荒野の少女と1つのセカイ (kasyopa)
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メインストーリー編
オープニング


──お父さんとお母さんに私の演奏を聞いてほしい

 

──始めたきっかけはそんな些細なことだった

 

──上手く演奏できれば褒めてくれて、

  失敗しても励ましてくれて。

 

 

「私、もっともっと練習して上手に弾けるようにがんばるね!」

 

コンクールで入賞した時に褒めてくれた両親に向けた言葉。

大好きな2人が応援してくれるから続けられた。

大好きな音楽を、大好きな人の声援に乗せて奏でる楽しさは、他に代えがたかった。

 

──だからいっぱいいっぱい練習して

 

──ただ、そんな時間が続けばいいって思っていた

 

 

雨が降る。黒い服に身を包んだ人たちが悲しみの雨に頬を濡らしていた。

立てかけられた両親の写真が目に映る。

死因は交通事故。雪でスリップした車が歩道に突っ込んで、両親が巻き込まれた。

ただそれだけ。ただそれだけのことなのに。

 

「(──どうして?)」

 

心の問いに答える人は誰もいない。隣では妹が叔父と叔母に泣きついている。

私の分まで泣いているように見えて、私は一生懸命涙を我慢した。

 

それでも涙はあふれてくる。思い浮かぶのは両親のいた日々。

そしてなによりもよぎるのは、約束。

 

『私、もっともっと練習して上手に弾けるようにがんばるね!』

 

でも、聞いてくれる人はいない。

そして何よりもこれから私達はどうやって生きていけばいいのか。ただそれだけだった。

両親の棺を載せた車が式場を出ていく。残された私達はその場に立ち尽くしていた。

 

「お姉ちゃん」

「大丈夫。大丈夫だから。私が、守ってあげるからね」

 

妹が不安を隠しきれない様子で私の服の袖を引っ張る。

応えるように涙をぬぐい抱きしめると再び泣き始めてしまった。

必死に言葉をかけるも泣き止んでくれない。

それはそうだ。彼女もどうしたらいいか分からないのだ。

私も守ると言ったが具体的に何をしたらいいかなんてわからない。

 

そんな中、一組の男女がしゃがみ込み私達と視線を合わせた。

 

「君達2人は、私達が預かるよ」

 

それは先ほど妹が泣きついていた叔父と叔母だった。

 

二人には子供がおらず私達にとってもありがたい申し出であったため、

二つ返事で保護下へと入った。

 

 

 

そして現在へと時は移り。

 

「ありがとうございましたー」

 

お客さんの背中にお辞儀をして、お礼を述べる。

これで最後のお客さんだ。閉店の準備へと取り掛かろうとしたところで、

バックヤードにいた店長さんが顔を出した。

 

鶴音(たずね)さん、もうそろそろ終電の時間でしょ?」

「あっ、本当ですね! ではお先に失礼します」

「はーい。気を付けてね~」

 

店の制服から学校の制服に着替えて駅へと向かう。

急いだ甲斐あって終電の一本前で間に合った。

イヤホンを耳に、スマホの音楽を再生する。

 

J-POP、アニソン、ジャズ、ロックなどいろんなジャンルの曲があるが、

私の好んで聞く曲はそれらではない。

 

「KAITOの曲……やっぱり落ち着く」

 

バーチャルシンガー。人が作った曲を代わりに歌ってくれるパソコンソフト。

今では世界的な人気を博し、初音ミクを筆頭に今なお様々なところで愛されている。

そんなバーチャルシンガーの中でも一番好きなのがKAITOの楽曲だった。

 

物悲しげで静かな音色が響き渡り、思考が落ち着いてくる。

流れる街並みを眺めながら感傷に浸る。

あれから変わったこととがあるかといえば、あった。

 

私は無事公立の高校に進学し、新しい生活をスタートしている。

妹の方も3年目の中学生生活を送っている。

 

中学に入ってからは、音楽をやめた。

叔父と叔母に迷惑をかけないように中学に入ってすぐ新聞配達のバイトを始め、

高校に進学してもすぐ学校から近い楽器屋さんでバイトを始めた。

それで私の分と妹の分のお小遣いを稼いでいる。

ただでさえ食費や電気代など、普段なかった出費を強いているのだ。

これ以上迷惑はかけられない。

 

駅を降りてベンチに座り、音楽を止めようとしたところで見慣れぬ曲を見つける。

 

「Untitled?」

 

名前のない楽曲。そんなものを入れた覚えはない。それでも興味本位で再生してみる。

すると、スマホから光が溢れて──

 

 

 

気付けば見知らぬところに立っていた。

 

鈍色の空。枯草の草原。丘の上に立つ葉のない枯れ木。

そしてその木の傍に、赤と青の影が立っていた。影は気付いたのかこちらへと近付いてくる。

それにつれて輪郭がはっきりしていき誰なのか分かるようになる。

しかしその人物は本来いないはずの存在。

 

多くの人々の歌を歌いあげ、日本に、世界に広めてきた存在。

 

「初めまして、言葉(ことは)。セカイへようこそ」

「歓迎するわよ」

「MEIKOにKAITO・・・どうして私の名前を知って」

 

いつしか見た紅葉と時雨の衣装に身を包んだ二人が、私の名を呼んで出迎えた。

 

二人はバーチャルシンガーと呼ばれる存在。

それはパソコンのソフトであってロボットではない。

こんな不思議な場所へやってきたことよりも、重要なことだった。

そして何より──『言葉(ことは)』。『鶴音(たずね) 言葉(ことは)』は私の名前だ。

手の込んだファンサービスというようには見えない。

 

「それは、ここが貴女の想いから出来たセカイだからよ」

「セカイ?」

「そう、セカイ。君の本当の想いを見つける為の場所」

 

セカイ、想い。妙に聞きなれた単語でありながらそれが意味する物は計り知れない。

理解出来ないことが多い。けれど彼女達は物腰低く、優しい雰囲気を纏って話しかけてくる。

こういう時はまず、1つずつ分からないことを聞いていけばいい。

 

「あの、お話の途中で申し訳ないんですけど、まずテレビの企画とかじゃ、ないんですよね?」

 

その問いかけに二人は顔を見合わせ、笑みをこぼす。

 

「ええそうよ。でもそんな物よりももっと素敵なものだと思うわ」

 

よくあるテレビのドッキリ企画とか、そういう物ではないらしい。

まぁ逆にそれだったとしたら当選発表とか街頭インタビューとかあると思うし、

こんな唐突に出来るものではない。

 

「えっと、セカイってここのことなんですよね。私の想いから作られた──って!」

 

分析しようとして、今まさに帰宅途中だったことに気付く。

このまま質問をしていってもいいのだが、叔父さん達から何かしら連絡があるかもしれない。

 

「あっ、えっと、私もう帰らないと! 帰り方はあるんですか!」

「ちゃんとあるわ。そのスマホの『Untitled』を止めれば帰ることができるわよ」

「Untitledって、さっきの」

 

手元にあったスマホでは、変わらず『Untitled』というタイトルの曲が再生され続けている。

止めようとしたところで、改めて声をかけれられる。

 

「言葉。もしまた何かあれば僕達に相談しにきてくれるといい」

「私達はずっとここで待ってるわ。貴女の力になるためにもね」

「それって、どういう」

 

見計らったような絶妙なタイミングであったため手は止まらず、停止ボタンに触れる。

光に包まれながら私は最後まで質問を飛ばすことができないままその場を去るのだった。

 

 

 

駅のホームで目を覚ます。

私があのセカイという場所にいる間こっちではどうなっているか見当もつかないから、

幸い人気のないホームで助かった。

スマホの連絡アプリには、ついさっき叔母さんが心配する文章が送られていていたようで。

バイトが忙しくて連絡できなかった旨を伝える。

するとすぐに「気を付けて帰ってきてね」と優しい文章が送られてきた。

 

スマホをしまって改札を出る。頭をよぎるのはセカイのこと。MEIKOとKAITOのこと。

あんな寂しいセカイで、二人は私が来るのを待っていた。

 

でも、何のために? どうしてそこまでして?

 

晴れぬ疑問を胸に秘め、私は足を家へと向けた。



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第1話「いつもの日常」

制服に着替えて学校へと向かう。

 

乗り込んだ車両は人がまばらで中には大きなあくびをしている人もいる。

始発、というわけでもないが学生にしては相当早い時間。

理由としてはあんまり満員電車が好きではないからだ。

 

座席を確保しスマホを開く。

曲のリストを眺めているとまだそこには『Untitled』と書かれた曲が残っていた。

再生は……しない。それより下の曲を流して、ただ窓の外の景色へと目をやる。

変わらずKAITOが静かに、時に熱く、人の悲しさを歌い上げていた。

 

目的の駅について何事もなく校門をくぐる。教室に入っても誰もいない。

この時間にいるのは委員会の仕事で早く登校しているか、部活の朝練かのどちらかだ。

因みに私はそのどちらでもない。

 

黒板を綺麗にして黒板消しもちゃんと汚れを落としておく。

固く絞った綺麗な雑巾で教卓と全員分の机を拭いて、ついでに本棚も整理しておく。

 

誰かにやってくれと頼まれたわけでもない。最初は早く登校するだけの生徒だった。

でも朝の時間が暇だったのと、汚い教室は自分の望むところではない。

いつしかそれが日課となっていた。

このくらいなら誰にも迷惑をかけることはないし、一人で出来る範疇は超えない。

落としどころとしてはちょうどよかった。

 

「さて、と」

 

それが済んだら誰もいない静かな教室を堪能する。これがいわゆる役得という奴だろう。

本棚から適当な本を取りイヤホンをして音楽に浸る。

小説もなかなか面白いもので、あっという間に時間が過ぎていく。

気付けば教室にはクラスメイトが増え始め、ざわつきが大きくなっていた。

 

「おはよー委員長」

「あ、おはよう」

 

よく話すクラスメイトも登校してきたところでイヤホンを外し、他愛ない世間話をする。

昨日のテレビとか、最近流行のものとか、バイトにいた面倒なお客さんとか。

 

「あ、そうそう言葉ってバーチャルシンガーの曲好きだったよね」

「うん、好きだけどそれがどうかしたの?」

「二週間くらい前、だったかな。すっごい伸びてる曲があって」

「えっ、誰の曲」

「これこれ。この人」

 

動画投稿サイトを開いて中身を見せてくれる。名前は『OWN』。

初めて投稿されたのは2週間前。

投稿された曲は10曲にも満たないけれど、全てが20万再生を誇っていた。

 

聞いてみる? とイヤホンを差し出されたところで本鈴のチャイムが鳴る。

 

「あ、ほらもうすぐ先生がくるから」

「おっけー。委員長様の言うことは絶対だからね」

「そんなこと言って全然そんなこと思ってないでしょ」

「あ、バレた?」

 

ため息一つついて、席に戻るクラスメイトを見送る。

ちょうどそのタイミングで担任の先生が入ってきたので号令をかける。

 

「起立、礼」

 

今日もまた、いつもの日々が始まる。

 

 

 

あっという間にお昼休み。

お弁当を片手に教えてもらった曲を聞いてみる。1曲だけ再生を終えて再生するのをやめた。

 

「冷たい曲」

 

綺麗な音色。人を引き込むセンスの塊のようなメロディとリズム。しかし問題はその歌詞だ。

オブラートなんてものを知らない、尖ったナイフのように心を抉ってくる。

あまりにそれがまっすぐすぎて、聞いているのが辛くなった。

 

確かに私は暗い感じの曲が好きだけれど、求めているものはこれじゃない。

救いがどこにもない曲じゃない。打ち消すように別の曲で自分をリセットする。

関連動画に上がっていたのはニーゴの曲。聞くならばまだこっちの方がいい。

蜘蛛の糸のような光がある曲の方が。

 

「あ、委員長。OWNの曲聞いてみた?」

「うん。聞いてみたけど、私には合わないかなって」

「あー、あれエグイからね。ごめんそれ言い忘れてた」

 

屋上で食事をとっていたクラスメイトが足早に戻ってきた。

イヤホンをしてたからか、それを察知して話題を振ってきた。

私は申し訳なさそうに苦い表情を浮かべるが、彼女はそれを気にすることはなかった。

 

「いいのいいの。昔だってこういう曲はいっぱいあったから」

「また始まった言葉の昔話。お昼食べたばっかりでお腹いっぱいなのに聞いたら破裂しちゃう」

「まだなにも言ってないのに」

「でもこれからはじまるんでしょー」

 

おちゃらけた雰囲気でのらりくらりとかわす相手に話すことでもない。

食べ終えたお弁当を包んでいるところでスマホを覗き込まれた。

 

「お、ニーゴの曲。こっちもいいよねー。謎の天才集団って感じ」

「そうだね」

「でもニーゴもOWNも、どうしたらこんな曲が作れるのかな」

 

確かに、と。何かの作品をモチーフにしているわけでもない。

全部がオリジナルだ。MVも曲も全部。それでなお、

こんなにも辛いような、必死にもがいている曲ばかり作れるなんて。

 

──どれだけ光のない場所にいるのだろうか。

 

 

 

午後の授業を終えて放課後へ。

仲の良いあの子は他の友達と共に街へと駆り出していった。

小説に集中していたら、他のクラスメイトも部活やら用事やらで居なくなっていた。

 

「今日はバイトもないし、帰って勉強でも」

 

呟きながら開いたスマホのミュージックアプリ。トップに現れる最新のDL楽曲、Untitled。

ふと蘇るのは自我を持ったMEIKOとKAITOの言葉。

 

『言葉。もしまた何かあれば僕達に相談しにきてくれるといい』

『私達はずっとここで待ってるわ。貴女の力になるためにもね』

 

これを再生すればあのセカイという場所に行けるのだろうか。

 

廊下まで出て誰もいないことを確認。時間にはまだ余裕がある。

私は意を決してもう一度、Untitledを再生した。



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第2話「荒野のセカイ」

目を開けば、あの日の夜と変わらない光景が広がっていた。

鈍色の空。枯草の草原。丘の上に立つ葉のない枯れ木。

それ以外は何もない。太陽の光も遮られ、熱を感じない。冷たい風が頬を撫でる。

制服はもう冬服に移行しているから、寒くはない。

それでもこの光景がより寒さを演出し私は体を震わせた。

 

歩を進める。目的地は丘の上。元々MEIKOとKAITOが居た場所だ。

今でこそ姿はないが、一番見晴らしのいいあの場所ならすぐに見つけることができるだろう。

そしてなにより、動いて体を温めたかった。

 

丘まではさほど距離はないが何せ道がない。くるぶし程まで伸びた枯草が意外にも厄介だった。

慣れない地面に足を取られながらも丘の上へ。

 

後ろを見れば一面に広がる枯草の草原が視界を埋め尽くす。

前を見れば下の方に石造りの家屋と整備された道が見えた。

あの街の中に二人はいるのだろうか。

 

「来てたんだね。言葉」

「いらっしゃい。また会えてうれしいわ」

 

そう思ってまた足を向けた時、足音と共に二人が現れた。

 

「MEIKO、KAITO。良かった。また会えた」

「そんなに心配しなくても、私達はずっとここにいるわよ」

「といっても僕達も散歩から戻ってきたばかりなんだけれどね」

「散歩……?」

 

聞けばこのセカイがどのあたりまで広がっているかは分からないのだという。

なにせセカイを生み出したのは他でもない私だから。

 

「そうだ、セカイ。そのセカイって結局、何なんですか?」

 

結局あの時は詳しい話が出来ないまま私の都合で会話の腰を折ってしまった。

そんな無礼を気にせずKAITOが答えてくれる

 

「セカイは、君の想いで出来たこの場所のことを言うんだ」

「想いはどんなものでも形にできるの。

 もしかしたらこのセカイにも言葉に覚えのあるものがあるんじゃないかしら」

「覚えのあるものって、こんな寂しい場所で」

 

辺りを見渡してふと傍にあった枯れ木に目が留まる。特に何の変哲のない桜の木だった。

 

「これ、実家の近くに生えてた桜の木」

 

まだ両親が生きていたころ。田舎暮らしだった私達の家での話だ。

裏山に1本だけ桜の木が生えていて、春になれば少ないながらも花を咲かせていた。

テレビでお花見を知ってからは、毎年山登り感覚でこの木の元に集まりお花見をした。

 

今ではその実家も土砂崩れの危険があるとのことで戻ることは許されず、

早々に取り壊してしまい桜の木ともお別れとなった。

 

「もう、見ることなんてないと思ってたのに」

 

しかしこの木は枯れてしまっているから蕾すらない。手に触れて冷たさを感じる。

こんなセカイだから枯れてしまったのだろうか。形は保っているが花は咲きそうになかった。

 

それ以外に思い当たるものどころか、物自体がないので再びMEIKOとKAITOへと向き直る。

 

「このセカイが私の想いから出来たっていうのは分かりました。でも」

 

私の想いによって出来た場所であるなら、彼女達が居ることの説明がつかない。

私のセカイに、いくら好きだったとしても部外者である彼女達がいるはずがない。

 

「僕達は、君が本当の想いを見つける為にここにいるんだ」

『そう、セカイ。君の本当の想いを見つける為の場所』

 

あの時彼が言った言葉がよぎる。言葉が重なる。

 

「私の、本当の想いを……こんな寂しいセカイでも、あるっていうの?」

「あるわ、必ず。今はまだ見えないかもしれないけれど、それを手伝うために私達が居るのよ」

 

本当の想いなんて言われても訳が分からない、と反論するところだったけれど、

MEIKOの言葉に一旦思考を落ち着かせる。

 

自分が何をしたいか。何をするべきか。そんなのは簡単に見つけられる物じゃない。

誰しも自分の心に嘘をついて生きている。それがいつしか重なって、見えなくなって。

でも、二人はそれを手伝ってくれるのだという。私一人じゃ無理かもしれない。だけど。

 

二人が信じてくれるなら、頑張ってみよう。私の、本当の想いを探すために。

そう思った私は自然と手を差し出していた。

 

「えっと、よろしくお願いします?」

「ええ。よろしくお願いね、言葉」「うん。よろしくね、言葉」

 

握られ、包まれた手は温かくて。二人が確かにそこにいるのだと教えてくれた。

 

 

 

現実へと戻ってきた私は、外が思いのほか暗くなっていることに驚き学校を飛び出す。

終電にはまだまだ時間があるし、家に門限はない。

 

今回のことでいくつか分かったことがある。

 

1つは、Untitledという楽曲を通じてあのセカイに行けるという事。

2つは、あのセカイという場所は、私の想いから作られたという事。

3つは、セカイにいるMEIKOやKAITOは、実体を持っているという事。

4つは、セカイでの時間の流れは現実と大して変わらないという事。

 

ただ現実の私がどうなっているかは見当もつかない。

俯瞰的に見てくれる誰かが居ない限り証明も難しいだろう。

なら極力人前でUntitledを再生するのはやめた方がいいかもしれない。

これからは時間に余裕があって、かつ自分の部屋くらいにしておこう。

 

ふと思い出されるのはあの灰色のセカイ。あれは私が作り出した。

ああやって面と向かって自分の心象風景を映し出されれば心に来るものがある。

いままで不足なく生きてきたはずだ。なのにあのセカイは冷たかった。

受け入れたくないけれど、受け入れるしかない。あれが今の本当の私なのだと。

 

「そんなこと、出来るわけないよね」

 

16歳の私に、あんなものを見せつけられて納得しろという方が無理な話だった。



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第3話「手放したもの」

何か未練の一つでもあるのではないか。そんな疑念が私を曇らせた。

 

家に帰り宿題を終えた私は戸棚の扉を開ける。

ハンガーにかかった服の下には多くの楽器ケースが積まれている。

その一つを手に取り開ける。中には3つに分けられた銀の金管が詰められていた。

 

「もっともらしい未練、といえばこれだけど」

 

フルート。私が初めて触れた楽器だ。コンクールにもよく出場した。

1位を取れたことは一度としてなかったけれど、入賞はするくらいには頑張った物だ。

それ以外の楽器ケースも取り出して眺める。

ティン・ホイッスルにアイリッシュ・フルート、バグパイプもある。

 

きっかけは忘れてしまったけれど笛その物に魅了されたことがあった。

最初は学校で配られたリコーダー程度だったけれど、

その音色が好きでフルートへ、そして多種多様な笛に繋がった。

 

流石に他の楽器がマイナー過ぎてコンクールがあったのはフルートだけだから、

っていうのは内緒ではあるのだが。

 

どれも大切なものだったけれど、両親が死んでからはとんと触らなくなった。

誰かに言われたからではない。自分で切り捨てなければいけないと思ったからだ。

こうやって今も変わらず生活できているのは、引き取ってくれた叔父さんと叔母さんのお蔭で。

あの時声をかけてくれなければ保護施設かどこかに入れられて、

こんな生活は出来なかっただろう。

 

だから、私は少しでも叔父さんや叔母さんの為に頑張らなければいけない。

といっても学生で稼ぐことができるお金なんてたかが知れている。

ならせめてお小遣いくらいは稼いでその分を少しでも学費に当てて欲しかった。

それでも足りないと思って神山高校を選んだ、

ということもあるけれど別に安く済めばどこでも良かった。

 

「せっかく出してあげたし、お手入れの一つでもしてあげないと」

 

最近は手入れすることも忘れるくらい忙しかったこともあり、

全てのケースがうっすら埃をかぶるくらいには放置していた。

 

フルートから手に取り丁寧に磨いていく。

その輝きを次第に取り戻していくごとに、

私の中で「今演奏してみたら?」という感情が大きくなっていく。

磨き終えた後、組み立てて眺める。

今の私の腕前はどれほどだろう、という興味がついて離れない。

 

そっと口元に持っていこうとした時、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「お姉ちゃん、何度も言ってるけどご飯──」

 

飛び込んできたのは妹の『(ふみ)』だった。

私の一つ下の妹で今は中学三年生。私の、大切な妹だ。

 

文は今まさにフルートを吹こうとした私と、ちりばめられた楽器を見渡し固まっていた。

 

「あ、えっと、ごめん。邪魔しちゃったよね」

「ううん。お手入れしてただけだから大丈夫。それよりご飯だよね」

 

その返事と共に私はそっとベッドの上へ楽器を置き、部屋を後にする。

慌てた様子でついてくる文に在り来たりな質問を飛ばす。

 

「今日の晩御飯は?」

「オムライスだけど……あの、お姉ちゃん」

「何?」

「またフルートとか、やらないの?」

「私はもうやめたから」

 

その時の私は、うまく笑えていたと思う。

 

 

 

「「「「いただきます」」」」

 

家族みんなで食卓に着き声を合わせて食事が始まる。

朝御飯はバラバラだけれど晩御飯くらいは一緒に食べようというのが我が家のスタイル。

 

「言葉さんは今日何かありましたか?」

「今日は……特に何もなかったかな」

 

私の表情の変化に気付いたのか、叔父さんが問いかけてくる。

実際は何もないわけがないけれど話すわけにはいかない。セカイのことも今思っていることも。

 

「そういえば、お姉ちゃんが楽器出してたんだよ」

「ほぅ、それはそれは」

「言葉ちゃんが楽器を。それはいいことね。また演奏しないの?」

「今はバイトで忙しいから、別にいいかな」

 

3人はそれから私が昔に引いていた曲の話や、コンクールの話をしていた。

私は簡単な返事や曲名を答えるだけで特に交じることはなく、早々にオムライスを平らげる。

 

「ごちそうさまでした」

「あら言葉ちゃん、もういいの?」

「うん。ありがとう叔母さん、今日もおいしかった」

 

食器を流しまでもっていって足早にその場を去る。

扉を閉めた後もまだ私の昔話に花を咲かせていた。

 

 

 

部屋に戻るとベッドに置かれたフルートと開かれた楽器ケースが出迎えてくれる。

乾燥剤の匂いも充満していた。

 

「面倒くらいは、ちゃんと見てあげないと」

 

別に楽器が悪いわけじゃない。私が裏切っているわけでもない。

それでも使われないまま朽ちるのは嫌だろうし、私も嫌だから。

 

全ての楽器を清掃し終えて楽器ケースへと戻す。流石に今度は吹こうとも思わなかった。

 

『私はもうやめたから』

 

本当にやめたのなら、売るなり譲るなりすればいいのに。

なんだかんだで当時の私にはそれが出来ないまま、今の今まで戸棚の奥で眠らせていた。

それが今の私にとっていいことなのかはわからない。

踏ん切りがつかないままここまで引き延ばしてきた。

 

「曖昧、だよね」

 

私のつぶやきは誰にも聞かれることなく、宙を舞いそしてそのまま消えていった。



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第4話「ふたつの思い出」

両親を失ってから叔父さん達に預かってもらうことになったけれど、

あいにく二人の家は東の方にあった。

 

そこで急に生活が変わるのも悪いとのことで、

一旦こちらに引っ越してきてくれて遺品整理などをした後、

文が小学校を卒業してから引っ越しすることとなった。

 

私の小学生最後の日。帰り道を妹と一緒に歩きながら私は口を開く。

 

「えっ、お姉ちゃん音楽辞めちゃうの!?」

「うん。中学に入ったらバイトするって決めてたから」

「でもコンクールとか頑張るってあんなに言ってたのに」

 

心底残念そうな顔をするも、私は心に決めていた。

 

「もしかして、お父さんとお母さんが死んじゃったから?」

「うん。それに叔父さんと叔母さんにお世話になるって言っても、やっぱりお金は必要だからね」

 

ほんの少しでもいい。ゼロより1の収入があれば負担が減るはず。

 

「大丈夫。バイトって言っても新聞配達くらいだから」

「そっか……お姉ちゃんのフルートとか、好きだったんだけどな」

「それは、ごめんね」

 

好きと言ってくれることは嬉しかったけれど、それよりも優先すべきことがある。

これからお世話になっていくからこそ今までと同じように甘えてはいられなかった。

 

 

 

家に帰ってからはその旨を二人に伝える。

 

「別にやめることはないんだよ?」

「言葉ちゃんのやりたいことをやってくれたら、私達も満足だから」

 

かけられた言葉はとても優しいものだった。実の子供こそ居ないが本当に優しい人だ。

口調こそ他人行儀に聞こえるが、それは二人の性格から現れたものだろうから気にしなかった。

だからこそ、その好意に私は甘えるわけにはいかなかった。

 

「今は、バイトがやりたいんです。社会勉強をして就職して、少しでも負担がかからないように」

「負担だなんて、私達のことは気にしなくてもいいんだよ?」

「そうそう。蓄えもいっぱいあるからどこに進学してもいいし、何だったら音楽学校だって」

「いいんです。これが私の、やりたいことだから」

 

二人はそれに対して、

学校を休むようなことがあったり、成績が一つでも下がった場合はすぐにやめること、

という条件付きではあるが認めてくれた。

 

その後私は登校前に新聞配達をして学校に登校し、

部活に入ることもなく夕方も夕刊配達のバイトへと駆り出していた。

絶対に無理はしないように毎日ではなく週に2~3回程度。

それ以外の日は勉強や読書をしたりして過ごした。

 

お給料は大人から見れば大したことのない金額だったかもしれないけれど、

何よりも自分の力で稼いだお金ということが嬉しかった。

 

お給料が出たその日私はそれを二人に渡しにいった。

しかし二人は断固として受け取ってくれなかった。

私がバイトの話で食い下がらなかったように、二人にも何か考えがあったのだろう。

 

「それは言葉さんが稼いだお金だ。ならそれは自分の為に使いなさい」

 

その時言われた事は深く心に残った。だったらと私はその日からお小遣いをもらうのをやめた。

別にムキになっていたわけじゃない。ただその言葉を返しただけに過ぎない。

そしてそのお金の半分は、妹の為に使った。

 

一緒に街へ行って流行りのおもちゃや、普段買わないような高いお菓子。

時にはちょっとだけ貯金をして、

遊園地なんかにも連れて行ってもらった時に二人分を自分の財布から出したこともあった。

その時の叔父さんと叔母さん、スタッフさんの苦い笑いは今でもほんの少しだけ覚えている。

 

そして妹の卒業が近づくにつれて引っ越しの準備も進めていた。

荷造りする時は出来る限り物を捨てた方が荷物が少なくなるし、荷解きにも苦労しない。

 

押入れの中にしまい込んでいた楽器ケースを高く積み上げ眺める。

 

「もう演奏しないのに、持っててもしょうがないよね」

 

楽器の処分方法が分からない私は、何気なく叔父さんを呼ぶことにした。

部屋に入るなりそれを見つめた彼は私の頭に手を置く。

 

「叔父さん?」

「これはとっておきなさい。

 言葉さんにとってお父さんとお母さんとの大切な思い出の品だからね」

 

確かに両親に買ってもらったものだけれど、使う理由が無いなら捨てるべきでは。

そう言いかけた私は頭を強引に撫でられ言葉を飲み込んだ。

 

叔父さんと叔母さんの家に引っ越し、

妹が中学に上がってからは彼女も自分の友達と遊ぶ事が増えた為、

給料の半分を妹に渡すようにした。

その為か流行やトレンドが行きかう街で、妹からいろんなものを教えてもらえた。

私は相変わらずバイトと勉強漬けで外の情報には疎かったからだ。

 

 

 

「あ、これこれ。今クラスのみんなで話題になってる曲!」

 

その日もそんな彼女に連れられて街を散策している時だった。

ふと立ち寄ったCDショップで妹が何かを見つけて持ってくる。

そのジャケットには水色(もしくは緑色)のツインテールの少女が大きく描かれていた。

 

「えっと、マジカルミライ……?」

「うん! バーチャルシンガーって言って、パソコンのソフトが歌ってるんだよ!」

「パソコンのソフトが、歌うの?」

「そうそう! とりあえず聞いてみて!」

 

背中を押されて強引にCDの試聴を始めさせられてしまう。

 

そしてその瞬間から私は知ることになる。

人でないものが歌う人の温かさを。人でないからこそ励ましてくれるそんな存在を。

その中でも特に私の胸を打った歌声は。

 

「ねぇ文、この男の人の声のバーチャルシンガーって誰?」

「あれ、ミクちゃんじゃないんだ。お姉ちゃんなら一曲目が好きそうなのに」

「一曲目は……明るすぎるっていうか、激しすぎるっていうか、眩しいって言うかで」

 

それになんとなく、この子のことを知ってる人向けの曲がした。知ってて初めて感動出来る曲。

この男の人の曲は『はじめまして』って言ってくれている感じがした。

 

「そこに書いてあるでしょー? ローマ字でKAITOって」

「KAITO……そういえばさっきの曲も」

 

私は何曲かトラックを巻き戻し、デュエット曲にたどり着く。

 

「この曲はMEIKOって人と歌ってるんだね。凄く、大人で素敵な曲」

「人じゃないよー。バーチャルシンガーだよー。ってもう聞こえてないか」

 

それが私のバーチャルシンガーとの出会いであり、

何より大好きなMEIKOとKAITOとの出会いだった。

それからというもの、自分のお金で少しずつCDを買いそろえて、

静かでゆったりとした曲や、

かつて自分が弾いていた楽器の音色がする曲を好んで聞くようになる。

結果としてセカイが出来た時、二人が導き手となるなど当時の私が知る由もなかった。



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第5話「今もなお」

スマホのアラーム音とバイブレーションで目を覚ます。

カーテンの隙間からは日の光がさしていた。

内容は覚えていないけれど、随分と懐かしい夢を見た気がする。

 

まぁ覚えていないという事はそこまで重要な内容じゃないという事だろう。

身だしなみを整え学校の制服に着替えて部屋を出たところで、

スマホの待ち受けに今日はバイトの日という文字が浮かんでいる。

 

「いけない、制服もっていかなきゃ」

 

部屋の端に置いてあるバイト用の制服をカバンに詰め終え、食卓の扉を開ける。

そこでは既に食後のコーヒーを飲んでいる叔父さんと台所に立つ叔母さんの姿があった。

 

「叔父さん、叔母さんおはよう」

「おはようございます、言葉さん」

「おはよう言葉ちゃん。お弁当ももう出来てるわ」

「ありがとう。いただきます」

 

席について食事を始める頃には、叔父さんは席を立ち玄関へと向かおうとしていた。

 

「それじゃあ私は行ってくるよ」

「はーい、気を付けてね」

「いってらっしゃい叔父さん」

「おはよー……」

 

入れ違いで入ってきたのは妹。まだパジャマ姿で眠いのか目をこすっている。

髪が寝ぐせであらぬ方向を向いていること以外は、いたって普通の朝の光景だ。

 

「あらあら文ちゃん、髪が凄いことになってるわ」

「最近ねー、寒くてお布団が放してくれないのー」

「ほら文、顔洗ってきたら?」

「んー、シャワー浴びてくるー」

 

会話がかみ合っていないところを見ると相当眠いようだ。

顔を洗ってくるように促してもちょっとだけずれた返答をして洗面所の方へと歩いて行った。

まぁシャワー浴びる程度だったらまだ時間があるから問題はないと思う。

 

「ごちそうさまでした。叔母さん、いってくるね」

「はーい。今日はバイト?」

「うん。この前みたいに遅くなることはないと思うから」

「分かったわ。遅くなる時でも連絡さえしてくれれば問題ないから、気にしなくていいわよ」

「ありがとう。それじゃあ行ってきます」

 

弁当箱を受け取って玄関へ。

廊下の奥からは微かにシャワーの音が聞こえてくるあたり、本当にシャワーを浴びているらしい。

 

「叔母さーん! シャンプー切れてるー!」

「はいはい。ちょっと待っててね」

 

いつもよりちょっとだけ騒がしい朝に笑みをこぼしつつ家を後にした。

 

 

 

今日も何事もなく学校を終えてバイト先へ。

 

「おはようございまーす」

「鶴音さんおはよう。今日もよろしくね」

「はい、頑張ります」

 

事務所の扉を開きながら挨拶。真っ先に気付いた店長さんが返事をしてくれる。

制服に着替えてからフロアへ。

職場の人達とはあんまり話さないけど、別に空気が悪いってわけではない。

私が入った頃には独特のコミュニティみたいなのが出来上がっていて、

そこに入ることがはばかられたからだ。

 

フロアもそこそこ広いから色々見て回ったりもしないといけなくて、

忙しいわけではないけれど日課の様なものが多い。

大体売れるのも楽器よりチューニングやメンテナンスの為の道具とかが多い。

 

「鶴音さんって落ち着いてるわよね。何事にも動じないっていうか」

「それ分かる。お化け屋敷とか行っても全然驚かなさそうだよね」

 

ほとんど同年代の先輩達が私のことで何か話している。

名前だけはかろうじて聞き取れたけれどそれより後は何を言っているのかは聞こえなかった。

そんな中で店内の有線放送が聞いたことのある曲を流し始めた。

 

「これ、ミクの曲だ」

 

ほんの少し前から話題になっていたアプリゲームの書き下ろし曲、だったか。

軽快なギターとドラムの音色が心地いい。

昔にアニメの影響で楽器を始めた人も多いと聞くが、

今でもバーチャルシンガーの影響でギターやキーボードを買いに来る人は多い。

楽譜もそれなりに取り扱っているから、とりあえずの入門としてはちょうどいいだろう。

 

「(そういえば、あんまりMEIKOとKAITOの曲ってこういうところじゃ聞かないよね)」

 

ちょっとだけ不遇かもしれないけど、それはひいきというものだ。

それになんとなく、その方が隠れた名曲なんかも多くて私は好きだった。

 

「鶴音さん、ミク好きなの?」

「えっ、はい。好きですけど」

 

私のつぶやきに反応してか、偶然通りかかった店長が話しかけてきた。

確かに初音ミクは世界的に有名なバーチャルシンガーだ。

国内だけでなく海外人気だってそこそこある。

 

「そうなんだ、私も好きなんだー。何の曲が好き?」

「この曲とか、ですかね」

 

売り物である楽譜の一つを開き、目次でタイトルを指す。

初音ミクの中でも卒業ソングとしても歌われたことがあるくらい有名な曲。

 

「へぇー。随分渋い曲が好みなんだね。私はやっぱりこれかなー」

 

店長が指したのは、莫大な人気を誇り幾多の有名な歌手やアイドルにカバーされた曲。

タイトルの一部から連想したのだろうか。

 

「それも凄い曲ですよね。なんていうか、ピアノとギターのパワーが違うっていうか」

「そうそう! 私もピアノやってたから弾いてみようって思ったんだけど、

 すっごく早いし一番弾きたいところは一番難しいしで、結局諦めたんだけど」

 

たはは、と頭の後ろをかきながら笑う彼女に合わせて私も笑みをこぼす。

 

「さてさて、息抜きもこれくらいにして、入ってきた商品があるから陳列頼める?」

「はい。任せてください」

 

店長に連れられて店の奥へと歩いていく。初音ミクの歌声はまだ店内に響いていた。



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第6話「寂れた心象風景」

バイトを終えて帰宅した私は宿題を終え、静かにKAITOのソロ曲を聴く。

ピアノの伴奏だけでただ、優しい歌詞が流れるだけの様な曲だ。

一年位前の曲でも、KAITOの曲からすれば随分と新しく感じてしまう。

 

「こんな静かな、温かい曲もたまにはいいよね」

 

秋はもの悲しさを覚える季節、とよく言われる。だからだろうか色んな事を悲観的に考えがちだ。

特に考えてしまうのは、セカイの事。

 

『セカイは、君の想いで出来たこの場所のことを言うんだ』

 

決して荒れた街並みなんかじゃない。明かりがないわけでもない。

色彩が失われ鈍色に覆われたセカイ。

これから終わっていく兆しを見せるような冷たい風。命が感じられない大地。

枯れた桜の木もまだ根を張っていたがいつ倒れるかもわからない。

 

初めて見た時は考えようとして、やめた。家に帰ることだけを考えていたから。

けれど今やることもない私が考えてしまえば、阻むものなどどこにもなかった。

いけない傾向だと頭が警告を発し始めた頃、ちょうど別の案が降ってくる。

 

「そうだ、ネットなら何か情報が乗ってないかな」

 

こういった不思議な現象が起こっているのなら、

一部の界隈で話題になっていてもおかしくはない。

パソコンからSNSや都市伝説をまとめたウェブサイトなどをはしごしてみる。

しかしヒットするのは明らかに誤変換の文章や、

ウェブ小説などで意図的に変換しているものくらいだった。

 

クラスメイトに聞いてみる……のもやめておこう。

オカルトに詳しい友達なんて一人もいないし、逆に聞かれて色々ボロが出たら怖い。

それに大体そんなことを言っても、アニメか何かの話だと思われて終わりだろう。

 

騒がれていないという事は本当に誰も知らないのか、

知っている人が少なすぎる上に隠している、という可能性がある。

どのみち私が今ここでそういった情報を発信する度胸はなかった。

 

スマホにはまだUntitledが残っている。

再生すればセカイに行くことができるし、

なんならMEIKOやKAITOに聞くことだってできるだろう。

しかしセカイとはなんなのかという、私はまだ本当の意味を知らない。

 

そもそもセカイとは、という問いに対しての回答が曖昧過ぎる。

私が知りたいのは成り立ちや、それが自分にとって本当にいいものなのか、ということだ。

端的に言えば、安心できるのか否かという単純な物に過ぎない。

 

『私の、本当の想いを……こんな寂しいセカイでも、あるっていうの?』

『あるわ、必ず。今はまだ見えないかもしれないけれど、それを手伝うために私達が居るのよ』

 

あの時のMEIKOの顔は真剣そのものだった。

どこからそんな自信が湧いてくるのか分らないけれど、

大人の女性が言うことだからとこちらも信じてしまった。

 

──そもそも何故彼女達は私を助けてくれるのだろうか。

 

MEIKOもKAITOも、私の知るソフトとしての存在じゃない。

ちゃんと人格を持ちセカイの中では実体を持つ。

現実世界に干渉してこないのは騒動などを予見してのことだろう。

 

あそこまで高度な人工知能も自分の知りえる範囲では存在していないのだ。

もしあれほどの精度のものが作れるのなら、よほどの天才か変態かに違いない。

どの道社会不適合者であるのも違いないだろう。オタクからは称賛されるだろうけれど。

 

最初はあちらから誘われた。何らかの事故だったのなら二度と繋がりはしないだろう。

二度目は私の方から訪れた。無事に帰ることも出来たから害のある物とは考えづらい。

 

でももし、彼女達が自分のことをだましていたら。

要点だけ器用に話さず上手くことを運ぶ様な事をしていたら。

彼女達に悪意はなくても、第三者が介入してきたり操られている可能性だってある。

こんなのはただの疑念に過ぎない。それでも考え出したら止まらないのが私の性だった。

 

ともなると今セカイに行く気は起きない。

かといってこの疑念に身を任せUntitledを削除する気も起きなかった。

 

なにより大好きで尊敬する存在が、私の生み出したセカイで二人孤独に待ち続けている。

私の、『本当の想い』というものを見つける為に。

 

あのセカイが、どういった経緯で生まれたかは知らない。

でももし、あの場所に彼女達の言う本当の想いがあるのだとしたら。

それを懸命に探してくれる誰かの想いを消し去りたくはない。

 

彼女達の終わりを決めるのはいつも私達の様な、聞く側の人間なのだ。

私達が見つけた時にその存在が確立され、居ないと言えば居なくなってしまう妖精の様なもの。

実体を持たないとされる空想の存在。忘れられ、捨てられる。

そんな出来事をモチーフにした曲もたくさん歌われてきた。彼女達がそんな存在であるが故に。

 

消えてほしくないエゴと、終わったという観衆に揉まれ彼女達は私達が憎くないのだろうか。

歌いたくもない曲を歌わせるよりも、それはもっとむごいことではないのだろうか。

 

「そんなこと、聞けるわけないよ」

 

ベッドに倒れ込み天井を仰ぐ。考えすぎかそれとも単に眠かったからか。

私は急に重くなった瞼を閉じ、眠りの世界へと落ちていくのだった。



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第7話「心のよりどころ」

 

 

「はぁ、どうすっかな……」

 

私の席の近くで誰かが悩ましい声をあげながら自分の席にどっかりと座り込む。

不揃いとはいえオレンジに染められた髪が特徴的な青年。名前は東雲彰人、君。

一限目の授業が終わるや否や飛び出していったが、戻ってきた時の足取りは重かった。

 

「東雲君、何かあった?」

 

気が付けば話しかけていた。

 

「ああ委員長、別に大したことねえよ。次の授業の教科書忘れただけだしな」

「次の授業はたしか英語だよね。読み上げも多いし大丈夫?」

「あー、まあなんとかなるだろ」

 

というものの、彼の席の回りは普段話しているような子はいない。

彼は当たりが強いところがあるけれど悪い人じゃないのは大体分っている。

気にしすぎることもないと思うけれど……

 

時計を確認。まだ時間には余裕があるし、先生も職員室にいるだろう。

 

「ちょっと待ってて」

「あ、おい──」

 

引き留める声を振り切って教科書を手に職員室へ。

担当の先生に今日の授業の範囲を聞き、コピー機を借りてその分のページをコピーする。

教室に戻って東雲君の席にそれを差し出す。

 

「差し支えなかったらどうぞ」

「どうぞってこれ教科書のコピーだろ。範囲違ったらどうすんだ?」

「そのあたりは先生に範囲聞いてるから大丈夫だよ。それで、どうする?」

「まあもらえるならありがたく貰うけど、別にお礼とか期待すんなよ」

「期待して渡す人なんて高校生ならあんまりいないんじゃないかな」

 

ひらひらと手を振って自分の席に戻ると、いつも話しかけてくれる子が寄ってきた。

 

「流石委員長、手腕は衰えずってところかな」

「そんなのじゃないよ。話しかけたのに何もしないのもあれだったし」

「それはそうだね。そのあたりほっとけなさそうだし」

 

それだけ伝えたかったのか、足早に自分の席へと戻っていく。

ちょうど席に着いた頃に先生も教室に見えたところで号令をかけた。

 

 

 

放課後。帰る準備をしている時に一人の影が近づいてきた。

 

「委員長、これ」

 

誰かと思って顔を上げれば何かにチケットを差し出す東雲君の姿があった。

反射的に受け取ってどんなものかと確認。どうやらライブのチケットのようだ。

 

「どうしたの急に?」

「急にって、朝のお礼っていうかなんつーか、余ってたからやる。

 このイベントに俺と冬弥……別のクラスのやつと出るから、興味あったら見に来いよ」

「まぁこの日は空いてるし、音楽は好きだから構わないけど」

 

とりあえず場所もここから近いようだし、見に行ってみようかな。

 

「ありがとう、見に行かせてもらうね」

「おう、じゃあな」

 

カバンを背中に回しそのまま教室を去っていく彼を見送り、もう一度チケットへ視線を落とす。

楽器はやめてしまったけれど、音楽への興味がなくなったわけじゃない。

こういうことは今まで一度もなかった為少しだけ楽しみに思う私が居た。

 

 

 

そしてあっという間にやってきたイベント当日。音楽と熱狂に包まれたフロアにいた。

時間が過ぎるのはあっという間で熱気も冷めないままにイベントは終了。

私は感想の一つでも言わないと失礼かなと思いつつ、出てくるのを待った。

 

「お疲れ様でしたー。って委員長じゃねーか」

 

出てきた東雲君と相方の人が、意外そうな顔をしている。

 

「お疲れ様東雲君、こういうイベント初めてだったけど、誘ってくれてありがとう」

「委員長ってそういうところ妙に真面目だよな。別にこっちは気にしねーのに」

 

ため息ひとつ吐き、割と面倒そうな視線を送る。

 

「それで態々残ってたってことはそれだけじゃないんだろ? 

 どうだった、初めてなりの感想は?」

「そうだね……なんていうか圧倒されちゃったな」

 

自分があまり聞かないジャンルだったこともあり、正直に言って甘く見ていた。

ミュージシャンと観客が一体となって同じ空間を熱狂させていく。

特に二人が出てきてからの会場の様変わりには驚いた。

観客は待っていましたとばかりに歓声を上げ、

曲が流れ始めれば知らない私ですら呑まれてしまいそうだった。

 

「それに意外だった。東雲君がこんなに必死になれる物があるってことが」

 

いつも学校では不真面目そうな彼でも、ステージの上ではまるで違う。

そんなことを素直に伝えると、さも当然といった表情で彼は口を開いた。

 

「当然だ。何せ俺達はあの『RAD WEEKEND』を超えるんだからな」

「RAD WEEKEND?」

 

聞き覚えのない名前を聞き返すと、説明してくれる。

ここビビッドストリートで行われた、伝説と呼ばれるイベント。それがRAD WEEKEND。

彼らはそれを超える為にここで音楽をやっている。

 

「っと、紹介が遅れたな。こいつが俺の相棒、冬弥だ」

 

メッシュの入った髪に頭一個分ほど高い身長。

至って生真面目そうな彼は、名前こそ知らなかったがよく東雲君といるのを見ていた。

 

「初めまして、神山高校1年C組の鶴音言葉といいます。よろしくね」

「……あ、ああ。1年B組の青柳冬弥だ。よろしく」

 

小さくお辞儀をするも、心ここにあらずといった感じで反応が遅れていた。

 

「どうした冬弥、らしくねえじゃねえか」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 

何でもないってことはないだろうけど、私が首を突っ込むことでもないだろう。

 

「それじゃ私はこれで」

「おう」

 

これ以上言うこともない私はその場を後にする。

帰り道のビビッドストリートでは夜遅くだというのに路上ライブがよく見られた。

その様子は様々ながら、一貫して楽しそうにしている。

そんな笑顔や喧騒が今の私には眩しく見えて、自然と足を速めるのだった。



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第8話「初めから知っていたこと」

 

勉強を進めながら今日のイベントのことを考える。まだ耳には熱狂と残響が響いていた。

それにあの場所その物が音楽に魅入られているようだった。

それだけ東雲君が語った『RAD WEEKEND』というイベントは偉大だったんだろう。

 

「きっかけ、か」

 

かつての自分も、他の人から見ればああいった風に見えたのだろうか。

叔父と叔母と妹が楽しそうに私の昔話をしていたことを考えると、間違ってはいないだろう。

たった一つの想いを胸に努力して、努力して。しかしそれは無慈悲にも奪われてしまった。

 

最近気にしなかった事が追ってくるような錯覚を感じつつも、

何かしらの理由を付けて自分から逃げている気がする。

理由は言わずもがな、セカイというものに触れたから。

でも改めて考えてみれば、私の想いなど最初からそこにあったのだ。

探す必要なんてどこにもない。昔からずっとこの想いを抱いて生きてきた。

 

『両親に私の演奏を聞かせてあげたい』

 

そんな時だった。

自分のスマホがひとりでに輝きだして、画面にKAITOの姿が映し出される。

そんな機能はスマホに搭載されていないが、その光はUntitledの時とよく似ていた為納得する。

 

『言葉、今いいかな』

「うん、勉強中だけど……何かあった?」

『そうだね。口で言うより見てもらった方が早いと思う。

 差支えがなければ一度、セカイに来てくれないかな』

 

勉強中とはいえ、特にこれといったことはない。

むしろセカイにいる彼からの連絡となれば何か異常があったのかもしれない。

でもこちらとしても都合が良かった。私の本当の想いを伝える手間が省けたというもの。

 

「解った。ちょうどいい所で切り上げるからもうちょっと待ってて」

『焦らなくても大丈夫だよ。誘っておいた自分が言うのもなんだけどね』

 

こうも私のことを気にしてくれると、以前考えていた疑念も失われる。

手早く勉強を終えてセカイへと向かった。

 

 

 

セカイに降り立った私はその光景に息をのんだ。

 

「雪……?」

 

吐く息は白く染まり、鈍色の空が白い結晶を絶え間なく降らせている。

一応ここは屋外だから私服に着替えておいたけど、傘を持ってきた方がよかったかもしれない。

ただ不思議なことに冷たいけれど濡れはしない。溶けても消えるだけ。

それでも草原はところどころ雪化粧でおめかしをしている。

 

「濡れないけど積もりはする、って感じなんだ。やっぱり不思議な場所」

 

いつもの桜の木の下には和傘をした二人が待っているのが見える。

体を温める為にも足早にそこへ向う。

 

「MEIKO、KAITO、待たせてごめんね」

「別に気にしなくていいわ。それより──」

「この雪、だよね」

 

以前までは降っていなかった。

ただの天候の変化なら問題ないけれど、ここは私の想いで出来たセカイ。

 

「これってやっぱり、私の影響?」

「そうだね。ここは言葉のセカイだからそれ以外は考えられない」

 

いつの間にか私を傘の中へと入れてくれていたKAITOが語ってくれる。

丘の下に見える街並みも屋根が薄く白く染まっていた。

 

心境の変化がそのままセカイに影響を与える。

そんな現実を目の当たりにされ思わず目を伏せた。

 

「言葉?」

「素直だね、セカイって。私の想いをこんな感じで表すなんて」

 

自分の本当の想いがこのセカイに雪を降らせた。

KAITOが呼んだのはそういう事を察知したから……ではなさそうだった。

単に変化が起きたから、何か思い出せるかもしれないから、わざわざ呼んでくれたんだ。

ならいっそここで明かしてしまうのがタイミング的にもちょうどいいだろう。

 

「良かったら、話してみない? 口に出すだけでも楽になるかもしれないから」

「そうだね……うん」

 

MEIKOも私の変化に気付いたのか優しく声をかけてくれる。それを皮切りに私は語り始めた。

 

今日クラスメイトから誘われて音楽のイベントに参加したこと。

そのイベントは素敵な物で私に忘れようとしていたことを思い出させてくれた。

私がかつて抱いていた想いを。

 

最初からそんなことなど二人からすればお見通しかもしれない。

それでも語らずにはいられなかった。

 

「だから、このセカイは私の未練の形なんだと思う」

 

私の演奏をお父さんとお母さんにただ聞かせてあげたいという想い。

それは永遠に叶わない。届かない。それでもなお捨てきれない想い。

 

だからこのセカイはずっと両親が死んだ冬のままだ。

二人との思い出が残るこの桜の木を残して、何もない。誰もいない。導き手である二人を除いて。

 

「私の本当の想いは、最初からここにあったんだ。両親に私の演奏を聞かせたい、

 っていう想いが」

 

私が語っている間、二人は何も言わずにただ聞いてくれた。

それが少し嬉しくて、申し訳なくて。

 

「ごめんね二人とも。私はもう、大丈夫だから」

 

謝罪と感謝の言葉を口にする。しかし二人の表情は釈然としないものだった。

 

「──その想いは本当に今の君の『想い』なのかな?」

「だってそれ以外ないよ。このセカイを見ればわかるでしょ? 私の想いは叶わないんだから」

 

こうやって、諦めきれない想いを抱いて生きていく。

誰しも想いが叶うとは限らないし、何らかの要因によって叶えることが出来なくなることもある。

なら何らかの形で割り切るしかないんだ。

私のセカイはその想いを時折忘れそうになった時の為に残っている。

この先また迷いそうになった時に、思い出させてくれるための場所なんだ。

 

「「………」」

 

その言葉で何かに気付いたのか、彼女達は何も言うことはなかった。

そして表情が明るくなることもない。

最終的に私はそれが気まずくなり、適当な言い訳をつけ現実へ帰る。

 

逃げるようにしてベッドの上に倒れ込み冷え切った体を布団で温める。

目を閉じれば思い浮かぶのは二人の顔。

セカイのお蔭でMEIKOやKAITOに会うことができた。

でも会うためにはセカイで自分の想いと向き合わなければいけない。

 

「……セカイっていうのはどこも、いいことばっかりじゃないね」

 

綺麗なものばかりでは人は生きていけない。常に苦楽を共にして生きていく。

そんな事を思いながら私は眠りに落ちていくのだった。



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第9話「人の想いは穢さない」

少し悪いことをしたかな。

 

そんな気持ちがずっと私の中で渦巻いている。

折角セカイという場所でMEIKOとKAITOが頑張ってくれたのに、

あんなにあっけなく終わってしまうなんて。

でも実際2人がセカイに導いてくれなければ自分の心境を目で見ることは叶わなかった。

 

「(今度改めて謝りにいこう……あ、好きなものでも持っていこうかな)」

 

MEIKOとKAITOと言えばお酒とアイス。

ファンが勝手につけた認識の一つではあるけど、

ミクのネギに比べればそのまま食べ飲み出来る分まだ困ることはないだろう。

あんな雪の降るセカイでアイスを差し出す方もどうかと思うが。

 

「すみません」

「いらっしゃいませー。あ、いつもご利用ありがとうございます」

 

グレーのショートヘアーに黄緑色の瞳の少女。

ここのお店でもそこそこ噂になっている常連さん。

名前は知らないけど何度か対応したことがある。

見たところ私と同じくらいの年だけれど、制服からして宮益坂の人だと思う。

 

「袋はご入用になりますでしょうか?」

「はい、お願いします」

 

商品はベースの弦に楽譜。

少し話したいとは思うけれど待たせてしまっても悪い為手早く済ませる。

 

「お待たせ致しました。こちらおつりに、商品となります。ありがとうございました」

 

おつりを手渡して頭を下げる。

ちょうどそのタイミングでフロアの人と交代の時間になり、フロア巡回と清掃を行う。

 

やっぱりというか、ここ最近音楽関連に敏感になっていた。

特に同じくらいの年の子が相手であればなおさらで、

楽器やジャンルが違っても意識してしまう。

自分もあのまま続けていたらどうなっていたのか、というありもしない自分のことを。

 

そんな中で、先ほどの少女が入り口近くで友達と思わしき2人と会話しているのが目に入った。

会話の内容は聞き取れないが先ほど購入した楽譜を見せているあたりバンド仲間といった所か。

しばらくして会話は終わり、嬉しそうにしている二人を残して常連さんは行ってしまった。

青春っぽいなと思って遠目に見ていると、片方の黒髪の少女と目が合った。

 

「店員さん、すみません!」

「はい、いかがなさいましたか?」

「アタシにこのお店一番のシンセサイザーを下さい!」

 

そう言って隣の金髪の女の子がまるでお嫁を取りに来たかのように、

迫真の演技で頭を下げ財布を差し出した。

 

「咲希……その言い方はちょっと違うかな」

「ええー!? だって一生に一度かもしれない買い物だよ!? ここぞって時に使わなきゃ!」

「ふふっ。あっ、すみません。シンセですよね。ご案内します」

 

時が凍り付いたかと思えば、黒髪の子が苦笑いしながら優しくツッコミを入れた。

演じていた彼女は割と真剣だったからか冗談めいて反論する。

そんな光景が微笑ましくて、思わず笑みがこぼれてしまった。

店員である私が笑ってしまっては失礼になるから誤魔化し先導する。

 

「シンセといっても色々種類があるので、

 弾きたい曲とか主に使うところなどを教えていたければご案内出来るかと」

「ええっと、弾きたい曲はいっぱいあるし、出来れば音数が多いので!」

「それに持ち運ぶから軽い方がいいよね」

「あ、そっか。あっちで弾くならそれも考えなきゃだね」

「音数が多くて女の子でも持ち運びしやすい……となるとこれかな」

 

いくつかあるおすすめのシンセを紹介し、実際に触ってもらって選んでもらう。

容姿こそ派手だけれど、弾く時の姿勢やタッチはとても繊細で。けれども見せる表情は明るい。

それをなだめながら出来る限り意思を尊重するもう一人の少女の姿も相まって、

まるで親子だった。

 

「因みにバンドか何かを始められる、とか?」

「そうなんです! 今はまだ2人だけど、頑張っていつかは皆でやれたらなって」

「あっ……すみません。余計なこと聞いてしまったみたいで」

 

これから同じくらいの年の人が音楽を始めるという動機が知りたい。少しの興味だった。

予想外の答えに何やら事情が込み合っているようで、これ以上は聞かない方がいいだろう。

 

「店員さんも何か楽器やってたんですか?」

「フルートや、笛関係を小学生の頃にやってましたね。中学でやめちゃいましたけど」

「あ、そうなんですか……」

 

黒髪の子が話題を変える為に話を振ってくれたのに、ばっさり切り捨ててしまった。

それからも様々なシンセに触れながら店内を回り質問に答える。

あれでもないこれでもないと悩んだ後、最初におすすめしたシンセに戻ってきた。

 

「なんだかんだで戻ってきちゃったね」

「最初に選んだのが結局一番いいって、あるあるだよね」

「そうだねー。店員さん、これでお願いしまーす!」

「はい。ではお手続きしますので少々お待ちください」

 

 

 

「「今日はありがとうございました(!)」」

「またのご来店をお待ちしております」

 

大きな箱を手から下げつつ二人は律儀に挨拶してくれて、それを笑顔で返し背中を見送る。

理由はどうあれこうやってまた一人音楽を始めていく。

出来れば私のようにならないでと、自己満足とエゴを想いながら人を送り出すも、

言葉では表しづらい感情が胸の中で渦巻いていた。



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第10話「見えない道」

自分なりの結論は、想いは、出たというのにまだ迷っている。

 

『──その想いは本当に今の君の『想い』なのかな?』

 

あの時のKAITOの問いかけがどうしても引っかかる。

その答えを知っているような気がするけれど、たとえ懇願しても教えてはくれないだろう。

誰しも必要に迫られた時に物事を必死で覚えようとする。

それが本当に大切なもので、自分の中にあったものだからこそ、自力で見つけてほしいんだ。

しかもこれは数学みたいに決められた答えがあるわけじゃない。

ましてやゲームみたいに固定化された選択肢で選び取るわけでもない。

 

「なんだかわからなくなりそう」

 

『もしまた何かあれば僕達に相談しにきてくれるといい』

『私達はずっとここで待ってるわ。貴女の力になるためにもね』

 

ふいに初めてセカイを訪れた時のことを思い出す。

本当の想いを見つけた後でも相談していいのかな。

 

一人で悩んでも仕方ない。あの時のちゃんとした謝罪も出来ていない。

早々に勉強を切り上げ、まだ早いかもしれないコートを引っ張り出し、Untitledを再生した。

 

 

 

はぁ、と息を吐けば途端に白くなる。なんとなくこの前訪れた時より寒くなっている気がした。

雪の深さもところどころ足を取られる程にまで降り積もっている。

コートは着てきたけれど靴はただの靴。歩を進めるたび隙間から雪が入ってくる。

濡れないからと無視して歩くも冷たさだけはどうにもならず、時折止まっては掻き出す。

 

枯れ木の元にたどり着いたものの思いのほか体力を使ってしまった。

お蔭で体は温まったけれどコートの中では汗をかいている。

手や足の冷たさも相まってまたお風呂に行かなきゃいけない。

そんなことを呑気に考えているところで違和感に気付く。

 

普段なら丘の上で待ってくれているのに今日は二人の姿がどこにも見当たらない。

ほんのり寂しさを覚えながらも、傍にある桜の木に身を寄せる。

冬は嫌いだけどこんなにも幻想的な景色は現実で見たことがない。

 

自分の本当の想いがどうであれ、この景色は他に代えがたい物。

忘れないようにスマホで撮影しようとしたところで、

カメラ越しに赤い影がこちらに近付いてきているのが見えた。

 

「MEIKO!」

「こんばんわ言葉。やっぱり来てたのね」

 

雪の上を軽快に歩く姿から、本来の情熱的で活発な彼女らしさを感じる。

 

「KAITOは?」

「今雪かきの道具を探してるところよ。ここまで積もってきたら言葉が歩き辛いでしょ?」

「私のセカイにそんなものあるのかな?」

 

セカイに心地よさを覚え始めている今では、この景色すらいとおしく思った。

この綺麗な景色は誰も居ないということと、人の手が介在していないという二つの効果が大きい。

態々それを壊すようなことを私が望むだろうか。恐らくないだろう。

 

「この綺麗な景色がなくなるのはちょっと嫌かな」

「でも積もってきたらここまで来るもの一苦労ね」

「うっ……」

 

言われてみればここまで来るのにかかった労力と釣り合うかと言えば難しい。

出来る限り早くKAITOが雪かきの道具を見つけられるようにお祈りしておこう。

 

「それで、ここに来たってことは悩みがあるんじゃない?」

「流石MEIKOさんですね」

 

私はここに来た理由をつらつらと述べる。

本当の想いを見つけたはいいけれどそれをどう生かせばいいか分からない。

いままでずっと両親の為に捧げてきた想いをどうすればいいか分からない。

それでもこの想いは捨てたくない。捨ててしまえば私ではなくなる気がして。

 

それに加えて自分の回りで同じ年くらいの人達が自分の道を決めて走っていることで、

焦りにも似た気持ちがあることも含めて、私は話した。

 

「わがままですよね」

「そんなわがままも私はいいと思うけど」

「えっ」

 

愛想笑いで悩む自分を笑い飛ばそうとしたところで意外な言葉が飛んでくる。

MEIKOのことだからうじうじしないでズバッと決めろ、と言うかと思っていた。

 

「確かに言葉の両親の為に、って想いは大切なものよ。無くしたくないのも当然。

 でもそうね。言葉は両親以外の人に自分の演奏を聞いてもらったことはある?」

「えっと、コンクールなら審査員の人とか、観客の人に、少しは」

 

MEIKOは少し悪戯な笑みを浮かべて私に一つの案を提示する。

 

「なら、こういうのはどうかしら。

 一度だけでいいから、貴女のことを知らない人達に貴女の音楽を聞かせてみるの」

「私を知らない人に? でも、バイトがあるしそんな暇は」

「そう言わずに、ね?」

「……はあ。分かりました。でも一回だけですよ」

 

軽くウィンクを飛ばす彼女を見て小さくため息を吐く。

ひとまず今日は帰って、次来るときに楽器を持ってこよう。

バーチャルシンガーの二人なら観客として申し分ないし、快く引き受けてくれるだろうから。

 

「でも私達じゃダメよ? 確かに興味はあるけれど貴女を知ってしまっているから」

「えっ? ダメなんですか」

「当然。頑張って聞かせてあげて、貴女の音楽を」

 

その言葉を皮切りに私は光に包まれセカイを去り、

自分の部屋のベッドの上で仰向けに寝転がっていた。

 

「……嘘でしょ」

 

してやられた。普通に考えれば当然のことだけれど私の考えが甘かった。

しかもその前条件を提示される前に同意している。もう後に引くことはできない。

 

MEIKOには私をこのセカイに導き、想いと向き合わせてくれた恩がある。

それに一回だけだから問題はないはずだ。これも同意の時に条件として無言の肯定を貰った。

 

これもまた私の悩みを晴らす道しるべとなるのだろうか。今の私にはそれすらわからない。



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第11話「私の中にある音楽」

学校もバイトも休みの日。まだお昼前の人通りが落ち着いてる頃。

私は家族に見つからないようにフルートを家から持ち出し、ビビッドストリートを訪れていた。

理由は当然MEIKOに言われたことを果たすため。

彼女は音楽と言っていたから、歌でも演奏でも構わないだろう。

それでも私にはこれしかなかった。

 

ここは常に様々な音楽が飛び交う場所。通りがかる人もその環境に慣れている。

クラシックの楽器という点で浮いてしまうかもしれないけど、

木を隠すなら森の中というし悪目立ちすることもないだろう。

その分耳も肥えているかもしれない。

けれどそんな人達から評価を貰えるなら、MEIKOの期待に応えられると思う。

 

通りを行ったり来たりして他に誰かやっていないかを確認。

やっているならいい感じの場所を尋ねてみてそこで演奏させてもらえればいい。

と、思っていたのだが流石に早い時間だけあって誰一人として居なかった。

 

入り口もシャッターもない、ただの通りで一人演奏を始めることにする。

 

チューニングを兼ねて音出しを数分。それだけで三年間というブランクを実感する。

昔だったらほんの数十秒で終わっていたものが、今では倍以上かかっている。

最近手入れをしたとはいえ音出し自体は行っていない。

 

そして音出しの時点で興味を持った人達が集まり、また近くのお店の店員さんも遠目に見ていた。

 

「お、フルートなんて珍しいな」

「なんの曲演奏するんだろ」

 

でもこれはただの物珍しさによるものだ。私の演奏によるものじゃない。

 

「………」

 

当たり障りのないように知名度は高い曲の方がいいかもしれない。

でもクラシックをそのまま弾くのでは芸がない。ならいろんなJ-POPとかそのあたりで。

一曲軽く演奏して自分の調子を確かめる。指が上手く動かないのは織り込み済み。

お客さんを飽きさせないためにも、そして自らの技量を確かめるように1コーラスだけ。

二曲目、三曲目と移るにつれて手探りながらも勘を取り戻していく。

 

ただ演奏するにつれて昔のことが思い出されていく。音楽を通じて鮮明なまでに記憶が蘇る。

あの時はこうしていたとか、出来ないのなら他の所でカバーしようとか。

家族のことやコンクールのこと、裏山のお花見のことや何気ない日常のことまで。

 

「なんていうか、普通だな」

「そうだな……」

 

お客さんは一人、また一人と興味を失って行ってしまうが予想通りではあった。

それでも数人のお客さんは最後まで残ってくれている。

時折休憩を挟みながら10曲ほど演奏して頭を下げる。このくらいで終わりにしよう。

 

「ありがとうございました。以上になります」

 

頭を上げれば休みの人もあって始めた頃より人通りが多くなっており、通りも活気だっていた。

静かにゆっくりと拍手が送られる。

コンクールの時よりずっと少なかったけど、それでも最後まで聞いてくれた人には感謝を。

 

「(あれ?)」

 

随分と久しぶりで酷い演奏だったから落ち込むかと思っていたけど、

やりきった達成感からか思いのほか満足していた。

それどころか改善の余地すら考えるほどに。とりあえず楽器をしまってこれからは何をしようか。

 

「お姉ちゃん?」

 

一番聞きなれた声に体が凍り付く。恐る恐る振り返ってみればそこには文の姿があった。

 

「あっ、文……どうして」

「どうしてって、お買い物だけど……それってフルートだよね? じゃあ演奏してたのって」

「──聞いてたの?」

「聞いてたっていうより聞こえてきた、かな。

 こんなに早くからやってる人居ないからよく響くし」

 

聞かれた。よりにもよって自分の妹に。これでは何のために中学で演奏をやめたのかわからない。

何のために今まで必死になってバイトしてきたのかわからない。

文だってそれを理解してくれているはずだ。それなのに私は。

 

「──失望、したよね。私がこんなことにかまけててバイトしてない、なんて」

「バイトのことは関係ないよ。確かに前より下手になってるかもって思ったけど」

「それは私も解ってる。でも、これで最後だから」

「最後なんてそんな、私はお姉ちゃんに」

「大丈夫、解ってるから。終わりにしよう。ありがとう、文。最後の観客が貴女でよかった」

 

精いっぱいの感謝と笑みを送る。

思い出も音楽も、全部捨て去れば本当の意味で今を守ることができる。

この子を守る為なら私は──

 

「だったら、私が思い出させてあげるから!」

 

しかし帰ってきた彼女の言葉は予想外の物だった。

今にも泣き出しそうな顔で私を突き離し、どこかへ向けて走って行ってしまう。

その背中に私は戸惑うことしかできないのだった。



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第12話「守るだけの存在」

 

家に帰ると玄関に文の靴が散らばっていた。そのまま家に帰っていたらしい。

なるべく気にしないように自分の部屋へと戻り、楽器ケースを奥へとしまう。

 

これでもう二度と使うことはないだろう。自分の腕前は落ちぶれ妹からも指摘された。

これからは文の為にも頑張ってバイトに専念していこう。

 

「言葉、文、ご飯ですよー」

「はーい」

 

叔母さんが下から声をかけたので食卓へ。しかしいつまでたっても文は現れない。

普段なら真っ先に降りてくるか私を呼びに来るかのどちらかだというのに、

二、三度呼びかけても降りてこない所を見るに何かあったのだろうか。

 

「音楽でも聴いてるのかしら?」

「そうかも。私呼んでくる」

 

部屋の前まで移動して数回ノック。返事は帰ってこない。

 

「文? ご飯だけど」

 

声をかけても一向に返事が返ってこない。

叔母さんの言うように音楽でも聴いているのだろうか。

 

「文、入るよ?」

「あー! ちょっと待って待って! 今行く! 今行くから!!」

 

ノックを繰り返し、ドアノブに手をかけた瞬間部屋の中から文の声が慌てて飛び出してくる。

声に驚き後ろにたじろいだお蔭もあってぶつかることはなかった。

 

「お姉ちゃん、見た!?」

「えっと、見たって何を……」

「あ、そっか、見てないなら、大丈夫」

 

肩で息をしながら扉を庇うようにして必死に問いかけてくる彼女に戸惑いながら返事をすると、

安堵したように大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

「何してたの?」

「えーっと……ミクちゃんの曲聞いてたの」

「そっか」

 

何か隠している様子だけれど落ち込んでいる様子ではない為、深く追及はしないでおこう。

二人で階段を下りて食卓へ。

叔父さんと叔母さんが心配して文に質問を飛ばすも、私と同じ返事を返した。

皆が席に着いたところで食事が始まる。

今日の話題も特になし。意外だったのは文が今日の私のことについて話さなかったことだ。

以前なら私がフルートを出していただけで話題に上げていたというのに。

それどころか。

 

「ごちそうさま!」

 

大急ぎで食事を終えたと思ったら途端に自分の部屋へと戻っていった。

 

「何かあったのかしら?」

「私達が口出しすることでもないでしょう。どちらにせよ、夢中になれるのはいいことです」

「夢中になれること……」

 

あの子を一言で表すなら、多趣味。

いろんなことにとりあえず手を出して合うか合わないか確かめる子。

そのため夢中になれることは私より少ないが、何でも楽しむことができる凄い妹だ。

そんな彼女が晩御飯に気付かないくらい夢中になれることがあるのは、誇らしいことでもあった。

 

「言葉さんの方は余り箸が進んでいないようですが、何か気になることでもありましたか?」

「もしかして味付けが口に合わなかった?」

「えっ、あっ、大丈夫。文が凄く早かったから驚いちゃって」

 

指摘されてはじめて気付くが、二人より箸の進みが遅かった。

確かに文の食べる光景に圧倒されたのもあるけれど、それ以前にあまり食欲がなかった。

それでも心配させてはいけないと箸を進めなんとか食べきる。

 

「ごちそうさま。今日もおいしかった」

 

そう言って席を立ち自分の部屋へ向かう。

その時妹の部屋の前で耳をそばだてるも中からは何も聞こえてこなかった。

 

部屋に入りUntitledを起動しようとして、やめる。

本当ならMEIKOに報告すべきなのだがどうしてかそんな気が起きない。

 

『だったら、私が思い出させてあげるから!』

 

目を閉じれば思い出されるあの時の文の言葉が、ずっと私の頭に染みついて離れない。

思い出させる、とはいったい何のことだろうか。もしかしてあの子もセカイのことを知っていて。

それは考えすぎかもしれない。私みたいに一度諦めたような子じゃないから。

 

頭を切り替えて勉強をしていると扉をノックされる。

 

「お姉ちゃん、入っていい?」

「文? いいよ」

 

先ほどとは打って変わってあまり元気がないが、その手にはスマートホンがある。

もしかして本当にセカイ、と思ったところで私の耳にイヤホンをはめ込んだ。

そこから聞こえてくるのは、たどたどしい女の子の声。

世界でもっとも有名なバーチャルシンガーの声。

 

「ミクの曲……?」

 

それでも私はこんな曲とも言えない歌を聞いたことはない。

まるで初めて使った人が作った曲のような。

 

「もしかして、これ、文が?」

「……うん」

 

そして彼女は語る。私が忘れてしまった何かを思い出させるために自分で曲を作ったのだと。

自分の好きな曲を作っている人のように神調教とは言えず、

自分の好きな曲を作っている人のように素敵な歌詞ではない。

それでも、作らないわけにはいかなかったのだと。

 

私はそれを聞いて目を伏せる。この子はここまで成長していたのだと実感する。

たどたどしいながらも、必死になって音楽に打ち込んだ。

これからも続けていけばきっと私より凄い音楽を奏でることができるだろう。

──どうやら、このままの私ではまだ足りないらしい。もっともっと、この子に応える為にも。

 

「……そっか。なら、もっと頑張らなきゃね」

「お姉ちゃん?」

「音楽をやるにはもっとお金がいるからね。来月からはもっと働くからもうちょっと待ってて」

 

私が言い終えた時頬に鋭い痛みが走る。

一瞬のことで何が起きたか分からなかったけれど、響く痛みが実感を沸かせる。

 

「お姉ちゃんの馬鹿!」

 

そう言い残した文は、部屋を飛び出していってしまうのだった。



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第13話「瓦解」

 

「おはよう。叔母さん」

「おはよう言葉ちゃん。もうすぐ行かないと遅刻しちゃうわよ?」

「うん。……ごちそうさま」

 

私が起きだして食卓に座ったのは、叔父さんも文も家を出た後だった。

朝食のパンを一枚だけ食べて席を立つ。

 

「もういいの?」

「食欲ないから、いいかな」

「そう……。最近、文ちゃんとはどう?」

「何にもないよ。ほんと」

 

ここ最近はずっとこんな調子だ。

あの日から文は私に口も利かず、晩御飯の時ですら私と意図的に時間をずらすようになった。

それに加えてこちらのバイト代も受け取らなくなってしまった。

いくら言っても、いらない、の一点張りで顔さえ見せてくれなかった。

 

何がいけなかったのだろうか。私はあの子の為に頑張らなきゃいけないのに。

その援助も出来ていないなんて。

そんなことが積み重なり、今では朝に出る順番が見事に逆転してしまっていた。

今日は特にひどく、急がなければ遅刻してしまうほど。

 

「もし体調が悪いようだったら学校休んでもいいのよ?」

「ううん、気にしないで。いってきます」

 

 

 

満員電車に揺られながらもなんとか学校へ。

風紀委員の人が身だしなみを取り締まっているが、私には関係のないことだった。

 

「あっ、ちょっとそこの人!」

 

校門を通り過ぎようとした時一人の生徒に呼び止められる。

一見するとキッチリとした雰囲気だが、

毛先に紺色のグラデーションが入っているので多少の気さくさが目に取れた。

 

「あの、何かありましたか?」

「ネクタイ、忘れてますよ」

「えっ、あっ……」

 

それを指摘され確かめると本当になかった。

しまったという表情を浮かべていると、相手も意外そうな顔をしていた。

 

「確か1年C組の鶴音さん、ですよね。忘れ物は今回が初めてですから多めに見ますけど、

 次からはちゃんとしてくださいね」

「はい、すみませんでした」

 

頭を下げてその場から去るも、後ろからはひそひそ声が聞こえてくる。

 

「あれって委員長だよね、こんな時間にどうしたんだろう」

「いつもは早いの?」

「うん。クラスで一番で登校して、教室の掃除とかしてるんだけど……どうしたんだろう」

 

身だしなみは心の乱れというが、ここまで参っていたとは思わなかった。

明日からはちゃんとしていかないと。

 

 

 

その後歩いてる時もよそ見してしまって扉にぶつかったりと散々で、

授業にも身が入らず、先生にあてられても上の空だった。

そんなことをしながらも、やっとの思いでしのぎ切りやってきたお昼休み。

 

「委員長大丈夫? なんか最近おかしいよ?」

「おかしい、かな? とりあえずお昼食べるから大丈夫だよ」

 

いつも仲のいい子が心配しながら寄ってくる。

普段は別の友達と食べているので来ることはないのだけれど、

今回は断ってまでこちらに来ていた。

お昼を食べればお腹も膨れて調子も戻るだろうと、カバンの中を漁るもお弁当は見つからない。

そういえば詰めるの忘れてそのままで出てきてしまったのだった。

 

「お弁当忘れたから、先食べてていいよ」

「ん? 解ったけど、買ってくるの?」

「ううん、お昼くらい食べなくても大丈夫だろうから」

「いやいやダメでしょ。何か食べなきゃ死んじゃうよ? 私のメロンパンあげるから頑張って」

「あ、ありがとう」

 

彼女はそういって特大のメロンパンを取り出すと私に差し出した。

実際自分の顔くらいあるので普通に乗り切れるとは思うけれど、

こんなのどこに入ってたのだろう。

 

「あ、お礼なんて考えなくていいよ。委員長にはお世話になってるし。

 ねえ皆ー、委員長に恩返しするチャンスだよー!」

 

その言葉を聞いて一人、また一人とお弁当のおかずや購買のパンを置いていく。

因みにおかずに関しては既に友人が一つ空のパン袋を作っていたため、

机が汚れる心配はなかった。

 

「委員長無理しないでね」

「ここで優しくしてたら課題の納期伸ばしてくれるかもなー」

「バッカお前そういうことは後で言うんだよ」

「「「ハハハ……」」」

「皆、ありがとう」

 

そんなやり取りがあった物の、

私の前には一人では食べきれないくらいの量のおかずやパン、

コンビニのおにぎりまでもが積み上がっていた。

とりあえず長持ちしないからありがたくいただこう。

 

しかし、ここまで皆に心配をかけてしまうとは情けない。

次からはどうにか挽回出来るように努力しなければ。

 

 

 

学校の帰り道、私は一人街の中をさ迷っていた。

文と仲直りしなければこの不調が治ることはないだろう。でもどうすればいいのかわからない。

安直に何かプレゼントをすればまた元通りになるだろうかと街に出てきたが、

今のままでは渡すことはおろか顔を合わすことすらままならない。

それに、あの子の好きなものを姉ながら知らない。

しかし何もしないわけにはいかないと、頭の中で考えを巡らせていた。

 

服や靴、食べ物や小物などを見てはこれじゃない、と店を後にして、

日が傾き始めている時のことだった。

 

「──あるところに、変わり者の錬金術師がいました」

 

街の一角に空いた小さな広場で不思議な光景を目にする。

一人の青年が自分の回りにロボットやドローンを浮かべ、物語を語っているのを。



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第14話「心無いものだとしても」

 

「──あるところに、変わり者の錬金術師がいました」

 

そんな口上で始まる彼のショーは面白かった。

面白いし真新しさもあるけれど、ただ内容が寂しいものだったために観客はいない。

私ただ一人が見つめるショーだったけれどそれでよかった。

今の私にはぴったりとしか言いようのないショーだったから。

 

まるで沈んだ心にそのまま寄り添ってくれるようなもの。

同じ気持ちになったことがあるからこそ解るような、優しい言葉。

 

「とてもいいショーでした。ありがとうございます」

 

それが終わり、青年が頭を下げたところで私は静かな拍手とお布施を渡す。

 

「こちらこそ感謝するよ。僕のショーを最後まで見てくれてありがとう」

 

紫色を下地にところどころ水色のメッシュが入った特徴的な髪。彼の名前には覚えがある。

季節外れに突然転校して学校を沸かせたと思いきや、

奇抜な考えや発明をするマッドサイエンティストと名高い人。

今でも根も葉もない噂が絶えない神山高校が誇る名物生徒。

 

「神代先輩ですよね。こんなところで何をしてるんですか?」

「見てわからないかい? ストリートパフォーマンスだよ」

「ああ、いえ、それは分かるんですけど」

 

手渡されたお金を受け取りつつも少し自慢げに語り楽しそうだった。

それでもその後は私を見下ろし目を合わせてくれる。

 

「君の質問は何をしているというより、何故こんなことをしている、の方だったね」

「そうです。学校ではあんまりいい噂を聞かないので」

「そうだね、なら僕はここで変な噂の腹いせに町の人々を脅かしている、と言ったら?」

「それは嘘ですね」

「どうしてそういえるんだい?」

 

挑戦的な笑みを浮かべる彼に対してバッサリと切り捨てる。

視線を外してドローンやロボットを見るも、どうも人を驚かすようなことはないように見えた。

 

「噂は噂に過ぎません。実害が出ていればそれこそもっと噂になっていますし、

 あんまり私は噂を信じない人なので。」

「なるほど。それに比べて君は評判通りのようだね」

「私の、評判?」

「ああ。案外君が思うよりも有名だよ。といっても名前が知られていることはあまりないようだ」

 

一応噂の一つに「ドローンで全生徒を監視している」というのがあったけど、

それは間違いではないのかもしれない。

それよりも、彼が名前という単語を出したことで自分がまだ名乗っていないことに気付く。

 

「あ、自己紹介が遅れました。私、1年C組の鶴音言葉と言います」

「これはご丁寧に。僕は2年B組の神代類。もう知っているかもしれないけれど」

「それでも自己紹介してもらったことはなかったので」

 

噂以上に変な人かもしれないけれど、それ以上にいい人だった。

変わっているけれど律儀で誠実な人。

その変わっている要素が強すぎて本当の彼が見えていないような。

ああ、だからあんなにも寂しい脚本が書けるのだと、本能的に理解した。

 

「ところで君の様な真面目な生徒がこんなところまで来ているなんて珍しいね」

「たまには、羽目を外したくなる時もあるんですよ」

 

そう言ってビビッドストリートで演奏した時のことを思い出す。

MEIKOの突拍子もない提案から始まり、色々あって妹と仲たがいしてここにいる。

誰が悪いわけでもない。提案も、意見のぶつかり合いも、こうしてここにいるのも。

 

一つのロボットと目が合ってしゃがみこみ掌に載せる。

器用にバランスを取りながら踊るそれは見てて心を和ませた。

 

「心無いものであっても、意味を見出すのは心が有る者、ですね」

「……そうだね。彼らからすればただ歯車を回し決められた行動をしているだけでも、

 それを見た人が面白いと思えば面白くもなるし、楽しくもなる。不思議なものだね」

「そして、心無い物だからこそ、色々考えることもなくなる」

 

バーチャルシンガーも、本来そういうものだと思っていた。

いくら心を歌ってもそれは機能に過ぎない。本当に心を持っているわけではないのだから。

しかしそれはセカイによって覆されたと言っていい。彼女達には心が有るのだと。

心無いものであったなら、どれほど扱うのが楽だっただろうかと。

 

そして何より、心が有るからこそ人間関係という物が難しいのだ。

言葉にしていても本心が別だったり、本心で話していても相手を疑うことで嘘になったり。

難しいからこそ素敵なものともいえるけれど、今の私にとってそう思うことはできなかった。

 

「やっぱり難しいですね。人と付き合うのは」

「………」

 

そのつぶやきに対して彼は何も言わなかったが、その無言が肯定に聞こえた。

彼も昔何かあったのだろう。私とは違うながらも人とうまく行かず離れてしまった。

あの物語の筋書きから大体の背景は推測できる。ただそれはこちらの勝手な思考によるもの。

 

「ねぇ神代先輩」

「なんだい?」

「もしよかったら一人同士、共演しませんか?」

 

そんな一人ぼっち同士だからこそ、突拍子もないことが私の口から飛び出した。

しばらく彼は考えるそぶりを見せた後、静かに首を横に振る。

 

「興味深い提案だけれど、今の所はやめておくよ。

 共演するほどの余裕をお互い持ち合わせていないからね」

「そう、ですね」

 

断られて冷静になる。今日言葉を交わしたばかりの者同士が共演。

まだお互いのことを知らない上に彼の言う通り、今の私に心の余裕などどこにもなかった。

 

「さて、僕はそろそろお暇させてもらうよ。機会があればまたいつか」

「はい。神代先輩」

 

そういってその場を去る彼の背中はほんの少し小さく見えた。



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第15話「過去に縛られたまま」

 

 

「ただいま」

「お帰りなさい。言葉ちゃん、お弁当忘れてたみたいだけど大丈夫だった?」

「うん。クラスの人がお弁当とか分けてくれたから」

「あらあら。ならお礼をしないとね」

「そうだね……」

 

あれからは贈り物を考えることすら忘れて足がそのまま家へと向かっていた。

生返事で答えつつ私は出迎えてくれた叔母さんの横をすり抜け、

自分の部屋へと入ってベッドに倒れ込む。

 

気分転換の為に何か聞こうとイヤホンをして、音が流れないことに違和感を覚える。

よく見ればそのイヤホンは自分の物ではなく文のものだった。

あの時頬を叩かれた時に抜け落ちて、そのまま放置していたのだろう。

あれから一週間ほどたったというのに、取りにくる気配すらない。

それほどまでに嫌われてしまったのだろうか、と思考に浸ればあの時の台詞が脳裏をよぎる。

 

『お姉ちゃんの馬鹿!』

 

残されたあの子の為にがんばってきた私は、どこで間違ってしまったのだろうか。

両親が死んでから? 私がバイトを始めてから? 私が街中で演奏を始めてから?

いくら考えても答えは見えてこない。

 

今度こそ気分転換にと再生リストに手を伸ばす。なんでも良かったので最近再生したものを。

しかし今度も音楽は聞こえてこない。

ついにスマホにも嫌われてしまったかと画面を覗いた時、光に包まれる。

そうだ。最近再生した楽曲は────Untitled。

 

 

 

防寒着も着こまず、靴もないまま私は白い絨毯の上に投げ出された。

体をうずめれば芯まで冷えるような冷たさに飛び起き意識が急に覚醒する。

このセカイは冬真っ只中だからたとえ冬服であっても辛いものは辛い。

 

しかしそれ以上に、私のセカイは私に対してあまりにも残酷な光景を見せた。

 

突風が雪を従え全身に叩きつけてくる。

何とか手で払いながら前を見ても視界は吹雪で覆われ、ここがどこなのかすら解らなかった。

本来なら丘と枯れた桜の木が出迎えてくれるはずだが見えない。

積もっている雪の量も膝くらいに達していて、スカートと素足では進むこともままならない。

 

「(MEIKO……KAITO……!)」

 

口を開けば雪が飛び込んでくるが、それでも声にならない叫びを上げる。

二人は無事だろうか、無事なら返事をしてほしい、と。

 

前に進めば丘があるはずだ。そこで二人が待っている。

そう信じて無理やりに一歩ずつ進んでいく。

しかし段々と足取りは重くなりついに倒れてしまった。

 

「(あっ、スマホ……)」

 

手の中にあったスマホは滑り落ち雪の中へ消える。

その時になってUntitledを止める事を思い出すも後の祭り。

 

ここで死んだらどうなるのだろう。

現実での私がどうなっているか解らないから予想もつかない。

 

「(お父さん……お母さん……文……ごめんね)」

 

急に眠くなってきて目を閉じる。思い出されるのは幸せだった日々。走馬灯というものだろう。

心残りがあるとしたら文と仲直り出来ないことか。

こんな結末を迎えるくらいならもうちょっとあの子のために何かしてあげたのに。

そんなことを思ってもどうにもならないだろう。それでも考えることはやめられなかった。

 

「……! ……!」

 

遠くの方で呼ぶ声がする。

意識を手放す最中、私は誰かに体を引き上げられ温もりを感じるのだった。

 

 

 

煌々と揺れる火の光で目を覚ます。下にはマットが、体には白と赤のコートがあった。

 

「起きたみたいだね。言葉」

 

安堵の表情を浮かべながら青い髪の青年が声をかける。

 

「KAITO! 無事だったの!?」

「急に動かない方がいいよ」

「あっ、ごめん……わひゃあ!?」

 

急に動こうとして体が思うように動かない。どうやら体が冷え切ってしまったのが原因だろう。

コートの上から足をさする彼に感謝しながら、頬に熱い物が押し当てられて驚く。

何事かと思って体をそちらへと向ければ、笑みをこぼすMEIKOがマグカップを差し出していた。

 

「ふふ、お目覚めにホットチョコレートはいかが?」

「MEIKOも無事だったんだね。良かった」

「ええ。KAITOの機転が無かったら私達も危なかったけどね」

 

その言葉と共に受け取りながらそういえばと辺りを見渡すと、

一面の白い壁に覆われており中央でランプの火が周囲を照らし温めていた。

ぽっかりと空いた穴。

一つは天井に、一つは入り口と思われる所から見える外の景色は相変わらず猛吹雪。

そこから一つの答えを導き出す。

 

「もしかしてかまくら?」

「その通り。屋外とはいえ風を凌げれば少しはマシになるからね」

 

少しばかり得意げな顔をするKAITOに、流石冬季に生まれただけのことはある、

と想いながらマグカップに口を付けた。冷え切った体に優しい甘さと温かさが染み渡る。

それによって安心したからか思考が落ち着いてくる。

 

「二人とも、ごめんなさい。私のせいでセカイがこんなことになったんだよね」

「「………」」

 

私の謝罪に対して二人は何も言わなかった。その方が放しやすかったため、言葉を続ける。

 

「私の心が不安定になったから、こんなにひどい天気になって、それで」

「……言葉」

 

KAITOが頭に手のひらをのせて長い髪を梳かすように撫でられる。

それ以上言わないでいいと言っているように。

 

「ゆっくりでいいから、話してくれないかな。何があったのか」

「でも……」

「大丈夫。あなたなりのペースでいいから聞かせてほしいの」

 

MEIKOも私の冷え切った頬に右手を添える。人肌の温かさが私の心を溶かしていく。

やっぱり二人には敵わない。

 

そうして私はあれから起こったことをぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

それをただ頷いたりするだけで、決して口を挟むことはなかった。

そして最後にこう締めくくった。

 

「もう、私にはどうすればいいのかも分からないの」

 

ぽたりぽたりと雫が頬を伝い地面へと零れ落ちる。みっともないけど止められなかった。

そんな時でも二人は何も語らず、まるで私なら大丈夫と信頼してくれているように、

ただ傍にいてくれた。

 

そんな二人が在りし日の両親に見えて泣き出してしまうのだった。



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第16話「残っていた"熱"」

 

 

ひとしきり泣いた後私は残っていたホットチョコレートを飲み干し涙を拭う。

 

「落ち着いた?」

「はい。ありがとうございます」

「ならよかった」

 

そこでようやくMEIKOが口を開き、おかわりを入れてくれた。

すぐには飲まずまだ冷えている指先や頬に当てて温める。

 

「そういえばこんなものまであったんですね」

 

壁に立てかけられている大きいシャベルはわかるが、

このマグカップもランプもホットチョコレートの材料もKAITOが見つけてきてくれたのだろうか。

 

「うん。街の中に雑貨屋さんがあってね。そこで調達したんだ」

「お金払ったの!?」

「そこは気にしなくていいよ。ここはセカイだから君と僕達以外は誰もいないし、

 なんならここにはお金の概念もないようだ」

 

そんな言葉に安堵しながらも一口。

随分とチョコレートが強めだけれどそれがちょうどよかった。

しかし落ち着いてきたからこそ、一つの疑念が再び湧いてくる。

 

「MEIKOもKAITOも、どうして私の為にそこまでしてくれるの?」

 

二人はただひたすらに私の本当の想いを見つけてもらうため、としか言わなかった。

実際は言わせる暇も問いかけることもしなかったと言うべきだろうが。

 

「それは言葉が本当の想いを見つけられたら、歌が生まれるからなのよ」

「歌が生まれる?」

「スマホに入っているUntitled。それが本当の想いを見つけることで歌になるんだ」

「そして私達はその歌を歌うことができるの」

 

にわかに信じがたい話だが、自分の心の在り方で形を変えるセカイのことや、

彼女達がバーチャルシンガーということから自然と納得する。

 

「でもそれなら最初からそういえば私も頑張って本当の想いを探したのに」

「それではダメなんだ。こころもとない時に焦っても空回りしてしまう。

 特に君はこのセカイでは一人だから、なおのこと慎重にならないといけない」

「現に今焦ってるでしょう? そうなったら見つかるものも見つからないわ」

「あっ、ごめんなさい……」

「謝ることはないわ。現に今なら受け止めてしっかり立ち止まることができているんだから」

 

二人の言う通り直後に答えを探すため思考を巡らせていた。

そのことすら見越していたあたり、やっぱり大人なんだなと心を落ち着かせる。

 

確かにいままで私は焦りすぎていたのかもしれない。

よく考えたつもりが現実に突き動かされ目先の安直な答えを選んでいる。

その結果心に余裕を無くし他の人のいうことに耳を貸さなかった。

 

じっと小学生時代の思い出を考える。それも、両親のことではなく妹──文のことだ。

あの子は小さい頃から私の演奏を聴いていた。

自宅で練習することの方が多い為猶更だったけれど一切文句を言わなかった。

コンクールにも必ず見に来たし何度もその時の録画を見直すほどだった。

 

そして私が音楽をやめるといったあの日のことも。

 

『そっか……お姉ちゃんのフルートとか、好きだったんだけどな』

『それは、ごめんね』

 

好きと言ってくれることは嬉しかったけれど、それから彼女に応えてあげられなかった。

それでもあの子はずっと私の音楽を絶やさないために、色々尽くしてくれた。

バーチャルシンガーを教えてくれたのも、

あの日フルートの手入れをしていたのを見たことにより昔の話題を食卓にあげたのも、

今の私の演奏を聞いて繋ぎ止めようとミクで歌を作ったのも。

 

両親だけじゃない。気付いていないだけであの子はずっと私の音楽の傍にいた。

そしてその熱は未だに失われていない。

辺りを照らすランプの火が、少しだけ強くなった気がした。

そんな些細なきっかけと共に、私はホットチョコレートを再び飲み干して立ち上がる。

 

「MEIKO、KAITO。ありがとう。私行くね」

「……そっか。ならこれを渡さないと」

 

KAITOは懐から私のスマホを取りだす。画面ではUntitledが再生されていた。

恐らく落としたものをあらかじめ拾っていてくれたんだろう。

お辞儀して受け取り指先を走らせた。

 

 

//////////////////

 

 

言葉が光に包まれMEIKOとKAITOは安堵の表情を浮かべる。

 

「一時はどうなることかと思ったけれど、これなら大丈夫そうだ」

「ええ。荒療治の甲斐もあったかしら」

「例のストリートパフォーマンスかな?」

 

MEIKOの提案によるソレが功を奏したかどうかは分からない。

それでも彼女の中にはある確証があった。

 

「あの子の本当の想いは、どちらにせよ音楽が中心だからきっかけが必要だと思ったのよ」

「そうだね。そこに妹さんが現れたのもMEIKOの差し金かい?」

「まさか! 私は何もしてないわ。Untitledすら送っていなんだから」

 

確かにそうだ、と首を縦に振るKAITO。

 

「でもそうね。あの子のことだからいつかこのセカイに招くかもしれないわ」

「ならもっと大きなかまくらを用意しないとね」

「さて、それはどうかしら」

 

MEIKOがかまくらの外へと目をやると吹雪が止んでいるのが見えた。

これも言葉の心境の変化によるものだろう。

未だ鈍色の空に太陽は見えないものの、これ以上悪化することはなくなったようだ。

 

「これでまたUntitledが歌に近付いたね」

「ええ。案外すぐかもね? あの子のことだから」

 

二人はお互いのマグカップを軽く当て合い、

笑みと共に最後の一杯となったホットチョコレートを口にした。



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第17話「共に向き合うために」

 

 

 

「文、話があるの」

 

セカイから戻った私は夕日を背に浴びながら妹の部屋の前にいた。

しかしノックをしても扉を開けてはくれない。

部屋の中からは物音がするから居ることは間違いなかった。

 

難しいことだとは最初から解っている。それでも進まなきゃいけない。

これが自分でもたらしたのなら自分でしか解決できない。

 

これ以上嫌われてしまうかもしれない。以前のように仲良くなれないかもしれない。

たとえそんな未来が待っていたとしても私は今を後悔したくなかった。

ただのエゴだと解っていても、それは間違いじゃないと胸を張って言えるから。

 

「わがままだって解ってる。でも、大切な話だから聞いてほしいの」

「……やだ」

 

扉越しに聞こえた文の呟き。それを皮切りに彼女はつらつらと言葉を並べた。

 

「お姉ちゃんはいつだってそう。私のことしか考えてない。

 二人が死んじゃった時も、中学に入ってからも、高校になっても」

 

それに対して曲げようのない事実なために私は何も言わない。

それでもこれからは違う、などとは言わずに次の言葉を待つ。

 

「自分のやりたいこととか何にも言ってくれないし、

 叔父さんと叔母さんも大丈夫って言っても聞かないし。そんなの、お姉ちゃんじゃない!

 そんなお姉ちゃんなんていらない! 死んでるのと同じだよ!」

 

心無い言葉が私の心を貫く。この子には私がそんなにも色あせて見えたのかと。

ここ三年間随分と寂しい思いをさせていたらしい。

素直に受け止め理解する。様々な時に浮かべていた寂しげな表情の意味を。

 

確かに両親が死んだあの日、これからどう生きればいいか分からなかった。

それは必ずしも金銭面の話ではない。何を生きがいにしていくかという人生目標の話だ。

 

『両親に私の演奏を聞かせたい』というのは決して嘘ではない。

しかしそれは既に失われたものであり、

それに縋るからこそ今やりたいことが見つけられなかった。

私の心は自分が思うよりもずっと過去に囚われていたんだ。

 

「あっ……」

 

文はその言葉を最後に何も言わなくなってしまう。

自分でも酷いことを言ったことに気付いたか、それとも自分自身も傷つけてしまったか。

それは私の想像する事でしかなかったが、再び沈黙がその場を支配する。

 

「文、ありがとう。思っていること全部話してくれて」

「あ、えっと、これは……違うの……」

 

扉が開かれて絶望した表情を浮かべる文がふらふらと歩み寄る。

何かに怯えるように震える体を抱き寄せ、自分の温もりを伝える。

 

「お姉ちゃん……?」

「ごめんね文。今まで無理させて」

「う、ああ……!!」

 

これは私一人の物ではないけれど、だからこそ一人を温めるには充分な熱。

そしてたった一言だけ。

この言葉がどんな意味を含んでいるかこの子には分からないかもしれない。

それでも一人の心を溶かすには熱すぎたようで。しばらく家中に文の泣き声が木霊していた。

 

 

 

彼女が泣き止んだ後、私は部屋へと案内されていた。

壁一面には様々な初音ミクのポスターが張り出されている。

しかも全て何かしらのライブによるものらしくロゴが刻まれていた。

棚にはぎっしりとミクのCDが詰まっている。

 

「これ、全部自分で買ったの?」

「うん。ちゃんと正規品だけど、流石に知る前のはイベントの再販品が多いかな」

 

まさかこれほどまでとは、と圧倒されてつつも出されたクッションの上に座る。

急に気まずくなってくるがここで逃げ出しては全てが振り出しに戻ってしまう。

 

「流石に知ってるかなって思ったけど、その様子だと何も知らなかったみたい?」

「うん……あれから何も言わなかったから、飽きちゃったのかと思って」

 

彼女が初音ミクを教えてくれたのは中学の時きりだったため、

そのまま終わっていったのかと思ったけれどその認識は甘かったらしい。

自分の妹のこととはいえこんなことになっているとは思わなかった。

 

「飽きるなんてとんでもないよ! ミクちゃんは人の夢の形なんだよ!?」

 

そこから始まったのは妹による熱い初音ミクに関する解説。

初音ミクという存在がいかに偉大なのかという話が延々と続く。

私もミクが世界で一番有名なバーチャルシンガーということだけしか知らなかったために、

その解説を理解が及ばずとも聞いていた。

 

「どう!? これで今日からお姉ちゃんもミクちゃんに足向けて寝られないよ!」

 

小一時間続いた解説を締めくくった彼女は非常に満足げだった。

圧倒的な熱量の違いとその表情で思わず笑いがこぼれる。

それに対して真剣に聞いてと頬を膨らませる態度が可愛かった為に、

声を出して笑ってしまった。

 

「文が部屋に入れてくれたのは、私にミクを知ってもらうためなの?」

 

そうして、誰かがやったように悪戯な質問を飛ばす。

完全に主導権は握られてしまっているから本来の目的を思い出す為にこちらから話題を振った。

 

「半分はそうだよ。今の私を知ってほしかったから。でも本命はこっち」

 

そう言って彼女が取り出したのは一つのケース。中にはぎっしりとDVDが詰まっている。

タイトルは全て日付で分けられており、全てが三年以上前の物だった。

そのうちのどれかを選び取ってテレビへと差し込む。映っていたのは幼い頃の私の姿だった。

丁寧にお辞儀をした後、手にあるフルートを演奏し始める。

それは少したどたどしいものだったが、演奏を終えた後には拍手が送られていた。

 

「お姉ちゃんが音楽やめちゃったから、ずっと聞いてるの。

 だからあの時吹こうとしてやめちゃったの、本当に残念だったんだ」

 

私が演奏しなくなってからは彼女の中の音楽に空白ができ、

新しいものを求めてさ迷った果てに見つけたのが初音ミクだったらしい。

 

「そっか……ならなおさら、お礼をしなくちゃね」

 

私の傍にいてくれたのは誰なのか。それを改めて知った私は決意を新たにするのだった。



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第18話「過去への餞別、今への祝福」

 

私は自分の部屋へと楽器を取りに戻り、再び文の部屋へ。

 

「何か弾いてほしい曲はある?」

「えっ、弾いてくれるの? 何でもいい?」

「有名な曲なら大体ネットに楽譜があるだろうし、解りやすい曲なら耳コピでも」

「あっ、ならならこれ使って!」

 

CDの棚がスライドして後ろからさらに棚が現れ、本が負けず劣らず詰め込んである。

そこから何冊か取り出して目次とにらめっこした後、ページを開いて差し出してきた。

 

「これ、弾ける?」

「これなら……Aメロ誤魔化すけどいい?」

「全然大丈夫だよ! 早く聞きたいな」

 

そこに載っていたのは再生回数も上から数えた方が早いくらいの曲。

恐らくミクの中で一番有名なラブソング……かもしれない。

妹によれば初音ミクがその汎用性を世に知らしめた曲だそうで、偉大な曲でもあるとか。

 

ページをめくってもらいながら拙い演奏が響き渡る。

それでも静かに喜んでくれる文の笑顔が眩しかった。

 

ふとビビッドストリートで演奏した時のことを思い出す。

あの時はわけもわからず始めた物ではあった為に得られる物は少ないと思っていた。

実際自分の心に響いたものは少なく、得られたのは理由もわからぬ満足だけ。

 

でも今は違う。残された一人の為に捧げる音。

今まで抑えていたものを取り払い自分の全てをぶつける為に。

未だそれは人の為の音楽ではあるけれど、それでよかった。

 

演奏を終えて安堵のため息を吐く。それがお辞儀に見えたのか文は小さな拍手を送ってくれた。

 

「じゃあ、次の曲は何弾こうか?」

「次、次ってホントにいいの? 疲れてない?」

「そこは気にしないで。私は絶対無理はしないって文が一番知ってるでしょ?」

「えー、自分の好きなことには無理してたのに信用ならないね」

 

お返しとばかりに答える彼女と共に笑い合い、彼女はワクワクしながら次の曲を探し始める。

いままで空いた時間を埋めるためにも、今日はとことん付き合うことにしよう。

 

 

 

一体何曲弾いただろうか。

楽譜の中の曲は全て弾き終えてもまだ足りなかったために、

ミクのMIDIデータをダウンロードしてまでいろんな曲を演奏した。

 

「うー、曲ならもっとあるのに出てこない……」

 

マイナーな曲も、有名な曲も、ありとあらゆるジャンルにとらわれることなく。

寧ろ自分よりも曲を提供する文の方に負担が大きかったともいえる。

 

実の所まだ演奏していない代表曲はあるのだが、

バーチャルシンガーだからこそ歌えるハイテンポな曲が多く、

提案こそしてみたものの私のことを気遣ってか頑なに選ぼうとしなかった。

それに加えて雰囲気が暗い曲や怖い曲なども除外していった為、

思いのほか曲数が少なかったようで。

楽しそうに曲を探していた姿はどこへやら、唸りながら膨大なネットの海を彷徨っていた。

 

「えっと、別に今日しか弾いてあげないってことはないよ?」

「ほんとに!? お姉ちゃん大好き!」

 

その言葉に飛び起きて詰め寄ってくる妹に首を縦にして答えると、思いっきり抱きついてきた。

部屋の前の時と違ってとても嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「笛の演奏の次は太鼓の演奏かしら?」

「あ、叔母さんごめんなさい」

「ふふ、いいのよ。でもそろそろ降りてこないとご飯が冷めちゃうわ」

 

部屋が軽くノックされ、気の利いた叔母さんの声が聞こえてきた。

窓の外を見ればもう月が顔を出していて随分と時間が経っていたらしい。

これ以上演奏してもご近所迷惑になるかもしれない。

 

「じゃあまた明日聞かせてほしいな。お姉ちゃんの演奏」

「うん。いつでもいいよ」

 

一旦部屋に戻り楽器の簡単な手入れをしている時、ノックもなしに妹が飛び込んできた。

 

「お姉ちゃん、いままでのバイト代返すね」

 

差し出された貯金通帳だった。

中には確かに渡した今までの給料分が記載されており一切下ろされた形跡がない。

 

「文、どうして?」

「だってお姉ちゃんが稼いだお金だよ? お姉ちゃんが使わないでどうするの?」

 

『それは言葉さんが稼いだお金だ。ならそれは自分の為に使いなさい』

 

昔、そのことで叔父さんと揉めたことがあった。

恐らくこの子はそれを聞いていて解っていながら受け取ってくれたんだ。

 

「でも、これからもミクのグッズとか欲しいでしょ? その時はどうするの?」

「私、Tシャツとかフィギュアとかは買わないからあんまりお金かからないの。

 それに動画配信やってるから、それでちょっと稼いでるんだよ?」

 

得意げな顔をする彼女を見ていると、姉としての威厳が失われていく気がしたが、

それと同時に立派に育っているんだということも実感できる。

私が頑張らなくてもこの子は立派に生きているのだ。

その確認を兼ねて難しい質問を飛ばすことにした。

 

「それでも受け取れないよ。第一もう文は受け取っているし、それは文のお金だよ」

「んー、なら私が何に使っても文句ないよね!」

 

そう言って通帳を私に押し付けて部屋を飛び出していく。

今までの私のように生きることは出来ていても心が死んでいては意味がない。

そんな難しい質問すら突っぱねて明るく振舞う彼女は心も強かった。

 

「ほんと、敵わないな」

 

お手入れもほどほどに私は彼女の背を追う。過去に囚われた私はもうどこにもいなかった。



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第19話「刻まれた音」

晩御飯は目に見えて豪勢だった。それこそ一足も二足も早いクリスマスのように。

叔母さん曰く興が乗った、とのことらしいがきっとお見通しなんだろう。

久々に四人そろって囲んだ食卓に話題は尽きず、特に私の演奏に関することが多かった。

 

そんな時間も終わりを告げ、部屋に戻ってきた時スマホが光っていた。

画面にはKAITOが映っている。

 

『いい顔をするようになったね、言葉』

「KAITO、ありがとう。……今からそっちに行きたいんだけどいいかな」

『いつでもおいで。ここは君のセカイなんだから』

 

その言葉を聞いてクローゼットを開き楽器ケースを取り出す。

今日はもうちょっとだけ騒がしくなりそうだ。

 

 

 

コートを着込んで雪原広がるセカイに降り立つ。吹雪は既に止んでいて雪も降っていない。

丘にはKAITOが作ったと思われるかまくらが残っており、枯れ木と共に新たな目印となっていた。

そして何よりも私の降りた場所から丘に向かう為に雪かきされた道が出来ている。

恐らく吹雪が止んだ後にMEIKOとKAITOが作ってくれたんだろう。

そこそこ覚悟をしてきた分拍子抜けしてしまうが楽なのはいいことだ。

 

かまくらの入り口を覗き込むも二人の姿はどこにもない。町の方へとかり出しているのだろうか。

かじかんだ指を自分の息で温めて、ケースからバグパイプを取り出す。

フルートの音色は妹に聞かせたから、それと同じことをしても味気ないと思った上に、

MEIKOとKAITOには別の恩があるからこそまた違った私の音を聞かせてあげたかった。

 

あの時のように誰かが聞いてくれるわけではないだろうけど、

久々だったために居ないなら今のうちに練習しておきたかった。

 

息を吹き込めばケルト音楽で聞きなれた音色が響き渡る。

フルートとは勝手が全く違う物の、

ただ音色が好きだったからという理由で両親にせがんで買ってもらったもの。

このこともあり二人が生きている頃はあらゆる笛の音が絶えず流れていた。

 

一曲演奏を終えた頃には傍に寄り添う二人の影がこちらの様子を伺っている。

 

「MEIKO、KAITO、お帰り」

「あらあら、こちらが出迎える側なのに出迎えられちゃったわね」

「呼び出しておいて毎回遅れてごめん、言葉」

「別に呼び出されたわけじゃないから気にしてないよ。

 それより二人には聞いていってほしいの。今の私の音色を」

 

そんな私のわがままに対して満足げな表情で首を縦に振る。

二人に出会ってから紆余曲折はあったけれど私はここまで来ることが出来た。

感謝してもしきれない。それでもこの音色で答えを伝えたかった。迷いのないこの音で。

 

「なるほど、これが言葉の答えなんだね」

 

演奏を終えてからKAITOが口を開く。それに対して私は満面の笑みを浮かべた。

 

「そう。私はこれからもずっと私の音を奏で続けていきたい。これが私の本当の想いだよ」

「やっと見つけられたのね。貴女の本当の想いが」

 

両親への想いが失われたわけではない。その熱を糧にして新しい想いにつなぐ。

過去は変えられないけれど、思い方一つで希望にも絶望にもなる。

あの日に囚われた自分とはもうさよならをして、今を歩き出していこう。この音色と共に。

 

その想いに呼応して、スマホが輝きだす。

 

「スマホがセカイで光ってる……?」

「言葉の本当の想いが歌になろうとしているんだ」

「よかったら私達にも歌わせてくれないかしら?」

「うん。私なんかの歌でよかったら、いくらでも」

 

この時のために彼女達は頑張ってきたんだ。それくらい安いもので。

 

心の赴くままに音色を響かせる。

それは鈍色の空に隙間を作り、日の光が大地に降り注がせ雪原の雪を溶かす。

丘の下に見える街へ吹き抜けた一陣の風が鐘を鳴らし、誰もいないというのに生活の火が灯る。

まるで私達の訪れを祝福しているようだった。

 

 

 

三人で奏でた歌も終わりをつげ、スマホの光も小さくなっていた。

そこに映し出されていたのはUntitledが変化したもの。

 

「────って言う曲だったんだ」

 

振り返ると桜の木の下に一つの小さな石碑が立っていた。

それには私の家族の思い出が刻まれていて、古い想いの象徴だという事はすぐに分かった。

 

「やっぱり大切なことは覚えておきたいから、こんな形でも残しておかなきゃね」

 

たとえそれを解ってくれる人が居なくても、こうして刻まれている限り忘れはしない。

古い想いの熱を新しい想いの力に変えて、今を生きていく為に。

 

「ありがとうMEIKO、KAITO。これでなんとかなりそう」

「こちらこそいい歌を歌わせてくれてありがとう」

「また何かあればセカイにいらっしゃい。私達はここで待っているから」

「はい。その時はまたお邪魔しますね」

 

二人に見送られながら私は現実へと帰る。これからも何かあれば頼らせてもらおう。

寧ろ頼っていこう。三人で道を見つけていく為に。

 

 

///////////////////////

 

 

言葉がセカイを去った後、MEIKOとKAITOは丘の上から石造りの街を見下ろしていた。

 

「まさかこの荒野だけじゃなくて街にまで歌が響くなんてね」

「あの街に言葉は行かなかったものね。

 それでも活気を与えたってことはそれだけ大事な場所ってことじゃない?」

 

一度として訪れなかったあの街には人の気配はなく、

KAITOは何度もその雑貨屋でお世話になっていた。

それでも歌が響いている間は確かに街そのものが喜ぶように灯りがともっていた。

 

存在するが到達したことのない場所。それが何を意味するのかまだ二人には分からなかった。




石碑のうた/hinayukki 仕事してP


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第20話「琥珀色の景色」

翌日、私はいつもよりも早くベッドから起きだし、食卓へ顔を出していた。

 

「おはよう叔父さん、叔母さん」

「おや言葉さん。今日は早いんですね。おはようございます」

「うん。昨日はよく眠れたからかも」

「あらあら、ならもうお弁当を忘れることもなさそうね」

「もう、そのことは水に流してくれていいのに」

 

今日も変わりない様子で二人が出迎えてくれる。

叔父さんは今出るところだった様子で挨拶もほどほどに足早に家を後にした。

叔母さんの意地悪な言葉をやんわりとかわしながら席に着く。

 

朝食もいつもより豪華だが、昨日の晩の残りが見える辺り作りすぎていたのだろう。

 

「いただき「おはよう叔母さん!」」

「あら文ちゃん、今日も早いのね」

「うん! なんだか癖になっちゃって」

 

手を合わせて食べようとしたところで文が飛び込んでくる。

どうやら私と顔を合わせないようにしていたのがいつの間にか習慣になっていたらしい。

はたしてそれがいいことなのかはわからないが、遅刻するよりかはずっといいだろう。

 

「そういえば文、受験校決めたの?」

 

季節は秋。中学三年生である文は受験に向けて勉強を始める頃だ。

この子のことだから私と同じ神山高校に行くと思うが……

 

「うん。宮女にしようかなって」

「っ!? けほっ! けほっ!」

「あわわわ! お姉ちゃん大丈夫!?」

 

呑気におみそ汁を飲んでいたところに予想外の名前が飛び出してむせ返る。

しばらく文に背中をさすってもらいなんとか事なきを得た。

 

「あら、文ちゃんのことだから神高にすると思ってたんだけど、どうして?」

「だって神高にはお姉ちゃんがいるでしょ? 私ももうそろそろ姉離れしなきゃって思って」

「あらあら。言われちゃったわね言葉ちゃん」

「ですね」

「それに、憧れの人がいるから」

 

なるほどそういう理由か。

どんなに大事な存在でも、家族でもずっと一緒にいられるわけではない。

そして文にも夢がある。その夢を叶えるために私の存在が時に障害になることもあるだろう。

 

「それに宮女で友達ができたらお姉ちゃんのこといっぱい教えてあげるんだー!」

 

それは姉離れとは言わないのでは?

という疑問が頭を過ったが余計なお世話かもしれないので言うのはやめておく。

なんてことがあったものの無事朝御飯を食べ終え、私は席を立つ。

 

何も変わらない日常。それでも一つだけ違う物があった。

 

「あれお姉ちゃん、それって」

「うん。学校でも出来たら練習しようかなって。叔母さん、文、行ってきます」

「行ってらっしゃい」「行ってらっしゃーい!」

 

 

 

学校についてからというもの、クラスのみんなから受ける視線が集中していた。

正確には私ではなく持ち込んだ楽器ケースなのだが。

 

「おはよー委員長。その楽器ケースなに?」

「これ? 見てもらった方が早いかな」

 

ここでようやくいつも話しているクラスメイトが登校してきて、率直に疑問をぶつけてきた。

机の上に出してきて中身を覗かせるも、変わらず首を傾げるだけ。

寧ろ遠目に観察していた生徒達の視線がさらに集中する。

 

「いやいや、見たことあるかもだけどないような気もするし……」

「なら音を聞いたら分かると思うよ。お昼休み空いてる?」

 

練習するために先生から音楽室の使用許可を貰っている。

吹奏楽部も演奏会などを終えて暇な時期の為使用することもないらしい。

 

「空いてることには空いてるけど、何? 演奏してくれるの?」

「練習だからあんまり上手くないかもだけど、興味あったら」

「へー、折角のお誘いだし面白そうだから行くよ。楽しみにしてるね」

 

面白いものを見つけたような顔を浮かべる彼女は、

ひらひらと手を振って自分の席へと戻っていく。

それを機に仲のいい生徒が彼女に詰め寄って話を聞いていた。

 

 

 

お昼休みの音楽室にて、早々にお昼を終えた私はクラスメイトを観客に演奏会を開いていた。

楽器を見てもパッとしない表情であったものの、

音色を聞くなり納得したようで曲に合わせて手拍子なんかを送ってくれる。

 

「ケルト音楽っていうんだっけ、あの音ってそれだったんだ」

「そうそう。よく聞くけどパッとは出てこないもんね」

「でも何でバグパイプ? もっと有名な楽器とかあるんじゃないの?」

 

その問いに対し一応フルートも吹いてるけどと付け足して。

 

「昔家族旅行でいろんなイベントを見に行った時に素敵だったから、かな」

 

民族音楽や和楽器による演奏。神秘的な音色が壮大さや物悲しさを自在に表現していた。

流石にそういう教室が近場に無かったため、取捨選択の末に残ったのがフルートだった。

 

「つまり委員長のフルートってついでだったりする?」

「あの時はついでだったかな。でも今は大事な思い出だよ」

「へぇー、きっかけは何であれいいことじゃん」

「ありがとう。もう一曲いく?」

「お願いしまーす」

 

その日を境に至って生真面目な生徒が突然楽器の演奏を始めるという怪奇現象は、

生徒達の中でたちまち話題となり、あることないことを含んで噂は波紋を生んだ。

こうして本人の知らぬところで神高の名物生徒へと昇華するのは、時間の問題であった。

 





はじめましての方ははじめまして。
それ以外の方はご無沙汰しております。kasyopaという者です。
今回の話をいったんの節目とさせていただき、ご挨拶させていただいた次第です。

今回、『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat.初音ミク』の
二次創作としてこちらを執筆させていただきました。
メインストーリーを準拠しオープニング+20話構成となっております。


ここまで読んでいただいた方々には多大なる感謝を。

そして────彼女の物語は続いていく。

次回も、問題なく続きます。
どういった話が投稿されるかは、
首を長くしてお待ちいただければと思います。

ただ一つ、『既キャラとの絡みが爆発的に増えます』。


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サイドストーリー編
皆の頼れる学級委員 前編


星1サイドストーリー 前編


 

「それじゃあこれから委員会を決めていくぞー」

 

担任の教師が教壇に立ち黒板へこの学校にある委員会の名前を書きだしていく。

学級委員長が一番右に書かれている。

 

「というわけでまずは学級委員長からだな。誰かやりたい人は──流石にいないか」

 

このクラスに積極的な生徒はおらず、誰一人として手を上げることはなかった。

それに加えて地域毎に分けられ学校に通う小学校・中学校と違って全員が知らない人が大半。

誰かが推薦するわけでもなく、また教師も同じ立場にあった。

 

「なら、私がやりましょうか?」

 

そんな中で一人の女子生徒が手を上げる。

赤みを帯びた長い黒髪を後ろで綺麗に一つに括り、紫の瞳をした少女。

眼鏡を着用しており、一言で表すならば文学少女というのが適切であった。

 

「確か……つるねだったか? やってもらえるか?」

「鶴音(たずね)です。はい。他の人でやりたい人が居なければ、ですけど」

「皆、鶴音が委員長になるが問題ないな?」

 

自己紹介の時に名前と出身地くらいしか言わなかったために消極的なのかと思われていたが、

意外な人物が名乗りを上げたことに多少クラスがざわめく。

しかし自分がやらなくてもいい、という助け舟にあやかる為に皆が肯定的であった。

教師からしてもこれで時間を潰すくらいならと、名簿から黒板に名前を書き写す。

 

「では鶴音、早速で悪いが委員長としての仕事を任せても良いか?」

 

入学して間もないとはいえこれはクラスの行事に近い。

教師ではなく同じ生徒が進行を務めれば自然と一体感も生まれるだろう、

とのことで司会は鶴音に代わり壇上と上がった。

 

「ではこれから他の委員会も決めていきますね。

 と、それよりも先にバイトや習い事がある人は挙手してください」

 

ここからどういった采配を見せるのか、というところでいきなり変化球を飛ばした。

お役免除されるかもしれない、という甘い考えから多くの生徒が挙手する。

 

「じゃあ、挙手した方はそのバイトや習い事の内容を教えてください」

「「「っ!?」」」

 

今度はプライベートに突っ込みかねない直線的な質問にクラス全体がたじろぐ。

その言葉を聞いて語れる理由が無く手を下げる者が大半で早々に不穏な空気が立ち込め始めた。

傍から見ている教師もやりすぎでは、と思い静止の声をかけようとして。

──それでも一人動じずに手を上げ続ける者がいた。

 

「東雲君ですね。どうぞ」

「地元のアパレルショップでバイトをしているのと、

 後は習い事、って程じゃないけどなにより優先させたいことがあります。

 出来れば今回委員会の参加は見送ってもらえると嬉しいです」

「なるほど。クラス行事や学校行事には参加出来そうですか?」

「それくらいなら大丈夫です。そこまで落ちぶれてはないんで」

 

含みのある言葉を交わす生徒同士の会話は傍から見ている生徒の息を呑む。

なにせ二人共の目が本気なのだと見て取れたからだ。

永遠かと思われる沈黙の時に終止符を打ったのは、意外にも鶴音の方だった。

 

「解りました。それなら委員会の参加は見送っておきますね。他の人は……あれ?」

 

満足げに着席する男子生徒──東雲彰人との会話を終えて辺りを見た鶴音だったが、

皆が疲れ切った表情や安堵の表情を浮かべるだけで肝心の挙手をしていなかった。

 

「えっと、さっきみたいに理由を言ってくれれば出来る限り見送りますけど」

「「「(誰もあんなに堂々と言えるか!!)」」」

 

こうしてこのクラスに圧倒的な存在感を放つ二人の生徒が君臨することになる。

 

 

 

「──って感じのことがあったよねー」

「その話、今持ってくる?」

 

というのは昔の話。

半年という時間が経過した現在ではそんな事もいい思い出であり、

率先してクラスを統率する斬新さと寛容さを見せつけそこそこ慕われている。

 

「あれから色々あったけど委員長には助けられてます。ありがとうございますって話」

 

また、自然と学校にも慣れることで気の合う人間を見つけ友というグループを形成していく。

言葉もそんな存在感を放ったことにより一人のクラスメイトに目を付けられ、

よく話したり課題を写させたりとの仲には発展していた。当然写すのは友達の方だが。

 

「あ、東雲君だ」

 

噂をすれば影、というべきか部活の助っ人から戻ってきた彰人とばったり出くわす。

 

「げっ、委員長」

「げっ、じゃないよ。先生が今月末のテストのこと心配してたよ」

 

彼もまたクラスの運動部に時折助っ人として呼ばれるまでの地位を獲得し、

自分なりの学園生活を謳歌している。

しかし何せテスト範囲を山勘で絞って行うため、外れる場合の方が多く赤点常習犯となっていた。

高校ともなれば生活態度はもとよりテストの結果が成績に響いてくる為、

結果的に学級委員長である彼女の耳に入ることが多い。

 

「今度は大丈夫だ。今度はな」

「……あんまり言わないけど、ほどほどにね」

 

悪そうな笑みを浮かべる彼に対して、

やれやれと目を伏せる言葉はその場から友達と共に立ち去る。

勉強の要領は悪くないのだが、その活かし方が悪いのは知っていても指摘は出来ない。

そういう間柄ではないし、何よりそこまで踏み込んでいい問題ではない。

あくまでクラスメイトの関係でしかないのだ。

 

「あ、委員長。今度またノート見せてもらっていい?」

「この前見せた気がするけど……まあいいよ。どのノート?」

「世界史かなー。委員長得意だったよね」

 

そんなこんなで、彼女達の日常は過ぎていくのであった。



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皆の頼れる学級委員 後編

星1サイドストーリー 後編


「委員長ってさ、趣味ってある?」

 

秋風が香りはじめる屋上で言葉と、

その友人であるクラスメイトが昼食を摂っている時のことだった。

 

「どうしたの急に」

「いや委員長って大体本読んでるか掃除してるかバイトしてるぐらいだし」

「まあ、今はお金稼がなきゃいけないからね」

 

そのクラスメイト自身も言葉の内情に踏み入った事はない。

ただよく放課後に街に駆り出そうと誘ったりカラオケなんかにも誘っていいたが、

悉くバイトで断られてしまうために自然とそれが知れていた。

それでも人が悪くないことは周知の事実であったが、

彼女のように深くかかわろうとする人物は他にいなかった。

 

一度、何故自分にそこまでよくしてくれるのか、と聞いたことがあったものの、

『第一印象でビビッと来たから』だなどとよくわからない事を言っていたのを思い出す。

実際言葉が委員長に名乗り出た後の発言はクラス内で話題を生み、

その新鮮味がなくなる頃にはまた新たな爆弾を投下するという芸当を見せつけ、

委員長として頭角を現していったのだが無論言葉がそれを知る由もない。

 

「ダメだなー。学生の身分ならもっと楽しまなきゃ! 特に学割が適応されている間に!」

「学割って言っても、高校生になったらもう大人扱いのところも多いけど」

「それでもカラオケとかなら行けるって! 大学生とかもオッケーだし」

 

若いなら恋しよう! と提案して合コンなどに引き連れ回す人物でないことに感謝していた。

しかしこんな自分に付き合ってくれる彼女に対してはここ半年という時間が経った今でも、

特に何かしたわけではない。

 

「それに息抜きも大事だって。そのままだと、神高初の鉄の女なんて言われかねないよ」

「鉄の女って、それは流石に言いすぎ」

「それはあるよー。あ、そうだ」

 

何かを思いついたかのようにカバンを漁り取り出したのは、一組のチケット。

 

「それってフェニックスワンダーランドの」

「そうそう! 2年に変なポーズ取りながら大声で笑ってる先輩いるでしょ?

 その人のハンカチ拾って届けたらお礼に貰っちゃってさ」

「天馬司先輩だね。でも急にどうして?」

「要約すると、最近フェニランのステージで働き始めたとかなんとか」

 

その詳しい内容に関しては普段意気揚々としている彼女ですら、

遠い目をして語ることはなかった。

言葉自身もその先輩がかなりの変人という事は知っていた為追及しないようにする。

 

「で、どう? 一緒に行かない?」

「まあ、少しくらいならいいかな。日頃お世話になってるお礼も兼ねて」

「素直だな~委員長は~!」

 

こうして半ば強制的とは言えど、

とんとん拍子で話は進んでいき次の休みを合わせることとした。

 

 

 

フェニックスワンダーランド前。

待ち合わせ時間よりも早く現地に赴いた言葉はその来場客の量に驚いていた。

彼女にとってテーマパークなど数年ぶりで、

その盛況ぶりから人気が衰えていない様子から懐かしさを感じるには充分である。

お昼前だというのに未だ絶えぬ客足を眺めながら、一人駆けてくる友人に気付いた。

 

「ごめーん、待った?」

「ううんそんなに。それより凄い人だね」

「フェニランは有名だからねー。とりあえず行こっか」

 

チケット売り場では列が既に出来ており、

もしチケットが無ければそこだけで時間を浪費していたかもしれない。

いや、それでもほとんどの人が笑顔で待っているあたり、楽しいのかもしれない。

 

ゲートをくぐれば様々なアトラクションが出迎えてくれる。

特に目を引くのは観覧車と長蛇の列が出来ているジェットコースター。

 

「あれ、あのコースターあんなに高いところまで行ってたっけ」

「あ、ネオフェニックスコースターだね。最近絶叫系にパワーアップしたらしいよ」

「そうなんだ。ちょっと残念かも」

「ま、人気であり続けるには変わっていかなきゃいけないってことかなー。あ、そうそう」

 

近場のマップから案内用のパンフレットを抜き取った彼女は言葉にある場所を指し示す。

 

「ここ、ワンダーステージって言って先輩がショーしてるんだって。良かったら見に行く?」

「ショー……か」

 

そういえばと、叔父と叔母に連れられて同じ場所でショーを見に行ったことがあった気がする。

今ではどんな内容だったかも忘れてしまっていた為、たまにはいいかと首を縦に振る。

 

「ショーっていつでもやってるのかな」

「いやいや、流石にやってないでしょ。時間調べてその間色々見て回らない?」

「そうだね。じゃあまずは「みんなー、こーんにーちわー!」」

 

早速どこへ向かおうかとしたところで、

どこからか現れた髪も衣装も全身ピンク色に染まっている少女。

入り口の広場で一人の少女が両手をメガホン代わりにして、

入場して間もない人々に呼び掛けている。

 

「もうすぐ楽しい楽しいショーが始まるよー! 

 誰でもわんだほーい! になれる素敵なショーが始まるよー!」

「「わんだほーい?」」

 

聞きなれぬ単語を耳に二人は首を傾げるも、

クラスメイトはすぐさま面白そうな笑みを浮かべてスマホを構えた。

するとそのタイミングでひとしきり宣伝し終えた様子の少女は、

近くの着ぐるみに合図を飛ばし、打ち上げられ空中で一回転して見事に着地する。

 

アクロバティックな身のこなしに思わず目を向けていた人々の大半が拍手を送る。

 

「これよりもっとすごいショーが見たい人は、あたしと一緒にワンダーステージに行こー!」

 

そういって桃色の少女は着ぐるみを数名引き連れ行進を始めた。

それに興味をひかれた人々はまるでパレードのように行進に加わる。

人が増えればそれに興味を持った人が寄っていき、いずれ見えなくなってしまった。

 

「いやー、行っちゃったねー」

「ついていかなくてよかったの?」

「流石にあの量なら満員御礼でしょ。次の時間ならきっと空いてるだろうし」

 

そのあたりはしっかりしてるな、と言葉は笑みを零し新たな興味を示した友人の後を追う。

なお、その後の時間のショーを見に行った二人だが、

桃色の少女が再び観客を引き連れてきた上にリピーターもいた為、

立ち見で見ることになる上にショーがあまり見えなかったのはここだけの話である。

 



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琥珀 前編

星2サイドストーリー 前編


休日のビビッドストリート。

この通りは昔から音楽好きが集い互いを高め合う、巷では名の知れた場所。

時間はちょうどお昼過ぎといった所で店も人もにぎわっていた。

今日もいたるところから様々な音楽が鳴り響く中で、

新参者の少女──鶴音言葉が一人楽器の準備をしている。

 

楽器の演奏という点においては何ら珍しくないのだが、

楽器ケースの中から姿を見せる楽器はどれも見慣れぬものばかりで、

演奏前に組み立てられるその歪な形から通行人の目を引いた。

 

少女が奏でる音楽は秋風が香るこの季節に合った荒野を行く音楽。

ケルト音楽とも称される民族音楽の旋律は周囲の雰囲気を一変させた。

プロのように卓越した技術もなく、場慣れしているように堂々としたものでもない。

ただそれは楽し気な音楽でノリのいいもの。

 

何人かが立ち止まり聞きほれる。

大半は物珍しさからであったが、客側がこういったストリートミュージシャンに慣れている為、

散策中の物見としては絶好の対象であった。

 

「ふう……聞いていただきありがとうございました」

「お嬢ちゃん、その楽器はなんていう楽器なんだい?」

 

律儀にお辞儀をする少女に観客は快い拍手を送る中で、先頭で聞いていた男性が問いかける。

 

「これですか? これはティンホイッスルっていうんです」

「へー、リコーダーとは違うんだな」

「外国の方では凄くポピュラーな楽器なんですよ。もしよければなにかリクエストでも」

「お、嬉しいね。なら────で頼むよ」

 

リクエストされたのは国民的アニメ映画の主題歌。

自然をモチーフにした作品も多く雰囲気はぱっちりであった。

 

快く引き受けた少女はフルコーラスで演奏を始める。

どことなく聞きなれた音色と曲の知名度からか瞬く間に立ち止まる人が増え始め、

曲の終盤では口ずさむ人も出てくるほどであった。

 

「ありがとうございました……!?」

 

一息ついて飲み物を口にしようとしたところで予想外の観客と拍手の多さに驚いてしまう。

寸でのところで咽そうになるのを抑え込み、再度お辞儀をする。

 

「えっと、出来る限りリクエストには答えていきますので、もしよろしければ」

「なら────で!」

「わ、わかりました」

 

食い気味にリクエストされたのは最近放映されたドラマの主題歌。

未だに人気が衰えることを知らない曲で音楽ゲームにもよく採用されていた。

 

群衆ができるほどではなかったものの、観客は入れ代わり立ち代わりで絶えることを知らず、

演奏が終われば途端に次のリクエストが入る為曲のレパートリーが尽きることはない。

 

そんなこんなでほんのりと日が傾き始めた頃にはお開きにして帰り道につく。

思いのほかリクエストやアンコールに応えていたからか心身ともに疲れていた。

どこか適当なところで一服してから帰ろうと思い立ち、見かけたカフェに立ち寄るのだった。

 

 

 

入店を知らせるベルが鳴り、一人の少女が髪を揺らしながら出迎える。

 

「いらっしゃいませー。1名様ですか……ってあれ!? あの時の店員さん!」

「あっ、シンセサイザーを買いに来てた……」

 

金髪に赤のグラデーションが掛かった特徴的なツインテール。

名前こそ知らないもののお互いに見知った仲であった。

特に言葉にとっては忘れられない思い出であり、その後がどうなったのか気になる存在でもあった。

 

「どうしたの天馬さん、そっちの席空いてるわよ?」

「あっ、ごめんなさい! こちらの席へどうぞー」

「ありがとうございます」

「ご注文がお決まり次第お呼びください。ごゆっくりどうぞ!」

 

いくら知り合いであっても片方は勤務中かつ接客中である。

別の店員から教えられた二人用の席に案内しつつも戸惑った様子で早足に立ち去って行った。

一方で言葉はそんな背中を見送りながら明るい子だなと頬を緩ませながらメニュー表に目を向ける。

キャリーカートに括られた楽器ケースは一時的に店内にいた客の目を引いたものの、

ビビッドストリートの存在が知れているからかすぐに視線を外した。

 

「(晩御飯までもうすぐだしドリンクくらいでいいかな)すみません」

「はい、お待たせしました! ご注文をどうぞ」

 

先ほどの少女が待ってましたと言わんばかりに飛び出し注文を取りに来る。

 

「ホットミルクティーをお願いします」

「はい、ホットミルクティーですね! かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「それでは、失礼いたします」

 

礼儀正しく接客するも、少女は隣で存在感を放つ楽器ケースが気になってしょうがないのであった。

しばらくして別の店員が紅茶とミルクをテーブルへと持ってくる。

 

言葉はティーカップを傾けながら、ふとセカイでの出来事を思い出していた。

 

「(そういえばあの時のかまくら、よかったな。また二人と思い出作り出来たら)」

 

言葉の様な年頃であれば、空想だと思っていた存在と会話ができるなど、

夢と間違えてしまうほどのシチュエーション。

だからこそ何気なくてもいいので数多くの思い出が欲しかった。

 

「すみません、相席いいですか?」

「構いませんよ……って、さっきの」

「はい。この度はご来店ありがとうございます!」

 

そんなことを考えている時に、上から声をかけられる。

そこには私服に着替えた先ほどの少女が相席を求めていた。

 

「あ、自己紹介まだだったね。アタシ、天馬咲希! よろしくね!」

「私は鶴音言葉と言います。よろしくお願いします。天馬さんは今あがり?」

「ううん、本当はもうちょっと後だったんだけど、今日は特別にって店長さんが」

 

なるほど、と納得したところへ別の店員が水を持ってくる。

そのタイミングで同じく紅茶を注文するのだった。



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琥珀 後編

星2サイドストーリー 後編


咲希が注文した紅茶が届いた頃には言葉の紅茶がなくなっており、お替りを注文する。

 

「言葉ちゃんって1年生?」

「そうだよ。ということは天馬さんも?」

「うん! よかったー同い年で!

 なんていうかすごく大人って感じだから年上なのかと思ってた」

「ふふ、それはよかった。天馬さんは確か宮女に通ってるんだよね?」

「そうそう! あ、じゃあ神高の人なんだ。ちょっと残念」

 

咲希の通っている学校はシンセサイザーを買いに来た時に制服で確認している。

そんな彼女は少ししょんぼりしつつ紅茶に口を付ける。

 

「なら私からも一つ質問いいかな」

「どうぞどうぞ」

「あれからバンド、続いてる?」

 

両肘を置いて両指を合わせつつ疑問を飛ばした言葉。

ほんのりテンションの高い彼女を抑制するための悪戯な質問であったが、

それが彼女の最も触れてほしい話題だということには気付けなかった。

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。なんとアタシ達、無事4人でバンドを始めたのです!」

 

態々ティーカップを置いてから腰に手を当て自慢げに話し始める咲希。

 

「4人? あの常連の子以外にもやる子がいたってこと?」

「そうなの! 皆大切な幼馴染なんだ~」

 

そこからの話題は自分の幼馴染のことや宮女での充実した生活、

そしてこれからやりたいことを嬉しそうに語って見せた。

 

そんな彼女をまるで母親のようにそのことを聞く言葉に対してはっとする。

自分が夢中になって話していた上に自分しか知らない幼馴染の話であり、

実際に知り合ってもいない相手のことを話してもあまり意味はない。

 

「ごめんね! 自分のことばっかり話しちゃって……」

「ううん、それだけ天馬さんが今を楽しめてるんだなって。

 あんまり力になれなかったかもだけど」

「そんなことないよ! あのキーボード色んな音が出るし、

 それに軽くて持ち運びも便利だからすっごく助かってます!」

「それならよかった。もし何かあったら保証期間中だし、

 メーカーさんに問い合わせたら無償で修理してくれると思うから」

「ありがとう! ところで気になったんだけど、それって楽器だよね」

 

咲希の視線の先。

接客していた時にも気になっていた楽器ケースが括られたキャリーカートがある。

 

「これは……簡単に言うなら民族音楽に使う笛だね」

「笛って、それ全部!? すごーい!」

「すごくないよ、再開したのも最近だから」

 

言葉もお返しにと少しかいつまんで自分の過去について話すが、当然セカイのことには触れない。

話したところで問題はないのだがそれを知る由もなかった。

 

「ならアタシ達、似た者同士かもね」

「そうかも。もし良かったら天馬さん達の演奏、聞かせてほしいな」

「うん! 私も言葉ちゃんの演奏、聞いてみたいな~」

「それなら、明日もビビッドストリートで演奏するから、良かったら聞きに来る?」

「え!? いいの! ほんとに!」

 

思わず席を立ちあがり、店中の視線を集めてしまう。唐突な出来事に言葉も周りに頭を下げた。

 

「えへへ、ごめんね。じゃあ良かったら連絡先交換しない?」

「そうだね。そっちの方が場所も教えられるし」

「ありがとー! これでまた一つ、夢が叶っちゃった!」

「それはどんな夢?」

「別の学校の人と友達になるって夢!」

 

そんな何気ないながらも彼女にとっては大切な夢に、言葉も思わす微笑むのだった。

その後の話は咲希が都合のいい時間を決め、それに合わせて言葉が予定を立てる。

思いのほか話し込んでしまっていた二人は明日に備えて解散することとした。

 

「言葉ちゃん、また明日ー!」

「天馬さんも気を付けて。また」

 

 

 

その翌日。

予定の時間よりも早くビビッドストリートに姿を現していた言葉は早速演奏を始めていた。

抜け駆けではなく、純粋に腕を温めておきたかったからというのと、

場所が解らなくても音で場所を知ってくれると思ったからである。

 

一日で急に有名になることはなく、通りがかる人々は変化する為観客の好みも変わる。

そこから近い店の店員も、今日も来ている程度の認識であるため今回は気にする様子もなかった。

それでも珍しい楽器の音色から歩みを止める者も多く、自然と群衆が生成されていく。

また有名な曲であればすぐに無償で応えてくれるというのも案外好感触だったらしく、

音楽好きな人々が集まる町へ知らずのうちに溶け込んでいった。

 

「あはは、もう演奏始めちゃってたね」

「天馬さん。良かった、合流出来て」

 

何曲か演奏を終えて小休憩を挟んでいるときに咲希が最前列へと躍り出た。

無事合流できたことと見慣れた顔に言葉も安心感を得ていると、

引き連れられてきたであろう少女達も姿を見せる。

 

「あっ、あの時の店員さん……やっぱり楽器やってたんだ」

「もしかして、約束の時間に遅れちゃってたとか?」

「いや、咲希の言ってた時間よりまだ早いから、多分そういうことだろうね」

 

そのうちの二人には面識があった。

一人は咲希の付き添いで訪れており、もう一人はベース関係の用品をよく購入する常連さん。

 

「言葉ちゃん紹介するね! 私の幼馴染の──」

「星乃一歌です。あの時はありがとうございました」

「いえいえ。あれもお仕事ですから、お気になさらないでください」

「日野森志歩。店員さん、楽器演奏出来たんだね。ちょっと意外だったかも」

「再開したのは最近ですからまださっぱりです。またのご来店をお待ちしております」

「えっと、わたしは初めまして、ですね。望月穂波です」

「初めまして。私は鶴音言葉と言います」

 

穂波だけに向かってではなく、三人に向かって挨拶をし頭を下げる。

かなり丁寧な返しだった為に驚きや焦った様子で頭を下げるのを見て咲希が吹き出していた。

 

「もしよろしければ、一曲リクエストでも」

「えっ! いいの? うーん、何にしよっかな~。いっちゃん何かいい曲ある?」

「うーん、なんでもいいんですか?」

「はい。有名な曲ならあらかた仕入れてますから」

「えっと、ならミクの曲なんですけど……」

 

折角の機会だからとリクエストを受け付けるも、

とっさに思い浮かばなかったからか選択権を一歌へと渡す。

かくいう一歌も考えてはいなかったものの、有名な曲と言われてあるミクの曲を提案する。

 

「確かにこれも有名ですよね。では」

 

その楽曲はあるCMのタイアップで作られたもの。

ある意味初音ミクという存在を全世界に改めて知らしめた曲ともいえる。

 

それを態々咲希に聞かせるために持ってきたフルートで見事に奏で上げる。

 

「凄い凄い! 聞きなれた曲なのに全然雰囲気違って聞こえる!」

「フルートだからね。当然でしょ」

「でも本当に新鮮かも。フルートなんて全然聞かないから」

「あの、ありがとうございました。でも急なリクエストで、ミクの曲なんておかしいですよね」

「全然そんなことないですよ。妹がミクの大ファンなので私も少し聞くんです」

「あ、妹さんが……」

「いっちゃん、ミクちゃんのこと大好きだもんね~」

 

同志を見つけたと思いかけて本人ではないことに少しばかり残念がる。

咲希の発言に、うんうんと首を縦に振る穂波と志歩。

そんな光景を見て何か思い付いた言葉はおもむろに演奏を再開する。

 

「あっ、この曲」

「私も知ってる。確かロックバンドがコラボした曲だよね」

「うん。私は好きだよ。それに」

 

初音ミクが好きな相手にこの楽曲を演奏するのは抵抗があると思われたが、

そのあたりに関しては寛大だったらしい。

 

「──私達のこと、お祝いしてくれてるみたい」

 

そんな何気ない音楽の時間はまだ終わりを知らなかった。

 



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鈍色の空の下で 前編

☆3サイドストーリー 前編

時系列は12話~13話の間の話になります。
また、手違いによりこの前後編では一人称視点に戻ります。


 

コートを纏って私は枯れた桜の木の下で空を見つめる。

日の光一つ差さない大地は、身にしみる程の寒さを孕んだ風が吹き抜けていく。

いくつかの舞い散る雪が私の頬に当たり消えていった。

 

丘の下にも雪は降り積もり石畳を白に染めている。

除雪された様子もなく、窓も見える限りは全て灯りが消えているので、無人なのだろう。

 

「言葉、来ていたんだね」

「KAITO。おかえり」

 

何度目か分からない来訪を出迎えてくれたのはKAITOだった。あの時と違いMEIKOの姿はない。

恐らくまた下の街にでも行っているのだろう。

ふと視線を送って挨拶をして、私は再び空を見上げた。

 

「寒くはないかい?」

「大丈夫。今日もしっかり着てきたから」

 

コートに加えて手袋もしている。それでも長く居れば体は冷えてしまうだろう。

 

『お姉ちゃんの馬鹿!』

 

自分の妹に嫌われて、ここのところ毎日来ている気がする。それこそ現実から逃げるように。

 

このセカイについて、私は何も知らないけれど居心地がいいのは変わらない。

二人は私のことを詮索することもなく、されど傍にいてくれる。

それこそ訪れた時に居てくれるとは限らないものの、必ず戻ってきてくれた。

 

「鈍色……っていうんだよね。あの空の色」

「灰色よりは黒に近いから、そのあたりだろうね」

 

そんなに違いはないだろうけれど、彼は肯定してくれる。

このセカイに降り立ってから最初に見えたのがこの空。

永遠に晴れないであろう、どこまでも続く曇り空。

そのせいでセカイにうっすらと影を落とし、全ての景色に鈍色が混ざり色合いに変化している。

まるでモノクロのテレビのように。

KAITOも本来なら鮮やかな青色の髪のはずだが、今では青みかかった黒色に見えた。

 

「でも、太陽が出てたらちょっと危なかったかも」

 

今は一面雪景色だ。真っ白な大地に太陽の光が降り注げば反射して目に飛び込んでくる。

スキーヤーがサングラスをするのもそれが原因だったりするのだ。

 

ふと、カリスマ溢れる情熱的なMEIKOと、みんなのお兄さんという印象が強いKAITO。

そんな二人がサングラスを付けてみればどうなるだろうと考えてみる。

 

「ふふっ」

 

MEIKOはともかく、KAITOはカッコつけている感じで似合わないかも、と思わず笑いが漏れた。

それにデフォルトの衣装ならともかく、このセカイでは民族調の衣装を身に纏っている。

そのアンマッチさがさらに笑いを誘いそうになるもなんとかこらえた。

 

「何を考えていたんだい?」

「ああえっと……あっ……」

 

何かを察した彼は私のすぐそば、空いている木の幹へと背を預けていた。

視線を合わせようとしなかったがその姿がどこか哀愁を漂わせている。

そんな、一枚絵の様な状況に私は言葉を失い見とれてしまう。

 

「……?」

「待って、そのままで」

 

このセカイが私の影響で変化するのなら、今の状況はよくないのだろう。

それでもこんな哀愁たっぷりな彼を見ることができたのは感謝の念すら覚えてしまう。

 

偶然の産物だけれど、だからこそ捉えておきたかった。

私はおもむろにスマホのカメラを構え、シャッターを切る。

写真にはしっかりとKAITOが写っており、これが幻想ではないことを再確認させた。

 

「やっぱりKAITOはかっこいいよね。私なんかよりずっと大人だし、落ち着いてるし」

「そうかい? 僕としてはまだまだだとは思っているけどね」

「でもやっぱり、バーチャルシンガーの年長組で唯一のお兄さんだから」

 

バーチャルシンガーと呼ばれ始めた最初の六人の内、男性は二人しかいない。

初期に出回ったKAITOと、鏡映しの存在として二人一組として送り出された鏡音レン。

外見的特徴や声質の影響もあり、レンは男性というより少年として扱われることが多い。

それにイメージカラーも青と唯一の寒色系だ。

そういう意味でも落ち着いた歌が多いのもKAITOの特徴といえる。特筆して民族調曲も多い。

 

──だから私は彼の歌声に、在り方が好きだった。

 

「ああ、だからこのセカイはこんなにも」

 

何一つ間違っちゃいない。私の心境もそうだけれど、なにより私が『望んだ結果』。

このセカイは私が気付いていないだけであの時から始まっていた。

この心地よさも、寂しさも、全ては私の愛した曲達の演出にそっくりだった。

 

そうなれば、私が彼に望むのは────

 

「KAITOは……どこにもいかないよね?」

「そう思うなら、ほら」

「わわっ」

 

急に不安になってきてその顔を見つめる。その声から何かを悟ったのか彼に手を差し伸べた。

恐る恐る重ねてみれば、手袋越しに温もりが伝わってくる。

それ以上に彼の手は大きく、その上に置かれた手で私の手を包み込んでしまった。

その存在感で自分の中でいっぱいいっぱいになってしまい、思わず手を引っ込めてしまう。

 

「ごめんね。驚かせてしまったみたいだ」

「ううん、私の方こそごめん。……そろそろ帰るね」

 

体の中の熱を吐き出すように深呼吸して、Untitledに触れる。私の体は光に包まれた。

 

 

 

クローゼットにコートをしまい手袋を外す。KAITOが重ねてくれた感覚がほんのり残っている。

スマホを見れば、哀愁たっぷりに背を預けた彼の写真が残っていた。

 

「……待ち受けにしようかな」

 

彼には悪いけど、忘れられない思い出になりそうな気がする。

まだ問題の解決には至っていないけれど、もう少しだけこんな日々が続けばいいと思う。

 

───その時の私はまだ知る由もない。

   セカイが私に対して牙を向くのは、そう遠くもない未来だという事を。

 

 



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鈍色の空の下で 後編

星3サイドストーリー 後編


いくつものビルの合間から覗く空は雲に覆われ、今にも雨を降らせそうだった。

コートを着込みながら歩く街には、時折吹き抜けるビル風が冬の訪れを知らせている。

 

「お姉ちゃーん! 早くしないと置いてっちゃうよー!」

「そういう文も急ぎ過ぎて道に迷わないでね」

 

赤髪の少女がこちらに手を振りながら声を上げる。彼女の名前は鶴音文。私の大切な妹。

私の両手にはいくつもの紙袋が下げられており、人混みを避けるのにも精いっぱいだった。

 

どうしてこうなったかといえば、話は少しだけ時間をさかのぼる。

 

 

 

「おはようお姉ちゃん! 叔母さんも!」

「おはよう文」

「おはよう文ちゃん。朝はトーストでいいかしら?」

「うん。3枚焼いてー」

 

朝食終わりの紅茶を傾けていると文が勢いよく食卓に飛び込んできて向かい側に座る。

ありふれたいつもの光景。今日もいつもと変わらない日常が始まる、筈だった。

 

「お姉ちゃん……その服、どうにかならないの……?」

 

トーストが焼き上がるまで暇な彼女は私の服を凝視していた。

私が今着ている長袖の上着には白地に大きく『404 Not Found』と書かれている。

 

「どうにかって、別に気にしなくてもいいよ。今日は特に外に出る用事もないから」

「でもそれって一応内外兼用の服でしょ?」

「まあ、うん。近くのコンビニくらいは行くかもしれないけど」

 

別に自分がどうとも思っていないから問題ないと思う。

近くにクラスメイトが住んでいるわけでもなければ、

 

「因みに、今持ってるお姉ちゃんの選んだ服ってどんなの?」

「白地に『敗訴』って書いてあるのと、白地に『ひとりぼっち』って書いてあるのかな」

「なんで全部白地!? それになんか全部可哀想だよ!?」

「まあ、安かったから」

「安くても買わないでー!」

「やめて文。紅茶こぼれるから」

 

テーブル越しに肩をもって体をゆする彼女に静止の声をかける。

ティーカップは既に空になっていた為大惨事にはならなかったものの、

耳元で大声を出されたためか少し耳鳴りを起こしていた。

 

「はいはい文ちゃん、言葉ちゃんのセンスが壊滅的なのは元からでしょ」

「そうだけどー。ねえお姉ちゃん、今日バイトじゃないよね」

「うん。今日は何も予定入れてないよ。ビビッドストリートにもいかないし」

「よーし! なら私が久々にお姉ちゃんの服を選んであげるからね──熱っ!」

 

叔母さんがトーストを文の前に置き、身を乗り出しているのを元に戻すよう促した。

私の持っている外行きの服は全て妹基準で選ばれたものであり、

個人的に購入した物は全て部屋着として別の所に入っている。

 

納得がいかないのか頬を膨らませる彼女に、今日の予定がないことを伝える。

話がまとまったことで張り切り焼き上がったトーストを頬張るも、熱さに驚いていた。

 

 

 

そんなこんなで今は文に連れられながら様々な服屋を巡り、

私の一番気に入った色の物を選んではそれに合った組み合わせを選んでくれている。

後は流行の物もあれやこれやと増えていき、両手はいつの間にか紙袋で埋まっていた。

 

因みに今着ている服は先ほどとは違い外行きの服になっている。

 

「大丈夫お姉ちゃん、重くない?」

「大丈夫。全部自分の物だから、私が持たないと」

「と、とりあえず近くの公園で休も?」

「うん、ありがとう」

 

やせ我慢をして何とか持ってみるも指先の感覚がなくなっていく。

なんとか公園のベンチにたどり着き荷物を横に置く。

今度からはキャリーカートを持ってきた方が良いかもしれない。

地元のお年寄りみたいになるけど背に腹は代えられなかった。

 

「もうすっかり冬だねー」

「そうだね。ありがとう」

 

そういって近くの自動販売機から温かい紅茶のペットボトルを差し出してくる。

お礼を言って受け取ると、本人は『おでん缶』と書かれた謎の缶の中身を器用に食べていた。

温まったことで吐く息は白く染まっている。

地元に比べれば雪が降らない分ずっと寒くはないのだが、

その分風がきつく別の意味で辛い所はあった。

 

「ねえ文、体験入学の応募はした?」

「宮女のでしょー? 大丈夫ばっちり! 後は抽選だからどうなるか分かんないけど」

 

文は文の方で自分の進学校を宮女に決めてその為に努力を始めようとしていた。

勉強が苦手なこの子でも、なんとかしてしまいうそうな気がする。

 

遠くの方では少女がボールを投げ、

飼い犬であろう真っ白い犬に取ってこさせては投げてを繰り返していた。

 

何とも微笑ましい光景だと眺めていると、

手からボールがすっぽ抜けこちらの頭上を越えていく。

そうなれば当然その飼い犬はこちらに向けて猛突進してくるわけで。

 

「お姉ちゃん、これ持ってて!」

 

不意におでん缶を渡され文は犬に向かって駆け出していく。

その進路を塞ぐように腕を広げれば、勢いもそのままに懐へと飛び込み押し倒した。

 

「ああっ! ごめんなさい!」

「あははは! くすぐったいよー!」

 

追いついた飼い主が謝っているが、押し倒された本人はそのまま笑顔でじゃれ合っている。

これといって気にしている様子はなく、むしろ楽しんでいた。

 

 

 

「あの、本当にすみませんでした! うちのサモちゃんがご迷惑をお掛けしたみたいで」

「気にしないでくださいよー。ほーら! とってこーい!」

 

ワンッ! と元気よく一鳴きした白い犬──サモちゃんは文の投げたボールを追いかけている。

一時は彼女の顔のありとあらゆるところが舐められドロドロになっていたが、

不可抗力だといって遊びに加わっていた。

 

「せ、せめてお詫びだけでも何かさせてください!」

「じゃあ、サモちゃんモフモフさせてください!」

 

走ってボールを持ってきたサモちゃんに、彼女の同意も無しに思いっきり撫でる。

といってもそれは荒々しいものではなく、毛づくろいをするように優しい物。

私は遠目で眺めるだけであったがそのふわふわ具合たるや羨ましくなるほどだった。

それにしても何とか成り立っているが、傍から聞いていれば会話のドッジボールである。

 

かろうじて聞こえる声を聞きながら眺めていれば、

文がしばらく撫でまわした後少女と短い会話を交わし戻ってくる。

 

「サモちゃんの撫で心地はどうだった?」

「あれ、お姉ちゃん聞こえてたの?」

「あれだけ大きな声してたらね。それで、最後は何話してたの?」

「それはねー。自己紹介! またねーみのりちゃーん!」

 

大きく手を振り声を上げた先にいるのはあの少女。

ちょうど首輪にリードを付けて離れようとしているところだった。

 

「またねー文ちゃーん!」

 

彼女もまた負けじと元気な声で返事をすれば、サモちゃんも元気よく一鳴きする。

不思議な縁だなと思いつつ、確かこの子は動物に好かれる傾向にあった気が、

といつかの旅先のことを思い出すのであった。




※長文注意

改めましてご無沙汰しております。作者のkasyopaです。

今回のサイドストーリー編では、
「もし常設星1~3までの鶴音言葉のカードがあった場合どうなるか?」
という設定で組ませていただきました。
なので時系列が飛び飛びになってしまいましたが、何卒ご理解のほどをお願いします。

プロセカにおける常設のサイドストーリーの時系列は
星1:前編・後編ともメイン開始前
星2:前編・後編ともメイン20話後
星3:前編はメイン中間、後編は20話後
星4:前編・後編ともメインまたはイベ終了後が多い
という感じですね。こはねも星1のストーリーでは髪長いままなので。

星4のストーリーは残念ながらありません。(まだ主役イベント書いてないので)
ご了承ください。

長くなりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました。

次回、『KAMIYAMA FESTIVAL編』でお会いしましょう!

追記:活動報告に言葉の設定(メインストーリー20話終了時点)を公開しました。
   作者名をクリック後、活動報告から読めますので気になる方どうぞー。


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KAMIKOU FESTIVAL編
第1話「出し物は何にする?」


A.お化け屋敷です。


秋も深まってきたころ、神山高校の生徒達は次第に浮足立っていく。

それもそのはず。ここでは生徒主催の一大イベントが開催されようとしていたからだ。

ここ1年C組の教室も例外ではなく、LHRではある役員決めが行われている。

 

「ではこれより文化祭実行委員の選出を」

「私やるよー」

「えっと、まだ内容とか説明してないけど……いいの?」

「大丈夫大丈夫、委員長も手伝ってくれるんでしょ?」

 

教壇に立って実行委員をクラスの人に伝えると、いつもの彼女がすぐに手を挙げた。

実際は誰も渋ってなりたがらないと思っていた為意外だった。

 

「解りました。ではよろしくお願いいたします」

 

クラスからは厄介ごとがなくなったからか善意によるものか分からないけれど、

自然と拍手が起こった。それに対し頭の後ろに手をやりながら笑顔でお辞儀をする彼女。

まるで囃し立てられて調子に乗っているようではあるが、あの子らしいともいえる。

 

「では早速出し物を決めるので黒板の前までお願いします」

「はーい。──じゃあみんな、何がやりたい?」

 

皆の前に移動した彼女の開口一番がそれだった。

それでも、誰も手を上げることはなく各々で話し合ったりしている。

 

「あれー、意外と皆大人しいね。なんでだろ」

「実行委員さーん、具体的に何が出来るんですかー?」

 

高校生ともなれば今まで大人が作り上げたようなものなくそして義務教育ではない為、

派手になることが多い。

だがどこまでやっていい範囲なのか解らないのも、一年生ならではの疑問点でもあった。

 

「あー、確かにそうだね。委員長、どこら辺までオッケー?」

「テントを使ったりして露店も出来るからある程度のことなら。

 ただ露店だと場所とテント借りるのに申請が必要で、

 どちらも抽選になるから狙った場所は取れないかも」

 

実際はその内容に関して集まりが後日行われるのだが、

事前に学級委員のみ招集が掛かっており、

簡単ながら実行委員の選出と内容については触れられていた。

 

「なら教室の方がいいかもだね。露店やりたい人っている?」

 

そんな声に対して、「最近寒いから外はあんまり」や「一般参加ありで接客はなー」と、

難色を示す反応が多かった。

こういった具体的な案を出せば、はい か いいえ で答えやすい為案も絞りやすい。

 

「じゃあ屋内だけど、何ができるかなー。挙手お願いしまーす」

 

屋内という方針がはっきりしたからか、

まばらながらも挙手をして何をやりたいか言ってくれる人達が出てきた。

その案をとりあえず黒板にまとめていき、数が5になった頃に終わりの合図を出す。

これ以上出ても票が分散する可能性があったからだ。

 

「はーい皆ありがとー。案は喫茶店、縁日、お化け屋敷、演劇、映画だね」

「じゃあ、順に皆何したいか挙手してもらって……」

「あー、ちょっといいか?」

 

そこで一人の青年が申し訳なさそうに手を挙げた。東雲君である。

自分の趣味──いや、夢を追うために努力している彼のことだ。

恐らく断る理由を述べるのだろう。

クラス全体も仕方ないか、みたいな雰囲気になっていたところで、意外な事を口にする。

 

「アイディアを潰すこと言って悪いけどよ、演劇は2年の先輩が絶対やるだろ」

「「「……あー」」」

 

クラス全体の想いが別の意味で合致する。

2年の先輩とは神山高校きっての変人と名高い天馬司先輩のことだ。

フェニックスワンダーランドでショーのキャストを務めている上に、

街中で大声を出しながら演技する様子は神山高校どころか、巷で噂になるほどであった。

 

それほどの人間がこれを機に演劇をやらないわけがない、ということだろう。

 

「なら映画も実質被っちゃうね。配役決めて演技するから」

「アイディア出した私が言うのもなんだけど、確かに天馬先輩相手じゃ勝てないね。

 委員長、消しちゃってー」

「あ、あはは……解った」

「あ、後喫茶店だけどよ。それも被るかもな。あの風紀委員様が考えてそうだ」

 

ちょっと悪い笑みを浮かべながらさらに指摘する。

こちらは全員が、というわけではなかったがある程度の納得を得た。

 

風紀委員様とは1年A組にいる白石さんのこと。

親がビビッドストリートでお店を経営しているのもあって、

手伝いをしているのはそこそこの範囲で知られている。

まだ行ったこともないし場所も知らないけれど、私もいつか訪れることがあるかもしれない。

 

どんなお店をしているかは分からないものの、

ビビッドストリート常連の彼が言うのなら恐らく間違いはない。

 

「確かにアレで接客とか慣れてそうだもんなー」

「この前天馬先輩と神代先輩にも堂々と注意してたからね。あの時の杏ちゃん凄かったよー!」

「委員長ー、そのアイディアもなしでー」

 

先ほど天馬先輩の話が出ていたからか、風紀委員の子が言った事で意見が取り下げられる。

 

「んー、じゃあ縁日かお化け屋敷だね。では縁日がやりたい人―!」

 

上がった手はまばらである。縁日も結局接客、というのがあるのかもしれない。

 

「じゃあ、お化け屋敷がやりたい人ー!! ということでお化け屋敷に決定!」

 

上げてなかった人達が全員上げるが、それを確認するわけでもなく決定と言ってしまう友人。

 

「でもさ実行委員さん、お化け屋敷ってどうやるんだ?」

「お化けのメイクとか仮装って1からそろえると高そうだな」

「あー、確かに。どうしよう委員長」

 

案は決定したものの、それによる問題点も出てくる。

お化け屋敷なら当然、どうやって相手を怖がらせるかという話で。

 

これには友人も困ってしまいアイディアを求めてくる。

一方の私はお化けを担当する人、買い物をしてくる人などの配分を決める為に、

それっぽいことを黒板に書き出していた。

 

「えっ、私?」

「こういう時委員長の奇抜なアイディアがあれば凄く助かるんだけどなー」

「うーん、そんなこと言われてもハロウィンセールに便乗して揃えるとか、

 脱出ゲーム風にして迷う構造にするくらいしか言えないよ?」

「いや、それで充分だろ……」

 

こうしてクラスの出し物はお化け屋敷に決定し、皆で準備に取り掛かるのだった。



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第2話「神高祭、開幕!」

 

 

神高祭当日。私達の教室の前には怖い物見たさに集まった人達で賑わっていた。

 

「きゃああああ!?」「怖かった~!」「あそこのお化け屋敷やばいぞ!」

 

中々好評なようで出ていく人のほとんどが怖がってくれている。

 

「いやー、委員長は毎回いいネタくれるよね」

 

スクリームマスクを被った友人が暗幕をくぐって戻ってくる。

黒い服に暗幕を纏えば白い顔が宙に浮いてるように見えるから企画した私でも怖い。

 

「ネタって言っても話題のアニメとかの手法をそのまま使っただけなんだけど」

「それでも受けは良かったじゃない」

 

教室で凝った事は演出は出来ない。そしてなによりスペースが足りない。

となれば順路を迷路のように制限して動かせば案外広く使える。

 

後は後ろからお化け役の人を投入したり、暗幕の向こう側からシルエットや手を出したりと、

驚かす方も楽しんでいた。

入る人数も1組に限定して女性の場合はお化け役を全員女子に変えたりと、安全面も考慮した。

私は裏方で『あること』をしていたのだが──

 

「あ、委員長! 彰人と連絡取れないんだ! 受付どうする!?」

「えっ!? と、とりあえず私が受付するからお客さんにはちょっと待ってもらって!」

 

と、そんなこともあって今では受付をやっていた。

 

受付の主な仕事は入場管理と注意事項の説明、内部伝達。そして。

 

「よければこちらもお使いください」

 

入場時に心拍数が図れるリストバンドを渡している。当然退場時は回収する。

これを受け取るかは参加者の自由だし、これで何があるわけでもないが。

 

強がってるのに内心では怖がっている人とか、怖がってるけど全然怖くない人とか。

ただ内輪で話題になってくれればいいと用意したものだった。

その特殊性も手伝って意外と反響を生み、リピーターもそこそこいる。

 

「(こんなことなら文も来れたら良かったんだけど)」

 

妹の文は友達とどうしても外せない用事があったため、来ることができなかった。

実の妹をお化け屋敷に呼ぶというのも変な話ではあるのだけれど。

まあ実際日付が被っていることに気付いてからは、

ものすごく悔やんでいたし何かお土産を買ってきてほしいとはお願いされた。

 

「ねえこはね、本当に入るの……?」

「大丈夫だよ杏ちゃん。フェニランのお化け屋敷より怖くないと思うし」

「それはそうだけど~」

 

列に並ぶ人も大体消化できたかというところで、見慣れた人物が姿を現した。

本人はかなり怯えているようだが、隣にいる女の子は割と乗り気であった。

 

「白石さん、他の人と一緒なんて珍しいですね」

「あれ鶴音さん? 彰人はもしかして、中?」

「本当なら東雲君が受付だったんですけど、戻ってこなくてですね……」

「ま、まあいないならいいか」

 

白石杏。

1年A組の生徒であり、サバサバした性格な上にしっかりと自分の意見を通してくる子。

同じ1年生とは思えないほどに出来た人で、風紀委員としての活躍は目を見張るものがある。

 

彼女も彼のことをよく知っているのかいないことに疑問を抱いていたが、

すぐに別の感情に塗りつぶされたようだった。

 

「とりあえず、2名様ご案内で……少しお待ちください」

 

連絡アプリで中の人に連絡を飛ばすと、すぐに返事が返ってくる。

そして来客が来客なだけあって私も本来の仕事に戻る為、他の人と受付を交代し中へと戻った。

 

 

 

「来たよ! 委員長お願い!」

 

横笛に息を吹き込む。寒さを誘うような高い音と共に、隣にいる子が太鼓を小刻みに揺らす。

ヒュウ、ドロドロと聞き馴染みのある音色が教室に響き渡った。

 

私の本来の仕事。それはお化け屋敷の最後の演出。

フルートがあるなら弾けるんじゃない? みたいな軽いノリで提案され、

実際に神楽用に持っていた横笛を持ち出したのがきっかけだった。

 

といってもあくまでこれは演出。お化け屋敷内を歩くお客さんから私達の姿は見えない。

ただこの曲が流れる頃に、薄暗くライトアップされた作り物の井戸がお出迎えする。

中から何かが出てくるかと思いきや鏡が立ててあり、一時的に錯覚させる。

それが自分と気付いた頃に後ろから幽霊役が現れ驚かせる、という算段だ。

 

「うわー、白石さんすっごく怖がってる」

「いや、流石に白石さんの演技だと思うよー」

 

クラスメイトの人達は暗幕からこっそり様子を伺っている。

そんな中で合図が飛び幽霊役の子が突撃していく。

 

「きゃああああああああ!!!!」

 

そんな絶叫が私達の演奏を上回る音量で鳴り響き、そして止まった。

 

「あ、杏ちゃん!? しっかりして!」

 

何事かと飛び出し駆け寄ると、

そこには目を回して倒れている白石さんと、必死に声をかける知り合いの子の姿がある。

クラスの人達も何事かと覗き込んでいたが、一番戸惑っていたのは幽霊役の子だった。

 

「とりあえず下がっていいよ。次のお客さんには待ってもらって」

「う、うん!」

「ところで貴女は……白石さんの知り合い?」

「あ、はい。宮益坂女子学園の、小豆沢こはね、です」

「私は鶴音言葉です。よろしくって言いたいところだけど、白石さんがこんな状態だから」

「うーん……」

 

隣でずっと白石さんの心配をしている子がいる。こうなった経緯も知っているかもしれない。

それを聞こうとしたところで彼女が目を覚ました。

 

「よかった、気が付いた」

「あ、こはね。えっと……何があったんだっけ」

「多分思い出さない方がいいですよ。立てますか?」

「あ、はい。大丈夫です……」

 

一度驚いて我に返ったのか、小豆沢さんの手を取りながらも立ち上がると、

そのまま出口へと歩いて行った。

 

流石にやりすぎたかもしれない。来年やる機会があればもう少しこういう要素は控えよう。

そう少しだけ心に決めることになった出来事であった。



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第3話「屋台は何を回る?」

そんなこともあったけれど、盛況のままお化け屋敷は終わりの時間を迎える。

日が傾き始めた頃に、私達の休憩時間になり友人と共に神高祭をめぐっていた。

 

「ところで実行委員としてのお仕事はいいの?」

「あはは、実は今からがその時間なんだよね。だから巡回がてら散策をーっと」

 

それは大丈夫なのかな、と思いながらも以前よりも騒がしい文化祭になりそうだ。

 

当然様々な教室で色々な出し物をしているのだが、

立て看板を見る限り確かに1年A組はカフェを、2年A組は演劇をしていた。

東雲君の直感、おそるべし。

 

「『ロミオ ~ザ・バトルロイヤル~』だって! どんな演劇だろ」

 

タイトルからして嫌な予感しかしないが、面白そうなものならどんどん突っ込んでいく彼女。

手を引かれて2年の教室へと駆けこめば、ちょうど始まるところだった。

驚いたのはそのお客さんの量。

自分のクラスよりもずっと多く、席が足りない分は後ろで立ってしてまでみている。

 

進行役の人が出てきて注意事項を述べれば、ついに物語の幕が開いた。

 

 

 

「あははは! わけわからなかったけど面白かったねー!」

「なんていうか……凄かったね」

 

友人がお腹を抱えながら教室を出る。他の人もみんな笑顔だ。

主演・脚本・演出全てが天馬先輩とのことだったけれど、

なにやら用事があったらしく彼の雄姿を拝むことはできなかった。

 

「天馬先輩居なかったねー。お礼言いたかったんだけど」

「この前のチケット、天馬先輩から貰ったんだっけ」

「そうそう。結構楽しめたし、もしかしたら持ち上げてもう一回貰えるかも!」

 

そのあたりはちゃっかりしているな、と思いながら露店を眺めつつ外を歩いていた。

もうそろそろ一般公開の時間は終わりなので、お土産の目星は付けておかないといけない。

 

「そういえばさ。ほら、あの子の持ってる綿あめ」

 

彼女の視線の先にあるのは色んな動物の顔の形をした綿あめ。

元々もこもこしたお菓子に動物の要素が加わってさらにファンシーさが際立っていた。

 

「どこが出してるんだろ、委員長も気にならない?」

「少し気になる、かな。妹のお土産にもいいかも」

「お、珍しく乗り気だねー。えーっと、綿あめ屋さん綿あめ屋さん……あ、あれじゃない!」

 

わざとらしく手を額に当てて辺りを見渡せば、すぐに賑わっている一つの屋台を指さした。

店員と思わしき少女が両手に綿あめを持ちお客さんの誘導をしている。

 

「あのクラスTシャツなら確か1年B組の人達かな」

「お隣さんじゃん! じゃあ張り切って突撃!」

 

再び手を引かれて屋台の列へ並ぶと、独特な甘い香りが漂ってくる。

時間もちょうどおやつ時なこともあり、人も続々と集まってきていた。

 

「ほらほら、動物だけじゃなくて虹色の綿あめもあるんだってさ。何食べよっか」

「私はいいかな。とりあえず妹の分があったらそれで」

「もーつれないなー。文化祭なんだから楽しまないと。店員さーん! おすすめなーに?」

 

まだ自分達が注文する番ではないというのに、列の整理をしていた子に話しかける。

 

「あ、えっと……この熊の綿あめが、人気で」

「すっごく可愛く出来てるよね。それって貴女が作ったの?」

「わたしも作ってるけど、今は呼び込み中だから」

「へー! じゃあわたしが注文する時作ってみてよ!」

「えっ? ……えっ!?」

「冗談はそれくらいにしておいた方がいいよ」

 

流石にこれ以上はこの人にも迷惑だと思い仲裁に入った。

 

「あはは、ごめんごめん。でも冗談でも何でもないよ。割とマジだったんだから」

「そうでもお願いする時はもう少し静かな方がいいよ。ごめんなさい、ご迷惑をおかけして」

「あんまり気にしてないから大丈夫。……それより、わたしに作ってほしいって、本当?」

 

そんな問いかけに対して興味津々な目線を送ることで答える友人。

こういうことに関して感情表現が豊かな彼女は得していると言える。

 

「解った。クラスの人と相談してみるけど、無理なら、その、ごめんなさい」

「やったー! ありがとう!」

 

思いっきり両手を上げて抱きつこうとしたところに何とかして制止をかけて事なきを得る。

本当にこういうお祭りごとは人を変えてしまう力があるみたいだ。

 

ふと前に誘われた音楽イベントの会場のことを思い出しながら、辺りを見渡す。

そういえばあの時出ていた人も1年B組だったような。

 

「そういえば、青柳さんって1年B組ですよね?」

「青柳……? ああ、あの図書委員の。休憩時間だから居ないけど、用事でもあった?」

「単に知り合い、かな。挨拶くらいはしておこうかなって」

「青柳君イケメンだからねー。何? 委員長惚れちゃった?」

「それはない」

 

話題の対象が私に移ったことによりB組の子はその場を離れる。

そこから終始青柳君とどこで知り合ったのかとか、

どこが好きになったとかの質問攻めを受けたが、全てお得意の正論で切り捨てた。

 

「そういえば、どうしてあの子にお願いしたの?」

 

今綿あめを作っているのは別の人ではあるが、

態々指名するということは何か理由があると思い話題を変える為にこちらから切り込む。

 

「んー? どうしてって、まあ直感かなー。私が委員長にビビッと来たのと同じで」

「直感って。そんな曖昧な……」

「直感舐めちゃだめだよー。楽しいとか面白そうとか、全部直感みたいなもんだし」

 

その発言そのものは的を射ていると思うが、私としては根拠が欲しい所ではある。

そういう意味では彼女は感性が優れていると言える。

 

そしてこの後、私は彼女の直感が馬鹿に出来ない事を思い知らされることになる。

この世には、エスパーとも呼べる感性の鋭い人が存在しているのだと。



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第4話「噂の先輩」

長い列の終わり、私達で最後のお客さんとなっていた。

友人のお願いは無事通り、少女が綿あめを作ってくれている。

 

「お、お待たせしました」

「おおお~!!」

「凄い……」

 

差し出された綿あめは見本にと写真に写っている物と何も変わらなかった。

時間こそどうしてもかかってしまう物の、随分と手先が器用なのだろう。

2個目もまた見本そっくりに出来上がっていき、手渡してくれた。

 

「いきなりお願いしてごめんなさい。ありがとうございます」

「こちらこそ、その、ありがとう」

 

これなら文も喜んでくれるだろうと少しばかり胸を高まらせる。

自分の分はないけれどそれはそれ。

 

「よーし、後は後夜祭だね。委員長出るんでしょ?」

「ううん、私は申し込んでないから観客かな」

 

周りの生徒達は露店を畳み始め、校庭の方へと集まり始めていた。

一般のお客さんは既にどこにも見当たらない辺り、随分と長く列に並んでいたらしい。

後夜祭と言っても校庭にある簡易的なステージで生徒がライブを披露するものだった。

 

「ふっふっふ、そういうと思って実は私が申請書を通しておいた!」

「……嘘だよね?」

「嘘だと思うならこれを見てみてー」

 

彼女が懐から取り出したのは後夜祭のライブ出場者の一覧表。

実行委員であるから持っていて当然なのだが、確かにその一番下に私の名前が記されていた。

 

「もしかして、勝手に私の名前書いたでしょ。それ職権乱用っていうんだよ」

「ごめんって。でもお昼休みとか放課後とか弾いてるんだし、そのこと皆も知ってるよ?」

「知ってるって言ってもクラスの子だけでしょ」

「まあねー。でも学校中の噂くらいにはなってるから変わらないって」

 

この学校にはもっと噂になっている人物がいるのに、

ただ練習するだけでそんなに有名になるわけがない。

 

その筆頭たるのが2年生の天馬先輩と神代先輩。そして1年生の暁山さん。

それぞれが違った問題児として知られているけど、まだ人柄を知らないのでどうともいえない。

唯一知っている神代先輩は噂程悪い人ではなかったのも大きかった。

 

「もしかして、お昼休みに弾いてるのって貴女……?」

「そうそう、この委員長がねー。ほら、自己紹介したら?」

「自己紹介って、まだそんな「おーい! 寧々!」」

 

先ほどまで綿あめを作ってくれていた少女も知っていたからか、先導するように促す彼女。

若干言いよどんだ時、更に大きな声によってかき消された。

見れば金髪の青年がぞろぞろと人を連れてこちらに向かってきている。

 

「げっ、司」

「露骨に嫌そうな顔をするな。それより類がどこに行ったか知らないか?」

「類? 2年の教室には居なかったの?」

「ああ、なんでも途中から居なくなっていたらしい。

 しかし頼みの綱である寧々もダメとなると、本格的に探すしかなさそうだな」

 

真剣に悩む天馬先輩だったが、それよりも私は彼が連れていた人物に目が行く。

 

「東雲君に青柳君も一緒だったんだ。少し意外」

「ああ委員長か。別に、ただ人探ししてるだけだ」

「確か鶴音だったか。久しぶりだな」

「図書室ではいつもお世話になってます」

「あのー、私もいるんですけどー」

「お前は関わると厄介だからあえて話しかけてないんだよ」

「彰人君ひどくなーい!?」

「それより、人探しって?」

 

抗議しつつ笑顔でじゃれているところを見ると、さほど気にしているわけではないらしい。

軽く事情を聴くには、今日知り合った知り合いと天馬先輩を探し回っていた。

無事見つけることができたものの、当の知り合いとははぐれてしまっている上に、

連絡先は交換していないから連絡出来ないとのこと。

 

「因みにその知り合いって誰かな」

「暁山という。鶴音は見てないか?」

「暁山さん……私達は見てない、よね?」

「うん。結構有名だし見てたら私絶対覚えてるもん」

 

暁山さんの知名度は神高の誇る二人の先輩には劣るものの、

その容姿・優秀さ・出席日数の少なさという3つの要素からそれなりに知られた存在であった。

私も見たことはないが特段気にしたことはない。

 

「もしよかったら私も探そうか?」

「いや、流石にこれ以上大所帯になったら「おお! お前達も探してくれるのか!」」

 

ここまで事情を知ってしまって「はいそうですか」というわけにはいかず、

いつものお節介が顔を出したところで天馬先輩が割り込んできた。

先ほどまで寧々と呼んでいた少女と話していたから油断しており、勢いに負けて首を縦に振る。

 

「三人寄れば文殊の知恵というからな。六人も寄ればもっといい知恵が出ることだろう!」

「それをいうなら、船頭多くして船山に上る、の方じゃない?」

 

そんな少女のツッコミもいざ知らず、

私達は暁山さんと神代先輩を探す為校舎をめぐることとなった。

 

「はあ、こんなみっともないところ絵名に見せられねえな……ホント今日来てなくてよかった」

「しかし、お姉さんが来ていれば暁山の連絡先もわかったんじゃないか?」

「解ってたところで、絶対ここまでして探さねーし、頼まねーよ」

「暁山さんと東雲君のお姉さんって知り合いなの?」

「さあ? 詳しいことは知らねえけど、それなりに深い仲って言ってたからな」

 

案外世界という物は狭いのかもしれない。改めてそう思う私であった。



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第5話「神高生徒、集結」

※ただし夜間定時制を除く


「おーい類ー! いたら返事してくれー!」

 

人もまばらになった校舎の中で天馬先輩の声が木霊する。

普段なら聞きなれた声なのだけど、彼の集団に加わっている分周りのことを気にしてしまう。

既に2名ほど頭を痛めている様子だった。

 

「はあ……類を探すのはともかく、なんでアンタと探さなきゃいけないわけ」

「何を言う、冬弥の知り合いのようにまたはぐれたらどうする!」

「むしろアンタの方がはぐれそうなんだけど」

 

サラッと少女が毒を吐くもそれには慣れている様子。

いや、それよりもこの二人が知り合いという事が驚きだ。

そして先ほど神代先輩に連絡を飛ばしていたところを見るに、3人は何らかの関係があると見る。

 

「天馬先輩とあなたって知り合いだったんだねー。意外」

「寧々は俺と一緒にワンダーステージでショーをしているからな。知っていて当然だ!」

「あーはいはい。その話は今関係ないでしょ」

「あはは、そうだね。この話はまた今度かな」

 

ワンダーステージとなると、当然フェニックスワンダーランドのことであり、

あの時よく見ることができなかったショーのことを思い出す。

 

クラスメイトが私の疑問をぶつけてくれるが、

お互いの同意を得られなかったらしく大人しく引き下がる。

実際彼女であっても天馬先輩のハイテンションについていくのは難しいらしい。

彼女が引いたのなら掘り下げる必要もないだろう。

 

「ところで司先輩、もうほとんどの教室は見て回ったと思うんですが」

「そうだな。ここまで探していないとなるともう既に……いやいや、アイツのことだ。

 きっと隠れて後夜祭の準備をしているに違いない」

 

青柳君が相談しているが彼は諦めない。そこまで彼のことが気がかりなのか、それとも。

 

「暁山さんももしかして帰っちゃったとか、は無いよね」

「それはどうともいえないな。元々不登校なんだろ? 場合によってはあり得るな」

「んー、誰か連絡先知ってる人がいてくれたらいいんだけどねー」

「あれ、彰人に冬弥じゃん、何してるの?」

 

いよいよお手上げかと思い始めた頃、噂をすれば影と言わんばかりに白石さんが現れる。

確か彼女は暁山さんと日常的な付き合いの仲だったはず。

 

「あ、白石さん。暁山さんの連絡先って知ってたりしませんか」

「瑞希の? 知ってますけど……どうして?」

「あー、オレから説明する。実はだな」

 

彼が最初からタメ口であることからお互いを知っているらしく、説明を代わってもらう。

すると納得したように二つ返事で連絡を取ってくれた。

 

「……あー、ダメみたい。手が離せないかミュートにしてるかのどっちかだね」

「ダメかー。なら暁山さんの行きそうなところ解ったりしない?」

「それなら屋上かな。この前私が屋上で歌ってた時にも顔見せてたし」

「そういえばオレが学校で類を見つけたのも屋上だったな。よし! 全員で屋上に向かうぞ!」

「あ! 廊下を走るのはダメですよ天馬先輩!」

 

先陣を切り駆けだそうとした彼に静止の声をかける白石さん。

流石にお祭りムードとはいえ風紀委員である彼女の方がしっかりしていた。

 

 

 

屋上にて暁山さんと神代先輩を見つけることができ、各自が思い思いの言葉を述べている。

こうしていると私達の方が関係ないながらも巻き込まれた感じがしなくもない。

 

「おや、誰かと思えば言葉くんじゃないか」

 

天馬先輩の先導を受け屋上から一人また一人と後夜祭へ向かっていく。

そんな中で神代先輩が私の名前を呼んだ。

何かの間違いかと思ったが彼は足を止めてしかと私を見ていた。

隣には知り合いであろう綿あめの少女もいる。

 

「ご無沙汰しています、神代先輩。一人ぼっちの錬金術師は卒業しましたか?」

「おっと。……そうだね。僕はただの錬金術師さ。ただし笑顔の錬金術師、だけどね」

 

その表情はあのストレートパフォーマンスをしていた時よりもずっと明るい。

誰かを真似て悪戯な言葉で仕掛けてみるものの、それはもっと素敵な答えで返された。

 

「さて君の方はどうだい? 独奏の奇術師さん」

「どうでしょう。変われたかもしれないし、変われなかったかもしれません」

 

本来の私に戻った、というならば変わらなかったともいえる。

そういう意味を含めてさらりと受け流した。

 

「類、あの人と知り合いだったんだ」

「知り合ったと言っても最近さ。大事なお客さんだよ」

「ふうん……」

 

一方で綿あめの少女はこちらの方をちらちらと見ている。

流石にここまで来てお互いの名前を知らないというのもあれだろう。

 

「初めまして。1年C組の鶴音言葉と言います。良ければお名前を伺っても?」

「あっ……いっ、1年B組の草薙寧々……。よろしく」

「よろしくお願いします。草薙さん」

 

こうしてまた一人私の知り合いが増えていく。

これが私にとってどういう意味を持つかは分からないけれど、悪い気はしなかった。



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第6話「後夜祭を楽しもう!」

『神高生徒ー! 盛り上がってるかー!』

「「「ワー!!」」」

『皆元気だねーよしよし! では早速神高祭最後の一大イベント、後夜祭をやっちゃうよー!

