あなたがサキュバスゆかりさんになってマキさんに幸せにしてもらう話 (Sfon)
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四月一日、二日、三日

お待たせしました。新作です。


四月一日(水)

 いつも通り床についたあなたは、誰かに肩を揺り動かされて眠りから覚めました。視界は黒一色で何も見えず、肩を揺すられている感触だけが伝わります。意識だけが覚醒し、体はまだ起きていないようです。金縛りにあったように指先すら動かず、目も開きません。

「ねえ、君、ちょっと起きてよ!」

 声が聞こえました。張りのある女の子の声ですが、まるで口にハンカチを当てながら話しているみたいにこもっています。何やら切羽詰まった様子であなたに呼びかけているようですが、あなたには返事をする方法がありません。

 二、三回ほど呼びかけられて、だんだんと自分の体の感覚が戻ってきました。誰かの手が、むき出しになったあなたの両肩に直接触れているのが分かります。どうやらあなたは裸で仰向けになっているようです。体の表側は寒いですが、側面から背面にかけては水か何かの液体があなたを暖かく迎えていて、お互い混ざり合うような心地よい感覚に包まれます。あなたはきっと水面に横たわっているのでしょう。耳は水の中にすっかり浸かっていて、聞こえる声がこもっていたのはこれが原因のようです。肩がゆすられるたびに波打つ水の感触が全身に伝わります。

 それからまた数回呼びかけられ、ようやく視界が少しずつながら回復してきました。まだわずかにしか目が開いていないものの、その幻想的な風景はあなたの意識の覚醒を促すのに十分です。満天の星空の中に明るく輝やいている月は大きく、今にも落ちてきそうなほどでした。街灯のある場所で見える景色ではありません。町明かりの届かない山の上に登って初めて見られそうな景色が広がっています。

「あ、起きた! ちょっと、大丈夫⁉」

 ゆっくりと戻ってきた視界に、左から十代半ばくらいの少女の顔が飛び込んできました。金色の髪は月明かりに照らされてきらきらと輝いています。瞳の色はきっと翠色でしょうか。周りが暗くてはっきりしませんが、かわいらしい女の子です。あなたのことを不安げに覗き込んでいます。

「よかった……。こんなところでこんな格好してるなんて、いったいどうしたの?」

 彼女はあなたを心配してくれていますが、あなたは彼女の声と容姿に驚いてしまって言葉が頭に入ってきません。彼女があなたの記憶の中の、あるキャラクターにそっくりなのです。そのキャラクターは、弦巻マキ。ボイスロイドと呼ばれる音声合成ソフトのキャラクターでした。

 ボイスロイド。好きな言葉をしゃべってもらうだけのソフトですが、キャラクター性もあって紙芝居風の演劇動画や実況動画など、幅広く使われている人気ソフトです。いくつか種類が出ており、とくに有名なのは淡い紫色の髪の少し大人びた少女である「結月ゆかり」と、金髪翠眼で活発な少女の「弦巻マキ」でしょう。その人気は根強く、二人を親友や恋人などのペアとして扱う創作も活発でした。

 あなたもそのペア、いわゆる「ゆかマキ」というものに興味を持った一人です。百合創作の土台として非常に便利だったこの関係性のおかげでたくさんの小説、漫画、動画が投稿され、友情や恋愛模様を楽しむことができました。そしてやがて、あなたは恋人同士のように密接な関係を持っている結月ゆかりと弦巻マキに自分を重ねるようになりました。こんなふうに愛情を注いでもらえたらどんなに幸せだろうと、憧れるようになったのです。

 あなたが憧れた関係の片割れである弦巻マキにそっくりな人物が目の前にいるのですから、あなたが驚くのも無理はありません。あなたは思わず、彼女の名前をつぶやきました。ほとんどかすれるような声でしたが、彼女の呼吸すら聞こえるほど辺りが静かだったので、彼女に届いたようです。彼女は目を丸くしてあなたを見つめました。あなたの肩に添えられた手に力が入るのが分かります。

「えっ…………どうして私の名前を知ってるの?」

 どうやら、彼女は弦巻マキ本人のようです。戸惑いながらも、彼女はあなたの肩を抱えて体を起こしてくれました。視界が夜空と彼女の顔から移り変わり、湖のほとりと自分の体が目の前に広がります。湖面には月が映り込み、そこに向かってあなたは足を延ばしています。まだ体に力を入れることができず、体を隠すことはできません。あなたはされるがまま、自分の体に視線を落としました。

 白く透き通るような肌、綺麗な爪の形をした足、細いふくらはぎ、少し肉付きのいい太もも、毛も生えていないすっきりとした股間、くびれた腰、なめらかなお腹、体側に投げ出された線の細い腕、小さいながらも確かに膨らんだ胸、そして胸元に垂れる淡い紫の、二房の髪の毛。それらは見慣れたあなたの体ではありません。髪色と髪型から察するに、結月ゆかりのものでしょう。

 月明かりに照らされた肌はビスクドールのように美しく、肌を伝う水滴は宝石のように輝いています。呼吸と同期して上下する胸があなたの生を実感させ、作られた美貌と生き物の暖かさが混ざり合って神秘的な魅力を感じさせます。

 記憶の中の自分の体とは全く違うでしょう。ここにきてようやく、あなたは自分が今夢の中にいることを自覚しました。自分の好きなキャラクターの一人が実在していて、その相方が自分自身になっているようなのです。こんな都合のいい夢を見られるなんて幸運でした。

 ここが夢の中で、自分の妄想が展開されていると自覚したあなたは、自分の欲求のまま動くことにします。明晰夢、つまり自分が夢の中にいると自覚できている夢は珍しく、こんな機会を逃すわけにはいきません。あなたは漫画や小説で読み、憧れた体験をするため、動きの鈍い体になんとか力を入れると、あなたを抱き起している彼女に顔を向けました。

 彼女があなたの左側から腕を肩に回して起こしてくれているのが分かります。あなたの体が水で濡れているのにも構わず、袖もまくらないでいるところを見ると、よほど慌てていたのでしょう。

「大丈夫? 頭、はっきりしてきた?」

 相変わらずあなたのことを心配そうにしている彼女を尻目に、あなたは彼女の胸元に視線を向けました。細い首筋の下にはブレザー風の制服に包まれた大きな胸が存在を主張しています。上半身も使ってあなたを起こしているせいで、その胸があなたの左腕に押し付けられ、形を変えているのが見えました。

 あなたはそこに右手をそっと乗せてみます。服の上からでも、その弾力ははっきりとわかりました。厚手の服や下着のせいで多少硬いものの、女性らしさが詰まった感触が手に伝わります。

「えっと、どうしたの……?」

 彼女はあなたの行動に困惑していますが、ここで遠慮する必要はありません。何しろここはきっと夢の中。何をしても、あなたを止める人はいないのです。あなたは視線を彼女の顔に移し、瞳をじっと見つめました。

 彼女の翠色の瞳があなたを見つめ返します。その瞳の中には、あなたの顔が映っていました。熱っぽい視線を送っている、結月ゆかりです。あなたが初めて見た自分の顔はあなたの知っている結月ゆかりに違いありませんが、すっかり惚けた表情をしています。

 だんだん体に力が戻ってきたあなたは、彼女の肩を右腕で抱き、左腕を彼女の背中に回してぎゅっと抱き付きます。それから、驚いた様子の彼女を気にも留めないで顔同士を近づけました。鼻と鼻が今にもくっつきそうなほどで、まばたきするの音すら聞こえてきそうです。あなたは彼女の瞳をじっと見つめ、ずっと言いたかった言葉を告げました。結月ゆかりを愛してくれる、彼女への愛の言葉です。

 そして返事も聞かないまま、あなたは彼女の唇を奪いました。虚を突かれて半開きになっていた唇をついばみ、ぎゅっと密着させて自分の熱と彼女の熱を交換します。しっとりと湿った彼女の唇を自分の唇で染め上げるように何度も何度も吸い付くと、今までにない幸福感が口から頭を通して全身に広がります。

 夢中で彼女の唇をむさぼっていると、唐突に視界が白くまぶしい光で満たされました。まるで誰かにスポットライトを当てられたかと思うほど、強い光があなたを包みます。

 あなたはその光にも構わず口づけを続けますが、意識がだんだん薄れていきます。彼女の熱を最後の瞬間まで感じようと貪欲に唇を吸いながら、これで夢も覚めてしまうのかと残念に思ったのでした。

 

 目を覚ますと、暖かい布団に包まれてベッドの上に横たわっていました。湖のほとりよりは現実味のある場所ですが、どうやら自室ではないようです。白いレースのカーテン越しに入ってくる月明かりとともに、ランタンのような器具から出るオレンジ色の光が室内を照らしています。部屋の天井や壁は白く塗られていて、床は木製の板が貼られたフローリングです。窓に向かって置かれた木製の机の上には分厚い辞書のような本が数冊並べてあり、金髪の少女が頬杖を突きながら椅子に腰かけていました。

 あなたはまだ夢の中にいるのだと考えました。自分の部屋以外で目覚めたのですから、当たり前でしょう。きっとこれは先ほどの明晰夢の続きなのだと考えるのが現実的です。

 それなら話は早いでしょう。ベッドの中で自分の体を軽く触れば手のひらにすべすべとした肌や柔らかい胸の感触が伝わり、まだ結月ゆかりの姿をしているのが確認できました。あなたは先ほど途中で切り上げられてしまった彼女との行為を続けたくなり、欲求をかなえるべく起き上がります。

 目の前の彼女はベッドから起き上がったあなたを見ると、すぐさま後ろを向いてあなたから視線をそらしました。

「ちょ、ちょっと待って! 服着てないから!」

 確かにあなたは裸のままでしたが、むしろ都合がいいでしょう。どうせこの後、裸になった自分の体を彼女にいっぱい触ってもらう予定なのですから。あなたはそっぽを向いている彼女の肩に手を掛けると勢いよく引き寄せて、ベッドに押し倒します。いつ覚めるかわからない夢の中なのです。欲望は早く満たすに限ります。

 あなたに押し倒された彼女は理解が追い付いていないようで、あなたを見つめるばかりです。瞳には困惑の色がうつりますが、彼女の気持ちを考えている暇はありません。あなたは無言の彼女に覆いかぶさると、両頬に手を添えて口を重ねました。

 しかし、今度は数回ついばんだだけで彼女に肩を押され、横に倒されてしまいます。彼女の横に投げ出されたあなたは行為に戻ろうと這い寄りますが、それよりも先に彼女が枕を投げつけました。

 その枕はあなたの顔にクリーンヒットし、思わずベッドにぺたんと腰を落として女の子座りをしてしまいます。それほど痛くはありませんでしたが、彼女から抵抗されると思っていなかったあなたは驚いて固まってしまいました。

 彼女はあなたから逃げるように起き上がり、そのまま部屋の一番向こうまで逃げると息を荒げながら混乱した感情をぶちまけました。

「なんなの急に! 私のことは知ってるみたいだし、キスしてくるし、挙句の果てに無理やり襲おうとしてくるなんて、信じられない!」

 まさか夢の中で自分の思い通りにいかないなんて、と呆然としているあなたを彼女はキッと睨みつけますが、あなたは予想と違う展開に頭が付いていかず返事ができません。やがて彼女は無言の時間に耐えかねたのか、口を開きました。

「とりあえず質問するけど、どうして湖のほとりに、しかも裸で倒れていたわけ? ここは学生と先生、関係者以外は入れない学校の敷地内なのに、いったいどこから入ってきたのさ」

 あなたは現状が呑み込めずにいました。まだ夢が続いているのでしょうが、それにしては視界がはっきりしているし、下半身に伝わるシーツや空気の感触があまりにもリアルすぎることに気が付いたのです。自分の体を見下ろすと細部まではっきりと見えて、夢にしては解像度が高すぎます。夢の景色はもっとぼんやりとしていて、視界もそんなに広くない気がするのです。

 あなたの頭には突拍子もない考えが浮かんできました。もしかしたら、今体験しているのは現実なのではないか、と思い始めたのです。とても正気とは思えませんが、もはやそう思った方が自然に思えてきます。あなたは一つずつ疑問を解決するため、まずは彼女の質問に素直に答えました。

「どうしてここにいるのか分からなくて、私のことはキャラクターとして知っていて、自分も姿が変わってキャラクターになっていたなんて、いや、そんなこと言われても『はいなるほどそうなんですね』って信じられるわけがないでしょ……」

 今更になって裸でいるのが恥ずかしくなったあなたは布団を体に巻き付けながら、ごもっともだと感じました。自分が他人に言われても到底信じられないでしょう。しかし、それ以外に表現のしようがないのです。彼女はあなたのことをじっと見つめて嘘をついているのかどうか見抜こうとしますが、あなたが頬を掻きながら申し訳なさそうにしていると、片手で頭を抱え、大きなため息をつきました。どうやら一旦あなたの弁を受け入れてくれたようです。

「じゃあ、そういうことにしておいて、なんで私にキスしちゃったわけ? そのおかげであなたと使い魔の契約結んじゃうし、ややこしい話がもっとややこしくなっちゃったわけなんだけど」

 また正直に「夢の中だと思って欲望を解放した」と答えたあなたの様子を見て、彼女は頭を抱える手をもう一本増やしました。なんだか答えるたびに彼女を苦しめているようですが、本当のことを素直にしゃべっているだけなのですから許してもらいたいところです。

「いやまあ、夢の中だと思ったのはまだいいとして、なんで女の子同士なのにキスしちゃうかな……」

 天井を仰ぎ見ながらぼりぼりと頭を掻きむしっている彼女には悪く思いながら、あなたも質問を投げかけました。先ほどから出ている使い魔や契約といった単語についてです。

「……もしかして、そういうのが無い世界から来た感じだったりする?」

 あなたが頷くと、彼女はさらに頭を抱えました。

「人間を召喚したうえにそれが異世界の人だなんて……ばれたら怒られるだろうなぁ……いや、私は悪くないはず、きっと……」

 やはり、答えれば答えるほど彼女が苦しんでいる気がします。

「魔術学校に通う生徒は四年生になると自分の使い魔を召喚するんだけど、私はいまいち上手くいってなかったわけ。で、明日の授業で使い魔の紹介があって何としても今晩召喚しないといけなかったから、お外でやってたんだ。それで、ようやく成功したと思ったら目の前には何もいないし、湖の方に召喚の発光が出るしで不思議に思って行ったらあなたがいたわけ。契約っていうのは使い魔と絆を結ぶ行為のことで使い魔に触れるのが基本なんだけど、なぜか知らないけどあなたがキスしたときにそれができちゃったわけよ。つまり…………結果だけ見れば私があなたを召喚して契約した的な? あなたのお腹に模様が浮かんでるでしょ。それが契約の証」

 ずいぶんと長い説明をしてくれた彼女にあなたは心の中でねぎらいの言葉を贈りつつも、どこかで読んだことのある異世界召喚ライトノベルと酷似した展開にあなたもあなたで頭を抱えました。布団をめくって自分のお腹を見てみると、ハート型をした黒い刺青のようなものがあなたの下腹部にあります。確か、湖で自分の体を見下ろした時にはなかったはずです。

 人間が人間を使い魔にするなんてありえるとは思えませんが、知らない体になって知らない世界にいることがそもそもありえない出来事なのですから、もはやなんでも起こりうる気もします。

 あなたは彼女をまじまじと眺めます。彼女みたいな美少女にならひどいことでなければ何をされても嫌ではないですが、そうは言っても隷属関係になるのは気が進みません。できるなら恋人に、そうでなくても親友か友達くらいにはなりたいところでした。

「とりあえず、なっちゃったものはしょうがないから、不本意だけどあなたを使い魔にするしかないね。私は弦巻マキ。魔術学校四年生。あなたは?」

 見た目からして、四年生というのはおそらく中高一貫校の四年生をさすのでしょう。ということは、彼女は十五歳。女性は高校生以降それほど身長が伸びない傾向にあるとはいえ、そんな彼女に抱きかかえられるということは、あなた自身の体もキャラクター設定の十八歳よりは若いのかもしれません。

 あなたはどう自己紹介するか悩み、結月ゆかりと名乗りました。自分で名乗るのはなんだかドキドキしますが、布団をぎゅっとつかんで感情を抑えます。

「それはそのキャラクターの名前? まあ、あなたの元の姿とか興味ないけど……まさか男とかじゃないよね?」

 妙に勘が鋭いのは、やはり女性だからなのでしょうか。あなたはここでまた一波乱あっても困ると思い、とっさに否定します。彼女はまだ疑っているようですが、追及はしないようでした。

「ひとまず、今日のところはもう遅いし寝ようか。連れてくるときにとりあえずはタオルで拭いたけど、気になるならシャワー浴びてきていいよ。場所は私が教えるから」

 言われてみれば、若干体がべたついている気がします。あなたはありがたくシャワーを浴びせてもらうことにしました。ベッドから立ち上がり部屋から出ようとすると、マキさんが慌てた様子でクローゼットをひっくり返します。

「ちょっと、その格好で出歩かれても困るって! 今適当な服渡すからちょっと待って」

 両開きの扉とその下に三段の引き出しがあるクローゼットは彼女の服で満杯になっていました。上には制服の替えやドレスが数着に、寝間着と思われるネグリジェ、普段着のTシャツやズボン、スカート等がぎっしり詰まっています。下の引き出しにはキャミソールやブラ、ショーツがずらっと並べられていて、まるでお店のようです。

 彼女はスウェットと白い無地のキャミソール、ショーツをあなたに渡しました。召喚だなんだと異世界じみたことを言っていた割に、服装は現代日本とさほど変わらないようです。

「はいこれ。あなたの服は明日の放課後にでも街に買いに行くとして、とりあえず今日のところはこれを着ておいて。返す必要もないから」

 あなたは恐る恐る下着を手に取り、ショーツを履きました。下腹部から足の付け根、お尻までぴったりと覆う下着の感触は慣れなくて、指で何度も具合を調整します。キャミソールはかぶるだけで済むので楽ですが、胸元がぶかぶかで逆に気になりました。胸元を引っ張ってみると、胸が全部覗き込めるほどに余裕があります。あなたは何となくマキさんの方を見ました。彼女はむすっとした表情であなたを見つめます。

「なにさ、文句あるの? あなたの胸が小さいのが悪いんだから我慢してよ」

 否定する気はありませんが、あなたはなんだかもやもやとした気分を抱えたままスウェットを着ました。ズボンはお尻に引っかかってくれましたが、やはり上着は胸元がダボダボです。しかし、他人の服を貸してもらっている以上あなたは何も言えず、黙って着ました。

 スリッパを貸してもらったあなたは、マキさんに連れられて廊下を進みます。異世界といえば木造や石造りの中世風な建物のイメージがありますが、彼女の自室もこの廊下も、どことなくその雰囲気があります。今時、土足で歩くのが分かっているのに床を板張りにしている建物はあまり多くないように思えました。

 歩きながらあなたはこの世界の暦を聞きましたが、元居た世界と全く変わらないようです。今日は四月一日。新学期が始まったばかりでした。ほかにもイベントごとや通貨、文字も現代日本と変わらず、あなたが元居た世界との違いは魔術の存在や建物くらいのようです。電気やそれを利用した製品はありませんが、魔術と魔力を用いた代替品があるため便利な生活を送っているようでした。

 その例の一つが、板張りの壁に取り付けられた蛍光灯のような照明器具でしょう。暖色の光がぼんやりと廊下全体を照らしています。あなたは小声で照明について尋ねました。

「これ? 魔晶石っていう石を動力にした照明だよ。魔力を流すと光る石があって、そこに魔晶石から魔力を供給してるの。あなたの世界にはこういうの無いの?」

 大体バッテリーと電球がほぼ同じようなものでしょうか。あなたは似たようなものはあるが魔力は存在しないと答えました。魔力という単語は異世界の代名詞で、興味津々に照明を見つめます。

「なるほどねぇ。この世界じゃ、魔力が無かったらどうにもならないことがいっぱいあるけど、そっちの世界はそっちの世界で発達したんだろうなぁ」

 あなたはほかにも聞きたいことがありましたが、質問するよりも早く目的地に到着してしまいました。

 シャワールームはたくさんの個室があり、それぞれに鍵のかかる扉が付いています。せいぜい十個ほどの洗い場が並んでいるんだろうと思っていたあなたは、どうしてこんなに立派なのか彼女に尋ねます。

「まぁ、ご令嬢とかもいるから、共用にはできないんだろうねぇ。各個人の部屋にそれぞれつけるのも手間だから、まとめて作ったんじゃない? さ、私の所を貸してあげるからさっさと済ませちゃってよ」

 すのこ状になった床を進み、マキさんがある個室の扉を開けて中に入るよう勧めます。入口には『弦巻マキ』と書かれたプレートが張り付けられていました。脱衣スペースでスリッパを脱ぎ、タイルの敷かれた洗い場に立ちます。

 マキさんはあなたにシャンプーや石鹸の説明をしますが、そもそもシャワーの使い方がわかりません。見た目はよく知っているものなのですが、温度調整をするのに魔術の知識が必要なようなのです。『好みの温度になるまで魔力をこめて』などといわれるので、途中からは諦めながら聞いていました。当然「じゃあごゆっくり」と言われても困ります。あなたはマキさんに自分が使えないことを伝えると、またため息をつかれました。今日何度目のため息かわかりませんが、そろそろ十回を超えるかもしれません。

「そっか、魔力とか分かんないのか……じゃあもう、わかった! 私が洗ってあげるからおとなしくしててよ。ほら、脱いで!」

 あなたの世話に手がかかることを渋々ながら理解した彼女はぽんぽんとあなたの肩を軽く叩き、早く脱ぐようにせかします。あなたはスウェットを脱いでドア横の脱衣かごに入れ、下着姿になったところで一瞬躊躇しました。今までは夜の野外だったり薄暗い部屋だったりで自分の姿がおぼろげにしか見えませんでしたが、今いるシャワー室はとても明るく、細部までくっきりと見えてしまいます。それに目の前の壁には大きな姿見が備え付けられていて、自分の体が丸見えです。今も、ダボダボのキャミソールとぴっちりしたショーツを身に着けている下着姿の結月ゆかりが目の前にいて、落ち着かないどころかなんだか興奮してきた気がします。

 あなたは早く服を脱ぐようにせかされていると分かっていながらも、自分の姿をまじまじと見てしまいました。淡い紫色の髪は二房がほほをなでながら胸元に垂れています。細い首筋や鎖骨、肩はすべすべとした白い肌がまぶしくて、大きくあいた胸元からはふっくらとした小さな胸の上半分ほどが覗いています。太ももは少しむっちりとしていて、脂肪の付いた柔らかそうな女性らしいラインを描いています。ショーツはあなたの下腹部からお尻にかけてぴったりと覆っていて、あなたが女の子であるのがはっきりとわかるでしょう。

 鏡の中の自分をじっと見つめているあなたにしびれを切らしたのか、マキさんは後ろからキャミソールをめくって服を脱がしにかかりました。

「ほら、自分の体に見とれてないで早く脱いでよ。私も眠くなってきたし、早く帰りたいの」

 ショーツまで脱がされそうになったあなたは慌てて下着を脱ぎ、脱衣かごに放り込んでバスチェアに座ります。一糸まとわぬ姿になったあなたを見て、マキさんも服を脱ぎ始めました。あなたは見てはいけない気がして、鏡から眼をそらします。

「あれだけ私を襲っておいて、今更照れるの? 別に私も見せたいわけじゃないからそれでいいけど」

 悪いとは思いつつも、好奇心に負けて一瞬だけ鏡に写った彼女の姿を見たあなたは、すぐに顔が赤くなるのを実感しました。豊満な胸は真っ赤なブラに包まれていますが今にも零れ落ちそうで、同じ色のショーツは刺繍でかわいらしく装飾されています。あなたとは違ってわかりやすく女の子を主張する体に、胸がドキドキするのは抑えられません。

「女の子同士でしょ、そんなに緊張されても困るよ。あ、でも私を犯そうとしてたってことは恋愛対象に見てる? 悪いけど私は普通に男の人と付き合いたいんだからね」

 残念ながら、彼女はあなたのことを恋愛対象に見てくれないそうです。結月ゆかりの姿を得たなら彼女と深い仲になれるかと思っていましたが、なかなか難しいかもしれません。

 下着姿になった彼女はシャワーをいじってお湯を出すと、あなたの首筋から頭にゆっくりとかけていきます。暖かいお湯があなたの頭に勢いよくあてられて、マッサージをされているみたいに心地良いでしょう。

「お湯加減は大丈夫?」

 あなたはすっかりほっとした様子で大丈夫だと答え、肩の力を抜きました。シャワーでお湯を流しかけられながら髪をブラシでとかされてると、柔らかい先端が頭皮を掻いて気持ちがいいでしょう。

 それはしばらく続き、なかなかシャンプーで洗わないなとあなたが不思議に思っていると、マキさんが詳しく教えてくれました。

「まずはお湯であらかた汚れを落とすんだよ。シャンプーをすぐ付けたら髪の毛が絡んじゃうし、髪にもよくないんだ」

 彼女が満足するまでブラシをかけられた後はシャンプーで頭を洗ってもらいます。柑橘系のさわやかな匂いが浴場に広がり、気持ちもすっきりしてくるでしょう。頭皮をマッサージするように指で押されて頭のコリがほぐされていき、目を閉じて心地よさに身を任せると体から緊張がさらに抜けてリラックスしていきます。それから頭頂部、側頭部、襟足、もみあげを手早く、手櫛を通すようにさっと洗い、シャワーで流してもらいました。それからコンディショナーを手に取り、毛先から頭皮につかないくらいまでを手入れしてから洗い流して完了です。タオルで髪をくるみ、体を洗う邪魔にならないようにしてくれました。

「はい。じゃあ体は自分で洗ってね。お湯は洗面器に張ってあげたし、シャワーで流したくなったら言ってくれればいいから」

 マキさんはあなたに体を洗うタオルと石鹸を渡すと、個室から出ました。下着姿のままですが、きっと今の時間帯はシャワーに入る人がいないのでしょう。あなたは石鹸をタオルにこすりつけて泡立て、腕を洗っていきます。きめ細かな肌は水滴をはじき、タオルで撫でるとなめらかに滑ります。いつものように力を込めて汚れを落とそうとすると肌がすぐに赤くなってしまい、力を抜いて汚れを浮かすようにそっと洗っていきました。

 手首から肩に向かうにつれ、あなたの二の腕が胸に当たっているのを感じます。あなたはちょっと罪悪感がありながらも自分の胸元を見ました。二の腕に押されて形を変えている胸は大きくないながらもきちんと膨らんでいて、あなたが女の子であることをアピールしています。逆の腕も洗ったあなたは、続いて胸元にタオルを当てました。

 力を入れるとムニムニと形が変わって洗いにくいだけでなくちょっと痛いので、優しく撫でながら洗います。貧乳とよく弄られる結月ゆかりですが、こうしてみると意外に胸がある気がします。あなたはなんだか気になって、タオルを太ももに乗せると両手で胸をもむようにさすってみました。

 両手の中にすっぽりと納まる胸は小ぶりながらも、確かに柔らかくて弾力があります。下から持ち上げるようにすると、きちんと胸に脂肪がついているのがよくわかるでしょう。二の腕を胸元に寄せれば、谷間らしきものもできました。

 

**********

 自分の体に夢中になりながら体を洗っていると、おなかにあるハート型の紋様に目が向かいました。なんだかサキュバスによく描かれる淫紋のようで、ちょっとえっちな雰囲気があります。あなたはお腹を撫でてからお尻、太もも、足先と洗いました。

 体を洗っているうちに、あなたは自分の体にどんどん興味が沸いてきました。自分の知らない、女の子の体なのです。あなたはそっと胸元と股間に手を伸ばしました。

**********

 

 行為に夢中になっていたあなたは、足音が近づいてきたのに気づいて体を跳ねさせます。マキさんが戻ってきたのです。あなたは急いで椅子に座り直し、落ちていたタオルを拾って体を洗っているふりをしました。

 ほどなくしてノックが響き、あなたが返事をするとマキさんが入ってきます。

「そろそろ流そうよ……って、背中洗ってないじゃん。ほら、タオルかして」

 彼女はあなたからタオルを受け取ると、背中を流してくれます。先ほどまでの行為ですっかりほてってしまった体は敏感になっていて、背中をただタオルで撫でられているだけでも快感が走り、背筋を通って頭まで達します。太ももをこすり合わせて快感を逃そうとしますが、そのたびに足の間からぬるぬるとした感触が伝わってきて自分が興奮しているのを思い知らされます。

「くすぐったいのはわかるけど、もうちょっと我慢してね。……よし、流すよー」

 一分にも満たない時間だったのに、自分で触った何倍も快感を受け取ってしまったあなたはすっかり頭が回らなくなってしまいました。背中をシャワーで流し終わり、あなたに渡そうとしている彼女に気づくのもワンテンポ遅れてしまいます。

「もう、なにしてるのさ。流し終わったら言ってよ」

 そう言ってまた小部屋にあなた一人が残されましたが、さすがに今から先ほどの続きをすることはできないでしょう。シャワーで体についた石鹸をおとすだけなのに時間がかかるはずがありません。あなたは手早くシャワーで泡を洗い流し、手で撫でて流し残しが無いことを確認するとマキさんを呼びました。

 彼女からタオルを受け取り、体をしっかり拭いて服を着るとなんだかほっとした気分になります。なんだかんだ言って体をキレイにすると気持ちも落ち着くものです。ドライヤーで髪を乾かしてもらい、温風でさらにリラックスしたあなたは気持ちいい気分で部屋に戻りました。

 

 部屋に戻ると隠れていた疲れが表面に出てきたのか、急に眠くなってきます。あなたは自然な流れでベッドに入って寝ようとしますが、その直前で思いとどまり、マキさんの方をうかがいました。自分がベッドで寝ていいものか悩んだのです。

