鬼滅の刃 雪華ノ乙女 (アウス・ハーメン)
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オリジナルキャラクター半オリジナルキャラクター、オリジナル呼吸設定

本作のオリジナルキャラクター設定およびオリジナル呼吸の設定となります。
半オリジナルキャラクターは原作登場キャラでありながらも本作独自の設定を与えたキャラクターたちとなります。

追記

2021 1/19 氷室カンナの年齢欄を加筆。
      雪音静葉、氷室つばきの説明を追記。
      雪の呼吸の欄に漆ノ型・雪華ノ乙女を追記。
      雪の呼吸の説明を加筆。
      リクエストにより雪の呼吸、鋼の呼吸欄に読みを追加。


◯オリジナル登場人物

 

◆氷室カンナ

 

年齢:16歳(物語開始時点)→18歳

 

呼吸:雪の呼吸

 

備考:淡い栗色の髪色の神秘的な雰囲気の女性。両親に姉、つばきの4人家族であったものの、鬼に襲われ姉以外の家族をすべて失い自身と姉も窮地に陥っていたところを当時の雪柱、雪音静葉に救われる。

その御姉と共に鬼殺隊に入るものの、その姉もまた鬼によって殺されてしまう。

現在は当代雪柱、蓮刃導磨の継子として鬼狩りを行いつつも自身の姉の仇である鬼の行方を追っている。

 

◆鐵厳鉄(くろがねがんてつ)

 

年齢:53歳

 

呼吸:鋼の呼吸

 

備考:現在の柱の中では最古参の人物。岩の呼吸の派生呼吸である鋼の呼吸の使い手。普段は北の大地で独自の任務に就いており柱合会議にもなかなか出席できないものの、他の柱メンバーからの信頼が非常に厚い。

 

弟に棟鉄(とうてつ)という人物がいる。

 

◆雪音静葉

 

年齢:禁則事項

 

呼吸:雪の呼吸

 

備考:先々代雪柱でありカンナにとっては命の恩人であると同時に、鬼殺隊に入るきっかけを作った人物。

ある鬼の行方を嘗て追っていたもののとある鬼との戦いによって負傷、柱引退に追い込まれるもその後は育手として陰ながら鬼殺隊を支えている。隊士の頃、伊之助を引き取り彼を養子兼弟子にしている。

寡黙な性格だが思いやりの深い人物と表向きは思われているが、実際はかなり豪胆な人物でカンナ曰く時折常識外れの事をしでかすとのこと。

カンナ、導磨、そしてカンナの姉が使う雪の呼吸は彼女が開発した風の呼吸の派生呼吸であり範囲と威力に秀で頸を斬らずとも鬼を滅殺できる特性をも有するが会得は非常に困難とされている。

柱であった時期はその開発した雪の呼吸も含め、他の追随を許さない最強の柱であると評されるほどの人物であった。

 

◆氷室つばき

 

享年:18歳

 

呼吸:雪の呼吸

 

備考:氷室カンナの姉で物語開始時点ではすでに故人。カナエとは1歳年上ながらも同時期に隊士になり同じ時期に柱になった。境遇と家族構成(どちらも妹にしのぶ、カンナがおりどちらも鬼殺隊士)何よりもその心情が近しい彼女たちは文字通りの親友であり、任務の際も合同で向かうことが多かった。また雪の呼吸をカンナ、導磨以上に極めており多くの隊士からも静葉の後を継ぐ最強の柱になると高い評価を受けるほど剣の才に優れていた。

しかし任務の最中に鬼によって殺され殉職した。

 

◯半オリジナルキャラクター

 

◆胡蝶カナエ

 

年齢:21歳

 

呼吸:花の呼吸

 

備考:元花柱の女性隊士。とある鬼との戦闘により負傷し柱を引退、後発の柱には蟲柱として妹のしのぶが就いている。原作では故人であるが本作では健在。現在は蝶屋敷で傷ついた隊士たちの治療を主に行い鬼殺隊を陰ながら支えている。

なお、若干天然なところがあるが故にしのぶなどからは毎回青筋を浮かべられることも。

 

◆素山拍治

 

年齢:20歳

 

呼吸:拳の呼吸

 

備考:原作における上弦の参、猗窩座。本作では鬼殺隊の隊士であると同時に原作で死闘を演じた煉獄杏寿郎とは家が近しいことから親友であると同時に同期隊士の間柄。

他の隊士とは異なり自身が跡取りとなっている素流道場直伝の素流を基にした徒手格闘を主に鬼と戦う、一応は日輪刀も持つが、小太刀型で主に鬼の頸を斬る際にのみ用いる。

 

◆蓮刃導磨

 

年齢:27歳

 

呼吸:雪の呼吸

 

備考:現雪柱の青年隊士。原作の上弦の弐、童磨と瓜二つの人物。そのため同一人物ではない。

現雪柱で悲鳴嶼とは同期。

普段から飄々とした態度で他の隊士、柱たちに対しても好意的に接するものの、その内面に関してはほとんど伺い知ることの難しい人物で、一部柱たちからはあまり好意的には見られていない。

銀白色の鉄扇という独自形状の日輪刀を武器とする。

 

◯オリジナル呼吸

 

◆雪の呼吸

 

カンナ、静葉、導磨、カンナの姉のつばきが使用する呼吸。風の呼吸の派生で全集中の呼吸の難しい、主に寒冷地に対応した呼吸。カンナ、導磨、つばきの師範である雪音静葉が開発した呼吸で刀に鬼の細胞を壊死させることのできる特殊な毒と、衝撃を与えると凍る過冷却水を混ぜ合わせた特殊な液体を刀に仕込み、切り裂いた相手を凍結させると同時に細胞を壊死させて殺す。強力な鬼相手では壊死までには至らず細胞を弱らせ防御力を下げる程度しか与えられないが、凍結によって一時的にではあれ鬼の動きを制限させることもでき、鬼相手にはきわめて強力な呼吸である。

だが、完全に会得するには絶えず全集中の呼吸を一定の間隔でし続けられるだけの平静さを保つことが重要な上、上記の事からも類まれな才と技術が必要な為使えるモノは極めて希少である。

対応する日輪刀の色は銀白色。呼吸音は「ヒュゴォオオオオ」

 

壱ノ型・粉雪(こなゆき)

 

相手の懐に飛び込み逆袈裟斬りの要領で切り裂く。

 

弐ノ型・細雪(さざめゆき)

 

恰も舞を踊るかのような華麗な動きで3連続で相手を切りつける。

 

参ノ型・風花一閃(ふうかいっせん)

 

雷の呼吸の霹靂一閃のような居合切り。

 

肆ノ型・雪月夜(ゆきづきよ)

 

弧を描くように高速で動き相手を連続で斬り付ける。

 

伍ノ型・雪中四友(せっちゅうしゆう)

 

参ノ型から始まり壱から弐、肆までの型を繰り返し繰り出し相手を高速で切り裂く技。

 

陸ノ型・雪華ノ舞彩・結氷(せっかのまい・けっぴょう)

 

上空に大きく跳躍した後相手に対し突きを連続で放つ。蟲の呼吸壱ノ型に近しい技。派生技に雪華ノ舞彩・風魔(せっかのまい・ふうま)がありこちらはその場にとどまった状態のまま抜刀と同時に刀に蓄えた過冷却水を相手に吹きかけ凍結させるという技。そこから突き技である結氷へと派生させることもできる。

 

漆ノ型・雪華ノ乙女(せっかのおとめ)

 

カンナが独自に編み出した技。雷の呼吸の霹靂一閃の様に一瞬で相手に肉薄したうえで凍気を纏った斬撃を6連続で相手に喰らわせる。その姿は可憐で美しい舞を舞う雪の精霊のように見えるという。技の出だしからも分かる通り『伍ノ型・雪中四友』をひとまとめにしたような、いわば上位互換の技であるが、使用者であるカンナの体にも相当な負荷をかけるようで、初使用となった下弦の伍・累との戦いで炭治郎を援護するために使ったものの、その反動からカンナ自身も使用後は気を失ってしまっている。

 

 

◆鋼の呼吸

 

岩の呼吸の派生呼吸。鐵厳鉄が作り出した呼吸で本来攻防一体とした岩の呼吸を敢えて防御をかなぐり捨て攻撃に完全特化させた呼吸。

絶対的破壊力こそがこの呼吸の神髄でありその荒々しさは岩の呼吸の比ではない。

呼吸音は「グゴォグゴォゴォオオオ」対応する日輪刀の色は鋼色。

厳鉄の扱う日輪刀は最早刀ではなく斬馬刀であり身の丈すらも超えるほどの大きさを誇る。

 

壱ノ型・豪鉄・爆砕(ごうてつ・ばくさい)

 

大きく振りかぶった後、その勢いのままに相手を天上から叩き切る。その威力たるや大地を大きく抉るほどのモノで鬼の頑強な体すら、その一撃を前には木っ端みじんになるほど。

 

弐ノ型・爆光石火(ばっこうせっか)

 

斬馬刀を大きく振りかぶった後、横凪に切り裂く。刀に当たらなくとも、発生した衝撃はによってもダメージを与える。

 

参ノ型・天面叩き割り(てんめんたたきわり)

 

跳躍したのち文字通り、相手の頭上から頭をたたき割る。

 

肆ノ型・逸騎討殲(いっきとうせん)

 

相手に向かって一気に駆けだした後、斬馬刀による一撃を加えそのまま斬馬刀を回転、凄まじい竜巻の如き衝撃波で相手を宙に浮かせ斬り刻む。




オリジナル呼吸及びキャラクターなどはのちに加筆していく予定です。


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本編 第1章
第1話 氷の少女と炭焼きの少年


原作での炭治郎及び禰豆子との出会い。
水柱さんではなく本作のオリキャラであるカンナが向かっています。

オリジナルキャラ、オリジナル呼吸アリとなっております。


 幸せな時が失われるのは、いつだって一瞬だ。

 いつも、失われるその時まで誰一人、その事実には気が付かない。

 他でもない当の私、氷室カンナがその一人だ。

 私には父と母、そして姉がいた。

 そう、かつては私にも家族がいた。だけど今はその家族は誰一人。

 

 この世に生きてはいない。

 

「ですから、冨岡さん? 貴方が今回の任務で負った怪我というのはですね」

 

「問題ない、だから薬をもらいに来た」

 

「ですから! 本来は安静にしていなければいけないと言ってるんです!!」

 

 鬼殺隊。

 この大正時代において、人の世の陰で人を襲い喰らう鬼たちがいる。

 その鬼たちを狩り人々の生活を護り安寧を護るのが私たち、鬼殺の剣士、鬼殺隊だ。

 人よりも強靭な肉体を誇り且つ瞬く間にその身に負った傷をも癒す再生能力を持つ鬼に対し、私たち鬼殺の剣士は人であるが故に傷つき時にはやすやすとその命は刈り取られる。

 鬼を殺せるのは日輪刀と呼ばれる特殊な刀の他は日光に直接さらし焼き尽くすほかない。

 そしてその鬼殺隊の中でも極めて高い才覚を誇る9人の剣士たちを柱と呼ぶ。

 私はその内の一人、雪柱と呼ばれる柱の継子だ。継子とは柱に認められ、直々に指南を受けることができる隊士の事を言う、それが私だ。

 今日もまた私が師範から仰せつかった用事のためにここ、蝶屋敷に訪れた時、もう一体何度目かになるであろうか、診察室の方から女性と男性のモノと思う様な、言い争うような声が聞こえた。

 

「ハァ……冨岡さんまたしのぶさんと仲良く喧嘩ですか?」

 

「喧嘩してるわけではない」

 

「カンナさん? 仲良くとは一体どういうことですか?」

 

 診察室に入ると案の定というかなんというかだが、そこには鬼殺隊、柱のうちの一人である水柱、冨岡義勇と私と同い年で同期ながらも今は蟲柱の名をいただいている胡蝶しのぶの姿があった。

 

「毎度毎度飽きもせずに、こんな朴念仁な冨岡義勇さんのお相手をなさってるだけで、それはもう十分に仲がいいと言われても文句言えるモノではありませんよ?」

 

「毎度毎度飽きもせずに私に説教を喰らっているのはその朴念仁ですよカンナさん。これだから富岡さんはみんなから嫌われるんです」

 

 しのぶさんがこう口にすると、まぁ大抵の場合。

 

「俺は嫌われていない」

 

 と、この朴念仁は答えるのがもうお決まりとなっている。

 

「全く……師範からの用事でカナエさんに会いに来ただけだというのに、私もこう毎回毎回あなた方2人の夫婦漫才と言わんばかりの口論を聞かされて流石にため息一つもこぼれますよ」

 

 私がそう2人に言うと、しのぶさんは笑顔ながらも額にいくつもの青筋を浮かべて私の言葉にこう言い返してきた

 

「夫婦漫才とは何ですか? カンナさん、いい加減にしないと怒りますよ? それにその煽り文句、いらないところが本当にあの方、導磨さんに似てきてますね。姉さんに用ならすぐにそちらに向かってはいかがですか?」

 

 ちなみに私が今回蝶屋敷に訪れた理由は元鬼殺隊、花柱でありこの胡蝶しのぶさんの姉、胡蝶カナエさんに用があったからだ。

 正確には用事があったのは私の師範、現雪柱、蓮刃導磨あるが、柱であることに加えて今日ばかりは任務で手が離せないということで継子の私が代わりにその役目に来ているというわけである

 

「これで失礼する」

 

「「待ちなさい冨岡さん!」」

 

 私としのぶさんのやり取りの最中、どさくさに紛れてこの場を去ろうとする富岡さん。

 だが当然のことながら私としのぶさんが富岡さんのそんな行動を見逃すはずもなく、冨岡さんは即座に私としのぶさんの2人に襟首をつかまれ診察室に戻された。

 

「今しがたしのぶさんから安静にと言われたでしょう!?」

 

「そうです、今日という日はもうあなたの勝手にはさせません! 強制入院です! 姉さんにも言って四六時中見張ってますので当面の間任務に出向くのは禁止です! 冨岡さんの担当地区にはほかの方をしばらく向かわせますので、どうかご安心して冨岡さんは休んでください!」

 

「俺は平気だ!」

 

いいから四の五の言わず休めと言ってんだこの野郎!!

 

 とうとうキレたのか、最後しのぶさんの口調が恐ろしいことになっていたが、もうこれも何度目かということで私はすっかり慣れてしまったので何も言わない。

 

「冨岡さんの担当地区、私が代わりに受け持ちますのでどうぞお休みください冨岡さん」

 

 私もそう富岡さんに告げると、予定通りカナエさんの下で用事を済ませて、早速鬼殺の任務へと向かうのであった。

 

 

 

 冨岡義勇の代理として鬼殺の任務へと向かう氷室カンナを見送っていた胡蝶しのぶは秘かに、今日の出来事と同時に、自身の同期である氷室カンナに関して口にしていた。

 

「全く、とはいえカンナさんのおかげで今回ばかりは冨岡さんに無理をさせずに済みそうです。 で、一体いつから出歯がめしてたんですか? 姉さん」

 

「あら~気づいてたのしのぶ?」

 

 しのぶがそう口にすると、蝶屋敷の玄関のちょうど死角になっている位置から姉、胡蝶カナエが姿を見せる。

 

「そうね~カンナちゃんが屋敷に来たところからかしら~」

 

「最初からじゃないですか! だったらなんであの朴念仁の冨岡さんがまたのまたというところで逃亡しそうになってるのを止めに入らなかったんですか!?」

 

「だって~カンナちゃんがいるのなら問題ないかな~って思ってたし、一応は導磨くんからの頼まれモノの用意とかもあったからね~」

 

 カナエのその言葉に今日何度目かという溜息を吐くしのぶであった。

 

 

 

 

 全く、姉さんってば相変わらずの自由人なんですから困ったモノです。アレで以前までは柱の一人だというのですから、なんだかなぁってそう感じてしまいます。

 そもそも、柱の方って独特というか、個性が強すぎる方が多すぎるんですよ。

 その代表ともいえるのがあの派手柱もとい、音柱の宇随天元さんですかね。

 掴み処がなくで本当に何考えてるかわかりもしない、雪柱の蓮刃導磨さんもですし、冨岡さんは言わずもがな。

 最早狂犬と言っても過言ではない風柱の不死川実弥さんもまともかと言われればですし。

 まともと言えるのは本当、鋼柱の鐵厳哲さん、岩柱の悲鳴嶼行冥さんくらいですか。

 少し前だったら炎柱の煉獄さんもその枠に入れられたのですけれど。

 

「それはそうと姉さん、導磨さんからの頼まれモノって何だったんですか?」

 

「あぁ、実は彼の日輪刀なのよ。この間久しぶりにここで会ったときにどうも調子が悪いってことで打ち直してもらってたのを今朝方出来上がって、家で預かってたの。しばらくは予備のを使ってたらしいから任務にはさほど影響はなかったらしいけど」

 

「そういえば導磨さんの刀って鉄扇、それも私の日輪刀と同じく特殊な加工が加えられてるんでしたっけ? でもなぜわざわざ家に?」

 

 普通そうなら彼の御屋敷、雪屋敷の方に預けられるはずだろうにと私は一瞬思ったものの、その理由がすぐにわかり。

 

「雪屋敷の方はカンナちゃんと導磨さんと後は隠が何名かしかいないでしょ? 何れも任務で出払うことがほとんどだし、でも家なら元柱の私にアオイたちと大体人がいるから刀鍛冶さんを困らせないで済むわ」

 

「なるほど、確かにそう言われればですね」

 

 私も姉さんの言葉に首肯した。

 

 その後2人でそろって蝶屋敷に入りしばらく歩きながら私は先に執り行われた柱合会議で持ち上がった話を姉さんに告げた。

 

「先の柱合会議でのことなんだけど、柱の枠を増やして現在の9名から12名にすると御館様が仰ってたわ」

 

「御館様が? それに柱の枠を12名にって、前代未聞な話ね」

 

 本来鬼殺隊最高位である柱は、その漢字の画数からとり9名と歴代定められていた。

 しかしこの度、その枠を新たに3つほど増やし、柱を12名にすると御館様は先の柱合会議の場で私たち現在の柱たちに告げたのだ。

 

「理由はやっぱり十二鬼月……?」

 

「ええ、数の上では9対12、彼我兵力差では向こうに分があり、ただでさえ柱は空席が目立つ。現状のままでは十二鬼月、まして上弦の鬼と戦うには心もとなさすぎるうえ、最近も就任したばかりの柱が殉職することが相次いでいて、オマケに近年は下弦の鬼ですらも相当な実力者が増えてきているから、こちらも優秀な隊士をいつまでも遊ばせておくわけにはいかないと、そうなったと」

 

 十二鬼月、鬼の首魁、鬼舞辻無惨の配下の鬼、それも最精鋭の鬼たちだ。

 特にその内の上弦の鬼と呼ばれる6体の鬼は歴史上幾度となく柱を含む鬼殺隊士を大勢葬ってきている。

 以前は普通の鬼に多少毛が生えた程度の強さでしかなかったはずの下弦の鬼たちも、近年は相当な強者が増えてきており、それらによる被害も年々拡大の一途をたどっていた。

 事態を重く見た鬼殺隊の当主である御館様、産屋敷耀哉さまはそれを理由にこの度、柱の枠を現在の9名から12名に増やすとご決断なされた。

 数の上でこれで向こうの12体に対しこちらも最高位の柱が12名ということとなり、拮抗することとなる。とはいえ十二鬼月、それも上弦ともなればその強さはゆうに柱3人分とも言われる。

 柱の枠を増やしたのは他にも、十二鬼月など強力な鬼に対し可能な限り複数人での柱で挑みその生存率を高める狙いもあった。

 

「でも、相当な手練れでなければ、柱は務まらないわ」

 

「ええ、けど甲の隊士を中心に何名かにはすでにお声が掛かってるらしいわ。その内でほぼ確定と言えるのが素山拍治さんと煉獄さんの息子さんの杏寿郎さんの2名ね」

 

「あぁ、それなら心配はないわね。拍治くんはすでに鬼を50体討伐済みだし杏寿郎君は最近ではお父さんの槇寿郎さんの代理で柱合会議にも顔を出してるっていうし、彼も伯治くん並みに鬼を狩ってて実績もあるもの」

 

 それでもあと2名ほど枠は開いてるのだけれどと私は最後に姉にそう告げた後、日課である薬剤の研究のために姉と別れ私室の研究室へと向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 冨岡さんをどうにか蝶屋敷へととどまらせたのち、私は本来なら富岡さんが担当することとなっていた地へと向かい、任務に就いた。

 場所は奥多摩郡、雲取山。そこでなんでも鬼の目撃情報があったとのことで私はそこに着くと早速聞き込みに入る。

 とはいえ公式には政府非公式の組織である鬼殺隊な上、鬼の存在など一般には主に迷信、御伽噺程度のモノでしか伝わっていない以上、聞き込みで行えることなど高が知れている。

 

「収穫無しね……」

 

「カァーカァー、焦ラズキッチリ情報ヲ集メルベシ、カァー!!」

 

 私の鎹鴉からもそう言われ、私は地道に街人から可能な限りの情報を集める。

 そうしていると、私は忙しそうに炭売りを行っている少年の姿を目にした。

 その少年の様子からかなり少年はこの町の人々から慕われているようで、時にはお皿を割ったと疑いをかけられていた青年を助けたり、荷物運びを手伝ったりと、正直傍から見るとちょっとというかかなり真面目が過ぎるのではと思うくらい生真面目な感じの少年でもあった。

 

 結局これと言ってみのりになりそうな情報を得ることはできず、今日はこの辺で切り上げ明日から再び情報を集めようと近場の宿屋で床に就いた。

 

 

 

 

 

 正直、その事であとで後悔することとなった。

 

「カァーカァー鬼ガ現レタ、氷室カンナスグニ向カエ、鬼ガ山奥ノ炭焼キ小屋ニ表レタヨウダ!! 悪鬼滅殺、アァ、悪鬼滅殺ゥウウウウ!!」

 

 朝早く、床から起きたばかりの私に、鎹鴉がそう慌てた様子ではいってきた。

 私は急いで隊服に着替えると急ぎその件の炭焼き小屋へと向かう。

 ふと私の脳裏には昨日の昼間に見かけた炭売りの少年の姿が浮かんだ。

 

「お願い、無事でいて!」

 

 だが、炭焼き小屋に着いたとき、私が見たのは無残にも鬼の手で殺された人々の遺骸であった。

 

「……酷い」

 

 正直、既に見慣れてしまった光景であり私はそう一言口にこそしたものの、すぐさま冷静になり周囲を伺う。

 遺体はまだ新しい、そう遠くには行っていないはず。

 しばらくの間そうして周囲を伺っていると。

 

「頑張れ禰豆子! 堪えろ!!」

 

 昨日の昼間に聞いた少年のモノと思われる声が聞こえた。

 

「そっちね!」

 

 その声の方角に向かって走ると、そこには昨日見かけた少年と、その少年に覆いかぶさるような形で、襲い掛かる女の鬼の姿があった。

 

「頼む! 鬼になんてなるな、頑張れ禰豆子!!」

 

 少年の声が耳に入る。

 あの鬼は恐らくはあの少年の近親者なのだろう。

 だが、こうなってはもうどうにもならない。私はこれまで幾度となく、身内が鬼となった人々とその場面を、そしてその鬼によって食い殺されてしまう人々を見てきた。

 

雪の呼吸、壱ノ型、粉雪

 

 私は刀の鍔に手をかけ、一気にあの鬼の懐まで入り込み、刀を引き抜くと同時にその鬼の頸を刎ねようとした。

 

 だがとっさにその少年が鬼の女の体を引き渡しの斬撃から離す。

 

「どういうつもりなのかしら?」

 

「ああ……」

 

 突然のことだったようで少年は驚きと恐怖が入り混じったような顔をしていた。

 

「なぜその鬼を庇うの?」

 

「妹、俺の妹なんだ!! なんでこんなことになったのかわからないけど、でも、禰豆子はまだ、誰も殺していない!!」

 

 少年はそう叫ぶが、その間もその女の鬼は少年の腕の中で暴れ続けている。

 私は再びその鬼の方へと駆け出し、その鬼を少年から奪い取った。

 

「禰豆子!」

 

「確かに、この体についている血は、あの炭焼き小屋の人々のモノではないでしょうね。けれど、だからと言って鬼を狩らない理由はないわ」

 

「待ってくれ! その小屋は家だ、家には禰豆子や家族以外の匂いが残っていた。きっと家族を殺したのはそいつだ、禰豆子じゃないんだ! だから……」

 

「殺すなと……ふざけないで!」

 

 私は猶も懇願する少年にそう強く、言葉をぶつけた。

 

「人食い鬼となった人間は、見境なく人を喰うわ、特にその鬼が真っ先に喰うのが自身の身内、栄養価が高いうえに、貴方のように鬼となった身内の姿を受け入れられずに油断した結果……だからたとえ、貴方の妹であろうと私は殺す。今この鬼が誰も殺していなかろうが、これから殺さないという証明ができない。ならばどのような理由であろうともね」

 

「俺が……俺が止める!! 禰豆子が他の誰かを殺す前に」

 

「甘いことを……先ほどこの鬼に覆いかぶされ、押さえつけられたのは貴方よ!? そんな人間になにができるというの!? 一方的に襲われ食い殺されるがオチよ! なら」

 

 私は再び自身の刀を鬼へと向ける、だがすると途端に。

 

「やめろぉおおおおおお!!」

 

 少年は私めがけて近場の石を投擲してきた。

 その石に一瞬意識を削がれ、鬼を放してしまう。

 

「ガァアアアアアアアアアア!!」

 

 鬼は私に蹴りを入れてきた。

 私は刀でその蹴りを受けどうにか自身に傷を負うのを防ぐも、自由の身となってしまった鬼、このままではあの少年を襲う。

 案の定その鬼は少年の方へと向かって走っていった。

 

「くっ! 待ちなさい!」

 

 私はすぐさま鬼を追いかける。

 だが、その鬼の姿が再び目に入ったとき、私は信じがたい光景を目にした。

 

「ガァアアア……」

 

「禰豆子……」

 

 そこにいたのはその少年をまるで庇うかのような動作をした鬼の姿であった。

 

「分かるのか……禰豆子?」

 

 私に向かって威嚇するかのような動き、体中傷だらけでおまけに鬼になったことで生じた飢餓状態、今もその中にあるというのに。

 その鬼は今、一番間近にあるはずの餌には目もくれず私へと敵意を向けている。

 

(これじゃ、姉さんやカナエさんの事を云えないわね私も)

 

 私めがけて一気に駆けだした鬼に対し、私は刀で峰打ちを喰らわせた。

 

「禰豆子!」

 

「大丈夫よ、眠らせただけだから」

 

「どうして‥…さっきまでは殺そうとしていたのに」

 

 そうだ、この少年の言う通り、私はこの鬼を殺すつもりだった。

 けれど、この鬼が先ほど見せた行動。酷い飢餓状態であるにもかかわらずに人を襲おうとしなかった。

 こんなことなど、今の今まで起きたことはない。

 

「貴方の妹、今後も人を襲うことがないと、させはしないとそう、約束できるのなら、見逃しましょう」

 

「え?」

 

「約束できるかしら?」

 

「……はい、絶対に俺が、禰豆子を護ります! 絶対に人を襲わせたりしない!」

 

 少年はそう私の問いに強く応えた。

 それでもなお、体は今も震え続けている。

 

「その言葉、信じるわよ……ここから少し離れた狭霧山というところに、鱗滝左近次という人物がいるわ。彼を訪ねなさい」

 

「えっと……」

 

「私と同じ、今は元が付くけれど鬼殺の剣士だった人よ。彼を訪ね、鬼と戦うすべを身につけなさい。貴方の妹を鬼にしたもの、そして妹を鬼から人に戻すための術、それを鬼が知っている可能性がある。しかし鬼が気安く、貴方を助けてくれるはずはないし、貴方の妹がまた、いつ貴方を含む人を襲うかわからない。もしそうなったときのために、力を付けなさい。それが一番に貴方とあなたの妹を護る手段だと、私は考えるわ」

 

「鬼殺の剣士に……」

 

 私は少年にそう諭した。

 正直、今のような出来事があったとはいえ今後も彼の妹が鬼としての本能から来る衝動に抗える保証はない。

 そうなれば確実に彼の妹は人を喰らうだろう。

 そうなったときのために、何よりそのような未来を引き起こさせないためには、少年自身が強くなりそれを防がねばならないのだ。

 少年は一瞬ためらうような動作を見せるが。

 

「分かりました。鱗滝という人を訪ねればいいんですね! なら妹を護る為に、禰豆子を人間に直すために、鬼殺の剣士になります!!」

 

 すぐさま私にそう答えてきた。

 

「その覚悟、しかと承ったわ」

 

 私は最後、そう言い残すとその場を後にした。

 

 宿屋へといったん戻ると私は筆をとり、先にあの少年へと語った鱗滝左近次へと書を認めた。

 

『略啓、鱗滝左近次殿。

私は現雪柱、蓮刃導磨が継子、氷室カンナと申します。

突然の手紙、どうかお許しください。先に貴方の弟子であった現水柱、冨岡義勇の代わりに向かった地にて、炭売りの少年とその妹と出会いました。

その家族はすでに鬼によって惨殺され、妹もまた、鬼へと変貌させられていました。しかしその妹は、激しい飢餓状態にもかかわらずその兄である少年を襲うことなく、逆にその少年を庇う姿を見せました。

少年は妹を元の人へと戻すため、そして妹を護り仇たる鬼を討つため鬼殺の剣士となる意思を示しております。手前勝手な頼みと承知しておりますがどうか、貴方の手で育ててあげてほしい。どうか御自愛専一にて精励くださいますようお願い申し上げます。 

匆々、氷室カンナ』

 

つづく。




次回はカンナ視点でのオリジナルストーリーとなります。
感なの師範である本作の柱童磨さんこと導磨さんが登場予定です。


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第2話 生贄の塚と鬼

第2話になります。
今回のお話はとある鬼滅の刃とは違う鬼という言葉のつく漫画の内容、その一部をベースにしております。

本作の柱童磨さんこと導磨さん初登場回になります。


 氷室カンナがとある炭焼きの兄弟と出会ってから1か月が早経っていたある日。

 

 とある宿場町にて。

 

「なんともまぁ、遠路はるばるこんな辺鄙な土地に来なすってからに。その身なり、そこそこ位のある御方とお見受けしますが」

 

「いえいえ、これでも元はしがない新興宗教の教祖なんてものをやってたものですよ。万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)って知ってます?」

 

「いえねぇ、その辺のお話には疎いモノで」

 

 その宿場町のとある宿屋の軒先にて、珍しい髪色と虹色の瞳の青年が帳場の老女と話をしていた。

 

「まぁ、それはそうですよ。元々は小さな駆け込み寺のようなモノでしたからねぇ」

 

 彼の名は現鬼殺隊の柱、雪柱の蓮刃導磨(はすばどうま)。氷室カンナの師範である。

 

「それはそうと、この近辺ではある伝承が伝えられているとか、なんでもここから少し山へと入ったその先に、女を死ぬまで犯してから喰らう鬼が住む塚があるとか……」

 

 青年の顔が先ほどまでの笑みから一転、真剣なモノへと変わる。

 

「……贄禽塚(にえとりづか)の事じゃあねぇ……悪いことは言わん、あそこにはあんま近づかん方がええよ」

 

 一方でその導磨の言葉を聞いた帳場の老女は、何やら青ざめた顔に変わるとそそくさと宿屋の奥の方へと入っていってしまった。

 

「なるほど……いいお話が聞けましたよ、ありがとうございました~」

 

 

 

 

 

 私は雲取山での一軒があった後、再び鬼殺隊としての任務に明け暮れる日々を過ごしていた。

 それでも暇があればあの炭焼きの少年とその妹のことが頭を過る。

 あれからしばらくしたのち、鱗滝殿からの返事の手紙が送られてきた。

 あの炭焼きの少年、名を()()()()()、そしてその妹は()()()というらしいが鱗滝殿の下で鬼殺の剣士となるべく修業を始めたとのことだった。

 なんでも鱗滝殿と同じく鼻が利くらしく、初日の試験はどうにか突破したとのことだ。

 

 それと鱗滝殿の返事にはもう一つ、竈門炭治郎という少年の性格などについての懸念も記されていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であると。

 

「やぁカンナちゃん、そっちの首尾はどうかな~?」

 

 そう考え事をしていると、私は師範に声をかけられた。

 私の師範、現雪柱、蓮刃導磨。

 白橡色(しろつるばみいろ)の髪に虹色がかった瞳と特異な容貌の青年で現岩柱の悲鳴嶼行冥さんとほぼ同時期に柱にまで上り詰めたという傑物だ。

 普段から飄々とし、一部というか主にしのぶさんあたりだが軽薄な笑みを浮かべた、その心の奥底を窺い知るのが難しいといった感じの人柄で、継子の私としても、あまり尊敬できるかと言われれば正直尊敬し辛い人物である。

 今日はこの師範との合同での任務でこの小さな宿場町に来ていた。

 とはいえ人が多い場所で大っぴらに鬼殺隊の隊服を着るわけにはいかず、私も師範も普段見につけている隊服ではなく、私は雪の結晶模様をあしらった藤色の着物に隊服時に身に着ける雪の模様の入った羽織、師範も黒の着物に藍鼠色(あいねずいろ)の袴、そして葡萄色(えびいろ)の羽織といった姿である。

 

「こっちはさほど重要そうな情報は得られませんでした。師範の方は?」

 

「こっちは若干収穫有りといった所だね~贄禽塚という地に、鬼がいるらしい」

 

 とはいえ、そういった性格故に相手の気分をうまいこと掴み、情報を引き出すすべにたけており、私などよりもこうした捜索行動に関しては上をいく。

 師範の言葉に私の顔がわずかに強張った。

 

「先の鴉からの情報は、やはり正しかったということですか」

 

「鴉は確かな情報のみを伝える。それを疑う余地は存在していないよ。まぁ、とはいえそれらはほぼ断片的なモノであとは地道にその情報の穴を集めていくしかないわけだが。まず間違った情報をこちらによこすことはないからね」

 

 師範の話では、この宿場町の奥にある山の深い場所には贄禽塚と呼ばれる場所があり、そこには遥か昔から女を死ぬまで犯し、そして喰らうという鬼がいるとのことだ。

 

「なんだか、あまりにも悪趣味な鬼ですね」

 

「鬼の趣向なんて大体似たようなモノさ。気にするだけ無駄だよカンナちゃん。けれど確かにね~」

 

 私と師範は得られた鬼の情報からそう2人で話をしていると、宿場町の一角が何やら騒がしくなっているのが聞こえた。

 

「何の騒ぎでしょうか」

 

「向こうの方からだね」

 

 一先ず私と師範の2人は騒ぎのする方へと歩みを進める。

 

 到着するとそこには半ば行き倒れの様びやつれた白い着物を着た女性が倒れていた。

 

「なッ、師範!」

 

「ああ……」

 

 私と師範の2人ですぐさまその女性に駆け寄る。

 幸い息はあり、外傷なども見る限りは多少の擦傷や打撲などは見受けられるが、命にかかわるようなモノはそう見受けられない。だが酷く衰弱している様子でこのまま放っておけばまず間違いなく命はないだろう。

 

「あの娘さん、もしかしたら」

 

「ああ、恐らくは贄禽塚の……」

 

 その最中、先に師範と話しているときに出た贄禽塚という言葉が耳に入った。

 

「贄禽塚……まさかこの人……」

 

 だがまずはこの女の人をどこかで手当てする必要があった。

 幸いここは宿場町なので場所のつてがないわけではないが、生憎私も師範も薬学や医学に精通しているわけではなく、ちゃんとした治療を行うにはやはりお医者に見せるほかない。

 

「御二人さん、お困りでしたら手を貸しますよ?」

 

 そんなことを考えていると私と師範の2人に声をかけてきたものがいた。

 

「奇遇ですねカンナさんも導磨さんも」

 

「あら~今日は二人で仲良く逢引かしら~」

 

 振り返るとそこにいたのは、私にとっては見慣れた2人の美人姉妹、他ならぬ現蟲柱、胡蝶しのぶとその姉、元花柱の胡蝶カナエであった。

 

「しのぶさん、それにカナエさんも」

 

 渡りに船とはこのことで軽く私は胡蝶姉妹の2人に事情を説明すると、近場の宿屋の一室を貸してもらい、この女性の手当てをすることとなった。

 

 

 

 

 

 私と姉さんは今日、この宿場町に生薬の買い付けに来ていた。

 生薬の買い付けは他の人に任せられないのもあって基本は私か姉さんが主に行っている。

 簡単な薬の買い付けならばアオイや他の貯屋敷の者に任せられるものだが今回のように扱う生薬が専門性の高いモノでは、ちゃんとした目を持つ私たちがこうして非番を利用するほかない。

 とはいえ柱を引退した姉さんならまだしも、現在蟲柱の名をいただいている私は中々そうした非番というモノを取ることができない身だ。

 今日の生薬もずいぶん前に薬問屋に注文していたものであったのだが、結局こうして取りに行くのに相応の日にちが経ってしまっている。

 それでもどうにか生薬を買い付け帰路に就こうとしていたその矢先に、こうして現雪柱の導磨さんとその継子、カンナさんと出会い。

 

「熱の方は下がりました。衰弱は酷いですが消化のいいものを少しずつ食べさせていけばどうにか元気にはなるでしょう」

 

 カンナさんが見つけた女性の看病をしているところだ。

 

「ハァ、よかった……」

 

「とはいえ、きちんと治療するのならやはり、お医者様に見せるべきでしょうね。私も医学に精通こそしていますが、蝶屋敷でないと本格的な治療は行えませんし」

 

 カンナさんが抱えていた白装束の女性、相当衰弱している様子で体の傷こそ浅いが、あのまま放っておけば正直危険な状態であったと言わざるを得ない。

 一先ず薬湯を飲ませ床に就かせているが健康体に戻すにはやはりきちんとお医者に見せるべきだろう。

 

「けれど、なぜあのような姿になっていたのでしょう。体中についた擦傷や打撲、それにあの衰弱のしかたからまるで険しい山道を何日もひたすら、何かから逃げるように走ってきたとしか」

 

「おそらくはそれで正解じゃないかな」

 

 カンナさんの抱いた疑問を私が聞いていると、恰もその答えを知っていますといった感じに、導磨さんが話に割り込んできた。

 

「さっきあの女の人を見て、町人たちが贄禽塚から来たんじゃないかって言ってたよね?」

 

「贄禽塚……まさか……それでは」

 

「どういうことですか、カンナさん、導磨さん」

 

 どうも2人はこの女性を襲ったであろう何かに関して知っている様子で私は2人に説明を求めた。

 

「実は……この宿場町に伝わる伝承の様なもので、何でも贄禽塚という場所がこの宿場町の奥の山のその奥にあるらしく、そこには女を死ぬまで犯して喰らうという鬼がいるそうなのです」

 

「鬼……ですか」

 

「加えてだが、あのあと少し町人たちに話を聞いてきたんだが、この山奥にはまた小さな集落があって、その集落ではどうも、きな臭い風習の様なものがあるらしくてね、1年のある月日に一人、妙齢の女性を山の主の生贄にささげるらしいんだ。しかもその生贄にささげられたという女性は、案の定だがその後姿を見た者はいない」

 

「生贄……なるほど……」

 

 きな臭いどころではない話だ。

 先の贄禽塚の鬼の話とその話、何の関係もないなどまず考えられはしないだろう。

 

「鬼をある種信仰の対象にしたり、はたまた鬼に生かされてる人間っていうのもいないわけじゃないからね、きっとあの娘さんは、その贄禽塚のきな臭い、悪趣味な風習の犠牲者、となりえた子ってところだろうね」

 

「そこから逃れるために、ひたすらこの宿場町まで走ってきたために、あのような状態になってしまったと、そういうことですか」

 

 そしてカンナさんに抱えられていたあの白装束の女性は、その鬼の餌にされる寸前でそこから逃げて麓のこの宿場町まで流れ着いた人なのだろう。

 

「折角の非番でしたが、こうなっては協力するほかなさそうです」

 

「良いんですか? しのぶさん」

 

「ええ、乗り掛かった船ですし、既に生薬の買い付けも終わってます。生薬はカナエ姉さんに届けてもらえばいいですし、なんでしたら近くの藤の家紋の家まで姉さんに付き添ってもらう形で、あの女性を安全を確保もできます」

 

 正直こんな事態をそのまま放っておくなど、鬼殺隊蟲柱としての私が許せるはずがない。

 私はカンナさんと導磨さんの2人にそう提案すると。

 

「それじゃ、お願いしようかなしのぶちゃん」

 

「突然のことですが、どうかよろしくお願いします」

 

「ええ、私たちで贄禽塚の悪趣味な鬼を滅しましょう」 

 

 私はそう2人に告げると2人とも承諾してくれ、ひとまずは彼ら2人が持つ情報から贄禽塚の場所と鬼の情報を共有することとなった。

 

 

 

 

 

 しのぶ、カンナ、導磨らが一通りの話し合いを終えたのち、3人それぞれ隊服に着替え件の贄禽塚へと向かって行った。

 それからさらにまた、しばらく時が経った後。

 

「うっ……」

 

 カンナが助けた女性が目を覚ました。

 

「気が付いたのね、よかったわ」

 

「ッ!? ここは!?」

 

「ここは○○山の宿場町よ。貴方半日近く眠っていたのよ? でも薬湯を飲んでくれたし、体の傷は浅かったから、しばらく安静にしてればよくなるわ」

 

