃者が去るまでここにいたわけじゃあない」

 

 S・フィンガーズの言葉に、魔理沙たちは無言で頷く。先の異変のように、今回も魔理沙の魔法で明かりを作り出して廊下を進む3人。廊下右手にはいくつか戸があり、開けてみれば一つ一つが部屋になっている。特別な物は何も置かれておらず、おそらく兎たちの寝室か何かだろうと見て回った。

 しばらく歩き、生き残りや敵の痕跡を探すが、一向に見つからないものだ。廊下に光を当ててみると、足の指の指紋がべっとり付いているのが分かる。おそらく、襲撃者の情報が舞い込んで来た際、そこらにいた全員が慌てて飛び出して行ったのだろう。とすると、彼らはどこへ消えたのか。

 謎が解決されぬまま、新たな謎が生まれていく。頭の中にモヤモヤとした気持ち悪さが出てきた頃、廊下の先から異音が聴こえてきた。

 

ズル……ズル……ズルリ ズルリ

 

「……な、何だ…………?」

 

「何かを引きずっているのか? 何だと思う? スティッキィ・フィンガーズ」

 

「何だろうな……魔理沙。明かりを音の方へ」

 

 言われるまま、魔理沙は魔法を音のする方へと飛ばす。明かりで照らされたのは、そこそこ大きそうな布の塊のようなもの。それが()()()こっちに向かって来ていたのだ。

 

「近付いてみよう」

 

「おい!? スティッキィ・フィンガーズ、やめた方がいいって! 戻って来いよ!」

 

「無駄だ。私たちも行くぞ。魔理沙」

 

「こーゆー時だけクールなのは何なんだよ…………チャリオッツ……」

 

 チャリオッツとS・フィンガーズがズンズン歩いて行く中、魔理沙はチャリオッツの後ろに隠れながら歩を進める。

 近付いてみてようやく分かったことがある。その物体は確かに這って来ていた。その証拠に、物体の後ろの床には滑った後として血がベットリ付いているのだ。物体そのものにも、血液が固まって付着している。

 何より、その物体の正体というのは、なんと人間だった。しかも少女で、彼女は蓬莱山輝夜。

 

「……明かりが見えたと思えば…………やっと助けが来たのね…………もう……ようやく死ねそう……よ……」

 

「お! お前はかぐや姫か!? 何でそんなケガを……まさか、襲撃者にやられたのか!?」

 

「まぁね」

 

 おそらく自分の部屋から這って来たのだろう輝夜の体は、ひどいケガを負っていた。右肩から左胸にかけて、何かに裂かれたような()()()()のような傷を付けられており、彼女が少し体を動かす度に血がブシュッと噴き出している。

 魔理沙や霊夢とは戦っていない彼女であるが、2人が同時に相手をし、苦戦を強いられた永琳をも超えるであろう実力者、蓬莱山輝夜。彼女をここまで負傷させるとは、襲撃者は並みのスタンドではないらしい。しかも、一思いに殺さずにあえて生かしたかのような傷。死んでいない彼女の生命力もおかしいが、襲撃者の目的も未だ見えない。

 

「動くな……俺のジッパーで傷をつなぎ合わせる。痛みは消えないが、血は止まる。さぁ、よく見せてくれ」

 

「……これくらいなら、()()()()()()()だと思うけど…………甘えさせてもらおうかしら……」

 

 S・フィンガーズは屈んで身を降ろすと、その場に倒れ込んでいる輝夜の傷にジッパーを取り付ける。そして、背中側からつまみを引っ張り、そのまま胸の方へ。重い裂傷を塞いで見せた。 

 

「本当に便利な能力だな……」

 

「かぐや姫。ここで何があったんだ? 永遠亭の兎の一人が人里へ応援を呼びに来た。襲撃者の正体は何だ?」

 

「……姿は見てない……シルエットだけよ。でも、能力なら…………分かる」

 

『!』

 

 輝夜は姿を目にしてはいないと言う。しかし、彼女は負傷する直前、その襲撃者と戦闘を行ったと言うのだ。それは些細な理由で発展する弾幕勝負などではなく、正真正銘の殺しに通じる戦い。

 彼女は思い出す。それは日没後一時間ほどのこと。S・フィンガーズたちに発見されるよりおよそ二時間前。彼女は日に三度目の食事を控えていた。その時を自室で過ごしており、既に昇り始めている巨大な月を部屋の縁側から眺めていた。

 彼は突然やって来た。

 

『…………』

 

『……どちら様? 特に呼び出しも無かったようだけど……永琳のお客さん? でしたら、この部屋ではなく奥の部屋に彼女はいますよ』

 

 輝夜は優しく教える。来訪者は黙り込んでおり、彼女が喋っている間は部屋の障子の前から動かない。輝夜も、何となく来訪者が()()()()を直感で察知しており、顔を向けることをせず、背中越しに話していた。

 言葉が終わると、来訪者は障子の前から歩き出し、輝夜の背後へと迫って来る。それでも輝夜はまだ動かず、来訪者の動きをうかがっていた。黄金に輝く月を見ながら。

 

『……月には表と裏がある。太陽の光が当たって輝く方と、光が当たらず影に覆われた方。『影がある』って言うと、何か悪いイメージがあるけれど、実際そんなことは無いわ。どちらに(かたよ)ることもなく、丁度良いバランスが保たれてるんだもの。そして、美しさを作り出す』

 

『………………』

 

『あなたは……まるで『月食』ね。光の無い、影だけの」

 

『何が言いたい? 私が孤独だと憐れんでいるのか? それとも、何を企んでいるのか理解したつもりか?』

 

『どっちもよ』

 

 

ビシュゥゥッ!

 

 

 直後、輝夜の体は一瞬にして消え、彼女の背後にいた者へと鋭い手刀を繰り出した。

 彼女の能力として、体感することもできないほど細かい時間を集めることができる。そして、その『時』の中を自由に動ける。何者にも勘付かれることもなく、その気になれば暗殺だって楽にできる能力で繰り出す攻撃だ。輝夜は手を振り下ろすまで、「確実に倒した」と信じて疑わなかった。振り下ろした時には、そんな考えがただの幻想であったと気付くのだが。

 

 

ドバァアアアァ〜〜ーーーーッ!

 

 

『!?』

 

『知ってるぞ……お前の能力。細かい『時』を集めて、その中で行動する能力だ。それがお前からしたら一時間や一日であっても、俺からすれば所詮()()()0()()。我が支配下だ』

 

『な……何が………………』

 

 これが襲撃者から付けられた傷。彼女の右肩から、鎖骨を折って肋骨を断ち、そして心臓近くまでで彼の手刀は止まる。体の小さい輝夜からすれば、それは致命傷。しかし、真価は別にあるものの、その特殊な体質によって命は保たれている。

 崩れ落ちる輝夜が再起不能と分かった来訪者は、彼女に背を向けて部屋を後にしようとする。障子に手をかけた。

 

『ま……待…………』

 

『待たない。教えてもらった礼をしておきたいが、残念なことにお前は不死身。冥土の土産を渡してやれない。欲しいのなら部下、もしくは……八意永琳に頼むんだな。クク……ハハハハ…………』

 

 

 

「ということよ……私は完敗ってわけね」

 

「……感知できないスピードで動く輝夜より速い……!? まさか、その襲撃者ってのは……」

 

『………………』

 

 話を聞いていた3人は、襲撃者の特徴について考える内に完全に黙り込んでしまった。「襲撃者の正体はスタンドである」と聞かされていた3人は、それぞれ心当たりのあるスタンドを思い浮かべていた。

 魔理沙はハイエロファントから以前聞かされていた、DIOという男のスタンド『世界(ザ・ワールド)』を。そのスタンドは『時を止める』能力をもっているらしく、ハイエロファントの本体はその能力に敗北したと聞かされていたからだ。似た能力をもつ、十六夜咲夜とも見知ったいるのも原因かもしれない。

 チャリオッツはそのスタンドともう一つ、別のスタンドを思い浮かべていた。

 S・フィンガーズは『世界』は知りはしないが、チャリオッツが考えているものと一致するスタンドを思い浮かべていた。

 魔理沙も2人も、その正体を想像して冷や汗をかいているが、魔理沙は「咲夜がいる」という理由で楽観視している部分があった。いざとなれば、彼女を連れれば良いだろうと。

 しかし、チャリオッツたちは違った。特にチャリオッツは、その場で放心してしまうほど絶望しかけていた。この場には()()()()()。やつを倒すために、必死で守り続けたものが。チャリオッツが最後に覚えている記憶がそれである。

 と、S・フィンガーズは何を思ったのか、いきなり廊下を走り出す。チャリオッツも追従し、廊下の奥へと疾走し出した。

 

「おい!? 2人ともどこに行くんだ!? 待ってろ、輝夜。箒に乗っけてくぜ」

 

「えぇ。ありがと」

 

 輝夜を箒の後ろに乗せ、かなりのスピードで廊下を飛ぶ魔理沙。しかし、この廊下は以前と違ってそう長くない。すぐにチャリオッツとS・フィンガーズの姿が見えた。しかも、彼らは既に立ち止まっており、一つの部屋の前で呆然と立ち尽くしているのだった。

 

「おい、どうしたんだよ。いきなり走り出しやがって! その部屋に何かあるのか!?」

 

「お前は来るなッ! 魔理沙!」

 

「!?」

 

 近付く魔理沙に、チャリオッツが怒鳴る。一瞬訳が分からず、チャリオッツに文句を言おうとする魔理沙だが、後ろに乗せられた輝夜がそれを制止。

 落ち着いてみれば、その辺りには金属のようなツンとした独特の臭いが広がっていた。その臭いはチャリオッツたちの方へいくほど強くなっており、魔理沙は臭いの発生源が2人が見つめる部屋の中にあると結論づけた。が、彼女は部屋を覗く気にはならなかった。部屋の入り口には、中庭から差し込む月光で赤い何かが大量に飛び散っていたからだ。輝夜の先の話を思い出し、魔理沙は戦慄した。

 

「そう。襲撃者の正体は、おそらくスタンド。そして、その能力とはまさに『時を操る能力』! 目的は『蓬莱の薬』。飲めばたちまち不死の身となる禁忌の薬よ。永琳を拷問して、製造方法を無理矢理聞き出すか、作らせようとしたそうね」

 

「…………やつしか……あり得ない……こんなことをするやつはッ! あの男だけだッ!!」

 

 S・フィンガーズの絶叫が永遠亭中に木霊した。彼とチャリオッツが考えていたスタンド、それはS・フィンガーズの本体が入っていたギャング組織のボス。彼の『無敵』のスタンドだった。

 

 

 

 

 




前回の煽りで、さも登場するような雰囲気を出しましたが、結局出ませんでした。期待していた方には……ごめんなさい。

恥ずかしい間違いを見つけたので、大規模修正を入れました。


襲撃者の正体、それは時を操る能力者!?
やつの目的は蓬莱の薬だと予想するが、果たしてそれだけなのだろうか?
永遠亭の残りの住人たちの安否は?


お楽しみに!
to be continued⇒


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49.そいつの名は

長いです。



「一体……これは……何が起こったというんだッ!? 誰がこんなことをッ!」

 

「そ、そんな…………」

 

 時を同じくして、永遠亭の庭に到着したハイエロファントと鈴仙は、そこに広がる凄惨な光景に唖然としていた。鈴仙は絶句してその場にへたり込み、ハイエロファントは矛先をどこへ向けるべきか分からずに絶叫する。

 庭には大量の十字架が立てられていた。そこに血を流し、竹を削って作ったであろう杭を手の平に打ち込まれた兎たちが吊るされていた。その状態からして、彼らは確実に息を引き取っている。十字架の下にも、変わり果てた同胞たちの山が積まれていた。

 

「うぅぅ……あぁああ…………」

 

「ひど……すぎる…………(むご)すぎる……ッ!」

 

「そんな…………っ! 生き残りはいないの……? 私とあの子、たった2人だけ残して……ッ!?」

 

 鈴仙の目から大粒の涙が溢れ、こぼれ落ちた。人前で涙を見せることに抵抗をもつ彼女であるが、今は彼女の中に存在する我慢というダムは決壊している。ハイエロファントも彼女の気持ちは痛いほど分かり、それ故にかける言葉が見つからなかった。

 そのまま何をするべきか分からず、2人は荒れに荒れた庭で立ち往生し続けることになってしまった。ほんの少しの望みに賭け、捜索範囲を広げて仲間を探すか、諦めて彼らの遺体を処理するか。

 ハイエロファントはどちらかを選ばなくてはならないことを理解していたが、どうにも鈴仙に声をかけづらい。尻目で彼女を見つめていると、ふと、ハイエロファントの足元に何かが当たった。

 

「…………!? き、君は……!?」

 

「見つけたど……! 見つけたど、みんなァーーッ!!」

 

「! ハ、ハーヴェスト?」

 

 ハイエロファントに近付いて来た者、それは小さく虫のような特徴をもつスタンド『ハーヴェスト』だった。

 一人やって来た彼は見たところどこも負傷していない。今までどこかに隠れていたのだろうか、とハイエロファントが思った時、彼は大きな声で「みんな」と叫んだ。

 ハーヴェストは群体型スタンド。この小さな一体で完全なスタンドではなく、他にも大量の仲間たちが存在している。「みんな」、と言うことは彼の仲間が他に生きているということ!

 

「……れ、鈴仙……?」

 

「あっ…………てゐ……!」

 

「あれは……後ろにいるのは兎たちだ。まだ、生き残っていたのか! ハーヴェストも一緒だ!」

 

「鈴仙ッ!」

 

「てゐィーーッ!」

 

 ハーヴェストが叫んだ後、近くの草むらがガサガサと揺れる。そこから姿を現したのは、鈴仙と同じく永遠亭の住人にして兎である因幡てゐ。

 彼女は視界に鈴仙を収めると、歓喜の涙を流して鈴仙の方へと走る。鈴仙も緊張が弾け飛んだ衝撃で、さらに多くの涙を流して走ってきたてゐを抱きとめた。2人が抱き合って感動の再会をしている中、てゐが出て来た草むらから彼女の後を追って次々と兎たちが姿を現した。もちろん、ハーヴェストたちもいる。

 

「ハーヴェスト……君たち、生きてたのか。まさか、襲撃者が去るまでずっとどこかに隠れてたのか?」

 

「そうだど」 「怖かったどぉ〜〜」

「とんでもないやつだったど〜〜。うぇーーん」

 

「そうか…………いや、待て。そういえば、永遠亭にはもう一人いたはずだぞ……エニグマは!?」

 

「あいつなら……」 「あいつ、ひどいど!」

「一人だけすぐ隠れたんだどーーッ!」

 

「………………」

 

 ハーヴェストたちが口々に言う。ハイエロファントは「やっぱりな」という表情を浮かべて周りに視線を移した。兎やハーヴェストたちは既に姿を見せたというのに、未だエニグマだけその姿が見えない。

 と、ハイエロファントの目の前に一枚の折り畳まれた紙切れが降りてきた。風に舞うように、ヒラヒラと彼の正面に落ち、そして()()()()。紙の中からランプの魔人のように出てきたのは、忘れたくとも忘れられない、苦い思い出のある因縁のスタンド『エニグマ』だった。

 

「あぁーーッ、ハイエロファント。会いたかったよッ! 本当に殺されると思ったんだァ。でも、見ての通りだ。無傷でやつをやり過ごしたぞッ!」

 

「…………」

 

「エニグマァ〜〜」 「どこに行ってたんだど!」

「おらたち怖い思いしたんだぞッ!」

 

「フン。だったらお前たちだって逃げればよかっただろう? そうすれば怖い思いも、攻撃されて数を減らすことはなかったんだ。あのザコ兎たちみたいにな!」

 

「エニグマァ!!!」

 

「ヒッ」

 

 ハーヴェストとのやりとりから察するに、どうやらエニグマは兎とハーヴェストたちを置いて先に逃亡したようである。エニグマが彼らのことをどう思っているかは知らないが、それでも同居人という間柄で多少なりとも関わりがあるはずだ。それで見捨てて逃げた上、一切悪びれもしない態度に、ハイエロファントが激昂する。

 

「貴様、一人で逃げたのかッ!? 自分一人だけ紙になって隠れていたのか!? なぜ兎たちを手伝わなかった!」

 

「だ、だって……聞いてくれ! 僕だって、自分の能力には自信があるさ。天下無敵だと調子に乗るぐらい! だが、あいつには絶対に勝てない……! 空条承太郎でさえも勝てるか分からないのにッ」

 

「……他の兎たちを紙にして、敵に見つからないようにすることもできたはずだ」

 

「……そ、それは…………」

 

「もういい…………失われた命は……戻って来ない。今は再襲撃の防止が重要だ。エニグマ、敵の能力は見たか?」

 

 「空条承太郎でさえも勝てるか分からない」。そう聞いたハイエロファントは、事件の重大さを改めて感じる。この際、エニグマがなぜ承太郎のことを知っているのかはハイエロファントは気にならなかったが、仮に関係を教えたとして、ハイエロファントがエニグマのことを良い目で見ることにならないのは、火を見るよりも明らかであった。

 エニグマはというと、ハイエロファントに尋ねられた問いに対し、異常なほどの汗を噴き出していた。思い出せば思い出すほど、理解から遠のいていく気がする現象。兎たちの攻撃は(かす)ることもなく、気付いた時には竹で貫かれ、肩を両断され、頭を潰される。まさに地獄絵図。

 ハイエロファントは再び問う。

 

「エニグマ。敵の能力は見たのか? どうなんだ」

 

「…………分から……ない……」

 

「何?」

 

「何が起こっていたのか、全然分からない…………()()()()()()()兎共が殺されていた。()()()()()()()紙になっていた…………これは僕の予想だが……敵の能力はおそらく……『精神』か、『時を操る能力』だ……」

 

「近くにいる者を狂わせる……とか……?」

 

「そんなんじゃあない! 本当に分からないんだッ! 説明されたいのは僕の方だッ!」

 

 エニグマもかなり気が滅入っているらしい。声を荒げてハイエロファントの肩を掴む。その後、「すまない……」と落ち着きを取り戻していたが、襲撃者はそれほどの相手だということだ。ハイエロファントは初対面の時からエニグマのことを()()とは感じていなかったが、それでも立ち直ることすら難しい体験をしたようである。

 しかし、この庭にいると確信していなかったものの、ハイエロファントには気になることが他にもあった。それは永琳たちのことだ。かつて満月をバックに、霊夢や魔理沙、レミリアたちと激戦を繰り広げた猛者である永琳。まさか彼女も襲撃者の手で……?

 ハイエロファントが踵を返し、永遠亭内へ戻ろうとしたその時。

 

「! 魔理沙。チャリオッツにスティッキィ・フィンガーズも。どうだった? 中の様子は」

 

『………………』

 

「……まさか…………」

 

 振り向いた先に見えたのは、永遠亭内での探索を終えた魔理沙たち3人の姿。ハイエロファントが声をかけても反応はなく、3人とも何とも言えない顔で(うつむ)き気味であった。

 そんな彼らの様子を見て、ハイエロファントは全てを感じ取った。「永琳と輝夜も敗北していたのだ」と。

 

「2人とも、中の部屋で休ませている。特に八意永琳がひどい状態だ」

 

「……どうなっていたんだ?」

 

「聞くな。ハイエロファント。()()()()と判断して()()()()()。それでも休む必要がある。リセットしても癒えないものがあるんだ」

 

「………………」

 

 チャリオッツに言われ、ハイエロファントは追求をやめた。基本、気になることがあったら調べたくなる性分であるが、この中で一番()()()()()()()()とも言えようチャリオッツが言うのだ。そこから先は、踏み込んではいけない領域なのだ。ハイエロファントは無理矢理理解するのだった。

 彼が黙ったタイミングで、次は魔理沙がハイエロファントへ声をかける。

 

「ハイエロファント。私は……これから行く所がある。チャリオッツたちも来るつもりだ。お前は……来るか?」

 

「……どういう意味だ? 魔理沙」

 

「永琳が言ってたんだ。ここを襲ったスタンドの、次の目的地を」

 

「何……!?」

 

「「神の力を奪いに行く」と、確かにそう言ったらしい。永琳が敵から最後に聞いた言葉だそうだ」

 

「つまり、やつが今向かっているのは……『守矢神社』だ。私たちは今からでも行くつもりだが、このままだと絶対に例の襲撃者と鉢合わせることになる。激しい戦いになるかも…………ハイエロファント、お前はどうする?」

 

 敵スタンドが次に向かう先は守矢神社。ハイエロファントは直接関わったことのない場所だ。どんな人がいて、何をしているのかすらも知らない。もっている情報だなんて、地底の異変に関係があるということだけだ。

 しかし、ハイエロファントは応答に迷わなかった。魔理沙が行くというのなら、友人である彼女を守るために同行する。それ以上の理由など、必要無いのだ。

 

 

____________________

 

 

 

 場所は守矢神社に変わる。現在の時刻、現代日本と同じように表すとするならば午後10時30分を回っている頃。境内には乾燥した冷たい風が吹きつけ、辺りの落ち葉を空へと巻き上げている。

 では、神社の中ではというと、地底の霊烏路空に力を与えた張本人である八坂神奈子と、彼女に仕える東風谷早苗がこたつの中に入って暖をとっていた。こたつの上には湯気が立ち昇るうどんが一杯置かれており、食べ頃になるまで神奈子が冷ましている。熱すぎず、汁を多少吸って伸びた麺が好みの神奈子独特の食べ方である。

 

「もぅ、神奈子さま。早く食べないと美味しくなくなっちゃいますよ。おうどんは熱々が一番美味しいのに」

 

「分かってないねぇ。そんなんじゃあ舌を火傷するだろう? ちょっと冷まして、しかも麺の量が増えるんだ。時間経ってた方がいいこと尽くしなんだよ」

 

 それっぽく言う神奈子だが、その理論がまともではないことに気付いているのは早苗だけである。変なところで頑固なため、何を言っても聞かなさそうだと判断した早苗は「そーですか」と流し、こたつに下半身を突っ込んだまま丸くなる。

 カビの異変の後、グリーン・ディに受けた傷の影響で表舞台にはあまり立っていない早苗。彼女は神奈子ともう一人の神である諏訪子に、「博麗霊夢と同じように異変解決に参加しろ」と言われていた。博麗神社と和解した守矢は、ならばと異変解決の能力で信者を獲得しようと目論んでいたのだ。しかし、悪いことではないため、これが霊夢たちに知れても特に何も無いであろう。諏訪子は冬の寒さに負け、どこかに行っているためこの場にはいない。2人は呑気にこたつの温かみを肌で感じているのだった。

 

「……異変解決に、妖怪退治ですか……」

 

「何だい? 不安なことでも?」

 

「その……この前私はスタンドの攻撃を受けてしまって……それから何もできなかったから……しっかりやれるかどうかが……」

 

「らしくもない。命が助かったから良かったじゃないか。私はあくまで信者のために()()()()()()()()()と言っただけで、妖怪退治自体は過程なのさ。そりゃあ、両方できれば万々歳だけどね。死にそうだからって逃げ帰って来ても、私はあんたを叱るつもりは全然ないよ」

 

「神奈子さ……」

 

スタァーーーーン!

 

『!!』

 

 神奈子が入れたフォローに早苗はちょっぴり感動する。「やっぱりついて来て良かった」と思ったその瞬間、部屋の障子が勢いよく開かれた。

 あまりにも突然の出来事だったため、早苗も神奈子も心臓が飛び上がるほどの衝撃を受けて驚いてしまった。障子を開いた者、それは2人にとって予想外の客人である。

 

「あ、あんたは……たしか霧雨魔理沙……!?」

 

「…………よし、まだ大丈夫みたいだな。みんな入れ!」

 

「何ですか!? こんな時間に一体…………」

 

 困惑する神奈子たちだが、魔理沙はそんなことに一切構うことなく後ろに続く者たち共々ドカドカと部屋に上がり込む。障子の外側は縁側になっており、すぐ外に出られるため、魔理沙が開けた障子の間から粉雪も冷たい風に乗って入ってきた。

 最後に入室した者によって障子は閉められ、部屋の中に雪が積もることはなかったものの、部屋はすし詰め状態で快適とは言い難い状態となっている。神奈子と早苗、魔理沙の3人と4人のスタンドたちが同時に畳の上にいるのであった。

 

「ちょ……何だこの数はッ! 大体、お前たちは何しに来たんだ!? 今何時だと思ってる」

 

「お、神奈子サマ。それは夜食か?」

 

「……話を替えるなよ……」

 

「太るぜ」

 

「余計なお世話だ!」

 

 魔理沙は神奈子の話を完全に受け流し、軽口を返す。神奈子も全く状況が分からない上でそんな態度を取られれば、少しばかりイラッとするものだ。彼女はとりあえず置いておき、他の者に目を配る。

 2人は知らないスタンドだ。鋼の甲冑を見に(まと)い、近くにレイピアを置いて座っている。もう一人は緑色で、光る筋が皮膚下で(うごめ)いている。大人しく座っているものの、どこか、落ち着きの代わりに焦りのようなものを感じる雰囲気を(かも)して出していた。

 では、残りの2人は何であるか。彼女の知っているスタンドだ。神奈子は魔理沙がダメなら、と次はS・フィンガーズに同じ質問を振った。

 

「あんたは……スティッキィ・フィンガーズだったか。あんたも含めて、こいつら一体どうしたんだい? どこか切羽詰まってるようにも見えるが」

 

「…………そう遠くない内にここへとあるスタンドが来る。俺たちはそいつと戦いに……いや、始末するためにここへ来た。やつは並みの実力者じゃあないから、あんたたちの護衛も同時に行おうとな」

 

「……始末? 何かあったようだね。話を聞こう……と思ったが、その前にだ。何で彼はふてくされているんだ?」

 

「………………」

 

 神奈子が差したのは、腕を組み、胡座をかいて不機嫌そうにしているキラークイーン。戦闘を好まない彼であるが、その実力はS・フィンガーズも認める確かなもの。魔理沙たちは永遠亭から守矢神社へ向かう前、一度人里に寄って彼を無理矢理連れて来たのだ。

 S・フィンガーズとしてはキラークイーンの意思を尊重したい気持ちもあったが、戦える者は多い方が良いという考えも同時に存在していた。そのため、結局魔理沙たちによるキラークイーン拉致を止めることはなかったのだ。色々あって、キラークイーンの気分は最悪である。そろそろ、キラークイーンの標的として魔理沙がロックオンされるのも近いだろう。

 

(クソったれめ……どうして他人のために自らの命を削らなくてはならないんだ!? そんなことはお前たちのようなガキだけでやれッ……! お前だぞ、霧雨魔理沙)

 

「まぁ、いい。スティッキィ・フィンガーズ。やって来るのはスタンドだと聞いたが、一体何があって私たちを狙っているんだ?」

 

「永遠亭が襲撃されたんだ。住人の半分が殺され、薬師の八意永琳と蓬莱山輝夜もひどいケガを負った。永琳から聞いた話で、次は「神の力を奪いに行く」と言っていたらしい」

 

「ほう、それで次は守矢を襲うと……それはまた……」

 

「そういえばよ、スティッキィ・フィンガーズ。お前は襲撃者のスタンドに何か心当たりがあるみたいだよな。チャリオッツも。そいつの弱点、もしかして知ってるんじゃないのか!」

 

 魔理沙が少し明るい声で2人に問いかける。「希望を見出した」とでも思っているのだろう。キラークイーンは彼女の声を聞いてさらに機嫌を悪くしていたが。

 しかし、チャリオッツとS・フィンガーズの反応は思っていたものとは違っていた。希望を見つけたような魔理沙とは違い、どちらかというとキラークイーンのように、強張った顔になっていた。チャリオッツなど冷や汗も流している。間を置いて、重々しい気迫を伴ったS・フィンガーズが口を開いた。

 

「能力は……確かに知っている。だが……」

 

「やつの能力を突破するにあたって、俺たちはとある物を巡って争ったことがある。魔理沙にはもう言ったかもしれないが、それは刺された者を『スタンド使い』へと目醒めさせる『矢』だ。素質のあるスタンド使いが己の身を再びそれで貫けば、魂をも操り、乗り越え、さらなる力を呼び起こす…………『矢』を利用してあの『ディアボロ』を倒そうとしていた…………それが外の世界での話だ」

 

「だが、チャリオッツ。今はその『矢』がこの場に無いぞ。どうやって倒すんだ!?」

 

「あぁ。あの『矢』は希望だった……希望が無い今は……やつの能力を乗り越える術は無い。もう一度言うぜ。やつの能力は、まさしく『無敵』なんだ……!!」

 

「……チャリオッツとやら、敵のスタンドの能力とは?」

 

「…………この世の時間を消し飛ばす」

 

 その言葉に、一同の中で驚愕する者と頭に疑問符を浮かべる者とが分かれた。前者は神奈子とハイエロファント、キラークイーン。後者は魔理沙と早苗である。

 緊迫した空気であるが、魔理沙は首を(ひね)ったり傾げたり、頭を掻いたりして何とか理解しようと想像を膨らませる。しかし、ダメだった。どうにも分からない。「時間を消す」ということがイマイチよく分からない。同じく、想像しても何も分からなかった早苗は、チャリオッツへ質問した。

 

「えっと……時間を消し飛ばす、といってもイマイチ分からないんですが……具体的にどうなるんですか?」

 

「こればかりは体感した方が早いとしか言えないな……()()()()()()()()()()()()()能力としか……」

 

「それと、やつは近い未来の動きも予知できる。チャリオッツが言ったように、やつの能力は『無敵』だが、俺は弱点があると信じている。これだけの戦力があれば、やつを倒すことも不可能ではないはずだ……」

 

 S・フィンガーズは静かに言い放つ。静かだが、決して弱々しい声で発したわけではない。そこには確かな覚悟が存在し、揺らめく炎のように燃える熱い怒りがあった。

 7人はしばらくその部屋で待機することになり、神奈子は冷めたうどんを食べ切って早苗にお茶を淹れるよう要求。それを了承した彼女は台所へ向かおうとするが、S・フィンガーズが「一人での行動は危険だ」と言い、同行して出て行った。

 

「それにしても……時を消す能力か。中々物騒な感じがするが、先日のグリーン・ディといい、ただの人間がそんな能力を身につけることができるとはな……」

 

「他にも協力なスタンドはいるぜ。太陽みたいだったり、子どもにしてきたり、時を止めたりな」

 

「地底にも影や闇に紛れて移動するスタンドがいたな。いやーー、あれは私がいて良かったな。ハイエロファント」

 

「……あぁ。しかし、地底で思い出したぞ。いきなりですが、神奈子さん。どうして地底の妖怪に『神の力』を与えたんです? 地底の妖怪があなたの手紙を持っていましたが……そして、この異変の元凶に力を貸したのもあなただと」

 

「…………やっぱり、さっき上がった火柱はあんたらの仕業か。別に、何も企んじゃあいないよ」

 

 以前のカビ異変のこともあり、神奈子は魔理沙に何かしらの疑念を抱かれていると思ったのか、やましいことは無いと白状した。しかし、彼女にとって何も無くとも、河童のにとりはその内容を知りたがっている。彼女の不安を解消させるまでが受諾した依頼だ。魔理沙に続いて、ハイエロファントは食い下がって質問する。

 

「それじゃあ、どうしてお空(あの子)に特別な力なんて渡したんですか?」

 

「簡単な話さ。あの空って子が間欠泉だとかのエネルギーを管理してるって知ってから、彼女にちょいとばかしエネルギー生産を手伝ってもらおうと思ったんだよ。何に使うかって訊くだろうから先に答えるけど、それは河童の発明品だとかにね。彼らは腕が良いよ」

 

「なんだよ。結局、にとりの思い過ごしだったのか」

 

「いや、そうでもないぜ。魔理沙。あのお空ってやつ、手に入れた力を使って地上を地獄に変えるつもりだったらしいからな」

 

「……次はもう少し相手を選んだ方が良いかな……」

 

「次とか言うなよ。人騒がせな神様だぜ」

 

 真剣な質問から発展した話題だが、参加している者たちが自分たちの手でそれをただの雑談へと変えてしまった。ハイエロファントは「やれやれ」と呆れ気味だが、これから戦いが行われる中、緊張し続けるのも今までの調子を崩す原因になるだろうと考え、彼らの談笑を眺めることを選択する。

 一方、部屋の隅にいるキラークイーンは相変わらずだった。「くだらない」と感じ、一種の軽蔑さえ抱いている。これから戦闘が行われるというのに、ストレスが溜まることだというのに、目の前のこいつらはそんなことお構い無しにバカ騒ぎ。本体である吉良吉影の記憶を辿っても、ここまで理解に苦しむことはなかったと思う彼であった。

 それから数分後、障子に早苗とS・フィンガーズの2人分の影が見えた。人数分のお茶を淹れて持って来たようだ。前に立つ早苗が障子に手を掛け、慣れた手つきでスムーズに障子を開いて入室した。と、思いきや……

 

「うわっ、たったっ……!?」

 

ガッチャァア〜〜ン

 

「おい、大丈夫か? 早苗」

 

「だ、大丈夫ですっ、神奈子さま。今何かにつまずいてしまって……」

 

 流れるように部屋に入った早苗は、お茶を乗せたお盆を持ったまま近くに置いてあったチャリオッツのレイピアを踏んづけてしまったのだ。運良く柄の部分を踏んでいて良かった。幸い、早苗にケガは無さそうである。

 しかし、湯呑みは盛大にひっくり返ってしまい、畳の上に温かいお茶がぶち撒けられる。緑に緑で、色がおかしくなったわけではないが、畳が痛むといけない。早苗はすぐに近くにあったタオルを掴んだ。

 

「チャリオッツ。危ないから、剣は壁に立て掛けておくんだ」

 

「あぁ。悪かったよ。すぐ手に取れるように、下に置いてたんだ……ほら、俺に貸してみな。俺が拭くよ」

 

「あ、すみません……どうぞ」

 

「変な所に置いてた俺が悪いのさ。任せてくれて構わな……い……ぜ…………?」

 

 突如、チャリオッツの言葉が詰まる。早苗からタオルを受け取った瞬間のことだった。その様子を見ていた一同は、チャリオッツに一体何があったのかを理解することができなかった。

 しかし、一名だけ、部屋の異変に気付いた者がいる。キラークイーンだ。彼の視線はお茶が溢れた畳の上にあった。まだお茶が畳に着地して、数十秒も経過していない。だというのに、既に液体の艶めきが畳から失われており、少し染み込んだ程度で他は綺麗に拭き取られたかのように、サッパリ無くなっているのだ。

 もちろん、その光景は全員が目にしており、そして誰も、お茶を拭き取ってはいなかった。

 

「……早苗……お前、まだお茶をタオルで触っていなかったよな………………?」

 

「え……は、はい。それがどうしましたか?」

 

「……どうして、()()()()()()()()()()()?」

 

『!?』

 

「……お茶が…………消えたぞ」

 

 溢れたお茶はとっくに消えた。手渡されたタオルは濡れて、ほんのりと熱をもっていた。畳に転がった湯呑みたちは、一切誰も触っていないのにお盆の上に戻っていた。誰も何も見ていない。しかし、壁に掛けてある時計はしっかり針を動かして、時は進んでいた。

 

「こ、こ……の…………現象は…………ッ!! この……能力はァーーーーーーッ!!!」

 

「お前らッ! 全員、外へ出ろォッ! やつが来……」

 

 

ドォオ〜〜ーーーーン!

 

 

 

 チャリオッツ、そしてS・フィンガーズが叫んだ直後、彼らの周りの景色が崩壊を始める。畳はひび割れ、障子は粉々になり、神社全体がバラバラに崩れ去っていく。

 神社だけではない。山そのものが、山から見える幻想郷が。まるで、世界の終わり。どんどん崩落していく。だがこれは、実際に崩壊しているわけではない。それにごく一部だけ、地面が残っている箇所がある。それは守矢神社の縁側。残った足場には一つの影があり、()は神社の中を覗き見るようにして立っていた。

 崩壊した神社からは、ハイエロファント、箒に乗った魔理沙、神奈子、チャリオッツ、早苗を抱き抱えたS・フィンガーズがゆっくり、コマ撮りアニメーションのように飛び出し、境内である広い空間へと降り立つ。そして静止した。

 起こった現象、これがまさしく『時間の消去』。彼だけが意識できる世界であり、彼以外の何者も認識することができない唯一の世界。生まれながらにして、彼はその世界の『帝王』であった。何者も選ばれた『運命』から逃れることはできない。が、彼はそれを己の『能力』を以ってして変えられる。

 輝夜に重傷を負わせ、永琳を拷問し、ハーヴェストや兎たちを徹底的に処刑した、彼の名は……

 

 

 

 

キング・クリムゾン

 

 




長かったですよね。私も、分けるべきかどうか悩みました。


ついに神社に現れたスタンド、キング・クリムゾン。
チャリオッツが言っていた『希望』はこの世界には存在しないが、果たして彼らはこの絶対無敵の『帝王』を倒せるのか……!?

次回、第三部最終話!
お楽しみに!
to be continued⇒






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50.『キング・クリムゾン』

今回も長いです。


 崩壊した景色は再び元の姿へ構築されていく。神社の縁側に立っていた影は消え、同時に世界の外へ弾き出された7人の意識も戻って来た。

 さっきまで暖かい部屋の中にいたが、気付けば雪が舞い落ちる外。部屋着のまま、そして裸足で冬の石畳を触れた早苗は、心臓が飛び出そうになるのをなんとか堪えた。一同は人智を超えた力を今体験した。

 

「ハッ……!? そ、外……だと!?」

 

「時間が飛んだ……ッ! それに、今のこの位置関係はヤバい! 一人一人が離れすぎているぞッ! みんなもっと寄るんだ!」

 

 今彼らの各々の距離は、最も近い感覚でも5mは離れている。皆から一番遠い場所にいるのはS・フィンガーズであるが、彼は自分よりも先に他の者の安全を確保するために叫んだ。

 しかし、彼はまだ気付いていない。『キング・クリムゾン』の最初の標的は、自分であるということを。

 

「スティッキィ・フィンガーズ! まず自分の身を守るんだッ! やつは後ろにいるんだぞォーーッ!!」

 

「!」

 

 ハイエロファントの絶叫が響く。だが、S・フィンガーズはこの中で戦闘センスがかなり高い部類に入る。つい先程まで気付いていなくとも、敵の位置が分かったなら、ほとんど反射で拳を繰り出せる。

 そのようにして、身を捻って自らの背後を殴った。予備動作はほぼ無く、相手も同じように手練れであったとしても防ぐのは難しいだろう一撃だった。それが、ただの人間であればの話。今から戦おうとしているのは、過去に出会ったスタンドの中で最も()()()であるのに、どうして()()()()で仕留められようか。

 

ガシィッ!

 

「うっ!?」

 

『……久しぶりだな。スティッキィ・フィンガーズ……』

 

「スティッキィ・フィンガーズ……! うぉおおおッ! 野郎ォォーーーーッ!!」

 

「!? 待て、チャリオッツッ! 戻って来い! 2人が同時にやられたら、本当に勝機は無くなるんだぞッ!」

 

「ここであいつを止めなかったら、スティッキィ・フィンガーズは殺されるッ! 止めるな、ハイエロファント! キング・クリムゾン! 貴様の相手は、この俺だァアアアアァーーーー!」

 

「バカがっ……!」

 

 チャリオッツに近かった魔理沙はハイエロファントの制止の声を聞き、チャリオッツにしがみついてでも、S・フィンガーズへの救助を止めようとする。ハイエロファントも彼に触手を伸ばした。が、チャリオッツは彼らを高速で避けると、レイピアを片手に未だ影しか見えないK(キング)・クリムゾンへと特攻を仕掛ける。

 甲冑を脱ぎ捨ててはいないが、それでも彼のスピードは数いるスタンドたちの中でも高い方である。まともにやり合えば追いつけない。S・フィンガーズは捕まって動けないが、K・クリムゾンの方はチャリオッツを避けようともしていない。チャリオッツに見えているかは分からないが、ハイエロファントからすれば、やつが何か罠を張っているのは明確だった。

 

「避けろ、スティッキィ・フィンガァーーーーズッ!」

 

「ぐぅっ」

 

 レイピアがK・クリムゾンを襲う直前、チャリオッツは叫ぶ。それをしかと聞いていたS・フィンガーズは、腕を掴まれたまま、自分の体を斜め下へ倒れるように捻る。自分を捕らえるK・クリムゾンを、盾のように前へ出してチャリオッツへ差し出す姿勢となった。

 そして、直撃。

 

 

ドグサァッ!

 

 

「がぼぉあッ!」

 

「…………!」

 

「バ、バカな…………ッ!」

 

「……あれが、『時間を消す能力』と『未来予知』か…………厄介な能力だ…………」

 

 神奈子が思わずそう呟く程の能力。S・フィンガーズとK・クリムゾンの位置は逆転し、チャリオッツのレイピアはS・フィンガーズの首を貫通した。彼の口からは真っ赤な血が噴き出し、明らかなダメージを負ったことが分かる。幻想入りしたスタンドの中で最もパワーのある彼が力負けしたという事実は、キラークイーンやハイエロファントを絶望させた。

 真正面から殴り合っても負け、奇襲も成功するかどうか分からない。そんな相手にどう勝てというのか。

 

「お前……ポルナレフのシルバー・チャリオッツか? 本体と比べてずいぶん雰囲気が変わったな」

 

「な……なんだ……と…………」

 

ドグシャア!

 

「チャ……チャリオッツゥゥーーーーッ!!」

 

「ハイエロファントッ、あいつ、こっち向いたぞッ! ど、どうするんだ!? 撃つか!? 逃げるのか!?」

 

 S・フィンガーズを盾にしたK・クリムゾンは、レイピアが動かないチャリオッツにゆっくり近付く。彼の掛けた言葉より、やはりK・クリムゾンとチャリオッツの本体は一度相見えたことがあるらしい。が、聞いた通りに敵対関係であり、そこには何の手加減も容赦もない。

 K・クリムゾンの鋭い拳がチャリオッツの頭、その上部を粉砕。破片が飛び散り、血液が噴き出し、チャリオッツとS・フィンガーズは連なるようにして吹き飛ばされた。

 K・クリムゾンの次の狙いは誰なのか。それが分からない状態で、他5人がいる方へと向き直る。逃げても逃げられない。攻撃しても当たらない。だが、敵は確実にやって来る。

 

「くそォ!! エメラルドスプラッシュ!!」

 

「オラァッ!!」

 

キング・クリムゾン

 

 

ドォオオ〜〜ーーーーン!

 

 

「全ての時間は消し飛ぶ。時の消し飛んだ世界では、如何なる行動も無意味となるのだ……」

 

 冷静沈着が自慢のハイエロファントであっても、仲間が目の前でやられれば思わず取り乱してしまう。しかも、相対しているのはDIOの『世界』に匹敵するだろうスタンド。彼の体は考えるよりも先に動いてしまった。その原動力は、怒りなのか、それとも克服したはずの恐怖なのか。

 エメラルドスプラッシュが放たれると同時に、魔理沙も弾幕群を飛ばす。地底での戦いが消化不良だったのか、という疑問さえ浮かぶ量である。

 しかし、どれだけ大量の弾幕を撃とうと、K・クリムゾンの前では全てが無意味となる。ゆっくり2人へ歩み寄るK・クリムゾンに弾幕と緑色の結晶弾が襲いかかるが、それらは彼に命中することはなかった。

 透過する。あらゆる障害をすり抜けていく幽霊のように、まるで、そこにK・クリムゾンがいないかのように弾幕たちは直進して行った。弾幕たちでさえも、この世界では標的を失ったということに気付いていない。

 

「……選ばれた運命からは誰も逃れることはできない。お前たちが滅びるという、()()()()()()()()()。そして……時は再び刻み始める!」

 

 2人に歩み寄ったK・クリムゾンは、ハイエロファントの背後に立つ。彼が右手の鋭い手刀を天に掲げると、それと同時に時も元に戻る。

 ハイエロファントと魔理沙が目の前にいたK・クリムゾンを「見失った」と気付いた時には、全てが終わっているのだった。

 

ドバァ〜〜ーーーーッ!

 

「ぐああッ!」

 

「ハイエロファン……あぐぅっ!」

 

「お前たちは知らないな。そこの緑色のはスタンドで……魔理沙(お前)は『幻想郷縁起』に載っているかもしれない。まぁ、どうせ取るに足らないカスなのだろうが……」

 

 完全に背後を取り、ハイエロファントに輝夜の時と同じように大きな裂傷を刻みつける。そして、彼の悲鳴に気を取られた魔理沙の首を、空いている左手でガッシリ掴んだ。S・フィンガーズをものともしないそのパワーの前には、少女の魔理沙の体重など知れている。首を締めたまま空中へ持ち上げると、ハイエロファントの生温かい血が滴る右手を構えた。その手は、おそらく魔理沙の腹を切り裂いて内臓を並べるつもりだろうか、再び手刀を作りだす。

 

「こ……のッ…………離しやがれッ……()()()()()()()()()()…………お前キモいぞッ……!」

 

「こんな夜でも人の顔が分かるのか? まぁ、いい。我が姿を見た者は……既にその時! この世にはいないのだ」

 

 K・クリムゾンの右手がブレた。魔理沙が何とか絞り出した挑発に、彼は乗ってくれたのだ。K・クリムゾンがどのタイミングで魔理沙を始末しようとしたかは分からないが、少なくとも、魔理沙が喋っている間は攻撃を中断してくれた。

 魔理沙は覚悟を決めて目を瞑る。()()()()()()()()自分は死ぬ。それだけだ。

 腹を貫かれるか、それとも…………

 

「魔理沙さん、大丈夫ですか!」

 

「うぉっ! と……あぁ……助かったぜ…………ありがとよ。弾幕飛ばしてくれて」

 

 訪れたのは、とにかく硬い物が尻を打つ衝撃。気付いた時には首にあった圧力は消えていた。

 魔理沙は地面に尻もちをついていたのだ。神社の外を見てみると、森の中で爆煙が上がっている。声を掛けながら早苗が走って来るのを見て、魔理沙は早苗が弾幕を撃ってK・クリムゾンを退けてくれたことを理解した。そのための挑発だったのだ。

 魔理沙は早苗に助け起こされ、再び森の中を見る。やはり弾幕による煙は上がっていたが、着弾音は魔理沙の耳に届いてはいなかった。これが示すことは、「時間が消し飛んだ」ということである。

 

「早苗、やつは……?」

 

『やはり書いてあったな。えぇと、霧雨魔理沙…………魔法使いか。魔法も気になるが……今はどうでもいい。魔法使いも、この幻想郷には何人もいるようだからな』

 

「あ、あんな所に……!」

 

 時間を消して移動したK・クリムゾンは、神社の正面に建っている鳥居の上にいた。脚を組んで座り、どこかに隠し持っていた『幻想郷縁起』のページをめくりながら、魔理沙の情報を読み上げる。

 空に浮かぶ巨大な満月から注がれる光が逆光となり、K・クリムゾンの詳しい外見はよく分からないままだ。しかし、ギラついた目玉は地面に立っている一同からよく見え、さらに目玉の上に()()()()()()()()()()()()()()()()()のも分かった。これまで数々のスタンドたちと出会ったが、ここまで禍々しい見た目をしたスタンドはいない。彼のビジュアルと実力は、魔理沙と早苗の戦意を削るのに充分であった。

 

「キング・クリムゾンッ! 貴様の狙いは私のはずだ! 「神の力を奪う」と言っておきながら、逃げ隠れし続けるとは笑止千万。実物を目にして恐れをなしたか? 降りて来い。私が直々に戦ってやるッ!」

 

「落ち着け。八坂神奈子。たしかに、お前がその気になれば私を殺すことは容易いだろう。が、そうなれば私も、お前に何か一つでも傷を付けようと抵抗するものだ…………信者は可愛いか?」

 

「!」

 

「フン。安心しろ。優先順位は変わった。()()()()、もっと面白いものを見つけたのだ」

 

 K・クリムゾンはそう言うと、開いていた幻想郷縁起をパタンと閉じ、鳥居の内側へと落とした。何をするつもりなのか、全く理解できない4人は落下する本に目を奪われている。全員あまりにも集中しているからか、落ちていくスピードがとてつもなくゆっくりに感じていた。ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。そして、消えた。

 感が鋭い神奈子は「時間が飛んだ」と認識し、周りへ視線を散らす。K・クリムゾンはすぐに見つかった。

 

「貴様だ。名前は何と言う?」

 

「…………!」

 

「……キ、キラークイーン!?」

 

「ほう。キラークイーンか」

 

 K・クリムゾンが現れたのは、立ち尽くすキラークイーンの正面。距離はかなり近く、どちらかが一歩、もう片方に近付けばすぐに拳を当てられるほど。

 しかし、「興味がある」とはどういうことなのか。早苗と神奈子からしたら、無愛想であるが幻想郷を脅かす者を倒すために立ち上がれる者。魔理沙からしたら、共通の敵と戦ってくれるが邪魔になれば味方でも殺しそうな、印象は良くないスタンド。

 能力は強力だが、完璧というわけではない実力。K・クリムゾンは彼のどこに興味をもったのか。それはキラークイーン本人でさえも分からなかった。

 

「どこか……だ。どこか()()()()。「どこが」と訊かれると答えられないが、何かが私と似ているのだ。同じ匂いがする、だとか。もしくは同じ敵をもっていたかのような、そのように感じさえするが…………お前はどう思う?」

 

「…………見当も……つかないな…………」

 

「……そうだな。では、お前の能力を当ててやろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうにも、そんな気がしてならない。だが、似ているのはそこだけではない、とも思っている」

 

「!?」

 

 キラークイーンの表情が、ほんの一瞬だけ強張った。強張ったままではなく、一瞬で元の表情に戻った、否、戻したのだ。まるで、本当に『時を操る能力』をもち、その事実を隠したいかのように。

 そんな中、キラークイーンに背中を向けられている魔理沙と早苗は、K・クリムゾンの言っていることが理解できずにいる。キラークイーンの表情が見えないだけでなく、2人は彼の能力が『触れた物を爆弾に変える能力』であると知っていたからだ。しかし、そんな2人よりも近い位置にいた神奈子だけは、キラークイーンの異変に気付いているのであった。

 

「バカなこと言うな! キラークイーンの能力は時間を操ることじゃあねぇッ! 触った物を爆弾にするんだよ!」

 

「…………ほう」

 

「…………ッ!」

(あ……あのマヌケッ!! 自ら手の内を明かしてどうするッ!? これだから嫌いなんだ……ガキどもは……! どれだけ脳ミソが小さかったらあんなことができるんだ…………ッ!)

 

「フフ……まぁ、()()()()()()()()()()、だ。私は、この中ではキラークイーン、お前が一番私を殺せる可能性があると見ている。緑髪と魔法使いは力不足。八坂神奈子は神の特性故に、全力を出しづらい。だが、いざとなれば例え同じ側に立つ者であっても殺せるような目をした貴様なら、時を消し飛ばす私にすら刃が届くだろう……」

 

「…………褒めてもらって嬉しいな……だが、君の目的は何なんだ? イマイチよく分からない。もしかして、()()()()()()()()私を、君の仲間にしてくれるのかな?」

 

『な、何!?』

 

 キラークイーンの言葉に、魔理沙や神奈子は驚愕の表情を浮かべる。たしかに、キラークイーンは自分の利益を優先しているような言動は多かった。それは魔理沙も知っている。しかし、力を合わせればまだ可能性が潰えない相手に自分を売り込むとは。「彼は自分だけ助かるつもりか」と神奈子の中に怒りが湧き始める。

 さて、そんな質問を投げかけられたK・クリムゾン。彼の返答は……

 

「フフ……フハハハハ……! まさか、私に仲間だと? 笑わせるな。今、この場にいる者は皆殺しだ。一人たりとも逃しはしない。私が欲しいのは『力』だけだ。我が本体を束縛する、『呪い』に打ち()つためのな!」

 

「………………」

 

 キラークイーンの当ては、見事に外れる結果となった。

 しかし、ここでキラークイーンと魔理沙に疑問が生まれた。K・クリムゾンは「本体を『呪い』から解放する」という旨のことを言っていた。幻想郷にいるスタンドたちは、誰も彼もが本体は死んだか、もしくはそれに近い状態になってから幻想入りしている。しかし、『呪い』をかけられただけでスタンドを失うことなどあるのだろうか。

 K・クリムゾンから彼らに語られることはない。彼だけが知る真実、それは、本体であるディアボロがとあるスタンド能力によって()()()()()()()()こと。時間を消す能力をもつ彼が敗北した相手は、チャリオッツが言っていた『矢』によって力を得た者。ジョルノ・ジョバァーナ。『あらゆる行動を0にする能力』により、時間消去を完全に無力化。そしてK・クリムゾンを破ったのだ。

 死ぬという『真実』に辿り着くことのないディアボロは、運命によって永遠に殺され続けることになる。しかし、ある時。突如世界中の時が『加速』する事変が起こる。その一瞬、1秒にも満たない時間に、ディアボロを取り巻く『能力』がほんの少しだけ弱まったのだ。その隙を突き、K・クリムゾンは本体から離脱。後に流れ着いた幻想郷にてさらなる力を手に入れ、本体を解放すると誓ったのだった。

 

「さて、キラークイーン。お前の能力は本当に気になるが、私の邪魔になる可能性があるというのなら、消しておかねばならない。動くなよ。苦痛を感じたくなければな」

 

「……私の目標は『静かに、幸福に暮らすこと』だ。今、この場で殺されるわけにはいかない。かと言って、君は見逃すつもりも無い。ならば、どうする? 君という名のストレスを、この場で跡形も無く消し去る」

 

 K・クリムゾンは血に濡れた右手を手刀に変形させる。キラークイーンは握り拳を作る。そして、互いに一歩踏み出した。拳の、射程制空圏内である。

 

WRYYYYYEEEEA(ウリイイイイイイイイイア)ッ!」

 

「フン!」

 

 

グシャァン!

 

 

「ぐ……あぁ……ッ!」

 

「キ、キラークイーンの拳が砕けた!? あいつもパワー負けしたのか!?」

 

 キラークイーンが繰り出したラッシュを、K・クリムゾンは拳一発で止めてしまった。キラークイーンの右手は無事だが、左手が完全に歪んでいる。中指が手の平まで食い込み、他の指も明後日の方向を見て歪に折れ曲がっており、見るも無惨な姿に変えられてしまった。どの拳がどの軌道を通って放たれるか、それもK・クリムゾンは予知していたということだ。

 K・クリムゾンは大した表情を変えぬまま、次なる一撃を怯んだキラークイーンの腹へと叩き込み、バランスを崩した彼を地面へ倒して足蹴にする。

 

「クアアァァッ!」

 

「おそい」

 

ズバァアン!

 

「たしかに、触れて発動する能力はあるようだ。拳や手刀を使うでもなく、ただ触れようとしてきたところを考えると。しかし、無意味な行為に変わりなかったな?」

 

 下敷きにされたキラークイーンだが、それでも必死に抵抗してK・クリムゾンの脚を右手で触れようとする。が、それも読まれてしまい、鋭い手刀で腕を切り落とされてしまった。両手とも使えなくなってしまったキラークイーンは、最早爪や牙を失った動物。K・クリムゾンからすれば、いつでも殺せる子犬のようなものだ。血が(したた)る手刀をキラークイーンの眼前に構え、次の攻撃でトドメを刺すことを予告する。

 

「惜しいな。貴様の本体が、ディアボロ(我が本体)の部下であったならば、とつくづく思うぞ。あの生意気な小僧になど、遅れを取ることもなかったはずだ……」

 

「うっ……ぐ…………」

 

「死ねィ! キラークイーン! これで終わりッ……!」

 

 

キュルキュル キュラ……

 

 

「!? な、何だ……!? 何の音だ!」

 

 K・クリムゾンは手刀を高く振りかざす。が、その次の瞬間。聞き慣れない音が夜の境内に鳴り響いた。

 金属やら硬い物がこすれ合うかのような不快音。それはキラークイーンをとどめようとせんK・クリムゾンの背後から聴こえている。その音はどんどんK・クリムゾンの耳(有りはしないが、人間であれば存在している所)に近付いていき、同時に背中に何か物体の重さを感じ始めた。

 間違いなく、何かマズいものである。K・クリムゾンの本能はそう(ささや)くが、彼も人から生まれた者だ。それが危ない物だろうと分かっていても、振り向かざるを得なかった。

 

『コッチヲ見ロヨ。ホラ、コッチダゼ』

 

「な、何ィーーーーッ!?」

 

「キラークイーン…………『シアーハートアタック』」

 

 

カチッ

 

 

 K・クリムゾンの左肩、そこにそれは乗っていた。けたたましく音を鳴らしながら、キャタピラを回して背中を登って行ったのだ。熱を探知して敵を殺す、自動追尾爆弾が。

 K・クリムゾンが『シアーハートアタック』の存在に気付いた瞬間、小さな車体に付いたドクロのから光が放たれ、キラークイーンとK・クリムゾンはドス黒い爆煙に飲み込まれた。炎は出ず、それに伴う音も無い。キラークイーンはK・クリムゾンを仕留め切れないと想像していたが、やはりと言ったように、彼は時間を消し飛ばして回避したようだ。自爆するつもりではなかったが、キラークイーンの体もいつの間にか発生していた爆風で吹っ飛んでいる。

 

「キラークイーン!」

 

「!」

 

 爆風に晒されていたキラークイーンの体は、突然空中で止まった。K・クリムゾンに負わされた傷と爆発により、彼の体はほとんど動かない。意識も途切れつつある。だが、それでも自分の身に起こった何かを探ろうと、閉じかけていた目を開ける。目の前にあったのは、自分の脇を抱えて箒で飛ぶ魔理沙の顔だった。こちらを見ているわけではなく、おそらくいなくなったK・クリムゾンに警戒しているのであろう。少し首を傾けてみると、早苗もチャリオッツたちを救助している。

 魔理沙は目を合わせないまま、キラークイーンに言った。

 

「時間を稼いでくれてありがとな。キンクリ野郎が何て言ってもよ〜〜、私はお前がやつに手を貸すなんて思ってなかったぜ。絶対に生き延びるぞ!」

 

『いいや、逃しはしないッ! 言ったはずだ。お前たちはここで死に、俺とディアボロを再び絶頂へ押し上げるために存在しているのだッ!』

 

「うっ!?」

 

 箒が急ブレーキをかけたように止まり、慣性のはたらくキラークイーンと魔理沙の体に進行方向への力がかかる。

 先程姿を消したK・クリムゾンの行方。彼は既に、魔理沙たちを追ってその背後に回っていたのだ。そして魔理沙の頬を鷲掴みにし、2人の動きを止めていた。

 『シアーハートアタック』が襲った左肩からは血が噴き出しており、それまで付いていた装甲のようなものも吹き飛んでいた。痛々しい状態だが、それでも大したダメージにはなっていないようで、魔理沙を押さえる左手の力は首を締めた時よりも強い力が込められていた。そして彼の右手は握り締められ、2人を同時に撃墜しようと振りかざされる!

 

「う、うおぉおおあああああ!!?」

 

「くらえッ! このくたばり損ないどもがァァアッ!」

 

「御柱『メテオリック・オンバシラ』!」

 

「ッ!?」

 

 拳が魔理沙の胴体を貫く瞬間、さらに背後から神奈子のスペルが読まれる。彼女の声を耳にしたK・クリムゾンは、拳を止め、思わず神奈子の方へと顔を振り向かせた。

 しかし、彼の目の前にいたのは神奈子ではなく、あらゆる場所から伸びて突進してくる巨大な柱の群れ!

 地面から、空中から、太さも長さも様々な柱と弾幕群がK・クリムゾンに襲いかかって来ていたのだ。それを察知すると、魔理沙の頬から左手も離してガードの体勢となり、すさまじい質量の攻撃を腕や肩で受け切ろうとする。が、やはり神。並みの防御では、彼女の攻撃を止めることはできない。

 

「ぐおぉ!! こ、このパワー……ッ! 何て重い……ぬあぁアアァーーーーッ!?」

 

「天の彼方まで吹っ飛べ!」

 

 神奈子のその言葉が放たれると同時に、柱の圧も一気に高まる。それはもはやK・クリムゾンだけで手に負える威力ではなく、力負けした彼は神奈子の言葉通りに、鳥居の間を一瞬で通過して幻想郷の彼方まで吹き飛ばされてしまった。

 

「た、助かった…………」

 

「……仕留め切れなかったか。あれは、まだ生きてる」

 

「だけど……くそっ。こっちは負傷者が多いぜ…………キング・クリムゾンか……ヤバいやつが来ちまった……」

 

「…………」

 

 ひとまず危機の去った守矢神社。負傷したスタンドたちは一旦ここで休ませ、傷が治り次第各々の帰路に着くことに決まった。早苗と魔理沙は彼らの補助をするため、神社に残ることとなる。神奈子は天狗の長である『天魔』に掛け合い、天狗たちにとあることを命令させた。

 『スタンド、キング・クリムゾンを幻想郷全域で指名手配する。見つけ次第、即刻処刑せよ』

 

 

(……キング・クリムゾン。やつは、このまま幻想郷にのさばらせておくわけにいかない。天狗に任せておけば、足取りくらい分かるだろう。こちらが抱える問題は……キラークイーン。キング・クリムゾンの言葉を全て鵜呑みにしたくはないが、あいつは…………果たして味方なのか?)

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。このお話で、第三部は完結となります。次話……というより、次の次ですね。いよいよ第四部が始まります。
もう既に最終話までの流れは何となくできているのですが、それを迎えるのはいつになることやら…………
どうか最後まで読んでいただけたら良いなぁ、と思ってます。

それでは、第四部『Phantom WORLD』で再びお会いしましょう!
to be continued⇒


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登場スタンド紹介 《第3部》

第三弾でございます。
スタンド紹介での文章は本編以上におかしくなっている。第一弾からの伝統ですね。


・スティッキィ・フィンガーズ

本体名:ブローノ・ブチャラティ

容姿:

人型のスタンド。ヘルメットのようなものを目が見えないぐらい深く被っている。また、体中にジッパーをあしらった装飾物が付いている。

能力:

すばやく、パワーも強い。触れた物や場所、生物、非生物関係なく、対象にジッパーを取り付ける能力をもつ。ジッパーを付けて開くことで、相手の体を分解したり、中に物を入れたり、攻撃を回避したりなど、汎用性が高いのが特徴。もちろん、自分にもジッパーを取り付けられる。

ラッシュのかけ声は「アリアリアリ」

 

 

・グリーン・ディ

本体名:チョコラータ(チョコラート)

容姿:

人型のスタンド。緑を基調とした体色。頭にはいくつか穴が空いており、ここからカビの胞子をばら撒く。体型はスリムではない。

能力:

カビの胞子をばら撒くことで、自身の周囲にいる生物が()()()()()()()()()()()()と能力が発動する。その生物の下に下った部位からカビが発生し、肉を腐らせていく。カビは増殖し、いずれ体をのみこむのだが、上に上がれば腐食を食い止めることができ、問題はない。また、グリーン・ディがばら撒ける胞子の範囲には限りがあるが、カビに侵食されて死んだ生物の残骸を媒体に、能力の範囲を広げていく。

亡者にはカビが効かない。

 

 

銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)

本体名:J(ジャン)=P(ピエール)・ポルナレフ

容姿:

人型のスタンド。レイピアを持った鎧甲冑。そして銀色。

能力:

『戦車』のカードの暗示をもつスタンド。所持しているレイピアで斬ったり、突いたりできるぐらいで、他に特殊能力はない。あえて言うなら、達人レベルの剣技と、身にまとった鎧の一部を脱ぎ去ることで、防御力を捨てる代わりに超スピードを得られるということぐらいか。その姿でなら、いくつかの分身(残像)を生み出せるほどの速さで動ける。

 

 

・アヌビス神

本体:古代の鍛治職人

容姿:

ヴィジョンとしては、人間の胴体と黒い犬の頭を持った人型のスタンドとなっている。表面のビジュアルはただの剣。

能力:

自身が宿る剣を手にし、鞘から引き抜いた者の体を乗っ取って操ることができる。それだけでなく、手前にある物体をすり抜けて、その奥にある対象を斬ることが可能。また、学習能力も非常に高く、一度戦った相手の技やパワー、スピードを学んで対応。果てには自身も使用するなど、「スターダストクルセイダース」の承太郎も唸らせたほどの強力なスタンドである。

 

 

・ブラック・サバス

本体名:ポルポ

容姿:

人型のスタンド。黒い帽子を被り、黒いマントに身を包んでいる。体色は白く、本体がかなりの巨漢(脂肪の塊)なのに対してかなりの細身。

能力:

押さえつける力"は"かなり高いとのこと。それでも「黄金の風」の主人公、ジョルノ・ジョバァーナのスタンドの攻撃をさばくシーンがあり、高いスピードももち合わせている。

影の中に潜み、同じ影の中を移動することができる。影から出て日光にさらされてしまうと体が炎に包まれるが、短時間だけなら大したダメージにはならないようで、攻撃を続行する。ならば別の影への移動はどうするのかと思うだろうが、鳥や人間の影にも潜めるため、それらに入って同行することで移動できる。

 

 

・ヨーヨーマッ

本体名:DアンG

容姿:

人型スタンド。緑色で、その表面は爬虫類(はちゅうるい)(うろこ)のような模様があり、オーバーオールのような服まで着ている。スリムでもないし、かっこいいとは思えないビジュアル。

能力:

とにかく従順な性格をしており、人の役に立とうと頑張る姿が見られる。しかし、「役立てた」といえるほどの結果を出せないという、ありがた迷惑にもほどがあるスタンド。だが、これは表面上の顔であり、裏では様々な策を練って標的を始末しようとする本性を隠し持っている。

いわゆるドMと分類される性格ももっているが、高い再生能力と相まってかなり厄介な存在となっている。また、彼の(つば)は物を溶かして破壊することができ、「ストーンオーシャン」で主人公たちを苦しめた。

ちなみに体内はとても臭いらしい。

 

 

愚者(ザ・フール)

本体名:イギー(ボストンテリア)

容姿:

四足動物のようだが、後ろ足が車輪になっており、顔面は羽飾りがついた仮面のような風貌をしている。滑空時にはハンググライダーのような羽が出てくる辺りなど、意外に機械チックである。

能力:

機械のような姿に反し、その正体は砂である。

砂の軽さを利用して滑空したり、どんな形にも変形できる。自身の周囲の砂も多少は操れるらしい。

また、砂で「ダミー」を作ることができ、その人物の色や声色までそっくりに作ることができる。

 

 

・キング・クリムゾン

本体名:ディアボロ

容姿:

人型スタンド。名前の通り、紅色が基調となった体色で、網目状の模様もついている。額にはキング・クリムゾンのものとは別の顔、「墓碑銘(エピタフ)」がついている。

能力:

この世の時間を消し飛ばす能力。キング・クリムゾンとその所有者であるディアボロ以外の生物は消し飛んだ時間を意識することができず、消し飛ぶ以前に決定した動きだけを体が実行する。時が消し飛んでいる最中では、ディアボロの目には他者の未来の動きの軌跡が見えている。

また、エピタフの能力として近い未来を予知することができる。エピタフ発動後の未来を見ることになるため、その事実をねじ曲げるのは不可能に近い。しかし、キング・クリムゾンの時間消去の能力を以ってすれば、たとえ自身が死ぬ未来が見えようとも回避することができる。時間が消し飛んでいる間、ディアボロ、もしくはキング・クリムゾンは他の存在に干渉することも、されることもない。そのため、銃で撃たれようとも直撃前に時を消せば回避できるのだ。これは床や壁も同様にすり抜けられる(おそらくだが、そちらのON、OFFは自由)

消し飛ばせるのは十数〜数十秒が限界。




次回より始まる第四部ですが、第三部に登場したヨーヨーマッのようにアニメ化していない部からのスタンドの登場が多くなる予定です。
できるだけ前書きにて注意喚起をしていきたいと思っていますが、ネタバレを避けたい方は注意してください。


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4.Phantom WORLD
51.燃えよF・F


さっそくですが、6部以降のスタンドが出てきます。
アニメを楽しみにしている方はご注意ください!


讃美しろ……!!

 

生まれたものが『天国』なのだ!!

 

 

返事もできない事態というわけだな?

 

 

手錠は何のためにある? 

 

 

あたしは生きていた

 

最後にさよならが言えて良かった……徐倫

 

 

____________________

 

 

 K・クリムゾンが守矢神社を襲撃してからおよそ三週間。幻想郷は完全に冬を迎え、緑の多かった森や山はどこもかしこも真っ白い雪景色へと変わっていた。変わったのは景色だけでなく、人々の生活もまた、変わる季節に合わせたものになっている。雪がしんしんと降る中、神社や妖怪の山、人里では新年を迎える準備を行われていた。

 

「なぁ、スティッキィ・フィンガーズさん。ちょっと、そこの荷物をこっちへ動かしてくれないか。この歳になると力が出なくてよぉ〜〜」

 

「あぁ。任せてくれ」

 

「そっちが終わったら、こっちも手伝ってくれ!」

 

 人里に住むスタンド、S・フィンガーズも年の末に向けた大掃除などを手伝っていた。彼の本体であるブローノ・ブチャラティは日本の年末年始の催しに関わることは初めてであるが、慧音や他の里の民に教えられ、今回そのスタンドが人里の一部として参加することができる。そんな新たな現象に、人里の人間たちは誇らしいような、喜ばしいような、そんな気持ちが前に出ていた。

 しかし、彼自身はあまり乗り気ではないのであった。原因は先日の戦いにある。

 先日のK・クリムゾンとの戦い、結果は惨敗。最後は八坂神奈子が幻想郷のどこかへ吹っ飛ばしたのだが、命を絶つことはできていない。後から山の天狗たちにK・クリムゾンの行方を追わせているらしいのだが、彼の足跡(そくせき)は完全に消えたとのことだ。やつの現在の狙いが分からない以上、警戒を解くわけにいかない。行事に現を抜かすわけにも、だ。

 そして、警戒すべきなのはK・クリムゾンだけではない。

 

「いやぁ〜〜。スティッキィ・フィンガーズさんといい、キラークイーンさんといい、頼りになる方が多くて助かるよ」

 

「そうだよなァ。キラークイーンさんも、無愛想だけど人手が足りない作業とかに手を貸してくれるからな。最初に見た時の怖さっつーか、何つーか、サッパリ消えちまったよ」

 

「………………」

(キラークイーン……か…………)

 

 

『警告があるのさ。スティッキィ・フィンガーズ。キング・クリムゾンはもちろんのことだけれど、キラークイーンにも気を付けてほしい。特に、彼の『能力』について』

 

 

「……能力か…………八坂神奈子はなぜあんなことを言ったんだ……?」

 

 K・クリムゾン襲撃から二日ほど、負傷したスタンドたちは守矢神社で傷の療養をしていた。全員大事には至らず、現在では元の生活に戻っている。その時、一番早く回復したS・フィンガーズは神奈子にあのような警告をされたのだ。S・フィンガーズには分からなかったが、神奈子の中ではキラークイーンには隠された『能力』があると確信しているらしく、その調査を彼に依頼した。

 もしもキラークイーンが人里に、幻想郷に仇をなすというのなら、その時は…………

 

 

 S・フィンガーズは覚悟を決めていた。彼は自分の身を置くことを許してくれた人里にのために戦っている。人里そのものや、里の住民たちを陥れようという考えがあるのなら、いくら共に戦った仲だとしても容赦することはできない。

 しかし、本当にそんなつもりがキラークイーンにあるのか、という疑問は当然のことながら存在している。静かで平穏な暮らしを望む彼が、わざわざ自分の命を危険に晒すような真似をするとは到底思えなかった。敵が大量にできるのだから。そして、この話を慧音の耳に入れておくべきかどうか、S・フィンガーズは悩んでいた。

 

 

____________________

 

 

「よし、こんなものか。スティッキィ・フィンガーズが来るのは6時頃だったな。今の内に何か用意しておこう」

 

 人里の中心部近くにある家にて、他の里民たちと同じように慧音は年末年始に向けた諸々の準備を進めていた。朝から懸命に努めていたこともあり、作業は現在午後4時にてひと段落つく。時計を見ながら呟く慧音だが、今夜は互いを労うため、S・フィンガーズを家に招待している。彼が家に来る時間を確認しつつ、彼に振る舞う夕飯の準備に取り掛かろうとしていた。

 

「……そういえば、彼は何の食べ物が好きなんだ? ハイエロファントによると、スタンドは食事が無くとも生きてはいけると聞いたが…………まさか、この前振る舞った料理以外、口にしてないなんてことは……ないよな……」

 

 そんな風に慧音はS・フィンガーズの食事事情を心配する。彼ならば実際に食事をしていないことが事実であっても、不思議なことに簡単に呑み込める。

 慧音は今まで作業のために着ていた服を着替えると、居間に置いていた火鉢の火を消し、台所へと向かった。

 しかし、やはり火が無いと家の中でも寒いものだ。厚着をしているが、手先には何も着けておらず、かじかんで赤くなっている。まずは温水で手を動かしやすくしてから、いよいよ料理を始めるのだった。

 

「できれば、彼や彼の本体があまり食べたことのない物を出してやりたいな。名前(ぶちゃらてぃ?)を聞く限り、おそらく紅魔館の住人たちと似た故郷をもっていると思うから…………納豆とか? レミリア嬢は好んでいるらしいし、出してみる価値はあるかも」

 

 人里へたまに足を運ぶ咲夜から、レミリアが納豆を好んでいるという情報を得たことがある慧音。彼女自身も嫌いではないため、S・フィンガーズに出しても彼なら、()()()()()()()()()()()()()食べてもらえるだろう、だなんて考えながら納豆が入っている小壺を手に取る。

 余談だが、本体のブチャラティはマメ類が苦手だ。彼のスタンドであるため、おそらくS・フィンガーズも……

 

「納豆もいいが、それよりも主菜だな。何がいい? 今は肉が無い。魚も……いや、近いから買い出せば良いか。だが、何を買おうな。冬だと……ウグイとか、マスも種類によってはあるだろうし。いや、ここは敢えて『鯉』だ。以前に教えてもらった料理を作ろう。名前が分からないが」

 

 慧音は名前は知らないが、以前食べさせてもらった鯉料理を思い浮かべながら買い物鞄やら財布やらを準備する。その時に食べた料理がとても美味しく、鯉は魚なのにまるで動物肉のような噛み応えもあり、レシピも教えてもらうほど最近食べた物の中で最も気に入っていた。

 鯉ならば、別に海鮮というわけではないが漁師の家に生まれたブチャラティの舌に合うかもしれない。それを慧音が知る由も無いのであるが。

 買い物に出掛けるということで、せっかく棚から取った納豆の壺を元に戻して上着を手に取ると、台所から玄関までの廊下を上着を羽織りながら歩く。そんな時、ふと居間に目を向けてみた。

 

「……? 火鉢の火が……まだ点いている……? おかしいな。消したと思ったのに」

 

 居間に上がってよく見てみるが、確かに消したはずの火が火鉢の上で揺れている。台所に行く前、火を点けるための炭さえどかしたはずなのに。

 慧音はおかしな現象に不審がっていると、火鉢の近くで別の物に目を奪われる。それは……

 

「か、(かめ)? なんでこんな所に…………居間に元々置いていなかったし、作業の時にここへ移したはずもないんだが…………どうなっているんだ?」

 

 5歳ぐらいの子どもであれば中に入れる大きさをした甕。蓋もされており、慧音がそれを押してみると、確かな質量がある。中には水が入っているのだ。しかし、彼女の腕力ではこれを動かすのは中々難しく、知らない内に動かしたとしても肉体の疲労からすぐに分かる。慧音は色々と不審がるが、S・フィンガーズが来るまでに時間が無い。慧音は再び火鉢の火を消し、炭も専用の入れ物にしまい込んで魚屋へと出掛けて行った。

 

 

ウジュ……ウジュ……ル……

 

 

____________________

 

 

「ただいまーー。いや、それにしてもまさか、3本ももらえるなんて……安くしていただいてありがたいが、2人だけで食べ切れるだろうか……」

 

 およそ15分後、慧音は籠いっぱいに鯉を突っ込んだまま帰宅する。外の雪は既に止んでいたが、日が沈みかけているということで寒さはまだまだ引くことはない。履いていった藁の長靴も泥水を吸ってグショグショだ。

 まっすぐ台所へと向かい、中身の入った籠を流し台に置くと、再び玄関へ戻って長靴を回収。居間に置いてある火鉢で乾かそうと考えていた。こんなことになるのなら、始めから火鉢の火は点けた状態でも良かったな、と彼女は少し後悔しつつ、居間への障子を開ける。

 

「……ッ!? な、なぜ……だッ!?」

 

 出発前に確実に消したはずの火鉢の火が、点いていた。

 そして、目のいくことはそれだけではない。

 

「い、()()()()()()()()…………さっきよりも近くに、甕が移動している…………!?」

 

 異変は別の物にも起こっており、慧音の言う通り甕の位置も変わっていた。火鉢にもっと近付いており、まるで甕そのものが火鉢で温まっているようである。明らかに異常だ。出発前は片付けた気でいただけかもしれなかったが、今回は違う。慧音はこれまで数々のスタンドたちと関わってきたわけだが、それに伴って彼女の勘も中々鋭くなりつつあった。勘はやがて確信変わる。慧音だけが住んでいるはずのこの家に、慧音以外の者がいる。

 天井の裏か? 押し入れの中か? それとも……

 甕か…………?

 

「…………!」

(おかしいのは甕もだ……消した火を点けたことよりも、甕が火に近付いている方が不自然。まさか……この中に? 妖怪か? それともまさか、新手のスタンド?)

 

 魚屋へ出掛ける前、甕を押して動かそうとした。そこで感じた質量。まさか、その中に何かがいるのでは?

 人を襲うスタンドであったらどうしようか。それとも、幻想郷のシステムを理解していない妖怪であったらどうするか。S・フィンガーズは到着していないが、ここで戦えるのは自分だけ。様子を見るだけ見て、隙を突かれて逃げられるより、この場で即座に対応した方がいい。後から出るであろう被害は最小限に食い止められるかもしれない。

 そんな考えに至ってから、慧音はすぐさま行動に移す。敵なのだとしたら自分だけで勝てるのか、という不安はもちろんあるが、それでも自分がやらねばならない。甕にしてある蓋に手が乗せられた。すると、次の瞬間……

 

 

ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ

 

 

「!? こ、これはッ!? 黒い……水!?」

 

『お前……か。さっきから火を消してるのは…………こっちは凍えかけてるんだ…………火を消すんじゃあない』

 

「!? ぐぶッ……がぼぼぉ…………!?」

(ス、スタンド……!? いや、何か違う気がする……それよりもっ……息が…………)

 

 蓋は慧音が持ち上げるのを待たず、自ら一人でに持ち上がった。甕の中から溢れ出てきたのは、流動する謎の黒い液体。水のようであるが、それにしても少し弾力を感じられる。また、甕の中から出て来たのは液体だけではなく、何者かの声も慧音へと投げかけられた。  

 しかし、謎の侵入者は慧音が返答する時間も与えず、未だ溢れ出てくる謎の液体で慧音の体を拘束。猿轡(さるぐつわ)のように彼女の口の中まで浸水させた。息をするのがやっとの状態で苦しくはあるが、慧音にとって完全に不利、裏返せば謎の侵入者はこの場で優勢だというのに、彼女にトドメを刺す気が無いらしい。目的は、先程からずっと点けて消してを繰り返している、火鉢と火のようである。

 

「……ここ、お前の家か? 悪いが、わたしも死にそうなんだ。火はもらうぞ」

 

「…………!?」

 

「……何だ。お前もオレのことを『化け物』だと?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと甕から黒い塊が這い出てくる。慧音は体の半分ほどを液体で覆われてしまったが、目だけは外との関わりを遮断しないままにしてくれた。殺意は無いようであるが、慧音が()()の姿を見て驚愕する。

 彼女の姿は溢れ出てきた液体と同じように、真っ黒でつやめきがあった。人間のように直立二足歩行をするようだが、その形状はどちらかというと人間ではなく、ロボット。極めつけに、頭の形は世間でのエイリアンのイメージが具現化したような、縦に長く細い不気味なフォルムであった。

 

「……ッ!」

 

「待て。そんなに暴れるな。わたしはお前を殺す気は無い。そこの火さえもらえればいいんだ。いや、もしかして……()()姿()()()()()()のか?」

 

「……?」

(す……姿……?)

 

 目の前の生物から逃れようと必死に抵抗する慧音。半人半妖である彼女は普通の人間よりかはパワーがある。しかし、それでもこの黒い液体から離れることはできないでいた。

 ジタバタする慧音を見ていた生物は、彼女が自分の姿に驚いているのだと解釈すると、慧音の拘束を少し緩める。それと同時に、細長い明らかに人外の頭部がグニョグニョと歪み始め、別の形を作り始めた。

 変形が終わった後、慧音の前に現れた顔は先程とは打って変わり、人間に近いものとなった。体色こそ変わらないが、元の顔よりもこちらの方が親しみやすいのは確かである。

 

「これでどう? 手先とかはそんなに変わってないけど、これならちょっとは怖くない?」

 

「……お……お前は……一体…………?」

 

「あ、もしかして苦しかったのか! それは悪かったな。今外すよ」

 

 慧音が投げかけた質問はとりあえずスルーしておき、途切れ途切れの言葉を出す彼女を見た生物は、口に突っ込んだ液体を外に出し、暴れるのをやめた慧音を解放した。

 拘束は止めたが、雑に放って解いたために慧音の口から咳が何度も飛び出す。彼女を捕らえるために居間中に広げた液体たちは、ズルズルと音を立てて生物の元へと集まっていく。それら全ては()()の一部であり、それが()()の能力であるのだ。

 

「な! 何なんだ、お前は! いつからここにいるッ!? 火を何に使うつもりだッ!」

 

「あぁ? お前、さっき外に行って来ただろォーー。こんな寒い時にあったかいものが一つも無かったら、冗談抜きで死んじまうからな。お前が火を消す度にもっかい点けてたんだよ。それと、昨日からいた」

 

「き、昨日から? 全然気付かなかった……」

 

「忍び込んだから、そりゃそーだろーな」

 

 真っ黒い彼女は、慧音の許可を得ることなく勝手に座布団を引っ張り出してくると、火鉢の側にドサッと投げ捨てて座る。両手を火に近付けて暖を取っているところを見ると、今までかなり寒い思いをしていたことが分かった。

 言ってくれれば素直に火を貸したのに、と思う慧音だが、まだまだ疑問は尽きない。そしてそれは慧音だけでなく、彼女も同じであった。

 

「……本当に何者なんだ……? スタンドか?」

 

「…………スタンド……あんた、もしやスタンド使い? いや、そんなことはないか……もしスタンドを使えるんだったら、あたしが拘束した時にとっくに使ってるだろーし」

 

「おい、質問してるのはこっちだぞ!」

 

「分かってるよ、落ち着きなって。あたしだって色々混乱してるんだ…………それで、あたしがスタンドかどうか、だっけ? あぁ。そうさ。半分正解」

 

「半分……だって?」

 

「あたしがこーやって体を動かせてるのは、スタンド能力のおかげってこと。それで、この体の正体はプランクトン。水の中に生きている微生物ね。これ全部」

 

「つまり、その黒い体はプランクトンとかいう生物の群れで、今喋っているお前がスタンド……ということか?」

 

「……喋れてることに関してはそう思ってくれていい。だが、あたしの意思は違う。いいか? この宇宙には最初から『知性』が存在してる。宇宙が誕生したビッグバンよりも前から『知性』は存在しており、そのパワーに導かれて生物は生命を得る。人間からしたら()()()プランクトンかもしれないが、その()()()プランクトンにも『知性』がある。あまりナメたこと言うんじゃあないぞ。知性に関してはお前らより上だからな」

 

「はぁ…………」

 

 慧音には全くプランクトンをバカにするつもりは無かったのだが、目の前の彼女にとっては触れずにはいられない言い方だったようだ。よく分からないが、怒られたような気がする慧音は一応反省する。

 それにしても、スタンドというのも全く飽きないものだ。高速で動くクワガタ虫もいれば、ジッパーを使うスタンド、プランクトンを操るスタンド、最早何でもありである。レミリアではないが、慧音もほんの少しだけ、自分にスタンドが発現したらどのような能力を得るのか気になりつつあるのだった。

 内心、そんなことを考えたりしていると、プランクトンの彼女がこちらをじっと見ているのに気付いた。その視線は慧音の顔、ではなく、彼女の胴体。特に胸の部分にあった。

 

「あんた、オッパイでけぇな」

 

「!?」

 

「エルメェスのより大きいぞ。あ! お前、そん中に金隠し持ってるだろォーーッ。日本人はアメリカ人よりオッパイ小さいこと知ってるからな! 見せてみろ!」

 

「うわ! や、やめろ! 触るなぁ!!」

 

 いきなり飛びかかる彼女に、慧音は再びパワー負けしてしまう。両腕で胸を隠すようにガードするが、プランクトンたちの腕力には勝てずにすぐに破られてしまった。それからは服の上から鷲掴みにされたり、色々ともみくちゃにされ、数分後には両者ともその場で仰向けになって倒れていた。プランクトンの彼女は活発に動いたおかげで、水が蒸発して少し体積が小さくなっている。慧音の方は、他人に胸部を初めて触られたことからの羞恥か、久しぶりに動いたために疲れたのか、顔が真っ赤に染まっていた。

 

「……ホンモノかよ。結構「珍しい」って言われない?」

 

「…………別に……」

 

「そう。なんか、悪かったよ……いきなり掴んじゃって」

 

「………………」

 

「そういえば、まだあたしの名前教えてなかったね。あんたの名前も知りたいな。火もくれたし、敵じゃなさそうだ。()()()()にあたしの敵がいるのかは分からないけど」

 

「……上白沢慧音だ」

 

「ケイネ。慧音か。あたしの名前はフー・ファイターズ。F・Fって呼んで。仲間からはそう呼ばれてたんだ」

 

 黒い液体が鎌首をもたげるようにうねると、近くに置いてある座布団にポタポタと水滴を垂らす。作られた文字は『F・F』。かつて、『天国』を目指した神父に立ち向かう女性と共に、あらゆる困難を乗り越えてきた者の名前だ。プランクトンという小さな存在でありながら、人間という巨大な友のために戦い、そして誇り高い精神をもっていた者。

 散ったはずの『知性』が流れ着いた場所は楽園(幻想郷)である。

 

 

 

 

 

 




私はウェザーが好きです。もちろん、F・Fも。


命を落とした()()()()()()()。フー・ファイターズは幻想郷に流れ着いたのだった。
彼女はこの場所で、次は誰のために戦うのか。
そして、S・フィンガーズがキラークイーンに抱く思いはどうなるのか?

お楽しみに!
to be continued⇒


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52.人里の守護者

自分でよく思うのですが、私のお話って結構会話文が少ないと感じたりするんですよね。ということで、今回の話は()()()()会話文多めになっています。


「…………」

 

 場所は慧音の家。時刻は午後6時半をまわった頃。S・フィンガーズは居間に案内された後、家の主人である慧音と、顔に見覚えのない生物と一緒にちゃぶ台を囲んでいた。その上には3人分の料理が置かれており、また、それらを運んで来るのも黒い謎の生物である。

 慧音には予定通りに招かれたわけであるが、この黒いやつらについては一切の説明を受けていない。慧音もほとんど気にしていないようで、S・フィンガーズはそのことに突っ込んでもいいのか分からずにいた。が、結局彼は口を開くことになる。

 

「慧音。こいつらは誰だ? スタンドか?」

 

「まぁ……どちらかというとそうなる……本人の口から聞いた方が理解は早いと思うぞ。F・F」

 

「……あたし? 慧音が知ってる情報で充分だよ。あたしはお腹減ったから、先に食べてる」

 

 F・Fと呼ばれた短髪の真っ黒い女は、先のように言うと運ばれてきた味噌汁やご飯を口の中にかき込み始めた。食事前に「いただきます」と言うことを教えられたS・フィンガーズだが、その挨拶が無くとも慧音が許している辺り、彼女がお手上げ状態になるぐらいぶっ飛んだ者なのかもしれない。

 作られた料理が全てそろうと、今までそれらを運んでいた黒い生物が食事中のF・Fの体に合体。影も形も無くなり、完全に彼女と一体化してしまった。

 

「F・Fのフルネームは『フー・ファイターズ』。見ての通り……いや、見ても分からないと思うが、プランクトンのスタンドだそうだ。本来の姿はもう少し人間から離れている」

 

「よろしくな。あんたの名前は聞いてるよ。『スティッキィ・フィンガーズ』だろ?」

 

「あぁ……」

 

「慧音に聞いてみたら、あたしたち()()()()()()()なんだって? 仲良くしてくれよーー?」

 

「話したのか?」

 

「え? あ、あぁ。言っちゃまずかったかな。謝るよ」

 

「それは構わない。だが、似た境遇ってのはどういう意味だ? お前もボスに?」

 

「…………? ボス……?」

 

 頬にパンパンに食事を詰めた状態でF・Fは流暢に話す。慧音が「器用だな」と思っている中、S・フィンガーズが疑問を投げかけた。『似た境遇』というワードより、ブチャラティと同じようにF・Fの本体もディアボロに始末されたのではないか、と彼は推察しているのだ。

 しかし、そんな予想は外れたようで、F・Fの頭の上には『?』が浮かんでいる。それもそのはずである。

 そもそもF・Fの本体というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()よりもずっと前に死んでいる上、ブチャラティの死んだ年から10年以上後の時代から来ている。S・フィンガーズの言うボスが何なのかは知らないし、F・F自身、()()()()()を知らない。憶えているのは仲間たちとともに話をし、食事を取り、戦ってきたことだけだ。

 

「……知らないな。あたしはある神父に殺されたから」

 

「……神父…………そうか。じゃあ、俺の思い違いだな。どこの部分が似ているんだ?」

 

「う〜〜ん。自分で言うのも何だけど、仲間のために死んでいったってとこかなぁ。あんたはボスってやつを倒すために、あたしは徐倫の大切な物を守るために、ね」

 

「…………」

 

 美味しそうな色に変わっている鯉にかぶりつきながら、F・Fは答える。彼女の顔は記憶を懐かしむような和やかなものでいて、対照的に悲しそうにも見えた。S・フィンガーズも、自分ではそんなつもりはないのだが、かつてブチャラティと行動を共にしてきたメンバーたちのことを思い出していると、色々な人に「悲しい顔をしている」と言われることが多い。きっと感覚は同じなのだろう。

 F・Fの食事を見ていた2人、特に慧音は空腹が限界に近付いてきていた。小さく「いただきます……」と呟くと、箸を手に取って鯉の身をほぐし始める。S・フィンガーズの方も、空腹ではないのだが、そもそも自分は招かれた方であることをようやく思い出していよいよ食事を始めた。

 

「慧音…………これはマメだよな?」

 

「納豆のことだな。美味しそうだろう。私の大好物だ。オクラもあるし、ネバネバしてるのが気に入ったのか?」

 

「……いや…………それに、こっちはリンゴ……」

 

「刻んだ大根と()()()やつのことか? よく分かったな。赤い皮は無いのに」

 

「…………」

 

 ブチャラティが嫌いな食べ物は、何もマメ類だけではない。リンゴも嫌いなのである。

 逆に好きな食べ物はと言うと、『カラスミソースのスパゲティ』、『ポルチーニ茸・ホタテ貝のオーブン焼』。中々ニッチで限定的な料理だ。しかも、どちらも海産物が入っているため、海の無い幻想郷では食べられない。S・フィンガーズにとって、それなりに残念なことである。しかし、目の前に出された料理を残すことはできないため、彼はなんとか頑張って完食するのだった。

 

 

 

 

「それで、フー・ファイターズ。お前はこの後どうするんだ? 行く当てはあるのか」

 

「あん? そうだな。こんな寒い時に外に出たくないし…………慧音。住まわせてくれよ」

 

「私の家か!? 空き家ならあるぞ。ここらには無いが、西の方、人里の端辺りならたくさん点在してる。そっちに行ったらどうだ」

 

「だからーーーー。動くのが嫌なんだよ。近くにあンだったらそっちに行くけどさ、無いんでしょ? 知らないかもしれないけど、プランクトンはデリケートなんだ。ちょっとした気温の変化ですぐ死んじゃうくらい」

 

 湯呑みいっぱいに注がれた水を(すす)りながらF・Fは答える。実際、彼女が気が付いた場所は慧音の家の中ではなく、雪が降る屋外。体がカチコチに凍ってしまい、体の部位いくらかを犠牲にして慧音の家に転がり込んだのだ。

 だがそれは、慧音の家が近くにあったからこそできたことで、それよりさらに遠い場所へ移動するとなると命の危険は計り知れない。慧音としても決してF・Fを危険に晒したいわけではなく、彼女も心の中ではF・Fを泊めてやりたいとは思っている。

 しかし、慧音には慧音の生活があり、それには金が必要である。そしてF・FはS・フィンガーズのように食事が不要なわけでない。プランクトンはスタンドではないからだ。

 

「だったら俺の家に来るといい。ここから近いし、俺は基本食事を取らないから金も余る」

 

「スティッキィ・フィンガーズ……やっぱり食べてなかったのか…………」

 

 慧音は呆れ顔を向ける。無くとも大丈夫かもしれないが、それでも食事と一切無縁の場所に居続けられるのは寂しいものだ。彼女は定期的に外食に誘おうかと思案する。

 F・Fはと言うと、S・フィンガーズの言葉に水分が多い瞳を輝かせていた。

 

「本当か!? やったーー! じゃあ、この甕ごと持ってってくれ。あたしは入ってるからさ」

 

「お、おい。それ、うちのだぞ! 持って行くのか!?」

 

「なんだよ。あたしが死んでもいいってのかァーー?」

 

「明日には返す。俺の家にも甕はあるからな。フー・ファイターズ、家に着いたらそっちに移れよ」

 

「はいはい。分かったよ〜〜」

 

 3人はそれから、他愛も無い話を展開して小一時間ほど喋っていた。この時期はどこの居酒屋の酒が美味しいだの、冬はどんな妖怪が出てくるかだの、極限の環境たる冬では中々話題が尽きない。

 夜中8時頃になり、S・フィンガーズはF・Fの入った甕を縄で縛る。慧音は「せっかくだから」と言い、F・Fに自分のお古の服や長靴をプレゼントしてくれた。家に泊めてやれなかったため、寒さ対策に気遣ってくれたのだ。それらを風呂敷に包み、甕を背負うと、慧音に別れを告げてS・フィンガーズは彼女の家を後にするのだった。

 

 

____________________

 

 

 S・フィンガーズの家。慧音の家から徒歩10分もかからない位置にあり、彼女の家よりこぢんまりとしている。というのも、彼の家は部屋と部屋を分ける壁が無いのだ。

 戸を開けるとまず土間があり、左手にある段を上がると床が畳で囲炉裏が存在する居間。構造としてはめぼしいものは他になく、後は箪笥(たんす)や使ったことのない釜がある程度だ。

 S・フィンガーズは土間にある大きな甕を引っ張り出し、囲炉裏の側に置くと、背負った方の甕からF・Fに出てくるよう促して移動させた。

 

「なんだ。こっちの方が広いな。これなら移動しておいて良かったわ」

 

「今火を点ける。この砂よりも前に出るんじゃあないぞ」

 

「出るわけないだろ。水が吸われる」

 

 S・フィンガーズが囲炉裏の中へ薪を突っ込む中、F・Fは壺風呂に入っているようにして火を待つ。

 今はまだ寒いが、囲炉裏の中心が赤く染まり始めるとパチパチという音とともにほんのり熱が伝わり始めた。寒さに凍えていたF・Fは思わず手をかざす。S・フィンガーズは明日にすぐ甕を返せるように戸の前に慧音の甕を置くと、くすんだ色の座布団を押し入れから出して囲炉裏の側に座った。

 

「なぁ、スティッキィ・フィンガーズ。良かったらさ、あんたの話とか聞かせてくれよ。スタンドのよしみだぜ」

 

「……俺の話?」

 

「そう。あんたはこの村を守ってるって慧音から聞いた。あんたを受け入れてくれた人里へ、その恩返しに用心棒をやってるってな。あたしからしたら、変わり者だと思うわ。貢献するのは分かる。でも、命を落とすかもしれないのに戦い続けるのは、普通家族や親友のためにこそできることだと思ってる。あたしはそうだった。初めて訪れた人里で、初めて出会う人間たちに対してどうしてそこまでできるんだ?」

 

「…………」

 

 S・フィンガーズは黙って聞く。F・Fの考えは珍しくとも何ともない。普通のことだ。S・フィンガーズもそれを理解している。しかし、それでもS・フィンガーズが人里のために戦っているのはハッキリとした理由があるのだ。人里のあらゆる人間から信頼される、その源となるような理由が。

 F・Fから問われたことを答えるのに、長く考える必要は無かった。

 

「俺は自分が正しいと思うことをやる。それだけだ。自分にできることをやる。そんな考えがあるのは本体(ブローノ)の影響かもしれないが、実行するのは俺の意思だ。()()()()()()()()()()正しいと思ったことを、だ」

 

「…………なるほどね」

 

「逆に訊くが、お前はどうなんだ?」

 

「あたし?」

 

 質問を返されるとは思っていなかったようで、F・Fは思わず質問に質問で答えてしまった。学校で教わったことはないし、テストもしたことも、する予定もないので大丈夫ではある。S・フィンガーズも気にしていない。

 そんなF・Fだが、彼女の顔は慧音の家で浮かべたような、懐かしさと寂しさの両方を含んだ表情へ再び変わりつつあった。それを見て「話したくないなら、無理しなくてもいい」と言おうとしたS・フィンガーズだが、その前にF・Fが口を開いた。

 

「あたしは、生きることは思い出を作ることだと考えてる。あたしがまだ生きてた頃、命が危ない父親のために命懸けで戦う親友ができた。徐倫って言う名前のね。徐倫や他の仲間が命懸けで戦えるのは、きっといい思い出があるからだとあたしは考えてたんだ。それこそが『知性』だと。あたしは、彼女らとの思い出を守るために戦ってたのさ」

 

「思い出か……」

 

 S・フィンガーズはブチャラティの記憶を思い出す。彼がギャングに入った理由は、流通する麻薬を止めるため。そのキッカケになった出来事とは、彼の父親が麻薬売買の現場を目撃したことによって殺されかけたこと。

 F・Fの言うことには一理ある。両親は離婚してしまったが、ブチャラティとその父親にはいい思い出がある。そのために彼は戦っていたとも言えるかもしれない。

 知るところではないが、何事も思い出がキッカケなのだ。ジョルノがギャングを目指したことも。仗助が町のために戦ったことも。承太郎がDIOに(いか)ったことも。

 

「『自分が正しいと思ったことをやる』か。それもきっと、思い出がキッカケなんだ。決めたわ。あたしはあんたのために戦う。この幻想郷で出会った初めての仲間であるという思い出のためなら、あたしはあんたに手を貸せる」

 

「初対面の相手を、そこまで信頼するのか?」

 

「普段のあたしだったらしてないわ。でも、どうしてだろう。あんたはどう思う?」

 

「俺も分からないな。だが、俺もお前のことなら信頼できる。一緒に戦ってくれるなら、頼もしいぜ」

 

 2人は囲炉裏を挟み、そのまま一夜を明かすのだった。

 S・フィンガーズはF・Fの最後の問いに、「慧音が何とも反応していなかったから」と答えようかとも思っていた。しかし、結果として彼がそれを言うことはなかった。 

 嘘を吐いていたわけではない。実際に言ったことも本当に思っていたし、心の中にしまい込んだ言葉も本心である。同じく人里にいるキラークイーンとはまた違う()()を、S・フィンガーズはF・Fに感じているのだった。

 

 

 『スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う』と言う者がいる。彼らを引き、会わせるのは一体何だというのか。

 ある神父は『人と人との間には『引力』がある』と。

 ある彫刻家は『我々はみな『運命の奴隷』』だと言う。

 人の出会いも『重力』であり、それに囚われている以上は『運命』に逆らい、変えることはできないのだ。

 

 

_____________________

 

 

 

 翌日、F・FとS・フィンガーズの2人は慧音の家へ甕を返すと、揃って人里の大通りを歩いていた。

 S・フィンガーズは以前購入した暗い青色の上着を羽織って。F・Fは慧音から貰った上下の服と長靴を身につけ、冷たい水と寒さ対策を徹底している。先日は雪が多く降ったため、その影響で大通り全体が雪解け水でグチョグチョになっている。道行く人は皆、F・Fと同じように長靴を着用しているのだった。

 

「おや、スティッキィ・フィンガーズさん。その人は? あんたにも恋人ができたのかね」

 

「彼女は新しく幻想郷に訪れたスタンドだ。敵ではないし、俺の恋人でもない」

 

「よろしく。おっさん」

 

「え……あ、あぁ……よろしく頼むよ…………」

(じょ、上品じゃあないのね…………)

 

「おぉ、スティッキィ・フィンガーズさん! その子は? もしかして彼女かな!?」

 

 大通りを歩く人々、そのほとんどがS・フィンガーズを目にすると、彼の元へと寄ってくる。それは彼の人柄の良さと人里へ貢献したことの賜物であり、昨夜S・フィンガーズが言っていたことを裏付けるものでもある。正義のために戦う、彼と言う名の真実。

 しかし、寄ってくる者は大概、どいつもこいつもF・FをS・フィンガーズの恋人、彼女呼ばわりしてくる。()()()の人間はそういうものなのか、と思うが、ちょっと鬱陶(うっとう)しくもある。S・フィンガーズはF・Fとの関係についてキッパリと否定するものの、彼らを追い払うようなことはしない。やはり、()()()()()のだ。

 

「それで、スティッキィ・フィンガーズ。これから何をする予定なんだ? あたしを引っ張って来てさ」

 

「里の東の方に集会所がある。里の中でもそれなりに大きい建物なんだが、その管理者に雪下ろしの手伝いを要請された。お前にも手を貸してほしい」

 

「あ!? 戦うとは言ったけど、雑用まで一緒にやるとは言ってねェぞッ! あたしはよォォーーーー!」

 

「デカい声を出すな。目立つぞ」

 

 S・フィンガーズはF・Fを宥める。ハッとした彼女が周りを見回すと、言われた通りに大勢の人々が自分たちに注目していた。

 刑務所という特殊な環境にいた彼女にとっては、この状況は慣れたものではない。文句を言うトーンをできる限り低くして、F・FはS・フィンガーズに抗議する。しかし雪下ろしは決定事項。S・フィンガーズはF・Fの言葉を左から右へ聞き流し、ズンズンと集会所へ向かった。

 

「クッソォ〜〜〜〜……あたし寒いのはダメって言ったじゃあねぇか……」

 

「手袋でも貸してもらえ。それとも一人で帰るか?」

 

「分かった。行くよ! ここまで来ちまったしな……」

 

 

『おーーいッ! スティッキィ・フィンガーズさん!!』

 

 

「うん?」

 

 並んで歩く2人の前方から、一人の男が駆けて来る。身長は2人と大差無く、年齢はおそらく二十代前半ぐらい。F・Fはもちろんのこと、S・フィンガーズも彼の顔は知らない。いや、見たことはあるのかもしれないが、少なくとも彼の記憶に無い男だ。

 冬だというのに汗を垂らし、長靴を履いたままおぼつかない足で走っている。相当疲れているようだ。長靴は走りづらいため、疲労も余計に溜まるだろう。

 2人の前まで来ると、男は膝に手を突いて肩で大きく呼吸する。近くで見たが、間違いない。彼は知らない男だ。

 

「スティッキィ・フィンガーズ。知り合いか?」

 

「いや。見たこともない。何か用か?」

 

「えぇ!? 嘘ッスよね!? この前俺の店に寄ってくれたじゃあないですか」

 

「店に?」

 

「はい! 先月、うちの雑貨屋で物干し竿とかちっちゃい座布団とか、色々買っていただいて!」

 

「……スティッキィ・フィンガーズ?」

 

 話を聞く限り、彼はS・フィンガーズに会っている様子。しかし、S・フィンガーズ本人は彼のことを全く憶えていない。F・Fからの視線が刺さる彼だが、S・フィンガーズも嘘を言っているわけではない。本当に知らないのだ。その理由とは。

 

「……雑貨屋。確かに行った記憶がある。だが、応対したのは女性だったぞ。お前のような男じゃあない」

 

「…………おい? お前どういうことだ。スティッキィ・フィンガーズと言ってること食い違ってんぞ?」

 

「い、いや……だってその時、俺ちょこ〜〜っと怖くて、店の奥に隠れてましたから……ヘヘ」

 

「じゃあ知らねぇのは当然じゃあねェーーーーかッ!!」

 

「はブゥ!!」

 

 男の顔面にF・Fの拳がめり込む。全力のパンチではないものの、彼女は人体を簡単に引き裂ける程度の力は持ち合わせている。その衝撃、ただの「痛い」では済まないに決まっているのだった。

 崩れ落ちる彼の体を、F・Fは胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。先程から少しイライラしている彼女は、八つ当たりで彼にもう一発食らわせよういうのか。もちろん、そんなことをS・フィンガーズが許すはずがない。すかさず制止する。

 

「おい、やめろ。フー・ファイターズ。お前のパワーで殴ったら次は死ぬぞ」

 

「違うぜ。スティッキィ・フィンガーズ。こいつ、「用がある」って言ってたから要件を聞き出すだけだ。おい、生きてるだろ。さっさと答えろ」

 

「ヒッ、ヒィィ〜〜〜〜」

 

 彼は殴ったF・Fに完全に怯えてしまっていた。揺さぶっても、声を掛けても、全く反応しない。S・フィンガーズは彼女を叱り、彼女は2人に謝りながら男を揺さぶる。ここでF・Fの評判を下げるのは良くないことだと理解しているS・フィンガーズだが、同時に彼女の扱いに困る未来が見え、不安にもなるのだった。

 そんなやり取りを数分間続けていると、スタンド2名は3人のはるか前方から煙が立ち昇っているのに気付く。何かが燃えているのではなく、どちらかというと土煙や埃のようなものだとすぐに分かった。

 

「あ! あれでふッ! おりぇが伝えたかったのは、あいつらのことでふゥ〜〜ーーッ!」

 

「あいつら?」

 

 男が震える手で指差した先、土埃が徐々に晴れていくのを凝視しながら待つ2人。すると、その中からいくつかの人影が揺らめいているのが分かった。いや、人ではない。人のように手足が2本ずつだが、シルエットはまるで違う。炎を(まと)っているかのように、彼らの影の端は何か触手のようなものが風に吹かれている。

 鮮明になってきてようやく分かった、その姿は!

 

 

キャホォォォーーーーアァアァァァッ!!

 

 

「な、何だあいつらッ!! 猿か!? ゴリラかッ!?」

 

「妖怪か……ッ!」

 

 現れたのは類人猿に似た生物。影で分からなかった、揺れていたものの正体はやつらの体毛だ。頭数も片手で数えられるものではなく、二桁に到達している。

 あの猿に似た妖怪たちは家屋を荒らして回っているようで、倒壊させた家の中から野菜や調味料が入っていると思われる壺などを略奪している。男が伝えたかったのはこいつらの進撃のことだ。S・フィンガーズなら何とかしてくれると、彼は信じてここへ来た。

 

「や、やつら……この時期になるといつもやって来る! その時は畑を荒らすだけ荒らしてから山に帰るくせに、今年はこんな里の中心にまで。お願いだぁ、スティッキィ・フィンガーズさん! やつらを退治してくれェ」

 

「フー・ファイターズ。戦闘準備だ」

 

「もうできてるぜ。あたしも久々に大暴れしてやる。エテ公が敵ってのは初めてだが、任せな!」

 

 S・フィンガーズは拳を握り締める。

 F・Fは右手の指先を、拳銃の銃口へと変形させた。

 妖怪たちの名前は『狒々(ひひ)』。獰猛(どうもう)な大猿の妖怪で、酒や人間の女を好む。そして、彼らが人里へ進出してきた理由は地底にあった。

 

 

 この現象、新しい誕生祝いッ!

 

 

 




『エスター』という映画を観たのですが、ディアボロやプッチよりもはるかにドス黒い邪悪を感じました……


人里に現れた妖怪、狒々!
やつらと戦うべく、S・フィンガーズとF・Fは初めての共闘を決める。
次回、いよいよ戦闘開始。

お楽しみに!
to be continued⇒


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53.最後の共闘と『邪悪』の星

投稿ペースは元に戻ります。
そして、来週分はお休みになるかもしれません。


「フン!」

 

ドバッ ドバッ

 

「アギィィアァ……ッ!」

 

 狒々の顔面にクレーターが二つ。S・フィンガーズの拳が叩き込まれた瞬間である。いくら怪力が恐れられていても、野生である限りはS・フィンガーズのように()()()()()()()()()()ものだ。あくまで彼らは狩りや縄張り争いで力比べをしたことがあるぐらいであり、それならただの人間は(おびや)かせても、スタンドを殺すことは難しい。カマキリとカブトムシ。戦わせたらどちらが強いかなど、考えなくとも分かるものだ。

 

 

ガァン ガァン ガァ〜〜ーーンッ!

 

 

 S・フィンガーズが拳とジッパーで狒々たちをバラバラにしている中、大通りで聴き慣れない音が鳴り響く。S・フィンガーズはすぐに分かる音で、逆に聴き慣れていたものだ。それは本体のブチャラティの部下も使っていた道具、拳銃である。

 扱う者の名前はフー・ファイターズ。彼女の体はプランクトンが集まってできており、彼女は指先を銃口に変えてプランクトンの弾丸を発射していた。

 放たれた弾は正確に狒々の頭を撃ち抜き、次々と再起不能にしていく。無闇な殺生はS・フィンガーズに止められてはいるが、彼らに「いつでも自分たちはお前らを殺せるのだ」と教えておくにはこの方法が一番効果的なのだ。いわば、見せしめである。

 大体、妖怪が人里へ襲いに行ってはならないというルールを破っているのだから、それ相応の目に遭ったとしても誰も味方はしない。ましてや、彼らは妖怪なのだから。

 

(こいつらから水分奪っとくか…………)

 

「パワーはあるが、大して強いわけではないな」

 

「おぉ……! さすがスタンドの方々! お強いですねッ! 頼んで良かったですゥ」

 

 戦闘が始まってから距離を取った男が、スタンドたちの背中に声を掛ける。人里内に妖怪が攻めて来ることは滅多にないのだが、いつかの怪鳥の襲撃と違って今回は野次馬が多い。S・フィンガーズとしてはもう少し遠くにいてほしいものだが、戦いにキリがついたことでそんな要求も出すことはなかった。

 F・Fは自分が撃ち殺した狒々の死骸をイジっている光景を見つつ、S・フィンガーズは考える。戦っている最中に彼の中で生まれた違和感について。狒々たちの行動にはどうにも腑に落ちないことがあった。

 

(やつら……人里を()()()襲いに来たようには感じなかった。確かに人間に手を上げようとすることはあったが、それは立ち塞がったり、応戦しようとした者に限って行っている。そして、あの必死さ。まるで何かから逃げて来ているようだった…………)

 

 狒々たちは向かってくるS・フィンガーズに応戦したものの、自分から狙って無関係な人間たちを襲うことはなかった。襲撃の中でどさくさに紛れて窃盗をするだけの火事場泥棒だ。

 慧音から聞いた限りでは、妖怪は人を喰うものもいるらしい。だが、今回の狒々が人間を()()()()()()という行動を取っていたことより、彼らは人喰いの妖怪ではないと考えられる。家を漁るより、その場で逃げ惑う人々を襲えばいいのだから。

 では、狒々はなぜ人里へ降りて来たのか? 

 S・フィンガーズには分からなかった。

 

「フー・ファイターズ。一度慧音の元へ戻ろう。こいつらのことについて訊きたいことができた」

 

「え? 雪下ろしはどうすんだよ」

 

「この事態だ。建物よりも人里の安全を優先する」

 

「言えてるぜ」

 

 狒々の死体をイジる手を止め、F・Fは立ち上がる。S・フィンガーズとともに体の向きを元来た方へと変え、再び歩き始めた。逃げて来た男は2人に何度も頭を下げ、彼らの姿が遠くなるまでお礼を言っていた。

 しかし、これから予想外のことが起ころうとしていた。彼らが慧音の家へ行くことはない。その出来事は、ちょっとした地響きから始まった。

 

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴゴゴ……

 

 

「! 何だ……? 地震か? たしか、日本は地震が多いって聞いたことあるぞ」

 

「…………いや、地震なんかじゃあない。備えろ、フー・ファイターズ。何か来るぞッ!」

 

 地響きはどんどん大きくなる。集中して感じてみれば、それは何者かの足音のように交互に振動と音が伝わってくるのだ。そしてその方向も分かってきた。彼らから向かって左手の建物の後ろ。そこからやって来る!

 S・フィンガーズは付近にいる人々へ叫んだ。

 

「もっと遠くへ離れていろォッ!!」

 

ドギャァアア〜〜ーーーーッ!

 

「!?」

 

「うわ! あぶねぇッ!」

 

 直後、建物の壁を貫通し、何かが2人の方へと吹き飛ばされてきた。S・フィンガーズとF・Fがすんでのところで回避すると、飛んできたものは反対側に建つ建物に激突。瓦礫が崩れ、土埃が立ち昇る。先日雪が降ったものの、冬は乾燥しやすい季節だ。中の埃が舞い、飛んできたもののシルエットが徐々に明かされていく。そのものとは……

 

「キ、キラークイーン!? なぜお前が!?」

 

「……がふッ! ハァ……スティッキィ・フィンガーズか…………もう片方は知らないが…………」

 

「知り合いか!? こいつもスタンドなのか」

 

「私のことはどうでもいい! それよりも、あのデカブツだ。ぐぅ…………クソッタレが……私をここまで吹っ飛ばしやがって…………!」

 

 瓦礫の中から姿を現したのはキラークイーン。口ぶりから察するに、彼は何者かと戦っていたようだ。戦った中で負った負傷か、壁に激突した時のダメージかは分からないが、体のいたるところがひび割れて血が流れている。ボロボロになり、(きし)んでいる腕をなんとか動かして自分が飛んできた方向を指差した。

 彼に促され、S・フィンガーズたち2人はおもむろに振り返る。目の前にあったのは巨大な毛の塊。赤茶色で、手入れがされていないことがすぐに分かるぐらい絡まっている。ツンと鼻を突く獣臭を漂わせており、その後ろからはさらに狒々の群れが押し寄せていた。狒々たちの3倍はある身長をしているが、こいつの正体はすぐに分かった。

 口が耳まで裂けているこの禍々しい獣は、狒々たちの親玉に違いない!

 

「こ、こいつ! 猿どものボスかッ!!」

 

ホォォォアホォォァァアッ!!

 

「まずい! フー・ファイターズ、避けろォーーッ!」

 

「うッ!?」

 

 

ドッパァアア〜〜ン!

 

 

ヒヒィ……フゥゥハァ〜〜…………!

 

「……バ、バカなッ…………!」

 

 巨大狒々が雄叫びとともに腕を振り上げると、間髪入れずにF・Fの上半身を薙ぎ払った。S・フィンガーズは寸前で回避行動を取っていたために風圧を受ける程度で済んだが、直撃してしまった彼女は下半身をその場に残すまま。上半身はどこかへ吹き飛んでしまった。

 キラークイーンは巨大狒々の怪力に、思わず存在しない鳥肌が立つ。今までなんとか回避し、最後は捕まって投げられたのだが、あの拳をまともに受けていたらと思うとゾッとする。

 次はS・フィンガーズだ、と巨大狒々は自身の左手側に転がった標的を目で追う。が、そこには誰もおらず、代わりに地面に見たことのない物が取り付けられているばかりだった。彼は狒々の背後に回っている。

 

「くらえッ!!」

 

 

ドギャアッ!

 

 

「……か、かてぇッ……! 効いてないのか……」

 

 背後に回ったS・フィンガーズは、巨大狒々のこめかみに全身全霊の蹴りを叩き込む。しかし、彼が脚で感じたのは、まるで動かない岩山を蹴ったようなイメージ。狒々も無反応だ。脳が揺れていてほしいと願うが、所詮願いで終わってしまう。

 狒々の裏拳がS・フィンガーズを捉え、家々の瓦を破壊しながらS・フィンガーズは吹き飛ばされてしまった。

 残されたのはキラークイーンただ一人。

 

(クソッタレ……! 助かったと思ったのは間違いだったかッ……! まさかここまで強いとは…………)

 

 キラークイーンはなんとか体を動かそうともがくが、ダメージが大きく腕を少し揺らせる程度にしか動かせない。脚は瓦礫に挟まれ、最悪逃げることも考えたが、それすらも難しい状況である。巨大狒々のむさ苦しい顔はキラークイーンの方へと向いている。これを絶望的と言わず、何と言おうか。

 

ホホゥ……ゥフォォォァアッ!

 

「! な、何だ……!? 猿どもが……」

 

ホホッ! ホフゥォ!

ウヒヒィ! キキキ

キャホハハハ

 

「こ、こいつら…………私の元へ集まってくるぞ……! 私を取り囲んで……何をするつもりだ…………?」

 

 巨大狒々の一声によって、後ろに控えていた狒々たちは動けないでいるキラークイーンを取り囲む。キラークイーンは彼らの行動を注意深く(うかが)う。すると、狒々たちは一斉にキラークイーンの体に掴みかかった!

 

「あぐッ…………うおぉおおッ!?」

(動かない脚や腕を……ッ! こいつら、私が動けないのをいいことになぶり殺すつもりかッ!?)

 

 狒々たちはその怪力を以ってして、キラークイーンの四肢を外側へ引っ張り始めた。瓦礫をどかされて脚が自由になったのは良いが、狒々の握力は想像以上のもの。振り解こうと思っても、今の体勢が体勢であるため、本来のパワーも出ない。非常にまずい事態である。

 キング・クリムゾンから生き延びはしたものの、こんな()()()()()()()で再び命を危機に晒すとは。焦っていては本来の力を発揮できないと言うが、キラークイーンは幻想入りをしてから今までで最も焦っていた。

 

「ぐぉおあああぁあ! クソッ! 離せ……貴様らァアアアア! 消し飛ばしてやるッ!」

 

 中に存在しているかどうかは分からないが、糸が引っ張られて切れていくような「ブチブチ」という嫌な感覚が体中を巡る。激痛に耐えかねて悲痛な叫びを上げるが、狒々たちは力を緩めることはない。

 この巨大狒々の目的とは何なのか。キラークイーンはS・フィンガーズのように、里の人々の仕事に手を貸して金を稼いでいる。住んでいる場所こそ違うが、彼もいつかのコダマネズミ襲撃事件の時よりも、寄せられる信頼は厚くなっていた。今日も同じように過ごしていると、やつは突然現れたのだ。山から降りて来たと考えられる狒々たちに、キラークイーンは平穏を壊された。必死に戦ったが、数、パワー、地理、様々な面で狒々に劣り、現在はこの様。殺されかけている。いくら吠えたところで、彼の言葉が狒々の脳に届くことはない。人語を解さないのだから。

 

「こ、ここまで……なのか…………」

 

 自分が一体何をしたというのか。キラークイーンは理解に苦しむ。自分はただ、心からの『平穏』と()()を願っていただけにすぎない。自身の本体、吉良吉影のように満たされるため、彼を理解しようと、憧れて殺人を犯した。

 スタンドは本体の意志を継ぐ。キラークイーンの意思が()()()()()()()()()()()()()()()()、これまでの行動はまさしく本体の影響を受けていると言える。辿る道は同じであるのか?

 

 

バギャァアッ!

 

 

「!」

 

 キラークイーンが諦めかけたその時、自分を囲む狒々たちの体があらぬ方向へ吹き飛んだ。聞き慣れた肉と肉がぶつかり合う音がしたため、キラークイーンはすぐに「狒々が何者かに殴り飛ばされたのか」と理解した。力の入らない四肢は諦め、首だけを動かして殴った者の正体を見る。

 そこにいたのは、同族である狒々だった。

 

フゥーーフォォァア〜〜ッ!

 

クルルゥゥアアッ!!

 

「…………!?」

(な、何だこいつら……!? 次はいきなり喧嘩を始めたぞ…………!)

 

 キラークイーンは理解できない状況に圧倒され、目を丸くしている。巨大狒々もだ。ボスである彼も、まさかいきなり自分の子分たちが殴り合いを始めるとは思っていなかったようである。制止することもせず、呆然と立ち尽くすだけだった。

 すると、次の瞬間!

 

ドバッ ドバッ ドバァ〜〜〜〜ッ!

 

「!? 弾丸……だと…………!?」

 

 殴り合う狒々たちの頭に、発砲音とともに黒い物体がぶつかった。少なくとも皮膚は貫いたようで、着弾すると同時に狒々のドス黒い血が噴き出る。

 何事かと振り向くキラークイーンと、子分たちのいる方とは逆側へ視線を移す巨大狒々。彼らが目にしたのは、先程吹っ飛ばされたF・Fの下半身…………の断面から腕が伸び、指先が銃口に変形しつつある光景だった。

 腕はグニョグニョと動き、腰から徐々に大きな器官が生えてくる。真っ黒い塊は形を変え、やがて人の上半身へとなると、頭部に模様と穴ができる。F・Fは生きていたのだ!

 

「……やれやれ……やつらの注意がそれた後、がんばって破片だけ戻って来たんだ。そして、その猿どもにF・F弾をぶち込んだ。そいつらはあたしの手足になったんだぜ」

 

 最後の一言だけ巨大狒々に向かって言い放つ。

 プランクトンでできているF・Fは、空条徐倫(くうじょうジョリーン)と初めて出会った時はこのようにして彼女に近付いた。刑務所の他の服役囚に自分の体を隠し、思うがままに動かしていたのだ。その後はエートロという服役囚の体を使って刑務所で生活していたが、今でも()()()()()()()()力は健在なのだ。

 F・Fの言葉に、解さずとも巨大狒々は怒りを覚えている。自分の子分を奪われて、黙っているボスなどいない。それは彼らへの愛もあるのだろうが、彼の中にあるのはボスとしての面子。それを守るという誇りなのだ。

 

「キラークイーンだっけ? あんたの名前。傷はいくらかプランクトンで塞いでおいた…………さっきよりかは楽にうごけるはず。立てるなら力を貸せ!」

 

「…………誰にものを言ってる……調子に乗ってるんじゃあないぞ。小娘が」

 

 キラークイーンはおもむろに立ち上がる。まだ痛みはあるし、ちぎれかけの腕や脚は治されたわけではない。だが、()()()()()()()ができないわけではない。

 奪われた子分の数は6頭。そしてスタンド2人。対するは巨漢の大猿。F・Fは細かい動作は苦手であるが、敵を倒すなど、それほど得意なものはない。

 蹂躙(じゅうりん)を始めるため、巨大狒々が両腕を振り上げた瞬間、F・Fは叫んだ!

 

 

「今だァア〜〜〜〜ーーーーッ!!」

 

 

 巨大狒々の拳が振り下ろされる。同時にF・F、キラークイーンたちの姿が消えた。

 彼らがいたのは、狒々の射程の内側である!

 

 

『ウシャァアアアアーーーーッ!』

 

 

ドゴ バゴ バゴ ドゴ ドゴ ボゴ ボゴ ドゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ バゴ ボゴ ドゴ ドゴ バゴ ドゴ ドゴ ボゴ ボゴ ドゴ

 

 

ウッホォオオオアアアッ!!

 

 計8人分のラッシュが、巨大狒々の体中にクレーターを作り出す。全身を叩かれ、狒々は顔から涙や汗、唾に鼻水など、あらゆる体液を撒き散らす。腹部を集中的に攻撃されたため、肋骨も破壊されて内臓もミックスされていることだろう。

 最後の一撃を叩き込んだ瞬間、巨大狒々はひっくり返ると同時に血を噴水のようにぶち撒けた。まるで血のシャワーである。体液も被ったF・Fは「これは儲けた」と上機嫌のように見えるが、キラークイーンは最悪であろう。

 

 

______________________

 

 

 頭領を倒した後、残党との戦いを終え、プランクトンを狒々たちから回収しつつF・Fたちはカラカラに干からびた死骸を片付ける。S・フィンガーズも、里民からのタレコミによれば無事らしい。F・Fは一安心していた。

 

「片付けもやらせんのかよーー……こっちは死ぬ気で戦って疲れてんのにさぁ〜〜」

 

「……本当にそう思うよ」

 

「お前! キラークイーンさんよ〜〜、ケガ人だからってサボるのは無しだ! 手伝え!」

 

「………………」

 

 重症を負っていたところを里民に発見されたキラークイーンは、彼らに包帯をグルグルと巻かれてミイラのような姿になっている。瓦礫に腰を降ろし、F・Fたちの作業を観察しているのだった。

 

「君の名前は……何だったかな」

 

「あん? フー・ファイターズ。あたしのことを呼ぶならそう呼べ」

 

「そうか。フー・ファイターズ。私はそろそろ失礼するが、君に伝言を頼みたい。いいだろう?」

 

「ハァ? あたしを伝書鳩代わりにするつもりか? ナメんじゃあねーぜ」

 

「今から言うことをスティッキィ・フィンガーズに伝えてほしい。これはお互いに大事なことだ」

 

「人の話を聞きやがれッ!」

 

 F・Fはキラークイーンにこき使われている気がしてならず、反抗を繰り返すものの、キラークイーンはどこ吹く風。彼女の言葉を一方的に無視し、自分がS・フィンガーズに伝えて欲しいことを述べるのだった。

 

「いいか? 『二度と私に関わるな。と、霧雨魔理沙やハイエロファントグリーンに伝えておけ。また()()()()()()()のであれば、躊躇(ちゅうちょ)なく殺す』。伝えておいてくれよ」

 

「……おい、待て。誰を殺すって?」

 

「君らともこれが最後の共闘だ。私は戦いとは無縁の場所で、平穏に生きることが目標なのだ。君らも戦闘につながることで関わってくるのなら、その時は覚悟しておけよ」

 

「おい……キラークイーン!」

 

 キラークイーンは最後までF・Fの言葉で制止されることはなかった。フラつく足取りで、人里の北に位置する自宅へと戻るのだった。

 戦いとは無縁の場所で。気持ちは分かる。だからこそ、キラークイーンの言ったことを全て否定することはできない。それは、初対面であるF・Fも同じこと。生きるためには戦わなくてはならないが、死なないためには戦いを避けなくてはならない。キラークイーンの背中を、F・Fはただ見送ることしかしなかった。

 

 

 

_____________________

 

 

 場所は変わり、ここは紅魔館。真っ赤なカーペットに、真っ赤な壁紙。薄暗い部屋の中で、弱い火がろうそくの上で揺らめいていると、そこに突然姿を見せる者がいた。いわゆる瞬間移動、ではないが、まるでそうしたかのように出現する。

 彼女の名前は十六夜咲夜。かつてクリームとの戦闘、および永夜の異変にてスタンドたちと共闘したことのある、紅魔館のメイド。彼女が来たのは、彼女の主の部屋。レミリア・スカーレットの呼び出しを受け、ここに参上したのだった。

 

「いかがなされましたか? お嬢様」

 

「……今日も見たわ」

 

「見た……というのは、まさか例の夢で?」

 

「そうよ。そして、今回は少し違った。私が見たのは……あれはおそらく『運命』の形」

 

 寝巻き姿のレミリアは、重々しい口調で咲夜に告げる。

 彼女が最近見ている夢とは、2人の男が出てくるもの。最初は2人はずっと向かい合っていた。しかし、夢を見続ける度にその光景が徐々に変化していっているのだ。

 彼女が今日見た夢とは、おびただしい人々の山に立つ男と、彼を見上げる男の夢。どちらもただの男ではない。人の山の、踏まれているその全員がボロボロに傷付いていたり、奇形であったりと、確実にそれらが死体であると分かった。山に立つ男は、夜の闇よりもドス黒いオーラを纏っている。一方で、見上げる方の男はその反対であった。レミリアは直視したことはないが、彼は太陽の如き眩しい光を放っている。否、光ではない。太陽そのものと言えるような、激しく、それでいて優しいエネルギーである。そして彼の後ろには数人の男女が、同じように光を放って立っているものであった。

 そして、レミリアの言う『運命』の形とは、その夢の後に見ることとなる。夢も、形となった『運命』も、どちらも星の輝く夜が背景だった。

 

「これは……何かの予兆に違いない。咲夜、私が今から『見たもの』を口に出すわ。必ず書き留めておくのよ」

 

「御意に」

 

 咲夜は一言一句聞き漏らすことなく、手に収めたノートにレミリアの言葉を書き写す。

 咲夜は書き切った後、それが何を意味しているのかは理解できなかった。崇高なるレミリアは理解しているのだろう、とは考えていたが、実際レミリアも見ただけである。それは過去の出来事なのか。それとも、これから辿る未来の話なのか。この世界でそれを知る者は、まだいない。

 

 

 

 

緑の厄災が地に墜つ時、『邪悪』の星が誕生する

 

 

星々の放つ闇は地上の影と反発し、『時』の波は荒れ狂う

 

 

『時』の嵐が起こる時、十字軍は蘇る

 

 

虚は現に、現は虚に、訪れるのは『天国の時』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




難しい話でした。書くことが。


妖怪、狒々の進撃を食い止めたF・Fたち。
狒々が暴れ出した原因は地底にあるが、それを知る者は一人もいない。
地底では何が起こっていたのか?