 この部屋はそもそも彼女の部屋なのですから彼女がベッドを使うのは当たり前だとして、あなたも一緒に寝るとなるとセミダブル程度の大きさであるこのベッドでは少し窮屈です。 ほとんどくっつかないと収まりません。

 それに、振り返ってみれば湖のほとりで初めて会ったときに唇を奪ったり、このベッドで起きたときも彼女を襲ったりとマキさんにはかなりひどいことをしたように思えるので、一緒に寝ようと自分から言い出すことができなかったのです。

 あなたは部屋を見回し、柔らかそうな一人がけのソファーを見つけるとそこに座りました。膝を抱えて座ると、案外暖かいものです。ソファーは柔らかい布で覆われていて、着ているスウェットもそれなりに厚い生地のため、何とか寝られそうです。あなたは膝を抱きかかえて目をつぶりました。

 あなたがそうしてうつらうつらとしていると、衣擦れが聞こえてきました。マキさんが寝間着に着替えているのでしょう。あなたはのぞき見したくなりましたが、これ以上彼女からの印象を悪くするのは良くないと我慢しました。

 やがて、ペタペタとスリッパで歩く音に続いて、スプリングのきしむ音が聞こえます。マキさんがベッドに入ったのでしょう。電気が消され、部屋は月明かりが差し込むだけになりました。

 あなたはこのまま明日の朝を迎えるのだと思いましたが、意外なことにマキさんから声がかかりました。

「ちょっと、そこで寝る気? ……風邪をひかれても困るから、ベッドに入ってよ。一応、私の使い魔なわけなんだし」

 顔を上げてベッドを見やると、彼女は布団をめくってあなたを呼びよせてくれます。彼女は柔らかそうなタオル地のワンピースを着ていました。あまり歓迎されている雰囲気ではありませんが、許してくれるならとベッドに入ります。寝るために作られているだけあって、ソファーよりもずっと心地よく体を受け止めてくれました。

 女の子と同じベッドで寝るなんて、胸が高鳴らずにはいられません。せっかくシャワーを浴びて落ち着いていたのに、途端に目が覚めてしまいました。あなたはできるだけ彼女が寝る邪魔をしないように、そして自分が落ち着けるようにベッドの端によって、彼女と反対側を向いて寝転がります。枕は彼女が使っているので、ベッドに頭を直接横たえました。ところが、マキさんはあなたの肩を引き寄せます。

「枕、一つしかないんだからもっと近づかないと使えないでしょ。それに布団が浮いちゃって寒いの。ほら、もっとこっちに寄ってよ。私が寝づらいんだから」

 彼女もあなたと反対側を向いているようで、背中と背中がぴったりとくっつき、彼女の暖かさが伝わってきます。あなたの鼓動はますます激しくなりました。鼻から息を吸い込むと、先ほど洗ってもらった髪からシャンプーのいい香りが漂ってきます。顔をマキさんの方に向けると彼女からも同じ匂いが漂ってきて、まるで彼女に抱きしめられているような心地になります。

 まるで寝られる気配のないあなたが両足をもぞもぞと動かすと肌が服に擦れ、すべすべとしているのが伝わります。閉じた足の間には何もなく、腕には胸の柔らかい感触が微かに伝わり、自分は女の子なのだと再確認できるでしょう。

 あなたは自分の体にもっと触りたくなりましたが、彼女が後ろで寝ているのですから下手なことはできません。目を閉じ、何とか呼吸を落ち着けて眠りにつきました。

 

 

 

 

四月二日(木)

 

 翌朝、朝日が部屋に差し込んできてあなたは自然に目を覚ましました。目覚ましで起こされなかったせいか、目覚めはすっきりとしています。あなたはもう流石にここが夢の中だと思いませんでした。あたりを見渡せば、そこは相変わらず自分の部屋ではない、ほぼ見知らぬ部屋のままです。

 あなたは隣でまだ寝ているマキさんを起こさないようにベッドから抜け出そうとしますが、ベッドに繋ぎ止められたように体が持ち上がりません。布団をめくって中を覗くと、マキさんがあなたのおなかに手を回し、抱き着いていました。

 昨日はあなたをあまり好意的に思っていないように見えた彼女だけに、どうしてこんな体勢になっているかわかりません。あなたの見た目はかわいらしい女の子ですから、寝ぼけた頭の彼女が誰かと勘違いして抱きしめたのでしょうか。

 あなたはマキさんを起こさないようにそっと腕をほどいてベッドから起き上がりました。布団を彼女にきちんとかけてあげてから、スリッパを履いて体を伸ばします。腕を天井に向かって突き上げ胸を張って肩を回すと、寝ている間についた体の癖が取れていきました。胸元のふくらみが服を少しだけ押し上げているのを感じますが、昨日のように興奮はしません。ただ、自分は女の子なのだと実感するだけでした。一晩寝た間に、自分の体に慣れたのかもしれません。

 マキさんを置いて勝手に部屋を出ても悪いと思い、あなたはソファーに座って部屋を見渡しました。昨日は薄暗くてよくわかりませんでしたが、日の差し込んでいる今はよく見えます。白い壁にクリーム色の天井、照明器具が壁にいくつかついています。勉強机に椅子、本棚やクローゼット、ドレッサー、飾り棚、冷蔵庫など、特に変わったものはありません。八畳程度と少し広いですが、ごく普通の女の子の部屋です。

 あなたはガラスのはめられた窓から外を眺めてみます。芝生の敷かれた敷地の奥には森が広がっていて、遠くにはヨーロッパにありそうなレンガ調の塔が立っています。さらにその奥には三角屋根の街並みが微かに覗いています。

 少なくとも、あなたが見覚えのある街並みではありません。昨日この地で目覚めてから初めて一人で過ごす時間がやってきて、ようやく今の自分についてゆっくり考えをめぐらせました。

 あなたは確かに自室で寝たはずでした。それがどうしてか知らない世界にやってくるし、自分を見つけたのは知っているキャラクターとうり二つで名前も同じだし、何より自分の姿も思いっきり変わっていたのです。しかも、自分がなった姿はあなたの大好きな結月ゆかりなのですから、これが夢だと思ってもしょうがなかったでしょう。

 しかし、今となってはこれが現実だと認めるしかないと分かっているし、この姿になったのも悪くはありません。もしも元の姿のままあの湖にいたとしたら、一切近づかれないまま凍え死んでいるか、警備員にでもつかまってひどいことになっていたでしょう。そう考えると、あなたは自分の運の良さを褒め称えたくなりました。

 あなたが以前の生活を思い出していると、ベッドで寝ているマキさんが身じろぎをしました。視線を向けると、どうやら起きたようです。あなたがおはようございますと声を掛けますが、返事はありません。彼女は無言のまま起き上がり、ソファーに座っているあなたを見つけるとむすっとした表情であなたを見つめました。あなたが再度挨拶をしてもそれには返事をせず、冷ややかな声であなたに話しかけます。

「使い魔と契約した魔術師は、使い魔の記憶を夢に見ることがあるの。使い魔とより深く絆を結ぶためだと言われているんだけど、まぁ私も見たよ。仮称ゆかりちゃんがここに来る前のこと。確かに結月ゆかりも弦巻マキもキャラクターとして存在してる世界があったみたいだねぇ?」

 どうやら、彼女はあなたがボイスロイドの創作物を楽しんでいる記憶を見たようです。それだけ聞けば、自分の説明をしなくて済むので話が早く、良いことですが、どうやらそれだけではないようです。彼女は語気を強めて続けました。

「でもさぁ、キミ、もともとは女の子じゃないみたいだねぇ? まさか夢であんなところを見せられるなんて思わなかったよ」

 具体的には触れないものの、どうやらあまり見せたくないシーンを見られてしまったようです。あの時その場を切り抜けるためとはいえ自分が女だといったのが、ここで裏目に出ました。

「そりゃあ、元が男の子なら私とキスしたくもなるかもしれないねぇ? しかも、女の子になって女の子とイチャイチャしたいだなんて……変態なの?」

 あなたは何も言い返せません。本当に、その通りだとは思います。しかし、それでも願望は諦めきれなかったのです。あなたは開き直って自分の願っていたことを打ち明けました。女の子としてかわいがられたい。大事にされたい。愛情を注いでもらいたい。抱きしめて、頭をなでてもらいたい。そんな欲望から始まり、どんどん内容は不満に向かっていきます。もう頑張るのは疲れた。自分を認めてほしい。褒めてほしい。いる場所が欲しい。一人なのは嫌だ。さみしい。苦しい。助けてほしい。

 あなたの語気はどんどん弱くなり、最後にはぽつぽつとつぶやくだけになっていました。視線もどんどん下がり、今やソファーの上で膝を抱え顎をのせています。弱った様子のあなたに追い打ちをかけることができなかったのか、マキさんは先ほどより多少角の取れた口調で呟きました。

「……とりあえず、男だったことは忘れる。その代わり、女の子になりたいなら徹底的になってもらうから。口調もちゃんと女の子にして、一緒に居る私に恥をかかせないように。座るときはちゃんと足を閉じる。歩くときは大股にならないとか、そういうのもちゃんとする。服もちゃんとかわいくてきれいなのを着て、私以外の女の子には色目を使わないこと」

 自分を許してくれただけでも嬉しいのに、言外に自分をそういう目で見ていいと言っているのには驚きました。あなたは思わず聞き返そうとしますが、彼女は矢継ぎ早に言葉を重ねます。

「私にエッチなことをしてもいいとは言ってないから。ゆかりちゃんがしていいのは、寂しくなったときに私に後ろから抱き着くだけ。前からはダメだからね。あとおっぱい触るのも禁止。ちゃんと腕はおなかに回すこと。いい?」

 あなたは勢いよく頷きました。前からずっと、人のぬくもりが欲しくてしょうがなかったのです。抱き着くだけでも、かなり欲求は満たされるでしょう。あなたはさっそく彼女にお願いすることにしました。開き直って彼女に自分の思いを伝えたのがきっかけで、すっかり人恋しくなっていたのです。

「えぇ、早速? まぁいいけど…………はい」

 ベッドの上にぺたんと座り、壁の方を向いた彼女にあなたは後ろから抱き着きます。きちんと腕はおなかに回して、体全体で彼女の背中と密着します。小さな胸が押しつぶされる感触はありますが、微かな痛みはくっついている実感として心地よく感じるでしょう。

 あなたは彼女のうなじに顔をうずめると、気づかれないようにゆっくり鼻から息を吸いました。彼女のシャンプーのさわやかな香りと彼女自身の甘酸っぱいにおいが混じってあなたの胸いっぱいに広がります。彼女はしばらくそのまま、あなたを受け止めてくれました。

 

 あなたはもう少し抱き着きたいと思っていましたが、そろそろ顔を洗わないとほかの生徒と時間が被ってしまうらしく、渋々中断しました。あなたはマキさんから予備の歯ブラシとコップを受け取ると、二人で共用の洗面所に向かいます。蛇口はあなたの知っているものと同じでした。歯磨き粉を借りて歯を磨き、洗顔用の石鹸とヘアバンドを借りて顔を洗い、すっきりして部屋に戻ります。

 この後は朝食をとって授業に向かうわけですが、あなたはマキさんと一緒に朝食を取りに向かうことができないそうです。食堂はみんな制服を着ているため、制服を着ることができないあなたは目立ってしまうのです。それに、あなたを使い魔にしたことはみんなにまだ知られたくないそうで、少なくとも今日彼女が先生に会ってあなたのことを相談するまでは部屋で待機しなくてはなりません。

 あなたの分の朝食はマキさんが食べ終わった後に売店で何か買ってきてくれるそうで、それまではこれを読んでおいて、と数枚が綴じられた紙、そして本を一冊手渡されました。紙はあなたが今いるこの世界のこの国についてまとめられたもので、もう一冊は使い魔がどういうものか書いてあるもののようです。彼女は授業で既に読んだことのある本だと言いました。

「とりあえずここの常識を知ってもらうのと、今日の午後の授業でみんなが各々の使い魔の力を試す時間があるから、その時までに自分についてできるだけ把握しておいてほしいんだ。人型の使い魔っていうのは聞いたことが無いから役に立つか分からないけど」

 そういいながら彼女は着替え始め、あなたは言われる前に壁を向きました。すぐにとは言いませんが、少しでも早く信頼してもらえるように誠意を見せようとしたのです。しかし、視線は向いていなくても聞き耳は立ててしまっていました。視線は本に向かっていますが、あなたの意識は彼女が着替える音に全部向いていたのです。

 彼女が寝間着を脱いでどこかに引っ掛けたり、下着を脱ぐために片足を上げたりする音が聞こえるたびに、彼女がどんな姿なのか想像してしまいます。昨日彼女と一緒にシャワーに入ったときに見た、真っ赤な下着をつけた姿を思い出すとなんだか腰がムズムズしてきて落ち着きません。

 しばらくして着替え終わった彼女はそんな気分でいるあなたに気が付かないままあなたに一声かけて、あなたの服を選び始めました。着替えたときに脱いだ服は部屋に置いてある籠に突っ込んであり、今日シャワーを浴びるとき一緒に持っていくそうです。シャワールームの脱衣場にある籠に服を入れておけば係の人が洗濯をしてくれて、袋に入れて部屋の前においてくれるのです。

 彼女とあなたは体形がかなり違うため、着られる服は限られています。彼女は自分のメンツのためにもできるだけかわいい服をあなたに着せたいようで、選ぶのにかなり時間をかけました。

 あれこれ立っているあなたに合わせてみて考えた結果、ベージュのパーカーと黒のミニスカートに決まったようです。長々と衣装選びに付き合わされて疲れてしまったあなたはすぐに着替えようとしましたが、マキさんから待ったがかかりました。

「ほら、先に下着を変えないと」

 控えめなフリルで縁が飾られた薄いピンクのキャミソールと同じ色のショーツを手渡されました。今身に着けているシンプルな白い無地のものとは違い、かわいさを押し出したデザインにあなたは戸惑ってしまいます。

 あなたはまだ、自分の姿を客観的に理解できていないので、自分がそのような可愛らしい服を着るのに抵抗があるのです。しかし、昨日から着たままの下着をつけたままなのも嫌で、何より目の前の彼女が早く着替えろとせかすので、緊張しながらも服を脱ぎ、着替え始めます。

 まず、着ているスウェットを脱いで椅子の背もたれに掛けました。上着、ズボンと順に脱ぎ、下着姿になります。次に下着をぬごうとキャミソールに手を掛けますが、目の前のマキさんがあなたを眺めているのが恥ずかしく、手が止まります。あなたは彼女に後ろを向いてもらうようお願いしました。

「…………あ、そうだね、ごめん」

 妙な間がありましたが、何か考え事をしていたのでしょう。あなたは彼女が背中を向けたのを確認してから、キャミソールとショーツを脱ぎました。彼女と同じ部屋の中で裸になるとますます緊張が高まります。あなたは急いで新しい下着を身に着けました。やはりショーツはちょうどいいもののキャミソールは胸元がかなり余りますが、しょうがないでしょう。

 下着を身に着けたあなたはスカートを手に取りました。腰のホックを外し、ファスナーを下げて足をくぐらせ、くびれの位置でホックとファスナーをしめます。

 見た目ではちゃんと着られていますが、着た感じはただベルトをしているだけのようなものでした。裾が太ももに触れるくらいで、ズボンのように足を覆う感覚が無いのです。足を閉じれば太もも同士が直接くっつき、足を軽く広げれば部屋の空気が入ってきます。お尻を振ると裾がひらひらと踊りました。

 スカートの感触に慣れずもたもたとしているあなたを、マキさんは「着替え終わった?」とせかします。あなたは急いでパーカーを羽織り、髪の毛を首元から外に出して返事をしました。

「うん、悪くはないかな」

 あなたは満足げに眺めるマキさんに、スカートが気になると伝えました。部屋の中で過ごすならまだしも、この格好で外に出ると考えると恥ずかしくて仕方がありません。

「うーん。とりあえず、鏡を見てみてよ。かわいいでしょ?」

 背中を押されて姿見の前に立つと、顔をほんのり染めたあなたが黒のパーカーとベージュのミニスカートをはいて立っています。大きめのパーカーはあなたの顔を小さく見せ、黒いスカートは白い綺麗な肌をしたあなたの太ももの魅力を引き出していました。

 見る分には可愛いですが、やはりスカートの心もとなさは気になります。あなたが重ねて言うと、彼女はちょっと困ってしまったようです。

「うーん、ニーソとか持ってたら貸してあげたかったんだけどないんだよねぇ。今日の放課後買いに行くからそれまではこれで我慢してくれない?」

 無いものをねだってもしょうがないのであなたは頷きましたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのです。いつまで経ってもほんのりとした顔の熱は引きませんでした。

 最後にマキさんはあなたに革の紐靴を一足貸してくれます。わずかに大きく、きつく締めてようやく足が遊ばなくなりました。「靴も買わないとねぇ」と思案顔でつぶやく彼女にあなたはちょっとした罪悪感を覚えます。

 この世界にあなたを呼び寄せたのはきっとマキさんなのでしょう。どうしてあなたが結月ゆかりの姿をとったかはわかりませんが、彼女が召喚したのですからあなたの世話は彼女がして当然に思えます。しかし、そうは言ってもあなたからしてみればかわいい女の子に自分が養われるようなもので、あまり気分がいいものではありません。

 せめて、自分が使うお金だけでも稼げたらいいのにと思って、あなたはマキさんに相談しました。彼女が授業中で自分が必要ない時間を、バイトに充てさせてくれないかと頼んだのです。使い魔が何をするのかは知りませんが、何か彼女の役に立たないと見限られてしまうのではないかと不安になってしまったのもありました。

「私は別にお金に困ってないし、あなたの分の服とかもろもろを買っても全然影響ないからそこは気にしないで。それでもやりたいんだったら考えるけど、あんまり私から離れてほしくないんだよね……この学校の中でバイトができればいいんだけど」

 残念ながら、彼女はあまり乗り気ではないようです。使い魔と魔術師が離れるのはあまりよくないことなのでしょうか。お金の面で言えば、確かに彼女は困っている様に見えません。クローゼットの中に入っていたドレスは素人目に見ても質がよく、さぞかし値段が張るのだろうと思われました。

 

 マキさんが朝食に向うとあなたは部屋に一人取り残され、あたりは静まり返ります。女の子の部屋に一人残されたと考えるとちょっとドキドキしてきますが、ここで家探しなどしてばれたらそれこそ関係が破綻してしまいます。あなたはベッドにうつぶせになり、渡された紙を読み進めました。立っているとひらひらとしたスカートの感覚が気になってしょうがないのです。

 数枚の紙に書いてある範囲では、あなたの知っている世界とほとんど変わらないようです。違うのは魔術や魔力、魔物の存在で、あなたの世界の電気をはじめとしたエネルギーやそれを用いた技術は魔術や魔力に、獣一般は魔物に置き換わっていました。暮らしの便利さは実質的に変わらず、むしろ化石燃料を使わない分地球にやさしいかもしれません。全くの異世界だったら常識のすり合わせで大変だったでしょうが、あなたは運がよかったようです。

 本は魔術師と使い魔の関係から話が始まりました。魔術師は使い魔によって何かしらの支援を受けて魔術を行使することができるそうで、その支援は威力が上がったり、燃費が良くなったり、魔術師自体の身体能力が上がったりと様々あり、それらは使い魔の種類に寄らず、魔術師との相性によって決まります。

 契約する使い魔は魔術師によって召喚されますが、いくつかの条件があります。第一にまだ誰からも契約されていないこと。次に、召喚する魔術師に対して敵意を抱かないこと。そして、人間以外であること。

 『人間以外であること』。この文言を見たあなたは同じところを三回は読み直し、何度読んでも確かにそう書いてあるのを飲み込むと、本を閉じてベッドに突っ伏しました。胸が押しつぶされて苦しいですが、今はそれも気になりません。

 その文章は、あなたが人間ではないと言っているのと同義でした。あなたはもちろん、自分が人間であると思っています。本に自分の存在を否定されたあなたは、もはや読み進める気が失せてしまいました。あなたは枕に顔をうずめ、布団を抱きしめます。

 自分が人間でなければ一体何だというのか。全くわかりません。人間の形をしていながら、人間ではない存在といったら、神か悪魔か、そのくらいしか思いつきませんでした。あなたは考えるのが嫌になって、そのまま目をつぶりました。

 

 扉の開く音であなたは目を覚ましました。ベッドから起き上がると、袋を片手に持ったマキさんが不満そうにあなたを見ています。

「はいこれ朝ご飯とお昼ご飯。……ちゃんと本読んだの? さすがにこんなすぐには読めないと思うんだけど」

 あなたは自分で認めたくなくて少しの間黙っていましたが、何か言ったらどうだと言わんばかりの彼女の表情に降参して白状しました。どうやら自分は人間ではないらしい、と。

「契約できるのは人間以外だしね。まあ、そもそも人型の使い魔自体聞いたことがないから前例に則っているとも思えないし、あんまり気にしすぎることもないよ」

 マキさんはあなたを励ましながら袋を突き出しました。受け取って中を見ると、瓶入りの牛乳が二本とロールパンらしきものが数個見えました。……この世界に牛がいるかはわかりませんが、気にしては食べられるものも食べられなくなりそうなので、考えない方がよいでしょう。

 あなたは彼女にお礼を言ってから瓶に口を付けます。味はあなたの知っている牛乳とほとんど変わりません。しいて言えば、牧場で呑むフレッシュな牛乳はこんな感じの味なのかなと思うくらいです。パンもごく普通のバターロールで、難なく食べられました。

 瓶の牛乳二本に小ぶりのロールパン五個は二食分にしてはちょっと少なく感じますが、この体が女の子のものだと考えると案外足りるのかもしれません。

 あなたが朝ご飯を食べている間、彼女は今日の授業について説明してくれます。

「本に書いてあったと思うけど、あなたが私にできる支援を見つけないといけないんだよね。たいていの場合はそばにいるだけで使い魔からの支援が実感できるはずなんだけど……私の場合は無いっぽいんだよね」

 あなたはそれを聞いて先ほど浮かんだ不安が再び頭をよぎりました。使い魔の癖に支援ができない、つまり居る価値なし、つまり捨てられる……?

 少なくとも、今のままでは彼女の部屋に居候しているだけと変わりません。あなたは何とか彼女に捨てられないよう、自分の価値を見出さなければいけないでしょう。あなたは彼女の手を握り、何でもするからできることがあったら言ってほしいと頼みました。

 急に言われたからか、彼女はけげんな表情であなたを見ています。何の返事もしてくれない彼女が不安になってあなたは一歩踏み出し、胸元に彼女の手を抱いてぎゅっと握りしめました。

 それでも無言のまま立っているので、あなたはマキさんに恐る恐る、捨てたりしないか質問します。すると少しだけ表情を柔らかくして、ようやく返事をしてくれました。

「いや、さすがにかわいい子を捨てるとか心が痛いからしないって……。それよりも、ちょっと進展があったから喜ぶといいよ」

 あなたは続きを話してほしいと気持ちを込めて、マキさんの目を見つめました。彼女は苦笑し、あなたを安心させようとしているのか、あなたが握っていない方の手で頭を撫でてくれます。

「とりあえずゆかりは私の手を握ってればいいよ。それでお役目はちゃんとこなしてるから大丈夫。詳しくは授業で確認してからね」

 よくわかりませんが、とりあえずそういうものだと受け入れるしかなさそうです。もうすぐ授業だと言って彼女はあなたの頭から手を放しました。彼女と離れるのは寂しいですが、しょうがありません。あなたも渋々手を放し、あなたの出番が来る午後の授業までは一人部屋で待機の時間が続きます。

 

 彼女が授業に行ってから、あなたは使い魔についての本を読み進め、昼前には一冊読み終わりました。気になったところは「紋様は使い魔の種族によって決まる」「使い魔は一生に一体だけ」「契約者が死なない限り使い魔は死なない」「魔術師と契約者は仲がいい」「使い魔は契約者に危害を加えられない」くらいでした。確かに彼女はあなたのことを多少手荒ながらもきちんと扱ってくれていますが、あなたが彼女を性的に襲おうとしたのは最後の部分と反する気がします。彼女が死なない限り自分が死なないのも安心できる情報の一つでしたが、逆に自分が先に死んでしまったら彼女は使い魔を失ったままなのだと思うと少し可愛そうにも思います。

 あなたは読み終わった本を脇においてベッドに突っ伏しました。寝転がっているベッドはマキさんの匂いが付いていて、妙に癖になります。枕に顔をうずめれば彼女のシャンプーの匂いと彼女自身の匂いが染みついていて、まるで彼女に抱き着いているような気分になるでしょう。

 目を閉じ、鼻から深く息を吸い込むと、彼女の匂いが体中に行き渡ります。陽だまりの中で昼寝をしているような気持ちになって、体の力が抜けていきます。

 

「ゆかり、授業の時間だよ! 起きて!」

 いつの間にか寝てしまっていたようです。あなたは強大な重力にベッドへ押し付けられながらもなんとか体を起こしました。ベッドの脇には、朝ご飯ぶりのマキさんが立っていました。布団の中で彼女に抱きしめられているような心地になっていたあなたは、寝ぼけているのか、彼女に抱き着こうとします。しかし手を広げ、彼女へ一歩進んだところで我に返り、何とか踏みとどまりました。彼女との約束で、前から抱き着くのは禁止されているのです。

 あなたは、後ろから抱き着かせてほしいとお願いしました。ベッドに膝立ちになっているので、自然と上目遣いになります。見上げた彼女はやれやれと力なく笑い、あなたに背中を向けました。

 膝立ちになったまま立っている彼女の後ろから抱き着くと、あなたのお腹には彼女のお尻があたり、顔はちょうど肩甲骨の下あたりに収まりました。彼女のぬくもりを目いっぱい受け止めようとして頬を擦り付けながら、深呼吸をします。布団に残っていたものよりもずっと強い、彼女の匂いが頭を揺らしました。

「ほら、授業が始まっちゃうからもうおしまい。手、はなして」

 マキさんはあなたが回している腕をポンポンと指先でノックしました。授業の合間なのにお願いを聞いてくれただけでもありがたいと思うことにして、あなたは名残惜しそうに腕を解きます。

 

 部屋から出てすぐ、マキさんがあなたの歩き方に文句を付けました。

「ゆかり、もっと歩幅を狭くしないとダメだよ。スカートがひらひらするのは可愛くていいけど、それは広すぎ。外でそんなふうに歩いたら、風でめくれちゃうかもよ?」

 彼女に抱き着いた心地よさが残っていて自分の服装に注意を向けていなかったあなたは、今になって自分がスカートをはいているのを思い出しました。視線を下げれば、足を出すたびに太ももがスカートを蹴り上げ、裾が翻りかけています。

 あなたは靴一足分くらいの歩幅から少しずつ広げていって、問題のなさそうな歩幅を見つけました。マキさんの顔を伺うと、よしよしと言ってくれているようです。

「そう、そんな感じでね。あと、もっと胸を張って。スカートが気になるかもしれないけど、自信なさげに歩いてたらもっと周りから視線集めちゃうよ?」

 あなたは姿勢を正し、胸を張って歩きます。自然とお尻が左右に揺れ、スカートがひらひら踊りました。

「うん、いいね。そんな感じで可愛く歩くんだよ」

 マキさんはあなたの頭をポンポンと撫で、褒めてくれます。あなたはそれがとても嬉しくて、思わずはしゃいでしまいそうになりました。

 

 授業は校庭の一角で行われるそうです。あなたが今までいた学校の寮は外に出てみると思ったよりも大きく、小学校くらいはありました。風がスカートを揺らし、時折中まで吹き込んでくるので、スカートの裾を手で押さえながら歩きます。「この位の風ならめくれないよ」とマキさんは言いますが、どの程度の風だとめくれるのかまだわかっていないあなたは不安になってしまうのです。

 しばらく芝生の上を歩いていると、マキさんと同じ年頃の男女が三十人程度集まっています。同級生のようで、マキさんは仲のよさそうな女子生徒に挨拶をしていました。彼女らはマキさんに挨拶を返した後、あなたに視線を向けます。

「その子、どうしたの?」

 見覚えのない女の子がいるのですから、当然、あなたのことはすぐに話題に上がりました。マキさんは事前に用意していたのか、すぐに返事をします。

「この子、私の使い魔」

「え、冗談?」

「マジ」

「いやいやいや……え?」

「めっちゃマジなやつ」

「こんなかわいい子が?」

「そう」

 真剣な顔をして話しているのに内容は漫才のようで、あなたは思わず笑ってしまいます。

「あ、笑った! なんて名前なの?」

「ゆかりだよ」

「へぇ、よろしくね、ゆかりちゃん」

 女の子に話しかけられて緊張しながらもお辞儀をして挨拶を返したところで、先生らしき中年の男性がみんなに声を掛けました。授業が始まるようです。やることはシンプルで、設置された的に向かって魔術を行使し、使い魔がどのような支援をするか確認すると言っています。説明が終わり、あなたはマキさんに連れられて的のあるブースへ向かいました。

 石造りの壁が背後にそびえたつブースは射撃訓練場のようです。この壁には魔術を弱める加工が施されていて、生徒が壊せるようなものではないのだとか。あなたはマキさんの横に立たされ、彼女の左手を握るようにいわれました。

 あなたが両手で包み込んだのを確認したマキさんは何やら呪文のようなものを唱えて右手を突き出しました。すると、手のひらからソフトボール大の火の玉が勢いよく飛び出し、的の描かれた壁に向かって一直線に飛んでいきます。ロケットランチャーくらいの早さでしょうか。銃弾よりは遅いものの、近距離ではそう簡単に避けられない速さです。