 ってわけでトップバッターは私が行きまーす!!』

「「「ええええ!?」」」

 

校庭に設けられた特設ステージでマイクを握り締め、

クラスTシャツに身を包んだ友人が会場を盛り上げていた。

あの時言っていた「今からがその時間」というのはこういう意味だったらしい。

 

司会なのをいいことに後ろに合図を飛ばしカラオケ音源が再生される。

それは初音ミク達とは違うバーチャルシンガーの曲。

前奏の穏やかな弦楽器の音色から一変、ロックな曲へと早変わり。

再生数は500万を超える名曲の一角。

 

「ねえ、一応確認だけど、あの人あなたの友人、なんだよね」

「そうだけど、まあお祭り好きなんです。見ての通り」

「……好きって言っても限度があるでしょ、普通」

 

一方で私はというと、飲み物を片手に草薙さんと後夜祭の様子を眺めていた。

私と彼女のテンションの違いからか、本当に友人なのかと思われるもそうと頷くしかない。

 

「ただ『ビビッと来たから』って理由だけで色々連れまわしてくれる子なんです。

 他にも友達とかいっぱいいるのに、最近は結構絡んできてくれる、そんな人」

「疲れたりしないの?」

「たまには疲れるけど、それでもいい人には変わりないので」

「……なんか、わたしの知り合いに似てるかも」

「草薙さんも?」

 

首を縦に振り、少しだけ自分のことを語ってくれる。

最近になってフェニックスワンダーランドのステージでショーをするようになったこと。

そんな中で一人同い年のキャストがいるのだが、その子がとにかく元気だそうで。

自分が断ってもしつこく絡んできたり、何かと話をしてきたりと振り回されてばかりらしい。

 

「……ほんと、馬鹿みたい」

 

自虐にも聞こえるそんな言葉だったが彼女の顔はどこか楽しそうだった。

 

「そういう意味では、似た者同士かもね。わたし達」

「そうですね。今日知り合ったばっかりですけど」

 

接客していた時の彼女はどこかたどたどしかったものの、今やその面影はない。

いつかの私であれば冷たく切り捨てて終わりだっただろうが、

こうやって話してみて得られる物もあるのだと実感する。

 

ステージの方へと目を向ければいくつものグループが出し物を終えて、

飛び入り参加枠へと移り変わっていた。

 

『では続きまして、あの天馬先輩が仲間を引き連れ飛び入り参戦だー!』

『はーっはっはっは! 皆待たせたな!』

「うわあ、いつも以上に張り切ってる」

「天馬先輩の独壇場って感じですね」

 

曲は有名なミュージカル映画の主題歌。

その後ろには東雲君と青柳君が構えており、バックコーラスとしての役割を果たしていた。

確かな歌唱力もさることながら狭いステージを縦横無尽に駆け回り、

自分の身体能力をいかんなく発揮したライブパフォーマンスを披露する。

 

最初は戸惑っていた生徒達も次第にノリはじめ、手拍子や歓声を送っていた。

 

「凄い……」

「へえ、やるじゃん」

 

東雲君と青柳君のライブとはまた違う、人々を笑顔にさせる為の音楽。

パフォーマンスもまるで違うものの、人の心をくすぐるとても良いショーだった。

 

『みんな笑顔になってくれたな! 今回のショーも大成功というわけだ!』

『おっと、ここで終わってしまうなんてとんでもない!』

 

そんな歓声の鳴りやまぬうちに現れたのは神代先輩だった。

それを見てステージ裏へと消えていくバックコーラスの二人。

 

『確かにショーは素晴らしかったけど、お客さんとしては刺激が足りなかったんじゃないかな』

『だが、後夜祭のステージではそんなに凝った演出など……』

『というわけで、この装置の出番というわけさ』

 

友人が指示に従って天馬先輩の前に円柱状の装置を7つ設置し、急ぎ足でステージから離れる。

そんな前振りがあったためか、ステージ最前列の人達が数歩後ずさりした。

円柱状の装置もさることながら、

観客側に向けられた金網と、その上に取り付けられたロボットがハンマーを構えており、

恐怖を引き立てている。

 

『さあ司くん、このスイッチを押してみてくれたまえ』

『いやいやいや、あからさまに怪しいだろう!? あの司会さえもどこかへ行くほどだぞ!』

『大丈夫、安全性については僕の折り紙つきさ。

 司くんもこのショーを完成させ、またお客さんに見てもらいたい、と思わないかい?』

『それは、そうだが……ええい、ままよ!』

 

ハンマーが振り下ろされ、大きな破裂音と共に装置が七色の煙を噴き上げた。

 

「ぎゃああああ!?」

 

裏方の人がマイクの電源を切っていたからか、その爆音を拾うことはなかったが、

その代わりに最も近くで爆音と謎の煙に巻かれた天馬先輩が悲鳴が響き渡った。

 

「あっ、あれ」

 

秋風に運ばれて漂ってきた香ばしくも甘い香りで、

草薙さんが何かに気が付いたかのように装置へ目を向ける。

確かに金網の中には色とりどりの何かが詰まっていた。

 

『というわけで七色のポン菓子さ! 早い者勝ちだから急いだほうがいいかもね』

『あ、じゃあボクが最初に貰っちゃおっかな~』

 

こちらも先ほどのショーと同じく不気味がっていた生徒達だったが、

暁山さんを皮切りに一人、また一人と舞台に上がって受け取っている。

口にした生徒は次第に笑顔になっていく。

 

『赤色はイチゴ味で、オレンジはオレンジ味なんだね。やるじゃん類』

『お褒めに預かり光栄だよ』

「笑顔の錬金術師らしい、素敵な発明ですね」

「……ふふっ」

 

あながち自称でもないその肩書を、彼は仲間達と共に続けていくのだろう。

神代先輩が装置を引き上げた頃には、ポン菓子に舌鼓を打つ友人が再びマイクを握っていた。

 

『もぐもぐ……っ、さーて後夜祭もいよいよ次のライブで最後となりました!

 最後の出演者は我らが誇る──って、委員長ー! 次出番なんだから早くこっち来て!』

 

はりきってるなあ、と他人のふりをして溶け込んでいたがどうやら誤魔化されなかったらしい。

私は草薙さんに断りを入れて篠笛を手に、観念してステージに向かおうとしたところで。

 

「あなたの演奏、毎日聞こえてきてて。嫌いじゃなかった。だから、その。……期待してる」

「ありがとうございます」

 

視線を逸らしながら消え入りそうな声で応援される。

それに笑みを浮かべ答えてからステージへと上がった。

 

「ねえ、やっぱりやらないとだめ?」

「だめでーす! ここまで来たんだからさ、バシッと決めちゃって

 では皆さんお聞きください! 委員長の『―――』!」

 

そんなことを言いながらも着々とマイクのセッティングが終わっていた。

そして藪から棒に飛び出した楽曲の名前はよりにもよって超高難易度の曲。

恐らくバーチャルシンガーによるオリジナル曲で一般認知度が高いとされる曲。

 

それでも彼女や他のライブに出た人達、先輩達が生んだ笑顔を絶やしたくはなかった。

 

「「「おお……!」」」

 

演奏中のことはよく覚えていない。

ただ演終わった時に友人が飛びついて来て、観客達も祭囃子に乗せられ賑わいを見せていた。

 

こうして、神高祭は様々な思い出を残しながら、無事幕を閉じるのであった。



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第7話「神高祭を終えて……」

神高祭が終わっても学業が終わることはない。

私は変わらず昼休みの合間を縫って笛の練習をしていた。

あいにく友人は神高祭の書類関係の後処理に追われていて姿がない。

実際ずっと観客ありきで演奏しているものでもない為気にすることはないけれど。

 

奏でる音色はあの時のように明るいものではなく、穏やかで少し寂しい音色。

エンドロールを奏でるように一人きりの旋律を奏でていた。

 

「ふう……」

 

お弁当箱に立てかけて録画していたスマホを手に取る。

今や誰にも教えてもらっていないからこそ、

こうやって自分で問題点を洗い出すのが日課となっていた。

バイトのない休日はビビッドストリートに駆り出し、

お客さんの反応で自分がどう見えているのかを学習する。

 

二曲ほど演奏が終わったところでようやくお弁当に手を出す。

こういったお腹に力の入れることはやはり食事前の方が楽だった。

 

スマホに映る自分の演奏風景と音色をおかずに昼食へ。

まだ人に称賛を貰うほど大した腕前ではない。

 

自分の本当の想いを見つけることができたが、それで終わりではない。

まだ『私の音を奏で続けていきたい』という漠然とした想いは夢でも目標でもない。

だからこそ、私の音そのものをもっと高めるために、私が私を満たさなくてはならない。

 

「あ、ここの音少し伸びが悪くなってる。もうそろそろオーバーホールしなきゃダメかな」

 

何だかんだで数年前のもの。

使わなかった期間が長い為かまた楽器そのものの寿命の関係もあり、

持っている楽器のほとんどが悲鳴を上げていた。現にそれは音色となって微かに表れていた。

 

「んー、っと。確かこっちの方から……あ、いたいた」

 

そんな中、一人の生徒が扉の隙間からのぞき見している。

私のことを確認したかと思えばそのピンクの髪を揺らし教室へと踏み込んできた。

 

「ねえねえ、キミって後夜祭で演奏してた子だよね」

「えっと、まあ、はい」

 

『神高で噂の人物』──暁山さんとこうして面と向かって話すのは初めてである。

クラスも違えば出席数が少なすぎる為に見かけることはあっても出会うこともなかった。

現に神高祭の時に意識してみた、と言うべきか。

 

「あー、やっぱり! ならこういう学校の噂は知ってる?」

「噂? それってどういう……」

 

唐突に語るには、最近語り始められた神高の噂があるという。

それは、真昼間に出る音楽室の笛吹き幽霊の話。内容としてはこうだ。

 

昔吹奏楽部で仲たがいを起こし、未練の内に亡くなった子供がいた。

それはそれは昔のことでその面影すら消えるほどの年月が経ったある日、

音楽室に一人で踏み入った少女に乗り移り昼夜問わず笛を吹き続けているのだという。

また、その演奏する姿を目の当たりにしたが最後。

今度はそれを見た本人に乗り移ってくるとのこと。

 

「しかもその霊だけじゃ飽き足らず最近は色んな笛吹きの霊も交じって、

 乗り移られた少女もわけが解らなくなってきてるとかなんとか」

「──それ、私のことですよね」

「あ、バレた?」

 

種明かしをする前に答えを言われてしまい、少し残念そうな顔をするもどこか満足そうだった。

その噂を確かめる為に態々ここまで来たのか、それとも別の目的があるのかは分からない。

それでも、一つだけ言っておきたかった

 

「1年C組の鶴音言葉です。噂通りの面白い方ですね。1年A組の暁山瑞希さん」

「あれ? もしかして怒ってる?」

「そうですね。割と久々に。ところで暁山さん」

「ん、どうしたの?」

「先生方が頭を悩ませてましたよ? 何でもたまりにたまった小テストと補習の山が……」

「……あー、じゃあボクはこの辺で」

「逃がしませんよ」

 

その後暁山さんの悲痛な叫びが学校に木霊したとかなんとか。

 

 

 

 

その日の放課後、私は暁山さんのお詫びにと近くのファミレスに向かう。

クラスの仕事で少し遅れてしまったが、そこには友人である白石さんの姿もあった。

 

「で、それもまた瑞希の作り話だったわけね。はあ、もう噂話はこりごり」

「いやー、確かに脚色したのはボクだけどここまで広まるとは思わなかったなー」

 

2人は店員さんからもらった水を片手に、昼間の話で盛り上がっていた。

 

曰くある日を境に楽器の練習を始めた生徒のことは噂になっていたものの、

いまいち面白みに欠けたのだという。

そこで暁山さんが中庭の幽霊の噂から発展させたのが、笛吹き幽霊の話だった。

しかし乗り移っている、という話で終わるはずだったものが語られるうちに尾ひれがつき、

収拾がつかなくなっていたのだという。

 

「で、その時に後夜祭で委員長さんが演奏したから、話で収まったんだよね」

「噂は噂でしかない、ってことですね」

「ま、その噂にかなり振り回されていた生徒もいたんだけど……ね? 杏」

「な、なんのことかなー?」

 

面白いものを見つけたかのような視線を送る暁山さんだが、

あさっての方向を向いてやり過ごそうとしている白石さん。

 

なるほど、彼女が随分とよそよそしかったのはその噂が原因だったらしい。

 

「そんなことより注文! ほら、瑞希はフライドポテトでしょ! 鶴音さんは?」

「なら私は紅茶を貰いますね」

「オッケー、あ、すみませーん」

「逃げたね」

「そうですね」

 

テーブルには呼ぶためのボタンがあるというのに、通りがかった店員を捕まえて注文を伝える。

お化け屋敷での一件のことも考えると白石さんは本当に幽霊が苦手なようだ。

 

「あ、自己紹介まだだったよね。私、1年A組の白石杏。よろしくね、鶴音さん」

「はい、よろしくお願いしますね」

「ならボクも改めて、暁山瑞希だよ。よろしくねー」

「暁山さんもよろしくお願いします」

 

噂によってなんだかんだで振り回された私達の小さな宴はこうして幕を開けた。



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第8話「新しい関係」

注文した物が揃い、音楽のことを中心に他愛ない話に花を咲かせる。

話していくにつれて角ばった雰囲気は丸みをおび、普段の口調に戻っていった。

 

「白石さんもRAD WEEKENDを超える為に頑張ってるんだね」

「も、ってことは鶴音さんももしかして?」

「ううん、私のクラスの東雲君がね。随分真剣そうだったから」

「あ、それって結構前のことでしょ? 彰人と冬弥の二人で歌ってた。

 今は四人で歌ってるから、もしよかったら見に来てよ! 瑞希も一緒に」

「そうだね。ボクもちゃんと杏の相棒さんとは話したかったし、またその機会にでも」

 

白石さんの相棒。お化け屋敷で来ていた小豆沢さんのことを思い出す。

一言でいえば彼女とは対照的な、不思議な雰囲気のする子だった。

 

「その時はまたこういう場所で紹介するね。

 瑞希も確かネットのサークルで曲作ってるって言ってたよね。会ったことはあるの?」

「最近は新曲上げるたびに打ち上げて集まってるよー。

 ま、そうでなくても絵名とはよく会って話してるけど」

「その絵名って人、確か夜間クラスの……東雲君のお姉さんだっけ」

「委員長さんよく知ってるねー。もしかして神高生徒全員の名前知ってるとか?」

「全員、ってわけではないけど、基本的に名前と顔は覚えたら忘れないから、その影響かな」

 

それが結果として委員長という立場で役に立っているのは事実だった。

しかしこうやって面と向かって自己紹介でもしない限り、

または天馬先輩や神代先輩のように名前が独り歩きしない限りは知れないのも事実。

 

東雲絵名、という名前を知っていたのも。

いつか姉がいるという話を彼がクラスメイトとしていたのを聞いたり、

放課後にふと見かけただけに過ぎない。

 

「いいなーそれ。私もうちのお店に来てくれる人とか、

 イベントに来てくれる人とか解ったらもっと楽しいのに」

「でも杏ってばビビッドストリートじゃ結構な有名人だよねー」

「それでもまだまだ父さんには敵わないよ」

 

会話は進むものの手は完全に止まってしまっており、

暁山さんは一向にフライドポテトを食べようとしなかった。

 

紅茶のカップを傾けながら冷めきったそれを見つめていると、

その視線に気付いたのか笑顔で応えた。

 

「良かったら食べる?」

「あ、ううん、そうじゃなくて、食べないのかなって」

「あー、ボク猫舌なんだよね。だから冷ましてるんだ」

「そうなんだ……ごめんなさい」

「気にしなくていいよー。好きなんだけど、まあ仕方ないよね」

 

そう言いつつ充分に冷めたであろうフライドポテトを口にした。

暁山さんのこういった面も一部からすれば変わっていると言える。

好きなものと苦手な物が同居している、というのは珍しいことではない。

 

「それでも好きなことに対して素直になれるって言うのは、少し羨ましいかな」

「ん? それってどういう──」

 

話すつもりはなかったものの、自分の過去をかいつまんで説明する。

勿論セカイのことについては省略するも、誰かが関与したということも踏まえておく。

 

決して1人で見つけることができたわけではないのだと。

 

「──って感じかな。だから音楽を再開したの」

「なんていうか、複雑なのによくさらっと言えるね。

 ボク達と知り合ったのなんて昨日の今日みたいなものなのに」

「別に知っておいてほしい、ってわけじゃないの。ただ相手の疑問は晴らしておきたいから」

 

変に遠慮した関係になって、いざという時に動けないのはお互いに困ってしまう。

それに、いつか知られるであろうことであれば別に今話しても問題ない。

 

「私からすれば、白石さんのRAD WEEKENDを超えるイベントをする、

 っていうのと同じくらいのことだよ」

「鶴音さんって急に豪胆になるよね……それだからクラスをまとめられているっていうか。

 ねえもしよかったら今からでも風紀委員にならない?」

「うへえ、そうなったらボクの学園生活も肩身が狭くなりそー」

「今はまだいいかな。まだ自分のことで手いっぱいだから」

 

もっと手を広げるのは自分が満ち足りてから、というのは日常生活でも変わらない。

これからバイトも続けていくし、いい塩梅が見つかるまでは試行錯誤の日々が続くだろう。

 

「……っと、こんな時間。私もう帰らなきゃ」

「えっ、もう帰るの? もうちょっと話そーよー」

「また機会が合えば。お代、ここに置いておくね」

「鶴音さん、また明日」

「白石さんもまた明日」

 

店の外に出れば冬の訪れを知らせる冷え切ったビル風が通り抜ける。

その風でセカイのことを思い出し、久々にMEIKOやKAITOに会いに行こうか、と考えたのだった。

 

 

/////////////////////

 

 

「あらら、ほんとに行っちゃった」

「だね。私達も帰る?」

「ボクはまだフライドポテトが残ってますー」

 

あくまで一本ずつ口にする瑞希の様子を、

冷めてしまったコーヒーを無意味にかき混ぜながら眺める杏。

 

図らずして人の過去に触れてしまった2人であったが、

本人が気にしていないのであればそこまで重要でもないのだろう、と割り切っていた。

 

「ねえ杏」

「ん? どうしたの瑞希」

「やっぱり、真面目な人ほど苦労してるのかな」

 

瑞希も少なからず噂で言葉について知っていた。

部活に入っていないものの、朝一番に現れては教室の清掃を行う学級委員。

クラスメイトの面々から慕われている、絵にかいたような優等生。

 

自分の知り合いにどことなく似ていて、根本から違う言葉がどうも気になった。

彼女もまたあの笑顔の裏で泣いているのだろうかとあらぬことを考えてしまう。

 

杏もまた、それを聞いて幼馴染の少女のことを思い出した。

 

「……そうだろうね。けど、やっぱりその人の問題は、

 その人が納得できる形じゃないと解決できないと思うな」

「もしそれが本人じゃどうしようもないことだったら?」

「そういう時の為に、私達がいるんじゃない?」

 

他人が本人を変えることは出来ない。しかし他人だとしても助けることはできる。

それが正しいか正しくないかは、その時になってみないと分からない。

 

奇しくも2人は一度道が見えなくなったことがあり、それを誰かに救われていた。

一人は幼馴染に。一人は古い友人に。

それは今となっては些細なきっかけだったかもしれないが、決定的なものでもあった。

 

「やっぱり強いね、杏は」

「それ程でもないよ。私だけじゃここまで来れなかった。

 瑞希にも、そういう仲間がいるんじゃない?」

 

脳裏をよぎるナイトコードの面々。誰もいないセカイにいたミク。

どこか欠けたメンバーではあるがそれを互いに補い合ういいメンバーだった。

 

だからこそ、誰かの「どうして」という問いに、「当然」と答えられるように。

人の一生に首を突っ込んだ以上、それくらい強くならないと。瑞希は改めて決心するのだった。




ご無沙汰しております。kasyopaです。
今回のお話でKAMIKOU FESTIVAL編は終了です。
オリ主視点で裏方のお話とかそういうのだと思って頂ければ幸いです。
大体イベントであんまり出番がなかった寧々のお話にもなりましたが。

さて、次回からは年末にかけて募集させていただいた、
ユニット絡みのお話になります。
投票していただいた方々にはこの場を借りて感謝を。

次回「サイハテの終着、彼方の待ち人」編。お楽しみに。


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ニーゴ編「サイハテの終着、彼方の待ち人」
第1話「ありふれた日の出来事」


全9話構成、三人称視点になります。


神山高校のお昼時には必ず笛の旋律が流れるのだという。

一時期は学校の七不思議になりえるかとまで言われたその演奏は、

神高祭の後夜祭にてあっさりとそのヴェールが脱がされ、

音楽室から近い教室の生徒からはただの放送音楽程度の認識になっていた。

 

そして今日も変わらずのその旋律は響いている。

 

「ふう……」

 

少女──鶴音言葉が一人音楽室で笛を下ろし息を吐く。今日も観客はいない。

仲のいい生徒は少なからずいるものだが、その者たちは自分の友を優先している。

居ない理由といえば、ただそれだけのことであった。

 

自分の方へと向けたスマホを止めた時、拍手をしながら教室に入ってくる生徒が一人。

 

「今日も絶好調みたいだね」

「暁山さん。おはよう」

「うん、おはよ~」

 

暁山瑞希その人。神高祭をきっかけに知り合った仲ではあったが、

時折学校で出会っており今では瑞希が名前で呼び捨てするほどの仲にまで進展していた。

 

「今日のお昼ご飯もおいしそー。ねえねえ、ボクにも1個ちょうだーい」

「暁山さんって私の演奏を聞きに来てるの? それともおかず食べに来てるの?」

「んー、どっちもかなー。それでも学校に来ない方が多いけどね」

 

弁当箱の中を覗き込みおかずをねだる瑞希だが、

自分の手には購買で買ってきたであろうサンドイッチが握られている。

それでも言葉は断る理由がないからか大人しく弁当箱を差し出した。

しばらく悩んだ後、1つだけ入っていたからあげを摘まむ。

 

「うわ、これも最高! ほんと言葉の叔母さんって料理上手だね」

「お料理教室で先生してるからその影響かな」

「もしかして言葉も料理上手かったりする?」

「ううん私は作らないから……おにぎりぐらいなら作れるかな」

「なんだ、残念」

「流石に叔母さんとは血がつながってないからね」

 

自虐的に笑う言葉であるがそのあたりをサラッと言う性格というのは瑞希も知っている。

それでも割と急に挟んでくるため、苦笑で返すことしかできなかった。

 

「言葉ってさ、自分のことはよく話すのにあんまり人には突っ込まないよね」

 

瑞希にとって、ありのままの自分を受け止めてくれる事が何よりも嬉しい。

しかし本来の友人とは違って彼女はここ最近の知り合いでありながら、

どこぞのだれかのように面白がって声をかけてきたわけでもない。

 

今まで自分の特異性について尋ねなかったのかと、遠回しに聞いてみることにした。

 

「そこに関しては、簡単には変われないって思ってるから、かな」

 

思い当たる節があるのか、箸を置いて懐かしむような表情でどこか遠くを見つめる。

 

「頑なになったら、どんな言葉も届かないんだよ」

 

それを聞いて思い出すのは、1人の少女のこと。

仲間とは到底呼べない歪な関係で結ばれた1つの形。

 

その一連の騒動で知った少女の闇と心。消えたいと願った少女の行く末。

突きつけられた言葉と、退いてしまった現実。

たった一言で人が変わる()()を知っていたが、自分達の思いでは変えられなかった。

 

言葉から告げられた一言も中々に強烈であった。

自分が少女に告げた言葉に似ていたものの、こう相手に言われると響くものがある。

 

「それでも何も言わずに見守ってくれる人達がいたから、私は変われた。

 だから私もあの人達みたいになれたらなって思ったの」

 

かつての両親が、音楽を始めることを止めなかったように。

セカイの2人が、本当の想いを見つけるまで追及しなかったように。

 

瑞希からすれば、あの少女は何も言わなければそのまま消えていただろう。

必死になって3人が言葉を紡いで、もう一人の少女が繋ぎ止めてくれた。

そうしてようやく本当の想いを見つけることができた。

 

そんな違いがあるものの、共感しつつも少女の想いを肯定した自分の考えと似ていた。

 

「それは、素敵なことだね」

「ありがとう。私の実体験に過ぎないんだけどね」

「そういう事話す相手には気を付けた方がいいよー? ダシに使われるかもしれないし」

 

あまりにも自分のことを話し過ぎる。

こんなことではいつか個人情報を抜き取られて質の悪い詐欺などに巻き込まれないかと、

別の意味で心配になってくる。

 

「そこそこは選んでるつもりなんだけど、なんでだろ。暁山さんだから話せる、のかな」

「そっか」

 

お互いをよく知らないからこそ踏み込める領域というものはある。

敏感な部分であればなおさらで付き合いが長いほどに躊躇してしまう。

人間関係においてよくある事ではあるが、実際そこまで話す人も珍しい。

あの屋上で出会った旧知の友人でさえ、自分の素性を話すことはなかったのに。

 

そこまで話したところで予鈴が鳴り響く。

 

「じゃあ私はこの辺で。暁山さんはどうするの?」

「ボクは今から見たい映画があるからねー。委員長さんも良かったら一緒に見てみない?」

「また機会があればお願いします」

「あらら、振られちゃった」

 

わざとらしく残念がる瑞希に軽く手を振り職員室へと急ぎ足で向かう言葉。

 

「(なんていうか、面白い子だよね。ボク達とはまるで違うのに)」

 

一方で瑞希は1人校舎を飛び出し街中へ駆けだしていく。

その足取りは軽く、瞬く間に人混みの中に消えていくのだった。



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第2話「いびつな関係」

「皆、いる?」

 

今にも消えてしまいそうな声で少女はパソコンに向かって問いかける。

 

『いるよー『K』。今日も時間ぴったりだね』

『『K』だから当たり前でしょ。それより『雪』入ってる?』

『……いるよ』

「『Amia』に『えななん』、『雪』も居るね。それじゃ……始めよう」

 

辺りの家が寝静まる頃、少女達は動き出す。時計の針は25時を指していた。

各自が、各自の作業を始めていく。一つのボイスチャットツールを使用して繋がっている。

 

様々な楽曲をネット上で公開し人気を博している音楽サークル。

 

──25時、ナイトコードで。

 

通称ニーゴと呼ばれる少女達は新曲を上げ終え、

いつものファミレスで祝杯を上げたばかりであった。

 

しかし少女、『K』と呼ばれた声の主──『宵崎 奏』は、

今宵も人を救うための曲作りに取り掛かろうとしている。

 

と言っても彼女も人間であり、こうも連続して新曲は作れない。

デモソングを作る為にナイトコードでサークル仲間達を招集したのであった。

 

『新曲のアイディアって、Kからしたら珍しいよね』

「そうでもないと思うけど。そんなに珍しかった?」

『うん。でもそっか。Kに頼られてるって感じがして嬉しいかも』

『あれ~えななん、もうデレてるー珍しー』

『Amiaうっさい。ところでK、テーマが決まってたりは……』

「今のところは何も。寧ろ皆が色々言ってくれた方が嬉しい。雪も、もしよかったら」

『……うん。でも、何も出ないと思う』

 

積極的に絡む『えななん』と呼ばれた二面性のある声の主──『東雲 絵名』は、

ニーゴにおけるイラスト担当である。

現に自分も何かアイディアが降りてこないかと、ペンを片手に白紙とにらめっこを続けていた。

 

『雪もそんなこと言わないでさー。体育祭の時みたいに何か面白いことなかった?』

『……別に。その1年の子が、よく廊下を走ってるな、くらいかな』

『あ、あはは。そっか』

 

長い沈黙を挟む『雪』と呼ばれた無感情な声の主──『朝比奈 まふゆ』は、

ニーゴにおける作詞担当である。

パソコンの横にはシンセサイザーが置いてあるが、鍵盤には触れようともしない。

 

『……そういうAmiaなら、あるんじゃない』

『あることにはある、かな。最近までボクの学校で有名だった噂なんだけど』

『それってもしかして音楽室のアレ?』

『そうそう! なーんだ、えななんも知ってたんだ』

 

思わせぶりに振舞う『Amia』と呼ばれた陽気な声の主──『暁山瑞希』は、

ニーゴにおける動画担当である。

今もネットの海をさ迷い、動画に使えそうな演出やフリー素材をダウンロードしていた。

 

「音楽室の……何?」

『音楽室の幽霊に憑かれた女の子の話……だったかな。まあ結局はガセだったんだけど』

「その話、少し聞かせて」

『えっ、ほんとにこんなのでいいの?』

「うん」

『じゃあ、話すけど。私も人から聞いただけだから、そんなに期待しないでね』

 

ネタバレを受けて話題性が消えた為か、絵名は丁寧ながらも遠慮気味に奏の質問に答える。

しかし音楽を作る者ゆえの衝動か、アイディアとしては悪くないと思ったのか。

奏の手は自然とメモ帳を起動し、その内容を書き写していく。

 

『それで、その演奏を見た人は乗り移られちゃう──って話だったんだけど』

『……ふうん、そうなんだ』

『ちょ、人が態々説明してやってんのにそんな反応はないでしょ!?』

『まあまあ、えななん落ち着いて』

「それで、噂はどういう風に落ち着いたの?」

『噂の張本人が文化祭の催しで演奏して何ともなかったから、ってところで終わりかな』

 

あまりにもあっけない終わりであったため、

少し怖がっていた自分が恥ずかしくなるほどであった。

そういった意味でも、この噂の話は絵名からすれば面白くない話だったらしい。

 

『そういえばAmiaは神高祭行ってたんでしょ? それ見なかったの?』

『ばっちり見てたよー。でも動画は録ってないんだよね』

「Amiaは、何か思うことはあった?」

『その時は普通に上手い子だなーって思ったくらいかな。でも』

 

瑞希の声が途絶える。ふと考えるのは最近知り合ったばかりの少女、言葉のことである。

素性が見えてくるほどに何とも言えない凄みと興味がある存在。

自分達が救いたいと願った少女、まふゆとは似ているようで何もかも違う人物。

 

「……Amia?」

『何? もしかして回線落ちた?』

「ログインはしてるから大丈夫だと思うけど」

『………』

 

普段の彼女らしからぬ反応に多少の戸惑いを見せる二人。そして何の反応も返さないまふゆ。

 

『なんていうか、凄い子だよ』

『あ、生きてた。びっくりするじゃない。急に喋らないでよ』

『ひっどーい! じゃあどうしたらいいのさ』

『今から喋りますーってチャットで反応してから喋るなりあるでしょ!』

『それなら声出した方が早いじゃん!』

 

何かを含むように低いトーンで応えるも、絵名に思考を邪魔されいつもの調子に戻る。

そんないつものニーゴに戻ることに安心感を覚えながらも、

一瞬の違和感を見逃さなかった者が一人。だからこそ、少女は決断する。

 

「じゃあ、今回はその方向で」

『『えっ!?』』

「えななんの言った内容とは多少雰囲気が変わるかもしれないけど、作ってみる」

『ま、待ってK! 本気でやるの!?』

「うん。雪も、いいかな」

『Kがいいなら、いいよ』

「ありがとう。それじゃあ今日は落ちるね。えななんもAmiaもありがとう。おやすみ」

『私も落ちるね。おやすみ』

 

絵名の静止の声もむなしく、奏とまふゆがチャットから消える。

 

『Amia~!? どうするの! Kがその気になっちゃったじゃない!」

『これはボクも予想外、かなー。どうする?』

 

奏にとってはただのイメージとしてもらっただが、

既に興味関心を失っている絵名からすれば、何より自分の羞恥を思い出さなければならない。

しかしそれよりもこうなった奏を止める術など2人にはなく、

向き合わなければいけない現実が確実に迫ってきていた。

 

ならばどうするか? 答えは至極簡単である。

 

『Amia、どうせその子って知り合いなんでしょ!』

『う、うん。そうだけど』

『なら会わせなさい! こうなったらそいつのこと、とことん絵の素材にしてやるんだから!』

『うわあ、えななんが壊れた……』

『壊れてない!』

 

──乗るしかない。この止まることのない夜行列車に。



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第3話「ただの噂」

翌日の放課後。

ようやく授業が終わり、この後の予定を立てる者や部活に向かう者でにぎわっていた。

 

「委員長ー、この後どうする?」

「特に予定もないから帰って宿題と勉強かな」

「流石真面目だねー。私は今から友達とカラオケ行くから」

「うん。また明日」

「じゃねー。っとと」

 

言葉の友人が教室を後にしようとしたところで、何かに気付き急ブレーキをかける。

その後短い会話を挟み再び教室の中へと向けた。

 

「委員長ー! お呼びだよー!」

「私?」

 

導かれるように席を立つ彼女を見て、その待ち人にも別れの言葉を告げ足早に去っていく。

放課後の客人はクラスメイトを除けばそんなにいない為、

先生にでも呼ばれたのだろうと頭で予想を立てる。

 

しかし外で待っていたのはある意味予想外の人物であった。

 

「おっ、きたきた。ごめんねー急に押し掛けたりして」

「暁山さん? どうしたのこんな時間に」

「これにはちょっと深い事情があってね」

 

言葉としては今日彼女の姿を見たことはなかった為、学校には来ていないと思っていたのだが。

それに学校が終わってから瑞希が登校している辺り補習か何かだろうか。

どちらにしても珍しいことには変わりなかった。

 

「おいあれって暁山じゃねーか?」

「噂で聞いてたけどほんとにあんな格好してるんだ」

「委員長って暁山さんと知り合いだったんだ……何があったんだろ」

 

しかし今は放課後。自由時間の為自然と興味は2人の方へと集まっていく。

噂を鵜呑みにしている者達からすれば、

その噂の再確認と新たな関係性の発見によって一気に話題が塗り替えられるのは時間の問題。

本人達の知らないところでまた一つ、新たな噂が生まれようとしていた。

 

「ここじゃ邪魔になっちゃうね。いこっか」

「そうだね」

 

瑞希の発案で場所を移すことにする。

と言っても行く当てもなく自然と二人の足は行きつけのファミレスに向かっていた。

 

 

 

ファミレスにつくや否や店員が出てくるも、瑞希が断りを入れてあるテーブルへと向かう。

そこには神山高校の制服に身を包んでいる一人の少女が、不機嫌そうに紅茶を傾けていた。

既にチーズケーキとスマホが置かれているが手を付けていない。

二人を確認してカップから口を離す。

 

「まったく、返事くらい返しなさいよね」

「ごっめ~ん、でも律儀に待っててくれる絵名も絵名だよね」

「は? こっちは資料の為に来てるんだから。

 連れてこなかったら全部瑞希に奢らせるつもりだったし」

「それってひどくない!?」

 

口論をしながらも隣に座る瑞希と、未だ座ることに戸惑う言葉。

ここに来たのも瑞希がお気に入りのようだったので、

自然とこちらに向かうだろうと予測を立て、一致しただけに過ぎない。

教室を訪れた理由も腰を落ち着けてからと思っていただけあって、完全に取り残されていた。

 

「あの、暁山さん、これは?」

「会わせたい人がいるって話だったんだけど、まあいいや。ほらほら座って座って」

「は、はあ」

 

申し訳なさそうに笑う瑞希に促されようやく席に座るが、

流石に知らない少女の正面ははばかられる為、カバンを席の奥に置き通路側に寄っていた。

 

「驚かせちゃってごめんね。私は2年D組の東雲絵名。あなたは?」

「1年C組の鶴音言葉です。……東雲って確か東雲君の」

「あっ、彰人と同じクラスの子だったんだ。教えてくれたらいいのに」

「絵名ってば弟くんと全然学校の話とかしてなさそうだよねー。何かと連れ回してるのに」

「別にする必要もないでしょ。それで鶴音さん、早速聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「は、はい」

「神高の音楽室の噂、知ってる?」

「はい。暁山さんから聞いたので」

 

そういって瑞希に向き直れば、当の本人はあの時のことを思い出し苦笑いを浮かべた。

変わった様子に多少違和感を覚えつつも絵名は言葉を続ける。

 

「なら話は早いかな。実は私達ネットで曲を作って上げてるんだけど、

 その噂をモチーフしようって話になって」

「なるほど」

「それで、作品のイメージを少しでも近づける為にも協力してほしいなー……って」

「構いませんよ」

 

言葉の心境を探る様に段々と声量を落とし上目遣いでねだってみれば、

返されたのは二つ返事での承諾。

否定された時に張り巡らせた対抗策が一気に無下にされた為か少し心が濁る。

 

「東雲さんは作曲されるんですか?」

「ううん。私は動画用のイラストだから」

「それでボクがその動画編集~。作詞と作曲はまた別のメンバーがやってるんだよ」

「ちょっと瑞希!」

 

ここぞとばかりに自分をアピールするも、それに対して小突き耳打ちをする。

 

「そんなこと言って私達がニーゴだったバレたらどうするの!」

「大丈夫だって。ほら、絵名だって知ってるでしょ? 1年生の学級委員の話」

「え? なにそれ、すごい優等生じゃない」

 

ニーゴの存在はネット上では新曲が上がるたび、話題になるほど有名なサークルである。

そのメンバー数まではファンに知られている為、関連付ければ感付かれると思ったのだろう。

それはない、と言う瑞希にも特に保険があるわけではないが、

噂好きな自分だからこそ知っているもう一つの噂について説明する。

 

絵名からすればそれもまた知り合いから聞いた話に過ぎないが、

まさか同じ人物だとは思っていなかったのだろう。

またそんな()()()()()が引き起こした変化であったために、

ここまで音楽室の噂が広まったのだと理解した。

 

「でしょー。だから多分ボク達の動画すら見てないんじゃない?

 ま、そうでなくてもきっと踏み入って聞いてくることはないと思うけど」

「それはそれで悔しいんだけど……」

 

動画を見ていないという事は、曲はおろかイラストや編集すら見ていないわけで。

今まで作ってきた渾身の作品群が見向きもされないというのは、承認欲求の強い彼女の気に障る。

 

「あ、紅茶とフライドポテト大盛でお願いします」

 

話題の渦中にある本人はそんなこともいざ知らず、

注文を取りに来た店員にいつもの組み合わせをお願いしていたのだった。



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第4話「いやな奴」

絵名と言葉の会合から時は経ち、再び25時、ナイトコードで。

奏によるデモが完成し、各自作業に取り掛かっている時のことであった。

 

『はああああ……』

 

ナイトコードで何とも気の抜けそうなため息が木霊する。

 

『……えななん、マイク切ったら』

『あ、ごめん。でも……はあ』

 

普段はまふゆの毒舌に反発的な彼女であったが、

先ほどは自分が非があったため素直に謝っていた。

しかしその直後にもう一度ため息。どうやら随分と参っているようだ。

 

「えななん、調子悪かったら今日は落ちてもいいよ」

『ありがとK。そういうのじゃないから大丈夫』

『もしかして、言葉のこと?』

『そう、そうなの! あの1年生!』

 

瑞希の声に、待ってましたと飛びつく。頭痛の種はまさしく言葉のことであった。

 

あれから何度か都合をつけて様々なポージングの写真を撮ったり、

デッサンにつき合わせたりしていた。

一つも嫌な顔をせず付き合ってくれる彼女のお蔭で作業は順調に進んでいたのだが、

どうしてもそれが過去のまふゆと重ねてしまい心の中のしこりが大きくなっていく。

 

だから彼女は問いかけた。

自分が題材にされてそれがどんな作品になるかもわからないことに、なんとも思わないのかと。

 

すると答えた。

 

──それが噂ってものじゃないんですか?

 

たったそれだけだった。しかしそれは真理であった。

本人の知らぬところで尾ひれがつき肥大化していく中で、本人の意思が介在する余地はない。

群衆は話題性を求めるものだから楽しければそれでいい。

今まさにその話題に乗っかっているともいえる自分には頭の痛い話である。

 

そういう彼女は疑問の念すら持たずこれからも付き合ってくれるのだろう。

だからこそ絵名は面白くなかった。周りの評価を気にしてしまう自分には。

 

悪い子じゃないのはあらかじめ知っていた。それでも気の合わない人間は存在する。

 

『確かにあの性格だとえななんにはキツイかもね~。えっぐい角度で突き刺してくるし』

『……刺されたんだ。よく無事だったね』

『あのね、例え話だから! 実際に刺されたわけじゃないの!』

『そうなんだ。ごめん、よくわからなかったから』

『あんたねぇ~……!』

 

そのことをかいつまんで説明するとすぐに返事を返したのは瑞希であったが、

珍しく比喩表現が解らないまふゆも反応した。

流石にそれは突っ込まねば収拾がつかなくなると反論したものの、

いつもの定型文に返されてしまい憤怒の念がふつふつと湧いてくる。

しかしその矛先を向ける相手はいないために自然と冷静になっていった。

 

『こんなことなら会わないまま描いてた方がよかったかも』

『噂は噂のままで終わらせた方がいい、ってやつかな。その方が面白いってこともあるよね~』

『今回ばっかりはAmiaに同感。ごめんねK、愚痴ばっかり言っちゃって』

「ううん、気にしないで。まだ時間はあるから、自分のペースで頑張ってほしい」

『……ありがと。私、ちょっと集中するから先落ちるね。皆おやすみ』

『お休み~』

「おやすみ」

『おやすみ』

 

皆の返事が返ってくることを待ってから絵名はナイトコードからログアウトした。

素直に口に出さない彼女がここまで言うとなると、かなり参っているだろう。

それを理解している奏と瑞希だったからこそ、引き留めることはしなかった。

まふゆは条件反射のようなものであるため、何を考えているかは誰にもわからない。

無論、本人もだが。

 

こうしてナイトコードに再び沈黙が訪れる。

普段から会話の主導権を握っている瑞希も相方が居ないためか静かだった。

 

『……あれ』

「どうしたの? 雪」『雪、何かあった?』

 

そんな沈黙を破ったのは意外にもまふゆである。

微かなつぶやきではあったが彼女が声を出すほどの違和感を覚える、

というのはニーゴの面々にとって異常事態の為残された2人は同時に声をかけた。

 

『……音が、出ない』

 

作詞の際に自分のペースでデモソングを演奏するために使用しているシンセサイザー。

随分前の物ではあるが手入れだけは行き届いている。

しかし鍵盤に触れても一部の音が途切れてしまっていた。

 

『大丈夫? ボク達の声聞こえてる?』

『そっちは大丈夫。出ないのは、シンセの方』

『あー……それは、大丈夫じゃなさそう』

 

再起動やプラグの着脱を行うもその音だけが出ないことに変わりなく、

やがて自分ではどうしようもないことだと察し手を止める。

 

「修理出来そう?」

『……それは無理』

 

一度母親に『不要な物』として部屋の外へと持ち出されたこともあったが、

その時にどこかぶつけたのかもしれない。

憶測は尽きないものの、原因が解らないからには直しようがないのは事実。

 

ここまで来ると専門家や業者の問題になるが、自分の友達で機械に強い人間はいない。

それに持ち出そうとなると途端に親に見つかってしまい、

そのまま処分されてしまう可能性が高い。そこまでまふゆの親は世知辛い存在だった。

そしてその一部始終を知っている瑞希もまた、それが難しいことを理解していた。

 

「『『………』』」

 

今までのまふゆならここまでか、と流れるように処分していただろう。

しかし出来ない理由がここにはあった。ただ『奏が曲を作れなくなる』。

今手掛けている曲も、これから生まれるはずの曲も。

 

ただそれだけであったが、まふゆが今を歩み続けるには充分すぎる理由だった。

──本人達からすれば理由などという浅はかなものでは断じてないのだが。

 

『親の目を盗んで……とか無理だよね』

『……無理だね。お母さんに見つかる』

「誰の目にも触れないで持ち出す方法……」

 

まふゆは体育の成績も優秀であったが、

シンセサイザーなどという機材をもって二階から持ち出すようなことはしない。

むしろそんなことをすれば両親に捕まり何が起こるか分からない。

それこそニーゴとしての活動がバレてしまい、取り返しのつかない事態になる。

 

『誰にも……誰も……K! それだよ!』

「Amia?」

『誰もいない場所に持っていけば、まふゆの親に見つからない!』

『……なにを、言ってるの?』

 

いきなり声を張り上げる瑞希に耳を傷めながらも何を言うのだろうかと首を傾げる。

そんな自分達にとって都合のいい場所など、あるはずが────

 

『──もしかして、セカイ?』

 

まふゆの脳裏に、いつまでも傍にいてくれる少女の顔が映った。



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第5話「なんとなくそう思っただけ」

週末、言葉の姿は楽器屋にあった。もちろん何かを買いに来たわけではない。

バイトの制服に身を包み店内清掃のためにモップを走らせていた。

 

週末の彼女の過ごし方といえば、ビビッドストリートで演奏をしている姿が目立つが、

それはあくまでバイトが休みの時であり、彼女にとってはこれが当たり前であった。

その為本当の想いを見つけても彼女の日常に変化は訪れることはない。

 

違いがあるとすればバイト代が全て懐に返ってくるということだろうか。

それも使い道を見いだせないまま、ただ人と付き合う時にしかお金を出さない。

楽器のオーバーホールも先送りにしてしまっていた。

 

「鶴音さーん、それが終わったらレジに入ってもらっていいかなー!」

「はい! 解りました」

 

他のスタッフとの交代時間である。手早くことを済ませて一人レジに立つ言葉。

今は休日とは言え客入りが少ない時間帯で出勤しているスタッフの数は少ない。

店内では以前のようにミクの曲は流れていなかったが、絶えず音楽が流れていた。

 

そんないつもと変わらない、暇な時間が流れるはずだった。

 

「すみません。楽器修理の見積をしてもらってもいいですか?」

「はい。こちらのカウンターでお受けしますね」

「ありがとうございます」

 

大きな楽器ケースを持った少女──朝比奈まふゆがカウンターの前に立つ。

長い紫髪を後ろで一括りにして前へ流した髪型。

すっと通る声で話しかけられたからか自然と言葉の背筋も伸びる。

 

顔を覗かせたのは随分と年季の入ったシンセサイザーだった。

 

「電源は入るんですけど、F4とA4の音が出なくなって」

「解りました。確認させていただいてもよろしいですか?」

「はい。お願いします」

 

声のトーンは落ち着いていて焦りは見えないものの、表情は不安そうなもの。

確認のために初歩的な対処を行うものの、確かに言われた音が出なかった。

即座に型番や品名、購入した店や購入時期を確認し、店長を呼び出す。

言葉の手には余ることであったためだ。

 

「あー、これウチに部品あったかな……

 鶴音さん、ちょっと見てくるからお客さんに待っててもらって」

「はい」

 

軽く同じ手順を繰り返し、本人も確認したところで唸る様に声を上げた。

よくある不具合であるため店側もある程度の部品はあるものの、把握まではしていなかった。

再び二人きりで残される言葉とまふゆ。

ただ待ってもらうようにお願いしたものの、沈黙が痛かった。

 

「音楽、されるんですか?」

「えっと、少しは。と言ってもまだまだですけど」

「それなら、私と同じかもですね」

 

まふゆにとって目指す音楽の果てに何があるかなど、本人にすらわからない。

だがそれを他者に伝えるほど彼女は甘くはなかった。

 

「私も笛を演奏してるんですけど、全然うまく行かなくて。

 学校でも練習させてもらってるんですけど、まだ目標がはっきりしてないっていうか」

「そうなんですね。笛って言っても色々ありますけど、何を吹いているんですか?」

「フルートや民族音楽に使う笛、ですかね」

「民族音楽って、北欧あたりの……ケルト音楽、でしたっけ」

「はい。後は和楽器の笛なんかも」

「本当に色々……! 凄いですね、私なんかこのシンセくらいしか弾けないのに」

 

まふゆはふと視線を落とし自分のシンセに指先で触れる。

その動作一つ、まるで哀愁にたっぷりにたそがれるようで言葉は目を奪われてしまった。

それを誤魔化すために同じくシンセに視線を落とし、一言。

 

「随分大切に使ってあげてるんですね」

「えっ?」

「だって、傷もホコリもついてないので」

「それはよく言われます。私、物持ちはいい方なので」

 

内部の故障がなければ、そのまま新品として扱えそうなほどに整っている。

しかしそれはまふゆにとって優等生として見られる1つの理由に過ぎない。

 

そこで店奥から店長が顔を出し言葉を呼んだ。

内容としては部品が店にはなく、メーカーに送っての対応になるそうだ。

その為少なくとも1週間の営業日は見積もってほしいとのこと。

 

ありのまま事実を伝えると、まふゆの表情が曇った。

 

「そうですか……どうしよう。あんまり遅れると流石にまずいかな」

 

今すぐ直せるものとは思っていなかったが、

そこまで期間が開けば流石に他のメンバーに、何より奏に迷惑をかけてしまう。

それだけは何としても避けたかった。

 

「あの、もしすぐ必要なら別のシンセをレンタルするというのもありますよ?」

「レンタル?」

 

本来はライブやお試しの為に使われるものではあるが、

突然の故障で急を要するために利用することも多いという。

その提案にまふゆは首を縦に振り、早速楽器を選ぶことにした。

 

 

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。料金までおまけしてもらって」

「いえいえ。お待たせして申し訳ございませんでした」

 

彼女が選んだのは極力自分の物と近い物。

料金も古い型だったため安く済むはずだったのだが、

そこから急な故障や随分と待たせてしまった為に、

店側からの申し出でさらに引いてもらったのだった。

 

見送りに、笑顔で応え律儀に頭を下げる。

まふゆのそんな姿に、謙虚で素敵な人だなと尊敬の念を抱く言葉であった。



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第6話「しかして動く者は」

夜も更けた頃。25時、ナイトコードで。

 

『……おまたせ』

 

奏が点呼を取り終わりまふゆが居ないことに疑問を覚えた絵名が、

瑞希から状況を聞き終えると同時に差し込まれた声。

 

「! 雪、その、大丈夫だった?」

『…………うん』

 

長い長い沈黙の後、まふゆは口を開いた。

昼間のように明るく感情豊かな面影はどこにも残っていない。

 

『よかったー。セカイ様様だね!』

『Amiaから聞いた時はどうなるかと思ったけど、まあ、良かったんじゃない?』

 

シンセサイザーが壊れた日に導き出した答え。

それはセカイへ一度持ち込み、

再び外からアクセスすることで親に見つからず持ち出す、単純なものだった。

 

一時的に部屋からシンセがなくなるものの、まふゆの両親からすれば逆に都合が良く、

晩に別のシンセがあっても楽器に疎い為違いに気付くことなどなく、

一時的な楽器の消失も単に模様替えと言えばそこで話は終わってしまう。

偽りであってもまふゆと両親の信頼関係は厚かった。

 

店側からの連絡もまふゆのスマホに直接送られるため、見られる心配もなかった。

 

『そんなこと言って~、えななんが一番心配してたんじゃないの?』

『ちょ、そんなことないし!』

『……ありがとう、Amia』

 

またいつものように絵名と瑞希の口論が始まるかというところでこぼれた一言は、

文字通り度肝を抜いた。

 

『それは本心から、って受け取っていいのかな』

『……わからない。でも、その方が正しいって思ったから』

 

その言葉を噛みしめるように問いかけるも、帰ってくるのはいつもの返事だけ。

それでも正偽の判断を微かに感じ取っただけでも、彼女からすれば随分と進歩したと言える。

 

「それじゃあ、今まで通り各自作業でも大丈夫そう?」

『……問題ないよ』

『よーし、雪も無事に戻ってきたしボクも張り切っちゃおっかなー!』

『はいはい調子に乗らないの。でも、私も頑張らなきゃね』

 

いつもよりやる気を8割増しにしたような瑞希と、対抗意識を燃やすように張り切る絵名。

またいつもの空気が戻ってきたのかと思い、自然と笑みがこぼれる奏であった。

 

 

 

「Amia、今いい?」

『ん? どうしたのK』

 

黙々と作業をしていたニーゴのメンバーであったが、キリが良かったのか奏が声をかける。

 

「あの時、モチーフの子の演奏の話をしたときだけど」

『うん』

「言葉に詰まったのが、少し気になって」

『あー……』

 

この話をモチーフにして曲を作ろうとした理由。

絵名がその噂に対して相当詳しかったからというのも大きいが、

なによりもその人物を知る瑞希が意図的に言葉を伏せたからである。

 

『(やっぱりKは鋭いな)』

「話し辛いことなら、無理に言わなくてもいいけど」

『ううん、話すよ』

 

瑞希の見つめる画面。そこには作業中のMVがリピート再生されている。

本来の幽霊に分かりにくいものではなく鮮明な物。

歌詞やタイトルを前面に押し出した、歌詞を読ませるための演出。

まるで己のことを包み隠さずに吐き出す彼女の如く。

 

Amiaは語る。彼女と何度も会話して得た人間性。

噂は噂に過ぎぬと一蹴し己を律する芯の強さ。他人に意見せずただ尊重し追及はしない。

皆の味方であるのに誰の物にもならない、その複雑さが自分の興味を引いたのだと。

 

『だからボクは面白いよ』『だから私は苦手なの』

「えななん……?」

 

声が重なる。それをどちらも聞き逃さなかった。

それが引き金となったのか。今度は絵名がひとりでに語り始める。

 

どうとも言えない態度。他人を肯定するだけで自らの意見はほとんど言わない。

こちらが黙りこけていて初めて定型文のような台詞を口にする。

自分を持っていないからこそ受け入れることはするが、踏み入るほどの中身がない。

 

「そっか、えななんはそういう風に見えたんだ」

『だからアイツには今回の作品を見せてやりたい、って思った。感想の1つくらいよこせって』

『でもそれしちゃったらボク達がニーゴだってバレちゃうんじゃないの?』

『それは、あれよ。この曲おすすめって言って感想聞いたらいいじゃない』

『なるほどね。さっすがえななん』

 

大方その役割を担うのは瑞希になりそうだ、ということは伏せておくことにした。

 

『……皆楽しそうだね』

「雪はそう思わない?」

『……さあ。私は会ったこともないし。それに、会っても何も変わらないと思う』

「そっか」

 

確かにまふゆがもし言葉と会っていたとしても、それは『いい子』のまふゆに過ぎない。

それを看破できる人間など──まふゆの知るところでは1人(えむ)しかいない。

そんな奇跡体験などがありふれているわけもなかった。

 

しかし瑞希と絵名に影響を与えている人物だからこそ、奏本人も気になっていた。

自分の目から見た時、その人物はどう映るのかと。

それこそ今回の、または今後作るであろう曲のよい発想を得られるかもしれない。

 

「Amia、その人と連絡って取れる?」

『え? あ、ボクは連絡先知らないかなー。大体お昼休みに行けば会えるし』

「そうなんだ」

 

声のトーンは変わらないものの機会を失ってしまい残念がる。

頻繁に会っている瑞希ではあったが、連絡先を交換するまでの関係には至っていない。

そのあたりを変に気を聞かせてしまうのは自分の悪い癖かもしれない、と瑞希も反省していると。

 

『私、連絡先交換してるし、なんなら今週末に会うけど』

「! 本当、えななん」

『うっそ、ボクでも持ってないのになんでえななんだけ!? ずるーい!』

『態々資料集めの為だけにアンタ使ってらんないでしょ! だからあの後、教えてもらって』

 

さっきまで苦手だと嘆いていた絵名が言葉を零す。

段々と尻すぼみになっていくあたり自分の行動に後悔もあるのだろう。

今や彼女と会ったとしても、反骨精神を燃やしながら無理やり描いているだけ。

創作者として『描かなければならないもの』と向き合い続ける苦難など地獄でしかない。

 

『K、言いたいことは分かるよ。でも、私はあんまりおすすめしない』

「うん……解ってる。でも、お願い」

『……分かった』

『あ、じゃあボクも行くよ。雪も良かったら』

『私、その日はお母さんと用事があるから』

『はいはい。場所は……いつものファミレス?』

「うん。そこでいいと思う」

 

一人の呪われた少女は立ち上がる。救いたい人を救うためならば、と。

その出会いがどういった影響を及ぼすか、それは誰にも分からない。

 



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第7話「1つの答え」

絵名が都合をつけたその週末。いつものファミレスには4人の少女達が集まっていた。

 

「それじゃあ、まず自己紹介からやっちゃう?」

「うん。宵崎奏……よろしく」

「神山高校、1年C組の鶴音言葉です。よろしくお願いします」

 

瑞希の隣には言葉が、絵名の隣には奏が座り、

前者同士・後者同士で向き合う形でテーブルを挟んでいた。

瑞希が音頭を取って自己紹介を済ませる。

 

「でも驚きました。東雲さんから会わせたい人がいるなんて」

「別に変なこともないでしょ。……ねえ奏、ほんとによかったの?」

「絵名も気にしすぎ。あ、注文するけど絵名と言葉はいつものでいいよね」

「うん。お願い」

「私もいつものでいいよ」

「わたしは……うどんと緑茶で」

「オッケー、店員さーん!」

 

まふゆが居ないことを除けばいつものニーゴのオフ会に過ぎないのだが、今回は目的が違う。

絵名は奏のお願いを叶えただけに過ぎず、

瑞希もこの空間に自分が居なければいけない気がしたのだ。

 

つまりここにいる奏と言葉だけがこの舞台の主役といえる。

注文が届くまでは2人とも会話を交わすことなく、ただお互いの外見的特徴を観察している。

特に奏は噂だけ知っていた為にその雰囲気やしぐさも丁寧に脳内へと記録していた。

 

ほどなくして注文も出揃い、乾杯もなしに各自が食べ進めていく。

時間が経っても、唯一の部外者である言葉は奏という初見の人物について聞くことはない。

その沈黙という答えが、2人から聞いていた彼女の像が奏の中で真実味をおびていく。

 

「東雲さん。イラストは順調ですか?」

「ようやく喋った。アンタに心配されるまでもなく順調よ」

「ボクの方も順調だよー。お蔭様でね」

「なら、よかった……宵崎さん、でいいですか?」

「呼び方は何でもいい。気にしないで」

「なら、宵崎さんと」

 

奏がある程度食べ終え、瑞希もようやく冷めたフライドポテトに手を出し始めた時、

口を開いたのは言葉の方だった。

絵名は既に荒々しい口調になっていたが、それは言葉にあの質問を飛ばした時から変わらない。

今更戻す気もなかった。

 

「鶴音さんは、この状況について何も聞かないんだね」

「おかしいですか?」

「ううん。でも、大体の人なら聞くと思う」

「あんまり気にしないようにしてるんです。と言ってもそんな風に見えないと思いますけど」

 

自分以外が身内の場所に唐突に呼ばれれば誰だって困惑するし、何故と疑問を飛ばす。

しかし言葉はそれをせず、また気にする様子すらなかった。

口を開いたのも、自分の初見の相手に対してではなくこの場所に呼んだ本人に対する進捗確認。

それを挟んで対象を奏に移すも、呼び方の確認に過ぎなかった。

 

それを聞いて、自分の家に訪れる一人の少女のことを思い出す。

家事が得意で、表情も豊かで、こちらのことを何かと気にかけてくれる存在。

 

『なんて言うか、困ってる人に喜んでもらえると嬉しいんです。

 そのせいでお節介やいてしまう時もあるんですけど……』

 

そんな少女とは対照的なそんな存在。そんな彼女に同じ質問をしたらどうなるか。

いつ消えてしまうか分からない相手を救いたいがために、答えを急いているのかもしれない。

ただ、真の意味で答えを求めるものではなく、興味の範疇でしかなかった。

 

「……鶴音さんは」

 

「助けたい人がいるけど、どうすればいいか解らない時、どうする?」

「ちょ、奏!?」「奏、それは……」

「2人は少し待ってて」

 

その質問はあまりにも端的であるが為に、絵名と瑞希も黙ってはいなかった。

しかし会話をしている相手は2人ではない。静止の声をかけて反応を待つ。

 

しばらく考えるしぐさをして、紅茶で喉を湿らせた言葉はしかと奏の目を見た。

 

「──わかりません」

「えっ?」

「私はその人ではありませんから。それに、今の私には助けられないと思います」

 

話の腰が、折れた。

 

「あんたねぇ! 奏が必死になって聞いてるのにその答えはないでしょ!?」

「まーまーまー! 絵名落ち着いて! 言葉も、何か考えがあってそういってるんだよね!」

 

絵名は今にも殺してやると言わんばかりの剣幕で声を張り上げ、

これはいけないと瑞希が頑張って抑えている。

周りの客も何事かと凝視し、店員も遠目にこちらを見ていた。

 

「ごめんなさい東雲さん。でも、続きを聞いてください」

「……分かったわよ。でも、また変な事言ったらただじゃ済まさないから」

「それで、助けられない、って?」

 

流石に騒ぎ過ぎたかと周囲の変化で気付いた絵名は感情を押し殺し、

言葉は席を立ち注目する皆に詫びの礼を入れ、元通りになってから奏の問いに応える。

 

「暁山さんには少しお話したんですけど、私は、助けられたばっかりなんです」

「助けてもらった……?」

「はい。寒くて、冷たくて、声も上げられない場所で1人、大切な人に助けてもらったんです」

 

思い出すのは、吹雪が吹き荒れる極寒の地。

投げ出された少女は歩むことすらままならず、そこで息絶えるはずだった。

それを聞いた3人の少女が思い浮かべたのは『誰もいないセカイ』だったが、

そんなはずはないと思考を破棄する。

 

「そんな私には、誰も救う力なんて残ってない。あげられる物は1つもない。

 もしそんな状態で助けようとしたら、私も一緒に死んでしまうと思います」

「「「………」」」

「だから私は助けない。助けようとしても届かない。助けたとしても私が助からない」

 

助けるために伸ばす腕の力も足りず、腕の骨は既に折れ、その手を取っても自分が落ちる。

 

その言葉を聞いた瞬間3人は理解した。彼女は差し出せる自分の量を知っている。

冷酷ながらも自分と他人を分かち、ただ1人で自らが癒える時を待っている。

 

彼女の言葉は鋭かった。似ているようで違う。

今を足掻くことなく今できる最適解を尽くしている。

それは噂という鎖で縛り付けられても、それが朽ちて解放される時を待つように。

 

「宵崎さんには、助けたい人がいるんですね」

「……うん」

 

こんな質問をしたために思い当たる節があるのでは、といったくちで質問を飛ばした。

隠し切れないと判断したか、それともこの質問の本質を見極められたかは分からない。

 

「私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……

 貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います」

 

かつて自分を信じてくれた人が出迎えてくれたように、少女はそう在りたいと願った。

自らの意思で歩き出す終わりの見えない旅路の果てで、おかえり、と伝える為に。

 

「だから、行ってください。本当に助けたいその人が待ってる場所に」

「……ありがとう」

 

恐らくこの少女は自分達よりもずっと先の場所に居る。

もしくは既に通り過ぎてしまったのかもしれない。

その言葉を皮切りに今日の集まりは解散となる。3人が向かう先はナイトコードであった。



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第8話「かくして少女達は」

25時、ナイトコードで。作業も最終盤に突入した4人は一気に曲の仕上げに取り掛かっていた。

方向性が定まっただけあってペースは速い。

 

『……それで、K。どうだった?』

 

実際に話を聞いたのは3人だけであるものの、その方向性を提示されたまふゆもまた、

淡々とそれに沿った歌詞を付けていた。

手を止めることなく、その場に居なかったものが質問を飛ばす。

 

「どこにでもいそうで、どこにもいない人だったよ」

『……そう』

 

曖昧ながらも的を射た答えを返す奏。

あの短い会話の中で彼女の全てを知る事は出来なかったが、1つだけ言えることがあった。

 

彼女は自分が今どこにいるのか知っている。他者と自分の違いを明確に知っている。

──自分には何も無いという事を知っていた。

 

何も無いという点においてはまふゆと似ているのかもしれない。

しかし違うのは『彼女が止まったまま』という事だった。

ただ周りとの摩擦を避ける為に肯定の道を佇み尊重する。

それを咎められても自らの人生経験から導き出した答えで論破する。

 

残された感情を全て吐き出した答え。これ以上彼女に答えを求めても何も出てこないだろう。

 

彼女は待つと言った。助けたい人を助けられるまで。

それは自分も助けてほしいというメッセージだったのだろうか。

恐らくそれはないだろう。与えてもまだ受け取る準備が出来ていないのだから。

そんな歪さを持つからこそ、どことなく興味が惹かれたのだと。

 

今は、目の前の彼女に集中しよう。誰よりも早く彼女を救うための曲を作る為に。

 

 

 

「かんぱーい!」

 

いつものファミレスにはニーゴメンバーが集まっていた。

注文もテーブルに出揃ったところで瑞希が乾杯の音頭を取る。

 

各自が落ち着いた後で奏がスマホを取り出し、動画を再生した。

それは自分達が作った楽曲。

彼女達は曲を上げ終わった後、直に顔を合わせながら反応を見るのが恒例行事となっていた。

 

「いっぱいコメント来てるねー。良かった」

「今回は趣向を変えてみたけど、好評みたいだね」

「刺さる、ってコメントが多いね」

「あっ……」

 

コメントはそれぞれの曲・歌詞・イラスト・動画の演出に対して、

平等についている珍しい事でもあった。やがて動画も終わり皆が料理に手を出していく。

 

「そうだ。アイツにも一応言っておかなきゃ。曲が完成したって」

「お、絵名ってば律儀ー」

「そんなんじゃないわよ。ただ、協力してもらったお礼位は言っておかないと」

「そうだ、せっかくの打ち上げだしいっそのこと呼んでみたらどう? 

 まふゆの紹介もかねてさ!」

「あんた、どうしてそこまであいつに肩入れするわけ?」

 

瑞希が特別彼女のことを気に入っているのは3人とも知っている。

それは彼女の過去に意図せず踏み入ってしまったからに他ならないのだが、

話したところで3人に理解はされないかもしれない。

 

「呼んだら、私達がニーゴだってばれるって言ってたよね」

「それはそうだけど、今回くらいは協力してくれたし」

「あ、返事来た。『おめでとうございます。バイトなのでこれで失礼します』だって」

 

流石に彼女はバイトを休んでまでこちらに来ることはないだろう。

少しだけ残念そうな雰囲気で大人しくなる彼女だが、

後々考えれば呼ばない方が良かったかもしれないと一人反省していた。

 

「瑞希は、その人のこと好きなの?」

「流石にそれはないかな。ただほっとけない、ってやつだよ」

「そう……大変だね」

「まふゆは気にする必要ないの。瑞希も! ただの取り越し苦労でしょそんなの」

「あはは、それならいいんだけどね」

 

取り越し苦労といわれればそこまでで、

確かに気にしなくても彼女ならば自分の力で解決しそうではある。

他者から決めつけられた型も、この噂が廃れることでなくなることだろう。

 

『私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……

 貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います』

 

何も知らず何も聞かないはずだが、信じて待ってくれるというあの言葉は、

少々ながら胸に響くものがあった。

自分の知る少女とはまるで違う答えではあったものの、確かに残るものはあった。

 

「……わたし達の曲、聞いてくれるといいな」

 

その待つ時間を埋めるように、そっと耳を傾けてほしい。そう思う奏だった。

 

 

 

後日。

 

「ハロハロー! 言葉居るよね! 今日はお勧めの曲があってさー」

 

音楽室の扉を開け放ち、瑞希は一人で昼食を摂っている少女に声をかける。

 

結局全日制の生徒である言葉から感想を貰うには誰か1人が曲を勧めるしかなく、

直の反応が知りたいという意見もあったため瑞希が選抜されることとなった。

そして対応法も、言葉の友人のように勢いに任せた方が扱いやすいことを知ったため、

矢継ぎ早にスマホを差し出した。

 

しかしこちらに気付いた様子はなく、耳にはイヤホンが入っている。

何の曲を聴いているのだろうかと彼女のスマホを横からのぞき込めば、

それはまさしく自分達が彼女をモチーフにした曲であった。

 

思わず後ずさりしてしまう瑞希であったが、その動作でようやく気付きイヤホンを外す。

 

「暁山さん、今日は早いね。おはよう」

「お、おはよう。言葉、その曲……」

 

もしかして最初から知っていたのかと、冷汗が背中を伝う。

 

「いい曲だよね、ニーゴの新曲。最近は投稿ペースも上がってるし」

「あ、ああうん! いやー偶然! ボクもその曲おすすめしようとしてたんだー!」

 

しかし言葉は普通に嬉しそうに語るだけであった。

一言一句頭の中で繰り返しても気付いているようには思えなかった。

 

「まだ苦しんでる感じは消えないね」

「それって、どういう事?」

「苦しくないとこんな曲は書けないと思うの。曲も、歌詞も、イラストも、動画の演出も」

 

先ほどの言葉を裏切る様に、再び動画へと視線を落とす

確かを必死に励ます曲のように明るいものではない。

イラストもまるで風刺絵のような化け物。動画も歌詞をダイレクトに伝える為の演出。

 

気にかけている少女のその意味を体で受け止める。作品にではなく作り手に対する感想。

これが一番望んでいたものだったのかもしれないと、目を伏せそうになった。

 

「──でも」

 

それを否定する言葉で、はっと顔を上げれば優しく微笑んでいる。

 

「だからこそ、本当に辛いと思っている人に届くんだね」

 

閃光の様な鋭い希望でその心を貫いてしまわないように。そう語っていた。

 

「(ああ、良かったね……奏)」

 

その曲から得た答えをそのまま吐き出す少女に、どこか救われた気がする瑞希だった。



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第9話「1つに交わる未来を」

神山高校の音楽室の噂も新鮮味を失い、その代わりに純粋な彼女の存在が学校に知れ渡った頃。

 

「お久しぶりです。宵崎さん」

「鶴音さんも、久しぶり」

 

いつものファミレスの小さなテーブルを挟んで、2人が言葉を交わしている。

奏は父親の見舞いが終わり、言葉はビビッドストリートでの演奏が終わらせ、

帰宅途中に偶然鉢合わせたのだ。

互いに募る話もある、という事で成り行きで向かったのがこのファミレスである。

 

「曲、完成したんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。これも鶴音さんのお蔭だよ」

「私は全然。あ、注文は何にしますか?」

「少し待ってて、すぐ決めるから」

 

メニュー表を眺めながらも、目に付いた期間限定メニューを適当に頼みつつ店員を退ける。

言葉は相も変わらず紅茶しか頼まなかった。

 

「この前も紅茶だったけど、もしかして好きなの?」

「はい。コーヒーよりはずっと。奏さんの好みはありますか?」

「わたしは……飲めればなんでもいいかな。水でも水分補給は出来るし」

「あらら、そうなんですか」

 

最初の方はなんてことのない会話が続き、やがて出てきた料理に手を出していく。

 

会話のない間、奏はふと少し前のことを思い出している。

瑞希が言葉に自分達の新曲を聞かせた後、奏はその内容をDMで受け取っていたのだ。

 

「(だからこそ本当に辛いと思っている人に届く、か)」

 

比喩表現にしては酷く端的な物ではあったが、その通りであった。

今救いたい少女は自分という物がない。

 

それでもあの人形展の一件から意見を言うようにはなった。

歌詞にもその影響が出てきたのか、今までよりも尖った表現が目立つようになった。

今回の曲にもそれは言えており、今までの彼女では到底書くことはできなかっただろう。

 

あの時はうまく行ったかもしれない。でも、それが何度も続けば彼女は壊れてしまうだろう。

自分達が居る暗がりの中のセカイでようやく息をすることができる。

そのことを忘れてはいけない。

ようやく見つけることができた淡い光を見失わないように、必死にあがいて生きていく。

それが、今の4人の在り方だった。

 

「なんていうか、静かですね」

 

ふと奏がその声に引き戻され見たのは、沈黙に耐えかねた彼女の苦笑。

自分としてはそこまで苦ではないことと、一対一という事をすっかり忘れていた。

それに加えて、奇しくも常に受け身の立場であり続けた人物同士なのである。

 

「あ、ごめん。ちょっと食べるのに集中してた」

「こちらこそすみません」

 

それ以上彼女が何かをいうことはない。

募る話もあると相互の一致でこの店に立ち寄ったというのに、一向に話題が出てこない。

 

「何か聞きたいことがあるなら、聞いてくれると嬉しい。いつもこんな感じだから」

 

言葉は自分のことについて語っていたが、一方の奏がどういう人間かということを知らない。

だからこそ相手に何らかしら話題を強要すれば引っ張りだしてくることも、

初めて会った時からある程度つかめていた。

 

「それは、東雲さんや暁山さんとも、ですかね」

「うん。ほとんど作業中に喋ってるのも絵名と瑞希だから。

 わたしと……もう一人はほとんど話さないかな」

 

ついでを言うならばセカイに居るミクも何も話さない為、彼女に対しては皆が饒舌になる。

しかしその話題を言葉に振ってもどうしようもないので心の中に留めておくことにした。

 

「たしかに、東雲さんと暁山さんなら話題が尽きそうにありませんね」

 

言葉もまた絵名と初めて出会った時や日頃の彼女達に触れて、

一般で言う落ち着かない人であることは知っている。

自分と合わない人間、と思ってはいないものの、

ある頃から絵名に敵視されていることには把握も肯定もしている。

 

「今回の曲で、助けたい人は助けられましたか?」

 

踏み入らない彼女でも今回の話は無関係とは言いづらい。

彼女達が作り上げた曲から受け取った想いを、全て奏に差し出すように問いかけた。

しかし首を横に振る。

 

「まだ足りない。だからこそ、私は──」

『奏はこれからも、奏の音楽を作り続けるんだよ』

「──誰かを救う曲を、作り続けなきゃいけない」

 

もう止まることは許されない。

自分が止まれば失われる想いがあるのなら、その分の人の想いを背負って前へ進まなくては。

それが呪いであろうとも、進むと決めたから。

 

「……宵崎さんなら、できますよ」

 

彼女はその言葉と共に財布を取り出し、自分の分のお代を取り出そうとした。

 

「あっ、わたしが払うよ。今回のお礼も何も出来てないし」

「いえいえ。お気になさらず」

「でも……」

 

お礼としてはこれっぽっちにも満たないかもしれないが、

今回の曲は彼女から得た着想が大いに反映されている。

曲作りが第一な奏にとってそういう恩は返しておきたかった。

 

「でしたら、助けたい人を助けられた時、私にも紹介して貰えませんか?」

「……解った。その時は必ず」

 

それは呪いではなく。ただ一個人のお願いとして、奏の背中を押すこととなる。

 

こうして歪な関係で結ばれた少女達はそれぞれの道を行く。

いつか来るかもしれない遠い未来で、再び出会う日が来るのを待ちながら。




ご無沙汰しております、kasyopaです。
という事で今回は昨年末に実施したアンケートで1位に輝いた、
「25時、ナイトコードで。」と絡むお話を書かせていただきました。
(執筆時期はお正月辺り)

9話構成にはなりますが、サイドストーリーを4話設けておりますので、
明日以降もお楽しみいただければと思います。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。

P.S. ニーゴ編のサブタイトルを縦読みすると、モチーフとした楽曲名が出てきます。
   途中で気付かれた人もいるのでは…?


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ニーゴ編 サイドストーリー
泡沫の待ち人 前編


☆4 鶴音言葉 サイドストーリー前編


枯れ木の桜に身を預け少女は歌っていた。音源も伴奏もなくただ淡々と歌詞が流れていく。

歌声は風に運ばれるも下の街へは届かない。何故ならそれは彼女のウタでは無いからだ。

 

「────♪」

 

あれからというものこの『荒野のセカイ』では再び鈍色の雲が日の光を遮り、

溶け切らぬ雪がまだ残っていた。

また、言葉の心の声に応えるように時折ちらちらと雪を降らせてもいる。

バーチャルシンガーを除き、たった一人の想いから構成されたセカイだからこそ、

こんなにも少女の想いに敏感であった。

 

「その歌は初めて聞く曲だね。なんていう歌なのかな」

「最近投稿された曲なんだけど……サビに曲名があるから。ほら、これ」

 

保存されていた動画を停止して映し出された歌詞を見せる言葉。

戻ってきたMEIKOとKAITOが覗き込むと納得したように顔を放す。

 

「珍しいじゃない言葉が歌うなんて」

「演奏中は歌えないからね」

 

言葉が奏でるのは管楽器。それも笛のジャンルである。

一部例外はあるものの息を吹き込まなければ演奏できない。

当然口も塞がれてしまうために『一緒に歌う』ことが出来なかった。

 

このセカイで生まれたウタもKAITOのソロ。

演奏をする必要のないAメロ・Bメロは参加していたものの、

サビでは盛り上がりの為に楽器──バグパイプの演奏に専念していた。

 

そういう意味では言葉が自分の意思で歌を口にするのは珍しいと言える。

 

「歌ってるのは……25時、ナイトコードで。不思議なアーティスト名ね」

「私は好きだよ。どういう人達かは分からないけどね」

 

このネットの海で自らの『声』を発信するのは簡単だ。

顔も見えないために自分らしさを演じる者も少なからず存在している。

それがこのナイトコードの面々ではあるのだが。

 

「今日も街の方に行ってたの?」

「いや、今日は荒野の方を探索していたんだ」

「地平線が見えるくらい広いとどこまで続いているか気になるじゃない?

 目印はこの桜の木があるし体を温めるのも兼ねて、ね」

 

なるほど、と遠くの方では点々と枯草が残るだけの荒野を見る言葉。

地平線の付近では鈍色の雲によって境界線がかなりあいまいになっており、

どこまであるか見当もつかなかった。

そんな荒野を行こうというMEIKOの行動力に少しばかり脱帽してしまう。

 

「探索するなら折角だし私は街の方かな」

「なら、この機会に行ってみるかい?」

「2人がいいなら」

「断る理由なんてないわ。ほら、行きましょ」

 

MEIKOが言葉の手を引き、KAITOもその後に続く。

こうしてこのセカイの主は街の方へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

その街並みはヨーロッパを彷彿とさせるものではあったが、

高い塔などは鐘がつるされた一つきりであり、

3~4階建てと思われる集合住宅の様な建物がのきを連ねていた。

 

しかし日が遮られている為か屋根どころかその壁も薄黒く染まっている。

 

「ここもずっとこんな感じなんだよね」

「そうだね。明かりも特には見えないから今の所は誰もいないかな」

「言葉はどう? 何か思い当たるのはあるかしら?」

「特にこれといって。ヨーロッパなんて行ったことないから……」

 

荒野に似合うとするならそれこそ、ラスベガスの様な場違いな豪華絢爛な摩天楼だろう。

しかし民族的な要素をファンタジーとして捉えるなら、

このヨーロッパを題材にしたような街並みがお似合いなのは間違いではない。

 

「でも、人が居ない理由は分かる気がする」

「その理由は?」

「他の人に構ってられないから、かな」

 

あの時ニーゴの3人に伝えたことと同じ内容を口にする。

それに付け加えてここに人がいないという憶測を語る。

 

「今の私はこの街を作るだけで限界なんだと思う。

 まだ住人を思い描く余裕が無いんじゃないかな」

「なるほどね。いつまでもそのままってわけにはいかないけど、今はゆっくり休むときよ」

「焦らず自分のペースで進んでいけばいい。その為にもあそこに行こうか」

 

KAITOは言葉の背中を押してある場所へと足を向けた。

そこはそんな色褪せた街の中で唯一小さな看板が掛けられた建物。名前はない。

店内に明かりはなく薄暗いことには変わりなかったが、

勝手を知ったる2人は置いてあったマッチを手に、所々置かれたランプに火を灯していく。

 

明かりの灯った店内には雑貨が並んでおり、

窓際には一服するために取り付けられた机と椅子が並んでいた。

それを見て言葉はここが2人が御用達の店だという事はすぐに把握する。

 

お店の中を物色するのは自分の良心が揺らぎそうになるも、ここはもとより自分のセカイ。

自分が望んで作り出した物であれば、気にする必要すらなかった。

 

そうして迷っているうちにもMEIKOはストーブでお湯を沸かし、

紅茶を淹れる準備に取り掛かっている。

一方のKAITOはお茶受けにとお菓子の缶を手にしてはお皿へと盛り付けていた。

 

「あ、私も何か手伝う「言葉はお客様だから僕達に任せてゆっくりしているといいよ」でも」

「ならティーカップを見繕ってくれないかしら? そっちのガラス戸棚に並んでいるから」

 

何か手伝おうと声に阻まれてしまうも、

真面目な性格からかそれともまだ2人に慣れていないからか納得のいかない言葉。

そこで簡単ながらも重要な仕事を与えられ、戸棚へと向かった。

 

「いいのは無いかな……あれ?」

 

様々な意匠が施されたカップがあるなかで、見覚えのある物が一つ。

それはここ最近行きつけとなっていたファミレスで出てくるカップだった。

チェーン店特有の、安物の量産品でしかないが言葉の緊張を解すにはちょうどいい。

もし割れてしまっても他のカップよりか心が痛むことはないだろう。

 

「じゃあ、これでお願いします」

「はい。それじゃああっちの席でKAITOと待っててくれる?」

「ありがとう、MEIKO」

 

厨房を離れKAITOの元へと向かう。3人だけのお茶会が、今始まろうとしていた。

 



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泡沫の待ち人 後編

☆4 鶴音言葉 サイドストーリー 後編


「はいどうぞ。たまには紅茶でもいかが?」

「むしろ嬉しいです。コーヒーあんまり得意じゃないので」

「なるほど、だからこのお店にはコーヒーがないんだね」

「茶葉なら10種類以上あるのに豆が1つもないから、変わってるって思ってたんだけど」

 

果たしてなんの意味が込められているかは分からないものの、

言葉は苦笑しながらも紅茶を口にした。

 

「おいしい……! これ、すっごくおいしいですMEIKOさん!」

「お褒めに預かり光栄よ。ほら、お菓子もあるからどうぞ」

 

いくつもあるお菓子の中から選ばれたお菓子たち。

マドレーヌやクッキーを始めとして、普段は見かけないフロランタンまであった。

折角だしと言葉は最後に目に付いたフロランタンを手に取る。

 

「……すごい、こんなにおいしいの食べたことないかも」

「気に入ってくれたみたいだね。僕も選んだ甲斐があったよ」

「とか言って全部缶から出しただけでしょ?

 KAITOも料理の1つくらい作れなきゃ甲斐性ないわよ」

「ははは、MEIKOに言われると確かに耳が痛いね。覚えておくよ」

 

笑いを誤魔化すようにKAITOも菓子を口にしティーカップを傾けた。

それに対してやれやれと首を横に振ると、言葉を挟むようにMEIKOも腰を掛ける。

 

しばらく談笑が続いていたが、紅茶がなくなると共にMEIKOは席を離れ会話が途切れる。

お菓子も少なくなってしまいKAITOも席を離れてしまった。

1人席に残された言葉はおもむろに窓の外へと視線を移す。

外ではハラハラと雪が舞い降りており、再びその石畳を白く染めようとしていた。

 

「(雪なんてもうこっちにきてから随分と見てない気がする)」

 

東京のほぼど真ん中といえる街に近い場所では異常ともいえる寒気に影響されない限り、

雪など幻想の産物でしかない。

それに田舎の雪を見慣れた言葉からすれば、都会の雪というものに風流さの欠片も感じない。

そういった意味合いも合わせて、このセカイという場所は好都合であった。

 

ふとお菓子の他に何か無いかなと店の中を散策する。

ガラス戸棚の中にはティーカップ以外にも、ワイングラスやショットグラス何かも置いてある。

その隣にも棚があるが、こちらはバーのように様々なお酒が陳列されていた。

 

未成年なのにお酒がある違和感に首を傾げていれば、更にその横にワイン樽もある。

もはや訳が分からない。恐らく雰囲気づくりのインテリアとして置いてあるだけだと思う。

いくら取り締まる人がいないセカイだからと言って、

ここで食べたものが現実でどのように影響を及ぼすか分からない。

それ以前にそこまで良心を踏みにじる愚行を犯せるほど、言葉は落ちぶれていなかった。

 

気を取り直して散策を再開すると、蓄音機が置いてあることに気付く。

1枚だけレコードが乗せられており回っていたものの針は乗せられていない。

ただ作業音だけが響く中で少しの寂しさを覚えていた彼女は興味本位で針を置いた。

 

「わ、わわわっ!」

 

その途端流れ始めたのは軽快なドラムとトランペットの音色。

いわゆるジャズというものだが落ち着いた店内にはいささか騒がしすぎた。

予想外の出来事に戸惑い辺りを見渡せば、

一瞬何事かと2人は蓄音機を見るも流れる曲に歌詞を口ずさんでいる。

 

なんとか落ち着きを取り戻した言葉は、

この曲が初めて2人を知ることになった物だと気付くのに時間はそうかからなかった。

 

「2人ともこの曲、知ってたんだね」

「当然。この歌はこのセカイに最初からあった歌だもの」

「これは言葉にとってどういう曲なのかな?」

 

2人は当然この曲の歌詞やメロディーを知っている。しかし『存在する理由』は知らない。

あくまで本人に言わせるために、その問いかけを飛ばした。

 

「これは、私にとって特別な曲。貴方達を知るきっかけになった曲だよ」

 

目を閉じてかつて妹に聞かせてもらったことを思い出す。

言葉にとっての2人の始まりの曲はこれなのだ。

 

「ねえ、もし良かったら歌ってほしいな。迷惑じゃなかったらだけど」

「迷惑だなんてそんな。寧ろお願いされたら歌わないとね」

「ええそうね。なんたって私達はバーチャルシンガーだもの」

 

追加のお茶とお菓子を用意したところで、少し開けたスペースにMEIKOとKAITOが躍り出る。

こうして、言葉の為のライブが幕を開けたのだった。

 

 

 

全てを聞き終えた言葉は長居しすぎたとセカイを去り、残された2人は後片付けをしていた。

 

「久々に歌えて気持ちよかったわ。それに見た? あの満足そうな顔」

「僕からはあまり変わったようには見えなかったけど、そうだったかい?」

「まったく鈍感ねー」

 

まだその名の通り、言葉では感謝を伝えるもののどこかよそよそしい感じのある彼女。

上辺の笑顔は作れても、どこか憂いは残っている様子だった。

 

「これであの子の心を少しでも満たせればいいんだけど」

「そうだね。でも、僕達もまた焦ることもないんじゃないかな」

「他人には敏感で自分には鈍感、ってやつでしょ? 確かに言葉にはそういうけがあるわね」

 

真実までは見抜けないものの相手の言動には敏感な彼女ではあるが、

自分の変化に関しては一切合切隙のない少女。

少なくともそれを察知している人間はいるのだが、踏み入ったことを聞く者はいない。

 

「だからこそ、僕達がここにいるんだけど」

「ルカはともかく、ミクには到底出来ないでしょうね」

 

セカイに彼女達がいる理由は、彼女達であっても知らない。

それでも最適解と呼べるまでのキャスティングであることは間違いない。

誰もが知る歌姫、と名高い彼女がいないのも何か訳あってのことだろう。

その事情すらうっすらと気付いている辺り、2人はやはり他の面々と違い大人なのだ。

 

「ところでKAITO、このカップだけどこの前見かけたかしら?」

「僕は見てないね。随分と作りも違うしね」

 

お互いの確認が取れたところで微笑みあう。

あの石碑と同じでここに元からあった物。ただ彼女が気付けなかった想いのひと欠片。

ここではないどこかで、言葉が得た一つの答えであった。

 



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終着は未だ遠く 前編

星3 朝比奈まふゆ サイドストーリー 前編


言葉が休日バイトに出ていると、見覚えのある客の姿が見える。

 

「こんにちわ。また会いましたね」

「いらっしゃいませ。突然お呼び立てしてすみません」

 

その少女──朝比奈まふゆはあの日と変わらぬ様子で微笑み、

両手で大きな楽器ケースを抱えていた。

お互いに名前も知らないが店の中、特に店員と客の関係である以上知る必要もない。

一度言葉が事務所の方へと引っ込めば、別のシンセをもってカウンターまでやってくる。

 

「念のために一度音を出していただいてもよろしいですか?」

 

ケースから顔を覗かせたのは、修理に出していたシンセサイザー。

ただの確認作業ではあるが軽くワンフレーズ演奏する。

それはつい最近自分達が投稿した曲であった。

 

言葉はついそのことについて漏らしたくなるも、

一度一歌と咲希の前で失態を晒している分彼女の口は堅かった。

 

「前より弾きやすい、というか素直になってる?」

 

その甲斐があったかは分からないものの、かわりにまふゆが首を傾げる。

修理に出す以前よりもずっと引き心地が良く、自分の指に応えてくれていた。

 

「他の所も痛んでいたそうなので、メンテナンスと交換をさせていただきました。

 本来ならその分の追加料金を頂きたいところなんですが……」

「ふふ、商売上手ですね。おいくらですか?」

「あ、いえ、そうではなくてですね」

 

そのことになるほど、と思い財布の口を開くまふゆであったが、言葉は焦った様子で遮る。

レジに表示されている値段は、当初の見積もり価格と何も変わっていない。

 

「こちらで勝手にやったことですので、店長がお代はそのままでいいと。

 むしろ余計なことをじゃありませんでしたか?」

「いえいえそんな! むしろありがとうございます」

「なら、良かったです。ではお会計を」

 

いつもの愛想笑いと共に頭を下げて、お金を渡す。

その感謝の言葉がどこから出てきたのかは、まふゆにも分からない。

 

 

 

時と場所は変わり、25時、ナイトコードで。

 

『──そういうわけで、おまけしてもらった』

「そうだったんだ。優しい人達だったんだね」

『優しい……それはわからないけど』

 

今日も変わらず4人の少女達はボイスチャットで繋がりながら作業を進めている。

話題の中心はまふゆのシンセサイザーが戻ってきたこと。

 

『いい人、だった思うよ』

『接客業なんてそんなもんでしょ。どうせ今後とも御贔屓にっていういつものやつよ』

『えななん辛辣ー。でもいいなー。ボクだったら絶対常連になるかも』

 

まふゆの口から『いい人』という珍しい単語が飛び出してくるも、

所詮は客と店員の関係でしかない。

しかも恐らく初めての来店客であるなら、どうにか固定客になってほしいと必死になるものだ。

そんな見え透いた常套手段だと絵名は一蹴し、冗談でも乗っかる瑞希。

 

『あれ……ちょっと待って雪、その楽器屋さんってどこの楽器屋さん?』

『駅から少し北西にそれたところ』

『店名! 店名教えて!』

『名前は覚えてない。一番有名なところだと思う』

『じゃあさ、ここの楽器店だったりしない!?』

 

チャット欄に一つの楽器店のリンクが貼られる。

変に食い入ってくる彼女に多少の面倒さを覚えながらまふゆはリンクからページを確認する。

 

『うん。ここで合ってる』

『やっぱり!? そこにボク達と同じくらいの子いなかった?

 ほら、赤っぽい黒髪の、ポニーテールの子。メガネかけてる』

『……接客してもらったのは確かにそんな感じの子だった。それがどうかしたの』

『うわっ、こんなことってあるんだね!』

『あーもう、Amiaはちょっと黙ってて! 集中切れるから!』

「Amia、言いたいことは分かるけど、落ち着いて」

 

1人またもテンションが振り切っている彼女に対して、これはまずいと絵名と奏が声をかけた。

直に会ったことのある2人だからこそ、その先の答えを知っていたが、

一旦落ち着けることは必要だと思ったのだろう。

 

『あはは、ごめんごめん。でも普通こんなことってあると思う?』

『ま、そういうこともあるでしょ。私は絶対行かないけど』

『……K、どういうこと?』

 

なんとか通常よりやや高めまでに落ち着いた瑞希が笑いながら答え、

非常に面倒くさい様子で返すお決まりのパターンであった。

しかし奏の方も何か知っているようなのは確かで、まふゆは説明を求めた。

 

「その雪が会った店員さん、この前投稿した曲のモチーフの人なんだ」

 

そもそもその店で働いていること自体は絵名も奏も知らなかった。

しかしその容姿の説明と本人の騒ぎ具合から大方予想したに過ぎない。

 

『そうだったんだ』

 

で、それがどうかしたのか、と言わんばかりに会話はそこで終了してしまう。

しばらく無言の時間が流れる。

 

『で、雪からしたらいい人だったんでしょ? 他に何かないわけ』

 

そんな中で会話を再開させたのは絵名の方であった。

言葉のことを嫌っている彼女からすれば、そういう問題に踏み込むのは珍しいと言える。

 

『別に。店員としていい人だったと思うよ』

『それ、私が言ったことと何一つ変わらないんだけど。

 ほら、人形展の時とか体育祭の時みたいに何か感じたことはないかって聞いてんの』

 

まふゆは自分で自分を見つけることができる状況ではない。

だからこそ3人は、外部からの刺激によって何かしら変化がないか伺っている。

1つでも多くの情報を。どんな些細な事でもいい。彼女自身が何を思ったのかが重要だ。

 

『……ないよ』

「そっか……」

 

まだこの少女は言葉の内情を知らない。今ここで説明しても効果は薄いだろう。

だからといって彼女に無理やり合わせるわけにもいかない。この辺りが限界といった所か。

 

『──ただ、シンセサイザーが戻ってきてくれて、安心した、と思う』

 

どうやらあの時と同じく、影響を与えるのは必ずしも人というわけではなさそうだった。



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終着は未だ遠く 後編

星3 朝比奈まふゆ サイドストーリー 後編


どこまでも続く真っ白な大地に、鉄の骨組みと三角のオブジェが所々突き刺さっている。

また、描きかけの絵のように線が散りばめられては途切れていた。

日の明かりのように明確な光源はなく、薄明かりに覆われた『セカイ』で、

一人の少女がどこか遠くを眺めている。

 

その視線の先に何があるわけでもない。ただそこにいるだけ。

纏まりもなく結ぶ位置がずれてしまっている白のツインテール。右足にだけ履かれたソックス。

緑とピンクのくすんだオッドアイ。

 

「……ミク」

 

その名を呼ばれ少女は振り返る。

 

──初音ミク。世界で最も名の知れたバーチャルシンガー。

  そしてこの『誰もいないセカイ』における、唯一本当の想いを探す為の存在。

 

浅葱色の少女という面影など忘却の彼方へ消えてしまっていたものの、ミクはミクであった。

 

「……まふゆ」

 

声をかけたのはこのセカイの主であるまふゆ。

 

このセカイでは本当に様々なことがあった。

幾多の独白の果てに得た1つの答え。生まれたウタ。

孤独な人形と共に得た、1つのセカイの形。

 

一言では語れないことが多すぎるものの、相も変わらず『何もなかった』。

それでも、まふゆにとって、ニーゴにとって、この空間は居心地のいいものであった。

 

「……今日も、お願い?」

 

顔の表情を何1つ変えず、空白を埋めるように言葉を綴るミク。

直近での出来事といえばまふゆがシンセサイザーを預けに来たくらいで、それ以外は何もない。

理由はどうであれここを訪れてくれることは、ミクにとって嬉しいことではあるのだが。

 

「ううん、今日はお礼を言いに来たの。

 お願いは、叶えてもらったらお礼を言わなきゃいけないって、瑞希が言ってたから」

「そう」

「だから、ありがとう、ミク」

「っ! うん」

 

感謝の言葉も彼女にとっては嬉しいことで。少しばかりびっくりしてしまった。

心構えができるほど心が形成されていないのか、その驚きは長い髪が揺れることで現れる。

 

「どうしたの、ミク」

「……もう1回、言ってほしい」

 

文字にすればたったの5文字。言葉にすれば5秒にも満たない音の響き。

それでもよくわからない何かが胸の奥で高鳴り、気付けばもう一度とお願いしていた。

 

「いいよ。……ありがとう」

「っ! うん、うん」

 

まるで親鳥から餌をもらう雛の様な反応だと、まふゆは思ってしまう。

しかし自分で言える感謝の言葉はこれきりで、お願いされても口にすることはできなかった。

中身のない感謝など、自分でもよくわからない音の響きなど、意味があるのだろうか、と。

しかし、ミクが嬉しそうならそれでいいと自分の中で決着をつける。

 

「じゃあ、私はこれで」

「……まふゆ」

 

このセカイを去ろうとして、もう一度名前を呼ばれる。

 

「ありがとう」

 

誰もいないセカイに、歌以外の音が初めて響いた気がした。

 

 

 

「ミク、来たよ」

「元気してる?」

「久しぶりー」

「奏、絵名、瑞希……まふゆは?」

「冬期講習で今日は遅くなるって。今日もあやとりやったの?」

「うん。見て。東京タワー」

 

誰もいないセカイで、3人の少女達がやってくる。

表情一つ変えないものの、初めて出来たことをほめてほしい子供のように見せてきた。

 

「わあ、ほんと。ミク、あやとり上手だね」

「ボクが教えた時よりずっと成長してるよねー。いつかギネスも取れちゃうんじゃない?」

「ミクはミクで、別のギネスを取ってそうだけど」

 

セカイ新記録なら今まさに更新中、

といった所だろうがそんなうまいジョークを考え付く者がこの場にいるわけでもなく。

そんなことを言いながら奏はあたりを見渡していた。

 

「……奏、どうしたの?」

「えっと、この前みたいにまた物が増えてないかなって思って」

「あ、確かに。この前はこのマリオネットだったもんね」

 

自分達に何らかしらの影響を与えた少女をモチーフにした楽曲。

少なくともまふゆも接触していることから、

何かしら変化があってもおかしくないと思ったのだろう。

 

しかしいくら探してみても目新しさを感じるものは存在しなかった。

 

「だめかー。やっぱりしっかり会って話をしないとダメみたいだね」

「まあ、分かってたけど」

「………」

 

瑞希と絵名がそれぞれ思い思いのことを口にするも、奏の表情は少し暗かった。

何も変化がないという事は、自分の作った曲も影響を及ぼさなかったという事。

それならば次の曲を作らなければ。まふゆを救える曲を。

 

はやる気持ちのまま前を見れば光が舞い散り、そこにまふゆが現れた。

どうしてか息が上がっているようにも見える。

 

「まふゆどうしたの! もしかしてまたあの時みたいに」

「……違う。ただ、会いたいって思った」

「えっ?」

 

薄い変化ではあるがその表情は3人の姿を見て少し和らいだようだった。

 

「会いたいって、わたし達に?」

「そうかもしれない。でも、違うかもしれない」

 

少しの期待を抱いた3人であったが、それほどの変化はないのかも、と諦める。

 

「でも、最近はあの人の話ばっかりだったから。

 どこか取り残されてる感じはあった……かもしれない」

「まふゆ」

 

答えの見えないまま戸惑う少女に、白い髪を揺らしミクは口を開く。

 

「私も、会いたかった。奏達も、そう」

「……本当に?」

 

まふゆがそう願ったのかは分からない。しかし間違いでもよかった。

他でもない救いたい少女から出た言葉だったからこそ。

 

「うん。わたしも会いたかった」

 

不格好かもしれない笑顔で、答える。

誰かを救う──何よりまふゆを救うためなら止まることを知らない。

宵闇の平穏が訪れるのはまだ早かった。




ご無沙汰しております。kasyopaです。

今回の話でニーゴ編は幕引きになります。
本編の方では奇数話が言葉(オリ主)の話、偶数話がニーゴの話、
といった風に実質的なダブル主人公みたいな形式を取らせていただきました。
分かりづらかったとも思いますが、楽しんでいただけていたら何よりです。

さて、次回ですが『主人公が変わります』。
オリ主・オリキャラ物というからには、もう1人、いるわけです。

次回、宮女編「Dancing fool、Watching fool」でお会いしましょう。


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閑話 その声、高らかに

奏誕生日記念のお話です。


『一応確認だけど、ちゃんと用意してるんでしょうね?』

 

家に帰ってのんびりと笛の練習をしている言葉のスマホに、一通のメッセージが入る。

それは最近音沙汰無い絵名からであった。

あれから楽曲が完成してからも連絡先は削除していないものの、連絡は取っていない。

 

文言からして送る相手を間違えたのだろう、と既読をつけつつも気にしないようにする。

しかし返事をしないことから彼女の逆鱗に触れたらしく、

しばらくするとまたメッセージが送られてきた。

 

『ちょっと、返事くらいしなさいよ』

『もしかして寝落ち?』

『奏のお祝いの準備、遅れても知らないんだからね!』

 

「宵崎さんのお祝い……?」

 

一個人の祝い、となると何かの記念日だろうか。

おそらくは誕生日と予測を立てつつ、丁寧に間違っている旨をチャットで送信する。

すると今までうるさかった通知が止む。

画面の向こう側で彼女がどうなっているかなど考えるまでもない。

 

そして言葉からすれば、奏と日頃から交流があるわけでも、お世話になっているわけでもない。

しかし、いざ知らされれば何もしないわけにもいかないのが自分の性分であった。

 

『──誰かを救う曲を、作り続けなきゃいけない』

 

縛られたようでありながら決意の籠った彼女の顔を思い出す。

 

「……といっても、住所も何も知らないんだけどね」

 

菓子折りの1つでも送ることが出来ればと思ったものの、名前と容姿以外は何も知らない。

連絡手段もこの絵名を挟むほかなかった。

チャットで祝いの言葉を述べても、あの嫌われようから伝えてくれるかどうかは怪しい。

 

「応援することも、背中を押すことも出来ない私に出来る事、か」

 

自分で言ったことを復唱しつつ何もないことを実感していた。

ふと、部屋の回りを見渡せば先ほどまで練習していた笛が目に入る。

 

「そうだ」

 

何かを思いついたようにその笛とスマホを手に取り、言葉は光に包まれた。

 

 

///////////////////////

 

 

それから時が経ち、ニーゴの面々がライブを終えて今日の作業を始めようとした時だった。

 

『あれ? こんな時間に誰からだろ……げっ』

 

まだ祝い足りないと瑞希が駄々をこね始める矢先、絵名の連絡アプリの通知が飛ぶ。

そこには1つの圧縮フォルダが送られてきていた。

 

『夜分遅くに失礼いたします。少し遅れてしまいましたが、

 こちらのファイルを宵崎さんへお送りいただけると幸いです』

 

ご丁寧に定型文とも取れる文章まで添えられている。

 

「どうしたのえななん、変な声出して」

『あ、ううんなんでもない! ちょっとスパムメールが来てびっくりしただけだから』

『なーんだ、弟くんがきたのかなーって思ったのに』

『来たらミュートにしますー。この前みたいな失敗もう二度としないし』

 

と、いいつつ盛大に誤爆をやらかしたのは口が裂けても言えなかった。

自分が招いた結果とはいえ、いざ真剣に返されれば対応にも困るという物。

彼女のことだから害有るものとは考え難いものの、渡すには勇気が必要だった。

 

『そんなことより作業作業! ほら雪だって久々に乗り気みたいだし』

『……そうなんだ。わからなかった』

『そこは自分のことだから解りな……ってまあ、まだ無理な話よね』

 

場の空気を変えるためにまふゆまで巻き込もうとするも逆にツッコミに回らざるを得なくなる。

それでもある程度はいつもの調子を取り戻し、作業に打ち込むのであった。

 

 

 

『よーっし、とりあえずこのくらいかな~。K、ちょっと見てもらっていい?』

「うん。確認する」

『私も、少し見てもらっていいかな』

「わかった。送ってくれると嬉しい」

 

他の2人は作業のキリがいいのか奏に確認してもらっていた。

それによって現実に引き戻された絵名が見たのはまるで進んでいないイラスト。

 

「えななん、イラストの方は大丈夫?」

『あっ、ごめん、ちょっとまだ……』

「そっか。あんまり無理しないで、納得のいくようにしてくれたらそれでいいから」

『ありがとうK』

 

奏が確認作業をしてる間は一息つける、というのがニーゴではよくあること。

作業こそ進んでいないものの根詰めた状態に近かった絵名も休憩に入る。

 

「Amiaも雪も、このままの路線で進めてもらって大丈夫」

『やった、ありがとうK!』

『……わかった、じゃあこのままで』

「わたしも、少し休憩する。もし何かあったらチャットで呼んでくれたら」

『あ、じゃあじゃあ、今度の週末ファミレスで改めて奏の誕生日祝い、しようよ!』

 

瑞希の提案を聞き流しつつ、絵名はどうしても言葉からのファイルが気になっていた。

あれから確認のメッセージすら飛んでこない。

今の時間帯なら寝ているだろうが、追及してこないのもまた重圧となっていた。

 

渡すのを引き延ばすほどにその重圧と興味が思考を支配していく。

明らかに筆の進みは遅いのもそれが原因だった。

 

『えななん聞いてるー?』

『聞いてる。今度の週末でしょ?』

『違う違う明日の祝日! ほら、建国記念日だしそっちの方が近いでしょ』

『あ、そっか。明日祝日だっけ』

 

昼夜が逆転している立場からすればそのあたりの感覚は鈍くなっている。

 

『ボクも雪もKも予定ないけど、もしかして予定あった?』

『別に私も空いてるけど』

『よし、じゃあ決まりだね! 時間はー……』

 

段取りをつけるのは上手いな、と思いつつそれに紛れて奏へ個人チャットを送る。

本人はマイクをミュートにしつつカップ麺が出来上がるのを感覚で計っていた。

 

『これ、誕生日プレゼントにって送られてきたんだけど……』

「……? 誰から?」

『ほら、この前曲作った時にモチーフにした子。ちょっと手違いで知られちゃって。それで』

「鶴音さんから……なんだろう」

 

ようやく相手の元に届いたファイル。その中には1つの音楽ファイルが入っていた。

タイトルはない。『Untitled』でもない。

 

導かれるままに再生すれば、穏やかなアコースティックギターと笛の音が響く。

随分ゆったりとした曲だなと思いつつ耳を傾ける頃に青年の声が流れ始めた。

 

「これって、もしかして……バーチャルシンガー?」

 

 

////////////////////

 

 

「ごめんねKAITO、急に押し掛けて歌って、だなんて」

「ううん、気にすることはないよ」

「MEIKOもありがとう。楽器演奏してくれて」

「ふふ、雑貨屋にそれっぽいものがあってよかったわ」

 

これで訪れるのは2回目となる雑貨屋。

そこにはギターを傾けるMEIKOと、少し晴れやかな表情をしたKAITOの姿があった。

 

歌を作り続ける少女に対して想いを伝えるには、やはり歌しかないと思ったのだろう。

その代行を頼んだのは少々心苦しかったが、今の言葉にそんな力はなかった。

 

「いつか届くといいな」

 

色褪せたセカイで、一人の少女はそう呟くのであった。




歌う大地/hinayukki 仕事してP


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閑話 奏でる音色と綴る言の葉

UA5000達成記念話。宵崎奏回です。


膝まで伸びた癖ひとつない白い髪の少女は、虚ろな空色の瞳を携えて、

暗闇に包まれた空間を歩いていた。

 

「ここ、どこだろう……セカイじゃない……?」

 

少女の名前は宵崎奏。

先程まで自室で1人作曲に没頭していたのだが、

集中が切れたことでUntitledであった曲を再生し、セカイに行くつもりだった。

 

しかし気づいてみれば、闇の空間に立っていた。

誰もいないセカイの比ではない。地面も、空も、なにもかもが無かった。

しかしこの少女、暗闇には慣れていた為、とりあえずということで歩き始める。

他のニーゴメンバーがいないので、巻き込まれたかという心配すらない。

 

どこに向かって歩いているのか解らずとも、止まることは知らなかった。

手がかりのひとつでもあるのだろう、と進んでいく。

 

「(それに……なんだろう。居心地は、悪くないような)」

 

それに加えて空間から感じる雰囲気が不安感をぬぐい去っていた。

それこそ、誰もいないセカイのそれに似ている。

むしろこの理由から、どこかに向かってみようと思えたのだが。

 

体感時間にして5分──といっても奏の感覚であるため極めて正確なのだが。

ふと白い光を見つける。それは一筋の光というよりも、ペンライトに近いものだった。

それもまた、奏にとっては見慣れたもの。次第にその数を増していき辺りを点々と照らしていく。

 

『あれは、想いの光……みんなの歌がセカイを通じて、誰かに届いたのかもしれない』

 

はじめてその光を見た時に、ミクが言っていた台詞を思い出す。

 

「ということは、誰かが歌を歌ったりするのかな」

 

ひとまずその光が一段と多い場所を目指して歩を進める。

自分の予想が正しければ、と奏は思いの外早足になっていた。

 

光を掻き分けたその先に、それはあった。

暗闇に覆われた枯れ草の平原、枯れ木の桜。

 

「やっぱり、ここは誰かのセカイ──」

 

踏み込もうとして、届かない。

前に進んでいる感覚はあるものの、暗闇と平原の境界を越えることが出来ない。

まるでそれは見えない壁に阻まれているようだった。

 

するとライトアップされた灰色のセカイに、2人の人物が現れる。

 

「それでKAITO、ここに態々呼び出した理由を聞きましょうか」

「まあそんなに焦らないでMEIKO。今から説明するから」

「あれって、バーチャルシンガーのメイコにカイト……」

 

バーチャルシンガーのMEIKOとKAITOであった。

2人とも和装であるが、その髪も装飾も全て白か黒か灰色。

まるでモノクロのフィルターを上からかけたような、色彩の無さだった。

 

しかし桜の木の下で話しているところを見ると、

誰もいないセカイにおけるミクと同じ存在だろう、と予想を立てた。

そんなことをつゆしらず、KAITOは言葉を続けた。

 

「最近あの子の調子が良さそうだから、いい歌が聞けそうだと思ってね」

「なるほど、確かにあの曲を聞いてからは、いつにも増して練習に精が出てたわね」

 

そんな雑談を交わしているなかで、奥の暗闇から1人の少女が姿を表す。

 

「MEIKO、KAITO、今日も練習付き合ってもらっていいかな?」

「鶴音……さん……?」

 

その少女もまた、モノクロのフィルターを通して見える。

意外な人物の登場に、奏は目を丸くした。

彼女こそがこのセカイの主。2人の待ち人だと、不意に理解する。

 

「言葉、いらっしゃい。もちろんいいわよ」

「でも、折角みんなが集まってくれてるし、成果を見せてもいいんじゃないかな」

「あっ、想いの光……そっか、見に来てくれたんだね」

 

KAITOにつられて遠くの方を眺める言葉。当然奏の存在に気づいた様子はない。

手を伸ばせば届きそうな距離だが、それは決して届くことはない。

 

「それじゃあ期待に答えなきゃね。MEIKO、KAITO、お願い」

「ええ、いつでもいいわよ」「うん、いつでもどうぞ」

「では、聞いてください。『───』」

 

その旋律は一陣の風となりて無い筈の木の葉を巻き上げ、周囲を紅に染め上げる。

綴られる言の葉は、かつての約束を思い出させる。

 

──これから歩む道は違えど、通わせた時は失われない、と。

 

やがて旋律は止み、言葉は感謝を述べた。

 

「MEIKOもKAITOもありがとう。今までで一番うまくできたと思う」

「それはよかったわ」

「きっとみんなが聞いてくれたからさ」

「そうだね。皆さんも、ありがとうございます。また機会があれば聞きに来てくれると嬉しいです」

 

想いの光が歓声をあげるように揺れる。

奏も、その旋律に、音色に心を打たれていた。

いつしか誕生日に送られてきたあの歌よりもずっと、背を押してくれるような、そんな曲。

 

「さて、雑貨屋さんにお邪魔して少し休憩しようか。練習のしすぎは体によくないからね」

「言葉、今日は何にする?」

「なら、ストレートのジンジャーティーをお願いしていいかな」

 

そんな雑談をしながら舞台を去っていく3人。

いつしかその平原も光を失い、想いの光の数も減っていく。

やがて奏も光に包まれ、その場から姿を消した。

 

 

 

「──奏?」

 

目を覚ませば、ミクが顔を覗き込んでいた。

顔には出ていないが心配したのだろう。思いの外近かった。

 

数回頭を振って回りを確認する。

そこは誰もいないセカイ。奏達のセカイだ。

 

「ミク、どうしたの?」

「奏、このセカイで、寝てた。もしかして、疲れてる?」

 

どうやらセカイに入ったタイミングで寝落ちしていたらしい。

先ほどの出来事も歌も、全部夢の中の出来事だった。

 

「ねえミク、ここ以外にセカイってあると思う?」

 

奏は他でもないセカイの住人に聞いてみる。

しかしその問いに対して、ミクは首を横に降った。

 

「あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、あっても、入れないと思う」

「どうして?」

「だって、その人の想いから出来たセカイだから」

 

人の願い、人の想い、人の夢。それは自分のものではない。

同じ夢を見るのは簡単ではない。ましてや、仲間でないならなおのこと。

 

ニーゴを通じて、同じ想いを持ったからこそ、このセカイに4人が存在している。

それは同じ想いを持っているからに他ならない。

 

「でも、確かにあれは鶴音さんの歌だった」

 

それでも、あの歌は夢ではない。

 

これが何かの手がかりになるかは解らない。

そして何より、なぜ自分があの場所に居たかも解らない。

──それでも意味がないことなんて無い。

 

二度と起こり得ぬ奇跡を携えて、宵闇の少女は彼方を見つめるのであった。




言葉綴/hinayukki 仕事してP

※長文注意

というわけで、UA5000達成記念話でした。
アンケ内容が「そのキャラ1人だけの話を書く」と捉えかねられず、
誤解を生んだ方には深くお詫びを申し上げます。
オリ主・オリキャラ物だからオリ主が出ない話はほとんどないです。
アンケ決まってから、執筆時間2時間くらいのクオリティですまない……

ハーメルンにおいてUA5000は大した数字では無いかもしれません。
しかしこういった先の見えないストーリーながらも、
評価・お気に入り登録・普通に読んでくださるゲストの方々に、
何らかしらお礼したかった次第で、こちらを設けさせて頂きました。
(ログインしないと投票できないのは禁句)

こういった形で今後も記念日には、
オリ主と既キャラ(バチャシン除く)の、
絡みの話を書けたらと思っております。
オリ主のお話が主軸の為、絡む機会が圧倒的に少ないものありますが。

楽しんでいただけたなら、何よりです。
この度は皆さん、本当にありがとうございました!


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宮女編「Dancing fool、Watching fool」
第1話「その少女、純情につき」


全20話構成、一人称視点、初回限定3話連投になります


 

電車に揺られながら浅葱色のスマホを取り出し、音楽を再生する。

イヤホンを通じて流れる音色は明るく激しく鮮烈なメロディー。

合わせて響いてくる電子音に似た女の子の歌声。

 

「はあ、やっぱりミクちゃんの曲は最高だなあ……」

 

口にする歌詞は全てが明るく、希望に満ちたもの。

これが『わたし』にとって初めてのバーチャルシンガーの旋律。名前を初音ミクという。

 

一つの動画サイトから始まった彼女の歌は人々を魅了し、

幾多の作曲者さんや絵師さんといった作り手の人達から様々な姿で歌を届けている。

今までも、そしてこれからも。

 

その歌声に聞き惚れていると電車内でアナウンスが鳴って、

自分の降りる駅だと知り慌てて開いたドアから飛び出した。

 

日もすっかり落ち込んで寒空にチカチカと星が瞬いて見える。赤くてゆっくり動いて……って。

 

「なーんだ、アレ飛行機かー」

 

星が見えないこともないんだけど、

やっぱり満天の星空といえるほどは見えない。見えても二等星……だっけ? くらいかな。

街が明るすぎると小さい星の光は見えなくなってしまうらしい。

地元だともっとよく見えたんだけどな。

 

わたしが元々いたのは近くに裏山もあるくらいの田舎。

春には近くの桜の木の下でお花見、夏にはカエルと鈴虫の大合唱、

秋には山に上って紅葉狩り、冬には一面の雪景色に交じって雪合戦。

 

でも今はお父さんもお母さんも事故で死んじゃって、

叔父さんと叔母さんのお世話になってます。

お蔭で生活ができてるんだけど、わたしも『お姉ちゃん』もそのままではいられなかった。

 

とくにお姉ちゃんは変わり果ててしまった。

あんなに一生懸命だった楽器を全部やめて、バイトに打ち込んでいる。

 

どんな時でもわたしの中にはお姉ちゃんの音楽があって、

それを突然取り上げられた気持ちなんか分からずやなお姉ちゃんだった。

 

でも最近はそうでもなくなってきた。

ある日を境に外で演奏してるのを聞いて。口喧嘩して。仲直りして。告白して。

いまではバイトと演奏の両立をしている。

叔母さんが時折無理してないかと心配してたけど、お姉ちゃんのことだから大丈夫だろう。

だって中学から何だかんだで無遅刻無欠席の皆勤賞常連さんなんだから。

 

そこでスマホが元気よく着信音を鳴らす。誰かと思えば叔母さんからだった。

 

『文ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら?』

「うん。なにー?」

『今日のお料理で使う卵がなくなっちゃったから、買ってきてほしいの。

 今どのあたりまで帰ってきてる?』

「電車降りたところだよー。駅前のスーパーでいい?」

『ありがとう。お代は帰ってきてから渡すわね』

「はいはーい。じゃあ買ってすぐ帰るねー」

 

スマホをしまい込んで夜の街を駆ける。

 

わたしの名前は鶴音文。鶴音言葉の妹で、もうすぐ高校一年生!

進路も決まって今は勉強……は、まあまあ頑張ってます!

 

 

 

「ただいまー! 寒いよー!」

「お帰り文ちゃん。卵ありがとうね」

「ありがとう叔母さん。あ、ちょうどタイムセールだったから3パック買ってきちゃった」

「あらあら本当? でもここまで走ってこなかった?」

「大丈夫! あっ、でも1個くらい潰れてるかも」

 

わたしの声に気付いて台所から出てきた叔母さんに、お代と卵を交換して洗面所へ。

手洗いうがいを済ませて自分の部屋へ。そこには壁中に敷き詰められた、

マジカルミライやレーシングミクの公式ポスターやタペストリーがお出迎えしてくれる。

 

「ただいま、ミクちゃん」

 

額縁に入った複製原画にただいまの挨拶をして、パソコンを起動する。

表示される壁紙もマウスアイコンも、全てがミクちゃん仕様。

動画サイトへとリンクをたどりデイリーランキングを眺める。

 

「あっ、新曲上がってるー!」

 

最近配信が始まったバーチャルシンガーをテーマにしたアプリがあって、

その影響か昔の有名『P』さん達が書き下ろし曲を手掛けている。

いつもは暗い感じの曲を上げていた人も、

昔に凄く勢いがあった人もまるで息を吹き返したかのように、

そのテーマに沿った明るい曲を投稿している。

 

「消失なんて、ありえないもん。だってミクちゃんだし」

 

新参も古参も寄ってたかってのお祭り騒ぎ。

そのお祭り感が、毎年開催されるマジカルミライより嬉しかった。

 

『文ちゃーん、言葉ちゃーん、ご飯出来たわよー』

「はーい! すぐいくねー!」

 

部屋を飛び出し、階段を下り……る前に!

 

「お姉ちゃん、ご飯出来たよ!」

 

自分の部屋の隣の扉を開け放ち声をかける。もちろんノックなんてしない。

そんなことを考えるよりも先に体が勝手に動いてるから仕方ない。

部屋の中では一人の凛とした雰囲気の女の人がフルートを分解して掃除している。

 

「うん、ありがとう文。もうちょっと待ってね」

 

ちょうど終わった所だったのか楽器ケースに丁寧に戻して蓋を閉める。

クローゼットの中に仕舞い込んで私の前に立つ。

 

「じゃ、御飯食べに行こっか」

「うん!」

 

この人の名前は鶴音言葉。私の大好きなお姉ちゃんだ。

最近は学校でも演奏の練習をしているみたいで、

毎日帰ってきてからは楽器のメンテナンスをしてるみたい。

 

いままでは見られなかった光景だったけど、私にとって何よりもそれが嬉しかった。

 

──これから始まるのは、わたしの物語。わたしの世界のお話だ。



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第2話「その少女、有名につき」

それはある休日の昼下がり。

お姉ちゃんもバイトで居ないので、

わたしは公園の人通りの少ないところで自分の動画を取っていた。

 

もちろん顔出しだけど生放送ではない。でも一発撮りだから実際はあんまり変わらないかも。

 

ワイヤレスイヤホンから流れてくる音楽に合わせて、

軽快なステップとアクロバティックな動きを織り交ぜて踊る。

そう、わたしが今録っているのはダンスの動画。踊ってみた、といわれるジャンルの動画だ。

 

楽曲は勿論ミクちゃんのもの。振り付けはオリジナル。

マジカルミライとかのライブで見た物とは全然違う。

そんな誰にも真似出来ない鮮烈なダンスを見せつける。

 

「……っと! 終わり!!」

 

曲の終わりにポーズを決めて、しばらくその姿勢を維持。

その後大きくお辞儀をしてから録画をやめて、

スマホの裏に置いていたタオルとペットボトルに手を伸ばす。

滴り落ちる汗をタオルで拭きながら一杯。

 

手だけを洗ってスマホを軽く操作する。今のご時世、スマホ一つで何でもできる。

写真や動画も高画質なものが撮れるし、動画編集だってお手の物だ。

無音状態にしたさっきの動画に曲をのっけて大手の動画サイトにアップする。

それと同時に自分のSNSでも宣伝しておいた。

 

すぐにコメントやいいねが殺到し動画の再生数も伸びていく。

そこで一件の通知が入る。それは自分の動画チャンネルの登録者が増えたものだった。

 

「あ、30万人入った」

 

一度確認したらついに登録人数が30万人を突破している。

 

「あはは、かなり大台になっちゃったなー。とりあえずSNSでも報告をっと」

 

自分のアカウントでも一応報告しておこう。その方がみんなに知ってもらえるし。

そしてそんな中であるコメントが目に付いた。

 

『またまたパクリ乙wwwwこんなの誰が見るわけ?』

『君3Dモデル使うの上手いねー。何のソフト使ってるの?』

『昔バズったからっていい気にならないでください』

 

いわゆるアンチってやつで、正直気にしていても始まらない。

わたしの踊ってみた動画は実際に見れば凄い、の一言で片づけられるほどの物じゃなかった。

解りやすく言えばオリンピックの床競技ぐらいと称されるほどのもの。

 

わたしがこうやって踊ってみたの動画を上げているのも、ただのなりゆきでしかない。

お試しでやってみたアクロバット演技を友達が録画して、

勝手に投稿したところそれが大いに『バズった』。

 

その時は嬉しさより戸惑いの方が大きくて実感すら湧かなかったけど、

その友達の勧めで何度も繰り返していくうち『Ayaya』と名乗り

動画チャンネルを作り不定期更新で踊ってみた動画を上げることとなった。

基本的にはミクちゃんの曲が多いけど、音楽ゲームの歌詞のない曲とかもやってみた。

 

最初の方は良かった。皆驚いてたし、反応も上々でチャンネル登録者数もうなぎ登りだった。

期待の新星だなんて言われたこともあったけど、ある日動画にあるURLが貼られる。

 

それは、自分の動画が全部嘘っぱちというスレだった。

元はこんなに上手かったら動画なんかやってない、という軽い発言によるもので。

それから数珠つなぎのように嫉妬する人達がコメントしていき、

掲示板ではわたしが動画を投稿するたびに、粗探しに必死になった人達によるスレがみつかった。

 

果てには一発撮りの動画でも全部CGで作ったとか、

この振り付けはあのアイドルグループのパクリだとか。

検索妨害の為の嘘動画なんかも上がり始めていた。

 

それも私が動画しか投稿せず、生配信を一切していない上に、

企業案件などのオファーも全て蹴っている。

その中の一つになりすましがあり、

ただただ執拗に案件メールみたいなものを飛ばしてきては無視していると、

その事実を晒されてそれを燃料にまた掲示板が燃え上がったこともあった。

 

今は大分落ち着いた、と思う。嘘動画も全然見ないし沈静化したかもしれない。

でもその爪痕は深く人々の間で残っていて、今でも必ずアンチコメントは見られる。

高評価も多かったが低評価もその半分くらいついていた。

 

勿論これは叔父さんや叔母さん、お姉ちゃんには絶対秘密にしてる。

止めはしないだろうけど、どうしても知られたくなかった。

余計な心配かけちゃうかもしれないから。

 

「あーあ。バッカバカしい! こんなのに気を取られるくらいなら別の見よーっと!!」

 

途中で考えるのがあほらしくなって別の動画のリンクを踏む。

こういう時こそ、私の大好きな動画の一つを見るに限るよね。

 

『みんなおまたせ♪ バラエティアイドル仮面、ハッピーエブリデイここに参☆上!』

 

動画的にはグレー……を飛び越して真っ黒だけど、気晴らしにはちょうどいい。

一時期一世を風靡……したかもしれないアイドル、桃井愛莉さん。

QTと呼ばれるグループに居たけど、

途中からバラエティアイドルとして色んな番組に出演していた。

それこそクイズ番組とかドッキリ企画とか、果てには漫才の審査員まで。

 

すっごく人気でお姉ちゃんが変わってしまった時に、

心にぽっかり穴が開いた気がして代わりを探し回って、行きついたのがこの人だった。

いつでも全力で、テレビの画面越しでもすごく元気を貰ってた。

歌はミクちゃんにぞっこんだったから聞けてないけれど、

それでも憧れの存在であることには変わりない。

 

「やっぱり、好きっていくつあってもいいよね」

 

わたしの登録しているチャンネルはミクちゃんの作曲者さんばっかりだけど、

定期的にこういう動画も見たくなってくる。

人の声に恋しくなる、っていうのかな。やっぱり、実在するっていうのは大きいよね。

 

そんな中で、トップページにおすすめの動画が表示される。

タイトルは『アイドル活動、スタート』と書いてあった。

無意識のうちに手が伸びて思わずタップしてしまう。

 

『皆! こんにちわ! 桃井愛莉よ!』

『桐谷遥です』

『日野森雫よ』

「ええええええええっ!?」

 

ペットボトルの中身を全部流し込みながら見ようとしていた所で、

急に知った声がして中身を全部噴き出した。

近くに人はいなくて、聞かれた様子もなかったからほっと胸をなでおろす。

 

「あ、愛莉さんにASRUN所属だった遥さん!?

 それに元Cheerful*Daysセンターの雫さんまで!? どどど、どういうこと……!?」

 

思わず動画を停止してその部分だけを何十回と見直してみる。

思いっきり自分の頬っぺたをつねってみても凄く痛いだけ。うう、涙出てきた。

ヒリヒリする頬を撫でる痛みも、これが現実だという事を教えてくれた。

 

愛莉さんの動画を見初めてからは、

どうしてもおすすめ欄に他のアイドルの動画も表示されるわけで。

それが結果としてそこそこ有名な人なら知識を付けてくれる役には立っていた。

 

「と、とりあえず見てみよ。まだ動画始まったばっかり──」

『えっと、は、花里みのりです! し、新人アイドルです! よろしくお願いしましゅ……!』

「うええええええええええええっ!?!?」

 

そんなわたしの声が公園中に響き渡る。

 

みのりちゃん!? あの時サモちゃん散歩してたみのりちゃんだよね!? どうして!?

その現実があまりにも信じられず、両方の頬っぺたが真っ赤になってもまだつねるわたしだった。

 

 



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第3話「その少女、暴走につき」

ただいまも言わずに自分の部屋に入ってベッドの中に飛び込む。

頬っぺたが凄く痛いし、なんなら大声も出したせいで喉が痛い。

あの後追加で130回くらい見直したけど動画は削除されることはなかった。

ドッキリ動画にしては出来すぎてるし、今後生配信するって言ってたし。

 

とりあえず光の速さでチャンネル登録したので今後は大丈夫だと思う。

チャンネル名は『MORE MORE JUMP!』。

一体何が始まるのかなんて全然わからないけど、

あの憧れの人がもう一度頑張るなら全力で応援しよう。

そして何より、自分が最近知り合ったみのりちゃんのことも気になる。

 

「あー、こんなことならアカウント交換してればよかったー!」

 

衝撃的な事実に頭が追い付かず、自分の動画についたコメント通知なんかは全部跳ねのける。

自分のことより他の人のことが気になるなんて久しぶり過ぎて、

感情のぶつける先が無いことに悶えていた。

 

「文ちゃん、お荷物が届いてるわよ」

「ごめん叔母さん! 今それどころじゃないの!」

「あらあら、それなら食卓の机の上に置いておくわね」

 

ドアをノックされ叔母さんが声をかけてくるも、本当にそれどころじゃない。

ベッドの上で足をジタバタさせても発散出来ない。こういう時は落ち着く曲を聴こう!

スマホから自分のとっておきのマイリストを再生する。

そうすると最初に流れてくるのは当然マジカルミライのテーマ曲で……

 

「落ち着かないよー!!」

 

この気持ちを止めてほしいのに、

思いっきり背中を押される曲が流れたらもうどうしようもなくて。わたしは家を飛び出した。

 

 

 

普通なら電車で2、3駅くらいのところを全力疾走して腕で汗を拭う。

辿り着いていたのはお姉ちゃんが働いている楽器屋さん。

流石にこのまま入ったらお店に迷惑が掛かると思いながらも、

どうにかしてこの気持ちを伝えたかった。

 

スマホを取り出してもうすぐ終わる時間かな、と思いながら店前をうろうろ。

行き交う人達が変な目で見ていた気がするけど、自分では到底気付くことなんて出来なかった。

 

「……文、何やってるの?」

「お姉ちゃん!」

 

どれほどの時が経っただろう。多分皆からすれば数分の出来事だったかもしれないけど、

わたしからすれば数時間にも及ぶ葛藤の時間だった。

ひどく疲れた表情を浮かべたお姉ちゃんがカバンを下げて店の中から出てくる。

もしかして今日の仕事が忙しかったのだろうか。

 

「お姉ちゃん、大丈夫? すっごく疲れてるみたいだけど」

「うん。多分大丈夫。これで店前の正体不明の女の子の問題は解決出来るから」

「???」

 

何のことを言っているか分からなかかったけど、まあいいやとお姉ちゃんの腕に捕まる。

 

「ねえねえお姉ちゃん、みのりちゃんの連絡先しらない?」

「みのりちゃん、って誰だっけ」

「あ、ひっどーい! わたしの友達なのに覚えてないのー!?」

「文、お願いだからもう少し静かにして」

 

そういって周りを不安そうに周りを見つめるお姉ちゃんと同じ方を見れば、

通りがかった人達が驚いた様子で駆け足になって離れていく。

 

「お客さん逃げちゃうから、一旦帰ろっか。って、すごい汗、大丈夫?」

「うん。家から走ってきちゃった」

 

えへへ、と笑うと軽くため息をついてハンカチを差し出してくれる。

勢いに任せて出てきてしまったから拭くものを一つも持ってきてなかった。

感謝の言葉を伝えて何とかふき取るも、すぐにびしょびしょになってしまう。

 

「相変わらず凄い元気と体力だね。部活は運動部だっけ」

「ううん、入ってないよー。お姉ちゃんわたしのこと何にも知らないんだからー」

「仕方ないでしょ。今まであんな調子だったんだから」

「あはは、それもそっか」

 

今まで他人どころかわたしのことすら何にも知らないお姉ちゃんだけど、

これから知ってもらえればいいかな。

それでいつかまたあの日と全く同じように何かできればいいなって。

あの時のわたしとは違うんだってことを、声を大にして教えてあげたい。

 

そんな中で、今朝のコメントが脳裏をよぎった。

 

『またまたパクリ乙wwwwこんなの誰が見るわけ?』

『君3Dモデル使うの上手いねー。何のソフト使ってるの?』

『昔バズったからっていい気にならないでください』

 

もしお姉ちゃんが、今わたしの踊りを見ても何も信じないだろう。

ぽっかりと空いてしまったこの3年という空白を埋めるにはまだ足りない。

わたしのことを嘘だと笑う人達がいる限り、わたしの願いは叶うことはない。

誰もが認めてくれるようになって初めて完成する。そうしたら見せてあげたい。わたしの全力を。

 

 

 

一緒に電車に揺られやがて家に着く。

2人で玄関の扉を開けば叔母さんが少し困った様子で待っていた。

 

「文ちゃん、お荷物届いてるって言ったでしょ?」

「え? あ、うん。でもそれがどうかしたの?」

 

今のご時世態々荷物を送ってくれる友達なんていない。要件は全て全部スマホで済むからだ。

通販も最近頼んだ覚えもなかったから、

いつもの教材とかの販促物が送られてきたのかもしれない。

それよりも高鳴る気持ちが抑えきれずに忘れてしまっていたことも大きいけど。

 

そう思って首を傾げていると、封筒を手渡された。そこそこ分厚い。

メール便とかじゃないからCDでもないし、最近グッズを頼んだ覚えもない。

ちょっとだけ乱暴に封筒を破けば、そこに書かかれた文字が顔を出す。

 

『宮益坂女子学園、体験入学のお知らせ』と。



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第4話「その少女、体験につき」

グレーのセーラー服に真っ赤なリボン、クリーム色のカーディガン。

何度も鏡で確認して、おかしい所が無いか確かめる。

 

「お嬢様学校っていう割にはちょっと地味かも?」

 

一応カーディガンには色んな色があったけど、今のところはおとなしめにクリーム色で。

人間、第一印象が大事だってよく言われるもんね。

 

「文、髪の毛跳ねてるよ」

「えっ!? どこどこ?」

「ちょっと待ってて」

 

制服ばっかりに気を取られてて自分の髪まで意識が回らなかった。

後ろで一緒に身だしなみを整えてたお姉ちゃんがわたしのくしを使って髪を整えてくれる。

 

お姉ちゃんはいつもならもっと早く出るんだけど、

今日は特別だからタイミングを合わせてくれた。

 

「うん、これで大丈夫」

「ありがとー。お姉ちゃんはビシッと決まっててカッコイイね!」

 

一方で神高の制服は白のカッターに紺のブレザー、赤と黒のストライプネクタイ。

リボンもあるらしいけどお姉ちゃんはネクタイ派みたい。

ネクタイすら一寸の狂いもなく止められてていかにも優等生って感じ。

……家だとあんなにダサい服着てるけど。

 

「ほら、今日は少し早く行かなきゃいけないんでしょ。忘れ物はない?」

「もー、お姉ちゃんってば心配症なんだからー。ちゃんと資料も筆記用具も揃ってるよ」

 

洗面所から出てカバンの中を開いて見せつける。

昨日のうちに一つずつ確認して入れたから間違いない。

 

「なら、このお弁当はいらないわよね?」

 

そんな中、台所から顔を覗かせた叔母さんが片手にひらひらとわたしのお弁当箱を振る。

 

「あーあー! ごめんなさいごめんなさい! 意地悪言わないでー!」

 

必死に飛びつくわたしはまるで猫と遊ぶようにもてあそばれ、

数回繰り返した後にようやくお弁当箱はカバンの中に入れることができた。

 

「それじゃあ叔母さん、いってきます」

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。遅くなる時は連絡頂戴ね」

「「はーい」!」

 

こうしてわたし達は一緒に家を出る。目指す先は宮益坂女子学園!

 

 

 

体育館で学園長さんや先生達の紹介を終えて校舎内へ。

心なしか他の子達もそわそわしていている。

 

それもそのはず。この学校は都内では有数のお嬢様学校で有名だった。

単位制で芸能活動をしている生徒さんも多くて、

現に1年生、2年生には元アイドルだった人達や、現に芸能活動をしてる人達もいるんだとか。

わたしはそのあたりのことを追求しないから全然知らないけど。

 

1-Eと書かれた教室にたどり着く。

説明によれば、1年生であっても勉強している範囲が違うからそのあたりの差を埋める為に、

空き教室を特別に開放して作られた特別クラスらしい。

と言っても1週間にも満たない期間の特別処置、みたいなものだけど。

 

そこで黒板に張り出されていた順番、といっても名簿順で着席を始める。わたしの席は……あれ?

 

「先生! わたしの席違います!」

「えっ、そんなはずはないわ。ちゃんと名簿通りに……」

「わたしの苗字、鶴音(たずね)なんです!」

 

案内の為にわたし達を先導していた先生に自己申告する。

先生も確認すれば、私よりも前に「田中」という名前の人が配置されている。

 

鶴音、なんて苗字は正直日本中を探してもないだろう。

もしあったとしても『田鶴音(たずね)』って感じで前に田んぼの田が入る。

小学校でも、中学校でも間違われ続けているから慣れたものだけど、

間違いがそのまま通っちゃったら後々困ることが出てくる。

 

「ごめんなさい。じゃあ田中さんとは席を変えてもらって」

「こちらこそ、読みにくい苗字ですみません! 田中さんもごめんね」

「あ、ううん!? 気にしてないよ!」

 

お互いそんなに気にしてないのか、ちょっと後ずさり気味に席を交代してくれた。

うーん、第一印象は失敗しちゃったかも……

 

全員が着席したところで先生が教卓の横に立ち、自分の名前を書いていく。

軽い自己紹介と、体育館で受けた校則とかの話をもう一度説明した後、

クラスメイトの自己紹介が始まった。

一人ずつ前に出て自分の名前を書くあたりしっかりしてる。

 

クラスの半分くらいが終わったところでようやくわたしの番がやってきた。

よし、ここでさっきの挽回をするぞー!

 

「はじめまして、鶴音(たずね) (ふみ)です! 京都の方出身です! 中学の時にこっちに出てきました!

 趣味はミクちゃんの曲を聴くことと、ライブに行くことで、ダンスやってます!

 よろしくお願いします!」

 

勢いよくお辞儀をしたところで、

思いっきり教卓に頭をぶつけ、痛みで反射的にのけぞれば黒板の粉受に後頭部をぶつける。

 

「痛っ! ~~~~~!!」

「だ、大丈夫鶴音さん!」

 

そのまま教卓の後ろで崩れこめばどこからかクスクスと笑い声が聞こえる。

先生が思わず声をかけてくれたからか、少しだけ意識がそっちに向いて痛みが治まった。

 

「はい、大丈夫で──うぎゃー!!」

 

勢いよく立ち上がって何とか挽回しようとするも、今度は教卓の出っ張りにぶつかる。

それがトドメとなったのか、クラス全体で大爆笑が巻き起こった。

 

だ、第一印象としては……なんとかなったかな。あ、でもごめん、涙出てきた。

そのまま教卓の後ろでうずくまるわたしは、痛みと恥ずかしさでしばらくの間動けなかった。

 




今回の宮女編は、
「雨上がりの一番星(ステラ)」
「走れ! 体育祭 ~実行委員は大忙し~」
「ここからRE:START!」
「揺れるまま、でも君は前へ」

後の時系列となっております。


「Color of Myself」は執筆中に開催されてなかった…


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第5話「その少女、再会につき」

自己紹介が終わってそのままクラス委員も成り行きで決まっていく。

わたしはやりたいことがあるから辞退させてもらった。

推薦で学級委員に選ばれそうになったけど、それだけは全力でガラじゃないって否定した。

 

一限目と二限目はそんな感じでクラス間の交流を深める為にレクリエーションが行われ、

わたしに話しかけてくれる人も多かった。

まああんなことになったら嫌でも面白い子って思われるのは当然だよね。

それでもクラス全体のそわそわした感じはずっとなくならなかった。

 

レクリエーションの終わりに先生から告げられたのは、

この体験入学最終日に模擬試験があるということ。

この結果によっては今後の入学試験において有利になるかも、なんてほのめかされる。

 

挨拶と共にお昼休みに入った途端、生徒達のソワソワした空気は爆発した。

 

「ねえねえ鶴音さん! 一緒に遥ちゃん探さない!?」

「遥ちゃん……って、あのASRUNにいた遥ちゃん?」

「そうそう! この学校にいるんだって!」

「あー、わたし学園探索しようと思ってたから……ごめんね?」

「そっかー。じゃあ私達は行くね!」

 

クラスで話す子も早速出てきたけど、皆のお目当てはやっぱりそれだった。

遥さんの他にわたしの憧れの愛莉さんもいるのは知っていたけど、

いざここにやってきてから、ふと思うことがあった。

 

廊下からは、ぽつぽつと残るわたしを始めとした生徒を覗き込む別のクラスの人達がいる。

お弁当を片手に教室から出ればここの生徒の人達も体験入学生の話題で持ちきりだった。

 

「やっぱりお嬢様学校って言っても、普通の学校なんだね」

 

敷居が凄く高いものかと思っていたけど、いざ入ってしまえばただの高校。

少しだけ校則がきっちりしてるかな、って思ったけどそうでもない。

わたしの行っている中学校ともあんまり変わらないかもしれない。

 

「(会いに行きたい、って言うのは分かるけどそれよりも、邪魔しちゃったら悪いよね)」

 

わたしも動画投稿とプライベートはキッチリ分けているし、

何よりプライベートが浸食される不快感や曇る感覚は知っている。

主に荒らしや熱狂的なファンの影響で。

現に1-Cの教室前では体験入学生が殺到して、数人の先生が沈静化に当たっていた。

 

「そんなことより探索しよっと! 遅刻した時の抜け道とかも見つかるかも!」

 

わたし1人でどうにかなる問題じゃないし、

1-Cの人には悪いけどこの学園のいい所や穴場スポットがあるかもしれない。

誰にも見られることなくダンスの練習とかが出来る場所もあるといいんだけど……

 

そんな色んなことを考えながら、スキップと鼻歌交じりに廊下を駆けていった。

 

 

 

ほとんどの教室は生徒が殺到してたから諦めて、そのまま上へと足を進める。

目指す先は屋上。わたしの行ってる中学校は柵が無いから立ち入り禁止だけど、

ここではなんと自由解放らしいのです!

 

「屋上から夕陽見たりするのって憧れだったんだよねー! いざいざ突撃ー!」

 

ドアを開け放てば火照った体を冷やす風が吹き抜け、軽快な音楽が耳に届く。

 

「ひええ、寒ーい。あれ?」

「わわっ! ……ってあれ?」

 

茶髪にグレーの瞳の女の子が、制服のままで踊っていた。いやいや、それよりも。

 

「みのりちゃんだー! 宮女の人だったんだね!」

「文ちゃんも宮女だったんだね! すっごい偶然!」

「あ、違う違う。わたしまだ中学3年なんだー。体験入学で抽選に当たったの」

「あれ、そうだったんだ。そういえば今までずっと見かけたことなかったかも……?」

 

意外な人との再会。ひとまず昼食は置いておいて喜び合う。

 

「ならちゃん呼びは失礼だよね。うーん、みのり先輩? みのりさん?」

「あはは、なんだかよそよそしいし、先輩ってわけでもないからそのままでいいよ」

「え、いいの! やったー!」

 

同じ年だと思ったら一つ違うっていうのも新鮮で。

私からしたらお姉ちゃん以外で年上の知り合いなんていうものは生まれて初めての存在。

どこかよそよそしい感じがしたのか、みのりちゃんも苦笑しながらやんわり断った。

それに喜んだわたしは思わず抱きつき、そのまま押し倒してしまう。

 

「ああっ! みのりちゃん大丈夫!?」

「頭とかぶつけてないから大丈夫だよ。でもそっかー、じゃあこれからは毎日会えるね!」

「あ、そっか」

 

毎日会える、ということもすっかり忘れている。

どうしても昔のことがあるから、明日とか未来とか、よくわからないものには関心がなかった。

あの時お姉ちゃんが『今日だけじゃない』って言ってくれた時も嬉しかったけど、

そっか、明日も会えるんだよね。まだ実感はないけど、どこか不安がなくなった気がした。

 

そこで相変わらず流れている音楽が耳に届く。

 

「あ、ダンスの練習邪魔しちゃってたよね。わたし見てていい?」

「うん! って言ってもあんまり上手くないけど……」

「大丈夫! みんな違ってみんないいんだよ!」

「そ、そうだよね! よーし頑張るぞー!」

 

右腕を上げてガッツを見せるみのりちゃん。曲を初めから再生しダンスを再開する。

三角座りで少し離れてそのダンスと曲に集中する。

ってこれミクちゃんの曲だ。それも彗星の如く現れた神調教の人でラップも凄い人の。

私も動画を数百回くらいは見て振り付けの基本として身に着けた。

 

歌い踊る彼女の姿は確かにうまくないけど、何よりも楽しんでいた。

そのせいで振り付けが遅れたり軸がぶれたりもしたけど、

応援してあげたくなるような健気さがある。

 

「ど、どうだった……?」

 

最後の決めポーズを決めて、不安そうに聞いてくるけど、わたしは拍手で応えた。

 

「凄い凄い! 楽しい気持ちがどんどん伝わってきて、こっちまで踊りたくなっちゃうくらい!」

「ほんと! あ、でも振り付けとか、どうだった?」

「振り付け……は、そうだねー。もうちょっとかな」

「はうう~……やっぱりそうだよねー」

「もしよかったらわたしのでだけど、見てみる?」

「え? 文ちゃん踊れるの?」

「このくらいならすぐに。スマホ借りるねー」

 

カーディガンを脱いで曲をもう一回再生。曲に合わせてビシッと踊りを決める。

いつもやってるアクロバティックなものに比べたらこんなの全然簡単。

 

「す、すっごーい! まるで遥ちゃんとか愛莉ちゃんみたい!」

「あはは、ありがとー」

 

踊り切った後の開口一番がそれだった。

プロアイドルだった人達の名前が出てきて悪い気はしないけど、それに比べたら全然だ。

 

「これってもしかして私の方が後輩だったり!? なら文先輩……文さん? 文師匠!?」

「さっきと立場が逆だよー? 今までのままでいいって」

 

そんなふうに私達のお昼休みは過ぎていく。

予鈴が鳴った頃に別れてそれぞれの教室へと入った。

何か忘れてることがある気がするけど……再会できたし、ま、いっか!



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第6話「その少女、忘却につき」

 

放課後のホームルームでは、

お昼休みのこともあって体験入学生は早く帰るように言われてしまった。

以後は節度を思って接すること、とまで言われてしまい、

目的を果たせなかったであろう生徒達がうなだれていた。

普通なら部活の見学とかもあるけど、今日は初日ということもあって解散。

 

わたしもそんなに用事はないから駅前でお姉ちゃんと待ち合わせをする。

待ってる間もずっとスマホで音楽を聴きながら、目を閉じてそのMVを思い浮かべる。

自分ならどう踊ろうか、どう表現しようか、なんて。

 

その動きで当然参考にするのは偉大な先人やアーティストの動きになるわけで。

それを意地悪な家政婦が指摘するみたいにつつかれて、叩かれて。

嫌になって独自の動きを取り入れれば出来るわけがないと否定されて。

それでも見てくれる人のために頑張って。ここまでやってきた。

 

──でも、なんでこんなことになったんだっけ。

 

「文。お待たせ」

「あ、お姉ちゃん!!」

 

イヤホン越しに聞こえた声に顔を上げれば微笑むお姉ちゃんの姿がある。

なんだか妙にうれしくなって抱きつけば、少し驚きながらもちゃんと受け止めてくれた。

 

「お姉ちゃん大好きー!」

「もう、文ったら……とりあえず人目につくから落ち着いて」

 

10秒くらいだったけどお姉ちゃん分を摂取しておく。

そのまま切符を買って電車に乗り込んだ。

 

「でも憧れだったんだー。お姉ちゃんと一緒に帰るの」

「中学校は方向違うからね。どうだった? 初めての学校は」

「まだ内緒ー。晩御飯の時に話すね」

 

本当なら今すぐにでも話したいけど、我慢我慢。

 

 

 

「「「「いただきます」!」」」

 

今日の献立はお鍋。

皆で食卓を囲みながら、空になったお椀に叔母さんがお鍋に入った具を取り分けてくれる。

 

「文ちゃん、今日の学校はどうだった? 楽しかった?」

「うん! 前に知り合った友達とも再会できたんだー」

「それってもしかして、あの時公園で話してた人?」

「そうそう。花里みのりちゃんっていうんだよー」

 

そういえばあの時のサモちゃん、モフモフしてて気持ちよかったなー。

またお散歩中にでも会えるかな。

 

「文さんが楽しそうでなによりです。

 あそこは偏差値も高いと聞きますから、勉強も頑張ってくださいね」

「うう、それは考えないようにしてたのに」

「確かに文の成績だと少し厳しいかも」

「お姉ちゃんひどーい! わたしだってやればできるんだよー」

 

頬を膨らませながら反論するけど、わたしの成績は平均より下。

体育ならオールA評価でこれ以上ないって程だけど、勉強はあんまり得意じゃなかった。

数学とかわけわからなさ過ぎて赤点ぎりぎりだし。

 

「はいはい文ちゃん落ち着いて、お替りよー」

「やったー! ありがとう!」

 

そんなことより御飯がおいしい!

 

「言葉さんは今日はなにかありましたか?」

「私は……あんまり変わらないかな。白石さんの課題の手伝いを少し手伝ったくらい」

「あら、その白石さんって新しいお友達?」

「友達って程でもないけど、風紀委員で神高祭の時に知り合って。

 勉強あんまり得意じゃないらしいから、ほんのちょっとだけ」

「言葉さんからも新しい話題が聞けるのはいいことです」

 

そう言いながら叔父さんは黙々と箸を進めていく。

公務員でお役所勤めらしいんだけど、ずっとこんな感じだからすっごく不思議な人。

でも昔はお仕事お休みの時にお出かけにも連れて行ってくれたし、

今でも誕生日とかクリスマスにはプレゼントを贈ってくれるし、

記念日には叔母さんとディナーに行ってるとか。

 

「叔母さん、お替りー!」

「あらあら、このままじゃ皆の分全部食べちゃうんじゃないかしら」

「食べ過ぎて動けなくなっても知らないよ?」

「大丈夫ー。お姉ちゃんももっと食べなきゃ!」

「私は小食だから。文が食べてるの見たらお腹いっぱいになりそう」

 

そういって苦笑するお姉ちゃん。

そこに前みたいな無理している感じは無くて、それだけがただ嬉しかった。

 

 

 

「はー美味しかった!」

 

大の字になってベッドに背かなから倒れ込めば、羽毛布団が包み込んでくれる。

そのままスマホに手を伸ばして自分の動画についたコメント通知を読み飛ばした。

 

「何か忘れてる気がするんだけど……なんだったっけ?」

 

自分の動画の再生数を確認しながらつぶやく。

何か大事な事だった気がするんだけど思い出せない。

こういう時こそ他の人の動画を見て気を紛らわせるに限るよね。今が無駄になっちゃう。

 

視聴履歴をさかのぼっていると、一つの動画に行きつく。

 

「あ、MORE MORE JUMP! の動画、再生数すっごく伸びてる」

 

サムネイルに見えるメンバーの豪華さもあってか、既に100万再生に到達していた。

 

「みのりちゃんも凄いよね……こんな人達に囲まれても頑張ってて……あれ?」

 

ふと口から出た言葉を自分の中で復唱する。

みのりちゃんは宮女の生徒さんで、わたしの友達で……MORE MORE JUMP!のメンバーで!?

 

「あー!! この動画のこと聞くの忘れてたー!!」

 

連絡先も聞いてないし、何やってたのわたしー!!

その後お姉ちゃんに怒られるまでベッドの上でただひたすらに悶えているのだった。



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第7話「その少女、空腹につき」

次の日になったもののあいにくの雨。

こんな時期の雨は冷たいから流石に屋上で練習はしていないだろう。

いや、一応確認しに行ったけど居なかった。解ってたけど。

 

頑張ってみのりちゃんを探そうと思ったものの、

昨日の今日でそんなすぐに教室を覗き込むわけにもいかない。

それになによりも、友達だからこそプライベートの時間には踏み込みたくなかった。

 

「でも気になるしなー……うーん」

 

当てのもなくお弁当箱をもって飛び出しただけに、どこに行けばいいか分からなかった。

学園探索もまだまだ終わってないし、ちょうどいい感じの場所も全然知らない。

他の教室も暖房をきかせているからかドアは締め切られている。

 

大人しく自分の教室に戻って食べようかな、と諦めかけたその時だった。

 

「わっほっほーい、お昼だぞー!」

 

曲がり角から桃色の風が駆け抜けてくる。

本能的にぶつかる、と判断して若干助走を付ければ棒高跳びみたく思いっきりジャンプ。

そのまま体をひねって『風』の向こうに着地した。

 

「あ、危なかった……」

「おお~!!」

 

女子高だから別にスカートの中が見えても大して気にすることはない……よね。

それよりぶつかった方が痛いし後が怖いし。

二重の意味で安心していると、その前方で何かがつぶれる音がした。

 

「「あ」」

 

それはわたしのお弁当箱で。

生徒もまばらな廊下だったから誰にも当たることはなかったけど、

それは盛大に中身をぶちまけていた。

 

「ああ~……わたしのお弁当が……」

「ご、ごめんね! あたしが前見てなかったから」

「ううんわたしこそごめんねー、調子乗ってへんな避け方したから」

 

とりあえず教室から掃除道具を持ってきて先生にも謝って事なきを得る。

ピンクの子が心配そうにこちらの様子を伺っていたけど、

お昼の時間が無くなっちゃうから、と返して全部一人で片付けを済ませるのだった。

 

 

 

結果、お昼は食べる時間なんて残ってなくて終始お腹の虫が鳴き声を上げていた。

クラスでも私がドジをやらかしたという話題で持ち切りだったけど、

深く聞いてくる子もいなかった。

そのあたりはすっごくありがたいかもだけど、この空腹の行き場を教えて下さーい……。

 

授業にも身が入らなかったけど根性だけで乗り切って、何とか放課後。

 

「キュ~……」

「た、鶴音さん大丈夫?」

「大丈夫、じゃないかも~」

「ご、ごめんね何も持ってなくて……それじゃあ」

「じゃあねー……」

 

前の席の田中さんが心配そうに声をかけてくれるも返すので精一杯だった。

そしてそれは気にかけてます、っていうアピールで、見捨ててないってアピールで。

心の支えになるけど、欲しいのはそれじゃないんだよね……

 

だからって、誰かに期待するのも間違いで。

まだこのクラスに友達は居ないし、いたとしてもここまで世話を焼く人なんていない。

 

「確かこっちの方だったよーな……あ、いたー!」

 

元気いっぱいの声が教室に木霊する。

ゆっくりそちらへ視線を向ければ、目の前にお昼休みですれ違った(?)、

ピンクの女の子が立っていた。

 

「大丈夫赤色の人!? 今助けを呼んだからね!」

「あ、うん」

 

わたしの手を取ってわたしの意識をなんとか保とうとしてくれる。

あ、すっごくあったかくてお日様みたい。

 

「えむちゃん、急に走っちゃ危ないよ」

「穂波ちゃん、早くこっちこっち!」

 

ギュルギュルなっているお腹の音に紛れながらも、もう一人誰かの声がした。

それよりもほんのり漂う甘い香りで反射的にそちらを向く。

その手にはアンパンと蒸しパンがあった。

 

「購買の残り物だけど、よかったら食べる?」

「いただきまーす! むぐぅ!?」

 

おおよそ女の子とは思えない獣の様な速度でそれを受け取り食らいつく。

そんな事をすれば当然喉に詰まるわけで。

 

「み……水……」

「はい! 水!」

「あ、ありがと」

 

勢いよくペットボトルが手渡され一気に飲み干す。

一時はどうなることかと思ったけど二人のお蔭で助かった。

 

「ありがとう二人ともー! お蔭で助かったよー!」

「「わわわっ!?」」

 

その嬉しさと感謝を伝える為に二人に抱きつく。感極まるってこういうことだよね!

ピンクの子はそのままキャッキャと嬉しそうに返してくれたけど、

もう一人のお姉さんはすっごくびっくりしていた。

 

「えへへ、それほどでもないよー。でもごめんね。あの時行っちゃって」

「そこは気にしてないよ。むしろ助けられちゃったし。ところでお姉さんは?」

「あ、えっと、大丈夫みたいだしわたしはそろそろ行くね」

「待ってください!」

 

私とピンクの子が仲良くしてたからか、場違いと思ってしまったんだろう。

教室から離れようとするその人を呼び止める。

 

「わたし、鶴音文って言います!! この度は、ありがとうございました!」

「鶴音……? えっと、どういたしまして?」

「このご恩は絶対忘れません! 絶対お返しします!」

「そんな気にしなくてもいいよ。当然のことをしただけだし」

「いえそんなことありません! 凄いことだって思います!

 だから「鶴音さん、ちょっといいかしら」あ、先生」

 

肩を後ろから叩かれたと思いきや、すっごくいい笑顔の先生が立っていた。

 

「ちょうどよかった。お昼の件も兼ねて少しお話したいことがあるの」

「ヒィ!? あ、お二人とも、また今度、会いましょう! それじゃああああ……」

「う、うん……」「ま、またねー」

 

わたしはそのまま肩を掴まれ、連行されていく。

最後にそれだけ言い残して、ピンクの子とお姉さんとはお別れ。

その後私は生徒指導室でコッテリ絞られるのでした。とほほ……。

 



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第8話「その少女、連関につき」

翌日もあいにくの雨。最近秋にしてはあったかかったかもしれないけど。

田舎出身からしたら定期的な雨も嬉しかった。

しかしわたしもすっかり都会っ子になってしまい、

アスファルトや歩道に出来た分かりにくい水たまりで靴が濡れるのが嫌だった。

 

それになによりみのりちゃんに会うことができない上に、わたし自身も動画投稿が遅れていた。

遅れれば遅れるほど投稿を待つ声と、叩く声が大きくなっていく。

『生存報告』のための簡単な動画も、

最近は体験入学という環境の変化で思うようには行かなかった。

 

「雨、止まないかなー」

 

そんなことばっかり考えているだけでも時間は過ぎていき、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

日直の人の号令で起立、礼をしてお昼休みへ。

 

「こんなことならわたしも初日に教室覗いておけばよかったかも」

 

いやいや、それだったらみのりちゃんに会えなかったし結局意味ないんじゃないかな……

自分で何考えてるか分からなくなってる内に、

周りの子達は仲のいい友達と席を固めたり、学食に行ったりで賑わっている。

わたしもお弁当食べよ。

お弁当箱は壊しちゃったから大きめのタッパーで代用してくれた。

結果的に量が多くなったけどわたし的には全然問題ないわけです。寧ろ嬉しいかも。

 

「いただきまー「あ、鶴音さん先輩が呼んでるよ!」……」

 

なんか最近行動キャンセルされること多くない?

あ、でも先輩ってことはもしかしたらみのりちゃんかも?

箸を置いて急いで教室の扉に向かうと、そこで待っていたのは4人の女の人達だった。

 

「ほらほら、出てきたよ」

「ごめんね、食べてる途中に呼び出しちゃって」

「あ、いえ。まだ食べてなかったので大丈夫です。それより、えっと?」

 

そのうちの1人はこの前私に食べ物を恵んでくれたお姉さん。という事は他の3人はお友達かも。

でも呼び出された理由がわからない。もしかして昨日失礼な事しちゃったかな?

理由を求めるようにお姉さんに合わせるも、金髪の髪の子が話しかけてきた。

 

「鶴音文ちゃんだよね。言葉ちゃんの妹さんの!」

「えっと……そうですけど、お姉ちゃんが何か……」

「ほら咲希、ちゃんと説明しないと訳わかんないでしょ。穂波、説明してあげて」

「うん。実はわたし達、言葉さん……お姉さんと知り合いで」

「それで穂波、この子が体験入学の子に同じ苗字がいるって話を聞いて」

「アタシが言葉ちゃんにしっかり確認を取ってからやってきたわけです!」

 

そういって見せてくれたのは連絡アプリの画面では、

確かにお姉ちゃんがこの人と思われるアカウントと連絡しているものだった。

 

「お姉ちゃん、全然教えてくれなかったのに」

「……もしかして、お姉さんと仲が悪かったり?」

「ううん!? そんなことないよ。でもびっくりしちゃった。

 まさか他校の人で知り合いの人が居るだなんて思わなかったから。

 でも、確認だけ取らせて貰っていいですか」

「うん、いいよー」

 

とりあえずお姉ちゃんに電話して……そういえばお昼は楽器の演奏してるとかで忙しいかも。

そんな事も考えてながらも、数回コールするだけで繋がった。

 

『どうしたの文、急に電話だなんて』

「あ、お姉ちゃん。質問なんだけど、宮女の人で知り合いの人っている?」

『ん、居るけど。もしかして何かあった?』

「ううん、これってほどじゃないだけど。名前分かる?」

『天馬咲希さん、っていう人だよ。

 金髪のツインテールで、赤のグラデーションが入ってる癖っ毛の人なんだけど』

 

目の前で興味津々に見つめてくる人と特徴は一致する。

それにさっき咲希って呼ばれてたし、間違いじゃないかも。

 

「そうだ。ビデオ通話にするね」

 

ここまで来て実際に見てもらった方が早いと、

ビデオ通話とスピーカーをONにしてぐるりと4人を写す。

 

『うん、全員知り合い。文、もしかして悪いことした?』

「そんなことしてないよ! ただ「良かったら一緒にお弁当食べようと思って!」」

 

スピーカー機能を切り忘れててこちらの会話が聞こえていたのか、

咲希さんがわたしの言葉を遮った。

 

『ふふ、天馬さんらしいですね。皆さん、文のことよろしくお願いできますか?

 結構やんちゃしちゃう子なので』

「はい、鶴音さんもお昼なのにお邪魔しました」

「また今度会おうね!」

『はい、機会が合えばぜひ。文、先輩達に失礼のないようにね』

「もー、分かってるって! 切るよー」

 

こっちが聞いてたのに結局丸め込まれる感じで通話は終わる。

お姉ちゃんってば心配症だなー。わたしだってやれば出来るのに。

 

「とりあえず、場所移動しない? 妹さんの確認も取れたみたいだし」

「そうだね。お昼休みの時間も少なくなっちゃうし、購買も混むから」

「いっちゃん今日も購買だよね。先行ってても良かったのに」

「いや、私は、その……」

 

そう言いながら、わたしのスマホの方へちらちらと視線を向けていた。

通話が切れた後のわたしの画面には壁紙にしているミクちゃんの絵が大きく映っている。

 

「そういえば鶴音さんの妹さん、ミクちゃんの大ファンだって言ってたね」

「なるほどね、それでさっきからソワソワしてたわけ」

「えへへ、いっちゃんもミクちゃんの大ファンだもんねー!」

「もう、3人ともからかわないでよ」

「そうだったんですね。あ、わたしお弁当取ってきます!」

 

これ以上待たせてはいけないと風の速さで取りに戻る。

 

「おまたせしました! 後、よろしくお願いします!」

 

その声に4人はそれぞれの笑顔で答えてくれた。

お姉ちゃんの知り合いさんがまだどんな人かは分からないけど、

わくわくが止まらないわたしだった。



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第9話「その少女、交流につき」

途中で購買に寄りつつも、5人で揃って食堂に移動すれば、そこそこ混みあっていた。

本当に食堂を利用している人もいれば、

雨という事でわたし達と同じようにお弁当を食べている人達も居る。

 

「結構混んじゃってるねー。いい席空いてないかな」

「志歩ちゃんは今日学食だよね。わたし達で席とっておくから、お昼買ってきたら?」

「ん、お願い」

 

そういってそれぞれが分かれてお姉さんと一緒に席を探す。

近い所は大体埋まっていたから、多少遠くなるものの何とか席を確保できた。

それでもテーブルを1つまるごと取れたのは大きい。他の人を気にしなくていい。

そしてなにより。

 

金髪の人が両手いっぱいに持っていたお菓子をテーブルに広げる。まるでお泊り会みたいだ。

 

「咲希、凄い量のお菓子だね」

「だって全品3割引きだったんだよ! 買わなきゃ損だってー」

「ちょうど入れ替え時期だったからかな? よかったね咲希ちゃん」

 

それぞれが座りながらも黒髪の人へ視線を移せば、こちらも焼きそばパンだけが入った袋が。

心配になってお姉さんに視線を移したら、普通のお弁当箱だったのでものすごく安心した。

 

「え、えっと、何かおかしかった?」

「いえいえ! その、変わってるなって思っただけなので」

「ほら咲希、言われてるよ」

「えー、いっちゃんも大概じゃない?」

 

わたしからしたらどっちもどっちなんだけど、まあ好きなものはいっぱいある方がいいよね。

それが種類の方でも、量の方でも、幸せなのは変わらないと思う。

わたしもご飯をお腹いっぱい食べられるのは幸せだし。

 

「どっちもどっちでしょ。咲希、ちょっとお菓子よけて」

「あはは、ごめんねしほちゃん。ところで何買ってきたの?」

「B定食。食べたかったのは売り切れだったから」

「B定食って確かハンバーグ定食だったよね?」

 

お盆を持ってやってきたグレーの髪の人。

そこには確かにハンバーグを中心として小鉢や白御飯、お味噌汁がのっている。

 

「それじゃあ皆揃ったし改めて自己紹介しよっか。私は星乃一歌です」

「改めまして天馬咲希です。よろしくねー」

「望月穂波です。あの後は大丈夫だった?」

「日野森志歩。よろしく」

「鶴音文です。皆さんよろしくお願いしまーす」

 

自己紹介するまでに随分と時間がかかってしまったけど、

それまでの会話で充分どんな人かっていうのは大体わかった。

 

一歌さんは一歩後ろから見守って、咲希さんは皆を引っ張って、

穂波さんは皆を温かく包んで、志歩さんは悪い所を指摘してくれる。

 

「えっと、呼び方は……どうしよっかな。先輩って付けた方がいいのかな。

 一歌先輩に、咲希先輩に、穂波先輩に、志歩先輩……」

「おお~! ねえねえ聞いた!? アタシにも遂に後輩が~」

「聞こえてるって。でもそれじゃ呼びづらいでしょ? 私は好きな方でいいから」

「そう言うしほちゃんも嬉しいくせに~」

「……別に。そんなことより早く食べないと時間なくなるよ」

「そうだね。文ちゃんも食べよっか」

「はい。いただきまーす!」

 

そこからそれぞれのペースで食べ進めながら、いろんなことをお話する。

普段は何をしているか、趣味は何かとか、好きなものは何かとか。

途中からは一歌先輩とミクちゃん談義になってすっごくマニアックな話になったりもした。

ミクちゃんを知るきっかけは何かとか、よく聞く曲とか。

 

でも流石に自分の動画のことは知らないみたいだったから、そのあたりは伏せておいた。

 

「でもダンスしてるなら、バックダンサーで踊ってもらったら面白いかも?」

「バックダンサーって……それじゃアイドルバンドになっちゃうでしょ」

「あ、そっか。じゃあ遥ちゃんとかの方が合うのかな」

「咲希先輩、遥さんと知り合いなんですか?」

「知り合いっていうか友達かな。同じクラスなの」

「あ、それならちょっとお願いしようかな」

 

遥さん経由ならどうにかしてみのりちゃんと都合がつくかもしれない。

同じユニットだし一緒に練習していることもあると思う。

 

「サインとか握手なら、桐谷さん本人に直接伝えた方がいいと思うよ。

 受けてくれるかは……分からないけど」

「ああいえ、そうじゃないんです。

 実は友達がその遥さんと同じユニットを組んでて。花里みのりちゃんっていうんですけど」

 

その名前に思い当たる節があるのか、そのまま3人の視線が志歩先輩に移る。

本人は知らぬ様子で箸を進めていたけど、自然と感じ取ってジト目で返していた。

 

「何? 3人とも」

「志歩って花里さんと同じクラスだったよね」

「まあそうだけど。都合をつけるのは難しいよ。あんまり話さないし」

「そ、そこをなんとかお願いします!」

「そんなこと言っても、咲希だって連絡先知ってるからお願いするならそっちに」

「あはは……実はまだアタシも持ってないんだよね。あれからあんまり都合が合わなくて。

 お願いしほちゃん! 可愛い後輩のためと思って!」

「……はあ」

 

咲希先輩も頭を下げてくれる。

しばらく悩む仕草を見せるも他の2人の無言の圧もあり、折れたようにため息を吐いた。

 

「今回だけだからね。咲希、連絡先交換しておいてよ」

「はーい! 文ちゃん、スマホ貸してー」

「あ、はーい」

 

こうして私は思わぬ形でみのりちゃんへの伝手を手に入れることができた。

それがいつになるかは分からないけど、きっかけが作れたのはいいことかも。

 

「えへへ、お姉ちゃんとの共通のお友達だー」

 

そしてそれはともかくとして初めて先輩と連絡先を交換できたことも大きかった。

それに4人の先輩が出来た。一緒に居られるのは体験入学の期間だけだけど、

入学出来たらもっともっと長い時間一緒に居られる。勉強、頑張ろっかな……



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第10話「その少女、遭遇につき」

そんな約束を取り付けた数日後の放課後。

のんびり廊下を歩いていると窓の外をじっと見つめる一人の女の子を見かける。

髪も目も全部ピンク色の、あの時私に真っ先に声をかけてくれた子。

その様子は打って変わって少し寂しそうだった。だからわたしは──

 

「だーれだ!」

「わひゃあ!?」

 

両手で目を隠して驚かせる。

こっちに気付いてないみたいだし、身長もわたしより低いから隠しやすかった。

 

「穂波ちゃん! ……はこんなことしないし、朝比奈センパイ! じゃ、ないよねー。

 C組の子もしないしー……ううーん。誰だー? 誰なんだー!?」

「正解はわたしでしたー!」

「およ? あ、昨日倒れてた赤色の子だ!」

 

お互いに名前も知らないし、わたしも心の中でピンクの子って呼んでるからお互い様だった。

昨日助けてもらったお礼も兼ねて自己紹介することにする。

 

「昨日はありがとう。わたし、鶴音文っていうの。あなたの名前は?」

「文ちゃんって言うんだー! あたし、鳳えむ! よろしくねー」

 

両手でお互いの手を握り締めてブンブンと上下に振る。

これで昨日知り合った人の名前は全部知れたと思う。

それにえむちゃんもすっかり笑顔に戻ったみたいだし、何も問題ないよね。

 

「あっ、でもえむちゃんも1年生なんだよね。えむ先輩って呼んだ方がいい?」

「どっちでもいいよー。文ちゃんが呼びやすいのがいいな」

「ならえむちゃんで!」

 

こうして新しい先輩の友達が出来たわたしだった。

 

「鳳さんに、体験入学生の子、だよね」

「あ、朝比奈センパイ!? ど、どどど、どうしてここに」

「大きな声がしたからつい気になって。他の生徒の迷惑になるから、気を付けてね」

「は、はい! すみませんでした!」

「?」

 

後ろから声をかけられて振り返ってみれば、紫色の髪の綺麗な人が微笑みながら立っていた。

一方でえむちゃんはひどく怯えた様子。その人に向かってわたしは。

 

「……お姉ちゃん?」

「? 私はあなたのお姉ちゃんじゃないよ?」

「あれ、わたしなんて……あれ?」

 

自分でも何を言ったのか分からなかった。でも、自然と口を滑らせたのは分かる。

 

「えっと、ごめんなさい。人違いでした」

「ふふ、あんまり気にしてないよ。それより貴女も、あんまり廊下で騒がないようにね」

「はい。すみませんでした」

「それじゃあ私は委員会の仕事があるから。鳳さん、またね」

「あ、朝比奈センパイも、お気をつけて!」

 

凛とした中に柔らかい雰囲気のするその人はそれだけ言って去っていく。

んー、顔も全然違うのになんであんな風に言っちゃったんだろ。

 

それが分からないまま、わたしはえむちゃんとほどほどで別れて駅へと向かった。

 

 

 

家に帰れば散々お姉ちゃんに問い詰める。話題は当然お昼に誘ってくれた先輩達のこと。

 

「どうして教えてくれなかったの! お姉ちゃんばっかりずるい!」

「私もまさか天馬さんが尋ねに行くとは思ってなかったから。

 ずるいって言ってもちゃんと天馬さんの連絡先貰えたんでしょ?」

「それはそうだけど、そうじゃないの!」

 

恐らく知り合ったであろう日の晩御飯でも、

少し知り合いが増えた、くらいしか言ってくれなかった。

お姉ちゃんは特に人の顔と名前を覚えるのが得意だから、

多分先輩達が宮女の人だってことも知ってたはず。

 

「教えてくれてたらもっと勉強頑張ったのに!」

「じゃあそこの問題、自分で解ける?」

「うっ……」

 

かくいうわたしは今、お姉ちゃんに勉強を教えてもらっているところだった。

元はといえば宮女の偏差値がそこそこ高いから教えてほしいってお願いしたのを忘れていた。

そこからどうにかして逃げようかって考えて、先輩達のことを聞いて気を逸らそうとしていた。

 

「分かりません」

「じゃあ、その2つ前で使った公式を当てはめてみて」

「もう忘れましたー」

「……やる気ないなら私帰るよ」

「あー! ごめんなさい何でもするから許してお姉ちゃーん!」

「何でもするなら勉強に集中して」

 

おもむろに勉強道具を持って、

自分の部屋に帰ろうとするお姉ちゃんを必死に呼び止めて勉強を再開する。

放っておこうとするのは相当怒ってる時の行動だ。これはまずい。二度と教えてもらえないかも。

そうなったら当然宮女のお受験は壊滅的だろうし、先輩達にも会えないだろう。

それになにより、みのりちゃんとも。

 

「……終わり!」

「はい、お疲れ様。ご褒美は何がいい?」

「最初はお姉ちゃんの演奏が聴きたかったけど、今はお話の方がいいな」

 

何とか格闘して今日の宿題に加え受験勉強も何とか終える。

最初からご褒美としてお姉ちゃんの演奏を希望していたけど、

先輩達の話で盛り上がってしまった為にもっといろんな話を聞いてみたかった。

 

「と言ってもまだ天馬さん達と会ったのも割と最近だし、

 知り合ったのもバイト先だから何も知らないよ」

「ええー、友達なのにそんなのでいいの?」

「友達だから、あんまり踏み込まないの。文も、そういうところあるでしょ」

 

そういわれて、わたしも人のプライベートに踏み込まないことを言っていると分かった。

確かにお姉ちゃんがおかしくなった時も、自分のことを優先してあんまり話さなかった。

お姉ちゃんもまたわたしに必要以上に構うことはしない。昔も、そして今も。

だからこそ動画や趣味とかも全く知らなかった。

 

「それに何より、私は私以外の何者でもないの」

「んんー、難しいこと言わないでー!」

「ふふ、ごめんね」

 

馬鹿にしたのかな、って思ったけど別に詳しく言わないのはお姉ちゃん特有の優しさだろう。

勉強以外はこういう感じで全然踏み込んだことは教えてくれない。

それでも笑ってくれてるからそれでいいって思えてくる。

 

そこで、放課後に注意してくれた女の人のことを思い出す。

なんていうか、この笑い方が似てるんだ。あの人と。

でもしっかり優しいし、こうして傍にいてくれる。

 

その謎は、いつまでたっても解らないままだった。





P.S. 49話目(ニーゴ編サイドストーリー)に奏誕生日記念のお話を投稿しました。
   ご興味あればどうぞー。


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第11話「その少女、杞憂につき」

翌日はようやくの晴れ。この様子なら咲希先輩の連絡を待たなくても屋上で会えそうだ。

 

「というわけでやってきました屋上! ……けど誰もいないね」

 

屋上に続くドアを開け放ち太陽の光を一身に浴びるも誰もいない。

流石に秋も深まってきたし寒くなってきた影響もあると思う。

スマホを確認してもまだ連絡はない。志歩先輩大丈夫かな。あんまり乗り気じゃなかったけど。

 

「また今度、謝りにいこうかな」

 

わたしの無理を押し通した感じになっちゃったから、期待するだけ無駄だったかもしれない。

もしかしたらみのりちゃんと仲が悪かったり、そんなことは……

物事を悪い方へと考えそうになったところで頭を振って考えも振り払う。

 

「うん、うん。こういう時は踊ろう! 騒……ぐのは先生に怒られるからやめよう」

 

といってもあんまり激しいのを踊ってこの後の授業に響いたら困るし、簡単なので。

 

スマホの再生リストからあるミクちゃんの曲を引っ張り出してくる。

凄くクオリティの高いアニメーションとその作曲者さんらしいテクノポップで、

再生数は400万回再生も行ってる曲。

制服だけど投稿するわけじゃないから自分の振り付けの確認のために録画。

 

『────♪』

 

わたしにできるのはミクちゃんの歌に合わせてただ一心不乱に踊る。

暗い想いを全部跳ねのける為にも。

 

──こうやって踊り始めた理由も、現実逃避でしかなくて。

  続けているのも自分の為ではなく、動画を見てくれる人がいるからやってるだけで。

  楽しいけれど、その楽しささえ他の人達の意見でダメになることも多くて。

 

──わたしが踊る意味は、どこにあるんだろう。

 

「っ!」

 

バランスを崩したところで両手を着き一回転。なんとか怪我無く終わった。

スマホのカメラを止めてため息を吐く。

動画を見直せば後半から別のことに気を取られて軸がぶれているのが見て取れた。

簡単なダンスにしたのが悪かったかな。

 

スマホの通知が増えていたので確認してみれば、それはSNSのアカウントにつけられたコメント。

 

『失踪ですか?』

『前より動画投稿遅れてますよ』

 

「………」

 

期待した自分が馬鹿だった。

 

「いいや、お昼食べよ」

 

咲希先輩から連絡はなさそうだし、みのりちゃんも上がってくる様子はない。

今日は多分別の人とお昼でも食べているんだろう。

空は晴れているのに心は曇り空。気分転換に聞くミクちゃんの曲も今はあんまりノれない。

 

通り抜ける風がわたしの心と体を冷やしていった。

 

 

 

やっぱり諦めきれないと授業と授業の合間に確認しても、

通知でやってくるのは誹謗中傷のコメントばかり。

日も傾き始めた放課後に、わたしは一人教室でスマホを眺めていた。

 

『最近こっちでも投稿してないし、死んだんじゃないの?』

『メンタル雑魚すぎwwwお子様かよwww』

『実際中学とか高校くらいだし所詮子供でしょ?』

『クソガキ乙』

 

「他人事だって思って、ほんと、好き勝手いえるよね。ネットって」

 

顔が見えず特定される危険はない。だから『安心して暴言を吐ける』。

派手なことをすれば当然特定班なんて言われてる人達が躍起になってくるけど、

わたしも他の人もそんなところまでは行っていない。

 

むしろそこまで行かないように最近はSNSの投稿すら控えている。

余計なことを言えばまた昔みたいに炎上の材料にされるから。

この前の30万人突破したっていう報告より後の呟きはしていない。

それに何より、『今はネットより現実の方が大事』だから。

 

片方を優先すれば片方が成り立たなくなるのは当たり前。

 

『友達だから、あんまり踏み込まないの。文も、そういうところあるでしょ』

 

お姉ちゃんの言葉を思い出す。

その苦労を知っているから何も踏み込まないのに。それなのに相手の方からぐいぐい迫ってくる。

そんな人達の為にまたわたしは踊ることを繰り返して。

踊ってももてはやされるどころか、非難の声がどんどん大きくなっていく。

 

「踊るの、やめようかな」

 

こういうのは全部削除してしまえばいい話だ。

話題の相手が消えれば時間はかかるけど話題にする『新しいネタ』がなくなり忘れていく。

なくなったらそのかわりになる他のコンテンツを探すだけ。

最終回を迎えたアニメも、完結した小説も、飽きるまで聞いた歌も同じだ。

 

「やっぱり、好きっていくつあってもいいよね」

 

今ではすっかり口癖になってしまったこの言葉をつぶやく。

意味合いは変わってしまったけど素敵な言葉だ。

 

「……! でも、ダメ!」

 

ここでやめてしまったら昔のお姉ちゃんと変わらない。

折角最近になってあの頃と同じように一緒に居られるようになったんだから、

わたしがここで折れるわけにはいかない。

一度夢を諦めたお姉ちゃんがもう一度前に進めるように、余計な心配をかけるわけにはいかない。

 

「絶対、絶対折れない! 負けない! 挫けない! 根性あるのみ!」

 

右腕を思いっきり突き上げて席を立ちあがり、その勢いで両ひざを机にぶつける。

 

「い、痛いよお……」

 

しばらく膝を抱えて涙目になる。

い、今だけは泣いてもいいよね……物理的ダメージは、ノーカンだよね……

 

また騒いだら先生に怒られてしまうため、この叫び声は胸の中だけに響かせることしよう。

それでもぶつけた時の音で何事かと入ってきた先生に、余計な心配をかけてしまうこととなる。

 

「(うわーん、最近こんなことばっかりだよー!)」

 

やっぱり憧れと現実って違うんだな、と思うわたしだった。

 

 

 

少し休憩してから教室を出て校門へと向かう。

 

「今日もみのりちゃんと会えなかったなー」

 

最後の1回と決めてスマホを確認してみるも連絡はない。

因みにあれから動画とSNSの通知は切りました。

 

残念がりながらもスマホをカバンの中にしまって前を見た時、小さい影が目の前に躍り出てくる。

それは校庭に居るはずのないもの。茶色くて大きい耳を立てた小動物。

 

「あれれ、どうしてうさぎ? ……おいでー」

 

こちらがうさぎを見つめれば、うさぎもこちらを見つめ返してくる。

誰かのペットなのかなと手を差し出せば、鼻を鳴らしながらこっちにすり寄ってきた。

 

「ごめんねー。餌は持ってないんだー」

 

そんな声をかけてもわかるわけもなく、足元をくるくると回り始める。

多分遊んでほしいんだと思う、けど遊ぶ道具も持っていない。

 

「すみませーん! そっちにうさぎが──って文ちゃん!」

「あれ、みのりちゃんだ」

 

2人の女の子がこっちに向かって走ってくる。その1人はわたしが一番会いたい人だった。



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第12話「その少女、愛玩につき」

 

「ごめんね文ちゃん、協力してもらって」

「ううんいいのいいの。お安い御用だよー」

 

うさぎを抱きかかえながら3人で飼育小屋まで歩く。

 

「その子って体験入学生の子だよね。知り合いなの?」

「うん、紹介するね。わたしの友達の鶴音文ちゃん! それで、こっちが」

「小豆沢こはねです。お手伝いしてもらっちゃっててごめんね」

「こはねちゃんっていうんだ。よろしくねー」

 

これまでの話を聞く限りだと、2人は飼育委員でこのうさぎのお世話をしているらしい。

そして今日のお昼は委員会の集まりがあり、

放課後には冬に備えて屋内の飼育小屋に移動させようとしていたとのことで。

ただカゴに入れる前に手違いで何羽くらいかが脱走してしまったとか。

 

そんな経緯で探していたところを、そのうちの1羽がわたしの元にやってきた。

その子は今でも私の腕の中でご機嫌に鼻を鳴らしている。

 

「なんだかとっても嬉しそう。もしかして文ちゃんもペットでも飼ってるの?」

「飼ってないよ。でも昔からなんでか動物には好かれやすいみたいなんだ~」

「す、すごい! あ、でもうちのサモちゃんも随分懐いてたから……」

「うんうん。サモちゃんも可愛かっしすっごくモフモフだったしー……あれ?」

 

中庭を抜けて校舎の中にあるという飼育小屋を目指していると、

ちょうど見覚えのある人影を見かける。

グレーの髪の女の子がギターケースを背負ってしゃがみ込んでいた。

 

「あれって志歩先輩じゃない?」

「あ、本当だ。何かあったのかな」

「志歩ちゃーん、大丈夫ー!?」

「みのりにこはね!? それに文まで……な、なんでもないから!」

 

3人で思い切って駆け寄ってみると、

今まさにその手がうさぎの頭に届こうとしていた所だった。

しかしこちらに気を取られたからか引っ込めてしまう。

 

「よかったー、志歩ちゃんも見つけてくれてたんだね。ありがとう」

「……別に。それよりどうして飼育小屋に居るはずのうさぎがここにいるの?」

「あ、それは私から説明するね。実は……」

 

こはねちゃんがかいつまみながらも解りやすく話してくれたおかげか、すぐに納得してくれた。

 

「確かに屋外だとうさぎに悪いからね。それで……」

 

先ほど撫で損ねたうさぎはわたしの足元にすり寄ってきている。

当然腕の中には別のうさぎがいて、好きな人からしたら羨ましいことこの上ない。

 

「もしよかったら撫でます?」

「いい、それより早く戻さなきゃいけないんでしょ」

「大丈夫、志歩ちゃんが見つけてくれたこの子で最後だから!」

「うん。見つけてくれたお礼もあるし、ちょっとくらいなら」

「そ、そこまでいうなら」

 

ちょうど撫でやすい位置にあったのか、抱いているうさぎを撫でる志歩先輩。

最初はその手触りに驚いていたけど、段々と顔の緊張がほぐれていく。

その光景を3人でただ微笑みながら眺めていた。

 

「その、ごめん。みのりのことで連絡できなくて」

 

しばらく撫で続けていたものの、ふと我に返ったのか急にわたしへ謝ってくる。

多分今日のお昼のことだと思う。

 

「あはは、気にしてませんよ。わたしもみのりちゃんとまた会えたって連絡できませんでしたし」

「なら、お互い様だね。私はバイトがあるから。今日はありがとう、それじゃ」

「またねー」「日野森さん、またね」

 

2人もお別れの挨拶をして、屋内の飼育小屋にうさぎを入れにいく。

ん? あれ? 確か日野森って……。

 

「ねえみのりちゃん、志歩先輩ってもしかしてCheerful*Daysのセンターだった雫さんの……」

「うん、妹さんだよ」

「あ……そうだったんだ」

 

なんていうか、世界って広いようで狭いんだなと思うわたしだった。

 

 

 

帰り道。お姉ちゃんに今日は遅くなるかもと連絡を飛ばしつつ、2人でセンター街に来ていた。

こはねちゃんは先に帰ってしまったけど、わたしとしては都合が良かった。

 

流行は終わってもまだ店を連ねるタピオカミルクティーを飲む。

2人分だけどわたしの分は今回のお礼も兼ねて奢ってくれた。

 

「ありがとう。先輩と一緒に飲むのもおいしいね」

「あ、そっか。文ちゃんって今中学生なんだよね。全然そんな感じしなかったからつい……

 なんていうか猪突猛進、みたいな? B組の子みたいに」

「あはは、よく言われるよー。特攻隊長とか単純馬鹿とか」

「最初のはとにかく、最後のそれって悪口……」

 

そうかもねー、と生返事で返しながら再びミルクティーを飲む。

柔らかい白玉団子みたいな触感とミルクティーのまろやかな甘さが口いっぱいに広がった。

 

「気にしてないからいいの。そんなことでくよくよするなら今を楽しめって話だから」

 

まあ、私も動画のことで曇ることもあるけど、お姉ちゃんのこともあるし、

何より早く死んでしまったお父さんとお母さんの分もわたしは生きている。

 

そう思うと後ろを向いて悩んでいる方よりも、前を向いて進む方がずっと大切だった。

まあ、だから色々失敗しちゃったりすることもあるけど、後悔はしないって決めたから。

 

「文ちゃん?」

「あ……ごめんね! なんの話だっけ?」

 

自然と思考に囚われて足が止まってたみたいだ。自分の想いを胸に仕舞い込んで隣に並ぶ。

少しだけ不思議そうにわたしを見つめるみのりちゃんだったけど、何も聞いてはこなかった。

 

「わたしのことで何か聞きたいことがあったのかなーって。ほら、志歩ちゃんも言ってたし」

「それなんだけど、この動画でね……」

 

そういってMORE MORE JUMP!の動画を見せる。

まだあの時の動画だけだったけど再生数は更に伸びていた。

 

「あ、文ちゃんも見てくれてたんだ! 嬉しいな~」

「そ、そうじゃなくて! ほんとにネットアイドル始めるの?」

「うん! 先輩達に比べたらまだまだだけど、

 もっともーっと頑張っていつか立派なアイドルになって見せるんだ!」

 

──ネットって、そんなに簡単なものじゃないよ。

 

そう言いかけた時に満面の笑みを見せつけられる。

どうしてもその笑顔を曇らせたくなくて、その言葉を口に残ったタピオカごと呑み込んだ。



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第13話「その少女、炎上につき」

家に帰ってスマホの画面を眺める。そこには別れ際に交換したみのりちゃんのIDが映っていた。

これで連絡を直に取り合うこともできるし、

なんなら普通に遊びに行く約束なんかも取り付けられる。

 

「あ、そうだ。咲希先輩に連絡しなきゃ……」

 

向こうも志歩先輩の連絡を待っているはずだから、もうその必要はないことを伝えないと。

 

「えーっと、お蔭様でみのりちゃんと知り合うことができました、ありがとうございますっと」

 

メッセージを送ればすぐに既読がついてスタンプを送ってくれた。

むこうからしたら何がお蔭様なのか分からないと思うけど、

連絡するために中継を取り持ってくれただけでも感謝しきれない。

思えば凄い遠回りだったけど、その遠回りのお蔭で神様もお慈悲をくれたんだと思えば……

 

そう思って眺めていると、友達から連絡が飛んでくる。

 

『ちょっと文ちゃんやばいやばい!』

『そんなに焦ってどうしたの?』

『こんなの回ってきたんだけど!』

『えっ!?』

 

その後に貼られた自分の動画のリンクに飛べば、それはSNSに投稿された動画だった。

それは宮女の制服を着て屋上で踊っているもの。

動画の終わりには私がバランスを崩したところで終わっており、

その後何とか復帰した部分はどこにも見当たらない。

 

その動画には『詐欺踊り手の決定的瞬間』と書かれている。

それはそれは大量に拡散されており、その返信欄には自分のチャンネルのURLまで貼られていた。

当然その動画だけでなく私の動画にまんべんなく叩くコメントが見られる。

スレもすごい勢いで伸びていた。

 

──あの時、誰かが屋上で隠し撮りしていたんだ。

 

これを送ってくれた友達はわたしの踊りを生で知らないわけがない。

むしろバズらせてくれたのはこの子の助力があったからだ。

今回だって何事かと心配して送ってくれたんだろう。

どっちの通知も切っておいたから気付くのに時間がかかったのは言うまでもないけど。

 

『どうするの文ちゃん! こんなんじゃ炎上必至だよ!』

『あー、潮時かなー。削除するよ。全部』

『えっ!? マジで!? 逃げたとか言われるよ!』

『どっちみち、ここまで広まっちゃったらダメだって』

 

文字通り潮時だった。別に収入は得られていたけど、ネットの最後なんてこんなものだ。

花火みたいに盛大に打ちあがって消える。お祭りみたいに笑顔で終われる方が少ないけど。

 

今拡散されている動画を通報した後、

自分のSNSのアカウントと、動画の投稿チャンネルを何の連絡もなしに削除して終わり。

これでネットでの連絡手段は連絡用のこのアプリと電話だけになったわけだ。

 

『うわ、本気で消えてる。まあ、文ちゃんがいいならいいけど』

『ごめんね。せっかく流行らせてくれたのに』

『いいよいいよー。バズらせ芸人の私の実力舐めてもらっちゃ困るよー?』

『あはは、ほどほどにねー』

 

そういってベッドの上にスマホを投げ出し倒れ込む。

そう。これでいいんだ。なのにどうして、こんなに悲しいんだろう。

どうしてか涙が止まらなかった。

 

 

 

その日の翌日。そのまま泣き疲れて眠ってしまっていたわたしは通学前に朝シャンしていた。

鏡を見れば昨日の影響からか目元が腫れている。

アイマスクの要領で濡れタオルを当てて血行を良くして何とかごまかした。

 

「文ー、もうすぐいくよ?」

「もうちょっと! もうちょっと待ってー!」

 

軽く朝御飯を少なめにして早めにお風呂に駆けこんだから余裕があると思ったけど、

目元の腫れを取るのにかなり時間がかかってしまっている。

寒いし湯冷めしたら怖いしもうサクッと出ちゃおうかな。

 

髪の毛を雑に乾かしてお姉ちゃんと一緒に家を出る。

 

「そういえばお姉ちゃん、昨日ネットって見た?」

「ネット? ううん、別にこれと言っては見てないけど」

「そっか……ダメだよー? 流行の最前線くらいは自分で調べないと!」

「そのあたりはいいかな。好きなものだけ聞ければ」

 

確認のために一応聞いてみるけど、それらしいことは気付いていないっぽい。

そもそも動画サイトとか見てたとしてもMEIKOさんやKAITOさんの動画だけだろうから、

わたしの動画を知っているわけもないだろう。極めつけにはSNSをやっていないのも大きい。

今時にしてはかなり珍しい人種だと思う。特に女の子にしては。

 

でもそれが逆にわたしの活動に感づかれることがないと考えれば、いいことだと思う。

それはそれでちょっと心がもやっとしてしまったけど、その理由は分からない。

 

 

 

「みんなおはよー!」

 

元気よく教室の扉を開け放ち朝の挨拶をすれば、自然と視線が集まる。

そいつもならなんだいつもの子か、みたいな感じで視線が外れていくけれど、今日は違った。

ほとんどの人がそのままわたしを追いかけている。

 

「ん? 何々? みんなどうしたの?」

 

おおよそ予想はつくんだけど、

それでもその注目が向いているという事を意識させるために態々とぼけた様子を見せた。

効果があったらしく大体のクラスメイトは視線を逸らしたけど、まだ数人ほどは残っていた。

 

「あ、鶴音さん、ちょっと、いい?」

「田中さん? いいよー」

「えっと、この動画って、鶴音さん、だよね……?」

 

おずおずと田中さんがスマホを差し出してくる。そこには昨日拡散されていた動画があった。

アカウントが違うところを見ると、バズり狙いで無断転載したんだろう。

 

「あ、うんそうだよー? もしよかったらお昼休みに踊ろっか?」

「う、ううん!? いいよ別に……それじゃ」

「じゃーねー」

 

そういって確認だけ取ってそそくさとその場を離れる彼女。

向こうの方ではこそこそとこちらに聞こえないように何か話していた。

 

「ねえ、あの子があの『Ayaya』って本当?」

「らしいよ。昨日チャンネルもSNSのアカウントも消してたしやっぱり嘘だったんだねアレ」

「うける。因果応報ってやつでしょ。調子乗っててきっもーい」

 

全部丸聞こえなんだけど、と言いかけるも別にここで反論したらまた燃える材料にされる。

結果として朝の話題はそれで持ち切りとなり、朝礼までその地獄は続くのだった。



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第14話「その少女、偶像につき」

お昼休み。わたしは教室の雰囲気に耐え切れなくなってお弁当を片手に教室を飛び出した。

 

1人になりたい一心で廊下と階段を駆け抜け、屋上の扉を開け放つ。

そこには誰もいない。それでもまた何かしらネタにされたら困るから、給水塔の裏に隠れた。

 

「ほんと、馬鹿みたい」

 

何のために始めたのかも分からないことで必死になって。

ただ楽しかったから続けてどうでもいいような嘘に足元を掬われて。

それでわたし自身の居場所まで奪ってしまった。

 

どこで間違えたの? そんなの最初からに決まってる。

誰かが見てくれるから始めただけの趣味で自分が喜ぶわけがない。

縛られていくだけで何の得もない。自分が得られる物なんて、なにも。

 

──誰かって、誰だろう。わたしは、誰のために頑張って。

 

違う。全部逃げていたんだ。

お姉ちゃんが変わってしまって、自分ではどうにもできないって暗くなって。

そんな自分が嫌でいろんな好きを見つけて、自分の心の穴を埋めようとしただけ。

これもその1つでしかない。

 

スマホが震えて何かの通知が飛んでくるけれど、見る気にすらならなかった。

流れる涙を必死にこらえながらその場でうずくまる。

誰もいないその静かさだけがわたしの味方だった。

 

「それで、紹介したい人って?」

「うん、でもそれが連絡取れなくて……教室にもいないみたいだったし」

「何か別に用事でもあったんでしょ?