お楽しみに!
to be continued⇒


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54.Re-AWAKEN

お待たせしました。
今回も六部以降のスタンドが登場します。ご注意を。
そして、今までで最も長いので、何かしら誤字などのミスがあるかもしれません。見つけた場合は報告してくださると幸いです。


 場所は地底。地霊殿、ではなくそれよりももっと賑やかな場所。地底そのものが()()()()()()()であるが、ここは特に地上の妖怪のはみ出し者が集う『旧都』と呼ばれる街だ。今日も今日とて、最初に地底に住み出した妖怪『鬼』が瓢箪(ひょうたん)や酒瓶を片手に博打だの力試しに腕相撲大会だのを繰り広げている。

 毎日がどんちゃん騒ぎかつ、夏休みのような旧都だが、そこから少し離れてみるとすぐに(わび)しい空間が待っている。酔い覚ましに冷たい風に当たりに来た2人の鬼は、余計に恐怖を駆り立てるようなその空間で恐ろしいものを目にしていた。

 

「あ、あぁああ〜〜〜〜……!」

 

「何なんだよあいつは……ぜってぇーただの妖怪じゃあねぇ……! いや、そもそも妖怪なのか!? オレたち鬼を、()()()()()()()()()()()やつなんてよォ〜〜ッ!」

 

 鬼2人は暗闇の奥から視線を外せない。外したいとは思っているが、自分たちのパワーに絶対的な自信をもっていたが故、目の前で同胞がいつの間にか血の海に変えられたことにショックを受けずにいられない。

 パチャパチャと音を立てて動くそれは、興味深そうにぶち撒けられた血をすくってみたり、舐めてみたりする。影でよく分からないが、動いているそれは間違いなく、緑色をしていた。

 

 

______________________

 

 

 

「どうしたどうした。お前たちもう呑めないのかぁ!」

 

「む、無理ですよ……勇儀さん呑みすぎですって!」

 

「あ〜〜ん? 今日はぜんぜん酔ってないよ。意識もまだハッキリしてる」

 

「そうじゃなくて、量が少なくなってんスよぉ! 昨日、今日でどれだけ消費してるんですか!」

 

「…………残りどれぐらい?」

 

 仄かに明かりが浮かぶ旧都の中で、一際目を引く大きな建物。その前に居座る者たちのほとんどが顔を真っ赤にして酔い潰れている。彼らの真ん中には巨大な盃を手に、自分に酒を控えるよう話す部下たちに耳を貸す女性がいた。

 彼女の名前は星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)。旧都を根城にする鬼たちをまとめ上げ、『山の四天王』と呼ばれる強力な鬼である。

 

「ねェ、ホントに酒作ってんの? いくらなんでも、この前のお酒自粛から足りなくなるの早すぎない?」

 

「消費量の方がスゴいんですよ!! この調子だとまた自粛ですよ。それにどうしたんです? 最近宴会の頻度がかなり高い気がしますけど」

 

「………………」

 

 目の前の部下の抱く疑問は最もである。連日、一日中宴会を開いてあらゆる妖怪たちが酒に潰れてきた。最初は楽しむ者がほとんどだったが、今となっては勇儀の底無しのザル具合について行けず、意識が飛んだまま戻って来ない者が山ほどいるのだ。放っていたとしてもどんどん酒や食料は減っていく上、近くに寄れば無理矢理参加させられることだってある。もうここらで終わってほしいと、部下たちは心から思っていた。

 

「……理由ねぇ。自分でも不思議なんだけど、近々()()()()()()と、そんな気がしてならないのさ。その武者震いを抑えるため……かな」

 

「いや、別のことで武者震いを止めてくださいよ」

 

「じゃあ、お前サンドバッグになってみる?」

 

「まぁ、落ち着いてください。しかし、何かが起こる……ですか。良くないことが起こらないと良いんですがねぇ」

 

 勇儀を説得しに来た鬼は20人近くいた。ゴツい人外の生物がここまでいると恐ろしいものだが、勇儀からすれば全員三下だ。彼らの先頭にいる下顎から牙を出している鬼が勇儀にサンドバッグにされそうなところを、同じく先頭に並び立つメガネを掛けた鬼が宥める。部下といえども、勇儀は会社やギャングの偉い人物のように彼らをまとめているわけではない。このメガネの鬼は頭脳派であり、彼が参謀として鬼たちを導いているのだ。

 こんなやり取りをしていると、説得しに来た鬼たちの後ろから、ドタバタと騒がしく2人の鬼が走って来た。息を切らしながら勇儀の前に倒れ込み、口をパクパクさせている。ここは鬼のボス、可愛い部下にはオアシスを与えてやるのだ。

 

「お疲れのようだね。これ呑む?」

 

「ハァーーッ……ハァーーッ…………それ、一番強いやつですよね!? 殺す気ですかい!?」

 

「勇儀さん、聞いてください! ヤ、ヤベェのが!」

 

「…………ヤベーの?」

 

「お、俺たちの! 地底に移住して以来、俺たちの前に初めて現れた…………ッ! 鬼の天敵ですよォォッ!!」

 

「!」

 

 放たれたのはこの中にいる誰も予想していなかった言葉。『天敵』。後ろに(そろ)っている先客の鬼たちはどよめき、勇儀もピクリと眉を動かした。

 

「お、鬼の天敵だって? 俺たちの天敵って……」

「俺たちより強い妖怪なんかいるかよ……」

「いや、でもあの焦りようは明らかに普通じゃないぜ」

 

「へぇ……面白いね。どんなやつだい?」

 

『!!』

 

 鬼たちが口々に思ったことを言う中、満を持したように勇儀が口を開けた。長い髪を耳に掛けて盃に残った酒を呑み干し、口角をニヤリとつり上げる。

 彼女が言葉を発した瞬間、鬼たちはほんのズレも起こすことなく同時に黙った。鬼たちの中には畏怖と、彼女への絶対の信頼がある。勇儀が「面白い」と口に出す時は決まって()()なのだ。口は笑い、目には力がこもっている。視線を向けられるだけで小動物なら死んでしまいそうだ。空気は一気に凍った。

 

「い、いやそれが……暗がりでよく見えなくて……でも、あいつは絶対に地底で見たことのないやつでした!」

 

「あぁ、そう…………私たち鬼の天敵ね。それじゃ、見に行ってやろうじゃないの。お前たち、案内しな」

 

「えぇ!? み、見に行くんですかい!?」

 

「怖いんだったら来なくてもいいんだよ。下アゴ。でも、私がどういうやつが嫌いか、知らないわけないだろう?」

 

「うぅ……!」

 

 下顎から大きな牙をのぞかせる鬼、通称「下アゴ」は縮こまってしまった。

 勇儀が嫌いなものは『臆病者』。ヘタレは彼女の気に障る。ましてやそれが同族であれば尚更のことだ。「臆病者はついて来なくてもいい」とその場にいる部下たちに言い放つと、彼女は盃を置いて立ち上がった。

 

「どこの誰だかは知らないが、私ら鬼にケンカを売ろうというなら買ってやるよ。ちょうど酒自粛が再開したらどうしようかと思って何かにぶつかりたかったところさ。だが、もしそれで相手が大したことのないやつだったら…………ねぇ」

 

「ヒッ」

 

 「尻尾を巻いて逃げて来たお前たちを殴る」。そう言わんばかりの圧を座り込んでいる2人にかけた。彼らは同時に震え上がり、後ろの他の鬼たちもゴクリと固唾を飲んだ。プライドの無いやつは叩きのめして喝を入れてやる。自分たちの、種族の誇りを汚す者もぶちのめしてやる。これが鬼、星熊勇儀なのだ。酔いなど無い。これは挨拶だ。()()()()()になるであろう挨拶である。

 勇儀は立ち上がり、控える部下たちを引き連れて件の『天敵』が現れた場所へ向かい始めるのだった。

 

 

____________________

 

 

 旧都から出て行った鬼の数は30を超えている。ぞくぞくと集まり群れになって、勇儀を先頭に逃げて来た鬼に案内させてながら歩き続けた。地底で最も明るく、騒がしい旧都から出れば、後はどこも寂しく暗い同じ空間が続くのだ。

 勇儀に続く鬼たちの心の中は、「勇儀さんが負けるわけがない」という言葉で埋め尽くされている。勇儀本人もそう思っているし、自分が相手よりも格上であることを前提に「骨のあるやつなのだろうか」と少しワクワクしている部分もあった。

 しかし、彼女のすぐ後ろにいる2名は違う。パワーだけでどうにかなる相手ではない、と確信しているのだから。

 

 

 しばらく歩き、鬼たちは地底の岩壁近くまで到達する。この辺りは明かりが無く、目を凝らさないとほとんど何も見えない。壁の近くではパチャパチャと液体が動く音が聴こえ、勇儀は足を止めた。団体が停止すると数人の鬼が提灯を灯し、勇儀の近くに来て周りを照らす。真っ赤に染まった地面と、その奥に()()の姿があらわになった。

 

「ア、アレです…………」

 

「……そう言われても、赤ん坊か何かにしか見えないんだけどねぇ……」

 

「で、でもやつが確かに仲間を殺したんですよぉ! 俺たちが踏んでる血溜まりも、元は鬼たちです。あいつがやったのを俺たちは見たんですよォォ!」

 

 道案内をした鬼はなんとか勇儀に信じてもらおうと必死だ。後ろに続いていた鬼たちは、自分たちが踏んでいる血が仲間のものだと知り、口々に驚きの声や怯えを口にする。「まさかここまでとは」というのが全員の本音だ。勇儀も例外ではない。

 そして、血溜まりの奥にいる存在は勇儀が言うように小さい。人間に近い彼ら鬼からしてみれば、赤ん坊サイズである。深緑色の体色をして顔が仮面のように無機質であるため、それが鬼や人ではないことは一目瞭然。では、目の前の存在の正体は何なのか。

 

「ふゥん。こうして見てみても何の妖怪か分からないな。なぁ、メガネ。あいつの正体、何か予想がつくかい?」

 

「いえ……私も初めて見ました…………我々のような(タイプ)と違って、完全に異形の妖怪のようですね。人間とも違う形をしていますし」

 

「ちょこっと様子見といこうか」

 

 勇儀がそう言うと、後ろにいる鬼たちも謎の妖怪を視界に収めようと前に出て来る。彼らと謎の妖怪との距離は20m程。勇儀のような実力者でなくとも、元々強力な種族である鬼ならば一瞬で縮められる距離である。それでも誰も近付かない。勇儀に逆らうのもマズいことであり、不用意に近付いたらどんな攻撃をされるか分からないためだ。

 鬼たちが警戒している中、謎の妖怪が何をしているか少しずつ分かりかけてきた。ぶち撒けられた血溜まりは徐々に固まりつつあり、妖怪は指で固まった血液を削っているようなのだ。しかし、その作業に夢中になっているせいで目の前の鬼の存在には気付いていない様子。

 様子見を始めてしばらく経った頃、勇儀はいよいよ(じれ)ったくなってきたようで、下駄で地面をカンカン叩いて貧乏ゆすりをし始めていた。全く、何も起こらない。

 

「お前ら……私を驚かすために嘘ついてるとか……」

 

「いやいやいや! そんなわけないじゃないですかッ! 正直あなたの方が怖いんですから!」

 

「……今の発言は聞き流してあげるよ。もういい。私が行くからね」

 

「え、近付くんですか!? や、やめた方がいいですよ」

 

「じゃあ、なんでお前たちは私を呼んだのさ」

 

 あまりにも何も起こらないため、勇儀は自分で妖怪に近付き、接触しようと考えた。しかし、実際に仲間が殺された場面を目撃した鬼たちが、いくら彼女であっても危ないとして制止する。勇儀が行こうとしたら部下が止め、部下が様子見を続行してようとしたら勇儀が強行しようとする。声もだんだん大きくなり、鬼たちは旧都と変わらないぐらい騒がしくなってしまった。勇儀の関係ないところでも押し付け合いが始まったり、帰ろうとする者とそれを止めようとする者も現れ始めてきたのだ。軽く混乱が起こっている。

 だがここで、ついに妖怪が動きを見せる。人差し指でピッと小石を弾き、騒ぐ鬼たちへ転がして寄越したのだ。

 

「ん、おい待て。あいつ、今何か転がしたよ」

 

『!』

 

 勇儀は転がってきた小石に気付き、周りの鬼を黙らせた。団結力があるのか無いのか分からない連中だが、やはり強いボスの言うことを聞くということより、上下関係は大切にされていることが分かる。

 小石はコロコロと蛇行したり、岩肌で跳ねたりしながら勇儀の足元へと転がってくる。

 

 

コロコロ コロッ……

 

 

『………………』

 

「ただの……小石のようだね」

 

「特に妖力だとかは感じられないッスね……」

 

 下アゴの分析に勇儀が頷く。少し楕円形で、指先から第二関節辺りまでと同じような大きさの石だ。鬼たちは黙って小石が転がるのを見つめている。勇儀の足にぶつかるまで、2m。

 

 

コロ コロコロ……

 

 

ゴロッ ゴロッ ゴロゴロ ゴツッ

 

 

『………………ッ!?』

 

「!! こ、小石が…………?」

 

『い、岩になったァァーーーーッ!!?』

 

 謎の妖怪が指一本で弾いた小石。それは勇儀の足を目指して転がり続けていた。そして彼女のつま先に当たった、かと思った次の瞬間。小石はサッカーボールと同じような大きさの岩になっていた。『なった』のではなく『なっていた』のだ。

 この初めて見る現象に、鬼たちは同様を隠せずにいる。全員小石に注目しており、瞬きをした者もほぼいない。今まで小石だと思っていた物は、実は岩だったなどと誰も納得することができなかった。

 

「メ、メガネ! お前頭良かっただろ!? これはどういうことなんでぇ!」

 

「私も分からない……あの妖怪との距離が思ったよりも遠かったとも考えたが、私たちは弧を描くようにして囲み、あの妖怪を監視していた。いろんな方向から見ているのだから、全員が距離を見誤るだなんて考えられない」

 

「よし。近付いてみようか」

 

「えぇ! なんでそうなるんですかい!?」

 

「近付かないと色々分からないだろ!」

 

 勇儀は一歩踏み出し、目の前で未だ固まった血をイジる妖怪へと近付き始めた。下アゴが彼女を止めようとするが、言葉だけで腕を押さえようだとか手を出すことはない。絶対に、間違いなく、100%引きずられていくからだ。

 勇儀は下アゴの制止を聞くことはなく、ズンズン歩いていく。メガネは距離について考えていたが、勇儀としては距離は問題ではないと思っていた。相手が妖怪ならば、あの不思議な現象の正体は何かしらの『術』。おそらく、それを使って仲間を殺したのだろう。ならば、自身でその能力の謎を解き、仲間の無念を晴らしてやろうではないか。勇儀の中から戦いへのワクワクは消えつつある。

 そして勇儀の足が距離の半分を超えた地点を踏みしめる。謎の妖怪には確かに近付けている。このまま歩いていけば、敵対心を剥き出しにして『術』を使ってくるはずだ。彼女がそう思った時、突如後ろから叫び声が上がり始めた。

 

「ゆ、勇儀さん!! 急いで戻ってくださいッ!」

「ヤベェッスよ。急いでこっちに!」

「あの妖怪の方じゃなく、こっちへ戻るんですッ!」

 

「あん? 何なんだ。いきなり! 大きな声で呼ぶんじゃあないよッ! 何かあったの……か…………!?」

 

 不意に大声を出され、ビクッとした勇儀。ほんの少しイライラしながら振り向くとそこには…………

 

「!? おい、お前たち!? どこへ消えたんだッ!」

 

 自分の後ろには大勢の鬼たちが控えていた。()()()()()。しかし、彼らの姿は影も形もキレイさっぱり消えてしまい、ゴツゴツした岩肌しか存在していなかった。地面なんて見えないほど集まっていたのにも関わらずだ。

 しかし、声だけは聴こえていた。近くにはいるはずである。勇儀は周りを見渡すが、横にもいない。そんなはずはないが、妖怪と自分の間に回り込んでいるといつこともない。

 ふと、上を見上げてみると、そこにはブサイクで巨大な者たちがこっちを見下ろしているのが目に入った!

 

「あ!? お、お前たち……いつの間に巨大化なんてできるようになったんだ!?」

 

『ち、違いますよ! あなたが小さくなっているんですよーー! いいからこっちへ戻ってくだせぇ!』

 

「何がどうなってるんだ……」

 

『勇儀さん! 私、とある仮説を立てました。とりあえず一度戻ってもらえませんか!』

 

 自分の身長の2倍以上になっているメガネが、勇儀に声を掛ける。下アゴの言うことは聞かないが、聡明な彼の言うことは勇儀も聞く。いつも世話になっている分、その返しとして彼の意見や声を聞き入れているのだ。

 勇儀は(きひず)を返して鬼たちの方へと駆け足で戻ると、身長は元のサイズへと戻っていた。自分の体は何の違和感も無かったため、小さくなっていたことにも気付きづらかったのである。勇儀がメガネの元へ来ると、他の鬼たちもメガネを囲むようにして集まって来る。

 

「いいですか。まず、さっきの岩について。あれは勇儀さんの元へ転がっていくにつれて大きくなりましたよね?」

 

「あぁ。それがどうかしたのかい?」

 

「あの妖怪から離れていくと大きくなった、とも言えますよね? そして、勇儀さんはあの妖怪に近付くにつれて小さくなっていきました。これは距離の問題ではなく、間違いなくあの妖怪の能力です。あの妖怪に近付くと、元のサイズよりも小さくなり、離れると大きくなる」

 

「……言いたいのはそれだけかい? そんなこと私はもう分かってるよ」

 

「いいえ……本当の問題はこれからなんです」

 

 「これから?」と首を傾げる勇儀たち。メガネは細く、鋭い石を手に持つと、固まった血溜まりをガリガリと削って何かを描き始めた。彼が書き始めたのは直角三角形。

 直角を挟む2辺の内底辺を『地面』、もう一本を『勇儀』と名前を刻むと、メガネは話を再開した。

 

「先程、勇儀さんはあの妖怪との距離が半分以下になったところで、元の身長の半分以下になっていました。近付くにつれて小さくなるのだったら、おそらく元の半分近付くと、身長も半分に。さらに半分近付くと、身長もさらに半分に。そしてさらに近付くと…………といったようにどんどん小さくなっていくんです」

 

「だから……それがどうしたのさ。それはさっきも聞いたことだよ!」

 

「分かりませんか? 身長が元の1/2になるということは、脚の長さも1/2になるということです! つまり、あの妖怪に到達するまでの距離は2倍に感じるということ。脚が縮んだんですから。近付けば近付くほど、身長は縮んで歩く距離はそれに比例して長くなる! このことから、私は……()()()()()()()()()()()()()()()と思います」

 

『………………!!』

 

 誰も予想していなかった事実。この地底には寺子屋といったものは無く、何かを学ぶのなら自力で、というのが主な考え方である。そんな地底の中でもトップクラスに頭が回るメガネが、絶望的な仮説を立てたのだ。誰も彼を疑わないため、彼の抱く絶望はすぐに他の鬼たちへと伝染する。

 目の前のあの妖怪が同胞を殺した方法はそれに違いない。鬼を縮ませて、パワーが落ちたところを狙ったのだ。おそらく、石を投げたりしたのだろう。永遠に到達できないのなら、どうやってあの妖怪をとっちめてやればいいのか。この場にいる鬼たちの半分以上は諦めていた。近付けないのなら、いくら我らが勇儀であっても……と。

 しかし、彼女は彼らとは真逆の位置にいる。

 

「……だが、あの妖怪は岩を縮ませて()()()()()。ということは、あの能力には限界があるんじゃあないかい? 小さくすることができる限界が」

 

「あ、なるほど……」

 

「ま、待ってください。勇儀さん。まさか……」

 

 勇儀の述べた考えに下アゴが頷いた。縮んだ岩を触っていたのだから、もっと近付けばやつに触れられるだろうという考えだ。

 しかし、メガネは首を横に振る。そんな単純な問題だとは思っていないからだ。そして悪い予想も立っていた。勇儀はあの妖怪に近付こうとしている。そして彼女はそこそこ頑固だ。「こうだ」と決めたら中々意見を曲げない。そして自分なりの打開策を見つけてしまった時、彼女は絶対にするだろう。実行を。

 

「どれだけ小さくなろうが、絶対に終わりがあるはず。大体、この世に『永遠』なんてものは無い! この私の脚力ならッ! やつよりも先にぶん殴れるッ!」

 

 

ドガァアン!

 

 

「ゆ、勇儀さんッ! 絶対、そんな単純な能力ではないんです! もしもやつが小さくする対象を選べるのだとしたら? 小さくする程度を操れるとしたら? あなたは無限に小さくなって、いずれ『0(ゼロ)』になってしまうッ! 行ってはいけないッ!!」

 

 勇儀は地面が陥没するほどのパワーで岩肌を蹴ると、真っ直ぐ妖怪に向かって飛んで行った。しかし、スピードが乗っている分、距離が縮まるスピードも速いため、彼女の姿はすぐに小さくなって目視することもできないサイズになってしまった。ついに、勇儀はメガネの制止を振り切ったのだ。

 

(なるほど……たしかにメガネの言う通り、やつに近付くほど体が小さくなっている! やつの姿がどんどん大きくなっているわけだ。そう見えるだけなんだが)

 

 異形の妖怪の姿はさらに大きく見え、赤ん坊サイズだったのが、既に一つの丘のような大きさになっている。大きく、歪な形をしている顔面など、さらに恐怖をかき立てるものだが、勇儀にとってそんなものは関係無い。彼女の中には絶対に辿り着いてやるという強い意思だけが存在している。

 そして一度目に近付いた時とは決定的に違うものがある。それは、この妖怪が今初めて、勇儀に顔を向けたということだ。

 

「こ、こいつ……ついにこっちを見たな! ようやくそのヘンテコな顔の全貌が見えたよ」

 

 仮面に付いている車のヘッドライトのような部分が、勇儀を睨み付けている。この妖怪も、勇儀のことをいよいよ『敵』だと認識したようである。

 ここからこの妖怪はどういう反応を取るのか。勇儀は拳を構えつつ、足をさらに速く動かす。彼女の身体能力は地底のみならず、地上の者と比べてもトップクラスに入り込めるもの。ただでさえ強力な鬼たちを屈服させているのだから、当然と言えば当然であるが。

 しかし、依然体は縮み続けている。この妖怪がどうするかによって、勇儀が取る行動は180度変わるであろう。そうこうしている内に、ついに山が動いた。

 

「……!? こ、こいつ! このサイズで…………()()()()()のか!?」

 

 本物の山と同じ大きさに見える妖怪は、勇儀から見て非常に巨大な腕を振りかぶった。格闘、暴力に精通する彼女ならすぐ分かった。いや、彼女でなかったとしても、人里で呑気に暮らしいている人間でも分かるだろう。腕を大きく振りかぶるのは、力いっぱいに相手を殴りつけるための動作であると。

 

 

 

「お、おいおいおい……今勇儀さんがどこにいるか分からねぇけどよ〜〜。あの妖怪の構え……もしかして……」

 

「ウソだよな……あそこに勇儀さんがいて、まさか、それだけの体格差で殴るつもりか!?」

 

「いくら勇儀さんでも耐え切れるか分かんねぇぞッ! ど、どうする!?」

 

「どうするも何も……私たちは祈るしか……」

 

 

 

 周りにいる鬼たちも妖怪が何をするのか察していた。勇儀はすさまじい怪力の持ち主であり、足を踏みしめるだけで辺りの家々が倒壊する、だとかいう伝説が噂されることもある。しかし、それでも彼女にも限界は存在している。背中に富士山を背負って立てるのか?

 だが、ここまで近付き、能力にハマった以上戻ることはできない。それに、非力を理由に退却するのは彼女の信条に反することだ。意思の堅い彼女は言行齟齬を何より嫌う。

 

「いいよ……! 来るなら、とことん来い! 相手が山でも、私は退かないからねッ!」

 

 迫るのは山の如き巨大な拳。恐竜を絶滅させたとかいう隕石も、そんなサイズだったのだろうか。勇儀はそんなことを考える。両手をめいいっぱいに広げ、妖怪の拳を受け止める!

 

ズズゥゥン

 

「うッ! ぐ……ぎぎぎィ…………ッ!!」

(お、重い! でも、久々に全力が出せそうだ……!)

 

 一体いつぶりになるだろうか。全力など、最後に出したのは数十年前? 数百年前になるだろうか?

 少なくとも、この地底で自分に反抗するやつだなんて滅多にいない。他の鬼に文句を言えても、自分にはまず言わない。ホイホイ言うことを聞く。それ故に、戦いの面では一切満足することはなかった。強敵と戦いたいと何度思ったことか。地上に出ようと思っても、地上の賢者と不可侵の約束を結んだからには、それを破るわけにいかず悶々としていた。

 戦えてると言いづらいが、今この状況、押されているこの状況は、間違いなく戦いを求めていた勇儀の心を満たしていた。飢えていたために、今回の件が嘘だと分かったら、報告しに来た2人がどうなっていたか分からない。とにかく、勇儀はこの瞬間を全て、体で受け止めて歓喜しているのだ。

 

「ふッ……ぐゥ……! こ、この体格差……! 予想はついてたけど……強い!! ぜ、全力でも押し返せないか……これが……私の……限界ってやつね……ッ!!」

 

 体中の筋肉が隆起し、血管もボコボコと浮き上がっている。顔も、尖った耳も真っ赤だ。美しい女性から、まさに鬼の名にふさわしい姿になっている。バケモノと呼ばれても誰も否定しないほどの体型に変化しているが、それほどのパワーをもってしてもこの妖怪の拳を止められない。

 だが、妖怪の方も余裕であるわけではない。自分の体重を全てかけているのだ。砂粒よりも小さい、目で見るのも難しい鬼を倒すために。自分に敵対するものは全て。

 

「うっ……ぬゥ……ハァアアアアアーーーーッ!!」

 

 振り下ろされた拳を耐えて40秒。受けている側の勇儀からすれば、それは30分にもなるような感覚だった。

 しかし、これにて終了。自身をボロボロにするほどの彼女の健闘は讃えられるべきである。

 

 

タン!

 

 

 乾いた音。赤ん坊が地面を殴った、可愛げのある破裂音が寂しく響いた。それを見ていた部下たちは一斉に悟る。我らがボスは敗北したと。

 

『うわァアアアアアアアーーーーッ!!!』

 

「ゆ、勇儀さァァーーーーン!!」

 

「バ、バカな……バケモノめ……!」

 

「ど、どうすりゃいいんだよぉ……俺たち。これからどうすればいいんだ! あいつなんて倒せるわけがねぇ!!」

 

 鬼たちは慌てふためき、果てには逃げ出す者も現れる。だがそれを咎める者もいない。地底で最も強いと、そう思っていた人が負けたのだ。彼らの絶望は計り知れない。

 そして、目の前の妖怪は視線を彼らに移す。「次は、お前たちだ」と言うように。メガネは腰が引けてその場から動けない。報告した2人は失禁済み。下アゴは恐怖に負けて、脚を震わせながら腹から叫んだ。

 

「ヒィィィ! ゆ、勇儀さん、助けてェェーーッ!」

 

 

『うるっっっさいねぇ!! みっともない声上げんじゃあないよォッ!!』

 

 

『!!?』

 

 なんと、勇儀の声が応答してきた。その瞬間、鬼たちの中に希望の光が差し込み、皆が必死で勇儀の姿を探す。が、彼女の姿はどこにもない。背後、左右どこにもだ。あの妖怪から何とか離れたのではないのか? 鬼たちはそう思っていた。

 そのようにしていると、件の妖怪の背後で、何やら大きな影が動いた。その正体は、全身から汗を噴き出し、びしょ濡れになった勇儀だ。

 

「アンタら……もう大丈夫だ……と思うよ」

 

「ゆ、勇儀さん!? どうして元のサイズに!?」

 

「もう無理! 動けない! 誰かおぶってくれーー」

 

 妖怪の真横で、勇儀は大の字になって倒れ込んでいる。久々に全力を出したおかげで、体の至るところが悲鳴を上げているのだ。指一本も動かせない状態である。

 勇儀が元のサイズに戻っているのを見て、鬼たちは怖がりつつも彼女を救助するために妖怪の元へと近付いて行く。目と目が合ったりするが、それ以上は特に無く、サイズが変わるということもない。妖怪は勇儀の長い髪を引っ張ったり、服の裾を噛んだりしている。

 

「だ、大丈夫ですか? 勇儀さん。一体、どうやって助かったんです?」

 

「私にも分からないよ。いつの間にか戻ってた。混乱してるのはこっちの方さ」

 

「アァア……ア……」

 

「…………おや。この妖怪、勇儀さんに懐いていませんか? まるで本当の赤ちゃんみたいです」

 

「へ? 私に?」

 

 妖怪は喃語のようなものを口にしながら、勇儀の体にすり寄っている。赤ん坊さながらのパワーで抱きついたり、彼女の体をよじ登ろうとしている。そんな様子を見た下アゴが3人に駆け寄ってくると、勇儀を助け起こして妖怪を彼女の肩辺りに乗っけてやった。

 頭は悪いが、何かと察しがつきやすい彼は、妖怪が勇儀のツノに触れようとしているのを分かっていたようだった。顔面の方からよじ登られて不機嫌な勇儀に対し、勇儀に赤ん坊ができたような光景に、部下の鬼たちは癒される。仮にも仲間の仇であるのにだ。

 

「お、勇儀さん。その妖怪、あんたのツノの付け根にある、『星』が気になっているようですよ」

 

「そんなん知るか! 私はもう動けないから、こいつの処分だとか何とかはお前たちに任せたよ」

 

「え、えぇ! 懐かれた勇儀さんがどうにかしてくださいよぉ〜〜!」

 

 仲間の仇であるにも関わらず、彼らの手は止まったまま。殺意を見せれば報復に遭うであろうと恐怖していた。

 だとしても、感情のままに手を下す者がいたっていい。しかしいない。鬼たちに何かしらのパワーがはたらいているのだとしたら? その者を取り巻く何かが、鬼たちを鎮めているのだとしたら? 彼は……本当に妖怪なのか?

 

 

 その者は勇儀の『星』を指差して凝視し続ける。

 彼女の『星』に、彼は一体何を思い出していたのか。

 赤ん坊から目を離し、辺りの調査をしていたメガネはあるものを見つけた。彼自身が理解することはないが、それは英語で書かれた何かの単語。固まった血液を削って、彼はこれを地面に書いていたのだ。

 『14の言葉』を。

 

 

 




さらなる異変が幕を開ける……

to be continued⇒


追記

大幅修正を加えました。


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55.東方星蓮船

お待たせしました。
展開を見失い、大変でした。


 魔法の森のどこか。新鮮な朝日を浴び、日々成長を続けている木の群れの中で、一人の少女が爪を噛んでいた。忌々しそうに顔をしかめ、親指の先をかじりながらブツブツと文句を言っている。

 黒髪の彼女は妖怪である。そして髪と同じく、真っ黒なワンピースを着ているその姿は、誰が見ても可憐な女の子だ。幻想郷には本当の人間と区別がつきにくい妖怪はたくさんいるが、彼女はそうではない部類に入る。先程と言っていることが違うが、彼女の妖怪としての特徴は背中に現れているのだ。

 

「…………ムラサのやつ……私を除け者にするつもりなの……!? フン。でもいいわ。あっちがその気なら、私にだって考えがある」

 

 彼女の背中からは用途がよく分からない触手のようなものが生えている。右手側からは鎌のような形をした赤色のものが3本。左手側からは、青色をして矢印のようになっているものが3本。

 彼女の名前は封獣(ほうじゅう)ぬえ。かつて地底に封印された、()()()()大妖怪。とのこと。

 

飛倉(とびくら)の破片はそう簡単に集めさせないわ! 既に私の能力にかかっているんだから。そして、地上(こっち)でできた私の子分たちがそれらを回収する。人間の側につくだなんて真似、絶対邪魔してやる!」

 

 右拳を握り、ぬえは天に吠える。

 妖怪と人間は敵同士である。そして『ムラサ』なる者はぬえと同じく妖怪のようで、そのくせに人間の肩を持とうとしているらしい。自分の意思に反したその行いが気に食わないぬえは、ムラサを邪魔して「人間との繋がりをメチャクチャにしてやる」と奮起しているのだった。

 左手に『釣り竿』を持って。

 

 

____________________

 

 

 

 魔法の森の入り口付近。ここに建つ魔法店は、いつものように賑わっている。たった3人だけで、だが。

 

「『空飛ぶ宝船!? 目にした者は幸運を手に入れられるかも!』……だってさ。これが今日の見出しだ」

 

「……あぁ〜〜ん? 何だって?」

 

「どれどれ……」

 

 ロッキングチェアを揺らしていた魔理沙はさっきまで広げていた新聞をカウンターに出した。朝食の片付けをしていたハイエロファントと、店前での掃除を終えたチャリオッツが各々の作業を終わらせた後でそれに食い入るように読み始める。

 K・クリムゾン襲撃から四週間近く経過し、スタンドたちも負ったケガのほとんどが修復したところである。戦うにも何の問題も無い。たとえ、今から異変が起ころうとしていたとしてもだ。

 

「ほぉ。宝船か…………金持ちになれるんだろ? そうだな……世界一の漫画家になれるな」

 

「いや、漫画家なら金よりも技量が必要だろう」

 

「それじゃあポルナレフランドだな。ディズニーワールドもビックリのテーマパークだ」

 

「何を言ってるんだ君は。いや、それよりもだな。チャリオッ……」

 

「いや〜〜、やっぱり宝って夢があるよな!」

 

 3人はそれぞれ思ったことを口にした。チャリオッツはポルナレフが『審判(ジャッジメント)』に願ったことを思い出していたようで、ハイエロファントからツッコミを食らっている。

 しかし、『空飛ぶ宝船』とは中々ファンタジーじみたものだ。ハイエロファントの本体、花京院は先日戦闘したハングドマンを始末する際、鏡の中の世界をファンタジーだと言って信用していなかった。だが、妖怪や妖精が蔓延る幻想郷の存在を知ってしまえば、同じ考えをもっていたハイエロファントも宝船の存在を認めざるを得ない。

 そしてこうなった時、魔理沙がどんな行動を取るのか。2人は既に分かってきていた。彼女は箒と帽子を抱え始め、身支度を整える。

 

「早速行くのか? 宝船を探しに。だが、その前に訊いておきたいことがあ……」

 

「あぁ。お前らも準備するんだぞ。霊夢とか射命丸に先越されないようにな。こっちは3人もいるんだ!」

 

「いいね〜〜。宝は全部俺たちのものってわけだな! 急げよ、ハイエロファント!」

 

「………………」

 

 魔理沙に合わせて、チャリオッツもバタバタと慌ただしく出発の準備を始める。掃除のために頭に巻いていた布を投げ捨て、箒も適当に放る。立て掛けていたレイピアを手に持つと、魔理沙と一緒にハイエロファントを急かした。

 しかし、ハイエロファントが彼らに応じることはなかった。2人がどうしたのかと問うよりも早く、ドア近くを指差して、話を聞かない者どもにハイエロファントは声を荒げることとなる。

 

「おい、宝船もいいが、まだ目の前の問題が解決していないだろ。チャリオッツ、()()は一体何なんだ!?」

 

「…………『それ』ってあの茶碗のことか? 店の前に落ちてただけだが…………」

 

「どうしたんだ? ハイエロファント。チャリオッツがさっき持って来たあの『黒い茶碗』がそんなに気になるのか? ただの茶碗だろ」

 

 魔理沙とチャリオッツはハイエロファントの言葉に首を傾げる。視線の先にあるのは、彼らが言うように『黒い茶碗』。赤色と青色の帯が描かれた、綺麗な光沢を放つ茶碗である。売ればそこそこ良い値となりそうなほど美しい。正直、魔理沙は人里か知り合いの店で売ってやろうと考えていた。

 だが、ハイエロファントの目には()()映ってはいなかった。

 

「2人には……あれが『茶碗』に見えるのか?」

 

「え? うん。どうしたんだよ、ハイエロファント。目ぇ悪くなったのか? 永遠亭に行ってくるか?」

 

「余計なお世話だ」

 

「………………」

 

 魔理沙は茶化しながらハイエロファントに尋ねる。しかし、いつもならそれに続くチャリオッツだが、この場で彼女のノリに乗ることはなかった。ハイエロファントの真剣さを、魔理沙よりも早く感じ取ったからだ。態度は昔と変わらないが、年数を経たために察しの速さは鍛えられていた。

 ハイエロファントに見えている物。「赤色と青色をしている」という点においては同じだが、形状が違う。茶碗は光沢を放っているのだろうが、()()()()()()。そしてそれが想起させる物体は、生活している中で一度は耳にする物。有名な、宇宙人の乗り物と言われている物。

 

 

「いいか。僕にはあれが…………UFOにしか見えない」

 

 

____________________

 

 

 

 時を同じくして人里。先日の狒々の襲撃から数日経ち、人々は新年を迎える準備の大詰めに取り掛かっていた。

 八百屋や魚屋には朝から晩まで人が集まり、小道具などを欲する者は雑貨店に立ち寄る。そのため、大通りはいつもよりもさらに多くの人間で溢れかえっている。S・フィンガーズもまた、慧音に「君も一緒に年を越さないか」と提案され、大晦日をF・Fを含めた3人で過ごすための準備をしていた。

 

「新年か。日本の年越しは静かなものだと聞いたことがある。イタリアとは大違いだな……」

 

 買い物袋を片手に下げ、S・フィンガーズは大通りを歩きながら呟いている。

 彼の言葉から察することができるが、イタリアの新年は騒がしいものである。先にクリスマスがあるのだが、この日こそ日本の新年のように静かで荘厳なものなのに対し、新年は本当にお祭り騒ぎなのだ。酒に花火、豪華な料理に囲まれて年が明けるのを祝う。これがイタリアの年越しである。

 

「………………」

(外の世界は……幻想郷と季節はリンクしているのか? もししているならば…………ジョルノやミスタもシャンパン(スプマンテ)を買ったりして準備しているのだろうか……)

 

 S・フィンガーズが持っている袋の中身は蕎麦やつゆの素、てんぷら粉といった、年越し蕎麦の材料だ。慧音に渡されたメモを頼りに買い物を終わらせ、彼は空を見上げながらかつての仲間たちのことを思い出す。

 トリッシュは今度こそ幸せになったのか。ミスタは調子に乗って新年を酔い潰れて過ごさないだろうか。離脱した後のフーゴは上手くやっているだろうか。

 そして、ジョルノは彼らをまとめられているのか。決して長くはない期間だったが、彼ならば心から信頼できる。ディアボロ(ボス)がヨーロッパ中にばら撒いた麻薬を抹消し、正しいことの白の中を、光輝く黄金の道を歩んでいるに違いない。そう信じている。

 

 

 

「…………あれは……?」

 

 ふと、注意を頭の中から外に移すと、彼の視界に変わった物が映り込んできた。

 空に浮かぶ大きな白い雲の隙間を、何やら黒い物が飛んでいる。決して小さくなく、巨大な物体だ。遠目から見ているため、その物体が何でできているのか完全に把握できないが、船の帆のような物が上部にくっ付いているのが見える。

 

「……巨大な船……か? あれは」

 

 不思議な存在(もの)だ。幻想郷は存在自体おかしなものであるが、まさか空飛ぶ船まで存在しているとは思わなかった。ピーターパンだとか、おとぎ話の中の物だと思っていたため、軽く度肝を抜かれるS・フィンガーズ。

 船はしばらく漂うと、風に流れる雲に囲まれて姿を消してしまった。彼は他に目撃者がいないだろうか、と大通りを行き交う人々へ目を向けるが、全員気付いていない様子。かなり高い位置を飛んでいたため、自分だけ偶然見かけたのだろう。そんな不思議な気持ちで、S・フィンガーズは帰路につく。

 

「……人里に向かって来る気配は無かったな……」

(しかしあんな船、一体何のためにあるんだ? 買い物が終わったら魔理沙たちの元へ行こうか……)

 

 敵意は感じられなかった。ただその場で、理由も無く航行しているだけに見えた。だが、存在しているということは、存在させる理由があるということである。あらゆる可能性を捨てきれない中で、S・フィンガーズは魔理沙たちの元へ出向き、空飛ぶ船の調査を依頼することを決めた。

 

 

 

 

 

 そして、姿を消したと思われた船は船首の向く方向を変え、再び雲の中から青空の下へと巨体をのぞかせている。

 船が飛んでいる高度3000mの真下にはまだ人里が広がっており、ちょうどそこにはおせちの材料を買っている慧音の姿があった。料理店だとかに注文するでも、料亭に予約を入れるでもなく、彼女手作りのおせちをスタンド2人に振る舞うのだ。

 

「えーと……これで伊達巻き、黒豆……あ、スティッキィ・フィンガーズはマメ類がダメなんだったか。いや、黒豆なら大丈夫か? 私も子どもの時は黒豆なら食べられたからな」

 

 慧音も小さい時は苦手な野菜が多かった。しかし、煮た後に甘い味付けをした黒豆ならば彼女も美味しく食べることができ、やがて苦手なものの克服へと至る。S・フィンガーズも味を変えれば、箸をゆっくり動かすことはないだろうと考え、慧音は服屋へと向かい始める。最後は服だ。自分で着るためではなく、F・Fにあげるもの。いつまでも自分のお下がりを着せているわけにいかないため、彼女に彼女だけの服をプレゼントするつもりなのだ。

 

「F・Fは動きやすい服の方がいいのかな。女性らしい、ゆったりした服にして文句を言われるのも困る…………男性用を覗いてみようか」

 

 服屋は近い。百歩も歩かない内に到着する。女性用と男性用の店は隣接しており、慧音は手前の女性用の店をスルーして男性用の方へと入店した。これには外で見ていた者、中にいた者問わず驚いた顔をしていた。入店直後、目を丸くした店員が慧音に声をかける。

 

「えぇ、慧音さん!? ここは男性用ですよ。女性用のお店は右隣です。間違えちゃってますよ」

 

「いや? 私はこっちに用があって来たんだ」

 

「だ、男性の服にご用……ですか?」

 

「知り合いにあげるんだ」

 

『し、知り合いにあげるゥーーーーッ!?』

 

 店の中にいた客と店員たちは同時に声を上げる。その後は口々に自分たちの憶測を飛ばし合った。曰く「恋人ができたんじゃないか」、とか。曰く「もしや既に結婚を……?」、だとか。人里の中で慧音に想いを馳せる者は少ない。そのため、慧音の先程の言葉を聞いた彼らはおそらく、嫉妬の涙を流すに違いない。彼らの解釈は間違っているのだが。

 結局慧音は袖と裾の短い紺色の服を一着買い、客たちとは特に会話を交わすことなく外へ出た。

 

「よし。これで大体買い物は終わりだ。それにしても、久々に家を離れたなーー。キラークイーンは里の中心部にいるわけじゃあないから、こっちで会えるかな」

 

 そんなことを口に出しつつ、慧音は人里の中心地へと向かって歩き出す。そこそこな荷物だが、普通の人間より多少力持ちの彼女からすればどうということはない。まだ昼前であるが、早く帰って次の作業に取り掛かろう。進む足が速くなる。

 

 

 と、次の瞬間。

 

 

フワフワ……フワ……

 

 

「!」

 

 誰も気付いていない様子。大通りから脇へ伸びる路地に、赤色と青色に点滅しながら浮遊する謎の物体が入って行くのが見えた。幽霊の類だろうか、と慧音は考えるが、幽霊はあんなにカラフルには発光しない。

 では何だ。未だ自分の見たことのない妖怪なのか? いや、妖怪にしては無機質過ぎる。だが、付喪神という捨てられて長い年月を過ごすと変化する妖怪もいる。

 慧音の行動は早かった。よく分からない、謎の物体であるならば調査するまで。人里に仇なす存在かどうか、自分の目で見極めるのだ。彼女は物体を追って、同じ路地へと侵入した。

 

「!」

(目の前に……!)

 

 フワフワ浮いていた物体は慧音を待っていたかのように、路地の入り口付近で止まっていた。近付いてみても逃げるような素振りを見せず、攻撃してきそうな様子も見られない。

 慧音を前にして、赤色から青色へ。青色から赤色と、相変わらず目まぐるしく色を変えて光っている謎の物体。生物であるなら、慧音のことを認識していない可能性もある。

 そこで慧音は、目の前の物体に対して腕を伸ばしてみることにした。両腕をゆっくり伸ばし、いずれ物体をホールドしてやろうと考えたのだ。大きさもちょうど良く、両腕に収まるぐらいのサイズだ。物体は慧音の腕が近付く中、逃げも隠れもしようとしない。何のアクションも起こさないことに少し不安を覚えるが、彼女の腕は物体に触れ、捕まえてしまう。

 

「さ、触っている感覚はある……ちゃんとここに存在する物体なんだ。これは。だが、こんな物見たこともないぞ。妖怪……なのか? 茶釜だとかに似てるが」

 

 『分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)』というお話に出てくるような、タヌキか何かの仕業だろうかとも考える。だが、タヌキは人間を化かすのが目的であるはずなのに、この謎の物体は路地に入るまで、脇を通る人間にすら認識されていなかった。最初から慧音をターゲットにしていた、とするならそれまでだが、わざわざ慧音を狙う理由も分からない。返り討ちに遭う可能性が高いはずだ。それを考慮していないのも、ずる賢いタヌキに似合わない。つまり、化かそうとする妖怪が関連している可能性は低いのだ。

 

「う〜〜ん。硬いな。鉄? でも、金属類でできてるのは間違い無さそうだな」

 

 慧音は物体をコンコンと叩いてみる。強くはないが、衝撃を加えても反応は見られず、ペカペカと光るだけだ。

 後は手の中でクルクルと回してみたり、匂いを嗅いでみたりと物体の正体を掴もうとするも、何も分からない。

 

「……妖怪ではないかもしれないな。もしやスタンド?」

 

 可能性はある。スタンドだというのなら、S・フィンガーズかF・Fの元へ持っていけばいい。害になりそうであるなら、その場で彼らに破壊してもらうだけだ。慧音はS・フィンガーズに物体を見てもらうことを決めた。

 さらに荷物が増えることにため息を吐くが、ここでこの物体を捨てて行くわけにはいかない。まだ何も分かっていないのだから、少しの選択ミスで大惨事になるかも分からない。

 慧音は袋の紐を腕に通し、物体を両腕で抱えると、路地の出口に向かってフラフラと歩き始めた。と、次の瞬間!

 

 

「!? お、重い……!?」

(バ、バカな…………持ち上げた時は何ともなかったのに、いきなりこの物体が重くなったぞ……!?)

 

 

 いきなり腕がガクンと下がり、抱える物体を支えきれなくなったのだ。彼女が言う通り、持ち上げた直後は何ともなかった。それなのに、だ。

 そして変わったのは重さだけではない。いきなり手が滑り始め、余計に物体を持っていられなくなってしまう。手汗のせいではない。手が乾燥し始めたのだ。冬はそもそも乾燥する時期であるが、ここまで急変することはない。偶然だとしても信じられない事態である。

 

「も、もう無理だ……!」

 

ドガン!

 

 物体の重さに耐えかね、慧音は物体を放り投げて解放されようとした。するとどうだ。今まで感じていた重さは消え、謎の物体は地面に墜落する。その時の音も、重さに見合ったもののように聴こえた。

 

「い、いきなり何なんだ? 物体がいきなり重くなるなんて……やはりただの物じゃあなさそうだ」

 

 地面に放置されている物体を見つめ、どうしてやろうかと思案する。だが、彼女はすぐに知ることになる。おかしくなったのは物体ではなく、自分の方であるのだと。

 

 

バキボキッ バキバキバキ……

 

「はうっ!?」

 

 彼女の腰からいきなり、痛々しい音が鳴り響く。

 

「こ、腰が……いや、私の背骨が……!?」

 

 バキバキと音を立て、慧音の背骨がうねりながら変形していく。明らかにただごとではない。物体の仕業か? 考えるが、そんな思考はすぐに頭から消えてしまう。

 背骨が変形していく勢いに負け、慧音は徐々に立っているのも苦しくなってくる。やがて膝を突き、子どものようにその場で丸くなってしまう。彼女自身、自分に何が起こっているのか理解することができなかった。

 しかし、慧音は己の指先を見て、この現象をようやく理解することとなる。

 

「!? わ、私の指が…………」

(どんどんシワシワになっていく!?)

 

 体が老人のように変化しているのだ。自然に口から出た声もしゃがれており、まっすぐで綺麗な髪もバサバサに傷んできている。顔の皮膚が重力に負けてたるんでいくのも分かるし、爪の先も割れていく。豊満な胸も垂れ、胴体が地面に引っ張られていた。

 人間を老化させる妖怪は存在はしているが、そんな妖怪の気配はどこにもない。ではやはり、あの物体が!

 

 

『悪いが、しばらくその状態でいてもらうぜ。今回の依頼は殺しじゃあねぇから安心しな。そこの、()()()()()()()()()()()を回収しろって依頼だ』

 

 

 路地から溢れる光が遮られ、人間の胴体が影になって慧音に被る。こいつだ。こいつが、人間を老化させているのだ。そう気付いた時には、慧音の意識はどこかへと飛ばされてしまっていた。

 彼女が最後に見た景色は、金属でできた物体ではなく、代わりに浮遊する木の板が謎の腕に捕まる場面だった。

 

 

 

 




「展開……展開……」みたいな感じで歩き回るのは、某うろ覚えで振り返る物語にもありましたよね。



to be continued⇒


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56.『偉大なる死』

遅くなり申し訳ございません。
ワクチン打ったり、他にも色々とやることがあって中々筆を取られないでいました……


「慧音が帰ってない?」

 

「あぁ。そうなんだよ。あたしに家で待ってて欲しいって言うから、わざわざ寒い中歩いて来たのにさァーー」

 

「どこへ行ったんだ?」

 

「あたしは知らないよ。「ちょっと出かけてくる」としか言わなかったぜ。食べ物の調達ってのは知ってるけど」

 

 既に年末年始に入りかけている今日の昼過ぎ。明日、明後日には新年を迎えるため、人里中が騒がしくなっている。S・フィンガーズもそんな時期に振り回される者の一人であるのだが、彼は慧音の招集をかけられて、先にF・Fが到着している慧音の家に足を運んでいた。

 障子を開け、廊下から居間でくつろぐF・Fに慧音の行方を訊くが、彼女は知らないと言う。F・Fはいつの日かのように、火鉢を勝手に燃やして暖を取っていた。

 

「いつ帰ってくるのかも聞いていないのか?」

 

「別にーー。何も言われてないぜ。あんたがここに来るまで暇だったんで、マッチ棒使ってゲームしてたんだ。これできる? 『12』にマッチ棒一本足して10より小さい数にするんだ。マイナスはなしね」

 

「……マッチを立たせて1.2だろう? それぐらい知ってる。俺も慧音に呼ばれて来たんだが……いないならしょうがない。フー・ファイターズ、(さが)しに行くぞ」

 

「え、またこの寒い中歩くのかよ!?」

 

「服と長靴はあるだろう。足袋(たび)も履いていけ」

 

「ちぇっ……あったまりながらゴロゴロするつもりだったのによォーー」

 

 S・フィンガーズはF・Fにそう促しながら、手に抱えていた上着を羽織り直す。彼が身につける物はこれで以上であるため、S・フィンガーズはそのまま玄関へ直行。F・Fも渋々といった感じで、そこら辺に脱ぎ捨ててある服を回収しながら火鉢を片付け始めた。

 時刻は午後2時を過ぎている。おせち作りのことをほんの少しだけ楽しみにしていた2人は、約束の時間には間に合うようにしたいと思っていた。本体共々食べたことのない、日本の伝統料理。この時期にしか食べられない、珍しいものだからだ。F・Fは慧音から拝借(窃盗)した足袋も履き、裾の長い上着を着るとS・フィンガーズと共に慧音の家を出る。慧音の足取りが分からない以上、適当に里内を歩き回るのは効率的ではない。まずは人々から慧音の目撃情報を集め、徐々に彼女の居場所へ近付いていこうではないか。

 S・フィンガーズたちはそう決めると、さっそく近くの店から立ち寄って慧音の情報を訊き始めるのだった。

 

 

____________________

 

 

 

「慧音さん? あぁ、服屋さんに向かって行きましたよ。男性用の方に入って行ったから驚いたけど」

 

「そうか。ありがとう」

 

 若い男から慧音が服屋に入って行ったという情報を聞き、礼を言うS・フィンガーズ。

 彼らは道行く人々から慧音の情報を着々と集め、数十分後には人里の中心部から外れた西部に足を運んでいた。里民たちの話によれば、慧音はここらで様々な店を訪れたことは間違い無いだろう。2人は道の先にある服屋を目指し、歩き始める。そしてなぜか、F・Fはニヤニヤと何か意味を含んでいそうな笑みを浮かべていた。

 

「男用の服ねぇ…………一体、誰に買うつもりだったんだろーな?」

 

「……お前にじゃあないか? 「日本の女用の服は動きづらい」って言ってたろう」

 

「あんたに対してしか言ってねぇよ。慧音は知らないはずだ。気付かないのか? もう一人いるだろ? 慧音が服をプレゼントしそうなやつ!」

 

「彼女の人間関係はよく知らねぇんだ」

 

 F・FはやけにS・フィンガーズに食ってかかるが、彼は特に気にしていない様子。F・Fの言う「プレゼントしそうなやつ」はどうやらS・フィンガーズのことのようだが、彼はそれに気付いているのかいないのか、慧音のことについてそれ以上追及することはなかった。

 F・Fの言葉を適当にあしらいながら男性用服屋へと入店すると、そこの店員にも他の里民にしたのと同じように質問する。

 

「悪いが、今日は買い物をしに来たわけじゃあないんだ。こっちに慧音が来たと聞いたんだが、それは本当か?」

 

「え、えぇ! 慧音さん来ましたよ。いきなり入店して来て、「男用の服をプレゼントしたいから」とあちらの商品をお買い上げになりました」

 

「ふーーん。あの紺色のやつか。上下セット一着ずつ」

 

 店員は壁際にある棚を指し示し、慧音が買った服を2人へ教える。F・Fが近付いて見てみれば、たしかにこれは男用。さぞ動きやすそうな代物だ。これを着ていれば、敵と相対した時に素早く戦えるはずだ。

 F・Fを横目に、S・フィンガーズは店員に慧音が次にどこへ向かったかを質問するが、店員は首を横に振って答えた。行き先を告げず、そそくさと立ち去って行ったようである。ここで足跡を辿る情報が途切れたのは残念だが、情報はまた外で得ればいい。店員に礼を言い、2人は再び大通りへと出て行った。

 2人が出て行く時、店員が「あぁ……もしやS・フィンガーズさんに……」と小さく呟いていたが、それが本人の耳に届くことはないのであった。

 

「慧音のやつ、マジにどこに行ったんだろうな。行き先ぐらい教えてくれたってよかったのにさ〜〜」

 

「だが約束の時間が近くなっても彼女は家に居なかった。今まで慧音と待ち合わせることは多かったが、彼女はいつも十数分前には待ち合わせ場所にいる。今回そうじゃなかったということは、慧音は今、家に戻れない状況にあるのかもしれない」

 

「……おいおいおい、慧音が何かの事件に巻き込まれたっていうのか? あいつは戦えるんだろ? 戦いの一つや二つ起これば誰か気付くはずだ」

 

「相手が妖怪ならばそうかもな。だがスタンドと戦っていた場合は? 慧音には俺からスタンドへの知識を入れているが、まだ戦闘経験自体は少なすぎる。どこかで襲撃され、敵のスタンド能力にハマっている可能性も入れるべきだ」

 

「……入れ違いになってるだけだと思うけどなぁ……」

 

 根拠は無いが、S・フィンガーズはそんな悪い予感がしていた。F・Fが言うように入れ違いになっているだけかもしれないが、里民は基本的に移動の際、大通りを使う。細く脇に伸びている小道を使うことはあまりなく、余程の用事がない限りは進むことはない。約束の時間が近付いていたというのに、それを過ぎるような買い物をするとは思えないし、上述のこともあるので慧音も帰る時には大通りを使うはずだ。それで見かけていないのだから、F・Fの可能性は低いだろう。

 服屋から少し進んで、「あっ」とF・Fが立ち止まる。

 

「そろそろ水が少なくなってきたんだ。結構歩いたから。スティッキィ・フィンガーズ、水持ってない?」

 

「いや、手元には無いな。俺が貰ってきてやるよ。お前よりかは顔が利くからな。ここで待っててくれ」

 

「分かった。ありがとな」

 

「気にするな。じいさん、少し頼みたいことがあるんだが……」

 

 S・フィンガーズはF・Fのために水を貰うため、道を挟んで壁にもたれかかる老人に声を掛ける。景観こそ変わらないが、ここ人里の西部では高齢の住人が多いようだ。通りの脇では70〜80歳ぐらいの男女が談笑しているのが多く見られる。

 彼女が元いたグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所(GDst刑務所)では老若男女問わず収監されていたため、人外であるF・Fとしては特に珍しい光景ではない。街並みも大した中心部と変わらないため、何か西部にしかないものを見納めようと目をチラチラと動かす。が、大通りにめぼしいものは見当たらない。ならばどうしようか、とF・Fは少し考えると、自分が背を向けていた方へ向き直り、今度は脇道の方へと視線を散らす。慧音が以前言っていたことだが、路地の方が通りに接している所よりも美味い店があるらしい。そんなものでも見つかればいいな、と思いつつF・Fは近くの路地を覗いた。

 

「……ん? あいつ、何か見たことあるよーな……」

 

 F・Fが覗いた路地には一人の女性がうつ伏せで倒れていた。しかもただの女性ではなく、特徴的な青い帽子を被って、真っ直ぐできれいな青色が入り混じる銀髪をしている。そして彼女の近くには、いくつもの買い物袋が散乱さており、その中には件の服屋で買われていった紺色の服も外に飛び出していた。間違い無い。彼女こそ慧音だ。

 

「あぁーーッ! け、慧音だこいつ! おい、大丈夫か!? どうしてぶっ倒れてんだ!?」

 

「うっ…………その……声は……F・Fか?」

 

「あ、あぁ、そうだぜ。待ってろ、今S・フィンガーズもいるんだ。あいつを呼んで来る!」

 

「……あ、F・F……」

(…………私の指……背中……何ともない? アレは夢だったのか……?)

 

 F・Fは慧音を助け起こし、安否を確認すると、彼女をその場に置いてS・フィンガーズを呼びに大通りへ戻って行ってしまった。目覚めたばかりで、まだ少し意識がハッキリしない慧音は散乱している荷物をおもむろに集め始める。その途中に自身の手や髪をすくって見てみたり、腰や頬に手を当てたりと落ち着かない様子であるが、今の彼女はいつもと何も変わらない状態であった。

 しばらくして、竹でできた水筒を片手にS・フィンガーズを連れたF・Fが慧音の元へと戻って来た。F・Fが水分補給する中、S・フィンガーズは慧音の体を見てケガの有無を確認。外傷はほとんど無く、S・フィンガーズは慧音に何があったのかを聴取する。

 

「慧音、ここで何があった? 誰かに襲われたのか」

 

「いや……それがハッキリと憶えてないんだ……私はここで金属類でできた釜のような物を拾って…………急に歳を取ったような……夢を見た……気がする」

 

「………………」

 

「えーー? 急に歳を取ったって? ハハッ、そりゃ最悪の夢だわ。エートロの記憶で見たけど、大体の女は歳を取りたくないもんね〜〜」

 

「……金属の釜か…………」

 

 F・Fが慧音の見た夢を笑う中、S・フィンガーズは「金属類でできた釜」というワードを気にかける。慧音は実際に歳を取ったわけではないようであるため、おそらく彼女を気絶させたのはその物品の方だろうと推測したのだ。

 

「慧音、今日は早く帰るぞ。あんたが見たと言う釜は俺が探してみよう。今日はゆっくり休むんだ」

 

「ありがとう……すまない。約束を守れなくて。私も不用意に行動するべきでなかった……」

 

「あんたのことだ。どうせ言っても突っ走ったろう」

 

「……」

 

 S・フィンガーズに言われた通りだと、自分でも思ってしまう。図星だ。ほんの少し恥ずかしくなる中、S・フィンガーズに手を握られて立ち上がる。荷物持ちは嫌々ながらもF・Fがやってくれるので問題は無かった。

 3人は路地から出ると、自分たちの家のある東へと向かい始めようとした。時刻はおそらく3時ぐらいか。太陽もずいぶんと西に傾いている。冬なので日が沈むのも早いのだ。

 と、そんな中、S・フィンガーズが帰ろうと足を踏み出すと、F・Fが立ち止まったままあるものを見つけた。西部の人々の方を指差して、何かを口走りかけている。

 

「お、おいスティッキィ・フィンガーズ……あれ、見てみろ」

 

「どうした、F・F。敵か?」

 

「敵じゃあねぇぜ。とにかく見てみろ! さっきまでここらはジジババ共が多かったけどよ〜〜、そいつらが揃いも揃ってぶっ倒れてることなんてあるかァ!?」

 

「何?」

 

 S・フィンガーズは振り返る。F・Fが指差していたのは、彼女が言っていたように通りの脇で倒れている老人たちの姿。皆がヨボヨボで、咳き込んでいたり、ガクガクと指先を震わせて苦しそうにしている。先程までは楽しく談笑していたというのに、全員がいきなり体調を悪化させていた。奇妙な現象が起こっている。

 そして、そんな現象が起こっていたのは西部の里民たちだけではない。S・フィンガーズが握る慧音の手の力が、徐々に弱まっているのだ。不審に思ったS・フィンガーズが彼女の方を振り向くと、驚きの光景が。

 

「スティッ……えーと……フィンガーズ……あんまり強く握らないでくれぇ。手が潰れてしまうよぉ」

 

「!? な、何だとォッ!?」

 

「うわぁああ!! な、なんッ……慧音がババアになってるゥゥーーーーッ!!」

 

「いきなり大声を上げるなよぉ……短い寿命がもっと縮んじゃうよぉ〜〜」

 

 慧音の顔は辺りにいる老人たちと同じように、深いシワが刻まれて頬が垂れていた。所々にはシミまでできているし、髪もバサつき始めており、まるで本当の老人のようだった。

 腰が曲がり、その場にへたり込む慧音から手を離してS・フィンガーズは周りを見回す。今気付いたことだが、自分たちが立つこの場所から妖怪の山を見ようととすると、白いモヤのようなもので視界が(かす)んでよく見えない。S・フィンガーズは辺りに充満するこの白いモヤが老化の現象だと結論づけると、慧音を介抱しているF・Fにこう言った。

 

「フー・ファイターズ、慧音の服を脱がせろ」

 

「ハァ!? おまっ……何言ってんだ! どーゆー趣味してんだッ!?」

 

「いいからやれ! 老化したのは体温が高いのが原因だ。俺たちよりも慧音は厚着をしているから、彼女はこんな寒い中でも老化したんだ。体温が高ければ高いほど、老化スピードは速くなる」

 

「お前、どうしてそんなこと知ってんだ……? これはスタンド能力なのか!」

 

「上着だけでも脱がせろ。()()()とは一度戦ってる」

 

「『こいつ』……!?」

 

 S・フィンガーズは大通りの先を見据えて言う。F・Fは彼の視線を追って、同じように西へと目を向けた。

 そこには異形の存在、人間のような胴体が腕だけで歩いてこっちへ向かって来ていた。本来下半身がくっ付いている場所からは機械などのプラグのような物が数本伸びており、遠目から見た限りでは手の指の本数も3本だけ。近付いてくるにつれ、その異常なスタイルもどんどん露わになっていく。

 

「ブチャラティのスタンド、スティッキィ・フィンガーズか。フィレンツェ行きの電車以来だな。お前(ブチャラティ)もどこかでおっ死んじまったってわけか?」

 

「ス、スタンド…………」

 

「…………」

 

 沈みゆく太陽を背に、3人の元へと歩んで来たのはスタンド『ザ・グレイトフル・デッド』。上述の特徴と機械のような関節に、体中に目玉があるヴィジョンをしている。能力は『生物を老化させる能力』。ガスをばら撒き、範囲内にいた者を老化させるのだ。

 S・フィンガーズもといブチャラティは、このスタンドの本体たちと戦ったことがあった。まだブチャラティがギャング組織を裏切っていなかった頃、ボスからの司令でボスの娘を護衛中、グレイトフル・デッドの本体であるプロシュート、そしてペッシが襲いかかって来た。彼らの目的はボスの娘を確保し、それを出汁にしてボスを脅すというもの。プロシュートたちが所属していた暗殺チームは安い賃金に不満を抱いていたため、謀反を起こそうとしていたのだ。

 しかし、以前戦ったのはボスの娘がプロシュートたちの目的だったから。ブチャラティたちに私怨があったわけではない。では今回、なぜグレイトフル・デッドはS・フィンガーズの前に再び現れたというのか。

 

「貴様、里の人間を老化させた理由は何だ? 今度は何を目的に俺たちを襲う」

 

「目的は何も、お前に関係することじゃあねぇ。依頼を……いや、取り引きを呑んだだけだ。ある物体を回収することで、()()()()()()()の目的を達成できる」

 

「何が狙いだ。何を集めてる」

 

「そいつは言えねぇな」

 

 

ドバッ ドバァッ

 

 

『!』

 

「……F・F弾だ。敵だってんなら容赦はいらねぇよな」

 

 S・フィンガーズとグレイトフル・デッドの間に緊迫した空気が流れる。そしてそれを引き裂くようにして、F・FはS・フィンガーズの背後からプランクトンの弾丸を撃ち出した。

 威力は並の拳銃以上であり、一撃入るだけで人間の頭をバラバラに吹っ飛ばすこともできる。それに確実に撃ち抜けなかったとしても、弾丸が肉体に侵入するだけで相手を殺したも同然である。そこからプランクトンたちが体液を得て増殖し、標的の体を内側から破壊するからだ。

 では、グレイトフル・デッドに向かった弾丸はどうなったのか。

 放たれた2発の弾丸を、彼は足代わりにもしている右腕で全て受けきった。その瞬間F・Fからは笑みがこぼれそうになるが、様子がおかしいと分かるのは早かった。弾丸を受けた箇所に穴が空いておらず、真っ黒なプランクトンの群れがグレイトフル・デッドの体を侵食していくような気配も無い。だが、その理由は明白だ。S・フィンガーズが語る。

 

「やつは対象に触れた方がより速く、敵を老化させることができる。お前のF・F弾がやつに効かなかったのはそのせいだ。お前のプランクトンはやつに触れて老化し、体内に侵入する前に老衰して死んだ」

 

「よく分かってるな。スティッキィ・フィンガーズ。さすがに一度戦った相手の手の内はお見通しか」

 

「…………」

 

 S・フィンガーズが応えることはなかった。羽織っている上着をその場に脱ぎ捨てると、彼はF・Fとグレイトフル・デッドの間に立ち塞がり、背後にいる2人へと告げた。

 

「俺が戦う。フー・ファイターズ、お前は慧音を連れて離れているんだ」

 

「あんた一人で大丈夫なのか? あたしもやるぜ!」

 

「お前では相性が悪い。体温を低下させて老化を防いだとしても、それではお前のプランクトンたちがもたない。かと言って服を着たままで戦えば、やつの能力でプランクトンたちが死んでいく。だが、俺であればやつに対抗することができる」

 

「……あ、あぁそう! 分かった分かったよ! あたしは下がってるから、早く終わらせるんだぞ」

 

「水も今のうちに飲んでおけ」

 

 S・フィンガーズに言われ、F・Fは片手に持っていた竹の水筒を空っぽにする。そして投げ捨てると、慧音を腕を肩に担いで小走りで退場して行った。

 取り残された2人は無言で向き合っている。寒さが肌を刺し、何とも言えない痛みを感じているが、敵から目を離して集中力を散漫にすることはない。グレイトフル・デッドは里民を老化させていたが、その理由が本人の口から語られることはないだろう。今の状況では。

 2人の本体はギャングの人間。彼らには彼らの『世界』があり、『やり方』がある。相手にどうしても喋らせたいことがあるのなら、取るべき行動は決まっている。

 

「………………」

 

「近付いて来るか。まぁ、そうするしかねぇだろうな。お前は。一度戦ったやつが相手となれば、互いの弱点が知れている。勝負は一瞬で着く」

 

「………………」

 

「俺たちの目的のためにも、俺はお前に負けるわけにはいかねぇ。依頼には無いことだが、()()()()()()いかせてもらうぜ」

 

 両者の距離はどんどん詰められていく。

 5m……4m……3…………

 そして、互いの拳が届く位置。

 

 

 初めに動いたのはグレイトフル・デッド。2本の腕だけで体を支えているが、それが片腕だけになろうとも何ら問題は無い。右腕を振り抜き、その鋭い爪を以てしてS・フィンガーズの内蔵を抉り出そうと腹部へと迫る。

 

 しかし、かなりのスピードの持ち主であるS・フィンガーズに簡単には通用しない。余裕をもって避けられ、グレイトフル・デッドの攻撃よりも速く、鋭い右拳を打ち出した。が、それが標的を捉えることはなかった。

 

 攻撃に使った腕をすぐさま戻し、今度は左手をガードに使おうとするグレイトフル・デッド。その行動を見た瞬間、S・フィンガーズは動きを止めたのだ。理由は明白。捕まることを避けるためである。いくらスタンドと言えど、グレイトフル・デッドに捕まってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()、機能が衰えてしまう。パワーやスピードを失えば、そのまま始末されかねないのだ。

 

 では、拳による攻撃を防がれたS・フィンガーズはどうするか。左脚で蹴りを入れるのだ。

 死角からの(すね)の殴打は(こた)えたようで、胸を蹴られたグレイトフル・デッドは苦しそうに咳を吐き出す。この一瞬、グレイトフル・デッドは怯み、体勢を崩してしまった。

 

 このチャンスを使わないわけがなく、S・フィンガーズはさらなる追撃を加えようと再び右拳による攻撃を行う。狙いは頭部。気絶させて能力を解除させるのが狙いである。が、グレイトフル・デッドも腐っても戦闘用として使われてきたスタンドだ。戦況を見ての判断能力には優れている。

 右腕一本を軸に、全身を時計回りに回転。S・フィンガーズの拳を(かわ)すと、次は彼に足払いを仕掛ける。転倒させ、確実に攻撃を与えられる隙を生み出す!

 

「終わりだぜ。スティッキィ・フィンガーズ!」

 

「それはどっちだろうな」

 

 S・フィンガーズは地面を蹴り、グレイトフル・デッドの足蹴りを素早く避ける。着地は手から。無防備な背後へと降り立つと、グレイトフル・デッドの後頭部目掛けて脚を振り下ろす。

 だが、この攻撃も読んでいる。またしても左腕をガードに使い、今度は肘打ちで足を弾き返した。

 

 今度体勢が崩れるのはS・フィンガーズの方だ。老化スピードを遅らせるため、本来のスピードではなくゆっくりと行われるこの戦いも、いよいよ決着の時が迫っていた。

 左腕は弾いた後、狙いを胸元へと定める。それを察知してS・フィンガーズは再び地面を押して空中に逃れるが、これはグレイトフル・デッドの罠である。

 避けるために地面を押したが、そのパワーは着地地点を変えられるほどの威力はなかったのだ。その場で空中に浮いただけ。空中ならば、逃げ場は無いのだ。S・フィンガーズを逃した左腕を地面に踏み込み、トドメの右腕が地面を這ってS・フィンガーズへと向かう!

 

「チェックメイトにはまったなッ! くらえ、ザ・グレイトフル・デッド!!」

 

「……!」

 

 ガスを噴出しながら向かってくる右手。しかし、S・フィンガーズは体を捻ったりして避けようとはしない。まともに受けるつもりなのだろうか。

 と、そう思われた瞬間、突如グレイトフル・デッドの視界が揺れた。一度上下に大きく動き、体勢も崩れる。足場も、消える。ただそこにあるのは、存在しているはずの地面に、ポッカリ空いた存在しない穴に落下する感覚。

 

「ぐぉおお!? な、何だこれはッ!?」

 

「能力の発動をほんの少しだけ遅らせた。俺もこっちでは修行を始めたんだ。ほんの一秒にも満たない時間だけなら、こうやってあらかじめ触れていればタイムラグを起こしてジッパーを発現させられる」

 

「バッ……バカな……ッ!」

 

「やはり、チェックメイトはお前の方だったな」

 

 

ドン! ドン! ドバッ!

 

 

 グレイトフル・デッドの体に拳が叩き込まれ、ジッパーの穴から地面へと打ち上げられる。すぐに起き上がろうとする彼だったが、既に触れられてしまっている。『タイムラグの能力発現』により、地面とグレイトフル・デッドの腕にジッパーが取り付けられて拘束されてしまった。

 

「さて、そろそろ喋ってもらおうか。依頼人はどこの誰で、お前の目的は何なのか。質問が拷問に変わらないうちに答えた方がいい。サッカーボールみてぇに、頭蹴飛ばされたくなかったらな」

 

 低く、冷たく言い放つ。この時の姿は未だ幻想郷の誰にも見せたことがない。ギャングの姿である。

 命のやり取りとは言うが、生きるか死ぬか、勝負に勝った者が全てを決める権利をもっている。彼らがいたのは理性に溢れ、それでいて野生のように荒々しい世界なのだ。

 S・フィンガーズの言葉を受け、グレイトフル・デッドは何を思う。敗北者は黙して死を待つだけか。殺しを行う者は死をも覚悟している人間でなくてはならないと言うが、彼はどうか。()()()()()()、誇りをもっているのか。彼は呟いた。

 

 

「もし……だ。もし、スティッキィ・フィンガーズ。本体を蘇らせることができて、再び同じ関係に戻れるのだとしたら、お前はどうする? 俺は……そのために戦った」

 

 

 

 

 

 




戦闘シーンですが、いつもと少し違うことに気付きましたでしょうか?
試験的にやってみたのですが、思いの外上手く描写できたかな、といった感じです(主観で)。それでも至らない部分、未熟な部分多いと思いますので、さらに精進していきたいと思います。


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57.スタンドの欲望

この手のお話は本当に書くのが難しいです。
たしかに私が好きで作ったわけですが、表現よりもキャラクターへの理解をさらに深めなくては成り立たないんですよね。良い機会だとも言えますし、ジョジョファンとしての未熟さも痛感しました。
とか言ってますが、正直出来はどうか……


「本体が蘇るとしたら、S・フィンガーズ。どうしても元々と同じ関係に戻りたいと、そう思わないか?」

 

 グレイトフル・デッドは静かに言う。冬の夕方に吹き込む風はそこそこ強く、ビュゥビュゥとうるさく家屋にぶつかっている。それに関わってか、辺りの景色もかなり鮮明に戻っているのが分かった。グレイトフル・デッドは能力を解除したのだろう。

 彼はこの場を話し合いの場に変えたのだ。これは決して命乞いというわけではなく、面と向かって行う話である。

 

「本体が蘇るだと……? 誰にそう言われた?」

 

「……食いついたな。()()()()()()。俺たちスタンドは、他の生物とは全く違う存在なのは知っているはずだ……幽霊とも。だったら、生物に存在している欲望も俺たちの中には無いことになる」

 

「話をすり替えるな。何の話をしてる!」

 

「落ち着いて聞け…………スティッキィ・フィンガーズ。俺たちスタンドには食欲だの性欲だのの生物の三大欲求は無い。だが、たった一つだけ。あらゆるスタンドに共通する『欲望』がある」

 

「………………」

 

「これは、言うなれば『回帰欲』。失った肉体と、分離しちまった魂を欲している。スタンド全員が持ってるもの! 本体の元へと戻ろうとする欲望だ。()()()はそれのために、依頼された物品を集めた。あれがそうだ」

 

 グレイトフル・デッドは道の脇に向けて顎を動かす。S・フィンガーズが視線を移すと、そこには家屋の影を被ってたたずむ一つのかご。中に何があるのかは分からないが、赤や青色の光が漏れ出しているのを見た限りではただの物ではないらしい。S・フィンガーズは視線をグレイトフル・デッドへと戻す。

 まだ気になることは山積みである。その『回帰欲』とやらがなぜ、グレイトフル・デッドの依頼人と関係があるのか。先程から「俺」ではなく「俺たち」と言っているが、それは他に誰がいるというのか。

 

「あのかごの中に入っている物を集めて、お前は何をするつもりだったんだ? 依頼人がいるというのなら、そいつにあの物体を渡し、報酬として本体を生き返らせると?」

 

「………………」

 

「……当たりか」

 

 S・フィンガーズの質問に、グレイトフル・デッドは沈黙で答えを返す。図星であると確信したS・フィンガーズはさらに続けて質問した。

 

「あれを集めて、お前の依頼主は何をするつもりだったんだ? 空中に浮いていた巨大な船と何か関係があるのか」

 

「さぁな。俺たちはただ「集めろ」としか依頼されていない。空飛ぶ船も知らねぇな」

 

 グレイトフル・デッドの反応は素っ気なかった。()()()()()()()をやり抜くテクニックであろうか、それとも本当に何も知らないのか。彼自身、先程自分で述べたように『鉄の茶釜』集めに関して、『本体の復活』以外のことには興味が無いようではある。収集が目的ならば殺しはしていないだろうと推測するS・フィンガーズだが、拘束や警戒を緩めることはない。能力を使用し、人里の人々を一時的に苦しめたのは事実である。

 グレイトフル・デッドはS・フィンガーズからの返事を待たずに言葉を続けた。

 

「で? さっきから無視されてる俺の気持ちにもなってほしいもんだな……こっちの質問にもそろそろ答えてもらおうか」

 

「……本体の復活のことか」

 

「俺にはそれしかない。本体(プロシュート)は何も残さなかった…………与えられた任務を確実にこなし、死ととなり合わせの世界で冷徹に生き抜いたその精神力だけだ。目的は何も無い。これからやっていく理由が無ければ、()()そのものであるスタンドはどうなる?」

 

「………………」

 

 グレイトフル・デッドは幻想郷で生きていく目的が無い。ハイエロファントやチャリオッツのように、新たな友人と共に戦いたいと思うわけでもない。S・フィンガーズやF・Fのように人里で戦う理由も無い。ギャングも存在しないため、かつての本体のように生きることもできない。

 グレイトフル・デッドが言うように、スタンドは意志そのものである。目標や夢をもたずに生きる者は、特に何も起こるわけでない生涯の中で精神力は衰えていく。そうなれば、精神のエネルギーから生み出されたスタンドがどうかっていくのか……想像に難くない。彼は『本体を復活させたい』という目標により、ようやく存在を保っているのに過ぎないのかもしれない。冷酷な世界で一番最初に信じられたのが自分の力であるなら、それもまたスタンドに刻まれているのだろう。回帰欲となって。

 では、S・フィンガーズはどうなのか? 彼はグレイトフル・デッドとは事情が違う。恩のため、本体(ブチャラティ)の意志のため、彼は戦い続けている。そんな彼も、グレイトフル・デッドのように本体の復活を望んでいるのだろうか。

 

「…………あぁ。俺も……元のように……戻りたい」

 

「ほぅ……」

 

「お前の気持ちはよく分かる。たしかに、俺たちスタンドの中にはお前の言う『回帰欲』なるものがあるんだろう。言われてみれば、と今気付いた」

 

「……それじゃあ、もし俺たちが本体を復活させるその時になったら、お前はお前で俺たちにあやかるつもりか? 俺は別に構わねぇんだぜ。プロシュートはいつまでも引きずる男じゃあねぇ。任務は任務と割り切る男だ。私情に流されることはない」

 

「いいや。復活はさせない」

 

「何ッ……!?」

 

 『スタンドは本体と=(イコール)の関係であるか?』

 答えは『NO』。

 その違いは精神のエネルギーと肉体の有無で分けているわけではない。自らの魂の分身とも言えるが、それは決して完全に対等な関係であるわけではない。スタンドは本体の精神により、その能力、ヴィジョン、強さが左右され、そして操作される。これは真逆では決して起こりうることはなく、故にスタンドは幻想郷において、本体を『帰るべき場所』だと認識。帰ることを欲望とするのだ。地位の無い主従関係と言ってもいいかもしれない。

 S・フィンガーズがブチャラティの復活を望まないのは、その部分にこそあった。

 

「ブローノは激しい戦いの中で命を落とした。だがそれは、生き残った者たちに勝利を与えた。死は望む、望まれるものではないが、それが真実であり、受け入れるべきものだ。すでに決められた運命の中で切り開いた人生の意味は、きっと今生き残った者たちによってさらに先へ、進められていることだろう。しかし、俺がブローノを蘇らせることによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。決して」

 

「………………」

 

「俺はブローノの復活は望まない。だが、お前が望むかどうか、それは好きにすればいい。俺はただブローノの覚悟と、彼が遺した意味を無下にしたくないだけだ。二度と人里に近付かないというのなら、このまま解放もしてやる」

 

「俺を逃すってのか? 甘いやつだな……」

 

「あの茶釜……いや、どちらかと言うと『UFO』か。集めたいなら勝手にしろ。その代わり、少しでも人里の人間を危険に晒すような真似をしたなら、その時は……分かるな」

 

「……てめぇ…………」

 

 「ナメられている」。グレイトフル・デッドはそう思わずにはいられなかった。前回は電車の中、そしてトリッシュを守るという特殊な状況での戦闘だったのもあって苦戦したS・フィンガーズだが、何も無い平坦な舞台では圧倒的に彼が有利である。情けをかけているつもりか、とグレイトフル・デッドはS・フィンガーズを睨むが、彼はすぐに能力を解除。自由を与えた。

 

「……いつか後悔しても知らねぇぞ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 S・フィンガーズは何も言わず、自由を肩を回しながら感じるグレイトフル・デッドを見つめている。

 本体の復活…………もしブチャラティが蘇ったなら、彼は幻想郷で何を思い、どんな行動を起こすのだろうか。やはり、S・フィンガーズのように唯一人間が住む場所である人里を守ろうとするのか。それとも外の世界へ帰り、ジョルノたちが作り変えた組織、祖国を見に行こうとするのか。心から気になるが、これは自分の欲だけで動いていいものではない。S・フィンガーズは気持ちを押し殺していた。

 グレイトフル・デッドが籠を担いだのを見計らうと、S・フィンガーズは彼の背後に向けて言う。

 

「ちなみにだが、お前は復活の方法を知っているのか?」

 

「……何だと?」

 

「そのままの意味だ。同じく幻想郷に流れ着いた別のスタンドが言っていたことだが、死んだ者はその場所を管轄としている閻魔大王の元へと行くらしい。ならば、お前の本体は幻想郷の閻魔とは別の閻魔に裁かれているはずだ。地獄も別にあるらしい。そんな中で、お前はどうやって本体を蘇らせるつもりだ?」

 

「…………!」

 

 グレイトフル・デッドはその場にてフリーズした。「よく考えていなかった」、「そんなことは初耳だ」というよりも「聞かされていたことと違う」という驚きを露わにしている。

 S・フィンガーズがその話を聞いたのはハイエロファントから。以前戦ったアヌビス妖夢、彼女が逃走した後、慧音の家で介抱されながら交わした内容である。その話のメインは「スタンドは死んだ時、地獄にも冥界(転生を待つ場所)にも行けずに消滅する」ということだったが、死者がそれぞれの地獄へ向かうことをハイエロファントはこぼしていたのだ。

 

「…………待て…………話が……違うぞ…………」

 

「やはりか。お前は騙されているらしいな。死者を復活させるということ自体、きな臭いと思っていたが」

 

「だが、お前の話が違う可能性もある……!」

 

「俺がお前に嘘をついて何になる? それに対してお前の依頼主が嘘をついていたというのなら、お前たちの実力を借りて自分の目的を達成するため、ということで辻褄が合う。利用されてるんだろうな」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 ブチャラティがどういう男か、グレイトフル・デッドは知っている。そして彼のスタンドであるなら、S・フィンガーズもその人となりを受け継いでいるのは確実である。ブチャラティなら、こういう場合嘘をつくだろうか? 戦いは終わり、もう互いに用が無い時に。

 グレイトフル・デッドから怒りが湧き上がる。それは側から見ていたS・フィンガーズも分かるほどで、老化ガスとは違うオーラを放っていた。

 

「もう一度言う! お前の依頼主は誰だ? 場合によっては、俺はそいつを倒さなくてはならない。お前にとってもそいつは敵になりうるはずだ。名前を吐けッ!」

 

ザ・グレイトフル・デッドォ!!

 

「!!」

 

 S・フィンガーズがグレイトフル・デッドに強く迫ると、次の瞬間彼は老化ガスをばら撒いた。不意をつかれたS・フィンガーズはガスをほんの少量浴びてじうが、後方へバク転しつつ距離を取った。触れてしまった左腕から力が抜ける。この衰えはさらに他の部位へと広がるだろう。その前に、なぜグレイトフル・デッドがこんな行動を取ったのか。それを明らかにしなくてはならない。

 S・フィンガーズが霧のようなガスへ叫ぼうとすると、グレイトフル・デッドが先手を打つ。

 

 

 

『S・フィンガーズ。この件はお前の出る幕じゃあねぇ。せいぜいこの里で楽しくやってろ。決着をつけるのは俺たちだ。いつかのように首輪を付けられ、ゴミ同然に扱われるのだけは…………お前と同じだ。それだけはあっちゃならねぇ……ッ! 礼は……言っておくぜ……』

 

 

 

「……!」

 

 ガスに浮かぶ影が消え、しばらくしてガスが完全に晴れる。グレイトフル・デッドがその場を離れたおかげで、能力も自動的に解除されたようだ。S・フィンガーズの左腕も力が戻る。

 オレンジ色に輝く夕日は大通りを隅々まで照らしている。グレイトフル・デッドのガスが消えたことにより、人々の老化も止まり、体力も徐々に回復しつつある。射程距離から離れた慧音も、おそらく元に戻っているはずだ。気温も肌寒さを感じるのだから。

 S・フィンガーズは戦いの終わりを確信すると、大通りの先へ沈む夕日を背に、その場から去ろうとする。と、彼の頭を一つの大きな影が覆った。鳥ではない。影はS・フィンガーズを飛び越えると、彼の背後に降り立つ。その正体は……

 

「お前は……東風谷早苗か」

 

「こんにちは。スティッキィ・フィンガーズさん。あ、でももうすぐ「こんばんは」ですかね?」

 

 爽やかな緑髪をなびかせ、早苗はS・フィンガーズに挨拶する。体の向きこそ彼の方を向いているが、彼女の目線は同じ方向にはない。注意はその近くに置いてある『籠』にあるようだ。グレイトフル・デッドが運ぼうとしていた籠。彼は置いて行ってしまったようである。わざとに違いないが。

 

「えっと……もし差し支えなければ、こちらの籠を持って行きたいんですけど……」

 

「俺は構わないが、それは何に使う? 同じように()()を集めていたやつに聞いたが、何も答えなかったもんでな。教えてくれないか?」

 

「……あーうー……あ〜〜っとぉ〜〜……」

 

「……そんなに口に出せないことなのか?」

 

「何というか、説明しづらいというか……別に悪いことに使おうというわけじゃあないんですけどねぇ〜〜?」

 

「……あぁ、そうか……」

 

 「ならば持って行け」とS・フィンガーズは促した。彼女と会話を交えたのはキング・クリムゾン襲撃が最初であり、今度で二度目。彼からした早苗の印象は、まさに年相応といったもの。彼女の反応を見る限り、口に出すことはできなくとも悪いことに使わないというのは本当のようだ。ここまで飛んで来るまでにかいた汗を見てそう考える。舐めればもっと分かるのだが。

 早苗はS・フィンガーズにお礼を言い、フラつきながらいっぱいになっている籠を背負って再び宙に浮く。彼女の支度ができたところで、S・フィンガーズも先程のようにその場を離れようとした。しかしそこで、早苗が呼び止める。

 

「あっ、待ってください。そういえば、神奈子さまから文を預かってるんです。S・フィンガーズさん宛てに」

 

「文…………手紙だと?」

(八坂神奈子から…………まさか、K・クリムゾンのことについてか? 何か情報が……)

 

 早苗は両腕にぶら下げた袖から一通の手紙を取り出し、S・フィンガーズに渡す。正面にはデカデカと「スティッキィ・フィンガーズ殿」と書かれている。彼は知らないが、いつか地霊殿に送られた()()()()()文である。

 そんなことに大したリアクションはせず、S・フィンガーズは中に入っていた紙を取り出して見た。書かれている内容は、彼が想像していた通りのものである。

 

 

『先日の戦いからはや三週間。もう傷は癒え、これまでと同じように人里で活躍していることであろう。用件というのは他でもなく、キング・クリムゾンのことについてだ。山の天狗たちに捜索を依頼したのは承知していると思うが、収穫は無し。行方不明者、死亡者が続出している。そこで数日前、いよいよ天狗の側から捜索を打ち切られてしまった。人手を減らすだけで、何も得られないからな。そこで、だ。私は君にあることを頼みたい。幻想郷に存在するスタンドたちを結集させ、悪の帝王を討ち滅ぼすのだ。我々守矢神社は全面協力する。全ては幻想郷のために』

 

 

 

 

 

 

 




ジョジョリオンを26巻まで一気読みしました。
うん……「面白い」。それしか言う言葉が見つからない。
これまでの部でも『愛』に触れていたことはありましたが、ジョジョリオンが一番『愛』が重要になっている物語でしたね。最終決戦は愛をもつ者と、愛をもたない者の戦いといったところでしょうか……
このお話の最終回、すでに構想ができあがっていたんですけど、また延びましたね。


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58.鏡の世界

星蓮船のストーリーの中に入っているのに、未だ要素が飛倉の破片だけ……
ちょっと反省します。


 時はS・フィンガーズとグレイトフル・デッドの戦いから8時間ほど前。場所は妖怪の山。朝日がまだ東の空へ傾いている頃に事件は起こった。

 山の麓には川が流れており、山から滝によって流れ落ちてきた水が通っている。川の付近は河童たちのテリトリーとなっており、彼らのものづくりはここらで行われる。一つの巨大な作業場を共有して合同作業を行うか、自分だけの工房をもって作業するか。その形態は様々。かつて、地底の異変が起こった際博麗神社を訪れた河城にとりもまた、川の近くに構えた自身の工房でものづくりをしていた。

 

「ふゥーー……よし、これで完成、と。フフ、私の生涯の最高傑作になるであろう作品……『K.N-DXⅡ(デラックスツー)』ッ! 他のやつらもこのロボットだけは超えられまい! 私だけの無敵ロボさ」

 

 工具を両手に、にとりは工房の入り口で満足した表情を浮かべて声を上げている。彼女の目の前には高さ3m以上にもなろうかという巨大な鉄の塊もとい、炊飯器のような形をしたロボットが鎮座していた。胴体が非常にデカく、頭は異様に小さい。その中心には熱を探知するレンズが付けられており、一つ目小僧のような単眼となっている。脚と腕も太く、手の平に関して言えば人一人を丸ごと掴めてしまいそうだ。

 

「このロボットは私の持つ『カード』によってしか動かない…………つまり、操作できるのは私だけ! 置いておくだけなら防犯にも使えるな。最近物騒な話を聞くし。何だっけぇ? キング・クリムゾン? 天狗どもが話してたけど、まぁ、私のロボットには敵わないね」

 

 にとりはポケットから硬いカードを取り出し、眺めながら悦に浸る。彼女の口ぶりから、目の前のロボットに絶対的な自信があるようだ。戦争に至ったわけではないが、天狗たちを欺き、人手を消耗させながら追い詰めているキング・クリムゾンですら目ではない、と。

 

「さぁてと。3時から作業を始めて疲れたし、ちょいと一眠り……いや、早苗のやつが来るんだった。リラックスするのに散歩でもしようかね」

 

 手に持っていたカードをロボット近くの机の引き出しに入れ、腕を屈伸させながら工房を出る。

 外に出てみれば川のせせらぎが気持ち良く、鳥たちの鳴き声も耳に入って安らぎに変わる。外の世界では滅多に見られない自然そのものを、幻想郷なら簡単に感じることができる。そんなこと自体、にとりは全く知らないし知ろうとも思ってもいないのだけれど。

 

「……散歩と言っても、暑い作業場からちょっと出て涼むぐらいで、いつもと大して変わらない風景か…………ん〜〜ーー。暇」

 

 後頭部に腕を組み、葉っぱを咥えて悠々と歩く。彼女が言うように、この辺りはいつも使う道。言い換えれば庭、ホームグラウンド。落ち着くといえば間違いは無いのだが、見るのも居るのも飽きた空間だ。にとりの中ではもっと刺激が欲しいという気持ちも否めない。

 しかし、非日常はいつも突然訪れるもの。彼女の欲望に反応した神様が授けてくれたのか、はたまた運命的なものか。草むらの中に何やら光る物体を見つける。

 

「お、何か面白そうなもの発見〜〜。何だあれ? 赤く光ったり青く光ったりしてるけど」

 

 にとりはピカピカとうるさく点滅する草むらに駆け寄り、葉をかき分けて光源の正体を探る。中から出てきたのは発光する茶釜……のようなもの。人里で慧音が見たものと同じ物体のようだ。慧音はそれを茶釜と形容していたが、にとりはというと、彼女はこれを知っていた。

 

「おぉ! これってもしやUFO!? 外から流れてきた本に書いてあったやつね。宇宙人が乗ってるとかいう。でも思ってたより小さいんだなーー」

 

 にとりは何の警戒もすることなくUFOを抱える。舐めるように隅々まで見回したり、叩いてみたり、振ってみたり、まるでおもちゃを買ってもらった子どものように物体をイジり始めた。

 外から流れてきた本というのは、実は神奈子たちが幻想郷へ神社をもって来る際にばら撒いたもの。河童たちに存在を認知させ、妖怪の技術レベルを上げようとした目的があったのだ。河童たちの中にはUFOを造ろうとしている者もいるらしいが、現時点では完成したという話は聞かない。にとりはその話を思い出して笑みを浮かべた。

 

「……そーだ。K.N-DXⅡもいいけど、今度はUFOを完全再現してやろうかな。もちろん人が乗れるようにして、活動域を一気に広げる! 天狗たちも驚いて鳩みたいな声出したりして……ウケッ、ウケッ、ウコケッウケコッ!」

 

 真面目そうに仕事をしている天狗たち、彼らがUFOに目を丸くしている姿を思い浮かべてクセの強い笑いをこぼす。若干顔が引きつっており、声もうわずっているのが少々不気味である。

 ともかく、にとりの気分は上々となっていた。相撲が好きな河童としての腕力にものを言わせ、彼女は自分の胸にUFOを抱える。そして羽の如き軽い足取りで、工房へと跳ねるようにして帰って行くのだった。

 気分が上がりすぎてしまったせいか、近くに目撃者がいることに気付かずに…………

 

 

 

『…………見つけたぜ。あれが飛倉の破片か……』

 

 

 

____________________

 

 

 

ドガァン!

 

 

「う〜〜ん。力づくでもダメかぁ」

 

 にとりの工房にて、カナヅチを片手に持つにとりがうなり声を上げている。ガレージのようになっている建物なわけだが、彼女が先程作っていたK.N-DXⅡもここに置いてあったりと、それなりの広さをしている。

 ロボットの真横で回転椅子に座り、にとりはUFOを弄くり回し続けているが、未だに何の成果も得られていない。どこか、機械ならばどこかに『つなぎ目』が存在しているはずだ。誰かに作られた存在であるはずなのだから。しかし()()()()()。にとりのロボットにだってある部分が、この物体には存在しないのだ。そのため、こうしてカナヅチを使って無理矢理中身を見ようとしているのだった。

 

「フツーはネジか何かがあるはずなんだけどなーー。無いんならドライバーも使えないし、取り外せる部分も無いんだよね。バーナーで焼き切った方が良いかな。いや、でも失敗したら爆発するかも……?」

 

 爆発はまずい。こんなところで起きてしまったら、せっかく作ったロボットもおしゃかになってしまう。バーナーは使えない。が、彼女のカナヅチを振るう腕は止まらなかった。再びUFOに振り下ろされ、金属同士がぶつかる嫌な音を周りに響かせる。それから数度叩くが、UFOはかなり頑丈でヘコミ一つも付くことはなかった。

 ようやく観念したのか、にとりはカナヅチを元あった作業台の上に戻し、UFOも近くにあった木箱の中に入れる。上からかぶせて、まるで何かからその存在を隠すように。

 

「ふゥ〜〜ん……」

 

 にとりはジロリと工房の入り口へ目をやる。朝というだけあって、他の河童たちは未だ布団の中のようだ。冬の布団の中は天国である。

 しかし、彼女の工房には客が来ている。その気配をにとりは感じ取ったいた。誰なのかは分からないが、先程からずっと監視されているような気がしてならない。おかげでUFOイジりも(はかど)らない。確実に工房にやって来ている者は、わざと姿を隠しているのは明白だ。にとりはどう声をかけようかと考える。

 

「誰かは知らないけど、私の作業場に一体何の用かな? 泥棒なのかね」

 

『………………』

 

「……返事無しか。ふふふ。相手が妖怪河童だと思って、いざ忍び込もうとしたら尻込みしちゃったとかぁ? 根性無いんだなぁ、君ィ」

 

『………………』

 

 工房付近で影が揺らめいている。誰かはいる。そこに存在があることは分かるが、依然それが何者かなのかは分からない。にとりは姿を見てやろうと、相手の怒りを誘うように挑発を繰り返すが、効果は今ひとつのようだ。

 

(あいつ……私がUFOを拾うところを見たのかな。それを追って来たとか………………面倒だなぁ。ちょいと(おど)して追い払ってやるか)

 

 にとりは左手を伸ばし、作業台の上に置いたカナヅチを手に取ろうとした。

 小汚いエプロンを身に付けて、カナヅチをブンブン振るっていれば並の者だったら恐怖で逃げて行くだろうと考えてのことである。たとえ相手が恐怖せずとも、工房の持ち主が異常者だと分かれば(不本意だけども)、それでも退散間違い無し。と、テンションが上がっていたからか、浅はかな考えの下で行動を取る彼女だった。が…………

 

「…………?」

(……さ、作業台が……無い?)

 

 彼女の左手は空を切る。自身の左手側にあったはずの作業台は、影も形も消えていたのだ。視線を移しても作業台もカナヅチも見当たらない。だが、おかしな点はこれだけではなかったのだ。

 

「!? え、看板の文字が…………!?」

 

 

 

『!意注に上頭』

 

 

 

 文字が逆さま。いや、それ以前に看板のある位置が本来とは左右逆になっていた!

 それに気が付いたにとりは、今度は右手側へと視線を移す。そこにあったのは消えたはずの作業台。そしてカナヅチである。景色が普段のものと逆転しているものになっているのだ。()()()の能力によって。

 

 

「左右が逆転してるだろ? ()()()()()()()()()。鏡の中だ。俺の能力でしか入れない場所にな……」

 

 

「!?」

 

「お前がさっき拾ったもの、渡してもらおうか!」

 

 工房に男の声が響く。にとりが声が発せられた入り口の方を見やると、そこには異形の者がいた。

 いや、形だけならにとりと変わりはない。腕と脚が2本ずつ、しっかりとついている。だが色が違う。明らかに人間ではない。ゴーグルかサングラスのような目をして、真っ黒な服で身を包み、さらに暗い灰色の肌をしている。にとりは彼の姿を見た瞬間、すぐに分かった。こいつは妖怪ではない。こいつは、スタンドだ。

 

「さっき拾った? 何のことかさっぱりだな〜〜……」

 

「おいおい、つまらない嘘はつくんじゃあないぞ。お前がさっき言ったように、俺はお前が()()()()()()()()()()()()()ここに来た。そしてそれをどこかに隠したのも知ってる。『どこに隠したのか!?』 それは俺がもらうッ! 場所を教えてもらおうか? 河童のにとり!」

 

「やーだね。断る!」

 

「ならば死ねッ!」

 

 にとりはスタンドの要求を突っぱね、舌を出して挑発を続ける。それに乗ってかわざとか、スタンドは足を進めてにとりへと襲いかかった。にとりは無意味にこうしたのではなく、勝算があった上でこの行動を取っていた。それはスタンドへの知識。

 河童は天狗たちとは同じ山の妖怪であり、ある程度のコミュニケーションを取っている。いつかの記者、射命丸によってばら撒かれたスタンドの情報は天狗たちの中だけでなく、河童たちにも広まっていたのだ。『スタンド能力は一つだけである』と。例外はいるようだが(K・クリムゾンのような)、基本スタンドは能力を一つもっている。目の前のこのスタンドが『鏡の中へと引きずり込む能力』ならば、それ以外のことは直接触れて行うしかない。攻撃すらも、やつは殴りや蹴りしかしないはずだ、にとりはそう考えていた。

 河童は人間よりもパワーがある。スタンドたちの中にもパワーが強いやつはいる、と聞いたことがあるが、敵はどうにもそう思えない。あんなにヒョロいのだから、どうせ力は私の方が優れているのだと、にとりはある種の自尊心を抱いていた。近くにあるカナヅチで頭を殴ってやれば、すぐに倒れておしまい。そうなると…………

 

「へっ、間抜け! そんなヒョロい腕で私に勝てると思ってるのか! その悪趣味な顔面叩き割ってやるよッ!」

 

「…………」

 

 スタンドはズンズン距離を詰めて来る。うすら笑いを浮かべて、妖怪への恐怖がまるで無いようだ。にとりはそれをいいことに、相手から見えないように体を作業台の方へ動かすと、自分の後ろでカナヅチへと手を伸ばす。やつが触れる位置まで来たら、こいつをあのツルツルの頭頂部にめり込ませてやる。そう意気込むにとり。

 スタンドとの距離は5m……4m……と縮まっていく。数えずとも、ものの数秒で到達する。同時ににとりの指先もカナヅチの柄に触れる。ここからは早撃ち勝負だ。どちらが早いか、勝負の行方は。

 

「……さて、ここで拳が届く位置……」

 

「くらえッ…………!!」

 

「……フン」

 

 互いの腕の射程内へスタンドが踏み入れた瞬間、にとりの右腕がブレる。背後にあるカナヅチを掴み、スタンドへ殴りかかった。と思った直後……

 

「……ッ!?」

(カナヅチが……動かない!?)

 

「間抜けはお前の方だな!」

 

ドバッ ドゴォ!

 

「あぶッ!?」

 

 カナヅチを掴んだ腕は持ち上げられず、にとりはスタンドの拳を顔面に受けて壁に吹っ飛ぶ。腕が上がらなかったというより、カナヅチが、まるで接着剤で作業台にくっついていたかのような感覚だった。そして、おかしなことは他にも起こっている。にとりは壁に激突したわけだが、この工房の壁には色々と工具だったり、看板だったり、鏡が掛けられている。激突の衝撃で、落ちることはなくとも揺れるかズレるかはするはずだ。しかし、それもない。

 赤く染まり、腫れた頬を撫でつつにとりは視線を上げ、未だ笑みを消さないスタンドを睨みつける。カナヅチが動かなかったのは、このスタンドの能力だと予想していたのだ。

 

「な……何をした……? カナヅチが作業台から離れなかった…………お前の能力か!」

 

「ククク。どうだろうな。俺がそうした、というより()()()()()()みたいなもんだが…………」

 

「なに?」

 

「『鏡の中』は『死の世界』。引きずり込まれた『生きる存在』は、この『死の世界』の物体を動かすことはできない。どんなに軽かろうと、小さかろうと動かせない。生物であるかぎりな」

 

「……私の服とブーツは動いてるけど」

 

「そいつはエネルギーだ。鏡の中に入ってきたお前の精神に引っ張られてきた、あくまでヴィジョンにすぎない。裸の状態で送られたかったか?」

 

「ヘン! お気遣いどーも……」

 

 反抗的な態度を崩さぬまま、にとりは壁を伝って立ち上がる。彼女の中ではすでに第2ラウンドが始まっていた。彼女の並々ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、スタンドは浮かべていた笑みを消し、顎を引いてにとりの顔を見る。その右手は徐々に開き出し、前へともたげられる。()()()()()()()()()()()だと勘づいたスタンドは、その思考からすぐににとりから離れるよう信号が出される。判断としては、すでに遅かったが。

 

「おい、何を……するつもりだ……!?」

 

「物を動かせないなら、私が素直に降参するとでも? 私たち妖怪には、ルールとして許された『技』があるんだ。それを見せてやる!」

 

「チッ、退避した方がいいか……!」

 

「『弾幕』から逃げれるかな。すでに射程内!」

 

 スタンドは後ろは飛び退くが、工房から出るにはさらに一、ニ歩必要だ。その間に、にとりが構えた右手に何やら風が収束していく。それこそが彼女の言う『弾幕』だ。

 幻想郷内で許された決闘法『スペルカードルール』。元々強い妖怪に対して力の無い人間でもある程度対抗できるよう、現博麗の巫女によって作られた。それに用いられる『弾幕』は、使用者の霊力や妖力によって生み出される。妖怪であるにとりならばもちろん、弾幕を生み出すのは他愛もないこと。

 そしてスペルカード決闘では、まれに死人も出る。

 

「ぬぅぅ!? マズいか……ッ!」

 

「くらってくたばれ、『弾幕』をッ!!」

 

 

 

ボガァアァ〜〜ーーン!

 

 

 

「!?」

(なッ!? だ、弾幕が出なかった……!? そ、外の木が爆発するなんて……!?)

 

「……フ、ハハハハハ。ぬえが言ってた通りだな!」

 

「な、なに!?」

 

 にとりから離れかけていたスタンドは、再び笑いを表に出した。ぬえが言っていた」というフレーズより、にとりはスタンドが弾幕の存在を知っていたことを理解する。が、気になることもある。『ぬえ』とやらが言っていたのは弾幕の存在についてなのだろうが、「言っていた通り」ということはそれ以外にも知らされていたことがある、ということ。にとりの弾幕は現れず、その代わりに川を挟んで工房の正面に立つ木が爆発するであろうと、このスタンドはなぜかあらかじめ予測できていたのだ。

 

「俺はとある妖怪から依頼を受けた……名前は言っちまったが、そいつの名前は封獣ぬえ。何でも、魔法の力が込められた『飛倉の破片』とやらが欲しいらしい。まぁ、それは置いといて……だ。どうしてお前の弾幕が俺に当たらず、()()()()()()()()と思う?」

 

「「当たった」? 私の弾幕は出なかったんじゃあないのか。お、お前には見えていたのか!」

 

「あ〜〜……ダメだな。俺も勢いあまって口を滑らせちまった……話がややこしくなったな」

 

「質問に答えろ!」

 

「うるせェーなーーーー。さっき言っただろ。『鏡の中』は『死の世界』だ。お前らの使う弾幕は霊力だのから作られると聞いたが、それは俺たちスタンドのように魂に関係しているらしいな。それが答えだ。魂から生み出される弾幕は、俺が許可しないかぎりこの世界に来ることはない! よって、お前の攻撃は俺に当たることはない」

 

「な、何だとぉ〜〜…………」

 

 弾幕とスタンドは全くの別物。しかし、その根源は同じ。かつてこのスタンドの本体、イルーゾォがブチャラティの部下であるパンナコッタ・フーゴと戦った際も同じ現象が起きていた。魂、精神のエネルギーより生み出されるスタンドは、たとえフーゴが鏡の中で発現させようとしても、外の世界でしか出てこれない。外と鏡の中で、完全に分離してしまうのだ。これが『マン・イン・ザ・ミラー』の能力。彼が許可しないかぎり、『生物』は鏡の中へは入ってこられない。

 道具は使えない。弾幕も使えない。今いる場所は左右が逆さまの『鏡の中』。M(マン)I(イン)・ザ・ミラーへの対抗策は無く、彼のホームグラウンドで戦わなくてはならない状況。もはや諦めるしかない。と、M・I・ザ・ミラーは自分の能力に絶対の自信をもっていた。

 だが、こんな絶望の淵へ立たされようとも、にとりの瞳から諦めの色は見えない。彼女はまだ戦うつもりだ。

 

「なんだぁ? その目は! おとなしく飛倉の破片を差し出しておけば、痛い目には合わないんだぜ」

 

 M・I・ザ・ミラーはそう言うと、にとりへ再び近づき、近くの作業台へ手を伸ばす。「何をするつもりだ」と思った直後、台の上に置かれていたカナヅチを手に取り、それを思い切り彼女の頭へ。

 

ゴシャァン!

 

「ばぐぅッ!?」

 

「女だからって容赦すると思ったか? 悪いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。躊躇は無い」

 

「あ……ぅあ…………ぐ」

 

「早く喋った方が身のためだぜ。お前は俺に勝てない。鏡の中で物を動かせるのは俺だけだ。『生物』では俺だけ。いや、スタンドは生物とは言えねぇか……」

 

「!」

 

 頭から血を流し、朦朧(もうろう)とする意識の中でにとりは気付く。M・I・ザ・ミラーに対抗する方法を、ついに見つけた。それはまさに、今彼が口走った通りのこと。

 ズキズキと痛む傷口をなんとか無視しながら、にとりは顔を上げる。浮かんでいたのは笑みである。

 

「何だ。その顔は。まだ抵抗する気か?」

 

「…………そうさ。お前、自分で弱点を晒すなんて……やっぱり間抜けだね……!」

 

「あぁ?」

 

「この世界で物を動かせるのはあんただけ。()()()()()では……! じゃあ、この世界で生きていないものはどうなのか……?」

 

「…………!」

 

 M・I・ザ・ミラーは見透かされていた。()()()()、にとりは気付いる。この世界の構造に。

 M・I・ザ・ミラーの背後、机や棚の上には様々な物が散らばっている。にとりが作る機械の設計図。ものさし。釘。えんぴつに消しゴム。そして、コップに入った飲みかけの水。

 コップの中の水はM・I・ザ・ミラーが気付かない中で小さく暴れ出し、カタカタとコップを震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 




マン・イン・ザ・ミラーは五部の暗殺チームの中では一番好きなスタンドです。ルックス、能力ともにとても良い!
でも五部全体で見たらキング・クリムゾンです。


to be continued⇒


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59.温かくそして濡れている

暗殺チームの人気、すごいですね。
私はイルーゾォを推します。


「何を考えてるのか知らねぇが、この状況はひっくり返らねぇッ! さっさと破片の在処(ありか)を言え!」

 

「うぐぅ! ガハッ……!」

 

 壁に背をつけて倒れているにとりにM・I・ザ・ミラーの蹴りが入れられる。先程彼女へ吐き捨てたように、彼は容赦するつもりはない。抵抗しなければ、飛倉の破片を隠した場所を言えば、すぐにでも能力は解除しよう。だというのに、にとりはずっと黙ったまま。イラ立ちもどんどん募っていく。

 

「フン……! まぁ、いい。お前に口を割る意志が無いなら、俺は自力で探し出すだけだ」

 

「!」

 

「……あの木箱とか怪しいな」

 

「…………ッ!」

 

 しびれを切らしたM・I・ザ・ミラーはにとりを諦め、部屋の隅へ不自然に寄せられた木箱へ目をやる。勘のいいことに、その箱の中こそにとりがUFOを隠した場所だ。にとりは『飛倉の破片』が何であるかは知らないが、とにかくM・I・ザ・ミラーがそれを狙っていることは理解している。

 「初めに見つけたのは私だ」と、にとりは断固としてUFOを差し出すつもりはない。なんなら、こんなやつ(M・I・ザ・ミラー)に好き勝手殴られたあげく、物まで奪われるということを彼女のプライドが許せなかった。

 木箱へ手を伸ばしつつあるM・I・ザ・ミラーへ、にとりは勢いよく飛びかかる!

 

「こんのぉ〜〜……渡すもんかァ! 私のだぞ!」

 

「ぅぐゥ!? て、てめぇ…………!」

(こいつ……ガキみたいな姿してなんてパワーしてやがるんだ!? ぬえが「姿に惑わされるな」と言っていた意味が今……わ、分かったぜ……ッ!)

 

 にとりはM・I・ザ・ミラーが木箱に気を取られた隙を突き、彼の首元へ腕を絡ませる。そして飛び込んだ勢いを完全に殺さぬまま、反動をつけて腕を後ろへ強く引っ張った。体重はそこまで重くない彼女だが、相撲を取ることで有名な河童の怪力を以ってしてM・I・ザ・ミラーを抑えられているのだ。

 自分だけのフィールドで戦うM・I・ザ・ミラーだが、彼の力は()()()()()()力を発揮できる。スタンドパワーは微量ながら上昇するのだ。人間よりも少々強いだけだが、それでも子ども、しかも女に完封されるというのは彼の想像を大きく超えていた。

 

「ぐぉ……このッ……離さねぇか!」

 

「うぎぎ……ッ!」

 

ガシャアン! バギャッ!

 

「うハァッ……!」

 

 しがみつくにとりを剥がすため、M・I・ザ・ミラーは体を大きく揺らして工房の至る所へにとりをぶつける。机の角や壁、鉄でできたあらゆる物がにとりの背中に刺さり、苦しむ声が漏れて出ている。しかし、にとりは腕を離さない。UFOとプライドを守るため、そして、スタンドに()()()()()()()()()をバレないようにするため。

 

 

 

ジュル……ウジュルウジュル……

 

 

 

 暴れるM・I・ザ・ミラーにぶつかられた金属製のロッカーの引き出しがいくつか開く。その中へ、にとりが先程飲んでいた水がゆっくり侵入しつつあった。コップが倒された衝撃によって垂れていくのではなく、まるで水そのものが意思をもつかのように。そして、その引き出しにはネームプレートが表に貼られており、中にしまわれている物の名前を書いてある。水が入っていく引き出しにあるのは、『炭酸カルシウム』。

 

「いい加減……離さねぇかッ!」

 

「ハゥッ!」

 

 物にぶつけても一向に腕を離さないにとりに、ついに我慢できなくなったM・I・ザ・ミラーは己の肘を彼女の顔に叩きつけ、その勢いで壁へと吹っ飛ばす。壁に激突し、肺を出入りする空気がストップしてしまい、にとりの喉からは壊れたリコーダーのような乾いた音が発せられる。

 この時点で相当なダメージを負った彼女だが、現実はどれだけ可哀想であっても決して手加減しない。さらなる『厄災』が彼女を襲うのだ。

 

ブッシュオォォォォ!!

 

「うあぁぁッ!?」

(あ、熱ッ!! しまった…………パイプが壊れて、中の蒸気が……ッ!)

 

「おっと…………俺も危なかったな。それにぶつかってたら、俺も同じ目に遭ってたはずだぜ……」

 

「うッ……くぅぅ……」

 

「左腕のほとんどに火傷を負ったな……それもかなり重度の。その腕じゃあ、絶対俺に敵わない! 最後の忠告だ。諦めな。命までは取らないでおいてやる」

 

 にとりが激突した壁には太いパイプが走っている。M・I・ザ・ミラーが暴れた際にパイプが壊れ、入ってしまったヒビから真っ白い高熱の蒸気が噴いてにとりを襲ったのだ。

 M・I・ザ・ミラーが言うように、にとりは重症を負ってしまった。河童は水分が命。熱にはとことん弱い。この状況下で、殴り合いで勝つ道も無くなってしまった。

 大きなダメージによって動けないにとりを差し置いて、M・I・ザ・ミラーはいよいよ木箱を持ち上げる。中にあったのは、不思議なオーラを放つ木材であった。

 

「ククク……ハハハハ! ついに見つけたぞ! やはりこの箱の中に隠していたな。こいつを回収してぬえに渡せば、俺はイルーゾォを復活させることができるッ!」

 

「…………ッ!?」

(な、何だ!? ユ、UFOが……木の板に……)

 

「クククク。おかしな目をしてるなァ〜〜。まぁ、そうだろうな。()()()()()()()()()()()は知らないが、これがこいつの正体だ。ぬえがばら撒いた『種』により、本来の姿が隠されていたんだからな。まぁ、お望みの物はニセモノだったということだ。これで諦めがついただろう?」

 

 M・I・ザ・ミラーはそう言い、工房の出口へと向かう。彼の目的はたったの()()()()で、さんざん痛めつけたにとりは何の用も無かったのだ。にとりの中にはもはやUFOのことなど微塵も無い。あるのは、悠々と去ろうとしているこのスタンドに、今までの落とし前をつけてやるという燃えるような激情。

 にとりは商売敵や接するあらゆる者に不遜な態度を取り、プライドがとても高い一面をもつ。しかし、ある意味ではそれだけ自尊心が高く、自分という存在に誇りをもっているということ。彼女は負けたままではいられない。

 左腕に代わるように、M・I・ザ・ミラーが背を向けた瞬間、右手を左手側から右手側へ一直線に薙ぎ払う!

 

 

バシャアァッ!!

 

 

「! 何だッ!?」

 

「ハーーッ……ハーーッ……!」

 

「にとり……何を考えてる……? 弾幕か何かは知らないが、鏡の外の世界の()()操ったな。いや、これは…………水か!?」

 

 鏡の中の世界ではM・I・ザ・ミラー以外の者は何も動かすことはできない。鏡の中にいる者が作用させた運動エネルギーは完全に消えるが、スタンドや弾幕など、精神や魂のエネルギーから生み出されたものは消えることはなく、外の世界にて作用する。にとりはそれをした。

 彼女が動かしたのは水である。弾幕を使ったわけではない。これは彼女に元々備わる能力であり、河童という種族として身についたもの。弾幕同様、彼女の魂から生まれたエネルギーであるため、一度外の世界にエネルギーが出て、飲みかけの水に作用したのだ。

 では、この水。一体何のために動かされたのか? 水がかけられたのは、壁に寄せられていた金属の塊。つまり、()()()()()()()()()()

 

 

バチバチィッ バチッ!

 

 

「う、うぉおおぉお!? ひ、火花がッ……!」

 

「金属じゃあなくて、()()が木なら! 燃えるだろ」

 

 

ボッ  ゴォオオオォォ!!

 

 

「狙うのは形成逆転……! お前はタダじゃ帰さない。そいつも、私はいらないがお前が欲しいというのならば、燃やして炭にしてやるッ!」

 

「な、何やってんだァ!? てめェエエーーーーッ!!」

 

 水没した機械の関節部などがスパーク、大量の火花が飛び出した。それはM・I・ザ・ミラーへ雨のようにに降り注ぎ、彼が手に持つ飛倉の破片に火を起こしたのだ!

 

「く、くそォ!! 火を消さなくては…………! どこかに水は……!?」

 

「……表に川があるけど、どうかな。辿り着く前に完全に燃え尽きちゃうかも?」

 

「にとりィ……! 何か企んでやがると思ってはいた……やけにしぶといと! これが狙いかぁ? えぇ!」

 

「………………」

 

 M・I・ザ・ミラーの問いへ、にとりは沈黙を返す。

 破片に燃える火は彼を嘲笑うかのように揺れ、掴んでいるM・I・ザ・ミラーの手にも移ろうとしていた。

 彼は何としてでも火を消さんとするが、水などどこにも見当たらない。こうなってしまえば、もはや水でなくとも火が消せれば何でもよかった。砂や泥でもいい、何か他に無いのか?

 

「! こいつだ……いっそのことこれで構わないッ! た、炭酸カルシウム! ちょうど粉末状だ…………! こいつを浴びせて火を消してやる!」

 

「!」

 

 M・I・ザ・ミラーはロッカーの引き出しに書かれている炭酸カルシウムのプレートを見つけ、破片を持たない方の手でおもむろに粉を鷲掴みにする。そして床に破片を叩きつけるように落とすと、思い切り破片の炎へと炭酸カルシウムをぶっかけた。

 火は酸素があるからこそ燃える。そこでM・I・ザ・ミラーは、粉状になっている炭酸カルシウムを大量に浴びせ、外の酸素と接しないようにすれば自然と火は消えると考えたのだ。実際、炭酸カルシウムは化学式から分かるように、酸素と加熱(酸化)させれば二酸化炭素が発生する。これによって、直接している火の勢いも弱まるのだ。

 そして、実際に破片に燃えていた火の大きさもどんどん小さくなっていく。M・I・ザ・ミラーの考えは見事当たったのだった。

 

「ハ、ハハハハハッ! 残念だったなぁ、にとり! お前の作戦は見事に失敗したッ! 見てみろ。火がどんどん弱まっていくぜ。破片もオーラが消えてない……効力が衰えてない証拠だ!」

 

「………………」

 

「火が完全に消えたらすぐにここを出て行ってやるよ。そこに置いてあるロボット作りを、せいぜい頑張りな!」

 

 

バシャアァア〜〜ッ!

 

 

「……あ?」

 

 M・I・ザ・ミラーが調子を取り戻し、炭酸カルシウムを浴びせる手が止まない中、不思議な音が響いた。

 彼が手にし、炎に浴びせていたのは粉。渇ききった物質である。しかし、響いた音には明らかに水分が含まれており…………いや、まるで水分そのものであった。M・I・ザ・ミラーは自身の手と、床に飛び散った謎の液体を見て察する。これは水だ。手は炭酸カルシウムが微量ながら残っていたようで、若干白くなっているが、床を見るかぎりでは無色透明。(にお)いもない。「なぜいきなり水が?」と一瞬思うM・I・ザ・ミラーだったが、犯人は明白。先程も水が操られていたことより、これもにとりの仕業だ。

 

「に、にとりか…………お、お前……今度は一体何のつもりだッ……!?」

 

「炭酸カルシウム……使ってくれたことに感謝するよ…………私はそれを使ってもらえなきゃ、きっと()()()()()()。でも、もう勝ちだ。私のね」

 

「何だとォ……!?」

 

「炭酸カルシウムは加熱すると二酸化炭素が発生する…………炭酸はCとOが混ざってて、Cが空気中の酸素と化合するからだ。それで、残った方はどうなるかというと…………酸化カルシウムになる」

 

「…………」

 

「酸化カルシウム……一体どんな性質をもってると思うね? お前は分かるかな?」

 

 にとりの口ぶりからして、彼女はM・I・ザ・ミラーが炭酸カルシウムを消火に使うと予測し、後にできる酸化カルシウムの性質を使おうとしていたらしい。発明、実験、考察を日々繰り返しているにとりならではの戦法と言ってもいいだろう。

 問われているM・I・ザ・ミラーだが、にとりは自分の予測の上を行っていると感じ始めていた。その生まれつつある動揺により、彼の頭は酸化カルシウムの性質を考え出せないでいる。考える代わりに彼が取った行動は…………

 

「……!? こ、こいつは…………ッ!?」

 

 

グツグツ……ボコ ボコボコボコ

 

 

「カンニングだぞ……でも、分かったようだな」

 

「み、水が……沸騰していやがるッ…………!」

 

 M・I・ザ・ミラーが床にこぼれた水へ目を移すと、火の気が消えたはずの酸化カルシウムの山の上で水が沸騰していた。にとりは全て知っていたのだ。コップの中の水を半分に分け、一方を機械に浴びせて火花を散らせた。残る一方は炭酸カルシウムの入っている引き出しに忍ばせており、破片が燃えた時にM・I・ザ・ミラー、彼自身の手で水を浴せたのである。全て、彼女の計画通り。

 

「お、お前ッ、この沸騰した水で何をするつもりなんだ!? あぁ!?」

 

「…………そんなの分かってるくせに……私はさっきから水を操っていたんだよ。沸騰してる水は床にこぼれたままで、今は役立たずだ。でも、わざと沸騰させたんだから、それにも役割があるんだ。もう理解できるだろう?」

 

「…………ッ!」

 

 にとりは右手を前へ出し、指を下から上へ、素早く振り上げた。次の瞬間、M・I・ザ・ミラーが予想していた出来事が見事に起こる。

 沸騰した水はボコボコと音を立てながら、宙へと昇っていく。もちろん湯気も上げながらだ。そしてゆっくり、ゆっくりM・I・ザ・ミラーへと近付いていく。にとりはこの湯を彼に浴びせるつもりである。

 

「う、ぅおぉおおおぉおおおッ!!」

 

「もう遅いッ! 数百℃にも達するお湯をくらえッ!」

 

 M・I・ザ・ミラーは踵を返し、工房の出口へ走る。これ以上ないほどのパワーで床を蹴飛ばし、全力で脱出を試みるが、にとりが言うように何もかもが手遅れだった。

 

 

 

ジュゥワアァアァァ〜〜ーーーーッ!

 

 

 

「ぐぅあァアァァァーーーーッ!?」

 

「ヒャーー……すごい…………」

 

「ち、ちくしょうッ……! チクショウッ! うぐっ……クソォオオオッ!!」

 

 熱湯を被せられ、M・I・ザ・ミラーは苦しみのあまり、先程よりもさらに激しくのたうち回る。熱い湯を被った箇所は、まるでウイルス性の病気のようにブツブツと水脹れができ、にとりの左腕よりも酷い火傷を負ってしまっていた。

 工房のあらゆる物にぶつかり、M・I・ザ・ミラーの怪我がさらに悪化していく中、炭酸カルシウムが入っていたロッカーからある物が落ちてくる。それはにとりが大切にしていた物の一つである、ロボットの操作キーだった。にとりが遠目からそれを確認すると、暴れ回るM・I・ザ・ミラーに壊されぬよう、カードを体で隠すために動き出す。

 しかし…………

 

「! あっ…………」

 

「ハーーッ、ハーーッ……マヌケがッ……! わざわざ向かってくるとはな……! このカードが大切だってこと、みすみす俺に教えるとは」

 

 にとりがカードへ向かったことを、M・I・ザ・ミラーは見逃していなかった。のたうち回るフリをして、彼はにとりの次なる行動を予測、観察していたのだ。

 M・I・ザ・ミラーは向かって来たにとりの狙いがカードだと知ると、彼女が到達するよりも早くにカードを奪い取った。

 

「し、しまった……!」

 

「このカード……描かれているこのマークに見覚えがあるぞ…………これは、工房の入り口側に置いてあるロボットの胸元にあったのとそっくりだッ! つまりこれは、ロボットの操作キー! あれをこのカードで動かせるのか!」

 

「そ、それを返せッ!」

 

「誰が返す! お前にこれを渡しちまったら、あのロボットで俺を攻撃してくるかもしれない……その可能性は潰さないとな。もしくは、お前が死ぬか!?」

 

 にとりは奪われたカードを取り返そうとするが、軽くいなされて手が届かない。M・I・ザ・ミラーは確実にカードを破壊するつもりである。カードを破壊するか、にとりを殺すかによって逃走を成功させるために、彼は本気である。互いに手負であるが、まだ彼の方が分がある。

 

「決めたぜ。カードを破壊する! 良心的だろう? 破片を持ち出し、この場を離れたら能力も解除してやるッ!」

 

「く、くそ……やめろォ……!」

 

「真っ二つに叩き割っ……て…………ッ!?」

 

「!」

 

「こ、今度は何だァ〜〜〜〜!? いきなりカードが消えたぞッ!! どうなってやがるッ…………!」

 

 

『わぁ! これがにとりさんが言ってたロボットの操作キーですね! まさか宙に浮いてるだなんて、私、感動しちゃった! まさか反重力!?』

 

 

『!?』

 

 M・I・ザ・ミラーがカードを叩き割ろうとした瞬間、手に持っていたはずのカードが姿を消した。そしてそれに気付くと同時に、にとりのものとは違う、女の声が聴こえてきた。

 鏡の中にいるのはM・I・ザ・ミラーとにとりの2人だけである。よって、響いてきたこの声は鏡の世界の外にいる者が発したものだ。それに気付いたM・I・ザ・ミラーは壁に掛かっている楕円形の鏡に飛びつき、外の世界の様子を見る。そこで彼が見たのは、消えたカードを両手でつまみ、まじまじと見つめる緑髪の少女の姿。今日、にとりの工房へ来る予定であった東風谷早苗だ。

 彼女はにとりとM・I・ザ・ミラーの戦いに全く気付いておらず、鏡の中でカードを持っていたスタンドの存在も知らない。ただただ、今日にとりに見せられる予定だったロボットのカードを、目を輝かせながら見ているだけであった。

 

「さ、早苗…………!」

(そうだ……今日来る予定だったんだ。私が招いていたんだった……!)

 

「な、何だ……あのガキは? 何をするつもりなんだ?」

 

『う〜〜ん、どうしよーな〜〜! にとりさんの姿は見えないけど……でも、カードは持ってるしーー……動かし……ちゃおっかな〜〜ッ!!』

 

「何ィ!?」

 

 早苗は手に持つカードをロボットに近付け、と思ったら離し、再び近付け……とソワソワしながら、カードを挿入してロボットを起動しようか迷っている。これはM・I・ザ・ミラーとしてはなんとか防ぎたいところ。余計なことをされ、何かしら思わぬハプニングが起きてしまっては堪らない。破片を壊されたり、あるいは自身が命を落とすなど、絶対にあってはならない!

 M・I・ザ・ミラーと早苗は互いに認識し合わないまま、いよいよ決心した。

 

『あ〜〜〜〜ん、我慢できない! もう挿れちゃう♡』

 

「させるか……! マン・イン・ザ・ミラー こいつが鏡の中に入ることを許可す……」

 

 

ガシャァア〜〜ーーン!

 

 

「ぐえッ…………!」

 

「……つ、ついに倒した…………! スタンドを……!」

 

 M・I・ザ・ミラーの魔の手が鏡面から抜け出し、早苗に襲いかかろうとしたした次の瞬間、ロボットの太い腕が振り抜かれて彼の胴体を強打。轟音を立てながら壁に吹き飛ばし、恐ろしい鏡のスタンドを気絶させてしまった。

 彼が気を失ったことにより、能力も解除される。にとりはようやく左右が正しい世界に舞い戻った。いきなり現れ、しかもボロボロになっている彼女を目にした早苗は驚きの声を上げる。

 

「うわぁ! び、びっくりしたぁ……にとりさん!? どうしてそんなにボロボロなんです!?」

 

「……いろいろあったのさ。それにしても、さすが奇跡を起こす風祝といったところかな……」

 

「え? 何のことか分からないですけど……それほどでもぉ〜〜!」

 

「やれやれ…………」

 

 にとりがため息を吐く中、早苗は調子の良さそうに照れる。きっとロボットが動いたことを言っているのだろうと思う彼女だが、にとりが言っているのは()()()()()()()()こと。『奇跡を起こす程度の能力』は、彼女が知らぬ間にはたらいていたようだ。

 早苗がロボットに夢中になっている間、にとりは壁際で気絶するスタンドをどうしようかと思案していた。視線はロボットに移しつつ。

 

 

 

____________________

 

 

 

「うっ……ぐ…………」

 

「やぁ、お目覚めかい?」

 

「! お前…………にとりッ……!」

 

 気絶したM・I・ザ・ミラーは数十分後に目を覚ます。目の前にはにとりがおり、椅子に座って昼食のおにぎりを頬張っていた。頭には包帯を巻いている。騒がしい声も消えていることから、早苗も既に出て行ってしまったようである。

 声をかけられたM・I・ザ・ミラーはスタンドならではの自然治癒力により、負傷部位をほぼ治しているものの、なぜか体が動かないまま。それは、座るにとりよりもやけに視線が高いところと関係していた。

 

「ぬっ……! ロ、ロボットか!?」

 

「そう。拘束してみました。どうかな? 掴まれ具合は。キツいかな〜〜?」

 

「ぐぉおあッ!? て、てめぇッ……!」

 

「もうそこからは出らんないね〜〜」

 

 M・I・ザ・ミラーは例の巨大ロボの手に捕まっており、先程はにとりの声に反応するシステムによって強く締め付けられたのだ。苦しむ彼の声に混じって、ミシミシと体が軋む音も聴こえていた。

 にとりはその様子を見ながら呑気におにぎりをかじり、コップに入った水を飲み干す。余裕を見せる今のにとりの姿からして、M・I・ザ・ミラーがやって来た時から完全に立場が逆転していた。

 

「にとりィ……お前、何が目的だッ……!?」

 

「うん、そうだなぁ〜〜。私としてはUFOも無くなったし、特にやることもないんだけど…………散々痛めつけてくれたお礼をしたいなぁ、と思ってるよ」

 

「何だとッ……!」

 

「ロボットの出力を、君をサンドバッグにして確かめるとかぁ〜〜…………スタンドって意志そのものって聞いたことあるけど、それを保ったままサイボーグにするとか、かな? 胸が躍るよ! なぁ、そうだろう?」

 

「………………」

 

 彼女自身が言うように、とてもワクワクしている跳ねるような声でM・I・ザ・ミラーに語りかける。内心「イカれてやがる」と思いつつも、今の状態ではにとりに抗えない。下手なことを口走り、彼女の癪に触ってしまえば何をされるか分かったものではない。言葉をぐっと呑み込む。

 しかし、この状況を脱しなければならないのは変わらない。M・I・ザ・ミラーはある物を探して工房内をぐるりと見回す。

 

「ふゥん。脱出するために鏡を探してるのかい?」

 

「!」

 

「君の能力はさっき見たからね。近くに鏡が無いと使えないんだろう? 早苗を鏡の中に引きずり込む時に鏡を使っていたからすぐに分かった。ということで、壁に掛けてた鏡は全て外してみました。さぁ、どうする? あははははは!」

 

「あァーー……こいつはまいったな……」

 

 圧倒的有利な状況ににとりは高笑いを工房中に響かせる。職業柄なのか、やはり観察眼には優れているようで、M・I・ザ・ミラーの能力を一回で看破していることには本人も驚いている。しかし、知っていれば対策しやすいと言えばそうであるが。

 そんなM・I・ザ・ミラー、口では降参しているようなことを言っているが、態度は少し元に戻りつつある。それはにとりも気付いているようで、彼が返答してから間髪入れずに言葉を続ける。

 

「ん? そう言う割に結構余裕ありそうじゃあないか? まだ何か手があるの? ぜひ見せてほしいな。見せれるものならね!」

 

バキバキ バキィッ!