 マキさんは何度か続けて同じように火の玉を撃ち、納得のいった様子であなたに顔を向けました。

「ゆかりの支援は魔力量の増大ってところかな。私が魔術を行使したぶんの魔力がすぐにゆかりから供給されてるみたい。ちょっと手を離してみて」

 あなたが両手で包んでいた彼女の手を離してから何度か火の玉を撃つと、理解を得たようです。

「やっぱりゆかりに触れられている間だけみたいだね。ということで、ゆかりは私の魔力タンクになってもらいます。これからよろしくね」

 あなたには実感がありませんが、どうやら彼女の支援ができているようです。ニコニコした彼女はプレゼントをもらった子供みたいに嬉しそうにしていて、あなたは一安心しました。使い魔としての役割がきちんと果たせていたのです。よほどのことがない限り、彼女はあなたのことをそばにおいてくれるでしょう。

 続いて、あなたの力がどれほどのものか確認するようです。

「どのぐらい供給されるか知りたいから、限界ちょい手前くらいまで続けてみるよ。酸欠に近い感覚になったら魔力切れが近いから、すぐに教えてね」

 あなたが少し不安になりながらも頷き、両手で彼女の左手を握ると、彼女は連続して火の玉を撃ち始めました。先ほどよりも速いペースで打ち出されていきますが、ペースは衰えません。その感覚が楽しいのか、彼女は満面の笑みを浮かべています。

 二十発ほど撃った頃でしょうか。あなたの体にだんだんと変化が現れました。酸欠のような苦しさはありません。しかし妙に恋しくなって、あなたは片手を彼女の手から離し、彼女の腕を抱きしめました。あなたの小さい胸の間に腕を抱え込みます。足の間に何もないので、彼女の手はあなたの両足の前に不自由なく収まりました。彼女は魔術に夢中であなたの様子には気づかず、火の玉を撃ち続けます。

 さらに二十発ほど撃つと、どんどん切ない気持ちが増してきました。あなたは自分の体を彼女の腕に押し付け、彼女の顔をじっと見つめます。整った顔を間近で見ているといつの間にか彼女の唇に視線がくぎ付けになり、リップをひいているのか、潤いのある鮮やかな赤い唇を今すぐにでも奪いたくて仕方がありません。しかし、今は彼女があなたの性能を確かめる大事な時間です。ちょっかいをかけるわけにはいかないので、ぐっと我慢します。

 さらに二十発ほど撃ったところで、マキさんは一度火の玉を撃つのをやめ、あなたの方を向きました。

「まだ大丈夫なの? 私だけだったらもうとっくに魔力が尽きてるはずなんだけど……って、ゆかり、大丈夫?」

 あなたは彼女に正面から見つめられ、いよいよ我慢の限界に達しようとしていました。もうあなたは彼女しか見えておらず、周りの音もほとんど聞こえていないようなものです。首から耳元にかけては熱を持っていてほんのり色づいているのが自分でも分かります。今すぐにでも彼女の唇を奪いたい欲求が頭を支配しますが、最後に残った理性を振り絞り、あなたは彼女に人目につかないところに連れていってほしいとお願いしました。

 彼女は戸惑いながらもあなたのお願いを聞き入れてくれて、ブースの周りにある物置小屋の裏手に向かいます。あなたが彼女の腕をぎゅっと抱きしめたままなので彼女は少し歩きづらそうです。もう手を放してもいいと言われましたが、あなたは絶対に放したくりませんでした。彼女から少しでも離れるのを想像するだけで、じんわりと目が潤んでくるのを感じます。マキさんはそんなあなたの様子に驚きつつも、あなたが腕にくっつくのを許してくれました。

 小屋を挟んでブースの反対側に来ると、あなた達を見る人は誰もいなくなりました。

「それで、さっきからどうしたの?」

 少しだけ顔を赤らめたマキさんがあなたに問いかけます。あなたは今に至るまでのことを一つずつ説明しました。彼女が魔術を使うたびにだんだん人恋しくなってきたこと。彼女の顔を眺めるのに夢中になってしまったこと、そして今はもう、すぐにでもキスしたいほどに体がうずいていること。あなたはさらに強く彼女の腕を抱きしめました。胸だけでなく、おなかも、その下も全部くっつけられるだけくっつけて彼女にねだります。彼女の手がスカート越しにあなたの気持ちいいところへと触れて、思わずぐりぐりと押し付けてしまいました。

 どうか、キスさせてほしい。本当はもっと欲しいけど、今は我慢するから。とあなたは必死におねだりします。もう耐え切れません。全身が熱くなり、息はどんどん荒くなっていきます。頭はとっくの昔にゆだっていて、最後の理性も失いかけていました。

 あなたが見つめるマキさんは、ほほを赤く染めたままあなたを見つめ返していました。えっちなことは禁止されているので、あなたは自分から彼女にキスをすることができません。どうか、お願いだからと見つめる目からは今にも涙が零れ落ちそうです。

「ゆかり…………うん、きっと、私のせいでこうなっちゃったんだよね、なら、しょうがない、よね…………」

 そう呟くと、マキさんは右手をあなたの頬に添えました。先ほどまで魔術を行使していたからか、手のひらは暖かくて、少し湿っています。あなたは手のひらにほほを擦り付け、何とか体の切なさを発散しようとしました。あなたは自分でも驚くほどの熱っぽく、甘ったるい声色で「マキさん、早く」と何度もおねだりします。そしてようやく、マキさんはあなたに顔を近づけました。

 あなたが目を閉じ、唇を突き出して彼女を待っていると、そっと湿り気のある、柔らかくて暖かい感触がやってきました。マキさんからしてくれたという免罪符を受け取ったあなたは、今までお預けされていた分、激しく彼女の唇に吸い付きます。唇で彼女の唇を割り開き、舌を差し込みます。しかしいくら突き出しても空振りするばかりなので、あなたは彼女に舌を出してとお願いしました。

 おずおずと突き出される彼女の舌をあなたは必死で舐め回します。お願い、マキさんももっと私に舌を絡めてほしいと願い続けると、少しずつ彼女もあなたの舌に応えてくれはじめました。いつの間にか、彼女の右手はあなたの背中に回され、ぎゅっと抱きしめてくれています。全身で感じる彼女の感触が心地よくて、いつまでもそうしていたくなりました。

 

 一体どのくらいそうしていたかわかりませんが、あなたの理性は少しずつ回復していき、やがて普段と変わらないくらいに戻ると、彼女から口を離しました。まだ息は荒く頭ものぼせたままですが、先ほどのような狂いそうなほどの欲望は静まっています。

 あなたは目を開け、マキさんにもう大丈夫だと伝えました。口の周りを唾液で濡らした彼女の顔はひどく情欲をそそり、これ以上続けては申し訳ないと感じたあなたは顔をそらします。

 マキさんはあなたの背中に回していた腕をほどき、あなたも抱きしめていた手を放しました。なんだか急に恥ずかしくなったあなたは彼女から一歩離れると、すぐにできる限りいっぱいいっぱいの気持ちを込めて謝ります。どうしてあんなに理性を失っていたかわかりませんが、禁止されていたことをねだったのです。

 あなたが頭を下げていると、ポンポンと頭にやさしい感触を覚えます。そして、柔らかく安心する声がかかりました。

「大丈夫だよ、ゆかりちゃん。ゆかりちゃんは悪くないよ。大丈夫、大丈夫」

 マキさんは何度もあなたにそう呼びかけ、頭をなでてくれました。あなたが恐る恐る顔を上げると、彼女はほほを染めて照れた笑みを浮かべていました。

「とりあえずみんなのところに戻ろうか。あ、ちゃんと口の周りは拭いて、表情もシャキッとしないとね」

 

 みんなのところに戻ると、もうすぐ授業が終わる時間になっていたようです。練習場についてすぐに先生から集合の声がかかり、授業が終わりました。今日の授業はこれですべて終わりのようで、マキさんとあなたは自室に戻りました。

 道中はずっと無言のままでした。先ほどのことがあってお互い声がかけづらいのです。部屋に入り、扉を閉めてようやく緊張がほどけたあなたはベッドに倒れこむようにして座りました。マキさんもソファーに座り、ため息をついています。

「いやぁ、ああなるとは思ってなかったよ。体調は大丈夫?」

 あなたが大丈夫だと返事をすると、苦笑いをしながら彼女は先ほど起きたことを説明してくれました。

「人間の魔力っていうのは、その人の活力のようなものなんだ。だから、魔力を使いすぎると体に力が入らなくなったり、意識を失っちゃったりするわけ。でも、ゆかりちゃんの場合はそうじゃなかったね」

 あなたは一連の流れを思い返します。確かに、疲れは感じませんでした。

「午前中、ゆかりちゃんに浮かんだ紋様について先生に調べてもらったんだ。種族ごとに紋様は違うって書いて本に書いてあったでしょ。だから、紋様を見たらゆかりちゃんの種族が分かるわけなんだけど……」

 彼女はそこで言葉を濁し、懐から四つ折りにされた紙を差し出しました。あなたが受け取って開くと、それは様々な紋様が並べて書いてある本の一ページでした。紋様の横にはそれに対応する種族が書いてあります。同心円が並んだもの、矢のような形、六芒星等が並ぶ中、あなたのものと同じものが見つかりました。

「あー、まあ、そういうことらしいから、うん。まぁ、ゆかりちゃんには変わりないし、私は嫌いになったりしないから安心してね! ほんとだよ」

 気まずそうにも彼女はあなたをフォローしますが、とてもそれでは足りません。

 あなたの種族は淫魔。いわゆるサキュバスだというのです。

「人間は活力を引き換えに魔力を使うけど、ゆかりちゃんの場合はその、精力を使うんじゃないかなって……。だから、私に魔力をくれるほどその、ね、ああなっちゃったんだと思う」

 彼女は婉曲に言ってくれていますが、端的に言えば魔力を使うほど失った精力を求めて発情するということでしょう。

「大丈夫。さっきの感じだと効率はいいみたいだし、私から抜かれた精力自体はほとんどないから!」

 魔力を使った結果彼女を絞り殺すことは無いようで安心はしましたが、自分が淫魔だなんてあなたはすぐに受け入れられずにいました。

「考えてみれば、湖で私にキスしたのも、召喚直後で減っていた精力を取り戻したかった本能なのかも……。ま、まあ、とりあえず謎が一つ解けたってことで、ね?」

 

 

 しばらく部屋で横になって落ち着いたあなたは、マキさんと共に街へ買い物に来ています。学校から街へは大きな門のようなワープゲートを使い、一瞬で到着しました。窓から見た街はかなり遠くにあったので、自動車や電車を使うよりも圧倒的に早い移動手段にはとても驚きました。

 あたりに広がる街並みは電線が立っていなかったり、車の類が走っていなかったりと違いはあるものの、どこかで見たことのあるヨーロッパ風の街並みが広がっています。三角形の屋根はオレンジ色の瓦がのってていて、建物の外装はレンガを中心に作られているようです。道行く人も背広を着たサラリーマン風の男や制服姿の女の子、主婦等、見慣れたものです。

「とりあえず、下着は大目に買っておいた方がよさそうだね。毎日着替えるし、汗かいたりしたらすぐ変えたくなるだろうし。靴はそんなに困らないだろうから、問題は服だなぁ……ゆかりちゃんは活発系っていうよりは断然クール系か、ガーリーに寄せるかだよね。どんな服が着たい?」

 マキさんの中ではすでにあなたが着替え人形にされているようですが、あなたの頭に浮かぶのは結月ゆかりの公式衣装ばかりでした。どれも裾が短く、紫のノースリーブワンピースなんてお尻が半分見えている気がします。あんな服装をする勇気はあなたにありませんでした。階段を上るたび、下着が丸見えになるでしょう。

 しかし、せっかく女の子になったのですからかわいい服を着てみたい気持ちはあります。あなたはちょっと考えますと返事を先延ばしにしました。

 

 まず着いたのは靴屋さんでした。

「今日はたくさん歩くから、とりあえず足元はちゃんとしないとね。どんなのが履きたい?運動靴じゃなければ大体大丈夫だけど、ヒールはおすすめしないかな。芝生の上も歩くし、さすがに履いたことないでしょ?」

 当然ヒールは履いたことがありませんが、正直なところ、女の子しか履かない靴ですからちょっと興味はありました。あなたは自分で選ぼうとしますが、デザインが豊富で目移りしてしまいなかなか決まりません。しばらく考えましたが、結局諦めてマキさんに選んでもらうことにしました。この際ですから、自分に似合いそうな服も含めて一式見繕ってほしいとお願いします。すると、俄然やる気のでた様子の彼女は張り切って選び始めました。

「ゆかりちゃんが一番かわいく見える服、ばっちり選んであげるから!」

 かわいいと言われると、あなたはなんだか嬉しくなりました。あなたは憧れの可愛い女の子、彼女はそう認めてくれているのです。

 

 靴は無難に茶色いローファーに決め、早々にお店を移ります。次にやってきたのは下着の専門店です。あなたはもっと量販店のようなところでもいいのではないかと思いましたが、そうはいかないようでした。

「うちの学校は育ちのいい生徒が多いから、変な服を着てたらすぐばれちゃうよ。今はしょうがないからパーカー着てもらってるけど、本当はもっとちゃんとした服を着てほしいくらいなんだから」

 そう言ってマキさんはあなたの手を引き、お店の中に入っていきます。店内に入ってすぐ、真正面に下着をつけたマネキンが立っていて思わずたじろいでしまいますが、そんなあなたを彼女はグイグイと引っ張っていき、店員さんを呼びました。二十代後半くらいの品のいい女性です。

「すみません、この子のサイズ測ってもらえますか?」

「承知いたしました。こちらの更衣室へどうぞ」

「ほら、観念して行ってきな」

 マキさんに背中を押され、あなたは店員さんについていきました。靴を脱いで更衣室の中に入り、カーテンを閉められます。上着を脱ぐよう言われたので、あなたはパーカーを脱いで店員さんを呼びました。

 カーテンを少しだけ開けて入ってきた店員さんはメジャーをあなたの胸の下と頂点にあててそれぞれサイズを測り、メモをした紙を渡してくれました。それからいくつか同じデザインのブラを持ってきて、あなたに着けてみるよう言います。どうやらサイズ違いのようです。手に取ったブラは薄いピンク色で、レースで飾られていました。いかにも値段がしそうで、さりげなく値札を見てみると五千円ほどするようです。パーカーやワイシャツも買える値段を下着に出すのかと驚きましたが、マキさんがこの店のものを買うように言っているのですからこれが適切なのでしょう。

 知らない人に見られるのは恥ずかしいものの、店員さんだからとこらえてキャミソールを脱ぎました。あなたは店員さんに手渡されたブラに腕を通し、後ろでホックを付けようとしますがうまくいきません。結局、見かねた店員さんが手伝ってくれました。

「普段あまりブラされないんですか?」

 そもそもしたことがないあなたは適当に話を合わせます。つけ終わったかと思いきや、店員さんは手袋をしてから、失礼しますね、といってあなたの胸元に手を入れました。驚いてされるがままになっているあなたの脇や背中を胸元に引き寄せるようにして、詰め込みます。

「した方がいいですよ。形も綺麗に見えますし、全然大きさが違って見えますから」

 店員さんが手を抜き、これで完成ですと言って離れると、そこにはきちんと膨らんだ胸がありました。下着の効果は絶大で、裸の時はまあ膨らんでいるかなくらいだったのが、今やしっかりと見てわかるようになりました。

「ちゃんとするとサイズもかなり変わって見えるんです。付け方のポイントを書いた紙もお渡ししますね」

 あなたがブラの性能に驚いていると、更衣室の外からマキさんの声がしました。

「どう? 今つけてるの、私が選んでみたんだけどどうかな」

 あなたは彼女が選んでくれたのなら間違いないだろうと信じ、大丈夫と答えました。

「よかった。店員さん、それ付けていかせるんでタグ切ってもらえますか? お金は私が払うんで。あとショーツも一緒にお願いします」

 店員さんははさみでタグを切り落とし、いったん試着室から出てすぐに戻ってきました。手にはブラと同じデザインのショーツが数枚握られています。今履かれている下着の上から試してみてくださいと言われて受け取ると、店員さんはまた試着室から出ていきました。

 スカートをはいたままショーツをいくつか試すと、ちょうどいいサイズが見つかりました。あなたはちょっと気になってスカートを脱ぎ、鏡に写った自分の姿を眺めます。おそろいの下着を身に着けたあなたは着ているもののおかげで女の子度がさらに増し、内心嬉しくなってきました。腰に手を添え、軽くポーズをとってみるとなんだかモデルになった気分です。

 上半身はスレンダーながらも女性らしさがちゃんとあり、後ろを向くと腰から丸く上に上がったお尻へ続くラインが綺麗に伸びています。足も太過ぎない程度に肉感的で魅力的です。

 あなたが大きな鏡の前で楽しんでいると、外から店員さんの声が聞こえました。あなたは急いでスカートとキャミソール、パーカーを着て、借りていたショーツを脱いでからカーテンを開けます。

 カーテンの向こうにはマキさんもいました。

「どう、気に入った? ちゃんと下着付けると気持ちいいでしょ。じゃあ、ショーツも買ってはいていきなよ」

 あなたはサイズのあったショーツを店員さんに渡しました。すぐにレジで会計が済まされ、白くて透けないビニール袋、紙袋とともにあなたに渡してくれます。あなたは手早く更衣室の中で着替え、はいていたショーツをビニール袋に入れてから紙袋に入れて、更衣室を出ました。

 下着を選ぶだけでも、随分と時間がかかったように思います。あなたは次のお店に向かうのだろうと入り口に向かいましたが、マキさんが引き止めます。

「洗い替えが無いとダメでしょ? 同じメーカーなら同じサイズ感だから、この辺で好きなデザインのを五種類くらい選んでくれる?」

 ブラで五千円、ショーツもあわせると一揃いで七千円にもなります。それを五種類となると三万五千円。下着にポンと出せる金額ではありません。あなたはお金のことを心配してしまいます。バイトをすれば一カ月で稼げる額ではありますが、いまだに下着への金銭感覚が追い付いていないのです。

 しかし、洗い替えが無いと困るのは事実で、あなたは今つけているのと同じデザインで色違いを淡い紫色と白で二つ、それからもう少しシンプルなデザインのもので淡いピンクと淡い紫色の二つを選びました。ふと思えば、紫は結月ゆかりのモチーフカラーで、ピンクも結月ゆかり―穏―という派生キャラクターのモチーフカラーです。あなたは無意識にこの色を選んでいましたが、もしかするとこの色使いには縁があるのかもしれません。

 下着を選び終わり、今度こそ次のお店かと思いきや、まだ用事があるそうです。

「キャミソールもここで一緒に買っちゃうよ。同じ色使いのものとかそろってるし」

 あなたは考えるのが面倒になり、同じブランドの同じ色のものを次々に手に取り、彼女に渡しました。ここだけで四万円以上を使い、今日一日の買い物で果たしてどれだけお金を使うことになるのか心配になってきます。買い物が終わるとキャミソールも更衣室で着替えました。あなたの体にしっかり合った下着は着ているだけで気持ちがよく、女性が服にこだわるのもなんだかわかる気がします。

 

 無事下着を買い込んだあなたとマキさんは、ようやく次のお店に向かいました。やってきたのはガーリーなアイテムが揃っているセレクトショップです。マキさんは何度か来たことがある様子で、お店の中をあちこち見ては服を手に取り、あなたの体に当てて眺めます。

「こういうザ・可愛いって感じの服、私苦手だからゆかりちゃんが似合ってよかったよ~」

 よっぽど嬉しいのか小躍りしながら服を選ぶマキさんはなんだか新鮮で、あなたもだんだん楽しくなってきました。ふわふわして可愛いフレアスカート、お嬢様風の白いワンピース、胸元にフリルの付いたブラウスなど、目移りしてしまいます。

「さすがに量は買えないから、とりあえず三着くらい買っていこうか。あんまり買っても持ちきれないしね」

 すでにあなたの両手には先ほどの下着店で買った紙袋が下がっていて、帰る頃には二人とも両手いっぱいに袋を抱えていることでしょう。それでも、服を選ぶのが楽しくてやめられないのは女の子だからでしょうか。あなたは荷物の重さを気にせず、マキさんと一緒に服選びを楽しみました。

 お店を変えつつ二時間ほどたっぷり服選びを楽しんだあなたの両手には紙袋がさらに一つ増えていて、横を歩いているマキさんも両手に紙袋を持っています。そして、もちろんあなたは新しく買った服を着ていました。白いオフショルダーチュニックに桜色のカーディガンを羽織っていて、黒いミニスカートを合わせています。足元は淡い紫のオーバーニーソックスを履いていて、スカートだけより安心感がグッと増しました。

 マキさんは少し先に進んでから振り返り、街を歩くあなたの姿を眺めています。まじまじと見られるのは恥ずかしいですが、彼女がきっと褒めてくれると思うと期待してしまいます。そして、彼女はあなたの期待にちゃんと応えてくれました。

「よし、完璧。ばっちり可愛い女の子だね、ゆかりちゃん。たっぷり買ったし、服はひとまずこんなところでいいかな。イベントごとに必要な服はまたいずれ用意すればいいと思うし」

 増えた紙袋にはワンピースやキュロットスカート、ブラウスなど、少なくとも四日は被らずに着ることができるだけの服が入っています。マキさんいわく、同じような格好を短い期間でするのも恥ずかしいのだそうです。これでも必要最低限の量で、本当はもっと増やしたいのだとか。さすがに今日は無理ですが、また今度服を買いに来るのは嫌ではありません。あなたは彼女に今日のお礼とまた来たいことを伝えると、喜んでくれました。

「こんなにかわいいなら、服を選ぶ方も嬉しいってもんだよ。それじゃあ、荷物もたくさんあることだし帰ろうか」

 空は茜色に染まり、あっという間に暗くなってしまいそうです。服選びがこんなに楽しくて時間が一瞬で経ったのは、生まれて初めてでした。せっかく女の子になったからには、身だしなみを楽しまないと損でしょう。あなたはマキさんと今日見たかわいい服について話して盛り上がりながら、帰路につきました。

 

 寮に帰ると、すっかり夕飯時でした。あなたはまた一人でご飯を食べるのかと少し寂しくなっていましたが、どうやら今回はマキさんと一緒に食べられるようです。服装が整い、人の前に出しても恥ずかしくなくなったので同行できるようになったのでした。朝ご飯と昼ご飯は生徒専用の食堂で食べるため同行できませんが、一日一回でも一緒にご飯が食べられるのはとてもうれしいことです。

 この世界に来てから今日の午前中くらいまでは、あなたとマキさんの間に大きな壁がありました。湖での一件や部屋での出来事があなたと彼女の距離を開けてしまったのです。しかし、午後の授業で彼女があなたのお願いを受け入れたことや、あなた自身が何者か分かったこと、そして何より一緒に買い物を楽しんだことで、その距離はぐっと縮まりました。今ではすっかり友達といってもいいほどです。あなたと彼女は使い魔と魔術師で、契約によって結ばれているのですから、いずれ仲良くなるのも時間の問題だったでしょう。

 食堂につくと、大勢の生徒がすでに食事をしていました。彼女はキノコのクリームスパゲッティ、あなたはオムライスを注文して受け取り、席につきます。今日初めて人と一緒に食べる食事は暖かくて、食べるたびに笑顔がこぼれます。

「そんなにおいしい?」

 オムライスがおいしいのはもちろんですが、彼女といっしょに食べられるのが何よりうれしいのです。あなたが素直にマキさんにそう言うと、彼女はほほを染めて照れてしまいました。

「やっぱりかわいい子はかわいい服を着るべきだなってわかった。また明日も買い物に出かけなきゃね。服を入れるクローゼットとか買わないといけないし、せっかくだから小物も見に行きたいなぁ」

 お買い物会第二弾は、思ったよりも早く来るようです。

 

 晩御飯を食べ終わって部屋に戻ったあなたは、マキさんと一緒に今日買った服のお披露目会をしていました。どの服もかわいくて大満足です。ただ、着替えるときにも彼女があなたのことを見るのはちょっと恥ずかしかったでしょう。

「下着も私がお金を出したんだから、着ているところを見せてくれてもいいでしょ?」

 そういわれてしまうと、見せてあげるほかありません。そもそもあなたは使い魔なので彼女のいうことを聞くのは当然かもしれませんが、彼女はあなたを一人の女の子として尊重して扱ってくれるので、その点は感謝していました。

「うん、下着姿もかわいいよ。よく似合ってる」

 面と向かって可愛いと言われると、ちょっと照れてしまいます。そんなあなたの反応を面白がってマキさんは可愛い可愛いと何度も言うので、あなたはすっかり顔を赤くして彼女を不満げに見つめました。

「ごめんって。でも本当に可愛いから胸張っていいよ」

 まだやっぱり茶化されている気はしますが、可愛いと言われるのは嫌ではありません。

 服のお披露目会が一通り終わると、彼女は勉強に移りました。あなたは暇になって、ソファーに座りながら彼女を眺めていましたが、視線が気になると言われてしまいます。その代わりに、彼女から本を貸してもらいました。高校生くらいの男女のイラストが描かれた表紙を見た限り、普通のライトノベルのようです。

 

 しばらく読み進めると、どうも様子がおかしいことに気づきました。表紙には男性キャラも書かれているのに、登場人物は女の子ばかりなのです。まさかそんなことは無いと思いながらも、表紙のタイトルと中表紙のタイトルを比べてみると、そのまさかが起きていました。本にかかっていたカバーと中身が別物なのです。

 きっと、マキさんはこれに気づかずにこの本をあなたに貸したのでしょう。どうしてこうなっているかわかりませんが、彼女の持ち物には違いないはずです。ということは、この本の内容も彼女の趣味嗜好に沿ったものなのでしょう。きっと何かの拍子に本の中身が入れ替わってしまっただけなのだろう、あなたは自分にそう言い聞かせて、本を読み進めました。

 中盤まで読み進め、いよいよもってまずい展開になって気がします。この小説、うすうす気づいてはいたものの、女の子同士の恋愛を描いているのです。マキさんはあなたと出会ったときに「男性と付き合いたい」と言っていましたから、女の子には興味が無いと思っていました。しかし、この本を好きで読んでいるのだとしたらとてもそうは思えません。

 もしかしたら、彼女は女の子が好きなことを隠したいのかもしれないと思いました。それなら、本の表紙が入れ替わっているのは言わずに、そっと正しいものに直した方がよいでしょう。あなたはソファーの上から本棚を眺め、中表紙に書かれたものと同じタイトルの表紙がかかった本を探しますが一向に見つかりません。どこかに隠してあるのでしょうか。

 結局この事態に決着をつけることができないまま、マキさんの勉強時間は終わってしまいました。彼女は大きく伸びをしてから、あなたの方を向いて「そろそろお風呂にしようか」と誘いました。あなたは本を本棚に戻し、今日買った着替えの下着と寝間着をもってシャワールームに向かいました。マキさんは今朝着替えた服の入っている籠も一緒にもって向かいます。

 シャワーの操作ができないので、あなたはマキさんと一緒に入らないとシャワーを浴びることができません。彼女が先に浴びるつもりならあなたを置いて一人で入るはずですから、あなたと一緒に来たということは先にあなたのシャワーを済ませようとしているのでしょう。あなたはマキさんのシャワールームに入ると服を脱ぎ、バスチェアに腰かけました。

 あなたに続いてマキさんも服を脱ぎます。あなたは自分の下着姿を見せたのだから彼女の下着姿を見てもいいだろうと考えて、鏡越しに彼女が服を脱いでいる様子を眺めました。制服のシャツとキャミソール、スカートを脱いで下着姿になった彼女は改めて見ても美しい体をしています。

 そんなふうに眺めていると、彼女は下着まで脱ぎだしました。あなたは焦って鏡から顔を背け、どうして脱ぐのか尋ねます。

「どうしてって、シャワーを浴びるんだから当たり前でしょ。二人別々に洗うのも時間の無駄だし、一緒に済ませようよ。私はもう別に気にしないし、ゆかりちゃんの裸は見たことあるからいいでしょ?」

 確かにあなたの裸は湖で見られていますが、問題はそこではありません。あなたが彼女の裸を見てしまいかねないところが問題なのです。あなたは彼女に見られてもいいのかと重ねて聞きますが、全く気にしていない様子でした。それどころか、あなたをおちょくるようにこんなことを言うのです。

「あれ、もしかしてゆかりちゃん、私の裸を見て照れちゃってるのかなぁ? 女の子同士なんだから、気にすることないのに」

 あなたの前世を垣間見ている彼女はあなたが男だったことを知っているはずなのに、なぜか気にするそぶりがありません。確かにあなたの見た目は完璧に女の子で仕草もだんだん女の子らしくなってきましたが、まだ意識には男性の部分が残っています。彼女の裸を見たら興奮するに決まっているのです。

 彼女はとうとう全部脱いだようで、あなたの隣に立ってシャワーからお湯を出すと髪を洗い始めました。あなたは壁を向いて彼女から視線を背けますが、ブラッシングの終わった彼女があなたに声を掛けます。

「はい、ゆかりちゃん使って。早く髪洗わないと私が込めた魔力が切れてシャワー冷たくなっちゃうよ?」

 あなたは彼女からブラシとシャワーヘッドを受け取ろうとしますが、彼女がちゃんと腕を伸ばしてくれないせいなかなか視界に入りません。できるだけ彼女の体を見ないように少しずつ視界を彼女の方にずらしていき、鏡越しにギリギリ見えたところで手を伸ばしました。鏡を見ながら自分の手の位置を確認し、何とか受け取ると彼女にクスクスと笑われてしまいます。

「何してるのさ、ちゃんとこっち見なよ。昨日の夜は私を襲ったくせに、急におとなしくなっちゃって」

 そういわれても、ここが夢の中だと思っていた昨日の夜と今とでは状況が全く違うのです。あなたは頬を赤く染めながら、昨日マキさんがやってくれたのを思い出して髪を洗いました。

 髪を洗い終わったのはあなたの方が先でした。マキさんの髪は腰元まであるロングヘアなので、それだけ時間がかかっているのでしょう。あなたは彼女にお湯のシャワーを出してもらい、シャンプーを洗い流してコンディショナーも終えると、洗面器にお湯をためて体を洗い始めます。