 宿屋でしのぶと変わる形で女性の看病をしていた胡蝶カナエは目を覚ました女性にそう説明をした。

 女性はまだ何が起きたのか分からず混乱している様子だったが、しばらく経つと徐々に自身に起きたことを思い出してきたのか、両腕を抱えて小刻みに震え始める。

 

「大丈夫よ、ここには貴方に危害を加えるようなモノはいないわ」

 

「貴方は、誰なの?」

 

「私は胡蝶カナエと言います。話せる範囲でいいから、何があったのかを話してもらえないかしら……話すだけでも辛いことだと思うけれど、きっとあなたの力になれると思うから」

 

 カナエはそう静かに女性に話すと女性の恐怖を少しでも和らげようと手を握ってあげた。

 すると女性の方も落ち着いてきたのか、ぼそりぼそりとだが、事情を放し始めた。

 

「私は、贄禽塚の……この山の奥のそのまた奥にある集落の娘で、名をかよと申します……」

 

「かよさんね。かよさん、あなたはどうやら鬼に狙われているかもしれません」

 

「鬼……鬼を知っているのですか!?」

 

 カナエの言葉に驚いた様子でかよと呼んだ女性は叫ぶ。

 

「はい、闇に紛れ人を喰らう化物。知性があり巧妙にその姿を隠し、そしてすさまじい再生能力を持ち、頸を刎ねても腹に穴が開いてもたちまち再生する。唯一の弱点は陽の光と日輪刀と呼ばれる刀、それも頸を刎ねねば死には至らない。そして、私たちはその鬼を狩る者たち、人知れず人を喰らう鬼を滅する者、鬼殺隊です」

 

「鬼を狩る……」

 

「はい」

 

 カナエの言葉に一瞬かよは息を飲むも。

 

「なら、なら私たちを助けて!! 私たち、贄禽塚の人々を、もう、誰も……誰かが鬼に喰われるような、そんな思いをしないで済むように!!」

 

「落ち着いてかよさん大丈夫よ。私たちはその為に、ここにいます」

 

 興奮するかよにそう言い聞かせなだめるカナエ。

 

「私の仲間である鬼殺隊の剣士たちが、既に贄禽塚へと向かっています。そう遠くないうちに、鬼は滅されるでしょう。だから大丈夫です」

 

「うぅ……」

 

 しばらくするとかよも落ち着いてきたようでカナエは先ほど聞こうとしたことを改めてかよに問うた。

 

「かよさん、辛いでしょうがあなたの身になにがあったのか、詳しく話してもらえないでしょうか」

 

 

 かよは静かに話し始めた。

 贄禽塚に伝わる悍ましい風習と、そこに住まうという人食い鬼についてを。

 

つづく




第2話でした。
では、今回のお話の基にした漫画ですが

マンガmeeにて連載している『鬼獄の夜』という作品です。


色々とショッキングなシーンも多々ありますが興味があったら是非読んでみてください。


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第3話 生贄の塚と鬼 真章

第3話になります。
贄禽塚の鬼編後半こと真章。

一応サイドストーリー的な話なので簡潔に終わらせました。
次回から原作のお話に合流させる予定です。


贄禽塚、一体いつからその里はそう呼ばれることとなったのだろうか。

 この塚の里にはある風習が100年近くも昔から執り行われていた。

 それは、1年のとある日に、山神様へ妙齢の女性を差し出すというモノであった。

 所謂生贄、人身御供である。

 

 だが、その実態は。彼らが言う山神とはもちろん、神などという厳かなモノではなく。

 

 

 

 

 人を喰らう人食い鬼、悪鬼そのものであった。

 

 かよは断片的にではあったが、カナエに自身の生い立ちと自身のいる集落に伝わる風習について、そしてその集落からなぜ、これほどまでに衰弱し、傷を負いながらも逃げてきたのか。

 その理由を語った。

 

「贄禽塚に古くから伝わる風習です。妙齢の女性をある月日の晩、山上様への人身御供に差し出すという……それは、集落で100年にもわたり続けられてきた風習でした。けど、その山上というのはもちろん、神などではありません。アレは、正真正銘の人食い鬼なのです」

 

「先に私の妹を含む仲間の隊士から聞きました。その鬼は女を死ぬまで犯した後に喰らうと……」

 

「…………そうです」

 

 かよは再び両手で恐怖に震える自身の体を抱えながらもカナエが先ほど導磨、カンナらからしのぶとともに聞かされた鬼の性質に関しての話を聞き、そう応えた。

 

「昨年の生贄は……私の親友でした。今でも耳に焼き付いています……親友の死ぬ間際の、悍ましい迄の断末魔を……」

 

「そして……今年生贄に選ばれたのは……」

 

「はい……私です」

 

 カナエはその言葉で核心を得た

 なぜこのかよという女性が、こうまでも衰弱し傷だらけの姿でこの町に流れ着いたのか。

 

(しのぶや導磨くんたちの考えたとおりだったという事ね)

 

「私は……死にたくはない! 鬼に、死ぬまで犯されて最後は喰われるなんて! そんな惨い死に方なんて絶対に嫌! だから、どうか鬼狩り様、贄禽塚の鬼を……鬼を対峙してください!!」

 

 かよは最後はカナエに縋りつくようにして泣き、そして懇願してきた。

 

 贄禽塚に巣食う鬼を滅してほしいと。

 

 

 

 

 

 正直、今回の任務はきな臭いことだらけだと俺は正直に感じていた。

 この山奥の集落、贄禽塚に伝わるという風習、そしてその風習にて山神と伝えられている人食いの鬼。

 

「ねぇ、しのぶちゃん」

 

「なんですか? 任務の最中なんですから無暗矢鱈と話しかけないでください。何よりあなたとのお話は私はすごく不快なんです。気色悪いので名前で呼ばないでいただけません?」

 

「相変わらず冷たいなぁ~」

 

 なお、話す相手のしのぶちゃんの俺への態度が毎回これなのはもう俺は慣れっこだから気にはしていない。

 実際に嫌われてるって自覚はあるからね、どこぞの水柱君とは違ってさ。

 あ、これ水柱君には言わないでおこう。言ったら言ったで絶対すねるからね。

 

 なんて半ば冗談交じりの事はここまでにして、俺は先ほどまでのやんわりとした表情をやめ。

 

「今回の鬼に関してだよ」

 

 真面目な顔と声色も低いものに変えて改めてしのぶちゃんに話しかける。

 

「普通に考えてだけど、贄禽塚の風習は実に100年の歳月繰り返されてきたって聞いてる。そんなに長く、鬼が絶好の餌場である集落を直接襲わないのって、ありえるかな?」

 

「ッ!?」

 

 俺のこの言葉にしのぶちゃんは目を見開き驚いたような顔に一瞬なったけど、すぐさま元の険しい表情に戻って思案し始めたようだった。

 

「確かに言われてみればそうですね。贄禽塚の鬼の習性、女を死ぬまで犯してから喰らうという言葉から、女以外は基本喰らわない鬼と思えますけれど、生贄になるのは毎年1人ですよね? 1年に1人というのは、どう考えても不自然です」

 

「だよね、普通に考えて村の人々に配慮なんてする必要はない。村自体を襲って好きなだけ人を喰ったっていいはず、なのにそんなことはしていない……」

 

「まさかですけど導磨さん? 鬼が自分の意思で人食いを行わずに、何者かが鬼に餌として生贄を与えたるなんて、考えてます?」

 

 しのぶちゃんの問いに、俺は不敵に笑って是と答えた。

 

「…………」

 

「おかしい話じゃないだろ? 炎柱の煉獄殿が助けた小芭内くんの家がその代表の様なものだ。贄禽塚にはね、きっといるんだよ、そんな連中がね……」

 

「悪趣味ですね」

 

 俺の言葉に応えたのはしのぶちゃんではなくカンナだった。

 

「悪趣味どころじゃありませんよそれ。そういう人たちって本当、頭どうかしてるんじゃないでしょうか?」

 

 勿論、しのぶちゃんも辛辣ながらもそう口にする。

 

 うん、それに関しては流石の俺でも肯定せざるを得ないね。

 

 

 

 だが、実際にそんな人間がいるのも事実だ。

 鬼を頼りにして生計を立ててるような家など鬼とよく言えば共生していると言えるが、そういった家は実際は鬼の気まぐれでその家の人々が生き永らえさせてもらってるだけでいつでも鬼の気まぐれで餌食になる、そんな場合が大半だ。

 だが中には鬼と一緒に平気で殺人を楽しむような、そんな正しく人の皮を被った鬼ともいうべき様な人間がいることがある。

 

「贄禽塚の鬼の件は、恐らく俺の見立てだとこっちの可能性がありそうなんだよねぇ~」

 

「なぜです?」

 

「だって、そうじゃなかったらこんなきな臭いような風習が100年も続くわけないじゃない。さすがの俺たち鬼殺隊、鬼狩りだって馬鹿じゃない。鴉は日本全国、四六時中ありとあらゆる地に出向き鬼の情報を集めてるんだから、100年の間に必ず見つけられる。なのに、今もこうして残っているってことは?」

 

「鬼に文字通り、力を貸してる人がいるということですか?」

 

「それもかなり、友好的にね」

 

 俺はそれだけ語ると、まだ夜の闇が支配し続ける森の中を目的地である集落めざし駆け抜けていく。

 

 

 

 俺たち集落に着くころにはすでに日は落ち辺りは夜の闇に包まれていた。夜は正しく、鬼にとって絶好の時間。

 だがそんな夜中に集落の一部は眩く煌めいていた。

 

「あそこに人が集まっているみたいですね」

 

 しのぶちゃんがその場に駆け抜けて聞こうとするのを。

 

「ッ!? 何を……」

 

 俺はすぐさましのぶちゃんの羽織を掴みとめた。

 

「こんな時間に集落の一同がそろってるなんて、どう考えてもまともなことをやってなんていないよ」

 

「まさか、それでは……」

 

「あの子の代わりくらい、すぐに見つかるだろうからね……」

 

「師範、どうします?」

 

 俺の言葉にしのぶちゃんは顔を顰めカンナは次の指示を仰いでくる。

 最も、次の行動手順は考えてるからね。

 鬼の気配はかすかだが、カンナも柱の俺やしのぶちゃんが辿れないほどではないし、村と共生関係にあるのなら、ねぐらもここからそう離れてはいないはずだ。

 

「カンナちゃんはこっちの方角、しのぶちゃんはあっちの林の方角から、俺はここの山道の方から向かうよ」

 

「三手に分かれるんですね」

 

「ああ、すでに鬼の気配は把握してるだろ? そこで堕ち王、もしかしたら即、戦いになるかもしれないから十分に注意してね2人とも」

 

「言われるまでもありませんよ」

 

「了解です」

 

 その言葉を合図にしのぶちゃんとカンナの2人はその場から姿を消し、少し遅れて俺も山道を一気に駆け上がり、鬼のねぐらへと急いだ。

 

 山道を駆け抜け少しばかり進むと、小さなお堂の様な小屋が見えてきた。

 周囲には祠も何もない極めて簡素な造りだが、入口は厳重に施錠がなされている。だが、その小屋からは、異様なまでの、鬼のモノの気配が肌に感じ取れるくらいに漂ってきていた。

 

「当たりのようだね……」

 

「イヤぁあああああああ!!」

 

 俺がそう口にするや否や、小屋の中から妙齢の女性のモノと思われる悲鳴が聞こえた。

 

(血の匂いはしない、鬼の習性から考えるのなら、まだ……フッ!)

 

 俺は迷うことなく、その小屋の扉を自分の日輪刀である銀白色の鉄扇で破り、小屋の中へと入った。

 小屋の中では先ほどの女性が、異様な姿の鬼に腕を掴まれ服を破かれている最中であった。

 

雪の呼吸、弐ノ型、細雪

 

 恰も舞を踊るような華麗な動きで即座に鬼と女性の間に入ると、間髪を入れずに俺は鬼の胴へと3連撃の斬撃を喰らわせた。

 

「ああ……」

 

「大丈夫かい? 俺の名は導磨、今日はいい夜だね~」

 

 一応の決まり文句名折れの名乗り。

 最もこの女性にそんな名乗りを聞いてる余裕はないし。

 

「君も、そう思わないかな、贄禽塚の鬼……」

 

 贄禽塚の鬼、その姿は全身が文字通り毛むくじゃらで手足は異様なまでにやせ細り、顔がある辺りには大きな目が書かれた札がはられていた。

 

「ぐぅううう……」

 

「異形の鬼か……」

 

 鬼は、元は人間だったものたち、その成れの果てだ。

 なった当初はまだ元の人間の姿を保っているが、時が経つにつれその姿は異形なモノへと変わり、中にはそれが元は人であったとは思えないほどにまで変貌する者たちもいる。

 

「とはいえ、その細腕に足……まともに人を喰えていなかったからかあるいは……」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 そう考えてる暇も与えずに件の鬼は俺に向かってくる。

 

「けど、俺だけを相手にしてるなんて思わないことだね」

 

雪の呼吸、参ノ型、風花一閃

 

 天井裏から、俺の継子のカンナが勢いよく俺と鬼との間に割って入り、居合の要領で鬼に一閃を喰らわせた。

 しばらく鬼の体は動き、オレとカンナを襲おうとするそぶりを見せていたのだが、すぐにその動きは緩慢なモノになり、傷口の細胞が壊死を起こしながら凍結していき。

 

「哀れな鬼さん、どうか安らかに……」

 

 俺のその言葉を最後にその鬼はその場で倒れ伏し、以後は一切起きることがなく、徐々にその体は錆色のような色へと染まっていった。

 俺とカンナの呼吸『雪の呼吸』の技、その本来の力は鬼の頸を切ることではなく、鬼の細胞を凍らせ壊死させる毒と、衝撃を与えると凍る特殊な水、過冷却水による合わせ技だ。

 最も俺もカンナも本気になれば頸を斬るのは容易いが、今回のような異形の鬼の場合頸の位置が非常に曖昧だったり硬かったりで厄介なことがあり、確実を期すならこの方法が一番だ。

 

「鬼……死んだの?」

 

 女性が恐る恐るそう問いかけてきたので、俺はそうだと答えると、その女性は気が抜けたのかその場で気を失ってしまった。

 即座にカンナがその女性の下へと駆け寄り、風邪をひかぬよう、そして敗れた服を隠すように自身の羽織をかけてやっていた。

 

「少し遅いんじゃない?」

 

「これでも急いできた方ですよ、師範」

 

 俺とカンナが2人で、傍から見るとのんきと思われるような会話をしてるとその直後に。

 

「あらあら、もう鬼は滅してしまっていたのですね。さすが御二方、早い早い」

 

 しのぶちゃんが堂々とお堂の表から、しかもその手には何やら、年若い眼鏡の男性が、一言でいうのならボコボコにされた状態で抱えた姿で入ってきた。

 

「しのぶちゃん? 相手が違うんじゃない?」

 

「何が違うのですか? 貴方が仰ったではありませんか、ここ、贄禽塚の鬼にはその鬼を支援してる人間がいるのではないか? と、だから私一足進んでこの山の少し奥にある、この集落の管理者の御家に赴いていたのですよ。そしたらですね……本当、あっさり教えてくださいましたよ、ここ贄禽塚の鬼とここの管理者、鳥羽家(しばけ)に関して」

 

 いや、その男性のまるで懇願するかのような涙がにじんだその目と、恐怖におびえたような表情から大体想像がつくよしのぶちゃん。

 それは教えてくれたんじゃなく、力づくで聞きだしたってことだよね。

 

「ということは……」

 

「導磨さんの予想、大当たりでしたよ」

 

 しのぶちゃんが言うには、この贄禽塚の管理者である鳥羽家、その先祖が最初に鬼と関りを持ったのは今から100年前だという。

 そして、それから100年余りの時の中、鳥羽家はこの集落を支配する口実にその鬼を用い、年に1人、この鬼の餌となる妙齢の女性を差し出すよう集落の人々に伝えていた。

 更に集落の収入源は鳥羽家がその鬼がその力を振るい、人々から奪い取った資財などであったという。しかしその資財は全て集落ではなく、鳥羽家の繁栄の為だけに使われ、年々生贄の頻度も増していったという。

 さらに時が経つにつれ鳥羽家の人々はより残虐かつ凄惨な生贄の儀式を思いつくようになり、それこそが今、この時代に贄禽塚に伝わる『死ぬまで女を犯してから喰らう』贄禽塚の鬼の伝承となったのだという。

 

「悪趣味も悪趣味、最早人と呼んだらいいのか私には計りかねるような所業の数々です。まぁ、でもさすがに殺しはしませんよ。物的な証拠は粗方かき集めましたし、御館様にも口添えしていただければ、鳥羽家の悪事は白日の下にさらされることになるでしょう、それにそれ以上の事は私たち、鬼殺隊の範疇を超える内容です」

 

「まぁ、確かにね」

 

 とはいえ、目的の鬼はこうして存在し、それを俺たちが滅殺した以上、後はこの集落の人々の問題だ。

 

「それじゃ、この女性を家族のもとに帰したら、俺たちも帰還するとしようか」

 

「そうですね、少しお腹もすきましたし、帰りがてらに宿場町の方で何か食べていきません?」

 

「賛成ですしのぶ様、師範もいいですよね?」

 

「ああ、いいよ」

 

「それではお支払いはお願いしますね!」

 

「ご相伴させてもらいます」

 

「こらこら、御代はそれぞれがきちんと払うこと!」

 

 正直この哀れな鳥羽家の人間がその後集落の人々からどのような目に遭わされたかとか、市井などからどのような咎めを受けたかなどというのは、俺たち鬼殺隊の関わる話じゃない。

 

 夜明けの刻となり空が白んでいく中を俺たち3人は宿場町に向けて歩みを進めていた。

 

つづく




雪華こそこそ話

贄禽塚の管理者、鳥羽家が鬼と出会ったのは100年前。
しかもその時に無惨とも接触していて、鬼が人から奪った資財の他にも無惨からの支援もあり鳥羽家は非常に大きな家へと繁栄していっていました。
鬼が人を犯していたのも、鬼を介して鬼の素養を持つ人が生まれるかどうかの実験も兼ねていて、鳥羽家は半ば無慚とはビジネスパートナーな関係でもありました。
しかし結果は乏しくはなく、次第に無惨は鳥羽家と贄禽塚への興味を失っていき、鳥羽家は無残との半ば手打ち金代わりにこの鬼を買い受け、その後の贄禽塚の支配力と自分たちの繁栄の為だけに鬼を道具のごとく使い潰していました。

ちなみに鬼の基となった人間は非情に憶病で人間時代は心優しい青年であったため、鬼となって人を喰らっていくうちに完全に人としても鬼としても壊れてしまい、導磨とカンナに斬られた際には『やっと自分はこの牢獄から解放される』と、むしろ殺されたことを感謝していました。


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第4話 鼓の屋敷

第4話になります。
原作3巻の内容をベースにした回。

あと今回、とある原作登場キャラクターも登場いたします。

誰かは実際に本編をご覧ください。


 贄禽塚の件が片付いたのち、私はこれまでと変わらない、鬼殺の任務に明け暮れる日々を送っていた。

 気が付けば、あの炭焼きの少年と出会ってから2年余りの月日も経っている。その間に煉獄さんの息子さんである杏寿郎さんが炎柱に、素流道場の跡取りの素山拍治さんが拳柱に、そして煉獄家で生活していた伊黒小芭内さんが蛇柱に、杏寿郎さんの継子であった甘露寺蜜璃さんが恋柱となり柱はついに12人がそろうこととなった。

 あの日、雲取山での出来事の後私は定期的にではあるが鱗滝さんに手紙を出しながら、かの兄妹の近況を聞いたりしていた。

 鱗滝さんによればあの炭焼きの少年、竈門炭治郎は鱗滝さんの出す試験、その全てを踏破し最終選別にも合格したという。オマケにその最終選別にて、これまで幾度となく鱗滝さんの弟子たちを葬ってきたという異形の鬼を倒すという大金星まで上げたとのこと。

 

「あの鬼……私としのぶさん、真菰さんでも倒せなかったのに」

 

 その手紙を手にした私の第1声はそれであった。

 炭治郎が倒したという鬼、無数の手が体に巻き付いたかのような巨大な鬼は、私がしのぶさんと共に受けた最終選別でも遭遇した異形の鬼であった。

 無数の手がその身にまとわりついているうえに、多くの人を喰らい異形化したその身は極めて堅固で、私の当時使っていた風の呼吸の技は勿論、当時まだ毒による鬼殺の手段を得ていなかったしのぶさんでは到底歯が立たず、当時ともに最終選別に挑んでいたもう一人、真菰という女の子に助けられる形でどうにか事なきを得た。

 なお、この時出会った真菰という女の子、真菰さんとの縁で私は鱗滝さんとも知り合うことになり、あの日竈門炭治郎、禰豆子兄妹を鱗滝さんに託すことともなった。

 

 なお真菰さんは、あの朴念仁こと冨岡さんの、もう継子と言っていいだろうに当人が自分は柱に相応しくないだのなんだののたまうせいで、いまだに実力があるのに継子認定されていないが、継子のような立場となり、最終選別での縁もあってか時折一緒に任務に出たりしている仲だったりする。

 

「次の任務、カンナと一緒だって」

 

 そして、今回の任務もその真菰さんとの合同任務である。

 任務の内容はすでに、私たちの鎹鴉が伝えている。

 

 

「ええ、それと最近隊士になったばかりの子が2人いや……3人ほど一緒にいるらしいわ」

 

「なったばかりってことは癸? 使えるかなぁ」

 

「まぁ、今回の最終選別を突破した子たちはほぼ全員呼吸を使えるし、なかなかの粒ぞろいとのことだから、十二鬼月でもない限りは大丈夫だとは思うわ」

 

 私と真菰さんはそう2人で話しながら目的地までの道のりを歩いていると。

 

「頼むよぉおおおおおお!!」

 

 その目的地へと向かう道のど真ん中で、なんというか敢えて表現するのなら小汚い高温の男の子のモノと思える叫び声が耳を思い切り貫いてきた。

 

「頼む頼む頼む、結婚してくれぇええええええ!!」

 

「カンナ……何、あれ……」

 

「真菰さん、知らん顔しましょう……」

 

 正直、全くと言っていいほど関わりたくない、関わりたくないのだが。

 

「けど、あの子……羽織の下……」

 

「あぁ……」

 

 生憎、その汚い高温を未だに上げ続けている男の子が身に着けていたのは鬼殺隊の隊服、しかも事前に聞かされていた、今回の合同任務で一緒になる隊士のうちの一人と容姿が寸分たがわず一致していた。

 名前は確か我妻善逸と言っただろうか、しかし、街道のど真ん中でしかもどう考えても見ず知らずであろう女の子に泣きついているというのは。

 

「鬼殺隊以前に、人として最悪ねアレ」

 

「どうする?」

 

「関わりたくないけど、そうもいかないし、行きますよ真菰さん」

 

「うん!」

 

 正直このままでは鬼殺隊の沽券にもかかわるし、何より相手の女の子はすごく嫌がっている。いずれにしてもこのまま放っておくわけにはいかないと、私と真菰さんの2人は考え、あの隊士を一先ずは女の子の下から離そうと行動を起こそうとするが。

 

「何してるんだこんな道の真ん中で! その子嫌がってるだろう!! あと雀を困らせるな!!」

 

 一足先に別の子がその隊士の子を止めに入ってくれた。だが、私はそのもう一人の隊士の子を見た途端、鈍器で猛烈に頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「あ、炭治郎久しぶりだね」

 

「え? 真菰!?」

 

「ッ!? え、今回の合同任務の相手って」

 

「え!? もしかして……」

 

 私はこの時ばかりは失念していた。

 今回の合同任務で一緒に鳴癸の隊士3人のうちの一人が、あの時雲取山で出会った炭焼きの少年、竈門炭治郎であったことに。

 

 

 

 その後、私、真菰さん、そして炭治郎の3人でもう一人の男の子、我妻善逸を女の子から引っぺがすと揃って今回の任務の目的地へと向かう。

 だがその間も。

 

「イィイイイイイヤァアアアアアアアア―――――ッ!!!! 助けてぇええええええ―――――!!!!」

 

 我妻善逸は聞くに堪えないほどの叫び声をあげ続けていた。

 

「あの……」

 

「何?」

 

 そんな中、もう一人の合同任務の相手の隊士である竈門炭治郎が私に声をかけてきた。

 

「その、あの時はありがとうございました!」

 

「ええ……それはそうと、えっと炭治郎だったかしら?」

 

「はい! 竈門炭治郎です!!」

 

 うん、元気でよろしい。

 けれどもう少し声の大きさは落とした方が良いわね。頭に響く。

 

「鱗滝さんの出す試験を突破して、最終戦別に受かったこと、まずは祝福するわ」

 

「ありがとうございます」

 

「けれど、これは始まりに過ぎない、貴方の目的の為にも何より、鬼殺の隊士としてこれから先、生き延びるためにも。絶えず鍛錬を怠らないこと」

 

「はい!」

 

「カンナ、まるで先生みたい」

 

 私が少しだけ、大師範の真似事でそう炭治郎に言うと真菰さんが何やらからかってきた。

 

「それはそうと、炭治郎カンナと知り合いだったんだ」

 

「あ、うん」

 

 そういえば冨岡さんも真菰さんも元は鱗滝さんの下で鬼殺の剣士として学び、炭治郎もまた鱗滝さんの下で鬼殺の剣士となるべく修業の日々を送ってきた。

 いわば彼らは姉弟弟子ともいえる仲なことを私は思い出した。

 

「私が炭治郎にあったのは、鱗滝さんのところに久しぶりの暇で里帰りしたときだったんだ。その時炭治郎は鱗滝さんが出した最後の試験の最中で色々と苦労してたから、少し手ほどきもしたんだ」

 

「なるほどね」

 

「あの時は本当、色々と助かったよ」

 

「炭治郎、私、一応姉弟子だからね?」

 

「あ、ごめん……いや、ありがとうございました!」

 

「どういたしまして」

 

 なるほどと2人の様子を見て私はキッチリ真菰さんは姉弟子という立場で炭治郎を扱っているなと感心した。

 最もこのくらい人当たりがうまくなければあの朴念仁な冨岡さんの相手など務まるわけないからまぁ当然か。

 

「なんだよなんだよなんだよなんだよ、炭治郎ばっかりさ、女の子2人も両脇に抱えてさ……クッソ羨ましいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 なお、後ろから聞こえる雑音は私も真菰さんも盛大に無視している。

 見ず知らずの女の子に、しかも街道のど真ん中でいきなり結婚してくれなどというような馬鹿な隊士など、私も真菰さんもそんな知り合いはいない。

 

「ここね……」

 

「うん、間違いないよ」

 

「はい、あの屋敷から今まで嗅いだことがないような血の匂いがします」

 

 先に届いた鱗滝さんからの手紙で炭治郎が非常に鼻が利くということを私は知っていた。さっそくこの家から漂う血の匂いに気が付いたようだ。しかも炭治郎曰くこれまで嗅いだことがない血の匂い。

 その炭治郎の言葉からここの鬼が主に狙っている人間の傾向が、自ずとわかってくる。

 

「ここの鬼、稀血狙いってことだね」

 

「でしょうね……」

 

「あの……」

 

 私と真菰さんが2人でそう話していると、炭治郎が私たちの会話に何か気になったのか声をかけてきた。

 

「すみません、あのカンナさん、真菰、稀血って」

 

「ああ、そういえばまだ炭治郎はまだ教えてもらってなかったね」

 

 炭治郎の問いには真菰さんが応えていた。

 

「稀血っていうのはね、読んで字のごとく稀な血、珍しい血を持っている人の事。人も生き物が持つ血にも色々と種類があってね特に、稀血を持つ人は鬼にとってはご馳走なの」

 

「ええ、しかもその稀血の人は鬼にとって、たった一人で人を50人、100人喰った分だけの力を得ることができるのよ」

 

「そんな……」

 

 私も真菰さんの説明に捕捉を加える。

 

「なぁ、何か――」

 

「とりあえず、慎重に屋敷の中に入っていくしかないわね」

 

「どこから鬼が襲ってくるか、わかりませんからね」

 

「うん、それに炭治郎、あばらが折れてるでしょ? 無理はしない方が良いから」

 

「あ、やっぱり真菰にはわかるんだ」

 

「あのさぁ!」

 

 一応、さっきから私たちの後ろで善逸が何か喚いていたのは聞こえていたが、さっきの件もあって私たちはずっと無視してきたのだが、無視し続けるのもさすがにかわいそうだと思い彼の言葉に耳を傾けることにした。

 

「さっきから何なのよ!? アンタみたいな最低野郎の声なんて聞く耳持ってないんだけど?」

 

「めちゃくちゃな塩対応!! そりゃ、その理由くらい分かってるけどさ!! それにしたって酷すぎない!?」

 

「一体どうしたんだ?」

 

「音だよ、音!! なんか音がしない?」

 

「音?」

 

 善逸の言葉に私も真菰も炭治郎も耳を澄ますが。

 

「何も聞こえないぞ?」

 

 だが、善逸がいう音なんていうモノは聞こえない。

 

「ああ、俺他の人よりずっと耳が良いんだ。それでなんかさっきから鼓? みたいな音が聞こえててさ」

 

「鼓……」

 

「カァーーー屋敷ノ横カラ人ノ気配有リ!」

 

『ッ!?』

 

 善逸の言う鼓の音も気にはなったが、それよりも先に鴉の言った人の気配という言葉の方に耳が傾き、屋敷の周囲を見回すと。

 

「ッ! 子供だわ」

 

 そこには小さな兄妹と思われる子供が2人いた。

 

「かなり怯えてる」

 

「うん、ねぇほら」

 

 炭治郎がその子供2人に近づくと、善逸くんの鎹鴉役の雀を使って2人の緊張をほぐしてあげていた。

 

「何があったのか、教えてくれる? そこは君たちの家なのか?」

 

「違う……違う! そこは化け物の家だ!!」

 

 先ほどよりは緊張がほぐれたのか、2人の子供は自分達の身に起きた出来事を静かに話はしてくれた。

 子供たちは兄の方は正一、妹はてる子というらしい。

 彼らは夜道をもう一人の兄、清と共に夜道を歩いていたところ、一番上の兄、清が鬼にさらわれたという。

 しかもその時に清の方は怪我をしたらしく、その血の痕を追ってここまで来たらしかった。

 

「分かった。絶対に俺たちが悪い奴を倒して、兄ちゃんを助けてやるからな」

 

「うん、だから安心して」

 

 炭治郎と真菰さんの2人は正一、てる子兄弟をそう励ます。

 

「炭治郎、真菰さん、カンナさん!」

 

「善逸、どうしたの?」

 

「また、鼓の音が聞こえたんだ。しかも、だんだん……大きく」

 

 善逸がそういった、その時であった。

 

『ッ!?』

 

 屋敷の一番上の窓から、血みどろな姿になった少年が、まるで吐き出されるかのように飛び出してきた。

 

「キャァアアアアアアア!」

 

「見るな!」

 

 炭治郎がその少年に駆け寄るが、遠目からでもすぐにわかってしまった。

 

 この少年はもう。

 

「グォオオオオオオ」

 

 鼓の音がなおも鳴り響く中、鬼の雄たけびが木霊する。

 

 つづく

 




雪華こそこそ話

本作の真菰はしのぶ、カンナと同期の隊士で、冨岡の事実上の継子です。
手鬼と戦っている際にカンナ、しのぶに助けられ無事最終選別を突破しました。

尚、炭治郎とは炭治郎が最後の岩を斬る試験の際に出会い、禰豆子ともその時に出会い事情を知っています。


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第5話 鼓の鬼

鼓屋敷編中編になります。

相変わらず善逸くんが五月蠅くてカンナのイライラマックスとなっております。
正直書いてて楽しい善逸くんです。


 屋敷から鳴り響いた鼓の音が途切れるとともに、恰も吐き出されるかのように一人の少年が屋敷から飛び出してきた。

 それに気づいた炭治郎は慌ててその少年に駆け寄るも、高所から落下しその身を思い切り地面に叩き付けられたことに加え、飛び出してきた時にすでに体中の至る所に負っていた深手の傷ゆえに、最早その少年の命が助かる見込みはなく。

 

「あ……ああ……やっと……外に……出られたのに」

 

 その言葉を最後に、少年は事切れてしまった。

 

「炭治郎……」

 

 炭治郎と同じく、悲しげな顔の真菰もそばに駆け寄り、一緒に息絶えた少年の身をゆっくりと寝かせてあげる。

 そこでふと、炭治郎と真菰も思い出した。

 幼い兄妹、正一とてる子の兄は鬼にこの屋敷に攫われたと言っていたことを。2人はすぐさま正一、てる子兄妹の方を向くが。

 

「違う……兄ちゃんじゃない、兄ちゃんは柿色の着物を着ていたから……」

 

「そうか……」

 

 不幸中の幸い、彼らの兄、清は柿色の着物を着た少年で、この少年とは別の人だった。

 とはいえ、人の……それも幼い命が鬼によって奪われたことに変わりはない。

 

「戻ってきたら、必ず埋葬します」

 

 炭治郎はひとまず、地面に寝かせた少年にそう語りかけると、表情を険しいモノへと変え、再び鬼が潜む鼓の音の鳴り響く屋敷の方へ視線を向ける。

 今の兄妹の言葉から恐らく、この屋敷に潜む鬼が攫って行った人間の数は一人二人ではないだろう。

 先に真菰とカンナの2人から教えられた稀血、ここの鬼が標的と定めている人間たち。しかし稀血は文字通り稀な血を持つモノの事だ、恐らく狙っていたといってもすべての人間がそうではなく、先ほどの少年もそうではなかったために、鬼にとってはもはや不要な餌として吐き出されてしまったのだろう。

 炭治郎の心の中で沸々と怒りの炎が燃え盛っていた。

 

 このままになどしておけない、早く鬼を滅さなければ彼らの兄も先ほどの少年と同じになってしまう。

 

 そこからの炭治郎の判断は早かった。嘗て彼の師から言われたような『判断の遅さ』はすでに、鬼殺の剣士としての修行を終え、最終選別を生き抜いた炭治郎にはない。

 

「カンナさん、真菰、行きましょう!」

 

「うん」

 

「ええ、このままにはしておけないもの」

 

「はい、善逸! お前も――」

 

無理無理無理無理無理無理、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅうううううううう――――!!

 

 しかし、最初から任務に盛大に拒否反応を示していた我妻善逸は、このような事が起きた後だというのにいや、このような事が起きた後だからこそともいえるが、絶賛、断固拒否の姿勢をその身全てで訴えていたのであった。

 

 

 

 俺の目の前で、人が死んだ。

 また一人、人の命が失われた。鬼の手で。

 

 最初に俺の心を襲ったのは間に合わなかったことへの悔しさだった。

 

 あの時もそうだ。

 

 俺の家族が鬼に襲われ、みんな死んでしまって禰豆子が鬼にされてしまったとき。

 最初の任務の時、婚約者を目の前で鬼に攫われたという人に出会ったとき、その婚約者の人がすでに、鬼に喰われてしまっていたと知ったときにもだ。

 

 俺はいつも間に合わなかった。

 駆けつけた時にはいつも、既に誰かの命が奪われた、その後だった。

 

『違う……兄ちゃんは柿色の着物を着ている』

 

 でも、今回は違う。

 俺一人だけじゃない、俺を鬼殺の剣士の道へと進めてくれた、今では先輩の隊士のカンナさんに、俺と同じく鱗滝さんの下での死ぬほど厳しい修行を乗り越えた、姉弟子の真菰もいる。

 

 絶対にこれ以上奪わせない。奪わせてなるか!

 

 俺はもう一度、さっき鼓の音と、鬼のモノと思われる咆哮の聞こえた屋敷に目を向ける。

 

「もしもの時のために、この箱を置いておく。何があったとしても君たちを護ってくれるから」

 

 俺は、禰豆子のいる箱を正一くん、てる子ちゃん兄妹の側においてそう彼らに告げた。

 最初の任務の時も、禰豆子はちゃんと、俺がそういうまでもなく人を護ってくれた。鱗滝さんが予め掛けていたという『人間はみな家族、慈しみ護ろ者』という暗示の効果ともいえるが、その直後に出会った、鬼でありながらもその鬼の首魁、鬼舞辻無惨と敵対している鬼、珠代さんと愈史郎さん2人の事も、家族の誰かと、人と同じように認識していたことで禰豆子自身の意思もあるのだと、俺は信じている。

 だからきっと大丈夫、禰豆子はちゃんとこの2人を護ってくれる。

 俺はその後、カンナさんと真菰、そして今、俺の羽織を全力で掴んできている善逸を引き摺りながら、その屋敷の入り口に向かって歩みを進めた。

 

 屋敷の入り口、それ自体は普通の家屋のそれであった。何の変哲もない玄関のつくりだ。

 だが、俺の頭の中でずっと、あの少年の最後の言葉が引っかかっていた。

 俺が最初に任務で出会った鬼は、地面や壁、至る所に沼のような穴を作り、その中から相手に奇襲をかける血鬼術を使用していた。今回の鬼も恐らくのあの少年の言葉から、一度この屋敷に入った人間を何らかの形で外に出さなくするような、そんな血鬼術を使う〝異能の鬼〟の可能性が大いにある。

 

「炭治郎、慎重にね」

 

「うん、わかってる」

 

 真菰からも注意がなされ、俺は自身のよく聞く花はもちろん、耳、目、五感のその全てを研ぎ澄まし鬼の気配を探る。

 

「なぁ、炭治郎……カンナさん、真菰さん……守ってくれるよな、俺を……守ってくれるよな?」

 

「……善逸、申し訳ないが……俺は前の戦いで肋と脚が折れて、まだ完治していない」

 

 悪い、善逸。

 さっきからお前からそんな風に懇願するような匂いがしていたのは分かってたけど、俺の今の状態はこの通りだ。

 一応姉弟子の真菰、そしてカンナさんもいるが鬼の能力を考えると、恐らく分断される可能性もありうるしそんな状態では正直、俺自身を護るので戦いではいっぱいいっぱいになるだろうから、善逸は善逸で自分の身は自分でキッチリ守ってもらわないと困る。

 

「えええ―――!! 何折ってんだよ骨!? 折るんじゃないよ骨!! 骨折れてる炭治郎じゃ俺を護り切れないだろ!!」

 

 まぁ、そう言ったら言ったで盛大に抗議して来る善逸だけど、そんなこと言われたって鬼との戦いで、それも怪我の1つも追わずに戦い抜ける人間なんているわけないだろ。

 それにおまえだって一応は選別を突破してるんじゃないのか。

 

「自分の身くらい、自分でちゃんと守りなよ」

 

「そうね、というかまず鬼を倒す、倒さない以上に鬼殺の剣士の基本よそれ」

 

 あぁ、真菰とカンナさんからもものすごく冷たい匂いがするぞ善逸。でも言ってることは間違ってないからな。俺も鱗滝さんから最初のうち、耳にタコができるくらいに言われてきたんだからなソレ。

 最初に出会った時もそうだけど、お前少しは周りの迷惑ってことも考えろな。それに、俺はずっと匂いでわかってたけど善逸、お前は強いんだぞ。もっと自信を持っていいんだぞ善逸。

 だがそうはいっても当の本人にはそんな自覚がないのか、相変わらず善逸は俺や真菰、カンナさんに大泣きしながら縋りついてばかりいた。

 そんな善逸を相手にしていると、玄関口からこちらに走ってくる2つの人影が目に入り。

 

「ダメだ! こっちに入ってきちゃ!」

 

 それが先ほどの正一くんとてる子ちゃん兄妹だとわかりすぐさま俺はそう叫んだ。

 この屋敷はもう鬼の縄張りだ、さっきの少年の言葉からもこの家それ自体に鬼の血鬼術による仕掛けか何かがあるとみていい。そんな中に普通の人、それもまだ幼い子供が入ってくるなど自殺行為だ。

 

「貴方たち、なんで入ってきたりしたの!?」

 

「危ないんだよ、この中!」

 

「でも、お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、あの箱なんかカリカリ音がして」

 

「だ、だからって置いてこられたら切ないぞ! アレは俺の命より大切なモノなんだから」

 

 俺、真菰、カンナさんが2人にそう声をかけたその時だった。

 突如として家全体がきしむような、ミシミシといった音が鳴り響き、それに驚いた善逸が大声を上げてかがんだ、その拍子に善逸の尻が俺とてる子の2人に当たり、俺は近間にあった部屋にてる子と共に押し込まれてしまった。

 

「あ、ごめん。尻が――」

 

 さらに、善逸のその謝罪を聞き終わる前に。

 

 ポンッ!

 

 先ほど、屋敷の外で聞いた鼓のような軽い音が響き渡り、気が付くと俺とてる子以外の、真菰やカンナさん、善逸、そして正一の姿が忽然と消えていた。

 

 

 

 迂闊だったと私は今になって後悔した。

 こういう類の血鬼術は以前にも目にしたことも、自らが受けたことも散々あったというのに、警戒が疎かになりすぎていた。

 今回の鬼の血鬼術、あの息絶えた少年の発した最後の言葉から、空間そのものを操る類の血鬼術なことは、炭治郎や善逸の様な隊士になったばかりの人間ならともかく、既に場数を多く踏んでいる私や真菰なら本来すぐに気づかなければいけないことなのだ。

 故に鬼のねぐらであるこういった屋敷に入る際も警戒に警戒を重ね、慎重に慎重を期すべきであった。

 何より一般人が決してこの屋敷に踏み入らないように、せめて隊士を一人くらいはお目付け役においておくなど措置もすべきだった。

 

 今回のこの事態は正しく、それら取るべき警戒を怠った結果招いてしまったモノだ。

 

ギャァアアアアアアアアアア―――――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、こりゃ死んじゃうよぉおおお、炭治郎がっどっかに消えたぁああああ!! 俺のせいだよちくしょおおおお!!