 

「ぅああぁあッ!!」

 

「ほらほら、手があるんだったら使った方がいいよ。潰されない内にさ」

 

「…………ハ、ハハハハハ……! お前、にとりよぉ。俺の能力を()()()()()()つもりか?」

 

「……何だって?」

 

 M・I・ザ・ミラーは不敵な笑みを浮かべる。にとりは彼が放った言葉の意味をすぐに察することはなかったが、次に取ったM・I・ザ・ミラーの行動により完璧に理解した。

 彼は頭に『?』を浮かべるにとりが返事をした後、チラリと自分を捕まえているロボットの頭部へ目を移す。ロボの顔面の中心には、熱を探知するレンズが付いている。鏡を隠されようとも、能力発動には()()()()()()()よい!

 

(しまったッ! まさかこいつ、本当の鏡じゃなくても能力を使えるのか! ロボのレンズを鏡代わりに……!)

「ッ! K.N-MAXⅡ、そいつを握り潰せェ!!」

 

「言葉を返すぜ……! もう遅いッ! マン・イン・ザ・ミラー レンズを通して、鏡の世界に入ることを許可するッ!」

 

 にとりはロボットに指示を送るが、それよりも早く、M・I・ザ・ミラーの能力が発動する。

 彼のヴィジョンは水晶か何かが砕け散るようにして霧散していき、消滅してしまう。鏡の中に逃げられた証拠だ。しかしこの時、にとりは少し考え、ある仮説を導き出した。まだM・I・ザ・ミラーを完全に逃してしまったわけではないと、彼女は考える。

 

(待てよ。鏡の中に入っても鏡の世界を自由にワープできるとか、そういうことができるわけじゃあない。出てくる場所は同じはず……それに、鏡の世界では生物でなければ存在している。ここでロボットを大暴れさせれば、鏡の中のあいつも倒せるか!?)

「よし、K.N-MAXⅡ! 敵はまだ近くにいるはずだ。徹底的に暴れて、鏡のスタンドを倒すんだッ!」

 

 にとりは目の前の鉄塊にそう叫ぶ。が、ロボットからは何の反応もない。もちろん彼女はそれを「故障か?」と勘違いするが、それもそのはず。鏡の中に入ったのは、M・I・ザ・ミラーではない。にとりの方なのだから。

 それ故に、ロボットも鏡の中の者には反応できない。にとりが鏡の中にいることに気付くのは、近くに散乱している道具につまづいてからのことだった。

 そんな河童のことを他所に、M・I・ザ・ミラーは何とかロボットの腕から脱出。工房内を再び漁り、飛倉の破片を手に入れると、にとりの工房から十分離れた場所で能力を解除する。破片を抱え、彼は本体の復活を楽しみに、依頼人であるぬえの元へと飛んで行った。

 得られぬ『幻影』を追って。

 

 




早苗の登場シーンですが、ほんのちょっぴりジョジョリオンの影響を受けてます。モデルにしたスタンド能力は……あれ強いですよね。厄災。

ラスボスの能力って、七部から時間関係ないって言われがちですけど、無理矢理解釈するとそうでもないんですよね。
停止、巻き戻し、消去、加速、複製?、未来改変?


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60.キラークイーンは落ち着きたい

 彼の一日は午前7時頃から始まる。

 スタンドである彼には必要のないことだが、必ず11時には床につき、8時間以上の睡眠を取る。寝る前に温かいミルクを飲みたいと思っているものの、幻想郷、それも人里では牛乳はあるもののホットミルクは中々手に入らない。牛乳を加熱するだけではいけない、ちょっとしたこだわりがあるため(味の問題)、仕方なく温かい緑茶を飲む。これもいらないことだが、20分ほどのストレッチも行っている。長座はしっかり爪先を掴める。

 彼が自宅としている建物は人里南西部にあり、一番近い場所はというと『無名の丘』。しかし本人は行ったことがない。二番目に近いのは『迷いの竹林』。こちらも行ったことがない。三番目に近いのは『三途の川』だが、この場所の存在をそもそも彼は知らない。

 

 彼の名前はキラークイーン。

 本体名は吉良吉影。15年間誰にもバレることなく殺人を繰り返してきた、恐ろしい殺人鬼にして凶悪なスタンド使いである。

 

 

 彼が住む人里は新年を迎える準備を進め、いよいよ時を待つだけ、という雰囲気。キラークイーンは人里で住むのに金を得るため、あらゆる店や現場へ赴き、人々の手伝いを行っていた。初めの頃こそ相手にされることも少なかったが、今では警戒も解けて真逆の対応を取られている。呑みに行くのに誘う連中もいるが、断ることは少なくないし、行ったとしても楽しくないのが本心である。本体が本体であるため、スタンドの性質によって振り回されている、とも言えなくもない。非人間と人間の付き合いの難しさに拍車をかけていた。

 今日も朝早くから家を出て、先日に約束していた門松などの装飾に手を貸しに行っていた。新年を過ごす吉良はいつも通りに一人だったため、仕事によって元と変わらない日常となっても特段思うこともない。いや、種族を人間に限定しなければ一人ではないと言えるだろうか?

 いつもは朝から昼、昼から夕方にかけて仕事三昧といったところだが、今日は珍しいことに午前10時にて作業が終わってしまった。依頼人も「早くに終わっちまったねぇ」と申し訳なさを苦笑いでにじませていた。給料を受け取り、現場を離れたキラークイーンは予定の無い午後をどう過ごそうか、と考えつつ通りを歩んでいくのだった。

 

「…………」

(今日はもうやることが無いな……まっすぐ帰ってもいいが、退屈な時間を過ごすことになる。別にそういう気分でもないが、喫茶にでも寄って時間を潰そうか)

 

 大通りを歩くキラークイーンの足は彼がよく知る喫茶店へと進んでいく。入店自体は少なくとも、家から近いのでよく前を通るのだ。そこのお茶と団子は美味いとよく聞くので、良い機会だと思って食べてみようと思う。

 

「!」

 

 だが、彼の足はしばらくして止まった。店はすぐ目の前だが、彼の視線はさらに奥にあるものへと移っていた。

 彼が見ている光景とはある女性が『素材屋』という店から出てくる場面。素材屋とは漢方やその他薬の素材となる物を売っている店なのだが、キラークイーンの注目の理由はそこには無い。問題は出てきた女性の方だ。腰よりもさらに低いところまで伸びる長い銀髪を結い、人里で売れば値段を張りそうな、地味だが高貴な服を着ている。顔もいい、ルックスはまさに万人が想像する美女。キラークイーンは()()()認めている。彼が何より美しいと思ったのは、彼女の『手』だ。

 

(…………美しい………………満月のように真っ白だ。彼女と私の距離は30m近くあるが、それでも分かるぞ。皮膚に傷跡は無いし、爪もしっかり手入れがされているな。どの爪も指先からの長さが均等に切られている…………まさに()()()()()。このままにしておくのは惜しいな……)

 

 『手』への執着。本体から引き継いだ()()により、キラークイーンのスタンドとしての性能が無意識的に上がっていた。強く、確かな意志はスタンドの性能へプラスに作用するのだ。

 自分でも気が付かない『強化』によって視力を上げたキラークイーンは、喫茶店の前から微動だにせず、じっと女性を見つめている。一時期慧音を狙っていたこともあったが、S・フィンガーズやF・Fが現れたことにより断念してしまっていた。これは良い機会だ。

 女性は店員に別れを告げ、店を去り始めると、キラークイーンの足も連動して彼女の方へと進み出す。あの手こそ、()()()()()にふさわしい…………

 

(どこへ帰る気かは知らないが、この私のところへ来れば清い心で付き合えるぞ…………伴侶がいるんだったら仲良く消し飛ばしてやるさ。ククク)

 

 

『おや〜〜? スタンドも人間に恋するんですね? 文の記事に書いてなかったし、これは良い記事になるかも?』

 

 

「!! 誰だッ…………!?」

 

 

カシャッ

 

 

「!?」

 

「こんにちはーー。姫海棠(ひめかいどう)はたてです。種族は鴉天狗で、新聞記者でもある。よろしくどーぞ?」

 

 謎の女の声が背後から聴こえ、振り向いた瞬間にカメラのシャッター音とフラッシュがキラークイーンの顔面に炸裂する。人里でカメラを持つ者などそういるはずがないと思っていたキラークイーンだが、フラッシュで(くら)んだ目でなんとか声の主の正体を確認した。

 茶髪でウェーブのかかったツインテール、紫と黒の市松模様のスカートを穿いた女。変わった帽子と、胴体の格好に明らかに合っていない下駄、そして彼女自身が発した「種族は鴉天狗」という言葉。キラークイーンの頭の中にある言葉が蘇った。

 

「鴉天狗……新聞記者……射命丸文の仲間か……?」

 

「ん! えぇーー。もしかしてあなたも文の新聞読んでるのーー? ま、しょうがないか。私のやつは人里に出してちょっとしか経ってないし」

 

「……私の質問に答えてほしいんだが」

 

「あ、そうだったね。ごめんナサーイ。文とは……腐れ縁、的な感じ? ライバルというか何というか。お互い知り合いではあるんだけどねーー」

 

「………………」

 

 実年齢で言えばはたての方が上ではあるが、やはり外見が女子高生かそれぐらいの年齢層であるためにタメ口が目立つ。キラークイーン自身はたてと会って間もないというのに、彼女のノリには少々ウンザリしている部分もあった。見た目通り、ギャルっぽい女の子のようである。

 

「君、さっき私のことカメラで撮っただろう。その写真を消してくれないかな。そういうことはそもそも苦手だし、無許可で人のことをカメラに収めたことが知れれば、君の記者としての名が悪くなってしまうぞ」

 

「え〜〜。おじさん、そういうことするのね。業務妨害ですよ! 訴えてもいいのーー?」

 

「どこへ訴えるつもりなんだ? 日本国憲法で裁かれるならば私の勝訴は揺るがないぞ」

 

「え? う〜〜ん…………閻魔さまに…………かなぁ? いや、でも閻魔さまって何の法律で…………あん! もういいや! 分かったわよ。消す消す! あ、でも待って。質問に答えてくれたらね」

 

「手短にしてくれよ……」

 

「あの女の人のこと、好きなのーー?」

 

 ふてぶてしいやつだ。だが、ここでの対応を間違えてはいけない。下手に言葉を発して写真を消されないままとなれば、後々厄介ごとへと必ずつながる。それはキラークイーン、いや吉良吉影の勘がそう確信していた。

 しかし、「手が綺麗だったから殺して自分のものにしようと思った」だなんて、口が裂けても言えるわけがない。ここは嘘で誤魔化すのだ。

 

「……まぁ……綺麗だとは思ったよ…………」

 

「思わずついて行こうとするぐらい? すごーい! 一目惚れの瞬間初めて見ちゃったわ! そうだ。ちなみに…………あの人どなたか知ってる?」

 

「? さぁ……見当もつかないな。有名人かね」

 

「結構ね。彼女は八意永琳。知らない? 先日の永遠亭襲撃事件のこと。彼女もひどい目に遭ったらしいのよね〜〜。ご愁傷様って感じ。だけど、あの様子だともう大丈夫みたいね。彼女の回復の記事を文は書いてないし、私の記事にしちゃおっかなーー」

 

 はたては何でもないように、永琳やその他永遠亭の住人が蹂躙された事件を口に出す。キラークイーンはその場にいたわけでも、現場を見に行ったわけでもないが、そこでの惨状はS・フィンガーズたちから聞いていた。多くの兎たち、そしてスタンドが殺されたと。そのスタンドたちとは浅からぬ因縁があったが故に殺されても何も思わなかったが、異変を起こすような集団をたった一人で壊滅させる襲撃者(スタンド)には目を剥いたものだ。実際に対峙したことのあるキラークイーンだからこそ、この事件の重さを理解できていると言っても過言ではない。

 それにしてもだが、先程の女性が永琳だと知れてよかった。そうキラークイーンは胸を撫で下ろす。はたてが現れないままであれば、永琳について行き返り討ちにされる可能性が高かっただろう。そこに関しては、キラークイーンははたてに感謝していた。

 

「何でもいいが、私は君の質問に答えたぞ。これで写真を消してくれるんだろう?」

 

「んーー。約束だからね。はい、消した。今の操作見てたでしょ? 私は約束をしっかり守るからね」

 

「……ん、便利なものだな。携帯電話とカメラが一緒になってるのか。私の本体が使っていたのはどちらか片方の機能しか無いものだった」

(…………この物品が幻想郷に流れ着いたということは……()()()()()()()()()()()()()かなりの時間が経過しているのか? 今は一体いつの時代……)

 

「へぇ、そうなんだ。不便そーね。まぁ、カメラ機能なんて使わなくても私には『能力』があるからいいんだケド」

 

「…………能力?」

 

「そ! 私はこのケータイとかカメラとか、色んな物を念写に使える能力をもってるのよ。どこか遠くの風景だって、簡単にこのケータイの中に入れられる。ほら、これ迷いの竹林ね。イタズラ好きの兎たちがまた穴掘ってるわ」

 

「……!!」

(なんだと…………念写ッ!?)

 

 はたては携帯電話に竹林の様子を写し出し、キラークイーンの目の前へと小さな画面を差し出す。彼女が言うように、竹林では数人の兎たちがスコップを持って直径5m程の円形の穴を掘っている。だが、キラークイーンはその画面に注目こそしているが、意識は全く別のことへと移っていた。

 

(念写…………杜王町にいた時、我々の正体を追っていた仗助の仲間に同じ能力をもったやつがいた……名前はたしか、ジョセフ・ジョースター……!)

 

「この能力使ってさァーー、一回永遠亭の事件の光景を念写してみたんだけど…………うげーーっ! さすがにグロすぎて記事にはできなかったわ。あんなの載っけたら読者が逃げちゃうもの」

 

(ね、念写能力は危険だ…………! それにこのはたてとかいうやつ、記者だと言うじゃあないか…………こいつが私のことを探り出せば…………()()()()()()()()()()()()()()()ッ……!)

 

「あれは記事にするのやめたから、何か他にネタ無いかなーーって人里に来たんだけど、ぜーんぜん釣れないわ。おかしな噂拾ったぐらいで」

 

(もし……もし()()を記事にされてしまったら、私は終わりだ…………S・フィンガーズにフー・ファイターズ、上白沢慧音……博麗の巫女やくそったれ魔理沙……! やつら全員が敵になりかねない……いや、なるッ! 出会って運が悪いのか、出会っておいて良かったと言うべきか…………はたて(こいつ)は確実に消すべきトラブルだ……!)

 

「ねーー、ちょっと。聞いてる?」

 

 キラークイーンの本体、吉良吉影はハーヴェストの本体こと重ちーに出会ってから様々なトラブルに苛まれてきた。その連鎖は未だ終わりを迎えていないようで、まるで出会うべくしてはたてと出会ってしまったかのようだ。はたてはまだ何も感じてはいないようであるが、何かがきっかけとなって自分のことを調べられれば非常にまずい。その現実にキラークイーンは『殺害』の選択肢を見出した。

 そんな彼の強い視線と沈黙を感じ、はたては自分の話を聴いているのかと声をかける。ハッと我に帰り、平静を装いながらキラークイーンは返事をした。

 

「あ、あぁ。噂が何だって?」

 

「そうよ。噂、噂! なんかねーー、最近幻想郷の至るところで光る物体が目撃されてるらしいのよね。フワフワ浮いてて、茶釜みたいな形で、『ザ・正体不明!』って感じのやつ」

 

「……UFOじゃあないのか?」

 

「UFO? あぁ、本で読んだことあるわ。未確認飛行物体だっけ? 宇宙人が乗ってるとかいう……」

 

「………………」

 

 はたてが落ち着きなくフラフラしている間、キラークイーンの手が彼女へと迫る。念写能力を知らぬ間に使われ、自分が人里内で殺人を犯していることがバレることは絶対にあってはならない。はたてはこの場で消す…………と考えたものの、彼の手がそれ以上はたてに近付くことはなかった。

 天狗は妖怪の山で独特の社会を築いている。このはたてを今殺してしまえば、彼女の仲間が異変に気付くに違いない。ただでさえK・クリムゾンの件でピリピリしている天狗たちなのだから、下手に刺激する真似をすればどんな報復をしてくるか分からない。そんな考えが頭をよぎり、キラークイーンの動きを止めていたのだ。

 

(ど、どうする…………こいつ、人里に来ていることを他の天狗に喋っているのか? 大通りには人が多すぎるからこのまま殺すわけにもいかないぞ…………だが、どこかへ誘導しようとしたとして、素直について来るのか?)

 

「う〜〜ん……ここはUFOかなぁ。他にネタ無いもんね。私としては俗っぽくなくて、紅魔館の主でも目玉ひん剥くような記事を書きたかったところだけど。スタンドさん、お邪魔したね」

 

「あ、おいッ……!」

 

「ん、もしかして、自分のこと記事にしてほしかった? それなら…………ざんね〜〜ん! 書いてあげな〜〜い。写真を消せって言ったのはあなたなんだからね。でもまぁ、気が向いたら作ってあげてもいいわよ? それじゃ、私はネタのUFO探しに行くんで」

 

 はたてはキラークイーンの制止を聞かず、背中に茶色の翼を展開する。羽の形状はまさしく鴉のそれである。しかし、本物の鴉のように翼の表面が油っこく艶が光っているわけではない。見た目からすでに分かるぐらい、柔らかさを感じるような手入れがなされていた。

 興味もない翼に気を取られた一瞬、はたてはキラークイーンが伸ばす腕をかいくぐり、人里中心へと飛び去ってしまう。一連のやり取りを見ていた里民たちは不思議そうにキラークイーンへ視線を向けていた。()()()()()()

 

(くそッ……!!)

 

 追いかけたいのは山々だが、これ以上のアクションは自分の首を絞めてしまう可能性がある。はたてが飛び去った空を忌々しく見つめながら、変な噂を立てられて自分の活動に支障が出ないことを祈りながら、キラークイーンはその場を後にするのだった。

 

 

____________________

 

 

(本当に……参った…………はたてがどこへ飛んで行ったのかも分からない…………やつへの対処も……どうやって正体を隠し通すッ……!?)

 

 喫茶店前から立ち去り、歩くことおよそ一時間。キラークイーンは自宅へ戻らずにずっと付近の道を歩き続けていた。生まれてしまったトラブルを解決せねばと、彼は頭をはたらかせるが良いアイディアは中々浮かばない。

 やはりと言うか、彼の頭の中から『殺害』の文字が完全に消えることはないようで、ほとんど殺した後のことについて考えていた。

 

「…………ッ!」

(殺すのは……簡単だ。触るだけでいいからな…………問題はその後なのだ。やつの死体を木っ端微塵にして死んだ事実を隠すことはできるだろうが、他の天狗たちが人里へ探りを入れてきた場合はまずい……天狗を消せる者は限られているために、すぐ目星をつけられてしまう……)

 

 上白沢慧音、S・フィンガーズ、F・Fは容疑者のリストに加えられようとも互いによく関わり合っているため、すぐに容疑が晴れるだろう。他者からの信頼もある。しかしそうなると、証拠を掴んだか否かは問わず、真っ先にキラークイーン自身が疑われてしまう。あえて力の強い者と関係を断っているため、誰も彼の擁護に役立たない。やはり殺すのはリスキーだ。

 

「……今の状況なら…………使えるか? 誰かに()()()()…………()()()()()()()()()

 

 自分の左手を開き、その表面へ視線を落としながらそう呟いた。

 追い込まれ、絶望した時にだけ使える爆弾。まだそれは、この幻想郷の誰にも喋っておらず、バレてもいない。あえて、誰かに自分の正体を打ち明けて、()()に変えた人間を以ってして殺す方法。自分の正体を追う者全てを。K・クリムゾンだけが気配に気付いた、無敵の能力。

 

 

「あ〜〜ーーったくよォーー。全く見つかりゃしねぇ。飛倉の破片だぁ? 本当にこんなチンケなところにあんのかァ? ぬえのやつ嘘ついてんじゃあねぇだろうな」

 

 

「!」

 

 キラークイーンが歩くその先で、気怠げな声を上げる者がいる。突然の声に驚いたキラークイーンが顔を上げると、左へ伸びる脇道から人型の存在が姿を現した。

 奇怪な姿。体毛は無く、ツルツルした青系統の色をした肌。歯が剥き出しで、ホホジロザメのように黒目だけの瞳。そして異様に長い右手の人差し指。キラークイーンはすぐに理解した。きっかけは()()から(ほとばし)るエネルギー!

 

「君……スタンドか」

 

「あぁん、何だ…………? その姿、アンタもスタンドか。人間しかいねぇと思ってたが、俺と同じように流れ着いたスタンドもいるんだな」

 

「………………」

 

 青いスタンドは路地から木箱を引っ張り出し、それにどかっと腰を下ろす。すると、どこからか3匹のネコが姿を現し、座ったスタンドの周りへと集まる。脚に顔を擦り寄せたり、膝の上に飛び乗って撫でてもらうのを待つネコたち。そんな彼らにスタンドは荒々しく頭の毛を触り、キラークイーンへと言葉を続けた。

 

「……あーー、まぁなんだ。同じくスタンドのよしみで聞きたいことがあンだがよォーー。見ての通り、俺は今探し物をしてる」

 

「だろうな。見て分かるよ」

 

「さっきの独り言を聞いてたら分かると思うがよ、俺は今『飛倉の破片』ってやつを探してる。フワフワ浮いてる木の板みてぇなやつだ。アンタ見たことないか?」

 

「いいや……分からないな。話に聞いたこともない」

 

「そうか……それじゃあ別にいいんだ…………しょうがねぇなぁ〜〜っ、面倒だが、自力で探すとするか……」

 

 スタンドは自らの欲しい情報をキラークイーンがもっていないと知り、目に見えて落胆する。落胆というより、語尾を伸ばす癖のせいで気怠さがさらに増したようにも思える。キラークイーンとしてはどうでもいいことであるが。

 ネコはその間もずっとスタンドにくっついており、離れようとしない。完全に彼に懐いている様子だ。それによく見てみれば、そのネコたちの尻尾の先は二つに分かれているではないか。キラークイーンは見るのは初めてだが、スタンドはこのネコが普通ではないことを知っているらしい。()()()自分のそばに置いているようだ。

 キラークイーンはスタンドを無視し、そのまま通り過ぎようと歩を進める。が、彼はここであることを思い出した。それは、鴉天狗はたてのこと。

 

「UFOなら……」

 

「うん?」

 

「UFOなら、探しているやつがいたな」

 

「……UFOだと?」

 

「木の板と言ったか…………浮いてることは一致している。誰かの見間違いだとするなら、もしかしてその飛倉の破片がUFOと勘違いされているのかもしれないな」

 

「おいおいおい、いくらなんでも木の板とUFOを見間違えたりは………………待てよ」

 

 スタンドは指を顎に添えて考える。

 彼が思い出していたのは依頼主、ぬえの言葉である。飛倉の破片は彼女がある理由のために幻想郷中にばら撒いた。そこで彼女は、彼ら破片を集めさせているスタンドたちに「破片に認識能力を狂わせる仕掛けを施してある」という旨のことを言っていた。『UFO』……認識能力が狂わされているのであれば、それが飛倉の破片である可能性は高かった。

 このことをキラークイーンが知ることはないが、スタンドは勝手に納得して彼に()()()について質問する。

 

「そのUFOを追いかけてるやつってのは、どーゆーやつなんだ? 男か、あるいは女か? 年齢はどれぐらいだ。ジジババか? ガキか?」

 

「年齢は十代半ばといったぐらいの女。ツインテールに、黒と紫色の市松模様のスカートを穿いている。人里の人間は大体どいつも似たような格好だから、すぐに分かるはずだ」

 

「若い女か……黒と紫。派手だな。服装はすぐに分かるはずだ。礼を言うぜ」

 

「別に大したことじゃあないさ……」

 

「まァ、お礼と言っちゃあなんだが、こいつをやるよ!」

 

 スタンドは木箱から立ち上がると、自分の足に乗っかっていたネコの背中を鷲掴み、キラークイーンへと投げつけた。驚いた顔を浮かべるネコを両腕で優しくキャッチすると、ネコが楽になる体勢へと持ち変える。キラークイーンには青いスタンドよりもネコに対する優しさはあるようだ。

 

「そのネコは人語がある程度分かる。世話はしやすいだろうよ。独り身にはちょうどいいかもな」

 

「…………」

 

「あァ、そうだった。どっちへ行けばいいのかは聞いてなかったな。たびたび悪いが……」

 

「東だ。あっちの方角だ」

 

「……あぁ。助かるぜ」

 

 スタンドは短く二回目の礼をすると、木箱とネコを置いてキラークイーンが示した方角に続く路地へ姿を消した。キラークイーンが後に路地を覗くが、スタンドの影は既に跡形も無くなっていた。

 空っぽになった路地を確認し、近くに他の人間がいないことを知ると、キラークイーンは抱いているネコの顔を自分の方へ向ける。そしてその可愛らしい表情に向けて最初の仕事を与えるのだった。

 

「君には、前の主を追ってもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 




スイスでジョセフが食べてたサーモンの燻製、アニメ版だとすごい美味しそうですよね。六部で何気に楽しみにしているのが「シャケの反対は豚だ」のところ。


to be continued⇒


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61.いつでも君を消し飛ばせる

最近忙しく、あまり手をつけられませんでした……
12月に入れば少しは落ち着きますが、私はいよいよ人生で一番の山場を迎えるので投稿数は落ちて行くかと。ご容赦ください。


 キラークイーンと別れたはたては人里の東部に降り立っていた。幻想郷全体で見れば、魔法の森と近い位置になる。彼女はここでUFO探しを行っているのだった。

 妖怪だと丸分かりの翼をしまい込み、人間を警戒させないように情報収集を行っていたのだが、手がかりは全く掴めない。諦めては続行を繰り返し、彼女は昼飯として団子を頬張っていた。

 

「もう〜〜っ! 全っ然手がかりが見つからないわ! UFOなんて本当にあるのかしら。念写にも引っかからないし。こんなこと初めてよ」

 

「お嬢ちゃん、何か探し物かい? 私が知ってることなら教えてあげられるんだけどねェ」

 

「んーー、どうかしら。おばちゃんじゃあ、UFOだなんてハイテクなもの知らないわよ。きっと」

 

「ゆーふぉー…………たしかに、それは分かんないねェ……力になれなくてごめんね?」

 

「あぁ〜〜……いいのよ。別に。分かってたことだし」

 

 顔に何本も皺を刻んだ店主は、力になれなかった代わりにもう一本の団子をサービスする。「あんがと」と短く礼を言って、はたては一口で3個全て呑み込んだ。

 しかし、狙ったものが念写することができないなど、今までに経験の無いことである。能力か携帯のバグかと思って別のものを念写するが、どれも問題無く写る。ロボットを作るにとり、貨物船の上で遊ぶ妖精、壁に穴を空けて怒られるクリーム。全て鮮明に写る。しかし、UFOだけは何も写らないのだ。写るものと言えば、黒髪でヘンテコな羽を生やした少女か、ボロボロの木の板ぐらいなのである。

 

「ちぇっ、変なの。私はUFOを望んでるのに」

 

 携帯画面に写る木の板の写真を『消去』して、はたてはため息を吐く。いよいよガセっぽくなってきた。そもそも、この情報の出どころというのが射命丸文というのがまたガセらしさを醸し出している。

 ネタが無いと言うはたてに、射命丸は待ってましたと言わんばかりにUFOの情報をもって来た。記事にしないのがもったいないとまで言っていたが、それなら自分で書けばいいと答えるはたて。

 それに対して文は「ヒットしない記事しか書けないから、私がネタをもって来てやった。でも正直、これでもヒットできないだろう」と言って挑発。まんまと乗ってしまったはたては、現在このネタを追っているのだ。

 

「フン! 絶対に見返してやるわ。UFOがガセであっても文より担がれる記事を作ってやるんだから」

 

 記者としての腕前が自分より下だと思われているはたては、自分をバカにするために射命丸が嘘を流したと考える。それが本当であろうとなかろうと、はたては絶対に射命丸よりも注目される新聞を書くと決意した。

 と、その瞬間、山の神とは別の神がその場に降り立った。

 

 

フヨフヨ……フヨ フヨ

 

 

「!? あ、あれって……!?」

 

 人々が闊歩する大通りのど真ん中。人混みをなめらかにすり抜けながら、赤や青にまぶしく光る物体が浮遊している。それはまるで、逆さまにした茶碗。もしくはカラフルにした茶釜。はたてはそれを目にした瞬間確信する。

 

「ユ、UFO!?」

(嘘でしょ……こんなタイミングで見つかるなんてッ! なんて運が良い)

 

 はたてが望んでいたもの、UFOは現れた。人々の間を縫って飛行する物体は周りの人間に認識されていないのだろうか。誰一人としてUFOを意識する動作を見せない。あれだけ目障りに発光しているというのに。 

 はたては呟くように「ごちそーさん」と言うと、奥へ奥へと消えていくUFOを追って自分もまた人混みをかき分けて行く。念写では分からない、質感、重量、あらゆる情報を得て新聞を作り出してやると、彼女は執拗な追跡を開始した。

 

(あのUFO……誰にも見えていないの? 通行人が一人も注目しない。ここから距離15mぐらい離れててもすごい眩しいのに…………)

 

 青、赤、たまに緑と光の三原色に発光しながら左右や前後に常にフラフラするUFO。誰かにぶつかりそうになっても、意思があってか無くてか、大きく揺れて人を回避する。それでもぶつかりそうになった人は何も気付いていなかった。

 自分も何とか人の群れを避けて追跡している中、そのUFOを叩き落とそうと手を振るう輩が現れる。UFOは難無く回避、輩も一回手を振っただけでそれ以上の追撃はしなかった。

 

「ちょっと! あんた何考えてんの!? UFO叩き落とそうとするなんてさ」

 

「あぁん? ゆーふぉーだとぉ? 俺はハエを叩こうとしただけだぞ!」

 

「ハエェ〜〜? あんた眼科行った方がいいわ!」

 

「な、なんだとォーーッ!?」

 

 そんなやり取りをしつつ、はたてはUFOとの距離を徐々に縮めていく。そして残り5mほどとなったところで、UFOはいきなり右折した。はたてもつられて、UFOが入って行った路地裏へ侵入する。

 UFOは路地裏からさらに移動することはなく、スピードを落としてやがて宙で静止した。

 

「やっと止まった……それにしても変な物体。私以外の誰にも見えないなんて…………もしかして、念写に写らなかったことにも関係してるのかしら」

 

 不思議なことが起こっているが、彼女のジャーナリズム魂はそんなことでは燃え尽きない。まずは外見を携帯のカメラ機能で写真に収める。撮った写真をチェックするが、やはりと言ったようにUFOの姿はなく、代わりに空中に浮かぶ木の板の破片が写っていた。

 

「やっぱり木の板なのね……もしかして(たぬき)が化けてる?」

 

 そう考えたはたては握り拳で軽くUFOの表面を叩いてみた。反応は……無い。化け狸であれば、ほんの少し動くだとか鳴き声を上げるといった反応がある。山に住むはたて、そしてその他天狗たちはよく狸のイタズラに遭うため、彼らへの対処は知っている。その上で無反応であるため、はたてはこのUFOの正体は狸ではないと確信した。

 

「手触り、質量……相変わらず眩しいし、やっぱり本物……? でもUFOって宇宙人が乗ってるのよね? それにしては小さすぎやしないかしら…………」

 

 

『ニャ〜〜ン』

 

 

「!?」

 

『ニャッ……ニャッ!』

 

『ナ〜〜ン……クッ、クッ』

 

「……何だ…………ネコか。いや化け猫」

 

 後ろから突如聴こえた鳴き声に驚くはたて。その正体は2匹のネコであった。尻尾が二又になっていることから、彼らは普通のネコの数倍の時を生きた化け猫だと分かる。彼らは互いにじゃれ合い、微笑ましい光景を見せていた。

 そんな風にネコたちに気を取られていると、遊ぶ二匹のことを一つの影が覆う。はたてが顔を上げると、そこには明らかに人ではない存在が壁に手を突いて立っていた。青紫色の肌に、異様に長い右手の人差し指。()()注目はUFOにある。

 

「!? あなたは…………!?」

 

「やっぱりここのネコってのは知能が高いんだなぁ〜〜。目的地にこんなすぐに着けるとは思ってなかったぜ」

 

「な、何者…………もしかして、宇宙人!?」

 

「誰が宇宙人だ! キラークイーン(さっきのスタンド)が堂々と歩いてたんでスタンドの存在は知れ渡ってると思ったが、案外そうでもねーのかぁ〜〜〜〜?」

 

「スタンド……あなたも…………私に何の用かしら」

 

「用があるのはてめぇの方じゃあない。それだ」

 

 スタンドは左手でUFOを示す。UFOは相変わらず無反応を貫いており、常にはたての肩と同じ高さで止まっている。スタンドからUFOを隠すように動くと、はたてはスカートのポケットから携帯電話を取り出した。

 

「これは私が先に見つけたのよ。残念だったわね」

 

「先に見つけただの、後に見つけただの関係あるもんか。最終的に手に入れたやつのもんだろうが。俺はそいつが無いと困ることがあンだよ。渡してもらうぜ」

 

「誰が渡すもんですか。力づくで奪おうったって、そうもいかないわ。私は戦えるんだからね」

 

「ハンッ! 素直に渡しておけばいいのによぉ〜〜〜〜。しょうがねぇなぁ〜〜。だったら……覚悟しろよ」

 

 

カシャッ

 

 

 

ボグォオオン!

 

 

「先手必勝! 弾幕を使えるこっちのが有利ッ!」

 

 はたては手に持つ携帯電話のシャッターを切る。その瞬間、スタンドのいた地点から炎が上がり、爆音を轟かせながら爆裂した。

 これが彼女の弾幕。この携帯電話に自分の妖力を込めることにより、シャッターボタンを押すことで弾幕を展開する。やろうと思えば戦闘中に写真を撮ることもできるのが利点であろう。記者である彼女にとっては、だが。

 立ち昇る煙は黒々としており、()()()()()()ことは一目瞭然であった。煙が晴れて見えてきたのは…………無傷のスタンドの姿。

 

「なっ……嘘……直撃したはずよッ!」

 

「してないから無傷なんだろうがよォーー。スタンドはそれぞれ独特の能力をもってる。俺も自分の能力で回避したわけだが、どんな能力なのか当ててみな。名前はヒントになるか? 『リトル・フィート』」

 

「くッ……!」

 

 はたては再びシャッターを切る。が、またもやリトル・フィートは無傷で済んでいるではないか。

 シャッターボタンのプッシュと同時に弾幕が現れるため、肉眼ではリトル・フィートが何をしていたのかは分からない。しかし、はたてだって天狗の端くれ。妖怪の山を牛耳る上位の妖怪。携帯のカメラ機能により、リトル・フィートが弾幕に当たる寸前に何をしていたのかはすぐに明らかになった。

 

「……これは……何かを投げてる?」

 

 写真の中には、リトル・フィートが近付いてくる弾幕に向けて小さな木の破片を投げつけている様子が写っていた。UFOを写真に収めた時に写るものよりもさらに小さく、手の中にいくらでも入れられそうなサイズ。

 まさか、そんな小さな木片を盾に使っているのか? はたては「まさか」と思いながらも再びシャッターを押した。

 

「無駄だぜ無駄。()()()は結構あるからなァ〜〜ッ!」

 

「手持ち……あの妙な破片のことね!」

 

「お? もう気付いてんだったら、俺の能力は分かるはずだがよぉ〜〜。まぁ、どうでもいいか。今度はこっちからいかせてもらうぜッ!」

 

「!?」

 

 リトル・フィートが飛び込んでくる。ここから撃った弾幕を防御される可能性は低いが、やつはかなりのスピードで距離を詰めてきた。今放てば巻き添えを食うだろう。はたては上へ逃げる。

 

 

スパァッ!

 

 

「痛ッ!」

 

「……(かす)っただけか。クク……」

 

 はたてのふくらはぎから血が噴き出す。裂かれた傷が長いだけで、深さは大したことのない程度。

 リトル・フィートは追撃のために素早く振り返る。跳んで避けたのだから、着地地点は自分の背後であると決まっている。殺し、戦いの経験は思考よりも行動を授ける。頭で考えたその時には、すでに行動は終わっているのだ。

 

「! いねぇ……ッ!?」

 

「フン。私がただの女の子かと思った? 残念! 鴉天狗よ。私が上で、お前が下ッ!」

 

「あ、あいつ、妖怪だったのか………………そして、空から弾幕をッ!? まずいッ!!」

 

 

カシャッ!

 

 

 

ボグォオオォ〜〜ン!

 

ドバァッ ドバオッ ドガァアン!

 

 

「う、うぉおぉああアアァァーーッ!?」

 

 

「この! この! 調子こいてんじゃあねぇーーわよ、このツルツルテン!!」

 

 はたてはとにかくシャッターボタンを押しまくる。ただひたすらに、視界が煙に覆われても関係ない。リトル・フィートの姿が完全に見えなくなっても、跡形もなく吹っ飛ばしてやろうと弾幕を撃ち続ける。リトル・フィートは何とか抵抗していたがやがて力尽きたらしく、木片を投げる動作をやめ、爆発に身を任せてしまった。弾幕攻撃は数十秒に渡って継続され、路地内に配置されていた木箱や樽などをいくつか破壊し尽くす結果となった。

 

 

 そして、いよいよ弾幕攻撃を終えたはたては煙が晴れるのを待つ。スタンドには死ぬという現象はなく、代わりに消滅するものであると射命丸の記事に載っていた。煙の中からリトル・フィートの姿が無ければ、はたての完全勝利というわけである。そして実際はどうなのか? 煙の中にリトル・フィートは…………

 

「姿は…………無いッ! よし、私の勝ちね。我ら鴉天狗にケンカを売るから、そんなことになるのよ……!」

 

 黒い煙の中にはリトル・フィートはいなかった。周りを見回すが、ボロボロに傷付いた者の姿は確認できない。邪魔者は消し去った。勝利の美酒を味わいながら、はたてはUFOを手にしようと辺りを見回す。戦いの余波でどこかへ流れて行ってしまったのか、彼女の視界には無かったのだ。

 しかし、彼女はここでおかしなことに気付く。

 

「あれ? ここに置いてあった木箱、こんなに大きかったかしら……さっき見た時は自分の膝ぐらいまでだったと思うけど。お腹の辺りまで……」

 

 壁際に置かれていた木箱のサイズが、自分が覚えているものよりも大きいのだ。木箱だけではない。その横に並べられていた角材も、ひび割れた花瓶や植木鉢も、不自然なほど大きいのだ。

 おかしな出来事に見舞われたはたては、後退りながら状況を整理しようとする。だがそこで、突如彼女の頭上を巨大な影が通り過ぎる。思わず見上げたはたては声を上げた。

 

「なっ……嘘……あれ、UFOッ!? ど、どうしてあんなに大きいのよッ! いや、違う……大きいんじゃあない。ま、周りのものが大きいんじゃあなくて…………」

 

 はたての視界がガクンと降下する。

 この現象で彼女は確信した。

 

「私が小さくなってるっていうのッ!?」

 

 

リトル・フィート…………ようやく気付いたのかぁ?』

 

 

「うっ!?」

 

 UFOを押し退け、上空から巨大な顔が現れる。身長が30cmほどまで縮んでしまったはたてから見たら、それはまるで怪物。殺したと思っていたリトル・フィートは生きていた!

 

「あ、あんた消滅したんじゃあなかったの……!?」

 

『おいおいおい、ひでぇなぁーー。勝手に殺すんじゃあねぇーーよ。俺の能力は見ての通り、この指で引っ掻いたもののサイズを小さくすることができる。お前のサイズをどんどん小さくし、同時に俺のサイズも小さくする。爆発の威力で先に俺自身を吹っ飛ばし、元のサイズに戻す。そして今、だ』

 

「ふ、吹っ飛ばすって……自滅する可能性もあるのにやったっていうのッ……!?」

 

『まぁ、運も必要だわなァ〜〜。ここが壁に挟まれた狭い空間だってことが良かった。必要以上に吹っ飛ばされる危険が無かったし、後は自分が持ってたこの木片。こいつは俺がここに来るまでに小さくしといたヤツな。これを爆発に当たる直前に元のサイズに戻した。防御も完璧だった。お前、スタンドバトルにゃ向いてねぇな』

 

「…………ッ!」

 

 自分の能力を理解しておくことで広がる戦略。スタンドバトルの真髄とはそこにある。仕方がないと言えばそうであるが、はたての敗因はスタンドをよく理解していなかったということだ。()()()()リトル・フィートがはたてを攻略してしまった。たしかに天狗は強い。だが()()()()、油断なるものが生まれるのだ。絶対的、種の自信を。

 はたての体はさらにもう一段階、ガクンと小さくなる。リトル・フィートはそれを見た瞬間、はたてが飛び立つよりも前に彼女の体を捕まえる。

 

「ちょ、何すんのッ!」

 

『そらッ!』

 

 

バギャァアアッ!

 

 

「ガフッ……!」

 

「お、落っことしたな。携帯を」

 

 リトル・フィートは掴んだはたてを積まれた木箱の山へと投げつける。何とか腕を交差させ、頭への直撃を防ぐはたてであるが、ダメージは通ってしまう。そしてその衝撃のせいなのか、彼女から携帯電話が転がり落ちてきた。小さく笑みを浮かべるリトル・フィート、どうやらそれが目的だったようで、すぐに携帯を取り上げた。

 

「うわ、金ピカじゃねーかよ。俺じゃこんなん持ち歩けねぇな。恥ずかしくて」

 

「か、返せ……」

 

「弾幕を防ぐために取り上げたんだぜ? 返すわけねェーだろーがよッ!」

 

 

バキィッ!

 

 

 リトル・フィートははたての携帯電話を握り潰し、地面に放ってさらに踏みつける。必要以上だと言うべきか、命を取らないだけマシと言うべきか。意見は分かれるであろう。

 しかし、携帯の破壊自体はあまり効果は無いようで、チラリと項垂れるはたてへ目をやると、彼女は人差し指をこちらに向け、その先端で光る球を形成していた。自分の妖力から直接作る弾幕である。

 

「ナメないでほしいわ……! 弾幕なんて生きてる限りいつでも生み出せるのよ」

 

「…………」

 

グサァッ!

 

「あぐぅッ!?」

 

「木片は尽きたと言った覚えはねぇぜ〜〜っ。降伏しろ。そうした方がお互いwinwinなんだよ。分かンだろ?」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

(ゆ、指で弾いた木片……当たる直前で大きくした…………肩に刺さって、腕を上げてられない……!)

 

「大人しくしてりゃあ、こんなことにはならなかったのになァ〜〜〜〜…………ン?」

 

 リトル・フィートは親指でさらに小さな木片を弾き、はたての右肩を貫いた。生み出していた弾幕は消滅し、腕は力無く垂れる。さんざん口で言ってきたが、UFOはリトル・フィートのもの。はたての敗北は揺るがない。リトル・フィートの勝利が確定した。

 と思いきや、リトル・フィートは路地裏の入り口へ目を向ける。苦しむはたてを横目に、気になるものがあったようである。

 

「…………」

(今、誰かがこっちを覗いていた気がしたが…………気のせいか?)

 

「ハーーッ、ハーーッ……」

 

「苦しそうだなぁ? 残念だが、俺が飛倉の破片(こいつ)をもらってくぜ。助けぐらいは呼んできてやるよ!」

 

「ま、待てぇッ……!」

 

「待つかよぉ〜〜……おっ、お前らちゃんとそこで待ってたのかぁ? えらいなぁ、おい。やっぱり賢いな」

 

 リトル・フィートがUFOの方を振り向くと、3匹の化け猫が座って待っていた。まん丸な目を見開いて見上げてくる姿は本当に可愛らしい。本体(ホルマジオ)が身を置いていた住処で飼っていたネコよりも可愛いかもしれない。

 ネコたちはリトル・フィートの戦いが終わり、飛倉の破片回収も目前だと知るとそそくさとその場を立ち去っていった。去り姿も可愛らしい。三匹三様の走り方も、よく観察していると面白いものだ。

 勝ち取ったUFOを掴み、独り言を呟く。

 

「ハハハ。いい加減名前付けてやった方がいいかぁ? あいつらに…………いや、待てよ。さっき3匹いたよな。俺は途中で出会ったスタンドに一匹やったはず………………何で俺のとこ」

 

 

 

ドグォオオオ〜〜〜〜ン!!

 

 

 

_______________________

 

 

 

「キャァアア〜〜ーーーーッ! 爆発よッ!」

「み、水だ! 早く持って来い!」

「消防団はまだか!?」

 

 リトル・フィートがいた路地裏で巨大な爆発が起きる。それは大通りからも目立っており、人々は大混乱に陥っていた。火薬も何も無いというのに、いきなり路地裏から爆炎が飛び出してきたのだから。

 大通りの人通りが忙しくなっている頃、先程まではたてが居座っていた団子屋でとある者が茶と団子を頬張っていた。彼は爆発の瞬間を目にすると、上機嫌にこう言った。

 

良し(グッド)ッ! 人権よ(スタンドにあるのかは知らないが)、気の毒には思うが、そうやって触るのを私は待っていた」

 

 呟くのはキラークイーン。爆発の原因は、言わずとも知れた彼である。3匹いたネコ、そのうちの一匹はキラークイーンが故意に放ったもので、元々の飼い主であるリトル・フィートを追跡させたのだ。リトル・フィートが先程感じた視線というのは、キラークイーンが様子見に来ていた時のもの。その時に飛倉の破片を爆弾に変えていた。触れた物があれば爆発を起こす、接触弾である。

 キラークイーンは茶を飲み干すと、店員の老婆に勘定を渡す。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ。気分も良くなった」

 

「あぁ、キラークイーンさん。それは良かった。話変わるけど、私ね、あの爆発がちょっと怖いんだよ。様子を見に行っちゃくれないかい?」

 

「あぁ、スティッキィ・フィンガーズに連絡しておこう」

(絶対しないけど……)

 

「あ、あれ? キラークイーンさんは見に行っちゃくれないのかい!? おーい!」

 

 老婆の声を完全に無視し、キラークイーンは帰路に着く。落ち着ける家のある、人里西部へと向かって歩いて行く。久々の気分だ。これまではかつての生活を再現するかのように、人知れず一般人の女ばかりを殺してきたが、邪魔になった者を消し飛ばし、平穏を再び手に入れるこの感覚。忘れかけていた殺人の感覚。とても清々しい気分である。今のこの状態、吉影が『第3の爆弾』を手に入れた時に似た、いわゆる『ハイ』というやつなんだろう。こういう気分も悪くない。

 

「触ったスタンドは跡形も無く消し去った。天狗の女の方は火傷ができないように設定した。()()()()()()()の破片だけがグサグサ刺さって、何が原因でそうなったか分からないようにしたからな、私の正体はバレやしない。女の方は生きていたとしても、一生再起不能だろうな〜〜」

 

 たとえ女が生きていても、さっきまで戦っていた方を調べ上げるはず。それができればの話であるが。

 キラークイーンは浮かれている。いつもならばそんな自分にヤキを入れてやるものであるが、今はそんな気も起きない。自分の平穏が保たれた瞬間なのだから。爆発に気を取られた人々とは一人、別の方角へ歩いて行く。人間たちに対して、どうせ行ったって火事なんて起きないのに、とキラークイーンは心の中でほくそ笑むのだった。

 そんな中、自分の脚に擦り寄ってくる者たちがいた。キラークイーンが目を落とすと、そこには3匹の化け猫たちが。

 

「おや……残りの2匹も連れてきたのか? まぁ、稼いでいても金はあまり使わないし、飼ってやってもいいがね」

 

 キラークイーンは最初に自分の元へ来たネコを抱き上げ、再び歩を進める。彼の機嫌の良さはネコたちにも伝わったようで、彼らも上機嫌に鳴き声を上げていた。

 

「君たちの好みは何なのかな? 明後日は新年だから、特別にごちそうしてあげよう。今の私はとても気分が良いからね…………ククク……ハハハハハハ!」

 

 

 

 キラークイーンは知らぬことだが、爆発が起こった路地裏にて発見されたものがある。全身に木の破片が突き刺さり、重傷を負った少女。そして、消滅することなく残った青紫色の謎の腕一本。

 

 




ワンダー・オブ・U、結構ユーモアがあって好きです。
定助とのやり取りが好きなんですよね。「アウトレットでナナキュッパ」



to be continued⇒

↑忘れてました……


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62.封獣ぬえとビーチ・ボーイ

文くんにアメリカンクラッカーを使ってほしかった人生だった……

ストーンオーシャンのop映像、久しぶりに神風動画なんでしょうか?
それっぽい感じですよね。


 人里や妖怪の山でスタンドと幻想郷の住民の戦いが起こった日から翌日。真っ白な雲の上を、一隻の巨大な帆船が飛行していた。ロケットエンジンなどというものは一切なく、魔法の力だけで浮いている。それ故に、この船から聴こえる音は帆がバタバタとはためく音だけ。地上にいる者の多くがこの船が空を航行していることに気付かない。

 これが噂の宝船。今朝の文々。新聞の一面を飾ったもの。その甲板にて、霧雨魔理沙は嘔吐していた。

 

「お、おい魔理沙、大丈夫か?」

 

「ヤ、ヤバい……空飛ぶ船なんて初めて乗ったけど、こんなに酔うなんて思ってなかったぜ……うぶっ」

 

「箒に乗ってる時はスゴい荒い運転すんのにね」

 

 空から下に見える雲に向けて魔理沙は胃の中に溜まっていたものを吐き出している。彼女の背中をさするのは紅白の巫女服を着た霊夢で、反対側の端にて魔理沙に心配の声を掛けたのはシルバー・チャリオッツだ。横にはハイエロファントもいる。彼らはとある理由によってこの船に集まっているのだ。

 しかし特段真面目な用事でもないため、4人はほぼピクニック気分。魔理沙が船酔いに苦しんでいる間、ハイエロファントとチャリオッツは思い出話に花を咲かせていた。

 

「思い出すな、チャリオッツ。DIOのいるエジプトへ行くまでの間に、一体どれだけの乗り物をメチャクチャにしてきたか…………」

 

「あれ全部ジョースターさんが関わってるんだよな。俺たちと会うまでにも飛行機一機墜落させたんだろ?」

 

「あれが人生3回目だそうだ」

 

「ヒエェ〜〜、とんでも人生だな」

 

 もしもジョセフが乗っていたらこの船も墜ちるのだろうか、と少々失礼なことを言いつつ2人は空の旅を楽しんでいた。魔理沙に連れられて色々なところを飛行したハイエロファントだが、さすがに身を外に出したままで雲よりも高く飛んだことはない。中々良い経験だ、と呑気に考える。チャリオッツも同様であった。

 吐瀉物を吐き終わった魔理沙が顔を真っ青にして甲板に背もたれをしていると、それを待っていたかのように船尾にある倉から3つの影が現れる。大中小という身長差で現れた彼女らだが、うち一人は服がボロボロになった状態。いかにも何かがあったような雰囲気を出すが、甲板の4人は何も気にしていない様子であった。

 

「ん、飛倉の破片はそろったのか? 寅丸」

 

「はい。もうそろそろ魔界へ向かうことができます。協力感謝します。ハイエロファントさん」

 

「あぁ。いや、礼を言われるよりも、こちらの方が謝るべきだ。魔理沙たちがいきなり勝負を仕掛けてすまない」

 

「いえいえそんな…………」

 

「何言ってんのよ。ハイエロファント。妖怪退治と異変解決のポリシーは『疑わしきは叩きのめす』よ!」

 

 黄色と黒色が入り混じる髪の毛をした女性、寅丸星(とらまるしょう)はハイエロファントに申し訳なさを表情に表してお礼を言う。ハイエロファントの返答に対して謝罪を返そうとするが、魔理沙を置いて手持ち無沙汰になった霊夢が割り込んできた。賑やかなものであるが、ここで先日起こった戦いについて説明しなければならない。

 霧雨魔法店から出発したハイエロファント一行は、宝船こと『聖輦船(せいれんせん)』に向かう途中で霊夢と早苗と合流する。5人は共に船に追いついたところで、この船の寅丸星などの乗組員たちと弾幕戦を繰り広げた。勝利は見事霊夢、ハイエロファントたちが手にし、この船を乗っ取る…………ことはせず、とある目的のために魔界へ向かう乗組員たちを手伝うことになった。言い出しっぺはもちろん、ハイエロファントだ。というのも、チャリオッツが早朝にUFO(飛倉の破片)を拾っていたため、渡すついでに協力を申し出たのである。チャリオッツや霊夢は面倒、報酬が無いなら帰る、と言っていたものの、星に最高のおせち料理を提供すると言われてホイホイついてきていた。

 今この場に早苗がいないのは、魔界に行くまでにあと少しのエネルギーを蓄えるため、破片を探しに行っているからである。破片もとい飛宝はネズミのような少女、ナズーリンが方向をある程度特定しているため、後は回収しに行くのみであった。

 そんなナズーリンだが、不服なことがあるのか、少し顔をしかめた状態で主人である星に向かって言うことがあった。

 

「ご主人、礼を言うのはいいが、その服の替えは無いのか? 一応客の前なのにずっとその格好なのは……」

 

「う、うぅん……どうして私のだけ無かったんでしょう? ナズーリンたちのはあったのに。ハイエロファントさん、知りませんか?」

 

「し、知るわけないだろう……どうして僕に訊くんだ」

 

「チャリオッツさん……?」

 

()ったわけねェーーだろッ! 自分で失くしたものを人のせいにするんじゃあねェ!」

 

 星はチャリオッツに叱られ、仕方なく、といった感じでナズーリンに替えの服を探ってもらおうとする。星は甲板に顔を見せた3人の中で一番()()()方であるが、さすがのチャリオッツも服を盗むだなんてことはしない。正直ハイエロファントはほんの少し彼のことを疑ってしまったが。「それほど万能じゃない」と言いつつも、ナズーリンは主人の服を探すところを見るに、同じやり取りをしたことがあるのだろうかとスタンド2人は考えるのだった。

 そもそも替えの服があるのかどうかも分からない星のことを置いておいて、ハイエロファントたちはもう一人の女性に注目する。真っ白い服を着て、頭には紺色の布を被っている。ハイエロファントは彼女が尼僧だと理解するが、その横に不可解な存在がいるのだ。注目の的は()()なのだ。

 

「えェーーと、一輪……だっけ? あんたの名前」

 

「えぇ。そうよ。雲居一輪(くもいいちりん)ね。何か質問? 剣士さま」

 

「いや……その……なんだ。な? ハイエロファント。お前も……気になってるよな……?」

 

(ぼ、僕に振るのか)

「……いや、まぁ…………つかぬことを伺うようだが……その……君の左側にいるのはスタンド……なのか?」

 

「スタンド……?」

 

 一輪は自分の左横に(たたず)む者と顔を合わせる。ハイエロファントたちが妖怪ではないことは先に知ったが、彼女の左にいる()は彼らと同じ存在であるわけではない。

 ()()()()()()()ものの、彼はスタンドではない。煙か雲のように白く、若干半透明である彼。その正体とは妖怪、入道の雲山(うんざん)だ。

 

『………………』

 

「雲山はちゃんとした妖怪よ。ちょっとシャイというか、寡黙なんだけど…………うん。「よろしく」だって。私も含めてよろしくね」

 

「あ、あぁ……よろしく……」

 

「なんというか……すみませんでした……」

 

 雲山の無言の圧力(彼は全く加えているつもりはない)に気押され、チャリオッツとハイエロファントはほんの少し萎縮気味だ。雲山は何と言っても目力が凄い。眉間に(しわ)も寄っているし、彼は雲であるが雷オヤジのあだ名が実に似合いそうである。

 ハイエロファントたちは一輪と、霊夢は星たちと会話していると、こんどは船首の方からもう一人少女が姿を現した。水平帽とセーラー服に身を包み、星輦船の操舵手兼持ち主である船幽霊、村沙水蜜(むらさみなみつ)柄杓(ひしゃく)を片手に、ハイエロファントの方へとやって来る。

 

「空の旅はいかがかな? ハイエロファントくん」

 

「あぁ、快適だ。村沙船長」

 

「あはは。そう言われると気分が乗るよ。ここらで一旦船を停めようと思ってね。その報告よ。緑髪の子が戻ってくるのをここで待って、飛宝を補完したらいよいよ魔界へ出発だ」

 

「分かった。魔理沙たちにも伝えておくよ」

 

「なぁ、村沙。ちょっと質問があんだけどよ」

 

「うん?」

 

 チャリオッツが手を挙げて村沙へ質問を投げかける。その内容は飛宝についてだ。チャリオッツたちが耳にした、村沙たちの目的というのは魔界に封印されたという魔法使いの復活。自分たちも地底に封印されていたらしいが、先日の地底の異変の影響で地上に出てきたとのこと。村沙たち星輦船の乗組員である妖怪たちはその魔法使いに恩があるようで、地底の異変に便乗して地上へと脱出、そしてこうして封印を解くために魔界へ向かおうというらしいのだ。

 

「この船が地底に封印されてたのは分かったが、じゃあどうしてそのエネルギーになる飛宝まで別々にぶっ飛ばされたんだ? 船全体がバラバラになったならまだしも、飛宝だけ別なんてな」

 

「たしかに。この船はどこも欠けている部分は無さそうだ」

 

「あぁ……そのことね。私もそのことについて説明しようと思ってたんだ」

 

「理由が分かったのか?」

 

「うん。まぁ、大方ね。ハイエロファントくんたちが飛宝のことをUFOって言ってたことで分かったわ。私たちには元々の姿で見えたけど、他の人にはそれとは全く別の姿に見える現象……一輪は分かるよね?」

 

「……ぬえのこと?」

 

「大正解! どーしてこんなことをしたのかは知らないけどね〜〜」

 

 一輪と村沙は2人だけで会話を進める。質問者であるチャリオッツは完全に置いてけぼりだ。ぬえという者がどうやら絡んでいるようだが、その正体は2人は知らない。ハイエロファントは村沙に説明を求めた。

 

「なぁ、僕たちにも分かるように説明してくれ。ぬえって誰のことなんだ?」

 

「ぬえは私たちと一緒に地底に封印されてた妖怪よ。正体不明の妖怪、(ぬえ)ね。彼女の能力によって、おそらく飛宝は本来の姿を隠されていたのよ。()()()()()()()()()()()に見える能力」

 

「に、認識能力を操れるのか? そのぬえは」

 

「まぁ、隠された物の正体を分かってれば大丈夫だけどね。手触りや匂い、音の認識も書き換えることができるから、正体を探れば探るほど本来の正体は隠される」

 

 ぬえの恐ろしい能力を村沙から聞いていると、船の外で一つの人影が揺れる。何者だ、とハイエロファントとチャリオッツが顔を上げると、風になびく緑色の髪が見えた。村沙は「ようやく来たね」と呟き、反対側の船の端にいる霊夢たちも「おそーい!」と声を上げる。ついに早苗が到着したのだ。大きな籠に飛倉の破片を大量に詰めて背負っている。

 甲板に降り立った早苗は一輪に籠を渡すと、雲山が軽々とそれを持ち上げ、船尾にある倉へと引き返して行った。

 

「遅くなりました。森の中に不自然に飛宝が集められていた場所があって、籠に入れるのに手間取っちゃって」

 

「いや、いいのさ。これでいよいよ魔界へ行けるわけだね。一輪が法力を高めてくれるから、その補填が完了したら出発しよう」

 

「なんだなんだ。いよいよ行くのか?」

 

「魔界なんて初めて行くわねーー」

 

 一輪が倉へ行くと同時に、魔理沙や霊夢、星たちも村沙の元へ集まり出す。封印されている魔法使いの解放には興味無さそうな魔理沙と霊夢だが、行ったことのない魔界へ出向くのには少しワクワクしているようだ。彼女らはそれが幻想郷の住民らしさだと言いそうだが、ハイエロファントたちは『魔界』という物騒な名前に不安さを覚えずにはいられない。

 

「ハイエロファント……なんかよぉーー、今になってちょっと怖くなってきたぜ……」

 

「あぁ……僕も同じだ。『魔』の字がついてるから、不穏な雰囲気しか感じない」

 

「そもそも今日は大晦日だぜ。もっとゆっくり過ごすべきだ…………」

 

 チャリオッツの呟きに、ハイエロファントも「そういえばそうだったな」とこぼす。何を今更、と言われればそれまでになってしまうが。

 しかし、魔法店に住む3人の中で一番しっかりしているハイエロファントですら、大晦日という一年の中で最も忘れることのない日を頭の中に入れていなかった。元々幻想郷に住んでいる者はそうでもないようだが、やはり外からやって来て、従来とは違う暮らしの中で生きるスタンドたちは忙しさに振り回されてしまうようである。

 そのように、各々がそれぞれ思ったことを口にしていると、今度は早苗とは別の人影が船外に見えた。まず最初に気付いたのは村沙である。

 

「……噂をすればって感じ? ハイエロファントくん、さっき話してた子が来たよ」

 

「!」

 

 村沙の言葉を聞き、甲板にいる者全員が同じ方向へ注目を移す。真っ青な空と真っ白い雲の間に、一人の少女が浮遊していた。

 黒い髪をサイドへ流し、黒いワンピースと赤い大きなリボンを胸元に着けている。そしてその背中には、赤色と青色の奇妙な形をした翼のような物体が生えていた。彼女こそが封獣ぬえ。幻想郷中へ飛び散った飛宝に自分の能力をかけ、村沙たちの飛宝集めを邪魔していた犯人だ。

 

「まさか飛宝が集まっちゃうなんてね…………私が回収に向かわせたスタンドたち、みんなしくじったのか」

 

「!」

(ぬえ……スタンドの存在を知っている? 回収に向かわせたと言ったが……)

 

「村沙、知らないとは言わせないわ。人間と妖怪が手を取り合って、平和を作り出すなんて許されることじゃない! 平等はあり得ないわ」

 

「……ふ〜〜ん。船幽霊、そんなこと考えてたの? それはちょっと博麗の巫女として放っておけないような気もするけど…………ねぇ?」

 

「あはは〜〜……巫女さん……それは私たちが解放したい聖が掲げているものであって、私たちが目指してるわけじゃあないんだよぉ〜〜〜〜…………」

 

「今村沙……しれっと聖のせいにしませんでした?」

 

「いや、賢明な判断だよ。ご主人。ここで博麗の巫女を敵に回したら、下手したら船を堕とされるかも……」

 

「あん? お前ら何ゴニョゴニョ喋ってんだ?」

 

 ハイエロファントはぬえの言葉に食いつき、霊夢は村沙に詰め寄る。早苗と魔理沙は色々と理解が追いつかず、チャリオッツは様子のおかしい星たちを気にかけるなど、ぬえの出現によって甲板は軽く混乱していた。

 そんな状況を気にすることなく、ぬえは言葉を続けた。

 

「飛宝はもう集まっちゃったからしょうがないけど、最後に立ち塞がるのはこの私よッ! この私自身の弾幕と、スタンド『ビーチ・ボーイ』によってね!」

 

「何ッ!? スタンドだと!」

 

 ハイエロファントが目の色を変えて叫ぶ。ぬえはまさか、自分だけのスタンドをもっている? いや、まさかなと思う彼だが、注意しておくに越したことはない。

 そして次の瞬間、ぬえの広げられた右手から、鉄か何かでできた棒のような物体が伸びる。一同は出てきたその物体の正体をすぐに理解することはなかったが、徐々に正体を明らかにしていった。『釣竿』である。人型スタンドではなく、本体が直接手で操作するタイプの釣竿スタンド!

 

「スタンドは溢れ出る精神のエネルギー! よって、標的がたとえ幽霊であろうとも攻撃することができる。くらえ、村沙ッ!」

 

「!」

 

「何かヤバいッ! 村沙、避けるんだッ!」

 

 ハイエロファントは叫ぶが、村沙の体は彼の命令通りに動くことはなかった。ぬえはビーチ・ボーイを両手で思い切り振り、その釣り糸を村沙の方へと高速で飛ばす。避けることはできなかった村沙だが、なんとか攻撃は防ごうと腕は動き出す。釣り針と反射で動き出した左手がぶつかる…………と思われた時、ビーチ・ボーイの能力がはたらき出す。

 

 

チャポッ!

 

 

「つ、釣り針が手の中にッ!?」

 

「ハ、ハイエロファント、ヤバいんじゃあないのかッ! あの能力は何なんだ!?」

 

「分からない魔理沙…………とにかく、あれを引っ張り出すぞッ! チャリオッツ!」

 

「言われなくてもだ!」

 

 予想外の結果に、皆はそれぞれ驚きの声を上げる。ただ、並々ならぬ予感に襲われたハイエロファントとチャリオッツは村沙へ駆け寄り、彼女の左手の中にぐんぐん潜り込む釣り針を引っ張り出そうとする。

 ハイエロファントは糸を掴んで引っ張り、チャリオッツは村沙の腕や肩を掴んでハイエロファントとは逆方向へ引っ張る。しかしそれでもビーチ・ボーイの釣り糸は進行を止めることはできず、村沙は顔を引きつらせるばかりだ。

 

「うぅッ! ひ、左腕をどんどん上ってくる……もう肩のところまで来たよ!」

 

「くそッ、釣り糸が細くて上手く掴めないッ……! どんどん糸が進んでいくぞ!」

 

「どいてろ、ハイエロファントッ! 俺が糸をぶった斬ってやるぜッ!」

 

「おや、本当にいいのかなぁ〜〜?」

 

「何ッ……!?」

 

 糸を切断しようとするチャリオッツだが、ぬえの言葉に水を差されてしまう。握っていたレイピアが中途半端なところで止まり、ハイエロファント共々ぬえに注目する。

 

「今その状態で『糸』を攻撃したら、釣り針が潜っている村沙に攻撃のダメージが行っちゃうよ。その武器で叩っ斬ったら、村沙は即死しちゃうかも」

 

「……ハッタリだ。ハイエロファント、俺は斬るぜ!」

 

「…………いや、待て。チャリオッツ」

 

「なんでだ!? 村沙が殺されちまうんだぞ。お前が飛宝集めを手伝うって言ったんだろッ!」

 

「………………」

(あぁ。言った…………UFOを持ってたついでだが。ぬえが言ってることが本当ならば、チャリオッツが釣り糸を攻撃しても村沙は死ぬ。しかし…………)

 

 ハイエロファントに瞳は無い。故に、外からはハイエロファントがどこを向いているのかはハッキリとは分からない。それを利用し、ハイエロファントはぬえがビーチ・ボーイを握っている方とは別の手に目をやっていた。体で隠しているつもりなんだろうが、その手には弾幕が込められている。おそらく、チャリオッツが自分の制止を振り切ってレイピアで糸を斬ろうとした瞬間、弾幕を当てようと考えているらしい。言い方を変えれば、ぬえは村沙にダメージが行く前に、チャリオッツを邪魔しようというのだ。しかし、隙ならば先程ハイエロファントとチャリオッツが糸を引っこ抜こうとしていた時十分見られたはずだ。そこを狙わなかったのはおそらく、スタンドの操作と弾幕攻撃を上手く両立させられないのかあるいは…………

 それに、ぬえはわざわざビーチ・ボーイの特性を今、口に出して話した。対策を取れと言っているようなものである。ハイエロファントはこの2つの事柄から、ある考えを導き出した。

 

「チャリオッツ……ぬえの狙いが分かったかもしれない」

 

「何だと……!? い、一体何なんだ? 手短に話せよ。村沙の心臓に釣り針が向かってる!」

 

「ぬえに村沙を殺すもつもりはない」

 

「何ッ……!?」

 

 ハイエロファントは小さい声で告げ、チャリオッツもまた小さめの声で驚きの声を上げる。彼らの会話の内容はぬえに届いてはいない。ぬえはビーチ・ボーイを振りかざしながら、ハイエロファントたちに脅し文句を吐く。

 

「おい! ゴチャゴチャ何を話してるのよ。村沙がどうなったもいいわけ!? このままだと釣り針は心臓に侵入して、ビリビリに破っちゃうんだよッ! 分かったなら、大人しく魔法使いの救出を断念するんだ」

 

「そ、それはやめなさい! ぬえ、あなたがしていることは間違ってるわ!」

 

「…………」

 

 「村沙を殺す」と言っているが、ハイエロファントたちが動揺を見せることはない。ぬえを止めようとする星も、ハイエロファントたちが何のアクションも起こさなくなったことに「不可解だ」と示す表情を見せている。ハイエロファントの仮説、たとえ嘘だったとしてもこの状況を切り抜けられる自信があるのだ。

 

「ぬえ、お前の目的はもう見抜いた。どうせ無駄なのに、こんなことするのか?」

 

「な、何だとぉ?」

 

「本当に殺すつもりがあるのなら、どうしてスタンドの弱点とも取られる能力をベラベラ喋る。他のスタンドとの交流で、スタンドバトルにおいて能力の詳細がバレることが致命的だと分かっていてもおかしくないんだがな」

 

「う、うるさい!」

 

「スタンドを使って戦おうとしても、お前はそのスタンドの本体よりもスタンドの性能を引き出すことは不可能だ。スタンドは才能だからな。お前じゃ僕たちには勝てない」

 

「うるさいうるさい! このッ…………みんなして私を除け者にするのかッ! 村沙はもういい! まずはメロンみたいなお前から死ねッ!!」

 

 ぬえがビーチ・ボーイをしならされると、村沙の体を通過した釣り針が、今度はハイエロファントへ襲いかかる。釣り針が外へ出てきた部位は村沙の胸の辺り。すでに心臓付近に針は到達していたのだ。それでも村沙の心臓を抉らなかったということは、やはりぬえに村沙を殺すつもりは無かったらしい。それに、ビーチ・ボーイが別の人物のスタンドだと指摘したが、それについてぬえは何の反論もしなかった。その点を踏まえると、ハイエロファントの予想は当たっていたのだろう。もっとも、ビーチ・ボーイが展開される瞬間のエネルギーの出処は、ぬえではないことがバレバレであったのだが。

 ハイエロファントに釣り針が向かうことで、周りにいた魔理沙や早苗は血相を変えるものの、当の本人は焦りを一切見せることはない。自分の最も近くに、信頼できる旧友がいる。

 

「……村沙から僕へ攻撃をしてくるのは予想外だったな。だが、チャリオッツッ!」

 

 

ガィイイィ〜〜ーーン!

 

 

「きゃあ!」

 

「煽りに煽りまくるなんてよ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃあねぇのぉ〜〜? ハイエロファント!」

 

「どうかな。だが、助かったよ」

 

 釣り針がハイエロファントに到達するよりも速く、チャリオッツはぬえが持つビーチ・ボーイをレイピアで弾いた。スピードが乗っていた針はハイエロファントの頬をギリギリに避けていき、ぬえの攻撃は失敗。チャリオッツの突然の攻撃により、ぬえはビーチ・ボーイと一緒に船外へと放り出されてしまった。

 チャリオッツは船のはぎつけを蹴り、外へ吹っ飛ばしたぬえを追う。ハイエロファントも同じように後を追おうとするが、彼は村沙を振り返って告げる。

 

「村沙、僕とチャリオッツはぬえを止める。他の皆と一緒に、先に魔界へ向かっててくれ」

 

「う、うん。分かったわ。船を動かしてくる!」

 

「ハイエロファント、3人の方が早いぞ! 私も行くぜ」

 

「いや、魔理沙。気持ちはありがたいが、僕とチャリオッツだけで充分だ。ぬえはスタンドも持っているしな。別に魔界に行きたくないというわけじゃあないから、安心してくれ」

 

「魔界に行きたくないんだな」

 

 魔理沙は呆れたような顔を浮かべるが、「死ぬなよ!」と冗談めかして言うと手を振ってハイエロファントを送り出す。彼もまた軽く手を振り、はぎつけを蹴飛ばして雲の真上でぬえと対峙するチャリオッツの横へと降り立った。

 上を見上げると、星輦船が船首の向く方向を変えて魔界へと動き出していた。ぬえは忌々しそうにハイエロファントたちを睨みつける。

 

「こ、このォ……赦さない……私の邪魔をするなんて!」

 

「邪魔してたのはどっちだ」

 

「うるさい! もう頭きたわッ! えぇ、そうよ! 村沙は最初から殺すつもりなんて無かったわよ! でも、あなたたち2人は別。今からこの私の弾幕で、生涯の引導を渡してやるわッ!」

 

「八つ当たりもいいとこだ。だが、ちょうどいいかもしれない。僕もチャリオッツも、キング・クリムゾンとの戦い以来あまり体を動かしてないからな。ナマりをほぐすために存分に戦わせてもらうッ!」

 

 

 




ようやく『星蓮船』って感じになってきました。
いよいよフィナーレですけど。


to be continued⇒


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63.夕空に舞う『正体不明』

私のぬえのイメージと、世間のぬえのイメージにかなりの差があるのではないか。そうとしか思えない近頃。


ビーチ・ボーイ!!」

 

「おっと!」

 

 振るわれる釣竿、ビーチ・ボーイの攻撃を次々と躱していくハイエロファントたち。鞭のように先端が最も速くなっている攻撃であるが、ぬえがビーチ・ボーイを完全に御し切れていないこともあって回避することは容易い。彼女は片手間に弾幕も放つものの、意識をビーチ・ボーイにも向けているがために威力の低いものとなっていた。

 

「なぁ、ハイエロファント。やっぱり一対一でやった方がいいんじゃあねぇの? ちょっと()()()()()っつーかよォ〜〜。いじめてるみたいで気分悪いぜ」」

 

「気持ちは分かる。さっき僕は「存分にやる」と言ったが…………肝心のぬえがあの調子じゃあな……」

 

「な、何よ。なんか文句あるの!?」

 

『………………』

 

 ぬえは「文句があるならハッキリ言え」と2人に叫ぶが、ハイエロファントたちは黙りこくってしまう。

 ハイエロファントが理解したぬえの目的とは、あくまで村沙たちの邪魔をすることだった。それは村沙が言っていた地底での話と、ぬえが先程口走っていた「除け者にするのか」というセリフで裏付けされている。ぬえが自分で口で話すことはないだろうが、おそらくぬえは村沙たちが復活させようとしている者とは面識が無く、彼らの活動から仲間外れにされてしまったことを根に持っているのだろう。それでその腹いせとして、村沙たちの集まる飛宝を能力で隠したのだ。最後に直々に乗り込んできたのは半分自棄になっていたからだろうか、とハイエロファントは予想する。

 だがそれはそれとして、この状況はどうにも気まずい。激戦を予感していたチャリオッツとハイエロファントだったが、プライドが高すぎるのか何なのか、ぬえはビーチ・ボーイを手放そうとせずにできもしないスタンドと弾幕の同時攻撃を試み続けていた。故に、ハイエロファントたちが攻撃しようとしても弱々しい反撃しかされないため、逆に2人の方が参っていたのだ。

 

「チャリオッツ、君が先に戦ってくれ。僕は……後でいい。疲れた」

 

「お前だけ抜けようとするんじゃあねェーーッ! 本当は全然疲れてないの知ってるんだからな!」

 

「じゃあ、どうするっていうんだ。このままいじめみたいなことを続けるのか?」

 

「いや……それは…………」

 

 ハイエロファントとチャリオッツは、いよいよぬえをそっちのけで話を始めてしまう。「お前はこういう時の役だろう」と押しつけるハイエロファントと、「お前がとことん戦うって言ったんだろ」と言い返すチャリオッツ、その姿は知らないうちにぬえをとことん怒らせてしまっていた。肩をワナワナと振るわせ、ずっと自分をナメた態度を取り続けているスタンドたちに、ぬえは我慢の限界に達していた。

 仮にも彼女は大妖怪。少女というちっぽけな姿と、どこか幼さが残る情緒からは想像されにくいが、彼女はすでにハイエロファントたちの数十倍は生きているのだ。長い年月を生きた大妖怪としてのプライドが、ぬえをさらにヒートアップさせる。

 

「ビーチ・ボーイ……あいつら、私たちのことナメきってる……! 絶対赦せないわ……! いいの? あなたも、『マンモーニ』って言われてるようなもんなのよッ!」

 

 

『……………………』

 

 

「…………」

(()()()()かしら……)

 

 ぬえは左手に持つビーチ・ボーイに強く言う。ビーチ・ボーイの怒りを誘うように、ビーチ・ボーイに眠る力を呼び醒ますように。この行為に何の意味があるのか、この場ではぬえにしか分からなかった。

 すると、ビーチ・ボーイの釣り糸がゆっくりともたげられる。ヘビが鎌首をもち上げるように、ゆっくりと。先にある釣り針は獲物に狙いを定めるように、未だ言い合いをするチャリオッツとハイエロファントを交互に見やる。目は無いというのに一人でに動き出して攻撃対象を選んでいた。いくら自らの手で操作しなくてはならないスタンドであっても、意志そのものであるのは人型スタンドたちとは何ら変わらない。ビーチ・ボーイは今ここに、明確な攻撃の意思をもったのだ。

 

「だから、チャリオッツ。こういうのは君の役目だろう。今回は「ここは俺がやるぜ」と言わないのか」

 

「俺はお前に自分の言ったことに責任をもてと言っとるんだよ! エジプトに上陸した時もだなァ〜〜……」

 

 

ヒュンッ ヒュン ヒュン……

 

 

「! ハイエロファントッ!!」

 

 

ギャァア〜〜ン!

 

 

「な、何だッ…………!?」

 

「ん! 惜しかった。もう少しだったのに」

 

「釣り針の攻撃…………!」

(ぬえは動かなかった……釣り糸だけが勝手に動いてハイエロファントの背後に回ったのか。ようやくスタンドの方も本気になったな……!)

 

 チャリオッツは叫んだかと思うと、素早くハイエロファントの背後に移動。ハイエロファントが背後に回った釣り針に気付くよりも早く、チャリオッツはビーチ・ボーイによる高速の攻撃をレイピアで弾いた。ぬえが操っていた時よりも格段に速くなっている攻撃は、防御に使われたレイピアを握る右手に痺れを残す。一本の釣竿から放たれたとは思えない攻撃だ。

 奇襲が防がれたと分かったぬえは、空いている己の右手を2人の方へとかざし、掌に妖力を込める。青色に輝く光球、弾幕攻撃の予備動作。

 

(何か考え事を…………狙いは剣士の方に)

「くらえ!」

 

「……! エメラルドスプラッシュ!!」

 

 

ドバァアア〜〜ン!

 

 

(気のせいか? 弾幕の威力が上がったぞ)

「チャリオッツ……さっきと動きが全然違う! ぬえがビーチ・ボーイに何かしたのか?」

 

「さぁな……だが、これでどっちが戦うか決めなくてよくなったぜ。このまま二対一で……いや、二対二か」

 

 ビーチ・ボーイがようやく()()()()()()()動き始めたと言ったところか。ぬえがスタンドだと言ったぐらいで、今まではずっとぬえに操られていたままだったものが、ここにきてようやく自ら攻撃し始めた。流れるスタンドエネルギーも徐々に強くなってきている。「ここからが本気だ」と言わんばかりに、ぬえも口角をつり上げた。

 ビーチ・ボーイの釣り針は一旦ぬえの近くまで戻ると、糸をさらにリールから放出。その長いリーチを見せつけるように、無作為に糸を空中に放置する。ぬえたちが第二ラウンド開始の準備ができたことを表すと、ハイエロファントたちの方も顔を見合わせて頷いた。

 

「ハイエロファント、ぬえは任せたぜ」

 

「君にはビーチ・ボーイを頼む」

 

「さぁ、時間はかかったけどここからようやく本番の勝負よ。この大妖怪、ぬえに逆らったことをとことん後悔させてやるッ!」

 

『………………』

 

 

ギュウウゥン!

 

 

「おっと! この釣竿いきなりだな。ゴングにはちょうどいいがッ!」

 

 ビーチ・ボーイの先制攻撃から、再び戦いの幕が開かれる。釣り糸に波を立たせて()()()()を作り、横波の運動をエンジン代わりに釣り針がチャリオッツへ突っ込んだ。しかし、ハイエロファントへの奇襲攻撃に対応できた彼が、最初から見える位置からの攻撃で遅れを取ることはない。すぐさまレイピアを持ち上げ、小さな釣り針に刃を器用に当てて弾き飛ばした。

 チャリオッツが言うようにビーチ・ボーイの攻撃を皮切りに、ハイエロファントとぬえも弾幕戦を開始した。先制を奪ったのはぬえだが、既に両掌から緑色の液体をドバドバ流し出していたハイエロファントはすぐにエメラルドスプラッシュで応戦する。ぬえは矛と盾の機能を全て弾幕に任せ、ハイエロファントはエメラルドスプラッシュを撃ちつつ体を紐状に解き、ぬえの弾幕群を回避。そのままチャリオッツから離れるように、一対一の戦いにもつれあっていった。

 

「結局一対一になったな…………だが、これが一番相性が良いか。遠距離同士とそうでもない同士でよ。ハイエロファントじゃ、お前の相手は難しいかもな」

 

『………………』

 

「さぁーーて、どう料理してやろうか? この釣竿」  

 

 ビーチ・ボーイは怯むことなくチャリオッツに向かって釣り針を振るう。先程と同じように、釣り糸の先端にある釣り針のスピードはかなりの速く、そして予測不能な動きをする。予め針の動きを読むよりも、動体視力に頼って弾いた方が簡単だ。そしてそれが可能なのが、負傷してもなおポルナレフに鍛えられたチャリオッツなのである。

 

「フンッ!」

 

『………………』

 

 

ドギャッ ガィン! カァアア〜〜ーーン!

 

 

 ビーチ・ボーイが上手いこと糸が絡まないように釣り針を振り回してくる様はまさに乱舞。チャリオッツも負けじとレイピアを振るい、小さく歪曲した針を自分の体に寄せつけない。魔法店では見られないが、剣を扱う時にだけこの精密な動きができるのだ。

 そうして攻撃を続けるチャリオッツ。彼にはある狙いがあった。

 

「………………」

(このスタンドが釣竿である限り、ずっとついて回る弱点! こんなに長く伸ばして(たる)ませた今なら、この鬱陶しい動きの原因である『糸』を切断できるはずだ)

 

 釣りをしたことがなくとも、釣竿に糸がなくては何もできないことは誰にでも分かる。ビーチ・ボーイが釣竿である以上、その糸を切断されては一切の攻撃はできなくなるのだ。そしてそれを守るのは糸によって操られる釣り針だけであり、肝心の釣り糸はだらしなく伸びきってそこら中に漂っている。

 ほんの一瞬だけでいい。釣り糸に接近し、レイピアで断ち切る。それさえできれば勝利なのだ。

 チャリオッツは考える。ビーチ・ボーイは的確に首筋や頭、胸を優先して狙ってくる。殺意が存在するのだ。人間の弱点である心臓や頸動脈、脳なんてものは一般人でも知っているが、いざそこを突いて殺せとなると躊躇(ためら)われるのが普通である。いくら今は人外とはいえ、それらを率先して破壊しようとするところ、このスタンドの本体はおそらく以前に人を殺めたことのある人物、あるいは殺めかけた経験のある者だと推測できる。チャリオッツはそれを逆手に取ることを思いついた。

 

「頭と首…………防御したらどこを攻撃する?」

 

『…………』

 

 

グゥオオォォン!

 

 

 当然、と言わんばかりにビーチ・ボーイはチャリオッツの胸へ、人間ならば心臓のある左胸へと突進を仕掛ける。チャリオッツは外から見えぬ口を「ニヤリ」と動かすと、胸に釣り針が到達するのを待ちわびる。無抵抗のまま、胸に釣り針が入り込むのを。そして…………

 

 

チャポッ…………

 

 

「よしッ……アーマーテイクオフ!」

 

 ボン! と音を立て、チャリオッツの全身を覆っていた装甲が弾け飛ぶ。

 ビーチ・ボーイはチャリオッツの狙いにまんまとハマったのだ。弾け飛んだ装甲に潜らせたまま、釣り針は装甲ごとチャリオッツから引き剥がされてしまう。釣り針が未だ装甲の中に潜っている今がチャンスである。チャリオッツはこれを待っていた。

 

「お前の攻撃よりも今の俺の方が速いッ! その釣り糸をぶった斬ってやるッ!」

 

『…………!』

 

 ビーチ・ボーイは危機を感じたのか、釣り糸をうねらせて釣り針を装甲から引き抜こうと試みる。しかし、それよりもチャリオッツの方が一歩速い。一瞬で(たる)んだ釣り糸の後ろへ回り込むと、レイピアを力の限り振り下ろす!

 

 

バギャアァ!

 

 

「! 何ッ!? き、傷付いたのは装甲の方…………ぬえの言っていたことは本当だったのか! いやそれよりも、釣り糸が斬れなかっただとッ!?」

 

『…………』

 

 ビーチ・ボーイの糸はチャリオッツのレイピアを確かに受けた。しかし、糸が切断されることはなく、切断のエネルギーはそのまま釣り針が潜るチャリオッツの装甲の方へ。そして装甲は破壊された。

 ビーチ・ボーイの能力は壁や床、その他物体を通過してターゲットだけをつり上げることだけではない。今この瞬間に起こった出来事こそ、ビーチ・ボーイの真の能力なのである。先述の能力はあくまでおまけ。釣り糸が受けたエネルギーを、先端に釣り針から放出することこそが隠された恐ろしい能力なのだ。

 糸を切断できなかったことに呆気に取られたチャリオッツは、ビーチ・ボーイの釣り針が接近してくることへの反応が遅れてしまう。まずい。今は装甲を(まと)っていない。もう()()()()にできる物が無い。チャリオッツはレイピアで防ぐしかなかった。

 

 

ギュルウゥッ!

 

 

「うおっ! レイピアの刃に……巻きつきやがった!」

 

『………………』

 

 

ギリッ……ギリ ギリ ギリ

 

 

「…………!」

(まずい……思っていたよりもパワーが強いッ…………! このままビーチ・ボーイに引っ張られたら、ぬえの弾幕攻撃をくらっちまう! あの野郎、チラチラこっち見てやがるからな)

 

 チャリオッツはビーチ・ボーイの釣り糸が巻きつき、強く引っ張られるレイピアを両手で掴んで手放すまいと抵抗する。しかし、このままではぬえの方へと引き寄せられ、彼女の弾幕の餌食となってしまうだろう。ハイエロファントと撃ち合う彼女だが、チャリオッツとビーチ・ボーイの戦いも横目で観察しているのだ。アーマーの無い今、弾幕をたった一撃でもその身に受けるのはまずい。

 かと言ってレイピアを手から離してしまえば、チャリオッツは丸腰となる。ビーチ・ボーイのさらなる攻撃を迎え撃つ手が無くなってしまうのだ。では、チャリオッツはどうする? 考える余裕もないこの状況下で。

 

「ぬぐうッ! ひ、引きが強いッ……!!」

 

『………………』

 

「く、くそッ…………!」

 

 レイピアを手放してしまうよりかは、まだ()()()の方がいい。己の自慢スピードにものを言わせる作戦。成功する確証は無い。一か八か、チャリオッツは攻勢に出る決心をした。

 

「そんなに…………この剣が欲しいならよォ〜〜! おめぇにやるよッ!」 

 

『…………!』

 

 

ドン!

 

 

「承太郎やハイエロファントにも秘密の、チャリオッツ(この俺)の奥の手だぜ」

 

 チャリオッツのレイピア、その剣針はまるで弓で放たれた矢のように、ビーチ・ボーイ目掛けて高速で飛んでいく。ビーチ・ボーイはこの予想だにしなかった攻撃に度肝を抜かれたのか、思わず巻きつけていた糸の拘束を解いてしまう。その行動によって剣針は本来のスピードを十分に活かすことができ、何の邪魔もされることなく竿へ向かうことができた。

 ビーチ・ボーイが焦ったのはすぐに分かり、長く引き出された釣り糸が凄まじい勢いでリールに巻き戻される。が、防御手段として使われる釣り針の帰還、それが叶うことはなかった。

 

 

ドギャアァッ!

 

 

「!! ビーチ・ボーイッ!?」

 

「……! チャリオッツ、やったのか!」

 

「あぁ。お見舞いしてやったぜ。竿にヒビが入った。これでもうさっきより自由には動けねぇだろうよ」

 

 ビーチ・ボーイの身に、細い縦向きのヒビがビシビシと広がっていく。しかしまだ闘志が消えていないのか、ビーチ・ボーイは釣り針を空中に残したままチャリオッツへ狙いを定めようとしていた。ビーチ・ボーイは()()に気付いてか、それともがむしゃらになっているのか。戦いはすでに終わっているというのに。チャリオッツはもはやぬえにも触れる位置まで距離を詰め、飛ばした剣針を元に戻した状態でビーチ・ボーイに獲物をかざしていた。

 

「なっ、いつの間にこれだけの距離にッ…………!?」

 

「俺も同時に相手にするか? それもいいが、この釣竿はもう使えなくなるぜ。釣り針を引っ込めないってんなら、バラバラに破壊してやる」

 

『…………!!』

 

 「バラバラにする」。この言葉に反応してビーチ・ボーイは一人でにリールを回し、釣り針を納める。そのスピードはチャリオッツが剣針を飛ばした時と同じぐらいの速さ。予想外の出来事に、チャリオッツも思わず目を丸くした。

 

「な、何だ? 思ってたより物分かりがいいな…………トラウマでもあるのか?」

 

「ちょ……ちょっとビーチ・ボーイッ! そんな風に引っ込むなんて無いでしょ! もう一回出てきなさいよッ!」

 

「終わったのか。チャリオッツ」

 

「あぁ。まぁな。残るはぬえだけだぜ」

 

 ハイエロファントがチャリオッツの隣へ降下してくると、2人はぬえへと目をやる。彼女はビーチ・ボーイが自ずと攻撃を加えるようになる前と同じように、またワナワナと肩を震わせ始めていた。ぬえからすれば、この状況は屈辱以外の何でもない。ようやくまともに戦えるようになったと思えば、肝心のパートナーはちょっと傷をつけられて脅されるだけで萎縮してしまい、戦闘不能に。逆転したと思った立場はそのままもう一度180度回転してしまった。

 しかし、ビーチ・ボーイがチャリオッツの脅しをホイホイ聞いてしまったのにも理由がある。それはビーチ・ボーイの本体であるペッシの死因にあった。彼はザ・グレイトフル・デッドの本体、プロシュートとコンビを組んでブチャラティたちに戦いを挑んでいる。その際プロシュートにより、殺し屋としてのプロ意識を開花させた。プロシュートが説いたのはすなわち、一種の『誇り』であり、『覚悟』である。だがペッシの場合は回り回って、ブチャラティにゲス野郎と言われるだけの場所にまで堕ちてしまった。彼が最期に見せたのは『覚悟』や『誇り』でも何でもなく、ただの悪あがきに過ぎなかった。ブチャラティが下した鉄槌により、ペッシはバラバラに分解、死亡する。その過去があったからだ。

 

「さァ、どうする? ぬえ。お前がまだやりたいってんなら俺たちも続けてもいいが、お前は圧倒的に不利だと思うぜ。その釣竿は完全に戦闘を諦めたみてぇーだしな」

 

「少しヒビが入ったぐらいで情けないな。僕なんて両脚が吹っ飛んだこともあったのに」

 

『…………ッ!!』

 

「まじ? そりゃあ初耳だな!」

 

 ビーチ・ボーイはぬえの手の中でガタガタと震えている。おそらくこれはチャリオッツの脅しによる恐怖だけでなく、ハイエロファントの言葉に対する怒りも混じっているのだろう。

 プロシュートの覚悟を見せられ、殺し屋として目醒めたペッシの意志。それは確かにビーチ・ボーイに存在する。だが、ブチャラティに倒され、チャリオッツに形成逆転を許してしまった現在。ビーチ・ボーイはほぼ元々のペッシと同じ状態へ逆戻りしていた。言い返そうにも、二つの意味で言い返せなくなっていた。

 ハイエロファントとチャリオッツの余裕たっぷりな会話を聞き、いよいよぬえの我慢も限界となる。歯を食いしばり、彼女は叫んだ。

 

「…………そんな……そんなナメた口を聞いてるんじゃあないぞッ! 私はかつて人間共に恐れられた、大妖怪ぬえさまだッ! お前たちみたいな馬の骨なんかに、負けるわけないんだァーーッ!!」

 

「!」

 

「ハイエロファントッ……何かマズいッ!」

 

 

ビカァアアアッ!!

 

 

「こ、この光はッ……!? 何かパワーがあるッ……」

 

「ぬえが発してやがるのか! 眩しいッ!」

 

 ぬえの体が強烈な光に覆われ、やがて彼女のシルエットすらも消えていく。近くにいたハイエロファントとチャリオッツは赤や青、緑と目まぐるしく色を変える発光に目をやられ、退却が遅れてしまった。光に巻き込まれ、二人の影も呑み込まれてしまった。

 十数秒して、光はようやく弱まっていく。ハイエロファントは接着剤か何かを塗られたかのような瞼の重さを感じつつ、何とか目を開けて周りの様子を確認しようとする。自分のすぐ隣にはチャリオッツ。彼も光に苦しんでいたが、自分と同様になんとか目を開けようと頑張っている。とにかく、おかしなことが起きていることはなさそう…………なことはなかった。

 

「なっ……チャ、チャリオッツ!? なぜ君が2人に!?」

 

『あ? 俺が2人? ハイエロファントよォ〜〜、まだ目が治ってないんだよ。目こすってみろ』

 

「いや、ち、違うぞ! 絶対に違うッ! 君は2人いるんだ! 自分の…………お、()()()左右を見てみろ!」

 

『……左右?』

 

 チャリオッツは右へ顔を向ける。チャリオッツは左へ顔を向ける。すると、目の前には自分であるはずのシルバー・チャリオッツが驚いた顔を浮かべて浮かんでいるではないか。ハイエロファントが言うように、2人のチャリオッツは確かに存在していた。

 

「な、何ィッ!? マジに俺が2人…………お、お前ッ! 俺の真似してんじゃねぇ、ぬえ!!」

 

「ハァ? 何言ってやがる。俺が本物だ! ハイエロファント、騙されるなよ」

 

「なんだとぉ〜〜っ!? 偽物のくせに混乱させること言いやがってッ…………!」

 

「……うむ。全然分からん」

 

「そんなこと言ってんなァ! ハイエロファント! 俺だ。俺が本物だッ!」

 

「やかましいぜッ! 俺が本物だ。ハイエロファント、分かってるだろーなッ!」

 

 2人のチャリオッツは、ハイエロファントがよく知る彼らしく振る舞っている。喋り方、身ぶり、それだけではどちらが偽物だと判断することは不可能に近かった。それもそのはず。ここでのハイエロファントのミスは「チャリオッツが2人いる」と口に出してしまったこと。ぬえの能力は『見る者が見たと思った通りに物が見える』ものであり、ハイエロファントの発言によって余計に混乱を呼んでしまった。

 2人が混乱している間、2人のうちどちらかのチャリオッツは心の中でほくそ笑む。ビーチ・ボーイが使えなくとも、こうやって姿を隠せば奇襲は成功するはずと読んでいた。

 

(フフフ……私をナメてるからそうなるんだ…………お前たちは自分で思ってる以上にピンチに陥っているんだ。絶対に後悔させてやる……いや、後悔する時間さえも与えないッ! 私の弾幕で、お前たちは終わりだ!)

 

 ぬえは右手に妖力を込め始め、その掌から光が放たれる。しかし、ハイエロファントとチャリオッツがそれに気付くことはない。ハイエロファントもチャリオッツも、どちらかの偽物のことを『チャリオッツに扮したぬえ』と認識している以上、ぬえとしての攻撃手段がハイエロファントたちに見えることはないのだ。

 ぬえが言ったように、この状況はまさしくピンチである。ぬえは自分の優勢を確信している。では、この中で少なくともチャリオッツより聡明なハイエロファントはどうなのか。彼は全く焦っていなかった。

 

「ふ〜〜〜〜む…………どっちだろうなぁ〜〜〜〜」

 

 

 

 

 

 




星蓮船編もかなりスタンドが出てきました。第四部はおそらく第三部よりも長くなってしまうかも?
私も書くのが楽しみです。

to be continued⇒


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64.異変終結

星蓮船ってプレイしたはいいんですが、全然記憶に残ってない……


「ハイエロファント、俺が本物だぞッ!」

 

「何言ってやがる。お前がぬえだろーがッ!」

 

 2人のチャリオッツは互いに顔を近付けて言い合っている。2歩ほど引いた位置でハイエロファントがその光景を見ているが、彼はずっと顎に手を当てて考えているような姿勢のまま。全く動かない。自分が本物であると主張する2人はヒートアップするばかりだ。

 

「ハイエロファントッ! 何とか言えッ!」

 

「…………」

 

 唸ったり黙ったり、うつむいたまま全くチャリオッツの偽物探しを行わないハイエロファントに、本人たちも痺れを切らし始める。

 しかしここで一人のチャリオッツに怒鳴られたことにより、ハイエロファントはようやく顎から指を離し、外からは見えない口を開いた。

 

「ふむ……ぬえ、君の能力は完璧だな。すでにどちらかが本物ではない、と頭で分かっていても君の姿が見えるようになるわけではない。具体的にどちらが、というレベルで認識しなければ本当の姿は見えないんだな。本物と全く差が無いとは恐れ入った」

 

『………………』

 

「だが、実はもうどちらが偽物なのかは分かっているんだ。君たち2人とも、自分の脚を見てみろ」

 

「どれどれ…………ん! こ、これはッ……!?」

 

「な……なんだとッ…………!!」

 

 ハイエロファントに促され、チャリオッツたちは同時に自分の足元へ視線を落とした。そこに見えた光景とは。彼らのうちハイエロファントから見て左側にいるチャリオッツの脚に、ハイエロファントの触脚が巻きついていたのだ。左のチャリオッツは「全然気付かなかった……」と漏らし、右のチャリオッツは目を見開いたままワナワナと震えている。彼のその反応を見たハイエロファントは得意になって解説を始めた。

 

「ぬえが発光したタイミングで、僕は自分の触脚を伸ばして本物のチャリオッツの脚に巻きつけておいた。明らかに弾幕を使うような様子ではなかったし、すでに村沙から能力について聞いていたから用心していたんだ。つまり、本物はこっちのチャリオッツ。右のお前が、偽物だッ!!」

 

 

バキィイ!

 

 

「ぶへェ!」

 

「さすがだぜ、ハイエロファント! 俺はお前を信じてたからなぁ〜〜っ」

 

恋人(ラバーズ)とジョースターさんの体内で戦った時のことをヒントにしたんだ。あの時は僕の偽物が出てきたが。大量に出てこない分、まだぬえとの方がやりやすい」

 

 見事ぬえの正体を暴いたハイエロファントは偽物のチャリオッツの顔面に拳をぶつける。パワー自体が人並みの彼なので、殴られただけでは鼻がジーンと痛む程度。しかし、彼女の能力が解けるのには十分だった。

 殴られて怯んだチャリオッツの(ヴィジョン)は、モザイクやモヤのようなものがかかり始め、徐々にぬえの姿へと変わっていく。完全に姿を現した彼女の顔には全く余裕が見られない。ただ、目の前のどうしようもない現実に対して一種の怒りを覚えているようだった。

 

「こ……のッ…………どうして……どうして私の邪魔をするんだ! 妖怪が人間と平和を結ぶだなんて、許されるわけがないのに。この大妖怪ぬえさまを、みんなコケにしてェ〜〜〜〜ッ!」

 

「自分の都合によって他人を苦しめるのは紛れもない悪だ。村沙とお前がどんな関係だったのか詳しくは知らないが、お前はただ自分が気に入らないという理由だけ聖輦船を襲い、そして僕らを倒そうと攻撃してきた。戦う理由はそれで十分だ」

 

「お前たちは……村沙たちの何なんだ……」

 

「昨日知り合っただけの知り合い。それ以上でも以下でもない。ただ、僕がこうしてお前に言うのは警告の意味もある。幻想郷にはお前のようなやつを赦さない者が多い。さっきの船にも2人ほど乗っていたし、人里にもいる。彼らに退治されたくなかったら、行いを改めるんだな」

 

 いくら村沙を殺す気が無かったとはいえ、それでもハイエロファントたちなど他の者を巻き込んだのは事実。場合にもよるが、第三者が問題に介入するのはまた別の問題を呼んでしまうという意味で避けるべきである。したがって、彼女のためにも巻き込まれる者のためにも、ぬえをここで諭しておく必要があったのだ。

 ハイエロファントの言葉に何も返そうとしないものの、ぬえはまだ不服そうな表情を浮かべている。言っていることは理解できたが、納得できない。いや、したくないと言いたげな顔である。事実、彼女の右手にはクシャクシャになったスペルカードが握られていた。

 

「まだやるのか?」

 

「…………ッ!」

 

「……チャリオッツ、今度こそぬえを再起不能にしよう。言葉で分からないのなら、そうするしかない」

 

「あぁ。大胆だと思うが、異論無しだぜ。どうせぬえも決着がつくまで止まらないだろうしな」

 

 戦いはついに最終ラウンドへ突入する。ぬえはカードをゆっくり持ち上げ、自分の顔と同じ高さまで掲げる。チャリオッツは彼女から少し離れて剣を構え、ハイエロファントは両手を重ね合わせた。じわじわと掌から緑色の液体が溢れ出る。戦いのゴングは双方の猛り声!

 

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

 

「スペルカードッ! 鵺符.弾幕キメラッ!!」

 

 

 ぬえの近くに次々と光の柱が発生。狙いはハイエロファントとチャリオッツに定められている。チャリオッツは攻撃をハイエロファントに任せ、飛んでくる弾幕を迎撃しようとレイピアを振りかぶった。

 だが、弾幕の発生よりも速く、ハイエロファントはマグナムを引き抜いていた。重ねた両手を前へ突き出し、緑色の結晶弾が顔を覗かせていたのだ。

 しかし、勝負は思わぬ方向へと向かうことになる。

 

 

ガァシィイッ!

 

 

「うぐゥッ!?」

 

『!? な、何だ!?』

 

「は、はな…………これは……この腕……」

 

「い、いきなり腕が何も無い空間から現れたぞッ! ハイエロファント、こいつはッ……!?」

 

「スタンドか…………!?」

 

 エメラルドスプラッシュが宙へ放たれようとしたその時。ハイエロファントとチャリオッツの間、そのすぐ前方からいきなり機械的な腕が出現。その3本指は勢いよくぬえの首を鷲掴みにしたのだ。

 ハイエロファントとチャリオッツはこの現象に混乱し、エメラルドスプラッシュの発射も取りやめにされる。ぬえも思い切り怯んでしまい、スペルカードによる弾幕も消失してしまった。一体この腕は何なのか? 正体はすぐに分かった。

 

ザ・グレイトフル・デッド……『直』は素早いんだぜ」

 

(!? ち、力が抜けてく…………)

「お! お前何やってるんだ…………!? グレイトフル・デッドッ…………!!」

 

「見ての通りだぜぇ〜〜〜〜。ぬえ。こうやって攻撃していること以外に何か思いつくのか? それで…………お前らが封獣ぬえ(こいつ)と戦ってたのか。悪いが、こいつは俺たちが()()()()

 

「何ッ……!?」

 

 腕の正体はザ・グレイトフル・デッド。腕同様、彼の顔と胴体の一部も空間に突如として現れ、ぬえの首を掴んだ状態へ引っ張っている。彼女を引っ張ってどこへ行くつもりなのか? ハイエロファントたちは全く想像がつかない。そのままぬえはグレイトフル・デッドに引っ張られ、彼女の体の半分が謎の空間に呑み込まれる。水晶か鏡を割ったかのようにぬえの体が崩壊していくのだ。彼女の顔もこれ以上ないまで引きつり、腕をなんとか振り払おうとするものの老化能力で腕力は衰えていくばかり。抵抗は無意味であった。

 

「う、うわぁあああ…………! な、何をするのよッ! 私に歯向かうなんて……数百年早いわ! こっちが依頼した仕事を失敗したくせにィ! 裏切り者ッ!」

 

「てめぇ…………自分が何しでかしたか分かってんのか? 仮にも()()()()()()()んだぜ。無事でいられるわけがねぇよなぁ? え? マン・イン・ザ・ミラー!」

 

『あぁ……まぁ、そうだな。とっとと終わらせよーぜ。グレイトフル・デッド、ビーチ・ボーイはもう()()()()()()()。後はリトル・フィートとどうにかしてろ』

 

 グレイトフル・デッドがさらに強くぬえを引っ張ると、彼女は「ヒィイイ!!」と悲鳴を上げながら水晶のように砕け、消えてしまった。

 因果応報。ハイエロファントに諭されたぬえだったが、その時点で何もかも手遅れだったとしか言いようがない。本気で本体の復活を考えていた彼らを騙し利用したことこそ、彼女の結末を決定した一番の要因だったのだ。

 ぬえが引っ張られて行ったと同時に、グレイトフル・デッドにマン・イン・ザ・ミラーと呼ばれた者が、右手に鏡の破片らしき物を持った状態でハイエロファントたちの前に姿を現す。ぬえやグレイトフル・デッドと同じく彼も何も無い空間から出現し、ハイエロファントとチャリオッツにサンタクロースが背中に担いでいるような大きな袋を差し出した。

 

「あぁーー。すげー疲れたぜ……これ担いでここまで飛んできたんだからな……」

 

「ま、全く状況が飲み込めない……君は味方なのか? ぬえはどうした。まさか死んだのか?」

 

「結論から言うと、ぬえは死んでいない。『死の世界』には行ったがな……俺の能力さ。味方かどうかっていうのはお前らの判断に任せるぜ。俺はただ、集めた飛倉の破片をお前らに渡すために来たんだからな。敵意は無い」

 

「おいおい、つーことはその袋の中身全部飛宝なのか!?」

 

「あぁ。そうだ。だが、この中のやつとお前らが回収したやつを合わせても、ぬえから聞いた限りじゃあまだ元々の数ではないらしいけどな。本当は直接船の連中に渡したかったが…………多分、帰りの分のエネルギーが足りなくなるんじゃあねぇかと思うぜ」

 

「なに?」

 

 M・I・ザ・ミラーが言うには、魔界に行くのには飛宝のエネルギーがかなり必要となるらしい。聖輦船は長く地底に封印されていたため、飛宝自体はあってもエネルギー自体はそれなりに失われているという。全ての飛宝を使用してようやく魔界と幻想郷を行き来できるらしいのだが、現在集められ、そしてエネルギーを利用している全体の数は半分ほど。行くだけでエネルギーは切れてしまうのだ。

 それを聞いたハイエロファントとチャリオッツは思わず焦り始める。もはや魔界に行きたくない気持ちも消えてしまっていた。

 魔界から戻って来られるエネルギーが無かったら、魔理沙たちはどうやってこちらへ戻って来るのか? まさか戻れないのでは? そんな不安が彼らを襲った。

 

「ヤバいだろ? ほら、こいつを持って行きな。俺らもせっかく集めたんだがな。ぬえが騙していたと分かってから処分に困ってんだ」

 

「あ、あぁ。ありがたくもらうよ。だが、どうやって船に追いつく? 今の甲冑を脱いだチャリオッツでも追いつけるか分からないだろう!?」

 

「それなら安心しな。飛宝にはある特性がある。2人とも袋を掴んでな」

 

 M・I・ザ・ミラーに言われ、ハイエロファントとチャリオッツは人間の胴体より大きい袋に掴まる。M・I・ザ・ミラーはハイエロファントに船が向かった方角を訊くと、袋を挟んで太陽が沈みつつある西側へ移動した。船が向かったのは東側である。ハイエロファントよりも先に、チャリオッツは何やら嫌なことを想像してしまったようで、おそるおそるM・I・ザ・ミラーに飛宝の特性について質問する。

 

「な、なぁおい。飛宝の特性ってよぉーー。一体どんなやつなんだ……?」

 

「宇宙空間ってよォ、移動する物を邪魔する物が何も無いんだよ。空気も普段感じることはないが、移動するのに邪魔になっている物の一つだ。だが、何も無い宇宙空間だと移動する物体のスピードが落ちない。等速直線運動ってやつだな。そしてそれが飛宝の特性だ。飛行する上で、どんな邪魔な物の影響も受けない。だから常に一定のスピード、一定の高度を保っている。かつ原理は分からないが、飛宝同士もエネルギーによって引き合う」

 

 全く知らなかった事実だ。たしかにフワフワ浮いていた不思議な存在だとは思っていたが、魔法とは別の産物のように思える。飛宝同士でしか反応の無い引力でも存在しているのだろうか? 事実を今この場で知ることはできなかった。

 そんな飛宝の説明を受けていたチャリオッツだが、彼の鋼の肉体にどんどん汗の粒が浮いて出てくる。今日は大晦日、真冬であるためこの汗の原因は暑さではない。これは等速直線運動という単語を聞き、まさかと想像してしまったチャリオッツの冷や汗なのだ。

 

「こ、これは俺の予想だがよ、ハイエロファント。今の話聞いてたよな? ものすごい嫌な予感がしてきたぜ!」

 

「僕も……予想してしまった……な、なぁ、手柔らかに頼むよ。本当に…………」

 

「知るか。空の旅を楽しめよ!」

 

 

ドガァアッ!

 

 

『うぉおおおあぁあああァァーーーーッ!!?』

 

 

ズギュゥウウウ〜〜ーーン!

 

 

 M・I・ザ・ミラーは袋から距離を取り、全力のタックルをお見舞いした。彼に吹っ飛ばされた袋は、ハイエロファントとチャリオッツを連れたまま東の空の彼方へ吹っ飛んでいく。思っていたよりもスピードが出たため、内心ハイエロファントたちの安否が心配になるも、右手に持ったままの鏡の存在を思い出してすぐに頭から抹消する。彼らはこれから、ぬえへ()()を払ってもらわねばならないのだ。自分たちを騙し、不当に利用しようとしたことへのツケを。

 チラリと鏡の中を覗くと、すっかり白髪にされてしまったぬえがグレイトフル・デッドとリトル・フィートにタコ殴りにされていた。

 

 

___________________

 

 

 

 魔界とはどのような所なのか? そもそもその存在を知っている者はあまり多くない。魔界とは無限に広がる空間。幻想郷にいる個体よりも強力な妖怪が、幻想郷よりも多く存在している世界である。魔界には常に瘴気が満ちており、普通の人間が長く滞在してしまうと体を壊し、いずれ死に至る。だがこれこそが妖怪たちに好かれる原因である。瘴気は妖怪たちと瘴気の負の側面への耐性をもつ人間のエネルギーを高め、さらなる力を与えるのだ。

 そんな妖怪の楽園とも言える魔界の一角に、結界を張られた場所がある。そこが『法界』である。ここには瘴気が無く、ここだけに留まるのであれば普通の人間でも生きていくことができる。この中に、寅丸星たちが復活させたがっていた聖白蓮が封印されているのだ。

 

 

 場所は法界。ドス黒い瘴気に満ちた世界の中にポツンと一つだけ、光を放つドーム状の空間。そこに一隻の巨大な船が停まっていた。船の周りには大小さまざまなクレーターができており、それらを生んだ原因である爆発の名残と言える煙が立ち昇っている。先程までここで激しい戦いがあったのだ。

 さらにそれを裏付けるように、巨大船『聖輦船』の甲板にて船ばたに寄りかかって息を切らしている少女たちがいる。紅白の服の博麗霊夢、金髪魔法使いの霧雨魔理沙、緑髪の風祝東風谷早苗、そしてもう一人。紫色で、その先が黄色がかっている長い髪をもち、黒と白のこれまた長い裾のあるドレスを着た者。彼女こそ、法界に封印されていた聖白蓮その人なのだ。

 実際、この4人が法界内で激しい弾幕戦を行った。始めは聖を救出してハッピーエンドかと思ったのだが、あることが原因で戦いが起こってしまったのである。

 

「ハーッ……ハーッ……ふぅ……それで、どう? 少しは考えを変える気になったかしら……?」

 

「いいえ…………断固として、改めるつもりはありません。『妖怪と人間の平等』、私はただそれを目指す!」

 

「本気で言ってるのかよ。妖怪と人間を平等にしたって、力が強い妖怪側が余計有利になるだけだ! 平等はすなわち、『終わり』にしかならねぇよ」

 

「私はなにも、全ての妖怪を人間と同じ目線にしようなどとは考えていないわ。強力な妖怪は最初からその必要が無いんですもの。力の弱い妖怪をわざわざ退治されるようなリスクを孕んだ行為から遠ざけるため、彼らを導く」

 

 弾幕戦が終わったと思いきや、今度は口論が始まる。先の戦いの勝負は決着がついたとは言えず、ここまで来てしまったらもはや意地の張り合いだ。先程から言っているように、聖の目的とは人間と妖怪が平等に暮らせる世界を実現させること。だが、それは簡単な話ではない。聖はそれを分かっているが、反論する霊夢たちは全く違う部分を指摘している。

 聖は人間側はともかくとして、強い妖怪と弱い妖怪の区別をつけようとしているのだ。彼女が救おうとしているのは、あくまでも蹂躙されるだけの非力な妖怪。妖怪という立場であるだけで虐げられる存在を憐れんでいるのだ。

 しかし、いつの時代でもルールや規則が崩壊するのは、たった一つの例外が生まれた直後。最初から例外があるなど、もはや崩壊は決定づけられているようなものである。ましてや妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する幻想郷の仕組みに反する思想なのだから。

 

「妖怪も神も皆同じッ! 敬われるべき存在。緑髪のあなたは神に仕えているのでしょう? あなたにはそれが理解できると思っていたのに……まるで正反対とは」

 

「我が健全なる神は妖怪退治を支持しています! 妖怪と神は違うからこそ、区別されてるんですよ!」

 

「何にせよ、あなたの思想に反対する『人間』は多いわ。聖白蓮。ただでさえ脅かされている側なのに、その上妖怪の自由を許容する考えは流行らない」

 

「………………」

 

 怒りに満ちた、それでいて悲壮感のある表情。悠久の時を経て復活した彼女は、現代人の思想とはまるで別のものをもっている。いや、別であったのは何も今だけではない。彼女が封印された大昔から、彼女の思想は流行らなかった。人間は非力である。それでいて強欲。常に被害者ヅラをする。故に、力を得て妖怪の側に立っていた彼女に共感する者はいなかった。異端者は恐れられるのだ。たとえどこかの誰かの救済者であったとしても、人々はそれを『愚か』と呼ぶ。

 

 

 

 どこかの世界の誰かが言った言葉である。

 

 

『安定した平和』とはッ!

 

平等なる者同士の固い『握手』よりも、絶対的有利に立つ者が治める事で成り立つのが

 

この『人の世の現実』!!

 

 

 人は神ではない。故に、正しさを定められても、正しさを見つけることは不可能である。

 

 

「今も昔も…………誰も何も変わっていないのね」

 

「あなたが元々変わってるだけよ。()()自体が悪いとは思っちゃいないわ」

 

「……なんとも自分勝手で、強欲で、愚かなことでしょうか…………ならば、私も腹を決めます。力とは自らの意志を貫き通すための矛! 決着は……弾幕で。いざ、南無三!」

 

「望むところ……!」

 

 聖は船の甲板にクレーターができるほどの力を込めて蹴り、再び決戦の舞台である空中へと飛び出した。外見はそれなりにボロボロだったのにも関わらず、まだまだ体力は有り余っているようだ。霊夢もそれに呆れつつ、聖の提案にYESと答えて空へ飛び立った。

 

「あぁ〜〜、くそ! 結構疲れた! 早苗、お前まだ戦うか!?」

 

「私もう無理です〜〜〜〜。魔理沙さん頑張って!」

 

「あぁ、ハイハイ! オヤスミ!」

 

 早苗は体力切れで甲板に大の字になって寝転び、魔理沙は半分ヤケクソになって空へ向かった。

 霊夢と聖の弾幕戦は、法界から外に見える魔界の暗黒をも色鮮やかな染め上げる。霊夢としても久しぶりの本気の戦い。地底で空と戦った時、霊力だけならばそれ以上無いまでに引き出した。しかし今回は違う。溢れ出る霊力の量では前回と同じであるが、今回は霊夢自身の意志もぶつけている。博麗の巫女という立場ではなく、博麗霊夢としての意志が原動力となって戦いに挑んでいるのだ。そしてそれは聖も同じ。お互い、今まで生きてきた中で()()()()()()()()()

 

 

ドガァアア〜〜〜〜ン!

 

 

「うわぁ! び、びっくりした…………! い、今何か飛んできた!?」

 

 仰向けになった状態で空中の激戦を見ていた早苗。彼女の足が向いている方に、何かが墜落してきた。弾幕ではない。ずっと見ていたため、流れ弾でないのは分かっている。

 早苗は疲れ切った首をなんとかもち上げ、甲板に何が落ちてきたのか確認しようとした。埃を巻き上げ、その場にくたばっていたのは緑色のメロンのような者と、西洋の甲冑を身に纏ったような者。2人の側には巨大な袋が甲板の板にめり込んでいる。情報量の多い場面であるが、早苗はこの2人が誰であるか、しっかり理解していた。

 

「あ、ハイエロファントさん! ようやく魔界へ来たんですね! チャリオッツさんも」

 

「……うっ…………痛い……その声、早苗か? 弾幕戦が行われているのが見えたが、君は混ざっていないのか」

 

「その……さっきも戦ったんですよね。体力切れちゃって……あはは」

 

「なるほど……それじゃあ、今空で戦ってるのは魔理沙と霊夢か…………」

 

「いや、それにしてもどんなカッコウで話してんだオメーは」

 

 ハイエロファントは飛宝の詰まった袋を引きずり、船ばたに背もたれをしながら空へ目をやる。チャリオッツも早苗の姿勢にツッコミを入れつつ、ハイエロファントと同じように座った。

 

「……綺麗だな。僕が幻想郷にやって来てかなり経つが、この戦いが一番綺麗だ…………」

 

「そうですか? あの聖白蓮って人、妖怪と人間の平等を目指してるらしいですよ。幻想郷でそんなことしたら、色々まずいに決まってます!」

 

「そんなこと俺たちに言われてもな……そもそも幻想郷に詳しくねぇしよォーー。平等っていいもんじゃあないのか?」

 

「人間が虐げられてる中でそんなことしたら、余計妖怪の勢いが強くなってしまうだけですよ。あの人は倒さないと……」

 

「霊夢や魔理沙は怒っていたか?」

 

「え? えっと…………語気は強かったですけど……」

 

「ならいいんだ。その聖白蓮も、きっと悪い人じゃあないんだろうな。2人は心のどこかで彼女の言い分を理解しているはずだ。だが、自分の思想にあるものとは違う。その中で生まれる苦悩だとかを、今こうやって弾幕戦で解消している。弾幕戦はそのためにあるんだからな」

 

 ハイエロファントは魔理沙と霊夢の『正義』がどれほどのものなのかを知っている。どちらも弱き人間の側に立ち、横暴に振る舞う妖怪たちを赦さない。だからこそ、妖怪の側に立って自分たちと同じように動く聖とぶつかっているのだろうと考える。

 悪には悪の救世主が必要である。しかし、世界中の人間の視点からすれば、人は悪にも正義にもなる。霊夢たちと聖の違いはそれである。ハイエロファントは両者のどちらが正しいとは言えない。正しいのは何か、と問われても上手く答えられるか分からない。だが、どちらかが一方的に虐げられるよりも、守ってくれる者がいた方が良いに決まっていると、ただそう思うのであった。

 

「お、あれってスペルカードか?」

 

「おそらくそうだろうな…………決着がついたぞ」

 

 激しい攻防の末、勝利を手にしたのは霊夢と魔理沙。ボロボロになり、地面へ墜落する聖を回収するべく、船の後方で待っていた乗組員たちが船外へと飛び出して行く。霊夢たちが聖の思想について詳しくどう思ったのかはハイエロファントの知るところではないが、聖の元へ寄って行く妖怪たちの姿を見るに、少なくとも彼女の正義は村沙や星たちを救っていたのは確かなのである。

 

 

 

 

 




難しい話でした。
上手くまとめられたかは個人的にかなり微妙ですが、これにて星蓮船編は終了。いよいよ第4部の本筋に触れていきます。
誤字などを見つけましたら、報告してくださると幸いです。


to be continued⇒


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65.『世界』の目醒め

 幻想郷の中心には人里がある。そして、それを囲むようにして数々の妖怪たちが自然の中に蠢いている。これは法皇の緑(ハイエロファントグリーン)や博麗霊夢たちが魔界に赴いたのと同時刻の話。

 

 

 時は新年を迎える大晦日の深夜。妖怪や妖精が跋扈(ばっこ)する森の中に獣道と間違われるような、申し訳程度の道が開かれている。どこか特定の場所へ行くために通る道というより、それらの道を子とするならばどこへでも繋がる親の道と言えるもの。そんな大きめの道に、本来流れていない『血の川』が流れていた。

 存在しないが、その上流にこそ()()がある。地下から湧き出ているのではなく、そこに山積みにされた獣や妖怪の死体から滲み出ているのだ。

 

『フルルゥ……ギャヒッ……!』

 

 

ブチッ……ブチブチィ!

 

 

 四足歩行の狼型妖怪は影に隠れている何者かに向けて威嚇する。その直後、断末魔とも言えない弱々しい声を上げたかと思うと、妖怪の頭部の一部がちぎれ、中から赤黒い血液と脳漿をぶち撒けて死亡してしまった。

 死後硬直で一部の筋肉がピクピクと痙攣する中、妖怪の頭部では「クチャクチャ」と何かを咀嚼する音が聴こえてくる。近くには何もいないというのに、だ。あるのは地面に刻まれた人間の足跡だけだというのに。

 

『そこにいたのか? いつまで()()()()つもりだ。招集がかかっているというのに……』

 

「…………クチャ……クチャ……」

 

 咀嚼音が響く中、草や枝を踏む音とともに一つの影が現れる。2本の腕と2本の脚、そして一つの頭をもつことからこの者は人間……というわけではなく、人型をしたスタンド。ガラクタを集めて作ったような人間大の彼は、倒れている狼型妖怪の死骸に向けて言葉を投げかける。咀嚼音はやがて小さくなり、土を踏む音が少し聴こえると、スタンドは再び元来た方へ体を向けて歩き始めた。彼らの『主』のいる所へ。

 幻想郷に初めてスタンドが流れ着いたのは今から7ヶ月ほど前のこと。ハイエロファントやS・フィンガーズのように誰かを守る正義のスタンドもいれば、灰の塔(タワーオブグレー)やグリーン・ディのように自分の快楽のために人殺しを行うスタンドもいた。彼らはまるで正反対だが、どのスタンドにもあることが共通している。それは、生前の本体の意志を継いでいるということ。それは生きる糧であり、自分の存在そのものであり、また切り離すことのできない運命の鎖。故に()()()、自分たちの愛してやまない本体と同じ道を辿ろうとするのだ。

 

 

『人間のスバらしさとは…………『天国』へ向かおうとすることだ。犬や猫といった動物にその概念は無く、人間だけがもつ『美徳』。そして、我々はそんな人間の魂から生まれた存在…………『天国』へ向かう意志をもっている』

 

 

 ドンと置かれた巨岩の上に立ち、その下で片膝を突いた状態でいる者たちへ説法を聞かせる者がいた。まるで王冠のような装飾を身につけた彼の右手には2枚、銀色に輝く何かの『ディスク』が指に挟まっている。『天国』と『人間』の素晴らしさを謳う彼だが、おそらくその本体は熱心な宗教人か聖職者だったのだろう。月光に照らされて浮かび上がるその白い体は、言葉で言い表せないような一種の神聖さを醸し出している。その瞳に光は灯っていないのだが。

 

「…………」

 

『……ん? どうした……そんな上目遣いになって。何か私に言いたいことでもあるのか?』

 

「………………」

 

 岩の前に揃った者のうち、一人が何かメッセージを伝えたいかのように上目遣いになって上の者を見つめる。機械的で、感情がこもっているのかどうかすら分からないその瞳だが、後に上の者にしっかりメッセージが伝わった。

 

『あぁ…………そういえば、お前の本体は人間ではなかったな。だが、それでも別に構いはしない。お前は()()、確固たる忠誠心を抱いている。それでいいのだ…………』

 

「クルルルル…………!」

 

「ねェ、ボクは!? ボクも天国に連れてってくれるんでしょ? ボクは子供に大人気なキャラクターだからね! それぐらいしてくれるでしょ?」

 

『うるさいぞ()()()()! 俺はお前ではなく、()()()()()に言っているんだ! その気になればいつだって()()()()ことができるんだぞ』

 

 『ピノキオ』と呼ばれた鼻の長い木製人形は、球体関節をカクカクと動かして飛び跳ねる。無邪気な子供のように、上に立つ者に対してほぼ対等な口の利き方であるにも関わらず、そのことについて決して咎められることはない。それは彼の内に宿った能力が原因。人形ピノキオの方ではなく、()()()()()()()()()に彼は敬意を払っていた。ピノキオはあくまで、能力を使うための道具でしかない。

 怒鳴られた後でも、ピノキオは態度を変えることはなかった。しかし、上に立っていた者はピノキオを怒鳴ったのと同じ調子で言葉を続ける。

 

『いいか! お前たちは()()を『天国』へ押し上げるために存在しているッ! 失敗は絶対に赦されないのだ。幻想郷に散らばり、『天国』へ向かうために必要なものを全て、我々のために捧げろ。それが、お前たちが天より賜りし使命なのだッ!』

 

 「承知した」と言わんばかりに力強く、下に並ぶ者たちは黙って頷く。そしてピノキオを残して全員が宙に浮いたかと思うと、各々別々の方角を目指して飛び立って行った。彼らを動かすのは何なのか。()()への『忠義』? それもあるだろう。だが、飛び立った者たちの中にはもう一つ、『恐怖』も存在していた。

 部下であるスタンドたちが離散していく様子を見ていた『ディスク』のスタンド。その背後にもう一つ、飛んで行ったスタンドたちを目で追っていた者がいた。同じく月光に照らされ、その黄金色の体躯はピノキオの目に(あらわ)になる。

 

『……もう休まなくていいのか? 体力は戻ったのか』

 

『……あぁ。幻想郷(この地)は良い。『停止時間』は延びた……日光の下にも出られるようになった。皮肉なものだな。自らの枷になっていたものがまさか、『本体』だとは』

 

『…………』

 

 黄金色の者は夜空に浮かぶ満月を見て、もはや声の届く位置にいないスタンドたちに向けて声を発した。

 

 

『行け。我が刺客たちよ。『天国の時』はいよいよだ』

 

 

____________________

 

 

 

「ッ!?」

 

 人里のとある民家。最近飼い始めた化け猫たちのため、奮発して鯉を買い与えていたキラークイーンは東の方角へ体を向けた。家の中におり、周りには化け猫たちしかいないというのに、何か別の気配を感じたのだ。それは冬に吹くからっ風のようで、悪寒を感じさせるもの。普段はクールな彼も動揺を隠せず、ほんの一瞬電気信号のように感じた気配を想像の中で吟味し続けていた。

 

「い、今のは…………」

(に、似ていた…………やつと……キング・クリムゾンととてもよく似たやつがいるッ! それも2人!)