「ゆかりちゃん、髪まとめなきゃ。これ使うと楽だよ」

 先ほどと同じように苦労して彼女から受け取ったのは、タオル地のシャワーキャップでした。確かに、これならタオルで髪を巻くのに慣れていないあなたでもまとめられるでしょう。あなたはサイドの長く垂れた髪を頭に巻き付けるようにしてからシャワーキャップをかぶり、体を洗い始めました。

 隣にマキさんがいるので変なことはできませんし、そもそも昨日のように自分の体をまじまじと見ようとは思いませんでした。あなたがこの体になって丸一日が立ち、早くも自分の体に馴染んだようです。あなたは石鹸を泡立てたタオルで優しく体を洗っていきます。

「バスチェア、もう一個あった方が便利だね。明日街に行ったときに買ってこようか」

 そういえば、あなたがずっとバスチェアを使っているのでマキさんは立ちっぱなしでした。あなたは気づかなかったことを謝ってから彼女に使うか聞きましたが、とりあえず今日のところはずっとあなたに貸してくれるそうです。

「きちんと胸の下の方とかも洗うんだよ。ブラしてると結構汗かくから、適当にしてるとあせもができちゃうし」

 注意して洗ってみると、確かに汗っぽい気がします。胸の大きなマキさんなら、おそらくもっと蒸れて大変なんだろうと思いながら、あなたは全身を洗っていきました。満足いくまできちんと洗うと、ちょうどマキさんが髪を洗い終わったところでした。あなたは彼女からシャワーを借り、石鹸を洗い流して脱衣場に戻ります。バスタオルで体をしっかり拭いて、ショーツと寝間着を身に着けます。今日の寝間着は起毛のショートパンツとキャミソールです。彼女がどうしているかチラッと見ると、体を洗っている途中でした。

「私はもうちょっとかかるから、髪を乾かしたら先に戻っててくれる?」

 髪の長い人はシャワーを浴びるのも一苦労のようです。あなたはバスタオルで挟み込むようにして髪の水気をしっかりとると、個室を出て洗面台の前まで来ました。洗面台の上に置かれたドライヤーはあなたのよく知るドライヤーと同じ形をしていますが、コードが付いていません。その代わりに石がはめ込まれていて、これはきっと昨日の話に出た魔晶石でしょう。要は、バッテリー駆動のドライヤーです。スイッチを入れると温風が勢いよく出てきました。昨日マキさんが乾かしてくれた時は穏やかな風量だったのを思い出し、控えめの勢いでゆっくりと乾かしていきます。

 

 髪をしっかり乾かし終わったあなたは、部屋でマキさんの帰りを待ちながら本を探していました。マキさんが勉強している間にあなたが読んでいた本の片割れを見つけ出し、中身を正しいものに入れ替えて戻そうとしているのです。しかし、なかなか見つかりません。どこかに隠されているのかと思ってクローゼットの中や引き出しを開けますが、見当たらないのです。結局見つからないまま彼女が帰ってくる足音がしたので、諦めるしかありませんでした。

 部屋に戻ってきた彼女の顔は少し火照っていて色気がありました。彼女は冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスに注いであなたに「飲む?」と差し出します。受け取ったグラスは冷たくて、風呂上がりの火照った体が気持ちよく冷やされていき、一口飲めば体にしみわたっていきました。彼女もお茶を飲んで一息つくと、本棚へと向かいます。

「そういえばゆかりちゃんに渡した小説、どんな内容だったっけ。結構前に読んだから忘れちゃったなぁ。どう、面白かった?」

 明らかにまずい状況です。あなたは何とかマキさんの気を小説から逸らそうと考えますが、いい案がすぐに思いつきません。本棚まではそう距離もありませんから、彼女はあっという間に本を手に取って開きました。

 マキさんの反応は思った通りでした。中身が入れ替わっているのに気づいた彼女はそっと本棚に戻してから、あなたに尋ねます。

「…………読んだ?」

 あなたは読んでないと答えようか一瞬迷ってしまいました。それは彼女が理解するのに十分な間で、読んだと知った彼女はいろいろと言い訳を並べます。

「それは友達から借りたもので、私まだ読んだことが無くて、えっと、あー……うん」

 彼女自身も苦しいと感じたのでしょう。それ以上言い訳はしませんでした。そこで終わってもよかったのですが、こうなってしまえば同じことだろうと、あなたは彼女に女の子が好きなのかと直接尋ねてみました。彼女はまぁそう聞かれるよなといった表情で答えます。

「嫌いではないかなぁ。男の子のほうが好きだけど、まぁ、無しではない、みたいな」

 

 微妙な雰囲気のまま、あなたはマキさんと一緒にベッドに潜り込みました。昨日と同じく、背中合わせで横になり、同じ枕を二人で使っています。今は枕が一つしかないのでこうやっていられますが、もし明日の買い物で枕がもう一つ増えたら彼女とくっついて寝る言い訳が無くなってしまうでしょう。彼女の体温をこうして感じられないのは寂しくて、このままずっとこうして寝られたらいいのにと思っています。

 貴方は今日一日を振り返っていました。いろいろ出来事はありましたが、すべてを通して彼女はあなたとしっかり向き合い、受け入れてくれていました。前世を知っても、キスを求めても、今の種族を知っても、拒絶しないでくれたのです。それどころか、服を選んでくれたり一緒に食事をとってくれたり、とてもよくしてくれました。それに彼女はあなたを可愛い女の子として丁寧に扱い、褒めてくれたのです。

 こんなに優しくされては、惚れても仕方ないでしょう。あなたは彼女のそばにいると胸が高鳴りながらも安心できて、彼女と離れると途端に寂しくなります。彼女の暖かさは何よりも心地よく、彼女とのキスはあなたをすべて溶かしつくしそうなほどの快楽を与えてくれました。

 もしも彼女があなた以外の誰かと喋っていたらそれだけで不満に思い、あなたに話しかけてくれたらそれだけでとっても幸せになるでしょう。こんなにわかりやすい好意を自覚したのは、生まれて初めてかもしれません。

 言うまでもなく、あなたは彼女に恋をしているのでしょう。この気持ちが使い魔と魔術師の契約による絆から来るのかそうでないのかはわかりませんが、彼女を強く思っているのに変わりはありません。

 彼女が女の子を恋愛対象に見ることができると知って、あなたは本当に嬉しかったでしょう。性格や振る舞いが原因だったら自分が変わればいいですが、性別の差はどうしようもないのです。この世界に来た時に女の子になってあなた自身は嬉しかったのですが、彼女の恋愛対象から外れてしまったのならとても悲しいことでした。しかし、そうではなかったのです。

 あなたは可愛い女の子の見た目をしていて、外見は彼女が望むレベルにきっと達しているはずです。後は性格や振る舞いを彼女好みにすれば、いつかきっと受け入れてくれるでしょう。

 彼女の好みという点では、今日のお買い物はかなりいい機会になりました。どうやら彼女はあなたに女の子らしい格好や振る舞いをして欲しいようなのです。服装は彼女好みに選んでくれたのできっと大丈夫でしょうから、後は振る舞いです。

 女の子がグッとくる、女の子の振る舞いとは一体どんなものなのでしょう。あなたは明日から彼女が好きな女の子の振る舞いを探ると決め、目を閉じました。

 

 

 真夜中、あなたは誰かに揺り動かされ、声を掛けられて起こされました。はじめはマキさんかと思いましたが、声が全く違います。彼女よりもずっと幼くあどけない声です。あなたが目を開くと、ベッドの横に見知らぬ人影がありました。

「やあ、誕生から丸一日経過記念の褒美を渡しに来たぞ」

 かわいいのになぜか威厳を感じる声であなたにそう言ったのは、十代前半の少女でした。しかしその服装は明らかに一般人とはかけ離れています。乳首や股間をわずかに隠すだけの服や腰から伸びる細く長い尾はどちらも黒く艶やかで、胸は大きくも重力に負けない張りがあり、劣情を煽るためだけに存在しているような姿です。それはまさしく、あなたのイメージ通りの淫魔そのものでした。

 あなたはマキさんを起こそうとしましたが、あなたの首から下はピクリとも動きません。まるで金縛りにあっているようです。

「余とお前だけでよい。事が終わればすぐ消える。余は淫魔の長である。異世界の魂が生まれる寸前の淫魔に入り込んだと聞いて、戯れに来てやったのじゃ」

 どうやら彼女はあなたがどうしてこの世界に来たのかを知っているようです。あなたは間髪入れずにどういう意味なのか尋ねますが、彼女は依然として余裕を保ちたっぷり間をとって答えます。

「言葉のままじゃ。淫魔に限らず魔物は世界によって生み出される存在。その魂もやはりこの世界が生み出すが、お前の場合は異世界にあるものがそっくりそのままやってきた。ただそれだけのことじゃよ」

 前触れもなく自分がここにいる原因の一端に触れあなたは頭を回転させようと精一杯です。それに対して彼女は相変わらずマイペースで、ここに来た目的をさっさと終えようとしました。

「それはそれとして、褒美を渡すぞ。お前の格を一つ引き上げてやろう。また時期が訪れたら褒美をやるからせいぜい頑張るがよい。ではな」

 彼女はそれだけ言って指を鳴らし、忽然と姿を消しました。そしてあなたの意識もそれに続き、刈り取られるように失われました。

 

 

 

 

四月三日(金)

 翌朝、あなたは起きてすぐにマキさんを揺り起こし、昨晩の出来事を伝えました。朝に弱いのか寝ぼけた様子の彼女ですが、あなたの話を聞いて頭が覚醒してきたようです。

「淫魔の長かぁ……やっぱりゆかりちゃんは淫魔なんだね。紋様でそうだとは思っていたけど、これは確定かなぁ。で、格が上がったのか……。見た目は変わってないけど」

 格が上がるという意味はよく分かりませんが、きっと悪いことではないでしょう。あなたはあまり考えすぎないことにして、マキさんと共に身支度を始めました。洗面を済ませ、服を着替えます。マキさんに背中を向けていったん全部脱ぎ、ショーツを履いてブラを付けました。昨日下着専門店の店員さんに教わった通りにつけると、なかなか悪く無い具合に収まります。お店の人にやってもらったほどではないですが、綺麗な形の胸を作ることができました。続いて、昨日買ったお洋服を着ます。今日はベージュのキュロットスカートと胸にフリルの付いた黒いブラウスです。

 昨日一緒に風呂に入ったからか、あなたはマキさんと同時に着替えても顔を真っ赤にするようなことはありませんでした。まじまじと見られるなら話は別ですが、お互い着替えていて相手のことを気にしていなければ問題ありません。

 それに、自分の体で彼女の気を引くことができるのかどうか試したい気持ちもありました。あなたは下着で隠される部分はできるだけ見せないようにしながら、後姿を彼女にさりげなく見せつけてみます。

 胸には自信がありませんが、あなたは肩から背中、お尻、太ももにかけてのラインがなかなか悪くないと自負しています。それに、自分の後姿を見慣れている人はそうそういません。彼女があなたの胸を見ると自分の大きさと無意識に比較してしまうでしょうが、後姿については純粋にあなたのものを受け取ってくれるのです。

 着替え終わったあなたは横目で彼女の反応を窺いました。仕草は平静そのものですが、ほほが少しだけ赤い気がします。気のせいかもしれませんが、もしそうだとしたら嬉しいことです。

 

 今日の朝ご飯とお昼ご飯はあなたが自分で購買に行って買ってくることになりました。マキさんは今日のご飯代をあなたに渡し、まずはあなたと一緒に購買へ向かいます。

 購買は学校の食堂のすぐ横にあります。品揃えは案外悪くなくて、パンが数種類とボトル入りの飲み物、お弁当にお菓子類、雑貨などが置いてありました。あなたは好みのパンと飲み物を買って部屋に戻り、朝食を済ませます。

 普段の授業では使い魔の出番がないため、あなたは部屋で自由に過ごすことになりました。外に出てもいいとは言われましたが、まだ地理がよくわかっておらず、迷子になっても困ります。

 放課後までは六時間ほどあります。それまであなたは部屋の中で時間を潰すのですが、ひとまず今日のところはアテがありました。今朝のうちに、彼女から百合系の小説を借りておいたのです。

 昨日の夜の一件で彼女が百合小説を持っていることはわかっていました。あの小説は一冊で完結するものではなかったので、まだ隠しているのだろうと容易に想像がつき、聞いてみれば案外素直に渡してくれたのです。隠し場所は勉強机の引き出しの中で、ファイルや書類でうまいこと見えないようにされていました。

 

 午前中は何事もなく小説を楽しく読んで時間が過ぎましたが、午後になるとあなたの体に異変が起き始めました。昨日あなたの支援を試した時に感じた、あの切ない感覚が徐々に湧いてきたのです。はじめは小説の内容にあてられただけかと思われましたが、落ち着くために飲み物を飲んだり本を置いて窓の外を眺めたりしてもそのじんわりとした熱は引きません。

 あなたの体がこうなるということはマキさんへの支援が発動しているはずですが、昨日はお互い触れていないとできませんでした。もしかしたら、格が上がった影響で触れていなくても支援できるようになったのかもしれません。

 もしそうだとしたら、困ったことになりました。授業で魔術を使うのは珍しくないでしょうから、あなたの支援が常時効いているということはあなたが常に魔力を供給するということになります。つまり、あなたが彼女に触れていようがいまいが、彼女が魔術を使うたびにあなたは発情し、精力を求めることになるのです。

 今はまだ欲求が強くないので我慢できる範囲ですが、昨日のようにたくさん魔力を使われたらどうなるでしょう。そして、あなたが外出している間にそれが起こったら、どうなるでしょう。彼女と一緒に居るならどこかに駆け込んで精力をもらえば済みますが、一人で外出していたらどうしようもありません。

 これは実質的に、あなたが彼女から離れられなくなったことを意味していました。

 

 あなたはそれからも小説を読んで時間を潰していましたが、午後の授業も中盤に差し掛かったころ、唐突に腹の底から煮えるような熱が生まれました。それは瞬く間に全身に広がり、頭を支配します。息が荒くなり、鼻でする深い呼吸から口でする浅く早い呼吸に切り替わります。

 もう、小説を読んでいられる状況ではありません。あなたは本を机の上に置き、ベッドに横になりました。早くマキさんに会いたい。あって抱きしめ、キスしてほしい。そんな欲求で思考が埋め尽くされます。

 枕に顔をうずめると、彼女の匂いが鼻を通って脳の隅々まで行き渡ります。枕を抱きしめ口づけますが、嗅覚だけしか満たされなくてますます彼女が欲しくなってきました。体が快楽を求めて疼くのです。

 あなたは布団をかぶり、彼女に抱き着いている妄想をしながら枕を掻き抱いて胸元を押し付けました。何とか欲求を発散しようとしますが、体の熱は高まるばかりです。どうすれば解消することができるか分からないでいると、ちょっとした拍子にわずかな快感を覚えました。胸を左右にこすりつけるように動かすと、先端にじんわりとした気持ちよさが生まれます。

 

**********

 あなたは何とか自分の体の熱を発散しようと、自分で自分の体を慰めました。しかし、いくら気持ちよくなっても欲求は一向に発散されません。むしろ増したような気さえします。体はマキさんを必死に求め、手は寂しさを快感でごまかそうとして動き続けました。

**********

 

 あなたの思考はぐちゃぐちゃに蕩けてしまい、時間の感覚はもうありません、満足のできない快楽をただひたすらむさぼっていると、不意に視界が明るくなりました。布団がめくられたのです。

「やっぱり……大丈夫?」

 視界はまだ白い光に包まれたままですが、その声はあなたにまっすぐ届きました。あなたがずっと求めていた、マキさんの声です。あなたは服の中から手を抜くと体の感覚だけでベッドに膝立ちになり、声を頼りに彼女へ抱き着きました。柔らかく暖かい彼女の体の感触を受け止めていると、だんだんと目が明るさに慣れて視界が戻ってきます。

 彼女の顔を覗き込むと、やはり困惑した表情を浮かべていました。

「結構一気に使っちゃったからなぁ……やっぱりゆかりちゃんから供給されてたか。格が上がったって言ってたのはこれみたいだね、便利だけど、これはちょっとまずいぞ……」

 何やら難しいことを考えているようですが、あなたはそれよりも彼女にキスをして欲しくてたまらず、何度もねだります。視線は彼女の唇に釘付けで、彼女が許してくれたらすぐに飛びつく用意ができていました。

「うん、いいよ。おいで」

 マキさんはあなたの肩を抱き、優しく呼び寄せてくれました。待ちに待った彼女の唇にむさぼりつくと、自分の手では得られなかった濃密な満足感が注ぎ込まれます。あなたは彼女の体に全身を擦り付けながら、精力を分けてもらいました。

 

 たっぷり十分は彼女の唇を堪能しましたが、あなたの体の疼きは収まっていません。理性が少しだけ回復し自分を客観的に見れるようになったあなたは、自分で慰めていた部分がひどく熱を持っているのを自覚しています。あなたはまだ満足できないと彼女に訴えました。

「昨日より使っちゃったからなぁ……あの魔術、燃費悪いし……。その、ゆかりちゃんはどうしてほしいの?」

 昨日は少しずつ様子を見て魔力供給を行ったためキスだけで済ませられましたが、今日はその壁を越えてしまったようです。いくら口からもらおうとしてもキリがありません。もう、それ以上となればやることは限られていました。

 

 

**********

 

 あなたは彼女の手を取ると、自分の服の中に差し入れました。彼女は緊張した面持ちで、顔を赤く染めています。女同士とはいえ、デリケートな部分を触るなんて普通では考えられません。

 しかし、嫌がる様子はありませんでした。それがあなたの契約者としての責任を感じているからか、女の子にこうして触れるのが嫌でないからかはわかりませんが、できれば自分の体に魅力を感じてほしいと願います。

 あなたは彼女に弄ってほしいとねだりました。そこはもうとっくに硬くとがっていて、彼女の指が触れただけであなたの体は歓喜に震えます。

「わかった。私に任せて」

 マキさんは肩に力が入りながらも、あなたの望みを受け入れてくれました。あなたとは違う触り方で、そっと触ってくれます。あなたは彼女に抱き着きながら、快感に集中しました。

 

**********

 

 

 やがて、全身から力が抜けたあなたはベッドにへたり込みました。彼女の手はその勢いで服の中から抜け出し、あなたの前で行き場を無くしています。あなたから出た液体で濡れた手は卑猥で、見るだけでまた快感が背筋に走りました。部屋には女の子のいやらしいにおいが広がり、自分が彼女に気持ちよくしてもらったのだと聞かされているようです。

「ゆかりちゃん、大丈夫? 落ち着いた?」

 あなたは気遣ってくれるマキさんに欲求が落ち着いたことを伝えました。疼きは解消されていて、体の熱はまだひきませんがいずれ収まるでしょう。あなたは初めて得た直接的な快感にあてられたのか、腰が抜けてしまってベッドに倒れこみました。

 

 しばらく意識を失ってしまっていたようです。気が付くと、あなたは服装を直されて仰向けに寝ていました。ベッドのすぐ横にある勉強机の椅子に顔を赤らめたマキさんが座っていて、あなたを眺めています。

「ゆかりちゃん、お疲れ様」

 激しい欲求から解放されて理性を取り戻したあなたは、先ほどまで彼女に見せていた己の痴態を思い出して顔を真っ赤にすると、ベッドに潜り込みました。いくら種族としての欲求にあてられたとはいえ、あまりにも恥ずかしかったのです。彼女に見せる顔がありませんでした。

「落ち着いてゆかりちゃん。大丈夫。大丈夫だよ」

 マキさんは布団の中に手を差し込み、あなたの頭をなでてくれます。しばらくそうしてもらっているとだんだんと気分が落ち着いてくるのが分かるでしょう。

 

 あなたがすっかりと落ち着き、改めて服装を布団の中で整えてベッドから出ると、まだ少し顔の赤いマキさんがソファーに座っていました。先ほどまで彼女にすがり付いてよがっていたと思うと、顔を直視できません。まさかあそこまで乱れるとは思わず、あなたは彼女に謝りました。

「しょうがないよ。まさか近くにいなくてもゆかりちゃんから供給してもらえるようになったなんてわからないし……。それに、よくわからない状況で大きな魔力を使った私にも非はあると思う」

 彼女はあなたをそうやってフォローしたうえで、今後について考え始めます。

「これからはこまめにゆかりちゃんと、その……キスするか、一緒に居るようにしないとね。いっぱい魔力使うときはあらかじめ周りを考えないといけないだろうし……」

 一番早いのはあなたが彼女への魔力供給を断つことですが、今のところそれはできそうにありません。そうなると、あなたが供給を行う前提で行動しないとまずいでしょう。授業中に彼女と触れ合うことは難しいですが、合間合間でうまく時間を見つけないといけなくなりそうです。

「なんにせよ、問題が解決するまではゆかりちゃんを部屋から出せないなぁ。もしも街に出かけていた時に今日みたいなことが起きたら、最悪男の人に襲われちゃうかもしれないし……。もうちょっと効率よく精力を渡せればいいんだけど」

 考えたくもない話ですが、ありえないとはとても言えません。彼女にキスしてもらう直前のあなたはほぼほぼ理性を失っていて、マキさんが部屋に入ってきたのさえ気づきませんでした。

 何とかならないものか頭をひねっていると、彼女が何か思いついたようです。

「そういえば、昨日ゆかりちゃんがすがり付いてきたときの魔力消費量よりも今日の午前中の消費量が大きいかもしれない。試してみないと分からないけど、もしかしたら供給するたびに耐えられる量が増えてるかも」

 

 魔力供給可能量の変化の確認は夜に回して、あなた達二人は昨日に引き続き街に来ました。今日はあなたの部屋着やクローゼットを買いに来ています。まずは洋服店に向かい、カジュアルな格好の部屋着を買いましょう。

 マキさんに案内されたお店はパーカーやジャージ、スウェットなども置いてあるお店です。マキさんは昨日と同様に気になった服をあなたの体に当てて選び出しますが、このお店に限ってはあなたが試したい服を見つけました。深い紫色の表地にピンクの裏地が付いたパーカーで、フードにはウサギの耳を模した飾りがついています。あなたの視線に気づいたマキさんが視線をたどってそのパーカーを見つけると、手に取ってあなたにあてました。

「このパーカー、ゆかりちゃんが着てたやつにそっくりだね。着てみようか」

 生地はしっかりとした厚めのもので、これ一枚着るだけでもかなり安心感があります。フードは大きめで、かぶってみると顔の横にかなり余裕があるのが分かるでしょう。鏡の前に立ってみると、自分のことながらとてもよく似合っていると思います。

「うん、似合ってるね。ついでだし……ゆかりちゃんの記憶にある『ゆかりちゃん』の格好、そろえてみようか。この街のどこかにあるかもしれないよ?」

 見慣れたあの格好ができるとあっては、あなたも乗り気になりました。さっそくパーカーを買ってもらうと、次はノースリーブのワンピースを探しに街の店を片っ端から回ります。

 

 それほど時間もかからずお目当ての服を見つけたあなたはさっそく試着室で着てみましたが、この姿はとても彼女に見せられたものではないと感じました。着てみてわかりましたが、この服はあまりにも丈が短すぎるのです。生地自体は股下二十センチほどあるのですが、腰から下の大半が白く透けた生地で、体を隠してくれる紫色の生地は下着をギリギリ全部覆う程度までしかないのです。まるで、ちょっと長めの上着に透けたスカートをはいているようなもので、安心感とはかけ離れた服でした。パーカーの丈が長いので一緒に着れば多少はましですが、パーカーの前を開けたらいつ下着が見えてしまうかドキドキしてたまりません。それに首にかける紐が胸の下を通っているため、服がたるまないように紐で固定すると胸の形がくっきりと浮かび上がるのです。生地は薄く、ブラの形もうっすらと透けてしまいそうです。肩ひもが見えてしまうので、本当に着るとしたらブラを付けずにこれ一枚で着ることになるでしょう。そんな着方をしたら乳首が浮いて見えてしまいそうで、とてもじゃないですができません。

 あなたは服を脱いで諦めようとしましたが、それよりも早くマキさんが試着室のカーテンから顔だけ突っ込んで覗いてきました。

「おー、ぴったりじゃん。外で着るにはアレだけど、部屋の中ならアリだね」

 彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべています。そんな彼女に対して『この服は恥ずかしいので着られません』とは言えませんでした。

 

 衣装を一式そろえてマキさんは紙袋片手にかなり機嫌よく歩いていますが、あなたは家に帰ってからどうなるか気が気でなく落ち着きません。服自体を着るのはいいのですが、それを彼女に見られるのが恥ずかしいのです。

 しかし、考えてみればこんなに楽しそうにしてくれるのは彼女への距離をさらに詰めるいい機会かもしれません。あの服はキャラクターの公式衣装になっているだけあって、あなたの魅力をしっかり引き出してくれます。

 胸の上下に通された紐のおかげで、小さな胸もはっきりと主張します。太ももは最小限のみ隠されながらも、白く透けるレース状の裾のおかげで上品さが出ています。首筋や肩は紐でわずかに隠されているだけで、むしろ肌の白さが引き立っています。

 普段はパーカーを着ていれば肌を隠せて、ここぞというタイミングでパーカーの前を開ければ彼女に自分の体を見せつけられると思えば、なかなかバランスのいい服装かもしれません。先程まではただ恥ずかしいだけの服装に感じていましたが、今はなかなか頼もしい勝負服に思えてきました。

 

 服を買い終わったあなた達は家具屋さんに来ました。すっかり増えた服をしまうためのクローゼットをマキさんと選び、二人で並んでお風呂に入るためのバスチェアを買って、今日したいと思っていた買い物は終了です。持って帰るには大きいためここで買ったものは送ってもらい、ここからはマキさんが街を案内してくれることになりました。

 まず向かったのは寮からも見えるほど高くそびえたつ塔です。もともとは耕作用の水車小屋だったのがだんだん規模を大きくし、面白半分で展望台を付けたのがきっかけなのだとか。

 螺旋階段をぐるぐる上ること数分で展望台に到着しました。街を一望できる唯一の場所で、マキさんが指さして大まかな説明をしてくれます。映画館やショッピングモール、レストラン街、公園、演劇場などお店や娯楽施設は充実しているようです。ビル十階ほどの高さですが、ほかに高い建物が無いため、想像よりもずっと高いところから見ている感覚がします。

「ゆかりちゃんはどこか行ってみたいところあったりする? 映画とかお芝居を見に行ってもいいし、ご飯を食べに行ってもいいし」

 時計を見るともうすぐ夕方です。あなたはここでちょっと欲張ってみることにしました。今日はもう時間が少ないので、また日を改めてデートしてくれたら嬉しいとお願いしてみます。どうやら今日の彼女は機嫌がいいので、もしかしたらオッケーしてくれるかもと思ったのです。それに、デートという言葉をわざと使うことで、彼女からの好感度を測れるかとも思えました。

「で、デート? もう、そうやってからかおうとしてもダメだよ。もちろん、ゆかりちゃんと一日遊びに行くのは楽しみだから、今度行こうね! プランもばっちり練っておくから」

 本気にはしてもらえなかったものの、意外と好感度は低くないようです。もしも出会って初日に言っていたら、冷たく返されて終わりだったでしょう。

 展望台を降りたあなた達は、続いて小物屋さんに向かいました。せっかく女の子になったのですから、お揃いのアクセサリーでもつけようという話になったのです。マキさんとお揃いの何かを身に着けられるなんて、なんだか恋人っぽくてすごく嬉しいことでしょう。どんなものがいいか二人で楽しく話しながらお店に向かいました。

 マキさんに連れてきてもらった小物屋さんは指輪やネックレスなどのアクセサリーをはじめ、人形やぬいぐるみなどもそろっていました。あなたはマキさんに何がいいか聞きましたが、どうやら今回はあなたに選んでもらいたいようです。

「今までは私がゆかりちゃんを好き放題しちゃってたし、ゆかりちゃんからも何か選んでくれたら私も嬉しいなぁ」

 思えば、今まであなたが自分で選んだものはないかもしれません。それに、自分の選んだものを彼女が身に着けてくれると考えるとなかなか嬉しいものです。あなたは頑張って自分にも彼女にも似合いそうなものを探し始めました。

 指輪をお揃いで付けるのはもう少し仲良くなってからに取っておきたい気持ちがあり、ネックレスをお揃いで付けても制服を着ているときは外に見せられないのでちょっと寂しい感じがします。イヤリングやピアスもちょっと重い気がしますし、ほかのアクセサリーといえばブレスレットでしょうか。

 お店に置いてあるブレスレットは革の紐を金具で止めるタイプのもので、様々な色の綺麗な石が取り付けられています。紫色の石が付いているものと黄色の石が付いているものがそれぞれあり、これはちょうどよさそうです。値段もそこまで張るわけではなく、マキさんの顔を伺うと微笑んでくれました。マキさんは二つ分のお金を渡してくれます。あなたは会計を済ませて彼女とともにお店を出ると、包んでもらった袋からブレスレットを二つ取り出します。

 手の上には紫の石と黄色の石、それぞれがはめられたブレスレットが乗っています。あなたはどちらを彼女に渡すか少し悩みました。無難なのは彼女に合わせて黄色のブレスレットを渡すことですが、紫のブレスレットを渡して自分の色を身に着けてもらうのも悪くありません。結局、あなたは彼女に紫のブレスレットを渡しました。

「ありがとう。これで授業中もゆかりちゃんと一緒だね」

 彼女は満面の笑みで、左手首に紫色のブレスレットを付けました。あなたの考えをすぐにくみ取ってくれて、思わず胸が暖かくなります。こういう察しのいいところを見せられると、彼女のことがますます好きになってしまいそうです。

 あなたも黄色のブレスレットを左手につけようとしますが、なかなか片手で付けられません。マキさんがあっさりとつけていたので簡単だと思いましたが、意外と難しいのです。そんなあなたを見てマキさんはしょうがないなと苦笑します。