 それより早くしないと体験入学生の子に見つかっちゃうわよ」

「あの時は大変だったものね~。最近はそれほどでもないんだけど」

 

しかしその静かさも、無情に引き裂かれてしまう。扉が開かれ足音が聞こえてくる。

妙に聞きなれた声だったけど気にしては居られなかった。

ここにいれば見つかることもないし出ていくのを待ってからお昼にしよう。

 

「じゃあ、お昼前の軽い通し行くわよ」

「はい! お願いします!」

 

そんな声が終わるやいなや流れるのは明るい曲。

アイドルソングというものだけど、わたしの知らない曲だった。

ただその歌詞から最近話題のグループだということが分かる。

その名前は──『MORE MORE JUMP!』

 

「みのりちゃん……遥さん……愛莉さん……雫さん……」

 

こっそりと給水塔の影から覗けば、

そこには確かにMORE MORE JUMP!の人達が歌い踊っていた。

それこそみのりちゃんが足を引っ張ってる所もあったけど、

その中で誰よりも健気に、そして心の底から笑顔だった。それこそ今が楽しくて仕方ないくらい。

曲もワンコーラスだけだったから短くてあっという間だったけど、

いつの間にか見入ってしまい涙も止まっていた。

 

「すごいな……みんな」

 

今のわたしに比べたらもっとすごい。もっと大事なものを持っている。

それが何かは分からないけど、それが今のわたしに足りないものだってことは分かった。

 

小さく声を漏らすもそれは聞こえていない様子だったので、

そのままこっそりお昼を摂ることにする。

その前にスマホの通知を確認するとみのりちゃんからのスタンプ爆弾で埋まっていた。

 

「あ、既読付いたよ! えーっと、今屋上に居るからおいで、っと」

「そこまで誘うくらいなら通話した方が早いんじゃない?」

「そうだね! 通話ボタン通話ボタン……」

 

その直後私のスマホが鳴り響く。

サイレントマナーにしていても通話だけは音がなるように設定していたからだ。

 

「わ、わわわ!?」

 

慌てて通話を切るものの、当然着信音とさっきの声は聞かれているわけで。

こっそりとあちらを覗いてみれば、あちらもまたこちらを覗いていた。

 

「やっぱり! さっきの声、文ちゃんだったんだ!」

 

その中で唯一わたしのことを知っているみのりちゃんが駆け寄ってきて引っ張り出される。

 

「皆紹介するね! わたしの友達の文ちゃんっていうんだけど……」

 

そこでわたしの顔に残っていた泣き跡に気付いて声が縮んでいく。

当然3人もそのことには気づいていた。

 

「ちょっとアンタ泣いてるじゃない! もしかしてどっかぶつけたとか」

「大丈夫? どこか痛いところはない?」

「もし怪我してたら見せて。応急処置くらいは出来ると思うから」

 

皆の言葉があんまりにもあったかくて、また涙があふれ出す。

しばらく声にならない声をあげながら、その場で泣き崩れるのだった。

 

 

 

「落ち着いた?」

「はい。ありがとうございます」

 

遥さんからお水の入ったペットボトルを受け取りながら涙を拭う。

まだ気が済むまで泣いたわけではないけれど、ずっと泣いてばっかりは嫌だった。

 

落ち着いたところで何があったかを少しだけ話す。

ネットで炎上したこと。それで自分のアカウントを削除したこと。

そしてクラスの皆から白い目で見られるようになったこと。

 

「皆、わたしのことなんて見てないんです。

 皆噂とか宣伝力のある人の言葉ばっかり信用して。

 ……ごめんなさい。皆さんはわたしなんかよりもっとわかってますよね」

 

現役アイドルだった人達に言っても意味がないわけじゃない。

でもわたしの炎上なんてこの人達からすれば可愛いものだった。

 

「そこは気にしてないわ。今辛いのは文ちゃんだもの」

「隠し撮りで炎上なんてあったま来るわね。それにご丁寧に編集して肝心な所見せないとか」

 

雫さんは励ましてくれて、愛莉さんは代わりに怒ってくれている。

初めて見知ったのにここまでしてくれる理由は分からないけど、今の状況に甘えさせてもらう。

 

「ねえ、その隠し撮りした人にちゃんとした動画を上げてもらうってお願いするのはダメかな」

「それじゃダメ。ここまで来ると原因はもうどうだってよくなってくるの。

 大体こういう時は何も言わないのがいいんだけど……」

「わたしのアカウント、全部消しちゃいましたからね」

 

その消したという行為ですら『逃げた』と捉えられて更なる炎上を加速させているのは事実。

わたしからすれば、離別の意味を込めたものだったんだけど。

 

「そうだ! わたし達皆で違いますって動画を上げたら」

「そんなことしたらわたし達まで巻き込まれるじゃない!

 遥も言ったとおりだけど、本当に何もしない方がいいの! 悔しいけどね……」

「で、でもでも……」

「ううん、いいんだよみのりちゃん」

 

みのりちゃんはわたしの為に何かしてあげたいと思ってる。

でもそれで何か行動を起こせばそれこそ皆の迷惑になる。

他の誰かを道連れにするわけには行かなかった。

 

「これはわたしの問題だから。わたし自身で何とかしなきゃいけないの」

「文ちゃん……」

「皆さんもありがとうございました。失礼します」

 

こんな話題の最中で一緒に居るだけでも悪い噂が立つ。

そうなったらMORE MORE JUMP! として活動していく障害になるかもしれない。

そう言い残してわたしはその場から走り去るのだった。



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第15話「その少女、躍動につき」

 

 

クラスに戻ればまだ話題はわたしのことで賑わっていたけれど、

その姿を見るなり気まずそうに、またわざとらしくこそこそし始める。

そんな状況じゃ箸も進まず、半分以上残したまま昼休みは終わった。

 

そのまま授業も他の人の視線が気になってしまい集中できない。

終わりのホームルームももうすぐ体験入学が終わるという内容くらいしか覚えていなかった。

 

「(そっか、終わっちゃうんだ。でもまあ、別にいいかな)」

 

色んな人に知り合えた。お姉ちゃんの知り合いにも、みのりちゃんにも、

ちょっとだけだったけど憧れの人も見ることができた。想いを伝えられはしなかったけど。

 

放課後に入って皆がそそくさと教室から出ていく。

わたしの居る前で態々する勇気もないんだろう。それに一緒に居れば悪い噂も立ちかねない。

物事の考え方が悪い方へと傾いてく。

本来ならミクちゃんの曲とかを聞いて気分転換するんだけど、そんな気すら起きなかった。

 

「ほんと、馬鹿みたい」

 

気落ちしている時の口癖も今日何回言ったか分からない。数えるだけ無駄だった。

机でぐでーっとしていれば教室の外から視線を感じる。

ゆっくりとそちらへ視線を送れば、別のクラスの人達が気になってこちらを見ていた。

 

見世物じゃありませんよー、とそんな冗談めいた言葉すら呑み込んで無視することに決める。

今はもう何も考えたくなかった。

吹奏楽の音楽が微かに聞こえてくる。

お姉ちゃんももしかしたら学校で吹奏楽とかに入るのかな、

なんて呑気なことを考え始めるくらい、やる気が起きなかった。

 

このまま学校に居ても先生に怒られるだけだしなー、

と背もたれに体重を預けてながら揺らしていると急に重心が後ろに傾き倒れる。

顎を引いて柔道のように受け身を取ったまま、天井を見上げた。

背中が痛かったけど頭は打たなかったし大事はないと思う。

 

「(なんか起き上がるのも面倒くさいなー)」

 

どうせこれもどこかで隠し撮りされてて編集されてはネットに上げられるんだろう。

そう思ったら本当にどうでも良くなってきた。

そんな中椅子の倒れる大きな音に囃されたのか、一人の女の子が教室にやってくる。

 

「突撃、隣のわんだほーい! あれれ、文ちゃんどうして寝てるの?」

「えむちゃんだー。これはねー。ロケット発射する時の練習ー」

 

上に向かって座ってる状況なんて日常では考えられない。

とっさにしては旨いジョークだったと思う。

 

「ロケットの発射!? ねえねえ、アタシも一緒にやってみていい?」

「いいよー」

 

となりの席を持ってきて一緒に上に向かって座る彼女は終始笑っている。

何が面白いのかは分からないけど、たぶんわくわくしているんだと思う。

 

「それでそれで? ここからどうするの?」

「んーとね。カウントダウンするから、0になったら、──っこう!」

 

足を伸ばし腰を上げて両手を着いて肘と上半身の力だけで体を上に打ち上げる。

そのまま足を開いて着地した。感覚としては寝てる状態から急に飛び跳ねて立つみたいな感じ。

小学校にある椅子くらいだから、うまくやらないと背中と腰を両方砕きそう。

 

「すごいすごーい!」

「じゃあいくよー、ごー、よーん」

 

あんまり考えないままに元に戻ってカウントダウンを始める。

と、そこでよく考えたらえむちゃんがそんな芸当出来るわけがない。

 

「「さーん、にー、いーち」」

 

あちらはノリノリでカウントダウンに参加してくれているけど、そういう問題じゃなかった。

それを止める前に、カウントはゼロに到達する。

 

「「ゼロ!」」

「ファイヤー!!」

 

体は打ちあがり無事着地する。わたしは床の上に。えむちゃんは机の上に。

 

「ええ……」

「あははは! 面白いねー!」

 

その身体能力には流石のわたしも唖然としていた。

 

「ねえねえ、この後はどうするの?」

「流石に考えてない……かな」

 

冗談もこれまで。ここまで騒いだら流石に先生が飛んでくるだろう。

これ以上問題を起こしたら入試以前に目を付けられて最悪出禁になってしまうかも。

 

「とりあえず、教室から出よう? ほら」

「およ?」

 

とりあえずカバンとえむちゃんの手を取ってその場から離れることにする。

相変わらずその様子を他の生徒の人が見ていたけど、

今は来るかもしれない恐怖から逃げるだけだった。

 

 

 

なんとか誰にも見つからずに校門まで逃げてきて、胸をなでおろす。

 

「あ、ごめんえむちゃん、手つないだままで」

「ううん気にしないで。……えへへ」

 

そんなわたしの謝る言葉を、笑顔で返してくるえむちゃん。何かおかしなことをしただろうか。

考えても答えが出ないので、おもわず首を傾げた。

 

「文ちゃん、さっきまで元気なかったからちょっと心配だったんだー」

「あ、アハハ。バレちゃってたか」

 

きっかけはどうであれ、わたしを気遣って付き合ってくれたんだろう。

途中からは本気で楽しんでいた気もしなくもないけど、そっちの方が気楽で良かった。

 

「あっ、アタシもうすぐショーに行かなきゃいけないんだった! じゃーねー!」

「うん、ばいばーい!」

 

元気を取り戻してくれたお礼の意味も込めて

わたしは走り去るえむちゃんの姿が見えなくなるまで手を振り続ける。

 

2回も助けてもらったんだから何か恩返ししなきゃなー、と考えながらも帰路につく。

教室にいた時よりも心は晴れていたけど、まだ少し物足りなさが残っているのだった。



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第16話「その少女、黄昏につき」

 

家に帰ればお姉ちゃんとの勉強会が待っている。

体験入学がもうすぐ終わるってことは、模擬試験もあるということで。

最近はずっと付きっ切りで見てもらっていた。

 

えむちゃんに元気をもらったけど、やっぱり忘れられなくてやる気も起きないかった。

憧れがどんどん穢れていくようなそんな感じ。

 

「やる気出ないよー。なんか面白いこと言ってー」

「言っても変わらないでしょ。ほら、手が止まってるよ。次」

「はーい」

 

勉強中にそんなことを言い出してしまう始末。

お姉ちゃんはそんな言葉すら聞き流して勉強に集中させようとしていた。

とりあえず出された問題を全部解いて渡せば机の上に体を預ける。

 

「そんなに疲れてたの? それなら勉強会もまた今度でよかったのに」

「いいのー。お姉ちゃんと居られるだけでいいのー」

 

答え合わせをしてくれているお姉ちゃんの方を見る。

凛としていてすっごくかっこいい。それでいて勉強も出来るし笛も吹ける。料理はしないけど。

高校生活もやっぱり、お姉ちゃんと一緒の方が楽しいのかな。

 

「ねえお姉ちゃん、わたしが神高行くって言ったら喜ぶ?」

「……どうだろうね。でも、憧れの人がいたんじゃないの?」

「うっ、それは、そうだけどー!」

 

答案用紙から目を離さないお姉ちゃんは結構ドライな答えを返してくる。

確かに自分で言ったことだけど今それを持ち出してほしくはなかった。

 

愛莉さんに会えはしたけど、わたしの気持ちも何も伝えてない。

それこそみのりちゃんにお願いしたら会えるかもしれないけど、なんかそれは違う気もする。

こんなわたしの気持ちを伝えても、相手は何万、何十万って人々に歌や元気を届けてきた人。

軽く流されて終わりに決まってる。

 

「何か嫌な事でもあった?」

「……何にもない」

「そう。答案終わったよ。10問中8問正解。やり直し」

「えー! ちょっとくらいおまけしてよー!」

「先生はおまけしてくれないからね。ちょっと休憩しよっか」

「あれ? すぐにやるんじゃないの?」

「やる気、出ないんでしょ?」

 

そのままなだめるように、手のひらを頭の上に置いて優しくなでてくれる。

まるで猫をあやすようだったけど、妙にそれが心地よかった。

 

きっとさっきの発言を気にかけてくれている。

あれだけ宮女に行くって言って、最近まではすっごく楽しかった。

それでもわたしのせいでわたしの日常は変わってしまった。もう戻ることは出来ない。

なら同じ人とクラスになる可能性がある学校に行く必要はない。

まあ、神高にわたしのことを知ってる人が居たら意味ないんだけど。

 

「ねえお姉ちゃん、自分でもどうしようもなくなった問題ってどうする?」

「成り行きに身を任せる、かな。結果的には友達のお蔭で何とかなったけど」

「友達? お姉ちゃん友達いたっけ?」

「紹介してないだけでちゃんといるよ。と言っても家に呼んだりはしないけど」

「えー、咲希先輩以外にも友達いるなんていいなー」

「文だってちゃんと中学校の友達がいるでしょ」

「でも友達だって別の高校に行っちゃうんだよー? 全寮制のとことかさー」

 

ベッドの上に飛び込んでゴロゴロと転がって駄々をこねる。

高校ともなれば自分の目指したい事に向かって色々挑戦する子達も多い。

わたし自身が活発だから周りの友達も自分の好きなことに正直で、

離れた別の学校に行く子ばっかりだった。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんは神高に行って後悔したことってある?」

「文からしたらすごく難しい質問だね」

 

急にベッドに座られた為に勢い余ってぶつかる。

別に痛くはなかったけど突然の出来事に混乱してしまった。

 

「ど、どうしたの?」

「難しい質問をしてるから真剣に答えなきゃって思っただけ。文、ちゃんと私の目を見て」

 

見下ろす形ではあるけど、ちゃんとわたしの目を見て話してくれる。

いつになく真剣な様子に気おされてしまい、起き上がって正座した。

 

「よろしい。質問の答えだけど、今のところは後悔はしてないかな」

「今は、ってどういうこと?」

「これから後悔するかもしれないってこと。文が自分に嘘ついたりしたら、って思うとね」

「あっ……」

 

静かに笑顔を浮かべているけど目は笑っていない。

あんまり踏み入ってこないお姉ちゃんが放つ言葉はナイフのように鋭かった。

 

こういう質問をした時点で自分にもそう思っている、とはよく言ったもので。

それを前置き無しに看破された。伊達にずっと一緒にいるわけじゃないって様子で。

 

「文に何があったかは私には分からない。

 それについて聞きはしないけど、文はまだ一人で悩めるほど大人じゃないでしょ?」

「じゃ、じゃあ誰に相談したらいいの?」

 

恐らくこれ以上お姉ちゃんから聞いてくれることはないだろう。

実際、わたしも心配をかけたくないからこれ以上話すことはしない。

でもそれなら誰に頼ればいいんだろうか。

 

「自分のこと良く知らない相手だから相談できるって人、文にもいるんじゃないかな」

「ん? お姉ちゃんにもいるの? そんな人」

「最近知り合った人に、1人だけね。それでもその人は全然学校に来ないんだけど」

「問題児じゃん!」

「そうだね。でもそれは、学校や社会って範囲から見た場合の問題児だから」

「……?」

 

空気を和ませようとツッコミを入れるもそれを別の言葉で返されてしまう。

その意味も理解できずにフリーズしたわたしを見て、お姉ちゃんは話を切り上げた。

 

「ふふ、ごめんね。文にはまだ難しすぎたかな?」

「あー! お姉ちゃんが馬鹿にしたー!」

「これは解らなくて当たり前だから。さ、勉強の続きするよ」

「……はーい」

 

わかる、わからないはひとまず置いておいて、

まずは試験問題くらいは分かるようになりたいわたしだった。



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第17話「その少女、温情につき」

朝になって登校すればやっぱり視線は集中する。それでももうすぐ模擬試験となれば話は別で。

基本的には遥さんや愛莉さん、雫さんになんとか取り入ろうとする人達ばっかりなんじゃ、

とも思えてしまう。

 

憧れの人に近付こうという気は解らなくもない。

前までのわたしがしていたことだって、この人達と変わらない。

 

「(馬鹿みたい)」

 

あの人達だって血のにじむような努力をして人の前に立っていた。

それを才能だのインチキだのと罵声を浴びせて観客に引きずり降ろして、

挙句の果てには同情の念を見せて「わたしは味方です」だなんて見せかける。

 

今までのわたしも、誰もが愚かに見えてきた。

 

「……参ってるなー。わたし」

 

授業を適当に聞き流してやってきたお昼休み。

ドロドロした感情を自覚していたからこそ、あんまり人には会いたくなかった。

 

「あっ、文ちゃん一緒にご飯食べよ!」

 

そんな気持ちも知らず元気で明るい声をかけられる。

みのりちゃんだ。その後ろにはこはねちゃんももいる。

 

「ごめん、実は別の子と食べる約束してて。じゃあね」

「あっ……」

 

適当な嘘をついてその場を離れる。

勘の良い人ならすぐに気付けそうなくらいありきたりだったけど、

お互いをそんなに知らない人だから踏み入って聞いてくることもない。

もしかしたら追いかけてくるかもと思ったけど、一方的に終わらせた会話のお蔭かそれはなかった。

 

上手く撒くことができたわたしは、食堂の片隅に空いていた1人用の席に座りお弁当を広げる。

今日は天気もいいから学食を食べに来ない限りは訪れない場所。

気にかけてくれることは嬉しかったけど、良い人だからこそ心配をかけたくない。

それが友達ならなおさらだった。

 

──自分のこと良く知らない相手だから相談できるって人、文にもいるんじゃないかな。

 

「そんな人、いるわけないよ」

 

相談できる時点でわたしの事情に踏み入らなきゃいけない。

それでもなお手を差し伸べようとする人なんて──

 

「あれ、文ちゃん? 今日は1人?」

「あっ……穂波先輩」

 

ふと声をかけられて顔を上げればそこには1人の先輩が立っていた。

望月穂波先輩。わたしが空腹で倒れてたときにパンをくれた恩人さん。

弁当箱を持ってるけど周りには誰もいない。あの時は3人と一緒だったのに。

 

「えっと、はい。穂波先輩も1人ですか?」

「うん。クラスの友達と食べる予定だったんだけど、先生から呼ばれてたみたいで……

 もしよかったら隣、座ってもいいかな?」

「ど、どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

 

断る理由もなかったけど、本当は断っておくべきだっただろうか。

この人こそ一番余計な心配をしてしまう人な気がする。

お互いの距離感も解らないのに、どうしてものかと考える。

 

「………」

「………」

 

黙々とお弁当を食べるだけの2人。

穂波先輩はこちらの様子が気になるのか、どことなくソワソワしている。

 

「えっと……良かったらお茶、入れてこよっか?」

「大丈夫です。先輩にいれてもらうなんて後輩失格です。それならわたしが」

「あっ、ううん! わたしも大丈夫だから」

「そうですか」

 

会話はそこで終わり再びお弁当へと視線を戻す。一度助けてもらったのに酷い返事だ。

それに穂波先輩もなんとかして会話を始めようとしているのに終わらせてしまう。

心に余裕がないとはいってもあまりに塩対応が過ぎた。

 

「あの、あの時はありがとうございました。見ず知らずのわたしを助けてくれて」

「あの時は……わたしが勝手にやったことだから、気にしないで」

「じゃあ、わたしはこれで」

 

まだ食べかけのお弁当を片付け、その場を後にしようとした。

 

「あっ、待って」

 

消えそうなくらい小さな声だった。それでもわたしの足を止めるには充分すぎる。

心のどこかで聞いてほしいと願っている、そんなわたしを。

そんなわたしを見て彼女は意を決したように目を見て話し始めた。

 

「もし、悩んでることがあるなら、聞かせてほしいかな。もしそれで楽になれるなら……」

 

この前会った時のわたしを重ね違和感を覚えたんだと思う。

でもそれを相手に伝えるのは、難しいことだ。勇気のいることだ。

 

やっぱりこの人は優しすぎる。優しいからこそ背負い込んでしまう。

一度ならず二度までも差し伸べられた手は、温かいに決まっていた。

 

「……どうして、そこまでするんですか?」

「えっ」

「わたしのこと、何も知らなくて。つい最近知り合ったばっかりなのに」

 

しかしわたしは悪い言い訳ばかりを口にする。差し伸べられた手を振り払おうと努力する。

 

「わたしがお姉ちゃんの妹だから、じゃないですか?」

 

首を突っ込めば格好の見世物になったわたしの火の粉を浴びることになる。

これ以上誰かを巻き込みたくない。引き離す為の言葉を自分の中から引っ張り出した。

ここまで言えば、わたしを酷い人間だと思って見捨ててくれる。

もしくは返す言葉もなく止まってくれるだろう。

 

「鶴音さんのことは関係ないよ。わたしは、文ちゃんの事が心配だったから。

 だから、よかったら話してくれないかな」

 

でも、その人は優しい笑顔で手を差し伸べた。

 

「……穂波先輩は優しすぎますよ」

 

その手を取って席に戻る。頬には一筋の涙が流れていた。



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第18話「その少女、未熟につき」

結局わたしはあったこと全部を話してしまう。お昼休みも半分以上使ってしまった。

 

「わたしは、どうしたらいいと思います?」

「そうだね……」

 

聞いている間はずっと目を合わせて聞いてくれていた穂波先輩だけど、

流石に難しい内容とだけあって思わず目を閉じ真剣に悩んでいた。

 

「これが正解、っていうのは分からないけど……自分のやりたいことをやる、かな」

「自分のやりたいこと?」

「うん。文ちゃんにもきっとあるよ。わたしも見つけられたから」

「うーん……」

 

すっごく素敵な答えなんだけど、最後の一押しが足りない気がする。

でもお話を聞いてくれただけでも心が随分と軽くなった。

 

「穂波先輩、ありがとうございました。まだわからないことはありますけど……

 何とかなる気がしてきました!」

「良かった。……ふふ」

「? なにか面白いこといいましたか?」

「ううん、いつもの文ちゃんに戻ってよかったな、って」

「あっ……」

 

自分の声量もトーンも上がっていることに言われてから気付く。

心なしかうまく笑えてるような気もする。

 

「えっと、このお礼は絶対、絶対します!

 でもわたし忘れちゃうかもしれませんけど、覚えてもらえてたら、絶対にお返しします!」

「気持ちだけで十分だよ。やりたいこと、見つかるといいね」

「はい! ……でもその前に~、いただきます!」

 

再びお弁当の蓋を開ける。半分以上残っているけど今のわたしなら余裕で完食できる!

時間があんまりないからと傾けながらかきこむ。

よく噛まずに飲み込むものだから当然のど奥で急ブレーキがかかった。

 

「んぐぅっ!?」

「ふ、文ちゃん!? これ、お茶!」

 

差し出されたコップの中身を流し込む。

ちょっと前にも同じようなことがあった気がするけど、

その日も今日も心地よかったことには変わりない。

 

 

 

その後は無事お弁当を完食できてお昼休みはおしまい。

授業も久々に真面目にうけて、終わりのホームルーム。

 

「明日で体験入学は終わりです。短い期間でしたが皆さんは充実した学園生活を送れましたか?」

 

そんな先生の問いかけに周りの人達は各々の声を上げる。

 

「そうだった人もそうでもない人もいるでしょうが、明日には試験があります。

 結果によって入試が有利になる、という事はありませんが、皆さん頑張ってくださいね」

 

その言葉で締めとなり、日直さんが合図をする。

クラスメイトの人達は翌日に控えたテストでもちきりになっていて、

早く帰って勉強するとか、さぼろうかな、みたいなことを言ってる人もいる。

 

そんな人達をしり目にわたしは教室を出てゆっくり廊下を歩く。

他の人の視線はあるけれど朝より気にならなかった。これも穂波先輩のお蔭だろう。

 

「自分のやりたいこと、か」

 

今までなら友達と遊びに行ったり、ミクちゃんの曲を聴いたり、愛莉さんの動画を見たり、

とりあえず自分の暇が潰れるならそれでよかった。

自分のことを考えないように頑張ってきただけあって、

いざ自分がやりたいことと言われても難しい話だった。

 

そのあたりはこれからゆっくり探していけばいいかなと思っていると、スマホが鳴り響く。

何事かと思ってトイレの個室に駆け込み、確認すればみのりちゃんからだった。

 

「えっと、もしもし?」

『あっ! 文ちゃん、良かった繋がった~。あのね、実は見せたいものがあって!

 屋上で待ってるから、絶対来てね!』

 

それだけ言い残して通話は切れてしまう。まだ行くって言ってないのに……

きっとみのりちゃんのことだからわたしを励ますために何か考えてくれてるんだろう。

 

これが朝の気分のままだったら、そのまま帰っていたかもしれない。

もしかして穂波先輩がみのりちゃんにお願いして……って思ったけどそもそも繋がりあるっけ?

それとも志歩先輩があの時のお礼にってお願いして……それもないと思う。

 

「まあ、考えても仕方ないよね」

 

そう言い残してわたしは足取り軽くトイレを出る。向かう先は勿論屋上。

 

 

 

屋上に上がれば1人でみのりちゃんが待っていた。

キリっとした表情で何か決意を固めている様子で、いつにもまして真剣さが伝わってくる。

しかし彼女が着ていた1枚のシャツによってすべてが台無しになっていた。

 

水色の半袖シャツにはデフォルメされた大きなラッコがプリントされ、

『どこか行きたい』と小さく文字が書かれている。

 

お姉ちゃんが休日に来ている服のセンスと似たり寄ったりで、

自分の友達もこんな調子なのかと思わず目を逸らしたくなった。

 

「わたしの方がどこか行きたい……」

「あ、待って待って!? どこ行くの文ちゃん!」

「ちょっと近くのセレクトショップで自分の美的センス見つめ直してくる……」

 

これ以上お姉ちゃんみたいなセンスの人が増えたら、

自分のセンスの方が怪しいんじゃないかって思えてくる。

 

しばらくの間屋上ではどこかに行きたいわたしと

どこにも行ってほしくないみのりちゃんの引っ張り合いが続くのだった。



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第19話「その少女、乱舞につき」

「みのりちゃん……今度わたしのおすすめのお店教えてあげるから……」

「文ちゃんこそ……わたしのおすすめのTシャツもってきてあげるから……」

 

己のプライドを駆けた壮絶な戦い(?)はようやく終わりを告げ、

何故か肩で息をするくらいまで気力を使い果たしていた。

今回は引き分けという事でお互いに笑い合う。

 

「あははは、みのりちゃんはほんと、元気だよね……」

「ううん、そんなことないよ。

 わたしが元気なのはわたしに"明日を頑張る希望"をくれた人がいたから」

「明日を頑張る希望……?」

「うん。『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれない』って!」

 

すごく前向きな言葉だ。その言葉を送った人が誰かはわからないけど、

それはみのりちゃんにとっての太陽となって心の中を照らしている。

例え道が見えなくなってもその光を目印に進めるくらい、明るくて素敵な希望。

 

「だからわたしもそんなアイドルになれたらって頑張って。

 まだまだだけど、でも、友達が暗い顔をしてるなら、ちょっとでも明るくしてあげたい!」

 

再び真剣な表情に戻るみのりちゃん。その大きな瞳にはわたしの顔が写っていた。

軽いステップと共に少し距離を開けて、スマホの音楽を再生する。

それはわたしがここで初めて聞いた音楽。

 

そのダンスはあの日よりもずっと上達していて、それなのに楽しさや初々しさは変わらない。

フルコーラスでもずっと表情は崩れない。わたしとみのりちゃんの2人きりのライブ。

いつしかわたしは今を忘れて歌を口ずさんでいた。

 

やっぱり、好きなものはいくつあってもいい。

それがかつて愛していたものであっても、今から愛することになるものでも。

 

そんな中で沸き立つ情熱を胸の内に滾らせながら、必死にみのりちゃんを応援した。

 

 

 

肩で息をするみのりちゃん。流石にフルコーラス分も踊れば息も上がる。

それも歌いながらともなればそれは並みの運動量じゃない。

 

「どう、だった?」

「とっても素敵だった! 本物のアイドルって感じで……すっごく元気をもらえたよ!」

 

アイドルとしての技術はまだまだだって言う事は、みのりちゃんだって解っている。

それでも、初心者のわたしだってわかるくらいの凄い希望に満ち溢れていた。

 

その言葉を受け取ってくれた彼女は満足げに笑う。

みのりちゃんのこの健気さで元気づけた人達の数をわたしは知らない。

でも絶対にこれを失っちゃいけないんだということは分かった。

 

「みのりちゃんの言葉、遥さんがASRUNの時に言ってたんだね」

「そうなの! それで遥ちゃんに憧れて、

 わたしも希望をあげられるアイドルになれたらって思ったんだ!」

「みのりちゃんなら絶対なれるよ! わたし、みのりちゃんのファンになってもいいかな?」

「うん! 文ちゃんなら大歓迎だよ!」

「ありがとー!」

 

そういってわたしはみのりちゃんに飛びつく。

と言ってもダンスで疲れているから優しく抱きしめる程度で。

 

大好きを伝える為に、もっとみのりちゃんのそばにいてあげたいって思った。

そしてなにより友達に、新しい憧れの存在に、お礼がしたかった。

 

そのおかげか──今は踊りたくて仕方がない。

明るい曲だとか、アイドルが目の前で踊っているからとか、そんなのは関係ない。

自分の空白を埋めるために踊らされていたわたしだけど、今は違う。

わたしが、わたしの意思で踊りたいって思っている。

 

「ねえみのりちゃん。もしよかったらわたしのダンスも見ていかない?」

「……! うん、見たい!」

 

ここでやめたんじゃ、なんて無粋なことを聞く人じゃないことに心から感謝しつつ、

自分のスマホからある曲を引っ張り出す。

 

「いくつもある好きを灯したい! 鶴音文、行きます!」

 

滾る気持ちに火をつけてわたしの大好きな曲を再生する。

マジカルミライ2018のテーマ曲。わたしの中のミクちゃんとの初めまして。

 

ライブではそんなに動きが激しくない曲だけど、今から踊るのは自己流。

他の模倣なんて言われてもそんなの関係ない。今のわたしの気持ちを表現する為に全力を尽くす。

 

わたしの胸にある光で誰を照らせるかは分からない。

でもどこかで誰かが見つけてくれて、その人の好きになれたのなら。それはとっても素敵な事。

アイドルみたいにキラキラした希望じゃなくていい。

自分の中の光を見つけられる灯火になれたらそれでいい。

情熱を燃やす火種になれたらそれでいい。

 

──だからわたしは、わたしの道を行く!

 

曲が終わると同時にその場に倒れ込んだ。夕日が空を黄金に染めている。

そんな空ににてわたしの心も輝いていた。

 

「もしまた動画上げることになったら、その時はライバルになるかもね」

「……えっ!?」

 

そんなわたしの発言に言葉を失っているみのりちゃん。

それもそのはず。最近彼女が知っているわたしの姿は、泣いていた時のわたし。

それが数日と経たずにお礼にと自分のやりたいことをやって見せた上に、

ライバル発言まで下となれば当然の反応だった。

 

「もしかしてわたし、とんでもないことしちゃった……?」

「そうだよ? よろしくね、みのりちゃん!」

 

実際の所は穂波先輩の相談のお蔭もあったりするけど、

やりたいことを見つけ出してくれたのはみのりちゃんに他ならない。

 

「後輩がファン1号でライバル!? え、えっとこれって喜んでいいのかな、それともダメ?」

「ダメに決まってんでしょ!」

 

ドアを蹴破らんと屋上に上がってきたのは愛莉さん。

そのままの勢いでみのりちゃんが説教を受けていた。

 

「心配になって見に来たんだけど、大丈夫みたいね」

「その代わりにとんでもないライバルが出てきちゃったみたいだけど」

 

そんな言葉と一緒にわたしの隣に立ったのは雫さんと遥さん。

遠目にみのりちゃんのことを眺めているのを見ると、

ほんのちょっとだけこのユニットの秘密が解った気がする。

 

この人達みたいに一緒に歩く道もあったかもしれない。でもわたしの目指す場所は別にある。

だとしても、友達として少しでもそばに居られるように。わたしは決心を新たにするのだった。




グリーンライツ・セレナーデ/Omoi

次回、宮女編、最終回


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第20話「その少女、親友につき」

──踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら?──


「それでは、始めてください」

 

問題用紙と解答用紙が配られて、先生の合図で皆がペンを取る。

問題自体は今まで学校で習ってきた範囲と変わらない。お姉ちゃんにも教えてもらった。

今まで思い悩んでいて手付かずだったことも、穂波先輩のお蔭で集中できる。

そしてなにより、みのりちゃんのお蔭で頑張ろうって思えたから。

今のわたしの全力をこの試験にもぶつけよう。それで少しでも未来に届けば、嬉しいな。

 

 

 

「うわあああん! お姉ちゃーーん!!」

 

家に帰ってお姉ちゃんに飛びつく。少し困った顔をしていたけどお構いなしだ。

 

「それで、試験の結果はどうだったの?」

「0点だったー!!」

 

カバンから返してもらったテストを見せる。

それには全部チェックが付いていて不正解であることを表していた。

 

「ほんとに0点だ……。何かの間違いじゃないよね」

「先生に何回も確認したよー! でも毎回「解答用紙をよく見ましょう」って言うんだよー!」

 

他の子にはちゃんと指摘しているのに、わたしだけ何が間違っているのか教えてくれない。

こうなったらお役所勤めの叔父さんに電話して貰って……!

 

「あ、なるほどね。文、ここを見て」

 

何かに気付いたお姉ちゃんが優しく引きはがしながら椅子に座らせた。

指していたのは答案用紙の左上。文字が1つ入るくらいの小さい空白だった。

 

「あっ」

 

その空白こそが0点の理由。

高校ともなれば答え合わせを楽にするために全て記号か、マークシートで行うことが多い。

これも前者のパターンでぱっと見ではどこにどの内容の答えがあるかは確認しづらい。

つまりこれは『回答欄のズレ』ってこと。

 

「ちゃんと見直しした?」

「制限時間ギリギリだったからしてない……」

「途中でなんだか違うなってならなかった?」

「解答欄全部バラバラだし、最後のは枠忘れたのかなって外に書いてた……

 で、でもでもこれってもしかしてズレてなかったら100点満点だったり!」

「じゃあ、私が代わりに答え合わせするからちょっと待ってて」

 

そういって問題用紙も受け取ったお姉ちゃんが素早く丸付けしてくれる。

その間にわたしは私服に着替えておいた。

 

「解答欄がズレてなかったら、84点、ってところかな」

 

現実はそんなに甘いわけではなかった。

それでも良くて平均点ぎりぎり、悪くて赤点ぎりぎりのわたしからすれば凄くいい点だった。

 

「お疲れ様。よく頑張ったね」

「えへへ。ありがとー」

「でも、0点なのは変わりないからね。入試の時はこんなミス絶対ないように」

「はーい」

 

また優しく頭を撫でてくれるお姉ちゃんだったけど、ほんのり怒った感じで釘を刺してきた。

まあ、当然って言えば当然だよね。

 

「じゃあお姉ちゃん、ちょっと行ってくるね」

「行ってくるってどこに?」

「友達のところ! 晩御飯までには帰るから!」

 

そう言い残して家を飛び出した。

 

 

 

待ち合わせ場所には既に1人の女の子が白い犬を連れて待ってくれていた。

あの時のシャツのまんまだったけど、今はそれも気にならない。

 

「みのりちゃんお待たせー! 待った?」

「ううん、わたしも今来たところだから大丈夫」

「よかった。サモちゃんも久しぶりー!」

 

靴の辺りの匂いを嗅いだ後、嬉しそうにスリスリと寄ってくる。

それを優しく撫でてなだめてから2人で歩き出した。

 

「一時はどうなることかと思ったけど、やっぱり元気になってくれて嬉しいな」

「あはは、ライバルって言うのは冗談半分だけど。

 まだやりたいことが見つかっただけで、夢もなんにもないから」

 

それに比べたらずっとみのりちゃんの方が凄いけど、

夢とか想いとかそういうのってどっちが上とか下とか、そういうのはない気がする。

だからわたしなりの歩き方で見つけていけばいい。

 

「文ちゃんならきっと見つかるよ! わたしもいっぱい応援するね」

「ありがとう。それならもっとすごいダンスでお返しするから、覚悟しててね」

「ひええ! そ、そこはちょっとお手柔らかに……」

「何言ってるの。友達だからこそ手加減無しなんだから!」

 

1人で駆けだせばそれにつられてサモちゃんも追いかけてくる。

そうなればリールで繋がれたみのりちゃんも引っ張られるわけで。

しばらくランニングのペースで散歩をして、

お互いの息が上がったところで適当なところでベンチに腰掛けた。

 

「なんだか文ちゃん、愛莉ちゃんみたいだね……」

「うん。わたしの憧れの人なんだ」

「えっ!? そうだったんだ……」

「うん。QTの時は知らないけど、昔見たバラエティー番組でよく見てたんだ。

 あ、これ愛莉さんには秘密だよ!」

「うん。でも文ちゃんもそうだったんだね。わたし達もしかして似た者同士かも」

「ちょっとわかるかも。初めて会った時他人の気がしなかったし!」

 

この公園で出会った時のことを思い出す。あっという間に仲良くなって名前も教えてもらった。

1年上の先輩なのに全然気取った感じもなくって、今もこうやって一緒に話している。

 

ふとわたしの膝にサモちゃんが顎を乗せてきた。遊んでほしいんだろう。

 

「ふふ、サモちゃんとも仲良しだもんね。ほーらサモちゃーん? おもちゃだよー」

 

ボールをチラつかせるみのりちゃんに興味を向けたところで遠くに投げられる。

リールを外されたサモちゃんはそのふわふわした毛並みをなびかせて駆けて行った。

 

「体験入学は終わっちゃったけど、またこうして会えるよね」

「うん! それに文ちゃんも宮女希望、なんだよね。頑張ってね!」

「ありがとうみのりちゃん」

 

今はまだ年も違うし学校も違うけど、いつかまた出会えるように。

そして憧れの人にちゃんと伝える為にも、今をわたしらしく生きていこう。

胸の中に滾る灯火は消えることを知らなかった。




ご無沙汰しております。毎度のことながらkasyopaでございます。

今回は宮女編、といいつつもオリ主の妹『鶴音文』のお話をお送りしました。

そして例によって次回からは宮女編サイドストーリーとなります。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。

P.S. 活動報告にて、鶴音文の設定を公開しました。
   ご興味ある方はご覧ください。


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宮女編 サイドストーリー
アニマルフレンドシップ 前編


1人の少女が街中を歩く。その足取りは軽くその手には紙袋が下げられていた。

 

「~~♪」

 

彼女の名前は鶴音文。今日は動画で稼いだお金で自分用の服を買い求めている最中であった。

 

「やっぱり若者の街って感じだよねー。

 地元の方じゃ全然手に入らなかったトレンドもすぐ手に入るし」

 

元々鶴音姉妹は叔父と叔母に預かられた関係でこの付近の出身ではない。

その為トレンドを追おうとしても品数の少ない地方では到底追いつくことが出来なかった。

今では街を歩くことにも慣れ雑誌の立ち読みなどで仕入れた情報を元に、

様々なお店をはしごするまでになっていた。

 

「とりあえずお姉ちゃんの服も買えたし、

 ミクちゃんのライブ動画も見たいからもうそろそろ帰……あれ?」

 

ふと路地裏で丸まっている黒い影を見つけ思わず駆け寄る。

そこには一匹の黒猫がビル風に震えて身を縮めていた。

 

「猫さんだ! でも寒そうにしてる……」

 

この辺りで野良猫というのも珍しい話ではあったが、

安直に移動させては環境の変化や他の野良猫との縄張りの関係もあり、

そう簡単に干渉していい問題ではなかった。

 

特に餌をあげるのはもってのほかであり、そのあたりは文も重々に理解していた。

迷っているうちに猫は文の存在に気付いたのかじっと眺めた後、そっと頭を摺り寄せてくる。

 

「あうう、寂しいよね、寒いよね……でもごめんね。うちペットダメなんだー」

 

叔父と叔母の仕事の関係上面倒は見てやれない。自分達も学生として出来ることは限らている。

お金に余裕がある家庭とは言え、時間に余裕のない家庭でもあった。

しかし文自身もこんな場所で見つけてしまったからには、放っておけないのも事実。

 

「うーん……そうだ!」

 

何かを思いついた文は猫を抱きかかえ走り出した。

 

 

 

人目を誤魔化してなんとかたどり着いたのは自宅。

晩御飯の支度をしている叔母に気付かれないように急いで自室へと駆け込み、紙袋を置いた。

 

「ふー、もういいよー猫ちゃん」

 

服が入っていたはずの1つの紙袋が自然と倒れ、中から先ほどの黒猫が顔を出す。

しかし見慣れぬ空間であるからか不安がって尻尾が変な方向へと向いており、

見つけた時と同じように縮こまってしまった。

 

「怖いよね。でも大丈夫だよー。お水持ってくるね」

 

そういって扉を開けた先、笑顔で佇む1人の女性が居た。

 

「文ちゃん、帰ってきた時はちゃんと挨拶くらいはしたらどう? それにその猫、どうしたの?」

「お、叔母さん……」

 

当然文の後ろにいる猫の存在にも気付いている。

しかしその背後からは般若のお面が見えるかの様な怒気を発していた。

 

「お願い叔母さん! ちょっとの間! ちょっとの間だけだから!」

 

謝るならば先手必勝と言わんばかりにその場で勢いよく土下座してなんとか許しを請う。

漫才やアニメの如く見事なものであったが、それに動じるほど甘くはなかった。

 

「文ちゃんのお願いだから聞いてあげたいんだけど、流石にペットはね」

「里親探すのはダメ!? ほら、叔父さんの勤め先に張り出してもらうとか!」

「うーん、それくらいならいいけど、もし見つからなかったらどうするの?」

「ね、ネットで募集する……」

「……はあ、とりあえずあの人にもちゃんと言うのよ。

 それでだめだったら元の所にもどしてくる。いい?」

「……分かった」

 

普段は優しいが家庭内で決められたルールというものは存在している。

ダメなことはダメという叔父と叔母であったため我儘に育つことこそなかったが、

それでも堪えてしまうものはあるのだった。

 

 

 

叔父が帰ってきてからの交渉の末、半月ほどなら面倒を見ていいとのこととなった。

それに気分を良くした文は近くのコンビニで餌を買ってきて与えている。

 

「お腹空いてたよねー。ごめんねドタバタしちゃって」

 

ペースト状になった餌を無我夢中で舐めとる仕草は見ててほっこりするものの、

その必死さからそれまでの過酷さが見て取れた。

 

餌の時間が終わってからは少しでもいい所に貰われるためにと、

ブラッシングなどで毛並みを整えていく。

その際もしかして迷子の猫かもと首輪を確認してみたものの、そんなことはなかった。

 

ただ動物に懐かれやすい体質であることは自負していても、扱いに慣れているわけではない。

ネットの海から得た情報を元に簡単に出来ることは全てやるつもりだった。

しかし、問題が1つ浮上する。

 

「お風呂、どうしようかな……」

 

流石に屋外にいた猫であるため、衛生面でも猫の健康面でも気にかかる汚れ。

今は大人しくしているが豹変してしまう場合もあり得る。

だといって入れないわけにもいかなかった。

 

「文、お風呂空いたよ」

「あ、お姉ちゃんありがとー。うーん」

「どうしたのそんな思い悩んで。もしかしてこの子のこと?」

 

言葉がノックの後、扉の外から声をかけてくる。

しかし思い悩んでいる彼女にとってそれはあまり関係のないことだった。

 

「うん。お風呂に入れてあげたいんだけど、やっぱり嫌がるかなって」

「それならホットタオルでどうかな。別に濡らすわけじゃないし嫌がることはないと思うよ」

「お姉ちゃんナイスアイディア!」

 

その後、無事外見を洗い終えた文はお風呂を済ませて自分のベッドにもぐりこむ。

 

「あとは里親探しかな。よーし、頑張るぞー!」

 

気合を入れる中で、もぞもぞと動く小さな影。

猫が新たなぬくもりを求めて同じくもぐりこんできたようだ。

 

「喉に悪いかもだけど、暖房付けっぱなしで寝ようっと。この子の為だもんね」

 

短い間とはいえ新たな家族であることに変わりはない。

ほんのりとそのぬくもりを感じながら、文は眠りに落ちるのだった。



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アニマルフレンドシップ 後編

文の元に猫がやってきて1週間が経過しようとしていた。

里親募集の張り紙を自作し区役所に掲載してもらっているも未だに希望者は現れず、

自分のアカウントで募集をかけてみるも鳴かず飛ばずであった。

 

むしろ猫の方が文達の生活に慣れてしまい、特に文に対しては完全に心を許しているようで。

 

「ただいまー」

 

帰ってきた挨拶をすればすり寄ってくることは日常茶飯事で。

時折待ちきれない様子でドアに爪を立ててしまうこともあるほどだった。

もちろんその修理費は文のお小遣いから天引きされている。

 

部屋の隅で毛布にくるまっていたところ、

その声に気付いた途端に起きだし喉を鳴らして近付いてくる。

なんとも愛くるしい仕草ではあるが、それでも残された時間が延びることはない。

 

「誰か引き取ってくれる親切な人はいないかにゃー」

 

今では日課になった猫用のじゃらすおもちゃでまったり遊ぶ。

最近は猫用のおもちゃや餌で文の財布事情も苦しくなっていた。

かといって今更見捨てるわけにもいかない為、

早く里親になってくれる人物が現れるのを待つしかない。

 

愛着が無いと言えばウソになる。それでも現実はそう甘くはない。

文からしても叔父と叔母には頭が上がらないのは当然のことであった。

 

「ただいま」

「あ、お姉ちゃんおかえりー」

 

帰ってきた姉に対し、前足を持って招き猫のポーズで歓迎する文。

それに気付いた言葉も思わず笑みをこぼした。

 

「まだ里親、見つからないんだよね」

「そうなのー。お姉ちゃんの方もダメだった?」

「そうだね。友達も親が病院勤めだから無理だって」

「うーん、どうしよう」

 

言葉の方もよく話しかけてくれる友人に尋ねてみたものの空振りだったらしい。

不安で手が止まったことに違和感を覚えたのか、ねだるように頭を擦り付けてきていた。

慌てて再開すればまた心地よさで喉を鳴らしている。

 

「こんなに可愛いのにねー。動物でも猫は動物園じゃ預かってくれないし」

「動物園……もしかしたら」

 

何か思いついたのかスマホを取り出して軽く調べる言葉。

名案を期待して猫を抱えたまま近付いていく。

 

「あった。行き場のない猫を保護して猫カフェにしてるところ」

「猫カフェ?」

「うん。前に情報番組でそういうお店があるって見たから。

 そこならもしかしたら引き取ってくれるかも」

「そ、そこの住所教えて! わたし連れて行ってくる!」

「落ち着いて。今から行っても開いてないよ。

 むしろこの人達だって里親募集してるから、預かって貰えるって決まったわけじゃないし」

「うー、そんなに簡単に行かないかー」

 

ひとまず当てずっぽうに募集をかけるよりかはいい。

文は一縷の期待を胸に再びそばに寄り添っていた猫の頭を撫でた。

 

 

 

ひとまず休日に都合を合わせ、最寄りの猫カフェへと向かってみたところ……

 

「あら、鶴音さんの所の。事情は先生から伺ってるわ。入って入って」

 

オーナーの女性にそう言われて通されたのは店の中。

開店直後の為か客はまだいないものの、既に数匹の猫達が各所に散っていた。

 

「えっと、先生って?」

「先生は先生よ。あなた達の叔母さん、といった方がいいかしら?」

 

自分達の叔母が料理教室の先生を勤めていることは承知していたが、

その生徒である人物が猫カフェを経営していたことは当然知らない。

なにより叔母が知らぬうちに手を回していたことも初耳であった。

 

「えっと、猫カフェで料理、ですか?」

「あら、食べ物のメニューがあっても何も珍しいことじゃないわよ?

 それに、出来れば猫ちゃん達にも手作りで育ってほしいじゃない」

「随分こだわっているんですね」

「もちろん。この子達だって立派な家族ですもの」

 

里親を募集しているとはいえ、今の飼い主は彼女である。

そのあたり妥協できない性格なのだろう。

 

「話を戻すけど、その子が預かってほしい猫ちゃん?」

「はい。大人しい子なので、新しい所だとびっくりしちゃうかも……」

 

動物用のケースを開けて出ることを促せばゆっくりと姿を現す。

しかし見慣れない光景に驚いたのか文の方へ近寄り丸まってしまった。

 

「あら可愛い子。随分と懐いてるのね」

「はい。わたし動物とは仲良くなるの得意なんです。でも、このままじゃいけないなって」

 

心細いのは分かっていた。見知らぬところに行くことは怖かった。

それでも守ってくれる人の元でなければ生きてはいけない。

かつての自分のように甘えるだけではいけないのだという事は、当の昔に気付いている。

 

「だから、この子をどうかお願いします」

 

心からのお願いで頭を下げる。いつものお茶らけた雰囲気はどこにもなかった。

 

「はい。責任をもって預からせてもらいます。

 そういえば文ちゃん、その子の名前を付けてあげないの?」

「えっ、でも今はオーナーさんの猫だし……」

「何言ってるの、元々の家族はあなたでしょ。子供には責任もって名付けなきゃ」

 

里親になる人物の為に名前を付けないようにしていたのだが、仮にも一度は迎え入れた身。

少しだけ考えて、文は口を開く。

 

「なら、オニキスで」

 

その黒い毛並みから名付けられたことを知ってか知らぬか、

オニキスは上機嫌に、ニャオと一鳴きするのであった。

 

 

 

それからしばらく経った後のこと。文が夕食後リビングでのんびりテレビを見ている時。

あるバラエティー番組で芸能人が街巡りをしているものだった。

生放送ではないのだが、近所を紹介するとのことで言葉も隣で眺めている。

 

『そういえばこの辺りで話題のカフェがあるみたいですよー』

『あ! 知ってます! なんでも猫ちゃんがお出迎えしてくれるとか……』

『よくご存じですね! こちらになります!』

 

リポーターの合図でカメラが向けられた先にあったのは、文が訪ねたカフェであった。

カメラは店内へと移りオーナーが出迎える。

 

「あ、あの猫って文が面倒見てた子じゃない?」

 

レジの横では小さなクッションの上に1匹の黒猫が鎮座しており、

来客の存在に気付て器用に前足を片方だけ動かしていた。

その動きこそ、姉が帰宅した際に毎度の如く文がやっていた動きそのものである。

 

「うんそうだよー。お姉ちゃんと勘違いしてるのかもね」

 

テレビで取り上げられるまでになれば、オニキスの里親が見つかるのも時間の問題だろう。

 

「愛莉さんも続けてたら紹介してくれたりしたのかも……」

 

そんな淡い期待を抱いてしまう。

しかし愛莉は猫好きであるが猫アレルギーということを、文はまだ知る由もない。



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能ある鷹は爪を隠さず 前編

それは文と言葉が地元の商店街へおつかいに訪れた時であった。

 

「あ、お姉ちゃん、福引やってるよー!」

 

商店街の入り口に人だかりが出来ている。

何事かと思い文が何度もジャンプして確認したところ、福引をやっているようだった。

買い物を終えた人々が抽選券を片手に自分の番は今か今かと待ちわびている。

 

耳をすませばガラガラと抽選機を回す特有の音と、時折ハンドベルが鳴り響いていた。

 

「とりあえず買い物が先だね。福引はもらえたらやろっか」

「2人だからいっぱいもらえたりしないかな?」

「それはないと思うな」

 

そんな会話を交えつつ人が混みあわない内にに最短で買い物を済ませる言葉と、

自分の財布と相談しながら関係ないものを詰め込んでいく文。

 

様々な店を回っても、実際にもらえた抽選券は2つだけであった。

 

「何円ごとにお買い上げーって感じじゃなかったね。残念」

「でもまあ、2人で来たから2回チャンスがあるし、いいんじゃないかな」

 

文の中では買い物よりも福引の方が本命になっていたらしく、

どうにかしてもらえないか画策していたらしい。

しかしズルはいけないのでダメと分かると大人しく引き下がっていた。

 

福引会場では先ほどより落ち着きを見せていたが、それでも並ぶ必要はある。

その間に2人は景品の確認をしていた。

 

「1等は赤色で、温泉旅行だって!」

「へえ、叔父さんと叔母さんの日頃のお礼にいいかも」

 

恩返しができるとなると普段は乗り気ではない言葉も少しだけやる気に満ちる。

順番が回ってきてまずは言葉から。数回回して出てきたのは白玉だった。

 

「こちら箱ティッシュになりますー」

「ありがとうございます。まあ、早々当たらないよね」

「じゃあ次わたしがやるー!」

 

そういって文は抽選機が壊れない程度に素早く回転させる。

すると黄色の玉が飛び出してきた。

 

「大当たりー!」

「あ! お姉ちゃん当たったよ!!」

「本当だ……それで、黄色は何だった?」

 

受付の人がベルを鳴らして盛り上げる。1等ばかりに気を取られてしまうのはよくあること。

2人が景品の内容を調べるよりも先に差し出されたのは──

 

「こちら、2等のフェニックスワンダーランドのペアチケットになります!」

 

割と近所にあるテーマパークのチケットだった。

 

 

 

家に帰った文は手に握られた2枚のチケットを見つめていた。

 

期限に余裕はあるものの、いざ行こうとなると早い方がいいと今週末に予定を定め、

その為の相手を探していたのだが……。

 

まずは姉を誘ってみたものの、最近遊びに行ったからという理由で断られてしまった。

それほど最近、というわけではないが新鮮味が失われた今では、

たとえ妹と一緒であってもそこまで魅力を感じないとのこと。

 

「クリスマス近くだから、恋人と行くには絶好だったかもね」

 

あいにく2人とも色恋沙汰とは無縁であった。

フェニランのテレビCMでも大きなツリーが映し出されていたり、

クリスマスショーの予定が組まれていたりと、なかなかに心躍る内容ではあるのだが。

 

自分の中学校の友人達を誘うかと思ったものの、

本来その日は皆でショッピングやカフェを巡る約束をしていた為、

結果としては文が断った形になる。

 

そんな状況でさらに1人友人を引き抜いてフェニランに行くのは流石に気が引ける。

 

既に連絡先を知っている2人の先輩を誘ってみたものの鳴かず飛ばずであった。

咲希は当然幼馴染の4人別の予定があり、

みのりはみのりでMORE MORE JUMP!の面々でスタジオレッスンがあるそうで。

 

いっそのこと叔父か叔母を誘って行こうか、というところでスマホが震える。

それはみのりからであった。

 

『文ちゃん、フェニラン行く人決まった?』

『ううん、まだー。もしかして一緒に行けるとか?』

『あ、わたしじゃないんだけど、わたしの友達でよかったら……

 文ちゃんも知ってる子だから大丈夫だと思うけど、どうかな?』

『本当!? お願いしまーす!』

 

自分も知っている人物なら大丈夫だろうとその案に飛びつく。

結局のところ誰か名前を聞かないまま、お互いにその日の夜は更けていくのであった。

 

 

 

待ち合わせ日当日。

フェニックスワンダーランドでは冬季の長期休暇の影響か学生の姿がよく見られた。

 

「そういえば連絡先って教えてあげてなかった」

 

と言ってもみのりは既にレッスンが開始しているからか返事はなかった。

一度こういうことがあったな、とみのりと屋上で再会した時のことを思い出す。

 

しかしこうも人が多いとお互い見知っていたとしても人込みに紛れてしまう。

何か目立つこと、とはいっても他の人に迷惑をかけても悪い。声を上げるなんてもってのほかだ。

 

そこで文は入場口で流れる曲に合わせて軽いステップを踏んで軽いパフォーマンスをする。

曲が変われば雰囲気を変える。体力には自信があるため気にすることもない。

姉のように人が集まることはないが、同じように待ち合わせをしている者達の目は引いた。

 

あまり人前でパフォーマンスをしたことのない文であったが、

これはこれで悪くないと思い始めた時のこと。

 

「あの、えっと……もしかして文ちゃん?」

 

ベージュのおさげを2つ下げた少女が声をかけてくる。

大人しめなその雰囲気を文は記憶していた。

 

「あ、こはねちゃん! ご無沙汰してまーす!」

 

お互いにうさぎの案件でそれきりになっていた2人は、

みのりという共通の友人をもって再び巡り合ったのであった。



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能ある鷹は爪を隠さず 後編

文は早速チケットをこはねに渡してゲートをくぐる。

いつにも増してお客さんで賑わっていてこれもクリスマスシーズンの影響だろう。

 

「わー、前に来た時と全然違うー!」

 

こちらに出てきて初めて行ったときに比べれば目新しいものばかりで、

思わずテンションが上がってしまう。

 

「もしかして文ちゃん、フェニランに来るのは久しぶりだったり?」

「うん。中学上がりたてくらいの時だったかな。叔父さんと叔母さんが連れて行ってくれたの」

「数年振りなんだね。もしよかったら私よく来てるし、案内しようか?」

「はい! お願いします!」

 

こはねの案内の元フェニランを回る。

田舎出身の文からすれば2時間や3時間待ちと表記を見るだけでもうんざりしてしまうのだが、

そのあたりを完璧に熟知しているこはねからすれば見慣れた光景。

無論それを考慮に入れて練りに練った巡回コースのお蔭で、

大して待つことなくアトラクションを楽しむことが出来た。

 

「凄いねこはねちゃん、このコース自分で考えたの?」

「うん。お父さんとよくここに来てて、中学の時は年間パス買ってもらって毎日来てたんだ」

「ひええ、それじゃあフェニランマニア……ううん、フェニランマスターだよ!」

「フェ、フェニランマスターって、そんなことないよ」

「そんなことある! そこまで好きになれることって凄いんだよ!」

 

文にとってのミクがそう説いたように、そこまで好きを貫き通せる事は凄いと力説する。

それを語る為に思わず手を取って説得する瞳が、こはねを説得した相棒にどことなく似ていた。

フェニランマスターと言う呼び方もまた、彼女の友人に言われた二つ名と同じだった。

 

「あっ、あっ、ごめんねびっくりしたよね」

「だ、大丈夫。それよりもうすぐお昼だからどこかに入らないと混みあうかも……」

「なら早く行かなきゃかもだね。こはねちゃんのおすすめってある?」

「それならこの近くにあるから、そこでよかったら」

 

時刻としてはまだお昼時とは言えないものの、ここはテーマパーク。

そんな時間にお昼を取ろうものならどこでもいっぱいなのは目に見えている。

 

ここでもこはねのオススメが炸裂し、他のお客よりも先に昼食を摂ることにした。

 

 

 

「おいしかったー! こはねちゃんありがとう!」

 

そういって文は店から出た後、近くの売店で売っていたチュロスを頬張る。

 

「どういたしまして。でも……あんなに食べて大丈夫だった?」

「平気平気ー。お財布的には大丈夫じゃないけど」

 

そもそもよく食べることに加え出てくるもの全てが美味だった為、

いつもの調子であれもこれもと頼んでいた。

しかしテーマパークの価格設定ということをすっかり忘れており、

店を出る頃には財布は薄くなっていた。

それでもデザートにチュロスを食べている辺り全くこりていないのだろう。

 

こはねとしてはお腹の調子の方で心配していたのだが、その面に関しては全く問題ない様子だった。

 

「ねえ次はどれに行く? ジェットコースター? それとも観覧車?」

 

お昼時と言うこともあり大体のお客はレストランに流れる。

そのうちに人気のアトラクションに行くものだと考えていたのだが。

 

「もうすぐワンダーステージってところでショーが始まるから、そこに行きたいな」

「ショーって、特撮とかのショー?」

「ううん、ミュージカルショーだよ。ワンダーステージ以外にもステージはあるんだけど、

 私が一番好きなのがワンダーステージのショーなの」

「フェニランマスターこはねちゃんが言うなら間違いないね! 行こっか!」

「だ、だからフェニランマスターは恥ずかしいからやめてほしい、かな……」

 

それでもまんざらではないのか頬を染めつつ後を追う。

 

ステージの入り口には目玉ともいえる巨大なツリーが様々な装飾に飾られており、

その先では今まさにショーが始まるかというところであった。

 

お昼時ということもあり座れないほどではないため、

出来るだけ前の席を確保した2人は開演前の説明に滑り込む。

 

紫髪で高身長の青年が注意事項を述べた後、ブザーと共に幕が開いた。

 

 

 

ミュージカルも終盤。

降雪機の雪とステージのライトに彩られ1人の少女が清らかに歌い上げる。

その光景に2人は思わず息をのんだ。

 

「(あの人、すっごく歌上手い……なんていうか、よくわからないけど、凄い……)」

 

引き込まれる理由は技量だけではないと心のどこかで解っていたものの、その答えが見つからない。

その答えが見つかるよりも前に歌は終わってしまい、もう1人の主演である青年が飛び出してきた。

 

『それじゃあ、また次のクリスマスに会おう! メリークリスマス!』

『うん! メリークリスマス!』

 

少しばかり救われたその少女の笑顔と共に舞台は幕を閉じた。

いつの間にか満員になっていた客席では拍手が巻き起こる。

2人もまたその例にもれず拍手を送っていた。

 

「ミュージカルなんて初めてだったけど、こんなにいいものなんだね!

 わたしファンになりそう!」

「うん! それにこの台本も演出も、全部さっき出てきてた人達が全部作ってるんだよ」

「さっきの人達って、高校生くらいだよね。すご~い………」

 

自分達とあまり年も違わぬ人達が演じる劇に心を打たれた文は、

改めて世界が広いのだという事を知るのだった。

 

 

 

日が傾き始めた頃。2人は観覧車に揺られながら外の景色を眺めていた。

 

「こはねちゃんのお蔭でフェニランのことがもっと好きになれました。ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」

 

わざとらしくお辞儀をする文に対して笑みをこぼすこはね。

感謝の気持ちは本物だったが全てのことに素直な文は見ていて飽きないのだろう。

 

「あの、もしよかったら記念に連絡先とかもらえたりは……」

「うん。私なんかでよかったら」

「ありがとー! これからも友達だね!」

「わわわっ!? あんまり暴れたら危ないよ!」

 

思わず飛びつこうとしたところでゴンドラが揺れ、それを軽い身のこなしでいなした。

その光景にふとこはねの脳裏に入り口で踊っていたことを思い出す。

 

「そういえば文ちゃんってダンスやってるんだよね?」

「あ、うん。少し前に辞めちゃったけど、またいつか再開したいなって思ってるんだ」

 

そういってスマホから最近撮影した自分の動画を見せる。

そこには到底人間業とは思えないような荒業を繰り出しながらも、

曲に合わせて踊っている文の姿があった。

 

「す、凄い! これってホントに文ちゃんが踊ってるの!?」

「えへへ。皆最初はそういうんだよね。もし機会があったら見せてあげる」

「あ、ごめん……でも、歌ったりはしないんだね」

「あー、それは歌うとボロボロになっちゃうからなんだよね。舌噛んじゃうかもしれないし」

 

動画で鳴っているのはあくまで原曲の音源で文の歌声ではない。

実際踊り手であっても歌っている者は少ないのは事実であった。

ましてやバク転なども組み合わせている以上、口を開けばそれこそ危険が伴う。

それこそ動きが少なくなれば歌うことも叶うだろうが、それは文の望むところではない。

 

「こはねちゃんももしかして踊ったりしてるの?」

「踊るっていうか、私は歌う方かな。もちろんちょっと踊ったりはするけど」

「ほんと!? 動画あったりしない?」

「サイトには上げてないかな……。もしよかったらまた今度、聞きに来る?」

「はい、ぜひ行かせてもらいます!」

 

意外な共通点をまたしても見つけた2人は再び笑い合う。

こうして長くも短い一日は終わりを告げるのであった。



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たくさんの「好き」と共に 前編

文が宮女での生活にも慣れ始めた頃。

ここ最近で5~6人の在校生と巡り合えたことから、

お昼は基本的にクラスメイトではなく先輩と摂ることの方が多かった。

 

「一歌センパーイ、一緒にお昼食べましょー!」

「鶴音ちゃん……うん、いいよ」

 

少しばかり委員会の仕事があった一歌を見つけ、

同じく校舎探索を手早く済ませた文が声をかけたのだった。

 

そして今は購買に寄ってから中庭へ来ている。

文も一歌も、昼食はあの日と変わらず大盛のお弁当と焼きそばパンだった。

 

「一歌先輩と初めて2人きりでのお昼、ちょっと楽しみにしてました!」

「? 私より、咲希と一緒の方が話しやすくない?」

「確かに咲希先輩は反応もコロコロ変わりますし面白いですけど、

 一歌先輩としかお話できないこともあるので」

「あっ、もしかしてミクのこと?」

「その通りです!」

 

まるでクイズの出題者のようにもったいぶる彼女だが、正解が出るや嬉しそうにほほ笑んだ。

そんな様子は一歌にとっても彼女の事を思い出させるには充分すぎる。

 

そして何より2人には『初音ミク』という共通の話題があった。

実際の所は一歌の影響もあり、Leo/needの面々はその手の話に慣れているのだが、

それを知らない文はどうしても他の人を相手にした際遠慮してしまう。

 

だからこそ、この機会を待ち望んでいたのは他でもない。

 

「と言ってもこの間で好きな曲とか、きっかけとか大体話したと思うんだけど……」

「そうなんですよね。なので今回は楽曲の解釈、みたいなお話がいいかなーって」

「例えばどんな曲の話?」

「ほら、すっごく早い楽曲ばっかりのシリーズあるじゃないですか」

 

そういって自分のスマホからそのアルバムの楽曲一覧を見せる。

それは一歌も持っている有名な物であった。

 

「あ、このアルバム有名だよね。私も持ってる」

「よかった! それで、バーチャルシンガーイメージソングってミクちゃん視点じゃないですか」

 

あくまでこれは一例に過ぎない。

単曲であればいくらでも存在するイメージソングは、

バーチャルシンガーが広まり始めた初期の楽曲に多く見られる。

 

その内容は一貫して『バーチャルシンガーはソフトウェアながら自分の意思で歌っている』

と解釈される場合が多い。

無論それだけでイメージソングになりえる要素ではないが、人気が出やすいきらいがあった。

 

「まだまだ人工知能とかが発達してないのでミクちゃんとかも、

 自由に自分の意思でしゃべったりしないじゃないですか。

 でももし自分の意思を持ってたら、いろんな楽曲を聞いてどう思うのかなーって」

 

『私の歌ってた曲? へえ、聴いてみたいな』

『ふふ。聴いてみたいんだよね、君達の演奏』

 

その言葉でふと一歌は教室のセカイで出会ったミクのことを思い出す。

あの時の演奏は今と比べても酷い物であったが、

なによりミクが自分の曲に興味を持ってくれていた。

 

──簡単だよ。きっと、音で会話すれば、

  わかりあえるんじゃないかなって思ったから。  

 

というのが考えによるものだったのだが、それを一歌は知らなかった。

 

そして、本当の想いを見つけ『Untitled』がウタになった時も。

 

『よかったら……私も一緒に歌っていい?』

 

彼女はその時を待っていたと言わんばかりに申し出てきた。

 

「きっとミク達も、聞いてみたいし、歌ってみたいと思ってるよ」

 

だから、その想いを代弁するように口を開く。

セカイのことを口にすることが出来なくても、一縷の希望は抱いてほしかった。

それはお互いに好きを共有する者だったから猶更である。

 

「なんていうか、不思議ですね」

「? 不思議って?」

「一歌先輩、まるで本当にミクちゃんに会った風に言うんですもん」

 

そんな優しい笑みで語る一歌を見て、満面の笑みで応える文。

心を読んだかのような指摘に少しばかりヒヤリとするも、

勢いよくお弁当をかき込む様子からそんなことはないと自分を納得させた。

 

「鶴音ちゃんは、ミクに会ってみたいって思う?」

 

その光景に和んだ影響か挑発的な質問をしてしまう。

返答次第でセカイに連れていくという話ではない。

 

「うーん、難しい質問ですね」

「えっと、そんなに難しいかな……」

 

YesかNoの簡単な質問であるはずなのだが、質問された本人は箸を止め唸りながら考え始めた。

流石にそこまで思い悩むと思っていなかった一歌は内心焦りを見せる。

しばらくその状態が続き、文はひねり出すように口を開いた。

 

「会ってみたいけど、そのミクちゃんが理想通りかは分からないから怖い、かな」

 

文からすれば空想の域を出ない初音ミクという存在の人格。

自分の人生で、望む結果を得られないまま理想に敗れた文だからこそ、

例え理想の中にあっても現実という非情さが付きまとってしまう。

 

一縷の希望を見出すのではなく、一縷の不安に気を取られてしまう。

何とかそれらを振り払って来たもののやはり裏切られるのは怖かった。

それが何より自分の心の支えとなっている『初音ミク』だからこその答えであった。

 

少しばかり憂いを見せる少女の顔に、一歌は何も言えないまま時間は過ぎていく。

そしてその少女の不安が別の形で牙をむくのもまた、時間の問題であった。



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たくさんの「好き」と共に 後編

「それでは、文ちゃん体験入学お疲れ様でしたという事で!」

「「「かんぱーい!」」」

 

体験入学が終わり何事もなく冬休みを謳歌していた文であったが、

今は打ち上げパーティと称してファミレスに来ていた。

 

「というわけで、本日の主役である鶴音文ちゃんから一言お願いします!」

「えーっと先輩の皆さん、わたしの為にこんな華やかな会を催していただき……

 難しいのは無し!! 皆さんありがとうございまーす!」

 

流石に声を張り上げ過ぎては周りのお客さんに迷惑になるということで、

テンションは高いものの声は落ち着かせていた。

主役の文以外にも、主催の咲希、友人のみのり、2人の付き添いとして一歌と遥の姿もあった。

ただし遥は変装の関係で伊達眼鏡をかけている。

 

「お姉ちゃんも来れたらよかったんだけど、今日バイトなんだって。

 みのりちゃんと遥さん紹介したかったのに」

「あの時一緒にいた人だよね? すごく落ち着いてて優しそうな人だったなー」

「うん、わたしの自慢のお姉ちゃんなんだー。ただ怒ると怖いんだよー?」

 

脅かす為に目の端を指で釣り上げて鬼の顔の表現をするも、

実際に言葉に会ったことのある2人ですら起こった様子は想像できなかった。

 

「鶴音さんって、どういう時に怒ったりするの?」

「うーん、唐揚げにレモン勝手にかけたりしたらかな」

「えっ!? 唐揚げレモンで怒るの!?」

「うん。この前間違えちゃったんだけど、1日口利いてくれなかったの」

「なんていうか、不思議な人なんだね……」

 

相当沸点が低いのかそれともそれだけは譲れないのかは分からない。

その光景が見当もつかないのか、遥ですら少しばかり引いてしまう。

そんな会話に花を咲かせていれば、店員が注文した料理を持ってきた。

テーブルに料理が並べられていくが……

 

「カルボナーラ大盛のお客様」

「あ、わたしでーす」

「ハンバーグステーキのお客様」

「あ、それもわたしです」

「ミックスピザのお客様」

「それもわたしですー」

「「「「………」」」」

 

1人1~2品、それも主食と付け合わせが一般的な所、

文の回りには主食並みのメニューが次々置かれていく。

注文の際その品数には驚かされてはいたが、こうして物となって出てくると威圧感が凄かった。

食前の挨拶と共に各自が箸を進めていくものの、唯一知らない遥が疑問を口にした。

 

「鶴音さん、それ、本当に1人で食べられる?」

「お気遣いなく! 遥さんこそサラダだけですけどお腹空きませんか?」

「私はそこまで気にしてないかな。それに今は食事制限中だから」

「すっごーい……わたしが食事制限なんかしたら倒れちゃうかも……」

 

以前お昼を抜かざるを得ない状況に陥った文は、文字通り放課後にはダウンしていた。

ある意味燃費が悪いのかもしれない。

 

「それだけの量よく食べられるよね……わたしだったら見てるだけで胸やけしちゃいそー……」

「趣味でダンスをしてるって聞いたけど、正直それだけじゃ消費追いつかないよね……」

「もしかして、秘密のダイエット法があるとか!?」

 

各々が思い思いのことを口にするも、当の本人は食べるペースを落とさなかった。

最後の咲希の言葉を質問と捉え手を止めた。

 

「ダイエットはしてないですねー。ただダンスの為にトレーニングしたり、

 出来る限り歩いたりとかはしてます」

「食べたら食べた分運動してるんだね」

「はい。むしろ動くために食べるのと、何より食べることは大好きですので!」

 

量こそ尋常ではないものの、幸せそうに食べるその様子は周囲を和ませる。

そんな中で誰よりも早く完食した文はデザートを追加注文していた。

 

「ふと思ったんですけど、わたし遥さんと一緒にご飯してることになるんですよね」

「そうだけど……もしかして、イメージと違った?」

「いえいえ。やっぱり遥さんも普通の女の子なんだなーって。

 わたしも動画投稿してたから、人の印象とかに左右されるのは苦手で」

「あ、そっか……文ちゃんも動画投稿してたんだよね……」

「あっ、あっ、でもでも終わったことだからそんなに気にしないで!

 ほらほら、デザートも来ましたから!」

 

その一連の騒動を知っている2人は黙ってしまう。

それはみのり達にとって無縁ではない話でもあった。

重い空気を瞬時に感じ取ったところで振り払うように声を張り上げ、

店員の持ってきたデザートを受け取る。

一歌と咲希は一切知らぬものの、2人の反応から踏み入ることはしなかった。

 

「むしろこちらこそごめんなさい。わたし達のクラスの子が押し掛けちゃって……」

「あれはなんていうか、仕方ないことだったから」

「それに文ちゃん全然関係ないよ!」

「でもあの時は凄かったよね。空港で待ってるファンみたいで!」

「ただ、教室から出られなくてその日は教室で食べたよね」

「ううー、一歌先輩や咲希先輩にもご迷惑をおかけして……」

 

体験入学初日の昼休みでは大半の生徒が教室になだれ込み、

教師陣が来るまで出入りすら難しい状態であった。

結果として遥達は屋上に行けずみのりだけが屋上で練習することになり、

文と出会えたわけなのだが。

 

「まあこれも済んだことだし、お互い様ってことでどうかな」

「そうですね!」

 

そんな堂々巡りの反省会など誰も得をしない。遥の鶴の一声によって再び食事が再開する。

元とはいえ国民的アイドルだった少女を気にもせず、自分のペースを貫き通す少女。

その理由が垣間見えたことで、遥の心はまた少しだけ軽くなる。

 

せっかくの機会にと咲希の提案で記念撮影をして、打ち上げは幕を閉じるのであった。

 




※長文注意

ご無沙汰しております。kasyopaです。
今回も例のごとく、
『☆1~☆3における鶴音文のサイドストーリー』
という想定で前後編を2つずつ、計6話執筆させて頂きました。

おさらいにはなりますが、☆1はメイン前、☆2はメイン後、
☆3前編はメイン途中、☆3後編はメイン後の話になります。

本編のシナリオを読んでいただくと解るのですが、
結構サイドであった出来事がエリア会話やイベントで出てくるんですよね。
といっても小ネタ程度ですが。

また、UA5000記念話アンケートへのご参加ありがとうございます。
達成したのを確認し次第アンケートは終了し、
なるべく早くに執筆させていただきます。
(その日の本編とは別に投稿、キャラによっては挿入箇所が変わります)
もしも同票の場合は、ダイスロールなどして1人に絞らせていただきます。
あらかじめご了承ください。

さて、長くなりましたが次回予告をば。
次回からはちょっとしたシャッフルイベントです。
その後で、1ヶ月ほど前にアンケートで投票して頂いた、
ユニット絡みのシナリオをお出しします。

次回「感謝の気持ちをプレゼント・フォー・ユー」
季節外れのバレンタインイベントになります! お楽しみに!


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健やかな成長を祈って 前編

桃の節句、ひな祭り特別回です。

時系列的には
「Color of Myself!」後、
「響くトワイライトパレード」前になります。


3月3日、桃の節句。その日に執り行われる行事と言えば雛祭りである。

 

雛人形を飾り、ちらし寿司や雛あられに舌鼓を打ちながら、

女の子の健やかな成長や幸せを祈る伝統行事なのだが……

 

それを過ぎたある休日。

 

「第一回! Leo/need二人羽織選手権ー!!」

「いえーい!」

 

赤髪の少女──鶴音文が音頭を取り、咲希が歓声を上げる。

日野森宅の一室にて、何やらおかしなことが始まろうとしていた。

 

 

 

ことの始まりは、Leo/needの面々が週末に雛祭りパーティーの準備をしている時だった。

場所は和風な造りである志歩の家がいいとされ、応接間を借りていた。

 

「そういえばお雛様が着てるこの服の名前ってなんだっけ」

 

ひな祭りではかかせない雛人形を飾りながら、ふと一歌が呟く。

 

「たしか十二……そこまでは覚えてるんだけど……」

「はーい! アタシ解っちゃった! 答えは十二色相環!」

「それ色だから。正解は十二単」

 

いざ問われるとその答えが出ないもので、悩む穂波に咲希が盛大に間違える。

それをすっぱり切り捨てながら志歩が軌道修正に努めた。

 

「おおー、さすがはしほちゃん、お母さんがお琴やってるだけあってよく知ってるね!」

「それはあんまり関係ないと思うけど」

「でも確か、ものすごく重いんだよね。小さい頃は憧れてたけど、今はいいかな」

 

小さい頃の憧れも、成長と共に様々な知識を得て、現実と向き合うこととなる。

総重量、約20kgといわれる十二単を今さら着たいとは思えない一歌であった。

 

「……すごく重いからこんなにスタイルいいのかな」

「穂波?」

「あっ! ううん、なんでもないよ!?」

「スタイルもなにも、これだけ重ね着してたら解らないでしょ」

「そ、そうだよね! それだけ重いと誰か入っているって言ってもおかしくないもんね!」

 

どうやら以前咲希に言われたことを引きずっているようだ。

志歩のフォローで現実に帰ってこられた穂波。

混乱しているようで何を言っているかは自分でもわからなかった。

 

「誰か入って……そうだ!」

「咲希、どうかした?」

「いいこと思い付いちゃった~」

 

そんな中、その発言から着想を得た咲希がここにはいない友人に連絡を飛ばす。

気になりはしたものの、とりあえず今は準備をと3人は作業を再開した。

 

 

 

そして、今に至る。

 

「文ちゃんもありがとー、ごめんね急に呼び出しちゃって」

「いえいえ、暇してましたし、それに先輩方のお願いなら火の中水の中です!」

 

小道具の用意と動画撮影役として文が召喚され、一歌と穂波の前には雛あられが置かれていた。

 

因みに初手は一歌が咲希に食べさせてもらい、

穂波が志歩に食べさせてもらう形となった。

 

「いや、あの流れで二人羽織はないでしょ」

「だってテレビで見たときから1回くらいやってみたかったんだもーん!」

 

当然それは入院中の話であったが、

何せ咲希の『学校に行けるようになったらやりたい100のことノート』である。

内容には同時期に入院していたご老人の知識やバラエティの知識がも多少は混じっていた。

 

「それにそれに、これでうまく食べられたら、バンドとしての結束力も上がると思うし!」

「志歩、ここまで来たらもうやるしかないよ」

「一歌まで……わかった。やるからには真剣にやるからね」

「そうだね。リズム隊としても頑張らないと」

「では行きますよー、用意、スタート!」

 

文の合図によって、戦いの火蓋がきっておとされた。

 

「うーん、雛あられはどこだー?」

「………」

「さて始まりました! どちらが無事に完食できるか、楽しみです!」

 

右往左往する2人の手のひらがシュールであり、一歌と穂波は笑みをこぼす。

 

「ほら穂波、笑ってないで指示して」

「う、うん。右手がもうちょっと前、そのまま内側に」

「よし、つまんだ。このまま上に持っていって……」

「もう少し上……あともうちょっと……はむ」

「っ!?」

 

顎の下辺りまで来た雛あられを上手に首と口を使って絡めとる。

しかし突然の感触に志歩は勢いよく手を離してしまった。

 

「ほ、穂波! 食べるときはちゃんと合図して!」

「ご、ごめん! 食べやすい位置にあったからつい……」

 

背中から抗議の声を飛ばす彼女に対し謝罪する穂波。

 

「おおー、熱々ですなー」

「ほら咲希も、早く食べさせてくれないと負けちゃうよ」

「はーい。まかせて!」

 

こちらも負けじと咲希は気合いをいれて皿ごと持ち上げる。

そのまま勢いよく天に掲げた。

 

「いくよいっちゃん、受け止めてね!」

「えっ、ちょっと待っ──」

 

一歌の制止の声もいざ知らず、空から勢いよく雛あられの雨が降り注いだ。

必死に口を開けて受け止めようとするも、大半が机に散ってしまった。

 

「あはは、ほとんど溢れちゃったね。ならもう一回!」

「さ、咲希、私達も2人みたいにちょっとずつで」

「それだと負けちゃうよ! ほらほらいっちゃん、食べて!」

 

机の上をかき集めて掴んだそれを一歌の前に差し出す。

さながら溢れるのを防止するために添えられた手だが、今は完全に皿の役目を果たしていた。

 

「ん……まず、1個」

「あはは、くすぐったいよー」

 

それを舐めとることはせず、1つ1つ息と共に吸い付ける。

時おりその唇が咲希の手に触れ、笑い声をあげた。

 

一方で志歩と穂波は順調に1つずつ丁寧に摘まんでは口元へを繰り返していた。

 

そんなこんなで食べ進めていき、先に食べ終えたのは……

 

「勝者、穂波先輩&志歩先輩チーム!」

「ふふ、ありがとう志歩ちゃん」

「まあ、当然でしょ」

 

どうやら一歌と咲希は初手で派手に散らした為残りを探すのに手間取り、

その隙に穂波と志歩が完食したらしい。

 

「でも文、なんで途中から実況止めたの」

「それは──4人の思い出を邪魔したくないなって。

 あと、見てるだけでも面白かったですし!」

 

気を利かせてのことだったらしい。

しかしその本心を隠せるほど大人ではないらしい。

 

「(この辺りはお姉さんに似てるかも)」

 

いつか聞いた言葉の選曲を思い出しながら、志歩はそんなことを思うのだった。

 



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健やかな成長を祈って 後編

「とりあえず、二人羽織は一旦終わりにして、ちらし寿司食べるよ。

 折角穂波が作ってきてくれたんだから」

「はーい。うー、今度は絶対勝とうね、いっちゃん」

「はいはい。今度は咲希が食べる番だからね」

 

無事勝利で終われたリズム隊ではあるが、

これ以上続ければ本題である雛祭りに入ることができない。

志歩は一旦仕切り直しの意味を込めて穂波を立てた。

 

「あ、でも文ちゃんの分、分けてないから……」

「その点はご心配なく! 叔母さんにつくって貰ったので!」

 

本来4人で食べる予定だったちらし寿司。弁当箱も4つしかない。

しかしそれも予想済みらしく自分の弁当箱を取り出した。

 

「でも、お茶用の湯飲みがないでしょ。私持ってくるから待ってて」

 

そう言って志歩が部屋を出ようとした時、障子越しに1人の影が写る。

 

「しぃちゃん、お茶を持ってきたんだけど……」

「お、お姉ちゃん!? ちょっと待って!」

 

志歩の願いもむなしく、開かれた障子の先にいたのは雫。

志歩の姉であり、今はMORE MORE JUMP!のメンバーだ。

 

「あら、あなたは確かみのりちゃんの……」

「あ、改めまして。鶴音文って言います。お久しぶりです! 雫さん!」

 

お互いに知るもの同士、しばらく見つめあった後笑みを交わす。

 

「あれ、お姉ちゃん、知ってたの?」

「ええ。体験入学の時にちょっとお話ししたの。でもそう。しぃちゃんともお友達だったなんて」

「いや、友達っていうか、後輩。まあ、ちょっとお世話にはなったけど」

 

ふと手のひらを見つめ、あの時撫でたうさぎの感触を思い出している。

自分では気づかないが顔が緩んでおり、雫はそれを見逃さなかった。

 

「ねえ文ちゃん、もし良かったら後で話さない?」

「えっ、わたし、ですか?」

「ええ。もちろん無理に、とは言わないわ」

「むしろ是非お願いします!」

「それじゃあ、また後で」

 

湯飲みを志歩に渡して去っていく。

彼女の発するアイドルオーラがいつのまにか3人だけの空間を作り上げていたらしく、

一歌・咲希・穂波はそれに見とれていた。

 

「と、とりあえずちらし寿司食べよっか」

「そうだね! ほらしほちゃん、ボーッとしてないで座って!」

「お茶が冷めちゃっても悪いし、ね?」

「あ、うん……そうする」

 

普段とは違う雫の様子に志歩は戸惑いつつも、4人の元へと戻るのだった。

 

 

 

日も暮れ始める頃、それぞれのメンバーが帰路につく。

ただ、用があるという文は志歩の案内の元、日野森宅の廊下を歩いていた。

 

「ねえ、1つだけいい?」

「はい、なんですか?」

「お姉ちゃんとどこで知り合ったの? 体験入学の時って言ってたけど」

「そうですねー、体験入学の時にちょっとお話したくらい、ですね」

「……え、それだけ?」

「はい。それだけですよ」

 

志歩が新しい友達を連れてきたとなれば、

まず真っ先にやって来て志歩のいいところを雨霰と言いふらすのが彼女である。

しかしそれがない。それどころか会話がしたいとまで誘った。

誘われた本人はその意味すら気づいていないだろう。

 

「(まあ、考えても仕方ないか)」

 

判断材料が少なすぎると割りきったところで雫の部屋が見えてくる。

 

「お姉ちゃん、連れてきたよ」

「ありがとうしぃちゃん。文ちゃん、どうぞ」

「はい、お邪魔しまーす!」

 

志歩は後片付けのためにその場を離れ、文は障子を開けて部屋に入る。

 

小さな机の側にはお座敷用の椅子がおいてあり、雫が腰かけていた。

服装はずいぶんと軽い物でトレーニング用を思わせる。

それでも彼女から溢れ出るオーラは一切曇っていない。

 

「ごめんなさい、急にお話したいだなんて。びっくりしたでしょう?」

「確かにビックリしましたけど、それ以上に嬉しかったです!

 みのりちゃんから志歩先輩のお姉さんだーって聞いたときは、その、意外でした」

 

持ち前のテンションの高さで乗り切ろうとするも、

真面目な雰囲気から気まずくなり、初手で本音を晒してしまう文。

 

「ふふ、友達にもよく言われるの。しぃちゃんの方が随分しっかりしてるって」

「あ、それってもしかして愛莉さんですか?」

「正解」

 

雫の軽いジョークのお陰か空気が軽くなる。

そのせいか、文は直近の話題を思い出し口にした。

 

「この前の生配信、見ました! みんなすっごく楽しそうで、生き生きしてて」

「ありがとう。でも、ごめんなさい。私のせいであんなことになってしまって」

 

それは雫がイメージと違う、とコメントで指摘の嵐を受けていた時のこと。

今はそれを乗り越え、本当の自分を見てほしい一心で努力をしている。

 

「雫さんのせいじゃないですよ。わたしも、ちょっと違いますけど似たようなものですし」

「文ちゃんは、あれからなにかやってるの?」

「いいえ、まだ模索中です。でもダンスの練習は欠かしてませんよ!」

「文ちゃんならきっと見つかるわ。それこそ、アイドルにだって」

「そうなったら完全にライバルじゃないですかー」

「ふふ、それもそうね」

 

冗談じみた返答に頬を膨らませる文。やがてお互いに笑ってしまう。

今雫の前にいる少女は、諦めてしまった少女。

みのりのお陰で前に進む勇気はもらったものの、今何をしているかは知らかった。

 

「でもみんな見る目ないですよね! もっと遥さんがみたいとか、誰? とかー!」

 

しかし文は、みのりが映った際に赤の他人のように接するコメントに対してご立腹だった。

 

「確かにみのりちゃん皆さんに比べたらダンスも歌もイマイチだけど、

 そんなの始めたばっかりなら当たり前じゃないですか。

 それなのに応援の一言もしないなんて──」

「──ねえ文ちゃん、文ちゃんにとってのみのりちゃんは、どんな存在?」

 

文句たらたらに言いたい放題な文を遮るように、雫は言葉を切り出した。

顔は先程までのおっとりしたものではなく、真剣そのもの。

それを知ってか知らぬか、文は即答した。

 

「最高のアイドルで、友達です!」

 

その言葉にすべての意味が詰まっている。

夢や希望をくれた存在ではなく、ファンとして友として、彼女を見ていた。

それを聞き届けた雫は、感謝と共に頭を下げる。

 

「ありがとう。これからもみのりちゃんのファンであってくれると嬉しいわ」

 

「アイドルはお客さんに、ファンに認めてもらってはじめてアイドルになれるから。

 だからどうか、みのりちゃんを見てあげて欲しいの。

 他でもない、ファンであるあなたに」

 

それは同じ仲間としての心からの願いであった。

そうさせたのも、アイドルオーラの無さを気にしてみのりが街に繰り出していった事が大きい。

 

作られた偶像に縛られてきた雫にとって、熱心なファンほど反対の声が大きいことを知っている。

それでも認めてくれる人がいたからこそ、前に進むことができた。

自分だけでは進めなかった道だ。

 

「(だからいつか、みのりちゃんがそうなってしまった時のためにも、

  アイドルとして認めてくれる誰かが──)」

「うーん、うーん」

 

必死になっているからか、そのうなり声に気づけないでいた。

顔をあげると、目をつむり腕を組んで悩んでいる文の姿があった。

 

「ふ、文ちゃん、どうしたの?」

「やっぱり考えても解んないや。だから思ったことを言いますね」

 

声をかけたことで、やっぱりだめだと諦める彼女。

少しばかり困り顔で口を開いた。

 

「みのりちゃんと知り合ったのは、公園でお姉ちゃんといる時で、

 その後動画でアイドルやってるって気付いたんです。

 でもそれでアイドルだから応援しなきゃって思った訳じゃなくて、

 あの屋上で、アイドルとしてのみのりちゃんと出会ったんです」

 

雫さえも知らない2人の過去が触れられつつも、淡々と言葉を述べていく。

 

「わたしとみのりちゃんの初めましては、そこからなんです。

 だから、ファンが認めてはじめてアイドルになるんじゃなくて──」

 

「アイドルがファンを見つけてくれた時、はじめてアイドルになれるし、ファンになれるんだと思います」

 

「わたしはMORE MORE JUMP!の、みのりちゃんの事が大好きなんです。

 なんたって、みのりちゃんがわたしを見つけてくれたんですから!」

 

満面の笑みで微笑む文は、雫の瞳を捉えて離さない。

彼女が言う、好きという言葉の真意が顔を覗かせる。

その言葉で、雫の中にあったつかえが取れた気がした。

 

「ありがとう文ちゃん。その言葉、みのりちゃんにも届けてあげてね」

「はい、もちろん! 雫さんも応援してますからね!」

 

共通の友によって前に進む事が出来た少女達は、こうして約束を交わすのであった。



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バレンタイン編「感謝の気持ちをプレゼント・フォー・ユー」
第1話「甘い香りに誘われて」


全8話構成、三人称視点になります。

バレンタインボイス実装前の執筆となるため、
内容を反映しておりません。ご注意ください。


ありふれた日曜日。鶴音姉妹はいつものように街中で休日を謳歌していた。

内容としてはショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しんでいるだけで、

これといって欲しい物があるわけではない。

 

「うーん、本屋さんも行ったし、CDも見て回ったし、服屋さんはまた今度でいいし……」

「行きたいところは大体行った感じ?」

「うん。でもまだもうちょっとなにかありそうかなーって」

「それならどこかカフェにでも入る? 流石に歩き疲れちゃったかな」

「あっ、ごめんねお姉ちゃん。それなら……あ、あそこの喫茶店限定スイーツだって!」

 

様々な飲食店が軒を連ねる通りで、文が1つの立て看板に興味を示す。

そこには『バレンタイン限定!』と銘打たれたスイーツの写真が張り出されていた。

折角だしと2人は店の中へ。店員はテーブル席へと通しお冷とおしぼりを置いて去っていく。

真っ先にメニューを手に取ったのは文であった。

 

「限定メニュー、やっぱりチョコレート系が多いね」

「もうすぐバレンタインだからね」

 

時期としてはまだ節分にもなっていないのだが、

年々加速する商戦の影響か、我先にと季節感を先取りしている店舗が多かった。

店内を見渡せばその季節特有の赤いリボンで装飾されている。

 

「ねえお姉ちゃん、せっかくだし食べさせあいっこしよ?」

「いいよ、どれ頼む?」

「じゃあじゃあ、このロールケーキとガトーショコラで!」

「なら私はザッハトルテで」

 

それぞれの注文が決まったところで店員を呼び、

先のメニューに加え紅茶とミルクティーを注文する。

 

「ザッハトルテかー。あれこの前食べたけどすっごく苦かったんだよねー……」

「文は苦いの苦手だもんね。私はそれが好きなんだけど」

「お菓子食べてるのに苦いのってなんか違わない?」

「そんなこというと、私の分あげないよ?」

「あー、それはダメー。苦くても我慢して食べるからちょうだーい」

「はいはい」

 

文は食べ物に関して嫌いなものは無いのだが、唯一例外的に苦い物は苦手であった。

といってもビターチョコレートやコーヒーといった、嗜好品に属する食べ物限定である。

ピーマンなど料理での苦みは気にならない。

 

程なくしてお互いの飲み物とスイーツが行きわたり、舌鼓を打つ。

自分が口を付けるよりも前に姉の皿へと自分のスイーツを分けていく。

 

「お姉ちゃん、そっちのどう? 苦くない?」

「ちょっと苦いかな。カカオ80%くらい?」

「解んないよー。あーん」

 

まるで親鳥に餌をねだる雛のように口を開けて待つ文に対して、

周囲を気にしつつも少量だけ掬って口の中へ。

 

「もぐもぐ……んんっ!?」

 

数回口を動かしたと思えばカップに入っていたミルクティーを口の中に流し込み、

果てには角砂糖を1つ口の中に放り込んだ。

どうやら文にとっては十分すぎるほど苦かったらしい。

 

「ごめんね。文にはちょっと苦すぎたかな」

「うー、お姉ちゃんの嘘つき!」

 

涙目になりつつ抗議するも、一度差し出したそれを取り上げる事はしなかった。

そのあたりはしっかりわきまえているのだろう。

 

そんなこんなで2人の時間はこの後も何事もなく続いていく。

 

 

 

「「ただいまー」!」

「あら、おかえりなさい」

 

家に帰った2人を出迎えるのはいつものように叔母である。

しかし家の中では独特の甘い香りが漂っていた。

 

「叔母さん、何作ってるの?」

「これ? そうね。出来てからのお楽しみかしら」

 

見ればキッチンにある2台のオーブンがフル稼働しており、香りはそこから発せられていた。

形状と香りからおのずと予想がつくものの、とりあえず手洗いうがいが優先事項である。

 

事を済ませて戻れば食卓の上には様々なチョコレート菓子が並べられていた。

 

「わー! これ全部叔母さんの手作りだよね!?」

「そうよー。良かったら食べて。感想の方も聞かせて欲しいわ」

「お安い御用です!」

 

そういって先ほどまで2つもチョコレートケーキを食べていたにも関わらず、

満面の笑みで頬張っていく。

 

「言葉ちゃんも良かったら」

「私はさっき食べてきたから後で。それにしても、凄い種類だね。急にどうしたの?」

「趣味と実益を兼ねて、ね?」

「……? あ、なるほど」

 

バレンタインデーは鶴音姉妹にとってまったくの無縁というわけではない。

叔母が料理教室を開いている関係でこういった季節物、特に料理が絡む際はそれに合わせている。

 

年末年始にかけては一番の稼ぎ時ということもあり、

叔母の気合の入りようも日頃の献立という形で表れていた。

 

鶴音姉妹にとってバレンタインデーはまた別の意味を持っているのだが、それはまた別の話。

 

「もしよかったら言葉ちゃんも何か作ってみる? 教えてあげるわ」

「いいんですか? でも私好きな人なんて」

「ええ。私にとってもこの時期は初めての生徒さんも増えるからその練習にもなるし。

 それに、バレンタインって好きな人だけに送るのはもう古いのよ」

「あ、お姉ちゃんばっかりずるい! わたしも何か作るー!」

 

まだ贈る相手が定まらないままでも、ある意味こういった立場は役得と言えるだろう。

こうして2人はバレンタインに向けて行動を開始した。



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第2話「お料理の結果は?」

 

叔母から時間を縫って教えられたチョコレート菓子の数々。

初心者向けから中級者向けと幅広いものであった。

いつもと違う日常から時は過ぎ、バレンタインを前日に控えていた。

 

結果としてお互い作りたい菓子を決め、叔母の指導の元取り掛かっていたのだが……

 

「あーん! うまくいかなーい!」

 

キッチンにて文の声が木霊する。

オーブンから出てきたのはピンク色に着色されたクッキーのように平らなお菓子。

いわゆるマカロンであったが、ぺったりとシートに広がっており、所々ひび割れていた。

 

「叔母さんのはどうしてそんなに綺麗に出来るのー?」

「それは伊達に作ってないもの。一時期ブームにもなったのよ?」

「うー、ずるーい!」

「こればっかりは経験の差だからなんともいえないわ」

 

流石に料理を生業としている者に経験を語られては文も押し黙るしかなかった。

現に叔母が見本として作って見せたマカロンは既製品と変わらない完成度であり、

味も申し分なかった。

そんなものを見せられれば当然自分もと奮い立ったわけだが、現実は非情である。

 

「でも、どうしてマカロン?」

 

難易度が高いことは百も承知で教えている叔母であったが、

なにより、バレンタインというのにチョコレート要素が皆無な菓子を選んでいる。

間に挟むはずのクリームやガナッシュ──生クリームにチョコを溶かしたものも用意していない。

 

「えっとね。あげたい人の中にすっごくカロリーとか気にしてる人が居てね。

 そんな人でも気軽に食べられるお菓子がいいなって」

「確かにそうね。でもそれなら他にもお豆腐とかを使ったらケーキだって……」

「皆と違うのがいいの! それに味とか変わっちゃうのもヤだし、贈り物向けって感じで!」

 

そのあたり文としては譲れないらしい。

もちろん旨く誤魔化すのも料理の先生としての見せ所であり、出来ないわけではない。

しかしなにより可愛い子供の為と意思を尊重していた。

 

そんな苦戦する妹の一方で。

 

「……よし、出来た」

 

ミトンを手にオーブンから大きめの角型を取り出す言葉。

周囲一帯にチョコレートの甘い香りが広がる。彼女が作っていたのはチョコブラウニーであった。

ただいくつもの角型をオーブンから取り出していた辺り、その量だけ見れば尋常ではない。

 

「叔母さん、どうかな」

「うん、焼き目もいい感じね。これなら後は冷まして切り分けたら完成よ」

「ありがとう。じゃあ、私は少し休憩するね」

「わたしも休憩するー」

 

エプロンを外しリビングへと腰を下ろす彼女を追う。

そんな背中に少し笑みをこぼし叔母は手を動かした。

 

「ねえお姉ちゃん、あんなにいっぱい作って誰に渡すの?」

「それは秘密。ただ、感謝の気持ちを込めてだから」

「感謝の気持ち……」

 

ふと文が考えるのは、自分の大切な先輩達。

一部先輩というより友達という意味合いが強い人物もいるのだが、そこはご愛嬌という奴だ。

 

「それに、お菓子以外でも気持ちを伝える方法はいくらでもあると思うけど?」

 

そういってリビングの机に広げられたラッピング用品を手に取る。

 

「あっ、ラッピング!」

「そういうこと」

 

まだ中身が完成してないものの、

いい感じの箱を手に取りあーでもないこうでもないと悩み始める文であった。

 

 

 

しばらく2人はそれぞれの趣向を凝らしたラッピングをしていくが。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

文は装飾品をあれもこれもと盛っていくうちに、何がしたいか分からなくなっていく。

服と同じように選ぶセンスはあるのだが、思うような形にできないのが欠点でもあった。

一方の言葉は派手に飾ることはせず透明な小袋に様々なワックスペーパーを詰めており、

もう片方では装飾用のリボンを見繕っている。

 

「お姉ちゃんは何でもできるよねー」

「こういうのは簡単な方がいいからね。その方が手作り感も出るし」

「そういうものかなー……」

 

唸ってもラッピングが完成するわけではないのは分かっていても、

自分らしさを表現することに重きを置いている文からしては納得がいかなかった。

 

「文ちゃーん、ちょっといらっしゃい」

 

キッチンで手を動かしていた叔母が不意に文を呼ぶ。気分転換にと作業を放り投げ駆け込んだ。

そこにあったのは見事に形が整いツヤもピエも出たマカロン。誰が作ったは一目瞭然であった。

 

「叔母さん、これ……」

「今回は頑張ったで賞ってことで。何も持っていかないよりはいいでしょ?」

「あ、ありがとう叔母さん!」

 

少し釈然としないが、このままでは何もない状態でバレンタインを迎えてしまう。

それだけは避けたかった。

後はラッピングだけとご機嫌な様子でリビングに向かえば、

自分の作りかけていた物の隣にセンス良くラッピングされた箱が1つ置いてあった。

こちらも誰が作ったかなど考えるまでもない。

 

「もしかしてお姉ちゃんが?」

「私の分は終わっちゃったからね。どんなのにしたいのかわからないけど、教えてくれたら」

「……ありがとう! それならねー」

 

姉の物よりもはるかに凝ったものではあるが、渡す相手は姉に比べれば少ない。

自らのイメージを伝えて形にしてもらう。その様子はプロデューサーにも似ていた。

 

「うーん、でも2人に全部やってもらっちゃってたら気持ちも込もんないよね」

「プロデュースするのも立派なお仕事だと思うけど、違う?」

「なんていうか、わたしも何か別のことしてあげたいなーって……そうだ!」

 

何かを思いついたように部屋を飛び出し、やがて戻ってくる。

その手には様々なペンと小さなメモ用紙が。

 

かくして2人は誰にも悟られぬまま、バレンタインを迎えるのであった。



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第3話「チョコを渡すお相手は?」

そして迎えたバレンタイン当日。

言葉の手には楽器ケースではなく大きな紙袋が下げられている。

登校時間は早い為誰にも見咎められることなく教室にたどり着いた彼女は、

いつものように掃除をして読書の時間を過ごしていた。

 

しばらくすれば教室は生徒で賑わいを見せるものの、クラスメイトの興味を引くのはその紙袋。

涼しい顔をする言葉ではあるが、ほのかに漂ってくる香りで大方の生徒は察しがついていた。

それでもそのサイズから誰にあげるのかという話題に切り替わっていく。

 

「おはよー、委員ちょ──ってぇ!? 何その袋、福袋くらいあるじゃん!?」

「おはよう。今日も元気だね」

 

少し遅れてやってきたのはいつものように挨拶を交わしてくるクラスメイト。

しかしそれよりも席の隣に置いてある紙袋に度肝を抜かれる。

まるでリアクション芸人であるが、それが彼女の平常運転ともいえる。

 

「いやいや、何それ、バレンタイン……だよね? 誰に渡すの?」

「それは秘密」

「あー、分かった東雲君でしょ」

「それはどうかな」

「じゃあ青柳君だ!」

「さてどうでしょう」

「うーん神代先輩?」

「当たらずも遠からずかな」

「大穴で天馬先輩!」

「惜しいけど当たりじゃない」

「……もしかして、私だったり?」

「まあ、お昼休みには分かることだから」

「お! 好感触! じゃあ期待してまーす!」

 

上機嫌になって自分の席へと戻っていく。

他のクラスメイトも彼女の声や反応を元にしてさらに予測を絞っていった。

 

 

 

お昼休みに入り、生徒がどこで食べるかなどを相談している中、言葉が教卓へと躍り出た。

 

「皆さんお昼の前に少しだけよろしいですか」

 

鶴の一声とばかりに教室で声が響く。何事かと視線を向ければ注目の的になっていた紙袋もある。

大した予告もなかったためそれぞれが身構えるも、言葉が見せたのは意外な反応であった。

 

「今日はバレンタインデーですので、皆さんに細やかながらチョコをご用意させてもらいました。

 厚かましいお願いですが、取りに来ていただけると幸いです」

 

義理とはいえバレンタインのチョコレート。活発な男子達から教卓の前へと集まっていく。

 

「うおおお、ありがてえ!」

「本当にいいのかよ、これ手作りだろ!?」

「はい。この前のおすそ分けの分も兼ねてですが。簡単なものですみません」

「いやいや、もらえるだけで嬉しいって!」

 

中から取り出された物やラッピングを見れば明らかに既製品ではない。

手作り感あふれる菓子と梱包具合から、興味のなかった者まで引き寄せられていく。

 

「委員長ー! 私の分はー!?」

「もちろんあるよ。クラスの人全員分用意してるから」

「えっ、ほんとに!?」

 

その言葉を皮切りに女子も集まってくる。

あらかた男子にも行きわたり女子へとシフトしていった。こちらも好感触である。

 

「委員長マメだね! 私何にも用意してないや」

「お返しとかは気にしないで。ただ渡したかっただけだから」

「うわ、私も今度からやろっかな」

「そんなこと言って絶対忘れる癖にー」

「「「ハハハハ……」」」

 

クラスも盛り上がりを見せつつ、それぞれが昼食のために解散していく。

そんな中で完全に入るタイミングを完全に見失った生徒が1人──東雲彰人であった。

 

「あー、委員長。その、なんだ。オレも貰えたりするのか?」

 

出遅れたことを申し訳なくも、甘い物には多少興味のある彼はばつが悪そうに口を開く。

 

「もちろん。でも少し教えて欲しいことがあって」

「ん、なんだよ?」

「青柳君にも渡したいんだけど、いいかな」

「別に悪かねーけど、そんな態々直接渡しに行かなくてもオレが渡して」

「青柳君にも少し話があるから」

 

その言葉にクラスの空気が一変した。1年B組の青柳冬弥は神高女子の内でも屈指の人気を誇る。

図書委員だという事は知られており、読書を好む言葉と知り合っているのは周知の事実。

色恋沙汰には全くの無縁である彼女ではあるが、時期も時期であり、言い方も言い方だった。

 

「……はあ、しゃーねーな。昼飯一緒に食う約束してるから、一緒に来いよ」

「ありがとう」

 

そのまま言葉は弁当と紙袋を手にして彰人の後を追い教室を後にする。

教室の外では既に冬弥が待ちぼうけていた。

 

「悪い、待たせた」

「いや、俺も今来たところだ。それにしても随分と賑わっていたが……」

 

そう言いかけたところで、彰人の後ろから現れた少女へ目を向ける。

 

「青柳君、待たせてごめんね。ちょっと用事があって」

「鶴音か。彰人といるのは珍しいな」

「今日はお前に用事があるんだと」

「これ、良かったら」

 

差し出したのは先ほどクラスの皆に配っていたのと同じもの。特段意味があるものとは思えない。

 

「そういえばバレンタインデーか。……いいのか?」

「日頃からお世話になってるし、その感謝も込めて」

「因みにソレ、クラスの全員にも配ってるからな」

「なるほど、さっきの賑わいはそれだったんだな。ありがとう、受け取らせてもらう」

 

そういって彰人が先ほど受け取った物を冬弥に見せる。

この程度で勘違いを起こすような相棒ではないが、特別な意味はないと再確認させる。

C組の賑わいにも納得の様子で快く受け取った。

 

「それで、ちょっと聞きたいんだけど天馬先輩がどこにいるか知らないかな?」

「司先輩? それなら2年A組にいると思うが」

「もしかして、あのセンパイにも渡すのか……?」

「そうだね。直接お世話になったわけじゃないけど、ちょっとね」

 

ふと袋の中をのぞけばまだ小袋に余裕がある。

1つ1つは大した量ではないが、総量がどれほどのものかは想像もつかなかった。

 

「ありがとう青柳君。それじゃあ」

「ああ」

 

そういって言葉はその場を後にする。そんな背中を真面目だなと笑みをこぼし2人は見送った。

 



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第4話「その思いは届くのか?」

お昼休みが終わろうとした時に言葉が教室に戻ってくる。

その顔はどことなくげんなりとしており、自分の席に着くなり突っ伏してしまった。

 

「どうしたの委員長ー、青柳君にでも振られたー!?」

「バッカ何言ってんの!?」

 

冗談交じりに仲のいいクラスメイトが自分の席を持ってきて隣に座る。

それに別の生徒が声を上げた。

彰人と共に教室を出てからは冬弥に告白しに行ったものだと話題が持ちきりだった。

 

そんな状態で彼女に話しかける生徒など誰一人としておらず、

噂だけが独り歩きしようとしていたところで藪から棒である。

 

「解ってるのによく聞くの? 『 理那(りな)』は」

「私を呼んだな! って言ってる場合じゃない。大分参ってるっていうか怒ってる?」

「疲れてるの見え見えなのに、冗談かまされてる人の気にもなったらどう……?」

「うわ、関西弁出てるよ。あー……はい。ごめんなさい」

 

顔だけを上げてジト目で友人に向かって口を開く言葉。

いくら周囲を気にしない彼女も人間であり、精神が限界を迎えることもある。

普段は滅多に呼ばないその名を、たっぷり籠った怒りの念と共に呟いた。

 

斑鳩(いかるが) 理那(りな)。神山高校1年C組の生徒にして唯一言葉によく絡む人物。

フェニックスワンダーランドへ連れて行ったのも、神高祭を一緒に回ったのも彼女である。

 

「それで? 何があったの」

「天馬先輩にも渡しに行ったんだけど「なるほど凄く感謝されて振り回されたと」……

 どうして貰えないって嘆いてて「それで渡したらめちゃくちゃ感謝されたと」……

 そうしたらクラスの人が哀れみでチョコ上げてて凄く喜んでて「渡すに渡せなかったと」そう」

「ははーん、それで天馬先輩の陽の気に当てられて参っていたと」

「直接じゃないけど、あのテンションはきついよ」

「そりゃそうだよー。私だってキツイもん」

 

理那であってもただハンカチを届けに行っただけで大層感謝され、

極めつけにはフェニランのチケットを渡されたという始末。

実際のところ、その時の司はショーユニットを結成して間もない頃であったため、

何かにつけてフェニランのチケットやチラシを配っていたのはここだけの話である。

 

「うーん、諦めるの?」

「放課後にまた行ってみるけど、居なかったら流石に諦める」

 

流石に手作りの菓子ともなれば消費期限も短い。

そして時期を逃してのチョコというのも味気ない物であった。

感謝を伝えるのであれば時期など関係ないのが、

むしろこの時期を利用して日頃の気持ちを伝える者が多いのも確かである。

 

「そっかー。ねえみんなー! 委員長が放課後青柳君に告白する──」

「斑鳩理那さん? ちょっと黙ろっか?」

「ヒィッ!?」

 

肩に置かれた手を見るように振り返れば、満面の笑みを浮かべる言葉の姿が。

それを運悪く見てしまった者は残らず震え上がる。

 

そんな中でやりとりを聞いていた彰人がスマホで何処かに連絡を飛ばしたのだった。

 

 

 

ホームルームを終えて放課後へ。

言葉の姿は1年C組でも、2年A組の教室でもなく、職員室にあった。

 

その手には新品のバケツや雑巾、箒といった掃除用具であふれている。

1年C組の掃除用具が軒並み使い古されたものが多く、言葉自らがお願いしていたものだった。

清潔感が保たれているのは良いことなのですぐに許可が下り、

発注していたものがこのタイミングで届いたというわけだ。

 

1人で一度に運べる量や大きさではない為、決して短くない距離を何度も行き来する。

理那は別の友達と街の方へと駆り出していった為いなかった。

手伝おうか、と気に掛けはしたもののお得意の遠慮でいなしたことも大きい。

 

最後の掃除用具を運び終える頃には日も暮れて教室に誰一人として残っていなかった。

 

「この様子じゃ天馬先輩達も帰っちゃったかな」

 

彼に委員会の仕事があれば、と思って見るものの言葉も同じ学級委員。

集会などがあれば当然自分も呼び出されるわけで、かける望みは薄かった。

足取り重く教室を後にしようとしたところで1人の影が現れる。

 

「ん、もう用事は終わったのか?」

「あれ、青柳君? どうしたの、誰かと待ち合わせ?」

 

階段の影から現れたのは意外にも冬弥であった。

今まで深いかかわりを持たなかった人物に声をかけられてふと疑問を抱いてしまう。

 

高身長で顔も整っているが、好青年というほど表情に溢れてはいない。

それでも面倒見がいいことから女子には人気の人物である。

今も彼の腕の中にはたくさんのチョコレートであふれていた。

 

そんな彼がこんな時期に待ち合わせをする相手など、言葉には予想できない。

 

「えっと、とりあえずこれ使う?」

「……助かる」

 

言葉の持ってきていたチョコブラウニーも今や1桁までその数を減らしており、

むしろ袋の方が不要になっていた。利害の一致とはこのことである。

中身を交換する形で手が空いた冬弥は袋を受け取った。

 

「それでさっきの質問の答えなんだが……

 待ち合わせというより、頼まれ事だな。司先輩にそれを渡しに行くんだろう?」

「うん。でももう帰ってると思うから気にしなくていいよ。それより頼まれ事って?」

「彰人に頼まれたんだ。鶴音が司先輩と会いたがっていたから都合をつけてくれないか、と」

「なるほど、ね」

 

あれだけ騒いでいれば──と言っても騒ぎの元は理那であるが──、

何かしらの事情を察して動く者もいるという事である。今回はそれが彰人だったというだけだ。

 

「さっき連絡があった。2年A組の教室で待っているそうだ」

「ありがとう青柳君。今度何かあったらお礼するよ」

「礼ならさっき受け取ったばかりだが」

 

そういって先ほどの袋をちらつかせる。

そんな不器用ながらも気の利いた返事に言葉は笑みをこぼすのであった。

 




UA5000達成記念話を、ニーゴ編サイドストーリーの最後に組み込んでいます。
ご興味のあるかたはどうぞー。


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第5話「北風と一番星」

言葉は足早に冬弥と別れ、2年A組の教室へ。

教室へ近づくにつれ、中から聞こえてくる会話が聞き取れるようになってくる。

 

「会いに来るって言ってもこんな時間じゃもう帰ってるでしょ」

「何を言う! オレを尊敬する大事な後輩のいう事だぞ。信じなくてどうする!」

「逆にここまで待たせても司くんと会いたいという人物が居るなら、

 知りたいとは思わないかい? 寧々」

「まあ、そんなのうちのクラスのアイツくらいしか思いつかないけど。

 っていうかそんな理由で類も残ってるわけ?」

「半分はそうだね。もう半分は──」

 

類がそう言いかけたところで教室の扉から顔を覗かせる少女の姿が。

それを真っ先に見つけたのは今か今かと待ちわびる司であった。

 

「おお、待ちわびたぞ! 君が冬弥の言っていた……っと、どこかで見覚えがあるような」

「1年C組で学級委員を務めています、鶴音言葉といいます」

「なるほど、集会で何度か見かけてはいたな。しかし、それ以外でも会ったことはないか?」

「神高祭で類を探す時手伝って貰ってたでしょ」

「ああ、そうだったな! あの時の少女がオレの隠れファンだったとは。天馬司、一生の不覚!」

「えっと、ファン、とは違うと思いますよ……」

 

傍から見ていても自分の体力が削られそうなほどの陽の気に当てられて、

苦笑いでしか答えることができない言葉。

早く要件を終わらせようと、カバンの中にあるチョコブラウニーを司に差し出した。

 

「随分前にはなりますがフェニックスワンダーランドのチケット、ありがとうございました。

 これはほんの気持ちです」

「え、嘘、司が女の子から普通にチョコ貰ってる……」

「それにこんな生真面目な生徒から。司くんも隅に置けないね」

「お前ら、オレを何だと思っている!?

 オレだって本気を出せばチョコの1つや2つこの通りだ!」

 

そういって本人のカバンから覗かせたのは、恐らく昼休みに貰ったであろうチョコの数々だった。

そのすべてが既製品であることから、義理だろうと予想は立つ。

 

「しかもそれ、手作りじゃない……大丈夫鶴音さん、渡す相手間違ってない?」

「叔母が料理教室の先生なので。もちろんお2人の分もありますよ」

「これはこれは。不思議な縁もあったものだね」

 

言葉が寧々と類にも同じように差し出す。

リボンの色などは違うが装飾がほぼ同じである為、すぐに義理だという事を理解する。

複雑な表情を浮かべるも、それでも自分の行いによるものだと無理やり落とし込んだ。

 

「ま、まあオレ達の為に作ってきてくれたという事は、我らのショーユニットの名誉!

 つまりそれは座長であるオレへの名誉というわけだな! ハーッハッハッハ!」

「そういえば天馬先輩達はフェニックスワンダーランドでショーをされているんですよね。

 今日はバレンタインデーですけど、ショーは行われないんですか?」

「したいのは山々だったんだけど、ステージの設備点検が被ってしまってね。

 今は次のショーに向けてのアイディアを募っていた所だったんだよ」

「そうだったんですね……あの、お邪魔してすみませんでした」

「別に気にしないで。大した話もしてなかったし。

甘い物も手に入ったから息抜きもいいんじゃない?」

「では私はこの辺で失礼しま──」

 

これ以上は居ても意味がないだろうと判断し教室から去ろうとした時、

廊下から何かがこちらへと向かってきていた。

扉に手をかけたところでそれをなんとなく察知し、後ろへと下がる。

 

「突撃、となりのわんだほーい!」

「し、失礼しまーす……」

 

扉を突き破る勢いで飛び出してきたのは桃色の少女。

その後ろからは赤色の少女が顔を覗かせている。

 

「え、えむ!? お前また来たのか!?」「文!? どうしてここに……」

「あ、今日は寧々ちゃんもいるー!」

「え、えーっと、とりあえずごめんなさい……?」

 

それは司と言葉、互いが互いをよく知る人物であった。鳳えむ、そして鶴音文。

えむは3人の姿を見つけるとそちらの方へと駆け出していき、

文は申し訳なさそうに言葉の方へと歩み寄った。

体力自慢の文が肩で息をしているところを見ると、ここまで走ってきたのだろう。

 

どちらにせよ他校の生徒には変わりない。

それに先ほどの騒ぎの影響か一人の教師がこの教室へと向かってきていた。

扉から近かった言葉はそれを窓の反射で確認する。

 

「文、教卓の裏隠れてて」

「う、うん」

「えむも早く隠れろ! こんなところで見つかったらただじゃすまないぞ」

「んんん?」

 

えむも机の下へと押し込まれ体の大きい類が遮るように前へ立つ。

そのタイミングで教師が顔を覗かせた。

 

「なあお前達、さっき他校の生徒が廊下で騒いでいたらしいが、見ていないか?」

「他校の生徒、ですか。私達は見ていません。そうですよね、天馬先輩」

「あ、ああ。オレ達はちょっと話し合いに夢中になっていたからな。何も見ていませんよ、先生」

「……まあいい。バレンタインだからと言ってはしゃぎすぎるなよ」

 

司達が持っていた物に目をやって、場の空気を乱したとでも思ったのだろう。

ため息1つ吐いて教師は何処かへと行ってしまった。それを見計らい一度扉を閉める言葉。

 

「えむが来るのはまあ解る。一度だけではないしな。だがそっちの生徒はどうしたんだ?」

 

司は不審そうな視線を文へと送る。確かに彼女は宮女の生徒ですらない。

 

「その子はね、あたしのお友達! 鶴音文ちゃんっていうんだよー!」

「鶴音……? ってことは鶴音さんの妹さん?」

「ほう、妹か」

 

机の下から這い出てきたえむが文の傍に立ち、盛り上げるように手を振ってアピールする。

気付けばその手の中には大きな紙袋が。

自分の知っている人物が増え安堵を覚えたのか、文は深呼吸して息を整えた。

 

「話せば長くなるんですが、これには訳があって……」

 

こうして彼女は語りだす。彼女が今ここにいる理由を。

 




宮女編サイドストーリーに、雛祭り回を前後編で設けました。
ご興味のある方はどうぞー。


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第6話「いつかの縁に想いを込めて!」

──時は、少しばかり遡る。

 

宮益坂女子学園。その校門前では3人の生徒が誰かを待っている様子であった。

 

「あ、咲希ちゃん! もしかして待ち合わせ?」

「あれ、みのりちゃん? そうだけど……なんで知ってるの?」

「やっぱり! ならわたし達とおんなじだね」

「そうだね。そっか、天馬さんも……」

「???」

 

本来なら3人ともそれぞれの用事があるのだが

やってくる人物たってのお願いということもあり、合流が遅れることを仲間に伝えていた。

 

状況がまるで把握できない咲希に、みのりは自分のスマホの連絡先を見せる。

そこには3人共通の友達の名前が記されていた。

 

「文ちゃんの連絡先! みのりちゃんも知り合いだったんだね」

「うん。実は体験入学の前に知り合ってたんだけど、その時は交換するの忘れちゃってて」

「忘れてたといえば、アタシ達もまだ交換してなかったよね。もしよかったら……」

「気にしなくていいよ。バイトの連絡も出来るからいつかしたいなー、ってわたしも思ってたの」

「ありがとー!」

 

そんな会話の弾む2人を眺めていたのはこはね。

みのりから話では聞いていたものの、こうして本人と会うのはなんだかんだで初めてであった。

一見するとギャルっぽい所があるものの、口を開けば明るい口調で表情もコロコロ変わる。

髪の毛も赤いグラデーションが入っている為、どことなく自分の相棒と重ねてみていた。

 

「そうだ、咲希ちゃんにも紹介するね。高校で初めて出来たわたしの友達の……」

「あっ、1年A組の小豆沢こはねです」

「天馬咲希です! そっか、2人はしほちゃんと同じクラスだよね。

 大丈夫? しほちゃんいっつもツンツンした感じだから、迷惑かけてたりしない?」

「ううん、そんなことないよ。確かに最初は怖い人なのかなって思ったけど……

 音楽のことだったらよく話してくれるし、それにいつも凛としてて、かっこいいと思うな」

「よ、良かった~! これからも何卒、よろしくお願いします!」

「ふふっ、承りました、かな?」

「うん! 最近の志歩ちゃん丸くなったのよね。前よりもっとお話するし!」

 

また別の共通の友人の話で盛り上がる。2人の様子を見て咲希は胸をなでおろしていた。

 

────そのころ、教室のセカイでは────

 

「ックシュ!」

「志歩、大丈夫?」

「最近また冷えてるし、風邪だったら今日のところは……」

「咲希じゃあるまいし、くしゃみ1つで心配しすぎ。

 それより早く準備終わらせて3人のパート練習するよ」

「「はーい」」

 

────校門前へ戻る────

 

「ところで咲希ちゃんは文ちゃんとどこで知り合ったの?」

「体験入学でだけど、神高にいるお姉さん繋がりなの」

「神高の生徒さんなんだね……1年生? それとも2年生?」

「1年生! アタシ達と同い年だよ」

「(それなら杏ちゃんと同じクラスだったりするのかな? 今日行ったら聞いてみようっと)」

「お、お待たせしました~!」

 

話題が切り替わりつつあったところで、噂をすれば影。

制服姿のままの文が大小さまざまな紙袋を下げてやってきた。

それぞれがユニットのイメージカラーに染まっているのは偶然だろう。

 

「お願いしたのにお待たせしてすみません先輩方!」

「ううん、わたし達もさっき来たばっかりだよ。それて、その紙袋は……?」

「えっと、こっちが咲希先輩達の分で、こっちがみのりちゃん達の分で、

 これがこはねちゃんの分……これ、受け取ってください!」

 

バレンタイン、ということもありすぐに状況を把握した3人は快く受け取った。

中身を覗き込めば丁寧にラッピングと装飾が施された小箱が見える。

それもまた各自のイメージカラーとかみ合っていた。

 

「ありがとう! 中身、見てもいいかな?」

「はい、どうぞ!」

 

自信満々に答える彼女に応え、みのりが自分の箱を開ける。

そこには鳥の巣のように飾られたマカロンが並んでいた。

 

「こんな素敵な贈り物初めて貰ったよー! ねえねえ、どこのお店で買ったの?」

「えっと、一応、手作りなの」

「えっ!? 手作りって、このマカロンも箱も全部?」

「う、うん。マカロンは叔母さんで……箱はお姉ちゃんで……わたしは別になにも……」

「あっ、で、でもでも、文ちゃんからの贈り物、嬉しいよ!?」

 

感嘆の声をあげるみのりとこはねに、嘘偽りなく説明していくものの段々と元気がなくなっていく。

思わぬ地雷を踏み抜き必死にフォローに回るしかないが、あまり意味をなさなかった。

そんな中で、ある仕掛けに気付いたみのりがふと笑みをこぼす。

 

「でもこれは文ちゃんが書いたんだよね?」

 

蓋の裏側に小さいメッセージカードが貼り付けられていた。

『花咲き、実を結ぶその時まで応援してます!』と。

貼る場所のアイディアこそ姉によるものだが、その綴られた一文は紛れもなく彼女のもの。

 

「あ、気付いてくれたんだ……流石みのりちゃんだね」

「じゃあじゃあ、アタシのにも何か書いてあるのかな?」

「全員分しっかり書いてます! でも恥ずかしいから今はちょっと……」

 

そんなこんなで元気を取り戻した文の元に、一陣の風が吹き荒れた。

 

「あれ、文ちゃんだ! 久しぶりー!」

「えむちゃん久しぶり! 元気してた?」

 

再会を喜ぶ2人であったが、ふと何かに気付いた様子でえむが匂いを嗅ぐ。

 

「くんくん……文ちゃんから甘い匂いがするー! もしかしてそれ?」

「あっ、これは……」

 

持ってきていた紙袋の中で、唯一渡していない大袋がある。

それを察知したえむの追跡を逃れることは文でも難しかった。

そしてあいにくえむへの贈り物は持ち合わせていない。

 

「えーっと、もしよかったら、食べる? 失敗作なんだけど……」

「食べる食べる! あたし部活終わったばっかりだったからお腹ペコペコだったんだー!」

 

その袋に詰められていたのは文が作ったマカロンの失敗作であった。

1つを手に取り頬張るえむの顔はみるみる笑顔に変わっていく。

 

「すっごくおいしいよ! 文ちゃんは料理の天才だね!!」

「あ、あはは、ありがとう……」

 

形が崩れていても材料は全く同じ。伊達に叔母の作ったレシピではないことを証明させる。

 

「そうだ! こんなにいっぱいあるし、司くん達にもおすそ分けしてあげなきゃ!

 そしたらみんなでわんだほーい! ってなれるしね!」

「わんだほーい……?」

 

紙袋を受け取ったえむは少しだけ考えを巡らせた後、空いた手で文の手を取った。

 

「えっ?」

「文ちゃんも一緒に行こうよ! その方が絶対楽しいし!」

 

そうして2人は全力疾走で神山高校へと去っていく。

取り残された3人は、あまりに唐突な出来事に反応することすらできなかった。



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第7話「戦略的撤退!」

「──って感じでそのまま成り行きで……」

「なるほど。まあこの子も悪気があったわけじゃなさそうだし、怪我がなくてよかった」

「えへへ」

 

事情を聴き終えた言葉はここまでの苦労をねぎらうように頭を撫で、

しばらくされるがままに甘えていた。

 

「コホン。2人の時間を邪魔して悪いが……まあ、その、なんだ。えむが迷惑をかけたな」

「いえいえ! それよりえーっと、えむちゃんの言ってた人達って」

「うん! 紹介するね、あたしの大切な仲間の──」

「待て待て! 自己紹介くらい自分でする!」

 

えむが口走ろうとしたところを必死に止める司。

人間第一印象が肝心だという事は嫌でも知っている彼は一歩進み出てスペースを確保する。

 

「天翔けるペガサスと書き、天馬! 世界を司ると書き、司!

 その名も──天馬司! スターになるべく生まれた男ッ!!」

 

自分がフェニックスワンダーランドでの面接でした紹介と同じものを、

考案したかっこいいポーズも合わせて披露する。

 

そんな陽の気に当てられげんなりする寧々と言葉。

おお~、と見とれるように拍手を送るえむと文。

どれにも当てはまらない類は、いつも通りといった風に笑顔を浮かべている。

 

「司先輩って、咲希先輩のお兄さん? 苗字同じですよね」

「ああ、咲希を知っているのか。そういえばこの前体験入学生と友達になったと言っていたな」

「それ、わたしです! それに皆さんフェニックスワンダーランドでショーやってましたよね!

 クリスマスショー、すっごく感動しました!」

「どこか見覚えがあると思ってたけど、あの時常連さん隣にいたの、鶴音さんの妹さんだったんだ」

「まさかこんな身近に感想を伝えに来てくれるお客さんがいたなんてね。

 現実は小説より奇なりとは、まさにこのことかな?」

 

ありきたりな感想であっても、自分達の作り上げたもので喜んでくれる人が居る。

それに偶然とはいえ面と向かって伝えてくれる彼女の存在は、4人にとって嬉しい限りであった。

 

「じゃあえむちゃんもショーに出てたんだね! そっくりさんだと思ってた!」

「えへへ、ありがとー!」

 

嬉しそうにはしゃぐ2人であったが、こんなに騒いでいては気付かれるというもので。

 

「おいお前達、何を騒いで──」

「「「あっ」」」

 

今度こそ教師にその姿を捉えられる。

 

「ひ、ひとまず退散ーー!!」

 

司の一声を受け、足早に教室から飛び出したワンダーランズ×ショウタイムの面々。

特にえむや類に至ってはなんだかんだで慣れたものであった。そんな中で取り残された鶴音姉妹。

 

「すみません先生、お騒がせしてしまって。

 この子は私の妹でして、帰りが遅いからと心配して探しに来てくれたんです」

「それで態々学校の中までか? まあ、鶴音はあの2人と違って問題も起こしてないし、

 今回だけは多めにみてやろう。夜間の生徒も登校する時間だから早く帰った帰った」

「ありがとうございます先生。それでは失礼します」

「すみませんでした。お疲れ様でーす!」

 

 

 

校舎を後にした2人。既に4人の姿はなく、どこか別の所にでも向かったのだろう。

 

「あっ、あの人達に自己紹介するの忘れてた」

「気にすることはないと思うよ。なんなら私から紹介しておくけど」

「挨拶くらいは自分でしたいかなー」

 

先ほどの強烈な存在感を受けても何ともない文であったが、

一方の言葉はもう少し計画的に会いに行こうと考える。

底なしに明るい彼の威光を受けては、まともに話すことすらままならないだろう。

 

同じ陽気なテンションならば瑞希の方がずっと話しやすかった。

そして本来ならその相手に渡すはずだったチョコがカバンの中に残っている。

昼休みにも教室を覗いてみたが、学校に来ていない様子だった。

 

「鶴音さーん? 他校の生徒を連れてきちゃいけませんよー」

「あっ、すみません──って白石さん」

 

顔を上げた言葉の前に立っていたのは杏。いかにも面白いものを見つけた顔をしている。

そんな中見ず知らずの人物に目を付けられ文は姉の影に隠れた。

 

「大丈夫だよ文、白石さんは私の知り合いだから」

「あ、そうなんだ。なら大丈夫かな?」

「そうだけど私、風紀委員だからね? まあ鶴音さんだから今回くらいは見逃してあげるけど」

「ありがとうございます」「ありがとうございまーす!」

「でも、2人がどういう関係なのかくらいは教えて欲しいかなー?」

「妹です」「お姉ちゃんです!」

 

あまりに対照的にな2人の様子を見て思わず笑いがこみ上げてくる杏。

いつも凛とした言葉も妹が隣にいるだけで、もはやギャグや漫才のソレであった。

 

「あはは! あーはいはい、2人は姉妹なんだ。でも妹がいるなんて言ってたっけ?」

「別に話すことでもないからね。見ての通りまだ中学生だから」

「なるほどねー。それで、妹さんはなんていう名前なの?」

「鶴音文です、よろしくお願いします! ってわたし宮女入学希望だった……」

「そこは気にしなくていいよ。そっか、文ちゃんは宮女志望なんだね」

 

「(ってことはこはねの後輩になるのかー。

  面白そうな子だし、機会があったらちょっと紹介してあげよっかな)」

「あ、そうだ白石さん。よかったこれ、貰ってください」

 

鶴音姉妹の知らぬところで小さな思惑を巡らせていたところで、

言葉が1つの包みを差し出した。

 

「チョコブラウニー? これどうしたの?」

「暁山さんに渡す予定だったんですけど、今日は来てないみたいだったので。

 このまま持って帰るのもなんなので、良ければ」

「……鶴音さんって素直だよね。分かった、瑞希の分も味わって食べるよ。ありがとう」

 

こうしていくつかの波乱があったものの、

無事に全てのチョコを配り終えた鶴音姉妹は神山高校を後にするのだった。



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第8話「感謝を伝えたい人」

「「ただいまー」!」

「おかえり2人とも。とっておきのお菓子があるから、手を洗ったらいらっしゃい」

 

こうして家へと戻った2人を出迎えた叔母。

しかしその服装はフォーマルなものであり、明らかに外行きの服だった。

玄関の扉をあければあの時のようにチョコレートの香りが漂ってきた。

 

腕の立つ叔母の、とっておきという言葉に胸を高まらせる。

事を済ませて食卓の席に座れば、それぞれチョコケーキとスプーンが置かれた。

焼きたてのようで少し手をかざせば熱が伝わってくる。

 

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

「いただきます」「いただきまーす!」

 

ナイフを入れれば、中からチョコレートがあふれ出す。

 

「わわっ! なにこれ面白い!」

「フォンダンショコラ、っていうのよ。テレビで見たことあるでしょ?」

「そういえば最近情報番組で見たかも」

 

慣れないお菓子に苦戦しながらも、味は絶品であり2人は舌鼓を打つ。

 

「それじゃあ私はちょっと出掛けてくるから。

 晩御飯は冷蔵庫にあるから、レンジで温めて食べて」

「はーい、行ってらっしゃい叔母さん!」

 

上機嫌に家を後にした叔母を見送り姉妹揃って台所で洗い物をする。

こういった記念日には何らかの理由を付けて叔父と叔母は出掛けることが多かった。

 

「デートだよね。いいなー、わたしも彼氏とか出来たらお出かけしたいなー」

「脈がある子、いるの?」

「いなーい」

 

そういった色恋沙汰より自分の趣味や仕事にしか興味が無い為に、

好意を向けられても即時断っていることだろう。

互いに女性としての魅力が無いわけではないのだが、それ以上に我が強すぎるのが欠点で。

それが良くも悪くも拍車をかけて自分のことへと没頭するわけだが、

指摘する人物すら2人にはいないのであった。

 

皿洗いを終えて沈黙が降りる。

 

「──今年もお参り、行けなかったね」

「……そうだね」

 

ふと言葉が口を漏らす。

人が縁を祝するその日は、両親との縁が断たれた日でもあった。

 

そんな日でも祝うことを優先するのは、

過去に囚われないという意味を込めた叔父と叔母による必死の気遣いによるもの。

当時はそんな気にもなれなかった言葉であったが、本当の想いを見つけてからは興が乗ったと言える。

姉に便乗する形で頑張った文もなかなかの楽しみ具合であったが、

こうして日が落ち2人きりになってしまっては考えない方が不自然だった。

 

「とりあえず、晩御飯食べよっか」

「うん」

 

その日の食卓に会話はなかった。

 

 

 

晩御飯を食べ終え1人部屋に戻った言葉は、荷物を片手に自らのウタを再生する。

荒野のセカイに降り立ち、今や目印となった思い出の枯れ木の下で待ち合わせ。

約束などはしていない。それでも必ずやってくるセカイの住人。

 

「久しぶりだね言葉。今日は何かあったのかな?」

「あら、可愛い紙袋」

「おかえり2人とも。えっと、これ、受け取ってほしくて」

 

差し出したのは赤と青の紙袋。

色褪せた世界では黒の濃淡でしか表現されないが、言葉なりに一番近い色を選んだものだった。

 

「今日はバレンタインデーだから、日頃の感謝と、そのお礼を込めて」

「あら、外だとそんな風習があるのね。もったいないことしたわ」

「こんなことならまた何か見繕って持ってくるべきだったかな?」

「バレンタインデーは女性が男性に送るものだから、KAITOは大丈夫だよ」

 

ひとまず、といった形で受け取り中身を確認する。

MEIKOの袋にはウィスキーボンボン、KAITOの袋にはチョコレート味のアイスケーキがあった。

 

「2人とも好きな物がこれしか思いつかなくて……その、手作りじゃなくてごめんなさい」

「いいのよ、まさか言葉からこんな素敵な贈り物をもらうなんて思ってもみなかったわ」

「たまには歌以外の贈り物もいいかもね」

「あら、自分には言葉のウタがあるからって、随分余裕そうじゃない」

 

それを聞いてふと思い出す。確かにUntitledから生まれた曲はKAITOのソロ。

MEIKOも様々な形で助力してくれたというのにこれでは味気なかった。

 

──言葉にとってバーチャルシンガーを知るきっかけはKAITOではあるが、

  MEIKOも同じように大切な存在なのだ。

 

「なら、ちょっと待っててくれるかな?」

 

一言だけ告げて言葉は石碑へと歩み寄る。

すると楽器を取り出して捧げるように音色を奏で始めた。

 

その曲は知る人ぞ知るMEIKOの代表曲。死者を弔う桜の歌。

石碑を墓と見立てたのか、それは言葉にすらわからない。

両親の鎮魂を込めて奏でた旋律が、言葉のセカイに変化をもたらす。

 

薄い記憶を頼りに紡ぐ旋律は枯れた桜の木を揺らし、無いはずの花弁が舞い落ちる。

曲の進行とともに枝は薄紅色へと色付いていき、丘を染めていた。

しかしそれは一時の奇跡。旋律が消えた今ではその面影すら残っていなかった。

 

「歌も想いも、人それぞれだからね」

 

『両親』を喪った彼女の胸に響いたからこそ、そこが可能だったと言えるだろう。

 

「MEIKO、良かったら歌って欲しいな。元は貴女の曲だから」

「ふふ、言葉のお願いなら聞かないわけにいかないわね」

 

哀愁たっぷりに奏でられる旋律は歌声を乗せて、薄紅色の風を起こす。

どこにも行けない魂を元あるべき所へ送り届けるように、鈍色の雲へ舞い上がりそして消えていった。

 

 




黄泉桜/hinayukki 仕事してP

※例によって長文注意

ご無沙汰しております。kasyopaです。
今回でバレンタイン編は終了となります。

本来ならバレンタインに投稿したかったのですが、
主に宮女の面々との関係構築がサイドストーリー編終了前提のお話だったので少しばかり遅れました(半月)。

今回の話でワンダショタグも追加し、あと1ユニットだけとなりました。
各キャラでタグつけると20個になるのでユニット名だけ。

さて、次回はアンケートで選ばれたユニット絡みのストーリーになります。
アンケートに参加された方々には、この場を借りて再び感謝を。

そして長くなりましたが、次の章をもって第1部とし、
一旦の完結とさせていただきます。ご容赦ください。

次回「Going All the Way!」。お楽しみに。


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ビビバス編「Going All the Way!」
第1話「独奏の奇術師」


全8話構成、サイドストーリー6話、三人称視点になります。

時系列は「Period of NOCTURNE」後になります。


ある休日のビビッドストリート。まだ人通りもまばらでお昼には少し早い。

開いていないお店もちらほらとある中で、一人の少女──鶴音言葉の旋律が響いている。

その音色はもうすっかり聞き馴染みある物へと変化しており、

立ち止まる客の目も耳も変わっていた。

 

それでも独学とはいえほぼ毎日学校で演奏しては悪い所を潰していった為に、

技術としては申し分ないまでに向上していた。

 

「──ふう、ありがとうございました」

 

4~5曲ほど演奏してから頭を下げ、いったん休憩を挟む。

2月も中ごろを過ぎかじかむような寒さもなくなってきたので、屋外も苦行ではない。

 

「(最近ずっと使ってるからちょっと音に出てき始めたかも。そろそろ限界かな)」

 

自分の愛用している笛を眺めながらそんなことを考える。

清掃などはしっかりしていても経年劣化は避けられない。

特に屋外での使用となると雨や寒暖差も含めて劣化が早い。

 

引き続き演奏を再開するか、

早めに切り上げて楽器のメンテナンスをするかを考えていると、数人の青年が近づいてきた。

いかにもストリートといった服装や装飾に身を包んでいることから、

この辺りの人だろうと予測はつく。

演奏を始めてから遠目に観察されていたが、いつものことなので気にすることはなかった。

 

「お疲れ様。今休憩中?」

「えっと、はい。リクエストですか? それならもうすぐ──」

「ああいや、そうじゃなくて君、俺達と組まないかい?」

「……えっ?」

 

意外な申し出に反応が遅れる言葉。

 

「コラコラ、出会って2秒でそんなこと言ったら困っちゃうだろ」

「いいじゃねーか。他の奴に目ぇ付けられる前にさっさと決めたいんだよ」

 

同じメンバーと思われる青年が叱っているが、意思は変わらないと豪語する。

言葉はそんなやりとりを自分の中でゆっくり処理しながら、確認のために口を開いた。

 

「あの、組む、というのはユニット、ということでいいですか?」

「そうそう! 俺達と組んであのVivid BAD SQUADに一泡吹かせてやろうぜ!」

「Vivid BAD SQUAD……?」

 

聞きなれぬ名前に首を傾げる。そんな様子に信じられないといった表情で目を見開く青年達。

 

「嘘だろ!? これだけここでやっててあいつら知らないのかよ?」

「すみません、実はそんなに他の人とやったことも、聴いたこともなくて」

「じゃあ、RAD WEEKENDも知らないのか?」

「名前、くらいなら」

 

彰人と杏から聞いた名前。この街で行われた伝説のイベント。

顔には出さないが知名度の高さを再確認し感心する。

 

「はー、じゃあ俺達が一番乗りってわけ?」

「そう、なりますね」

「っしゃあ! な? 言っただろ! 俺の目に間違いないって!」

「うっわマジかよ、絶対ないって思ってたのに」

 

その返しに対して思いっきりガッツポーズをする青年。

まるで勝ったかのように振舞う彼らのテンションに押され、気付かれないように後ずさりする。

 

「で、どうする? 俺達と組んでみない?」

「……すみませんが、お断りさせていただきます」

 

笑顔を作り丁寧にお辞儀をしてまで断る彼女に、

先ほどまで喜んでいた青年は崩れ去り逆に驚いていた方が喜んだ。

 

「うっし、今回の賭けは俺の勝ちな。ラーメン奢りごちになりまーす」

「ま、まだ終わってねーよ! な、なあなあ、本当にダメなのか?

 なんならセッションだけでもさ」

「セッション……も、すみませんが」

 

どうやらこのユニット、言葉のスカウトが成功するか否かで賭けをしていたようで。

あの手この手を使って引き入れようと必死になっている。

果てにはCDの売り上げ取り分だとかそういう話にまで発展しており、完全に言葉は引いていた。

 

「あの、私、そろそろ行く場所があるので」

「なあ頼むよ~、杏ちゃん以外で凄い子なんて君くらいしかいないんだよー」

「おい、女々しいからもうやめとけって」

 

実のところ賭けを無しにしても、長らく相棒が居なかった白石杏という存在が大きかった。

彼女もまた多くの誘いを断り、その果てに自分で相棒を見つけたのだが、

それを祝する人もいれば悔やむ人も多い。彼も後者のうちの1人であった。

 

それでもあまりに大人げないからか仲間達から止められるも、既にブレーキは壊れている。

言葉もすぐにその場を離れればいいが、あいにく楽器ケースを置き去りには出来ない。

これはまずい、とスマホを取り出そうとした時──

 

「おいお前ら、なにやってんだ」

「げっ、彰人……」

 

オレンジ髪の青年──東雲彰人が声をかけた。その声には圧があり怒っているように見える。

 

「そいつも無理だって言ってんだろ。男ならすっぱり諦めろ」

「うう、すみませんでした」

「謝るんならオレじゃなくてそいつに」

「はい」

 

短い謝罪と共に足取り重く青年達が去っていく。

言葉はそんな様子に少し悪いことをしたかな、と思いつつ彰人に向き直った。

 

「ありがとう東雲君、助けてくれて」

「別に。アイツらも悪気があって言ってるわけじゃないしな。休憩中だったんだろ、邪魔したな」

「あ、待って」

「まだなんか用か?」

 

去り行く背中に声をかければ面倒臭そうな様子で振り返った。

学校では世話になっている方だが流石に休日ともなれば話が変わる。

そこには早々に楽器ケースをまとめ、キャリーカートを引く言葉の姿があった。

 

「さっきのお礼、まだしてないから」

「あんくらいのこと気にすんなって。じゃあオレは行くところが「私が良くない」……」

 

珍しく食い気味に口を開き詰め寄る。身長差はそこそこあるものの威圧感があった。

姉の面影感じつつも、先ほどまで詰め寄られていた少女のやることか、とまで考えてしまう。

 

「はあ……バレンタインの時もそうだけどよ、そんなクソ真面目だと疲れるぞ?」

「どうしても嫌ならやめるけど」

 

そう口で言っているものの顔には書いてなかった。

ここで断っても別の機会に返そうとするだろう。

そういう機会を学校で伺われては他のクラスメイトから変な噂が立ちかねない。

 

「……コーヒー1杯」

「それだけでいいの?」

「昼はもう食ったからな」

 

そこまで言われてしまえば引き下がるしかない言葉。

しかしそんな彼女より、これから向かう店を知られるという事実に肩を落とす彰人であった。



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第2話「伝説と呼ばれた人」

「おう彰人珍しいな、杏ちゃんとあの子以外の女の連れなんて」

「別に、それにお前だって見たことあるだろ」

「あー、笛の子じゃねーか。知り合い?」

「まあそんなとこだな」

 

彰人は行き交う人々にそんな形で声をかけられては軽く返し、言葉は頭を下げるだけ。

彼女を勧誘の声をかけてくる者も居たが、その時ばかりは申し訳なさそうに返している。

 

「東雲君ってやっぱり有名人なんだね」

「伊達にここで歌ってないからな。それより委員長も顔と名前くらい覚えてやった方がいいぞ。

 ここでやってくなら尚更な」

「善処します」

 

一応覚えてないわけでもないが、

あまりに人数が多い為常連のお客さんくらいしか覚える暇がなかった。

他のミュージシャンも、たった1人で卓越した音楽を奏でる少女を勧誘する者は、

近寄りがたい存在でもあった。

 

「(そういや冬弥も最初はこんな感じだったよな……。

  いや、アイツは他の奴に交じって歌ってたからそうでもないか)」

 

1人でやっている、という点においては過去の冬弥と似ていたかもしれない、

と思考を巡らせるが、本人に聞くからには飛び込みでライブに参加したり、

他のグループに混ざって練習したりと協調性が無いわけではなかった。

 

彰人もこの通りで時折彼女を見かけた事はあったものの、

声をかけることは一切なかったし、なによりプライベートに踏み込まれたくなかった。

ライブに誘ったのも客としてであり、

そんな彼女がまさか取り付かれたように音楽を始めるとは思わなかった。

 

杏に事情を尋ねても、本人に直接聞けばいい、としか言わなかった。

ひどくサッパリした彼女が口を濁したために、込み入った状況だとは簡単に予想がつく。

そんなことに態々首を突っ込む必要もない、と割り切ってここでは避けていたのだが、

いつかは巡り合ってしまうというのが同業者のキツイところでもあった。

 

そんな事を考えていれば、やがて目的地が見えてくる。

 

「ここは?」

「WEEKEND GARAGE。別に覚えなくていいからな」

 

嫌でも覚えるから、と言わんばかりに彰人は店の中へと足を進めた。

 

 

 

「いらっしゃい。おう彰人か。冬弥ならそこに……っと、いらっしゃい」

 

カウンターでカップを磨いていた一人の男性が、

見知った顔にいつもの慣れた対応で返そうとして一人の少女に視線を移して態度を改めた。

 

「あ、謙さん大丈夫ですよ。こいつオレの知り合いなんで」

「それでもこっちは店員だ。いつものブレンドでいいか?」

「はい」

 

相当常連なのかメニュー表を取るまでもなく注文を済ませ、先に来ていた相棒の元へと向かう。

一方で取り残された言葉は、店内を見渡している。

 

「そっちのお嬢さんもカウンター席でいいかい?」

「はい。あっ、でも東雲君と同じ席でも構いません」

「そうか。注文が決まったらいつでも呼んでくれたらいい」

「ありがとうございます」

 

礼を返して再び彰人を探せば、カウンターの端の方で一人の青年と雑談を始めていた。

その青年もまた、彼女にとってよく知った人物。

 

「青柳君、偶然だね」

「鶴音か。そうだな」

 

彼の前に置かれているコーヒーは既に半分ほどになっており、先に来ていたことは窺い知れる。

尋ねたいこともあったが腰を落ち着かせ、先に注文を済ませる。内容は当然紅茶であった。

 

「そういや杏のやつどこ行ったんだ? 今日は確か手伝いって言ってたよな」

「それなら先ほどお使いを頼まれていた。すれ違ったんじゃないか?」

「かもな。残念だったな委員長」

「……? あ、もしかして白石さんがお手伝いしてるお店ってここだったり?」

「そうだ。それであの人が謙さん。この店のマスターで──」

 

一瞬何のことか分からずに思考を巡らせる言葉であったが、すぐ納得し相槌を打つ。

今まさに紅茶を淹れているその人物こそ、杏の父親である白石謙であった。

 

「あ、えっと、鶴音言葉と言います。白石さんにはいつもお世話になっていて」

「はは、そう固くならなくていい。聞いた通りの真面目な子で安心したよ。

 ほら、ご注文のブレンドと紅茶だ」

「どうも」

「あ、ありがとうございます」

 

思わぬ不意打ちで角ばった挨拶になってしまうものの、謙は笑顔で流し注文の品を差し出す。

そんな中で会話を中断され、呆れた様子でため息を吐く彰人。

 

「あ、ごめん東雲君。ただ、日頃お世話になってるし挨拶しないと失礼かなって」

「真面目なんだか素直なんだか……まあいいか。謙さんはあのRAD WEEKENDをやった1人なんだよ」

「そうなんだ。どんなイベントか知らないからなんとも言えないけど、凄いイベントだったんだよね」

「凄いの一言じゃ全然足りねえ。それこそ伝説だ」

 

凄みのある声でしみじみと答える彰人。

それ以上語らないが、彼の表情から運命の出会いともいえるイベントだったのだと理解する。

 

「でも東雲君達はそれを超えるイベントをするんだよね。期待してるから」

「おう、あの時の比じゃないくらいのを見せてやるよ」

 

会話が途切れ、彰人と冬弥が雑談を始める横でカップを傾けながら言葉の興味は店内へと移る。

おしゃれな内装で会ったが、その中でも奥に設けられたライブスペースが目に付いた。

 

「あの、もしよろしければ奥のライブスペースを使わせてもらってもいいですか?」

「ああ、自由に使ってくれ」

 

それは些細な興味によるもの。

伝説と称されるイベントをやってのけた人間に、今の自分の演奏はどう映るのかと。

ミス程度であれば自分で動画を再確認して練習すれば潰せる。

しかし音楽は感性の産物だ。譜面通りに演奏すれば称賛されるほど甘くはない。

それを知ってか知らぬか謙は二つ返事で了承した。

 

「ありがとうございます。リクエストはありますか?」

「なんでもいいぞ。お前さんの弾きたい曲を聞かせてやれ」

 

そう言って彼は興味のまなざしを向ける2人を見る。

そんな中で少女が選んだのはある民族調の曲。

早口での造語が特徴的な曲だが、それのさらにアレンジ版。

ジャズとも、クラシックとも違う一旋律に耳を傾ける3人。

 

言葉が演奏を終える頃には、その聞きなれぬ音色に惹かれるように客の数も増えているのだった。

 



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第3話「夢追う者と夢待つ者」

たった1曲きりの演奏を終え、訪れた客達は談笑を交えつついつもの日常に戻っていく。

言葉もリクエストが無いことを確認して、自分の席へと戻った。

 

「聞いたことない曲だったな、ほら、ケルトとかそんな感じの」

「結構KAITOの中では有名な曲なんだけど……知らなかった?」

「カイトって、あのバーチャルシンガーのか? こんな曲も歌えるんだな……知ってたか?」

「いや、俺も知らない。しかし本当に多芸だな。バーチャルシンガーは」

 

あまり詳しくない彰人でもKAITOの存在は知っているが曲までは知らない。

それは冬弥にとっても同じであった。

パッとしない反応を少し残念がりながら言葉は再びティーカップを傾ける。

中身は既に冷めきっていたが大した問題ではない。

 

「すみませ……あっ」

 

飲み切って次の紅茶を頼もうとするも、謙は馴染みの接客に追われていた。

楽しそうに話す様子を見て、上げかけた手を下ろしカップの底を見つめる。

 

「はーいお客さんが遠慮しないの。ご注文は?」

「紅茶のおかわりを……って白石さん?」

 

そんな遠慮がちな少女に気付いた店員──白石杏が気兼ねなく声をかける。

どうやら買い出しから戻ってきていたらしい。

 

「彰人も来てたんだ。コーヒーのお替りいる?」

「今は大丈夫だ。それより冬弥の分をだな」

「ああ、お願いできるか?」

「了解、ちょっと待っててー」

 

カウンター奥へと消えていく彼女を見送りつつ、こちらも馴染みの顔が1人増え空気が和む。

飲むものがなくなったためか、ふと冬弥の視線が積まれた楽器ケースへと向けられる。

 

「そういえば鶴音はフルートもやっていたな。どういう経緯で始めたんだ?」

「フルートはついで、かな。元々篠笛とかそういうのがやりたかったんだけど、

 音楽教室だとやってるところが無くて。それで同じ笛繋がりで始めたの」

「ついでって、そんな軽い気持ちで始められるか? 普通」

「今はそうじゃないよ。これも私の大事な一部だから」

 

口を挟む彰人を軽くいなし、楽器ケースを撫でる言葉。

その様子はさながら子供を愛でる母親のようだった。

 

「もし差支えなければ、フルートの方も聞かせてくれないだろうか」

「うん、何かリクエストはある?」

「ビゼーのアルルの女にある、メヌエットで」

「分かった。すみません、またお借りしても──」

「ああ、好きなだけ使ってくればいい。他の客も聞きたがっている」

「ありがとうございます」

「冬弥、お前……」

 

2人にとっても意外なリクエストであった。

言葉からすれば、通りで演奏する中でクラシックを頼む者は一人としておらず、

彰人からすれば、冬弥が態々クラシックを頼むという事実。

 

セカイでのみクラシックに耳を傾けていた冬弥が、興味本位で頼むとは考え難い。

再び楽器の準備をする言葉を遠目に見つめながら彰人は問いかける。

 

「こっちでもクラシックを聴くなんて、珍しいな」

「別に深い意味はない。ただ強いて言うなら鶴音の音色が聞きたいと思った」

「ならそれを本人に言ってやれよ」

 

彼女の実力は間違いなくあの神高祭の時よりも上がっている。

それは2人とも先ほどの演奏で知らされた。

実力を推し量るという意味が含まれてしまうが、

それを自分の愛したクラシックという形ではどう表すか、興味が沸いたのだと。

 

他の客やフロアに戻ってきた杏の視線を受けつつ、演奏を始める言葉。

それは先ほどとは打って変わって優雅に、かつ観客の反応によって緩急をつける物。

技量こそ向上しているが、それ以外は神高祭で演奏した時とほとんど同じであった。

 

演奏を終えて頭を下げる彼女に拍手が送られ、別のリクエストが飛び交っている。

有名楽曲であれば即時弾いてくれる、という彼女のスタイルはここでも健在らしい。

 

それから言葉が解放されたのは30分ほど後のこと。

その頃には既にお昼時も過ぎており客足も落ち着いていた。

 

 

 

席に戻った彼女は再び冷めきった紅茶で喉を潤す。

 

「どうだった? 青柳君」

「ああ、正直驚いた。神高祭よりもずっとうまくなっているな」

「ありがとう」

 

冬弥の感想を受け取りつつ再びおかわりを頼む。

すると今度は謙が注文を取り感想を交えながら紅茶を淹れる。

 

「大した腕だな。技量もそうだが客の心を掴むのもうまい。よく相手を見ている」

「ありがとうございます」

「ただ、1人でずっと続けていれば独りよがりにもなる。それは気を付けた方がいい。

 仲間や相棒を見つけるなら、なるべく早いうちにな」

「その点は大丈夫です。誰とも組む気はありませんし、イベントなどにも出る予定はないので」

「……そうか」

 

あまりにさっぱりとした返答に謙は少し残念そうな顔を浮かべながら紅茶を差し出す。

言葉は感謝と共にようやくありつけた温かい紅茶をよく味わいつつ、安堵の表情を浮かべていた。

 

「? イベントにも出る気が無いって、じゃあ何のために音楽やってんだよ?」

「それは秘密」

 

今はまだ、自分の奏でる音に納得できていないから、と。

空白を補えるほど自分の腕が追い付いていない、とは口が裂けても言えない。

それは一途に、彰人が夢を語って見せた時の真剣さを知っていたからである。

そんな相手にこんなことを口にしては怒られるのは当然。

いらぬトラブルを避けるためにも、言葉はそう言った問いにだんまりを続ける。

 

「じゃあなんでここでやってるんだ?」

「人に聞いてもらった方が成長出来るから、かな。

 ここの人達は音楽、好きでやってる人が多いから」

 

始めた理由もそこにあるのかと追及する彰人だが、のらりくらりとかわされるだけ。

結局その日は肝心なことが聞けないまま、言葉はその場を後にするのであった。

 

 

 

「おい杏、本人に聞いても教えてくれなかったぞ」

「あれーおかしいなー? 何か悪いことでもしたんじゃない?」

「むしろ助けたのはオレなんだが……」

 

店の中に残された彰人は納得いかぬ様子では杏へ問いかける。

しかし当の本人も予想外だったようで、ありきたりな理由で返すことしかできない。

 

「誰にも踏み込まれたくない理由、というのもあるだろう」

「お前が言うとほんとシャレにならないからやめてくれ」

 

今でこそ吹っ切れたと言えるが冬弥が言うには重みが違いすぎる。

杏も普段なら軽く口にしていただろうが、

あまりに重い話であったため本人の居ないところで口にしたくはなかった。

 

「お前達、随分と厄介な奴に関わってるな」

 

洗い物を終えカウンターに顔を見せる謙。その表情は呆れている。

 

「厄介なって、大袈裟ですよ謙さん。まあ、気になりはしますけど」

「だろうな。だが今は気にするな。そんなことより考えることがあるだろ?」

「……それもそうか。しかしこはねのやつ遅いな、何やってんだ?」

「少し遅れるって連絡あったし、そんなにかっかしないの」

 

最後の一人を待つ中で、店に駆け足で入ってくる少女──小豆沢こはね。

その手には大きな菓子袋が下げられていた。

 

「皆、遅れてごめんね」

「ううん全然! こっちもさっき落ち着いたばっかりだから。ところでその袋は?」

「お父さんがこの前のライブのお礼にって渡してくれたんだ」

「……とりあえず全員揃ったし、早く次のセトリ考えるぞー」

 

いつもと変わらず和気あいあいと言葉を交わす2人に呆れた様子で口を開く彰人。

こはねも注文を済ませ、先ほど言葉が座っていた席に腰掛ける。

少年少女は自らの夢を追うため、行動を開始するのであった。



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第4話「赤雷の舞踏家」

それから幾日か過ぎて。

Vivid BAD SQUADの面々は次のイベントの練習にと公園へ向かっている。

しかしそこでは既に赤い髪の少女がダンスの練習をしていた。

ただ普通のダンスというより、もはやトリッキングの域に達してる。

 

「珍しいな、オレ達以外で使ってるやつなんて」

「そういうこともあるだろう。ここはビビッドストリートからも近いからな」

「邪魔しちゃ悪いし、別の場所で練習しよっか?」

「つってもアテはあんのかよ、アテは」

「探してみなきゃそんなのわかんないでしょー」

 

広い公園ではない為、派手に動かれては一緒にやろうにも危険が伴う。

たった1人の人物にいつもの場所を譲るのも気が引けるが、これを機に候補を探すのは悪くない。

3人が踵を返す中でこはねがその踊る少女を見ていた。

 

「こはね、どうかした?」

「あれってもしかして……皆、ちょっと待ってて!」

「あ、おい! ……行っちまった」

 

思い当たる節があるのか、急に駆け出す彼女。

妙に度胸のある行動をすることがあるが、その行動原理は相棒の杏ですら理解が及ばなかった。

踊っていた少女も曲が終わり休憩に入っている。

そこで駆け寄ったこはねの存在に気付き、楽しそうに談笑を交えていた。

 

「もしかして小豆沢の知り合いか?」

「いや、だとしてもオレ達には関係ないだろ。杏、連れ戻して来いよ」

「はーい。こはねー!」

 

手を振りながら杏も2人の元へと駆けていく。

すぐに連れてくるものだと思って待っているも、どうしてか杏もその会話の輪に入っていた。

挙句の果てには2人のことも呼んでいる様子でこちらに視線を向けている。

どうやら杏にとっても知り合いであったらしい。

 

「しゃーねー、オレ達も行くか」

「……そうだな」

 

このままでは練習の時間が短くなってしまう。

それに知り合いなら譲ってくれるかもしれない、と淡い期待もあった。

 

「あ、やっと来た。ほら、せっかくだし自己紹介しちゃおっか」

「はい! 鶴音文っていいます。えーっと、お姉ちゃんがお世話になってます?」

「鶴音でお姉ちゃんって、まさか」

 

その顔を凝視しながら言葉と姿を重ねるも、顔の形や面影ですら微塵も似ていなかった。

もちろん2人も妹がいるという話は初耳ではあるが、

挨拶されたからには返さないわけにもいかない。

 

「妹さんが居たんだな。俺は青柳冬弥という」

「東雲彰人です。えーっと、君はここでよく練習してるのかな」

 

知人の妹であっても他人は他人。

彰人お得意のいい人モードで対応するも、杏の表情がニヤついている。

 

「青柳さんに東雲さんですね。

 いつもは別の公園でしてるんですけど、イベントやってて使えなくって

 ここ、お姉ちゃんが演奏してる通りに近いし、ちょうどいいかなって」

「なるほど。小豆沢や白石と知り合いみたいだが」

「こはねちゃんは宮女の体験入学で……」

「私はバレンタインの時にちょっとね。それより、今から休憩入るから使っていいってさ」

「あ、でも練習みちゃいますけど、大丈夫ですか?」

「別に気にすることないよ。オレ達の方が後から来たし、むしろありがとう」

 

その彰人の言葉と共に離れてベンチに腰掛ける。

呑気に頑張れーと応援してるあたり、この4人について何も知らないらしい。

こはねと杏は笑顔で返していた。

 

「ところで彰人、別にいい人モードしなくていいんじゃない? 鶴音さんのこと知ってるしさ」

「それでもだ。余計なトラブルは起こしたくない」

 

「(それにあいつ、斑鳩と同じ匂いがするんだよな……関わると面倒そうだ)」

 

溢れ出る陽の気配から言葉の友人の面影を感じつつも、彰人は練習に打ち込むのであった。

 

 

 

4人の練習風景を真剣なまなざしで見つめていた。1人1人の動き・位置取りを記憶するかのように。

その練習が終わってからそれぞれの分の水を買ってきていた。

 

「もしよかったらこれ、どうぞ!」

「ありがとー! でもごめんね、私達もちゃんと持ってきてるから」

「えへへ、解ってます。それでも、必要になったら言ってくださいね!」

「……なんていうか、杏のやつ懐かれてるな」

「ふふ、杏ちゃん、文ちゃんと気が合いそうだもんね」

「あれは懐かれてるというより、先輩後輩としてあるべき対応をしているだけじゃないか?」

 

杏に笑顔で断られてしまうもお互い水分の重要性を知っている。

そういって自分用の1Lのペットボトルを傾けた。

 

録画していた自分達の練習風景を眺める一方で今度は文の練習が始まる。

動画を投稿するわけではないが希望を貰ったあの日から、いざという日の為に研鑽を続けていた。

以前問題となった炎上も対象を失ったことで自然鎮火したと、友人を通じて知っている。

 

結果として負い目なく自分の趣味として没頭出来ているわけで。

ワイヤレスイヤホンを耳に踊るのはバーチャルシンガーを主題にした家庭用ゲームのテーマ曲。

誰に見せるわけでもないからか歌も口ずさんでいた。

それでも間奏と後奏部分は自分の運動神経をアピールするようにアクロバットに踊って見せる。

そんな動きをしていれば嫌でも目立つ。いつしか4人の視線を集めていた。

 

しかし片方は明確な、もう片方は漠然とした夢に向けて交互に練習を続けるだけだった。



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第5話「夢を掴み損ねたからこそ」

「おかわりお願いしまーす!」

「はいよ」

「いやどんだけ食べるんだよ! これで3杯目だろ!?」

 

いつもより少し賑やかなWEEKEND GARAGE。そこにはいつもの4人以外に文の姿があった。

お互いに練習を終えて募る話もあると、こはねと杏の案内で来店している。

それぞれコーヒーやカフェオレを注文する中、

シーフードカレーに目をつけミルクティーと共に注文したのは、少し前の話。

 

「だって大盛用のお皿が無いならいっぱい頼むだけですもーん」

「こっちからすればライスが余ってたからな。むしろたくさん食ってくれると助かる」

「ほらー、マスターさんだってそう言ってるじゃないですか!」

「いや、それにしたってお前……はあ」

 

これ以上何を言っても動じないことを悟り、彰人は疲れた様子で天井を仰いだ。

既にいい人モードは終了し、ましてやこんな人物に猫を被っていたことすら後悔するほどだった。

 

「なに彰人、私のお客さんにケチ付ける気?」

「いやそういうわけじゃねえけど……」

 

杏に口を挟まれ言葉を濁す。これ以上安住の地に知人やトラブルメーカーを入れたくなかった。

1度は不可抗力だったかもしれないが今回は完全に不意打ち。

ましてやこはねの友人で杏の知人ともなれば、この店に訪れるのは必然ともいえる。

 

「おい、お前の友人だろ。なんとかしろよ」

「でも文ちゃん、いつもこんな感じだよ?」

「………」

 

普段は小動物のようにふるまうこはねが、動じずにその様子を眺めている。

それをいいことに静止させようと声をかけるも、彼女もまた文側の人間だった。

 

「彰人、こればっかりは仕方ない。割り切ろう」

「……だな」

 

我関せずとコーヒーを飲んでいた冬弥にたしなめられ、自分もとコーヒーを口にする。

いつもと変わらぬ風味が揺れる心を落ち着かせた。

 

2人において他の何よりも、この少女が委員長──鶴音言葉の妹ということに納得がいかなかった。

 

彰人からすれば姉の姿を見て育ったこともあり、反骨精神を受け継いだと言える。

冬弥も知りえる兄弟・姉妹といえば天馬兄妹であり、

その2人は容姿もさることながら性格もポジティブという共通点があった。

 

しかしこの姉妹は真逆。冷静な姉と活発な妹。容姿もさほど似ているわけではない。

腹違いの姉妹と言われた方がまだ納得のいく部類だ。

 

「そういえば文ちゃんのお姉さんって家では何してるの?」

「大体宿題と楽器の練習、かな。引きこもり屋さんだからお部屋から全然出てこないんです」

「お姉さん楽器やってるんだね。何の楽器か分かる?」

「フルートとか和楽器の笛とか……袋からいっぱい笛が生えてるやつ!」

 

3杯目のカレーを早々と平らげた文は杏から普段の姉の様子を聞かれていた。

そこに深い意味はなく、ただ妹から見た姉の像が気になっただけである。

こはねも姉については他の3人よりも知る事は少ない為矢継ぎ早に質問を飛ばす。

本人も音色こそ聞きなれているが楽器の名前は記憶から飛んでいた。

 

「へー、家でも練習してるんだ……ってことは家の人も知ってるんだね」

「うん。あ、でもわたしが踊り手してるのは秘密ですよ! お姉ちゃんにも秘密にしてるんで!」

「……? 別に知られたってアレになら気にすることないだろ」

「お姉ちゃんのこと何も知らないのにそんな口利かないでくれます?」

 

あの性格なら妹でも友人でも、やっていることに口を挟まないだろう。

伊達に彰人も半年間ほどクラスで彼女を見てきているわけではなかった。

 

しかしその発言を受け睨みつける文。年上の青年であってもお構いなしだった。

その眼光の鋭さたるや、中学時代の絵名と彷彿とさせ思わず震え上がる。

 

「……悪い」

「もー、冗談ですよー! そんな怖がらないでください」

「いや絶対冗談じゃないだろ」

 

冷汗をかきつつふとこはねの方へと目をやれば、対象が違うのにも関わらず飛び上がっていた。

 

「そういえば文ちゃんはイベント出たりしないの?」

 

一方で露知らずと杏がふと話題を振る。

あれほどの演技力であれば十分やっていけると思ったのだろう。

 

「動画の方で失敗しちゃったから、しばらくはいいかなーって。

 まだ人に見てもらうほど大したものじゃないんで」

「そ、そんなことないと思うよ!」

 

そう言って立ち上がったのは意外にもこはねであった。

 

「踊りなんて私じゃあんな動き出来ないし、歌だって全然ブレてないし、それにそれに」

「あはは、ありがとー。やっぱりこはねちゃんは凄いね。

 でもわたしはまだ夢もなんにもないし、そんなので人前に立っても意味ないかなって」

 

いまだ漠然とした状態で人に見せても、また非難の嵐を受けるだけだとカップを傾ける。

ポジティブな彼女ではあるものの、自分のやりたいことが見えない分弱気になっていた。

 

「意味があるかないかなんて、最初から分かる奴はいないだろうさ」

 

そういって追加注文していたデザートを差し出す謙。

対する文は思いがけぬ人物が会話に入ってきたことに目を丸くする。

 

「それに何にも挑戦しないまま変われるわけもないだろう」

「挑戦、ですか?」

「ま、そのあたりに関してはオレなんかよりよっぽど頼りになる先輩に聞いてみることだ」

 

その言葉を最後に店奥に消えていく。

行く当てのなくなった質問を投げようにも、誰に向ければいいか分からない。

戸惑った様子で4人を見れば、杏がこはねの背中を押す。

 

「ほらこはね、友達が悩んでるなら力貸してあげなきゃ」

「う、うん。文ちゃん、あのね──」

 

こうして少女は語りだす。自分が今ここにいる理由を。

 



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第6話「1日を終えて」

家に帰った文はベッドの上に寝転がる。思い返すのはこはねが語っ本当の想い。

 

『杏ちゃんと一緒に、歌いたい。

 それで、杏ちゃんと……皆と一緒に『RAD WEEKEND』を超える最高のイベントをやりたい!』

 

その表情は真剣そのもので、以前観覧車で見た小動物の様な可愛さは感じられなかった。

 

「皆、かあ」

 

あの場所にいた4人は1つの夢に向かって歩き出している。

未だ道の見えぬ少女からすればそれは尊敬すら値するものであり、

また自らの小ささを実感するものでもあった。

 

自分も気の合う仲間が居れば少しでも変われるのだろうか。

現実でも仲間の存在は大きい。若ければ若いほど猶更である。

文にも友達がいないわけではないが、この踊りを共にする者は居なかった。

 

『もしよかったら、来てくれると嬉しいな』

 