 

 かつて守矢神社にて相対したスタンド、K・クリムゾン。彼は自分とキラークイーンを「とてもよく似ている」と言っていた。キラークイーン本人としては微塵もそんなことを思ってはいないが、少なくとも今、幻想郷のどこかに降り立ったのであろうスタンドエネルギーは、この不吉な予感はK・クリムゾンの時のものと酷似していた。それだけは事実である。

 

 

 

 そして、気配を感じ取っていたのはキラークイーンだけではない。

 幻想郷のどこか。森の奥深くでこれまた別の妖怪の死骸が山積みにされている。積まれている妖怪たちは全て胸に穴が空けられているか、喉元を掻っ切られているかという痛々しい状態。その頂にて、一つの真紅の影が瓶に入った日本酒をラッパ飲みしており、ささやかな新年の祝いを挙げていた。

 瓶を口から離し、どこか遠くを見る。彼、キング・クリムゾンもまた、この先起こる()()を予感していたのだった。

 

「何か……来たな」

 

 




to be continued⇒


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66.人面疽

今日で一話投稿からちょうど一年!
ここまでやってこれたのも皆さまのおかげです。感謝しています。


必要なものは14の言葉である

 

 

『生まれたもの』は目醒める

 

信頼できる友が発する14の言葉に知性を示して……

 

 

____________________

 

 

 幻想郷がいよいよ新年を迎えた一月一日、ペットであるお燐やお空は、地霊殿唯一のスタンドであるザ・フールとともに他のペットたちとパーティーを催していた。ペットのくせに酒やご馳走を並べてワイワイ騒いでいるが、主人であるさとりはかなりの放任主義であるため、何かしら不祥事が起きない限りは特に彼らの生活を規制することはない。

 ではさとりはというと、宴会を楽しむペットたちを他所に、自室にこもって趣味である執筆作業に没頭していた。以前にも述べたように、さとりは心を読む能力をもっている。それ故、心を読むことのできない本そのものも例外でなく、登場する人物の行動、言葉、感情にとても惹きつけられるのだ。その心が先行してしまった結果、今現在はさとり自身が、物書きとなって人間の感情を生み出しているのである。

 

「………………」

(14の言葉……か。勇儀さんと配下の鬼たちが言ってた言葉。面白いから取り入れようと思ったのだけれど……)

 

 デスクに向かって座っている回転椅子をグルグルと回しながら、さとりは長いこと考え事をしていた。それは彼女が言うように、『14の言葉』について。先日とある用事のために旧都に出向いた彼女なのだが、そこで鬼の星熊勇儀に面白い話を聞いたのがキッカケである。

 なんでも、勇儀は最近ペットが飼い始めたと言っていた。話を聞いていく限りでは、そのペットの正体はさとりが飼うような哺乳類や鳥類といった動物や妖怪ではなく、完全な化け物。知性があるのかどうかも不明だが、とにかく勇儀には懐いていると。そしてその不思議な存在は時折見たことのない文字で14つの言葉を書き出すという。試しにその文字を見せてもらったさとりはその文字が英語であると理解し、単語の意味を明らかにした。

 

「らせん階段、カブト虫……廃墟の街…………イチジクのタルト、カブト虫……ドロローサへの道……カブト虫……特異点、ジョット、エンジェル……」

 

 原稿の右横に置かれた紙に目を移し、単語を口に出して読んでみる。一つ一つの単語の意味は大体分かるのだが、これらの語群が一体何を表しているのかは一切分からない。適当に書き出している可能性だってある。しかし、さとりはどうしてかは自分でも分からず、謎に満ちた言葉たちに何かしらの意味を見出そうとしていた。

 

「う〜〜ん。『カブト虫』は4回、『特異点』が2回。カブト虫は分かるけど、どうしてそれが4回なのか? 特異点って一体何? 気になって全然落ち着かないわ! 一番のヒントは最後の『秘密の皇帝』かしら……」

 

 彼女の独り言は止まらない。元々謎解きが好きな分、誰もが好むようなパーティにも出席しないぐらい彼女は14の言葉に惹かれているのだった。

 結局そこから数十分も考え続け、執筆作業は難航。一旦中断し、お茶でも淹れて休憩しようと決めた。彼女は椅子から立ち上がり、カップやティーポットの置かれている棚へ向かう。食器を取り出し、茶葉とお湯を入れて自分の一番好きな時間だけ味を抽出。透明なお湯が淵の方まで朱色に染まり切ると、カップを片手に持ったまま再びデスクへ。腰を下ろして原稿用紙と向かい合った。

 

「フゥーー、フゥーー…………」

 

 湯気の立つ紅茶に息を吹きかけて冷ましつつ、さとりはとりあえず14の言葉についての思考をリセットする。ずっと考えていては趣味の方が捗らない。また後日、再び旧都に出向いて謎を解明しようとするのだった。

 

「………………」

 

 カップの中身を半分ほど飲み干すと、紅茶の熱気を受けてほんのりと温かくなった右手で背中を掻く。位置は一般にうなじと呼ばれる場所よりも3cmほど下の部位。14の言葉について考えている時から、いや、原稿を机の上に置いた時よりも前かもしれない。(かゆ)みがずっとあるのだ。

 

「んん……かゆい…………痒み止めの薬、まだあったかしら……」

 

 さとりは背中に手をやりながら立ち上がり、食器の棚とは別の棚へ塗り薬を探しに向かう。その途中、彼女は部屋の壁際に置いている姿鏡の前で立ち止まった。普段体のどこかに出る痒みとは比べものにならないため、彼女は鏡で患部がどのような状態になっているか見てみようと考えたのだ。

 服を半分はだけさせて鏡に背中を向け、角度に悩みながらもなんとか首を曲げて自分の背中を鏡越しに見る。痒い箇所はたしかにピンク色に染まり、ぷっくりと腫れていた。何より直径5cmはあろうかというぐらいの規格外のサイズ。腫れの想像以上の大きさに驚いたさとりだが、それよりも「はしたない」という気持ちが大きく出てなんとも言えない恥ずかしさに襲われる。さっさと塗り薬を探し出し、指にたっぷりと付けて患部へ塗り込むと、彼女は服を戻してもう一度デスクに向かった。

 

「はぁ…………虫に刺されたのかしら。こんなに大きい腫れ。アブか何か? でも地底にいたっけ……」

 

 薬を塗った患部は確かに痒みが引いていく。腫れはすぐには治らないが、こちらは時間をかけて戻していくしかないだろう。さとりはペンを持ち、目の前の原稿に字を書き連ね始めた。

 しかし……

 

「…………ッ!」

 

 数分もせずにまた痒みが出てくる。片手で服の上から掻いていたが、それでもまったく満足することはない。我慢も限界のさとりは服の中に手を入れ、爪を立てて腫れを掻きむしろうとする。

 

「痛ッ!?」

 

 すると突如、人差し指に鋭い痛みが走る!

 驚いたさとりはすぐに手を戻し、痛みがじんと残る指先に目をやった。指先には数箇所、小さな穴が空いており、血が滲み出ている。

 だがなぜ? さとりは一瞬だけ頭の中に『?』を浮かべるが、彼女の体は意識に関係なく動き出す。気付いた時にはデスクの引き出しから孫の手を取り出し、それを背中へやっていた。

 

 

バギャアァ!

 

 

「な、なんッ……!? これは……一体何が……!?」

 

 孫の手は砕け散り、その破片がさとりの服の中や床へ落ちる。明らかに普通ではない。孫の手は新品というわけではないが使い古したものでもない。よって、いきなりバラバラになるはずがない。反っている部分が完全にささくれた孫の手を捨て、さとりは姿鏡の前へ走る。そして再び背中を確認すると、そこには驚くべきものがあった。

 大きな腫れの表面に人間の、いや、それよりももっと禍々しい何かの顔面が浮き出ていたのだ。

 

「何よ、これッ!? まさか妖怪ッ……!?」

 

『チュミミ〜〜ン! 失礼ね。誰が妖怪だって! あたいの名前は『女帝(エンプレス)』。『女帝』のカードの暗示をもつスタンドッ! こうやって背中にくっ付かれたら、もうお前はどうしようもないわねェ〜〜!』

 

「スタンド……!? 一体いつ私に…………!」

 

『そんなことはどうでもいいのさ! 古明地さとり、あんたはあたいが利用してやるよ。ハハハハ!』

 

 背中に浮き出ているくせに、エンプレスは思いの外表情豊かである。だが今はそんなことはどうでもいい。さとりはどうにかしてエンプレスを切り離そうと考える。おそらく、自分の手や孫の手はあのギラついている牙で噛まれてしまったのだろう。ならば、エンプレスを自分の体から離すのには、牙ではどうにもならないような硬度の物を使うしかない。例えば、金属でできたナイフとか。

 さとりは食器棚へ走り、いきおいよく引き出しを開ける。

 

「くっ!」

 

『あら、何をするつもり……』

 

 

ガキィイィ〜〜〜〜ン!

 

 

「……さ、刺さらない……!?」

 

『ケケケ、無駄さ。無駄無駄! あんたにあたいを傷付けることはできないんだよぉ!』

 

 さとりはナイフをエンプレスに突き立てるも、その強靭な顎と牙によって防がれてしまった。ナイフを噛んだ状態でも器用に喋るエンプレスだが、予想以上の力をもっているために侮れない。

 歯の先に捕まったナイフをエンプレスから離そうとするさとり。しかし、エンプレスはずっと噛んだまま離そうとしない。妖怪であるさとりの腕力よりも、顔だけのエンプレスの顎の方が強いのだ。力づくでナイフを引き剥がそうとしたことが裏目に出てしまい、さとりはナイフを取り上げられてしまった。

 

『ケケケケケ……ペェッ!』

 

 

ザシュゥッ!

 

 

「あうッ! ぅああぁああ」

(ナ、ナイフを口から飛ばして…………私の首を切ってくるなんて……ッ!)

 

『惜しかったねぇ〜〜! 切ったのは頸動脈じゃなくて、皮膚下の静脈だったか』

 

 食器棚に手を突き、さとりの首の右側から暗い赤色の血が流れ出る。さとりはエンプレスに為されるがままの状態だった。彼女ももちろん弾幕を扱うことができるものの、エンプレスは自分の体と一体化している。それが腕ならまだしも背中ときた。エンプレスを倒すことはできるだろうが、自爆は自分自身も危険に晒してしまう。心を読む能力も、直接攻撃に使えるわけではない。さとりは頭を捻り、エンプレスを封じ込める方法をなんとか考えようとしていた。

 そんな中、彼女はデスクの前にあるソファとそれらに挟まれたテーブルへ目をやる。テーブルの上には紅茶を入れたティーポットを置いていたはずだが、それが見当たらない。「どこへやった?」と思ったその時、背中に再び異変が訪れる。何かがメキメキと背中から伸びていくような、経験のない感覚である。

 

『プハァ〜〜ッ! 紅茶じゃあ大して腹は膨らまないが、置いてあったから遠慮なく頂いたよ! これであたいは()()()()()()。感謝してるよ、ママ!』

 

「な、何!?」

 

『ヘイ、古明地さとり! 母親が子供にしてやる遊びと言えば、『お馬さんごっこ』でしょーがッ!』

 

 

ガシィイッ!

 

 

「あぁッ!」

 

 何かがさとりの後ろ髪を掴み、一緒に彼女の頭も後方へ引っ張られる。その正体がエンプレスであるのは間違い無い。しかし、エンプレスの顔が付いているのはどちらかというと背中の真ん中に近い部分であり、さとりの髪はそこまで掛かるほど長くはない。

 つまり、エンプレスは自分の口ではなく、別の何かで髪を掴んでいることになる。さとりは反射して自分の姿を映す鏡に目をやり、その正体を理解した。

 

「う、腕ッ!? いつの間に生えたの!?」

 

『さっきも言ったよ! あたいも他の生物みたいに、食べれば成長するのさ! テーブルの上にあった紅茶は美味しく頂いたわ。でももっともっと食べたいわァ〜〜〜〜』

 

「何ですって…………?」

 

『たしか……一階であんたのペットたちがどんちゃん騒いでたね。そっちへ行こうかッ……!』

 

 

ミシミシ……ミシッ ミシィ

 

 

 さとりの背中から生えてきたエンプレスの腕。それは一本だけであるが、力が込められることによって筋肉が隆起し、さとりの頭部よりも大きくなっていく。

 エンプレスがこれから何をするのか、さとりは想像することはできたものの、いざ()()を受け止められるかどうか全く自信が無い。そしてその予想は、サードアイでエンプレスを見たことによって確信に変わる。エンプレスは、その大きく膨らんだ剛腕でさとりを殴り飛ばし、肉体ごとペットたちのいるエントランスへ向かうつもりなのであった。

 

「や、やめ……!!」

 

 

ドメシャァアッ!

 

 

「がぶふッ!」

 

 硬い拳が柔らかい肉を打つ、何とも言えない音が部屋中に響いた。エンプレスの拳はさとりの頬にヒットし、彼女の体を宙を飛ぶ。凄まじい勢いで吹っ飛び、轟音を立てて部屋の壁を突き抜けていってしまった……

 

 

______________________

 

 

 

ガッシャァアア〜〜〜〜ン!

 

 

「わぁ! な、何!? 何かが上から降ってきたよ!」

 

「さとりさまの部屋からだ……!」

 

 地霊殿の中で最も広い空間、それはエントランスである。飼い主であるさとり自身でもどれだけいるのか分からない数のペットたちが入るスペースはここしかなく、その代表とされている火焔猫燐はこの場で新年の宴を開いていた。

 先程まで楽しく騒いでいた彼らだが、宴は上から降ってきた何かによっていきなり中断されてしまう。エントランスには2階へ続く階段があり、そしてその二層は吹き抜けとなっている。さとりの部屋はその吹き抜けのすぐ横に位置し、彼女の部屋から何かが降ってきたのを地獄鴉の霊烏路空が目撃していた。

 彼女らがご馳走を並べていたテーブルは破壊され、せっかくの料理も土埃を被って台無しになってしまった。お燐とお空は喋ることのできないペットたちを優先してテーブルから離れさせ、降ってきたものの様子を窺った。土埃の中では「ぐちゃぐちゃ」と何かを咀嚼する音が聴こえてくる。お空はお燐からの無言の指示を送られ、大きな翼で滞空する土埃を薙ぎ払った。そこにいたのは…………

 

「さ、さとりさま!? どうして上から…………」

 

 晴れた土埃の中には、気を失ったのであろうさとりがうつ伏せになって横たわっていた。主人の異常を心配したお燐はさとりの元へ駆けようとするが、それをお空が制止する。彼女はさとりの他に、別の気配を感じ取ったからだ。

 

「待って、お燐。さとりさまの背中、何かが動いてる」

 

「え? あ、本当だ。あ、あれは……?」

 

「どいてて。私が撃ってみる」

 

「だめだよ、お空! さとりさまも巻き込んじゃう!」

 

『チュミミ〜〜ン! 良い判断ね。そして美味しいご飯! あたしもこんなに立派な姿に成長したわぁ〜〜』

 

 さとりの背中で肉塊が(うごめ)いている。確かに声を発したそれは、お燐とお空たちが見ている前でぐんぐんと大きくなっていく。やがて肥大化が止まると、エンプレスのシルエットが明らかとなった。姿は完全に人間の上半身と同じ。そのサイズは既にさとりの胴体と同じ大きさに変わっていた。一つの下半身に2人分の上半身が存在しているような状態、いや、実際にそうなのだ。

 

「あ、あんた! もしかしてスタンド!? さとりさまに何をした!? 何が目的でさとりさまを……!」

 

『ケケケ。あたしにはあたしのご主人様がいるのよ。あたしは彼のために動いている。この地底に、あの方が望むものがあると聞いてここへ来た! 古明地さとりはあたしがそれのある場所へ行くための足になってもらうわ』

 

「そんなことさせない! さとりさまからも出て行ってもらうよ!」

 

『口で言うのは簡単さッ! 具体的にどうやって引き離すんだい? お得意の弾幕を使ったら可愛い彼女に傷が付いちゃうわよ!』

 

「うっ……お燐、どうする?」

 

「……そんなのあたいは分かってるもんね。『スタンド』は『スタンド』でないと倒せないんだっけ? それが幻想郷でも同じなのかは分からないけど、あたいたちにもスタンドの友だちがいる!」

 

 お燐がそう口走った直後、さとり、もといエンプレスの周囲に舞っていた土埃は彼女を中心にして渦を巻き始める。周囲を回転するスピードはどんどん速くなり、それとともに周りに散った砂も土埃の方へと集まっていく。気体のように軽く、薄い色をしていた土埃はやがて確かな質量と密度を得た。できあがった壁でエンプレスの姿が見えなくなると、お燐はその()の名を叫んだ。

 

「スナマル! さとりさまにくっ付いているスタンドをやっつけて!」

 

『アギーーッ!』

 

『! 砂のスタンド……!?』

 

 渦巻く砂は何本かの柱に分かれて宙へ打ち上がり、空中からエンプレスへ突進を仕掛ける。彼は『愚者』の暗示をもつザ・フール。かつて花京院やポルナレフとともに打倒DIOを目指した誇り高き犬、イギーのスタンド。

 実体はなく、いくら攻撃を加えようとも砂そのものであるザ・フールにはダメージが通らない。一方的に敵を攻撃することができる彼だが、エンプレスはそれに対してどう出るのか?

 

『ヘイッ、メーン! 砂だから何だってんだい! しゃらくせェェーーーーッ!!』

 

『ウッシャアアーーーーッ!』

 

『あちょッ! あちょあちょあちょあちょちょちょォーーッ! ハヤァアーーーーッ!」

 

 

ドバァ! ドバドバッ ドバァ〜〜ーーッ 

 

 

 ザ・フールとエンプレスのラッシュはさとりの上でぶつかり合い、細かい砂の粒をそこかしこにばら撒く。ザ・フールも充分な手数とスピードで攻撃していると思うが、エンプレスのパワーとスピードも想像以上。勢いだけならばザ・フールをも超えている。DIOの刺客としてジョースター一行に立ち塞がった時は、ジョセフの腕に乗っかっている程度で、強力と言えどもあくまで人間を(おびや)かせるぐらいの力とスピードしかもたなかった。しかし今は、並みの近接パワー型のスタンドと同等、もしくはそれ以上の戦力になっている。

 数十秒殴り合ったところで、最初に動きを止めたのはザ・フール。砂の波となってお燐の元へ流れていくと、そこで機械的な本来の姿を構築する。まだまだ互いに様子見程度の手合わせをしていないが、このまま殴り合っていては(らち)があかない。そう考えて一旦身を引いたのだ。

 

『チッ……野郎、認めたくねーが俺以上のパワーとスピードをもってるぜ。そしてどんどん強くなってやがる。助けたいんだったらお前らも手を貸せ!』

 

「でも、弾幕を使うわけにもいかないし……どうしよう……」

 

「……うっ…………く…………」

 

「……! さとりさま!」

 

『あら、目を覚ましたのかい。目覚めなかったらあたしが叩き起こしてたけどね!』

 

 さとりは小さい声を洩らして目をゆっくり開ける。立ち上がろうと手を床に突いて上体を起こそうとするも、意識がまだハッキリしていないのだろう。フラフラのままで上手いこと直立することができていない。頭からもドロリと血を垂らして、危険そうな状態である。

 

「うぅ…………お、お燐……お空…………私のことは……大丈夫よ……頭を打ってフラフラしてるだけだから……」

 

「さとりさま!」

 

「待ってて。今私があのスタンドを吹っ飛ばして助けるから!」

 

『ヘイ、カラス! 思い上がるのもいい加減にしな! あたしは古明地さとりを身代わりにすることができるんだよ。大事なご主人様が死んでもいいなら攻撃しても構わないけどねッ!』

 

「…………!」

 

 お空はエンプレスに制御棒を向け、弾幕発射の照準を定める。だが、エンプレスはターゲットを仕留めるのに直接関係のない者も殺す、根っからの悪。実際、今もエンプレスの腕はさとりの髪を掴んで、お空から発射される弾幕をさとりを盾に使って防ごうとしている。

 だが、先程までエンプレスに為されるがままであったさとり。いよいよ何かを決心したのか、彼女の顔は少し()()()()()()ように見える。さとりは自分の身を案じるお燐とお空に落ち着いた声で話しかけた。

 

「大丈夫よ……2人とも。私はこれから()()()()()。エンプレス……あなたの望むものはきっとそこにあるわ。大人しく……私はあなたをそこへ連れて行く」

 

『ウフフ。聞き分けが良くて助かるわ。あたしの心を読んだのね? そして、お前も何かを知っている。道中全て、洗いざらい話してもらうわよ。ほら、さっさと歩きな!』

 

「うぐっ…………」

 

「ほ、本当に大丈夫なの……? さとりさま……」

 

「大丈夫よ。お空。私は絶対戻ってくるから…………新年のお祝い、私の分まで楽しむのよ」

 

 エンプレスに髪を引っ張られ、痛みと苦しみが彼女を襲っているはずなのに、さとりの表情はお空とお燐を安心させるために柔らかなものになっている。エンプレスに急かされるまま、さとりは地霊殿の玄関へと向かうが、その視線はチラリとザ・フールの方を向いた。さとりは何か、彼に伝えたいと思っていることがあるらしい。彼女の視線に気付いたザ・フールは、それは「私について来い」というメッセージだと確信した。

 さとりはフラフラとおぼつかない足取りのまま、いよいよ地霊殿を後にする。お燐とお空はさとりに「心配するな」と言われたが、2人にとって流石にその場でじっとしていることは難しい。黙ったまま、主のために何ができるかを考え込む。そんな彼らを置いて、ザ・フールはさとりの後を追うために動き出す。

 

「スナマル? 何やってるの? もしかして、さとりさまについていくつもり!?」

 

『ケッ、てめーらはパーティーを楽しんでな。さとりから「ついて来い」って言われたから行ってくるだけだ。役立たずとか言って、追い出されたら行くとこないしな』

 

「でも、もし尾行がバレたらさとりさまが危ないよ。スナマル、どうするの?」

 

『俺は砂だぞ。ちょっとやつらとの距離を空けておいて、擬態しながら追うんだぜ。匂いを辿ってな……』

 

 ザ・フールはさとりが歩いていた跡に鼻を近付け、「クンクン」と追い始める。

 彼が擬態して追おうとしている中、お燐やお空も彼について行こうと考えるも彼女らではあまりにもバレバレだ。一応2人とも自分の姿を変えられることはできるも、それでもエンプレスはさとりがペットを何匹も飼っているのを知っている。少しでも動物が目に入ろうものなら、さとりのペットだと思って彼女に何をしでかすか分からない。お燐たちは諦めるしかなかった。

 すると、ザ・フールの動きがいきなり止まる。何か気になるものでも見つけたのか、さとりが開いて出て行ったドアをじっと見つめて放心していた。

 

「スナマル……? どうしたの?」

 

『……外に出て行ったのはさとりと、あのキモいやつ(エンプレス)だけだよな? スタンドの方はさとりの肉体と一体化してたから、匂いはさとりと同じだった……』

 

「……? ねぇ、本当にどうしたの?」

 

『匂いが2人分ある……それもさとりが出て行った後に一人、出て行ったやつがいる!』

 

 さとりとエンプレスは同じ匂い。よって、彼女らが歩いた道には一人分の匂いしか残らないはず。しかし、まるでさとりの匂いを上書きするようにして別人の匂いがその場に留まっていたのだ。ザ・フールたちはずっとエントランスにおり、扉の方は常に視界に入っている。よって、さとりの後に誰かが外へ出て行ったのは絶対に分かるのだ。

 しかし、誰が出て行ったのか、そもそも誰かが出て行ったこともお燐やザ・フールたちは気付いていなかった。扉が開く音も全く耳にしなかった。犯人は透明人間よりも厄介な存在であると言えよう。その一切の痕跡を全く感じさせないのだから。

 

『……! 待て!』

 

「!」

 

「今度は何なの、スナマル!? 私そろそろわけ分かんなくなってきたよ!」

 

『今……上を何か通ったぞ』

 

「上……? ペットの鳥たちじゃなくって?」

 

『さとりのペットの匂いは全部覚えている……だが、この匂いは知らねぇ……! しかも、一匹だけじゃあねぇッ! 地霊殿に、いや、地底に()()()()()()()()? 数が分からねぇ…………全てが、さとりを追って行ったッ!』

 

 

____________________

 

 

「…………ペットたちは今回お休みだねぇ〜〜。文字通り()()()()()()私たちで、お姉ちゃんを助けに行こっか。ね、みんな」

 

 

フオン フォン フォン フオン……

 

 

 

 

 

 




追跡者の正体は……?

to be continued⇒


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67.地の底までスカイ・ハイ

空高くスカイ・ハイ!


 幻想郷、その地上のとある森の中にて。黄金色の大柄なスタンドは北西の方角へ首を向け、風に乗ってきたかのように感じる気配を察知していた。

 懐かしいような、憎らしいような、気分が落ち着くような、まるで自分自身のような、何とも不思議な感覚。そして、この感覚は前にも味わったことがある。新年のエジプト、カイロにて運命の戦いを繰り広げた相手もまさに、このような気配を感じさせる者であった。だが、()()()()()()

 

「……この感じ、何の関係もない他人では決してない。『ジョースターの血統』…………いや、もしや我が本体の血族……なのか…………?」

 

 スタンドは空中へ手を伸ばす。手を開いたまま、しばらくその状態で静止し続ける。十数秒ほどした後、開いた手を閉じて自分の目の前まで拳をもってくると、再び手を開いて()()()()()()に注目した。それは銀色のナメクジのような、見たことのない新生物。

 

 

____________________

 

 

 地霊殿を出てから十数分。エンプレスに散々痛めつけられ、フラフラと重い足取りで旧都へ向かうさとり。かつて地底の異変が起こった際、ハイエロファントと魔理沙が通ってきた灯籠が並んでいる道を行く彼女だが、その背中にはもう一つ人影が見えていた。それがエンプレス。人体に寄生する、人面疽のスタンドである。

 彼女はとあるスタンドたちに地底へ送り込まれた。彼らが欲するものを手に入れるために。かつて自身の本体が仕えていたように、同じ主をもっている。しかし、エンプレスが彼に仕え続ける理由など特には無い。彼女の本体ネーナと、その主の関係は終わっているはずなのだ。だがエンプレスは()()仕え続ける。人の出会いも重力。因縁が断たれることはないのだ。

 

『ウフフ。地底もまあまあ良いところじゃないのさ。もっとジメジメして臭いところかと思ってたけど、涼しくて過ごしやすいわ〜〜』

 

「…………」

 

 エンプレスはさとりの背中で肩を回しながら、旅行気分で旧都への到着を待ちわびる。さとりの読心の能力により、エンプレスが探しているものが旧都にあると判明したため今こうして向かっているわけなのだ。が、エンプレスが探しているもの、それは具体的にエンプレス本人にも、そしてさとりにも分からなかった。エンプレスは自身の主に地底に向かうよう言われたが故に地霊殿を訪れ、さとりはそれが先程まで気になっていた『14の言葉』に関するものと考え、向かっている。もっとも、さとりは素直にエンプレスに親切をしようなどとは思っていないのだが。

 

(このスタンド……私の体と完全に一体化している。そもそもどうやって私に取り憑いたのかは分からないけど、私の体から離れることは、きっとできない。旧都に向かって、勇儀さんにこいつを破壊してもらう……!)

 

『旧都ってどんなところなのかしらねェーー。少なくとも、ジョースターと戦ったバラナシよりも綺麗なところがいいわ。バラナシはバラナシで良かったけどねッ!』

 

「…………」

 

『ヘイッ、さとり! このアタシに対して、何か反応をよこしなッ! 子どもを無視するのは虐待だよッ!』

 

「あぐぅッ……!」

 

 エンプレスは後ろからさとりの髪を引っ張り上げる。馬に乗る騎手が綱を引くのにも似たそのサマは、子どもが親へ暴力を振るう立派なドメスティックバイオレンス。ネグレクトを指摘しているエンプレスだが、状況的には完全に彼女の方が悪である。それにそもそも、さとりはバラナシが何なのかを知らない。

 

『まぁ、いいわ。あんたではあたしを倒せない。弾幕を撃とうとも、それを撃ち出す掌を腕ごとへし折ってやればいい。空中からいきなり出現させるなら、このサードアイを身代わりにするからね』

 

「くッ…………!」

 

『そう言えば、少し気になったことがあるんだったわーー。どうしてさとり、あんたはあたしの探しものが旧都にあると分かったんだい?』

 

「!」

 

『あたしは旧都の存在を知らなかった…………探しているものがどこにあるかも、当然知らなかった。でもあんたは、あたしの心を読んですぐに「それは旧都にある」と言ったわ。どうもきな臭いわね〜〜』

 

 考えてみれば当然の反応である。さとりが能力によってエンプレスの心の中を理解したとしても、彼女自身でも理解しきれていないものをなぜさとりは突き止めることができたのか。

 エンプレスは考える。さとりは自分(エンプレス)が主人から賜った『生まれたもの』の言葉の意味を理解しているのではないか。我が主が『天国』へ行くために必要としているものの正体を、使いに出された自分よりも先にさとりは知ったのではないか、と。

 しかしそうなると、新たな疑問も生まれてくる。『天国』、具体的にどんなものかはエンプレスの知るところではないものの、さとりが「生まれたもの」を知っているのなら『天国』のことについてもある程度理解しているかもしれない。わざわざ手放すだろうか? 主が血眼になって目指す『天国』にどれだけの価値があるのかは分からないが、確実に言えるのは決して低くないということ。それを手放すだろうか? もしやさとりは、この自分に嘘を教えているのでは? 今向かっている旧都には実は『生まれたもの』など存在せず、自分を除去する方法を探っているのでは?

 エンプレスは事実を置いてけぼりにし、自分に都合の良いように解釈していく。早とちり、妄想の暴走は良い結果を生まないものだ。

 

 

バキャァアッ!

 

 

「がはァッ!?」

 

『ヘイ、このクソガキッ! まさかこのあたしを、まんまと騙してるんじゃあないだろうねェッ! えぇ!? 怪しくなってきた! 本当に旧都に『生まれたもの』はあるのかい!?』

 

 

ドガッ バキッ ボゴォ!

 

 

「うッ……あぁ…………!」

 

 エンプレスは自分の勝手だけでさとりを殴打する。大の大人でも抗えないほどのパワーで殴られ続け、流石のさとりもその場で膝を突き、やがてうずくまってしまった。頭、顔、腰、体のあらゆる場所にアザができていき、その痛みがさとりの体力をさらに奪っていく。

 

「ッ…………!!」

(まッ……まずい…………! 旧都へ行く体力も……もう……無くなって…………いく……)

 

『フヘヘヘェーーーーッ! 別に片腕ぐらい無くたって旧都にゃ行けるだろォーーッ!? 折られるのが嫌だったら、あたしに本当のことを言うかい!? そらァ!』

 

「う、うぁああぁあああ!!」

 

 エンプレスは後ろからさとりの右腕を掴み、後方へ無理矢理折り曲げようとする。必死に抵抗するさとりだが、その努力は虚しく。既に時間とともに強力になっていくエンプレスのパワーに勝つことはできなくなっていたのだ。木の枝と見違うほど綺麗で細い腕は、たった今醜く歪んだ肉の塊のスタンドに破壊されんとしていた。限界は訪れる…………

 

 

ヒュン!

 

 

「!」

 

『! な、何!?』

 

 エンプレスの腕は突如動きを止める。さとりの腕を掴んでいた、彼女の両腕の間を何かが通ったのだ。具体的に何だったのか、それはエンプレスの目には映っていなかった。とにかく、非常に素早い何かが腕の間をすり抜けて行った。

 そして、おかしなことはそれだけではない。エンプレスの両手から力が抜け、彼女が意図しないうちにさとりの右腕を手放してしまっている。全く不思議な現象である。

 エンプレスはふと、ほんの無意識のうちに地底の天井を見上げる。戦いの経験か、それともただの直感か。自分の頭上に、彼女は敵と思しき者がいると感じたわけでもなく、ただただ何の意図もなく宙を見上げた。

 

 

 

____________________

 

 

 

グワシィイッ!

 

 

「やった! 取ったよ。お燐、スナマル!」

 

 スナマルことザ・フールが地霊殿の中に残留していた謎の匂いを嗅いでから数分後、制御棒を外したお空がエントランスで何かを捕まえた。小さな子どもが池でカエルを捕まえたように、彼女は両手でその生物を包み込んで自分の友人たちがやって来るのを待つ。と言ってもほんの数秒の話。お空の声を聞き、地霊殿中に散らばっていたザ・フールとお燐はすぐに彼女の元へ到着した。

 

「捕まえたんだね、お空!」

 

「うん。よーし、それじゃあ、せーので開けるよ!」

 

『待ちな。お空。お前とお燐にしか分からないことだが、そいつ妖怪なのか?』

 

「え? いや……妖力は感じないし…………妖怪じゃあない……よね?」

 

「うん。とにかく速く動く……虫? なのかな。お空はどう見えたの?」

 

「いや、それがサッパリ…………」

 

『ハァ、もういいぜ。早く手を開けな』

 

 お空はゆっくり手を開ける。隙間から徐々に光が差し込み、彼女が捕まえたものの正体が明らかとなった。

 ()()は銀色の物体。とても生物には見えない存在だった。細くペン程度の長さをしており、2枚4対の羽かヒレのようなものが脇から生えている。目や鼻、口のような部位は見当たらず、両方の先端に小さな点のようなものが数個あるだけ。そしてこの奇妙な存在は妖怪でも、スタンドでもないのだ。虫か? 魚か? エイリアンか? 3人の誰もそれの正体を理解することはできなかった。

 

『な、何だぁ……? こいつ、本当に生き物なのか?』

 

「でも、妖力は全然感じないよ。妖怪じゃあないし、空飛ぶナメクジモンスター!?」

 

「あっ、動いたよ!」

 

 銀色の棒状の生物はお空の手の中でピクピクとうねり始める。すると、体の側面にある4枚の羽がそれぞれ同一の方向へゆっくり回転し始め、どんどん加速し出した。

 この奇妙な光景に対し、一同は何の言葉も発することなくただ呆然と見つめるだけ。しばらくして謎の生物はフワリとお空の手から浮き上がると、一瞬にして3人の前から姿を消してしまった。どの方向へ向かったか、それすらも分からないスピードで移動する。この生物について分かったことはそれだけである。

 

『…………クソ、まんまと逃がしちまった……結局何も分からなかったじゃあねーか』

 

「誰のせいでもないよ、スナマル。それより、今まであのナメクジみたいなのに気を取られてたけど、早くさとりさまを助けに行かないと」

 

『あぁ、分かってるぜ。俺はこれから急いで行くが…………おい、空? どーしたんだ? そんなマヌケ面しやがって』

 

「え? お空?」

 

 ザ・フールはお燐に背を向けて地霊殿を発とうとしたところ、お空の様子がおかしいことに気付いてそう指摘した。彼の言葉を聞き、どうしたのかとお燐もお空の方を振り返る。お空は顔を両手で押さえながら体のどこかに不調を感じているようで、手と手の間から見える彼女の表情、特に(まぶた)と歯を食いしばって少し苦しげにしていた。

 

「お、お空! どうしたの? どこか痛いの?」

 

「ち……違うよ、お燐…………さっきのナメクジみたいなやつを逃してからなんだ…………ま、瞼が重くなって……瞼がストーンて落ちてくるよォーー!」

 

『ハァ……?』

 

 お空に起こった現象はそれだけではない。(しわ)ができるぐらいキツく閉じられた瞼の間からは、ツゥと血が流れてきたのだ。お燐はお空に現れた異常を重く見て、ザ・フールを急いでさとりの元へ向かわせる。その間にお燐はお空を別室に待機させ、謎の生物の調査を行うのだった。

 謎の生物の正体のヒント、それはさとりの部屋にあった。情報が載っていたのはとある記事。幻想郷のものではなく、外の世界の記事である。それにはこう書かれていた。

 その生物が最初に確認されたのはメキシコ、ゴロンド・リナスという砂漠にできた洞窟の上空。スカイダイビングをしていた若者たちによって撮影された写真に、それは写っていた。若者たちの間を飛び回る謎の存在。それは虫なのか、魚なのか、爬虫類なのか。それは餌は何を食べているのか。それについての全ては謎。

 その生物の名前は『ロッズ』。

 

 

 

____________________

 

 

 

『い、一体何だッ……!? こいつらはァーーーーッ!』

 

 灯籠の道にて、エンプレスの叫びが木霊する。謎の物体が自分の腕の間をすり抜けて行った後、彼女はふと上空を見上げて今に至る。

 さとりと彼女に取り憑いているエンプレス、その頭上には数十という謎の棒状の物体が滞空していた。飛行するのに羽をばたつかせるような音は無く、静かに水に浮かばせた流木の如くフワフワと空を流れているだけ。エンプレスはさとりの髪を再び掴み、あの生物について問いただした。

 

『ヘイ、さとりッ! あいつらは何だ!? お前のペットか!? 妖怪なのかッ!』

 

「うッ…………」

 

『く、くそッ……!』

(しまった……! 喋れなくなってしまうぐらい痛めつけすぎたッ…………やつらの正体は一体…………!?)

 

 さとりはその場にうずくまっており、完全に満身創痍。エンプレスはその場を離れることすらできなくなってしまった。上空にいる生物『ロッズ』たちがエンプレスの敵ならば、あの目で追うのがやっとなスピードで襲いかかってくることになる。自分のパワーとスピードに自信のあるエンプレスでも、あのスピード、この数を相手にするのは非常に困難だ。

 エンプレスがどうしようかといよいよ焦り始めると、宙に浮かんでいたロッズが一匹、姿を消した。

 

 

ヒュオォォオォン!

 

 

『うわ!』

(つ、ついに襲ってきた!!)

 

 消えたロッズはエンプレスの脇を高速で通り過ぎた。そして何事も無かったかのように先程までいた場所に戻り、先程と同じように滞空する。

 エンプレスはてっきり、自分に向かって何か攻撃を仕掛けてくるものかと思っていた。しかし、実際はただ通り過ぎただけ。ますますロッズのことが分からなくなってくる。エンプレスが頭を抱えているこの間に、さらにロッズは動き出す。

 

 

ヒュン ヒュン ヒュオッ!

 

 

『ヒッ……! こン……の…………あたしをナメてんのかァ!? あちょォオアアアァッ!!』

 

 

ドッヒャァァ〜〜〜〜ッ!

 

 

 今度は多数のロッズが飛んできた。それに対しエンプレスは応戦の決意を固め、繰り出される剛拳のラッシュをロッズたちへお見舞いする。が、ロッズたちは速いだけでなく精密な動きもできるよう。エンプレスの拳をすんでのところで回避し、彼女の脇付近を通過。そして再び元の場所へ。

 何が何だか全く分からない。しかし、どうやらロッズたちはエンプレスの敵である線が強くなってきた。顔らしきものがどこにあるのかは全然分からないが、群れでエンプレスを取り囲んでいるなど、とにかく彼らはエンプレスの様子を窺っているような素振りを見せている。エンプレスの憤りもマックスに近付いてきていた。

 

『お前たちィ! 一体何なんだ!? 何が目的なんだい!? このあたしをおちょくりに来たってだけなのかいッ!!』

 

 エンプレスは拳を振り上げて怒りをあらわにする。だが、どれだけ彼女が怒鳴り散らしてもロッズには何も響いていないようだ。怒号に怯むことも、威嚇するような動きもないのだから。見た目通り生物かどうかも分からない、本当の無機物のようである。

 拳を振り上げたエンプレスだが、彼女はそのタイミングでとある異変に気付く。

 

『…………!? な、何だ……? あたしの……手……こんなに大きかったか……!?』

 

 エンプレスは振り上げた右拳を見てそう呟いた。たしかに、エンプレスは肉体を自分の意思でそれなりに自由に変形させることができる。が、今回放ったラッシュでは拳を肥大化させた覚えはない。

 右手を眼前に挙げたまま、エンプレスは己の左手も持ち上げる。異変は、確かに起こっていた。彼女の手は左右非対称のサイズになっていたのだ。右手は左手の2倍近くにまで巨大化していた。

 

『こッ…………これは……や、やつらがやったのかッ……!? でも一体どうやって……まさか毒か!? どのタイミングであたしに打ち込んだ!?』

 

「………………」

 

『ク、クソォ〜〜〜〜…………! おい、お前たちッ! この古明地さとりがどうなってもいいのか!? この地底の主だ! こいつが死んで困るからあたしを襲ったんだろッ! こいつの命は今あたしが握っている。どうにかされたくなかったら、とっととどこかに散りやがれッ!!』

 

 何もかも不明なまま、エンプレスはついに考えることを放棄する。錯乱した状態でさとりの首根っこを掴み、肥大化した右手で手刀を作ると、滞空し続けるロッズたちに脅しをかける。ロッズたちは相変わらず何の反応も返さないのだが。

 そんな中、さとりはエンプレスに揺さぶられた衝撃で一時的に目を覚ました。彼女はボヤけた視界に見える景色と、エンプレスの言葉によってなんとなく周りの状況を呑み込む。執筆をするのにあらゆる本や記事の内容を頭に叩き込んださとりは、ロッズのことについても一応は知っていた。まさか本当に実在するとは、と驚きつつもエンプレスに気付かれないよう、彼女はサードアイを空へ向けてロッズたちの思考を読み取った。

 ロッズたちはさとりがまだ意識を保っていることを知ってか知らずか、エンプレスの脅しに一切耳を貸すことなく、今度は滞空している全匹で、エンプレスに襲いかかった。

 

 

「………………」

(なるほど……未確認飛行生物ロッズ…………彼ら……の……餌は…………そういう……ことだったのね……)

 

 

『うあああッ! こ、殺してやるゥゥ! お前たちが動いたせいなんだからなァアアアッ!』

 

 さとりの首をグイッと引き寄せ、エンプレスは手刀を振り上げる。ロッズたちは既にエンプレスの近くに到達しているが、さとりの断頭を止めるでもなくただ高速飛行するだけ。

 一瞬にしてブレたエンプレスの手刀は、さとりの首へ一直線に向かう。阻むものは何も無く、さとりの首は地面に真っ逆さま…………

 

 

ボロォッ!!

 

 

『……ッ!!』

 

 さとりの首が落ちることはなかった。代わりに落ちたものがあったのだ。それは、肥大化したエンプレスの右手。

 

『何が…………起こっ……て…………』

 

「エン……プレス…………」

 

『ハッ! さ、さとり……お前、意識を取り戻していたのかッ…………!』

 

「あの……生物の名前…………『ロッズ』…………餌……は…………」

 

『餌……!? は、早く言えッ…………!』

 

「体温よ…………ロッズは、生物の体温が餌。彼らには口が無く……故に何かを食べる必要が無い…………近くにいる他の生物の体温を奪い、彼らは生きている……」

 

 さとりが読心したものはそれだ。彼女が言うように、ロッズの餌は他生物の体温である。彼らはそれを奪って生きている。ロッズは何の意味もなくエンプレスの脇を通り過ぎていたのではないのだ。さとりに寄生している、腫瘍と化したエンプレスからのみ体温を奪っていた。エンプレスの右腕が落ちたのはそれが原因である。切り落とされたわけでも、ねじ切れたわけでもない。体温を奪われ続け、エンプレスの右手は内側からどんどん腐敗。腐れ落ちたのだ。

 お空の瞼の異変についても同様である。しかし、あれはあくまでお空へ対する防衛反応であったため、瞼を腐らせるほどには至っていない。それでも血管を後に支障が出ない程度にダメにしたのだが。

 さとりはエンプレスにロッズの情報を伝え、再び項垂れる。体温を奪う生物。そんなものを相手に、どう戦えばいいのか。しかも相手は自分以上のスピードで移動してくるのだ。がむしゃらにラッシュか? 赦しを乞うか? エンプレスに残された道はもはや2つに一つ。そして、ロッズの()()は終わらない。

 

 

ドッヒャァアアアァッ

 

 

『うわぁああああぁあああ!! やめろォおおおぉ!!』

 

 

ギャン ギャン ギャン ギャン

 

 

『うげッ』

 

 

 エンプレスに纏わりつくように、全てのロッズが彼女へ向かう。旋回を繰り返しながら、エンプレスから発せられる熱を堪能するロッズたち。彼らが食事をしている内に、エンプレスの瞼は出血して開かなくなり、綺麗に生えそろった歯は抜け落ちていき、喉元が爆発したかのように急速に膨れ上がっていく。体全体が徐々に紫色に変色しながら、ロッズたちの食事もようやく終わりへ近付いていくのだった。

 

『げぶフゥゥゥ〜〜〜〜〜〜』

 

 

ボゴン ボロッ ボシュゥゥ〜〜〜〜ッ

 

 

 ロッズたちが離れる頃には、エンプレスの肉体は完全に朽ち果ててしまっていた。ロッズが飛行時に発生させる風はわずかなものだが、腐りきったエンプレスの肉体をボロボロに崩すには十分。エンプレスは消滅した。

 寄生していた者がいなくなってようやく自由を手に入れたさとりであるが、動く体力は尽きている。ロッズたちが出現してから一歩もその場を動いておらず、地霊殿へ帰ることもきっとできない。敵スタンドは消えたが、さとりは薄れていく意識の中で自分もまた同じように消えていくことを覚悟する。ロッズから体温を奪われたわけではないが、瞼は徐々に閉じていく。氷のように岩の低温が、体の芯に向かって登ってくるのを感じていると、ふと一つの影がさとりの頭を覆った。閉じていく瞼を何とか開け、その者の正体を確認する。そこにいたのは。

 

「やっほーー。お姉ちゃん、ハッピーニューイヤーだね」

 

「……こいし…………?」

 

「そうだよ。お姉ちゃん怪我してるから、私が地霊殿まで運んであげる。感謝したまえよ〜〜」

 

 古明地こいし。さとりの実妹である。淡い緑髪で、黒くへりの広い帽子を被った少女はさとりを抱き起こし、肩を貸しながらゆっくり地霊殿へ歩き出す。いつもはフラフラしている彼女だが、さとりの危機を感じたのかタイミング良く参上してくれた。

 無表情というわけではないが、どこか遠くを見ているかのような、何を考えているのかイマイチよく分からない顔でふざける彼女。さとりはそんなこいしの右腕に何かがくっ付いているのが見えた気がしたが、わざとなのか何なのか、こいしはそれを体で隠してしまう。

 

「お姉ちゃんは、『スタンド』についてどう思うの?」

 

「え…………?」

 

「良く思ってるのか、悪く思ってるのか。私はね〜〜、良く思ってるよ。暇を忘れさせてくれるしね。友だちって感じなのかな。ペットとは違う」

 

「…………」

 

「スナマルのことを地霊殿に置いてるし、別に悪いと思ってるわけじゃあないでしょ?」

 

「まぁ…………そう……ね……」

 

 こいしに何の意図があるのか、さとりには全く分からない。

 こいしはさとりと同じく、以前は心を読む能力を所持していた。しかし、人々の心を読んでいく内に、自身に備わる能力が周りを怖がらせていることに気付いてわざとサードアイを閉じてしまった。それに伴い、こいしは心も閉じてしまった。さとりは心を閉じたこいしを読心することはできない。こいしが何を思っているのか。これは本ではなく現実。能力に頼り切っていたさとりには、とても難しいことだった。

 

「あ、見て。地霊殿からスナマルが来るよ」

 

「……!」

 

「ねぇ、お姉ちゃん。怪我の処置をしたら、またパーティーやろうね。今度はお姉ちゃんも入れてさ」

 

「……そうね。私も混ざるわ」

 

 

 

 友だちの友だちは皆友だち。

 スタンド名、『スカイ・ハイ』。能力はロッズを操ること。こいしと友だち(一方的にそう思われているだけかもしれない)になったスカイ・ハイだが、その能力に従属するロッズたちは果たして『皆友だち』と言えるのか?

 

 

 

 

 




息子たちに関して言えば、ウンガロ以外はみんな好きです。


to be continued⇒


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68.闇の中から甦りし者

今期、いわゆる冬休みシーズンというものですが、私は日々用事に追われております。一月もスケジュールがギッシリということで、これから今回のようにお話が短めになっていくことでしょう。
ボリュームダウンとなってしまいますが、その分演出や読者の方をあっと驚かせるようなギミックにはこだわっていきたいと思いますので、これからも引き続き読んでくださると嬉しいです。


必要なものは場所である

 

 

北緯28度24分 西経80度36分へ行き……

 

 

次の『新月』の時を待て……

 

それが『天国の時』であろう……

 

 

_________________

 

 

 場所は永遠亭。エンプレスが地霊殿に来襲してから十数時間経過した頃、薬師の八意永琳は調合室で作業に(ふけ)っていた。昨日に宴会をしたきり、永遠亭の住人たちは各々のやるべきことをするためにすぐに散り散りになってしまったのだが、それは彼女も同様である。理由は一つ。先日の襲撃事件のことについて。

 あの事件の後からずっと、彼女らはこんな調子が続いている。兎やハーヴェストたちもそうであるが、特に永琳は蓬莱人の性質を知っているK・クリムゾンに文字通りの半殺しにされた。その時の痛みは体だけでなく心にもしっかりと刻まれていたのだ。

 

「……………………」

 

 人里へ出掛けることもある彼女だが、あの場では何とか気丈に振る舞っている。しかし負った傷が完全に癒えたわけではない。あの凄惨な光景、耐え難い苦痛は今でもたまに夢に見る。

 永琳は『月の頭脳』とまで呼ばれた、世界中を探しても並ぶ者が見つかるか分からないほどの賢者。もちろん、彼女が護衛すべき蓬莱山輝夜以上の実力も身につけている。それでも、永琳はK・クリムゾンに敗北した。そもそも正面から堂々と戦ったわけでもないが、万全な対策をされていた上、完璧な奇襲を防ぐのは月の頭脳と呼ばれる彼女であっても難しいこと。蓬莱の薬に関する情報はなんとか死守したが、それに見合わないぐらいの代償を払ってしまうことになった。

 中でボコボコと泡を立てる調合器具を見つめながら、彼女は放心している。

 

「………………」

(姫は…………皆に比べるといつも通りに戻った。今日も藤原妹紅と殺し合いに出掛けていたし…………)

 

 主が無事なのは守る者としては嬉しいことだ。輝夜の場合はあくまで戦闘不能にさせられただけで永琳ほどのダメージを負ったわけでもないが、それでも彼女は襲撃後一週間近くはずっと自分に付きっきりになってくれた。恩を受けたままでいるのは、主従に関係なくまずいこと。それは分かっている。だがそれ以前に、あまり立ち直る気にもならないのであった。

 

「…………蓬莱の薬はたしかに禁忌。今思えば……他にもやりようはあったわ。まさかこんなことで後悔するなんて…………分かってたはずなのに」

 

 後に悔いると書いて『後悔』。先に立つことは絶対にない。どこかに慢心があったのだろう、自分たちが負けるはずがないと。たしかに、彼女たちならば正攻法で打ち負かされることはほとんどないかもしれない。

 だが、全てを兼ね備えた完璧な生物など本当に存在しない。頭脳、筋力、他生物の特徴や能力、波紋の呼吸。あらゆるものを手にし、弱点であった太陽すらも克服したあの男でも、『運命』を手にすることは叶わなかった。

 故に敗北は存在する。それは自分たちにもあり、また、かのK・クリムゾンにもある。

 

 

ヒタ ヒタ ペタ……

 

 

「!」

 

 机に向かって頬杖をついていると、突如廊下から何者かが裸足で歩いてくる音が聴こえてきた。部屋を出て廊下の右手側からだ。今は正月であるため、よっぽどの緊急事態でない限りは薬の供給は行っていない。そう考えると、その者は客というわけではないはずだ。では、永遠亭に住む兎の内の誰かだろうか。寒い時期ということで以前に皆に足袋を配ったため、足袋を持っていながら昼過ぎに裸足で歩き回っていることも考えづらい。

 ではまさか……? 

 永琳の意に反し、頭の中で最悪の想像がされる。

 まさか、また? 再びか? やつが来たというのか?

 

「………………」

(い、いや…………たしかキング・クリムゾンの足は靴と似た形になっていた……人間の裸足のように、ペタペタなんて音はしないはず……)

 

 腰掛けていた椅子から降り、それを盾にするようにして来訪者の接近を待ちわびる。

 K・クリムゾンの襲撃に備え、永琳は最近新たなスペルカードと薬の開発を行った。K・クリムゾンと戦う上で、彼女以上に対策を練った者は幻想郷にはいない。

 しかし、どう考えても今永遠亭内に侵入している者はK・クリムゾンではない。彼ではない別の誰かが、K・クリムゾンと同じように蓬莱の薬を求めてやって来た。存在するのはその可能性だけである。

 

「正体は…………妖怪……いや、スタンド……!」

 

 永遠亭の存在は竹林に潜む幽霊や妖怪たちに知れ渡っている。故に、わざわざ自分の敵わない強敵たちがいる永遠亭に自分から足を踏み入れることはない。ということは、永遠亭がどのような場所であるか知ってから知らずか、この場所に()()()訪れていることになる。

 少々早とちりが過ぎる気もするが、今の永琳は過去一番に身の周りの事象に警戒している。常に最悪の状況に備えなくては気が済まない。幻想郷に来て、甘ったれた生活を送りすぎていたのだ。『楽園』という名をもつ場所でも、幻想郷は死と血が飛び交う地であるということ。永琳はK・クリムゾン襲撃事件にて、ようやくそれを思い出した。

 

「…………!」

(か、影が…………無い……?)

 

 ペタペタと床を歩く音はどんどん近付いてくる。そして、音の大きさがピークに達すると同時に、聴こえ始めてから数十秒後に音は止まった。地点は永琳のいる部屋の真前。この部屋の入り口は障子で仕切られており、部屋の前に立つ者がいるならばその影が必ず障子に映るようにできている。

 だが、たった今永琳が心の中で思ったように、入り口の障子に影は映っていなかった。

 

(バカな…………スタンドは本体の精神から生み出されるものとは聞いていた……幽霊とは違うと。でも、影もできないなんてことは無いはず。エニグマだって、ハーヴェストだって影はあったのだから)

 

 永琳は永遠亭に住むスタンドのことを思い出す。外見は完全に人外だが、形は一応人型であるエニグマ。小さく、昆虫を思わせるようなフォルムをした群体型スタンドのハーヴェスト。彼らには確かに影は存在している。それは日常の中で何度も目撃していたため、覆しようのない事実としていいだろう。

 だが、障子を挟んで向こう側にいる侵入者は影をもっていない。近付いて来た者が永遠亭の住人であるという線は確実に消えたものの、敵の正体はますます分からなくなってしまった。影をもたないというのなら、正体は幽霊か。あるいは透明人間か。もしくは、透明であることが能力のスタンドか。

 

 

カタッ…………

 

 

「……ッ!」

(障子に……手を掛けたッ……! 入ってくる……)

 

 かすかに障子が軋む音が聴こえ、立て付けが悪いわけでもないが、中々スライドさせにくい障子をガタガタと揺らしながら右方向へズラし始める。影は相変わらず存在せず、まるでポルターガイストといった霊障に見舞われているような気分だ。

 障子と障子の隙間は徐々に大きくなり、部屋に光の線が差し込む。線は何の障害の影響も受けることなく部屋に差し込んでくることを考えると、やはり侵入者は透明であるらしい。もののコンマ数秒で侵入者は調合室に足を踏み入れてくる中、永琳が取った行動とは…………

 

 

バグォオオオン!

 

 

 文字通りの爆音が永遠亭中に響き渡り、部屋に差し込む光は柔らかなものから鋭い閃光に変わる。永琳の右掌は半分ほど開かれた障子の方を向いていた。

 そう。永琳は弾幕を放ったのだ。先手必勝、相手が部屋に入って仕掛けてくるよりも早く、相手が部屋の外にいる間に仕留めようとした。そして、手応えはあった。障害の間から漏れてくる爆煙が晴れていくと、向こう側の壁に焦げ跡と穴ができあがっているのが分かる。廊下の床も同様である。結局侵入者の正体が何だったのかはよく分からないが、ひとまず弾幕で永遠亭内から外へ吹っ飛ばすことには成功した。永琳はしゃがんだ状態から立ち上がり、障子から部屋の外へ出ようとする。消滅していくスタンドの残骸を見るために。まだ生きているならトドメを刺しに。

 

 

『お前…………ヒドいやつだな。弾幕で自分の部下をブッ飛ばすなんてな……』

 

 

「ハッ!?」

 

 部屋に突如響く男の声。永琳はいきなりの出来事に驚き、同時に警戒し、前に進めていた足を瞬時に後退させる。ベタン! と壁に背中を貼りつけると、部屋中を見渡して声の主を探ろうとした。だが、声の発生源と思しき者、物品はどこにも無い。仕留めたと思っていた侵入者は、取り逃してしまっていたのだ。

 永琳はどこにいるのか分からない侵入者に向けて、首を左右に振りつつ声を投げる。

 

「あ、あなたは……ッ!? この特異な現象、まさかスタンドッ!?」

 

『あぁ……そうさ。察しの通り、俺はスタンドだ。よく分かったな? 普通のやつは幽霊か透明人間のどっちかだと思うと想像してたが………………やっぱりあれか? ()()()()()()()頭から離れないかァ?』

 

「……あの襲撃事件のことを知っているッ…………! そして、「自分の部下」ですって……? 一体どういうこと? 狙いはキング・クリムゾンと同じく蓬莱の薬!?」

 

『落ち着けよ……一つずつ答えてやる。八意永琳』

 

 永琳はK・クリムゾン襲撃の件について、この部屋のどこかにいるスタンドが知っていることに非常に固執している。理由は簡潔。あの出来事は二度と繰り返したくない。それに尽きるからだ。どれだけ彼女がどれだけ永い年月を生きていようとも、恐怖というものは払拭することはできない。ましてや賢いというのなら、()()()()である。

 どこかの世界の男は言った。生きるということは恐怖を克服することだと。世界の頂点に立つ者は、ほんのちっぽけな恐怖をももたぬと。もし永琳に恐怖が存在しないなら、きっとこの場所にはいないだろう。

 スタンドは目に見えて動揺し続けている永琳に向かって、一つ一つ順番に質問に答え始める。それは、()()()()()者の余裕であろうか。

 

『まず襲撃事件のことについてだが、あれは有名なんじゃあないのか? 新聞に載ってるのを見ただけだから何とも言えないがな』

 

「………………」

(新聞……鴉天狗が出しているもののことね…………)

 

『蓬莱の薬については…………もう()()()()()()

 

「! 間に合ってる…………? もしかして、どこかに作った人間がいるというの? あの薬を!」

 

『そーゆー意味じゃあねぇんだよ。話を聞け。()()()話を訊く必要は無いって意味だ。俺たちに命令を下してる、いわゆる上司ってヤツにそんな能力をもったスタンドがいる。どれだけ隠そうとも、記憶は読まれちまうのさ……』

 

「何ですってッ……!?」

 

『俺がここに来た理由……それは『場所』を確保するためだッ! 『ホワイトスネイク』からは西経がどーの、北緯がどーのと話をされたが、とにかく必要なのは『重力』らしいな。そしてその重力があるのが、どうやらこの場所だとヤツは言ってる!』

 

「ホワイトスネイク……それがあなたのボスの名前……」

(必要なものが……重力………………?)

 

 敵スタンドはずいぶん口が軽いらしい。自分の目的、自分の主の名前をその場でバラすとは。『重力』、『ホワイトスネイク』。永琳は一度聞いた重要な言葉は中々忘れない。この情報はいずれ、異変解決を行う魔理沙や霊夢に渡るだろう。

 それにしても、スタンドが欲するものが『重力』だとは驚いたものである。永琳も想像していなかった。確かに地球上の重力というものはどこも全て均一というわけではない。場所によっては強かったり、あるいは弱かったりする。しかし、その差も本当に微かなものである。永遠亭にはたらく重力に、ホワイトスネイクとやらは一体何の用があるというのか。

 だが忘れてはいけない。まだこのスタンドは、気になるワードを一つ残している。それは、「自分の部下をブッ飛ばす」である。

 

「まだ……聞いていないことがあるわ。あなたは私が弾幕を撃った後、「自分の部下に弾幕を当てるなんて」と言った。一体それはどういう意味!?」

 

『…………どういう意味と言われてもな。そのままなんだが。お前は自分の部下を……いや、()()()かァ? 弾幕で吹っ飛ばしたんだぜ〜〜。跡形も無くな』

 

「だから、それがどういう意味だとッ…………!!」

 

 

ベタッ ベタ ベタ!

 

 

『来たか…………』

 

「!」

 

 

ドドドドドドドドド

 

 

「何…………この……足音はッ…………!?」

 

 永琳の言葉を遮るように、廊下の奥から地鳴りのような轟音が響いてくる。それは大きな振動を伴っており、まるで大勢の人間が一方向に向かってやって来るようだ。()()()()()()()()()()()。そして、この現象をスタンドは知っていたかのように話す。間違い無い。これは、このスタンドが能力によって引き起こしたもの!

 

『ホワイトスネイクの命令を受けているヤツは俺以外にも何人かいる。だがその中で、()()()()俺がこの場所に送られた。襲撃事件……兎が大量に死んだんだってなァ〜〜』

 

「貴様ッ! 一体何の能力をォォーーーーーーッ!!」

 

 

ドバオッ ボババァア〜〜ン!

 

 

 永琳は部屋中に弾幕を撃ち出し、周りの壁を跡形も無く破壊する。永琳が今食らっているのは『侮辱』だ。月の賢者たる者を無知なる者として利用するという侮辱、そしてその()()()()()()()という侮辱。スタンドの言っていたことは、永琳の頭の中で全てつながった。こんなことをさせられて、頭にこないやつはいない。怒りの弾幕群をスタンドにお見舞いしてやった。

 だが、今度は手応えが一切無かった。

 

 

『残念。俺は、天井だ』

 

 

 

バグシャァアアアッ

 

 

 

 男の声が聴こえたその瞬間、永琳の頭部、その左半分が宙へとちぎれ飛んだ。

 

 

 スタンド名、『リンプ・ビズキット』。能力は動物の死体や剥製から、透明なゾンビを生み出すこと。スタンドビジョンはもたないが、幻想郷に流れ着いた彼は自分自身の能力によってゾンビとなった本体、スポーツ・マックスの体を借りている。あくまで形だけ、だが。

 

 

 




常秀ならきっと「グロ注意、グロ注意だ!」と言うかも。


to be continued⇒


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69.透明ゾンビと蓬莱人①

本当に……時間がない!
しかし、おそらく次話で決着でしょう。
もっと文字数は増えますが、ちょっとグダグダですみません……


「ハッ!」

 

 壁がボロボロに焼け落ちた部屋の中で、永琳は倒れた状態から目を覚ます。勢いよく顔を上げた影響か、目眩に少々苦しまされる。そしてたった今気付いたことだが、永琳は全裸で倒れていた。

 服を脱いだ覚えはない。脱がされた記憶も。しかし何が起きたのか、それだけはすぐに理解できた。自分は、()()()()()()()

 これが蓬莱人の特性。不死身と言われる蓬莱人は、決して死なないわけではない。言葉がおかしいが、死んで終わらないだけである。殺されることはあっても、天へ逝くことはない。永琳は一度殺され、蘇ったのだ。

 

「ッ…………!!」

 

 大事な部分を腕で隠し、自分を殺した者の気配を探る。弾幕が壁をぶち抜いて広くなった空間には、まだ確かに何かの息づかいが聴こえていた。

 

『……やはり不死身ってのは本当だったのか。だが思ってたのとは違ったなァ〜〜。不死鳥のように新しく生まれ変わる、と言った方が正しいか』

 

「あ、あなた……私は一体どれだけ眠っていたの……!?」

 

『あん? ほんの数秒……お前からすれば何時間も眠ってたような感覚なのか? どうでもいいが…………』

 

 

バッ!

 

 

『ム……!』

(逃げやがった…………)

 

 永琳はリンプ・ビズキットが質問に答える瞬間、身を翻して部屋から走り出る。いきなりの行動に呆気に取られるリンプ・ビズキットだったが、彼に焦りは無い。永琳を追う駒は、既にこちらへ向かって来ているのだから。

 廊下を疾走する永琳だが、部屋を飛び出してすぐに脚がもつれて転んでしまう。急いで起き上がろうとする彼女だが、後方に伸びた脚がなぜか動かない。しかも、足首には何者かが掴んでいるのであろう手の跡が浮き上がっているではないか。永琳はすぐに理解した。()()だ。

 

「うっ……あ、あああぁあ!」

 

 

『永琳さまァ〜〜』『見捨て……ないでぇえぇえええ』

『なんで……ナンデェ…………』『逃げるのォーー?』

『ナンでアナタは死んデないんダァ〜〜〜〜』

『もっともっと生きたかったのにィ』

 

 

「うぅ……兎たち…………」

 

 姿は一切見えない。だが永琳は確信している。今自分に向かって声をかけてきているのは、かつて自分や輝夜に仕えた地上の兎たち。キング・クリムゾンに惨殺され、永遠亭から少し離れた場所へ全員埋葬した。()()()()だろう。リンプ・ビズキットはその場所で能力を発動させたのだろう。数多の遺体から透明ゾンビを生み出し、既に死んでいる元部下たちを永琳にけしかけたのだ。

 部屋から少し顔を出し、リンプ・ビズキットは独り言を口に出す。

 

『元部下たちだ。八意永琳。GD.st刑務所じゃあ()()()()()()はできなかったが、やはりスタンド能力は使いようだな。このままお前の精神をじわじわと削っていくぜ』

 

 本体スポーツ・マックスが服役していた、州立グリーンドルフィンストリート刑務所(通称G・D・st刑務所)には獄死した囚人を埋葬する墓地があった。スポーツ・マックスはそこに埋まっている死体と、自身が作成していた剥製たちを利用して空条徐倫やエルメェス・コステロを追い詰めたのだが、彼女らの戦う動機はエルメェスの姉の仇打ち。エルメェスの姉、グロリア・コステロを殺害したスポーツ・マックスは彼女の死体をドブの中へ捨てたがために、刑務所内でエルメェスに対して姉の死体を向かわせることはできなかった。

 しかし今、大した因縁の無い相手であるが、八意永琳に対してはそれができている。リンプ・ビズキットは()()()、非常に気分が良かった。まるで八つ当たりとも言える行いだが、永琳は彼を咎めることはできない。戦いのある場所には絶対に了解されることがある。勝った者こそ、正義なのだ。

 

『とっくに死んでるが元部下たちだと分かった上で弾幕を使えるかァァーーーーッ!? てめぇは終わりだぜッ! 八意永琳ッ!!』

 

「………………」

 

 ベタベタと床や壁、天井を這ってくる音が聴こえる。死んだ者にはもはや上も下も関係ないのだ。透明であるが、まるで肉の塊のようになっている兎たちは、その質量で永琳を押し潰さんとしている。いや、死んでも生き返るのは分かっているので、完全に死ぬ前にリンプ・ビズキットが止めるだろう。

 まるであの時の繰り返し。K・クリムゾンに拷問された時と同じ。自分は何もできず、同じ不死であるが守るべき姫にも魔の手が及んでしまった。今頃妹紅と竹林のどこかで殺し合いをしているのだろうが、ゾンビはそちらへも向かっているかもしれない。自分は、相変わらず何もできずに終わる…………

 

「終わって……たまるものですかッ…………! 私は月の賢者と呼ばれた八意永琳。誇りはあのキング・クリムゾンにボロボロにされたけれど、二度も三度も同じことを繰り返すことはないッ! 誇り(プライド)は、絶対に失わないッ!」

 

『……!』

 

 永琳は自分の前方に向かって右掌を突き出す。微かに漂っていた土埃は、その手を中心に渦巻いて集まっていく。彼女の妖力は弾幕へ変化していっているのだ。リンプ・ビズキットは「信じられない」と言った様子で見ていたが、悪い予感を覚えてすぐに部屋へ身を隠す。こちらも表情は分からないが、ゾンビ兎たちも何か気配を察知したようで、焦る声が上がり始めてきた。

 カードは無いが、放とうとしているのだ。スペルカードによる、大技を。

 

「あなたたちは既に死んだ身。あのゲスのスタンドに利用されているだけ…………私はこれからも毎日、あなたたちを弔う心をもち続けるわ。だから、もう一度眠ってちょうだい」

 

『ヒ、ヒィィィ』『うわぁぁ、やめてェ』

『撃たないでェェェ』

 

「いいえ。撃つ」

 

 右掌は眩い閃光を放ち、永琳とゾンビ兎たちを廊下の端と端へ吹き飛ばす!

 

 

「秘術.天文密葬法ーーーーッ!!」

 

 

ドバァアア〜〜〜〜ッ!

 

 

『ぶげッ』『うぎゃッ』

『ガブフッ』

 

 白と紫色の球状弾幕が見えない敵を確実に排除していく。質量で永琳を仕留めようとしていた兎たちだが、彼女の弾幕群に勝つことはできなかったようだ。短い断末魔を上げ、兎たちはひっそりと消滅していく。

 被害はそれだけではない。渾身の大技なのだ。廊下の壁をほとんど消し飛ばし、冬のからっ風と爆風が入り混じる。生まれた強風はリンプ・ビズキットが身を潜めた部屋に吹きつけ、中にあったあらゆる物をさらに破壊する。残ったのは煤に塗れた廊下の床だけ。永遠亭の右半分が消えてしまった。永琳はあの質量の弾幕を片手で撃ったため、その反動で上手く右腕を持ち上げられない。フラつきながらもなんとか立ち上がると、建物の残った永遠亭の左半分へと向かい始める。

 

「ハァ……ハァ……あとは……あのスタンドだけ。ハーヴェストッ! 聴こえる!? 今すぐ私の元へ集まるのよッ! 全員集合ッ!」

 

 声帯を絞り、声を張り上げてハーヴェストを招集する永琳。リンプ・ビズキットを倒す算段があるようである。声が聴こえたハーヴェストたちは、ぐずぐずしながらも永琳の元へ集い始めるのだった。

 一方、最初の部屋に残っていたリンプ・ビズキットはと言うと。永琳の大技の威力に驚き、未だ張り詰めた緊張がまだ解けない状態にあった。

 

『クソッ……! 想定外だ…………身の方はともかく、精神は想像以上に強かった…………! 女だぞ!? ましてや最近拷問にあった! クソォ〜〜……あいつら(エルメェスども)を思い出して…………虫唾が走るッ!』

 

 床をバリバリと引っ掻き、苛立ちを抑えようとするリンプ・ビズキット。自分を二度殺した相手であるエルメェスと、自分の思った通りにいかない永琳を重ね、どちらかと言うと彼のメンタルの方がやられかけていた。

 だがピタリと引っ掻くのをやめると、彼は床の別の位置に目をやる。まだ使える死体は存在しているのだ。まだ、まだチャンスはある。逃げ帰るのは簡単だが、それをやったら? ここで失敗してしまった場合自分の身はどうなるか? 幻想郷に流れ着き、『ホワイトスネイク』と出会ってしまったのが最大の幸運であり不幸である。自分に価値を見出すと同時に、自分を捨て駒同然の扱いをする。リンプ・ビズキットは退くに退けない状態。やるしかないのだ。その道しか無い。追い詰められたのは永琳だけでなく、リンプ・ビズキットもだ。

 

『目には目を、歯には歯を……だ! 八意永琳……真に幸福を掴むのはこの俺だッ!』




今年もよろしくお願いします

to be continued⇒


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70.透明ゾンビと蓬莱人②

ウマ娘も好きなので、いつかお話を書いてみたいと思ってます。
どうせジョジョとクロスオーバーさせるかもですが……


 リンプ・ビズキットの能力によって甦った兎たちを吹き飛ばした永琳は、よろめきながらもようやくある部屋に辿り着いた。先程大技で吹っ飛ばした場所と違い、ここは数ある納屋の内の一つである。人が隠れるには狭い上に暗いのだが、一先ず体力の回復が優先だ。弾幕を放った右腕は、ゾンビ化した元部下たちに向けていたもののため緊張していた。いつも通りの調子で放つはずが、予想外の負担がかかってしまったようである。

 

「ハァ……ハァ……早く集まるのよ。ハーヴェスト」

 

 廊下からトットットッと軽い何かが走ってくる音が聴こえてくる。音の主は扉が開けられたままの納屋の前まで来ると、一切の躊躇も無く中へ侵入する。彼の姿は虫のようで、それでいて二本脚で直立する様は人間のようにも見える。これがハーヴェスト。永遠亭には無数にいる。納屋へ走って入ってきた者に続き、どんどん、途切れることなくハーヴェストたちは集まり出す。

 

「どうしたんだど。永琳!」「爆発がしたどーー」

「何か悪い予感がするぞ〜〜」「どーして裸なんだど?」

 

「敵襲よ。ハーヴェスト。今ここに集まってきているだけでいいわ……! 私の指示を聞いてちょうだい。これから、あのゾンビスタンドを倒すわ!」

 

 

 永琳は続々と集まりつつあるハーヴェストたちに、自分の考えたリンプ・ビズキットへの対抗策を話し始めた。そんな中、納屋へと忍び寄る者がもう一人。リンプ・ビズキット本人である。

 彼は永琳の後をついて来たのだ。納屋から聴こえてくる永琳とハーヴェストの会話に耳を立てリンプ・ビズキットは襲いかかるタイミングを測る。

 

『マヌケが…………外まで声が聴こえてんのが分からねぇのか? この俺がこの部屋に到達する前に……八意永琳が()()を準備するんだな。そしてハーヴェストとかいうスタンドが俺を阻止すると』

 

 リンプ・ビズキットは鼻で笑うように呟く。具体的に永琳が何を用意するのかは知らないが、わざわざハーヴェストたちを自分にけしかけて足止めをするということから、その何かの用意にはそれなりに時間がかかることが分かる。かつ、永琳もハーヴェストも、リンプ・ビズキットが既に部屋の前まで来ていることを知らない。リンプ・ビズキットの方が一歩有利な状況である。彼らの反撃の準備が整う前に、決着はすぐにつける!

 

『八意永琳ッ! てめーが何をやろうとしてるのかは知らねぇがよォ〜〜ッ、みすみす俺が反撃の準備を黙って見てると思ってんのか! えぇ!?』

 

 リンプ・ビズキットは納屋の前へ躍り出で、部屋の奥にいるはずの永琳に向かって声を投げかけた。そんな彼の視界に飛び込んできたのは、黄色く小さなスタンドたちが肩車をして、床から天井まで届くぐらい高く作られた肉の壁もとい『スタンドの壁』。

 ハーヴェストたちはリンプ・ビズキットの姿が見えないからか何なのか、一言と声を発することなく肩車の体勢を崩さない。そして永琳からの返答も無い。準備に夢中になっているからか、あるいはそこに居ないように見せかけているのか。リンプ・ビズキットは口角を上げて口を歪ませる。

 

『おいおいおいィ…………居留守のつもりかァ? その奥にいるのは分かってるんだぜ』

 

 リンプ・ビズキットはハーヴェストの壁のど真ん中を指差し、調子づいたように話す。

 

()()()()()()()()()だ。一度死ぬ前は香水か何かで別の匂いがしていたが、今のお前は美味そうなオンナのにおいでまみれてる! 俺がスポーツ・マックスならひっ捕まえて犯してるとこだが、あいにくスタンドにそーゆー欲は無いからなァ〜〜〜〜!』

 

 下衆な笑い声を交えながら、リンプ・ビズキットは下品な言葉を口走る。その刺激に、今まで黙っていたハーヴェストも引き気味である。だが相変わらず永琳からの応答は無い。いや、そもそも永琳は今何をやっているのか? リンプ・ビズキットは急にそんな疑問を抱く。

 納屋から外へ聴こえてきた話によれば、ハーヴェストたちがリンプ・ビズキットを足止めする間に永琳は何かを用意すると言っていた。用意する、ということは何かしら手を動かして作業をしているはずである。それが弾幕であったとして、先程彼女が放った『秘術.天文密葬法』のように強烈な光を放ったりもするだろう。しかし、だ。ハーヴェストたちの奥からは何の音もしなければ、光ったりもしていない。ただ、永琳のにおいがそこにあるだけのように感じる。リンプ・ビズキットは何かを予感する。今までの調子はどこへやら、いきなりハーヴェストの壁に飛びかかり、無理矢理壁を突破しようともがき始めるた。

 

「うわ!」「こいつ無理矢理引き剥がしてくるどーー!」

 

『うるせえチビどもがッ! ガキはお呼びじゃあねーんだよ! とっととどきやがれッ!!』

 

 いくらたくさんのハーヴェストが集まってできた壁と言えども、ゾンビとなってパワーと凶暴性が増したスポーツ・マックスの攻撃を耐えるのは困難だったらしい。3回ほど腕を薙ぎ払われ、ハーヴェストたちは散り散りになってしまった。壁に穴が空き、そこから見えたものは…………

 

『ち、ちゃんといンじゃあねぇかよッ…………! 驚かせやがってッ!』

 

 永琳は確かにいた。目を見開いて、ハーヴェストの壁の穴から覗き見るリンプ・ビズキットと視線が合った。最も、彼女の方からリンプ・ビズキットが見えているわけではないのだが。

 リンプ・ビズキットは永琳の姿が見えたことで、ついに攻撃を開始する。永琳も反撃をしようとするだろうが、まだ彼の方が速い。一瞬の内に両腕を振り抜き、鞭のようにしならせて周りのハーヴェストを薙ぎ払うと、全てのハーヴェストたちは吹っ飛ばされ、壁はついに全壊してしまう。そして永琳の全体像が露わになると、いつでも首を絞められるよう素早く彼女の首を両手で掴みに行った。強靭な顎は、まずは肩を喰らいに彼女の頭部の左隣を目指す………………

 と、その時。リンプ・ビズキットはあることに気が付いた。異変があったのは掴んだ永琳の首。

 

『ッ…………!? な、何だ……と…………!? こ、こいつ脈が無いぞ…………既に死んでいるのか!?』

 

 永琳の首にある頸動脈。血が流れているはずの血管から脈動が感じられない。リンプ・ビズキットは改めて両手で首を掴み、左右の脈動を確認する。しかしだめだ。脈はやはり無い。しかも今気付いたことだが、永琳の体は既に冷たくなっている。開かれた瞳にも光は無い。完全に、死人のそれとなっていた。

 だが死体を見て怯えるほど、リンプ・ビズキットは肝は弱くない。なんなら、今まで散々見てきたもの。剥製を作る上で何度も何度も。リンプ・ビズキットは永琳が既に死体であると分かると、死の原因を探ろうとした。外傷、特に出血や首に付く縄の跡などを隅々まで見て探る。

 

『……傷がねぇぞ……! こ、こいつどうやって死んだんだ……? まさか毒か? いや、こいつからは他のにおいはしてねぇッ……! 一体どうやって…………』

 

「あらあら。必死そうね。スタンドさん」

 

『!』

 

「私の死因を探ってるのかしら。どうせ分からないわ。バラバラにしないとね」

 

『八意……永琳…………!』

 

 リンプ・ビズキットの背後から永琳の声が聴こえてきた。彼が勢いよく振り向くと、納屋の入り口で服を着た状態で立っていた。いつもの赤と青の高貴なものではなく、寝巻きか何か質素なものであるが。そして彼女の右手には注射器が握られていた。

 リンプ・ビズキットは確信する。あれが「用意する」と言っていたものであると。中に何か赤黒い液体が入っているが、それが自分を殺すための武器であろうと。屈んでいた状態から立ち上がり、まっすぐ永琳を睨みつける。

 

『マヌケが…………わざわざ()()()()に立つなんてな……そっちからは……』

 

「「頭を噛みちぎられた私の透明ゾンビが向かって来ている」って言うんでしょ?」

 

『!!』

 

「あなたに死体をどうにかする能力がある中で、そういう想像ができないのはバカの証よ。得意げに何を話してるのかしら。それに、()()遭っている」

 

『何だとッ…………!?』

 

「この注射器に入ってるのは私が作った薬でね…………注入するとあらゆる細胞を破壊し、血球も溶血させるのよ。あなた、さっき私のことを「犯す」とか言ってた気がするけど……()()()のはこっちの方よ。ただし、薬が侵すって意味だけどね」

 

『〜〜〜〜!』

 

「あ、どうせあなた「なぜやつの場所が分かった!?」とか言いそうだから先に言うけれど……あのゾンビ、私の血液を体中に塗りたくってたから血の足跡ができててバレバレだったわよ。私のゾンビでも知能はやっぱりゾンビなのね。いや、頭が無くなってたからかしら?」

 

 透明であるためにそれが見えることはないが、リンプ・ビズキットの顔にどんどん焦りの色が出始める。永琳の死体から生み出したゾンビは既に消された。次は自分の番だ。先程永琳はハーヴェストたちに自分のことを足止めするよう指示をしていた。リンプ・ビズキットは最初、指示の内容は納屋の奥に(かくま)われた永琳を守ることだと考えていたのだが、今は違うと断言できる。なぜなら、守られていた永琳は死体で、ブラフだったのだから。自分の足止めとは…………これから行われるのではないか?

 

 

ガシッ ガシガシ ガシ!

 

 

『ッ!?』

 

「捕まえたどーー!」「さっきはよくも」

「やってくれたなだど!」「今度はこっちの番だど」

 

 散り散りになったハーヴェストたちはリンプ・ビズキットの体に貼り付き、始めにくっ付いた個体を皮切りにどんどんリンプ・ビズキットの体を覆っていく。肉の壁の次は、肉の檻である。

 リンプ・ビズキットはハーヴェストたちを振り払おうとするものの、彼らはあえて関節部分に集中するためにリンプ・ビズキットのパワーはほぼほぼ封じられてしまっていた。このままでは、永琳にあの薬を注射されてしまう。

 

『ぐ、おぉおおお!! やめろ……この、クソがァアアアアァッ!!』

 

「痛くしないわ。そのまま動かないで」

 

『クソがッ!! 永琳てめェ忘れてるんじゃあねーだろーなッ! この部屋にはお前の死体が転がってるだろうが! ゾンビはまだ、出てくるんだぜェーーーーッ!』

 

「!」

 

 

ベタ ベタ ベダ!

 

 

 リンプ・ビズキットの悪あがきは止まらない。納屋の奥に転がっていた永琳の死体にスタンドエネルギーを当て、再び透明ゾンビを生み出したのだ。一番最初にいた部屋よりも狭い空間なために、足音は大きく響いてどこにいるのかが逆に分からなくなっている。さすがにこの場所で弾幕を使えば、自分にも被害が及んでしまう。そこをリンプ・ビズキットに突かれてはたまらない。彼によりも先に、この注射器を自分のゾンビに使うべきであろう。周りに死体が無ければ、リンプ・ビズキットは力持ちなだけの透明人間である。

 

『お前の死体には何の外傷も無い! 頭の欠損もだ。だからゾンビになったところで、()()()のようにはいかねェよ。これは正真正銘、八意永琳と八意永琳の戦いなんだぜッ!』

 

「…………この部屋のどこかに潜んでいる……」

 

『じわじわと自分に追い詰められろ! ターゲットが不死であると分かっているのだから、やつ(ゾンビ)にはお前を封じる算段が存在している。どうなるか見ものだなァ!? ハハハハハハハハァーーーーッ!!』

 

「………………」

 

 永琳は部屋中を見渡し、ゾンビが這っていそうな場所に目星をつけようとする。だが、やはり血の跡が無いとどこをどう移動しているのか流石に分からないらしい。こんな絶望的とも言えるこの状況を、一人嘲笑うリンプ・ビズキット。果たして彼の思い通りにいくのか? 永琳の瞳には焦りの色は一切見えない。

 

「逆に………………」

 

『…………あン?』

 

「逆に考えるのよ。ゾンビは床だけでなく壁も天井も歩くことができる。故に、相手の予想を上回る奇襲を仕掛けられる。それが分かっているなら、普通は歩けない壁や天井を警戒するわ。でもね。私だったら、そうやって注意が散漫になっている床を……歩く」

 

 永琳は注射器を構えて膝を曲げる。自身の正面に注射針を突き立てると、中の液体を空気中に押し出した。すると、外へ溢れ出るはずの赤黒い薬品は空気の中へ吸い込まれるようにして消えてしまう。一滴も床にこぼれることはなかった。ここに、ゾンビはいたのだ。

 

『うげッ……ガッ…………』

 

『な…………バ、バカな……!?』

 

「私と考えが同じで良かった…………もし立場が逆だったなら、私は私のその思考に警戒して天井を行っていたと思うわ。逆の逆をね。でもそれをしなかった……ゾンビの低い知能に感謝するわ」

 

 「ボシュ〜〜ッ」と音を立て、永琳の透明ゾンビは消滅する。それに伴い、奥にあった死体もズバズバと裂け始めてただのボロ雑巾と化してしまった。それがたとえ自分でも、敵というのなら排除する。それはまるで過去との決別である。K・クリムゾンにやられ、沈みきっていた過去を乗り越える、自分との決別。彼女の強さは取り戻されんとしていた。

 何はともあれ、これでリンプ・ビズキットはゾンビを新たに生み出すことはできない。死体は他に無く、永琳の死体もボロボロになって使いようがない。彼はいよいよ終わりである。本人もそれを感じ取っているようで、体中から冷や汗が噴き出していた。そんな彼に対し、永琳は畳みかけるように言葉を発する。ハーヴェストに向かって。

 

「もういいわよ。ハーヴェスト。やっておしまい」

 

「分かったどーー」「行くど、みんな!」

『おおおおおぉーーーーーーッ!』

 

『!? な、何だ!? これから何をするってんだ! 答えろ八意永琳ッ!』

 

「…………何をって言われてもねぇ。あなたを消滅させるのよ。ハーヴェストたちの力でね」

 

『何だとォ……? こんなチビどもに、この俺が倒せると思ってんのかァ!? 俺を舐めんじゃあねぇッ! お前が来いよォ! まさか俺が怖ェのか!? ええ、八意永琳ンン!!』

 

 追い詰められた獣には注意せよ。よくそう言われるが、今のリンプ・ビズキットは獣であろうが注意もクソもない存在。ただ躍起になって吠えているだけの小物である。リンプ・ビズキットに背を見せて納屋を離れようとする永琳に挑発を繰り返すが、全く相手にされない。これから死ぬ相手の遠吠えほど、聞いていて無意味なものも無いのだ。

 ハーヴェストは永琳を守る盾ではない。かと言って、永琳のために戦う矛でもない。彼らは『収穫』の名をもつスタンド。その名に相応しい役割を、永琳は彼らに与えていた。彼らは罪人を裁く処刑台だ。それはまさに、命の収穫。

 

 

ガザッ……ガザガサガサガサガサ

 

 

『な、何だ……こいつら、いきなり一斉に動き始めたッ』

 

 

ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 

 

 ハーヴェストたちはリンプ・ビズキットに纏わりついた状態で、一体一体が高速で振動し始める。それを確認した永琳はハーヴェストにもリンプ・ビズキットにも何も言わず、ただ部屋を後にする。残されたリンプ・ビズキットであるが、彼からしたら非常にこそばゆい感じがするだけである。「しゃらくさい」とハーヴェストを押し退けて永琳を追撃しようとする彼だが、異変はこの後に起こった。

 

『うッ…………ぐ……あぁ、アあ熱い!? あづッ……熱いィィ……ぐぉああおおおおぉおおおおお!!!』

 

 大量のハーヴェストにひっつかれているリンプ・ビズキットは、突然痛々しい叫び声を上げた。それは今まで経験したことのないほど、想像を絶した苦しみなのだろう。()()が永琳がハーヴェストに教えたものである。

 『熱殺蜂球』。ニホンミツバチが外敵、オオスズメバチに巣を襲撃された際に形成するもの。海に住むゴンズイのように、大量のミツバチが固まって密集することによって作られるもの。ハーヴェストはこれと同じものを作っていたのだ。この熱殺蜂球は纏わりついている周りのミツバチが羽や筋肉を高速で動かすことによって熱を生み出し、中にいる敵を蒸し殺すのだ。ミツバチの大きさ、能力によって本来生み出せる熱は50℃近くが限界である。しかし、ハーヴェストたちはミツバチよりも体が大きい上に身体能力も上だ。生み出す熱は、50℃どころではない。リンプ・ビズキットを焼き殺すまでいくだろうか。

 

『うぐぉおおおおおお!! クソッ……クソガァアアァアァ!! ブッ殺してやるゥゥーーーーッ! このクソッ、ヤゴコロエイリンンンガァ〜〜〜〜ッ!!!』

 

 

ボジュゥゥゥゥッ……!

 

 

 近くにいる者の耳が裂けてしまうのではないか、という断末魔を上げ、リンプ・ビズキットは高熱によって消滅してしまった。

 彼は最後の最後まで永琳を、今日に初めて会ったばかりの永琳を目の敵としているように執着していた。そんな彼が上げた断末魔は彼女の耳に届いただろうか。ゲスな邪悪の叫びは、今日という戦い、試練を越えて精神をさらに前へ進ませた者に届いたのであろうか。廊下を行く永琳の足取りは坂道を登り切った後かのように、何の枷も感じられないぐらい軽快なものであった。

 

 

___________________

 

 

 時を同じくして、幻想郷のどこか森の中。2つの影が土に描かれた()を挟み、木を削って作った駒を使ってチェスを行っている。その隣にはピノキオの姿も。

 一つは白い体に真っ黒なボンテージのようなものを着たスタンド、『ホワイトスネイク』。そしてもう片方は、黄金色で巨躯の持ち主であるスタンド。彼らは仲が良いようだ。本体の間柄から。

 ホワイトスネイクは自分の駒を置くと、はるか西の空を見上げて呟いた。

 

「……エンプレスに続いて……リンプ・ビズキットもやられたのか…………!」

 

「………………」

 

「どうする…………友よ。今からでも私が行くべきだろうか。あの程度のスタンド(リンプ・ビズキット)にあの地へ行かせたのが間違いだった…………」

 

「いや、構わないさ。必要なのはあくまで『重力』。全てが揃った時、あの場所へ訪れるだけでいいのだ……」

 

 ホワイトスネイクはリンプ・ビズキットを永遠亭に行かせたことを恥じ、立ち上がって自ら向かおうとする。が、黄金のスタンドはそれを制止した。ホワイトスネイクの行動を一切責めることはなく、「次はそっちの番だ」と手で示す。ホワイトスネイクは再び地面に腰を降ろして駒を置いた。

 彼の言葉から分かるように、ホワイトスネイクはリンプ・ビズキットのことを一つの駒としてしか見ていなかった。部下としての情も無く、命令を失敗して逃げ帰ろうものならただで済ませるつもりもなかった。結果として、永琳とハーヴェストたちに消されてしまったのだが。

 数回ほどこの駒のやり取りをした後、黄金のスタンドはまた口を開いた。

 

「何より優先すべきなのは地底の方だったな…………だが、焦ることはない。間違っても殺されることはないだろう。()()は」

 

「それはどうだろうか……万が一を考えても、早々に回収すべきだと思っている」

 

「では……どうする?」

 

()()に行かせよう。今は命蓮寺に向かっているが、やつならすぐに制圧するだろう。その後地底に向かわせる。スタンド、『シビル・ウォー』をな…………」

 

 僧侶(ビショップ)の駒を置くと同時に、ホワイトスネイクの口は不気味に歪むのだった。




次回、悪夢が始まる。

to be continued⇒


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71.幻想郷のゲティスバーグ

いきなりUA数とお気に入り登録数などが増えたので何事かと思ったら、ランキングに載っていたんですね。
評価してくださった方、ありがとうございます。


必要なものは信頼できる友である

 

 

彼は欲望をコントロールできる人間でなくてはならない

 

彼は人の法よりも神の法を尊ぶ人間でなくてはならない

 

 

必要なものは『勇気』である 

 

 

私はスタンドを

 

一度捨て去る『勇気』を持たなくてはならない

 

 

____________________

 

 

 場所は命蓮寺。永遠亭で戦いが起こってから一夜明けたこの日、この寺の住職である聖白蓮は朝から人に見られることの多い客間や本堂を中心に掃除を行なっていた。特に、本尊の掃除は聖職者には欠かせないものであるから。

 物を大切に扱えない者は、人も大切にすることができないとよく言われる。しかし、白蓮にとっての命蓮寺は人以上のものであり、また、ただの物以上の存在だ。はるか昔、自身よりも早くに死してしまった弟の名をもつこの寺は、白蓮のもつ信条と並ぶ最も大切なものの一つである。弟の死は彼女を追い詰め、そして今の彼女を生み出した。彼女もまた、乗り越えた者の一人であろうか。それとも()()()者なのか。

 

 

 あらかた掃除を終えた白蓮は、脚の短い長机が置かれている客間にて休憩を取ることにした。換気していることによって冷たい風が吹き込む中、彼女は机の前に正座し、熱々のお茶の入った湯呑みを持って一息つく。

 

「……星たちは上手くやっているかしら」

 

 部屋の中で独り呟く。白蓮が心配しているのは命蓮寺の他の住人たちのことだ。仏教徒で寺の住職である白蓮は妖怪と人間の救済という目的のため、白蓮と彼女に続く者たちは人里で布教を行っている。寅丸星やナズーリンなどが今日命蓮寺にいないのは、そのような理由で人里へ出向いているからである。

 霊夢一行との戦闘後、白蓮一行は守矢神社のとある神の協力を得て命蓮寺を地上に建てることができた(星輦船は命蓮寺に変わったため、船としての機能は失ってしまった)。新たな信仰勢力として八坂神奈子に警戒されてはいるものの、比較的自由に布教活動を行うことができている。

 一方、白蓮復活の邪魔を目論んでいた封獣ぬえはというと、そんな妖怪ですら救済の対象だと言う白蓮の下につくことで村沙とも仲を戻せた様子。そしてザ・グレイトフル・デッドを始めとする暗殺チームのスタンドたちも、白蓮の懐の深さにあやかることで居場所を得ていた。グレイトフル・デッドとビーチ・ボーイは星とナズーリンに連れられ、布教を行うために人里へ行っている。

 

「…………!」

 

 お茶を湯呑みの半分以下まで飲んだところで、白蓮は右足の先に異様な冷気を感じ取った。現在両足に真っ白い足袋を履いているが、まるで一部だけ裸足のような、そのように思わせる冷気だった。湯呑みを置き、冷気を感じ取ったところへ手をやると地肌を触られている感覚がある。冷気の正体は外から吹き込んでくる風。そして彼女の予想通り、右足に履いた足袋には穴が一つ空いており、そこから親指がピョコッと顔を出していたのだ。

 

「まぁ、いつから空いてたのかしら? これを人に見られてたら…………はしたなかったわ……」

 

 残ったお茶を全て飲み切ってしまうと、白蓮は両足分の足袋を脱ぐ。自室へ向かって箪笥から新しい足袋を出して履くと、彼女は穴が空いてしまった方の足袋を持って外へ向かった。

 命蓮寺の本堂の裏には落ち葉やその他の燃えるごみを入れる、木の板で作ったごみ箱のような物が置かれている。こちらにごみを廃棄し、いっぱいになったらまとめて燃やすのだ。白蓮はその箱の中に持っていた足袋を入れると、再び客間へと戻る。机の上に置いたままの湯呑みを片付けるのだった。

 

「さて。掃除も終わったところで、そろそろ勤行をしないと。あと一刻ほどでお昼だわ」

 

 本堂内へ入ってきた白蓮は読誦を行うためにお経の記されている『魔人経巻』を広げる。鮮やかに光る巻物には、彼女だけが読める特殊な呪文も書かれている。弾幕戦に用いられる物品であるが、このように非戦闘時にも活躍の場があるのは中々使い勝手が良いものだ。本尊の前で、白蓮はお経も読み上げ始めた。

 

 

____________________

 

 

 

カツ カツ カツ……

 

 

「……!」

 

 始めてからどれぐらいの時間が経ったのか、白蓮自身にも分からない。少なくとも時間が分からなくなるぐらい読誦をしていた事実だけは存在している。外から命蓮寺を訪れた誰かの足音が聴こえてきた。足音が耳に入った瞬間、白蓮は「星たちが帰って来たのだろう」と推測する。だが、足音はたった一人分しかない。星たちは複数人で行っているため、誰かが一人だけ先に帰ってくることはないはずである。何かあったのならもっと慌ただしく走ってくるだろう。星たちの誰か、という線はすぐに消えた。

 それでは客か、と考えた白蓮は読誦を一時中断。客間を通って縁側から外へ、山門の前までの道のりをショートカットして白蓮は客を出迎えようとした。訪れていたのは男だった。それほど若くもない、壮年の男性。服装は質素だが、人里ではあまり見かけない服を着ている。髪の色は日本人らしい黒ではなく、紫色のグラデーションの入った金髪。どこか見覚えのある外見に気を取られ、白蓮の歩むスピードは徐々に落ちていった。

 彼は白蓮の接近に気付くと驚いた表情を見せ、次の瞬間にはとても穏やかな顔となると彼女へ声をかける。声も表情と同じく、とても穏やかで優しげな感じを出していた。

 

「やぁ……少し、若返ったかい? 久しぶり」

 

「え…………? あなた……は…………?」

 

「……見て分からないかな? 遠い昔だしね。既に……色んな思い出のさらに奥に……僕との思い出をしまい込んでしまっていてもしょうがないかもしれない」

 

「……あなた……は…………」

 

「思い出してくれたかな。姉さん」

 

「命蓮…………」

 

 聖白蓮には弟がいた。そのことを知っている者は幻想郷の中でもかなり少なく、それは命蓮寺の住人のみ。そして何より、彼は死んだはずの人間である。遠い昔に。

 白蓮が妖怪を助け、導こうとし始めた根本の、さらに根本の出来事が彼女の弟の命蓮の死である。彼らはどちらも法力を扱う魔法使いであった。特に白蓮よりも命蓮の方が優れた力をもっており、白蓮は彼に学ぶことが多かった。だが、命蓮は姉の白蓮よりも早くに死してしまう。自分より優れた命蓮であろうとも、死から逃れることはできなかったのだ。それを悟った白蓮は死を恐れ、さらなる力を得るために妖怪に近付いた。妖怪のことを知っていくにつれ、妖怪たちに情が芽生えた彼女は妖怪の肩を持ち始めたのだ。

 死んでしまった弟と再び会うことができた。そのことについて、白蓮の中には確かに喜びの感情が存在している。だが、何度も言うが彼は既に死んだ存在だ。今目の前にいる彼は…………本物の命蓮なのか?

 

「僕は僕だ。昔のままね」

 

「!」

 

「幻想郷は外から切り離されてしまった土地…………幻想郷の性質として、忘れ去られてしまったものはこの地に吸い寄せられる。僕のことを覚えている人が、外の世界から消えてしまったのだろう。僕は死んで、亡霊のまま……ここに来てしまったんだよ」

 

「亡霊のまま……この地へ? それ以外の何もかもはそのままに…………?」

 

「信じてくれるかい?」

 

 命蓮はまるで、白蓮の思っていることを完璧に理解しているよう。肉親に対して疑いの目を向ける白蓮を諭そうとする。白蓮から見た彼はあまりにも、あまりにも生前と同じなのだ。同じすぎるのだ。彼から迸る法力のエネルギーや薄く見えるシワの数、形など、若返りの術を使った白蓮は十代にしか見えないが、彼は死亡した時の年齢そのままの外見。不自然にもほどがある。

 

「上がっていいかな?」

 

「………………」

 

「どうかな」

 

「ええ。どうぞ。亡霊のままでも…………嬉しいから……言葉が出ないだけ。また会えて本当に嬉しい……」

 

 命蓮の表情は常に穏やかであるが、口数が少ない白蓮に少し思う部分がある模様。そのことが少々不服なのか、何とか声を聞こうと問いかけをし続ける。彼は寺の中で改めて話をしようと白蓮に言うと、彼女は命蓮に背を向けた。彼を連れて寺へと上がる…………と思われたその時!

 

 

ブワァアアア〜〜ーーッ

 

 

「!? こ、これは…………ッ!?」

 

「…………私の『魔人経巻』。あなたを目にした瞬間、体の後ろで持っていたのを放っていたのよ。それは、私の意思で自由に動かすことができる」

 

 突如カラフルな巻物が宙を飛び、円を描くようにして命蓮を包囲した。白蓮が先程まで読誦をするのに使っていたこの巻物は、彼女がもしもの時のためと隠し持っていたのだ。

 命蓮を取り囲んだその様はまるで結界のよう。結界とは内にあるものを外からの害悪から守るために、そして害悪なるものの動きを封じるために使われる。かつ、この巻物は白蓮の意思で動かせると彼女の口より語られた。魔人経巻が命蓮を包囲したのは、他の何でもない白蓮の意思である。それを理解した命蓮は驚いた表情を浮かべたまま、怯えの含まれた声で白蓮へ問うた。

 

「ね、姉さん……!? これは……一体どういうつもりなんだい! 僕が何をしてしまったと…………!」

 

「亡霊は、この世への未練が大きい死者がなるもの。ではなぜ、あなたは…………()()()()()私の前へ現れたの? このタイミングで」

 

「!」

 

「あなたがあの時死んでしまってから…………私が魔界に封印されるまでの期間、あなたはどこへ行ってしまっていたの? あなたをこの世に縛りつけている未練は何?」

 

「………………」

 

 白蓮は命蓮の口から語られた話を全て信用してはいなかった。亡霊は生きている時からの未練により、現世に留まることができる存在である。もし本当に命蓮が亡霊ならば、白蓮が若返りの術を使い、妖怪の救済に目覚め、人々から恐れられ封印されるのを全て黙って見ていたということになる。白蓮は、彼女自身が知る命蓮が()()()()()()()()()()人間だとは微塵も思っていなかった。彼女の命蓮に対する信用が、今目の前にいる命蓮へ疑いの目を向ける根本の理由である。

 

「あなたは何者なのですか? どうして私の弟の真似をしてまで、この私に近付こうとしたのです?」

 

「姉さん。僕は確かにあなたの知る僕だ。亡霊であるが聖命蓮だ。その言葉に少しの嘘も無い」

 

「……嘘ならあるのでは? あなたは確かに自分のことを亡霊と言いましたが、なぜあなたの体温は高いのでしょう?」

 

「…………は?」

 

「亡霊の体温は氷のように冷たく、低い。それこそ、触れた物体を凍らせてしまうほどに。私はこの魔人経巻を、途中で「体温が高い場合にこの男を包囲せよ」と命令を入れていました。そして今現在、ということです。言いたいことは分かりますね?」

 

 魔人経巻は白蓮の命令通りに動いた。つまり、この命蓮と名乗る謎の存在には高い体温があり、その事実が目の前の男が亡霊ではないという証明をしてしまった。寺を訪れたこの命蓮は、もうほぼ100パーセント偽物であることが分かったのである。少なくとも、亡霊ではないと。

 

「フフ…………なるほど……」

 

「さぁ、教えてください。あなたの目的は? あなたの正体とは何なのです」

 

「正体……正体か…………僕は聖命蓮だよ」

 

「それは先程も聞きました。あなたの本当の……」

 

「それが『聖命蓮』と言っているんだ。姉さん。そして僕は亡霊だ。ただ、あなたと僕とで多少認識の違いがあるようだけどね…………」

 

「…………?」

 

 白蓮は命蓮が何を言っているのか全く理解できない。この男が本物の聖命蓮ではないということは、白蓮のもつ思い出と勘が言っている。だがこの男は、白蓮の認識が覆らないことを承知で自分が命蓮であると言い張ってくるのだ。不気味である。

 魔人経巻が今すぐにでも弾幕で命蓮を襲えるという中、彼はその円のど真ん中で突然屈み、土の上に落ちていた何かを拾い上げた。

 

「……姉さんでも、足袋に穴を空けることがあるんだね。可愛いじゃあないか…………」

 

「え…………?」

(足袋……? たしか、穴の空いたものをさっき捨てたはず…………そんなところに足袋なんて落ちてるわけが……)

 

「おや、こっちには包丁が。刃が欠けてるね。ずいぶん使い古されてる感じがするな〜〜。この色合いからして……女物かな? 姉さんの手料理、久々に食べてみたかったよ」

 

「な、何……?」

 

 しゃがんだ命蓮の手元へ目をやると、彼が言うようにそこには穴の空いた足袋が半足、そして柄に花に似た模様が入っている包丁が一本落ちていた。先程までそこには何も無かったのに、それらはいきなりこの場に出現したようだ。命蓮が何かやったのか? 少なくとも白蓮の目には何も見えてはいなかった。

 この現象を不気味に感じた彼女は、チラリと横目で周りを見やる。謎の物品は命蓮の近くだけでなく、既に命蓮寺の敷地のいたるところに落ちているではないか。しかもその全てに、とあることが共通していた。

 

「あ、あれは……私の昔着ていた服……!? なぜこんなところに…………サイズが合わなくなって……しかも封印される前に捨てた物なのに!」

 

「そっちには髪をとかすクシが落ちてるね。あれには見覚えがある。かなり昔、まだ僕たちが子どもだった頃に姉さんが初めて手に入れたもの。とても気に入って、寝る直前まで離さないでいたな」

 

「……う、嘘…………ここに落ちている物全て、私が今まで捨ててきた物……!?」

 

「ようやく気付いたようだね」

 

 命蓮寺の敷地、そのいたるところに出現していたのは白蓮がかつて捨ててきた物だった。しかも、封印される前、後に関係なく物品が現れている。今やどこを探しても売っていないような指輪や髪飾り、腐りかけているみかんや魚、壊れた筆など、身に覚えのある物もあれば無い物もある。そしてその中には、生きている妖怪の姿も。

 白蓮は始めから妖怪の味方だったわけではない。命蓮が死に、死から逃れるために力を蓄え始めた頃は、妖怪を狩り続けて力を奪っていた。今、目の前で闊歩しているあの哺乳動物の特徴をもった妖怪は、きっとその時白蓮が狩った妖怪であろう。生物、非生物も関係なく、今この命蓮寺では過去に捨て去ったものが蘇っているのだ。

 妖怪の姿を目にした白蓮は、気付いた時には次に命蓮へ視線を移していた。彼は自分のことを命蓮だと言っていた。その通りだ。彼が一番最初に蘇っていた、ただそれだけだったのだ。

 

「命蓮…………あなたは本物の……命蓮!」

 

「信じてくれたんだね…………そして、あなたは()()()んだな…………」

 

「え……?」

 

「姉さん。あなたは、あなた自身で僕を捨てた物だと認めたということだな? 納得がいった、という顔を浮かべているのは……」

 

「ま、待って……違う……! あなたは…………!」

 

 

「何が違うんだァ!? ()()()ッ! 俺を捨てたんだなァアアアァッ!!」

 

 

ドパァアアアアンッ

 

 

「!?」

 

 命蓮は突如豹変すると、魔人経巻の壁を乗り越えて白蓮に飛びかかった。瞳をギラつかせ、歯茎まで剥き出しにした顔はまるで般若のよう。そして次の瞬間、彼の体は風船が破裂するかのように爆ぜ、ビニールのような半透明の膜へ変化すると白蓮の顔に覆い被さる。あまりにもいきなりの出来事のため、驚いた白蓮は膜の勢いに押されつつ背中から地面に倒れ込んでしまった。

 

 

シル シル シル

 

 

「うぐッ」

(い、息が……首にまで巻き付いて息が苦しい……! 一体何が!? 命蓮の体はどうしてこんな……)

 

 

「『人は何かを捨てて前へ進む』。それとも、『拾って帰るか』?」

 

 

「!?」

(後ろに誰かッ…………!?)

 

 半透明の膜が白蓮の顔を塞いでいく中、背後から何者かの声が響いた。メガホンか何かを口に当てているのか、やけに何かに()()()()()()()()()()()ような声だ。

 なんとか身をよじり、自分が外へ出て来た縁側の方を向く。そこには人間大の、金属板とパイプで作ったスクラップの人形のような存在が立っていた。どこをどうみても人間ではないが、人間と同じように服っぽいものを着て、人間と同じように二本脚で立っている。声の主は彼だった。

 

「あ、あなたは……!? この現象…………引き起こしているのはあなたですねッ……! 一体、何が目的なのですか……!?」

 

「顔を覆われている割には、結構余裕そうだな。聖白蓮。私の狙いはお前だよ」

 

「!?」

 

「それと、この寺に眠っている宝。不思議なパワーをもっているらしいな。それの回収もだ。使えるものは全部使おう、ということらしい。ホワイトスネイクは」

 

「…………ホワイト……スネイク……!?」

 

「喋りすぎたか? 任務は早く終わらせる。気絶していてもらおうか」

 

 謎の存在が右腕を上へ振るうと、周りに落ちている物品数個が白蓮の体へ向かって吹っ飛んだ。すると、それらも先程の命蓮と同じように弾け、薄い膜となると今度は彼女の腕や脚に巻き付いて動きを封じる。数秒置くと、膜に覆われた彼女の体の部位がベシャン! と潰れ始めた。

 

「あ、ああぁあああ! な、何がッ……!? 私の体、一体どうなっているの!?」

 

「さっきの聖命蓮だったか? 可哀想なやつだったな。今の聖白蓮がいるのはあいつの死があったから。それが無ければ今のお前は存在しない。今、お前はこの命蓮寺に住む他の連中と仲良くやっているし、この道を進んだことをちっとも後悔していない…………」

 

「うぅ……ぁあああぁああ」

 

 

ベシャン! グシャッ!

 

 

「お前は良かった、と思っている。弟を捨てて『今』を手に入れたことをだ。今という現実は、弟を捨てなくては手に入れられなかったんだからな」

 

 グシャグシャと折り紙のように潰されていく白蓮。膜と彼女の体の間にはもう一つ、一人分の影が見える。うっすらと見えるそれは、男の顔だった。白蓮の弟、命蓮の顔だ。折り畳まれていく白蓮は涙を流しながら命蓮の亡霊を抱きしめ、()に屈服するのだった。

 

「聖白蓮は回収完了、だ。人は捨てたつもりでも、決して過去に背負った罪から解放されることはない。背負い続けて生きていくか、あるいは清めるか…………忘れ去るということは不可能だ。この『シビル・ウォー』の空間ではな。さて、後は宝か。どこにあるんだ?」

 

 スタンド、シビル・ウォーは命蓮寺を見回す。彼の空間、すなわち能力の射程距離は命蓮寺全体をカバーすることができている。侵入してくる者がいれば瞬時に察知することができ、また、即座にシビル・ウォーの()()が開始される。今この時を以て、命蓮寺はシビル・ウォーの手に堕ちたのだった。

 敷地内にはもはや誰もいない。だが、これまでの一連のやり取りを目撃していた者がいた。それは山門に隠れており、白蓮がシビル・ウォーにやられた直後、すぐに姿を隠したのだった。

 幽谷響子(かそだにきょうこ)。山彦の妖怪である。彼女は飛ぶようにして、自身の()()()()()()がいる命蓮寺の墓地へと駆けていった。そして彼女の存在は、シビル・ウォーに既に知られていた。

 

 

 

 




幽谷響子はたしか神霊廟が初出だったと思いますが、それほど深くストーリーに絡んでいた気もしないでもないので、登場させました。多分もういるだろう、みたいな。
でも情報に自信が無いので、誰か詳しい方に教えていただきたいです。


響子の知り合いとは……?
to be continued⇒


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72.亡霊は蘇る

遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
受験生というわけではないのですが、共通テストの問題を解いていました。数ⅠA、話に聞いてはいましたが非常に難しかった…………
灘高校でも100点満点は数人しかいなかったのだとか。


「おらぁッ!」

 

 

パシィン!

 

 

「うっ、クソ! またひっくり返らなかったぞ!」

 

「おっと惜しかったなァ〜〜〜〜。次の俺のターンで勝負あったな!」

 

 命蓮寺のすぐ近く、直方体の墓石や文字の薄れた卒塔婆などが並ぶ墓地がある。近くというよりほぼ隣接しているようなものだが、寺でその住職である聖白蓮が大変なことになっていることなど知らず、呑気にメンコをして遊ぶ連中がいた。

 彼らはスタンドだ。先日封獣ぬえに利用され、飛宝集めに奔走させられたイタリアから来た暗殺者たちは、日本生まれの(彼らの目からして)珍しくも地味なメンコに夢中になっている。リトル・フィートと、マン・イン・ザ・ミラー。そしてその横で地面に座り込むザ・グレイトフル・デッドの3人である。

 

「てめーら……よくそんなくだらねぇ遊びに熱中できるもんだな。ガキの遊びだろうが…………」

 

「へっ、おめぇはやってないからそんなこと言えんだよ。グレイトフル・デッド。ちょっとやってみろ。それとも、俺に負けたくないから「くだらねぇ」とか言ってんのかァ? マン・イン・ザ・ミラーに連戦連勝の俺によぉ!」

 

「くだらねぇ…………」

 

「リトル・フィート! もう一度だ! 今度こそは返り討ちにしてやるぜッ!」

 

 グレイトフル・デッドはリトル・フィートの挑発を受けず、そのまま腕の中に顔を埋めて寝る体勢を取った。リトル・フィートはマン・イン・ザ・ミラーの7回目のリベンジマッチを受けた。手に持つメンコで一気に3枚を吹っ飛ばし、さっそくマン・イン・ザ・ミラーを追い詰める。

 各々がそのようにして墓地で時を過ごしていると、外から一人の少女が走って来た。緑髪で茶色のワンピースに身を包み、髪の中からは犬のものに似たフサフサの耳が垂れている。彼女は山彦という妖怪の幽谷響子。居は山であるが最近この命蓮寺に入門したため、よく付近に出没している。

 彼女は切羽詰まった様子で、メンコを楽しむリトル・フィートたちの元へ駆け込んで来た。

 

「た、大変だよみんな! 命蓮寺がぁ〜〜〜〜!!」

 

「燃えたのか?」

 

「燃えてないよ! ここからだったら見れば分かるでしょッ! リトル・フィートさん!」

 

「財政難だろ」

 

「建ててからそんなすぐにはならないよ。マン・イン・ザ・ミラーさん!」

 

「…………スタンドエネルギー……」

 

『!!』

 

「そう! さすがグレフルさん!」

 

「略すんじゃあねぇ」

 

 グレイトフル・デッドは身を起こし、命蓮寺の方を見た。彼の言葉を聞いた直後、リトル・フィートたちも顔色を変え、その場の空気が一気に張り詰める。

 たしかに彼の言う通り、命蓮寺の方から全く身に覚えのないスタンドエネルギーが感じられる。ビーチ・ボーイではない。彼は星たちの人里への布教に付き合わされているため、そもそも命蓮寺にはいない。スタンドの信者もぜひ増やしたいため、PRにスタンドたちも同行してもらいたいとのことだったが、ビーチ・ボーイ以外はあまり見た目が相応しくないという理由で彼のみ連れて行かれてしまったのだ。

 新手のスタンドの存在を察知したグレイトフル・デッドだが、せっかく起こした身を再び丸めてしまう。それを見た響子は「えぇ!?」と驚嘆する声を上げた。

 

「た、戦いに行ってくれないのぉ!?」

 

「当たり前だ。俺たちはあくまで()()()()()()()()()()。あいつらがぜひ来いってんだからな。そして、そもそもお前から詳しく状況を教えてもらってねぇんだよ。何も分からねぇのに怒鳴り込むわけねぇだろうが」

 

「まぁ…………確かにな」

(そういやグレイトフル・デッドのやつ、白蓮に居候を誘われた時に「住んでやる」って答えてたな…………)

 

「ひ、聖がやられちゃったんだよーー! 変なのにぐるぐる巻きにされて、グシャグシャに潰れてって…………訳分かんないけど、とにかくあのスタンドを止めないと!」

 

「あのなぁ〜〜、響子。お前が俺たちを頼りたい気持ちは分かるぜーー。だが、俺たちだってタダで動くお人好しじゃあねぇんだ。いわゆる、『お礼』ってやつを先に提示してくれねぇとな…………」

 

 グレイトフル・デッドたちは響子と違って命蓮寺に入門したわけではない。本当に、ただの居候なのだ。彼らは白蓮側が住んでくれとお願いし、自分たちはそれに仕方なく乗っかったと解釈している。ギャングの世界でチームの者以外と繋がりを絶っていた経験からか、あるいは得をした者勝ちという考えからかは分からないが、彼らは白蓮を助け出すことに関して積極性を見せない。リトル・フィートは響子に対し、戦ってほしいのならその報酬を出せとまで言う。出さないなら、主を失った命蓮寺を好きにできるとという考えがあるのだろう。

 響子はしばらく黙って考える。その結論はこうだ。

 

「今度、人里でご飯奢るからさ…………」

 

「………………」

 

「だめ……?」

 

「…………どうする? グレイトフル・デッド」

 

「……好きにしろよ」

 

 取引は成立した。響子が子どもだから、という理由でグレイトフル・デッドは呑んだわけではない。実を言うと、彼ら3人は星から人里にある人気の焼き鳥屋のことを聞き出していた。本来命蓮寺の教えでは酒、肉類は禁じられているらしいのだが、白蓮本人以外は基本的にその戒律を守ろうとしていない。もちろん、裏での話だが。

 「焼き鳥が美味しかった」という星と一輪の話を盗み聞きしたマン・イン・ザ・ミラーはそのことを残るスタンド2人にも伝え、白蓮に話さない代わりに星たちに自分たちの言うことを聞かせていた。スタンドたちはその焼き鳥屋を報酬としたのだった。

 

「じゃあ、みんなついて来て! 聖を倒したスタンドは山門のすぐ前にいるよ!」

 

「とっとと終わらせて焼き鳥屋へ行くぞ。約束は守らせるとして、響子の小遣いで足りるかは分からねぇがな」

 

「そん時は借金させてでも奢らせるぜ。子どもで借金だなんてよ、俺たちの周りでもそういなかったな」

 

「いや、実年齢で言えばイルーゾォたちの方が若いだろ」

 

 響子に連れられ、スタンドたちは墓地を抜けて命蓮寺へ向かった。勝利を確信しているため、頭の中は既に焼き鳥のことでいっぱいである。3人もいれば負けるはずがない、と。それも仕方がないことであろう。これから戦う相手が、スタンドである以上絶対に逃れられない攻撃をしてくるなど、想像できなくても仕方がないことだ。

 

 

 

「着いた! あのスタンドは!?」

 

「着いたっつーか、ほんのちょっと回り込んだだけだがな。道のりは50mもねぇだろ」

 

 響子に淡々とツッコむグレイトフル・デッド。しかし、彼の視線、注意は周囲に向けられて最大限の警戒をしている。自分たちが勝つと思っていても、油断することは決してない。容赦もだ。どこから奇襲を仕掛けられてもいいように、戦闘態勢は山門を潜る前から取っている。

 グレイトフル・デッドと同じく、辺りを見回すマン・イン・ザ・ミラー。彼は本堂へ続く縁側の手前に、女性が倒れているのを見つける。よく見れば、彼女は白蓮だった。

 

「おい、白蓮があそこでぶっ倒れてるぞ!」

 

『!』

 

「え! ひ、聖! 大丈夫!?」

 

 マン・イン・ザ・ミラーが白蓮を指差しながら叫ぶと、彼女の存在に気付いた響子が心配の声を上げながら駆け寄っていく。マン・イン・ザ・ミラーはそんな響子の周りを。リトル・フィートは他の場所へ視線を移し、警戒を解くことなくスタンドを探す。あちらもグレイトフル・デッドたちの存在に気付いたらしく、スタンドエネルギーを隠しているのだ。ここからは聴覚、視覚での探査が重要である。

 そんな中、グレイトフル・デッドはあることを考えていた。先程の響子の話によると、白蓮は明らかにスタンドに何かされているはずである。何かに巻かれ、潰されたと。響子がそれを話したということは、それは彼女が目撃した紛れもない事実ということになる。幻覚という線はない。響子に気付いていなかったとして、誰もいない命蓮寺でなぜ幻覚を見せる能力を使う必要があるのか。響子のことに気付いていたなら、なぜ響子を追跡しなかったのか。

 そして、なぜ今、白蓮をあの場へ放ったままなのか。

 

(囮か……!)

「響子、そこで止まれ! そいつは囮だ! スタンド攻撃が始まるぞッ!」

 

「え…………」

 

 

ズギュン ズギュゥン!

 

 

「あうッ!?」

 

『な、何だァァーーーーッ!?』

 

「響子の体に…………ありゃあ靴か!? それと竹箒! 体の中に沈んでいってるぞ!」

 

 グレイトフル・デッドの声を聞き、足を止めた響子。そんな彼女の周りに突如、かなり使い込まれていそうなボロボロの靴と竹箒が浮かび上がる。それらの出現に驚いていると、今度は猛スピードで響子の体に突っ込んだのだ。

 響子の体に食い込んでいく靴と箒だが、その部位からの出血は見受けられない。おそらく、何かしらのスタンドパワーがはたらいているのが理由であろう。響子を襲った現象に釘付けになった3人であるが、響子を助けようと動く者はいない。彼らの目つきは彼女を守ろうとするものではなく、相手を確実に仕留めるという決意の現れた、明確な殺意を宿しているものへと変わっていた。

 

「侵入者……うち3体はスタンドか。まんまと入ってきたな。このシビル・ウォーの空間に」

 

『!』

 

「きっと私を倒しに来たのだと思うが、それは不可能だということを先に忠告しておこう。お前たちでは、私を倒すことはできない」

 

 古ぼけた物品が体に侵入していく響子とスタンドたちの間を、何か円盤のような物の群れが横断してきた。それらは滑るようにして移動し、3人のスタンドたちの目の前で止まるとカシャカシャと音を立てて組み上がっていく。出来上がったのは人型のガラクタ人形。しかし、3人はこいつが敵であるということをすぐに理解した。()()からはスタンドエネルギーが溢れ出ていたのだから。

 

「てめぇの目的が何なのかは知らねぇが、俺たちもナメられたままで黙ってられるほど優しかねぇ。つまらねぇゴタゴタは御免だが、報酬と依頼人もいるからな。少し痛い目見てもらうぜ」

 

「やめておけ。お前たちにできることは、このまま右へ回って元いた場所へ戻ることだ。ここまで言っても、まだ「やる」と?」

 

「たった一人でどーやって勝つってんだァ? こっちはよォーー、3人だぜ。「やる」かどうかって質問はこっちのもんだ」

 

「…………分かった。そこまで望むのなら…………だが、『公正(フェア)』に行こう」

 

『……!』

 

 スタンド、シビル・ウォーは腕を組む。「何かが始まる」と勘繰った暗殺チームのスタンドたちは咄嗟に身構えるも、シビル・ウォーから攻撃されることはない。

 シビル・ウォーと3人が睨み合いを続けている内に、物品が侵入する響子の体の部位が弾け飛ぶ。そして白蓮の時と同じように薄い膜が現れ、響子に巻き付いて折り畳んでいってしまった。可哀想なことにそれを案ずる者は一人としていなかった。

 シビル・ウォーは3人を見つめ、自分の能力についての説明を始めた。

 

「私の名前はシビル・ウォー。能力は、私の能力の射程内に入った者が過去に捨てた何かを蘇らせるというものだ。どんどん蘇るぞ」

 

「! ということは……響子の体の中に潜り込んでいく箒や靴は、響子が過去に捨てた物というわけか」

 

「唐突に何を言い出しやがる…………自分(てめぇ)の能力を自分(てめぇ)でバラすとは……よっぽど能力に自信があるらしいな」

 

「そういうことではない。スタンド戦は、たとえば自らの弱点を相手に教えるような…………『公平(フェア)』さが精神の力として最大の威力を発揮する。『卑怯』さは『強さ』とはならないからな。私の弱点は、『水』で清めることだ」

 

「…………()()を自信があるって言うんだよ。その最大の威力とやらが……俺たちを仕留められると思ってることだからなァァーーーーッ!」

 

 

ドッヒャァアア〜〜ーーッ!

 

 

 グレイトフル・デッドは吐き捨てるように出した言葉を皮切りに、残るマン・イン・ザ・ミラー、リトル・フィートと共にシビル・ウォーに飛びかかる。

 3人が一斉に前方から向かうのではなく、マン・イン・ザ・ミラーとリトル・フィートは左右に分かれ、シビル・ウォーを両サイドから挟み込むように攻撃を仕掛けた。グレイトフル・デッドは掌底、マン・イン・ザ・ミラーは両拳、リトル・フィートは鉤爪でシビル・ウォーの命を狙う。3人の攻撃が確実にヒットすると、3人ともが思った瞬間、シビル・ウォーの体は先程のように再びバラバラに分解される。素早く攻撃を避け、グレイトフル・デッドの数m後方で再び元の形へ戻った。

 思いの外動きの速いスタンドである。強力なスタンドパワーをもっている者は、一部例外はあれど何かしら弱点があるものだ。例えばキング・クリムゾンは強力な能力とスピード、パワーをもち合わせている代わりというように、射程距離と持続時間が著しく短い。それでも、本体がいない今では射程距離の弱点は無いようなものだが。

 シビル・ウォーの弱点はおそらくスピードでも射程距離でも、持続力でもない。能力の射程距離を『空間』と呼ぶところからも、それほど短くないことが窺い知れるからだ。そして持続力も。シビル・ウォーは体を再構築しながら、3人に呼びかける。

 

「……お前たち人殺しか。いや、ただの人殺しじゃあないな。さしずめ、殺し屋か何かと言ったところか。ここまで亡霊が現れることなんてなかったぞ」

 

「何…………!?」

 

 シビル・ウォーを方へ振り向いたグレイトフル・デッド。彼の視界に入ってきたのは、荘厳なる和風木造建築には合わない、スーツやバスローブを纏った男女たちであった。ゆらりゆらりとフラつきながら立ち上がり、口を開け、目が虚になっている。そして全員に共通していることとは、体が欠損していたり、眉間に穴が空いていたり、腹部の肉が弾け飛んでちぎれかけている肋骨や背骨が見えるという、まるでゾンビになって蘇ったかのような様相である。

 リトル・フィートは一瞬、彼らが誰の『捨てたもの』なのか分からなかった。しかし腹部が弾けている中年男性を目にすると、それと同時にあることを思い出す。あれは自分の能力で小さくした車を呑ませ、胃の中に入ったところで能力を解除し、殺した男だ。依頼を受け、()()()()男だ。

 

「す、捨てたものを蘇らせるッ……! そういうことかよ…………! ありゃあ、俺たちや本体が今まで始末してきた人間どもだッ!!」

 

「ご名答。お前たちの『罪』さ。殺し屋なんだから当然背負っているわけだな」

 

「それがどうした! リトル・フィート、一度殺した標的ならもう一度殺せばいいだろうッ!」

 

 もう一度殺せばいい。確かにその通りである。3人が知るところではないが、シビル・ウォーの蘇らせる亡霊は殺しても捨てた物としてカウントされることはない。よって、同じものが2つの物品が同時に出現することはない。能力が発動している限りは殺しても一時的に障害を退けられるだけで、亡霊の数自体は減らないのだが。

 マン・イン・ザ・ミラーは先陣を切り、シビル・ウォーに突進を仕掛ける。だが、彼の拳がシビル・ウォーを捉えることはなかった。分解して逃げられたわけではない。立ちはだかった者がいたのだ。それはマン・イン・ザ・ミラーがリトル・フィートに向けて言った「また殺せばいい」が通用しない…………いや、()()()()()()()()()相手だったから。

 

「う、うぅぅ……嘘……だろう…………!!」

 

 

『マン・イン・ザ・ミラァァアアア…………お前は()()()()()()だろう……本体であるこの俺を、お前は捨てちまったのかァ〜〜ーーッ!?』

 

 

「イ、イルーゾォ……!!」

 

 亡霊の中に紛れていたのは、マン・イン・ザ・ミラーの本体であるイルーゾォだった。彼はイタリアのポンペイにて、自分の所属するギャング組織のボスの娘であるトリッシュを護衛するジョルノたちと戦った。最期はジョルノの仲間のパンナコッタ・フーゴのスタンド、パープル・ヘイズの殺人ウイルスによってドロドロに腐らされてしまったのだが、彼は今蘇った。皮膚がドロドロに爛れて溶け、他の亡霊に負けないぐらいの負傷具合のまま。

 イルーゾォの亡霊はマン・イン・ザ・ミラーに腕を伸ばすが、マン・イン・ザ・ミラーの方は全く動くことができず、今にも捕まってしまうそうであった。もし掴まれたのなら、彼の体の中に未だ内在しているパープル・ヘイズのウイルスが再び猛威を振るうのだろうか。頭の中でそう考えるだけで、避けるという行動には全く移せなかった。

 そして、蘇ったのはイルーゾォだけではない。全身に火傷を負い、無数の弾痕が体中に刻まれた坊主頭の男ホルマジオ。さらに、主に左半身がぐちゃぐちゃに損傷している金髪の男プロシュート。残る2人の本体も、漏れなく亡霊として蘇っていた。

 

『うぉおおおおおああぁぁああああッ!!』

 

『リトル・フィートてめーー……お前がもっと速ければよォ〜〜、ナランチャのエアロスミスに負けねぇぐらいのスピードがありゃ、俺たちは死なずに済んだんだぜーーーー。お前が弱かったから!』

 

『ペッシに氷を持たせていた俺も、その時点じゃあ()()()()()()()()()()…………だが、お前の能力が低体温の人間に効かねぇなんて弱点が無ければ、勝っていたのは俺たちだった!』

 

「プ……プロシュート…………!」

 

「やめろォオオ! ホルマジオ! あんたはそんなこと言う人じゃあなかっただろーが! あんたはいつだってこの俺に自信を持っていたッ!」

 

「これが『シビル・ウォー』だ。過去の『罪』に潰されて、死ね」

 

 亡霊のホルマジオとプロシュートは、無理矢理体を動かしてリトル・フィートたちに掴みかかる。パワーが強いのは両者ともスタンドの方であるが、今ではその力関係も逆転している。ホルマジオのパワーに押され、リトル・フィートの背中は軋むぐらいのけぞってしまっていた。グレイトフル・デッドも腕をプロシュートに引っ張られ、ちぎられるのではないかというぐらい関節が悲鳴を上げていた。

 

 

「チクショォオオオオオッ!! このクソスタンドがァァーーーーッ! 絶対に赦さねぇええええ!!」

 

 

 マン・イン・ザ・ミラーの怨嗟の絶叫が響き渡る。イルーゾォに完全に掴まれてしまった彼は、触れられた右手を中心にどんどん体が爛れ、発疹がぶつぶつとできていく。放置すれば確実にするパープル・ヘイズのウイルス。解除するには、全身に回るまでにシビル・ウォーを倒さねばならない。しかしそれを許す状況ではない。

 シビル・ウォーはニヤリと金属質の顔を歪めると、飛宝が置いてある倉へと歩き始めた。その行為は勝利の確信に他ならない。折り畳まれた響子と白蓮。自分の本体にパワーでねじ伏せられるリトル・フィート、グレイトフル・デッド。殺人ウイルスに感染したマン・イン・ザ・ミラー。彼らの狂騒を聞きながら、シビル・ウォーは倉へと向かうのだった。

 既にマン・イン・ザ・ミラーの能力が発動しているとも知らずに。

 

マン・イン・ザ・ミラー やつ(シビル・ウォー)を鏡の中に封じ込めた! 今だ! グレイトフル・デッドッ!」

 

「! …………あぁ!」

 

 グレイトフル・デッドはマン・イン・ザ・ミラーの合図を受け、何かを命蓮寺へ投げつける。そしてリトル・フィートの代わりに、一人でプロシュートとホルマジオを押さえつけ始めた。

 マン・イン・ザ・ミラーは手鏡を携帯していた。それは居候を始めてから白蓮に貰ったものである。白蓮は彼の能力を聞いて、「ぜひ使うといい」と彼に手渡していたのだ。その時は「簡単に信用するなんてバカか?」と嘲笑していたマン・イン・ザ・ミラーだったが、今は違う。ラッキーと思うと同時に、ほんの少しの感謝の念も抱いていた。

 その手鏡を使い、彼はシビル・ウォーを鏡の世界に閉じ込めたのだ。やつがこちらを観測できない今こそ、行動を起こす時なのだ。グレイトフル・デッドが投げたのは小さくなったリトル・フィート。彼に託された目的とは…………

 

「リトル・フィート! お前が『水』を回収して来いッ! この亡霊共は俺がどうにかする。急げェーーーーッ!」

 

「あぁ! 任せな、グレイトフル・デッド!」

 

 シビル・ウォーは言っていた。自分の能力は水によって清めることができると。水を使えば、この亡霊たちを消すことができるはずだ。仲が良いと言えば彼らは否定するだろう。しかし、互いに寄せる信頼は絶大である。だからこそ、彼らは自分の命を互いの背中に託せたのだ。

 そしてマン・イン・ザ・ミラーはと言うと、ウイルスに感染した右腕をイルーゾォの腹部へ叩きつけ、彼の体を前方へ大きく吹っ飛ばしていた。ウイルスによって体がボロボロになっているところへ叩き込んだため、腹に大穴が空いて立ち上がることが難しくなってしまっている。

 襲ってきたとしても、イルーゾォは自分の本体。傷つけるなんて真似は微塵もしたくない。しかし、彼らはやらねばならないのだ。自分たちの目の前にいるのはあくまでもシビル・ウォーの能力によって提示された、あくまでもビジョン。本物ではない。かつて本物の彼らの本体が抱いていた誇り、そして覚悟は確かにそのスタンドたちにも受け継がれているのだ。

 マン・イン・ザ・ミラーは右腕をまだ感染していない肩から手刀で切断し、落ちた腕を踏みつける。彼の覚悟はこれからだ。

 

「イルーゾォ……あんたが見せた覚悟は俺たちが受け継ぐ。滅ぼしたりはしない! シビル・ウォーを始末し、誇りを奪い返す。真の覚悟はここからだ」

 

 

 

 

 




私の思うジョジョらしさって、5部あたりから加速し出すんですよね。5〜8部はめちゃくちゃ好きです。神聖視してます。

to be continued⇒


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73.『覚悟』の道

私の思う、3大最初から覚悟決まりすぎキャラクター
ジョルノ・ジョバァーナ
ウェザー・リポート
豆銑礼


「ウリャァアアアッ!」

 

 

ドガ ボゴ ドゴォオ!