「ほら、右手出して。つけてあげる」

 あなたがマキさんに黄色のブレスレットを渡して右手首を差し出すと、あっという間に付けてもらえました。手首をくるくる回すと光が石にあたってきらきら輝いて見えます。あなたが存分に見終わって顔を上げると、マキさんがほほえましそうにあなたを見ていました。

「これでゆかりちゃんも私とずっと一緒だね」

 そんなことを言われるとどうしても意識してしまい、あなたは頬を染めました。彼女がニヤニヤしているのが何となく伝わってきますが、彼女の顔を見るのは気恥ずかしくてできません。あなたは彼女の手を取り、学校に帰るゲートへ向かいました。

 

 寮に帰ったあなた達は晩御飯を食べた後、今日買ったものを部屋に並べていました。この世界の宅配業者は恐ろしいほどに仕事が早く、帰ってきたらもう買ったものが届いていたのです。部屋の片隅にあなた専用のクローゼットができたので、あなたの下着や服をそこに移動しました。おかげで、ギュウギュウ詰めになっていたマキさんのクローゼットは少しだけ余裕を取り戻します。

 初日に買ってもらった服はどれも可愛くて、あなたのお気に入りになっていました。あなたの女の子らしさを引き出してくれるのです。それに、彼女から可愛いね、良く似合ってるねと褒めてもらえるのが何よりも嬉しいのでした。

 そして昨日買ったものを全て移し終わると、次は今日買ったものです。パーカーや、途中で買った寝間着用のタオル地のワンピースをハンガーにかけて仕舞っていきました。そこまでは良かったのですが、例の裾が短いワンピースを手に取った瞬間固まってしまいます。マキさんは勉強をしていてあなたの方を見ておらず、服を取り出したことに気が付いていません。

 あなたは服を今着るかどうか悩みました。いつか特別な時に取っておくような服ではなく、早いところ彼女に見せてあげた方がいい気がします。しかし、ちょっとえっちな服を自分から着るのも少し恥ずかしいのです。少し考えて、彼女にお金を出してもらったのだから着て見せるのは当然だろうと自分に言い聞かせました。

 あなたは着替えるから振り向かないでと彼女にお願いして、服を脱ぎました。今日一日着たキュロットとチュニックを脱ぎ、ちょっと悩んでブラも外します。あの服をせっかく着るのですから、やるならやりきらないともったいないでしょう。それに、あの『結月ゆかり』が付けていないのですから、あなたが付けないのもしょうがないのです。あくまで、彼女と同じ格好をしてあげるだけなのです。決して彼女にちょっとえっちな格好を見せてみたいとか、そういうつもりはないはずです。

 ワンピースをかぶり、首の前でひもをクロスさせてから後ろに回します。そして胸元をきちんと締め付けるように紐を調整して、首の後ろで結びました。ブラを付け始めてまだ一日しか経っていないのに、ノーブラで服を着るのにはどこか抵抗があります。胸を触るとふにふにと柔らかい感触が戻ってきて、ちょっとした違和感を覚えるでしょう。裾はやっぱり短くて恥ずかしいですが、彼女が喜んでくれることを想像すると頑張れます。続いて紫のオーバーニーソックスを履き、パーカーを着て完成です。

 姿見の前に行って自分の姿を確認してみましょう。そこにはあなたのよく知った格好をしている結月ゆかりがいました。パーカーや腰にレンズ状のアクセサリーや帯が付いていなかったり、金属っぽい髪留めを付けていなかったりと違いはあるものの、おおよそそのままです。あなたは髪を整え、マキさんが勉強を終えるのを待ちました。

 

 やがてマキさんが勉強を終え、教科書とノートを閉じました。あなたはそっと彼女の後ろにたち、声を掛けます。

「どうしたの? ……って、うぇっ⁉ 着てくれたんだ、嬉しい!」

 振り返った彼女は、あなたの姿を見るとすぐに満面の笑みで喜んでくれました。それから彼女はあなたの姿を上から下までじっくりと眺め、かわいい、似合ってると褒めてくれます。彼女に褒めてもらえるとあなたはどうしようもなく嬉しくなって、顔が緩んでしまいます。  

 あなたがそうやって喜んでいると、彼女から思いもよらないセリフが飛び出しました。

「ゆかりちゃん、ちょっと早いけど、キスしちゃっていい?」

 まさか彼女から進んでキスしてくれると思っていなかったあなたは、変な声が出てしまいました。あなたが驚いている間に彼女は椅子から立ち上がって肩を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめます。心の準備ができていないのに彼女の顔が間近にあって、あなたは思考が止まってしまいました。きれいな翠眼で見つめられたあなたは動けず彼女の顔がさらに近づいてきたので思わず目を閉じました。そのままキスされるかと思いきや、彼女はあなたに一言囁きます。

「これからずっとキスすると思うし、私、勉強したんだ。今日は私に任せて」

 あなたが息をのむのと同時に、彼女はあなたと唇を重ねました。最初は軽く押し付けるだけの優しいキスでしたが、だんだんと深さが増していきます。緊張していた口元も、彼女の舌で上唇をなぞられれば自然と開いてしまいました。チュッとリップ音を鳴らされながら唇を吸われると、これからどんどん激しいキスをされるのだろうと胸の鼓動が加速していきます。

「ほら、目を閉じないで」

 一度唇を離され、彼女にやさしくささやかれます。こんなに顔を近づけているのに目を開けるなんて恥ずかしいですが、彼女から求められたのでは断れません。ゆっくり目を開けると、彼女の目元があなたの視界いっぱいに広がります。あなたの顔は一気に赤く染まり、首から上が熱くてたまりません。

 あなたが照れているのが嬉しいのか、マキさんはあなたとさらに深くキスします。舌をゆっくりと差し入れると、あなたの舌を軽くつつきました。まるで、あなたにも舌を動かしてほしいと言っているようです。あなたがおずおずと舌を差し出すと、からめとるように舌同士で触れ合います。くちゅくちゅと水音が口の中で響き、なんだかえっちなことをしている気分になってきました。

 そうしてしばらく触れ合うと、今度は口蓋をなめられました。自分では気づいていませんでしたが思ったよりも敏感で、思わず声を漏らしてしまいます。鼻にかかって色気があり、自分で出した声だとは思えないほどの甘さでした。マキさんは気をよくして、彼女も気持ちよさそうに声を漏らします。

 キスに夢中になっていたあなたを、新たな刺激が襲います。彼女が片手であなたの頭をなで、もう片方の手で背中をなでたのです。口、耳、頭、背中と四カ所から感じる彼女の熱にあなたは溺れました。

 

 時間を忘れてキスをしていると、彼女が不意に唇を離しました。彼女の熱が遠ざかるのが恥ずかしくて思わず声を出してしまいますが、いつまでもこうしているわけにはいきません。そもそもキスをするのはあなたが魔力供給したぶんの精力を与えるためなのですから、本当はもっと短くてよかったはずなのです。

 どうして彼女は自分にここまで情熱的なキスをしてくれたのだろうと、あなたは不思議に思いました。素直に考えれば、彼女が自分を愛してくれているのでしょう。しかし、彼女があなたに率直な愛情を伝えてくれたことはありません。

 もしかして、言葉にするのが恥ずかしいのでしょうか。もしそうだとしたら、今はあなたが好意を伝える絶好の機会に思えます。

 

 一歩下がった彼女の顔をうかがうと、少し顔を赤らめたままあなたを見つめていました。少し呆けた表情をしていますが、あれだけお互い夢中になっていればそれも当たり前でしょう。あなたは彼女にどう話を切り出そうか悩んだ挙句、キスをしてくれてありがとう、気持ちよかった、マキさんのキスは好き、と伝えました。面と向かって言うのは流石に恥ずかしいものがありましたが、視線は合わせられないものの、きちんと伝えられたはずです。マキさんは少し力が抜けた様子の柔らかい笑みで「ありがとう」と返してくれました。

 あなたの好意を彼女はきちんと受け止めてくれました。彼女からの好意は言葉にしてもらえませんでしたが、今は受け取ってもらえるだけでも十分でしょう。まだ彼女に出会って三日目。まだまだ学校生活は続きます。

 彼女はあなたの頭を軽く撫でてから、お風呂に誘いました。

 

 二人分のバスチェアが二畳程度の洗い場に並ぶと少し手狭ですが、お互いの存在を確かに感じられながらもきちんと自分の体を洗えるこの距離感をあなたは気に入りました。シャワーを浴びるのも今日で三回目。もう自分の体の勝手にはだいぶ慣れました。唯一の問題としてはデリケートな部分を洗う時にマキさんの存在を気にしてしまうところですが、あまり意識するとなおさら恥ずかしいので、考えないようにして手早く洗います。

 精力の摂取が必要で少し困ってしまう淫魔の体ですが、それを除けばむしろ人間の頃よりも便利な体でした。トイレに行く必要がなく、女性特有の月のものもなければ、肉体的に老いもしないのです。それが分かったときのマキさんはあなたを本当にうらやましそうに見ていたので、女性は毎月生活するだけでも大変なんだと少し同情してしまいました。

 

 風呂から上がり、マキさんと二人で飲み物を飲みながらのんびりする時間は、一日の中で特に気に入っていました。何をするわけでもなく、ベッドに二人並んで座り、窓を開けて外を眺めるのです。あなたが彼女の横にぴったりくっつくと、彼女はあなたにやさしく微笑んでくれます。その笑顔を見られるだけでも、この時間を過ごしている甲斐があるのです。

 今まで生きてきた中で、一番安心できる存在かもしれません。一緒に居るだけで前向きな気分になることができ、この先嫌なことが起きたとしても彼女となら何度だって乗り越えられる気がします。

 今日も一つの枕を分け合って眠りにつきました。

 



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四月四日、四月五日

四月四日(土)

 今日はあなたがこの世界に来てから初めての週末で、この間マキさんと約束していたデートをすることになっています。休日にしては早めに起きたあなた達は朝ご飯を食べ終えると、一番好きな服を着てお出かけの準備を始めました。あなたは服を買ってもらった日にも着ていた、白いオフショルダーチュニックに桜色のカーディガンを羽織っていて、黒いミニスカートを合わせています。

 マキさんは真っ赤なノースリーブのワンピースに真っ白なジャケットを羽織りました。ワンピースの首元はV字に少し大きく開いていて、胸の谷間が覗いています。圧倒的な質量を誇る彼女の胸は寄せなくても谷間ができるほど立派なので、下着できちんと形を作ればその完成度は素晴らしいものがありました。

「もう、そんなにおっぱいばっかり見ないでよ」

 彼女はあなたの目線に気づき恥ずかしそうに腕で胸を隠しますが、照れているだけで嫌ではないようでした。本当に見せたくないのならこんな服を着るはずがなく、あなたに見てもらいたいからこのような格好をしているのです。

 服を着替えたマキさんはドレッサーの前に座ると、棚から化粧品を取り出しました。慣れた手つきで次々とあれこれメイクをしていきます。あなたは後ろから鏡越しに彼女の顔を眺め、もともと可愛い彼女の顔がますます可愛くなっていくのを魔法のように見ていました。あっという間にメイクが終わったマキさんは、あなたをドレッサーの椅子に座らせます。

「今日はゆかりちゃんにもお化粧してあげるから、ちゃんとやり方を覚えてね?」

 彼女はあなたに一つずつお化粧の手順を教えてくれます。はじめに日焼け止めを兼ねた下地のクリームを薄く塗ります。おでこと鼻の脇にパフでフェイスパウダーをポンポンとかるくはたき、基本は完成です。眉を描き、ビューラーでまつげをくるんとカールさせてから目尻にアイライナーをひいて、マスカラを塗ります。どれも控えめながら、ちょっと手を加えるだけで目がさらにぱっちりと大きくなりました。頬にはほんのりチークをぬり、最後に薄く色のついたリップをぬって完成です。

 鏡の中をのぞくと、ただでさえ可愛いあなたがさらに可愛らしくなっていました。もともとが良いので大きく変える化粧はされていませんが、顔の作りの良さがさらに際立ちます。目はぱっちり、頬はほんのりと血色がよく、唇は潤いたっぷりです。

「やっぱり、土台がいいとお化粧も楽だなぁ。もともと可愛いからしなくても気づかれないだろうけど、お化粧するとやっぱり違うね。もっともーっと可愛くなったよ?」

 お化粧をしたあなたを見て、マキさんは大満足のようです。あなたも、女の子らしさがさらに増した自分の顔を思わずじっと見てしまうでしょう。

「よし、それじゃあ出発しようか。今日はゆかりちゃんをばっちり楽しませるからね!」

 今日のデートプランはマキさんに全部任せていて、どこに行くかは着いてからのお楽しみです。マキさんは黒く艶のある革製のショルダーバックを肩にかけ、あなたの手を取って街へ続くゲートに向かいました。

 街に到着してまず初めに向かったのは、様々なブランドのお店が並ぶブティック街です。石畳で舗装された並木通りを挟んで両サイドにお店がずらっと並んでいます。

「そういえばゆかりちゃんって鞄を持っていないよね。せっかくだから今日のお出かけ中も使えるように、最初に買ってあげるよ」

 確かに、今日も着の身着のまま、手ぶらで街に出かけています。ハンカチやティッシュくらいは持ち歩きたいですし、いつかお金を稼げるようになったらお財布も持ち歩かないといけません。

 マキさんに連れられて最初に入ったお店はいかにも高級感が溢れていました。入口にドアマンがいるのは当たり前で、店内にも白い手袋をはめたスーツ姿の店員さんがお客さんを丁寧にもてなしています。客層も三十代以降の裕福そうな女性が中心でした。

「とりあえずここは覚えておいた方がいいよ。私達にはだいぶ上のブランドだけど、ここのものを持ってる人はいいものを買ってるってことだから」

 彼女はあなたの耳元に囁いて教えてくれました。確かに、その人がどんなお金の使い方をしているか分かれば生活のレベルも測れるのでしょう。これから生活するうえで役に立つかもしれません。

「価格帯も何となく覚えておこうね」

 彼女はこのブランドの定番商品の前にあなたを連れてきました。ショルダーバッグが最低二十万円、財布が最低十万円、香水が最低三万円。いかにもブランド品といった価格です。

「大人になったら、このバッグとか欲しいんだよねぇ。かわいいでしょ」

 台形で両手サイズの黒い革でできた、ワンハンドルのバッグです。肩にかけるための紐もついていて、各所についている金色の金具がアクセントになっています。シンプルで悪目立ちのしないデザインです。中の生地はピンクに染められていて、蓋を開くと外が黒いおかげでさらに色が引き立ちます。

 かわいい見た目をしていますが、お値段は五十万円と全く可愛くありません。

「貴族のご令嬢さんとかだとこういうのもう持ってたりして、すごいよね。ちょっと憧れちゃうなぁ」

 ファンタジーには貴族と平民はつきものですが、この世界にもいるようです。記憶をたどれば、この世界についてのパンフレットにも簡単に触れられていた気がします。

「貴族といっても昔みたいに領地を持っていて住民から税金を取るとか、そういう感じではないね。会社を持っていたり、政治家だったり、ほとんど普通のお金持ちと変わらないかなぁ。あ、私のうちは割と普通だと思うよ。お金持ちとまではいかないけど、私の小遣いでもゆかりちゃんを養えるくらいはあるから安心してね!」

 一緒に住んでいるとはいえ、人ひとりを養えるだけのお金が学生のお小遣いになっていると思うと十分お金持ちのような気がしますが、果たしてこの世界の基準がおかしいのかマキさんが世間知らずなのか、さすがに直接は聞けませんでした。

 次に向かったお店はもう少し気軽に入れる雰囲気でした。ブランド感は多少あるもののだいぶ客層が近くなり、十代中盤から後半の女の子も見かけます。色使いもパステルカラーが多く使われていて、大人のエレガントさというよりは女の子の可愛さが押し出されていました。

「ゆかりちゃん、何か気になるものあったら言ってね。この辺とかだったらゆかりちゃんが持ってても何の問題もないし、結構似合うかも」

 マキさんはクリーム色の革製のショルダーバッグを指さしました。蓋を鞄の正面で止めるタイプのよくあるショルダーバッグですが、ステッチがアクセントになっています。ゴールドの金具がちょっと高級感を出していて、可愛さの中に少しだけ大人っぽい雰囲気が混ざっていました。

 あなたがじっと見ていると、店員さんが手に取ってみないかと勧めてくれました。店員さんから受け取って肩にかけ、鏡の前に立ってみると、ガーリーな服の雰囲気ともよく合っています。やっぱりあなたには大人っぽいハイブランドよりもガーリーなものの方が似合うかもしれません。

 店員さんも「よくお似合いですよ」と定型文ながら褒めてくれました。お客さんみんなに言っているのだとは思いつつ、やっぱり嬉しいものは嬉しいのです。それに、マキさんも可愛いと褒めてくれました。鞄が可愛いと言っているのでしょうが、自分のことを可愛いと言ってくれているような気がしてとっても嬉しい気分になります。

 楽しい気分になってきたあなたはお店の中をちょこちょこと歩き回りながらあれこれ眺めますが、結局一番気になったのは最初にマキさんが選んでくれた鞄でした。

 あなたはもう一度その鞄を持たせてもらい、やっぱりそれが気に入ると、マキさんの様子をうかがいました。彼女はあなたの視線を受け取ると、優しく微笑んでくれます。

「それにするの?」

 あなたが頷くと、マキさんが店員さんにカードを手渡しました。クレジットカードのようなものでしょうか。店員さんはカードを受け取るといったんお店の奥に戻っていきます。

「気に入るのがあってよかったね」

 マキさんはなんだか嬉しそうです。あなたはなんだか彼女にいろいろ買ってもらってばかりなのが気になって、何度もお礼を言いました。そういえば値段を見ていませんでしたが、今となってはもう確認できません。

「女の子なんだから、かわいいバッグくらい持ってないと。今日はマニキュアとか、香水とかも買いに行こうね」

 どうやら今日はあなたの女の子度をさらに引き上げるアイテムをそろえてくれるようで、今まで全く触れてこなかった領域だけにワクワク感がつのります。お化粧をして喜んでくれたのですから、アクセサリーなどでもっとかわいく着飾ったらきっとマキさんはあなたのことをもっと好きになってくれるに違いありません。そうやって努力すれば、いつか振り向いてくれるかもしれないのです。

 マキさんと話していると店員さんが新品の鞄の入った箱を持ってきてくれました。マキさんが箱から出してもらうように伝えると、店員さんは鞄から緩衝材などを取り外してあなたに渡してくれます。

 あなたは鞄を受け取って肩にかけ、手で撫でまわしながら貰った実感を楽しみました。鏡の前に立って軽くポーズをとると、ニコニコと嬉しそうにしている自分の姿が映っています。

「そんなに嬉しがってくれるなら私も嬉しいよ。よく似合ってて可愛いね」

 マキさんもあなたに笑いかけてくれます。なんだかとっても幸せで、あなたは彼女の左腕に抱き着きました。あなたが彼女に幸せを伝える一番得意な方法はやっぱりこれで、マキさんもまんざらではなさそうです。鞄の入っていた箱の入った紙袋は彼女が持ってくれて、あなたは小躍りしそうな気分でお店を出ました。

 かわいい服を着て、かわいい鞄を肩にかけたあなたは街を歩くだけでも幸せです。さらにマキさんが隣にいる上に腕を組んでいるのですから、これ以上幸せなことは無いように思えます。あなたは鞄を眺めては、彼女にお礼を何度も言っていました。

「もう、そんなに言わなくてもいいのに。私がゆかりちゃんに持っていてほしくてプレゼントしているんだから、大切に使ってくれるだけで大満足だよ」

 彼女からもらったものは何でも大切ですが、この鞄はより一層大切に扱おうと決めました。

 次に向かったのは香水や化粧品などがたくさん取り揃えられているお店です。マキさんに手を引かれて中に入ると、あなたと同年代の女の子がたくさんいました。どうやら若い女の子に人気のお店のようです。

「割と買いやすいから、私もよく来るんだよね。いつもはお出かけに行くとき付けていくことが多いんだけど、ゆかりちゃんの嫌いな匂いだったら嫌だから付けてなかったんだ。今日は、ゆかりちゃんの好きな匂いを見つけてみようよ」

 マキさんは店員さんに声を掛け、軽めで清潔感のあるものと、女の子らしい甘めのものをそれぞれ試させてもらうようです。店員さんが細長い厚手の紙に香水を吹きかけてマキさんに渡すと、彼女はあなたの顔の前で紙を軽く揺らしてくれます。一つ目は石鹸のように清楚でさわやかな香りの中にフルーツの瑞々しさが漂いました。

「あんまり詳しくはないんだけど、付けていると時間が経つにつれて香りが変わるんだって」

 マキさんが軽く説明すると、店員さんが後を引き継いで詳しく教えてくれました。香水はアルコールの匂いが抜けたところを始まりとして、数時間かけて匂いが変化していくそうです。香りが変化したり続いたりする時間や香りの強さで種類が分かれていて、気軽に使うなら比較的変化や減衰の早いものを選ぶとよいのだとか。

 店員さんの話を聞きながら、二つ目の香水の匂いもかがせてもらいます。甘酸っぱい香りですが、時間が経つとフローラルな甘い香りに変わっていくそうです。どちらの香水の香りも嫌いではありません。

 せっかく二人でいるので、それぞれが違う香水を試しにつけさせてもらうことにしました。あなたは少し悩み、二つ目の甘めな香水を試させてもらうことにします。首元に一吹きしてもらい、暫くするとアルコールの匂いが抜けて甘酸っぱい香りが広がりました。マキさんももう一つの香水を一吹きしてもらい、清楚でさわやかな香りが広がりました。

「それじゃあ、ちょっと他のところでお買い物して、帰りにまた来ようね。今日一日試して気に入った方を選んでほしいな」

 店員さんにお礼を言って、また新しいお店へ向かいます。かわいい鞄に加えていい香りも纏ったあなたは、さらに気分が良くなっていきました。

「香水とか、マニキュアとか、自分で嗅いだり見たりするだけでもテンション上がるんだよね。学校じゃあんまりできないけど、休みの日くらいは、ね」

 マキさんは続いてネイル用品を取り扱っているお店に向かおうとしていたようですが、いつの間にかお昼時になっていました。鞄を見たり、街のショーウィンドウを眺めたりしているうちに思ったよりも時間が経っていたようです。

 マキさんに連れられて向かった先は、街で一番おいしいと噂らしいカフェでした。少し早めについたおかげで、あまり並ばずにお店に入ることができます。お店の中は明るい色の木製家具を基調とした暖かい雰囲気で、ここもあなたと同年代の女の子がたくさんいました。

「ここのお店、一度来てみたかったんだ。パンケーキが有名なんだって」

 店員さんに案内されて席につき、机の上のメニューを手に取ると表紙には大きくパンケーキの写真が載っていました。スフレタイプの小ぶりで厚いパンケーキの上にバターとシロップがたっぷりかかっています。ほかにはスコーンやワッフルなどもあり、どれを注文しようか目移りしてしまいます。あなたが悩んでいると、マキさんが嬉しい提案をしてくれました。

「ね、二人でパンケーキと何か他のを注文して分け合いっこしない? せっかくだからいろいろ試したくなっちゃって。どうかな?」

 注文を決めかねていたあなたはすぐその誘いに乗りますが、パンケーキは確定としても、もう一つを何にするか悩んでしまいます。スコーンもワッフルもとてもおいしそうで選べません。

 あなたが悩んでいると、マキさんが再び助け舟を出してくれました。

「じゃあ今回はワッフルにしておいて、また今度来た時にはスコーンを頼もうよ。午後に来ておやつにしてもいいし、どう?」

 さらっと次回の予定を取り付ける彼女のイケメン具合に驚きつつ、あなたはその案に乗りました。店員さんを呼ぼうとするとマキさんが先に声を掛けてくれて、あなたの分まで注文を済ませてしまいます。なんだか特別扱いされている気分です。

「なに、どうかした?」

 あなたは何となく、マキさんの顔をまじまじと見てしまいました。恋人にするなら、やっぱりマキさんみたいな人が理想な気がします。自分を引っ張ってくれて、何となく頼りがいのある彼女と一緒に居れば困ることはなさそうです。されているばかりだと悪いので何かお返しはしてあげたいですが、お金を持っているわけでもなく、勉強を手伝えるわけでもないので困ってしまいます。

 あなたは何かしてほしいことが無いか尋ねましたが、彼女はあなたに見返りを求めているわけではないようです。

「うーん、笑っていてくれるのが一番かなぁ……。かわいい服を着て、幸せに暮らしてくれてたらそれで正直満足なんだよね」

 欲が無いのはいいことかもしれませんが、ここまで求められないと逆に困りものです。あなたはせめてできることをと思い、着せたい服があったら何でも着るといってほかの話題に移ろうとしました。

 ところが、マキさんはあなたの発言に食いつきました。「何でも着るっていった?」とどこかで聞いたようなセリフを口走り、あなたが若干引きつつも肯定すると、彼女は満面の笑みを浮かべました。なんだか嫌な予感がします。

 マキさんがあなたを眺めながらニヤニヤしているのを赤面しながらしばらく耐えていると、注文した料理が到着しました。とりわけ用の皿とともにふわふわのパンケーキとワッフルが並び、甘く良いにおいが広がります。

 スポンジケーキのように柔らかいながらもしっとりとしたパンケーキはバターやシロップとの相性が抜群で、次から次へと口に運んでもペースが落ちません。ワッフルは外側がサクサクとしているのに噛むともちもちとした弾力があって、かかっているチョコソースやホイップクリームも完璧です。時折マキさんに「もう少し小さく口を開けて食べないとダメだよ?」と注意されてしまい気を付けるのですが、あまりにおいしくてすぐ頭から抜け落ちそうになってしまいます。

 淫魔になって便利になった体質に、いくら食べても太らないというものもありました。バターやシロップ、生クリームなど、カロリーの高いものは総じておいしいのです。それらをいくら楽しんでも体形に影響が出ないなんて、なんと都合のいい体なのでしょう。あなたは悩む必要がないのをいいことに、甘くておいしいお昼を心の底から堪能しました。

 

 ご飯を食べ終え、あなたの食べっぷりに若干嫉妬していたマキさんが連れてきたお店で、あなたは顔を真っ赤にしていました。ここはランジェリーショップ。異性を誘うために作られたような向こうの透けて見える生地のベビードールや、背中が大きく空いたネグリジェなどがたくさん取り揃えてありました。

「ゆかりちゃんは大人っぽい雰囲気もいけるからこういうのも結構似合うね。やっぱりこういうのはスレンダーな子が着るのが一番だわ、うん」

 何でも着ると言質を取られたあなたは彼女に抵抗できず、目線の行方に困りながら彼女の後ろをついて回っています。彼女が持っている籠にはすでに何枚もの扇情的な寝間着や下着が突っ込まれていました。レースで飾られた黒い下着のセットや肩が丸見えの白いスケスケベビードールをはじめとして、紫やピンクなどの色違いも次々に追加されていきます。

「これから風呂上りには基本的にこれを着てもらおうかなぁ。なんでも着てくれるんだよね、ありがとう!」

 今のあなたにできることといえば、自分の体を彼女の好きなように使ってもらうことくらいです。彼女が喜んでくれるならどんな服でも着てあげたいとは思いますが、恥ずかしいのに変わりはありませんでした。

 ほくほく顔でランジェリーショップを後にしたマキさんとは対照的に、あなたはすっかり萎縮してしまっていました。大人の女性の雰囲気が漂う店内にすっかりあてられてしまったのです。ちょっとは罪悪感があったのか、マキさんはあなたを公園に連れていきました。

 ちょっとした森の中にある公園には中央の湖を囲むようにベンチが置かれています。マキさんと隣り合ってベンチに座ると心地よい風が吹き、葉擦れと鳥の歌声が穏やかな時間を作り出していました。街の喧騒からは隔離され、少しは気持ちが落ちつくでしょう。

「ゆかりちゃん、膝枕してあげようか?」

 あたりに耳を傾けていたあなたを怒っているもののとらえたのか、彼女がおずおずと申し出ました。お店ではしゃぎ過ぎていたのは自覚があるようです。化粧で服が汚れないように太ももにハンカチを敷いてから膝をポンポンと叩いてみせるので、あなたはお誘いに甘えることにしました。大好きな人に膝枕をしてもらうなんて、なんだかドラマの一幕みたいなシチュエーションです。

 彼女と反対側を向いてベンチに横になり、太ももに頭をのせます。彼女の柔らかい感触が頬や耳に伝わってきてちょっとドキドキしますが、頭をなでられているとだんだんリラックスしてきました。

 春の暖かな日差しと風のおかげでだんだんと眠くなってきたあなたは、自然と目を閉じ、彼女に身を預けました。首元に吹きかけて貰った香水は甘い花の香りに変化していて、周りの青々とした木々の匂いの上に漂っています。

「起こしてあげるから、寝ちゃって大丈夫だよ。風が気持ちよくて眠くなっちゃうでしょ」

 彼女の手があなたの頭を優しく撫で、すっかりリラックスしたあなたは心地よいまどろみに身を任せました。

 

「ゆかりちゃん、そろそろ夕方になっちゃうよ」

 あなたが軽く肩をゆすられて目を覚ますと、日はだいぶ傾いていました。体を起こすと、なんだか気分がすっきりしています。心地いい風と香水の香りのおかげでしょうか。

「あんまり遅くなっても寒くなっちゃうし、香水を買って帰ろうか」

 あなたはマキさんに連れられて、午前中に香水を試したお店に向かいます。マキさんが紙袋を全部持ってくれていることに今更気づきましたが、「だって手をつなぎたいでしょ?」と微笑みながら腕を差し出されては無理に持てません。あなたは彼女の左手と手をつなぎ、途中からそっと恋人つなぎにして、抱き着いて歩きました。