 

 あぁ、それにしてもこいつが五月蠅い!!

 少しは静かにしてくれないかしら、気が散る。

 

「うるさいよ、善逸……少し静かにしてくれないかな、気が散って仕方がないんだけど」

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 まぁ、私がそういう前に真菰さんが、凄まじい迄の怖い笑顔で善逸をそう制して黙らせてくれたからよかったが。

 

「てる子、てる子!」

 

 問題は先ほどこの屋敷に入って来てしまい、いましがた炭治郎とともに消えた妹のてる子ちゃんの事が気になって不安に駆られてる兄、正一くんの方だった。

 だが、それもすぐさま杞憂に終わった。

 

「あまり声を出さない方が良いよ。鬼がこっちに気付いて襲ってくるかもしれない」

 

「あ、はい分かりました!」

 

 意外とこの子は賢く冷静な子で、真菰さんがそう言うとすんなりその言葉に従ってくれた。とはいえやはり不安は隠し切れない様子だったが。

 

「カンナ、気づいてるよね?」

 

「ええ……」

 

 そして、正一くんと言葉を交わした後、真菰は私も先ほど、屋敷に入る前からすでに気付いていたことを互いに確認も込めて話し合い始める。

 

「この屋敷から漂ってくる鬼の気配、一つのモノじゃない……間違いなくここには複数体の鬼がいるわ」

 

「うん、しかもその内の1体は十二鬼月、下弦くらいの強さを持ってる、そんな気配がする」

 

げぇえええええええ!! 嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょおおおおおおおおおおおお!? そんな何体も鬼がいるとか嘘でしょおおおお!! いや、最初から気づいてたけどさ、俺耳いいからねぇ、気づいてましたけどさ!!

 

 あぁもう、本当五月蠅い、いいから少し黙っててくれないか全く。

 

「少し黙っててもらえませんか善逸さん。それにさっきから死ぬとか何とか、貴方恥ずかしくないんですか? その腰に差してる刀は一体何のためにあるんですか?」

 

「グッハァアアアアアア」

 

 本当、同じ鬼殺隊ながらに恥ずかしい、この正一くんの方がずっと鬼殺の剣士に向いているのではないだろうか、そう思うくらいにこの子は冷静でおまけに善逸相手にこれでもかと鋭い言葉の刃をぶつけてくれる。

 一方の善逸はというと御覧の通り。

 

「正一くんの的確過ぎる言葉が、俺の心に突き刺さるぅうううう!!」

 

 いや、それでそんな風な言葉をはけるって、アンタある意味凄いわよその精神力。

 

 なんてこの五月蠅いなり立て隊士をなだめながらも私たちは先ほどはぐれてしまった炭治郎と正一くんの妹のてる子ちゃんを探すべく行動を開始した。

 とにかく気配を頼りに部屋一つ一つ隈なく探していくほか、今はない。

 私はそう考え手近にあったふすまに手をかけ、それを開いた。

 すると。

 

ぎゃああああああああああああああ―――――化け物だぁあああああああああ―――――!!

 

 そこには猪頭の奇妙な男が一人、荒々しい息を吐きながら立っていた。

 

「えっと……どちらさま?」

 

 私がそう口にするかしないかのところで。

 

「猪突猛進、猪突猛進―――――!!」

 

 その奇妙な猪頭はそう叫ぶと途端に部屋から飛び出し、どこへともなく姿を消したのであった。

 

「なんだったの、アレ……」

 

「こっちが聞きたいよぉおおおおおお!!」

 

 

 

 ところ変わって炭治郎はてる子をその身で守りながらも、今自分たちに起きている状況を冷静に分析していた。

 先ほどは玄関すぐ近くの部屋に2人でいたはずなのに、その玄関があった場所は廊下へと通ずる襖になっていた。

 

「ごめんな、お兄ちゃんと離れ離れにさせちゃって」

 

 炭治郎は状況を確認している、その間も泣きじゃくるてる子をそう言って励ましていた。

 そこはやはりたくさんの兄弟(妹)たとの長男であった炭治郎である、こういった小さな子の扱いはお手の物だ。

 だが、そんな中で炭治郎の他の人よりも一段と利く鼻が、今この部屋の近づく者の存在を捉えた。

 炭治郎がすぐさま、その匂いの近づいてくる方へと視線を向けると。

 

(こいつ……! いくつかこの屋敷に漂っていた匂いの中で、最もきつかった匂いだ。かなりの人を喰っている。これがこの屋敷の主!)

 

 そこにいたのは肩と腹からまるで鼓をそのまま生やした、いかにも鬼といった風体の異形の鬼であった。

 

つづく




雪華こそこそ話

真菰は怒るとカンナですらたじろぐ程に恐ろしいです。


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第6話 雷の少年

鼓屋敷編の続きになります。

思いのほか長くなってしまってますが、次で一応は最後の予定。
今回は善逸の回となります。

彼の勇士? をご覧ください。


ギィヤァアアアアアアアアアア―――――やっぱり出たぁああああああああああ―――――!!

 

 炭治郎とてる子が鼓の鬼と遭遇している最中。

 

「グヒヒヒヒ、子供、子供だ。舌触りがよさそうだ」

 

 善逸ら一行もまた別の鬼と遭遇していた。

 しかし、この鬼の力ははっきり言えば〝雑魚鬼〟に分類できるほど弱い鬼で、行動を共にしているカンナ、真菰にとっては取るに足らないほどの鬼なのだが。

 

「ああもう! 善逸!! しっかり刀抜いて戦いなさい!!」

 

「そんなに滅多矢鱈に逃げ回られてたら、こっちだって頸狙えない!!」

 

 ここまでこの程度の鬼に苦戦している一番の元凶はこの、我妻善逸にあった。

 

「ちょっと善逸さん! カンナさん、真菰さんの言う通りですよ! ちゃんと戦ってください!!」

 

無理無理無理無理無理無理無理無理無理!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、絶対死んじゃうって―――――!!

 

 善逸があろうことか正一少年の手を文字通り、ガッチリ握ったまま一緒に逃げ回るせいで正一と善逸の2人に狙いを定めた鬼の動きがあまりに不規則なモノとなり、元々雑魚鬼とは言えすばしっこい鬼なこともあってか、ベテランであるはずの剣士であるカンナ、真菰の2人でもなかなか首を狙えない状況となってしまっていたのだ。

 

「ねえカンナ、今更だけど、なんであれで最終戦別を突破できたのかな……善逸」

 

「知らないわよ……まぁ、今回の最終戦別には鱗滝さんが鍛えた炭治郎や他にもしのぶさん所のカナヲちゃんも参加してたし、他が強かったとかじゃない?」

 

「でも……」

 

 こうまで矢鱈逃げ回る善逸にカンナは心底呆れ、いつの日にか自分の師範や同じく柱である不死川実弥が口にしていた隊士の質の低下の話に納得まで行くほどであったが。

 

「善逸、あんなふうに逃げ回ってるけどかなり強いはずなんだよ? それこそあんな鬼程度なら簡単に斃せるくらいには」

 

「えっ!?」

 

 真菰はそんな善逸の姿に違う疑問を抱いていた。

 

「さっきだってそう、目にも留まらない舌での攻撃をあの鬼は繰り出してるのに」

 

「ギャ―――――!! 何それ舌速!! 水瓶パカッて」

 

「全部の攻撃を紙一重で避けてて、いまだに無傷だし」

 

「た……確かに……」

 

 言われてみればとカンナも改めて善逸の逃げ方、動きに目をやる。

 確かに汚い騒音の域に達するほどの高音を発しながら逃げ回ってはいるが、鬼の攻撃は紙一重ですべて躱し、いまだに善逸自身は元より一緒に連れてる正一少年の体にも、ところどころ逃げたり鬼の攻撃を躱した際に負ったであろう軽い擦傷を除けば大きな怪我はしていない。

 普通の癸の隊士ならあの攻撃のいくつかですでに事切れてるところであるのに。

 

ギィヤアアアアアアアア―――――ありえないんですけど―――――!!

 

 そうこう逃げ回っているうちについにその鬼と善逸等の文字通りの鬼ごっこは終わりを迎えた。

 善逸と正一少年は近間の部屋に一緒に雪崩れ込むように飛び込み、ここまで全力疾走で逃げ回っていた善逸の足もとうとう限界を迎えたのか、立ち上がれないほどに震え切っていた。

 

「善逸さん、立って!」

 

あぁああああ―――――膝に来てる、恐怖が八割膝に―――――!!

 

 正一少年は善逸の手を引きどうにか立ち上がらせようとするも、既に善逸の足は限界を超えてしまい立ち上がることができないでいた。

 

「グヒヒヒ、追いついたぜぇえええ、お前らの脳髄を耳からぢゅるりと啜ってやるぜぇえええ」

 

「カァッ!」

 

 とうとう鬼に追い付かれてしまった善逸と正一少年。そして鬼が部屋に入りそう発すると同時に、善逸の中に僅かばかりに残っていた責任感と恐怖が一瞬ではじけ飛び。

 

「ぜ、善逸さん! ハッ!?」

 

「ぐぅううううう」

 

「ね……寝ている!?」

 

 善逸は盛大に鼻提灯を吹かしながら眠りこけてしまったのだ。

 

「ギャハハ、なんだそいつは!」

 

「うわぁあああああ! 善逸さん起きてよ!!」

 

 これは絶好の機会だと鬼はその伸縮自在な舌を正一少年へと放つ。

 

「死ね! ギャハッ!」

 

 だが、その舌が正一少年を射抜くことはなく、その下は正一少年に届くはるか前に。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 切り裂かれていたのだ。

 いつまでも自信に痛みも衝撃も走らないことに疑問に思った正一少年は、ゆっくりと顔を上げるとそこには。

 

「善逸さん?」

 

 先ほどまで無様に逃げまどっていたものと同一の人物とは思えないほどに、険しく力強く正一少年を護るように鬼の前に立ちはだかる、我妻善逸がいた。

 

〝シィイイイイ―――――〟

 

 善逸の口から独特の呼吸音が漏れ出る。

 対峙する鬼も善逸の雰囲気が先ほどまでとはがらりと変わったのを感じ取り。

 

「今更、なんだってんだぁあああ!!」

 

 今しがたに再生させた舌を善逸に向けて放つが。

 

雷の呼吸、壱ノ型……

 

霹靂一閃!!

 

 それが放たれるよりもはるかに速く、善逸は自身の持つ全集中の呼吸、雷の呼吸による一閃で。

 

「ぐへっ!」

 

 鬼の頸を一刀をもとに斬り落としたのであった。

 

 

 

 

 

 これは、一体何が起きたというの?

 私が善逸と正一くんの下にたどり着いて最初に得た感情はそれであった。

 目の前にいるのは、先ほどとは大きくその雰囲気を変えた善逸と、その足元に転がる先ほどまで彼らを追い回していた鬼のモノの頸。

 直前には全集中の呼吸の一つ、雷の呼吸のモノと思われる独特の呼吸音が聞こえ、それと同時に文字通り雷が落ちたかのような衝撃が屋敷全体に走った。

 

「雷の呼吸、その全ての始まりである壱ノ型……霹靂一閃」

 

「それにしたって、あの子のアレは」

 

 速すぎる。

 恐らく斬られた鬼は自身になにが起きたのかすらわからないうちに頸と胴が泣き別れとなったのだろうと、そう思えるくらいの目にも留まらない速さの剣技であった。

 

 この時はまだ、私はこの我妻善逸という少年をあまりに侮っていたのだと、後々になって思い返すこととなる。

 普段は無様に逃げ回るばかりの情けのないどうしようもない少年の彼が、彼の師である桑島慈悟郎すら認めるほどの、雷の呼吸の後継者となるまでに成長したその時に。

 

 

 

 

 

ハッ! ぎゃああああああ―――――!! 急に死んでる!! 何なのねえ!? もう嫌ぁあああああ!!

 

 しばらくすると善逸が目を覚ました。

 正一くんにも色々と事情を聴いたが、どうやら善逸は先ほどまで、本当に眠りこけていたらしい。

 なんというかだが、本当この時の私はこんなバカがこの先あの嘗て鳴柱であった彼の師、桑島慈悟朗が自身の後継者と認めるほどの雷の呼吸の使い手となるなど微塵も感じてはいなかった。

 普段からちょっとのことで、こんな大音量の汚い高温というしかないような騒音を響き渡らせ、鬼を前に守るべき一般人がいるにもかかわらず無様に逃げまどい、挙句街道のど真ん中で女の子を困らせ、相棒の鎹鴉、いや雀か彼を困惑させるようなこんな少年が、そんな風に成長するわけがないと、そう思ってすらいたのだから。

 

 けれど、すぐそのあと私は彼を少しばかり見直すことになる。

 確かに普段はそんな風に他人を困らせてばかりのこの我妻善逸という少年だが、そんな彼は誰よりも思いやりがありそして――。

 

 誰よりも優しい清らかな心を持った少年なのだと。

 

 

 

 

 

 一方、鼓の鬼と遭遇した炭治郎も戦いを始めていた。

 

「腹立たしい、腹立たしい!! どいつもこいつも余所様の家にずかずかと土足で入り込みおって!!」

 

(くっ! この鬼の血鬼術、空間を操ることができるんだ! さっきからあの鬼が体の鼓を叩くたびに部屋が回転している)

 

 この鬼、鼓の鬼の血鬼術は正しく、体の肩、腹から生えるようにその身をさらしている鼓による空間操作。

 それらによって炭治郎は鬼に斬りかかるたびに部屋を回転させられ、構えを乱され中々鬼に一撃を加えることができていなかったのだ。

 しかも、中々鬼を斬れない理由はこの鬼の血鬼術ばかりではない。

 

「ガハハハハッ! 猪突猛進、猪突猛進!!」

 

 鼓の鬼との戦いが始まって早々に、この部屋へと乱入してきたこの猪頭の男、その男の介入もまた、炭治郎がなかなか鬼の頸を切ることができない、理由の一つになっていた。

 

「くそっ! いったい何なんだ!! 鬼が目の前にいるのに、お前は鬼殺隊じゃないのか!?」

 

「へっ! お前の言う通り俺も鬼殺隊だぁあああ!! 山の王、嘴平伊之助さまよう! 俺は誰よりも強くなる、そのための踏み台にあの鬼の頸は俺がもらうぜえええ!!」

 

 この猪頭の男、名を嘴平伊之助というのだが、この男は正しく彼自身が発する猪突猛進の言葉通り、無暗矢鱈にそれこそ炭治郎が鬼の方へ向かっているときにさえ鬼へと斬りかかるのだ。

 鬼の空間操作の血鬼術に加え伊之助による妨害、その上この鼓の鬼の屋敷に来る前、浅草でとある理由から鬼との戦いになった際に負った怪我もあって炭治郎にとってこの戦いはあまりにも不利な状況となっていたのだ。

 

「虫め、消えろ、死ね!」

 

 鼓の鬼は今度は自身の腹の方にある鼓を1回、ポンッ、と鳴らした。

 すると――。

 

(なッ!? 畳が裂けた!? 鼓の音と同じ速度で、獣の爪痕のような形に)

 

 先ほどまで炭治郎と伊之助、そしててる子のいたその場所に、獣の爪痕のような跡が走った。

 

(あの鼓、攻撃の手段でもあるのか!)

 

 鼓の鬼の血鬼術は空間操作だけではなく、今のように獣の爪のような斬撃すらも放つことができるのだ。

 今の一撃は間一髪避けることができたが、判断が少しでも遅れていたら今頃炭治郎もてる子もバラバラの肉片に変えられていたことだろう。

 

「ガハハハ! 面白れぇ!! いいねいいね!!」

 

 冷静に状況を見極めようとする炭治郎とは裏腹に伊之助は猶も鬼へと矢鱈斬りかかる。

 だが、その瞬間――。

 

ポンッ!

 

 再び屋敷全体に鼓の音が響き渡り、炭治郎が気が付いたときには目の前に鬼の姿はもちろん、伊之助の姿もなく。

 

(また、部屋が変わっている)

 

 それどころか先ほどいたはずの部屋ですらもなくなっていたのだ。

 しかし炭治郎はここである違和感を感じ取った。

 

(でもさっきの鬼、鼓を打ったような動きをしていなかった。最初から感じてたけど、ここは複数の鬼の匂いがする。ということはもう1体……もう1体鼓を持った鬼がいるのか?)

 

 とにかく思考を巡らせ、なぜこんな奇妙なことが起きているのか考える炭治郎だが、その炭治郎の鼻が再び血の匂いを捉えた。

 

「てる子、俺の後ろにいるんだよ」

 

「うん……」

 

 炭治郎はとにかく、今いる部屋から出てその匂いをたどる。するとその先にはまた一人、鬼に食い散らかされたであろう人の遺体が転がっていた。

 

「ッ!!」

 

(また人が食い散らかされている)

 

 炭治郎はその光景に一瞬目を伏せ。

 

「どうしたの?」

 

「大丈夫だよ、ここに鬼はいないから。さぁ、向こうに行こう。ゆっくり、振り返らずに」

 

 今しがた見つけた遺体にも、後で必ず埋葬しますと静かに告げた後、炭治郎とてる子は再び屋敷内を彷徨い歩く。

 

(これとは別にもう一つ、今まで嗅いだことのない独特の血の匂い、真菰の言っていた稀血。きっとそれだ! 出血量は少ないみたいだ)

 

 そんな中、炭治郎は先ほどの遺体が放っていたものとは違うもう一つの血の匂いを感じ取っていた。

 その匂いを辿ってしばらく歩いていると、ある襖の前にたどり着いた。

 炭治郎は唇の前に一本指を突き立ててる子に声を出さないように告げると、勢いよくその襖を開ける。

 

「ッ!?」

 

 するとそこには。

 

「清兄ちゃん!」

 

「ッ! てる子!?」

 

 先ほどの鼓の鬼が持っていたものと同じ鼓を持った少年、てる子そして正一少年のもう1人の兄、清の姿があった。

 清氏は入ってきたのが自身の妹だとわかると、とっさに叩こうとした鼓を寸でで止め、鼓を置いて妹を抱きしめる。

 

「よかった、無事だったんだな」

 

「てる子、その人は?」

 

「俺は竈門炭治郎、悪い鬼を退治しに来た」

 

「ここまでずっと、私を護ってくれたんだよ。正一兄ちゃんも別の剣士の人と一緒にいるよ」

 

「そ……そうか……」

 

 清は安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 

「よく一人で頑張ったな、さぁ、傷を見せてくれ」

 

 炭治郎はそう言うと自身の懐から、鬼殺の任務の前に自身の師、鱗滝が渡してくれた塗り薬を出し、それを清の傷に塗ってあげる。

 幸い清が追った怪我は鬼に連れ去られた際に負ったであろうこの足の怪我以外はないようで、少しだけ衰弱してる様子はあったがいたって健康そのものであった。

 

「何があったのか、ゆっくりでいい。話してくれるか?」

 

 しばらく経ち清が落ち着いてきたところで、炭治郎は清に一体自分の身になにが起きたのかを聞いた。

 

「化け物に攫われて、く……く……喰われそうになったんだ。でもそしたらそこに別の化け物がきて……殺し合いを始めたんだ、誰が……俺を喰うのかって……それで最初に俺をさらった鼓を体からはやした化け物がやられた時に、一つ鼓を落として、それを叩いたら部屋が変わって、それで何とか……今まで」

 

「清君、君をその鬼が攫ったのは、君が稀血だからじゃないか?」

 

「あ、はい! その化け物も言ってました。俺の事を『マレチ』って」

 

「炭治郎さん、稀血って真菰おねえちゃんが言ってた」

 

「うん……」

 

 炭治郎は清から事のあらましを粗方聞き終えると清になぜ自分が鬼に攫われ喰われそうになったのか、その理由を教えてあげた。

 それを聞いた清は酷く怯えたが、炭治郎は優しく清を励まし。

 

「俺はこの部屋をでる」

 

「えっ!?」

 

「鬼を退治しに行ってくるから、俺が部屋を出たらすぐに鼓を叩いて移動するんだ。これまで清がやってきたように、誰かがこの部屋に入ろうとしてきたり、物音が聞こえたら間髪入れずに鼓を叩いて逃げるんだ」

 

「は、はい!」

 

 炭治郎は清にそう言うと今度はてる子の方を向き。

 

「いいかてる子、今君の兄ちゃんはひどく疲れているから君が助けてあげるんだ。2人がまたはぐれてしまわないようにちゃんと兄ちゃんの側にいるんだぞ」

 

「う、うん!」

 

 てる子にもそう言葉をかけた。

 

「俺は必ず迎えに来るから、君たち2人の匂いを辿って、戸を開けるときは名前を呼ぶから、もう少しだけ頑張るんだ……できるな?」

 

 炭治郎の言葉に清、てる子の2人は力強く頷くと。

 

「よしいい子だ、じゃあ……行ってくる!」

 

 炭治郎がそう言うとそれとほぼ同じくして。

 

「虫けらがぁ……忌々しい!!」

 

 先ほど炭治郎とてる子が遭遇した鼓の鬼がここから二つ先の部屋に表れた。

 

「叩け!」

 

 炭治郎がそう言い駆けだすと同じく、清は鼓を叩き、妹のてる子とともに姿を消した。

 

「忌々しい、腹立たしい、小生の獲物、小生の縄張りで見つけた小生の……稀血の獲物を!!」

 

「鼓の鬼!」

 

「ッ!」

 

「今から俺が、お前の頸を斬る!!」

 

 その鼓の音が正しく、炭治郎と鼓の鬼の戦いの合図となった。

 

つづく




雪華こそこそ話

カンナは一応は今回の最終戦別を突破した隊士たちの育てに関しては全員知っています。
それを教えたのは彼女の師範、導磨です。


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第7話 もう一人の隊士

鼓屋敷編最終章です。

今回本作での嘴平伊之助に関して少しばかりの設定が判明する回となっています。

本格的な説明は次回に。

ではどうぞ。


 炭治郎と鼓の鬼、響凱との戦いは、開始早々から苛烈を極めた。

 

(速い!! 回転と攻撃の速度がすさまじい!!)

 

 響凱の目にも留まらぬ速度で叩かれる鼓に合わせて、炭治郎のいる部屋は縦横無尽に回転し、彼が技を放つのを妨げ、同時に放たれる爪の斬撃が彼が響凱に近づくを許さない。

 

(勝てるのか!? 〝珠代さん〟に手当てしてもらったとはいえ、俺の怪我は完治していない!!)

 

 更に炭治郎が浅草で負った怪我もまた、彼の動きに大きな制約をかけていた。

 ここに来るまでも炭治郎はその怪我の痛みにずっとさらされていた。炭治郎はその痛みをただ、生来からの我慢強さと自分が長男だという理由と根性だけで耐え抜いていた。

 

(右肩の鼓は右回転、左肩は左回転、右脚の鼓は前回転、左脚は後ろ回転、そして腹の鼓が、爪の斬撃……)

 

 もし敵を前にして傷口の痛みが現れ動きが鈍ったとき、自身を襲う最悪の事態を想像することで生じた恐怖に耐えながらも、炭治郎は徐々に響凱の鼓の血鬼術の能力を理解し対応しつつあった。

 しかし、響凱とてただの鬼ではない。彼は元は十二鬼月、下弦の鬼であったのだ。

 多くの人間を貪り食い、力をつけ十二鬼月に数えられるまで上り詰めた猛者であった。故にそうそう楽にやられるわけはない。

 

「消えろ! 虫けらども!!」

 

血鬼術・尚速鼓打ち

 

 響凱は自身の鼓を打つ速度を限界まで引き上げる。

 同時に爪の斬撃もこれまでの3本から5本に増やし炭治郎をなお一層追い詰める。

 

(ぐぁあああ! 目が回る、この回転の速さ、まずい! すごい技だ!!)

 

 それでもどうにかその回転に対応し、爪の斬撃をよけ続ける炭治郎。

 斬撃は炭治郎のみならず、その部屋そのものにまで、その爪痕を容赦なく刻む。そのうちの1つが部屋に備えられた箪笥に直撃し、そこから無数の紙切れが盛大にばらまかれた。

 

(ッ!? 紙、誰かの手書き文字)

 

 すさまじい回転に晒されながらも炭治郎はその紙が目に入り、その紙に足を取られぬように何とか着地した。

 

(ッ! こ奴、小生の書き物を……)

 

(……そうか、分かった)

 

 響凱はとっさとはいえ炭治郎の取った行動にひと時、鼓を打つのを止めた。

 これが、炭治郎の反撃の切欠となった。炭治郎は紙をよけて着地した際に、気が付いたのだ。

 怪我が痛まない呼吸の方法、体の動かし方が。

 

(呼吸は、浅く速く。この呼吸で骨折している脚周りの筋肉を強化する)

 

 炭治郎が再び行動を開始するのに合わせて響凱もまた、鼓による攻撃を再開する。

 

(そして、爪の斬撃の前には必ず、黴のようなにおいがする!)

 

 だが、先ほどまでとは違い、炭治郎はその鼓の攻撃にキチンと対応できるようになっている。

 

全集中・水の呼吸、玖ノ型、水流飛沫・乱

 

 炭治郎が放ったのは水の呼吸の玖ノ型。

 動作中の着地時間、面積を最小限にし、縦横無尽に駆け回ることのできるこの型は、主に足場の悪いところでの戦いに適している。

 すなわち、響凱の空間操作の血鬼術により縦横無尽に回転し、足場を容易に崩されるこのような地形においても、極めて適合した技であった。

 

(行け、入れ、間合いの内側に!! 懐に入り込め!!)

 

 そして、ついに炭治郎は響凱の懐に入り込み。

 

「君の血鬼術はすごかった!!」

 

 彼のその頸を一刀をもとに刎ね飛ばした。

 

 

 

 首を刎ねられた時、響凱は正しく走馬灯のように自身の人生を振り返っていた。

 好きであった鼓を叩き、そして物書きとして、かつて多くの人々を感動させた稀代の文豪たちに憧れ、毎日のように筆をとっていた日々を。

 

 だが、彼のその努力は誰からも評価を受けなかった。

 自身が書いた渾身の作品たる書き物はまるで塵のようだと足蹴にされ、好きであった鼓すらも人に教えられる腕前ではないと罵られた。

 

 響凱は腹立たしかった。

 自信を認めてもらえないことに、自身の渾身の力作であった書き物を踏まれたことに、好きであった鼓を罵られたことに、それだけでなく、なによりも響凱の中でも最大級の屈辱が。

 

 鬼となり、十二鬼月にまで上り詰めたのに、人を喰えなくなったことでそこから引きずりおろされた事であった。

 

「小僧よ、答えろ」

 

 だが、自身の目の前にいるあの少年は、自身と熾烈を極めた戦いを演じたあの少年は自分の書き物を足蹴になどせず、最後は自身の血鬼術をすごいと評した。

 

「小生の血鬼術は……すごいか……?」

 

「……すごかった……すごい血鬼術だった……でも」

 

「人を殺したことは許さない」

 

 響凱はその言葉にただ小さくそうかと答えた後、自身が今際の際でついに誰かに認められたと、涙を流しながら静かに朽ちていった。

 

「あ、そうだ!」

 

 響凱が完全に朽ちるその間際、炭治郎はあることを思い出し隊服の懐からあるものを取り出し、それをまだ残っている響凱の体へと投げた。

 それは小さな小刀であった。その小刀は響凱の残骸に突き刺さると、柄の部分の空洞となっているところに自動で血を溜めていった。

 炭治郎は最初の任務の後、浅草で珠代と名乗る、医者として人々を助けているという鬼の女性と出会っていた。その女性に禰豆子を見せ、同時に彼女にある事を聞いていた。

『人を鬼から人に戻す方法はないのか』と、彼女はそれについて方法はあるが、そのためにはできるだけ多くの鬼の血を集めなければならず、それに協力してほしいと炭治郎に頼んできたのだ。

 

(すごいな、刺さったら本当に自動で血を採ってくれた。こんなの造って愈史郎さんは器用だ)

 

 そして今しがた炭治郎が投げた短刀はその珠代と一緒にいた同じく鬼の男性、愈史郎がこのために拵えたものであった。

 血を採り炭治郎が短刀を抜くと、そこに今度は1匹の猫が姿を現した。

 

「あ、君が血を珠代さんのところまで届けてくれるんだね。それじゃ頼むよ」

 

 その猫は珠代の使い猫で名を茶々丸という。茶々丸は血の入った短刀を受け取ると何処かへと消えていった。

 

「炭治郎さん!」

 

「炭治郎!」

 

 茶々丸を見送った後、炭治郎にいる部屋に響凱と戦う直前、逃がした清とてる子の2人がカンナ、真菰の2人を連れ立って迎えに来てくれた。

 2人が無事だったこととカンナ、真菰の2人と合流できたことに安どの域を漏らす炭治郎。

 

「よかった、無事だったんだ」

 

「鼓が消えて、動揺しているときに突然、この人たちが入ってきて、最初は驚いたけど、てる子がすぐに炭治郎さんと同じ剣士だって言ってくれて」

 

「それでここまで守られながら、炭治郎さんを迎えに来たんです」

 

「そうか、2人ともありがとう」

 

 炭治郎はそうお礼を言うと2人の頭をなでてあげた。

 

「そちらは大丈夫でしたか?」

 

「どうってことないよ、鬼も最初、善逸と一緒にいた時に襲ってきたの以外遭わなかったし」

 

「善逸……そうだ、善逸と正一くんは!?」

 

 炭治郎は真菰の言葉でもう一人、はぐれた仲間と清、てる子の兄妹の事を思い出す。

 

「大丈夫よ、鬼を撃破した後屋敷が再びキシンで、私たちはみんな一緒に外に吹っ飛ばされたのよ、ただその際に善逸が少し怪我してね、さすがにそれで連れていくのはどうかってなって、それで私と真菰さんの2人だけでもう1回屋敷に入って、そこで清君たちを見つけたってところだから」

 

「そうですか」

 

 炭治郎は同期である善逸がけがをしたことに少しだけ表情が曇るが、カンナ、真菰が言うには血こそ派手に出てたが大したことはないらしく、とりあえず善逸と正一が無事であることに再び炭治郎は安堵すると、怪我をしている清を背負い善逸と正一の待つ屋敷の外へと急いで向かうのだった。

 

 しかし、外に出た炭治郎たちが目にしたのは。

 

「ッ!?」

 

「うぅ……ううう」

 

「炭治郎……俺……」

 

 炭治郎の背負ってきていた箱を、ボロボロになりながらも守り続けている善逸と。

 

「刀を抜いて戦え! この弱味噌ガァアアア!!」

 

 そんな善逸に何度も足蹴りを喰らわせている、猪頭の男、嘴平伊之助の姿であった。

 

「守ったよ……これ、お前が命よりも大事なモノだって……言ってたから……」

 

 

 

 

 

 俺は昔から耳がよかったんだ。

 寝てる間に人が話しているのが聞こえて、その話を覚えていたことに気味悪がられたりもした。

 俺と同じように最終戦別を突破して隊士になったっていう炭治郎、アイツが背負っている箱からは鬼の音が絶えずしていた。鬼の音は、人間の音とは違うからすぐにわかった。

 鬼殺の剣士が、鬼を連れているのは本当は隊律違反だ。今回の任務で一緒になった先輩の隊士、カンナさんと真菰さんもそれに気づいているのは音でわかった。

 何より誰も炭治郎の箱の事は口に出していない、そんな様子からでもそれはよくわかったんだ。

 

「ガハハハ! 鬼だ、鬼の気配がするぜええええ!!」

 

「アイツ!」

 

 突然屋敷の扉を破って出てきたのは、屋敷に入った初めの時に出会った猪頭の男、あの時は化け物だと思ったが、頭が冷えてる今、もう一度音に耳を傾けて音を聞いて、そいつが何者かもわかった。

 

「5人目の合格者、最終戦別の時誰よりも早く入山して、誰よりも早く下山した奴だ!! せっかち野郎!!」

 

 でもそんなことを言ってる場合じゃなかった。あの猪頭、炭治郎の箱を見つけると一目散に走っていって刀を突き立てようとしたんだ。

 俺をそれととっさに止めた。

 

「あぁああ!? なんで止めやがる、そいつには鬼が入ってるんだぞ!!」

 

「分かってるよそんなことは! けどこれは炭治郎の、仲間が大切にしてたものなんだ!!」

 

 この箱を背負ってる炭治郎からは、悲しくなるような優しい音が聞こえたんだ。今まで聞いたことがないくらいに優しい音。

 生き物からは色々な音がする、たくさんの音がこぼれ出ている。呼吸の音、心音、血液が巡る音、それを注意深く聞いていると、相手が何を考えているかもわかるんだ。

 俺はいつだってそうだった。音で相手の事なんてわかるのにいつも騙された。だって俺はいつも俺が信じたいことだけを、信じたいと思う人を信じてきたから。

 鬼殺隊でありながら、隊律違反と知ってるはずなのに鬼を連れている炭治郎と、そんな炭治郎の姉弟子で、それをわかっていながら黙認している真菰さんや先輩隊士のカンナさん、きっと深い事情があるはずなんだ。

 そしてそれは、俺が納得できる事情なんだって信じてる。

 

「俺が炭治郎に直接事情を聴く、だからお前は引っ込んでろ!!」

 

 その後、炭治郎たちが来るまで俺は散々、この猪頭に殴る蹴るされたけど、この箱だけは死んでも放さないってずっと庇ってた。

 炭治郎たちが屋敷から出てきたのを音で拾って、俺は嬉しかった。こんな弱い俺でも、誰かの大切なモノを護れたんだってことに、すごくうれしかったんだ俺。

 

「やめろ!!」

 

 

 

 炭治郎は善逸を足蹴にする伊之助に、真っ先に突っ込んでいき。

 その拳を彼の肋めがけて勢いよくぶつけた。

 

「骨折った―――!?」

 

 その威力は相当なモノだったらしく、耳の言い善逸曰く何本かの肋骨をその一撃で折ったようだった。

 

「お前、鬼殺隊員じゃないのか!? なんで善逸が刀を抜かないのかわからないのか!? 隊員同士で徒に刀を抜くのは、ご法度だからだ! なのにお前は、一方的に相手を痛めつけて楽しいのか!?」

 

「ガフッ! ゴホッ! ははは、なんだそういう事かよ……」

 

 炭治郎は一瞬伊之助のその言葉に分かってくれたのかと安堵したが。

 

「だったら素手でやりあおうか!!」

 

 即座に彼から感じた臭いで全く自分の話を理解していないと気づき、勢いよく拳を振りかぶってきた伊之助の攻撃を間一髪のところで躱す。

 

「いや、だから隊員同士でやりあうのがダメなんだって!! 素手とか刀とかそういう事じゃない!!」

 

 炭治郎は猶も伊之助にそう叫ぶが、伊之助は全く意に介さずに炭治郎に何度も殴りかかる。

 

「あわわ……とんでもないことになったぁ……てか、あれ炭治郎もご法度に――」

 

「触れないわよ!」

 

「うわぁあああああああ!!」

 

「はい黙る!!」

 

「はい!」

 

 突然話に割って入ってきたカンナに善逸は金切り声を上げて叫ぶが、すぐさまカンナのその一言で押し黙った。

 

「炭治郎のはあくまでも正当防衛、骨を折っていようとそもそもあの猪頭のやつが最初に手を挙げたのだから、御法度になるのはアイツだけよ」

 

「あ、なるほど……」

 

 と、一瞬善逸は納得しそうになるが、そのあとすぐに。

 

「て、そんなの有りか―――――!」

 

 そう突っ込んだ。

 確かに炭治郎の行動は正当防衛と言い張れるかもしれないが、相手の肋を折るほどの拳は流石に過剰防衛ではないだろうか。

 一応伊之助の方はぴんぴんしてるとはいえ、同じ隊士を怪我させたことに変わりはないのだからと。

 

「そこまでやらなきゃ止まらないって事情があるのなら、それも致し方なしよ……」

 

「え、カンナさん何を? ハッ!」

 

 善逸は、この時カンナから感じた音を聞くと、瞬時に戦慄して固まった。

 

(この人怒ってる! 屋敷に入った時とは違う意味で、ものすごくおっかない意味で怒ってる!!)