 

 

 マン・イン・ザ・ミラーのラッシュが襲いくる亡霊たちを吹っ飛ばす。グレイトフル・デッドと背中を合わせ、リトル・フィートが水を持ってくるまで時間を稼ぐ彼だが、殺人ウイルスに感染し、切り落とした腕は既に再生。万全の状態に治っていた。

 しかし、想像以上に亡霊の数が多い。それはすなわち、彼らがこれまで殺してきた『過去の罪』を提示されているわけなのだが、彼らはそのことに関して微塵も後悔していない。後悔とは過去の否定。スタンドからすればそれは本体の否定であり、同時に自らの存在の否定となってしまう。彼らに在るのは前へ進み続けようとする気高き覚悟と、自分たちの過去を踏みにじるシビル・ウォーに対する漆黒の殺意である。

 

「ハァーッ! ハァーッ! こいつら…………何度ぶん殴っても起き上がってきやがるッ……!」

 

「マン・イン・ザ・ミラー、お前は鏡の中に入ってシビル・ウォーを殺しに行け! 鏡の世界にはこの亡霊どももいないだろう!?」

 

「いや…………さっき一瞬試したが……ダメだ! こいつら、シビル・ウォーのスタンドパワーによって蘇らされてるのは確かだが、()()()()()()()スタンドパワーとは関係ない存在のようだ。鏡の中へ逃れても、物品は俺に向かって飛んでくる!」

 

 どちらか一方に向けて飛んでくる物体は、狙った者に対してしか膜として攻撃してこないようである。マン・イン・ザ・ミラーに飛んできたならグレイトフル・デッドが打ち落とし、グレイトフル・デッドが攻撃されたのならマン・イン・ザ・ミラーが、と2人は交互に防御に徹していた。

 シビル・ウォーは鏡の中で飛宝が眠る倉へと向かっているが、異変に気付いたのならきっと何かアクションを起こすだろう。彼がここへ戻って来ない選択をしたとしても、その間にリトル・フィートが水を持って来れる。戻る選択をしたのなら、マン・イン・ザ・ミラーの視界に入った一瞬の内に仕留める。彼らのプランは既に出来上がっていた。シビル・ウォーが戻って来るか、あるいはリトル・フィートか、それまでに死なずにいれば、彼ら暗殺チームの勝利である。

 

「たしか……シビル・ウォーはこの命蓮寺全体が自分の空間だと言っていたな…………ということは、寺の中も亡霊どもで埋まってるワケだ…………」

 

「だが、機動力でならアイツが俺たちの中で一番だ。散々くだらねーと言ってきたが、こういう時は役に立つ! リトル・フィートは必ず戻って来るはずだ。それまでの辛抱だぜ。グレイトフル・デッド」

 

 迫る亡霊の群れに終わりは無く、故に2人の肉体の生傷も絶えない。しかし、耐えるしか道は無い。彼らは仲間の帰還を信じ、蘇った過去の存在たちを蹴散らしていくのだった。

 

 

________________________

 

 

 一方、寺の中へ侵入したリトル・フィート。グレイトフル・デッドに投げ込まれ、今は白蓮が掃除の後に一息ついていた客間に至っていた。

 先程まで彼は能力によって自身のサイズを小さくしていたが、今は既に元々の大きさへと戻っていた。理由は一つ。外でグレイトフル・デッドが推察していたように、建物の中さえもシビル・ウォーの能力の影響を受けて蘇った物で溢れていたからである。いくら小さくなって動きやすくなっていたとは言え、亡霊たちは自分へ向けて雨のように降りそそぎ、飛んでくる。体が小さいと一瞬にして膜で巻かれてしまい、動きを完封されてしまう。元に戻ったのはそれを防ぐためである。

 

「クソっ…………寺の中も、あちこち捨てたもんだらけじゃあねぇか!」

 

 ボロボロの銃に欠けたナイフ、まだ中身のある酒瓶。リトル・フィートもとい本体(ホルマジオ)が過去に捨ててきた物が客間を覆い尽くしている。足の踏み場がギリギリあるか無いかといったところか。

 触れたらマズいことはリトル・フィート自身分かりきっているが、客間を外から一直線に進めば先に廊下があり、その突き当たりは台所と繋がっている。リトル・フィートが目指しているのはそこだ。『水』の回収は、ここから先にある台所にて遂行すると決めている。他の場所から回って行くことも可能だが、遠回りにも程がある。その道を行けば、より多くの亡霊たちに襲われてしまうことだろう。危険と分かっていても、グレイトフル・デッドやマン・イン・ザ・ミラー、そして何より自分のため。この道を進むしかないのである。

 

「覚悟を…………決めるか…………!」

 

 

ドォオウッ!

 

 

 リトル・フィートはいよいよ意を決し、淡く変色した青畳を蹴飛ばす。スタンドは浮遊することができるが、リトル・フィートはハイエロファントたちに比べると飛行自体には不慣れ。床や壁、天井を伝うか蹴飛ばすかによって推進していくしかない。

 だが、それを黙って許すほどシビル・ウォーは()()能力ではない。リトル・フィートが通過した後、その後ろから銃が一人でに動き出す。銃口の延長線をリトル・フィートに合わせ、中に込められていた弾丸を発射した。

 

 

ドバァッ ドバッ ドバッ!

 

 

「うおッ!?」

(マ、マン・イン・ザ・ミラーの時といい、過去に捨てた物は性質もそのままに蘇ってやがるのか……! ウイルスも拳銃も…………クソ! 厄介な能力だぜッ……!)

 

 リトル・フィートは飛んでくる弾丸を身を縮めて回避する。下手に反撃すれば、白蓮や響子がやられたように膜で捕縛されてしまうかもしれないからだ。蘇った物が膜に変化する条件は不明だが、少なくとも先程の弾丸は膜に変化せずにそのまま壁に激突、小さな穴を3つ空けた。リトル・フィートはそれを確認すると、再び台所へと向かう。

 だが、それを妨げるためと言いたいかのように、さらなる障壁がリトル・フィートを襲う。

 

『うがぁああああ!!』

 

 

ガシィイイッ

 

 

「!」

 

『ぉおお前ぇええーーーー、よくも俺を殺しやがったなァ〜〜〜〜』

 

「……こいつ、ホルマジオが過去に殺したやつか…………()()()関係ねぇぞ……」

 

 リトル・フィートの足に掴みかかる者がいた。彼の右足を両手でガッシリとホールドしてぶら下がるのは、顔面に2発分の銃創のある男。フサフサの髭を蓄えた壮年の白人男性は、彼が自ら言っているようにおそらく過去にホルマジオが手を下したのであろう。

 傷跡からしてリトル・フィートは大して関係の無い人物だが、自分の邪魔をするのなら仕方がない。もう一度殺されてもらうしかない。

 

 

ズババババッ!

 

 

『うげあぁあああ〜〜〜〜ッ!』

 

「こっちは躊躇しねーよ。俺たちも命懸けてんだからな。それにてめー、顔面に弾丸食らってんだ。そんな裂傷今更だろ!」

 

『がァアアッ、離してたまるかァ〜〜ーーーーッ!』

 

 

ドッパァアア〜〜ン!

 

 

「うぅッ!?」

(しまった……! こいつ、あの膜に…………)

 

 リトル・フィートは男の顔面を数度切り裂き、彼の捕縛から逃れようとする。痛みは感じているようであり、唸りながらほんの一瞬だけ、彼の手の力が抜けた。リトル・フィートはその隙を逃さない。すぐさま足を振って解こうとする。が、次の瞬間男の右腕は例の膜に弾けるように変化してしまった。

 男の体はその後、溶けるようにどんどん膜へと変わっていく。ぐじゅぐじゅと音を立てながらリトル・フィートの右脚を登っていくのだ。状況は脱せず、解放からの後戻りである。しかし、リトル・フィートは焦らない。

 彼の体はグンと小さくなり、それによって脚を掴んでいた男の腕をすり抜けて逃れたのだ。既に己の人差し指で傷付けていたため、サイズを操作するのに無駄な時間はかからない。標的に逃げられ、バランスを崩した男はその場で倒れ込む。

 

『うあァァアア…………』

 

「よし…………これでようやくこの部屋も出られるぜ。後は廊下だけだな。ここを通りさえすれば、ようやく水が手に入る!」

 

 亡霊の男を乗り越え、リトル・フィートの足はついに廊下へ差し掛かる。客間よりも狭い一本道。邪魔物も少ない。全力疾走して向かえば水はもう手に入れたも同然である。と思われたが、彼はここで最後の関門と相対することとなる。

 

 

ブシャァアア〜〜ーーッ!

 

 

「うぐぁああ!?」

 

 突如、彼の左肩から血が噴き出したのだ。その激しさ、まるで火山の噴火である。真っ赤な血液はドバドバと止めどなく流れ、廊下の壁や床、天井を染め上げる。血の出どころに目をやると、その傷口の異様さにようやく気付く。

 何かに引っ掻かれたような、四本の細長い線が彼の肩を抉るように走っていたのだ。リトル・フィートはすぐに理解した。そういえば、ホルマジオと関係の深い獣がいたと。廊下の先にそいつの影が見えた。ネコである。

 

「俺を引っ掻いて……あそこまで一瞬で戻ったのかッ…………!? このスピード、普通じゃあねぇ…………まずいぜ、クソッ! 台所にある水まであと少しだってのによぉぉ〜〜〜〜っ!」

 

『シャァアアーーーーッ!』

 

 ネコはリトル・フィートを睨みつけ、威嚇の声を上げる。ホルマジオはネコと関わる際、瓶詰めにしてしまうなどの歪んだ愛情表現が目立っていた。おそらくはそれによって知らず知らずのうちに死んでしまった個体なのだろう。リトル・フィートに対する殺意は確かなものであった。

 

「あいつの相手なんかしてられるか! 小さくなるのはマズい……強行突破! それしかねぇッ!」

 

 先程見たネコのスピードは尋常ではない。まともに正面から戦っては、こちらが攻撃を当てる前に八つ裂きにされてしまうだろう。もともと狩猟動物であるネコに対して小さくなるというのも悪手だ。走り抜ける他無かった。

 リトル・フィートは意を決し、三度に渡って床、壁、天井を蹴飛ばして台所へ突進する。ネコを翻弄するためにそうしたはいいが、肝心なネコ自身はそれを目で追っていた。天井から、次の着地点に決めた床までの長い直線上。そこに差し掛かると同時に、ネコの攻撃も開始される。

 撃ち込まれミサイルを、地上から同じくミサイルで迎撃するかのように、リトル・フィートに向かって真っ直ぐネコの体は飛んでいく。リトル・フィートを叩き落とすつもりのようだ。

 

「こ、この野郎ォ〜〜!」

(一瞬……あいつの攻撃を避けた一瞬で、こっちも人差し指で傷付ける! やつのサイズを小さくしてしまえば、後の攻撃は大したもんじゃあない……はずだ)

 

『クアァァッ!!』

 

「ウリヤァアアーーッ!」

 

 ネコの4本の鉤爪と、リトル・フィートの一本の鉤爪が互いを狙い合う。

 ネコは真っ直ぐ飛んでくるのに対し、リトル・フィートはネコからして左側から攻撃を加える。自分の攻撃は当て、ネコは右肩と頭の間で避けようという考えなのだ。しかし…………

 

 

ドグサァアアッ!

 

 

「ガブフッ!?」

(か……こ、こいつ、加速しやがったッ!! お、俺の喉にィ…………!)

 

『クルルルル』

 

「うぐッ……こぶふっ…………ガボガボ!」

(い、息が…………血が口から出るのが止まらねぇ! マズい!! このままだと本当に死んじまう!)

 

 ネコはリトル・フィートの攻撃が届くまでに突如加速、その突き出した前足をリトル・フィートの喉へと突き刺したのだ。深々と刺さった前足は(おそらくあると思われるが)気道を突き破り、大量に逆流してくる血液で完全に呼吸を止めてしまう。このままでは窒息、あるいは多量失血で消滅するだろう。リトル・フィートは必死にもがくが、喉の中でネコの鉤爪が引っかかり、それが釣り針の()()()のようになって全く抜けない。

 最大のピンチである。この寺の仏徒たちは人里へ布教に出掛けている。白蓮はやられた。響子もだ。グレイトフル・デッドたちは助けに来るはずがない。リトル・フィートはこのまま、次第に次第に死んでいくしかなかった。

 

「絶対に…………諦めねーぞ…………俺の覚悟は……こんなもんじゃあ……ねェーー…………『覚悟』が、道を切り開くはず……だ……」

 

 血の帯を床に描きながら、それでも尚心折れずにリトル・フィートは台所を目指す。彼の残された時間が残り僅かなものであると告げように、強烈な眠気も襲いくる。その間、ネコは徐々に『膜』へと変化していた。グルグルとリトル・フィートの首へ絡みつきながら、肩や腕を拘束していきながら、彼を消滅へと導くのだった。

 

 

「……とんでもない根性だね。これが……『覚悟』ってやつか…………」

 

 

 

____________________

 

 

 場面はまた変わり、グレイトフル・デッドたちのいる屋外。相変わらず終わらぬ亡霊の群れをさばくグレイトフル・デッドとマン・イン・ザ・ミラーだが、ここでついに転機が訪れる。マン・イン・ザ・ミラーは自身の持つ手鏡を見てグレイトフル・デッドに叫んだ。

 

「! グレイトフル・デッド、ついに()()()

 

「なにっ」

 

「ヤロォ〜〜、ついにここへ戻ってきやがった! シビル・ウォーだぜ。ここでこいつを始末すれば、この厄介な亡霊たちともおさらばだ!」

 

 マン・イン・ザ・ミラーの鏡の世界。鏡を通して見える、左右反転した世界の中に一人存在する者がいた。シビル・ウォーだ。マン・イン・ザ・ミラーは彼の隙を突き、鏡の世界に閉じ込めたのだが、今ようやくシビル・ウォー本人がそのことに気付いたようである。マン・イン・ザ・ミラーに能力を解除させるために、彼はここへ戻って来たのだ。

 2人はこれをチャンスと捉える。マン・イン・ザ・ミラーの鏡の世界は生物が存在しない。それは彼の調べにより、人間の亡霊も同様であることが分かった。それでもマン・イン・ザ・ミラーが鏡の中に入ってシビル・ウォーを始末しなかったのは、上述したように物品の亡霊は存在しているためである。シビル・ウォーの元へ行くまでに、それらの障害を乗り越えねばならない。しかし、今こうしてシビル・ウォーから近づいて来てくれたということは、物品の亡霊の邪魔を最小限に、シビル・ウォーへ攻撃できるということ。この機会は絶対に逃してはならない。

 

「俺も手伝うぜ。マン・イン・ザ・ミラー、()()()()()()へそいつを引っ張り出せッ!」

 

「もちろんだ。マン・イン・ザ・ミラー 鏡の外へ出ることを、許可するッ!!」

 

 

ズギャァア〜〜〜〜ッ!

 

 

「!」

 

「よぉ、シビル・ウォー。数分ぶりだな。ええ、おい!」

 

「こ、これは……やはりお前たちの能力だったのか……!」

 

 マン・イン・ザ・ミラーの手鏡、その鏡面が輝くと、中からシビル・ウォーの半身が飛び出してきた。マン・イン・ザ・ミラーは彼が逃げないよう右腕でガッシリと首をホールドして捕らえると、空いた左手で手刀を作りシビル・ウォーの首筋に当てる。亡霊を振り解きながら、グレイトフル・デッドもシビル・ウォーに何か攻撃を加えようと近づいて行く。

 

「なぁ、グレイトフル・デッド。こいつ、どんな目に合わせるのが良いと思う? 散々俺たちのことをナメくさりやがったこいつを!」

 

「慌てるなよ。マン・イン・ザ・ミラー。リゾットも言ってただろ。浮かれたやつから死んでいくってな。確実に息の根を止めるのが重要だ」

 

「それじゃあ…………このまま掻っ切ってやる!」

 

「ま、待て…………話を聞いてくれ……」

 

 

スパァアアアン!

 

 

「ガウッ!」

 

「フ、フハハハハハハハハーーーーッ! ついにやってやったぜ! これで終わりだ! ざまぁ見やがれ、シビル・ウォー! フハハハハハハ」

 

「…………」

 

 シビル・ウォーが何かを口走りかけていたが、マン・イン・ザ・ミラーは気にも留めず手刀でシビル・ウォーのパイプのような喉元を切り裂いた。無機質な体であったが、中にはしっかり血液が流れていたようだ。プシューーッと噴水のように赤い液体がぶちまけられている。

 マン・イン・ザ・ミラーはシビル・ウォーの攻撃を、本体への侮辱と捉えて赦さなかった。故に、今の彼はかなり興奮している。暗殺者としてどうか、という意見ももしかしたらあるかもしれないが、マン・イン・ザ・ミラーはそれ以前にスタンドなのだ。何よりも、本体の方を一番に思っている。

 グレイトフル・デッドは動かなくなったシビル・ウォーを見て、「終わったか……」と一息吐く。これで亡霊の相手をしなくてもいい、と。そう思い、周りへ目をやると、亡霊たちは未だ消えていなかった。

 

「……どういうことだ…………なぜ亡霊が消えてねぇんだ!? こいつ、まだ生きてるんじゃあねーのか!」

 

「なに……そんなはずは…………喉を掻っ切ったんだぜ? もっと粉々に踏み砕くか!?」

 

 2人は倒れているシビル・ウォーを見下ろす。ビジョンは既にボロボロと崩れ、消滅が始まっている。シビル・ウォーが死んだことは明らかである。だというのに、亡霊は消えていない。イルーゾォも、プロシュートも、その他暗殺のターゲットたちも、まだ命蓮寺周辺に跋扈(ばっこ)しているではないか。

 いや、しかも数が先程よりも増えている。全く見覚えのない、白いネズミが辺りを駆け回っているのだ。あれは誰の捨てたものでもないだろう。競馬用のブーツやトロフィー、三角定規や見たことのないタイトルの本まで落ちている。一体何が起こっているのか?

 

 

『私の最終攻撃は……ついに……完成した』

 

 

『!?』

 

「今のは……シビル・ウォーか!?」

 

「バ、バカなッ…………今さっきここで殺したぜ! 確かにこの手で殺して、この目でそれを見ていた!」

 

『お前、マン・イン・ザ・ミラー。お前はたった今、私を殺した。人は何かを『捨てて』前へ進む。()()()()()()()()。お前は、私が前へ進むのに『捨てて』きた物を全て、お前がその身に引き受けるのだ。私の『罪』を!』

 

「何を…………言ってる……!?」

 

 シビル・ウォーは生きていた。消滅したはずの彼はいつの間にか2人の前方におり、ピンピンしている。そして先程の言葉の意味。2人は全く理解できずにいた。シビル・ウォーが過去に捨ててきた物を、マン・イン・ザ・ミラーがおっかぶるだと? それはつまり……シビル・ウォーの亡霊が全て、マン・イン・ザ・ミラーの元へ行くということか? シビル・ウォーが生きているのは、この『捨てて』きた物が蘇る空間で彼を殺してしまったからということか? それでは…………まるで…………

 

「そ、そういうことか…………たった今、このいきなり湧いて出てきた亡霊たちは、シビル・ウォーが過去に『捨てて』きた物で、それが全てマン・イン・ザ・ミラーの元へ…………お前に全て襲いかかってくるのかッ!」

 

「何だと…………」

 

『フフフフ………………私はジョニィ・ジョースターにまんまと能力を破られてしまった。私はジョニィの『罪』も背負うことになってしまったのだ。それを全て、お前におっかぶってもらったぞ。お前の分も含めて、3人分の『罪』を引き受けたんだよ。もう、潰されて死ぬしかないよなぁ?』

 

「む、無敵だ……この能力ッ!」

 

 殺せない。殺したところで、シビル・ウォーの『罪』まで背負うことになる。まさしく無敵と呼ぶに相応しいだろう。シビル・ウォーはどこか遠くへ移動することなく、グレイトフル・デッドとマン・イン・ザ・ミラーの行く末を見守るため、すぐ近くの岩に腰掛ける。無防備であるが、グレイトフル・デッドたちは一切動くことはない。動けないのだ。先程よりも、ずっとずっと多くの亡霊のたちが津波のように襲って来るのだから。

 

『神は…………連れていく子供を間違えた…………なぜニコラスの方が…………』

『お前がネズミを………………!! 森へ逃したせいだ…………ジョォォニィィィィィィ』

『ウイルスは許可しないィィィィィッ』

 

「う、うぉおおわああああああ!! やめろォォォ!!」

 

 

ブチィ ブチブチブチッ!

 

 

「あぁああがァアアアアッ!」

 

「マ、マン・イン・ザ・ミラー! やめろっ、くそ! テメーら離しやがれェェーーーーッ!!」

 

 ブーツの中からは頭から血を流した青年が、割れた窓ガラスからは小太りの中年男性が、イルーゾォが、辺りから湧いてきた農民や軍人らしき人々が、一斉にマン・イン・ザ・ミラーに寄って集まる。そして彼の四肢を掴むと、それらを引きちぎるため、それぞれ外側へととてつもないパワーで引っ張り始めた。

 ブチブチと悲鳴を上げる手足に構わず、亡霊たちは攻撃を緩めることはしない。グレイトフル・デッドは彼を助けようとするが、グレイトフル・デッド本人にも自分の亡霊が集まるため、中々手を出せない。その光景を見るシビル・ウォーはひどく愉快そうであった。

 

「フハハハハハハ! このままお前たちが死んでいく様子を見ているのも悪くないな! 鏡のスタンドが死んだら、次はお前だ。その体中に付いた目玉、全て潰してやろう」

 

「…………やれるんだったら、やってみやがれ。俺はお前を赦さねェ。依頼だの報酬だの、知ったことか。俺はただ、俺のやりたいことをするだけだ。()()()()は守る。『罪』も清める。覚悟を決めろ、マン・イン・ザ・ミラー! 俺は、すでにできてるぜ」

 

 




いよいよ決着。
暗殺チームトリオの、この誰も中心じゃない感は結構気に入ってます。やっぱりリゾットがリーダーですからね。3人のこの主張しすぎない感じが良いやり取りになる。

to be continued⇒


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74.全ての『罪』を清める時 

私が一番好きな東方の曲は『フラワリングナイト』です。
花映塚が私にとって2作目の東方作品だったというのはお話ししたと思いますが、いいですよね。あの曲。テンション上がります。


ザ・グレイトフル・デッド

 

 グレイトフル・デッドの体からガスが溢れ出す。下半身の無い胴体を地面に引きずりながら、亡霊たちがぶら下がる左腕を力みながら、彼はゲティスバーグの亡霊たちの群れに右腕を突っ込んでマン・イン・ザ・ミラーを引っ張り出そうとしていた。が、しかし、やはり亡霊の壁は分厚く簡単に助け出すことはできない。

 故に彼は能力を発動した。生物を老化させるガスにより、亡霊たちのパワーを落とすというのだ。いくら亡霊と言えども、彼らは本当に、文字通り()()()()()のだ。それはシビル・ウォーの復活で説明がつく。であるならば、グレイトフル・デッドの能力で老化する。

 

「マン・イン・ザ・ミラー……大丈夫か……?」

 

「うぐ……ぁ…………」

 

「手足がちぎれて…………相当重傷だが……よし、まだ生きてるな」

 

 群れの中から出されたマン・イン・ザ・ミラー。彼は左腕以外の四肢は全て亡霊たちに引きちぎられていた。とにかく、グレイトフル・デッドはそんな状態にある彼がまだ生きていることに安堵すると、次はシビル・ウォーの方へ向き直る。やつを倒さなくては、この『ゲティスバーグの悪夢』は終わらない。

 

「亡霊どもは…………ひとまずこれで動きを封じた。後はてめぇだ」

 

『…………私を倒すとか言ったか? どうやってだ。亡霊たちの動きを封じた、その老化ガスでか?」

 

「どーだろうな……」

(亡霊たちの見た目から判断したのか。目の向けどころはまぁ良い野郎だな…………()()()()())

 

 グレイトフル・デッドは近くに落ちている金色のトロフィーに手を掛ける。彼が知るところではないが、これはジョニィ・ジョースターが過去に捨てた物だ。レースでディエゴ・ブランドーに負け、2着だった時に手に入れたトロフィーである。その先端に付いている馬の装飾を矢尻に見立てれば、このトロフィーを投げた時、きっと標的に深々と突き刺さるだろう。

 グレイトフル・デッドは考えない。行動に移すまでの時間はコンマ数秒であった。始めから、そうやって使うつもりだったのだから。

 

「オラァッ!!」

 

「! トロフィーを槍のように…………しかし」

 

 

ボン!

 

 

「私にはこの回避能力があるということを忘れたか?」

 

 自身に向かって投げられたトロフィーを、体をチャリオッツの装甲のようにバラバラに分解して回避するシビル・ウォー。四方八方に弾け飛んだ彼の体は、地面のあちこちに落下する。

 今までも何度か使ってきた能力であるため、シビル・ウォーが言うようにグレイトフル・デッドは忘れていたということはない。逆に、グレイトフル・デッドはこれを利用しようと考えていたのだ。シビル・ウォーの一部は彼の近くに落下してきた。これこそ狙っていたチャンスなのである。

 

 

ガシッ!

 

 

『!』

 

「掴んだぜ。シビル・ウォー」

 

 グレイトフル・デッドはシビル・ウォーの一部を右腕で押さえ付け、そう口にする。左手には刃が欠けたナイフが握られていた。このまま突き刺して攻撃しようというらしい。

 バラバラになっているためシビル・ウォーの表情は分からないが、少なくともグレイトフル・デッドが押さえている部品は彼の手から逃れようともがいている。そうこうしていると、弾け飛んだはずの他の部品が集まり出し、シビル・ウォーは顔の一部が足りないビジョンを構築し出した。元に戻るスピードが今回あまり速くなかったのは老化ガスの影響であろう。シビル・ウォーは焦りと怒気を含んだ声でグレイトフル・デッドに言う。

 

『おい、貴様……その手は何だ? 私は殺せないと分かっているはずだが? ()()()()()は無駄だというのにやるつもりなのか。その手を離せ!』

 

「ここに飛んできたんでこーして押さえたんだが…………まぁ、体のこんな一部分をナイフでいくら突っつこうがてめーは死なねぇだろうよ」

 

 

ガス! ガスッ

 

 

『うぐぉおお!?』

 

「あの回避能力。弾け飛んだその一瞬だけは体の部品がどこへ飛んでいくのか、正確に操作することはできねぇらしいな。あくまでも緊急回避だと」

 

 グレイトフル・デッドがナイフで部品を攻撃すると、シビル・ウォーは頭部の欠けた部分を押さえて悶え苦しんだ。シビル・ウォーには瞳も口も存在しないが、歯を食いしばっているように顔面下部が歪んでおり、立場が逆転したことに怒りを覚えていることがすぐに分かる。先程までの威勢はどこかへ消え去ってしまっていた。

 

『ぐぅぅ…………亡霊どもッ! その生意気なクソスタンドを殺せェェーーーーッ!』

 

「フンッ!」

 

 

ガギャアアッ!

 

 

『うがァアアアアア』

 

 シビル・ウォーの怒声により、マン・イン・ザ・ミラーに向かっていたゲティスバーグの亡霊たちはグレイトフル・デッドに向かって歩き始める。マン・イン・ザ・ミラーがなす術無く四肢をちぎられた軍団であるが、彼にとってはそんなことは今は関係ない。まだ足りんとばかりにグレイトフル・デッドが一層強くシビル・ウォーの部品を傷つけると、彼は大きな叫び声を上げ、後ろへのけぞってしまった。

 今が好機と見たグレイトフル・デッドはナイフを捨てると、向かって来る亡霊の一体を掴み、それをシビル・ウォーへと思い切り投げつけた。

 

『うげェ!』

 

「痛い目見たくなかったらよォ〜〜〜〜。能力を解除したらどうだ? そうすりゃこの部品も解放してやる。ギブアンドテイクだぜ」

 

 グレイトフル・デッドが亡霊たちを投げ飛ばし、攻撃してくるのに再びバラバラになって回避するのもいいだろう。しかし、部品の一つは捕まっている。殺せないと分かっているグレイトフル・デッドは、痛みによってシビル・ウォーの能力を無理矢理解除しようというのだ。この状況で、シビル・ウォーは能力を解除する以外に拷問から逃れる術は無い。だが、解除したところで無事に帰されるわけもない。彼はこの暗殺チームを十二分に怒らせてしまったのだから。

 やれることと言えば、過去の亡霊たちに早くスタンドたちを殺せと命令するぐらいだ。そんな彼らも老化してパワーが落ち、グレイトフル・デッドに放たれる肉の投降弾にされてしまっているが。

 グレイトフル・デッドはさらに亡霊を投げつける。

 

『ぐがァッ』

 

「おいおいどうした? さっきまで随分調子に乗ってたがよーー、いざ『自分が』となるととことん弱いじゃあねぇか。ええ? おい」

 

『…………!!』

 

「まぁ、そんな細っこい体じゃ、飛んでくる人間を受け止めるのも難しいかもなァ」

 

『ナ、ナメるなよ…………お前ごとき、すぐにでも始末できるんだからなッ……!』

 

「ほう。そうか。それじゃあ、やってみせてくれよ…………なッ!!」

 

 シビル・ウォーは飛んでくる亡霊たちをなんとか避けようとするも、グレイトフル・デッドの能力の効果は顕著に見え、ほとんど避けきれずに被弾してしまう。その度に亡霊の下敷きになり、力づくで退けたと思ったら次の亡霊が。

 彼はグレイトフル・デッドの挑発を受け、今度は回避ではなく防御の姿勢を見せる。飛んでくる亡霊を両腕で不器用に叩き落としたり、受け流すなど、素人同然の動きではあるものの能力を発動し続けてグレイトフル・デッドの寿命を縮めているのも事実。グレイトフル・デッドの体力が切れるか、あるいはシビル・ウォーがしくじるのが先か。それはすぐに分かることだ。シビル・ウォーは自分が追い詰めていると思い込み、その視線はグレイトフル・デッドにのみ向られていた。

 

『どうだ!? 少し意識を変えればここまで変わるものなのだ! このままお前がどうやって亡霊どもに殺されるのか、しっかり見届けてやるからな。自分がどれほどカスなのか、思い知りながら地獄に落ちろォーーーーッ!!』

 

 

ボギャアアッ!

 

 

『えっ』

 

「……………………」

 

 出どころの分からない音がした。いや、どこから響いてきたかは分かる。シビル・ウォーのすぐそばだ。だが、何がそんな音を出したのか。彼は一瞬だけ分からなかった。一瞬だけ。

 

「やりやがったな。()()()()()()()()()。マン・イン・ザ・ミラーを、お前が殺したんだ。その手でな」

 

「うっ…………が……」

 

 

ビギッ バキバキ ボギ…………

 

 

『な、な……何だとぉ〜〜〜〜!?』

 

 たった一つのことに集中し過ぎると、周りがよく見えなくなると言われる。それは感情もそうであり、あまりに激情してしまうとどんなによく見えるものも見えづらくなってしまう。シビル・ウォーに起こったのはそれだ。散々挑発されてプライドを傷付けられ、彼は自分に投げられたものをよく見ていなかった。

 グレイトフル・デッドが言うように、マン・イン・ザ・ミラーである。四肢がちぎれ、無くなった満身創痍の彼はシビル・ウォーに投げられたのだ。そして両腕で薙ぎ払われ、トドメを刺された。

 シビル・ウォーの思考は焦りによって構築と崩壊を繰り返す。自分はグレイトフル・デッドの能力で老化していたはずだ。人の体を簡単に破壊するパワーなど持ち合わせてもいない。老化しているのはマン・イン・ザ・ミラーも同じだが、ここまで脆さに違いが出ることなどあるのか、と。彼はそう考える。

 

「俺の能力は、()()()早いんだぜ」

 

『ま、まさか……投げるために掴んでいたその時に! 仲間をさらに老化させて体を弱くしていたのかッ! こうして俺にガードさせて、わざと殺させるためにッ!!』

 

「罪はてめーがおっかぶるんだ。そして、マン・イン・ザ・ミラーは蘇るッ!」

 

「うっ……こ、こいつは…………!」

 

『う、うわあああああああああああッ!!』

 

 シビル・ウォーが殺したマン・イン・ザ・ミラーはボロボロと朽ちていく。そして、グレイトフル・デッドの隣で五体満足となって復活した。全ての罪を清め、もはや襲ってくる亡霊も存在しない。この中で一番自由な身となったのだ。

 それに対しシビル・ウォー。背後に気配を感じてゆっくりと振り向いてみれば、そこには自身、ジョニィ、マン・イン・ザ・ミラーの3人が捨てた亡霊たちが迫って来ていた。地獄絵図。それ以外の何でもない。彼は再び、重い業を背負った罪人へ逆戻りしたのだった。

 

『くっ……うぅぅ……い、一度退却だッ…………!』

 

「逃げると、そうすると思ったぜ。マン・イン・ザ・ミラー! あのクソ野郎は絶対に逃すなッ!」

 

「あ、あぁ! 任せな!」

 

 グレイトフル・デッドは未だ自分の罪を清められていない。残った自分の亡霊たちを相手しなくては。晴れて自由となったマン・イン・ザ・ミラーにトドメを託し、迫る亡霊をなぎ倒す。

 シビル・ウォー。彼は卑怯は強さではないと、公正さこそスタンド戦において重要だと言っていた。しかし実際は、自身の真の目的を口に出さず能力にハメ込み、あまつさえ苦しむスタンドたちを見て楽しんでいた。いざ自分が戦わねばならなくなると、逃げようとするばかりで後は全て亡霊たちに任せきりだった。能力上そうするしかなかったのだろう。しかし、相手を騙し、正々堂々というものを口に出すだけ出して己はそうしなかったという事実は、彼が紛うことなきゲス野郎だということは変わらないのだ。

 逃げ出すシビル・ウォーと、それを追うマン・イン・ザ・ミラー。バラバラに分解するのが先か、あるいは鏡の中に閉じ込めるのが先になってしまうのか。

 

 

コンッ!

 

 

『! な、何だ?』

 

 走るシビル・ウォーの頭に、突如空から何かが降ってきた。サイズが小さかっただけに痛くはなかったが、どうやら硬い物のようである。物体は真上に昇った太陽の逆光でシルエットとなり、よく見えない。物体の正体、それは解き明かされるよりも早くに、答え合わせがされてしまうのであった。

 

 

グシャァアアン!

 

 

『ぐえッ』

 

「! な、何だこいつは!? シビル・ウォーが……(いかり)に潰されたッ!?」

 

 降ってきた物体を視界に収めようと、シビル・ウォーが顔を上げたその瞬間。巨大な錨が彼の真上に出現し、そのままシビル・ウォーを押し潰してしまった。下敷きにされたシビル・ウォーは完全に原型が崩れてしまい、シューッと音を立てて消滅を始める。しかし、まだ命蓮寺の敷地内にいるというのにシビル・ウォーの復活の兆しは見られない。今度こそ、シビル・ウォーを殺せたということである。

 マン・イン・ザ・ミラーが空を見ると、そこには2つの人影が浮かんでいた。一つはセーラー服に身を包んだ少女のもの。そしてもう一つは見知ったスタンドのものである。

 

「リ、リトル・フィート!」

 

「よぉ、マン・イン・ザ・ミラー。グレイトフル・デッド共々無事みてぇーだな。ちょっと安心したぜ」

 

「なーに言ってるんだか。ちょっとどころじゃないでしょ? さっき台所で見つけた時はあんなに「俺は仲間の元へ水を持って行かないと」って焦ってたくせに〜〜」

 

「う、うるせーぞ、村沙! 口挟んでんじゃあねェ!」

 

 村沙水蜜とリトル・フィートだ。2人はゆっくり降下し、マン・イン・ザ・ミラーの前に立つ。村沙はチラリと辺りを見回すと、気絶している白蓮と響子を助け起こしに向かった。リトル・フィートたちもボロボロになって耐えていたグレイトフル・デッドを介抱しに行く。

 マン・イン・ザ・ミラーがリトル・フィートに聞いた限りでは、村沙はグレイトフル・デッドと同様に人里への布教をバックれていたようである。最初は近くの川にサボりに行っていたようだが、白蓮と響子の妖力が異様に変化したのを感知し、この寺へ戻って来たとのこと。白蓮たちを探して台所を覗いてみると、すぐ近くでリトル・フィートが「水……水……」と口に出しながら死にかけていたため、自身の能力で水を与えて『清め』てくれたらしい。

 その後はシビル・ウォーの弱点として、『空間』の外から倒せば問題ないと考えて空に移動。グレイトフル・デッドの近くを離れ、逃走し始めたタイミングを見計らって小さくした村沙の錨を落としたのだった。

 

「何はともあれ、3人とも無事で良かったぜ。響子の奢りでよーー、何食う?」

 

「……リトル・フィート、俺はパスだ。疲れた」

 

「あん? おいおい……じゃあ、マン・イン・ザ・ミラー。お前はどっか行きてぇところあるか?」

 

「俺もパスだ。最悪な形だったが…………俺はもう()()()()()だぜ」

 

「あぁ……そうかよ」

 

「……………………」

 

 彼らは元々、自分の本体ともう一度会いたいという一心で封獣ぬえに手を貸していた時期があった。それは結局ウソであったと判明し、終わってしまった過去であるが、彼らの気持ちが変わったかと言われればそうではない。昨日まで会いたい気持ちはずっと存在していた。

 マン・イン・ザ・ミラーが言うように、最悪の形ではあったが彼らは今日再び(まみ)えることができたのだ。取るに足らないキッカケで始まった戦いであったが、()()()()()()()()()()()良かった。覚悟をもち、誇りを取り戻すための戦い、そこにこそ価値がある。肉体を失い、魂がカケラだけになろうとも、彼らは気高き暗殺者なのだと、証明するための戦いだったのだから。

 

 

 

 

 




ようやく終わりました。
ひょっとすると、今までで一番長い戦いかもしれないですね。4話使ったので…………

次回、最後の刺客が待ち受ける。


to be continued⇒


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75.凍てつく太陽神

投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
ちょっと恋人と一悶着あって落ち込んでいました…………
最近何かと不運続きで参ってしまう……


必要なものは『極罪を犯した36名以上の魂』である

 

 

罪人の魂には強い(パワー)があるからである

 

 

____________________

 

 

 命蓮寺でシビル・ウォーが撃破されるのとほぼ同時刻。ここ、人里でもある者たちによって戦いが繰り広げられた。それは、この幻想郷にスタンドが流れ着き出してから史上最も短い戦い。戦いの当事者はキラークイーンである。戦闘は彼が住む人里西部にて起こったのだった。

 人里西部にはいわゆる留置所、牢獄のような施設がある。いくら外の世界と比べて人口が少ない幻想郷と言えど、人里は広く、また色々な人間が住んでいる。穏やかに生きる人間もいれば、罪を犯しながら生きる者だっている。西部に位置するこの牢屋は、先述の後者のような人間たちを捕まえておくためのものであるのだ。

 

 

キョオオ〜〜〜〜ン!

 

 

「うぅ……ああぁ…………」

 

「うわぁあ〜〜ん! パパーー! ママーー!」

 

 そしてその牢屋は今日、巨大な氷山へと変貌していた。

 今は冬だ。地面に霜が降りるし、水溜まりは凍る。雪も降るし、吐息だって白くなる、そんな季節だ。だが、日本は一つの建物が丸々凍結されてしまう気候では断じてない。そんなことは妖怪や妖精の力を使わねば実現することが不可能である。

 つまり、この現象は自然由来のものではなく、別の者が意図して引き起こした事態なのだ。氷の彫刻と化した牢屋と隣接する家々にも氷の魔の手が伸びており、逃げ遅れたのであろう住民たちの幾人かも体を凍らされて身動きが取れない状態にある。その中のさらに数人には、その体にまるで矢のように氷柱(つらら)が何本も刺さっていた。

 犯人の名前は『ホルス神』。アヌビス神と同じく、エジプト9栄神の一角。牢屋の前で構え、近付く者を誰であろうとも排除する。まさに地獄の門番である。

 

「グガガガ…………」

 

 ホルス神は機械か、あるいは鳥類のミイラのような首を曲げる。視線の先には10歳にも満たないような一人の少年が。側には下半身が凍りつき、肩や腹に氷柱を貫かれた大人の男もいる。どうやら少年の父親であろう。もはや虫の息となっている男に(すが)りつき、泣き声を上げている。

 ホルス神は体に生えた幾本もの腕から氷柱を生み出す。標的は必ず仕留めるのだ。邪魔になるのであれば老人だろうが子供だろうが、男も女も関係無く殺す。この無慈悲こそが、彼の忠誠心の証である。

 

 

シャコン シャコン! ビシビシッ

 

 

「…………」

 

「うぅ……ヒ、ヒィィーーッ!」

 

「か、一真(かずま)……逃げなさい…………お父さんとお母さんはもうダメだ……お前だけでも生きるんだ……」

 

「嫌だよぉ! 一緒に逃げようよ、お父さん!」

 

「バカなことを言っているんじゃあない! 早くしろ…………攻撃が……く、来るッ!」

 

 父親の近くには体中に氷柱が突き刺さって絶命している女性もいる。彼女こそが少年、一真の母親だ。ホルス神の攻撃から一真を庇って死んだのだ。

 父親も、現在の負傷状況を考えて自分も長くはないと悟っている。だが、まだ五体満足である一真だけであれば逃がせるだろう。そう考える。しかし、一真はまだ少年だ。親離れも済んでいない。ボロボロになった親を置いて逃げるなど、とても難しい話である。ホルス神はそんな少年の都合など弁えることはないのだが。

 

「ガガガガッ! ガガガッ」

 

 

ドン! ドン! ドバッ ドウッ

 

 

「う、うわああああぁあああ!!」

 

「撃ってきたッ…………! か、一真ァーーーーッ!」

 

 

ドゴォオ〜〜〜〜ン!

 

 

「…………!」

 

「あ、あれ…………外した……?」

 

 ホルス神が発射した4本の氷柱のミサイルは、2人目掛けて突撃…………したかと思われたが、その着弾地点は彼らの背後にある家屋であった。親子はホルス神が攻撃を外してしまったのかと思うが、そんなことはない。ホルス神は、自分の標的に攻撃を見事ヒットさせた。土埃の中から、バキバキと瓦礫をどかす音が聴こえる。シルエットも徐々に浮かび上がってきた。

 

「うぐっ…………バ、バレていたのかッ……!」

 

「ああッ! あ、あなたは…………もしや、キラークイーンさんではないか!?」

 

「!」

 

 崩れ始める木造家屋から転がり出てきたのは、なんとキラークイーン。彼は中に居たのではなく、建物の陰にいた。出掛けてからその帰宅途中、家を出た頃には無かった氷山が突如として現れていたため、彼は一連の出来事を陰から観察していたのだ。

 キラークイーンはバレていないと思っていたが、ホルス神にはバレていたようである。ホルス神の本体はハヤブサである。エジプトでは狩猟にも使われ、その脅威的な視力は『ウジャト』と呼ばれて重宝された。ホルス神にもあるのだ。数km先にいる虫をも見つける、栄光と幸福の狩人の目が。

 

「キ、キラークイーンさん! あなたの噂や活躍の方はかねがね聞いております! どうか、どうか私どもの息子を守ってもらえないでしょうか!?」

 

「なにっ…………!?」

 

「お、お父さん!」

 

「あなたは今まで、様々な敵を討ち破ってきたと存じております。数ヶ月前のカビの事件の犯人、その前では人喰いネズミを。果敢にも、敵に操られていた妖夢さんとも一戦交えたのだとか! どうかお願いです! あの敵も倒していただけないでしょうか!」

 

「ッ…………!」

 

 その願いを聞いたからといって、何か見返りがあるわけではない。元気に喋っているがこの男、脇腹に氷柱が刺さっているのだ。きっと今、残された力をキラークイーンに対する願いごとに消費しているのだろうと、キラークイーンは心の中で思う。

 願い下げだ。ホルス神の姿からして、自分だけなら走って逃げることができるだろう。氷で自分の体を支えているので、そもそも動くことすらできないと思われる。だが、やつは遠距離攻撃を可能とする。父親の言う通りにしたところで、子供の方は父親も連れて行くと言い出すはずだ。そんな風にもたついていれば、全員まとめて氷柱に串刺しにされる。かと言って、戦うつもりも無かった。誰かのために命を懸けるなど、キラークイーンからしてみれば理解できない滑稽極まる行動。そしてこの男の、自分の都合だけを喋る様子も気に食わない。

 

「一真、お前は、早く逃げるんだ。キラークイーンさんのお邪魔になってはいけない。家へ帰るんだ」

 

「!」

 

「お、お父さん……? 置いてなんか行けないよ!」

 

「お父さんはもう少ししたら行くからな。安心するんだ。キラークイーンさんがいれば大丈夫さ」

 

「……………………」

 

「さぁ、行くんだ!」

 

「う、うん! 絶対戻って来て!」

 

 一真はキラークイーンと父親に背を向け、ホルス神のいる方向とは逆向きに通りを走って行った。

 取り残されたキラークイーンはその場でずっと静止している。父親は先程まで大きな声で話していたため、今は体力の消耗が原因で肩で息をしている。父親からの願いを託されたキラークイーンであるが、彼の鋭い、向けられただけで小動物を殺してしまいそうな目は、父親の方へと向けられていた。

 

「感動的な別れだな…………親子の絆というものかね」

 

「フフ。ええ。あなたがいらっしゃらなければ、我々は希望を捨てていた。本当に良かったです…………このケガですが、まだなんとか()()()()ですよ。それでも動けないので、あの敵は任せましたよ」

 

「………………」

 

「敵を倒したら、今度は私を診療所へ連れて行ってください。もしくは、ここで応急処置を…………」

 

 

ガシィィ!

 

 

「うぅ!?」

 

「君…………私を一体何だと思っているんだ?」

 

 キラークイーンは父親の襟を掴み上げ、強い威圧感を与える。思わず怯んだ男は、キラークイーンの勢いに負けて目と目を合わせることができない。

 「ふざけるな」、とキラークイーンは目で訴える。この男はおそらく、いや間違いなく、キラークイーンのことを英雄か何かだと思っている。そうやって吹き込んだやつがいるのだろうが、それ以前に、この男は自分たちの都合だけを押し付ける人間だ。

 キラークイーンがそれを言えた立場ではないが、この男と全く違う部分が一つある。力をもっているかどうか。自分のものではない力に頼り、自分の都合を優先する。それを悪いことだろうとも思わずに。

 

「自分の勝手な都合をベラベラと……自分や自分の妻をこんな目に合わせたやつに一矢報いたい、とでも言うつもりなのか? 私をけしかけて」

 

「ヒ、ヒィィ! な、何を……!」

 

「私はスティッキィ・フィンガーズとは違う。あんなやつと一緒にしないでほしいものだ。あの敵スタンドを倒したいというのなら、()()()()()どうにかしろ。だがまぁ、私の帰路でもあるから、殺すのは私だがね」

 

 

バキバキ……ビギッ バキッ!

 

 

「うわああ!?」

 

「そこにいるのが君の妻だな? とっくに死んでるが……まぁ、構わんだろう。君の理想に付き合えるんだからな…………」

 

「わ、私たちで一体何をする気なんですかァァーー!? 私と妻を連れてどうしようと!?」

 

 キラークイーンは氷の中から父親を引っ張り出し、死んでいる母親も服を引っ張って持ち上げる。右手に父親を、左手に大量に氷柱が突き刺さっている母親を持ち、キラークイーンはホルス神を見やった。

 ホルス神が今までのやり取りの中で一切攻撃してこなかったのは、キラークイーンがこの場から逃げる可能性を感じ取っていたからだ。ホルス神には分かっていた。しかし、キラークイーンは結局反対の選択肢を選んだ。であるならば、牢屋の罪人たちを捕まえるよう命令された以上、牢屋に近付く者、自分の邪魔をする者は徹底的に排除しなくてはならない。忠誠を誓った主君のため。

 ホルス神は臨戦態勢へと移行する。合計6本の手にスタンドパワーを込め、再び氷柱群を生成する。狙いはキラークイーン。人間2人は何のために掴まれているのか、それはホルス神には関係無い。殺して終わらせるまでだ。

 

「キョオオ〜〜〜〜ン!!」

 

「来るか……」

 

「キラークイーンさん! 何をォーーーーッ!?」

 

 キラークイーンは今にも氷柱を発射せんとしているホルス神目掛けて、地面を渾身の力で蹴飛ばし走り出す。ホルス神はそれを認識すると、いよいよ氷柱のミサイルを撃ち出した。

 迫る氷柱群。キラークイーンとの距離はどんどん縮まる。しかもホーミング性能まであるらしい。全弾、キラークイーンの頭部、(存在するかは分からないが)心臓部に向かって突進して来る。だが、焦ることなど無い。今のキラークイーンには『盾』があるのだから。

 

「うわぁあああアアァァァーーーーッ!!!」

 

 

ドォウッ バゴン バゴン! ドガァン!

 

 

「ぶがッ」

 

 氷柱が当たる直前、キラークイーンは手に持っていた2人を前方に構え、その肉壁を以ってして攻撃を防いだ。しかし、氷柱の攻撃は木造家屋を破壊するほどの威力をもっている。一次の攻撃を防いだ時点で母親と父親、2人の体はバラバラに吹っ飛び、キラークイーンは丸腰になってしまった。赤い血溜まりとなって地面に落ちた肉片は小さすぎてもはや使いものにならない。

 

「だが、次の攻撃のための生成(リロード)の時間はあるだろう?」

 

 キラークイーンは何も思わない。悪いとも、悲しいとも思わない。自分に関わらなければ、助けなど求めなければ()()はならなかった。呪うならば自分に力が無かったことだ。それが彼の持論である。

 キラークイーンの推測通り、ホルス神の氷柱弾は生成に数秒の時間を要する。短い腕の先の手の中に氷柱を生み出すか、あるいは空中に顕現させるか。破壊力は凄まじいが、唯一の隙というように存在するこの時間、この一瞬こそが間が勝負の鍵である。この間にホルス神との距離を縮め、一撃叩き込まなければ。そうすれば、やつを爆弾に変え、スイッチを押すだけでいい。一度でも手で触れれば、キラークイーンの勝ちである。

 しかし…………

 

 

ビギビギ……ビシッ ビシッ

 

 

「! こ、これは……………」

 

「グガガガガッ、ガガガッ!」

 

「私の足が氷に…………氷柱と一緒に氷に地面を這わせたのかッ! 私の足の動きを止めるために!」

 

 キラークイーンの動きは止まる。彼の足には氷が纏わりついており、それはホルス神の足元付近から伸びて来ている。まるで長野県の諏訪湖で見られる『御神渡(おみわた)り』のようだ。唯一の違いと言えば、神々しさのカケラも無く、逆にキラークイーンの命すらも凍りつかせ、奪い去ってしまいそうなほどの危なさがひしひしと伝わってくるぐらいか。

 だが、キラークイーンは近接パワー型スタンドだ。その例に漏れず、格闘が不得意なだけでクレイジー・ダイヤモンドやスタープラチナに次ぐほどのパワーならもっている。この程度の拘束、すぐに解いてみせよう。()()キラークイーンならば尚更、無理矢理振り解くことができるのだから。

 

「この程度の氷で、私の動きを止められると思ったのかね? 無駄なことだが…………私はこれまでの幻想郷での戦いの中で様々なことを学んだ。今からそれを、少しだけ体験させてあげよう」

 

「…………!」

 

「フン!」

 

 

バガァアアン!

 

 

「!!」

 

「スタンドは、感情の変化や精神の状態によってスタンドパワーが上昇する。これに気付いている者は他にもいるだろうが、これを()()()()()()()()()()しているのは、おそらく私だけだろうさ」

 

 キラークイーンの足を止めている氷は砕け、その細々とした破片は辺りへ撒き散らされる。脚のパワーだけで、氷による拘束を解いたのだ。ホルス神もこれには目を見張る。本体、ペット・ショップが生前に戦った相手(イギー)でも、この拘束から逃れるために前足を一本犠牲にしている。氷柱弾でさえも叩き割られた覚えはほとんど無い。それをこのスタンドは、パワーだけで破り去った。ホルス神は確信する。キラークイーンは間違い無く将来、自分の主の邪魔になる存在となると。

 そう考えるや否や、今度は嘴を大きく開け、口の中から先程とはひと回り大きな氷柱弾を生成し始める。それだけに留まらず、全ての腕からも氷柱が出来上がっていく。この至近距離、全て防ぎ切れるのか?

 

 

「しばッ!」

 

 

ドメシャアア!

 

 

「グガガァァッ!」

 

「多分だが、貴様、もしかして本体は人間ではないんじゃあないか? 知性はあるにはあるが、人間のそれとはどうも違う。興味深いが、私は家に帰るために貴様を狩らねばならないのだよ。私は平穏を望んでいる。邪魔者は始末して……ね」

 

 キラークイーンの拳がホルス神の右頬を叩き、その無機質な表面にヒビを入れる。口の中の氷柱はその衝撃によって粉々に砕けてしまった。ホルス神は怯み、幾本かの武器の一つを失ったのだ。

 今のキラークイーンのスタンドパワーは著しく上昇している。源となっているのは、先程の少年の父親に対する感情。それもあるだろう。しかし、キラークイーンは精神状態によって強さが変化するというスタンドの性質を、既にコントロールし始めていると言った。人間は感情を意のままに操ることはできない。怒りを生み出すにも原因が必要である。悲しみも、嬉しさもだ。

 だが、『意志』は違う。人間の精神力をさらに引き上げる要因としての『意志』。キラークイーンはホルス神に対して抱いている。必ず殺す。明確なる『殺意』をだ。

 

 

ガシッ ガシィ!

 

 

 間髪入れず、キラークイーンはホルス神の下顎と上顎を鷲掴み、ギシギシと軋ませながら口を無理矢理開かせる。嘴が掴みやすいのをいいことに、嘴を掴んだ状態で、(ふくろう)がやるように首を背後の方向へ180°近く捻らせ始めた。

 

「捕まえたぞ…………この首をそのまま、反対方向にへし折ってくれる!」

 

「ガ……ガ……ガガ…………!」

 

「フンッ!」

 

 

ボギャアアアッ!

 

 

「ギャーーーース!!」

 

「よし……いいぞ。いい破壊力(パワー)だ」

 

 ホルス神の首の力はキラークイーンの腕力に耐えきれず、遂に首が本来向くことのない背後方向へ曲げられてしまった。そのダメージはかなり大きく、手の中に出現させていた氷柱が生成途中でほとんど消滅してしまうほど。

 キラークイーンは自分自身に宿った、強化されたスタンドパワーを試して頷く。納得のいく結果を出せたようである。ホルス神は殺すつもりでキラークイーンの相手をしているが、今のキラークイーンはこれまでの彼とは違う。さらに速く、さらに力強く、さらに反応速度が上がっている。キラークイーンからすればこの戦い、もはやただの実験のようなものになっていた。

 だが、ホルス神の意志は未だ滅んでなどいない。氷柱は()()()()消えただけ。まだ一本だけ、手の中に残っている。照準はキラークイーンの顔面に合わせ、彼の意識がまだ彼自身のスタンドパワーにある今の内に…………発射!

 

 

ドォオオ〜〜ーーン!

 

 

「ニギギィ……!」

 

 硬く、本来動くことのないホルス神の嘴が歪む。嘴の端がつり上がったところを見るに、これは笑みだ。

 氷柱弾は確実にキラークイーンの顔面に着弾した。それは先程放たれた音が、現在進行形で後方へ吹っ飛んでいる彼の体が証明している。絶対に当たった。外したことなどまず有り得ない。さぁ、氷柱弾の威力に負けて吹っ飛ばされた体を地面に落とし、早く穴の空いた顔面を見せてみろ。ホルス神はキラークイーンの死に顔を拝みたくてしょうがない。楽しみで、楽しみで、楽しみで…………いよいよキラークイーンの顔がこちらへ露わになる。どうだ、風穴は空いているか……?

 

「バカな。お前の攻撃は当たらないぞ。全て、()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「見ろ。顔面スレスレのところで……キャッチしてやった。奇しくも私の顔にヒットすることはなかったな」

 

「……………ッ!!」

 

 キラークイーンには傷一つ付いていなかった。顔面に直撃する瞬間、それよりも早く手で氷柱を掴み、受け止めていたのだ。しかもただ掴んでいるだけでなく、彼が握っている部分の氷には指の跡として凸凹さえもできている。相当な力で握り締めた証だ。

 キラークイーンは氷柱を握るパワーをさらに強め、粉砕して見せる。ホルス神に見せつけるのだ。お前では私に勝てない、と。そして、もう充分に分かった。自分がこれまで確信し、身につけようとしてきたことが完全に自分のものになっていくのがよく分かる。スタンドパワーのコントロールを、キラークイーンはこの時を以って大成したのだ。

 

「礼を言わせてもらおうか。名も知らないスタンド。君はよく役に立ったよ。私の『トレーニング』にね」

 

「……!」

 

 

ズバァアア〜〜ン!

 

 

「せっかく強力な能力をもっていたんだ。もう少し、君自身の機動力があればもっと厄介だったと思うよ。つくづくそう思う…………さようなら」

 

 キラークイーンはホルス神目掛けて延髄切りを放ち、その首を切断する。攻撃を防がれ、呆然としていたホルス神は、延髄切りのあまりのスピードに対応することができなかった。それはまるで、ギロチン処刑のような厳粛さすら感じられた。この時をもち、ホルス神は幻想郷での命を失ったのである。

 地面に転がった頭部と、氷に支えられながら残された胴体部は煙を上げながら消滅を開始する。氷山も、今まで隠れていた太陽からの日光を浴び、ゆっくり、ゆっくりと解け始めるのだった。

 

 

______________________

 

 

 

「お父さん……まだ来ないのかなぁ」

 

 一真は一人、家の中にいた。キラークイーンや自分の父親から別れておよそ20分。父親の言いつけ通り、彼はどこにも寄り道をせず、道草も食わず、家まで一直線に帰った。「必ず帰る」と父親は少年と約束したのだから、少年は家に居なくてはならないのだ。自分こそ、父親が帰って来る場所だからだ。

 ただでさえ寒いというのに、ホルス神の影響を受けて一真はすっかり凍えてしまっていた。彼は心の底から欲している。自分の冷めきってしまった体を温めるものを。温かい、家族とのひと時を。母親はきっともう戻っては来ない。では、父親だ。何としてでも帰ってきてほしい。一真は祈り続ける。

 

 

トントン!

 

 

「! お父さん……?」

 

 突如、家の戸が誰かにノックされた。今日家から出発する際、両親は来客があることを言っていなかった。ということは、このノックの主は知り合いの人間ではない。友だちでもないだろう。きっと大きな声で自分の名前を呼び出すはずだ。

 ならば…………もしかして…………

 

「お、お父さん!」

 

 一真は急いで立ち上がり、戸の方へと駆け出す。きっとそうだ。そうに違いない。ノックの主が自分の父親だと断定できるものは何一つ無いが、一真が戸の前に立っているのは父親だと信じて疑わなかった。それはおそらく、彼自身が誰よりも父親であることを望み、父親に希望を見出していたからであろう。

 戸が開かないように固定するための板を外し、一真は取手に手を掛ける。そして、戸を勢いよくスライドさせた。

 

 

「やぁ。ここが君たちの家かね。もう空き家になるが」

 

 

 

カチッ

 

 

 

 音は無かった。光も、煙も、出ることはなかった。

 一真の体は一瞬にして灰となり、冬の北風が吹きつけた箇所からボロボロと崩れ去っていく。()()()()()灰は風と一体となり、幻想郷のどこかへと飛ばされる。

 危険因子は一人たりとも生かしてはおけない。自分が助けるはずだった一真の父親。彼が死んだとなれば、生き残った一真が何を皆に言いふらすか分かったものではない。もしかしたら、「キラークイーンが父親を殺した」と言う可能性だってある。だから殺した。女も子どもも関係無く、愛しき本体吉良吉影は杜王町であらゆる者を葬ってきた。躊躇など、あるはずもない。

 死んだ人間は地獄か、あるいは冥界へ行く。キラークイーンとしては、一真の殺害には「死んだ父親と母親に会わせてやった」という理由づけも存在していた。だがキラークイーンは知らない。自分が手を下した人間は、その魂すらも一片残らず爆破、消え去ってしまうということを。

 

 

____________________

 

 

 同時刻。幻想郷のどこかの森の中。歯をギリギリと噛み締め、表情筋全体を強ばらせたホワイトスネイクの姿があった。

 彼は猛烈に焦っているのだ。自分が幻想郷各地に放った刺客たちが、全員撃破されてしまったためである。スタンドに、幻想郷の住民に。敵が数多く存在していることは予想はしていた。だが、想像以上であった。刺客たちが何の成果も上げられなかったのは予想だにしていなかった。

 ホワイトスネイクの手には童話、桃太郎の絵本があった。桃から生まれた桃太郎が、悪さをする鬼たちを倒すために鬼ヶ島に乗り込む話。おそらく、日本で最も有名な昔話だろう。そんな桃太郎の絵本を、目の前でニヤニヤしているピノキオに見せつけながらホワイトスネイクは彼に言う。

 

「ピノキオ、いよいよお前に命令を与える」

 

「おお! ついに僕の出番なんだね! 楽しみだな〜〜。僕は何をするんだい? もしかして、人里の子どもたちを笑顔にするとか!」

 

「…………17……19……23」

 

 ピノキオが喋り始めると、ホワイトスネイクは言葉を出しかけた口を紡いだ。代わりとして、彼は唐突に素数を数え始める。素数は自分と1でしか割り切れない孤独な数字であり、どうやらそれらを数えることは彼にとってパワーとなるようである。つまり、今はピノキオの話に付き合っていられるほど、時間と心の余裕が無いのだ。ピノキオの言葉が止まると同時に、ホワイトスネイクはつぐんだ口を再び開く。

 

「いいか、ピノキオ。これから我々は地底へと向かう。『生まれたもの』を直々に回収しに行くのだ。お前の役割は、その間に幻想郷の敵勢力を消し去ることだ」

 

「ええーー! 消し去るだって!? 純粋無垢な子どもたちまで!?」

 

「お前に宿る『能力』であれば可能だ…………そのスタンド能力の本体は未だ生きているが、己の人生と運命に絶望するあまり、スタンドパワーと精神力が著しく弱まってしまった。その一部が、お前に引き継がれている」

 

「うんうん。それを、僕が使えばいいんだね」

 

「その通りだ。たとえ一部だけであっても、その能力は幻想郷全域にはたらきかけるにちがいない。お前が発現させるのだ。ボヘミアン・ラプソディーを!」

 

 

 




キラークイーンの強化回でもありましたね。
続、悪夢が始まる。


to be continued⇒


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76.自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー) 〜空想英雄の異変〜

一日に2度の投稿というのも久しぶりですね……


 シビル・ウォー、ホルス神との戦いから一夜明け、魔法の森にある霧雨魔法店ではスタンドたちの襲撃事件など微塵も知らない霧雨魔理沙が茶を啜っていた。魔法の実験をしていたが、どうにも思うようにいかず、彼女は一旦休憩時間を取っていたのだ。カウンターの奥にあるロッキングチェアで揺れていると、店のドアを何者かにノックされる。

 

「……うん? 客か?」

 

 時刻は午前10時。人がやって来ても何らおかしくない時間帯である。魔理沙たちの家計にはあまり関わっていない店の売り上げではあるが、せっかくやって来たのだから逃がすのは勿体無い。貰えるのなら病気以外何でも貰おう。

 魔理沙はロッキングチェアから降り、叩かれたドアへと歩いていく。ドアを開いてみれば、そこには黒いローブを着た老婆が立っていた。腰が曲がり、身長はなんと魔理沙よりも少し低い。杖も持っている。彼女は見るからにヨボヨボで、ちょっと触っただけで大怪我をしてしまうのではないか、というぐらい老けていた。

 

「えぇーーと…………いらっしゃいませ……? 婆さん、何か用?」

 

「おや……ここはお店だったのかえ? すみませんねぇ、よく分からないままここへ来てしまったもんで」

 

「ふーーん……いや、構わないぜ。そうだ。婆さん、もしかして外来人か?」

 

「外来人? はて、何のことやら……」

 

「あぁ、いや。何でもないぜ」

(『外来人』を知らないとなると…………)

 

 外来人というワードを知らない。ということは、十中八九この老婆は幻想郷の外から来たのであろう。いくら魔法店が魔法の森の入り口付近にあるとは言え、こんなにも体の弱そうな老人が歩いて来れただけでも中々すごいことだ。

 外来人相手では商売はしづらいだろうと思う魔理沙は、内心面倒くさがりながらも博麗神社へと老婆を連れて行くことを考える。箒から落ちないようにしっかり支え、スピードも落とす必要がある。魔理沙はドアの横に立て掛けていた箒を手に取ると、老婆へと向き直った。

 すると次の瞬間、老婆は先程まで杖しか持っていなかったというのに、魔理沙が再び視界に収めた時には、何か別の物体を両腕で抱えていた。木でできた、老婆の胴体とほぼ同じ大きさの物だ。

 

「あぁ、お嬢さん。突然で申し訳ないけどねぇ、私ねこれをちょっと持て余していてね。なに、壊れてはいないよ。ちょっと引き取ってほしいんだ。この糸車をさ」

 

「は? 何だって? 糸車?」

 

「そうだよ。見たことないかい? この車輪部分とこっちの出っ張りに繊維を引っ掛けてね、糸を作るのさ。お嬢ちゃん、裁縫はできるかね?」

 

「できないことはないけどよーー…………私はしないな。同居人にしてもらってるから。そんなことよりも……」

 

「あぁ、そうかい。それじゃあ、この糸車をお嬢ちゃんの同居人さんに渡しといてくれないかい? きっと使うだろうし、喜ぶだろうよ」

 

「あぁ? お、おい! 無理矢理押し付けるなって!」

 

 老婆は抱えていた糸車を放り投げるようにして魔理沙へ押し付けると、杖を突く老人とは思えないスピードで彼女から離れる。走ったというわけでなく、滑るようにして動いた。魔理沙はそれを見た瞬間、老婆がただの年老いた人間ではないと考えた。何か力をもった、おそらくは同業者(魔女)

 

「頼んだからね! その糸車、お前さんにやるよ! ヒェヒェヒェヒェヒェ!」

 

「お、重っ……!? おいこらッ、待てババァ! 何が目的だァ!?」

 

 思わず糸車を受け取ってしまった魔理沙だが、そのあまりの重さに驚愕する。これを担いだままでは老婆に追いつくことはできない。せめて箒に跨った状態で追わなくては。魔理沙は先程咄嗟に手放してしまった箒を魔法で空中に浮かび上がらせ、老婆を追跡する準備を整える。しかし、彼女が気付いた時には既に老婆の姿は消えてしまっていた。

 

「くそ……わけ分からんぜ……糸車は重いしよぉ〜〜。あの婆さん、今度会ったら絶対とっちめてやる!」

 

 何が何だかよく分からない。化け狸が化かしに来たのだろうか。老婆の正体、老婆の目的は結局分からずじまい。モヤモヤとする気持ちと糸車だけが残され、魔理沙はため息を吐きながら魔法店の中へと戻るのだった。もちろん、糸車はしっかり貰ってだ。

 

 

 

 そして数分後、再び魔法店に訪れる者が現れた。いや、彼らは帰って来た者と言った方が正しいに違いない。やって来た人数は2人、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)である。

 魔法店には灯油式ストーブがある。寒い冬のために河童たちに作ってもらったのだ。魔法店の2階にはベッドが2つあるのだが、魔法店に住んでいるのは3人。ベッドの数をオーバーしている。3人のうち残る一人は魔理沙のロッキングチェアで我慢しているわけだが、これがまた寒いのだ。そういうことで、ロッキングチェアで眠る者のためにストーブが作られたのである。いや、「作らせた」が合っているだろう。2人はストーブに使う灯油を、河童たちがいる玄武の沢まで取りに行っていたのだ。

 

「よォーー、帰ったぜ。魔理沙。これでストーブもまたしばらく使えるな」

 

「ただいま、魔理沙。さっき森の中で変わった老婆がいたが、知り合いか? 店の方から進んできていたが……」

 

 口々に話しかけるスタンド2人。灯油の入ったケースを持ったまま2人が魔法店に入ると、カウンター前で魔理沙が背中を向けて立っていた。カウンターの上には出発前には存在していなかった、古めかしい糸車が置いてある。チャリオッツとハイエロファントはその変化に気付き、魔理沙にその糸車について聞こうとした。

 だが、もう一つ。2人はある変化に気付く。それはこちらへ背を向ける魔理沙のことについてだ。この魔理沙、やけに背が高くないか?

 

「……ハイエロファント、気付いたか? 魔理沙のやつ……」

 

「ああ。気付いてる。魔理沙、一度こちらへ振り向いてくれないか? 今日の君はどこか変だ。僕らが知ってる魔理沙よりも、君はいささか背が高い気がする」

 

「……ハ、ハイエロファント……」

 

「……!」

(声は魔理沙のものだ……だが、確実に身長は違う。どうなっているんだ?)

 

「ま、魔理沙、一旦こっちを振り向いてくれ。なんか……今気付いたんだが、髪の質もいつもと違くないか……?」

 

 いつもより背が高くなっている他、チャリオッツは魔理沙の髪質もいつもと違うことに気付いた。長い分少し手入れの行き届いていない部分があるようで、いつもの魔理沙の髪は少しパサつきがあるのだ。しかし、今の彼女の髪にはそれが一切無いように見え、まるでベールのように滑らかに揺れている。

 ツヤもあるし、心なしか色さえも変化している様に見える。本当に金色、という感じであった彼女の髪は、クリーム色へと変わっていたのだ。

 

「あ、あの婆さんのせいだ…………」

 

「何だって?」

 

「私が糸車を貰ってからこうなった…………わ、私の体、一体どうなってるんだよォォーーーーッ!!」

 

「えッ!?」

 

「なッ……! お、お前魔理沙か!? いつの間にそ、そんな美人になったんだ……!? ディズニーのプリンセスみてぇーだぞ!?」

 

 振り返った魔理沙は、たった今チャリオッツが言った通りの姿へと変貌してしまっていた。背は高くなり、元々色白ではあった肌がさらに白くなり、唇もぷっくりとしてとても柔らかそうである。体は明らかに成長しているため、彼女の普段着はパツパツだ。元々の魔理沙の顔の面影は残っているものの、その顔は確かに美女としか呼べないような美しいものである。今人里へ出かければ、数々の男が言い寄って来るに違いない。

 魔理沙は自分に起こった異変の原因が何であるか、既に大方の予想はついていた。あの老婆から貰った糸車だ。あれを受け取った直後から、このおかしな現象が始まった。

 

「ハイエロファント! お前さっき老婆に会ったって言ってたよな!? そいつ、どこへ向かったんだ!?」

 

「お、落ち着くんだ魔理沙! そうなった原因が分かっているのか? 敵はスタンドなのか?」

 

「スタンドか妖怪かなんて分かんねぇよ! とにかく、あの婆さんが原因だ。あいつにこの糸車を押しつけられて、そこからこうなっちまった!」

 

「チャリオッツ、どうだ?」

 

「いいや、この糸車にスタンドエネルギーは感じられないぜ。犯人は多分妖怪だ」

 

 チャリオッツは糸車に手を置いて答える。魔法店の前にも残存エネルギーは感じられなかったし、ハイエロファントと共に帰って来る時に会ったら老婆かはもスタンドエネルギーは感じられなかった。老婆の正体がスタンド、スタンド使いであるという線は消えたわけだ。

 魔理沙はこの現象を止めるため、さっそく箒を掴んで老婆の元へ飛び発つ準備をする。ハイエロファントとチャリオッツも魔理沙の行動を見て頷き合い、同じようにして準備を始めた。

 だが、これだけでは終わらない。魔理沙の姿が変わるだけで、この現象が終わるわけではない。未だ『前奏』に過ぎないのだから。

 

「おいおい、さっきから騒いだりしてどーしたんだよ? チャリオッツたち帰ってたのか!」

 

「え!?」

 

「何!?」

 

「ハァ!?」

 

「……? な、何だよ……そんなビックリした顔してよ。私の顔に何か変なのでも付いてるのか?」

 

「お前…………ま……ま……」

 

「ど、どーなってんだよ……私が……」

 

「魔理沙が……2人…………だと……?」

 

 天井から足音が聴こえたと思えば、2階へ続く階段から音の主が姿を現す。それはなんと、ハイエロファントたちがよく知る霧雨魔理沙であった。

 そんなバカな。魔理沙は今、ハイエロファントの横にいる。チャリオッツの前にいる。2階にいるはずがない。何より、2人も存在しているはずがない。しかも、階段にいる魔理沙からは体が変化している魔理沙のことも見えているだろうに、2人目の魔理沙は全く取り乱していない。まるで、一人目の魔理沙が目に見えていないようだ。

 

「なぁ、本当にどうしたんだよ。2人して……」

 

「そこを動くんじゃあねェーーッ! そこで止まれッ!」

 

「うおっ!? な、何だよチャリオッツ! 私が何かしたかァ!? 2階で魔法の研究してただけだぜ! お前らが玄武の沢に行く前に伝えただろ!?」

 

「………………」

(階段にいる魔理沙からスタンドエネルギーは感じられない……まさか妖怪か……? いや、だとしてもなぜ本物が近くにいるのに成り代わったんだ……? バレる可能性が高いのに……)

 

「魔理沙、俺の後ろにいる女が見えてるか? お前にそっくりで、全く同じ服装の女だ!」

 

「お、女だぁ? そんなもん、全然見えないぞ!」

 

「な、何ィ〜〜!?」

 

 2人目の魔理沙からは一人目の魔理沙は全く観測できていないようである。チャリオッツは階段にいる方の魔理沙を未だ疑っているが、ハイエロファントはそうではない。一人目の魔理沙からは2人目の魔理沙が見えているようで、彼女は目を丸くしている。

 明らかに普通ではない状況。ハイエロファントは考える。魔理沙が言っていたように、おそらく犯人は老婆であろう。だが、魔理沙の体が変化していくことと魔理沙が2人になることはまるで関連性が無いように見える。相手の正体は? 目的は? どうやってこの現象を解決するか?

 

「だからよォ、ここにお前に似た女がいるって言ってんだぜ! ほら、こっち来い!」

 

「い、痛ぇって! 引っ張るなよチャリオッツ!」

 

「ハイエロファント、出会っても死なないってことはドッペルゲンガーじゃあないみたいだぜ」

 

「あぁ。僕もドッペルゲンガーかと思ったが、その線は消えたな。なぁ、魔理沙。魔理沙のことは触れるか?」

 

「はぁ? おいおいハイエロファント。お前まで何言ってんだよ。おかしなものでも食べたのかぁ?」

 

「私が触ればいいのか? こっちの私に」

 

「あ、あぁ。その……2階にいた方の魔理沙に言ったんだ。チャリオッツがさっきから指を差してる場所に触ってみてくれないか?」

 

「…………はぁ。分かったよ……それで気が済むんなら、そうしてやるさ」

 

 チャリオッツに腕を引っ張られてきた、2人目の魔理沙は目に見えない一人目の魔理沙へ手を伸ばす。元々の身長より高くなっているため、背の高くなったら方の魔理沙へ伸ばされた腕は彼女のちょうど胸部分へと向かう。そして、いよいよ互いの体が触れ合った。

 すると…………

 

「ん……お、おぉ!? 戻ったぞ! 体が戻ったッ!」

 

 2人の魔理沙の体はほんの一瞬の内に、本来の一人の魔理沙に戻った。たった一度の瞬きの間に、思いの外あっさりと。サラサラになり、色さえも変わっていた髪は元々の髪質に。大人らしい美しさを得ていた顔は、本来の子どもっぽい可愛らしい顔に変わった。服もちゃんと体の大きさに対していい具合にフィットしている。

 結局老婆をどうにかすることはなかったものの、魔理沙が元に戻ったことで異変は解決してしまった。ほんの少し消化不良な感じもするが、ハッピーエンドであることに変わりない。その上でチャリオッツは

 

「なんだ。あっさりだったな。よく分からないまま終わっちまったけどよォーー。どうすんだ? 魔理沙。あの婆さんを追うのか?」

 

「あぁ。当たり前だ! 絶対ゆるさねーからな。あのババア!」

 

「糸車はどうする? これは一応破壊していくかい?」

 

「もちろん破壊するぜ。また厄介なことになったら面倒だしな。後から糸車が何だったのか聞き出すさ。あいつを放っておいたら、色んなやつが2人になったり形が変わったりで大混乱になる。行くぞ。2人とも!」

 

『あぁ!!』

 

 チャリオッツがレイピアで糸車をバラバラに切り刻むと、それを合図に魔理沙たちは外へと飛び出す。そして空中へ上昇し、ハイエロファントから教えてもらった老婆が去って行った方角へと向き直る。それは確かに、ずっと真っ直ぐに行けば人里へぶつかる方角であった。

 チャリオッツとハイエロファントも魔理沙に続いて空へ上がってくる。2人は魔理沙のタイミングでそちらへ向かうと決めていたため、彼女を挟むようにして空中で静止し、彼女の動き出しを待つ。

 だが、魔理沙が動こうとすることはなかった。また少し様子がおかしい。ハイエロファントが魔理沙に声を掛けようと、彼女の顔を覗き込んだその時だった。

 3人を、大きな影が覆った。魔理沙はずっと()()に気付いていたようであった。自分たちよりも、さらに上空を行くその船に。

 

「な、何だァ!? そとに飛び出してみりゃあ…………一体何が飛んでるんだッ!?」

 

「船だ……巨大な船! まさか、この前の異変の……!?」

 

「い、いや、あれはこの前の『星輦船』じゃあねぇッ……! もっとでっけぇ船だ……本でしか見たことないぜ、あんなの! まるで、『ピーター・パン』の海賊船じゃあねぇか!」

 

 彼らのはるか上空を飛行していたのは巨大な帆船。船首からは巨大な柱が伸び、船尾には乗組員の部屋があるのだろう。窓などが見える。マストの上に掲げられた黒い旗の中央には、真っ白いドクロが描かれていた。

 魔理沙が言ったように、この船は『ピーター・パン』に出てくる海賊、フック船長の海賊船であった。

 

 

 

____________________

 

 

 

「ねぇ、パチュリー。こっちの本も絵が載ってないよ〜〜。私絵がちょっとでもないと本を読めないのよ?」

 

「そんなこと言われてもねぇ、フラン。絵が載ってないんだったらしょうがないわよ。絵が無いとどうしても読みたくないなら、読むことを諦めなさい」

 

「でもこの前読んだ時には絵があったんだってば! ちゃんと見た覚えあるもの。『不思議の国のアリス』よ! パチュリーだって知ってるでしょ?」

 

 場所は変わって紅魔館。その大図書館にて、テーブルに大量の本を山積みにしている金髪の少女がいた。フランドール・スカーレットである。彼女は自分と仲の良いクリームに、自分が気に入っている本である『不思議の国のアリス』を見せたいと思っていた。

 しかし、彼女が以前読んだと思われる本がどこにも無いのだ。確かに字は多かったものの、一つも挿絵が無い本ではなかった。だが、彼女が本棚から持ち出した全ての本には挿絵が一つも存在しない。『不思議の国のアリス』だけでなく、全ての本にだ。『ピーター・パン』、『眠れる森の姫』、『ハーメルンの笛吹き男』、『妖精騎士(エルフィン・ナイト)』……全ての物語の本に、一つの挿絵も存在しなかった。

 

「全部に無いのよ! イラストが一つも!」

 

「だから……そんなこと私に言われても困るんだってば。私は元々、そういう物語の本は読まないから分からないわ。内容だけよ。覚えてるのは」

 

「む〜〜」

 

「でも、いいんじゃあない? イラストが無い方が、案外想像力とか培われるって言うし」

 

「そうは言っても、答え合わせができなかったら意味がないわ。イラストは必要よ」

 

 

『そうそう。イラストがあった方がね、アタシたちの姿がよく分かるんだよォ〜〜。創作者が与えてくれた、アタシたちの姿形がね』

 

 

『!!』

 

 突如、何者かが2人の会話に乱入する。パチュリーとフランは辺りを見回すが、それらしき人影は無い。声の感じからは男か女かすらも分からなかった。なんとも掴みどころの無い声質であった。

 2人が警戒していると、テーブルに置いてある蝋燭の明かりの中に、ゆらりと揺れるものが現れる。太く、長く、しなやかに動く何かだ。フランはゆっくりとその物体がある方へ振り向く。本棚の一段目からゆっくり、ゆっくりと視線を上へと上げていく。本棚の最上段に、それはいた。奇妙な動物が乗っていた。紫色とピンク色の縦縞模様がある、丸々としたネコのような動物。人間のような口ではにかみ、ニヤニヤしながらパチュリーとフランを見下ろしていた。

 

「な! あ、あなたは!? いつからそこにいるの!?」

 

『おやおや。私と同じく紫色のお嬢さん。こんにちは。いつから、と言われてもね。()()()()()()()()よ。この大図書館ができた頃ぐらいからね』

 

「う、嘘を言わないで! この図書館は私のものよ。私はあなたのことなんか少しも知らないわ」

 

『いんや〜〜? お嬢さん、君はアタシのことを知っているよ。そこの、金髪のもっと小さなお嬢さんは気付いたみたいだね。アタシが何なのか』

 

「何ですって……?」

 

「『チェシャ猫』だよ……パチュリー。『不思議の国のアリス』に出てくるネコよ…………」

 

「!?」

 

 チェシャ猫は「その通り」と頷く。そして長い尻尾で自分の頭を撫でると、目の上に乗っかっていた眉毛のようなものをシールのように引き剥がし、帽子を取って挨拶をする紳士のように一礼した。

 フランとパチュリーは何が起こっているのか全く理解できずにいた。なぜ、創作物のキャラクターが目の前にいるのか。話しかけてくるのか。フランに関しては、いくらそれが好きな作品のキャラクターであろうが現実では全然喜べない。困惑の方が大きかった。

 チェシャ猫はニヤリと笑い、2人へ言う。2()()()()分裂し始めていたフランとパチュリーに言うのだった。

 

『お嬢さんたち。我々のことを好きでいてくれてお礼を言うよ。とても嬉しい。でもね、悲しいかな。それが逆に、君たちの命に危険を及ぼしてしまうんだ。我々のことを()()()()()()()…………ほら、魂と肉体が分離し始めたぞ。肉体は魂を失い、そして魂は我々のストーリーに引っ張られるのだ。これが、『ファンタジー・ヒーロー事件』さ』

 

 

 

 




久しぶりに書くので、ちょっとリハビリが必要な気もします……

to be continued⇒


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77.自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー) 〜蘇る龍神伝説〜

JOJO magazineの発売ももう少しです。
みなさん予約はしましたでしょうか?
もちろん、私はしました。楽しみだな〜


「何だ!? 一体何が起こっているんだ!?」

 

 人里の真ん中で声を荒げる女性がいる。半人半妖の上白沢彗音だ。今、彼女の目に映っているものは人里のいつもの日常ではない。非日常、いや事件、いや阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 あっちでは頭に尖った突起のある少年の姿のロボットが飛んでいる。こっちでは赤と青のスーツを着て、手から蜘蛛の糸を伸ばしてスイングしている者がいる。向こうには麦わら帽子を被った青年が手足を伸び縮みさせ、体がバラバラになるピエロのような男と戦っている。その余波で、そこかしこで爆発が起こっていた。

 秋頃に甚大な被害を及ぼしたカビの異変どころではない。どれだけ混乱しているかで比べるならば、今この時に起こっていることの方が圧倒的に上であった。

 

「うわあああ!!」「ヒィィーーッ!」

「た、助けてェーーッ!」「ギャァァアッ」

 

 口々に悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。そんな彼らを後ろから追いかけるのは、真っ白く四角い鎧のような物を着込んだ兵隊たちだった。手には槍や剣を持ち、武装している。また、彼らの身に着ける長方形の真ん中には個人によって違うものの、黒色か赤色のハート、スペード、ダイヤ、クローバーといったトランプのスートが刻まれていた。

 

「行けェ! 我が兵士たちよ! このハートの女王の力を、愚かなる平民どもに見せてつけてやるのさ!」

 

『おおおおぉぉ!!』

 

 トランプの兵士を指揮するのは、これまた真っ赤なハートがそこかしこに散りばめられたドレスを着た、太った一人の女性だ。彼女は自身で言ったように、『不思議の国のアリス』に登場するハートの女王である。小さな子どもが蟻にちょっかいをかけるのを楽しむように、女王は逃げ惑う人里の民たちを追い回し、恐れられることを楽しんでいるのだ。

 そんな兵隊たちの前に、この状況を黙って見ていられなかった者が立ち塞がる。彗音だ。

 

「お前たちやめろッ! 何の理由があって人里を襲うのだ! 一体どこから現れた!?」

 

「むッ!? な、何だ、この生意気な小娘は! このハートの女王の前に立ち塞がるとは無礼な!」

 

「無礼で結構! 里を脅かすお前たちに何を言われようとも、私は微塵も意に介さない。やめないというのなら、力づくで止めてやる」

 

「ハーハッハッ! 愚かな。おい、兵士たち! この娘を(はりつけ)にしてやりな! 今まで経験したことのないような、酷い目に遭わせてやるんだ!」

 

『は! 女王陛下の仰せのままに!』

 

 兵士たちは一斉に叫ぶと、彗音の元へまるで津波のように押し寄せて来た。剣や槍が突撃して来る。このまま避けねば串刺しになる。だが彗音は避けようとはしない。このまま、正面から迎え撃つつもりである。そう。弾幕を以ってして。

 両掌が光り輝き、眩しい球を作り出す。彗音はその2球を、迫る兵士たちへと投げ込んだ。

 

「フン!」

 

 

バグオォン! ドガァアン!

 

 

「うわぁああッ!」「ぐおぉ!」

「うあああぁぁ!」

 

「な、何だ!? あの光は!」

 

「じ、女王さま……まさかあの女、魔女なのでは!?」

 

「な、何ィィ?」

 

「どうした。終わりか、トランプども!」

 

 兵士たちをバッタバッタと弾幕群で薙ぎ払う彗音。たとえ武器を手に持とうが、彼らは所詮人の域を出ないただの兵士であるよう。腕力も妖力も段違いである彗音には敵わなかったわけだ。

 しかし、ある兵士の言葉により、女王の勢いは逆にヒートアップすることになる。妖怪の概念の無いハートの女王たちにとって、奇怪な術を使う彗音は魔女と同じ存在だ。魔女はいけない。ハートの女王は自身のドレスと遜色つかぬぐらい顔を真っ赤にし、兵士たちへ叫んだ。

 

「お前たち、あの女の正体は魔女だ! 魔女は生かしておけぬ! もう容赦などいらない。殺せェ! 火あぶりだ。串刺しだ。車裂きだ。魔女狩りを執行せよッ!」

 

『は! 女王陛下の仰せのままに!』

 

「くッ! まだ来るか。私とお前たちの実力の差は分かりきっているというのに!」

 

 トランプ兵たちは女王の言葉によって勢いづき、再び彗音へと突進を仕掛ける。依然として彗音の方も避けようとはせず、手の中に弾幕を生成し始めた。

 それらをトランプの群れの中に放つと、彼らはあっちこっちへと吹っ飛んでいく。そのまま再起不能となれば良かったが、軽傷の者は手放してしまった武器をまた手に取り、彗音へ2度目の攻撃を仕掛けるのだった。いい加減鬱陶しく思う彗音だが、埒があかないのも問題だ。懐から、一枚のカードを引き抜く。人里のど真ん中で使うのは気が引けるものの、事態が事態だ。早くトランプ兵たちを片づけ、異変の解決を目指さなくては。

 と、次の瞬間……

 

 

ドン ドン ドォン!

 

 

「うぎゃあアアァッ!」

 

『じょ、女王陛下!?』

 

「!」

(何だ……!? 女王が後ろから何かに攻撃されたぞ)

 

 彗音がスペルカードを使おうとしたその瞬間、3回の破裂音とともにハートの女王の体が宙空を舞った。後ろから何かに突き上げられたような姿勢から、女王は背後から何者かに攻撃されたことが分かる。女王を攻撃した犯人の正体は、彗音がよく知る者の一人だった。

 

「よぉ、彗音。ずいぶんアグレッシブな連中にモテてんじゃあねーか! あたしも混ぜてくれよ」

 

「エ、F・F!」

 

「な、何だ、あの黒いものは!? 生き物なのか!?」

 

「きっと魔女の手下に違いない。殺せェーーッ!」

 

「チッ……人のことバケモノ扱いしやがってよォ〜〜。それで向かって来るとは、覚悟はできてんだろーな。おい!」

 

 現れたのはF・Fだった。未だ肌寒い冬ということで、上着を羽織っての参上だ。ハートの女王を背後から『F・F弾』で撃ち抜き、彗音と兵隊を挟み込むような形となる。

 いくら元宿主のエートロの顔をコピーした姿をしていても、体色は元々と同じ黒色。トランプ兵たちは一瞬怯んだが、女王を攻撃されたことにより『報復』として士気を高め、F・Fに襲いかかる。

 だが、F・FはF・Fで人外だ。半分人間である彗音と違い、人間との共通点の方が少ない。彼女は拳銃を撃つような体勢をとり、向かって来るトランプ兵たちに人差し指の銃口を定める。狙いは頭部だ。一撃で仕留めてくれよう。引くトリガーなど必要ない。ただ、F・Fが「撃つ」と思ったのなら、体を構築するプランクトンたちが勝手に撃ち出すからだ。

 放たれた『F・F弾』はトランプ兵たちの頭を狙い通り粉砕し、一撃で殺していく。10人近く殺したところで、残った数人が逃走を始めかけたが、それは彗音が許さなかった。逃げた先で再び破壊活動をされては堪らない。借りはあるので、しっかり弾幕で返してやったのだった。

 

「よし。トランプの兵たちは片づいたな。ありがとう、F・F。助かった」

 

「あぁ…………いや、それよりもだ彗音。お前、子ども見てないか!?」

 

「なに? 子ども……だと? いや…………そういえば今日は一度も見てないが……」

 

「そうか……彗音も見てないか…………ありがとよ。それじゃあ、あたしはもう行かせてもらうぜ。子どもを探さないといけないからな」

 

「待て、F・F! 何が起こったんだ? いや、そもそもこの人里に現れた連中は何なんだ!?」

 

「……あたしにもよく分からない。だが、スティッキィ・フィンガーズが言うには、おそらくスタンド攻撃だ。子どもについてだが、話に聞いた限りだと人里中の子どもがいきなりいなくなったらしい。目撃者はいたんだが、笛を吹く男にみんなついて行ったとか言ってたぜ」

 

 人里中の子どもたちは笛を吹く、顔の彫りが深い男に連れ去られたと言う。F・FはS・フィンガーズと人里の大人たちにその男の捜索を頼まれていたのだ。S・フィンガーズからは、最悪殺しても構わないとも言われていた。真実は不明だが、F・Fはその時のS・フィンガーズの態度からして、人里に何が起こっているのか大方の予想がついていたように見えた。

 2人は知らないことだが、子どもたちを連れ去ったのは童話『ハーメルンの笛吹き男』より、ハーメルンに訪れた笛吹きの男である。この話のシナリオだが、ハーメルンという地に訪れた笛吹き男が金と引き換えに、町中に大量発生したネズミを町の外へ連れ出す、というものだ。だが、ネズミを連れ出した男に金が支払われることはなく、その報復として笛吹き男が町中の子どもを町の外へ連れ出して失踪するというエンディングを迎える。

 人里のどこかで、この笛吹き男が人里の人間にネズミ退治を申し出、そして()()()()()()に子どもたちを連れ去ったのだ。S・フィンガーズを含め、F・Fたちはそれを知らない。

 

「スタンド攻撃……ということは、スティッキィ・フィンガーズは敵のスタンドエネルギーを感じ取ったということか?」

 

「それは分からねぇけどよ〜〜、スタンドが原因じゃないとこんなこと説明がつかないぞ」

 

「それもそうだ……」

 

「彗音。子どもはあたしに任せて、あんたは暴れ回ってるやつをどうにかしてくれ! S・フィンガーズも同じようにしてっからよォ!」

 

 F・Fはそう言い残すと、彗音を通り過ぎて通りの奥へと走って行ってしまった。

 F・Fを見送った彗音は人里を一瞥(いちべつ)する。未だ人々の悲鳴が響き、火や爆発音が上がり続けている。先程までは見られなかった、雲まで届くような豆の木が遠くに(そび)え立ち、空には胸部に赤色のV型の器官があるロボットが飛んでいた。彼らがスタンドでないことはF・Fの言葉から分かったが、では、この現象を引き起こしたとされるスタンドは一体何が目的で人里を混乱に陥れたのか。彗音には全く見当もつかなかった。

 彼女も彼女でF・Fに言われたように、人里の民の救助に向かうため、いよいよ足を踏み出す。

 

「キェエエエエッ!! 鬼だ! 鬼を見つけたぞ!」

 

「!? な、何だ!?」

 

「おいおい雉さんよ、まさかこの手柄を独り占めするわけねーよな〜〜? ケケケケケケ」

 

「ハッハッハッ…………ところでこの鬼、誰が倒す? 雉か猿公、それともオイラか? あるいは『桃太郎』さんに伝えて斬首してもらうかぁーー?」

 

「犬、猿、雉…………この3匹……まさか…………!!」

 

 彗音の前に突如として現れた、世にも奇妙な喋る動物たち。彼らは彗音を囲うようにして動き、獲物を取る狩猟者の目で彼女を睨んでいる。犬、猿、雉という3匹の組み合わせと彼らが口走った『桃太郎』という言葉から、彗音はあることを推察した。まさかこの現象、作られた空想の物語を現実にするというスタンド能力なのでは?

 いや、それよりもだ。3匹は彗音に向けて「鬼だ」と言った。それが一体何のことなのか、彗音にはさっぱり分からない。今は満月ではなく、彗音が見せる()()()()()()今は見えていないというのに。だが、彗音はすぐに3匹の言葉の意味を理解するのだった。

 

「ん……!? な、何だ…………?」

(く、口の中に違和感が……私の、歯が…………!?)

 

「キィキィ……犬と猿や、やっぱりこいつ鬼だぞ」

 

「ケケケ。違いない。口から見えるその立派な牙! 頭から生えているツノ! 絶対間違いないね」

 

「!!」

(そんな……バ、バカな……! 確かにあるッ……! この頭にある突起の感触……まるで本当に鬼のツノじゃあないか! それに歯だって変形し出している……!?)

 

 彗音は自分の額辺りを手で触って確かめる。バサバサと滞空している雉が言うように、そこには一本の硬い突起、すなわちツノが確かに存在していた。同時に口内の歯も舌でなぞって確認してみるが、そのどれもが犬歯のように鋭く尖っている。彗音の体は今この時、徐々に『桃太郎』の鬼へと変貌し出しているのだ。

 そんな彼女へ近付いてくる、一つの人影。彗音はそのシルエットを見るなり、すぐに確信する。少年のような小さめの体躯、腰にぶら下げた袋、背中に差した日本一の旗。伝説の、桃太郎その人であった。

 

「犬、猿、雉よ! よく鬼を追い詰めたな。後はこの桃太郎に任せるんだ!」

 

「ま、待ってくれ! 私は鬼ではないんだ! 本当だ! 体がいきなりこうやって変化し始めて……」

 

「無駄だよぉ。お姉さんさぁ、()()()()()()()()好きだったんでしょーー? 『桃太郎』の話が」

 

「!?」

 

「ケケ、良いじゃあねぇか。俺たちのことが好きだったんなら、好きなキャラクターに殺されるのも文句は無いだろう? 早く桃太郎さんに倒されてしまうんだよ。それが『桃太郎』のストーリーだ」

 

「さぁ、悪い鬼よ。覚悟しろ!」

 

 桃太郎は剣を構え、ジリジリと彗音に詰め寄る。全ては作られたストーリーに則って進んでいく。全ては描かれたシナリオ通りに進んでいくのだ。

 これが『ボヘミアン・ラプソディー』だ。世の中の絵画のキャラクターを現実のものとし、そのキャラクターを知っている、あるいは好きだった者の魂と肉体を分離させる。切り離された両者は分離してしまったことにどちらも気付くことはなく、魂はそのキャラクターが活躍する物語のストーリーに引きずり込まれてしまうのだ。この能力に射程距離の制限は無い。

 今はそうでもないが、彗音は『桃太郎』が好きだった。彼女は後天的に半妖になった身。まだ人間で子どもだった頃、もはや思い出にも残っていない時期、寝る前に母親に読み聞かせてもらう『桃太郎』が好きだったのだ。

 彗音の肉体と魂は既に分離しきっていた。彼女はそれに気付いていない。肉体は既に、魂の彼女から離れてどこかへ向かって行ってしまった。そして残された魂は『桃太郎』のストーリーに引っ張られ、主人公たる桃太郎に退治されんとしている。鬼として。

 

「致し方ないかッ……!」

 

「おお! 何かする気だ。この鬼!」

 

「手が光ってるぞ!」

 

 体格も徐々にガッシリし始め、どんどん鬼へ近付いていく彗音。だが、彼女はこの時点であることを思いついていた。いや、思いついていたというよりも、自分の考えがどうか本当であってほしいと願っていると訂正する。ストーリーに引っ張るキャラクターがいるのなら、そのキャラクターを破壊してしまえば、この現象は落ち着くはずだと願っているのだ。

 彗音は手の内に弾幕を生成する。子分たちが動く気配は今は無いため、彼女は優先して狙うべきは桃太郎だとしていた。

 しかし、子分たちは彗音が主人に向かって攻撃すると予感している。だというのに、先程も述べたようにいつでも攻撃できるような構えも取っていない。ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるだけだ。

 

「お前たちをこのままにしておくことはできない…………消えてもらう! くらえェ!」

 

 

バグオォン! ボガァアン!

 

 

「あ、当たった……!」

 

「あちゃ〜〜、桃太郎さんやられたな」

 

「攻撃されちゃったねぇ〜〜」

 

「…………」

(手応えはあった……防がれてもいない。だが、何だ? この違和感は…………子分たちも全然騒いでいないぞ。主がやられたというのに……)

 

 彗音が投げつけた弾幕は確実に桃太郎に当たった。それは彼女以外に、3匹の子分たちも観測している。だというのに、彼らは未だ笑みを崩すことはない。直撃して、絶対無事でいられるわけがないのだ。

 弾幕攻撃による爆煙が晴れていく。中からは背の低いシルエットが見えてくる。桃太郎だ。無傷で、両足でしっかりと直立している。何のダメージも負ってはいなかった。

 

「な、何だって…………」

 

「ケケケケケケケケ!」

 

「キィキィ」

 

「ハハハハハ! 当たり前だよ、お姉さん。『桃太郎』のストーリーは知っているだろう!? 鬼は桃太郎に負けるのさ! 鬼は()()()()()()()()()()のさ! ストーリー通りだ。お姉さんを討ち倒し、オイラたちの物語は終わる」

 

「犬、猿、雉よ。鬼を囲むんだ。悪い鬼は逃せないよ。鬼を倒して、取り戻したお宝をお爺さんやお婆さんの元へ持って帰ろうじゃあないか」

 

「う、うう…………!」

 

 桃太郎に命じられた3匹は、先程よりもさらに口を歪ませる。人間の笑みどころではない。彼らは鬼という化け物を退治するために集った連中だが、今の3匹の方がよほどバケモノと呼ぶに相応しいぐらいだ。

 彗音には『逃げる』という選択肢しか残されてはいない。抵抗しようとも、彼女の存在の半分は既に『桃太郎』の鬼となっている。ストーリーに引っ張られ、それに相反する行動は取ることができない。絶対にだ。『桃太郎』のストーリーこそ、上白沢彗音がこれから辿る運命そのものとなってしまったのだから。

 

「さぁ、やれィ!」

 

「うわあぁあああああ!!」

 

 かけられた桃太郎の号令により、子分3匹は彗音に一斉に飛びかかる。

 彼らは空想の産物であり、本来の動物とはかけ離れた存在だ。『桃太郎』の雉は現実の雉ではないし、猿は現実の猿と違い、犬も現実の犬とは似ても似つかない。

 雉はその鋭い嘴を、猿はその大きな手を、犬は刺々しい牙を、彗音に向けて放ったのだ。絶対に防げない、中断させられない攻撃である。彗音の運命はストーリー通りに……

 

 

スティッキィ・フィンガーーーーズ!!」

 

 

ドバッ ドバァ ドバァ〜〜ッ!

 

 

『うぎゃああァァ〜〜〜〜ッ!!』

 

「な、何だ!? 犬! 猿! 雉!」

 

「あ、ああ……お前……は…………」

 

「大丈夫か。彗音。背が高くなったな」

 

 飛びかかって来た桃太郎の子分たちは、突如現れた何者かによって全身をバラバラに吹っ飛ばされてしまった。その断面の縁には金色のギザギザとした突起が並んでおり、何かの装飾のようになっている。だが、これは装飾などではない。見た目以上に、使い道にも利点があるという存在している。これはジッパーだ。

 地面にも付いている。しかしこちらは葉型に開かれ、虚空へと続いていそうな穴を覗かせていた。()はここから出て来たのだ。どう見ても大丈夫ではないのに、彼は彗音に「大丈夫か」と問うた。それは彼に、この状況を打破する算段が存在することを確かにほのめかしている。スティッキィ・フィンガーズだ。

 

「た……助かった…………」

 

「彗音。その姿になっているということは、おそらくあんたも既に魂と肉体が分離しているらしい。早く肉体を探すんだ。さもないと、実在化した別のファンタジー・ヒーローに殺されるぞ」

 

「ファ、ファンタジー・ヒーロー……!? スティッキィ・フィンガーズ、何か知ってるのか!?」

 

「俺の考えだ。この現象を知っているわけではないが、間違いなくスタンド攻撃! 絵本なんかのイラストからキャラクターを抜き取り、現実のものとする能力だ。そして…………」

 

「ヒッ」

 

 スティッキィ・フィンガーズは拳を握り締め、一人残された桃太郎に近付いていく。子分たちを一瞬で倒されてしまった桃太郎は、スティッキィ・フィンガーズの実力に呆然としており、この場を離れるのが遅れてしまっていたのだ。

 だが、呆然としている理由は実力だけではない。なぜ、スティッキィ・フィンガーズは自分のことを()()()()()()。日本で一番有名だと言っても過言ではない桃太郎(自分)を見て、どうしてS・フィンガーズは鬼に変貌しないのか。

 

「うわぁ! ぼ、僕に近付くなぁ! お前は鬼とは違うのか!? だったら、お前は一体何なんだ!?」

 

「側に立って現れるというところから、そのビジョンを名づけて『スタンド』。スタンドは本体の精神、魂のエネルギーから生み出されるものだ。俺は()()()()()はあまり知らない。名前だけだ。能力にかかっていないのはそれが理由か、あるいはスタンドは分離する魂も肉体も無いからか。だが、それはどっちでもいいことだ」

 

「ウヒィィィ!」

 

「彗音は『現実』に返してもらうぞ」

 

 

バカァアアアッ

 

 

「うぎゃっ」

 

 S・フィンガーズは素早く桃太郎に手を出すと、そのまま無数のジッパーを彼の体に取り付け、バラバラに分解。桃太郎を絶命させてしまった。

 いくら彗音を殺そうとしたとて、桃太郎は日本の英雄的存在でもある。だがそんなことは今は言っていられない。死んだ桃太郎はボロボロと形を崩し、いずれ完全に消滅してしまった。それを確認すると、S・フィンガーズは彗音の方へ向き直る。彼女は既に大男のような体躯から、元の可愛らしい女性の体に戻っていた。

 安堵した彗音がS・フィンガーズへお礼を言おうとした直後、それを遮るようにして彼は通りの奥を指差した。先程の会話の続きである。

 

「彗音。体が元に戻ったのなら、早く自分の肉体を回収しに行くんだ。そして里の人間を連れて、どこか遠くの場所へ早く離れろ」

 

「スティッキィ・フィンガーズ、一体これは何が起こってるんだ!? お前は何か知っているようだった。何か情報があるのなら私にも教えてほしい」

 

「……さっきも言ったが、俺はこの現象を知っているわけじゃあない。他の里の人間を救助する中で俺が勝手に考えただけだ。大体は当たっているとは思うがな。このスタンド能力は絵画のキャラクターを現実にし、現実の人間をそのストーリーへ引きずり込む。放っておけば人里が……いや、幻想郷全体が崩壊しかねない」

 

「げ、幻想郷全体……!? スタンド本体の居場所の見当はついているのか!?」

 

「少なくとも、この人里にはいない。依然として俺、F・F、キラークイーン以外のエネルギーは感じられないからな。それに…………東の空を見てみろ」

 

 S.・フィンガーズに言われ、彗音は東の方角へ振り向く。その遥か遠くの空に、巨大な帆船が浮かんでいるではないか。それこそ豆粒のように見えはするが、距離を考えればどれだけの巨船か想像できる。これが表すのは、スタンド攻撃は人里の中だけに影響を及ぼしているわけではないということだ。能力射程がこれほど長い以上、敵が幻想郷のどこにいるのか全く予想ができない。最悪の状況である。

 

「あ、あんな物が…………」

 

「とにかく彗音、あんたは一刻も早く肉体を回収しろ。また他のキャラクターに襲われない内にだ!」

 

「待ってくれS・フィンガーズ! お前たちだけに任せておくわけにいかない。私も戦うぞ!」

 

「バカなこと言ってんじゃあねぇぞッ! 自分では無理だと分からないのなら、いいぜ。好きにしろ。だがな、そのお前だけ満足する行動のせいで、救えたはずの人間は死ぬ。それでも戦いたいというのならそうすればいい。俺はあんたをバラバラにしてでも止めるがな」

 

「ッ…………!」

 

「あんたは肉体を回収し、キャラクターたちとの遭遇を避けながら人里の外へ逃げろ。ファンタジー・ヒーローに勝てずとも、そこらの妖怪よりかはあんたは強いだろう。里の中は俺とF・Fに任せておくんだ」

 

「………………」

 

 彗音はすっかり黙り込む。S・フィンガーズの言う通りである。今、この事件の内は自分がどう動いたとして彼らの足手まといにしかならない。ならば、彼の言う通り逃げるのが一番かもしれない。人里を、その民を放ってはおけないという心は変わらないのだから。

 意を決した彗音は、苦い表情を浮かべながらもゆっくりと首を縦に振る。S・フィンガーズもそれを見て頷く。これでいいのだ。少しでも救えるというのなら、これで。

 だが、『ボヘミアン・ラプソディー』の猛威は衰えはしない。空想のキャラクターを現実にする能力。人間の想像力は豊かだ。故に、どんな脅威もフィクションとして思い描くことができる。『ボヘミアン・ラプソディー』はそれにつけ込むのだ。

 突如、人里を地震のような謎の振動が襲う。雷のような轟音が響く。S・フィンガーズが何事かと北の空を見上げてみれば、()()はいた。かの有名な『ドラゴンボール』から出てきたのか? あるいは東洋のドラゴンというのだから、幻想郷に元々ある絵から出てきたのか? 緑色の鱗に覆われた巨大な龍が、人里を見下ろしていた。

 

「行け、彗音ッ! 走るんだ!」

 

「あ、ああ!」

 

 彗音は走り出す。S・フィンガーズは太陽を覆い隠すような龍に向け、構えを取る。火を吐くか? 嵐を呼ぶか? 絵の中から出てきたというのなら、この龍にもストーリーがあるはずだ。もしかしたら、あの龍を倒すストーリーも存在しているかもしれない。だとしても、人里を庇って戦えるのか?

 

「……勝機はいくらだ? たとえ勝てずとも、この人里からやつを引き離すことはできるか? 彗音に任せろと言ったばかりだが、やつを放置することはできない。人里から引き離し、俺が相手をする」

 

 S・フィンガーズは地面を蹴り、龍へと向かった。魔理沙はきっと来ないだろう。霊夢もきっと来ないだろう。来たところで、やつのストーリーに引っ張られて戦闘不能になる可能性も高い。ならば自分がやるしかない。先程言ったように、勝てなくてもいいのだ。龍による被害さえ出さなければ、それで良いのだ。ジッパーは龍の鱗を破るのか?

 

 

 




滅茶苦茶な世界になってきましたね。

to be continued⇒


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78.自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー) 〜妖精騎士と魔弾の射手〜

遅くなりました……
しかし、今回のお話のボリュームは保証します!


 人里の上空に龍が顕現した頃、妖怪の山にてその様子を観測している者がいた。岩の上に座り、実に楽しそうに笑みを浮かべているのはピノキオである。『ボヘミアン・ラプソディー』を発動してから、彼はずっと妖怪の山の中腹にて身を隠している。横に護衛を連れてだ。

 

「あーあー、みんなに希望を与えるキャラクターたちが、逆に絶望を与えるなんてなぁ。このスタンド能力の本体の人、かなり人生に絶望してたみたいだね」

 

 独り言か、あるいは横に立っている護衛に向けて言っているのか、それは分からない。ピノキオ本人ですら何の意図があって口走ったかもよく分かっていなかった。

 『ボヘミアン・ラプソディー』の本体はウンガロという男。かつてジョースター家とぶつかったDIOの息子の一人である。ピノキオが言うように人生に絶望を感じており、どん底そのものとも言うべき人生から逃避するため、彼は麻薬に溺れていた。そんな中で発現したのが、この脅威的なスタンド能力である。自分をこんな目に遭わせた社会に復讐をするため、今度は自分が希望に満ち溢れる番だと言わんばかりに外の世界でファンタジー・ヒーローたちを実在化して暴れさせたのだ。

 

「一応護衛をつけておけって言われたけど、ここまで辿り着く人はさすがにいないよねぇ。あんたもそう思わない? 妖精騎士さん」

 

「………………」

 

 ピノキオはチラリと隣を見て言う。そこには錆びついた鎧を身に纏う巨漢の者が立っていた。

 彼は『エルフィン・ナイト』に登場する妖精騎士だ。とある女性に召喚され、恋人になるよう迫られるも既に妻子のいる彼はその頼みを断るという話。彼もまた『ボヘミアン・ラプソディー』の能力によって実在化したキャラクターである。

 騎士であるため、その背中には武器が仕舞われている。大剣だ。血なのか錆びなのかは分からないが、刃の所々に赤茶色の何かがこびり付いていた。

 

 

「『汝は若い女だ。汝がこれをできたなら、私は汝と結ばれよう』」

 

 

「!」

 

「…………!」

 

 

「『私にシャツを作るのだ。ハサミを全く使わずに、針で布を縫うことなく、裾無きシャツを作るのだ。妖精騎士(エルフィン・ナイト)はそう言った』」

 

 

 突如、2人の背後から(うた)が聴こえてきた。男の声での唄だ。歌詞の内容は『妖精騎士(エルフィン・ナイト)』。妖精騎士を知っている者が、今まさに妖精騎士に近付いて来ている。

 唄に混ざり、足音も立ち始めた。バキバキと草木を踏み、枝を折り、掻き分けてくる。ピノキオは振り向いた。この距離であるなら、既に『ボヘミアン・ラプソディー』の影響を受けているはずである。だが、向かって来る者は何の問題も無さそうだ。

 ということは…………

 

「も、もしかしてホワイトスネイクと同じスタンド……」

 

「………………」

 

「あぁ。その通りだ…………お前だな? 幻想郷中に架空のキャラクターたちを実在化し、暴れさせているのは……()()スタンドが宿っているような状態か」

 

「ひ、ひィィ……助けてぇ……ピノキオォ〜〜ッ」

 

「あ、あれ……3匹の子ぶたの末っ子……!? スタンドに捕まってるッ!?」

 

 草木を踏み締めて現れたのは一人のスタンド。

 彼の左手には豚の顔をした人型の生物が捕まっていた。ピノキオ曰く、それは『3匹の子ぶた』のキャラクター、レンガの家を作った末っ子の子ぶたらしい。かなりの力で掴まれているからか、子ぶたは顔を青くしてガタガタと震えている。

 さて、こうしてスタンドがピノキオの元へやって来たわけだが、やはりと言ったところか彼の目的はピノキオであるらしい。彼を仕留めに来たようだ。スタンドが纏っている『殺気』がそう告げている。

 だが、それを黙って受け入れられるピノキオではない。ホワイトスネイクに与えられた使命は守らねばならないからだ。そのための護衛、そのための妖精騎士である。このスタンドに命乞いし、ホワイトスネイクを裏切れば今度は彼に消される。()()()()()()()()

 

「…………!」

 

「む……」

 

 

ドガァアア〜〜ン!

 

 

 妖精騎士は高速で敵へ斬りかかり、ピノキオとのやり取りに横やりを入れる。不意をついた攻撃であったものの、スタンドには反応はされてしまった。

 しかし、土埃を巻き上げた重々しい一撃には手応えがあり、()()はその大剣で仕留めていた。それはスタンドではなく、スタンドが手に掴んでいたもの。3匹の子ぶた、その末っ子である。

 真っ二つになって刃に刺さっていた。

 

「うわあァァァ!!」

 

「ピ、ピノキオ……助け……」

 

 子ぶたが言い終わるよりも早く、妖精騎士は大剣を子ぶたから引っこ抜く。いや、サイズ差からして子ぶたを()()()と言う方が正しいかもしれない。それと同時に子ぶたは完全に2つに分かれてしまい、絶命。消滅してしまった。

 妖精騎士は子ぶたの消滅を一切気に留めることなく、己の背後を振り返る。ピノキオも同じようにそちらへ目を向ける。そこにはスタンドが逃れていた。妖精騎士の斬撃を避け、一瞬にして彼の背後数メートルの位置まで移動していたのだ。

 

「「いつ移動した?」と言いたそうだな。なに、恥じることはないぞ…………認識できないのも無理はない。()()()()()()()()のだからな」

 

「…………」

 

キング・クリムゾン。時間は消し去り、飛び越えた」

 

 ピノキオの元に現れたのは彼であった。幻想郷の中で、ファンタジー・ヒーローの異変にいち早く気付いた者の一人である彼は、以前に感じ取った強力なスタンドエネルギーを追ってくることでここに辿り着いたのだ。

 目的はピノキオであり、同時にピノキオではないもの。K・クリムゾンはあくまで、以前感じたキラークイーンにも似たスタンドエネルギーの持ち主を追って来た。何かアクションを起こしたのだろうと勘ぐり、来てみれば、ここにいたのは喋る人形ピノキオ。

 しかし、面倒なことはK・クリムゾンだって避けたいものだ。彼の目的は力をつけること。つける力が無くなったら、困るのは自分だ。そのために彼はピノキオをつけ狙う。

 

「どうした。その一撃だけで終わりか? 妖精騎士(エルフィン・ナイト)

 

「…………」

 

「うぅ〜〜…………ヤ、ヤバい。ヤバいかも……」

 

「安心しろ。いくら妖精騎士が邪魔をしようと、お前を消すことに変わりはない。恐怖を感じていることが苦痛なら、俺が今すぐ終わらせてやる……」

 

「ヒィ! き、騎士さん、後は頼んだよ! 僕はホワイトスネイクに少しでも()()()()()ように言われたから、ここから離れてるよぉ!」

 

 ピノキオはおぼつきながらも、森の奥へと走って行く。K・クリムゾンはそれを追おうとしたが、そうはさせんと言いたげに妖精騎士が前に立ちはだかった。

 K・クリムゾンはニヤリと笑う。

 

「パワーだけの能無しが……いいだろう。相手してやる」

 

「…………!」

 

 K・クリムゾンの言葉に怒ったのか、そう言われた直後に妖精騎士は地面を蹴り飛ばす。右手に掴んだ大剣を振りかざし、K・クリムゾンへ突撃した。

 だが、先制攻撃を受けんとしていても、K・クリムゾンはその不敵な笑みを崩さない。妖精騎士の大剣が、自分の脳天に振り下ろされる直前となっても。

 気付いた時には大剣の鋒は土の上に着いていた。敵を真っ二つにしたか? いや、手応えは一切無かった。妖精騎士は未だ理解していない。K・クリムゾンの能力について。たった今、時間が消え去ったことを理解していないのだ。

 

「時間を吹っ飛ばした。くらえッ!」

 

「…………!」

 

 

ドギャァアアッ!

 

 

「ッ……!」

 

「……思ったより硬いな。一撃で腕をもらうことはできないか」

 

 能力で時間を消し去り妖精騎士の背後に回ったK・クリムゾンは、高くから振り下ろした手刀を騎士の右肩にヒットさせる。しかし、彼自身が言うように、K・クリムゾンは妖精騎士の右腕をもろとも切断するつもりであったが、硬い鎧にそれを阻まれてしまった。肩当てがひしゃげただけだ。

 外見に大した損害が見受けられずとも、妖精騎士にはダメージは通ったらしい。痛みを堪えるような短い息が一瞬吐かれると、騎士はK・クリムゾンから飛び退いて距離を取る。

 互いに睨み合いながら、K・クリムゾンは腕を組み、妖精騎士は右手に持っていた大剣を左手に持ち替えた。2人とも、相手の厄介さは理解している。だからこそ、一度の攻撃につき一度の合間を作る。常にベストの状態で相手を(ほふ)るために、だ。

 

「………………!!」

 

「フッ……今度は拳か」

 

 妖精騎士は右手をかざし、K・クリムゾンを殴りつけようと走り出す。

 「それもいいだろう」と、K・クリムゾンも同じように妖精騎士へと向かって行く。彼も()()()()つもりだ。少々細めの腕から放たれるパワーに、強い自信があったから。

 両者の拳は振り抜かれ、互いの体からの距離のほぼ中点にて激突する。轟音と風を解き放ち、周りの木々の葉を激しく揺らした。だが、これだけのパワーのぶつかり合いには彼らの体も耐え切れなかったようで、妖精騎士のこては潰れ、K・クリムゾンの拳にはヒビが入った。

 

「フン!」

 

 

グシャアアン!

 

 

「!!」

 

「……まずは右の拳を……潰した。俺の右手もタダじゃ済まなかったがな…………」

 

 K・クリムゾンは妖精騎士の弱った右手を狙い、空いていた左拳でさらに追撃を加えたのだ。おかげで騎士の右手は完全にぐちゃぐちゃにひしゃげてしまい、素人目から見ても粉砕骨折をしていることが分かる。

 鎧の隙間から血が噴き出すのを傍観する妖精騎士だが、彼はきっと唖然としているだけだろう。

 そうでなければ、さらに攻撃を仕掛けんとするK・クリムゾンを、止めようとしているはずなのだから。蹴りを浴びせようと、体を捻り始めている彼を。

 

 

ドゴォオッ!

 

 

 K・クリムゾンは妖精騎士の顔面を蹴り上げた。

 不意打ちのつもりではなかったが、妖精騎士は一切のガードも取らずに蹴りをもろに受けてしまい、大きくのけぞってしまう。兜と胸のプレートの間に見える鎧下着、これがK・クリムゾンの次の狙いだ。

 

「フハハハ。鎧の隙間なら硬くもないだろう。首ががら空きになったな!」

 

 K・クリムゾンは左手を手刀とし、妖精騎士の首筋へと伸ばす。いくらファンタジー・ヒーローで、かつ妖精であっても、首を切り落とせば絶命するだろう。血が流れているのだから、頭が無くなってしまえば体の動きは奪えるはずだ。そう考える。

 だが、彼の手刀が妖精騎士に届くことはなかった。鎧下着をずぶりと貫通する直前、森の中のどこかより銃弾の発砲音が木霊したのだ。

 K・クリムゾンはそれを耳にした瞬間、反射的に時間を飛ばした。

 

「…………!」

(弾丸……これはマスケットのか?)

 

 K・クリムゾンだけが認識する、時を消し飛ばした世界。妖精騎士はゆっくりと動き、蹴られて崩してしまった体勢を整えている。

 それと同時に、K・クリムゾンの体を通過した物があった。銃の弾丸である。この弾丸というのはマスケットと呼ばれる長銃に使われた、かなり古い時代の代物だ。

 幻想郷は忘れ去られた物が流れ着くという性質がある。古い銃であるマスケットならそうして流されてきた可能性もあるが、もしそうであるなら、これを撃ってきた者は幻想郷の住人ということになる。元々これを使うようなファンタジー・ヒーローが撃っていたなら話は別であるが。

 

「……誰が撃ったのかは知らないが、この『キング・クリムゾン』の能力の前では無意味な行為だったな。妖精騎士を始末した後で、狙撃手も地獄に送ってやる」

 

 K・クリムゾンは自分(が最後に観測された位置)から距離を取った妖精騎士の背後に回る。

 右肩の鎧がひしゃげた後、騎士は大剣を左手に持ち替えた。ならば、左肩も同じようにしてやればもはや大剣をまともに振るうことはできないはずだ。抵抗のできないようにした後で、首を掻っ切ってやるとK・クリムゾンは計画する。

 K・クリムゾンは再び片腕をもたげた。

 

「時は再び刻み始めるッ!」

 

 

ドッパァ〜〜〜〜ン!

 

 

「ぐあああッ!! な……何ィィ!?」

 

「………………」

 

「バ、バカな……弾丸が軌道を変えて……俺の腹へ……撃ち込まれただとッ……!?」

 

 K・クリムゾンの能力が解除された直後、回避したはずのマスケットの弾丸は空中で跳ねるようにして軌道を変え、妖精騎士の背後に移動していたK・クリムゾンの脇腹へと着弾した。威力は中々のもので、右脇腹に野球ボール並の大きさの穴が空いてしまっている。

 血が噴き出す傷口を、妖精騎士に振り下ろさんとしていた左手で何とか塞ごうとする。初めは右手を加えようとしていたのだが、ダメだ。入っているヒビの間から血が漏れ出てくる。

 そして、この機を妖精騎士は()()()()()。「お返しだ」と言わんばかりに、苦しむK・クリムゾンめがけて大剣を薙ぎ払う。

 

「!! キング・クリムゾンッ!」

 

 

ドォ〜〜〜〜ン!

 

 

「あ、危なかった……!」

 

 寸前のところで時を消し飛ばし、大剣はK・クリムゾンの胴体を横一文字に通過していった。それを見届けると、K・クリムゾンは傷口を押さえながら妖精騎士の横を通り、彼から距離を置く。通り過ぎる瞬間には(したた)る血液を騎士の兜に()()()()、視界を一時的に奪うことも忘れない。

 

(何だ? 今のは! 弾丸がいきなり向きを変えるとは…………まさかスタンド能力か? いや、違う…………今この山に感じられるエネルギーは俺と、あのピノキオの分だけだ……敵のスタンド攻撃ではない……)

 

 時の消し飛んだ世界で、K・クリムゾンは思案する。

 スタンドではない。と、するならば幻想郷の住人、あるいは別のファンタジー・ヒーローであろう。前者であるなら、それは天狗の組織の者である可能性が高い。K・クリムゾン征伐の任務を与えられていたからだ。

 しかし同時に、天狗はこの『妖怪の山』の侵入者は誰であろうとも許さない。山を牛耳っている側であり、人間もスタンドも、その侵入を許可されている者はそれなりに少ないのだ。であれば、なぜ妖精騎士を攻撃しない? 

 それともう一つ。仮に「K・クリムゾンを優先して討伐せよ」と命を受けていたとしても、なぜどちらがK・クリムゾンなのか分かっていたのか?

 自分の姿を見た者は、かつて守矢神社にて相対した6人以外は誰も生き残っていない。肝心な八坂神奈子や東風谷早苗も、あの月夜でまともに全身像を見ていない。

 ならば…………

 

「ファンタジー・ヒーローか……」

 

 結論が出た。ピノキオが差し向けたのか、もしくは元々いた2人目のボディガードか。どちらでもいいが、とにかく敵であることに変わりない。必ず見つけ出し、息の根を止めることを決める。

 そして、そろそろ時間だ。能力の限界。消し飛んだ時間は、これより元に戻る。

 

「…………ッ!」

 

「………………」

(弾丸が放たれた方向は分かっている…………問題は、あの弾丸の完全な回避の方法だ。時を消し飛ばしただけでは、弾丸は時が戻った後に軌道を変えてくる。こちらから打ち落としせるか?)

 

 K・クリムゾンが払った血液が視界を覆い、妖精騎士は数秒混乱した状態となる。それを眺めつつ、K・クリムゾンは次なる攻撃に備え、聴覚に集中力を割いていた。

 妖精騎士は構わない。パワーだけの頑丈な剣士と言った具合だ。一番の強敵は謎の狙撃手。狙った獲物は外すことなく、確実に弾を直撃させてくる。このキャラクターのシナリオさえ理解すれば、おそらく避けることもできるだろう。

 だが、全ては謎に満ちたままだ。正体を探るためにも、2発目は誘うべきである。無論、このまま妖精騎士を仕留めに行けば、問答無用で弾は飛んでくるだろうが。

 

 

パァアアアン!

 

 

「!」

(来たッ! この発砲音だ。あの弾丸が来る!)

 

 K・クリムゾンは顔をこわばらせる。

 時を消し飛ばすための準備として、彼はスタンドエネルギーを全身に満たし始めた。まずは弾丸の回避だ。妖精騎士も血を拭い、大剣を掲げてこちらへ突進を仕掛けようとしているが、今はとにかく弾丸だ。

 マスケットの丸い弾丸がキラリと光って見えた。騎士の脇を抜け、K・クリムゾンに向かってくる。時は来た。時間を消し飛ばす。

 

キング・クリムゾンッ! 全ての時間は消し飛ぶッ!」

 

 彼を取り巻く環境、光景は跡形もなく崩れ去っていく。

 まるで宇宙のように暗い世界で取り残されたものはこの世界の支配者たるK・クリムゾンと、消し飛んだ時を認識することのない哀れなる妖精騎士。そして、恐るべき弾丸。

 K・クリムゾンは妖精騎士を回避し、彼から距離を取る。これから行うのは弾丸を叩き落とす試みだ。そのためには、騎士の邪魔が入らぬように少々離れておく必要があった。

 頃合いである。時は刻み出す。

 

 

ギュオオオン!

 

 

「やはり曲がったな」

 

 時が消し飛んだことで一瞬標的を見失う弾丸であったものの、案の定すぐさま方向を変え、元の位置から移動したK・クリムゾンへと突進する。

 拳を握って待ち構えるK・クリムゾン。弾丸の狙いは先程と同じく胴体部分と見た。直撃まであとコンマ数秒、数えるまでもない……

 

 

バチィィッ!