そして別れ際に渡されたのは今度4人が今度参加するイベントのチケットが2枚。

姉の分もと渡されたわけだが、悩んでばかりで誘うに誘えない。

部屋にはいるらしいが、笛の音が聞こえてこない所を見るに勉強中なのだろう。

大好きなミクの曲も考え事のせいで聞き流してしまっていた。

 

「とりあえず、甘い物でも食べて考えよーっと」

 

考え事をしていれば糖分を要求するという。

燃費の悪い文であれば猶更で、何か残り物が無いかと食卓へと足を向けた。

 

「叔母さーん、お菓子の作り置きとかってない?」

「あら文ちゃん、ちょうどよかったわ。言葉ちゃんを呼んできてくれる?」

 

そういいつつ台所でケーキを切り分けている叔母の姿があった。

晩御飯は要らないと連絡していたものの、ケーキはちゃんと4人分である。

思わず飛びつきそうになるも叔母から言われたことを優先し階段下から声をかけた。

 

「お姉ちゃーん! ケーキあるよー!」

「うん、すぐ行くから待ってて」

 

言葉にしては珍しくすぐに返事をして姿を見せる。

宿題のキリがよかったのだろうか、と文は首を傾げるも甘い誘惑の方が強かった。

皆が腰を掛けたところで早速食べ始める。

 

話題として挙がるのはWEEKEND GARAGEでの出来事。

文としては晩御飯を断ってまで入り浸ることは珍しく、叔父と叔母の興味を引いた。

そんな中で言葉は口を挟むことなく静かに聞いている。

 

「あ、そうだお姉ちゃん。これ」

「イベントのチケット? どうしたの、これ?」

「友達がそのイベントに出るからよかったらって! ほら、お姉ちゃんの友達も出るし!」

「そういえば白石さん、小豆沢さんが相棒って言ってたっけ……」

 

神高祭の時も仲睦まじげであったことから、世界は広いようで狭いのだと実感する。

言葉からすれば友人というより知人ではあるのだが。

 

「今は4人で色んなイベントに出てるんだって。

 確かグループ名はビビっとババっとすくっと……だったっけ」

「どうして全部擬音……それって『Vivid BAD SQUAD』だったりしない?」

「そうそれそれ! お姉ちゃん何で知ってるの!?」

「知ってる、というより多分発音でそれかなって」

 

その名前もついこの間に青年達のユニットに絡まれた際知ったもので、

メンバーがどういった人物なのかは想像もしていなかった。

今までの話からして、彰人や冬弥もそのメンバーなのだと予測を立てる。

 

『当然だ。何せオレ達はあの『RAD WEEKEND』を超えるんだからな』

「(あの時はBAD DOGSで2人だったけど、そっか。今は4人でやってるんだね)」

 

随分と前の出来事だが思い返せば最近のことのように思い出せるあのイベント。

こうして機会を与えられては、あれから彼らがどうなったのか気になるというもの。

 

「お姉ちゃんどうしたの? ケーキいらないなら食べたげよっか?」

「文は文の分あるでしょ。また怒るよ」

 

自然と手が止まっていたらしく、文が物欲しそうな目でケーキを見つめている。

イベントに誘うのかケーキが食べたいのか解らないものの、とりあえず咎めておく。

 

「ねえねえ、叔父さんも叔母さんもいいでしょ?」

「そうね、文ちゃんだけなら心配だけど、言葉ちゃんが一緒なら問題ないかしら」

「そうですね。文さんも最近は調子がもどってきたようですし、

 言葉さんが一緒なら問題ないでしょう」

「むー、わたしも今年から高校生だよ? お姉ちゃんが居なくてもしっかりできますー!」

 

一応2人とも少女ではあるだがやりたいことを優先してくれるため、ダメとは言わなかった。

とはいえまだまだ未熟な所も見え隠れしているせいか、心配はしてくれている様子で。

それに納得のいかない文は頬を膨らませながら反論していた。

 

「ほらほらお姉ちゃん、2人も良いって言ってるよ!」

「そこまでいうなら行ってみようかな」

「やったー!」

 

妹がひっかきまわしてばかりではあるが付き合う以上満更でもないのだろう。

やれやれといった表情でチケットを受け取る言葉であった。

 



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第7話「ご縁とトラブル」

それからというもの、WEEKEND GARAGEに2人が訪れることはなかった。

そしてイベント当日。

言葉は路上での演奏会を早めに切り上げ会場前で文を待つ。

 

「開場まであと30分……ちょっと早すぎたかな」

 

どこかで暇つぶしするにしても妹には会場前で集合と約束していた。

休日の夕方ということもあり周囲のお店は既に満員。

仕方なく電柱にもたれ掛かりつつ、カバンの中にあった小説を読み始める。

 

「おお、お嬢ちゃん! なに、今日は君も参加するのかい?」

「いえ、今日はお客さんとして。あ、いつも聞いてくださってありがとうございます」

「いいってことよ。まあ今日はあのVivid BAD SQUADの奴らも出るからな! 楽しみにしとけよ!」

「ふふ、そうですね。楽しみにしてます」

 

「お、笛の子じゃん。もしかして今日のイベント出るの?」

「えっ、あ、いえ。今日はお客さんとして」

「そっか残念。ま、楽しんでいってよ」

 

「あれれ、フルートの子だ。イベント出たりする?」

「えっと、今日は見に来ただけで……」

「もったいないなー。良かったらお姉さん達と出てみない?」

「コラコラ、この子の演奏じゃウチらに釣り合わないでしょ? ごめんね、ほらいくよ」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

そんな彼女に対して続々と訪れる人々が声をかける。

自分の常連客もそうだが、先に会場入りするミュージシャンも少なからず存在した。

 

音楽好きの集うこの通りで活動していれば嫌でも目に付く。

普段は近付き難い存在であっても、イベント前の高鳴る雰囲気に後押しされる者が多かった。

 

「(本当にここにいる人達は音楽が好きなんだ)」

 

そこに悪意など微塵も存在しない。ただ好きを共にする仲間であるからこその行動。

それを理解していたからこそ、何気ない笑顔で対応することが出来た。

 

「お姉ちゃーん! おまた──モガガ」

「ふ、文! 目立っちゃうから声抑えて……」

 

ほとんどが顔見知りであるこの場で大声をあげられては流石の言葉もたまらない。

慌てて口をおさえるものの注目の的となってしまう。

 

「お、アンタが連れとは珍しいねえ! 妹さんも何かやってるのかい?」

「え、えっと、妹は何も……」

「妹さんもお姉さんに似て可愛いわね。名前はなんていうのかしら」

「ぷはあ、鶴音文です! よろしくお願いしまーす!」

 

拘束を逃れ周りに充分聞こえる声量で自己紹介をする。

姉とはまるで違うハツラツとした振る舞いに周囲は笑顔に染まっていった。

 

「あれ、お姉ちゃんってもしかして有名人だったり?」

「そんなことはないと思うけど、まあ、ちょっとね」

 

それから開場するまでの間、言葉を知る人々は見慣れぬ文の存在に興味を抱き声をかけていく。

お得意の社交辞令も妹の無邪気さで崩されてしまうのであった。

 

 

 

イベントは曲数を重ねるごとに盛り上がりを見せ、観客の大半も一体となっている。

いい意味で以前と変わらぬ空気感に言葉は安心を、文は半分身を乗り出すほどにノッていた。

そしていよいよ次がVivid BAD SQUADの出番かというところで。

 

「鶴音さん、ちょっといいかな」

「えっ、あ、私ですか?」

 

話しかけてきたのは20代前半と思われる男性。

見覚えはないものの、首から下げられたネームプレートにはSTAFFと書かれている。

 

「そう君。ちょっとお願いがあるんだけど……ここじゃちょっと、いいかな?」

 

言われるがままについていけば、関係者入り口から中へと案内され、外部からの音も遮断される。

それでもVivid BAD SQUADが登場したかと思われるタイミングでの歓声は強烈なものだった。

 

「君、確かここらへんで演奏してたよね」

「はい。といっても時折、ですが」

「そうか。……単刀直入に言おう、代理で1曲だけ入ってくれないか?」

 

事情を聴くには、次に入るはずだったユニットがまだ姿を見せていないらしい。

渋滞に巻き込まれたらしく、すぐ近くに来ているとのことだが、

準備も考えるとどうしても1曲ほどの空きができてしまう。

 

本来なら他の出演ミュージシャンにお願いする話だが、

最近勢いを増しているVivid BAD SQUADの直後に、持ちネタも尽きた状態で入る者などいない。

事情は出演者にとって周知の事実ではあるが、今歌っている彼女達もセトリは簡単に変えられない。

かろうじて1曲だけ追加し引き延ばしてくれるそうだが、それ以上は体力的にも無理がある。

 

そんな中で観客に紛れていたのが言葉であった。幸いにも楽器は手元にある。

 

「でも、私の演奏は……」

「解っている。はっきり言って君の演奏はこの場に向かない。それでも、やってほしいんだ」

 

演奏する自分も、お願いする本人も、奏でられる音楽のジャンルは知っている。

哀愁、悲哀を始めとするもの。リクエストさえすれば応えるものの、盛り上がりに欠ける。

しかしそれでも言葉が演奏すれば空気を殺さずに済むのは事実。

 

「少し、考えさせて「それ、わたしに任せてもらえませんか!?」」

 

気持ちを整理するために告げる言葉を遮ったのは、赤髪の少女。

話は聞かせてもらったと言わんばかりに仁王立ちしている。

 

「君! ここは関係者以外立ち入り「わたしは鶴音文! お姉ちゃんの、鶴音言葉の妹です!」妹?」

 

思わず男性が声を上げるもそれ以上の声で押し返し、その勢いのままスタッフに詰め寄る。

 

「し、しかし君は何も「その点はご心配なく! ちゃんと実績はあります!」」

「文……?」

 

自分の手で全て無に帰した実績ではあるものの、経験だけはまだ生きている。

いつもと違い自信満々に答える文の瞳には、いつかの友から受け取った信念の灯りがあった。

しかしその想いだけでは人を動かすには至らない。

 

「では、私も一緒にではいけませんか」

「君が……いや、君だけならまだしも君の妹君が一緒は流石に……」

「では、この話はなかったということで」

 

感化されたのか、飛び火したのか解らない。それでもあくまで冷酷に。

 

それはまるで悪いことを思い付いた彰人のように、

歯切れの悪い返事に文の手を取りその場を後にしようとした。

 

「わ、分かった! その条件を飲む! だから、どうにかしてこの空気を繋いでくれ!」

「「ありがとうございます」!」

 

その返事を皮切りに、2人は準備に取り掛かるのであった。



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第8話「私の隣に立つ者は」

「じゃあ、私がKAITOのパートで、文がミクのパートでいい?」

「うん! むしろラップだけど大丈夫?」

「まあ、そこはやってみせるよ」

 

ステージ裏。

音源は文の手によって既にスタッフに渡されていた。

幸いにもお互いに知る楽曲であり全くの未経験ではない。

 

言葉は耳コピの為に楽曲を、文は振りコピの為にライブの映像を、穴が開くまで見聞きする。

突然の予定変更にスタッフもせわしなく動いていた。

 

やがて会場がかつてない歓声に包まれる。Vivid BAD SQUADが歌い終えたらしい。

それを肌で感じた姉妹は意を決しイヤホンを耳から外した。

 

「文、行けそう?」

「もっちろん! お姉ちゃんこそ圧倒されて演奏忘れないでよね!」

 

意味までは察せ無くとも、体験入学後から明るさと活発さに磨きがかかっていることは知っている。

これから何が起こるか予想がつかないが、その自信に賭ける価値は十分にあった。

 

『では次は……っと、ここで飛び入りゲストの登場だ! 頼んだぜ!』

 

パンフにもない突然の出来事にざわめく観客。それを畳みかけるように姿を見せる2人。

 

「あっ、あれ笛の子じゃねーか」

「でもあの隣は誰だ? 初めて見るぞ」

「もしかしてユニット組んでたのか?」

「でも、あの子のジャンルじゃ盛り上げるの無理だろ」

 

言葉を知る者は少なくないが、まったくの初見の人物に戸惑いの声が上がる。

特別ゲストと言われ期待感が高まっていたにも関わらずこの仕打ちでは興ざめもいい所。

 

「音響さん! MC出来ないんで早速曲流しちゃって下さい!!」

 

文の合図とも言えない声と共に独特のシンセの音色に乗せダンスチューンが流れ始める。

メインメロディに合わせて合いの手とラップを刻む言葉。

ミクのパートを歌うとともに1人用にアレンジした振り付けを踊り舞う文。

ギターのメロを篠笛で奏でてみせる言葉がバックに続く。

 

「おい誰だよ盛り上げるの無理だって言ったやつ!」

「あの赤髪の子のダンスすげぇ、初めて見るが相当の練度だぞ」

 

片や幼い頃から感覚と腕を磨いてきた演奏家。もう片方は企業案件をいくつも蹴ってきた踊り手。

それでも初めて故のぎこちなさは残っており、他の面々よりはノれなかった。

 

言葉は文の思わぬ特技に目を丸くしつつ、後押しするために段々と調子を上げていく。

そして文は誰よりもこの場を楽しんでいた。大好きな姉の旋律の隣で自らの踊りを披露する。

誰かの大好きになるよりも、自らの大好きに酔いしれていた。

 

「……!」

 

しかし、そうは問屋がおろさない。サビの終わりで唐突に篠笛の音色が途切れる。

長年ロクなメンテナンスも無しに使い続けたガタがここで出てしまったのだ。

音源に問題はないものの急なトラブルは不安要素となって、文に、そして観客に伝染する。

 

「どうした? トラブルか?」

「せっかく盛り上がってきたのに」

「(お姉ちゃん……!)」

 

焦りはしないが思考が止まる。このまま無しで突き通すには無理があった。

文も自分のパートを無視してまで声をかけることはできない。

 

「その程度で止めんじゃねえ!!」

 

ステージの下手から喝が飛ぶ。何事かと視線を向ければ影から見守る4人の顔がそこにあった。

恐らく彰人の声だろう。まだ会場にはVivid BAD SQUADが残した熱がある。

所詮中継ぎに為に利用されるだけであっても、それだけはやり遂げたい。

そしてなにより、必死に場を持たせている妹の為に自分が出来る事は1つだけだ。

 

笛を下げ手ぶらになってもなお、その音色は途切れない。それは自然と見についた特技。

 

「口笛……!」

 

奇しくもその音色は似ているため、さほど違和感は生まれない。そしてなにより──

 

「──♪ ──! ──♪ ──!」

 

掛け声と演奏の切り替えが段違いに早い。

1番のサビでは見送っていた合いの手も2番には間に合わせてみせた。

それによってさらに後押しされた文も先ほどより活発な振り付けへと変わっていく。

言葉も篠笛用のマイクを手に取り、

軽快な足取りと空いた片手で出来る限りの振り付けをして見せ、観客を盛り上げに努めた。

 

「なんか、空気変わったな」

「ああ、面白いじゃん、この2人」

 

多少空回りしていても、元々あったまっていた会場だ。それに観客がノらないわけがない。

次第に場の空気を取り戻し、それに応えるように言葉の音色が研ぎ澄まされる。

姉の音色が研ぎ澄まされれば楽しくなって文のパフォーマンスも派手さを増していく。

 

曲が終わる頃にはVivid BAD SQUADまではいかないものの、

場の空気を保ったまま次のユニットへと繋げることが出来た2人であった。

 

 

 

「2人ともお疲れ様ー! ホントに助かったよ」

「文ちゃん凄く良かったよ!」

「えへへ、ありがとー! これもこはねちゃんのお蔭だよ!」

 

ステージを降りた2人を真っ先に出迎えたのはこはねと杏。

そんな2人に駆け寄って喜びを表す文は満面の笑みを浮かべている。

 

「お疲れ委員長。ま、ぶっつけ本番にしてはよくやった方だろ」

「そういいつつ、彰人が一番応援していたが」

「当たり前だ。オレ達の繋ぎに入ったからには、嫌でも盛り上げてもらわないとな」

「東雲君も割と無茶言うよね。でも、ありがとう」

 

彰人の言葉が無ければ彼女はあのまま何もなしに続行していただろう。

人から受けた期待にはしっかりと応える言葉にとって、いい発火材になった。

 

「それじゃあ、私達はこれで。文、行くよ」

「あれ、最後まで残らないの?」

 

基本的にイベントの最後にはどこが一番盛り上げたか、という発表がある。

初めてイベントに参加した彼女達は知らないのか、そのまま後にしようとしていた。

 

「今日は流石に疲れたから、早く帰って家でゆっくりしたいかな」

「あはは、わたしも無茶しすぎたかも。皆もまたねー」

 

返事を待たずにその場を去っていく鶴音姉妹を見送る4人。

 

「鶴音さん、また良かったら参加してよ! 私達も待ってるからさ!」

「文ちゃんも、また一緒にイベント盛り上げようね!」

 

そんな背中にかける2人の言葉。

一方は背を向けたまま手だけ振り、一方は見えなくなるまで友人の顔を見て手を振って応える。

どこまでも対照的な姉妹の、一夜限りの奇跡はこれにて幕を閉じるのであった。




大江戸ジュリアナイト/Mitchie M

ご無沙汰しております、kasyopaです。

事後報告となりますが、お陰様でこちらの作品でも赤帯を頂き、
お気に入りも50件となりました。本当にありがとうございます。
読み上げ機能も使えるようになりましたので、随時読み間違えなど洗って適応していきます。

というわけで、第2回ユニット絡みアンケートで選ばれたのは「Vivid BAD SQUAD」でした。
ビビバスといえばWEEKEND GARAGEと謙さんにも出てこないとなー、
と思いつつ執筆させていただきました。

サイドストーリーをこちらも6話設けておりますので、
もう少しだけお付き合いください。

現在実施中のアンケートに関してはビビバス編が完全に終わってからの投稿になります。
ご了承ください。

誤字報告、感想もお待ちしておりますので、もし宜しければお願いします。


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ビビバス編 サイドストーリー
複雑怪奇な間柄 前編


星4 白石杏 サイドストーリー前編


イベントは熱気の冷めぬまま幕を閉じ、Vivid BAD SQUADの面々はWEEKEND GARAGEを訪れていた。

 

「でももったいないよね。最後に名指しまでされてたのに」

「そうだね。文ちゃん知ったら悔しがりそう……」

 

最も会場を盛り上げたとしてVivid BAD SQUADが祝され、

合わせて健闘した鶴音姉妹が呼ばれた。

しかし2人は既に帰路へついており、残された者達の気まずさたるや筆舌に尽くし難い。

 

一応その内容で連絡したものの既読が付くことはなかった。恐らくシャワーでも浴びているのだろう。

 

「しかし姉妹とはいえ共演は今日が初めてだったんだろう? それであそこまで練り上げてくるとは」

「オレ達とは逆なんだろ。『勢いだけで技術がない』ってやつの」

「……なるほど、そういうことか」

 

BAD DOGSを組んだ頃に客から言われたことだ。

それから2人は呆れるほど練習に打ち込み見返すことに成功する。

 

彼女達はその逆。『技術は達者だが勢いがない』。

それを曲の雰囲気と彼らが残した熱によってなんとか誤魔化しただけだ。

いざ彼女達の演奏を聴こうと身構えれば肩透かしを食らうだろう。

 

「でも、やっぱり私達のステージ見てほしかったよね」

「あー……それはまたいつか機会があるだろ。これで満足して終わり、なわけないしな」

「これからもイベントに参加していれば、また誘う機会も出来るだろう」

「そうだよこはね! RAD WEEKENDを超えるからにはもっともっとイベントに出ていかないとね!」

「うん、そうだよね。私も、頑張って文ちゃんくらい歌って踊れるようになれたら」

 

目を閉じて踊り舞う文の姿を思い浮かべるこはね。

ダンスに関しては恐らくあのイベントの中で上から数えた方が早い程の出来栄えだっただろう。

歌に関してはそうとは言えないが。

 

「いやなにもあそこまで行かなくてもいいだろ。何より歌なら負けてねえんだから」

「あっれー彰人、今日は珍しく素直じゃん?」

「いちいち突っかかってくんなって……はあ」

 

珍しく褒めたことで杏がにやけ顔で迫ってきて、誤魔化すようにカップを傾け視線を外す。

それに他意は無くとも、いつもの彼らしからぬ言動であるのは確かであった。

 

「そういいつつ、彰人も今回は張り切っていたからな」

「あ、だからあの時声かけたのも……」

「あーうるせえ。冬弥も余計な事言ってんじゃねえって」

 

言葉がトラブルに見舞われた時、真っ先に動いたのは彰人だ。しかし理由は音が途切れたことにある。

 

それはVividsが結成して初めてのイベントで起きたトラブルと似ていた。

自分が引き起こしたわけではないものの、知り合いが起こしたとなれば責任感はある。

こはねのように意気消沈してしまえばそれこそ二の舞。

 

人の未来が、外的要因で潰れる瞬間を見たくない。

何より未来を無理やり切り開いてきた彰人だからこそ、出た言葉であった。

 

「おーいお前達、おしゃべりもいいがもうすぐバー営業に切り替えるぞ」

 

そんな談笑にカウンターから割って入ったのは謙であった。

WEEKEND GARAGEは夜にカフェからバーに切り替わる。

未成年である彼女達がいてよい場ではなく、

また本来手伝いをしている杏も出来る事が少ない為家に帰るのが常であった。

 

「あ、父さん。そういえば1つだけ質問いい?」

「ん、なんだ突然」

 

このまま解散の流れになるか、という時杏が何か思い返したように声をかける。

 

「この前、随分と厄介な奴に関わってる、って言ってたけど、あれどういう事?」

 

言葉がこの店を訪れた日、謙は確かにそう口にした。

 

「今それを蒸し返すのか? 別に流しても問題ないだろう」

「まあ、一応友達だし。気になることは気になるかなって」

 

杏も随分と周りの噂や空気の変化には鋭い。そして何より彼女の過去を知っている。

それを父である謙は何も知らないながらも、的を射るかのように指摘した。

 

自然と話す雰囲気になるため、他の3人の興味もそちらの方へと移っていく。

 

「単刀直入に言うが、彼女には何もない、というべきか」

「何もない……ですか?」

 

こはねの問いと、その言葉に少しばかり思い当たる節がある彰人と冬弥。

彼女がこの場で奏でた1曲目。それは決して明るいものではなかった。

ビビッドストリートで奏でれば客が逃げそうなもの。しかし技量だけは確かなので魅せられる。

 

「でも、今日入ってくれた時はそんなこと全然なかったけど」

「それは誰かにリクエストでもされたか?」

「あ、いえ! その時は妹の文ちゃんと一緒でした」

「文……ああ、あの子か」

 

謙からすれば、ここにいる常連の4人のうち1人しか食べられないという新メニューを、

まるで人生最高の一皿のようにおいしく食べてくれたのは記憶に新しい。

声は大きい方だが、特に気になるほどでもなく活気のあるもの。

店からしてみれば上客以外の何者でもない。

 

「なら、少し例え話を使った方が解りやすいか」

 

そういって身近な席に腰を掛ける謙。今夜の彼の話は少しばかり長くなりそうだった。



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複雑怪奇な間柄 後編

星4 白石杏 サイドストーリー後編


「例えるなら……お前達、ポーカーは知ってるな?」

「知ってるけど、なんでポーカー?」

「確かトランプで出来る賭け事、だっけ」

「ああ、配られた5枚のカードで相手より強い組み合わせを作った方が勝つゲームだ」

 

そんなに単純なゲームではないのだが、杏は名前だけ、こはねも詳しいことまでは知らない。

しかし生真面目な冬弥が知っている、というのは意外であった。

 

「お前そんなことよく知ってんな」

「最近ゲームセンターで見かけたんだ」

 

待ち合わせの時間潰しや暇潰しにゲームセンターをよく利用している冬弥。

基本的にUFOキャッチャーをプレイするものの、

新しく入ったゲームなどは目に付くようになっている。

 

「全員知ってるようだから続けるぞ。まず言葉の方だが、基本的に席に座ろうとしない」

「は? それだと勝負も何もないじゃないですか」

「そうだな。だが、それが本来の彼女だ。思い当たる節はあるんじゃないか」

 

『? イベントにも出る気が無いって、じゃあ何のために音楽やってんだよ?』

『それは秘密』

 

そういわれて彰人は考えるまでもなく、彼女の台詞を思い出した。

相手を選ぶようにのらりくらりと交わすやり取りは嫌でも覚えている。

 

「そんな彼女でも、席に着く時がある。なんだかわかるか?」

「誰かにお願いされた時、ですね」

 

この場でリクエストした冬弥も、少しずつ彼女の在り方が見えてきたように思える。

 

「そうだ。後は恩を売られた時か。しかも望めば自分の技量で出来る限りの勝ちを取ってくる。

 そして分け前は依頼者が10で自分が0、といったところか」

「……なんだよそれ。勝てるなら総取りすりゃいいじゃないですか」

「それが否が応でもしない。何とも独りよがりだがな」

 

彰人はそれに対して苦虫を嚙み潰したような顔をする。

自分の才能を、他人に利用されるがままの少女がそんな身近にいて、

少しでも気に掛けた自分が愚かに思えてくる。

 

「あ、でもそこは望む分だけ勝ってくる、とかじゃないんだ」

「当たり前だ。それが出来るのはそれこそ彼女の妹の方だ」

「えっ、文ちゃんが……?」

 

ここで予想外の人物の登場に目を丸くする一行。

しかし答えが気になる為感嘆の声くらいしか上げなかった。

 

「妹……文、だったな。あの子はあの子で無意識に強い手を引き込むんだろう。

 それでも、役の意味を知らない。それで勝てることも、ましてや掛け金の意味も知らない」

「じゃあ、もしディーラーさんが悪い人で、掛け金を渡さなかったら?」

「そういうものと納得するだろうさ」

 

自分で楽しむ分ならば、それだけでも問題ないだろう。

しかし賭け事で勝てなければ得られる物はない。

勝っていても帳消しにされる様な者など、食い潰されるのがオチである。

 

「そういう意味では姉妹揃って似た者同士だ。

 何があってそうなったかは知らんが、気にしすぎると引きずり込まれるぞ、杏」

「えっ、私?」

「お前以外に誰がいる。他の3人も気をつけておくんだな。

 人の人生に首突っ込むと、火傷じゃすまないもんだ。相棒のことならまだ分かるが、な」

 

まだ自分の相棒のことすら真に理解し合えてない上で誰かの心配をしては、両方が破綻する。

それを指摘しているのだと諭されているようで、同意しか出来ない4人であった。

 

 

 

「それじゃあ、この辺で」

「うん、東雲君も青柳君も、またね」

 

本格的にバー営業の時間となる為、店を追い出されるように出た4人はそれぞれの帰路につく。

こはねと杏は2人と別れビビッドストリートを歩いていた。

 

「はぁ、まさか父さんがあそこまで言うなんて思ってなかったなー」

「鶴音言葉さん、だっけ? 杏ちゃんと同い年なんだよね?」

「うん、それも彰人のクラスの委員長。すっごい優等生で人気なんだけど……」

 

いざ言われてみれば、そう思い当たる節が無いわけでもない。

 

後から聞いた話によれば、

バレンタインには態々クラス全員とお世話になった人全員に、チョコを配っていたらしい。

義理堅い誠実な人かと思われたが、恩返しを果たすために機会を利用した、ともいえなくもない。

杏には当初の予定としてなかった様子だが、そこはご愛嬌というものだろう。

 

『やっぱり、真面目な人ほど苦労してるのかな』

 

神高祭が終わってから友人である瑞希が零した言葉。

その時言った言葉は、無責任だったのではと今でも思えてしまう。

 

「でも、だからかな。今日のイベント、盛り上げられたのって、2人一緒だったから」

「? それってどういうこと?」

「何にも知らない文ちゃんでも、鶴音さんが教えてあげたら、勝負に勝てるのかなって」

 

あいにく、こはね達がいるのは1対1の賭場ではない。1人で出来なければ頼ればいい。

お互いに持っていないものを埋め合えば、勝つことが出来るのでは、と。

 

「言われてみればそうかも。あの時の楽しそうな鶴音さん、私も見たことなかったし」

「私も、あんなに嬉しそうな文ちゃん見たことなかったから驚いちゃった」

 

ステージの上に立つ自分達も、他の人が見ればあんな風に見えているのだろうか。

なんてことを思いつつ道を歩いていると、道端に寄りかかっていた一人の少女が躍り出た。

 

「Vivid BAD SQUADのメンバー、とお見受けする。少しいいか?」

「はい、そうですけど……」

「今回のステージ、見させてもらったぞ。本当に、本当によかった」

 

街灯を吸って輝く真っ白な髪が特徴的だった。

大きな瞳は真っ赤に染まっており、肌も白く見える。

外見からしてアルビノのそれであった。

 

断る理由もない為、首を縦に振ればにっこりとほほ笑んで口を開いた。

 

「それでその、なんだ。君達の後に出ていた2人についてなんだが……」

「……? もしかして鶴音さんの知り合い?」

「鶴音! やはり、あの2人が……」

 

やっぱり、といった顔で声を張り上げたと思えば、顔を伏せ微かに震える少女。

 

「ふふふ……ようやく、ようやく掴んだぞ……」

「え、えーっと、あなたは?」

「我が名は雲雀(ひばり) 千紗都(ちさと)

 遥か西の地より審判者を追い求め、このシブヤの地にやってきた者!」

 

明らかに不味い雰囲気の人物に声をかけられたと、思わず苦笑いを浮かべる2人。

一方で矢継ぎ早に質問を飛ばす千紗都。

 

「おっと失礼。話は変わるが、あの2人はよくイベントに出たりはするのか?」

「あー、今日は助っ人かな。でもまあ、鶴音さんなら週末にたまにこの通りで演奏してるから、

 本人に何かあるならその時に話したらいいんじゃない?」

「ふむ、そう簡単にはいかんか。情報感謝する。それでは諸君、さらばだー!」

 

そう言って高らかに笑い声をあげながら立ち去っていく少女。

その小さな姿は人通りの中へと消えていった。

 

「何て言うか……その、すごい人だったね」

「そうだねー……鶴音さんに用があったみたいだけど……」

「もしかしてファンの人だったり?」

「あー、それあるかも」

 

そんなことを話しながらも、2人の少女はやがて別れ、自分の家へと帰る。

かの少女が何をもたらすかなど、今の2人にとって知る由もない。



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共に高みを目指す者 前編

一方その頃、2人と別れた冬弥は彰人と共に帰路についていた。

 

「クソッ……」

 

しかし彰人は謙の話を聞いてから不機嫌である。

 

それは自分よりも音楽の才があり、1度でも自分達と同じ場に立った相手が、

ただの()()()()()だったと気付いたのだから。

 

赤信号で足を止めれば、以前話していた事を思い出す。

 

『ん? イベントにも出る気が無いって、じゃあ何のために音楽やってんだよ』

『それは秘密』

 

そうやって言葉を濁したのは、きっと彰人の想いに気づいていたからだろう。

彼女が見たのはBAD DOGSの頃であったが、

その時の方が良い意味でも悪い意味でも尖っていた。

一個人としての想いが伝わりやすかった。

 

「…人」

 

それでも、Vivid BAD SQUADの後でありながら会場の熱を保って見せた。

それは姉妹揃っての技量によるものだと嫌でも理解している。

だからこそ彰人にとって許せなかった。

それほどの才をもて余す人物が、迫ってきているという事実に。

 

「彰人」

「なんだよ冬弥。今考え事して……」

「もう青になっている。渡らないのか?」

 

冬弥に呼ばれて顔を上げれば、歩行者信号が青になっていた。

交差点は人で溢れており、変わってからそこそこ時間がかかった事が見てとれる。

 

「ああ、すまねえ」

「もしかして、鶴音のことか」

「……ああ」

 

相棒に対して、今さら隠す必要はない。その問いに首を縦に振って答える。

 

『何があってああなったかは知らんが、気にしすぎると引きずり込まれるぞ』

「(このまま1人で考えても仕方ねえか)」

 

引きずっていては、以前の冬弥のように歌に出るかもしれない。

それ以前に顔に出ているだろう。

謙の言葉を思い出しつつ、割りきって話すことにした。

 

「冬弥、お前にはあのステージどう見えた?」

「そうだな……まだまだ荒いところもあるが、センスは悪くなかった。

 それに何より、お互いを高め合ういいものだった」

 

冬弥にとってあの2人はセンス以上にお互いをよく知っていて、それに応えていた。

ラップ勝負でお互いをリスペクトしつつ、会場を盛り上げるものに似ている。

 

「お互いを高め合う、ねえ」

 

相棒とはそういうものだが、それ以前に姉妹である。

それを知ったのも最近だが、ライブが終わった後の2人を見る限り仲が悪いわけではないだろう。

それでも、言葉本人の考えは変わらない。

 

「それでも、あのままなら委員長が足を引っ張るだろ」

「それもないとは言えないが……」

 

ふむ、と考え込む間に分かれ道へとたどり着く。ここから先は彰人と冬弥も別方向だ。

 

「悪い、最後までこんな話してよ」

「いや、気にするな。……そうだ彰人、明日空いてるか」

「ん? 確かに空いてるけどよ。どうした急に」

「ちょっと付き合ってほしいところがある」

 

別れの挨拶を告げ、立ち去ろうとしたところで明日の予定を訪ねる冬弥。

休養もかねて休みにしていたが、どうやら別件の用事があるらしい。

答えを聞かぬまま了解した彰人は、今度こそ自宅へと足を向けた。

 

 

 

翌日。彰人と冬弥の姿はストリートのセカイにあった。

 

「付き合ってほしいって言ってここはねぇだろ」

「だが、今の俺達にとって必要だと思ったからな」

 

なんとなく嵌められた気がしなくもないが、

確かにcrase cafeにいるバーチャルシンガーなら面白い答えが聞けるかもしれない。

 

「いらっしゃい、2人とも」

「こんにちわ」「メイコさん、どうも」

「いらっしゃい。今日は2人だけで来たんだね」

「(今日もリンとレンはいない……か)」

 

ベルを鳴らしながら店内へ進めば、いつもの2人が出迎えてくれる。

今の彰人にとってもっとも望んだ人物でもあった。

店内を見渡す仕草から、ミクが彰人に声をかける。

 

「2人に会いたかったの? さっき出ていったからしばらく戻ってこないと思うけど」

「いや、今日は大丈夫だ。むしろミクがいてちょうどよかった」

「メイコさん、コーヒーを2つお願いします」

「はーい。ちょっと待ってて」

 

わざとらしくミクの近くを選んで座る彰人と、

それに続いて腰を掛ける冬弥。

2人が会話をしている間にメイコへ注文を飛ばしていた。

 

「それで、私に用があるっていうのは?」

「オレの知り合いの話なんだが……」

「彰人の知り合い……へえ、聞かせてよ」

 

今まで相棒の話か音楽の話ばかりだった彼が、初めて別の話題を振ってくる。

それだけでもミクからすれば興味の対象であり、聞く理由としては十分すぎた。

割と乗り気な彼女に対して、やっぱりミクらしくないと思いながらも話を進める彰人。

 

その話が終わったのは、メイコがちょうどブレンドコーヒーを差し出した時であった。

 

「なるほどね」

 

話を聞いている間は視線を外さなかった彼女。

終わってみれば案外さっぱりと返事を返し、視線をカップへ移す。

片手でカップを揺らしながら、コーヒーの水面を眺めていた。

 

「それで彰人はその子にどうして欲しいのかな?」

「どうって、そんなの決まってるだろ。

 半端な覚悟すら無かったら後悔するって話だよ」

 

それはかつての相棒が陥ったこと。

隣に立つのは相応しくないと、黙ってそばを離れていこうとしたこと。

以前の彼なら「そんな覚悟も無しにステージに立つな」とまで言っていただろう。

そんな経験から多少丸くなったとも言える。

 

「──でも、本当にそれだけかな」

 

再び彰人の顔を見てミクが口を開く。

その表情はいつになく真剣なもので、心の内をも見透かさんという鋭いものだった。



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共に高みを目指す者 後編

 

「本当にそれだけって、どういう意味だよ」

 

その問いに対して、問いで返す彰人。

流石に難しすぎるか、とミクは補足のように言葉を続けた。

 

「冬弥のことならともかくそこまで必死になるなら、なにか別の理由があると思うな」

 

謙とは真逆の答えに少し考えてしまう。

別の理由がある。本当の想いに気付けていない、というように。

挑発的な態度ではあったが、それを聞いて黙っていられない彰人を理解しての言葉選びだった。

 

しかもこれは彼女のことではなく、自分のことだ。

自分の中でなにか気がかりになる理由があり、それが足を引っ張っている。

 

彰人はもう一度、あのステージを思い出す。

 

『その程度でめげんじゃねえ!!』

 

笛の音色が止まってしまったあの時、唯一声をあげたのは自分だった。

外的要因があったとはいえ、それで終わってしまうのはゴメンだった。

それからは期待に応えるように、あのステージは良いものへと昇華した。

 

「……ああ、なるほどな」

「何か分かった?」

「リスペクトしてたんだよ。あの2人に」

 

店で言葉の音楽を聞いた時も。公園で文のダンスを見た時も。

彰人が知らないだけで、まだまだこんなやつらがいるということを知った。

それだけの価値があったし、それ故に彼女達の意思に反して潰れるのは見たくなかった。

だからこそ、Vividsと重なって見えたのかもしれない。

 

「リスペクトか。確かに表現こそ違うが考えさせられることも多い」

「だろ。でなきゃあそこまでしねぇっての」

 

1つの単語に反応する相棒へ、声をあげた理由をほのめかす。

いつしか2人の表情は柔らかいものへと変わっていた。

 

「その、なんだ、ありがとな。話聞いてくれて」

「ううん、私も面白かったし気にしなくていいよ。

 それよりそっか、リスペクトしてるってことはここから先大変だね」

「大変、とはどういうことだ?」

 

感謝の言葉を伝えても、以前として態度が変わらないミク。

冬弥の問いにコーヒーをわざとらしく飲んでから話を続けた。

 

「だって、その子達もこれから続けていくんでしょ、音楽」

「いや、それはどうかわかんねーけど……」

「あれ、そうなんだ。もったいないな、せっかく彰人達のいいライバルになるって思ったのに」

「ライバル……ね」

 

『あんなイベント、一緒に作り上げてくれる仲間がいなけりゃ到底作れないからな』

 

いつか冬弥に向けて語った台詞を思い出す。

 

もし彼女達がまたも同じステージに立つことがあれば、

お互い会場を盛り上げていくことだろう。

そして対戦形式なら、相手としてぶつかることもあるかもしれない。

そうしてお互いを高め合って初めて、最高のイベントが作られる。

 

RAD WEEKENDを越えるには、まだまだ足りない要素が多すぎた。

 

『人に聞いてもらった方が成長できるから、かな。

 ここの人達は音楽、好きでやってる人が多いから』

 

ああ言っていたということは、言葉もまた音楽が好きなのだろう。

ジャンルこそ暗いものではあるが、そこは変わらない。

 

「ならひとつ、試してみるか」

 

ひとつの案が飛来した彰人はニヤリと広角をあげ、悪い顔をするのであった。

 

 

 

週末の休みが終われば当然学校がある。学生の本分は勉強だ。

といっても授業が終われば各自の自由時間になるわけだが。

 

「委員長、ちょっといいか」

「ん? どうしたの東雲君」

 

放課後、教科書を鞄に積める言葉の元へやって来たのは彰人。

その手にある音楽イベントのフライヤーが机の上に広げられた。

 

「これは?」

「近々開催されるイベントのフライヤーだよ。

 初心者でも比較的参加しやすいやつを選んでおいた」

「参加しやすいって、私はまだ出るだなんて一言も──」

「──人に聞いてもらった方が成長できるから、なんだろ。

 場数ぐらい踏んどけ」

 

言い込められてしまい、反論の余地がなくなる言葉。

行き場の無くなった視線をフライヤーに目を向けた。

 

「やっほー。彰人君に委員長、なにやってるの?」

「げっ、斑鳩……」

「げっ、はないでしょー? ってなにそれ、フェスのチラシ?」

 

そんな中理那が横から入ってくる。

当然次に移るのは見慣れぬフライヤーであり、その1枚を手にとって眺めていた。

 

「ねえ、こういうのってDJの人が曲回したりするやつ?」

「それはディスコだろ。全然違ぇよ」

「えー、ちょっと興味あったのに」

「確かに理那の直感なら盛り上げられるかもね」

「ほらー、委員長もこういってるしさー」

「だからってお前が出るのは絶対に、ない」

 

場をなごませるために思ったことを口にする言葉。

理那もそれに乗っかるように抗議の声を上げるが、

始めから興味のない彼にとっては関係のない話だ。

 

「とりあえず、ありがとう。文とも相談して検討してみるね」

「ああ、それじゃあな」

「じゃあねー彰人君」

 

それだけ言い残して、これ以上面倒にならないうちに教室を去る彰人。

教室の外では相変わらず冬弥が待っていた。

 

「終わったのか?」

「なんとかな。それより早く謙さんの所に行くぞ」

 

教室の中を覗けば、今も2人がイベントのフライヤーとにらめっこしている。

多少予定は狂ったものの、布石は既に打たれた。

いつかそれが日の目を見るまで、彼らは夢を追い続けるのであった。



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ようこそ、新しいセカイへ 前編

 

時を同じくして、文はシャワーで汗を流した後、リビングのソファで転がっていた。

 

「はう~、すっごく楽しかったよ~」

 

目を閉じれば思い出される光景。

ライブは写真や動画撮影がNGの為、その証は残っていない。

しかし脳裏には舞台から見た観客の様子が鮮明に焼き付いている。

 

「もう少し落ち着いたら?」

 

その横では別のソファに腰を掛けてテレビを眺める言葉の姿が。

相変わらずクイズ番組や特番で雑学を仕入れている。

ちなみに叔父と叔母の姿はなく、お互い自室で仕事に打ち込んでいた。

 

「お姉ちゃんだって楽しかったでしょ? あんなに多くの人がわたし達の歌で喜んでくれたんだから!」

「私は何て言うか、安心感の方が上かな。次の人達に繋げられたから」

「うーん、そういうものかなー……あっ!」

 

悩みながらも転がることをやめなかった為か、ソファの上から落下する。

しかしこれまたとっさの受け身で事なきを得た。

 

「大丈夫!? 怪我は……」

「大丈夫大丈夫。こういうの慣れてるから」

 

自分が踊っている時は、この程度では済まないほどアクロバティックな演技を披露する。

それらに柔軟に対処している彼女からすれば、ソファから落ちる程度なんてことはない。

それでも不意打ちには弱いのだが。

 

「慣れてるって、もしかして今日のダンスも?」

「うんそうだよー。1年以上やってるから」

「そんなにやってたんだ。知らなかったな」

 

今までひた隠しにしていたことだが、ここまで来て隠し通せるとは思っていない。

せめて叔父と叔母がいない今のうちに話してしまおう、と姉に向き直る文。

 

「お姉ちゃんごめんね、今まで黙ってて」

「ううん、気にしないで。でもそっか、文の音楽はそんな感じなんだね」

「わたし不器用だから楽器出来ないんだよねー。だからダンス……というよりトリッキングかな。

 こう、動きで表現したいって感じがして!」

 

立ち上がり、軽くステップを踏んで嬉しさを表現した。

それを見て言葉も自然に頬が緩む。

 

「少し安心したかも。文がやりたいこと見つけてくれて」

「どういうこと?」

「ずっと後ろからついてきてるだけだって思ってたから」

「もー、そんなことないってばー!」

 

抗議の声をあげながら頬を膨らます文に対して、

言葉は何も言わず笑顔で頭を撫でるだけであった。

 

 

 

姉に誤魔化されながらも自室に戻り、パジャマに着替えて1人ベッドで横になる文。

 

「もー、お姉ちゃんってば失礼しちゃう。

 わたしだって日々成長してるんだよー」

 

あてのない愚痴を呟きながらスマホを眺める。

気分転換に曲を聞こうとしたところで、ふと何かに気づいた。

 

「あれ、知らない曲が入ってる」

 

新曲リストのなかに忽然と現れた1つの音楽ファイル。

名前はU()n()t()i()t()l()e()d()

 

「アン……タイトル……変な名前」

 

ダウンロードした際に楽曲情報の取得ができなかったのだろうと、

適当な理由をつけて再生ボタンに手をかけた。

 

するとスマホから光があふれ出し────

 

 

 

次の瞬間には、知らない場所に立っていた。

 

枯れ草に覆われた大地に広がる辺り一面の地平線。辛うじて整備された果てしなく続く道。

空は雲に覆われていて朝か昼か夜かもわからない。

 

「……どこ、ここ……」

 

あまりに唐突な変化に頭の処理が追い付かない文。

ほんのり冷たい風が吹き抜け、身を震わせる。

辛うじてスリッパも一緒にやって来ていたらしく、それを履いてなんとか歩き出す。

 

「と、とりあえず進んだら誰かが居るかも」

 

時おりスリッパの中に転がり込んでくる小石を追い出しながらも、

右も左もわからぬまま、ただ前へと進む。

 

不安になるよりも体を動かし温めることを優先する。

パジャマ姿のままで立ち止まってしまえば、すぐにでも凍えてしまうだろう。

しかし行けども行けども、街の明かりはひとつも見えてこない。

 

「っ! 誰かー! いませんかー!!」

 

ありったけの声を張り上げるも、それは虚空へと消えていく。

返事をしたのは冬の始まりを告げるような、冷たい風だけだった。

 

「そうだ! 電話!」

 

手にあるスマホで姉に連絡を取るも返事はない。

スタンプ機能を連打しても一向に既読が付くことはなかった。

 

「……お姉ちゃん、返事してよ……」

 

急に虚しくなってその場に座り込む。

冷えきった地面の冷たさなど、1人の寂しさに比べるまでもなかった。

 

すると後ろの方から車輪の回る音が聞こえてくる。

顔をあげれば遠くの方から幌馬車がゆっくりと近づいてきていた。

 

「だ、誰か来た! おーい! おーい!」

 

思わず道路の真ん中に飛び出して全力でアピールする。轢かれても問題ないと言わんばかりに。

 

「どう、どうどう」

 

突如現れた存在と大声に馬が驚き嘶く。

それを御者が巧みに操ってなんとか事なきを得た。

 

「急に飛び出したら危ないよ、文ちゃん」

「ご、ごめんなさい……ってどうしてわたしの名前を──」

 

馬車から見下ろしながら、1人の少女が注意を促す。

薄紫を基調とした半透明のドレスに身を包んだ少女。

 

随分洒落たデザインでありながらも寂しさを残したコーデであったが、

それ以上に特徴的な部分があった。

肘まで伸びたうす緑色の髪の三つ編み。一見して解るその風格は。

 

「み、ミクちゃん!?」

「始めまして。そしてようこそ、新しいセカイへ」

 

──初音ミク。誰もが知る歌姫が、そこにいた。



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ようこそ、新しいセカイへ 後編

突然の出会いに思わず目を何度も擦り、果てには頬まで引っ張り始める文。

 

「い、いひゃい……夢じゃない……?」

 

しかしそれは覚めることはなく、目の前にいる憧れの存在はその様子をまじまじと見つめていた。

 

「気は済んだ?」

「あ、うん。ごめんねミクちゃん。待たせちゃって」

「ううん。それより良かったら、乗っていかない?」

 

そういってミクは文に手を差し出す。

恐る恐る手を取れば、ぐいと引っ張られてミクの隣に座り込んだ。

 

「わ、わわ! ミクちゃんに触れる!?」

「ここはセカイだからね。さあ、いくよ」

 

もう片方の手で手綱を操り馬を進める彼女。

といっても急ぐわけでもなく、ゆっくりと景色を楽しむかのような速度であった。

 

「あ、あのあの、髪の毛触っていい?」

「邪魔しない程度ならね。好きなだけ……ってもう触ってる」

「ふわあああ、ツヤツヤだー!!」

 

実体を持っているとわかるや否や、その長い三つ編みに手を伸ばす。

最初は手櫛でほぐすようにしていたが、いつしか手のひらにのせたりと、やりたい放題だった。

 

「はう~……ありがとうミクちゃん、わたしいつでも死んでいいよ~」

「死んだらダメだよ。文ちゃんにはやってもらわなきゃいけないことがあるんだから」

 

一通り触った後にお礼をいい、感無量といった笑みを浮かべる文。

不謹慎な発言をするも、ミクに咎められる。

 

「やってもらわなきゃいけないことって?」

「文ちゃんは、このセカイで本当の想いを見つけなきゃいけないの」

「本当の……想い……」

 

その視線は道の先を見つめているが、声のトーンからして真剣であることがわかる。

それを無視できるほど文も能天気ではなかった。

 

「本当の想いを見つけると、どうなるの?」

「このセカイに来る前に、Untitledっていう曲を再生したでしょ?」

「あ、これだね」

 

懐にしまっていたスマホを取り出して画面を見つめる。

そこには今だ再生され続けているUntitledがあった。

 

「本当の想いを見つけられた時、それがウタになるの。

 それでぼく達はそのウタを歌うことができる」

「うーん、よくわかんないよー」

 

そこまで難しい話ではないのだが、文からすればこの現象そのものでいっぱいいっぱいである。

それに魔法もびっくりな摩訶不思議が詰め込まれれば、頭がパンクするのも時間の問題だった。

ミクは説明を諦め、重要なことだけを口にする。

 

「初めてでこんなにたくさん説明したら解らないよね。

 ちなみにUntitledを止めれば帰ることができるよ」

「……止めたら消えちゃったりしない?」

「消えることはないよ、文ちゃんなら。

 だから今日はおやすみして、また今度会おう?」

「……わかった。でも、約束して!」

 

いくら憧れの存在の言葉とはいえ、やはり奇跡とも言えるこの体験を無駄にしたくない。

文はその一心で小指を差し出した。

 

「……? それは?」

「あ、ミクちゃんは知らないよね。指切りっていって大切な約束をする時にするんだよ」

 

ミクの空いた手を取り、同じように構えさせ小指を絡める。

 

「指切りげんまん、嘘吐いたらネギ千本呑ーます! 指切った!」

「どうしてネギ……?」

「本当なら針なんだけど、わたしも呑みたくないしミクちゃんならネギって思って」 

 

二次創作の副産物とも言えるセットではあるものの、このミクにとってはさっぱりのようで。

満足そうに笑う文に対して苦笑で返すことしかできないミク。

 

「それじゃあ、またねミクちゃん!!」

「うん。ぼくもセカイも待ってるから」

 

Untitledを停止させ光に包まれる文を見送った。

 

彼女がいなくなった場所を埋めるように、枯れ草の荒野に冷たい風が吹く。

1人取り残されたミクは多少進んだところで馬を止めて、荷台の上からキャンプセットを取り出した。

 

少量の薪を辺りの枯れ草と一緒に燃やす。

すぐに薪へと燃え移り、焚き火の出来上がりだ。

こういった点においてはセカイさまさまと言えるだろう。

 

暖を取りながら積み荷の中にあった少量のチョコレートを口に含み、ゆっくりと味わう。

その味が消えないうちに、荷物の中から古びたペンと色褪せた本を取り出した。

 

『また1人、このセカイに本当の想いを見つけにやって来た。

 名前は鶴音文。ひとりぼっちの女の子。

 当然だけど本当の想いには気づいていないみたい。

 でも、頑張るよ。きっとまた笑って過ごせるように』

 

そこまで書いてページの片隅に日付を入れる。どうやら日記帳のようだ。

 

「これも随分と経っちゃったな」

 

そう呟いてペンを置く。見上げる空には未だ雲が覆い尽くしていた。

鈍色のセカイに光が灯るのか。それはセカイの住人でも知り得ない。

 

「──♪ ───♪ ──♪」

 

ひとりぼっちの歌姫は、音楽も、伴奏も無しに歌い始める。

それはしっとりとした歌声で、希望に満ちたものではない。

どのセカイにも似つかない、ただ自分の無力さを歌った曲。

それでもただ、生きているだけで嬉しいのだと綴った歌。

 

その歌声は誰の元へ届くことなく、消えゆくのみだった。




大切な人たちへ/傘村トータ


皆様ご無沙汰しております、kasyopaです。
これにてビビバス編は完結です。
基本的にビビミクさんとか書けてなかったので、
突貫工事で補った話ですが、書いてて楽しかったです。

次回からは外伝作品、小話をメインに数種類のお話を投稿させていただきます。
(エイプリルフール含む)

さて、これ以降の文章は活動報告じみたものになるので、
興味のある方のみ読み進めていただければと思います。
活動報告に移さないのは、ある程度の方に見ていただきたい、というのもあるので。

では、次回、外伝をお待ちいただければ。


───────────────────────────────


さて、以前お話させていただいた通り、
この話をもって「荒野の少女と一つのセカイ」の『第1部』とし、
一旦の完結とさせていただきます。

ここから先は『第2部』……と行きたかったのですが。
この小説のコンセプトの関係上、
メインストーリー編もびっくりなくらい既存キャラとの絡みが減ります。

外伝の関係上、タイミングを見て()()()()()()()させていただきます。
(主に書き貯めの生成と、次回モモジャン箱イベのストーリー待ち的な意味で)
短くて3日、長くて1週間頂くことになりますが、
その時投稿した話のあとがきおよび、小説情報・タグにも明記します。

また第2部投稿に向けて、小説情報の注意書きも変更させていただきます。
現状のままだと恐らく内容詐欺っぽくなっちゃうので……

ここまで読んでいただいた方々には、再び感謝を。
100話という話数だけみればすごいことになりましたが、
読んでいただけた皆様には感謝しかありません。

UA・感想・評価・誤字報告・ここすき・お気に入りなど、全てが励みになります。
これからも、鶴音姉妹──だけではないお話を見届けて頂ければ幸いでございます。

本当にありがとうございました。


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外伝 幕間の物語
東雲姉弟×鶴音姉妹 その1


投稿大幅に遅れて申し訳ないです……

全5話構成、時系列は「満たされないペイルカラー」後になります。


日はまだ高くもうすぐお昼時というところ。

とある街中を2人の男女が早足に通り抜けていく。

 

「ほら、早く行かないと他のお客さんが来ちゃうでしょ」

「んなこと言っても、休みの日じゃどこだって満員だろ」

 

少し不機嫌そうに先を歩くのは東雲絵名と、

その後ろに続くのはその弟である東雲彰人。

珍しく早起きしたかと思えばいきなり外に連れ出され、

いつものように付き合うことを強要されている。

 

どうせこうなれば荷物持ちか自撮りに付き合わされるかのどちらかである。

しかし最近特に不調だった絵名の事を思えば、

この強制連行こそ彼女の調子が戻った証でもあった。

 

その確認もかねて致し方なしと付き合うことになったわけで、今回限りの特例である。

 

「で? 今日はどこに行くんだ」

「保護猫カフェ」

「は?」

「だから、保護猫カフェ。最近話題になってる場所があるからそこに行くの」

 

意外な場所ではあったが、一度サークルメンバーで行ったという話を聞いた気がする。

そこかは解らないものの、あまり動物に関心のない彰人からすればどうでもよかった。

 

「そんなとこに行ってまた自撮りか? まあよく飽きないで……」

「別にいいでしょ。料理とかデザートも全部手作りに拘ってて、凄く美味しいらしいし。

 ほら、これお店のアドレス」

 

連絡用のアプリから送られてきた情報を確認すると、確かにレビューの大半が高評価で占めている。

そして猫の写真もさることながら、料理の写真も多数投稿されていた。

無論その中には東雲姉弟が好きなパンケーキの画像も含まれている。

 

「へぇ、結構旨そうだな」

「でしょ。それに再放送でテレビにも出てたから」

「それならなおさら自撮りとか無理だろ。それこそ開店前に並ぶとかしねーと」

「そこらへんはちゃんと調べてますー。

 開店時だと確かに多いらしいけど、1時間ぐらいで捌けちゃうんだって。

 それからお昼時まで少ないらしいから……あった!」

「うおっ!?」

 

喋っている途中で急に足を止めたため、ぶつかるギリギリのところで停止する彰人。

目的地と思わしき建物の窓際では猫が日向ぼっこをしていた。

 

「可愛い~!」

 

黄色い声をあげつつも早速何枚か写真を撮っている絵名。

その間に店内へと視線を向ければ、確かに客はいない様子だった。

 

「とりあえずオレは先に入っとくぞ」

「あ、ちょっと待ってよ!」

 

扉を開き2人は店内へ。

取り付けられたベルが小さな音を立てて入店を知らせた。

 

「いらっしゃいませー。2名様ですか?」

「はい。予約とかしてないんですけど大丈夫ですか?」

「ええ、ちょうどお客さんも引いたところですから。ご来店は始めてですか?」

「そうですね」

「では当店のルールを説明させていただきますね」

 

彰人がオーナーを思わしき女性と話している間、絵名は店内を見渡している。

そんな中でふとレジ横のクッションに鎮座する黒猫を見つけた。

視線を合わせると、器用に片方の前足をあげてこちらを招いている。

この猫こそ絵名がここに来た真の理由であった。

 

「店員さん、ここって写真OKですよね」

「ええ。フラッシュさえたかなければ問題ないですよ」

「ありがとうございます!」

 

2人の会話に割り込むように許可を得た絵名は早速件の猫を撮り始める。

一方の彰人は写真についぞ興味もないため、説明を聞き終えてからは触れ合える場所へと移動した。

店内には先程の日向ぼっこをしていた猫の他に数匹の猫が自由気ままに過ごしている。

ふと歩き回っていた猫が足元にすり寄ってきた。

ゆっくりと手を伸ばして撫でようとしたところで。

 

「うう~!」

 

絵名が卯なり声をあげて隣に座り込む。その声と衝撃に驚き猫は逃げてしまった。

 

「どうしたんだよ急に。写真撮ってたんじゃなかったのか」

「だってあの子、全然あそこから動いてくれないんだもん!」

 

彼女の指差す先で先程の黒猫が丸まっていた。

話を聞くには、あの場所は光の辺り具合が悪く綺麗に映えないらしい。

そして自分と一緒に撮る為にも側に来てくれるのが一番なのだが、

何をしても一向に動かないんだとか。

 

「ごめんなさいね。あの子、ほとんど人に懐かないの」

 

申し訳なさそうにオーナーが声をかけてくれる。

ふれあいコーナーとはまた別のところにあるテーブルの上に料理を配膳していた。

 

「ウチの看板猫で引き取りたいって人も多いんだけど……

 ほらオニキス、こっちにいらっしゃい」

 

オーナーがその名前を呼ぶも動く気配はない。

それでも入店した接客対応が話題を呼んでいるのは事実。

自分ならと彰人も考えたが、姉の前でみっともない結果を見せるのだけは勘弁であり、

挑戦する前から諦めてテーブル席へと移動する。

 

そんな時、店の扉が開かれ2人の少女が姿を表した。

 

「こんにちわオーナーさん、来ちゃいました!」

「あら文ちゃんいらっしゃい。お姉さんも」

「はい。割引券、ありがとうございます」

「「げっ……」」

「「あっ」」

 

それはプライベートでは絶対に会いたくない存在──鶴音姉妹。

 

「ど、どうしてアンタがここに!?」

「どうして、と言われても叔母から割引券をもらったので」

「というか妹まで一緒かよ……」

「むー、それってどういう意味ですかー!?」

 

東雲姉弟は図らずも重いため息を吐くのであった。



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東雲姉弟×鶴音姉妹 その2

外伝はすべて1部終了後のお話ですが、
時系列的には色々バラバラです。ご容赦ください。


結局オニキスを手懐ける事は叶わず、

気を取り直して東雲姉弟は出揃った料理に舌鼓を打っていた。

 

「めちゃくちゃ旨いなこれ……」

「ほんと、下手したらチェーン店のより美味しいかも……」

 

2人はただただ出てくる料理に声を漏らしていた。

量も申し分なく、多少値が張るものの十分にその価値があるものだった。

それこそこんな場所でくすぶっていていいのか、とドン引きするレベルである。

 

「(今度皆にも教えてあげよ。まふゆにはちょっと悪いかもしれないけど)」

 

味覚が欠落している彼女は解らないかもしれないが、

それでも美味しい料理というものは心の活力になる。

 

少し前になるが、ニーゴのメンバーで保護猫カフェを訪れたことがあった。

そこも悪くはなかったが、ここを知ってしまってはもう戻ることはできない。

それほどにまで虜にされてしまいそうな魅力がこの店にはあった。

 

「お気に召したようで嬉しいわ。ところで2人はあの子達のお友達?」

「いや、友達っていうか知り合いっていうか……」

「知りません。特にお姉さんの方とは無関係です」

 

空のコップに水を注ぐオーナーの声に口を濁す彰人と、包み隠さずその態度で示す絵名。

そんなことはいざ知らず、鶴音姉妹は猫達と触れ合っていた。

 

「そうなの。てっきりお友達なら運がいいと思ったのだけど」

「運がいいって、それってどういう──」

 

含みのある言い方で彼女は姉妹の方へと視線を向ける。

こちらにとっては不運以外の何物でもない絵名も、それにつられて2人を見た。

 

「久しぶりだねオニキスー。ちゃんといい子にしてたー?」

「なぁ!?」

 

そこには先程まで不動の存在であった看板猫を、意図も容易く手懐けている文の姿があった。

オニキスも随分と機嫌がいいのか、ニャオニャオと鳴き声をあげている。

 

「なんで……あの子、ほとんど人に懐かないんじゃ……」

「ほとんど、って事はアイツだけ例外なんだろ。なんでかは知らねぇけど」

「元々捨て猫だったオニキスを連れてきてくれたのが、あの子だったから。

 オニキスも文ちゃんの事が忘れられないのね」

 

その説明を聞いて合点がいく彰人であったが、

それ以上に絵名は目の前の光景を悔しがっている。

 

唯一オニキスを手懐けられる存在、鶴音文。しかし彼女はあの鶴音言葉の妹である。

頼めば写真の1つや2つ撮らせてくれそうではあったが、頼む相手が悪すぎる。

文本人に罪はないが、言葉のいる場所で頭を下げるのはなんとしてでも避けたかった。

しかしそれではここに来た目的が果たせない。

 

プライドのためにロケーションを捨てるのか、その逆か。

仲間のまふゆに対して温厚になったものの、言葉は仲間でもなんでもない。

絵名にとって非常に難しい問題であった。

 

「ほら、お姉ちゃんも久しぶりだし撫でてあげて」

「うん。オニキス、おいで」

「(ああぁ……! オニキスがアイツの膝に乗って!)」

 

言葉もその名を呼べば、妹ほどではないものの手懐けることが出来る。

膝の上で丸くなるその背中を優しく撫でていた。

 

「そんなに恨めしそうに見るくらいなら素直に頼んだらいいだろ」

「それは嫌。それなら彰人が頼んでよ。クラスメイトなんでしょ」

「はあ? なんで俺が頼まなきゃいけないんだよ」

「別にいいでしょ頼むだけなんだから!」

「お姉さん、オニキスに触りたいんですか?」

 

いつもの流れでひと悶着あるか、といったところで文が絵名に声をかける。

名前を知らないからか、あるいは女性的な三人称なのか、彼女とは言わなかった。

 

「あ、うん。触りたいっていうか一緒に写真が撮りたいっていうか……」

「わかりました! オニキス、おいでー」

 

文が呼べば最優先で飛んでいく。

絵名が触れ合いコーナーに移動すればその元へ行くよう促してくれた。

そのお陰もあり絵名もオニキスを手懐けることに成功する。

 

「わ、ほんとに来た……」

「さあ、今のうちに写真いっぱい撮っちゃってください!」

「う、うん! ありがとう!」

 

感謝を述べつつ、様々な体勢で写真を撮り続ける絵名。

一方の言葉は邪魔しないようにテーブルへと移動する。

 

「なんか迷惑かけたみたいで悪いな」

「そんなことないよ。文も嬉しそうだし」

 

オニキスが機嫌を悪そうにすると文が構い、回復したところを見計らって撮影を行う。

見事な連係プレーだ。こうして絵名は文の協力もあり、無事目的を果たせたのである。

 

「そういえばまだ自己紹介してなかったよね。私は東雲絵名。よろしくね」

「あ、鶴音文です! よろしくお願いします!」

 

交流によって好感を得た者同士、仲良く自己紹介をしている。

その光景は彰人にとって珍しく、言葉にとってはいつものことだった。

 

「おーい、早く食べないと冷めちまうぞ」

「わかってるって。でももうちょっと」

「文もご飯冷めちゃうよ」

「はーい、でも少し待ってー」

 

彰人と言葉が呼び掛けるも、またも絵名は会話や自撮りに夢中になっていき、

それを文が加速させる。

こうなっては止まらないと諦め、2人は箸を進めることにした。

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

それから4人は保護猫カフェを後にし、ショッピングモールへと移動していた。

 

「へー、文ちゃんってダンスやってるんだね。動画とかあったりする?」

「ありますよー。はい!」

「うわ、え、嘘。こんな動き出来るんだ。ほら彰人、アンタのダンスの参考にしたら?」

「オレがやってるのはアクロバット競技じゃねえ。大体そんなの上から数えた方が早いレベルだぞ」

 

その道中も絵名と文は交流を深め、自分の趣味の話へと転じていた。

自分の内なる情熱をそのまま表現する文の舞踏は、同じ創作者として感激せざるを得ない。

 

「絵名さんも何かされてるんですか?」

「あ、えっと……自撮り、かな。ほら、さっき撮った写真だけど」

 

口ごもった返事と共に先程撮った写真の数々を文に見せ、

写真写りの違いやアプリの盛り方などをレクチャーしている。

 

「ふええ……最近のスマホ綺麗に撮れるからそういうの考えてなかったなー」

「綺麗に撮れるからこそやっぱりアラも目立つし、盛るのだってその人の腕次第なんだから」

 

その辺りを瑞希はわかっているのかいないのか謎だが、いつもその事で突っ込んでくる。

それに比べると文は物わかりもよく素直な為、絵名にとって好感触であった。

 

「東雲さんと文、すっかり仲良しさんだね」

「まぁ、そうだな」

 

仲睦まじげな2人を後ろから眺める言葉と彰人。

彰人からすれば何がそうさせたか解せないものの、すっかり気に入っている様子にも見えた。

 

ほどなくしてショッピングモールに到着すると、言葉が突拍子のない事を言い出した。

 

「東雲さん、もし良ければ文と2人で回って頂けませんか?」

「えっ? まあ、それは別にいいけど……どうしたのよ急に」

「いえ、特に深い意味はありません。それじゃあ東雲君、行こっか」

「それじゃあってなんだよ……あっ、おい!」

 

スタスタとその場から立ち去る言葉を放っておけず、彰人はその背中を追いかける。

こうして普段と違う組み合わせで店を巡る2組であった。



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東雲姉弟×鶴音姉妹 その3

「何よアイツ、変に気使っちゃって……」

 

2つの背中を見送りつつも、少し不満を漏らす絵名。

おそらく気を使わせてしまったのだろう、と予測しつつも文の方へと向き直った。

 

「お姉さん行っちゃったみたいだけど、文ちゃんは良かったの?」

「あ、はい! お姉ちゃん、たまによくわかんないこと言ったりしますけど、

 大体うまく行くんで気にしてません」

「へぇ……信頼してるんだね。お姉さんのこと」

「当然です! だってわたしの自慢のお姉ちゃんですから!」

 

えっへん、と胸を張る彼女を見てあんな人物でも慕ってくれる誰かがいる、ということを再認識する。

血が繋がっていても分かり合えないことが多いのは絵名も知っていた。

 

「それじゃあ、私達も行こっか。どこか行きたいところはある?」

「あ、それなら……」

 

そう言って視線を向けた先にあったのは、とあるケーキ屋さん。

値段もお手頃ながら様々な種類のケーキが食べられることで有名な店だった。

 

「ちょっとさっきの量じゃ満足できなくって……ダメですか?」

「ううん、ダメじゃないけど……さっきも結構食べてなかった?」

「わたし、よく食べてよく動くタイプなんですよー。そのせいで燃費悪すぎって言われちゃうんですけど」

 

それこそカフェと言えど普通のレストランと変わらない量で、腹八分目くらいまで満たされている。

彼女に出された量はそれよりも多かったが、それでもまだ満足できないようで。

何より向かう場所の要望を聞いたのは絵名の為、断る理由もなかった。

 

 

 

テーブルの上にところ狭しと並べられた色とりどりのスイーツ。

 

「ねぇ、これ、写真撮らせてもらっていい?」

「いいですよー。むしろ撮っちゃって下さい!」

 

誰もが一度は憧れるシチュエーションだが、実際に食べられるかは別の問題である。

いくら『いいね稼ぎ』の為であっても、頼んだ分は全部食べきるのが最低限のマナー。

それを破るほど絵名は落ちぶれていなかった。

 

「なんかごめんね。食べるの遅くなっちゃって」

「そんな気にしないで下さいよー」

 

何度も配置や自分の撮る位置を代えて、納得のいくものが撮れたのはそれから10分後のこと。

それでも文は文句1つ言わず、むしろ配置替えを率先して行ってくれた。

 

今も笑いながら次々とケーキを頬張っていく文。

身内であり彰人であれば文句を言いながら急かしてきていたことだろう。

しかし彼女とは今日会ったばかりの関係。

姉とは浅からぬ縁があるものの、こちらの事情など一切知らないはず。

それでもここまで尽くしてくれるのは、ある意味異常であった。

 

「ねえ、どうしてそこまで私に付き合ってくれるの?」

 

だからこそ、その問いかけは必然だった。

それを聞いて匙を止める文。絵名はキョトンとするその目を見つめる。

 

「なんでって、絵名さん写真撮るの好きなんですよね?

 だったらできる限り応援してあげたいなって」

 

至って普通といった口調で話す彼女に、少し胸が締め付けられる。

 

違う。

自分が本当に好きなのは自撮り(現実逃避)じゃない。

自分を本当に満たしてくれるのは絵で認めてもらうこと。

認められるまで続けると誓ったはずなのに、また自分に嘘を吐いた。

 

しかし彼女の言葉は純粋。故に痛い。自分が絵描きなどということも知らない。

違うのに、まだ自分は自撮りを止められなかった。

 

「違うの。私の本当の趣味は──これ」

「絵名さん?」

 

これ以上、自分に嘘を吐きたくない。

絵名は意を決して自らのスマホを差し出した。

 

「これが本当の私。私の、好きなこと」

 

今はまだ日の目を見ていない出来損ない(最高傑作)が、そこに映し出されている。

雨上がりの空を見上げる女の子の絵。

それをただただ見つめる文。

 

『──絵名。お前は、お前が目指すような画家にはなれない』

 

例え否定されても、ただ作り続けるしかない。

必要としてくれる人がいる以上、諦めたくなかった。

そう絵名が思うことで、回りが違って見えてくる。

まふゆのことも、父親のことも。

 

「………」

「どう、かな?」

 

先ほどとは違って黙り込む文に、不安が過り思わず聞いてしまう。

咀嚼を続けていたそれを飲み込み、たっぷりと間を置いて口を開いた。

 

「わたし、絵とか全然解んないんですけど……この絵はすっごく素敵だなって思います。

 何より、一生懸命って感じが伝わってきて」

「あっ……」

 

それは何も知らないからなのか、それとも最初からお見通しだったのか。

文は絵そのものに対する感想ではなく、創作者に対する感情を抱いていた。

 

「淡い色使いとか、濡れてる表現とか……悲しくて辛くて、でも雨は止んでて。

 快晴じゃなくて……雨上がりっていうのが大事で……ごめんなさい。うまく言えなくて」

「ううん、いいの。感じたままのこと言っちゃって」

 

必死に言葉を捻り出す彼女に対して、穏やかに促す絵名。

 

「だから、その。絵名さんも、好きなことを諦めないで下さいね。

 絵を描くことも、自撮りだって!」

「あはは、ありがと。でも自撮りの方はもういいの」

「よくないです!」

 

いきなり文が立ち上がり空の皿が音を立てる。

他の客が何事かとこちらを見たが、それを気にせず文は言葉を続けた。

 

「どっちも一生懸命な絵名さん、素敵です!

 どっちも捨てられないなら欲張っちゃっていいんですよ!

 好きなことはいくつあってもいいんですから!」

「あっ……」

 

それは文の口癖だった。

絵名がそれを耳にするのは初めてであったものの、そう言ってくれる人は誰もいなかった。

才能ではなく、好きという自分の背中を押してくれる人。

 

「(そっか、そんな簡単なことだったんだ)」

 

意外にもその人物は自分の嫌いな人のそばにいて。

世界は思ったよりも広いようで狭いのだと実感する。

 

「ありがと、文ちゃん。これからも自撮り、続けていくね」

「それならよかったです!」

 

もっと早くにこの少女と出会っていれば、自分の人生は少し変わっていたかもしれない。

過去の自分が望んでいた物に、手が届いたかもしれない。

 

「──でも、あくまで本業は絵の方だからね!」

 

変わっていたら、絵名は『必要としてくれる人』と出会えなかったかもしれない。

天国へ導く救世主よりも、地獄を共に行く仲間の方が、今の絵名に必要だった。

 

自分に言い聞かせるように声を張る絵名に対し、文は満面の笑みで応えるのであった。



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東雲姉弟×鶴音姉妹 その4

少しばかり時は遡り、別れた2人はどうしているかというと。

 

「ここまで来れば大丈夫かな」

「やっと追い付いた。おい、どういうつもりだよ」

 

絵名と文の姿が見えないところまで移動して、言葉はようやく足を止めた。

そこでようやく追い付いた彰人が肩を引く。体の細い彼女はそのまま向き直された。

 

「どういうつもり、って2人きりにしたらもっと仲良くなれるかなって思ったから」

「だからってあんな露骨に振るか普通」

「建前とか苦手だからね、私」

 

そう言われて彼女が元から()()()()人物だと思い返す。

それによって今の信頼と地位を得ているのは嫌でも知っていた。

 

「お前、真面目すぎるんだよ。

 今はそれで大丈夫になってるかもしれねーけど、そんなんじゃ絶対どこかで破綻するぞ」

「その時はその時でいいよ。すっぱり諦めるし」

「いや、ちょっとくらい足掻けよ……」

 

聞く耳持たずといった言葉にため息を吐きながらも、2人は並んで歩き出す。

もちろん行く宛などない。

行き交う人々の視線が少しばかり向けられているが、

お互いにそんな気などないので華麗にスルーしている。

 

結局2人が向かったのは本屋であった。

ショッピングモールに併設されているためか、オープンな作りで規模もそんなに大きくない。

会話をしてはいけない、という空気感はどこにもなかった。

 

「委員長もホントに本が好きだな」

「空き時間を潰すには読書が一番だからね。青柳君にもお世話になってるし」

 

冬弥は神山高校で図書委員を勤めている関係上、常連と化している言葉はよく顔を合わせている。

その辺りは何気ない会話の際に伝え聞いていた。

 

「冬弥はミステリー小説をよく読んでるけどよ、委員長は何読んでるんだ?」

「ホラー以外ならなんでも。エッセイも読むし漫画だって読むよ」

「へえ、意外だな。ならおすすめの漫画教えてくれよ」

「うん、たぶんこっちだと……」

 

漫画コーナーへ歩を進める言葉が、本棚にあった1冊の本を見つけ思わず立ち止まる。

視界の横に居た少女が急にいなくなり、違和感を覚えた彰人も遅れて隣に立った。

 

表紙を飾っているのは雪国の景色。本というより写真集であった。

それを手に取り、おもむろに立ち読みならぬ立ち見を始める言葉。

本の中にも様々な雪国の景色が載っており、普段とは違った顔を見せている。

一通り見終えて本棚へと戻すと思いきや、手に持ったまま歩きだす。

どうやら相当気に入ったようだ。

 

ほどなくして漫画コーナーにたどり着き、言葉が差し出した漫画はファンタジー系だった。

といっても戦闘などは少なく、旅を目的としたタイプのもの。

 

「もしかして、そういうのが好きなのか?」

「うん。自然とか、幻想とか、そういうのが好きなの。

 静かで、ゆったりとしてて、でも壮大な感じがして」

「ふーん、そうなのか」

 

さっと中身を流し見すると、風景画に近い描写がメインで描かれている。

文学なのでインドアかと思われたが、案外アクティブなのかもしれない。

 

「ま、せっかく委員長様が勧めてくれるんなら、読んでみるか」

 

こういうのも悪くない、と共に会計を済ませて店を後にする。

彰人はともかく言葉にとって有意義な買い物であった。

 

「東雲君の趣味って音楽以外何かある?」

「ん、オレは……まあ、ファッションか。服とか選ぶの、結構面白いぞ」

「服……」

 

それを聞いて気まずそうな顔をする言葉。

自分が選ぶ服と言えばオタク向けサイトの通販などで仕入れられそうなものばかり。

痛くはないが、文には買わないでとせがまれたり、叔母からはセンスが壊滅的と言われる始末。

今着ている服も過去に文が選んだ品だった。

 

「なんだよそんな顔して、そんなに変か?」

「あっ、ううん。そうじゃなくてね……」

 

軽く事情を彰人に説明する。

自分ではそんなにセンスは悪くないと思うこと。

しかし妹や叔母からは否定されていしまうということ。

 

彰人は悩んだ末、通りがかった際に目星をつけていた店舗に入り、試すように言った。

 

「ならちょっと選んでみろよ」

 

テーマも色の指定も無し。使えるのはこの店全ての服。完全に自分のセンスが試されていた。

しばらく店の中をうろうろした後、何かに目をつけて店員に声をかけた。

 

「あの、これを全部ください」

 

彼女の前にあるのは1体のマネキン。そう、マネキン買いである。

彰人の期待を一蹴する逃げの一手だった。

 

「すみません、なんでもないです。おい、それはないだろ」

「え、ダメ?」

「選んでみろって言ってんだろ……ちゃんと自分で選べよ」

 

近づいてきた店員に断りをいれつつ追い払う。

完全にネタの尽きた言葉は観念して自分の好きな色を優先して選んでいた。

 

「(おいおいおい、それにそれを合わせんのか……正気かよ)」

「じゃあ、これで一旦試着室に……」

「待てって……はぁ、しょうがねぇな」

 

試着室に行こうとしたところを呼び止める。

方向性も定まってない上に色彩のバランスも悪いコーディネート。

これでは妹が否定するのもわかった。

 

そして何よりこれから先同じ舞台に立つかもしれない彼女が、

壊滅的な衣装で出てこられては場が白けるのは目で見るよりも明らかである。

 

「オレが選んでやるから、どんなのがいいか言ってくれ」

「えっ、いいの?」

「いいもなにも、それが本気でいいって思ってんのか?」

「私、あんまり服に頓着しないから……

 それこそ動きやすかったらジャージとかでも」

「ジャージは、絶対に、止めろ」

 

もうこうなったら否が応でも見せつけるしかない。

鶴音言葉のコーディネートがいまここに幕を開けた。

 

 

 

「ほら、これでどうよ」

「すごい……上品っていうか、それでいて落ち着いてるって感じ……」

 

青を基調としたシックなデザイン。普段から落ち着いている彼女にはお似合いであった。

文が選ぶものは明るいものが多かった為、さっぱりとした色彩が目を引く。

言葉も気に入っているようだ。

 

「素がいいのに、自分から台無ししたらもったいないだろ」

「その言葉は素直に受け取っておくね。ありがとう。じゃあ、このまま着ていってもいい?」

「いいんじゃねえの。妹が何て言うか知らないけどな」

「文には私から説明するから」

 

そう言ってレジへと駆けていく言葉。

ガラでもないことをしたと思いつつ、彼女の普段の顔が知れて少しばかり得をした彰人であった。

 

「~♪ ん? あれって弟くんに言葉……ははーん?」

 

そんな2人を遠目に見つけた1つの影。

嵐の前の静けさとは、この事であった。



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東雲姉弟×鶴音姉妹 その5

 

お互いに連絡を取り合い、集合地点へ。

 

「お姉ちゃー……ん?」

 

その姿を見るや否や駆け出す文は、違和感を覚えて停止する。

それもそのはず。見ない内に随分といいセンスの服に変わっていたからだ。

姉にそんなセンスはない。となると選んだのは必然的に絞られる。

 

「文、東雲さんに迷惑かけなかった……文?」

「ぐぬぬ、お姉ちゃんがわたし以外の人に服買ってもらってる……しかもセンスいいし……」

 

そのセンスが憎いのか羨ましいのか、

よくわからない感情が入り交じった目で彰人を睨み付ける。

一方の彰人はその顔に対して自慢げに笑って見せた。

 

「確か前、姉のこと何も知らないのに~って言ってたよな。それで、感想は?」

「むぅ、一回くらいで調子に乗らないでください!」

「文、東雲君も冗談で言ってるだけだから」

 

その間に入ってなんとか文を宥める言葉。

割と冗談半分本気半分で言ったつもりであった為、間違いではない。

 

「へぇ、彰人にしては珍しいじゃん。女の子に服選んであげるなんて」

「これでも伊達にセレクトショップでバイトしてねーよ」

 

仕事では確かに女性に対しても助言することは多い。

しかしプライベートまでそれに付き合うことは少なかった。

 

「ところで絵名はどこ行ってたんだよ」

「私? それはねー」

 

ひどく上機嫌な絵名はスマホの画面を見せる。

そこには先ほど撮影した様々なケーキが写し出されていた。

 

「どれもうまそうだな……って、また食いに行ったのか? よくもまあそんな細い体に」

「残念でしたー。食べたのはほとんど文ちゃんですー」

「はい、ゴチになりました!」

 

あれからというもの2人はケーキを食していた訳だが、

その8割を文が完食したにも関わらず、その代金は割り勘していた。

割りに合わないかも知れないが、絵名からすればそれに足る十分な理由がある。そのお礼も兼ねていた。

 

「あ、ではその分は私が払いますね。レシートを見せていただけますか?」

「それは別にいいったら! そ・れ・よ・り・も!」

 

おもむろに財布を取り出す言葉に詰めより、その耳を借りる。

 

「アンタ、これだけいい妹がいるんだから、ちゃんとお礼言ってあげなさいよね!」

 

文には聞こえない様に呟いてすぐに離れた。それは当然彰人にも聞こえていない。

突然の奇っ怪な行動に首をかしげる2人。

 

「お姉ちゃん、絵名さんなんて言ったの?」

「あ、うん。それは「それ以上言ったらアンタとの連絡先削除するから!」……ごめん、秘密」

「えー! ずるーい!」

 

絵名の連絡先は今だ残っているものの、その必要性は感じられない。

しかし、そこを中継して瑞希や奏に連絡できるのは明らかな強み。いざという時に役に立つ。

瑞希と連絡先を交換すればいいだけの話だが、学校は今長期の休みに入っている為、

それも叶わぬ願いであった。

 

「もうこんな時間。私達帰らなきゃ」

「では、この辺りで解散しましょうか」

「あ、ちょっと待って。絵名さん、もし良かったら連絡先交換しませんか!」

「あ、そっか。まだしてなかったよね。いいよ」

 

文が解散の声を遮って絵名にスマホを指し出した。

短いやり取りでも手慣れた操作で連絡先の交換を済ませて文は言葉の元へと戻っていく。

 

「それじゃあ、また」

「ああ」

「絵名さん、また一緒にお買い物しましょう!」

「うん。またね、文ちゃん」

 

4人はいつもの姉弟姉妹に戻り、帰路へ着くのであった。

 

 

 

家についた絵名は落ち着いてからナイトコードを立ち上げる。

まだ25時にはほど遠いものの、早く仲間に今日の話をしたくなったのだ。

 

「(あ、Amiaがインしてる……そうだ、今日の写真自慢しちゃお)」

 

絵名にとっては話すには格好の的である。早速ボイスチャットで呼び掛けようとして。

 

『あ、えななんやっと入ってきたー。今日は早いね』

『? Amiaの方こそ今日は十分早いじゃない』

『それなんだけど、実はえななんに是非とも聞いてほしい話があってね~』

 

瑞希の声に先を越される。そのまま捲し立てるように話し始める。

ここまで強引なのは何かのイベントに皆を誘う時くらいだ。

 

『いやー、弟君もスミに置けないね。まさか彼女さんがいたなんて』

『は? 彰人に彼女? いるわけないじゃない』

『でもボク見ちゃったんだよ! 女の子と仲良くお店に入っていくのを!』

『どうせ一緒に音楽やってる子でしょ』

『違う違う! その子とは別の子!』

『え、嘘、ほんとに……?』

 

そんな話をまったく聞かないし興味もないが、いざ先に越されたとなると話が変わってくる。

親ともまったくそんな話をしないが、環境の変化で意識してそういう話題が上がるかもしれない。

嫌いな父親にそこまで突っ込まれたら、正直平常心で居られる自信もなかった。

 

『実はその時の写真があるんだけど、見る?』

『見せて!』

『ええー、ボクが苦労して手にいれた『どうでもいいから、早く!』はいはい、ちょっと待っててね』

 

いつにない剣幕で迫ってくるからか、それとも十分な反応を得られたからか。

瑞希は観念してその写真を送る。そこに写し出されていたのは──

 

『なにこれ、アイツじゃない』

 

彰人と言葉の姿であった。しかもその服を見る限り、今日の出来事である。

瑞希が偶然それを見かけ、誇張して話していただけだった。

 

『どう? 彼女さんかわいくない?』

『どうもなにも、今日撮ったんでしょこれ。私も別のところに居たから知ってるの』

『なーんだ。えななんはどこで何してたの?』

『アイツの妹ちゃんとお茶してた』

『え? 言葉の妹!? どんな子なの?』

『教えてあげない。それじゃあ私、作業するからミュートにする』

『えー! なんでさー!』

 

先ほどのお返しとばかりに絵名はミュートに入りペンを取る。

今日はいい絵が描けそうだ、と。

それからK──奏がやって来るまで、瑞希の抗議の声は止まないのであった。




ご無沙汰……というよりちょっとぶりです。kasyopaです。
数日前にデイリーランキングに載せて頂き本当にありがとうございました。
今までに類を見ないUA上昇率とお気に入り登録数でびびり散らしていました。

さて、今回はアンケートで選ばれた『東雲姉弟』と鶴音姉妹のお話でした。
ペイルカラーで絵名の父親が出てきたときは震えましたね。
ただ、彰人に似て口下手なんだわなこれが……ほんといいキャラしてるよ。

さて、次回は2話構成のちょっとしたお話です。お楽しみにー。


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哀愁を纏いて 前編

「響くトワイライトパレード」後の、
サイドストーリーのようなものです。



言葉がビビッドストリートで演奏を終え、帰路についている時だった。

 

「──♪ ───♪ ──♪」「──♪ …──♪ ─…♪」

「……? 歌?」

 

どこかから聞こえてくる旋律に耳を傾ける。

声質の違う2人の少女の声が重なり、独特のコーラスとなって深みが増していた。

特に片方の歌声はプロと聞き間違えるまでに優雅に、伸びやかで。

 

「(でも、どこかで聞いたことがあるような)」

 

しかし、その2つの歌声は自分のよく知る声のような気もして。

誘われるように自然と足がその方へと向かっていた。

 

市街地の中にある公園で、声の主と思わしき少女達が歌っている。

その歌も有名なバーチャルシンガーの楽曲であった。

 

「(あれって、草薙さんに星乃さん?)」

 

予想通りよく知る人物であったが、その歌声を聞いたことはなかった。

実際の所寧々の歌声は、ショーで耳にしていのだが姿をみていない為紐付けることができなかった。

一歌もバンドをやっている、ということは知っていたもののその歌声は聞いたことがない。

 

新鮮な組み合わせを不思議に思いつつ、邪魔しないようにベンチへ座り愛読書である小説を開いた。

 

「うん。ちょっとずつだけど、よくなってる。後はもう少しイメージを膨らませたりして……」

「イメージか……例えば……」

「例えばミュージカル映画だと、場面の雰囲気を盛り上げるためにそのまま歌が始まるの。

 出会えてよかった、とか。うまく伝えられなくて困ってる、とか」

「ミュージカル映画……あんまり見たことないけど、参考に見てみようかな」

「もし良かったらわたしのオススメ、今度の機会に持ってくるけど」

「えっと……じゃあ、お願いします」

 

やがて歌い終えて会話を交わす2人。

ただただ存在感を消して風景のひとつに溶け込む1人。

 

「あの……それで、鶴音さんはそこで何をしてるの?」

「あ、私の事はお気にせず続けてください」

「あれ? ……鶴音さん!?」

 

しかし自分達しかいなかった公園で、人が増えて気づかない方がおかしなことで。

自然とその存在を捉えていた寧々はおずおずと問いかける。

一方で一歌の方は死角になっていた為か、言葉が口を開くまでその存在を認識できなかった。

 

「いつからそこにいたんですか……?」

「ついさっきですね。綺麗な歌が聞こえてきたので、つい寄り道してしまいました」

「「………」」

 

一歌の問いにさらりと回答を返す言葉。

2人にとって知り合いだったという安堵より、知り合いに聞かれた、という方が重要である。

マイペースに小説のページをめくる彼女に戸惑いを隠せないでいた。

そんな2人に助け船を出す言葉。

 

「それにしても意外でした。草薙さんが星乃さんと知り合いだったなんて」

「あっうん。知り合ったのは最近だけど、ね」

「はい。そっか、鶴音さんと草薙さんは同じ学校でしたもんね」

「クラスは違うけどたまにお話するの。それに鶴音さん、学校だといつも演奏してるから」

 

ここにいる3人とも、相手同士が知り合いであることを知らない。

休憩も兼ねて2人も近くのベンチに腰を掛けた。

 

「その様子だと星乃さんもバンドの方は順調そう、ですかね」

「あ、うん……そうなんだけど」

 

意外にも一歌と言葉の関わりは、ビビッドストリートで演奏を聞かせた時で途絶えており、

それ以降は会うことすらなかった。それも一重に一歌達がバンドの練習に打ち込んでいたからに他ならない。

当然そんなことを知らない言葉だが、それは寧ろいいことと捉えていたようで。

一歌からバンドのことを聞き、なるほどと相づちを打った。

 

「確かに草薙さんなら適任ですね。先程もかなりお上手でしたし」

「歌だけは、誰にも負けたくないからね」

 

寧々がここまで歌をうまく歌いたいと願ったのは、

仲間の為でもありライバル──青龍院櫻子の存在も大きい。

そのプライドだけは誰にも譲れなかった。

 

「でも、音楽……演奏なら鶴音さんも負けてない。昼休み、いつも聞かせてもらってるから。

 だから、鶴音さんもアドバイスできると思う」

「ありがとうございます。歌、ですか……」

 

楽器を演奏している分、音程や強弱には気を付けているが歌唱となれば話はもっと複雑になる。

声というものはもっともありふれた音。だからこそ変化にも敏感であった。

 

「草薙さんのいう通り、イメージを膨らませるというのは効果的かと。

 自分の身に起こったことのように想像すれば、星乃さんでも気持ちが乗ると思いますよ」

「自分の身に……っていっても私、ラブソングとか苦手で」

「バンドの方向性もありますけど、そうですね」

 

おもむろに立ち上がり、あるフレーズを口ずさむ。

それは哀愁に満ちたものであり、2人の歌うものとは方向性がまるで違っていた。

特に寧々からすれば正反対と言える。

 

それでも彼女は上手かった。音程は所々外れているものの、表現力に満ちた歌い方。

完全に『自分のもの』として歌い上げていた。

 

「「………」」

「こんな感じで、自分が経験したみたいに……ってどうしました?」

 

だからこそ2人は何も言えなかった。

音楽への理解が深い分、歌詞にしてはっきり聞こえる分、

ここまで哀愁に満ちた歌い方が出来る彼女の心こそが、哀しみに暮れているのだと。



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哀愁を纏いて 後編

その硬直に気付かない言葉ではないが、

何故そこまで硬直したか、という理由までは解らなかった。

そのため、仕切り直しとして話を再開させる。

 

「実体験が全てではないですし、小説などを読んでいろんな人生観を知ったりする、

 というのもいいかもしれませんね」

「あ、そうですね。小説か……そっか、そうだよね」

「はい。何も経験全てでこの世が成り立ってる訳ではありませんから。

 魔法はこの世に存在しませんが、ファンタジーの一角として人気ですし。

 そうですよね、草薙さん」

「あ……うん! そう、わたし達もショーでよくやるし」

「そういえばこの前のショーも『歌で平和になる』物語だったよね」

 

歌は平和の象徴ではあるが、歌そのものにそんな力はない。

しかし、そんな想像でひとつの物語が紡がれる。

それに感銘を受けた人々によって、それらが形を変え受け継がれる。

 

経験だけが全てではない。そうありたいと願って、届くものもある。

 

『ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。なんとアタシ達、無事4人でバンドを始めたのです!』

『そうなの! 皆大切な幼馴染なんだ~』

 

最近のことだが随分遠いことのように思える、咲希との会話。

それを思い出して言葉は一歌の方を向き直った。

 

「天馬さんから聞きました。皆さん幼馴染みのバンドで、今が本当に楽しいのだと。

 星乃さんはどうですか? その時がいつまでも続いてほしいって思いますか?」

「私は……」

 

一歌はおもむろに自分の胸に手を当てる。

思い返すのは、セカイでの出来事──

 

『……一歌はもう、本当の想いを見つけられているんだね』

 

『『みんなで一緒にいたい』って』

 

『その想いを受け止めて──大切にしてあげてよ』

 

ミクが自分に言ってくれたこと。自分が見つけた、本当の想い。

 

「私は、続いてほしい。4人で、一緒にバンドを続けたい。

 だから、だから私は──もっと上手くなって、

 志歩……ううん、みんなのためにバンドを──!」

 

胸の内から溢れ出す想いを、必死になって言葉へ伝える。

それはそばから見ている寧々にも飛び火して、その熱が伝わっていく。

それを遮るように、言葉はふと微笑んで口を開いた。

 

「そこまでわかっているなら、やることはひとつだけですよ」

「あっ……」

「そうだね。もっと練習して、自分の想いを伝えられるようにならないと」

 

寧々も、その想いの本質は知らなかった。

熱意は本物だとわかっていたが、それでも理由は知らなかった。

その背中を押すように笑顔で立ち上がる。

 

「じゃあ星乃さん、練習再開しよっか」

「……うん!」

「では、私はこれで」

「あ、鶴音さん! ちょっと待って、ください!」

 

役目は終わった、とキャリーケースを片手にその場から去ろうとする言葉。

しかしそれを遮るように一歌が声を掛けた。

 

「えっと、もし良かったら連絡先、交換しませんか?」

「えっ? 私の、ですか?」

「はい、えっと……だめ、ですかね」

「い、いえいえ。むしろ私なんかの連絡先でよければ」

 

スマホをお互いに取り出して連絡先を交換する。

その光景を見て寧々も何かに気付いたようで。

 

「あ、えと、じゃあわたしも交換していいかな」

「はい、どうぞ。特に連絡することもないと思いますが……」

「ううん。でもその方が鶴音さんらしいと思う」

「そうですね」

 

よく話すわけでなくても、いざここまで知り合っていて連絡先を持っていないのもおかしい話だった。

寧々相手であれば昼の演奏会に誘うこともできる。言葉にとっても利の大きい話であった。

 

「では、また何かあれば呼んでください。伴奏くらいならこちらもできますので」

「じゃあ、そのときはお願いしようかな。星乃さんもいいよね?」

「うん。その時はお願いします」

 

優しい笑みを浮かべ言葉はその場から立ち去る。

2人はその背中が見えなくなるまで見送っていた。

 

 

/////////////////////

 

 

「鶴音さん、すごい人だよね。鋭いっていうのかな」

 

言葉を見送った時に口を開いたのは一歌の方であった。

自分が本当の想いを見つけた時の熱を、思い出すきっかけをくれた。

自分の憧れる1つ上の学級委員にも似た少女。

そのせいか口調も自然と丁寧な言い回しになっていた。

 

「そうだね……」

 

しかし、そのことよりも寧々には気になることがあった。

哀愁漂う楽曲を自分の物として歌い上げるその想い。

経験についての話題を持ち出したのは他でもない言葉である。

後から小説の話を持ち出したのも、何かを誤魔化すようなそんな気がして。

 

『星乃さんはどうですか? その時がいつまでも続いてほしいって思いますか?』

 

言葉の言った事も、やはりその経験から導き出されたもの。

こればかりは、自分が本当に思っていることでなければ口から出ることはない。

 

「(じゃあ、鶴音さんはどう思ったんだろう)」

 

問いかけるべき相手は、もうこの場にはいない。

そしてそして2人は知るよしもない。

言葉にとっての『その時』は、二度と取り戻すことが叶わないのだと。

 




どうも、kasyopaです。
赤帯2本目、本当にありがとうございます。
お話の節目でしかあとがきを書いていないので、
報告は遅れがちですが、折を見てさせていただきます。

「響くトワイライトパレード」で色々意外な組み合わせが発生しましたが、
元々寧々の関係も他ユニットではあんまりなかった分、ちょっとビックリしてます。
でもこれがレオニにとって、一歌にとってとても重要なファクターになるので、
考察がてらのんびりとシナリオ待ちですかね。

次回、希望と憧れに花びらを添えて。
お花見回になります。お楽しみにー。


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希望と憧れに花びらを添えて その1

全3話構成。
時系列としては「Color of Myself!」後、
「届け! HOPEFUL STAGE♪」前になります。


日に日に暖かくなり、そろそろ冬用コートもしまい込むそんな時期。

鶴音姉妹は川沿いの道を歩いていた。

 

「ねえ見てお姉ちゃん! 桜並木だよ!」

 

両手を広げて回りながら全身で花吹雪を浴びているのは文。

その姿はまるでアニメやゲームの演出の様だった。

 

「文、そんなにはしゃいだら危ないよ」

「だってこんなに桜が綺麗なんだもん!」

 

そんな文の後ろに続くのは、キャリーカートを引く言葉。

そこには普段の楽器の他に大きい鞄が括られている。

2人は今、お花見の場所を探しているようであった。

 

「このあたりも、もう場所取りで一杯だね」

 

河川敷や緩やかな斜面では、既にブルーシートなどで場所取りが済んでおり、

自分達が使えるスペースなどどこにもなかった。

既に花見を始めている団体も少なくない。

 

そんな中で花見の客らが殺到している所を見つける。

屋台などがあるわけでもないため、明らかに目立っていた。

 

「あれ、なんだろ……」

「あわわわ……だ、誰か助けてー!」

 

人混みの中から助けを呼ぶ声がする。女の子の声だった。

 

「! この声もしかして!」

 

それに反応するかのように文は人混みを掻き分けその中心部へと至る。

そこで目にしたのは──

 

「み、皆さーん! 落ち着いてくださーい!」

「ごめんなさい、私達、今はお花見の途中でして……」

「握手でもサインでも後でしてあげるから、今はちょっと待っててくれないかしら」

「ごめんなさい、写真はちょっと……」

「みのりちゃん! 遥さん! 愛莉さん! 雫さん!」

 

MORE MORE JUMP!のメンバーが群衆に囲まれ、サインや握手、写真をせがまれていた。

 

といってもその矛先を向けられているのは遥・愛莉・雫の3人であって、

みのりに関しては特に相手をされていなかった。

一応3人とも変装はしているのだが、何かの手違いか気付かれてしまったらしい。

 

「あっ! 文ちゃん!」

「みのりちゃん大丈夫!? 手伝うよ!」

「おいなんだなんだ」

「邪魔するなよー、俺らは握手して欲しいだけなんだけど」

 

2人のよく知らない一般人に邪魔されても、

目の前に佇む可憐な3つの花を愛でない理由にはならなかった。

 

「皆さん、一度落ち着いてはいかがですか」

 

ふと、落ち着いた口調で1人の少女が群衆に語りかける。

ただ凛然と注意を促す優等生の風格。

こんなにも邪魔が入っては、一気に熱も覚めてしまうもの。

無数の名も無きファンは邪魔物を見るような目で離れていった。

 

「文、皆さん、大丈夫でしたか」

「お姉ちゃんありがとー。やっぱりかっこいいね!」

「あの、ありがとうございました。私達だけではどうにも出来なかったので」

「困っているならお互い様ですよ」

 

4人を代表して前に進み出る遥が言葉に頭を下げる。

しかし普通のことをしたまでといった雰囲気で返すだけだった。

 

「ところで文、この人達は?」

「体験入学の先輩達! あっ、でもみのりちゃんは知ってるよね?」

「確かあの時公園で……皆さん、本当にありがとうございます。

 文は本当に楽しそうに皆さんのお話をしていて……」

「い、いえいえそんな! 滅相もないでひゅ!」

 

きょとんとした表情で言葉を見つめる4人であったが、

次の瞬間感謝の言葉を口にし始め、最後には頭を下げていた。

先程の堂々とした雰囲気はどこにもなく、むしろ申し訳ない気持ちが涌き出て、

その証拠に焦ったみのりは舌を噛んでいた。

 

「とりあえずここから移動しない? ここじゃ落ち着いて話も出来ないわ」

「あ、それならいい場所知ってますよ! わたしが案内します!」

 

今も遠くから野次馬が恨めしそうな視線を送っている。

ここで再び花見を始めようものなら、隙を見て付け入ろうとするだろう。

こうして6人に増えた面々は文の案内の元、移動を開始するのであった。

 

 

 

文が向かったのは自分がよく躍りに来る公園。

園内にある道から少し外れた林の少し奥に開けた場所があり、

1本の小さな桜の木がその花を散らしていた。

 

ちょうど道から見て死角になる場所であり、小さい故に花弁が散る範囲も狭い。

もちろんシートなどが敷かれているわけもなく、完全に貸しきり状態であった。

 

「あら、こんなところがあったなんて……知らなかったわ」

「公園探索してたときに見つけたんです。すごいですよね!」

「でもどうしてこんなところに桜が?」

「山でも場所によっては桜の木があったりしますし、昔誰かが植えたんだと思いますよ」

 

散歩好きな雫でも流石に道を外れた場所まで行くことはない。

誇らしげに胸を張る文と、

みのりの問いに田舎出身の知識を交えて答える言葉。

 

「確かにここならゆっくりお花見出来そうね。じゃあ気を取り直して……」

「あっ、わたしがセッティングしますから、愛莉さん達はそこでゆっくりしててください!」

 

荷物を半ば強引に受け取りつつ、急いでセッティングを始める。

 

「お待たせしましたMORE MORE JUMP!の皆さん! どうぞ!」

 

あたかも自分ですべて用意しました、

といわんばかりにシートを広げ、その場で正座している文。

厄介なファンの対応にも似ていたが、

彼女の一生懸命さはあの頃から何一つ変わっていない。

 

「ふふ、それじゃあお言葉に甘えちゃおっか」

「そうだね。文ちゃんも一緒にお花見だー!」

「ま、一時はどうなることかと思ったけど」

「でも、本当にいい場所ね。動画の撮影にも使えそう」

「えへへ。わたしも気に入ってもらえて嬉しいです」

 

和気あいあいと話す5人を端から眺める言葉。

その様は完全に他人としてその場へ溶け込んでいた。

 

「じゃあ、私はこの辺「お姉ちゃんはダメー!」んぐぅ」

 

その場から去ろうとしたところで文が言葉の首根っこにしがみつく。

あまりの衝撃に変な声が漏れたものの、怪我には至らなかった。

 

「せめて紹介くらいさせてよー!」

「ふ、文……苦し……息出来な……」

「あわわ! ごめんお姉ちゃん!」

「えっと……なんだか水を指しちゃったみたい?」

「ううん! そんなことないですよ」

 

気まずそうに口を開く遥。しかし文は気にしない様子であった。

気を取り直して一緒にシートへ座る言葉。

 

「では改めまして。文の姉であり、神山高校1年の鶴音言葉と言います。

 皆さんのお話は文から何度か聞いていますが、こうしてお会いするのは初めてですね」

「「「「………」」」」

 

律儀に、かつとても丁寧に頭を下げる言葉に対し4人とも目を丸くする。

 

「ねえ文、この人本当にアンタのお姉さんな訳?」

「そうですよー! なんで皆疑うんですかー!」

 

日頃の経験から本当に姉妹なのか、と問われることが多い2人。

それはここでも例に漏れないのであった。



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希望と憧れに花びらを添えて その2

 

言葉の自己紹介もほどほどに、みのりはあることに気づいて口を開く。

それはかつて文と始めて出会ったことだ。

 

「あ、そういえばあの時文ちゃんと公園にいたのって……」

「はい。あの時は文がお世話になりました。これからもよろしくお願いしますね」

 

変わらずにっこりと微笑む彼女に、思わずみのりは見とれてしまう。

しかし自己紹介に加えてお願いもされては、返さないわけにもいかない。

 

「あっ、はい! わたし、花里みのりって言います! こちらこそお願いします!」

「アンタがお願いしてどうすんのよ……まあいいわ。わたしは桃井愛莉。よろしく」

「桐谷遥です」

「日野森雫です」

「花里さんに桃井さん、桐谷さんに日野森さん……あ、日野森さんってもしかして」

 

普段から名字読みを崩さない彼女。

そして顔と名前は大体覚えられるため、該当する人物に思い当たる。

 

「そうだよー。雫さんは志歩先輩のお姉ちゃんなの」

「そうでしたか。いつもお店ではご贔屓してもらってまして」

「まあ! 鶴音さんはしぃちゃんともお友達なのね! 凄いわ、どんどん友達の輪が広がって……」

「はいはいストップ。雫が妹の話をし始めたら止まらなくなるでしょ」

「うう、でも~」

「とりあえずやっとお花見が出来るし、その話は後でもいいんじゃないかな」

 

苦笑気味に愛莉と遥が雫を止めて、本題へと移った。

MORE MORE JUMP!の面々は紙コップで、

鶴音姉妹は各自の水筒のコップでそれぞれ飲み物を用意する。

 

「乾杯は誰が言うんですか?」

「せっかくだし、ここにいる人全員を知ってる人がいいんじゃないかな」

 

そんな遥の挑戦的な視線の先にいたのはみのり。

なるほど、と納得した様子で他の4人もそちらを見ていた。

 

「ええ!? それなら文ちゃんだって」

「なに言ってるの! MCだと思って思いっきりやっちゃって!」

「え、MC……そうだよね! アイドルたるもの、それくらいできて当然だよね!」

 

皆を知るという点では文も該当するが、いい感じに言いくるめられてしまう。

 

「では花里みのり、僭越ながら乾杯の音頭をとらせていただきます!」

 

勢いよく立ち上がりまるで宴会のよう。少し悩んだ後に口を開いた。

 

「それでは皆様、今年もお疲れさまでした! 乾杯!」

「って、それは忘年会でしょうがー!」

「なるほど、確かに学年としての締めとしては相応しいかもしれませんね」

「流石にそこまで考えてないと思うよお姉ちゃん……」

 

アイドルの卵であるみのりにとって、まだまだ難易度が高い様子であった。

 

 

 

いくら仲が良い後輩の姉とは言えMORE MORE JUMP!の面々からすれば、

言葉がどういった人物かは全く知らない。

一方の言葉もあまり会話に混じらず自分のペースでお花見を楽しんでいる。

それでも文という『いい子』があれだけ好いているのだから、

悪い人ではないのだろうと予測は立てていた。

 

「ほらほらお姉ちゃんももっと話そうよー。

 皆に会える機会なんて滅多にないんだから!」

「それでも、だよ。むしろ私は楽しそうにしてる文を見てる方が楽しいから」

 

見かねた文がなんとか会話に入れようとするも、さらりとかわして桜の木を眺める。

その手に本の1つでもあれば、文学少女として映えること間違いなしであろうが、

あいにく今は談笑を楽しむ時間。

悪い人ではないが絡みづらい。その距離感を掴めずただ2人の会話を眺めるだけだった。

 

「皆さんごめんなさい。お姉ちゃんいっつもこんな感じで……」

「いいのよ。遥も最初は大体こんな感じだったし」

「そう? 私はそんなことなかったと思うけど」

「いや、みのりがダンスの練習してる横で本読んでたでしょ……」

 

随分と昔の話を引っ張ってくるな、と思いつつ遥は言葉の方へと視線を向ける。

彼女は相変わらず桜の花を眺めながらお茶を飲んでいた。

メンバーの中にも姉が2人いるが、どちらかというと雫に似ているだろうか。

 

「もう、お姉ちゃんが話さないならわたしが話しちゃうもんね!

 お姉ちゃんは楽器やってて、勉強も出来て、なによりすっごくかっこいいんです!」

「へぇー、楽器やってるんだね! なんの楽器をやってるの?」

「フルートとかー、和楽器の笛とかー、あ、そうだ!」

 

突然立ち上がり、すみに置かれたキャリーカートを漁る文。

やがて楽器ケースを担いで姉の元へとやってきた。

 

「折角だし皆にも聞いてもらおうよ、お姉ちゃんの演奏!」

「私の? でも……」

「わたしも聞いてみたい! えっと、ダメかな」

「そうね、文ちゃんがこんなに言うんだもの。私も聞いてみたいわ」

 

口を濁す言葉に対してみのりと雫が後に続く。遥と愛莉も期待の視線を送っていた。

ここまで期待されて断っては、演奏者としての名折れである。

 

「わかった。1曲だけだよ」

「やったー! ありがとうお姉ちゃん!」

「あーほら! 嬉しいのは解るけど飛び付かない!」

 

飛び付こうとする文を直前で止めたのは愛莉だった。

再び喉元を締め付けてはそれこそ機嫌を損ねてしまうかもしれない。

 

何を演奏するか、と思考を巡らせてから取り出した篠笛を構える。

咲き誇る桜に送るのは、弔いでも宴でもない。桜そのものを歌った楽曲。

凛々しくも雄々しく奏でる音色が鳴り響き、彼女とは違った形で彩りを与えるのであった。




桜前線異常ナシ/ワタルP


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希望と憧れに花びらを添えて その3

演奏を終えて頭を下げる言葉。それに対して5人は淀みない拍手を送った。

 

「聞いてくださってありがとうございます。つたない演奏でしたが」

「そんなことありません。うまく表現出来ませんが……とてもお上手でした」

「ね、お姉ちゃんの演奏は最高なんだから!」

「なんで文が自慢げなんだか……でも本当、素敵な演奏だったわ」

「ええ。思わず聞き入っちゃうくらい力強くて、それでいて優しい音色ね」

「うぅ、姉妹揃ってすごい人達ばっかりだよ……わたしも頑張らなくっちゃ!」

 

各々の感想を聞き届けてから彼女は再び輪に加わる。少し疲れたのかため息を吐いていた。

そんな様子を見ていた雫が自分の水筒を差し出す。

 

「もし良かったら、どうかしら」

「ありがとうございます。……ってこれ、甘酒ですか?」

 

水筒から注がれたのは白濁色の飲み物。

しかし特有の酒の香りはなく、すぐに違うということがわかった。

 

「しょうが湯よ。ほら、この時期だとまだ冷えることもあるでしょう?

 はちみつたっぷりだからそんなに辛くないし」

「なるほど、ではいただきます」

 

水筒からしょうが湯というのもなかなかに大胆だが、

桜の咲き始める時期に寒さが戻ってくるのは良くあること。

体の内から温めるにはもってこいだった。

 

「雫ってばまたいろんな物入れたりして……ま、今回は確かにありがたいけど」

「この前はお味噌汁だったよね」

「水筒にお味噌汁……いいですね。今度叔母さんお願いしてみようかな」

「「「えっ?」」」

「えっ?」

 

いつかの話題で盛り上がりを見せるかというところで、言葉がいいアイディアだと肯定する。

笑い話で終わるはずが、むしろもっと厄介な方向に転がりつつあった。

 

「鶴音さんもそう思うわよね。お味噌汁は体にいいし、運動後には塩分補給にもなるから」

「そうですね。最近の水筒は保温性も高くて、お弁当の冷めたご飯も食べやすくなりますし」

「そう言われれば確かにそうかも?」

「いや、みのりまで流されてどうすんのよ」

 

思わぬ廻り合いに2人は会話に花を咲かす。

一方は天然、一方は計算の元で導き出しているという違いこそあれど、

お互いに奇抜なアイディアを提供するもの同士、馬が合うといったところだった。

 

「文のお姉さんもマイペースっていうか、なんていうか……似た者同士ね」

「そんなことないですよ。お姉ちゃんの言ってることは大体正しいので」

「確かに言ってることはわかるけど……それでも水筒に味噌汁はないかなって」

 

それが理解出来なくもない愛莉と遥であったが、ここで全て肯定してしまうのも何か違う。

一方で変わらず2人の為になる(?)会話が続いており、みのりは完全に引き込まれていた。

 

「そうそう、この前皆で寄せ鍋をした時に、焼きマシュマロをしたんだけどそれが楽しくって……」

「確かにこちらの文化では暖炉もありませんし、ガスコンロの火なら安全に処理できますからね。

 この辺りだと焚き火はともかくバーベキューも出来ませんから」

「ふむふむ……」

「みのりー、そろそろ戻ってらっしゃい」

「2人も、その話はまた今度にでも」

 

そろそろ収拾がつかなくなると判断した2人は、助け船を出すのだった。

 

 

 

それからお弁当がなくなっても会話は続き、そろそろ会話のネタも無くなって、

自然と解散の流れができていた。

 

「皆さん、ありがとうございました。お陰で文も満足出来るお花見になりました」

「こちらこそ、私達もこんなにゆっくりお花見出来たのは久しぶりで。ありがとうございました」

 

言葉と遥がお互いに頭を下げる。こういった律儀なところは似た者同士かもしれない。

 

「まさかアンタに助けられるとは思ってもみなかったけど。やっぱり隅に置けないわね」

「えへへ、ありがとうございます愛莉さん。また一緒にお話しましょう!」

「そうね。ダンスは一級品だから、もし良かったらみのりと雫に教えてあげて頂戴」

「わかりました! その時は覚悟しててねみのりちゃん!」

「ひええ! コーチが2人!? どど、どうしよう雫ちゃん……」

「でも、その方がもっと楽しいわ。私からもお願いね。文ちゃん」

「はい! MORE MORE JUMP!の皆さん、ずっと応援してますからね!」

 

ほどなくして解散し、鶴音姉妹は帰路につく。

ほんのりと傾いた日が空を赤く染め始めていた。

 

「文。愛莉さんに前から好きだったこと、言わなくて良かったの?」

「うん。だって愛莉さん、今はMORE MORE JUMP!として頑張ってるから」

 

愛莉からすれば要らぬ心配だろうが、いざ自分の大切な物や憧れに対しては臆病なのは変わらない。

以前放った一言で姉を傷つけてしまったことが、今も深く胸に刻まれている。

 

「でも、言わないと伝わらないよ」

「わかってるって。でもそれは今じゃないと思うの。もっともっと、大事な時があるはずだから」

 

2人にとって明日ほど不確かな物はない。

永遠に続くと思っていたものが失われた、あの日から。

 

しかしわかっていながらも先送りにしてしまう。

自分のせいで大好きなものが失われるのも、文にとって恐ろしいことだった。

 

文の古傷は、まだ癒えることを知らない。




こんばんわ、kasyopaです。
お花見イベントが開催される様子ですが、
こちらのお話群は相変わらず残させていただきます。
鶴音姉妹が存在する時点で色々変化する物語もあるかもしれない。

さて、次回は箸休め程度にアンケートで可決された「エリア会話集」となります。
それが終われば、エイプリルフールイベント……のようなお話。
そして、それが終われば少し休止期間をいただきます。
年度はじめがエイプリルフールしかない状態になりますが、ご了承の程お願い致します。

それでは、また。


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エリア会話集

現実世界編
・1人
・類
・彰人

セカイ編
・言葉×MEIKO×KAITO
・MEIKO
・KAITO

KAMIKOU FESTIVAL編
・寧々
・杏
・瑞希

ニーゴ編
・瑞希
・絵名
・奏

宮女編 ※文
・1人
・みのり
・穂波

バレンタイン編
・冬弥×言葉
・えむ×文
・言葉×文

ビビバス編
・杏×文
・こはね×言葉
・彰人×文

地の文無しの完全な台本形式なので、台詞の前に名前をいれてます。
ご了承ください。


・現実世界

 

~神山高校~

 

【 言葉 】

 

言葉

「今日のお昼は吹奏楽部の人が音楽室を使うから、

 どこか空き教室を借りようかな」

 

言葉

「あ、でもたまには屋上でやってみるのもいいかな。

 歌の練習してる人もいるみたいだし」

 

言葉

「誰かに聞かれて困るものでもないし、先生に聞いてみよう」

 

 

【言葉 & 彰人】

 

彰人

「なあ委員長、今度のテスト内容知ってたりしないか?」

 

言葉

「委員長だからってそこまでは知らないよ。

 先生の言った範囲と今までのノートを見て真面目に頑張って」

 

彰人

「やっぱダメか……しょうがねえ、今回もヤマ張るか」

 

言葉

「とりあえず範囲がわからなかったら、

 教えてあげる位は出来るからいつでも言って」

 

彰人

「ああ、そのときは頼むわ。いつもありがとな」

 

言葉

「(当たれば凄いけど外れれば自爆……魔法の弾丸かな?)」

 

 

【言葉 & 類】

 

言葉

「あ、神代先輩。何か落としましたよ」

 

「おっとすまないね。拾ってくれてありがとう」

 

言葉

「別に構いませんが……その、このパーツはロボットか何か、ですか?」

 

「ああ。僕達のショーには欠かせない、大切な仲間の一部といったところかな」

 

言葉

「大切な仲間ですか。素敵な表現ですね」

 

「君にもきっと見つかるはずさ。君がそう望むのならね」

 

言葉

「ふふ、本当にそうだといいんですが」

 

 

・セカイ

 

【言葉 & MEIKO & KAITO】

 

言葉

「このセカイに果てってあるのかな」

 

KAITO

「急にどうしたんだい?」

 

言葉

「ほら、このセカイはどこまで続いてるのかなって思って」

 

MEIKO

「気になるなら私達と行ってみる?」

 

言葉

「……ううん、やっぱりいい。この場所が一番落ち着くから」

 

MEIKO

「あらら、せっかくやる気になってくれたと思ったのに」

 

KAITO

「こればっかりは仕方がないよ。何事もゆっくりと焦らず、ね」

 

言葉

「そうだね。もう少し、この光景を眺めていたいかな」

 

 

【言葉 & MEIKO】

 

MEIKO

「あら言葉、今日も1人でのんびりしてたのね」

 

言葉

「のんびりって、まあ間違じゃないけどね。ここはすごく心地いいから」

 

MEIKO

「ただし気を付けなさいよ?

 ここは寒いし、体調を崩したりしたら元も子もなんだから」

 

言葉

「そういえばMEIKO達はここにずっといるけど寒くないの?」

 

MEIKO

「ちゃんと言葉がいない時は暖をとってるから大丈夫よ。

 それに私達は風邪をひかないから気にしなくても大丈夫」

 

言葉

「え、ほんとに? でもバーチャルシンガーだしそういうこともおかしくないかも……」

 

MEIKO

「まあその辺りは想像にお任せ、ってところね。

 せっかくだし散歩でもして温まる?」

 

言葉

「それじゃあお言葉に甘えよっかな。お願いします」

 

 

【言葉 & KAITO】

 

KAITO

「──♪ ───♪ ──♪」

 

KAITO

「───♪ と、こんな感じかな」

 

言葉

「ありがとうKAITO。その、歌ってもらっちゃって」

 

KAITO

「僕達にとってもセカイにとっても、歌はなくてはならないものだからね。

 言葉が望むなら出来る限り応えるさ」

 

言葉

「ふふ。それだとバーチャルライブのチケットが売れ残っちゃうね」

 

KAITO

「それでも必要とあればCDも買うしライブにも行くだろう?

 生の歌の良さもあれば、それ以外にも良さはあるものさ」

 

言葉

「そうだね。必要とされるから生まれ、存在し続ける。

 ……ちょっと臭いかな」

 

KAITO

「ははは。言葉は詩人の方が向いているかもね」

 

 

・KAMIKOU FESTIVAL編 後

 

~神山高校~

 

【寧々 & 言葉】

 

寧々

「(今日は天気もいいから外で食べようと思ったけど、

  別に1人だから教室でも変わらなかったな……)」

 

言葉

「あれ、草薙さん? 今からお昼ですか?」

 

寧々

「あ、鶴音さん……今日は演奏しないの?」

 

言葉

「今日はちょっと先生からの頼まれ事で遅くなってしまったので。

 今からでよければお昼、一緒に食べませんか?」

 

寧々

「うん。わたしも今から食べるところだったし」

 

寧々

「(たまにはこういうのも、悪くないかもね)」

 

 

【杏 & 言葉】

 

「おはよー。委員長さんは今日も早いね」

 

言葉

「この時間帯は電車も空いてて楽だから。

 白石さんこそお勤めご苦労様です」

 

「ありがと。あーあ。鶴音さんが風紀委員だったら、

 私の仕事ももっと楽になるんだけどなー」

 

言葉

「でも私が風紀委員だと……たぶんもっとすごいことになると思うよ」

 

「もっとすごいって、例えば?」

 

言葉

「最初は注意するけど、直らなかったら注意をやめてチェックだけしてて、

 それが一定数貯まったら生徒指導室行き……とか?」

 

「……私、もうちょっと風紀委員頑張ってみる」

 

言葉

「そのいきです。それじゃあ私はこれで」

 

「(鶴音さんが風紀委員じゃなくてよかった……)」

 

 

~ショッピングモール~

 

【瑞希 & 言葉】

 

瑞希

「あれ、言葉だ。ここじゃあんまり買い物とかしないって思ってたけど……

 ってそれ、本?」

 

言葉

「うん。好きな写真家の人が写真集出してたからそれを買いに。

 暁山さんも買い物?」

 

瑞希

「そうそう。洋服のアレンジ用の布とかをちょっとねー。

 あ、そうだ。せっかくなら一緒にお店回らない?

 言葉のアイディアも参考にしてみたいしさ」

 

言葉

「あんまり服選びは得意じゃないけど。それでもいいなら」

 

瑞希

「さっすが言葉話がわかる! それじゃあ早速レッツゴー!」

 

 

・ニーゴ編 後

 

~神山高校~

 

【瑞希 & 言葉】

 

瑞希

「んー! 今日の言葉のお弁当も最っ高! 飴3つ!」

 

言葉

「自分の分も買ってきてるでしょ。

 これ以上は私が食べる分なくなっちゃうからダメです」

 

瑞希

「えー、ボクの学校に行く理由を奪わないでよー。

 だからさ、そっちの卵焼きもちょうだーい」

 

言葉

「……ここから先は1個につき100円徴収させてもらいます」

 

瑞希

「高っ! あ、じゃあボクの買ってきたサンドイッチと交換ならどう?」

 

言葉

「それくらいなら。じゃあ……はい。どうぞ」

 

瑞希

「やったー♪ いつもありがとう、言葉」

 

言葉

「(端から見たら不釣り合いだと思うけど……

  暁山さんが納得してるならいいかな)」

 

 

【絵名 & 言葉】

 

~神山高校~

 

絵名

「あっ……」

 

言葉

「こんばんわ東雲さん。

 私はバイトがあるので、ここで失礼しますね」

 

絵名

「あっ、ちょっ、会ってすぐそれ!?

 もうちょっと言うこととかないの?」

 

言葉

「と言われてもあんまりお話しすることも、時間もありませんから……」

 

絵名

「あっそ。なら早く行ったら?」

 

言葉

「ありがとうございます。またご縁があればお話ししましょう」

 

絵名

「(なんかアイツといると調子狂うっていうか、狂わされるっていうか……

  あんなナリでもクラスじゃ慕われてるらしいし、悪いやつじゃないのはわかるけど……)」

 

絵名

「まあいいや。私も早く教室行こっと」

 

 

【言葉 & 奏】

 

~スクランブル交差点~

 

言葉

「宵崎さんこんにちわ。……大丈夫ですか?」

 

「ちょっとスピーカーの調子が悪いから、修理してもらおうと思ったんだけど……

 日差しもきついし、また日を改めて──」

 

言葉

「じゃあ、私が代わりに持ちますね。道案内だけお願いしてもいいですか?」

 

「えっ、でも鶴音さんも用事があったんじゃ……」

 

言葉

「ただ宛もなく散歩してただけなので構いませんよ。

 それより知り合いの人が辛そうなのに放っておけないじゃないですか」

 

「それじゃあ、お願いしてもいいかな。結構重いから気を付けて」

 

言葉

「ふふ、わかりました。あ、日差しがきついのなら地下道に入りましょうか。

 あそこなら空調も聞いてて歩きやすいかと」

 

「うん。そうしてくれると嬉しい」

 

「(もしかしてわたし、

  サークルの皆以外だとお世話になってばっかりなんじゃ……?)」

 

 

・宮女編 後

 

【 文 】

 

~センター街~

 

「お腹空いたしここに入ろうかな。……ん? なんだろこの張り紙。

 『超大盛りカレー、時間内に完食すれば賞金1万円』……」

 

「興味あるけど始めて入るお店だし、まずは普通のカレーで味見かな。

 すみませーん! カレーライス特盛でお願いしまーす!」

 

 

【文 & みのり】

 

「みのりちゃんお待たせー! 待った?」

 

みのり

「ううん、わたしも今来た所だから大丈夫だよ!

 今日はどうしたの?」

 

「ほら、この前おすすめのお店教えてあげるっていう約束。

 ここからすぐ近くにあるから案内してあげようと思って」

 

みのり

「あ、そっか。じゃあわたしもおすすめのTシャツを……」

 

「今日はわたしの番! それはまた今度!

 ほらほら、急がないと時間がもったいないよ!」

 

みのり

「ふ、文ちゃんそんなに走ったら追い付けないよー!?」

 

 

【文 & 穂波】

 

「あ、穂波先輩だ! お久しぶりです!」

 

穂波

「ひゃあっ!? って文ちゃん!? 元気してた?」

 

「お陰さまで! ところですっごくいい匂いが……

 あ、アップルパイがいっぱい! お土産ですか?」

 

穂波

「そ、そうそう! ……もしよかったら文ちゃんも食べる?」

 

「いいんですか! じゃあいっただっきまーす!

 ほわっあっちゃあー!?」

 

穂波

「だ、大丈夫!? お水持ってこよっか……?」

 

「はふはふ……らいしょうぶれす(大丈夫です)

 とってもおいしいです! どこのお店ですか?

 お姉ちゃんにもお土産にしてあげたいので」

 

穂波

「そこのお店だよ。今焼き上がったところだからまだいっぱいあると思うよ」

 

「ありがとうございます! すみませーん! アップルパイ30個ください!」

 

穂波

「(そういえば文ちゃんもいっぱい食べるんだった……

  隠す必要、なかったかな?)」

 

 

・バレンタイン編 後

 

【冬弥 & 言葉】

 

~神山高校~

 

冬弥

「ん、鶴音は1人か。ずいぶんと遅いみたいだが……」

 

言葉

「先生からの頼まれ事でちょっとね。青柳君もどうしたの?」

 

冬弥

「図書委員の仕事で本のチェックをしていた。

 普段なら先輩と一緒にやるんだが、今日は休みだったから1人でやっていたんだ」

 

言葉

「なるほどね。お互いお疲れさまってどこかで一服するのはどうかな?」

 

冬弥

「せっかくのお誘いだが……すまない、彰人と練習する予定あるんだ。

 その話は、またの機会にでも」

 

言葉

「気にしなくていいよ。タイミングが合えばってくらいだから。

 それじゃあ、頑張って」

 

冬弥

「ああ。行ってくる」

 

言葉

「(あれからもずっと2人で頑張ってるんだよね。私も頑張らないとな)」

 

 

【えむ & 文】

 

~スクランブル交差点~

 

えむ

「あ、文ちゃんだ! こんにちわんだほーい♪」

 

「わんだほーい? とりあえず、わんだほーい!」

 

えむ

「おおー! 文ちゃんもわんだほーいしてくれた!」

 

「ところでえむちゃん、わんだほーいってなに?」

 

えむ

「元気になれる素敵な呪文だよ! 挨拶とか、ショーをやる前によく言うんだー」

 

「なるほどー。それなら2人で一緒にやったら元気も2倍だね!」

 

えむ

「そっか! じゃあじゃあ今度は一緒にやろ! わんわん~……」

 

えむ & 文

「わんだほーい!!」

 

【文 & 言葉】

 

~ショッピングモール~

 

「えへへー、今日はお姉ちゃんと買い物だー♪」

 

言葉

「そういえば前もここでウィンドウショッピングしてたよね。

 めぼしいものはあったの?」

 

「よくぞ聞いてくれました! 今日はお姉ちゃんの服を買いに来たのです!」

 

言葉

「え、服?。この前買ってくれたのを回して着てるから別にいいのに」

 

「お姉ちゃんが良くてもわたしがダメなの!

 美人なんだからもうちょっとおめかししようよ!

 そんなんじゃ彼氏もできないよ!」

 

言葉

「彼氏は別にいいかな。気の合う人とかいないだろうし」

 

「そんなこと言ってー。学校だといるでしょー、よく話す男の人」

 

言葉

「居るけど、恋愛とかそういうのはないかな。ただのクラスメイトとか、仲のいい人とか」

 

「だから、そんな人たちにがっかりされないためにも、服くらいはちゃんとしなきゃ!

 ほらほら、お店入るよー」

 

言葉

「(本当にそういう人はいないんだけどな……ま、いっか)」

 

 

・ビビバス編 後

 

【杏 & 文】

 

~センター街~

 

「文ちゃんってダンス以外に趣味とかってあったりするの?」

 

「ミクちゃんの曲を聞くことですかね。

 明るくて楽しい曲が多くてすっごく素敵なんです!」

 

「へえ、ミクの曲かー。確かにダンスソングとかも結構多いよね。

 ほら、3Dで踊るミクとか使った曲も多いし」

 

「ですです! ミクちゃんがもし現実に居たら、

 ダンサーの人達も顔負けのダンスを躍りながら、

 世界一の歌声で披露するんですよ! 杏さんも負けられませんね!」

 

「そうだね。ミクがライバル……そっかー。それも面白いかもね」

 

「(確かにあっちのミクは隙がないっていうか、キリっとしててかっこいいし。

  私達もミクに負けないくらい実力つけなきゃね!)」

 

 

【こはね & 言葉】

 

こはね

「──♪…… 今日はこのくらいにしておこうかな」

 

言葉

「小豆沢さん、でしたね。

 素敵な歌でした。音程の正確さもそうですが、気持ちも籠っていてとても良かったです」

 

こはね

「ふ、文ちゃんのお姉さん!? あ、ありがとうございます?」

 

言葉

「ああ、すみません驚かせてしまったようで。それでは」

 

こはね

「あ、行っちゃった……」

 

こはね

「(私と同じ年なのに、すっごく凛としててかっこいいな……

  私もステージの上であんな風に堂々と出来たら……)」

 

こはね

「うん。そのためにも、もっとたくさんのお客さんに聞いてもらわなきゃ!」

 

 

【彰人 & 文】

 

彰人

「げ……」

 

「あ、お姉ちゃんと仲のいい人! 

 でも残念でした。お姉ちゃんは今日バイトですー」

 

彰人

「別に委員長に用があるわけじゃねえよ。

 むしろプライベートにまで付き合わされたらこっちの身が持たねえ」

 

「むー! どうしてですか! お姉ちゃんはすっごく素敵じゃないですか!」

 

彰人

「それとこれとは話が別だ。

 別にお前だっているだろ。頼りになるけど居心地の悪いやつとか」

 

「うーん、うーん……別にいませんけど?」

 

彰人

「……お前にこの話を振ったオレがバカだったよ」




4月1日 AM0:00より、エイプリルフール回を公開します。
お楽しみにー。


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ウソのようなほんとのような

エイプリルフール回だけの投稿予定でしたが、
21時台で更新をお待ちの方もいるかと思い、
爆速で生産させていただきました。

(ちなみに今回の桜イベント未読なのでもしネタが被っていたらすみません)

文の誕生日記念回になります!


 

ファミレスの一角に集まっていたのは、文・咲希・みのり・こはねの4人。

 

エイプリルフールで各種界隈が盛り上がるのも昨今はSNSやソーシャルゲームの世界だけ。

現実でも1日だけとはいえ、嘘をまかり通してしまっては必要な情報が届かなくなってしまう。

 

そして何より、文にとっては年度始まりやエイプリルフールよりも重要な日である。

 

「今日はなななんと! わたしの誕生日なのです!」

「「「おめでとー!!!」」」

 

一斉に祝福を受けて照れ臭そうに頬をかく。

これまで友人達や家族に祝われたことはあれど、先輩達から祝われるのははじめてであった。

 

「えへへ。皆急に呼び出しちゃってごめんね」

「ううん気にしないで! でもびっくりしちゃった。

 急に通知が来たって思ったら『今日は文ちゃんの誕生日です!』って出てたから……」

「私もびっくりしちゃったな。4月1日ってやっぱり始まりって感じがするから」

「いっちゃんから聞いたんだけど、誕生花もサクラだもんね! すごいなー」

 

ある意味特別な日とも言える誕生日。

響きとしては2月29日の誕生日に近しいものはあるかもしれない。

 

「でも、皆本当にありがとう。こういう機会じゃないと揃って会えないかなって思って」

 

ここに3人を呼び出したのは他でもない。

和気あいあいとただ談笑を楽しみたかっただけである。

いくら連絡先を交換していようとこうして会う機会を設けるのは難しい。

現に絵名は夢心地であり、招集に応じられなかった。

 

「でももう少し早く言ってくれたら贈り物とか準備したのに」

「バレンタインのお返しもまだできてないし……」

「それは気にしないで。ここで皆に会えることがわたしにとっての誕生日プレゼントだから」

 

みのりとこはねが口を揃えるも、文の言葉に偽りはない。

しかし、彼女達の中でもそこそこに大きな存在となりつつある文に対し、

なにもしてあげられないのは腑に落ちなかった。

 

「あ、そうだ! それなら皆で歌をプレゼントするのはどう?」

 

そんな中で考え込んでいた咲希が名案を思い付いたように、ポンと手を叩く。

 

「そうだね! 咲希ちゃんは確かバンドでキーボードやってるし……わたしとこはねちゃんでダンスもできるし!」

「えっと、じゃあ2人の曲の方がいい? それとも3人?」

「あはは、アタシは踊れないからキーボードだけかな。歌うのもいっちゃんが多いし」

「なら2人曲だね……あ、じゃあわたしからリクエストしてもいい?」

 

話の流れだけ聞いていた文が、おずおずとスマホを差し出す。

そこに写し出されていたのは、初音ミクを主題にした家庭用ゲームの書き下ろし曲。

歌っているのもちょうどミクとリンの2人であり、BPMは高いもののノリのいいものだった。

 

「ほんとに文ちゃんいろんな曲知ってるね……はじめて聞いたけどすごくいい曲」

「えへへ、好きとか片想いとか、恋愛ソングっぽいね」

「でもすっごく楽しそう! アタシやってみたい!」

 

思いの外好感触だったようで、3人はその場で解散しそれぞれ練習に励むのであった。

 

 

 

そして夕方。ショッピングモールの一角に設置されたピアノの回りに4人の少女が集まっていた。

誰でも利用していいグランドピアノ。

プロ・アマ問わずミュージシャンや演奏家が時おり利用している場所である。

 

「ほ、ほんとにここで歌ってくれるの……?」

「うん! でもごめんね。もっと落ち着いた場所の方がよかったかな……」

「ううん! むしろわたしの為ってだけでもすっごく嬉しいよ!」

「そこは気にしないで。お祝いとお返しの2倍返しなのだー!」

「ふふ、そうだね。私も人前には慣れて来たし、全然大丈夫だよ」

「それじゃあ文ちゃんは見ててね」

 

文が少し離れると、咲希は椅子に腰掛け鍵盤に手を乗せる。

みのりとこはねがピアノの前に立ち、合図を飛ばした。

 

「「──♪ ───♪ ──♪」」

 

明るいメロディと共に簡単ながらもノリノリの振り付けがその場を彩っていく。

やがて興味を示した人々が次々に足を止め、その音に耳を傾けては躍りに引き込まれていた。

 

曲の終わりにはミニライブ規模の観衆に囲まれており、淀みない拍手が巻き起こった。

そしてその拍手はやがてアンコールの声援へと変わっていく。

 

「ちょっと目立ちすぎたかな……?」

「あはは、大盛況だね」

 

観衆の外では警備服に身を包んだ面々が集結し始めている。

目的は観衆の整理と騒ぎの原因である4人であろう。

 

「とりあえず、また移動しよっか?」

「じゃあわたしがよく使ってる公園にいきましょう! お礼にダンスをお見せしますね!」

「ええっ!? それじゃあいつまで経っても終わらないよー!?」

 

お礼にお礼を重ねては、どちらかが譲るまで終わらない。

そんな嬉しい関係が続いていくことを願いつつ、

4人はその場から早々と退散するのであった。




カラフル×メロディ/ちーむMORE
(作詞:流星P 作曲:doriko 編曲:OSTAR project ギター:19-iku-)


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一歌(Alice) in Dreamland

──セカイの狭間。

 

空も、大地もないそんな場所で、1人の歌姫が歌っている。

『キミ』は、いつか見たその光景を思い出しながらその歌声に耳を傾けているだろう。

 

「こんにちは。また会ったね」

 

キミが知り、キミをよく知る歌姫──初音ミクが話しかけてくる。

『こんにちは』と返事を返すと笑顔で応えてくれた。

 

「ここで会うのも3回目だね。セカイを見守るのも慣れてきた頃かな?」

 

キミが選んだのは、セカイを見守ること。

それを続けて、様々な歌が生まれる時を見てきた。

 

そのため普通なら彼女達の現実世界か、セカイを垣間見るのがいつもの事。

セカイの狭間に来るのは、特別な時しかありえなかった。

だからこそキミはミクに問いかける。『今日はどうしたの?』と。

 

「今日はわたし達にとっても特別な日だから、お話がしたいと思って」

 

確かにキミはこのセカイを訪れて半年あまり。

それを祝ってくれるのかと少しばかり期待してしまう。

 

「ふふ、それじゃあ始めよっか」

 

「──とっても素敵なおとぎ話を、ね」

 

 

////////////////////////

 

 

あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。

森の畔で女の子はすやすやとお昼寝をしています。

 

「ん……あれ? ここは……」

 

あ、目を覚ましたみたい。

 

黒髪に大きな青いリボン、綺麗な青い瞳。

青のワンピースに白のエプロンドレス。真っ白なニーソックスに黒い靴。

この子の名前はアリス*1

 

え? アリスは普通金髪じゃないかって?

ふふ、そこはこのセカイのおとぎ話だから。

 

「えっと、私は確か……あれ、どうして寝てたんだろう……」

 

アリスはちょっと混乱しているみたい。

それでもなんとか思い出そうと立ち上がり、回りの景色を見渡します。

 

「急がないとオーディションに遅刻しちゃう……!」

 

そんな中、赤いチョッキに身を包んだ白ウサギ*2を見つけました。

その手には懐中時計を握りしめていて、なんだかとっても急いでいるみたい。

そのまま森の中に入ってしまいました。

 

「あれって花里さんだよね……どうしたんだろう」

 

アリスは白ウサギを追いかけて森の中に飛び込みます。

木々がうっそうと茂る森の中ではすぐに見失ってしまいました。

アリスは思ったよりも勇敢みたい。

 

でもそのせいか、すぐ隣に落ちていた自分のスマホに気付くことはありませんでした。

 

 

 

それからしばらく周囲を散策したアリスでしたが、白ウサギを見つけることはできません。

 

「仕方ないけど、一旦戻ろうかな」

 

諦めて来た道を戻ろうとするも、道はどこにもありません。

どうやら勇敢すぎて目印をつけることを忘れていたようです。

 

「これじゃあ、戻れないよね」

「──♪ ──! ───♪」

 

するとどこからか不思議な歌が響いてきました。

それは1人でも力強くて、どこまでも真剣なんだということが伝わってきます。

それに音程もかなり正確で、思わず聞き惚れてしまうくらい。

 

その歌に導かれるように向かえば、紺色の服に身を包み華麗な躍りと歌を披露するイモムシ*3がいました。

アリスは勇気をもってイモムシに話しかけます。

 

「えっと……青柳さん、ですよね」

「ん、ああ、そうだが……確か星乃さん、でしたね。

 こんなところでどうしたんですか?」

「これは私にもわからなくて……あの、赤いチョッキを来た女の子がここを通りませんでしたか?」

「いや、俺は見ていません。知り合いですか?」

「はい。オーディションに遅刻するって言ってて」

 

どうやらアリスはこのイモムシのことも知っているみたいです。

白ウサギがどこに行ったか聞いてみるも、いい答えはもらえませんでした。

 

「ああ、それか……なんでもこの先にある城でオーディションが行われるらしいです。

 俺もそれに向けて練習していたんですが……」

 

どうやら、白ウサギもイモムシも同じ目的があるみたいです。

でもどうしてかその答えははっきりしません。

 

「オーディションって、歌のオーディションですか?」

「ああ。ここの女王が曲を作っていて、その歌い手を募集している……らしいんです」

「らしい……?」

「俺もなぜここに居るのか、なぜそれを知っているかわからないんですよ。

 星乃さんに呼ばれるまでは、なんの疑いもなかったんですが」

「そういえば私も、そうだった気がする……」

 

アリスはなんの理由もなく、どうして白ウサギを追いかけようと思ったのか解りませんでした。

ただ、そうするのが正しいと言わんばかりに。

 

「(そうだ私、セカイに行くためにUntitledを再生して……目が覚めたらここにいたんだ)」

 

自分も名前を呼ばれたからか、アリス(一歌)も段々と記憶がはっきりしてきました。

自分の名前と、どうしてこのセカイに来たのか。

 

思い出したようにスマホを取り出そうとしますが、もちろんポケットには入っていません。

 

「青柳さん、スマホ持ってませんか?」

「……すまない。俺もどこかに落としたらしい」

 

イモムシ(冬弥)も自分のスマホを探しますが、見つからないみたい。

ただ2人ともセカイに来ている、というのはわかっているみたいです。

 

「とりあえず、この先にあるお城へ向かいましょう。

 恐らくそこに手がかりがあるはずです」

「そうですね。わかりました」

 

力強く頷いて、丘の上に見えるお城をみつめます。

こうしてアリス(一歌)はお城を目指しイモムシ(冬弥)を連れて森の中を歩くのでした。

 

 

 

森を進めばよりうっそうとした木々に囲まれ、遠くに見えていたはずのお城も隠れてしまいました。

方向も定まらないまま歩いていると、甘い香りが漂ってきます。

その方を見てみると、なんということでしょう。

森の広間で帽子屋*4がテーブルを広げ、お茶会を開いているではありませんか。

でも、他にお客さんはいないようです。

 

「鶴音さん! こんなところで何をしてるんですか?」

アリス(星乃)さんにイモムシ(青柳)君。見ての通りお茶会ですよ。1杯いかがですか?」

 

そう言ってポットから紅茶を注ぎ、暖かいお茶を振る舞います。

でも2人には行くべき場所があるので、お茶を飲む時間もありません。

 

「でも、私達には行かなきゃいけないところがあって」

「それはお城のことですよね。立ち話もなんですし、どうですか?」

 

帽子屋(言葉)さんもどうやらそのことについては知っているみたい。

解っていながら、それでもお茶を差し出すことをやめません。

 

「確かにあのお城を目指すのは正解です。

 でも、あそこの女王様はとても気分屋ですから、

 招待状を受け取った相手でなければお話しすることも叶いませんよ」

「つまり、あらかじめ決められたメンツによるオーディション、というわけだな」

「流石イモムシ(青柳)君、賢明ですね」

 

帽子屋(言葉)さんは、自分のカップを傾けてお茶を飲みます。

優雅に、そして上品に。

一方で招待状なんてものがある、ということを知り2人は戸惑います。

 

「確かにオーディションなら、審査用の書類が必要だよね……」

「ああ。もしくはスカウトされた際の名刺あたりか。招待状に当たるならそのくらいだろう」

「ところで偶然にもこちらに招待状が3つありまして」

 

思い悩む2人を見て、帽子屋(言葉)さんは自分の帽子に刺さっている封筒を抜き取ります。

その中にはスペード・ハート・ダイヤのカードが1枚ずつ入っていました。

その後ろは不思議な模様が描かれていますが、なんの変哲もないトランプのようです。

 

「トランプが、招待状?」

「はい。先ほども言いましたが随分と変わり者の女王様ですからね。

 もしよろしければ、お譲りしますよ」

「……ありがとうございます!」

「ただし──」

 

アリス(一歌)の手が招待状に届くよりも前に、帽子屋(言葉)さんが引っ込めてしまいました。

なにやらお願い事があるようです。

 

「このお茶会に参加してくれたら、ですよ」

 

どこまで行っても帽子屋(言葉)さんは帽子屋(言葉)さんみたい。

2人も普段はしっかりしている彼女がゆっくりしている理由を信じて、

お茶会に参加するのでした。

 

「そういえば、クラブのカードがないようだが」

「クラブのカードなら先ほど通りかかった白ウサギ(花里)さんにお渡ししました」

「花里さんが来たんですか?」

 

思いがけない名前を聞いて、アリス(一歌)の興味を引きます。

それでも、帽子屋(言葉)さんはずっと紅茶を飲んでいました。

 

「はい。随分と急いでいらっしゃったので、お茶会は叶いませんでしたが」

「えっと、どこに向かったかは……」

「受けとるや否や、あちらの方に向けて駆けていきました」

 

そういって帽子屋(言葉)さんは、よりうっそうと木が生えている森を指差しました。

それを知って2人は急いでお茶を飲み干し、席を立ちます。

 

「鶴音さんありがとう。お茶、美味しかったです」

「1杯だけでいいんですか? おかわりもありますよ?」

「俺達はいかなきゃいけない場所があるからな。終わったらまた来るかも知れない」

「そうですか、残念です。ではその時までお待ちしてますね」

「えっ、鶴音さんはいかないんですか?」

 

普通なら手がかりの為に帽子屋(言葉)さんもお城に行ってもおかしくありません。

でも、帽子屋(言葉)さんは相変わらず1人でお茶会を楽しんでいます。

 

「私はもう少しお茶会を楽しんでいます。招待状は全部持っていってください。きっと役に立ちますよ」

「でもそれじゃあ鶴音さんがお城に入れないんじゃ……」

「その辺りはお気にせず。さあ、行ってください」

「星乃さん、行きましょう。鶴音はこうなると言うことを聞かない」

「……わかりました」

 

アリス(一歌)イモムシ(青柳)に手を引かれ、その場を後にします。

1人残された帽子屋(言葉)さんは、また空になった自分のカップにお茶を注ぐのでした。

 

 

 

お日様の光も届かない真っ暗な森の中。

帽子屋(言葉)さんからもらった招待状(トランプ)を手に、2人で森の中を進みます。

 

『そんなに急いでも、いいことないよ』

 

木の上から声が響いてきました。

その方を見れば、2匹*5のチェシャ猫*6がこちらを見下ろしています。

視線を合わせると、そこからすぐに消えてしまいました。

 

『急いでいるなら、止まらなきゃ。止まっていたいなら、走らなきゃいけないよ』

 

それは木々に反射して、どこから聞こえてくるのか全くわかりません。

本当に急いでいるなら、その声も無視することもできたでしょう。

でも、2人は見覚えのある姿と聞き覚えのある声に足を止めてしまいます。

 

「さっきの、草薙さんだった……」

「ああ、そのようだ」

 

お互いに耳を澄ませますが、声のありかはわかりません。

よくわからない言葉を森のどこかから言いふらす少女は、

近くにいるようで、でも遠くにいるようで、混乱を誘います。

 

『わたしはどこにでもいて、どこにもいない。ふふ、見つけられるかな?』

 

普段の彼女とはまるで別人のように振る舞っていて、役を自分の物にしているようです。

機械の音に紛れて素早く動く影を捉えることはできません。

 

「っ! 草薙さん! 私です、星乃一歌です! 話を聞いてください!」

 

このままではいけないと思ったアリス(一歌)は、声を張り上げました。

もしこの声が届いたなら、きっと正気に戻ってくれると信じて。

 

「えっ、星乃さん? あれ……わたし何して……ネネロボ、ストップ!」

 

その想いが通じたのか、影の動きはだんだんゆっくりになっていきます。

そこから姿を現したのはピンク色の衣装に身を包み、ロボットに乗るチェシャ猫(寧々)でした。

 

「やっぱり草薙さんだった。ごめん、驚かせたみたいで」

「ううん。わたしも何て言うか、正気? に戻れたから」

「星乃さんのお蔭ですね。俺では思い付かなかった」

「確か青柳さん、だっけ。その、珍しい組み合わせだね」

 

チェシャ猫(寧々)は人見知りのせいか、

チェシャ猫(ネネロボ)の後ろに隠れながらアリス(一歌)に話しかけます。

 

「私も青柳さんとはさっき出会ったばっかりで。あ、そうだ。草薙さん、スマホ持ってない?」

「スマホなら……あれ、ない……さっき落としたのかな」

 

ロボットに乗っていても、あれだけ早く動いていたら振動は抑えきれなかったみたい。

何かの拍子に落としてしまったのかな。

 

「そっか。じゃあお城に向かうしかなさそうだね」

「お城? そんなのがここにはあるの?」

「ああ、それは俺から説明しよう」

 

イモムシ(冬弥)の説明を聞いて、今まであったことを理解するチェシャ猫(寧々)

アリス(一歌)から招待状らしいカードを受け取って、それをまじまじと観察します。

 

「ネネ、ネネ」

「ネネロボ? どうしたの」

「そのカード、見セテモラエマセンか?」

「ロ、ロボットが喋った!?」

 

すると、そこにいたもう1匹のチェシャ猫(ネネロボ)チェシャ猫(寧々)に話しかけます。

自分から話したロボットに2人は驚きを隠せません。

それはさておき、手渡されたカードをくまなく見ていると、ふと裏に書かれた模様を見つめていました。

 

「どう? なにかわかりそう?」

「カードに隠サレタ、コードを発見シマシタ。現在スキャン中デス」

「コード? でも、裏面には何も……」

「ああ、そういうことか。きっと役に立つと言っていたが……」

「コードのスキャンに成功シマシタ。コチラに表示シマス」

 

イモムシ(冬弥)は後ろの模様を見つめ、納得した様子で頷きます。

それを不思議に見つめていたアリス(一歌)ですが、

チェシャ猫(ネネロボ)が地面に映し出した画面を見てようやく解ったみたい。

 

「これ、今私達がいる場所と、お城までの道のり……?」

「そうみたい。ネネロボ、お手柄」

「アリガトウゴザマス、ネネ。皆サン、ゴ案内シマス」

 

今まではっきりとした道を知らなかったけど、ここまでわかれば目的地まですぐ。

3人(4人?)はお城に向けて早速出発するのでした。

 

 

 

チェシャ猫(ネネロボ)に導かれて、3人はようやく丘の上にあるお城までたどり着きました。

しかし門は固く閉ざされていて、開く様子はありません。

そこで1匹の白ウサギが困った様子で中を覗き込んでいます。

 

「うーん、会場はここであってるはずなのに……すみませーん! 開けてくださーい!」

「花里さん! よかった、やっと追い付いた」

「あれ、その声は……一歌ちゃん!」

 

アリス(一歌)が声をかければ、白ウサギ(みのり)が振り返ります。

1人で不安なところに知った人が現れて、喜んでいるみたい。

 

「星乃さんの知り合い、か?」

「そうみたい。わたしも見たことないから宮女の人かな」

「あ、申し遅れました! わたし、花里みのりです! 新人アイドルです!」

「青柳冬弥だ。よろしく」

「えっと、草薙寧々……こっちはネネロボ。よろしく」

「ヨロシクオネガイシマス」

「わわっ、ロボットがしゃべ……よ、よろしくお願いします!」

「「(それにしても、アイドル……?)」」

 

独特の自己紹介と明るいテンションで、2人は戸惑っているみたい。

でも白ウサギ(みのり)も戸惑ってるみたいだし、お互い様かな?

 

「それで、花里さんはここで何をしてたの?」

「あ、えっと、オーディションがこのお城であるって聞いて来たんだけど、門が閉まっちゃってて。

 場所はここで間違いないんだけど、お城からは誰も出てくる感じもしないし……」

「そうだ花里さん、鶴音さんから貰った招待状ってある?」

「うん、持ってるよ!」

 

そういって見せた大きな懐中時計の蓋の裏に、クラブのカードが入っていました。

 

「これで全部、だよね」

「そうだな。ネネロボに見せても……変化はないか」

「ネネロボ、どう?」

「解析シテミマス」

 

これで4枚の招待状が揃ったけど、門の前で立ち往生してるみたい。

チェシャ猫(ネネロボ)白ウサギ(みのり)から受け取ったカードを分析していました。

 

「スキャン完了。コノカードにも、他のカードと同ジ情報が記録サレテイマス」

「そっか……」

「あ、じゃあ4枚を組み合わせてみたら」

 

手詰まりか、とアリス(一歌)が肩を落としていると、チェシャ猫(寧々)がみんなの招待状を集めます。

その模様を組み合わせて、新しい模様が浮かび上がってきました。

 

「草薙さん、どうしたの?」

「たぶん鶴音さんの事だから、このくらいのことはそうだけど……ネネロボ、どう?」

「流石デス、ネネ。新シイコードを確認シマシタ。スキャンを開始シマス」

「凄ーい! どうしてわかったの?」

「えっと、ゲームのやり込み要素とかでこういうのよくあるから……」

「1件のメッセージを確認。再生シマス」

 

白ウサギ(みのり)の声に驚きながらも、ちゃんと説明してくれるチェシャ猫(寧々)

少し時間が経った後、チェシャ猫(ネネロボ)が口を開いて喋り始めます。

 

『その門、押せば開きますよ。鍵はかかってませんので』

 

そこから再生されたのは帽子屋(言葉)さんの声でした。

それだけ言い残すと後は無音のノイズが続いているだけで、終わりのようです。

 

「押せば開くそうだが……でも、本当にそうなのか?」

「流石にこのお城でそんな警備が緩いわけ……」

「とりあえずやってみる価値はある、と思う」

「じゃあ4人で一緒に、せーの!」

 

4人合わせて門を押せば鈍い音を立てて開きます。

どうやら本当に鍵はかかっていないみたいです。

 

「開いたな」

「いや、不用心過ぎるでしょ」

「でもこれでオーディションに間に合うよ!」

「そうだね。とりあえず招待状があるし、行ってみようよ」

 

そういってお城の扉を目指して歩き出すと、音を立ててひとりでに開くのが見えました。

その中から、白くて綺麗な髪をしたハートの女王*7が──

 

「うっ……日差し強い。やっぱり部屋で待ってよう……」

 

日の光を浴びた途端、逃げるようにお城の中へ引きこもってしまいました。

 

「えーっと、さっきのはなんだったんだろう……」

「もしかして、あの子が女王様?」

「でも、城の中に戻っていってしまったな」

「(あの人、どこかで見た気がする……)」

 

3人はそれぞれの反応をしますが、アリス(一歌)だけは少し変わっています。

そんな疑問を張らすために、彼女は最初に扉を開きました。

 

部屋の中は真っ暗で、でもパソコンの画面だけが光っています。

その前で赤いジャージ姿の女の子が画面を見つめていました。

 

「あのー、オーディションを受けに来たんですけど……」

「オーディション……? ああ、ちょっと待って。もうすぐ出来るから」

 

パソコンの画面にはゆっくりと延びるバーが映っていて、

彼女の回りにはいくつも五線紙が散りばめられていました。

暗くてよく見えませんが、お部屋も随分と散らかっているみたい。

 

「よし、書き出しが終わった……オーディション参加希望の人は、招待状を見せて」

「あ、はい。これです」

 

1人ずつ、女の子に招待状として渡されたトランプを見せます。

すると招待状を受けとる代わりに五線紙を渡して、部屋の奥に見える扉を指差しました。

 

「とりあえずあそこがレコーディングルームになってるから、

 1人ずつ歌ってみてほしい。楽譜はさっき渡したものだから」

「いきなり本番、ですか?」

「仮歌くらいで大丈夫。その中で一番気に入った物を採用させてもらうから」

 

急な話にイモムシ(冬弥)も驚きを隠せていないみたい。

でも4人ともオーディションっていう目的のためにここまで来たから、断れないよね。

 

「とりあえずやってみよっか。採用されたら帰れるかもしれないし」

 

アリス(一歌)の声に3人は頷きます。

こうして、オーディションという名のレコーディングが始まったのでした。

 

 

 

「………」

「えっと、どう、かな?」

 

アリス(一歌)は恐る恐るハートの女王に話しかけます。

するとヘッドホンを外して4人に言いました。

 

「うん。みんな違ってみんな良いんだけど……でも、なにか足りない気がする」

 

どうやらハートの女王は満足していないみたいです。

 

「アリスの声はキリッとしてて、叫ぶ感じだけど曲に絞まりが出る。

 白ウサギの声は元気がはつらつとしてて、曲を明るくしてくれる。

 イモムシの声は曲全体をよく把握しててバランスがすごくいい。

 チェシャ猫の声はすごく感情が籠っていて思いが伝わってくる。

 でも、なにか足りない。これじゃ、皆を救えない……」

「「「「………」」」」

 

思い詰めたように言葉を吐き出す彼女に、4人は何て声をかければわかりません。

それでも1人、前に出て口を開きます。

 

「それなら、皆で歌うというのはどうですか?」

 

それは意外にもイモムシ(冬弥)によるものでした。

 

「音楽は自由です。ソロというものも味があるのは俺にもわかります。

 でも皆で歌えばお互いを補うことができる。背中を預けることだってできます」

「青柳さんのいう通りだよ! わたしもいろんなライブ見てきたけど、

 このアイドルが歌ってはじめて響く歌詞ってあると思うし」

「それはわたしもわかる気がする。ミュージカルだって、

 1人じゃ絶対に出来ない演目だってあるし、歓声とかも曲のひとつだから」

「……それに何より、皆で歌った方が楽しいよね」

 

皆、それぞれの想いから教えて貰った答えをハートの女王に伝えます。

それを聞いて、さっき録音した音声を一緒に流してきいてみることにしました。

するとどうでしょう。ハートの女王の表情が驚きに満ちていきます。

 

「そっか、皆で……一緒に歌う、か。考えもしなかったな」

 

それだけ呟いて、もう一度4人に向き直ります。

 

「でも、このままじゃダメ。一緒に歌うなら、もう一回その前提で録り直さないと」

「あ、それならここの歌詞は──」

「それだとパートが被ると思いますからここは──」

「じゃあここはわたしが歌って──」

「──ふふ」

 

その言葉を聞いて5人の少女達はもう一度歌について考えることにしました。

少しだけその様子を外から眺めていたアリス(一歌)も、遅れて会話の中に入っていきます。

 

こうして5人によって紡がれた歌はとても素敵な歌となってセカイ中に響き渡り、

役目を果たした少女達は無事に帰ることができましたとさ。

 

 

////////////////////////

 

 

「めでたし、めでたし」

 

ミクが長いお話を終えて、キミを見る。

『素敵なおとぎ話だった』とキミが答えると、ミクはまた笑顔で答えてくれた。

 

「気に入ってくれたみたいでよかった」

 

それでも、どうしてミクがこんな話をしてくれたのだろう。

キミはその疑問をミクに投げ掛ける。

特別な日だから、というのも結局のところわからない。

 

「今日は『嘘をついていい日』なんだよね?」

 

「これは全部、本当にあったことじゃない。だから『嘘』のお話」

 

「セカイを見守ってくれるキミのために、なにか1つお返しがしたかったんだけど……

 わたしは歌で嘘はつけないから」

 

その辺り、歌姫としてのプライドがあるのか、それとも別の意味があるかはわからない。

それでもミクがキミのために紡いでくれた優しい嘘は、心地よかった。

 

「これからも、わたしとセカイを一緒に見守ってくれるかな?」

 

そんな問いかけにキミは力強く頷く。

そこに嘘なんてものは、どこにもなかった。

*1
星乃一歌

*2
花里みのり

*3
青柳冬弥

*4
鶴音言葉

*5
草薙寧々

*6
ネネロボ

*7
宵崎奏




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「あれ、まだ残ってたんだ?
 ……さっきの話には続きがあるんじゃないかって?
 
 ふふ、やっぱりキミの目は誤魔化せないね。
 だってこれまで、いろんなセカイを見てきたんだもん。

 でも今は少しだけ待ってほしいな。
 今話しちゃったら、全部嘘になっちゃうから。

 その時が来たら、もうちょっとだけ話してあげる。
 お話の結末と、そこから始まる本当のお話をね!」


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本当のお話

これは役目を果たした少女達がセカイを去った後の話。

 

部屋でただ1人残されたハートの女王は、まだ帰ることができませんでした。

彼女を残して少女達は行ってしまいました。

それでもハートの女王は満足しています。この歌が誰かの心に届くと信じていたから。

 

気分もすっかり晴れた彼女は、久しぶりに外へと駆り出します。

ここはとっても不思議な国。誰かを救える曲のアイディアもたくさんつまっているはずです。

 

ハートの女王はアリス(一歌)が来た道を戻っていきます。

道を辿り、深い森を越え、そして───

 

 

 

「お待ちしてました。ハートの女王(宵崎)さん」

 

帽子屋(言葉)さんのお茶会。

あれからどれだけ時間が経ったかなんて誰にもわかりません。

でもそれは帽子屋(言葉)さんにとって関係のないこと。

だって彼女の『時間は止まっている』のですから。

 

「鶴音さん……どうして」

「アリスも、白ウサギも、イモムシも、帽子屋も、チェシャ猫も、ハートの女王も。

 どれも全て与えられたものです。それは私達のものじゃない」

 

「ではその役目を終えた時、私達に残るものはなにか。宵崎さんにはわかりますか?」

「……本当の名前」

「正解です」

 

空いたティーカップに紅茶を注ぎながら、ちょっと難しいやりとりをして、

ハートの女王()は隣の席に座ります。

 

「これで私の役目も果たせました。演者は居なくなり、物語は終わりを告げる。

 不思議の国のアリス(本当のお話)には程遠い物語でしたが」

「……そうだね。わたしの知ってる()()()とは全然違ってた」

 

ハートの女王()が見たアリス(一歌)は服装こそ似ていたけれど、

それ以外は何1つとして似ていなくて。

でも、綺麗な黒髪は忘れられませんでした。

 

お互いにカップを差し出して、紅茶を飲む2人。

それを見届けるようにセカイは光に包まれるのでした。

 

 

////////////////////////

 

 

「これで、おとぎ話は本当におしまい」

 

「え? この後みんながどうなったか知りたい?」

 

「それは、自分の目で確かめるのがいいんじゃないかな?」

 

「それじゃあ、あの子達に会いに行こう!」

 

 

////////////////////////

 

 

「ん……あれ、もう朝……?」

 

カーテンから漏れる光を浴びて、一歌は目を覚ます。

 

「なんだか不思議な夢を見てた気がするけど……なんだろう。思い出せないな……」

 

夢の内容を思い出そうとして、視界の端に写った目覚まし時計を見た。

それはまもなくバイトが始まることを指し示している。

 

「いけない! 今日のシフト朝からだ!」

 

急いで身支度を整えて家を出る。

走っていけばなんとか間に合うか、という時間の為急いで電話

をかけた。

 

「あっ、店長すみません! 今日寝坊しちゃって、少し遅れるかもしれなくて……

 はい、すみません。できる限り急ぎますので、それでは!」

 

一報入れてから再び走ることに集中する一歌。

そんな中で、白い犬をつれて散歩するみのりや、路上で歌の練習をしている冬弥、

ゲームセンターに入っていく寧々を見かて、何となく既視感を覚えていた。

 

「(なんだろう……いつもと変わらないはずなのに、違って見えるような……)」

 

そんな考えの中、なんとか遅刻せずにバイト先へたどり着いた一歌であった。

 

 

 

お昼時のピークタイムを過ぎ、お客さんも落ち着いた頃。

もうすぐ上がりの時間というタイミングで2人の客が訪れた。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりで──」

「もしかして星乃さん、ですか?」

「あっ、鶴音さん」

 

お決まりの台詞をいいかけたところで、その客が自分の見知った人だと気付く。

その後ろには連れと思わしき少女の姿もあった。

奇しくも咲希のシンセを買いに行った時とは立場が逆である。

 

しかし知り合いとはいえ、一歌が働いているのはファーストフード店。

どれだけ早く正確に客がさばけるかの勝負だ。

一旦気を取り直して注文を受けとり、次の少女へ。

 

「「あっ……」」

 

しかしその少女もまた、お互いに見知った少女であった。

その綺麗な髪を見間違えることはない。

 

「ハートの女王……」「アリス……」

 

夢の中であったような気がして、2人は思わず口をこぼす。

 

「あ、えと、失礼しました! ご注文どうぞ!」

「え……ああ、じゃあ──」

 

幸か不幸かその少女を待つ者はおらず、

お互いの言葉で正気を取り戻し焦った様子で注文を取る一歌であった。

 

「お疲れ様星乃さん。もうすぐ時間だし先に上がってていいよ」

「ありがとうございます。それでは、お先失礼します」

 

長蛇の列をさばき切った一歌は、先輩の労いを受けつつ更衣室へ。

しかしどうしてもあの少女のことが忘れられなかった。

 

「(このまま帰ったら、絶対に後悔する……かもしれない。だから──)」

 

着替えを終えて店内へ。目的の少女達はすみの席に座って談笑している。

一歌は勇気をもって2人に話しかけた。

 

「あの、すみません」

「あ、星乃さん。今バイト上がりですか?」

「えっと、はい。鶴音さんは……」

「見ての通り演奏の帰りですよ」

「そうだったんですね……それで、この人は……」

 

席の隣にはいつものキャリーカートが置いてある。

思わず返事を返してくれた言葉に逃げてしまうも、目的はそれじゃない。

 

「「………」」

 

思わず白の少女に目が行ってしまうも、何を話せばいいかわからない。

 

「「(『髪が綺麗ですね』……ってそれじゃ絶対変な人に思われるし、

  『夢で会いませんでしたか』……ってそれも絶対変だよね)」」

 

意外にもこの2人のきっかけは同じ物だが、話しかける話題は完全に不審者のそれである。

奏はともかく一歌でさえも、それを口にするのは憚られた。

 

「──お2人とも、私のご友人です。

   私としては、お2人同士でも仲良くしていただけると嬉しいのですが」

 

その手に持っていた紙コップをおいて、言葉が口を開く。

少しだけ間をおいて2人は自分の名を口にした。

 

「星乃一歌です。よろしくお願いします」

「宵崎奏。よろしく」

 

──これは、嘘のような本当のお話。不思議な夢を通して繋がれた1つの縁。

  それを信じるか信じないかは、キミ次第。




どうもkasyopaです。

嘘の魔法も1日で解ける。そんなお話。
間にちょっとしたお話が入りましたが、その辺りは寛大でいていただけると幸いです。

さて、このお話で第1部の物語はおしまいです。
今後2部中に何か記念の話(特にみのりの誕生日とUA10000記念)があれば、
この枠に挿入させていただく形になると思いますが、
一旦1部は閉幕とさせていただきます。

そして、休止期間をいただこうかと思ったのですが、
()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
時おりアンケートなど設けさせていただくので、
投票していただければ幸いです。

ニーゴ・レオニだけでなく未知のシャッフルも控える中で震えている私ですが、
できる限りお付き合いいただければ、と。

次回、荒野の少女と1つのセカイ。「第1部総集編」。
お楽しみに?


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閑話 非力な少女達

※第2部終了後、2部のサイドストーリー枠に再度変更します。


固く閉められたカーテンによって、外部と完全に遮断された部屋。

煌々と光を放つディスプレイに照らされたベッドの上で、奏が言葉に覆い被さっていた。

 

「ハァ……ハァ……ダメです、宵崎さん……1人で出来ますから……」

「大丈夫、わたしに任せてほしい」

 

上着のファスナーを丁寧に下ろしていく。

頬を紅潮させながら何かを言いかけた言葉の口を閉じさせた。

 

晒された肌着は熱を帯びた呼吸と共に上下している。

その胸に手を当てれば心臓が強く脈打っていた。

しっとりと濡れた黒と白の髪が交わり影の溶ける。

息も掛かる距離でお互いの顔を見つめあっていた。

 

「えっ、と……宵崎、さん」

「喋っちゃだめ。じっとしてて」

 

意を決した奏はそのまま顔を近づけていき────

 

─を重ねた。

 

 

 

──時は少しばかり遡る。

 

桜も散り始めた頃、日頃の暖かさ故か春雨も激しさを増していたシブヤの街。

傘も差さずに1人の少女が地下道へと駆け込んだ。

 

「まさか急に雨に降られるなんて」

 

ハンカチで服を拭っていたのは言葉であった。

久しぶりの休日にと街へ駆り出すまではよかったものの、

天気予報を過信して傘を持ってきていなかった事が祟り、すっかりずぶ濡れになっている。

 

「クシュン! とりあえず傘を買って帰らないと……文にまた怒られちゃうな」

 

せっかく妹が選んだ春のコーディネートも、濡れてしまっては台無しだ。

薄手の服なこともあり、ぺったりと肌に張り付いていた。

 

「あれ……鶴音さん?」

 

そんな彼女に偶然声をかけたのは奏。

両手はスーパーの袋で塞がれており、買い物帰りなのはすぐに見てとれた。

 

「あ、宵崎さん。最近よく会いますね。お帰りですか?」

「うん。カップ麺と缶詰が切れかけてたから。

 ……はぁ、誤送なんてことがなかったら外を出ずに済んだのに」

 

言葉の姿を見るやげんなりとする。

奏も当然傘など持っておらず、出不精の為に色々買い足したのがよくなかったらしい。

 

「もし良ければ家まで送りますよ。その様子だと傘も差せないでしょうし……」

「……ごめん。お願いしていいかな」

「気にしないでください。これも何かの縁ですので」

 

申し訳なさそうにお願いする奏に対して首を横に振る言葉。

 

こうして地下道の店で傘を購入し、付き添いとして家へ向かうことになったのだが……

 

「傘、1本しかなかったね」

「そうですね。この辺りは通行人も多いですから」

 

奏の家に向かう途中のコンビニを覗いてみても、

急な雨のせいか最初に買った1本しかなかった。

しかも2人で入るには心もとない大きさである。

 

やがて地上へ上がるも雨は勢いを増すばかりであった。

それでも奏には曲を作ることが最優先であり、帰りを遅くすることはできない。

言葉もその意図を汲み取って横に並ぶ。

1つの傘に2人。いわゆる相合い傘というもの。しかし……

 

「鶴音さん。そんなに傾けてたら濡れるんじゃ」

「気にしないでください。私の方が身長高いですし、そちらには荷物もありますから」

 

傘のほとんどを奏の方へと譲り、言葉は以前にも増して濡れていた。

奏が反対の声をあげるも、傘の主導権は言葉にある。

そんな会話をしている2人のそばを1台の車が通りかかった。

 

「あっ」

 

水溜まりの水を撒き散らし、車側を歩いていた言葉がモロに水を被った。

身長差もあって奏は全く濡れなかったものの、

一方の言葉は衣服が透けるまでずぶ濡れになっていた。

 

「だ、大丈夫?」

「はい。宵崎さんは大丈夫ですか?」

「うん。髪が少し濡れただけだから」

 

「(不謹慎かもだけど……綺麗だな……)」

 

素肌が見えるまでに濡れたその姿も、髪をハンカチで拭く仕草も、

奏では到底出せない美しさを纏っている。

言葉に目を奪われながらもやがて目的地に着いた2人。

 

「もしよかったら上がっていって。そこまでずぶ濡れだと体に悪いし」

「ありがとうございます」

 

普段なら断っていたであろうが、

今回ばかりは見てくれも悪いため言葉に甘えることにする。

キッチン、ではなく脱衣所まで案内され替えの服を渡された。

 

「ごめん、ジャージしかなくて」

「いえいえ、ジャージは好きですよ。動きやすいですし何より窮屈しな……」

 

そう言いかけて肌着とジャージに袖を通した言葉であったが、

それは奏が普段来ているものと全く同じもの。

サイズも身長差もありすぎるためか、お腹が完全に出てしまっていた。

 

「なんか……ごめん」

「もう、今日で謝るの3回目ですよ。気にしてないといってるじゃないですか。

 あ、洗濯機お借りしてもいいですか?」

「うん、遠慮なく使ってもらっていいよ。わたしがやると服が縮むから」

 

以前の失敗を思い出しつつ語る奏に対し、あるあるといった表情で言葉は洗濯を始める。

その間に紅茶のひとつでも淹れようと台所へ向かうも、ティーバッグが見つからない。

よくも悪くも家事代行の穂波に任せっきりであり、台所に立つことすらない奏は、

その所在を知ることができなかった。

 

「(わたし、とことん家事が出来ない女だな……)」

 

残念がっていると言葉が顔を覗かせた。

 

「宵崎さん、どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」

 

お茶を淹れようとした、その事実ごとひた隠しにしつつ言葉に向かい合う。

仕方なく冷蔵庫にある冷えた麦茶を振る舞った。

 

「鶴音さんのお陰で今日は本当に助かった。……お礼に何か、言ってくれたら嬉しいな」

「あ、でしたら……作曲風景を見せていただきたい、ですかね」

「そのくらいでいいの?」

「はい。もちろん差し支えない程度であれば、ですが」

「そんなことない。じゃあ、案内するね」

 

奏からすれば当たり前の日常である。それを見て楽しいことがあるのだろうか。

そんな疑問を浮かべつつ奏は自分の部屋に案内するのだった。

 

 

 

通販の段ボール、使ったままのマグカップ、散乱する楽譜。

消えることの知らないディスプレイと、

その周囲を取り囲むように設置された音楽機材の数々。

日の光を許さぬ締め切られたカーテンと、クーラーによって冷やされた空間。

 

辛うじて足の踏み場がある部屋で、奏はいつも通り作曲を続ける。

いつもと違うのは、その後ろに言葉の姿があるということか。

 

こんなにも散らかった部屋でも言葉は何一つ言うことはなかった。

奏は改めて彼女の器の広さを思い知る。

 

「「………」」

 

クリック音と鍵盤を押さえる僅かな音だけが、この部屋を支配する──はずだった。

1時間ほどすると荒い息遣いが聞こえてくる。

ディスプレイに向き直る際、視界に入った言葉の様子がおかしいことに気づく奏。

 

「鶴音さん……?」

「ハァ……すみません、なんでも、ないです」

 

途切れた言葉を呟きつつも顔は段々俯いていく。

やがて奏の椅子に手をかけていた。

 

「ごめん、なさい、宵崎さん……ベッド、お借りしてもいいですか?」

「別に構わないけど……まさか!」

 

今にも崩れ落ちそうな言葉は、なんとかベッドに座り込む。

その顔は紅潮しているが何より顔色が悪い。

 

これまでの経緯で悪条件が重なれば、答えは明白であった。

焦った様子で駆け寄る奏だが、散乱した楽譜に足を取られる。

そのままバランスを崩し、言葉の体を押し倒した。

 

固く閉められたカーテンによって、外部と完全に遮断された部屋。

煌々と光を放つディスプレイに照らされたベッドの上で、奏が言葉に覆い被さっていた。

 

「ハァ……ハァ……ダメです、宵崎さん……1人で出来ますから……」

「大丈夫、わたしに任せてほしい」

 

上着のファスナーを丁寧に下ろしていく。

頬を紅潮させながら何かを言いかけた言葉の口を閉じさせた。

 

晒された肌着は熱を帯びた呼吸と共に上下している。

その胸に手を当てれば心臓が強く脈打っていた。

しっとりと濡れた黒と白の髪が交わり影の溶ける。

息も掛かる距離でお互いの顔を見つめあっていた。

 

「えっ、と……宵崎、さん」

「喋っちゃだめ。じっとしてて」

 

意を決した奏はそのまま顔を近づけていき────

 

『額』を重ねた。

 

随分と熱くなっており、すぐに風邪だとわかった。

しかし看病の経験はなく薬の場所もわからない。

 

「こういう時、望月さんが居てくれたら……」

 

いつも頼れる少女は今日は来ない。電話をすれば駆けつけてくれる可能性はある。

 

──しかしこれは自分が招いた結果。

  自分の不甲斐なさが生んだ結果。

  ()()()のように、また繰り返すのか。

 

「違う……わたしが、救わなくちゃいけないんだ」

 

だからといって諦めることは出来ない。

『救うことに呪われた少女』は行動を開始した。

 

「風邪の時はまず安静に……してる。あとは水枕……とかはない。濡れタオルくらいなら」

 

ネットで情報をかき集めながら、出来る限りの処置を施していく。

酷く拙いものであったが、それでも少女は全力だった。

 

『私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……

 貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います』

『でしたら、助けたい人を助けられた時、私にも紹介して貰えませんか?』

 

待っていると言ってくれた少女。

あの言葉は、ずっと奏の中で鳴り響いていた。

そしてまだあの時の約束を果たせていない。

 

いつか待つその未来で、痛いくらい笑えるように。

 

 

 

「ん……あれ……」

 

カーテンの隙間から漏れる黄昏の光に目を覚ます言葉。

そのそばでは奏が眠りについていた。

 

お湯の入った洗面器と荒く絞った濡れタオル。

それだけで必死に看病してくれていたのだろうと考える。

 

「……このままでは風邪を引いてしまいますよ」

 

そっと耳打ちしてベッドの上に寝かせる。

先ほどまで病人が寝ていたベッドだが、体を冷やすよりかずっとよかった。

 

「少し長居しすぎましたね。お暇しましょうか」

 

部屋を出てキッチンを通り、脱衣所へ向かう言葉。

そんな生活感のない家の中に、唯一立てられていた写真立てが目に入った。

 

父と、母と、少女が幸せそうに写っている。

それが奏の家族だと気付くのにさほど時間はかからなかった。

そしてこの家の状態から、現在の様子は予想に難くない。

 

「……こういうのを、運命っていうんでしょうか。

 神様はいつも、意地悪なものですね」

 

笑みを溢しながら、着替えを終えて言葉は奏の家を後にする。

雨はまだ少しだけ残っていた。




お久しぶりです。kasyopaです。
今回はUA10000記念、「言葉が奏に押し倒される話」でした。
文字数は普通より長くなりましたがその分絡みが書けたから許して……(4000文字)

絶対選ばれないと思ってネタで入れた結果がこれだよ!
(シチュ・相手とも大差をつけてました)
相手に絵名をいれてもよかったかなー、と思ったりもしましたが、覆水盆に帰らず。

なお、発案の元は「シャミ子が悪いんだよ」から来てます。

押し倒されてからのシチュエーションが全然なくてすまない。
でもこの話でR-15指定されたら……いや、ありませんね。

皆様のお陰で、累計UA10000を突破し、先週のUAも1000を越えることができました。
評価も増えて、ホクホクしております。
これからも応援してくれる皆様には感謝しかありません。

結構暗いお話になっている第2部ですが、
このお話で少しでも気晴らしになれば幸いです。
それでは、またいつか記念話でお会いしましょう!


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閑話 最高の時間を、貴女に

みのりの誕生日記念話です。
こちらも第2部終了後、サイドストーリーに移動させます。


4月14日まで後一週間ほどといったある日、遥・愛莉・雫・文は秘密裏に雫の家に集まっていた。

内容はもちろん──

 

「ではこれより、みのりちゃんの誕生日サプライズパーティー企画会議を始めます!」

「わかってはいたけど、そのまんまね……」

「あら、私はわかりやすくていいと思うんだけど……」

 

文の音頭に愛莉が「知ってた」という表情を浮かべる。

一方で雫は「どうして?」といった顔をしていた。

遥はただ苦笑しかできない。

 

「でも、わたしなんかがお呼ばれして良かったんですか?

 わたし、MORE MORE JUMP!の皆さんとは確かにお知り合いですけど」

「みのりをお祝いしたい、って気持ちは一緒だから大丈夫。

 それに文にはファンからの視点で、みのりが喜ぶ企画を考えてほしいの」

 

普段MORE MORE JUMP!の配信で行われるコーナーは、

皆で考えることが多いものの、特にみのりが持ち込んだものの人気が高い。

それは一概に良識を持ったファンとしてアイドルを見てきたからに過ぎないが、

ユニット全体の支持に大きく貢献していた。

 

「とりあえずみんなでライブするのと、

 わたし達のバースデーソング斉唱、までは考えてるんだけど、

 なんかありきたり過ぎるっていうか」

「なるほど。確かにファンからすれば推しのアイドルが、

 自分の為にライブしてくれるのは人生で最高のプレゼントですもんね」

「あ、でも……文ちゃんには見せてあげられないの。ごめんなさい」

「いえいえ、みのりちゃんの為に皆さん頑張ってください!」

 

当然そのライブはセカイで行われるものであるため、文が見ることは叶わない。

それを知ってか知らぬか、その雰囲気を守るためにも自分も見たいと申し出ることはなかった。

 

「うーん、うーん。みのりちゃんは遥さん推しだから、

 遥さんが特別何かをしてあげたら大丈夫だと思うんですけど」

「それはそうなんだけど……出来れば誕生日にしか出来ないようなことが出来たらって」

 

いつものように思い悩む文だが、すぐに浮かぶほど頭の回転は早くない。

遥も考えてはいるものの、こういう発想という方向では乏しいらしい。

それでもみのりの為に何かをしてあげたい、という想いはこの中で一番強かった。

 

「なら文がわたしにしてもらったら嬉しいことってない?」

「愛莉さんがわたしに? 昔テレビで見たサプライズ企画は羨ましいなーって思いましたけど」

「サプライズ企画?」

「ええ。この前雫とセンター街でも話してたんだけど……

 待って、それって名案じゃない!」

「確かにみのりちゃんならとっても喜びそうね~。

 もしかしたら気絶しちゃうんじゃないかしら」

「?」

 

1人だけ状況が飲み込めない遥を置いて、3人は企画を進める。

ユニットとは別の友人1名、憧れのアイドル3名によるサプライズ企画は、

こうして無事決定したのだった。

 

 

 

こうして迎えたみのりの誕生日。

セカイでのライブを無事(といっても遥の一言で気絶してしまったが)終えて、

現実世界に戻ってきていた。

そのタイミングを見計らってか、文が連絡アプリである場所に誘いをいれる。

 

そうして訪れたのはセンター街の一角にある、カラオケボックスだった。

 

「みのりちゃん! お誕生日おめでとう! それとライブお疲れ様!」

 

部屋に入ったみのりを出迎えたのはもちろん文。

簡易的なステージも併設された広い部屋で、テーブルの上には大きなケーキも置かれている。

 

「文ちゃんありがとー! あれ、でもどうしてライブのこと……」

「愛莉さん達から聞いたの。それでわたしも何かしてあげられたらなーって思って」

 

最初は喉を休めるためにゆっくり他愛ない雑談。

そして落ち着いた頃合いを見計らって文が一番手に曲を選び歌い上げる。

流石に簡易的なステージであったため、躍りは自重していた。

 

次はみのりの番だが、何を歌おうか決まっていない様子。

そんな中。

 

「ねえみのりちゃん、遥さんの曲で一番好きな曲ってなーに?」

「えっ? それは……あ、これだよ!」

 

国民的人気を誇るアイドルだったASRUNの曲が、カラオケに入っていないわけがない。

それも、桐谷遥ともなれば当然のことだった。

 

「あ、それいい曲だよねー。ねえねえ歌って歌ってー」

「いいよ! あ、なんなら振り付けだってつけちゃおっか!」

「あはは! 思う存分どうぞ!」

 

予約を入れれば前奏が流れ始める。

ステージに躍り出て、完璧な振りコピと共にAメロを歌っていると──

 

「──♪ 「───♪」えっ!?」

 

突然扉が開かれ、遥本人が歌いながら入って来た。

文からマイクを受けとると、みのりのとなりに立ち同じ振り付けを披露する。

夢の共演とはまさにこの事だった。

 

「………」

「──♪ ……どうしたのみのり、声止まってるよ」

「あ、ご、ごめんね! ──♪」

 

「「──♪ ───♪ ──♪」」

 

丸く可愛らしい歌声と、繊細で大人びた歌声が見事なハーモニーとなって響き渡る。

やがて曲が終わると、愛莉と雫も姿を表した。

 

「改めて、お誕生日おめでとう。みのり」

「遥ちゃん……! わたし、嬉しくて、嬉しくて……きゅう……」

「「「「あっ」」」」

 

こうして、本日2度目となる気絶をするみのりであった。

 

 

 

「やっぱり気絶しちゃったわね」

「……刺激が強すぎたかな?」

「でも、みのりちゃんってば本当に嬉しそう」

「えへへ、喜んでもらえたなら何よりかな」

 

法悦の笑みを浮かべるみのりに対して、思い思いの言葉を述べる4人。

 

「文、本当にありがとう。お陰で喜んでもらえた」

「なら良かったです……遥さんはみのりちゃんのことが大好きなんですね」

「……うん。みのりは私に、アイドルとしての希望を届けてくれたから」

 

いつかの出来事を思い出すように、優しい笑みを浮かべる。

凛とした態度を崩さない遥が見せたギャップは、完全に不意打ちであり。

 

「──!!! きゅう……」

「あ、ちょ、文まで!?」

 

文の心は完全に撃ち抜かれ、みのりのとなりに倒れ込む。

こうしてしばらくの間、2人は幸せな時間を過ごすのであった。




記念話と記念話で被ってしまった。kasyopaです。
モモジャンのボイスドラマを待ちながら幾星霜。
我慢できずにそのまま敢行した次第です。
例によっての数時間クオリティなのでご察し。

こちらはみのりの誕生日なのでモモジャン全員出ないと、
と思い色々エリア会話を参考にさせてもらいました。

ではでは、またいつかお会いしましょう!