 

〝ヒュゴォオオオオ―――――〟

 

雪の呼吸、陸ノ型・雪華ノ舞彩・風魔

 

 独特の呼吸音の後、カンナは自身の日輪刀を勢いよく抜刀すると、そこから白く輝く凍気が放たれ、その凍気はそのまま真っ直ぐ伊之助を捉える。

 

「んなッ!?」

 

 すると、伊之助の体は見る見るうちに凍り付いて行き、気が付けば完全にカッチンコッチンの氷の彫像となっていた。

 

「え、えぇ!?」

 

「凍り付いたぁあああああ―――!!」

 

 突然のカンナの行動、それ以上にカンナの放った凍気によって伊之助が完全に凍ってしまったことに善逸はもちろん炭治郎までもは素っ頓狂な声を上げて驚く。

 

「ふっ!」

 

雪の呼吸、陸ノ型・雪華ノ舞彩・結氷

 

 すると今度は抜刀した刀をそのまま伊之助へと突き立てると、その氷は瞬時に砕け、中からブルブルと震えた伊之助が出てきた。

 

「あ、それで氷解けるんだ」

 

「いや、可笑しいでしょ!? 何今の!?」

 

「カンナの呼吸、雪の呼吸の陸ノ型だよ。本来は、今の結氷が本来の型なんだけどカンナは今みたいな凍気だけを飛ばすっていう風魔も使えるんだ」

 

「いや、なんで刀から凍気なんて出るの!?」

 

 今カンナが使った2つの技はいずれも雪の呼吸の陸ノ型の技、雪華ノ舞彩の派生である。

 風魔は刀に仕込んだ凍てつく水、過冷却水を剣技によって起こした風に乗せて凍気として放つ技で、その凍気に触れた相手は瞬時に凍り付くというモノ。

 結氷は本来なら過冷却水と共にそれに仕込んだ毒を相手に撃ち込む突き技だが、今回カンナはただの突きとしてソレを放ち、伊之助を凍らせた氷を一突きで解いたのだった。

 

「寒イ……冷テェ……」

 

 ガチガチと震える伊之助に、正しく鬼の形相というにふさわしい表情となったカンナが近づき。

 彼が頭にかぶる猪頭を引っぺがした。

 

「全く……私の師範の師範、大師範だったらこの程度じゃすまないわよ。元雪柱、雪音静葉の養子で弟子の嘴平伊之助……」

 

「えぇえええええええ!?」

 

 カンナの発言に再び驚きの声を上げる炭治郎と善逸の2人であった。

 

「てかあの猪頭、なんつー顔してんだよ! まるで女じゃねえか気持ちワリィ!!」

 

 なお、善逸がこの時叫んだ一言が。

 

「誰が……気持ちワリィだ弱味噌ガァアアア!!」

 

 伊之助の逆鱗に触れたのか再び善逸はこの嘴平伊之助に追い回され。

 

「いいから少し……黙れ……なぁ?」

 

「「はい!」」

 

 それにキレたカンナからこっ酷く2人揃ってお説教を喰らうのであった。

 

 

 

 

 その後、清、正一、てる子の3人にも手伝ってもらい、屋敷の中にあった人々の遺体を弔ったのち、カンナ、真菰、炭治郎、善逸、そして伊之助たちは鼓屋敷を後にした。

 その際、元気を取り戻した伊之助が幾度か炭治郎に喧嘩とも言っていいだろう勝負を挑んだり、善逸が清らとの別れ際に正一に泣きついたりと一悶着、二悶着あったが、どうにか宥め、というよりも半分以上はカンナのキツイお説教を受けてだが、何とか引き離し彼らに別れを告げ次なる地へと歩みを始めた。

 なお別れ際に真菰は今回の鬼騒動の事実上発端となってしまった稀血の少年である清に藤の香り袋を渡していた。炭治郎がそれに気づき真菰にわけを聞くと。

 

「あの子は稀血だから、今後もきっと鬼に襲われることがあると思う。藤の花を鬼が嫌ってるのは炭治郎も知ってるでしょ? アレを持っていれば清君が今後鬼に襲われるのを防げるから」

 

 と、答えていた。

 

 そして、移動を開始してしばらくすると、1羽の鎹鴉がやって来て。

 

「休息~休息~、竈門炭治郎オヨビ我妻善逸、嘴平伊之助ノ参名、負傷ニヨリ完治スルマデ休息セヨ~」

 

「あ、休息の指示だよ炭治郎」

 

 そう彼らに告げてきたのだった。

 

「善逸と伊之助、アンタ等もね」

 

「は~い……」

 

「ワカッタヨ……」

 

「氷室カンナ~、鱗滝真菰両名モ~炭治郎、善逸、伊之助ノ完治マデ御目付ケ役トシテ共ニ休息スベシ~」

 

「「御意」」

 

 続けて鎹鴉はカンナと真菰の2人にもそう指示を出すとまた、何処かへと飛び去ってしまった。

 

「それじゃ、近くにある藤の花の家紋の家に向かいましょう」

 

 カンナはそう炭治郎らに指示を出すと一同、藤の花の家紋の家まで移動を開始したのだった。

 

つづく




雪華こそこそ話1

カンナの日輪刀は仕込み刀となっており、刃に独特のくぼみがある。
そこに過冷却水と毒を仕込んで相手を斬った際に撃ち込める構造になっている。
過冷却水と毒は鞘に仕込まれ、鍔をいじることで補充が可能。
風魔はカンナ以外にも導磨も使える。

雪華こそこそ話2

嘴平伊之助は本作では幼少期、たかはる青年らに会うまでは原作同様猪に育てられ、
たかはる青年宅を縄張りとして半ば獣のように生きていました。
そんなある日、伊之助が大体8~9歳当たりの頃に元雪柱、現在の雪柱導磨、そしてカンナの大師範である雪音静葉に出会い、以後は彼女の下で過ごしていました。
その為原作よりは少しだけ、字の読み書きもでき、埋葬の概念の知っています。
しかし基本は原作同様の超野生児です。



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第8話 藤の花の家紋の家

勢いに乗って、本日2つ目の投稿になります。
藤の花の家紋の家、小休止回です。

今回、本作の伊之助の過去とカンナの過去がチラッと語られます。


 炭治郎たちが鼓屋敷の任務の後に訪れたのは、藤の花の家紋の家であった。

 この藤の花の家紋の家はここ以外にも複数存在する。その家は先祖がかつて鬼狩りによって鬼から命を救われた一族など、鬼殺隊に命を救ってもらった人々が切り盛りしている鬼狩りのある種の休憩所のようなところだ。

 表向きは無償で鬼狩りに尽くしてくれる家となっているが、実際には鬼狩り、鬼殺隊の頂である産屋敷家からの様々の生活、暮らしの支援への見返りとして彼ら鬼殺の剣士たちを支援している。そういう家々である。

 

「ごめんくださいまし~夜分に申し訳ありません、鬼狩りの者です」

 

 カンナが代表して門をたたくと、応対したのは小柄な老婆であった。

 

「鬼狩り様でございますね。どうぞこちらへ」

 

 老婆はひさと言い炭治郎ら鬼殺隊の面々に衣食住全てを融通してくれた。

 炭治郎、善逸、そして伊之助の3人はまずはひさの呼んだ医師から診察を受けるとそのあと湯殿に向かい風呂に浸かった。

 一方のカンナと真菰は先の任務ではこれといった怪我などを負っていないことに加え、特にカンナは先の休息の知らせを運んできた鎹鴉の足に括り付けられていた。鬼殺隊の頭である産屋敷からの密命、それに従いあることを行うところであった。

 それは炭治郎の鬼となった妹、禰豆子の調査である。

 

「悪く想わないでよ、炭治郎」

 

「それじゃ、開けるね」

 

 なお禰豆子の事はすでに真菰も知っており、大好きな鱗滝の頼みもあって一応は黙認していた。

 だが、やはり鬼殺の剣士であるという自身の本分ばかりは曲げるわけにはいかず、禰豆子に関してももし人に危害を加えるのならその時は、炭治郎の姉弟子で同門ということもあり自らの手で頸を墜とすと誓っていた。

 炭治郎が背負っていた箱の扉となっている部分を開くと、中から小柄な幼子のような姿の少女、炭治郎の妹の竈門禰豆子が静かに出てきて。

 

「おはよう、禰豆子」

 

 真菰のその言葉に反応し眠気眼であった眼をしっかりと開いた。

 

「あの日から、それほど変化らしい変化はないわね」

 

「炭治郎と鱗滝さんの話だと、炭治郎が鱗滝さんのところで修業を始めて、最終戦別を突破するまでの2年間ずっと眠ってたって話だよ。それでその間に体質も大きく変化して人を喰らう代わりに、眠ることで体力を回復してるんじゃないかって」

 

 とりあえずこの2年間、禰豆子が人を襲って食ったということはないと真菰からカンナは改めて説明を受ける。

 

「しのぶさんが聞いたら、さぞや興味をそそられそうですね。最も、私からしたら彼女が人を襲っていないということに関しては、当然というところですが……。襲っているのなら私はこの子のみならず、炭治郎の頸も刎ねなければなりませんから」

 

「それが、カンナが果たすべき鬼殺の剣士としての責任?」

 

「理由はどうあれ、この兄妹を見逃すという決を下したのは私……相応の責任を取るつもりよ。最も最初は切腹を考えてたけれど、御館様にこのことを伝えた時に、それだけはやめろと言われたわ。貴重な鬼殺の剣士、それもかつて最強を謳われた雪柱の弟子の一人を失うのは、鬼殺隊にとっても計り知れない損失だと」

 

「御館様もすでに、禰豆子と炭治郎の事は把握してるんだよね」

 

「ええ、そして彼らを受け入れると決断なさっている。けれど他の鬼殺の剣士、特に柱の皆様は、恐らく納得はしない……それを御館様は理解なさってるからこその――」

 

「今回の密命」

 

 産屋敷がカンナに下した密命の内容はそれであった。

 産屋敷としては、鬼であるのに人を襲ったことがないという竈門禰豆子とその兄、炭治郎の事を最初に彼らの師である鱗滝からの手紙を受け取ったとき、彼らにこれまでにない大きな可能性を、生まれながらに持つ先見の明により感じ取り彼ら兄妹の存在を黙認することを選んだ。

 しかし、いくら産屋敷が鬼殺隊の多く、柱からも全幅の信頼を得られているとはいえ、鬼の存在を鬼殺隊のうちに入れるというのには相当な抵抗があることが予測された。

 そんな彼らに一応の納得をさせるためには、禰豆子がこれから先も人を襲う、その恐れがないということを証明する他ない。

 

「それじゃ、始めるわよ真菰さん。キッチリ記録を取って頂戴」

 

「わかった」

 

 カンナは真菰にそう指示すると、真菰は懐に忍ばせていた筆と紙、墨を取り出し記録の用意をはじめ、それが完了したのを見計らいカンナは。

 自らの手首を懐に忍ばせていた小刀で斬り、そこから血を滴らせ小刀と共に取り出していた白い布に浸み込ませた。

 部屋には濃い血の匂いが充満する。十分血が浸み込んだのを見計らうとカンナは布を手首から離し、全集中の呼吸で止血を行うともう一つ取り出した布を手首に巻いて処置を施す。

 まだ麗しい少女とはいえ、彼女は鬼殺の剣士。戦いでよく傷を負う彼女にとって、この程度の傷を自らに刻むのも、その傷を手当てをするのもお手の物であった。

 

「私の血も稀血……それもあの少年のモノとは比べ物にならない、鬼にとっては極上の稀血の中の稀血、さぁ……その血に対してどう反応するかしら……竈門禰豆子」

 

 カンナは自身の血が十分に浸み込んだ布を皿の上にのせて禰豆子の前に差し出し反応を伺う。

 同時にカンナと真菰の2人は自身の近くに日輪刀を置き、もし禰豆子が食人衝動に駆られて自分たちに襲い掛かったとき、即座に首を刎ねられるよう備えを行う。

 

「禰豆子……」

 

 真菰は心配そうな顔で禰豆子の様子を窺っていた。

 できることなら、自分の弟弟子の妹の首を刎ねたくは、真菰はなかった。

 耐えてほしいと心の奥底で強く真菰は願う。

 

「うぅ……」

 

 禰豆子はカンナの稀血の血を前に目を見開き、その口からは涎が溢れそれが口枷の竹を伝って垂れ始めていた。

 いくら2年間人を襲わず、体質の変化によって人を襲う可能性が大きく減っているとはいってもやはり鬼は鬼、その元来から持つ食人衝動が完全に消えるわけではなく、何より鬼にとっては極上の餌である稀血を前にはやはりソレは禰豆子であっても顔を見せてしまうようであった。

 禰豆子はしばらく血の浸み込んだ布を見つめていたが。

 

「フッ!」

 

 それから少し経つと禰豆子は頸を勢いよく横へと振るい血の浸かった布から目をそらし、ギュッと鼻を抑えるとそそくさと箱の中へと入っていったのだった。

 

「ハァ―――――」

 

「寿命が少し……縮んだ……」

 

「全くだわ、頼まれてもやりたくないわよこんな実験、いくら密命であってもね、それで真菰さん、記録は?」

 

「ちゃんと取ってるよ、これで……柱の人たちも納得してくれるかな?」

 

「さぁ、そこまでは保証できないわね」

 

 とにかく、今禰豆子と炭治郎の為にやれることはやったとカンナは血の浸かった布とそれを乗せた皿を手早く片付け、鼻の利く炭治郎が気付かないように部屋の障子をあけて換気を行うと、真菰が記録した養子を自身の鎹鴉の足に括り付けて、産屋敷の下へと放った。

 それからしばらく経ち、炭治郎たちが風呂を終えて部屋へと入ってきた。

 さすがに僅かに血の匂いが残ってしまっていたため炭治郎がそのことをカンナたちに聞いてきたが、カンナは先の戦いで少し怪我をして、その手当てをしていたと、先ほど禰豆子への実験で傷つけた手首のを見せて炭治郎たちに説明し、炭治郎たちもそれに納得してそれでその事は終わった。

 その後ひさが炭治郎らに食事を持ってきて全員でそれに舌鼓を打った後に、全員揃って布団へと入った。

 

「て、カンナさんと真菰さんも一緒に寝るんですか?」

 

「ええ、一応は貴方たちのお目付け役も担ってるからね私たち」

 

「それに変に意識する必要はないよ……長期の任務の時とか男性の隊士とも一緒に野宿するときとかよくあるし、こういう仕事柄、男女の垣根なんてあまり意味がないしね」

 

「いや、そういう問題じゃないでしょ」

 

 炭治郎お呼び善逸が寝る時も自分たちと一緒にいるカンナと真菰にそう疑問を口にするが、当の2人は全然気にしていない様子だったのですぐに聞くのをやめ、それぞれの修行時代の話を始めた。

 善逸は元々捨て子である日女に騙されて借金をしてしまったときに、それを肩代わりしてくれたお爺さんが鬼殺隊の育手だったようで毎日毎日地獄の鍛錬の日々に明け暮れてたという。

 

「本当さ、あの時はいつ死んだ方がマシってそんな感じの日々だったよ! 最終戦別で死ねると思ったのにさ、運よく生き残るもんだから、いまだに地獄の日々なんだよ!」

 

「けど、善逸そのお爺さんのこと悪く思っちゃいないだろ?」

 

「ん……まぁ、なんやかんやで俺のことずっと気にかけてくれてたし、うまくできた時さ、爺ちゃん頭撫でて褒めてくれるんだ……それ嬉しくてさ、そんな日々だったけど、でも俺、頑張ることができたんだ」

 

「ほら――」

 

「でもだからって酷すぎなんだよ鍛錬の時は! いつも死ぬのがマシだって思うくらいに辛かったんだよ!!」

 

 そんな善逸の半分近く愚痴も籠った言葉に、真菰は炭治郎と共に微笑まし気に、カンナは半分以上呆れた様子で聞いていた。

 

「それはそうとさ、俺は炭治郎が鬼を連れてるのがずっと気になってるんだよ。真菰さんもカンナさんもいろいろ事情を知ってるみたいだしさ」

 

「善逸、分かって箱を護ってくれてたんだな」

 

「まぁ、俺耳がいいからさ、鬼と人間の音って違うからそれで、最初からさ」

 

 炭治郎は善逸の問いに答えるように、自分に起きたことのあらましを話して聞かせた。

 鬼殺の剣士となる2年前に鬼が自分の家族を殺害し、妹の禰豆子が鬼に変えられてしまったこと、そしてその鬼を狩るべく当時既に鬼殺の剣士となっていたカンナが訪れ、最初は禰豆子を殺そうとしていたところを見逃してもらったこと、そして紆余曲折を経て鱗滝の弟子となり修行をはじめ、姉弟子である真菰に出会ったこと。

 話すと一度では語り切れないほど、炭治郎の話は悲しく重いモノであった。

 

「そうか……禰豆子ちゃんっていうのかお前の妹、元の人間に戻れるといいな」

 

「うん……」

 

 善逸の言葉に炭治郎は微笑んで小さく頷いた。

 

「それはそうと、伊之助は鬼殺隊に入る前はどうしてたんだ?」

 

「あ、それ俺もずっと気になってた。なんかカンナさんの話だと前の雪柱の人と一緒にいたって話だったけど」

 

「ああ、いたぜ」

 

 炭治郎と善逸の言葉に伊之助はそう短く答えた。

 一方のカンナはというと、なぜか炭治郎たちとは逆方向を向いて、ふて寝していた。

 炭治郎は匂い、そして善逸は音でカンナと伊之助の間に何か良からぬことが何度もあったのだろうと察する。

 

「俺はガキの頃は猪に育てられてたんだ。だから俺には親も兄弟もいねぇ。他の生き物との力比べだけが俺の生きがいだ。いや、だっただなもう」

 

 伊之助はこれまでの自分の身の上を炭治郎と善逸の2人に聞かせる。

 

「縄張りにしてた人間の家にいた時に、その雪柱っていう女が俺のところに来てな、俺を引き取るって言いだしたんだよ。俺はどうでもよかったけどよ、その家のやつらがしきりにそうした方が良いっていうんでさ、その女と力比べをしたんだ。それでな」

 

「「それで?」」

 

「こっ酷くぶん投げられて負けた」

 

 善逸も炭治郎も色々と思考が追いつかない伊之助の身の上話に声を出すことができなかった。

 なんで自分を引き取ると言ってきた人と力比べなどになったのかもそうだが、その雪柱とか言うのが女性で、しかも力比べを挑んできた、当時は子供の伊之助を容赦なく投げ飛ばしたという大胆さにも驚かされた。

 

「なんというか、すごい思い切った人だったんだな、カンナさんの大師匠さんって」

 

「というか、普通ありえるかよ……自分が引き取るって言った子供を、いくら力比べを挑まれたからって投げ飛ばすなんてさ」

 

「まぁ、それで色々あって俺はおふくろの養子ってことになって、そこで鬼の事や鬼殺隊の事も知って、お袋のところで色々と修行して最終戦別に挑んだってわけだ。ちなみにあの刀な、お袋んところの他の隊士と力比べして奪い取ったもんなんだよ」

 

「いや、なにやってんだよこのトンデモ野生児。というかそれで最終戦別行かせる元雪柱って人も何してんだよ。ありえなくない?」

 

「ええ……ありえないわよ……相変わらずだったんだなぁあの人」

 

「ぎょわあああああああ!!」

 

 いつの間にか炭治郎たちの方を向いて、まるで妖怪かと見間違うほどものすごい形相で彼らを睨みつけていたカンナに善逸は驚き汚い高温の絶叫を上げた。

 

「そんなにとんでもない人なんですか? 前の雪柱? て人」

 

「ええ……普通は色々と常識的な行動をとるのに、ところどころどこか、イカレてるとしか言いようがないような行動をとることがあってね‥…私も師範も同じく隊士だった私の姉もね……振り回されてたばかりだったのよ……」

 

「そ……そんな人だったんですね……て、カンナさんってお姉さんがいたんですか!?」

 

 炭治郎はカンナが語った前の雪柱と呼ばれた人の事になんとも言えない顔になるが、その話の中で出てきた彼女の姉の話に耳が傾き、驚きの声を上げた。

 

「……ええ、いたわ」

 

「ッ!?」

 

 だが、姉の事を炭治郎が聞いたとき、炭治郎はカンナからとても悲しい匂いを感じた。

 

「何かあったんですか?」

 

「他愛のない事よ……」

 

 善逸も音でその事がわかり、恐る恐るそう問うと、カンナは再び炭治郎らと反対方向を向き小さくそう口にしたあと、静かに自身の姉の事に関して話し始めた。

 

「私の姉は、柱だったわ……先の雪柱……」

 

「え!? でも前の雪柱は伊之助の育ての親だって」

 

「その人はいまだと先々代の雪柱よ雪音静葉って名前のね。私の姉は氷室つばき……先代の雪柱で、とても綺麗で、強い人だったわ……それに誰よりも優しい人だった、それこそ鬼にまでも同情の念を抱くくらい……」

 

「…………」

 

「でも、もういないわ……私の姉は……鬼に殺された」

 

 カンナのその言葉を聞いた炭治郎と善逸は、これ以上は何もカンナに聞くことはできなかった。

 

 氷室カンナが心の奥底に抱く闇は、彼等では推し量ることが難しいほどに重く深い。

 

つづく




雪華こそこそ話

カンナの血も稀血でしかもそれは不死川実弥の稀血に匹敵するほど
希少な血で鬼にとっては至上のご馳走となっています。
同時にカンナにとっては、自身の家族が死に追いやられるきっかけの一つとなった忌べき体質でもあり、カンナは自身の血が稀血であることをひどく嫌悪してもいます。
その為真菰と違い、鬼である禰豆子に関しても見逃しこそしましたが大きな蟠りの念を抱いています。


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第9話 那田蜘蛛山

第9話になります。

いよいよ那田蜘蛛山編です。

基本は原作沿いですが、原作から少しだけ変わるところもあります。

それではどうぞ。


 炭治郎たちが療養のため藤の花の家紋の家を訪れてから数日、特に怪我のなかった私と真菰さんは炭治郎らが療養の間はそれぞれで体が鈍るのを避けるために、軽い基礎鍛錬を中心に行いながらしばしの暇を過ごしていた。

 時折、炭治郎たちの怪我に影響が出ない範囲で、彼らの鍛錬にも付き合ってあげていた。

 なお、その間あの女たらしの癖のある我妻善逸が、ふと普段炭治郎の背負っている箱から起き出てきた禰豆子の姿を見て、やたらと気持ちの悪い笑顔で炭治郎に屁子へ越していたり、鬼殺隊になるまでは大師範の所にいてある程度礼儀作法くらい学んだはずの伊之助が、まるでそんなことなかったかのような、元来からの野生児っぷりを発揮して炭治郎や真菰さんらに隙を見つけては決闘を挑んだりと、私の心情からすれば気の休まるようなときが全くないほど慌ただしい日々であったが

 そんな日々が続く中でようやく。

 

「完治でございます」

 

 医師から炭治郎たちの怪我が完治したとの太鼓判が押され、それが伝えられるのとほぼ同じくしてやってきた鎹鴉から新たな任務が言い渡された。

 任務の内容はここからそう遠くはなれてない地にある那田蜘蛛山、この山に複数体の鬼が潜んでいるという情報が今回の指令の前に入り、既に何名かの隊士が隊を組んで乗り込んでいたはずであった。

 しかし、その隊士の多くが行方知れずになっているという、そこでその近くの藤の花の家紋の家にいた私たちに緊急でお呼びがかかったといった所であった。

 しかし、指令の内容から那田蜘蛛山に潜むという鬼は複数体、それもかなりの強敵であることが予測される。私や真菰さんならともかく、炭治郎たち癸の隊士に相手が務まるとは当然思えない。

 勿論それを知ってか知らずか鴉は加えて私と真菰さんも炭治郎らとともに那田蜘蛛山に向かうよう指示を出してきていたが。

 

「真菰さんは、今回の指令……どう思う?」

 

「那田蜘蛛山には結構な数の隊士が向かってるはずだから、それがみんな行方知れずなことを考えると……十二鬼月……少なくとも下弦くらいの鬼がいるんじゃないかな?」

 

「やっぱり……そうなるわね……」

 

 十二鬼月。

 鬼の首魁、鬼舞辻無惨直々の配下の鬼たち。それは上弦と下弦と6体ずつの鬼たちで構成され、特に上弦と呼ばれる十二鬼月の力は優に柱3人分くらいはあるとされ、歴史上柱含め多くの鬼殺隊士らがその手に掛かって亡くなっている。

 一方下弦の鬼に関しては上弦ほどの力はなく、少なくとも柱くらいの鬼殺隊士ならばまず負けることはないとされているが、それでもそんじょそこいらの雑魚鬼とは比較にならないほどの実力はあり、やはり多くの鬼殺隊士がその手によって葬られてきてもいる。

 

「最悪、本部に鴉を飛ばして、柱の出陣を要請する必要がありそうね……」

 

 私が真菰さんとそうやり取りをしている間に、炭治郎たちも支度ができたようで次々に藤の花の家紋の家から出てきた。

 

「それでは、お世話になりました」

 

「どのような時でも、誇り高く生きてくださいませ……ご武運を」

 

 最後に藤の花の家紋の家の主であるひささんから切り火をしてもらい、私たちは一路、那田蜘蛛山へと向かった。

 

 那田蜘蛛山に到着して早々に感じたのは、この山から漂うあまりにもひどい刺激臭であった。

 私や一般人並みの嗅覚の善逸はまだしも、人より数段鼻の利く炭治郎や、師の鱗滝同様に鼻が人並み以上には利く真菰さん、そして、大師範の所に行く前は文字通り獣に育てられ一般人のそれ以上に嗅覚など感覚の優れる伊之助には辛い場所だろう。

 

「匂いもそうだけど、この山……」

 

 その上、那田蜘蛛山の地形は外から見ても分かるほど、鬱蒼と樹々の生い茂った森で、夜中であればなおの事視界が悪く鬼からの不意打ちを喰らいやすい最悪としか言いようのない環境であった。

 

「とにかく、入山の際は全員で、できるだけ固まりになっていきましょう。こんな地形だと離れ離れになったとことで各個撃破されかねない」

 

「うん……炭治郎たちも分かった?」

 

「はい!」

 

「うげぇえ……やっぱり入るの? この山に!?」

 

「ガハハハ! 弱味噌は相変わらずだなぁあああ!!」

 

「誰が弱味噌だ!」

 

「ッ!?」

 

 すると、突然炭治郎が何かの匂いを感じ取ったのか、鼻を僅かに動かした後に山の麓の方へ走り出した。

 追いかけてみるとそこには一人、傷ついた鬼殺隊隊士の姿があった。

 

「大丈夫ですか!」

 

 炭治郎がその隊士に声をかけその隊士に駆け寄る。

 私たちも少し遅れてその隊士に近づき傷の状態を伺う。幸い毛がそれ自体は浅くきちんと休養を取れば完治するくらいであった。

 私たちはとにかくこの隊士から事情を聞こうとこの山で何があったのかをこの隊士に問いかけると。

 

「山に入ったら突然……隊士同士で斬り合いになって……俺は命からがらどうにか逃げてここまで来たんだ……」

 

「隊士同士で斬り合いに!?」

 

「頼む……助けてくれ……」

 

 そう告げた後、すぐにこの隊士は意識を失った。私はすぐさま鴉に応援を呼ぶように告げ飛ばすと善逸にこの隊士を安全な場所まで運んでいくよう指示を出した。

 

「お、俺がぁ!?」

 

「山に入りたくないんでしょ? 貴方は足が速いし鬼殺隊として鍛えてるんだから、人一人運ぶのくらいわけないでしょ?」

 

「で、でもさぁ……」

 

「生憎、任務をあれやこれや理由付けて躊躇ってるような臆病者を一緒に連れて戦えるほど、今回ばかりは余裕がありそうにないのよ! ずべこべ言わずにとっとと行きなさい!」

 

「わ、分かりました!!」

 

 途中善逸は渋るも私がそう檄を飛ばすと、いやいやながらも指示に従い負傷した隊士を背負ってその場を後にした。

 

「大丈夫ですか? 善逸」

 

「炭治郎……悪いけど私がさっき言ったことは事実よ……この山にはおそらく、十二鬼月がいる」

 

「ッ!? 十二鬼月!?」

 

「派遣した複数名の隊士が一同に行方知れずとなったという指令の内容……それに殺気の隊士が言ってた話からの推測だけど、まず間違いないとみていいわ。十二鬼月の力は言わずもがな、並の隊士ではまず相手にするのは困難……山に入ったら一時も警戒を怠ることがないようにね」

 

「わ、分かりました!」

 

「腹が減るぜ!」

 

「腕が鳴る、だよ? 伊之助」

 

 善逸を見送った後私は炭治郎と善逸にそう告げると、炭治郎、伊之助、真菰さんの3人と共に那田蜘蛛山の中へと歩みを進めた。

 

 

 

 山の中は外で見たとおりの環境であった。鬱蒼と生い茂る樹々に足場もよくはなく、夜になってるせいもあるが、この様子では昼間でもそう日の光が差さないであろう程に暗く視界が悪かった。

 しかも入る前から山から漂って来ていた刺激臭は中に入るとなおの事酷く、鼻の利く炭治郎や真菰が普段やってるように匂いを辿って鬼を見つける、などということも困難だ。

 

「うわっ! また蜘蛛の巣……」

 

「私は平気だけど、蟲が苦手な隊士にとっては別の意味でも地獄ねココ」

 

「私も平気だよ。鱗滝さんの所で修業してる時も山の中で、結構いたし見慣れてるから」

 

「俺も大丈夫です。元々山育ちなので」

 

「俺は全然平気だぜ! 蟲なんざ屁でもねえ!!」

 

 しばらく歩くと、樹々と林の間から1人、鬼殺隊の隊服を着た青年の姿が目に入った。山に入ったという鬼殺隊隊士の生き残りだと炭治郎が一番に駆け寄ろうとするが、私は既の所で炭治郎を止める。

 

「待って、さっきの隊士が言ってたでしょ? 森に入った途端隊士同士で斬り合いが始まったって」

 

「か、カンナさん!?」

 

「慎重に、周りにも警戒しつつ近づくのよ、いい?」

 

「はい……」

 

 私と炭治郎を先頭に、周囲を警戒しつつも徐々に徐々にといった感じで、慎重にその隊士へと近づいていき。

 

「どうやら大丈夫のようね」

 

「はい……大丈夫ですか!?」

 

「ッ!? 誰だ!?」

 

 どうやら問題はないとそう私が判断したのち、炭治郎はその隊士に声をかけた。

 

「応援に来ました。階級・癸、竈門炭治郎です」

 

「雪柱・蓮刃導磨が継子、階級・甲、氷室カンナです」

 

「水柱・冨岡義勇の継子の鱗滝真菰、階級は甲」

 

 炭治郎に続く形で私と真菰さんもその隊士に声をかける。

 

「水柱……冨岡の所の!? それに雪柱、導磨様の継子のカンナ様まで!? 良かった……柱じゃないのは少々不安だったけど、冨岡の所の継子にカンナ様なら安心だ! けど、なんで癸の隊士まで?」

 

「彼等とは合同の任務で一緒に行動しています。大丈夫です、先の選別を突破した選りすぐりの5人のうちの2人で、全集中の呼吸も十分に使える猛者ですから」

 

「そ、そうか」

 

「何があったのか、詳しく教えてもらえないかしら?」

 

「ああ……」

 

 隊士の名は村田と言い、その名前に真菰さんが少しだけ驚いたのを見てその理由を聞くと、どうやら現水柱、冨岡さんと同期で隊士になった間柄らしかった。

 村田さんはゆっくりと自分たちの身になにが起きたのかを話してくれた。

 

 那田蜘蛛山には村田さんをはじめとした癸以上の隊士らで構成された討伐隊で入ったらしい。

 しかし入山してすぐに一部の隊士が仲間の隊士に斬りかかるというような事態に陥り、村田さんも先の山の麓にいた隊士もそこから命からがらどうにか逃げてきたらしい。

 

「他に何かわかることは?」

 

「糸……そうだ、斬りかかってきた隊士、よく見ないとわからないくらい細いんだが、糸のようなものが体に括り付けられてた。おそらくそれで操られて、そんなことに」

 

 なるほどと、私は村田さんの言葉で先の隊士が言っていたこと、その理由と元凶が分かった。

 

「カンナ、それじゃ」

 

「その糸が……」

 

「ええ……ッ!?」

 

 そうこう話していると、その件の隊士たちがこちらにゆっくりとだが近づいてきた。

 

「みんな、刀を構えて! 来るわよ!」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

「俺に命令すんじゃねえ!!」

 

「わ、分かりました!」

 

 私がそう叫ぶのとほぼ同じく、その隊士たちは一斉に私たちめがけて斬りかかってきた。

 

 

 

 

 

 「そうか……私の剣士(こども)達は殆んどやられてしまったのか」

 

 月明かりが照らす邸宅の中、縁側にて瀕死の鴉を撫でながら一人の男が静かにそう口にした。

 

「那田蜘蛛山、そこに十二鬼月がいるかもしれない……柱を行かせなくてはならないようだ、義勇、しのぶ、導磨」

 

『御意』

 

 その男の言葉に静かに答える者たちが3名、鬼殺隊、水柱、冨岡義勇、蟲柱、胡蝶しのぶ、雪柱、蓮刃導磨であった。

 

「鬼も人も仲良くすればいいのに、冨岡さんもそう思いませんか?」

 

「無理な話だ、鬼が人を喰らう限り」

 

「そうだね~鬼にとって、人は文字通りの餌……それが鬼の習性である限り、俺たちと鬼は、相容れることはない」

 

 3人の鬼殺隊の柱たちは邸宅から姿を消し、一路、鬼の闊歩する那田蜘蛛山へと向かうのであった。

 

つづく




雪華こそこそ話

真菰も炭治郎、鱗滝ほどではありませんが鼻が利きます。
その為今回の那田蜘蛛山、真菰にとっては結構つらい環境だったりします。


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第10話 蜘蛛の鬼

那田蜘蛛山編の続きです。

今回は母鬼vs炭治郎
兄鬼vs善逸の回。

今回善逸の回想で新しい本作オリジナルキャラクターが顔見せいたします。


 カンナ、炭治郎、伊之助、真菰と那田蜘蛛山に突入した隊士の生き残りの1人、村田は鬼に操られていると思われる隊士たちと刃を交えていた。

 隊士たちの多くはすでに事切れただの操り人形とかしていたが、中には。

 

「お願い……早く糸を切って……このままだと私……貴方たちを」

 

 まだ生き残っている隊士たちもいた。

 そうした隊士の存在もあって、下手にみんな技を出すことができないでいる。

 

「くそ! 糸を斬っても斬っても、次から次に蜘蛛が糸を繋ぎなおすから、キリがない!!」

 

「操っている本体の鬼も、こうまで刺激臭、それにさっきから甘いような匂いまでして、匂いを探れない!」

 

 隊士たちを操ってるであろう大本の鬼もこの森のどこかにいるのだろうが、森全体を覆うほどの刺激臭に加え、操り人形になった隊士たちが現れて以降は、周囲の刺激臭に加えて甘いような香りまでするようになり、鼻が利く炭治郎と真菰の2人も匂いでは鬼を探すのが困難であった。

 

「おい、カナコ!」

 

「カンナよ! なに!? 伊之助」

 

「この間の屋敷の任務で俺を凍らせたアレ、出来ねえのか!?」

 

「陸ノ型、雪華ノ舞彩・風魔!? 無理よ! 迂闊に放てば生き残った隊士たちまで凍らせかねないし、仮に蜘蛛を凍らせて斃しても、蜘蛛が何匹いるかわからない以上、焼け石に水だわ! キリがない!」

 

 伊之助に聞かれるまでもなく、一度カンナはその技を試そうと思ったものの、生き残った隊士も操り人形の隊士の中には含まれその攻撃で凍り、場合によっては命を奪いかねずおまけに糸を繋ぎなおす蜘蛛もこの森に何匹いるかわかったモノではなく、放ったところで状況が改善する見込みはなくカンナは伊之助の提案を却下した。

 

「くそ! じゃあとっとと親玉見つけてぶっ殺した方が楽じゃねえか」

 

「それができるのなら……待って!」

 

 カンナは伊之助の言葉にあることを閃き、今度はカンナの方から伊之助に提案する。

 

「ねぇ伊之助、貴方ってかなり感覚が鋭いって藤の花の家紋の家にいた時言ってたわね?」

 

「あぁ? 確かに言ってたけどよ、それがどうした?」

 

 ここに来る前、まだ藤の花の家紋の家にいた時、ふとした鍛錬の際、伊之助がどうしても来ている服を脱いで半裸になってばかりいたため、どうしてそう頑なに服を着たがらないのかカンナは聞いたことがあった。

 すると伊之助は服を着てたり、何かが肌全体を覆うと感覚が鈍るうえに、元来から全身が神経細胞と言えるほどに感覚が鋭いため耐えがたい不快感が襲うと答えていた。

 

「もしかして、その感覚を……それこそ全集中の呼吸を用いて研ぎ澄ましたら、遠距離にいる鬼の存在も探知できたりって?」

 

「できなくはねえぜ! 何せ俺は山の王だからな!」

 

 カンナは伊之助のその言葉を聞き。

 

「それじゃ、それで鬼の位置を探って頂戴。大体の位置さえわかれば、それで鬼を斃せる!」

 

「ハッ! いいぜ、御袋の弟子だってお前の頼みなら聞いてやらねえこともねえ! けど、その間誰にも邪魔させんじゃねえぞ! 気が途切れたら追えねえからな! いくぜ!!」

 

獣の呼吸、漆ノ牙、空間識覚

 

 伊之助は自身の持つ二刀の刀を地面に突き刺すと、自身の優れた感覚探知能力を最大まで研ぎ澄まし森の奥底にいるであろう鬼の本体を探り出す。

 そして――。

 

「見つけたぜ!」

 

「よし、それじゃ伊之助、次のお願い! 炭治郎をその鬼がいるであろう場所まで、一気に投げ飛ばしなさい!!」

 

「ハァ!?」

 

「えぇ!?」

 

 伊之助が鬼の居場所を探り当てたのを確認すると、カンナは次なる支持を伊之助に伝えた。

 その指示の内容は良くも悪くも突拍子もないモノで伊之助はもとより、突然やり玉に挙げられた炭治郎自身も素っ頓狂な声を上げるほどに驚いた。

 

「いいから! 森の中にいるより、上の方が恐らく箱の刺激臭は薄い、そこなら炭治郎の鼻もここよりずっと利くだろうし、水の呼吸の技で、一気に鬼との間合いを詰めて頸を刎ねられる! ずべこべ言わずにやりなさい!!」

 

「へっ! その思い切りの良さ、さすが御袋の弟子だったってだけはあるぜ! いいぜ、やってやらぁ、権八郎!!」

 

「炭治郎だ! けど本当にそれで」

 

「いくぜええええええ!!」

 

「いや、まだ俺の話が終わって、ぎゃああああああああああ!!」

 

 炭治郎がそう言い切る前に伊之助は炭治郎の体をやすやすと持ち上げ、自身が先に探り当てた鬼のいる方角めがけて思い切り投げ飛ばした。

 視界が縦横無尽に回り続ける中、炭治郎はどうにか空中で態勢を立て直す。

 

(カンナさんの言う通りだ、森の中よりも空中の方がずっと、匂いは薄い! これなら)

 

 同時に先ほどは刺激臭と甘い匂いで紛っていた鼻の嗅覚が幾分か戻り。

 

(いた、あそこだ! あそこの鬼が、みんなを操っている鬼!)

 

 炭治郎自身も隊士たちを操る鬼を探り当てた。

 

 

 

 

 

 那田蜘蛛山に巣食う鬼のうちの1体、ここに巣食う親玉の鬼から母鬼と呼ばれるその鬼は先ほどまで嬉々と、鬼殺隊の隊士たちを自身の持つ糸の血鬼術で操り同士討ちをさせていた。

 しかし、つい今しがたに表れた新たな隊士たちは中々蜘蛛たちが糸を繋げられず操り人形にすることができなかった。

 オマケについ今しがた中々鬼殺隊を全滅に追いやれないことに痺れを切らして自分たちの親玉である鬼がやって来て、母鬼を脅迫していったところだった。

 中々鬼狩りたちを全滅させられない焦りに加え、親玉の鬼に脅迫されたのも相まって完全に母鬼は平静を失っていた。

 

「マズイ、マズイ! 私の居場所がバレてる。さっきから戦ってる鬼狩りたち、全然蜘蛛たちが糸を張れないし、それに――」

 

 既に自身が見上げる空のその先には、月を背後に日輪刀を構えた鬼狩り、竈門炭治郎の姿が自分の頸を刎ね飛ばさんと向かってくるところであった。

 このままでは自分の頸は確実に刎ねられ、殺されてしまう。

 何か、何か考えないと。

 

 母鬼はなんとか気持ちを落ち着かせ思考を巡らせようとするが。最早何も妙案など浮かぶはずもなかった。

 

(死にたくない!)

 

 そう一瞬母鬼は思った。

 

 だが直後、母鬼の脳裏に浮かんだのは、鬼となりここ、那田蜘蛛山に来てから今日までの日々、その記憶であった。

 

(でも、死んだら……楽になれる、開放される?)

 

 鬼となってからは鬼狩りに追われる日々であった。

 その文字通りの地獄から解放してくれたのは、ここ那田蜘蛛山に巣食う鬼であった。

 彼は自身を十二鬼月だと言い、自分たちと家族にならないかとそう誘ってきた。鬼狩りに終わ穢最早行く場所も変える場所もなかった母鬼は喜んでその鬼の手を取った。

 これで自分は、今までのように鬼狩りにおびえる辛い日々を送らずに済む、最初はそう考えていた。

 

 だが、ここに来てからに日々は彼女、母鬼にとっては文字通りの第2の地獄であった。

 

 毎日のように他の仲間の鬼からは暴力を加えられ、ここの親玉である鬼からは『なぜ自分たちが怒っているのか、わからないのが悪いんだよ』などとあまりに理不尽な理由で拷問され、体を何度も斬り刻まれたことなど最早数知れずであった。

 

 恐怖、痛み、苦しみばかりの日々、それがここで終わるのなら。

 

 気が付けば母鬼は自ら炭治郎に頸を差し出し。

 

水の呼吸、伍ノ型、干天の慈雨

 

 炭治郎はその頸を、水の呼吸が持つ技の中で、最も優しい剣技で刎ね飛ばしたのであった。

 

 直前に、炭治郎はこの鬼が死の間際に抱いた思いを匂いで感じ取った。

 

 〝やっと、辛い日々から解放される〟

 

 悲しみと後悔と同時に、感謝の念が入り混じったかのような匂い。多くの人間をその手で葬り、喰らってきたはずなのに、最後はあまりにも悲しい匂いを漂わせていたその鬼に炭治郎は顔を曇らせた。

 

「鬼に、同情しちゃだめだよ炭治郎。どんなに最後、そのことを悔いてたとしても、奪われた命は戻らない」

 

「ッ!? ……分かってる……」

 

 炭治郎が鬼の頸を刎ねた後、遅れてカンナ、真菰、伊之助らが炭治郎の下へとやってきた。

 顔を曇らせ俯く炭治郎を真菰は静かに、そう諭す。

 

 炭治郎も真菰の言わんとしてることは分かっていた。

 どんなに鬼となった者が、そのことを悲しみ悔いたとしても、鬼となって彼らが奪った命は決して戻ることはない。

 

「でも、鬼は元は人間……人間だったんだ」

 

「うん……そうだね」

 

 きっと誰も彼らを許す者はいないだろう。

 だが、そんな鬼たちも元は、ただ一人の人間であった。ならばせめて、自らの行いを悔いそのことに苦しむ者たちには、せめてその最後は安らかであってほしい、炭治郎はそう思わずにはいられなかった。

 

「成仏してください……」

 

「……ありがとう……十二鬼月がいるわ……」

 

 だが、いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかなかった。

 この鬼の口から死の間際に出た言葉に、炭治郎たちの顔は険しいものとなる。

 

「気を付けて……」

 

 その言葉を最後に、鬼の体は空へと静かに朽ち、消えていった。

 

「予想通りか……」

 

 その鬼を見届けたのち、カンナの口から静かにその言葉が漏れ出た。

 十二鬼月。鬼舞辻配下の強力な鬼が、やはりこの那田蜘蛛山にいるのだ。

 これで確証が得られた。

 

「行くわよ、十二鬼月がここにいるのが確実となったのなら、ここから先……少しの油断が命取りとなるわ」

 

 一先ずは後ろにいる村田たちと合流したのち、怪我をした隊士たちは村田に任せカンナと炭治郎たちは山の奥にいるであろう他の鬼たちを滅するために森の中へと向かって行く。

 

 

 

 

 

 なんだよ、この状況さ。

 怪我をした隊士を藤の花の家紋の家まで送り届けて、急いで戻ってみたらもうみんな山に入った後なんてさ。

 俺一人じゃ怖いんだよ本当さ。でもさ、炭治郎のやつ禰豆子ちゃん連れて山の中に入っちゃうしさ、カンナさんとか真菰さんとか女の子だしさ、男の俺が護ってやらなきゃだろ? いや、あの2人俺なんかよりずっと強いんだけどさ。

 けどさ、俺だってこんなところでいじけてちゃいられないってわかってるよ。

 

「チュンチュン!」

 

 あぁ、もう! うるさいよこの雀。相変わらず他の鎹鴉と違って何言ってるかわからないしさ。

 そもそもなんで俺のは鴉じゃなく雀なのさ! いや、可愛いけどさ、見た目は。でも時々手噛んでくるから全然可愛げないし。

 

「いて!」

 

 オマケに今、なんか刺されたんだけどさぁ。

 チクッとしたよチクッと。

 

 

 

 しばらく歩いていくと、うわぁなんだよこの刺激臭。

 ここ、一段と刺激臭がひどい。多分炭治郎じゃ絶対死んじゃうって。真菰さんも鼻利くって言ってたし絶対辛いだろうなぁ。

 それに、アレって仲間の隊士だよな? まさか、蜘蛛に変わっていってるのか?