 

 

 K・クリムゾンは拳で弾丸を弾くことに成功する。

 だが、安堵するには早かった。弾かれた弾丸は再びUターンし、弧を描くようにしてK・クリムゾンの方へ再び向かってきたのだ。

 

「何だとォ!?」

 

 K・クリムゾンは咄嗟に右手で弾丸をガードした。しかし、拳ではなく掌底でだ。既にヒビの入っていた右手は弾丸が当たった衝撃によってボロボロと崩れ始め、ついには血を噴き出すとともに砕け散ってしまった。

 悠長なことを思っていられる場面ではないが、幻想郷に流れ着いてから考えれば久しぶりの重傷に感じる。K・クリムゾンは時間を消し飛ばし、この幻想郷でも自分にとって不都合なものを消し去り続けてきたからだ。

 レクイエムに敗北した時、リゾットに追い詰められた時。あれ以来の重傷である。

 しかし、同時にそのことはK・クリムゾンにある思いを蘇らせるきっかけとなった。あのどちらも、相対した敵を絶対に生かして帰すものか、という殺意に駆られていた。今回もそうである。

 絶対に生かして帰すものか。この『魔弾の射手』を。

 

「うぐっ…………わ、分かったぞ…………この狙撃手の正体が……カール・マリア・フォン・ウェーバーの……『魔弾の射手』だな」

 

 『魔弾の射手』。K・クリムゾンが先程述べた通り、カール・マリア・フォン・ウェーバーという人物が書いたドイツのオペラである。

 そのあらすじとは、狙った獲物を確実に命中するという魔弾を使い、ある男が別の男に復讐を行うというもの。しかし、作られた魔弾7発の最後の一発は魔弾作りの助けとなった悪魔の望んだ通りの場所へ撃ち込まれるルールがあり、復讐を行った男に命中するという結末を迎える。

 しかし、K・クリムゾンはスタンドの性質故か、ファンタジー・ヒーローの能力に巻き込まれていない。つまり、現在K・クリムゾンは『魔弾の射手』のストーリーに引っ張られて攻撃されているわけではないということだ。

 

「……俺を撃ったのは……マックスかカスパールということか…………カスパールなら撃つのは3発。マックスなら4発だが……最後の一発は俺に当たるか……?」

 

 復讐を行った男はカスパール。魔弾を鋳造し、7発のうち4発をマックスに使わせ、マックス自身の手で彼の花嫁を撃ち抜かせようという計画していたのだ。

 だが、その計画は失敗に終わる。もしK・クリムゾンを撃ったのがカスパールならば、おそらく3発目を撃った後に完全に死ぬだろう。そういうエンディングだ。

 ではマックスならば? 悪魔がマックスの味方となっていたら? ピノキオの主から「ピノキオに近付く者は全て殺せ」というような命を受けていたなら、最後の4発目もK・クリムゾンに向かって来るということになる。

 防いでも確実にダメージを与えてくる弾丸を、最低一発を耐えなければならない。だが、その一発でK・クリムゾンは満身創痍になるのは決定しているようなもの。今の時点ですらかなり手負いなのだ。射手がマックスであった場合、K・クリムゾンの命はない。

 

「………………」

 

「……妖精騎士…………」

 

 2発目の狙撃を受けてから3発目が放たれるまでには時間がある。それまでに、目の前のこの頑丈な騎士もどうにかしなくてはならない。

 妖精騎士は大剣で土を軽く払い、腰を低く落とす。K・クリムゾンには分かっていた。これは飛びかかる前の動作である。一気にこちらへ接近し、大剣を横薙ぎにするつもりなのだろう。最も、K・クリムゾンは素直にそんな攻撃を受けようとは微塵も思ってはいない。殺すのはこちらなのだから。

 それに、魔弾はK・クリムゾンに当たるまで止まらない。妖精騎士を盾代わりに使うことはできない。早くに妖精騎士にトドメを刺し、魔弾の射手を殺しに行く。これが方針だ。

 

「…………!!」

 

「来たか……」

 

 妖精騎士は地面を蹴飛ばし、一瞬にしてK・クリムゾンとの距離を詰める。それと同時に、K・クリムゾンも近くに生えている細い低木を掴んだ。

 K・クリムゾンまでの距離はもはや大剣の射程内と被っている。だというのに、K・クリムゾンは動こうとはしない。低木を握りしめたまま、真っ直ぐ騎士を見つめている。それならそれで構わないと言わんばかりに、妖精騎士は周りの太い木々もろとも真っ二つにせんと大剣を横に振るった。

 

____________________

 

 

「外れだ。残念だったな」

 

「ッ…………!」

 

 K・クリムゾンの声は騎士の背後から聴こえた。

 それを認識した妖精騎士は、振り返りざまにもう一太刀浴びせるため身を(よじ)ろうとした。しかし、腰から上がなぜか回らない。いや、そもそも首が曲がらない。

 なぜだ? 答えはすぐに判明する。

 

 

ブシャァ〜〜〜〜ッ

 

 

「!!」

 

 騎士の首から爆発するように血が噴き出る。当然だ。彼の首には、先程K・クリムゾンが掴んでいた低木が突き刺さっていたのだから。

 K・クリムゾンは肩で息をしながら解説した。

 

「俺の能力は…………時間とともに()()()()()()()……この世から消し飛ばす。時の消し飛んだ世界では……お前たちが俺に干渉することは不可能だ…………だが、消し飛んだ存在と残った存在が同時に重なると……時が元に戻った時……()()()()()()破壊を伴いながら()()()

 

「………………」

 

 K・クリムゾンは妖精騎士の大剣が当たる前に時を消し飛ばしていた。掴んでいた低木はその時に折り、まだ時が戻らない間に妖精騎士の首と重なり合わせ、能力を解除することによって硬い鎧をものともせずに騎士の首を貫いたのだ。

 魔弾さえ無ければ、K・クリムゾンはもう少し妖精騎士と遊ぶつもりであった。だが状況は状況。妖精騎士は片付け、自分をここまで追い詰めた魔弾の射手を仕留めなくては。

 低木と傷口の間からの失血が止まらない妖精騎士は、そのまま地面に膝を突き、腕を突き、土の上に伏せてしまう。そしてそのまま、ゆっくりと絶命していった。

 

「ハァーッ……ハァーッ…………くそっ……!!」

 

 しかし、おかしなことに妖精騎士にトドメを刺した側であるK・クリムゾンも、ダメージを負って無事ではない様子であった。彼の息はどんどん上がってきている。

 それもそのはず。K・クリムゾンの胸の真ん中には、件のマスケットの弾丸による破壊痕が見られる。時が消し飛んだ最中に発砲され、解除と同時に撃ち込まれてしまったのだ。

 

「ぐッ……やつを……殺す……殺さなくては……! こんな所で倒れているわけにいかんのだ……」

 

 フラつきながら、木々に手を当てながら弾丸が放たれた方へと歩みを進める。

 何はともあれ、これで3発目である。射手が誰なのかは未だ不明だが、もしカスパールであれば、最早K・クリムゾンに弾丸が当たることはない。問題はマックスである場合だ。彼の近くに悪魔がいたなら、それこそK・クリムゾンの敗北は決定してしまう。

 皮肉なことだ。K・クリムゾンの本体は『悪魔』の名を持つ者。名は体を表すと言うが、まさしくそれを体現した悪魔のような男だった。そんな彼のスタンドであるK・クリムゾンが、最後の最後に悪魔に殺されるなど。

 

 

パァアア〜〜ン!

 

 

「ハッ!」

 

 遠くから発砲音が響いた。あの銃だ。例のマスケット。

 あの弾丸が来る。有象無象の区別無く、全てを撃ち抜き殺すあの弾丸が。死神そのものが変化したような真球の弾丸が。

 

「し、射手は……マックスだったのかッ……! クソォォーーーーッ!!」

 

 K・クリムゾンの絶叫が森中に響き渡った。弾丸を放つ音などかき消し、地獄の底から吐き出されたかのような、怨嗟に満ちた叫びだった。

 弾丸は未だ見えない。しかし、必ずやって来る。狙った獲物は確実に仕留める弾丸は絶対に現れる。全ては、悪魔ザミエルの望み通りとなるのだ。それがストーリーだ。

 

 

____________________

 

 

「そろそろ……終わったかな」

 

 パキパキと落ち葉や枝を踏み割りながら、戦いの跡地を訪れる者がいる。小さな影の正体はピノキオだ。彼は数十分前に響いたK・クリムゾンの叫び声を聞き、戦いの行方を知るために声が発せられたであろう地点に戻ってきた。

 辺りを見渡すと、木々に血液が飛び散り固まった痕だったり、樹木が粉砕された跡である切り株ができているのが分かる。かなり激しい戦闘が行われたことが窺い知れた。

 ピノキオは切り株に座ると、K・クリムゾンがやって来る前と同じようにして人里を見下ろす。

 未だ戦火が上がっている。龍もまだいる。人里の、実に三分の二ほどが消滅していた。邪魔者、および幻想郷の有力者のいる地点の破壊活動は順調に進んでいる。

 

「うわぁ……ひどいや。ホワイトスネイクもひどいこと考えるなぁ。さっきのスタンドも、妖精騎士さんを倒しちゃったみたいだし、2人ともひどいもんだよ。子どもの味方ができないよ」

 

 

「なんだ。戻ってきたのか」

 

 

「!!」

 

 独り言を呟いたピノキオに反応をする者がいる。(ピノキオ)の背後にだ。

 ゆっくり振り向くと、そこにいたのは例のスタンド、キング・クリムゾンだった。真っ赤に染まった左手には、脳天に小さな穴が、心臓のある場所に比較的大きな穴が空いている男の死体が掴まれている。服装から見て中世ヨーロッパの狩人と考えられる。

 K・クリムゾンはピノキオが悲鳴を上げるよりも早く、男の死体を投げ捨てて彼の頭部を掴み上げた。

 

「う、うわぁあああッ! ひどいことはやめて! 僕は世界中の子どもたちのスターなんだ。僕を傷つけてしまったらみんなが泣いちゃうよ!」

 

「それがどうした。お前が何者であろうと俺には何の関係も無い。ちなみに、お前も十分()()()()()だと思うが。人里があの様になっているのは、お前のせいなんだろう?」

 

「うぎゃッ」

 

 

グシャアアアン!

 

 

 K・クリムゾンはピノキオの頭を握り潰し、ついに粉砕してしまった。風に吹かれ、ピノキオ()()()ものの破片がバラバラと宙を舞っている。

 ピノキオはK・クリムゾンは死んだものと思っていた。何せ、相手は妖精騎士と魔弾の射手、マックスであったのだから。マックスは4発目まで撃ったはずである。確かに、ストーリーの中ではマックスの弾丸はカスパールに直撃する。しかし、K・クリムゾンはストーリーの中に引っ張られていないため、4発目までも標的に当たるとホワイトスネイクに言われていた。

 だが実際は違った。標的を外したということは、望み通りに弾丸の行先を決めた悪魔がいるということだ。悪魔はいた。それが誰か、ということだ。

 K・クリムゾン。実在化したマックスにとっての悪魔ザミエルは、彼となった。『悪魔』の名を持つ本体、ディアボロ。彼の運命を背負ったK・クリムゾンは既に、幻想郷が辿る運命の中で悪魔と呼ばれるに相応しい存在となっていた。能力ではなく、運命の中で。

 

 

イスツ ウンザー(それは我々のものだ), ウンダ ザダ ズィーク(我々の勝利だ)! ウンダ ザダ ズィーク(我々の勝利だ)! ウンダ ザダ ズィーク(我々の勝利だ)!」

 

 

 子どもたちに希望を与えてきた人形。その残骸の雨の中で、K・クリムゾンの歌声は木霊していた。

 

 

 

 




『エルフィン・ナイト』の歌詞は独自訳、
最後の『魔弾の射手』は私の空耳みたいな感じですが、ガイドラインの判定ギリギリですかね……


to be continued⇒


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79.ホワイトスネイク、始動

JOJO magazine、ついに届きました!
素晴らしいなぁ


「くそッ! 地上に戻って来てみれば……『ボヘミアン・ラプソディー』はどうした!? まさかピノキオがやられたのかッ……!?」

 

 ピノキオがK・クリムゾンに破壊されてから数時間後。一体どれだけの人間、妖怪が犠牲になったのかなど誰にも計り知れない、最悪の異変が終わった時のことだ。幻想郷は赤い夕日を受けて佇んでいた。

 妖怪の山の土を踏み締め、ピノキオが殺された地点までやって来たホワイトスネイクは、虚空へ向けて叫んだ。彼の声からは今までの計画を(ことごと)く潰されてきたことによる怒りも感じられる。

 

「そんなバカな……ピノキオは妖精騎士と『魔弾の射手』のマックスに守らせていた。偶然とは思えない…………我々の存在を知る何者かが、ピノキオの命を狙ったということか!」

 

 「一体誰が」、とホワイトスネイクは歯噛みする。

 ホワイトスネイクと彼の友人たる存在は、ピノキオが『ボヘミアン・ラプソディー』を発動している間に地底へと向かっていた。本来エンプレスに回収させるはずであった、『生まれたもの』を直々に手に入れるためである。

 だが、そこで思わぬ反撃に遭ってしまった。エンプレスが取り憑いた古明地さとり、そして鬼の長である星熊勇儀とその部下たちの迎撃を受けたのだ。彼らは撤収せざるを得ない状況を迎え、今こうしてホワイトスネイクは妖怪の山に戻って来た。

 地底の住人たちの攻撃を受けることは全く予想していなかった2人だが、なぜそのようなことが起こったのかは既に分かっている。エンプレスの心を読まれたからだ。

 『ボヘミアン・ラプソディー』が解除されてから数時間しか経過していないが、地底から地上へ使者が送られた場合、ホワイトスネイクたちの計画はすぐに全て日の下に晒されてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 

「ピノキオがやられたなら……()()は早々に進めなくてはならない。私と彼で、明日にでも動き出さねば『天国』への道が……」

 

 

「ほう……貴様、天国に行きたいのか?」

 

 

「!」

 

 ホワイトスネイクの独り言に、返事をする者が現れる。突然の登場による驚きと、言葉を聞かれてしまった焦りが彼の体を突き動かし、ホワイトスネイクは声が聴こえた方へ勢いよく振り返った。

 が、背後には誰もいなかった。

 

(いや違う! 敵は()()()()()!)

 

 

バシィイイッ!

 

 

「! まさか受け止めるとは……」

 

 襲撃者は心底驚いた声を出す。彼が放った手刀は、見事ホワイトスネイクの両腕に防がれてしまったからだ。奇襲であったのもそうだが、襲撃者は己のパワーにも自信があった分、それなりに驚いていた。

 背後にいると騙し、瞬時に元の正面へ回り込む。このような芸当が可能なのは、幻想郷でも限られた者だけだ。そして、時を消し飛ばす能力をもつのは彼一人だけである。

 

「ウシャアアアアッ!」

 

キング・クリムゾンッ!」

 

____________________

 

「ハッ!」

 

「貴様……中々実力のあるスタンドと見た。そして、ようやく会えたな。俺は()()()()と会いたかったぞ。消すためにな」

 

 ピノキオを(ほふ)った張本人、K・クリムゾンはホワイトスネイクのラッシュを能力によって回避する。少し距離を取ってから時を戻すと、見下すようにして顎を上げ、真っ直ぐホワイトスネイクを見据えた。

 

「……我々の敵か。貴様もスタンドだな? しかも、時を操る能力をもっている。我々の試練となるには、充分な実力をもっていると認めよう」

 

 ホワイトスネイクはたった一度で見切っていた。時間がどのように操作されているか、それを確実に理解したというわけではない。しかし、少なくともK・クリムゾンが時を操るスタンドであるということを、ホワイトスネイクは見事暴くことができたのだ。

 攻撃を防いだ。能力を見破った。K・クリムゾンはこの2つの要因から、ホワイトスネイクは今まで対峙したスタンドの中でもかなり厄介な部類に入ると確信する。いや、分類した。

 厄介であるなら消さなくては。いずれどんな厄災をもたらすか分かったものではない。K・クリムゾンの殺意はどんどん研ぎ澄まされていく。

 

「……この『無敵』の能力をもつ俺に向かって、「充分な実力」とはナメられたものだな。取るに足らない、ちっぽけなカススタンド風情が」

 

「反応できないことはない。時を操っているものの、私が認識できない『時』において攻撃をしなかったということは…………同時に、お前もこちらに干渉できないといったところか? 不便だな」

 

 拳を構えるホワイトスネイクに対し、K・クリムゾンは特に姿勢を変えるでもなく直立不動。正反対の行動をしているものの、2人は互いに互いを煽り、相手の精神を揺さぶろうとする。その点においては共通するものがあった。

 2人の睨み合いは数秒間続いた。数秒後、その時はホワイトスネイクによってもたらされる。

 

「シィッ!」

 

「!」

 

 ホワイトスネイクは地面を蹴飛ばし、K・クリムゾンとの距離を一気に詰める。

 掲げた拳は風を切り、狙った獲物へ真っ直ぐ打ち込まれた。だが、当たることは決してない。時間を吹っ飛ばし、K・クリムゾンはホワイトスネイクの背後へ回り込む。

 しかし時の消し飛んだ暗黒の世界で、K・クリムゾンはある事に驚くことになる。

 その世界で彼の目には、他者の未来の動きの軌跡が見える。ほんの数秒後のホワイトスネイクは、背後に回ったK・クリムゾンに応戦せんと構えを取っていた。

 

「……最初から後ろに回ることは想定済みだったようだな。だが、俺も馬鹿正直にそのまま突っ込むことはない。一歩だけ距離を取るか」

 

 K・クリムゾンはその言葉の通りに、振り向いて背後にラッシュを仕掛けているホワイトスネイクから距離を取る。経過時間はきっかり5秒。K・クリムゾンは能力を解除した。

 

「……! これはッ…………!?」

 

「時間を吹っ飛ばした!」

 

 時が元に戻り、5秒後の世界を再び認識したホワイトスネイクはようやく全てを把握した。K・クリムゾンの時を飛ばす能力について。

 だが、同時に強い焦りも覚える。ホワイトスネイクは時が消し飛んでいる間にラッシュを打ち、戻った瞬間に手を止めてしまった。両拳の間から見える向こうの景色には、不敵な笑みをこぼすK・クリムゾンの姿が見える。K・クリムゾンはこの時を狙っていたのだ。

 

「手が止まっているぞ。ガードしなくていいのか」

 

「ぬぅ!?」

 

 

ドゴォオオッ!

 

 

「うがあアアッ!!」

 

 K・クリムゾンはホワイトスネイクが再びガードするよりも早く、その剛拳を彼の腹部に叩き込んだ。苦悶の表情を浮かべるホワイトスネイクだが、K・クリムゾンは一切の容赦なく拳をねじ込んでいる。

 

「どうした。能力は使わないのか? 抵抗しないのか? 無意味な行為だがな!」

 

 

ドボォアアア!

 

 

 K・クリムゾンは拳を一度引き抜くと、立つのもやっとな状態のホワイトスネイクの胸に第二撃目を加えた。人間ならば心臓がある中心部だ。

 かつてブチャラティにやったように、拳で胴体を貫いてやった。傷口とK・クリムゾンの手首との隙間から、ホワイトスネイクの真っ白な体色とは打って変わって派手な赤色の血液が流れ出る。ドバドバと止めどなく。

 K・クリムゾンは「仕留めた」と確信した。触れている感覚は確かに有り、生温かい血液は自分の腕を確かに伝っている。これは紛れもない事実だ。

 そう思っていたが…………

 

 

ザザッ……ザッーーーー

 

 

「!? な、何だ! これはッ!?」

(猿……か!? こいつは! ス、スタンドではない)

 

 突如、ホワイトスネイクのビジョンに、ブラウン管テレビの砂嵐のようなものが現れる。何とも言えない、耳を突く豪雨のような音とともにホワイトスネイクの体はモザイクに包まれてしまった。

 しかし、それも束の間。すぐにモザイクは消えた。

 砂嵐が消え、中から現れたのはホワイトスネイクではない。彼の代わりに胸をK・クリムゾンの腕に貫かれ、既に絶命している猿の妖怪の死体であった。

 

「いつ入れ替わった!? こいつ、まさか最初から……」

 

 K・クリムゾンはハッとする。

 彼は無意識に能力を発動していた。時を消し飛ばす方ではない。額にあるもう一つの顔、墓碑銘(エピタフ)による未来予知の能力である。

 頭の中に刷り込まれる、数秒後の未来の光景。それは自分の目から見た一人称視点の景色ではなく、自分すらも客観的に映す三人称の写真のよう。

 エピタフで予知した未来の光景には、背後から攻撃を仕掛けるホワイトスネイクと、頭部から何か銀色に光る円盤のような物が取り出されるK・クリムゾン自身の姿があった。

 

「まずいッ……! キング・クリムゾンッ! 時よ、消し飛べェーーッ!!」

 

 

グニュウウウウウ

 

 

「こいつ、俺の背後に……いたのか…………」

 

 エピタフで見た未来は、時を消し飛ばすことによって確実に回避することができる。未来の映像にあったように、ホワイトスネイクはやはり攻撃を仕掛けてきた。

 スローな動きとなったホワイトスネイクの横薙ぎの手刀がK・クリムゾンの頭部を狙う……ものの、K・クリムゾンは首を少し後ろへ傾けて避ける。そして水中を漂うダイバーのように、空中を漂いゆっくり後退した。一抹の安心は得られた。

 ひとまず攻撃は避けたわけだが、K・クリムゾンとしては少し気になることが出てきてしまった。ホワイトスネイクの能力についてだ。やつは一体、自分から何を()()()()()のか?

 

「頭から抜き出したところから考えるに、間違いなく頭部に関わる何かだろうな…………視界や嗅覚といった感覚を円盤状にして奪うのか? 少なくとも、俺と同じで2つ以上の能力をもっているのは確定した」

 

 猿の妖怪を自分に見せかけた『幻』の能力と、円盤状の何かを奪う能力。

 彼自身の知るところではないが、K・クリムゾンの憶測はかなり実際の能力の詳細に近いものであった。たしかに、他者や自分に対して()()()()()()()()()

 だが、K・クリムゾンはすぐに思ったことを心の奥底にしまい込んだ。彼の目的はあくまで、流れ着いた者を消すこと。能力など、殺してしまえばどんなものをもっていようとも同じである。

 

「時間だ。時は再び刻み始める」

 

「……! おっと、外してしまったか…………」

 

「慎重なやつだな。まさか身代わりを用意しているとは。まともにやり合って勝てない相手と踏んでいたからか? 正面からの迎撃には自信が無いと」

 

「そういうわけではない。私の能力は触れて発動するタイプだからな……そのことに既に、お前は気付いているんだろう?」

 

「!」

 

 K・クリムゾンの目元がピクリと動いた。

 「なぜバレた?」と思ったから。それに他ならない。

 できる限り図星だと悟られぬよう(エピタフの存在は隠したいため)、無表情と無言を貫こうとするK・クリムゾンへ、ホワイトスネイクは言葉を続ける。

 

「お前の能力とパワー、そしてスピード。たしかに『無敵』を自称するだけのことはある。ではなぜ、そんなに距離を取る? 何か悪い予感でもしたかな? 私の能力を知っているから、そういう対応をするのだろう?」

 

「………………」

 

「……答えないか。まぁ、いい。お前の能力のことも分かりかけてきた。()()()()()、さっきよりかは多少は変わるだろう……」

 

 そう言ったホワイトスネイクは、自身の人差し指を歯で噛みちぎった。分断したのではなく、あくまで表面に傷を付けただけだ。

 K・クリムゾンにはこの行動に見覚えがある。それはかつて、彼の本体の組織を嗅ぎ回ったJ=P・ポルナレフと裏切り者のジョルノ・ジョバァーナが行った、時が消し飛んだことを認識する方法だ。

 傷口から垂れる血液に注目し、一瞬にして垂れ落ちた血痕が増えた時、K・クリムゾンが能力を発動したことに気付くことができる。

 まさかそれをホワイトスネイクも考えつくとは。

 

「どうした? 己が『無敵』だと言うのなら、かかって来ればいいじゃあないか」

 

 挑発されている。かつての自身(ディアボロ)であれば、まんまと乗って時間を吹っ飛ばしただろう。それでも、負けることはないだろうが。

 しかし、今のK・クリムゾンはジョルノ・ジョバァーナとの戦いに敗北している。あれはディアボロの娘、トリッシュの言葉に反応してしまい、退き際を逃してしまったのが原因だ。

 ここから注意深く行動しなくては、あの時のようにかえって自分の身を危険に晒す。それだけは避けなくてはならない。今はどうするべきか。行くか、それとも退くか。

 

 

バキバキバキ バキィ!

 

 

「!」

 

「何だ!?」

 

 K・クリムゾンが頭を巡らせていると、間近で木々が倒れていくような音が響いてきた。

 自然に倒れたわけではない。それはすぐに分かった。

 二人の間に割り込むように、木々を押し倒しながら巨大な影がヌッと現れた。土のような茶色の湿った皮膚に、大量のイボがある。前まで後ろも、足の指は4本。口は左右の目の端と端よりも後方へ裂けている。

 現れたものの正体は超巨大なヒキガエルであった。

 

「ギョロロロロ…………」

 

「……妖怪か!」

 

「……ちょうど良い。こいつを利用させてもらうか」

 

 ヒキガエルの妖怪は前足を薙ぎ払い、K・クリムゾンを攻撃する。だが時を飛ばすまでもない。K・クリムゾンは攻撃を跳んで回避した。

 その隙を突き、ホワイトスネイクはヒキガエルの上に飛び乗る。すると、その巨大な頭部に向かって腕を突き刺した。脳が潰れ、血が噴き出す。といったことはなく、その代わりにヒキガエルの目が虚となり、動きが止まった。

 ホワイトスネイクの能力は、これより発揮される。

 

「『お前に命令する』! 『私の手足となり、敵を排除しろ』!」

 

「…………!」

 

 ヒキガエルはビクッと震えると、改めてゆっくりとK・クリムゾンの方へ振り返る。ホワイトスネイクは不敵な笑みを浮かべ、ヒキガエルの頭に手を突き刺しているままだ。

 これこそホワイトスネイクの能力の一つ。彼は対象の頭に直接手を差し込み、命令を下すことができる。ヒキガエルの妖怪はたった今、ホワイトスネイクの傀儡(かいらい)となった。

 

()()()能力か」

 

「ああ。そうとも。さぁ、踊れ」

 

 ヒキガエルは上体を起こし、両前足をK・クリムゾンへ振り下ろした。しかし避けられる。舞い上がる土埃に紛れ、ヒキガエルの左手側へと跳んだ。

 それを見たヒキガエルは、今度は大口を開けて舌で攻撃する。まるで大砲のように撃ち出された舌先は、K・クリムゾンのいた地点を大きく抉った。土や砂利を吹き飛ばすが、舌先もそれらもK・クリムゾンを捉えることはない。

 今度は消えた。時間を飛ばされたのだ。

 

「背後…………いや、頭上(うえ)かッ!」

 

「ご名答」

 

 ホワイトスネイクが見上げれば、上から拳を構えたK・クリムゾンが降ってくる。

 急ぎ腕をヒキガエルから引き抜き、腕を重ねてK・クリムゾンの攻撃を防いだ。だが、パワーはホワイトスネイクの方が劣っていたようで、ダメージは受けないがヒキガエルの頭上から弾き出されてしまう。それと同時にヒキガエルの動きも完全に止まった。

 

「ん……?」

 

 ホワイトスネイクの代わりにヒキガエルの上に乗ったK・クリムゾン。彼はそこで、奇妙な物を見つけた。銀色に輝く円盤の一部が、ヒキガエルの頭から回転しながら出てきている。

 K・クリムゾンはそれを見て確信した。これだ。これが、エピタフで予知した未来で自分がホワイトスネイクから奪われていた物だ。

 おもむろに円盤を引っこ抜くと、K・クリムゾンはそれをまじまじと見つめる。

 

「……何かのディスクか? 表面にはカエルの顔が映っているな。持ち主の顔か。壊れは……しないか。ゴムのように元に戻る」

 

 バギッと円盤を半分に折るが、バネかゴムのように跳ねながら元の形に戻ってしまう。K・クリムゾンの力では破壊するのは無理そうである。

 そういえば、この円盤はカエルの頭部から出てきた。同じように、自分の頭部に円盤を挿し込めるのではないか? K・クリムゾンは試しに円盤を側頭部に近付けてみる。

 

「ぐおっ!?」

 

 円盤は吸い込まれるようにK・クリムゾンの頭部に入ってしまう。円盤全体が入るわけでなく、半分までしか入らなかったが、この円盤が()()()()()()()()()はすぐに判明した。

 K・クリムゾンが動きを止めている間、ホワイトスネイクは彼を睨みつけながら立ち上がる。彼はどこからか円盤を取り出すと、K・クリムゾンへ狙いをつけた。投げつける気だ。K・クリムゾンが持っているカエルのディスクとは違い、ホワイトスネイクが投擲しようとしているディスクの表面には何も映っていない。

 ホワイトスネイクの能力は、未だ未知の部分が多い。空っぽのディスクに、一体何の力が眠っているというのか。

 

「戦いの途中に他ごととは……殺されても文句は言わんのだろう!」

 

「フン!」

 

 

バチィイイッ!

 

 

「うぐッ!?」

 

 ホワイトスネイクがディスクを投げようとした直後、それを既に予知していたのだろう。K・クリムゾンは素早く頭からカエルのディスクを抜き出し、ホワイトスネイクが掲げた空のディスクへと投げ当てた。

 ホワイトスネイクは思わずディスクを手放してしまい、2枚のディスクは地面に落下する。

 

「そろそろ時間だ。お前を今殺せないのは残念だが…………さすがに2()()を相手する体力は、昼間に使い切ってしまっているのでな。また会おう」

 

「! 待てッ!」

 

 ホワイトスネイクの言葉を聞かず、K・クリムゾンは時間を消してどこかへ消えてしまった。エネルギーを感知して位置を特定しようとしたものの、気配も完全に消されており、追跡は不可能となる。

 早々とした撤退。先のジョルノたちとの戦いで大切なことであると再確認した。能力も相まって、K・クリムゾンの動向を探れる者というのは、幻想郷内でもかなり少ないだろう。いや、ひょっとしたらいないかもしれない。

 ホワイトスネイクは西の空から差す夕日を浴び、木々の間にただ目をやって歯を強く噛み締めた。ここまで何一つ上手く行っていない。刺客は全て倒された。切り札(ピノキオ)も殺された。

 今度は自分たちの番だ。自分たちが動かなくてはならない。しかし、地底では情報が漏れたことで返り討ちに遭っている。目的を達成するには、『天国』へ行くにはどうしたらよいのか。

 

 

ドグシャアアアン!

 

 

「!」

 

「ホワイトスネイク……ここにいたスタンドはどうした? 始末したのか?」

 

「……いや…………逃げられた。敵は時を操るスタンドだ。君と同じく」

 

 突如、ディスクを引き抜かれて項垂れているヒキガエルが、大量の血しぶきを撒き散らして何かに押し潰されてしまった。全身にバレーボール大のクレーターが無数にできている。

 そんなヒキガエルの死体を踏み締めて現れたのは、ホワイトスネイクの友である。黄金の肉体に赤い液体を纏い、彼はホワイトスネイクに歩み寄った。

 

「……我々は何としてでも『天国』に向かわねばならない。試練は、強敵であるほど良い……そうだろう? ホワイトスネイク」

 

「ああ……そうだ。友よ」

 

「共に行動するのをやめ、二手に分かれるぞ。私が幻想郷にはびこる住人たちを倒す。その間に、君が『天国』への足掛かりを掴むのだ」

 

 スタンドはホワイトスネイクへカエルのディスクを手渡す。彼は既にディスクを頭に挿していた。ディスクを挿し、あのヒキガエルの妖怪の『記憶』を見たのだ。

 ホワイトスネイクが取り出したディスクは、対象の記憶である。あのヒキガエルのディスクで見えたのは、妖怪の山のどこかにある池にて、守矢神社の洩矢諏訪子がカエルたちと戯れながら水浴びをしている様子。

 スタンドはホワイトスネイクに、「守矢神社へ向かえ」と言った。神であるなら、()()()()()()()()際、幻想郷に何が起こったのか知っているだろう。それを暴けとのことだ。

 

「……幻想郷は強者揃いだ。君一人で全て倒せるとは…………とてもじゃないが思えない。地底でも、あの星熊勇儀と互角だったろう」

 

「………………」

 

 スタンドは自分の拳を見つめる。

 正確に言うと、互角であったのは見てくれだけだ。特にパワーは勇儀の方が上であった。あの怪力無双の鬼の拳とスタンドの拳がぶつかった際、ヒビが入ったのはスタンドの方である。

 今やすっかり修復したものの、ホワイトスネイクは分かれて行動することに反対だとしていた。それは賢い彼も分かっているはずだった。それでも分かれようとしているとなると、彼には他にやりたいことがあるのだ。

 

「君ならば、守矢神社を制圧することは簡単だ。能力を使えば…………私はあくまで、『天国』へ向かう上での邪魔者を消すだけだ。全て根絶やしにするつもりは毛頭無い」

 

「と言うことは、博麗の巫女を消すつもりか?」

 

「ああ、そうとも。それに、この山を降りれば、吸血鬼の館があるらしい……懐かしい響きだろう? 吸血鬼だ。なぁ、我が本体よ……」

 

 スタンドの狙いはそちらの方が大きいようにも聴こえた。

 ホワイトスネイクは思う。彼のことだ。万一にもやられることはない。この地に来てからも、彼はさらなるパワーアップを遂げている。自分さえ上手くやれば……それで良いのだ。自分たちに失敗など無い。

 悲願を邪魔するジョースターは、幻想郷にはいないのだから。

 

 




to be continued⇒


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80.私と友だちにならないか?

タイトルでお分かりでしょう。
いよいよ彼の登場です。


 『ボヘミアン・ラプソディー』による最悪の異変が幕を閉じ、一夜明けたこの日。紅魔館では、ファンタジー・ヒーローが大暴れしたことによる被害の、その復興作業が行われていた。

 特に図書館の具合がひどく、『鏡の国のアリス』から出てきたジャバウォックというバケモノに、蔵してある本という本を焼き払われてしまった。

 管理者たるパチュリーはその時、『不思議の国のアリス』のストーリーに引き込まれており、フランドールとともに巨大化したり小さくなったりとで忙しく、ジャバウォックを止めるのに手こずってしまったのだ。

 

「妖精メイドは復活するからいいとして……ホフゴブリンの被害も中々……改めて生存者確認をする必要があるかしら」

 

 エントランスに早歩きで訪れたのは、メイド長の十六夜咲夜だ。手に持つ書類には紅魔館そのものと、従者たちの被害状況を整理した情報が載っている。

 それをペラペラとめくりながら、ブツブツ呟きながら紅魔館中を歩き回っていた。

 

「!」

 

 ふと、咲夜は足を止めた。エントランスの真正面、館の正面扉が開けられているのが見えたからだ。人が一人通れそうなぐらいの扉の間から、日光が溢れ出ている。

 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは吸血鬼だ。日光は苦手なものの一つであり、従者たちには昼間は日光が館内に差し込まないようにする気配りが必要とされる。

 誰が最後に出入りしたのかは知らないが、後で厳重に注意しておかねば。

 咲夜はため息を吐くと、書類を脇に挟んで扉の方へ近付いた。

 

「……太陽は綺麗だこと。昨日は散々な日だったのに」

 

 

「全くそうだな。『ボヘミアン・ラプソディー』の被害がここまで及んでいたとは」

 

 

「!!」

 

 突如、背後から男の声が聴こえてきた。

 妖しく、艶めかしい、色気のある声。だが同時に、咲夜に並々ならぬ威圧感を与える。

 勢いよく振り返れば、扉と対極の位置にある階段の前に何者かのシルエットがあった。脚から腰、腰から肩、そして腕の筋肉がかなり発達した、まさに筋骨隆々といった影。一目見ただけで、強者だと思わせる凄みがある。

 

「あなた……一体何者ッ!? まさか、スタンド!?」

 

「ご名答。お嬢さん(ミセス)。ここ、紅魔館の主のレミリア・スカーレットという吸血鬼に用があるのだ。良ければ、彼女の居場所を教えてほしいのだが」

 

 スタンドは艶のある声で、咲夜に話しかけ続ける。彼女の直感は、目の前の者に対してすぐに危険信号を出していた。こいつは、強い敵だと。

 だが、まるで蛇にスルスルと首に巻きつかれたかのように、咲夜の体の自由は無の彼方へと奪い去られていく。距離を取らなければならないのに、レミリアに報告しなくてはならないのに、助けを呼ばなくてはならないのに、体はそうしようとしない。無理矢理注目させられているように、視線も外せない。

 尚もスタンドは、不敵に笑って咲夜にコンタクトを取ろうとした。

 

「どうした? 言葉を発せないのかね? 私は威圧しているのではないよ。ただ尋ねているだけだ…………私に力を貸しておくれ。君の力を……」

 

「あ……う、うぅ……」

 

「レミリア・スカーレットに仕える美しい従僕よ…………代わりに、この私に仕えてみないか?」

 

 スタンドはただ尋ねていると口にしているが、違う。彼が行っているのは、間違いなく誘惑と言うのだ。それを故意でしているのか、あるいは本気で尋ねるつもりで()()()()()()()のか、それは咲夜には分からないことである。

 しかし、そんな彼女にもハッキリ言えることが一つだけある。それは、このスタンドの誘いに対して「NO」と拒絶する言葉だ。

 

 

ギュオオオン!

 

 

「ム!」

 

 咲夜は高速で腕を振り抜き、隠し持っていたナイフの一本をスタンドへ向けて投げつけた。しかし、奇しくも寸前で回避されてしまう。

 だが隙を突いてこの場を飛び退き、距離を取ることには成功した。

 スタンドは背後に回った咲夜へ振り返り、笑みを崩さず彼女を真っ直ぐ見据える。彼の様子は「避けてやったぞ」と言いたげなようにも思えた。

 

「私は高貴たる紅魔館の主、レミリア・スカーレットに従するメイド、十六夜咲夜。あなたのような下賤な者に付き従うことはないわ! さぁ、この銀のナイフの錆になるがいい!」

 

「銀のナイフ…………吸血鬼退治の道具か。もう数日前だったら、効いたかもしれ……」

 

「時よ、止まれッ!」

 

 

ドォオ〜〜ーーン!

 

 

 スタンドが言い終わるよりも先に、咲夜は能力を発動する。時は止まった。今この時は、宙を舞う塵も、スタンドも、全て等しく静止するのだ。

 ひとまず安心を得られたため、咲夜は深呼吸をする。()()は久しぶりに感じた恐怖だった。スタンドそのものに対して、と言うより、あの妖艶な声を意識から振り切れなかったことがとても…………怖かったのだ。完璧、瀟洒と呼ばれる彼女が珍しく身震いした経験だった。

 だからこそ、このスタンドは打ち滅ぼさねばならない。

 

「あなたが何者なのか。よく分からないままだけど、とにかくお嬢さまに会わせるわけにいかないわ。ここで詰み(チェックメイト)よ」

 

 咲夜はスタンドの周りを飛び回り、逆放射線状にナイフを配置していく。

 時が止まっている間にこの表現はおかしいが、数分にも渡ってナイフを置いていった結果、やがて人が隙間を通れないほどのナイフ群の檻ができあがった。

 スタンドは動かない。動けるわけがないし、動こうとするわけもない。もはや、これで始末は完了した。咲夜はそう確信する。

 

「時は動き出す!」

 

 能力解除。もう数瞬の内に、ナイフの群れがスタンドを襲うだろう。

 だが、咲夜の目には時が動き出すよりも早く、スタンドが口角をつり上げる様子が見えていた。

 

 

____________________

 

 

「咲夜? どこにいるの? さっきから呼んでるのに、聴こえてないのーー?」

 

 エントランスの階段を降りてくる者がいた。咲夜よりも頭一つ分以上背が低く、背中にコウモリのような羽が生えたシルエット。幻想郷にいる者なら誰でも知っている、レミリア・スカーレットその人だ。

 彼女自身が言うように、先程から咲夜はレミリアに呼び出しを受けている。普段なら時を止め、ほぼ言い終わると同時に参上するはずだが、今日はなぜかそうはいかない。

 レミリアも咲夜が忙しいことは分かっているが、それでも紅茶を飲みたいという欲求も大切だ。そして、そんな主の要求に応えるのが従者であると互いに認識している。忙しいから、と気を遣うことはない。

 

「どこに行ったのかしら。他のメイドたちは図書館に行ったって言うから、わざわざ館の反対側まで来たのに。咲夜ぁ〜〜?」

 

 名を呼び続けるレミリア。すると、彼女は階段の脇に何かが置かれているのを目にする。いや、置かれているというより、無造作に放置されているだけのようだ。

 「何でこんな物が?」と思いながら、レミリアはため息を吐く。後でゴミを放置していたことを咲夜に叱ろうと決め、彼女は階段脇にあるものに近付いた。

 だが、距離を詰めたことによって、そこにあったものの正体はすぐに判明する。ゴミなんかではない。それはゴミのように捨て置かれた、咲夜本人であった。

 

「なっ……咲夜!? どうしたのッ!? 一体誰に……」

 

 レミリアは急いで咲夜を助け起こす。しかし咲夜は既に気を失っており、上体を起こされても再び力なく倒れ伏せようとするばかりだ。

 咲夜に目立った外傷は無いものの、鼻や口からは血が垂れている。おそらく、体の中で損傷した箇所があるのだろう。チラリと咲夜の背後を見てみれば、壁にクレーターができている。その中にちょうど咲夜が収まりそうなほどの大きさのだ。きっと何か強い力で吹き飛ばされたに違いない、とレミリアは確信する。

 

「……この館に侵入した誰かがいるようね。弾幕を張った形跡も無いし、相手は幻想郷に入ってきたばかりの妖怪か、あるいはスタンドといったところ。待ってて。今パチュリーのところに…………」

 

 レミリアは咲夜の肩を担ぐと、パチュリーのいる図書館へ向かおうとする。

 だがその瞬間。ゆっくりと歩きながら階段の前を通り過ぎるその瞬間、レミリアは階段の上に何者かが立っているのを横目に収めた。

 紫外線を完全に遮断する、特性のステンドグラスから漏れてくる赤い光を背後から浴びて、その者はレミリアを見下ろしていた。

 

「侵入者ッ……!」

 

「やぁ、はじめまして。レミリア・スカーレット。私は君に会いたかった」

 

 一般の男性と比べても、さらに太く逞しい肉体をもつその者は、間違いなく紅魔館の住人ではない。レミリアは考えるまでもなく、口から声を漏らした。

 明らかな怒気と敵意を表し始める吸血鬼レミリアだが、目の前のスタンドはそんな彼女に一切臆することなく言葉を続ける。

 

「時を止めるとは、そのメイド。中々()()()人間ではないか。そんな彼女を従わせる君に、私はとても興味を惹かれている。そこで、君に少し提案があるのだが」

 

「……!」

 

「私と、共に来る気はないか?」

 

 スタンドはレミリアへ手を伸ばし、彼女を勧誘する。

 自分の力を認める存在ではあろうが、それでも咲夜を痛めつけた者だ。レミリアが心変わりすることはない。だが、どうしてか。レミリア自身もこのスタンドに、ほんの少しだけ興味が出てきた。否、引きずり出された、と言った方が感覚には合っている。

 それもあり、レミリアは黙ってスタンドの語りに耳を貸す。

 

「人間は、恐怖や不安を克服するために生きている。家族や友人を欲しがるのもそうだし、金のために職に就こうとするのも、愛と平和のために戦おうとするのもそうだ。根底には、不安や恐怖から逃れたいという意思がある」

 

「………………」

 

「では、吸血鬼はどうか? 我々は人間ではない。やつらを超越した存在だ。そして地底の鬼よりも能があり、山の天狗よりも優れている。君を見て確信した。我々なら、幻想郷を支配することができる。そう思わないか?」

 

「ふゥん…………それで、私に協力してほしいの?」

 

「クックックッ…………かつて紅霧の異変を引き起こし、幻想郷中を手中に収めようとした君と我々が手を組めば、何者をも超えた支配者になれる。紅霧の異変で叶えられなかった君の野望も叶うだろう。どうだね? ひとつ、私と友だちにならないか?」

 

 スタンドはレミリアを本気で誘っている。逆光で表情は分かりづらいものの、それでも彼の視線は真っ直ぐレミリアへ向けられているのは感じられる。

 レミリアはどう思っているのか。スタンドは彼女と自分を合わせて「我々」と言った。それは吸血鬼とスタンドという人外だから、という意味ではない。レミリアはそれを確かに読み取っていた。

 レミリアは知っている。スタンドには本体がいる。この「我々」というのは、このスタンドの本体が吸血鬼だったからこその表現だと、彼女はそう断定した。

 同じ吸血鬼という共通点。それは互いの認識に行き届いた。スタンドは待ち続ける。レミリアが、どんな判断を下すのか。

 

「フフ……おバカね。なるわけないでしょ。バーーカ」

 

「………………」

 

「主張はよく分かったわ。でも、私と一緒にとなると、私のことをよく知ってもらわないとね。私が紅霧を起こしたのは幻想郷を支配するためじゃあない。堕落してると思って、ちょっと刺激を与えるためにやったのよ。私の()()()はお呼びじゃあないわ!」

 

「……決裂か。なるほど。で? ()()()()()()()?」

 

「咲夜をこんなんにしたのも赦せないから、あなたとは組まない。かつ、その落とし前のために、あなたを倒してみせよう。幻想郷を支配するとなると、博麗の巫女や八雲紫が黙ってないけど、その前に私が潰す」

 

「フン」

 

 スタンドは鼻を鳴らし、階段を降り始める。

 レミリアは咲夜を離れた位置に寝かせ、正面扉の手前に再び戻る。

 似た者同士の戦い。レミリアはそれを否定するだろうが、少なくともスタンドはそんなシンパシーを感じていたからこそ、レミリアを自分たちに誘ったのだ。

 だが、断られても何も感じていない。同じようなことは過去にいくらかあった。ポルナレフ、花京院、アヴドゥル…………他にもいるかもしれない。そしてそんな連中は、こぞって()()()()()()()()

 

「ならば、死ぬしかないな。レミリアッ!」

 

「あなたがもう一度死ぬのよ。今度はコンティニューも無しでね!」

 

 レミリアは一枚のカードを放り投げると、両手を力強く重ね合わせる。手の中にある物を引き伸ばすかのように、腕を大きく動かして手を離すと、左右の手に紅色の巨大な弾幕が出現した。

 

「神槍.グングニル!」

 

 大きくのけ反り、その反動を上手く利用して2つの巨大な弾幕をスタンドへ投げつけた。球状の弾幕は高速で飛ばされ、見かけはどんどん長くなり、まるで槍のように変化する。

 攻撃は始まった。だが、スタンドは避けようともしない。かと言って、腕を重ねてガードしようともしない。ただ腕を腹の前で交差させ、身を屈めるだけだ。

 レミリアは確信した。当たった、と。

 

 

「『世界(ザ・ワールド)』!!」

 

 

ドォオ〜〜ーーン!

 

 

 弾幕(グングニル)はスタンド、世界(ザ・ワールド)の数cm手前で静止する。レミリアも静止した。巻き上がった塵や埃もその場に静止した。

 これが『世界』だ。咲夜と同じ、時を止め、その世界に入り込むという能力。

 ザ・ワールドは弾幕の横を通り過ぎ、レミリアの方へと歩いていく。投げつけた時の、腕を前へ放ったポーズのままのレミリアの背後へ回ると、彼は拳を握った。

 

「これが……『世界(ザ・ワールド)』だ…………」

 

 

ドッゴォアァーーーーッ!

 

 

 ザ・ワールドの拳はレミリアの腹を貫いた。小ぶりなために、彼女の胴体の半分以上を貫いた拳が占めている。心臓から腸の辺りにかけて、確実に破壊された。

 それでもこの時の止まった世界では、レミリアは悲鳴を上げることはない。痛みを感じることもなく、また、死ぬこともない。全ての因果は止められているのだから。

 ザ・ワールドは悠然と扉へ向かい、そして開ける。太陽がまだ東の空を昇りかけている屋外へ足を踏み出すと、扉を閉め始めた。

 

 

「22秒経過。時は動き出す」

 

 

 バタン! と扉が閉まると同時に、とてつもない轟音が紅魔館の付近中に響き渡った。グングニルが館の壁を貫き、破壊した音である。

 その様子はと言うと、紅魔館の中心から紅色の光が飛び出し、まるで火山が噴火したかのような黒煙が湧き上がるというもの。誰がどう見ても、明らかな異常事態であった。

 攻撃されたレミリアは、命に別状は無かった。しかし、ダメージが大きかったのは確かであり、大量の血をエントランスにばら撒いて気絶してしまっている。また、ステンドグラスを自身の弾幕で破壊してしまったため、直射日光が館内に注ぎ込むという事態も起こっていた。それ故に、レミリアの半身は既に灰と化していた。

 

「ここまで派手にやったのだ。もう気付いているだろう。来い。博麗の巫女よ……」

 

 ザ・ワールドは紅魔館の時計塔の頂点に立ち、幻想郷の調停者を待ちわびるのだった。




レミリアを想像すると、横からHELLSINGのアーカードが出てくるんですよね。あの幼女形態の。

不具合というか、縦書きで読んだ時に世界(ザ・ワールド)の文字縁色が正しく表示されない、ということがあったので色は無しです。
ルビがあると機能しないのかな?

to be continued⇒


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81.DIO()に仕える神父(Christian)

投稿が遅くなり、本当に申し訳ないです……
言い訳としては何ですが、私情で忙しくなり始めたのです。投稿は頻度は落ちますが、それでもいわゆる『エタる』なんていうことはありません。
待っていてくださると幸いです。


 紅魔館が世界(ザ・ワールド)に襲撃されるよりも数分前のこと。

 妖怪の山中腹に位置する守矢神社にも、とあるスタンドが訪れていた。

 しかし、『襲撃』とは違う。戦いが起こった跡は周りに無く、弾幕の光や音が放たれたのを知っている者はいない。守矢の者も含めて。

 そして彼らは、神社屋内の居間にて会談を行っていた。

 

「ほう。『天国』か。お前たちはそこへ向かうために、私たちに手を貸してほしいと?」

 

 こたつが取り除かれた部屋で、八坂神奈子は自分の向かい側に座る者へ問い直す。彼女の客は、どうやら神奈子たち守矢の者に力を貸してほしいと頼み込んできたようである。

 『天国』に行きたい、とはまた変わり種がいたものだ。幻想郷の住人は天国より、どちらかというと冥界に行きたがる。閻魔に裁かれ、魂は冥界にて転生の時を待つ。その仕組みを知っているからだ。

 

「だが、神の力に頼るとなると、あるものが必要になるんだよ。何か分かるかね?」

 

「ええ。知っていますとも…………信仰、でしょう?」

 

「ああ。分かっているじゃないか」

 

 神奈子は笑みをこぼす。しかし、目は笑っているわけではない。過去の経験から、相手を信用しきれていないだけだけだ。

 彼女は以前、守矢神社を妖怪の山に移転させた件でスタンド、グリーン・ディを安易に受け入れた。だがそれが原因で、後日幻想郷中で多大な被害が出てしまった。

 過去の経験から。今、彼女の目の前にいるのはスタンドである。胡座(あぐら)をかく神奈子に対し、礼節をわきまえ、座布団の上にぎこちない様子でありながらも正座をするスタンドだ。それはホワイトスネイク。

 

「我々は人間の魂、精神から生まれた存在…………信仰心など、当然のことながら持ち合わせております。心配なさらぬよう」

 

「ならいいがな。私たちは以前、スタンド絡みで厄介ごとがあってね。そして、昨日も。とても大変だったよ。絵本や絵画の中から、キャラクターが飛び出してくる異変だ」

 

「……ええ。存じています……」

 

「タイミングが良いな。ぴったり翌日に、お前が神社に来るなんて」

 

「……………」

 

 神奈子は圧をかけて話す。それに気押されてなのか、ホワイトスネイクは口を紡いだ。視線はやや下を向き、膝の上では拳がギリギリと握られている。

 部屋は完全に2人きりのように見えるが、実は部屋の隅には早苗も控えている。神奈子は彼女にも効くほどの、相当の威圧をホワイトスネイクに与えているようだ。早苗は一言も喋らなかった。

 

「タイミングというのは? まさか我々のことを疑っておいでで?」

 

「可能性の話をしたまでだ。そう焦るなよ。スタンド。そして、滅多なことを言うんじゃあない。疑う、信じるの領域の話でもないさ。調べればすぐに分かる」

 

「……ならば、我々の身の潔白は証明できますな」

 

「ふふふ。さぁ、それはどうかな……」

 

 パチンッ! と神奈子は指を鳴らす。

 それを耳にした早苗はドタドタと慌ただしくしながら、何やら布に包まれた箱のような物を持ち出して来た。早苗の胴体よりも大きめの木箱である。

 早苗は神奈子の側に箱を置くと布を取り去り、いよいよ開封した。

 中にあった物とはささくれに(まみ)れている、バラバラに破壊された木製の何か。人の手で加工された跡があり、滑らかな球体や絵の具で着色された箇所も見られる。

 

「これは…………」

 

()()、見覚えないかい?」

 

 神奈子は箱の中から一際大きな木の塊を持ち上げる。ホワイトスネイクはそれを見た瞬間、ビクッと体を震わせた。何かに気付いたように。

 神奈子が手に持っているのは、雑に釘や紐で修理された木の人形の頭部。その大きな特徴として、人形の顔の真ん中に細長い棒が付いていた。

 

「その反応。何かエラい物でも見たかしら?」

 

「ッ…………!!」

 

「バレバレなんだよ。スタンド。お前たちのことは既に天狗が把握済みだ。妖怪の山は彼らの家。ゴキブリでもない限り、奴らは絶対に捕捉するよ」

 

 白狼天狗、犬走椛。千里眼をもつ彼女はいち早く山の異変に気付き、侵入者を捕捉した。彼女の報告によれば、ホワイトスネイクはキング・クリムゾンと思しき者と交戦していたという。

 バレていた。ホワイトスネイクはいかにも「まずい」という表情を浮かべ、逃走するために畳を蹴って縁側へ続く障子へと向かう。

 しかし……

 

 

バグオオオオン!

 

 

「うがあああッ!!」

 

「逃がしはしないよ。この人形が破壊された後に異変が収まったことはバレバレだ。そして、この人形とお前の関係も何となくは、ね」

 

 ホワイトスネイクの右脚は爆裂し、障子に手が届くまで数センチというところで倒れ伏してしまう。襲ったのは神奈子の弾幕だ。周りに被害が出ないよう、エネルギーをグンと凝縮した一球である。

 神奈子は早苗に振り返って指示を下す。

 

「早苗、諏訪子を呼んできてくれ。この腐れ外道スタンドを捕縛するわよ」

 

「は、はい!」

 

 早苗は部屋の奥へ走り、自らの仕えるもう一柱の神を呼びつけに向かった。

 残された神奈子はホワイトスネイクへ迫り、未だ伏せられている頭を掴むと、強引に持ち上げる。空いたもう片方の手は、相手に脅しを掛けるギャングのように背中へと突きつけた。

 もう加減はしない。油断もしない。秋に起こったカビ異変の時のような不手際は、己の誇りと同志たちの安全のためにも絶対に防がねばならない。軍神が、陥ちることなどあってはならないのだ。

 

 

____________________

 

 

 壁が、床が、天井が流動する。まるで火に当てられている蝋燭(ろうそく)のように。確かにはたらいている臓腑のように。この部屋は()()()()()

 溶ける部屋の中に在るのは緑色の髪をもつ少女と、赤い服に身を包んだ紫髪の神。そしてそのどちらもが深い眠りの中にいた。眠り、『夢』見、そして溶ける。部屋と同じく、彼女らも溶けていく。

 部屋の主は、ここ守矢神社に奉られる神奈子ではない。ちゃぶ台に突っ伏している彼女ではなく、彼女を見下ろす白色の者だ。彼もまた、ドロドロに溶けていた。ホワイトスネイクだ。

 

『ウジュ……ウジュル………………私ハ、唯一絶対の神ニ仕エル者。異教ノ神ガ我らノ悲願ヲ邪魔スルンじゃあナイゾ。溶けてイケ……(スネイク)の胃の中デ!』

 

 ボタボタと自分の一部であった液体を垂らしながら、ホワイトスネイクは眠る神奈子へ言い放つ。

 神奈子の在る仏教と、ホワイトスネイクの本体であるエンリコ・プッチの信仰するキリスト教は根本的に違う。仏教には数多の神が存在するが、キリスト教では唯一神がいるのみ。ホワイトスネイクからすれば、神奈子は異端も異端。邪魔者である。彼女の存在それ自体が、己や本体の否定にすらなり得る。

 だから滅ぼす。

 能力によって、そこに転がっている緑髪の信者もろとも溶かし尽くす。そこに残るのはホワイトスネイクが()()ディスクだけだ。

 

『…………! 何カガ来ル……」

 

 床から少しの振動を感じ取り、何者かの接近に気付くホワイトスネイク。彼は完全に流動体へ変化すると、静かに床の中へと溶けていった。

 それとほぼ同時に、神社の奥へ続く障子が勢いよく開けられる。開けたのは広い笠を被った小さなシルエット。洩矢諏訪子である。神奈子の力が徐々に弱まっていくのを感じ、急ぎ駆けつけたのだ。

 

「神奈子ッ!? 早苗まで! 一体何が起こったの!? この部屋のこの様子は…………!?」

 

 部屋を見回し、この一室に起こっている現象を頭の中で整理しようとする。しかし、あまりにも異常であるためか、何がどうなっているのか諏訪子は全く理解できない。神奈子も早苗もやられている。ただ一つ分かるのは、間違いなく妖怪がやったわけではないということ。

 その結論に至った時、諏訪子は考えついた。

 

「まさか……スタンド!? これはスタンド攻撃……」

 

 言いかけて止める。

 気配は背後に現れた。きっと()()()なんだろう。こいつが、2人をドロドロに溶かして眠らせているのだろう。そうに違いない。つい数瞬前、この部屋の中に急に感じ取れた。誰よりも黒い、最もドス黒い邪悪を。

 

「くらえッ!」

 

 

ボバアァ〜〜ン!

 

 

 諏訪子は振り向きざまに弾幕を背後に立つ者に浴びせた。

 諏訪子や神奈子にとって、弾幕とは『神遊び』と呼ばれるもの。神と人間が弾幕を用いて遊ぶ、すなわち祭り。しかし、この一撃に遊びの意などは一切込められていない。同胞の仇。殺して捧げる贄である。

 弾幕を放った場所からはほのかな煙が立ち、標的に直撃したことを諏訪子に知らせる。ものの数秒で煙が晴れ、倒れ伏せる者の全貌が明らかとなった。

 猿だった。

 

 

ドガン!

 

 

 諏訪子の頭部に衝撃が走る。これにより、彼女は理解した。『奪われる』と。何か大切なものが、頭からスルリと抜け落ちていく。その感覚を味わいながら諏訪子は体勢を崩し、ゆっくりと倒れゆくのだった。

 

「お、(おとり)だった…………さっきの猿は……」

 

 諏訪子は畳に倒れるまでに完全に意識を失い、やがて骸のように動かなくなってしまった。

 そんな彼女の頭からは銀色に鈍く光るディスクが飛び出ている。それを待っていたかのように、諏訪子の体のすぐ近くから流動する一本の腕が伸びてくると、そのまま指でディスクを(つま)んだ。

 すると、腕の根元が隆起し、それとともにディスクも諏訪子の頭から引っ張られる。姿を現したのはホワイトスネイク。またも、彼は獲物を一匹捕まえたのだ。

 

『……(スネイク)ガ蛙ニ負ケルワケがナイ…………最も、オ前ハ蛙ノ神デハナイヨウダガ……』

 

 奪取したディスクをブラブラと振り、意識の無い諏訪子を見下ろしながら煽るホワイトスネイク。だが、ここで彼はあることに気がついた。

 いつからだった?

 諏訪子の、右腕が無い。弾幕を放った右腕が。

 

 

____________________

 

 

 大ガマという妖怪がいる。それは諏訪子がよく水浴びをしに行く沢に住んでおり、彼女とは共に色々なことをする仲である。

 そんな妖怪が今、守矢神社へと続く山の階段に居た。子ども一人が入ってしまいそうなほど大きな口には、子どものものと思われるか細い腕が咥えられていた。

 

「あぁん? 何だ? このカエル」

 

「巨大だな。もしや妖怪か?」

 

「! 気をつけろチャリオッツ、マジシャンズレッド! そのカエル、人の腕を咥えているぞッ!」

 

 大ガマは待っていたのだ。友を助けてくれる者たちを誘い、連れて行くために。目の前にいる彼らなら、神社を襲撃したスタンドをどうにかしてくれるかもしれない。

 ハイエロファント、チャリオッツ、マジシャンズレッド、そしてS(スティッキィ)・フィンガーズなら。

 




キリの良さを取って、文字数少なめの話を投稿していこうかと思います。
それでも長くなる時はなるかもしれませんが……

to be continued⇒


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82.『世界』の狼煙

 4人は、いや、スティッキィ・フィンガーズは元々神奈子に呼ばれて妖怪の山を訪れていた。かつてザ・グレイトフル・デッドと相対した際、早苗とも遭遇したのだが、彼女から受け取った神奈子の手紙が始めである。

 キング・クリムゾンを打ち倒す作戦のため、彼は数日前より今日に神社を訪れるよう伝えられていた。できるだけ仲間を連れて来いという言葉も添えられており、そのためにハイエロファントやチャリオッツもいるのだ。

 そして今彼らは、目の前に鎮座する巨大なカエルに驚いている。

 

「こ、こいつ! 人を食ったのかッ!?」

 

「きっとそうだろう……あの口から見えている腕、どう見ても子どものものだ。このカエルは人喰いの妖怪に違いないぞ!」

 

 チャリオッツは剣を構え、マジシャンズレッドは手元に炎を起こす。その後ろでもハイエロファントとS・フィンガーズがいつでも手を出せるよう、スタンドパワーを手に集中させている。

 蛙の妖怪大ガマは4人が攻撃体勢に入ったことに気付いたようで、石段につけていた尻をゆっくりと上げた。そして……

 

「うおおっ!? おい、上に逃げたぞ! 待ちやがれッ!」

 

 大ガマは空中に跳び上がり、器用にその場で一回転すると、石階段を数段ずつ飛び越しながら守矢神社方面へ向かって逃走を開始した。

 その光景に一瞬呆気に取られたチャリオッツだが、すぐに我に帰って声を上げる。そして大ガマを追うため、一番に飛び出して行ってしまった。

 

「どうする、スティッキ・フィンガーズ! あのカエルを追うか? 人喰いなら放っておくわけにはいかないだろう」

 

「……しかし、この階段の先は守矢神社だ。数週間前から妖怪退治も本格的に始めている。それをこの山に住む妖怪が知らないとは思えない。おそらくだが、()()ある」

 

 妖怪である自分を退治する神社に、わざわざ逃げて助けを乞いに向かうとは思えない。それが彼の見解だ。

 S・フィンガーズの分析を聞き、尋ねたマジシャンズレッドとハイエロファントは頷く。既に走り出して大ガマを追跡するチャリオッツに続き、3人も大ガマを追って階段を駆け上がっていくのだった。

 

 

 昨日、人里は一匹の龍によってその多くを焼き払われた。F・FやS・フィンガーズの尽力によって被害者を減らすことはできたものの、それでも失われたものはあまりにも多かった。

 今はまだ復興が始まっておらず、安否の確認の取れない者を捜索したり、一時的な住居の整備や食糧の配給が行われている。S・フィンガーズはF・Fに人里の守衛を任せ、復興の手伝いに来ていたマジシャンズレッドやハイエロファントたちを引き連れて現在、というわけだ。

 ちなみにだが、マジシャンズレッドはフランドール、クリームと共に人里に訪れ、残りの3人は永遠亭へ向かった。数度の襲撃を受けた永遠亭の連中が心配だから、とフランドールはよく気にかけていたのだ。最も、その大部分はハーヴェストのことだが。

 人里を離れることに思うことはあったものの、件の大異変に少しでもあのキング・クリムゾンが関わっている可能性があるのなら、S・フィンガーズが動かないわけにいかない。やつは、必ず倒さなくてはならない存在なのだから。

 

 

 人の腕を咥えた大ガマを追い、階段を登りきって4人はいよいよ守矢神社の境内へと到達する。だが、彼らの足は鳥居をくぐった直後に止まることになった。

 その原因とは、神社から溢れ出るドス黒いスタンドエネルギーの存在である。

 

「何だ……!? このオーラ……まるでDIOのような……!!」

 

「いいや、ハイエロファント。DIO以上だ……! こいつはヤバすぎる……!」

 

「……なるほど。どうやらあのカエル、俺たちに神社の中にいるスタンドの相手をしてほしかったようだな…………」

 

 S・フィンガーズは推察する。現に大ガマの姿はもう見えない。彼らを連れて来ること、本当にそれだけが目的だったのだ。

 S・フィンガーズは声が屋内に聴こえぬよう、ハンドシグナルで3人へ指示を出す。始めに行くのはチャリオッツだ。音を立てないように神社に近付き、障子の陰に隠れつつ侵入を試みる。

 障子は何事もなくスッと開いた。レイピアを片手に、チャリオッツは薄暗くなっている部屋をぐるりと見回すと、部屋の異常を視界に捉えた。

 

「な、何だこりゃあッ! どーなってんだ!? 部屋が……溶けてやがる!」

 

「チャリオッツ、どうかしたのか!」

 

「部屋が溶けてんだよ! それに……いたぞ! か、神奈子と早苗だぜ。部屋のど真ん中で同じように溶けてやがる!」

 

「チャリオッツ、中にいる神奈子や早苗、それともう一人いないか? 確か神はもう一人いると聞いた。彼女も回収して戻るんだ。そして注意も怠るな」

 

 S・フィンガーズが言っているのは諏訪子のことだ。神社の奥へ続く戸の前に、彼女と思われる少女が倒れている。右腕が無かったものの、チャリオッツ含め誰もそれに気付いてはいない。今はそれほどの状況である。チャリオッツはレイピアを持ったまま諏訪子の横に跳ぶと、彼女を抱き抱えて脇に挟んだ。

 しかし、一人でここまで入って来たものの、これから3人を同時に助け出すのは困難だ。神奈子か早苗か、どちらか一方を空いている腕で抱え、残った一人をハイエロファントかマジシャンズレッドに頼むしかない。

 

「しゃーねぇ。神奈子さまはハイエロファントに任せるとするぜ。おい、ハイエロファント!」

 

「ああ!」

 

 チャリオッツは早苗を選び、彼女の襟を掴むと外へ向かって応援を頼んだ。

 それを耳にしたハイエロファントは腕を数本の紐状に解き、神社の中へ伸ばすため、触手をしならせる。だがここで、触手が空中で弧を描き、いざ投げ出されんとするその瞬間、ハイエロファントの目にあるものが映った。

 外へ脱出しようとするチャリオッツの背後で、何かの影が動いたのだ。

 

「ハッ、チャリオッツ! 後ろだッ! 何かいる。攻撃されるぞ!」

 

「なにっ!?」

 

 チャリオッツはハイエロファントの警告に反応するも、すぐにその場を離れるのではなく無意識に振り返ろうと首を曲げかけてしまう。

 彼の視界に一瞬入ったのは、ドロドロに溶けた腕のようなものが彼自身の頭部に迫っているところだった。確実にヤバいと脳の中で警報が鳴るも、声に出すまでにはまだ時間がかかる。脚を動かすにも、もっと時間が必要だ。

 一人では避けられない。

 

「ムゥン! 赤い荒縄(レッド・バインド)!」

 

 チャリオッツのピンチに、マジシャンズレッドはすかさず炎の荒縄を投げ込む。影から伸びる何かがチャリオッツの頭部を襲うよりも早く、炎はチャリオッツの胴体を絡め取り、彼を境内へと投げ出した。

 

「あ、あぶねぇ……助かったぜ。マジシャンズレッド」

 

「油断するんじゃあないぞ。チャリオッツ。ハイエロファント、今のうちに神奈子さまを」

 

「ええ!」

 

 チャリオッツを逃してしまった影は、その場で一瞬たじろいだように揺れる。その隙を見計らって、ハイエロファントは神奈子へと触手を伸ばし、彼女を素早く回収した。

 ハイエロファントたちが名前を呼ぶなど、回収された3人の意識を何とか戻そうとする中、S・フィンガーズはがら空きになった部屋へ目をやる。部屋はチャリオッツが言っていたように、未だ溶けているかのように流動しているし、スタンドエネルギーはまだ中に感じられる。倒すのなら今しかないだろう。

 

「誰か一人、誰でもいい。俺とともに来てくれ。敵スタンドがまだ神社の中にいる。残りの2人は3人を守っているんだ」

 

「僕が行こう。スティッキィ・フィンガーズ、どう詰める?」

 

「俺がやつへ奇襲を仕掛ける。ハイエロファントは敵の姿が見えた瞬間、真正面からエメラルドスプラッシュで攻撃、牽制するんだ。能力がハッキリと分からないこの状況で自由に動かせるな」

 

「ああ。分かった」

 

 S・フィンガーズは地面にジッパーを取り付け、一瞬にして姿を消してしまう。部屋までの距離を把握し、地下から敵を叩くつもりだ。

 ハイエロファントも、S・フィンガーズに言われた通り敵が姿を現す時に備え、掌にスタンドパワーを集中させる。それによってできる緑色の水面が光を屈折させ、彼が立つ石畳の上で揺らめいていた。

 だが、この一瞬。自分の手に意識を移したほんの一瞬のうちに、中に見える部屋の壁の異常が完全に消失してしまった。元々の土壁に戻っているのだ。

 敵は正面に見えていない。まさか、どうやってか裏口から出て行ったのか?

 

「まずい……チャリオッツ! マジシャンズレッドッ! 敵が消えた……エネルギーも感じられない! 接近に気をつけるんだ!!」

 

「ああ……だが、ハイエロファント。S・フィンガーズのエネルギーを探知してみろ。彼は、すでに敵の逃走に気付いている。追跡を始めているぞ!」

 

 マジシャンズレッドに言われるまま、ハイエロファントは地下にいるはずのS・フィンガーズの気配を探る。彼はもはや神社の下にはいない。この場から徐々に離れていたのだ。

 山の頂上がある方向から外れ、どんどん南へと進んでいく。敵は山を降りようとしているらしい。そしてそちらには、先日の異変でボロボロになった人里がある。

 S・フィンガーズは人里の守護者。神奈子や諏訪子を封じたスタンドなど、絶対に見過ごせない。ブチャラティの『意志』に導かれ、己の『意思』で人里に留まる彼が、傷付いて死にかけの人里を守りに行かないわけがないのだ。

 3人はそれを承知の上で、S・フィンガーズの後を追おうと木々の中へ駆け出し始める。

 すると、次の瞬間!

 

 

『!!』

 

 

 3人の体中を、まるで無数の槍が突き刺さったような感覚が這い回る。()()は敵スタンドの追跡を阻害するように、わざとタイミングを合わせてやって来たように感じられた。

 知っている。この感覚を。覚えている。この恐怖を。心臓を掴まれ、潰されそうになっているかと思い違うほどの緊張感。首筋に手を伸ばされ、耳元で妖艶な舌なめずりを聞かされるような緊張感。一人しかいない。()()()()()を持っているのは一人だけだ。

 これはかつて相対した、悪の帝王のもの!

 

「こ、こ……の……感じはァッ!!」

 

「まさかッ……まさかやつが!」

 

「いつか来ると思っていた……ついに来たのかッ……!」

 

 

『DIO!!』

 

 

 冷や汗を噴き出しながら、3人は鳥居のある方へ同時に振り向く。

 守矢神社は妖怪の山の中腹に存在する。鳥居は麓を向いて建てられており、そこから幻想郷中を一望することができるのだ。そう。幻想郷のほとんどが目に入る。

 鳥居の奥、その遥か向こうで、紅い館が煙を上げている。館のシンボルである巨大時計すら、守矢神社から見えやしない。しかし、まだ見えなくともハッキリ認識することができる。やつはあそこにいる。

 『世界(ザ・ワールド)』はあそこにいる。

 

 

 

 

 

 




しばらく書いていなかったせいで、あまり筆が乗らない……
リハビリが必要ですね。勉強もですけど。

to be continued⇒


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83.スターダストクルセイダース

 バタバタと赤いスカートを(なび)かせながら、一人の少女が霧の湖の空を征く。

 博麗霊夢である。彼女は今しがた起きた異常を博麗神社から感じ取っており、「レミリアに何かがあった」と考え紅魔館へ向かっているのだ。

 そうして飛行する彼女の後ろを、さらに一つの影が飛ぶ。

 こちらは霧雨魔理沙。人里で復興の準備や物資の配給を行なっている時に紅魔館方面から響いてきた震動を感じ、霊夢と同じように震源へ向かった。彼女たちは行先を同じとする中、偶然出会ったのだ。

 

「あっ、見えてきたぜ!」

 

「……紅魔館から煙が出てる。でも、ただの煙じゃないわ。アレは。それにレミリアの妖力だって全然感じない。何か悪い予感がするわ……」

 

 霊夢と魔理沙は飛行速度を上げ、紅魔館への到着を急ぐ。

 館に近付いていくにつれ、紅魔館の状況が徐々に浮き彫りになってきた。壁のあちこちに穴が空いている。まるで虫喰い。レンガにも焦げ目がついている。

 間違いない。これは弾幕戦の跡だ。おそらく何者かの侵入を許し、何者かの襲撃に遭った…………そういうことなのだろう。紅美鈴(門番)の姿は門前に無く、戦いの後の片付けをするにしては静かすぎる。おそらく結果は、『敗北』。

 

「……!」

 

「霊夢、あれ…………」

 

「ええ。あいつのようね。あいつが、紅魔館を襲ったのね」

 

 2人の視線は時計台へ向けられる。降り注ぐ太陽光を一身に浴び、黄金一色に輝く者がいる。それは確かに2本脚で立ち、2本の腕を胸元で組んでいる。しかし、人ではない。

 彼は意志だ。意志そのものだ。誇り高く、気高い黄金の精神に打ち滅ぼされた巨悪の意志。それは『時』すらも超越する、最強のスタンドだった。

 

「……よく来た。博麗の巫女、博麗霊夢……」

 

 ザ・ワールドはパチパチと小さな拍手を霊夢へ送った。そして次に魔理沙の方をジロリと見る。

 少し細められた目はいかにも「何だお前は」と言いたげである。何か意味を含んだ視線に気押されながらも、魔理沙は虚勢を張って声を上げた。

 

「お、お前スタンドだな!? どうして紅魔館を襲ったりしたんだッ! 答えろ!」

 

「お前は覚えのないやつだな…………霊夢の友人か何かか? 見たところによると魔法使いのようだが。紅魔館にも一人いたな」

 

「質問に答えろ!」

 

「楯突いたから倒した。それだけのことだ。私は私の目的のため、障害となるものは全て断ち切る。我が本体のように…………『勝利して支配する』。あるのはそれだけよ」

 

 それこそザ・ワールド、もといDIOの全てだ。生まれながらの悪。百と二十年前からのディオ・ブランドーの穢れた本質そのものは、確かに幻想郷に流れ着いてしまった。

 勝利して支配する。殺して奪う。喰らって生きる。

 そしてその毒牙は、いよいよ幻想郷の調停者へと向けられた。時を止められる十六夜咲夜、いくら不意打ちとはいえザ・ワールドは彼女を打ち破っている。フランドール、マジシャンズレッド、クリーム以外の住人たちもそうだ。

 だからこそ、この衝突は免れない。霊夢は札とお祓い棒を握り締め、魔理沙は魔法道具を服のあちこちから引っ張り出す。目の前のスタンドを打ち倒すために。また、打ち倒されるために。

 

「御託はいいわ。さっさと倒すわよ。魔理沙。このタイミング……どうせ、昨日の異変もこいつが関わってるに決まってる!」

 

「フフフ。ああ、その通りだ。昨日は残念だったな。何者かにピノキオを倒されたおかげで、計画が中途半端になってしまったからな…………」

 

「こ、こいつ……!」

 

「さあ、始めるぞ。博麗の……」

 

 

スパアァァン!

 

 

「ム!」

 

 ザ・ワールドの頬から突如として血が(ほとばし)る。横一文字に切り傷ができており、そこから噴き出したのだ。

 やったのは霊夢である。高速で腕を振り抜き、札を投げつけ、カッターのようにザ・ワールドの顔を裂いた。狙いは顔の中心だったが、頬に当たったのはザ・ワールドの反応が間に合ったからである。

 霊夢の方を見てみれば、彼女は札を投げつけたフォームのまま静止している。瞳はザ・ワールドに向けられ、静かな怒りに燃えていた。相手はカビ異変を超える史上最悪の異変、その首謀者なのだから。

 

「ハァッ!」

 

「フン!」

 

 ザ・ワールドと霊夢は動き出す。ザ・ワールドはその巨大な拳を振りかざして、霊夢はお祓い棒を掲げて相手へと突進を仕掛けた。

 霊夢はザ・ワールドの放つ拳や脚を間一髪で回避、お祓い棒による刺突や札による斬撃をもってしてザ・ワールドへダメージを与えていく。それに対するザ・ワールド、霊夢の攻撃などまるで意に介さず、ひたすらに肉弾攻撃によって霊夢を追い詰めようとする。

 拳は霊夢の頬をギリギリで(かす)り、いくつものすり傷を生んでいく。ザ・ワールドも霊夢の攻撃によって傷ついてはいる。しかし、霊夢と比べると体力の消耗はほとんど見られない。霊夢は既に、肩で息をし始めているというのに。

 

「は、速ぇ……速すぎる…………!」

 

 霊夢と共に来た魔理沙は、あまりにも速い攻防を傍観するのに夢中になっていた。

 霊夢とはよく異変解決に乗り出した中だ。彼女の戦いなど、今まで幾度となく見てきている。相手に弾幕を撃ち、弾幕を避け、あるいはぶつけて相殺する。それが霊夢の弾幕戦だった。

 こんな戦いなど見たことがない。霊夢が本気になって、相手を消し去ろうと戦っている。弾幕だけではなく、己の持つ全てを使ってだ。

 自分は必要なのか? この場に居て何かあるのか? いくら死ぬこともあるとはいえ、普通の弾幕戦しか行えない自分など…………

 魔理沙の中に少しずつ、そんな思いが現れ始めるのだった。

 

「フハハハハハ。どうした、霊夢。息が上がってきているぞ? まだ戦いは始まったばかりだろう! 守るんじゃないのか? 幻想郷を。私を倒すのだろう?」

 

「…………!」

 

「フフフ。いくら本気を出していないとはいえ、私の攻撃にここまで耐えられるのは流石と言ったところか…………だが、そろそろ終わりだ」

 

「!」

 

「フン!」

 

 

ドガァアン!

 

 

「あうッ!」

 

「霊夢!?」

 

 ザ・ワールドの拳が霊夢の顔面に直撃する。だが、彼が言うように本気で打ったわけではない。これはあくまで、挑発の一撃だ。霊夢に全力を出させるための挑発。DIOから受け継ぐ、()()()だ。

 浮遊状態を維持しながら、霊夢はヨロヨロと後ろへ退く。顔には疲れの色が見えており、鼻からは先程の攻撃によって流れたのだろう、鼻血が出ている。しかし、瞳を見れば誰でも理解できる。彼女の闘志はまだ、消えてはいない。

 

「……ふん。あっそう…………そんなに私に倒されたいのね……もう少しいい思いさせて、楽しませてあげようと思ったのに……()()()()()()()()()()()()?」

 

「ほう?」

 

「……!」

(霊夢…………)

 

 突如、霊夢の周りに風が巻き起こる。この時、ザ・ワールドはその風の正体が何なのかを理解することはなかったが、魔理沙はすぐに気付いた。

 霊力だ。霊夢に宿る溢れんばかりの霊力が一気に放出され、それが旋風となって自分たちを取り巻いているのだ。霊力とは人間に備わる魂を源とするエネルギー。それはもはや、スタンドとの差異などほとんど無い。形を取っているか、あるいは取れるかどうかだけだ。

 

「スタンドエネルギー……いや、これは違うな。微妙に違う。()()()……という言い方が正しいのかは分からないが、とにかく似て非なる何かだな」

 

「霊夢……それは何だ!? お前、そんなことできたのか!?」

 

「……ガラにもなく修行したのよ……地底で色々あってね。このままじゃいけないと思って頑張ったわ。魔理沙(あんた)を見習って」

 

 霊夢の周りを渦巻く風は、やがて白いモヤへと変貌する。そしてそれは雷雲のように白い雷を放ち始め、どこからか現れた8つの陰陽玉も霊夢の周りを回転し出した。これは爆発的な霊力が生み出した、博麗霊夢の新たな段階である。その名は…………

 

「これが『夢想転生』。私の新しいスペルカードで、私の能力の一部分!」

 

「すげぇ……すげぇぜ、霊夢!」

 

「なるほど……面白い」

 

 バチバチとスパークする霊夢に、ザ・ワールドはゆっくり近付いていく。組んでいた腕を解き、拳を握って標的を補足。まずは試し打ちだ。

 霊夢は全く動こうとしない。自分よりも大柄な目の前の相手を、ただ黙って見上げているのみである。魔理沙はそれを少々不安げに見守り、ザ・ワールドはニヤリと笑みをこぼして見下ろす。

 そして拳が放たれた!

 

 

ドオオォウッ!

 

 

「むッ!」

 

「え!? あ、あいつの拳が……!?」

 

 すり抜けた。すり抜けている。ザ・ワールドのメロンのような巨拳は霊夢の胴体を確かに貫き、しかし一切血液が流れ出ない。透過していた。

 これが霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』の一端である。それは文字通り空を飛ぶことができ、またあらゆるものから束縛されず、()()状態となる。

 ザ・ワールドの攻撃が効かないのはこのためだ。霊夢は彼の攻撃から()()、完全に無効化したのだ。これが『夢想転生』の防御の能力。そして、攻撃の能力がこれだ。

 

 

ドガァア〜〜ン!

 

 

「ぐおおッ!?」

 

「スペルカード、ご存じでないかしら? 本来、戦いの決着を急ぐための物なのよ。防御とともに攻撃も含まれているのは当然なの」

 

「あんな強そうなスタンド相手に一方的だ……今の霊夢は、さしずめ見える透明人間ってことなのか」

 

 霊夢の周りを飛び交う陰陽玉から青い弾幕が放たれ、ザ・ワールドの脇腹へ直撃する。発生した爆煙が晴れると、そこにはスプーンで(えぐ)ったような風穴が。どうやら弾幕の威力も少々向上しているようだ。

 攻撃を受けて怯むザ・ワールドだが、陰陽玉からは容赦なく次の弾幕が撃ち出される。霊夢から飛び退いて距離を取るも、弾幕群は彼を追尾して逃がさない。回避するのは困難だ。それに気付いたザ・ワールドは腕を交差させ、弾幕の直撃に備える。

 青と赤の多量の弾幕は、防御に徹するザ・ワールドへ一斉に襲いかかった。

 

「ぐッ…………これ……は! 確かに強いッ……! 流石は博麗の巫女、博麗霊夢…………『楽園の守護者』と呼ばれるのも頷けるッ…………!!」

 

「まだ余裕そうね」

 

「ぬおお!」

 

 弾幕群の密度はさらに大きくなり、ザ・ワールドのうめき声すらも掻き消していく。霊夢はこのまま決着へ持っていく気なのか。

 と思いきや、突然ピタリと弾幕が止んでしまった。

 霊夢は相変わらず、いや、今度は立場が入れ替わってザ・ワールドを見下ろしている。見下ろされているザ・ワールドはと言うと、息も絶え絶えとなり弾幕をガードした両腕が力無くぶら下がっていた。

 

「霊夢!? 何やってんだ!?」

 

「…………何の真似だ……?」

 

「選択肢」

 

「なに?」

 

「降伏したらどうかしら。そうしたら、惨めに死ぬことはないわ。後悔も悪意も痛みも全て一瞬で消し去ってあげる。これは慈悲よ」

 

『!!』

 

 どういう風の吹き回しか。霊夢はザ・ワールドに選択の余地を与えた。これにはザ・ワールドも魔理沙も驚きの表情を隠せないでいる。

 霊夢は至って真面目な顔のままだ。魔理沙は彼女の様子に、あることを感じてしまう。決着を急いでいるのではないか? 弾幕を撃ち続けないで止めたのは、ザ・ワールドがまだ何かを隠していることに気がついたからではないか? そう思うのは、魔理沙自身もザ・ワールドに違和感を覚えているからである。

 スタンドとは何かしらの能力をもつものだ。だが、目の前のザ・ワールドは未だ何も見せていない。腕がボロボロになり、息が上がっていても、魔理沙と霊夢はザ・ワールドがまだ余裕であることを感じ取っていた。

 何かされぬうちに、実力の差を見せつけて降伏させる。これが悪手となるか、あるいは良き一手となるか、それはザ・ワールド本人以外の誰にも分からなかった。

 

「さあ……どうする……?」

 

「ッ…………」

 

 霊夢はもう一度ザ・ワールドに尋ねる。

 上手いこといくだろうか? 魔理沙は固唾を飲み込む。

 ザ・ワールドは先程と変わらずボロボロになった腕を垂らし、ほんの少しだけ(うつむ)いているため表情が分かりづらい。緊迫の数秒間の時を置いて、ザ・ワールドは遂に顔を上げた。

 

「……いくら強くとも、所詮は人間よ。今のお前は確かにこの私よりも強い。それは認めよう。だが、慈悲を与えるだの降伏しろだのという甘っちょろい考えがある以上は、この世界(ザ・ワールド)を超越することはできん!」

 

『!』

 

「知るがいい。世界(ザ・ワールド)の真の能力とは、まさに! 世界を支配する能力だということをッ!」

 

「霊夢ッ、早くトドメを刺せェーーーーッ!!」

 

 

世界(ザ・ワールド)!」

 

 

 ザ・ワールドは体の前で両拳を握ると、腕、体全体を大きく広げてスタンドパワーを爆発させる。

 霊夢は魔理沙が叫ぶと同時に陰陽玉で弾幕群を放出するも、ザ・ワールドにそれらが当たることはなかった。彼の姿は一瞬にして消えてしまったからだ。

 瞬きはしていない。しかと見ていた。だというのに、2人ともザ・ワールドが如何にしてその場から移動したのか、全く理解することができなかった。

 

「ハッ、魔理沙! 大丈夫!?」

 

「あ、ああ! 霊夢、あいつはどこに行ったんだ!?」

 

「分からないわ……とにかく、周りに気をつけるのよ」

 

 魔理沙と霊夢は周りに目を配り、ザ・ワールドの接近に注意する。やつはいきなり姿を消し、しかし背後に回って不意打ちを仕掛けるなどということはしてこない。完全に、この辺りから居なくなってしまった。

 こういう時にハイエロファントたちがいれば、と思う魔理沙であるが、もしものことを考えるほど今この場で無駄なことはない。とにかく自分たちでザ・ワールドを探し出さねば。

 

「……ん? 何だ……風が止んできた…………まさか霊夢、お前……『夢想転生』が……!?」

 

「……時間切れよ」

 

「!!」

 

 霊夢の霊力が底をついたのか、先程まで巻き起こっていた風は徐々に弱まっていく。もはや自然のそよ風と大差ない。スパークも起こらない。

 ここで、魔理沙はあることに気付いてしまう。それは最悪のシナリオと言ってもいいだろう。もしや、ザ・ワールドはこれを待っていたのではないか?

 「そんなまさか」とは思う。何と言っても、霊夢はザ・ワールドはおろか魔理沙自身にさえ『夢想転生』に制限時間があるなどということを知らせていないのだ。どうやってそれを知るというのか。だが、もしこの仮説が本当ならば? 霊夢が危ない。

 ザ・ワールドの能力が『瞬間移動』などであるのなら、今この瞬間にも……

 

「霊夢ッ! ここから離れるんだァ!!」

 

「えっ……」

 

 

ドン!!

 

 

 魔理沙が叫んだ瞬間、やつは現れた。霊夢の背後にだ。ザ・ワールドは右脚のパワーを思い切り()()、霊夢に渾身の蹴りを喰らわせんとしていた。

 

 

「無駄ァ!!」

 

 

ドゴォオオ〜〜ーーン!

 

 

 ザ・ワールドの蹴りが直撃し、霊夢の体は目にも止まらぬスピードで下へ吹き飛ばされてしまう。そして大地に激突し、多量の土埃を巻き上げて沈黙した。

 あまりに唐突な出来事に、魔理沙は全く反応することができなかった。もうもうと立ち昇る土埃を見て、ただそれだけ。動かない。動けない。

 

「蹴りが当たる瞬間、腕を出してガードしたな。間一髪で頭部への直撃を防いだか」

 

「お前……卑怯だぞッ! 時間切れを待って攻撃するなんてよ!」

 

「ならば私も問うが、さっさとトドメを刺さなかったのはなぜだ? そうしていれば霊夢も無事であっただろう。それに、お前は私の立場であったならバカ正直にわざわざ敗けに向かったのか? 正々堂々のためなら死ねるのか?」

 

「ッ……!!」

 

 そうではない。心では確かにそう思っている。しかし、ザ・ワールドの言うように自分がやつの立場であったなら、正々堂々のために死ねたか分からないというのが正直なところだ。自分だって時間切れを待つかもしれない。自分だって死ぬのは嫌だ。違うはずであるのに、否定しきることがことができなかった。

 ほんの僅かな慈悲であっても、掛けた者に何も思うことなく手にかける。幾度も実感した悪の側面は、もはやザ・ワールドの全身と言っても過言ではない。こんなやつに加減など必要ないのだ。

 だが、加減しなかった所で勝てるのか?

 

「霊夢はまだ生きているな…………動けないのか、あるいは息を潜めているだけなのかは分からんが、()()()()()()()を刺してくれよう。だがその前に……」

 

「ハッ!」

 

「先に消し去っておこう。お前の命をッ!」

 

 ザ・ワールドは魔理沙の方へ向き直ると、彼女へ一気に急接近する。その高速移動もあってか、魔理沙はザ・ワールドを認識し反応することはできてもそこから動くことは敵わなかった。

 剛拳が迫ってくる。あんな大きく硬い拳で、目で追うのがやっとなスピードで殴られてしまえば、おそらく頭蓋骨は粉砕してしまうのではないか?

 血の気が引く。人は死ぬ寸前に視界がスローモーションとなると言うが、魔理沙は今ならそれが理解できる。パンチはゆっくりやって来るようだ。冷や汗さえも引っ込ませるこの恐怖は永遠に続きそうだ。底無しの苦痛が今にも、今にもやって来る。

 

 

ドッバァアアーーーーッ!

 

 

「ぬっ! これはッ!?」

 

「!」

 

法皇(ハイエロファント)の……エメラルドスプラッシュか!」

 

 

ドバァアアッ ドバァアアッ

 

 

 突然、魔理沙の背後から無数の緑色の結晶弾が飛んできた。2人の元に大量になだれ込んでくるも、それは魔理沙に当たることはなく、全てザ・ワールドへと向かっていく。

 ザ・ワールドは魔理沙へ振るった拳を止め、軽いラッシュで迫るエメラルドスプラッシュを叩き落とすが、数があまりにも多い。ダメージを受けることはないものの、防御を行ううちに魔理沙の近くから押し出され、距離を離されてしまった。

 魔理沙もそれを見てザ・ワールドからさらに距離を取る。すると、ああ、そうだ。やはり彼らが来てくれた。エメラルドスプラッシュで魔理沙を助けたハイエロファント、チャリオッツ、マジシャンズレッド。ハイエロファントは魔理沙に近付いて彼女を安心させ、残る2人は魔理沙とハイエロファントを守るようにしてザ・ワールドの前に立ちはだかる。

 

「お、お前ら……来てくれたんだな!」

 

「大丈夫か? 魔理沙。霊夢はいないのか? 彼女が動かないはずがないだろう」

 

「霊夢は……やられちまった…………隙を突かれて」

 

「そうか……」

 

 ハイエロファントは魔理沙の肩に手を置いたまま、ザ・ワールドを見やる。チャリオッツもマジシャンズレッドも、同じように宿敵を睨みつける。

 それは憎悪のようであって、憎悪ではない。終わらぬ因縁、終わらせるべき宿命と相対した者の覚悟の目だ。打ち倒すべき邪悪を前にした、燃え上がる黄金の精神だ。

 それに対してザ・ワールドは笑みをこぼす。それは歓喜だ。終わらぬ因縁に決着をつけられる歓び、怨敵と再び(まみ)えたことによる喜び。底なき邪悪は歓迎する。

 

「久しいではないか……我が宿敵たち。ジョセフや承太郎はいないが……ジョースター一行、幻想郷までついて来るとは恐れ入ったぞ」

 

「言ってやがれ、世界(ザ・ワールド)! お前だけは倒す。昨日の異変も、お前らが主犯だってこたぁ分かりきってんだよ!」

 

「紅魔館は今や私の住居だ。そこに住む住人たちも、私の友だ。それを傷つけた罪、たっぷりとツケを払わせてやる。私の炎で」

 

「フフフ……フハハハハハハハ! そうでなくては。そうであろう、宿敵たち。お前たちは私の宿敵の一人だと、既に認めている。だからこそ、私は断ち切るのだ。我らが悲願を邪魔する者を、因縁を、全て」

 

 エジプトで終わったはずの戦い。しかし、まだ誰の意志も滅んでいない。花京院の意志も、ポルナレフの意志も、アヴドゥルの意志も、そしてDIOの意志も。

 砂嵐が風に舞い、世界と星の戦いはここに再び起こる。

 

 

 




書きたいことがハッキリしてると、割とこれぐらいの量でも簡単に書けますからね。あらかじめ決めておくって、重要だと思います。

今回は結構オリジナルの設定があります。整合性(あるか分かりませんが)を重視し、夢想転生をここで初登場、未だ発展途上という設定です。

to be continued⇒


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84.vooDoo kIngdOm

「……この砂は……」

 

 強風が吹き、相対する4人の間に超小規模の砂嵐が起こる。砂は渦巻き、やがてザ・ワールドの元へと勢いよく流れ込んだ。

 しかし難無く避けられ、ザ・ワールドは紅魔館の時計台の頂上へ着地。流水のような砂の塊はチャリオッツの横へ移動すると、機械のような、その()()を顕現させる。

 

「タロットカード……残る一枚の、『愚者(フール)』の暗示をもつスタンドか。姿を見ないと思っていたが、やはりジョースター側にいたのだな」

 

「ザ・フール……!」

 

「お前、来てくれたのか!」

 

「ガルルルル……」

 

「フフフ……やはり、ジョースターの血統ではない貴様らも、もはや今は我々の因縁の一部。そしてこの地に流れ着いたなら、もう一度殺してやるぞ!」

 

 ザ・ワールドはスタンドエネルギーを発散させ、相対する4人と一匹に向けて威圧を放った。巻き起こる風に吹かれ、魔理沙の髪が激しく(なび)く。

 ザ・フールは紅魔館へ向かうハイエロファントたちのスタンドエネルギーに反応し、ここへ来たのだろう。ただそれだけ。

 しかし、それこそが『運命』なのだ。引き寄せたのは『引力』。誰かが言った。「『正義の道』を歩むことこそ『運命』」だと。()()()()『運命』なのだ。

 引力、重力は全ての事象に等しくはたらく。そう、全ての事象に等しく。これから起こることも、その結末も。全ては『引力』の赴くまま……

 

「まずは小手調べだ……」

 

『!』

 

 ザ・ワールドが指を鳴らすと、突如5名の頭上を巨大な影が覆う。

 空が曇ったのか? いいや、違う。地平線の彼方まで晴天のままだ。太陽の光を遮る自然物は存在しない。するはずもない。何が起こったのか、5名の中で最初に気付いたのは魔理沙だった。

 

 

ゴォォオオオオッ!

 

 

「う、うそだろ……!? と、時計だッ! 紅魔館の時計台が降ってくるッ!!」

 

「な、何ィィッ!?」

 

「退避だ! 退避しろォーーーーッ!」

 

 いつの間にかザ・ワールドは時を止め、紅魔館の時計台を破壊。そしてその巨大な残骸を、5名の頭上へと放り投げていたのだ。

 どうして直接始末しに来なかったのか、それはザ・ワールドが先に言っている。あくまで「小手調べ」。彼も全員分の実力を完全に把握しているわけではなく、ただそれを知りたいという好奇と、彼に宿る()()()()()が行動の原因であった。

 マジシャンズレッドの叫びを聞き、他4名は各々別の方向へ飛んで落下してくる時計を回避する。空を切って落ちていく時計だが、危機が去ったのも束の間。一番最初の標的(ターゲット)はハイエロファントだ。

 

()()()最初に死ぬか? 法皇(ハイエロファント)!」

 

「うぅッ!?」

 

「ヌゥン!」

 

 

メッシャアアン!

 

 

 近付かれたハイエロファントは咄嗟(とっさ)に腕でガードを取る。が、それよりも早くザ・ワールドの剛拳が彼の顔面に叩き込まれた。バキバキと音を立て、ハイエロファントの無機物的な瞳とマスクにヒビが入る。

 まさに痛恨の一撃と呼ぶにふさわしいパンチであるが、これだけではザ・ワールドのターンは終わらない。顔にめり込ませた拳をそのままに、ザ・ワールドの反対の拳が握られる。そして今すぐにも、ラッシュがやってくるだろう。

 

「フン! フン! フンッ!」

 

 

ドゴッ バゴ ドガァン!

 

 

「うッ、ぐあああ!」

 

 目にも止まらぬスピードでもう数発、ザ・ワールドの拳がハイエロファントの体にクレーターを作り出す。その強力なパンチを食らった箇所は水風船のように波打ち、とてつもない衝撃がハイエロファントの肉体中を巡ったことを確かに表していた。

 攻撃を受けたハイエロファントは声も(ろく)に出せない、もはや虫の息。しかし、ザ・ワールドは微塵の容赦も無く、右腕を大きく振りかぶる。いよいよ渾身の一撃を、トドメを刺すつもりだ。

 

「死ねィ! ハイエロファント!」

 

赤い荒縄(レッド・バインド)!」

 

 

バシィィイッ!

 

 

「ヌゥ!?」

 

「今だ、チャリオッツ!」

 

 ザ・ワールドの動きが突如止まる。掛け声から誰もが推測できるように、これをやったのはマジシャンズレッドだ。彼の手からは炎の縄が伸び、それはザ・ワールドの腕や胴体に巻きつき拘束したのだった。

 いくらスタンドを十分に扱えていなかったとは言え、赤い荒縄(レッド・バインド)はあの承太郎のあのスタープラチナを一時的に捕縛した技。ザ・ワールドに効かないわけがない。

 マジシャンズレッドはザ・ワールドの攻撃を止めると、どこかにいるチャリオッツへと叫ぶ。すると次の瞬間、死角から一つの影が飛び出し、目の前にいたハイエロファントの姿が無くなってしまった。ハイエロファントを救出したのはチャリオッツである。

 

「おいハイエロファント、大丈夫か!? 生きてるか!? どこも何ともないよなッ!?」

 

「うぅ……あ、ああ…………まだ……動ける……」

 

「無理すんじゃあねぇぞ……!」

 

 ハイエロファントを回収したチャリオッツはザ・ワールドから距離を取る。そして彼らと入れ替わるように、次はザ・フールが前へ躍り出た。

 ザ・ワールドはまだ炎に縛られた状態であるが、そんなことは関係ない。迫るザ・フールの砂はいくつもの獣の爪へと変貌、一斉にザ・ワールドへ襲いかかった。

 

「……この程度のパワーで、この私を押さえつけられると思ったか! マヌケがッ!」

 

「! 何っ!?」

 

 しかし、ザ・フールの攻撃が届くよりも先に、ザ・ワールドはパワーだけでマジシャンズレッドの赤い荒縄(レッド・バインド)を引きちぎる。そしてそのまま流れるようにパンチを繰り出し、ザ・フールの攻撃を撃破。ついでにザ・フール本体も頭からかち割られてしまった。

 再び自由となったザ・ワールド。ザ・フールの残骸が地面へ墜落する中、「次はお前だ」とばかりにマジシャンズレッドをギロリと睨みつけた。だが、本当の次は背後だ。

 

 

ドスゥウウッ!

 

 

「くたばりやがれッ! 世界(ザ・ワールド)!」

 

「ぐぬぅ!」

 

 ザ・ワールドの頭部をチャリオッツのレイピアが貫通する。普通の人間であればこれだけで即死だが、ザ・ワールドはスタンド。意志の存在。頭を綺麗に貫かれた程度では死にはしない。だが、このまま頭の中をかき混ぜてしまえば話は別だ。

 それはザ・ワールドも分かっている。だからこそ、チャリオッツをそのままにしておくことはない。

 体を大きく(ひね)り、ザ・ワールドはチャリオッツごとレイピアを強引に振り解く。必死に喰らい続けようとしたチャリオッツだが、流石にパワー負けしてしまった。

 チャリオッツはバランスを崩し、後方へと吹っ飛ばされる。振り返り、それを好機と見たザ・ワールドは拳を握ると、素早くチャリオッツへと振り下ろした。直後に血が飛び散る。しかしそれはチャリオッツの血ではなく、ザ・ワールドのものであった。

 

「……腕を上げたな。チャリオッツ…………あの一瞬の隙を突くとは」

 

「いつまでも弱いままでいるわけじゃあねぇんだよ……あれから修行もした。次は倒すぜ」

 

「やってみろ!」

 

 チャリオッツはザ・ワールドの拳を寸前で避け、脇下をレイピアで斬り裂いていた。おおよそ12年前のエジプトでは、こんなことはきっとできなかっただろう。これは紛れもなく、DIO打倒後にポルナレフが、そして幻想郷にたどり着いたチャリオッツ本人が修行をし続けた成果なのだ。

 だが、やられて終わりでないのがザ・ワールドであり、DIOである。逆の手を握り締めると、さらに速いスピードでチャリオッツの頭部に殴りかかった。

 チャリオッツは再び回避するも、ザ・ワールドの攻撃はまだまだ続く。後退し、ザ・ワールドから距離を取ると、チャリオッツは視線を外すことなく叫んだ。

 

「来いッ、愚者(ザ・フール)!」

 

「ウッシャアアーーッ!」

 

「!」

 

 チャリオッツが右手を伸ばすと、下から、上から、飛んできた砂の塊がどんどん纏わりつく。集まった砂は腕の先端へ流れ、空中へと伸び始める。左手に持つレイピアと同じような長さの『砂の棒』となると、色が変わり、さらに細かく凹凸ができていく。

 形作られたのは、2本目のレイピアである。

 

「『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』プラス『愚者(ザ・フール)』、二刀流!!」

 

「フン、2本持ったから何だと言うのだ。剣もろとも粉砕してやるぞ。チャリオッツ!」

 

 肩の装甲を外し、残像を生み出すほどの超スピードを手にしたチャリオッツ。今の彼から繰り出されるラッシュを防ぐのは至難の業だろう。

 だが、相手は世界(ザ・ワールド)()()スタープラチナとほぼ同等の実力をもつ超強力なスタンドだ。スピードもパワーも、他とは比べものにならない。チャリオッツはザ・ワールドを超えるのか? あるいはザ・ワールドはチャリオッツを粉砕できるのか?

 2人の突き(ラッシュ)は同時に放たれた。

 

 

「うおぉぉおおおぉおおお!!」

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

 

ドドドドドドドドドド

 

 

 幾多の残像が生まれ、側からは2本しかないはずの腕がまるで千手観音のように多量に増えて見える。互いのラッシュはぶつかり合い、完全に拮抗していた。

 スピードはほぼ互角。しかしパワーはザ・ワールドの方に分がある。それでもどちらかが優勢とならないでいられるのは、やはりチャリオッツの技術があるが故なのだ。レイピアでザ・ワールドの拳を上手く受け流し、衝撃を逃していた。

 

 

ドガァン ボゴォオ〜〜ン!

 

 

「ぐッ……!?」

 

「魔理沙、マジシャンズレッド! ザ・ワールドに隙を与えるなッ! 能力を使わせる暇は! やつに時間を止めさせてはならない!」

 

「今のはエメラルドスプラッシュか……!」

 

 チャリオッツと打ち合うザ・ワールドの背中に、ハイエロファントのエメラルドスプラッシュが直撃した。ザ・ワールドはラッシュの手は止めず、横目で周りを見てみれば、三角形を作ってチャリオッツごと己を囲むハイエロファントたち3人の姿が。

 掌を手の根元でくっつけ、魔法道具を振りかぶり、腕を十字に交差する。3人は突きの対決に便乗し、チャリオッツに加勢する形でザ・ワールドを攻撃するつもりだ。

 

「オラァッ!」

 

「クロスファイヤーハリケーン!」

 

 

ボボオォウッ!

 

 

「チィッ……!」

 

「逃がさねぇーぜ! お前はここで倒す!」

 

「いい加減うっとうしくなってきたな…………」

 

 魔理沙は弾幕、マジシャンズレッドはアンク形の炎を、ハイエロファントはエメラルドスプラッシュをザ・ワールドへ放つ。流石の彼であっても、高速で剣撃を繰り出すチャリオッツをさばきつつ後方からの支援射撃を撃ち落とすのは困難を極める。

 ザ・ワールドはハイエロファントたちの一斉攻撃を上空へ逃れて避ける。が、それをすぐにチャリオッツが追いかけ、再びラッシュのぶつかり合いに。そこでまた援護射撃が放たれる。

 思ってみれば()()()()。ハイエロファントにしっかり考えられて作られている。

 ハイエロファントはザ・ワールドの能力が『時を止める能力』であると知っていた。数秒間だけ止められる能力であると。ザ・ワールドを囲む3人の互いの距離はおおよそ20mは超えている。だから良いのだ。時を止められようとも、作られている三角形が大きいがために一度で全滅することは避けることができる。逆に言えば誰か一人は確実に犠牲になってしまうものの、そんなもの覚悟の上だ。少なくともスタンドたちにとっては。

 ただ一つ、ハイエロファントに誤算があるとすれば、ザ・ワールドが時を止めていられる時間は常に更新され続けているということである。

 

「ぐぬぅう!」

 

「うおおぉおおお!」

 

「こ……の……チッポケなスタンド共に……この私がァッ……!!」

 

「…………!」

(いいぞ、押してる! いける、いけるぜ! このまま押し切れば、世界(こいつ)を倒せる!)

 

(だが何だ? この胸騒ぎは……まだ時を止めてないからか? まだ世界(ザ・ワールド)に、何かがあると思ってしまう……今やつが時を止めないのは、本当に僕らが封じることができているからなのか? それとも……わざと…………?)

 

 チャリオッツのザ・ワールドに臆していた気持ちは完全に切れ、ラッシュはどんどんヒートアップする。それを徐々に後退しながらガードするザ・ワールドを目にし、チャリオッツは自分たちの勝利を確信し始めていた。

 それに対し、ハイエロファント。彼は不気味さを感じずにはいられなかった。本当に追い詰められているのか、と。まさか誘いに乗っているのではないか、と。しかし、たとえそうだとしても、彼らにできることは攻撃を続行することのみ。この状況を打破しなくてはいけないのは世界(ザ・ワールド)だけでなく、ハイエロファントも同様である。

 

 

ガシィイッ!

 

 

「掴んだぞ……チャリオッツ」

 

「うッ!?」

 

「チャリオッツ!」

 

「やめろお前! チャリオッツに何するつもりだ!?」

 

「……褒めてやるぞ。この私をよくここまで傷つけたものだ。流石に焦り始めていたところだが…………もはや遊びは終わりだ。さあ、遊戯会の幕引きといくぞ!」

 

 ザ・ワールドはチャリオッツのレイピアを掴み、握ったままの状態でスタンドパワーを体内で溜め込み始める。紛れもない、『時間停止』の兆候だ。

 チャリオッツはザ・ワールドの手を解こうともがくが、相変わらずのパワー差がある。ガッシリ捕まって、一ミリも動かすことができない。

 サァっと血の気が引いていく。チャリオッツのピンチに、魔理沙やハイエロファントたちは急ぎ弾幕をザ・ワールドに向けて放った。しかし、これが悪手。ザ・ワールドは掴んだレイピアを払い、チャリオッツを盾にして弾幕を防いだのだ。

 

「ぐわあああッ!」

 

「だが、耐久力は鍛えていないようだな。その装甲が無くては、この攻撃だけでとっくに戦闘不能になっていただろう……水を得た魚という表現も粗末なものだ」

 

 ザ・ワールドはチャリオッツをあらぬ方へ放り投げると、腕を交差させて身を屈める。

 チャリオッツを助けようと身を乗り出したハイエロファントだったが、その()()()()を見て一瞬動きが止まってしまった。炎や弾幕を撃ちかけた魔理沙やマジシャンズレッドも同様にして、ザ・ワールドの動きに注目してしまう。「あぁ、使われる」と。

 これで何もかも遅れてしまった。『時』が来る。いや、止められる。

 

「まずい! 急いで離れろォォーーッ!!」

 

 

「『世界(ザ・ワールド)』! 止まれいッ! 時よッ!」

 

 

__________________

 

 

ドガァアアアン!

 

 

「え…………えぇっ!?」

 

「フフ……惜しかったな。一人仕留め損なってしまったぞ。もう少し長く止められていられればよかったんだがな〜〜……」

 

 気がつけば魔理沙は一人残され、ザ・ワールドと相対していた。先程まで周りにいた、共に戦っていたハイエロファントやマジシャンズレッドの姿は無い。チャリオッツもだ。影も形も消えてしまい、あるのは数十メートル下の大地から昇る土埃だけである。

 

「ウ、ウソだろ……お前まさかッ……!」

 

「クックックックッ……ああ、()()だとも。時の止まった世界で、私が地面に叩き落としてやった。砂の愚者(ザ・フール)は粉々にしてばら撒いてやったがな」

 

「よ……よくもハイエロファントたちをッ! 霊夢の分も含めて、私がお前を倒してやらぁ!」

 

「できるのか? 博麗霊夢と私が戦っていた時、お前は確かに恐怖していた。この私に! 果たしてできるのか? 私を倒すことが」

 

「ッ……!」

 

「フフ……」

 

 ザ・ワールドは完全に(さと)っていた。

 恐怖がある。否定したいものだが、残念ながら本当のことだ。今だって頬を冷や汗が伝って流れているし、箒を掴む手も震えている。残っているのは自分だけだ。自分も霊夢のように、ハイエロファントのように、圧倒的なパワーで地面に叩きつけられるのだろう。

 今まで数度の異変を解決してきたが、どれも大した怪我を負ったことはないし、どれも霊夢たちと共に切り抜けてきた。今回、ここまで怯んでしまうのは彼らが敗れたから。自分一人でどうしろと…………いや、今までだって、自分一人でどうにかできたことだったのだろうか?

 恐怖は形を変え、魔理沙の心を蝕んでいく。

 

「そんなお前に、ちょっとしたサプライズだ。もしかしたら、力強い味方が増えるかもしれんぞ?」

 

「!」

 

「八雲紫……きさま! 見ているなッ!」

 

「え!? 八雲……!?」

 

 ザ・ワールドは勢いよく振り返り、自分の遥か前方を指差す。その先には、例の八雲紫の使う『スキマ』がバックリと口を開けて存在していた。

 紫はこの戦いをずっと観ていたのだ。

 だが、ザ・ワールドに存在を認知されてしまうと特に何をするでもなく、そそくさと口を閉じ、その場から消えてしまった。ほんの少しちらつかされた希望は、見事に消え果ててしまうのだった。

 

「ハァ……!?」

(おいおいおい……何やってんだよ!? 霊夢がやられてんだぞ!? このままこいつに幻想郷をどうにかされてもいいってのかよォ〜〜ッ!!)

 

「ククク……! 賢者はあくまで傍観を貫くらしいな……それでいい。賢い判断だ。では、そろそろ断ち切ってしまうとしよう…………我らが運命に現れた宿敵たちよ」

 

「ハッ! や、やめろッ!」

 

「だがその前に、搾り取ってやるッ! 貴様の命を!」

 

「!!」

 

 ザ・ワールドの姿がブレると、一瞬にして魔理沙との距離が詰められてしまう。咄嗟のことで声も出ない魔理沙だが、彼女の命に届きつつある凶刃は止まらない。ザ・ワールドの丸太のように太い脚が振り抜かれ、魔理沙の頭部を粉砕しにかかるのだった。

 

「死ねィ! 魔法使いッ!」

 

「う、うわあぁあああああッ!」

 

 

 

 





to be continued⇒


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85.人里北部白兵戦

原作未読、アニメを追っている方に向けて。
ネタバレ注意です!


 ザ・ワールドの蹴りが魔理沙に放たれたのとほぼ同時刻。人里の北部にて、上白沢慧音が住人の名簿を片手に行方不明者の捜索を行なっていた。

 昨日の大異変で、生命の安否が不明な者は過去に類を見ないほど多く存在する。S・フィンガーズは守矢神社に用があって人里を離れているが、人里のもう一人の守護者、F・Fは慧音と同じように行方不明者捜しに乗り出した。今慧音が一人でいるのは、二手に分かれているからである。

 

「…………ひどい。この辺りの建物はほとんど倒壊している……一体誰があの異変を……」

 

 悲しさと悔しさ、怒りの入り混じる感情は彼女の心から溢れ出し、表情にも現れる。

 彼女が知りたいと思っていることは行方の分からない里民の安全、そして異変の首謀者だ。今現在、後者の答えに迫っているのは幻想郷の中でもほんの一握りの者。しかも、そのほとんどは既に首謀者たちの手によって戦闘不能にされている。

 「見つけたら即、自分の手で」と敵討ちを考える慧音だが、彼女だけでは敵わない。それを彼女が知ることもない。

 

「ああっ、先生! 慧音先生ぇーーっ!」

 

「!」

 

 慧音が歩を進めていると、突如背後から子どもの声が聴こえてきた。しかも、自分の名前を呼んでいる声だ。自分のことを知る者である。

 慧音が振り向くと、彼女の方へ駆けてくる少年が一人見えた。安堵しているようで、同時に疲労を感じさせる表情を浮かべてこちらへ走ってくる。

 少年は息を切らしながら慧音の元へ来ると、涙ぐみ、しゃくり上げながら彼女に抱きついた。

 

「うわぁあああ! さびしかったよぉーー!」

 

「大丈夫か!? 昨日からずっと一人だったのか? お父さんは? お母さんは?」

 

「ぐすっ……いない……いなくなっちゃった……」

 

「そうか…………見たところ、体にケガは無いようだな。痛みはどうだ? あるか?」

 

 少年は涙を腕で拭いつつ、慧音の質問に頷いて答える。

 彼の名前は岩山凛太郎。8歳。慧音の持つ名簿にしっかり載っている名前だ。名簿に名前があるということは、彼を捜している者が避難所にいるということ。凛太郎が「いなくなった」と答えた親は、おそらくそこにいるのだろう。

 とにかく、一人目の行方不明者の保護は完了。慧音は安堵のため息を漏らし、凛太郎を安心させる言葉をかけると、手を引いて安全な場所へ向かい始めた。

 

「ねぇ、先生。スタンドのお兄さんたち、今はどこにいるの?」

 

「お兄さんたち? スティッキィ・フィンガーズやキラークイーンのことか? キラークイーンは分からないが、スティッキィ・フィンガーズなら守矢神社に行ってる。どうかしたのか?」

 

「ううん。昨日、スティッキィ・フィンガーズさんが化け物を倒して、僕のことを助けてくれたんだ。だから、そのお礼が言いたくて」

 

 S・フィンガーズは昨日、確かにここ北部の上空に現れた巨大な龍と戦っていた。結果は異変そのものが終わるまで着かなかったものの、凛太郎によるとその間に多くの命を救って回っていたらしい。凛太郎もその一人で、ぜひ自分で直接会って礼を言いたいとのことだ。

 真面目でできた子どもだ、と思いながらも慧音は周りへ気を配り、建物の倒壊や他の行方不明者を捜そうとする。数分したところで、再び凛太郎が口を開いた。

 

「ねぇ、先生。先生はスティッキィ・フィンガーズさんの能力って、知ってる?」

 

「ん? なんでそんなことを?」

 

「気になったんだよ。僕、あの時はずっと逃げてたからスティッキィ・フィンガーズさんのこと、あまり見えてなかったんだ。それで、すごくカッコよかったから……」

 

「えぇと……たしか『ジッパーを使う能力』だったか? そうやって言ってたような気がするが……」

 

「そうなんだ。ありがとう」

 

「……?」

 

 戦う人物がカッコいいと思うのは、きっとこれぐらいの年齢の男子にはよくあることなのだろう。寺子屋でも流れ着いた外の世界の絵本に影響されて、その真似をして遊ぶ子どもは多くいる。凛太郎もその一人なのかと思ったが、しかし子どもらしい興味で訊いたようには思えない。

 曖昧な答えだったというのに、深く追及するでもなくすぐに話を切ってしまった。風変わりな子なだけだろうか、と慧音は思う。

 

「ねぇ、先生。先生って、たしか幻想郷の歴史をまとめてるんだよね? 合ってる?」

 

「……合ってるも何も、私のことを知っているならそのことも一緒に教えていると思うんだが……もしや、凛太郎。君は寺子屋にいなかったか……?」

 

「ひどいなぁ、先生。教え子のこと全部覚えているわけじゃあないんだ?」

 

「……いや、覚えているとも。君は確かに()()。知らないはずはないんだ」

 

「………………」

 

 凛太郎の足が止まった。数歩先に出た慧音が振り返ると、彼はじっと慧音を見つめ返す。向けられた目はまっすぐ慧音を見ているが、しかし何か含みのあるものへ変貌していた。何か、おかしい。

 慧音は不気味なものを感じずにはいられなかった。姿形は凛太郎だというのに、言動は慧音の知っている彼とは違う。よく泣く子ではあったが、今の彼のように慧音に嫌味を言うような少年ではない。

 とにかく何かがおかしい。()()()()

 

「……先生」

 

「ッ!」

 

「色々教えてくれてありがとね」

 

「な、何を言ってる……? どういう意味だ!」

 

「用済みだよ」

 

 

ドガン!

 

 

「がッ……!?」

 

『用済みだ。上白沢慧音。『記憶』のディスクだけ貰っていくぞ』

 

 凛太郎の言葉の後、慧音の頭に衝撃が走る。そしてその後にやって来るのは、何かがゆっくり抜け出ていく不思議な感覚。

 だが不思議なことはそれだけではない。凛太郎の姿がモザイクがかかったように変わると、そこから白色の肌をもった謎の人物……もとい存在が現れた。この異形、間違いなく人間ではない。妖怪のようにも見えない。慧音は薄れゆく意識が消えるまでに結論に至った。こいつはスタンドだ。

 そして完全に倒れ伏すまで、彼女の目に映った。スタンドの後方にある建物の陰に、血が流れる少年の腕が見えていた。アレは、きっと本物の凛太郎。

 

「……動かなくなったか。上白沢慧音。幻想郷の歴史の編纂者。お前の『記憶』が欲しかった」

 

 スタンド、ホワイトスネイクに攻撃された彼女の側頭部からは一枚のディスクがはみ出ており、これこそ彼の言う『記憶』のディスクである。

 S・フィンガーズを見事撒いたホワイトスネイクは、一人大通りを歩く凛太郎に目をつけて殺害。絶命する前に記憶を奪い、幻覚能力を使って凛太郎と騙って慧音に近付いたのだ。

 

「ついさっき、世界(ザ・ワールド)と戦っていたスタンドたちのエネルギーが一気に弱まった…………彼は勝ったのだろう。私の目的は、宇宙を一巡させる『時の加速』を邪魔した者を調べること。楽園の巫女、博麗霊夢。賢者、八雲紫。その他の者を把握することだ。そのためにお前のディスクが必要なのだ……」

 

 幻想郷は外の世界で起こった宇宙の一巡に巻き込まれていなかった。それは過去に起こった『花の異変』にて、四季映姫がハイエロファントに教えている。時の加速は幻想郷屈指の強者たちによって阻止され、今に至るのだ。

 ホワイトスネイクは慧音のもつ歴史、『記憶』のディスクを奪おうと手を伸ばす。すると、彼はあることに気がついた。

 

「……? これは?」

 

 倒れている慧音の背中に、縦一文字に走る何かが着いている。  

 元々21世紀に生きていたホワイトスネイクはそれが何なのか、一瞬その存在に疑問を抱いたものの、すぐに理解した。これは、ジッパーだ。なぜ彼女の背中に? 服のデザインなどからしても明らかに不自然だというのに……

 「たしか『ジッパーを使う能力』だったか?」

 先程の慧音の言葉が頭の中に浮上してくる。

 そんなまさか、もう追いついてきたのか!?

 

 

ドギュゥゥ〜〜〜〜ン!

 

 

「ぐおッ! ス、スティッキィ・フィンガーズ……!」

 

 ジッパーがガバッと開くと、それとほぼ同時にS・フィンガーズの拳が出現。ホワイトスネイクの頬を掠め、空中へ打ち上げられた。

 ホワイトスネイクが慧音から飛び退いて距離を取ると、彼女の背中から這い出て来る。ジッパーを使うというのはこういうことだった。

 あらゆる場所にジッパーを取り付け、開閉し、中に隠れたり通過したりする。ホワイトスネイクに追いついたS・フィンガーズは地下へ潜り、慧音の肉体を通してホワイトスネイクに攻撃を仕掛けたのだ。

 

「……お前の狙いは慧音か。まだ関連性を見出せていないが、このタイミング……おそらく昨日の異変もお前が関わっていたとしてもおかしくあるまい」

 

「もはや隠す必要はないだろう。その通り。昨日のアレ(異変)は『ボヘミアン・ラプソディー』というスタンド能力が引き起こした。スティッキィ・フィンガーズ……貴様も我々の邪魔をするか?」

 

「ああ。罪は償ってもらうぜ」

 

 先手はS・フィンガーズが取る。地面を蹴り、素早くホワイトスネイクとの距離を縮めると、スタンドパワーが込められたアッパーが彼の顎を狙った。

 だが、間一髪のところでホワイトスネイクは攻撃を回避。後ろへ身を引くと強烈な前蹴りを繰り出し、S・フィンガーズの頭を粉砕せんとする。

 

「無駄だ。俺の能力の前じゃな……」

 

 

ガパァアアッ!

 

 

「! 何ッ!?」

 

 S・フィンガーズは自分の頭部にジッパーを取り付け、頭を縦に半分に割いた。ジッパーにより痛みも出血もなく、頭が半分に分かれたことによってホワイトスネイクの足は標的を見失い、そのまま虚空を切ってしまう。

 そして、その隙をS・フィンガーズは逃さない。

 

「フンッ!」

 

 

バキィイイッ!

 

 

「ガフゥッ!?」

 

「さあ、いくぜ……覚悟を決めろ」

 

 頭を元に戻すと、外したアッパーを再度当て、ホワイトスネイクを打ち上げる。

 宙に持ち上がった彼に狙いを定め、S・フィンガーズはラッシュを打ち込んだ。

 

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ」

 

 

ドゴ ボゴ ボゴ ドゴ バゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ ドゴ バゴ ボゴ

 

 

「ぐぅおぉおおオオッ!!」

 

 ホワイトスネイクはかろうじて左腕でガードを取り、胴体や顔面への拳の直撃を免れるが、S・フィンガーズの能力は触れたものに影響を与える。ガードと言えどそれを腕で行うなど以ての外だ。

 案の定、S・フィンガーズの拳がヒットした場所にはジッパーが走り、開かれ、そこから血が噴き出す。それが何発も高速で打ち込まれるのだから、ホワイトスネイクもタダでは済まない。もう数秒でバラバラにされるだろう。

 しかし……

 

「ぐぅウウ! お前に……命令するッ!」

 

「!」

 

 ホワイトスネイクは左腕のガードを解かないまま、右手で隠し持っていた空のディスクをS・フィンガーズの頭に投げ入れた。

 

「『能力を解除し、5秒間静止しろ』!」

 

 ホワイトスネイクがそう叫ぶと、S・フィンガーズのラッシュがピタリと止まる。

 それだけに留まらず、ホワイトスネイクの体中に取り付けられたジッパーも全て消え去ってしまった。彼の命令通りに。

 S・フィンガーズはホワイトスネイクの言葉通り、本当にその場で静止してしまう。タイムリミットは5秒。短いには短いが、ホワイトスネイクがその隙に何もしないわけがない。そう考えれば、5秒は長すぎる。

 

「ぐッ……し、しまった」

 

 

「ウオシャアアアア!」

 

 

ドババババババッ!

 

 

「ぐハァッ!」

 

 ホワイトスネイクのラッシュを無防備な状態に叩き込まれ、潰された水風船の如くS・フィンガーズは血を吐き出す。拳が体中に突き刺さり、痛みがあちこちを巡る。

 体の自由が利くようになると、S・フィンガーズはよろめきながらも地面を蹴り、ホワイトスネイクから距離を取った。

 実に互いに厄介な能力である。

 一方は触れられるだけで血が噴き出し、一方は動きを封じる技をもつ。S・フィンガーズもホワイトスネイクも、注意深く相手を観察し続けた。

 どこか、どこかにないか? 決定的な隙が。重大な弱点が。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「31……37…………41……43」

 

 2人の距離は10mもない。

 睨み合い、その場をゆっくりぐるぐる回っているだけ。隙を探り、隙を潰し、相手を牽制し、相手を威圧する。完全に拮抗状態だ。別の者が割って入らなければ、この状況は破れない。

 しかし、その時は唐突にやって来た。

 

 

ガァーーン! ガァーーン! ガァーーン!

 

 

「うぐゥッ!? な、何だッ!?」

 

「! F・F!」

 

「よぉ、スティッキィ・フィンガーズ。そいつの相手、あたしにもやらせてくれよ。死ぬ前からの知り合いなんだ。思い入れもある…………ブッ殺してぇぐらいのな!」

 

 ホワイトスネイクの背後から3発の銃声が聴こえると、それと同時にホワイトスネイクの肩から血が噴き出す。現れたのはF・Fだ。

 彼女は口を笑わせた状態で2人へ近付いていく。しかし、その目は明らかに笑ってはいない。ホワイトスネイクとは面識があるようだが、2人に一体どんな因縁があるのかS・フィンガーズは全く知らなかった。

 

「フー・ファイターズ……! 貴様もここに!」

 

「久しぶりだな、ホワイトスネイク……()()()に来たぜ。てめーもこっちに来たってことはよォーー、徐倫たちはやったんだな。ザマーねぇーぜ」

 

「フッ……クククク……」

 

「何だ? 何が可笑しいんだ?」

 

「いや、私をやったのは徐倫じゃあない。小僧(エンポリオ)の方だ。徐倫なら私が殺してやったぞ。バラバラに切り裂いて、な……」

 

「!?」

 

 F・Fとホワイトスネイクは完全にS・フィンガーズそっちのけで会話を進める。

 2人の因縁は決して浅いものではない。F・Fはかつてホワイトスネイクの本体こと、プッチ神父によって知性をもたらされた。

 しかし、F・Fは徐倫との戦闘後に彼を裏切り、奪われてしまった承太郎のディスクを取り戻すために2人は敵対することとなる。F・Fはプッチ神父に直接殺されたわけではないが、その死因とは深い繋がりがあるのだ。

 F・Fは死後、幻想郷に流れ着いた。それからは心の中でずっとずっと徐倫たちの勝利を願っていた。ホワイトスネイクがここへ来て、殺したのはエンポリオ。勝利はしたのだろう。だが、徐倫は…………

 

「ッ…………! ふざけたこと言いやがって! あたしが動揺すると思ったかァーーーー!? あたしはあたしの運命に決着をつけるために、お前を殺すんだぜッ! あたしの『思い出』のために!」

 

「たかだかプランクトン風情が……この私に向かって! ナメた口を聞いてんじゃあないぞッ!」

 

「! F・F! やつが行くぞ!」

 

 ホワイトスネイクは地面を蹴飛ばし、F・Fの元へ駆け出す。それに反応したS・フィンガーズはF・Fへ向けて声を投げるとともに、自分の腕を能力で伸ばしてホワイトスネイクを攻撃した。

 が、いくら肩を負傷しているとはいえ、元々のスペックがかなり高いホワイトスネイクはS・フィンガーズの拳を難無く回避。

 F・Fは腰を落として構えを取り、ホワイトスネイクもそのまま拳を握り、標的を殴りつけようと振りかぶる。そして、同時に打ち出した!

 

「ヌッ!?」

(こいつ、フェイントをッ……!)

 

「ウリヤアアッ!」

 

 相手に先にヒットしたのはホワイトスネイクの拳。だがF・Fはそれを誘発しており、腕で速やかに受け流してホワイトスネイクのバランスを崩した。

 その隙を逃さず、F・Fはすかさず延髄斬りを放つ。

 

「遅いぞ!」

 

「チッ!」

 

 反応速度はホワイトスネイクの方が上だ。

 F・Fの脚を腕で受け止めると、もう片方の手でラッシュを繰り出す。F・Fは体を宙に浮かせた状態でもなんとかガードを取り、ラッシュのダメージを最小限に減らした。そしてそのパワーを利用し、F・Fは体勢を立て直すためにホワイトスネイクから距離を取る。

 そして再び間合いを詰め、拳と蹴りの入り混じる素早い攻防が繰り広げられた。

 戦いはわずかながらホワイトスネイクの方に分がある。思えば、()()()()()。本体、プッチ神父からかなり離れた位置まで移動していたホワイトスネイクだが、それでもパワーはF・Fを遥かに上回り、圧倒していた。

 この場ですぐに始末することは難しいだろう。F・Fたった一人だけならば。

 

 

ドゴォオオッ!

 

 

「ぐああっ!?」

 

「後ろにも警戒することだな。お前の相手は2人いるんだぜ。F・Fと俺の2人だ」

 

 気付かれぬよう、後ろから忍び寄っていたS・フィンガーズはホワイトスネイクの側頭部を蹴り飛ばし、彼を家屋へと吹っ飛ばす。

 北部はもはや廃屋だらけ。破壊され、家として機能しないもの。主が死に、誰にも必要とされなくなったもの。様々である。だからこそ、これらのものは()存分に利用できるのだ。

 ホワイトスネイクが突っ込んだ家屋は土埃を上げて半壊する。それに便乗するかのように、F・Fはホワイトスネイクの浮上を待つことなく屋内へ侵入、そして追撃せんとする。

 

 

ドッバアア〜〜ッ!