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第2部「断罪と贖罪のジャッジメント」
これまでのあらすじ


「100話も読んでいられるか!」という新規の方向けの、大体のことがわかる総集編。



・メインストーリー編

 

なんの変哲もない日常を送っていた少女、鶴音(たずね) 言葉(ことは)は、

ある日自分のスマホに『Untitled』という無名の楽曲が入っていることに気がつく。

 

興味本位で再生したところ荒野が広がる『セカイ』に導かれ、

そこでバーチャルシンガーのMEIKO・KAITOと巡り会う。

『本当の想い』を見つける為に協力する2人に加え、

時を同じくして東雲彰人・青柳冬弥・星乃一歌・天馬咲希を通じ、

かつて横笛を演奏をしていた自分を思い出す。

 

それからMEIKO発案の路上ライブや、

妹である鶴音(たずね) (ふみ)との喧嘩、

神代類のストリートパフォーマンスを通して、

『自分の音を奏で続けていきたい』という本当の想いを見つけるのであった。

今日もまた、神山高校のどこかでは笛の旋律が響いているという。

 

 

・KAMIKOU FESTIVAL編

 

言葉のクラスはお化け屋敷をすることが決定する。

何事もなく催事が終了するかと思った矢先、

天馬司を初めとした団体の人探しに同行する。

そんな中で知り合った草薙寧々と親睦を深めつつ、

後夜祭を盛り上げる一役を担う。

 

その後自分を題材にした噂を白石杏・暁山瑞希から聞き付けるも、

意図せず後夜祭が根絶に役立ったのだということも知らされるのであった。

 

 

・ニーゴ編

 

新曲のアイディアを募っていた宵崎奏は、

サークルメンバーである暁山瑞希・東雲絵名から神山高校で流行っていた噂について聞く。

楽曲の方向性を定める中で、次第にモチーフとなった少女、鶴音言葉という人間を露にしていく。

 

奏が救いたい少女、朝比奈まふゆに似たその少女のあり方を聞き、

呪いとは違う何かを得ながらも、ついに楽曲を完成させる。

些細な変化ながらも確かに感じた感情と共に、少女達は進み続けるのであった。

 

 

・宮女編

 

鶴音言葉の妹であり、初音ミクが大好きな鶴音(たずね) (ふみ)は、

宮益坂女子学園への体験入学が決定する。

学校探索や姉の紡いだ縁によってMORE MORE JUMP!・Leo/needのメンバーや、

小豆沢こはね・鳳えむと知り合い親睦を深めていた。

 

そんな中、自分の動画チャンネルやSNSが炎上し、

特技と趣味であったダンスの封印を余儀なくされる。

落ち込む文に対し、望月穂波の相談・花里みのりの応援を通じて、

元気を取り戻すことに成功する。

しかし、少女の想いの行く先を決めることはできなかった。

 

 

・バレンタイン編

 

叔母からの教えにより、贈り物を通じて日頃の感謝を伝えることにした鶴音姉妹。

言葉は入学以来からの友人斑鳩(いかるが) 理那(りな)を初めとした、

これまで関わってきた様々な生徒達に贈り物を渡しつつ、改めてその存在を理解する。

 

一方の文も体験入学を通じての友人達に自分なりの想いを伝え、

それが更なる出会いを生むのであった。

 

 

・ビビバス編

 

路上ライブを続ける言葉、人知れずダンスの練習を続ける文。

それぞれがVivid BAD SQUADの面々や白石謙を通じて己の想いと見つめあっていく。

そんな中でこはねから渡されたイベントのチケットを元に、観客として参加する鶴音姉妹。

 

しかしあるユニットの遅刻によりステージに上がることを余儀なくされる言葉。

望まれずしてその大役を請け負う文に寄り添う形で、

2人は会場の空気をなんとか繋ぐことに成功する。

 

イベントの熱も覚めきらないまま帰路に着いたこはねと杏は、

1人の見知らぬ少女に称賛を受ける。

その名は雲雀(ひばり) 千紗都(ちさと)

話を聞くからには鶴音姉妹を追ってきたというが──?

 

時を同じくして、文のスマホに『Untitled』が現れる。

再生し、導かれたのは荒野に広がる1本道の『セカイ』。

そこにやってきた憂いを纏う少女、初音ミク。

文は最高の憧れに出会い感激するのであった。

 

 




どうもkasyopaです。
個人的にずいぶんと長い話になってしまったので、
ざっくりわかるお話をご用意させていただきました。
小説なのに総集編て……と思われるかもしれませんが、
再確認と新規の方向け、ということでご了承ください。

活動報告にてオリ主・オリキャラの設定を順次更新中ですので、
興味のあるかたはどうぞー。

鶴音(たずね) 言葉(ことは)
鶴音(たずね) (ふみ)
斑鳩(いかるが) 理那(りな)
雲雀(ひばり) 千紗都(ちさと)

総集編と聞いてがっかりした読者諸君!
大体定期更新が行われるのがこの小説!
総集編も記念話感覚で終わる!
本日21:00の定期更新から第2章の始まりです!

次回、「荒野の少女と1つのセカイ」
第2部メインストーリー編。
「断罪と贖罪のジャッジメント」お楽しみに。


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第1話「たった1人の友達」

全20話構成・三人称視点となります。


奇跡のような一夜からしばらく経過して。

言葉はしばらくビビッドストリートに姿を見せなくなっていた。その理由とは──

 

「ねえ鶴音さん、今度またイベントがあるんだけど──」

「白石さん、それはオーバーホール中だからって言ったよね?」

 

そんな問答が日常のひとつとして行われている。

冬の寒さも一旦落ち着きをみせ始め、中庭で昼食を取っている時の出来事だ。

 

あれから一躍時の人となった鶴音姉妹は、

Vivid BAD SQUADを通じてイベント参加を希望されていた。

といっても日常的に会話の機会があるのは自然と絞られる。

彰人も声をかけたものの理由を聞くなりやめてしまった。

 

一方の杏はそのオーバーホールが終わるタイミングを図るかのように、

タイミングを見ては様々なイベントに誘っていた。

情報を絶やさない、という意味もあるかもしれない。

 

「そっかー。でもまた見に来てくれると嬉しいな! あの時結局聞けなかったんでしょ?」

「そうだけど……まあお客さんとして見るにしても、楽器が手元にあってからがいいかな」

 

この前のようなトラブルがあるかもしれない、と箸を進めながら口を濁す言葉。

実際のところは知名度が上がったことにより、

出演者だけでなくお客さんにもある種の期待を抱かせてしまった。

それにいざ応えようとしても、そのための楽器がないのではがっかりさせてしまう。

それが言葉にとって一番の問題点であった。

 

「まあまあ、ここは委員長に免じて許してやって下さいよ風紀委員様」

「理那ってばまたその呼び方ー。私は別にいいけど鶴音さんくらいは普通に呼んであげたら?」

 

そんな勧誘の流れを断つように口を挟んだのは理那。

フレンドリーという共通点から、杏と理那が知り合うまでさほど時間はかからず、

また親睦を深めるのも同様であった。

 

「私の役職呼びは敬意と尊敬の念が籠ってるからねー。委員長も嫌って言ってないし」

「でも東雲君は名前呼びだよね」

「男の子は別ですー」

 

自分の信条を語りつつも彼女は彼女で購買で買ってきた大量のパンに舌鼓を打っている。

そんな光景に、文と大食い対決したら良い勝負が出来そうだな、と2人は考える。

 

「そういえば理那はなにか自分でやってみたいこととか、将来の夢とかってあるの?」

「私? 私は今のところないかなー。何が向いてるかもわかんないし」

 

ひとまずの話題が終わったことで、話の流れから矛先は理那へ向く。

言葉の夢はともかく、そういった話は一切口にしないことから興味がわいたのだろう。

しかし問われた本人は特に何も考えていない様子であった。

 

「なんでも向いてると思うけど……勉強以外は」

「言ったな委員長! それは流石に怒るぞー!?」

「あはは、まあ私も特に勉強なんか出来なくても、

 RAD WEEKENDを越えられれば問題ないわけだし?」

 

そしてこの2人、勉強が出来ない点も同じだった。

 

「でも白石さん、赤点とって追試になれば練習時間も減るんじゃないかな?」

「うっ」

「あはは、言われてるー」

「他人事じゃないから。この前国語の小テスト、追試になってたでしょ」

「あっ、それ杏には秘密にしてって言ってたやつ!」

「あれー? 理那ってばあの小テスト追試になってたんだー?」

「あと1点! あと1点あればセーフだったし! 杏の方こそどうだったの!?」

「私は見事追試回避しましたー」

「う、裏切り者ー!」

 

と言いつつ、彼女も赤点ギリギリだったのは口が裂けても言えない。

もしここにいる3人が同じクラスであれば、更なる不毛な言い争いになっていただろう。

言葉は余裕を持ってこなしているのは言うまでもない。

 

「とりあえず話を戻して。なにかやってみよう、って思ったりもしないの?」

「今はとりあえず楽しそうだな、面白そうだなって思うことを、

 行き当たりばったりでやってるだけだからねー。

 ほら、年取ったり怪我したら体とか動かなくなってやりたいこと出来ないじゃん?」

「まあそうだけど、同じ目標に向かって進む仲間っていうのも他に変えがたいよ」

 

現にそうやって進み始めている杏だからこそ言える話であり、

これは理那だけでなく言葉に対しても贈られたものであった。

 

「目標、か……」

 

依然として先の事を考えることも出来ない彼女は、ぼんやりと思い浮かべる。

『自分の音を奏で続けていきたい』という想いはもはや果たされている。

しかしその先で何を得るか、何を選ぶのかまでは決まっていない。

 

変革の機会であれば既にあのイベントから始まっている。

妹もまた、自らの形で音楽を体現していた。

そんな共通点を知ってからは今までよりもさらに距離が縮まったかもしれない。

それでも文は叔父と叔母には心配をかけまいと秘密にしているようで、

言葉も準ずる形で2人に伝えることはなかった。

 

「同じ目標がなくても、私は委員長と一緒にいられたらそれでいいかな」

「……理那?」

 

そんな中で理那が懐かしむように呟く。その表情はいつもと違って憂いに満ちたもの。

思わず言葉が名前で呼んでしまうほど、哀愁たっぷりに呟く彼女は我に帰る。

 

「おおっといけない、私としたことが。昼休みも終わっちゃうしささっと食べて教室戻ろう!」

「そうだね」

 

幸いここにいる者はそれを追求する事はしない。杏の同意の元、食事を再開する3人。

言葉にとっていつもより少し騒がしい昼休みは、あっという間に終わりを告げるのであった。



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第2話「友達との交流」

授業を何事もなく終えて、放課後。

普段なら家に帰って宿題をし、夕飯まで楽器の練習に打ち込むのだが、

ここ最近は宿題と勉強、読書だけで暇を潰す日々。

妹の勉強を見ることもあったが、

あまり付きっきりが過ぎると、勉強そのものが嫌になりそうなのでほどほどにしていた。

 

「(近くの図書館にでも行って面白そうな本でも借りてこようかな)」

 

そんな事を考えるほど暇な少女の元に、理那が現れる。

 

「委員長ー、もし良かったら遊びにいかない?」

 

誘う彼女の後ろでは仲の良い他の友達2人が、教室の出口に待機している。

委員長は真面目だから来ないでしょー、などと冗談混じりに声をかけているが、

理那は一切気にすることなく話しかけていた。

 

「今から? 別に良いけど……」

「お、珍しい! もしかして良いことあった?」

「良いことというより、やることもないからね。晩御飯の時間までなら大丈夫だよ」

「おっけおっけー。なら皆でシブヤの街へレッツゴー!」

 

同行する他のクラスメイトも珍しさに目を丸くしながら、先頭を歩く理那に続く。

 

「それで理那、どこいくのさー」

「んー、今日は委員長一緒だしアミューズメント施設で遊び放題のとこ行こう!」

「なにそれ、シブヤの街に~とか言いながら屋内じゃーん!」

 

大して気にもならない会話に耳を傾けながらもあくまで外側から見守る言葉。

ハイテンションな人物が苦手な彼女であっても、半年以上付き合っている彼女は別だった。

 

「委員長はどこか行きたいところとかないの?」

「私は……ごめん、どこでもいいかな。皆と行くのって本当に久しぶりだから」

「理那にお任せって事? 結構疲れるよー」

「それでもいいよ。運動はあんまり得意じゃないけど」

「ほら理那ー、委員長運動は嫌いって言ってるじゃん」

「そこはあえていくんだよ! もしかしたらバリバリ運動得意かもしれないし!」

 

普段は話さないクラスメイトも物珍しさから話題を振ってくれる。

それを当たり障りのない返答で返せば、それは理那へと標的を変える。

彼女からしても付き合いが長いため、運動が苦手なことは知っていた。

それでもあえて行く、ということは何か理由があるのだろう。

 

 

 

「そおい!」

 

そんな間抜けな掛け声と共に放られた玉は床を滑っていき、並び立つピンを全てなぎ倒す。

4人は手始めにとボウリングを楽しんでいた。

 

「げ、4回連続ストライクじゃん。理那ってば容赦ないなー」

「あはは、私に敵う者は誰一人いないのだー!」

 

他のクラスメイトが言うように、この時点で大きくスコアの差をつけている。

満足げに席へ戻る理那に代わり、次は言葉の番。

 

「……えい!」

 

勢いよく転がるボールは右の溝に逸れ、奥へと消えていく。ガターである。

 

「あらら、こっちは4回連続ガターだね」

「アハハハハ!! 委員長それギャグでやってんの!?」

「理那ー、笑いすぎると委員長でも怒るよー」

「はあ、思ったようにいかないね……」

 

頭でどれだけボールの軌道を思い描いても、その通りに転がる技量を持ち合わせているわけがなく。

むしろ投げたボールがガターになる方が、思考にかける時間よりも早かった。

 

「でも委員長ってなんでもできるイメージあったけど、苦手なことあるんだね」

「だよねー。あんな綺麗にフルートとか弾いてるし、文武両道かなって思ってた」

「私も苦手なことはあるよ。勉強だって暁山さんに比べたらまだまだだし」

「え、暁山さん勉強出来るの!? そっちの方が意外なんだけど!」

 

クラスメイトの2人は予想外の名前に驚き食いついてくる。

瑞希は主に直感に頼ることが多いものの、成績だけはかなり良い。

言葉も一度教わろうとしたが、何故解るかは瑞希自身も解らないため、参考にすらならなかった。

 

そういったことも含めて、未だに付き合いが続いている事を口にする。

 

「へー、すごい組み合わせだなーって思ったけど、案外暁山さんってまともなのかも」

「いや、委員長が寛大なんだって! だって暁山さんいっつもあんな格好で──」

「ほーら、早く次行かなきゃ私がガターにしちゃうよー」

「あっ、ちょ、理那それはひどくない!?」

 

会話を遮るようにボールを振りかぶる理那。

冗談と笑いながら席に戻る彼女に、そっと言葉が耳打ちする。

 

「ありがとう、暁山さんのこと」

「なんのことかなー。私だって暁山さんの事知らないしー」

 

とぼけ顔を振り撒きながら、今から投てきしようとする友人を応援する。

 

「理那、これ終わったらどこ行く?」

「んー、ロデオとか卓球とか色々あるけど、委員長どこ行きたい?」

「この後もあるの? 結構疲れそう……」

「あーじゃあカラオケとか?」

「あ、私委員長の歌聞いてみたいなー」

「それなら大丈夫かな。お願いできる?」

「オッケー!」

「やったーストライク出たー! って2人とも見てないじゃん!」

 

喜ぶクラスメイトを尻目に次の予定を立てる2人。

その瞬間を目の当たりにしたのは言葉だけであった。

 

「おめでとう。綺麗に決まったね」

「ありがとう委員長ー! ほら委員長ならちゃんと見てくれてるー」

「あ、ほんとだおめでとー」

「それより次、カラオケ行くって」

「え、マジ? 委員長も歌うの?」

 

不満そうに訴えるも、別の話題に乗っかる辺りそこに執着はないようで。

 

「一応、かな。バーチャルシンガーの曲ばっかりになるかもだけど」

「へー、バーチャルシンガー聞くんだ。やっぱりミク?」

「えっと、KAITOかな」

「カイトって……誰だっけ?」

「さあ?」

 

その2人はそこまでバーチャルシンガーに詳しくないようで、仕方ないかと諦める言葉。

4人の道草は、まだ始まったばかりであった。

 



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第3話「過去から迫る者」

「いやー、歌った歌ったー」

 

そんな事を言いながら理那は大きく伸びをする。日はすっかり落ち込み街灯と店の照明に照らされている。

あれからずっとカラオケでマイクを回していた4人。

晩御飯までと言っていた言葉も結局は最後まで付き合っていた。

 

「委員長歌上手だよねー。カラオケ大体85点くらいだったし」

「笛と一緒に声楽隊とか入ってたとか?」

「入ったことはないけど、音程とタイミングは器楽でも大事だから、自然と点が高くなるんだと思うよ」

「おー、プロフェッショナルな回答いただきましたー」

「さすが委員長だね!」

 

クラスメイトの2人も誘う前に比べれば随分と話すようになり、

今はカラオケの話題で盛り上がっていた。

学校でも音楽の授業で合唱をすることはあったが、1人で歌う機会など存在しない。

 

「今日は誘ってありがとう。楽しかったよ」

「委員長にそう言って貰えるなら友達冥利に尽きるね」

 

満足げに眺めながらも後ろからついていく理那に対して言葉は感謝を述べる。

普段なら調子にのって誤魔化す彼女も、この時は真剣であった。

 

「あはは、理那ってば変なのー。そんなに委員長が恋しかったの?」

「違う違う、後方彼氏面ってやつだよきっと」

「あー、それで私達にマウントとっていくんだー?」

「いくらでもどうぞー。目をつけたのは私が一番最初だし」

 

友人2人に冗談混じりの非難を言われながらも適当に流す。

言葉にとっても理那との付き合いがクラスメイトの中では群を抜いて長い。

高校に上がってから数えるならば、妹の文より長いかもしれない。

 

『同じ目標がなくても、私は委員長と一緒にいられたらそれでいいかな』

「理那、ちょっとい「ようやく見つけたぞ! 鶴音言葉!!」」

 

昼間の発言を思い出し、思わず声をかけようとしたところで何者かが割り込んでくる。

真っ白な短髪に真っ赤な瞳。肌も異様に白いため、アルビノかと思われる。

そして極めつけに身長はかなり低く、153cmといったところ。

 

「まったく、週末にはビビッドストリートで演奏していると聞いて赴いてみれば、

 ここ最近は見ていないだの、バイトでもしているんじゃないかだの……

 こんな事なら連絡先のひとつでも聞いておくべきだった」

 

一方的に愚痴を言い放つもその流れについていけず、4人とも首をかしげている。

 

「委員長、知り合い?」

「名前を知ってるってことは知り合いだと思う。私は覚えてないけど……

 とりあえず、3人は先に帰ってて」

「はーい。委員長、また明日ね」

「また一緒に遊ぼうねー」

 

理那を含めた3人はその場を後にし、面と向かい合う2人。

いくら言葉でなくても、ここまで特徴的な外見の人物を覚えていないはずがない。

特に自分の名前を一方的に知られている、というのが不安感を煽った。

 

「もしよろしければ、お名前を聞かせてもらっても?」

「何? 我の名前を忘れただと! 罰すべき相手を見失うとは、貴様それでも審判者か!」

「……すみません。私も今まであった全ての出来事を把握しているわけではありませんので」

 

大きく出た相手に対し、お返しにと煽り文句にも聞こえそうなラインを攻める。

そんな態度に対して、多少感心した態度を見せる少女。

 

「ほぉ、言うではないか。あの一件から随分調子を取り戻したようだな」

「あの一件?」

「積もる話もあるというもの。適当な店にでも入ろうではないか。 

 貴様にとってもあまり大っぴらに話してほしくないことだろう」

「わかりました」

 

良からぬことを企んでいるわけではなさそうだが、彼女は自分の何を知っているのか。

その1点が気になってしかたがない言葉は、適当な店を見繕うのであった。

 

 

 

こうして選ばれたのは和食のチェーン店。

2人だが会話がメインになることを予見し、あえて座敷の個室を選んだ。

 

「気遣いはあれから全然変わらないではないか。貴様なりの優しさ、といったところか」

「とりあえず、注文を決めましょう。大っぴらは困るんですよね」

「ああ。ん、意外と高いな……我はこれで」

「では私も同じものを」

 

そう言いつつ注文したのは一番安い寿司の盛り合わせ。

司にも似た口調ではあるものの、お金に関しては敏感だった。

店員が後にする際に置いていった暖かいお茶で喉を潤しながら、少女は口を開く。

 

「我が名は雲雀千紗都という。これでも思い出せないか」

「鶴音言葉です。はい、残念ながら」

 

名前を聞いてもやはり心当たりはない。アルビノであれば先天的なもの。

必死に過去の記憶を漁るも該当する人物は出てこなかった。

 

「では、3年前のバレンタイン、といえば嫌でも分かろう?」

「っ!?」

 

言葉の顔が青ざめる。

過去に執着しなくなった彼女でも、その単語だけは地雷だった。

忘れもしない両親の命日。その日を明確に狙い撃った少女。

淡々と告げるかのように目を閉じて、思い返すように口にしていた。

 

「どうして貴女が……いや、何を知って……」

「なにもかも、だな。そしてなにより、その日が我にとっても運命の日に他ならない」

 

「我の両親が、人殺しと呼ばれるようになったのは」

 

そうして少女──雲雀千紗都は話し始める。

すべてが変わったあの日のことを。

 



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第4話「免罪の末路」

少女が語るのは、事故が起こるよりも少し前の話。

 

アルビノという体質から学校に通うこともままならなかった千紗都には趣味があった。

それは音楽。それも器楽であり、バイオリンであった。

両親はクラシックを通して知り合った仲でもあったため、年が1桁の頃から親の教えの元、

その才能を開花させていった。

 

しかし、そんな一家にも悲劇が訪れる。

両親が言葉と文の両親を撥ねたのだ。そして事故も葬式も終わった後の話。

示談で解決するか、裁判を起こすか、という話の時である。

当初遺族にして最年長であった言葉は、『何も求めなかった』

叔父や叔母とも話してもなお、その意思は曲げなかった。

 

『あの事故は、仕方ないことだったんです。どちらにも非はありません

 だから、この話は終わりにしましょう』

 

到底納得のいくことではないが、言葉からすれば両親を失ったという事実を、

いつまでも引っ張ることこそ地獄だった。

ただ忘れたい一心で加害者である雲雀の両親を許した。この場合、諦めともとれるのだが。

 

言葉の知る範囲では、ここで雲雀一家との縁は切れ記憶からも消えてなくなった。

ただ両親に夢を誓ったあの日が後悔の鎖となって残り続けていくこととなる。

 

──しかし、雲雀一家からすればここからが本当の地獄であった。

世間から人殺しと罵られ、どこかから漏れた示談の内容が週刊誌に取り上げられる。

そうすればさらに叩き上げられ、両親は職を失い千紗都本人もひどい虐めを受けた。

 

それから父は酒に溺れ、母は心を病み、千紗都は愛していた音楽を捨てることを強いられる。

そしてある日、千紗都が学校から帰った時に2人は心中していた。

 

その後親戚の家になんとか貰われるも厄介払いとして東京の地に放り出され、

仕送りだけを受け取って生活している。

 

体質から日中外に出ることは難しく、またその外見から気味悪がられる。

中学を出てからは早々に通信制高校へ切り替え、夜に買い物をする日々を送っているという。

 

「……それで、私にどうしてほしいというんですか」

 

自分の過去を一通り説明したあと、千紗都は届いたお寿司を頬張っている。

一方の言葉は表情が優れぬままに結論を急いていた。

 

「貴女は、私に復讐するために現れたんですか?」

「復讐? そんなものは愚か者のすることだと、歴史が証明してるだろう?」

 

何を言っているんだ、という様子で否定する千紗都。

話の流れからして復讐のために現れたとしか考えられなかったが、どうやら違うらしい。

随分達観しているな、と思いつつ彼女の言葉を待った。

 

「我は、貴様に裁いて欲しいだけなのだ」

「裁く、とは? えっと、その、話の流れが見えないのですが」

「ああ、その辺りは我の信条に近いものもある。説明しよう」

 

口調こそ偉そうだが、先程のように上から目線な彼女はどこにもいない。

むしろ過去を話したことで本来どちらが上でどちらが下なのか、

というのをはっきりさせた節すら感じられる。

 

「我は過去に起こったことを悔やんでいない。だが未練ならある。

 それは、我らの犯した罪が正当に裁かれなかったということ」

 

「あの時正しく裁かれていれば、父も、母も、我も、

 あのようなことにならなかったかもしれない。

 しかしそれを恨むのは違う。我らは加害者だからな」

 

「本来裁かれるべきは父と母だが、もうこの世にはいない。

 代わりに我がその罰を受けることにする」

「つまり、そのために貴女は私を……」

「そうとも。ずっと探していた。こちらの方へ引っ越したとは聞き及んでいたが、

 まさかライブハウスで見かけるとは思わなかったぞ!」

 

その発言にはっとする。

ライブハウスでとなれば、応援を頼まれてステージに上がった時のことだ。

 

「経緯は知らんが、あのステージ見事だった。

 特にアクシデントですら乗りこなして見せる柔軟さ!

 我が審判者にふさわしい働きだったぞ!」

「……ありがとう、ございます」

 

先程まで重苦しい話をしていたにも関わらず、熱いお茶を啜りながらも感想を述べる。

しかしそれは自分が止めざるを得なかった音楽によるもの。

妬みや嫉妬が少しでもあるかと表情を伺うも、そういった様子は一切ない。

 

「えっと、この事は文にはご内密に」

「ああ、そこは心配ない。鶴音家の責任者は貴様だからな」

 

これ以上妹に何か背負わせたくはなかった。

宮女での一件は言葉の知らぬところだが、今では気にしていない様子なので改めて聞くこともない。

それでもその緩急は言葉ですら目を覆いたくなるもの。

 

特に、両親の死に起因することであれば全て受け止めるしかなかった。

 

「それで、話を戻しますが。私が裁く、とはどういったように……」

「それはもちろん、親殺しに見合った物であれば甘んじて受けようではないか。

 死ねと言われればこの命、喜んで差し出そう」

 

満面の笑みを浮かべる彼女は、言葉から見ても異常であった。

それこそ、どこか歪んで見えた瑞希や絵名、奏さえもここまでではない。

 

「どうしてそんなに、裁かれたいんですか?」

 

なんとか話にクッションを挟もうと、本筋から離れすぎない質問へと変える言葉。しかし。

 

「社会において罪を犯したものが裁かれるのは、当然だろう?

 お互いに納得のいく裁きが下ってこそ、社会のあるべき姿だと思うが?」

「……そう、ですね」

 

さも当然といった様子で答える千紗都。

それはまるで自分が絵名に対して言い放った言葉のようで。

合せ鏡のように的確な答えを投げ返され、深みへと堕ちていく。

 

「まあ、今すぐ決めろ、というのも酷な話だな。

 ここに我の連絡先を記しておいた。気が向いたらいつでも連絡するといい」

 

お金と自分のIDが書かれた紙を置いて千紗都はその場を後にする。

お金はしっかりと2人分用意されていた。

 

1人取り残された言葉は呆然としている。

出された料理も既に乾いており、お茶は冷めきっていた。



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第5話「無知の罪」

「ただいま」

「おかえり言葉ちゃん。……何かあった?」

 

やっとの思いで家にたどり着いた言葉を出迎えたのは叔母であった。

いつにもまして足取りは重く顔色も悪い。

せっかく理那やクラスメイト達との交流で得た活力も全て失せていた。

 

「まあ、うん。叔父さん、帰ってきてる?」

「ええ、今は自室でゆっくりしてるわ。もしよかったら呼ぶけど……?」

「ううん、いい。私から行くから」

 

一旦部屋に戻り私服に着替えた言葉は扉の前に立ち、数回ノックする。

どうぞ、と声がしてからゆっくりと扉を開けば、小学校の資料室のような間取りが出迎えた。

ガラス張りの本棚には仕事用のファイルがきれいに並んでおり、

部屋のスミには背もたれのないソファが置かれている。

窓際に置かれたテーブル席に腰を掛けた叔父が言葉を見ていた。

 

「言葉さん、おかえりなさい」

「ただいま叔父さん。今、ちょっといいかな」

「ええ。今終わったところですから。どうぞ、好きな席に座ってください」

 

いつもと変わらぬ様子に多少の安堵を覚えながらも、一番近い席へ腰を掛ける。

顔色の悪さは変わらないもののそれを追求することはない。

 

「珍しいですね。態々部屋まで訪れるのは」

「えっと、文には聞かれたくないことだから」

「なるほど、確かにこの部屋は多少の防音加工をしてますからね」

 

叔父は仕事とプライベートをきっちり分ける人間であった。

その一環がこの部屋の作りにある。

 

「ひとつだけ聞きたいことがあって。誤魔化さないで聞いてほしいの」

「ええ。答えられる範囲であれば」

「3年前の事故で事故を起こした人達、どうなったか知ってる?」

「……!」

 

普段は態度を崩さない叔父であるが、その質問に対しては目を丸くした。

しかしそれも一瞬のことですぐに元に戻る。

一瞬であっても確かな変化を、言葉は見逃さなかった。

 

「……やっぱり、知ってるんだね」

「その話は、誰から聞きました?」

「雲雀っていう人から。今日聞いたの」

 

名字を出した方が効果的だろうと、

質問を質問で返すことには何も違和感もなく答える。

この場において逃げることが許されないのは叔父であるからだ。

 

「答えて叔父さん。最初から知ってたんだよね」

「何も言わなかったことは謝ります。ですが私にも守るべきものがあります」

「守るもの?」

「それはあなた達です。子供を守るのが保護者としての責任です」

 

これ以上悲しい事実に晒されてしまえば、2人は到底耐えられない。

何より、当時の言葉の思いと幼い文の事を思えば当然のことである。

 

遺された者達の思いをすくい上げた責任として、

2人の知らぬところから降り注ぐ困難は払い除けてきた。

それこそ事故によって引き起こされた加害者の心中であっても。

 

悲劇の代わりに喜劇を与え、心身ともに充実を図った日々。

その内のもっともたる例の1つが記念日のお祝いであった。

 

「私が聞かなかったら、教えることもなかったってこと?」

「はい。まだあなた達には早すぎると思いますので」

 

非常に残酷な答えであったが、その判断は正しいことも理解していた。

現に千紗都からその事実を明かされ、今もこうして狼狽を続けている。

まだ自らを癒す段階の少女にとって、どんな劇薬よりも効果的な毒であった。

 

「ごめん。私、部屋に戻るね。教えてくれてありがとう」

「言葉さん」

 

おもむろに席を立ち部屋を後にしようとしたところで呼び止められる。

何事かと思い振り替えれば、いつにもまして真剣な叔父がそこにいた。

 

「この問題は言葉さんが責を負うべき問題ではありません。

 雲雀さんが何を仰っていたとしても、気にしてはいけませんよ」

「うん、そうだね。復讐は考えてないって言ってたから、大丈夫」

「そうですか。ならよかった」

 

そこが一番の懸念する要素だったからか、安堵の表情を浮かべる。

その顔を見送って言葉は部屋を後にした。

 

 

 

疲れ果てた様子でベッドに腰を掛ける。気分転換に楽器の演奏をしようにも手元にはない。

 

「セカイにでも行こうかな……」

 

あの場所であればMEIKOとKAITOがもてなしてくれる。

最近は雑貨屋のお陰か、ただ殺風景な灰色のセカイを眺める以外の楽しみ方も増えてきた。

それでもこれまでに利用したのは片手で数えられる程度だが。

 

「お姉ちゃん! MORE MORE JUMP!の人達が生配信やってるよ!」

「ふ、文っ!? 痛っ!」

 

仰向けになりつつスマホを操作していると、文がノックもなしに部屋へ突撃してきた。

あまりに唐突な出来事に驚き手を滑らせ、落下したスマホが顔面に直撃する。

 

「わわわ、お姉ちゃん大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 

手で患部を覆いながらもなんともないと身振りで伝えた。

そんな姉の様子を無事と受け取り、文は隣へと腰かける。

 

「ほらほらお姉ちゃん、今回はコラボ配信の発表するんだって! 楽しみだねー」

「コラボ配信……って誰とするの?」

「早川ななみっていう、アイドルだった人だよ。元々すっごく人気だったんだけど引退しちゃって。

 今はチャンネル登録者数80万人を越える超有名人なんだから!」

「へぇ、知らなかった」

「もー、お姉ちゃんネット事情全然知らないんだからー」

「ほらほら、動画始まってるよ」

 

そう熱弁する文をなだめつつ配信を眺める。

言葉からすれば一人としてその事情を知らない人物ではあるが、文にとっては大切な人達。

これまで見てきた彼女の中で、今がもっとも幸せそうだった。

だからこそ、彼女を不安にさせてはならない。

叔父が保護者としての責を果たすなら、自分は姉としての責を果たすだけ。

 

そう心に誓う言葉であった。



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第6話「裁きの鉄槌」

翌日、言葉の寝付きは悪かった。

叔父に気にするなと言われても、気にしてしまうのが彼女。

 

これからも千紗都は機会を伺っては言葉に接触を図るだろう。

出会ったときは神高の制服だった為、どの学校に通っているかも知られた。

幸い文の学校は遠いため、よっぽどのことがない限り接触もない。

連絡先も寄越してきたということは、

体質の関係か彼女も外には出たがらないのかもしれない。

 

「おはよう」

「お! おはよう委員長ー! 珍しいじゃん朝イチじゃないなんて」

「そういう日もあるよ」

 

教室の扉を開ければ、真っ先に理那が話しかけてくる。

他のクラスメイトも意外そうに見つめていた。

 

「何々、髪のセットで苦戦したとかそういうかわいい理由だったり?」

「少し寝付けなかっただけだよ。それよりもうすぐ先生来るから席に座って」

「はいはーい」

 

席にまでついてこようとする友人を適当な言葉であしらい、ようやく腰を落ち着ける。

朝の授業の準備をしつつ、あのときのように弁当を忘れていないかも確認。

 

「おーいお前ら朝のホームルーム始めるぞー」

 

担任が姿を見せ各自席に戻る生徒達。今日も変わらぬ日常が始まる。

 

 

 

昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。

言葉は1人で昼食にちょうどいい場所を求めて敷地内をうろついていた。

といってもろくに校舎内を探索したこともないため、いく宛は限られてくる。

 

「結局中庭だね」

 

雲間から差し込む光を浴びながら、すでに何人かの生徒が昼食をとっていた。

たまには1人の時間を堪能するか、と歩いていると見知った生徒がポツンと昼食をとっていた。

 

「はあ……中庭で食事とか少し憧れてたけど、これなら別に教室と変わんないな」

 

そんな愚痴をこぼす灰色かかった緑の髪の少女。

 

「草薙さん、ご無沙汰してます」

「え? あっ、鶴音さん……どうも」

 

神高祭で知り合いそこそこ会話を交わした仲ではあるが、

2人とも積極的に関わろうとしなかった為そこで終わっていた関係。

強いていうならバレンタインにチョコを渡してはいるものの、寧々からすれば全くの予想外であった。

 

「お昼、ご一緒してもいいですか?」

「うん。別に、断る理由もないし」

 

少し間隔をとって座る言葉。

何かしら期待をもって外まで出てきた寧々にとってもよい収穫であった。

 

「バレンタインの時は、ありがとう。その、美味しかった」

「それはよかった。叔母に教えてもらった甲斐がありました」

「(叔母……お母さんじゃなくて?)」

 

多少の違和感を感じるものの突っ込む話でもないため、聞き流すことにする。

 

「そういえば最近は演奏してないみたいだけど、何かあったの?」

「今はオーバーホール……修理中なんですよ」

「あ、そう……」

 

実際に見にいった事はないものの、寧々にとっては日頃の小さな楽しみになっていた。

本人に感想を伝える勇気はまだ持ち合わせていない為、肩を落とすことしかできない。

 

「(でも、メンテナンスも大事だから仕方ないか……)」

「えっと、なにかありましたか?」

「なんでもない。気にしないで」

 

無理が祟って最初のショーで失敗した事もあり、それ以上はなにも言わなかった。

それを機に話題が途切れた事もあり、お互いに箸を進める2人。

 

「草薙さんは最近なにかありましたか?」

 

もう食べ終わるか、といったタイミングで今度は言葉が質問する番となった。

少し驚きつつも、口を開く寧々。

 

「何かって、結構アバウト……最近だったら、星乃さんと歌の練習してるくらいだけど」

「そういえばそうでしたね。あれから順調ですか?」

「うん。でもなんていうか、まだ自分の歌に自信が持ててないっていうか……そんな感じなんだよね」

「歌に自信、ですか。人前で歌うというのを提案しては」

「それ、わたしに言っても意味ないと思うんだけど……」

「それもそうですね」

 

お互いに笑みをこぼしながらも他愛ない談笑は続く。

そこから先もとくに大きな話題もなく、ただ2人きりの昼食を楽しむのであった。

 

 

 

「まさか先生の使いっぱしりなんてねー。ハードルだと量も多いしさー」

「でもありがとう。いつも手伝っててもらって」

 

理那が愚痴をこぼす。2人は今体育の授業に向けて倉庫から用具を運びだそうとしていた。

倉庫といっても強引に押し込んだ物置と化している。

あらゆる場所にボールや運動部が使用する用具が散らばっていた。

 

「そういや委員長、昨日の子なんだったの?」

「あ、あれは……なんでもないよ。人違いだったみたい」

「いやいや、本名呼んでたでしょ。なに、昔の知り合いとか?」

 

本人からすればただの興味でしかない。話題に困った際の最もたる疑問。

しかしそれを意識しただけでも、彼女の言葉が思い出される。

 

『本来裁かれるべきは父と母だが、もうこの世にはいない。

 代わりに我がその罰を受けることにする』

『それはもちろん、親殺しに見合った物であれば甘んじて受けようではないか。

 死ねと言われればこの命、喜んで差し出そう』

 

歪んだ覚悟を真っ向から受け止めてしまい、消化できないまま残り続ける。

普段は受け流すことができても、自分の問題であるためどうしようもできなかった。

 

──そしてその集中力の欠損は作業にも現れる。

 

「委員長危ない!」

「えっ──」

 

そんな声と共に、倉庫から轟音が鳴り響いた。

 

* * *

 

「おい! 何があった!」

 

あまりに大きな音だった為に教師が駆け込んでくる。

他の生徒も気になったのか野次馬のように群がっていた。

 

目の前に広がる光景は残酷なもの。

倒れかかったトンボやハードルが言葉の上に覆い被さっている。

その隣で、理那が必死にそれらを取り除いていた。

 

「ああもうっ! トンボがこんがらがって起きやしない!

 先生! 男子! 見てないで手伝って! 女子は保健室の先生と救急車!

 後、委員長の鞄全部持ってきて!」

「あ、ああ!」「わかった!」

 

戸惑う先生と生徒に対して声を張り上げる理那。

言葉に覆い被さる器具は男手5人で集まってようやく片付けることができた。

しかし意識がなく右腕は変な方向に曲がっており、手から出血している。

 

「ヒッ……!」

「グロいのに慣れてないやつは離れてて!」

「おい、しっかり「患者に触んな馬鹿!」」

 

思わず駆け寄った彰人を押し退け容態を確認する理那。

それから理那は先生が到着するや否や共に応急処置を開始し、

救急車にも先生を退けて随伴した。

 

「君、随分しっかりしてるね。大人でもここまで出来る人はいないのに」

「父さんが医者だからね。ここからだとうちの病院が一番近いからそこがいいよ」

 

救急隊員による応急処置も終わり、揺られながらも理那は質問を返す。

言葉の意識が未だ戻る気配はなかった。



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第7話「片時の応急措置」

 

「ん……」

 

言葉がそんな声と共に目覚めたのは、ベッドの上だった。

漂う薬品の臭いと白い綺麗な天井を眺める。

 

「ここは……」

「あ、お姉ちゃん!」

 

周囲を確認しようと体を起こそうとしたところで、腕が動かないことに気づく。

何故と疑問を覚えるより先に、気づいた文が顔を覗きこんだ。

 

「叔父さん! 叔母さん! お姉ちゃん起きたよ!」

 

病室の外へ駆け出していく彼女を見送りつつ、興味は先に感じた違和感へ向けられる。

ぼやけた視線の先で、自分の利き腕がギプスで固定されていた。

反対の腕は無事だったらしく、そばに置かれたメガネを手に取る。

 

「ああ……なるほどね」

 

はっきりとする視界。吊るされて固定された腕には痛みどころか感覚もない。

改めて周囲の様子を観察すればその部屋の全貌が明らかになっていく。

どうやら個室のようで他の患者は見当たらない。

窓の外は夜の帳が落ちすっかり暗くなっていた。

 

「言葉さん!」「言葉ちゃん!」

 

扉が開かれ慌てた様子で叔父と叔母が駆け寄る。

その後ろでは担当医と思われる白衣の男性が壁にもたれ掛かっていた。

 

「大丈夫ですか。痛むところはありませんか」

「今は大丈夫。ごめんね、心配かけて」

「なにか欲しいものはない? すぐに買ってくるわ」

「……とりあえず今は状況説明して欲しい、かな」

 

心配なのは分かるものの、記憶も混濁しており判断材料も少ない。

いつも冷静な彼女もこればかりはお手上げだった。

 

「体育倉庫の器具に押し潰されたそうだな。

 右上腕部骨折に右手の裂傷、後は脳震盪、といったところだ。命に別状はない」

 

先ほどまでだんまりを続けていた男性が口を開き、おもむろに近づいてくる。

その厳格な雰囲気から叔父と叔母は言葉から離れた。

 

「ですが斑鳩先生。この子の、演奏家として再開の目処は……」

「私も医者だ。出来る限りの処置は施した。後はこの子の気持ち次第ですよ」

「私の気持ち……」

 

腰を落とし視線の高さを合わせる担当医。

その黒い瞳の中には頭に包帯を巻いた言葉の姿が写っていた。

 

「そうだ。医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしない。

 医者の私が言うのもなんだがね。

 さてお2人とも、入院の手続き等がありますのでこちらへ」

 

最後にそれだけを言い残し、叔父と叔母をつれて担当医は部屋を離れた。

残されたのは窓の側で様子を伺う文と、ベッドで横たわる言葉だけ。

 

「お姉ちゃん、本当に大丈夫? 朝元気なかったみたいだし……」

「大丈夫。お医者さんも言ってたでしょ。命に別状はないって」

「そうじゃなくて、えっと……」

 

口を濁す文が心配することが体の事ではないことはわかっている。

それでも誤魔化すように別の話題を繰り出した。

 

「文。入院の事、誰にも伝えてないよね」

「あ、うん……」

「よかった。なら、宮女の人達には絶対に教えないで」

「なんで? お見舞いとか来てもらえるかもしれないよ?」

「それ以上に心配させたくないから」

 

神高生徒には自然と知られてしまうだろう。

しかしこの2人が連絡さえしなければ宮女の知り合いや友人に知られることはない。

そういう意味では学校が違うのは利点とも言える。

 

文にとって受け入れがたい事実だが受け入れる他なかった。

本人の願いを無視してまで伝える度胸はまだない。

 

「わかった」

「うん。いい子だね」

 

唯一動く手で文の頭を撫でる。しかし撫でられている彼女の表情は暗いものだった。

 

 

 

面会時間を終え、1人残される言葉。

部屋の隅には自分の衣服を詰め込んだバッグが置かれていた。

 

「暇だな……」

 

イヤホンから流れる楽曲に耳を傾けながらそう呟く。

辛うじて無音は免れているがそれだけだ。

 

「こんなんじゃ、セカイにも行けないよね」

 

再生リストに存在する『名前のあるUntitled』。

こんな怪我の状態であんな場所にいけば2人に迷惑がかかるどころか、

自分の容態が悪化するのは目に見えていた。

またこの前みたいに、KAITOが自分から現れてくれないか、と願ってみる。

 

「って、そんなので出てきてくれたら苦労しないよね」

 

自虐的に笑いスマホを置くと、画面がひとりでに輝きだしてMEIKOが現れた。

 

「っ!?」

『ご無沙汰してるわよ言葉。って、どうしたのそんな驚いた顔して』

「いや、だって、ちょうど2人と話したいって思ってたから」

『とんだ偶然ね。あら、その腕……』

 

バーチャルライブのように写し出されたMEIKOが周囲を見渡せば、自然と言葉の腕に目が止まる。

 

「ああえっと、ちょっと怪我しちゃって」

『……そう。でも、無理はダメ。今は治すことに専念しないと』

「わかりました。でも、お話くらいはしてもらえると嬉しいかな」

『ふふ、そのくらいお安いご用よ』

「すみません、包帯の交換に来ましたー」

 

簡単な約束を取り付けたところで、軽く扉がノックされる。

恐らくナースの誰かだろう。急いでスマホをベッドの中に隠し返事をした。

 

「お待たせ委員長。待った?」

 

そんな台詞と共に姿を表したのは、自分のクラスメイトであり親友の理那であった。



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第8話「天才の子」

「理那!? 面会時間はもう過ぎてるんじゃ……」

 

我が物顔で領空侵犯ならぬ病室侵犯を犯す理那。

しかもこちらを油断させるために看護師を装っていた。

言葉は予想外の出来事の連続で完全に参っている。

 

「まーまー落ち着いて。理由はちゃんと後で説明するし、包帯交換は嘘じゃないから」

 

その手にはどこからか持ち出したであろう包帯が確かに握られていた。

どこから持ち出したのか不明だが、慣れた手つきで交換を終わらせていく。

 

「でも本当にやばかったんだからね。トンボが倒れてきたり、ハードルに潰されたりとか……」

「えっと、どうして……?」

「そのなんでは私がここにいる事? それとも包帯の交換の方?

 ちなみに包帯はちゃんとここの昔馴染みの人から借りたからちゃんとしたやつだよー」

「いや、そうじゃなくて……えっと、どっちも答えて……」

 

迫り来る情報の波にすっかり調子を崩してしまう言葉。

戸惑っているうちに頭と腕の交換が終わったようだ。

 

「じゃあどっちから答えようかなー。どっちがいい?」

「そんなものどちらでもいいだろう」

 

そんな台詞と共に現れたのは白衣の男性。言葉の担当医であった。

その表情は明らかに不機嫌そうだが、その視線は理那へと向けられている。

 

「また勝手に忍び込んだな。来るのはせめて面会時間のうちにしろといったはずだが」

「でも面会時間だと他の人も来るからゆっくり話せないしー」

 

追い出されると思いきや、そのまま言い合いを始めてしまう2人。

『また』ということはこれが1度ではないことは明らかであった。

『昔馴染みの人』とも言っていたため、随分と前から入り浸っているらしい。

完全に置いてきぼりを食らった言葉は仲介のために口を挟むことにする。

 

「えっと、理那とその人って、知り合いなの?」

「あれ? 言ってなかったっけ。私の親病院勤めだって」

「いや、それは知ってたけど」

「ならよかった。それでこの人が父さん」

「え? ……え?」

 

あまりに唐突な告白に完全に固まってしまう。

それに対してため息をついた男性は再び言葉へ近づき、目線の高さを合わせた。

 

「理那が普段世話になっている。私の名前は斑鳩譲太郎。

 君の執刀医兼担当医であり、理那の父だ」

「あっ、そうなんですね。ありがとう、ございます」

 

斑鳩などという名字は言葉の知る限り理那以外知らない。

だがそれ以上に外科医だということは予想外だった。

 

「気にするな。医者として当然のことをしただけだ」

「そんなこと言って、父さんってば腕がいい癖して全然仕事引き受けてくれないでしょ。

 私が必死にお願いしなきゃ診てくれなかった癖にー」

「理那。すまないね、いつもこんな調子じゃ疲れるだろう」

「えっと、はい。正直に言えば」

「ええー、委員長それは『いつもお世話になってます』って言うところでしょ!?」

「院内では静かにしろ」

「あ、はい」

 

厳格ながらも温厚さを持ち合わせた彼は、言葉の目から見ても優秀な人に写る。

それと同時に、こんな立派な親を持ちながら対照的な子が育つのか、とも。

 

「ひとまずこの場は見逃してやるが、早く帰るんだな。包帯を交換するのも無しだ」

「はーい、以後気を付けまーす。お仕事頑張ってね」

「ああそうだ。鶴音さんと言ったか。入院期間だが最低でも1週間は経過を見させてもらうよ。

 それで退院できるかについては、治り具合にもよるがね」

「はい、わかりました」

 

理那には釘を刺し、言葉には詳細を伝えて譲太郎は部屋を去る。

一方の理那はそれを見送るも帰る気はないようだ。

そんなに出来が悪いのかと包帯を確認するも以前していたものと大して変わらない。

 

「もしかして理那がこういうのが上手いのって」

「そ。馬鹿でも応急処置くらい出来るようになれ、ってうるさくってさー」

「確かに理那の成績だとまず無理かもね」

「委員長、なんか今日私に対して当たり強くない?」

 

これで2回目となる言葉の暴力を受け、流石に素の答えを返す理那。

短期間の精神攻撃は彼女に有効らしい。

 

「そんなことより明日も学校あるでしょ。早く帰らないと明日に響くよ」

「はいはい。これ以上委員長を怒らせたら不味いからねー。

 あ、プリントとかは持ってくるから楽しみにしてて」

「ありがとう」

 

彼女がいなくなり、再び病室には沈黙が訪れる。

言葉はそれを気に一気に入ってきた情報を落ち着いて整理し始めた。

 

1つは、自分の担当医が理那の父親であること。

会話の内容から仲が悪いわけではなさそうだ。

何度も病院に侵入しているらしいが、それは立場を利用した物だと思われる。

 

大体の疑問は、譲太郎の登場のお陰である程度飲み込むことができた。

自分の知る父親の立場にある人物、白石謙とは性格が違うが、それは職業柄の関係もあるのだろう。

 

『それで、お話は終わったかしら』

「わっ!? MEIKO、帰っててもよかったのに」

『言葉の容態がわかるかも、って思ったから。

 それ以上に収穫はあったかもしれないけど』

 

ベッドの中から声がしたので見てみれば、呆れた様子のMEIKOが口を開いていた。

とっさに隠したためかスリープモードにするのを忘れていたらしい。

そしてMEIKOもまたその場を去らずに話に耳を傾けていたようだ。

 

「一応KAITOにも伝えておいてくれないかな。少なくとも1週間はそっちにいけないって」

『わかったわ。でも、私達から会いに行くのは構わないわね?』

「夕方は文が来るかもだから外してもらえると助かるかな。

 それこそ面会時間外でも問題ないと思うし」

『ふふ、了解よ』

 

セカイの住民との面会に迷惑がかかるものなどどこにもいない。

彼女達のあり方はこういうときにこそ心強かった。

 

「それじゃあMEIKO、おやすみ」

『ええ。おやすみ言葉』

 

そんな安心感を覚えれば自然とまぶたが重くなる。

就寝の挨拶と共に言葉の意識は夢の中へと落ちていくのであった。



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第9話「夜が来る」

それからというもの、言葉の入院生活が始まった。

といっても誰しも自分の生活があり、見舞いに来るものはほとんどいなかった。

文も今の時期は勉強が忙しいため顔を出せないでいる。

 

しかし理那は毎日学校終わりに他愛ない雑談をしに来ていた。

プリントもその際に渡してくるため、担任の仕事をかって出ている節すらある。

 

それでも午前から午後にかけては暇をもて余してしまう。

バッグの中に入っていた少量の本も読み尽くしてしまった。

 

体調が万全かと言われればそうでもない。

麻酔はとっくに切れてしまい、少しでも動けば耐えがたい痛みが走る。

結果としてベッドで横になりながら、

イヤホンから聞こえる楽曲をエンドレスリピートすることが日常茶飯事であった。

 

「そうだ、雲雀さんに連絡しないと……」

 

何か他の暇潰しはないかと以前の記憶を呼び起こしていれば、

この事実を唯一伝えるべき人物が思い当たる。

彼女のことだから今か今かと待ちわびているかもしれない。

しかしこんな状態では裁くことなど出来ない。

いくら受け入れがたい案件でも、ひとまず先伸ばしにしたかった。

 

制服に残されたままだった紙切れから、千紗都のIDを見つけ連絡アプリに打ち込む。

しかし該当するユーザーは出てこない。

間違えたかともう一度確認しつつ打ち込むも結果は変わらず。

 

「雲雀さんが間違えたとか? まさかね」

 

あそこまでしっかりした様子の彼女が間違えるとは考えがたい。

どちらにせよ原因がわからないのでは今の言葉になすすべはなかった。

 

そばのある机にスマホと紙を置いて再び天井を仰ぎ見る。

イヤホンからは相変わらずMEIKOやKAITOの楽曲が流れていた。

このまま眠ってしまえば夕食の時間にでも目が覚めるだろう、とまぶたを閉じる。

 

脳裏に写るのは荒野のセカイ。彼女にとってもっとも馴染み深い幻想空間である。

自分好みの楽曲が表現する独特の世界感をそのまま切り取ったようなあのセカイは、

良くも悪くも言葉しかいない為景観がいつまでも失われることはない。

色が失われているものの、それすら味方につけて楽しんでいる。

 

「──い。───てる?」

 

骨折が治ったら他の誰よりも2人に報告しにいこう。

そしていつもの雑貨屋でゆったりとした休息を楽しもう。

そんなことを考えていると、言葉の頬が自然と緩んでいく。

 

「───のかも」

 

楽曲に紛れて何かの声がする。

耳を傾けてみるもそれらしき声は、すぐに次の歌詞で書き消されてしまった。

気にすることもないだろう、と再び楽曲に意識をむけようとしたところで。

 

「おーい言葉ー。起きてるんでしょー?」

 

聞き覚えのある声が聞こえてくる。目を開けば私服姿の瑞希の姿があった。

 

「友達がお見舞いにきてあげたっていうのに、寝たふりするなんてひどいなー」

「暁山さん……今日は平日だよ。学校行かずに道草してていいの?」

「ええっ!? むしろそこは学校休んでまで来てくれてありがとう、

 っていうところじゃないの!?」

「お見舞いに来るにしても、学生としての本分を果たしてからの方がいいよ」

 

本来の彼女であれば感謝の言葉を述べていただろうが、

今は断りもなく入ってきた上に思考を邪魔された為か不機嫌であった。

 

「あ、もしかして言葉怒ってるでしょ」

「そうですね。今ので怒りました」

「あっ、ちょっとなにする気!?」

「うるさい人が来てるので看護師さんに追い出してもらおうかと」

「待って待って! 謝るから! 勝手に入ったこととかそのあたり!」

 

おもむろに言葉はナースコールのボタンに手をかけようとして、これは堪らないと必死に止めに入る。

そんな茶番のようなやり取りで本調子を取り戻す言葉。

 

「たまに冗談か解らないときあるから、そういうのやめにしない?」

「そう? 暁山さんを抑制するにはやっぱりこういう手が一番かと思ってるんだけど」

「それ、普通友達に言う?」

「友人だからこそ、正しくあって欲しいと願うばかりの行動ですよ」

 

凄みがある上に容赦のない正論は、

所謂『不良』である瑞希にとって頭が痛くなるものだった。

流石に友人とは言えこの会話は耐えづらい。

 

「なにはともあれ、来てくれてありがとう。暁山さん。

 椅子は自由に使ってもらって構わないから」

 

そう言って傍の机にある椅子へ座ることを促す。

 

「あ、ちょっと待ってもらっていいかな。実はもう1人お見舞いに来てる人がいてさ」

「もう1人ですか? でもどこにもその姿は……」

「先にちょっと寄るところがあるって言ってたから。もうすぐだと思うけど」

 

噂をすれば影というべきか。扉が数回ノックされる。

 

「あ、来た来た。どうぞー」

 

言葉ではなく瑞希が返事を返せば、長く白い髪を揺らし少女が入ってきた。

紺色のジャージに下は青みがかったショートパンツ。

今にも消え入りそうな雰囲気を漂わせる少女を、言葉は知っていた。

 

「宵崎さん……ご無沙汰してます」

「うん。鶴音さんも久しぶり。まさか、こんな形で再会するなんて思っても見なかったけど」

 

まるで苦痛を押し潰すような笑みを浮かべる奏に対し、

言葉はただ頭を下げることしかできなかった。



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第10話「夜の和音」

奏と瑞希はベッドの傍に椅子を移動させ腰を落ち着ける。

一方の言葉は首だけをそちらに向けて喜んでいた。

 

「本当に驚きました。まさか宵崎さんが来てくれるなんて」

「わたしもちょっと用事があったから……そしたら瑞希が誘ってくれて」

「そうそう。怪我は……大丈夫って感じじゃなさそうだね」

 

今もギプスで固定され吊るされた腕がある種のシンボルとなっている。

奏にとっては音楽を愛する者が、今ベッドにふしている現実が何より心苦しいのだが。

 

「それで、お医者さんはなんて?」

「出来る限りの処置はしたって言ってた。

 でも演奏が続けられるかはなんとも」

 

治療の経過は良好ではあるが、演奏が出来るかは触れられなかった。

 

「このままいけばあと数日で退院出来るって言ってたから、

 大丈夫だとは思うけど」

「そっか。それならリハビリ頑張ったらなんとかなりそう?」

「リハビリ……か。そうだね」

 

治療が終わっても元のように動かすにはリハビリが必要不可欠。

それをいかに取り組むかは患者にかかっている。

 

『医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしない。

 医者の私が言うのもなんだがね』

 

言葉は担当医の言葉を思い出す。その真意が少しだけ見えた気がした。

 

「と、いうわけでこれ! 病院食ばっかりじゃ飽きちゃうだろうし」

「これは?」

 

綺麗にラッピングされた上品な箱を差し出す瑞希。

店名を確認するより先に包み紙を解いて蓋を開ければ、甘い香りが漂う。

中から顔を覗かせたのは、一口サイズのスポンジケーキだった。

 

「近所のショッピングモールに新しい焼き菓子のお店が出来ててさ。

 ボクも気になってたし、言葉ってファミレス行ったとき絶対紅茶頼むから」

 

そういって差し出されたのは紅茶味のケーキ。

受け取ったことを確認するや彼女は奏にも選ばせていた。

 

瑞希も奏の境遇を知っているからか、

この見舞いの空気が重くなるのは予見できていた。

ならいつも通りのテンションで押し倒す他ない。

 

彼女も伊達にニーゴとして活動しているだけでなく、

言葉の友達としているわけではない。

 

「というわけでいっただきまーす!」

 

1人暴走気味になっている瑞希に対して同じことを思ったのか、

言葉と奏はお互いに笑みを浮かべケーキを頬張った。

 

 

 

それからケーキをつまみに何気ない雑談を交わす3人。

最近あったことや、普段は何をしているのかなど、あの時聞けなかった話題が中心となる。

 

「言葉ってバレンタインに神高生徒のほとんどにチョコ配ってたって本当?」

「ほとんどって言っても、自分のクラスと知り合いの人くらいにしか渡してないよ」

「鶴音さんって、もしかして料理できるの?」

「いえ、私ではなくて叔母が料理教室の先生をやってるんです。

 それで、教えてもらってなんとか」

「そうそう。それに料理もすっごく美味しくってさー。もう頬っぺた落ちちゃいそうなくらい!」

 

今からすればずいぶん前の事に思えるが、瑞希としてはあの味が忘れられないらしい。

これはまたねだりにくるかも、と言葉は予測を立てておく。

 

「そういえば、誕生日に送ってくれた曲、聞かせてもらった」

「あ、それは良かった。東雲さんにも後でお礼を言っておかないとですね」

「ん? 誕生日って奏の? 誰から聞いたの?」

「ううん、でもちょっとした手違いでね」

「……もしかして、絵名?」

 

東雲、という名で何となく察しのついた瑞希は「ははーん」と悪い表情を浮かべる。

どうやら今晩のナイトコードは騒がしくなりそうだ。

 

「1番だけですみません。何せ時間がなかったものですから」

「そこは気にしなくていいよ。正直、私の作る曲とは全然違って新鮮だった。

 それになにより、バーチャルシンガーの多様性を知らしめられたかも」

「ふふ、宵崎さんはやっぱり、初音ミクが好きな方ですか?」

「参考に聞くことは多いかな。いろんなクリエイターさんが手掛けてるから、

 ミクを聞くというよりその人の曲を聞いてる事が多いけど」

「確かに、好きなクリエイターさんの曲を聞くというのはあると思います」

 

同意しながらも、やはり奏は曲が中心なんだということを改めて確認する。

何が彼女をそこまでさせたのかは未だに解らないものの、

そこに踏み込まないのが言葉の在り方であった。

 

「へー、言葉も曲作ったりするんだね。ボクも聞いてみたいな」

「いえ、あくまで既存曲ですよ。私のスマホに入ってるから、それで聞いてもらったら」

 

机の上にあるスマホに手を手に取ったところで、一緒に置いてあった紙切れが下に落ちる。

 

「ん? なにか落ちたみたいだけど……」

「アカウントのIDみたい。もしかして鶴音さんの?」

「いえ、その、連絡をとりたい人のIDなんですけど……

 私のやってる連絡アプリのIDじゃないみたいで」

「ふーん。ちょっと見せてもらっていい?」

 

言葉の合意の元、瑞希があるツールにそのIDを打ち込む。

 

「お、引っ掛かった。やっぱりこれ、ナイトコードのIDだよ」

「ナイトコード?」

「結構有名なボイスチャットツールなんだけど……もしかして知らなかった?」

 

奏の言葉に対して首を縦に振る言葉。

何せこのご時世にSNSすらやっていないとても珍しい人間だった。

 

「そっか、別のアプリのIDだったんだね。ありがとう暁山さん、助かった」

「どういたしまして。あ、そうだ。実はボクもナイトコードやってるんだけど、

 もしよかったらアカウント交換しない?」

「いいよ。アカウント見つけてくれたお礼もかねて」

 

手早い作業でアカウント登録を完了させ、千紗都のIDを入力し終える。

リクエスト欄に『Tisato』と書かれたハンドルネームが現れた。

 

それが終われば瑞希にスマホを手渡す。

使いなれている本人に任せた方が確実であった。

 

「はい申請と承認完了! ほら、よかったら奏も」

「うん。わたしももしよかったらいいかな」

「はい。お願いします」

 

瑞希から奏へと手渡されたスマホ。短い操作の後、言葉のもとへと返される。

 

「これからよろしくね。『word』」

「よろしくお願いします。『Amia』さん、『K』さん」

「ハンドルネームだから、さんはつけなくていいよ。

 でもword……言葉……そっか。そういう風に付けたんだ」

 

ただの英訳に過ぎないが洒落た名前より分かりやすい方がいいと、

苦手な英語から出した言葉なりの答え。

巡りめぐって繋がった縁はこうして形となるのであった。



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第11話「義理堅き存在」

ナイトコードを入れてからというもの、入院生活は少しばかり変わった。

学校がある時間には時おり、瑞希か奏から通話がかかってくる。

学校が終われば理那が雑談のために訪れ、

夜にはMEIKOやKAITOとも話をしていた。

 

晩には食事をして、あとは眠るだけ。

言葉も普段なら24時を回った頃にはすっかり寝落ちているので、関係ない話であった。

 

「……はあ」

 

しかし、何日も運動しないのでは寝付きも悪くなる。時刻は1時を回っている。

スマホを眺めていても、音楽を聞いていても、眠ることができない。

奏も瑞希もナイトコードにインはしているが、1時には連絡が取れなくなった。

 

そして、IDを元に連絡先を交換した相手がもう1人。

ユーザー一覧に、『Tisato』と書かれた名前がインしていることを表していた。

 

「雲雀さん、まだ起きてるんだ」

 

承認後、一方的に入院している事実を伝えれば「了解した」という返事だけで、

それ以上相手からなにか連絡を寄越してくることはない。

 

確か彼女は通信制の高校に通っていると話には聞いていた。

だからといって年端もいかぬ少女がこんな時間にまで起きていて大丈夫なのか、と気になった。

 

無論それは奏や瑞希にも言えることではあるのだが、

連絡が取れないのであれば仕方ない、と割りきっている。

 

『夜分遅くに失礼します。

 こんな時間に起きてて大丈夫なんですか?』

 

簡素な文を綴って送信。裁くことには一切触れない話すきっかけのようなもの。

回答を待っているわけではなく、ただの暇潰しの一環だった。

 

しかしそれを知ってか知らぬか、次の瞬間コールが入る。

反射的に応答に触れてしまい通話が繋がる。

 

「ひ、雲雀さん! こんな時間に通話だなんて」

『すまないが、我もいちいちチャットに反応する暇がないのだ!

 後、ナイトコード上ではTisatoと呼ぶがいい!』

 

耳をすませれば、ボタンを叩く音とレバーを動かす音がノイズとして混ざっている。

千紗都は今まさにゲームの真っ最中であった。

 

「解りましたTisatoさん。えっと、忙しいんじゃ……」

『雑魚を蹂躙するのに通話くらいどうってことないわ!

 むしろチャットの通知音の方が耳障りだぞ』

 

言動が初めて会ったときのように刺々しいが、恐らくこれが千紗都にとっての素なんだろう。

それでも一向に俺様口調なのは真面目を通り越してギャグの領域である。

 

『それでチャットの質問だが、むしろ身寄りがいない分独り身を謳歌させてもらっている。

 全く、慣れというものは恐ろしいものだ』

「そ、そうですか……では私はこれで」

『ちょっと待てぃ! そちらが質問したからにはこちらの質問にも答えてもらおう!』

 

質問というにはあまりにも簡素なものではあるが、言われてしまっては断る理由もない。

渋々了解と伝え、質問を待つ。

 

『貴様の入院している病院の名前を教えるがいい!』

「それを聞いて、どうするんですか」

『お見舞いに行くからに決まっているだろう!』

 

それを教える義理はない。しかし彼女の言うことに悪意はない。

本当は会いたくなどないが、ここまで言われてしまっては断っても悪いだけだ。

 

「……──病院です」

『おお、結構近所ではないか。なら明日にでも伺おう。では、また会おう!』

 

そんな就寝の挨拶と共に通話は終わる。

一方的に始まった通話とはいえ、お互いの合意があって初めて成り立つもの。

その辺りは千紗都もわきまえていた。

 

「明日、か……」

 

ぼんやりと天井を見上げて呟く。

さすがに遅い時間だからか、言葉の意識は次第に微睡みの中へ消えていくのであった。

 

 

 

目を覚ませばまた同じ天井がある。

その日は経過を確認するため、担当医である斑鳩が病室を訪れていた。

 

「うん。随分よくなってきたな。痛みはあるかい?」

「術後よりは随分マシになりました。トイレにも自分で行けますし」

「そうか、なら退院は予定通りに出来そうだ。ご家族にも連絡しておくよ」

「はい、ありがとうございます」

 

頭を下げる言葉。しかし彼の態度は少し厳しいものになる。

 

「これからは君の問題だ。君自身の行動や判断で未来が決まると言ってもいい。

 それを肝に銘じておくように」

 

あくまで現実を突きつけるスタイルを徹底している。

恐らく患者を選んでの発言だろうが、

彼自信が以前言ったように医者が言うべき言葉ではない。

 

『直感舐めちゃだめだよー。楽しいとか面白そうとか、全部直感みたいなもんだし』

 

感覚主義な娘である理那とはまるで対照的ともとれる。

これだけ考えが違うのなら反発することも多いと思われるが、

以前見たやり取りではそんなに仲が悪そうではなかった。

 

「先生は……その、理那とは仲が良かったりは」

「さてね。理那にどう思われているかは知らんが、お前さんが突っ込むべきことじゃない」

「あ、すみませんでした……」

「どうしても気になるなら今日にでも理那に聞いてみるといい。友人なんだろ」

「友人……そうですね」

 

言葉からすれば確かに理那は友人である。

しかし、今思ってみればこれまでこちらが何かをしたわけでもない。

それなのにただ『第一印象でビビッと来たから』という理由だけで、毎日見舞いに来てくれる。

他の生徒達は自分の事があるというのに、

理那はそれを放っておいてまで言葉のことを優先していた。

 

「(どうして、私のためにそこまでしてくれるんだろう)」

 

言葉の疑念は晴れることを知らなかった。




UA10000記念話、23時30分に更新しました。

【LINK】言葉が奏に押し倒される話


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第12話「不変の末裔」

退院を間近に控えた休日。

朝の検診を終えて、2人の通話がかかってくるか、と待っているところだった。

 

「頼もう! 鶴音言葉のお部屋はこちらで間違いないか!?」

 

扉越しにやたら威勢のいい声が木霊する。

言葉の知る限りそんな口調で話す相手など1人しかいない。

 

「はい。どうぞ」

 

声で入ることを促せば、全身を覆う真っ黒なイノセントドレスに身を包み、

幅の広い帽子にサングラスといった完全防備の少女が現れた。

こんな姿で病院の廊下を歩いてきたのかと思うと、かなり肝が座っていると言える。

 

そしてその手には真っ白な百合の花が入ったガラスケースがあった。

 

「ご無沙汰しています、雲雀さん」

「と言ってもまだ1週間とちょっとだがな。見舞いの花だ、受けとるがいい!」

 

そばにある机にそっと置かれるも香りはしない。生花ではないようだ。

 

「白い花は不謹慎だと言われているが、そんな風評糞食らえだな。

 大事なのは送る心。貴様もそう思うだろう?」

「わからなくはありませんが、強引すぎるもの問題かと」

「そ、そうか。解ってもらえると思ったのだが……」

 

言葉にとって特大ブーメランであることは気にしてはいけない。

バレンタインの一件はその最たる例である。

奇しくもこの2人、善意を押し売りするタイプの人間だったらしい。

 

「それで、明日お見えになると思っていたのですが」

「深夜起きてる身からすれば明日なんて、寝て起きてからに決まっているだろう。

 もしかして、日が変わっている頃には眠っているのが普通なのか?」

「普段なら寝ています。あのときは寝付けなかったので」

「お、おおう、そうだったか。また寝付けない時があれば、また相手をしてやってもいいぞ!」

「それは、気が向いたときにお願いします」

 

形だけの礼を述べつつ言葉は内心怖気づいていた。

いつ彼女を裁く話を持ち出してくるか。ただそれだけが気がかりで仕方がない。

文面では待ってほしいとお願いしたものの、顔を合わせて話していると意識してしまい表情に現れる。

 

「……日差しがキツいな。カーテンを閉めてさせてもらうぞ」

「あっ、はい。構いませんよ」

 

それを知って知らぬか、あくまで自分のペースを貫き通す彼女。

どうやら窓から差し込む光が強かったらしい。

 

カーテンを締め切っても、ぼんやりと日の光が部屋を照らす。

照明をつける必要はなさそうだった。

そこでようやくサングラスを外す千紗都。

 

「やっぱり、きれいな瞳ですね」

「口説いても見舞いの品以外なにも出ないからな!」

「そういう意味で言ったわけではないんですが……」

「解っている。我を初めて見た人は皆、怖がるか物珍しさに驚くかのどちらかだからな」

 

少し嬉しそうな反応を見せるものの、すぐに憂いの表情を浮かべる。

それは彼女の経験によるものだろう。しかしそれを聞くことはない。

 

「相変わらず、なにも聞かないか」

「はい。触れない方がいい過去が多いのは、お互い様ですし」

 

お互いの過去を知っていてもなお、詳細を聞こうとはしない言葉。

その優しさによって救われた人は多い。

──目の前にいる少女を除いては。

 

「貴様はそうして、今まで多くの人に接してきたことだろう。

 でも本当は自分だけが救われたいだけではないか?」

「何を、言ってるんですか?」

「貴様は保身のために追求をしない。

 追求することで関係が破綻し、自身の心が壊れる事を恐れているだけに過ぎない」

 

つらつらと述べられる一言一句は、言葉の心を正確に撃ち抜いていく。

今度こそ逃がしはしないと、その真っ赤な瞳に言葉の姿を捉えていた。

 

「そんな上辺だけの友達ごっこなぞ、はっきり言って子供のままごとよりも幼稚だ」

「そんな、違う! 私にだって、友達が──」

「ではその友達の為に何か貴様がしたことは?

 相手の反応を伺って、一番喜ぶものを選んでいただけではないか?」

「ちが……私は……!」

 

反論しようとしても言葉が出てこない。

いままで自分から誰かの為に動いたことはあるだろうか。

妹の文と言いそうになるも、それは身内故の情によるものだ。

千紗都の言っている事の本質から逸れてしまう。

 

これまでの行いも全てそうだ。

クラス委員を引き受けたのも、誰もやりたがらないから引き受けた仕事。

バレンタインの贈り物も、日頃の感謝を形にしただけのもの。

あの日イベントで助っ人に入ったもの、自分しかその場を持たせられなかったからである。

 

そして何より、いままで友人である理那になにかしてあげられただろうか。

答えは否である。

 

「………」

「はあ、あの夜に会場を沸かせた者が、今や見る影もない、か」

 

完全に沈黙してしまった言葉を見て、千紗都はため息をつく。

 

「……さい」

「どうした? なにか言ってみるがいい」

「うるさい」

 

言葉は無事な方の手のひらを握りしめる。それこそ、血が出てもおかしくないほどに。

 

「私のことなんて何も知らないくせに、言いたいことだけ言って、

 そんなに人を苛めるのが楽しいんですか」

「確かに何も知らんさ。だがこれだけははっきり言えることがある。

 貴様も我も、あの日から何も変わっていない。何1つとしてな」

 

共に親を殺し殺されたあの日から、2人の時は止まったままだ。

セカイで本当の想いを見つけられたとして、

それだけで人が救われるほど現実は、人生は甘くない。

 

「だからこそ、我は貴様に裁かれねばならないのだ」

 

まるでそれは、言葉が裁くことで前に進めるといっているようで。

完全に説き伏せられた言葉には沈黙することしかできない。

そんな彼女を見て、失望したかのように部屋を後にする千紗都。

 

言葉の地獄は、まだ続いていた。

 




花里みのりの誕生日記念話も同時展開中!

【LINK】みのりの誕生日回


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第13話「深淵の縁」

そして、異変は起きた。

 

「面談拒否、ですか? それまたどうして」

「解りません。しかし今は誰とも会いたくない、と」

 

その日の夕方、叔父と譲太郎が診察室で話している。

担当医である彼が今朝立ち寄ったところ、言葉にそう告げられた。

彼もその用件を叔父に伝えただけに過ぎず、理由など知りもしない。

 

「文さんも来ているんですが……」

「誰とも、と言っていたので例外はないでしょう。今日はお引き取りを」

「……わかりました。では、また」

 

肩を落としながら叔父は応接室を後にする。

外からは文の抗議の声が聞こえてくるが、次第に遠くなっていった。

 

「委員長、何かあったの?」

「さてね。私は医者、それも外科医だ。人の心にメスを入れられるほど器用ではないさ」

「あららー。凄腕外科医の父さんでも心の病気は無理だよねー」

「それより理那、いつ忍び込んだ?」

 

本来は患者が横になるベッドのそば。

きれいに纏められたカーテンにくるまっていた理那が姿を表す。

足元は荷物入れのかごでうまく隠せていたようだ。

 

「たぶん最初からかな。委員長が面談拒否したってところ」

「そうか。ならお前の脳に今すぐ執刀して記憶の部分だけ切除してやろう」

「はいはい外科医ジョークはもういいよ。今聞いたことは誰にも言いませんー」

 

先程まで言葉の叔父が座っていた椅子に座りくるくると回り始める。

相変わらず自由気ままに振る舞う娘の姿に頭が痛くなる譲太郎。

 

「どのみち誰もというからにはお前も例外じゃない。大人しく帰るんだな」

「はーい、わかってまーす」

 

目が回る前に回転をやめて理那は診察室から出ていく。

 

「(でも委員長が誰とも会いたくないなんて、絶対何かあったよね。

  ……父さんはダメだって行ったけどいってみよっと)」

 

 

 

ところ変わって言葉の姿はセカイにあった。

入院着のままでただ1人石碑へすがり付くように寄り添っている。

降り積もる雪を体の熱で溶かし、ただ瞳を閉じて静かにしていた。

 

「言葉、大丈夫かい」

「KAITOごめん、今は1人にさせて」

「わかった」

 

KAITOが1人丘に現れるものの、すぐにそれをはねのけてしまう。

目を閉じれば千紗都の顔が浮かぶ。

 

『貴様も我も、あの日から何も変わっていない。何1つとしてな』

 

そう。何1つとして変わっていない。

軽々しく人の、親の死を乗り越えられるほど言葉は出来ていない。

むしろ喪った悲しみだけを引きずり続けてここまで生きてきた。

その象徴こそセカイの石碑であり、彼女の輝かしい過去そのものだ。

さよならをするだけなら、形として残す必要はない。

 

それでも覚えていたい一心でそれを作り上げた。

悲しみを形にしてそこにある安心感を得ていた。

自分が忘れてもセカイが覚えてくれるように。

 

「「………」」

 

遠くの方ではMEIKOとKAITOが何も言わずに見守っていた。

しばらく時間が経った後、言葉はふらつきながらも立ち上がる。

 

「ありがとうMEIKO、KAITO。1人にしてくれて」

「どういたしまして。……また、元気なってからいらっしゃい」

「僕たちはいつでもここにいるからね」

「……ありがとう。2人とも。それじゃあね」

 

その言葉と共にUntitledだったウタを止めて光に包まれる。

それを見送った後2人は番傘を開いた。

 

「今回ばかりは、言葉だけじゃどうしようもできないかしらね」

「……それでも、信じて待つしかないよ。

 僕達は言葉に本当の想いを見つけてもらうためにいるんだから」

「待つだけで変わるなら、それでいいんだけど」

 

見上げる空の雲は分厚く、あの日のように段々と雪が増えていく。

今夜は少し冷えそうだった。

 

 

 

言葉は冷えきった体をシーツでくるんで暖を取る。

暖房も入れっぱなしであったため、置かれたままの朝食はすでに固くなっていた。

もちろん、一切口をつけていない。食べる気すら起きなかった。

 

「これでいい……これでいいんだ……」

 

虚ろなままに呟いた一言は送風音にかき消される。

ライブを沸かせた記憶など、もう忘却の彼方へ押しやられてしまった。

現実逃避を行うように目を閉じれば、また千紗都の顔が浮かび上がる。

 

『だからこそ、我は貴様に裁かれねばならないのだ』

 

例え自分が犯した罪でなくても、裁かれることに執着する千紗都。

自分だけが失っている、という劣等感に執着する言葉。

同じ両親の死を引き金となった少女達の選択。

 

その上で少女はまた、新たな選択を強いられていた。それは彼女を裁くか否かではない。

 

自分の選択により犠牲者を生んでしまった事実。

癒えきらぬ心身に現実の刃が突き刺さる。

雲雀千紗都の登場は、それだけ言葉にとっても大きなものであった。

 

「私が、裁かれるべきだ」

 

治療は良好。このままいけば退院できるだろう。しかし自分はそれを許さない。

ここでもう一度怪我をして、入院する期間が延びれば。

むしろここで自分が二度と演奏できない体になってしまえば。

それは自らのへの裁きとして一生悔いなく生きることができるのだと。

 

そう思った言葉は、机の上に置かれた見舞いの品を見る。

ちょうどそこには千紗都が持ち込んだ、

ガラスケースに入ったプリザーブドフラワーがあった。

 

それを自らの右手に振り下ろし──

 

「なにやってんのさ委員長!!」

 

制止の声が部屋に鳴り響いたのであった。



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第14話「砕けたモノ」

 

「なにやってんのさ委員長!!」

 

そんな声に言葉は驚き、手元が狂って床に叩きつける。

強烈な音が鳴り響き、ガラスの欠片がそこらへんに飛び散った。

 

「理那、お父さんから聞いたよね。誰にも会いたくないって」

「いやでも心配だったし……それより、なにやってんのって聞いてるの!」

「理那には関係ない」

「あるよ! 友達なんだから!」

「おいなんの騒ぎだ!」

 

そんなに騒ぎ立てていれば必然的に誰かが飛び出してくる。

それは看護師ではなく理那の父、譲太郎であった。

あの時の理那の態度を怪しみ、侵入していないか見に来たためである。

彼も当然、辺りの光景に目を丸くすることしかできない。

 

「これは……おい理那、何があったか説明しろ」

「委員長がガラスケース持ってて、右手に叩きつけようとして……」

「君、そんな事をすればただではすまないと解ってやったのか?」

 

理那は嘘をつかない。

誤魔化しもするし、勝手な行動も起こすが、その一点は親として信用できる。

言葉を見れば、私がやりましたと言わんばかりにこちらを見つめ返していた。

 

「はい。もう少し、病院のお世話になろうかと思いまして」

「ちょ、なに言ってんのさ。もうすぐ退院して演奏も出来るっていうのに」

 

あまりの豹変ぶりに理那も言葉を失っている。

一方で譲太郎の表情は厳しいものだった。

 

「私は言ったはずだ。医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしないと。

 これは、それに対する君なりの回答と受けとるが」

「そう捉えてもらって構いません」

「そうか。それならこれ以上君の面倒を見ていられない。少し予定より早いが出ていってもらう」

「父さん!」

 

彼はそれを言い残して病室から立ち去った。

その後入ってきたのは騒ぎを聞き付けた看護師達。やがて部屋の掃除が始まる。

虚ろな目でベッドに横たわる少女は簡単な受け答えで済ませていた。

そんな喧騒に紛れながらも、理那はじっと言葉を見つめるのであった。

 

 

 

砕け散ったガラスは回収され廃棄された。

しかし無事だった中身は今も机の上に置かれている。

やがてその騒動も事なきを得て、再び病室に静寂が訪れていた。

傾いた夕日に照らされているのは、主である言葉と、友人である理那。

 

「失礼します。今日のご夕食ですが、

 本日退院なさるということでこちらからの提供はございません」

「わかりました。態々教えていただき、ありがとうございます」

「それでは……」

 

ノックと共に見えた看護師が用件だけを伝えて去っていく。

どうやら出ていってもらう、というのは本気だったらしい。

 

理那は顔を合わせずに外の夕日を眺めている。

一方の言葉はずっとユリを眺めていた。

 

あれからどれほどの時が経っただろうか。

思い返せば一瞬かも知れないが、体感としては半日以上経っている。

そんな長い時間を2人は丸々溝に捨てていた。

 

「委員長は私に出てけって言わないんだ」

「言っても聞かないんでしょ。言うだけ無駄だよ」

「そっか。ねえ委員長、そろそろ答えてよ。なんであんなことしたのかって」

 

看護師によって沈黙が破られたからか、理那から話を切り出した。

それはあの時に聞きそびれた答え。ここまで残っていた理由がこれだった。

 

「別に。理那には関係ない話だし」

「関係ないって、私が声掛けなかったら二度と演奏できなくなってたかもしれないんだよ!?」

「それが、理那にとって問題あることなの?」

「えっ……?」

 

相変わらず目も合わせずに淡々と喋る言葉。

告げられるもの全てが冷たいものへと変わっていく。

 

「別に私が演奏できなくても、人生に影響はないでしょ。

 私の演奏で命を繋いでるわけでもない。私の保護下に入ってるわけでもない」

「で、でも少なくとも私は悲しいよ! 委員長の演奏、好きだし!」

「なら新しく好きなことを見つければいいじゃない。

 理那は私と違って友達もたくさんいるし、勉強以外ならなんでも出来るじゃない」

 

明らかに今までと態度の違う言葉の様子に戸惑いを隠せない。

少なくとも昨日まではなんともなかった。

となると今日自分が来るより前になにかあったに違いない。

 

答えを導き出すために今まであったことを思い返す。

何が、誰が彼女をこうさせたのか。

思い当たるとすれば自分も知らない見舞いの品。

 

「ねえ、今日誰か来たんだよね。そのユリの花くれた人が」

「……そうだね」

「良かったら話してくれない? 何があったのかさ」

「理那は知らなくていいよ」

「いいやそんなことないね。むしろ友達である私こそ知るべきだ」

「友達ね。何もしてあげられてないのに、まだそう言ってくれるんだ」

「当然じゃん。私は委員長と一緒にいられるだけでも嬉しいんだから」

 

そこで会話が途切れる。

それを見計らったように扉がノックされ言葉の叔父と叔母が顔を出した。

どうやら迎えが来たらしい。

理那は簡単な挨拶だけ交わし、観念したかのように廊下へと移動する。

しばらくした後、病室から言葉が姿を見せた。

 

そこで乾いた笑みを浮かべてようやく理那の顔を見る。

しかしその瞳はすでに光を失っていた。

 

「一緒にいられるだけでも嬉しいなんて、自分でもおかしいって気づかない?」

 

それだけ言い残し2人に連れられてその場を後にする。

 

「……そんなの、最初っから気づいてるよ。馬鹿委員長」

 

遠ざかる背中に聞こえないよう、理那は口をこぼす。

その頬には一筋の涙が伝っていた。



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第15話「らしくない自分」

 

こうして休日は終わりを告げ、平日には通学という義務が発生する。

神山高校では、一人の少女が皆の注目を集めていた。

 

「委員長、その腕大丈夫?」

「うん。まだ書いたり物を持ったりは出来ないけど、通学には問題ないから」

「困ったことがあったらなんでも言ってね! ノートとか代わりにとってあげようか?」

「えー、アンタがノートとるより委員長にノート見せてもらう方が多いのに?」

「わ、私だってやれば出来るんですー!」

 

1年C組。言葉の回りには多くの観衆が右腕を痛々しく拝んでいた。

会話の中心を取り仕切っているのは、以前交流したクラスメイトである。

 

一方、理那はそっけなかった。

普段なら真っ先に駆け寄って群衆を払ったりするのも彼女の仕事だが、

今はただぼんやりと机に肘をついて考え事をしている。

 

「ほら理那、委員長戻ってきたのにほったらかしてていいの?」

「あーうん、もうすぐ学年末テスト近いし今はいいかなって」

「そういえば毎日お見舞い行ってたよね。どうだった」

「どうって、別に何にもないって。私以外の人もお見舞いに行ってたみたいだし」

「委員長ってば顔広いよねー。この前なんかB組の子とお昼食べてたし」

 

優等生なだけあって普段の生活であっても自然と注目を集める彼女は、

やることなすことのほとんどが情報として共有されている。

しかし以前のように全校中の噂になることはなかった。

 

「こらーお前達、鶴音の事が気になるのは解るが、ホームルーム始めるぞ」

 

結果的に担任の教師がそれを担う形となり、

お昼の約束を取り付けながらもそれぞれの席に戻っていく。

いつもより少し変わった日々が幕を開けた。

 

 

 

「理那ー。委員長とお昼食べよー」

 

昼を告げるチャイムが鳴り、理那にお声がかかる。

いつも仲のいいクラスメイトからのものだったが、その後ろには言葉がいた。

 

「あー、私先生から委員長の代わりに仕事頼まれてるんだった!

 いやーごめんね、お昼はまた今度にするからさ!」

「あっ、理那!」

 

弁当箱を片手に教室を後にする理那。

明らかに何か隠しているように見えたものの、

特に気にすることもないと誰も追いかけることはしなかった。

 

もちろん、教師から頼まれた仕事などあるわけがない。

ただ少し言葉とは間を置きたかった。

中庭辺りで落ち着くだろうと予測した理那は、逆に屋上までかけ上がる。

途中すれ違った教師に注意されるも、気する暇もなかった。

 

屋上の扉を開け放ち、勢いのまま飛び込んで止まる。

そこには先客が1人で購買のパンをかじっていた。

 

「びっくりしたー。って理那じゃん、どうしたのそんなに急いで」

「あー、杏こそどうしたの、屋上で1人なんて寂しいぞー」

 

白石杏。今や言葉と理那の共通の友である存在。

彼女も友人は少なくない。おちゃらけた雰囲気を装い指摘する。

 

「ちょっと歌の練習をしようかなって思ってたから。良かったら聞いてく?」

「お、いいねー。ならそれをおかずに私は優雅なランチと洒落混みますか」

「なにそれ、天馬先輩の真似事?」

「いいじゃん別に。ほらほら歌うんでしょー」

 

屋上のフェンスに身を預けはやし立てれば、やれやれと言った表情で音楽を再生する。

独特の重低音が鳴り響きつつもアップテンポな曲調で、

まだ少し残る寒さなど忘れてしまいそうなものだった。

 

「───! ──!」

 

その迫力たるや思わず気圧されるほどのもので、彼女の音楽にかける情熱が伝わってくる。

練習などと言っていたが、これならすぐ本番でも問題ないほどであった。

 

「(そういえば杏の歌って聞くの初めてかも)」

 

彼女がかなりの歌唱力の持ち主というのは周知の事実だが、神高生徒で耳にした者は少ない。

特に高校生でライブイベントに参加するなどよっぽどの音楽好きでなければで出来ない。

バーチャルシンガーの登場もありネットに音楽が溢れている今、生歌を聞く機会はそうない。

 

いつしか食事の手も止まり、その歌声に耳を傾ける。

 

「──! っと、こんな感じかな」

「いやー、まさかここまでうまいって思ってもみなかった。

 ところでなんて曲なの?」

「これはまあ、みんなで作った曲っていうか、なんていうか」

 

曲名の話題を振られて少しだけ困ってしまう杏。

それもそのはず、これはUntitledから生まれたウタ。

この世に同じものは2つと存在しない、自分達だけのウタだった。

 

「へー、杏って作曲も出来たんだ」

「ま、まあねー」

 

それを追求することなく理那は箸を進めていく。

ふと視線を外して中庭の方を見れば、言葉の姿が見えた。

他のクラスメイトと仲良く食事をしている。

 

『一緒にいられるだけでも嬉しいなんて、自分でもおかしいって気づかない?』

 

脳裏に言葉の顔が写る。

あんな顔をする人物を理那はよく知っていた。そして忘れたかった。

かつての友人。もしくは、友人と自分が思い込んでいただけの誰か。

 

「あ、言葉さん退院してたんだ。それで、また楽器は始められそうなの?」

 

杏も理那が毎日お見舞いにいっていること位は知っている。

しかし店の手伝いやイベントの練習で忙しく見舞いにはいけなかったため、

怪我の具合などは知るよしもなかった。

 

「あー、なんて言ってたかなー。私馬鹿だから忘れちゃったなー」

「そうなんだ。ところで理那」

「ん? どうしたの?」

「誤魔化す時、あー、っていう癖治した方がいいよ」

 

音楽の再生をやめて理那のとなりに立つ杏。その視線の先には言葉の姿がある。

言われてみればそうかもしれないが、カマをかけている気がして無視することにした。

 

「あー、誤魔化してないよ? ほんとほんと」

「ほらまた言った。鶴音さんと何かあったんでしょ」

「あー……まあ、あっ……」

 

1度ならず2度も連続してしまえば嫌でも自分で気付く。

それが相手にお見通しであることも。

 

「もし良かったら話してみてよ。

 ここまで誤魔化されたら逆に気になっちゃうし、それに」

 

『鶴音さん、また良かったら参加してよ! 私達も歓迎するからさ!』

 

言葉の音楽活動は、これからの自分達にとって大きな存在になるかもしれない。

だからこそ、踏み込まざるを得なかった。

 

「わかった。話すよ。他でもない友人の杏にね」

 

観念したように両手をあげて、理那は口を開くのだった。

 



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第16話「荒療治」

 

理那はあったこと全てを一言一句自分の記憶を頼りに、話し終えた。

想像以上の出来事に杏は頭を悩ますものの、お互いに解らないことが多い。

 

「ごめんね杏、こんな話聞かせちゃってさ」

「ううん、聞いたのは私だし、そこそこ覚悟してたからさ。でも……」

 

問題は言葉がそうなった原因。それが解らないからには解決しようがない。

それに加えて、杏は既に父から踏み込みすぎないように言われている。

その事情から本当の意味で自分が踏みいってはならない類の話だと理解した。

 

それでも、彼女には音楽を続けてほしかった。

もしかすれば、あの日の伝説を越えられる最高の仲間になりえるというのに。

 

「友達であり続けるのって、難しいね」

 

すっかり意気消沈している理那を見て、少し違和感を覚える杏。

 

「あのさ、友達って一方的になるものじゃないと思うんだよね」

「……まあ、そうだよね」

「お互いに好きなこととか話したりしてさ、相手の事解っていって……

 だから一回、話してみたら? 鶴音さんならきっとわかってくれるって」

 

ありきたりな答えだが、ここで堂々巡りを繰り返していても始まらない。

背中を押す杏だが、相変わらず理那の表情は暗かった。

 

『一緒にいられるだけでも嬉しいなんて、自分でもおかしいって気づかない?』

 

一方で理那の心には深く突き刺さっている。その歪さに自分でさえも気づけなかった。

いや、気づいていたが見ないふりをしていた。

『ビビッと来たから』という言葉に隠れた、本当の理由。

 

「……ちょっと、昔話をしよっか」

「杏の? 何、初恋の話?」

「そんなわけ……って思ったけど間違ってないかも。あれは確かに一目惚れだったし」

「友達が落ち込んでるのに惚気話? まったく風紀委員様もお人が悪い~」

「はいはい。冗談言ってないで始めるよ」

 

冗談をかます理那だったが、当たらずも遠からずと言ったところ。

まだそれだけ言える元気があるのだと理解した杏も、後腐れなく話し始める。

 

それは自分が相棒を見つけた時のこと。

自分の夢を一緒に叶えると決めて前に進むと決めた相棒の話。

そして何よりも。

 

『私、こはねの相棒なのに……守れなかった』

 

それはかつて『STAY GOLD』に出場したときのこと。

自分の相棒を守ろうとしていたこと。

それは自分が真の意味で相棒を信じられなかったこと。

 

──それでも。

 

『誰より一番、こはねに信じてもらえるようになる!

 こはねのことを信じて歌うから! だから──

 こんな私だけど、これからも、こはねの相棒でいさせてくれないかな?』

 

今の仲間やかつての幼馴染みの力を借りて、もう一度信じてみせると誓った。

再び相棒として立つことを決めた。

 

「理那だって、鶴音さんと友達でいたいんでしょ。ならちゃんと話さなきゃ」

 

客観的になってはじめて気付く事がある。そこにいる少女は、かつての自分のようだと。

だからその背中を押した。前に進めるようにと。

 

「……ははっ、これは杏に一本とられちゃったな」

 

自虐的に笑う少女は、再び中庭へ目を向ける。

既に言葉の姿はなかったが、なにかを決心したようだった。

 

「ありがとう杏、あなたが友達でよかった」

「友達なんだから、当然でしょ」

 

お互いに笑い合う。

しかしその晴れやかな空気をぶち壊すように予鈴が鳴り響く。

 

「あ、やっば! もうすぐお昼終わっちゃうじゃん!」

「えー! 私全然お昼食べられてないんだけどー!」

 

屋上ではそんな賑やかな声が木霊するのであった。

 

 

 

時は経ち、授業の終わりを告げる鐘がなる。

日は傾きほんのりと空を赤く染めていた。

 

「委員長、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな」

「理那……何? 用件だったらここで聞くけど」

 

誰よりも真っ先に言葉の元へとやって来たのは理那だった。

しかもその雰囲気たるや今までとはまるで違う。

言葉はそれが彼女の父親に似たものだということを本能的に感じ取った。

 

「先生が待ってるから、急いで準備して」

「先生って、どの先生?」

「……あーもー! そんなのどうでもいいから来て!」

 

よほど乗り気ではないのか、会話の本筋を聞き出そうとする言葉に対し、

痺れを切らして左手を取る理那。ちゃっかり空いた手には言葉の鞄が下げられている。

 

ずかずかと我が物顔で廊下を歩き、ある空き教室へと連れ込む。

しかも念入りなことに鍵までかけた。

 

「なにかあったとは思ったけど、まさか患者にここまでするなんてね。

 医者であるお父さんが泣いてるよ」

 

逃げ場がないと観念しつつも、その目は怒っていた。

それでも理那が怯むことはない。

 

「父さんは別に関係ないよ。それに父さんも自分の患者じゃないって言ってたし」

「そう。まあ、あんなことしたら当然だよね」

 

どういう人かは短い間ながらも濃厚な問答によっておおよその判断はついている。

それこそ人の意思に重きを置いている彼なら、

拒む患者を受けいるのはまっぴらごめんだろう。

 

「委員長、言ったよね。一緒にいられるだけで嬉しいなんて、おかしいって」

「うん。だってそんなの友人じゃないから」

「解った。この際なんでそうなったかなんて聞かない。だけど、私の話を聞いてほしい」

「理那の、話?」

 

言葉は覚悟していた。自分がおかしくなった理由を問い詰めるのだと。

それを避けるための文言は思い付く限り考えてきた。

しかし予想は外れた。

思いがけない言葉に思わず心構えが崩れ、思わず口に出る。

 

理那はそれを好機と捉え話し始めた。

自分の見て見ぬふりをしてきた過去について。



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第17話「贖罪の時」

時は、遡る。

 

斑鳩理那は、外科医の娘としてこの世に生を受ける。

母親は出産時の負担に耐えきれず死んでしまったが、

その悲しみを打ち消すかのごとく、父が寄り添っていた。

 

幼いときから父の勤める病院は自らの遊び場だった。

面倒を見るものが居なかったため、特例として扱われていた。

父としても自分の目の届かないところで問題を起こすよりも、

目の届く範囲、手の届く範囲にいた方が面倒を見やすかった。

 

その頃から活発だった理那は、よく院内を探索しては怒られていた。

流石に手術中の手術室や、重篤患者のいる病棟には近づかなかったものの、

次第に勝手を覚えていき、やがて病院の一部として受け入れられた。

特に通院や入院をしている老人達には好評で、孫のようだと可愛がられていた。

 

彼女もまた、面倒を見てもらったお礼にと無垢な言葉で応援を続けていた。

「いつかきっと元気になる」「元気になってもまた遊んでね」と。

 

小学生になってもそれは続き、いつしか将来の夢を持つようになっていった。

それは父親のような立派な医者になること。

医者になって病気で困っている人の役に立ちたいのだと。

 

そしてその頃、父の知人である医師から同じ夢を共にする少女が紹介される。

その人は1つ上の少女であり、夢が看護師という違いはあれ、

父が医者という共通点を持った心優しい子だった。

 

院内では患者を励まながら笑顔を振り撒き、学校では同じ夢を持った友達と勉強に励む。

それはそれは、楽しい日々だった。

 

それでも、そんな日々は長くは続かなかった。

 

生まれつき直感に優れていた理那は、人の死に際を目にした。

出会いがある分、別れも付き物だ。病院とはそういう場所だった。

命が助かっても、足や腕を失くし途方にくれる患者だっていた。

そして何より自殺を試み、苦しみ悶えるような患者も。

 

『どうして助けられなかったの!?』

『誰も助けてくれなんてお願いしてない!!』

 

父親が外科医であったこともあり年を重ねるにつれて、

その意味を理解できるようになっていった。

その者達が発する言葉。その遺族達が発する言葉。

それにいつしか耐えられなくなっていった。

 

救われる命の感謝より、救われぬ命の怨嗟に囚われてしまった。

それによって勉強にも身が入らなくなっていき、成績を落としていく。

友達が先に中学へと上がり、忙しくなって会う機会も減ってしまった。

 

夢を諦めようかと見つめ直しているそんな時。

 

『手術したり薬を投与するだけが患者を治す訳じゃない。

 何より大事なのは、患者の心を治すことだ』

 

そんな自分に声をかけたのは、他でもない父だった。

 

直感に優れている彼女は、誰よりもコミュニケーションに長けていた。

何をすれば相手が喜ぶか、何をすれば相手が元気になるか。

奇しくもそれは同じ病院で自然と身に付けた特技であった。

 

そうして理那は医者になる夢を捨て、カウンセラーになる夢を追った。

1人になっても必死に勉強し、友達の後を追うように中学受験を成功させた。

 

そして再会を果たした理那だったが、どこか友達の様子がおかしい。

学校一の成績を納め、部活も都大会まで上り詰めるほどの優等生として知られる友達。

不釣り合いだと解っていても、また隣に立とうと必死になって、あがいて、あがいて。

 

話を聞こうとしても他の人に邪魔されてしまい、その両親にも突き放されてしまった。

 

『もう二度と、───には近付かないでくれ』

『───はあなたと違って優秀なお医者さんになるの。

 あなたといたら、その夢を奪うだけだってわからないの?』

 

『友達なら、解ってくれるな?』『友達なら、解ってくれるわよね?』

 

かつて2人を引き合わせた存在が、2人を引き離した。

それはまるで利用価値がなくなった『物』のように。

それでも、諦めたくなかった。もう一度、一緒に夢を追いかけたかった。

カウンセリングの知識を全て使って、彼女を癒そうとした。

 

しかし、そんな彼女に言われたのは。

 

『別に、変わらない。なんの意味も無かったね』

 

友達はそのまま高校へと進学し、理那は別れるように別の高校へ入学した。

いつしか同じ夢を見ていた少女達は道を違える。

 

こうして少女はもう一度、夢を捨てた。

 

 

 

そして、現在。

 

「でも、その入学した学校で、私は委員長を見つけたの」

 

いつかの友達と似た雰囲気の少女。

直感に優れていた理那は本能的に理解した。本質は違っていても、同じ人間だと。

 

「私は運命だって思えた。その子の友達であり続けろって、神様が言ってるんだって。

 だから私は、委員長の友達であり続けた。そうじゃなきゃいけなかった。

 他の誰でもない。自分自身の、贖罪のために」

 

そう言って理那はその場で崩れ落ちる。

今まで隠していたことを詫びるように、頭を下げた。

 

「だから、ごめん! 私は、言葉の友達なんかじゃない!

 ずっと、友達の代わりだった! 許してほしいなんて言わない!」

 

床を涙で汚しながら必死に声を張り上げる理那。

一方で言葉はそんな彼女に近づき、優しく声をかける。

 

「なら、別にそれでいいよ」

 

言葉は、そばにあった机に腰を掛ける。

目を閉じて先程理那が言ったことを噛み締めているようだ。

 

「え、いや、いやいやいや! よくないよ! だって私友達のふりしてたんだよ!?

 この1年間ぐらい!」

 

あまりに予想外な返答に顔をあげいつもの調子で抗議すらしてしまう。

しかし、目の前の少女は優しい顔をしていた。

 

「理那も同じだったんだね」

「同じ……?」

「私も、理那のことは友達だと思ってた。でもある人に言われたの。

 その友達に何かしてあげられたか、ってね」

 

「私は理那に友達としてなにもしてあげられなかった。

 だから、理那は友達じゃないんだって」

 

「でも、最初からお互いに嘘だったら、ここから始めようよ。

 友達になってくださいって」

 

今までの関係が壊れることを承知で行った告白の、言葉なりの答え。

全ての苦悩を受け止め、事実をありのままに受けとる言葉だからこそ導き出せた答え。

友達として返せた、ただ1つの贈り物。

 

今でこそ気の合う相手は増えたものの、

それは理那がそばにいて、ずっと離さなかったから起こりえた未来。

偽りでも、彼女がここにある現実は本物だ。

 

「うわああああん! 言葉ああああ!!」

「ちょ、理那飛び付かないで! 一応まだ治ってないから!」

 

暫く教室の中で理那の鳴き声が木霊する。

そんな彼女を見て少しは友人らしくなれたかな、と思う言葉であった。

 



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第18話「宣告の時、来たり」

 

言葉と理那は並んで校舎を後にする。

 

「いやー、まさか言葉に励ましてもらう日が来るなんてねー」

「いつも気にかけてくれてたから、私もちょっとは力になりたかったんだよ」

 

あれからというもの、理那の大声で先生に見つかり2人はこってり絞られてしまった。

汚した床を掃除したりと時間はかかったものの、

朝のようにギクシャクした関係ではなくなっている。

その証拠に理那は言葉を役職名ではなく名前で呼ぶようになっていた。

 

「それでさ、言葉にそんなこと言ったのって誰?」

「それは──っ!」

 

そう言いかけたところで言葉は、誰かが校門で待っているを見つけた。

大きな黒い帽子が風に揺れている。

 

『我は、貴様に裁いて欲しいだけなのだ』

『ではその友達の為に何か貴様がしたことは?

 相手の反応を伺って、一番喜ぶものを選んでいただけではないか?』

 

今やトラウマとなった言葉が思い浮かばれ、足を止めてしまった。

決して自分はそんなつもりがなくても、相手が追い詰めてくる。

 

「言葉、顔悪いよ。………」

 

理那もそれに気づいたようで、校門で待ちぼうけをしている見慣れぬ人物を注視する。

それによって直感で理解する。あの人物こそが言葉をおかしくした張本人だと。

 

「ごめん理那、もう大丈夫だから。行こう」

 

深呼吸を数回して気を立て直したのか、それだけ口にして再び前へと進む。

しかし顔色は以前として悪いままだった。

そんな彼女に対し理那は寄り添うことで応える。

何か起きてもすぐに彼女を守れるように。

 

校門に差し掛かり、その人物が2人の存在に気づく。

塀に背を預けてるのを止め、言葉の前に躍り出る。

 

「待ちわびたぞ鶴音言葉! 無事退院したようだな、何よりだ!」

「雲雀さん……どうして」

「病院に寄ったんだが、どうやら退院したと耳にしてな。

 せっかくの見舞いの品が無駄になってしまったではないか」

 

そういって手から下げている花屋の袋をちらつかせる。

 

「折角だ、退院祝いとして受け取るがいい!」

「ありがとう、ございます」

「(なんだ、結構いい人じゃん)」

 

サングラスで目の形がわからないせいか、口の変化や口調の抑揚でしか感情が読み取れない。

警戒していた理那の直感を持ってしても、その言葉に嘘偽りはないと感じていた。

 

──その袋の中身を見るまでは。

 

「……!」

「これ、前と同じ……」

「ああ。どうやら落として割ってしまったらしいじゃないか。

 看護師が話していたを耳にした時は驚いたぞ」

 

彼女が善意しかないのは直感で感じ取れた。

しかしそれは言葉に対して呪いのように降り注いでいる。

そしてそれは、理那の知るあの両親に、よく似ていた。

 

「それで、となりにいるのは以前言っていた友達、と見ていいか?」

「えっと、はい。そうです」

 

ちら、と視線を移す仕草をして再び言葉と向き直る少女。

どうやら理那のことは眼中にないようだ。

 

「さあ我が審判者よ! そろそろ我を裁くがいい! 我は逃げも隠れもしないぞ!」

「……ですが、私はあなたを裁く気はありません」

「それはダメだ。それでは我も貴様も救われんではないか」

 

理那にとってこの2人の間に何があったのかは想像もつかない。

ましてや首を突っ込んでいい問題なのかもわからない。

しかし理那にとってそんなことはどうでもよかった。

 

「ねえアンタ、それくらいにしておいてくれない? 言葉が辛そうにしてるんだけど」

「貴様には関係ないことだ。余計な口を挟まないでもらおう」

「友達だから、関係あるんだ」

「理那……?」

 

言葉を庇うように前へ乗り出す理那。

思いがけぬ行動に千紗都も気圧され、少し後ずさりしてしまう。

 

「私の名前は斑鳩 理那。アンタの名前は?」

「……雲雀 千紗都。これで満足か?」

「いいや良くない。なんでアンタは言葉に裁かれたいのか、その理由を聞かせてもらう」

「それが友達を傷つけてしまうとしても、か?」

 

人の過去に首を突っ込むなど、生半可な覚悟でしていいものではない。

それを最も効果的な、言葉を引き合いに出すことでその度量を図る千紗都。

 

それこそ友人以上に親しい関係であっても、破綻するのは目に見えている。

それでも理那には覚悟があった。そして何よりこれが自分の贖罪だった。

 

「友達が苦しんでるなら、手を貸すのが普通でしょ」

「理那……ありがとう」

「では──」

「ちょっとアンタ達、そんなところで立ち話されたら邪魔なんだけど」

「あ、東雲さん」

 

話を再開しようとしたところで、不機嫌な表情で会話に割り込んで来たのは絵名。

制服姿で外から入ってきたところを見るに、今登校してきたようだ。

 

ずいぶんと話し込んでいたからか、それとも3人の雰囲気が尋常でなかったからか、

下校を始める生徒達や夜間定時制の生徒達が何事かと遠目にこちらを伺っている。

 

「すみません東雲さん、お邪魔したようで」

「わかればいいの。じゃあ私は授業あるから」

「はい。雲雀さん、場所を移しましょう。ここではあんまり」

「そうだな。友達はともかく、野次馬に聞かせる話でもなかろう」

 

そのまま立ち去る絵名を見送りつつ、こうして3人は街の方へと繰り出した。



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第19話「断罪の時」

街に繰り出した3人が向かった先。そこはカラオケであった。

 

「どうしてカラオケなんだ? 我はてっきりファミレスかどこかだと……」

「だって野次馬に聞かせる話でもないんでしょ? それならここが最強だって」

「確かに店員さんも来ないし、防音って意味じゃ優秀だけど」

「ほらほらワンオーダー制だからささっと頼んで。私フライドポテトでー」

 

鞄を預かり壁に立て掛ける、入り口から一番遠い場所に言葉を座らせる。

しばらくメニューをにらめっこした言葉と千紗都も注文を終えた。

 

「もう話してもよかろう?」

「まーまー、店員さんが入ってきたらマズイでしょ。

 私トップバッターで歌うからとりあえず1曲は回そうよ」

「えぇ……おい貴様、どうにかならんのか? 友達なんだろう?」

「まあ、この人はそういう人なんで……」

 

そんな会話の間に理那は曲を予約する。それは洗礼された電子音に辛い歌詞が綴られた物。

意外にも理那の雰囲気からは考えられぬ選曲だった。

やがて演奏が終わり点数が表示される。80点といったところ。

 

「ふー、1曲目いただきましたー。どっちが歌う?」

「我は結構だ! 審判者よ、先に歌うがいい」

「じゃあ、1曲だけ」

 

言葉が選んだのは当然KAITOの歌。その中でも最高の再生数を誇る楽曲。

作り物でも、ただ歌い続けるという意志のこもった悲しい歌。

こちらも演奏終了の後、92点と表示されていた。

 

「随分とまあ、2人とも辛い歌詞を平然と歌うものだな」

「好きだからねー。今はこっちの方がしっくり来るかな」

「私はその、KAITOの曲が全然カラオケにないから……」

「なるほど。ではそれに合わせて我も一曲送らせてもらおうではないか」

 

千紗都が予約をいれている間に注文していた料理が揃う。

本来ならこの時点で彼女が歌う必要はないのだが、その手は止まることを知らない。

 

激しいバンドサウンドとリズムと共にと共に紡がれる残酷な歌詞。

その歌声はとても澄んでいて、それ以上に彼女の想いが伝わってくる。

それは彼女が望んでいるような、不幸の歌。

 

「まあこんなものか」

 

そう言ってマイクをおけば、採点画面が表示される。

96点という高得点であった。

 

「……すごい……」

「いや上手いとかそういうレベルじゃないでしょ。

 何をどうしたらこんな点数出せるわけ?」

「自分の本物の想いをのせられれば容易かろう」

 

含みのある言い方であったが、そんなことを言われても理解できない理那と、

思い当たる節がある言葉。

 

「ま、こんなものを歌えたところで一切腹の足しにもなりはしないがな」

 

それを知ってか知らぬか、そう吐き捨ててフライドポテトに手を伸ばす。

これでもかというほどにケチャップとマヨネーズをつけて頬張った。

 

「さて……そろそろ話をさせてもらおう」

 

その言葉に2人は首を縦に振る。

ようやく、といったところで彼女の口から語られたのは自分と言葉の経緯。

それは非常に辛いものであったが、理那はそれを一言一句逃さず聞いていた。

 

「──という関係なわけだ」

「そっか。つまり雲雀は裁かれたいけど、言葉は裁いてくれないと」

「なんだそのざっくりとした説明は……まあ大方その通りだな」

「じゃあ私が代わりに裁けばいいじゃん」

「は?」「え?」

 

あまりに突拍子もない発言にお互い目を丸くする2人。

そう言った本人は口を潤すために付け合せの水を傾けた。

 

「だって千紗都は裁かれたい、でも言葉は裁きたくない。

 なら私が変わりに千紗都を裁く。これで解決でしょ」

「いや、それはおかしいだろう!? いくら過去を知ったところで貴様と審判者は他人同士!

 貴様には関係ないことではないか!?」

「関係なくないよ」

 

空になったコップを置き、千紗都と向き直る理那。

 

「私は言葉の友達なんだ。友達を助けるのに理由もなにもないよ」

「……と、言っているが肝心の貴様はどう思っている?」

「私は……」

 

理那の過去を知った言葉にとって、

彼女が友達というものを常人以上に重要視していることは知っている。

だからここは任せた方が得策かもしれない。

 

しかし、ここで彼女に甘えていては以前の自分と同じだということも知っていた。

だからこそ、自分もまた変わらなければならない。

 

「理那、これは私とこの人の問題だから」

「でもそれだと言葉が!」

「大丈夫。友達なら私を信じてほしい」

 

そこまで言われてしまうと、理那も言い返す言葉が見つからない。

渋々引き下がるのを見届けて、胸を撫で下ろした。

 

「ふん、それでこそ我が審判者にふさわしい」

「ありがとうございます。それでは」

 

目を閉じて言葉は考える。彼女に相応しい罰を。

 

「──これからも音楽を続ける、というのはどうでしょう」

 

それだけ歌が上手いからではない。

ただ彼女の過去にも音楽があり、自分と同じように諦めてしまっていたのなら。

今では遠く感じられるあの場所で本当の想いを見つけられたように、

彼女にも自分には嘘を吐いて欲しくなかった。

 

「──ク、クク、ハハハ!! そうか、そう来たか! 我に、音楽を続けろと!!」

 

目を伏せひとりでに笑い始めたと思えば、前髪を掻き上げ2人を見下す。

 

「よもや、よもや幾多の罰の中で音楽(それ)を選び取るとは!! 流石は我が審判者! 

 我の目に狂いはなかった!」

「お気に召したようでなによりです」

「ならばその罰、我が研鑽をもってして堪えようではないか! それでは諸君、サラバだ!」

「あっ! ちゃんとお金置いきなよー!」

 

高笑いをする千紗都に対して、わざとらしくお辞儀をする言葉。

そのまま部屋を去っていく彼女の後を追い、理那も部屋を飛び出した。

 

「ええい離せ! 我は審判者からの罰を果たすため一刻も早く帰らねばならん!」

「そんなこと言ってちょろまかすのは許さないんだからね!」

 

なにやら廊下の方で揉めている様子で、しばらく戻ってくることはないだろう。

 

『言葉』

 

その名前を呼ばれ、スマホへと視線を落とす。

そこにはやれやれ、といった表情を浮かべるMEIKOの姿があった。

 

『MEIKO、ごめんね。心配かけたかも」

『相変わらず背負いこもうとするんだから。

 今回は……あの子のお陰でなんとかなったけど』

 

1人なら確実に潰れていた、と言わんばかりの彼女は口をつぐむ。

これ以上言うのは野暮というものだろう。

 

『傷が癒えたら、またセカイで会いましょう』

「そうだね。そしたらまた歌って欲しいな」

 

細やかな約束と取り付けて、ふたたび言葉は部屋の外を見る。

その視線の先には自らが裁き、そして赦した少女達がいた。

 




理那 :ぼくらの16bitエンズ・トリガー/sasakure.UK
言葉 :千年の独奏歌/yanagi
千紗都:アンハッピーリフレイン/wowaka


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第20話「審判の後」

あれからというもの、千紗都が言葉の前に現れることは無くなった。

その代わりナイトコードには定期的にインしており、

ゲームの暇潰しにボイスチャットを要求される等、少し変わった交流関係を結んでいる。

 

『それで、リハビリの方は順調か?』

「はい、お陰さまで。演奏の方も再開できる程度には」

 

そして今まさにチャット中の相手が彼女であった。

 

『ならば良し。審判者がいない舞台など、無価値にも程があるからな』

「そうですね」

 

噂以上の腕を持つ理那の父のお陰か、通常よりもずいぶん早い回復を見せている。

そして何より言葉自身の迷いがなくなったもの影響していた。

過去の悲しみを乗り越えた分前に進むことが出来るように。

 

言葉の中には、まだ彼女の人生を狂わせてしまったという悔いが残っている。

そういった意味では『音楽を続ける』ということ自体自分への裁きになっていた。

 

自分の音楽を奏で続ける。それだけでは進む理由としてはまだ心もとない。

使命感や義務によって自らを進ませる。

真っ向からぶつかってくる千紗都の存在もまた、言葉にとっては必要なのだろう。

 

「でも、あの、その口調と呼び方は止めていただきませんか」

『何故だ、この方が我も貴様もカッコいいではないか?』

「では裁きに追加します。その口調と呼び方をやめてください」

『フハハハ、残念だったな! 我が身は1つ故、受けられる裁きも1つまでだ!』

 

それはそれとして、まだ千紗都の態度には慣れなかった。

下手をすれば変人ワンツーフィニッシュと名高い司のソレを越えるかもしれない。

同じくテンションが高い2人がいるものの、文は妹であり、理那は友達だ。

許容できる範囲に違いはあれど、ここから先心労が計り知れない。

裁きに追加し抑制しようにも、うまいことを言ってかわされる。

 

『しかしなんだ。審判者たっての願いであれば聞き入れようではないか』

「ありがとうございます。では今後はそのように」

『善処しよう』

 

お互いに笑みをこぼしあい、何気ない会話に花を咲かせていく。

こんな口調だが彼女も悪い人ではないことは知っている。

こうして過去から続く因縁に、一旦の終止符が打たれることとなった。

 

 

 

「皆おはよー! はよー!」

 

言葉がいつものように自分の席で読書をしていると、扉が開け放たれ元気な声が木霊する。

 

「どうしたのさ理那、いつもより元気じゃん」

「なにかいいことでもあった?」

「さてはついに彼氏でも手にいれたなー?」

「あはは、私が彼氏とか世界が滅んでもあり得ないって。いいことがあったのは確かだけど」

 

友達がそのテンションについて冗談混じりに話しかけてくるが、

それを軽くいなして言葉の元へと駆け寄った。

 

「おはっよ言葉! 今日はなんの本読んでるの?」

「今日は人とアンドロイドの恋物語、かな。結構面白いよ」

「げ、それって悲恋確定じゃん」

 

小説のタイトルを見て顔をしかめる理那。

彼女があの時歌った歌も対して変わらないと思うが、とは口が裂けても言えなかった。

 

「話は変わるんだけどさ、言葉って楽器屋でバイトしてたよね」

「うん。そうだけど、それがどうかした?」

「店員さんと見込んで、ちょっと放課後付き合ってほしいんだー」

「分かった。私でよければ」

「ありがと! じゃあまた放課後ねー!」

 

そう言い残し他の友達の元へ駆けていく。

 

「理那、なんかいつもと違わない? 前まではあんなにそっけなかったのに」

「あはは、昔のことなんて記憶にありませーん」

 

普段と違う彼女の様子に質問の雨を受けながら、曇りない笑顔で答える彼女。

気にしても仕方ない、と他の友達も諦めていつも通りの理那を受け入れるのであった。

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

放課後、2人は言葉のバイト先である楽器店を訪れていた。

店員に見送られる理那の手はDJ機材で溢れ帰っている。

 

「いやー買った買った! ありがとね言葉。お陰でいい買い物出来たよ」

「でも急にどうしたの? そんなにDJ機材買い集めて」

 

普段はカフェや娯楽施設に足を運ぶ彼女が、ここを訪れるなんて珍しい。

自分が働いている間でさえ、その姿を見たことはなかった。

 

「ほら、この前彰人君にフェスのチラシ見せられてたでしょ?

 言葉も頑張ってるし私も何かやってみようかなって」

「え、理那も……?」

「だってその方が面白そうじゃん」

 

もしかして自分が千紗都に言ったことが影響しているのだろうか。

そんな悪い予感が心を過るも、純粋な彼女の放った台詞で否定される。

 

「ほらほら、私みたいなか弱い乙女にばっかり持たせてないで、

 言葉も少しは持ってくれないかなー?」

「私も女なんだけど……分かった。ただし重すぎるのはダメだよ」

「おっとっと……あっ!」

 

リハビリもかねて本が詰められた一番軽い袋を手に取る。

しかしそれで重心がずれたのか、態勢を崩す理那。

すぐそばを通りかかろうとした赤髪の少女にぶつかってしまう。

 

「わわわ! 大丈夫ですか?」

「大丈夫です、ちょっとバランス崩しちゃって──」

「あ、恩人さんだ!」

「って、文ちゃんじゃん! 久しぶり、元気してた?」

 

しかしそれは言葉の妹──鶴音文だった。

 

「はい、元気いっぱいです! 恩人さんはどうしたんですか?」

「これ? 私も言葉……文ちゃんのお姉さんに肖って音楽始めよっかなって」

 

理那が文に見せるのは、袋に詰められたDJ機材の数々。

文が恩人さん、という呼び方なのか言葉も理解が出来なかったが、

詳しく追求することはせず、理那の後ろに隠れるように見守っていた。

一段と明るく話す文は、ようやくその後ろに隠れていた姉の存在に気がつく。

 

「あ、お姉ちゃん! 今日バイトじゃなかったの?」

「今日は休みだよ。そのかわりに友達と寄り道」

 

その友達、という言葉に思わず頬が緩む。するとなぜか文がその胸元に飛び込んだ。

 

「ふ、文!?」

「えへへ、やっぱりお姉ちゃん大好き!」

 

人目が気になりつつも、久々に思いっきり甘えてきた妹をないがしろに出来ず、

言葉は気がすむまでそうさせるのであった。

 

 




ご無沙汰しております、kasyopaです。
まずはお気に入りおよび評価ありがとうございます。
とても励みになるのでこれからもよろしくお願いします。
お気に入り100件……行けるといいな。

さて、第2部の序章となる「断罪と贖罪のジャッジメント」でしたが、
予告通りの既キャラとの絡みが絶望的になりましたがご容赦ください。

オリキャラも実質4人に増えて大所帯となってきましたが、
物語はまだ続きます。
まだまだプロセカのイベントも続いてますから。

次回はちょっとしたサイドストーリーを挟みつつ、
進展した関係性を活かして記念話とかも書いていきたいですね。

では、今回はこの辺りで。
長い小説となりましすが、
ここまで読んでいただき皆様本当にありがとうございます。
毎日更新頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!

最後に更新状況や趣味などの雑多垢ですが、
Twitterのリンクをおいておきます。もしよろしければどうぞー。
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第2部 サイドストーリー編
私の大切な…… 前編


※注意 
今回のお話には、以下のカードで判明した要素が含まれております。
未読の方・これから読まれる方はご注意下さい。

【いつか見た夢を】宵崎奏
【潜る、私の中へ】朝比奈まふゆ

(カラフェス限定の奏とまふゆのカードです)


 

傷もある程度癒えた言葉は1人、寒空の下で街の情景を眺めている。

そこは相変わらず生活の灯すら点らぬ寂しい場所だった。

 

「言葉いらっしゃい。今日は……その報告?」

「うん。2人はお世話になったし、早く言わないとって思って」

 

厚手のコートから白い包帯が顔を覗かせている。

やってきたMEIKOとKAITOは、それをただそこにあるものとして見ていた。

 

「リハビリも順調だし、この様子なら演奏の方も問題ないだろうって」

「それならよかった。また言葉の演奏が聞けるのを僕達も楽しみにしてるよ」

「ありがとう。2人とも」

 

短い会話を終えて、今度はそばにある桜の木を見上げた。

 

「セカイって不思議だね。こんなに神秘的な場所なのに魔法のひとつもないなんて」

 

言葉にしては珍しく皮肉染みた台詞を呟く。

しかしその表情は明るいもので、すぐに冗談だとわかるものだった。

 

「でも、だからこそ想いの強さは計り知れないよ。

 この桜の木も、この石碑も、言葉の想いからできたのだから」

「そうだね」

 

心にもないことを想い続けるのは難しい。

今は遠い過去になってしまった家族との記憶も、この世界に形となって残っている。

ふと石碑に手を置くと違和感を覚えた。

 

「文字が……消えてる?」

 

刻まれていたはずの家族との思い出が、なくなっていた。

しかし自分が忘れてしまうことはない。

試しに指でなぞってみても変化が起きるわけもなかった。

首を傾げていると2人がそばまで寄ってくる。

 

「MEIKO、KAITO。何が起こったかわかる?」

「さあ? 少なくとも前に言葉がこっちに来ていたときは残っていたけど」

「僕も覚えがないね。でもこれもセカイの変化だから……」

 

その原因は言葉の心境の変化に他ならない。

最近の出来事と言えば、過去の因縁にひとまずの決着をつけたくらいか。

考えを巡らせてから、なるほどと1人で頷く。

 

「それは言葉にとっていい変化だったかい?」

「うん。間違いなく、ね」

 

楽しかった思い出はこの桜の木が覚えてくれる。悲しい記憶は無理に引きずることもない。

忘れることで前に進めることもある。

それでもこの石碑自体が残っているのは、まだ何かあるという暗示だろうか。

 

「って、本当の想いで出来た物だから早々消えても困るよね」

 

小説の読みすぎかと自分で突っ込みをいれつつ、

そっと自分の想いから生まれたウタを口ずさむ。

 

これが生まれた時は演奏していた為、自分で歌うことは叶わなかった。

笛の奏者が演奏中に歌うなど出来るはずがない。

 

マーチのリズムに合わせて紡がれるメロディーに、ふと赤と青の旋律が混ざった。

お互いを支え合い、それに応えるように声量を大きくしていく。

言葉の心は少し晴れやかであった。

 

 

 

言葉達が歌い終え石碑のそばに寄り添うように休憩していると、見慣れぬものを見つける。

 

「あれ? こんなものあったっけ……?」

 

石碑のそばに落ちている、光を放つ宝石のようなもの。

 

「(まぶしいけど……熱くない。それにUntitledの光に似てるみたいな)」

「あら珍しいわね、想いの欠片があるなんて。これも言葉の成長の証かしら」

「想いの欠片? はじめて聞いたけど……」

「セカイになりきれなかった想い、というべきかな」

 

手をかざしながらその物体を確かめていると、

その様子に気付いたMEIKOとKAITOが近寄り説明してくれる。

自分のセカイに存在するのだから、

この石碑のように自分の本当の想いに関係するものだろうか。

 

「よかったら触ってみたら? 面白いものが見れるわよ」

「面白いもの?」

「うん。少しの間だけれど、こことは違う言葉の想いを見せてくれるんだ。

 もしかしたら、大切なことを思い出すきっかけになるかもしれないよ」

「大切なこと……」

 

本当の想いを見つけてもなお、このセカイで理解できないことは多い。

自分を知るためにそれに触れると、視界は白に包まれる。

 

反射的に目を瞑り、そして開くと……

 

「わあ……」

 

景色こそあまり変わらないものの、色彩と光に覆われていた。

石碑は消え失せ桜の木は満開の花を咲かせている。

空も曇天ではなく白い雲と青い空を見せていた。

いつかウタによって咲かせた景色とは違い、それがどこか懐かしく見える。

 

「桜はもう見慣れてたと思ってたけど……」

 

その下に見えるのはいつもの街並みではなく、ありふれた一軒家。

それは今や取り壊されてしまった言葉と文の実家であった。

 

「私のはじめての場所は、ここだったよね」

 

言葉にとって春のお花見といえば、実家の裏山にあったこの桜の木が定番だった。

最近は文のお陰でそれに似た場所を見つけることが出来たものの、

自分の心を満たすにはまだ足りなかった。

 

「──ありがとう。私の想いを覚えててくれて」

 

桜の木に手をあて、心からの感謝を桜の木に贈る。それは人肌の様に温かかった。

まるで言葉の再来を喜んでいるように一陣の風が言葉の頬を撫で、桜吹雪を纏わせる。

 

「「──言葉」」

「っ! ……MEIKO、KAITO」

 

不意に声をかけられ現実に引き戻される。

そこには自分の両親を見間違えるほどの優しい笑みを浮かべる2人の姿があった。

思わずそう呼んでしまいそうになるも、必死に飲み込んで笑い返す。

 

いつまでも感傷には浸っていられないと2人の元へと歩き出す。

前へと進む言葉の背中を風と桜の花びらがそっと押すのであった。



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私の大切な…… 後編

時系列は「満たされないペイルカラー」後、
「シークレット・ディスタンス」前になります。


休日の明朝。

カーテンの隙間から漏れる光によって、目を覚ました言葉は時計を確認する。

まもなく午前5時といったところ。

しかし二度寝しようにも眠気は完全に失せていた。

 

「今降りると叔母さん達起こしちゃいそうだし……音楽でも聞こうかな」

 

セカイに行くという選択肢は元よりなく、軽く上着を着てパソコンを起動する。

自分の好きな作曲者の新曲を探していると、1件の通知音と共に右下へメッセージが表示された。

 

『おはようword。今起きたところ? もし良かったらボイチャしない?』

 

フレンドリーな文章と共に、新規のグループに誘う通知も入っていた。

グループに入れば即座にAmiaという名前が表示され、声が聞こえてくる。

 

『おっはよー。珍しいね、こんな時間にインしてるなんて』

「今日はちょっと早く目が覚めて、暇だったから。暁や……Amiaさ……Amiaも早起き?」

『あはは、全然呼び慣れてないじゃん! まあそっちの方が言、wordらしいけど』

「そういうAmiaこそ。それでさっきの答えは?」

『残念ならが不正解~。ボクは徹夜で作業中でーす。ふああ……』

 

あくびをしながらも明るいテンションを崩さずに話すAmia──もとい瑞希。

言葉は、そこまでする必要があるほど大事な作業なのだろう、と質問を飛ばすことなく納得する。

 

「じゃあお邪魔したら悪いので静かにしておこうかな」

『え、それボクがボイチャに誘った意味なくない?』

「でも会話に夢中になってたら作業も進まないと思うけど?」

『それを言うなら根を詰めすぎても同じでしょー。

 適度に休憩しないとガス欠しちゃうって……っとちょっと待ってね』

 

キーボードを操作する音がマイク越しに聞こえてくる。

そしてしばらくした後、ボイチャのメンバーにKという名前が加わった。

 

『というわけで特別ゲスト1名様ごあんなーい!』

「(Kってことは宵崎さん、だったよね)おはようございます、K」

『おはようword。……やっぱり敬語は抜けないね』

「努力はしてるんですが、やっぱりどうしても」

 

K──奏が会話に加わった途端、敬語へと口調を変化させる。

心なしか背筋も伸びているようだった。

 

『ボクにはタメ口で話してくれるんだけどね。その辺りの使い分け面倒じゃない?』

「もう慣れました。それにKは、敬愛しているところもありますから」

『敬愛?』

「はい。そこまで利他的になれる人は、そう多く居ませんから」

 

強いてあげるなら理那くらいだろうか。

彼女のお陰でひとりぼっちにならずに済んだということもあり、感謝は絶えない。

ちなみに千紗都はあくまで自分中心の節があるため違って見えていた。

 

「自分はそう在れないからこその敬愛ですね」

『……そっか。鶴音さんはわたしがそんな風に見えてるんだね』

 

言葉の告白に奏は頬を緩ませる。

奏からすればその『利他的』こそ紛れもない呪いである。

 

『でもさ、wordくらいしっかりしてる人もいないよね。

 噂とか世間体とか全然気にしてないし』

『それは、wordが誰よりも自分を知っているからだと思うよ』

 

対して、瑞希が少しばかり含みのある言い方をする。

まるで自分と違うなにかを見ているように。

そんな問いに奏が間髪入れずに答える。

 

『wordは他の誰よりも自分の出来ることを知ってるから、

 それは絶対誇っていいことだと思う。それがwordの強さだから』

「ふふ、買い被りすぎですよK。そんな誇らしいものじゃありません。

 むしろ、社会に出たり本当の私を見れば誰もが卑下するはずです」

 

奏の持論に言葉は首を横に振って答える。

 

「化け物だとか、お前は同じ人間じゃない、って」

『……っ』

 

そんな告白に思わず瑞希が息を漏らす。

常識を逸脱した行動や思考──それは周りから見れば異端であるということ。

言葉の達観しすぎた考えは、知れば知るほど常識を逸脱していく。

今でこそ子供というフィルターによって守られているが、

世間や社会では『異常なもの』として扱われるのが世の常。

 

それを知ってか知らぬか踏み込んでしまうのが、奏であった。

そして言葉も饒舌になり、自分というものを公にしていく。

『いい子』として見えていたはずの仮面の先には、本当になにもなかった。

 

『ならwordはさ、相手も同じ人間じゃなかったらどうする?』

 

先に放たれた言葉の台詞が引っ掛かったのか、瑞希は思わず問いかける。

そのトーンはいつものように明るいものではなく、なにか思い悩んでいるようで。

それ故に真剣なのだということがわかった。

 

「そもそも、私達は同じではありませんよ。Amia」

『……そっか。そうだよね』

 

かつてファミレスで語っていたことをそのまま思い出した瑞希。

ごもっともではあるが、どこか冷たさの残る台詞に落胆する。

 

しかし、言葉の話は終わっていなかった。

 

「でも、同じではないからと卑下したり軽蔑するのは別問題です。

 皆がそれぞれ違うのだから、その人にしかできない在り方を示している。

 ……そういう意味では、Amiaにも敬愛しているのかもしれませんね」

『『………』』

 

その発言に聞いていた2人は目を丸くし、そして表情を崩す。

 

『うん、やっぱりwordは強いよ』

『だね。そういうことボク達以外に言っちゃダメだぞ~、天然タラシさん』

「て、天然タラシ……」

 

自分達では到底たどり着けないであろう観点。

相手の闇を照らすのではなく、それすらも()()()として受け入れてくれる。

瑞希の声も心なしか明るくなっていた。

 

「ごめんなさい。なんだか説教みたいになっちゃいましたね」

『ううん。むしろお陰で次のデモも書けそう。ありがとうword』

『えっ、もう次のデモって……最近新曲作り始めたばっかりだよ?』

『でも、作り続ける為にも候補は多い方がいいから』

「では私はお邪魔ですかね、これで失礼します」

『あ、少し待って』

 

奏もいい着想が浮かんだのか、いつものペースに戻っていく。

これ以上は作業の邪魔だろうと、通話ボタンに手をかけたところで呼び止められた。

 

『wordの視点からじゃないと見えないこともたくさんあるから、

 これからもいろんな事を話してくれると嬉しい。

 もちろんそっちが良かったら、だけど……』

「構いませんよ」

『あ、じゃあボクもお願いしよっかな。作業詰まったときとかに』

「わかりました。深夜は無理ですが早い時間ならお話相手になれるかと」

『じゃあ決まりだね。これからもよろしくお願いしま~す』

『わたしからもよろしく、word』

「改めてお願いします。Amia、K」

 

パソコンの前でお辞儀をしつつ通話ボタンを切る。

扉を開けば台所から生活音が響いてきた。

 

「たまにはお手伝いしようかな」

 

こんな日も悪くない、とパソコンを閉じ階段を降りる言葉であった。

 



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エンジョイチャレンジャー 前編

 

放課後の体育館でシューズの擦れる音とボールが弾むが響き渡る。

ゴール前のディフェンスに臆せず、前へとドリブルを続ける。

残り時間僅かというところで、少女が力強く踏み込んだ。

 

「どりゃああああ!!」

 

金色の髪を揺らしながら理那がボールをリングに叩きつける。

試合終了を告げるブザーが鳴り響くと共に周りから歓声が上がった。

それと同時に顧問の先生が慌てて飛んでくる。

 

「斑鳩さん! ダンクは危険なので禁止です!」

「えー、せっかく決めたのにー」

「今度やったら退場にしますよ、いいですね!!」

「はーい。肝に命じてまーす」

「ちょっとくらい許してもいいじゃん! かっこいいんだし!」

「そうだそうだー!」

 

部活の顧問である先生が怒りながらその場を去っていく。

そんな先生に対して観客達はブーイングを飛ばした。

 

「理那ってば人気者だよね。今日もギャラリー出来ちゃってるし」

「そうだねー。このままバスケ部入っちゃえば?」

「あはは、嬉しいお誘いだけどそれすると出来なくなることも多いから無理かな」

 

チームメンバーが駆け寄りながらも辺りを見渡す。

コートのすみには多くのギャラリーができていた。

 

「ちょっとバスケ部ー、抜け駆け禁止だよー」

「そうだぞー、理那はバレー部こそ相応しいんだから」

「それならソフトボールだって負けてないよー!」

 

そのギャラリーの目的は観戦もあるが、理那の勧誘でもある。

1年生だけでなく、2年生の姿もちらほらと見られた。

入学当初からその身体能力を遺憾なく発揮し、

運動系の部活を一通りやって見せた理那。

 

今は同年代の杏や彰人の様に助っ人として駆り出されているが、

杏とは違い高身長に加えパワーもある理那はまた違った人気を呼んでいる。

そんな誰のものにもならない彼女を、唯一射止めた存在がいた。

 

「あ! 言葉!」

 

ギャラリーの中に埋もれるように見守っていたのは言葉。

それを見つけるや否や全速力で駆け寄った。

 

「珍しいじゃん部活の見学に来るなんて。もしかして入部したりするの?」

「ううん。運動は苦手だし学級委員の仕事もあるから入りはしないけど、理那が頑張ってるから」

 

そう言って差し出したのはスポーツドリンクだった。

理那も自分用のドリンクはあるものの、それを受け取り一気に飲み干す。

 

「いよーっし、言葉のお陰で元気満タン! それじゃ行ってくるね!」

「無理だけはしないでね」

「わーかってるって!」

 

再び試合が始まるところを眺める言葉。

しかし先程の様子を見ていた他のギャラリーは、あることを思い付く。

 

「ねえ鶴音さん、良かったら理那にバレー部に入ってくれないかお願いしてくれない?」

「あっ、ずるいぞバレー部! 鶴音さん、ソフトボール部のマネージャーやってみない?」

「お誘い嬉しいですが、お断りします」

 

言葉を中継すれば理那の勧誘も容易い、と思ったのだろう。

しかし言葉の方を口説き落とす方が圧倒的に難しく、それは日頃の行いにも現れていた。

 

あの手この手を駆使する運動部員達であったが結局鳴かず飛ばずで観戦へと戻っていく。

試合ではリング下に駆け込んだ理那が再びダンクを決めていた。

 

「よっしゃー! 言葉見てたー!?」

「斑鳩さん、退場!!」

「ええっ!? 言葉にかっこいいとこ見せたかっただけなのにー」

「それでもです! 第一に安全を守ってください!」

「でもルールにダンクしちゃダメって書いてないじゃん」

「ルールと設備の安全は別問題です!」

 

いつもは素直に謝るものの、舞い上がっている為か顧問と口論を始めてしまう。

それは見かねた言葉が理那をなだめるまで止まることはなかった。

 

それを見ていたギャラリーは皆、頭に同じことを思い浮かべる。

理那を良くも悪くも御することが出来るのは言葉しかいない、と。

 

 

 

部活を終えて体育館を後にした2人は、校内の自販機を訪れる。

しかしそこには2人の先客がいた。

 

「お、杏に彰人君じゃん。お疲れー」

「お疲れ理那。って鶴音さんも一緒って珍しいね」

「いや、こいつらが一緒にいることなんていつもの……いや、この時間に委員長がいるのも珍しいか」

「ちょっと見学してたの。2人も助っ人?」

「まあな」

 

それぞれが飲み物を購入し、そばのベンチに腰かける。

そこから始まるのは他愛ない部活談義であった。

 

「私は陸上で彰人はサッカー。そういえば理那、またなんかやらかしたでしょ」

「えー? なんのことかなー」

「体育館で騒いでただろ。乱闘騒ぎでもあったんじゃねーの」

「喧嘩は自信あるけど違う違う。先生がダンク禁止だってうるさくって」

「いや、女の子がダンクって……それにあれゴール痛めるから学校じゃ禁止だよ?」

 

一方で言葉は会話には混じらず、ちびちびと缶を傾けている。

そんないつもの態度を決め込む彼女に対し、悪戯に彰人が話題を振った。

 

「委員長もちょっとくらい体動かした方がいいんじゃねえか?

 この前の体力測定、ボロボロだったろ」

「あれは……別に選手とか自衛官とかにならなきゃ問題ないし」

「あれ、鶴音さんって運動苦手なんだ。ちょっと意外かも。

 結果はどうだった?」

「全滅。あれは全国最下位から探した方が早く見つかるレベルだな」

「え、嘘! そんなことってある?」

「……マラソンと水泳なら得意なのに」

「うちの学校シャトルランだもんねー。言葉の栄養全部頭にいってるんだよきっと」

 

運動全般が苦手という訳ではないものの、

学生における競技に関してはことごとく敗北を期している言葉。

例え遊戯施設のスポーツであっても不得意であった。

ある意味この2人も対照的なのだろう。

 

「とりあえず3人とも部活や趣味もいいけど、

 もうすぐ学年末テストに備えて勉強しないとね」

「「「うっ……」」」

 

お返しとばかりに口を開いた言葉と黙りこむ3人。

それぞれの相棒から勉強を教えられる日々が始まるのは、そう遠くはなかった。

 

 



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エンジョイチャレンジャー 後編

 

ある日の放課後。

趣味の面白いもの探しをしていた理那は、校舎裏で不思議なものを見つける。

 

灰色がかった緑色の髪に紫色の瞳。

ここまで語れば人に違いないが、相違点が2つあった。

着ぐるみのようにずんぐりむっくりした容姿と、衣装こそ本物ではあるが鋼鉄の体を持っている。

大きさ的には大体140ちょっとくらいであった。

 

「なにこれ、ロボット? でもどこかでみたことあるような……」

 

愛くるしいとは言いがたい容姿ではあるものの、

学校の授業や工業系の部活であっても到底作れないほどの洗礼されたデザイン。

そしてその為か既視感も同時に覚えていた。

 

「とりあえず電源とかないかな? あったら起動させてみて──」

「おっと、悪いけどそこまでにしておいてくれるかな?」

「ん?」

 

スイッチがないかとロボットをまさぐる理那に、誰かが声をかける。

変な体勢のまま顔だけそちらに向ければ、紫髪の青年が鞄を肩から下げそばに立っていた。

 

「あーすみません。ちょっと好奇心がそそられちゃって……なんにもしてないので大丈夫ですよ」

「それならよかった。しかし珍しいこともあるものだね。

 理由もなくこんなところまでやって来る生徒はいないと思っていたけど」

「そっちこそ人のこと言えないんじゃないです、神代セーンパイ?」

「フフ、僕にはちょっとした理由があったからね」

 

改めて向き直り、謝罪を終えたと思えば言葉を交わす2人。

一方は変人と名高い神代類。もう一方はムードメーカーと名高い斑鳩理那。

あまり関わったことがないものの、底知れぬ者同士の駆け引きが行われていた。

 

「とりあえずその理由っての、見せてもらってもいいです?」

「構わないとも。ただし君がこの事を言いふらさないと約束してくれたなら、ね」

「それを守らなかったら?」

「ありきたりで悪いけれど、夜道には気を付けた方がいい、というべきかな」

「アハハ、神代先輩もお人が悪いなー。オッケー、じゃあそれでいきましょう」

 

舌戦の末、両手をあげた理那は後ろに引き下がる。

それを確認した後類は鞄の中から工具を広げ、ロボットのメンテナンスを始めた。

その様子を邪魔にならない程度の距離で見つめる。

 

「そのロボットって神代先輩が作ったんです? なんかどこかで見たことあると思ったんですけど」

「ちゃんとしたモチーフがいるからね。機会があればその内紹介するよ」

「ありがとうございまーす。ところでそのロボットは何用です?

 何かのPR用? それとも介護とか……」

「僕達のショーで使うのさ。といっても今は僕達の大切な仲間、だけどね」

「……へー。中々いいこと言うじゃないですか」

 

ロボットの中に見える幾多の配線や回路は、到底人とは思えない。

しかし医学の勉強で内臓などに見慣れた理那にとって、それは大した違いはなかった。

心や感情に関して人一倍敏感であるために、そういった解釈には寛大である。

 

「でもロボットがやるショーかー……それなら病院とかでやっても問題ないですもんね」

「と、いうと?」

「ほら、体が弱くて外に出られない子とかいるじゃないですか。無菌室っていうの。

 それに、元気だけど移るから人に会っちゃダメな子とか」

「確かに……そういう子供達も少なくはないね」

 

しかしどうしても昔の経験からそういった運用方法を考えてしまう。

心の治癒に重きを置く理那ならではの発想ではあった。

 

「あーなんかすみません暗い話しちゃって」

「いや、君の言う通りだ。考えていないわけではなかったけれど、言われると響くものがあるね」

「それはどうも」

 

ある程度のメンテナンスを終え、再び理那に向き直る類。

司の夢を聞いていれば自ずと出てくる病弱な妹の存在。

いまでこそ学校に通っており、一度交流を持ったこともあるが、

彼女以外にもそういった子供は少なくない。

 

「さて、メンテナンスはこれで終わりだ。

 後は軽い動作チェックと行きたいけれど、彼女のお気に召すかは本人に見てもらわないとね」

「あれ、神代先輩が使ってるんじゃないです?」

「僕はあくまで設計者だよ。……と、噂をすれば」

 

類が校舎の影に目をやると、そこにはロボットと瓜二つの少女──寧々が顔を覗かせていた。

理那も釣られてその方へと目をやれば、完全に隠れてしまう。

 

「ふーん、なるほどね。ありがとう神代先輩。

 動いているところも見たかったけど……ま、ここはお暇しますか」

「気を使わせてしまってすまないね。また機会があればお見せしようじゃないか」

「楽しみにしてまーす」

 

ひらひらと手を振りながら、寧々とは逆の方向へと歩いていく。

そんな気遣いも彼女のムードメーカーたる所以なのだろうと、類はその背中を見送った。

 

 

////////////////////

 

 

「フフ、あれが斑鳩理那くんか。中々すみに置けないね」

「類、どうかしたの?」

「いいや、なんでもないよ。さあ、動作チェックといこうか」

 

噂で仕入れたその名前を呟きながらも、そばにやって来た寧々に声をかけられる。

誤魔化すようにネネロボのスイッチを入れた。

 

「ねえ類、あの人って確か鶴音さんの友達でしょ。どんなこと話してたの」

「世間話を少々。後は彼女の人柄について、かな」

「へえ……ショーのこと以外で人と話すなんて珍しいじゃん」

 

鶴音言葉の数少ない友人。その第一人者。

腹の中は見えなくとも先程の話から心の内は見てとれる。

 

寧々の指示通りに動くネネロボは、心なしかいつもより繊細な様に見えるのだった。



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完全無欠の一端 前編

雲雀千紗都は夜行性である。出不精ではない。

今日も己が欲望を満たすために夜の街に駆り出していた。

 

ガラス張りの扉が開かれれば、幾重にも重ねられた音が四方八方から飛び交う。

もはやそれぞれがどんな音を発しているかもわからず、さながらそれは騒音の様だった。

それらに合わせて密に並べられた機械が赤・青・緑・ピンクを初めとした光を放つ。

 

千紗都はそんな喧騒の中に歩を進め、ひとつの機械の前で財布を取り出した。

 

取り出した万札を機械の中へ投入し、点灯するボタンを勢いよく押す。

すると機械の下部から大量に銀のコインが吐き出された。

 

「ハッハッハ! これで我も億万長者よ!」

「……それは両替機だが?」

「ぬお!?」

 

上機嫌になって高笑いする彼女の後ろから、1人の青年が声をかけた。

紺の髪と脱色したような水色。そして何よりもその高身長。

唐突に声をかけられたこともあり思わず飛び引くも、その姿を納めると落ち着きを見せた。

 

「ああ、どこか見覚えがあると思えばVivid BAD SQUADの。

 急なトラブルであっても見事な対応力。そして華麗な歌声にダンスだった。素晴らしかったぞ」

「? ああ、あの時に来てくれていたお客さんでしたか。ありがとうございます」

「おっとすまない、両替の邪魔をしたな。我はここで失礼する」

 

称賛しつつ硬貨を回収して両替機を空ける千紗都。

そんな変わった容姿と口調の少女の背中をただ見つめる冬弥だった。

 

 

 

音楽ゲーム・格闘ゲーム・大型のカードゲームにアクションゲーム。

様々なアーケードゲームを巡りながら一通りプレイしていく千紗都。

そんな中でも一際異彩を放つプレイをしていたのは──

 

手で銃を構え、画面に向けて引き金を引く。

速射もさることながら、狙いは極めて正確であり稼ぎも確実に行う少女の姿は、

自然と通りかかる人を引き付けていった。

 

「おいあの子すげぇな。結構難しいって噂だぞ」

「ああ、でもしっかりスコアも稼いでるしエイムも完璧だ。

 どんだけやりこんだらあんなプレイ出来るんだ……」

 

ギャラリーが息を飲んで見守る中、

1コインで6つすべてのステージを制覇した彼女は、最後に名前を打ち込む。

そこに表示されたランキングのスコアはすべて彼女のものだった。

 

「ハイスコアには届かず、か。まあいい」

「ウッソだろ、あのスコア全部あの子が出したのかよ!?」

「もしかしたら対した難易度じゃないのかもな。ちょっとやってみようぜ」

 

沸き立つギャラリーを尻目にその場を去れば、

自分達も出来るかもと一部の人達がプレイを開始する。

しかしそんな淡い期待もすぐに打ち砕かれてしまった。

 

1コインでクリアするどころか、2つ目のステージであえなく撃沈していく。

それを見て我こそはと挑戦者が現れてはその近辺が盛り上がっていった。

 

「これこそゲームセンターの醍醐味よな」

 

そんな光景を眺めるのも程ほどにその場を後にしようとしたところで、

冬弥がクレーンゲームをプレイしているところを見つける。

その筐体の中にあるのは、30センチはあろうかという大きなぬいぐるみだった。

 

「(ほう、彼女にでもプレゼントするのか? しかしあのサイズでは到底……)」

 

邪魔にならない位置からその様子を眺めている事にする千紗都。

すると器用に機械を操り、ぬいぐるみの自重(じじゅう)で獲得口まで滑り落とした。

 

「なんと! そのような手があったとは!」

「あなたは先程の……」

 

予想だにしない方法で景品を獲得する彼に対し感嘆の声をあげる。

自然と興味が沸いた千紗都はこれを機会にと話しかけることにした。

 

「いやあ、見事な手腕であった。ちょっとやそっとでは驚かぬ我も、思わず声をあげてしまったぞ」

「それはどうも。……もしよければ、受け取ってくれませんか」

「ぬ? 何故だ、家に持って帰るなり彼女に渡すなりすればよかろう」

「いえ、彼女はいませんし、家に持って帰るのは……」

「ふーむ、ならば挑戦しなければよかろう、というのも酷だな。

 我でよければ引き取ろう」

「助かります」

 

言い淀む彼のトーンから、おおよその事情を汲み取った千紗都は袋ごと受け取る。

もとより手荷物が少なかったため、対した苦ではなかった。

 

「しかし、譲り受けたとはいえ貰いっぱなしは我の性に合わん。

 これを獲得するのにかけた金額はいくらだ?」

「いえ、気にしないでください。俺がやりたくてやったことなので」

「むう、なかなかに強情よな。我が良いと言っているのだ。そのまま受けとればよかろう」

「それでもです。俺からすれば受け取ってくれただけでも十分ですから」

 

お互い一歩も引かぬままその場で均衡を保つ。

端から見れば痴話喧嘩の様に見えるが、

千紗都の口調と内容からしてすぐにそうではないとわかる。

 

「あ、青柳くん!」

 

そんな中、1人の少女が青年に気付き駆け寄ってくる。

千紗都よりも一回り背の高い少女ではあるが、気迫はどこにもない。

 

「ん、小豆沢か。どうした?」

「もうすぐ集合時間だから呼びに来たんだけど……あれ、そっちの人ってこの前の」

「おお、貴女はあの時の。時間をとらせてしまっていたか。申し訳ないことをした」

「ああえっと! そこまで気にしないでください」

 

集合時間、という言葉を聞いて詫びを入れる少女。

その律儀な様子にこはねは両手を振りながら否定する。

 

「いや、この度の非礼を詫びよう。そしていつかまた、この恩は返させてもらう。ではサラバだ」

 

大きな袋を担いで店を後にする。

その姿が完全に見えなくなってから、こはねは冬弥に問いかけた。

 

「えっと、もしかして邪魔しちゃった?」

「いや、小豆沢のお陰で助かった。あのままでは堂々巡りだったからな。

 それよりも、あの少女について何か知っていたのか?」

「うん。この前文ちゃん達が助っ人に入ってくれた時のお客さん。

 確か雲雀千紗都さん……って言ってたかな」

 

ある意味忘れもしないあの日の夜。あの独特な容姿に口調。

今でもこはねの記憶には鮮明に残っていた。

 

「(雲雀……まさかとは思うが……いや、確かめた方が良さそうだ)」

「青柳くん? どうかしたの?」

「ああいや、なんでもない。それより彰人達を待たせない様にしないとな」

 

何か思い当たる節がある冬弥であったが、自分だけで見つけられるものではない。

こうして2人もゲームセンターを後にするのであった。

 



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完全無欠の一端 後編

暗室に携帯のアラームが鳴り響く。

ベッドの上で白髪の少女がモゾモゾと動き、解除すると再び引っ込めた。

二度寝を決め込む様子であるがそれをアラームが許さない。

解除しても5分おきに一連の動作が繰り返され、

6回目といったところでようやく少女──雲雀千紗都は起き出した。

 

「ぬぅ……毎度の事ながら低血圧には厳しいな……」

 

頭を掻きながらも着替えることはせず、スマホで今日の予定を確認する。

そこには「授業日」とだけ書かれていた。

 

「スクーリングか……面倒な」

 

通信制高校に通う千紗都であるが、全て自宅で完結する訳ではない。

通う学校や受ける授業によっては実際の授業を受けることが義務付けられている。

千紗都の場合は月2のペースで学校に赴いていた。

 

しかし当然ながら授業時間は昼。

日差しそのものは注意すれば問題ないが、それ以上に問題となる点があった。

 

「まあ、卒業できなくなるよりはずっとマシよな」

 

日焼け対策を施した()()()()格好に着替えると、屋外へと駆り出した。

 

 

 

街行く人々の大半がその容姿に気を取られ、思わず注視してしまう。

しかしそれは憧れや尊敬といったものではなく、驚きと忌避が籠ったもの。

果てには会話を中断してまで道を開ける者もいる始末。

 

「(まあそうなるか。こればかりは仕方あるまい)」

 

ある意味過剰とも言える日差しへの対策も、

彼女の体質によるものなのは言うまでもない。

同じ症状であっても個人差があるが、彼女の場合は特にひどい方だった。

しかしそれすら逆手にとって、できる限りのおしゃれを楽しんでいる。

それが雲雀千紗都という人間だった。

 

学校に到着し装飾を外せばその視線や興味は一層引くこととなる。

興味・関心もあるがいざ声をかけるものはおらず、遠くから眺めているだけだった。

いざ授業が始まってもその様子は変わらない。

 

「じゃあこの問題がわかる人」

 

教師が問題を黒板に写して回答者を募る。しかし1人を除いて皆手をあげなかった。

それは今の授業範囲よりも先の問題。

態々答える必要がない、というよりも解らないのである。

 

「では雲雀さん」

「うむ。承知した」

「えっ……なにあの子の返事……」

「承知した、だってー。変なの」

 

変わった容姿に加えて返事までも異端の極み。

どこからか上がった声をきっかけに教室全体がざわつき始める。

気にしない様子で千紗都は問題を解き終えた。

 

「正解。じゃあ次の問題もお願いできる?」

「お安いご用だとも」

 

決して態度を崩さず黒板に正確な解答を記していく。

そんな光景を何度も目にしていると、先程まで騒がしかった教室は落ち着きを取り戻した。

 

「流石雲雀さん。これなら次のテストもばっちりね」

「何、予習さえしておけばこの程度解けて当然だ」

「皆さんも本来の勉強だけでなく、予習もしておきましょう。

 ちなみに次のテスト範囲がここまでの問題となりますからね」

「ええー!」「そんなー!」

 

意外な事実にクラスメイトが反感を表す中、悠々と席に戻る千紗都。

その後の授業も1人で難なくこなし、他の生徒との違いを見せつけるのであった。

 

 

 

「(さて、授業も終えたしさっさと帰ってゲームでも……ん?)」

 

授業を終えて悠然と帰り支度をする途中、何やら廊下の方が騒がしかった。

気にすることはないと教室を出ると、2人の男子生徒が近寄ってくる。

 

「あ、そこの君。ちょっといい?」

「なんだ。我は早く帰宅しゲームに現を抜かしたいところなのだが」

「我って……いや、それなんのキャラのなりきり? ネットと現実分けた方がいいよ」

「なりきりだと? 我はそんな紛い物の演技などしない。現実など昔から見据えてる」

 

口調に対する指摘も、持論をもってして切り返す。

しかしその態度は他から受け入れがたいものであった。

 

「いやでもその格好とかどう見てもコスプレ……」

「ほう、ならば西日の下に我が肌を晒せと言うのか? それで我がどうなってもいいと?」

「おい、こいつ頭おかしいぞ」

「ああ、いこうぜ」

 

これ以上話していても埒があかないと見た2人は、

気味悪そうな目を向けながらその場を去っていく。

 

「ふん、人を目先だけで判断する愚か者が。好奇心は猫を殺すということわざを知らんのか」

 

去りゆく背中へあからさまに不機嫌そうな台詞を吐き捨てると、再び玄関に向かって歩き出す。

しかし行く手を阻むように別の生徒に絡まれてしまった。

 

「ねえその髪染めてるの? 大分攻めてるねー」

「そのカラコンどこで買ったの? 俺にも教えてよ」

「肌白くて綺麗だけど、学校って化粧禁止じゃなかったっけ?」

「その服なんのキャラ? 最近のやつじゃないよね」

 

質問者には関係がない上に好奇心を満たすためだけの質問。

中身などどこにもないのだと、千紗都は既に知っていた。

人目を避けるために通信制を選んだというのに、

逆に現実の人との交流に飢えている生徒で溢れている。

 

「(ま、仕方ないことよ。人は違うものに惹かれるが、

  自らそうあろうとはしないからな)」

 

こうして千紗都が群衆から解放されたのは、

教室を後にしてから1時間ほど経過した後であった。

 

 

 

「まあ、そういった形で面倒事を引き受けていた訳だ」

『そうだったんですね。それで今は何を?』

「無論ゲームだとも。これは実力がすべてだからな」

 

千紗都は通話を繋げ愚痴を溢しながらゲームにいそしんでいる。

通話の相手はもちろん言葉であった。

ネットを介したゲームは、あくまで実力がすべて。

容姿や口調などは一切関係ない。

 

「すまないな。つまらん話だっただろうに」

『いえいえ。それで雲雀さんが楽になるのなら喜んで』

「はっ、まったくもって変わらんな貴様は」

 

自らの意見を挟まずただ聞いてくれるだけの彼女は、愚痴の捌け口として優秀だった。

どのみち彼女も割りきって聞いているため、真摯に答えてくれることはない。

千紗都もその事に期待はしていない。それでもあえて愚痴を溢したのだ。

 

「あの時こそ否定したが、今の我にとってはそれが心地よい」

『お気に召したようでなによりです』

 

その後、対した会話もなく2人の時間は過ぎていくのであった。

 




ご無沙汰しております。kasyopaです。

第2部序章も終わり新キャラ2人の深堀りをしつつ、
言葉の変わった心境や環境にも触れられたら……と執筆したサイドストーリー編。

ナイトコードはあくまでボイスチャットツールであり、
「ニーゴが使っている特別なものではない」という見解で執筆しているため、
「ナイトコードの連絡先を貰えた≠ニーゴに参加」
ということをご理解ください。
進展したことは確かですけどね。

そして次回からの更新についてですが、
「言葉の苦悩の裏で文が何をしていたのか?」
という文側のお話になります。

次回、鶴音文編「響け! SATISFACTION YELL!」
『届け! HOPEFUL STAGE♪』のIFストーリーとなります!
お楽しみに!


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鶴音文編「響け! SATISFACTION YELL!」
第1話「紛れもない憧れだけど」


全10話構成、三人称視点になります。


言葉が入院するよりも少し前。文は自らの音楽フォルダに残ったUntitledを見つめていた。

 

「水筒よし、コートよし、運動靴よし!」

 

外行きの服装に加えクローゼットから引っ張り出したコートを纏い、

その手には水筒と運動靴があった。

室内ではどう見てもおかしな格好であるものの、

今から向かう場所はそう簡単にいこうと思っていけるほど環境が整っていない。

 

「よし、出発!」

 

そんな威勢のいい声と共にUntitledを再生する。溢れ出す光に目を閉じ身を委ねる。

ほどなくして光は落ち着き、土の感触と肌寒さを感じてから目を開いた。

 

目前に広がるのは相変わらずなにもない場所。

枯草の大地に続く一本の道だけが頼りのセカイ。

 

「えっと、ミクちゃんは確か馬車で移動してるから……」

 

道を観察しても蹄や轍は見つからない。恐らくまだここまで来ていないのだろう。

水筒に入っている暖かいお茶を一杯飲みつつ、待ちぼうけをすることにした。

 

前回ミクがやって来た方へと駆け出すのも手かも知れないが、

目印らしい目印もなく、右か左かもわからない。

そんな状態で駆け出せば合流そのものが遅れてしまう可能性もあった。

 

「次からは方位磁石でも持ってこようかな……」

 

しかし以前に比べて不安な気持ちはほとんどなかった。

言葉がみればこの光景に見とれていたであろうが、

文にとってはただただ寂しいセカイでしかない。

心にも余裕ができ、このセカイをのりこなそうとまで思っている。

さながら冒険家、または開拓者の思考であった。

 

そこまで思考したところで、ガタガタと物音を立てて馬車が近づいてくる。

それを操るのは当然ミクであった。

 

「ミクちゃん! やっと来てくれた!」

「お待たせ文ちゃん。今日も乗っていく?」

「もちろん! それに、約束守ってくれてありがとう」

「ふふ、言ったでしょ? 文ちゃんなら消えることはないって」

 

ミクの手を取り隣に座る。自己紹介などのやり取りを省けばあっという間であった。

2人は馬車に揺られながら、どこまでも続く地平線の果てを見つめている。

 

「ねえミクちゃん、なにか歌ってー」

「いいよ」

 

ミクが自分から歌う曲。ファンとしては一番気になるところであった。

そうして歌い始める曲は、世界を繋ぐ歌。

このセカイにいい意味で似つかわしくない旋律。

しかしその歌い方は明るいものではなく、

バラードの様にゆったりと、そしてしんみりしていた。

 

「(すごく明るい曲なのに……すごく寂しそうに聞こえる)」

 

本来なら「私が繋いでいく」という意思が籠った曲に聞こえていた。

しかしこのミクは「きっと繋げられる」という願いを込めたもの。

 

その違和感の謎を追う様にミクの顔を見る。

笑顔であるものの、どこか不安が拭えていない表情をしていた。

 

「……どうかな?」

 

それでも流石はバーチャル・シンガー。歌唱力は抜群。

無事歌い終えたミクは感想を求めるように文の顔を見つめ返した。

 

「あ、うん! すっごく良かったよ! 聞き惚れちゃったー」

「ならよかった。なら今度は文ちゃんの歌が聞きたいな」

「わたし? わたしなんかミクちゃんに比べたら全然上手くないよ」

「それでも聞いてみたいな。文ちゃんがどんな曲を歌うのか、気になるから」

 

お返しにとねだる彼女を見て、少し考えた後に歌い出す。

その曲はいつかあの屋上で親友に見せたもの。明るく激しく盛大に歌い上げる。

自分のもらった『はじめまして』をお返しするために。

お世辞にも上手いとは言えないが、それ以上に気持ちが籠っている。

歌で想いを伝えることにおいては、彼女の方が優秀だった。

 

「どう、かな!」

「うん。はじめて聞いた曲だけど、すっごく素敵だね。

 それに文ちゃんの大好きだ、って気持ちも伝わってきた」

「えへへ、ありがと!」

 

にっこり微笑むミクの顔を見て安心すると同時に、先ほどの違和感に気づく。

ここにいる彼女はソフトではない。心を持っている。

だから歌う曲にも心や気持ち、『想い』が乗るのだと。

 

『会ってみたいけど、そのミクちゃんが理想通りかは分からないから怖い、かな』

 

いつか自分が言っていたことを思い出す。想像とは違う、どこかもの悲しげなミク。

それでも笑顔でいることをやめない存在。彼女は誰もが知る歌姫なのだから。

 

「ミクちゃん、もしかして無理してない? 何かあったら話してくれていいんだよ?」

 

だから自然とその言葉が出ていた。いつか話を聞いてくれた、恩人のように。

 

「ありがとう。でも大丈夫、気にしないで」

 

しかし返しの言葉で終わってしまう。

何か隠していると直感で気付いても、その1歩を踏み出す勇気が文にはない。

目の前にいる大きな憧れを前にして、思わず立ちすくんでしまう。

 

これ以上2人の間に会話はなく、ただ馬車に揺られるだけであった。



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第2話「その輝きは過去を照らし」

文はセカイから戻ってきて考え事をする。

どうしてあの時ミクはあんなにも悲しげな表情をしたのか。

いくら考えても答えは出ない。

それどころかよくない気持ちの方が勝っていた。

 

「でも昨日今日会ったばっかりみたいな感じだし、わからなくて当たり前なのかな」

 

ミクは自分の事を知っていた。でも、自分は相手の事をよく知らない。

例え今まで追いかけ続けてきたバーチャルシンガーで遭ったとしても、

実際に会えるなど思っても見なかったこと。

 

部屋中にあるミクのグッズを眺めていても、まだ実感がわかない。

それよりも気になるのは、これら全てが笑顔で描かれているということ。

 

だからこそ、ここまで気になっているのかもしれない。

ゲームでも困った顔をすることはあるものの、そこまで真剣に思い詰めていないようだった。

でも、ミクが自分の意思で歌ってくれたあの歌を、

悲しげに歌ったことがなによりの証明。

 

「ううん、ダメだよね。わたしが暗くなっちゃ」

 

頭を激しく振って気を取り直す文。

気分転換にと動画サイトを漁っていると、MORE MORE JUMP!の動画投稿通知が送られていた。

タイトルは『ビッグニュース!』。よほど大きなことがあったのだろう。

生放送のアーカイブのようで、セカイにいっている間に放送が終わってしまったらしい。

 

さっそく再生すれば、いつものようにメンバーの自己紹介。

そして前振りの後、愛莉がテンション高めに発表する。

 

『──というわけで! MORE MORE JUMP! とななみんさんのコラボ配信が決定したわよ~!』

『『『『いえーい!!』』』』

「こ、コラボ配信!? しかもあのななみんさんと……!?」

 

アイドル事情にそこそこ詳しく、

そして元動画投稿者の文にとって知らない方がおかしい超有名人──早川ななみ。

一度だけメールで挨拶されたこともあるが、

生配信は全てお断りだったため、コラボは叶わなかった。

 

「わたしも続けてたら皆とコラボ配信とか出来たのかな」

 

そんな未練に近い感情が文の心をよぎる。

あのまま順調にチャンネル登録者数を増やし、有名になっていたら、

むしろ自分がコラボの申し出ていたかもしれない。

 

しかし文が選んだのは別の道。アイドルではない選択をした。

そこに後悔はない。後悔はなくても、もしかしたらという未練を考えてしまう。

文の心はまだまだ未熟である。

 

そんな気持ちを振り払うために、彼女は自分の部屋を出て姉の部屋へと飛び込んだ。

大好きな姉と一緒に大好きな友達の配信を見れば、少しは気が晴れるだろうと。

 

「お姉ちゃん! MORE MORE JUMP!の配信見ようよ!」

「ふ、文っ!? 痛っ!」

 

ベッドで仰向けになりスマホを眺めていた言葉。

ノックもなしに飛び込んできた文に驚き、スマホを手から滑らせて顔面に直撃していた。

 

「わわわ、お姉ちゃん大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 

手で患部を覆いながらもなんともないと身振りで伝えた。

そんな姉の様子を無事と受け取り、文は隣へと腰かける。

 

「ほらほらお姉ちゃん、今回はコラボ配信の発表するんだって! 楽しみだねー」

「コラボ配信……って誰とするの?」

「早川ななみっていう、アイドルだった人だよ。元々すっごく人気だったんだけど引退しちゃって。

 今はチャンネル登録者数80万人を越える超有名人なんだから!」

「へぇ、知らなかった」

「もー、お姉ちゃんネット事情全然知らないんだからー」

「ほらほら、動画始まってるよ」

 

姉に促されスマホを2人で覗き込む。

動画ではコラボ配信で何をするかの話題について盛り上がっていた。

 

「トーク系かー。でもMORE MORE JUMP!の人達は大体知ってるしなー」

「でも、コメントしたら読み上げてくれるんでしょ? ラジオのお便りみたいに」

「ななみんさんすっごく人気の人だからすぐ流れちゃうよー」

 

配信中のコメントは人気のチャンネルであれば、雪崩のように押し寄せて去っていくのが常。

目につくように投げ銭のようなシステムもあるが、文はそこまでして目立とうとは思わなかった。

 

「(人気の人とコラボしたらみのりちゃんの良いところ、知ってくれる人が増えるかもしれない。

  でも、それと一緒に……)」

 

『またまたパクリ乙wwwwこんなの誰が見るわけ?』

『君3Dモデル使うの上手いねー。何のソフト使ってるの?』

『昔バズったからっていい気にならないでください』

 

見る人が増えるということは、非難の対象にもされやすいということ。

それもかつて自分が投稿していたチャンネル登録者数の約3倍。

炎上経験のある文にとって、この80万人という人達は重圧にしか見えなかった。

 

「文、どうかした?」

「あ、ううん。なんでもないよ!」

 

スマホに視線を戻せば、そこには関連度の高い動画、というリストが並んでいる。

いつのまにか動画は終わってしまったらしい。

 

「じゃあわたし、部屋に戻るね。お姉ちゃん、一緒に見てくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

誤魔化すように部屋を再び飛び出し、ある人物に電話を掛ける。

その相手とはもちろん──

 

『もしもし文ちゃん 急にどうしたの?』

「あ、みのりちゃん! 今日の配信見たよー。コラボ配信するんだよね!」

『うんそうなんだー! 遥ちゃんがななみんと知り合いで──』

 

──いつかの自分のように落ち込んでしまわないように。

  今は精一杯の祝福をあげよう。

 

みのりのファンは、自分しかいないのだから。

 

 



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第3話「少女の業が今一度牙を剥く」

 

なにはともあれ、MORE MORE JUMP !のコラボ配信が決まり、

ひとつの生き甲斐ができたのは事実。

少しだけテンションの高い文はいつも通り学校に通っていた。

 

そしてお昼休み。友人たちと一緒に弁当を食べている時。

 

「そういえばさ、MORE MORE JUMP!ってアイドルグループ知ってる?」

「あ、うん知ってる知ってる! あの夢みたいなアイドルグループでしょ!?」

「ASRUNの桐谷遥さんにQTの桃井愛莉さん、Cheerful*Daysの日野森雫さんだよねー……

 私も知ったときはびっくりしちゃったよ~」

 

それぞれが思い思いのことを口にしている中、

文は会話に混じらず弁当にがっついていた。

 

「そういえば文ちゃんって体験入学、宮女だったよね!

 生の3人に会ったりしたの?」

「んー? うん。3人とも会ったけど、やっぱり普通の人って感じだったよ」

「普通? どうして?」

「やっぱりみんなアイドルなんだけど高校生だし、辛いことは辛いんだよ。

 だからファンとして良識を持って接していきたいなーって」

 

箸を止めて自分の想いを口にする。

憧れの存在も、大切な親友も、その仲間達も、みんな同じ高校生。

自分達より年上だとしても、やっぱりまだまだ幼いと言える。

体験入学やひな祭り、お花見を通してMORE MORE JUMP!の4人と、

関わってきた文だからこそ言えることであった。

 

そして何より──

 

「おおう……炎上した人の言うことは身に染みますな~……」

「文ちゃん本当にもったいないよね。あれだけ踊れるのにあんなことになって」

「いいのいいの。気にしてないし」

 

炎上した後も、友人達は文を暖かく向かい入れてくれた。

それは実際に躍りを見て知っていたからに他ならないが、文にとって本当に嬉しいことだった。

そんな友人達に思い立った文は、ある質問を飛ばす。

 

「あ、じゃあみんなはMORE MORE JUMP!で誰推し?」

「アタシは断然遥ちゃん! もうオーラからしてアイドル! って感じだよね!」

「私は愛莉さんかな。ほら、結構面白いしバズらせ甲斐があるっていうか」

「わたしは、雫さんかな~。優しく膝枕とかしてくれそうだしー」

 

1名ほど理由になっていなかったが、やはりみのりの名前は上がらなかった。

 

「文ちゃんは誰推し?」

「わたしは花里みのりちゃん!

 明るくて楽しくて、見てると元気が出てくる、最高のアイドルだよ!」

「あれ、そうなんだ。てっきり愛莉さん推し継続するのかと思ってた」

 

不思議そうな顔をされるも、誰1人として「知らない顔」はしなかった。

 

「愛莉さんも好きだけど、MORE MORE JUMP!の中ならみのりちゃんかなって」

「文ちゃんいろんなの好きだもんね。でもみのりちゃんかー。

 大好きマスター文ちゃんがそこまでいうなら凄いのかな」

「文ちゃんはー、なんとなく好きって言わないもんね~」

「そうそう。ただダンスの方は好きというより好きの表現、って感じだし」

 

バズらせ芸人として一躍かっていた友人が言葉を区切り、文のダンスについて説いた。

文にはそれが妙に気になってしまい聞き返す。

 

「好きの表現?」

「ほら、普通推しの絵とか小説とか、グッズの写真でアピールするでしょ。

 それが文ちゃんはダンスなんだよ。きっと」

「うーん、そうなのかな……自分でもよくわからない」

「あはは、文ちゃん成績悪いんだからそんな難しいこと言ってもわかんないよー?」

 

ずいぶんと分かりやすい例えのはずなんだけど、と少女は口をこぼす。

しかしそれがどうやら怒りに触れたようで。

 

「な、何をー! わたしだってその気になれば学年末テストで満点くらい……」

「お、言ったな? じゃあどれか1教科でも満点取れたら、

 私達が文ちゃんのお願いなんでも聞いてあげよう」

「え、ほんとに!?」

「なんかアタシ達まで巻き込まれてない?」

「いいのいいの。でも満点取れなかったら、私達にシブヤでクレープ全部乗せ、奢ってね」

「ぜ、全部乗せ!? しかもシブヤで!? でも今月はお財布事情が……」

「細かいことは~、気にしちゃだーめー。満点を取るだけの簡単なお仕事だよ~」

「ぜ、全然簡単じゃないんだけど……」

 

うまい感じに丸め込まれてしまった気がしなくもないが、

今ここに文の(お財布事情的からして)絶対に負けられない戦いが幕を開けた。

 

 

 

と、意気込んだ文であったが……

 

「(ぐぬぬ……眠い……けど先生絶対大事なところって言ってたし……)」

 

お腹が満たされた午後の授業、しかも春先で心地よい日差しが差し込んでくる。

睡魔という最大の敵に襲われていた。

何度も顔を上下させているさまはまるで鹿威しのようで、

遠目に見ていた友人も笑いをこらえている。

 

『──♪ ───♪ ──♪』

「わ、わわわ!?」

 

そんな教室に、文のスマホから突然ミクの曲が鳴り響いた。

視線が一気に集中する中、黒板に向かっていた教師は真面目に指摘する。

 

「鶴音さん、授業中はちゃんとマナーモードにしてください」

「あ、はいごめんなさい。でも叔母さんから何かあるかもだし着信だけはって」

「はぁ……わかりました。廊下で話してきていいですよ」

「ありがとうございます!」

 

目覚まし代わりの着信に感謝しつつ、廊下でスマホを取り出す。

それは珍しいことに叔父からの着信であった。

 

『文さん! よかった繋がって!』

「叔父さん? 急にどうしたの? 今って仕事中なんじゃ……」

『仕事は切り上げて来ました。それより、落ち着いて聞いてください』

「う、うん」

 

疑問に思いつつも通話を繋げる。

いつも落ち着いている叔父が、こんなにも焦っていることが不安感を煽った。

 

『言葉さんが事故に遭ったそうです。今病院に搬送中だと連絡がありました』

「えっ──」

 

その手からスマホが滑り落ち地面に落ちる。

あまりに悲しい現実が、文を襲った。

 

 



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第4話「逃れることなど赦されず」

 

文が病院に駆け込んだ頃には、既に言葉は手術室へと運び込まれている。

設けられた長椅子で祈るように目を伏した叔父と叔母の姿もあるが、

壁にもたれ掛かり手術中と点灯した照明を見つめる少女の姿もあった。

 

「叔父さん、叔母さん! お姉ちゃんは、お姉ちゃんは!?」

 

取り乱しながら2人に駆け寄る文の目には涙が浮かんでいた。

 

「言葉さんは現在手術中です。状態については……わかりませんが」

「ええ。私達が来た時にはもう手術中だったから……」

「そんな……」

 

事故の内容も知らされていない3人は、ただただその場で呆然としている。

ただ出来るのは祈ることだけだった。

しかし文にはそれが出来ない。

事故という単語だけで世界が終わったような顔をしている。

 

「ほーら、なにショボくれた顔してるの」

 

そんな中その場にいた大柄で金髪の少女が文の頭をかきむしる。

それこそセットした髪がグシャグシャになるくらいに。

 

「イタタタ! なんですかあなた!」

「委員長なら大丈夫だよ。

 なんたってここらじゃ一番腕の立つ外科医に見てもらってるからね」

 

痛みで正気を取り戻し抗議する文だが、

それを軽く流しつつ少女は軽く状況を説明した。

 

「とりあえず命に別状はないと思うよ。まあ素人目だからどうかはわからないけど」

「叔父さん、叔母さん、この人誰……?」

 

人見知りの毛がある文は助けを求めるように叔父と叔母の元へ駆け寄る。

その様子を少女はただ可愛いなと思いつつ眺めていた。

 

「この方は言葉さんを助けてくださった方ですよ」

「なんでも応急手当とかもしてくれたみたいで。本当にありがとうございます」

「いやいや、医者の子供として当然のことをしただけですよ」

 

2人の説明を受けて悪い人じゃないと判断し、

向かい合うもやはり身長差から威圧感を覚えてしまう。

 

「はじめまして。私は斑鳩 理那っていうの。委員長……鶴音さんの友達ってところかな」

「あ、えと……鶴音 文です。お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます」

「気にしないでいいよ。友達として当然のことをしただけだし」

 

今度は崩れた髪を優しく梳かすように撫でる。

知らない人に頭を撫でられるのは初めてであるが、悪い気はしなかった。

 

そうしていると手術室の明かりが消え、1人の男性が出てくる。

 

「せ、先生、言葉さんは……」

「手術は成功です。今は麻酔が効いてますから、目が覚めるのはもう少し後になりますが」

「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか」

「医者として当然のことをしたまでですよ。……理那。こちらに来なさい」

「はーい」

 

少しばかり険しい視線を理那に飛ばした医師は、何かを注意した後廊下の奥へと消えていった。

 

「理那さん、あのお医者さんと知り合いなんですか?」

「ん? お父さんだよ。応急手当がまだまだだーって怒られちゃった」

「お、お父さんがお医者さんなの!? じゃあ皆お姉ちゃんの命の恩人さんなんだ!」

「ふふ、ありがと。命の恩人、か……ずいぶん久々に聞いたな」

 

その言葉にどこか遠い目をして理那は天井をあおぐ。

その真意に気付けないまま時間だけが過ぎていくのであった。

 

 

 

家に帰り自室で呆然とする文。

 

その後病室で目を覚ました言葉だが、今後の音楽活動については自分次第、

ということで文は少しショボくれていた。

姉の傍らにあったのはいつだって音楽だ。

いろんなことがあったものの、取り戻せたのは音楽があったからだ。

でもそれは演奏することで得られていたものだと、文はとっくのとうに気づいている。

 

そして自分も見つけかけた新たな道。

それが1つの事故で台無しになるかもしれない。

 

「また、わたしのせいで消えちゃうのかな」

 

自分が大好きになることで消えていく。心から愛したものから失われていく。

そんな呪いが自分にかかっているんじゃないかと思い始めてしまう。

 

「……ほんと、馬鹿みたい」

 

そんな訳がない、と迷いを振り払う。

まだまだ自分には大好きなものがあるのだと。

まだ姉の可能性は失われていないのだと言い聞かせて前を見る。

そこにはいつも笑顔のミクが微笑みかけている。

 

「ミクちゃんのお陰で今も前に進めてる。大丈夫だよね、ミクちゃん!」

 

しかし──

 

『ありがとう。でも大丈夫、気にしないで』

「あっ……」

 

あの時聞いた言葉が甦る。それは紛れもなくミク本人のもの。

誰かが作ったなにかではない。

 

「そう、だよね……わたしが大丈夫でも、ミクちゃんが大丈夫じゃないんだよね」

 

姉にも、愛莉にも、ミクにも本当のことを言えなかったあの時の自分を悔やみながら、

ただひたすら見ないフリを続けてきた。

そんな自分がひどく惨めに思えてくる。

 

「わたし、なんにも変われてないや」

 

道も、夢も見えないまま、ただ自分のやりたいことだけに時間を使い潰してきた。

その正体に気づいたとき、少女はたっぷりと忌みを含めていつもの口癖を呟く。

 

「──ほんと、馬鹿みたい」

 

──と。



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第5話「抗うことなど赦されず」

 

それからというもの、文はお見舞いに行くことはなかった。

自分で「勉強が忙しいから」「今日は友達と一緒に帰るから」と、

何かと理由をつけて叔父と叔母を振り切り、ただ1人自室で時間をもてあそぶだけだった。

見かねた2人によって無理矢理お見舞いに連れていかれたこともあったが、

言葉本人が面談拒否という事態で空振りに終わった。

 

「あ、MORE MORE JUMP!のコラボ配信……」

 

ただ何をするわけでもなくスマホを弄っていると、オススメ欄のトップに1つの放送が現れる。

それはいつしかチャンネル登録をしたMORE MORE JUMP!によるもの。

そういえばこの前そんな予告をしていたな、と気休め程度に再生した。

 

『みんな、見にきてくれてありがとう~』

『ありがと~っ!』

 

放送は今まさに始まったというところで、雫とみのりが視聴者へ感謝を送っていた。

しかしすぐに特定のコメントが散見され始める。

 

『あれ? 知らない子だ』

『誰?』

『新人アイドル?』

 

「あはは……やっぱりみのりちゃんへの風当たり、結構きついね……」

 

いままでの配信をすべてチェックしている文もわかっていたが、

MORE MORE JUMP!の面々においてアイドル経験がないのはみのりだけ。

 

『ひとりだけ素人? なんで?』

『アイドルオーラなくない?』

『遥ちゃん達と釣りあってないよね』

 

それこそ彼女達全員を見るのではなく、

遥・愛莉・雫の3人を一緒に見られるお得感から一躍有名になっていることも知っていた。

そのためどうしてもみのりに対するコメントは辛辣なものが多い。

 

「う……」

『だからどうか、みのりちゃんを見てあげて欲しいの。

 他でもない、ファンであるあなたに』

 

いつか雫にお願いされたことを思い出す。

そういうものじゃないと返答したが、こんな様を直に見せつけられては黙っておけなかった。

 

「みんな、みのりは──」

『みのりちゃん頑張って!』

 

見ているよ! という意味を込めてコメントを送る。

遥がカバーしようとしたところで被ってしまったので、少し複雑になってしまった。

 

その後はななみんのカバーもあり、コメントも段々とみのりに注目し初めている。

これでもう大丈夫かな、と文はコメントを止め放送が流れていく様子を眺めていた。

 

 

 

それからはMORE MORE JUMP!の結成秘話を通じて遥や愛莉、雫の信頼を見せつけていく。

 

「やっぱりみのりちゃんはすごいな。こんな人達と一緒にいるんだもん」

 

屋上で最後に見た4人の姿を思い出しつつ、感傷に浸る文。

信頼できる仲間に囲まれて、自らの夢に向かって一直線に走っている。

途中で道を諦めてしまった自分とは大違いだということも、実感させられる。

 

「(今のわたしには、何が……ううん、何をしたいんだろう)」

 

こうして何もせずただただ時間を浪費するだけ。

好きなものに触れていても、本当の意味で満たされることはない。

 

『わたし、やります! やらせてください!』

 

呆然と眺める画面で急にみのりの声が響く。

何事かとコメントのログを追って確認すると、どうやら振りコピを披露する流れになっていた。

 

ななみんの振りの後、みのりが振りコピを見せる。

しかしところどころ危なっかしくて、バランスを崩しているのは一目瞭然だった。

 

その光景にいつか自分が屋上で踊っていた時の事を思い出す。

いろんなことに気を取られて、振りそのものに集中できていない。

それから導き出される未来は、想像に難くない。

 

『っひゃあ!』

「っ!」

 

みのりが、転んだ。

遥が駆け寄り、ななみが謝罪を述べ、愛莉と雫が放送のサポートに徹しているも、

コメントは非情なものであった。

 

『これくらい余裕でできると思ってた』

『期待の新人って本当は大したことない?』

『みのりちゃんは頑張ってるよ』

『頑張ってるとかそういう問題じゃないから』

『まさか本当の意味で素人? 養成所も通ってないとか?』

 

それを庇う声もあったが、それすら燃料にして反感の声は大きくなっていた。

こうなってくると炎上一歩手前である。

 

『ねえ、あの子があの『Ayaya』って本当?』

『らしいよ。昨日チャンネルもSNSのアカウントも消してたしやっぱり嘘だったんだねアレ』

『うける。因果応報ってやつでしょ。調子乗っててきっもーい』

「っ! 嫌!」

 

脳内で再生される現実の反応に文はスマホを放り投げる。

そのままベッドの中へと沈み何も見ないようにした。

 

「やっぱり、ダメだよ……わたし、なんにも出来ない……」

 

文を信じてくれた誰かのために、大好きを伝えたいと思った。

でも、大好きを伝える前に遠くへ行ってしまう。

自分が期待する分その人の重荷になってしまい、その人を追い込んでしまった。

 

自分が応援する分、その人の大好きを奪ってしまう。

いままでも、これからも。

 

「そんなことになるなら、もう大好きなんていらない」

 

少女は1人、殻の中に閉じ籠る。その瞳からは絶えず涙が流れていた。



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第6話「孤独にまみれて生きていく」

言葉が退院する日。

しかし吉報かと思われるその知らせはすぐに悪いものだと解った。

かつて心を閉ざしたように社交辞令で会話を交わし、文に対してもそっけない。

しかし文にとっては、自分が変わってしまったことを悟られるよりずっとよかった。

自分のせいでまた変わってしまうことが、一番恐れているのだから。

 

 

週末とはいえテストが近づくにつれて友達と遊ぶ機会も減り、どんどん文は深みに落ちていく。

家に帰ってもただ宿題をするだけで、いつしかミクの歌を聞くことすらなくなっていた。

ダンスの練習などもっての他で、自分から動画サイトすら避けて通る始末。

 

そして自分もかつてのように、

出来るだけ姉に会わないよう街で時間を潰してから家へ帰るようにした。

 

「でも毎日来てたら商品も変わんないよね」

 

ウィンドウショッピングも数が過ぎれば意味をなくしていく。

元々自分の知る範囲なので行動範囲も限られていた。

 

今日は少しだけ遠出しておしゃれな街並みを楽しもう。

そんな風に思って文は行動範囲を別のところに移した。

 

こうしてやって来たのは宮益坂。

時おり通りかかる宮女の生徒に珍しがられながらも、見知った道を歩いていく。

 

「うへぇ、流石に高いなー……」

 

ショーウィンドーではいくつものマネキンがきれいに着飾れている。

デザインも材質も選び抜かれた一級品。それ故に学生では手の届かない価格が表示されていた。

 

「いつかわたしもこういう服着てみたいなー。そうしたら大人っぽく見えるかな?」

 

しかし見る分には無料ということで思う存分堪能している。

でも自分の姿を想像するもうまくイメージが湧かない。

それこそ雫や遥といった2人ならぴったりだろう、と考えるのを止めた。

 

「うーん、やっぱりセレクトショップの方がいいかも……ってひゃあ!?」

 

ビビッドストリートにある店の方が考えやすいか、と再び思考を巡らせていると、

足元にふさふさとした感触がまとわりついてくる。

何事かと見れば三毛猫が嬉しそうに足元へすり寄って来ていた。

 

「三毛猫ってことはメスかな? ふふ、どうしたのー? 遊んでほしいのかにゃー?」

 

いつか見たオニキスとは違い人に慣れきった様子で甘えてくる。

にゃーん、と鳴き声をあげて答える姿に文も思わず笑顔になった。

 

「よーしよしよしかわいいねー。お姉さんがいっぱい可愛がってあげよう」

「あら、誰かと思ったら文ちゃんね」

 

喉元や頭を思う存分撫でてあげていると、大きな影に日が遮られる。

聞き馴染みのある声に顔を上げれば、雫が笑顔でそこに立っていた。

その隣には遥の姿もあり、遠くでは愛莉が恨めしそうにこちらを見つめている。

 

「あ、雫さんに遥さん、それに愛莉さんも! お久しぶりです」

「うん、久しぶりだね。ところでその猫、随分懐いてるみたいだけど……」

「えっと、わたし動物に懐かれやすいんですよ。だから野良猫とかすぐ寄ってくるんです」

「そうなのね。てっきりその猫さんとお友達なのかと思ったわ」

「家で飼えたらいいんですけど、家はペット禁止なので「にゃーん」はいはい、甘えないのー」

 

そうやって自分の事を話している間にも、駄々をこねるように足元へまとわりついてきている。

会話を中断して猫に構う姿は、まるで母親のようだった。

 

「ところで愛莉さんはなんであんなところにいるんですか?」

 

遠くで見つめるだけで一向に近づいてこない。

むしろこちらの様子を見て一喜一憂している様は、

バラエティアイドル時代を思い出させるには十分だった。

 

「愛莉ちゃん、猫が好きなんだけど猫アレルギーだから……」

「えっ、そうなんですか!?」

「症状は軽いらしいけど、自分じゃどうしようも出来ないからね。結構気を付けてるみたい」

「そ、そんなぁ~!」

 

思わぬ事実にそのまま崩れ落ちる文。それに驚いて猫もどこかへ行ってしまった。

 

「ど、どうしたの文ちゃん!? もしかして引っ掛かれたり……」

「うう、愛莉さんと猫カフェ、行きたかったなぁ!」

「えっ、猫カフェ?」

「はい……わたしのとっておきの場所があるので、いつか一緒に行けたらなって思ってて……グスッ」

 

それは小さくも確かな野望が壊れた瞬間。

そして同時に、大好きを伝えるために秘めた想いが無下になってしまった。

立て続けに大好きを失った事で文の心は限界だった。

 

それからも涙と鼻水でひどい顔になりながら、必死に猫の良さを語る文。

しかしそんなことで愛莉のアレルギーが治るわけもない。

 

そんな騒ぎに通行人も何事かと足を止めるも、当然そこにいるのは一流のアイドルだった少女達。

端から見ればそんな彼女らが1人の少女を泣かせているように見える。

騒ぎが大きくなるのは火を見るよりも明らかであった。

 

「ああもう泣くのは止めなさい! 文ももうすぐ高校生なんだからシャキッとする!