 彼女の腕に抱き付くとき、あなたは意識して自分の胸を押し付けてみました。自分の女の子の部分をできるだけマキさんに意識してほしくなったのです。あまり大きくないとはいえ、くっつけば柔らかさが伝わるでしょう。これで彼女があなたの気持ちの本気度に気づいてくれればいいのですが、彼女はなんとも思っていないような雰囲気でちょっと悔しい気持ちになりました。

 お店につくまで、どちらの香水の方が好きかマキさんと話していました。女の子らしい香りという点では自分にかけてもらった甘いにおいの香水が好きですが、マキさんには清潔感のある香水も似合っていると感じます。今思えば、店員さんが選んでくれた二つの香りはあなたとマキさん、それぞれによく似合っているような気がしました。しかし、どうせなら一緒の匂いを付けたい気持ちもあります。なかなか悩ましいところです。

 お店についても、二つの香りで悩んでいました。両方買ってもいいと彼女から提案されましたが、あなたがお揃いの匂いがいいというと黙ってしまいます。女の子らしい方か、清潔感のある方か。しばらく考えていると、店員さんが新しい香水を差し出してくれました。

 はじめはシトラスのようなさっぱりした香りが広がり、徐々にフローラルな香りに変わっていく香水だと言います。紙に吹き付けて少ししてからかがせてもらった香りは清潔感のあるさっぱりとした香りですが、数回振って十分に乾かすと花の甘い香りに変化しました。これなら、悩んでいた二つの香りの好きなところが両方詰まっています。

 あなたはこの香りをとても気にいり、マキさんも同じように気に入ってくれました。首元に一吹きしてもらうと、さっぱりとした香りが広がります。家に帰ったころには甘い香りに変わっているでしょう。

 あなたとマキさんは顔を見合わせると、お互いにクスリと笑いました。二人の匂いが両方感じられる香水が見つかって大満足です。マキさんが支払いを済ませ、店員から紙袋を受け取って帰路につきました。

 鞄に服、香水と女の子度の上がったあなたを見てマキさんはずいぶん嬉しそうです。片手に紙袋を三つも持ち、もう一方はあなたに抱き着かれているのに足取りは軽やかでした。あなたが今日一日楽しかったとお礼を言うと、ますます嬉しそうに笑顔を浮かべます。

「わたしも、ゆかりちゃんとゆっくりお買い物できて楽しかったよ。かわいい鞄も買えたし、香水も買えたし、まぁ、服もね。できたら着てほしいけど、無理はしなくていいよ。悪乗りで買っちゃったところもあるし……」

 彼女は半ば無理やりセクシーな服を買ったことをずいぶん気にしているようでした。そんなに気にされてはかえって悪いことをしている気分になるし、彼女の喜ぶことをしてあげたいとも思うのです。あなたは彼女が喜んでくれるならと思って、毎日は難しいかもしれないが週一回くらいなら着てもいいと伝えると、彼女は途端に破顔し、お礼まで言い始めました。現金な人だなぁと思いながらも、自分がする格好を楽しみにしてくれるのは悪い気がしませんでした。

 

 寮に戻り、晩御飯を食べている間もマキさんはずっとソワソワしていました。よほどあなたが今日買った服を着るのを楽しみにしているのでしょう。今日着るとは言っていないのですが、そんなに期待されては応えるしかありません。マキさんを置いて先にシャワーから上がったあなたはスウェットを着て部屋にもどり、ベッドの上に買った服を広げて眺めます。

 黒いレースの下着セット。白く向こうが透けて見えるオフショルダーのベビードールとTバックのセット。背中が大きくあいている紫やピンクのネグリジェやキャミソールなど、どれも体のラインは見えてあたりまえのつくりをしています。丈は短いものが多く、ベビードールは太ももの真ん中あたりまでしかありません。悩みに悩んだあなたは白のベビードールを着ることにしましたが、さすがにTバックははくのが恥ずかしいので黒いレースの下着を履き、その上からいつものパーカーを羽織りました。少なくとも、部屋の明るいうちは恥ずかしくてパーカーを脱ぎたくはありません。

 今日着なかった服をハンガーにかけて自分のクローゼットにしまっていると、白いネグリジェ姿のマキさんが帰ってきました。あらかじめ服に吹きかけてあったのか、今日買った香水の、さっぱりしたシトラスの香りが漂います。格好はばっちりなのに、期待しながら帰ってきたのか、顔が若干にやけています。彼女曰く恋愛対象は男性で女の子も無しではないらしいですが、この様子だけ見れば女の子バッチコイな百合女子に思えました。

 部屋に戻ってきた彼女はあなたの格好に気が付くと上から順に眺めていき、視線が太ももで止まりました。あなたはパーカーの裾を引っ張ってできるだけ隠そうとします。ベビードールの裾がパーカーよりも短いせいで、はたから見たらパーカーしか着ていないように見えてしまうのです。寝る前なので靴下を履く訳もなく、生足をさらしているので普段よりもいっそう恥ずかしさが増していました。

「お茶飲む?」

 あなたから視線を外したマキさんがいつものように飲み物を差し出してくれました。あなたはそれを受け取り、ベッドに腰掛けます。ベッドの感触で自分が下にショーツ一枚しか履いていないのを自覚してしまい、足をぴったりとくっつけてもそれは変わらないので、あなたはマキさんに早く照明を消すようお願いしました。このままゆっくりしていても落ち着かないので、早くベッドに入ってしまおうと考えたのです。

 彼女はあなたのお願いを素直に聞き入れ、照明を消してからソファーに座りました。そしてお茶を一口飲んでから、あなたにパーカーを脱ぐようリクエストします。パーカーの下に着ているのだから、買ってもらった服を着る約束は果たしたと言い張ることもできるでしょうが、せっかく買ってもらったのですからちゃんと見せてあげないといけない気もします。

 それに、もしも自分の格好を見て興奮してくれたら嬉しいな、と期待もしていました。昨日あなたが紫のオフショルダーワンピースを着たときは、彼女からキスをしてくれたのです。それも、思い返せば魔力はゲートでの移動位でしか使っていなかったので、キスする必要はなかったのにしてくれたのです。あれはきっと、あなたの格好をみた彼女が興奮してくれたのではないでしょうか。

 パーカーを脱ごうとするあなたの胸はどんどん高鳴っていました。まるで初夜を迎える若い娘のような気分です。彼女の視線は遠慮なくあなたの体に突き刺さり、意識しないではいられません。でも、それだけ期待してくれている彼女の気持ちが感じられてちょっと嬉しくなってもきました。

「ほら、立ってパーカーを脱いで見せてよ」

 貴方は彼女のお願い通り、ベッドから立ち上がってパーカーのチャックをゆっくりと下ろしました。部屋の空気が胸元から入ってきてベビードールを揺らします。薄く軽い素材でできているため、ちょっとした風でも動くのです。

 パーカーのチャックを全て下ろしたあなたは、ここで詰まってもどんどん恥ずかしくなるだけだと思って勢いよくパーカーを脱ぎ、ベッドの上に置きました。これであなたは下着の上によく透けて見えるベビードールだけを着た姿になったのです。

 なぜか下着姿を見られているよりも胸がドキドキと早鐘を撃ちます。それもそのはず、この服を着ているということは、相手に見せるためにこの格好をしているというサインなのです。着替え途中に下着姿になっているのとはわけが違います。あなたはレースの付いた大人っぽいデザインの黒い下着をつけている姿を彼女に見てもらうために、わざわざこうして透けるネグリジェを着ているのです。

 上半身はベビードールがギリギリ透けない厚みになっているおかげで、ブラを付けなくてもあなたの胸が見えることはありません。胸元にはフリルが付いているので、先端が浮き出てることもありません。しかし、その代わりおなかから下は可能な限り薄い生地が使われているせいで肌の色やおへその形、腰の括れ、ショーツの色や柄、太ももの付け根、そしてお尻の形が丸見えです。

 恥ずかしくてうつむきたくなりますが、彼女の顔が見えなくなって反応が分からないのはどうしても不安で、横目でちらちらと様子をうかがいます。マキさんはあなたの姿をじっと真顔で見つめ、視線を上下に動かしていました。

 せめて何か言ってくれないかと思いながら耐えること数分。ようやく彼女が反応を返してくれました。彼女はソファーから立ち上がるとあなたのすぐ前に立って囁きます。

「ゆかりちゃん、かわいいよ。普段と違って大人っぽいゆかりちゃんもとっても魅力的だね。よく似合ってる」

 彼女はそう言いながらあなたの頬を撫で、首から肩へと手を這わせていきます。素肌の上をすべる彼女の手からは快感が走り、思わず肩をすくめてしまいました。彼女の手はそのまま腕を撫で、手を取ると自分の腰に回してあなたに抱きしめさせました。あなたが彼女に誘われるまま両手で腰を抱きしめると、彼女はあなたの顎とうなじに手を当てます。少し細くなった彼女の目があなたを見つめました。

「それじゃあ、今日もキス、するよ」

 今日も魔力をほとんど使っていないので精力の補給も必要ありませんが、それでも彼女はあなたにキスをしてくれるようです。あなたは目を閉じて、彼女を受け入れました。唇に熱を感じながら薄い布越しに肩や背中、そしてお尻を撫でられるといよいよもって雰囲気にのまれてしまいます。胸には自信がありませんが、お尻の柔らかさはなかなかのものだと思っているあなたは、彼女がお尻を撫でてくれるほどに、もっとしてほしい気分になってきます。あなたの頭はすでに彼女に体を捧げる気分になっていて、体をぎゅっと押し付けました。あなたも彼女の背中を撫でながらキスに応え、お互いに熱を交換しあいます。

 いつしかキスはただ触れ合うものからもっと深いものに変わっていきました。唇をなめられたり、甘噛みされたりするたびに体が快感で跳ね、快感を覚えていることをマキさんに伝えてしまいます。そんなあなたの反応に気をよくした彼女は小さく笑うと、あなたの口の中に舌を差し伸べてさらに深くまであなたを侵食しました。

 彼女にキスをされるたび、あなたは彼女が愛おしく思えて仕方がありません。自分を求めてくれる彼女が大好きで、もっと深くまで奪ってほしい欲望があふれてきます。キスだけでもこんなに気持ちがいいのに、彼女から体を求めてくれたらどんなに気持ちが良いのだろう。精力不足で理性が飛んでいない、自我のはっきりした状態で彼女に触れられたらどんなに幸せなのだろうと想像するだけで、下着が湿ってくる気がします。

 彼女の舌はあなたの舌をからめとるように舐め回し、口蓋をなぞりました。そのたびにあなたの喉からは声が漏れ、鼻から抜けていやらしい響きとなり、部屋に響きます。あたりにはあなたの声と口から響く水音、そしてあなたとマキさんの吐息が充満しました。彼女から漂う香りはシトラスから花のフローラルなものに変わり、お互いの体温が上がっているのが伝わります。

 触覚も嗅覚も聴覚も彼女に支配され、あなたは彼女のとりこになってしまいました。自分のすべてを彼女に捧げたい。自分を好きに使って喜んでもらいたい。頭のてっぺんから足のつま先まで、全部彼女に貰ってほしい。そんな思いでいっぱいです。

 しかし、あなたの思いが彼女に届く前に、夢のような時間は終わってしまいました。彼女はあなたから腕を離すと、あなたが回していた腕をそっと外します。もう終わってしまうのか、続きはないのかとあなたは彼女を物欲しそうに見つめますが、応えてはくれません。

「はい、今日の分のキスはこれで終わり。さあ、寝ようか」

 彼女は一足先にベッドに潜り込み、あなたも早く入るように手招きしました。彼女はもう気持ちを切り替えているようですが、あなたの欲求は消えません。向こうを向いて寝ている彼女の背中に抱き着くと、全身を密着させました。

 うなじに顔を押し付け、鼻から息を吸うと彼女の甘酸っぱいにおいが胸いっぱいに広がります。濃厚なキスをされたあなたは我慢できなくなって、彼女にねだりました。ここで止めないでほしい。この前みたいにもっと体を触ってほしい、とできるだけ甘い声で彼女に訴えます。はしたない女の子だと思われてしまうかもしれませんが、どうしても彼女に触ってもらいたくなったのです。

 ごくり、と彼女がつばを飲み込んだ音が聞こえましたが、それ以上の反応はありませんでした。彼女は少し身じろぎをしてから深呼吸をして、このまま寝るアピールをします。どうやらあなたの誘惑はある程度効いたようですが、一線を越えることはできなかったようです。

 あなたは耐え切れなくなって、彼女に回していた腕を外し、下着の中に手を差し込もうとしました。彼女がそばにいるのももはや関係ありません。それほどまでに追い詰められているのです。

 しかし、それは彼女に止められてしまいました。あなたの腕を彼女がつかみ、抱きしめるのをやめさせてくれなかったのです。

「だめだよ、ゆかりちゃん。女の子なんだから自分でしちゃだめ。我慢だよ」

 彼女から言われてはどうしようもありません。彼女は自分を養ってくれているのです。こうして満足に服を買い与えてもらい、アクセサリーや鞄、香水も買ってくれているのですから、いうことは聞かないといけないでしょう。それに、大好きな彼女の言葉はあなたの中で絶対でした。

 しかし、体の熱はそう簡単に下がりません。あなたは日が昇るまでずっと欲望と抗い続け、やがて気絶するように意識を手放しました。

 

 

四月五日(日)

 翌朝目覚めるとマキさんは腕の中からすでに抜け出していました。ベッドから起きると、布団から出た途端に薄い布地が肌にひらひらとあたり、今自分がしている格好を思い出します。窓からは朝日が差し込んでいて部屋の中は十分明るく、あなたが身にまとっているスケスケの白いベビードールもレースの黒い下着もよく見えました。

 あなたが思わず布団を手繰り寄せて体に巻き付け、部屋の中を見渡すと、マキさんがソファーに座ってあなたを眺めていました。

「おはよ」

 彼女は笑顔を作って挨拶してくれますがどこかぎこちない様子です。きっと、あなたが昨晩ベッドの上で彼女を求めたからでしょう。あなたは彼女の表情で昨晩の出来事を思い出し、挨拶するや否やどうしてキスはしてくれるのに体は触ってくれないのか聞きました。

「だって、キスはゆかりちゃんの精力を回復するのに必要だからやっているんだよ。この間は事故が起きちゃってあれしか方法が無かったからゆかりちゃんの体を触ったけど、昨日はそこまで精力を消費していなかったでしょ」

 気まずそうに答えた彼女の弁は最もではありますが、それを言うなら昨日はキスする必要もなかったはずです。その前、結月ゆかりの衣装を着たときも、たいして精力を消費していないのに彼女からキスをしてくれました。それはどういうことなのか彼女に聞いてみると、あからさまに視線をそらされ、いじけたようにぽつりぽつりとあなたに呟きます。

「だって、あんな格好をされたら、その、さすがに私も我慢できないっていうか……。でも、体はダメなの。私は魔術師、ゆかりちゃんは使い魔なんだから。私はそのうち男の人と結婚するんだし、その人と同じくらい深い仲になるわけにはいかないの」

 どうやら彼女はあなたの姿を魅力的に感じてくれていたようです。少し照れたように顔を赤らめながら話す彼女の姿はまるで初恋に戸惑う少女のようで、今にも抱きしめたいほどでした。しかし、ここで手を緩めるわけにはいきません。

 あなたはもう、彼女を諦められなくなっていました。魔術師とか使い魔とか関係なく、彼女ともっと深い仲になっていちゃいちゃしてラブラブになって暮らしたいのです。あなたはどうして男の人と結婚しないといけないのか、自分では満足できないのかと問いただします。

「ゆかりちゃんは可愛いし、とっても好きだよ。でもダメなの。お父さんに私が生んだ子供を見せないといけないんだから、女の子同士はダメ。ちゃんと家庭を作って、お父さんに報告して、安心させてあげなきゃダメなの」

 親を安心させたいという彼女の気持ちはわかります。しかしあなたはどうしても彼女をあきらめることができません。あなたは口を真横に結んで彼女を不満げにじっと見つめますが、彼女は黙ってうつむいたままでした。やがて朝ご飯の時間が近づき、彼女はそれを口実に洗面と着替えを済ませます。今日の彼女は白いワンピースを着ていました。あなたはその間ずっとベッドの上で自分の体を抱きしめ、彼女を眺めていました。

「ゆかりちゃんも着替えて、朝ご飯を食べてね。今日はお父さんにゆかりちゃんを紹介しないといけないから。この間から使い魔をみせろみせろってうるさくて……」

 そう言い残して朝ご飯代を机の上に置いた彼女は、一足先にご飯を食べに行きました。部屋に一人残されたあなたは大きくため息を一つつくと、布団を脱いでベッドからおりました。鏡の前に立ってみると、扇情的な服装をした結月ゆかりがあなたを見つめ返しています。その表情は暗く、何か思い詰めているようでした。あなたは気持ちを切り替えるためにも洗面を済ませ、服を着替えます。今日は白いブラウスに紺のジャンパスカートにしてみました。丈がふくらはぎまであるジャンパスカートは落ち着いた雰囲気で、昨日買ってくれた鞄を肩にかけてみるとよく似合っています。あなたはご飯代の入った封筒をもってマキさんが向かう生徒用のものとは違う、一般に開放されている食堂に向かいました。

 一人で朝ご飯をすませて部屋に戻ると、マキさんがお化粧をしていました。あなたがソファーに座っていると、化粧を終えた彼女があなたをドレッサーの前に呼びます。

「ほら、まだ練習してないし、今日は私がしてあげるからここに座って」

 昨日お化粧をしてもらったときは気分が上がっていたのに、今日は退屈に感じます。鏡の中でどんどん可愛くなっていく自分の表情は相変わらず浮かないものでした。お化粧が終わり、最後に香水を首元に一吹きしてもらったあなたは、マキさんに連れられて学校にあるゲート広場に向かいます。

 学校の玄関にほど近いそこには屋外にたくさんの門が並んでいます。黒曜石のような深い紫色に輝く石でできた高さ五メートル、幅四メートルほどの長方形の枠の中に、紫色の光の幕が張っています。これが何度か使ったことのあるワープゲートのような装置です。マキさんが門に触れて何やら操作すると、紫色の光の幕の向こうにうっすらとまだ見たことのない街角の景色が映りました。ある一定の範囲内であれば、門同士を自由につなげて通ることができるらしく、あなたは彼女に手を引かれ、門をくぐり抜けました。

 通った先に広がっていたのは、昨日遊んだ街よりも少し落ち着いた雰囲気の商店街でした。彼女に連れられて歩くと遠くでは朝市が行われていたり、レストランが開店作業をしていたり、これぞ欧州の街並みといった雰囲気があります。広場の噴水の脇を通り、しばらく商店街を奥に進んだところで彼女は立ち止まりました。目の前にはどこか馴染みのある、喫茶店があります。

「ここが私の家だよ。お父さんが喫茶店のマスターをしているの。お父さんには私から全部説明するから、ゆかりちゃんは静かに私の後ろに立っていてね。さすがに、一から十まで言うわけにもいかないからさ」

 確かに、実の娘から「私の使い魔は淫魔です」といわれる父親の気分は計り知れません。あなたが頷くと、マキさんに連れられて『準備中』の看板がかかったお店の入り口から入りました。

 店内に入ると入店を告げるベルがカランコロンと鳴りました。店の中はシンプルで、四人掛けのテーブルが通りに面した窓際に三つあり、カウンター席も六つほどあります。グラスや食器の並べられたカウンターの奥には、初老の男性が立っていました。マキさんの父親のようです。

「ただいま、お父さん」

「おかえり、マキ。その子は?」

「紹介するね、私の使い魔のゆかりちゃん」

 あなたが軽くお辞儀をすると、男性はあなたの顔をじっと真顔で見つめました。一人娘をもらいに来た彼氏もこんな気分なのでしょうか、なんだか底知れない圧力を感じます。あなたもその視線に負けじと気を張り、綺麗な姿勢で見つめ返すと、ふっとその圧力が和らぎました。彼は一転して柔和な笑みを浮かべ、あなたを迎え入れます。

「マキの父です。娘が世話になってるね。使い魔を連れてきてくれるとは聞いていたけど、まさかこんなに可愛い女の子だとは」

「ちょっと、変な目で見ないでよ? どうして使い魔になったのかよくわかってないけど、女の子に違いはないんだから」

「大丈夫、わかってるよ。コーヒーが入ったら持って行ってあげるから、部屋でゆっくりしてきたらいいんじゃないかい?」

「そうだね。ゆかりちゃん、行こうか」

 マキさんはあなたの手を引き、カウンター脇の通路を進み、少し急な木製の階段を上っていきます。細い板張りの廊下を進んだ先には、『マキの部屋』と小さな看板のかかった扉がありました。マキさんが扉を少しだけ開けて中の様子を確認してからあなたを迎え入れます。

「ここが私の部屋だよ。十二歳くらいまで使ってた部屋だから子供っぽいでしょ」

 床には白いカーペットが敷かれ、ベッドやカーテンもパステルカラーの可愛らしいものでした。椅子や机、棚にも花を模した彫刻がされていて、いかにも女の子の部屋といった印象です。確かに、寮の彼女の部屋はもう少し落ち着いた雰囲気でした。

「なにか面白いものあるかなぁ……。あ、アルバムとかあるよ。見てみる?」

 あなたが彼女から受け取ったのは、分厚い革の表紙のアルバムです。ずっしりと重く、大きさも四辺が手首からひじ先くらいまではあります。一言断って表紙をめくると、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が貼ってありました。横には『マキ誕生』と書かれたメモが付いています。

「自分のアルバムを見せるの、なんかちょっと恥ずかしいね……」

 ほほを掻いて照れ臭そうにしているマキさんを横目にペラペラとページをめくっていくと、写真の中のマキさんがだんだん成長していきます。初めてのクリスマス、誕生日、幼稚園の入学式、イベントごとにおめかしして写真に写る彼女はどれもかわいらしいのですが、どこかに違和感がありました。

 しばらく眺めて、その違和感の正体に気づきました。父親の姿はしばしば写っているのに、母親らしきの姿はないのです。その代わり、若い二人の女性がしばしば彼女の父親とともに写真に写っています。あなたは彼女に聞いてみようかと一瞬考えましたが、プライベートなことは彼女から話してくれるまで触れない方がいいと口をつぐみました。

 もっとも、その疑問についてはそう時間が経たないうちに彼女から話してくれました。

「私のお母さんは私が生まれてすぐに死んじゃったみたいなんだよね。その代わりに、お父さんのお母さんとその知り合いがお父さんの子育てを助けてくれたんだ。そこに写ってる二人がそうね。小学校に入るくらいまではこまめに家に来てくれて、いろいろ教えてくれたよ。もちろん、お父さんも頑張ってたんだけど、二人に言わせれば危なっかしくてしょうがなかったんだって」

 あなたは写真を指差し、本当にこの若い、いくら多く見積もっても三十台の女性が彼女の父の母親であるか聞き返します。

「見た目すっごく若いよね。ほんと、なんでこんなに若く見えるのかわからないけど、確かに私のおばあちゃんだよ」

 マキさんは当時を思い出して懐かしんでいるようで、決して悲しんではいないようです。彼女はアルバムをめくり、写真を見ながら昔話をしてくれました。キャンプに行った話、みんなで劇場に行った話、学校の友達も読んでクリスマスパーティーをした話。どの話をしているときも幸せそうです。

 彼女にとって唯一の肉親である父親を早く安心させたい、そんな彼女の気持ちがうっすらと伝わってきます。男性と結婚してちゃんと家庭を作り、子供をもうけて幸せに暮らしたい。片親家庭に育った彼女には、その気持ちが余計に強いのかもしれません。彼女ともっと仲良くなりたい気持ちは抜けませんが、彼女の幸せを思うと手を引くしかないのかもしれないとあなたは感じました。

 しばらくアルバムを眺めていると、彼女の父がコーヒーの入ったマグカップを片手に持ってやってきました。

「マキ、ちょっと話があるからきてくれるかい? ゆかりちゃんはアルバムでも眺めて待っていてほしい」

「わかった。ゆかりちゃん、ちょっと待っててね」

 彼女の父はマグカップと一緒に砂糖とミルク、スプーンをあなたに渡すと、部屋を出ました。マキさんも彼の後をついて部屋から出て、あなたの周りは急に静かになります。コーヒーを一口飲んでみると苦くてとても飲めず、砂糖とミルクをたっぷり入れて甘くしてから口を付けました。

 彼女が帰ってくるまでアルバムを眺めていると、ふと気になるものが目に入りました。キャンプの一幕、マキさんを中心に彼女の父親と仲のいい女性二人が横に並んでいる写真です。パッと見ただけでは何の変哲もない写真ですが、その女性二人に注目すると見過ごせないものがうつっています。片割れの上着の丈が短くへそが出ているのですが、穿いているデニムのウエストからわずかに、二つの山が横に並んだ刺青のようなものが覗いているのです。

 ほかの写真にも同じようなものがうつっていました。水着を着ている写真には、化粧品か何かで隠されてはいますが、うっすらとハート型の模様が見える気がします。あなたにはよく見覚えのあるマークです。なにせ、自分の下腹部にもよく似たものが付いているのですから。もしかしたら、この女性はあなたと同じ淫魔なのかもしれません。

 ということは、彼女の父親は淫魔と誰かの間に生まれたということになります。話しぶりやあなたが淫魔だと父親に打ち明けていないところを見ると彼女は気づいていないようですが、これがもし事実だとしたらなかなか見過ごせません。もしかしたら、自分がマキさんと幸せになるための突破口になるかもしれないのです。

 アルバムを眺めていると、マキさんが帰ってきました。

「ただいま。用事も済ませたし、そろそろ帰ろうか」

 あなたを迎えに来た彼女の表情は晴れやかです。二人で話していて何かあったのでしょうか、ずいぶんとすっきりした様子です。あなたは彼女に連れられて生家を後にし、昨日も来た街のカフェでパンケーキとスコーンを食べて帰りました。

 

 寮に帰ったあなたは部屋着に着替え、ベッドの上でゴロゴロしていました。今着ているのは昨日買ってもらった紫のオフショルダーワンピースと黒いうさ耳パーカーです。ちょっとでも彼女の気を引けるなら、この位の恥ずかしさは我慢できる気分になっていました。

 あなたがうつぶせになってマキさんの持っていた百合小説を読んでいると、居住まいをただしたマキさんがあなたに話しかけました。

「ゆかりちゃん、ちょっとお話があるんだ」

 妙に緊張した面持ちの彼女をみて何かあるのかと感じたあなたは、ベッドの上で正座して彼女に対面します。彼女を緊張させないように柔らかい表情を意識して彼女に向き合っていると、意を決した彼女が口を開きました。

「私、ゆかりちゃんにちゃんと向き合おうと思う」

 あなたは意図を測りかねていました。すでに彼女は服やバッグ、香水を買ってくれたり、化粧を教えてくれたりと、女の子としてきちんと向き合ってくれているように思えます。しかし、彼女にとっては違うようです。

「私ね、今まで絶対に男の人と結婚しないとって思ってた。でも、今日お父さんのところに言ったらさ、『家の存続とか考えないで、きちんと好きな人と結婚するんだぞ』って言われちゃってさ……。なんだか全部お見通しだったみたい」

 それはまるで、女の子と結婚しようとしていると言っているような口ぶりです。

「私、頑張って好きな男の人を探すのやめることにするよ。男も女も関係なく、本当に好きな人と結ばれたいから。だから、ゆかりちゃんにもチャンスあるよって、それだけ!」

 彼女は手を叩き、ハイ終わりと話を区切りました。唐突に放り込まれた話題を反芻して、ようやく事態が呑み込めます。つまるところ、彼女はあなたからアタックされればきちんと受け止め、気分が乗れば返してもくれるようになったのです。

 あなたは居てもたってもいられず、マキさんに抱き着きました。すぐには言葉が出ず、体で表現する方が早かったのです。ソファーに座った彼女の足をまたいで座り、太ももの上に軽くお尻を乗せて体を彼女に預けます。首の後ろに腕を回し、ほほをくっつけました。あなたの体と彼女の体が密着し、お互いの暖かさが伝わります。

 マキさんも、あなたの背中に腕を回して抱きしめてくれました。そうしていると幸せな気持ちで胸の中がいっぱいになり、口から愛情があふれだしました。あなたが彼女の耳元で大好きだと何度もつぶやくと、彼女は頭を撫でてくれます。

「私も好きだよ。でも、まだ恋人っていうよりは親友かなぁ。私から告白したくなっちゃうくらい、夢中にさせてくれるのまってるね」

 彼女はそう言うと、あなたの耳にキスをしてくれました。リップ音と彼女の吐息が頭の中に直接響き、思わず体を震わせてしまいます。呼吸が乱れ、快感を覚えているのが彼女にばれてしまいますが、あなたは思い切って自分から小さいながらも可愛く喘いでみました。彼女の行為があなたの欲求をすぐに満たしてしまうことを教えてあげたくなったのです。

 やがて彼女はあなたの耳から口を離しました。

「ゆかりちゃん、もうすぐ晩御飯だから、今はここまでね」

 

 二人で晩御飯を食べ終えた後は、二人一緒にシャワーを浴びます。今日のあなたは先日のあなたと一味違いました。変に物怖じせず、マキさんと並んで髪を洗います。思い返せば初日に『自分以外に色目を使うな』といわれていたのですから、彼女の体を見ても文句を付けられるいわれはないでしょう。

 あなたは自分の髪をいつもよりも丁寧に洗い、マキさんと歩調をそろえてみました。今まではシャンプーとコンディショナーだけでしたが、今日はトリートメントを挟んでみました。どちらかだけでも良いようですが、マキさん曰くトリートメントは内側、コンディショナーは外側を補修してくれるらしいです。彼女の髪を洗う時間が長かったのは、あなたよりも一工程多く手入れしていたからのようでした。