 

 

「うわ! な、何だ!?」

 

 土埃の中から、埃とはまた別の粒がF・Fに向けて投げつけられる。しかしそれは煙のように宙に舞うことはなく、音を立ててすぐに床にバラバラと墜落してしまった。

 視界が悪くてよく見えないが、とにかく白く細かな粒が大量にぶちまけられている。これは一体何なのか。答えはすぐに判明する。

 異変はF・Fの体に起きた。

 

「!? ウ、ウソだろ? 体が崩れていく!? どーなってんだ、こりゃあ!」

 

「どうかしたのかF・F! 煙で中がよく見えない! 状況を報告するんだ!」

 

「スティッキィ・フィンガーズ……! 待てよ……これ、まさか塩か……!? 岩塩だ。水分が吸われてるぞ!」

 

 煙幕の中でホワイトスネイクが投げつけたのは、なんと塩。プランクトンが集まって形作っているF・Fからして、水分を奪い去る塩は天敵中の天敵だ。

 著しい弱体化を招き始め、F・Fの体の末端はどんどん(しぼ)んでいく。そして乾燥し、ひび割れ出した。ホワイトスネイクはこれを狙っていたのだ。

 S・フィンガーズの声に応えるよりも、F・Fはどこかに潜むホワイトスネイクの影を探すことを優先する。まだ絶対近くにいるはずだ。やつが敵を中途半端に生かしておくとは考えられない。追い詰められていれば別だが、この煙に囲まれた舞台。チャンスを掴んでいるのはホワイトスネイクの方なのだから。

 

「くそっ…………どこだ? やつはどこに!?」

 

 F・Fはあちこちへ首を回し、ホワイトスネイクの接近に警戒し続ける。そんな彼女の背後で、黒い影がユラリと動くのだった。

 

 

____________________

 

 

「F・F! 大丈夫か!」

 

 S・フィンガーズが煙を払いつつ、F・Fがいた地点へ足を踏み入れる。

 だが、そこにF・Fの姿は無かった。どこかへ移動したのか? 近くで音もしない。煙もやがて薄くなり、周りの瓦礫の様子も鮮明になる。

 改めて破壊された家屋を見渡すと、なんと部屋の奥の壁にもたれかかるF・Fが。陰になっていた場所にいたために気付きづらかったらしい。

 

「F・F、そのケガ…………やつは逃げたのか?」

 

「……ああ……逃げたかどうかは……分からない……だが、体が塩を吸っちまってよォーー。体半分が崩れてきた……このままじゃヤバい。S・フィンガーズ、外に運んでくれないか?」

 

「ああ。掴まれ」

 

 F・Fの下半身は完全に砕け、消えてしまっている。これでは自力で立つことは不可能だ。

 S・フィンガーズは彼女に肩を貸し、立ち上がると、瓦礫を避けながら大通りへと出る。姿を隠したホワイトスネイクからの奇襲に備えるため、見晴らしの良い場所に身を置く必要があるからだ。

 F・Fを通りで降ろすと、S・フィンガーズは彼女に竹製の水筒を渡す。

 

「それを飲んで回復するんだ。俺はやつを探す。必ず近くにいるはずだ。ホワイトスネイクの狙いは慧音。()()()()を逃すとは思えないからな」

 

「ああ。分かったよ」

 

 F・Fは蓋を外し、水筒の水を一気飲みする。

 S・フィンガーズはF・Fとの共闘に備え、水筒を持参していた。体をプランクトンで構成し、常に水が必要な彼女であるが、そんな大切な水をよく失ってしまう。先日の異変でも、F・FはF・Fで水筒を持ち出してはいたものの戦闘の際に水筒が壊れてしまい、危なくなった時もあった。それがきっかけである。

 S・フィンガーズはホワイトスネイクが姿を消した家屋へ再び向かおうとする。スタンドエネルギーの反応は周りに一つも無い。F・Fは水を失い、活動の限界まで来てしまったため、エネルギーが小さくなっているのだ。

 

(ホワイトスネイク……一体どこへ消えた……? 何の目的で慧音を狙う……)

 

「…………ガーズ……」

 

「!」

 

 家屋からギシギシと木材が軋む音が聴こえると、それと同時に小さな声が発せられてきた。だが分かることと言えば、それが小さな声だということぐらいで、木の音に混じっているがために何を言っているのか、詳しくは分からなかった。

 S・フィンガーズは耳を澄まし、もう一歩だけ家屋に近付く。すると、分かった。何を言っているのか。声の主が誰なのか。

 

「……フィンガーズ…………スティッキィ・フィンガーズ……! う、後ろだ…………」

 

「エ、F・Fか……!? どうしてそこにいるッ!? 俺は確かに通りへ連れ出したはずだ!」

 

「そいつが……そいつがホワイトスネイクだァーーーーッ!」

 

 声の主、本物のF・Fは家屋から体を引きずり、その姿を見せる。S・フィンガーズが先程大通りへ連れ出したF・Fよりも損傷が激しく、下半身も、残った胴体の右半身さえも消えて無くなっていた。

 S・フィンガーズが連れ出したF・Fは、弱っていたからエネルギーを感じなかったのではない。隠していただけだったのだ。

 敵は背後にいる。それを認識して振り返るS・フィンガーズだが、もはや手遅れ。

 

 

ドガン!

 

 

「がッ……!」

 

「捕らえたぞ。スティッキィ・フィンガーズ……」

 

「ホワイトスネイクッ……てめぇ……!!」

 

 背後から既に近付いていたホワイトスネイクに先手を取られ、S・フィンガーズの頭にホワイトスネイクの手が挿入される。

 手刀によって貫通したのとはまた違う。彼の能力だ。頭部に手を直接入れ、『記憶』や『視覚』といったディスクを取り出す。S・フィンガーズは今まさに、ホワイトスネイクにそれらを奪われかねない状態なのだ。

 そんな危険な状態であるからか、S・フィンガーズは項垂れ、まるで廃人にでもなったように動かなくなってしまった。記憶を奪われてはそれを取り戻すまでS・フィンガーズは再起不能となる。ここでそんなことになれば、いよいよホワイトスネイクに、命まで奪われてしまう。

 

「さて……どうしようか。記憶を奪って戦闘不能にしてもいいが、こいつのには興味がないしな。そういえば、この幻想郷に流れ着いたスタンドたちは()()()()()()()()()()()()()? それを試してみるのもいいかもな……」

 

「や、やめろ! ホワイトスネイク! その手を離しやがれェーーーーッ!!」

 

 

ドォン! ドォン! ドォオン!

 

 

「……それをやると思ったぞ。黙って見ているだけでよかったのにな……」

 

 F・Fはひび割れ、砕けかけている左腕を無理矢理動かし、プランクトンの弾丸をホワイトスネイクに向けて撃ち放った。

 だが、それは誘われた攻撃である。F・F弾が放たれた瞬間、ニヒルな笑みを浮かべたホワイトスネイクはS・フィンガーズの体を揺さぶり、自身の前へ移動させる。

 それを見たF・Fはホワイトスネイクが何をするつもりなのか、すぐに理解する。最悪のことを、想像してしまった。

 S・フィンガーズの顔面、そして頭部に、F・F弾が撃ち込まれてしまった。

 

「う、うあああっ……! スティッキィ・フィンガーズ!」

 

 思わず声を漏らすF・Fだが、S・フィンガーズは彼女の声に反応を返さない。開けられた3つの穴から血を噴き出し、彼は硬い土の上に倒れ伏してしまった。

 仲間に攻撃を当ててしまい、かつ命に届きうるほどの威力で頭部に叩き込んでしまったことは、F・Fの頭の中を駆け回り、思考を真っ白に塗り替えていく。倒れて動かなくなったS・フィンガーズから目を離さないまま放心してしまい、F・Fの戦意は一度完全に失せてしまった。

 卑怯であろうか? ホワイトスネイクはF・Fのそんな様子を一切歯牙にかけず、彼女に襲いかかる。

 

「フー・ファイターズ、お前は所詮プランクトンだ。どこまでいってもチッポケな生物に過ぎない! どれだけ抗おうと、どれだけ工夫しようと! お前にあるのは地に這いつくばり、薄氷のように消えていく終わりだ。我が大いなる目的の前で、己の貧弱さを思い知れェ!!」

 

「ハッ!」

 

 ホワイトスネイクの拳がF・Fの頭を粉砕する直前、彼女は意識をホワイトスネイクに戻す。

 しかし、だからと言って、F・Fはもうどうすることもできない。視界に映るのは、握り締められたホワイトスネイクの拳だけである。

 

 

ドグシャアアアッ!

 

 

「ウリャアアアアアッ」

 

 

ズババババァン!

 

 

 ホワイトスネイクの拳はF・Fの頭を確かに捉え、破壊した。

 頭が無くなり、下半身も消え、残された胴体はホワイトスネイクの手刀のラッシュによってバラバラに分断され、周りにその残骸が飛び散る。

 攻撃はそれだけに留まらず、既に動かなくなり消滅が始まりつつある残骸を執拗に踏みつけ、ホワイトスネイクはF・Fへのトドメを完全に刺してしまうのだった。

 邪魔者は消し去った。この地(幻想郷)で初めて相対したスタンドも、アメリカの刑務所から因縁のあるスタンドも。後はもう、慧音の記憶を奪い去り、世界(ザ・ワールド)の元へ戻るだけだ。

 

「フー・ファイターズは死んだ。スティッキィ・ファイターズとやらも。この人里でやることは、上白沢慧音のディスクを奪うことのみ。ただそれだけだ。もはや()()だ。だというのに…………お前も邪魔をするつもりか?」

 

 ホワイトスネイクの言葉は虚空へ放たれる。彼の視界には、倒れ伏す慧音とS・フィンガーズ以外の者はいない。誰もいない。

 しかし、ホワイトスネイクに言葉を投げかけられた者は確かに存在する。エネルギーを放って、ホワイトスネイクの背後にいた。それは彼が想像していた者ではなく、F・Fも、S・フィンガーズですらも想像していなかった。彼が来るとは。

 

「何者だ……貴様」

 

「通りすがりの、平穏に暮らしたいだけのスタンドさ」

 

 キラークイーンである。

 

 




F・Fとホワイトスネイクの殴り合いは省かせてしまいましたが、まぁまぁの激しさの戦いでした(そういう設定で……)

to be continued⇒


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86.平穏を望む者、天国を目指す者

お久しぶりです。


「何者だ……貴様」

 

「通りすがりの、ただの平穏に暮らしたいスタンドさ」

 

 キラークイーンはホワイトスネイクをまっすぐ見据え、そう答える。

 刹那、ホワイトスネイクは地面を蹴飛ばし、常人では捉えきれないスピードで拳を繰り出した。拳は見事キラークイーンの頬にヒットし、周囲に破裂音が響き渡る。しかし……

 

「ペッ! それだけか?」

 

「なにィ!?」

 

「フン!」

 

 

ドゴォオオッ!

 

 

「!!」

 

 キラークイーンの前蹴りがホワイトスネイクの腹部に炸裂。足が地面をガリガリと削りながら、ホワイトスネイクの体は後方へ吹っ飛ばされた。

 そんなバカな。自分の拳は確かに当たった。目の前のスタンドの顔面に、確かに。遠距離スタンドである自分(ホワイトスネイク)だが、本体に近ければパワーもスピードも上昇する。だがこの幻想郷においては、常に100%の性能の状態でいる。

 だが、目の前のスタンドは防御を取ることなく、パンチに耐えてみせた。首がもげてもおかしくない威力を耐えたのだ。まさか、そんなことが。

 

「フ〜〜……そうだ。私がここへ来た理由についてだが……薄々感じていたとは思うが通りすがりというのは嘘だ。ちゃんと目的があって来たし、理由があって君を狙う。私が望むものは、あくまでも平穏な生活なのだよ」

 

「何だと?」

 

「正月から()()()()の存在には気付いていたさ。何かを企んでいる、ということもな。そしてそれが私の平穏を崩しかねないということも……」

 

「……自分が穏やかに暮らしているところを邪魔される前に、我々を始末しようと? それが貴様がここへ来た理由なのか?」

 

「ああ、そうとも。爆殺しに来た」

 

 キラークイーンはスタンドパワーを右手に込め、分かりやすく指を鳴らしてみせる。慣れていない、彼なりの挑発である。

 言葉通り、キラークイーンはホワイトスネイクや世界(ザ・ワールド)たちの存在は彼らが幻想郷に降り立った頃から知っている。しかし、本来闘争を避けようとするキラークイーンは人里内でずっと自身の気配を殺していた。理由はもちろん、自分が見つからないために。

 そんな中、先日彼はとあるスタンドと戦闘を行った。その相手というのがエジプト9栄神の一角、天空の神の暗示をもつホルス神である。

 キラークイーンはホルス神との戦いの中で、己の精神によって身体能力が変化するというスタンドの性質を完全に自分のものとしたのだ。

 今回、キラークイーンが直々にホワイトスネイクを始末しに来たのは、この事情も絡んでいるのである。今の彼には、S・フィンガーズやF・Fはおろか、一対一ならば誰にも負ける気がしなかった。

 

「我らの目的は『天国』へ向かうことだ……貴様の平穏など、脅かすつもりは毛頭ない。貴様には微塵の興味も無い。ここで退くなら、私はその命に手をかけることはしないぞ。だが、それでも向かって来るというのなら……始末する」

 

「ほう……」

 

「さあ…………どうする?」

 

「…………」

 

 ホワイトスネイクとしては、手に入れたいものがすぐそこにある以上、余計なトラブルは極力避けて通りたい。S・フィンガーズとF・Fは違ったが、キラークイーンは2人に比べれば話が通じそうでもある。

 平穏を脅かされたくない。ということは、キラークイーンも戦いは避けたいはずだ。ここでは、互いの利益となる選択をすることが何より重要となる。

 キラークイーンはどちらを選ぶ?

 しばらく間を置いて、彼は歩き出す。ホワイトスネイクの方へ。殺気を纏い、握り締めながら。

 

「私は私自身しか信用しない。お前が死に、消えて無くなれば、話は別だがね。平穏はしっかり約束される。さあ、やろうか? 私は誰にも負けはしないよ……」

 

「ぐッ……!!」

 

「フッ……」

 

 ホワイトスネイクとキラークイーンの距離は一mを切った。完全に、拳の届く位置に立っている。

 提案は破棄された。戦いはもはや避けられない。ホワイトスネイクが勝利したとはいえ、先程のS・フィンガーズたちとの戦いでの消耗は未だ回復していない。その状態で、さらに強いキラークイーンの相手をするのだ。下手をすれば、キラークイーンの言葉通り消えるのはホワイトスネイクの方である。

 だが、だからと言って始めから諦めることなどしない。

 ホワイトスネイクは残ったエネルギーを存分に体中に流し、パワーを溜める。キラークイーンよりも速く、重く、拳を放つために。

 

 

「ウリヤアアアアア!」

 

 

「ウショオオアアアアアッ!!」

 

 

ドッヒャァァ〜〜〜〜ッ!

 

 

 2人のラッシュは同時に放たれた。

 強硬な拳が高速でぶつかり合い、火花をあちこちに散らしながら衝撃波を次々に生み出す。かなり激しいラッシュの速さ比べだが、キラークイーンの顔はまだまだ涼しげ。対するホワイトスネイクと言えば、歯を食いしばり、力という力を振り絞っているのが分かる。

 ここで一石を投じなくては、キラークイーンの優勢は覆せない。そのことが頭の中にチラリと現れた瞬間、ホワイトスネイクはすぐに行動を取る。

 

「ハァアッ!」

 

「うぐッ!」

 

 ホワイトスネイクの前蹴りがキラークイーンの腹部に炸裂する。その威力はキラークイーンの体が一瞬宙へ持ち上がるほど強烈なものである。

 だが、キラークイーンも負けてはいない。

 

「フン!」

 

「ぐがァッ!」

 

 キラークイーンは素早いアッパーを放ち、ホワイトスネイクを頭から大きくのけぞらせた。

 この一撃も重く、ホワイトスネイクの体は高く打ち上げられる。隙だらけとなった。

 この瞬間をキラークイーンが逃すことはない。さらに速いジャブを3発、ホワイトスネイクの腹部に食らわせ、今度は海老反りにさせる。

 

「がァァアッ!」

 

「うっ……!」

 

 海老反りの体勢を上手く活かし、ホワイトスネイクは反撃の蹴りをキラークイーンの脇腹へ叩き込んだ。

 ダメージにはなったのだろう。キラークイーンは一瞬怯む。しかし、それが地雷であった。

 直後、キラークイーンのラッシュには蹴りも加わり、手数が倍に。高速で動くキラークイーンの体、腕、脚は残像を生む。ホワイトスネイクが防御しようとも、また徐々に押され始めるのだった。

 

 

ドドドドドドドドドドド

 

 

「うぅぅおおおおおおおお!!」

(つ、強いッ……! 速すぎる! こいつ……完全にコントロールしているのかッ。我々スタンドは感情が激しく昂れば、強い意志をもてば性能が上がるということを! こいつは自分の意志をコントロールできているのかッ! 『殺意』を!)

 

「………………」

 

 キラークイーンはただただ無言で攻撃を加え続ける。相手の反撃も、同じようにラッシュで相殺することすらさせない。ホワイトスネイクはラッシュを止め、ひたすらに防御に徹するしかなかった。

 そして、ホワイトスネイクの推測は当たっている。ホルス神との戦いを経て、キラークイーンは現在幻想郷のスタンドの中で最も()()の操作に長けているのだ。

 元々本体からの影響を受けて正面戦闘を苦手としていたキラークイーンであるが、『殺意』という意志をより強くもつことで性能を底上げ、ホワイトスネイクを凌駕するパワーとスピードを手に入れた。

 

(簡単なことと思うだろうが……今からお前がやろうとしても無駄だ。それが誰もいない場所でやるならともかく、今は私と戦い、そして押されている。焦っているだろう。そんな状態で、感情、意志をコントロールできるのか?)

 

 キラークイーンの言う通りである。現在のホワイトスネイクでは、同じ方法でキラークイーンと同じ境地に至るのは難しい。

 彼の本体も、キラークイーンの本体である吉良吉影と同じように、数々の人間を殺害してきた。殺すこと、殺意をもつこと、難しくはないだろう。

 だが、とにかく今は無理だ。『もつ』だけならできるだろうが、キラークイーンのようにはいくまい。半端に終わることは目に見えている。

 だからこそ、別の方法でキラークイーンを超えるしかない。

 ホワイトスネイクの右手は、キラークイーンから見えないように自身の背中へ回されていた。

 

「お……『お前に命令する』!」

 

「!」

 

 ホワイトスネイクは自身の左腕を限界ギリギリまで盾に使い、右手を振りかぶる。指に挟まれていたのは、銀色に輝く()()()のディスクだ。

 彼はこのディスクに命令を書き込み、キラークイーンに挿入する作戦に出る。しかし……

 

「ウリヤアアア!」

 

 

ズバアァァァ〜〜ッ!

 

 

「うがアアァァァッ!!」

 

 キラークイーンは手刀でホワイトスネイクの右腕を斬り上げ、ディスクが放られるよりも速く、分断した。今回の戦いで一番の負傷を受け、ホワイトスネイクは思わず絶叫を上げる。

 勢いよく切断された右腕はきりもみ回転しながら吹っ飛び、隻腕となったホワイトスネイク。ただでさえキラークイーンに押されていたというのに、これでさらに弱体化してしまった。

 精一杯の抵抗として蹴りを放つも、キラークイーンに拳で受け止められる。その上攻撃も同時に行われ、キラークイーンの拳が触れた(すね)部分は肉が弾けて骨のビジョンが露わになってしまった。

 

「うう……ぐッ……!」

 

「これで分かっただろう。お前では私に勝てないんだよ。どれだけ足掻こうと、今の私に殴り合いでは勝てないんだ」

 

「私を……殺すつもりか……!? やめろ。そんなことはやめろ! 『天国』へ向かうことは幸福なのだ! 全ての人間が、全ての生物が、己の身に起こる出来事をあらかじめ知り、『覚悟』できることこそ真の幸福だ。それを邪魔するというのか!?」

 

「……何が幸福で、何がそうでないか。そんなことは私が決めることだ。少なくとも()()()は、そんな『天国』というものが無くても幸福は感じていたからな……」

 

「ううッ!?」

 

 キラークイーンは右手にスタンドパワーを溜め始める。

 ホワイトスネイクは切断された腕を庇いつつも、キラークイーンに圧倒されて思わず後ずさる。彼にはキラークイーンの抱く殺意が、ドス黒いオーラとなって顕現したように見えていた。ホワイトスネイクを怯ませるほどの凄みを放っていた。

 キラークイーン第1の爆弾は、触れた物何でも爆弾に変える能力。何でも爆破する。どんなものであろうとも。スタンドであろうとも……

 

「願いましては、終わりの時だ。まあまあ楽しかったよ。ちっとも、名残惜しくはないがね」

 

「ぐ……くッ……!」

 

「消し飛べッ! キラークイーン第1の……」

 

 

バシィィイイッ!

 

 

「ぐっ!?」

 

 キラークイーンがホワイトスネイクに触れる寸前、横から何かが飛んで来た。飛んで来たものはキラークイーンのこめかみに当たり、地面に落下する。

 ドサッとそれなりの質量のある音と、カランと乾いた音が2人の耳に入った。

 

「…………」

 

「……腕、だと? ホワイトスネイク(このスタンド)の腕か? 私が切り落とした……それにこれは……ディスク……」

 

 キラークイーンの頭にぶつかったのは、切断されたホワイトスネイクの右腕だった。近くに落ちた、乾いた音を立てた主は一枚の謎のディスク。それらの表面にはキラークイーンの顔、が映っていた。

 奇妙な出来事が起こり、キラークイーンの動きは一度完全に止まってしまう。そしてホワイトスネイクの腕が飛んで来た方へゆっくり目を向けると、あるものが目に入った。

 

「ス、スティッキィ・フィンガーズ……!?」

 

 ホワイトスネイクに敗れ、倒れているS・フィンガーズである。彼の頭には一枚のディスクが半分だけ顔を見せ、グルグルと回りながら徐々に頭の奥へと侵入しつつあった。

 おかしなことはそれだけではない。キラークイーンはS・フィンガーズがそこで倒れていることは知っていたが、先程と明らかに違う部分がある。姿勢だ。

 まるで何かを投げたように、不自然に片腕が伸びている体勢で倒れているのである。

 

「……危なかった……間に合ったな」

 

「何を……した!? この私に一体何をしたァーーッ!」

 

 キラークイーンは一度は止めた右腕をもう一度振り上げ、ホワイトスネイクを爆弾に変えんと思いきり振り下ろした。そんなホワイトスネイクは、先程と打って変わって非常に余裕な態度で攻撃を待ち受ける。

 そして、触れた。 

 

「ッ……!?」

(バ、バカな……! 爆弾に……変えられない!?)

 

「どうした? 私を爆殺するんだろう? 早くしたらどうだ……できたらの話だが」

 

「……!!」

 

 スタンドパワーは確かに手に込めていた。そしてそのまま、ホワイトスネイクの体に直接触れてやった。絶対に爆弾に変わるはずなのだ。今すぐにも。しかし、現実はそうはいかなかった。

 キラークイーンは確信する。これがホワイトスネイクの能力なのだと。地面に落ちた、この一枚のディスク。これが自身に起こった異変の根源なのだろう。

 キラークイーンはすぐさまディスクに手を伸ばすが、掴むことはなかった。ホワイトスネイクに阻まれ、伸ばした手を踏みつけられる。

 

「むざむざ取らせるわけがないだろう。それを拾われたら、私はお前に消されてしまう」

 

 

ドゴォオオッ!

 

 

「ぐハァッ!」

 

「さっきの勢いはどうした? 足腰が弱くなったんじゃあないか? ()()()焦り始めて、意志のコントロールが上手くいかなくなってしまったかな」

 

 ホワイトスネイクはキラークイーンの手から足をどけると同時に彼の顎を蹴り上げ、2m程吹っ飛ばした。今の一撃は、全くホワイトスネイクの全力というわけではない。だというのに、彼が言うようにキラークイーンの体は今回はいとも簡単に浮かせることができてしまった。

 焦っている。ホワイトスネイクの言葉は図星だ。()()()()()は初めてだ。能力が使えなくなるなど。以前に似たようなことがありはした。しかし、あの猫草の時は爆弾に点火することができなかっただけで、爆弾に変えること自体は可能だった。今回とはわけが違う。所詮、似ているだけなのだ。

 吹っ飛ばされたキラークイーンは上体を起こし、ぐらつく頭を押さえて痛みを堪える。ホワイトスネイクは腕を拾い、断面同士をピタリと合わせると、S・フィンガーズにもう一度近付くのだった。

 

「私がお前のラッシュを受けていた時、ディスクを掲げたのは覚えているな? あれは別に、お前に使おうとしていたわけではなかった。最初からS・フィンガーズに投げようとしていたからな」

 

 それをキラークイーンが手刀で斬り飛ばし、わざわざS・フィンガーズの方へディスクを投げるという手間が省ける結果となったのだ。

 ホワイトスネイクがS・フィンガーズに命じたのは『自分の腕をキラークイーンへ投げること』。始めから、ホワイトスネイクは腕を切られる覚悟でキラークイーンに臨んでいた。キラークイーンが切らないのなら、自分で切り落とす。最終手段はそれだった。キラークイーンの意識を自分に向けさせ、死角から()()()()()()ディスクを落とすために。

 

「私の能力も触れて発動するタイプのもの。ラッシュを打ち合っていた時点で、お前のディスクはユルユルだった。取りやすかったぞ。とても……」

 

 全て、何もかも、ホワイトスネイクの思惑通りであったのだ。気付かないうちに、キラークイーンはまんまと()められてしまっていた。それは、蛇が獲物に気付かれず、その喉元に忍び寄るかの如き様である。

 ホワイトスネイクはS・フィンガーズの頭に指を沈めると、命令に使ったディスクとはまた別のディスクを引き抜く。それはS・フィンガーズの『記憶』のディスクであった。

 ホワイトスネイクはそれを自身の頭に挿し込むと、数秒後にディスクを引き抜き、その場に放り捨てる。そして未だ動くのが難しいキラークイーンへと歩み寄った。

 

 

ズ……ズブブ……

 

 

「ぐわあああっ!」

 

「まだ能力をもっているのか。自動で敵を追尾する、小型の爆弾戦車。危険なものは全て取り除かなくては。それも貰うぞ!」

 

 ホワイトスネイクはキラークイーンの頭に指を突っ込み、中からさらにもう一枚のディスクを取り出す。表面には第2の爆弾『シアーハートアタック』が映っている。キラークイーンは能力を2つも奪われてしまったのだ。

 前方に落ちている第1の爆弾のディスクを拾い上げ、ホワイトスネイクはその2枚を明後日の方角へ投げ飛ばしてしまう。

 能力を封じられてしまったキラークイーンは、もう既にホワイトスネイクへ反撃する気力すら湧き上がらせることができない。それまでできていた『殺意』のコントロールすらも今では状況への絶望や焦りで全く利かない。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「散々やってくれたなキラークイーン。パワーアップをしなければ、所詮お前はその程度。本体は余程ハングリーさに欠ける者だったようだ。そんなスタンドが、背伸びしてこの私に追いつけるとでも思ったか!?」

 

「あぐううっ!?」

 

 その場で座り込んでいるキラークイーンの左手を、ホワイトスネイクは渾身の力で踏みつける。手の甲はメキメキと音を立て、軋み、先程まであった頑強さが完全に消え去ってしまったことを2人に知らしめた。

 

「誰も……誰もだ! この地にはジョースターの血統などいない。我々を邪魔できる者はいない! 私でさえも、世界(ザ・ワールド)でさえもだ」

 

「ぐぅぅ……ッ……」

 

「これは『運命』なのだ。お前は『引力』を信じるか? お前は、そのためにここにいる!」

 

 

ゴシャアアァァン!

 

 

「…………!!」

 

 ホワイトスネイクの前蹴りがキラークイーンの顔面に炸裂する。あちこちに嫌な音が響く。とても、嫌な音が。バキバキと、割れて砕ける音が木霊した。

 足がどかされると、堰を切ったようにキラークイーンの顔の半分が剥がれ、崩れ落ちる。落ちた顔の残骸は陶器のように、地面や胸に当たってさらに小さく割れる。糸が切れた人形のように、その場で仰向けに倒れてしまう。

 顔が割れるほどの大ダメージ、そして能力を奪われたことにより、キラークイーンの生命力は著しく低下していた。まだ意識はあるものの、どうして未だ消滅が始まらないのか不思議になるレベルだ。

 

「ディスクを抜かれ、その負傷。もうお前は助からない。最期の時をこの地と本体との思い出に浸りながら過ごすがいい。今度こそ、全て消え去るのだから」

 

 そんな捨て台詞を吐くと、ホワイトスネイクはキラークイーンに踵を返し、本来の目的である慧音の元へ向かい始める。

 こうして一人取り残されたキラークイーンは、特に起き上がろうとするでもなく、ただ残った片目で空を仰いでいた。顔にできた空洞からは血が流れることもなく、暗い空間が広がるばかりである。

 

「…………」

 

 聴こえるのはホワイトスネイクが土を踏み締める音のみ。それ以外は何も聴こえない。戦いに敗北してしまい、そんな自分から勝利を奪った者がホワイトスネイクであると、まるで鬱陶しく主張されているよう。

 

(死ぬのか…………これで)

 

 あまりに唐突な宣告。

 実感が湧いていないわけではない。実際痛みは確かに感じているし、体は経験したことないほど動かしづらい。慣れなのだろうか、これは彼にとっては二度目の死であるから。

 まさか、自分が死ぬとは微塵も思っていなかった。パワーとスピードではホワイトスネイクを圧倒し、勝利は目前にまで来ていたのだ。それでも敗北した。

 何がいけなかっただろうか。そもそも戦いに来たこと自体がそうなのか? 力を手に入れ、邪魔になる者を皆消そうとした。今になって思う。吉影(本体)は、きっとそんなことはしない。性能が上がった程度では。

 では、どうして自分はここへ来てしまったのだ? 自分と自分(吉影)で何が違う? 

 ああ、きっと何も違わない。覚えているぞ。川尻しのぶ。それと同じだ。情が移った。あまりにも、長く過ごしすぎた。やつらと。S・フィンガーズ、F・F、慧音たちと。

 そんなつもりは無かったのに、お前たちはいつも私に絡んできた。事あるごとに。お前たちがそう感じていなくとも、私からすれば長すぎたんだ。

 

(……また負けた。また負けたぞ。吉影。貴方のようにはいかない。本当に、悪いと思っている…………私は、貴方の意志だというのに)

 

 キラークイーンの顔に入った亀裂が広がり、やがて胴体にもヒビが入り始める。終わりの時は刻一刻と近付いてきている。

 諦めるか?

 

(貴方ならどうする? このまま死ぬか? 私は負けたぞ。やつには勝負で勝てなかった。その上で、貴方はこれからどうするんだ?)

 

 私は戦いが苦手だ。勝負は勝たなくては気が済まないが、吉影、貴方は仗助や承太郎に勝とうとしたか? わざわざ正面から戦って、勝利を見せつけようとしたか?

 否。貴方は最初からそんなつもりは無かったはずだ。私をそんなつもりで使ったことなどなかった。私を使う時はいつも、殺す時だろう。

 やってみせよう。殺してみせよう。勝負には負けたが、殺すことならできる。爆殺しよう。吉影。我々にはまだ、『スイッチ』がある。

 

(…………利用させてもらうぞ。慧音……)

 

 

____________________

 

 

「この時をずっと待っていた。これで、ようやく手に入るぞ。『天国』への(しるべ)が! 世界(ザ・ワールド)!」

 

 ホワイトスネイクは慧音の頭からはみ出ているディスクを拾い上げる。今度こそ、彼は手に入れた。幻想郷の歴史が詰まった、唯一と言っても過言ではない『記憶』のディスク。

 この時をずっと待っていた。S・フィンガーズ、F・F、キラークイーン。あらゆる者に邪魔されたが、いよいよである。早る気持ちを抑えながら、ホワイトスネイクはディスクを自分の頭に挿し込んだ。

 

「……おお! これが……そうか! 想像していた通りだ。やはり幻想郷、この地でも『時の加速』が起こっていたんだな!」

 

 ホワイトスネイクの頭に流れてくる光景、『時の加速』。それはホワイトスネイクが幻想郷に入ってくる前の姿で引き起こしたもの。

 空に浮かぶ太陽が高速で動き、光の帯となって頭上を走っている。木でできた家々は腐り落ち、岩や地面は風化する。地獄絵図のようで、しかし荘厳。

 だが見惚れている場合ではない。ホワイトスネイクには使命がある。この『時の加速』を止めた者を突き止めることだ。

 

「……見つけたぞ。これは賢者、八雲紫。その横にいるのは紫の式神か」

 

 夜と昼が高速でやって来る空に、2つの人影が浮かんでいるのを見つける。記憶を見る前から予想していた、よく知っている者だ。八雲紫と八雲藍。どうやら彼女たちが『時の加速』を止めたようである。

 紫が宙で何かを唱えると、幻想郷中を包み込む『博麗大結界』が淡い桃色に輝き始める。するとその直後、周囲の環境に表れていた急激な変化の数々はピタリと止まってしまう。そして結界の光が消え果てると、空には昼の青色に戻っていた。

 

「なるほど。八雲の妖怪たちか。他にも加担した者がいるかもしれないが、まずはこの2人を…………ム? こいつは……?」

 

 ホワイトスネイクが『記憶』のディスクを引き抜こうとした直後、空に浮かぶ紫たちの前に扉のようなものが現れ、それを開いて一人の女性が出てきた。

 黒い冠を被り、紫のものよりもさらに明るい金髪を靡かせている。八雲藍の彼女への接し方からして、この謎の女はどうやら大物であるらしい。おそらく紫と同程度の。

 しかし、ホワイトスネイクは彼女について全く心当たりが無い。数々の情報を集めてきたが、こんな者は見たことがなかった。

 

「もう少し記憶を探ってみよう。この女の正体が分かるまで」

 

 ホワイトスネイクは慧音の『記憶』をさらに進める。

 すると、今度は人里の中の光景が見えてきた。辺りに人が大勢おり、慧音は彼らに取り囲まれている。そしてその近くには、なんと縄に縛られたキラークイーンの姿が。

 そこに箒に乗った金髪の魔法使いと緑色のスタンドが降り立ち、彼らが近付くとキラークイーンは自分で縄を引きちぎる。彼が自由の身となると、緑色のスタンドと里民が何やら言い合いを始めるのだった。

 

「……進めすぎたか。もう少し前だと思うが……」

 

 ホワイトスネイクは今度は記憶を遡り始める。すると、不思議なことが起こった。

 魔理沙とハイエロファントは慧音の家の中に入り、慧音もまた入る。キラークイーンの像が、慧音の視点に連動して動くのだ。キラークイーンが動くわけではない。慧音の視点と連動するだけで、キラークイーンは常に慧音の視界の真ん中にいる。

 そして周りの時間は巻き戻っていくというのに記憶の中のキラークイーンが、彼だけがその場から動かないのだ。

 

「な、何だ? 何か……おかしいぞ」

 

 時は過去に戻っていくというのに、人々の動きは逆再生しているように見えるのに、季節が夏から春へ移るのに。慧音の記憶から、キラークイーンの姿が消えない。ずっとこちらを睨みつけ、動かない。

 

「な……んだ!? これは!? これは違う! ()()()()()()()()()()()()ッ! 何かよく分からないが……ディ、ディスクを引き抜かなくてはッ……!」

 

 ホワイトスネイクは確かに感じ取った。ついさっき消し去ったはずの『殺意』を。

 記憶と連動して動かないということは、今目の前に見えているキラークイーンは慧音の記憶のものではないということ。()()()()()()()()、それは全く分からない。だが、とにかくマズい状況だと、ホワイトスネイクの勘が叫んでいた。

 頭に挿したディスクに手をかけ、引き抜き、そして地面へ投げつける。ディスクは決して破壊することはできないが、ホワイトスネイクはこれで逃れられたつもりだった。

 問題はディスクにあるのではない。

 キラークイーンは、既に瞳の中にいるのだから。

 

 

 

キラークイーン『第3の爆弾』BITE THE DUST(バイツァ・ダスト)

 

 

 

負けて死ね!

 

 

 




勝負には負けた。倒れたのはキラークイーンの方だ。
だが、勝利することが生きるということなら? 
負けることが死ぬことなら?

to be continued⇒


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87.BITE THE DUST 〜忘却の彼方へ〜

お久しぶりです。
ドラゴンボール、良いですよね。戦いのシーンをよく描写のヒントにさせてもらってます。お世話になってます。


「F・Fは死んだ。S・フィンガーズとやらも。この人里でやることは、上白沢慧音のディスクを奪うことだけとなった!」

 

 バラバラになったF・Fの残骸は地面に堕ち、ホワイトスネイクはそれを踏みにじる。S・フィンガーズはというと、数発のF・F弾を頭に受け、少し離れた所に倒れ伏していた。彼らはホワイトスネイクに敗北してしまった。

 ホワイトスネイクは決着を確信し、踵を返して慧音の元へ向かう。

 彼女はうつ伏せで倒れた状態で、頭からディスクが半分はみ出ている。『記憶』のディスク、これを回収すれば、ホワイトスネイクの目的は完全に達成されるのだ。

 

「………………」

 

 ホワイトスネイクは数歩だけ歩くと、足を止める。

 自分の足音に混ざって、他に砂を踏み締めるような音が聴こえたからだ。しかし、自分が歩くのをやめた瞬間、聴こえてきた音は消える。代わりに、背後に何者かの気配を感じるようになった。

 ホワイトスネイクはゆっくり振り返る。

 

「…………な、何だと……」

 

「……ハァーッ……ハァーッ…………」

 

「ス……スティッキィ・フィンガーズ……!」

 

 影を揺らめかせ、そこに立っていたのはS・フィンガーズだった。肩で大きく息をしながら、今にも倒れそうになっている。まさに、瀕死の状態だ。

 だとしても、()()()()立てているのか。ホワイトスネイクにはこれが全く理解できなかった。彼は、頭に弾丸を喰らったはずだ。

 

「バカな……頭に弾丸を撃ち込まれ、どうして立つことができる!? F・F弾は確実に……!」

 

 ホワイトスネイクはF・Fを殺した場所に目をやる。

 そこでは、消し去ったはずの黒い塊が蠢いていた。バラバラにして、踏みつけて、乾いた土の中に消えていったはずのプランクトンの塊が。

 F・Fは生きていた。

 

「フ、フー・ファイターズ! 生きていたのか!? い、一体いつからだ……一体いつ、誰から……()()()水を得たァァーーーーッ!?」

 

 F・Fの残骸はウジュウジュと湿った音を立て、廃墟の中にゆっくり侵入していく。通りの方向にいるホワイトスネイクから逃げるようにして。

 S・フィンガーズが生きていたのは、F・Fが生きていたからだ。彼女から放たれたF・F弾はプランクトンの群れでできている。弾丸がS・フィンガーズの頭に撃ち込まれた後、そのプランクトンたちを操作して傷口を塞いだ。

 治したわけではない。これから回復するわけでもない。あくまでも傷を塞ぎ、一時的に動けるだけだ。S・フィンガーズに、先程ホワイトスネイクと打ち合った体力は残っていない。そのはずである。

 

「このッ……死に損ない共が、黙って倒れていればいいものを! 余程殺されたいらしいな! いいだろう。今度こそバラバラに引き裂き、虚無の彼方に葬ってやるッ!」

 

「………………」

 

「動くなよ、スティッキィ・フィンガーズ。すぐ楽にしてやる。ほんの少し、苦しむだけだッ!」

 

 ホワイトスネイクは地面を蹴り、一瞬にしてS・フィンガーズとの距離を詰める。

 S・フィンガーズは反応できたのだろうか。射程距離内にホワイトスネイクが侵入しても、一切のアクションを起こさない。彼が掲げた拳が振り抜かれ、S・フィンガーズの頭部に迫ろうとしても、まだ…………

 

 

ドメシャアアアッ!

 

 

「バグゥゥッ!?」

 

「…………」

 

 ホワイトスネイクの顔面に、S・フィンガーズの青い拳が突き刺さった。

 先程まで、彼はどんな動きも見せていなかったはずだ。だが、S・フィンガーズはホワイトスネイクを確かに捉え、拳を当て、動きを止めている。それに、まだ体力の余るホワイトスネイクだったが、S・フィンガーズの()()動きを目で追うことはできなかった。これらは事実だ。

 S・フィンガーズはまだ、終わってはいない。そう。両腕を切断するとしても、策を立ててもがき続けたあの黄金の青年のように。

 

「ハァアーーッ!」

 

「カァアアアッ!」

(バ、バカなッ……!)

 

 S・フィンガーズは足を振り上げ、目の前で動きを止めるホワイトスネイクの腹部へ蹴りをお見舞いする。接地面積の小さいつま先をフルパワーで鳩尾(みずおち)へ叩き込んだのだ。

 ホワイトスネイクもこれには堪らず、今度は痛みと一時的な呼吸困難によってまたも動きを止めてしまう。開閉の自由も利かない口から唾を垂らし、前のめりになった。

 いいところへ()()()()

 S・フィンガーズはその場で回転すると、勢いを殺すことなくホワイトスネイクの側頭部に肘を打ち当て、家屋の方へ吹き飛ばしてしまう。

 

「うおおおあああああ!!」

 

 壁を突き破りながら吹っ飛んでいったホワイトスネイクを、S・フィンガーズは決して逃がさない。逃してはいけないのだ。ここで、必ず倒す。

 S・フィンガーズは腕を振り抜き、命綱のようにジッパーで繋いだ腕をホワイトスネイクの方へ飛ばす。砂埃の舞う中でホワイトスネイクを掴むと、再び自分の方へ、いや、大通りの方へと投げ飛ばした。

 

「うぐぅぅぅ!!」

(つ、強い…………さっきとは比べものにならないッ! 一体何だ!? 何が起こっているんだ!? こいつのパワーはどこから…………)

 

「うおおおおおッ!」

 

「ク、クソッ……!」

 

「ウリャァァアアッ!」

 

 

ドバッ ドバッ ドバァ〜〜ーーッ!

 

 

「うガァアアアアアア!!」

 

 迫るS・フィンガーズに反撃しようとするホワイトスネイクだが、彼が一発の拳を当てようとした時にはS・フィンガーズの拳3発を叩き込まれる。パワーも、スピードも、圧倒的な差をつけられていた。

 精神状態で性能が変わるというスタンドの性質。S・フィンガーズがここまで強化されたことは、過去を遡っても先例が無い。何が彼をここまで奮起させているのか。

 それにしてはうるさすぎるが、彼の雄叫びは、一体誰に手向ける鎮魂歌(レクイエム)なのか? 誰の死期を感じ取って、その拳を振るうのか?

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

「ッ……!!」

 

 

ズドドドドドドド!

 

 

「ぐバァアアアアアァァァアアーーーーッ!!」

 

 

 S・フィンガーズのラッシュがホワイトスネイクの全身に打ち込まれていく。全て等しい大きさのクレーターが体表を波打ち、ホワイトスネイクの絶叫を搾り出す。

 もはや、能力を使うほどのエネルギーはS・フィンガーズには残っていない。彼はただ、殴っているだけである。それでは簡単に死なない。だが、わざとではない。では、これはホワイトスネイクへの、神の罰なのか?

 キリストは人々の罪を自分の身で背負い、そして死んだ。だが、ホワイトスネイクは、エンリコ・プッチは違う。プッチは磔にする側でいようとした。いくら純白の体色で欺こうが、蛇は悪魔の使いなのだ。

 

「ッ!! ちょ……調子……に……乗ってンじゃあないぞォォーーーーッ!」

 

 

ドボォォアアッ!

 

 

「ガブフッ……!」

 

 しかし、ここでホワイトスネイクは左腕でS・フィンガーズの腹部を攻撃、貫いてしまう。ラッシュを耐えながらなんとか放った攻撃は、S・フィンガーズの命をすぐにでも消してしまえるような致命傷となった。

 

「ハァーッ……! ハァーッ……! どうだ……腹を貫いてやったぞ……これで今度こそ……!」

 

 ホワイトスネイクはS・フィンガーズの胴体から腕を引き抜こうとする。

 だが、上手くはいかなかった。腕を引っ張ると、S・フィンガーズの体まで自分の方へ寄ってしまう。まるで、腕と胴体を何かで固定されているよう。

 固定。ホワイトスネイクはすぐに理解した。答えは、すぐそこに。

 

「ジ……ジッパー…………! 傷口の断面と私の腕を固定したのかッ!」

(まずい……こ、これでは逃げることも、防御することもでき……)

 

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ」

 

 

ドゴ ボゴ ドゴ バゴ ボゴ ドゴ ドゴ ボゴ バゴ ドゴ バゴ ドゴ ボゴ ドゴ ボゴ ボゴ

 

 

「あああああがああああ!! ぐあばああああ!!」

 

 ホワイトスネイクはS・フィンガーズのラッシュを、またも生身で食らってしまう。しかも、今度はさらに強力な攻撃である。最後の最後、力の全てを振り絞った全力のラッシュ。S・フィンガーズは傷から逆流してくる血を口から溢れさせながら打っていた。

 ただの人間であれば、ジッパーの能力に関係無くバラバラになっているだろう。ホワイトスネイクも既に脚や腕の一部がひしゃげ、クレーターの波打ちも破裂寸前の水風船の如き荒れよう。

 そして、ついに限界を迎えたのか、ホワイトスネイクの右腕がブツンとちぎれ、宙を舞う。ちぎれたにしては断面が平たいが、そんなことはどうでもいい。赤い血液が顔にかかろうとも、S・フィンガーズは意に介することはない。ラッシュのパワーを弱めはしない。

 もっと速く。もっと強く。こいつを早く倒さなくては、間に合わな…………

 

 

ドガン!

 

 

「ガッ…………」

 

「………………!?」

 

 終わりは、唐突にやって来た。

 糸が切れた人形のように、S・フィンガーズはいきなり手を止め、その場に崩れるようにして倒れ伏せる。彼の頭からは、銀色の一枚のディスクがはみ出ていた。

 ラッシュから解放されたホワイトスネイクも、同じようにして地面に倒れ込む。完全に砕けてしまった手足を震わせながら、ゆっくり、ゆっくりと地を這う。ある場所を目指して。

 

「…………の……所……へ…………あの……場所へ……あの場所に…………行きさえすれば……いいのだ……それが、私の…………ガフッ!」

 

 ホワイトスネイクももはや限界だった。息をする度に血液が口へ流れ込んでくる。それを何度も何度も吐き出しながら、生まれたばかりのイモムシのようにして慧音の元へ向かう。

 こんな所で死ぬわけにはいかない。S・フィンガーズの体はまだ消滅は始まっていないが、トドメを刺している暇は無い。F・Fも、きっと今頃水を手に入れに行っているのだろう。この負傷では、絶対に勝てない。早々に慧音のディスクを回収し、姿を隠さなくては。

 

「ぐっ……ク…………!」

 

 ホワイトスネイクは震える手を伸ばす。倒れている慧音へ。必ず手を届かせ、奪ってみせる。そして世界(ザ・ワールド)と共に向かうのだ。『天国』へ。

 

 

バリッ バリバリ

 

 

「!?」

 

 ホワイトスネイクの指先が、突如として裂け始める。最初はささくれのようだったが、中から空気が噴き出ているかのように裂け目は徐々に大きくなる。

 やがて裂け目から光が漏れ出てくると、ホワイトスネイクはいよいよ理解した。自分の内側から、自分のものとは別のスタンドパワーが溢れ出てくる。S・フィンガーズではない、()()()()()()()()ということを。

 

「こ、こんな……ところでッ…………そんな……バカなァアアアアアッ!」

 

 

バグオォ〜〜ーーーーン!

 

 

 ホワイトスネイクは粉々に弾け飛び、爆散した。

 その場に残されたのは黒い爆煙だけで、それも風に吹かれてすぐに消えて果てる。一瞬にして、ホワイトスネイクの何もかもに終わりを告げたのだった。

 そして、ホワイトスネイクがいた場所から煙が晴れると、一つの影が揺らめく。彼はおぼつかない足取りで慧音に近付くと、彼女の横に落ちているディスクを拾い、慧音の頭に挿入する。

 ディスクが完全に慧音に入ったのを確認すると、彼の者、キラークイーンは通りの反対側の家屋の方へ。壁に背中を合わせると、その場にゆっくり腰を下ろした。

 

「…………終わったな。何もかも……」

 

 キラークイーンは自身の左手に目をやる。

 左手の指の間には亀裂が入っている。少し動かすと、すぐに砕け、破片が地面に崩れ落ちてしまった。その衝撃で亀裂は腕を上り、首を上り、顔にも入り始める。

 キラークイーンも、もはや限界の時が来ていた。






to be continued⇒


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88.時の支配者たち

今回、結構独自解釈が入ってます。


「う……ん…………」

 

 倒れていた慧音は意識を取り戻す。力の入らない腕をなんとか動かして、体を起こした。周りを見てみれば、いくつかの建物が倒壊し、地面は複数箇所抉られ、激しい戦いの跡が彼女の目に入る。

 

「そ、そうだ……私はたしか、何者かに気絶させられて…………それで……」

 

 そう呟くと、近くに誰かが倒れているのを見つける。

 青と白のカラーリング、S・フィンガーズだ。

 彼の胴体には穴が空いており、そこからおびただしい量の血液が流れ出ていた。

 

「ス、スティッキィ・フィンガーズ!」

 

 慧音は急いでS・フィンガーズの元へ駆け寄り、彼の体を揺さぶって起こそうとする。凄まじい負傷であるが、まだ消滅が始まっていないということは、彼はただ気絶しているだけ。助かる見込みはある。

 だが、そこでふと、慧音は何者かに見つめられているような感覚を覚えた。「敵か?」と警戒しながら辺りへ目をやると、()がじっとこちらを見ていた。

 

「キラー……クイーン……お前も来ていたのか。いや、待て。お前のその傷……!」

 

「……起きて早々、忙しいものだな……慧音。良かったじゃあないか。スティッキィ・フィンガーズが無事で……今は見当たらないが、フー・ファイターズ(あのプランクトン)も生きているはずだ……」

 

 キラークイーンだ。体が半壊し、壁に力無くもたれかかっている。それに心なしか、彼の体から砂か灰のようなものが飛散しているようにも見えた。

 慧音はS・フィンガーズも気にしつつ、キラークイーンの方へ歩み寄る。嫌な予感がした。S・フィンガーズも心配だが、それ以上にキラークイーンの方が、今この場から消え去ってしまいそうな、そんな予感がしたのだ。

 そんな慧音を、キラークイーンは瞬き一つせずに見つめ続ける。

 

「キラークイーン……そ、その負傷は……どうして治らないんだ? スタンドは回復するんだろう? ハイエロファントは両脚が吹っ飛んでも、五体満足となった……!」

 

「……既に察しているだろう。私は……もう消える。私に残されていた最後の能力『バイツァ・ダスト』は、本当に本当の切り札になってしまった……」

 

「冗談だろうッ……!?」

 

「ディスクを奪われた時からだ。傷が治らないのは。能力を2つ失った私は完全な私ではないからか、あるいはディスクを奪うという能力に我々スタンドの再生を阻害する性質があったのか……それは分からないが、とにかく私はもう……終わる…………」

 

 キラークイーンが呟く度、ひび割れた彼の体から灰が飛び、宙へと溶けて消える。言葉終わると、それと同時に左脚が完全に砕けて崩壊した。

 諦めたのか受け入れたのか、静かに語るキラークイーン。しかし、反対に慧音は、敵を追い払おうとする猛犬のように吠える。

 

「諦めるな、キラークイーン! スタンドは精神の、心のエネルギーからできているんだろう!? お前が諦めなければ、まだ生きられるはずだ! 奪われたディスクは私が取り戻す。お前はここで耐えるんだ」

 

「無駄さ。消滅は既に始まっているんだ。君がディスクを取りに行く間に、私の体は完全に崩壊する。もう遅い」

 

「そんな……」

 

 慧音の顔はさらに曇る。何か手があるはずだと思っても、何よりキラークイーン本人が打つ手などもはや無い、と否定する。

 だが、慧音は確かに聞き取った。キラークイーンは既に回復を諦めているが、彼の声は震えていたということを。

 

「……泣いているのか? キラークイーン……」

 

「…………」

 

「怖いんだろう? 死ぬのが」

 

「…………」

 

 キラークイーンは慧音から視線を外し、通りの反対側の家屋へ目を移す。

 泣いているわけではない。涙は一滴も流れていないし、瞳は少しも潤んでいない。ただ、怖いというのはその通りだった。

 二度目の死。こんなにも呆気なく訪れるものだとは、微塵も予想していなかった。しかも今度は、完全に消滅する。幻想郷か、あるいは地獄のように辿り着く場所は無いのだ。自分の意思、能力、姿。全て消えて果てる。

 怖くないわけがない。だからこその、彼の生への執着だった。

 

「もう……何も感じない。痛みも、冬の寒さもな…………正直に言わせてもらおう。慧音、君の言う通り……死ぬのは怖い。だが、怖いのは痛みが原因じゃあないんだ……」

 

「…………」

 

「私の能力…………どうして爆弾の能力だと思う? 目立つのは嫌だ。しかし、負け続けるのも見下されるのもごめんだ。その一見矛盾した意志の狭間で、この能力は生まれた。証拠は全て跡形も無く消し去り、目立たないようにするには派手過ぎる。吉影はきっと、見てほしかったんだろう……自分の存在を…………」

 

 吉良吉影が目立ちたくなかったのは、目立つという行為は思わぬアクシデントを呼び寄せるからだ。自身の欲求の発散たる殺人が人目につけば、自分の生活が(おびや)かされる。

 一方で、トラブルが起きないのであれば、おそらく彼は目立つことを気にしないだろう。いや、それには少し語弊がある。『バイツァ・ダスト』を身につけた時、彼は憚ることなく早人に概要を教えてしまった。『バイツァ・ダスト』の能力は、自身の情報が漏らされて初めて発動する。

 なぜ。自身の所業を知られたくないのなら、どうして漏らされる以前に発動できないのか?

 きっと、そういうことなのだろう。

 キラークイーンは……『バイツァ・ダスト』は、矛盾の中で生まれた能力だ。

 

「生きることは極めて困難だった……ましてや、トラブルの無い生活を送るのは……()()も、()()も…………だから、最後に、私のもつ全ての欲求を発散させるとしよう」

 

「なんだって?」

 

 キラークイーンは無理矢理体を起こし、慧音を見る。

 彼女の背後には倒れたS・フィンガーズを介抱する、水を得て完全な姿を取り戻したF・Fも見える。彼女もキラークイーンと、慧音をじっと見つめていた。

 

「私の本体の名前は吉良吉影。生前、48人の手の綺麗な女性を殺害した。始末したその他の邪魔者を含めればもっと…………そして、私はこの人里でも殺人を犯している。半年に満たないこの期間で、17人の女性を爆殺した……」

 

「な、なんだとッ…………!?」

 

「全員、吹っ飛んでいったよ。私はスタンドなので、死んだ連中がどうなるかもよく観察できた……絶叫しながら、魂すらも崩れていったさ…………」

 

 静かに、しかしとても楽しそうにキラークイーンは語る。

 そんな彼の言葉は、この場の雰囲気を完全に壊すのに十分だった。十分すぎたと言えよう。慧音の、キラークイーンに対する感情は完全に逆転したのだから。

 だが、慧音はその心の内を明かすことはなかった。心の中に閉ざし、彼女はゆっくり口を開く。

 

「そうか」

 

「……思っていた反応と違って、驚いたよ……君なら激昂するかと思ったんだがな」

 

「怒ってはいるさ。どうしようもないほど。だが、この場でお前を攻撃しても何も変わらない。断罪することも、お前に罪を償わせることもできないからな……」

 

「…………成長したものだな。スティッキィ・フィンガーズの影響か? 会ってばかりの頃は、感情的過ぎて苦手だった……」

 

 キラークイーンはそう言いかけ、慧音の右手に目を落とす。拳を握っていた。長めの爪が手の平に食い込んで、少量の血が流れている。

 感情的なのは、どうやらあまり変わっていないらしい。表に出しづらくなっただけのようだ。

 慧音はキラークイーンを許しはしない。永遠に、彼を悪人と言い続けるだろう。罪の無い者を、自分のために殺し続けた殺人鬼だと。

 だが、変わらない真実というものもある。慧音は知っている。キラークイーンが、数回に渡ってこの人里を救ったことを。『自分のために』の延長線上だとしても、守られた命も確かに存在している。

 キラークイーンの体は尚も崩壊を続け、下半身はもう消えてしまった。残るは胴体、右腕、顔の右半分だけ。ものの数秒でキラークイーンは消滅する。それまでに、慧音は何としてでも伝えたいことがあった。

 

「キラークイーン」

 

「…………何かね」

 

「ありがとう。守ってくれて」

 

「………………」

 

「今度は、良い人間になるんだぞ。お前なら、お前たちならきっとなるはずだ。誰かの命や心を救える、そんな正義の人間に」

 

 キラークイーンは何も答えなかった。

 慧音が言い終わると同時に、彼の胴体に亀裂が走り、砕け散った。その破片は全て塵になり、空を舞う。風に吹かれ、はるか遠くの空の果てへ消えていく。

 星になるだろうか。キラークイーンのいた場所には、しゃぼん玉が浮かんでいた。表面には星型の模様のある、不思議なしゃぼん玉が一つ。浮かんで、弾けた。

 

 

 ホワイトスネイク、消滅。

 キラークイーン、消滅。

 

 

___________________

 

 

「ククク。賢者はあくまで、傍観を貫くようだな」

 

「あ、ああ……!」

 

 時を同じくして、霧の湖付近の上空にて。

 ハイエロファントたちを地上に叩きつけ、魔理沙一人を残した世界(ザ・ワールド)が笑っていた。地面から4つの土埃が立ち昇る中、魔理沙は世界(ザ・ワールド)に一人対峙しているのだ。

 状況は絶望的。チャリオッツも、マジシャンズレッドも、あの霊夢でさえもやられた。自分一人で、目の前の敵に一体何ができようか。自分が身を置いているこの時空に、問い詰められているようであった。

 

「では、そろそろ終わらせるか。我が運命に現れた宿敵たちに、終止符(ピリオド)を打ってやろう!」

 

「なっ、や、やめろォッ!」

 

「だがその前に……搾り取ってやるッ! 貴様の命を!」

 

「!!」

 

 刹那、世界(ザ・ワールド)は体の向きを変え、魔理沙へと突進する。

 ハイエロファントたちにトドメを刺しに行くと思い、ミニ八卦路を取り出していた魔理沙だったが、この突然の出来事に反応するのは難しかった。一瞬出遅れてしまった。

 繰り出すのは拳か? あるいは脚か? 迎撃するか? それとも避けるか?

 魔理沙の頭は最後の最後まで迷い続ける。

 出るのは、脚だった。そして、その結論が出た時には世界(ザ・ワールド)との距離はもはや数十cm。豪脚は、顔の寸前にまで迫っていた。

 

「ッ…………!!」

 

 魔理沙は目を閉じた。目を閉じるという行為は、人間の取る一種の防衛反応。だが、この場においてのそれは命取り以外の何者でもない。今にも、魔理沙の命は刈り取られるだろう。

 だが、魔理沙が目を閉じてから数秒が経過する。人間は死ぬ間際になって時間を遅く感じるという話があるが、それではない。実際に、蹴りが魔理沙に当たらなかったのだ。それを理解したのは、魔理沙が目前に迫った世界(ザ・ワールド)の姿を見た時である。

 

「えッ!? な、何だって!?」

 

「な…………なにィィィーーーーッ!?」

 

 

ドボドボ ドボ

 

 

 振り抜かれた世界(ザ・ワールド)の脚が、膝から先にある部位が、完全に消失していた。その断面からは止めどなく血が溢れ、地面に赤い雨となって降り注いでいる。

 なぜそんなことが起こったのか。魔理沙だけでなく、世界(ザ・ワールド)本人ですら理解できていなかった。突如として、脚が消えたのだ。

 謎の現象に、その場で硬直する2人。先に動き出したのは魔理沙の方であった。彼女が先に理解したのだ。何が起こったのか。これをやった者は、世界(ザ・ワールド)の背後、つまり魔理沙の正面に姿を現したのだから。

 

『感じているか? お前の(ともがら)が、人里の方で死んだぞ。そしてキラークイーンもな……』

 

「ぬぅ!?」

 

「嘘だろ…………何でお前がここにいるんだよ……!」

 

『久しぶりだな。魔法使い。次に出逢ったら殺すつもりだったが、今お前にはこれっぽっちの興味も無い。死にたくなければ、潔くここから身を引くことだな』

 

「キ、キング・クリムゾン……!」

 

 2人の前に姿を現したのは、なんとあのK・クリムゾンであった。

 彼の右手には切断された世界(ザ・ワールド)の脚が握られている。切ったのはやつだった。彼の能力を完璧に把握しているわけではないが、魔理沙はK・クリムゾンが能力によって攻撃を行ったと推測する。

 K・クリムゾンは世界(ザ・ワールド)の注意が自身に向いたことを認識すると、手に持っていた世界(ザ・ワールド)の脚を後ろへ放り投げる。

 すると、次の瞬間に世界(ザ・ワールド)は姿を消し、K・クリムゾンの背後に移動。切られていたはずの右脚は既に治っていた。

 

「ホワイトスネイク……まさか、君が倒されるとはな…………その力が、私を『天国』に導くのに最も重要だった……」

 

「残念だったな。お前の友は既に敗れ、お前の夢ももうじき破れる。なぜなら、お前は私が殺すからだ。手を下すのは私でなくてはいけない…………()()は、俺が殺すのだ」

 

 完全に蚊帳の外に放り出された魔理沙は、どうしてK・クリムゾンが世界(ザ・ワールド)に固執するのか、全く理解できずにいた。世界(ザ・ワールド)を知っているハイエロファントはK・クリムゾンを知らなかった。K・クリムゾンを知っているS・フィンガーズは世界(ザ・ワールド)を知らなかった。関係性は、まるで無いように思える。

 だが、実際は違う。表面上には決して出ない、深い関わりがある。

 K・クリムゾンは確かに感じ取っていた。この目の前のスタンドは、自身を打ち破った『あの男』の血族のものだと。スタンドは、同じ黄金。だがそれ以上に、溢れ出る魂のエネルギーが酷似している。

 己が絶頂に舞い戻るには、何としてでも乗り越えなくてはいけない。そんな気がしてならない。そうしなくてはいけないと、K・クリムゾンは感じ取っていた。

 

「フン……さっきの連中よりはできるようだな……」

 

「次は心臓だ。かつて見たあの予知のように、()()()()お前の心臓を貫き、潰してやろう」

 

「…………私に一体何を見ているのかは知らないが、そう簡単に上手くいくと思わないことだ……」

 

 世界(ザ・ワールド)はそう言うと、ゆっくりとK・クリムゾンとの距離を縮め始める。

 それと同時に、K・クリムゾンもまた、世界(ザ・ワールド)へ近付き始めた。

 

「ほう……向かってくるのか…………逃げずにこの世界(ザ・ワールド)に近付いてくるのか…………」

 

「脅威ではあるが、()()()。俺には乗り越えられないことではない。運命はディアボロを『頂点』に選んでくれた。真の『帝王』はこの私だ」

 

 2人の距離はもはや一mほど。拳が届く位置である。

 魔理沙は唾を飲む。これから、一体どうなってしまうのか? どちらが勝つというのか。紅魔館を、永遠亭を、たった一人で制圧した支配者たち。どちらが勝っても、残るのは絶望だけだ。

 数秒の睨み合いの後、2人の拳は魔理沙の視界から一瞬にして消え去った。

 

 




ザ・ワールドとK・クリムゾン。最後に勝つのはどちらなのか。
次回、いよいよ第四部最終話。

to be continued⇒


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89.滅びる者に鎮魂歌(レクイエム)

本当に、お待たせしました。
最近とても忙しく、手付かずで…………

しかし、第四部もこれで最終話。重要な場面です。そして、ボリュームも保証しましょう。


ドガァア〜〜ーーーーン!

 

 

 大質量の物体がぶつかり合い、周囲に衝撃波と音が響く。ぶつかった世界(ザ・ワールド)とK・クリムゾンの拳は拮抗し、彼らの肉体同士の距離、そのちょうど中点で止まった。

 

「おおおぉおッ!」

 

「ヌゥン!」

 

 ぶつかった拳を離し、世界(ザ・ワールド)とK・クリムゾンは次なる一手を繰り出す。

 K・クリムゾンの拳を世界(ザ・ワールド)は交差した腕で受け止め、K・クリムゾンは世界(ザ・ワールド)の蹴りを躱す。互いの距離がまた離れたところで、再び拳がぶつかる。

 このような攻防が高速で行われた。その戦いは常人には観測することすら難しく、割って入り妨害するのも不可能。いつの間にか死んでいるというオチとなるだろう。

 時を飛ばし、あるいは止めて回避する。

 能力を使用するにはスタンドパワーを消費する。2人の場合、その回復には時間を置くことと呼吸が必要である。十分に回復せずに能力を使えば、もちろんのことながら効果時間は短くなる。

 少ないスタンドパワーを小刻みに使いながら、彼らはギリギリの戦いを繰り広げるのだった。

 

(やはり、こいつも時を………………だが、真実の頂点に立つ者として選ばれたのはこの俺だ。ディアボロ(我が本体)の帝王としての誇りを守り勝利するのは、このキング・クリムゾンでなくてはならないのだ!)

 

 K・クリムゾンには野望がある。

 それは、未だディアボロを苦しめるレクイエムの呪縛を解く術と、憎きジョルノ・ジョバァーナを超える力をこの幻想郷で手に入れ、再び絶頂に返り咲くこと。金を手に入れ、権力を手に入れ、部下を手に入れ、支配する。失った……いや、奪われたものは必ず取り戻すと決めていた。

 K・クリムゾンはディアボロにまつわる、そんな野心の象徴。全て己が為というのが根底にあった。言い換えるなら、それは限りの無い自己愛となる。だからこそ、K・クリムゾンはディアボロを絶対として行動するのだ。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

 

 一方で、()()()も負けられないのは同じ。

 世界(ザ・ワールド)とホワイトスネイクは、本体同士の関係から固い。『天国』へ行くという同じ志をもった者同士である。

 『天国』とは、己を取り巻く『運命』をも克服し、超越した世界。『運命』に覚悟し、立ち向かえる世界。精神の行き着く究極の地点なのだ。

 ホワイトスネイクが敗れ去ってしまった今、世界(ザ・ワールド)は彼の意志を継いで『天国』を目指す。目の前の敵を打ち倒して。過程や方法など、どうでもよいのだ。

 

 

ドガッ ドゴォ ガァ〜〜ン! 

 

 

 空中で何度もぶつかり合う中で、世界(ザ・ワールド)は妙な感覚を覚える。K・クリムゾンの能力のことであるが、それは『時を飛ばす能力』についてではない。

 時を飛ばされるという感覚は既に()()()。時を止める自らの能力と違い、時が飛んだその間に攻撃してくることがないということも。

 問題は、時を止める直前、その瞬間にどうして自分から()()()()()()()()のかという点だ。K・クリムゾンの元に到着する前に、停止時間を過ぎてしまうのだ。

 回復しきっていないスタンドパワーを無理矢理使っている状態のため、時を止めていられる時間はフルパワーの時よりも短い。だが、それでもおかしいのだ。どうしても距離を取られる。まるで、どのタイミングで時を止めるのか知っているように。

 

「…………貴様の能力……時を飛ばすだけではないな」

 

「フン! どうだろうな」

 

 K・クリムゾンは時を飛ばし、世界(ザ・ワールド)の背後に回り込む。そして手刀を掲げ、その脳天目掛けて振り下ろした。

 だが、この一撃が世界(ザ・ワールド)の命に届くことはなかった。当たる直前、世界(ザ・ワールド)は振り返り、腕で受け止めたのだ。

 

「何ッ!」

 

「無駄無駄無駄ァ!!」

 

 

ドン ドン ドン!

 

 

「ぐおオオオッ!」

 

 世界(ザ・ワールド)の速い拳がK・クリムゾンの胸に叩き込まれる。大事には至ってないものの、彼の体は勢いに押されて吹っ飛ばされた。

 だが、世界(ザ・ワールド)の攻撃はそれだけで終わらない。体勢を崩したことで生まれたK・クリムゾンの隙を見逃さず、追撃を加えようと接近する。

 

「ぐゥッ、キング・クリムゾンッ!」

 

 かと言って、K・クリムゾンも易々とダメージを受けてくれはしない。世界(ザ・ワールド)の拳が当たる瞬間に時を飛ばし、肉体を通過させて回避する。

 吹っ飛ばされた時間はスローで過ぎていき、世界(ザ・ワールド)はいつの間に標的を見失ったことに気付かない。そして、K・クリムゾンの目には世界(ザ・ワールド)がこれから行う未来の動きが見えるようになる。

 そのはずだった。

 

「……!?」

(何だ……!? こ、こいつの未来の軌跡が…………無いッ!? 数秒先まで、こいつは動かないのか!?)

 

 世界(ザ・ワールド)は拳を突き出した状態のまま、ピタリと止まって動かない。K・クリムゾンが見る、ほんの数秒先の未来の世界(ザ・ワールド)すら動かない。ここに来て、彼は動きを変えたのだ。

 K・クリムゾンは確信する。世界(ザ・ワールド)は何かを企んでいると。それがどのようなものか分からない以上、K・クリムゾンも彼を安易に攻撃することはできなかった。

 

「くっ……時は再び刻み始める」

 

 

____________________

 

 

「……どうした? 攻撃しないのか? さっきからずっと後ろを取っていたではないか……」

 

「………………」

 

「何か()()()か?」

 

「…………!」

(こいつ……やはり気付いている…………私が未来の動きの軌跡を見られるということを)

 

 K・クリムゾンと世界(ザ・ワールド)が戦い始めてから、未だ5分も経過していない。たしかに、K・クリムゾンはそれまでに何度も能力を使用してはいた。かつてサン・ジョルジョ・マジョーレの地下で相対したブチャラティのように、世界(ザ・ワールド)はK・クリムゾンの能力を戦いの中で理解していたのだ。

 だからこそ、()()()()を取ったのだ。

 K・クリムゾンが時を消し飛ばし、再び彼の攻撃の気配が感じられるまで動かない。これでよい。時の消し飛んだ世界では、K・クリムゾンの存在も同時に消し飛んでいる。

 あらゆる事象はK・クリムゾンを居ないものとして扱い、時は過ぎていくのだ。つまり、K・クリムゾンの存在が無くては成り立たない事柄は、時の消し飛んだ世界では絶対に起こらない。世界(ザ・ワールド)の動きの軌跡は、辿れない。

 (ザ・ワールド)はここまで読んでいた。

 

「あまりに不自然だった。あそこまでピンポイントで距離を離されては、誰でも「動きを読まれている」と理解できるだろう。現にこうして攻撃を受けていないということは、やはり私の立てた仮説は間違っていなかったようだな…………私の動きを『読む』能力と、『時を消し飛ばす』能力。今度は貴様の姿を視界に収めた上で、拳を確実に叩き込んでくれよう」

 

「自らの反応速度に物を言わせ、俺の能力を無理矢理突破する気かッ……!」

 

「さぁ、どうする? キング・クリムゾン」

 

 K.・クリムゾンの頬を一滴の汗が流れる。

 力業も力業。それこそレクイエムのような、さらに強力な能力で完全に『時を消し飛ばす』能力を無効化されるわけではなく、まさに正攻法で対策されてしまった。本体がおらず、スタンドだけが存在しているというこの状況だからこそ成り立つことである。

 

「…………それがどうした。いくら貴様が私を対策しようと、『運命』は勝者としてこの俺を選び続けるッ! 勝利に向かうのはこのキング・クリムゾンだァァーーッ!」

 

「フン。無駄無駄!」

 

 世界(ザ・ワールド)は不意打ちの前蹴りをK・クリムゾンに放つ。

 だがもちろん、そんな攻撃は当たらない。時を消して回避したK・クリムゾンは世界(ザ・ワールド)の後方右から姿を現し、拳を彼の頭部へ向けて振り下ろした。

 

 

バシィッ!

 

 

 世界(ザ・ワールド)は両腕で拳をガードし、K・クリムゾンに延髄斬りを放つ。攻撃を感知するや否や、再びK・クリムゾンは時を飛ばし…………

 埒の明かない攻防はまたもや展開される。K・クリムゾンは能力と攻撃によってスタンドパワー、体力を消耗。世界(ザ・ワールド)は集中し続けることによってスタンドパワーの回復速度が通常以下となっている。

 徐々に追い詰められつつあるK・クリムゾン。それに対し、世界(ザ・ワールド)は体力的にはまだ余裕がある。スタンドパワーの回復が遅れたって構わない。いずれ行う、強力な攻撃のために()()()()()のだ。

 

 

ガシィィィイッ!

 

 

「掴んだぞ」

 

「何ッ!?」

 

 何度目の攻撃だったか。世界(ザ・ワールド)はK・クリムゾンの拳を避けると、その腕をガッシリとホールドしてしまう。そして背負い投げをするような体勢へ持ち込むと、K・クリムゾンを遥か下にある地面へと投げ飛ばした。

 

「落ちてしまえよ! ウリィイアアッ!!」

 

「ぐうぅおおっ!!」

 

 

ドォォ〜〜〜〜ン!

 

 

 凄まじいスピードで地面に叩きつけられるK・クリムゾン。しかし、完全に墜落する間一髪のところでなんとか受け身を取り、大事は免れていた。

 と言っても、着地に使った両手足にかかった負担はかなり大きく、そこかしこヒビが走り、血が噴き出している。回復するのにどれだけ時間を要するだろうか。それまでに、世界(ザ・ワールド)が何もしない保証も無い。

 忌々しそうに、K・クリムゾンは上空を見上げる。

 世界(ザ・ワールド)の表情はもはや敵を見るものでなく、ゲームの攻略法を見つけたかのような、嫌な笑みとなっていた。

 

「傷が治るまでどれだけかかる? 治ったその瞬間! いよいよ最終ラウンドといくとしよう。スタンドパワーを全開にし……貴様のその顔を絶望に染めてやるぞ!」

 

「……ナメるなよ…………()()()()()()()()()()()()()()()()()! こんな傷などすぐに修復する。スタンドパワーも十分だ…………」

 

 そう言うと、K・クリムゾンは傷を瞬時に回復させる。

 静寂の時が流れる。西部劇のガンマンが早撃ち対決をするように。カエルとヘビが鉢合わせたあの一瞬のように。時を支配するスタンド2名が、一言も発することなく睨み合った。

 先に動けば勝つか? 後から動き、相手に上手く対応すれば勝つか?

 先手は世界(ザ・ワールド)が打った。

 

 

世界(ザ・ワールド)! 時よ止まれッ!」

 

 

_____________________

 

 

ズゥラァアッ!

 

 

「うッ!?」

 

 世界(ザ・ワールド)の周りに、突如大量のナイフ群が現れる。

 全ての刃先はK・クリムゾンの方を向いており、ゆっくり、ゆっくりと彼に近付き始めていた。これから何が起こるのか、簡単に想像がつく。ディアボロの半身、ドッピオがリゾットと交戦した際にも同じような攻撃を受けたからだ。

 最も、今回降ってくるのはメスではなくナイフ。おそらく紅魔館から既に持ち出していたのだろう。世界(ザ・ワールド)が承太郎に使って見せた『処刑』と同じである。

 

「貴様が時を飛ばせるのはせいぜい十数秒ほどだろう。このナイフの雨を避けるのに足りるか? 次に姿を見せた時が、貴様の最期だ!」

 

 

ギュゥォオオオオッ!

 

 

「チィッ!」

 

 ナイフ群はついに物理法則に従い出し、K・クリムゾンへと降り注いだ。それを見るや否や、K・クリムゾンはリゾットとの戦いでやったように、拳によるラッシュでナイフを打ち落とす。

 雨のように降り注ぐとは言ったが、その実ナイフは全てK・クリムゾンを標的としている。数量のこともあり、向かってくるナイフ全部を打ち落とすのにキリが無かった。

 そんな状況を打破するため、K・クリムゾンは降ってきたナイフを一本だけ掴むと、それを世界(ザ・ワールド)に向けて投げつける。

 

キング・クリムゾン!」

 

 世界(ザ・ワールド)はK・クリムゾンが投げたナイフにすぐに気付いたようだが、彼が何かするより先にK・クリムゾンが能力を発動する。

 時の消し飛んだ世界ではK・クリムゾンはいないようなもの。だが、彼の身から離れれば話は別だ。つまり、投げられたナイフは在るものとして因果ははたらく。

 少しゆっくりになったスピードでナイフは世界(ザ・ワールド)へ向かっていく。しかし、K・クリムゾン以外の者は消された時を認識することはできない。よって、世界(ザ・ワールド)はナイフに対して何の防御も取れないのだ。

 

 

ズブ……ズブ ズブ

 

 

 一切の障害に隔たれず、世界(ザ・ワールド)の顔にナイフが突き刺さり、後頭部を貫通する。それを確認すると、K・クリムゾンは能力を解除した。

 次の瞬間、世界(ザ・ワールド)の見える世界は、痛覚を伴う赤色と鈍く光る銀色に彩られる。

 

「ぐゥぬうぅぅ!?」

 

「終わりだなァ!」

 

 K・クリムゾンはナイフを投げ、時を飛ばしている間に彼自身も世界(ザ・ワールド)に近付いていた。ナイフの雨を通過し、世界(ザ・ワールド)の目も潰した。ただ今振り上げている拳を、完全なるトドメの一撃としてお見舞いできる。

 だが……

 

「えぇいッ、無駄なことよッ!」

 

 

ドメシャァァアッ!

 

 

「うがァアアッ!」

 

 なんと世界(ザ・ワールド)は土壇場でK・クリムゾンのスタンドエネルギーを察知し、強力な裏拳をK・クリムゾンの顔面にヒットさせた。

 不意打ちを仕掛けたはずが、逆に食らってしまったK・クリムゾン。想像以上の威力に体が耐えきれず、再び後方に吹っ飛ばされてしまう。自分のターンを終わらせないため、世界(ザ・ワールド)は顔からナイフを抜き、捨て去ると、吹っ飛ぶK・クリムゾン目掛けて突進する。

 

 

ドガァア〜〜ーーン!

 

 

「ぐあぁあああッ!」

 

 世界(ザ・ワールド)はK・クリムゾンの胸に蹴りを叩き込み、さらにスピードを加えて吹っ飛ばした。そして再び、追撃を行うためにK・クリムゾンを追う。

 吹っ飛ばされたK・クリムゾンに追いつけるなど、普通のことではない。野球選手は自分が投げたボールに走って追いつくことはできないのだ。彼だからこそできる、脅威のスピードで飛行していた。

 

WRYYYYYYY(ウリイイイイイイイ)! 貴様がどれだけ私の動きを読めようとも! 時を消し飛ばせようが関係ないッ! 能力を発動する暇をも与えず、()()()()()()ッ!!」

 

「ぐ……」

 

 

バキィィイッ!

 

 

「ガブゥッ!」

 

 K・クリムゾンは強力な一撃をさらにもらい、三度吹き飛ばされた。

 戦いの終わりが近付いてきたことにより、世界(ザ・ワールド)の興奮はいよいよ絶頂へと至る。スタンドパワーも溢れんばかりに高まり、スピードもパワーも上昇していく。もはや、時間停止の能力もいつでも使えるようになった。

 いよいよ最終局面である。

 

「正真正銘、最後の攻撃だッ! 最後の時間停止だ! これより静止時間22秒以内に貴様を殺すッ!」

 

「……キ、キング…………」

 

 

世界(ザ・ワールド)!」

 

 

ドォォ〜〜ーーン!

 

 

 世界(ザ・ワールド)を中心に爆発するスタンドパワー。そして、時は止まる。そこには音も、風も、日光の暖かささえもない。まさしく、彼だけの世界。

 世界(ザ・ワールド)はフワリと静止するK・クリムゾンの前に降りると、その両拳を握り、振り上げた!

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄WRYYYYYYYYーーーーッ」

 

 

ボゴ ドゴ ドゴ バゴ ドゴ ボゴ ドゴ バゴ ドゴ バゴ ドゴ バゴ ボゴ ドゴ ボゴ バゴ 

 

 

 世界(ザ・ワールド)のラッシュがK・クリムゾンの体に叩き込まれていく。全ての因果は止まっているため、K・クリムゾンの体にクレーターはできないものの、確かな手応えは感じられる。

 こうなってしまえばもう逃れられない。全てが動き出した時、K・クリムゾンの命が消える。それが今、確実なものとなった。

 どれだけ殴ったか、数えてなどいない。だが、もう十分であろう。時が動き出したその瞬間こそ、全てが終わる時である。そして、『運命』を超越する『天国』の時が始まるのだ。

 

「フ、クククク……フハハハハハ。この世界(ザ・ワールド)を超越する者は、やはりジョースター以外にはいなかったということが証明されたな。貴様の思想や能力は、確かにこの私と似通っていた部分もあるだろうが……真に支配するのはこの世界(ザ・ワールド)だッ!」

 

 満足気な世界(ザ・ワールド)は人差し指を立て、いよいよ時間停止を解除しようとする。

 

「…………どれ、そろそろ能力を解除するとしよう。時は動き……」

 

 

「時は刻み出す」

 

 

「!?」

 

 静止していた時が動き出すと、今まで目の前にいたK・クリムゾンの姿が空気に溶けるかのように消えて無くなった。スタンドの消滅とは違う、消え方。

 しかも、K・クリムゾンの声は彼の姿が無くなったにも関わらず、世界(ザ・ワールド)の声と被せるように、どこからか響いてきた。いや、どこからかは何となく分かった。それは、世界(ザ・ワールド)の背後。

 

 

ドボォァアアッ!

 

 

「なにィィーーッ!?」

 

 世界(ザ・ワールド)の左胸から、突如K・クリムゾンの手が突き破って出てきた。

 K・クリムゾンは死んでいない。確かに、声が聴こえてきた方向におり、世界(ザ・ワールド)の胸を貫いたのだ。人間で例えれば、心臓のある位置を。

 K・クリムゾンの手と傷口の隙間から、ドバドバと血が流れ出す。世界(ザ・ワールド)の頭が混乱している中で、K・クリムゾンは上がる息を殺しながらも余裕を見せようと、解説を入れた。

 

「ほんの一瞬なら…………可能だ。過去と、数秒先の未来を()()()()()()()()()()()……お前が止まった時の世界で触れたのは、過去の私だ…………未来の私は既にお前の背後に、そして過去は消えて無くなる。タイミングさえ合わせれば、止まった時の世界で2人の私が存在することになる。まんまとハマったわけだな……」

 

「こ……この……世界(ザ・ワールド)がッ……!」

 

 世界(ザ・ワールド)は背後に向けて腕を薙ぎ払うが、気付いた時には()()()()()()()

 K・クリムゾンは後ろへ振り向いた世界(ザ・ワールド)の背後に再び回り込み、手刀を掲げる。真っ直ぐに。そして、脳天目掛けて振り下ろした。

 

 

バギャァアアアアッ!

 

 

「うぐおおおおあああッ! なああにィィイイイッ!?」

 

「帝王は我がディアボロだッ!! 依然変わりなく!」

 

 K・クリムゾンの手刀により、世界(ザ・ワールド)に頭部からどんどんヒビが走っていく。顔が割れ、腕が砕け、胸が壊れ、脚が崩れていく。

 スタンドパワー全てをあの一撃に注いでしまった世界(ザ・ワールド)は為す術無く、同じくK・クリムゾンの全力の攻撃をモロに受けてしまった。胸を貫かれ、頭部から完全に割られてしまえば、いくらあの世界(ザ・ワールド)も回復することができない。能力を使い、反撃することも。

 勝者は、K・クリムゾンだ。

 

「バ……バカなッ! こ……この世界(ザ・ワールド)が…………貴様ごときにッ…………この世界(ザ・ワールド)がァァァァァ〜〜〜〜ッ!!」

 

 

ドガパァ〜〜ーーッ!

 

 

 世界(ザ・ワールド)はついに限界を迎え、内側から爆散する。飛び散った破片もシューシューと音を立て、消えていく。完全敗北。世界(ザ・ワールド)は消滅したのだった。

 勝者であるK・クリムゾンは世界(ザ・ワールド)の消滅を見届けると、ゆっくりと地上に降下する。地に足をつけると、そのまま倒れるように膝を突いた。

 今回の戦いが幻想郷に来てから最も激しい戦闘だった。生前でさえ、あそこまで体力を消費した可能性があるのはリゾット戦であろう。それでも、戦っていたのはドッピオであり、本来のK・クリムゾンの能力を存分に発揮できていなかったことを考えると、やはり初めての経験だった。

 とても強かった。率直な感想がそれだった。

 

「ハァーッ……ハァーッ……乗り……越えたぞ……! ええ? トリッシュ……まつろわぬ、我が娘よ……お前がやった通りだ。俺は、さらに強くなった……!」

 

 新たな能力を得ただとか、パワーやスピードが上がっただとか、そんなものではない。単純に強くなったのとは違う。だが、それでも彼は確信していた。

 この戦いで、自分は成長したと。試練を乗り越えてこそ、己の成長を迎えられる。自分の未熟な過去を克服してこそ……

 かつて、トリッシュが自らに言い放ったように。

 本体、ディアボロがポルナレフに言ったように。

 

「…………だが、邪魔者はまだ存在している」

 

 帝王、K・クリムゾンは警戒を怠らない。

 世界(ザ・ワールド)を倒して終わりというわけでないことは、重々承知していた。まだ、付近には()()()がいる。その気配を今、感じ取ったのだ。

 K・クリムゾンは草むらへ目をやる。直後、草をガサガサと揺らし、それは姿を現した。気絶したハイエロファントを担ぎ、ミニ八卦路を手にした霧雨魔理沙である。

 

「キング・クリムゾン……! ザ・ワールド(あのスタンド)を倒したのか……! だが、今ならやれる!」

 

「………………」

 

 K・クリムゾンは手負いの状態。対して、魔理沙はほぼ無傷でピンピンしている。だからこそ、彼女は今ならK・クリムゾンを倒せると思ったのだろう。

 気持ちは分かる。だが、そんなものはひどい思い上がりだ。K・クリムゾンは内心、呆れ返りながら魔理沙を真っ直ぐ見据えた。

 

「思い上がるなよ……魔法使い。貴様如きが、この私を越えられるなどと…………そんな可能性は万に一つもない。億にも、兆にもな……」

 

「どうだろうな……でも、お前はもうボロボロだ。やってみなきゃ分かんねーだろ」

 

「…………」

 

 両者は睨み合う。だが、ここに新たな戦いが起こるということはもはや確定した。

 魔理沙はハイエロファントをそっと地面に下ろし、八卦路を構える。

 K・クリムゾンもおもむろに立ち上がり、スタンドパワーを溜め始める。

 先程も同じようなことがあった。数秒の静寂。以前は世界(ザ・ワールド)に先手を打たれたが、今度はどうか。先に爆発するのはどちらなのか。

 

「恋符.マスター……!」

 

キング・クリムゾン!」

 

 

____________________

 

 

「!」

 

 時間が飛んだ。

 魔理沙が撃ったマスタースパークはK・クリムゾンのいた地点を完全に抉り、そのさらに後方を焼き払っていた。だが、時が飛んでいたために、手応えを感じることはできていない。

 十中八九、マスタースパークを外したと考えた魔理沙はすぐさま警戒態勢に入る。ハイエロファントの安全を確認、確保し、自分の背後に回り込んでいないか執拗に辺りを見渡す。

 

(いない……)

「…………ま、まさか……逃げたのか……?」

 

 経過時間、数十秒。ついにK・クリムゾンが姿を現すことはなかった。魔理沙が呟いたように、彼はその場から逃走。これまでと同じように、行方をくらませてしまうのだった。

 今回の事件で、失われたことは多かった。世界(ザ・ワールド)の刺客たちに負傷を負わされた者は多く、ピノキオに宿ったボヘミアン・ラプソディーによる被害者は数知れず。人里の一部が消失するにまで至った。ホワイトスネイクとの戦いではキラークイーンが消滅し、世界(ザ・ワールド)も幻想郷の強者たちを負傷させている。そして、それら全てによってスタンドの信頼というものも以前と比べると失われていた。

 つけられた爪痕はあまりにも大きい。特に、人里では。ハイエロファントと魔理沙、S・フィンガーズたちの活躍によって生まれた、人里におけるスタンドの居場所。それが今回の事件によって少しずつ……また少しずつと狭まっていくのだった。




この結末には、いろいろな意見があると思います。しかし、私はこの結末が絶対正しいということはなく、あくまでも一つの可能性というか、選択肢の一つとして書かせていただきました。そもそも、二次創作というのはそういうものですしね。
様々な感想、お待ちしています。

では、第五部『幻想潮流』でまたお会いしましょう!

to be continued⇒


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登場スタンド紹介 《第4部》

登場スタンド紹介、第四弾です。


・フー・ファイターズ

本体名:F・F(フー・ファイターズ)

容姿:

体色は黒。2本腕に2本脚の形をしているが、頭部は縦長で細く、完全に人外のそれである。また、彼女(彼ら)は小さなプランクトンの集合体であり、そのプランクトン一つ一つの頭の形は、集合体であるフー・ファイターズと似通った形をしている。

能力:

プランクトンの集合体である故、物理攻撃が有効打になることは少ない。しかし、手刀などで切断されれば体がバラけてしまうことはある。ダメージが無いわけではないが、ある程度バラバラになっても行動することは可能(()()()は一つだけ)。

また、指を銃の形に変形させ、プランクトンの弾丸を撃ち出すこともできる。本物にも劣らない威力である。

傷口にプランクトンを詰めて応急処置もできる。

プランクトンであるため、水不足が致命的な弱点となることが多い。そのため、常に水分を近くに置いておかなければ、満足に行動ができないのだ。

 

 

・グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

本体:緑色の赤ちゃん

容姿:

黒い人型の体をもっており、その頭部には車のヘッドライトやロケットのような形の突起の生えた仮面を付けている。生まれたばかりの赤ん坊のスタンドだからか、おむつのようなものも穿いている。尻尾も生えている。

能力:

本体である赤ん坊に近付く、あらゆる物体を小さくする能力をもつ。石や生物何でも小さくすることができ、本体が興味をもったか、あるいは敵対心を示さないものには能力が発動しない。

赤ん坊に近付けば近付くほど、元の大きさの二分の一の大きさになり、もっと近付けばその二分の一。さらに近付けばそのまた二分の一と、距離の比はそのままに、永遠に赤ん坊にたどり着くことはできない。

また、スタンド自身も大きさを自由に変えられるらしく、葉に乗れるほどの大きさから、人間の赤ん坊と同じぐらいのサイズにもなる。

 

 

・ザ・グレイトフル・デッド

本体名:プロシュート

容姿:

全身に目のようなものがある。下半身は無く、腕だけで立って歩行する。本来下半身がある部分には、代わりにプラグのようなものが何本か生えているという不気味な姿。

能力:

電車一本分程度の範囲に、生物を老化させるガスをばら撒く。

この老化というのは急成長させて老化させるわけではなく、年齢はそのままに肌や筋肉、骨を衰えさせたり、白髪に変えたりというもの(赤ちゃんは赤ちゃんのまま老人になる)。

また、体温の高い者ほど老化スピードが早く、低い者は少しだけ遅めることができる。

ちなみに、自分(本体であるプロシュート)にも使える。

 

 

・マン・イン・ザ・ミラー

本体名:イルーゾォ

容姿:

人型スタンド。黒い服を着ており、ゴーグルやサングラスのようなものも着用している。肌も黒に近い灰色。

能力:

自分が『許可』した者を鏡の世界へと引きずり込む能力をもつ。もちろん、自分も入れる。

鏡の中に入った者は、現実世界と左右反転している鏡の世界の両方に存在している物を動かすことができない。本体のイルーゾォ、もしくはマン・イン・ザ・ミラーは例外である。

『許可』した者が鏡の世界に入れるため、『許可』しなかった物は鏡の世界には入ることができない。その判断を下すのは、マン・イン・ザ・ミラーの目であり、相手が変装していたり、武器を隠し持っていた場合には、反撃される可能性がある。

 

 

・リトル・フィート

本体名:ホルマジオ

容姿:

人型スタンド。歯を剥き出しにしており、頭はツルツルである。また、右手の人差し指だけが異様に長く、鋭い。色は青紫。

能力:

例の人差し指で引っ掻いた物体のサイズを小さくする能力がある。小さくするスピードはある程度操れるようで、段階を踏んで小さくすることも、一瞬で小さくすることも可能。()()()()()()()()とのことで、基本的には段階を踏んで縮めていく方法を取っている。自分にも使えるが、同様に体を引っ掻く必要がある。

 

 

・ビーチ・ボーイ

本体名:ペッシ

容姿:

釣竿。

能力:

狙った獲物を釣り上げられる能力をもつ。標的との間に壁を隔てていようとも、その壁をすり抜けて糸を垂らし、釣り針で標的を捕らえることができる。糸は結構長い。

また、釣り針に捕まった者がいる時にその糸を攻撃すると、釣り針に掛かった者へとダメージが入ってしまう。釣り糸が受けたエネルギーを、先端の釣り針から放出するのだ。

 

 

女帝(エンプレス)

本体名:ネーナ

容姿:

発動直後の姿は、皮膚に顔のようなものが浮き出た腫れ。そこから徐々に成長し、大きく、人型に近いビジュアルに変わっていく。もちろん、宿主にくっ付いた状態のまま。

能力:

本体の体液が付着した人物の肉体に、このスタンドは発現する。時間をかけて徐々に成長し、大きくなるにつれて饒舌にもなる。そしてパワーやスピードをも手に入れ、宿主を倒して支配するだろう。

また、完全に肉体の一部になるため、宿主に効かない攻撃もエンプレスには通じない。

 

 

・スカイ・ハイ

本体名:リキエル

容姿:

カエルか何かの生物を模した腕輪のようなもの。もしくは腕輪のように手首にくっ付いているカエルか何かのような生物。

能力:

時速200km以上のスピードで飛行する、未確認生物ロッズを操るスタンド。能力はただのそれだけである。

ロッズは飛行しながら近くの生物から体温を奪って生活している。その習性を利用し、スカイ・ハイで標的の体温を奪えば大きなダメージを与えることができる。

 

 

・リンプ・ビズキット

本体名:スポーツ・マックス

容姿:

無し。

能力:

自分を含め、死体や剥製から透明な屍生人(ゾンビ)を生み出す能力。生み出された透明ゾンビは生きている者の脳みそを求めて彷徨い、獲物を見つけると、頭からかぶりついて脳みそを喰らう。

すでに死んでいる存在のため、ゾンビに上下は関係なく、壁や床、天井を自在に歩くことができる。ゾンビであるため、生命力は高い。

 

 

・シビル・ウォー

本体名:アクセル・RO(ロー)

容姿:

人型スタンド。顔が細長いロボットのような姿をしており、胴体も人の背骨のように細い。首にはパイプのような物が生えている。

能力:

このスタンドの射程内に入った者が捨てた物、すなわち『罪』をその場にて(よみがえ)らせることができる。蘇ったものはまさに『罪』そのものであり、捨てた者へと襲いかかって来る。物体は体の中に突き刺さり、侵入し、人であるなら怨みを吐きながら攻撃してくる。そして弾け、ビニールのようなものへと変化すると、捨てた者に覆い被さって窒息させようとする。

また、射程内に入った者が捨てた物を蘇らせるため、シビル・ウォーの空間で人を殺せば、その人を()()()こととみなされ、殺された人物も蘇る。そうなった時、殺された人物の『罪』も、捨てた者がおっかぶることになる。

シビル・ウォーの攻撃から逃れるには、真水を被って()()()しかない。

シビル・ウォーの空間には、絶対に踏み込んではならない。

 

 

・ホルス神

本体名:ペット・ショップ(ハヤブサ)

容姿:

氷に支えられたロボットか、鳥のミイラのような姿をしている。ただの鳥のミイラではなく、脚の骨が何本も付いていて不気味である。

能力:

氷を操る能力。(くちばし)や脚の先からつららを飛ばして攻撃する。自動車を潰せるほど巨大なつららも作り出せる。また、地面や壁に伝わせて標的を氷で捕らえたり、自身の負った傷を氷で塞ぐこともできる。氷を展開できる範囲はそれなりに広い。

 

 

自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー)

本体名:ウンガロ

容姿:

なし。

能力:

全世界の絵画の創作キャラクターたちを、創作のエネルギーを利用して現実のものとする能力。

実在化したキャラクターたちを目撃した、そのキャラクターが好きな人物は肉体と魂が分離してしまう。肉体には肉体の自我があり、魂には魂の自我がある。そのため、肉体と魂が分離してもすぐに死ぬことはないのだが、別行動を取ってしまってどちらかが勝手に死ぬことはある。そうなった場合、その人物は確実に死ぬ。スタンド使いがそうなってしまった場合、スタンドを使えるのは魂の方である。

また、肉体と魂が分離するだけでなく、魂の方は目撃したキャラクターの物語に引っ張られて同じ結末を迎えてしまう。白雪姫を見たならば、彼女にキスして目覚めさせる王子さまに。七匹の子やぎを見たならば、子やぎたちを食らうオオカミとなって母やぎに腹を裂かれてしまう。

実在化したキャラクターが殺されてしまうと、能力が解除された後に絵画に戻って来ず、存在が消える。

 

 

・ホワイトスネイク

本体名:エンリコ・プッチ(プッチ神父)

容姿:

人型スタンド。黒いボンテージのようなものと、王冠を模したようなマスクを着けている。名前の通り、体色は白。なぜか、体中に塩基配列の頭文字が綴られている。

能力:

近距離パワー型スタンドの中でも、かなり長い射程を誇る。パワーとスピードもかなりある。

標的から「記憶」、「スタンド能力」をDISC状にして奪うことができる。それら以外にも、視力をDISCにしたこともある。DISCにした記憶とスタンドは、他人に挿入することで記憶の共有や、スタンド能力の会得につなげることができる。記憶は誰にでも見られるが、スタンドの場合は相性があり、見事適合すれば一人で2つ以上のスタンドをもつことも可能。

また、相手に幻覚を見せたり、眠らせた後に体を溶かしてDISCを取り出すこともできる。

 

 

世界(ザ・ワールド)

本体名:DIO(ディオ・ブランドー)

容姿:

屈強な肉体をもつ、人型スタンド。黄金色。膝や腹部(ベルト部分)、顎にはハートマークがあしらわれている。S・フィンガーズとはまた違う、ヘルメットのようなものを被っている。

能力:

スタンド中最高クラスのパワー、スピードを誇る。人体を貫通するほどのパンチを繰り出せるほどだ。

DIO曰く、『世界を支配する』能力をもち、その全容とは時の止まった世界で自由に動ける能力である。

強力な能力だが、時の止まった世界で動ける時間はせいぜい10秒近く。DIOは自身の首から下の肉体と、その間にある傷が馴染むごとに止められる時間が伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    《 警 告 》

 

  これより先は()んではいけない 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パパの名は キラ・ヨシカゲだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      岸辺ロハンも(ころ)された

 

 

 

 

 

 

 

 

   成長したキラに(ころ)された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キラークイーン バイツァ・ダスト

本体名:キラ・ヨシカゲ

容姿:

変わりなし

能力:

成長したキラが発現させた新たな能力。

キラの正体を追う者全てに作動する。キラークイーンが取りついた人間がキラの正体をしゃべった時、作動する。紙に書いても、その場で作動する。

誰か一人でも爆破すると、その時刻から時間が1時間巻き戻る。その1時間の間に起こった出来事は"運命"として残り、再び繰り返す時の中で、もう一度引き起こされる。もちろん、対象が爆死した事実もだ。キラの正体だけを消し、時は元通りになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5.幻想潮流
90.音を奏でる者


 前部までのあらすじ
 幻想郷に襲来し、甚大な被害を生んだ世界(ザ・ワールド)とホワイトスネイク、およびその刺客たち。 
 戦いは終わったものの、彼らが遺した傷痕はあまりにも大きかった。崩れゆくスタンドと人里の人間の信頼関係。人里が分裂する可能性はゼロではない。
 そして、再び姿を隠したキング・クリムゾンも、不安要素の一つであった。


オレはもう村には戻らない…………

 

旅へ出る

 

 

『黄金長方形の軌跡』で回転せよ!

 

 

『LESSON4』…………

 

敬意を払え

 

 

幸せになってほしい……

 

オレの祈りは…………それだけだ

 

 

____________________

 

 

 世界(ザ・ワールド)が敗れ、幻想郷が一時の落ち着きを取り戻してからおよそ2週間が経過した。

 ボロボロになった人里では復興作業が未だ続いており、多くの住人たちは里の中でも比較的被害の小さかった西部にて、仮設住宅での生活を余儀なくされている。

 その他幻想郷の名のある地域、紅魔館や命蓮寺、妖怪の山でも同様の作業が行われていた。

 彼のスタンドたちが現れ、猛威を振るった数日間は、幻想郷の住人たちの心にスタンドの恐ろしさを、そして各地に恐怖の爪痕を刻みつけるのに十分過ぎた。

 事実、力の無い人里の人間たち、その一部が自分たちに味方しているスタンドたちに対し「もし暴れ出したら」などという有りもしない妄想を(うそぶ)き始めている。

 だが、それはしょうがないことであろう。『妖怪』と『人間』の関係はひどく分かりやすく、そして揺らぎづらかった。妖怪は強く、人間は弱い。変わらない捕食者と被食者の2種。そこにそのどちらでもない『スタンド』が介入してきてしまえば、一方的だった関係は崩れ、混乱が起こる。今現在、まさにその状態なのである。

 しかし、それはあくまで人間の目に見える世界の話。人外たちからすれば、「ん? 新参者か」と、ただその程度のことでしかないのだ。

 

 

「そしたら、あの金ピカのヤツの前にいきなりたくさんのナイフを現れたのよ!」

 

「へー! それでそれで!?」

 

「今度は赤いアミアミの方が瞬間移動して、たっくさんのナイフを避けた! そして気付いたら……金ピカは逆に、自分のナイフを喰らって血を噴いてたわ!」

 

 時計の針が午後3時を回った頃のこと。

 霧の湖のほとりにて、数人の妖精たちがやや拙い説明で語られる世界(ザ・ワールド)とキング・クリムゾンの戦いの話に、興味津々に耳を傾けていた。

 話し手はというと……水色髪の氷精、チルノである。

 

「あいつら、いきなり現れたり消えたりしてたんだけどね。あたいが思うに、あいつらはそう! 『瞬間移動する程度』の能力をもってるわ! このあたいの目を以ってして()()()()()()から妥当ね!」

 

「いいな〜、私も見たかった!」

 

「さっすがチルノちゃん! 最強の妖精はやっぱり違うね!」

 

 語彙力が無いわけではないのだが、容貌通りというか種族通りというか、彼女らは内容に関しては幼い子どもたちがするような会話を楽しんでいた。

 ずいぶん呑気であるが、このように、スタンドたちがどれだけ暴れようとも妖精たちにはほとんど関係ないのだ。妖精は完全に死ぬことは余程無いのだが、その他妖怪は常に死臭漂う血塗れの世界に生きている。いつ死ぬか分からない世界に。そのため、どんなスタンドが現れようと、異変が起ころうと、そんなものは日常の一部の延長線に過ぎない。人間に比べれば、刺激的ではあるのだが。

 

「よし、決めた! あたいもスタンドと戦うわ! どっかに逃げた赤いアミアミのスタンドをぶちのめして、あたいの力を幻想郷中に知らしめてやるのよ!」

 

「おおーーっ!」

 

「きっと危ないよぉ、チルノちゃん」

 

「大丈夫だよ。だってチルノちゃんだよ?」

 

「そのとぉーり! このあたいこそ真の幻想郷の強者。天下無敵の氷の妖精。最強で、パーフェクトのチルノさま。負けることなぞ、億が一にも無いわ!」

 

 大きな鼻息を吐き、取り巻き達の拍手を浴びながらチルノはふんぞりかえる。

 「天下無敵の〜」というのは適切な表現ではないが、チルノは妖精たちの中では最強角であるのは間違い無い。彼女の氷結能力は目を見張るものであり、妖精の域に収まらず、そこらの妖怪よりも圧倒的に強いのは確かである。

 ただ、戦闘においてその能力にかなり依存しているという弱点があり、()()()()で攻めるのはかえって危機を誘発するだろう。負けることはないと言っているものの、もし本当にK・クリムゾンと戦うのであればそこを突かれないようにすべきなのは言うまでもない。

 

「……あれ? ねぇねぇ、あれ何だろう」

 

「どれどれ?」

 

 一人の妖精が湖の岸を指差して言うと、チルノを含め、他の妖精たちはその方角へ目を向ける。距離が離れている上、霧でよく見えないが、何かが動いているのが見えた。

 影は湖に腕か何かを突っ込み、小さく揺れている。一同が黙って耳をすますと、どうやら何かを洗っているらしいことが分かった。

 大きさも自分たちより少し大きいぐらい。妖精たちは、影の主が人間だと確信する。

 

「珍しいね。こんなとこに人間が来るなんて」

 

「おどかしちゃおうよ。イタズラ仕掛けてさ!」

 

「賛成! よぉーし、みんな。このチルノさまに続けぃ!」

 

 影の主にバレぬよう、チルノの掛け声にやや抑えめに「おおー!」と拳を掲げると、妖精たちは湖と挟み討ちにするため森の中へと迂回して行った。

 

 

____________________

 

 

「見て、やっぱり人間だよ」

 

「でも、見たことない変な服着てるよ? 頭の後ろから羽みたいなのも生えてるし……」

 

 謎の影の背後まで回ってきた妖精たちは、木の陰に隠れて彼の者の様子を(うかが)っていた。

 妖精の一人が言ったように、その者は彼女らが見たことのない珍妙な服を身に纏っていた。和服ではない。幅が広く裾の長い()()()()()()()()。明らかにこの霧の湖周辺には相応しくない。

 極めつけは後頭部から伸びている鳥の羽のようなもの。実際に後頭部から生えているというより、飾りとして身につけているように見える。

 ジャボジャボと水の音を立てているため、その者が何かを洗っているという推測は間違っていないだろう。しかし、分かるのはそれだけだった。

 

「誰が最初に出てく?」

 

「私3番目〜〜」

 

「じゃああたいが()()()()()()()()()

 

 仕掛け人第一号としてチルノが立候補する。他の取り巻き達はそのことに特に何を言うでもなく、了承の頷きを「うんうん」と繰り返した。

 チルノが最初に出て行ってしまえば、相手が凍って即終了。そして後の出番が無くなると思われるが、取り巻き達は別に気にしていないだろう。寺子屋に通ってもいないため、「先手を切る」という言葉が間違ってると思えないぐらいの学力しかない。仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 

「チルノちゃん、がんばって!」

 

「うん!」

(よぉ〜〜し! 張り切っちゃうもんね!)

 

 イタズラ相手に聴こえないように小さい声でやり取りを交わすと、チルノはいよいよ木の陰から身を出した。『氷結』の力を手の中に込め、風を切る音すら出ないよう数センチだけ宙に浮き、ゆっくり、ゆっくりと近付いて行く。

 

 

「……何か用か?」

 

 

『!!』

 

 気配は完全に消していた。そのはずだった。

 まだチルノが近付き始めてから10秒程度しか経過していない。だというのに、妖精たちに背を向ける者は確かに彼女らに向けて声を掛けてきた。

 チルノたちが妖精だということや、今まさにイタズラを仕掛けようとしていることはバレているのか。それは分からない。だが、その声には警戒の色は無く、落ち着いたものであった。

 ()はチルノの方へ振り返らず、尚も何かを水で洗い続けている。

 

(バ、バレちゃった!? ど……どうしよう。こっちも声掛けた方がいいのか……? それとも知らんぷりした方がいい……?)

 

「……さっきから全部聴こえてる。耳はいい方だからな……()()()

 

「えっ!? あ、あたいの名前をっ……! もしかして、今からあたいがやろうとしてること、全部バレてんの!?」

 

 彼は振り返らず、チルノたちの会話は全て丸聞こえだったことを明らかにした。その証拠として、チルノの名前を呼んだのだ。

 全部筒抜けだったことに驚き、後ろに控えている妖精たちもザワつき始める。撤退すべきか否か。取り巻き達は今にも逃げ出してしまいそうであった。

 だが、チルノは違う。目の前の男が只者でないことは確かであるが、消していた気配を感じ取れる程度ではチルノは止まらない。一度イタズラをすると決めたなら、必ず仕掛けて終わるのだ。

 

「そんなに俺にかまってほしいのか? お前たちからは俺は暇そうに見えるかもしれないが、生憎そうでもない。イタズラを仕掛けるのなら他を当たれ」

 

「ふん! あたいはあなたにイタズラしたいからわざわざ来てやったのよ! 最強のあたいの力、思い知るがいいわ!」

 

 チルノのやる気は後ろの妖精達のを遥かに上回っており、何としてでもイタズラを遂行せんとしている。

 いくら自分たちより強いとは言え、取り巻き達もチルノ一人を置いて撤退することはできない。彼女と彼の者のやり取りを黙って見ているしかないのだ。

 チルノは妖力を手の中に込め始める。

 氷結の能力を使い、目の前の男をカチンコチンに凍らせてやる。非常にシンプルで命まで奪いかねない行為だが、チルノの中にはそれを自制する心はもはや残ってはいなかった。

 

「体の芯まで凍っちゃえぇーーーーっ!!」

 

「……!」

 

 

ゴォォオオオッ!

 

 

 チルノが妖力を解放すると、彼女の周りから突如猛烈な吹雪が発生。規模は小さいが威力は絶大であり、その吹雪が触れた周囲の木々をたちまち氷が覆っていく。

 彼の者はチルノの吹雪を避けようともせず、おそらく無防備な状態で受けてしまった。

 吹雪に呑み込まれる一瞬、チルノたちの方へ振り向いたような気もしたが、真っ白な雪と風の壁に視界を遮られていたためにハッキリとは分からない。

 完全にやってやったと確信したチルノはひどく上機嫌であった。

 

「はーはっはっは! どうだ、あたいのパワーは! あたいこそが最強の妖精よ」

 

 吹雪が解除されると、チルノの目の前に氷でできた大きな壁が露わになる。周りにも雪が積もり、植物はショーケースに入れられたように氷に閉じ込められていた。

 魑魅魍魎蔓延る幻想郷の冬でも、どこを探してもこの光景には巡り会えないだろう。チルノの能力が自然現象を凌駕することを知らしめるには十分すぎる成果だ。

 自分たちの気配は察知されてしまったものの、見事(やりすぎな)イタズラをやってのけたチルノに対して、後ろにいた妖精たちは次第に拍手を送り始める。彼の者は完全に動きを封じられたと確信して。

 

「大口を叩けるほどはある。確かに、強力な能力だ……」

 

『え!?』

 

 妖精たちの勝利ムード(イタズラをしただけだが)は、たちまち消え失せることとなった。凍らせて身動きが取れないはずの、あの男の声が聴こえてきたのだ。

 声を掛けられると同時にビクッと体を震わせ、チルノは氷の壁の方へ振り返る。

 すると、壁から流れる冷気の中で黒いシルエットが揺れるのが見えた。そしてシルエットから一本、腕が伸びてきて氷の壁に掌を当てる。

 妖精たちはその光景を目にし、あることに気がついた。

 あの者は人間ではない、と。

 伸ばされた腕は人間のものではなく、鉄か何かでできた人形のように無機質だった。それが顕著に表れていたのは、上腕から肘にかけての部位。まるで球体関節人形そのもの。

 だが、真に極めつけるのは、冷気のカーテンから完全に露出したその姿である。

 

「間一髪……ギリギリで防いでやった。動く手が水の中で立てる『音』でな……」

 

「ええ!? に、人間じゃあ……ない!?」

 

『うわああぁぁーーーーッ! 妖怪だァーー!』

 

 チルノの取り巻き達は悲鳴を上げ、チルノを置いて一目散に森の中へと逃げていってしまった。

 彼女らに「妖怪だ」と言わしめた彼の者の真の姿とは、まさに人間を逸脱したもの。胸の辺りにいくつかの花の飾りがあり、後頭部には後ろから見えていた羽飾りがある。四肢に関しては先程述べたように、人形のような球体関節で動かせるようになっているよう。

 そして、その顔面は干からびたミイラのようであった。

 全く生物には見えない。かと言って、命無き物品に命が宿る付喪神(つくもがみ)、いや妖怪ですらない。そもそもこの者からは妖力など微塵も感じられなかったので、妖精たちは人間だと勘違いしたのだ。

 その場に一人取り残されたチルノだけが、その事実に気がついた。

 

「あ、あんた! 妖怪でも人間でもない!」

 

「……妖怪というものが、さっきまで私に襲いかかってきた生物のことだというのなら、そういうことになるな」

 

 アメリカの砂漠に住むインディアンのようなその者は、いつの間にか刃渡り30cmほどの短刀を手に持っていた。先程まで湖のほとりで洗っていたのは、どうやらこれのようである。

 というのも、彼がそう言ったように、彼は幻想郷にやって来てからというもの摩訶不思議な獣たちに命を狙われ続けてきた。

 その理由としては、やはり餌。とても美味しそうには見えない彼だが、腹を空かせた妖怪たちからすれば見た目の問題など二の次三の次である。

 だが、知性を持ち合わせていない低級の妖怪たちは、()()()を理解できていなかった。

 彼が持っている短刀はそこいらで拾ったもので、これを使って襲って来た妖怪たちを殺すのに使っていた。そして今の今まで、湖で妖怪たちの返り血を洗い落としていたのだった。

 

「もしかしてあんた……スタンドか? そんな妖怪みたいな姿して妖力が無いなんて考えられないわ。人間でもないなら、そうとしか思えない!」

 

「名は『イン・ア・サイレント・ウェイ』。スタンド能力への知識があるのか? 見たところ、お前はスタンドでもスタンド使いでもなさそうだが……珍しいものだな」

 

 「スタンド使いでもない」。

 スタンド、サイレント・ウェイがそう思った理由とは、彼が目にしたチルノの姿にある。特殊な能力をもち、ただの人間にはない特殊な羽のような器官をもつその姿に。

 そして、そんなものがさらに何匹かいた。スタンド能力を発現させた人間ではないのは確か。チルノたちは()()()()()()なのだろう、サイレント・ウェイはそう考えたのだ。

 

「だが、ちょうどいい。俺はお前に用ができた。ようやく喋れるやつに会えたからな。お前にいくつか質問したいことがある」

 

「質問? スタンドのあんたがあたいに何を訊きたいのさ」

 

「俺は気付いたらこの森にいた。ジョニィ・ジョースターに敗れ、死んだと思ったらだ。本体もいなくなっている。ここはどこだ? 俺だけがここに来た、その理由も知りたい」

 

 サイレント・ウェイの本体、サンドマン(本当の名前は音を奏でる者(サウンドマン))は1890年にアメリカで開かれた大陸横断レース、スティール・ボール・ランレースの参加者である。

 基本的に馬に乗って参加する者が多い中、彼は鍛え上げられた己の脚だけで大陸横断を目指していた。

 そんな中、このレースの裏では()()()()の争奪戦が行われており、サンドマンも『白人に奪われた自民族の土地を金で奪い返す』という目的のため、争奪戦へと身を投じる。

 ディエゴ・ブランドーやヴァレンタイン大統領と手を組むも、ミシシッピー川でのジョニィ・ジョースターとの戦いに彼は敗れてしまう。そして、命を落とした彼のスタンド、イン・ア・サイレント・ウェイが幻想郷に流れ着いたのだ。

 とどのつまり、死亡してしまい何者の記憶にも残らなかったために幻想入りしたということ。

 だが、チルノも幻想郷の仕組み全てを知っているわけではない。サイレント・ウェイの事情もだ。チルノでは、サイレント・ウェイから受けた質問の答えを出すことができなかった。

 

「ここは『幻想郷』だけど……あんたが来た理由なんて知らないよ! 外の世界の連中に忘れられたとか、()()()()()()()()あり得るかもね。あたいも詳しくは知らないよ」

 

「……『呼ばれる』? 誰にだ」

 

「だから知らないってば! どーせ『賢者』って言われる大妖怪とかじゃあないかしら? もしかして元の世界に帰りたいの?」

 

「帰れるのか?」

 

 サイレント・ウェイの声に微かに希望が宿る。

 本体はいないが、もし元の世界に帰れるのならそれに越したことはない。サンドマンは元々、土地と仲間のためにレースに参加した身だ。

 死んでから幻想郷で目を覚ますまでの体感時間はほんの数時間。元の世界、場所に戻れたなら、またレースに復帰できるだろう。いや、無理矢理にでもそうするつもりだ。それがサンドマンから()()()()()だから。

 湧き出てきた希望を胸に、サイレント・ウェイはチルノに元の世界に帰る方法を問うた。

 

「どうすれば元の世界に帰れる? なるべく早い方がいい。急いでいるんだ」

 

「えーっとねぇ……博麗神社ってとこに行って、霊夢ってやつに会えば帰れるらしいぞ。神社は()()()! ここを真っ直ぐ進めば着くわ」

 

「そうか……助かる。大した礼ができなくてすまないな」

 

「え? へ、へへーー。いいってことよ! あたいは『さいきょー』だから、器も大きいのよ!」

 

 サイレント・ウェイの礼を聞き、ひどく上機嫌になったチルノ。『さいきょー』という自負の下、誰かに頼られたり持ち上げられたりすることはやはり好きなのだ。いくら強い妖精でも、そういった子どものような部分は他と変わりない。

 サイレント・ウェイは短く礼を言うと、チルノが指差した北西の方向へと走り出した。

 砂漠のインディアンたるサンドマンが用いた、馬と同等のスピードで走れる独特の走行フォーム。地面に着いた脚にかかる負担を大地へ逃し、本来疲労となるエネルギーも加速に使う。

 時速30キロメートルをゆうに超える走りで、サイレント・ウェイは結界の管理者の住まう博麗神社を目指すのだった。

 

「ああっ! そういやあいつ、スタンドだったじゃん! 勝負するんだったァーーッ!」

 

 

____________________

 

 

「この先か……」

 

 出発してからおよそ10分。チルノに言われたままに進み、サイレント・ウェイは山と言うには少し小さい高地の石階段を登っていた。 聞いた話によれば、この上にこそ博麗神社がある。

 道中、また何匹かの妖怪が襲いかかって来たものの、いちいち相手をする余裕が無かったために彼は走りで張り切っていた。

 インディアンは大地の恵みに感謝する。厳しい自然の中で生活する彼らこそ、真に自然の恩恵を受けられる。彼の走法も、その中で培ったものである。

 だが、現在サイレント・ウェイは石階段を走ってはいない。というのも、この高地に近付いたところで、急に妖怪たちが襲って来なくなったのだ。

 あまりにも不自然に感じたサイレント・ウェイは、警戒しながら普通の歩行スピードで歩を進めている。『霊夢』とやら、一体どういう人物なのか。表情に出ることはないが、彼が徐々に緊張し始めているのは確かだった。

 

「む……頂上か」

 

 赤い鳥居が目先に現れ、長く続いた階段も終わり。

 ようやく階段を登り切ったサイレント・ウェイは、境内に足を踏み入れる。境内の石畳も、これまでの石階段と同じように特に変な部分は感じられないものだった。

 サイレント・ウェイの視界の最奥には、彼と彼の本体が今まで見たことのない木造建築が建っている。きっとこれが博麗神社だろう、と彼は推測した。

 そして神社の手前では、赤い服とリボンを身につけた少女が箒で落ち葉を掃いているのが見える。

 そして、サイレント・ウェイが彼女を視界に収めるのとほぼ同じタイミングで、少女は箒を使う手を止めて振り返った。

 

「うん? 誰? 参拝客……のようには見えないけど」

 

「……『霊夢』という者を探している。お前のことか?」

 

「初対面なのにお前呼ばわりなんて、失礼なやつ。ええ、そーよ。私が霊夢。博麗霊夢よ。はじめまして、スタンドさん」

 

「……!」

 

 サイレント・ウェイは驚いた。チルノだけでなく、まさか博麗霊夢もスタンドへの知識があるとは。

 表情に出ていたのだろうか。霊夢はサイレント・ウェイが黙ってしまうと、「ああ、驚いてる驚いてる」と彼の心境を当て、嫌な感じに笑った。

 

「ここ最近増えてるからねーー。スタンド。この前もデカい問題起こして、ひどい目に遭ったのよ。これ、その時のケガね」

 

 そう言い、霊夢は布で吊った右腕をサイレント・ウェイへ見せる。

 どうやら骨折しているらしい。吊っている布に包まれている腕は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 これは先日の世界(ザ・ワールド)戦での負傷である。

 『夢想転生』によって彼を追い詰めたものの、時間切れを起こして形成が逆転。フルパワーの蹴りをモロにもらい、地面に激突してしまった。腕の骨折は蹴りを受ける際、ガードに使っていたのだ。

 その時のことを思い出し、「やれやれ」と笑いながら振り返る霊夢だが、サイレント・ウェイにとっては正直どうでもよいこと。

 霊夢が見せてきた腕にほんの一、二秒だけ注目した後、彼はいよいよ本題を切り出した。

 

「博麗霊夢。お前に頼みたいことがある。ここに来るまでに出会ったチルノというやつに教えてもらったことだ。俺を元の世界に帰してほしい」

 

「チルノに? まあ、でも……そう。そんなことだろうと思った」

 

「できるなら、今すぐにでも帰してほしい。俺にはやり遺したことがある」

 

「ふーーん。でも、私にはどうもできないわ。あなたは外の世界へは戻せない」

 

「そのケガのせいか?」

 

「いいえ。ただ、あなたは帰せないのよ」

 

 不測の事態だった。

 チルノからは確かに、霊夢であれば外の世界へ帰してくれると言っていた。サイレント・ウェイはそれを信じて、ここまでやって来たのだ。

 「帰せない」など、一体どうしてだというのか。

 帰す能力が無いという言い方ではない。スタンドであるサイレント・ウェイに限った話をしているような、そんな口ぶりだった。

 

「私が元の世界へ帰せるのは、あくまで迷い込んだ人間だけ。幻想郷に、()()()()()()()()()招かれた者は帰せない。分かる?」

 

「分からない。納得できるだけの説明がほしい。なぜ帰せない?」

 

「私にもスタンドの知り合いがいるのよ。そいつらこぞって、みんな死んでやって来た。外の世界に居場所が無いから、だから幻想郷は彼らをここへ呼んだ。そして、()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

「図星」

 

 サイレント・ウェイは本体の死によって幻想郷へ来た。霊夢が言った通りだ。そして、霊夢が言っていることも何となくだが、サイレント・ウェイは理解してきていた。

 何らかの偶然でこの地に侵入してしまった者は、霊夢は外へ戻すと言う。だが、そうでなくては帰すわけにはいかないらしい。

 霊夢は願いを叶える流れ星のような存在ではない。あくまでも、この隔絶された小さな世界の法則を守る調停者。予定外の者は弾き出し、予定通りに行くように調整を行う。それが仕事だ。

 霊夢曰く幻想郷に招かれたというサイレント・ウェイを弾き出すのは、幻想郷のルールに反するということ。彼は死ぬまで、幻想郷からは出られないと彼女は告げた。

 

「ま、スタンドは死んだら完全に消えちゃうらしいからね。本当の意味で、ここが終着点なのよ」

 

「……そうか。覚悟は、していた」

 

「そうなの? ダメ元で来たの?」

 

「後悔はしていない。砂漠の砂一粒ほども…………だが、もし叶うなら帰ってみたかった。本体の、姉の元に。皆の元に。それは嘘ではない、本当の心だ……」

 

「…………」

 

 サンドマンは故郷のため、スティール・ボール・ランレースという旅に出た。

 彼はもう、村へは戻らないつもりでいた。だが、サイレント・ウェイはできることなら帰りたいと思ってもいた。故郷へ一人残した、姉がいるから。

 旅人には帰る場所が必要だ。ベッドの上で死ねるだなんて思っていない。旅に出たなら帰る場所が……それが心のよすがになる。旅に出た自分を後押しする、帰る場所に。

 サンドマンは、だからこそ戦えた。

 

「ねえ、あんた。名前は?」

 

「イン・ア・サイレント・ウェイ」

 

「長いわね」

 

「サイレント・ウェイでいい」

 

「もう夕方になる。サイレント・ウェイ、うちに泊めてあげるわ。おっと、タダじゃあないわよ。色々手伝いとかしてもらうから。一緒に暮らすんだもの。当然よね」

 

 霊夢はそう言うと、身を翻して神社の中へと入っていった。サイレント・ウェイも、特に何も言うことなく彼女に着いていく。

 負傷した時から、いや、前々から手伝いをさせられるスタンドがほしいとは思っていた。だが、これは霊夢なりの気の遣い方である。

 悪いやつではなさそうだ。そんな勘だけが頼りだったと言えばその通りだが、ハイエロファントやチャリオッツ、彼らと出会って柔らかくなったのも間違いではないだろう。

 スタンドと人間、あるいは妖怪との絆は綻んでいくだけではない。未だ確かに、出来つつあるのだ。




 キリがいいので、ここでスタンドについて改めて説明を。

幻想入りしたスタンドの性質(ルール)
・スタンドは本体が死亡した際、その魂の一欠片を核として幻想入りし、生成されるスタンドエネルギーによって姿を保っている(例外あり)。
・本体が存在しないため、ビジョンとしての射程距離、持続時間は無制限である。
・スタンドは内蔵する魂が小さいため、あまりに大きなダメージを受けると魂が壊れてしまう。それによってスタンドエネルギーが生成できなくなると、スタンドは消滅する。地獄や冥界には行けない。
・スタンドエネルギーのうち、能力を使用する際や身体能力を上げる際に消費するものをスタンドパワーと言い、こちらは尽きても命に別状は無い。
・生物でも、厳密には亡霊でもないため、3大欲求は基本的には存在しない。しかし、食べ物の味は感じるし、眠ることもできる。本体が本体なら異性に興味をもつこともある。
・スタンドは意志の存在。生きる意思があるのなら、大きな負傷も数日で完治する。


to be continued⇒


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91.戦士の再起と久々の宴

久しぶりに日常回というか、和やかな話を書いた気がします。
戦いを書く方に慣れているため(まだまだ発展途上ですが)、すごく難しく感じました……


「ハァ……ハァ……」

 

 早朝の魔法の森。

 霧か瘴気か、白いベールに包まれたように霞んでいる風景の中で、霧雨魔理沙が季節に似合わず汗を垂らしていた。周囲には焼け焦げた跡のあるクレーターが、土や樹木に関係なくいくつも見られる。

 彼女はここ数日、森の中で修行をしているのだ。弾幕を撃って、撃って、撃って、撃ちまくる。自分が納得できるまでより強く、より速く撃ち続ける修行である。

 魔理沙がこうなったきっかけは、先日の世界(ザ・ワールド)による襲撃事件だ。彼女は霊夢と共に世界(ザ・ワールド)と相対し、またハイエロファントたちとも共闘している。しかし、どちらの戦いでも魔理沙は着いていくことがほとんどできず、自分以外の者が傷つき、退場していくのを黙って見ていることしかできなかった。

 その時痛感した己の無力さを克服するため……あるいは紛らわせるために、彼女は弾幕を放っていた。

 

「荒れてんな、魔理沙」

 

「……! チャリオッツ」

 

 不意にかけられた声に反応し、魔理沙は振り向く。

 そこには木にもたれるチャリオッツが立っていた。

 魔理沙はこの時間、自分がどこで何をしているかをハイエロファントとチャリオッツに話した覚えは無い。居場所は分からなかったはずだ。

 それでもここに彼がいるということは、弾幕の爆発音が聴こえていたとか、そういうことなのだろう。おそらく今日気づかれたのでなく、前々からチャリオッツは分かっていたかもしれない。

 

「そんなに気にしてるのか? 俺たちだって手も足も出てなかったじゃあねぇか」

 

「そんなことないだろ。お前とザ・フールの攻撃とか、結構効いてたと思うけど」

 

「いいや、正直あれは遊ばれてたぜ。時間を止める能力を最初から使われてりゃ、俺たちはもっと早く全滅してた。強すぎたんだよ。世界(ザ・ワールド)は……」

 

 「俺たちには敵わねぇ」と首を振りながら、チャリオッツは近くの切り株に腰掛ける。

 そして手に持っていた包みを広げると、中に入っていたおにぎり2つの内一つを魔理沙へ投げ渡した。

 魔理沙は「ありがとう」と礼を言い、悲鳴を上げる腹のためにおにぎりを頬張る。一口で半分まで(かじ)ったことから、限界は近かったようだ。

 

「自分が活躍できなかったことがそんなに悔しいのか? お前はよくやったぜ。魔理沙がいてくれなきゃ、俺たちはそのまま死んでたろーよ」

 

「違うよ……でも、それもある。半分くらいはそれだ」

 

「んじゃあ、もう半分は?」

 

「……霊夢だ」

 

 その返答はチャリオッツが予想もしていなかったものだった。

 魔理沙がこうなっている原因の半分だと言うのだから、霊夢と余程のことがあったのだろうか。チャリオッツは推測する。

 

「そういや、霊夢も世界(ザ・ワールド)にやられたんだったな。あいつとケンカでもしたのかよ?」

 

「ちげぇよ。その……あいつ、私が知らない間にメチャクチャ強くなってたんだよ」

 

 魔理沙と霊夢は昔からの付き合いだ。

 魔理沙はこれまでも、数々の魔法の実験や弾幕の練習に努めていた。霊夢はいうと、博麗の巫女としての修行はせどもそれは最小限に留まっていた。

 何事にも貪欲でいた魔理沙に比べ、霊夢は面倒くさがりの一面が強い。2人はまるで対照的だった。魔理沙も、このことについては誰よりも理解していたつもりである。

 だが、いざ霊夢が本気で修行をするとどこまで進んでいくのか。それが分かってしまったことが、魔理沙にとってショックだったのだ。

 

「地底の異変を解決して、霊夢もケガしてたから修行自体はかなり短期間のものだったはずなんだ。でも、それで霊夢はあんだけ強くなった…………私がどうにもできなかった世界(ザ・ワールド)を押せるぐらいにな」

 

「ははーん。なるほどな。それで置いていかれると思って焦ってたのか」

 

「あぁ…………チクショー、ハイエロファントだったらよかったんだけどな。お前に話すとすごい恥ずかしいぜ、チャリオッツ」

 

「何でだよ! まぁ、気持ちは分かるぜ。同じぐらいだと思ってたやつが、いきなり成長すりゃあ誰だってそうなるかもな」

 

 チャリオッツは魔理沙に共感した。

 だが、彼、というより本体のポルナレフにはそういった経験は無い。ハイエロファントの本体、花京院も同様である。エジプトへの旅の中で仲間を得た2人だが、共に力を磨き高め合う人間はいなかった。

 本人は苦しいだろうが、妹の敵討ちのためにと独りで力を欲していたポルナレフもといチャリオッツはそれが少しだけ羨ましくもあるのだった。

 会話は一端終わりを迎え、魔理沙は修行を再開する。チャリオッツが見守る中、魔理沙の弾幕は花火のような華やかさを見せながら展開され、辺りの木々を薙ぎ倒す。時にはスペルカードによるも交え、鮮やかなレーザーはチャリオッツの隣を縦に焼き払ったりした。

 そうしてしばらくした後、チャリオッツは膝に手を突きながら腰を上げる。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くとするぜ。お前も気が済んだら神社に早く来いよ」

 

「じ、神社? 何で神社に行くんだよ」

 

「何だ、知らなかったのか? 今日博麗神社で宴会やるんだぜ。昼前から準備を頼まれてるから、それで呼びに来たんだよ」

 

「宴会ぃ? こんな時にか?」

 

「祝勝会みてぇなもんさ。勝ってねぇけどな。こんな暗い時にこそ、そういうことやって元気を出すのが良いんじゃあねーの? 俺はもう行くから、ちゃんと来いよ!」

 

 魔理沙の返答を聞かず、チャリオッツは空へ飛び上がり行ってしまった。

 取り残された魔理沙は、自分の弾幕で荒れた周囲を見回す。チャリオッツは自分の話を聞いても、さほど問題だと思っていなさそうだった。

 重く捉えすぎている部分もあるかもしれない。だが、魔理沙は霊夢に置きざりにされるのは御免だと思っている。腕を磨くのはプライドのため。これからも霊夢と共に行動するため。それで十分だ。

 霊夢が新たな力を得ていくというのなら、自分は元々ある力をさらに強力なものへと進化させよう。弾幕とはパワーなのだ。より力強さを求めていく。

 