 とりあえず……ここじゃ目立つから移動するわよ!」

「そ、そうだね。ほら文、行くよ」

「よかったらティッシュをどうぞ」

「は、はい~。ありがとうございます皆さん……」

 

それを見かねた愛莉の鶴の一声によって4人の少女は移動を始める。

やがて公園の一角で落ち着く事となった。

 

そこはいつか皆で見た桜の木。

今だ尽きることを知らない花びらを舞い散らしている。

 

「結局、ここに来ちゃったわ……」

「でも私は好きだよ。静かで落ち着いてるし」

「私もたまにお散歩で寄るけれど、いい場所よね~」

 

ちょうど3人の手にはつい先程購入していたお茶があり、

一服するにもちょうどよかった。

ただし愛莉は決して文に近づこうとはしない。

 

「あ、ごめんなさい。猫ちゃん触ってたから毛とかついちゃってて」

「別に気にしなくていいわ。それよりあそこまで取り乱すなんて何かあったわけ?」

 

普段の文なら少ししょんぼりして、また笑って誤魔化すだろう。

しかし先程の様子はいつかの屋上での出来事を彷彿とさせた。

それこそ冗談で済ませることが出来ないほどに。

 

「……わたし、呪われてるんです。好きになったものが消えちゃうっていう呪いに」

 

落ち着きを取り戻した文が口にしたのは、とても悲しい現実のお話であった。



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第7話「しかして希望を失うことなく」

こうして文は話してしまった。自分の身に訪れた悲劇の数々を。

そして今回の配信を通して友達である、みのりのことすら応援してはいけないと気付いたことも。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

文はその場で崩れ落ち、ただひたすらに懺悔を続ける。

数々の約束を裏切った後悔が押し寄せているのだ。

その姿はかつて希望を届けていた3人の少女(アイドル)達にとっても辛いものだった。

引退することで惜しむ人達がいることはわかっていた。

しかしそれは自分の意思でありどこか遠い世界のようにも思えていたのかもしれない。

 

しかしそれは確かに誰かの『希望』と『大好き』を奪っていて、

それによって苦しむ人がいるのだと。

特に遥にとっては、かつての仲間の悲痛な叫びを彷彿とさせるには十分すぎた。

雫にとってもかつての約束が文本人を縛っていたのだと気付いた時、

掛ける言葉が見つからないでいた。

 

しかし──1人だけ、そうは思わない少女がいた。

 

「なによ、それ……アンタは、アンタはそれでいいわけ?」

「愛莉……?」「愛莉ちゃん……?」

 

愛莉の胸の内には怒りが沸々と込み上げてくる。

それは震えとなって現れ、拳を目一杯握りしめていた。

 

「アンタ、ずっと応援してるって言ってたじゃない。

 あの言葉は、嘘だったわけ……?」

「嘘じゃないです! でも、でもわたしが応援して大好きになったらきっと……」

「ふざけんじゃないわよ!」

 

渾身の怒号が鳴り響く。

あまりの剣幕に遥ですら引き下がるほどであった。

 

「そんなの、ただの言い訳じゃない!

 自分で勝手に裏切られたって思って、傷つきたくないから逃げてるだけ!」

 

愛莉自身にも突き刺さる、言葉の刃。

かつてアイドルとして活躍出来ず、曲げられた行き先でも自らの夢を捨てきれず、逃げた。

本当の想いに気付いているからこそ、あの時の自分の姿が酷く惨めに思えてくる。

 

理想を理想のまま追いかけて、現実に潰されそうになっている目の前の少女は、

かつての弱気な自分にそっくりだった。

そして彼女もまた、同じ道を歩もうとしている。

 

「そ、そんなこと……ない! わたしは逃げてなんかない!

 ただわたしの応援のせいでみのりちゃんも──」

「ううん、そんなことないわ。

 みのりちゃんは文ちゃんが思ってる以上に、強い子よ」

「「雫……?」」

 

文の言葉を遮ったのは意外にも雫だった。

その目には確かに強い信念が宿っているようで、普段と違った真剣さがうかがえる。

 

「確かに応援も過ぎればその人を縛り付けるかもしれない。

 でもだからって応援しないのは、違うと思うの」

「……そうだね。応援してくれる人がいるからこそ、作られる景色もあるから」

 

愛莉の想いが飛び火したのか、遥もある光景を思い出しながら口を開いた。

それはかつて自分がステージの上から眺めていた光景。

ペンライトと観客の笑顔で彩られた海。

それは決して、自分だけでは見られないものだった。

 

そしてそこで受けた声援は、今も確かに胸の中に残っている。

 

「……それは……」

 

「わたしだって、そんな風に思いたいよ……」

 

消え入りそうな声で呟いてうずくまる。

これでもダメか、と3人が諦め掛けるもあの時の屋上を思い出した。

 

『だからわたしもそんなアイドルになれたらって頑張って。

 まだまだだけど、でも、友達が暗い顔をしてるなら、ちょっとでも明るくしてあげたい!』

 

それは自分達を励まし続けてくれた最高のアイドル(みのり)が見せたもの。

先輩のアイドルとして、1人のファンに届けられるのは1つだけだった。

 

「だったら見てなさい! 『あなたがいるから』見せられる景色をね!」

「ええ。だから『もっと声を聞かせて』欲しいわ」

「私達ももっとファンを『愛したいから』」

 

「「「『こんなもんじゃないぞ!』ってところを見せてあげる!」」」

 

それは自分達がこれからのファンに向けた想いが形作られた曲。

みのりはその場にいないものの、それを補っても有り余るほどの希望がそこにはある。

 

その光景に文は涙を流すことを忘れ、ただただ見とれるのであった。

 

 

 

愛莉を中心に据えたファンのための楽曲は終わりを告げる。

 

「アイドルって……すごい……」

「文ちゃん、この前私にいってくれたこと、覚えてる?」

 

感嘆の声を漏らす文に、雫が前に歩み出てそっと手を握る。

 

「アイドルがファンを見つけてくれた時、はじめてアイドルになれるし、ファンになれるって。

 それは文ちゃんだって同じ。だから、応援しちゃいけないだなんて言わないで」

「雫さん……」

「アンタはみのりにとって……ううん、わたし達MORE MORE JUMP!にとっての最初のファンなのよ。

 それはわたし達が認めるわ。だから、自分の大好きを最後まで貫きなさい」

「愛莉さん……」

「それにちゃんと今の私達を見てくれてる。

 だからこれからもファンであり、友達であってくれると嬉しいかな」

「遥さん……」

 

かつての自分が言えていたことを、そっくりそのまま返される。

あまりに他人を思いやるが故に、自分のことが見えなくなっていた少女に、

これ以上の励ましはなかった。

 

「えへへ、わたし応援するって言ったのに、誰かから応援されてばっかりだ」

「別にいいのよそれで。文はまだまだ子供なんだから、もっと周りに頼りなさい」

「あ、そっか……わたし、頼っていいんだ……」

 

涙を拭いながら立ち上がる文に対し、半分呆れ顔で愛莉が口を開く。

ありきたりな答えであったが、文にとってはそれこそが求めていた答えであった。

 

「皆さん、本当にありがとうございます。お陰でわかったと思います」

「? わかったって、何が?」

「それは内緒です! ちゃんとわかってからお伝えしますね!」

 

肝心なことを言わないまま、文はスマホを片手にどこかへ走り出す。

そんな彼女が向かった先は──




モア!ジャンプ!モア!/MORE MORE JUMP! MUSIC:ナユタン星人


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第8話「未来をその手に携えて」

文がやって来たのは『セカイ』。

あれから人目のつかないところに移動して、Untitledを再生したのだ。

 

相変わらずなにもない寂しいところではあったが、文の心は晴れ渡っている。

しばらく待っていると馬車に乗ったミクが姿を表した。

 

「あ、ミクちゃん! おーい!」

「文ちゃんいらっしゃい。……どうしたの?」

 

いつも以上に明るい表情を浮かべる彼女に、ミクは思わず問いかける。

それがきっかけとなったのか、ひとりでに語り始めた。

 

「えっとね、わかった気がするの! わたしの本当の想い!」

「……ホントに? でもぼくはまだなにもしてないよ? それにここにだって全然来てないし」

「それでも聞いてほしいの。きっとこの想いが、わたしの想いなんだって」

 

その目と声には、確かな力と熱が籠っている。

それをミクがわからぬはずもなく、信じてみようと馬車を降りて視線の高さを合わせた。

それを確認してから、文はおもむろに語りだす。

 

「わたしね、ミクちゃんのことが大好きで、ずっと会いたいって思ってた。

 でも会ってみたらすごく寂しそうで、

 大好きだって言ったら、無理しちゃうのが嫌だった」

「そう、だね。ぼくは……」

 

その心当たりがないわけではない。

再会した2人がお互いに歌った後、ミクは文になにかを誤魔化した。

歌を大切に思うが為に、自分の想いに気付けないほど鈍感ではない。

 

「でも、だからって言わないまま居なくなっちゃうのはもっと嫌だ!

 だから、わたしの本当の想いは──」

 

「『わたしはわたしらしく、大好きだって伝えたい』!」

「っ!?」

 

直後、文のスマホが輝きだす。それは紛れもなくUntitledがウタに変わった証。

その光に驚いたのはミクの方だった。

 

「本当に見つけたんだね……1人で、本当の想いを」

「ううん、わたしだけじゃないよ。

 みのりちゃん、遥さん、愛莉さん、雫さん、それに、ミクちゃん。

 皆のお陰で見つけられたんだよ」

「そっか……ふふ、そうなんだね」

「あ、笑ってくれた!」

 

満足げな文の笑顔が移ったのか、ミクも自ずと笑顔になる。

それはほんの少しだけではあったが、今までの笑顔と違って見えた。

 

「そうだ! ミクちゃん言ってたよね。

 本当の想いが見つかったらUntitledがウタになって、一緒に歌えるって!」

「そうだね。でも、本当にいいの? これは文ちゃんの想いから出来たウタだけど……」

「いいのいいの! むしろ一緒に歌ってほしいな。あ、後ダンスも!」

 

少しだけ戸惑うミクの手を取って、文は道の真ん中に躍り出る。

スマホからはウタが流れ始めていた。

 

その音色は元気いっぱいなテクノポップ。その歌詞は想いで明日を作るもの。

たった2人きりのステージで、軽やかにセカイを飾り付けていく。

 

ウタが終わる頃には文自身がその色を取り戻していた。

しかし変化が訪れたのはそれだけで、セカイに色が取り戻された訳でも、

道の先に目的地が現れたりする訳でもない。

 

「やっぱり、これくらいが精一杯、かな」

 

ミクは変化の少なさに少しばかり肩を落とす。

 

「ミクちゃんがどうしてそんなに悲しそうなのか、わたしはにはわかんないけど、きっと大丈夫!

 だってほら、道はまだまだ続いてるんだもん!」

 

文は道の先を指差してそう言った。

荒野に広がる道の目的地は見えないものの、地平線の先まで続いている。

それは同時に、終わりも見えないことと同意であった。

 

「もし何もなくっても大丈夫! ミクちゃんとの思い出が出来るからね!」

「そっか、そうだよね」

 

その言葉を聞いてミクも力強く頷く。

そしてすぐ行動に表すかのように馬車へと乗り込んだ。

 

「じゃあ、一緒に行こうか。行けるところまで、ね」

「うん!」

 

その手を取って文も馬車に乗り込む。2人の旅は始まったばかりだ。

 

 

 

それから数日が経過した放課後。

 

「うーん、多分この辺りだったと思うんだけどなー」

 

最初の憧れと大好きを伝え終わった文は、

いつか親友と飲んだタピオカミルクティーを手に宮益坂を走り回っていた。

 

そう。目的の相手はみのりである。

あれから連絡の1つもしていないが、

それを逆手にとって偶然を装い、応援する算段を立てていた。

 

その為学園前で待機する訳にもいかずこうしてさ迷っているわけだが、

みのりどころかMORE MORE JUMP!の面々すら一向にその姿を見つけることが出来なかった。

むしろ通りかかる宮女の生徒達の注目を浴びており、下手をすれば不審者間違いなしである。

 

「(もしかしてまだレッスンしてるのかな……やっぱり連絡した方がよかったかな)」

「……文、そんなところで何してるの?」

「ひゃい!? わ、ととと!」

 

だんだん不安になってきたところで急に声をかけられ、思わず飛び上がる。

しかし持ち前のバランス感覚でミルクティーは零れずにすんだ。

恐る恐る振り替えると、不思議そうに見つめる志歩の姿があった。

 

「ってなんだ、志歩先輩かー。びっくりさせないでくださいよー」

「別にそんなつもりはなかったんだけど。もしかして誰かと待ち合わせ?」

「あ、いえ、そういうのじゃなくてもし会えたらなーって」

「ご丁寧にタピオカミルクティーまで用意して?」

「うっ。こ、これは、その、自分用で……」

 

痛いところを突かれ思わず声が漏れる。

必死に言い訳を考えるも、自分でわかるくらい目が泳いでいた。

 

「大方、みのりと喧嘩したとかでしょ。最近元気なかったし」

「それは違うの! 喧嘩じゃなくて……約束、守ってあげられなかったから」

「約束……」

 

その言葉を聞いて、志歩は何故か咀嚼するように繰り返す。

まるで自分にも思い当たる『なにか』があるように。

 

「志歩先輩?」

「ううん、なんでもない。みのりなら今日も屋上で練習してたよ。それじゃ」

「あ、はい……」

 

そう言って去っていく志歩を見つめる文には、

どうしてかその背中が小さく見えるのであった。

 



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第9話「いつか辿り着くその日を想い」

 

有力な情報を手に入れた文は、街に設けられた手頃なベンチに座る。

思わず自分用のタピオカミルクティーを飲もうとして、手を止めた。

 

「危ない危ない。これはみのりちゃんと一緒に飲む分!」

 

なんとか理性で持ちこたえるも、そろそろ夕飯時という事もあってお腹が減ってくる。

なにか気を紛らわせようとしていると、後方の茂みからいつぞやの三毛猫が現れた。

文の近くに躍り出た後は甘えるように体をすり寄らせてくる。

 

「あらら、どうしたのかにゃー。また遊んでほしいのかにゃー?」

 

そう言いつつカップを遠くに置いて、優しくその体を撫でる。

何度も続けていると上機嫌なのか喉を鳴らし始めていた。

それに負けじと応えていると──

 

「──あれ、もしかして……MORE MORE JUMP!のみのりちゃん!?」

「えっ、みのりちゃん?」

 

街中で誰かが声を上げたのを聞いた。

思わずその方へと目を向ければ、みのりが1人の見知らぬ少女と会話していた。

 

「(みのりちゃんと、誰だろう……宮女の制服じゃないし昔の友達かな?

  でもさっきMORE MORE JUMP!って言ってたし……)」

 

思わずそのまま席を立ち、傍にある木の影からこっそりその会話に耳を傾けた。

 

「いえ! 私、みのりちゃんのファンなんです!

 よかったら握手してもらえませんか……?」

「えっ? は、はい喜んで!」

「(みのりちゃんのファン!?)」

 

思わず声をあげそうになるも、必死に我慢する。

その後、みのりとファンの驚くようなやり取りが幾度とありながらも、ひたすら影から耳を傾ける文。

 

「(今はわたしが出て来たら台無しになっちゃう。

  この瞬間はみのりちゃんにとっても、この人にとっても大事だから)」

 

純粋にみのりをアイドルとして見てくれる存在。

逃げてしまった自分とは違う本物のファン。

見ず知らずの人の声援は、きっと親友である自分よりもずっと響く物。

それでも聞き届けたかった。大事な親友を応援する誰かの声を。

 

「あ、あの、今度のライブ配信……もしよかったら、その配信見てくれませんかっ!」

「えっ……?」

「このあいだのコラボ配信は、ちょっと失敗しちゃったけど……

 次のライブ配信は絶対に成功させるから!」

 

「こんなわたしでも、できるってことを証明するから、

 あなたも……自分のことを信じてあげてほしいの!」

「……みのりちゃん。ありがとう……。

 絶対、絶対見ます! 頑張ってください!」

「ううん、わたしも……ありがとう!」

 

最後にみのりは約束を交わしファンはその場を去る。

その時見えた2人の表情はとても晴れやかだった。

 

「(よかったね、2人とも)」

 

文も続いてその場から後にしようとしたところで、

足元に先ほどの猫がじゃれついてきていた。

遊び足りないのか、にゃあにゃあと鳴き声をあげている。

 

「あ、ちょっ、静かにして……!」

「あれ、文ちゃん!? いつからそこに……」

 

静かにさせるため声をあげるも、むしろその声によって見つかってしまう。

こうなっては仕方ない、と諦め向き直す。

 

「あ、あははー。ごめんね、別にファンの子との会話が気になったとかそういうのじゃなくて……」

「あ、やっぱり聞こえてたんだ……ちなみにどのくらいから聞いてた?」

「……ほとんど全部」

「ええっ!? それなら話しかけてくれたら良かったのに」

「そんな事しないよ! ファンがアイドルとお喋りするなんて、

 人生で1度あるかないかだよ!? そんな大切な時間を邪魔なんてできないよ!」

「そ、そっか。そうだよね! ありがとう、気を使ってくれて……」

 

問い詰められる側の文が今度はみのりに詰め寄っている。

こればっかりはファンとしての経験が長いみのりも頷かざるをえなかった。

 

「配信の事が心配で来てみたんだけど、もう大丈夫そうだね。

 じゃあ、わたしは帰ろっかな」

「あ、待って文ちゃん!」

 

そのまま満足げに去ろうとする文の腕を掴むみのり。

予想外の行動に思わず立ち止まってしまう。

 

「みのりちゃん?」

「あのね、お話ししたいことがあるの」

 

 

 

文が事前購入していたタピオカミルクティーを持ち、

2人はいつもの公園へと足を運んでいた。

 

「文ちゃんと初めてあったのも、ここだったよね」

「うん。わたしとお姉ちゃんがそこのベンチで休憩してたら、

 サモちゃんがすごい勢いで突っ込んできて……」

「あ、あははー、そうだったね……」

 

お互いに昨日の事のように思い返される出来事。

それから始まった縁はこうやって今も続いている。

 

2人はベンチに座るとひとまず落ち着くため、口をつけた。

 

「それで、お話って?」

「うん。見てほしいものがあって……これ!」

 

みのりが鞄の中から取り出したのはスケジュール帳。

中にはMORE MORE JUMP!の動画配信予定日や練習の時間が書いてあった。

メモの欄には練習で教わったことや感じたことがビッシリ纏められている。

 

「やっぱりすごい……みのりちゃんの頑張りが伝わってくるよ!」

「あ、見てほしいのはそこじゃなくて……」

 

そう言って見せられた表紙の裏、ラミネートされた1枚の紙が貼り付けられている。

そこには『花咲き、実を結ぶその時まで応援してます!』と書かれていた。

 

「これって、バレンタインの時の……」

「うん! 文ちゃんがくれた、初めてのファンレターだよ!」

 

本人からすればそんなつもりはなかった。ただ趣向を凝らすための仕掛け。

それでも、みのりはそう思わなかったらしい。

 

「あれから失敗しちゃうこともたくさんあるけど、落ち込んじゃった時はこれを見るの。

 そうしたら文ちゃんが応援してる姿が浮かんできて、

 もっともっともーっと頑張ろうって気持ちになるの!」

「みのりちゃん……」

 

この言葉をもう少し早く聞いていれば、きっと文は折れていた。

惨めな自分を見つめて、ファンとしての期待に応えられなかった。

 

しかし、今は違った。今の文には本当の想いがある。

そしてこの機を逃すわけにはいかなかった。

 

「わたしも、そんなみのりちゃんだから、応援したくなっちゃうの」

「ふふ、なんてたってわたしの最初のファンだもんね」

「ううん、最初とかその次とかそんなの関係ないよ。全部違うけど皆同じ。だから何度だって言うよ」

 

立ち上がりみのりの前に躍り出る文。

それは確かな勇気の一歩。今まで言えなかった大切なこと。

 

「大好きだよ、って!」

 

夕日を背に浴び満面の笑みを送る文。それは愛の告白にも似ていて。

みのりは思わず顔をそらしスケジュール帳で隠してしまう。

 

「……~~~!!」

「あれ? どうしたのみのりちゃん?」

「な、なんでもないでひゅ!」

「えー!? ちゃんと見てくれないと伝えられないでしょー!」

「い、今は見ちゃダメ~~!!」

 

必死に顔を隠すみのりと、それを覗き込もうとする文。

みのりの顔は夕日よりも赤く染まっていた。



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第10話「少女は光の先を行く」

そんなこんなでやって来たライブ配信の日。

ななみんの後に続くMORE MORE JUMP!の面々は見事にライブを成功させた。

 

そして配信の終わりにみのりがカメラの前に立つ。

 

『わたし、アイドルとしてはまだまだだし、

 遥ちゃん達の足を引っ張っちゃうかもしれない。

 みんなに心配かけちゃうかもしれない……』

 

『でも……! こんなわたしでも、ちゃんと踊りきれたよ!

 みんなと一緒に前へ進めたよ!

 だから大丈夫! あなたも、絶対にできるよ!

 これからもわたしと──わたし達と一緒に、がんばっていこう!』

 

画面の向こうにいる誰かへ当てたメッセージ。

それは確かに、みのりの届けたい相手へと届いたのだった。

 

 

 

ある日の放課後。

 

そんな成功を納めたMORE MORE JUMP!の面々は、公園へと呼び出されていた。

それはいつかお花見をした桜の木の下。1人の少女がイヤホンをして待っている。

 

「文ちゃんおまたせー!」

「あ、みのりちゃん! 皆さん!」

 

文は4人の元へと駆け寄り頭を下げる。

 

「MORE MORE JUMP!の皆さん、ライブお疲れさまでした!

 とっても明るくて素敵で、わたしもすっごく元気をもらえました!」

「えへへ、文ちゃんにも届いてたなら、わたしも嬉しいな!」

「それで、急に呼び出してどうしたのよ? もし打ち上げとかならファミレスの方が……」

「あ、いえ! 今日は皆さんに……ううん、皆に伝えたいことがあって」

 

少しだけ距離をとって4人を視界に収める。

 

「皆のお陰で、わたしの『本当の想い』に気付けたから、

 そのお礼と感謝と、大好きを込めてこの曲を贈ります!」

 

スマホから流れ始めるのは、文が見つけた名も無き楽曲──だったもの。

今は確かに形となって伝えることが出来る。

自分の大好きを表現するために、自分の全力を出し切る。

そのせいか歌声はぶれていたが想いの強さは人一倍であり、

それもまた文らしさを表現していた。

 

その歌詞の内容も、不思議と希望を与えてくれるものであり、

人の想いの強さを歌ったもの。

 

「(これが……文ちゃんの本当の想い……!)」

「(前見たときよりずっと精錬される……趣味なんてレベルじゃない)」

「(なにより、自分が楽しんでる……大好きだって気持ちが溢れてる)」

「(キラキラ輝いてて、本物のアイドルみたい……)」

 

それぞれが見とれながらも、感想を胸に抱いていく。

 

楽曲が終わり、全身から汗を流しながらも呼吸は安定していた。

そして──

 

「こんなわたしですが、これからもMORE MORE JUMP!を応援させてください!」

 

勢いよく頭を下げる。しかし4人は少し戸惑った様子だった。

その理由とは……

 

「あれ……ダメ、ですか?」

「というより、もうこのまま一緒にやってもいいくらいじゃない?

 このままファンとして燻らせるのももったいないわ」

「そうね、これまで私達に希望を届けてくれたんだもの。

 文ちゃんならもっと素敵なアイドルになれるわ」

「そうだね。歌も体幹トレーニングをしたら大分よくなるだろうし、

 ダンスはこのままでも十分通用するから大丈夫だと思う」

「うんうん! 文ちゃんなら大歓迎だよ! ねえ、どうかな?」

「えっ……え?」

 

思わず顔を上げれば4人の期待に満ちた顔が出迎えてくれる。

それこそ思考が止まってしまうまでに魅力的なお誘い。

大好きな存在と一緒にいられる時間が増えるのは、文にとっても悪くない話だった。

 

──それでも。

 

「ごめんなさい。それはできません」

 

文は再び頭を下げる。

 

「ええ!? もしかして炎上したこと、まだ……」

「それは関係なくてね。とっても嬉しいんだけど……」

 

みのりの戸惑いに首を横に振って答える文。その顔は決意に満ち溢れていた。

 

「わたし、MORE MORE JUMP!の皆も大好きだけど、

 もっともっと大好きな人がいるの。だから一緒にはできません」

 

それは文の心からの願いだった。

それがわからぬほど4人も彼女を知らないわけがない。

 

「あ、でもでも、ちょっとしたお願いがあって……」

「ん? どうしたの?」

「実はこの曲、6人で踊れる曲なんだ。歌うのは1人だけなんだけど……

 だからまたいつか、全部が終わったら一緒に踊りたいなって……」

「6人……? 私達と文と……あと1人はどうするの?」

 

愛莉の質問に少しだけもったいぶって距離をとる文。すると彼女は笑顔でこう言った。

 

「それはもちろん、ミクちゃんです!

 これは元々ミクちゃんの歌だから、皆で一緒に歌って、踊りたいなって」

「ちょ、ちょっと待って! もしかして文ちゃんもセカ──!」

 

みのりの声を遮るようにアラームが鳴り響く。

何事かと思えば文のスマホからだった。

 

「あ、お姉ちゃんがバイト上がる時間だ! それじゃあ皆、またねー!!」

「あ、う、うん! またねー!」

 

それを見た本人は慌てた様子でスマホをしまいこみ、どこかへ向けて駆け出す。

置き去りにされてしまった4人は、ただ走り去っていく背中を見送ることしかできない。

完全に見えなくなったところでみのりが呟いた。

 

「文ちゃんももしかしてわたし達みたいにミクちゃんと会ってるんじゃ……」

「本当の想い、って言ってたからまず間違いないと思う」

「それに、文ってば嘘は言えなさそうよね。隠し事もできなさそうだし」

「でも、ミクちゃんは一度もそんな話はしてなかったと思うわ」

 

頭を悩ませる4人であったが、その答えは一向に出ないまま。

それに見かねた愛莉が鶴の一声をあげた。

 

「ま、気になることは多いけど、こうなったらやることは1つでしょ?」

「愛莉ちゃん、やることって?」

「文が断ったこと、後悔するくらい立派なアイドルになるのよ!

 わたし達は『こんなもんじゃないぞ!』ってね!」

 

こうして少女達はお互いの道を進む。いつかたどり着く道の先を夢見て。

 

「よーっし! もっともっともーっと、がんばるぞー!」

 

 

 

言葉が働いている楽器店に飛び込もうとした時、突然現れた大きな影にそれを阻まれた。

 

「おっとっと……あっ!」

「わわわ! 大丈夫ですか?」

「大丈夫です、ちょっとバランス崩しちゃって──」

「あ、恩人さんだ!」

「って、文ちゃんじゃん! 久しぶり、元気してた?」

 

しかしそれはいつか病院で出会った金髪の少女──斑鳩 理那だった。

その両手には大きな紙袋が下げられている。

 

「はい、元気いっぱいです! 恩人さんはどうしたんですか?」

「これ? 私も言葉……文ちゃんのお姉さんに肖って音楽始めよっかなって」

 

理那が文に見せるのは、袋に詰められたDJ機材の数々。

それは見るからに彼女が本気なのだと言うことを表していた。

 

そんな他愛ない約束を交わしつつ、文はようやくその後ろに隠れていた姉の存在に気がついた。

 

「あ、お姉ちゃん! 今日バイトじゃなかったの?」

「今日は休みだよ。そのかわりに友達と寄り道」

 

少し嬉しそうな表情を浮かべる言葉に対し、文は昔に見た本当の嬉しさを垣間見る。

それを押さえることなく、その胸元に飛び込んだ。

 

「ふ、文!?」

「えへへ、やっぱりお姉ちゃん大好き!」

 

長い時を経た文の大好きは、本当に伝えたい相手の元へ贈られるのだった。

 




DECORATOR/livetune+

ご無沙汰しております、kasyopaです。
今回初の試みとしてイベストに介入する形になりました。
純粋なみのりのイベントが好きな方はごめんなさい。

ある意味、鶴音文の集大成という形ですね。
遥イベントがどういう展開になるかは不明ですが、
おそらくまた関与してくるかもしれません。

何はともあれ、お気に入り登録も100件を突破しUAも15000もうすぐといったところ。
誤字脱字報告・感想・評価も着けていただきありがとうございます。
日計ランキングにもちょこちょこお邪魔させてもらって本当に励みになってます。
返礼は毎日更新or記念話という形で代えさせてもらいますが、
今後とも読んでいただければ幸いです。

さて、次回からですが……100件突破の記念話が完成したので、
そちらを投稿させて頂きます。
記念話ですが話数が多いため、本編は一旦お休みです。
この作品ではあり得ない世界観をお楽しみください。

次回、ニーゴIF編。お楽しみに。


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ニーゴIF「√25/(4+1)」
第1話「ナイトコード」


お気に入り件数100件突破記念特別『章』、
オリ主のニーゴ加入IFストーリーとなります。
(全12話構成、メインストーリー圧縮版)
章タイトルは予告していたものと多少変更。

以下の点にご注意ください。

・ニーゴメインストーリーネタバレ及び大幅な短縮
・ストーリー改変
・アンチ、ヘイト

本編とはまた違ったテイストになりますが、
受け付けられない方はブラウザバック推奨。
読まなくても全く本編には関係ないので流していただいて結構です。

では、本編をどうぞ。


あるところに、ネットを騒がせる音楽サークルがいた。

その名も『25時、ナイトコードで。』

心に刺さる歌詞とメロディーによって絶大を得ていたが、

そのメンバーの正体は謎に包まれていた。

 

『K』・『雪』・『えななん』・『Amia』そして────『word』

 

これは、誰よりも何かを強く願う4人と1人の少女達の物語である。

 

 

///////////////////////////////

 

 

日が傾き、街を夕暮れに染める頃。

少女のパソコン画面にはあるウィンドウが開かれていた。

その名は『ナイトコード』。

世間的には馴染みのあるボイスチャットツールであるが、

これが()()()を繋ぐ唯一の架け橋だった。

 

『みんな、遅れてごめんね。結構待たせちゃったよね』

『……大丈夫。いつも通りそれぞれ作業してたから』

『あ、雪! 帰って来たんだね、学校おつー』

 

仲のいいグループ同士のチャットと対して変わらない、いつも通りの会話であった。

他愛ない会話が続いていれば、自然とメンバーもチャットに参加していく。

 

『ふわぁ……ねむ……。あ、雪戻ったんだ』

『うん、ただいま。今ってみんな、どこまで進んでる?』

『えななんは、サムネイル用のイラストを描いてる』

『完成まではもう少しかかりそうだけどね』

『AmiaはMV初稿の書き出し中』

『今回もカワイくできてるよ~♪』

『わたしはさっき言ったと降り、新曲のラフが終わったところ。それで……』

 

今日は割と早く集合していたらしく、それぞれメンバーが作業していたらしい。

その進捗を実質的なまとめ役であるKが雪に伝えていた。

Kは作曲を、雪が作詞とアレンジを、えななんはイラストを、Amiaは動画を担当している。

 

『wordはこの前録ったみんなの声を調整してくれてる』

『ああ、今ミュートなのもそのせいなんだね。ありがとう、K』

『うん。それでさっき言った新曲のラフ、雪にも聴いてほしいんだ。意見が欲しいの』

『わかった。じゃあこのあと聴くね』

 

そしてその中で唯一、ボイスチャットに参加してないメンバーがいた。

その名は『word』。ニーゴにおけるミックス担当である。

 

『あ、K。ちょうど今MVの書き出しおが終わったから、ファイル投げとくねー』

『うん、見ておく。あっ……』

【おかえりなさい雪。部活お疲れさまです】

 

Amiaが動画をチャット欄に投げるのとほぼ同時、

定型文の様な文章がチャット欄に送られる。

その上にはwordと表示されていた。

 

『ただいまword。ってミュートだから聞こえないよね』

『どうせ雪のログイン通知見て急いで送ったんでしょ。

 まったく、いつもこうなんだから』

『だからって、ボク達の声聞きながらミックスとか出来ないでしょ。

 雪だってアレンジしてる時は完全にミュートにしてるし』

『そうだね。どうしても音に集中したいからその時は通知も切ってるよ』

『あーはいはい、私の勉強不足でしたー』

『勉強っていえば、えななんはもう学校の時間だよね?

 遅刻とかって大丈夫なの?』

『あっ、ヤバ! じゃあ、学校から戻ってきたらまたナイトコード入るね!』

 

えななんが落ちた事により、それぞれがまた作業へと戻っていく。

ネットで共に活動しているとはいえ、生活形式も様々であった。

Kは通信制高校に、えななんは夜間定時制の高校に、

そして他の3人は全日制の高校に通っている。

そのため彼女達が共有できる時間は自ずと深夜へと傾き、一番落ち着くのが──

 

『うん。また、夜──“25時、ナイトコードで。”』

 

 

 

時計の針が25時を指し示した時、少女達は動き出す。

 

『みんな、いる?』

『うん。いるよ』

『もちろん。あ、K、イラストこんな感じでいいかな?』

『お、じゃあボクも見せてもらおっかなー』

『Amiaはそう言わなくても勝手に見るでしょ。で、wordは?』

『『『『………』』』』

 

今だ声を聞かない少女の名を呼び、返事を待つ。

 

『すみませんみなさん、ちょっと遅れました』

 

謝罪と共に聞こえてきた少女の声に、4人は安堵の表情を浮かべる。

静かになったのもつかの間、元気よくチャットの先陣を切ったのはAmiaであった。

 

『wordお疲れー! どう、作業捗ってる?』

『先ほど調整が終わったところです。雪さん、今そちらにお送りしますね』

『流石word、いつも仕事が早いね』

『こういうことは1人の作業が滞ると全体に影響しますから。

 早いにこしたことはありません』

『ほらほらえななん言われてるぞー』

『今回は大丈夫ですー。ほら、イラストだってここまでできたんだから』

『では私も少し息抜きに拝見させてもらいますね』

『はいはい、勝手に見れば?』

 

もっとも早くその名を呼びながらも、つっけんどんな態度を崩さないえななん。

ニーゴにおける作業は分担されているものの、

主に曲担当であるK・雪・wordと動画担当であるえななん・Amiaには少しばかり距離があった。

 

特に顕著なのがwordとえななんである。

誰よりも早く作業を終わらせ次の作業に着手するwordと、

納得のいくものを完成させるためにギリギリまで時間を消費するえななん。

それを誰も悪いとは言わないのだが、

正論botの様に言葉を放つwordはえななんにとって頭の痛い存在だった。

作業が早いのは雪も同じではあるが、彼女は優しく慰める立場にあったため、

さほど相性が悪いようには見えない。

 

『うん。確認した。このままで大丈夫だから、えななんは納得のいくまで続けて』

『ありがとうK~。やっぱりKは優しい……』

『AmiaもMVはこのままで大丈夫。特に最初のエフェクトがよかった』

『ほんとに!? アレをわかってくれるなんて流石Kだね!』

『word、その音声ファイルわたしにももらえないかな』

『はい今送りますね。雪さん、現行のアレンジどんな形か聴かせてもらっても?』

『あ、それなら共有フォルダに上げてるよ。Kも感想言ってくれたら嬉しいな』

『わかった。それで、新曲のデモについてだけど……』

 

こうして5人の夜は更けていく。

誰もがこんな生活が続いていくのだと思っていた。

『彼女』が現れるまでは。



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第2話「5人目のメンバー」

※それっぽい描写が出ますがメインストーリー編とは関係ありません


 

いつもの様に作業を進めている5人。

時刻は午前4時に差し掛かろうとしていた。

 

『ふあぁ……私そろそろ限界かも。もう落ちるね』

『じゃあボクも落ちよっかな。みんなおやすみー』

『私も落ちるね。またね、K、word』

『おやすみ、3人とも』

『おやすみなさい。いい夢を』

 

会話の主導権を握る2人と、それを助長する1人が落ちたことで、

一気に会話はなくなってしまう。

 

そのままなにも話すことなく1時間が経過して。

 

『wordは大丈夫? 今日学校なんじゃ』

『そうですね。でももう少しだけ。雪さんのアレンジに合うようにしたいので』

 

心配するKの声に返事こそしているが、どうも凝り性なようで聞く耳を持たない。

 

『大丈夫、ちゃんと寝てる?』

『ふふ、Kさんよりかはしっかりと。

 それにこれは求められた分は応えなければ、というだけです。

 あの日『奏』に求められた時の様に』

『あの日……そっか』

 

Kも思い当たる節があるのか、首を縦に振る。

しかし何よりも奏という名前。wordはKの本名を知っていた。

そして──

 

『わたしが、『言葉』と初めて会った日のことだね』

 

それはKも同じであった。

 

 

///////////////////

 

 

それは奏がニーゴを立ち上げ間もない頃。

父の見舞いに行くも話せなかったことに落胆し、街をさ迷っていた。

 

「あれ、ここ、どこ……?」

 

元々出不精な奏にとってシブヤという街はあまりにも複雑過ぎたため、

さ迷っているうちに見慣れぬ通りへとやって来ていた。

自分の知った場所に出ようと右往左往している、そんな時。

 

「──♪ ───♪ ──♪」

 

どこからか、その場に似つかぬ笛の旋律が聞こえてきた。

導かれるように足を進めれば、自分とさほど年の変わらぬ少女がフルートを奏でている。

ギャラリーこそ少ないものの、その旋律は寂しくも温かさを信じているようなものだった。

自分の曲とはどこか違って聞こえたが、本質的には同じだと感じた。

 

だからこそ、奏は。

 

「あの、すみません」

 

思わず声をかけていた。

曲が終わった矢先であった為、その少女も驚いた様子で奏を見つめていた。

 

「えっと、さっき聞いてくれた方ですね。リクエストですか?」

「あ、えっと、そうじゃなくて……」

 

ギャラリーも会話が始まると同時に散っていく。

誤魔化されそうになって言いよどむも、さらに1歩進み出た。

 

「わたしと一緒に、曲を作ってくれませんか。わたしと、誰かを救える曲を……!」

 

その発言に名も知らぬ少女は目を丸くする。

奏本人も何を言っているかわからなかった。

 

「………」

 

訪れる沈黙が怖くなる。しばらく少女は奏の瞳を見つめる。

 

少女からすればタチの悪い勧誘と間違われてもおかしくなかった。

それでも胸の内の想いを相手に伝えなければと思った。

そこまで奏という少女は、ある想いに支配されていた。

 

「……わかりました。貴女のお役に立てるのであれば喜んで」

 

しかし少女はなにも聞かなかった。

まるで奏の胸の内を見通す様に、

見つめ返す少女の瞳が奏を捉えて離さなかった。

 

「ああでも、その前にひとつだけ」

 

ふと少女が微笑んだことで目が逸れて解放される。

呼吸も忘れていたらしく大きく息を吐く奏。

 

「お名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「あ、うん。宵崎奏。あなたは……」

「鶴音言葉と言います。よろしくお願いします。宵崎さん」

「うん。よろしくね」

 

これが2人の出会いだった。

 

 

///////////////////

 

 

『それからナイトコードに入れて貰ったはいいものの、

 そもそもなにをやるか決まってない状態でしたから大変でした』

『作曲をわたしがやってるから、アドバイスだけでも良かったんだけど……』

『あの時は雪さんが作詞に加えてミックスとアレンジをされていたので、

 少しでも負担軽減できればと。結果的に良い形で落ち着きましたが』

『そうだね。雪の作業量も減ってその分作詞の質もあがったし』

 

雪よりもwordの方がミックスで優れていた為、

Kと雪による共同作品をwordが整えるというのがニーゴのスタイルになっていた。

どうしてかwordは人の意見を汲み取るのがうまく、それを音で応えてくれている。

今ではニーゴになくてはならない存在と化していた。

 

そこに問題があるとするならば、

他のメンバーよりもボイスチャットに参加する機会が少ないこと。

作曲中の奏もそうなのだが、彼女に関しては輪にかけて少ない。

その分良い作品で応えてくれていた為、4人は問題ないと思っていた。

 

『でも、どうしてあの時一緒にやろうって思ってくれたの?』

 

昔の話をしていたからか、ふと奏の頭に疑問が浮かぶ。

年端もいかぬ初対面の少女にああ言われて、

理由もなにも聞かず首を縦に振る者はどこにもいないだろう。

 

『ふふ、唐突ですね。Kはいつもそうです』

『うっ……ごめん』

『責めているわけではありませんよ。でも、そうですね……』

 

『奏が、私を必要としてくれたから。それだけです』

 

さらりと本心が漏れたようにも思える、息もつかぬ告白。

しかしそれはとてもさっぱりしたものだった。

 

『本当に、それだけ?』

『はい。意味なんてありませんよ』

『本当に……?』

『私にそれ以上を求められてもなにも出ませんよ?』

 

うまくはぐらかされたのかと疑ってしまうKであったが、

それ以上問いかけても同じ。ない、ないと繰り返すだけ。

 

『掴めそうで掴めない』そんな感覚を奏は感じながら、

2人は作業へと戻っていくのであった。



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第3話「愛され委員長」

 

神山高校、1年C組。

まだ部活の朝練が始まるよりも早く、1人の少女が掃除に勤しんでいた。

 

「さてと、これくらいかな」

 

机を軽く水拭きする程度。なんてことはないが、いささか時間が早すぎる。

 

「あら鶴音さん。今日も早いのね」

「あ、先生おはようございます」

「はいおはようございます。毎日精が出るわね」

「いえいえ。私が好きでやっているだけですから」

 

そんな様子を廊下で見かけた教師に声をかけられ、短い会話を交わす。

どうやらこれを自主的に毎日やっているらしい。

 

教師も感心しつつ笑顔でその場を後にする。

模範的といえばそうなのだろうが、誰からも誉められはしない。

むしろ比較される側からすれば理不尽な対象である。

そういった厄介事は教師も勘弁だったため、感心や労いの言葉だけで済んでいた。

 

言葉は1人誰もいない教室で自分の席に座る。

なにをするわけでもなく、この空間を堪能していた。

 

「ふわぁ……ちょっと寝ようかな……」

 

背中を丸めて机に身を預ければ、そのまま睡魔によって眠りに落ちる。

ニーゴの作業で睡眠時間は確実に削られており、

こうした空き時間や休み時間に寝ることが多くなっていた。

 

「はー、朝練はやっぱやめておいた方が良かったな……っと」

 

しばらくして朝練を終えた生徒達で賑わい始める。

その中でも助っ人として活躍する東雲彰人が、真っ先に教室を訪れた。

 

「(委員長また寝てんのか……部活も入ってねえのに毎日この時間には居るって、

  どんだけ早く来てるんだ……? いやそれよりも……)」

「すぅ……すぅ……」

 

静かに寝息をたてて眠る姿はあまりにも無防備である。

風邪をひいてはたまらないと、自分のブレザーをかける。

 

「おっす彰人ー……って委員長また寝てるじゃん」

「ああ、静かにしとけよ」

「わかってるって。こうしてたら可愛いのにな」

 

廊下や他のクラスが段々と盛り上がりを見せるなか、

1年C組だけは静かであった。

その代わり言葉の席の回りには男女問わず群衆ができている。

 

「こうしてるとやっぱり委員長も女の子なんだねー」

「最近寝てること多いよね。眠り姫って言われてるらしいし」

「あれだろ、夜に秘密結社の任務とかしてるんだよ」

「そんなことするわけないだろ。現実的に考えてバーとかでバイトとか……」

 

委員長としての手腕を知るこのクラスの面々にとって、

そんな彼女の姿は数少ない癒しのひとつである。

しかし神高全体では一種の名物生徒となっており、

その様を見た誰かが付けたあだ名が『眠り姫』というものだった。

 

「うぃーっす! みんなおはよー!」

「「「シーッ!!」」」

 

そんなクラスでも1人や2人空気の読めないものがいるわけで。

問題のクラスメイトが扉を開け放ち高いテンションで現れた。

斑鳩理那である。

 

「あれ? 委員長また寝てるの? ほらー起きないと先生来ちゃうよー」

「「「あー! 理那のバカ!!)」」」

 

クラスの団結力とはどこへやら、理那は登校するや否やすぐに言葉のそばへ移動し体を揺さぶる。

 

「んん……あ……理那、おはよう」

「おはよう委員長。最近寝てること多いぞー。寝不足かー?」

「うん。ちょっとね……」

「それじゃあ眠気覚ましにブラックチョコを進呈しよーう!」

 

軽くあくびをする言葉の口内へ黒い物体が放り込まれる。

チョコ特有の香りが周囲に漂い、彼女の重かった瞼も自然と開いていった。

 

「おーいお前らー、朝礼始めるぞー」

 

いつのまにか教卓に立っていた教師の一声で、生徒達は自分の席へと戻っていく。

 

「起立、礼。着席」

 

言葉の号令と共にいつもの1日が幕を開けるのであった。

 

 

 

授業をつつがなく終えて昼休み。

言葉はクラスメイト達数名に囲まれながら昼食をとっていた。

 

「ここは前のページに載ってる公式を使えば……ほら」

「あ、そっか! じゃあここもこうして……」

「そうそう」

 

期末テストが近いためか、昼食時でも関心の高い生徒達に勉強を教えている。

 

「委員長、これなんだけど覚えづらくって……」

「歴史ね。大事なところだけ箇条書きで覚えてれば大丈夫。良かったら私のノート見る?」

「あ、ありがとう~!」

「委員長! この文がどこに当たるかーって問題なんだけど!」

「あ、それなら教科書にメモしてるから貸してあげるね」

「ふええ、ありがとうございますぅー!」

 

言われるがままにノートや教科書を取り出しては見せたり貸したりと、

迫り来る生徒達をさばいていく。

そんなことをしていては彼女が昼食にありつけるはずもない。

 

「はい委員長、あーん」

「あっ、ん……理那、なにしてるの?」

「え? そのままじゃお昼休み終わっちゃうし代わりに食べさせてあげようかなと」

「そういう理那こそ、今度のテストは大丈夫なの?」

「私は放課後に委員長独占するからいいんですー!」

 

そんな様子を彰人は遠目に見つめながらこう口にした。

 

「なんか、小鳥の餌付けみてえだな」

「あ、それちょっとわかる」

 

敏腕ながらも憎めない少女。それが鶴音言葉という人間であった。



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第4話「自殺点」

ある日のこと。5人がいつものように作業をしている時であった。

Amiaの眠気が限界に達し、続けてえななんも落ちようとしたところで、

なにか思い出したように話題を持ちかけた。

 

『ねえ──“OWN ”って知ってる?』

『OWN……?』

『あ! 知ってる知ってる! 一部で騒がれてるよね~!』

 

聞きなれぬ名前にKもチャットに戻ってくる。

Amiaは先程の眠気などどこ吹く風といったようで、さっそく乗っかっていた。

 

『そうなの? OWNって一体……?』

『OWN……サッカーか何かですか?』

『word、それはOWN GOALだよ。確かに間違ってはないけど……』

 

聞きなれぬ単語に対してwordは頭から該当する用語を引っ張り出すも、

英語が得意な雪に窘められる。

 

『あ、どこかで聞いたことがあると思ったらそういう……じゃなくて!

 ネットでボク達みたいに曲を作ってるアーティストだよ。

 投稿した曲、全部20万再生くらいいってて、その手の界隈じゃまさに時の人って感じ!』

『活動開始は……2週間くらい前じゃない! なにこれ、やっば……』

 

そういった噂に詳しいAmiaが解説するなかで、

話題になると踏んだえななんは真っ先にOWNの動画チャンネルに走っていた。

最初に投稿された動画は確かに2週間前と表記されているが、

曲数は4曲とかなりのペースで曲が投稿されている。

しかもそれら全てがAmiaのいう通り20万再生を達成していた。

 

大手の動画配信サイトにおける1つの名誉が10万再生という節目である中で、

1曲ならともかく全ての曲が達成しているのは、まさしく天才のソレである。

 

『えななん、そのURL送ってもらえる?』

『あ、うん。今チャットに送るね』

 

こればかりはKも興味を持ち食い気味にお願いした。

共有チャットに送られたURLを全員が踏み、その事実を目の当たりにする。

 

『あれ、えななん知らなかったの? 自分から話題持ち出したくせに~』

『あれは! だって、曲の方に圧倒されちゃって気付かなかったから……』

『えななんが、圧倒……?』

 

いつものように茶化すAmiaだが、えななんの反論も段々と小さくなっていく。

そんな変化に雪が思わず言葉を拾った。

 

『うん。なんていうか、Kの曲を初めて聴いた時と同じような感じがしたの。

 言葉にできないことを全部形にしてくれる、みたいな……

 でも……Kの曲と違って、OWNの曲はすごく冷たくて』

『冷たい?』

 

いつもよりテンションの低いえななんは語る。2人の曲の違いについて。

悲しみに暮れながらも温かさを忘れないK。

その温かさを捨て去りすべてを拒絶するOWN。

似て非なるモノ。

 

『でも、そこに魅力があって……

 正直、ちょっと怖いくらいなんだけど。私は好きなんだ』

『わかるなー。あのキレッキレに鋭い感じがいいよねぇ。

 あんな曲作れるなんて、いったいどんな人なんだろ?』

 

本来なら受け入れがたいものでも、どこか受け入れたい自分がいて、

それがえななんの好みに合っていた。Amiaも賛同している。

話題を広げるためにも疑問系で返すも、えななんは──

 

『さあね。興味はあるけど……知りたくはないかな。

 ……私ももっとすごい絵が描けたらな……

『えななん?』

『あ……なんでもない。ごめん、気にしないで』

 

消え入りそうな声に、Kが思わず反応するもはぐらかされる。

そんなやり取りが行われている裏で、wordはひっそりとそのOWNが作った曲を流していた。

そして、ただ一言。

 

『冷たい曲』

 

まるですべてを拒絶するように、低いトーンで呟いていた。

 

『え? 今の声誰?』

『さっきの……もしかしてword?』

 

マイクをミュートにしていなかったからか、会話は打ち切られAmiaが戸惑いの声をあげる。

その正体にいち早く気付いたのは雪だった。

 

『word、どうかした?』

『いえ、なんでもありません。……私は明日早いので落ちますね。

 みなさん、おやすみなさい』

『あ、うん、おやすみ~!』

『『『おやすみ』』』

 

全員の声を聞き届けてwordはチャットから退出する。

しかし彼女はログアウト表記にしたまま、OWNの曲を聞き始めた。

それと同時に、その名前の意味を調べ始める。

 

「OWN……自分自身の、独特な、個性的な、人の助けを借りない、と。

 しかしOWN GOALともなれば自殺点、ですね」

 

そこまでこの人物が考えて付けたのだろうか。

そんな思考に浸るよりも前に、楽曲の歌詞が言葉の心に突き刺さる。

 

「……ああ、なるほど」

 

誰もいない部屋で1人、納得したように天井を仰ぐ言葉。

心に突き刺さった歌詞の棘は既に抜け落ち、痛みすら感じない。

引き続き流れる曲も、すべてを拒絶するように冷たいものだった。

それでも彼女は聞き続ける。自ら見つけた結論の答え合わせのために。

そして最後の曲を聞き終えた時、こう呟いた。

 

「思ったより素直なんですね。OWNさんって」

 

 

///////////////////////

 

 

一方その頃、Amiaとえななんもいなくなったナイトコードでは、

Kと雪がOWNの曲を聞き、そのままの流れで思い出話に花を咲かせていた。

 

『……ねえ、雪は、なんで一緒にやろうって思ってくれたの?』

『え?』

 

そしてその最後にKは質問を飛ばした。

いつか言葉に同じ質問をしたように。

 

『面白そう……って思ったからかな?

 誰かと曲を作るなんて、なかなかできないことだし。

 あとは、始めて聴かせてもらったKの曲がすごく印象的だったの。

 あの時、私……』

 

すっ、と消えるような声で、彼女はこういった。

 

『──Kの曲に、救われたような気がしたんだ』

 

その言葉はKの元へと確かに届き、胸に響く。

 

『え? 救われた……?』

『……え? あ、私、なんか変なこと言っちゃったね。

 そろそろ作業に戻ろう。K。朝になっちゃうよ』

『……う、うん』

『それじゃ、今日はここまでだね。またね、K』

 

またも誤魔化されるように話を切り上げられ、2人は作業に戻っていく。

その『救われた』という互いの意味を、知らないまま。

 

 



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第5話「行方不明」

 

その日もまた、25時を迎えいつものように活動を始めるといった時であった。

 

『みんな、いる?』

『いるよー! 今日もがんばろうねーっ♪』

『K、昨日言ってたイラスト、完成したよ! 見てくれる?』

『うん。……あれ? 雪とwordは?』

『wordはINしてるみたいだけど……雪は珍しいよね』

『あれ? ほんとだ、いないね。夕方にはいたのに』

 

オンライン通知を見ても、wordはログインしているようだ。

しかし雪はずっとオフライン状態のまま。

連絡などがマメな彼女が忘れるとは考えがたい。

 

『寝ちゃったんじゃない?

 雪は私達と違って普通に学校行ってるんだし、疲れてたらそういうこともあるでしょ』

『それならwordだって同じでしょー?

 うーん、また夜にねって言ってたんだけどなぁ……ま、雪だって寝ちゃう時もあるか』

『呼びましたか、Amiaさん?』

『わあっ!? 急に出てこないでよ、びっくりするじゃない!』

 

まるで障子に目ありと言わんばかりの勢いで、噂をした途端に声を発するword。

あまりの唐突さにえななんは驚きの声と共に反感をぶつける。

 

『それはすみませんでした。それより雪さんがいらっしゃられないようですが』

『うん。wordはなにか聞いてる?』

『私は特に』

『だよねー。うーんなにかあったのかな……』

『まあ今気にしてもしょうがないでしょ。K、ファイル送るね』

『……うん、そうだね。じゃあ、Amiaとwordも進捗報告お願い』

 

この時は誰もが大きな問題とは捉えていなかった。

──そして1週間の時が過ぎることとなる。

 

 

 

いつも通りの時間に、いつも通りのメンバーが集まる。

しかしそこに雪の姿はない。

メンバー全体に不穏な空気が漂っていた。

 

『……雪が来なくなって、もう1週間かぁ』

『……………』

『雪、旅行に行くとか言ってたっけ?』

『ううん、何も聞いてないよ。……1週間も来ないと、さすがに心配だよね』

 

そこから発展するのは、事故や病気といった命に関わる話題。

いままで遅れたり予定があるなら必ず連絡を入れていた雪のことだ。

これだけなにも連絡がないのは、そういうことも考えてしまう。

 

『ねえword聞いてるんでしょ。アンタと学校、同じだったりしない?』

『……ああ、すみません。作業中だったもので。なんですかえななんさん』

『なにそれ、雪がいないってのに心配のひとつもしないわけ!?』

『まーまーえななん落ち着いて。焦ってもいいことないよ。

 それにwordも……なんか冷たくない?』

『いえ、雪さんの分の作業を代行しているので。もしものことがあった時のために』

『もしもって……じゃあwordも……』

 

通話に引きずり出されたwordはあくまで淡々と事実を告げつつ、

作業の手を止めることはなかった。

 

『……なにか、連絡をとれる手段がないか探そう』

 

こうして3人は奏の発案の元、雪の痕跡を探す。

一方でwordは相変わらず作詞以外の作業に没頭していた。

 

会話の内容、雪のSNSのログを漁ってもそれらしいものはない。

しかし、クラウド上の共有フォルダに見慣れない物が存在していた。

そのファイル名は、Untitled。

 

『“Untitled”? そんな曲、作った記憶ないけど』

『じゃあ、雪が作ったのかな? ファイルに名前、付け忘れたとか』

『それなら“あたらしい音声”のようなタイトルになるはずです。

 例え無名でも、名前をそうしたとしか』

 

作業が一段落したのか、wordもチャットに戻ってくる。

しかし3人にとってそんな疑問などどうでもよかった。

 

『まあ、とりあえず聴いてみる?』

『……うん。聴いてみよう』

 

Kの合図の元、4人はUntitledを再生する。

するとモニターが自然と輝きだし──

 

 

 

目を開けば真っ白で薄闇に覆われた、なにもない場所に立っていた。

所々に鉄柱と三角のオブジェが突き刺さり、地面には無数の線が走っている。

自分の小説の好みとは違う、異世界転生……いや、転移物と呼ぶべき状態だった。

 

「………」

 

突然の変化に驚きつつ地面に手を伸ばす。

朝方のフローリングのように少し冷たかった。

 

「ここがどこかわかりませんが……まあ、いいでしょう」

 

あのUntitledというファイルがなにかの鍵になったなら、

同時に再生したKやえななん、Amiaもどこかにいる可能性もある。

確信があるわけでもなく、言葉はこの世界をさ迷い始めた。

 

 

 

それからどれだけの時が経ったか分からない。

現在地も不明。帰る方法も不明。すべてわからない状態であてのない場所をさ迷う。

 

「少し、疲れたかな」

 

突き刺さったオブジェクトに背中を預ける。地面と同じ冷たさが背中に伝わる。

温もりを感じないそれらは、まるで──

 

「拒絶してるみたい」

 

人に適しない温度。日の光も指さぬ薄闇の空間。

ゆっくりと、でも確実に人としての寿命をすり減らし、死んでいくような場所。

 

「よかった! 無事だったんだね、雪!

 連絡とれないから心配だったんだけど、ほっとしたよ~!」

 

そんな空間にテンション高い独特の声が響き渡る。

話の内容からしてAmiaが雪を見つけたらしい。

 

唯一の手がかりとして言葉はその方向へと歩き出す。

やがて、5人の少女達がとらえられるまで近付いた時、Kの声が聞こえてきた。

 

「……雪が、OWNだよ」



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第6話「人間強度」

 

言葉がそこにたどり着いた時には話が進んでおり、

Kがその理由を説明しているところであった。

K達の後ろから姿を表した言葉は、邪魔をしないように物陰に身を隠し声だけを聞く。

 

「……根拠はない。でもわかる。

 ニーゴで作ってる曲の傾向とは全然違うけど、間違いない。

 ……そうだよね、雪」

 

雪と呼ばれた先にいる、紫髪の少女。

いつものように明るく健気で、優しい雰囲気はどこにもない。

一瞬言葉の方を見たかと思いきや、すぐにKへと視線を戻す。

 

「……………うん。そうだよ。OWNは、私」

「マ、マジですか……」

「……雪が、OWN? ほんとに?」

「そういってる」

 

それから雪は淡々と、ただひたすらに3人を拒絶していた。

その態度にえななんが大声をあげつつ反論するも、知ったことかと持論を述べる。

 

自分はニーゴにいる必要がない。ニーゴにいても足りないから、と。

 

「ねえ、聞いてるんでしょword。出てきてよ。

 そんなところでいつもみたいにいないふりしてないでさ」

 

まるで引きずり出すように、雪が声のボリュームをあげる。

先程気付いていながら呼ばなかったのも、Kの推理を聞き届けるためだったらしい。

 

声で釣られるように3人が振り返った場所には、三角のオブジェがある。

その後ろから、誰でもない少女が現れた。

 

「えっ、word? あの子が?」

「ずるいよね。自分だけ遠くから聞いてるだけで、なにもしない。

 それなのに誰よりいろんなことを知ってる。そんなことをしてなにが楽しいの?」

「ちょ、ちょっと雪! まだあの子がwordだって決まった訳じゃ」

「いいえ、いいんですAmiaさん。私はword。本名は鶴音言葉と言います。

 以後お見知りおきを」

 

饒舌になる雪に対して、非礼を詫びるように上品なお辞儀をすれば、

それにつられてAmiaとKがお辞儀をする。

 

「アンタ、いつからそこで聞いてたの!?」

「ちょうどKがOWNの正体を話していた時、ですかね。

 でも驚きました。まさか雪がOWNだなんて──」

「もういいよ、そういうの」

 

そのまま口を開かせていれば、称賛の言葉を送っていただろう。

しかしそれすら雪は拒絶する。

 

「気持ち悪いの。あなたを見るのが。あなたの声を聞くのが。

 あなたの全部が、気持ち悪い」

「ちょ、ちょっと雪なに言ってるの!? なんか変だよ!」

「変? 私が変なら、あなた達だってそうでしょ。

 だって本当は、Kも、えななんも、Amiaも──

 

 

 ──誰よりも消えたがってるくせに」

「「……っ!」」「「…………」」

 

その言葉にえななんとKは息を呑み、Amiaはただ驚いた。

対するwordは、表情ひとつ変えることはなかった。

 

「どうして、私だけが変だなんて言えるの?」

「……ホントに、どうしちゃったの雪?

 それにボクが消えたいってどういうこと?

 ボクは毎日楽しい~し、そんなこと思ってなんて……」

「……そういうの、もういいよ」

 

いつものようにおちゃらけるAmiaだが、それすら封殺する。

まるで先にwordの言葉を遮ったように。

 

「Amia。あなたはいつも楽しそうにしてるけど、

 私が言ってることの意味、全部わかってるんでしょ?」

「……へぇ」

 

その容姿から想像もつかないような低い声で感心して見せるAmia。

えななんとKは先程の言葉に囚われ耳に届いていない。

 

「……消えたがってる、ですか。なるほど」

「ああ、あなたは違うよねword。ならどうしてニーゴにいるの?

 あなただってわかってるんでしょ、いる意味なんてどこにもないって」

「はたしてそうでしょうか」

「だからそういうの、やめてって言ってるでしょ。次に言ったら、ミクに消してもらうから」

 

横にいた白髪の少女を引き連れ、言葉の前に立つ雪。

しかしミクは戸惑いながらも問いかける。

 

「……あなたは、本当にそれでいいの? 本当にひとりで、見つけられるの?」

「ミクが、私が、まだ私を見つけられるっていうのなら、

 全部捨ててでも探し出す。私には、それしか残されてない。

 もしそれでも見つからないなら、私はもう……消えるしかない」

 

雪の独白を聴き終えて、諦めたようにミクが手をかざす。

合図ひとつで消すことができると言わんばかりに。

 

「ねえ、誤魔化さないで教えてよ。

 この気持ち悪さはなに? あなたならわかるでしょ」

 

最後の問いかけ。選択肢などどこにもない。

しかしwordはただこう告げた。

 

「見つけてくれる相手も無しに、探し物が見つかるとお思いで?」

「っ! ミク!!」

 

相変わらずの正論に嫌気が差す。

雪の中で気持ち悪さが爆発しミクがwordに触れる。

その体は光に包まれ、やがて見えなくなった。

 

 

 

次にwordが目を覚ましたのは自室だった。

その後、ナイトコードから必死の呼び掛けが聞こえ始める。

 

『K! ねえ、K! ……奏! 大丈夫!?』 

『K、wordもいるんだよね!? 戻ってたら答えてよ!』

『……ふたりとも……?』

『ああはい、大丈夫ですよ』

『K! 良かった……!』

『はぁ……とりあえず、みんな無事に帰ってこれたんだね。よかった~』

 

えななんは既にKしか眼中になく、Amiaは全員を心配していた。

お互いに安堵しつつも、現状を確認しあう。

セカイのこと。ミクのこと。そして、雪のこと。

 

『……ほんと、なんなの? 雪のやつ

 自分がOWNだってこと騙して、こっちのこと馬鹿にして……!

 すごいって言ってた私が馬鹿みたいじゃない!!』

『馬鹿にしていた、とは思えませんが』

 

激昂するえななんに対してwordが口を挟む。

確かに称賛したのはえななんだけではない。

それでもえななんにその言葉の意味は伝わらない。

 

『そういうwordだって、影で私のこと笑ってたんでしょ?

 ボイチャにだっていつも遅れてやってきて、なんにも言わないのも全部そうだったんでしょ!?』

『ちょっとえななんそれはさすがに言い過ぎだよ!』

『Amiaは黙ってて。今はwordと話してるの。

 ねえword、教えなさいよ。アンタがどうしてたのか』

 

雪がえななんに残した爪痕は、思いの外深かった。

そして雪がwordに告げた言葉もまた、怒りの矛先になるには十分な材料である。

 

『そう見えたのなら、そうなんでしょう』

『っ!!』

『あっ、えななん!』

 

Amiaがその名を呼ぶ前に、えななんがボイチャからいなくなる。

まだ不穏な空気が漂っていた。

 

『ねえword、さすがにさっきのはないんじゃない?』

『自分に植え付けられた印象はそう簡単には変えられません。

 だからもう事実を言うしかなかった。相手の印象次第、だと』

『……ああ、そうなんだ。wordってそういう人間だったんだね』

 

植え付けられた印象、という言葉が酷く胸に突き刺さる。

反射的に低いトーンで冷酷に告げるAmiaの声。

 

『ごめんK、ボクも落ちるよ』

『あ、うん……』

 

半ば放心状態だったKは名前を呼ばれて我に帰る。

その声を聞き届けてからAmiaはいなくなった。

 

『……wordはこれからどうするの?』

『私のやることは変わりません。Kの曲を作り続けるだけです。

 空いた分の作業が山積みですからね』

 

いつもと変わらぬ明るい声で答える。

そんな温かさに少しだけ胸が軽くなるも、

やはり雪に言われた言葉が胸に突き刺さっていた。

 

『足りなかった……か』

『……奏』

 

ふと声が漏れていたのか名を呼ばれる。

なんだろう、と耳を傾けているとひとりでにwordが話し始めた。

 

『消えたい、と願って消える人はいません。

 大丈夫、奏なら出来ますよ。誰よりも救いたいと願う、貴女なら』

 

その言葉に、父の言葉が重なる。

 

『奏はこれからも、奏の音楽を作り続けるんだよ』

 

『違う……願いなんて、綺麗なものじゃない……』

『奏?』

『……ごめん、わたしも落ちる』

 

こうしてナイトコードからは誰もいなくなった。

残された少女は1人、天井をあおぐ。

 

「みなさんはやはり、同じなのですね。それは少しばかり──」

 

──羨ましい

そんな言葉を呑み込んで、少女は眠りに就くのであった。

 



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第7話「眠り姫」

 

翌日。Amiaこと暁山瑞希は久々に登校していた。

といっても時間は放課後に入ってすぐ。目的は授業の補講である。

元々勉強ができる瑞希にとってそれはなんら苦ではない。

 

「補講、終ーわーりっ! 帰りどこか寄っていこっかなー♪」

「なあ、今日、あの1年来てたぞ。見たか?」

「あ、例の? 俺まだ見たことないから見てみたいな」

 

肩の荷も降りて気楽になったところで、噂をする上級生の声が耳に入る。

 

「……はぁ。ボクは、見世物じゃないんだけどな」

 

せっかく上機嫌だったところに、いつもの印象の話がふりかかる。

せっかくの気分も台無し、というところに1人の生徒が通りかかった。

 

赤黒いポニーテールに、紫の瞳。スクエア型の赤いフレームのメガネ。

 

凛とした見た目に反してフラフラと今にも倒れそうな様子の少女は、ついに。

 

──ゴンッ!

 

鈍い音をたてて階段前の柱にぶつかり、そのままズルズルと崩れ落ちた。

 

「うわっ、痛そー……」

「ていうかあれって1年の眠り姫じゃね? 厄介事になる前に帰ろうぜ」

 

瑞希のことを遠目にみていた上級生も、厄介事の気配を察知しその場から退散する。

 

「あっ、ちょっ、キミ大丈夫!? って!?」

「あ……はい……大丈夫です。ちょっと眠かったので……」

 

その場に取り残された瑞希は思わず駆け寄るも、見覚えのある顔に仰天する。

彼女こそ、以前セカイで顔を見せたword本人だったのだから。

 

「wordって神高だったの!? ってそれどころじゃない、保健室!」

「……あれ? その声……Amiaさん……?」

 

眠気が限界なのかぼんやりとした表情を浮かべる彼女を、

ひとまず保健室に運び入れることにした瑞希であった。

 

 

 

保健室では一通り診察を終えたwordがベッドで眠っている。

 

「うん、目立った怪我も無さそうだし、大丈夫でしょ」

「ちょ、先生! そんな雑でいいの!?」

 

保健室の先生いわく休み時間や放課後になるとどこかで倒れている事が多く、

1年C組の誰かが保健室に運び込むのは良くあることらしい。

 

「でも災難だったわね。久々の登校だったんでしょう?」

「あー……でもお蔭様で助かったっていうか」

 

彼女が不幸に見舞われたとはいえ、面倒な先輩を追い払えたのはよかった。

現にこうして彼女と居れば面倒な生徒は全員下校していくだろう。

精神が不安定な今は、隠れ蓑として利用するのもやぶさかではない。

 

「ひとまず暁山さんはしばらく様子見ててくれる?

 もしなにかあったら職員室まで呼びに来てくれたらいいし」

「あ、はーい」

 

こうして2人だけ残される保健室。

特にすることもない瑞希はただ言葉の顔を眺めていた。

メガネもとれており、無防備な寝顔を晒す彼女はどこか幼げにも見える。

 

「あーあ、なにもしてないのにカワイイなんてずるいよねー」

 

先日のボイチャの仕返しにと、無防備な頬をつっつく。

すると予想以上の弾力で返してきたため、面白くなって続ける。

止め時を失った瑞希はどんどん触れる部分を増やしていった。

人指し指から手のひら。果てには手のひらから両手。

むにむにと顔の形を変えつつその弾力を堪能していた。

しかしそんなことをしていれば嫌でも起きるというもの。

 

「Amiaひゃん(さん)……なにひてふん(してるん)ひゅ()か……」

「あ、起きた。いやーごめんごめん。言葉のほっぺがあんまりにも柔らかかったからさー」

 

どうやら完全に眠気が覚めているらしく、ジト目でこちらを見つめてくる。

そんな彼女の言葉に、夜のような圧は感じられない。

 

「あ、そうそう確認なんだけど、キミがwordであってるよね?」

「はい。ニーゴのミックス担当、word。そして本名が鶴音言葉です」

「あはは、そこまで言わなくていいって。

 ボクは暁山瑞希。あ、でもボイチャ中はAmiaのままでよろしく~」

 

いつもの軽いノリで自己紹介を終え、沈黙が降りる。

なにせ昨日の今日なのだから。

 

『自分に植え付けられた印象はそう簡単には変えられません。

 だからもう事実を言うしかなかった。相手の印象次第、だと』

 

とても目の前にいる少女が、あんな事を言うようには思えない。

瑞希は思いきって自分のことについて聞いてみた。

 

「あー、言葉ってさ、ボクの事どう思う?」

「どう、とは?」

「見た目の印象! ほら、この前植え付けられた印象が~って言ってたでしょ」

「……ああ、言いましたね。あくまで一般論ですが……」

「だから言葉自身、ボクの事どう思ってるのかなーって」

 

あくまで正論しか述べない彼女だからこそ、彼女本人の意見が聴きたかった。

もちろんどんな答えでも受け止められる訳ではない。

藁にもすがりたい気持ちで、救いを求めるように。

 

「……みなと違う生き方を貫ける人、ですかね」

「えっ?」

「暁山さんの噂はよく聴きますが、それでもそう在り続けるのは難しいことです。

 誰にだって出来ることじゃない。それは素晴らしい事だと思います」

 

まるで正反対の言葉を聞いて、思わず目を丸くする。

求めていた答えをくれたような、そんな気がした。

 

「なーんだ、そうならそうと早く言ってくれたらいいじゃん!

 ボク勘違いしちゃったよ。やっぱりボイチャだけじゃわかんないよね~」

「それは同感です。実際に相手の顔を見て伝える以上に、誤解を解く方法はありませんから」

「じゃあえななんにも実際に会って言ったら……雪にもさ」

「それはまあ、難しいでしょうね」

 

ベッドから起き上がり、何事もなかったかのように歩き出す言葉。

その様子は氷のように冷たく、そして儚げだった。

 

「では暁山さん、また──『25時、ナイトコードで。』」

「あ、うん……」

 

締め切られた扉。取り残された1人。

瑞希にとって言葉は、雪以上にその本質がわからないのであった。

 



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第8話「欲望の鎮魂歌」

 

──雪がいなくなってから、さらに1週間が経過した。

 

25時。少女達はまた動き出す。しかしその動きはあまりにも歪だった。

 

『よーっし、サビ前はこんな演出でっと! K、見てもらってもいい?』

『Kさん、先程のミックスが終わりました。確認していただいても?』

『………』

『あー、えななん、今そっちのイラストどんな感じ?

 よかったら動画に使いたいし確認くらいさせてほしいなーって……』

『今描いてる途中なの。黙ってて』

 

Kに問いかけても返事はない。えななんにおいては反発すらする。

まるで立場が逆転したように。

Amiaとwordはいつも通りのペースであるが、えななんとKは明らかな暴走状態である。

 

『……ところでさ、次の曲作詞って誰がやるの?

 アレンジはwordがやってくれてるけど……』

『わたしがやる』

 

どうにか話題を切り替えようとするも、出てくるのは現実的な問題。

デモは完成したといっても、曲として完成させるには多くの行程が必要となる。

しかし曲の話題だったためか、Kが食い気味に返事を返した。

 

『いやいや、さすがにキツくない?

 ただでさえKは作曲が大変なんだし、雪の代わりを探した方が……』

『そんな時間はない。わたしは作り続けなきゃいけないの。

 もっとたくさん、曲を』

『Kさん、無理はいけません。少しは休ん『邪魔しないで』』

『えななんもちょっとは休憩しなよ、根詰めすぎても『うるさい!!』』

 

それを皮切りに、2人はミュートを決め込む。

これ以上なにを言っても無駄だった。

 

『……今話すのは難しそうだし……そっとしとこっか』

『そうですね』

 

こうして先導者と仲間を失った2人は、今出来ることを続けることしかできなかった。

 

 

 

作業を黙々と続けている2人のもとに、ある通知が飛んでくる。

 

『あ、OWNの新曲』

 

それは雪が生きている証拠とも言えるものだった。

しかしそこから聞こえてくるのは、相変わらず暗い歌詞とメロディ。

 

『なんていうか、今回もクるものがあるよね……』

『相変わらず、冷たい』

 

消えたいと想うからこそ、刺さるものがあるのだろう。

 

『あんな場所にずっといたら、まあこんな歌詞にもなっちゃうよねー』

『そうですね。でも──』

 

Amiaは誰もいないセカイの事を思い出しながら、そう告げる。

しかしあくまで陽気に。それにwordは同意するも言葉を続ける。

 

『──どうして曲を作るんでしょうね。別に生きるために必要不可欠、というわけでもないというのに』

『どうしてって……それはだって待ってくれてる人がいるし』

 

wordらしからぬありきたりな質問。

それに対してAmiaもありきたりな答えを返す。

OWNの楽曲は今も再生数を伸ばしコメントも上々。

そして人々は望む。次の楽曲を、新曲が聞きたいのだと。

 

『待ってくれてる人、ですか。では、誰も望んでいないのに作品を発表する人は?』

『え? えーっと……それは……』

『そんなの、決まってるじゃない……!』

 

戸惑うAmiaを押し退けて、ただならぬ怒気を放ったのはえななんであった。

どうやら通話から退出した後も会話だけは聞いていたらしい。

 

『見返してやるのよ、馬鹿にされた分、アンタも、雪も!!

 才能があるやつ全員、私だって出来るんだって!!』

『見返す……ええ、動機としては完璧です』

 

矢継ぎ早に意見を投げ返すえななん。

しかしそれに対してwordの答えはシンプルなものだった。

 

『つまり曲も、絵も、自分の意思を相手に示すもの。

 言葉だけでは足りないから、芸術という表現技法を選んだ。

 そうですよね、えななんさん』

『……勝手に言ってれば。私は作業に戻るから』

 

最初から知っていたかのように、えななんに対して同意を求める。

いつまでも気にくわない態度を崩さぬwordに愛想を尽かし、再び作業へ戻ろうとしたところで。

 

『え、待って。それならもしかして雪は……

 自分がわかってほしいから、まだ曲を作ってるってこと?』

 

Amiaがなにかに気付いたように声をあげた。

 

『恐らく。本当に拒絶するなら出会い頭にミクをぶつけて消せばよかったんです。

 でも彼女はそうしなかった。それはまだ貴女達に望みがあったから。

 そして今も、音楽という形で自分の心境を紡いでいる』

『え……あ……』

 

その気持ちが誰よりも強いのはえななん本人である。

自分の絵で、誰かに認められたいという承認欲求。

しかしそれが解っても、相変わらず才能の違いに溝を感じてしまう。

見て見ぬふりを続けてしまうのが、今のえななんだった。

 

『……だったとしてもあんなすごい作品作れるなら、どうでもいいでしょ。そんなこと』

 

そう言い残して再びミュートを決め込む。しかしスピーカーはまだ残っていた。

 

『そっか……wordにはOWNの、雪の曲がそんな風に聞こえたんだね』

『元々、歌は信者が神に捧げる神聖なものですからね。

 想いを伝える、という点に関しては芸術の中でも最上位かと』

『それ、Kにも教えてあげてよ』

『そうですね。でも、Kさんなら自分で気付けると思います。

 なによりも曲に、音楽に思い入れの強い彼女なら』

 

こうしてまたいつものように夜は過ぎていく。

最初のように歪な空気は、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

 



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第9話「最終通告」

 

翌日、25時。

 

『やっほー! 今日もみんなでがんばろーねー!

 ……って、あれ、wordだけ? Kとえななんは?』

『まだ離席中ですね。えななんさんは遅れるそうです。

 Kさんは……返事がなくて』

『まさか倒れちゃったとか……? そんなことないよね……』

『わかりませんが、今は私達の出来ることをするだけです。

 最悪の場合、作曲も作詞も私がやります』

『最悪の場合って……まあいいや。

 スピーカーはオンにしてるから、なにかあったら教えてよ』

『わかりました』

 

当然のごとくいない雪に関しての話題を避けつつ、

言っても聞かないwordに急かされながらもお互いの作業に戻っていく。

 

それからしばらくして、えななんがボイチャに参加した。

 

『あれ、Kは?』

『あ、えななんこんこん~。Kは返事待ちだって』

『そう、なんだ。それで、次の新曲はどうするの?

 雪がいないんじゃなにもできないけど……』

 

先日の話題を掘り返す。

Kがいない状態でも疑問がつきないのはえななんも同じであった。

 

『今はKが作詞、wordがアレンジするって言ってるけど……』

『ふーん……なら別にいいじゃない。雪はひとりであんなすごい曲作れるんだし』

『まあ、そうかもしれないけど……』

 

先日の話を踏まえて、Amiaは考える。

OWNとして活動するのは、Kといても見つけられなかったから。

だからすべてを捨ててまで、探し出すと言った。そしてなにより──

 

『変? 私が変なら、あなた達だってそうでしょ。

 だって本当は、Kも、えななんも、Amiaも──

 ──誰よりも消えたがってるくせに』

 

ああ言ったからには、自分も消えたがっているということ。

でもそうだとするならwordの見解に矛盾が生じる。

だからこそ、自分だけが知っている情報を伝えるべきだと思った。

 

『雪も、本当はずっとキツかったんだろうな』

『え?』

 

こうしてAmiaは語り出す。雪が消えた日に聞こえた雪と母親の話を。

人から印象を与えられ、それが正しいとして認識しつつ、矛盾を孕んで生きていく。

それに気付くことさえできず、だんだんと自分が見えなくなっていき……そして限界を迎えた。

 

『だから、思うんだよね。もし雪が苦しんでて、そのせいでああなっちゃって、

 それで、消えちゃうっていうのは……ボクは、ちょっと寂しいなって』

 

自分と同じ、他人に縛られる運命。

その思いを少しでもわかってくれるかもしれない相手が雪だ。

確証はないが、期待はある。

その結果得られるものがあると、以前の言葉とのやり取りで痛感していた。

 

『……………』

『……ボク、もう1回、雪と話したいな。

 あの“Untitled”って曲を再生すれば行けるんだよね。

 それでなら……』

『たしかに、そう言ってたけど……

 でも、肝心の雪があんな感じじゃ、会いに行ったところで──』

 

いくらOWNとして曲を発表し、心のどこかで求めているとは言え彼女は拒絶している。

それこそすぐにミクを差し向け消してしまうかもしれない。

そんな不安が絵名にはあった。

 

しかしその思考を遮るように通知音が鳴り響く。

それはOWNの新曲通知。それが立て続けに3回。

 

『3曲連続……? ちょ、word!』

『はい。こちらでも確認しました。今聞いてるところです』

『ちょ、抜け駆けして……私も!』

 

遅れて2人も新曲を再生する。

それは今までよりも突き刺し、抉りとるようなもの。

それこそ持っていかれた、と表現するのが近い。

 

『この曲……もう助けてほしいとかそんなのじゃないでしょ……』

『そう、だよね……wordはどう思う?』

『………』

 

返事はない。聞き入っているのか、答えに迷っているのか。

2人には解らなかった。

 

『ああもう、肝心なときに役に立たないんだから!』

『えななん落ちつい──』

 

荒ぶるえななんを落ち着かせようとして、またも通知音が響く。

誰かがボイチャに参加した時のものだった。

 

『……えななん、Amia、word』

 

消え入りそうな声でその名を呼ぶ。彼女の名前は。

 

『『K!』』『Kさん』

 

ニーゴのリーダー、Kであった。

 

彼女は今まで返事をしなかった理由を説明する。

セカイに行き、そこで得たひとつの答えを形にすると。

 

『わたしは雪のために曲を作る。雪を……救いたいの』

 

その言葉に、3人は笑みをこぼす。

 

『wordの言った通りだね。Kはちゃんと、自分で見つけて来てくれた』

『ほんと、腹立つくらい正確にね。これだから正論botは嫌い』

『え? wordが?』

『Kさん、その話については追々。今は曲を作るんですよね。お手伝いします』

 

話を知らないKが戸惑うも、その意思を尊重しつつwordが後押しする。

理由を聞かないのはいつものことだった。

 

『ありがとう。じゃあいつもどおりミックスだけお願い。

 今回は曲だけだから、えななんとAmiaは──』

『ねえ、K。ボクも一緒に連れてってよ』

『え?』

 

申し訳なさそうに2人へ言葉を送るKだが、それをAmiaが止める。

 

『もちろん、ボクが行ってもなんにもなんないし、

 雪のことは、雪にしかわかんないけど。

 でも、ボクの感じた気持ちを伝えたっていいと思うんだよね』

 

『……雪がいなくなったら、寂しいって気持ちはさ』

『Amia……わかった。セカイに行く時は、連絡する』

『ありがとう、K』

 

AmiaにはAmiaの想いがある。それを汲み取れぬほど、Kも鈍感ではない。

 

『……………』

 

そんな会話に対して、えななんはただ迷うだけ。

 

『……えななんは、一緒に行かない?』

 

そんな彼女に対して、優しく手を差しのべる。それでも。

 

『行かない。KもAmiaも、雪のこと構いすぎじゃない?

 しんどいのなんて、みんな一緒でしょ。雪だけ特別なわけじゃない。

 ……あのセカイとかいう変な場所にいるってところだけは、ちょっと違うかもしれないけど』

 

『でも、だからって雪のためにあんなところにいきたいなんて、私は思わない。

 ……だから、行かない』

 

馬鹿にされたまま彼女の前に姿を見せるのは、自分の許さなかった。

凡人であるが故の、意地であり見栄だった。

 

『……そっか』

『……wordは、どうする?』

『私も行きません。私が行っては曲を聴いてもらうどころではないでしょうし』

 

迷いはなかった。それがどこか寂しく感じるもなにも言い返せない。

それはひとえに雪の言葉があるからで。

 

『気持ち悪いの。あなたを見るのが。あなたの声を聞くのが。

 あなたの全部が、気持ち悪い』

 

『だからそういうの、やめてって言ってるでしょ。次に言ったら、ミクに消してもらうから』

 

雪が最も強く拒絶した人物。それを彼女自身が理解していないわけがない。

 

『そっか……でもありがとう。えななん、word。話を聞いてくれて』

 

こうして2人は作曲作業に移るのであった。



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第10話「おかえりなさい」

やがて曲は完成し、KとAmiaはセカイへ旅立った。

今、ナイトコードにはえななんとwordだけが残っている。

 

『ねえ、なんでアンタは行かなかったの?

 一緒に曲作ったのに、雪の反応見たくないわけ?』

『気にならないと言えば嘘になりますが、

 それ以前に私は雪さんに拒絶されてますからね』

 

それは尤もだとえななんも理解していた。

でもそれより創作者として、感想を知ることがなによりの活力になることは知っている。

それは称賛だけではない。指摘だってそうだった。

ちゃんと自分を見てくれている、なによりの証拠だ。

 

でも画面の向こうの少女は、それすら興味を失っている。

誰よりも的確な言葉をくれるのに、誰よりも冷たかった。

 

『拒絶とは意識的な物です。時として無意識をも欺くもの。

 一瞬の可能性すら無下にしてしまう。

 それは今の雪さんにとっても、Kさんにとっても、Amiaさんにとっても、よくありません』

『じゃあアンタはその可能性のために、自分を捨てるってこと?』

『それが最良の未来を導くのであれば』

『……アンタの言ってること、ホントわかんない』

 

むしろどこか、理解してはいけない気がした。

創作者としての観点とどこかずれている。いや、むしろこれは──

 

『えななんさん』

『なに? なにか言い忘れた?』

『ああいえ、私からも少し質問がありまして』

 

思考を遮るように、または先程の質問のお返しか今度はwordが話しかけてきた。

別段することもないのと、怒りが静まっているからか聞くだけ聞こうと思うえななん。

 

『OWNの曲、好きなんですよね。どういったところが好きなんですか?』

『……前にも言ったでしょ。Kの曲と違って、OWNの曲はすごく冷たい。

 ちょっと怖いくらいなんだけど、そこが魅力的だって。でも……』

『でも?』

『雪が、あんなこと言ったから……!』

 

その曲を聞くとどうしても雪の顔がちらつく。

自らの作品を囃し立てていた本人が、あんなろくでなしだったと気付いたからには、

もう素直な視点でOWNの曲を聞けなくなっていた。

 

『だから、見返したい! 私は、私の方法で! 雪を!』

『……そうですか。では、今OWNの曲は嫌いだと』

『それは……っ!』

 

嫌い、とは言えなかった。なぜなら今もOWNの新曲を聞いているから。

嫌いなのに、聞いてしまう。

どれだけ脳裏に雪の姿が写っても、耳を自然と傾けてしまう。

 

『嫌いなわけ……ないじゃない!!』

 

それがえななんの本心だった。

 

『それなら、同じ作り手としてやることはひとつではありませんか』

『……でも、KとAmiaには、行かないって』

 

本心に気付いていても、やはり先程の見栄が足枷となって動けない。

誰よりもプライドが高い自分自身が、恨めしかった。

 

『では言葉を変えましょう。このままでは()()()()されますよ?』

『っ! そんなこと、アンタに言われなくても私が一番わかってる!!』

 

その言葉を最後にえななんは沈黙した。恐らくセカイに行ったのだろう。

 

『──私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……

   貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います』

 

誰もいない空間に少女は1人、優しく呟いた。

 

 

 

やがて、ナイトコードから声が聞こえてくる。

 

『あ……いつの間に……?』

『戻ってきた! みんないる?』

『うん、ちゃんと戻ってる』

『雪は……』

 

長い沈黙。永遠かと思われるその静寂は、1人の少女によって破られた。

 

『……いるよ』

『雪!』

『……そっか。よかった』

 

それは紛れもなく雪の声だった。

以前のように明るく優しいものではないが、たしかにそこにいる。

 

『みなさん、おかえりなさい』

『word……うん。ただいま』

『ただいま~♪ お蔭様で無事雪を連れて帰ってこれたよ~!』

『……その、ただいま』

『……? ただ、いま?』

 

wordの出迎えにそう返す4人。

心なしかどこか暖かく感じられたのは、気のせいかもしれない。

 

『wordは最後まで来なかったんだね』

『はい。出迎える人が1人もいないのでは、寂しいじゃないですか』

『……wordは、寂しいかった?』

『そうですね。雪さんがいないナイトコードは、どうも暗かったですから』

『あーはいはい、そういうのいいから。でも、なんかちょっともったいなかったかも』

 

セカイにいかなかった理由を唯一知るえななんが、話題を変えようと必死に頭を回す。

そして導き出されたのはセカイでの不思議な出来事だった。

 

『そうそう、“Untitled”が曲に変わってさ! みんなで歌ったんだよね……って、あー!!』

 

なにか異変に気付いたのか、大声を張り上げるAmia。

あまりの大きさにみなが耳を塞いだ。

 

『うるさっ! なによ急に!?』

『共有フォルダ見てよ! “Untitled”が……!』

『共有フォルダの“Untitled”……? それがどうかして……』

 

その声に導かれ、Kがフォルダを確認するとタイトルが変わっていた。

“悔やむと書いてミライ”と。

 

『ミクは、本当の想いを見つけたら、想いから歌が生まれる……って言ってた』

『じゃあ、これがさっきの……』

『……うん……』

 

その変化と、雪が戻ってきたことに対する嬉しさでみなが沸き立っている。

しかし現実の時間はそんなにいい時間ではなかった。

 

『……もう朝になるから、解散しよう。

 早めに休んで……また明日から、次の曲を作り始めたい』

『そうだね。あと実際すっごく眠いし……ふわぁ』

『それじゃあ──』

『あ、ちょっと待って!』

 

いつものようにKが絞めようとしたところで、Amiaがまたも声をあげる。

それはオフ会をやろう、というものだった。



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第11話「夜を越えて」

週末。言葉の姿はファミレスにあった。

 

「あ、来た」

「やっほー言葉ー、こっちだよ~」

 

店奥のテーブル席。

つまらなげにスマホを弄っている神高の制服をまとった少女と、

見慣れたピンクのサイドテールを揺らし、手を振る人物。

 

「お待たせしました。Kさんと雪さんはまだみたいですね」

「うん。Kはもうすぐつくみたいだけど、雪はHRが長引いてるらしいから」

「そうですか」

 

2人は隣同士で椅子に腰かけており、露骨にソファ側が空いている。

荷物を寄せながら一番奥へと腰かけて、2人と向き直る。

 

「っていうかアンタも神高なわけ? それにネクタイとブレザーなんて」

「この方が気が引き締まりますから。えななんさんは確か夜間でしたね」

「そ。はーあ、まさか同じ学校だなんてね……やんなっちゃう」

「ボクは嬉しかったよー? いやぁ、世界って広いようで狭いんだねー」

 

そういう瑞希は完全に私服である。

学校をサボっているのはまるわかりだが、それを気にする者は誰もいない。

 

「そういえば瑞希、wordの名前知ってたの?」

「うん。つい最近だけど学校で会ったんだ。まあ色々あったけど」

「……?」

 

本来なら盛り上げるべき話題であろうが、

瑞希にとってはその後の会話が重要なため口をつぐんだ。

えななんはそんな普段と違ってしおらしい瑞希に対して首をかしげるも、

聞こえてきた入店の効果音に気をとられる。

 

そこにはまるで幽霊のように佇む白髪でジャージ姿の少女がいた。

 

「あ、来た来たー! こっちこっちー!」

「……遅れてごめん」

「大丈夫、まだ雪は来てないし」

「奏、こちらの席が空いてますからどうぞ」

 

ニーゴのリーダー、宵崎奏。

口にしたのは謝罪の言葉であったが、対して気にしないえななんがフォローに回る。

安堵を覚えながら言葉の隣へ腰かけた。

 

「それにしても、昨日ぶりなのにリアルで会うのは初めてなんだよね。

 ……ちょっと変な気分かも」

 

なんだかんだセカイで何度も会っているものの、

あんな不思議空間では実感がわかないらしく。

えななんの言葉に瑞希も同意を示す。

 

そこからは雪が来るまで他愛ない会話を続ける。

とは言っても話しているのはいつもの2人で、後の2人は聞き手に回っている。

 

「そうだね~。えななんって、写真撮る時はやっぱフィルタかけまくってるんだなーって♪」

「はぁ!?」

 

いつものおちゃらけた空気にえななんが声を上げていると……

 

「……ごめん、お待たせ」

 

濃い紫髪にくせっ毛のポニーテールを携えた少女が姿を表す。

制服姿のところを見るに学生だが、神高ではない。

 

「あ……」

「どうも」

「雪……」

「大丈夫、全然待ってないよ! みんな、まだ注文もしてないし」

「そう、よかった。隣、座っていい?」

「……あ、うん」

 

雪と呼ばれたその少女は、変わらず無感情な声で奏の隣に腰かける。

一瞬空気が変わるかと思われたが、間髪いれずに瑞希が話題を繰り出した。

 

「それじゃあまずは、自己紹介タイムからいってみよ~!

 ボクは暁山瑞希だよ♪ 瑞希って呼んでね! はい、次えななん!」

 

いつものテンションで押しきる瑞希。

こうなると止まらないため、指定されたえななんは少し呆れていた。

 

「はいはい。東雲絵名。……なんか、改まって名乗ると変な感じだね」

「あ、名前知ったあとも、そっちで読んでなかったしねー。

 これからは名前で呼んじゃおっと♪ じゃあ次は……」

 

セカイで既に名前は知っていたものの、実感がわかないのは瑞希も同じだったらしく、

この機を境にリアルではそう呼ぶことになるだろう。

進行役のように次の人物を探す中、1人の少女が動く。

 

「では私が。神山高校1年C組の鶴音言葉です。よろしくお願いしますね」

「え? 1年? ウソ、年下……?」

「そういう絵名は2年ってこと? そうは見えないなー」

「ちょっと、それってどういう意味?」

「ひとまずその話題は置いておきましょう。K、お願いします」

 

再び口論が勃発しそうになるも、素早く次の人物へと移す言葉。

次の人物がKとあっては、2人も黙るしかなかった。

 

「宵崎奏。……雪は?」

 

フルネームとはいえそれだけだった。すぐに雪へと転換する。

 

「……………」

 

少しの沈黙。そして──

 

「……朝比奈まふゆ」

「まふゆ……」

 

奏は、噛み締めるように名前を呟き、意味を考える。

 

「だから……雪って名前だったんだね」

「……………」

「これからもよろしく、まふゆ」

「……うん。迷惑かけて、ごめん」

 

こうして救いたい少女と、見つけてほしい少女は、お互いの存在を認識しあう。

 

「……ねえ。それ、ほんとに悪いと思っていってるわけ?」

 

しかし、その謝罪に納得の行かない絵名は反論していた。

2週間以上の失踪に加え、奏や瑞希、果てには自分も巻き込んだのだ。

プライドの高い彼女からすれば、それだけでは物足りないのだろう。

 

「……どうなのかな。自分でもよくわからなくて」

「まあ絵名さん、今はいいじゃないですか。こうしてまふゆさんも戻ってきた事ですし」

「そそ。それより注文しよ注文! ボク、フライドポテトがいいな~」

 

このままでは空気が死んでしまうと判断したのか、言葉と瑞希がフォローに入る。

それぞれが注文を終えて、飲み物が行き渡る。

 

「じゃ、乾杯しよ!」

「え、乾杯って、なんの?」

「ニーゴの初オフ会記念に決まってるじゃん!

 そのためにみんなに集まってもらってたんだし♪

 ほらほら、奏もまふゆも飲み物持って持って」

 

それぞれが飲み物を手に、瑞希の音頭を取り乾杯する。

それからつつがなくオフ会が進行していくのだった。

 




今回から、あとがきにリンクを併設します。
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第12話「どこにもいない少女」

雪こと、朝比奈まふゆの失踪も無事解決し、ニーゴは活動を再開させた。

そんな何気ない日々を送っていたある日の夕方。

ふと演奏帰りの言葉は、通りがかった店の張り紙を目にした。

 

「母の日、か」

 

日頃の感謝を伝える日として存在している日。

しかしあまり日本では祝日でもなく、もはや形骸化していると言ってもいい。

商業としても花屋くらいしか広告を打たない程度である。

 

それでもそんな広告によって少女は1人、ある場所へと足を向ける。

 

そこは宮益坂で見かけた一軒の花屋。

知ったのも散歩の途中に見かけた程度であったが、この時ばかりはその知識が役に立った。

 

色とりどりの花が目移りしそうになるが、店先で主張していたのはカーネーション。

赤や白、ピンクと種類も豊富であった。

 

「うーん、どれにしようかな……」

 

そこにはすでに1人の少女が迷っていた。

邪魔をしないようにと思ったところで、その少女が見知った人物であることを知る。

 

「あれ、まふゆさん?」

「え? あ、言葉。こんなところで珍しいね。今日はお出掛け?」

「はい。少し花を買おうと思って」

「……わかった。母の日だから?」

「ご名答です」

 

2人は軽く会話をしたあと、またカーネーションへと視線を移す。

冷やかしではないのだが、お互いに買うものを決められないでいた。

 

「あら、お客さん? なにかお悩みかしら」

「そうなんです。カーネーションを買いに来たんですけど、種類がいっぱいで迷っちゃって」

 

そんな様子を見て1人の女性が置くから出てくる。

本来悩むことのないまふゆも相手に贈る分気を使っていた。

 

「それなら、花言葉で選んでみるのはどうかしら」

「花言葉ですか? たしかカーネーションだと無垢で深い愛……だった気が」

「ええ。よく知ってるのね。でもカーネーションは色によっても花言葉が違うのよ」

 

そう言って店員が教えてくれたのは色ごとの違い。

赤は『母への愛』、白は『純粋な愛』、ピンクは『女性の愛』なのだと。

 

「そんなに違いがあるんですね。それじゃあ私は赤色にしようかな」

「でしたら私はピンクを」

「ふふ、ありがとう。すぐに用意するわね」

 

こうして無事に買い物を終え花屋を後にする2人であった。

 

 

 

「あの店員さんのお蔭でよい買い物ができました。喜んでくれるといいのですが」

「……そうだね」

 

夕日で赤く染まった道を話しながら歩く2人。

笑顔で語る言葉に対し、1輪の花を眺めながらまふゆはそう呟く。

 

彼女は自分がわからない。

こうやって母の日に贈り物をするのも、それが普通とされるからに過ぎない。

親に対して、世間に対して従順な彼女に他の選択肢は与えられていなかった。

 

「言葉は、どうして花を買ったの?」

 

この形骸化した文化に沿う彼女のことが気になった。

なによりも自分に嫌悪感を与えた、彼女の行動理由。

 

「日頃の感謝を込めてですよ。思えば、なにも出来ていませんでしたし」

「それなら、赤でもよかったんじゃない?」

 

なにせ今日は母の日である。赤を選ばない他ないだろう。

そこまで考えているのに、あえて別の色にした理由が見当たらない。

 

「だって、母親でもない人に『母への愛』だなんて、おかしいじゃないですか」

 

そう答える彼女の顔は相変わらず笑っている。しかしその発言は明らかにおかしなものだった。

たとえ事実だとしても、建前や世間体というもので誤魔化すのが普通。

いつかのような正論は、またまふゆの心を掻き乱す。

 

「……ほんと、気持ち悪いね。言葉は」

 

その顔も声もとうに感情が失せていた。

ふと立ち止まり、ただ先をいく言葉を見つめている。

思い出すのはセカイでの出来事。まふゆの質問に答えなかった少女は、また目の前にいた。

 

「ねえ、今度こそ教えてよ。この気持ち悪さはなに?」

 

今はとなりに誰もいない。しかしまふゆの中には少なからずニーゴの面々とミクがいる。

あの時のように取り乱すことはないだろう。

 

「別にわからなくてもいいじゃないですか。これからゆっくり見つけていけば──」

「──誤魔化さないで」

 

静かな怒りと共に彼女の言葉を断じる。

それは時おり他のメンバーに見せる姿であった。

その気を感じたからか、ようやく言葉も足を止め振り返る。

 

「どうせ()()()()()んでしょ? さあ、答えて」

 

答えを迫るまふゆ。そんな彼女に対して、ようやく言葉が口を開いた。

 

「──わからないからこそ、気持ち悪いんじゃないですか」

「……どういうこと?」

「正体不明、曖昧模糊、未知なるもの。理解の及ばぬ全てに対し、人は嫌悪し恐怖する。

 それは人として当たり前の感情です。まふゆさんのそれも、その類いによるものでしょう」

 

ただ超然と語る彼女は日を背負い影に覆われている。

表情からその想いを探ろうとしても、日の明るさと影の暗さの対比でわからない。

 

「あなたは、誰? あなたは、どこにいるの?」

「私はどこにもいませんよ」

 

目の前にいる筈なのに、何1つとしてわからない。

掴み所のない少女──掴めない少女は1人、沈む夕日を味方につけていた。

 

 

 

帰宅した言葉はニーゴの共有フォルダを眺めている。

 

「本当の想いを見つけたら、想いから歌が生まれる、ですか。

 それはとっても素敵な事ですね」

 

Untitledのこと、セカイのこと、ミクのこと。まだまだ謎は深まるばかり。

しかし少女達はこうしてようやくスタート地点に立つことが出来た。

他の誰でもない自分達の手によって。

 

 

彼女の瞳の中。そこに写し出された音楽ファイル。

 

その名前は────“Untitled”のままだった。




ご無沙汰しております、kasyopaです。
100件記念とはいえ計12話、少し長めのお話となりました。
本編にはなんの関係もありませんが、
オリ主自身の設定改変等は行っていないので悪しからず……

さて、次回からですがまたも焦点が変わります。
次章「SΛMPLING ΣUSIC」。お楽しみに。

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外伝編「対岸少女のお茶は渋い」

順当に読まずして、このお話を見つけるのは中々のニーゴ好きだとお見受けします。

今まで読んでくれていた方々に一言。
「すまない、筆が滑った」

『ボクのあしあと キミのゆくさき』の第6話改編&後日談とでも思ってください。それでは。


「ねえあんた、瑞希と同じ学校なんだから少しは知ってるでしょ! 噂とか、そういうの!」

 

 セカイに呼び出された言葉は、早速絵名に質問攻めされていた。話によるところ、この前の日曜日に外出した時明らかに調子が悪かったというところから始まる。それを気に病んだ絵名はメンバーの中で唯一全日制に通う生徒の言葉に詰め寄ったのだ。

 

「噂、ですか。私はそういう物に疎いのでなんとも」

「なんでもいいの! いじめられてるとか仲間はずれにされてるとか……あんた委員長なんでしょ!? そういうの委員会とかで上がらないわけ!?」

「特別これといったことはなにも。ですが苛めも隔離もありません。以前お願いされた時からずっと」

「あ……ごめん」

 

 ミステリーツアーから瑞希の様子がおかしいのは絵名も知っている。その時点から言葉は瑞希の様子を伺うよう依頼されていた。しかし、それが成果を上げた試しはない。泣かず飛ばすとはこういうことだった。

 

 しかし絵名も言葉を知らない訳ではない。まふゆが本性を現した時も、最後にはセカイに赴かないことで調和を保った。裏方の仕事を全うしこのニーゴに貢献してきたことを知っている。以前からの依頼も、そういった積み重ねから導かれた信頼であることに絵名は気づいていない。

 

 そのためか、苛めも仲間はずれもない、という言葉は嫌に信憑性のある情報だった。初成果といえば少々物足りないが、今はこれで満足するしかない。

 

「でも、じゃあなんであんなに苦しそうなのよ……」

「それは私達だから知り得ない事なんでしょうね」

「は……?」

「この辺りに関しては私より適任がいると思います。では、私はこれで」

「あ、ちょっと!!」

 

 言葉は遠くにあるひとつのオブジェクトへと視線を送った後、曲を停止させた。絵名はため息ひとつ吐いて、何かあるのかとオブジェクトを見つめる。そこには一人の影があった。

 

「あれって、MEIKO?」

 

 このセカイの住人だというのに、一切干渉してこないバーチャル・シンガー。以前セカイを訪れた時にもルカとなにか話していた事を思い出す。

 

「(適任って、そういうこと?)」

 

 残された手がかりに藁にもすがる想いで、絵名はその場から駆け出した。

 

 

/////////////////////////////

 

 

「ねぇMEIKO、一緒に紅茶でもどう?」

 

 言葉は誰もいないセカイにレジャーシートと水筒を持ってきた。普段のそれとは違った態度に、裏があるとみたMEKOは首を横に振る。

 

「私は、遠くから見守るだけと決めているの。だからいらないわ」

「そう。なら一人で楽しむね」

 

 そういって言葉はその場にシートを広げて腰を掛ける。遠くの方からミクとリンが興味津々で見つめているが、近寄ろうとしない。言葉がコップを片手に微笑み手招きしてみるも、物陰に隠れてしまった。

 

「あらぁ、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」

「いいよ。でもその代わりひとつお願いしていいかな?」

「ええ、私に出来ることならなんでも」

「よかった。これ、終わった後でいいからミクとリンに。あの子達はあの子達で楽しんでほしいから」

 

 それでも一人動じないバーチャル・シンガーが一人。そう、ルカである。そんな彼女に対して言葉は快く受け入れいる代わりにもうひとつの水筒を差し出した。しかも自分の物より大容量である。私達以外の皆で飲める、という暗示だろう。

 

 ルカはそれを受けとると、わざとらしく言葉のとなりに座る。中くらいのサイズで自由に座れるのだが、それを彼女に問うところで、のらりくらりとかわされるだけなのは目に見えている。加えて隣に座った程度で動じるほど言葉も子供ではなかった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう。ところで、お茶菓子はないのかしら?」

 

 地べたに置いても問題ないセカイに広げられたレジャーシートは、まるでテーブルクロスのよう。しかし乗っているのは当人とルカのみ。お茶会を開くにはなんとも味気なかった。

 

「ないよ。だから代わりにお話でも、ね?」

「……それなら尚更、話すことはないわ」

 

 今まで静観を決め込んでいたMEIKOも、その目的がわかるや否や踵を返して立ち去る。それは見守ると決め込んだ故に選んだ行動でもある。

 

「砂糖を入れすぎた紅茶は紅茶の味がしないけど、砂糖のない紅茶は渋くて飲めないからね」

「なんの話?」

「何事も塩梅が大事ってこと。砂糖はもちろん、その距離もね」

 

 そう言った言葉は紅茶を呷る。そこに砂糖の一切も入っていないと気付くのは、ルカが口を付けた後だった。

 

 

 

 今日のナイトコードには別の用事があるということで言葉がいない。といっても彼女の担当は編曲や調整といった下請けであるため作業は滞りなく進んでいく。そして何より瑞希の心の棘が取れたわけではない。しかし今を楽しむ事に注力すると決めた瑞希はニーゴの為に貢献していた。

 

「ねぇ、もし良かったら皆でセカイにいかない?」

「えっ?」

 

 そんな中で絵名がひとつの提案をする。曲やイラストのブラッシュアップの為にミクやリン、メイコやルカに見てもらおうと。実際はMEIKOの目が届く範囲に瑞希を置いておきたかったのがある。

 

 特別断る理由もなくセカイに訪れたメンバーが最初に見たものは……

 

「あ、みんな……」

 

 ミクがレジャーシートに腰をかけてリンと水筒のコップに口をつけていた。ほんのりと薫る茶葉の香りから紅茶だと分かるのにさほど時間は要さなかった。

 

「紅茶にレジャーシートって……」

「あはは、ピクニックみたいだね。ミク、それって誰がおいていったの?」

 

 最も持ち込みそうな瑞希が問いかけている時点で可能性は消える。絵名もここまで気の効く性格ではなく、奏とまふゆは論外。消去法でいくと自ずとたどり着く一人の少女の影。

 

「言葉が持ってきてくれたの」

「え、あいつが?」

 

 たどり着いても、意外という言葉しか出てこない。しかしリンが首を縦に振ったためその場にいた誰もが信じざるを得なかった。近づいてはじめてそのレジャーシートの上に6つのコップと添えられたガムシロップの存在に気づく。瑞希は面白そうなものを見つけた目で水筒の中身を確認していた。

 

「結構いっぱい入ってるね。ボク達で分けてもまだ余りそう」

「私達に楽しんでほしい、って言ってた」

「へー、じゃあお言葉に甘えてもらっちゃおーっと」

「あ、コラ瑞希!」

 

 折角ブラッシュアップの為にと来てみればこれである。といっても今回ばかりはその為の道具があるからなのだが。

 

「うわ~! これスッゴく美味しい! どこのお店の銘柄なんだろ、後で聞いてみよっかな」

「え、嘘、そんなに?」

「うんうん、みんなも飲もうよ! ほらほら、遠慮しないで~」

 

 まるで幹事のようにコップに紅茶を注いでは回す瑞希。この紅茶のお陰か、肌色がいくぶんかマシになっているように思えた。疑い半分でそれぞれが口にする。

 

「! 本当だ……」

「これ美味しくない!?」

「……さあ」

 

 それぞれが感嘆に震える中で唯一味覚が損なわれている少女がどちらでもない答えを返した。こればかりは仕方ないと諦める3人だが。

 

「でも、いい香りだって思うよ」

 

そんな彼女からこぼれた言葉がその場に染み渡る。こうして一旦の作業は終わりにして、小さなお茶会が開かれるのであった。



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ACT1「SΛMPLING ΣUSIC」
第1話「迷える子羊Ⅰ」


全9話構成。
シークレットディスタンス前になります。


言葉のギプスも取れいつもの演奏会を再開し始めた頃、

そのそばではなんとも不思議な光景が広がっていた。

 

「理那、あれからどう?」

「んー? へっほう(結構)はのひふ(楽しく)やってるよー」

 

空き教室でスティックパンを齧りながら、言葉の演奏に耳を傾けていた理那。

しかしその視線は机上に広げられた参考書とノートパソコンに向けられている。

それら全てがDJに関するものであるのはいうまでもない。

 

今のご時世アプリを使えばスマホやタブレットで操作することも出来るが、

「やれることが多いのはいいことだ」という事でノートPCを持参している。

無論家には最近購入したDJ用機材があるものの、そんなものを学校に持ってくれば没収は必至だ。

 

「……まあ、理那が楽しそうならいいかな」

「めちゃくちゃ楽しいよーこれ。

 まあ言葉の演奏はすっごい綺麗だから弄ったりしないけど」

 

実際言葉の楽器の分野はクラシック・和風・民族のどれかであるため、

電子音などをはじめとしたDJスタイルとは圧倒的に相性が悪い。

 

それをお互い理解しながらも演奏を終えた言葉は、

理那の右隣に移動しお弁当を広げた。

それを確認するのと同時に、ヘッドホンを耳に当てる理那。

 

「やっほー言葉、今からお昼?」

 

その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、扉を開けて入ってきたのは瑞希だった。

 

「暁山さん、またお昼登校?」

「ま、そんなとこかなー。

 でも普段のボクからすれば登校頻度も上がったよ?

 言葉のお弁当がボクを待ってるからさ~」

「そんなこと言ってもダメです。今日はサンドイッチなので」

 

言葉は少食であるためその数も4つほどしかなかった。

あとは多少のおかずも詰められているものの、

メインを取られては今後の授業に響くかもしれない。

 

瑞希から隠すように左へと移動させれば、

第3の手がサンドイッチをつまみあげた。

 

「うんまーい!? なにこれバカ旨いじゃん!」

「「あっ」」

 

隣に座っていた理那が感動のあまり声をあげる。

 

「ちょ、理那なんで勝手に食べてるの!?」

「いやーごめんごめん、目の前に出てきたから食べていいのかなーって」

「ずるーい! ボクにも分けてよー!」

 

駆け込んできた瑞希も颯爽とかっさらい頬張った。

 

「んー! やっぱりこれも最高だね!」

「斑鳩理那さん、暁山瑞希さん。私言いましたよね? ダメだと」

「あ、あれ? 言葉怒ってる?」

「あ、これいつものアレなんじゃ……」

「少しお話、しましょうか」

「「ヒィッ!?」」

 

それからしばらくの間、空き教室では言葉のお説教が続いたという。

 

 

 

お説教もほどほどにお昼を再開させる中、

お互いに初見の人物が居たため自己紹介が始まった。

 

「私は斑鳩理那。1年C組で言葉の友達。それであなたが……」

「1年A組の暁山瑞希だよー、よろしくね~」

「あ、やっぱり。言葉と杏から色々聞いてたから気になってたんだよね。よろしくー」

 

軽い挨拶と握手を交わしているのを横から眺める言葉。

フレンドリー同士、すぐ仲良くなれるだろうなと思いつつ、

水筒を傾けていた。

 

「ところでそれなんの本? コーデとかじゃない……ね。うん」

 

女子高生が昼間に広げている本など雑誌辺りが定番だが、

その中身を覗くや否や飛び込んできたマシンの数々に肩を落とす瑞希。

 

「これ? DJになるための教科書とか参考になりそうな雑誌。

 あとはオリコンチャートとか流行の音楽とかの雑誌かなー」

「へー、理那ってDJやってるんだ。イベントとか出たりするの?」

「私は始めたばっかりだから勉強中。何事も基本が大事だからねー」

「その熱意をちょっとでも勉強の方に向けてくれたらいいんだけど」

「今だって『勉強』してるでしょー?」

「まあそうだけど……」

 

言葉はコップを傾けながら日頃の行いについて半ば皮肉染みた台詞を呟くも、

気の利いた答えでなにも言えなくなってしまう。

 

「ところで言葉はなに飲んでるの?」

「コンソメスープ」

「え? 水筒にコンソメ? お茶とかじゃなくて?」

「うん。お茶は別の水筒で持ってきてるから」

 

言葉の水筒からはほんのりと湯気が上がっており、中からは独特の香ばしい香りが漂っていた。

それに対して思わず苦笑する理那と瑞希。

 

「言葉ってばたまに突拍子のないことするよねー。理那も友達やってて疲れることない?」

「ぜーんぜん? 瑞希だってこういうところが面白いから付き合ってる癖に~」

「(……へえ、結構鋭いじゃん。そういうところは似た者同士ってところかな)」

「お、その表情もしかして図星?」

「まあそれも1つあるけどね」

「じゃあ私の108の得意技、

 読心術でもう1つも当ててしんぜ「理那、それくらいにして」あたっ」

 

空になったコップで理那の額をコツンと叩く言葉。

対して痛くもないが彼女らしからぬ行動に驚き反射的に発言が止まる。

 

「暁山さんも理那には気をつけた方がいいよ。たまに心読めてるんじゃないかってくらい鋭いから」

「……あはは、そうだね。気を付けておくよ」

「むう失敬な。私だってちゃんと相手選んでやってますー」

 

そんなところで予鈴が鳴り響く。まもなくお昼休みも終わりのようだ。

慌てた様子で本やパソコンをまとめる理那と、弁当を畳む言葉。

そんな中で瑞希がふと尋ねた。

 

「理那のそれってさ、自分がわからない人とかでもなに考えてるかわかったりする?」

「度合いによるけど……さっきも言ったけど、ホイホイ誰にでもやる訳じゃないし。

 それにテレパシーとかじゃなくて、私の直感だから外れることも多いよ」

「じゃあさじゃあさ、会ってほしい人がいるんだけど──」

「あ、それは無理」

 

その言葉をバッサリと切り捨てつつ立ち上がる理那。

心なしかその表情は救いたいと願った少女のそれと似ている。

 

「私の腕を買って言ってるだろうけど、それはお門違いだよ。

 人ってのはそう簡単なものじゃないからね。言葉、行くよ」

「あ、うん……」

 

そのまま2人は教室を去っていく。

 

「ま、そんなに簡単にはいかないよね。ボクが言えたことじゃないけどさ」

 

1人取り残された瑞希は本鈴が鳴るまで、ただ呆然と天井を仰ぐのであった。

 



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第2話「迷える子羊Ⅱ」

午後の授業もほどほどに放課後へ突入するや否や、

理那の机上にはお昼と同じ光景が広がっていた。

 

「理那ー、今日どうするよ?」

「私はパスー。ちょっと勉強してから帰るからー」

「オッケー、委員長は?」

「私も理那に付き合うよ。ごめんね」

「はーい。それじゃあ2人ともまたねー」

「またねー」「うん、また」

 

クラスメイトの誘いを断りつつ、

椅子を持ち出した言葉は理那の席までやってきていた。

相変わらずヘッドホンを片手に、

ミキサーやらリズムマシンが映った画面で試行錯誤を繰り返している。

 

その手元には参考書を書き写したであろうノートがある。

箇条書きや表を多用されており、到底勉強できない人間のものとは思えない。

 

そんな作業を延々と続けて時間が過ぎていく。

しかしうまく形にならないのか頭を掻きむしっていた。

 

「もし良かったらなにか買ってこようか?」

「いんや、もうすぐ終わるから大丈夫。根詰めすぎるのもだめだからねー」

「そっか」

 

ふと声をかけるも理那はむしろそれを機会と捉え、音量調整に集中し始める。

作業終わりになにか差し出せたらな、と思い教室を後にした言葉。

 

「(理那はよく食べるし、パンも買ってあげた方が喜ぶかな)」

「あれ、鶴音さんだ。ずいぶん遅いね、委員会の仕事?」

 

そんな中で杏とすれ違った。

鞄を肩にかけているところを見るに、今から帰るところらしい。

 

「あ、白石さん。ちょっと理那に付き合っててね。そっちは部活?」

「そうそうバレー部の助っ人。理那ってば最近忙しいみたいだから呼ばれることも多くってさー」

 

理那は部活に入っていないがその実、

運動神経がよく知り合いも多いため部活の助っ人を頼まれることも多い。

しかし今はDJの勉強で忙しいために全て断っていた。

 

「ってことはまだ理那も帰ってないの? ちょっと気になるし覗いてみよっかな」

「あ、ならもし聞かれたら購買でなにか買ってくる、と伝えてくれると嬉しいかな。

 なにも言わずにきちゃったから」

「オッケー。理那ってば何してるんだろ」

 

そこで別れた2人はそれぞれ目的地に向かって歩き出すのであった。

 

 

 

言葉が購買から戻ってくると、そこには理那と杏が仲睦まじく話し合っていた。

 

「で、ここは逆にスローテンポでキックマシマシにして……」

「なるほどねー、ここで上げてるから休憩みたいな感じにしてるんだ」

「そうそう。あ、言葉お帰りー」

 

杏が言葉の椅子に座りながら、理那のヘッドホンを使っている。

 

「あ、ごめんね椅子勝手に使っちゃって」

「別にいいよ。それより余り物しかなかったけど、良かったら」

「お、流石言葉お昼も貰っちゃったのにいいの?」

「うん。あ、お金は気にしないで。白石さんも良かったら」

「え、私の分も? ありがとうー! お腹ペコペコだったんだ」

 

2人は差し出されたパンを頬張りながらも、相変わらずパソコンに目を向けている。

そのそばから立って眺めていると、理那がちょいちょいと手招きした。

 

「ねえ言葉も聞いてみてよ。感想聞きたいなー」

「あ、うん。いいよ」

 

ヘッドホンから流れてくるのは、

本来の音源とは違う差し替えられたメロディーと時おり聞こえてくるフレーズ。

聞きなれたバーチャルシンガーの曲だが、

本来よりも盛り上げることに特化したアレンジになっている。

 

「すごい……これってリミックスっていうんだっけ」

「そそ。ただちょーっと物足りないんだよねー」

「これで物足りないの? なんていうかこういう感じの曲聞かないからわからないけど……」

「あ、そっか言葉ってば結構シンプルなやつ好きだもんね」

 

日頃からその演奏を耳にしているだけあって、

どういった曲が好みなのかなどお見通しだった。

 

「ってことは杏だけが頼みの綱かー。この前聞かせてくれた曲もEDMとかそういう系だったよね」

「そうだねー……でもこういうのって今まで聞いてきた音楽の数が影響してくるし、

 よかったらCD持ってこよっか?」

「えっホントに? じゃあお願いしよっかな」

 

そんな会話をしている間でも、言葉は食い入るように楽曲を聞いていた。

確かにこういった曲は聞かないものの、なにか助言できることはないか、と。

 

「……インパクト、かな」

「えっ?」

「なんて言うか、掛け声とか、ガツンって来る感じのアクセントがあれば変わると思う。

 後は盛り上げる時に使う、だんだん音が上がっていくアレとか……

 あ、でもそれって人のスタイルにもよるから一概にも言えないんだけど」

「それすっごくわかる! 私だったらここのフレーズリピートしたりして……」

 

ヘッドホンから漏れる音を聞きながら杏も同意する。

伊達に彼女も場数を踏んでおらず持ち歌も少なくない。

歌唱力だけでなく『自分の歌』として歌い上げる力は確かなものであった。

 

「いやー流石経験者のいうことは違いますなあ。私なんかとは大違い」

「でも理那だってここまで出来るなんて大した腕だよ。

 正直こんなにうまいなら音楽の学校とかに行った方がよかったんじゃない?」

「かもねー。でもそうしたら言葉と杏に会えなかったし、それに……」

 

理那はパソコンを操作し、動画サイトのお気に入り登録欄を表示する。

そこには、あるアーティストの楽曲が並んでいた。

 

「この世には、もっとすごい人達がごまんいるからね」

 

その名は『O()W()N()

投稿された楽曲は全て投稿して数日足らずで20万再生を達成していた実力者。

少し前までは時の人として騒がれていたが、

今は更新もなくなり悔やむ声がコメント欄に溢れている。

 

「あー、この人ね。私も知ってるけど曲がちょーっと暗すぎるっていうか……」

「あはは、杏はもっとテンションカチ上げる曲の方が好きそうだもんねー!」

 

笑って誤魔化す理那だが、言葉はある1点においてこの人物を認識していた。

 

「これって確か理那が最初に勧めてくれた人、だよね」

「あ、やっぱり覚えててくれたんだ」

 

言葉がセカイに導かれて間もない頃、理那が勧めたアーティストがOWNだった。

勧めた理由としてはその頃ニーゴの楽曲を好んでいたからに他ならないが、

話題の共有という側面が強い。

 

「じゃあとりあえず今日は解散! 杏、良かったら連絡先交換しとこうよ」

「いいね、それに何かあったらうちの店まで来てよ! 協力するしさ」

「ありがとう! やっぱり持つべきものは友だよねー!」

 

こうして3人は居残り勉強もほどほどに帰路につくのであった。



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第3話「第三の刺客Ⅰ」

ランチタイムを過ぎてお客さんも落ち着いたWEEKEND GARAGE。

テーブル席に座った2人の少女が雑談を交わしている。

 

「なーんかビビッと来ないんだよねー。

 有名なのは大体集まってきたんだけど、自分らしさが欲しいっていうかー。

 あ、すみませーんコーヒーおかわり下さーい」

「モグモグ……恩人さんも大変そうですね。

 あ、わたしもサンドイッチおかわり下さーい」

「はいよ」

 

杏からCDを借りたり、音ネタを求めてネットの海を彷徨していた理那。

自分の感性を満たしてくれる音に出会えず、行き詰まっていた。

 

そんな時の為の杏であり、本来なら言葉が付き添うはずだったが……

 

「今日は言葉の代わりに来てくれてありがとね文ちゃん。

 私の奢りだからいっぱい食べてもいいよー」

「いえいえそんな! お姉ちゃん急にバイトが入っちゃって、こっちこそごめんなさい」

「いいよー気にしないで。じゃあお互い様ってことで」

「はい! ありがとうございます!」

 

もとより明るい性格の2人が打ち解けるには、そんなに時間はかからなかった。

といった理由により代わりに文が遣わされ、

今は親睦を深めるためにお互いの経緯を話している。

 

「はい、サンドイッチとコーヒーお待ちどう。

 でも2人が知り合いって珍しいよね。鶴音さん繋がり?」

「はい! 理那さんはお姉ちゃんの命の恩人なので!」

「文ちゃんは言葉と違って素直だねー。でも恩人さんっていうのはやっぱり言い過ぎかな?」

 

杏が注文された品を差し出しつつ、珍しい組み合わせに口を挟む。

ある意味似た者同士の3人ではあるが、こうして揃うことはいままでなかった。

 

「それで今日来たのはやっぱりDJの件?」

「そうそう。生の声ネタとか欲しくてさ、ちょっと録音させてもらえないかなって」

「別に私はいいけど、お店の手伝いが終わってからかなー。ごめんね」

「ううん、その間ゆっくりさせてもらうし、おじ様が良かったらライブスペース使わせてもらうし」

「今日は特に予約も入ってないから、好きに使ってくれてて構わないさ。

 むしろDJ志望なら人に聞いてもらってこそだからな」

「だってさ文ちゃん。なにか1曲いっとく?」

「あ、じゃあこの前お姉ちゃんと歌った曲でいいのがありますよ!」

 

そういって文が聞かせたのはかつて姉がライブで披露した曲。

しかし今は篠笛などあるはずもなかった。

 

「あ、和楽器……」

「大丈夫、その辺りはスクラッチとかで頑張るからさ」

「じゃ、じゃあ早速やりましょう! ステージお借りしますね!」

「あはは、文ちゃんってばはしゃいじゃって可愛いなぁ。

 あ、おじ様今から音出しとかするんでちょっとうるさいかもですー」

 

了解、といった様子で手を振る姿を確認してから機材のセッティングを始める。

スピーカーから聞こえてくる音に、自ずと客の興味も移っていった。

 

「しかし理那って言ったか。あの子はなかなか度胸があるな」

「まあ普段からなに考えてるかわかんないけどね。

 面白そうって思ったことにはなんでも突っ込んでくからさ」

「それでも最初の一歩は勇気がいるもんだ。後必要は自分の本心、くらいか」

 

そんな様子をカウンターから眺めつつ、謙はおもむろに呟く。

その先には機材の調整を行う理那と、興味津々でそれを傍から見つめる文の姿があった。

 

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

1曲終えると拍手喝采──とはいかず、少ないながらも労いの拍手が上がる。

言葉の時のようにリクエストの声がかかることもなかった。

 

「うーん、やっぱり最初はこんなもんかー。現実は厳しいね」

「でもでもすっごく楽しかったです! またやりましょう!」

「オッケー。文ちゃんは先に席戻ってて」

「? はーい」

 

理那は文を先に席へ戻し、まるで外部と自分を遮断するようにヘッドホンを深く被った。

 

「(お客さんの反応は正直よくなかった。つまりお客さんが求めてるのはこれじゃないってこと。

  杏が聞かせてくれた感じがガツンと来る系じゃないと反応は悪い、と。

  でもまあ音ネタもないし技量も全然足んないから……選曲くらいか)」

 

自分の手持ちの楽曲からあるものを選出し、音源の差し替え、打ち込み直し。

到底常人ができない速度でそれを仕上げていく。

もちろんスピーカーの音は切ってあった。

 

「理那ってばどうしたんだろ、あんなに真剣なの見たことない」

「恐らくさっきので火が着いたんだろう。占領されるのは良くないが……

 客も少ないことだし、今はそっとしてやれ」

「はーい。文ちゃんはどうする? もうちょっとゆっくりしていく?」

「じゃあ、サンドイッチまたおかわりで!」

「はは、お前さんうちのパンを全部食うつもりだな?」

「えへへ、だっておいしいんですもん!」

 

そんな微笑ましい会話には一切交わらず、理那はひたすらに手を動かしていた。

そこに1人の来客が現れる。

 

「こんにちわ」

「いらっしゃー──ってこはね! 今日も歌いに来たの?」

「うん。個人練習の日だったし、せっかくならって」

「あー、でも今ちょうど使ってる人がいてさ」

 

やって来たのはこはねであった。

杏と軽い会話を挟みつつ店奥のライブスペースに目をやれば、

見知らぬ金髪の少女がすごい形相でヘッドホンを被っている。

 

「あ、こはねちゃんだやっほー」

「あっ文ちゃん!」

 

思わず視線を反らせばそこに見知った人物を見つける。

向かいには飲みかけのコーヒーがあったため、文のとなりに座るこはね。

 

「ごめんね、あの人お姉ちゃんの恩人さんなの」

「恩人さん……?」

 

聞きなれぬ単語を耳にして首をかしげる。

 

「おーい理那ー、使いたいお客さんが来たよー」

「………」

 

杏が声をかけるも一切聞こえていないのか、作業の手を止めない。

その真剣さは、まるで命を懸けているかのようであった。

 

「杏ちゃん気にしないで。わたしも文ちゃんとお話したかったから」

「まあ、こはねがそういうならいいけど……」

 

ライブスペースが空くまで、そこから始まる他愛ない談笑を楽しむ3人であった。




新作「君と一緒に歌いたい」、連載開始ですー。
( `・ω・´)ノ ヨロシクー

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君と一緒に歌いたい


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第4話「第三の刺客Ⅱ」

 

「よーし出来た。すみません結構使わせてもらっちゃって」

「気にするなと言いたいところだが、それは俺に言うよりそのお客さんに言った方が良さそうだ」

 

こはねがやって来て少し経った後、理那がようやくこちらに戻ってきた。

こちら、といっても位置ではなく現実の問題だが。

 

謙が向ける視線を追えば、自然とこはねの元にたどり着く。

 

「っと、ごめんなさい。ちょっと集中しちゃってて。

 すぐ空けるからもう少し待っててもらっていいかな」

「あ、いえ気にしないで下さい。それより、出来たっていうのは曲……ですか?」

「あはは違う違う。私みたいなトーシロが0から作るなんてできないよ。

 アレンジっていうかリミックスだね。もしそっちが良かったら聞いてく?」

「はい! 是非!」

 

この店で様々なアーティストがプレイしているのはこはねも知っていた。

しかし自分達とは別の、同年代の少女がやっているのは見たことはない。

そんな理由から物腰柔らかに受け答えする理那に同意を示す。

 

「それじゃ、しっかり付いてきてね!」

 

そんな掛け声と共にスピーカーから流れ出したのは──

 

「えっ、ウソ!?」

「この曲……!」

「あ、リンちゃんとレンくんの曲だー」

 

こはねと杏の『十八番』であった。

しかし原曲に比べて重低音を効かせたものであり、

Bメロはチップチューン調に仕上がっている。

 

ここの客からすれば聞きなれた曲であり、一気にその注目を浴びた。

しかしその旋律はノるというよりも聞き入るものに近い。

 

それでも理那の闘志はひしひしと伝わってきた。

やがて曲を終えて機材を片付け1人席へと戻る。

呆然と眺める客を余所目も振らず、ソファにどっかりと座り天井を仰ぐ様は、

まるで疲れ果てたサラリーマンのようだった。

 

「サンドイッチ食べます?」

「あーうん。ありがと」

 

最初に声をかけたのは文だった。それも称賛の声ではなく心配によるもの。

文からサンドイッチを受け取りつつ頬張る。

それをコーヒーで一気に流し込んでから、こはねの方へと向き直った。

 

「あ、ごめんねライブスペース占領しちゃって。もう大丈夫だから使っちゃっていいよ」

「あ、はい! ありがとうございます」

「こちらこそありがとね。ねえ杏、あの子って一緒にお化け屋敷来てた子だよね?」

「そうそう、そういえば紹介してなかったね。私の大切な相棒」

 

ライブスペースに駆けていくこはねの背を目で追いながら、理那は杏に問いかける。

かつて屋上で聞いた告白の相手だと気付くのに、そこまで時間を要しなかった。

 

謙の許可をもらいつつ歌い始めるこはね。その歌声に理那と文は目を丸くした。

 

「わーお、さすが杏の相棒さん」

「こはねちゃんかっこいい~!」

 

先程まで圧倒されていた客達も、だんだんとこはねの空気に塗り替えられていく。

確かな実力と少ないながらも経験から得た覚悟が伝わっていた。

その証として文は身振り手振りで喜びを伝えており、

こはねは恥ずかしそうに頬を赤く染めている。

 

「あはは、文ちゃんってばあんなに夢中になってる」

「それだけあの子のことが好きなんでしょ。相棒取られても知らないよー?」

「それは文ちゃんでも流石に勘弁かなー。そういう理那は音ネタ、録らなくていいの?」

「今はいいよ。っていうかもうそんな空気じゃないしね」

 

ほどなくして歌も終わり、観客となった面々からリクエストを受けていた。

 

「ねえこはねちゃん、わたしと一緒に歌おうよー」

「いいよ。なに歌おっか」

「それじゃあねー」

 

文もそれにあやかってリクエスト……ではなくその先を行く。

歌唱力は到底及ばなくても、恐れず突っ込んでいく心を持った彼女に怖いものはなかった。

歌唱と舞踏による変わった舞台は観客を魅了していく。

 

「(やっぱり、どんな分野にも天才ってのはいるもんだね)」

 

2人のライブを眺めながら理那は思い知る。

 

万能の天才を目の当たりにして、

それでもどれかひとつでもと願いを込め打ち込む日々。

しかしどれも自分を満足させることはできず、結果も得られなかった。

 

そして今は音楽という道に進んでいるものの、

やはり『格の違い』を思い知らされる。上り詰めても更なる上が存在する。

皆が最初からそうでなかったと知っていても、今自分のいる場所と比べてしまう。

 

「……理那?」

 

どこか遠くを見つめる理那に思わず声をかける杏。

その表情はいつしか屋上で見た顔に似ていた。

 

いつもより騒がしいWEEKEND GARAGEでの時間は、こうして過ぎていく。

 

 

 

店を後にしつつ、文と理那の2人はビビッドストリートを歩いていた。

 

「ごめんなさい、わたしのせいで全然録音できなかったですよね」

「気にしないで。むしろお陰さまで人前で披露できたんだから」

 

そのタイミングで文も本来の目的に気付いたのか、肩を落として謝っていた。

そんな文に対して、今日得られたものに感謝を述べる理那。

自分の実力の無さを実感できただけでも収穫はあったと言える。

 

「はーあ、結構手応えあると思ったんだけどなー」

「確かにお客さんはノッてなかったですけど、でも……なんていうんだろ。

 凄くてなにも言えなかった、みたいな?」

 

観客として見ていたからこそ感じられるものもあると言わんばかりに、

あの時の空気感を思い出しながら、文が励ましの言葉を送る。

 

「へえ、文ちゃんってばいい勘してるんじゃん」

「えへへ、誉めてもなにも出ませんよー」

「じゃあ嬉しいからお姉さんがなにか買ってあげよーう!」

「わーい!」

 

自分とは違った感性の持ち主。

どこか説得力のある言葉に癒されながらも、2人は帰路につくのであった。

 



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第5話「巡りめぐる出会いⅠ」

理那は家に着くなり、部屋着に着替えて散らかった部屋の椅子に身を投げ出す。

その衝撃で机の上に山積みになった本が崩れ床に散らばった。

 

「あーあー……せっかく積んでたのに」

 

それはDJに関する本……ではなくカウンセリングに関する本だった。

といっても本屋で目についたものをある程度買い揃えただけに過ぎず、

今や無用の長物として部屋の一部を占拠していた。

 

本棚へ戻そうとしても、今度は外科に関する本で溢れている。

入れる余地などどこにもない。

クローゼットの中に押し込もうと開けば、古びたアルバムが何冊も積み上がっている。

こちらも入れる余地はなかった。

 

「いらないなら捨てたらいいんだけど、捨てられないんだよねー」

 

理那の部屋を占拠しているのはいつも本ばかり。

しかも全て自分で選んだものなのだからタチが悪かった。

 

一度こうだと決めた時の行動は早いものの、

段々と楽しさが消えていきいつしか手をつけなくなっていく。

昔も、そして今も。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだった。

 

とりあえず部屋のすみに散らばった本を積み上げ、

机上に広がるDJの参考書を読み漁る。

良いと思ったところは全てノートに書き写しては、

箇条書きや表を多用し見やすくまとめていく。

 

そのままいつしか時が過ぎ、

11時に差し掛かろうとしたところで理那の腹の虫が鳴った。

 

「……うん、今日はこれくらいにしよっかな」

 

適当なところで切り上げて食卓へ移動する。

小さな灯りがついており、1人の男性がお茶漬けを(すす)っていた。

 

「父さん帰ってたんだ。おかえり、珍しいね」

「ああ。今日は思いの外患者が少なくてな」

 

一切顔も合わせず言葉を返す彼の横で、レトルトカレーの封を切る。

冷ご飯の上に盛ってそのまま電子レンジへ。

 

「と言いつつ大体断ったんでしょ」

「最近の患者は評判ばかり気にしてたまらん」

「皆最新医療が一番治りやすいとか思ってたりするもんね」

 

理那の父、譲太郎はテレビで取り上げられるほど凄腕の外科医である。

しかしその評判から態々彼を求める声も大きく、

大した病気や怪我でなくても譲太郎に診てもらいたいという患者が後を絶たない。

 

実際のところテレビの取材など、病院側の評判をあげるために上が勝手な承諾しただけで、

本人は一度たりとも首を縦に振ったことはない。

ただ勝手に録らせているだけに過ぎなかった。

 

「いただきます」

 

出来上がったカレーを頬張るも、なにかひと味足りない。

お茶漬け用に添えられた沢庵を1枚掠め取る。

 

「おい理那、それは私のだぞ」

「1枚くらいいいでしょー。福神漬け代わりに」

「それくらい冷蔵庫にあるだろう」

「ならそっちのだって入ってるでしょ」

 

そんなやり取りにため息ひとつ吐いて、再び箸を進める。

それ以上の会話は食卓になかった。

 

 

 

部屋に戻った理那は再び勉強のために机上へ向かう。

するととなりに置いていたスマホが一瞬光った気がした。

 

「んー? なになに、『Untitled』……?」

 

見覚えのない楽曲がダウンロードされている。

興味本意で再生すれば、途端に溢れ出した光に包まれ────

 

 

 

理那は1人、(わだち)の残る道の上に立っていた。

灰色の雲が空を覆い尽くし薄闇に包まれている。

道以外には枯れ草だけが敷かれており、目印になりそうなものはどこにもなかった。

 

「なにこれ、夢?」

 

ためしに自分の頬をつねってみるもただ痛いだけ。

足の裏に感じる土の感触も、吹き抜ける風の冷たさも現実だった。

 

「てかさっむ!? なにこれ秋とか通り越して真冬じゃん!」

 

最近暖かくなってきた影響で寒いことこの上ない。

靴も無いため段々と体温が奪われていく。

宛もなく歩くかと思いきや、道端に近場の枯れ草を敷いて座り込む理那。

スマホの動作を一通り確認しつつも、地図アプリなどは全て役に立たない。

 

「なんか目印でもあれば『───! ──!』……ん?」

 

参った様子で辺りを見渡していると、道の先に小さな村を見つける。

祭りをやっているようで、灯りの他に歓声と歌声まで聞こえてきた。

 

それに導かれるように歩を進め、目の当たりにしたのは。

 

『皆盛り上がってるかー!』

「「「おおおー!!」」」

『それじゃあまた回していくわよ! しっかり付いてきなさい!』

「「「おおおー!!」」」

 

照明代わりに周囲に配置された松明の数々。

村の広場に集まり歓声をあげる人々と、荷台がステージに改造された大型トラック。

その上では1人の女性がDJを務めていた。

 

ピンクのベストワンピースにむき出しのネクタイ、ベストを留める太いベルト。

個性的な衣装であったが、それよりも特徴的なピンクのストレート髪が目に入る。

聞こえてくる歌声も自分には聞きなれたものだった。

 

「な、なんでルカが居るの?」

 

バーチャルシンガー、巡音ルカ。

一方的に知っているだけの存在が、まるでそこにいるように歌いディスクを回している。

それはまるで村全体がひとつのフロアと言わんばかりに。

 

「おうアンタ、ルカさんを知らねえのか!?」

「ルカさんは最高よ! 彼女こそ私達の太陽なんだから!」

「アンタも分かるだろ、ルカさんの天才っぷりが!!」

 

観客が理那の疑問に答えるようにルカを称賛する。

その声と全体の様子を見れば嫌でもわかる。彼女もまた天才だ。

 

「そうだね。間違いなく天才だ」

 

歌に関して右に出るものはいない。それがバーチャルシンガーにとって当たり前。

ライブが終わるまで、理那は観客に紛れルカの姿をただ眺めるだけだった。



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第6話「巡りめぐる出会いⅡ」

 

熱気も冷めぬまま終わりを告げたルカのステージ。

村の人々は自分の家に戻っていき、生活の灯を点していた。

取り残された理那は、機材の片付けをするルカをそっと見守っている。

 

「そんなところで見てるくらいなら、少しは手伝ったらどう?」

 

先ほどステージの上で見せた顔とはまるで別人のように、

淡々とした口調でこちらに告げるルカに目を丸くする。

 

「ご、ごめん」

 

しかし彼女の言うことはごもっともであり、

何より吹きすさぶ風をしのぐにはちょうどよかった。

謝りつつ引き抜かれたケーブルを巻き取っていく。

そんな中で、ルカが使っていたDJ機材に目がいった。

 

「あれ? これ私が買ったやつじゃん」

 

そこにあった全ての機材が最近楽器店で買い揃えたものだった。

違いがあるとすれば年期の入り具合で、所々使い込まれていた跡が残っている。

触れてみても感触は新品とはほど遠いものの、なぜか手に馴染んだ。

 

「勝手に触っていいって言った覚えはないけれど」

「わわっ、ごめんルカ! でも私の持ってるやつと同じだったからさ」

「そう。よかったわね」

 

いつの間にか戻ってきていたルカが不機嫌そうな顔を浮かべていた。

思わず弁解するも、その言葉だけ残し別の作業に移る。

 

「(もしかして怒ってる? いやそれよりなんでルカと普通に喋れてるの?)」

 

バーチャルシンガーによるライブはあくまで立体映像や3DCGによるもの。

それが終われば消えてしまう。彼女達の発する言葉も事前に用意されたものに過ぎない。

しかし、今いるルカは言葉の意味を解していた。

そして今も機材の固定やらケーブルの片付けに勤しんでいる。

理那が触れていたものと変わらないため、実体を持っていることも理解できた。

 

「それより、貴女はここに何をしに来たの?」

「は? え? いや、何しに来たって私が聞きたいっていうか……」

 

謎が解けぬままとりあえず作業を続けていたところで、不意に声をかけられる。

手伝ったら? と提案したのは彼女であるため、もっと根本的な問題だろうと予想するも、

むしろこの場所すらわからない理那は、素直に質問で返す他なかった。

 

「……ああ、貴女まだ自分の想いに気付けてないのね」

「自分の想い? 何それ?」

「片付けが終わったら教えてあげる。ほら、そこのケーブルを取って」

「………」

 

大人の魅力を引き出したクールビューティーの雰囲気はどこにもなく、ただ冷たく接する彼女。

イメージとのギャップに戸惑いながらも、ただ言われるまま片付けを続けるのであった。

 

 

 

折り畳み式の机と椅子を広げ、バーナーからは青い火が上がっていた。

マキネッタを使って淹れられたコーヒーを差し出される。

 

「あいにく砂糖とミルクは切らせてるの。良かったら飲む?」

「あ、うん。ブラック派だし別にいいよ」

「そう。ならよかった」

 

口調は多少和らいでいるがその表情は崩れない。

受け取ろうとしてその指に触れ、引っ込めてしまった。

 

「……無理に飲めとは言わないけど」

「あ、そうじゃなくて、その……ルカって実在したんだなって」

 

間一髪溢さずに済んだが機嫌を損ねたらしく、再び厳しい表情に戻ってしまう。

再び弁解するもすっかり気落ちしてしまった理那は段々と尻すぼみになった。

 

「なるほど。まずはそこから説明が必要ね」

 

となりに座り、空を見つめながらコーヒーを飲むルカ。

面倒なのかとその顔を伺うも、気にしている様子はない。

 

その口から告げられたのは、Untitledとセカイ、バーチャルシンガーの関係。

そして本当の想いとそこから生まれるウタについて。

 

「つまり私にも本当の想いっていうのがあって、そのためにルカが居てくれるって訳?」

「そういうことよ。まあ、そんなに簡単な問題じゃないけれど」

 

何かを知っている素振りを見せるも、自分達よりずっと大人な彼女の心は読み取れない。

ただ、どことなく悲しげなのは見てとれた。

 

理那は気を取り直して周囲を見渡すも、めぼしいものは何もない。

あるとすれば家から漏れる暖かい生活の光くらいか。

 

「そういえばルカって今日はどこかに泊まるの?」

「泊まれる場所なんてないわ。ずっとあそこよ」

 

自分はUntitledを止めれば家に帰ることが出来るが、ルカはそうはいかない。

それに気付いた理那は思わず問いかけていた。

そう言って指差す先にあったのは大型トラックの運転席。

てっきり宿でも借りるのかと思いきや、いたって現実的な回答であった。

 

「お金がないとか?」

「まあ、そんなところね」

「ふーん……クシュッ!」

 

野宿よりかはマシと思ったからか、追求はしなかった。

そんな中で撫でるように吹いた一陣の風にくしゃみをひとつ。

そろそろ寒さも限界だった。

 

「ごめんねルカ、今日は帰るよ。またUntitled再生したら会えるよね」

「ええ。そっちが想いを変えない限りはね」

 

思わせ振りな台詞を残しルカは立ち上がる。

その意味を理解できないまま、理那は光に包まれた。

 

 

////////////////////////

 

 

光が消えた後、ルカはコーヒーを飲み干し後片付けも程々に運転席へ潜り込む。

その中は生活感が溢れており、毛布やティッシュ、本が完備してあった。

 

「あの子は、想いを変えないままでいられるのかしら」

 

そんな弱音をこぼしつつに毛布にくるまり目を閉じる。

彼女の呟きに、返事をするものは誰もいなかった。



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第7話「“太陽”に挑むⅠ」

 

翌日、学校を終えた理那は早々に家へと戻りセカイに訪れていた。

前回の失敗も踏まえて外靴と冬用のコートも完備している。

 

セカイに降り立ち最初に目にしたのは、ステージの準備をするルカの姿であった。

 

「こんばんわルカ。忙しそうだね、手伝うよ」

「ありがとう。そこに配線図があるからケーブルを頼むわ」

 

感謝こそ口にするも、そこに心はなくただ発しているだけ。

それでも雑用に関して言葉との付き合いで慣れていた。

手探りで作業をするも、ルカに比べればずっと遅い。

 

「私が下で聞いてるから、理那は適当に音を出してちょうだい」

「はーい」

 

ようやく終えたかと思えば今度は音出しなどの作業。

広場の真ん中に立つルカの指示を受けながら、

スピーカーの向きや細かい音量の調整を行う。

 

それが終われば今度はフライヤーの配布。

ルカは別の作業があるとのことでステージに残っていた。

村の家を残らず回りひとつずつ丁寧に渡していく。

 

「おう昨日のアンタじゃないか。ルカさんの手伝いかい?」

「まあそんなところですね」

「そうか、まあ頑張りな」

「ありがとうございまーす!」

 

皆快く受け取ってくれる上に、時折労いの言葉を送ってくれる。

そんな理那の心も少しは軽くなった。

 

「ルカさーん、フライヤーの配布終わった──」

「ここはもっと鋭く……もっと盛り上げるためにこっちの音も入れて……」

 

次の仕事を貰おうとルカの元へ駆け寄るも、

額には汗が浮かび真剣な表情で、セトリを見つめDJ機材を操っている。

 

その様子を観察しながら、横からハンカチで拭き取る理那。

 

「……なに?」

「ん? ほら、手術でもいるでしょ、汗拭く人」

「………」

 

理解できない、といった表情を浮かべるルカだったが、

作業を妨害しているわけでもなくむしろ作業に集中出来る。

その後は何も言わずに続けるのであった。

 

 

 

村全体に夜の帳が落ちる。

雲のせいでよくわからないが、明るさ的に夜だというのはわかった。

周囲に配置した松明に火をつけて、ルカに合図を飛ばす。

スピーカーから音楽が流れ始めるや否や、

我先にと家から飛び出した観客達が広場を埋めていく。

 

『さあ皆、今日も盛り上がって行くわよ! しっかり付いてきなさい!』

「「「おおおー!!」」」

「やっぱりルカさんは天才だな! アンタもそう思うだろ!」

「ええ、アタシなんかルカさん無しじゃ生きられないわ!」

「ルカさんは私達の太陽よ!」

 

歓声と称賛を受けながら、ルカはそれに応えるようにステージを盛り上げていく。

そこに悲しい曲は一切なく、EDMなどの曲で満たされていた。

そんな中、やはり理那は遠目に彼女を見つめている。

しかし以前ほど悪い気分ではなかった。

 

「バーチャル・シンガーも、苦労してるんだなあ」

 

このステージを成功させるためにやって来た努力。

そして何より葛藤するルカの姿が見れただけでも、このステージには価値があった。

 

天才と称される彼女はその実、それに勝るほどの努力を重ねている。

それは毎日どこかで練習している言葉も同じであり、

かつて同じ医学の道を目指した友人もそうであった。

 

ふと、ステージの上に立つルカが理那の方を見た。

盛り上がっていないことに違和感を覚えたのかと思いきや、

笑顔でウィンクを飛ばしてくる。いわゆるファンサというものだった。

 

「(そこまでされたら、返さないわけにはいかないよね!)

  ルカさんかっこいいー!!」

 

空気に徹していた理那は、誰にも負けないくらいの歓声をあげる。

それは村全体が一体になった証であった。

 

 

 

「お疲れさま。はいコーヒー」

「ありがとルカ。ステージ最高だったよ」

「それはどうも」

 

ステージが終わり、いつもの調子のルカが戻ってくる。

まるで流れ作業のように片付けを終えれば、2人は再びテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいた。

 

「もう釣れないなー。ステージじゃファンサしてくれた癖に~」

「さあ、そんなことしたかしら」

「したした。私が男だったら恋しちゃうくらい」

「興味ないわ」

 

言葉や杏と変わらない態度を取る理那。

ルカの態度は崩れないものの、それもひとつの愛嬌として捉えられるほど心を許していた。

 

「ごめんねルカ、この前はなんかよそよそしくしちゃって」

「別にこれからもそれでいいわよ。その方が私も気楽になれるし」

「ええー、そんなこと言わないでよー」

 

バーチャル・シンガー、巡音ルカ。

最後に開発された彼女のスペックは当初の人々を驚かせるには十分だった。

なにより注目を受けたのはその流暢な英語と声の低さにあり、

バイリンガルとして活躍を期待される。

今でもその印象は根強く残っているが、大人の女性として幅広い楽曲を歌い上げていた。

 

「(おかしいよね。人間がバーチャル・シンガーに嫉妬するなんて)」

 

どうしてか理那の周りには『天才』と呼ばれる人間が多かった。

そんな人に置いていかれる自分が悔しくて、努力して、それでも届かずやがて諦めていた。

──誰よりも傍で見ていたはずなのに。

 

それを、今回のルカのステージで改めて思い知らされた。

そういう人ほど苦労しているのだと。

 

「ねえルカ、お願いがあるんだけどいいかな」

「ステージを手伝ってくれたお礼位なら」

「じゃあじゃあ、DJについて教えてください!」

 

頭を下げて教えを乞う。しかしルカは何も言わない。

 

「………」

「……あれ? ルカさーん? もしもーし」

 

流石に違和感を覚えて顔をあげると、

ひたすらにだんまりを続けつつマグカップを傾ける彼女。

顔すら合わせてくれなかった。

 

「ルカ聞いてるー? もしかしてフリーズしたとか?」

 

視界を遮るように手を上下させるも、態度を崩すことはない。

コーヒーを飲み終わると、ため息をひとつ吐いてから口を開く。

 

「貴女はなんの為に教えを乞うの?」

「そりゃ、やるなら徹底的にやりたいじゃん。

 それにバーチャル・シンガーは本当の想いを見つける手伝いをしてくれるんでしょ?」

 

腕捲りしつつ楽しそうに笑顔を浮かべる理那に対し、やれやれといった表情を浮かべるルカ。

 

「じゃあこの村の人を沸かせられたら考えてあげる」

 

その提案は生半可なものではなかった。

この村で太陽とまで言われる存在が居る中で、同じことをして見せろという。

──それでも。

 

「なるほどね。面白そうじゃん」

 

まるで大きな壁ほど越える甲斐があるとばかりに、笑みを浮かべる。

それもそのはず。彼女のそばにいる者はいつだって天才だったのだから。

 



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第8話「“太陽”に挑むⅡ」

それから理那の挑戦が始まった。

再びセカイを訪れた彼女は村人達を沸かせようとある準備をしている。

 

「よーし、セッティング完了! 何回もやってたら慣れるもんだね」

「ねえ理那、本気でやるつもりなの?」

「もっちろん! だってその方が面白そうじゃん」

 

荷台の上で満足げに声をあげる理那の前にはDJ用の機材が揃っている。

それはもちろんルカのものだが、何故か自分のそれと同じ。

扱い方も同じであるため1から覚える必要はなかった。

 

音を出しながら調子を見ている理那の元へ、続々と村人達が集まってくる。

 

「おーっし、皆集まってくれたねー。じゃあしっかり付いてきてね!」

 

それに気分を良くして、独断の元で選び抜かれた楽曲を回し始める。

しかし村人達は盛り上がることを知らなかった。

理那は構わず曲を回し続けるも、見かねた人達は自分達の家へと帰っていく。

数曲流し終えた頃には、そこに誰も残っていなかった。

 

「ありゃりゃ、まあそう簡単にはいかないよね」

 

そんな光景を目の当たりにしても、仕方ないと割りきる彼女。

最初から誰もがうまくいくわけがない。

 

翌日も、その翌日もDJを努めるも村人達の反応はよくない。

 

「なんだよ、またあいつのステージかよ」

「前座は引っ込んでろー!」

「私達はルカさんのステージを見たいの! 邪魔しないで!」

 

そんなある日のこと、ついに村人の不満が爆発し罵声を浴びせる人が出てくる。

果てにはブーイングとなって会場を覆っていった。

 

「(わかってはいたけど……実際言われるとキツいね……)」

 

物こそ飛んでこないが、収拾をつけるには理那には到底無理である。

まともに罵声を浴びた理那の手が止まろうとした時、ルカがとなりに立った。

 

「理那、代わるわ」

「で、でも私のステージだし」

「それどころじゃないでしょ。現実を見なさい。

 皆ごめんね! これからが本当のステージよ、しっかり付いてきなさい!!」

 

励ましてくれるかと期待するも非情なもので、

見かねたルカがステージを代わって別の曲を歌い始める。

すると観衆の罵声は歓声へと変わり、空気が一変した。

 

「(やっぱりルカはすごいなー……でも、ちゃんと見なきゃね)」

 

出来る限り多くのものを盗むために観察を続ける理那。

しかし彼女の感覚をもってしてもその理由はつかめず、

むしろ魅了されていき観衆の1人としてルカに声援を飛ばすのであった。

 

 

 

無事にステージを終えていつものようにコーヒーを淹れるルカ。

そのとなりには当然のように理那の姿もあった。

 

「ありがとねルカ。代わりに立ってもらっちゃって」

「本当に感謝してるなら早く戻って勉強でもしたらどう?

 それに、同じDJでなくてもあの人達を沸かすことは出来るでしょ?」

 

確かにルカの言う通りで、村人を沸かすのにDJである縛りはない。

しかし理那はあえて同じ壇上で勝負しようとしている。

その理由は伺い知れなかった。

 

それにこの村人達はルカという存在を知っている。

しかも相手が現役であるため、比較対象にされるのも無理はなかった。

 

「いいじゃん別に。逆にDJはダメって言ってないしさ」

 

それでも理那は返し刀で切り返す。

これ以上は何を言っても聞かないと判断したのか、

ルカはカップをおいて運転席の方へと歩き出した

 

「今日も運転席で寝るの?」

「ええ。理那も早く戻りなさい。コーヒーは体を冷やすから」

「じゃあ他の人の家に泊めてもらったらいいじゃん!」

 

節約しているのかと思いきや違うようで、ならばと提案してみる。

あれほど村人達を沸かせたルカであれば一晩くらい泊めることは容易いだろう。

それにカリスマシンガーを泊めたとなると皆に自慢も出来る。

 

「前も言ったけど、泊まれる場所はないわ。このセカイのどこにもね」

 

全てを諦めたように吐き捨てる彼女。その顔はどことなく過去の友人に似ていた。

 

「……じゃあ私がお願いしてあげるよ!」

「あっ、理那!」

 

一方で諦めきれない理那は、一番近くの家のドアを叩く。

出てきた村人にその旨を伝えると──

 

「ありがたい申し出だが……ウチにはルカさんを出迎えられるほどのものがなくてね。

 悪いが他を当たってくれないかい」

「あ、わかりました……」

 

そう言われてしまい扉は固く閉ざされる。それでもと別の家を当たってみるが……

 

「ウチも貧乏だからとてもじゃないが──」

「ルカさんはもっとウチより綺麗なところが──」

「ウチは1人暮らしだから寝床がなくて──」

 

それぞれが何かと理由をつけて断っていく。

数回程度であれば「そんなものか」と割りきれるが、

村の半数を越えた辺りで嫌でも違和感を覚え始める。

 

そしてついに泊めてくれる家を見つけることは叶わなかった。

 

足取り重くルカの元へ戻る理那だが、

最初に声をかけた家のそばを通りかかったとき、僅かに開いた窓から声が漏れている。

 

『いやぁ、ルカさんの歌は素晴らしいが泊めるのは別だろう』

『そうね。あんな恐れ多い方を泊めたら気が気じゃないわ』

『そうだな。やっぱり我々は見てるだけが一番だよ』

「っ!」

 

その声を振り払うように駆け出す。目指すのはルカの元。

 

「どうだった?」

「最初から知ってたの……断られること」

「そうね」

 

再び席に戻りコーヒーのお代わりをしているルカは、顔も合わせず空を見つめている。

 

「ふっざけんな!! あれだけ太陽だの天才だの持て囃して、

 皆、皆そうだ! 人の本当の姿も知らない癖に──」

「──理那」

 

激昂する理那を引き戻すように名前を呼ぶ。

その言葉に我を取り戻し、肩を落として席に戻った。

 

「ごめんルカ、私が怒ることじゃなかったよね」

「別に気にしてないわ。……ふふ、太陽ね。そんな風に言っていたの。あの人達は」

 

理那のマグカップにコーヒーを注ぎながら、ルカは笑う。

 

「太陽は確かに光をくれるけれど、直に見ればその目は瞑れ、傍に寄ればその身は焼かれる。

 言い得て妙、とはまさにこのことね」

 

差し出されたコーヒーを一杯。

理那はそれがずっと苦く感じるのであった。



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第9話「日暮れの少女」

ところ代わって現実世界。

理那は1人でWEEKEND GARAGEを訪れていた。

 

「(何がいけなかったのかなー……)」

 

まだ早い時間だからか客は理那しかいない。

ただただスプーンで特製ブレンドをかき混ぜるだけで、一切口をつけていなかった。

 

思い出しているのは当然ルカのステージであり、

考えているのは自分とルカのステージの違い。

 

自分の感覚で正しいと思ったことをしているが、それで村人達は満足してくれない。

好きな曲を、と思ってみても村人の好みがわかるわけでもない。

 

ましてや罵声を浴びせられ無責任にも止まりかけた。

ルカのお陰で事なきを得たが、昔も今も誰かに向けられる言葉の暴力は、

理那にとって心の古傷を思い出させるには十分である。

 

「はーあ……またこのパターンかー……」

 

冷めきったコーヒーをちびちびと飲みつつ、奥のライブステージへ目をやる。

そこではこはねと杏が練習のために歌っていた。

それは熱意と闘志の籠ったもので、なにかに向かってまっすぐ突き進まんとしている。

 

それはそれとして、やはり納得させるには腕を磨くしかないのだろう。

それこそ、あの時見たライブステージを越えるような何かを。

そのために必要な物は────

 

「ほら、お呼びがかかってるぞ」

「あえ?」

 

謙が理那の視線を奥のライブスペースへと誘導すると、

そこでは歌い終えたこはねと杏が手招きしていた。

思考を中断させて2人の元に駆け寄る。

 

「はいはいお2人とも何か私にご用かなー」

「もう理那ってば呼んでも気付かないんだから。ほら、この前アレンジした曲今持ってる?」

「まあそりゃ、自分でやったアレンジだし? それがどうしたの?」

「よかったらさ、それ私達に歌わせてくれない?」

 

そう申し出る杏の隣ではこはねがコクコクと頷いている。

あの時観客を沸かすことができなかった自分のアレンジを、

友人とはいえ抜群の歌唱力を持つ2人が歌う。

本来なら喜ばしいことだが、今の理那にとってはその意味がわからなかった。

 

「別にいいけど、私のでホントにいいの?

 あれだけ有名な曲、探せばもっといいアレンジあるよ」

「いや、それはそうなんだけどさ……

 なんていうの、こう、胸の奥に訴えかけてくるっていうかさ、

 理那だってあるでしょ、そういうこと」

「ははーん、さてはビビッと来たなー。オッケー、杏にそこまで言われちゃ仕方ないね。

 そこの相棒ちゃんも問題ないかな?」

「は、はい! えと、よろしくお願いします!」

 

理那もそこまで言われて感づかないほど鈍感ではない。

こはねに問いても同じ答えが返ってきたので、早速準備を始めことにした。

 

「それでー? リンとレンのパートはどっちがやるの?」

「こはねがリンのパートで私はレンのパートだけど……」

「はーい。じゃあ1番だけさらっと歌ってみてよ」

「? う、うん」

 

何故1番だけなのか、その意図を汲み取れないものの歌い上げる。

当然歌い方は曲に合わせて本来の物とは変えていた。

 

「(相棒ちゃんの声はリンより丸い感じ。杏はまあ男声レベルまで弄って大丈夫でしょ)

  なるほどね、大体わかった。そんじゃしっかり付いてきてね!」

 

一通り聞き終えてからカウントを入れつつ再び曲を再生する。

先程と同じように歌う2人だが、耳から入ってくる声が違っていた。

お互いの特徴を引き出しながらも、曲のアレンジに合わせてフィルターがかけられている。

まるで様変わりした持ち歌に、謙も少し驚いていた。

 

「こんにちわ謙さん……って2人が歌ってんのか」

「小豆沢と白石に……あれは確か」

「ウチのクラスの斑鳩だよ。最近DJ始めたっつってて、すぐにやめると思ってたが……」

「ああ、彰人と冬弥か。いいタイミングだな」

 

そんな中訪れた2人の常連も、それに耳を傾ける。

 

「「はぁ……はぁ……」」

 

曲が終わり、こはねと杏の呼吸をマイクが拾う。胸の鼓動が止まらなかった。

 

「すごい……おんなじ曲なのにまだ心臓がドキドキしてる」

「すごいよ理那! こんなに出来るなら最初っから言ってくれたら良かったのに!」

「お粗末様でした。楽しんでくれて私も嬉しいよ」

 

称賛の声に理那は笑顔で返す。

しかしどこか思い悩んでいるようで、素直な笑みには見えない。

そんな中で次の曲を流し始めた。

 

「───♪ ──♪ ───♪」

 

それは先程の前衛的なものではない。

一般的なバンドサウンドに理那の歌声が乗る。シンプル故に歌詞が響く。

その曲は奇しくもルカのもの。

それもソロでは最高峰の知名度を誇る名曲中の名曲だった。

 

周りに振り回されながらも自分も必死に回る様は、さながら理那の心境を謳ったようで。

 

「おじ様ありがとう。コーヒー、ごちそうさま」

「……ああ」

 

曲は終わると同時にお金を置いて、理那はWEEKEND GARAGEを後にする。

そこに残されたのは、その後ろ姿を見つめるVivid BAD SQUADのメンバーと謙だけだった。

 

 

/////////////////////////

 

 

「おい杏、アイツに何があったんだよ」

「私も分かんないんだよね。アレンジ歌わせて、ってお願いしただけだし」

「だが、後のあの曲は斑鳩だけで歌っていたみたいだが?」

「うん。最初の曲は私達がお願いしたんだけど……後の曲は全然知らなくて」

 

戸惑いを隠せない彰人は、とりあえず理那と仲がいい杏に尋ねてみる。

しかしあの変化に杏とこはねも戸惑っていた。

 

「技術はあるが覚悟がない、か。まったく、最近の客は変な拗らせ方をする」

 

そんな中で、理那が置いていったお金を預かりつつ謙が呟く。

 

最後に答えを決めるのは紛れもない自分。

それを謙はここに居る誰よりも知っていたのだった。




ダブルラリアット/アゴアニキ

ご無沙汰しております、kasyopaです。
この話にてACT1は終わりになります。

途中で気付かれた方もいると思いますが、しばらくは『斑鳩理那』のお話が続きます。
全3章構成、その1がこの9話。
こんな感じでちょっと湿っぽい話が続きますがよろしくお願いします。
これでバーチャル・シンガーも4人目。
ビビバスカイトが来るより前の執筆だったので正直ビビバス箱イベでは戦慄してました。

高評価もいただき、お気に入りも気づけば120件越え。
1話平均2400ほどながら話数は170話以上という長い長いお話ながらも、
読んでいただける方が増えるのは作者冥利につきます。本当にありがとうございます。

次回「GENIUS DREAMER」。お楽しみに。

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君と一緒に歌いたい


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ACT2「GENIUS DREAMER」
第1話「少女達の探求Ⅰ」


全8話構成になります。


 

授業中の教室に淡々と声が響く。

英語の教科書を持った生徒が内容を読み上げていた。

 

「はい、ありがとう。では次の文章を……斑鳩さん、お願いできますか?」

「………」

 

その名を呼ばれても教科書に食い入るように見つめ、ノートを取っているだけで返事はない。

寝て過ごしているのが日常茶飯事な彼女にとって、

授業態度としては正しいものなのだが、その見ている内容が違っていた。

 

「斑鳩さん? ノートをとるのもいいけど程々に……」

 

教師がその内容を覗き見れば、それは教科書の裏側に隠されたDJの参考書。

ノートもご丁寧にそれ専用のものであった。

 

「斑鳩さん、今は音楽の授業ではありませんよ」

「ああっ! 今いいとこなの……って先生!?」

「では斑鳩さんには罰として、残りを全部読んでいただきましょうか」

「ええっ!? ま、まあいいですけど……」

 

やんわりと怒られつつも席を立ち、指定されたページの英文を流暢に読み上げる理那。

その饒舌さたるや教師のそれとも引けをとらなかった。

 

「ありがとう斑鳩さん。でも本当にもったいないわね、

 読みと会話なら文句無しの100点満点なんだけど……」

「あはは、文法全然わかんないんですよねー」

 

勉強嫌いの理那ではあるが、英語──特に読みや聞き取りに関しては完璧であった。

しかし書く方に関しては、てんでダメなため補習常習犯となっている。

 

「ねえ先生、私だけ英会話でOKにしてくれません?」

「それはちょっとね。それに、授業態度も成績に含まれるから以後気をつけましょうね」

「うぐっ……はーい」

「「「ははは……」」」

 

理那の冗談で乗りきろうとするも釘を刺されてしまい、そんな道化の姿を見て皆が笑う。

これがいつもの1年C組の授業風景であった。

 

「「………」」

 

しかしそんな光景を言葉と彰人の2人だけは笑うことなく見つめていた。

 

 

 

「おい斑鳩、ちょっといいか」

「んー、でも今私勉強で忙しいしー?」

 

昼休みに入り真っ先に声をかけたのは彰人だった。

しかし乗り気ではないのか、理那は目も合わせずパンを齧りながらパソコンを操っている。

ここから動く気はないらしい。

 

クラスメイトである彰人も、彼女がDJの勉強に躍起になっているのは知っている。

春に合わせて新たな自分探しを始める者は数知れず、そして長続きせずに終わっていくことも。

 

理那もその類いだろうと思って放置していたが、

日を追うごとにその度合いが増していき、ついには先程の授業の始末である。

 

『ねえ、こういうのってDJの人が曲回したりするやつ?』

『それはディスコだろ。全然違ぇよ』

『えー、ちょっと興味あったのに』

『確かに理那の直感なら盛り上げられるかもね』

『ほらー、委員長もこういってるしさー』

 

いつかのやり取りを鵜呑みにしたのかはわからない。

しかしWEEKEND GARAGEで見せたプレイは本物だった。

それはこはねと杏の2人が称賛したことがなによりの証明である。

それでもなお、彼女の満足に至らない。

 

「(こいつが見据えてるのはなんだ……まさかこいつもRAD WEEKENDを……)」

 

彰人も杏も突き動かされたあの伝説のステージ。

それを見ていない限り初心者である理那が満足しない訳がない。

その真相を確かめるべく声をかけたのだが、当の本人は全く興味が無さそうだった。

 

「理那、よかったら一緒に食べる?」

「お、言葉ナイスタイミング! 新しいアレンジ出来たから聞いてほしいなー」

「え? あ、うん……」

 

一方で言葉が声をかければ嬉しそうにヘッドホンを差し出してアレンジを聞かせる。

まるで彰人のことなど眼中にないように。

 

「彰人、今日の昼は──どうした?」

「ああわりぃ。今行く」

 

廊下から冬弥に声をかけられたことで見切りをつけ、彰人はその場を後にする。

互いの理由を知ることなく退散した彼の背中を見つめながら、言葉は口を開いた。

 

「行かなくてよかったの?」

「大丈夫大丈夫。なにかあっただろうけど別に今する話でも無さそうだったし」

 

直感の優れる彼女がそういうのなら、と言葉も黙り混む。

そのヘッドホンから流れてくるのはチップチューンと呼ばれる電子音とノイズにまみれた曲。

その歌詞も自分が日々奏でている哀愁に満ちた曲のように悲しげで、

それでも暖かい日々を思い出しているようなものだった。

まるで世界の終わりを歌っているような、そんな──

 

「どうどう? 方向性とか変えてみたんだけど」

「私は好きだよ。でも……ううん、なんでもない」

「そんなこと言って私を誤魔化せると思うなー!」

「わ、ちょ、理那!?」

 

まるでじゃれつくように言葉へ抱きつく理那。

贖罪を聞いてからというもの、スキンシップが激しくなっていた。

毎度抵抗する言葉だが体育系の彼女に敵うわけもなく、やがて受け入れてしまう。

 

「わ、わかった話すから。ちょっと離して」

「はーい。で、どうだった私のアレンジ」

「曲は素敵だなって思う。でも、これを作ってる理那は楽しかったのかなって」

「ああそういうこと? それは……正直私にもわかんないだよね」

「えっ?」

 

予想外の答えに言葉は思わず声が漏れる。

ひどくさっぱりと答える理那だが、その目は自分の過去を語った時のように遠い物だった。

 

「最初は楽しかったんだけど、やっぱり格の違いってやつ?

 上には上がいるし、人気になる理由とかさ、わかんなくて」

 

日々『面白そうだから』や『ビビッと来た』というのが口癖の彼女が、

その本質を見失ってまで曲を作っている。

そんな彼女に1人の親友の為に、自分が出来ることはないかと思考を巡らせる言葉。

 

「わからないなら、聞いてみるのはどうかな」

「? 急にどうしたの?」

「他の人の楽しいこと。楽しいことはみんな同じじゃないし、いい刺激になると思うんだけど」

「なるほどね。じゃあ言葉に早速質問しよっと。楽しいことってある?」

 

言い出しっぺの法則と言わんばかりに質問を飛ばされる。

しかし何やら思い詰めた顔をして考え込んでしまった。

 

「あれ? もしかして言葉ってば思い付かない?」

「……そうかも」

「じゃあいつもやってる演奏は? あ、後読書もあるじゃん!」

「演奏は自分が認められるくらいまでだから義務みたいなものだし、

 読書も楽しいっていうより暇しないからかな。

 好きな物とかはあるけど、それは楽しいとは別だし……」

「あちゃー、そりゃダメだよ。って今の私が言えたもんじゃないけどさ」

 

言葉も自分で言ったはいいものの、

これと言って人生の楽しみを見いだしていなかった。

何もない少女の、ルーチンワークの様に消化されている日々。

それに気付くのも、自分のアドバイスが原因とはなんとも皮肉なものだった。

 

「じゃあ言葉も付き合ってよ。楽しいもの探し」

「……そうだね。よろしくお願いします」

 

こうして理那と言葉による探求が幕を開けたのだった。



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第2話「少女達の探求Ⅱ」

昼休みと午後の授業を終えて早速目ぼしい人物を探し始めた2人。

しかし探すまでもなく1人目が理那の元を訪れた。

 

「なあ斑鳩、ちょっといいか」

「あ、彰人君じゃんナイスタイミング! ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、いい?」

「いや、聞きたいことってオレにもあるんだが……」

「じゃあ早速質問ね、ズバリ彰人君が楽しいと思うことは何!」

「オレのことなんざどうでもいいんだよ! だから話聞けよ!?」

 

お昼に聞きそびれた為に再びやってきたのもつかの間。

今度は一方的に質問を飛ばす理那に対して激しいツッコミを入れる。

そんな騒ぎの中、言葉もその話題を耳にして理那のそばへ寄っていた。

 

「えー、だってこっちの方が重要でしょ。私の未来に関わってるんだからさ」

「だったら先にこっちの質問に答えろって。その後なら何でも答えてやる」

「ちぇー、はいはいわかりまーした。それで質問って?」

 

頬を膨らませながら席に座りその身を引く。

意外にも律儀な態度に戸惑いながらも、彰人は口を開いた。

 

「いや、まあそう改まって聞くほどでもないけどよ……あの時杏達とやってみてどう思った?」

「あー、この前のね。まだまだだなーって思ったよ。

 だってこの世にはもっと凄い人がいるわけじゃん」

「……その凄い人ってのはもしかして謙さんの事か?」

 

本命とも言える質問を飛ばしたとき、なるほどねと理那は笑みを浮かべる。

その本心に気付いたかのように。

 

「悪いけど、それは違うね。確かに杏のおじ様は凄い人だけど、私の目標じゃないよ」

「……そうかよ。ならこの話は終わりだ」

 

つまらなさそうな反応で返しいつも通りの態度を示す彰人。

彼にとって元より理那は相性が悪い。出来る限り関わりたくない人物であった。

 

「それで楽しいこと、だったよな。そんな事聞いてどうすんだ?」

「いや、参考の1つにでもさせてもらおうかなーって。ほら、言葉も聞きたがってるしさ」

 

ここでようやくそばにいた言葉について触れられる。

彰人もその存在に気づいていたが、別段聞かれても問題ないとスルーしていた。

理那のいう通り興味があるのか、表情は変わらないものの先程より接近している。

 

「わかったよ。楽しいこと……仲間と歌ってる時、だな。

 本番のステージだけじゃねえ。練習もそうだ。

 こいつらとなら本気でRAD WEEKENDを越えられるってな」

「へー、じゃあ杏と彰人君は同じ夢目指して頑張ってるんだ」

「ま、そういうことだな。質問も終わったしオレは帰るぞ、じゃあな」

「あ、ストップストップ! それなら青柳君紹介してよ!」

 

用事は済んだとばかりに教室を後にしようとするも引き留める。

これだから理那とは関わりたくない、とため息を吐く彰人であった。

 

 

 

「──というわけなんだ」

「なるほど、それで俺にも聞きに来た、というわけだな」

「ごめん青柳君。練習忙しいのに」

「いや、鶴音が気にすることじゃない。しかし……楽しいことか。難しいな」

 

経緯をかいつまんで説明した言葉に納得する冬弥。

しかし彼も言葉と同じくなにかしら思い悩んでしまう。

 

「そんなに思い悩むことじゃねえだろ。もっと単純に考えればいいんだよ」

「単純と言われても、正直2人に求められている答えを出せるかはわからない。

 それでもいいか?」

「全然大丈夫! むしろアンケートみたいなものだし気にしないでいいよ」

 

慎重かつ几帳面である彼らしい、とその場にいる3人が思いながらもその答えを待つ。

 

「俺は楽しそうな雰囲気やそういった話を聞くことが、楽しいと思っている。それに……」

 

ふと冬弥が思い出すのは司の買い物に付き合った時の事。

その後同じように咲希の買い物にも付き合ったわけだが、

物を選ぶ時の光景が微笑ましく思えたのは記憶に新しい。

 

「俺にも、楽しい事を教えてくれた人がいるからな」

「お、もしかして青柳君の恩人? 私気になるなー」

「私も少し気になるかな。どんな人だろう」

「………」

 

普段真面目な冬弥にここまで言わせる人物はそういない、と理那は食いつく。

言葉も心なしか興味があるようだ。

しかしそれを知る彰人は心底嫌そうな顔をしている。

 

「良かったら今からでも紹介しよう。まだ教室にいる筈だ。彰人も良かったら……」

「いや、オレはいい。というかそろそろ行かねえとあいつらも待ってるだろ」

「……そうだな。すまない、こちらから連絡しておくから2人で行ってくれないか?」

「おっけー! じゃあどこにいけばいい?」

「2のAだ」

「えっ……」

 

そこでようやくなにかに気づいたのか言葉も硬直する。

思考回路を回しながら、もしという嫌な予感が導き出される度に少しずつ後ずさっていた。

 

「どうしたの言葉、急に変な声上げたりしてさ」

「えっと、私もいいかな……家で勉強があるし」

「ダーメ、言葉だって付き合うって言ったでしょ! じゃあ早速2のAにしゅっぱーつ!」

「し、東雲君助け「じゃあな委員長。()()()()()()、仲良くな」ああぁ……」

 

頼みの綱として彰人に助けを求めるが、巻き込まれたくないのは彼も同じ。

そして彼の放った一言で嫌な予感が的中した言葉は、

みっともない声を上げつつ理那に連行されるのであった。



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第3話「“楽しい”を教えてくれる場所Ⅰ」

「おっ邪魔しまーす! 青柳君のお知り合いの方はいませんかー!」

 

扉を勢いよく開け放ち目的の人物を呼ぶ理那。

その後ろにはいまだ連行されている言葉の姿もある。

 

「おお、よく来たな2人とも! 確か言葉と……むう、前に見た気がするが思い出せん……」

「1のCの斑鳩理那でーす。言葉の友達で、神高祭で司会やってました」

 

司がそれを出迎えるも、大半の生徒は即座に厄介事の気配を察知し、そそくさと教室を後した。

まさに訓練済みと言える2年A組のクラスだが、その理由は別にある。

 

 

「なるほどあの時の……しかし態々この教室に来るとは、何かあったのか?」

「ここに青柳君の恩人がいるって聞いてきたんですけど、天馬先輩ご存じです?」

「冬弥の恩人……そうか、ならば思い当たる人物がいるぞ!」

「え! ほんとですか!?」

 

『恩人』という言葉を聞いて司の声量が上がる。

それを理那は半ば不思議に思いながらもその答えを待つ。

その様子に言葉は影に隠れつつこっそり耳を塞いだ。

 

「冬弥が恩人だと称える人物、それは……」

「それは……!」

「この……オレだっ!!」

「はい?」「………」

 

自前のかっこいいポーズと共に声をあげる。

それに対して呆気にとられる理那と、

いつにも増してげんなりとした表情を浮かべる言葉。

 

「はい? じゃない! 何を隠そうこのオレが冬弥の……」

「いやー冗談キツいですよ天馬先輩! あの青柳君が先輩みたいに変、じゃなかった。

 おもしろい人を紹介するわけないじゃないですかー!」

「ぐぬぬ……そこまで信じられないなら……これを見ろ!」

 

大笑いしながら否定するも、司は自分のスマホを見せる。

そこには確かに冬弥と思わしき人物から、今日の件についての連絡が入っていた。

 

「え? 嘘、マジじゃん」

「どうだ、これが紛れもない証拠だ。恐れ入ったか!」

「恐れ入る……かは置いといて、へー……あの青柳君がねー。言葉は知ってた?」

「予想はしてた。でも本当にそうだって思わなかった」

 

なぜ言葉が逃げようとしたのか、その理由もわかったところで言葉に質問を飛ばす。

 

バレンタインの際に連絡したのも冬弥である。

その時は疑問にも思わなかったが、少し前のやりとりで感づくには十分過ぎた。

 

「すみません天馬先輩。理那が失礼しました」

「いや、誤解が解けたならオレも気にはしない。それよりもオレに聞きたいことがあるそうだな。

 態々こちらに赴いてくれた礼として、なんでも聞いてくれていいぞ!!」

 

そのあたりはサッパリとした性格からか引きずることはなく、話題を切り替える。

理那も言葉もこの陽気なテンションにはついていけないものの、

機嫌を損ねて本題に入れないよりマシだった。

 

「じゃあ早速、天馬先輩の楽しいことってなんですか?」

「それはもちろん、仲間達とショーをすることに決まっている!」

 

それ以外ない、と言わんばかりの答えだった。

その堂々とした態度に思わずたじろぐ2人。

 

「そういえば天馬先輩ってフェニランでショーしてるんですよね。

 ずいぶん長くしてるみたいですけど、飽きないんです?」

「飽きる? そんなことあるわけないだろう。最高の仲間達と最高のショーをするんだぞ?