 俺の目の前には蜘蛛の糸のようなモノにつるされた古びた小屋と、同じく蜘蛛の糸のようなモノに縛られた仲間の隊士、しかもその何人かは人と蜘蛛が合わさったかのような不気味な姿に変貌していた。

 

「コレって……ッ!?」

 

 少しだけ後退ると、何かが足の方ではっているような気配を感じた。その気配のした方を見てみると。

 

「ッ!」

 

 そこには人の顔をした不気味な姿の蜘蛛が1匹。あぁ、俺頑張ったよ。どうにか叫ばないですんだよ、普通なら叫びたいけどさ。けどもう理由をわかってたから、何とか落ち着けたよ俺。

 

「お前、まさか……俺たちの仲間の隊士」

 

「シャアッ!」

 

 その人面蜘蛛いや、人頭蜘蛛か? それは俺がそう問いかけると即座に襲い掛かってきた。

 何とかその蜘蛛の攻撃を躱すと、俺の耳が何者かの声を拾った。

 

「無駄だぜ、そいつはもう俺の手下だ。人間の頃のことなんざ何も覚えていない」

 

「げぇ! 出たぁあああああああああ!!

 

 いや、叫ぶって。なんなのあの……鬼!?

 

 声をした方を向くと、そこにいたのは今見つけた、仲間が変えられたであろう人頭の蜘蛛を、より大きくしたかのような異形の鬼だった。

 アイツが仲間を蜘蛛にしたのか。

 

 最初は恐怖が勝っていたが、今はそれ以上に仲間が蜘蛛にされてることへの怒りの感情も幾分か俺の心の中で湧いて出てきている。

 

「キヒヒ、それによ……おめぇも、もう終わってるぜ?」

 

「ハァッ!?」

 

「お前、さっき噛まれただろ? 俺の手下にさ。手を見てみろよ」

 

 いったい何のことだ、噛まれた?

 そこまで思考して俺は山に入ってしばらくしたとき、手に走った刺されたような痛みを思い出した。まさかと思って自分の手の平を見てみると、刺されたであろう痛みを感じた部分はどす黒く腫れ上がり、その周囲には青紫色の痣の様なものが浮き出ていた。

 

「毒だよ、人間を蜘蛛に変える毒さ」

 

 毒、てことが俺もじき、この仲間の隊士たちと同じように人頭の蜘蛛になるってこと? 

 そう思考すると、恐怖で一瞬意識を失いそうになる。だけど、そうはならなかった。

 

「楽しいかよ……」

 

「あぁ?」

 

「お前、そんなことして楽しいわけ? 鬼って、なんていうかさ……」

 

「ああ? なんだよ、はっきり言えよ」

 

見た目もそうだけど趣味も趣向も全部気持ちワリィいいいいなぁあああああああああああ!!

 

「ハァ!?」

 

 いや、本当さ、めっちゃキモイよお前。後、体めっちゃ臭いし、炭治郎じゃなくても分かるよ? 匂ってるの。

 ここ周辺の刺激臭って、大部分はお前だろ? めっちゃ臭いしめっちゃキモイんですけど。

 

蜘蛛になんてなってたまるか蜘蛛やろぉおおおおおお!!

 

「ッ!? こいつ、馬鹿か!」

 

 俺は思い切り、この蜘蛛の鬼に突進してったけど、そりゃこうなるよな。

 あっさりその蜘蛛の鬼に弾き飛ばされてさ、樹に体ごと思い切りぶつかってるしさ、情けねぇよ。

 

 その時に俺の頭を過ったのは、隊士になる前、育手だった爺ちゃんや、ぶっきら棒な兄弟子、獪岳、それと……。

 

『善逸、泣き虫だからって臆病者だからっていいじゃないさ、それは確かにアンタの弱さだけど、同時に強さなんだからさ』

 

 もう一人の爺ちゃんの弟子、姉弟子の嬬伽(じゅか)との日々だった。

 爺ちゃんの下での修業は、本当辛くて、何度も死ぬかもって思って、何度も泣いて逃げ出して、でもそのたびにつかまってまた修行の日々で、本当、地獄ってこの世にあるんだって思い知らされるくらいのしんどい日々だった。

 

 でも、俺、そんな日々だったっていうのに、辛くて痛くて、何度も爺ちゃん頭殴ってくるし、でも、それでも俺。

 

 爺ちゃんが好きだったんだ。どんなに俺が辛くて泣いて、逃げ出しても根気良く、俺の事を連れ戻しに来て、ずっと修行を見てくれてんだ。

 でも、結果は全然でなくて、爺ちゃんの呼吸、雷の呼吸の技も壱ノ型しかできなかった。

 

『善逸、お前はそれでええ。一つ出来れば万々歳だ。一つのことしかできないなら、それを極め抜け、極限に、極限まで磨き上げろ』

 

 最初はそのことをこっ酷く怒ってた爺ちゃん。でもしばらくするとそれでいいって言ってくれた。でもそれが俺には余計に情けなくて、そんなことを思ってたら。

 

『刀の打ち方を知ってるか? 刀鼻、何度も何度も叩いて叩いて叩き上げて、不純物や余計なモノを飛ばして、鋼の純度を高め、強靭な刀を作るんじゃ』

 

 そう言って叩くんだ。

 でもさ、俺刀じゃないよ、生身なんだよ、すごく痛いんだよ。

 

『善逸、泣いても良い、逃げてもいい、だが諦めるな』

 

 でも、俺はそれでもやっぱり、そんな爺ちゃんが大好きなんだ。

 

「雷の呼吸……壱ノ型」

 

 爺ちゃんが好きだ。どんなに俺が逃げても、何度も連れ戻して、どんだけ長く時間が経とうとも鍛錬を見てくれて。

 決して俺を見限ったりしなかった。

 

『なんで、お前はここにしがみつくんだ。先生は柱だったんだ、鬼殺隊最強の剣士の一人だ、そんな人から指導を受けられることなんて滅多にないんだ。なぜおまえはここにいる。なぜおまえはここにしがみつくんだ!』

 

 何度も泣いて、逃げるばかりの俺を兄弟子は時折そんな風に罵ってきた。

 兄弟子の言い分も俺は分かっていた。普通、鬼殺隊隊士の多くはその生涯、鬼との戦いに明け暮れ、ほとんどは最後は殉職という形でその幕を下ろす。

 俺たちの育手の爺ちゃん、桑島慈悟朗は元柱、鳴柱と呼ばれていた鬼殺隊最強の剣士だ。元柱が育手に転身することは決して珍しいことじゃない。だがそもそもそんな柱でも生きて鬼殺隊を引退すること自体が稀なんだ。

 そんな元柱の育手からの指南なんて滅多に受けられるものじゃない。だから兄弟子の言うことも一理あった。

 けど、そんな風に俺の事を兄弟子が罵っていると決まって。

 

『獪岳、アンタだってそうは言うけど、壱ノ型を全然使えてないじゃない。それに師範は、ちゃんとアンタの為にも時間を割いてくれてるだろ?』

 

『嬬伽姉え、だがこいつは!』

 

『善逸だって、毎日泣いて喚いて逃げてばかりだけど、隠れていろいろと鍛錬してるんだよ。この子だってね、頑張ってるの! 獪岳、アンタ少しは善逸を認めてやったらどうなの? アンタは兄弟子なんだから!』

 

『チッ!』

 

 姉弟子の嬬伽が助け舟を出してくれるんだ。

 でも、それがまた、俺を情けなくするんだ。

 

 強くなりたい。

 

―――――

 

「こいつ、さっきから同じ型ばかり、やはりそうだ……コイツ一つのことしかできないんだ」

 

 蜘蛛鬼は完全に油断していた。

 善逸が雷の呼吸の壱ノ型の構えを取ったとき、最初は驚き焦った。とっさに自身の血鬼術、斑毒痰で応戦し事なきを得たが、その後は何度も目の前にいるこの鬼狩りは同じ壱ノ型の構えばかりを取る。

 たった一つのことしかできない無能。

 最初にこいつに自分の手下が撃ち込んだ毒も回り始めている。

 蜘蛛鬼は自身の勝利を疑わなかった。

 

 だから油断した。

 だから分からなかった。この鬼殺の剣士、我妻善逸、たとえ壱ノ型しか使えない隊士であったとしても。

 

雷の呼吸、壱ノ型――

 

 そのたった一つを極限にまで極め。

 

霹靂一閃――

 

 磨き上げた傑物だということを。

 

六連!!

 

 気が付いたときには、蜘蛛鬼の頸はその蜘蛛の胴と離れ離れとなっていた。

 蜘蛛鬼が最後に見たのは、満月を背に舞う善逸の姿であった。

 

 

 

 

 

 俺、頑張ったよな……。

 

 体がしびれて、力が出ない……。

 

 落ち着け、まだ死んじゃいない……爺ちゃんだって言ってただろ、諦めるなって。呼吸を使うんだ。それで少しでも毒の巡りを遅らせて……。

 

 俺、強くなりたい。ずっと夢に見るんだ。

 

 強くなった俺が弱い人や困った人を助けてあげられる夢。

 爺ちゃんが貴重な時間を割いて鍛え上げてくれたこと、その時間は無駄じゃないんだって、強くなった俺が、みんなの役に立つそんな夢。

 

 俺はさ、爺ちゃん、俺自身が一番嫌いだったんだよ。ちゃんとしなきゃって思っても、泣いて、怯えて、すぐ何かに縋りつく、そんな俺が。

 

 だからさ、俺本当、強くなりたいんだ。

 

『アンタは、もうずっと強いわよ。アタシや獪岳よりのずっと』

 

 そんなことない。

 

『だって、アンタそんな風に、弱い自分をさらけ出すことができるじゃない。それができる人って、実は本当はずっと、強いのよ』

 

 俺は弱いよ、嬬伽姉え……。

 

『俺知ってるぞ、善逸が本当はとても強い事』

 

 炭治郎……。

 

 

 

 体を蜘蛛へと変えんとする猛毒に苛まれながら、善逸はこれまでの自分の人生を振り返る。

 それでも彼は決して、死のうとなどは思わず、自身の師の言葉の通り、諦めず耐え続けた。

 

「もしも~し、大丈夫ですか~?」

 

 自分たちへの救援がそこに到着するその時まで。

 

つづく




雪華こそこそ話

嬬伽は桑島のもう1人の弟子の少女です。(本作オリジナルキャラクター)
善逸と獪岳、嬬伽の育手、桑島慈悟朗は善逸と獪岳には分け隔てなくその修行を見ていましたが、嬬伽の事は放っておいてました。
嬬伽は早々に雷の呼吸の全てを会得したため、桑島が教えることが早々に亡くなったためだと善逸も獪岳も考えてました。


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第11話 下弦の鬼、累

那田蜘蛛山編の続き。
累との戦いがいよいよ始まります。

なお、今回那田蜘蛛山の鬼が2体ほど増量されてます。
一応片方は元ネタがいて、アニメ版で姉鬼と一緒に逃げようとした少女鬼になります。

もう1体は一応はオリジナルですがこちらもアニメ版で描かれた小柄の少年のような鬼がモデル、累の弟という設定にしています。 


 隊士たちを操っていた女の鬼を炭治郎たちが撃破ししばらくたつと、操られた隊士たちは文字通り糸の切れた人形のごとく地面へと倒れ伏した。

 

「あっ!」

 

「ッと! 大丈夫か、尾崎!」

 

「村田さん……はい、操られた時に滅多矢鱈に動かされて、ところどころ骨が軋んでるみたいですが、なんとか」

 

 村田は操り糸が切れ、地面にそのまま倒れそうになった尾崎という名の女性隊士の体をとっさに支えた。

 村田に支えながらも尾崎はそう村田の問いに答える。その尾崎の返答に安どの息を吐くと、他のまだ生きている隊士たちの方にも向かう。

 

「おい! 無事か!?」

 

「村田さん……お願いです、とどめを……体中の骨が折れて、一部が内蔵に……どうせ俺は、もうじき死にます」

 

「馬鹿言うな! まだお前は生きてるだろ!? あの最終戦別を突破した隊士がこの程度で泣き言を言うな! 落ち着いて、全集中の呼吸を使って、骨折箇所の痛みをやわらげろ! 最後まで諦めるな!!」

 

「村田さん……すみません……」

 

 村田は今のようにまだ息のある隊士たちを叱咤激励し励ましていく。

 しばらくすると鬼を撃破した炭治郎らも村田たちの下へと戻り、炭治郎らはこのままこの山に巣食うほかの鬼たちを斃しに行くと告げた。

 すでにほとんどの隊士が満身創痍の状況であった。カンナ、真菰の様なベテランは兎も角、まだまだひよっこの炭治郎ら癸の隊士たちにあとを任せねばならないことに村田は悔しそうに歯噛みをするも。

 

「すまない……君たちにこの場を任せてしまうことになって……」

 

「大丈夫です。それよりも早く、怪我人を安全な所に」

 

「ああ……後を頼む!」

 

 今はそんなことを言ってる場合ではないとすぐさま気持ちを入れ替え、怪我をした隊士を連れ村田は先に下山することを決断した。

 

 村田を見送り炭治郎たちが森を抜け近くの河原まで移動してきたその時であった。まるで雷鳴が轟く様な轟音が森全体に響き渡った。

 

「今の音……善逸か?」

 

「この森を覆う刺激臭が少し和らいだ……」

 

「鬼の気配が減ったわ……もしかしたらあの子」

 

 雷鳴の轟いたような音から、炭治郎らは善逸がこの森に戻ってきたと考えた。ならば、ひとまずは戻ってきた善逸と合流しようと移動を再開しようと動き始めた、その時。

 

 パシャ。

 

 ふいに何者かが水を跳ねる様な音が聞こえ、その音が聞こえた方向に目を向けると。

 

「ッ! 鬼!!」

 

「よっしゃ、俺様が狩ってやらぁ!!」

 

 そこに髪から肌、その身に纏うきものまでも真っ白な少女の鬼が河原を渡ろうとそこにいた。

 伊之助がその鬼を見るや否や勢いよくその鬼へとむかうが。

 

「お父さん!」

 

 少女の鬼がとっさにそう叫ぶと、伊之助のいる上方から大柄の鬼が降ってきた。

 

「俺の家族に……近づくなぁ!!」

 

 その鬼はまるで蜘蛛の化け物のような顔をした異形の鬼であった。

 異形の鬼は伊之助のいた場所めがけて拳を振るう。とっさに伊之助はその拳をよけるが、その威力たるや、大地を割るほどのモノで、その勢いに避けた伊之助は愚かその後ろにいた炭治郎、カンナ、真菰までも飛ばされてしまう。

 

水の呼吸、弐ノ型、水車

 

 炭治郎はとっさに空中で態勢を整え、その異形の鬼に向かって水の呼吸の弐ノ型を放つが。

 

「か、硬い!!」

 

 炭治郎の刃は僅かにその鬼の腕に食い込んだだけですぐに動かなくなってしまった。

 異形の鬼は再び腕を振るい炭治郎を薙ぎ払おうとするが、とっさに炭治郎は鬼の体を足場にその攻撃を躱し距離を取る。

 

「なんて硬さだ! 型を使って切れないなんて、まさかこいつが十二鬼月!?」

 

「いえ、十二鬼月なら眼球に数字が刻まれてる! こいつの眼にはどこにもそんな数字がないわ、こいつは十二鬼月じゃない!!」

 

「ハッ!」

 

 その頑強な外皮と力に炭治郎は一瞬この鬼が十二鬼月なのではと口にするが、すぐさまカンナの言った言葉で先に浅草で出会った珠代が口にした十二鬼月の特徴を思い出す。

 確かにカンナの言う通り、今目の前にいる鬼の、蜘蛛のような異形の顔にある複数の眼、そのいずれにも十二鬼月を表す数字は刻まれてはいない。

 だが、この鬼の力がそんじょそこいらの雑魚鬼とは比較にならないほどの強さなのは事実であった。

 

「ッ! 炭治郎、避けなさい!!」

 

「えっ!」

 

 再びカンナの声が炭治郎の耳に入り、とっさに体を捻ると、今度は細い糸のようなものがカンナと炭治郎の間を掠め地面が大きく裂けた。

 

「あぁ、避けられちゃったかぁ、残念。お父さん、助けに入るよ」

 

「新手の鬼!?」

 

 炭治郎が目にしたのは、先ほど目撃した少女の鬼に似た風体の小柄な少年の鬼であった。

 

「やめてほしいなぁ、兄さんや父さんたちと僕たちはただ静かに暮らしてただけなのにさ……それを邪魔するっていうのなら、君たちバラバラにしちゃうよ!」

 

 少年の鬼はその手から無数の意図を炭治郎らに向けて放つ。意図は正しく鋭利な刃物の如き切れ味で周囲の樹々を小石を岩を切り裂いていく。

 

「クッソ! もう1体いるなんて聞いてねえぞ!!」

 

「がぁああああ!! 俺の家族に、手を出すなぁあああああ!!」

 

「ッ! ヤベェ!」

 

 オマケに先の異形の鬼もまだ健在。数では2対4と炭治郎等の方が優位であったにもかかわらず、モノの見事に翻弄される。

 

「あはは、無様だね鬼狩りたち! 僕たち家族の暮らしの邪魔をするからそうなるんだ! お父さん、とっとと捻り潰しちゃいなよ!」

 

「いい気になってるのも今の内だよ」

 

 勝ち誇ったかのようにそう口にする小柄の少年の鬼だったが、突如彼の耳が真菰の放ったその声を捉える。

 

水の呼吸、弐ノ型・改 横水車

 

 少年の鬼がその声の方に顔を向けるとそこには、大木に技を放ち斬り倒す真菰の姿があった。

 斬り倒された大木は真っ直ぐ、大柄の異形の鬼の方へと倒れ、鬼を押しつぶした。

 

「いまだよ炭治郎! カンナ!!」

 

水の呼吸、拾ノ型……

 

雪の呼吸……

 

 炭治郎とカンナは真菰が作ってくれたその隙に、この異形の鬼の頸を刎ねようと構えを取るが。異形の鬼は自身を押しつぶした大木を持ち上げ、逆に構えで好きのできた炭治郎とカンナをまとめて吹っ飛ばす。

 

「「ぐッ!」」

 

 2人は咄嗟に構えを解き刀の柄でその大木を受け衝撃を和らげるが、両者とも勢いばかりは殺しきれずにそのまま宙を舞う。

 

「くっ! 伊之助、真菰、ここは任せる! 俺とカンナさんが戻るまで死ぬな!!」

 

「そうよ! 私たちが戻るまで持ちこたえて!!」

 

 炭治郎とカンナの2人は飛ばされながらも、伊之助と真菰の2人にそう叫んだ。

 

「これで、あと2人だね。さて、勝てるかな? 僕とお父さんの2人に」

 

 炭治郎とカンナが遥か彼方へと吹っ飛ばされたのを確認し終えると、少年鬼は不敵な笑みを浮かべ、真菰と伊之助にそう言い放った。

 

「舐めやがって、てめえら2人、俺様がすぐに頸を刎ね飛ばしてやらぁ」

 

「できるかな!」

 

 少年鬼は再び、糸の刃を伊之助と真菰に放ち。

 

「がぁあああああ!!」

 

 それを避けた2人を今度は大柄の鬼が追撃する。

 

「なんて、連携……」

 

「畜生! どうすりゃいいんだ!!」

 

 大柄の異形の鬼に少年の鬼、その2体の息の合った連携に伊之助と真菰の2人は再び翻弄される。

 

 

 

 

 

 一方で異形の鬼に吹っ飛ばされた炭治郎とカンナの2人は。

 

水の呼吸、弐ノ型 水車

 

雪の呼吸、肆ノ型 雪月夜

 

 着地の際に咄嗟にそれぞれ技を放ち衝撃を相殺し無事地に足を付けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、どうにかね……けれど、結構飛ばされたわね」

 

「はい……」

 

 2人はとにかく今は、自分たちがどこにいるのだろうかと周囲を見回す。当たりに広がるのは鬱蒼と生い茂った樹々ばかり、先ほどよりかは幾分か和らいでいるとはいえ、まだこの森の中は苛烈な刺激臭が多い、炭治郎の鼻もよく利かない。

 それでも何とかして戻らなければ伊之助と真菰の2人が危ないと、とにかくその場から移動しようと動き始めたその時。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 濁ったような悲鳴が周囲に響き渡った。

 その声が聞こえた方向に目をやると、意外にもその声の主はすぐそばにいた。

 そこにいたのは先ほど河原で見かけた少女の鬼と、血が滴る糸を綾取りの要領で手に絡めた少年の鬼、そしてその少年の傍らにいた前髪が切り揃えられたもう1人の少女の鬼であった。

 

「何見てるの? 見世物じゃないんだけど」

 

 その内の1体、糸を手に絡めた少年の鬼が炭治郎とカンナの2人を睨みつけた。

 

「何してるんだ……君たちは仲間じゃないのか!?」

 

 咄嗟に炭治郎はその少年の鬼にそう問う。

 

「仲間? そんな薄っぺらいモノと同じにするな。僕たちは家族だ。強い絆で結ばれてるんだ」

 

 その問いに少年の鬼は面白く無さげにそう答えた。

 

「それに、これは僕と姉さんの問題だ。余計な口出しするなら、刻むから」

 

 少年の鬼は冷え切った眼で炭治郎とカンナの2人を再度睨みつける。一方の炭治郎とカンナの2人もその少年の鬼を注意深く観察していた。

 そして、見つけたのだ。2人はその少年の鬼の瞳に刻まれた。

 

「十二鬼月……下弦の伍!」

 

 十二鬼月の証である数字を。

 

「へぇ、気づいたんだね。そうだよ、僕は十二鬼月、下弦の伍、名前は累だ。さっきからこの山を騒がせてる鬼狩りの一味だね、君たちは……よくも僕の母さんと兄さんを殺してくれたね」

 

 自らを十二鬼月、下弦の伍、累と名乗った少年の鬼はそう言うと一際強い殺気を醸し出し炭治郎とカンナを睨んだ。

 

「だからどうしたというの?」

 

 累の言葉に応えたのはカンナであった。

 

「決まってるでしょ……殺してやるよ、君たち全員……」

 

 カンナの言葉に累がそう返すと周囲に満ちる空気が一気にその圧を増した。

 

「そう……まぁ、こっちもそのつもりだけどね、けれどこれだけはアンタに言っとくわ」

 

「何? 死ぬ前に何か言い残すことでもあるの?」

 

 累は一瞬カンナの言葉に首をかしげる。だが続くカンナの口から出た言葉は。

 

「まさか……アンタの言う家族の絆っていうのが、ただの紛い物だって、そう言いたいだけよ」

 

「ッ!? なんだと……今、なんて言った?」

 

 累の怒りと殺気をさらに増すものとなった。

 

「紛い物だといったのよ!」

 

「そうだ、紛い物だ!!」

 

 カンナの挑発に炭治郎も加勢する。

 

「家族というのなら、強い絆で結ばれてるというのなら本当は、互いに信頼の匂いがする。だけど、お前たちから感じる匂いはどれも、恐怖と、憎しみと、嫌悪の匂いだけだ! こんなものは絆なんかじゃない!!」

 

 炭治郎の言葉に、累はこれまで以上に怒りと憎悪を覚え、殺気をより強める、一方の2人の少女の鬼は炭治郎の言葉に目を見開きその場で硬直していた。

 

「そう……そうか、分かったよ……そんなに死にたいんだね……いいよ、望みどおりにしてあげるよ」

 

「炭治郎!」

 

「はい!」

 

 目の前にいるのは本物の十二鬼月。

 これまでの鬼とは別格なことは炭治郎も分かっていた。

 

 だが、それでも倒す。そして生きて帰る。自分たちを待ってくれている者たちがいるのだからと。

 

 炭治郎とカンナの2人は刀を構えなおし今、下弦の伍、累との戦いの火蓋が切られた。

 

つづく 



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第12話 本物の絆

 炭治郎、カンナの2名が下弦の鬼、累と対峙している中、伊之助、真菰と2体の鬼たちとの死闘も依然続き、戦いは熾烈を極めるモノとなっていた。

 

「くそ、真琴(まこと)と完全にはぐれちまった。しかも俺の方にいるのは……」

 

「がぁあああああああ!!」

 

 伊之助と真菰の2人は先ほどまでは2人で2体の鬼と戦っていたのだが、戦いの最中完全に分断されてしまったのだ。しかも伊之助が対峙している鬼は、あの大柄の蜘蛛頭の異形の鬼であった。

 異形の鬼は体が堅固なうえ力も強く、伊之助一人では全く歯が立たず追い詰められてしまっていた。

 命からがら近くの木の陰に身をひそめ、どうにかあの鬼を斃すすべはないかと考えを巡らせはしたものの、元々物を考えるというのがあまり得意ではないことに加え、戦い続け疲労がたまったことでの焦りも相まって。ついに我慢の限界とな力の陰から飛び出し、猪突猛進の言葉通り異形の鬼へと突進。

 

「うぉおおおおお、クッソがぁあああああ!!」

 

 その堅固な腕に刃を振るい、最初の炭治郎の時と同じく刃は鬼の硬い肉を前に途中で刃が止まってしまうものの。

 

「オラァ゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

 即座に伊之助はもう片方の刀の刃で刀の峰を思い切り叩き、その勢いで一気に異形の鬼の腕を斬り落とした。

 

「ガハハハ!! 1本で斬れなきゃ、2本分の力で叩き斬りゃいいんだよ!! だって俺、刀2本持ってるもんね!!」

 

 その事で伊之助は勝ち誇ったように大喜びする。だが突如その異形の鬼は伊之助に背を見せ何処かへと走り去ってしまう。

 

「てめぇ! 逃げんじゃねえええ!!」

 

 伊之助は慌ててその鬼を負う。しばらく走ると伊之助はその異形の鬼に追い付くが、その異形の鬼はいつの間に登ったのか木の上におり、そこでブルブルと震えていた。

 

「ケッ! 怖気づいてブルブル震えてやがる」

 

 だが、その鬼は決して伊之助相手に怖気づいたわけではなく、次の瞬間その異形の鬼の背中が盛り上がったと思うと、途端にそこから何かが飛び出て伊之助の前に降ってきた。

 

(なッ! 脱皮した!?)

 

 異形の鬼は先ほどよりもさらにその体躯を大きく、更に周囲に放つ圧もより強力なモノへと変え、再び伊之助へと襲い掛かった。

 先ほどまでですらほとんど歯が立たなかったほどだというのに、脱皮したその異形の鬼の力は最早比べ物にならないほどに速さも強さも増し、伊之助はその鬼にいいように弄ばれ、とうとうその鬼に頸を鷲掴みにされ持ち上げられてしまう。

 

「畜生……だが、俺は死なねえええ!!」

 

獣の呼吸、壱ノ牙 穿ち抜き

 

 それでもなお、伊之助はその鬼の頸に刀を突きさし、頸を刎ねようとするが、その鬼の頸は先ほどよりもさらにその硬度を増しており、刃が刺さったはいいがそこからはピクリとも動かすことができない。

 その間も鬼は伊之助の頸を折らんとその手の力を籠め続ける。

 そして今、まさに頸を折られんとなったその時、伊之助の脳裏には走馬灯が走った。

 炭治郎や善逸、カンナ、真菰など自身がこれまでに出会った鬼殺隊の隊士たち、藤の花の家紋の家の主ひさ、そして。

 

『ごめんね、ごめんね伊之助』

 

 その顔こそ見えなかったが、自身の名を呼び涙を流す女の人。

 最早これまでかとそう伊之助が思った瞬間、突如その異形の鬼の腕は掴んでいた伊之助ごと地面へと堕とされた。

 

水の呼吸、肆ノ型 打ち潮

 

 朦朧する意識の中、伊之助が見たのは一人の男の手で、あの堅固な体を持った鬼の体が、細切れのごとく斬り落とされていく様であった。

 

 

 

「アハハハハ! ここまでよく頑張ったってところだけど、さすがにもう限界みたいだね!」

 

「ハァ……ハァ……くっ!」

 

 一方、真菰の方も少年の鬼と熾烈な戦いを展開していた。

 伊之助とはぐれた時は流石にあせりはしたが、同時に戦っていた大柄の異形の鬼の姿も見えなくなったことで、真菰はどうにか自身の長所である身軽さを生かし、少年鬼の放つ糸の刃を避けながらも、頸を刎ねようとその機を窺っていた。

 しかし、すでに真菰も体中に躱しきれず受けてしまった糸によって付けられた切創や避ける際に地面などを滑ったときについた擦過傷などが目立ち、疲労も相当にたまっていた。

 

「これで終わりだよ!」

 

血鬼術、綾ノ目波状ノ絃

 

 少年鬼はトドメにと、真菰に対し網目状になった糸の刃を放つ。

 

(あぁ、これは避けられないなぁ)

 

 その糸の刃は縦横一杯に張り巡らされ、上にも左右どちらにも逃げ場などなかった。

 完全に逃げ場のない攻撃を前に、真菰は自分の死を悟る。

 だが次の瞬間、その網目状の巨大な糸は瞬く間にバラバラに切り裂かれた。

 

「えっ!?」

 

「な、なんだと……糸が!?」

 

 直後、特徴的な半々羽織をはためかせながら、一人の長髪の男が真菰の前に降り立った。

 その男はつい今しがた伊之助と対峙していた異形の鬼を斬った男であった。

 

「俺が来るまで、よく堪えた。後は任せろ、真菰」

 

「……少し、遅いよ……義勇」

 

 その男は、水柱、冨岡義勇であった。

 真菰は義勇の顔を見ると、安心したのか気が抜けてへたりと地面に座り込んだ。

 

「鬼狩り……新手……だけど、何人来たところで!!」

 

血鬼術、波紋ノ絃・連

 

 少年鬼は義勇へと新たな糸の刃を放つ、だが。

 

水の呼吸、拾壱ノ型……

 

 

 その糸はいずれも義勇の下へと到達する前に、全て断ち切られてしまった。

 

「えっ!? そんな、糸が……」

 

 そして、少年鬼が再び義勇のその姿を捉えた時には既に、その少年鬼の頸は胴と泣き別れとなり地面に墜とされていたのだった。

 

 義勇が使ったのは水の呼吸の拾壱ノ型であった。

 本来水の呼吸は拾までしか型がない。だが義勇は自ら新たな型として、この拾壱ノ型を編み出した。

 無風状態で一切揺れ動かない海の如く、義勇の間合いに入った全ての術は無へと変わり、一瞬のうちに鬼の頸を斬る。

 それが拾壱ノ型、凪であった。

 

「遅いよ、義勇」

 

「これでも急いできた方だ……無事か?」

 

 義勇はそう言い披露で座り込んだままの真菰に手を貸してやる。

 普段から口下手で言葉足らずなこの冨岡義勇という男だが、同門の弟子に対しての面倒見は実は意外といい方だ。

 真菰は義勇の手を取り何とか立ち上がった。

 

「うん、平気……そうだ義勇、ここに来る前に伊之助に会わなかった?」

 

「伊之助?」

 

 ふと真菰は伊之助の事を思い出し義勇に問うた。

 義勇は最初、伊之助という隊士の事が分らず首をかしげたが、即座に真菰が伊之助の特徴を話し。

 

「頭に猪の被り物を被った、半裸の男の子だよ。あと刃こぼれしてる2本の日輪刀を持ってる」

 

「あぁ……」

 

 義勇もその隊士に心当たりがあったので。

 

「樹に吊るしてある……」

 

 と、それだけ答えた。

 なおそれを聞いた真菰はというと。

 

「義勇、ちゃんと話をするのなら主語、述語はキチンと一言一句ちゃんと話さないと伝わらないよ? 私なら兎も角しのぶとかカンナだとそんな言葉足らずなことしたらまず、刺されるか凍らせられるかだから、気をつけてね」

 

「…………」

 

 ものすごく怖い笑顔で義勇にそう、キッチリ警告したのであった。

 

 

 

 一方炭治郎、カンナと下弦の伍、累との戦いは依然として続いていた。

 最初、お前たちの絆は紛い物だと豪語した2人であったが、やはり下弦とはいえ相手は十二鬼月、炭治郎は元よりカンナにとっても極めて強大な相手、戦いは早々に劣勢に追い込まれた。

 

「本当、人間って口ばかりだね。そっちの女の方の隊士はそこそこやるようだけど、お前はそのくらいなんだ」

 

「くっ!」

 

 カンナこそ体に負った傷は左頬に腕などの僅かな切創くらいであるが、炭治郎はそのカンナの倍以上の傷をすでに負っていた。

 

「お前たちは楽には殺さないよ。うんとずたずたにした後刻んでやる。けど、さっき言った言葉を取り消すのなら一息で殺してやるよ」

 

「冗談を!」

 

 いくら十二鬼月とはいえ、あまりにも舐めた態度にカンナは再び怒りをあらわとし、炭治郎も。

 

「取り消さない! 俺とカンナさんが言ったことは間違っていない! 可笑しいのはお前だ!!」

 

 そう累に強く叫んだ。

 

「間違ってるのはお前だ!!」

 

 炭治郎はそう叫ぶと累へと向かって行く。累も反撃にと糸の刃を炭治郎に向けて放つが、炭治郎はそれに怯んで足を止めたりはしない。

 森に満ちた刺激臭が和らぎ、炭治郎の鼻の感覚が戻りつつあったのだ。そのおかげで最初の時よりもずっと、累の放つ糸を躱せるようになっていた。

 

(こいつ、思った以上に頭が回るいや、それ以外の何か、別の感覚で糸を掻い潜ってる!?)

 

 だが、累は余裕の表情を崩さない。更なる糸を炭治郎に向けて放つ。

 

水の呼吸、壱ノ型 水面斬り

 

 炭治郎は自身めがけて飛んでくる糸を斬ろうと技を放つが。

 

「ッ!?」

 

 なんと、炭治郎が糸を斬るために振るった刀は、その糸の強度に負けてポッキリと折れてしまったのだ。

 

「炭治郎!!」

 

雪の呼吸、壱ノ型 粉雪

 

 それを見たカンナが即座に炭治郎の前に入り、雪の呼吸の壱ノ型で炭治郎に迫る糸を切り裂いたが、それでもすべては買わせずにいくつかが炭治郎の顔面を掠めてしまう。

 

「がぁ!」

 

「カンナさん!」

 

 だが、炭治郎よりもカンナの方がひどかった。

 先ほど炭治郎をかばうために累との距離を詰めた結果、炭治郎に向けて放たれた糸の多くをその身で受けてしまったのだ。

 炭治郎が負ったのは顔への切創1つくらいであったがカンナはその顔に3本、腕、足に合計7か所の切創を負ってしまった。

 

(くそ! 俺が、俺が未熟だったせいだ。刀が折れた……しかも俺を庇うためにカンナさんが怪我をした! すみません、すみません!)

 

「心の中で誤ってる暇があるのなら、すぐに刀を拾って戦いなさい!」

 

「ッ!」

 

 炭治郎の心を後悔の念が埋め尽くすが、即座に聞こえたカンナの叱咤で炭治郎は我に返った。

 

(そうだ! まだ戦いは終わってない、俺はまだ生きてる!! だったらまだ、あきらめちゃいけないんだ!!)

 

 炭治郎は折れたとはいえ、まだわずかに歯を残している自身の日輪刀を拾い、再び累へと向かう。だが、累もその炭治郎めがけ再び糸を放ち攻撃をかける。

 

(ダメだ、よけきれない!)

 

 累の猛攻は炭治郎の対応速度を超えていた。複数の糸が容赦なく炭治郎へと襲い掛かろうとしたその時。

 

「ッ!? 禰豆子!!」

 

 炭治郎の背負う箱から禰豆子が、炭治郎の前へと飛び出し、代りに糸の猛攻を受けたのだった。

 炭治郎は慌てて禰豆子のその身を抱きかかえ累との距離を取る。

 

「禰豆子……炭治郎を庇って」

 

「禰豆子、禰豆子!! 兄ちゃんを庇って、ごめんな」

 

 炭治郎はそう必死に禰豆子に謝罪する。

 

(あの子供の背負ってる箱から女の子が!?)

 

(でも、あの子、気配が人じゃない、鬼だわ!)

 

 その2人を機の陰から2人の少女鬼が驚いた様子で見つめ。

 

「お前……それ……兄妹か……」

 

「だったらどうした!?」

 

 一方の累は、震えた手で禰豆子を指さし炭治郎にそう問うていた。

 

「兄妹……兄妹……妹は鬼になってる……なのに一緒にいる……妹は兄を庇った……身を挺して……」

 

 わなわなと振るえながらも累はそう静かに、一つ一つ言葉を紡いでいく。

 

「る……累!?」

 

「…………」

 

 そんな累を少女の鬼は震えながらそう口にしながら見つめ、もう片方の少女の鬼は冷めたような視線を彼とその少女の鬼の両方に送っていた。

 

「本物の絆だ、欲しい!」

 

 累の叫びが森の中を木霊する。

 

つづく




雪華こそこそ話
カンナの鴉の名前は斎潔(ゆきよし)、斎潔とは雪の語源とされる言葉の1つ。元はカンナの姉の鴉だった。
なおカンナの本来の鴉はカンナが初任務の時に負傷して引退している。冨岡の鴉に負けず劣らずのおじいちゃんだったのだが、冨岡の鴉、寛三郎と比べるとキチンとした鴉でカンナを相棒以上に、孫のように大切にしてる良い鴉であった。


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第13話 ヒノカミとセッカ

長かった那田蜘蛛山編もこれにて一区切りです。

カンナ込みなので展開が原作から結構変わっています。

それではどうぞ。


 まるで、幼子の我儘だ。

 最初にあの鬼の言葉を聞いた、私の感想はそういうモノであった。鬼となった人間は、食人衝動に駆られるのみならず、人間であった頃にあった理性よりも心の奥底にある欲望、それに対する歯止めが利かなくなるきらいがある。

 あの鬼もその類なのは明らかだった。しかも外見から察するにまだ親の庇護下にいるべき子供の頃に鬼になったがために、世間知らずな上自分自身の欲への歯止めがなおの事利かないのだ。

 普通、大人の鬼ならばまだ身の振り方を考えるモノだ。だがあの鬼は自分の欲しいモノには素直な一方、気に入らないことにはとことん気に入らないようで、自分の思い通りにならないことをとことん嫌う。

 それはこの鬼の放つ言葉の数々で容易に推察できた。

 

「ちょっと……ちょっと待ってよ、私が姉さんよ、姉さんを捨てないで!」

 

「うるさい黙れ!」

 

 あの鬼が自身の手を横に凪ぐと、少女の鬼の頸がコトンと墜ち、その余波に巻き込まれた森の樹々が一斉に斬り倒された。

 

「結局、お前たちは自分の役割をこなせなかった。いつも……どんな時も」

 

「待って……挽回させ――」

 

「あの子が……本物の絆っていうのが、貴方の一番欲しいモノなの? 累」

 

 あの累という鬼と少女の鬼の会話に、も1体の少女の鬼が割り込んだ。累という鬼に頸を墜とされた少女は猶も青褪めた顔で懇願するような言葉を吐き続けるが、もう1体の方はものすごく冷たい表情をしていた。

 

「あぁ……僕は、あれを見て心底感動したんだよ。彼らの絆……体が震えた。この感動を表す言葉は、きっとこの世にないと思う」

 

 そんな少女の鬼に、あの累という鬼はそう語っている。

 その言葉を全て聞いた後、もう1体の少女の鬼は深い溜息を吐いたのち。

 

「そう……それじゃ、ただのごっこ遊びの役者に過ぎなかった私たちは、もう用済みってことでいいかしら?」

 

 そう冷たく言い放った。

 

「ああ……もういらないよ、お前たちはさ……自分たちだけで生きていくことができるっていうのなら、好きにしたらいい。もう止めたりしないから、どこにでも行くといいよ」

 

「そう、それじゃそうさせてもらうわ」

 

「ちょっと……なに勝手に決めてるのよ……ねえ、私は!」

 

「ああもう、五月蠅いなぁ、早くどっかに行ってよ」

 

 累のその言葉を聞くと、もう1体の少女の鬼は先ほど頸を墜とされた方の少女の鬼の頭と体をそれぞれの手に抱えてその場から走り去ってしまった。

 私はどうにか追おうと立ち上がろうとするも、先ほど負った怪我が痛んで思うようには力を出せなかった。

 

「さっき言ったとおりだ。坊や、話をしないか」

 

「断る!」

 

 2体の少女の鬼がこの場から完全にいなくなったところで、累という鬼が炭治郎にそう話しかけていた。最も、炭治郎は先ほどの少女の鬼たちとの会話から累の話の内容が何なのかはすでに分かっており、即答でそう答えたのだが。

 

「そう、でも君たちはこのままじゃ死ぬしかない。でも唯一それを回避する方法がある。君の妹を僕に頂戴。大人しく渡せば命だけは助けてあげるよ」

 

「断る!」

 

 なおも諦めずに炭治郎にそう提案する累。最も炭治郎の答えも変わるはずがない。

 

「ふざけるのも大概にしろ! 口を開けば家族の絆だと言うくせに、やってることと言ったらその真逆だ! 本人たちの意思は全部無視して、恐怖で縛り付けて自分の思い通りにしようとして、気に入らなければ平気で傷つけて。しかも、いらなくなったら平気で捨てる……ふざけるな!! そんなものが家族の絆なわけないだろ!! 禰豆子は物じゃない、自分の意思も思いもあるんだ!! 禰豆子は渡さない、渡すものか!!」

 

 私は炭治郎の言葉に強く頷いた。

 炭治郎の言う通りだ。あの鬼がこれまで、他の鬼たちと築き上げたモノは到底、家族の絆などとは、いや最早絆などと言えるモノでは到底ない、ただの恐怖による支配、従属だ。

 だから、あんなにあっさり他の鬼たちはアイツを置いて逃げたのだ。アイツの、累の言う通りの絆があったのならそうアイツが言った所でこの場に残り、あの鬼と共に戦うことを選んだだろう。

 だがそうしなかった時点で、もうあの鬼の言う絆とやらは最初から無いのだと証明された。

 

「そう……それじゃいいよ、殺して奪うから」

 

「俺がその前にお前の頸を墜とす!」

 

「威勢がいいね、できるならやってごらん」

 

『十二鬼月の僕に勝てるならね』

 

 そう言って再び炭治郎が累に対し刀を構える。私もどうにか立ち上がり、刀を構えなおした。

 相手は腐っても十二鬼月。だがここで負けるなんて考えは、私も炭治郎にもありはしない。

 あんな馬鹿なガキに、誰が負けてなどやるものか。

 

 

 

 十二鬼月、そう呼ばれる鬼の力は極めて強大だ。上弦は言わずもがな、下弦でも一般の鬼殺隊士が相手にするには荷が重い相手だ。

 この下弦の伍、累もまたそんな十二鬼月の1体。当然そんじょそこらの雑魚鬼など比較にならないほどに多彩な血鬼術を持ちその力も極めて大きい。

 〝お前の頸を墜とす〟そう豪語したはいいが炭治郎にとってやはり、十二鬼月である累は相手にするには荷が勝ちすぎる相手だ。

 すでに炭治郎の日輪刀は折られ、そも身にはいくつもの傷が付けられ、疲労も相当溜まっている。

 

 だが、それでも炭治郎は諦めてはいなかった。

 ここで負ければ禰豆子はあの鬼にいいように利用されるだけだ。幼子の我儘の如く自身の妹をよこせと言ったあの鬼、そんな鬼に負けるなど、炭治郎にとってあっていいはずがなかった。

 炭治郎は起死回生の思いを込めて、水の呼吸の最後の型を繰り出す。

 

水の呼吸、拾ノ型 生生流転

 

 一撃、二撃、三撃、四撃と回転しうねる龍の如きこの技は、その回転を重ねるごとにその威力を増す。

 すさまじい硬度を誇る累の糸だったが、その技の四撃目でついに炭治郎は切り裂くことができた。

 

「ねえ、糸の強度はこれが限界だと思ってる?」

 

血鬼術、刻糸牢

 

 だが、累の攻撃はまだ終わってはいなかった。炭治郎の眼前には正しく蜘蛛の巣の如き血濡れの糸が広がる。

 〝ダメだ、この糸は切れない〟一瞬、炭治郎は本当に死を覚悟した。この糸によって自身は文字通り細切れにされるのだと。

 だが、その糸が炭治郎を細かに刻まんとしたとき、突如、その糸は炭治郎の目の前で凍結し、砕け散った。

 

「なに!?」

 

 あまりに一瞬であったため、炭治郎もそして累も何が起きたのか、その瞬間は分からなかった。炭治郎が次に見たのは、累の懐に入ったカンナの姿であった。

 

雪の呼吸、漆ノ型 雪華ノ乙女

 

 カンナが繰り出したのは雪の呼吸の漆ノ型。壱から陸までしかない雪の呼吸の型。この型はカンナ自身が生み出した、カンナだけの型であった。

 瞬く間に放たれる6連撃の斬撃、1つの斬撃が振るわれるたびに、カンナの周りを雪の結晶が煌びやかに舞う。その技を繰り出すカンナの姿は、恰も舞を舞ってる雪の精霊、そう見間違うか如く美しいモノであった。

 

「がぁ! バカな、体が凍る……!」

 

 だが、それでも累を完全には御することはできず、反撃に放たれた最硬度の糸がカンナに一斉に襲い掛かる。

 

「カンナさん!」

 

 炭治郎がカンナの名を叫ぶが、カンナはピクリとも動かない。炭治郎はすぐさま、匂いでカンナの状態を知った。

 そう、この時カンナは完全に意識を失っていたのだ。今の技、雪華ノ乙女はカンナのその身にも相当な負荷をかける技だったのだ。その技を怪我と疲労がたまった状態で咄嗟の判断で放ったが故にカンナの肉体はその反動を諸に受け意識を奪われ身動きを取ることができなくなったのだ。

 このままでは確実にカンナの命が奪われる。

 

(どうすればいい! どうすれば、カンナさんを!!)