 そして、彼女と一緒に体を洗います。あなたは自分の体を洗いながら、何気なく彼女の体に視線を向けました。自分以外の女の子の体を眺めるのは流石に緊張してしまいますが、今のあなたは女の子なのですから、同性の友人の体を見てもきっと騒ぎ立てられることはありません。

 彼女の体はあなたの体と勝るとも劣らない綺麗な肌をしていて、胸は大きくもハリがありふっくらとしています。姿勢もよく、グラビアアイドルでも十分やっていけそうなプロポーションです。

「なに、どうしたの?」

 あなたの視線に気づいた彼女が、ちょっと恥ずかしそうにしながらあなたの顔に視線を向けました。あなたが綺麗な体に見とれていたと褒めると、ほんのりと頬を染めて照れた表情を浮かべます。

 彼女はできるだけ素手で体を洗うタイプのようで、泡立った石鹸をまとった手が彼女の肌の上を滑っていきます。彼女の指が胸の下を通るたびに大きな二つの包みがフルフルと揺れ、その動きをじっと見てしまいました。あなたは自分の胸も同じように洗ってみますが、動きはするもののあんなに揺れることは到底なさそうです。

 あなたは思い切って、彼女に触らせてもらえないか聞いてみました。同性でもちょっと親しいくらいでは触らせてもらえなさそうですが、とても親しい間柄なら可能性はあるでしょう。あなたは自分の立ち位置を確認する意味も込めて、尋ねます。

「その、いいけど交換だよ。私もゆかりちゃんの触るからね」

 彼女は取引条件のような口ぶりで言いましたが、あなたにとってはむしろご褒美です。あなたは快諾し、彼女の胸に手を伸ばしました。

 下からふよふよと軽く持ち上げてみると、ズッシリとした重さが両手に伝わります。両手で一キロほどあるでしょうか。巨乳の印象はありましたが、実際間近で見てみると「これが胸だ」といわんばかりの迫力です。下から手を添えて上から見ると、手のひらのほとんどが隠れました。これが巨乳、圧倒的です。

「ほら、そろそろ交代!」

 ぷにぷにふよふよとあなたが遊んでいると、強制的に打ち切られてしまいました。むしろだいぶ長く触らせてくれたなと思うほど彼女はあなたに胸を好きにさせてくれて、これは自分と彼女との距離がだいぶ近いのではないかと感じます。

 攻守交替し、今度はあなたが触られる番です。彼女の方を向いて姿勢を正すと、彼女の手がおずおずと差し出されてあなたの胸に触れました。大きなふくらみとは言えませんが、彼女の指があなたの胸元を下から持ち上げると、確かに脂肪がついているのが分かります。

 それにしても、こんな胸を触って楽しいのかは疑問です。彼女の表情をうかがうと視線が胸元に釘付けになっているので退屈ではなさそうですが、どこが気になるのでしょう。あなたは直接聞いてみました。

「胸がっていうより……こう、肩から鎖骨、胸、おなかってラインが綺麗だなーって。モデルさんって服をキレイに着ないといけないから胸の大きさよりラインの綺麗さが大事っていうけど、ゆかりちゃんは完璧モデル体型だよね」

 多分褒められているのでしょう。きれい、モデル体型といわれて悪い気はしません。

 マキさんは胸から手を放すと、あなたの体全体を眺めました。

「うん、やっぱりゆかりちゃんはモデルさんだね。どんな服でも似合いそう。今月は結構お買い物しちゃったから無理だけど、来月になったらまたお洋服買いに行こうね。今度はどんなのがいいかなぁ。ボーイッシュなのとかもよさそう。デニムのショートパンツとパーカーでストリートっぽくして見るのもいいなぁ」

 彼女はあなたに着せたい服をいろいろ想像しながら、自分の体を洗うのに戻りました。あなたは彼女に合わせて自分の体を洗いながら、何とか彼女と女の子っぽい会話ができたことに内心ガッツポーズを決めています。

 自分の体を見られるのはなかなか恥ずかしかったですが、彼女に褒められたのですから結果良ければ何とやらでしょう。二人ともほとんど同時に体を洗い終わり、シャワーで石鹸を流して風呂から上がりました。

 今日から、シャワー上がりに着る服が新しくなりました。マキさんとお揃いのバスローブです。彼女がアイボリー、あなたはラベンダー色で、各々の髪色に寄せてみたのです。

 なぜ急にバスローブにしたかといえば、どうせこの後部屋で寝間着に着替えるからでしょう。マキさんはネグリジェをよく着るので別にシャワー上がりにそのまま着てもいいのですが、あなたは今日から寝間着を攻めたものにしようと決意したのです。この寮は女性しか住んでいませんが、さすがにそんな恰好をして廊下を歩くわけにはいかず、かといって毎回スウェットを着ては脱ぎを繰り返すのも面倒になってきたのでした。

 

 髪を乾かし、部屋に戻るとマキさんがりんごほどの大きさの四角い瓶を手渡してくれました。中には白いクリームが入っていて、彼女は既に手に取りソファーに座っています。

「これ、ゆかりちゃんは必要ないかもしれないけど、ボディークリーム。試してみる?」

 物は試しと、あなたは彼女を真似してブドウ大のクリームを手に取り、ベッドに腰かけました。

「まずは手のひらであたためて、腕とか、足とかのマッサージをするの。結構気持ちいいよ」

 バスローブをめくり、見よう見まねで腕全体に伸ばしてから、握りこぶしを滑らせるようにして、マッサージしていきます。ほんのりとフローラルな香りが漂いました。あなたが気にいった香水に似た、好きな香りです。

「そうそう、そんな感じ。結構うまいじゃん」

 両腕が終わったら、今度は両足です。太ももの付け根からつま先までゆっくりとなじませ、膝の裏や土踏まずをもむと一日歩いた疲れが癒されていきます。ここ数日は放課後に歩きっぱなしだったので、だいぶ足に疲労がたまっていたようです。隣にマキさんがいるので足を大きく広げるわけにはいきませんが、はしたない動きが抑制されるので女の子らしい動きの練習をするいい機会でしょう。

 両手両足のマッサージを終えてすっかりリラックスしたあなたはそのまま寝てしまいそうになりましたが、今日の日課はまだ済んでいません。マキさんが寝間着のネグリジェを着たのを見て、あなたも着替えます。

 今日着るのはライラック色のベビードールとショーツです。昨日ベビードールを着たら彼女からのウケが良かったので、今日も続けて着てみることにしたのでした。この服もやはり胸元は隠れますがそれより下はかなり透けています。それに、今日は昨日よりも胴回りが体にフィットしていて、あなたの体のラインが完全にあらわになっていました。

 お風呂の中でマキさんがあなたの体のラインを褒めてくれたので、見せつける自信がわいたのです。あなたは勉強机で本を読んでいる彼女の後ろに立ち、ポンポンと肩を叩きました。そして、振り返った彼女に日課をおねだりします。

 あなたの姿を見たマキさんはつばを飲み込み、あなたのお腹に視線をじっと向けています。腰の細さがはっきりとわかる服だけあって、彼女の目は釘付けです。あなたは彼女の前に回り込むと、足の上にまたがって彼女に抱き着きました。お風呂上がりの石鹸の匂いと、ボディークリームの花の匂いがふんわり漂っていていい匂いです。

 太ももの高さの分だけ、あなたはマキさんよりも視界が高くなっています。逆に、あなたの体を見つめるマキさんの目の高さにはあなたの胸元がちょうどあって、ちょっとドキドキするでしょう。あなたはマキさんの首に腕を回し、もう一度キスをおねだりしました。

 しかし、なかなか彼女は返事をしてくれません。じれったくなって、あなたは彼女にキスすることにしました。勝手に唇にするわけにはいかないので、彼女の肩や首、うなじ、頬に唇を落としていきます。そこまでしてようやく彼女は我に返り、あなたの頬を手で撫でてくれました。

「どうしたの。今日は積極的だね。そんなに私とのキスが楽しみだったの?」

 あなたは正直に、ずっと楽しみにしていたと答えます。彼女に出会ってからまだほんの数日しか経っていませんが、あなたは彼女のキスにすっかり夢中になっていたのです。

「今日はお預けって言ったら、寂しい?」

 当然でしょう。彼女にキスしてもらえない日が一日でもあったら、人恋しくてたまりません。あなたは彼女を真正面から見つめ、とっても悲しいと訴えます。

「こんなにかわいい格好、私に見せてくれるためにしてくれたの?」

 それ以外にありません。マキさんに見てほしくて、喜んでほしくて、興奮してほしくて着ているのです。ほかの人にはチラリとも見せたくありません。あなたはこの姿を彼女に独占してほしいのです。

「そっか、それじゃあ今日もキスしてあげる。今日は目を閉じて、そのままじっとしていてね」

 あなたは言われたとおりに目をつむり、彼女を待ちました。やがて両頬に手が添えられ、彼女からそっと熱を受けとります。今日はいつもよりずっと穏やかで、心の底まで染み渡るような口づけでした。

 



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四月九日、五月二日、五月六日、六月三日、六月十七日

四月九日(木)

 あなたの魔力供給可能量が変化しているかもしれないという話が出てから一週間ほど経ち、ついに結論が出ました。あれから毎晩あなたはマキさんにキスをしてもらっていましたが、欲求がたまっていないながらも愛を伝えたいばかりにキスをしてもらったときには成長せず、精力を消費した結果せつなさに耐えきれなくなってキスをねだった日には成長していたのです。

 つまり、あなたが彼女への切なさに耐えきれなくなる境目を超えて魔力を供給すれば、耐えられる供給量が増えるのです。限界を超えなければ効果が無いのは、まるで筋トレのようでした。

 あれから今日までは極端に大きな魔力を消費しなかったので先日のように我を忘れるほどに肉欲を求める事態は起きていませんが、同じように魔力を使う日がいつ来るかはわかりません。彼女曰く、試験の際にはできる限界まで消費するらしいので、遅くともそれまでには許容範囲を増やしておかないといけないでしょう。もうやるしかありません。今晩からあなたの体の許容量を増やすための特訓が始まります。

 特訓内容は至ってシンプルで、マキさんが魔晶石に魔力を注入し、あなたの我慢の限界の少し奥まで消費したところでキスしてもらうのを繰り返すのです。魔晶石は自分の魔力を貯蔵してデバイスに使うためのバッテリーのようなものですが、それを使えば部屋の中でも魔力を消費できます。魔晶石は比較的安価で蓄積した魔力は空中に放射することもできるため、限界もありません。

 

 今晩も、あなた達はいつも通りに過ごしていました。夕食後、マキさんは今日勉強したことの復習をして、あなたはベッドの上で百合小説を読んでいます。彼女は制服のままですが、あなたは紫のオフショルダーワンピースとパーカーを着ていました。

 先週末以来、あなたの服に対する考えはすっかり変わっていました。この部屋は下着姿で過ごしても問題ないほどに快適な室温ですから、体温調節の役割を服に求めてはいません。さらに同室にいるマキさんはあなたが誘惑したい相手ですから、選ぶ基準は自分の好みというよりも彼女の好みになっています。

 そして、彼女はあなたがかわいらしくて、ちょっとえっちな服を着ていると大喜びするのです。ほとんど口には出しませんが、明らかに視線が自分の胸元や太もも、お尻に向かっているのが分かります。あなたは恥ずかしさの中に、彼女に見てもらえる快感を覚えつつありました。

 その結果、あなたの部屋着は自然と肌が多く出るものに変わっていきました。さすがにベビードールなんて着ませんが、あなたが自信を持っている足はいつもむき出しにしているし、首筋や背中も場合によっては見せています。

 はしたなくない範囲でそれができる服の筆頭に、結月ゆかりの公式衣装があるのですから、それを着ない手はありません。すでにマキさんには同じワンピースを数着ねだっていて、パーカーもおなじものをもう一着欲しいところです。

 この服を着てベッドにうつぶせになれば、それだけで彼女の視線をゲットできるのです。ワンピースの短い裾はあなたのお尻をギリギリ隠していますが、ちょっと身じろぎするとすぐに上にずり上がり、下着がチラリと見えてしまいます。そうでなくても、あなたの柔らかそうな太ももが惜しげもなくさらされているので、マキさんは勉強の最中だというのにあなたを横目でちらちらとみるのです。

 あなたはあくまでも小説を読んでいる風に装っていますが、彼女の視線を感じるとたまにふいっと彼女に顔を向けます。そして目があったとき、彼女に柔らかく微笑んであげると彼女は焦ってノートを覗き込み、首筋を赤くしてくれるのです。

 彼女の勉強が終わり、一緒にシャワーを浴びるときにも最近気を付けていることがあります。常に姿勢をよくして、肩からお尻にかけてのラインをきれいに保つのです。髪を洗う時も、体を洗う時も、前に体を倒して足元を洗う時も、背中を丸めずに腰から上半身を動かします。

 こうすると、あなたの体の曲線美が保たれるのです。おかげで、シャワーを浴びている最中もマキさんの視線を自分に誘導することができています。さすがにじろじろ見られることはありませんが、ちらちらと、まるで思春期の男子が気になる女の子を盗み見るような視線をくれました。

 しかし、ここ数日そうして頑張って彼女を誘惑していましたが、なかなか彼女はあなたへの好意をあらわにしてくれません。彼女があなたを意識しているのは明らかなのですが、言葉にしてくれないのです。それがにじみ出てくるのはあなたとキスしてくれるときくらいで、彼女に好きと思ってもらえばもらうほど口づけが激しくなりました。

 

 シャワーを浴び終えたあなたは今日もベビードールを着てベッドに座り、マキさんを待っています。女の子らしく、ベッドの上にぺたんと座って彼女が明日の準備を終えるのを眺めました。今日はこれから、魔力量を増やすための特訓をすることになっています。どれくらい時間がかかるかはわかりませんが、明日に支障のない範囲でたっぷり可愛がってほしいところでした。

 準備を終えたマキさんは、こぶし大の透明な直方体に成形された魔晶石を片手に持ってあなたの前に座りました。

「それじゃあ、始めるよ」

 なんだか緊張した面持ちで話すマキさんは、いつもの明るい雰囲気や照れて恥ずかしがっている雰囲気と違って妙な感じです。あなたが彼女の手にある魔晶石を眺めていると、やがてそれはほのかに青く光りだしました。魔力が注がれているのです。

「キスで回復できる限界まで注ぎたいから、初日の感覚を思い出してそこまで我慢してね」

 より多く魔力を消費すれば、より成長できるだろう。この考えは単純ですが、割と理にかなっています。成長を目的とした魔力の使用は今回が初めてのため、マキさんはいつもよりも慎重に魔力を注いでいきました。

 しばらくの間はマキさんといつも通りに会話していました。今日彼女が受けた授業の話や、あなたが読んだ小説の話、最近気になるアクセサリーなど、たわいのない話ばかりです。

しかし、数分も話していると、あなたは自分の体がだんだん熱くなっていくのを実感しました。はじめは風呂上がりのようにほんのり暖かくなっただけでしたが、ゆっくりと着実に体の中から熱が湧き出ては溜まっていきます。それはやがてあなたの顔色を明確に変え、耳まで真っ赤に染めました。

 まだ意識ははっきりとしていて、理性もあります。しかし彼女との受け答えにはラグが生まれ始め、たまに彼女の話が頭に入ってこなくなってきました。耳から始まった火照りは首筋まで広がっています。薄いベビードールしか纏っていないのにじんわりと汗がにじみ、パタパタと胸元をつまんで風を中に送り込んでも一向に涼しくなりません。それどころか、あなたがそうやった瞬間に魔晶石が少しの間だけ、ぐっと明るくなりました。それに伴って、あなたの汗がブワっとわき出ました。

「ご、ごめん! ちょっと力が入っちゃった」

 マキさんが魔力を注ぐ力加減を誤ったようです。彼女にしては珍しいミスで何があったのだろうと少し考えると、すぐに思い当たりました。あなたは視線を自分の胸元に向け、先ほどと同じように服の胸元をつまんで少しだけ引っ張ってみます。その状態でマキさんの様子をうかがうと、彼女はあなたから露骨に目をそらしていました。どうやら、服の胸元から中を見られてしまったようです。試しにまた何度か服をつまんで仰いでみると、彼女から「ゆかりちゃん、勘弁して……」と声がもれました。よほど彼女に効くようです。

 考えてみれば、こうして襟元から服の中を覗き込めるのは、胸の小さい人ならではかもしれません。胸の大きいマキさんの格好を見ると、襟元を引っ張った程度では胸の上半分が見えるかどうか位に思えます。

 貴方は思わぬところで新しい彼女のからかい方を見つけましたが、さすがにそろそろきつくなってきました。額からは汗が滴り、頬を伝って首筋に流れています。視界は狭まり、彼女の口元に釘付けになり始めました。あなたは思わず彼女の腕をつかみ、もうそろそろだと目で訴えます。しかし彼女はあなたの頭を撫でながらも魔力を魔晶石に注ぎ続けます。

 彼女はここ数日のあなたの反応から本当に余裕がなくなったときの様子を把握していたのです。最大限に成長するにはまだ足りず、今彼女とキスをしてしまえばまた一からやり直しです。あなたは太ももをすり合わせながら欲求に抗いますが、だんだんと肌が敏感になり、周りの空気の動きさえ感じ始めます。首筋にはマキさんの息がかかり、そのたびに肩を震わせてしまいます。

 そしてあなたはいよいよ限界だと感じ、マキさんにキスをおねだりしました。視線だけではなく、言葉ではっきりと伝えます。マキさんのことが大好きで仕方がなくて、もう気持ちを抑えきれません。今すぐにでも彼女から愛を受け取りたいのです。唾液をいっぱい注いでもらって、飲み込んで、彼女の体の一部を自分の中に取り込みたいのです。

 しかし、彼女はあなたが理性を失いかけている様子を見てもなお、もう少し我慢するよう言います。

「おねだりできるならまだ余裕あると思うから、もうちょっと頑張ろうね」

 そのままでは彼女に飛びついてしまいそうで、あなたは両手で口を押えます。目はどんどん潤んできて、鼻息は荒く、鼓動は限界まで早くなっていました。視界には彼女の唇しか映っていません。早くあの綺麗な唇に触れたい。むさぼりたい。そんな思考で頭の中が染めつくされます。

 あなたはとうとう我慢できなくなって、唇が振れる直前まで顔を近づけて必死にお願いしました。もう本当に限界です。これ以上おあずけされたらキスだけで我慢できなくなってしまいます。自分の声が普段よりも艶やかなものになっているのを自覚しながら、彼女の目を見つめて何度もお願いします。あなたの瞳は涙で潤んでいて、今にも泣いてしまいそうです。

「もう流石に限界かな、いいよ、きて」

 あなたは彼女から許しを得ると、彼女の唇を乱暴に奪いました。相手のことを考えている余裕はありません。ただ体の渇きを癒すためだけに彼女の熱を受け取ります。彼女の口の中へ舌を必死に突っ込んで唾液を吸い取り、体全体を彼女に密着させて絶対に逃がすまいと抱きしめました。口で彼女を奪いながら鼻で必死に息をすると、シャンプーやボディークリームのフローラルな香りの奥に彼女自身の甘酸っぱいにおいを感じます。あなたは胸いっぱいに心地よい香りを吸い込みながら口を吸い続けました。

 

 彼女はあなたの限界をよく把握していたようで、キスして数分するとあなたの体は落ち着いていました。ベビードールはあなたの汗で濡れ、ただでさえフィットしていた生地がさらに張り付きます。ベッドも座っていたところがしっとりと湿っていて、あなたがどれだけ興奮していたかが残っています。

 もちろん、今日はあなたを訓練するためにこうしているのですから、これで終わりではありません。マキさんは再び魔晶石に魔力を込め、あなたの体は再び火照り始めました。

 結局その日は四回ほど繰り返したところであなたの体力が尽き、ベッドに倒れこんだのでお開きとなりました。終わったころにはあなたの下着も座っていた場所のシーツもすっかりシミが付いていて、次からはタオルをひかないといけないでしょう。

 

 

五月二日(土)

 月が替わり、お小遣いをもらったマキさんはあなたを午前中から街に連れてきていました。あなたの今日の格好はデニムのショートパンツとTシャツ、そしてゆかり印のパーカーです。

 実は週末になるといつも彼女に街へ連れてきてもらい、おいしいものを食べさせてもらったり公園でのんびりしたりしていたのですが、大きな買い物はお互い控えていました。月初めにあなたの服や身の回りのものを一気に買ったので、ご飯代を余裕もって残すと余りがほとんどなくなっていたのです。

 しかし、今回のお出かけは違います。彼女曰くお金はたっぷりあり、お買い物を思いっきり楽しめるそうです。この体になってから身だしなみへの興味が強くなったあなたには嬉しい知らせでした。

「ゆかりちゃん、何か欲しいものある?」

 そうやって聞いてくれました。あなたが欲しいものはいくつかありますが、真っ先に欲しいものは新しい下着でした。洗濯に出せばすぐに洗ってくれるとは言え、五日間でローテーションするとだんだん飽きてきてしまいます。それに、最初に買った下着はそれなりにシンプルなデザインなので、もっとかわいい下着を身に着けてみたくなったのです。

「…………なるほどね、わかった。じゃあ連れて行ってくれる?」

 あなたは彼女のちょっとおとなしい反応と、きょろきょろと動いている目からすぐに察しました。きっと、あなたがどんな下着を買おうとしているのか判断が付き切らなくて、どこのお店に連れていこうか迷ったのでしょう。

 ここ最近のあなたは彼女へのアタックを強めていて、ことあるごとに腕を組んだり、後ろから抱き着いてみたりと積極性を見せていますから、『ひょっとしたら自分から攻めたデザインの下着を買おうとしているのでは』と考えたのかもしれません。

 さすがに彼女はもう自分からその手のランジェリーショップにあなたを連れていくのには抵抗が生まれたようで、その結果、向かう店をあなたに任せたのでしょう。

 あなたは早速、この数週間でためた手札の一つを切ることにしました。街を歩いていた時に見つけた、学生が入ることのできる中で一番『その手』の下着の品ぞろえが多いランジェリーショップへと向かいます。

 

 お店の中に入り、あなたは早速マキさんに声を掛けて、好みの下着を選んでもらうことにしました。彼女の趣味は何となくわかっていますが、自分が選んだ下着を好きな人に履いてもらうシチュエーションはなかなかにおいしいだろうと考えたのです。もっとも、彼女があなたに直接好意を伝えたことは結局一月経ってもありませんでしたが、だんだんと毎晩のキスに注がれる愛情が増えた気がするのでほぼ間違いないでしょう。

「わ、私が選ぶの? この中から?」

 戸惑うのも無理はありません。一番おとなしいものでもレース素材で透けている部分があるのは当たり前、Tバックも当然そろえられていて、中には昼間には付けられないような布面積の紐パンや確実に「それ」目的のものまであります。

 あなたは彼女に、こんな品ぞろえなんだからどんなものを選んでもしょうがない。ほかに選択肢がないのだから、恥ずかしくないと説得します。さすがに、あなたも全く恥ずかしくないということは無く、せっかく勇気を出してこのお店に来たのですからここで消極的になられても困ります。

 あなたが背中を押すと、マキさんはおずおずと店内を進んで商品を眺めていきます。なかなか挑発的な下着の前を通るたびに視線が向かっているのを見ると、興味が無いわけではないようです。

 あなたが「そういうのが好きなんですか?」とからかって聞いてあげると、顔を赤くして黙ってしまいました。否定されないということはそういうことなのでしょうが、逆にあなたもちょっと恥ずかしくなってしまいます。

 だって今目の前にあった下着は、腰回りと太ももの付け根にしか生地がなく、肝心な部分は守ってくれないのです。彼女はあんな下着も、いずれあなたにはいてほしいと思っているようでした。

 店内をぐるっと回ってマキさんが手にしたのは、白いローライズのショーツでした。確かにデザイン的には一番シンプルですが、はいた時のことを考えるとなかなかです。腰に引っ掛けるというよりは、太ももの上に乗せる感じになるでしょう。

 あなたは彼女からそれを受けとってかごに入れると、さらにもう何枚か選んでもらいました。あらかじめ予算は聞いてあり、ここではその半分も使わない程度にちゃんと計算してあるので、お金が無くて買えないという言い訳は通用しません。

 恥ずかしがりながらもヤケになった彼女は次々に好みの下着を渡してくれました。黒い紐パンなど、所謂セクシーな下着として挙げられるものはおおよそ揃ったでしょう。あなたは彼女の耳元で吐息たっぷりにお礼をいい、彼女に買ってもらいました。

 

 彼女を誘惑できる手段が増えてご満悦のあなたとは対照的に、マキさんはお店を出てからすぐにくたびれた様子で息をつきました。顔中がほんのりと色づいていて、なんだか色っぽいです。

「もう……私でもあんな下着つけたことないのに。ちょっと進み過ぎじゃない? その……嫌いじゃないけどさ」

 嫌いでないなら何よりでした。あなたは彼女を誘惑するためなら何でもできるのですから、もはや服に関しては来るもの拒まず、むしろ自分から突撃していくのです。

 

 気疲れした様子のマキさんは、気分転換しようとクレープ屋さんに連れていってくれました。甘いものは疲れをどんどん溶かしてくれて、彼女も一口食べるたびに笑顔が戻ってきます。

 今日の目当ては下着の調達だったので、あなたが欲しかったものは買い終わってしまいました。あなたはマキさんに何か買うものはないのか尋ねてみましたがすぐには思いつかないようで、適当にお店を眺めることにします。

 服屋さんやアクセサリーショップをまわり、化粧品店で新しいリップを買うとお昼時になりました。いつものカフェでご飯を済ませた後は、公園に行ってのんびりするのがいつもの流れです。

 今日も池のほとりにあるベンチに二人並んで座ります。五月になってすっかり暖かくなり、木漏れ日を浴びながら風に当たっているととても気持ちがいいでしょう。あなたは軽く目を閉じ、ベンチの背もたれに体重を預けてリラックスしました。

 ふと、肩に何かの感触を感じたあなたが目を開けると、マキさんがあなたの肩に頭を預けて眠っています。ご飯を食べた後の眠気と午前中の気疲れが合わさったのでしょうか。気持ちよさそうです。

 しかし、この体勢を続けていると首が痛くなってしまうでしょう。彼女には悪いですが、起こすことにしました。肩をとんとんと叩くと、彼女がゆっくりと目を覚まします。あなたにもたれかかっていたのに気づいたのかすぐに謝られましたが、あなたはむしろ彼女が頼ってくれた感じがして嬉しいのです。そして、まだ眠そうな彼女に膝枕をしてあげたいと提案してあげました。

「膝枕……うん、おねがい……」

 あまり頭が働いていないのか、はっきりしない口調ながらも彼女は体をあなたの方に倒し、向こうを向いて太ももに頭をのせました。彼女の頭が生足に直接触れるのでちょっとくすぐったいですが、彼女が嬉しそうな声をこぼしたのであなたも幸せな気持ちでいっぱいです。長い髪を手櫛で綺麗に整えてあげてから、頭をゆっくりと撫でてあげましょう。

 そういえば、彼女があなたに甘えたことは今までなかったような気がします。これを着てほしいなどといったお願いはありますが、彼女が不安がっているところや弱っているところは見た記憶がありません。

 思えば、彼女はあなたがこの世界に来てからずっと、あなたをリードしてくれていました。女の子に慣れていないあなたを教育してくれたり、使い魔としてやっていけるように訓練してくれたり、気にかけてくれています。

 あなたは彼女に報いる方法として、彼女の魔力タンクとして精一杯努力しようとしていましたが、新しい方法を見つけることができました。彼女が心の底から甘えることのできる存在になって、彼女の不安や悩みを解消してあげるのです。

 あなたは帰ったらさっそく彼女を甘やかしてみることにしました。

 

 夕方になってもマキさんはぐっすりと眠ったままで、胸がゆっくりと大きく動いています。このまま寝かしてあげたいですが、さすがにそろそろ帰らないといけないでしょう。残念ですが、あなたは彼女の肩を揺らして起こしました。

 マキさんは目を開いてしばらく状況がつかめていないようでしたが、やがてガバっと勢いよく体を起こしました。

「その、ごめん! せっかく街に来たのに、午後はずっと寝ちゃってたみたいで……しかも膝枕……」

 貴方は彼女にしてほしかったらいつでもやってあげるとやさしい声を掛け、ベンチから立ち上がりました。太ももにはほんのりと彼女が頭を横たえていた赤い跡が残っていますが、夕日のおかげであまり目立たずに済みそうです。マキさんも体のコリをほぐしてから立ち上がり、あなた達二人は手をつないで寮に戻りました。

 

 夕食を食べ、シャワーも浴びたあなた達二人は部屋に戻りました。今日のあなたの格好は午前中にマキさんが買ってくれた黒いローライズのショーツに白いベビードールです。あなたはベッドに腰かけ、マキさんに声を掛けました。今度は意識がはっきりしているうえで膝枕をしてあげようと思ったのです。お昼にしたときはずいぶんと安心して寝てくれたようですから、自分の部屋で、しかもお風呂上がりの気持ちいい気分ですればきっともっと気持ちいいでしょう。

 あなたに声を掛けられたマキさんは少し躊躇した様子を見せましたが、あなたが笑みを浮かべながら太ももをポンポンと叩くと、おずおずと近寄って隣に座ってくれました。あなたが今日はたっぷり甘えてほしいとお願いすると、彼女はちょっと驚いた表情を浮かべます。

「だって、その格好で膝枕ってなんか、その……」

 彼女は何か言おうとしますが、結局口ごもって最後まで話してくれません。言おうとしていることは何となく予想がつきますが、あなたはそれより早く彼女に膝枕をしてあげたくてたまらないので、彼女をせかしました。

 彼女は戸惑いつつも、あなたの太ももに頭をのせて横になってくれます。昼間と同じく彼女は向こうを向いていますが、この格好では彼女の顔が見えなくてちょっと不満が出てきました。あなたは少し考え、いい方法を思いつきます。