 まあ少しばかり疲れることもあるが、飽きることはないな」

「「………」」

 

それは『楽しい』ということに対する明白な答え。

そして同時に天馬司という人物を知るには十分なものだった。

 

「なるほどねー。天馬先輩って変な人って思ってたけど、案外見直したかも」

「何が変だ! あと完全に誤魔化すことすらやめてるだろう!?」

「あはは気のせいですってー! じゃあ私達は聞くこと聞いたんで帰りますねー」

 

そういって走ってその場を後にする理那。

見直したとは言っても相性の問題までは解決するまでにいかず、

彼女もまた一刻も早くその場から逃げ出したかったようだ。

その場に置き去りにされた言葉は、失礼の無いようにと向き直ってお辞儀する。

 

「天馬先輩、その、ありがとうございました」

「言葉も大変そうだな。あんなにも活発なのが友人では引っ張り回されてばかりだろう」

「いえ、むしろ私にはそういうのが合ってるんですよ」

 

走り去る理那の背中に、司は自分の仲間や妹の面影を見つつそう呟く。

しかし言葉はそう思っていないらしく首を横に振った。

 

「そうか。まあなんにせよ、疲れた時や楽しくなりたい時は、フェニランに遊びに来るといい。

 えむもお前の妹に会いたがっていたからな」

「えむ……ああ、あの時の宮女の生徒さん、ですね」

 

自己紹介こそ受けていないものの、周りからそれらしき名前を呼ばれていれば覚えるもの。

あそこまで理那のように活発な少女は他に見たことがなかった為印象に残っていた。

 

「わかりました。また機会があれば是非」

「もちろん、我らワンダーランズ×ショウタイムのショーも忘れないようにな! ハーッハッハッハ!」

 

いつしか眩しく感じていたその笑顔も、人となりがわかればある程度緩和されるもの。

上機嫌に高笑いする司に対し、ただ優しい笑みで答える言葉であった。

 

 

 

その後家へと帰った言葉は、勉強の片手間にパソコンを起動する。

しばらくすればいつもの人物からチャットが飛び通話が始まった。

 

「こんばんわTisato。今日もゲームですか?」

『ああいや、今は楽器の練習中だ。通販で頼んでいた電子バイオリンが届いたのでな』

 

耳を澄ませれば確かにそれらしき音が混じって聞こえて来る。

本物とはずいぶんと違うが、そういう楽器なので仕方がない。

そういえば、と彼女はかつてバイオリン奏者であったことを思い出す。

 

「Tisatoは……楽しいことって何かありますか?」

『どうした急に改まって。ふむ、しかし楽しいことか……』

 

彼女が今演奏を続けているのは他でもない罪滅ぼしの為である。

そんな彼女が楽しいと思うことがあるのだろうか、と自然と興味が湧いたのだ。

 

『無いわけではないが、言葉で表すのは難しいな。

 審判者は今週末空いているか?』

「えっと、まあ、はい」

『ならば昼前にシブヤ駅で合流しよう。そこで我が楽しくなれる場所へ案内しようではないか。

 ああ、無論あの斑鳩や妹をつれてきてもらっても構わない。

 楽しいことは分かち合うものが多いほど、楽しいものだからな』

「そうですね……では聞いてみます」

 

今だ変わらぬ呼び方と彼女の考えに戸惑いながらも同意する。

それでも、断罪を求めてさ迷い続けた少女の楽しみを知ることができる。

大勢で分かち合った方が楽しい、というのも一般的にはよく言われていることである。

 

言われた通りに理那と文を誘い、その日を待つことにするのだった。

 



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第4話「“楽しい”を教えてくれる場所Ⅱ」

 

休日の駅前。特にシブヤの駅ともなればいくら目印があっても人混みに埋もれてしまう。

 

指定された場所にやって来た3人は異彩の空気を放ちながら存在する者を見つける。

見舞いの時と同じ格好を身に纏ったその人物こそ、千紗都その人だった。

 

「ねえお姉ちゃん、もしかしてあの人?」

「そうだよ。ちょっと呼んでくるね」

 

その返答に文は思わず理那の後ろに隠れてしまい、チラチラと様子を伺う。

そんな様子に随分と懐いてるな、と笑みをこぼして2人のそばを離れた。

 

「お待たせしました雲雀さん」

「おお、審判……失礼鶴音よ、よく来たな! そして皆の衆も……うむ?」

 

臆することなく近付き声をかければ、千紗都は嬉しそうに返事を返した。

あまりにも周りに人が多い為か、いつもの呼び方も自重し名字に言い直す。

遠目にこちらを見ている見慣れた少女へと目をやれば、

自然とその後ろに隠れていた文の存在にも気付いたようだ。

 

「鶴音よ、斑鳩の後ろに隠れているのは妹ではないか?」

「はい。ちょっと人見知りがあるのでお手柔らかにお願いします」

「ふーむ、しかしずっと隠れられてもこれからが大変だからな」

 

そう言って2人の元に歩み寄る千紗都。

少し悪い予感もしつつ急いで追い付く言葉。

 

「そちらの少女よ、姉とのライブは拝見させてもらった。

 貴女の躍り、Vivid BAD SQUADにも負けぬ素晴らしいものだったぞ」

「ふえ……?」

 

何を言い出すかと思えば、それは称賛の言葉だった。

しかもあまり近寄りすぎず、適切な距離を保っている。

変な見た目に対して案外まともなことを言ったことで意外に思ったのか、

おずおずと目を合わせる文。

 

「おっと申し遅れてしまったな。我が名は雲雀千紗都。

 アルビノ故こんな格好だが、貴女とは変わらぬ一端(いっぱし)の少女だ。

 これからも姉共々よろしくしてくれると嬉しい」

「……???」

「ほーら、そんな難しい言い回ししたら文ちゃん困っちゃうでしょ!」

「わ、わわわ!」

 

そんなやり取りにしびれを切らせた理那が、回り込んで文の背中を押す。

そしてお互いの手をとって無理矢理握手させた。

 

「ほら文ちゃん、お名前教えてあげたら?」

「あ、えと! 鶴音文、です……」

「そうか、文と言うのか。……む、しかしこのままでは鶴音で被ってしまうな。

 鶴音妹、と呼んでも構わぬか?」

「な、なんでもいい、です!」

 

そういって文は再び手を振りほどいて理那の後ろに隠れてしまう。

身長は彼女の方がずっと大きいのだが、気の小ささはまだ中学生であった。

そんな様子を見ていた言葉も、思わず理那に注意する。

 

「理那もそんなことしたら文が驚くでしょ。少しはわきまえて」

「えー、名案だと思ったんだけどなー」

「まあこればかりは仕方あるまい。目的地へ向かうとしよう」

 

やれやれと肩をすくめる千紗都の案内の元、3人はある場所へと向かう。

こうしてたどり着いた場所は──

 

 

 

『皆ー! 今日も来てくれてありがとう!

 精一杯おもてなしするから、みんなもいっぱい楽しんでいってねー!』

 

入場口のそばでは、スタッフによる独特のアナウンスが鳴り響く。

多くの人々が笑顔で我先にと目的地へ向かって歩いていた。

 

この付近で暮らしている者なら知らぬものはいない、アットホームな遊園地。

その名も、フェニックスワンダーランド。

 

「さあ到着したぞ! こここそが楽しくなれる場! その真髄がここにある!」

「いや、確かに楽しくなれる場所って聞いたけどさ……」

「なんていうか……雲雀さんのことだし真面目なところかと思ったけど……」

「わー! 前にも来たけどまた来れるなんてびっくり!」

 

目の前に広がる光景に言葉と理那は思わず足を止める。

唯一上機嫌な文は辺りを駆け回り、

早速フェニーくんのぬいぐるみと楽しそうに交流していた。

 

「我とて時には現を抜かして遊びたくなる時もある。

 それに今日は我が誘ったのだ。チケット代は我が受け持とう」

「ですが、相当な値段ですよ……?」

「何、皆でこの場を共有出来るのなら安いものよ」

「では食事代だけでも」

「ああ、それで構わない」

 

言葉の申し立ても軽くいなし悠々と文の元へと歩いていく。

ぬいぐるみのフェニーくんに対し、千紗都が何かを伝えるとパタパタと羽ばたき始めた。

 

「どうだ? これぞ知る人ぞ知る『フェニーくん、飛んで!』だ!」

「すごーい! ほんとに飛びそう!」

 

その様子に瞳を輝かせながら文は歓声を上げている。

 

「フェニーくんってあんなこともしてくれるんだ」

「私も知らなかったなー。でも文ちゃん喜んでるしいいんじゃない?」

「そうだね。雲雀さんも悪い人じゃないし、文と仲良くなってくれたら嬉しいけど」

「お姉ちゃーん! 理那さーん! 皆で写真撮影しよー!」

 

遠目に見つめる2人に手を振りながら呼び掛ける。

最初は人見知り全開だった文の面影も、今はもう感じさせない。

 

「そんじゃ私達も行きますか。雲雀の楽しくなれる場所、だしね」

「そうだね」

 

お互いに笑みを溢しながら2人の元へと歩く。

自らの楽しいことを確かめるために。



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第5話「みんなが笑顔になれる場所Ⅰ」

 

それからフェニックスワンダーランドを回ることになった4人。

それぞれの希望を聞きながら、千紗都はそのアトラクションへと案内していく。

そして名物とも言える長蛇の列に捕まっていた。

 

「いつもは1人で来ているからな。皆と一緒であればこうして待つのもやぶさかではない」

「でもこはねちゃんと一緒だったら待たずに乗れるよ?」

「ああ、確かに少し高い年パスなら優先列などもあるが、

 それを利用するには全員が所持してないと……」

「ううん違うよ! こはねちゃんは常連さんで近道とか待ち時間も全部研究しててねー」

「なんだと!? 一体何者なのだそのこはねという人物は……」

 

上には上がいるということを痛感しながらも、会話を弾ませる2人。

実際はお互いに出会っているのだが、それを紐付ける決定的なきっかけはなかった。

 

「へー、そのこはねって子凄いね。そこまで好きになれる理由があるのかな」

「んー、その辺はよくわかんないけど……あ、順番回ってきたよ!」

 

どれほど常連なのかは知っていても、その魅力の本質には文も気づけていない。

そして会話に夢中になっていたからか、あっという間に順番が回ってきたようで。

 

「さあ来たぞ、これが我のとっておき、『フェニーくん・ザ・シューティングライド』だ!」

「名前、そのままだね」

「こういうのって分かりやすいのがウリでしょ。ほらほら後ろ詰まってるし早く乗るよー」

 

ちょうど4人用だったため、ぴったり収まることができた。

終始笑顔のスタッフから説明を受けつつ、前に固定された銃座を手に取る。

 

「フェニーくんの国が突如ドラゴンに襲われたため、

 それを救出し事の終息を図るのが我々の役目、という設定だ。

 減点対象のフェニーくんも混じっているから気を付けろ!」

「はーい! よーし頑張るぞー!」

「こういうのやったことないから……大丈夫かな」

「私は得意だよー、ゲーセンとかでちょくちょく遊ぶし」

 

気合い十分な3人に対して、こういったものには全く縁のない言葉。

そんな彼女の心を置き去りにしつつ、アトラクションは動き出した。

 

ファンシーな作りの世界に突如表れるドラゴンの的。

引き金を引けば独特な効果音が鳴り響く。

そして誰よりも早く的確な射撃によって蹂躙していくのが千紗都であった。

 

「ハッハッハ! この程度で我の進撃を止めようなど一億年早いわ!」

「うー、わたしの分も残しといてよー!」

「なんか逆に私達が侵略者側じゃない?」

 

出てくる敵をすべて蹂躙していく様はまさしく狂戦士そのもの。

2人がそれぞれの意見を口にしているなかで、戸惑いながら引き金を引く存在が1人。

 

「……えい」

『キュ~……』

「「「あ」」」

 

それは唯一残った的──フェニーくんに命中する。

 

「おい審判者! それは狙ってはならぬと言っただろう!」

「え、あ、そうなんですね……えい」

『キュ~……』

 

千紗都の警告むなしく、次に放たれた光線も狙いが逸れフェニーくんに命中した。

その後も神かかった誤射は正確にフェニーくんを撃ち抜いていく。

それを千紗都が稼いだ点数でなんとか誤魔化していた。

 

「馬鹿か貴様は! おい友人、鶴音妹! 審判者を止めろ! その引き金を引かせるな!」

「言葉ストップ!」「もうやめてお姉ちゃん!」

「え、でもやってみないと楽しいかわからないし」

「根本からゲームの趣旨を履き違えていることに気付け!!」

 

こうしてわんやてんやのシューティングライドは終わりを告げ……

 

 

 

「な、なんとか記念品を獲得できる得点は死守したぞ……」

「言葉ってば逆神エイムでフェニーくん一網打尽だったよねー。なんなのあれ?」

「さあ……? でも銃が勝手に……」

「さすがにフェニーくんがかわいそうだったよー……」

 

記念品の限定フェニーくんを手に取りながら、4人はアトラクションを後にする。

 

「ま、まあ良い。これもまた、皆で来る醍醐味というものだからな」

「んじゃ、次は私の乗りたいやついきまーす!」

「理那さんお願いしまーす!」

 

続いて理那が先導する。

まだまだ4人のアトラクション巡りは始まったばかりだ。

 

 

//////////////////////////

 

 

~ゴーカートにて~

 

「ハッハー! 最速の称号はこの理那様が頂いたー!」

「待てー! 恩人さんとはいえ勝ちは譲りませんよー!」

「くっ、メインエンジンが……! 狙ったか、斑鳩理那!」

「あくまで子供向けなので、そんなに速度は出ないと思いますが……」

 

 

~お化け屋敷にて~

 

 

──ペチョッ。

 

「うわっ何このヌメっとしたやつ! ……ってコンニャクかー」

「そんなものまで用意しているとは徹底しているな。……我の身長では届かんが」

「理那さん背高いですもん「ヴォオオオオ……」出、出たー!! お姉ちゃーん!!!」

「大丈夫だよ文、あくまでキャストさんだから「それでも怖いよー!」ぐえっ」

「ちょ、言葉が死んじゃう! 文ちゃん落ち着いて!」

「恐れるべきは仲間の中にいる、か。奇しくも真の恐怖体験を味わうとはな」

「そ、そんなこと言ってないで……助けて……」

 

 

~渓流下りにて~

 

 

「なんかゆっくりだねー」

「ま、子供向けだし普通でしょ。ちょっと濡れるって書いてあったけど」

「最近暑いことも多いからな。涼むにはちょうど良いだろう。

 雨ガッパも支給されていることだしな」

「濡れるのは……ちょっと……」

「あー、お姉ちゃんこの前ずぶ濡れで風邪引いちゃったもんねー」

「大丈夫、もし言葉が濡れそうになったら私が守るから──」

 

──バッシャーン!

 

「………」

「……ごめん、今のは無理」

 

 

~フリーフォールにて~

 

 

「というわけで風を直に感じるこれで乾かそう!」

「あの、すみません。スカートのお客様は……」

「あ、そうなんですね。私は別にいいんだけどなー」

「貴様が良くてもスタッフと観客がよくないだろう。諦めろ」

「わたしも流石に遠慮したいかなー……」

「風を感じるなら……あれに乗る?」

 

 

 

様々なアトラクションを巡り最後にやって来たのは、

最近新しくなったという『ネオフェニックスコースター』であった。

お昼時だからか待っている人も通常に比べ少ないが、

それでも目新しさからか他のアトラクションよりも長い列ができている。

 

「……ふむ、ここも変わってしまったか」

「雲雀さん? どうかしましたか?」

「いや、我も乗るのは初めて故気持ちが昂っているだけだ」

 

何かを誤魔化すように先へ進む千紗都。

しかしどこか哀愁に満ちた瞳を、言葉は見逃さないのであった。

 



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第6話「みんなが笑顔になれる場所Ⅱ」

 

コースターの先頭で目の前に迫る斜面のその先を見つめる千紗都と言葉。

そのすぐ後ろの席では理那と文が今か今かと出発の時を待ちわびていた。

 

「このコースターは出発後、すぐにレールのてっぺんまでお連れします。

 頭をしっかり座席に付けてくださいねー!」

 

安全用の固定具もしっかりと降りており、スタッフの注意喚起が鳴り響いている。

 

「おい審判者よ、これは本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫です。コースが見えれば動きを予想し、恐怖を緩和出来ます。

 それに安全装置もありますから」

「お化け屋敷でもそうだがやたらと肝が座っているな貴様」

「それは雲雀さんも同じでは?」

「まあそうだが、限度というものもあろう」

 

何事にも動じない2人だが、度量に関しては言葉の方が上のようだ。

時おり突拍子のないことを提案するのも、それに起因するのだろう。

 

「それでは出発までのカウントダウン、行きますよー!

 3、2、1、ゴー!」

「「っ!?」」

 

スタッフのゴーサインと共に、コースターは急加速。

急斜面を一気に駆け上がり、ランド内をあらかた一望出来る高さまで到達した。

そして目の前のコースが途切れている。

 

「おい審判者! 話が違うではないか!」

「これは……角度が急すぎて見えないんですね。実は私も乗るのは初めてなんですよ」

「冷静に分析しているやつがあるか! それに未体験のアトラクションを人に勧めるな!」

「服を乾かすなら……と、ところでもうすぐ加速するので口を閉じた方が」

「貴様前々から思っていたがやはり──ぬああああああああ!!!」

「……っ!」

「「きゃああああああ!!」」

 

千紗都が言い終わるよりも先にコースターは急加速し、コースを駆け抜けるのであった。

 

 

 

「うへぇ……面白かったけど重圧で足がふらふらだよ」

「あはは、もう一回乗りたいね! ね、お姉ちゃん!」

「私はいいかな、理那と同じで足がおぼつかないっていうか」

「し、死ぬかと思ったぞ……」

 

それから4人は休憩がてら近くのカフェへと寄り、体の疲れを癒していた。

今もコースターは射出され、多くの人々に絶叫を届けている。

 

「服は乾いたけどさ、なんていうかここらへんだけ雰囲気違うよね。

 近未来的っていうか、最新型って感じ」

「たぶんコンセプトが違うんだと思うよ。ほら、パンフレットでもエリアごとに分かれてるし」

 

言葉がパンフレットで示したのは先ほどまで遊んでいたアトラクションのエリアと、

現在いるコースターがあるエリア。

丁寧に色分けされており、完全に別の場所だということを表していた。

 

「それはわかるけどさ。ほら、園内全体の雰囲気もあるじゃん?

 映画の会社が作ったからその作品郡で統一されてるとか、

 外国のある風景をまるごと切り取りましたー、とか」

「モグモグ……ああ、それならばフェニランにもあるぞ」

 

2人のやり取りを聞きながら、チュロスを頬張っていた千紗都が口を挟む。

その自信から3人の視線が集中した。

 

「それはズバリ、みんなが笑顔になれる場所、だ」

「笑顔になれる?」

 

言葉の質問に気を良くしたのか、

注文していたカフェオレを飲みつつ余韻たっぷりにこう続ける。

 

「そうだ。アットホームな雰囲気で、客もキャストも例外なく心から笑顔になれる。

 それはとてもありふれたものだが、だからこそ難しい」

「あ、だから古いアトラクションが多いんだね。最近の遊園地お化け屋敷とかないもん!」

「古いと言うな! そこはせめて懐かしいだとか温かみのあるとだな……」

 

有識者特有のマウントをとろうとするも、文の発言に突っ込みを入れてしまい、

急に締まりがなくなってしまった。

 

「それでどうだ鶴音よ。貴様は楽しいか?」

「楽しい、かどうかはまだわかりませんね。理那は?」

「うーん、楽しくして見せたらなんとかなるかなって思ったけど、そう簡単にはいかないね」

「そうか……まぁ最後には我のとっておきが待っている。期待していると良い!」

 

入場してからしばらく経つものの、

2人の少女は未だ楽しさに気づいていないようで。

千紗都の言うとっておきに少しばかり胸を膨らませる。

 

「では、期待させてもらいますね」

「私も期待しちゃおっかなー。

 何せあの千紗都が楽しくなれる場所っていうお墨付きの場所だからね」

「鶴音はともかく貴様は一体我に何を求めているというのだ……」

 

思わずジト目で返してしまう千紗都だが、当然彼女は理那の内情など知らない。

反論するのも仕方のないことだった。

 

「さて、早速で悪いが移動しよう。ここはなにかと落ち着かん」

「うーんそうだね。コースターめちゃくちゃ近いしゆっくりするには向いてないかな」

 

今もネオフェニックスコースターに揺られ、

お客さんが絶叫を上げると共に轟音をあげて通りすぎていく。

早々に席を立つ千紗都に続き3人も会計を済ませてその場を後にした。

 

 

 

日も傾き茂みの中へと隠れて、園内に影を落としている。

そうしてたどり着いたのは1つのステージ。

 

「さあ着いたぞ! 楽しくも笑顔になれる我のとっておき。ワンダーステージだ!」

「「「………」」」

 

何番煎じかわからない紹介に、既視感を覚えつつ3人はステージを眺めている。

そこではショーの見学を終えて笑顔で帰り道に着く人々が溢れていた。

やがて観客はいなくなり、取り残された4人。

 

「いや笑顔になれてるけどさ……肝心のショー終わってんじゃん!!」

 

理那の虚しい叫びが、ただただステージに木霊するだけだった。

 

 



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第7話「それぞれの答えⅠ」

一方そのステージでは4人のキャストが片付けに勤しんでいた。

 

「うるさ……誰? ショーはもう終わって……」

「ああ、言葉くんに理那くんだね。どうやら一足遅かったみたいだ」

「あ、文ちゃんだー! こんばんわんだほーい!」

「後1人は……見ない顔だな。知り合いか?」

 

その声によって4人に気付いたそれぞれが口を開き、見慣れた人物の元へと歩いていく。

特にえむに関しては一直線に文の元へと飛んでいき、

いつものように挨拶を交わしていた。

 

「えむちゃんこんばんわんだほーい!」

「わんだほーい……? あ、あの時パフォーマンスしてた子!」

 

摩訶不思議な挨拶に首を傾げれば、自ずと答えにたどり着く。

言葉と共にフェニランを訪れた時の事を思い出した。

 

「ほえ? お姉さんは?」

「私は斑鳩理那。文ちゃんとそのお姉さんの友達、ってところかな」

「そうなんだ、アタシは鳳えむっていうの! よろしくお願いします、斑鳩センパイ!」

「おいおいえむ、コイツはお前と同じ1年生だぞ」

 

遅れてそばにやって来た司に咎められるも、

えむは理那の顔を覗きこみ不思議そうにしている。

 

「あれ、そうなの? うーん、でも朝比奈センパイみたいな感じがするし……

 でも全然怖くないし、あれー?」

「へぇ、そこでまふま……あの子の名前出るなんて思わなかった。

 面白いね。えむちゃんって呼んでいい?」

「うん!」

 

無意識でも慧眼なえむの見解に言葉を漏らしつつ、優しい笑みで答える理那。

えむもそれに対して満面の笑みで答えた。

 

「すごいなー理那さん、えむちゃんとあっという間に仲良しになっちゃった」

「まあえむもえむだし、鶴音さんの友人もそんな感じだから……」

「まさに類は友を呼ぶ、だねえ。ところで君達、ここに一体何の用だい?」

「ああすまない。

 この者達にショーを見せようと思ったのだが、今日の公演は終わってしまったか」

 

勢揃いしたワンダーランズ×ショウタイムの面々に対して、自ら進み出て詫びを入れる千紗都。

育ちのいいお嬢様の如く、ゆったりと礼をする。

 

「そうだな。本日も満員御礼の大盛況、観客からは拍手喝采の嵐!

 お前達も見れば笑顔間違いなしの最高のショーだったぞ!」

「わたしもショーまた見たかったなー。今回はどんなショーだったの?」

「えっとね、サラサラキラキラ~で、ポンポンポーンってなるショーだよ!」

「すごーい! そんなの思い付くなんて流石えむちゃん達!」

 

その言葉の意味がわかっているのか、文も称賛を送る。

しかし千紗都も言葉もサッパリで首をかしげていた。

 

「おい鶴音よどういう意味だ、説明しろ」

「いや、私も擬音が多すぎて何がなんだか……文、教えて?」

「うーん、何て言ったらいいんだろ。ほんとにサラサラーって感じだから……」

「なるほどね、大体わかった」

「は?」「「え?」」「なに!?」「ほほう?」

 

文がうまく内容を説明できないままに戸惑っていると、理那が納得したように相づちを打つ。

それには流石の演じた面々の興味を引いた。

 

「つまり花咲じいさんのお話を元にした、魔法でお花を咲かせるショーってことだよね?」

「すごーい! 理那さん大正解ー! ドンドンパフパフー!」

「ほ、本当に当たってる……」

「ああ、これを説明できるのは類だけだと思っていたが……」

「僕も驚きだよ。まさかこんなにも身近に理解者が居たなんてね。本当に面白いよ、理那くんは」

「いやーどうもどうも」

 

逆に今度はワンダーランズ×ショウタイムの面々から称賛を受ける理那。

その優れた直感については言葉も理解していたが、

まさかここまでとは思わなかったようで。

それをはじめて目の当たりにした文と千紗都も言葉を失っていた。

 

 

 

こうして交流もほどほどに片付けを再開させる4人に、その手伝いをする理那と文の2人。

観客席でその様子を眺める言葉と千紗都。

本来は見学も許されないが、ぬいぐるみに対してえむと文がお願いすることで叶ったわずかな時間。

 

「思い出は色褪せセピアに。そして灰色に、か」

「何かの詩ですか?」

 

そんな中で千紗都がサングラスを外し、誰にも聞こえないような声で呟く。

しかしそばに居た言葉の耳には届いたようで。

 

「ああ、聞こえてしまっていたか。何、少し昔を思い出していただけだ」

「昔……そういえば、雲雀さんはここがとっておき、とおっしゃってましたね。

 思い入れがあるんですか?」

「ああ、あるとも」

 

言葉という聞き手がいるからか、いつもより饒舌だった。

感傷に浸る千紗都はおもむろに語り出す。

 

「昔……といっても我も幼く両親が存命の頃だな。

 両親の演奏会の途中でフェニランに訪れた。そしてここでショーを見た」

「ここで、ですか? 他のステージではなく?」

「昔はこここそが園内で最高のステージだったのだ。

 まさしく夢の様な一時。人々を笑顔にする真の芸術。

 そんなあるご老人のショーに心を打たれたものだ」

 

赤い瞳は相変わらずステージを眺めている。

しかし、写っているのはかつての思い出であった。

 

「そこで我は夢を知った。いや、教わった。

 それからだな。バイオリンに対して熱が入ったのは」

「それで、今日もそのショーを見ようと?」

「ああ。まあ、そのご老人も数年前に亡くなったらしいのだが」

 

目を閉じ、清々しいまでにその顔は笑っている。

しかしそれはどこか諦めているようにも見えた。

 

「その遺志を継いだのかは解らんが、彼らはそれを選んだのだ。

 理想とは最も単純な行動理由だからな。それを否定はせんよ」

「そうですね。あの人になりたい、あの人のようにありたい、

 というのは動機として優秀です」

 

ステージの上で片付けに励むワンダーランズ×ショウタイムの面々を眺めつつ、

感傷たっぷりに少女はそう呟く。

言葉もそれに対しては同意見であった。

 

「だが与えられるだけではいけない。それは本当の想いとは呼べない。

 我々が生きているのは現実という名の世界だ。

 理想に頼りきっていては、真に生きているとは呼べん」

 

夢を見る前に現実を生きねばならない。

本当の想いを見つけてもなお進めなかった少女にとって、少しばかり耳が痛くなるのであった。

 



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第8話「それぞれの答えⅡ」

そんな一方で片付けをしつつ、会話に花を咲かせている者もいた。

 

「神代センパーイ、この機械どこにしまいますー?」

「ああ、それならステージの上座に集めておいてくれないかい?」

「はいはーい」

 

演出用の重い機械も軽々と運ぶ理那は、類と共に大道具などの片付けを行っている。

元々セカイでこういった準備や後片付けを手伝っていたため、

もはや慣れたものであった。

 

「本当に助かるよ。今回のショーは特別演出に凝っていたからね」

「その辺はお気にせずー。代わりに面白いもの見れましたし」

 

その視線の先にあるのは、同じく片付けに励む4人と1体の姿だった。

 

「そこで司くんがビシー、ってポーズを取ったんだけど、

 ネネロボちゃんがピカーって光ってねー!」

「あはは! 司先輩よりネネロボちゃんが目立っちゃったんだー!」

「ま、まあスターたるもの、他のキャストを目立たせるのも大切だからな!」

「そんな事言ってあとで悔しがってたでしょ」

「ハイ、私のメモリーニモ、シッカリと記録サレテイマス」

 

ハイテンションな空気にも慣れた寧々が、

ネネロボと共に3人の抑制に徹している。

それでも作業の手は止まらず、装飾などの小道具をまとめていた。

 

「これでこの前の約束は果たされたってことで」

「おや、本当にあれだけでいいのかい?

 ショーでならネネロボの性能を存分に発揮した姿が見られるというのに」

「言われてみれば……あー、私もショー見たかったなー」

「それは次回のお楽しみということで」

 

あの司が楽しいと豪語するのだから、

きっと自分の楽しいも見つかると思ったショー。

図らずもここに訪れることになったが、むしろその為か見られなかった悔しさが顔を出す。

類としても楽しみにしてくれるお客さんが増えるのは嬉しいため、

その場で全てを見せることはしなかった。

 

そんな寧々とネネロボを眺めていると、ひとつの疑問が飛来した。

 

「そういえばあの寧々ちゃんって子も一緒にショーをやってるんですよね」

「ああ。共に最高のショーを届ける仲間だとも」

「ならなんでネネロボって何であの子をモチーフにしたんです?

 他の外見ならもっとキャストと差別化出来るのに」

 

理那の言い分はもっともだった。

キャストとしてロボットを引き入れている斬新さは目を引くが、

態々同じステージに立つ少女に似せる必要はない。

 

「それにはちょっと入り組んだ事情があってね。

 勘の良い君なら、わかるんじゃないかな?」

「へー、なら受けてた立とう!」

 

多くを語らない類の挑戦を受けて、理那は思考を回す。

上手く焦らすことこそ、演出家としての本領であった。

 

元より関わりの薄い彼について探っても意味はない。

 

『さて、メンテナンスはこれで終わりだ。

 後は軽い動作チェックと行きたいけれど、彼女のお気に召すかは本人に見てもらわないとね』

『あれ、神代先輩が使ってるんじゃないです?』

『僕はあくまで設計者だよ。……と、噂をすれば』

 

以前ネネロボについて語っていた事を思い出す。

寧々の事を想い類が設計した。それはつまり寧々本人に何か問題があったからで。

 

彼女と初めて出会ったのは神高祭で屋台に並んだ時。

綿飴の売り子をしていた寧々に、理那が彼女にお願いした。

そして記憶に新しい校舎裏での出来事。

顔見知りでもその姿を隠してしまうほどの人見知り。

 

そんな彼女がショーで多くの人の前に立つなど、想像もつかない。

 

「なるほどね、大体わかった」

「わかってくれたかい?」

「あの子の代わりにネネロボがステージに立ってる。

 だからあの子に似せて作った。そうですよね、神代センパイ」

「ご名答。といっても今は寧々も一緒にステージに立っているけどね」

 

理那の答えに対して満足げに首を縦に振る類。

 

普通に考えれば導き出せる答えかもしれないが、

以前ショーを見た際は言葉も理那も立ち見であり、キャストの顔を拝むことができなかった。

寧々と関係の深い言葉はともかく、理那など数回会った程度に過ぎない。

そんな情報量の少なさから的確に解を見いだせるのは、慧眼という他なかった。

 

「でもそれならもうネネロボを……あー、ごめんなさいなんでもないです」

「特に気にしていないよ。君の場合、悪気はないだろうから」

 

これ以上ネネロボがステージに立つ必要はない。

そう思ったことを口にする彼女だが、それこそ地雷だと気付きすんでのところで留まる。

類も興味の延長線上にある疑問に過ぎないと知っていた。

 

「確かに代行としてのネネロボの役目は終わった。それでもまだ必要としてくれる仲間がいた。

 なら設計者としてそれに応えないわけにはいかないだろう?」

「必要としてくれる仲間、ね……」

 

『もう二度と、───には近付かないでくれ』

『───はあなたと違って優秀なお医者さんになるの。

 あなたといたら、その夢を奪うだけだってわからないの?』

 

ふとその言葉に過去を思い出し、目を伏せる理那。

必要とされたから引き合わされ、不要として切り捨てられた。

誰かの為に使い捨てられる物。

 

「私にはわかんないな。何もかも」

 

かつての友ですら理解することは叶わなかった。

今の友も全て理解出来ているかすらわからない。

どんなに直感が優れていても、真実までは辿り着けなかった。

そして今は楽しさも失っている。

いつまで経っても追い付けない、という枷に囚われながら。

 

「──わからないままで、いいんじゃないかな」

「へ?」

 

そんな突拍子のない言葉に理那は目を丸くする。

同じく慧眼である彼とは思えない発言であった。

 

「過程も結末もわかっているショーなんてつまらない。

 何が起こるかわからないからこそ楽しいんだ。違うかい?」

「……はは、そりゃそうですね」

 

自分こそがその証明であるように、自信たっぷりに類は告げる。

その顔があまりにも挑戦的なものだった為か、理那は悔し紛れに質問を返した。

 

「じゃあ神代センパイは、今楽しいですか?」

「ああ、楽しいとも。最高の仲間と最高のショーをする。

 試していない演出も、まだまだあるからね。フフフ……」

 

ショーも終わったばかりだというのに、類は不適な笑みを浮かべる。

そんな態度に、またも敵わないと両手をわざとらしくあげる理那。

 

「あーあ、ほんと神代センパイが羨ましいなー。

 今が楽しくって最高の仲間も一緒だなんて、この先怖いもの知らずじゃないですか」

「それは君も同じじゃないかな?」

「? それってどういう……」

 

先程の理那の態度に疑問を覚えたのか、言葉がそばにやって来ていた。

 

「ん、どうしたのさ言葉。何かあった?」

「何かあったって、急に両手あげたりしたから。重い物持ってたし腕でもつったのかなって」

「恩人さん大丈夫ですか!? 怪我でもしたんですか?」

「おいおい、自分から手伝いを申し出ておいて負傷など笑えんぞ」

 

会話の内容までは聞かれていなかったものの、

動きに大きく現れていたため心配したのだろう。

自然と文や千紗都も集まってきていた。

 

「(ああ……なんだ。こんな簡単なことだったんだ)」

 

何気ない日々を共に暮らしながらも、

こんな些細なことでも自分のことを心配してくれる。

追い付けないからといって諦めていたのは、いつも自分の方だった。

それでも振り返り手をとってくれる誰かがいる。

 

理那が長らく求めていたものの答えが、そこには確かに存在していた。




ご無沙汰してます。kasyopaです。

のほほんと更新しながらも新作との温度差で風邪引きそうです。
UAもお蔭様で順調に伸びて2万が見えてきました。
近々記念話アンケートをとる予定ですので、またご協力のほどよろしくお願いします。
とはいえもうネタが……いや、捻り出しますのでご心配なく。

理那のお話もまもなく終わり。決着の時は、まもなく。
次回「私の未来、貴女の未来」。お楽しみに。


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ACT3「私の未来、貴女の未来」
第1話「再会」


全10話構成。「シークレット・ディスタンス」前になります。


楽しいもの探しを終えた理那。

これで万事解決……かと思いきや、彼女の姿はいつもと違うところにあった。

 

「はー……アニマルセラピー全開だー……」

「あはは、気に入ってくれた見たいでよかったです」

 

いろんな毛並みの猫に囲まれながら、癒しを堪能している。

その傍ではオニキスと遊ぶ文の姿が。

そう、ここは文が行きつけの保護猫カフェである。

 

千紗都が楽しい場所を教えたことにより、

文も自分のとっておきの場所を紹介したのだ。

理那としても断る理由がないため誘いにのった訳だが、

文以上にこの環境を満喫している。

 

「私としても嬉しいわ。文ちゃんがお友達を連れてきてくれて」

「あの、ごめんなさい予約もなにもしてないのに」

「いいのよ。もうすぐ予約してるお客さんが来るけれど、

 それまでゆっくりしていって頂戴ね」

「はーい。ありがとうございます」

 

厨房から顔を覗かせる店主。

彼女としても文の来店は嬉しいものらしい。

 

何匹かの猫が大の字になって眠る理那の上に乗せられていた。

すべて文によるものだが、人肌の温かさと柔らかい体が心地いいのだろう、

すぐに離れることはなかった。

 

「お姉ちゃんも一緒に来れたらよかったのになー」

「仕方ないよバイトだし。それに言葉も何回かここに来てるんでしょ?」

「でもでも、やっぱり一緒の方が楽しいし!」

「そっか。私は文ちゃんとだけでも楽しいけどなー」

「あっ……ごめんなさい」

 

自分で言ったことの意味を理解したのか謝罪する文。

他意ではなく本心だと見抜いていたため、気にすることもない。

 

「大丈夫、私も言葉と一緒ならもっと弄り甲斐があるって思ってたし。

 そんなしょんぼりする文ちゃんには、猫ちゃんを進呈しよーう!」

「え? わわわっ!?」

 

体を起こしつつ乗っていた猫を文へと差し向ける。

すると彼女の体質も相まって他の猫達も、我先にと文へと覆い被さった。

やがてすべての猫に埋め尽くされた文は身動きがとれなくなる。

 

「どう? 特製ネコネコアーマーの着心地は」

「お、重い……理那さん助けて……」

「ごめんごめん、写真撮ったら助けてあげるからちょっと待ってて」

 

こういったものに目がない彼女にとって、最高の被写体であることにか変わりない。

思う存分写真撮影した後に散らそうと努力するも、なかなか離れてくれなかった。

 

困っていると、その隙間から抜け出したオニキスが店の入り口にある定位置へと戻っていく。

それに合わせて他の猫達も散っていった。

 

「あれ、どうしたんだろ」

「ああ、予約してたお客様が来る時間ね」

 

厨房へと下がっていた店主も急ぎ足に入り口の方へと向かう。

しばらくしていると、お客さんが入ってきた。

 

「へえ、賢いねあの猫ちゃん」

「えへへ、新しいオニキスの芸ですよ。わたしが教えたんです」

 

定位置から離れることのないオニキスだが、文が来ているときは別である。

しかしそれで他のお客さんの出迎えが疎かになってはいけないと、

文が新たに伝授したのだ。

結果としてそれが他の猫への伝令となったのは嬉しい誤算である。

 

「こんにちは。あの、予約してた東雲ですけど……」

「いらっしゃいませ。はい伺って……あら、やっぱりこの前の。

 どうぞ、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。あっ……」

 

来店したのはまさかの絵名。その後ろには3人の連れがいる。

オニキスの対応に笑みをこぼしつつ先客である文を見つけ、思わず硬直した。

 

「あっ、絵名さんこんにちは! お久しぶりです!」

「文ちゃん来てたんだ。もう、言ってくれたらいいのに」

 

文も絵名に駆け寄って再会を喜ぶ。

絵名にとって貸し切りでないのは痛手であったが、ここまで来ると逆に好都合である。

 

「ごめんなさい、色々忙しいかなーって思ってあんまり声かけられなくって」

「文ちゃんならいいの。それに一緒ならオニキスも撮れるし」

 

絵名の思わせ振りな視線を感じ、首をかしげるオニキス。

しかし今回の来客は絵名だけではない。

 

「へー、絵名のとっておきの場所っていうから来てみたけど……結構内装もオシャレだね」

「黒猫……モチーフにはよく使われるからいいアイディアになるかも」

「もう奏、今日はゆっくりするって決めたでしょ?」

 

瑞希・奏・まふゆ。それはニーゴの面々であった。

2人は平常運転であったが、まふゆは当然人目もあるため『いい子』状態。

 

「ところで絵名、その子って知り合い? 結構年下みたいだけど」

「前言ってたアイツの妹ちゃん」

「……ってことは言葉の!? へー、この子が……」

「鶴音さんの妹さん……?」

 

その言葉に瑞希だけでなく奏も興味を惹かれる。

しかし文からすれば見知らぬ人物であるため絵名の後ろに隠れてしまった。

 

「ああ、ごめんね。皆私の友達……っていうか知り合いだから。

 お姉さんとは知り合いなんだけどね」

「絵名さんとお姉ちゃんの知り合いさん?」

「うん。ボクは暁山瑞希。それでこっちが奏」

「宵崎奏。お姉さんには、色々お世話になってる」

「えと、鶴音文です。よろしくお願いします」

「よろしくね、妹ちゃん♪」

 

名前を教えるも瑞希に覗き込まれ、

逃げ場を求めたその先はまふゆの後ろであった。

 

「……? 体験入学以来、だったよね。私は朝比奈まふゆ。よろしくね、文ちゃん」

「あ、お姉ちゃんみたいな人……はい、お願いします」

 

姿勢を低くして視線を合わせるまふゆ。その表情は笑顔。

以前見た面影は変わらず、少し落ち着きを取り戻した。

 

「ふふ、何度も言うけど私はあなたのお姉ちゃんじゃないよ?」

「ご、ごめんなさい」

 

そう言って絵名の元へと戻っていく彼女。

 

「それで、あそこに寝っ転がってるのって文ちゃんの知り合い?」

 

こちらに目も向けず猫と戯れる金髪の少女。

どこかで見たことがある気もするが、絵名には思い出せなかった。

 

「あ、誰かと思ったら理那じゃん! なにしてるのさーそんなところで」

「ん? 瑞希久しぶりー。今は猫と遊んでるからねー。ほーれびよーん」

 

決して振り向くことなく、瑞希に返事を返す。

その体でよくは見えないが、猫の体を持って伸ばしているようだ。

 

「理那……それにその声」

「……? まふゆ、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ。もしかしたら人違いかもしれないし」

 

その名前と声に1人の少女が反応した。

表情から笑みは消え失せ本来の姿が写し出される。

その変化に奏がいち早く察するものの、気付いた時には元に戻っていた。

 

「おかしいなー?

 すこぶる優秀な『まふまふ』なら聞き間違えないと思うんだけど?」

「……ふふ、『りなりー』も相変わらず人が悪いよね。そんなの()()()()()くせに」

 

お互い向き合う2人の少女。運命の糸はまたここで絡み合うのであった。

 



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第2話「決裂」

 

 

2人と4人がテーブルに座り食事を摂っている。

しかしその組み合わせはいつもとは違っていた。

 

「ねえ瑞希、あの人は一体……まふゆと知り合いみたいだけど」

「さ、さあ……? ボクも理那と知り合ったのは最近だし、そこまでは知らないかなー」

「えっと、文ちゃんはお姉さんからなにか聞いてたりしない?」

「わたしも全然。恩人さんがお姉ちゃんの友達って知ったのも入院した時ですし」

「そっか……」

 

4人用のテーブルでは文・奏・絵名・瑞希の4人が、向かいのテーブルの様子を伺っている。

ニーゴのメンバーからすればまふゆの過去をよく知るものはいない。

むしろそこまで踏み込んだ話は誰もすることがなかった。

 

それ故に、一度露見した2人の関係には興味が尽きない。

特に救いたいと願う奏にとっては。

 

「でも、まふまふって……あだ名だよね?」

「まあそうだろうけど……さすがに高校生にもなってそれで呼ばないでしょ」

「でもまふゆもあだ名で呼んでたし、そこまで仲が悪い訳じゃないのかも」

 

探っても答えが見えないままの3人と、あまり関心のない文は自然と無言になっていく。

 

一方で2人用のテーブルでは。

 

「髪染めたんだね。前は緑だったから解らなかった」

「高校に入ってからのイメチャンってやつだよ。金髪美少女ってのに憧れてたし」

「美少女って、それ、自分でいうこと?」

「あ、言ったなー? 顔面偏差値ならまふまふにも負けないと思うけど」

「そうだね。顔の良さだけなら確かにそうかも」

 

まふゆにしては珍しく、からかいながらも理那と会話を続けている。

対する理那も反論するも、文武両道である彼女に敵うわけもなく、

悔し紛れに自分の前にあった料理を頬張った。

 

「うんまーい! いやこれ無限に食べられるくらい美味しいよ!」

「本当に昔からよく食べるよね。なんにも変わってない」

「そういうそっちはどうなの? おいしくない?」

 

きれいに盛り付けられた料理を一口。よく噛んでから喉元を過ぎていく。

そして食器を置いてこう答えた。

 

「おいしいよ。そんなにおいしそうに食べてるから、ね」

「……ふーん。そっちも変わってないんだ」

 

わざとらしく含みのある言い方をする彼女に対して、少しの沈黙を挟んで答える理那。

その真意に気付いていないわけがない。

 

「それじゃ、今も続けてるんだお医者さんの勉強」

「そうだよ。途中で放り投げた誰かとは違ってね」

 

口調こそ変わらないものの、まふゆの声から感情が消え失せていく。

そんな曖昧な状態でも会話が続いていた。

 

「今じゃなにやってる? 趣味とか目標とかないの?」

「それだとアクアリウムかな。なにも入ってないけどね」

「なにも入ってない……ね。別に入れたいわけじゃないんでしょ?」

「……そうだね。りなりーはどう思う? 私らしいって思うかな?」

「別にどうも。それだけじゃなんにもわかんないからね」

 

問いを放棄する理那。

これ以上嘘を吐きたくない彼女にとって、もう適当な答えを出すことはない。

 

「それじゃあそっちは今なにしてるの。カウンセラーの勉強、続けてる?」

「カウンセラーはやめちゃった。今はDJの勉強」

「DJ……唐突だね。もう医学からも外れちゃったんだ」

「面白くないからね。それなら続ける意味なんてないよ」

「そっか。──それで、今度はいつやめるの?」

 

凍りついた様な目で理那を見るまふゆ。

一度ならず二度までも諦めた存在が目の前にいる。

 

「やめないよ。それに新しい友達の為にもね」

 

しかし理那は怯えず答えてみせる。

まだ道は見えずともその覚悟だけは持ち合わせていた。

 

「……羨ましいね、そうやってまた新しく始められるのは」

「そういうまふまふだってそうじゃない? 友達と遊びに来るなんてさ」

 

わざとらしく向かいのテーブルにいる3人に目を向ける。

明らかに覗き込んでいた彼女らはそれに気づくと慌てて視線をそらした。

 

「あの子達とはどんな関係? 幼馴染みとして聞きたいなー」

「別にいいでしょ。関係ないことだから」

「へぇ……」

 

饒舌だったまふゆが口を閉じる。しかしその態度に笑みを浮かべる理那。

そしてまた、これ以上話すことがないというのも悟る。

 

「それじゃあ私はお暇しますか。また機会があったら話そうよ」

「ううん、話すことはないよ。もう会うこともないだろうから」

 

決別の言葉。しかしその顔は笑っている。

 

「人生、生きてりゃ縁なんて切れやしないよ」

 

それに対してどちらともとれる言葉を残し、理那は店をあとにした。

 

 

 

「ま、待ってくださいよー理那さーん!」

 

1人で街を歩く理那の背に声がかかる。

振り替えれば焦った様子で追いかけてくる文の姿があった。

 

「あー、ごめんごめん。でも残っててよかったんだよ? 

 あの絵名って人知り合いだったんでしょ?」

「そうなんですけど、でも理那さんちょっと寂しそうだったし……」

「寂しい? 私が?」

「はい。あの朝比奈先輩と話してる時、楽しそうだなーって思ってたんですけど……

 お店を出るときにはなんかこう、しょんぼりしてるっていうか」

 

うまく言葉に表せないものの、必死になにかを伝えようとする。

そんな文に対しまふゆと同じように、目線の高さを合わて頭を撫でる。

 

「わぷっ」

「ありがとね、心配してくれて。いい子いい子」

「あっ、ちょっ、わたしもうそんな歳じゃないですよー!」

「私がやりたいからいいの。もうちょっと文ちゃんも甘え慣れた方がいいって」

「……それなら、少しだけ」

 

街中であるため人目が気になるも、

甘えるという言葉に弱い文はしばらくされるがまま。

 

「(鋭いな文ちゃんは。そんなだと気苦労も多いのに)」

 

いつかの自分を思い出しながら、親友の妹を愛でる理那であった。



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第3話「愚鈍」

久しぶりの再会を果たした理那は、自宅に戻るや否やUntitledを再生した。

相変わらず色の失われたセカイでは、彩色豊かな閃光と歌声が響き渡っている。

それに当てられた人々は1人残らず活気付き、歓声をあげていた。

 

『まだまだ盛り上げていくわよ! しっかり付いてきなさい!』

 

巡音ルカはまさしくこのセカイにおける天才であり、伝説であり、太陽である。

並び立つ者は1人もいない。上がる事が出来ても同じ景色が見えるわけではない。

それは理那も例外ではなく、いつもステージという頂きを見上げていた。

 

しかし、それと同時に知っていることも多かった。

裏付けられた努力を知っている。浮かべた憂いの顔を知っている。

だからこそ上辺だけの観客など眼中にはなかった。

 

何を思い彼女はステージに立つのか。その一心でただルカを見つめる理那であった。

 

 

 

いつかのようにステージの片付けを手伝う理那。

その報酬としてコーヒーが振る舞われる。

それがこのセカイにおけるルカと理那の関係であった。

 

「最近こっちに来てなかったみたいだけど、何かあった?」

 

となりに腰かけるルカが話しかけてくる。

普段は理那が話題を振るため、珍しいことではあった。

 

「なに? もしかして寂しくなった?」

「それはないわ。ただの興味本位よ」

 

いたずらに言葉を投げ掛けるも呆れたように返される。

毅然とした態度は崩れない。

可愛げがない、と思いつつも理那は近況と導いた答えを報告する。

 

「わからないから楽しい、ね。なかなか面白い言葉じゃない」

「そうそう。そのセンパイも結構面白くってさ。

 もしよかったらルカも一緒に見ない? センパイ達のショー」

「遠慮しておくわ。私はこの村を盛り上げるだけで精一杯だもの」

「そう、ならいいけど。私もまだしっかりとは見られてないからねー」

「貴女、自分で見てないものを人に勧めるの? 変わってるわね」

「でも直感で面白そうって思ったら大体そうだよ」

 

感覚主義であるからこそ、この考えは理解されない。

理由も努力も根拠もない信憑性皆無の答え。

小学生相手ならまだしも高校生になってその答えではあまりに脆すぎる。

しかし今の理那にとってそれだけで十分だった。

 

「音楽もそういうものじゃない? 特にDJやってるならさ」

「そうね。でも暗くなる曲か明るくなる曲の違いくらいはわかるでしょう?

 音は並びによって様々な顔を見せる。だからこそ特性を理解しなきゃいけない。

 それがわからないと、会場を盛り上げるなんて出来ないわ」

 

それでもあくまで理論を語るルカ。

彼女がいままで何を経験したかなどはかりし得ない。

あくまでもバーチャル・シンガーであり、発売から今までの歴史を知っている可能性すらある。

歴史という重みが、その言葉の中に凝縮されていた。

 

「じゃあ別にこの村以外でも盛り上げられるよね。

 他にも待ってる人がいるかもしれないし」

 

経験を語るなら、とばかりに理那は言い返した。

この先にも道は続いており、機材もすべてトラックにつまれている。

その気になればいつでも新たな村や街を目指す事ができた。

 

「……それは出来ないわ。ここの人達はまだ私を必要としているもの」

 

しかしルカは首を横に振る。

その顔が理那にはどこか悲しそうに見えた。

 

『太陽は確かに光をくれるけれど、直に見ればその目は瞑れ、そばに寄ればその身は焼かれる。

 言い得て妙、とはまさにこのことね』

 

演者と客。天才と凡人。

その壁を理解していながらも、あえてこの村にとどまることを選ぶ彼女。

その真意を知ることはできなかった。

 

 

 

理那がセカイから戻った時、玄関を閉める音が響く。どうやら父が帰ってきたようだ。

無視するのも気が引けるので出迎えることにする。

 

「あ、父さんおかえりー。今日のご飯なんにする?」

「作れもしないのによく言う。……なんだその格好は。そんなに寒さが堪えたか?」

「あー、暖房代もったいないしさ」

 

セカイは寒い。だからこそのコートだがそんなことを話すわけにはいかない。

なんとか誤魔化すも屋内で着る代物ではなかった。

しかしそれを見て譲太郎は靴を履き直す。

 

「ならちょうどいい、今日は外にするぞ」

「お、太っ腹ー。ごちになりまーす」

 

上機嫌な理那がつれられた先は……

 

 

 

「いらっしゃい。おお、あんたか」

「こんばんわ。いつもの席空いてるかい」

「ああ、もうすぐバー営業ってところだが。っと、連れなんて珍しい……」

 

店内はそこそこ賑わっており、奥のライブスペースではミュージシャンが歌っていた。

それを尻目に譲太郎は店主である男性と言葉を交わしている。

やがて後ろにいた理那の存在に気付くと目を丸くした。

 

「杏のおじ様こんばんわー。お邪魔しまーす」

「なんだあんたか。杏、お客さんだ」

「はーいすぐお冷や出しますねー……って理那! こんな時間に珍しいね」

 

何を隠そうここはWEEKEND GARAGE。

面倒事を察知しつつ準備のために手を動かす謙と、意外な客に驚く杏。

しかし注目するはその隣に立っていた男性。

彼は案内を受けず、ライブスペースから一番遠いカウンター席へと腰かけた。

 

「あの人誰? 知り合い?」

「ん? 父さんだけど」

「えっ!? 始めて見た……」

「とりあえずブレンド2つとサンドイッチお願いしていい?」

「あ、うん」

 

理那も会話と注文を済ませて水を受け取り父親の隣へ座る。

杏は不思議そうに譲太郎の顔を見ながら注文内容を伝えていた。

 

「父さん知り合いだったんだね」

「ああ、ここのコーヒーはここらじゃ一番だからな」

 

店主との会話を聞くに彼もまた常連ではあるようで。

世界は思ったよりも狭いのだということを実感する理那。

 

「おまちどう、ブレンド2つだ。サンドイッチはもう少し待っててくれ」

 

独特の芳ばしい香りが漂い心が踊る。まず一口。

苦味と共に鼻の奥からも香りと風味が通り抜けていく。

 

「はぁ……おいし。なんで苦いのにコーヒーってこんなにおいしいんだろうね」

 

余韻を噛み締めながら誰に問いかけるわけでもなく呟く理那。

生物において苦味は毒性の表れであり、本来なら避けるべきものである。

子供が料理や食材で嫌うのも苦味を伴うものが多い。

 

「それはコーヒーがただ苦いだけの飲み物じゃないからさ」

 

そんな素朴な疑問に答えたのは譲太郎であった。

 

「人は舌だけじゃなく香りや風味、視覚的情報からも味というものを認識する。

 そんなこともわからずに飲んでるんじゃ、お前もまだまだ子供だな」

「言ったなー! 私だってここのブレンドとインスタントコーヒーの違いくらいわかるよ!」

「はは、そりゃ素人でもわかるだろう?」

 

博識な父と愚鈍な娘。そんな2人の姿は誰からもどこか微笑ましく写るのであった。



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第4話「邂逅」

一方その頃、自室で暇をもて余していた言葉に一本の連絡が入る。

それはKからであった。

 

【ごめん、今いいかな】

【K、どうかしました?】

【ちょっと聞きたいことがあって。ボイチャで話したい】

【わかりました。準備でき次第こちらからかけますね】

【ありがとう】

 

チャットの内容と速度からして珍しく急いでいる様子。

それを察して言葉も準備を整える。

通話ボタンを押せば2回とコールもなしにKが応答した。

 

『ごめん、えっと、忙しかった?』

『いいえ、特に。それより用件はなんですか?』

『実は今日、wordの友達に会ったんだけど……その事で質問があって』

『(理那の事? 今日は確か文と猫カフェに)』

 

奏が出不精なのは知っているが、なにかと外で出会っているため不思議には思わなかった。

しかしそれ以外であれば遭遇するのは珍しいこと。

 

『あの、もし理那が失礼なことをしたのなら謝ります。

 あの子に悪気はないと思いますが、少し暴走気味なところがあって』

『そうじゃないの。でもそっか、Amiaから聞いてたけどやっぱり間違いないんだね』

『あっ……!』

 

言葉も珍しく気持ちが先行してしまい自爆する。

理那の名前も出してしまいいくら知人とはいえ失態であった。

 

『気にしないで。名前は聞いていたから』

『失礼しました。あの、それでなにか……』

『その理那っていう人、他に友達がいたりしないかな。特に宮女の生徒で、だけど……』

『宮女、ですか?』

 

食い気味な彼女の様子に少し押されながらも、思考をまとめる。

本来なら作曲に関することしか興味を持たない彼女が、理那のことに対して躍起になっている。

正確には理那の人間関係、宮女の友人のことだろうが、

それでも人にここまで執着するのは普通ではない。

 

『……わかりません。私も彼女のすべてを知っているわけではないので』

『……そっか』

 

しかし言葉もまたそういった事情を問い質すことはしない。

思い当たる情報はいくらでもある。

しかし憶測だけで期待させるほど酷なものはない。

 

その返答に先程までの威勢を失い肩を落とす奏。

そんな彼女に対してひとつの提案をする。

 

『もしそちらがよければ、こちらで都合を会わせましょうか?』

『っ! 本当に?』

『はい。ただし話の内容に関しては先に伝えます。その上で彼女がいいと言ったら、ですが』

 

理那が言葉に尽くしてくれているように、言葉もまた理那への恩返しは終わっていない。

騙して仇で返すようなやり方はしたくなかった。

 

『わかった。多分そっちの放課後くらいになら合わせられると思う』

『ではそのように』

『話を聞いてくれてありがとう。……それじゃあ、また』

『はい。Kもお体に気を付けて』

 

これ以上は話すことがないのか、奏は通話を切る。

再会の念が届くよう善処しようと、言葉は理那へと連絡を飛ばしたのであった。

 

 

 

数日後の放課後。言葉と理那はファミレスへと向かっていた。

 

「ありがとう理那、付き合ってくれて」

「なんてったって言葉からのお誘いだからねー。内容はともかくとして」

 

流石の理那も内容からしていい顔はしなかった。なにせ人間関係の深堀りである。

自分で話すならまだしも、人に聞かれて話す内容ではない。

しかしそれでも付き合ってくれるのは彼女の人の良さの表れだろうか。

 

「それに、言葉の知り合いってのもちょっと気になるしね」

「私の?」

「そうそう。だって最初は私くらいしか友達いなかったのにさー、

 知らないうちにどんどん知り合い増やしてるじゃん。

 流石の私でもちょっと妬いてるんだよ?」

 

そう言って人目を気にせず歩み寄る理那。

 

「理那、歩きづらいよ。もう少し離れて」

「もうちょっとー」

「……はいはい」

 

言葉もまた、そんな彼女に対してどこか甘いのであった。

 

やがて到着したファミレス。

テーブル席で奏が座っているところを見つけ、店員の案内の元たどり着く。

適当に注文を済ませて自己紹介へ。

 

「宵崎奏。あなたは?」

「え、それだけ? まあいいけど……言葉の友達やってます、斑鳩理那でーす。

 よろしくね宵崎さん」

「うん。よろしく」

 

座りながらにして握手を求める理那に奏はおずおずと応える。

思ったよりも気さくな人物だと思いつつも、彼女が考える事はたったひとつ。

 

「それで、鶴音さんから聞いたと思うけど……今日は──」

「まーまーそう焦らない。

 せっかくこうして会えたんだしまずはお互いのことを知るところからでも。

 宵崎さんの趣味ってなにかあったりする?」

 

奏の声を遮り別の話題を繰り出す。

話をそらしているのか、単に対面出来たことを喜んでいるのか。

彼女の真意を図ることはできない。

 

「趣味は……音楽を聴くこと、かな」

「へー。どんなジャンル聴くの?」

「なんでも聴く。アーティストの曲もそうだけど、アニメとかドラマの曲なんかも」

「すっご! 私なんて好きなアーティストの曲ぐらいしか聞かないのに。

 それだけ音楽が好きなんだねー」

 

思ったよりも分け隔てない彼女の守備範囲に驚き感心する理那。

しかし奏の動機として、それは少し違っていた。

 

「好きというより、自分で曲を作ってるから。その勉強や参考にしてるんだ」

「あ、曲作ってるんだ! え、もしかしてプロ?」

「ううん、ネットで上げてるだけ」

「あ、ならさ、気になる人がいるから知ってたら教えてほしいんだけど……」

 

そう言っておもむろにスマホを取り出す理那。

そこにはあるアーティスト名が表示されていた。

 

「“OWN”っていう人なんだけどさ。生きてるか知ってる?」

「っ! あ、うん……生きてるよ。知り合い、だから」

「……そう。それならよかった」

 

予想外の名前に奏は硬直する。

なんとか答えつつ誤魔化してみせるも、最初の動揺は隠せなかった。

そしてそれを見逃すほど理那も甘くはない。

 

そこで注文が届き、一旦会話はお開きとなる。

各自が飲食に集中するため押し黙る奏であったが、焦らされるのは性に合わなかった。

 

「理那、もうそろそろいいんじゃない?」

「そうだね。宵崎さんの人柄も大体分かったし」

 

今まで背景のように押し黙っていた言葉がようやく口を開く。

彼女とて奏よりも理那との付き合いの方が長い。

前座のやり取りすらなんの為かは把握しているつもりである。

長年連れ添った相棒のようにやり取りを交わして理那は口を開いた。

 

「まあ猫カフェの時からわかってはいたけどねー。

 わざわざ言葉を使ってまでして呼び出す位だ。

 それくらいあの子に思い入れがあるってことでしょ」

「! じゃあ」

「でもその前に」

 

水で喉を潤してから、しかと奏を見つめる理那。

顔も、目も、一切笑っていない。

 

「あの子に最後まで付き合う覚悟、ある?」

「あるよ。わたしは救うまで、曲を作り続けなきゃいけないから」

「そっか」

 

その言葉を聞き終えて、理那は乾いた笑みを浮かべた。

 

「なら昔話してあげる。全部に裏切られた女の子──まふゆの話をね」



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第5話「救済」

理那はまふゆの過去を奏に語り聞かせる。しかし彼女は終始こういっていた。

 

「これは私から見た偏見の固まりだから、全部信じちゃダメ。

 私の価値観によって事実とは違う風に見えてるから」

 

それは一種の刷り込みレベルだった。

人が経験を話す際は主観によって語られる。それは奏本人も重々理解していた。

しかしそれ以上に、まふゆの過去という情報は魅力的に写る。

 

理那は執着とまで言える態度を示す彼女に、

自分の友に語り聞かせた時よりも慎重に言葉を選んでいた。

ただ起きた事象だけ、まふゆが納めた実績だけを淡々と告げていく。

どこか簡素でよそよそしくなるものの、言葉は黙ってそれを聞いていた。

 

「……っと、こんなところかな」

「ありがとう。よくわかった」

 

話の間は完全に食事の手を止めており、感謝の言葉を送っても再開する様子はなかった。

やがて冷めきった紅茶に口をつける言葉によって沈黙が破られた。

 

「理那、それだけでいいの?」

「ん? それだけってどういうこと?」

「さっきの内容だと、ただ理那がその人のこと知ってて無視している様に聞こえたから」

 

主観を撤廃すればそれはただの傍観者だ。

そしてその事象について事細かに説明すれば、

そこまで知っていて干渉しないのか、と疑問に思うのが人の常である。

言葉本人も、自らとはいえ自分の友人が誤解を招かれるのは好ましくなかった。

 

「いんや、いいんだよそれで。実際私はなんにも出来なかった訳だしね。

 本当にあの子──まふゆの事を思うなら、誰になに言われても無視するべきだったんだ。

 その手を引っ張って、どこまでも逃げてやればよかったんだ」

 

それが理那の胸の内に秘められた想いだった。

贖罪の原動力であり、まだ心の中でくすぶっている。

 

その捌け口として最適だったのが紛れもない言葉であり、

打ち明けてもなお受け止めてくれたことへの恩義は尽きない。

そしてまた、彼女の独白が始まった。

 

「猫カフェで見たときわかったよ。

 まふゆは貴女達が思う以上に、貴女達の事を大切に思ってる。

 それこそ今の私なんか比にならないくらいにね」

「まふゆが……わたし達を?」

「そう、だからこそ話したの。それで、私からのお願いなんだけど……」

 

次に出てくるであろう言葉は明白だった。

“私の代わりに、まふゆを救ってほしい”。

お決まりの台詞であり、それを背負う覚悟も奏にはできていた。

間をおくように水を飲んで、理那は口を開く。

 

「私が今まで話したこと、忘れてほしいんだ」

「……えっ?」

 

その言葉は完全に矛盾していた。

先程まであれだけ真剣に話聞かせていた内容を、無意味にしろという。

それは情報を知った奏よりも、伝えた理那の方が無駄骨であった。

 

「……どうして? それじゃあまふゆを救えないんじゃ」

「やっぱり、思った通りだ」

 

奏の疑問も尤もだが、また理那の反応もさも当然といったものだった。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、これはあの子を救うための布石じゃない。

 他でもない宵崎さんの疑問を張らすためのもの。

 色々気がかりじゃ、あの子本人を見られないでしょ?」

「確かにそう、だけど……それでも忘れる理由にはならない。

 私はまふゆを救いたい。他でもない、私の曲で。だから忘れる訳にはいかない」

「ああ、なるほどね。大体わかった」

 

彼女にしては珍しく参っているようで、天井をあおいでいる。

そんな奇行に対して疑問が尽きないのは、奏だけであった。

理那から最も近い言葉は、我関せずと紅茶を飲んでいる。

そして再び理那が奏を見た時、その目は冷めきっていた。

 

「あのね宵崎さん。人を救うってどういうことかわかる?」

「それは……怪我を治したり、病気を治療したりして」

「確かにそうだね。それも立派な人を救う行為だ」

 

奏が言葉を重ねる度、理那の失望の色が強くなる。

それでも理那はやめなかった。他でもない、狂わせてしまった責任を背負うために。

 

「私の話は、確かにまふゆを助ける特効薬になるかもしれない。

 でもね、人を救うってのはそんな簡単な事じゃない」

 

それは理那だからこそ言えること。

いくら凄腕の父が病気や怪我を治したとしても、救われなかった人達をごまんと見てきた。

 

「ただ怪我や病気を治すだけじゃ、人は救われないんだよ。

 本当の救いってのはね、ただ治すだけで終わりじゃない。

 その人がちゃんと自分で生きていけるように、面倒をみてあげることが大事なんだ」

 

その気迫たるや父譲りのものであり、奏を押し黙らせるには十分であった。

 

「それに何より、救われた後にまふゆはどうするのかな。

 今まで通り貴女達といるのかな。自分の人生を歩むのかな。

 果たしてその未来を、貴女は受け止められるのかな。宵崎奏?」

 

理那が問うのは、救いの後。いつか訪れる未来。

 

救われたらまふゆは、どうするのだろうか。

また皆と一緒に曲をつくって、救って、それで。

そんな保証はどこにも無いというのに──?

 

「……………」

 

その未来が、奏には見えなかった。

 

「宵崎さん」

「……鶴音さん?」

 

目の前が真っ暗になったかと思ったところで、言葉が口を開く。

まるで奏の心境を汲み取ったように。

 

「それでも、私は待っていますよ。あの時の約束を忘れないでくださいね」

「あ……」

 

同じ様にここで果たした約束。それは確かな灯りとして奏を導いている。

例え未来が見えなくても、今歩みを止める理由にはならなかった。

そんな未来がやってきても、また誰かを救うために曲を作り続けるのだろう。

今はまだ先の事はわからない。それでも、救うと決めたからには進まなくてはならない。

 

「斑鳩さん、鶴音さん。ありがとう。……救って見せるよ。絶対に」

「……そっか」

 

奏は席を立ち、お金をおいてその場を後にする。

残された2人は最後に短い言葉を交わした。

 

「やっぱり言葉は人を動かす天才だね。魔法でも使えるの?」

「理那ほどじゃないよ。それに、私の話と理那の話は別の問題でしょ?」

「まあそうだけど。……言葉って結構罪作りだよね」

 

言葉と理那は、その後もゆったりとした時間を過ごすのであった。



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第6話「未練」

ファミレスの一件から数日後、理那は1人でシブヤの街を散策していた。

特に目的があるわけではない。強いていうなら気分転換である。

 

あれからセカイを訪れ、何度かチャレンジしたものの観客を沸かせることが出来なかった。

楽しいこととはなんなのか、という解を得たところで劇的に変わるものでもなく、

がむしゃらに努力し続ける日々。観客の罵声を打ち消す為に街の喧騒に耳を傾けていた。

 

「やっぱ癒しの1つや2つは必要だよねー」

 

近くの店で買ったクレープを頬張りながら、行き交う人々を観察する。

休日ということもあり数も多く、それぞれが目的地を目指して歩いていた。

 

そんな中でふと歌が聞こえてくる。

個性的で可愛らしく、澄んだ歌声に彩られたバーチャルシンガーの曲。

どこか聞き覚えのある曲に興味をそそられた理那は、自然とその方へ歩き出していた。

 

「──♪ ────♪」

 

ビビッドストリートではクリーム色の短いお下げをした少女──小豆沢こはねが、人前で堂々と歌っている。

通りかかる人も時おり足を止めては、その歌声に耳を傾けていた。

 

「あの子歌うまいな。どこの子だろ」

「ああ、Vivid BAD SQUADの子だろ? ライブハウスとかで1人で歌ってるんだってさ」

「へー、小さいのに根性あるな」

「──♪……」

 

誰しもが彼女を知るわけではない。

しかし観客も次第に増えていき、彼女の歌を聞き惚れている。

曲を終えたとき、小さいながらも拍手が巻き起こった。

 

「えっと、聴いてくれてありがとうございました! あっ……!」

 

頭を下げる彼女はそんなギャラリーの中で理那を見つける。

一見すればギャルとも思える容姿は、良くも悪くも目立っていた。

 

「いい歌だったよー杏の相棒さん。名前は……あー、えっと」

「小豆沢こはねです。えっと確か、理那さん、でしたよね?」

「そうそうこはねちゃんだ。私は斑鳩理那。よろしくね」

「えっと、はい。よろしくお願いします……?」

 

今の今までお互いの名前を知らないことに気づいたこはねは、

軽い自己紹介の後休憩がてら会話を楽しむことにした。

自販機で買ってきたスポーツドリンクを片手に、言葉を交わす。

 

「その、斑鳩さんは杏ちゃんと同級生、なんですよね?」

「そうだよー、クラスは違うけどね。そういう小豆沢さんだって宮女の1年なんでしょ?

 敬語とか堅苦しいの苦手だしタメ口でいいよ。私もこはねって呼ばせてもらうしさ」

「(なんていうか、杏ちゃんみたいな人だなぁ……)じゃ、じゃあ理那ちゃんで……」

「……わーお、なんか新鮮。それで、杏がどうしたって?」

「大したことじゃないんだけど……学校だと普段なにしてるのかなって」

 

Vivid BAD SQUADとしても、歌い手としても相棒である彼女だが、学校での姿をあまり知らない。

彰人も冬弥も、特別なにかを教えてくれるわけでもない。

なにより他の人から見た相棒の姿を知りたかった。

 

そして理那も友人の姿を語る事はやぶさかではない。

休み時間でのこと、部活でのこと、風紀委員でのこと。

話題に合わせてコロコロと表情を変えるこはねに、

機嫌を良くし普段よりも饒舌に語り聞かせた。

そして最後にこう絞める。

 

「杏がぞっこんなのは知ってたけどさ、こはねも相当惚れ込んでるよね」

「ええっ!? だ、だって杏ちゃんカッコいいし、それにいつも堂々としてて……」

 

顔を赤く染めながら相棒を語る様子は、端から見ればもはや惚気話である。

しかしいつものように囃し立てることなく、理那はただただその言葉に耳を傾けていた。

 

「それで、杏ちゃんが言ってくれたの。誰より一番、私に信じてもらえるようになるって。

 それでもやっぱり、私の方がついていけなかったから……でも、私が追い付けばいいんだって思えて。

 追い付いて、みんなと並んで一緒に夢を叶えたいって思ったの」

 

『誰より一番、こはねに信じてもらえるようになる!

 こはねのことを信じて歌うから! だから──

 こんな私だけど、これからも、こはねの相棒でいさせてくれないかな?』

 

いつか屋上で聞いた杏の声が重なる。ただ惚れ込んでいるだけはない。

彼女達には夢があった。

そしてなにより共に夢を追いかけるという、本当の相棒がいた。

 

「それで、こんな風に路上でも歌ったりしてるの」

「へぇ、そういう理由だったんだ。頑張ってるんだね」

 

そこでこはねの話は終わり、話題も音楽に切り替わる。

理那もノって来るかと思いきや、話が途切れてしまった。

 

「えっと、理那ちゃんはDJやってるんだよね?

 よかったら、その、うまくなるコツとか教えてほしいな」

 

曲のジャンルも似かよっていて、なにより杏も自分も直感でわかるほどの卓越したセンス。

それ相応の場数と経験を積んでいるのだろうと予測し、ひとつでも多く吸収しようと問いかけた。

 

しかし。

 

「コツって言われても、私だってここ最近始めたばっかりだし、経験なんてないよ?

 強いて言うならWEEKEND GARAGEでやったのが初めてかな」

「ええっ!?」

 

こはねとほとんど変わらぬ駆け出しだと、理那は告げる。

嘘、と言いたくなるもあれだけの技量を持っていればあの通りで噂になるはず。

裏付けは後で相棒から取るとして、そうなると気になるのはその動機である。

 

「えっと、じゃあどうしてDJに……?」

「ああ、それは言葉……友達が頑張ってるし、なにか初めてみようかなって思って」

「言葉さんってたしか文ちゃんのお姉さん、だよね」

 

こはねの脳裏に映るのは、下手から見た2人のステージ。

同じ曲を文とも歌っていたが、正直あのステージには敵わないと思った。

 

「まあ、それでこの先どうなるか、なんてわかんないけどね」

「……? 鶴音さんと一緒にステージに立ったりは……?」

「ま、そうできたらいいなーって思うけど、技量が段違いだよ。

 毎日聞いてるからわかるもん」

 

空白期間と不慮の事故があったとはいえ、

過去のブランクを取り戻すために彼女は努力を続けている。

その曲のジャンルは決して明るいものはないものの、

目を見張る速度で成長しているのは理那が誰よりも知っていた。

 

理那の隣にいるものはいつだって天才だ。しかも、努力の天才である。

多少の才はあっただろう。しかしそれ以上に研鑽することを諦めなかった。

だからこその地位を獲得している。──それは例え、自らが望んだものでなくとも。

 

理那は今だ、過去に引きずられている。



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第7話「相棒」

自分の行いが、過去の記憶がそれを拒んでいた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。

 でも結局、私が本当に欲しいのは相棒じゃなくて世界でたった1人だけの友達だよ。

 それは今も変わらない」

 

自分の贖罪を聞き届けてなお、言葉は受け入れてくれた。

だからこれ以上望むのは、自分の器を越えた願いだと断じた。

 

「ごめんね。変なこと聞かせちゃってさ。それじゃあ私は帰るから」

「あっ──」

 

席を立ちその場を去ろうとする理那。

引き留めようとしても次の言葉が浮かばない。もはや今の彼女にはどんな言葉も届かないだろう。

 

それでも、こはねは諦めたくなかった。

その姿が昔の弱気な自分や、失敗を引っ張って進めなくなった自分に似ていたから。

それになにより、あの時聞いたアレンジは本物だった。

 

「(どうしよう、このままじゃ!)」

 

焦る思考をどうにか纏めようとして空回り。そんな時──

 

「あっ、こはねー! 今日も歌ってた……ってどうしたの?」

「杏ちゃん! えっと、理那ちゃんが、その……!」

「え? 理那?」

 

状況が理解できない杏だが、いちいち説明していれば理那が去ってしまう。

焦って互いを目で追っていると、自分が使っていたスピーカーとマイクが目に入った。

 

言葉は意味をなさない。それでも彼女達には、歌があった。

 

「──一緒に歌ってほしいの!!」

 

差し出されたマイク。ただならぬこはねの様子に杏は相棒としての役目を果たす。

2人の間にも言葉は不要だった。

 

『───♪ ──♪ ───♪』

 

それはお互いの手を取り合って進むもの。同じ夢をもって進むことを誓った曲。

立ち去ろうとする誰かに向けて、自分達の想いを伝えるために。

 

「……………」

 

2人の想いから生まれた曲だからこその力。

理那はいつしか足を止め、その歌に耳を傾けていた。

通りかかる人々もその歌声と歌詞に聞き惚れている。

 

やがて曲が終わりを告げて、杏もまた理那を見つめていた。

 

「へえ、それが2人の本当の十八番ってやつ?」

「まあね。それで理那はどうするの?」

「どうするもなにも、変わんないよ。最後にいい曲聞かせてくれてありがとう」

 

そのまま背を向けて歩き出す理那。杏もそれ以上引き留める理由はない。

しかし先ほどのこはねの様子を見るに、ただ事ではないと理解していた。

だからこそ杏は──

 

「ちょっと。私の相棒にここまでさせておいて、そのまま帰るなんて言わないよね?」

「あ、杏ちゃん……!」

 

あえて挑発的な言葉を選んだ。

隣ではこはねが大事の気配を察知してなだめている。

 

「そんな見え見えの挑発、誰が乗ると思ってるの?」

「他でもない理那だから言ってるんだよ。あの時のアレンジ、最高だったし。ね、こはね」

「う、うん! 私もとっても素敵だなって思ったよ!

 理那ちゃんのアレンジ、もっと一緒に歌ってみたいな」

「そっか、2人にはそう聞こえてたんだ。あれ」

 

ここで理那もようやくこはねが引き留めた理由を看破した。

そしてなにより、凄腕シンガーの2人にここまで言われて引き下がるDJもいない。

 

「それじゃ、もっと面白いもの見せてあげるね」

 

そういって理那は2人の元に歩み寄る。

スマホの画面にはアプリのターンテーブルが写っていた。

こはねからマイクをもらって流し始めたのは初音ミクの曲。

軽快なピアノの音に綴られるのはどこか寂しさを感じる歌詞──のはずだった。

 

「──♪ ───♪ ──♪」

「えっ……別の曲!?」

「でもリズムもテンポも……嘘、こんなのってあり!?」

 

しかし理那が歌い上げるのはまったく別の曲。

杏もこはねも歌ったことがある、巡音ルカの曲。

失恋の悲しみと孤独を歌ったものだった。

 

しかもそれだけではない。1番が歌い終われば曲と歌詞が入れ替わる。

それは、マッシュアップとよばれるもの。

歌唱力だけでは到底補えない、奇抜さと発想による見せ方。

先ほどまで杏とこはねの曲に聞き入っていた人々は、完全に理那が乗っ取っていた。

 

「どう、面白かったでしょ」

 

自慢げに微笑む理那。これでお互いの曲は披露された訳だが……

 

「あの子凄いぞ、歌はともかくこの空気、Vividsの2人に負けてねえ!」

「でもどこの子だ? 全然みたことないけど……」

「おい、Vividsに勝負挑んでるやつがいるってよ!」

 

周囲からは理那がこはねと杏に勝負を挑んでいる様に見えたらしく、

観客もすっかりその気であった。

そして今観客の空気は理那の方へと傾いている。

喧騒も大きくなり呼び水となってさらに観客を、そして他のアーティストを増やしていった。

 

「なんか予想と違う展開になっちゃったけど……ま、十分でしょ」

 

しかしそんな歓声も理那にとっては関係ないこと。

相手の想いを知っても胸の内に響くことはなかった。

こはねと杏の持ちネタは尽きた。これ以上彼女がここにとどまる理由もない。

 

「待てよ」

 

そんな人混みに響く、1人の青年の声があった。

それは理那もよく知る人物。なによりも夢を追いかける事に命を燃やす人物。

 

「彰人!? どうしてここに……今日個人練習だって」

「んなもんとっくに終わったよ。それで、なんだこの騒ぎ」

「観客いわく、斑鳩が小豆沢達に勝負を挑んだらしいが」

「あ、青柳くん……」

 

彰人と冬弥も練習を終えて一服しようとしたところでこの騒ぎを見かけた。

興味本位で覗いてみればその中心にいたのが3人であり、なにより理那を称賛する声が大きい。

冬弥が観客から聞いた情報も合わせれば、聞き捨てならない事態であった。

 

「おい、もしかして今度はVivid BAD SQUADでやりあうのか?」

 

Vivid BAD SQUADが勢揃いともなれば、期待をしない方が難しい。

観客もまた段々とその気になっていく。

 

「これだけ空気作ってておいて、そのまま帰るなんて言わないよな?」

「いや、作るもなにも、そっちが始めたことじゃん。私はただ乗っかっただけだよ」

 

今の理那には、理由もなければ意味もない。しかしその技術は最高。

自分が欲しいものを持っていながら、そんなことに興味を持たぬ少女。

それに気付いていないからこそ、彰人は心底腹が立つ。

しかしそれを必死に噛み殺し、一言だけ告げた。

 

「なら、最後まで乗ってけよ」

 

その内に秘められた闘志は、誰よりも熱かった。




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第8話「同志」

ビビッドストリートの一角。4人の少年少女と1人の少女が向き合っている。

一方は勢いの増すVivid BAD SQUAD。一方は無名の少女。

しかしVividsが作り上げた空気をかっさらったことで、注目を浴びていた。

 

「なら、最後まで乗ってけよ」

 

彰人が告げた一言はまさに宣戦布告。Vivid BAD SQUADによるリベンジである。

 

「でも、もしここで私に負けたらそれこそRAD WEEKENDを越えるどころじゃないでしょ」

「そりゃ、オレ達が負ける前提で言ってんのか?」

「世の中、絶対ってことはないからねー」

 

しかし理那は回避策を講じる。

それは尤もな正論であったが、なによりも挑戦的に聞こえた。

理那自身もこの4人を越えられるとは到底思ってはいない。

 

しかしイレギュラーが発生する可能性も否めない。

外的要因による影響をなによりも重視してしまう理那なりの心配であった。

──ただ、言葉足らずな点を除けば。

 

「じゃあ理那は私達に勝てるって思ってるんだ?」

「そこまでは言ってないんだけどなー。こはねと青柳君はどうなのさ」

「わ、私!?」

「俺は……」

 

意外にも乗り気な杏に言葉を濁しつつ、冷静な2人へと話題を振る。

2人であれば相棒を止められると思ったのだろう。

 

「俺は、彰人の相棒だからな。彰人が歌うのなら、俺も歌う」

「私も、杏ちゃん達と一緒に歌いたい! それに、理那ちゃんにも諦めてほしくないから!」

「……ふーん、そっか」

 

相棒の意志を尊重するだけではない。ちゃんと自分の意志を持った上で行動している。

互いに互いを信頼した最高の相棒だった。

 

「じゃあ、先行は私が貰うけどいいよね」

「別にどっちでもいいぞ。オレ達に勝てるんならな」

「ははっ、でもまぁ、私1人だからって油断しないでよね」

 

空気を感じとり、観客の求めるものを第一に考える。

想像するのはルカのステージ。機材はなくてもやりようはいくらでもあった。

それこそ、先ほど自分がやった時のように。

 

「やるなら本気で。その方が楽しいでしょ?」

 

理那が流し始めたのはミクとルカのデュエットでは最高の知名度を誇るであろう楽曲。

特にBメロが高速であり歌唱も困難なものである。

それに最初から合わさる別の楽曲。

 

「(理那ってば無茶する、結構難しい曲で勝負するなんて)」

 

歌唱力が低い彼女にしては技量で勝負するにも限度がある。

無論ただの偶然に過ぎないのだが、それでも自分の首を閉めていることに気付いていない。

 

──それでも、その予想を上回るのが彼女であった。

 

『っ!?』

 

聞こえてくるのは全く別の歌姫の声。

同じマッシュアップだが、その様相はまるで違った。

要所ごとに激しく2曲が入り乱れ、お互いの強みを引き出している。

 

曲の最後には相対する2つの歌詞が合わさり、共鳴していた。

あえて片方を歌うことを捨てることで実現する残響。

他でもない感性による賜物だった。

 

曲の終わりと共に歓声が巻き起こる。それは先ほどよりもさらに上。

空気は完全に理那が物にしている。

 

「す、凄かったね……見てるこっちまでドキドキしちゃった……」

「ああ。曲の特徴をしっかり理解した上でそれをさらに引き立てている」

 

思わず称賛してしまうも、彼女の経験のなさを加味すれば相当な物であった。

しかしその程度で止まる4人ではない。

 

「それじゃ、こっちの番だね。なんの曲でいく?」

「ここまで盛り上げられたなら、アレでいいだろ」

 

彰人が提案したのは、冬弥が決心した時に生まれた楽曲。

様々な理由をつけて逃げようとする理那に対してはぴったりの物だった。

 

『──! ───♪ ──!』

 

自分の想いに気づいてもなお吹っ切れなかった想いを、確かなものに昇華させた物。

進むことに、理由などいらないのだと。

 

そして楽曲が終わりを告げれば今までで最高の歓声が沸き立つ。

4人だからこそ魅せられる、最高のパフォーマンスだった。

 

「やっぱりVivid BAD SQUADのやつらが最高だな!」

「ああ、こいつらを越えるやつなんていないだろうな」

「いやでもあの子も相当やるぞ」

「1人であそこまでやるやつなんてあいつぐらいだと思ってたが……」

 

空気は完全に塗り替えられ、この場はVivid BAD SQUADが納める。

しかし理那を支持する声も消え失せたわけではない。

 

「いやー、いい線行ったと思ったけど、やっぱりオリジナルには勝てないよね」

 

完敗、と言わんばかりに両手を上げる理那。しかし杏が前へと進み出る。

 

「なに言ってんの。理那だって相当凄かったじゃん」

「でも負けは負けだし。あーあ、私の出せる最高の持ちネタだったんだけどねー」

「なら、また挑んでこいよ。いつだって相手してやる」

「また、ね」

 

その言葉に、取り返しのつかない過去を思う。

 

それを見て、こはねは思う。

いつか立ち止まりそうになったあの日のこと。

一緒に夢を追いかけられたらと願っても、現実はそううまくいかないと思い知らされたこと。

それでも、セカイで確かに背中を押されたこと。だから──

 

「ここで止まるか、次の扉を開けるかどうかは、自分で決めることなんじゃないかな」

「えっ?」

 

──今度は自分が背中を押す番だと、そう思った。

 

 




ワールズエンド・ダンスホール×パンダヒーロー

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第9話「決意」

思わぬ発言に、理那は目を丸くする。

彼女が見たのは、いつにも増して真剣な表情をするこはねの姿であった。

 

「理那ちゃんがどう思ってDJを始めたのかはわからないけど、

 やっぱり今の、本当の想いには嘘をついてほしくないって思う。

 だってそれは、理那ちゃんだけの大切な想いなんだから」

「こはね……でも」

 

1度ならず2度までも裏切ってしまった罪の重さを、理那が知らないわけがない。

結果として、過去の友人を変えてしまったのだからなおさらだ。

もう一度始める、と言ってくれたにも関わらず過去に囚われていた。

 

「グダグダ考えてんじゃねえよ。お前、バカなんだろ」

「は? なに言って──」

 

そんな中で彰人が口を挟む。唐突にバカにされシリアスな空気に水を指される。

反論しようとする理那に対して、彰人はさらに言葉を重ねた。

 

「足りない頭で考えるだけ無駄なんだよ。それなら、やりたいことやるのが一番だろ」

 

日頃の彼女の行いは彰人もよく知っている。

友達と下校中に寄り道したり、部活の助っ人として試合を垣見だしたり、

授業中であっても必死に別の勉強をしたり。

言葉足らずではあるが、慧眼な理那にとっては効果的だった。

 

「……へぇ、彰人君にしては結構まともなこと言うじゃん」

「当たり前だ。こちとら経験が違うんだよ」

「まさか杏だけじゃなくて周りの2人にまで啓蒙されるなんてねー。世界はやっぱり広いや」

「どう? 答えは見つかりそう?」

「うん、ありがとね2人とも。それに青柳君も。この前天馬先輩紹介してくれたし」

「そうか。役に立てたならなによりだ」

 

目を閉じて今までのことを反芻しているようだ。

ずいぶんと遠回りになってしまったが、結論は出たらしい。

 

「それじゃ、私はちょっと行くとこあるから」

 

その場から駆け出す理那に、今度こそ声をかける者はいない。

そんな彼女が向かった先は。

 

 

 

「よーっすルカー! 今日も張り切ってるねー!」

 

セカイであった。今はまだステージの準備中でありいつもより元気な声で話しかけている。

 

「張り切るもなにも、いつも通りよ。ところでいつもより暑苦しいけどどうかした?」

「どうもしてないよ。強いて言うなら……本当の想いを見つけたくらいかな」

 

それを聞いたルカは硬直するも、すぐに立て直す。

それもそのはず、自分の与えた課題は達成されていなかった。

なにをもってしてその課題を与えたのかは、ルカしか知り得ない。

しかしその上で見つけた『本当の想い』には、セカイの住人として興味があった。

 

「その前にさ、ステージ立たせてくれない? 今の私の実力、知りたいからさ」

「ええ、ご自由にどうぞ」

 

自慢げに微笑んだ理那はステージの準備を始めるのであった。

 

 

 

「よーっし、みんなしっかり付いてきてね!」

 

村人達が集まる中で盛り上げに徹する理那。罵声にも動じず、今自分のやりたいことを貫き通す。

そんな想いの中選び抜かれた楽曲群は。

 

『──♪ ────♪』

 

音色は洗礼された心地よい雰囲気ながら、歌詞は感傷に浸るようなものばかり。

それはルカの普段の姿を写し出しているようだった。

 

「なんか、今回は雰囲気違うな……」

「でも、なんでだろう。聞くのをやめられないっていうか」

 

盛り上がるつもりで出てきたというのに、これでは話が違う。

しかし観客は聞き入ってしまった。それは熱中ではなく夢中。

活気こそないが完全にその場は理那が制していた。

 

やがて楽曲が終わりを告げれば、観客は静かに自分達の住み処へと戻っていく。

 

「ありがとねルカ。お陰さまでいいステージになったよ」

「ええ、良いステージだったわ。じゃあ聞かせて貰おうかしら。貴女なりの答えを」

 

満足げに微笑む理那にルカは問いかけた。

 

「私はね、結局誰かの……友達のそばに居たいんだ。もう二度と裏切りたくない」

 

理那の持つスマホに仄かな光が宿る。

しかしそんな答えに対してルカは思った以上に辛辣だった。

 

「理那、貴女の言ってることはわかるわ。

 でも誰かを裏切らないということは、他の誰かを裏切ることになるのよ」

「他の誰か、ね……」

 

不意に脳裏に写るのは過去の思い出。

まふゆと過ごした楽しい日々。そして言葉と過ごした高校生活。

前者は自分の罪であり、後者はその贖罪の代替品だ。

 

「それでも、過去に囚われて今を楽しめないよりずっとマシだよ」

「理那……」

「だから私はあの子の傍にいるよ。それが一番私らしくいられる場所だから。

 それに過去ってものは変えられないし、消せやしない。

 だから自分なりに決着をつけなきゃいけないんだ」

 

その言葉と共にスマホの光が強くなる。Untitledが曲に変わった証だ。

それは、決意の曲。前を向いて進むための、過去との決別。

 

「強いわね……貴女は本当に」

「別に? ここに至るまで長かったからそうでもないよ。さあルカ、一緒に歌おうよ」

 

理那はルカの手をとる。共に奏でられる曲はセカイに響き渡り、

一瞬地平線に日の光が差した──ような気がした。

その光に照らされ理那は自身の色彩を取り戻す。

しかし曲の終わりと共にそれは消えてなくなってしまう。

 

「朝日が拝めるって思ったんだけどなー。うまくいかないか」

「そうね。貴女だけの変化ではそうそう変わらないわ。それでも、確かな変化よ」

 

ルカも普段と違ってどこか晴れやかな表情を浮かべていた。

するとどこからともなく拍手が聞こえてくる。それは村の住人達だった。

 

「今までで最高のステージだったぞ!」

「ええ、そこの貴女もよかったわ!」

 

その声はどんどん広がっていき、村全体を包み込んでいく。

それはルカのステージとは違い、満足に満ちた物。

そんな歓声に紛れて、ルカがひとつ呟いた。

 

「まさか、本当に沸かせてみせるなんてね」

「でもノーカンじゃない? だってルカと一緒だったし」

「あら、私は別に『1人で』だなんて言ってないわよ?」

「いや、言ってないけどさ。なんかこう、違うじゃん?」

 

ルカの顔は笑っていた。まるで成長を見届けた親のように。

それでも理那は首を横に振る。どうやらまだ満足していないようだった。

 

「ならこうしましょう。次の街の人達を沸かせられたら、でどうかしら」

「次の街って、ここ人達は大丈夫なの?」

「大丈夫よ。私のエゴで縛るのもおしまい。それに、救ってばかりでは成長出来ないでしょう?」

 

今までのルカらしからぬ発言だった。

セカイよりもルカが変わったかと錯覚してしまうほど。

想いを導く存在であるなら、その言葉は本心によるものだろう。

 

あまりに巧妙な手のひら返しに理那が納得いかない様子で悩んでいると、クラクションが鳴り響いた。

運転席には窓から顔を出したルカがハンドルを握っている。

どうやら悩んでいる内に移動したらしい。

 

「ほら、早くしないと置いてくわよ」

「あー! ちょっ、それひどくない!?」

「悩むくらいなら進むって決めたんでしょう? そんな事じゃ友達に笑われるわね」

「それとこれは話が別でしょー!?」

 

こうして2人は村を後にし、宛のない荒野をいくこととなる。

その先になにがあるか、理那はまだ知らない。

 




だれかの心臓になれたら/ユリイ・カノン

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第10話「餞別」

 

その日、朝比奈まふゆはある人物に呼び出されていた。

メッセージには【話がある】と記され、待ち合わせ場所と思わしきURLも添えられている。

 

見知らぬ裏通りを抜けて、1つのライブ&カフェバーへと足を踏み入れた。

指定された時間より15分ほど早いが、問題ないだろう。

 

「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」

 

カウンターでは1人の男性がマグカップを磨いている。

ここの店主だろう、と予測し目的の人物を探せば──居た。

カウンター席でただ待ちぼうけている少女。

彼女以外に客はおらず、そのせいか長い金色の髪が余計目立って見えた。

 

「お待たせ。理那にしては随分早いんだね」

「うん。だってこの後部活なんでしょ。早い方がまふゆも助かるだろうし」

 

いつもの『いい子』を振る舞いながら、となりの席へ座る。

水の入ったグラスを店主の男性が差し出した。

まふゆはこの後予定が入っている。その証として筒状の長い布袋を背負っていた。

 

「ご注文は?」

「ブレンド2つで」

「ちょっと理那、私はまだなにも「いいから」」

 

勝手に注文を通す理那に反論するも一蹴される。

そんな有無も言わせぬ態度に対し、店主が離れるのを確認してから口を開いた。

 

「それで、言いたいことってなにかな?」

「まあまあ、注文が来てからでもいいでしょ」

 

顔を合わせぬまま、愛想笑いの裏で彼女の真意を図る。

会うことはない、と告げられてもなお呼び出したその真意を。

しかし話題は引き伸ばされ、のらりくらりとかわされる。

 

結果、注文のコーヒーが届き店主が厨房に消えるまで理那はなにも語らなかった。

 

「とりあえず、乾杯」

「いいよそんなの」

 

差し出されたカップを無視しして一口。

そこに味は感じられず、ただ熱いという情報が頭に流れるだけだった。

 

「やっぱり、わからない」

「そっか」

 

お互いにカップを置き、一息つく。それを見計らって理那が口を開いた。

 

「私はね、まふゆを救ってあげたかったんだ」

「でも、なんの意味もなかったでしょ」

 

そこにいい子のまふゆは存在せず、ただ事実を淡々と述べる姿があった。

理那の理想にまふゆの現実を突きつけられる。それが事実であり、今の2人の関係だ。

 

「そうだね。でも本当はそうじゃない。

 勝手に自分のせいだって思い込んで、それで救ってあげられたら自分が許されるんだと思ってた」

「……そうだね」

 

理那の救済はつまるところ己の救済に帰結する。他人に依存するものだった。

だからこそ奏に対してあそこまで辛辣になったとも言える。

 

「それで、その事に気付いてどうするの? まだ私を救いたいと思う?」

「救いたいと思ってるよ。昔馴染みの友達としてね」

 

しかし、その一言とは裏腹に理那の雰囲気が変わった。

 

「でもそれ以上に、まふゆに囚われてるんだってわかった」

「……………」

「そんなのはもう友達じゃない。私のエゴで縛ってるだけだ」

 

告げられた言葉に奏の告白を思い出す。

全く逆の言葉であったが、同じくらい理那の想いが込められていた。

 

「だから、今まで付き合わせてごめんね」

 

そこで理那の話は終わる。

しかし、まふゆにとってはそこで終わらせていいはずがなかった。

なんの話かと思って出てきてみれば、一方的に終わりを告げられる。

そんな身勝手な告白を許せるわけがなかった。

 

「……理那はいつもそうだね。勝手に初めて、勝手に終わらせてさ。

 振り回されるこっちの身にもなってよ」

「そんなこと、もうわかりきってたことでしょ?」

 

呆れて嫌みを口にするも当然のように返される。それは2人の過去が証明していた。

それでもなお、まふゆはいつものようにこう答える。

 

「今はわからないよ。私の気持ちも、理那の気持ちも」

「──でもその方が、面白いじゃん」

 

わからないからこそ、面白い。それは理那が得たひとつの答え。

本来は『楽しい』というものだったが、自分なりの言葉で伝えるにはこれが一番だった。

 

「無理にわからなくていいんだよ。今はただ、自分のやりたいことをやってればいいんだ」

「やりたいことがわからないときはどうするの?」

「そんな時のために、あの3人がいるんでしょ」

「……………」

 

そう告げられ、まふゆの脳裏に浮かんだのはニーゴの面々──

奏・絵名・瑞希。

仲間とは言えない歪な関係ではあるが、共にいることは変わらなかった。

 

「それに、全部が全部わからなくたって、感じることはできるからさ」

 

そう言ってカップを手に取る理那。しかし飲みはせずただ香りを楽しんでいるようだった。

真似してみろ、とばかりに見せつけてくるため見よう見まねでやってみるまふゆ。

なんとも言えない香ばしい香りが広がり、体を満たしていく。

その状態で一口。

 

「──苦い」

 

そこから頭が導き出すのは、苦味。

一瞬のことながら激辛料理の刺激とは全く違う感覚であった。

しかも喉元を通りすぎてもなお、鼻を通り抜けていく香りが後を引いている。

その一言に、理那は微笑んでいた。

 

「どう、おいしいでしょ?」

「……そこまではわからない」

 

それを美味と感じるかまでは至らず、まふゆはコーヒーを飲み干す。

もうすぐ部活が始まる時間だ。

 

「そろそろ行かないと。お代は……」

「いいよ、私が呼んだんだから私の奢りで」

「そう? じゃあ、甘えちゃおうかな。あの、コーヒーご馳走さまでした!」

「まふゆ」

 

席を立ち、再び『いい子』へと戻るまふゆを理那が制した。

奥の厨房へと感謝を告げ急ぎ足で店をあとにしようとしたところで、不意に声をかけられる。

 

「辛くなったらまた来なよ。私はいつでもここにいるからさ」

「──そう」

 

自分を置いて先行く少女の残した言葉。それに対しまふゆは超然と返すだけだった。

 

 

 

まふゆがいなくなった店内。1人取り残された理那はコーヒーを飲み干した。

 

「いきなりやって来たと思えば、店を貸してくれだなんてよく言う。

 杏を誤魔化すこっちの身にもなってくれ」

「いやーすみませんおじ様。お詫びにいっぱい注文しますから。

 杏にも私から言っておきますんで、とりあえずコーヒーのおかわり」

「はいよ」

 

カップを置く音が合図になったのか、厨房へ下がっていた店主、白石謙が姿を表す。

どうやら会話の邪魔をしないように下がっていたらしい。

 

そう、ここはWEEKEND GARAGE。

本来杏もここにいるはずだったが、

事前に謙が足りないものを買い出しに行かせていたため不在だった。

 

「でもなんで店貸してくれたんです? 割と無茶なお願いだったと思うんですけど」

「お前の親父さんには苦労をかけたからな。ま、ガキが首を突っ込む話じゃない。

 しかし、その顔を見るに──うまくいったようだな」

「あ、わかりますー? さすがおじ様」

「顔を見ればわかる。だがなんだ、そのおじ様ってのはなんだ」

「私が呼びたいからそう呼んでるだけでーす」

 

いつの日か屋上で聞いた杏の夢。

その目標が謙のイベントを越えることであるため、尊敬の念を込めてそう呼んでいた。

無論意味合いとしてはいつかの役職呼びと変わらない。

 

コーヒーを淹れながら言葉を交わす謙。そこで再び入店を告げるベルが鳴った。

 

「いらっしゃい」

「こんにちわ。あっ、理那ちゃん」

「げっ、斑鳩……」

「斑鳩か、珍しいな」

 

そこに現れたのはいつもの3人。揃っているところを見るに、これから練習だろう。

 

「お、こはねに彰人君に青柳君じゃん! なに、今日も練習?」

「あ、うん。ちょっとみんなで……杏ちゃんは?」

「すまないな。今買い出しに行かせている。少ししたら戻る筈だ」

「なら少し待ってるか……謙さん、いつもので」

「はいよ、2人もいつものでいいか?」

「私もお願いします」「はい。お願いします」

 

彰人が2人を先導し、態々理那から遠い席を選んで座る。

それにとやかく言わず先に注文を受け取っていた。

 

「いやー、みんな輝いてるね。夢に向かって走るってのはいいもんだ」

「なに年寄り見たいなことを言っている。だが、あまり拘りすぎるのもよくないがな」

 

遠くから3人を眺める理那がこぼした言葉に、謙が顔をしかめた。

彼にしては珍しい表情だったが、対する理那は思った事を口にする。

 

「ま、確かにそれはそうかも知れないけど、大事なのはそこじゃないと思うけどな。私は」

「と、いうと?」

「どれだけ憧れが嘘にまみれてても、それに向かって走った道のりは嘘じゃない。

 その過程があったから今の自分があるんだってね」

「……そう思えるほど、あいつらも大人じゃないだろうさ」

 

答えの先に更なる答えを見つけた理那は、ただ夢を叶えるために走る彼女達を見つめる。

その先にぶつかり合う未来を見据えながら、再びコーヒーを飲むのであった。




ご無沙汰しております、kasyopaです。
日頃からのご愛読及びお気に入り登録、誠にありがとうございます。
改めてUA20000を無事達成することが出来ました。
この場をお借りして感謝申し上げます。

記念話ですが、以前のような更新スタイルが出来ないと判断し、
次回から始まる外伝に毎日更新として組み込ませていただきます。
流石に半年近く更新してた反動か、今はクールダウン中です。

ですので、外伝が終わり次第暫く「お休み」を頂くかもしれません。
少なくとも1週間、多くても10日は見積もっております。
何卒ご理解とご容赦のほど、宜しくお願いします。

さて、ちらほらと見えていましたが次は「第2部外伝」となります。
アンケートのお話やこういうのもアリだな、と思って筆を取ったもの。
次の部への伏線専用話などなど。

それでは、次回外伝にてお会いしましょう!


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閑話 一人一人の孤独

2022/01/27のまふゆ誕生日記念話です。
当然ですがオリキャラが出てきます。


 朝比奈まふゆの誕生日。去年に比べて知り合いも増え祝ってくれる人数も増えたことでいつも以上に笑顔を振り撒く彼女。未だ優等生の仮面の内を真に知る者はその中におらず、輪の外側こそが本当の彼女を出せる場所であった。

 

 それでも、今までのように心が動かない訳ではない。家族からとは違う善意による贈り物の数々は、手放すことを惜しませる。結果として母親からの印象操作染みた助言は聞き流しつつ、全てを抱えたまま自室へとたどり着いた。

 

 優等生の仮面を外し、どこに繋がるかもわからない勉強に時間が取られる。学生の身分だからといえば当然だが絶対ではない。成果は成績で現れるだけであり、A3サイズの白と黒の模様が自分自身の評価ではないことなど既に彼女は知っていた。

 

 それでも周りの為にただ取り組むだけ。外の景色が見えたとて、阻む扉の開け方すら知らない少女に取れる選択肢は現状維持。しかし、そんな自分でも救ってくれる誰かがいるだけで心が軽いのは決して錯覚ではなかった。

 

「まふゆ、荷物が届いているわよー」

「はーい、今行くね」

 

 階段の下から聞こえる上機嫌な母親の声を合図に仮面を被り、勉強を切り上げる。荷物と言われても自分の身に覚えがない。ただ母親が上機嫌に伝えてくるということは、恐らく自分の為に()()()()物だろう。ならば早めに片付けてしまうに限る。

 

 今晩は、他でもないニーゴのメンバーが祝ってくれるらしい。それまでにやるべきことはすべて終わらせておきたかった。リビングの机にあったのは小さい段ボール。封は既に解かれており、隣にはそこそこの厚さを持った医学書が鎮座している。

 

「穣太郎さんからの誕生日プレゼントよ。なんでも学生時代によく読まれた医学書らしいわ。あの人のおすすめなら間違いないわね」

 

 まふゆの同意もなく開封した本人は、何事もなかったかのようにその表紙を見つめ中身を称賛していた。朝出る時には友達からの贈り物を『受け取らなくていい』と念押ししていたのにこの態度である。つまるところ、母親の()()に合格したということだ。

 

 穣太郎、というのは父親と母親が尊敬している知り合いの外科医の事だ。近所に住んでいることから昔は交流があったものの、今はとある理由で家に赴くことは許されていない。厳密に言えばその娘が原因であるのだが。

 

「……わあ、嬉しいな。すぐ読ませてもらうね」

 

 だからこそ、まふゆ自身もそこまで気に止めることもなかった。『どうして今なんだろう』という疑問も『誕生日だからそういうこともある』という適当な理由で一掃されてしまう。こじつけに近い風習とも取れるイベントに多少の嫌気を覚えながら、本を部屋へと持ち帰った。

 

「(後で内容聞かれるだろうから、数ページくらい読んでおこう)」

 

 扉が閉まると同時に思考はいつものソレに戻る。夕飯の時にでも内容を聞かれるだろう、と予測を立てて本を開けば間に挟まっていた紙が溢れ落ちた。

 

「なんだろう……手紙?」

 

 白紙の上に書かれていたのは筆記体と見間違えるほどにまで崩れた英文。『Happy Birthday Mafuyu』と書かれた下にはURLと思わしき文字列もあった。これを書いた人物をまふゆは知っている。ズボラで、自由人で、面白そうだと思うことには全力で取り組むかつての友人。文字が体を表すように彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「……理那」

 

 彼女とはあのライブ&カフェバーで別れた以来会っていない。あれからまふゆ自身が赴くこともなかったからだ。道を違えた者同士当然の末路だが、どうやら誕生日くらいは覚えていたらしい。

 

 以前のまふゆならすぐにゴミ箱行きであろうが、ほんの気まぐれでパソコンを立ち上げURLを打ち込む。祝ってくれることには代わりないのだから、せめてこの先に何があるか見てから決めようと。その意思と共に現れたのはシークバーと再生ボタンであり、どうやらネットに上がっている音声ファイルのようだ。躊躇なく再生ボタンを押す。

 

 流れ始めたのは音数の少ないしっとりとした電子音。宇宙に取り残された方舟の様に思えるメロディーにメッセージ性の高い英語の歌詞。本来の彼女の様子とはまるで違う曲に活かされている。むしろこれが今の自分なのだと表現するように歌詞が紡がれていた。

 

 まふゆが優等生であるために培ってきた力の中には、当然英会話が存在する。そして会話というのだからその意味は手に取るように解った。やがて曲が終盤に差し掛かったところで、ノイズと共に歌が途切れてしまう。

 

「……………」

 

 何かの演出かと思い待ってみるもシークバーは既に動きを止めていた。長い沈黙の後何もないのだと理解したところで、空虚な何かが押し寄せる。未完成という事実への怒りか、不備に対する諦めか、まふゆにはわからない。

 

 気付いた時にはペンを取り、ノートも医学書も押し退けて電子ピアノへと手が伸びていた。それは彼女の作詞風景と同じではあるものの、そこから紡がれる歌詞はいつもと違う『何か』であった。

 

 

 

 日も完全に落ち込み、かつての友人であった少女は自室で変わらずDJの勉強に勤しんでいた。

 

「そういえばまふゆ、聞いてくれたかな」

 

 その人物こそあの医学書の送り主であり、手紙を仕込んだ本人であり、URLの曲を歌った歌い手──斑鳩理那であった。本人の名前は一切出さず、父親の名前を借り医学書を送りつけることでまふゆの母親という検閲を逃れる術は、本人が考えたにしては妙案である。

 

 いつか父親に言われるだろうが送り出すという目的は果たせた為あまり気にすることではなかった。問題は本人が手紙を受け取りその先にたどり着いたかである。

 

「まあ、どうとでもなるでしょ」

 

 考えても仕方ないと参考書へと目を落とすと、スマホの通知が鳴る。送り主すら確認せずに開いたその先には、短いメッセージと共にとある音声ファイルが添付されていた。

 

Thank you waiting for such a long time

 

 それは自分を知らない少女からの感謝の言葉と歌。ノイズの先には彼女が考えたであろう歌詞が、本人によって紡がれていた。



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外伝 幕間の物語2
鶴音さんちのクッキングパーティー その1


全8話構成。先月末にとったアンケ話です。


 

 

春から夏にかけての季節の変わり目。

涼しげな夜風を窓から取り込みながらも、言葉はパソコンに向かっている。

スピーカーからは千紗都の声が響いていた。

 

『時に審判者よ。ひとつ尋ねたいことがあるのだが……』

『はい、なんでしょう』

 

今日も千紗都はゲームに勤しんでいる。

普段ならば他愛ない雑談で時間を潰すのが日常であった。

しかし今回はかなり思い詰めたようなトーンで話している。

これには言葉も少しばかり真剣に耳を傾けた。

 

『料理を嗜んではいないか?』

『料理……ですか?』

『そうだ。料理、調理、食品加工だ』

 

意味は通じているが意外な質問に思わず聞き返してしまう。

それは千紗都も理解しているらしく言葉を続けた。

 

『突飛な話で申し訳ない。これには少々事情があってな』

 

彼女が語るには、

これまでカップ麺やファーストフードと言ったジャンクでなんとかなっていたが、

その期間が長すぎたらしく舌が受け付けなくなったらしい。

今はパスタや冷凍うどんなどの麺類で誤魔化しているが、

これからの季節というもの暑さが増し食欲に影響が出てくる。

そうめんなどでは味に代わり映えがなく、外食をしようにもお金がかかる。

そういった事から自分の料理のラインナップを増やそうとしたものの、

いざ何から始めていいかわからず今に至るらしい。

 

『でもそれなら料理本や調理番組で足りるのでは?』

『たわけ、もう試したが内容がアバウトすぎてよくわからんわ』

 

本や動画を見ながらの調理というのは案外と難易度が高く、

その上で少々、や耳たぶくらいの固さ、さっと炒める、などの曖昧な表現が多用されている。

千紗都にとってそれが気にくわないらしく挫折したらしい。

 

『ならばこれはもう、審判者に願い出るしかないと思ったわけだ』

『なるほど、事情はわかりましたが……私は料理をしないので……』

『ふむ……そうか。ならば諦めるしかあるまい』

 

返答に肩を落とす。

彼女の知り合いなど皆無であり、唯一の頼みの綱は言葉だけ。

断罪したあとはある意味良好な関係を築いているといえる。

 

『やはり料理本に頼るしかあるまいか。すまない審判者、変なことを聞いたな』

『ああいえ、そんなことは……』

 

ここで会話が終わってしまうのは、断っただけで終わるのは言葉としても忍びなかった。

それもそのはず、彼女のお陰で理那と向き直れたとも言える。

その恩を今だ返せずにいた。

 

「言葉ちゃーん、ご飯よー」

 

そんな中で階段下から声がかかる。言葉の叔母だ。

言葉は断りを入れて一旦マイクをミュートにし、食卓へと降りる。

そこには待ちかねた様子の妹、文が並べられた料理を見つめていた。

 

「ねえねえお姉ちゃん、今日はわたしも手伝ったんだよー」

「そうなの? あっ……ふふ、これかな?」

 

天津飯に中華スープ、焼売などの蒸された点心が数種類。そこには甘いものも含まれる。

その点心の中に形がいびつなものが含まれていた。

 

「むー、笑わないでよー! それに味はピカ一なんだから!」

「わかってる。じゃあこれは私がもらおうかな?」

「やったー!」

「はいはい文ちゃん、お話もいいけどせっかくの料理が冷めちゃうわ」

「そうですよ。では、揃ったところでいただきましょう」

 

「「「いただきます」」」「いただきまーす!」

 

食事を告げる挨拶と共に、それぞれが箸や匙を取り食べ進めていく。

今ではもう慣れてしまっているが、その味足るやお店も顔負けのレベルである。

それこそ理那や瑞希が称賛するほどに。

 

「ハフハフ……おいしー!」

 

文も感嘆の音をあげる。そんな光景を見てふと案が舞い降り

る。

 

「そういえば叔母さん、料理教室の先生やってるんだよね。

 それってお願いしたら友達とかにも教えてくれたりする?」

「ええ、むしろ言葉ちゃんや文ちゃんのお友達なら大歓迎よ。あなたはどう?」

「私としてもお2人のご友人であれば構いません。ただ私の部屋だけはご遠慮したいですが」

「それは大丈夫。今学生さん向けの指導も考えていたところだから、いつもの場所を使うわ。

 といっても初挑戦だからできれば2人のお友達から、と思うんだけど……どうかしら?」

 

話を聞くに、叔母の料理教室は主婦や自営業を営む大人向けらしい。

バレンタインやクリスマスといったイベントがある際はそうでもないが、

今彼女の構想にあるのは学生などの若者を対象とした初歩的な指導。

 

言葉にとってそれはまさしく天啓であった。

 

「それなら、ちょっと教えてほしい人がいるんだ」

「皆とお料理なんてすっごく楽しそう! 任せて叔母さん!」

 

普段から友の話を聞かない2人だからか、意外な返事に叔父と叔母は微笑むのであった。

 

 

 

というわけで早速言葉は晩御飯を終え、千紗都にその旨を伝えたところ。

 

『確かに良いアイディアだ。まさに天啓といい』

『なら』

『──だが、我がその恩恵に預かることはできない』

 

返答は否であった。

肯定してからの拒否であるため、話を聞いていないわけではない。

 

『あの、それはどうして』

『それは当然、我が雲雀家の人間だからだ。

 審判者に裁きをもらったとはいえ、その関係者が許したわけでもあるまい』

 

あまりに現実的な回答。

それは世間体からの批判を受けあり方がねじ曲がった彼女だからこそ言えること。

 

『なに、考えすぎと言われればそれまでの事よ。

 ここは我らが元居た地より遥か東方。悲劇の記憶も世間からすればもはや朧気。

 だがな、警戒するに越したことはない』

 

叔父と叔母はそういう風には思っていない、と言っても、

気休めにならないのだと、言葉の裏で語っているようで。

もはやこれは当人達の問題を越えていると気付くには、さほど時間はかからなかった。

 

『特に強者を、権力者を、天才を蹴落とすのであれば、

 血眼になってアラ探しをする連中もいるものだ』

『あの、それは一体どういう……』

『おっと話しすぎたな。審判者相手では口が軽くなってかなわん』

 

ふと千紗都がこぼした文句を思わず聞き返すも、正気に戻った為かごまかされてしまう。

仕切り直しと言わんばかりに彼女は口を開いた。

 

『とにかく、貴様が料理を嗜まないのであればその叔母から伝授されるがいい。

 そして我に教えるのだ。それで万事解決だろう!』

『はあ……わかりました』

 

いまいち事情を聞き出せぬまま、その後進展もなく会話は終了する。

ベッドの上で横になり、考えることはひとつ。

 

「……アテがなくなっちゃったな」

 

千紗都の為でありながら、当の本人がいない。

しかし先に叔母の願いを聞き入れたことにかわりなく、代役を見繕わなければならない。

理那辺りでも誘ってみようか、と考えたところで改めてお風呂へと向かうのであった。

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その2

 

翌日のお昼休み。

同じ教室で昼食をとる理那に、料理教室の話を持ちかけていた。

 

「──というわけなんだけど、どうかな」

「別にいいよ?」

「えっ」

 

二つ返事だった。

あまりに早すぎる返答の為ちゃんと話の内容を理解しているかすら気になるほどに。

 

「えっと、大丈夫? もう一回説明しようか?」

「いや、大体わかったから大丈夫。

 まあ普通なら料理とか興味ないし、断ってたかもしれないけど……」

 

そう言いつつおもむろに言葉の弁当へと手を伸ばし、を摘まんだ。

 

「参加したらこれよりもっと美味しいもの食べられるかもだしさ、安いもんでしょ」

「あっ、また」

「いいじゃん減るもんでもないし」

「いや、私の食べる量が実際に減ってるんだけど……」

「じゃあ私のカレーパンと交換で」

 

理那らしい実を取る考えであり、そこでようやく納得のいく言葉。

一方的な押し付けは交換ではない、と思いつつもカレーパンを受け取る。

こうなっては理那と瑞希にあげる分を見越して弁当の量を増やしてもらおう、とも。

 

「……そういえば、暁山さん最近来ないな」

「ん? 学校に来てないって話?」

「ううん、廊下で見かけることもあるから学校には来てはいるんだけど、

 前みたいに一緒にお昼食べたりしてないなって」

 

そう言って以前瑞希本人が話していたことを思い出す。

一度はこの弁当をつまむ為に学校に来ている、との事だったが、

最近は学校で姿を見かけても話しかけてくることはなく、昼休みに2人の元へ現れることはなかった。

 

「なにかあったのかな」

「まあ、あったにしても意図的に距離とられてるんならやめといた方がいいよ。

 下手に関わろうとしたら拒絶されちゃうかもだし」

「確かにそうだね」

 

理那の助言を受けつつ、それに同意する。

今だ言葉は能動的に応援したり誰かの背を押したりはしない。

ただ普通に過ごし、戻ってきた時に出迎えるだけ。当たり前の日常に彼女はいつも存在していた。

 

ふと理那は教室の外へと視線を向ける。

そこにはこちらをこっそりと覗く瑞希の姿があった。

ちょうど言葉からは死角となっており、気付いていない様子。

 

不意に視線がぶつかり、瑞希はそそくさとその場を後にする。

 

「(確かになにかあったっぽいね。迷ってるっていうか。

  ってまあ、私が言えたことじゃないけどさ)」

 

割りきるというあっけない結末を迎えたものの、かつては優柔不断な面が目立っていた理那。

自分の場合は言葉がいてくれたからこそ、乗り越えることができた。

 

「(まあ、私が出る幕はないでしょ。ぽっと出の知り合いが首突っ込むわけにもいかないしね)」

「理那、どうしたの。ぼーっとして」

「ううん何でもない。それよりはやくお昼食べよ」

 

言葉の心配を軽くいなした理那はそう割りきり、少しだけ静かな昼休みを過ごすのだった。

 

 

 

なんとか1人確保出来たものの、料理教室で教えるには心もとなさ過ぎる。

 

スマホの連絡先を眺めつつ、

料理に興味のありそうな人物を探してみるも、そういった趣味がある人がいるとは思えない。

文からも連絡があり、色々誘ってはいるもののあまり人数は誘えていないらしい。

 

「うーん……」

 

自分の顔の狭さが情けなく思える言葉。そんな彼女に対し理那が歩み寄ってくる。

 

「どうしたのさ言葉。もしかしてお昼のアテの話?」

「うん。文が色々声かけてくれてるみたいだけど、あんまり言い返事がもらえないみたいで」

「ふーんそっか。なら……」

 

ふと教室を見渡す理那は、ふと荷物をまとめていた彰人へと狙いを定める。

 

「彰人君ー! ちょっといい?」

「げっ」

「ちょっとー、クラスメイトが話しかけてるのにその返事はないでしょ」

「いや、他ならともかくお前は厄介事しか持ち込まないだろ……」

 

最近の理那の態度から色々とわかることもあったが、

それでも厄介事を持ち込むことにはかわりない。

特に言葉絡みであれば多少無茶するのが理那という人間。

それに巻き込まれるなど彰人にとってごめんであった。

 

「まーまー、話を聞くだけならタダだしいいでしょ。

 実は言葉の叔母さんが料理教室やるんだけどさー──」

 

強引な彼女らしく話を進めていく。

一方の彰人は荷物をまとめながら軽く聞き流していた。

 

「って訳なんだけど、どう?」

「興味ねえ。というか別にオレ以外にも杏とか暁山を誘えばいいだろ」

「あー、杏はお店の手伝いあるらしいんだよね。瑞希は最近忙しそうだしさ。

 ちなみに青柳君も誘ってみたけど家の事情で無理だって」

「だからってオレを誘うこた無いだろ。それじゃあな」

「あっ、ちょっと! ……行っちゃった」

 

引き留めようとするもそれは叶わず、鞄を背負い足早に去っていく。

 

「ごめんね言葉ー、フラれちゃった」

「気にしないで。でもどうして東雲君に声をかけたの?」

「杏に断られちゃったからさ、その穴埋め的な? ほら、もしかしたらってこともあるし」

 

どうやら理那なりに考えてはいるようだが、その後が完全に当てずっぽう。

若干の期待を寄せたことに反省しつつ、言葉も帰路につくのであった。

 

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その3

 

ところ変わってストリートのセカイ。

彰人は個人練習を終えて一服しようとcrase cafeを訪れていた。

 

「あらいっしゃい」

「メイコさん、こんにちわ」

「あ、彰人だ! こっちの席空いてるよ!」

「うんうん、一緒にお茶しようよー!」

 

店の奥から元気な声が響いてくる。

今日は珍しくリンとレンがテーブル席でこはねを囲み、仲睦まじく話をしていた。

 

「(杏と冬弥はいないのか……何話してるか気になるし、別にいいか)」

 

本来なら相棒の元へと向かうところだが見当たらない。

一方でリンとレンがいつもよりテンションが高いのも気になる。

彰人はマスターであるメイコにブレンドを頼みつつ、残った席に座った。

 

「それで? 随分盛り上がってるが何話てたんだ?」

「あ、東雲くん。実は文ちゃんの叔母さんが料理教室してて、

 その生徒さんを募集してるらしいんだ」

「文……ってことは委員長も同じか」

 

彰人にとって全然似ていない妹のことは記憶に新しい。

そしていつかステージや公園で見せた卓越した躍りにも目を見張るものがあった。

 

「うん。それで気になって調べてみたんだけど……」

 

そう言ってテーブルに置かれたスマホを見せるこはね。

そこに写し出されていたのは様々な料理の数々であった。

写真写りそのものは普通ではあるものの、

きれいに盛り付けられておりいかにもプロが作ったように見える。

 

「……凄えな。これ全部その叔母さんが作ったってことか?」

「そうみたい。それで今度の休みに誘われたんだけど……杏ちゃん、お店の手伝いが入ってて」

「なら1人でいけばいいじゃねえか。それに委員長の妹だって参加するんだろ?」

「それが……文ちゃん別の用事が入ってていけないみたいなの。

 お姉さんは参加するみたいなんだけど、その、私あんまり面識ないから……

 確か東雲くんとそのお姉さんって、同じクラスなんだよね?」

「まあそうだけどよ……確か斑鳩が参加するから、その辺り心配ないと思うけどな」

 

次に彼女が何を言おうとしているかはわかる。

しかし彰人にとってこはねと同行するより、理那と会う方がよっぽど問題だった。

 

「もー、彰人ってばカッコ悪いんだー。こんなにこはねがお願いしてるのにー」

「オレだったらすぐにいいよっていうのに」

「うるさい。こっちにだって事情があんだよ」

 

それを知ってか知らぬかリンとレンがブーイングを飛ばす。

彰人は何を言われても曲げる気はなかった。

 

「事情……もしかして彰人、料理できないの?」

「は? なに言って……」

「あ、そっか。料理できないってばれるのが恥ずかしいから行かないんだ!」

 

しかし、レンの突拍子の無い発言で場の空気が変わる。

どうやら事情、という言葉を間違って受け止めたらしい。

それに乗っかり囃し立てるリンの影響もあり、あることないことが盛られていく。

 

「なに言ってんだ。オレだって普通にやれば料理くらい……」

「じゃあ実際に作ってみてよ。メイコの厨房借りてさ」

「そうそう。メニューはー……よく食べてるパンケーキで!」

「だからどうしてそういう話になるんだよ」

「じゃあ、作れないの?」

 

安い挑発。本来なら乗る必要もないが、相手はセカイのリンとレンである。

彼らの力をもってすれば、ミクや最近やって来たカイトだけでなく、

冬弥や杏にもすぐ広められることだろう。

 

セカイの住人である面々や相棒である冬弥なら問題ない。

証明しなくても信用してくれるが、杏となれば話は別。

飽きるまでしつこく聞いて回られるのは確実だ。

それに今黙って聞いているこはねも、もしかして、という視線を向けている。

これ以上言い合っても埒が明かない。覚悟を決めるしかなかった。

 

「……わかったよ、作ればいいんだろ作れば」

「やった! じゃあオレ達は見学してていい?」

「ただし、やるならその教室でだ。ここじゃあ絶対にやらねえ」

「えー! どうして?」

「見られながら作るなんて出来るわけないだろ」

 

見られて大きな失敗をすることはないだろうが、ケチをつけてくる可能性は十分にある。

それにここでは一度冬弥が綿あめ作りを披露したことから、

2人の求めるクオリティが高くなっているのも事実。

 

そんな中で集中しろとはてんで無理な話であり、

それならばちゃんとした指導が受けられる場所で作った方がいい。

背に腹は代えられなかった。

 

「えっと……ごめんね、東雲くん。なんだか強引に誘っちゃったみたいで」

「別に。それよりはやく連絡しとけよ。参加人数で食材の量とか変わってくるだろ」

「そ、そうだね……! あっ、東雲くんの好きな物ってなにかな?」

「どうしたんだよ急にそんなこと聞いて」

「えっと、作るメニューも募集してて、皆の好きな物を教えてくれないかって」

「あー……ならチーズケーキ。大勢ならその方が一気に作りやすいだろ」

「そっか。じゃあ私は……やっぱり桃まんにしよっと」

 

心なしか期待に胸を膨らませるこはねをよそに、不満そうにしているリンとレンを眺める。

話の終わり。それはある意味、彰人の番でもあった。

 

「そういうリンとレンはどうなんだよ。料理」

「えっ!? そ、それは……」

「わ、わたしはメイコにコーヒーと紅茶の淹れ方教わってるもん!」

「飲み物と料理は別だろ? それで、どうなんだ?」

「むー、彰人の意地悪!」

 

悪い笑みを浮かべつつ、マウントを取り返す彼。

そんな騒がしい店内に耳を傾けつつ、メイコがコーヒーを差し出した。

 

「なにも無理して出来るようにならなくてもいいわよ。

 はい、ブレンドコーヒーお待ちどう」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。メイコはどうして料理するようになったの?

 あんなに美味しいコーヒー淹れられるのに」

 

恐らくこの中では一番の熟練であるメイコの登場により、リンが話題を振る。

Vivid BAD SQUADの4人だけでなく、

セカイの住人たるミク・リン・レン・カイトの4人ももてなす彼女は、

メニューを増やすことで応えていた。

 

「それは、もう一度頑張ろうって気持ちにしたいから、かしら」

「? それってどういうこと?」

「ほら、お腹が空いてたらどうしても落ち込んじゃうことってあるじゃない?

 それにお腹一杯にして、気持ちを切り替えようって時もあるから」

「あ、そっか。だからみんなにアンケート取ってたんですね」

「せっかくお腹一杯になるのなら、皆が好きなものとか、食べたいものとかの方がいいじゃない?」

「……確かに」

「その料理教室を開いてる人もきっと、そういう風に思ってると思うわ」

 

その発言から、時折メイコが皆の希望を聞いて回っていたことを思い出す。

彰人も自分の好みを聞かれ、それがメニューに反映されたことは記憶に新しい。

 

何気なしに聞かれたことも提供される料理も、そんな意図があったとは知らず、

これからはもう少し味わって食べよう、と思う4人であった。

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その4

一方その頃、所変わって教室のセカイにて。

すれ違いを乗り越え、プロを目指すと決めたLeo/needの面々は、今日も練習に打ち込んでいた。

 

「うん、皆随分上手くなったね」

「ありがとうミク。でも、もっと頑張らないと」

「そうだよね。じゃあ、もう一回……!」

「待って」

 

練習に付き合っていたミクの労いの言葉に一歌が感謝する。

しかしプロという道を目指すのには、まだまだ実力不足なのはわかりきっていた。

咲希が練習を再開しようとしたとき、制止の声がかけられる。

それは他でもない志歩からであった。

 

「頑張りすぎても逆に体壊すだけだから。的確な休憩をとるのもプロへの近道だよ」

「ひゃっ! 冷たい……!」

 

そういって冷えたペットボトルを咲希のおでこに当てる。

その冷たさに驚き、シンセから手を離した。

 

「志歩のいう通り、ちょっと休憩しましょう。

 セカイは過ごしやすいけど、戻ったら急に暑いなんてこともあるだろうから」

「あ、そうですよね。ここだとすっごく演奏しやすいから忘れちゃってた」

 

セカイはどうしてか季節の影響を受けず、

とても過ごしやすい環境で練習に打ち込むことが出来る。

しかしそこで疲れはて、現実に戻った際の気温さは体にとって毒である。

ルカの提案で穂波もそれに気付きつつ、Leo/needの面々は休憩することにした。

 

「あれ、文ちゃんから連絡が入ってる。なんだろ……?」

 

ふと咲希がスマホを確認すると、文から何かの通知が飛んできていた。

時折連絡をしているものの、最近は音沙汰がなかったためすぐに目を通す。

それは料理教室へのお誘いだった。

 

「ねえねえ皆、これみて!」

「えっと、『料理教室に参加してみませんか?』?」

「文ちゃんの叔母さんがお料理教室の先生やってるみたいで、

 今度の休みに学生さん向けの教室やるみたいなんだ。

 文ちゃんは用事があるからいけないらしいんだけど、もしよかったらって」

「皆でお料理なんて楽しそう! あ、でもこの日は……」

 

咲希のスマホに写し出されているのは、様々な料理の数々。

料理に人一倍関心のある穂波は興味を示していた。

しかしあいにく、その日は家事代行の日である。

 

「そっか、それなら仕方ないね……」

「私もその日バイトだから。……せっかくだし2人で行ってきたら?」

「えっ? いいの?」

「練習も大事だけど、久しぶりの文のお誘いなんでしょ。

 まあ、肝心の本人はいけないみたいだけど」

 

志歩からの意外な提案に目を丸くする2人。

プロになる、といった手前練習が厳しくなっているのは事実だが、

志歩から休息を提案するのは珍しいことにかわりない。

 

「ふふ、志歩も随分丸くなったね」

「そうじゃないって。……ただ、この前みたいにまた無理させて体調崩したら……」

 

ミクの含んだ言い方に首を横に振って答える。

以前、といっても随分前になるが、4人で展望台に星を見に行こうとしたことがあった。

その時は咲希の無理がたたり、体調を崩してしまうのだが、

それは志歩にとっても大きな心残りとなっていた。

 

「志歩ちゃん……! ありがとー!」

「ちょっ、また抱きついて!? お姉ちゃんじゃないんだから離れて!」

「えへへ、だって嬉しいんだもん♪」

 

感無量、と言わんばかりに抱きつく咲希にたじたじな志歩。

心なしか最近スキンシップが激しくなっているように思えた。

なんとか引き剥がせば、微笑む姿がそこにあった。

 

「それに、無理しないっていうのはあの時からアタシも変わってないよ。だから大丈夫!」

「そう。……ならよかった」

「ふふ、やっぱり志歩ちゃん、優しいね」

「うん。咲希の事になると特別、かな?」

「2人とも聞こえてる。とにかく、行くなら早く連絡しないとあっちも困るでしょ」

「わわ、そうだった!」

 

慌ててスマホを操作する咲希を見つめつつ、

話題は次第に料理教室の内容へと戻っていく。

 

「あ、作るメニューも募集してるから、好きな物も一緒に教えてください、だって。

 じゃあ私はお菓子で……いっちゃんは焼きそばパンだよーっと」

「手作りの焼きそばパン……あれって料理っていうのかな?」

「アレンジ次第ならちゃんと料理だと思うけど……」

「まあ、料理教室で選ばれることはないかもね」

「そう、だよね」

 

購買では1位、2位を争うほどの人気商品だが、実際に作るかと言われればそうでもない。

ましてや自分達以外が参加するのであれば、作り甲斐にかけるだろう。

 

「あ、そうだ! もし美味しく出来たら皆にも食べさせてあげるね。

 もちろんミクちゃんも、ルカさんも、メイコさんも!」

「あら、それは嬉しいわね」

「じゃあ私も楽しみにさせてもらおっかな」

「でもそれだと、随分多くなっちゃうんじゃ」

「大丈夫! アタシといっちゃんの2人で、家族にもーってお願いすればいいんだよ」

 

その辺りはしっかり……というよりちゃっかりしている咲希である。

でも実際の所一歌も自分の作った料理を皆に、ミクに振る舞ってみたい気持ちがあった。

 

「あ、でもミク達は食べても大丈夫なの?」

「問題ないよ。まあ栄養になる、ってことはないけどね」

「それじゃあどれだけ食べても太らないってこと?」

「そうだね。その代わりお腹も減らないんだけど」

 

一歌と咲希の質問にミクとメイコが答える。

そんな発言からやはりバーチャル・シンガーは人と違うことを想い知る4人。

しかしその中でも羨ましがる少女が1人。

 

「それってつまり、どんなに食べても太らないってことだよね……いいなぁ」

「穂波。羨ましがる所、そこじゃないでしょ」

 

食べること、特に好物のアップルパイに関しては限度を知らない彼女だが、

当然お腹回りは気になるというもの。

なんとか自重しようにもその辺りの意思が弱いのは相変わらずであった。

 

「でもせっかく作ってくるなら美味しいもの、作ってきてよね」

「う……が、頑張りまーす」

「そ、そんなに期待しないでね……?」

 

そしてまたいつものように、適度な期待を背負わされながらも、2人は料理教室へと望むのであった。

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その5

 

そしてやって来た料理教室当日。会場前では一歌が咲希の到着を待っていた。

 

「(咲希遅いな……なにかあったのかな……?)」

 

表情には出ていないものの、スマホの画面では連絡アプリを終始開いたり閉じたりを繰り返していた。

約束の時間まで5分を切っている。

 

まだ教室が始まる時間まではまだまだ余裕があるものの、

いつもの咲希なら約束の時間より10分ほど早く到着していることから、

いっこうに姿が見えないのは流石に心配だった。

 

「あれ? 一歌ちゃん?」

「えっ? あ、こはね。珍しいね、こんな所で会うなんて」

 

不意に声をかけられ顔をあげると、そこには不思議そうな表情を浮かべるこはねの姿があった。

桜舞う季節、一歌は彼女から様々なことを教わりお互い名前で呼び合う仲になった。

今でも時おりお互いのCDを貸し借りしたりと、親密な関係を築いている。

 

「うん。実はここの会場でお料理教室をするからどうかなって、友達に誘われて」

「あれ、こはねもだったんだ。私と同じだね」

「えっ、一歌ちゃんも?」

「うん。それで今は友達を待ってるところなの。こはねは1人?」

「ううん、一緒にユニットを組んでる人と参加するんだ。それで待ち合わせしてて」

 

どうやらお互い待ち人は来ず、といった形の様子。

成り行きで一緒に待つことになった2人は、それからも何気ない会話を続けていた。

 

「そういえば、誘ってくれた友達って今日来てるの?」

「あ……今日は予定があるから参加できないんだって。

 代わりにお姉さんとその友達の人が来てくれてるみたいで」

「お姉さん……もしかして、鶴音さんのこと?」

「あ、うん、そうだけど……どうしてわかったの?」

「実は私、2人の連絡先を持ってて、今日誘ってくれたのも妹の文ちゃんなんだ」

「そうだったんだ……すごいなぁ文ちゃん。

 みのりちゃんにフェニランのショーキャストさんとも知り合いで、それに一歌ちゃんともなんて」

「確かに……言われてみればそうだよね」

 

学校も学年も違うのに、自分の知り得る相手全ての人と関わっていることに脱帽するこはね。

一歌自身もこはねとも知り合いだったと知ったの今の会話から。

実を言えばユニットの勧誘を受けるまでに親睦を深めている面々がいるのだが、

それを知るのはもっと先のことになるだろう。

 

「ごめんいっちゃ~ん! 遅れちゃった……ってあれ、こはねちゃん!」

「あっ、咲希。もう、心配したんだからね」

「あはは、ごめんごめん。髪のセットがなかなかうまく決まらなくって……

 こはねちゃんはどうしたの?」

「えっと、今日の料理教室、私も参加するんだ」

「そうなんだ! うわーすっごい偶然!」

 

遅れてやって来た咲希も以前こはねとは知り合っており、見慣れた顔に喜びを隠せない。

 

「ねえねえ、2人はさっきまでなんの話をしてたの?」

「あ、うん。今日も文ちゃんが誘ってくれたんだけど、私達より随分顔が広いなって」

「あはは、ホントだね。バレンタインの時も誘ってくれたの、文ちゃんだし」

 

そこではじめてこはねと知り合った事を思い出しながらも、

ふと1人で待ちぼうける彼女に問いかける。

 

「こはねちゃんは今日1人?」

「ううん。一緒に歌ってる友達と待ち合わせしてて」

「あ、そっか。確か大きいイベントをやる為にみんなと歌ってるんだよね。

 今日来る人はどんな人なの?」

 

その手の話は一歌や志歩から聞き及んでいるが、その歌声を耳にしたことはない。

ましてや誰1人としてそのメンバーが誰なのかも知らなかった。

 

「男の人だけで、ちょっと口は悪いかも……だけど、すごくいい人だよ。

 神高の生徒さんで、年も同じなんだよ」

「男の人と一緒に歌ってるんだ! 緊張したりしない?」

「うん。それにみんなで最高のイベントをするって決めたから」

「……やっぱりこはねはすごいな。私なんかより堂々としてて」

 

かつての面影を思い出しながら一歌もそんな姿に憧れる。

プロになると決めた手前、こういった肝の座ったなにかも必要なのだとは、薄々感じていた。

今でこそストリートライブができているものの、まだ足りないものが多い。

 

そんな話をしていると、遠くの方からこちらをうかがう青年が1人。

明らかに用がありそうな雰囲気だが、気がかりなことがあるのか向かってくることはない。

 

「ねえこはね、もしかしてあの人じゃない?」

「えっ、あ! 東雲くん、こっちだよ!」

 

こはねに名字を呼ばれ、観念したように歩いてくるオレンジ髪の青年。

少し気まずそうにしてから一変、一歌と咲希に向けて非常に爽やかな態度で口を開いた。

 

「初めまして。東雲彰人と言います。今日は2人も料理教室に?」

「あ、はい! 星乃一歌と言います。よろしくお願いします」

「天馬咲希です。よろしくお願いしまーす!」

「(天馬? そういや司センパイ、妹がいるとかなんとか言ってたな)」

 

その容姿からどこか司に似た特徴を探る彰人。

しかし兄妹とはいえ異性だからかそれを見つけ出すことはできなかった。

 

「とりあえず皆揃ったし……行ってみる?」

「あ、待ってよいっちゃーん!」

 

どうも異性慣れしていない一歌は気まずくなったのか、誰よりも先に会場へと向かう。

その後を追う咲希も会場へと消えていった。

 

「……なんつーか、こはねの知り合いにしてはめずらしいな。ああいうタイプ」

「すごくいい子だよ。今はちょっと緊張しちゃってるみたいだけど……」

「ふーん……とりあえず、オレ達もいくか」

 

第一印象で誤解を受けやすいのは今も昔も変わらない、そんな一歌であった。

 

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その6

 

会場の調理部屋では、既に1人の女性と2人の少女が準備に取りかかっていた。

 

「ありがとう理那。せっかく来てくれたのに準備手伝ってくれて」

「いーのいーの。準備からやった方が楽しめるしさ」

「私からもありがとう。言葉ちゃんあんまり学校のこと話してくれないから、少し心配だったの。

 そしたらこんなにいいお友達がいたなんて」

「いいんですよ。私が好きでやってるだけですし」

 

そう言いながらも言葉より慣れた手つきで準備を進めていく理那。

叔母自身も言葉が生真面目なのは把握しているため、

こういったノリの良い友人がいることは知らなかったようで。

初見こそ不安になったものの、言葉が家族と変わらぬ態度で接することから既に心を許していた。

 

「ところで叔母さん、今日作る料理ってなんです?

 なんだかやたら材料の種類多いみたいですけど」

 

準備の片手間、用意された食材の数々に理那は疑問を覚える。

肉、野菜、果物に限らず小麦粉や調味料なども取り揃えてあり、

それはまるでホテルの厨房のようであった。

 

「ああ、それはね──」

「こ、こんにちわ」「おじゃましまーす!」

 

叔母が口を開いたとき調理室の扉が開かれる。そこから入ってきた4人の男女。

それを見るや否や会話を中断し向き直る。

 

「あら、いらっしゃい。今日の参加者さんでよかったかしら?」

「あ……はい、ここで間違いないですか?」

「ええ。文ちゃんから話は聞いているわ。もうすぐ準備できるからもう少し待っててね」

 

会場がわかっていても、始めて来る場であれば不安感をあおる。

しかし会場の中にいた知り合いを見つけ3人は安堵を、1人はげんなりとした表情を浮かべる。

 

「あれー彰人君じゃん。確か興味ないって言ってたよね? どしたの急に」

「いえ、別に大したことはないですよ。ちょっとした気分転換っていうか」

「何そのしゃべり方……ってははーん?」

 

眉間にシワがよっているのを確認しつつも口調だけは崩さない。

理那は入り口から入ってきた見慣れぬ少女達へと視線を移し、事情を察する。

 

一方視線を向けられた一歌も、見慣れぬ少女に目をつけられたのかと少し固くなった。

無理もない、一見してギャルそのものの見た目である彼女。

開口一番に彰人へ向けた言葉も一言で表すなら、チャラいというのが的確であった。

しかも一緒にいるのがあの言葉である。意外な組み合わせに困惑を隠せない。

 

「そっちの2人は文ちゃんの友達? 私は斑鳩理那。よろしくね~」

「私は天馬咲希です! よろしくお願いしまーす!」

「お、ということは司センパイの妹さんか。お兄さんには日々楽しませてもらってます」

 

開幕早々歩みより手を差し出す理那。

咲希は躊躇なく握手を交わし会話に花を咲かせるも、

一歌は助けを求めるように視界の奥にいる言葉を見つめた。

 

「ご心配なさらず。理那は高校生活きっての友達です。

 少し戸惑うこともありますが、悪い人ではありませんよ」

「ちょっと言葉ー、それってディスってない?」

「そう聞こえたらごめんね。でも好奇心で動きすぎるのは問題かなって」

 

一歌には見せない柔らかな口調と表情で答える彼女を見て、先の言葉が嘘ではないと実感する。

改めて差し出される手のひら。

 

「それで、あなたの名前は? よかったら教えてほしいな」

「あっ……星乃一歌です! よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね」

 

自己紹介を終えたところで2人1組の配置につく。

言葉と理那も準備を手伝っていたものの今回は教わる側だ。

 

「はい、それでは皆さんはじめまして。講師を担当させていただきます、烏丸茜です。

 言葉ちゃんと文ちゃんの叔母として、改めてお礼させてください。

 今日は集まってくれて本当にありがとう」

 

教える側の人間だというのに深々と頭を下げる叔母──茜に戸惑う参加者各位。

 

「さて、今テーブルにレシピがあると思うのだけれど、それを見てもらえないかしら」

 

参加者各位のテーブルにおかれたA4サイズの紙に、手書き印刷で作られたレシピがある。

そのタイトルは──

 

「チーズケーキ……!」

「わあ、ケーキ作りだよいっちゃん!」

「そうだね。お菓子作りなんて久しぶり……」

 

彰人が感嘆の声を漏らしそうになる。まさか採用されるとは思っても見なかったのだろう。

他のメンバーもケーキという豪勢な料理に、テンションが上がっているようだった。

 

「はい、ということで今回はチーズケーキね。

 みんなの希望に添えたかったけど、折角だしみんなで食べるのならこういうのがいいと思って。

 なにか質問がある人はいるかしら?」

「はいはーい! 出来たら持ち帰ってもいいですか?」

「ええ。1人1ホールの予定だからむしろ持って帰らないと太っちゃうわよ?」

 

勢いよく手をあげる咲希が当てられるよりも先に質問を飛ばす。

それに対しいたずらな笑みを浮かべつつ、端に揃えられた紙箱を示す茜。

 

「いやー、言葉の叔母さん太っ腹だね。私もお土産にしたいって思ってたんだー」

「お父さんにあげるの?」

「ううん、父さんは甘いの苦手だし、ちょっーとした知り合いにね」

 

理那が思い浮かべるのはもちろんルカのこと。

たまにはこういうのも悪くないだろう、と思考を巡らせている。

一方の言葉は文へのお土産にしようと思い、少しだけ気合いを入れた。

 

「すみません。チーズケーキっていっても色々ありますけど、どれを作るんですか?」

 

それぞれが調理に取りかかるか、というところで彰人が質問を飛ばす。

好物であるが故にこだわりも強かった。

 

「そうね。今回は焼いてすぐに食べられるスフレ風で考えていたのだけれど……

 もしかして、レアチーズやベイクドの方がよかったかしら?」

「あ、いえ、それでいいです。むしろそっちでお願いします」

「よかったね、東雲くん」

「まあ、な」

「はい、それでは早速作っていきましょう。まずは──」

 

こうして、6人によるチーズケーキ作りが幕を開けた。

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その7

 

料理は力作業、という。

チーズケーキといっても小麦粉とバターやチーズを混ぜて種を作るのだが、

今回はスフレのようにふんわりしたもの。

そのためには生地に空気を馴染ませる為の種もまた必要であり。

 

「うおりゃあああああ!」

 

泡立て器を片手にかき混ぜる理那。混ぜているのは卵白であった。

 

「理那、電動の泡立て器あるよ?」

「こういうの一回やってみたかったんだよね。大丈夫、スタミナには自信あるから!」

「……なにやってんだあのバカ」

「あはは……理那ちゃんらしいね」

 

それを端から眺める彰人とこはねは、電動の泡立て器でメレンゲ作りに挑戦していた。

手作業よりも安定をとったらしい。

無論それは一歌と咲希も同じであったが、理那を知らない2人からすれば驚きの光景だった。

 

「斑鳩さん、すごくパワフルだよね」

「うん。明るくて元気で、なんていうんだろう……えむちゃんみたいな?」

「あ、それはちょっとわかるかな」

 

その様子から体育祭やフェニックスワンダーランド、

日常生活で目にする活発な少女の姿を連想するには十分なようで、

見ていると自然と笑みが溢れていた。

 

そんなこんなで、調理はまだまだ続いていく。

 

 

 

「それじゃあさっきのメレンゲを生地に馴染ませていくんだけど、3回くらいに分けて混ぜてね」

「はーい」

 

指示に従いながらそれぞれが行程を完了させていく。

さすがに教わっているだけあり、アレンジを加えようとする者は誰もいなかった。

 

「後は型に流し込むんだけど……言葉ちゃん、レーズンは入れる?」

「あ……ううん。今回はプレーンで」

「えっ、レーズン、ですか?」

 

あとはそれを型に流し込み焼き上げるだけか、と言ったところで茜が言葉に声をかける。

それに疑問を持ったのはこはねであった。

 

「言葉ちゃんのいた地方に有名なお菓子屋さんがあってね。

 いわゆる思い出の味、っていうものなの。こっちじゃ馴染みは薄いかもしれないわね」

「へー。そういうのって言葉にもあるんだね。実際どうなの?」

「時たま、だけどね。まあ、一番の思い出はそれじゃないんだけど……」

 

そんな話で盛り上がるなか、作業の手が止まるこはね。

どうやらなにか考えているようだった。

 

「あの、烏丸さん。ラムレーズンってありますか?」

「? ええ、前に作ったものがあるけれど、どうしたの?」

「えっと……杏ちゃ……友達がラムレーズン好きで、その、それで」

「ふふ、わかったわ。持ってくるから少し待っててね」

 

そう言って瓶詰めされたラムレーズンを持ってくる茜。

それを受け取りどのようにすればいいか指南を受けるのであった。

 

 

 

焼き上げを待つ間は暇である。そんな中でも講師である茜は世話しなく動いていた。

チーズケーキとはまるで関係のない食材の調理にいそしんでいる。

 

「叔母さん、なにか手伝えることあるかな」

「あら言葉ちゃん。そうね、切った野菜を炒めておいてくれる?」

「うん、わかった」

 

すっかり休憩モードに入っている参加者であったが、

身内が動いているのを見て休んでもいられなかったのだろう。

そのまま別の調理を任されて手を動かしていた。

 

「なにしてるんだろう……チーズケーキの添え物、じゃないよね」

「しかも炒めてるから添え物というより主食だな」

「でもメニューはチーズケーキだけだよね? うーん」

 

こはね・彰人・理那が各々の疑問を口にしているも、答えは見えない。

準備していた大量の食材の行く末を見つめながら、言葉を交わしていた。

 

「ところで彰人君、別にあの子達の前でも素でいいんじゃない?

 いちいち使い分けるの疲れるでしょ」

「余計なトラブルを起こしたくないだけだ。諦めろ」

「でも、一歌ちゃんも咲希ちゃんも気にしないと思うけど」

 

話題に上がるのは彰人の猫かぶりについて。

調理中も今もテーブルは離れており、

会話が聞こえるほどでも無い為素の状態である。

こはねとしても彰人は大切な仲間であり、どこか無理をさせている気がして申し訳なかった。

 

「そんなに気にする事かなー? あ、そうだ」

「おい、なにする気だ」

「2人ともー! よかったらこっちで皆で話そうよー!」

「ちょ、お前っ……!」

 

いまだこちらに馴染もうとしない一歌と咲希に声をかける。

特別無理をしているわけでもなく、

ただ仲のいいもの同士の空気を壊さない配慮であったが、

こはねと言葉の仲間がどういう人なのか気になっていたのも事実。

 

彰人の制止もむなしく理那の声につられてこちらにやって来た。

 

「あの、すみません。仲良くお話し中に」

「……いえ、気にしてないですよ。斑鳩……さんも大体こんな感じなんで」

「ほらー、また優男モードになってる。もっと肩の力抜いていこうよ。

 杏の前じゃ結構強気に「すみません、ちょっと失礼しますね」ちょちょっ!?」

 

そう言って理那の腕を掴み彰人は部屋を後にする。

その光景からして若干素の雰囲気が出ていたが、今さら気にすることもない。

しかし話題にしたい人物2人がいなくなってしまっては意味がなかった。

 

「えっと、こはねは斑鳩さんとどこで知り合ったの?」

「行きつけのライブバーがあるから、そこで友達に紹介して貰ったの。

 前から友達だったみたいだけど、こっちに来る機会がなかったみたいで。

 私も知り合ったのは最近なんだ」

「じゃあ、あの人もなにか音楽してるんだ。何してるか知ってる?」

「DJだよ。曲のアレンジがすっごく上手で盛り上げるのも上手いんだ」

「そうなんだ……でも、言われてみたらわかるかも」

 

理那がステージに立ちディスクを回す姿は安易に予想できる。

そういった派手な舞台では確かに彼女の容姿に似合っていた。

 

「鶴音さんにも色々聞きたいけど、今は料理中だもんね」

「うん。でもなに作ってるんだろ?」

 

理那の友人である言葉は今も茜の手伝いをしている。

野菜炒め……という訳ではなさそうだが、一方の茜の方も何やら生地を丸めていた。

その光景に取り残された3人は終始、何ができるのか予想もつかないのであった。

 



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鶴音さんちのクッキングパーティー その8

 

ところ変わって理那と彰人は、調理室から離れたある場所で口論していた。

 

「いや、流石にバレたくないからってあんな必死になること無いでしょ」

「こちとらお前と違って能天気じゃないんだよ。むしろ巻き込むな」

「はいはい。そこまで言われたら仕方ないね」

 

理那と彰人が調理室に戻ってきた頃には、

チーズケーキの甘い香りに加え、食欲をそそるソースの香りが漂っている。

その隣ではセイロが白い湯気を立てており、

さらにその隣では鉄鍋に満たされた油に、様々な食材が投入されていた。

 

「何あれ。知らないうちに和洋中のフルコースになってるんだけど」

「あ、理那ちゃん、東雲くんお帰りなさい」

「それが、私達も気付いたらあんなことになってて……」

 

まるで料理番組のように手際よく出来上がっていく料理の数々。

さすがに料理を生業にするだけのことはあった。

 

「もうすぐケーキが焼き上がるから、皆配置に戻ってね。ありがとう言葉ちゃん、助かったわ」

「ううん、このくらい気にしないで。叔母さんにはいつもお世話になってるし」

「ふふ、なら今度もお願いしちゃおうかしら。でも今は自分の料理を優先してね」

 

微笑む言葉にいつもの面影を感じつつ、やんわりと理那の元へと導く。

言葉が自分のテーブルに戻ったとほぼ同時に、焼き上がりを知らせる音が鳴った。

 

「おっし出来た出来た! さーって出来映えはーっと……」

 

各自がオーブンの扉を開けば、チーズケーキ特有の甘酸っぱい香りが立ち込める。

そしてその焼き上がりも文句なしであった。

 

「わー! 見てみていっちゃん! こんなにきれいなチーズケーキ、お店でしか見たこと無いよ!」

「ほんと、私もびっくりした。こんなにきれいにできるんだ」

「これなら杏ちゃんも喜んでくれるかな?」

「ま、これなら問題ないだろ。……オレも絵名の土産にしてやるか」

 

ここに参加した6人とも、奇しくもレシピや教えに従順だったため、

誰一人として失敗するものはいなかった。

焼き上がったものをお皿に移し、あとは冷ますだけ。

 

「今日は来てくれて本当にありがとう。これはほんの気持ちよ」

「あ、これ……!」

 

それぞれがその出来映えをカメラに収めていると、

茜が作っていた料理の数々をテーブルに配膳する。

それは参加者各位の好物そのもの。

ただあくまでチーズケーキがメインであるため、サイズはかなり小さめだった。

 

「焼きそばパンにポテトチップス、カツサンドに……餃子か?」

「ち、違うよ東雲くん! これは桃まん!」

「ああ悪い。やたらピンクだと思ったらそういう事か」

「でも嬉しいなぁ……あんまり他じゃ見ないから」

 

間違いを指摘され謝罪する彰人であったが、

あまり見ることの無い自分の好物にテンションが上がっているこはね。

 

「手作りのスナック菓子なんてはじめて!」

「あの、叔母さん、ありがとうございます。とっても嬉しいです」

「ふふ、いいのよ。さあ、冷めないうちに召し上がれ」

 

一歌と咲希も、売り物としては馴染みの深いものであったが、手作りとなれば話は別である。

それぞれが好物を頬張り、満面の笑みを浮かべていた。

 

「今日はレシピ通りに作ってもらったけれど、お料理はある程度アレンジを加えても楽しいものよ。

 そうやって、自分なりに料理を楽しんでいってくれると嬉しいわ」

 

こうして、その言葉を料理教室は無事幕を閉じるのであった。

 

 

 

『ということで、料理教室は無事終わりました。今度よろしければお伺いしますね』

『……いや、百歩譲っても夏向けの料理ではないだろう。

 しかも5種類中3種類がもはや菓子の類いではないか』

 

料理教室を終えた言葉は、その日のうちに千紗都とナイトコードでボイスチャットをしていた。

思い返せばこの料理教室の発端は千紗都のためであったが、

自分達だけの話題で完結している。

当時の目標は果たせていなかった。

 

『まあ、今回は試験的なものだったのだろう。いつか我の要望も取り入れて開催してもらいたいものだ』

『その辺りは善処します』

 

いくら教師であっても、身内の疑問を晴らす事を優先するであろう。

それに保護下にあるのであれば、その技量や知識量の恩恵は受けやすい。

日頃の料理も参考にしてみようと思考を巡らせる言葉であった。

 

『しかし解せぬな。参加者6人に対してそれぞれの好物が振る舞われたのだろう?

 5種類では数が合わんではないか』

『ああ、その点はお気遣いなく。今日の献立で最後の1つは作ってくれるそうなので』

『……?』

「言葉ちゃーん。ごはんよー」

 

千紗都の理解が及ばぬままに一階から声がかかる。それは叔母である茜のものだった。

軽く断りを入れて部屋を後にする言葉。

食卓のテーブルには、ひとつの料理が一段と輝いて見えた。

 

「今日は言葉ちゃんの好きな水菜のお浸しよ」

「わー、久しぶりだねお姉ちゃん! お母さんの得意料理だし!」

「……うん。楽しみにしてた。ありがとう叔母さん」

「ふふ、たくさん手伝ってくれたお礼よ。おかわりも沢山あるから、いっぱい食べてね」

 

言葉にとっての好物であり、思い出の味。素朴な出汁の香りが食欲をそそる。

4人が席につき、手を合わせる。

 

「「「「いただきます」!」」」

 

今日の食卓も、笑顔に溢れたものだった。




というわけで、ほのぼの、一歌・咲希・こはね・彰人・言葉・理那というアンケ結果のお話でした。
珍しくフラグらしいフラグとかを立てないよう逆に意識してたという。
言葉の叔母さんの名前とか出てきてますが、
大体は名乗らないとおかしいシーンなどで出しただけなのであんまり深い意味はないです。

次回はUA20000記念話です! バチャシンメイン……になるかな?
お楽しみに~。



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涼風の通り道 前編

UA20000記念、『言葉がストリートのセカイに行ったら』というお話です。
前後編あります。


 

それはありふれた出来事のように思えた。

言葉は自らのセカイで楽器の練習をしようと、いつものようにウタを再生する。

 

光に包まれた時、耳元に声が聞こえた気がした。

 

『今日はちょっと特別。わたしの見てる景色を、貴女にも見せてあげるね』

 

『電子の歌姫』がそういった後、ある音色が聞こえて来る。

それは鮮やかな赤の音色。熱く燃えるような情熱と今を駆け抜ける者達の鼓動。

 

そしてセカイに降り立ち、目を開いた先に広がる景色は──

 

都会の路地裏のようなセカイ。

壁には様々な落書きがされており、イベントのフライヤーが時々張られている。

そして何より、空から照りつける太陽が眩しかった。

 

「どうして? ここは一体……」

 

戸惑いながら周囲を見渡すも、ここが己のセカイではないと認識するのに時間はかからなかった。

ならば一刻も早く戻るべきだと、Untitledの再生を止める。

しかし、その体が再び光に包まれることはなかった。

 

「MEIKO、KAITO、聞こえる?」

 

スマホに呼び掛けてみるも、返事はない。

恐らく、セカイを訪れる前に聞こえた声が何か起因している。

しかし言葉はその声の形を思い出すことが出来なかった。

何せ一瞬の出来事。その後広がる光景に意識のすべてを奪われていたのだから。

 

「……流石に暑いな」

 

春の始めのように暑くもなく寒くもない。

ほどよい気温であるものの、あいにく言葉のセカイはそうではない。

防寒着が必須となる、冬の寒さが身に染みるセカイ。

今日も装備はバッチリだったため、逆に暑く感じてしまう。

 

コートを脱ぎ捨てキャリーカートに積み込み、宛もなくさ迷う。

戻れないとなればまずは安全な場所や落ち着ける場所を探す。

 

安住の地を求めるも、どこか心が落ち着かない。

いつの時か忘れていた、胸の高鳴りを無理矢理起こされているような、そんな気がして。

それが言葉にとって苦しくて、自然と急ぎ足になる。

 

『──♪ ───♪ ──♪』

 

焦る言葉の心に、しっとりとした音色と歌声が優しい雨のように降り注いだ。

まるで今この街をさ迷う自分を歌うような、そんな歌。

本質こそ違っていたが、その歌声に聞き覚えのある声を見つける。

 

「──KAITO」

 

歌が終わり、3人の青年達がクールダウンするところに現れた言葉。

青と黒の長袖ジャケットを身に纏った青髪の青年。

鮮明な色彩に染まる彼の姿に感動を覚えるも、

特徴的なマフラーの面影が消えており少し肩を落とす。

 

「ん? 君は──」

「委員長……!? おま、どうしてここに……!」

「……もしかして、鶴音も同じ想いを……?」

 

そんなKAITOの声を遮ったのは彰人。

自分達のセカイに部外者が足を踏み入れるなど、受け入れられる方がおかしい。

となりの冬弥も驚きはするが、即座に考察に入る。

 

「彰人君に青柳君も。……ああ、ならここは2人のセカイなんだね」

「セカイって……いや、お前も知ってんのかよ」

「うん。だって私、自分のセカイに行こうとしたからね」

 

そういってスマホに写る『Untitledだったウタ』を見せる。

音色は聞こえてこないものの、

それがUntitledだったものだと気付くのに2人はそれほど時間を要しなかった。

 

「ならそれを止めれば、鶴音は元のセカイに帰ることができるんじゃないか?」

「そのはず、なんだけどそれが戻れないみたいで」

 

冬弥の尤もな指摘を受けつつ2人に見せるも、言葉が光に包まれることもない。

彰人達も試そうとして──やめる。せっかく先程まで練習をしていたのだ。

不安は残るものの、想いの持ち主自身が帰れないなどあり得ない、と思ったのだろう。

 

「なあカイトさん、あんたならわかるだろ。バーチャル・シンガーなんだから」

「うーん、といってもボクも詳しいことはわからないんだ。

 でもそこまでピリピリすることでもないと思うよ。待ってればきっと直るさ」

「そんな呑気な……」

「だが、鶴音がここにいるというのは紛れもない事実だ。なるようになる、と思う」

「冬弥まで……ほんとにそれでいいのかよ……」

 

確かに彰人のように、同じ想いを持つはずのない人物がここにいる、というのは違和感を覚える。

しかしそれ以前に起こってしまった事はどうしようもないのも事実であった。

 

「それより、あの子は2人の知り合いなのかな?」

「ああ。ウチのクラスの委員長だよ。フルートとかの楽器やってる」

「へぇ、君達とも、音楽とも全くの無関係ってわけでも無さそうだね。それじゃあ──」

 

2人の間を抜けて歩み寄る青髪の青年は、言葉に対し手を差し出す。

 

「初めまして、ボクはカイト。君の名前を教えてくれるかな?」

「──鶴音言葉。……初めまして、だね。KAITO」

 

やはり自分の知るKAITOではない、と痛感しつつもその手を取る。

それでも言葉は笑っていた。

 

 

 

4人は揃ってある場所へと歩を進める。そんな中で交わされた短い会話の内容はこうだ。

 

『言葉もセカイを持っている』

その事実からセカイそのものの説明は省かれ、状況を飲み込むのは早かった。

しかし言葉自身は、自分のセカイに関する情報を頑なに話そうとはしない。

 

「なあ委員長、どうして話さないんだよ」

「なんとなく、だよ。こっちが知っちゃったのは不可抗力だし……それに」

「……オレが怒るから、だろ」

「そうだね。やっぱりわかってたんだ」

「当たり前だ。でもな、自分だけ悠々としてるやつの方が気にくわない」

 

学校において彰人が言葉の世話になることは多い。

しかし日常においてはまったくの別問題であり、むしろ嫌っているという方が近い。

よくも悪くも絵名と彰人はそんなところでも似かよっていた。

 

「まあまあ。確かに気になるのはわかるけどこんなこと僕も始めてだし、

 今気にすることじゃないんじゃないかな?」

 

どこかピリピリと張り積める空気の中、KAITOがそれを読むのか読まないのか口を挟んだ。

彼にとってはセカイがなんたるか、という説明が省けただけでも嬉しい誤算。

あとは来客として歓迎するだけのことだった。

 

「ほら着いたよ。ここが僕らの憩いの場、『crase cafe』さ」

「……はぁ」

 

たどり着いたのはオープンテラスと赤い軒先テントが特徴的なカフェ。

それをまるで自分の店のように紹介するKAITOと、

またも憩いの場が知られ頭を悩ませる彰人であった。



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涼風の通り道 後編

 

入店を知らせるベルが鳴り視線が集まる。

店内のカウンター席にはミクが、テーブル席にはこはねと杏が腰かけており、

カウンター裏ではMEIKOがコーヒーを淹れている。

 

「あら、練習は終わり?」

「いや、もうちょっとやってく予定立ったんですけど、それどころじゃなくなって……」

 

ぞろぞろと青年達が店内に入る中、

その最後尾にいた見慣れぬ少女が入り口に立ったまま店内を見渡していた。

そんな少女の名前を、バーチャル・シンガーである2人は知りもしない。

故に、違和感を覚えるのは当然のことだった。

 

「えっ!? 鶴音さんじゃん!」

「どっ、どどど、どうしてセカイに!?」

 

そして知っている2人もまた、ここがどこであるかを把握しているが故に戸惑いを隠せなかった。

そんな各々の反応に対し、気まずそうに苦笑いを浮かべながら丁寧にお辞儀する。

 

「すみません。驚かせてしまって。ごめんKAITO、やっぱり私外で待ってるね」

「待って。確かに驚きはしたけれど、お客さんには変わりないわ。ようこそ、crase cafeへ」

 

踵を返す言葉を引き留めたのはMEIKO。

それが彼女であったからか、それとも他の要因があったからか、足を止めた言葉は再び振り替える。

 

「そうだね。お客さんとして冷やかしはよくないもんね」

 

いつもと違いやんわりとした口調と笑顔で応え、

誰の傍でもないカウンター席へと腰をかけるのであった。

 

 

 

MEIKOに紅茶の注文し、事情を軽くこはねと杏に説明を終えてゆったりと1人の時間を過ごす言葉。

そんな彼女の隣に1人の少女がやって来た。

 

「となり、座ってもいいかな?」

「……? あなたは?」

「私は初音ミク。……もしかして知らない?」

「知らないことはないよ。ただ、雰囲気も容姿もまるで違ったから」

 

バーチャル・シンガーとしてのミクとはまるで違う相手に少し戸惑ってしまう。

アイドルとしてでもなく、年相応の女の子としてでもなく、

これまで重ねてきた歳月をそのまま経験として昇華させた大人のように。

 

「(そっか、このセカイにはミクがいるんだね。……考えてみれば当然か)」

 

セカイに存在するバーチャル・シンガー。そこに代名詞たるミクがいないわけがない。

しかし言葉のセカイには彼女の影も形もない。その理由など、とうに理解していた。

 

「それで、座っていいかな?」

「うん、いいよ。他でもない電子の歌姫からのお誘いだもの」

「ありがとう」

 

自ら席を引き、となりに座ることを促す言葉。それに感謝を述べつつ腰をかけるミク。

そこで言葉が注文していた紅茶が差し出された。

 

「はい、ご注文のホットティーよ。お口に合うといいんだけど」

「ありがとうMEIKO。いただきます」

 

砂糖もミルクもなしに香りを楽しみ、カップを傾ける。ほどなくして満足げな笑みを浮かべた。

 

「やっぱりMEIKOの淹れる紅茶はおいしいね」

「あら、それだと貴女のところにも私がいるのかしら」

「うん。まあ、ここでする話でもないから、これでおしまい」

 

バーチャル・シンガー相手であっても自分のセカイの話はするべき物ではない。

何せ想いの根幹が違うのだから、それを語ってはこのセカイの否定にもなりかねないからだ。

想いの形に善悪や優劣がなくとも、未練がましく聞こえてはいずれ衝突に繋がる。

 

「それでミクは私にどんな用事があって来たのかな?」

「別に大した理由じゃないよ。ただ君が好きな音楽はどんなのかなって思って」

「別に皆と変わらないよ。ただ静かな曲が好きかな。ロックとかはあんまり聞かないの」

 

それから交わされる会話の内容は、言葉の音楽の出会いだった。

やはりバーチャル・シンガーということもあってか、その話題は音楽によるもの。

MEIKOもそばを離れず耳を傾けており、遠くに居るKAITOもまた言葉の楽器ケースに興味を向けていた。

 

「へぇ、随分昔から音楽に縁があったんだね」

「まあね。これもやりたいことをさせてくれたお父さんとお母さんのお陰だから」

「ならその音楽を誰かに聞かせたりはしないのかな。イベントを開いたりとか」

「そんなことまではしないよ。私は私が納得できればそれでいいから」

「そっか」

 

今も昔もこの想いは変わらないのだと言っているようで。

そこまで聞き届けたミクはそれ以上深くは追求しなかった。

やがてカップを空にした言葉は席を立つ。

 

「もういいの?」

「うん。長居しすぎてもこのセカイに悪いかと思ってね」

 

環境も天気も、自分のセカイに比べれば快適そのもの。

しかし想いの形が違うためか、言葉はどこか居心地が悪かった。

それを抜きにしても、ある意味人の心の中とも言えるこの場所は長居する気になれなかった。

 

「MEIKO、KAITO、ありがとう。Vivid BAD SQUADの皆さんもまた今度」

 

キャリーカートを引き連れて言葉はcrase cafeを後にするのだった。

 

 

 

と言っても帰る手立てがあるわけでもなく、ストリートのセカイをさ迷う言葉。

壁に描かれた落書き──グラフィティ・アートを自らの特技で記憶しながら別々のルートを割り出していた。

 

しかしその後ろに続く人物が1人。

 

「……えっと、どうしてついてくるの?」

「別に深い意味はないよ。ただUntitledも無しにどう帰るのかなって思って」

 

言葉が尋ねるまで何も言わずついてくるだけ。ルートに口出しすることもない。

それはまるで普段の言葉のようであった。

 

「もし帰る方法があるなら教えてくれないかな。楽器の練習もしたいから」

「それならここでも出来るけど?」

「そうだけど……」

 

ミクの視線は言葉の引くキャリーカートにある。

音楽に生きるバーチャル・シンガーだからこそ、その者の奏でる音楽の形に興味があるのだろう。

こんな異常事態も華麗に対処する辺り、彼女の余裕は大したものだった。

 

「別に聞かれて困ることはないと思うけどね。彰人達だって、君のことは認めていたみたいだし」

「私のことを?」

 

その通り、と言わんばかりに笑顔で首を縦に振るミク。

そして語ったのは言葉と文が助っ人として入ったあのステージのこと。

それから彰人と冬弥がこのセカイを訪れ、語り聞かせてくれたことを知る。

 

「だから気になるんだ。キミのその音楽が、どういう物なのかね」

「……そこまで言うなら、1曲だけ」

 

それが彼女を付きまとっていた余裕。

彼女には敵わない。そう思ったのか楽器ケースの1つからバグパイプを取り出す。

そこから奏でられるのは自分の想いから生まれたウタ。

過去の出来事を記憶する、唯一の存在を歌ったウタを。

ウタは秋風を纏いビル風の様に通り抜けていく。ミクはそれにただ耳を傾けていた。

 

「……どう?」

「うん、よかったよ。ただ少し……寂しいかな」

「だろうね……でも、これが私の本当の想いだから」

 

その反応も予想通りといった様子で言葉は返す。

 

「じゃあ、私も代わりにお返ししなきゃね。このセカイで生まれた想いのウタを」

 

それは本来ミクが歌ったものではないが、このセカイにとってもっとも新しいウタである。

キーは彼女のものに調整されているが、その想いの強さは変わらない。

ありきたりな日常の上でも自分らしく生きていくというもの。

 

「どう?」

「そっか。それが誰かの想いの形なんだね」

 

曲は終わり、そのウタを聞き届けても少女は平然としていた。

その全てを聞き終えて、その意味を理解している。それでも彼女は変わらなかった。

 

「それなら私は、最底辺のままでいいよ」

「……そっか」

 

セカイにおけるバーチャル・シンガーは、本当の想いを見つけるためにある。

しかし目の前にいる少女は、場違いなまでに冷めきって──否、覚めきっていた。

これ以上引き留めるのも酷だろう。そう思ったミクはその手で触れる。

 

「ありがとうミク。その想いは誰かのために使ってあげてね」

 

光に消える彼女が口にした言葉に背を向け、歌姫はその場を去った。

 

 




次はちょっと書いてみたかったシャッフル擬き。
3話構成になります。それが終わったらお休みを……
誰が出てくるかはお楽しみにということで。

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スクランブル・サポーター その1

詳しいルールは知らないのであたたかい目で見ていただければと。
3話構成ですー。


この日、宮女の体育館では宮女と神高による女子バスケ部の練習試合が行われていた。

 

第1ピリオドはお互いにいい勝負であり、神高側が若干リードしていた。

その状況から宮女は追い抜くために、神高は差を大きくするためにお互いに助っ人を1人ずつ投入する。

 

「今日も負けないよ、杏」

「こっちこそ!」

 

その人物こそ桐谷遥と白石杏。

ある意味切り札とも言える2人であり、幼馴染みにしてライバル。

小学生時代から続く因縁ともいうべき相手だった。

 

激しい接戦が繰り広げられながらも、試合は拮抗し差を縮められないままに時間が経過していく。

力量は互角。それ故に最初に開いた点差が響いていた。

第2ピリオドを終えても、わずかながら神高がリードしていた。

 

「お疲れさま遥ちゃん! タオル、冷やしておいたよ」

「ありがとう。って、見に来てたくれてたんだね」

「うん! それに……」

 

ハーフタイムに突入しみのりが遥を労う中で、神高側のベンチへと目を向ける。

そこには唯一、宮女の制服に身を包んだ生徒が紛れていた。

 

「杏ちゃんお疲れさま。かっこよかったよ」

「ありがとうこはね~! やっぱりこはねに応援されると疲れも一気に吹き飛ぶよ!」

「わわっ! こんなところじゃ恥ずかしいよ……!」

 

杏に抱きつかれているのはこはねである。

完全にアウェーな空気の中でも1個人を応援する辺り、かなり肝が座っていた。

 

「あ、そっか……杏の言ってた相棒って小豆沢さんだったんだね」

「うん。わたしも今日知ったんだけど……ふふ、こはねちゃん嬉しそう」

 

お互いの仲間が労う中で、コート内では2人の少女がパフォーマンスを披露している。

 

「第2ピリオドを終えた宮女と神高の頂上決戦! 僅差ながらも神高がリードしております!

 果たして神高はこのまま勝利を掴めるか、はたまた宮女が追い上げるか!

 今後の試合展開が楽しみですが、ここで一旦休憩です!」

「さーてやって来ましたハーフタイム! ここからはあたし達が盛り上げちゃうぞー!」

 

一方は実況と共に曲を回し、一方はそれに合わせてダンスを披露していた。

それはさながらプロの試合で見せるハーフタイムショー。

観客だけでなく選手達も魅了されていた。

 

「凄いな鳳さん……あんな動きでも全然歌声がぶれてない」

「それにミクちゃんの曲だよね、でもアレンジしてるのかな?」

「うん。あの実況者さんがやってるんだと思う」

 

「わあ……フェニランのステージキャストさんのハーフタイムショー……!」

「あ、そっか、あの子ってフェニランでキャストやってるんだよね」

「うん! それにこのアレンジ、理那ちゃんがやってるんだよね」

「そうそう。折角のハーフタイムくらい盛り上げなきゃって張り切ってたよ」

 

目でも耳でも楽しませてくれるそれはさながらプロレベル。

お互いを知るこはねにとっても、意外な組み合わせに飽きることを知らなかった。

 

やがてパフォーマンスを終える頃、遥がえむに声をかける。

 

「鳳さん、もしよかったら──」

「ほえ?」

 

こうして第3ピリオドにて、宮女側の助っ人がさらに投入された。

 

「それじゃあ鳳さん、よろしくね」

「よーっし! 気合い入れて頑張ろー!」

 

体操服に身を包んだえむの姿がそこにはあった。

ハーフタイムショーで見せた運動神経から、神高側も多少は警戒している。

試合開始と同時にマークされるえむ。

といってもそれは徹底されたものではなく普通のもの。

 

神高側は見くびっていた。

無邪気な性格、小柄な体格、杏という強力な助っ人、僅かながらとはいえ連続したリード。

様々な要素が絡み合い、頭では警戒しつつも心のどこかで余裕があった。

 

そしてある意味遥はそれを狙っている。

ボールが遥に回った時、いつものように杏がその行く手を阻んだ。

 

「ここから先は通行止めだよ!」

「そう。じゃあ、これなら止められる?」

 

即座にパスを放つ遥だが、その先には誰もいない。

他の選手もマークされており手出しできなかった。

 

「遥ってば正気? そんなことしたって──っ!?」

 

そのボールの行く末を眺める杏は目を丸くする。

先程までマークされていたえむが、フリーの状態でそのボールをかっさらっていったのだから。

 

「(うそ、あの子最初からマークしてたのに!)」

 

本来えむをマークしていた選手も困惑している。

 

まさに一瞬の出来事。

小さい体から繰り出される圧倒的な瞬発力によって、

瞬く間にゴール下へと潜り込みレイアップを決めた。

 

得点と共に歓声が上げる。

それからえむのマークを増やせばその分遥がフリーになり、

遥を押さえ込もうとすればえむがフリーになるという、

どうしようもない展開が続いていた。

そしてなにより、引けをとらぬ運動神経もさることながら、

互いの位置を熟知しあっているかのような巧みな連携で翻弄していく。

こうなれば杏1人の力で押さえる事は難しく、

点差はあっという間になくなり大きくリードを許していた。

 

やがて第3ピリオドの終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 

「どうする、このままじゃ……」

「そうは言ってもこっちの控えでもじゃあの2人に勝てないでしょ」

 

ベンチへ戻るチームメンバーは、どこか思い空気を漂わせていた。

ここで巻き返せなければ、神高の敗北が決定する。

しかし常に1対2の状態では勝てる可能性も薄かった。

 

「杏ちゃん、大丈夫?」

「うーん、ちょっと厳しいかも。後1人くらい助っ人がいてくれたらなー」

 

といってもここは宮女であり、見学しているのも宮女の生徒ばかり。

完全にアウェーな状態であることにかわりはない。

 

「突如彗星のごとく現れた鳳選手の活躍により、宮女側は大きくリード!

 宮女はこのまま試合を勝利で飾れるか! それとも神高が追い上げるのか!