 

『呼吸だ……』

 

 ふと、考えを巡らせていた炭治郎の脳裏に、今はなき彼の父の言葉が蘇る。

 

『炭治郎……息を整えて、ヒノカミ様になりきるんだ』

 

 瞬間、炭治郎が繰り出したのは。

 

ヒノカミ神楽、円舞

 

 水の呼吸とは違う、正体不明の技であった。

 その威力たるや、水の呼吸の最後の型、生生流転を軽く上回り、累の放った糸を容易く断ち切った。

 

「炭治郎!?」

 

 炭治郎が糸を斬るとともにカンナは気がついた。

 

(よかった、カンナさんの意識が戻った。だが、ここで止まるわけにはいかない! 水の呼吸からヒノカミ神楽の呼吸に無理やり切り替えたんだ! その跳ね返りが来る!! やるなら今しかない!!)

 

 だが、炭治郎はまだ止まらない否、止まれなかった。呼吸を途中で無理やり変えた以上、今動きを止めれば炭治郎のその身にはその事での反動が確実に襲う。そうなれば炭治郎はかなりの時間動けなくなる。カンナも今の技でフラフラな状況だ。

 累の方もまだ終わりではないと更なる糸を放つ。だが、それを知っても炭治郎は止まらない。炭治郎は最早相打ちとなってでも、相手の頸を刎ねるつもりでいた。

 炭治郎のその身を累の放った糸が今まさに、その命を奪わんと襲い掛かったその時、禰豆子が再び炭治郎の前に立ちはだかり、その糸から炭治郎を庇う。

 

「禰豆子!」

 

「君は……また……」

 

 炭治郎を庇ったことでその身は再び血濡れとなる禰豆子だったが、次の瞬間。

 

血鬼術、爆血

 

 禰豆子を刻んだ糸が激しく燃え上がった。それだけでなくその炎は糸を伝わり累のその身すらも焼いていく。

 

「今だ!」

 

 その瞬間、累の間合いに炭治郎が入り。

 

「俺と禰豆子の絆は、誰にも引き裂けない!!」

 

 彼の頸を刎ね飛ばした。

 

(そんな、嘘だ……僕が……十二鬼月の僕が……こんな奴らに頸を……)

 

 累の心が最初に感じ取ったのは屈辱であった。十二鬼月にまでなった自分の頸が、こんな弱小な隊士の手で刎ねられたという許しがたい屈辱。

 

(これが……本物の絆……家族の絆)

 

 だが、次に感じたのは。それとは全く異なる感情であった。

 

(僕が……本当に欲しかったのは……)

 

―――――

―――

 

 

 下弦の伍、累は人間だったころは極めて病弱な少年だった。ある雪の日、他の子どもたちが元気に雪遊びをしているところを見た累は、自分も一緒に遊びたいとその下へ向かおうと1歩を踏み出したのだが、即座に足が縺れてその場で倒れ伏してしまったのだ。

 しかも、その拍子に自身が患う病の発作まで現れてしまい、結局それはかなわなかった。

 

 なんで自分はこうまで体が弱いんだろう。なんで自分は他の子どものように遊ぶことができないのだろう。

 累はずっと孤独だった。それ以上に悲しくて悔しかった。自分の体が弱いために、他の子どものように元気じゃないために両親には負担をかけ、心配させてばかりだった。

 

 だが、そんな累に転機となる出来事が舞い降りた。

 

『可哀そうに、私が救ってあげよう』

 

 鬼舞辻無惨、彼との出会いであった。彼に血を与えられた累は、鬼となり強靭な体を手に入れた。日の光に当たれないこと、人を喰わねば生きていけないこと、それらは累にとっては些細な事だった。

 強い体を手に入れられたこと、これまで出来なかったことができるようになったことが誇らしくて、嬉しかったのだ。

 

 だが、彼の両親はそのことを喜びはしなかった。

 そして――。

 

『なんてことをしたんだ、累!』

 

 ある日、累が人を喰っているところを彼の両親が見てしまった。

 母は泣き、父は涙で濡れた顔で、累に包丁を向けた。

 

『大丈夫だ、累……一緒に死んでやるから』

 

 咄嗟だった。累はただ、死にたくないという本能から、両親を殺めた。

 

『すべては、お前を受け入れなかった両親が悪いのだ。己の強さを誇れ』

 

 無惨は、放心する累にそう優しく、だが同時に甘く囁いた。

 

 ―――違う、僕はずっと、そう思い込んできただけだ、そう思わなければ気が狂いそうで仕方がなかったから。

 

 今際の際となってやっと、累は思い出したのだ。

 自分の心の奥底に閉じ込めていた真実を、自分が本当に欲していたものは何かを、自分がしたかったことはなんだったのかを。

 

「…………」

 

 崩れ始めた累の体、鬼が消えていく、その時に発する肺のような匂い、その中から炭治郎は彼が抱いた悲しみとそして、後悔の念を感じ取った。

 気が付くと炭治郎は彼の、累の体をまるであやすかのように撫でていた。

 

(暖かい……陽の光のような優しい手……そうだ、僕は……)

 

 そんな炭治郎の姿を首だけとなった累は静かに見つめていた。そして、その温もりは累の、なくしていた記憶の全てを思い出させた。

 

(僕はただ、謝りたかったんだ……)

 

 あの日、累は自らの手で家族との絆を断ち切ってしまったのだ。両親は、最後の最後まで自分を愛してくれていた。

 自分が犯した罪もその全てを背負って、共に死のうとしてくれていたのに。本物の絆、欲してやまなかった家族との絆を累はずっと持っていたのに。

 

「山ほど人を殺したんだ……僕は父さんと母さんと同じところには……いけないよね……僕は、地獄に行くよね……」

 

 累がそう静かに呟いた、その時だった。

 

『行くよ、地獄でも』

 

「ッ!?」

 

 累の耳に、忘れてしまったはずの、懐かしくて優しい声が響いた。

 

 

 

 累は、いつの間にか真っ白な世界で一人しゃがみ込んでいた。そんな累の側には、自分がその手で殺めてしまったはずの父と母が、優しげな顔で自分の肩に手を添えていた。

 

「父さんと母さんは、累と同じところに行くよ」

 

「ごめんね、累、貴方にそんな悲しい罪を背負わせてしまって……丈夫に生んであげられなくて」

 

「父さん……母さん……違う、違うよ! 父さんも母さんも悪くない、悪いのは全部僕だ、僕が悪かったんだ! ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 累は、両親に抱えられて大声で泣いて、そして謝った。

 

 やがて彼ら3人のその身を劫火が包み込む、だが、3人はそうなってもいつまでも互いを抱き合ったまま、決して離さなかった。

 

 

 

 

 

「終わった……斃した……」

 

 戦いが終わり、カンナはへなへなとその場に座り込んだ体に負った傷も多く、疲労も困憊であった。そんな中、炭治郎は独り言のように静かに、既にはいとなって消えてしまった累の着物に触れながら呟いた。

 

「カンナさん……鬼って、何なんですか……」

 

「炭治郎?」

 

「人を喰らう……醜い生き物ですか? ……違う、鬼は……辛くて、虚しくて……悲しい生き物だ」

 

 カンナにとって、鬼殺隊にいる多くに人にとって、鬼は憎むべき存在だ。醜く受け入れがたい化け物だ。

 誰もが鬼に大切な人を殺された。カンナは両親とそして姉を奪われた。炭治郎だって、たった一人、鬼に変えられた妹以外の家族を全て殺された。

 

「俺は……人を喰らった鬼を……殺された人々の無念を晴らすためなら、俺は躊躇わずに刃を振るいます。これ以上に被害を増やさないために、これ以上の悲しみを増やさないために……けれど、でも! ……鬼は、みんな元は人間だったんだ……鬼は……人間なんだ……」

 

 だが、カンナはその炭治郎の言葉に、何も答えることはできなかった。

 

 

 

 鬼が人を喰らう、だから自分たちはその鬼を滅するために刃を振るう、だが、その鬼が元は人間なら、鬼を斬る自分たち鬼殺の隊士たちもまた、本当なら地獄に堕ちるべき者たちなのではないのだろうか。

 

 その問いに応えられる者は果たしているのだろうか。

 

 少なくとも、炭治郎とカンナの2人にとって、答えることのできない問いであった。

 

つづく




カンナの放った漆ノ型、当初は白魔ノ吹雪という名で考えていましたが、一考した結果本作のサブタイトルの雪華ノ乙女へと変更いたしました。

雪華こそこそ話

カンナの好物は豆大福だ。
豆大福を見るとものすごく目をキラキラさせて、リスみたいに口一杯にほうばるぞ!

カンナ:そんな情報いります!?


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第14話 蝶屋敷での日々

柱合裁判すっ飛ばして蝶屋敷編になります。

今回、すこーし不死川さんなど一部に対して辛口です。

不死川さん好きの方は若干閲覧注意でお願いしますm(__)m


 私が目を開けると、最初に飛び込んできたのは最早馴染みのある場所、隊士たちがその身に負った傷を癒すための場所、蝶屋敷の天井であった。

 

「私……なんで……」

 

「よかった、目が覚めたのね!」

 

「カナエ……さん……?」

 

 次に目に入ったのは、元花柱でこの蝶屋敷の主、胡蝶カナエの目一杯に涙を浮かべ、自身を心配そうにのぞき込む顔であった。

 

「カンナちゃん、3日も眠ってたのよ。心配したんだから」

 

「3日……ハッ!」

 

 カナエさんの言葉で私は、あの那田蜘蛛山で十二鬼月の1体、下弦の伍の累を斃した後の事を思い出した。

 

―――――

―――

 

 下弦の伍、累を斃した後、炭治郎はその身に水の呼吸からヒノカミ神楽の呼吸に無理やり切り替えたことによる反動でその場に倒れ伏してしまった。

 

(くっ、体が思うように動かない、呼吸を乱発しすぎたせいだ……家に伝わる神楽で、なぜ技が出せたのかはわからないけど……でもそのおかげで勝てた、だけどまだ……戦いは終わっては……伊之助を助けないと……)

 

「炭治郎!」

 

 その炭治郎にカンナは慌てて駆け寄るが。

 

「あっ!」

 

「カンナさん!?」

 

 カンナも脚を縺らせて倒れてしまう。カンナも先に漆ノ型を使った反動が容赦なくその体を襲っていたのだ。

 

「くっ! 落ち着いて……呼吸を使って……少しでも疲労を……」

 

 それでもどうにか立ち上がろうと、自身の呼吸を整え少しでも疲労を緩和しようと試みるも、すぐさま地面にへたり込んでしまう。

 

(くっ、漆ノ型を使った反動が、これほどまで私を阻むなんて……こんなんじゃ、全然大師範にも師範にも、姉さんにだって追いつけや……しない……こんなんじゃアイツを……姉さんを殺した鬼なんて、倒せやしないじゃない!)

 

 疲労で蹲るカンナの脳裏には、死ぬ間際の姉の姿が浮かんだ。

 

『カンナ……』

 

『お姉ちゃん! お姉ちゃんしっかりして!』

 

 カンナの腕の中で、どんどんと命の火が消えていく彼女の姉、つばき。カンナ自身既に分かっていた。つばきは、自身の姉はもう助からないのだということが。

 

『カンナ……私の最後のお願い……聞いてくれる……?』

 

『何でも聞く! なんでも聞くからお姉ちゃん……私を……一人にしないで……!』

 

 遺された力を振り絞って、つばきはカンナに告げた。自身の最後の望みを。

 

『鬼殺隊を……やめなさい……』

 

『お姉……ちゃん……?』

 

『カンナには、普通の人生を歩んでほしい……どこにでもいる……普通の女の子の人生を……好きな人に出会って……結婚して……子供を産んで……おばあちゃんになるまで……生きてほしいの』

 

 しかし、つばきの最後の望みは。

 

『いや……いくらお姉ちゃんの言葉でも、それは聞けない! 家族をみんな殺されて、それでそんな風に生きるなんてできるわけない! 言って、お姉ちゃん! 誰がお姉ちゃんをこんな目に合わせたのか!! お姉ちゃんをそんな風にした鬼は、誰なの!?』

 

 終ぞカンナには届かなかった。

 

『〝私たち〟を襲った鬼は……虹色の両方の瞳に……それぞれ〝上弦〟と〝弐〟と刻まれていたわ……白橡色の髪に頭から血を被ったかのような模様が描かれていた……』

 

『それって……まるで……』

 

『ええ、その姿は導磨君に……瓜二つ……でも、その気配は間違いなく、鬼そのものだった……』

 

 その言葉を最後に、つばきは事切れた。

 

 

 

(私の姉を殺した鬼……こんなんじゃ……〝上弦の弐〟には到底届かない……ふざけるな! 今日まで私は、死に物狂いで鍛錬してきたんだろ!? この程度で、動けなくなんてなるな!! 高々漆ノ型を使ったくらいで、下弦の伍との戦いくらいで……)

 

 カンナは、かつて自身が感じた悔しさと悲しさをバネに再び立ち上がろうと必死になるが、それでもまったく体に力が入っていかず、また地面に倒れ伏してしまう。

 

(なんで……どうして動いてくれないの!? 姉さんの想いを踏みにじった私への……罰だとでもいうの……ねぇ、なんで……なんで!)

 

 カンナの頬を涙が伝う。今日までカンナは文字通り血反吐を吐くほどの鍛錬を積んできた。全集中、常中すらも身に着けた、より多くの鬼を滅しても来た。

 陸ノ型までしかなかった雪の呼吸に、自分だけの漆ノ型を編み出した。

 それでもまだ全然、自分は死んだ姉にも自身の師範たち、柱にすら届かない。カンナは悔しかった。自分はまだこの程度なのだと思い知らされるのが本当につらかった。

 

(カンナさん……なんて、悲しい匂い……)

 

 そんなカンナの心情を、炭治郎は匂いで感じ取った。

 だが、カンナの心配をしている暇は炭治郎にはなかった。

 

「おやおや、大丈夫ですか~?」

 

 突如、炭治郎とカンナの間に割って入るように、恰も蝶が舞い降りたかのような静かさで、一人の小柄の女性が降り立った。

 

「全く、カンナさん無茶しすぎです」

 

「しのぶ……さん……?」

 

 その女性は、現鬼殺隊蟲柱、胡蝶しのぶであった。

 

「全く、まだ完全ではない漆ノ型を、そんな状態で無理やり使ったんですね。言ったはずですよ? 私も姉も無茶はしては駄目だと」

 

 しのぶからの指摘にカンナは押し黙る。

 

(全く……敵わないわよ……しのぶさんには)

 

 冷静になった頭で再度カンナは今回の戦いを思い返してみれば、さすがに今回は無茶をしたという自覚があったため、カンナには言い返す言葉がなかったのだ。

 

「そこの坊や、それとあなたが庇っているのは鬼ですね?」

 

「ハッ!」

 

 カンナとある程度言葉を交わした後、しのぶは今度は炭治郎の方を向いてそう静かに口にした。

 一方の炭治郎はしのぶの言葉にハッとなり。

 

「俺の、妹なんです!! 確かに鬼だけど、禰豆子は違います! いや、違わないか……けど!」

 

「あぁ~落ち着いて、落ち着いてくださ~い。深呼吸ですよ深呼吸、事情はある程度伺っていますから大丈夫です。採って喰いはしませんよ」

 

 慌てて事情を説明しようとするが、よほど慌てていたためかしどろもどろになりうまく言葉を紡げない。一方のしのぶはそんな炭治郎を落ち着かせるかのようにそう諭した。

 

「けれど竈門炭治郎君、貴方が行ってることは隊律違反になります。怪我が結構酷いようですが、貴方はこれから鬼殺隊の本部で、裁判を受けねばなりません。でも大丈夫です。御館様は貴方方の事を把握しておりますし、事前にカンナさんとあなたと同門の水柱、冨岡さんとあなたの師、鱗滝さんからの調査報告と陳情もありますから悪いようにはなりませんよ。まぁ、多少他の柱の方々からはお小言をもらうかもしれませんが、それは鬼を連れてることでの当然の結果だと思ってください」

 

「あ、はい」

 

 しのぶの説明に炭治郎はぽかんと言った顔になりただ粛々とその言葉に耳を傾けるだけであった。

 

「それでは、もうすぐ隠の方々もいらっしゃいますし、炭治郎君と妹さんは一度本部へ、カンナさんは……これでは同席は無理でしょうから蝶屋敷の方へ行ってくださいな。あ、それとこの山にいた鬼は、先ほど残る2体の鬼も退治して全滅しましたので、どうか安心してください」

 

 しのぶはそう言い残すとその場から姿を消し、しばらくするとしのぶの言ったとおり、鬼殺隊の後方支援部隊である隠がこの場にやって来て、炭治郎及びカンナを抱えて、炭治郎は一度鬼殺隊の本部へ、カンナは蝶屋敷に運ばれることとなったのだ。

 

―――――

―――

 

「それで……私は運ばれてる最中に気を失って、結果3日もこうして寝てたというわけですか」

 

「そうなるわね~」

 

 本当、まだまだ修行が足りないと私は自嘲気味にため息一つこぼしてそう言った。

 

「あ、でもちゃんと女の隠の人にカンナちゃんは運ばせたわ」

 

「ハァ……でもなぜ?」

 

「なぜって……どこの馬の骨とも分からない男(ヤロー)にカンナちゃんのきれいな肌を触らせるわけねぇだろって話だからよ~」

 

 今、いろいろ物騒なこと言ってなかったかこの人は。やっぱりあのしのぶさんのお姉さんだなと私はまた、今度は違う意味で溜息がこぼれた。

 一見ホンワカしてるようでその本質はやはり姉妹で、似てるところは似てるのだなと私は改めてこの胡蝶カナエという人物を見てそう思った。

 

 

 

 とにかく目を覚ました後、私はカナエさんが持ってきてくれた食事を一通り平らげる。食事の内容は基本、消化の良いお粥を中心として、所謂典型的な病院食だった。

 食事を終えた後、やはり私も怪我人、病人の類なので決められた用量の薬を飲む。

 

「うっ……」

 

 しかし、そこは薬、良薬口に苦しという言葉の通り、めちゃくちゃ苦かったが頑張って飲み干した。

 食事も薬の服用も終わった私はカナエさんに那田蜘蛛山での戦いの後の事を聞いた。私はあのあと3日も眠っていたこともあって、仔細の内容を把握していなかったので、できるなら知っておきたかったのだ。

 それ以上にあの後鬼殺隊の本部で裁判にかけられたという炭治郎、禰豆子の竈門兄妹の事が特に気になって仕方がなかった。しのぶさんは那田蜘蛛山で会ったときの炭治郎への言葉から、一応は事情を事前に把握していてくれてたようだったが、他の柱たちはその限りではないだろう。特に鬼を激しく憎む不死川さんや伊黒さん当たりは正しく、この鬼殺隊という組織それ自体が抱える悪癖其の物ともいえる人たちだ。簡単に竈門兄妹たちを受け入れるわけがない事は容易に想像がついた。

 そして、私の懸念は案の定出当たっていた。

 

「那田蜘蛛山での戦いの後、炭治郎君だったわね? それと禰豆子ちゃん……あの子たちの裁判が行われたんだけどね」

 

「大体は想像がつきます。おそらくはほとんどの柱たちは炭治郎及び禰豆子の処分を求めたのでしょう?」

 

「ええ」

 

 カナエさんは元は花柱とはいえ、今はそれを引退してるため直接裁判に顔を出してはおらず、あくまで現蟲柱である妹のしのぶさんからの伝聞だと前置きしたうえで炭治郎たちの裁判の仔細を教えてくれた。

 案の定ほとんどの柱たちは炭治郎と禰豆子の処分を求めていたらしい。炎柱の杏寿郎さんと音柱の宇随さん、岩柱の悲鳴嶼さん、拳柱の拍治さんは御館様の到着を待たずの処分を口にし、伊黒さんもそれに賛同、事情を知るしのぶさんと鋼柱の厳鉄さんは一応は炭治郎たちの弁護に回ってはいたが、それでも基本中立の立場を取り恋柱の甘露寺さんと、私の師範は御館様の到着を待つべきと主張したという。

 なお霞柱の時透君は興味なさげに空を見るばかりで会話に入らず、炭治郎と同門でしのぶさんと同じく事情を知るはずの水柱の冨岡さんは……そもそも役に立たないのは私も分かっていたので冨岡さんが何をしたかは聞かなかった。

 だが一番の問題児は他でもない。

 

「不死川さんは白洲の前に禰豆子ちゃんの入ってる箱を強引に隠の人から奪い取っちゃってね」

 

「まさか、刀で禰豆子ごとぶっ刺したとか……」

 

「その……まさかなのよ……」

 

 何やってんのよあの風柱はと私は一瞬、また昏倒しそうになった。

 

「ちなみに、他の柱の皆さんはそれを止めに入らなかったんですか?」

 

「しのぶはちょっと怒ってたらしいけどね~」

 

 分かってはいたが念のために聞いた私の問いにカナエさんは困ったようにそう答えた。

 つまり、柱の皆さんは誰も不死川さんの暴走を止めることがなかったということだ。私はそれを聞いて本当、不貞寝でもしてやろうかと思ってしまったくらいだった。

 私も決して人の事は言えない。そもそも炭治郎の妹の禰豆子を私も初対面の時には問答無用に頸を墜とそうとしたのだから。

 だが、私の場合はまだ鬼殺の範疇だし、そもそも基本的に鬼となった人間は自分の身内だろうと見境なく人を喰らうという習性がある。禰豆子のような例の方が本来は希有なのだから被害を出さないためにそうするのは半ば当然のことでもある。

 だが、今回炭治郎らを裁判にかけるという決定をそもそも下したのは誰であるのか、普通に考えれば柱にでもなっているのならばわかって然るべしだし、不死川さんのような行動が許されるのならそもそも裁判の意味すらない。

 本当は師範や甘露寺さんが言った通り御館様による白洲を黙って待つのが基本なのだ。だからこそ、杏寿郎さんも宇随さんも悲鳴嶼さん、拍治さんも最初こそ自分たちで処理すべしと口にこそしても、甘露寺さんの言葉の後は御館様を待つべきという考えに至り何もせずにいたのだろう。

 

「まぁ、不死川君は情熱的な子だし~」

 

「それで庇い立てする話じゃないですよ。隊律云々以前の問題ですそれは……」

 

 最も今回の件があまりに鬼殺隊という組織の想定を超えていたということもそうした杜撰な裁判の状況となってしまった原因だとは思うが、それでも一度、特に柱の皆さんは念入りに鬼殺隊の隊律、それ以上に常識というモノを勉強しなおすべきではないかとそう思ってしまうほど、今回の炭治郎らの裁判の話は頭を抱える事ばかりであった。

 

「それで、結果はどうなったんですか?」

 

「一応御館様の計らいで、炭治郎君と禰豆子ちゃんの事は鬼殺隊の公認となったわ。カンナちゃんも、そのことに一口噛んでいたのよね?」

 

「ええまぁ、あと真菰さんもですね。そうでなかったら全くの骨折り損でしたよ」

 

 とはいえ、私が先に御館様の密命により調査した禰豆子の仔細報告が裁判では取り上げられ、一応は禰豆子の件は御館様自ら公認ということとなったらしいので安堵した。

 加えて炭治郎の師の鱗滝さん及び冨岡さんが事前に炭治郎の件で御館様に陳情も出してたらしくそれらも踏まえてとのことだったとも言う。なお、不死川さんはそれでも受け入れがたく、自らの手で鬼の醜悪さを証明してやると息巻いたらしいが、私の調査報告書が出た時点で赤っ恥をかく形になってしまったようで、以後は素直に引き下がったとのことだ。

 

「それで、裁判後は炭治郎たちもここに?」

 

「ええ、怪我がひどかったしね、しのぶの判断で」

 

「そうですか……」

 

「なんなら、会いに行く?」

 

 カナエさんがそういった直後。

 

まずいモノはまずいんだよ!! クッソ苦いの! クッソ辛いのコレ飲むの!!

 

善逸、いいから静かにしてくれ! 他の隊士の人に迷惑だろ!?

 

ゴメンネ……弱クッテ……

 

伊之助! お前は頑張ったって! 自信を持て!

 

 きわめて元気そうな3人の声が聞こえて。

 

「いえ、今は遠慮しときます。極めて元気そうですから」

 

「そう……わかったわ……」

 

 カナエさんが引くくらいのものすごく怖い笑顔で私はカナエさんからの申し出を断ったのだった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくはカンナも先に蝶屋敷に運ばれた炭治郎たちと同じく療養の日々を送ることとなった。なお、カンナにとってはろくに体を動かすことのできない療養の日々は退屈極まりないモノであったが。

 

「カンナ、よかった、元気そうで」

 

 お見舞いに来る真菰や色々と愚痴を言いに来るしのぶなどの友人たちのおかげで幾分かそれらは和らげられていた。

 そんな中でしのぶは先の炭治郎らの裁判の後に行われた柱合会議で上がった議題に関してカンナに話したのであった。

 

「そうですか、やはり……」

 

「はい、先の那田蜘蛛山での仔細報告を聞く限り、隊士の質が相当に落ちているのが決定的になりました。柱合会議の議題はそれが中心で」

 

「それで、あの人……村田さんって言いましたね? その方も仔細報告に呼ばれたと」

 

 カンナは自身の病室の外の廊下をとぼとぼと歩く男性隊士を指さしそう言った。

 

「はい、まぁ……不死川さん曰く、育手の目が節穴なのではとか、拍治さん曰くまともに育手が隊士を育てられていないのではないのかとか、まぁ村田さんにあれやこれや詰め寄るのは違うとは思いますけど会議の場でもそういう声は上がりましたから、それで結構村田さんは揉まれちゃったみたいで」

 

 まぁ、それはそうだなと前半部分はカンナはしのぶの言葉に同意したが、後半はむしろ不死川と拍治の言葉の方に同意を示した。

 

「まぁ、村田さんを責めるのは違うと思いますけど、隊士の質が落ちてる件に関しては不死川さん、拍治さん両方の意見に賛成ですね。実際先の最終戦別、20人近くが参加していたにもかかわらず、突破できたのはその5分の1……元から狭き門とはいえ、あまりにも結果を見る限り酷いモノです。それにそれ以前に選別を突破した隊士ですらも伝え聞く話では全集中の呼吸すらまともに使えない者が多いと聞きますよ?」

 

 カンナの言葉にはしのぶも同意せざるを得なかった。それ以上にこれらの問題はそもそも鬼殺隊という組織、それ自体が抱える根本の問題も絡むものであった。

 鬼という人智を超えた存在と戦う以上に、鬼殺隊は飽くまでも産屋敷という一つの家の財と権威を基に成り立った政府非公認の組織だ。それゆえに人材の確保が容易には行えず、しかも折角確保できた人材すらその多くは鬼との戦いでほとんど失われることが常だ。柱ですらほとんど鬼との戦いの中で殉職してしまうくらいである。

 それゆえに後進を育成でき且つ、育手上げられるだけの人間というモノがそもそも育ちづらい状況にある。

 

「鋼柱様は、この事態を打開するためにも政府に働きかけを行い、鬼殺隊を政府公認の組織に召し上げ、継続的に人材を確保できるようにすべきではと提案なされましたが」

 

「御館様は難色を示されたと……」

 

「はい……」

 

 この事態を打開したいのなら、この国の政府に働きかけ、鬼の実態を説明したうえで政府公認の組織に鬼殺隊を召し上げ、様々な関係機関などから人材を融通してもらうのが最も有効な手だ。カンナも鋼柱である厳鉄の提案は実に利にかなっていると舌を巻いたが、御館様こと産屋敷耀哉はそれにはなぜか難色を示しているとしのぶは口にする。

 

「まぁ、鬼の存在を政府が受け入れてくれる保証がないから、御館様が難色を示されるのは無理ありませんが」

 

「しのぶさん、でも政府に鬼の存在を認めさせるなんて容易なことではありませんか? 我々鬼殺隊の護衛を付け、安全を最大限に配慮したうえで最終戦別の行われる藤襲山を案内させればそれで済むはずです。御館様が難色を示されたのは、それとは別の理由があるのでは?」

 

「かもしれませんが……」

 

 ともかく、御館様が鋼柱の提案を受け入れられない以上は、他の方法でどうにかする他はないが他に有効な手が思い浮かぶはずもなく、結局先の柱合会議でも結論は出ないまま棚上げになったと最後にしのぶはカンナに語りその日はカンナの下を後にした。

 

 

 

 それからさらに月日は経ち、カンナや炭治郎らの体力が戻り始め、いよいよここ蝶屋敷での療養生活の終局、〝機能回復訓練〟の時がやってきたのであった。

 

つづく



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番外編 柱合裁判編

本編で飛ばした炭治郎、禰豆子の柱合裁判、雪華ノ乙女バージョンです。
なお、本作では炭治郎は拘束されてはなく、柱たちも原作同様炭治郎、禰豆子の処分を口にしますが、少しだけ柔らかな感じになっています(一部除き)。


那谷蜘蛛山での戦いが終わった後、ちょい屋敷へと運ばれていったカンナとは異なり、炭治郎は炭治郎で現鬼殺隊蟲柱、胡蝶しのぶに連れられる形で鬼殺隊本部へと向かっていた。

 炭治郎は自分で歩く旨を主張したが、しのぶは怪我がひどいことに加え隊律違反を犯した当人であることを理由にそれを拒否し、今炭治郎は隠の1人に背負わされている。

 そして程なくして、ひときわ大きなお屋敷の前に到着し、そこでようやく炭治郎は降ろされた。

 

「こっちですよ、竈門炭治郎君」

 

「はい……」

 

 正直なところ、炭治郎は気が重かった。

 自分が鬼殺隊の隊律に違反していることは承知の上であった。いくら身内とはいえ、鬼を狩るべき鬼殺の剣士が鬼を連れているなど本来あってはならないことなのだ。

 場合によっては自分は鬼殺隊をやめなくてはならない、そうでなくとも厳しい処罰が下される、場合によっては自分も禰豆子も。

 炭治郎がそう考えながらもしのぶの後をついて行くと、広い日本庭園風の中庭に到着した。

 

「ここが裁判の場です。そして、今あなたの目の前にいるのはこの鬼殺隊最高位、柱と呼ばれる12人の剣士たちです」

 

「うむ! その少年だな、胡蝶の言っていた鬼を連れた隊士というのは!」

 

 そこにはしのぶのほか、10名の隊士の姿があった。しのぶは彼らを鬼殺隊の最高位の剣士、柱であると炭治郎に教えた。

 

「は、はい! 竈門炭治郎と言います」

 

 炭治郎は柱の剣士たちに深々と挨拶をした。

 

「うむ、礼儀正しい子だ。感心だぞ少年! 俺は煉獄杏寿郎だ。炎柱の名をいただいている」

 

「あ、ありがとうございます! 煉獄さん」

 

 炭治郎の挨拶に応えたのは炎柱、煉獄杏寿郎であった。あたかも炎を想わせるような質感、黄色と末端が赤い髪に金色の瞳のいかにも熱血という言葉がピタリとあてはまる男であった。

 

「だが、鬼を連れていることに関しては看過するわけにはいかない! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

 

「ッ!?」

 

 炎柱、煉獄杏寿郎は炭治郎の礼儀正しさを称賛しつつも、鬼を連れているということは明らかな隊律違反とし、即刻処分すると炭治郎に言い放った。

 炭治郎自身も予想はしていたとはいえ、あまりに突然の死刑宣告に息を飲む。

 

「そうだな、俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」

 

 煉獄と同じく即刻炭治郎を処分すべきであると主張したのは音柱、宇髄天元であった。白い髪に宝石を所々にあしらったヘアバンドを付け、瞳の付近には独特の文様が描かれた大男である。

 

「ああ、こんな隊律違反など前代未聞。鬼殺隊の名折れもいいところだ。頸を斬るだけではこのイラつきが収まらん」

 

 続いて先の二人と比べれば青みがかった黒髪に若干薄い色のまつげと道着を想わせる白い上着の隊服を身につけた、まだ常識的な風貌の拳柱、素山拍治がそう口にする。

 

「あぁ……なんとみすぼらしい子供だ……可哀そうに……生まれてきたことそのものが可哀そうだ……殺してやろう」

 

 そして先の音柱、宇髄と比べても遥かに巨体で黒い借り上げの頭に額には一筋に走る傷跡、そして白目から滂沱の如く涙を流し続ける大男、岩柱、悲鳴嶼行冥もまた、手にかけた数珠をジャリジャリと鳴らしながら炭治郎の処分を口にした。

 その一方で。

 

「あの~煉獄さん、宇髄さん、悲鳴嶼さん、素山さんはそう仰いますけど……今回の件、この子たちを連れてくるよう言ったのは、御館様ですよね? 勝手に処分するのは不味いんじゃ」

 

「俺も蜜璃ちゃんに賛成かな~そもそも御館様はこの件を把握なさっている。今日まで彼らを生かしてきたのにはおそらく訳があるはずだ。まずは御館様に詮議をあおってから処分は決めるべきと思うけどね」

 

 全体は桜色で末端が緑色の髪に胸元が露出した小さめのスカート型の隊服という風貌の恋柱、甘露寺蜜璃と葡萄色の羽織、白橡色の髪に虹色の瞳の容貌で手には銀白色の鉄扇を携えた男、雪柱の蓮刃導磨の2人はそう即刻の処分には反対をし。

 

「某も同感だ」

 

 柱の中で最年長を誇る最古参、鋼柱、鐵厳鉄もそう主張した。

 

(な、なんだあの人は……)

 

 そんな中炭治郎はその鋼柱、鐵厳鉄の風貌に驚いていた。岩柱の悲鳴嶼、音柱の宇随もなかなかの背丈を誇る大男であるが、厳鉄はその比ではないほどの巨体であった。年相応に顔には皴が入り白髪交じりの髪と長めのもみあげ、鍛え上げられた丸太の様な腕に手首には布がまかれている。

 それ以上にその身に纏う闘気は他の柱の比ではない。炭治郎にもわかった。彼がこの鬼殺隊最高位、柱の中でも最も強く、最も古参の戦士であると。

 

「まずは、その坊主の話を聞くべきであろう。詮議は御館様の到着を待つべきであるが、一応はその坊主の言い分も聞かにゃならん」

 

「そうですね厳鉄様。炭治郎君、お聞きの通りです。貴方の禰豆子さんに関して、ゆっくりでいいんで話してください」

 

「あ、はい……」

 

  炭治郎は厳鉄、しのぶの2人にそう促され、ゆっくりと自分達の身になにが起きたのかを話した。

 

「なるほどなぁ、けどな小僧。お前の気持ち、わからんではないがな、これから先もその妹が人を襲わないという確たる証拠はない」

 

「そうだぞ竈門少年! 人を喰い殺せば取り返しがつかない! 殺された人は戻らない! それは竈門少年も理解してるはずだ!」

 

 炭治郎の事情を聞いた柱たち、最初の時とは違い、炭治郎にも事情があるというのは理解はしたようであったが、それでもだからと言ってそれでそう簡単に鬼となった人間、彼の妹の禰豆子を認めるわけにはいかないとそう口にした。

 

「それは分かっています! だから――」

 

 無論、炭治郎も柱たちの言い分は理解できた。確かに鬼となってからの2年間、今まで禰豆子は人を襲ったことはない。とはいえ彼らの言う通り、禰豆子がこの先も人を襲わないという保証はできないのだ。

 ひとたび禰豆子が人を襲えば、それによって尊い命が失われる、それもまた事実だ。

 

「俺が、絶対に禰豆子に人を襲わせません! もしそんなことになったら、俺が……禰豆子が誰かを殺すその前に、この手で禰豆子の頸を墜とします! そして、俺も一緒に」

 

「腹を切るというのか?」

 

「ッ!?」

 

 自分の言葉に突然割って入った声に炭治郎は一瞬驚いた。

 

「そんなものはなんの保障にもならんだろ。大体、身内なら庇って当然だ。言うことすべて信用できない、俺は信用しない」

 

 声の主は蛇柱、伊黒小芭内であった。黄色と青の独特の瞳に口元には訪台がまかれ、その頸には彼の相棒の白蛇が蜷局を巻いている。

 

「おいおい、なんだか面白いことになってやがるなァ」

 

 そして、伊黒の声の後、もう一人の男が炭治郎らの前に表れた。無造作に切り揃えられたぼさぼさの白髪に体の至るとことに傷があり、胸元が大きく開けた隊服に背中に殺と大きく刻まれた白い羽織をを身に纏った。いかにもなほど殺気をたぎらせた男であった。

 彼は12人目の柱、風柱の不死川実弥である。彼の片手には炭治郎の妹、禰豆子の入っている箱が抱えられていた。

 

「何のつもりだ、不死川」

 

 その不死川を一番近間にいた鋼柱、厳鉄が咎める。

 

「鬼を連れた馬鹿隊士ってのはそいつかィ?」

 

 その厳鉄の咎めの言葉など聞く耳持たぬとばかりに、不死川は炭治郎の方へ歩みを進める。

 

「お前!」

 

 一方の炭治郎も大切な妹が入る箱を乱暴に扱っている不死川に怒りを顕わにしていた。

 

「話は聞かせてもらったぜェ。この中の鬼はお前の身内なんだってなァ。いい家族愛なこった、だがなぁ!」

 

 そんな炭治郎に不死川は自身の日輪刀を見せつけるかの如く抜くと。

 

「よせぇえええええええ!!」

 

「身内だろうが何だろうがなァ、鬼は所詮、鬼なんだよ!!」

 

 間髪を入れずに禰豆子の箱へと突き刺したのであった。

 

「貴様ぁあああああああああ!!」

 

 箱からは禰豆子のモノと思われる血がしたたり落ち、そのことに炭治郎は激昂し不死川へと勢い良く突っ込む。

 だが――。

 

ドゴォオオオオ!!