 せっかく横になってもらったマキさんには申し訳ないですが一旦体を起こしてもらい、あなたはベッドの枕元に女の子座りをして彼女を呼び寄せました。そして彼女には仰向けになってもらい、あなたへ正面から頭を預けてもらいます。こうすれば彼女の顔も見れるし、頭も撫でてあげられるし、ばっちりです。それにあなたの体を彼女に見てもらうこともできます。実際、彼女の視線があなたの胸元に一度向かったので、意識してもらえたようです。

 あなたが彼女の頬をなで、耳元を撫でると、彼女の表情から緊張が抜けてきました。呼吸もだんだん深くなり、リラックスしてくれているようです。目がとろんとしてきて、瞼は今にも落ちそうです。あなたは彼女にぐっすり寝てしまってもいいと声をかけ、横に寄せておいた布団を掛けようとしました。

 しかし、残念ながらマキさんはここで体を起こし、あなたにも布団に入るように言います。あなたは淫魔なのだから一晩くらい寝なくても大丈夫だと言いましたが、彼女曰くむしろほかにしてもらいたいことがあるそうです。あなたは渋々布団の中にもぐりこみ、いつも通りマキさんと反対を向いて横になりました。

「その、こっちを向いてよ」

 あなたがマキさんの方に体を向けると、彼女はあなたの胸元に顔をうずめて抱き着いてきてくれました。あなたが彼女の頭を優しく撫でてあげると、彼女はより強くあなたの胸元に抱き着きます。あなたの小さな膨らみが彼女の頬に当たっているのがわかりちょっと恥ずかしいですが、それよりも彼女が分かりやすく甘えてくれたことが嬉しくて胸が高鳴りました。

 あなたが枕を使っているので、彼女はベッドに直接頭を横たえています。それでは寝づらかろうと思ったあなたは、彼女の頭の下に腕を差し入れてそっと胸元に抱きました。苦しくないかとあなたが聞いてみると、いつもよりゆっくりした口調でマキさんが答えてくれます。

「大丈夫。なんかこれ、安心する……」

 彼女はあなたの胸元に頬ずりしたり、足同士を絡めたりして、あなたの体の暖かさを受け取ってくれます。そんな彼女がとても愛おしくなって、あなたは彼女が眠るまでずっと頭を撫で、彼女に愛を囁きました。一日遊んでくれてありがとう。今までもこれからも、ずっと大好きだと伝え、あなたも安らかな気持ちで目を閉じました。返事はありませんでしたが、彼女が体を摺り寄せてくれたのであなたの気持ちは伝わったようです。

 

 

 

五月六日(水)

 あなたがこの世界に来てから一カ月が経ちました。毎晩の習慣になっていた魔力消費の特訓ですが、最近はあまり調子がよくありません。キスで解消できるギリギリのラインをマキさんが攻めていますが、ほとんど成長しなくなってしまったのです。まだ消費量の多い魔術が使えるほどの余裕はないので、もっと成長する必要があります。

 キスで成長できないならどうすればいいか、真っ先に思いつくものはありました。キスで回復できないほどの魔力を使ってもらい、もっと激しい欲求をため込んでからそれを解消してもらえばいいのでしょう。つまり、彼女に体を触って気持ちよくしてもらわないといけないほどの魔力を供給し、イかせてもらえばいいのです。

 マキさんもきっと気付いていることでしょう。成長が伸び悩んでいるここ最近、彼女はあなたにたびたび声を掛けようとしてやめているそぶりを何度も見せていました。さすがに「えっちすればいいんじゃない?」とは言い出せないようです。

 お互いのためとはいえ、そもそもこの状況を作り出してしまっているのはあなたの体質で、何とかしないと困るのもあなたです。あなたも彼女に言い出すのはちょっと恥ずかしいですが、そうは言っていられないでしょう。ここは、あなたから話を切り出すしかありません。

 

 夜、いつものようにマキさんとお風呂に入って部屋に戻ったあなたは、持っている中で一番かわいい下着と寝間着を着て彼女が帰ってくるのを待ちました。自分がこれから彼女にえっちをおねだりすると考えると恥ずかしくて顔から火が出そうですが、あなたにはこれ以外に方法が思いつきません。

 これはお互いが生活に困らないためにしなくてはいけない、しょうがないことだと何度も言い聞かせます。決して自分の快楽のためにおねだりするのではなく、あくまで生活のためなのですから、しょうがないのです。

 廊下からマキさんの帰ってくる足音が聞こえ、あなたはベッドの上に座って居住まいを正しました。そしてドアが開き、彼女が部屋に帰ってくるとその顔をじっと見つめます。

「じゃあ、今日もしようか」

 彼女はクローゼットからバスタオルを取り出し、何回か折ってベッドに敷くとその前にぺたんと座りました。そして両手を広げ、あなたを呼び寄せます。ここまではいつもの流れですが、あなたはいつもと違い、背中を向けて彼女の前に座りました。もちろん、これではキスができません。その座り方で彼女はどうやら察したようですが、あなたは覚悟を決めて話を切り出します。このままキスを続けても成長できそうにないので、だから、成長するために、あくまでしょうがなく、もっと魔力を消費してほしいと伝えました。

 魔力を消費するほど、あなたが必要とする精力は増えていきます。そしてキスで回復できる量には限度があることも彼女はわかっています。つまり、それは間違いなくあなたからえっちをしようと誘っているのと同じことでした。

「私は嫌じゃないけど…………本当にいいの?」

 彼女は困惑した声色であなたに問いかけます。あなたはうつむきながら頷いて応え、彼女の手を取って自分のお腹の前まで持ってきました。

「ごめんね、私から言ってあげるべきだったね」

 彼女の声は本当に申し訳なさそうで、あなたのことを大切に思ってくれているのが分かります。

「じゃあ、しようか。えっと……どういう風にしたらいい?」

 意図しないで彼女に体を触ってもらったとき、あなたの理性はほぼなかったと言っていいでしょう。あの時はマキさんと離ればなれになっていたので彼女を襲いませんでしたが、もしすぐそばにいたとしたら押し倒していたに違いありません。

 あなたは彼女に、自分の腕を後ろ手に縛ってもらいたいと伝えました。彼女を襲わないようにするためでもありますが、自分でいじらないようにするためでもあります。自分でいくら弄ったところで、つらさは増すばかりなのです。マキさんは微かに息をのんだ後、あなたのお願いを聞いてくれました。体を洗うのに使っているハンドタオルであなたの手首を背中で縛ります。

 これで彼女を襲ったり、自分でいじったりする心配はなくなりました。次に気になったのは、彼女に顔を見られることです。きっと恥ずかしい表情をさらしてしまうでしょうから、見てほしくはありません。

 手を縛ってもらったあなたは、彼女の座る位置を変えてもらいました。壁に背中をつけ、膝を広げた女の子座りをしてもらいます。そしてタオルを足の間に敷いてもらうと、彼女と反対を向いてそこに座りました。足を前に投げ出し、手が使えないあなたはもう一人で動けません。

「体を預けても大丈夫だよ。ちゃんと受け止めてあげる」

 彼女の言葉に甘えてゆっくりと体を後ろに倒すと、胸とおなかで優しく受け入れてくれました。あなたのお腹に腕が回され、ぎゅっと抱きしめられます。彼女の顔が見えないのは寂しいですが、自分の顔を見られたくないのでしょうがないでしょう。それに、顔が見えなくとも彼女の体温が伝わってくるので安心感がありました。贅沢にも彼女の大きく柔らかい胸があなたの首筋にあたり、枕のようになっています。

「じゃあ、始めるね」

 彼女はあなたに回していた腕を片方はずし、近くに置いていた魔晶石を手に取ると魔力を注入し始めます。魔晶石に込められた魔力量はその石の光具合でおおよそ判断でき、いつもよりも速いペースで注入されていったそれはあっという間に初日限界だった魔力量に達しました。この一か月間の特訓で、あなたの余裕は三割ほど増え、体は少し暖かくなってきたくらいで、まだキスをするほどでもありません。

 そのまま魔力は注入されていき、一つ目の節目を迎えました。あなたの体は彼女に今までしてもらったキスの感覚を思い出し、早くしてほしいと訴えています。いつもならここで彼女にキスしてもらっていましたが、今日はここで止まりません。

 さらに魔力が注入されると、あなたの体は次第に汗ばみ始めました。呼吸はとっくの昔に乱れていて、時折熱っぽい吐息が漏れています。まだ何とか耐えられますが、限界は近いでしょう。

 そしていよいよ耐え切れなくなってきました。敏感になった体は服が擦れるだけでも快感を覚え、くねくねと腰を動かすとすっかりぬれたショーツがあなたの肌に擦れて水音を立てます。もう限界です。

 あなたはマキさんに触ってほしいとおねだりしました。あなたの体は快感を受け入れる準備がとっくに済んでいて、彼女の指を今か今かと待っています。しかし、彼女はなかなか触ってくれません。

「もうちょっと、我慢すればするほど成長が早くなるみたいだから頑張ろうね」

 彼女はあなたの頭を軽く撫でながら、さらに魔力を消費していきます。あなたは口を開けて必死に酸素を取り込もうとしますが、鼓動があまりにも早いせいか息苦しさを感じます。だんだん視界が狭くなってきて、意識が胸と股間に集中します。早く触ってほしいとあなたは何度もおねだりしますがそれでも彼女は触ってくれず、耐え切れなくなってしまったあなたは泣いて彼女に頼み込みます。もう頭が狂いそうで、早くイかせてほしいのです。

「ごめんね、まだどのくらいまで焦らせばいいかよくわかってなかったんだ。……じゃあ、触るよ」

 

**********

それからのことはあまり思い出したくありませんが、全体をまとめて一言でいうとすれば、自分の欲望をほんの少しも隠さずにすべて彼女に伝え、彼女はそのすべてに応えてくれたのです。

**********

 

 行為が終わり、彼女はあなたの手を縛っていたタオルを解いてくれましたが、あなたの体には力が入りません。体を隠すこともできず、あなたは後ろに手を回したまま快感の波が引くのを待ちました。

 

 気分が落ち着くと、諸々の液体で濡れた下着が肌に冷たく張り付きます。あなたはシャワーが浴びたくなり、彼女と一緒にシャワールームへ向かいました。快感で足元がおぼつかないあなたの肩をマキさんに支えてもらい、ゆっくりと歩みを進めます。

 

 体を洗いながら、あなたはおねだりするまでなかなか触ってくれなかったことについて文句を言っていました。確かに限界に近い方が成長量は増えるのですが、それに伴ってあなたの体への負担も大きくなるのです。欲求が解消されれば特に後遺症も何もないのですが、行為中に理性が残っているかどうかはその後の気分的に大きな差がありました。理性が無くなっていたとしても、記憶まで消えるわけではないのです。恥ずかしい言葉や声の記憶はしっかり残っています。

「ごめんね。私が本当に触っていいのか不安になっちゃって、ゆかりちゃんが言ってくれるのを待ってたんだ。次からはちゃんとしてあげるから」

 彼女もあなたと同じく緊張していたのでしょうが、それでも今日のはとても恥ずかしかったのです。素面の状態から発情するまでをしっかり見届けられたのですから、以前あった一件よりもさらにクるものがありました。

 しかし、そんな不満があっても彼女があなたを愛してくれたのには変わらず、シャワーから上がってさっぱりすると機嫌はすっかり直っていました。ただ、すぐに機嫌を直したのがばれてチョロいとか思われても困りますから、あなたは部屋に戻ってから仲直りのキスをねだり、たっぷり堪能してから仲直りしました。

 今日もあなたは彼女に腕枕をしてあげて、頭を胸に抱きながら眠りにつきました。

 

 

六月三日(水)

 毎晩のキスが体の触れ合いに変わってから一月経ちました。あなたの成長はあれから目覚ましいものがあり、今ではちょっとやそっとの魔力消費では発情しない体になっています。これなら試験期間に大量の魔力を消費しても大丈夫だろうと、マキさんからも太鼓判をいただきました。

 もう特訓をやめても問題は無いように思えるのですが、まだ続いているのには理由があります。あなたが気持ちいいから続けてもらっているのは本音の一つにありますが、表立ったものはほかにあるのです。

 特訓では、マキさんが魔晶石に魔力を込める必要があります。最初の頃はあなたが発情するまでに大した量を込めなくて済んだのですが、最近になってすっかり成長したあなたを発情させるにはかなりの魔力消費が必要になりました。目安としては、暖房や照明、キッチンなどすべてを含めた家庭で使う魔力の丸々一月分ほどです。それだけの魔力をつぎ込むには大量の魔晶石が必要になります。

 これを利用し、魔晶石のチャージを商売として始めたのです。今住んでいる寮の魔晶石すべてと学校の魔晶石倉庫の魔晶石はつながっていて、常に倉庫から魔力が供給されています。これをつかって、部屋に備え付けられた暖房や照明の魔晶石に魔力を注ぐことで寮全体の魔晶石や、学校の倉庫にある魔晶石にもチャージできるのです。

 マキさんがうまく話を付けたのか学校に魔力を譲渡した分に応じたお金をお給料としてもらうことができるようになり、その出どころはあなたの精力ということで、結果的にあなたのバイトが始まりました。一回の金額はさほど多くないものの、毎日欠かさず行うので、一月もすればなかなかの額になります。今のペースでいけば一月五万円。今後さらに成長すれば、もっとお給料が上がるでしょう。

 それほどまでに、あなたの支援の力は成長しているのです。マキさん曰く単純な魔力量だけで言えばすでに街一番といってもおかしくないそうで、これからさらに成長したら超エリート層のものにも匹敵するらしいのですから、これはすごいことでしょう。

 今晩もマキさんにいっぱい触って気持ちよくしてもらったあなたは、ベッドの上で彼女と手をつないで仰向けに寝ていました。夜も更け、さすがにそろそろ寝なくてはいけません。ただでさえ最近はマキさんの指使いがうまくなって体力が一気に持っていかれるのに、彼女を求める気持ちはどんどん強くなっていくので行為が長引いているのです。今日も彼女の勉強が終わってすぐにお風呂に入り、部屋に帰ってくるとマキさんが帰ってくるまでに可愛い下着とスケスケのえっちな服を着て待機し、帰ってきたマキさんにたっぷり可愛がってもらいました。明日も授業があるのです。試験も近いことだし、いつものように彼女の頭を抱きながら心地よい眠りにつきました。

 

 

六月十七日(水)

 今日はいよいよ中間試験当日。午前中の筆記試験はすでに終わり、今はお昼休みです。あなたは寮の自室のベッドの上で仰向けに寝かされ、裸で縛られていました。両手首を背中でまとめられ、足はたたまれた状態で片足ずつ縛られています。上半身には毛布を掛けてもらっているものの、下半身は露出したままです。そして、腰の下にはタオルが何枚も敷かれています。この格好をさせた張本人のマキさんはあなたの様子を確認して、満足げに頷ききました。

「良し、じゃあそろそろ行ってくるから。頑張って耐えてね」

 マキさんが部屋を出ると、あなたは部屋に一人取り残されます。どうしてこうなっているか振り返りましょう。

 今日の午後に行われる試験は魔術の実技で、各々が今行える最大限の魔術を行使することになっています。どれだけ頑張るかは強制されていませんが、より強力な魔術を用いるほど加点されるのですから、みんな全力を出し切るのです。普通の魔術師は魔力を使い切っては動けなくなってしまうので、自分の魔力量を把握できているかも採点のポイントになるそうです。

 マキさんの場合、誰よりも多くの魔力をあなたから受けとることができるようになっていました。先日から今日まで毎晩ずっと交わり、あなたが気絶するギリギリまで魔力を消費するのを繰り返したおかげです。そのせいであなたはいっそ意識を失う方がマシと思えるほどの疼きを抱えながら彼女に快楽をおねだりする羽目になっているのですが、今は関係のない話でした。

 ともかく、普通に考えれば適当にセーブして試験を受ければそれなりの成績を得ることができて、それで済むのです。しかし、彼女は試験でもあなたから精力を極限まで搾り取り、今可能な最大限の魔力をつぎ込んだ魔術を使おうとしているのです。

 当然、そんなことをされてはあなたへの影響がとんでもないことになります。具体的に言えば、魔術を行使された瞬間強制的に絶頂を迎えて三分ほどイき続け、それから猛烈に彼女が欲しくなるのです。その欲求はどんなことをしても抗えず、もちろん自分で体を弄っても全く満たされません。

 その影響自体は毎晩身をもって体験しているので程度が分かりますが、今日に限ってはどれだけ彼女におねだりしてもごほうびをもらうことができないのです。いつも食らった瞬間に彼女におねだりして快楽をむさぼっているのに、今日は彼女が試験会場から返ってくるまでずっと待たされるのです。

 例年通りに試験が行われるなら、受験生は評価をその場で得てすぐ帰ることができるので、あなたが耐えないといけない時間は彼女が魔術を行使してからこの部屋に戻ってくるまでの約十分間です。たった十分でも、きっと途方もなく長い時間に感じることでしょう。あなたを部屋で自由にさせていれば、いったい何をするかわかりません。

 そういうわけで、あなたは拘束されたのでした。魔術を行使した瞬間にあなたの下半身がびしょ濡れになることはわかりきっているため、あらかじめタオルを大量に敷かれているのです。

 

 まだ魔術を行使されたわけではありませんが、あなたの胸は既に高鳴り、股間からは期待の雫がタオルに垂れていました。いつ強制的な絶頂が来るのかわからず、敗北の確定したロシアンルーレットを延々とプレイしているような気分です。そろそろマキさんは試験会場についたでしょうか。名前順なら割と最初の方に順番が来るはずだと言っていましたが、実際のところは受けるまでわかりません。

 じりじりと汗がにじみ、今か今かと胸の高鳴りをこらえていると、その瞬間が唐突に訪れました。体から急激に精力を吸い取られた次の瞬間、あなたの体が宙に浮きました。あまりにも勢いよくのけぞったので、一瞬ベッドから浮いたのです。

 

 ここまでは毎晩経験しているだけあって、何とか耐えることができました。問題はここからです。いつもならすぐにでも彼女に快楽をねだり、受け取るのですが、今日はそう上手くいきません。口は大きく開いて酸素を求め、手足は自分で何とか快楽を生み出そうと必死に動きます。早く彼女に体を弄ってほしいのに、全然来てくれません。もうそろそろ十分経ったでしょうか。いえ、まだ一分も経ってないのです。壁にかかった時計をにらみますが、秒針はあなたをイジメているのかと思うほどに遅く、ちっとも進みません。時計を見ていると時間を気にしてしまうので、あなたは目をつぶることにしました。

 我慢できなくなって時計を見ると、ようやく三分経ちました。まだ三分。たった三分しか経っていません。もうあなたの下腹部はジクジクと疼き、いつもみたいに弄ってくれるのを心待ちにしています。あなたの胸の先端も彼女に弄ってもらうためにピンと立っていました。身じろぎをすると布団に先端が擦れてピリッとした快感が胸に走りますが、それも一瞬で満足できなくなりました。

 もしも手足を縛っていなければ、今頃あなたは手を中に突っ込んで掻きまわしていたことでしょう。当然それで満足できるはずがないので、きっと傷だらけのズタズタになっていたに違いありません。彼女が縛ったのは正解でした。

 でも、この待ち時間が死ぬほどつらいのには変わりありません。あなたは妄想の中のマキさんに体を触ってもらい、想像だけで絶頂を迎えましたが、体の疼きが加速しただけです。何もしないよりはマシなのであなたは何度も頭の中のマキさんに体をイジメてもらい、この苦しい時間を乗り越えようとしました。

 

 

 不意にあなたの上半身にかかった毛布が取り払われました。目を開くと、顔を真っ赤に染めて荒い息を吐いているマキさんがあなたの脇に腰を下ろしています。

「ゆかりちゃん、さすがにそんな恰好見せられたら、私も我慢ができないよ……」

 彼女は制服を着たままあなたに覆いかぶさり、乱暴に口づけました。彼女から積極的に唇を吸い、舌で舐めあげられると、早々に切り上げられてしまいます。キスでこの欲求が満たされないことはわかりきっているのです。あなたが早く弄ってほしいとねだるよりも早く、彼女はあなたに手を伸ばしました。

 

 

 行為が終わったころには、すでに晩御飯の時間も過ぎていました。あなたは行為の途中で体の拘束を外してもらい、下着姿のマキさんに裸のまま抱き着いています。お互いベッドに座り、向かい合わせに抱き合いながら快感の余韻に浸っていました。

「ちょっと、今日は頑張りすぎたかな……。えへへ、ゆかりちゃん、どうだった?」

 今までで最高の快楽を与えてもらえたあなたは、首筋にキスをしてから本音で答えました。快感だけではありません。彼女からの愛情が指先から伝わり、すべての面から満たされたのです。

「そっか、良かった。今日はもう疲れちゃったし、このまま寝ちゃおうか」

 なにも着ていないあなたに合わせて彼女も下着を脱ぐと、二人で布団をかぶりました。いつものようにあなたが彼女の頭を胸に抱くと、彼女もあなたの体に足をからませて密着してくれます。布越しでない、素肌同士が触れ合う気持ちのいい感触を味わいながら、あなたはマキさんにたっぷり愛を囁きました。彼女は相変わらず口に出してくれませんが、あなたの胸元に何度もキスを落として答えてくれます。そんな彼女が愛おしくなって頭を撫で、ゆっくりと眠りにつきました。

 

 

 




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十二月二十四日

十二月二十四日(木)

 今日はクリスマスイブ。この世界にも同じ名前、同じ内容の物語があり、人々はみなイベントの日として街にご飯に出かけたり、友人同士や恋人同士で仲良く過ごしたりするのです。あなたも今日はマキさんと一緒に晩御飯を食べに街へ繰り出していました。

 今ではすっかり化粧にも慣れ、自分でばっちり身だしなみを整えたあなたは、鞄を肩にかけてマキさんとレストラン街を歩いています。今日はベージュのタートルネックのニットと黒のフレアスカートを着て、ちょっと品のいい感じにしました。そして鞄の中には、今日の本命ともいえる大切なアイテムが入っています。

 あなたがバイト替わりの魔力代をもらい始めて六カ月経ち、だいぶ貯金も増えてきたのをみて、ついに先日指輪を購入したのです。もちろんペアリングで、それぞれにバイトの三か月分をつぎ込みました。デザインは無難なものを選びましたが、長くつけてもらいたいことを考えるとむしろそれがいいでしょう。

 マキさんがあらかじめ予約しておいてくれたレストランは高校生程度の年齢層にはちょうどいいお店でした。店員さんに案内された窓際の席からは表通りのイルミネーションが見え、なかなか雰囲気があります。並木はクリスマスカラーのオーナメントと照明で飾られ、まさにクリスマスムードでした。

 あなたの前に座っているマキさんもレースを基調とした赤いワンピースを着ていて、どことなく纏う雰囲気が大人っぽくなっています。あなたたちは今年一年を振り返りながらおいしいディナーに舌鼓を打っていました。

「今年はいろいろあったなぁ……。ゆかりちゃんがうちにやってきてからはほんとにあっという間だったよ」

 本当に、あっという間の半年ちょっとでした。新しい環境になれたと思った頃にはいつも何かしら出来事が起きるのが繰り返され、退屈する暇はありませんでした。前期の中間試験を終えてからも一波乱あり、それが原因でマキさんとあなたの関係は若干……いや、かなり変わったでしょう。

 何しろ、今までは基本的にあなたが彼女にちょっかいを掛けたり、誘惑したりしてなんでも始まっていましたが、それがだんだん逆転していったのです。夏休みには海水浴に行ったり、秋口には温泉に浸かりに行ったり、行く先々でちょっとしたハプニングが主に某淫魔の長関係で起こったせいで、あなたの能力がどんどんその方面に成長し、それを知ったマキさんがあなたの体に興味を持ち始めたのでした。

 そのせいで夜の主導権は完全にマキさんに奪われ、あなたは彼女に言われるがまま、体を好きにされているのです。もっとも、あなたはそうやって自分を求めてくれるようになった彼女の変化をよく思っていて、むしろもっとエスカレートしてもよいとすら思っているのですが、きっとそれは彼女の調教……もとい教育のせいでしょう。

 何はともあれ体の面ではすっかり密接になったあなたとマキさんですが、あなたは未だに彼女からはっきりとした返事をもらえずにいました。あなたは素面だろうが、行為中だろうが、何度も彼女へ愛を囁くのですが、いつもキスでごまかされたり、返事を聞けないほどに気持ちよくされたりしてしまうのです。

 彼女があなたのことをよく思っているのは普段の態度からもよくわかるのですが、さすがにそろそろはっきりと伝えてもらいたい時期になってきました。その話題を切り出すための指輪がここにあるのです。

 いくら彼女とは言え、この雰囲気のなかでごまかせるとは考えにくく、あなたは今日、このレストランで彼女に指輪を渡すつもりでいます。さすがに大っぴらに渡せばちょっと周りの目が気になりますが、ケースに入れたまま渡せば問題ないでしょう。

 だんだんと食事も終わりに近づき、あなたはこの後のことが気になってもはや味に集中できなくなってきました。おいしそうに目の前でデザートを食べるマキさんを眺めながら、いつ話を切り出そうと悩んでしまいます。

 そしてついに食事も終わり、マキさんはちょっとお手洗いに行ってくると言って席を外しました。あなたは鞄の中からペアリングの箱を取り出し、机の下で手にもって待機します。彼女が帰ってきたらすぐに話しかけ、自分の迷いを無くそうとしたのです。ケースを握っているだけであなたの手は汗がにじみ、呼吸は浅くなっていきました。

 やがてマキさんがお手洗いから返ってくると、あなたの後ろで立ち止まりました。

「ゆかりちゃん、ちょっと前向いてくれる?」

 髪の毛が乱れているか何かだと思ったあなたは、素直に前を向きました。後ろでマキさんが何かしているのは感じますが、あなたはこの後彼女へ指輪を渡すことで頭がいっぱいいっぱいになっていてそれどころではありません。

 そして彼女はあなたの頭の上から顔の横、そしてあなたの頬に垂れる二房の髪の毛の内側に手をやると、首元で何か作業をして手を引き抜きます。落ち着かない気分でいたあなたでもさすがに彼女が自分に何かをしたと気づき、問いかけようとしたその時でした。

「ゆかりちゃん、私のところに来てくれてありがとう。愛してるよ」

 彼女は耳元でそう囁き、耳に軽く触れるだけのキスを落としました。あまりに突然の出来事にあなたは全く反応できませんでしたが、彼女に言われて胸元に視線を落とすとシルバーの細かいチェーンの先にリングが通され、その中には大粒のアメジストが吊り下げられていました。彼女はあなたにネックレスを掛けてくれたのです。リングを手に取ってよく見れば、内側にあなたの彼女の名前が掘ってありました。

 あなたの反応を見たマキさんはとても満足した様子で正面の席に戻りました。あなたは彼女の顔とネックレスを交互に見ながら、本当に彼女がプレゼントしてくれたのだとゆっくり飲みこみます。そして、彼女があなたに囁いてくれた言葉を何度も思い出しました。それはあなたがこの半年以上望んでいた言葉で、ようやく返事をくれたと思うとだんだんと視界がにじんできてしまいます。メイクが崩れてしまってはいけないとあなたはハンカチを目元にあて、何とか感情が落ち着くのを待ちました。

 あなたがゆっくりと息をしながら暴れる胸を落ち着けようとしている間、マキさんは静かに待っていてくれました。今彼女から何か声を掛けられたら、それだけでいろいろなことを思い出して、嬉しさでさらに泣き出してしまいそうです。

 そして気持ちが落ち着き、マキさんとようやくしっかり目を合わせることができてから、あなたは彼女にきちんと返事を返しました。

「そっか、良かった。ようやく伝えられたよ。待たせちゃってごめんね」

 本当に長かったですが、確かに彼女から返事をもらえたと思うともはや待たされたことは全く気になりません。ただただ、嬉しさと愛情があなたの胸に広がりました。

 

 嬉しさに浸って幸せな時間を過ごすのもいいですが、あなたもマキさんに渡すものがあります。あなたはこのまま、自分のプレゼントを彼女に渡しました。同じケースに入った二つのリング。ケースを机の真ん中に置くと、あなたは片方を手に取って彼女に差し出しました。私の気持ちを受け取ってくれるならつけてもらいたいとお願いすると、しょうがないといった雰囲気で彼女が左手を差し出しました。

「もう、ゆかりちゃんが付けてくれないの? ほら、はやく」

 彼女は明らかに、薬指を差し出していました。もともとそこに着けてもらいたくてサイズも選びましたが、彼女から差し出してくれるなんてあなたはこれ以上ない幸福におぼれます。

 緊張で震える指先を抑え込みながら、あなたは彼女の左手薬指に指輪をはめました。彼女は指輪をそっと撫でて眺め、お礼を言ってくれます。そして、おもむろにケースに残ったもう片方の指輪を手に取ると、あなたに差し出しました。

「ほら、ゆかりちゃんも手を出して。そのためのペアリングでしょ?」

 あなたの胸はもうとっくに破裂寸前です。服で手汗をこっそりぬぐってから左手を差し出すと、片手をあなたの手に沿え、指輪を付けてくれました。左手薬指に輝くその証は彼女とお揃いで、深い深いつながりを感じさせてくれます。

「これから先も、ずっとよろしくね、ゆかりちゃん」

 

 

 レストランからの帰り道、あなたはいつも通りマキさんと腕を組んで歩いていましたが、いつもよりも彼女との距離がずっと近く感じます。胸元に視線を落とせば彼女がくれたネックレスがイルミネーションの光を受けて輝き、横に視線を向ければ笑いかけてくれるマキさんがいました。今日何度言ったかわからないほど繰り返した言葉ですが、あなたはどうしても我慢できなくて、また彼女に囁きます。

「マキさん、大好きです。ずっと愛しています」

「私も愛してるよ、ゆかりちゃん。死ぬまで絶対に離さないから」



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