 運命の第4ピリオドはまもなくです! どっちもがんばれー!」

 

そんな状況でも一切贔屓しない理那の実況により、館内は盛り上がりを見せる。

もはやここまで来ると世界大会のような盛況具合であった。

 

「いるじゃん! 1人、最強の助っ人が!」

 

そこで声を張り上げる杏。

その視線の先には観客の空気をものにする、実況者の姿があった。

 



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スクランブル・サポーター その2

 

「どうしたの杏、そんなに自信満々で」

 

第4ピリオド開始前、やたらとにやつく杏に対し最初に話しかけたのは遥であった。

神高のチームメンバーも先ほどとは違い気合い十分といったところ。

 

「別にー? このまま負けるのも嫌だし、こっちも最終兵器を使わせてもらおうかなーって」

「へえ、じゃあ見せてもらおうかな。その最終兵器ってなんなのか」

「おっけー、理那! 入ってきていいよ」

 

体育倉庫の扉を開け放ち、堂々の入場を果たしたのは理那だった。

先ほどまで実況していた少女だが、こうして他の選手と比較すればその大きな体格が目につく。

特に低いえむと比べて見ればその差は一目瞭然であった。

 

「もしかして理那さんもバスケするんですか!?」

「ま、助っ人程度だけどね。お手柔らかにどうぞ」

 

興奮気味に食いつくえむに対して、ずいぶんと過小評価しつつ答える理那。

 

「理那、ジャンプボールどうする?」

「私はやめとくよ。さすがに助っ人がそこまでやっちゃアレだし」

 

試合開始のジャンプボール……なのだが理那は参加しない。

体格からして真っ先に選ばれるかと思いきや自ら辞退した。

 

皆がポジションにつけば、試合開始のホイッスルが鳴り響く。

宮女側は勢いに乗っていて攻撃の手を緩めない。遥とえむの黄金タッグは健在だ。

 

早速こぼれたボールをえむが拾い、素早いドリブルでコートをかけ上がる。

包囲が完了する前にその間をすり抜け、攻め上がるチームメンバーにパスを回す。

そしてゴール下で待機する遥へ送られ、素早くシュート。

確実に入る軌道を描いてリングに吸い込まれる──その瞬間。

 

「どりゃああああ!!」

 

リング前に現れた理那によって阻まれる。自由を失ったボールはその手元にあった。

 

目の前で起こった出来事に目を丸くしながらも、次の行動へ移す。

着地の影響か両足をガッチリついている為ドリブルに移るには時間がかかる。

叩き落とせば再びシュートのチャンスもあった。

他の選手も同じことを思ったのか、理那からボールを奪い返そうと突撃している。

 

「理那、こっち!」

 

神高の選手がパスを回すように指示しているが、

完全に攻めっけの宮女の選手達はほとんどゴール下に集結しており、

近くの神高選手は全員マークされていた。

 

「それなら……そおい!!」

 

そんな理那が取った行動は、オーバーハンドスロー。

バスケットのボールをハンドボールのように豪快に投げ飛ばす。

でたらめなクリア、と思いきやバックボード目指して一直線。

 

「まさか!」

 

遥が声を上げるのと同時にボールがバックボードに突き刺さる。

大きな音を立てるもその勢いでリングに──というミラクルプレイが起きるわけもなく、

勢いを失ったボールはゴール下へと落下していく。

とりあえずの不安はなくなったと、胸を撫で下ろす宮女の面々。

 

「杏! 後はよろしくねー」

「オッケー、任せといて!」

 

しかし、ゴール下には既に杏が待ち構えていた。

宮女の選手達は攻め上がっていた為に完全にフリー。

遮るものは誰もおらず悠々とシュートを決めていた。

 

一瞬にして巻き起こった衝撃の数々に館内は騒然とする。

そんな中で唯一歓声を上げる人物がいた。

 

「こはねー! ちゃんと見てくれたー?」

「うん! すごいよ杏ちゃん! 理那ちゃんも!」

「いやー、それほどでもあるかなー」

 

仲睦まじく言葉を交わす3人に、やがて我を取り戻していく面々。

宮女側のキャプテンが遥に駆け寄り詫びを入れる。

 

「ごめん桐谷さん、ちょっとあげすぎてた」

「ううん、こっちの方こそごめん。それより……」

 

軽く謝りつつ、理那の方へと目をやれば変わらぬ態度の姿がそこにあった。

 

「理那さんすごいすごーい! さっきのどうやったの?」

「どうって、他にも色々部活やってるからさ、その応用かなー。

 うまくいくとは思ってもみなかったけど」

 

先ほどの奇抜なプレーにえむが食いつき本人が説明している。

 

「さっきのはすごかったけど、きっとまぐれだよ。あんなプレー狙ってできるものじゃないし」

「そうそう、今度はちゃんと守備も固めるから大丈夫」

「うん……そうだよね。そうだと、いいな」

 

今だ先ほどの出来事が信じられないチームメンバーだが、

理那という少女は遥からすれば杏のお墨付。

常に高みを見つめる彼女だからこそ、御眼鏡にかなうのは相当であると認識している。

 

だからこそ、心によぎる不安を拭い去れない遥であった。

 

 

 

それからというもの。

 

「鳳さん、お願い!」

「うん!」

 

数々の選手を抜き去り、えむへと鋭いパスが繰り出される。

しかしその間に差し込まれた長い腕がそれを遮った。

 

「悪いね」

 

そう言い残して駆け抜ける理那が強引に攻め上がり、そのままレイアップを決める。

女子とは思えぬパワープレーに圧倒されながら得点を許す宮女。

 

理那が助っ人に入ってからは、完全に神高が場の流れをつかんでいた。

追加点をあげられることなく、杏やその他の選手が攻勢に転じカウンターを決められる。

守りに入って時間を稼ごうとしても、理那によってカットされ先ほどのように点をあげられる。

 

残り時間がわずかとなった頃には、点差は詰められ油断すれば逆転もあり得る状態であった。

 

「よーっし、もうすぐ逆転できるよー! この勢いのまま勝っちゃおう!」

「「「おおー!!」」」

 

遥は冷静に分析していた。彼女の腕前だけではない。

ハーフタイムショーや実況で見せつけたソレを、

そのままコートに持ち込み自陣のボルテージを高めている。

今や杏だけではない、他の選手も驚異となっていた。

 

「(あの子をどうにか出来れば総崩れも狙える……けど、それは無理)」

 

時間やクォーターが残っていれば、気持ちを切り替えられたかもしれない。

もっと点差が開いていれば、彼女の陽気さもから回っていたかもしれない。

思えば最初に見せた奇抜なプレーも、一筋の光明を見せる為の布石に思えてくる。

 

どうにかしないと、と思考を巡らせる遥であるがいい案が浮かんでこない。

そうしている間にも時間は過ぎていく。そんな時。

 

「遥ちゃん、頑張れー!」

「皆元気出して~! まだまだ試合はこれからだよー!」

 

観客席とコートから声が上がる。それはみのりとえむであった。

 

「……まだ応援してくれる人がいる。それに、試合も終わってないもんね」

 

そんな声援を力に変えるのはアイドルの専売特許。

そんな本来の調子を取り戻した遥の元に、妙案が降りてくる。

 

「そうだ、鳳さん」

「? どうしたの遥ちゃん?」

「実は思い付いたことがあって……」

「ふむふむ、なるほどー! それ、すっごく面白そうだね!」

 

本来なら到底思い付かないアイディアを吹き込めば、

えむも目を輝かせてのってくれる。反逆の布石は今打たれた。

 

 

 

試合も終盤、それからも神高の猛攻が続き点差は1点にまで差し迫っていた。

神高の選手達が攻め上がり、ボールを持つのは杏。

かといってディフェンスには理那がしっかり配置されている為、

クリアしても防がれるのは目に見えていた。

 

「さっきと逆のパターンだね、遥」

「そうだね。でも、勝ちは譲らない!」

「それはこっちも同じ!」

 

杏が目配せをした後1人がマークを外れて駆け出す。

このままパスの体勢に移ったかと思いきや、高く構えた。

一糸乱れぬ連携とフェイク。それによって宮女の選手は呼吸を乱す。

しかし、遥だけは惑わされなかった。

 

「っ!」

 

添えられただけの手からボールを奪いさるのは簡単な事。

そのままドリブルに移行し一瞬で攻め上がる。

誰が反応するよりも早くシュートの体勢に入るも、理那が立ちはだかった。

 

「そうはいかないよ、杏のライバルさん」

 

杏の使ったフェイクも読んでいるのか、上と左のラインは完全に押さえられている。

となると右だがむしろそれが本命。上がる手を振り下ろしカットされてしまうだろう。

 

「さーって、どうする?」

「そうだね。じゃあ、これならどう?」

 

大きな体格、左右に素早く行動するために開かれた足。

遥はその股下へ素早くボールを送る。

 

「鳳さん!」

「うん!」

 

その先にいたのはえむ。2人の使う常套手段だがこれで完全に抜けた。

後はえむがシュートするだけ、といったところで大きく踏み込み飛び上がる理那の姿があった。

 

それはさながらバレーボールのブロック。

後先考えない行動であったが、これによりえむはゴールを狙えなくなってしまう。

それでも、えむの顔は笑っていた。

 

「それじゃあいっくよー、せーのっ!!」

 

彼女が見せたのはシュートの体勢とはほど遠い物。

手に添えられたボールを前方倒立回転によって高く蹴り上げる。

それは紛れもなく新体操の動き。

 

高く宙を舞うボールはリングに対してほぼ直角に落下しネットを揺らす。

得点と同時に大きな歓声が上がった。時間も残り10秒を切っている。

どことなく宮女に安堵の空気が流れ始めた、その時。

 

「カウンター!!」

 

仕切り直しといわんばかりに声を張り上げ理那が動く。

他の選手から手渡されたボールを手にし、その場で高くあげた。

照準を定めるように延びた左腕と、構えられた右腕。

誰もが動くよりも早く、落下したボールを打ち上げる。

 

大きく山なりの軌道を描き、リングの内側にぶつかって失速。

タイムアウトの笛が鳴り響くと同時に、ボールはその中へと吸い込まれた。

 

「フローターサーブの、3ポイントシュート……」

 

呆然と呟く遥の声は、今までで最高の歓声によって掻き消されるのであった。

 

 



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スクランブル・サポーター その3

 

こうして引き分けという形で試合を終えた宮女と神高の選手達。

お互いの助っ人同士、クールダウンしつつ会話していた。

 

「えっ、桐谷ってあのASRUNの桐谷遥なの!? どっかで見たことあるなーって思ってたけど……」

「もしかして理那、今まで気付かなかった?」

「いや、気付くもなにもバスケの助っ人としか見てなかったし……

 味方ならまだしもお相手ならそれどころじゃないでしょ」

 

神高では随一とも言える運動神経の持ち主とタメをはれる存在。

理那としてはそんな印象が強すぎた為、

アイドルというよりスポーツマンとして彼女を見ていた。

 

「帰ったら言葉に自慢しちゃおーっと。アイドルの裏の顔、みたいに」

「あはは、それもいいかもね。鶴音さん、もしかしたらビックリするかも」

「言葉……鶴音……もしかして、文のお姉さんの?」

 

そこで聞き覚えのある単語に反応する遥。

 

「あ、うんそうそう。っていうか遥、文ちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるっていうか、結構お世話になったっていうか……」

「へー、文ちゃんは桐谷さんのこと、アイドルだって知ってる?」

「うん。知ってるけど……今は別のユニットとして活動してるから、

 そっちの方で応援してくれてることが多いかな」

「あ、そっか一回引退したんだっけ。ネットでも結構話題になってたなー」

 

随分前のことに聞こえるが、わりと日本中を震撼させた出来事とも言える。

ソロデビューしてもお釣りがくるであろう彼女の引退は、

それほどアイドル界隈を知らない理那ですら耳に挟む規模。

それすら知らない言葉の方がある意味特殊な例であった。

 

「えむちゃんは桐谷さんとはどういう繋がり? 結構仲良さそうだけど」

「遥ちゃんとはね、この前の体育祭で一緒に実行委員やったんだ!

 それで最後の学年対抗リレーが凄かったんだよ~!」

 

えむの方へと話題を振れば、思出話に花を咲かせる。

そこで語られたのは、遥が主体となって体育祭の成功に大きく貢献したということだった。

そんな話を、今回の試合状況からあながち嘘ではないと分析する理那。

 

「杏のライバル兼幼馴染みで、えむちゃんの友達で、文ちゃんの知り合いがあの桐谷遥。

 いやあ世界って案外広いようで狭いんだねー。あ、私斑鳩理那っていうの。よろしくね」

「えっと、うん。よろしく……?」

 

関心されつつもさらりと自己紹介され、戸惑いながらもその名前を覚える遥。

その独特な名字は、例え遥でなくても忘れられないだろう。

 

「でも、アイドル……アイドルかー」

「ん? どうしたのさ理那」

「聞いた話なんだけど、うちの父さんが診た患者でアイドルやってる子がいてさ。

 なんでもステージに立てなくなったらしいんだけど、心の問題だから父さんも打つ手なしでさ。

 結果的にアイドルやめちゃったんだよね」

「……!」

 

それは理那の一人語りに過ぎない。しかし、そんな話を聞いた相手が悪かった。

その人物こそ紛れもない遥本人なのだから。

 

「だからアイドルって聞くとその事思い出しちゃうんだよね」

「そっか、お医者さんが親だとそういうこともあるよね」

「でもでも! その人もきっと今頃歌えるようになってるよ!」

「さあどうだろ。心の問題って下手したらガンとかより厄介だしさ」

 

その話を聞き終えた杏は静かに同意し、えむはこれ以上いけないと励ましている。

しかしそれでも理那の憂いを取り除くには足りなかった。

 

「──その子なら、今も元気にしてるよ」

 

遠い過去を懐かしむように、優しい顔で遥は告げる。

それは理那も予想外だったらしく驚いたように遥を見た。

 

「確かにその時アイドルはやめちゃったけど、でもまたみんなと1から頑張ってる。

 今度こそ、アイドルとしてみんなに希望を届けられるように」

「……へえ、そうなんだ。じゃあ、その子に伝えておいてくれないかな」

 

平穏を装って言葉を促す。それを悟られたのかは分からないが、再び理那は言葉を続けた。

 

「父さんが言ってくれたんだ。その子のお陰で、自分の未熟さを痛感できた。

 手術したり薬を投与するだけが患者を治す訳じゃない。

 何より大事なのは、患者の心を治すことだ、ってね」

「ふふ、わかった。ちゃんと伝えておくね」

 

そんな教えを元に前へ進んでいる人物もいる。成功するだけが成長ではない。

失敗して己の未熟を知り、なお立ち上がってこそ得られる成長もある。

ひとつの挫折から得たそれぞれの経験は少女達の中で生きていた。

 

「……そうだ。よかったら名前で呼んでくれないかな。

 私だけ名字っていうのもなんだか変だし……」

「あ、そっかごめんごめん。呼び捨てでもいい? 私は呼び捨て呼ばれでも全然いいけど」

「うん。じゃあ理那、これからもよろしくね」

「こっちこそよろしく、遥」

 

お互いに握手と笑顔を交わす。

そんな2人を杏とえむは微笑ましく眺めているのであった。

 




時系列の勝手な想像ですが、
遥の「ステージに立てない」という症状は日に日に悪化していったとし、
アイドルをやっている時から医者の世話になっていた、という背景にしています。
時期的には中学2年くらい……と見ています。

と言うわけで今回のお話で第二部はおしまいです。
新キャラ2人と文の問題解決、そして理那の因縁に決着を。

ここまで半年に渡り毎日更新を続けてきたこの小説ですが、
申し訳ないことにマンネリ化してきたので、暫くお休みを頂きます。
休止期間は10日ほど予定しておりますのでまたその時にでもお会いしましょう。

次回、第三部序章「生者の特権、死者の冷遇」。
お楽しみに。


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第3部序章「運命の女神の悪戯」
これまでのあらすじ2


第一部総集編はこちら

これまでのあらすじ

「100話も追加で読んでいられるか!」という新規の方向けの、大体のことがわかる総集編。(2回目)

先にお詫び。「章タイトルを変更します」


・「断罪と贖罪のジャッジメント」

 

一旦の平穏を取り戻した言葉は、いつもと変わらない日常を送っていた。

そんな中、言葉の過去を知るという雲雀(ひばり) 千紗都(ちさと)と出会う。

千紗都は言葉の両親を事故死させてしまった人物の子供であり、

その事故がきっかけで夢を絶たれ、両親を失ったことを告白した。

そんな仕打ちを受けながらも、唯一の未練である罪滅ぼしのために言葉へ断罪を乞う。

しかし言葉はその事実を受け止めきれず、その場を後にする。

 

生き残った少女にそんな枷を与えていたと知り、悩む言葉は事故に巻き込れ入院する。

それを罪とし自らを罰する言葉に対し、友人である理那がそれを制止する。

そんな彼女から告げられた「隣にいるだけでいい」という発言はあまりにも歪であり、

言葉は心を閉ざしてしまう。

 

退院後も理那から距離を取り続ける言葉と、どうにか以前の関係に戻りたい理那。

理那は友人である白石杏の応援の元、自らの過去を言葉に告白する。

それはかつて救えなかった友人の代わりなのだと。

聞き届けた言葉は、これまでの恩義と共に再び友であろうと告げ、関係を取り戻す。

 

心の支えを手に入れた言葉は、千紗都に裁きとして「音楽を続ける」罰を与え、事なきを得るのであった。

 

・「響け! SATISFACTION YELL!」

 

一方その頃文は、セカイを訪れては憂いを纏うミクと交流を深めるなかで、

自らの理想と現実の差異に苦しんでいた。

気分転換に視聴したMORE MORE JUMP! の配信も、みのりの失敗を目の当たりにしてしまい、

そこから炎上した過去の自分と重ねてしまう。

なんとか持ちこたえようとするも、姉の入院が重なり完全に心が折れてしまう。

 

そんな中街中で遥・愛莉・雫と出会い、過去の行いから、

「自らが想いを伝えた相手が消えてしまう」というトラウマを告白する。

それによって、みのりを純粋に応援できないのだとも。

対する3人は文やみのりから得た答えを元に歌とダンスで彼女を励ます。

 

自らが紡いだ縁によって本当の自分を見つめ直した文は、

ミクに『自分らしく大好きと伝える』という想いを伝え、紡がれたウタを歌い上げる。

こうしてみのりと言葉へ自らの大好きを伝え、彼女は更なる道の先を目指すのであった。

 

・「SΛMPLING ΣUSIC」

 

言葉の音楽活動を期に自らも音楽の道へと足を踏み入れる理那。

しかし目に見えぬ芸術たる音楽を自分のものにするのは容易ではない。

アイディアを求めて立ち寄ったWEEKEND GARAGEでその才能の片鱗を見せつける。

 

そんな才能に気付かぬ理那の元にUntitledが現れ、セカイへ足を踏み入れる。

そこにはルカがDJとして観衆を熱気の渦に巻き込んでいた。

幾度かの交流を経て弟子入りするも、観衆を沸かせられたら、という条件を飲まされる。

自らの願いを果たすため研鑽を続ける彼女だが、観衆の声に晒され舞台を降りてしまう。

現実に帰り、杏やその相棒である小豆沢こはねと共演を果たすも、心の雲は晴れることを知らない。

いまだ彼女の想いは見えないのであった。

 

・「GENIUS DREAMER」

 

思い悩む末に本来の「楽しさ」を失ってしまった理那。

迷走する彼女に友人として力になりたいも、自分自身にも楽しい事がわからない言葉。

そんな2人は神山高校を巡りながら、東雲彰人・青柳冬弥・天馬司にアイディアを募る。

 

明確な答えが得られぬまま千紗都にもアイディアを求めた時、

誰もが笑顔になれる場所へ案内してくれることに。

日を改めて文も合流し、千紗都と共に向かったのはフェニックスワンダーランド。

様々なアトラクションを回りつつ、最後のとっておきとしてワンダーステージへと向かうも、ショーはとっくに終わっていた。

 

顔馴染みや友人であるため後片付けを手伝うなか、神代類と言葉を交わす理那。

そんな会話の中で「わからないからこそ楽しい」という彼なりの答えから、

「楽しさ」の真髄を知るのであった。

 

・「私の未来、貴女の未来」

 

文の誘いの元保護猫カフェへ訪れた理那は、そこでかつての幼馴染みである朝比奈まふゆと再開を果たす。

その後まふゆの過去を知る者として宵崎奏に呼び出されるも、

そのあり方に疑問を覚えた理那は救済のなんたるかを説く。

 

救いたい昔の幼馴染みと、贖罪の対象たる今の親友。

その2つを見つめ直し葛藤する中、こはねと再会を果たす。

今の理那に言葉は届かず、歌で想いを伝えるもそれは響かない。

それはいつしか勝負にまでもつれ込み、その場に居合わせたVivid BAD SQUAD総出での対決となる。

完敗を期した理那はそこでこはねの考えを聞き、「今」を選ぶことを決意する。

 

その想いをセカイのルカに伝え、そこから生まれたウタの共演で観客を沸かせることに成功する。

しかし納得のいかない理那は、ルカと共に次の目標を目指して道の先へと向かう。

 

そしてまふゆに対し、今の自分の想いを伝えることで選別とし、

自分なりの方法で己の過去と決着をつけるのであった。

 




ご無沙汰しておりました。kasyopaです。

今回は一足お先に第二部で起こったことを、ざっくりとまとめてさせていただきました。

そして一足お先……ということで本日(7/10)21:00より更新を再開します。
第三部と銘打ってますがそこまで長いお話にはなりませんので悪しからず。
ただ当初予定していた話の前座に当たる話になるので、前書きの通り「章タイトルを変更しています」。
ご了承下さい。

では、本編投稿まで今しばらくお待ちください。


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第1話「かつての栄光」

時系列的には「純白の貴方へ、誓いの歌を!」後になります。


ある日の出来事。

昼になってもベッドで惰眠をむさぼる千紗都のスマホに着信が入った。

 

「誰だ折角の休日を謳歌している時に……」

 

毎日が休日、という突っ込みは置いておき、千紗都はスマホに写る名前に顔をしかめる。

『雲雀 源治郎(げんじろう)』。雲雀という自らと同じ名字。彼女の両親はこの世に居ない。

そうなると導き出されるのは自ずと1つ。

 

「もしもし。どうした? 孫の声でも聞きたくなったか?」

『ようやく出たか……そんな訳がないだろう、定時報告だ。

 あれからも波風立たさずに生活しているんだろうな?』

 

険悪な態度で示される男の声。

低く威厳のある声であるが、千紗都自身に尊敬の念など微塵もない。

そう、電話の相手は千紗都の祖父であった。

 

「善処はしている。が、貴様ごときに指図される筋合いはない」

『なんだその口は。一体誰のお陰で生きていられると思っているんだ』

「確かに貴様の支援には感謝しているさ。だが肉親としての敬意とは別問題だ」

 

千紗都はまだ学生であり、その容姿や体質から普通の人生は望めない。

働き口となればなおのことであり、彼女の生活は祖父からの仕送りにとって成り立っていた。

 

『まあいい。私は何事もなく終わってくれればそれでよい』

「はっ、なら放逐してないで手元において監視すればよかろうに。

 まあ我を忌み子として嫌う貴様であれば、万に一つもあり得んだろうがな」

『雲雀家の面汚したる貴様など、もはや手元に置く価値もないわ。

 まったく、あの時一緒にくたばっていればよかったものを』

 

それだけ言い残し、祖父は電話を切る。

沈黙が訪れる部屋に残された千紗都は1人、部屋の隅に立て掛けられた写真へと目を向ける。

そこには2人の男女が千紗都と共に写っていた。

 

「雲雀家の面汚し、か。まったくもってその通りよな。我が両親よ」

 

千紗都の脳裏に過るのは過去の記憶。

学校から帰った彼女が目にしたのは、2人の無惨な死体。

誰に殺されたわけでもない。強いて言うなら社会に、世間に殺されたのだ。

人殺しというエッテルを拭いされなかった大人達の、利口ながらも報われぬ終わり。

 

そんな現実を受け止めきれなかった千紗都は、ただただ引きこもっていた。

やがて不審に思った近隣住民の通報によってやってきた警察に保護され、親戚の家へと預かられることとなる。

しかし人殺しの子供の居場所などどこにもなく、やがて祖父の支援の元このシブヤへやってきた。

 

「子供はいつまでも親の木偶人形よな」

 

祖父による支援もそうだが、千紗都の心には未だ死んだ両親の事が重く枷として残っている。

記憶で形作られたそれは、物理的な枷よりも厄介なものであった。

 

そんな彼女にも、唯一の救いがあったとすれば言葉との出会いである。

唯一の未練。断罪という赦しを得られた今、少しだけ前に進めたと思っていた。

それが一度諦めざるを得なかった音楽であればなおさらで。

 

部屋のすみに片付けられた電子バイオリンを手に取る。

かつて捨てた音楽を続けることも苦ではない。

千紗都にとって最良の判決であったのは、言葉も知らないところである。

 

「まあしかし、我の腕も落ちたものよ」

 

ただそれが記憶の中にある音とは違うことを除けば。

一曲試しに弾いてみるも手が思うように動かない。

単なるブランクと言えばそこまでだが、千紗都にとってその齟齬はあまり認めたくないものだった。

 

それでも続けない訳にはいかない。

理想と現実が食い違っていることなど、彼女にとって日常茶飯事である。

そしてなにより、これが自身にとっての断罪であり赦しなのだから。

 

 

 

自らの勘を頼りにひたすら練習に励む千紗都。

いつしか日は傾き空を茜色に染め始めた頃、休憩がてらパソコンの電源を入れる。

自動で立ち上がるナイトコードには、

唯一連絡先を交換した相手、wordがインしていることが表示されていた。

 

軽く挨拶のチャットを飛ばしてから承諾を得てボイスチャットへと移行する。

 

『こうして審判者と話すのも何度目だろうな。以前の我からすれば考えられん』

『他に友達はいないんですか?

 ボイスチャットはゲームをプレイしながら交流するのに一番、だとおっしゃってましたが』

『基本的に我の口調で長く付き合うものなどいるわけなかろう』

 

態度から傲慢そのものである彼女も、多祥なりとも交流のある者達がいたのは確かである。

しかし我が強すぎる彼女を好ましく思う人間は、誰一人としていなかった。

 

『そう思えば審判者も相当な変わり者よな。こんな我を受け入れるとは』

『口調に棘があると思いますが、悪い人ではありませんからね。

 それに雲雀さんは私が音楽を続ける理由にもなっていますし』

『? それは初耳だが……まあいい、貴様にも貴様なりの考えがあるのだろう。

 我がとやかく言う必要もあるまいて』

『ありがとうございます』

 

関心がないわけではない。ただこの少女に対して踏み入るだけ無駄というもの。

千紗都自身も、フェニックスワンダーランドでの交流で理解しているつもりだった。

 

『そういえば審判者はイベントなどには出ないのか? あの時の反響であれば優勝することも容易かろう』

『そう言っていただけるのは光栄なのですが……私が納得していないので』

『ほう、奇遇だな。我も同じことを考えていた』

『もしかして……千紗都さんもですか?』

『うむ。まったく、過去の輝かしい記憶というものは厄介なことよ』

 

奇しくもこの2人は、幼い頃から音楽を習っていたという共通点がある。

言葉自身も小さい賞を重ねていたため、当時は多少注目の視線を浴びていた。

既にその腕前もかつてのそれを越えているのだが、未だ納得のいかない彼女は今も研鑽を続けている。

 

『一応、ストリートミュージシャンみたく路上で演奏はしているんですが、

 未だに納得ができなくて……』

『ほほう、なかなかに肝が座っているな。ならば奏者同士聞かせ合うのも一興か』

『雲雀さんも路上で演奏されるんですか?』

『馬鹿者、我の様な者が人前で演奏するわけがなかろう。

 貸しスタジオという便利なものがあるではないか』

『なるほど、その手がありましたね』

 

こうして2人は雑談もほどほどに、お互いの腕を確かめるべく予定を合わせるのであった。

 



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第2話「古びた音色に誘われて」

 

それから数日後の休日。

言葉と千紗都はそれぞれの楽器を手にスタジオを訪れていた。

 

「ではどちらから先に演奏しますか? 私はどちらからでも構いませんが」

「ならば我が先陣を切ろう。願い出たのは我だからな」

「よーっし、早速聞かせてもらおうじゃない? 雲雀の実力をさ」

「「……………」」

 

しかしその場に居るのは2人だけではない。

まるで居て当然の態度で、DJの機材を持った理那の姿がそこにあった。

 

「おい審判者、なぜここに友人の姿がある。我は人前で演奏する気はないと言ったはずだが」

「すみません。これには深いわけがありまして……」

 

言葉曰く、これは自らが仕込んだものではない。

いつものようにキャリーカートを引いて町中を歩いていたところ、

同じく機材を持ってどこかへ向かおうとしていた理那に見つかった。

 

理那も言葉がビビッドストリートで演奏をしていることは知っていたので、よかれと思って声をかける。

しかし目的地がビビッドストリートではないと知り、興味本位でついてきた。

当然言葉も断ったのだが、楽器を持っている以上うまく誤魔化すことなど出来なかった。

 

そして、今に至る。

 

「それより理那はどこか行くところがあったんじゃないの?」

「そこは別に気にしなくていいよ。杏のおじ様がやってる店にお邪魔しようかなって思ってただけだし」

 

あれから理那も時おりWEEKEND GARAGEを訪れ、DJとしての腕を磨いている。

こはねの様に許可と取ったわけではないが、別段断る理由も無いため受け入れられていた。

 

「というより友人も音楽を嗜んでいたとはな。しかしDJ……DJか」

「ん? なにか問題でもあった?」

「いや、クラシックばかりにかまけていた我には馴染みがなくてな」

 

クラシックの最たる例であるバイオリンを手にしている千紗都。

確かに現代音楽の象徴たるDJとは相反している。

 

「じゃあもしかしてそういう音楽は嫌い?」

「いや、馴染みがないだけで嫌いではない。頭ごなしに否定しては、良い物も生まれんからな」

「ふーん……結構いいこというじゃん」

 

理那自身もはじめて会った時はその口調と容姿に抵抗を覚えていたものの、

交流を経て悪い人間ではないと理解していた。

それになにより、あの言葉がなにもなしに付き合っているのだから、

そこに悪意はないのだろう。

己の直感と親友を信じて導き出した答えは、なによりも信じることができた。

 

「まあよい、同業者なら吝かでもないか」

 

ケーブルをアンプに繋ぎ、弓を手に取り構えた。

奏でられる音色は精錬されており、その才の高さが伺える。

いつかのカラオケと同じく圧倒的な実力を見せつける彼女に、2人は思わず息を呑んだ。

 

「こんなものか」

 

いつしか時間も忘れ聞き惚れていた2人は、終わりを告げる千紗都の声で現実に引き戻される。

 

「いやいや、こんなものかって……歌もすごかったけどこっちは普通にプロレベルじゃん」

「この程度昔取った杵柄に過ぎん。それに聞かせる相手も居らぬのでな」

 

いつかの様に遠い目をする彼女に、言葉はふと自分の想いを重ねる。

真に聞かせたい相手がいないのは、自分も同じであるがために。

 

「その相手って、両親だったり……」

「いいやそれは違うぞ審判者。我にとって両親は夢を与えてくれた存在だ。夢の終着点では決してない」

 

かぶりを振る千紗都に対し、肩を落とすと共に少しだけ安心する。

もしも予想が当たっていたのなら、相手の人生を狂わせるだけでなく夢を奪っていたことになるからだ。

あり方が違っている2人でも、共通するところは多い。

 

「さて、我の番は終わりだ。次は誰が聞かせてくれるのだ?」

「では私が」

「えっ、言葉行くの? なんだったら私が代わりに──」

「理那はいいよ、元は私と雲雀さんだけの予定だったし」

 

理那の準備が完了していたものの、言葉が先に動く。

自分で言ったこともそうだが、なによりこれは勝負ではない。

相手に求められた分、応えるのは言葉にとって当たり前のことだった。

 

流れるような旋律が響き渡る。

理那も最初の頃に聞いた時よりかなり仕上がってるな、と聞き惚れていた。

そして千紗都もまた、感心したように耳を傾けている。

 

やがて終わりを告げる音色に、小さな拍手が上がった。

 

「いやー、流石言葉だね。今日も堪能させてもらいました」

「ううん、これでもまだまだだよ。それに雲雀さんのに比べたら全然……」

「ふむ、審判者自身がそう思うのであればそうなのだろうが、我はそう思わん」

「と、いうと?」

「それは──いや、少し待て」

 

言葉の質問に答えようとしたところで、ふとスタジオの扉へと視線を向ける。

そこには何人かの少女達がこちらを覗き込んでいた。

それを快く思わなかったのか、千紗都はツカツカと歩み寄り勢いよく開け放つ。

 

「覗き見にとは感心せんな。気になるのであれば直接申し立てろ」

「あ……! えっと……ごめんなさい」

「でも、すっごく綺麗な演奏だったから気になっちゃって……」

 

長い黒髪の少女と金髪の癖っ毛を2つに結んだ少女。

何事かと対処に向かう言葉にとって、その2人は言葉の知人でもあった。

 

「星乃さんに咲希さん……どうしてここに?」

「あ、ほらほらいっちゃん、やっぱり言葉ちゃんだよ!」

「本当だ……お久しぶりです、鶴音さん」

「はい、お久しぶりです」

 

丁寧にお辞儀をする言葉に対し、やっぱり変わってないなと思う2人。

完全に置いてきぼりを食らった千紗都は不機嫌そうに口を開く。

 

「なんだ審判者、知り合いか」

「はい。文が体験入学の際にお世話になった方々なんです。

 私自身もお知り合いではあるんですが、学校が違うのであまり会う機会もなく」

「なるほど、そういうことか」

 

状況を理解した千紗都は1歩下がり優雅にお辞儀をする。

 

「先ほどの無礼を詫びよう。我は雲雀千紗都。鶴音言葉の知人、と言ったところか」

「あっ、ご丁寧にどうも……私は星乃一歌と言います」

「雲雀……?」

「どうしたの? 咲希」

「あ、ううん! どこかで聞いたことあるなーって思って……」

「……悪いが我と貴女は初対面だ。気にすることでもなかろう」

 

いつもは嬉しそうに返事を返す咲希であったが、どこか引っ掛かる反応を示す。

しかしそれを千紗都が突っぱねたことで、本人の頭も気のせいという処理を返した。

 

「天馬咲希です! ねえねえ、その髪どうしてるの? すっごく綺麗~」

「髪に関しては生まれつきだ。あまり追求はしてくれるな」

「あ、そうなんだ……ごめんなさい」

「……ふむ。純真、というやつか」

 

咲希の言葉に裏表はなく、そのままの称賛に少しばかり戸惑いを覚える千紗都。

偏見を嫌う彼女だからこそ、自身もその意見を頭ごなしに否定するわけではないようで。

 

「いや、気分を悪くさせてしまったな。我はここで失礼する」

 

謝罪の言葉と共に元いた場所へと帰っていく。

そこには当然理那が待ち構えており、何があったのか問いただしていた。

 

「あ、斑鳩さんも来てたんだ。なんていうか、すごい偶然だね」

「ええ、まあ。星乃さん達はバンドの練習ですか?」

「うん! みんなでプロになるために今日も練習中なの♪」

 

みんなでバンドをやる、という動機が今や夢を見つけ進んでいる。

自分とは大違いだと、少しばかり関心すら覚える言葉。

 

「へぇ……プロですか」

「あ、そうだ! 良かったらアタシ達の演奏、聞いていかない?」

 

そんな彼女達に声を漏らしていると、咲希の気まぐれが炸裂するのであった。



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第3話「協奏謝恩会」

言葉達のいるスタジオとはまた別室。そこでは7人の少女達が詰め寄っていた。

 

「それで咲希、どうしてこうなったの」

「だって言葉ちゃんのお友達を放っておくなんて出来ないし……」

「むう、これは悪いことをしたか……?」

「あはは、まあ無理なら無理っていうでしょ。これだけの人数いるわけだしさ」

 

ベースのチューニングをしていた志歩がジト目で3人を見渡す。

そのうち1人はずいぶん前に見かけた程度であり、それ以外は外見からしてお断りな面々。

必死に説得を続ける咲希を見て、

2人も承諾を得ていないということに気付き、気まずそうにしていた。

 

「どうする鶴音友人よ、都合が悪ければ我々は退散するが」

「まぁ元々は言葉の知り合いだしね。私も興味あるけど強制はしたくないし」

「ご、ごめんね……咲希ってばいつもこんな感じだから」

 

現実主義の千紗都はこうやって説得に掛けている時間が申し訳なく、理那も無理を通す気はさらさらなかった。

そんな2人に対して詫びをいれる一歌。巻き込まれているのが知人だけではないだけあって必死である。

 

「お願い志歩ちゃん! 言葉ちゃんだって前に聞かせてくれたからお礼がしたいの!」

「まあ、そういうことなら……」

 

随分前の事ではあるが、ここにいる4人は結成当初にそれを祝して貰った恩がある。

そこに祝いの意があったかは定かではないものの、その礼と言われれば断りづらい。

 

「でもやるならちゃんと。お客さんには変わりないしね。穂波もいい?」

「うん。あ、そっか、あの時はSTANDOUTのお客さんだったもんね」

「そういうこと。ほら、一歌も咲希もやるなら早く準備して」

「あ、ありがとうしほちゃ~ん!」

「だからくっつかない!」

 

ようやく話が纏まったようで、胸を撫で下ろす言葉。事の発端が自分にあった分気が気でなかったらしい。

一歌と咲希が準備する傍らで志歩に詫びの言葉をいれる。

 

「すみません日野森さん。無理なお願いをしてしまって」

「いえ、こっちもあの日のお礼くらいはしたかったんで」

 

あの日無理矢理連れて来られたとはいえ、言葉の演奏技術の高さは志歩も目を見張るものがあった。

そしてスタジオの外から聞こえてくる音色は2人だけでなく、自分も魅了されそうだったのも事実。

そんな彼女の眼鏡に適うかはまだわからない。

 

「どの曲にする? 私はなんでもいいけど」

「それなら折角だし、アタシ達の想いから生まれたあの曲にしようよ!」

「想いから、だと? それは我も気になるな」

「面白そうじゃん。ね、言葉」

「うん。私も気になるな。どんな曲なのか」

 

準備を終えて選曲を行う。

結成を祝われただけあり、それを記念した楽曲でお返ししようという考えのようだ。

4人が再び夜空の元に集い、紡がれた思い出深い曲でもある。

そしてその言葉に3人が反応を示し、流れで決定した。

 

「じゃあそれで。穂波、カウントお願い」

「うん。じゃあいくよ、ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

歌い上げる歌詞はかつてのすれ違い。それでも諦めずに繋ぎ止めた想い。

もう一度、かつての関係を取り戻すための歌。

 

「いい歌詞だね。なんか最後まで諦めないって感じで」

「そうだね。……そっか、これが4人の想いなんだ」

「……ふむ」

 

三者三様の反応を見せる。

特に理那と言葉は想いから生まれたウタを持っているために、それをただの歌で終わらせなかった。

演奏技術はまだ少し物足りなくとも、有り余る4人の想い。それを汲み取るために耳を傾けている。

そして千紗都もまた思うところがあるのか、目を閉じて音色を感じていた。

 

「どう、かな?」

 

あの時のライブと同じく全力を出した4人。

曲が終わっても平然としている3人に対し、一歌が答えを求める。

 

「皆さんとてもお上手でした。特に一歌さん、あの時とは比べ物にならないほど歌を物にしていましたね」

「あ、ありがとうございます……!」

 

最初に口を開いたのは言葉である。

彼女の歌声はいつの日か寧々との練習で耳にしていた為、どこかで比較していた。

その時に比べれば天と地ほどの差があったため、そこを素直に称賛する。

 

「うんうん、演奏楽しんでるし皆いい顔してた! 久々にビビっと来たね!」

「えへへ、ありがとう!」

 

理那もその演奏スタイルそのものの良さを見逃さない。自分の直感が満たされご満悦の様子。

それを素直に咲希が返し、お互いに笑顔になっていた。

 

「うむ、流石は想いから紡がれだけのことはある。問いたいこともあるが……まずは返礼といこう」

 

千紗都は何か思うところがある様で、思わせ振りなことを呟きながらも部屋を退出する。

やがて戻ってきたかと思いきや、その手には電子バイオリンがあった。

 

「あ、もしかしてさっき弾いてたの、雲雀さんだったんだ」

「そうとも。押し売りがましいが、まぁ聞いていってくれ」

 

バイオリンを手にしたからにはクラシックの楽曲が来る、とここにいる誰もが予想する。

しかし彼女が奏でるのは──

 

「この曲……ミクの曲だ」

 

この中でもっとも詳しい一歌が思わず口をこぼす。

それはまだミクが一般の人々から認知されるよりも前。黎明期に頭角を表した者による代表的な楽曲群。

初音ミクというキャラクター性を取り払った、悲しげな失恋ソング。

 

Leo/needの面々が聞き入っていると、そこにフルートの伴奏とドラムのビートが加わる。

返礼、ということなら2人も同じ。そこには自らの楽器を持ち寄った言葉と理那の姿があった。

 

「なっ、貴様ら勝手に!」

「いいじゃん別に。それにバイオリンなのにメロだけとか味気ないっしょ」

「だがなぁ……」

「──♪ ───♪」

 

独壇場と思いきや急に混じられ気分が害される。思わず反論するも、彼女の言うことには一理あった。

どれだけ達者な演奏家でも、1人では合奏の音圧には勝てない。

多重録音で補う事は出来ても、こういった生演奏や即興では不可能であった。

一方の言葉は口が塞がれている分、音色で答えている。

 

「審判者も大概だが、貴様も相当な酔狂よな」

「伊達にアンタみたいな天才と付き合ってきた訳じゃないからねー。ほらほら、間奏明けるよ」

 

2番の後の間奏も終わりに差し掛かる。

千紗都の補佐として2人は役割を果たしており、

はじめてのセッションながら長年連れ添ってきた様に感じられた。

 

それぞれの卓越した技術に一糸乱れぬ調和。

そんな3人に対し、ただ圧倒されるだけのLeo/needであった。




needle / Leo/need MUSIC:DECO*27
初めての恋が終わる時 / supercell

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君と一緒に歌いたい


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第4話「少女が見据える物」

「以上を持って返礼とさせてもらう。ご清聴感謝しよう」

 

楽曲が終わりを告げ、優雅にお辞儀する千紗都。

言葉もコンクールの時のように深々と頭を下げ、理那は嬉しそうにピースサインを送っている。

 

「はじめてにしては結構良かったんじゃない? メロ立たせ過ぎて所々弱いところあったけどさ」

「はじめてって……あれではじめてなんですか?」

「うむ。むしろここにいる3人どころか、2人ですら合わせたことはないぞ。

 まあ、鶴音とその友人は知らんが」

「理那も音楽を始めたのは最近ですから、こちらとしても初めてです」

「じゃあ、本当にぶっつけ本番ってこと!?」

 

思わず声を張り上げる咲希と、目を丸くする一歌・穂波・志歩。

彼女達の初セッションといえばセカイでの出来事。

今思い返してもひどいものであったが、そんな演奏でも4人の心に響いていた。

他でもない『皆で一緒に居たい』という想いと共に。

 

しかし、そんな想いを抜きにしても彼女達の演奏は目を見張るものがあった。

それこそ、言葉が聴かせてくれたあの時とはまるで違う。

彼女自身の演奏技術もさることながら、他の2人も同等かそれ以上の技術を持っていた。

特に千紗都の腕前は格別であり、さながらプロのよう。

 

「……そこの人、さっき何かいいかけてましたよね。良かったら話してくれませんか」

「ふむ、ならば問おう。その想いの果てに望む物はなんだ? その想いを、何に繋げる?」

 

それ故に、千紗都が演奏前に言い淀んだことが気になった。

そんな彼女に対し口を挟んだのは志歩。

自分が意見を言うだけあってか、はぐらかされるのは性に合わない。

何より音楽のこととなれば尚更だった。

 

聞かれてながらにして答えないのも失礼と感じたのか、案外あっけなく質問を飛ばす千紗都。

言い方に難があるものの、同じ音楽を続ける以上彼女でなくとも問われる事はあっただろう。

そして4人は既にその答えを見つけていた。

 

「私達はプロになるって決めたんです。ここにいる、皆と」

「プロ……か。なるほど。願いをかけるは皆同じというわけだな」

「じゃあ、千紗都ちゃん達もプロを目指してるんだ!」

 

一歌の返答に予想通り、といった反応を示す千紗都であったが、咲希の言葉にかぶりを振る。

 

「いや、我のような人間はプロになれん。今以上を望めばそれこそ罰当たりというものよ」

「それって、どういう」

「貴女達が気にすることでもない。なに、運命の女神は意地悪だというだけさ」

「……?」

 

言葉の意味がわからずに首をかしげる4人。

千紗都自身も話しすぎたと思ったのか、仄めかすだけで終わっていた。

 

「千紗都さんも案外詩的なことを言うんですね。ちょっと意外です」

「これでも鶴音らよりは先輩だ。当然だろう」

「あれそうだったの? てっきり中三とかそのくらいだと思ってた」

「おい友人、それはどういう意味だ」

「えー、変に中二臭かったり身長低かったりとか?」

 

悪い人ではないとわかっていても、その真意は知らない。

しかも千紗都はこの中にいる7人の内で最も身長が低かった。

ワナワナと拳を握りしめながら俯く彼女は、なにやらぶつぶつと唱え始めている。

 

「何かと気に食わぬやつと思っていたが……よしわかった。貴様は我が直々に叩きのめしてやろう!」

「へぇ、面白そうじゃん。でもやるってんならこっちも本気でいかせてもらうからね」

 

そんな火花を散らす2人だが思ったより理性的で、元いた部屋へと戻っていく。

流石に部外者がいるところでやりあおうとは思わなかったようだ。

 

「えっと……鶴音さんも大変ですね」

「そうでもありませんよ。でも、そうですね。昔に比べれば少し騒がしくなったかもしれません」

「あれで少しって……いや、別に鶴音さんがいいならいいんだけどさ」

 

取り残された言葉に声をかけたのは志歩。

自分も似たような境遇にあるからか、共感するところがあったのだろう。

その原因は他でもない姉と幼馴染みであるのだが。

 

「鶴音さんも、プロを目指さないんですか?」

「……そうですね。私は私自身が納得できればそれでいいので」

「じゃあ理那ちゃんは? あんなに盛り上げるのうまいし!」

「理那は……なんだろう、多分そこまでは目指してないんじゃないかな」

 

理那はともかく、言葉がプロになるという意識はなく、

ただ流れる時を音楽と共に過ごしているだけにすぎない。

それでも研鑽に終わりはなく、その技量は今も研ぎ澄まされている。

 

「じゃあ、どこまでいけば納得できるとかは……」

「さあ、それは私にもわかりません。でもそれが止める理由にはなりませんので」

 

今の言葉にとって、もはや音楽を続ける動機は存在しないのかもしれない。

永遠に叶わぬ夢の残り香なのか、かつての自分への贖罪なのか、習慣付いた生活の一部なのか。

ただ、止まることも望まない彼女にとってそれは苦ではない。

 

「では、私もこれで。プロになった際はステージにご招待頂ければ幸いです」

 

それだけ言い残して立ち去る少女の姿が、どこか虚しく写る4人であった。

 

 

///////////////////////

 

 

「「「「……………」」」」

 

スタジオに残されたLeo/needの面々に降りる沈黙。

圧倒的な実力差を思い知らされつつも、描く未来がまるで違う3人。

今もなお彼女達のいるであろうスタジオからは、鳥肌が立つような演奏が繰り広げられている。

 

「なんていうか、寂しいね。あんなに上手なのに」

「きっと、そういう人もいるんだよ。……正直、悔しいけどね」

 

『遊び』で出せる音ではないと志歩が一番理解していた。

演奏中の3人の眼差しは真剣そのものであり、ひとつとして妥協を許していない。

初めてのセッションでありながら調和を保てたのも、それが生んだ結果だと今になって理解する。

 

「でも、これから先プロになるにはあんな人達も相手にしなきゃいけない。

 対戦形式のライブだってあるわけだから」

「そっか、そうだよね……」

 

 

実力差がそのまま目の前に壁となって現れる。

プロの座を目指すのはなにも自分達だけではない。まだ見ぬ実力者達がこの世にはひしめき合っている。

 

「だからこれからは、イベント参加も視野に入れていかないとね」

「うう、そうだよねー……でも上手くできるかな……」

 

各々の技量が付いてきていても、今だバンドとしての実力はまだまだ。

プロを目指す上で避けては通れない道である。しかし不安なのは変わりない。

あの時は勢いでステージに立ったが、自分達から未知の舞台に上がるにはまだ勇気が足りなかった。

 

「……あのさ、少し提案があるんだけどいいかな?」

 

そんな中一歌が口を開く。その提案とは──?

 

 



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第5話「打ち合わせ」

 

その日、一歌の姿は神山高校の校門にあった。スマホの連絡アプリで待ち人の返信を眺めている。

そこに委員会で遅くなる、という旨を記された文章が。

 

「(もう少し後にした方が良かったかな)」

 

校門から出ていく生徒達は、ここらでは見慣れぬ宮女の制服に興味を引かれていた。

巷ではお嬢様学校として有名であり、一歌自身のルックスも高い為無理もない。

クールな容姿ながら、その心境は不安一色ではあるのだが。

 

「あれ……星乃さん?」

「え? あっ、草薙さん」

 

注目の的になっていれば自然と興味も向くもので、

普段はそそくさと自宅へ向かうはずの寧々も思わず声をかける。

 

「どうしたの、何かあった?」

「あ、ううん。今日は草薙さんに用事があったわけじゃなくて……」

「……? もしかして鶴音さん?」

「うん。ちょっとお願いしたいことがあって」

 

待ち人が現れたわけではないものの、群衆は勘違いして散っていく。

そのお陰か少しだけ一歌の心が軽くなった。

 

「ただ、委員会で遅くなるみたいで」

「そっか、司が今日委員長会議とか言ってたような……」

 

2人が同じ役職であることであることは寧々も噂で知っている。

実際の手腕は変わらないものの、対照的な2人が同じ役職なのも意外であった。

 

このまま帰ってしまうのも申し訳なく思った寧々は、そのまま一歌と雑談で時間を潰すことにする。

といっても会話が上手くない2人は、無言である時間の方が多かった。

 

「すみません、お待たせしました」

 

駆け足で息を切らせながら現れた言葉。

肩で息をしてるところを見るに相当急いでいたらしく、申し訳なくなって来る。

 

「ううん、草薙さんと話してたからそんなに気にならなかったし、大丈夫だよ」

「そうだったんですね。ありがとうございます、草薙さん。このご恩は必ず」

「べ、別にそこまでしなくていいから! それより星乃さんがお願いがあるって」

 

ただ頭を下げる言葉に対し無理矢理本題に入らせようとする。

仲のいい相手だというのに、ここまで腰の低い態度をとられては気の毒というものだった。

 

「そうでしたね。星乃さん、お願いとは?」

「えっと、もし良かったらなんだけど……私達のバンドと対戦してくれないかな、って思って」

「え……対戦、ですか?」

 

思わぬ申し出に戸惑いを隠せない言葉。

一歌が言うにはプロを目指す上での経験は欠かせない。

しかし自分達にはハードルが高いと判断した為、

その模擬練習を言葉達にお願いしたい、とのことだった。

 

ただ1つ問題があるとすれば……

 

「あの、ですが私達はユニットでもありませんし、あの時は偶々といいますか」

「無理を承知なのはわかってます。でも、どうかお願いします!」

「ですが……」

 

自分だけの問題であれば快く引き受けていたであろうが、これは当然他の面々の都合も関わってくる。

特に千紗都は訳ありのようだったので、あまり踏み込たくない。

それは自らを進ませてくれた相手への思いやりであった。

 

「……すみません一歌さん、力になりたいのは山々なのですが──」

「ちょーっと待ったー!」

 

そんな言葉の声を遮ったのは他でもない理那であった。

体操着姿のところを見るに、部活の助っ人上がりの様子。

 

「あ、斑鳩さん……」

「話は大体わかった! というわけで私はオッケーだよ」

 

今やってきたばかりだというのに、二つ返事で了承する理那。

これには流石の言葉も反論せざるを得なかった。

 

「り、理那! そんな勝手に!」

「まあまあ。こんなに必死にお願いしてるんだから引き受けない方が申し訳ないでしょ」

「そうだけど、そうじゃなくて……!」

「アイツが無理でも私達だけで受けてあげればいいじゃん。その時はその時だよ」

「あ……」

 

思ったよりもフットワークの利いた答えに目から鱗な言葉。

確かに千紗都であれば無理なことは無理と言う人間だ。

お願いされている側であるため、こちらの融通を利かせるのは何ら悪いことではない。

この辺り、ユニットを組んでいない彼女達の強みとも言える。

 

「えっと、では訂正して……正直雲雀さんが参加出来るかはわかりません。

 ですがその時は2人で受けさせて頂きます」

「鶴音さん……ありがとうございます!」

 

出来れば千紗都も参加してほしいところだが、贅沢は言えない。

この2人だけでも敵うか分からない為、相手にとって不足はなかった。

 

「でもさ、対戦形式って誰かに聞いてもらう訳でしょ? その辺りどうすんの?」

「あ、そっか……」

 

理那の問いに対して考えていなかった一歌が、思わず声を漏らした。

本来対戦形式となれば、観客の盛り上がりなどで判断される。

さらに言えば審査員すら呼んでいる場合もある為、公平な審判が出来る者が求められた。

 

「ともなれば、それなりに音楽の知識と技量がある方が好ましいですね。

 全くの素人の方にお願いするわけにもいきませんし」

「それだと……あ」

 

途中から空気と化していた寧々へ自然と視線が集まる。

この中では抜群の歌唱力を誇り、現に一歌へ歌を教えているのも彼女だ。

 

「えっ、私?」

「えっと、お願いしてもいいかな」

「まぁ、いいけど……私も2人の演奏、気になるし」

「ありがとうございます、草薙さん」

 

実際にその演奏や歌を耳にしたことのない寧々も、悪くない申し出だった。

それに何より、以前感じた違和感の正体に気付けるかもしれない。

 

「よっしこれで審査員も1人確保ー。後は予定の練り合わせ?」

「ううん、3人は欲しいかな。心当たりがあるから、その人に聞いてみる」

「おっけー。なら私も探してみるよ」

「えっと、お願いします」

 

一歌の人脈だけでは限界がある。

顔が広いであろう2人であれば大丈夫だろうと首を縦に降る一歌であった。

 

 

 

その日の夜。

言葉は早速ナイトコードでその旨を千紗都へ伝えていた。

 

『なるほど、対戦形式とは考えたな。確かに勝利も敗北も時として必要となろう』

『それで、どうでしょう。まだいつになるかはわかりませんが……』

『無論、我も参加させてもらおう。ただしやるからには全力でいかせてもらうぞ』

『あの、流石にそれは大人げないかと』

『何をいう。既に相手はこちらの技量を把握している。全力で行かねばそれこそ失礼にあたるぞ』

 

言葉の心配など気にしない様子で、意気込む彼女に少しばかり頭が痛くなる。

何はともあれ都合はついた。ともなれば後は審査員だけ。

その相手はログインしていないが、非表示の事もザラな為丁寧な文章を送信する。

あとは、よい返事を期待するだけであった。

 

 



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第6話「試行錯誤の面々」

 

それから言葉・理那・千紗都は時おりスタジオに訪れていた。

あの時はどうにかなったものの、勝負となれば話が別。

楽曲も決定し意気込む2人に手を引かれ、言葉も練習に打ち込んでいる。

 

そして今日もまた当然のように合わせていたのだが、理那が唐突に疑問を口にした。

 

「そういえば誰がボーカルやるの?」

「えっ、それは雲雀さんが」

「馬鹿者、我が出来るのはどちらか1つのみ。そんな芸達者なこと出来るわけがなかろう」

 

さも当然の様に千紗都が答えたことで新たな問題点が浮上する。

そう、この3人にはボーカルが存在しない。

前回と同じようにメロを誰かが演奏すればいいのかも知れないが、

相手はバンドでありボーカルも必ず存在する。

技量も大切だが、歌詞のあるなしでは観客への伝わり方が段違い。

そして何より対等でなくては比較対象になり得なかった。

 

「うーん私が歌ってもいいけど下手だからなー。ボーカル代理立てる?」

「そうだね。誰かお願い出来そうな人……」

 

1人でVivid BAD SQUADの面々を相手にした理那がいうのもなんだが、

あの時はアレンジという変化球だからこそ得られた評価。

今回は王道の一本勝負であるため、彼女のアレンジは使えない。

スマホの連絡先を確認しようとして制止の声をかけられる。

 

「いや、友人ではいけない。大体貴様らの友人など別の形で音楽を演じているだろう。

 我々の奏でる歌を歌うのに、そういった者は相応しくない」

「いや、そんなこと言ったって贅沢できないでしょ。素直に旨い人つれてくればいいじゃん」

「ならば我は降りるだけだ。どこの馬の骨かもわからぬ者が混じるなど、我は認めん」

 

理那の反論にも耳を貸さずその場に座り込んでしまう彼女。

といっても彼女の知り合いなど2人は分からない。

かなりの技量を持つ、彼女の眼鏡にかなう人物などいるはずもないだろう。

 

「えっと、どういう方なら認めてくれますか?」

「ふむ、そうだな……」

 

流石にこのまま堂々巡りをするわけにもいかず、観念して言葉は質問を飛ばす。

そんな言葉の態度に感心したのか、思い当たる人物を探し始める千紗都。

といっても彼女自身関わりが少ない為、自ずと導きだされるのは1人だけであった。

 

「鶴音妹はどうだ。彼女なら歌唱だけでなくパフォーマンスもこなせる」

「えっ、文ですか?」

「ああ。我はあのステージで確信した。彼女もまた貴様と同じ逸材なのだと」

 

案外答えは近くにあったらしい。

予想外の事が続く言葉は半ば呆れながらも文へと連絡を飛ばすのであった。

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

「文ちゃん久しぶりー! 元気してた?」

「はい! 今日も元気いっぱいです!」

 

いつもの元気の良さでスタジオに飛び込んできた文と、満面の笑みで受け止める理那。

その相性の良さは言葉の入院以降も健在であり、フェニランを訪れてからは更に仲良くなっていた。

 

「来たか鶴音妹よ。早速だがこの曲は知っているか」

「……? あ、これミクちゃんの曲ですよね。知ってますけど……」

「貴様の腕を見込んでこの曲の歌唱と舞踊をお願いしたい。行けるか」

「出来なくはない……ですけど……うーん」

 

歌詞を見つめる文の表情が曇る。

やがて全てを見終わった彼女のはそれを突き返した。

 

「すみませんが、お断りします!」

「なっ!? 何故だ、これを歌えば貴様の実力を相手に知らしめることができるのだぞ!?」

「それはそうですけど、一緒にやるならわたしの意見も聞いて欲しいです!」

「文……」

 

以前の全肯定と違い、しっかりと自分の意見を言うようになった彼女。

これも多くの交流から自分の本当の想いを導き出した影響だろう。

そんな見違えた彼女に対し、しみじみと声を漏らす言葉。

 

「むう、それもそうか……して、どうすればいい。そうなれば選曲から見直す羽目になるが」

「私は大丈夫だよー。確かにちょっと暗い曲連続するの好きじゃないし」

「私も大丈夫です。ただ、あまり難しくない方がいいかな。練習時間も限られてるし」

「だが、明るすぎる曲も我としてはNGだ。愛だの希望だの、陳腐な言葉には聞き飽きたのでな」

「うーん、それだと……」

 

自分のスマホで動画サイトを漁る。暗すぎず、明るすぎず。

明るい楽曲であればいくらでも見つかるが、その両方を満たすとなると難しい。

 

文が思い浮かべるのは、セカイで出会ったミクの姿。

憂いの表情を浮かべつつ、宛のない旅を続ける彼女の心境を歌ったような曲を。

 

「……──♪ ──♪」

 

そんな彼女はおもむろに歌い始める。

それはまるで頭で考えるよりも先に体が動いたような、そんな感覚。

しかしそんなことは文にとって当たり前のことであり、それを便りに1つの楽曲へとたどり着く。

 

「あった。これこれ!」

 

その楽曲は和風ということもあり、明るすぎず暗すぎない雰囲気を保っていた。

求められた100%の答えとも言える。

 

「おお、これは……なるほど、曲の早さも申し分ない」

「寂しいけど……ま、さっきの曲よりかマシでしょ。消え去るわけじゃないしさ」

「この曲いいよね。ミクの方もルカの方も好き」

「ルカさんのはキーがちょっと高いんだよね。だからミクちゃんの方で!」

 

こうして紆余曲折があったものの、無事楽曲も決定し練習に励む4人であった。

 

 

 

練習終わりに4人は最寄りのファミレスで一服していた。

夕飯前ということもあり文と理那はいつもより注文を控えている。

しかししっかり1品注文している辺りちゃっかりしていた。

 

「ところで理那、審査員候補の人って見つかったの?」

「ん、見つかったよー。雲雀の名前出したら一発だった」

「我の名前で釣れたのか? それはどういう……」

「良く分からないけど、是非聞いてみたいって言われちゃってさ。

 それから成り行きで。大丈夫言葉も知ってる人だし」

 

言葉と理那が共通で知る人物はそこそこの人数であるが、千紗都の名前で釣れたとなると検討もつかない。

 

「お姉ちゃん、審査員ってなーに?」

「そういえば文には言ってなかったね。Leo/need……星乃さん達と勝負するんだよ」

「勝負? 音楽でするの?」

「心配しなくても大丈夫! 模擬戦だから勝ち負けでどうにかなる訳じゃないよ」

「あ、ならよかった……」

 

勝負と聞いて緊張していた文は胸を撫で下ろす。

 

「どうした、勝負事は嫌いか?」

「だって負けたら悲しいでしょ。友達だったらあんまりそういうの嫌だなって」

「ふむ、そういう考えもあるが……そういう訳にもいかんだろう」

 

注文していたコーヒーに口をつけ、千紗都は余韻たっぷりに呟いた。

 

「人は誰しも勝者であり続けたい生き物。そしてその象徴たる権力・地位・栄光にすがり続ける」

「あ、それわかる。自分の代わりに誰か生け贄にしたりしてね」

「なんだ友人、貴様もその口か」

「いんや、私じゃなくて父さんがね。そんな感じなんだよ」

「そうか。……まったく、いつの時代も変わらんな」

 

含みのある言い方をする言い方をし、それ以降は口を閉じる千紗都であった。



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第7話「束ね集いて」

そしてその日はやって来た。

 

「……ほんとにここでするんですか?」

「はい。今日は貸し切りなので思う存分使わせていただきましょう」

 

呆然と呟く一歌に対して、当然といった様子で言葉が答えた。

今日は言葉の意向で小さなライブハウスを貸しきっている。

実際にライブをするわけではないので料金は据え置きだった。

 

「わー、あの時以来だねお姉ちゃん!」

「ふむ、舞台の上に立つのはいつぶりか……と言ってもライブハウスははじめてだが」

「屋内ライブはそれなりに慣れてるけど、ここははじめてだね。んじゃ、早速お手伝いしよっか」

 

どこか気分が高揚している3人はLeo/needのために動く。

当人達も楽器の配置や音出しに精を出していた。

 

「あの、それで審査員の人は……」

「ちょっと時間をずらして来ていただくようにお願いしてます。

 練習中に曲が知られるのもなんですし」

 

その辺り、聞きなれないようにという配慮である。

細部まで徹底された言葉の手腕が発揮されていた。至れり尽くせりとはこのことか。

 

「あの、なんだかごめんなさい。こっちがお願いしてるのに……」

「いえいえ。ここまで盛大にしようといったのも理那と文が盛り上がった結果なので……」

「あの2人が?」

「はい。せっかくなら本番さながらにしようと。

 流石にお客さんまで呼んでしまうと、模擬かわからなくなってしまうので遠慮しましたが……

 機材に関しては理那がサポートに入ってくれるみたいなのでご心配なく」

 

さながらプロのサポーターのごとく慣れた手つきで、配線作業を行っている理那を見つめつつ言葉は呟く。

セカイで1から10まで経験していた彼女だからこそ出来る技なのだが、それを知る者は誰もいない。

ライブハウスでバイトをしている志歩も顔負けといった様子だった。

 

「たしか、DJの斑鳩さん……でしたっけ。随分慣れてるみたいですけど、経験あるんですか?」

「経験……はそんなにかな。むしろサポートに回ってた時の方が多いよ。私に道を示してくれた人のね」

 

それは当然、ルカのことである。

かつての自分と親近感を覚えた志歩は目を丸くしながらも、納得したように口を開いた。

 

「そんな人が……納得です。この前聞かせてくれたプレイもかなり熱意の籠ってるものでした。

 あれは……誰かを目指して走ってるみたいな」

「あはは、そういう貴女だってそんな相手がいるんでしょ? お姉さん、気になるなー」

「お姉さんって……私も1年生ですけど」

 

機材の準備をしながらも2人の会話が続いている。

奇しくもこの2人、目標を誰よりも早く定めた者同士出会ったらしい。

 

「志歩ちゃんがあんなに話してるなんて始めて見た……。何かあったのかな?」

「それはわたしの恩人さんだからです! お話しするのすっごく上手なので!」

「ふふ、そっか。派手な人って思ってたけど、そうでもないのかも」

「後々、お姉ちゃんの大親友さんなんですよ!」

「えっ、そうだったんだ……」

 

文の説明を受けながら会話を続ける2人を眺める穂波。

見た目とテンションの差から少しばかり敬遠していたが、悪い人ではないことを改めて認識する。

 

「それより、ありがとう文ちゃん。こっちのお願い聞いてくれて」

「いえいえ。これで穂波さんへの恩返しも出来たので、わたし的には全然オッケーです!」

「そういえばそんなことも……前の事、覚えててくれてたんだね」

「当たり前です! わたしは人から貰ったご恩は忘れません!」

 

宮女に体験入学していた際に受けた恩は、いまだに忘れずもっていたらしい。

引き受けたのは姉であるものの、今回は文も含めたグループのためあながち間違ってはいなかった。

 

「今日はよろしくね。千紗都ちゃん!」

「ああ、よろしく頼もう。勝負を挑まれたからには全力で行かせてもらうぞ。覚悟はいいな?」

「そ、そこはお手柔らかにお願いします……?」

「ははは、何をいう。先の演奏では貴女の演奏が最も可憐であったぞ。さぞ良い師に学んだのだな」

 

一方こちらは咲希と千紗都が昔話に華を咲かせていた。

クラシックの家柄からか、前の機会では彼女の演奏する姿を注視していたようで。

 

「あ、それならお母さんのお陰かな。お母さんピアノの講師やってるから、小さい頃に教えて貰ったの」

「ほう! それは奇遇だな。我も両親からこのバイオリンを教わったのだ」

「そうだったんだ! あ、ならおんなじ講師さんだったりするの?」

「いいや、ある楽団のメンバーで世界中を飛び回っていた。……まあ、今となっては叶わぬが」

「えっ、それってどういう……」

「なに、貴女が気にするようなことでもない。さて、我らも準備に取りかからねばな」

 

またもなにかを誤魔化すように話を切り上げて準備に取りかかる。

そんな露骨な対応に、咲希は少しばかり気分が曇るのであった。

 

 

 

皆が準備に移っているなか、言葉は1人ライブハウス前で待機していた。

 

「あっ、鶴音さん。えっと、ここでよかったかな……?」

「はい。間違ってませんよ。今日はありがとうございます、草薙さん」

 

その理由は審査員である面々を出迎えるため。最初に到着したのは寧々であった。

場所は伝えているが慣れていない者がいるために、案内を買って出ている。

 

「別に……そこまで気にすることじゃないよ。それで、星乃さん達は中?」

「はい。まだ始まるまでは時間がありますが……先に入られますか?」

「うん。他の人とも挨拶しておきたいし。鶴音さんはどうするの?」

「私はまだここで少し待ち合わせです」

「そっか……じゃあ、また後で」

 

短い言葉を交わして寧々はスタジオの中へと消えていく。

続いて現れたのは、言葉のよく知る長身の青年。

 

「鶴音か。斑鳩に言われて来たんだが……ここで間違いないか?」

「そうだね。そっか、青柳君だったんだね。今日はお願いします」

「ああ。そちらの期待に添えられるかは分からないが、できる限り応えたいと思う。こちらこそよろしく頼む」

 

お互いに頭を下げ、初手の挨拶は終了する。

このまま中に入っていくかと思いきや、冬弥は話題を切り出した。

 

「それで……雲雀、という人物が来ていると聞いたが……」

「雲雀さんなら中で準備中ですよ。そういえば雲雀さんの事をご存じなんですか?」

「いや、親絡みで少し……いや、確証はないが」

「青柳君の親……?」

 

意外なな人物の登場に困惑しつつも、

千紗都の事情が込み入っているだけあって深くは追求しない。

これが言葉にとっての平常運転である。

 

その後冬弥も中へと消えていき、最後の1人を待つだけとなった。

その人物とは──

 

「あっ、鶴音さん。……今日は呼んでくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ態々ご足労頂きありがとうございます。──宵崎さん」

 

青いジャージ姿に腰まで延びた白い髪。風が薙げば飛ばされそうなまでに線の細い少女。

宵崎奏であった。



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第8話「想いの行く先」

会場前の挨拶もほどほどに言葉と奏は中へと入る。

 

「いやー、今日はありがとね青柳君」

「感謝したいのはこちらも同じだ。

 それに斑鳩も他の仲間とやるのははじめてだろう? 期待している」

「そこまで言われたら頑張らない訳にはいかないねー。あ、言葉! もう準備終わって……って宵崎さんじゃん」

 

ステージ前へと進むと、冬弥と話していた理那が歩み寄ってくる。

その過程で奏の存在にも気づいたようだ。

 

「言葉と一緒にって事は、言葉のアテって感じかな」

「……どうも」

 

例の一件から時間は経ったと言えど、奏からすれば少しばかり苦手な人物。

メンバーまでは聞き及んでいなかったため、無意識で口を閉じてしまう。

そんな彼女に対して理那は。

 

「ああ、そんなに固くならなくていいよ。私としても謝りたかったし」

「謝る……? 私に?」

「うん。あの時は……私も焦ってたからさ」

 

奏とファミレスで話した時の理那は、過去と現在の差異に呑まれ迷っていた。

そのせいで彼女の救うという根底を指摘した。

今だその答えが見つからない奏にとって、

そこまで見つめる彼女はまさに先人であり、越えられない壁のように思える。

そんな彼女が、頭を下げた。

 

「だからごめん。キツいこと言っちゃって」

「……そんなことない。あの子を救うなら、そういう事も考えなきゃいけないから。だから、ありがとう」

 

対する奏も衝撃こそ大きかったが、いつかは受け止めなければいけない事実として認識していた。

そして、その先が見えなくとも歩みを止める理由にはならない。

 

「そっか。……ならあの子のこと、後はまかせたよ」

「うん。斑鳩さんも頑張って。今日の演奏、期待してる」

「よし。じゃあ言葉、後はそっちの準備だけだからステージ上がってー」

「うん。宵崎さん、また後で」

 

ここで理那につれられステージへ。

入れ替わるように穂波が話しかけるのを見送りつつ、音響チェックへと移る言葉であった。

 

 

 

バンド同士や審査員の挨拶も終わり、まずはLeo/needの演奏が始まる。

審査員は会場の真ん中でその勇姿を見つめていた。

 

彼女達が選んだのは馴染みのある曲ではなく、プロになると決意した時の曲。

見据えた未来は1つだけという信念を込めて紡がれた、終わりにして始まりを告げるウタ。

 

「「「「ありがとうございました!」」」」

 

やがて演奏も終わりを告げ、4人が頭を下げる。審査員達も柔らかい拍手を送っていた。

 

「うん。歌声に気持ちが籠ってて……正直、今までで一番良かったよ」

「演奏は……そうだな。特にベースが安定していたな。

 それに咲希さんの演奏も少し遊びがあって心地よかった」

「それにドラムもしっかりしてた。歌詞も歌声も演奏もうまく纏まってて、予想以上にハイレベルだった」

「おお~! なかなかの高評価じゃない? ねえ志歩ちゃん!」

「まあ、なかなか良かったと思うよ。それにしても、審査員の人もしっかりしてるな……」

 

寧々が歌声を、冬弥が演奏を、奏が全体を評価する中で、喜びの笑みを浮かべるLeo/need。

この中で唯一3人に馴染みのあまりない志歩でさえ、評価がしっかりしていることに驚いていた。

 

「じゃあ、次は鶴音さん達の番だね」

 

舞台奥へ片付けを進め、同時に言葉・理那。千紗都が準備に取りかかる。

そんな中、冬弥はずっと千紗都の方を見つめていた。

 

「では……文、もういいよ」

「はーい!」

 

後方に控える言葉が篠笛を手に妹の名を呼ぶと、元気のいい返事と共に少女が舞台に躍り出る。

白地に赤い紅葉がちりばめられたデザインの浴衣。

帯も赤色で、その手には扇子が握られていた。

 

「では、お願いします!」

 

文の合図と共に演奏が始まる。そして誘われるようにゆったりとした舞いを披露する文。

紡がれる言の葉は淡い恋心を唄う。

口に出さずとも傍にいるだけでいいのだという想いを込めて。

奇しくもそれは、先ほどLeo/needが紡いだ歌詞とは真逆のものだった。

 

たっぷりと余韻を残しつつ、舞いと演奏は終わりを告げる。

そこに送られる拍手はなく、見た者全てがただ息を呑んでいた。

 

「──ありがとうございました」

 

曲の雰囲気をそのままに、ゆったりとお辞儀をする文によってようやく現実に引き戻される。

これで、お互いの演奏が終わった。

 

「さて、審査員諸君。判定と行こうではないか。

 Leo/needが良いと思うならば右の手を、我々が良いと思うのならば左の手を挙げてほしい」

 

感想を待たずして千紗都が前に躍り出て判定を促す。

人数は奇数、意見が割れることはない。促したのも相談の余地を与えないためだった。

 

熟考の末、各々の手が上がる。

 

 

────全員が、右手を上げていた。

 

「やっ、たああああ! 勝ったよいっちゃん! ほなちゃん! しほちゃん!」

「え、嘘……本当に?」

 

そんな判定を見て咲希が感嘆の声をあげる。

息を呑むほどの圧倒的な技量を見せつけた4人。しかし評価はLeo/needの勝利を意味していた。

 

「……待ってください。どうして、私達なんですか」

 

そんな中、志歩だけが反対の意を唱える。勝利は事実ながら、納得がいかないように。

それを聞いて、真っ先に口を開いたのは冬弥であった。

 

「確かに鶴音達の演奏は圧倒的だった。……ただ、それだけだった」

「音楽に馴染みのない人とか、そういう人は鶴音さん達を選ぶかも知れない。それでも、たぶん違いがあるなら」

「Leo/needの皆には、想いが籠ってた。こうありたいっていう、想いが伝わってきた」

 

奏と寧々が言葉をつなぐ。それが2つの音色を分けた決定的な差。

 

こうして、Leo/needと言葉達による勝負は幕を閉じた。

 

 

 

「いやー、完敗だったねー」

「うーん、いい線いってると思ったんですど、やっぱりプロを目指す先輩達は違いますね!」

「そうだね。まあ、これは仕方ないかな」

「勝負は勝負だからな。終われば別になんということもない。さて、我は先に失礼するぞ」

 

片付けをしつつ言葉を交わす4人。

敗北を期したというのに、皆は逆に清々した表情を浮かべていた。

 

「すまない、ちょっといいか」

 

そんな中、立ち去ろうとした千紗都の前に立ちはだかったのは冬弥。

この中で唯一、彼女に入り用の人物であった。

 

「おお、久しいな。どうした、我に入り用か?」

「差し支えなければ教えてほしい。君の祖父は雲雀源治郎、という名前ではないか?」

「……………」

 

その名前を聞くや否や、千紗都は目元に影を落とした。

 

「……ああ、そうだが」

「なら、君は──」

「すまない、我はここで失礼する」

 

傍を通り抜け、千紗都はその場を後にする。

不意にそれを目にした言葉は、思わず冬弥に駆け寄った。

 

「青柳君。雲雀さんと何かあった?」

「いや、なんでもない……こちらの話だ」

 

そんな言葉をかわし、冬弥も会場を後にする。

言葉の中には、そんな2人に対する疑念がいつまでも残り続けるのであった。

 




「1」 / Leo need MUSIC:164
紅一葉 / 黒うさP


どうも、ご無沙汰しておりますkasyopaです。
実質的なシャッフルイベントになるのかな……?
今回のお話は基本的に「匂わせ」となります。
あまりにも千紗都に関する情報を出してなかったな、と思いつつ筆を取らせていただきました。

そしてまた、一週間ほどお休みを頂きます。
次の章まで今暫くお待ちください。
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第3部中章「生者の特権、死者の冷遇」
第1話「何度目かの出会い」


 

Leo/needとの対戦を終えて暫く経ったある日、言葉の姿は意外な所にあった。

周囲の機械から鳴り響く騒音にも似た効果音と音楽。色彩鮮やかな照明。

普段は静かな場所を好む彼女が1人で訪れることのない場所、ゲームセンター。

 

「たしかここでやってる一番くじ……だよね」

 

バーチャル・シンガーの一番くじ。

その発売初日にいけない事が発覚した妹の代役として、その場を訪れていた。

文から送られてきた文面をスマホで確認しつつ、店内をさ迷う。

 

やがてカウンターにたどり着き購入。

結果は芳しくなかったものの目的は達成できた為、その場から離脱を図った。

 

「ぎゃーーーー!」

 

そんな店内に聞きなれた絶叫が木霊する。

神山高校にいればほぼ確実に聞くであろう、絶叫が。

何事もないだろうがここはあくまで公共の場。

もしもの可能性を感じ言葉は声のした方へと歩を進めた。

 

様々なゲームが並ぶ中、ギャラリーの中央で金髪の青年が筐体に突っ伏している。

格闘ゲームの類いであるその画面には、大きく表示されるLOSEの文字があった。

 

「何故だ、何故勝てない……」

 

魂の抜けたような声で唸る司が、そこにいた。

 

「ハッハッハ! 弱い、弱すぎるぞ! 我を倒せる者はおらんのか!」

 

声をかけるよりも先に、対面から聞こえてきた1人の少女の声。

それもまた、言葉にとっては聞いたことのある声で。

回り込んでみればそこに千紗都の姿があった。

 

「あの、雲雀さん。何をされているのですか?」

「ぬおっ!? 審判……いや、鶴音ではないか! こんなところで会うとは奇遇だな」

「そうですね。こういったところにはあんまり来ないので」

「ならば冥土の土産として見ていくがいい。我の華麗なる武勇伝の誕生をな」

 

ギャラリーよりも近くに寄り画面を眺める。それはいわゆる格闘ゲームというものであった。

ゲームに疎い彼女でも、長い歴史を持つジャンルのひとつとして認識している。

 

新たにラウンドが開始され、千紗都はガードを固める司のキャラを切り崩しにかかった。

投げから繋がるコンボ、下段と中段の使い分け、めくりも活用しあれよあれよという間に体力を削っていき……

 

「ぐわああああーー!!」

 

決着が着くと同時に響く司の声。

よく見れば他のラウンドもすべて千紗都が獲得し、完全勝利を決めていた。

 

「ふむ、暴れが刺さってパーフェクト……とまでは行かなかったがまあよい。

 さあ、誰か我を倒せる者はおらんのか!」

「とはいってもよ、これで10人抜きだぜ」

「ああ、ここにいるやつじゃ勝てっこねえよ……」

 

ギャラリーの陰口が言葉の耳に入る。どうやら彼女はここらでも相当強いらしい。

現にギャラリーである年上の青年達も怖じ気づいていた。

 

一方で、それにしても、と言葉は千紗都の様子を眺める。

あの演奏を終えて冬弥と会話していた時、明らかに様子がおかしかった。

普段は他人の事に首を突っ込まないものの、

これまで彼女と関わりを持ち気がかりな点がだんだんと増えている。

そしてなにより、自分の音楽に新たな意味を与えてくれた人物だ。

その恩返しとして、何か力になれたらと願っている。

しかし、今の彼女にそんな隙など存在しなかった。

 

「なんか妙に騒がしいと思ったら……司、何やってるの」

「おお、寧々じゃないか! 丁度いい所に来てくれた!」

「別に、いつもなら帰る予定だったけど……この騒ぎ、何?」

「実は先ほどからこの台を占拠している者がいると聞いてな。

 このオレが成敗してやろうと思ったのだが……」

 

所変わって司の方にはその騒ぎを見かけた寧々がやってきていた。

その声はゲーム機の騒音に掻き消され、言葉達の元へは届かない。

その姿もお互い筐体で隠れており確認することはできなかった。

 

どうやら千紗都の連勝記録の裏にはそういった理由が含まれていたらしい。

とは言っても格闘ゲームはそういう対戦で稼ぐシステムなのだから、仕方ないとも言える。

 

「ふーん……そんなに強いんだ。なら少し試してみよっかな」

 

これまでの過程を説明された寧々は席に座り、硬貨を投入した。

 

 

 

「ぐああああああ!!!」

 

それから暫くして、店内に千紗都の叫びが上がる。

画面には大きくLOSEの文字が表示され、ラウンドのひとつもとれていなかった。

その上相手の体力ゲージは1ミリも削られていない。

 

「動きが先程とは全然違いましたね。まるで人が変わったような……」

「ええい、もう一回だ!」

 

懲りずに挑戦する千紗都であったが、結果は何回やっても同じ。

先程の10人抜きも嘘かと思えるまでに手玉に取られていた。

 

「(先程の動きから雲雀さんもうまい部類のはず。一体どんな方が……)」

 

言葉の評価も間違いではない。ただ対面にいる相手の格が更に上というだけ。

千紗都の元を離れ、相手の様子を確認しようと顔を覗かせる。

 

「おお、言葉ではないか。お前も寧々の勇姿を拝みに来たのか?」

「え、草薙さん?」

 

そこでようやく、対戦相手が寧々に刷り変わっていることに気づく。

眼光鋭く画面を見つめる彼女は、まるで別人の様に思えた。

 

「ごめん鶴音さん、少し待ってて。先にこいつを叩きのめすから」

 

挨拶ができない事を詫びながらも、その手つきは衰えない。

華麗なコントローラー捌きによって、千紗都のキャラを打ち負かした。

 

「流石は寧々。オレの手も足も出ない相手を難なく打ち負かすとは」

「別に、アンタが下手なだけでしょ」

「なにー! 人が珍しく誉めてやってるというのになんだその反応は!」

 

2人のやり取りを見て、神高祭での事を思い出す言葉。

随分と長い時間が過ぎた気もするが、2人の関係は相変わらずらしい。

そんな光景を眺めていると、反論する司を無視して寧々が話しかけてきた。

 

「とりあえず、こんにちは鶴音さん。こんなところで会うなんて珍しいね」

「そうですね。普段は来ないのですが、今日は妹のお使いに。草薙さんはよくいらっしゃられるんですか?」

「たまに、ね。新作の格ゲーとか出たときはとりあえず触るようにしてるかな」

 

言葉を交わせば、先程の気配はどこへやら。

そんな気迫の緩急に内心驚きながらも、会話を続ける。

 

「なるほど、それでこんなにお上手なんですね」

「まあね。家でも基本的にゲームしてるから……」

「おい鶴音! 一体何をしている、早く我の応援でも……っと、

 ワンダーステージのショーキャストではないか」

「あ、この前鶴音さん達と一緒にいた……」

 

すると、言葉がいないことに気付いた千紗都が乗り出してくる。

しかし彼女の知人であり、自らも知る人物の為かあっけなく身を引いた。

 

「とりあえず、ここから移動しましょう。他にプレイされたいお客さんもいらっしゃいますでしょうし」

「そうだね、それで、司はこれからどうするの?」

「ようやくこっちを向いたか……まあオレも特に予定はないぞ」

「ふむ、ならば共に昼食といこう。交流を深めるにはうまい飯と相場が決まっている」

 

こうして4人は手頃な店を探し、ゲームセンターを後にするのであった。

 



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第2話「訳ありな人柄」

 

休日のお昼時ではあるものの、なんとか空いているカフェを見付け入る4人。

 

「いらっしゃいませー……!?」

 

流れ作業で挨拶する店員が思わず千紗都を凝視する。

千紗都の服と装飾品はいつも通り。やたら目を引くのはここでもかわりなかった。

 

「あの、4人ですが大丈夫ですか?」

「ああ、はい! 4名様ですね。テーブル席までご案内します」

 

通路を通る過程でも、その容姿は客の目を引き食事の手を止めるものも居る始末。

しかし千紗都本人が気にする様子はまるで無い。

 

注文を済ませお互いに向き合うと、司が口を開いた。

 

「しかし前から気になっていたが……何故そのような格好をしているんだ?」

「ああこれか。我の体は日光に弱くてな。こうでもしないと焼かれてしまうのだ」

 

その言葉を聞いて、容姿から彼女の患っているものを割り出す司と寧々。

それでも、その服装から彼女が他の客から向けられていた奇異な視線が気になっていた。

 

「それなら、日焼け止めクリームは? 最近のは全然焼けないし……」

「はは、その辺りは無論常用しているとも。2重3重の策を講じるのは当然だからな」

 

ここまで言われてしまえば反論の余地はない。

何より本人が気にしていないことを、事情の知らぬ他人がとやかく言う事もなかった。

 

「さて、そちらの質問は終わりか。ならばこちらの質問にも答えてもらいたいが……よろしいか?」

「お、おお……それは構わないのだが……」

「えっと、答えられる範囲でお願いしたい、な……」

 

何気ない疑問でしか無かったが、彼女はさも重大そうに構え、その勢いのまま質問を飛ばす。

その口調も相まって思わず2人は身動いでしまった。

 

「なに、そんなに大したことは聞かぬとも。貴殿らの想いについて聞きたいだけなのだ」

「オレ達の……想い?」

「ああ。貴殿らの本懐といってもいい。

 何せあれだけ素晴らしいショーを築き上げているのだ。並大抵の感情で出来る代物ではあるまい」

「えっ、私達のショー見てたの? 気づかなかった……」

「それは仕方あるまい。他の観客を驚かせぬようこっそりな。

 ハロウィンショーやクリスマスショーといったものから、

 魔法学園の文化祭を模したものなども見せてもらったぞ」

 

期待に満ちた眼差しで2人を見る千紗都。

 

彼女はこれでも司達のショーを何度も見てきている。

それこそ自らのとっておきの場所に選ぶほどだ。よほど気に入っているのだろう。

それ故にショーの変化を知るのは容易く、その想いについても興味が沸いたのだろう。

 

『だが与えられるだけではいけない。それは本当の想いとは呼べない。

 我々が生きているのは現実という名の世界だ。

 理想に頼りきっていては、真に生きているとは呼べん』

 

一方で言葉は、かつて千紗都が口にした言葉を思い出していた。

恐らくこの質問はその確認。自分が抱いた想いなのか、他人から与えられた理想なのか、と。

 

「ふっふっふ、ならば聞かせてやろう。このオレ、天馬司の本当の想いを!」

「ちょっと、周りに他のお客さんも居るから程々にしてよね」

「何をいう! オレ達のファンの期待に答えなくては、スターとしての名が廃る!」

 

しかしそんな不安もどこ吹く風。司は千紗都のお膳立てに気を良くしたのか声が段々を大きくなる。

見かねた寧々が内心焦りながらも抑えにかかるが、意味をなさない。

 

「オレの本当の想い。それは『スターになって皆を笑顔にする』だ!」

 

その答えに一瞬目を丸くした千紗都だが、すぐにもとの表情へと戻る。

次に目を向けたのは、寧々の方だった。

 

「そうか。では、貴女は?」

「私は……私も、皆と一緒にショーがしたい。皆を笑顔に出来る、そんなショーが」

「……そうか」

 

それを聞き終え、千紗都は静かに目を閉じる。

 

「どうやら我は貴殿らを勘違いしていたらしい。全く、目先だけで判断するとは、らしくない」

「「……?」」

 

そこで4人の注文していた料理が届き、会話はお開きとなるのであった。

 

 

 

その後千紗都と言葉は2人と別れ、人通りのない道を歩いていた。

 

「今日は付き合わせて悪かったな。思いの外注目も浴びてしまっただろう」

「いえ、天馬先輩は常にあのような方ですし。まあ、多少疲れはしますけど彼の本懐が聞けてよかったです」

「そうであろう。動機を知ればもっと面白くなる。観客として演者の想いは汲み取らねばな」

「そう、ですね」

 

演者の想い。それが無かったが為に自分達はLeo/needに敗北を喫した。

勝敗自体は模擬ということもあり彼女らにとって重要ではないが、

言葉としては彼女がどのような想いで音楽と向き合っているか気になっていた。

 

「雲雀さんは……自分の本当の想いをご存じなんですか?」

 

それは当然のように質問していた。

他愛ない疑問。しかしセカイを、バーチャル・シンガーを知る言葉にとっては大きな意味がある。

 

「どうした藪から棒に」

「ああいえ、雲雀さんが最近他の方々に質問されているので少し気になって」

 

目を丸めながらも質問で返す千紗都。

理由は他でもない、最近の態度や行動から導き出された疑問でもあった。

 

『ふむ、ならば問おう。その想いの果てに望む物はなんだ? その想いを、何に繋げる?』

 

『なに、そんなに大したことは聞かぬとも。貴殿らの想いについて聞きたいだけなのだ』

 

彼女は他者に『想い』に対して人一倍敏感であった。

そしてどのようなものであっても、彼女は受け入れている。

それはまるで自分なりの答えを見つける為に、駆け回っていた言葉のようで。

 

疑問の視線で千紗都を見つめていると、普段と違って重々しく口を開いた。

 

「ああ、知っていたとも。だがそれはもう叶わない。

 どれだけ懇願しようとも、その想いに手が届くことはない」

「それは、一体どういう……」

 

そこまで話したところで駅に到着し、改札前で立ち止まる千紗都。

目的地だぞ、と視線を送ってくるも言葉は納得できない。

このまま彼女にうやむやにされるのはごめんだった。

 

「雲雀さんからは話してくれないのですか?」

「それに関しては我より詳しい者がいる。その者から事情を聞くことだな」

 

背を押され、改札を通る言葉。背を向け手を振る千紗都。

威勢のいい彼女が、その時ばかりは小さく見えたのだった。

 



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第3話「隠匿された過去」

 

翌日の神山高校。その昼休み。

言葉は理那に昼食の誘いを断りながら、ある人物を尋ねていた。

 

「すみません、青柳冬弥君はいらっしゃいますか?」

 

訪れたのは1-B。適当な生徒に声をかけ本人を呼び出してもらう。

ほどなくして驚いた様子の冬弥が顔を出した。

 

「どうした。鶴音が呼ぶなんて珍しい」

「ごめんね青柳君。聞きたいことがあるんだけど、今から大丈夫かな?」

「今日か……」

 

ふと視線を外し廊下の奥へと目を向ける。

その前には昼食に誘おうとしたのか、遠くの方で見守る彰人の姿があった。

彼も言葉がここに訪れる前、理那に断りをいれていたのを目にしていたため、事情があるのだと承知している。

 

行ってこいよ、といった態度で笑みを浮かべる彼を見届けて、視線を戻す冬弥。

 

「ああ、問題はない。込み入った話なら場所を移すか?」

「うん。ちょっと空き教室を借りてるからそこでいいかな」

 

2人が教室を後にした時、その関係についてざわついたのはまた別の話。

 

 

 

空き教室で昼食を広げながら言葉と冬弥が向き合っている。

 

「それで、聞きたいことというのは?」

「うん。雲雀さんのことでちょっと」

 

先日の千紗都が最後に残した言葉。自分より詳しい人間がいる、ということ。

思い返せばそのような人物は1人しかいない。

 

審査員として誘った際は千紗都を目的として来ていたり、

演奏を終えてから声をかけていたのも彼だった。

ライブハウス前で出迎えた時に、彼が口にした言葉が気になっている。

 

「青柳君、たしか親繋がりで知ってるんだよね。もし良かったら教えてくれないかな」

「その事なら本人に聞けばいいんじゃないか? 2人は仲が悪いわけでもないんだろう」

「それはそう、なんだけど」

 

言葉が聞いた話をそのまま伝えると、考えるそぶりを見せる冬弥。

どうやらおいそれと話せることではないらしい。

 

「いや、本人から許可を貰っているのなら俺が気に病むことではないんだが……しかし」

「そんなに話し辛いことなの?」

「いや、俺も父さんから聞いた話だからな。どこまで話して良いかわからない」

 

それはその情報の信憑性に関わるのか、それとも彼と父の信頼に関わるのかはわからない。

しかしそれで引く言葉ではなかった。

 

「それでも教えて欲しいの。青柳君が唯一の手がかりだから」

「……わかった、話そう」

 

諦めた、というわけでもなく真摯に向き合って口を開く。

心のなかで胸を撫で下ろしながら彼の告げる事実と向き合った。

 

「まず確認だが、鶴音は彼女についてどこまで知っている?」

「確か、ご両親が楽団に入ってて、だったかな。ただ、3年前の事故が原因で……」

「そうか。なら、雲雀という家柄については?」

「ううん、その辺りは全然」

 

一番伝えづらいことを既に知っていたからか、冬弥の肩の荷も降りる。

言葉自身もその事故の被害者については伏せていた。

そしてネットやマスメディアに疎い言葉だからこそ、家柄などについては全くの無知である。

あまり追求しない性格もそれを助長していた。

 

「なら、まずはその辺りだな。雲雀家は音楽の……特にクラシックにおける名家だ」

「そんなにすごい家柄なの?」

「ああ。皆素晴らしい奏者や作曲家として活躍している。

 特に彼女の祖父、雲雀源十郎さんはその業界ではその名を知らぬ者はいない。今は業界の重鎮をされている」

「そうだったんだ」

「……本当に知らないのか?」

「私、あんまりそういうことには興味がないから」

 

言葉自身が追求を好まずありのままを受け止めるためか、

相手が告白しない限り事情を聞くことはなかった。

しかしその恩恵を受けている者がおり、冬弥もその1人である。

 

「でも、そのお爺さんと彼女になんの関係が?」

 

真面目な彼が前置きとはいえ態々話すほどだ。

重要な情報なのだろうと記憶しているが、彼が彼女に拘った理由としては薄い気がする言葉。

 

「それについてだが……彼女は、3年前の事故で亡くなったことになっている」

「えっ……」

 

衝撃の事実に思わず耳を疑う。

その反応を見て、やはり、といった表情を浮かべる冬弥。

 

「で、でも雲雀さんは現に生きてる。それに学校にだって」

「だが少なくとも俺はそう父さんから聞いている。

 俺の父さんも作曲家だからな。そういう話が回ってくることもあるんだ」

 

同じ業界、それも有名であれば人との関係はより重要になってくる。

それはまた、息子である冬弥にとっても同じであった。

苦い顔を浮かべる彼。それは自分の父に向けられたものであったが、言葉が知るよしもない。

 

「でも、なんでそんなことに……?」

「それは俺にもわからない。その辺りは本人に聞くしかないだろう」

「そう、だね……ありがとう、青柳君」

「ああ。……何かあったらまた相談してほしい。少なくとも、鶴音だけが抱える問題じゃない」

「……うん。でも、これは私の問題だから」

 

こうして2人は昼食を摂るために別れる。

しかし疑問が解決たものの、言葉の心の靄は晴れぬままであった。

 

 

 

放課後になり、特にこれといった事もなく帰路に付く言葉。

ふと校門前で注目を集める人物が立っていた。

 

「おお、ようやくお出ましか。待ちわびたぞ」

「雲雀さん……どうして」

 

黒い日傘を差した千紗都が言葉に声をかける。

こんなことが前にもあったな、などと思いつつこの前のような失態を晒さぬよう、街へと歩きだした。

 

「連絡を入れて頂ければ急ぎましたのに」

「多少のサプライズが無くては面白味もないだろう」

「確かに意外性は面白さに繋がりますが……今日は何用でいらっしゃったんですか?」

「何、審判者のことだ。我のことについて聞き及んでいると思ったまでよ」

 

その発言を受け思わず立ち止まる。

入院していた時といい、彼女には敵わないと思ったのだろう。

 

「では、私にどうしてほしいと?」

「どうもしないさ。むしろ、時が来たというべきか。今こそ話そう。我が身に飛来した事の顛末をな」

 

振り返り不敵に笑う千紗都。

そんな彼女を追うように言葉もまた歩を進めるのであった。



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第4話「賽の河原」

いつの日か訪れた和食の店へと訪れた2人は個室に入り、注文を済ませて向き合う。

出された茶をすするも、千紗都の閉じられた眼が開かれる事はない。

 

「さて、我についてはどこまで聞き及んでいる?」

「雲雀家が音楽の名家であることと、貴女のお祖父さんについて。そして……」

 

そこまでいって躊躇う。

3年前の事故と冬弥は言っていたが、一般的にはそう処理されているだけで、

千紗都が語ったことが真実であると理解していた。

己が無知なことが今更恨まれる、そんなやるせなさに言葉は戸惑っている。

 

「どうした、貴様の口から語らねば始まるまい。それとも、我の口から言わせるつもりか?」

「! それは……」

 

余りにも酷なことだと理解している。

彼女のためを思うなら自分で事実を告げるのが最も適切。

相手の覚悟に付け入る形になるものの、言葉は進むことを選んだ。

 

「貴女が、既に死んでいる、と」

「……………」

 

その言葉を聞き届け、笑顔をこぼす千紗都。

まるでそれを待っていたと言わんばかりの態度で、湯飲みを置いた。

 

「審判者よ、よくぞ逃げず我へと踏み入った。その勇気を称え、我の真実を今説こうではないか」

「ありがとうございます」

 

以前の言葉ではここまで誰かに踏み入ることはなかった。

これもある意味で恩返しという動機に過ぎないが、随分変わったように思える。

 

「雲雀家の歴史は常に音楽と共にある。

 あるものは演奏家として、あるものは作曲家として代々名を残してきた。

 そしてその中でも最も秀でていたのが我が祖父、源十郎というだけだ」

 

彼女は自分の祖父がどれだけ音楽に関わって来たのかを語る。

作曲者や指揮者として数々の名誉を欲しいままにし、今は協会の重鎮……といってもほぼトップに君臨していた。

自分の血を引く千紗都の父も有名な楽団に属し、その名に恥じぬ活躍を見せる。

そして後に生まれた千紗都もクラシックにおいて秀でた才を持ち、

祖父からの英才教育を施されていた。

一度は投げ出そうかとも考えたものの、ある時見たショーを境に自らもそれを望むようになる。

 

その矢先に起こったのが、あの事故。

高名な家柄故、世間体からのバッシングは想像を絶するものであった。

言葉の下した判断も、裏で金が動いていたり、権力で押し黙らせたのでは、と憶測が飛び交う。

 

その結果両親の自殺、という結末に至るのだが──それを事故による一家の全滅という形で処理された。

それは紛れもなく、祖父の圧力によるもの。

自らの名と栄光にこれ以上泥を塗らないため、自殺による現実逃避という目を欺くため、

事故の被害者として、世間体からの風当たりを弱める。

発生当初は罰が下されたと騒ぐ者もいるが、『死』という終着点にいつまでも執着するものはいない。

 

「全く、祖父の身勝手さにもほとほと呆れさせる。

 雲雀の名に恥じぬ人物であれと育てられながら、今度は名を広めることすら許さぬと来た」

 

現実離れした事実ほど、信憑性が薄れるのが人の性。

名前を変えずとも、古くからの友人でない限りその存在に気付くことはない。

そういった判断の元に千紗都はこの地にやって来たのだという。

 

「……………」

 

言葉は何も口にすることはなかった。

ここであらゆる言葉を漏らしても、彼女を励ますことはできないのだと。

同情など彼女は望んではいない。そういう人間だと理解していたからだ。

 

「さて、ここまでで何か質問はないか?」

「あ、では……何故それなら私の裁きを喜んだんですか?

 その物言いだと音楽は忌避するもののように聞こえますが」

「ああ、その事か。それは──」

 

そこまで話したところで、店員が注文した品を持ってきた。

会話は一時中断され食事へと移る2人。

しかし言葉は答えを待っている為か上手く喉を通らなかった。

千紗都が半分ほど食べ終えたところで手を止める。

 

「どうした、口に合わなかったか?」

「ああいえ、大丈夫です。ただ箸が進まないといいますか」

「ふむ……審判者相手に引き伸ばすのも酷であったか」

 

露骨な変化に彼女も思わず手を止め、再び語る姿勢を整える。

 

「それが『両親のような演奏家になりたい』という、我の本当の想い──否、夢に繋がっていたからに他ならん」

 

彼女が告げたのは、彼女自身が抱く想い。

これまでかわされ続けていた為に、理解することが叶わなかった真意。

それに差異はあるものの、どこか言葉の抱いた願いと似ている。

しかし、彼女はこうとも口にしていた。

 

『ああ、知っていたとも。だがそれはもう叶わない。

 どれだけ懇願しようとも、その想いに手が届くことはない』

 

と。

 

「それならおかしいです。雲雀さんはその想いが叶わぬとも仰っていました。

 それでは私の裁きは貴女にとって辛いものなのでは」

「当然だ。断罪とは罰とはそういうものだろう?

 我は言ったはずだぞ。幾多の罰の中で音楽(それ)を選び取るとは、とな」

「ですが、ですがそれはあまりにも……」

「おっと、勘違いしてくれるなよ? 我は死者であり罪人だ。

 そんな者は夢を見る資格すらないのだからな」

 

それから2人の間に会話が交わされることなく。

言葉はあの時のように完全に手が止まってしまうのであった。

 

 



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第5話「自分の望み」

 

言葉は家に着くと叔父と叔母への挨拶もほどほどに、自室のベッドに倒れこむ。

自分を突き動かしてくれた人物に対する答えが、ただ苦しめていたという事実。

恩を仇で返すような仕打ちに、自らがうちひしがれている。

 

「こんなこと、前にもあったな……」

 

いつかの事故や入院時のやり取りを思い出しつつも、言葉は天を仰ぐ。

天井に備えられた照明の光で目が眩み、逃げるようにスマホへと視線を移した。

連絡用のSNSにはこれまでの経緯で増えた連絡先が表示されている。

その中でも最も付き合いの長い友人の物を眺めていた。

 

『私は言葉の友達なんだ。友達を助けるのに理由もなにもないよ』

 

いつか自分を守ろうとしてくれた言葉を思い出す。

こうなってはいつかのように彼女に勘づかれるだろう。

なら、勘づかれる前に自分から話してしまえば……と、そんな考えが頭を過った。

 

「今起きてる? っと……」

 

メッセージを送信してふと思い直す。この話を他人にしていいものかと。

いくら友人とはいえ彼女は無関係であり、

なにより千紗都の過去をおいそれと伝えるわけにはいかない。

しかしメッセージには既読がついており、時既に遅しといったところだった。

 

【どしたの言葉、連絡なんて珍しいじゃん】

【あ、ううん。何でもないよ】

【いや、何でもないってことはないでしょ】

 

これ以上突っ込まれては分が悪い。

言葉が人を動かす天才だとしたら、彼女は人を見通す天才だ。

それは友人である言葉相手でも容赦はしない。むしろ友人だからこそ容赦をしない。

真実をひた隠し、自壊するのを見てきた彼女だからこそ行う荒療治であった。

 

対抗策としてだんまりを続け、SNSも閉じて安泰を得る。

パソコンを起動して時間でも潰そうかと体を起こすと、通知音が立て続けに鳴り続けていた。

流石にうるさいのでログを確認すると、スタンプ爆撃の嵐。

確認と同時に既読が付くも、スタンプ連打は止まらない。

 

【怒るよ?】

【ごめん】

 

これも日頃の馴れ合いだとお互いに理解しているが、きっちり止める理那も律儀であった。

そんな彼女に心が少し軽くなった言葉は、思いきって通話を繋げることにする。

 

『お、珍しいじゃん言葉が通話なんて』

『最近はそうでもないよ。雲雀さんとか宵崎さんとはよく通話してるし』

『へー。ま、それはそれとして、何かあったの?』

『うん、実はね──』

 

こうして言葉は悩みの種を理那に打ち明けた。他でもない、友人として。

 

 

 

『そっか』

 

全てを話し終えた言葉を労ったのは、たった一言。

かなりあっさりとした答えに肩透かしを食らいつつも、次の言葉を待った。

彼女のことならこの後に来るのは大体──

 

『それで、言葉はそいつにどうしたいって思ってるの?』

 

質問だった。予想に対して当たらずも遠からずといった所。

奏がまふゆに対して追求した時のように、覚悟について問いかけていた。

 

『私はあの人を救えない。私にはそんな力なんて残ってないから。……でも』

『でも?』

『私は、あの人の助けになりたい。私があの人の人生に踏み入った時点で、もう無関係とはいえない。

 せめてこの時だけでも、一緒に居てあげられたらって思う』

 

静観するだけの時は終わり、誰かのために人生を使うと決めた少女は止まらない。

それが恩返しの域を越えていることに気付いてた。

 

『なるほどね。それが言葉の見つけた答えなんだ』

 

言葉の答えに対し、感慨深いように答える理那。

それはまるで長年面倒を見てきた親のような反応であった。

 

『どう、かな。理那はどう思う?』

『いや、私がどう思うかなんて関係ないでしょ。

 言葉がその答えで進むか諦めるかのどっちかなんだからさ』

『それは……そうだけど』

 

反応の薄い理那に戸惑い答えを求める言葉であったが、いつかの日のようにバッサリ切り捨てられる。

言うは易し行うは難し、と言うように言葉だけでは覚悟は伝えられない。

しかし自分で言うように、今の言葉には誰かを救う力など残っていなかった。

それは誰よりも自分がわかっている。

 

『私だけじゃ、きっとそれすら叶わない。だから……だから……』

 

『理那。私の友人として、力を貸してほしいの』

 

胸の奥底から引きずり出した言葉。心なしか息が上がっている。

慣れない事はするものじゃない、と思いながらも自分が放った発言を思い出していた。

 

『友人、ね。それを出されちゃ断るわけにはいかないかな』

『怒らないの?』

 

我ながら随分とズルい事を言っている。

相手が友人という言葉に弱いことを知りながら利用した。

そんなことは理那にとってお見通しだろう。しかしこの少女はその先を見通していた。

 

『いや、怒るわけないでしょ。むしろこっちの方こそ大きな借りがあるからね』

『でもそれは一回やり直したし、なかったことにすれば……』

 

理那の言う借りとは恐らくこれまでの偽りの日々のことだろう。

言葉にとってはそれに恩を感じているので、ここもまた奇妙な関係といえた。

 

『無かったことにしても無理無理。なにより人を助けるのに理由なんていらないでしょ』

『理那……』

『おっと感謝はまだ早いよー。それより先にどうやってあいつを元気付けるかが先!』

『そうだね。じゃあ、どうしよっか……』

 

こうして2人はああでもないこうでもない、と悩みながらも夜を更かせる。

といっても彼女に対する情報が少なすぎるので、いい案が思い浮ぶことはない。

 

『……また、フェニックスワンダーランドにでもいってみる?』

『そうだねー。あいつもとっておきの場所だって言ってたし』

『なら、それで』

 

こうして2人が行き着いた答えは、ひどくありきたりなもの。

それでもできる限りの事をしようとプランを練るのであった。



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第6話「いつかのあの場所へ」

 

「というわけでやって来ましたフェニックスワンダーランド!」

「わーい!!」

 

ワルツのようなゆったりとした音楽を背景に、理那がテンションを上げる。

文が喜びの声と共に園内を見回していた。

 

「付き合って欲しい場所があると聞いて馳せ参じたはいいが……フェニランではないか」

「ええ、まぁ……この前案内してくださったお礼といいますか」

 

言葉を濁しつつ、その後に続くのは千紗都と言葉。

 

あれから様々なプランを練ってみたものの、

やはり好きな場所を自然と回るのが一番という結論に至った。

それでもワンダーステージの公演時間には合わせようとしていた。

 

「あ、フェニーくんだ! フェニーくん、飛んで飛んでー!」

 

フェニランのマスコットに千紗都から聞いた合図を送っている文。

彼女がなぜここにいるのかと言えば、ただのカモフラージュである。

それを彼女自身が知るはずもないが、純真無垢だからこそ出来ることもあった。

 

「雲雀さん、どこか行きたいアトラクションはありますか?」

「ふむ、といっても鶴音らとは最近巡ったばかり……一番の心残りと言えばやはりワンダーステージか」

「では公演時間を調べに行きましょうか。

「文ちゃーん、えむちゃん達のとこにいくよー!」

「あ、はーい!!」

 

理那の的確な呼び掛けにより風のような早さで戻ってくる文。

こうして意気揚々とワンダーステージへ向かう4人であったが……

 

「なにこれ」

 

ワンダーステージ前にある公演予定時刻の看板には、

【本日スペシャルショーにつき休演!!】という手書きの張り紙が貼ってあった。

 

「スペシャルショー……でもそれなら尚更ワンダーステージでやると思うんだけど」

「いや、フェニランにはここ以外にも様々なステージが用意されている。

 ここは言わば氷山の一角。ここより設備の整ったショーステージも存在するからな。

 もしかすればそこで行うのかもしれん」

 

一瞬悩んでみせたものの、千紗都は再びどこかへ向かって歩き出す。

当然その行き先を3人が知るわけもない。

 

「ちょちょ!? どこ行くのさ」

「何、特別公演をするならとっておきの場所があるからな。そこを当たってみる」

「ま、待ってくださいよー!」

 

案内する予定が、この4人の中で最もフェニランに詳しいのは千紗都である。

結局は彼女のペースに振り回されるまま、3人は園内を回ることになった。

 

そしてやってきたのは一段と豪華な建物。

豪邸を思わせる作りのショーステージ。その名をフェニックスステージという。

 

「すごいですね……これもショーステージですか」

「ああ。ワンダーランズ×ショウタイムが活動を開始するまでは、

 フェニランのショーはフェニックスステージだと相場が決まるほどだからな。

 今はショーコンテストで凌ぎを削っていると聞いたが……」

 

こちらの入り口にも【特別公演の為休演】と電光掲示板で文字が流れていた。

 

千紗都がスマホを取り出し何かを調べている。

開かれているのはフェニランのホームページであった。

 

「やはり今日だったか、ショーコンテストの最終日は」

「ショーコンテストってなーに?」

「ああ、それはだな……」

 

千紗都の説明を受ける文をよそに、理那が言葉に耳打ちをする。

 

「ねえどうする言葉、他のショーステージも回ってみる?」

「そう、だね。適材適所っていうのもあるし、どこか1つでもやってたら見られるしね」

 

もはや手段が目的となってしまっているが、ここまで来ては後に引き下がれないのも事実。

それに今日はショーコンテストなる物の最終日。

その内容を2人は知らないものの、

どこでも力の入ったショーがみられるだろうと踏んで園内を巡ることにした。

 

 

 

とはいえ園内各所に散らばるショーステージ。その数は10を越えており配置もバラバラ。

全てを回り終えた4人は適当なカフェで一服しながらも、疲労が顔に出ていた。

 

「うにゅ~……疲れた……」

「いやー、まさか全部のステージがお休みなんてねー……」

「雲雀さん、今日はコンテストの最終日なんですよね。こんなことってあるんですか?」

「いや、ありえん。SNSの告知にも今日が最終日だと告げている。

 ランキング形式故、どこのステージも妥協は許さんはずだが……」

 

常連客である千紗都も頭を悩ませる。全ての公演が中止になるほどの特別公演。

予想だにしなかった事態に運悪く巻き込まれ、言葉は肩を落としていた。

 

「今日は雲雀さんに楽しんでもらおうと思ったのですが……すみません」

「楽しんでもらう……? なんだ貴様、あの時の我の言葉を気にしていたのか」

「はい。同情はするな、とのことでしたがやはり私にはそんなことはできないと思ったので」

 

こうなっては後の祭り。今回の目的を正直に白状する。もちろん、理那に全てを話したことも。

文は終始なんのことやら解らず首をかしげており、その反応から千紗都はある程度を理解した。

 

「なるほどな。何かあると思っていたが友人まで噛んでいたとは……変わったな、鶴音よ」

「何が、ですか?」

「以前の貴様は全ての罪を自分だけで背負おうとした。しかし今は違う。良き友人を得たな」

 

ほぼ正解のような返答に言葉はかぶりを振る。

そしてその目でしかと千紗都をとらえた。

 

「いえ、私が前に進めたのは雲雀さんのお陰でもあります。

 貴女が私を突き動かしてくれなければ、今の私はいなかった。

 そんな想いもありましたが、何より私は貴女に──」

 

そこまで言いかけた言葉の声を掻き消すように、スピーカーから盛大なBGMが鳴り響く。

それはまるで物語の始まりを告げるファンファーレ。

 

『ハロ~~~~エブリワ~~~~ン!

 皆さま、本日は当フェニックスワンダーランドにお越しいただき、誠にありがとうございます!!』

「これ、天馬先輩の声じゃん」

「ホントだ! あの時えむちゃんとワイワイやってた人!」

 

聞きなれた声に2人の少女が反応する。

言われてみれば学校で何度も聞いた先輩の声だと、言葉も認識した。

 

『そんな皆さまのため我々からのサプライズとして、本日限りの、スペシャルショーを上演いたします!

 それでは──当パークすべてをステージとした、スペシャルショーの開幕です!!

 皆さま、ネオフェニックス城前にお集まりください!』

「なるほど、園内すべてをステージとしたスペシャルショー。全ショーステージが休演だったのも頷ける」

 

千紗都が納得し一人で頷いていると、文が席を立ち華麗なステップと共に3人の前に躍り出る。

 

「ねえお姉ちゃん、斑鳩さん、雲雀さん、いこうよー!」

「あ、ちょっと待って。先にお会計しないと……」

 

そんなこんなで1人の少女に連れられ、3人は新たな目的地を目指すのであった。



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第7話「笑顔の魔法と天蓋の星」

 

4人がネオフェニックス城前の広場に到着する頃には日が傾き始め、空が茜色に染まっていた。

自分達の他の来場者達で溢れており、各々が思い思いの言葉を呟いている。

その声からは困惑・期待・高揚といった感情が聞き取れた。

 

「確かに広いところだけど、ショーをするには設備が足りなくない?」

「そうだね。特別何か仕掛けがあるわけでもないし」

 

理那と言葉が辺りに目を向けても、それらしい設備は見当たらない。

これでは普段のような演出は望めないだろう。

そんな中、人混みの中から1体のロボットが現れた。

 

『ショーをご覧にナルカタデスね?』

「あ、えむちゃん達とショーやってるロボットさんだ!」

『ショーを御覧にナルカタは、ゼヒコチラのブレスレットをツケテクダサイ』

「ん? あ、神代センパイの子じゃん。ありがとねー」

 

ネネロボからブレスレットを受け取る文と理那。しかし……

 

「いや、我はいい」

「私もご遠慮しておきますね」

 

言葉と千紗都は丁寧に断る。

それに対して特にいうこともなく、ネネロボは他の客の元へと去っていった。

 

「言葉はともかくなんで千紗都は断ったのさ?」

「なにも必ず必要というわけではあるまい。

 それに我はあくまで観客としてショーを楽しみたいのだ」

「ああ、そういう」

 

言葉は元より静観する側だが、常連でありながらそれを断った理由が理那には解せなかった。

しかし言葉が意味する事を理解し、多くを問わない。

 

「しかし先程の放送といい、先程のロボットといい、先輩方がこの件に深く関わっていそうですね」

「またクリスマスショーみたいな事が起きるのかな? 楽しみ!」

 

状況から冷静に分析する言葉と、一度のショーですっかり魅了され期待に目を輝かせる文。

ほどなくして開演を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「さて、貴殿らの想い、しかと見させてもらうぞ」

 

誰にも聞こえない声で呟く千紗都は、しかと眼前を見つめるのであった。

 

 

 

ショーの内容としては以下の通り。

偉大なる魔法使い『マイルス』が弟子である『シャオ』と共に、

焼け野原となった地で魔法を使い笑顔を取り戻していくという物語。

 

話だけではありきたりとも思える王道ストーリー。

しかし『マイルス』が魔法を使う度、アトラクションがライトアップされたり動き出したりと、

園内全ての施設がショーと連動していた。

 

「わわ、すごいすごい! 今度はメリーゴーランドが動き出したよ!」

「今度はパークトレインも来たよー。線路もきれいにライトアップされてる」

「なるほど、『パーク全てをステージ』というだけはありますね」

 

各々が思い思いの言葉をこぼした。

それでもショーは続いていき、様々なアトラクションに命が吹き込まれてく。

そして最後には、ネオフェニックス城がライトアップされ花火も打ち上がった。

 

「発想として無くはない。だが、実現させるには関係者の協力が不可欠。

 なるほど、ここまでだったとは」

 

そんな光景をどこか遠い目で眺める千紗都。

その声は一歩引いたところでショーを見ていた言葉にだけ届いた。

 

「雲雀さんは、よく皆さんに本当の想いについて問われていましたね」

「我は本当の想いを見つけても、掴むことは叶わなかった。

 だが、本当の想いの強さを知っている。それを忘れて夢を掴める訳もない」

 

失ったからこそ、その大切さを知っている。

皮肉にも彼女の行動は、そういう想いの元に成り立っていた。

 

「しかし叶わぬと自ら口にしながら、このような場所に赴いている。

 過去に夢を貰ったこの場所ならあるいは、と心では願っているのかもしれない」

「雲雀さん……」

「そこは未練がましいと笑うところだぞ。……さて、ショーはまだ続いている。終わりを見届けるぞ」

 

祖父(他人)の想いを千紗都(自分)の想いにしたこの場所で、

少女はいつもの様にショーを見つめる。

その真意を引き出したのは、紛れもなくこのショーのお陰。

そんな輝かしい光景が目に焼き付いていた。

 

ショーもまもなく終盤。えむが語りの部分を演じている。

『マイルス』は床に臥せってしまい、『シャオ』が看病するも具合は悪くなる一方。

日はすっかりと落ち込んでしまい、それはまるで『シャオ』の心境を表しているようだった。

 

『誰かが笑えば周りもつられて笑顔になり、

 そして自然と、前を向いて生きようとするエネルギーがわいてくるのだ。

 それはまるで、魔法のようにな』

 

自分の想いを『シャオ』に引き継ぐように『マイルス』が言葉を連ねていく。

 

「笑顔……か」

「あっ、雲雀さん」

 

その言葉を聞いて、千紗都はおもむろにその場から離れていく。

その後ろを言葉が追い、それに気づいた2人も後に続いた。

 

「どうかなされましたか? もしかして具合でも」

「いや、我は大丈夫だ。気にせずショーを楽しむがいい」

「いえ、私もここにいます。目を離せばどこかにいってしまう気もするので」

「本当に、審判者には敵わんな」

 

広場の隅にあるベンチに腰掛け、さらに遠くの方から眺める千紗都。

スピーカーからも遠いこの場所では、役を演じるえむや司の声もぼんやりとしか聞こえない。

 

『だからな。長いあいだたくさんの笑顔に囲まれたシャオは、

 もう立派に魔法を使えるようになっているはずだ。

 いや、お前だけじゃない。みんな魔法使いなんだ。この場所にいる、みんなが──』

 

言葉が隣に腰を掛けた時、パーク内の照明が落ちる。

ショーを見ていた観客達も戸惑いの声をあげていた。

 

「全く、粋な演出だよ。死を暗示させるための暗闇とはな」

「……………」

 

しかしショーはまだ終わっていない。

ここからが本当の見せ場だと言わんばかりに、千紗都は舞台を見つめた。

暗闇の中でただ1人『シャオ(えむ)』が観客に呼び掛けている。

 

『あたしひとりじゃ、まだお師匠みたいに魔法を使えないかもしれなくて……。

 だから、みんなの力を貸してほしいの!! 笑顔の──魔法の力を!!』

 

その呼び掛けに答えるように、観客一人ひとりが手を掲げ光が灯る。

それはまるで、それぞれが持つ魔法の力のようだった。

 

「まさかとは思いましたが、雲雀さんもこれを見越して?」

「ああ。パーク全てをステージとするなら、来場者も巻き込むだろうさ」

 

そんな光景をただの観客として眺める2人。

その腕に光は灯っていない。それでもショーは続いていく。

 

『お師匠、あたし、やります! みんなの笑顔の力を借りて──

 みんなが笑顔になれるように! えいっ!』

 

掛け声と共にパーク中が光に包まれ、星となって全てを照らした。

 

「天の光は全て星。星の光は命の煌めき。これぞまさしく笑顔の魔法よな」

 

そんな中で、少女はそっと目を伏せるのであった。



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第8話「一番星に背を向けて」

「おーい言葉ー! なにしてんのさー!」

「お姉ちゃーん! 雲雀さーん!」

 

幻想的な光景が空に広がるなか、人混みを掻き分けて現れたのは理那と文。

ベンチに腰かける2人を見つけ勢いよく駆けつけてきた。

 

「どうした2人とも。こんな素晴らしいショーは二度と見られんぞ?」

「いや確かにそうだけど、2人ともなにも言わずにどっか行っちゃうんだからさ」

「よかったー……スマホ使っても返事なかったし……」

「ごめんね。ちょっと話し込んでたから」

 

2人を挟むように言葉側へ文が、千紗都側に理那が座る。

すると理那は空に浮かぶ景色に向けてスマホをかざした。

 

「うん。やっぱりここからだと、お客さんの雰囲気とか空とか全部撮れていい感じ」

「なんだ貴様、写真ならもっと近くでとればいいだろうに」

「あんな人に囲まれてたらゆっくり撮れないって。あ、そうだ」

 

もう一度空に向けてスマホを掲げる彼女は、画面をこちらに向ける。

 

「はーい撮るよー。はい、チーズ!」

「ちょ、貴様!」

「チーズ!」

「あっ……」

 

千紗都が制止するよりも早くシャッターが切られ、写真には4人の姿が納められていた。

 

「はい、というわけではじめての集合写真でーす。欲しい人は連絡先ください」

「あ、じゃあわたしと交換しましょう!」

「いいよいいよー。文ちゃんなら大歓迎だ。あんたはどうする?」

「い、いらん! むしろ消せ! 肖像権で訴えるぞ!」

「そういうのは遥とかの有名人に使うんですー。あ、言葉には後で送っておくね」

「うん、ありがとう」

 

他の来場者から離れたところで、のんびりとショーを眺める4人。

もうフィナーレだろうとふと司達の方へ目を向けると、驚きの光景が飛び込んできた。

 

「ねえあれって……!」

「ちょ、マジで……!?」

「あれは……」

「バーチャル・シンガーか……!」

 

夜空を背景に写し出されたのは、6人のバーチャル・シンガー。

それぞれがサーカスを思わせる衣装に身を包み、意気揚々と会場を盛り上げている。

 

「皆すっごく楽しそうだね! ワンダショの人達も、ミクちゃん達も!」

「そうだね。そっか、あんな風にも笑えるんだ」

「はは、なにこれ。こんなの最高以外の何物でもないじゃん」

「……なあ、お前達」

「「「?」」」

「お前達は──あの輪の中に入りたいとは思わないのか?」

 

3人が各々の感想を述べるなかで、千紗都は問いかける。

その視線は真剣そうで、どこか憂いに満ちていた。

 

「光に満ちたセカイはさぞ楽しいだろう。行くなら今のうちだ。ショーが終わる、その前に」

「「「……………」」」

 

まるで自分は別物と言わんばかりに送り出そうとする彼女。

しかし誰一人としてその場から動く者はいなかった。

 

「どうした。夢の時間が終わってしまうぞ?」

「いや、まあそうだけどさ。私は夢の中でどうこうっていうのは好みじゃないからさ」

「は……?」

 

そんな中で真っ先に口を開いたのは理那であった。

思わず言葉を失う千紗都に対し、矢継ぎ早に投げ掛ける。

 

「素敵な物だ、って言える夢なんてただの一般論だよ。そういうのは大抵本人の意思は関係ないからね。

 そんな夢を他人に押し付けて不幸にするくらいなら、私自身が傍にいて一緒に生きるよ」

「それは茨の道だぞ。それに、裏切られる可能性もある」

「そんなことわかってるよ。でも私は私の信じた物の為に生きるって決めたんだ」

 

そう言い残して理那は口を閉じ、再び写真撮影へと戻った。

表情こそ笑顔だが、これ以上千紗都が何を言っても動くことはないだろう。

 

「鶴音妹よ。貴様はどうなのだ。あんな希望に満ちた場所へ行ってみたいと思わないか?」

「うーん……行ってみたい、とは思う……」

「なら」

「──でも、今はその時じゃないかなって」

 

この中で一番幼い文であれば説き伏せられると思ったのだろう。

しかし、彼女も頑なに動かなかった。

 

「わたし、大好きな友達に誘われたんです。歌と元気と希望をもっとたくさんの人に届けられる場所に。

 でもその時気がついたの。わたしがずっと大好きで居られたのは、守ってくれてた人がいたからだって」

「貴様……まさかそこまで」

「うん。だから最初に大好きだって伝えなきゃいけないのはその人で。

 わたしばっかりじゃなくて、その人にも大好きな事をして欲しいから。

 今はいいの。今は大好きな人の傍で大好きだって伝えたいから」

「……まったく、姉も姉なら妹も妹か」

 

アテが外れ、やれやれ、と首を振る千紗都。最後に視線を向けたのは言葉であった。

 

「さて、聞くまでもないが……審判者よ、何故貴様もあちらに行かない?」

「それは当然、あの人達の想いと私の想いが違うからです。それになにより、あの明星の光は眩しすぎます」

「はは、だろうな。あそこまで輝いていては目も焼かれよう」

 

そう言って司達の方へ視線を向けると、今まさに来場客へ向けて感謝を送っているところであった。

それをもってショーは終わりを告げ、来場客はライトアップされたアトラクションへ我先にと足を運んでいく。

 

「つまるところ、夢と想いは違うものということだな」

 

席を立ち千紗都は3人の前に躍り出る。

ライトアップされたアトラクションを背に、お嬢様の如く優雅なお辞儀をした。

 

「3人とも、感謝する。これで我も我なりの想いを見つけられそうだ」

「それはよかったです」

「えへへ、どういたしまして」

「ま、頑張りなよ。あんたは強いんだからさ」

 

こうして少女は再び前に進むことを決めた。

それはいつか見た夢とは違うものの、幸せなものに変わり無いのだと。

 

「ああ、それとひとつ。我のことは千紗都と呼んでくれ。我が盟友達よ」

「盟友って……前から思ってたけど、千紗都ってなんでそんな口調なのさ」

「なに、些細な話よ。遠い昔、病弱な妹を笑顔にさせようと意気込む少年と出会ってな。

 辛そうにしていては他者に漬け込まれる故、我もそれを真似てみたのだ」

 

積年の疑問のように理那が訪ねると、思いの外すんなりと答えてくれる。

これも盟友と認めてくれたお陰かもしれない。

 

「千紗都さんにもそんな方がいらっしゃったんですね。その方々は今どこに?」

「さてな。出会ったのも我が両親が全国を飛び回っていた頃の話だ。

 だが、今もどこかで誰かを笑顔にしているに違いない」

 

清々しい笑顔を浮かべつつ、少女は一番星(スター)に背を向ける。

こうして少女達は自分達の帰るべき場所を目指すのであった。

 




ご無沙汰しております、kasyopaです。
今回の時系列としては言わずもがなですが「ワンダーマジカルショウタイム!」になります。
ショーを終える頃には皆笑顔に戻っているので司的にも問題ないということでひとつ。

千紗都は芯がかなり強いので、問題提示と解決はかなりさっぱりしてます。
どういった答えを見出だしたかはまた次回の章で。

さて……長くなりましたが、物語に終わりは付き物。
次の章で「荒野の少女と1つセカイ」は終わりになります(エピローグは別計算)。
そして今回も1週間ほど……予定としては8/8に更新再開を目処にがんばります。

それでは次回、第3部終章「Around the World」
お楽しみに。


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第3部終章「Around the World」
第1話「鉄の時を駆る者」


 

理那が本当の想いを見つけてからは、セカイを訪れる頻度は減ったかのように思われた。

 

「ねえルカー。目的地まだー?」

「まだよ。あの地平線が見えないの?」

 

助手席に座る理那がくたびれた様子でルカに話しかける。

しかしハンドルを握る彼女はただ目の前に広がる現実を突きつけるだけ。

 

そう、あれからというもの理那は時おりセカイを訪れていた。

といってもスタートは道の上ではなく助手席から。

その辺りは過去からの脱却という心境の変化もあるだろうが、

なによりセカイの住人であるルカが終始トラックを走らせているのだ。

置いてきぼりをくらっては元も子もない。

 

どこまでも広がる枯れ草とそこに出来た1本の道。

次の目的地など見えるはずなく悠久の大地を行く。

あまり整備されていない道とはいえ、

重量級のタイヤで無理矢理踏み固めながら進む様はさながら嵐のようだった。

 

「ここって時間止まってたりしない? ずっと景色変わんないしさ」

 

空は常に雲でおおわれ、色彩も失われているからか時間の概念が狂っていた。

昼と夜は明暗によって区別がつくものの、それ以外不明というのは居心地が悪く思える。

 

「セカイの風景に時間は関係ないわ。変化があるとすれば持ち主の心の変化に伴うものだけ。

 あの時の朝日も、あなたが本当の想いを見つけたからこそ起こりえたもの。

 まあ、それがセカイ全体に影響を及ぼすか、といえばそうでもないのだけれど」

 

なんとも思わせ振りなことを呟く彼女であったが、その真意はつかめない。

しばらくするとトラックを止め運転席を降りた。

 

「どうしたの? なにか見つけた?」

「別になにもないわよ。ただちょっと疲れただけ、あなたと違ってずっと走らせているわけだから」

 

体を伸ばし夜風……かもわからぬ風を浴びる彼女。

モノクロのセカイに桃色の髪が揺れ、どこか幻想的にも思える。

そんな彼女に見とれながらも、理那は助手席を下りて隣に立った。

 

「なるほどね。じゃあ今度から退屈しないようになにか持ってくるよ」

「ありがとう。じゃあインスタントコーヒーと水と新しいマキネッタでも頼もうかしら」

 

笑みを浮かべつつ理那の方へと手を差し出すルカ。

その姿は幻想的なものから一変、非常に現金なものであった。

 

「いやいやいや! いくらなんでも多すぎでしょ!

 それにバーチャル・シンガーって食べ物必要なくない?」

「あら、セカイにやってきた貴女にコーヒーを振る舞ったのはどこの誰だったかしら?

 それにコーヒーそのものも生きるのに絶対必要なものって訳でもないでしょう?」

「いやそりゃそうだけどさ、たまには嗜好品くらいないと人生つまんないじゃん」

「そういうことよ。ここはなにもないのだから、楽しみの1つや2つ、あってもいいわよね?」

 

ああ言えばこう言う。

といっても実際問題村から得られた報酬はなにもなく、

この先新しい村や街が見つかったとしても補充できるとは限らない。

 

さらに理那の影響もあって嗜好品は減る一方。

今まで提供してくれていたのものも含めれば相当な量だった。

セカイとはそういう場所、と考えていたがそこまで甘くはないらしい。

 

「ん? ちょっと待って。じゃあ元々あったコーヒーとか機材とかってどこで調達したの?」

「最初に出た街で調達したのよ。最初はDJ機材なんてなかったけれど、それは貴女の影響ね」

「じゃあやっぱりあれ私のだったじゃん!!」

「でもそのお陰で機材を1から覚える必要もなかったでしょう?」

 

思いっきり反論する理那だったが、ルカからすればどこ吹く風。

むしろ良く捉えられるように導いている。

 

「ぐぬぬ……はいはい、参りましたー! 私の負けでーす!

 今度来るときは水とインスタントコーヒーとアキネッタ……ってなに?」

「調べればわかるわ。さ、一服でもしましょうか」

 

そういってトラックの積み荷から、いつものキャンプセットを取り出して組み立てる。

使い古された鉄製のポットを見て、それがアキネッタと気付くのはまだ少し後のこと。

 

コーヒーが出来るのを待つ間、理那はふと茂みの中でなにかを見つけた。

 

「あれ、なにか光ってる……」

 

注視しなければ気づけないほどの小さな光。

そんな淡い欠片に彼女は躊躇なく手を伸ばす。

 

「! 理那、待っ──」

 

制止するルカの声が届くよりも早く、その手が触れる。

その瞬間、ある景色が流れ込んできた。

 

 

 

中世のような街並み。

 

その街並みはヨーロッパを彷彿とさせるものではあったが、

高い塔などは鐘がつるされた一つきりであり、

3~4階建てと思われる集合住宅の様な建物がのきを連ねていた。

 

日の光が指さない薄闇の世界に、桃髪の淑女が1人で立っていた。

 

『ああ、このセカイの主は去ってしまったのね。

 あの子ももうここには居ないようだし……私が来るのは少し遅すぎたみたい』

 

たっぷりの憂いを込めたその言葉が耳に届いた時、まるで夢から覚めるように視界が元に戻るのであった。

 

 

 

目の前には目覚めた理那に安堵するルカの姿があった。

 

「え? さっきの、なに?」

「知らない方がいいわ。それよりコーヒー、できてるわよ」

 

目覚めの一杯と言わんばかりにカップを差し出される、

淹れられたコーヒーはWEEKEND GARAGEで飲み慣れたものよりずっと味も香りも悪い。

それでもやはり、理那にとってルカと飲むこの一杯こそ至高の一杯であった。

 

「ルカはさ、寂しくないの? こんなセカイに1人ぼっちでさ」

 

本当の想いを見つけてから、理那は1人の辛さを誰よりもわかっているつもりだった。

だからこそルカをできる限り1人にしないために、セカイを訪れていると言っても過言ではない。

そしてなによりも、先ほど見た光景がその想いを強くした。

 

「別に寂しくはないわ。貴女と歌ったウタがあるし、それに──」

 

コップを置いてどこまでも続く道の先を見つめる。

そこには相変わらず地平線が見えるだけだった。

 

「──このセカイで私1人だなんて、誰が言ったのかしら?」

 

いつかのように含んだ言い方をする彼女。

本当の想いを見つけるために導くはずの存在が、こうも想いを掻き乱す。

どうしてかそれが理那という少女の競争心を煽り、導いてきた。

それをどこかでわかっていたからこそ、理那はこれ以上聞かない。

 

「へえ、じゃあ会えるといいね。他の誰かに」

 

静かな笑みを浮かべつつコーヒーをあおる。

二人の旅路は、まだ終わらない。



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第2話「輝ける想い出」

セカイを訪れた文は、いつものようにミクの馬車を待つ。

最初は退屈だったこの時間も、今となっては楽しみでしかない。

変わらぬ憧れとまた出会えるという保障は、セカイに訪れる度に強化されていった。

 

しかし暇なのは変わり無いためその辺りをうろつく。

もしかすれば花が咲いていたりするかもしれない。

そんな想いの中文が見つけたのは、小さな光。

 

「なんだろあれ、宝石かな!?」

 

ミクへの贈り物としてはぴったりだとその光に手を伸ばし、触れる。

 

するとどうしたことか、文は別の場所に居た。

雑貨屋を思わせる店内で、窓際のカフェスペースに腰を掛けている。

机の上にはとびきり豪華な意匠が施されたカップが2つ。

中には紅茶が注がれており、湯気を立てていた。

 

『どうしたの?』

「(あっ、ごめんね──)」

『ああ、すまない』

 

聞きなれた声と見慣れた姿の緑髪の少女が隣に座っている。

謝ろうとして、頭で考えたものとは別の言葉が口から出た。

声も自分のものではない。

 

『へんな『───』。それよりもっと聞かせて欲しいな。貴女の世界にあるぼくの歌を』

 

いいよ、と答えるよりも前に意識が遠退く。その少女の顔は、間違いなく笑顔だった。

 

 

 

「──♪ ───♪ ──♪」

 

鈍色の空の下、どこまでも続く道のりを馬車に揺られながら2人の少女が果てしない道をいく。

馬を駆るミクの隣では文がミクの歌を歌っていた。

 

「文ちゃん、その曲はなんの曲なの?」

「ん? これはね、この前のミクちゃんのライブのテーマソングだよー」

 

大好きだと伝えた後も、それを別れの言葉とせず文はセカイを訪れている。

今はふたりぼっちな彼女達ではあるが、

その歌詞が今の状況とマッチし、なんとも言えない絶妙な雰囲気を作り上げていた。

 

「文ちゃんにしては珍しいね。その……明るいだけの曲じゃないっていうのは」

「前までは明るくて元気な曲ばっかり聞いてたよ。

 でもやっぱりミクちゃんは16才の女の子だし、辛いこともあると思うし。

 そう思ったらこういう感じの曲もとっても素敵だなって思えて」

 

こうしてこのセカイでミクと出会い、理想と違うと知った後でも自分なりに受け止め前に進んでいる。

そして何よりも、先ほどみた景色がその想いを強くさせた。

その結果導いた文の答えがこれだった。

 

「そっか、文ちゃんは今のぼくがそんな風に見えるんだね」

「あっ、そういう意味で言ったわけじゃなくて……」

「ううん大丈夫。あんまり間違ってないから。やっぱり文ちゃんは鋭いな」

 

ふと笑うミクだったが感傷的には見えない。むしろ感心しているようだ。

 

「……あ、そうだ。ねえミクちゃん、わたしがこっちに来てない時は何してるの?」

「えっ? そうだね……文ちゃんがいないときは馬車に乗ってたり、休憩したり、歌を歌ったり……

 あとは、日記をつけたり、かな」

「日記?」

「うん。今日はこんなことがあったよーって」

 

そういってミクは積み荷の中から色褪せた本を取り出す。

結構な厚さを誇っており、その劣化具合から随分と使い込まれているようだった。

 

「わぁ……読ませてもらっていい?」

「ふふ……ダメ」

「えー、なんでー?」

「文ちゃんだってひとつくらい、誰にも知られたくない秘密ってあるでしょ?

 それとおんなじ。これはぼくだけの秘密」

「……なら、なんで教えてくれたの? 気になるでしょー?」

「それは文ちゃんが勝手に読まないようにするためだからかな」

 

表紙にタイトルはなく、一見してはなんの本なのかわからない。

そうなれば読むしか判別する方法がなく、その気がなくても内容に触れてしまうだろう。

一度としてこの馬車の傍を離れたことのないミクだが、なにかしら手違いがあるかもしれない。

その予防線でしかなかった。

 

「で、でも知っちゃったからには気になるし……ね、最初のページだけでも!」

「うーん、文ちゃんとはいえそれはちょっと……」

「じゃ、じゃあ代わりになんでもお願い聞いてあげるから!!」

「……なんでも?」

「あっ、でもお金がかかるのはあんまり……この前友達にシブヤのクレープ奢ったから……」

 

なんでも、という言葉の意味を噛み締めて尻すぼみになっていく。

あの時は本当の想いを見つけたまではよかったものの、

学年末テストでは目も当てられない結果になってしまい、友達との勝負に負けた。

そのため現在の文の手持ちは絶望的。そしてお願いを叶えるには大体資金が付き物だ。

 

「なら、これからもこのセカイで、ぼくの歌を聴かせてほしいかな」

「……え? そんなことでいいの?」

「うん。ダメかな?」

「全然! むしろもっと聴かせてあげたいもん!」

 

その程度文にとってはお安いご用だった。むしろいつもやっていることなので苦にもならない。

そして何よりミク自身の希望となれば聞かないわけにはいかなかった。

そんな中で、文の脳裏にある言葉がよぎる。

 

『へんな『───』。それよりもっと聞かせて欲しいな。貴女の世界にあるぼくの歌を』

 

夢のように思えたあの景色と重なる。今も少女は笑顔だった。

まじまじと隣にいるミクを見つめていると、キョトンとした後に優しい笑みをこぼして本を差し出した。

 

「じゃあ、これはさっき聞かせてくれたお礼ってことで」

 

はやく読みたい、と思われたのだろう。

そんな好意を無下にするわけにいかず、文は慌てながら受け取った。

そして約束通り、見開きだけに目を通す。そこには、こう記されていた。

 

『ぼくの大切な人へ。

 

 君がここに来なくなって随分経った。

 セカイは色褪せてしまったけれど、まだ形は残っている。

 君が見つけられなかった本当の想いの欠片がこのセカイのどこかにあるはず。

 この道の先にあるかはわからないけれど、このままなにもしないよりずっといい。

 

 だから、旅に出てみようと思う。

 この想いを忘れないように、そしていつか戻ってきた時の為に。

 今日から日記もつけよう。

 

 君の幸せを願っています。また会う日まで』

 

それは誰かに宛てた手紙のようで、自分の背中を押す応援のようで。

しかし拭い去れない悲しみが伝わってくる。これが彼女の旅の目的だった。

 

「……ミクちゃん、わたし、頑張ってお手伝いするね!

 だってミクちゃんの事も大好きだから!」

「うん。文ちゃんならそういってくれるって思ってた。ありがとう」

 

色褪せたセカイで、2人の少女が再び小指をまじわらせた。

終わりの見えない道筋の約束は、こうして交わされる。

笑いあい再び道の先を見据えるのであった。



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第3話「白銀に染まるセカイで」

1人の少女が枯れた桜の木の下で、ひっそりと笛を吹いている。

その音色はセカイに変化をもたらしたものではあったが、彼女にとってそれはさほど問題ではなかった。

 

「ふぅ……」

 

演奏というものは存外疲れるもので、ため息ひとつついてから襟元をパタパタとはためかせる。

現実ではもう夏だというのに、このセカイはいつまでも冷たいままだった。

 

それでも、1人の少女──言葉にとって心地がよかった。

冷えは体に悪いとわかっていながらも、このセカイに甘えてしまう。

色褪せているとはいえ、誰もいない幻想的な景色をずっと見ていられるのはこのセカイの強み。

騒がしい周囲に振り回されている日常にありながら、

我を見失わずにいられるのはこのセカイの存在が大きかった。

 

なにより屋外とはいえ、自分ではまだ拙いと思っている演奏を思う存分響かせることができる。

研鑽、という意味でもこの場所は言葉に向いていた。

 

「本当にセカイって不思議なところ。人の想いだけで、こんな場所ができるなんて」

「正確には人の想いだからこそ、こんな場所も出来る、かな」

「あ、KAITO」

 

色褪せてしまった髪とマフラーを風に揺らせながら現れた青年、KAITO。

言葉の本当の想いを導いたうちの1人である。

 

「やあ言葉。来てたんだね」

「うん。MEIKOは?」

「MEIKOなら街の方を散策中だよ。僕は戻ってきたところだけれど」

 

そういえば、と言葉は思い返す。

なにかとここを訪れることはあるが、出迎えてもらえたことはほとんどない。

それこそここをはじめて訪れた時くらいだろうか。

とはいえ、彼女をもてなすために様々な手を尽くしている2人を追求する気にもならなかった。

 

「じゃあ、今日は練習も終わったし私も街の方にいこうかな」

「わかった。それじゃあ向かおうか」

 

まるで主の指示に尽くす従者のごとくKAITOは言葉の後についていく。

 

丘を下った先にある街は相変わらず静かで人の気配すらない。

いまではすっかり見慣れた街並みではあるものの、やはり違和感を感じてしまう。

セカイとは想いから出来た存在。記憶にもないことは、存在しないも同じ。

例え空想の産物であっても、知ることによって想いを馳せることが出来る。

 

「ねえKAITO、さっきも教えてくれたよね。人の想いだからこそこんな場所も出来るって」

「そうだね。それがどうかしたのかい?」

「始めて来た時もそうだったけど、本当にこの街は私の想いから出来たのかなって」

 

幻想的とはいえ人工的な光景よりも自然的な風景を好む言葉にとって、

この街の存在はある意味調和を乱しているとも思えた。

 

「教えてKAITO。セカイが出来る想いの強さはどのくらいなの?

 ほんの気の迷いくらい? それとも一生かけてでもってくらい強くないとだめ?」

「……確かに想いからセカイは生まれる。でもそれは決して簡単なことじゃない。

 『こう在りたい』と願って、積み重ねて、それでセカイはできるんだ」

「なら、この街は──」

 

そう言いかけて口を閉ざす。これ以上は考えてはいけない。

叱るわけでもなく、気付いたわけでもなく、優しく微笑む彼がこちらを見つめていた。

目の前に立ちすくむ少女を守るように、笑っていた。

 

「ごめんKAITO。でも、これだけは聞かせて」

「うん。答えられる範囲なら」

「同じ想いを持っていたら、セカイはどうなるの?」

 

言葉が掲げる心情。自分と同じ人間が存在しないという考え。

しかし時として人は同じ目標に向けて駆け抜ける事も多い。

そんな少年少女達をこれまで何度も見てきた。

そして何より今まで聞いてきたMEIKOとKAITOの説明から、セカイそのものに対する知識は深い。

 

「その時は、お互いに惹かれ合う。それぞれの想いの形がセカイに現れるんだ。

 あの時ウタを歌って石碑が現れたみたいにね」

「そっか、ありがとうKAITO。色々教えてくれて」

「どういたしまして」

 

その会話を最後に言葉は雑貨屋に向けて歩き出す。

焦る気持ちを圧し殺し、MEIKOが待つであろう場所へ。

 

扉を開くと1人でのんびりと茶を淹れるMEIKOの姿があった。

 

「どうしたの言葉。そんなに焦って」

「えっ?」

 

思わぬ指摘を受け声を漏らしてしまうも、その後に続いたのは上がった吐息。

外気を受けて白く染まっていた。

 

「あ……えっと、MEIKOの淹れる紅茶が恋しくて」

「……ふふ、わかったわ。すぐ準備するから待っててね」

 

目を泳がせながらも彼女が手にしていたポットに注目し、なんとか誤魔化す言葉。

店奥から追加のカップを持ってくる彼女を目で追いながら、違和感。

カップの数が4つ。3つは素朴なデザインのものだが、1つはこの店に元々あった意匠が施された逸品である。

 

「MEIKO? カップが1つ多いみたいだけど」

「ふふ、そうね。でも大丈夫」

 

そっと窓際のカフェスペースに目配せをするMEIKOに釣られ、言葉も同じ方向を見る。

そこには来客である白銀の少女が、紅茶の出来を待ちわびていた。

その少女を、言葉はよく知っている。

 

「おお、審判者ではないか。奇遇……とは違うな」

「千紗都さんが、どうして……?」

 

雲雀千紗都。自分に道を示してくれた少女であり、自分達が導いた少女でもある。

そんな彼女がこの『セカイ』にいる。

戸惑いを隠せない言葉だが、それを支えるように追い付いたKAITOが側に寄り添った。

 

「あ、KAITO」

「大丈夫かい、言葉」

「ごめん、ちょっと厳しいかも」

 

このセカイに自分しかいない。

心の拠り所でもあったそんな常識を崩され、相当参るように片手を額に当てていた。

 

「ふむ、さしづめこのセカイが己だけの物と思っていたのだろう。

 しかし貴様もどこかで違和感を感じていたのではないか? ここは何か違うのだと」

「それは……」

 

言葉も心当たりがないわけではない。

この街をはじめて訪れた時も、こんな街並みを知らなかった。

そして何より先のKAITOとの会話。それが自分の不安を駆られる原因となったのは事実。

 

「まあまあ、とりあえず冷めないうちにどうかしら?」

 

そんな空気を変えるように紅茶を提供するMEIKO。

謎は深まるばかりだがまだ時間には余裕がある。

ひとまず仕切り直しにと言葉は席につくのであった。

 



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第4話「正道を外れてもなお」

ゆったりと紅茶が湯気を立てるなか、真っ先に手を出したのは千紗都であった。

良く冷ましてから一口飲むと、満足げな笑みを浮かべる。

 

「ふむ、貴女の淹れる茶は始めて飲むが……相当な腕だな」

「お砂糖はいらなかったかしら?」

「ああ。我はストレート派なのでな。審判者はどうだ?」

「砂糖だけ入れますよ。さすがにストレートは渋いので……」

 

そう言いつつ角砂糖を1つカップの中に落とす言葉。

揺らぐ水面は今の心境を表しているようだった。

 

「あの、それで千紗都さんは何故このセカイに?」

「ん、それはここが我のセカイだからだ」

 

当然といった表情で再び紅茶をあおる彼女。かなり深刻そうな顔の言葉とは対照的であった。

そんな不安そうに視線を送ればKAITOが口を開く。

 

「確かにこのセカイは言葉が訪れる前から存在していた。

 だからこそ僕達はこの街を探索してたわけだけど、僕たちがやってきたことは今までなかった。

 その理由を教えてくれるかい?」

 

その台詞で、言葉はあることを思い出す。

言葉がセカイを訪れた時、最初以外2人が街の方へ出向いていたことを思い出す。

その時は雑貨屋で物を調達しているのだろう、と軽く流していたが、

2人の真意は別の想いから生まれたこの街の調査にあったらしい。

 

「それは我がこのセカイを見捨てたからに他ならない」

「それは……どうして……?」

「その理由はだな……ああいや、我が説明するより都合のいいものがあるではないか」

 

千紗都が指し示す先、そこには淡い光を纏った欠片の様なものが転がっていた。

それを見たのは言葉にとって2回目である。

 

「あれってもしかして、想いの欠片?」

「そのようだね。でも、ここにあるってことは」

「ご明察の通り、我の想いの片割れだ。

 さあ審判者よ、このセカイの終わりをその目で見届けるといい」

「いや、ですが……」

 

一度は否定しようとする言葉だが、それは彼女の想いを否定することになる。

深呼吸のあと、意を決して想いの欠片に触れた。

 

 

 

目の前に広がるのは色の失われたセカイ。

自分が見慣れた中世の街並みを2人の少女が歩いている。

ただ、1人が片方を追いかける形となっていた。

 

「本当に、行っちゃうんだね」

「ああ、このセカイで得られる物はもうなにもない。長い間、世話になったな」

 

白銀の少女は目を伏したまま、後に続く緑髪の少女に言い放つ。

それは紛れもなく選別の言葉であった。

 

「本当に、こんな終わりでいいの? 千紗都はこれで満足なの?」

「満足するかは関係ない。我は現実というセカイを生きている。

 こんなところで現を抜かしている訳にはいかんのだ」

 

どこまでも冷たい態度。しかしそれを言い放つ千紗都の心は見えない。

どこか悲しそうであるものの、必死に圧し殺したような顔で振り替える。

 

「ありがとう、ミク。そして──さよならだ」

「っ! 待っ──」

 

ミクと呼ばれた少女の伸ばした手は空を切る。

ひとりぼっちの歌姫はただ呆然と立ち尽くすだけであった。

 

 

 

そこで映像が途切れ、セカイへ引き戻される。

触れていたはずの想いの欠片は途方の彼方へ消え去り、もうなにも残っていない。

 

「さて審判者よ。何が見えた?」

「……千紗都さんと、ミク」

「「……!」」

 

言葉の発言に千紗都は微笑み、MEIKOとKAITOが目を丸くする。

しかし決して声をあげることはない。落ち着いた2人だからできる芸当といったところだ。

 

「どうした? バーチャル・シンガー同士、その存在は認知しているものと思ったが」

「確かにセカイは不思議な所ではあるけれど、そんなエスパーみたいな事は出来ないよ」

「そうね。最初からこのセカイにいたならわかるかもしれないけれど」

「ふむ、それもそうか。あわよくばミクの居場所を突き止められればと思ったのだが」

 

少し残念そうに肩を落とす千紗都だが、そんな彼女にひとつ疑問が思い浮かぶ。

 

「ですが千紗都さん、なにもセカイを見捨てる事はないのでは?

 本当の想いが叶わなくとも、いい相談相手にだって」

「馬鹿を言うな。セカイは想いが形となった場所。そして本当の想いを見つけるためにある。

 だが本当の想いを抱けなくなればそれはどうだ?

 届かぬ理想、叶わぬ夢で彩られたセカイなど、地獄以外の何物でもない」

 

現実に押し潰された少女は、本当の想いというものに苦しめられていた。

セカイという理想と現実の狭間でただもがき苦しみ続けることなど、

千紗都という少女であっても耐えがたかったのだろう。

 

「故にこのセカイは色彩と賑わいを失った。街も朽ち荒野へと変わり果てていく。

 現にこの街もやがてあの荒野に侵食されてしまう……はずだったのだが」

「そこに私がやってきた、と」

「ああ、貴様の抱いた想いがセカイを繋ぎ止めたのだ」

 

なんとも信じがたい話ではあるものの、このセカイを産み出した本人の言うことだ。

彼女だけ色が残っているのもそういう理由からだろう。

 

しかしそうなると新たな疑問が浮上する。

彼女の本当の想いは『両親のような演奏家になりたい』というもの。

今言葉が抱いている『自分の音を奏で続けていきたい』というものとは違っていた。

 

「でも、私と貴女の想いは違うはず。それなのになぜ」

「はっはっは、確かにその通りだな。だがその辺りは自ずと理解できよう。

 それまで、最後の茶会を楽しもうではないか」

 

カップを掲げ不敵に微笑む千紗都。今は語るべき時ではない、と言わんばかりに。

おとなしく席につく言葉の目に千紗都のスマホが写る。

再生されているのは『名前のついたUntitled』。

 

過去の栄光を守るために殺された可能性の芽。

掴めぬ想いを理解して、ただ身勝手に突き放される。

淡々と冷たく現実的な終わりを歌っていた。




終点/cosMo@暴走P


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第5話「その背を追って」

 

約束をしたはいいものの、ミクの望む答えがすぐに見つかる訳でもない。

どこまでも続く道のりを馬車という乗り物で踏破するのには、いささか無理があった。

 

「うーん、もう少し速くならないかなー」

「ふふ、焦っちゃダメだよ。ゆっくりいかなきゃ」

 

セカイの大先輩であるミクが言うことも最もだが、街どころか村すら見当たらないのは満足に欠ける。

セカイというものが分からない上に、落ち着きに欠ける文にとって、こんな状態が続けばげんなりしてしまう。

 

「ねえミクちゃん、ちょっとだけでいいから運転変わってー」

「ダーメ。ちゃんとしないと危ないんだから」

 

そういってより一層手綱を握りしめるミク。

恐らく運転を代わり速度を出そうと思ったのだろう。

しかしそんなミクに対しちょっとした妙案があった。

 

「うーん、あ、キラキラ光ってるものがある!」

「えっ!? どこ!?」

「隙ありー!」

 

自分がこのセカイに訪れてた時に見つけた何か。

それが何かは分からないものの、バーチャル・シンガーである彼女がその存在を知らないわけがない。

 

思った以上に効果覿面で文の視線の先を必死になって探すミク。

その隙に手綱を奪い去り、アニメや漫画で見たように思いっきり叩きつけた。

しかしそんな事をすれば馬の機嫌を損ねてしまうわけで。

 

「わ、わわわ!!」

 

暴れ馬を止める術など持つわけもなく、慌てた様子で手綱を手放す。

ミクが気付いた頃には時既に遅し。

日記が色褪せるほどの時間を屋外で過ごした為か、元々ガタが来ていたのか分からない。

何かが折れる音と共に解放された馬は、我先にと道から外れ地平の向こうへと駆け抜けていった。

 

「あー……」

「……………」

 

間抜けな声を上げながらもその光景をただ見送るだけの文と、

どこか諦めた目でその先を見つめるミクがいた。

 

「えっと……ごめんね?」

「気にしなくていいよ。あの子にもずいぶん無理させちゃってたから」

 

馬車から降りるミクは積み荷からキャンプセットを取り出す。

ほどなくして道から外れた所で火を起こし、焚き火が出来上がった。

 

「文ちゃんは紅茶好き?」

「うん、好きだよ! でもそんなのこんなところにあるの?」

「大丈夫、予備はいっぱいあるから……あっ」

 

そう言って銀の容器を覗きこむ。しかしそこにはあと数杯分ほどの茶葉しか残されていなかった。

明らかに表情に出ていたものの、ミクは誤魔化すように水を沸かす。

 

「えへへー、ミクちゃんお手製の紅茶~♪」

 

気付かれたかもしれないと文の方へ視線を向けるも、

どうやらミクが淹れてくれるお茶という事もあって気づいた様子はない。

水が沸くまでの間は、これまた残り1つとなったチョコレートを差し出した。

 

「よかったらどうぞ?」

「え、いいの? ありがとう!」

 

これも普通のチョコレートに過ぎないが、

やはり大好きな相手からもらったということもあり、勢いよく頬張る文。

やがて紅茶も出来上がり、意匠の施されたカップに注がれる。

2人ぼっちのお茶会はひどく簡素なものであったが、

いつかの過去を思い出しながら歌姫は紅茶をあおぐのであった。

 

 

 

それからどれほどの時が経ったかはわからない。

楽しそうに現実の話をする文と、それを止めることなくただ聞き手に回るミク。

煮出して薄くなってしまった紅茶も幾度とお代わりをして続いたお茶会で、いろんな言葉を交わしていた。

 

しかし、話していても問題が先送りになるだけなのは変わらない。

やがて観念したように文が馬車の方へと目を向けた。

 

「えっと……それで、どうしよっか?」

「そうだね。積み荷もあるからこのまま2人で……っていうのは難しいかな」

 

流石に積み荷を置いて先に進むという選択肢は無いようで、

名残惜しそうなミクの視線が文の心に刺さる。

なんとかしなければ、と辺りを見渡すも手がかりになりそうなものは何もない。

 

そんな中、馬車の後方から目映い光が視界に入る。

 

「もしかしたらさっきのかも!」

 

このセカイを訪れた時に触れた想いの欠片かと想い、文はそちらの方へと駆けていく。

しかしその光は大きな駆動音と共にこちらへ近づいてきていた。

『それ』は文を認識したのか急停止。その灯りが消えた時、全貌が明らかになる。

 

「大きい……トラック?」

 

それは大型のトレーラー・トラック。

どこか外国の映画で見るような古臭いものであったが、どうしてかこのセカイにはお似合いのデザインであった。

やがて運転席から1人の淑女が降り立つ。

 

「急に飛び出して来たら危ないでしょう? 止まれなかったらどうするつもりだったの」

「あっ、えっと、ごめんな……あー!」

 

とりあえず謝ろうとするも、その姿には見覚えがある。

ピンクのベストワンピースにむき出しのネクタイ、ベストを留める太いベルト。

個性的な衣装であったが、それよりも特徴的なピンクのストレート髪。

 

「ルカさんだー! 他のバーチャル・シンガーさんがいたんだね! 私、鶴音文っていいます!」

「え、ええ。よろしく文」

 

申し訳ない雰囲気から一変。文は感嘆の声をあげながらその手を握る。

一方のルカは慣れぬハイテンションな少女に戸惑いながらも、されるがままにされていた。

 

「お、聞いたことのある声がするって思ったら文ちゃんじゃん」

「えっ……あっ、恩人さん!?」

 

助手席から勢いよく飛び降りた少女。

はためく金色の髪が印象的だが、文はこの少女を知っていた。

 

「あら理那、知り合い?」

「そうだよー。私の親友の妹ちゃん。めちゃくちゃいい子だから、ルカもよろしくしてあげてよね」

「そういう貴女の方がこの子を振り回したりしてないかしら?」

「そんなことないです! 色々お世話になりました!」

「ははは、お世話になったのはこっちだよー……っと。ほらルカ、お客さんだよ」

 

理那がふと文の後ろに立つ少女に気付き、ルカへと話題を振る。

ルカは繋いだ手を解いて一歩前へ。

 

「ここまで来たんだね、ルカ」

「ええ。ようやく追い付いたわよ、ミク」

 

こうして2人のバーチャル・シンガーは、合流を果たしたのであった。



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第6話「果てなき旅路の終着点」

 

なにもない荒野を鉄の塊が駆け抜けていく。

あれからというもの4人は馬車を道端へと移動させ、積み荷を出来る限り積み込んで再び出発した。

 

運転席にはルカが、助手席にはミクが、荷台のコンテナには理那と文が乗っている。

 

「まったく、理那ってば気を利かせて。とんだお節介よ」

「ふふ、でもいい子だね。あの理那って子」

「……………」

 

ミクの微笑みに応えるようにルカも笑みをこぼす。

なんだかんだでお節介で騒がしい彼女ではあるものの、

彼女がセカイに進出したことによってルカ本人も変わったといって過言ではない。

 

「そういえば途中に村があったと思うんだけど……そこの人達とはどうだった?

 ぼくは大切なことがあったから、あんまり長居はしなかったけど」

「気が済むまで照らしてあげたわ。まあそのせいで解放してくれなかったんだけど」

「……それを解放してくれたのも、あの子?」

「……ええ」

 

ルカにとってそれが最良の答えだったかは解らない。

しかし前に進むことができたのは、自分にとって良いことであった。

 

 

 

一方その頃、コンテナのなかでは理那と文が仲良くおしゃべりしていた。

その内容はもちろんこのセカイについてであり、ここに来るまでの経緯である。

 

「へー、じゃあ文ちゃんはミクちゃんと一緒に旅してたわけだ」

「そうなんです! でもびっくりしました! 恩人さんもおんなじセカイにいるなんて」

「あはは、ルカがそれっぽいこと言ってたけど、私もびっくりだよ。

 バーチャル・シンガーの1人や2人はいると思ってはいたけど、まさか知り合いがいるなんてねー」

 

ルカと共にいられるだけでも満足だった理那だが、

こうして現実味を帯びた存在と出会えたのはより一層夢ではないのだと思える。

それは文にとっても同じであった。

 

「でもミクちゃんにルカさんかー。これでいろんな歌歌えますね!」

「確かに。ミクだけでもレパートリーは多いけど、大体デュエットって言ったらこの2人か」

 

ミクがソロの曲の方が圧倒的に多いものの、歌声が違えば新たな可能性も生まれる。

ミクの相方といえばルカなんて風潮もあるように、

知名度の高い曲も大体はこの2人が絞めているといって過言ではない。

 

「あーあ、お姉ちゃんも一緒に居たらよかったのに」

「ん? 言葉はこのセカイに来てないの?」

「うーん、教えてあげたいんですけど、心配してダメーって言いそうだし……

 それにカイトお兄さんが好きだから、変に期待させちゃってもなーって」

「あはは、それ言えてる。言葉の事だからきっとふてくされるよ」

 

生のバーチャル・シンガーに会えるというだけでも眉唾物だが、

その中に自分の推しがいないのでは肩透かしもいいところだろう。

 

「でも、まあここが終点って訳じゃないし、次の町にでもいたりするんじゃない?

 文ちゃんだってその為に旅してたんでしょ?」

「あ、ううん、わたしは……ちょっと違うかな」

「? 違うって?」

「それは……ミクちゃんがいいって言ったら教えてあげます!」

「そこまで言ったらお姉さん気になっちゃうなー。ほら、おとなしく白状しろー!」

「きゃー!」

 

そこそこ広い荷台の中でおいかけっこが始まる。

そんなに騒いでいれば当然運転席にも響くわけで……

 

『こら理那、年上の貴女が騒いでどうするの。危ないからおとなしくしてなさい』

 

小さなスピーカーからルカの声がする。どうやら無線機で繋がっているらしい。

 

「あはは、ごめんねルカ。うるさかった?」

『うるさいもなにも、また急ブレーキかけたら危ないでしょう? それに──』

『そろそろ次の街が見えてきたから、文ちゃんと一緒に降りる準備をしててね』

「えっ! ほんとミクちゃん!」

 

外の様子を確認しようとするも、全面鉄の壁で覆われており見ることはできない。

しかし2人はミク達の言うことに嘘はないのだと信じている。

まだ見ぬ景色を待ちわびながら、2人は各々の準備を進めるのであった。

 

 

 

「わあっ……」「おおー……」

 

到着した街並みはどこか中世を感じさせるもの。

しかし人影の姿はどこにもなく、不気味な雰囲気もあった。

 

「とりあえず、誰かいないか探してみない?」

「そうだね。ぼくは文ちゃんと行動するけど、ルカはどうするの?」

「私達は貴女達に付いていくわ。気にしないで」

「そっか。じゃ、行こっか」

 

文の提案でとりあえず誰かいないか探し始める文とミク。

文は見慣れぬ町並みが怖いのか、ずっとミクにべったり。

ルカと理那はそんな様子を後ろから眺めつつ、街並みを観察していた。

 

「ねえルカ、この街って見覚えある?」

「どういうことかしら」

「ほら、前に休憩したときに見つけたあの光る玉みたいなやつ。

 あれに触った時に見えた景色が、ここに似てるっていうか」

「へぇ……それで? 貴女はそれ以外に何を見たのかしら」

「いや、ルカが1人で寂しそうにしてたから妙に印象に残ってさ」

「……それより貴女は、観客を沸かせる事を考えなさい。約束でしょう?」

「あ、話反らした」

 

話を反らしてはいるが約束は違わない。

『次の街の人達を沸かせられたら』という条件はこの街で果たさねばならない。

 

そんな中、ミクは誰かを探す……のではなくどこか目的地に向かって歩いているようだった。

それはまるで自分の庭のように。

 

やがてたどり着いたのは1件の雑貨屋。

看板も出ておらず名前もない店へと足を踏み入れる。

 

「ミクちゃんなにして……ってあーーー!!!」

「ちょ、文ちゃんうるさ……あーーー!!!」

 

そんなお店のガラス窓。カフェスペースに腰をかけた2人の少女──言葉と千紗都の姿が。

そしてそれを挟むように、バーチャル・シンガーのMEIKOとKAITOがいる。

 

「文!? 理那も……どうして?」

「それはこっちの台詞だよ! っていうかメイコにカイトまでいるじゃん!」

「お姉ちゃん……お姉ちゃんだー!」

 

慌てて駆け寄り騒ぐ2人を尻目に、千紗都は1人の少女を捉え席を降りる。

そのまま1人の歌姫の前まで歩みを進めた。

 

「おかえり、千紗都。それとも、ただいま、かな?」

「それはそちらも同じだろう。ただいまだ、ミク。そして、おかえり」

 

セカイの主と歌姫の再来は、ここになったのであった。

 



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第7話「『本当』の想い」

ひとまずということでMEIKOが全員分の紅茶を振る舞う。

しかし理那はそれを断りルカの淹れるコーヒーを受け取っていた。

 

それから千紗都の軽い説明を受ける2人。

 

「……つまり、ここは元々千紗都のセカイだったけど、

 途中で居なくなって、代わりに言葉が受け持ったってこと?」

「まあ、雑にいえばそうだな」

「え、じゃあじゃあ、ミクちゃんはずっとこのセカイでひとりぼっちだったの?」

「ううん、ずっとじゃない。文ちゃんが来てくれたから、寂しくなかったよ」

「ああ、本人もこう言っている。だから鶴音妹……いや、文よ。我からも感謝を送ろう。ありがとう」

「あ、えっと……!」

 

文は声を震わせながらも言葉の後ろへ逃げてしまう。

今までの堂々とした態度とは一変、自分だけに向けられた事に戸惑いが隠せなかった。

 

「しかしまぁ、数年間1人にしたといえばひどい仕打ちだったな。不器用な我を許してくれ」

「不器用って言えば……その口調もそうだよね。前は『僕』って言ってたのに」

「僕ぅ!?」

 

ミクの発言で理那は思わずコーヒーを吹き出しそうになる。

それもそのはず。演じている、ということは本人から聞いていたが、かつての彼女の姿を知る物は誰もいない。

 

「アハハハ、女の子で僕ってそれマジでいってるの?」

「いちいち勘に触る奴だなお前は! 祖父から下僕のように扱われていたんだぞ! 

 そんな幼少期を送っては心のひとつやふたつも折れよう!」

「あー……そっか、そういうこともあるよね。ごめん、今のは私が悪かった」

「分かればいい」

「でも、そのお陰であの腕前が身に付いたとなると、複雑ですね」

「そうだな。祖父としては尊敬にも値しないが師としては……いや、そちらも大概ではあったな」

 

意外な過去が明らかになるも、その事自体を悔いている様子はない。

ある程度自分の中で踏ん切りが付いたのだろう。

3人が話し込んでいる中、一方の文はというと。

 

「へー、メイコお姉さんとカイトお兄さんがお姉ちゃんと居たんだね。

 ずるいなー、こんなに美味しいお菓子と紅茶出して貰ってたなんて」

「ふふ、でもこれからは文ちゃんも食べられるわよ?」

「ただ、晩御飯が食べられなくなるかもだから程々にね」

「大丈夫です! 叔母さんの作る料理は最高だから別腹です!」

「……だからってもう1箱平らげてるわ、そろそろ止めておきなさい」

「はーい」

 

提供されたお菓子とお茶に舌鼓を打ちつつ、ルカからやんわりと注意を受けていた。

端から見ればMEIKOが母親、KAITOが父親、ルカが姉である。

 

「あ、そうだ。千紗都、これ」

「ん……? これは?」

「千紗都が居なくなってからつけ始めた日記だよ。戻ってきた時の為に見せようと思って」

「これまた大層な品だな。わかった、受け取ろう」

 

千紗都がミクのつけた日記を丁寧に読んでいく。

理那が覗き込もうとするも、言葉がやんわりと制止した。

 

「理那、止めておいた方がいいよ」

「えー、言葉も気にならないの? バーチャル・シンガー、それもミクがつけた日記だよ。気になるじゃん」

「そうだけど、せめてミクを通してからじゃないと」

「構わないよ。でも、その代わり──君達の、本当の想いと、それから生まれたウタが聞いてみたいな」

「そうね。貴女達の想いから見つけたウタがどんなものか、気になるわ」

 

歌姫はまるで、自分の興味を条件として提示するように語りかける。

セカイに住まうバーチャル・シンガーとしては当然の事であり、ルカもその発言に続いた。

MEIKOとKAITOは文と理那に、ミクとルカは言葉へ注目している。

 

「ま、期待されちゃやらないわけにもいかないか。私が先にやるよ。次はどっちがやる?」

「わたしがやりたいです! とっておきの明るい曲で盛り上げますよ!」

「なら最後は私かな。みんなもそれでいい?」

 

言葉の確認にバーチャル・シンガーと千紗都は首を縦に振る。

小さな街の小さな雑貨屋で、ウタが鳴り響くのであった。

 

 

 

最後に言葉が歌い終え、ささやかながらも拍手が上がる。

安堵のため息を付くなか、千紗都が1人歩み出た。

 

「うむ、お前達のウタで我は確信した。やはり皆同じ想いをもってここに集ったのだと」

「そういえば……その想いとはなんなのですか?」

「それは……ミク、教えてやれ。セカイの住民が言う方が重みがあるだろう」

 

後ろの方でのんびりしていたミクだが、

セカイの主にこう言われては前に出ないわけにもいかない。

千紗都の隣に立ち、言葉・文・理那の順でぐるりと見渡して口を開いた。

 

「それは──『自分らしくありたい』って想いだよ」

「自分らしく……ありたい?」

 

言葉の呟きに、ミクが力強く頷く。

 

「そう。『自分の音を奏で続けていきたい』のも、『わたしらしく大好きだって伝える』のも、

 『誰かの傍にいる』のも、全部。『自分らしくありたい』から、想ってる」

 

「きっと辛いことも悲しいこともいっぱいあったんだと思う。

 だから他の皆と違って、当たり前の事が大切なんだって気付くことが出来た。だから皆、同じ想いなんだよ」

 

ミクがそう告げた時、それぞれのスマホの画面が輝き始める。

それは想いからウタが生まれた時と同じもの。

光が落ち着く頃にはそれぞれの手には楽器があり、街の広場へと移動していた。

 

「場所が……変わった?」

「あ! なにか光ってるのがあるよ!」

 

その広場を囲むように建物の窓や遠くに無数の小さな明かりが見える。

まるでそれは観客が掲げるペンライトのようだった。

 

「あれは、想いの光。君たちの奏でた歌が誰かに届いた時、見えるものなの」

「へぇ、つまりこの人達をこの曲で盛り上げればいいってことね」

「そうだな。せっかく馳せ参じて貰ったのだ。最高の舞台を見せねば演奏家の恥と言うもの!」

 

理那と千紗都はその光を観客と見立て意気込む。言葉と文もそれに応えるように構えた。

 

「それじゃあ、一緒に歌おう?」

「「「「うん(ああ)!」」」」

 

その楽曲が謳うのは少女に訪れた悲嘆の物語。

化け物と罵られ、自分の切なる願いも叶えられない。

ただ生きることを喜びたいだけなのに、それすら罰として受け入れて進むしかない少女。

しかし切なる願いは誰かの元へと届き、いつしか普通の少女へと戻っていくというもの。

 

曲の終わりと共に、新たな楽曲が4人のスマホに現れる。

 

その名前は────




罪の名前 / ryo


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第8話「荒野の少女と1つのセカイ」

演奏が終わると同時に街に変化が訪れる。

想いの光が消えていくのと同時に街並みが荒野へと変わり果てていく。

 

「これは……一体どうして」

「なに、かつての想いから今の想いへと変わっていくだけに過ぎん。

 我も同じ願いを持つならば、かつての情景は不要ということだ」

 

千紗都自身も同じセカイにいる、ということは過去の自分の想いとは違うということ。

時間の経過、人との出会いを経て、心情が変わるようにセカイが作り替えられていく。

 

「千紗都さんは、こんな終わりでいいんですか?」

「構わんさ。届かぬ星に手を伸ばすくらいなら、内にある光を抱いて進むだけの事よ」

 

千紗都はバイオリンを持ちながら不敵に笑う。

その姿は今まで見た中で最も晴れやかな表情をしていた。

ふと言葉は、千紗都が最後の茶会と言っていたのを思い出す。

おそらく彼女はこのセカイを訪れた時からその事を予見していたのだろう。

 

やがてセカイの全てが荒野に代わり、想いの光も見えなくなった。

 

「……で、これから皆はどうするの?」

 

理那はその疑問を真っ先に口にした。

本当の想いで繋がった4人だが、元々はただの知り合いや友人同士。

セカイを共にしている以上、もはや見て見ぬふりはあり得ない。

 

「そういう貴様はどうなのだ」

「私はルカからDJの事教えてもらうって約束があるの。

 今よりもっと上手くなって、言葉と並んでも大丈夫なくらいにね」

「理那はもう十分すごいと思うけど……」

「いんやまだまだだね。もっともっと極めていかなきゃ」

「なら、わたしももっと頑張りたい! もっと私の好きを表現できるようになりたい!」

 

文も高みを目指すのは同意見らしく、我先にと手をあげた。

 

「なら我も同じだな。結局のところ音楽は自分を自分たらしめてくれるものよ」

「それなら私も同じかな。なんだか今までと変わらないね」

「でも落ち着ける場所がなくなっちゃったね。ずっと外だと寒いし……」

 

文にとってこのセカイ自体が落ち着ける場所であるもの、

ずっと屋外で旅を続けていたため、

寒いセカイでずっと屋外というのは少し厳しいものがある。

 

「なら、ここにずっといる必要もないし、どこかに行けばいいんじゃない?」

「いや、しかしこのセカイは既にミクが旅を終えたであろう」

「でもそれって道なりにでしょ?

 これだけ人数いるんだし、いっそのこと新しい道を作るのもアリでしょ」

 

理那がそう言いつつ、道から外れた別の地平線を見つめている。

その先もまた地平線となっていて終わりが見えなかった。

 

「そういえばお馬さんもどこか行ったっきり戻ってこなかったし……

 別のところになにかあるのかな?」

 

文と理那にとって今まで旅をしていた分、新たな旅を始めることに抵抗がなかった。

一方の言葉と千紗都は顔を見合わせる。

 

「ふむ、なかなか面白い発想だな。新天地を求め自ら道を切り開くとは」

「理那らしい発想だけど……でもそっか。そういう見方もあるもんね」

 

そんな突拍子のない発想でも、理那という人間を知っているからこそ受け入れることが出来る。

そして、このセカイがどういう場所なのか4人はいまだに知らない。

 

「ふむ、しかしそうなると何か我々らしい名前がほしいところだな」

「と、いうと?」

「なに。これから先も共にセカイで行動を共にするのであれば、

 1つの肩書きがあった方がまとまりが出るであろう」

「あ、それは言えてる。○○団とか、○○組、みたいにさ」

「なんだそのダサい名前は。もっとしっかりとした名前があるだろう」

「そういう千紗都はどうなのさー」

 

話の流れによって自分達の肩書きを決める事になった4人。

といっても勉学に秀でたものはそのうちの半分しかおらず、形にするのはその2人になるだろう。

 

「とりあえず……セカイの旅人って感じですかね?」

「そのまま過ぎる。もっと洒落た名前の方がいいだろう」

「はいはーい! なら英語にすればいいと思う!」

「旅人ならTraveller、Strangerかな。Touristってのもあるけど、あれは観光客って感じだし」

「ストレンジャー、ってどういう意味?」

「知らない人・他人って意味だよ。それから転じて旅人って感じかなー」

「ならそれでいこう。後もうひとつ……そうだな、我らが生きるのは現実故、それを表すものがいい」

 

片方の文言が決まったものの、あともう一息といったところ。

確かに英単語だけでは自分達だと認識させるには力不足だった。

 

「現実、現実ねぇ。そう言ってもそのままぶちこんでもダメなんでしょ?」

「当たり前だ。これから名乗っていくのであれば、我々だと一瞬で認識出来るものがいいに決まっている」

「うーん、うーん……お姉ちゃん何かあるー?」

「……空蝉」

 

英語には弱いものの、歴史などには強い彼女。伊達に本も読んでおらず、変わった言い回しが飛び出した。

 

「空蝉? セミの脱け殻のこと?」

「まあそれもあるが本質ではないな」

「この世に生きてる人のこと。元々は別の言葉だったんだけど今ならこっちの方が聞こえがいいかなって」

「んー、難しい……」

「まあ雑に言うならこの世の事。セカイ、ということだ」

「なるほどー! 流石お姉ちゃん!」

「じゃあ両方を組み合わせて、『空蝉Stranger』ってことでいいかな」

 

言葉の確認に3人が首を縦に振った。

 

こうして彼女達は心持ちを新たに、現実とセカイの両方で旅を始める。

光を目指して進むのではなく、自らの光を導として。

 

 

 

セカイで本当の想いから生まれたウタを歌い上げてから数日後の休日。

4人の姿は意外なところにあった。

 

「ぬおっ! なかなか俊敏なやつだな貴様は! ええい、少しは落ち着け!」

「あはは、千紗都ってば弄ぶところか弄ばれてるじゃん。ほれほれ、こっちへおいでー」

「えへへ、今日も皆いい子だねー。いっぱい可愛がってあげるからちゃんと順番守ってねー」

 

それぞれが自らに寄り添ってくる猫の相手に手一杯の様子。

そんな光景を、言葉は1人紅茶を飲みながら眺めていた。

 

「すみません、急に皆で押し掛けてしまって」

「ふふ、気にしないで。貴女達ならいつでも大歓迎だから」

 

そう、ここは文が行きつけの保護猫カフェ。

千紗都は初来店であるものの、それなりに楽しんでいるようだ。

 

「それに……あんな事を言われたら出迎えないわけにいかないもの」

 

店主の視線の先。そこにはいつかの文が持ち込んだ動物用のケースがある。

その前には1匹の黒猫が今か今かとその時を待っていた。

やがてニャオ、と痺れを切らせたように一鳴きして言葉の元へとやって来た。

 

「ふふ、お待ちかねかな? オニキス」

「ニャオ」

「あら、言葉ちゃんも平気なのね」

「ええ。文が特別好きみたいですが、飼ってた時は私にもよく反応してくれたんですよ」

 

オニキスがお客を出迎える際に招くのも、姉の帰りを出迎える為に仕込まれたもの。

言葉の事も慣れていなければ出来ない芸当であった。

 

「それで、本当なの? その子を預かってくれるなんて」

「はい。厳密には私達の恩人が、ですが」

「そうなの。良かったわねオニキス」

「ニャオ?」

 

理解しているのかいないのか、オニキスはただ首をかしげる。

程なくして、オニキスは荒野のセカイの新たな住民として受け入れられるのであった。

 

 

 

そして、荒野のセカイ。

桜の枯れ木の下、1人の少女が石碑に何かを掘っていた。

 

「言葉、もうすぐ出発だよ」

 

青髪の青年が後ろから声をかける。名前を呼ばれた少女──言葉は手を止めて振り返った。

 

「あ、ごめんね。もうすぐ終わるから待っててくれるかな」

「何を掘ってたんだい?」

「ん? それは……」

 

そっと横に移動して見ることを促す。

KAITOの目に写ったのは、4人の少女と4人のバーチャル・シンガーの名前。

そして、この場所で過ごした内容が短く綴られていた。

 

「街は消えちゃったし、この記憶もいつか忘れちゃうかもしれない。

 けど、こうして残しておけばいつか思い出せるから」

 

楽しいことも悲しいことも、忘れてしまうのが人間である。

しかし忘れたくない事・伝えたい事を、こうして形として残すのも人間だ。

 

「それじゃ、行こっか」

 

少女はその言葉と共にその場を立つ。

前へと進む言葉の背中を、風と桜の花びらがそっと押すのであった。




ご無沙汰しております。kasyopaです。
これにて、鶴音 言葉から始まった4人の物語は完結となります。

これで幕引き……となる予定でしたが、最後の1話が残っていますね。
というわけでアンケートで選ばれたユニット絡みを最後の1話に据えて、一旦すべての物語を完結とさせていただきます。
最後の挨拶は、そのときにでも。

次回、荒野の少女と1つのセカイ。
エンドロールでお会いしましょう。


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エンドロール
誰もが望んだエンドロール


 

1人のバーチャル・シンガーが丸いステージの真ん中で、幾多の想いの光を受けながら立っている。

ここはどのセカイにも属さない場所。

バーチャル・シンガー達も本来の姿で彩られる『セカイの狭間』であった。

 

「みんな、今日も来てくれてありがとう!」

 

長いツインテールを揺らしながらミクがアピールする。

 

「今日は特別だから、みんなに楽しんでもらおうと思ったの。

 だって、新しい子達が本当の想いを見つけられたから」

 

このセカイではないどこかで、6つ目のセカイが形を成し少女達が前に進んだ。

それはここにいるミクにとっても、特別なことらしい。

 

「だから、今日はみんなに会いたいって思った子達と一緒に、ウタをうたってもらおうと思うんだ!」

 

このセカイは観客として存在する『誰か』の想いが強く影響するらしい。

現に桜の季節にこういった催しがあったのだが、

その際の出演者は夢か何かとして消化されている事だろう。

 

「それじゃあ、みんなは誰に会いたいかな?」

 

ミクの問いかけに多くの想いが揺れる。その中で最も大きかったもの。

想いを汲み取ったミクは、来客の予兆を感じていつかのように舞台袖へと下がった。

 

「あれ……ここ……」

「……いつものセカイじゃない」

「ちょっ、どこよここ! なにこのステージ!」

「絵名ってば落ち着きなよー」

 

現れたのは『25時、ナイトコードで。』のメンバー。

見慣れぬ場所に戸惑う中、唯一奏だけが落ち着いて周囲を観察していた。

 

「……うん、間違いない。ここ、何度か来たことがある」

「え? 来たことあるって、どういうこと?」

「奏、落ち着いてるね」

「まあ、そっちの方がいつもの奏らしいっていうか……でも、そっか。奏が来たことあるなら安心かな」

 

メンバーの中で絶大な信頼を得ている奏が落ち着いているためか、

それぞれも落ち着きを取り戻していく。

 

「安心、かは解らないけど、危ない場所じゃないよ。ただ」

「みんな、いらっしゃい!」

「「「「ミク」!」」」

 

ミクが奏の声を遮るように声をかけてくる。

その容姿にまたも驚きを覚える面々だが、いちいち驚いていては始まらない。

ミクから一通りの説明を受けて、観客であろう想いの光と向き合う4人。

 

「そっか、私達の歌を待ってくれてたんだ」

「あはは、それならいつもとあんまり変わらないね」

「そうだね」

「じゃあ、何歌う?」

「なら……私達の想いから生まれたウタがいいと思う」

「ふふ、そうだね! なら、一緒に歌おう!」

 

ステージに鳴り響くのは揺れる紫の音色。苦しみに満ちた想いが形作ったもの。

今の心境に差異はあったとしても、これが彼女達の想いから生まれたもの。

 

高らかに歌い終えて歓声が鳴り響く。

そんな歌声と歓声に引かれ、もうひとつのユニットが姿を表した。

 

「ウタが聞こえてきたと思ったんだけど……」

「わわ! すごーい! ステージだ!」

「それに想いの光もいっぱいあるねー。賑やかし甲斐がありそうだ」

「ふむ、しかし来客は我々だけではなさそうだぞ」

 

ステージの奥から姿を表したのは『空蝉Stranger』の4人。

当然、先程まで歌っていたニーゴの面々と鉢合わせになる。

 

「あれー!? 言葉じゃん!」

「鶴音さん……どうしてここに?」

「宵崎さん、暁山さん、ご無沙汰してます」

「あ! 絵名さんだー!」

「ふ、文ちゃん!?」

「おいっすまふゆー。暫くぶりだね」

「そうだね。でも意外だなぁ、こんなところでまた会うなんて」

 

お互いの友人達に挨拶を交わすも、千紗都は1人ミクを見つめていた。

 

「ふむ、こちらのミクとはいささか容姿が違うな。となると別の……」

「ふふ、そこはいわないお約束だよ。さあ皆、今度は何を歌おっか?」

 

これだけの人数が揃うのははじめてのこと。

ああでもない、こうでもないと熟考を重ねた結果ある楽曲が浮上する。

 

「ねえ、8人だしあの曲やってみたいな」

 

文の一声で提案された楽曲。

これ以上観客の前で悩んでいても仕方ない、とそれぞれが配役につく。

 

響く旋律は、幾多の夜を繰り返し真実へとたどり着くための楽曲。その最終章であった。

夜、時、救済。報われるかどうかはいざ知らず、真実はやがて訪れるもの。

 

曲の終わりと共に、一帯が闇に包まれる。

キャストも、舞台も、すべて無くなった場所で、観客達は1人、また1人と席を立つ。

 

やがて誰もいなくなり、物語は幕を閉じる。

見るものが誰もいなくなるという、実的な終わり。

 

次の幕が上がることはなかった。




EveR ∞ LastinG ∞ NighT / ひとしずくP・やま△

キャスト(イメージ)

村娘  :宵崎 奏
少女人形:東雲 絵名
少年人形:暁山 瑞希
お嬢様 :朝比奈 まふゆ
主人  :鶴音 言葉
奥方  :鶴音 文
メイド :斑鳩 理那
執事  :雲雀 千紗都
謎の声 :???


というわけで、『荒野の少女と1つのセカイ』。いかがだったでしょうか。
まず、1話自体はそんなに長くないものの、莫大な話数となり、
総量もたいへんな量になってしまったことをお詫びします。
毎日更新で半年、それから約1週間スパンの休止と更新を繰り返し、
ようやく最終話を書き上げ投稿することができました。
これも読んでいただいた方々のお陰だと、ひとえに思っています。
本当にありがとうございました。

このエンドロールは、投票によって結末が変わるマルチエンディング的な何か、
だと思っていただければと思います。

それでは、また機会があればお会いしましょう。


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