 

「ッ!?」

 

「なにッ!?」

 

 突如、庭全体に響き渡った轟音とともに、庭全体が大きく揺れ不死川も炭治郎も態勢を崩し倒れ伏してしまう。

 

「厳鉄殿……」

 

「不死川、どういうことか説明をしてもらおうか……」

 

 その音を発したのは厳鉄であった。厳鉄は怒気を露に不死川に近づく。

 

「いや、それは……」

 

「今は御館様の詮議を待つとき、早まった行動は慎め、柱の名折れだ!」

 

 先ほどまで醸し出していた殺気はどこ吹く風とばかりに怖気づいた不死川に厳鉄は踵を返すと元居た場所へと戻っていった。

 

「さすがは厳鉄殿、凄まじいお方だ」

 

「いや、一瞬俺までちびりそうになったぞ、派手にな……」

 

「不死川も不死川だが、厳鉄殿ももう少し加減というモノをしてほしいものだ。伊黒が樹から真っ逆さまに落ちるところだったぞ」

 

「…………」

 

 そんな厳鉄と不死川の姿を導磨は飄々とした態度で、宇髄と拍治は冷や汗をかきながら見つめ、伊黒は先ほどの揺れで樹から落ちそうになってるのをどうにか両手で枝を掴み留まっていた。

 

「不死川さん……今度から勝手な行動はしないでください」

 

 一方しのぶはというと完全に意気消沈している不死川に追い打ちかの如く説教をかましていたのであった。

 なお炭治郎はそんな柱たちのやり取りを呆然とただ見つめていた。

 

(柱って、やっぱ怖えなぁ~)

 

 そして、炭治郎をここまで背負ってきた隠の人もそう心に抱きながら、遠い目になっていたのだった。

 

「胡蝶、不死川、もうすぐ御館様が来るぞ」

 

 そんな中、冨岡がそう口にし程なくして。

 

「御館様の御成りです」

 

 二人の童女に手を引かれる形で、この鬼殺隊の当主である御館様こと、産屋敷耀哉が姿を現すのだった。

 

「炭治郎君、礼を、彼はこの鬼殺隊の当主、御館様です」

 

「あ、はい!」

 

 他の柱たちが御館様を前に跪き、炭治郎もしのぶに促される形で頭を垂れた。

 

「よく来たね、私の剣士(子供)達」

 

 しばらくすると、静かで澄んだような声を炭治郎の耳が捉えた。

 

「お早う皆、今日はいい天気だね。空は青いのかな? 顔触れが変わらず半年に一度の〝柱合会議〟を迎えられたこと、うれしく思うよ」

 

 そこに姿を現したのは、額から目元までケロイド上の不気味な紫色の痣の様なもので覆われた20代半ばくらいの年若い男性であった。彼こそがこの鬼殺隊を統べる御館様こと、産屋敷耀哉である。

 

「御館様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を、切にお祈り申し上げます」

 

 先ほど、恰も狂犬の如き行動で鋼柱の厳鉄、蟲柱のしのぶから渇を入れられた不死川も、御館様の前では極めて丁寧に敬語で挨拶をしていた。

 なお、炭治郎はそんな不死川に全く知性も何も感じられなかった人が途端に丁寧に喋り始めたと驚きと半ば呆れてるかのような表情で見つめていた。

 

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいですか?」

 

 不死川の問いに耀哉が応える。

 

「驚かせてしまったようだね。竈門炭治郎の妹、禰豆子に関しては私が容認していたんだよ。できることならみなにも認めてほしいと思っている」

 

 耀哉の答えに柱一同がどよめく。

 

「ああ……御館様の願いであっても、私は承知しかねる」

 

 岩柱、悲鳴嶼行冥がまずそう答え。

 

「俺も派手に反対する。竈門の話で事情は分かったが、鬼を連れた鬼殺隊士など認められない」

 

 音柱、宇髄天元もそう続く。

 

「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「尊敬する御館様であるが、理解しがたいお考えだ! 俺も反対させてもらう!」

 

「いまいち理解に苦しむお考えです御館様。これまでも我ら鬼殺隊は多くの鬼を葬ってきた。当然隊士の中には、我ら鬼殺隊隊士の手で鬼となった身内を殺された者もいる。この小僧だけを特別扱いはできません!」

 

 更に反対意見を炎柱、煉獄杏寿郎、蛇柱、伊黒小芭内、拳柱、素山拍治も述べる。

 

「私は、御館様の望むままに従います」

 

「某も理解しがたいお考えだが、そう至るのには何か深いお考えがあると見える。御館様にすべてを一任いたします」

 

「俺も、御館様の考えを尊重しよう。けれど、他の柱の意見も分からないわけではない。より詳しくその理由を知りたいものだ」

 

 一方鋼柱、鐵厳鉄、恋柱、甘露寺蜜璃、雪柱、蓮刃導磨の3人は禰豆子の件は御館様に委ねると口にした。しかしそれは禰豆子の存在を認めると同義ではなく、あくまでも中立であると含みを持たせた。

 なお蟲柱、胡蝶しのぶ、水柱、冨岡義勇は何も語らずただその場でだんまりを決め込んでいた。

 

「僕はどちらでも……すぐに忘れるので」

 

「鬼を滅してこその鬼殺隊! 竈門の事情は先ほどのコヤツ本人の言葉を聞いてはおりますが、しかし! 鬼を見逃すなど断じて、あってはならぬことです! 竈門兄妹の処罰を願います」

 

 残る柱たちは霞柱、時透無一郎はあまり関心がないのかそう一言伝え、風柱の不死川実弥は激しく反発した。

 

「では手紙を」

 

 全ての柱の意見を聞いた耀哉はここでとある人物からの陳情書を自分の側にいた童女たちに読み上げさせた。

 

「これは元柱である鱗滝左近寺殿よりいただいたものです。一部抜粋して読み上げます」

 

『炭治郎が鬼の妹と共にあることを、どうかお許しください。禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態でも人を喰わず、そのまま2年の歳月が経過いたしました。俄かには信じがたい状況ですが紛れもない事実です。もしも禰豆子が人を襲った場合、竈門炭治郎及び鱗滝左近寺、冨岡義勇、鱗滝真菰が腹を切ってお詫びいたします』

 

 童女が読み上げたのは炭治郎の師である鱗滝からの陳情書であった。その内容に炭治郎は涙を流し冨岡は静かに瞑目した。

 実は富岡もすでに、炭治郎の事情は把握していた。炭治郎がまだ隊士になる前、鱗滝の基を真菰とともに訪れた時、冨岡も真菰と共に禰豆子に会っている。それ以上に冨岡は自身の任務をカンナに譲ったこともあって、その際の詳細をカンナから聞いていた。

 最初は冨岡自身信じられないといった様子であったが、鬼特有の飢餓衝動も敵意も顕わにしない禰豆子を見て、冨岡もこの禰豆子は他の鬼とは違うと、そう感じ真菰、鱗滝同様に禰豆子の存在を容認したのだ。

 そして、彼等と同じく冨岡もまた、禰豆子が人を襲った際は自らの命を持って方々に詫びる覚悟で会った。

 

「ふん、切腹するからなんだというのだ! 死にたいのなら勝手に死に腐れよ!! 何の保証にもなりません!!」

 

 だが、それでも不死川は反発をつづけた。鬼を激しく憎む彼にとって、いくら事情があろうと鬼の存在を鬼殺隊無いで認めるなど受け入れられるわけがなかったのだ。

 

「だが実弥。人を襲わないという保証も証明もできないように、人を襲うということの照明もできない。何よりこの2年間、禰豆子が人を襲っていないという事実があり、さらに禰豆子はここまで炭治郎と共に鬼殺の任務にて、人々を護っているという事実もある。そして禰豆子の為に4人の命が懸けられている。それを否定したいのなら、否定する側もそれ相応のモノを差し出さなければいけない。現に炭治郎はそう君たちに告げてるのだろ? 禰豆子は人を襲おうとした場合は、最悪自らの手で頸を刎ねると」

 

「むぅ!」

 

 しかし、耀哉はそんな実弥を諫めるようにそう語った。同時に炭治郎自身もまた、もし禰豆子が人を襲うのなら、その前に禰豆子の命を自らの手で奪うという覚悟も語っている。彼の師に兄弟子、姉弟子もまた禰豆子のために命をかけると陳情書で訴えてもいる。それだけのモノを禰豆子を認めてほしいと願い出ている者たちが差し出している以上、それを否定する者たちもそれ相応のモノを示さなければ釣り合いが取れないと告げ不死川に再度理解を求めた。

 

「それに、炭治郎は浅草で鬼舞辻に遭遇している」

 

 さらに耀哉は炭治郎、禰豆子を容認したもう一つの理由を話した。耀哉のその言葉に再度柱たちがどよめき次々に炭治郎に鬼舞辻の居場所や能力など、質問攻めにしていくが。

 

「お前たち少しは落ち着かんか!! 御館様の前でみっともない、柱を名乗るのならちっとは常識を身に着けんか馬鹿どもが!!」

 

 再度厳鉄が渇を入れてその場を抑えた。

 

「すまないね厳鉄、いつも」

 

「いえ、こいつらがあまりにも未熟者過ぎるのです! 更なる精進をさせますゆえ、どうぞよしなに」

 

「ありがとう厳鉄。それじゃ話を戻そうか。鬼舞辻は炭治郎に追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じともいえるが、私はようやく見せた鬼舞辻の尻尾を離したくはない。恐らく禰豆子には、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。これが一応は禰豆子を容認した理由になるね。わかってくれるかな?」

 

 耀哉が禰豆子を容認した理由、その大きなものこそがそれであった。耀哉はこの炭治郎と禰豆子の存在がこの先、鬼殺隊にとって鬼舞辻無惨に対する大きな光になるとそう考えていたのだ。それも確信と言っていいほどまでに。

 しかし、それだけの耀哉の考えを聞いてもなお、不死川は納得ができず。

 

「分かりません御館様、人間ならば生かしてもいいが、鬼は駄目です! 信用できない!!」

 

 不死川は我慢の限界とばかりにしのぶ、厳鉄に活を入れられた際に自身の横に置いていた禰豆子の箱を再び持ち上げ。

 

「俺がこの手で、証明して見せますよ! 鬼というモノの醜さを!!」

 

 自身の日輪刀を再度抜刀し、今度は自身の腕へとその刃を向けようとするが、再び不死川の行動は阻まれることとなった。

 

「あぁ~不死川君には悪いんだけどさ~赤っ恥かくだけだからやめといた方が良いよ~」

 

「あぁ!? 邪魔をするな蓮刃! 今度はお前か、なんだ一体」

 

 不死川を止めたのは雪柱の蓮刃導磨であった。

 

「だって、それもう証明されてるから。俺の継子のカンナの手で」

 

「ハァ!?」

 

 導磨の言葉に不死川は素っ頓狂な声を上げて日輪刀を抜刀したまま固まってしまう。

 

「これは、先に御館様より下された密命にて、我が継子、氷室カンナにより行われた竈門禰豆子の調査のその仔細報告書になります。というか、既に御館様の方に原本は送られているはずですよね? これはその写本になりますが、今から他の柱のみんなにも見てもらおうと思いますがよろしいですかな?」

 

「構わないよ導磨。是非見せるといい」

 

 導磨はそうかがやに伺いを立てると、自身の懐から出した書状を自分の両脇にいた悲鳴嶼、宇髄の2人にます見せたのち、甘露寺から回す形で各柱たちに見せていった。

 

「よもや! 竈門禰豆子はカンナの稀血の匂いを嗅いでも、襲い掛かることがなかったというのだな!」

 

「氷室のあの稀血を!? 鬼であればどのような鬼でも、測気が衝動に襲われ、食人衝動をむき出しとするというのに、その血を嗅いでか!?」

 

「マジかよ、蓮刃の継子も派手なことをしやがる」

 

「見せてくれませんか!?」

 

 炭治郎も慌てて柱たちに交じり、導磨の出した書状の内容を確認した。

 

「これは、それじゃあの時……」

 

「炭治郎も心当たりがあるんだね」

 

 そんな炭治郎の様子に耀哉が炭治郎にそう問いかける。

 

「あ、はい。那田蜘蛛山の任務に向かう直前、藤の花の家紋の家にいた時、禰豆子の箱を置いてあった部屋から血の匂いがして、その時カンナさんと真菰が一緒で事情を聞いたんですけど、その時はただけがの治療をしただけだと言ってて」

 

「あぁ、その時で間違いはないね。炭治郎、それと実弥にも悪いことをしたね。その事はすでにこちらは把握済みなんだよ。だから実弥、刀をしまいなさい。今そんなことをしても、もう意味のない事だ。カンナの稀血は実弥のより質は僅かに落ちるが、特性として鬼の飢餓衝動を強く引き出すというきわめて強力な性質を持つ。その血に禰豆子が耐えた以上、もう実弥がわざわざ血を流す理由はない」

 

 不死川は顔が真っ赤になってそのまま微動だにしなかった。己の手で証明しようとしたことが、すでに証明されていたなど完全な赤っ恥である。

 某柱と継子の如く穴があったら入りたい状態であった。

 

「これで、禰豆子が人を襲わないということは証明されたわけだが、炭治郎」

 

「はい!」

 

「それでもまだ、認められないという隊士はいるはずだ。君はこれから証明し続けなければいけない。鬼殺隊として君と禰豆子が戦えること、役に立てるということを」

 

 最後に耀哉はそう炭治郎を聡し。

 

「俺が……俺と禰豆子が必ず、鬼舞辻無惨を倒します! 俺と禰豆子が必ず、悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

 

 炭治郎もそう耀哉に啖呵を切ったのだった。

 

「フフフ、炭治郎ならいつかやれるかもね、那田蜘蛛山で十二鬼月の頸を墜としたのは炭治郎だったね。期待しているよ」

 

「あ、はい!」

 

 なお最後にはなった耀哉の言葉でまた、柱たち一同がどよめき、厳鉄に渇を入れられるという光景が繰り広げられたのだが。

 

 何はともあれ、炭治郎はこの柱合裁判を乗り切り、炭治郎と鬼の禰豆子は鬼殺隊後任となったのであった。

 

おわり



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番外編2 柱合会議編

今回はアニメ版で採り入れられた柱たちの柱合会議の模様
それの雪華ノ乙女バージョンです。

今回の話で本作の鬼殺隊が抱える問題に関して少し突っ込んだ話をしています。


 炭治郎及び禰豆子の柱合裁判が終わった後、引き続き柱と御館様、産屋敷耀哉たちは柱合会議を進めていた。

 まずは耀哉の口から近年の鬼の被害の拡大の旨とそれに伴い鬼殺隊の隊士たちを増やさなければならないと語語り、続いて書く柱たちにその件に対しての意見を求めた。

 

「今回の那田蜘蛛山ではっきりした。隊士の質が信じられない程落ちている、ほとんど使えない。まず育手の目が節穴だ。使えるやつか使えないやつかくらいは分かりそうなもんだろうに」

 

 それに対し最初に口を開いたのは不死川実弥であった。実弥の口から語られたのは近年の鬼殺隊隊士たちの質の低下に関してであった。

 

「不死川に同意だが、俺は育手の目が節穴かどうか以前に育てがまともに隊士を育てられていないと思うのだがな……。先の最終選別、参加者は20名あまりいたというのに生き残ったのはたったの5人……しかもいずれも育手が元柱か柱の継子候補といった連中だ。そうでなくとも、近年は最終選別を突破以前に、その選別で候補者全員が死ぬというのが相次いでいる。どう考えても異常だ、まともに全集中の呼吸すらままならん隊士ばかリなど、まともな育成を育手が行っていないことの証拠ではないか?」

 

 同じく素山拍治の口からも隊士の質の低下の件が口にされるが、同時に拍治は隊士を育成する育手の質がそもそも低下しているのではないかという意見がなされた。

 

「人が増えれば増えるほど、制御・統一は難しくなっていくものです。今はずいぶんと時代も様変わりしていますし」

 

「左様……。明治の時に廃刀令が施行され、同時に剣術を学ぶ者たちは大きく数を減らし、最早剣術それ自体が一部の者たちの道楽に墜ちた。それ以上に近代兵器の導入に伴い、最早戦の形態すらも変わる昨今、日輪刀にて鬼の頸を斬るという方法以外で鬼を滅せぬということがまた、隊士の質の低下の要因の一つとなっているともいえる」

 

「近代戦闘の基本は、なるべく相手に近づかず、中長距離からの戦闘で確実に相手を仕留める。最小の犠牲をもって最大の結果を主としている。刀を用いた格闘戦は基本、あらゆる手が尽きたことでの最終手段として学びはするが、基礎とは決してしない。鬼との戦いはこの逆である以上、どうしても隊士の犠牲は出てしまう」

 

 続いて胡蝶しのぶと鐵厳鉄、蓮刃導磨の口から語られたのは時代の変化による社会背景の変化に伴う鬼殺隊士たちの意識と技術の変化であった。

 江戸から明治へと大きな時代の転換に伴い、日本政府は江戸幕府から政権移行と同時に廃刀令を敢行し基本は軍人や警察官吏以外の台頭が認められなくなった。更に同時に剣術道場などそれ自体が市民の道楽へと落ちていったことで、より実践的な剣術を学ぶ場それ自体が大きく減じてしまった。

 その上明治初期からの近代化に伴い戦いの方法それ自体が大きく転換したことで、最早刀による戦いは戦闘の一部分、それどころか最後の手段にまでなってしまったのだ。鬼との戦いは日輪刀による頸の切断を主とするためその、本来なら近代戦における最終手段である近接戦闘を基礎としている。

 戦闘技術がない隊士は言わずもがなだが、仮に技術があったとしても、当然だが近代戦での戦い方に慣れた隊士では、それ自体が通じない鬼が相手になる以上必然的に損耗率が上がってしまうのも無理のない話であった。

 

「確かにな。近代戦闘と言ったら、爆薬鉄砲ガトリング砲と派手派手極まりないもんだ。そう言う戦い方に慣れた連中ほど、刀での戦いなんぞ時代遅れと軽視するもんだからな」

 

「技術もそうだが意識という部分でも、愛する者を惨殺され入隊した者、代々鬼狩りをしている優れた血統の者以外にそれらの者達と並ぶ、もしくはそれ以上の覚悟と気迫で結果を出すことを求めるのは残酷だ」

 

 宇髄天元、悲鳴嶼行冥からもそう意見が述べられた。

 何れにしても近年の鬼殺隊隊士の質の低下が大きな問題であることは全員が共通して認識していたことであり、全員がそれぞれの意見に首肯する。

 

「御館様、これらの事を鑑みますと、やはり先にお伝えした通り、鬼殺隊を現在の形から〝政府公認の非公開組織〟へと召し上げる必要があると存じます」

 

 鐵厳鉄はここまでの意見を総括したうえで、更なる意見を御館様である耀哉に述べる。

 

「鬼との戦いが始まってから1000年余り、異国の文化、伝統を取り入れ、近代化と文明開化の波に飲まれしこの日ノ本、最早我ら鬼殺隊が世の裏に忍べる時代ではありませぬ。何より、このような時代となっては鬼狩りたる我らの存在こそが、この日ノ本の世にとって大きな淀みと捉えられるでしょう」

 

「厳鉄……」

 

「今の世では最早、鬼狩りは影とはなりえぬ否、最早常世においては影などあってはならぬのが定石なのです。御館様」

 

「意見はよくわかっているよ私もね……」

 

 厳鉄が述べた意見は鬼殺隊を現在の政府非公認組織から政府公認の組織へと召し上げるべきというモノであった。

 厳鉄は以前にも耀哉にこの提案を行ったことがある。現在の鬼殺隊は産屋敷家直轄の政府非公式の組織であり、形式的には産屋敷家の私兵のような存在だ。故に人材は主に耀哉やその妻、あまねが見出した才能ある者か一般人の中で家族を鬼に殺されるなど、鬼の被害に見舞われたことでその存在を知り、家族の敵討ちなどで入隊した者、代々その家が鬼狩りの家系のものなどが中心で、それ以外では風のうわさでその存在を知った者たちが主となっている。だがその為、先に不死川、拍治の2人が指摘するまでもなく、隊士の質は勿論だが育成環境にも多大な問題が多く抱えられていた。

 厳鉄の提案はそれを見越したモノでもあり、政府公認の組織に鬼殺隊を召し上げることで鬼殺隊隊士は形式上は現在の私兵から正式に国家直属の官吏、即ち軍人、警察官と同等の身分として扱われることとなり、公然での帯刀の許可、鬼殺隊士のみならず鬼殺隊それ自体への公費による支援などで近年増加しうる鬼への対処がより容易に行えるようになる。また、方々の関係機関や省庁から人材を融通してもらうことでの組織それ自体の質の向上にもつながる。

 以前そう提案したときと同じく厳鉄は耀哉に熱弁を振るうのだが。

 

「だが、それは今はすべきではないと私は考えている」

 

「御館様……」

 

「確かに、厳鉄の言う利もあるのは分かる。だが、私は鬼殺隊を……本当の意味での〝人狩り〟にはしたくは無いんだ。政府公認の組織となれば、鬼狩りの際にも各関係機関との足並みを揃える必要があるだろうし、その時間が故に目の前で鬼に殺される人々を見殺しにすることもあるだろう。それ以上にそれら利となる部分への引き換えとして、政府側からいらぬ汚れ仕事を任され、それらに手を染めることとなる可能性も無きにしも非ずだ。現に鬼殺隊士たちの実力は、一般の軍人や警察官吏のそれを上回るからね。政府の人間は絶対にそれらへの協力を要請してくる……そしてそれを嬉々と受け入れ続ければ我らもまた、人を喰らう鬼と同じとなることだろう」

 

 耀哉はそれらに明確に拒否を突き付けた。

 耀哉の言い分も理解ができるだけに、これ以上厳鉄は何も言い返すことができずただただ首を垂れるばかりであった。

 確かに政府公認の組織に鬼殺隊を召し上げることの利となる部分は大きいが、その一方で政府公認の組織になることで生じる、政府関係各省庁や機関との軋轢故に鬼殺隊がその本分以上の役目を押し付けられる懸念は確かにあった。

 耀哉にとって、それは確実に人の道を外れることに繋がり、ひいては自分たちが対峙すべき相手である鬼と本質的に同じになることを意味している。理屈は分かっても受け入れられることではなかった。

 

「俺は厳鉄殿に派手に賛同するんだが、御館様がそう仰る以上はやむを得まい」

 

「けど、厳鉄殿のおっしゃること、一応は検討すべきとは思います。事実近年は警察官吏に隊士がお縄になるような事案も増えていますし、隊士がその事や市街地などでの戦闘での周辺への被害を畏れ、それら地域での鬼殺が滞っている実態もございます」

 

「確かにね、天元と導磨の言葉も分かるよ」

 

 宇髄、導磨の2人は一応は厳鉄の意も汲むべきではと耀哉に告げるが、それでも耀哉の意思に変わりはないと悟り深くは追及はしなかった。他の柱たちも同様に耀哉の判断を尊重する構えであった。

 

「それにしてもあの少年は!入隊後まもなく十二鬼月と遭遇しているとは!引く力が強いように感じる!なかなか相まみえる機会のない我らからしても羨ましいことだ!」

 

 一瞬どんよりと沈んだ会議の場を盛り上げるためなのか、煉獄がそう、普段以上に快活にそう口にし。

 

「確かにな、あの坊主、中々に見どころがある。那田蜘蛛山で下弦の伍にトドメを刺したと聞いたときはよもやとは思ったが、なかなかの逸材よ、鱗滝殿はいい仕事をする」

 

 厳鉄も煉獄の言葉に猛々しい声色で同意した。

 

「そうだね。しかしこれだけ下弦の伍が動いたということは那田蜘蛛山近辺に無惨はいないのだろうね。浅草でもそうだが隠したいモノがあると無惨は騒ぎを起こして巧妙に私達の目を逸らすから、なんとももどかしいね。しかし……鬼共は今ものうのうと人を喰い力をつけ生き永らえている。死んでいった者達のためにも我々のやることは一つ――」

 

 そして長かった柱合会議も終盤に差し掛かり耀哉が最後に各柱たちに向け告げた。

 

「今ここにいる柱は戦国の時代、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭が集まったと私は思っている。宇髄天元、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ、甘露寺蜜璃、時透無一郎、悲鳴嶼行冥、不死川実弥、伊黒小芭内、冨岡義勇、蓮刃導磨、鐵厳鉄、素山拍治。私の子供たち、皆の活躍を期待している」

 

『御意!』

 

 今回の柱合会議はそれにてお開きとなった。

 

おわり




本作オリキャラ、鋼柱、厳鉄さんのイメージは
スパロボOGのゼンガー・ゾンボルトとコードギアスの仙波崚河を足して2で割った感じになります。

柱の中で最年長であり、本作での柱たちのまとめ役といった立ち位置になっています。


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本編 第2章
第15話 機能回復訓練 其ノ壱


機能回復訓練編・前半です。



 機能回復訓練。蝶屋敷での療養生活が藤の花の家紋の家のそれと最も違う、蝶屋敷での療養の最大の肝となっているのがこの訓練である。

 内容は正しく読んで字の如くで、戦いで傷つき治療と療養によってなまってしまった体の機能を、元の状態にまで回復させるための訓練である。最初に蝶屋敷のお手伝いの女の子3人、すみ、きよ、なほが寝たきりで訛ってしまった体をほぐし、続いて反射訓練として1対1での湯呑みの取り合いといったことが行われる。この湯呑みの取り合いで相手を主に行うのは蟲柱、胡蝶しのぶの継子の栗花落カナヲという女の子と同じく蝶屋敷の手伝いで隊士である神崎アオイの2名である。

 そして最後は全身訓練として鬼ごっこを行う、こちらも相手はカナヲとアオイの2名だ。

 他と比べ怪我の程度が軽めであった炭治郎、伊之助、カンナの3人から始められ、そこから数日が経ち最も重症であった善逸も訓練へと参加することとなった。

 なお、善逸は訓練開始日になるまで、げっそりとした顔で帰ってくる炭治郎と伊之助を見て一体どのような非道な訓練が行われているのかと戦々恐々としていたらしいが、いざ訓練が始まるとどうかというと。

 

「お前が謝れ!! お前らが詫びれ!!! 天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇええええ!! 女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけのくせに何をやつれた顔してみせたんだよ土下座して謝れよ切腹しろ!!」

 

 とか。

 

「女の子に触れるんだぞ!! 体揉んでもらって、湯呑みで遊んでるときは手を!! 鬼ごっこの時は体触れるだろうがぁああああ!!」

 

 などと、宣い。その後の機能回復訓練では周囲の者たちが皆引くくらい、気持ち悪いの笑顔で機能回復訓練に臨んでいた。

 

 最もこの時の善逸の大暴走は一部、とはいえ伊之助一人だが彼の負けず嫌いの心を刺激し、2人でどんどん訓練で快進撃を続けていったのだが、ここで2人はついに壁にぶち当たることとなる。

 

「へぶっ!」

 

「ぐぇ!」

 

 カナヲである。

 反射訓練のお湯のぶっかけ競争では目にも留まらない速さで即座に湯呑みを奪われ臭い薬湯をぶっかけられ、全身訓練の鬼ごっこではカナヲの速度に全くついてはいけず捕まえようとしてもひらりと躱され、髪の毛一本にすら彼ら2人は触れることができなかった。

 

「うおぉおおおおおおおお!!」

 

「ッ!!」

 

「スゲェ……」

 

「あぁ……本当だよ……」

 

 ただ一人、炭治郎だけは違った。

 炭治郎もアオイ相手は兎も角、カナヲが相手のときは負けていたのだが、反射訓練では長時間カナヲとの攻防を繰り広げ、全身訓練でも同じくカナヲをあと一歩のところまで追いつめる強さを見せていたのだ。

 

「トンデモねぇな権八郎」

 

「あぁ、とんでもねぇ炭治郎だ……」

 

 炭治郎もそうだがこの栗花落カナヲという女の子、実は炭治郎、善逸、そして伊之助たちと同じ最終戦別を突破した同期の隊士なのだ。同期でありながらずっと先を進むカナヲと、それに食らいつけるくらいの力を見せる炭治郎に比べて、自分たちは全くカナヲに歯が立たなことに、善逸も伊之助も完全に意気消沈してしまう。

 

「なぁ、紋逸……いったい俺らとアイツらと何が違うんだ……?」

 

「もう紋逸に改名しようかな……さぁな、俺が逆に聞きたいくらいだよ」

 

 それからさらに5日が過ぎるが、一向に善逸も伊之助もカナヲ相手にはまったく勝ちが見えてこない。一方の炭治郎はメキメキに力を付けていき、現在はほぼカナヲと互角の戦いを繰り広げていた。

 

「クッソォオオオオオオオオオオオオオ!! あぁもう、なんで炭治郎はあんなに強くなってて、俺らはそこまで変わってないわけ!? 俺たちと同じ時間寝て! 俺たちと同じ時間に訓練に来て! ここ5日ずっと一緒の生活してるよね!? いったい何が違うわけ!? ねぇ、何が違うのさぁ!!」

 

 善逸はいつになく焦っていた。これが炭治郎も含む、3人みんな負けてるのならここまで焦らなかっただろう。きっと途中で諦め機能回復訓練をサボっていたところだろう。

 

「ちっくしょぉおおおおおお!! あの女相手ならまだしも、権八郎まであんなに強くなってるなんてよぉ!! 俺は絶対に負けねぇからなぁ!! 絶対に勝ってやらぁああああああああああ!!」

 

 伊之助も本来負け慣れていないため、本当だったら不貞腐れていたかったが、相手が自分が絶対に負けたくない炭治郎ならば別だ。

 

「紋逸! 絶対権八郎に勝つぞ!」

 

「当然だぁゴラァああああああああああ!! 炭治郎ばかり美味しい想いされてたまるかぁああああああああああ!!」

 

 2人は普段の2人とは思えないほど、いつになくやる気となっていたのであった。

 

 

 

 

 善逸と伊之助がいつになくやる気になっている一方で、炭治郎は炭治郎でこちらも必死に頑張っていた。

 

(よし、前よりもずっと全集中の呼吸を維持できるようになっている、いい調子だぞ! 今日もカナヲには勝てなかったけどだんだん追いつけるようになってる!)

 

 実は、炭治郎は初日の機能回復訓練の後、2人とは別に一人でコツコツと特訓を重ねていたのであった。炭治郎がこの短期間でめきめきと実力をつけているのにはきちんと理由があった。

 

(すごい……すごい子だったカナヲは。同じ時期に隊士になったのにあんなに速くて強い! 俺は、まだまだ弱い! 弱いままだ! 十二鬼月相手にあそこ迄ボロボロにやられてしまうほどに)

 

 元々炭治郎は努力家な上に直向きな性格であった。何より炭治郎は悔しかったのだ。

 

(それに、カンナさん……本当だったら頸を墜としていたはずの鬼の禰豆子を助け、俺を鬼殺隊の道に進めてくれたあの人……。俺なんかよりも長く鬼殺隊にいて、ずっと強いあの人からすごく悲しげな匂いがした。詳しい理由は俺にはわからないけど)

 

 自分よりもずっと強いはずのカンナ。妹の禰豆子を見逃し、自分を鬼殺隊へと誘ってくれたカンナが、那田蜘蛛山での戦いでは自分のせいで傷を負ってしまったことが。そのカンナが、理由は分からないが悲しい匂いを漂わせていたことが。炭治郎にはどうしても我慢ならなかったのだ。

 

(カンナさんは、お姉さんを亡くしたって言ってた。同じ鬼殺隊のお姉さんを……きっとあの悲しい匂いと無関係じゃない!)

 

 カンナの発していた悲しい匂い炭治郎には覚えがあった。鬼に大切な人を殺されてしまった人が発する匂い。

 

(でも! 俺はあんなふうに悲しむ人を、これ以上出したくない! でも今のままじゃダメだダメだ!!)

 

「炭治郎」

 

「ッ!? 真菰」

 

 しかし、炭治郎一人での特訓はすぐに行き詰まりを見せ、どうしたモノかと悩んでいるとき、たまたまカンナの見舞いに来ていた姉弟子の真菰に声をかけられたのだ。

 

「真菰、実は……」

 

 そこで炭治郎は自分たちが今行っている機能回復訓練での事を真菰に話した。

 そう、炭治郎も最初の時はカナヲに全敗だったのだ。全くカナヲの腕の動きが見えず薬湯はかけられるは全身訓練でもカナヲ相手には指一本触れることすらできないほどに圧倒されていた。

 自分はもっと強くなりたい、おまけに自分の相手は同じ時期にあそこまで強くなっているカナヲ。絶対に何か強くなるための秘訣の様なものがあるはずだと炭治郎は考えに至ったのだが、それがわからない。

 しかし姉弟子の真菰ならそれを知ってるのではないのかと、そう思ったのだ。

 

「カナヲがあんなに強い理由……」

 

「うん、そうなんだ。しのぶさん……蟲柱様の継子だってのは聞いてるんだけど、その理由がいまいちわからなくて、一応自分なりに鱗滝さんから教えられたことを繰り返しやってはいるんだけど……でも全然しっくりこなくて」

 

「まるで、狭霧山で鱗滝さんが出した課題に挑んでるときのようだね」

 

「そう……そうなんだよ! 俺は強くなりたいんだ。もっとたくさんの人を護れるようになりたい! でも今もこうして、同じ時期に隊士になった女の子にすらいいように弄ばれてる。いったい何が足りないのかなぁ……」

 

「そうだね」

 

 そんな風に直向きに頑張っている炭治郎に、真菰も姉弟子として何か助けになればと思い少しだけ助言を行った。

 

「強さの秘訣……もしそれがあるとすれば、カナヲは全集中の呼吸の〝常中〟を身に着けてるからかも」

 

「全集中の呼吸の、〝常中〟?」

 

 炭治郎にとっては初めて聞く言葉であり首をかしげると。

 

「うん、読んで字の如くだよ。全集中の呼吸を四六時中やる技で基礎体力が飛躍的に上がるんだ。これ、一応全集中の呼吸の基本の技だって言われてはいるけど、会得するのにはかなりの努力が必要で一般の鬼殺隊隊士でも使える人は極々限られてるんだ」

 

「全集中の呼吸を……四六時中!?」

 

 炭治郎が考える全集中の呼吸はただ使うだけでも肺に相当な負担がかかりまともに息もできなくなるほどきつく辛いものであった。

 

「あれを四六時中って……」

 

「うん、常中は柱への第1歩とも言われてて柱のみんなは普通にやれてるよ。きっとカナヲも蟲柱、しのぶ(柱)の継子だから早いうちに教えてもらってたんじゃないかな?」

 

「基本の技……でも、それじゃなんで……鱗滝さんは教えてくれなかったんだ?」

 

「言ったでしょ? 初歩の技だけど会得するには相当な努力が必要で普通の隊士でも使える人はほとんどいないって。それに無理にやろうろすると確実に肺を痛めるから、体の出来上がっていない炭治郎に教えるのはまだ早いってそう判断したんだよ」

 

「そうだったのか……」

 

 要は自分はまだまだ未熟者なのだと炭治郎は一瞬落ち込みそうになるが。

 

「でも、それなら今からでも更に鍛えるまでだ! 真菰ありがとう! 俺頑張るよ」

 

「うん、私もあの時と同じように時間を見つけて炭治郎の特訓にも付き合うよ」

 

「本当!?」

 

「もちろん、私は炭治郎の姉弟子だから」

 

 そうして炭治郎はこの短期間のうちに、まだ完全ではないとはいえ以前よりもずっと長く全集中の呼吸を維持できるようになり、カナヲに肉薄できるほどにまで成長していたのだ。

 

 

 

 炭治郎たち(実際は善逸が参加し始めて)が機能回復訓練を初めて10日が経とうというある日、炭治郎は同じく蝶屋敷で療養中のカンナのもとを訪れていた。

 

「カンナさん、よかったお怪我の方もだいぶ良くなってるみたいで」

 

「ええ、どうにかね」

 

 それぞれ近況を軽く話した後、カンナはもうじき自分の機能回復訓練が始まるのでよかったら見ていかないかと炭治郎を誘った。

 

「良いんですか?」

 

「真菰から聞いたわ。全集中・常中の訓練を真菰と行っているのでしょう?」

 

「あ、はい! 全集中の呼吸を四六時中やる……初歩の技術だっていうのに、俺は全然できなくて……鱗滝さんの所にいた時のように真菰から色々と手ほどきを受けているところです」

 

「できなくても無理はないわ。確かに全集中の呼吸の初歩の技術ではあるけど、同時に奥義とも言われてるくらい会得は難しい技術だからね。ほとんどできないのが当たり前なのよ」

 

 カンナは炭治郎にそう励ますように言うが、炭治郎がそのことに納得していない様子なのはすぐにわかった。

 

「でも、ちゃんと覚えたい、使えるようになりたいというのなら、私の機能回復訓練を見に来ると良いわ。きっと何か修行の糸口を掴めると思うから」

 

「分かりました。それじゃ学ばせてもらいます!」

 

 カンナの言葉に炭治郎は元気よく返事をすると、カンナに連れられ炭治郎は彼女が機能回復訓練を行っている修練場へと足を踏み入れた。

 

「お疲れ様、用意はできてるわよカンナちゃん。それと……炭治郎君は今日は見学かしら~」

 

「あ、はい! カンナさんの訓練から色々と学ばせてもらおうかと思いまして!」

 

「フフフ、頑張ってるのね、炭治郎君は。しのぶもそう思わない?」

 

「ええ、本当に頑張り屋さんです。炭治郎君は」

 

「いえ、その……ありがとうございます」

 

 カンナが機能回復訓練を行う修練場にいたのは蟲柱の胡蝶しのぶとその姉カナエと数名の隠たち、いずれも女性であった。山育ちな上に田舎者の炭治郎にとって、これほどの女性たちしかもいずれも美人に囲まれることなどなく終始緊張していたのだった。

 しかしカンナが訓練を始めると先ほどまでの緊張などどこかへと消し飛んだかのごとく、真剣にカンナの訓練の様子を見つめていた。

 

(すごい……さすがだ、カンナさん)

 

 カンナの訓練内容はまずは隠たちによる柔軟、その後は反射訓練として湯呑みの取り合い、最後は全身訓練の鬼ごっこと炭治郎たちが普段やってるのと全く同じ内容であったが、その訓練の様子は傍から見れば最早異次元としか言いようがないほどのモノであった。

 

(それにしてもカンナさん、柱だっていうしのぶさんはもとより、カナエさんもなんて早さなんだ。全然目で追えない!)