 

___________________

 

 

 時は午前10時過ぎ。チャリオッツとハイエロファントの2人は空を飛んで移動し、博麗神社に降り立った。宴を行う予定の会場だが、その気配は全く無い。いつも通りの人気のない境内だった。

 「変わらないな……」と2人して思っていると、神社の横の縁側から三角巾を頭に付けた霊夢が出て来た。彼女の右腕の包帯は取れており、骨折は治ったことが分かる。回復の効果がある札を使ったのだろう。

 

「あ! やっと来たわね。ほら、早くこっち来なさいよ。ハイエロファント、あんたは料理。チャリオッツ、あんたはサイレント・ウェイと一緒に敷き物とか机とか用意しなさい!」

 

(せわ)しいな……」

 

「ったく、到着していきなり手伝わされるのかよ。お茶一杯とか出してくれてもいいんじゃあねーか? 一応客だぜ。俺たちも。つーか、サイレント・ウェイって誰だ?」

 

「私だ」

 

 チャリオッツとハイエロファントは声がした方へ顔を向ける。そこには、インディアンのような服装と羽飾りを身に付けた者が。

 名前からしてそうだろうとは思っていたが、2人はサイレント・ウェイがスタンドであることを目視して改めて認識した。スタンドエネルギーも確かに彼から感じ取ることができる。

 サイレント・ウェイは脇に丸めた敷き物を挟んで立っており、早く手伝ってくれと言わんばかりにチャリオッツたちに視線を飛ばしていた。

 

「あんたがチャリオッツか。神社の裏に運ぶ物がたくさんある。手伝ってくれ」

 

 サイレント・ウェイはそれだけ言い残すと、境内の石畳の上に持っていた敷き物を広げる。そして端に石を重石として置くと、そそくさと神社の裏へと行ってしまった。

 チャリオッツとハイエロファントは心無しか彼がイラついているようにも見えたが、きっと間違いではないだろうと2人して思う。霊夢はそもそも人使いが荒いため、サイレント・ウェイもこき使われているはずだ。

 

「……しょうがねー。行ってくるぜ、ハイエロファント。お前も頑張れよ」

 

「あぁ……チャリオッツ、無理はしないようにな……」

 

 ハイエロファントにそう告げ、チャリオッツはレイピアを神社の賽銭箱に立て掛けると、サイレント・ウェイを追って神社裏の納屋へ向かった。

 一人取り残されたハイエロファントも、霊夢に言われたように宴会の料理を用意するため、神社の中にある台所へ向かう。エプロンは無いが、きっと大丈夫だろう。

 ハイエロファントが宙に浮きながら縁側から入って台所へ来ると、水の流れる音が聴こえてきた。霊夢かと思ったが、彼女ではない。霊夢は三角巾を着けていたものの、ハイエロファントとチャリオッツに声をかけた後は拝殿の方へ行っていた。そのため、彼女が台所にいるはずがない。

 ハイエロファントが覗いてみると、髪を縛って野菜を洗っている早苗の姿があった。

 

「君は早苗か?」

 

「わっ! び、びっくりしたぁ……な、なぁんだ、ハイエロファントさんだったんですね。宴会のお手伝いをしに来られたんですか?」

 

「あぁ。霊夢に頼まれてしまったんだ。料理の方を手伝ってくれと言われたんだが……その様子だと、どうやら君も同じようだな」

 

「はい。私は幻想郷での宴会はこれが初めてなので、神奈子様や諏訪子様に色々経験してくるように言われて」

 

 笑顔を見せながらそう言うと、早苗は一度止めた手を再び動かし始める。

 世界(ザ・ワールド)たちの起こした事件で、彼女のいる守矢神社もある程度の被害を受けていた。

 ホワイトスネイクが直接攻め入り、3人のディスクを奪ってしまったのだ。

 その後はS・フィンガーズたちの活躍によりディスクを取り戻し、なんとか一命を取り留める。そして体力が回復し、宴会の準備をするという今に至るわけだ。

 

「神奈子様方も後ほど宴会に出席すると仰っていました。その時に改めてハイエロファントさんやチャリオッツさんにお礼がしたいと……」

 

「大したことじゃあない。僕らは神社の中から皆んなを外に出しただけで、お礼をするならスティッキィ・フィンガーズやF・Fだ」

 

 ここで2人の会話は止まってしまう。

 彼らの中で、同時にあることが浮かんできたからだ。

 それはキラークイーンについてのこと。

 戦いが全て終わった後、その関係者たちは一度博麗神社に集合した。どのような被害を受けたか、勝利あるいは敗北したかなど、様々なことを報告し合うために。

 その際、人里の代表である慧音とF・Fが言っていた。

 キラークイーンが消滅した、と。

 ホワイトスネイクと戦い、相討ちになったと。

 彼はハイエロファントやマジシャンズレッドを除けば、幻想郷のスタンドたちの中でも古株の部類であった。消滅したと知ったことでショックを受けたものの、ハイエロファントは特に慧音の言葉に何か裏があるように感じていた。キラークイーンの消滅は本当だろうが、何かがあったのではと……

 だが、そんな心配しているのはいつの間にかハイエロファントだけだったようだ。

 

「あの、ものすごく失礼だとは思うんですけど訊きたいことが……ハイエロファントさんって料理できるんですか?」

 

「え? あ、あぁ。これでも魔理沙の家で家事をやらされてるからね」

 

「……ぷふっ」

 

「な、何だ今の……笑う部分なんて無かっただろう?」

 

「いえ、絵面を想像したら……つい……うふふっ」

 

 口元を押さえながら早苗は笑いを堪える。

 ハイエロファントは「本当に失礼だな……」と呆れながらも、自身も用意されていたエプロンを身につけると彼女の手伝いをし始めるのだった。

 2人して楽しくやれているなら良いだろう。外のチャリオッツ、サイレント・ウェイなんて、ただ黙って物を運んでいるばかりなのだから。

 

 

___________________

 

 

 ハイエロファントたちが準備に加わったことで、宴会はいつでも始められる状態となった。昼を回った今、参加者たちが続々と集まり出す。

 守矢神社から2柱の神、神奈子と諏訪子。

 魔法の森からアリス・マーガトロイド。

 永遠亭の輝夜、永琳、てゐ、鈴仙。そしてハーヴェストたちとエニグマ。

 地霊殿から古明地さとり、お空、お燐、ザ・フール。彼女はハイエロファントたちと初対面のつもりではないが、「初めまして」と言われてしまった古明地こいし。後から旧都の妖怪も来るのだとか。

 命蓮寺からは本当の初対面である多々良小傘、村沙、ぬえ、暗殺チーム。他の面々は人里の復興作業に手を貸しており、夜からの参加となるらしい。

 そして霧の湖の妖精たちと、妖怪の山から来た河童に天狗の記者。これで昼から参加する予定だった者はほとんど集合した。残るは魔理沙ぐらいだ。

 

「魔理沙は……まだ来てないようだな」

 

「別に構わねぇと思うぜ。見てみろよ。始まりの挨拶も無くおっ始めやがった」

 

「あぁ。僕はまだ慣れないな。この光景」

 

 ハイエロファントとチャリオッツは早速始まった宴会を、輪の外の方から眺めている。

 外の世界から来て数ヶ月も経つが、まだ明らかに未成年のかわいらしい少女たちが酒を呑む光景には中々慣れない。平気でタバコを吸っていた未成年なら2人も知っているが、彼はもはや例外だろう。その体躯は高校生とは思えないほどだったし、自他共に認める不良だったのだから。

 

「こら! あんたら何やってんのよォ!」

 

「うおっ!? れ、霊夢!?」

 

「まさか……君もう酔っ払っているのか……!?」

 

「せっかくの宴会よ。楽しまなきゃ損損! つべこべ言わずこっち来る!」

 

「いだだだだ! こいつ力強すぎんだろ!」

 

 魔理沙の到着を待つ2人だったが、そこへ魔の手が構わず襲いかかってきた。

 既に酒の入った霊夢がチャリオッツとハイエロファントの首を捕まえ、無理矢理皆の方へと引っ張って行く。彼女の絡み酒も永遠亭での宴会から健在らしい。

 諦めて抵抗しなかったハイエロファントはすぐに放されたが、チャリオッツはそのまま神奈子たち酒呑みのグループに連れて行かれてしまった。

 頑張ってくれ、チャリオッツ。ハイエロファントは憐れみの目で彼を見るのだった。

 

「ハイエロファントさん、お久しぶりです」

 

「ああ、さとり。久しぶり。元気にしてたかい?」

 

「私たちの所にもスタンドが来ましたが、見ての通り無事ですよ」

 

 ハイエロファントが座布団を敷いて座ると、そこにさとりがやって来た。手に料理を取った皿を持っており、ハイエロファントの横に座ると彼に差し出す。

 地霊殿にはスタンド、エンプレスが攻め入って来た。彼女の目的とは、世界(ザ・ワールド)が『天国』へ行くために必要だという『生まれたもの』を回収する、というものだったらしい。

 さとりはエンプレスとの戦いで負傷していたが、そこは妖怪。人間にはない治癒力で後遺症も残さず完治した。エンプレスもこいしがスカイ・ハイと共に撃破しているため、地霊殿は大丈夫とのことだ。

 

「ハイエロファントさん。私があなたとの別れの時、何をお願いしたか覚えてますか?」

 

「お願いだって? 何か言っていたか?」

 

「……私、またやりましょうねって言いましたよ。F-MEGA。美味しいお菓子にお茶も用意して、ハイエロファントさんがいつ来てもいいようにしてたんです。でも、待てど暮らせどあなたは来ない……」

 

「す、すまない……忙しくて頭に無かったんだ……ここのところ、戦いばかりで」

 

 さとりは微笑んでいるが、明らかに顔に影がある。

 心を読む能力を使い、ハイエロファントが嘘を言っていないことは分かった。だが、「頭に無かった」というのが本当のことでショックあるのに変わりない。

 さとりは少しだけ傷ついた。そんなさとりを、ハイエロファントはかなり怖がった。しかも、そこへお燐とお空まで現れてしまうのだから混沌とした状況になるのは避けられない。

 

「あーーっ! さとり様、緑のお兄さんとイイ感じだ!」

 

「だめだよお空! せっかく2人っきりになれたんだから邪魔しちゃ!」

 

「だってぇ〜〜。お燐も嬉しいでしょ?」

 

「しっ! 2人ともあっちに行ってなさい! すみません、ハイエロファントさん。お空たちが失礼なことを……」

 

 茶化しに来たお空とお燐を叱り、向こうへ追っ払うさとり。だが、赤くなりつつもちょっと口元が綻んでいるあたり、満更でもないのだろうか。

 ハイエロファントの方へ振り向くさとりだが、彼自身は全く別の場所を見ていた。その視線の先にはさとりが持ってきた皿。の上にあるさくらんぼが。

 季節ではないが、このさくらんぼ河童と神奈子の技術改革の成果として生み出された温室で育てられたもの。ハイエロファントはさくらんぼの存在を知らなかったため、これは早苗が用意した料理だろう。

 ハイエロファントはさくらんぼを指差して尋ねる。

 

「さとり、これ貰ってもいいか? 好物なんだ」

 

「はい、いいですよ。ハイエロファントさんのために取ってきたんですもの」

 

「ありがとう。じゃあ……レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ……」

 

「…………」

 

 ハイエロファントはマスクを外し舌を突き出すと、その上でさくらんぼを転がし始めた。独特の声と共に繰り広げられるその光景は、さとりを多少幻滅させるには丁度良かっただろう。

 ひとしきり楽しんだ後にさくらんぼを呑むと、ハイエロファントの元にさとり以外の者が次々とやって来た。さとりと同様、久しぶりに再開したハーヴェストとエニグマ。調子に乗るエニグマを叱りながら、ハーヴェストたちの話を聞いたりした。

 以前戦ったことのある封獣ぬえも、今では仲良くなった暗殺チームのスタンドを連れてやって来てリベンジマッチを申し込んできたりした。

 アリスとは魔理沙のことを話したり、酒で潰されたチャリオッツを笑ったりした。宴会とはやはり良いものだと、ハイエロファントはつくづく思う。

 心配の種だった魔理沙は後ほど、ちゃんと宴会に出席した。夜になってからの参加だったが、紅魔館の住民や残りの命蓮寺の者を連れてやって来た。

 既に酔い潰れた早苗を叩き起こし、輪の中に入れていないサイレント・ウェイを無理矢理引き入れ、暗い雰囲気を吹き飛ばす幻想郷の伝統、宴会はまだまだ終わりを見せないのであった。




ちょっとキャラ崩壊が起きてる気がしないでもない……
特にさとり。


to be continued⇒


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92.東方神霊廟①

久しぶりの異変です。
半年以上ぶりの


「……んーー…………」

 

 久方ぶりの大規模宴会を終えてからおよそ一月半。春を迎えつつある幻想郷では目立った異変や事件は全く起きていなかった。スタンドの幻想入りも鳴りを潜めている。

 去年とは違い、暦上は春を迎えても雪が降り続けるといったこともなければ、どこかへ逃げ(おお)せたK・クリムゾンの噂も不自然なほど立たない。

 だが、人里の復興も粗方目処が立ってきた今日この頃、霊夢は奇妙な光景を目にすることが多くなってきた。それは霊の中でも神として崇められ、力のある部類である『神霊』、その中で力の弱いものの出現。そして消失である。

 

「……また()()()()()()()()

 

 現在幻想郷に出現し続けている神霊は普通よりも力の弱い小神霊。それは人の欲や願望を苗床として姿を見せるのだという。

 だが、いくら力が弱く神でなかろうと『神霊』には変わりなく、霊夢ほどにもなれば神霊の霊力を感じ取って位置を探ることもできる。霊夢はそうして、神霊たちの出現と消失を感知していたのだ。

 鳥居の間から不思議そうに幻想郷を見下ろす霊夢に、サイレント・ウェイも何かを予感した様子。既に霊夢の仕事について理解している彼は尋ねる。

 

「行くのか?」

 

「えぇ。久しぶりの異変よ。スタンドが関係無い、ね。霊がおかしなことになってるわ。今から冥界にいる亡霊の所に向かうから、あなたも来なさい」

 

 博麗の巫女を手伝う身であるなら、異変解決に従事することになるのは自然。霊夢は既にお祓い棒も弾幕戦用の札も持って準備万端だ。サイレント・ウェイも、元から()()()()()()()()思っていた。

 霊夢は鳥居の下から飛び出し、空へと舞う。サイレント・ウェイも彼女に続き、2人は異変の鍵を握っているであろう冥界の主の元へ向かうのだった。

 

 

____________________

 

 

 場所が変わり、同時刻の魔法の森。

 久しぶりの長い平穏の中、魔理沙やハイエロファントたちはゆったりと日常を過ごしていた。

 地底の異変を解決したお礼として、宴会の時からハイエロファントたちは河童との様々な取引を行い始めた。その一つとして、玄武の沢で取れる魚や温室で採れる作物を人里で得るよりも簡単に入手できるように。

 ちなみに、魚などと引き換えにするものは外の世界で生きていたハイエロファントやチャリオッツの記憶を頼りに、新たな発明品のアイデアを出してもらうというもの。早苗とスタンドたちでは、元来た時代が違うからである。

 カウンターに肘を突き、魔理沙が間延びした口調でこぼす。

 

「あ〜〜……暇だなぁ。異変もねぇし」

 

「戦いばかりに慣れてしまうと、いざ平和が訪れるとたしかに退屈ではあるな。良いことではあるんだが…………」

 

「そういやハイエロファントォ、お前も最近修行してんだって? チャリオッツから聞いたぞ」

 

「あぁ。君もチャリオッツもしてるし、僕だけ成長が無いのもと思ってな」

 

 魔理沙は以前の戦いから、チャリオッツは幻想郷に来てからも自分の力を磨いている。ハイエロファントも自分の力は幻想郷では下位も下位であることを自覚しているため、皆の足を引っ張らないようにと独自で修行を始めていたのだ。

 チャリオッツにはそのことを伝えていたが、魔理沙には伝えていなかった。これといった理由はないが、ハイエロファントも修行を始めたからと彼女に気を使われたくなかったという気持ちはあった。

 

「エメラルドスプラッシュの威力とか上げてんの?」

 

「そうだな……それもしたいことではあるが、また別のことだ。単純に僕がやれることを増やさないと戦い方の幅が増えない」

 

 スタンド能力は磨けば磨くほど洗練される。ハイエロファントは一体何を伸ばしているのか。魔理沙としてはちょっぴり気になるところである。

 ハイエロファントが客のほぼ見て行かない(そもそも店にあまり客が来ない)商品棚を整理していると、店の外から土や小石を蹴る音が聴こえてきた。出かけていたチャリオッツが帰って来たのだ。

 

「よう、帰ったぜ」

 

「おう、おかえり〜〜」

 

「なぁ魔理沙。さっき霊夢とサイレント・ウェイのやつが揃って空飛んでたんだけどよォーー、何かあったのか? 知ってる?」

 

『!!』

 

「ど、どうしたんだよ。お前ら……」

 

「チャリオッツ! 霊夢たち、どっちへ向かって飛んでたんだ!?」

 

「えぇ? えーっとだなぁ……あっち、いや、こっちの方だったかなぁ」

 

 チャリオッツは首を右へ左へ傾げながら、北西の方角を指差す。

 魔理沙の魔法店からその方向は進めば、あるのは妖怪の山である。山には守矢神社、間欠泉センター、大蝦蟇の池……色々あるにはある。

 だが用事があるにしろ、霊夢は面倒くさがりの面も強い。単なるお使いならばサイレント・ウェイを一人で行かせるはずだ。だというのに、2人で向かっているのは気がかりである。

 だが、ここで魔理沙がもう一つの可能性に気がついた。北西には山があるが、その方向の空を突き進むとあの場所へ行ける。お使いには行かないような場所だ。

 

「……ハイエロファント、チャリオッツ。出発の準備をするぞ。大急ぎで!」

 

「あぁ。行くんだな」

 

「ハァ? 今からだぁ!? ちょ、ちょっと待て。色々話が見えねーぞ! お前ら何か知ってんのか!?」

 

「異変だ異変! 私らも解決しに行くぜ!」

 

 魔理沙はそう言いながら箒を手に取り、帽子を被ると、扉のことなどどうだっていいと言わんばかりに勢いよく外へ飛び出して行った。

 ハイエロファントもカウンターを乗り越えると、魔理沙に続いて店を出る。何が何だか分からないまま、チャリオッツも河童たちに貰った物を入れた籠を置き、一拍遅れて2人を追った。

 一刻も早く霊夢の元に合流しようと全速力を出す魔理沙だが、霊夢たちは思いの外近くを飛んでおり、すぐに発見することができた。霊夢は速く移動する方だが、今は速度を落として飛んでいる。飛行にまだ慣れていないサイレント・ウェイを気遣っていたのだろう。

 魔理沙はサイレント・ウェイと霊夢の間を縫い、後ろから追い抜かすように霊夢の横に並んだ。

 

「よう、霊夢! 面白そうなことしてんじゃあねーか!」

 

「まっ、魔理沙!? 何であんたがいるわけ!?」

 

「チャリオッツがこっちの方へ飛ぶお前らを見たって言ってたからよぉ〜〜、きっと異変だって思って着いて来たんだぜ。何かあったのか?」

 

「ハァ〜〜ーー…………魔理沙ってホントに……霊がおかしな挙動見せてんのよ」

 

「霊が? どんな風に?」

 

「力の弱い神霊が消えたり出てきたりを繰り返してんの。こんなこと初めてだから、幽々子のところに行って調査するのよ」

 

 霊夢の返事に「ふーーん」と興味無さげに応える魔理沙。自分から尋ねておいてのこの態度にピキッとくる霊夢だが、魔理沙相手にいちいちそんなことではここまで一緒にやってくることはできない。すぐに平常心を取り戻し、目的地への到達に意識を戻す。

 少女たちが普段通りのやり取りをするその後ろでは、彼女らに着いて来たスタンドたちもまた会話を始めていた。

 

「そうだ。サイレント・ウェイ、君の能力ってどんなものなんだ? まだ見せてもらったことがないから、ぜひ知りたいんだが」

 

「能力を? なぜ?」

 

「何でって、もしかしたらこれから共闘するかもしれないからな。なるべく把握しておきたいんだ」

 

「ハイエロファントもこう言ってるし、教えるぐらいいいだろ? 減るもんじゃあねぇしよ〜〜ーー。俺たちも後で言うから、な?」

 

「……『音』を形にする能力。発した音を固めて、その音に触れたものを()()()に破壊する。それが俺の能力だ……いくら仲間でも、無闇に明かしたくはない」

 

 サイレント・ウェイがそう言うと、スタンド3人の会話は幕を閉じてしまった。

 たしかに、自分のスタンド能力を他人に打ち明けるのを嫌がる者はいるにはいるかもしれない。と、ハイエロファントは思う。

 スタンドは自分の心の鏡であるから、それは同時に弱点をさらすことにもなるのだ。

 スタンド能力を家族にも明かさない者曰く、「エロ本の隠し場所は家族にも言わない」、「スタンドは自分のケツの穴のようなもの」とのこと。

 仲間同士の繋がりや信頼を重んじるハイエロファントたちと、()()()()()()()()サイレント・ウェイではやはり感覚は違うのだ。

 

 

 少女たちは駄弁りながら、スタンドたちは少し重くなってしまった空気の中黙りながら飛び続けた。すると、ほんのり陽気が感じられていた外気はガラリと変わり、突如辺りに冷たい霧のようなものが発生してくる。

 「何だこれは」とチャリオッツが思うも、それが声になることはなかった。出てきたと思った霧はすぐに晴れ、周囲に暮れなずんだような薄暗さの世界が広がっていたからだ。

 

「こ、ここは……? いや、ここがそうなのか」

 

「そっか。ハイエロファントたちが来るのはこれが初めてだもんな。お察しの通り、ここが冥界だぜ。妖夢がいるところさ」

 

「へーー。思ってたより綺麗な場所なんだなぁーー」

 

 チャリオッツが辺りを見回しながら言う。冥界の光景は彼が言う通り何とも華美な、それでいてどこか哀愁の漂う場所だった。

 5人はいつの間にか地面に足をつけており、目の前には長々と続く石階段が。その周りには春を感じる桜の木々が見られ、極めつけに石階段の遥か上には超巨大な桜を咲かした木が(そび)えている。

 霊夢と魔理沙は石階段を登り出し、その先にある白玉楼を目指し始めた。そこにこそ、桜の花びらとは別に宙を漂う人魂を統括する冥界の主がいるのだという。

 

「冥界の主ねぇ……一体どんなやつなんだろーな」

 

「大食いの亡霊だぜ。食べ物の話してるイメージしかないけど、結構強いんだ」

 

「それに紫との関わりもあるわ。ただ、のらりくらりしてるというか、飄々としたやつよ。今起こってることを素直に教えてくれるかは分からない」

 

「…………誰かいるぞ」

 

 長い階段を登り出した一行だが、移動手段はすぐに飛行に変わった。とにかく階段が長いために、歩きでは(らち)が明かないのだ。

 しばらく進み、上に在る建物が見えてきたその手前。サイレント・ウェイが人影を見つける。彼の言葉を耳にし、他4人は視線を移した。

 階段の上にいたのは妖夢だった。

 

「あっ、妖夢!」

 

「あれ、みんな? どうしてここに……冥界に誰かが侵入したのを感じたからここに来たんだけど、魔理沙たちだったんだね」

 

「突然で悪いけど妖夢、私たち幽々子に用があるのよ。通してもらえる?」

 

「幽々子様に?」

 

 妖夢は霊夢たちを一瞥する。

 妖夢がここへ来た理由とは、主君たる西行寺幽々子を侵入者から守るため。彼女が持つ白楼剣と楼観剣は、以前アヌビス神に取り憑かれてしまった時に失っている。防犯のためにわざわざ予備の刀まで持ち出してきた。

 普段の彼女なら、きっとここで弾幕戦を挑んだことだろう。

 何せ妖夢は知り合いのほとんどに『辻斬り』と呼ばれるほどの()()()()()だから。

 しかし、それは彼女がシリアルキラーだとか狂戦士だとかそういう訳ではなく、単に口より先に刀が出るだけである。

 しかし、今のこの状況。()()()()()()()()で自分を打ち負かした霊夢と魔理沙に加え、アヌビス神に取り憑かれていた自分と互角に戦ったハイエロファントとチャリオッツがいる。そして謎のスタンドも。この5人を同時に相手すればどうなるか、分からない妖夢ではなかった。

 

「わ、分かりました……」

 

「……何で敬語になったんだ?」

 

 妖夢は諦めると、魔理沙のツッコミを受けながら近くにいた人魂に何かを伝える。その後5人に自分に着いてくるよう促し、踵を返した。

 5人が彼女に続いて門を潜ると、右を見ても左を見ても趣深い庭が広がっている和風の豪邸が目前に現れた。これが白玉楼である。冥界の幽玄たる雰囲気を崩さない庭の手入れは、ここの庭師である妖夢が行っている。

 玄関から邸内に入り、いくつか畳の部屋を抜けて、また長々とした今度は縁側を歩く。隣り合っている庭には妖夢が整えた植物たちが見られ、人魂も外と同じように漂っている。それらを目にしていれば退屈することはなかった。

 そして、ある部屋の前まで来ると、ようやく妖夢の足が止まる。

 

「入ります。幽々子様」

 

「……どうぞ〜〜」

 

 障子の向こうから若い女性が返事をする。妖夢は主君の了承を得ると、「失礼します」と断りを入れ、5人と共にいよいよ入室した。

 魔理沙と霊夢は久々の再会。ハイエロファントたちスタンドは初めて出会う。桃色の髪で水色の着物を着た亡霊の女性、西行寺幽々子は座布団を敷き、部屋の真ん中に坐していた。

 

「先程送った霊が言いました通り、こちら霊夢たちが幽々子様に用があるとのことで……」

 

「えぇ、分かってるわ。妖夢、霊夢たちに座布団を用意してあげて。それとお茶とこの前買って来てくれた人里のお菓子を……」

 

「悪いけど幽々子。私たちまぁまぁ急いでるの。悠長にあんたの2()()()()()()には付き合えないわ」

 

「あらあら……それは残念」

 

 幽々子は扇子で口元を隠しながら言う。

 普段は妖夢にとやかく言われるため、この機会に乗じておやつをつまもうとした彼女。しかし見事阻まれてしまい、言葉通り残念そうな表情を浮かべた。

 そんな幽々子のスタンドたちからの印象だが、一名を除いて霊夢が言った通り「飄々している」というもの。たった二度しか霊夢と会話を交わしていないが、ハイエロファントとサイレント・ウェイは彼女から大物の凄みを感じ取れずにはいられなかった。

 

「最近、幻想郷の神霊……と言っても力の弱い小神霊なんだけど、おかしな動きをしてるのよ。いきなり消えたり、またどこかから現れたり。その原因を知らないかと思って来たのよ」

 

「ふゥん。なるほどね。霊に関係してるから、冥界(ここ)に来たと……」

 

「私もそう詳しくないから、スペシャリストの力を頼ろうとしたってわけ。どう? 何か分かる? それとも、あんたでも分からない?」

 

「ふふ。どうかしら。疑わしいなら信じる信じないはあなた次第だけど、ヒントをあげる。その小神霊たちは冥界との関係はないわ。そして、怪しいのはお寺の墓地よ」

 

 予想外の答えが出た。霊というのなら冥界にほぼ関わるものだと思っていたが、そうでもないらしい。冥界はそもそも転生を待つ霊たちの待機場所のようなもので、転生することのなくなった神霊は冥界にはいない。

 しかし、今回の異変に幽々子が関わっていないということは分かったものの、またおかしな場所を指された。「お寺の墓地」となると、おそらく命蓮寺の裏のことだろう。なぜそんな所が怪しいのか。

 

「寺ってなると……命蓮寺だよな?」

 

「……あの和尚が神霊使って何かしようとしてるって言いたいの?」

 

「違うわよ霊夢。私が言ったのはお寺じゃあなくて、その後ろのお墓の方。和尚さんは関係ないわ。とにかく、行ってみたら分かるはずよ」

 

 霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。

 幽々子のことをスタンドたちよりは知る2人からすれば、彼女は何を考えてるか読みづらい存在ではある。仮に彼女が異変の元凶だったとして、幽々子はここで嘘を言うタイプの者ではない。たしてや誰かに擦りつけることなど。去年霊夢たちに弾幕戦で敗北しているのだから、変に状況を拗らせるような真似はしないだろう。

 霊夢と魔理沙が頷き合うと、今まで黙ってやり取りを聞いていた妖夢は帰りの案内のために部屋の出口の方へ。スタンドたちはスタンドたちで、話を何となくで理解して妖夢に続く。

 ちなみにだがその際、というよりそれまでチャリオッツはずっと幽々子に釘付けであった。美しさと少女のような可愛いらしさが同居している彼女の容貌は、確かに男性の目を惹くものではあるかもしれない。

 

「んじゃ、幽々子。私らはお前の言う墓地に向かうとするぜ。妖夢はどうする? 一緒に連れてってやろうか?」

 

「うーーん……大丈夫よ。()()()()()()()()()

 

 退室する直前、魔理沙が意味ありげな笑みを浮かべながらそう訊いたが、幽々子は首を横に振った。魔理沙の真意は「妖夢を連れて行けばお前はお菓子を食えるぜ」というものだが、きっと伝わった上で断ったのだろう。幽々子は妖夢のことを考えている。

 アヌビス神との戦いが終わり、自身の刀を失った妖夢は以前と比べてどこか上の空になることが多かった。本業は庭師であるが、幽々子の護衛もまた職務の一つ。それに、彼女にとっての剣とは鍛えてこその、まさに己自身。どこかへ旅立ってしまった師、もとい祖父の形見のようなものでもあった。

 彼女が一人で動き出せない、動き出そうとしないうちは幽々子もそう手を出すべきではないと考えていた。霊夢や魔理沙がいるのだから、彼女がそうしようとしないうちは妖夢を向かわせる必要はない。

 魔理沙は幽々子の返事に「そっか」と返し、部屋を出る。こうして部屋の中には幽々子一人……ということはない。まだ、霊夢が彼女の目の前に立っていた。

 

「あなたは行かないの? お茶欲しくなっちゃった?」

 

「……ねぇ、幽々子。仲が良いあんたなら、あいつと会ってたりしない?」

 

「…………紫と?」

 

「えぇ」

 

「残念ながら、ね」

 

 幽々子は視線を落とす。霊夢も黙ってしまった。

 幻想郷の賢者、八雲紫は幽々子の友人であり、また霊夢の助言者でもある。そんな彼女はここ数ヶ月にも渡って両者の前に姿を現していない。

 霊夢が最後にあったのは満月の異変の時。紫と共に永遠亭を目指していたのだが、到着するや否やすぐに姿を消してしまった。それ以来、霊夢は紫と会っていない。幽々子もそれぐらいの時期から会っていなかった。

 だが、霊夢と違って幽々子はなぜ紫が姿を見せないのか、それは知っていた。

 

「……心配なのは分かるけど、紫なら大丈夫よ。ほら、彼女何かあるとすぐに冬眠とか言って、長寝するでしょ? それに、藍は紫は無事だって報告しに来てるわ」

 

「あの狐、何で私のところには来ないのよ……」

 

「ふふ。なんだかんだ、霊夢も紫がいないと寂しいのね」

 

「うっさい!」

 

 幽々子に茶化され、重くなりつつあった空気と霊夢は元の調子を取り戻す。そんな彼女を見て、「それでこそ霊夢よ」と幽々子も微笑んだ。

 博麗の巫女は幻想郷の調停者。妖怪退治と異変解決が仕事である。4人を待たせている霊夢は幽々子に短い別れの挨拶を告げると、部屋を後にしようと元来た縁側方向へ歩き出した。

 

「紫に代わって応援してるわね。霊夢」

 

「……いつもされてないわよ!」

 

 霊夢はそう吐き捨てると、部屋を飛び出して自身を待つ4人の元へと向かう。

 ツッコまれてしまった幽々子だが、もちろんそんなことは分かっている。本心半分、冗談半分で柔らかな笑みを崩さず手を振って霊夢を送り出した。

 およそ一月前に参加できなかった宴会。今度の異変を解決した暁には、ぜひ一番に呼んでほしい。今の幽々子の中にはこの気持ちがどんと鎮座していた。

 

 

____________________

 

 

「いやーー。しっかしあの幽々子って()、可愛いかったよなーーっ! 今度お茶にでも誘いたいもんだぜ。俺は亡霊だってこと気にしないもんね」

 

「うるさいぞチャリオッツ」

 

「ヘヘ。チャリオッツ、マジでお茶に誘っちまったらお前の財布スッカラカンになるぜ! あいつめちゃくちゃ食べるからなぁーー」

 

 先に外に出ていた魔理沙たちは、霊夢を待ちながら白玉楼の門の前で談笑していた。

 どうやら、チャリオッツは幽々子のことが余程気に入ったらしい。ハイエロファントたちに懸命にそのことを話しているが、肝心なハイエロファントには非常に鬱陶しがられていた。

 チャリオッツがハイエロファントに突っぱねられたり、魔理沙に小突かれたりしていると、ずっと門の方へ目を向けていたサイレント・ウェイが3人へ向き返る。

 

「おい、来たぞ」

 

「おっ、霊夢だ。何やってたんだぁ? おやつか?」

 

「違うわよ。ちょっとした世間話。さて、私も来たところでいよいよ異変解決に出発よ!」

 

 お祓い棒を掲げ、いかにもリーダーっぽく声を上げる霊夢に魔理沙は「後から来たくせに」とこぼす。

 霊夢はそんな魔理沙の言葉に構わず地面を蹴飛ばし、石畳の上を滑空しながら冥界の出口へ向けて飛び出した。サイレント・ウェイもそれに続く。

 勢いよく飛び出した霊夢の姿は、魔理沙の目には心なしか、どこかワクワクしていそうに見えていた。あるいは、何かが吹っ切れたような。

 霊夢は地底の異変の後、疲れてK・クリムゾンとの戦いには不参加。命蓮寺の寅丸星や雲居一輪などが起こした異変も、聖白蓮と戦っただけで異変を解決した達成感を味わえておらず、先日の世界(ザ・ワールド)は全力は出せたものの勝利の美酒は口にできていない。

 きっと、得意分野に飛び込んで憂さ晴らししたい。そういった気持ちもあるのかもしれない。

 

「ハイエロファント、チャリオッツ。なんだかんだ言って初めて3人で異変解決だ。気合い入れろよ!」

 

「もちろんだ」

 

「任せな。ちゃちゃっと解決しちまおーぜ」

 

 そして魔理沙、ハイエロファント、チャリオッツも霊夢たちを追って冥界を飛び出した。

 目的地は命蓮寺の裏の墓地。そこにある何か。

 待ち受けているのは誰も予想していない太古の偉人。そして、異空間に作られた『神霊廟』である。

 

 




登場人物が多いと、
「彼も喋らせなきゃ」、「彼女も喋らせなきゃ」となって書くのが難しいですよね。上手く描写できる人は凄い…………


to be continued⇒


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93.東方神霊廟②

今回は短めです。


 霊夢率いる異変解決チームが冥界を発ってから、およそ十分が経過。空を飛ぶ彼女らの目に、人里から少し離れた位置に建つ命蓮寺が見えてきた。

 5人はそこを目指し、降下を始める。

 

 

 飛倉が幻想郷中に現れる異変から数ヶ月が経っているが、実はこの中に命蓮寺に出向いたことがある者はおらず、全員その構造にあまり詳しくはなかった。だが、命蓮寺の横には幽々子が言っていた通り確かに墓地があるのが確認でき、彼女が言っていたことが本当のことであると確認する。

 そして、霊夢は墓地に降下しながら、人の欲や願望の現れである『小神霊』たちがその付近に集まっているのを感知した。他の者は墓地に降り立つと、さっそく辺りに不審なものが無いか周囲を見回して確認する。

 

「うーーん、特に怪しそうなものはねぇな」

 

「でも、小神霊は幽々子が言ってたようにこの墓地に集まってるわ。今まで私が感知してたやつらも、みんなここに来てたのね」

 

「なぁ、ハイエロファント。正直俺はあんまり話に着いて行けてねーんだけど、お前どう?」

 

「幻想郷中に小神霊という特殊な霊が現れていて、何が起こっているのかを探りに来ているんだ。白玉楼の幽々子さんが言うには、この墓地に何かあるらしい」

 

「なるほどなー」

 

 どこまでも他人事なチャリオッツの様子に、ハイエロファントは「君は何を聞いていたんだ」と心の中でツッコミを入れる。

 聞いていたも何も、チャリオッツは白玉楼ではずっと幽々子に見惚れていたので、話は半分も耳に入っていない。漠然とした理解しかしていなかった。

 そうして各々が話をしていると、ある墓石の後ろで何かの影が動いた。

 それに一番最初に気付いたのは魔理沙。

 だが、彼女が見たその光景を口走ろうとした瞬間、影は勢いよく飛び出した。

 

 

「当たって砕け、うらめしやー!」

 

 

『…………!』

 

「………………」

 

『…………』

 

「…………な、何か言ってよ」

 

 飛び出してきたのは目玉と口の付いた大きな傘……を持った少女だった。彼女は忘れられた傘の妖怪、多々良小傘である。

 霊夢は彼女と初対面ではない。だが、霊夢は彼女のことは全く知らない。

 それでいて、対照的に魔理沙やハイエロファントは覚えている。彼女は最後に行った宴会にも出席していたからだ。霊夢とチャリオッツは酔っていたため覚えておらず、サイレント・ウェイは単純に喋っていないので印象に残っていなかった。

 絶望的にリアクションに困る登場のおかげで、墓石の裏から飛び出してきた小傘と霊夢たちの間に沈黙が流れる。変えづらい、小傘にとって非常に嫌な空気だ。

 

「あっははは! 小傘ったら、また人間驚かすのに失敗したんだー!」

 

「あっ、響子ちゃん!?」

 

「な、何なんだ? この子たちは……」

 

「妖怪だぜ。ハイエロファント。霊夢、どうする? 退治するか?」

 

「そうね。しましょ」

 

「ちょ、ちょっと待った! 驚かすのに失敗した上に退治されるなんて嫌だよぉ!」

 

 小傘が霊夢たちの反応に困っていると、さらにそこへヤマビコの幽谷響子が現れる。2人の接し方からして、どうやら友人の仲であるらしい。

 小傘はどうやら人の心が食べ物であ。驚かすことによってその心を食べ、腹を満たしている。人喰いではない、特に害の無い妖怪ということだ。

 しかしいくら害が無いとはいえ、彼女も響子も妖怪のため、霊夢は仕事として彼女らを退治しようと前へ出る。それに対し、もちろん退治されたくない小傘は両手を突き出して、「ちょっと待ってほしい」と全力で霊夢を止めようとした。

 その後ハイエロファント等からも一旦話を聞いてあげるよう言われ、霊夢は退治を中止。小傘の話に耳を貸す。話を聞いてみるに、どうやら近頃困ったことがあったようだ。

 

「おほん、あなた達がここに来た理由は大体分かるわ。それに関わってると思うんだけど、最近この墓地に変なのが来ちゃったんだ。なんか番人みたいなのがいて、この先にある穴を守ってるのよ。私たちそれで結構困ってるの」

 

「変なの? 番人? こりゃあ本格的に怪しくなってきたな。私は小神霊共が集まってるのは間違いなく番人(そいつ)が関わってると思うぜ」

 

「ま、十中八九そうでしょうね」

 

「うん。それでね、小傘が言った番人が居座ったのと同じタイミングで、小さな霊みたいなのが集まってきたの。きっと穴の中に何かあるんだよ!」

 

 小傘と響子の証言より、墓地に何かがあるということは確定した。小神霊が集まってきたタイミングと番人とやらの来訪の時期を考慮して、異変の元凶が『穴』の中にある、あるいはいるというのは間違い無い。

 霊夢と魔理沙は先にある穴に突入することを決定した。

 そして、ここで気になってくるのは2人が言う穴の番人だ。一体どんな姿をしているのか。妖怪なのか、亡霊なのか。はたまた幻想入りしたスタンドなのか。

 ハイエロファントは問うた。

 

「小傘、響子、穴の番人はどんなやつなんだ?」

 

「う〜〜ん……なんか鉄の塊みたいな……でも、形は子犬みたいだったわよ。それでいて動き回るし!」

 

「何だそりゃ。鉄でできた子犬だってかぁ?」

 

「私の友だちのスタンドさんは、その番人はスタンドだって言ってたよ。剣士さん」

 

「あーー……なるほどな」

 

 チャリオッツは番人の珍妙な姿に納得する。幻想郷に来てから妖怪についての知識も積んできたため、番人が妖怪だろうと思い込んでいたのだ。

 響子の友だちというのは、グレイトフル・デッドやリトル・フィートたちのことだ。彼らも響子たちと同じく、番人の存在に気付いていた。

 番人の正体については教えてくれたものの、困っている旨を伝えても彼らは動かなかったと言う。なんでも、向こうが暗殺チーム(自分たち)に危害を加えないならわざわざ戦うことはないんだとか。勝手に陣取っているだけなら、そうさせておけばいいと言っているらしい。

 スタンドたちは手を貸してくれず、小傘たちもそこまで力があるわけではないため、番人が居座っている状況は変わらなかった。

 しかし、そこへ今日霊夢たちが現れた。響子と小傘はいきなり現れた番人を倒してもらうため、こうして情報を売り渡したのだ。

 

「じゃあ、その番人ってやつに会えば何か分かるはずね。情報ありがと。退治するのはまた今度にしてあげるわ」

 

「えぇ〜〜、嬉しくない!」

 

「よし、行ってみようぜ」

 

 理不尽な目に遭った小傘と響子を置いて、5人は番人のいるという穴へ向かった。

 穴はかなり近い場所にあり、数十歩歩いただけで見えてきた。後ろを振り返ると響子や小傘がやり取りしているのが見えるほどである。

 穴の形はほぼ円形。縦に空いているのではなく、傾斜があって進むごとに下に下がる洞窟のようなタイプのもの。そして小傘たちの話によると、この辺りに番人がいるという話だ。しかし、周りを見てみてもそれらしい者の影は見当たらない。子犬のようなものの影が。

 墓石に紛れて地面に落ちているのは、古い剣や長い釘といった鉄器だけだった。

 

「なーんだ。番人なんていないじゃあねぇか。ちょっぴり警戒してたのにさ」

 

「………………」

 

「どうしたの? サイレント・ウェイ。()()()()()()()()が気になるの?」

 

「……あぁ。おそらくは……」

 

 霊夢はサイレント・ウェイに問いかける。

 彼は地面に落ちている釘をずっと見つめていた。

 まるでそれ自体に何かを感じているよう。たしかに、墓地に釘や剣が散乱しているのはおかしな光景だ。だが、サイレント・ウェイは()()()釘を見ている。

 すると次の瞬間、釘に異変が起こった。

 

 

プクッウゥ!

 

 

『!!』

 

「な、何だ!?」

 

「釘が……いきなり膨らんだわ」

 

「チャリオッツ、どうやらアレのようだな」

 

「あぁ。あの釘がスタンドだったか。周りにもあって()()()()()()()()()()()()()

 

 釘は突然風船のように膨張し始めた。

 やがて長く細い風船のように膨らみ切ると、ギリリッと中間地点でねじれ、さらにどんどん形を変えていく。その光景はまるで透明人間がバルーンアートを作り出しているようである。

 膨張後の変形はものの数秒で終わり、出来上がったのはバブル犬。

 ここで5人は小傘の言葉の意味を理解した。子犬のような鉄の塊、それはこいつのことだったのだ。彼女が見たのは鉄器が変形してバブル犬になったもの。そしてその正体はスタンド。サイレント・ウェイはどれが番人なのかを当てていた。

 

『私はこの穴の先にある夢殿大祀廟の番人をしているスタンド、『チューブラー・ベルズ』。お前たち、一体ここに何の用の世界だ?』

 

「ハァ? 世界? 何言ってんだお前」

 

「私たちは異変を解決しに来たのよ。ここが怪しいから探りに来たんだけど、邪魔するなら容赦しないわよ」

 

『私はある方の命によってここを守っている。彼女の邪魔をさせるわけにはいかない世界だ。お前たちこそ、邪魔するのなら容赦しない』

 

 チューブラー・ベルズと名乗るバブル犬のようなスタンドは、この姿が本来のスタンドヴィジョンというわけではない。いつか永遠亭を襲った透明ゾンビのスタンド、リンプ・ビズキットと同じように能力と関係の深いものにスタンド能力が宿ったものだ。

 その能力とは金属に息を吹き込み、風船のように扱えるというもの。一見ふざけた能力に思えるが、実はとても恐ろしい真価を隠している。

 彼は穴の先にいるらしい『あの方』の部下として番人をしているようだ。霊夢たちはその人物の元へ辿り着きたいわけだが、もちろんチューブラー・ベルズがさせるわけがない。戦いは避けられない。

 チューブラー・ベルズの言葉を聞き、臨戦態勢に入ろうとする霊夢と魔理沙。すると、彼女らの前にハイエロファントが立った。

 

「何よ、あんたがやるの?」

 

「あぁ。ここは任せてくれないか。僕も修行して、その成果を確かめてみたいんだ。相手もちょうどスタンドだからな」

 

「私はいいぜ。いいよな? 霊夢」

 

「代わりにやってくれるんなら全然文句ないわ。面倒も減るしね。じゃ、任せるわよ」

 

「頑張れよハイエロファント!」

 

 霊夢はそう言うと、墓地の砂利を蹴って穴へと向かう。魔理沙やチャリオッツたちも彼女に続き、チューブラー・ベルズの後方目掛けて飛び出した。

 ハイエロファントはチューブラー・ベルズを相手する。だが、チューブラー・ベルズがハイエロファントよりも優先して、先に行こうとする霊夢たちを狙うのは当然だ。彼はすぐさま攻撃を仕掛ける。

 

『逃がさないぞ! 私は防御シールドにして、お前たちへのギロチン処刑の世界を兼ねているッ!! みすみす行かせると思うかッ』

 

 

ドッバァアアアッ!

 

 

『うっ!?』

 

「お前たちが何を企んでいるかは分からないが、僕らは一応()()()()()()()動いている。この世界は完璧だったり万能じゃあないが…………それでも大切な友人や仲間がいる。彼らを害するというのなら、僕は止めるぞ」

 

 ハイエロファントは霊夢たちを攻撃しようとするチューブラー・ベルズを『エメラルドスプラッシュ』で阻む。

 そのおかげで4人は穴の中へ侵入。外にはチューブラー・ベルズとハイエロファントの2人しかいない。墓地の多少の破壊は伴うが、小傘や響子も既にこの場を離れたようで、これなら大した被害は出ないだろう。

 弾幕戦とスタンドバトルの相性は良くない。弾幕には弾幕で、スタンドにはスタンドで。それが一番。そして何より、ハイエロファントがこの実戦の機会を望んでいた。一対一が好ましいのだ。

 4人を穴の中に逃してしまい、チューブラー・ベルズはようやくハイエロファントをターゲットとした。その証拠に、墓石の陰にあった剣や他の釘、その他金属製の物品が膨らんで宙に浮かび始める。

 ハイエロファントの目の前のバブル犬のように、他の金属たちも形を変える。徐々に形作られていく、羽を畳んだ白鳥。多くの金属風船たちを相手に、ハイエロファントは掌にスタンドエネルギーを込めた。




久しぶりに「ッ」を使ったように思います。
STEEL BALL RUNを久々に読み返しましたが、記憶よりマイク・Oは「〜の世界」と言っておらず「忘れてるな〜」と反省しました。


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94.大祀廟の番人、チューブラー・ベルズ

遅くなりました。


『既に辺りの金属は私の支配下の世界だ。このバブル鳥たちはお前を逃がさない』

 

 墓地の上空を、羽を畳んだ金属風船の白鳥がふわふわと浮かんでいる。それらはスタンド、チューブラー・ベルズの能力で釘や鉄剣が変化しているもの。その全てが、ハイエロファントを狙っている。

 チューブラー・ベルズはハイエロファントを最悪殺すつもりだ。この状況、ハイエロファントは地底の異変を解決しに向かった時のことと被って見えた。

 危ない状況であるが、一度は乗り越えたもの。今回も、魔理沙はいないが乗り越えられる自信がある。修行の成果を()()見せるのだ。

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

 

ドバァァア〜〜ッ!

 

 

 手始めに十八番を。ハイエロファントは両手を合わせ、可視化された弾ける水流を生み出す。そして、緑色の結晶弾を放った。

 まずは小手調べ。下手に勝負を急がず、チューブラー・ベルズ本体や周りを漂うバブル鳥たちも狙いに入れ、結晶弾を拡散して射撃する。

 

『その程度の攻撃、回避するなど容易だ』

 

 チューブラー・ベルズは小さめの体躯を活かし、墓石の陰を飛び移りながらエメラルドスプラッシュを回避する。その他バブル鳥たちも楽々回避した。

 だが、一撃目を避けられることは想定済み。今度はチューブラー・ベルズではなく、浮かんでいるバブル鳥が密集している場所を狙う。

 互いの距離が近く、狭い空間でならばエメラルドスプラッシュは当たりやすいだろう。そうすれば、金属が風船のように膨らんでいる彼らが、どれだけのダメージで動けなくなるか。それを知ることができる。

 だが、チューブラー・ベルズも逃げるだけではない。

 

『行けッ、バブル鳥!』

 

 チューブラー・ベルズに命令された、ハイエロファントに最も近いバブル鳥は、彼が前に突き出した腕____エメラルドスプラッシュを撃った姿勢____に急接近する。そして次の瞬間、弾けて萎むように元の鉄剣に戻り、ハイエロファントの腕を斬り落とさんと落下した。

 

「変形も移動も自由自在ということか!」

 

『その通り。それに、私が作り出したバブルはまだまだいるぞ。一喜一憂していられる世界か?』

 

 チューブラー・ベルズの能力は膨らませた金属を動物のように動かし、またいつでも元の物体に戻すことができるというもの。

 複雑な能力ではないが、金属というどこにでもある物で攻撃できるというのは大きな利点だ。それに、金属と言ってもかなり範囲が広い。銅も、鉄も、銀も、金も、全て金属。チューブラー・ベルズに自由を許せば、攻撃の駒を増やされてしまう。それだけは避けなくては。

 ハイエロファントは落下してきた鉄剣から腕を引っ込め、切断を防いだ。

 だが、その時彼の視界にあるものが映る。

 小さな影が、墓石の下をチョロチョロと動き回っていた。

 

「……なるほど。目に見えるものだけが敵ではない、ということか…………」

 

『バブル鼠だ。上からも下からも貴様を追い詰める』

 

 墓石の上に立つチューブラー・ベルズが警告する。

 金属の鼠たちはハイエロファントの目を撹乱するため、辺りを目まぐるしく駆け巡る。

 空からもバブル鳥がやって来る中、悠長に鼠たちの相手をしている場合ではないが、こちらも放っておくことはできない。隙を突かれ、急所を攻撃されては事だ。

 

「くっ……この鼠たちをどうしたものか…………僕にはチャリオッツの剣さばきのように、素早い攻撃手段があるわけではないからな」

 

 一匹一匹を確実に仕留めるのは困難だ。

 だが、やるしかない。

 ハイエロファントは両手を合わせ、鼠たちにエメラルドスプラッシュを放つ。が、縦横無尽に、立体的にも走り回る鼠たちは特別意識して回避するまでもないようで、調子を変えず駆け回り、ついぞ一発も当たることはなかった。

 

「思ったよりやりづらいな……」

 

『その割にはまだ余裕のある世界だ。奥へ行った者たちも追わなくてはならない。貴様との決着は、この場でただちにつけさせてもらうッ!』

 

 その言葉を合図とし、ハイエロファントの右方向からバブル鳥が接近する。

 剣に変形するか? と予測するハイエロファントだが、それは外れることとなった。

 何に変形したのか。斧の頭だ。

 

「何ッ!?」

 

 

ズガァァアアン!

 

 

 勢いよく飛んできた斧の頭の狙いは、ハイエロファントの胴体だった。まともに直撃していれば、かつてデス13と戦った際、仲間たちが想像したようになっていた。

 だが、この時墓地に響いた音は、柔らかいハイエロファントに当たったとは到底思えないもの。質量があり、硬い何かが砕け散る音である。

 そう、斧の頭は墓石に激突していた。

 狙われたハイエロファントは、宙に飛んで避けていたのだ。

 

「墓石を破壊するとは罰当たりなやつだ。日本人としてのジンクスがあるので、僕は巻き込まないように攻撃しているんだがな」

 

『我々には関係ないことだ。()()()()()()()()()()()。わざわざこの場所に寺と墓地を作ったのは偶然とは思えない。もし、全てを知ってて作ったというのなら、当然の結果と言えなくもない世界のはずだ』

 

「何?」

 

『バブル鳥!』

 

 ハイエロファントはまだ言葉を紡ごうとしたが、チューブラー・ベルズの声に掻き消されてしまった。

 チューブラー・ベルズの最後の言葉からして、墓地の下にある物はそれなりに価値のあるものだということが分かる。上に墓地を建てたら墓石を破壊されてもしょうがないと言えるほどの。

 それに、彼の言葉を信じるのなら、命蓮寺をここに建てた聖白蓮も何か知っている可能性が高い。ハイエロファントはそう考える。

 

「エメラルドスプラッシュ!」

 

 

パァアアア〜〜ーーン!

 

 

 向かって来るバブル鳥に、エメラルドスプラッシュがようやく当たった。

 軽く自動車もスクラップにできるほどの威力のあるこの攻撃、直撃したバブル鳥は弾ける様も弾けた後も風船のようである。バブル鳥だった物はベロベロになり、地面に落下した。

 

『空は鳥の独壇場ではない。鼠もいるぞ。風船だからな』

 

「!」

 

 

ドズッ ドスゥ ドグサッ!

 

 

「うぐぅッ!?」

 

 ハイエロファントの背後から何かが胴体に突き刺さる。振り返って見てみれば、釘だ。

 宙に飛んだハイエロファントは、鼠の警戒を怠っていた。それは事実だ。鼠の風船の体積はかなり小さく、故に空へは来れないと踏んでいたから。

 実際の風船を小さめに膨らませれば分かる。中に入った空気の体積があまりに小さ過ぎる場合、風船は風船自体の重さによって浮かぶことがないのだ。ハイエロファントはこのことから、鼠の危険性を頭から排斥していた。

 

「そ、そういうことか…………金属風船の空気を敢えて抜き、漏れていく空気の噴出をジェットにして空を飛んだんだなっ……!?」

 

 ハイエロファントに背中に突き刺さる、いや、釘は腹を貫通していた。

 その釘の平たい部分は、風船に空いた穴のように、ビロビロと風に靡いている。ハイエロファントの推理は間違ってはいなかった。鼠たちは空気の噴出により、ロケットのように標的へ飛んだのだ。

 ついに攻撃を受け、ハイエロファントは地面に降りてしまう。地面に膝を突き、頭が垂れる。その様子からして、彼は明確にダメージを負っているようだった。

 

『死ぬか死なないか、ギリギリのところで(とど)めておくとしよう。お前はスタンド。生死の選択肢は簡単には奪えない世界。無駄な殺生も、あの方は避けられるだろう』

 

「あの方…………だと……? それは……この下にいる、お前の主のことか?」

 

『知る必要はない。この勝負に勝ったのは私で、決めるのも私だ。お前は先へも行けない。なぜなら、お前はここでリタイアの世界ィィーーーーッ!!』

 

 

ズドドドドドドドォゥッ!

 

 

「うっ……がッ…………」

 

 辺りに漂っていたバブル鳥、そしてバブル鼠たちは一斉にハイエロファントに飛びかかる。そして元の剣や釘に戻ると、ハイエロファントを串刺しにした。

 チューブラー・ベルズはハイエロファントを処刑すると言った。そして、死ぬか死なないかの瀬戸際にするとも。だが、今のこのハイエロファントの状況。とても彼にまだ息があるとは思えない。凄惨な光景だった。

 チューブラー・ベルズはハイエロファントから視線を外し、霊夢たちが向かった穴を見る。

 

『勝負がつくのは思いの外早かった世界だ。今から追えば、あの方の元に着く前に止められる。最悪、もう()()と交戦しているかもしれないが……』

 

 チューブラー・ベルズは墓石を降り、地面に落ちている斧の頭に口をつける。そして、スタンドエネルギーと共に息を吹き込むと、斧は風船のように膨張した。

 膨らみ終わり、チューブラー・ベルズが口を離すと、斧だった風船は一人でにギュムギュムと音を立てて変形する。できあがったのは、チューブラー・ベルズそっくりのバブル犬である。

 バブル犬は地面に降り立つと、穴の方へ向かって地面に着いた臭いを嗅ぐ。すると、元の斧の頭に戻り、その場の土を抉った。霊夢たちの臭いを覚え、追跡できるようになった反応である。

 チューブラー・ベルズは斧の頭に近付き、再び空気を吹き込もうとする。

 するとその次の瞬間…………

 

 

ドバァァアアアッ!

 

 

『なにッ!』

 

 緑色の結晶弾の雨が、チューブラー・ベルズの背後から吹き荒れる。

 咄嗟に反応し、回避するチューブラー・ベルズだが、霊夢たちの臭いを覚えた斧の頭は被弾。ボコボコにへこまされ、挙句砕かれてしまった。

 今のは、紛う事なきハイエロファントの技である。

 しかし、現在のハイエロファントではエメラルドスプラッシュを撃つどころか、意識を保っていることすら難しいはずだ。

 そんなはずはない。攻撃できるはずがない。

 そう思いながら、チューブラー・ベルズは振り返る。

 ハイエロファントは、確かに大量の剣や釘で串刺しになっていた。だが、生きていた。生きているどころか、ピンピンしていた。

 

『なっ…… バ、バカな! なぜ生きている!? 全身を刺し貫かれて、どうして…………!!』

 

「そんなに不思議か? まだ僕はエメラルドスプラッシュしか見せていないだろう。他の能力はこれっぽっちも見せていない。勝負を急ぎすぎだ」

 

『な、なに…………』

 

 ハイエロファントはチューブラー・ベルズに見せびらかすように、自身の腹に突き刺さっている剣を一本、ゆっくりと引き抜いた。

 するとどうだ。剣を引き抜いた箇所には、確かに穴が空いている。だが、どういうわけか血が流れていない。止血したのとは違う。それに、おかしなことに穴自体がうねうねと波打っているではないか。

 

「僕は自分の体を紐状に解くことができる。さっき魔理沙たちと修行の成果を見せたいという話をしていたが、それは()()だ。自分の体をより速く解けるように練習していたんだ。これだけ刺されて僕が生きているのは、体を中途半端に解いて剣や釘を通過させたからだ」

 

 ハイエロファントは胴体を完全に紐状にすると、刺さっていた釘や剣がガランガランと地面に落下。いずれもハイエロファントの血液は付着しておらず、紐となった体の隙間を突き抜けていただけだったことが分かる。

 チューブラー・ベルズはまんまとハイエロファントの演技に騙されてしまったのだ。

 

「それにどうやら、一度元に戻った(空気が抜けた)金属は再び空気を入れない限り動かせないようだな。どうする? 斧は砕いたし、剣や釘はここにある。空気を入れに来るか? させないが」

 

『くッ……! それで勝ったつもりか!?』

 

「いいや。まだだ」

 

 チューブラー・ベルズとハイエロファントは、未だ互いにノーダメージ。

 攻撃手段が無いだけチューブラー・ベルズの方が不利ではあるが、彼の口振りからして、最悪身を隠すなりしてやり過ごすつもりだろう。

 何を考えているにしろ、ハイエロファントはチューブラー・ベルズに自由を許さない。墓石の下で、緑色の細長い何かが蠢く。

 

 

ガシィィィッ  ギチッ ギチッ

 

 

『うぅっ!? こ、これは触手の世界ッ!』

 

「良いヒントだった。目に見えるものだけが敵ではない」

 

 ハイエロファントが解いた触脚が、動きを止めていたチューブラー・ベルズを捕縛した。ハイエロファントが脚を解き、墓石の下を潜航させていたのだ。先程チューブラー・ベルズが差し向けてきたバブル鼠から着想を得た攻撃である。

 チューブラー・ベルズは元々スタンドヴィジョンなどもたない、能力自体のスタンド。パワーもスピードも、作った金属風船に依存している。

 よって、自力でハイエロファントの拘束を破るのは不可能であった。

 

『く、くそッ……!!』

 

「命までは取らない。だが、覚悟してもらおう。僕はお前に危ない目に遭わされたし、小傘や幽谷響子といった妖怪はお前に迷惑しているそうだ。()()()()()()()()()()()

 

 ポツポツと、小雨が降り出した。

 一瞬チューブラー・ベルズから意識が逸れたハイエロファントは、この戦いに一段落ついた後、命蓮寺に地下のことについて聞きに行こうと考える。

 そしてすぐ意識を戻すと、自分の前方に触手でガッチリと固定したチューブラー・ベルズに狙いを定め、ハイエロファントは掌にスタンドパワーを込めた。

 合わせた手と手の間を緑色の水流、スタンドパワーの奔流が(ほとばし)る。そして、ハイエロファントはエメラルドスプラッシュを放った。

 

 

____________________

 

 

「…………!」

 

 夢殿大祀廟の洞窟を散策する霊夢たち一行。

 穴に入って数分が経つが、未だ何か怪しいものは見当たらない。気になることと言えば、入り口と比べて中はそれなりに広いということぐらいだ。

 そんな中、外で雨が降り始め、洞窟内がジメジメとしてきた頃。サイレント・ウェイが足を止め、自分たちが来た道を振り返った。

 

「ん? どうしたんだ? サイレント・ウェイ」

 

 サイレント・ウェイが立ち止まったことに気付き、魔理沙は声をかける。

 霊夢とチャリオッツも彼女の声を聞いて、足を止めた。

 魔理沙に声をかけられるが、これといった反応をせず、後方を眺め続けるサイレント・ウェイ。だがしばらくして、ようやく口を開けた。

 

「……ハイエロファントが残った墓地で2つ、スタンドエネルギーが増えた」

 

『!!』

 

「このエネルギーは今まで感じたことがない…………この前の宴会にはいなかったやつだ」

 

「そうなると、小傘が連れてきてたやつらとは違うスタンドってことになるぜ。敵か」

 

 チャリオッツが言う小傘が連れてきたスタンドとは、グレイトフル・デッドなどの暗殺チームのスタンドたちのことである。

 宴会に出席していたメンバーではあるため、一応サイレント・ウェイやハイエロファントとは面識があり、スタンドエネルギーも覚えている。そのため、サイレント・ウェイは彼らではないと断言できたのだ。

 チャリオッツは自分たちが進んでいた方向を一瞥すると、またサイレント・ウェイに向き直り、尋ねた。

 

「……どうする? サイレント・ウェイ」

 

「俺が加勢しに行こう。終わったらお前たちの後を追うが、待たなくて結構だ」

 

「あ、おいサイレント・ウェイ!?」

 

 サイレント・ウェイは魔理沙の制止を聞かず、洞窟の入り口へと走り出して行ってしまった。

 終始会話に入らなかった霊夢は、その後も特に何も言わず、奥へ進み出す。魔理沙もサイレント・ウェイに言われたように渋々歩き始めるが、チャリオッツだけは浮かない様子だった。

 チャリオッツは嫌な予感がしていた。ハイエロファントの方に、ではなく、自分たちが現在進んでいる方に。その先に感じたスタンドエネルギーは、4つである。

 

 

_____________________

 

 

「ツケは払ってもらう。エメラルドスプラッシュ!!」

 

 スタンドパワーが込められた両手を、触手で捕まえたチューブラー・ベルズに向けて突き出した。今にも結晶弾が溢れ、弾け飛び、目の前のバブル犬を襲うだろう。ハイエロファントが勝利した。

 そのはずだった。

 

 

ボトトッ ボドッ

 

 

「……な、なんだと…………」

 

 ハイエロファントは両手を突き出した。それだけだ。

 何もされてないし、何も見えていなかった。

 気が付けば、地面に緑色の細長いものが落下していた。その綺麗な()()から赤い血を垂らして。

 ハイエロファントの指である。

 

「うわぁああーーーーッ!!!」

 

 

ブシャァァア〜〜〜〜ッ!

 

 

 ハイエロファントの絶叫が小降りの雨の中で木霊する。指の断面から噴き出す鮮血も、降ってきた雨粒のいくつかを赤色に染め上げる。

 チューブラー・ベルズは拘束したままで、金属には一切触れさせていない。指が切断されたのは、彼の仕業ではないということだ。

 痛みに悶えるハイエロファントは、思わず拘束を緩めてしまう。その隙を逃さず、チューブラー・ベルズは触手からスルリと脱出した。

 そして、彼は上を向いて言った。

 

『……助かりました。このタイミングで()()()()()()()()()……本当に運が良かった』

 

「!?」

 

 チューブラー・ベルズがそう言うと、彼が向いている方へハイエロファントも顔を向ける。

 そこには、青色の服を着た女性が()()()()()

 天女を思わせる青い羽衣を身につけ、結んだ髪もまた青い。さらに(かんざし)も挿している。

 ハイエロファントが彼女を女だと分かったのはスカートを穿いているということ、そして明らかに女性がする髪型をしていたということが理由である。顔ではない。顔では分からないだろう。なぜなら、虹に似た模様があるホッケーマスクを被っていたのだから。

 

「だ、誰だッ……!?」

 

「ごきげんよう、スタンドさん。私の名前は霍青娥。今は仙人をしていますわ。もしよろしければ、私とスタンドバトルをしてみません?」

 

 邪仙、霍青娥は雨粒の上に立っていた。

 

 




結構間を空けて書いていたので、文章の腕が凄い鈍った感じがしました。

to be continued⇒


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95.邪仙と死体とインディアン

お久しぶりです。最近とても忙しく、おそらく今年度中はこんな調子でしょう。月一で投稿できたら良いぐらいだと思います。


 小雨が降る中、霍青娥は雨粒の上に立っていた。

 あり得ない話だが、彼女の靴の裏には確かにいくつかの雨粒が貼りつき、彼女の足場になっている。雨が空中で止まるわけがなく、そもそも液体が足場になるはずがない。

 切断された指の断面を押さえながら、ハイエロファントは分析する。

 「スタンドバトルをしよう」という言葉と、明らかに服装に合っていない仮面。実際スタンドエネルギーを青娥から感じられるため、おそらくその仮面がスタンドなのだろう。

 だとすると、青娥が雨の上に立っているのは仮面のスタンド能力だということになる。

 

「チューブラー・ベルズ、あなたは下がっていてくださいまし。巻き込んでしまうわよ」

 

『…………お言葉ですがミス・青娥。2人がかりでやる方が早く……』

 

「あなたって真面目よねェ。でも、もう中に侵入されてしまっているんですもの。あなたの不手際は報告しないであげるから、今は私に従っていただける?」

 

『……えぇ……承知しました……』

 

 青娥に半ば脅される形で言われ、チューブラー・ベルズは渋々といった具合で墓石群の陰へ姿を消す。こうして邪魔者が居なくなったところで、青娥は「さてと」とハイエロファントに改めて目を移した。

 指の切断面から、ボタボタと絶え間無く血が出ている。

 手を押さえながら、青娥が仮面の隙間から送った視線に、ハイエロファントは仮面のスタンドの能力を推測しながら己の視線をぶつける。

 ハイエロファントを倒すのが目的なのか。それとも言葉通り、戦うことが目的なのか。彼が青娥を推し量るには、まだ時間が足りなかった。

 

「スタンドさん。私に、ぜひ貴方の名前を教えていただきたいわ。さっきの戦いは最後まで観ていたけれど、名乗りを聞いてなくて。ほら、私も名乗ったでしょう?」

 

「………………ハイエロファント……グリーン」

 

「ふゥん……ハイエロファントグリーンっていうのね。名前から変わってるわ。そこらの妖怪とも、()()()()()()()。ホントに不思議ね」

 

「……僕は君の質問に答えた。それで、君は僕と戦いたがっている。それは構わない。きっと君は、そうでもしないと引いてくれない人間だ。しかし、僕の手の内は君に筒抜け。公平(フェア)じゃあない」

 

 ハイエロファントは青娥に向けて言った。

 青娥は目的が何であれハイエロファントと戦いたい。しかし今、ハイエロファントに関する情報を、彼女が一方的に得ている状況である。ハイエロファントは彼女にそのことについて意を唱え、仮面のスタンドの能力を聞き出そうとしたのだ。

 かなり無理のある主張ではある。青娥が嘘を言う可能性だって高いのだから。しかし、ハイエロファントの中では、もはや青娥が自分を()()()()()可能性は消えたようなものだった。

 不意打ちを仕掛けられるのなら、その内に殺したはず。それをしていないということは、戦いそれ自体を楽しみに来た方なのであろう。言葉通り。

 

「つまり、私が貴方のことを一方的に知っているから、貴方も私のことを知っていないといけない。そう言いたいのね? お互いの情報をお互い知った状態にしたいと」

 

「あぁ。その仮面なんだろう? 僕の指を切断したのは。それに、今君が宙に浮いているのも。霊夢や魔理沙の箒とは違う。浮いているというより、立っている」

 

 ハイエロファントは大体の予想をつけていた。

 霍青娥は止まった雨粒の上に立っている。

 そして雨が降り始めてすぐに彼女は現れ、ハイエロファントの指を切った。指を切ったものの正体は見えておらず、分からなかったものの、おそらくは()()だ。

 雨。

 

「私の着けているこの仮面は……確かにスタンド。能力を教えて差しあげますわ。それは、『降っている雨をその場に固定する』能力」

 

「!」

 

「ウフフ。「それだけ?」って顔。そう、それだけですわ。固定した雨粒は能力を解除しない限りどうやっても動かせない。何がぶつかろうと、重力を無視してその場に留まり続けるの。貴方の指が切れたのは、その場で動かない雨粒の刃に触れてしまったから」

 

 すると、青娥は腕を空中に伸ばす。

 その先をよく見てみると、スタンド能力で静止した雨粒が数滴。

 ハイエロファントは彼女の行動を見て何かを言おうとしたが、喉から出かけた言葉はすぐに引っ込んでしまった。

 青娥の指が雨粒に触れると、ハイエロファントの時と同様、触れた指は切断されてしまう。しかしその後、おかしなことが起こった。

 

「なっ……ど、どうなっているんだッ……!?」

 

 ハイエロファントは思わず声を漏らす。

 切断された青娥の指は、固体と液体のちょうど中間体のような状態になり、グジュグジュと蠢きながら宙に浮いていた。重力を無視し、雨粒に乗っているわけでもなく、浮いているのだ。

 切断面から血は出ていない。手からも、指の方からも。

 これは少なくとも、ハイエロファントに起こったのとは全く別の現象であった。

 

「雨を固定する能力だけじゃあないのか!? 一体何が起こっている! ()()()()能力なのか!?」

 

「いいえ? 私の能力でもない。それに嘘も言ってないわ。とにかく、この仮面を着けている人物だけは止まった雨に触れても怪我を負うことはないのよ。こうやって、体を分離することができるわけね」

 

 青娥はそう言うと、空中に漂う指をあっちこっちへ飛び回らせる。どうやら体から離れた部位であっても、自分の意思で自由に動かせるようだ。

 何にせよ、青娥が己の持っているスタンド能力を明かしたため、これで2人は公平に情報を得た状態となった。だが、青娥は素直に話してくれはしたものの、少々煙に巻かれた感じは拭えない。ハイエロファントは警戒を強めるばかりであった。

 

「さぁ! いよいよ始めましょうか。私はその洞窟の先の方々にスタンドバトルを止められていたけれど、ようやく思い通りになるわ」

 

 青娥は自身が乗っていた雨粒を蹴り、後ろへ跳んだ。

 彼女の背後には既に固定された雨粒がいくつもあり、それらによって青娥の肉体はバラバラに分離。そしてあちらこちらへ飛散する。

 どこまでも驚かせてくる青娥だが、ハイエロファントだって気後れすることはない。彼女を放っておけば、きっと大変なことになる。彼の勘は常にそう叫んでいた。

 

「くっ……! エメラルドスプラッシュ!!」

 

 バラバラに分かれる青娥の体。

 その中で最も大きいもの(胴体)に狙いを定め、ハイエロファントは固定された雨に注意を払いながら、緑色のエネルギーの奔流を放つ。

 だが、その攻撃が青娥に当たることはなかった。

 未だ降り注ぐ雨で再び胴体をバラバラにし、エメラルドスプラッシュを回避。そしてハイエロファントを嘲笑うかのように、彼の頭上で結合し始める。

 

「ウフフフ。私はこっちよ〜〜」

 

「ハッ!?」

 

 

ガブウゥッ!

 

 

「うぐあああ!」

 

 ハイエロファントのすぐ背後で、頭上にいるはずの青娥の声が聴こえた。

 するとその直後。ハイエロファントの左腕を、謎の口が噛みついた。青娥の声を発していたのはこの口だ。歯の大きさや顎そのもののサイズからして少女のもの。間違いなく青娥の口であろう。

 仮面で見えないが、その能力を使えば可能な芸当だ。

 雨で分離させ、ハイエロファントの背後へ回らせていた。

 

「ぐううあああっ!」

 

「あら危ない」

 

 ハイエロファントは左腕に喰らいつく口目掛けて、右手の手刀を振り下ろす。

 だが、それより速く腕を離れ、口は青娥の元へ帰還。手刀は空を切った。

 不意打ちが決まり、最初から有利な状況とは言え、彼女は仮面のスタンドを以ってしてハイエロファントを上回っていた。完全に使いこなしていると言える。

 その証拠に…………

 

 

ズバアァーーーーッ!

 

 

「う、あぁああ!!」

 

「さっきの緑色の弾幕(エメラルドスプラッシュ)は片手で撃つことはできないの? それとも、撃てるけど何かしらの弱点があるから滅多にやらないとか」

 

 空を切ったハイエロファントの腕。

 その周りでは既に、雨粒は固定されていた。

 腕は振り下ろされた勢いのまま、その十数の雨粒に貫かれてしまったのだ。

 エメラルドスプラッシュは片手でも撃つことは可能。しかし、狙った方向へ全て飛ばすのは難しく、その点を補うために基本的には両手で撃っている。

 青娥が言うように片手で撃とうとも、己の負傷は免れないのは知っていた。

 

 

ギュゥウオオッ

 

 

「!」

 

 余裕を見せていた青娥だが、ハイエロファントを知る者からすれば、彼女は彼を侮りすぎていると評価するだろう。彼は単調な攻撃だけをするスタンドではない。

 脚をほつれさせ、墓石の陰に回らせていたのだ。

 四方向から鋭い触脚が飛び出し、青娥を狙う。

 今度はハイエロファントが不意打ちを仕掛けた。

 

「私は言ったはずだけれど……貴方の手の内は全て分かってるわ。この触手だって、そう攻撃してくるのは粗方予想はついてましたわよ」

 

「くッ…………!」

 

 触脚の槍が青娥に届くことはなかった。

 固定された雨粒が、既に彼女を囲んでいたのだ。触脚はそれらに阻まれた。

 回転する鉄球、弾丸のように飛んでくる爪さえ防ぐ雨粒。ハイエロファントでは突破することは到底できない。

 雨粒に防がれ、勢いを失くしてしまった触脚。当然のことながら、紐状のそれは空中で(たる)んでしまう。青娥はそれを見逃さなかった。

 青娥は触脚を2本掴み、それを思い切り引っ張った。

 

 

ズバァアアッ

 

 

「ぐあああッ!」

 

 触脚を引っ張られたハイエロファントは思わず前のめりになり、そして顔に斜め一文字に裂傷が走る。顔の前の雨粒は固定されており、そこに青娥はハイエロファントを顔から突っ込ませたのだ。

 固定された雨粒はガラス板の刃のように、その上を歩くのは虹の上を渡るように。それが仮面のスタンドの能力、『キャッチ・ザ・レインボー』である。

 

「さぁさどうするの? 顔からまた紐状に解いて、雨粒の刃を逃れるかしら? そうしたらそこら中の雨を徹底的に固定して、墓地中刃物だらけにしてしまうわよ」

 

 仮面で隠れて見えないが、口振りからして青娥はひどくご機嫌だ。

 地下にある霊廟にも、『チューブラー・ベルズ』以外のスタンドはいる。彼女がスタンドに興味を持ち始めたばかりの頃は彼らを使()()()()()()()()()、他の者から止められ、知識欲求は満たせなかった。

 だが今は、侵入者はどうしてもいい。その場で止めろと言われている。ならば、別に構わないだろう。彼女はただ知りたいだけだ。スタンドが何か。彼女は自他共に認める、好奇心の塊なのだから。

 

「うっ……ぐッ……エメラルドスプラッシュ!!」

 

 顔に刃を押しつけられながらも、ハイエロファントは上空にいる青娥に向けて結晶弾を放つ。それを見た青娥はすぐに掴んでいた触脚を解放するが、ハイエロファントの攻撃は相変わらず当たることはなかった。結晶弾は雨粒に弾かれ、それぞれ明後日の方へ消えていった。

 

「……うーーん。こんなものかしら。最初から飛ばし過ぎたかもしれないわね」

 

「ハァ……ハァ……何?」

 

()()()()()! もういいわよ! ハイエロファントさんを捕まえちゃってーーーー!」

 

「!?」

(芳香!? 誰だ……新手の敵かッ!?)

 

 青娥は姿の見えない何者かに向けて叫んだ。

 彼女の口から発せられた、「芳香」というワード。ハイエロファントには聞き覚えの無い名前だった。響きからして女なのだろうが、辺りを見回してもそれらしい人影も見当たらない。

 すると…………

 

「ゲコッ……ゲロゲロ」

 

「ゲコゲコ」

 

「…………何だ……? カエル……?」

 

 突如、ハイエロファントの周りの墓石上に3匹のカエルが現れた。一つの墓石に、一匹のカエル。ハイエロファントを囲むようにして座り、鳴いている。

 青娥はその光景をただただ眺めているだけ。カエルが数匹現れただけであるが、ハイエロファントは思わず不気味さを感じてしまう。

 そして次の瞬間!

 

 

ギュォオオオン!

 

 

「何ィ!? ワ、ワイヤーだとッ!?」

 

「それが芳香ちゃんが使うスタンドよ」

 

 カエルが一斉にブルッと震えたかと思うと、なんとカエルたちの体から鉄でできた太いワイヤーが飛び出した。

 あり得ない状況にも関わらず、カエルは特に暴れるでも逃げるでもなく、墓石の上にじっと座ったまま。自分の体から異物が飛び出していることなど、全く気にしていないようである。それが自然かのように。

 それに、青娥も気になることを口にした。この『ワイヤー』がスタンドだというのは理解できる。だが、芳香と思しき者はいない。まさか、このカエルが芳香なのか? ハイエロファントは推測する。そんな余裕はもう数瞬で消えてしまうが。

 

「うぐゥッ!?」

 

 3本のワイヤーはそれぞれハイエロファントの両手、そして首を貫く。しかし幸い、あるいはわざとなのか急所は外しており、死に至る傷にはならなかった。

 切り裂くのではなく、フックで貫くのなら問題ない。ハイエロファントは以前よりも自由に体を解くことができる。引っ掛けられたフックの穴を中心に、そこから手と首を紐状にほつれさせていく。

 そして、簡単にフックを逃れることができた。

 と、思ったのも束の間。

 

(こ、このワイヤー……解いた僕の体を追跡してくる! それに……うぐッ!? 先端のフックを避ける度に解いた触手が雨粒に当たってしまう!)

 

 半身を紐状に変え、器用に3本のワイヤーから逃れようとするハイエロファント。だが、それを利用しているのか、ワイヤーは青娥が固定した雨粒にハイエロファントの触手を誘導、直撃させてくる。あるいは青娥がワイヤーが追い込んだ場所に雨を固定しているのか。

 いずれにせよ、このコンビネーションは厄介である。

 青娥はこのワイヤーのスタンドについて、初めに明かしてはいなかった。ハイエロファントが公平を申し出た時、彼女は自分の持っている仮面についてだけ明かし、ハイエロファントはそれで了承した。申し出た本人が了承したのだ。青娥の中では、これは不公平だとは一切思っていなかった。それよりも、彼女はハイエロファントが欲しかった。

 

「ダ、ダメだ! 避けきれないッ…………!」

 

 紐状にした体を元に戻し、ハイエロファントはワイヤーに捕まった。先程と同様に両手と首にフックが引っ掛けられ、もはや逃げられない。

 両腕を左右に引っ張られ、ハイエロファントは磔にされたような体勢になる。青娥はそれを見届けると、彼の前へ静かに降りてきた。

 

「芳香はね、キョンシーなのよ。私が仕立て上げた、私の忠実な(しもべ)。とても可愛いわよ。死体だからこれ以上死ぬこともないし」

 

「……悪趣味も悪趣味だ。特定の人間を弄ぶ。君のような男を、僕は一人だけ知ってるぞ…………死体を操るという点で言えば、あと一人老婆も数えられる」

 

「よく言われますわ。まぁ……この話には大して関係ないのだけれど、あの娘が使うこの鉤針のスタンドには釣り堀が必要になる」

 

「……何の話だ……」

 

「あの娘がこちらへ鉤針を寄越す時、何かしらの水面が要るの。そして、こちらへ鉤針を()()()、疑似餌が必要になる。それがあのカエルたちよ」

 

 青娥はハイエロファントを捕らえるワイヤーの出所、カエルたちの方へ目を向ける。

 芳香と呼ばれるキョンシーは、どうやら別の場所からスタンド攻撃を行っているらしい。カエルたちは依然その場から動こうとしないが、それは彼らが疑似餌と言われていることと関わっているのだろうか。だとしたら、このカエルたちは芳香に操られているのだろうか。ハイエロファントはそう考える。

 

「さっき私が言ったこと、覚えてるかしら?」

 

「僕を捕まえる、と言っていたと思うが」

 

「ええ、そうよ。せいかーい! 流石ですわ、ハイエロファントさん」

 

「……君のそれはわざとなのか? 慇懃無礼にしか取れないぞ」

 

「まさか〜〜、私はちゃんと貴方に尊敬の念を抱いているわ。魅力の塊、スタンドですもの。私に新しい世界を見せてくれた……感謝しかありませんわ。それで、捕まえてどうするかについては……」

 

 青娥はそう言いかけると、いきなり空中を掴んだ。

 すると、その場に止まっていたはずの雨粒がいくらか、同時に動き出す。青娥が掴んだ()()はまるでガラス板。雨粒で構成された、割れたガラスの破片のような立派な刃物である。

 青娥はそれを、ハイエロファントの太腿に突き立てた。

 

 

ズブッ……ズブズブ

 

 

「うああああっ!?」

 

「私はもっと貴方のことを知りたいの。連れて帰って、隅から隅まで調べ尽くさせてもらうわ。初めに切断した貴方の指、もう再生してる。この脚は抵抗されないように切除するけど、どれぐらいの負傷なら再生できるのか…………それも知りたいわ!」

 

「うううっ……! ぐあアアアア!!」

 

 雨粒の刃物はハイエロファントの右腿に深々と突き刺さり、青娥は完全に切断しようと力を込めて雨粒を動かす。青娥は己の望みのために、家族でさえも捨てられる女。他人がどうなろうとも、己が満たされればそれで良い。そしてそこには、一切の悪意など存在しないのだ。それが彼女の恐ろしさである。

 ハイエロファントは絶叫するが、青娥は尚も手の力を緩めることはない。そしてついに、脚が切り離されると思ったその時。

 

「ハッ!」

 

 

シュバァアアッ!

 

 

「!」

 

 青娥は突如急上昇し、そして彼女のいた地点を何者かの腕が薙ぎ払った。

 小雨を振り払ったその腕には生物のものではない関節があり、まるで人形か機械のよう。そして現れた顔はミイラの如き様相。おおよそ生き物とは思えない身体的特徴だが、ハイエロファントは知っている。()は味方であることを。

 

「……避けられたか」

 

「サ、サイレント・ウェイ……!」

 

「……! 新手のスタンドってことね……」

 

 イン・ア・サイレント・ウェイ。現在博麗神社に身を置いている、アリゾナ砂漠のインディアンを本体にもつスタンドである。

 青娥は上空から彼を見下ろし、驚きの表情を浮かべた。その特異な外見に、ではない。()()()()()()()()()()()()()()である。

 青娥はハイエロファントへ加勢する者にも注意を払い、自分の周りを雨粒で囲んでいた。近づこうものなら、誰であっても穴だらけになるはずなのだ。だというのに、サイレント・ウェイは無傷で青娥の元に辿り着いた。

 能力で突破したというのか。大方そうだろうが、概要が分からない以上、青娥も無闇に手を出すことはできない。青娥はサイレント・ウェイに対し、最大の警戒心を抱くのだった。

 

「まずはこの鉤針(フック)から引き離すとしよう。身動きするな。ハイエロファント」

 

「あぁ……すまない」

 

 サイレント・ウェイはそう言うと、雨で濡れた土に勢いよく指を突き刺した。『ザクッザクッ』と、わざとらしく音を立てながらそれを何度か繰り返す。

 すると、サイレント・ウェイが触れた土は震えながら、徐々に何かの形を作っていく。それは手のひらに乗る程のサイズの、昆虫とモグラが混ざったような不思議な形状。しかも、その土の塊は生きているかのようにモゾモゾと動くではないか。

 サイレント・ウェイはその謎の土の塊を3つ作り出すと、ハイエロファントを捕らえているワイヤーへ投げる。

 土がワイヤーに触れ、そのほんの数秒後……

 

 

『うぎゃあああああーーーーーーッ!!』

 

 

「!? よ、芳香ッ!?」

 

 どこからともなく、少女の絶叫が木霊する。

 そして、ハイエロファントを貫いていたフックは彼を解放し、カエルの中へとすばやく戻っていってしまった。ハイエロファントの目には、一瞬カエルから血のような物が飛び出してきたようにも見えていたが、ようやく自由を手に入れ、さほど気にしてはいない。

 ハイエロファントを解放され、芳香までどうにかされてしまった青娥立場は一気に逆転してしまった。『好奇心は猫を殺す』とは、よく言ったものだろう。

 

「あ、貴方……芳香に一体何をしたの!?」

 

「……さぁな。自分で考えればいい。だがその前に、俺と戦って能力を使っているところを見ないとな。お前の使う、()()()()()()()()()()()()()()俺。どちらが強いか比べてみるか?」

 

「……!」

 

「大陸の人間は生憎好きじゃあない。速さには自信がある。この『イン・ア・サイレント・ウェイ』が、お前の肉体を九つの部位に切り裂くだろう」




サイレント・ウェイは幻想郷に来てから、結構外の世界の情報を知ろうとしてそうなイメージ。中国=大陸というのはそういうことです。

to be continued⇒


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96.見えないヤツがある

お久しぶりです……!!
ようやく復活!
ということで東方神霊廟編、再会していきます。



 『芳香』と呼ばれていた者のワイヤーが消え、敵は空中に佇む青娥ただ一人。これで二体一となった。しかし、周囲の雨の刃は未だ健在であり、またハイエロファントも回復し切るにはまだ時間が必要である。よって、これから行われるのはサイレント・ウェイと青娥の一対一(サシ)である。

 

「フ……」

 

「…………」

 

「ウフフフフ……!」

 

「な、何だ……どうして笑っているんだ」

 

 いきなり笑い始める青娥。そんな彼女を見て、ハイエロファントは呟く。

 仲間が倒され、孤立してしまった彼女は間違いなく不利になっている。時間をかければハイエロファントが復活することも考えれば、それは尚更だ。だというのに、彼女は笑う。今の状況がそれほど可笑しいのか。

 あるいは楽しいのか。

 

「楽しくなってきたわ…………これよ、私がしたかったのは! これが私のしたかったスタンドバトル!」

 

「……追い詰められておかしくなったか? 楽しんでいる余裕なんて、すぐに無くなる。貴様を切り刻み、そこらのカエル共の餌にしてやる」

 

()()()()()()()が本当に楽しいわ。弾幕戦は所詮"お遊び"。スタンドバトルは弾幕には無い危険性(スリル)があり……そして奥深く、神秘的なの。人間の精神の具現化だなんて、弾幕よりもずっと美しいものになると思わない?」

 

「興味ないな」

 

 サイレント・ウェイはバッサリと青娥の質問を斬り、空中へ飛び出す。だが、そんな彼を目にしたハイエロファントは息を呑む。青娥は仮面で表情が見えないものの、覗き穴からしたり顔が見えるようだった。

 なぜなら、まだ空中には固定された雨粒がある。

 触れただけで肉体を切り刻む、見えない刃が無数に存在する。生身で飛び込んだなら、きっと無惨に…………

 

「よせっ、ダメだサイレント・ウェイッ! そのまま飛び込んだら死んでしまうぞ!」

 

「……フフッ、来なさいな……」

 

 ハイエロファントが彼の背中に叫ぶが、止まらない。

 サイレント・ウェイは青娥に飛び込んで行く。彼女は余裕綽々といった様子で、無防備をアピールするように両腕を広げ、後にバラバラになって飛び散るであろう彼を受け止める姿勢を取った。

 何か考えがあるのか。サイレント・ウェイはそんな青娥の挑発的な態度を受けて尚、他の動きを見せなかった。雨粒の刃など関係ないと、そう言いたげに。

 

 

ジュウゥゥ……

 

 

「!」

 

 

ジュウ ジュウ ジュワァ

 

 

「何だ……? この音、サイレント・ウェイから聞こえてくる。彼にぶつかった雨粒が、()()…………しているのか……!?」

 

 サイレント・ウェイは雨粒に触れたであろうその瞬間、奇妙な音が響き渡る。ジュウジュウと何かが焼ける、あるいは水が蒸発するような音だ。しかも、白い蒸気まで彼の体から上がっている。

 スタンド、『イン・ア・サイレントウェイ』は音を固める能力である。触れた水を蒸発させるなど、できないように思う者は多いに違いない。だが、スタンドは使いようによって強くもなり弱くなるように……使いようによって、不可能に思うことでも可能となる。

 では今回の場合は。サイレント・ウェイを見下ろす青娥がハイエロファントよりも早く、彼の異変に気がつく。

 

(なに……? 体に何か、貼り付いている……?)

 

 サイレント・ウェイの体に、『ジュウ』『ジュワァ』などの文字の形をした、板かシールのような物が大量に貼り付いていた。雨粒がそれらの文字に触れた瞬間、高速で沸騰して消えていく。彼の能力によって固められた音が、雨を蒸発させていたのである。

 固めた音は、その音の通りに触れたものを破壊する。『ザクザク』の音に触れたなら刻まれて破壊され、『メラメラ』の音に触れたなら燃える。しかも()()()()()という音の性質も消えず、水中でも薄い地面の層であっても貫通できるのだ。加えて、自身の近くで発生した音を取り込み形にするため、何をしているのかさえ見られなければ、相手には気が付かれない。

 ハイエロファントの頭上に、黒焦げになった小さな棒切れが落ちてくる。

 

「! これは……マッチか?」

(サイレント・ウェイの能力は『音を形にすること』……まさか、火をつけたマッチの音を固めて、それで雨粒を防いでいたのか!)

 

 サイレント・ウェイは火をつけたマッチを体に押し付け、その『焼ける音』を固めていた。それが青娥にもハイエロファントにも気づかれなかったのは、音を取り込むという性質上見られさえしなければバレない。周りから陰になっている部分で行われていたため、二人にはバレなかったのである。

 これで雨の刃がサイレント・ウェイに効かないことがわかった。しかし、トリックが判明したところで、彼の青娥までの距離は拳が届くところまで迫っている。

 

「ウリャアアアアアッ!」

 

「くっ!」

 

 青娥にサイレント・ウェイのラッシュが迫る。彼女は雨に体を溶け込ませて高速で繰り出される拳を回避しようとするが、分解した体の一部分は攻撃の餌食となってしまう。拳にも『ジュウ』『ジュワァ』の文字が貼り付いており、触れてしまった青娥の体も火傷を負うことになった。

 後退し、体を再構築する彼女は火傷に顔を歪めつつサイレント・ウェイを睨みつける。

 

「ううっ……! なるほどね……面白いわ。さっきのハイエロファントさんよりも、ずっと面白い能力と戦い方してる。まだよく分からないけれど、私を完封したとは思わないことね!」

 

「……!」

 

 サイレント・ウェイが青娥を見やれば、彼女の左腕が無い。さらに顔の下部も抉り取られたように欠損している。思えば、先程の彼女の声も今現在彼女が浮かんでいる方向から聞こえてきたわけではなかった。背後からだ。

 つまり……とサイレント・ウェイが振り向けば、そこには歯を剥き出しにした口が。口だけが浮かんでいた。

 反射的に拳を繰り出そうとするサイレント・ウェイ。だが、ある考えが彼の脳内を巡る。左腕はどこだ?

 

 

ドスゥゥッ

 

 

「ぐうっ……!?」

 

「サイレント・ウェイ!」

 

 口はデコイだった。本命の左腕は雨の刃を掴んでおり、それをサイレント・ウェイを守る蒸発する音の間を縫って彼の体に突き立てたのである。

 傷口から血が噴き出る。だが、この程度でサイレント・ウェイが止まるようなことはなかった。腕を振り抜いて青娥の左腕を叩き落とそうとする。しかし、『ブオン!』という音だけを残し、標的を捉え損ねて空振り。

 

「ウフフ……まだ完全に形勢は逆転してないってことね。それに、貴方の能力も分かってきたわ。どんどん貴方は不利になる!」

 

「…………」

 

 一撃入れたことで調子が戻ったのか、先程よりも青娥の口調が軽快になっている。しかし彼女の言葉に嘘は無く、実際サイレント・ウェイが固めた音は、触れなければどうとでもなるという判断の下で対策されてしまった。

 それに対しサイレント・ウェイ。彼は冷静に、出血を気に留めもせず、腕を振るった際に発せられた音を固める。彼の体とほぼ同じ大きさの『ブオン』という文字を、サイレント・ウェイは鎧か盾かのように身に寄せた。『ジュウ』で蒸発させられないなら、別の音で壁を作り防ぐというのである。

 

 

ドバババァッ

 

 

 再びサイレント・ウェイのラッシュが青娥を襲う。

 青娥は先程と同じように雨の中に体を溶け込ませ、体を一片一片分離させて拳を回避。しかし今度はサイレント・ウェイを雨粒の刃で襲うことはせず、縦横無尽に動いて彼を翻弄する。

 動き回る青娥を捕捉し切れないからか、サイレント・ウェイは滅多矢鱈にラッシュを繰り出す。拳は空を切り、雨粒を蒸発させ、あるいは自分の纏った音の壁にぶつかりもした。青娥には一発も入れることもできず、自身から距離を取られて落ち着かれてしまう。

 加えて、雨の勢いまで増してくる。

 

 

ポツ ポツ サァァァーーーー

 

 

「あらあら……天はまるで私に味方しているよう。私のこの仮面のスタンドは雨天じゃないと使えないのだけれど、今日は本当に運がいいようね」

 

「…………」

 

「……サ、サイレント・ウェイ…………!」

 

 何かの意思が働いているのかとも思ってしまうほどの"偶然"。雨の勢いが強くなるということは、その分青娥が利用できる雨粒が多くなるということ。変わりかけた形勢は、元に戻ってしまう。

 ハイエロファントは二人の攻防を見上げ、固唾を飲むしかなかった。傷は治りかけてきているものの、雨のこともありサイレント・ウェイの手助けができるかも分からない。加勢も絶望的だと言える。

 しかし、サイレント・ウェイは狼狽しない。不利に見えるこの状況下で、彼はスタンドパワーを静かに爆発させていた。

 自分が散々振るった腕、拳が発生させた音。さらにそれらがぶつかった音が固められ、『ブオン』『ドギャッ』『ドガン』『グォォン』と、さまざまな音が視覚化される。

 

「フン!」

 

 サイレント・ウェイは固めた音を青娥に向けて投げつける。正確には放るようにして周りに配置し、青娥に対するトラップとして仕掛けられた。

 降ってきた雨はサイレント・ウェイの『ジュウ』『ジュワァ』の音に当たり蒸発していく。白い蒸気に包まれる彼はそれを暗幕代わりに使いつつ、青娥の奇襲に対策して再び動き出した。

 

「無駄よ。この降り注ぐ雨の中、貴方の音の能力は私には届かないわ。こうして……雨を固定すればね」

 

 青娥はキャッチ・ザ・レインボーの能力で周囲の雨を固定する。すると、サイレント・ウェイが固めた音はその位置に固定された雨にぶつかって動きを止めてしまう。まるでほぼ透明な壁だ。青娥は雨を固定し、自分に向かってくる()()()()を次々と止めていく。だが、サイレント・ウェイもこれで攻撃を終えはしなかった。

 降ってくる雨が自身にぶつかる音『ポツポツ』を固め、それを青娥に投げつける。その音にぶつかった場合にどのような破壊が伴うのか、それは分からないが、少なくともサイレント・ウェイからすればこれは攻撃。きっと何か考えがあるはずだった。

 

「ずっと音を投げつけてばかりだけど、何か考えがあるのかしら? こうして音を止め続けたら、いずれ私と貴方の間に壁ができてしまうわよ」

 

「…………」

 

「サイレント・ウェイ……!」

(一体……何を考えているんだ……!? 僕には分からないが……時間をかけるのは悪手だぞッ!)

 

 ハイエロファントは心配と不安に駆られる。

 サイレント・ウェイは青娥の言う通り、先程から音を固めて投げるだけである。もし自分が彼ならば、彼と同じような能力を持っていたと仮定し考えたとしても、今の彼の行動にどんな意味があるのか。それは全く分からない。

 だが、そんなサイレント・ウェイにヤキモキしているのはハイエロファントだけでなかった。

 

「ウッ……!」

 

「ん、何だ……? どうしたんだサイレ…………」

 

 

ボタッ ボタボタッ

 

 

「うっ!? 生温かい……! これは血か……!? 大丈夫なのかサイレント・ウェイッ!」

 

 蒸気に覆われた彼から、ハイエロファントの頬に血が垂れてきた。雨に混ざって降ってくる血は確かに生温かく、しかも降ってくる勢いは雨よりも激しい。揺れる蒸気が一瞬晴れた時、チラリと見えたのは、サイレント・ウェイの首筋に青娥の腕が雨の刃を突き立てていた光景だった。

 蒸気はサイレント・ウェイの行動を見えづらくするだけでなく、ハイエロファントの視点から青娥の動向すらも隠してしまっていたのである。

 

「そろそろ新しいものも目にできそうにないようね……もしまだ何かあるなら、早いところ見せてくださいな? そうしないと、死ぬからね」

 

「くっ……! サイレント・ウェイ、手を貸すぞ! エメラルド……!」

 

「撃つなッ!!」

 

「なっ……!?」

 

 両掌を合わせ、スタンドパワーを収束させるハイエロファント。しかし、それを察知したサイレント・ウェイが彼を止める。

 首に刃を突き刺され血が止めどなく流れ続ける状態で、彼は尚も防御や回復に応じようとしなかった。それどころか、ずっと雨の音を固めることにスタンドパワーを集中させ続けていた。刃が段々と体の内側に食い込む中、サイレント・ウェイはようやく青娥に向けて言葉を放つ。

 

「……さっき俺の能力を理解したと……そう言ったな。試しに一度説明してもらおう……と言いたいところだが、生憎こんな状態じゃあ悠長にしてられない。だから……これだけは言っておこう」

 

「……何かしら」

 

「早くトドメを刺した方がいい……俺の攻撃は……今…………完了する。手伝ってくれたことについて、礼を言うぞ女」

 

「? 何言って……」

 

 サイレント・ウェイは蒸気の中から両腕を突き出す。彼は何かを持っていた。

 その手の中から、固めた音がいくつも覗いていた。それを見た瞬間、青娥は分離させていた腕に力を込める。

 嫌な予感がした。サイレント・ウェイの謎の自身、あの音の固まり、自分の首を切られかけているというのに攻撃にだけ集中しているその姿勢。彼の言葉はハッタリではない。間違いなく、何か仕掛けてくる。そう感じたのである。

 サイレント・ウェイはハイエロファントの方へ向かず、言った。

 

「ハイエロファント、もし俺がこの一撃で仕留め切れなかったら、後は頼んだぞ」

 

「!」

 

「くっ……! さ、させないっ……!」

 

 雨粒の刃がさらに深く突き刺さる。傷口から不完全な栓をされた噴水のように血が噴き出るものの、サイレント・ウェイは怯まない。むしろ、音の固まりをどこに投げ飛ばすのか。その算段をつけ、狙いを定めていた。

 狙うのは、青娥本人ではない。彼女が先程まで散々防ぎ、空中で止められた音の固まりたちである。だが、それが何故なのか。青娥にもハイエロファントにも分からなかった。

 そしてついにサイレント・ウェイは音の固まりを、それらに向けて投げつける。ぶつかった音の固まりは、雨の音、刃で刺されたような音、硬いもの同士がぶつかり合う時に出たような音を炸裂させた。

 

 

ポツ! ポツ! ドスゥゥ! ドギャァァッ!

 

 

「ど、どこへ向かって……!?」

 

「知っているか? 音は空気の振動だ」

 

「!」

 

「空気の振動で、波でもある。本来波状に広がる音は、その波形(タイミング)が合えば音同士がぶつかり合った時に増幅する。さらに、音は認識できるものが全てではない。例えば超音波のように、耳には届くが音自体は認識できなかったり、単純に周りの音でかき消されてしまっているので聞こえなかったり……」

 

「いきなり何の話!? 今の状況と一体何の関係が……」

 

「……俺の攻撃の説明をしてる。今言ったことが全てだ。音と音は調整してぶつければ大きくなること、そして、聞こえる音が全てではないこと……雨が降っているから、()()()()だろう?」

 

「っ……!?」

 

「俺の勝ちだな」

 

 

ドッバァァ〜〜〜〜ッ

 

 

 サイレント・ウェイが勝利を確信すると同時に、青娥の脇腹が爆発するようにして血を噴いた。そして彼女は断末魔さえ上げず、力無く地面に落下。固定していた雨粒も動き出し、青娥と共に地面に向かい始めた。

 何が起こったのか。サイレント・ウェイが既に説明した通りであるが、より簡潔に述べるのであれば、彼が固めた音の中に()()()()()()()()()()。サイレント・ウェイの説明の中にあったように、人間に聞こえる音が音の全てではない。彼の能力で例を挙げるならば、聞こえない音は見えないのである。一見何の考えも無しに放られていた音の固まりの中には見えない音もあり、全ての音を可視化したなら、止められた音の固まりたちは、まるで青娥にまで攻撃を届かせるトンネルのように配置されていた。

 見えない音と止められた音は壁と道の役割を。それに対し、止められた音に音の固まりがぶつかった際増幅して生まれた音は武器である。増幅した音もまた見えず、だからこそ青娥に防御を掻い潜り彼女の体に届いたのだ。

 聞こえなかった、見えなかった音。それらはおそらく、今が雨天だからこそ起きた現象なのだろう。雨にかき消されたのだ。青娥は天を味方につけたと嘯いたが、その天をより利用したのは、結果的にサイレント・ウェイだったと言えるかもしれない。

 

「……これで、終わったな……」

 

「サイレント・ウェイ! 大丈夫かっ!?」

 

 サイレント・ウェイは首筋の傷口を手で押さえ、ゆっくりハイエロファントの前に降り立つ。彼は最後の攻撃をする際には完全に防御を捨てていた上、その時からも少し朦朧としていた。フラつくサイレント・ウェイの肩を支えたハイエロファントは、刺激しないように気を払いながら彼を座らせる。

 

「すまない、サイレント・ウェイ。君が来てくれなかったら、僕は今頃彼女に倒されていたことだろう……殺されていたかは分からないが、少なくとも無事ではなかったはずだ……」

 

 青娥はスタンドに異常なほどの興味を抱いていた。

 実際、ハイエロファントを痛めつけた後で彼を連れ帰り、色々なことを試してみようとしていた。さらに戦闘でもスタンドの力を使い、またその目で見るため、あえて自身の能力と弾幕を封印して戦ってもいた。サイレント・ウェイに詰められても尚約束を破って弾幕や能力に逃げなかったところ、彼女は思ったより真面目なのか。それともそんなことを忘れてしまうほどにスタンドに興味津々だったというのか。

 ハイエロファントの礼には応えず、サイレント・ウェイは青娥が落下した位置に顔を向ける。そこには腹から出血した青娥がいる……はずだったが、雨に流されかけている血溜まりがあるだけで、そこに青娥はいなかった。

 

「……仕留め損ねたか……」

 

「なんだって……? ハッ、青娥の姿がない! 姿を消したのか? どこに消えたというのだ……!?」

 

「…………おそらく、逃げたはずだ。あのケガだ。命に危険がある中、傷を放っておいてわざわざ追撃してくるとは思えない……」

 

 サイレント・ウェイはそう考える。

 とにかく、青娥を退けることには成功した。一抹の不安は払拭できたと言えよう。後やることは負傷を治し、先に進んだ霊夢や魔理沙、チャリオッツに加勢しに行くこと。この先の霊廟には複数のスタンドの反応があった。まだ中にも青娥のような人物もいることを踏まえると、早く向かった方がいいだろう。

 だが、それも簡単にはいかないようだ。

 邪魔をする者はまだ残っていた。

 

 

ボンッ ボンッ グニュゥゥ〜〜ッ

 

 

「ム……」

 

「これは……!」

 

『まさかミス青娥を下すとは……しかも、あのゾンビ娘とスタンド能力を持っている彼女を…………』

 

 忘れていたヤツがいた。

 青娥の前にハイエロファントが相手した、霊廟の番人をしていたスタンド。この時を狙っていたようで、二人の周囲から長い釘や、古い鉄器などが風船のように膨らみながら浮かび始める。青娥との戦いを見ており、まだ逃げていなかったようである。

 チューブラー・ベルズだ。スタンド能力で膨らまされた金属は、バブル犬やバブル鳥に形を変え、ハイエロファントとサイレント・ウェイを空中から睨みつけている。

 

『邪魔な彼女は消えた世界だ。これで私はお前たちを再び攻撃できる。チューブラー・ベルズの処刑の世界ッ!』

 

「番人としての仕事は全うしようというんだな……いいだろう。サイレント・ウェイ、ここは僕に任せてほしい。一度追い詰めた相手だ。君は回復に集中してくれ」

 

「あぁ……任せた」

 

 サイレント・ウェイは墓石にもたれかかり、ハイエロファントとチューブラー・ベルズの戦いに不干渉の姿勢を見せ、言われた通りに回復に集中する。

 どうしてチューブラー・ベルズが番人としての職務にこだわるのか。それは分からない。この異変の元凶との関係も未だによく分かっていないものの、とにかく彼はハイエロファントたちを先に行かせないように体を張っているのは事実である。ならば、全力で応戦するまでだ。ハイエロファントは掌にスタンドパワーを集中させる。チューブラー・ベルズは第一の標的として、再びハイエロファントに金属のバブル動物たちをけしかけた。

 

『改めて死刑宣告の世界だ! 我が能力は防御シールドにして、お前へのギロチン処刑を兼ねた世界ィィーーーーッ!!』

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

 

 

 




休んでいたおよそ十ヶ月で構想を忘れてしまいました……
また地道ではありますが投稿していきますので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです……


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97.物部布都の龍の夢

復活したと見せかけて一ヶ月ぶりです……
最近忙しいのと、初期構想を思い出したりジョジョや東方を読み返したりやり直したりして中々書けないでいました。割と思い出してきたので、ここからは少し早くなるかもしれません。


 時はサイレント・ウェイと青娥の戦いに決着がつくよりも少し前のこと。

 先へ進む異変解決組に進展があった。

 ハイエロファントの危機を察知したサイレント・ウェイと別れ、大祀廟の洞窟を進んでいた霊夢、魔理沙、チャリオッツの三人は彼ら二人の身を心配していたが、二人とは別のスタンドエネルギーの反応が消えたことをチャリオッツが確認する。ひとまずは大丈夫だろうと安心し、三人は先を急ぐこととした。

 しばらく進むと、彼女らは長く続いた岩壁に囲まれた狭い通路をようやく抜ける。仄暗くだだっ広いその空間の中心には、地下をさらにぶち抜く木造の塔のような建物が鎮座していた。

 

「……あれはお墓かしら」

 

「アレがかぁ? よく分かったな霊夢」

 

「墓っつーか供養塔とかそういうヤツかもしれねぇな。ほら、壁に色々文字が書いてあるだろ」

 

 魔理沙が塔を指差す。暗くて見えづらいが、確かに壁には多くの文字が羅列されているのが目に入る。しかしかなり古い文字であったため、現代の日本語であれば読めるチャリオッツには何が書いてあるのかさっぱりであった(薄くなっている文字が多いのもあった)。だが、魔理沙と霊夢がそれらを見て墓や供養塔の類と判断したからには、おそらく慰霊の文言や死者の名前があるのだろうと推測する。

 そんな中でチャリオッツが唯一判別することができたのは、一際多く目立つように刻まれた『物部布都』の文字であった。

 

「……もの、ぶ……ぬのと?」

 

 

物部布都(もののべのふと)じゃ!』

 

 

『!!』

 

 塔の上から何者かの声が響く。

 三人が目線を上げて見れば、そこには一人、少女が彼女らを見下ろしていた。彼女は銀髪を後ろでまとめて烏帽子を被っており、白い水干と青いスカートに身を包んでいる。幻想郷ではあまり目にしない衣装である上、こんな場所にいることから三人はすぐに異変の首謀者の一味だと判断し、身構える。

 

「お主らか? 我らの邪魔をしようとしている輩は!」

 

「あんた誰よ」

 

「んん!? 何じゃ、聞いていなかったのか? さっき自己紹介したろうが! そこに書いてある通り、我が物部布都じゃ。ちょっと待っていろ」

 

 布都は塔の足場を蹴り、三人の前に降り立つ。

 そこで分かったのは、彼女の身長は大体魔理沙と同程度だということ。烏帽子を含めてもチャリオッツの胸下までの身長しかなかった。数はこちらの方が分があり、加えて見た目で判断しても警戒する必要はなさそうであるが、チャリオッツは既に気付いている。布都からスタンドエネルギーを感じ取れたのだ。数は一つ。おそらく人型のものではないだろう。

 

「……霊夢、魔理沙、気をつけろ」

 

「スタンドの気配がするの?」

 

「なるほど。厄介かもな……」

 

「何じゃ何じゃコソコソと。まぁいい。改めて言おう。我は尸解仙の物部布都! 復活された太子様をお守りする使命を帯び、お主ら侵入者を一網打尽にしに来た次第だ。お主らで間違っとらんよな? 青娥殿が言ってた侵入者」

 

 布都は三人を指差し、そう言い放つ。

 自信満々に降りてきて宣戦布告した割には、目の前の三人が情報として入ってきた侵入者本人なのかどうかあやふやな様子。さらにそのことについて何も思うことは無いらしく、堂々と三人に確認まで求める始末であった。

 魔理沙が布都にツッコむ。

 

「太子様? 青娥? どっちも知らねぇな。つーかお前、私たちが敵かどうか分かってねーのに戦おうとしてたのかよ。アグレッシブだな」

 

「うるさい! 思案に夢中になってお主らを奥に通してしまっては格好がつかんのでな。それで、どうなんじゃ」

 

「大当たりよ。私たちは異変を解決しに来たってわけ。あんたに親玉がいるってのはさっきの会話の流れでわかったから、大人しくそいつの元へ連れて行ってくれれば痛い目に遭わなくて済むわよ」

 

 霊夢はお祓い棒と札をこれ見よがしに突き出す。

 魔理沙も弾幕戦に使う魔道具を取り出し、チャリオッツもレイピアをチラつかせた。多勢に無勢、それをアピールする。スタンドを帯びているとは言え、三倍という数の差を埋めることは難しいはずである。ましてやその内二人は異変解決のスペシャリストなのだから。

 だが、布都は不敵に笑うだけであった。

 

「ほうほう……ずいぶんと自信たっぷりのようだな。我に絶対に勝てるようなその言い草、不遜極まる!」

 

 布都は両手を広げる。すると、妖怪が操る妖気でも神が放つ神気でもない、別のオーラが彼女から溢れ出した。おそらく霊気の類であろうが、これに触れるのは霊夢たちにとって初めてのことだった。

 放たれる霊気はやがて形と光を帯び、光球となって布都の周囲に浮かび始める。弾幕戦の心得はあるようだ。布都はニンマリと笑い、三人を見返す。

 が……

 

「同じセリフをそっくりそのまま返すぜ。三対一だぞ? お前こそ何でそんなに自信たっぷりなんだよ。お前が隠し持ってる…………スタンドが理由か?」

 

「!」

 

 魔理沙の言葉を聞いた布都は口を紡ぐ。

 まさに図星を突かれたようで、驚いた表情を浮かべた彼女。「どうしてそのことを知っている!?」とでも言いたげだ。態度が180°変わってしまい、つい先程までの自信はどこへやら。今度は慌てた様子で魔理沙たちに訊き返す。

 

「なっ、何故()()()()のことが分かった!?」

 

「俺たちスタンドは精神のエネルギーで具現化してんだよ。スタンドとスタンドは互いにそのエネルギーを感じ取れるのさ」

 

「チャリオッツはさっきからずっと気付いてたぞ。パッと見じゃあスタンドっぽいのが見えないけど、もしかして道具型のスタンドとか?」

 

「う、うぅ……バ、バレていたとは…………」

 

 おそらくスタンドを隠し玉として用意していたのだろう。だがそれがバレてしまったため、布都は一気に調子を落としてしまう。そもそも数の違いにより分が悪いことは分かってはいたようだ。しかし、幸か不幸か彼女の心配は外れることになるだろう。三人が「何なんだこいつは」と呆れた中、魔理沙は魔道具を動かし始め、霊夢とチャリオッツの前に立った。

 やる気のようだ。

 

「二人は先に行っててくれ。こいつは私が相手するぜ」

 

「はぁ? 何言ってんのよ魔理沙。三人でチャチャっと片付けた方がいいじゃあない。せっかく数の有利があるんだし、相手はスタンドも……」

 

「分かってくれるだろ? チャリオッツ」

 

 魔理沙はチャリオッツを見やる。

 この場では霊夢だけが知らない。先日世界(ザ・ワールド)やホワイトスネイクが攻撃を仕掛けてきた際、霊夢の身につけた夢想封印の圧倒的な力に、魔理沙は自分の非力さを痛感させられたのだ。霊夢よりもずっと修行してきたつもりであったが、それでも埋められない差があったことを知ってしまったのである。自尊心に傷がついたのだ。

 どこにもやり切れない気持ちを消化するにはさらなる努力しか方法はなく、件の戦いの後、霊夢が療養している間に彼女はずっと腕を磨いていた。チャリオッツはそれを知っている。

 

「……んじゃ、頼んだぜ魔理沙!」

 

「あっ、ちょっとチャリオッツ! 待ってよ!」

 

 チャリオッツは地面を蹴って跳躍し、塔、夢殿大祀廟に向かう。飛び出した彼に霊夢も続く。

 布都相手に三人で挑むのもいいが、きっと魔理沙に任せても結果は変わらないだろう。その信頼があった。それならば身を引き、この先に待ち構えているもう数体のスタンドと黒幕に霊夢と共に挑んだ方が彼女のためになるかもしれない。魔理沙にはそれが必要だ。

 しかし、それを黙って見逃せるはずのない布都。飛び出すチャリオッツと霊夢に弾幕を浴びせようとする。

 

「むっ、行かせると思うか!」

 

 

ギュオオォン!

 

 

「待てよ。お前の相手は私だぜ」

 

「…………!」

 

 魔理沙は魔道具から光弾を放ち、布都の目の前を遮る。そうして邪魔されたことにより彼女はチャリオッツと霊夢を逃し、塔の入り口と思われる穴から大祀廟の中への侵入を許してしまった。

 布都は「げっ」と焦りを顔に現す。しかし魔理沙の方に向き直った時には、彼女に対する敵意を剥き出した険しい表情を浮かべていた。そしてその手元には、いつの間にか謎のリングが。

 

「……せっかく有利な状況だったというのに、みすみす勝機を逃すとは哀れなものじゃのう」

 

「そういう台詞は勝ってから言うんだな。で、それがお前のスタンドか? ヘンテコな輪っかみたいだが」

 

「その通り。ただし! 安心することだな。我は弾幕以外を使ってお主を攻撃するつもりはない!」

 

「はぁ? じゃあ、そのスタンドは使わないってことか?」

 

「それはすぐに分かることだ……」

 

 布都はリングを両手に持つ。

 すると、東洋の龍の像がリングの上に現れた。

 

「さぁ……示せ(ドラゴン)ッ!」

 

「!」

 

「庚の方角……こっちだな!」

 

 リングの上の龍には鏃のような物が付いている。

 布都の言葉に反応した龍はリングの上から移動せず、その場で回転。そして鏃で洞窟内のある一点を指し示した。布都は龍がその地点を示すと、地面を蹴って素早くその場所へ向かう。

 龍が何なのか魔理沙には分からなかったが、今までのスタンドとの戦闘経験を鑑みるに、おそらく布都のこの行動はスタンド攻撃が始まる予兆(サイン)。そうみなした魔理沙は魔道具を周囲に展開し、弾幕を浴びせる。

 

「よく分からないが、させるか! くらえッ!」

 

 

ボン ボンッ ボグォオッ

 

 

「くっ、防がれたか」

 

 布都が先に展開していた弾幕は彼女に追従していき、魔理沙が放った弾幕群はそれらに阻まれて布都に届くことはなかった。小爆発が連鎖して起こり、後から飛んでいった弾も爆炎に触れて布都に当たる前に消えてしまう。

 龍が示した場所まで到着した布都だが、それから特に何かが起こることはなかった。先程と同じように弾幕を展開し、その場に佇んでいる。不敵な笑みを浮かべ、魔理沙を見つめているだけである。

 あの龍が何の効果をもたらすのかが分からず、余裕の表情を浮かべてる布都を魔理沙は少し不気味に感じていた。

 

(あいつ……マジで何考えてんだ? 弾幕を周囲に配置して、でも攻撃してくる様子もねぇぞ……)

 

「おや、攻撃が止んだな。我はもう少し待ってやってもいいぞ。まだお主の番だ」

 

「う、うるせぇ! ナメんじゃあねぇぞ!」

 

 魔理沙は弾幕の雨を布都に浴びせる。

 適当に撃つとしても「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」。しかし、この布都には通じなかった。先程と同じように、周囲に展開された布都の弾幕が壁となって防がれるのだ。弾幕の炎が晴れて時々見える布都の顔は相変わらず余裕を語り、さらに一歩も動いていない。まるで自分に絶対弾幕が当たらないことを知っているようだった。

 引き起こされる爆発により、布都の前方の地面はどんどん歪に抉れていく。瓦礫や砂埃が巻き上げられる中、ついにそれは起こった。

 

 

ドズゥゥッ

 

 

「うぐああっ!?」

 

 布都は何もしていない。その場から動いておらず、指一本も動かしてはいなかった。

 爆発で巻き上がった瓦礫は魔理沙の意識の外から彼女に吹っ飛び、そして左肩に突き刺さったのだ。だが、それによって注意は自身の攻撃から周囲の状況に向けることができた。気がつけば、大量の岩の礫が魔理沙自身に迫ってきていたのである。

 

「うおおっ……! ぐぅ!」

 

 大小様々な礫が、まるで横向きの雨のように降り注ぐ。

 これは不味いと戦慄する魔理沙は急いで箒に跨ると、急加速して真横に回避。礫の直撃による負傷を免れた。

 それにしても不思議である。魔理沙は確かに狙いをつけていたわけではないが、それでも布都にここまで攻撃が届かないのは不自然すぎる。先程の礫の雨もだ。まるで、何か別のパワーが彼女を守っているよう。魔理沙はそう思えてならなかった。

 

「だが……! それなら接近戦だ!」

 

「!」

 

「至近距離から撃ちゃ弾幕の壁なんぞ関係ねぇ!」

 

 魔理沙は横に飛び退いた時の反動を完全に殺さず、押し留める。そして尻の方にエネルギーを溜めた八卦路を置き、布都に箒の柄の先を向けて急発進。八卦路のエネルギーをジェット代わりに、突撃を仕掛けた。

 布都はそんな魔理沙の行動に驚き、目を見開くばかり。もはや反撃に出る間も無く、激突を受け入れるしかないだろう。いくら運が良くとも限りはある。これは有効打になるやもしれない。

 しかし…………

 

 

グオオオンッ

 

 

「なにっ!?」

 

「甘いわ! その程度の攻撃にやられるこの物部布都ではないぞ! たりゃあッ!」

 

 猛スピードで直進してくる魔理沙。

 しかし布都は彼女を回避した。足元に転がる小石をわざと踏みつけ、足元から体を捩って回転。起こった回転をものにして跳躍すれば、華麗なアイススケーターのように体は曲線を描く。彼女が元いた地点を駆け抜ける魔理沙を迎え入れるアーチの如く。

 さらに魔理沙が布都の下を潜り抜けたその一瞬のうちに、布都は魔理沙に蹴りを浴びせる。

 

「うおっ!」

 

 魔理沙は間一髪で頭を傾け、布都の脚は魔理沙の三角帽子を掻っ攫う。

 標的を見失った蹴りだったが、しかし布都の攻撃は二段構えである。蹴りを放った勢いは彼女の体に側転するような回転を加えており、右手には光弾が煌めいていた。

 体を回転させた布都は、魔理沙の顔があった場所に平手打ちするように腕で薙ぎ払う。当然頭を傾けていた魔理沙に掌の光弾が当たることはなく、光弾は振り払いの勢いに任せて魔理沙の背後の岩壁に飛んでいき爆発した。

 これを好機とみた魔理沙。布都のターンは終わり、いよいよ待ち望んだ彼女の攻撃の順番である。

 

「ようやく当てられるぜ。喰らいやがれぇっ!」

 

 魔理沙は円筒の魔道具を取り出し、布都に向ける。

 その先端からは緑色の光が漏れ出している。綺麗だが、これは弾幕の光。暴力的な緑色は一メートルよりもずっと近い距離にいる布都に放たれようとしていた。

 

 

ビャウッ ブシュゥゥァッ

 

 

「あぐッ……!?」

 

「そう簡単に上手くいくと思わぬことだな」

 

 突如左耳に激痛が走る。

 目線を左端に寄せれば、暗い赤色の液体が飛び散っているのが見えた。どこからの攻撃なのか? すぐに分かった。背後だ。まさに布都が放った光弾が直撃した場所、その方向から飛んできていた。

 光弾の爆発により、岩壁が抉れた。その破片が魔理沙の方向に飛び、左耳を引き裂いたというのだ。

 度重なる"不運"、布都の笑みや態度。もはや偶然などではない。魔理沙は確信する。これがスタンド攻撃であると。布都が見せた龍の像やリングが、このめちゃくちゃな現象を引き起こしているに違いない。

 

「ぬぅぅああぁあぁぁっ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 痛みに耐える魔理沙は箒を勢いよく回転させ、穂で布都の体を打ちつけて吹っ飛ばす。布都は今二人がいるこの場所に固執していた。それがスタンド攻撃に関係があると判断したため、魔理沙はこの場から彼女を引き離すことにしたのだ。

 裂かれた耳が炙られているように熱くなり、ドロリとした血が鬱陶しく流れ落ちてくる。謎に包まれた布都のスタンドのことも相まって、魔理沙は少しずつ精神的にも追い詰められていた。

 

「はぁ……はぁ……クソっ」

 

「……()()()わざとなら良い判断だったと褒めてやるぞ。だが、二度目が上手くいくかどうか、それは保証してやれんがな」

 

「お前のそれ……一体何のスタンド能力だ!?」

 

「馬鹿め、自分から言うと思うか? 敵ならば自分で解き明かすことだな。さぁ、また見せてやるぞ。示せ(ドラゴン)!」

 

 布都は再びリングをかざした。

 しかし、今回はリング上に龍の像は現れない。一度見た現象とは違うことが起こり、魔理沙は警戒心をマックスにまで引き上げた。だが、その不気味な違和感の正体はすぐに判明することになる。

 

 

『俺ノ能力……ソレハナァ、嬢チャン。『風水』ダゼ! 吉凶ノ地点ヲ示スノガ『ドラゴンズ・ドリーム』ダ!』

 

 

「っ!?」

 

 背後から老人の声が響く。それを耳にした瞬間、魔理沙は先程の魔道具を振り向きざまに作動させ、強力な光弾を放出した。

 だが、手応えは無かった。光弾は標的を無視して突き抜けていってしまったのである。

 そこにいたのは人の胴体ほどの巨大な球体。布都の持っていたリングに現れた像のような龍が、その球体に収まるようにして浮遊していた。喋ったのはこいつである。この龍のスタンド、『ドラゴンズ・ドリーム』。

 

「なっ……弾幕が突き抜けた!?」

 

『俺ニ攻撃ハ通用シネーヨ。全部透過シチマウ。オ前ノ敵ハ、アクマデモ布都ノ方ダゼ』

 

「おい(ドラゴン)! 何をしておるのだ!? そやつは太子様の復活を脅かす敵だぞ! 有利な情報をベラベラ喋ってしまうんじゃあないっ!」

 

『ウルセェーナァ! 俺ハ中立ダッテ何度モ言ッテルダロ! オ前ダケバッカリズルイジャアネーカヨ! 教エテヤレヨ相手ニモ!』

 

 ドラゴンは中立。布都と言い合いをしているところを見るに、どうやら本当のことのようだ。さらに、その能力は『風水』であることも聞くことができた。こちら(ドラゴン)から布都とは別の攻撃が仕掛けられることはないのだろう。

 『風水』とは自然の中に流れるエネルギー、それを知ることによって吉凶を決定づけるもの。よって『占い』とは違う。例えば戦乱の時代では城の『風水』を見てどの方角から城を攻撃すれば陥落させられるかを調べ、逆に城の弱点方角に神社などを建てて凶のエネルギーを静め城の守りをより堅牢にすることもあった。

 それと同じように、ドラゴンズ・ドリームは攻め込むべき『吉の方角』と危険な『凶の方角』を指し示す。魔理沙はそう理解する。

 

「まぁ、構わん。たとえお主が(ドラゴン)の能力を理解したところで、(ドラゴン)がいくら中立を謳ったところでそれを扱い切れるかどうか。それは別問題だからな!」

 

「…………お前、ほんとに中立なのか? 私にも風水を教えてくれるってことなのか?」

 

『マァナ。ソレヲ活カス、活カナサイハオ前次第ダガ』

 

 布都が吠える中、魔理沙はドラゴンに確認して安堵する。ドラゴンのことを知るまでは絶望感は強かったが、意外にもそうでもないかもしれない。

 布都は弾幕を展開する。いよいよ彼女も攻めに転じるようだ。ドラゴンが敵の立場である魔理沙にも吉凶を教えてくれるというのなら、『吉の方角』を知り、布都の攻撃を躱わすことができるはずである。

 そう考えた魔理沙は、今にも襲いかかってきそうな布都を尻目にドラゴンに『吉の方角』を示すように声を上げる。

 

「おいドラゴン、『吉の方角』を教えてくれッ! 私にとっての『吉』だ! 布都(あいつ)の攻撃を避けられる吉凶の方角を示せえッ!」

 

『……ソレモ良イガ嬢チャン、オレハサッキカラ示シテイルゼ。オ前ノ、『凶ノ方角』ダ。マズ気ヲ付ケルベキハ、ドチラカト言ウトコッチカモナ!』

 

「なにっ……」

 

 自然に流れる『風水』のエネルギーは、実は人間にも置き換えて考えることができる。ドラゴンは魔理沙の右隣に来ており、その鏃は彼女の右頬を指し示していた。つまりはそこが魔理沙にとっての『凶の方角』ということである。

 一瞬戸惑う魔理沙。だが、布都は待ってくれない。

 その隙を逃さず、彼女はスペルを詠んだ。

 

「投皿『物部(もののべ)八十平瓮(やそひらか)』!!」

 

 

ギュオオオオォォッ

 

 

 十数枚の円盤状の弾幕を投げつける布都。一つ一つが回転するそれらはフリスビーのようで、しかし効果は丸鋸のようなのだろう。壁に直撃すると、荒々しい断面の切り口ができていた。

 魔理沙は箒を急発進させ、上空へと逃避する。しかし円盤の弾幕はやはりスペルカードのものだけあり、簡単に撒くことはできない。魔理沙という標的を見失った弾幕は炸裂すると、無数の細かい弾幕となって魔理沙の後を追う。

 魔理沙は下から迫ってくる弾幕を魔道具から放つ光弾で撃ち落とし、防御に徹する。そうした弾幕戦の渦中にいるドラゴンズ・ドリームは、腹立たしいことに涼しい顔をして二人のやり取りを眺めているばかりだ。

 

「いきなりスペルとはやってくれるじゃあねぇかよ。それなら、こっちも遠慮する必要はねぇな!」

 

 魔理沙は八卦路を構える。マスタースパークの準備だ。

 だが彼女がそれを放つことはなかった。飛び交う弾幕、広がる爆煙の中を布都は進み、ドラゴンズ・ドリームに近づいていたのを目撃したからである。吉凶の方角を知りたいのか? 否。それはすぐに分かった。ドラゴンズ・ドリームには、まだ魔理沙の知らない力がある。

 

「お前……何するつもりだ……!?」

 

「さっき言っておったろう。(ドラゴン)はお主の右頬を指し示していた。お主の『凶の方角』として! つまり()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 そう叫んだ布都はドラゴンズ・ドリームに触れる。するとどうだ、なんとドラゴンに触れた布都の腕はバラバラになるような映像と共に消えて無くなってしまった。

 「攻撃は確定」「魔理沙の凶の方角」。布都が何をしたのか、魔理沙には全く理解ができない。とにかく分かるのは、これからマズいことが起こるということだけだ。中立であるドラゴンズ・ドリームはようやく口を開いて教えてくれる。

 

『右頬ダゼ。気ヲ付ケナ……イヤ、モウ遅イカ』

 

「えっ…………」

 

 視界の右端の方が急に眩しく輝きだす。

 見てみれば、消えたはずの布都の腕。それが自身の右頬の横に現れ、光弾を放たんとしていた。超至近距離のゼロ距離放射である。魔理沙はとっさに防御しようとしたが、ドラゴンが言うように、もう遅かった。

 

 

ボグオォオオッ

 

 

 魔理沙は布都の放った青い閃光に呑み込まれた。

 

 

 

 




これからも楽しみにしていただけると嬉しいです!


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