 

 カンナは反射訓練においてはしのぶにこそは負けたものの、カナエが相手の時は勝ち星を挙げ、全身訓練ではカナエ、しのぶの両方を相手に見事勝利を収めていた。鬼殺隊最高位の剣士だという柱、その一つである蟲柱のしのぶ、それに食らいつけるどころか勝ち星すら上げるカンナ。何よりも炭治郎が驚かされたのはしのぶの姉だというカナエの強さだった。カンナ相手に反射訓練、全身訓練いずれも敗北したとはいえ、それでも長時間の攻防を演じられるほどの力量を見せていたのだ。

 

「すごい、カンナさんとしのぶさんもだけどカナエさんも」

 

「それは当たり前ですよ」

 

「えッ!?」

 

「胡蝶カナエ様は元は柱、花柱であったのですから」

 

 炭治郎がカンナの訓練の様子を見ながら一人ごちっていると隠しの一人が炭治郎にそう説明した。

 

「カナエさんも!?」

 

「はい、わけあって今は柱を引退なされ蝶屋敷の手伝いをしておりますが、元は鬼殺隊花柱、相当な手練れの方でおりました」

 

「そうだったんですね」

 

 ならあの強さも納得だと感じる炭治郎。

 

「ええ、他の柱の方々とは異なりお優しい方で、我々隠しの者たちのことも常に気を使ってくださるお方でした。もちろん、蝶屋敷の手伝いをするようになってからもそれは変わってはおりませんが」

 

「あらあら、二人で楽しくおしゃべりかしら?」

 

 炭治郎がそう隠の人と話していると、先ほどカンナとの反射訓練で掛けられた薬湯を落としに湯殿に行っていたカナエが返ってきて2人に声をかけた。

 

「これはカナエ様、はい、炭治郎殿にカナエ様について少しばかり」

 

「そうなの、おかしなことは言ってないかしら?」

 

「もちろんでございます。カナエ様がとてもお優しい方であるとそう教えて差し上げただけですよ」

 

「フフフ、ありがとう」

 

「それでは、そろそろ交代の時間ですのでこれにて失礼いたします」

 

 隠の女性はそう言い残すと炭治郎とカナエの側から離れていったのであった。

 

「あの、カナエさんも元は柱だったんですね」

 

「フフフ、もう昔のことよ」

 

 隠の人がいなくなった後、炭治郎は何気なくだがカナエにそう聞いた。

 

「でも、カナエさんはすごいですよ。柱だっていうしのぶさんも、カンナさんもすごいけど、今日の訓練だって俺なんかとはもう全然違いましたから」

 

「そうかしら、でもこれでも全盛期の半分も力が出せていないのよ? 常中だってもううまくはできないしね」

 

 憂いが混じったような表情でカナエはそう炭治郎に語る。

 

「あの、カナエさん? もしかして、カナエさんって泣いてますか?」

 

「え?」

 

 思いもよらない突然の問いに目を丸くするカナエ。

 

「あ、すみません突然変なこと言って! カナエさんから、なんだかすごく悲しいような、それこそずっと泣いているような……そんな匂いがしたもので」

 

 一方の炭治郎も自分は何を言ってるんだと言わんばかりの慌てっぷりでどうにかその理由を説明するが、炭治郎の言葉にカナエは神妙な面持ちになり黙ってしまう。炭治郎はやはり変な事を聞いてしまったのかとオロオロとしていたが、しばらくしてカナエはゆっくりとだが、炭治郎に話し始めた。

 

「そうね……炭治郎君の言う通りかもしれないわ……私がなぜ柱を引退したのか、炭治郎君はそのわけを知っているかしら?」

 

「あ、いえ……」

 

「そうね、誰も話してはいないから当然だわ。私はある鬼と戦ったの。私の親友……当時の雪柱の子と一緒に」

 

 雪柱、カナエの口からその言葉が出た途端、炭治郎は自身の心臓が一瞬大きく脈打ったのを感じた。

 

『私の姉は、柱だったわ……先の雪柱……。私の姉は氷室つばき……先代の雪柱で、とても綺麗で、強い人だったわ……それに誰よりも優しい人だった、それこそ鬼にまでも同情の念を抱くくらい……でも、もういないわ……私の姉は……鬼に殺された』

 

 炭治郎は、那田蜘蛛山の戦いに赴く前に療養のため立ち寄った藤の家紋の家でカンナ自身から聞かされたのだ、自身の姉がかつて雪柱であったと。

 

「カナエさん……その雪柱の人の名前って……」

 

「氷室つばき……カンナちゃんのお姉さんよ……炭治郎君、その口ぶりだと知ってたのね?」

 

「はい……今回の那田蜘蛛山での戦いの直前……藤の家紋の家でカンナさんが教えてくれましたから……詳しいことは知らないんですけど……」

 

 氷室つばき、その名前を聞いた途端、再び炭治郎は自身の心臓が大きく脈打つのを感じた。

 

「つばきちゃんとはね、境遇も似ていて性格とかも似てるようなところがあってすぐに仲良くなったわ。何より私と同じような考えを持つ人だった。家族を鬼に殺されたというのに、そんな鬼に同情し哀れんでいたわ。妹のしのぶとカンナちゃんは、そうじゃなかったけどね。でもある日の晩、ある鬼と戦って、私は肺に大きな怪我を負って、全集中の呼吸はおろか、普通に息をするのすらままならなくなって、もう駄目かって思ったその時に、つばきちゃんが割って入って、最初は善戦していたんだけど、そのあと……不意を突かれてその鬼に殺されてしまった……」

 

 それは、カンナの姉、つばきの死の詳細であった。

 そして、炭治郎は理解した。あの時、那田蜘蛛山でカンナがなぜ、あれほどまでに悲しい匂いを発していたのか、その理由を。

 

「私はね、あれからずっと後悔しているのよ。もう少し私が強かったら、きっとつばきちゃんを助けることができたんじゃないかって……」

 

「カナエさん……」

 

「あの後のカンナちゃんは、本当にひどい状態だった。自分でお姉さんの仇を取るって、それこそ死に物狂いで自身を鍛え上げていったわ。お姉さんが会得していた雪の呼吸を全て極め、その上で自分だけの型まで作り上げた。でも、私はそんなあの子の姿を見ていられなかった。もしかしたらカンナちゃんもつばきと同じように……嫌な考えばかりが浮かんで気が気でなかった……しのぶも真菰ちゃんもきっと、同じ思いだったと思うわ……それ以上に私はカンナちゃんをそうさせてしまう原因になってしまった自分が許せなくて、遣る瀬無くて悲しかった……」

 

 カナエはそこまで語ると、少しだけ笑みを浮かべ。

 

「だからね炭治郎君、私は炭治郎君と、それと禰豆子ちゃんには感謝してるのよ。2年前のとある日から、次第にカンナちゃんは自分の心に余裕を持てるようになってるって、そう感じることが多くなっていったから」

 

「もしかしてそれって、2年前の雲取山でオレと禰豆子が見逃してもらった時……ですか?」 

 

「ええ、あの日冨岡君の代わりに雲取山での任務を終えてから、カンナちゃんの周囲の空気が少しだけ柔らかなモノに変わっているのを感じられるようになってね。最初はなんでなのかなって思ったんだけど、禰豆子ちゃんを見てその理由が分かったわ。きっとカンナちゃんはお姉さんの仇を討つという決意だけじゃなく、その願いも一緒に受け継ごうと我武者羅になっていたんだと思う」

 

「願いですか?」

 

「ええ、鬼と仲良くするっていう、私とつばき、2人の願い。炭治郎君、私はきっとカンナちゃんは貴方の事を誰よりも期待してるんだと思うわ。自分のお姉さんの夢を、願いを託せるんじゃないかって、カンナちゃんは自覚してるかわからないけど」 

 

 カナエはそこまで言うと立ち上がり。

 

「炭治郎君、絶対に禰豆子ちゃんを護ってあげてね、お兄さんなんだから、辛い思いをさせちゃだめよ?」

 

 最後に炭治郎にそう告げると訓練へと戻っていった。

 

(カナエさん、カンナさん……俺、頑張ります!)

 

 カナエの後ろ姿、そしてひたすら訓練に励むカンナの姿を見て、炭治郎はより強く、そう決意するのであった。

 

つづく 




本作の炭治郎は本編の通り原作よりも若干パワーアップしております。
そのおかげで善逸、伊之助は早い段階で「俺たちヤバくね」状態になりました。

カナエさんと本作オリキャラのカンナの姉、つばきとは同期隊士で同じ柱でした。
そしてそのつばきの命を奪った鬼は先のお話で出てきましたが、上弦の弐になります。


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第16話 機能回復訓練 其ノ弐

久々の投稿になります。

今回は機能回復訓練編の後編と本作版パワハラ会議になります。


 炭治郎たちが蝶屋敷にて機能回復訓練を始めてから10日ほどたった。

 善逸と伊之助の2人はアレから色々と自分なりに鍛錬してたりはしていたもののカナヲとの訓練には未だに敵わず彼ら2人自身も一向に自分たちが強くなってる実感もわかないでいた。

 一方の炭治郎はというとこの10日で更に実力をつけていき、カナヲに対しても一方的に負けるということはほぼなくなり、10日目にはついに。

 

「わぁ―――――!!」

 

「ッ!?」

 

 全身訓練でついに炭治郎はカナヲ捉え、続く反射訓練でもカナヲと互角の勝負を繰り広げ、ついに炭治郎はカナヲの猛攻を潜り抜けて湯呑みを手にした。

 

(うぉおおおおおおおおおお! 抜けたぁああああああ!!)

 

 炭治郎はその勢いのまま湯呑みの薬湯をカナヲに向けてかけようとするが、そこで炭治郎の中の理性がそれを止める。

 

『その薬湯臭いよ。かけたら可哀そうだよ』

 

 炭治郎は薬湯をカナヲにかけることなく、そのまま湯呑みごとカナヲの頭にポンと置いたのだった。

 

「勝った―――――!!」

 

「勝ったのかな?」

 

「かけるのも置くのも同じだよ!」

 

 カナヲに勝ったことで蝶屋敷の少女たちと一緒に盛大に飛び跳ね喜び合う炭治郎たち、一方の善逸と伊之助はとうとう置いてきぼりにされてしまったことで焦りがピークに達していた。

 

「あぁ……本当何なのさ!! 炭治郎更に強くなってとうとうカナヲちゃんに勝っちゃったよ!!」

 

「畜生!! 権八郎のヤロウ!! なんでアイツはカナコに勝てんだぁあああああ!!」

 

「あの~?」

 

 苛立ちがピークに達しブチ切れまくる善逸と伊之助に何者かが声をかけ2人はその声の方に振り替えると。

 

「御二人とも相当焦っているようですね」

 

 そこにいたのはしのぶであった。

 

「御二人とも、炭治郎君がどうしてあそこまで強くなったのか、その理由を知りたくはありませんか?」

 

「「えッ!?」」

 

 思いもよらない人物からの助け舟に目を丸くする善逸と伊之助、しのぶはその反応を了承と受け取り2人に炭治郎がこの10日の間どのような鍛錬を行っていたのかを話した。

 

「炭治郎君がカナヲに勝ったわけは、全集中の呼吸の技、全集中・常中を会得したからです」

 

「全集中・常中……て、それって!」

 

「なんだ紋逸、ぜんしゅうちゅうのじょうちゅうって?」

 

 善逸はしのぶの言った全集中・常中という言葉を聞いたことがあったのかすぐさまなるほどといった感じで首を垂れるが伊之助は何のことやらといった感じだった。

 しのぶは説明をつづける。

 

「全集中・常中。全集中の呼吸を四六時中やることで、基礎体力が飛躍的に上昇します。これはまぁ、初歩的な技術なんですけど、会得するには相当な努力が必要ですね」

 

「つまり、権八郎はそのじょうちゅうっていうのを使ってカナコに勝ったのか?」

 

「そうです。まぁ出来て当然なんですが、できないのも無理はないですよ、仕方がない仕方がない」

 

 説明の後しのぶがそう口にしたのを聞いた伊之助は。

 

「できて当然……でもできないのは仕方がない……やってやろうじゃねえか!! できてやるっつぅの―――当然に!! 乳もぎ取るぞ!!」

 

 と、大奮起し。

 

「全集中・常中……か……やるしかないのか……」

 

 最初はそうため息を零していた善逸も。

 

「善逸くん、頑張ってください。一番に応援していますよ」

 

「は……はい―――――――――!!」

 

 しのぶのその言葉で大奮起し、その日から2人はしのぶに色々と教わりながら、打倒炭治郎に向け全集中・常中の特訓を開始したのであった。

 

「瓢箪を吹く?」

 

「はい、カナヲと炭治郎君が今やってる鍛錬の中にあるもので、この瓢箪を吹くことをやっています」

 

 訓練を初めて早々に、しのぶは善逸と伊之助にそう言い2本の瓢箪を見せた。

 

「へぇ、瓢箪を吹くってなんだか面白いことしてるんだなぁ」

 

「で、この瓢箪って吹くとどうなるんだ? 草笛みたいに音でもなるのか?」

 

 瓢箪を見せられた善逸は面白い訓練だなと言い伊之助は音でもなるのかとしのぶに聞いた。

 

「いえ、吹いて破裂させます」

 

「「へぇ…………」」

 

「「え゙ッ!?」」

 

 しのぶの続いて出た言葉に、一瞬善逸も伊之助も言葉を失った。しのぶの持ってきた瓢箪は特別硬く作られており、普通に考えればこんなものが人の息程度で割れるはずはないと想えるほどの硬度を誇る。

 だがしのぶはこんなもの、全集中・常中を会得すれば一瞬で割れると言った。その上で更にしのぶはあるものを2人に見せた。

 

「ちなみに、今炭治郎君とカナヲが吹いている瓢箪がこれになります」

 

「デッカ!」

 

 しのぶがそう言って持ってきたのは、幼子ほどもの大きさの瓢箪であった。それを見た善逸は炭治郎とカナヲの2人が遥かにとんでもないところに行っているのを理解し戦慄したのであった。

 

 それからさらに9日ほど経ち、どうにか善逸と伊之助の2人も全集中・常中を会得し、機能回復訓練でカナヲにどうにか勝つことができたのであった。

 

 

 

 

 

 時間は更にそこから数日が経ち、炭治郎の下に一羽の鎹鴉が舞い降りたのだった。

 そのカスガイガラスを自分の下に降りてこさせるとここにやって来た詳しい理由を聞き、それは炭治郎を大いに歓喜させる。

 

「伊之助! もうすぐ打ち直してもらった日輪刀が来るって!」

 

 鎹鴉の持ってきた情報は、炭治郎と伊之助の刀の打ち直しが終わり、その刀が今日届くというモノであった。その事を炭治郎から聞いた伊之助も歓喜の声を上げ一緒に出迎えへと走る。

 屋敷の外に出ると丁度こちらの方へと向かってくる2人の人影が目に入った炭治郎はその人影に大きく手を振って挨拶をした。すると人影のうちの一人が何やら手荷物をもう1人の人影に私、炭治郎たちのいる方へと全速力で走ってきた。

 そして、次の瞬間炭治郎が目にしたのは。

 

「よくも折ったな……俺の刀を……よくも、よくもぉおおおおおおおお!!」

 

「は……鋼錢塚さん!」

 

「殺してやるぅううううううううううう!!」

 

 包丁の切っ先を炭治郎へと向け、ヒョットコ仮面越しでも伝わるほどの憎悪の念を抱き全速力て突撃してくる彼専属の刀鍛冶、鋼錢塚蛍の姿であった。

 炭治郎はその後、実に1時間も追い回されることとなりようやく彼の怒りが収まったのか屋敷の縁側へと移動することができた。

 

「ひ……ひどい目に遭いました……」

 

「まぁ、鋼錢塚さんは情熱的な人ですからね、人一倍刀を愛していらっしゃる。あ、私は鉄穴森と申します。今回伊之助殿の刀を打たせていただきました」

 

 鋼錢塚と共にやってきたこの男の名は鉄穴森鋼蔵と言い、今回伊之助の担当となった刀鍛冶であり、彼の刀を届けに来たと炭治郎に言った。

 

「あ、よろしくお願いします。竈門炭治郎です」

 

 炭治郎も鉄穴森にそうあいさつをした。

 

「こちらこそ。それではこれが伊之助殿の刀となります」

 

 鉄穴森は炭治郎に軽く会釈したのち、自身が持参した伊之助の刀を彼に渡した。

 

「えッ!? 伊之助、お前の刀……」

 

「おう!」

 

 だが炭治郎はその刀の形を見て驚く。何と伊之助の刀は最初の時、彼が使っていたのと寸分違うことなく同じような出で立ちであったのだ。すなわち鍔は一切なく、刃はまるで鋸かのごとくボロボロの形状。

 しかし当の伊之助は大喜びなうえ、彼の担当という鉄穴森も特に気にした様子ではなく、一応だが炭治郎は鉄穴森にそのわけを聞いたのであった。

 

「えぇ、実はこれはさるお方からの要望なのですよ。伊之助殿の刀はあのような形で打ってほしいと。結構大変な仕事でしたが、喜んでくれたのなら幸いです」

 

 鉄穴森は炭治郎にそう答え、同時に鬼殺隊士の中には、自身の呼吸や戦い方に合わせて、刀を発注することはよくあることで今回の伊之助の刀もその注文に沿ったモノであると説明した。

 

「そうなんですね」

 

「ええ、渡されてから下手に素人目で加工され、刀の強度が弱まるよりもその方がずっと我々としても助かるのですよ。我々にとっても隊士の方々にとっても刀は文字通り、その魂を込めて作られ同時に彼らの命を護る為の大切な代物ですからね」

 

 一方の伊之助は渡された刀をまじまじと見つめ。

 

「なぁ、これの試し切りをしたいんだが」

 

「ええ、構いませんよ、存分に試してみてくださいな」

 

 そう口にすると早速打ち立ての刀をもって鍛錬場へと向かうのであった。

 その後、炭治郎もまだふてくされてる鋼錢塚からどうにか刀を受け取り、仕事を終えた鋼錢塚と鉄穴森の2人はそろって帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって琵琶の音が鳴り響く、どこかの城の中のような雰囲気の異空間、この場に1体の鬼が姿を現していた。

 その鬼の瞳には〝下陸〟と数字が刻まれている。

 さらに琵琶の音が鳴り響くと、そのたびに新たな鬼たちがその場に姿を現した。全鬼の瞳にはそれぞれ下壱から肆までの数字が刻まれていた。

 彼らは鬼の首魁、鬼舞辻無惨の精鋭の鬼たち、十二鬼月、下弦の鬼たちであった。

 そして最後に一度、琵琶の音が鳴り響くと彼らの前にはさらに一人、豪華な着物で自身を着飾った、どこか妖しげな雰囲気を醸し出す女が立っていた。

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 

 しかし、その口から発せられた声色は到底女性のモノとは思えないほどの低音、更に鬼たちはその言葉を聞いた瞬間、まるで何かに操られるかの如く、その女の言葉通りに平伏するのであった。

 鬼たちはその瞬間に理解した。自分たちの目の前にいる女こそ、自分たち鬼の首魁である鬼舞辻無惨であると。

 

「私に聞かれたことを答えよ。先日那田蜘蛛山にて下弦の伍、累が殺された。私が問いたいのは一つのみ。『何故に下弦の鬼はこうまで弱いのか』十二鬼月に数えられたからと言って終わりではない、そこから始まりなのだ。より人を喰らいより強くなり私の役に立つための始まり。ここ百年余り十二鬼月の上弦の顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼たちだ。しかし下弦はどうか? 何度入れ替わった」

 

 無惨からの問いに下弦の鬼たちは何一つ答えられない。それも無理もない事であった。

 ここ百年間、十二鬼月のうち上弦の鬼たちの顔触れはほとんど変わってはおらず、せいぜい空席であった上弦の陸が補充された程度である。しかし下弦の鬼に至ってはこの数十年間で何度も入れ替わりが起きており、その原因はいずれも鬼殺隊(鬼狩り)に敗北してのモノであった。

 ここ最近では下弦の弐が、そして今回の那田蜘蛛山で下弦の伍が相次いで鬼狩りたちに討伐されている。これは鬼たちにとって、とりわけその鬼たちの首魁たる鬼舞辻無惨にとっては屈辱以外の何物でもなかったのだ。

 

「面目……しだいもございません……」

 

 現下弦の弐、轆轤がそのことを無惨に謝罪する。だが、無惨の怒りはそれでは収まることはなく。

 

「面目ない……だと?」

 

 無惨は自身の腕を巨大な怪物のような形に変貌させると、そう口にした轆轤へと突き付ける。だがその怪物の腕は轆轤の既の所で止まった。

 

「…………」

 

 あまりに突然の出来事に恐怖でその身が支配され動くことも喋ることもできない轆轤。だが、直後に無惨は不敵な笑みを浮かべると。

 

「いや、お前たちを責めたいわけではない。下弦は弱いとはいえ、それでも先代の下弦の弐、そして累に至ってもここ数十年その地位に君臨し続けてきたのは事実だ。下弦とはいえそれ相応の実力を持つモノは貴重だ。よって、今この場でお前たちに機会を与えたいとそう思う」

 

 そう静かに口にした。

 

「機会……でございますか……?」

 

 無惨の発した言葉にしばし動揺したのち、改めて先の言葉の真意を問い直す轆轤と他、下弦の鬼たち。

 

「そうだ……」

 

 無惨は下弦の鬼たちからの問いにそう答え。

 

「私の血をお前たちに授けよう。この血を得ればお前たちは更なる力を得られる……」

 

 続けてそう口にした。

 その言葉を聞いた下弦の弐たちはいっせいに驚きと歓喜の声を上げた。それも当然のことである。

 鬼たちの強さは、その鬼がもともと持っていた資質以上に、鬼舞辻が与える血の量も大きく関係する。より多くの血を与えられた鬼はその分、より強く強大になり、その逆に少ない血ではそこまでの力を得るに至らない。

 即ちより多くの鬼舞辻の血を得ることができれば、その分鬼たちは力をつけ強くなることができる。鬼舞辻から更なる血を分けてもらうというのは鬼たちにとっては正しく栄誉に他ならない。

 そのもう一つの意味さえ知らなければ。

 

「さぁ、受け取るといい。我が血を……そして更なる力をつけ、鬼狩りどもを滅ぼすのだ」

 

 そうとは知らず、下弦の鬼たちは文字通り喜んで無惨からその血をもらい受ける。

 だが、その血を得て彼らがまず最初に得たのは、まるで地獄に叩き落され、その業火でその身を焼かれているかのような苦痛であった。

 

「ギィヤァアアアアアアアアアア―――――!!」

 

「ガァァアアアアアアアアアアア―――――!!」

 

 血を受け取った下弦の鬼のうち、下弦の陸と下弦の参は忽ちその身を不気味な肉塊へと変貌させ、瞬時に事切れた。

 

「グゥウウウ……ガッ!」

 

「ガハッ!……グゥ……」

 

「ガハッ!」

 

 残る下弦の鬼たちもその血が与える苦痛にその身を焼かれのたうち回る。

 

「言い忘れていたが、私の血はお前たちにとっては猛毒でもある。その血に順応できるかどうかは、お前たち次第だ。順応できれば、お前たちは更なる力を得られるが、そうでない場合は、こいつらのようにただの肉塊へと姿を変え滅びるだけだ。さて、お前たちはどうかな……」

 

 無惨はそんな下弦の鬼たちの惨状を、余興の如く楽し気に見つめている。だがしばらく経つと。

 

「ほう、順応できたか」

 

 のたうち回っていた下弦の鬼たちは平静を取り戻し再度、無惨へと平伏しなおすのであった。

 

「これほどの力……体に力が漲ります……」

 

「素晴らしい……これは素晴らしいですぞ……ハハハ……アハハ!」

 

「あぁ……私は夢心地です……貴方様からの素晴らしい贈り物……万感の思いでございます」

 

 無惨は更なる笑みを浮かべて下弦の鬼たち一人一人に声をかけていく。

 

「どうだ零余子。最早鬼狩りなど畏れるに足らぬだろう?」

 

「はい……むしろ、これまで受けてきた屈辱、それを今この場で晴らしたい気分にございます! あの憎き鬼狩りども……わが手で全員血祭りにあげて差し上げますよ」

 

 下弦の肆、零余子。彼女はこれまでは鬼狩りと出会うとそのたびに彼等から逃げてきた。さほど力を持たない彼女にとってそれは、生き延びるための賢い手であったが。

 永遠すらこの手にした鬼である自分が、無様にも人間如きから尻尾を巻いて逃げるなど。彼女にとってこの上なき屈辱でもあったのだ。

 

「気分はどうだ?」

 

「素晴らしい……実に素晴らしい気分です、無惨様……いただいた機会、決して無駄には致しません!」

 

 下弦の弐、轆轤もそう力強く口にした。十二鬼月に数えられたとはいえ、鬼狩りから隠れる日々は彼にとっても大いに屈辱であった。

 だからこそ、こうして機会を与えられたことは彼にとっては大きな喜びであった。

 

「お前はどうだ? 気分は……」

 

「あぁ……私は夢見心地でございます。貴方様から血を頂けて、愚かな陸と参の断末魔が聞けて……人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、この血で更に、鬼狩りどもの断末魔を聞ける……血を与えてくださり、ありがとうございます」

 

 下弦の壱、厭夢もそう無惨の問いに恍惚な表情で応えるのであった。

 

「お前たち参人は、下弦の中でも私の血に順応できた選ばれ子鬼だ。その力を持って鬼狩りの柱を殺せ。そして……」

 

 最後に無惨はこの場に残った3体の鬼たちに告げる。

 

「耳に花札のような飾りを付けた鬼狩りを殺せば、更なる血を与え、お前たちを新たな上弦の鬼へと加えてやろう。お前たちのはたらき、期待するぞ」

 

 その言葉の後、琵琶の音が再度響き渡り、無惨と鬼たちの姿はその場から消えたのであった。

 

つづく




本作の無惨様は少しだけ理性的にしました。
でも却って極悪な感じになたような……。
でもまぁ、無惨様だしね(オイ

次回はいよいよ無限列車編に入ろうかと思っております。

それではまた次回。


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第17話 無限列車編

いよいよ今回の話から無限列車編に入ります。
今回は飽くまでも導入部分になります。


 炭治郎らが蝶屋敷に来て、機能回復訓練に手カナヲに勝利してからさらに時は過ぎ、この日炭治郎はしのぶの下で診察を受けていた。

 

「体調の方はもう、ほぼ大丈夫のようですね。これなら十分復帰できます」

 

「そうですか、ありがとうございます!」

 

 結果は上々のようでしのぶから無事、退院と復帰の許可が下りた。炭治郎はこれまでの事を含めしのぶに礼を述べる。

 

「あの、しのぶさん。実はずっと聞きたいことがあったんですが、いいですか?」

 

「はい、答えられることならなんでも」

 

「実は、カンナさんと一緒に那田蜘蛛山で下弦の伍と戦った際に、俺は鱗滝さんの下で学んだ水の呼吸ではなく、亡き父から教わった家に代々伝わる神楽『ヒノカミ神楽』を舞う際に使う呼吸を半ば思い付きで使ったんですけど、それで技が出せて下弦の伍の首を刎ねたんです」

 

 お礼を言った後炭治郎はそうしのぶに尋ねた。

 蝶屋敷に来る前の任務、那田蜘蛛や名に手カンナとともに下弦の伍、累と対峙した炭治郎はその戦いの最中、カンナが自ら放った雪の呼吸の漆ノ型の反動で動けなくなったとき、カンナを助けようととっさに、炭治郎は脳裏に浮かんだ父親の言葉に従う形で竈門家に代々伝えられてきた神楽舞である『ヒノカミ神楽』の呼吸を用いて技を放ち、下弦の伍、累を討伐したのだ。

 だが、その時から炭治郎の中ではなぜ、自分の家に使えられた神楽の呼吸で、鬼殺隊が用いる全集中の呼吸と同じように技が出せたのかずっと疑問だったのだ。

 

「なるほど……でもごめんなさい『ヒノカミ神楽』というモノは鬼殺隊の中では聞いたことがありませんね」

 

「あの、それなら火の呼吸とかは?」

 

「それもありませんね、でも火の呼吸はありませんが炎の呼吸と後一つ、確か鬼殺隊が現在使う全集中の呼吸の始まりとなった呼吸に〝日の呼吸〟というのがあるとは聞いたことがあります」

 

「えっと、火の呼吸はないのにその始まりの呼吸がひの呼吸と呼ばれてると?」

 

「あぁ、字が違うんです。日輪刀の日の字で日の呼吸と呼びます」

 

「あ、なるほど!」

 

 炭治郎の問いにしのぶはそう応え説明した。

 しのぶの説明によると現在鬼殺隊に伝わる全集中の呼吸、それには最も原初たる呼吸が存在しその後、現在の水や炎、雪の呼吸など各流派の呼吸に枝分かれしていったとのことだった。

 そしてその始まりの呼吸の名が〝日の呼吸〟と呼ばれていたとのことだ。日輪刀、或いは日光の日と書いて日の呼吸。自身の家に伝わる神楽の名が『ヒノカミ』何か関係があるのではと炭治郎はしのぶからの説明を聞き思案した。

 

「ただ、私も始まりの呼吸がどういうモノであったかまではわからなくて、ただそれに関して知っているであろう方なら知っています」

 

「えっと、それは……?」

 

「現在の炎柱、煉獄さんです。煉獄さんの家は代々炎柱を輩出してきた由緒ある御家で、非常に古い歴史を持っています。きっと件の日の呼吸に関しても、何か知っていることがあると思います」

 

「炎柱の煉獄さん……あ、あの人!」

 

「はい、鴉を飛ばしますけど返事が来るまで少しかかるかもしれませんが」

 

「いえ、構いません。ありがとうございます!」

 

 しのぶはそう炭治郎に言うと炭治郎は今一度しのぶに礼を言った。

 その後の診察もすべて終え炭治郎は蝶屋敷の廊下を一人歩いていた。すると炭治郎の進行方向から一人、鬼殺隊の隊服を身に纏った人物が歩いてきた。それを視界にとらえる前に自身の嗅覚でいち早くとらえていた炭治郎はその人物が自身とすれ違う前に道を開けるが。

 

(痛た! 避けたのにぶつかってこられた)

 

 その人物は炭治郎に気付かず軽くだが炭治郎と接触してしまった。

 

(あ、あの人!)

 

 咄嗟にその人物の方を見た炭治郎はその人物の特徴的な髪型から、自身の最終戦別での時の事を思い出した。

 

(確か、最終戦別で進行役を行っていた白髪の方の女の子にからんでいた……)

 

 炭治郎が今すれ違ったのは自身の最終戦別の時に、進行役を執り行っていた少女のうちの1人、白髪の方の少女にからんでいた少年であった。

 しかし、炭治郎は同時にその少年の容貌を見て驚いた。あの最終戦別の時からさほど時間は経過していないにもかかわらず、あの時はさほど自分と大差ない背丈であったにもかかわらず、今すれ違った少年の体格は炭治郎を頭一つ以上追いこすほどにまで大きく成長していたのだ。

 

「久しぶり、元気だったか!?」

 

 あんな別れ方にはあの時はなったが、一応は同期の隊士とあって炭治郎は大きな声でその少年にそう叫ぶが、少年は炭治郎の言葉を無視してそのまま蝶屋敷の奥へと歩いて行ってしまった。

 

 思わぬ人物との再会した炭治郎。無視されたことには少しだけ引っ掛かりを覚えたものの、すぐに気を取り直して炭治郎は今回の怪我の療養でお世話になった蝶屋敷の人々に挨拶へと向かっていた。

 

「そうですか! もう行かれる。短い間でしたが、同じ刻を共有できてよかったです。頑張ってください」

 

「ありがとう……」

 

「お気をつけて」

 

 最初に向かったのは神崎アオイの下であった。炭治郎はこれまでの蝶屋敷での生活で色々と世話になったこともあってアオイに丁寧にお礼を言ったのだが、当のアオイはこんなのは当然ですと言った態度で炭治郎には普段通りのどこか素っ気なさも感じる事務的な対応で応えていた。

 

「たくさんお世話になったなぁ。忙しいなか俺たちの面倒を見てくれて本当にありがとう。これでまた戦いに行けるよ」

 

 そんなアオイの対応だったが、炭治郎は気を悪くはせずお礼の言葉を重ねていく。

 

「貴方たちに比べたら私なんて大したことはないので、お礼なんて結構です。選別でも運よく生き残っただけ、その後は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けなので」

 

 そんな直向きな炭治郎に少しだけ、アオイは気を許し自分の身の上を話した。自分は運よく最終選別を生き残っただけ、その後は戦いに行くのが怖くなって戦えなくなった腰抜けの隊士だと。そんな自分よりも畏れず、屈することなく線上に立てる炭治郎たちの方がずっとすごいのだと。

 

「そんなの関係ないよ。俺を手助けしてくれたアオイさんはもう、俺の一部だから。アオイさんの想いは、俺が戦いの場にもっていくし」

 

 そう謙遜するアオイに炭治郎はそう声をかけ、最後にもう一言、怪我をしたらまたお願いすると告げた後アオイの下から離れていった。

 そんな炭治郎の姿を見つめるアオイの下を一陣の風が通り過ぎる。その後の彼女の顔はそれまでとは異なり、非常に晴れやかで穏やかなモノとなっていた。

 

 あおいのもとを去った炭治郎が次に訪れたのは、最終戦別の後、ここ蝶屋敷で再会し機能回復訓練では互いに競い合った相手であるカナヲの下であった。

 

「あ、いたいた! 俺たち、もう出発するよ。色々ありがとう!」

 

「…………」

 

 カナヲにも先ほどの蒼いと同じようにお礼を言う炭治郎だが、当のカナヲはにこにこと笑うだけで炭治郎には一言も返事をしない。

 

「君はすごいね、もう継子で。俺たちも頑張るから!」

 

 それでも炭治郎は諦めずにカナヲに話しかけるが、一向にカナヲは炭治郎に言葉を発することをしない。

 それでも話しかけ続けるとカナヲはおもむろに懐から一枚のコインを取り出すとそれを空へと弾き上げた。

 そのコインが手元に戻り、そのコインを一目確認した後。

 

「師範の指示に従っただけなので、お礼を言われる筋合いはないから、さよなら」

 

 カナヲはようやく口を開きそう炭治郎へと告げた。

 ずっと話しかけていたカナヲがやっと口を開いてくれたことに喜んだ炭治郎はその後もカナヲに色々と声をかけるが、それからはまたカナヲは口を閉ざすか、さよならとだけ言うばかりで炭治郎の言葉に応えなくなってしまう。

 それでも負けじと炭治郎がカナヲに話しかけ続けると。

 

「指示されていないことは、これを投げて決めているの。今あなたと話すか話さないか決めた。表が出たら話さない、裏が出たら話す。裏が出たから話した」

 

 カナヲはそう炭治郎に告げた。

 そんなカナヲの言葉に炭治郎は疑問を抱きその思いをカナヲに問うと、カナヲは何もかもがどうでもいいから自分で決めることができないのだと、そう炭治郎に応えた。

 

「この世に、どうでも良いことなんて無いと思うよ」

 

 それを聞いた炭治郎はカナヲにそう告げるとカナヲが持っていたコインを借り。

 

「よし、投げて決めよう! カナヲがこれから、自分の心の声をよく聞くこと! 表だ、表が出たらカナヲは心のままに生きる!」

 

 そう言うと先ほどカナヲがやったのと同じようにコインを指で空へと弾き上げた。

 だが力を込め過ぎたのか、コインはあまりに高いところまで打ちあがってしまう。しかも運悪くその場を一陣の風が横切り、コインがあらぬ方向に流されてしまう。

 

「わっあれッ!? どこ行った?」

 

 それでもどうにか流されたコインを見つけてその手中に捉えた炭治郎は大喜びでカナヲの下に駆け寄る。

 

(どっちだろう、落ちた瞬間が背中で見えなかった)

 

 カナヲは表と裏、どちらが出たのか緊張しながら炭治郎の手元をのぞき込む。

 

「表だ―――――!!」

 

 結果は表であった。その事にこれ以上ないくらいに喜んだ炭治郎はカナヲの手を取り。

 

「頑張れ! 人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる!」

 

 そう力強くカナヲに告げた。

 

「それじゃ、またいつか!」

 

「あの! な、なんで表を出せたの!?」

 

「偶然だよ! それに裏が出ても表が出るなで何度も投げ続けようと思っていたから」

 

 別れ際にカナヲがそう炭治郎に問うと、炭治郎はそう応えその場から走っていってしまったのだった。

 一人取り残されたカナヲは最初は呆然として歌野だが、そのあと自分の心が何やら温かくなっているのを感じ、炭治郎から返されたコインをギュッと握りしめ、自らの胸元へと引き寄せるのであった。

 

 

 

 その後も炭治郎は残る蝶屋敷の人々に挨拶を済ませると、その日のうちに善逸、伊之助ら連れ蝶屋敷を後にした。

 炭治郎らが向かう場所はすでに鴉が教えていた。それは市街地にあるとある駅であった。そこにはすでに無限というプレートの張られた蒸気機関車が止まっていた。

 伊之助は汽車を知らないため、最初は生き物と勘違いし攻撃しようとしたが、それを横にいた善逸と炭治郎が止めた。なお、炭治郎も蒸気機関車の事を知らなかったため、善逸がその事を教える。

 その後も一悶着あったのだがどうにか炭治郎たちは切符を買い汽車に乗り込むことができた。

 

「なんであの時駅の人に凄い剣幕で詰め寄られたんだろうか」

 

「あのな、そりゃお前当然だって。俺たち鬼殺隊は政府非公認の組織で、本来帯刀なんか許されてないんだよ。鬼がどうのこうの行ったって向こうは信じてくれやしないし、逆に混乱させるだけだからな」

 

 炭治郎はその際駅での悶着の事に疑問を口にし、善逸はその理由を炭治郎に応えていた。

 そう、鬼殺隊は政府非公認の組織であるがゆえに、本来はその身に刀を持つことが許されてはない。しかしそうであるが故に今回の炭治郎らを襲った悶着以上に鬼殺の任務の際も度々正式な公職にある人々との間で様々な問題が引き起こされてもいた。

 余談だが、先の柱合会議で鋼柱の厳鉄が御館様に政府公認の組織に鬼殺隊をするように訴えていた。厳鉄のこの時の言葉は今回の炭治郎らを襲った問題を鑑みても必要な事であったのは明白であった。

 しかし厳鉄からの進言はとうの御館様からあっさりと退けられてしまってもいたのだった。

 

 それはさておき、炭治郎らが今回、この列車に乗ったのには理由があった。

 それは先に炭治郎がしのぶにお願いしていた炎柱の煉獄杏寿郎に会う事であった。先に鴉から煉獄が今回、鬼殺の任務でこの列車にいることが炭治郎らには伝えられていたため、こうして足を運んだところであった。

 しばらく客車の中を歩く炭治郎ら一行。

 すると奥の方の客席から「うまい」という大きな声が炭治郎らの耳に入った。

 その声のした方に炭治郎らが向かうとそこには件の探し人であった炎柱の煉獄杏寿郎が大量の駅弁を食していたのだった。

 

「なぁ、炭治郎……この人が炎柱? ただの食いしん坊じゃなくて」

 

「あ、うん……」

 

 そんな杏寿郎の姿をなんとも言えない表情で見つめる炭治郎と善逸であった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって場面は再び蝶屋敷に。

 

「はい、あーん」

 

「あ―――――」

 

「うん、検査結果は良好。もう任務に戻れるわ」

 

 そこではカンナがカナエによる最後の検査と診察を終えていた。任務にやっと戻れると聞きホッとカンナは胸を撫で下ろす。

 

「カァ―――、氷室カンナ、出戻リノ中突然デ悪イガ指令ダ」

 

 そこへやってきたのはカンナの鎹鴉であった。カンナはすぐさま真剣な表情になりその鴉を手元に招くと指令の内容を聞く。

 

「そう……わかったわ」

 

「内容は?」

 

 横にいたカナエの表情も険しいモノへと変わり、カンナが受け取った指令の内容に耳を傾ける。

 

「とある場所で、短期間に40名ほどの人々が行方知れずとなっているそうです。しかも数名の隊士を送ったそうですが、全員消息を絶ち、本部は柱の派遣を決定したと。そして、その支援に向かうようにとの指令です」

 

 カンナに渡された指令の内容にカナエは心当たりがあったのか。

 

「それって……」

 

 そう一言口にすると、カンナもそれに応えるように一言発した。

 

「はい、先に炎柱、煉獄杏寿郎さんが向かった場所」

 

『無限列車です』

 

つづく




雪華こそこそ話

カンナの隊服はカナヲと同じキュロットタイプです(真菰も同じ)
例のごとく女性であるがゆえに、某ゲス眼鏡の毒牙によって破廉恥極まりない隊服を最初は支給されてましたが、それは容赦なく彼女及び彼女の姉、師範、大師範の手で燃やされました。
その際に某ゲス眼鏡はこの3人によって正しくこの世の終わりと思うほどの絶望を味わされたとのこと。


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第18話 炎の柱

約1か月ぶりの雪華ノ乙女の更新です。

今回は無限列車編の序盤部分。
煉獄と炭治郎らの邂逅の部分となります。


 無限、そう名付けられたこの汽車はそれゆえに人々からは無限列車という愛称で呼ばれている。

 近代日本の発展の象徴ともいえる蒸気機関の車両であるここ、だがこの無限列車においては近年あまりに凄惨なうわさが絶えない。

 短期間のうちにこの列車に乗り合わせた乗客等が総勢で40名も行方知れずとなっているという。一部の者たちは『神隠しの起きる汽車』とこの列車をそう気味悪がるが、それでも主要の交通機関のうちの1つであるがゆえに、この列車にはこの日も約300名もの乗客が乗り合わせていた。

 そしてその中に、この噂を聞き付け、それら事件が鬼によるものと判断した鬼殺隊当主の命を受けた鬼狩りの一人、鬼殺隊最強の剣士である柱の一人、炎柱、煉獄杏寿郎もいた。

 

「うむ、胡蝶からの鴉より聞いているぞ竈門少年。竈門少年が那田蜘蛛山にて下弦の伍を討伐した際に用いた神楽が、我ら鬼殺隊の使う全集中の呼吸に極めて近しいモノであったがゆえに、その呼吸の秘密を知りたいとのことだったな」

 

「あ、はい!」

 

 この列車に乗る前、大量の購入していた駅弁を平らげ終えた煉獄はさっそく、今回この列車に乗り合わせることとなった炭治郎の疑問に答える。

 炭治郎が聞きたかったことは他でもない、自身の家、竈門家に代々伝わる〝ヒノカミ神楽〟の事であった。

 飽くまでも一介の炭焼きの家にすぎない竈門家に伝えられた神楽でなぜ、鬼殺隊で主に用いられている全集中の呼吸の技の様なことができたのか、ここに来る直前に同じく鬼殺隊の柱である蟲柱、胡蝶しのぶに尋ねたが帰ってきた答えは曖昧なモノで、ただひとつわかったことと言えば現在鬼殺隊が使う全集中の呼吸には、その元となった始まりの呼吸があるということ、そしてその呼吸の名が『日の呼吸』であるというモノであった。

 今回ここ、無限列車に炭治郎らが訪れたのは、鬼殺隊の中でも古参であり、代々炎柱を輩出してきた煉獄家の煉獄杏寿郎ならば何か知っているのではないかと、しのぶから教えられたためであった。

 煉獄は炭治郎の問いを相槌を打ちながら丁寧に聞いていた。

 

「だがスマンな、生憎だが俺も詳しくは知らん! 日の呼吸、始まりの呼吸に関しては確かに伝承の様なものがあったのは事実だが、どのような呼吸であったのかは、現在までそれが伝えられていない以上、判断のしようもない。竈門少年が父から受け継いだ神楽を戦いに活かせたのは実にめでたいが、この話はこれでお終いだな!」

 

「えぇ!? もっと何かないんですか?」

 

 しかし煉獄から帰ってきた答えは、しのぶのモノとそう変わらないモノであった。

 

「炎の呼吸は歴史が古い。そして、炎と水の剣士はどの時代にも必ず柱がいた。炎・水・風・岩・雷は基本の呼吸と言われ、それら呼吸全ての基が始まりの呼吸たる日の呼吸だということだ。他の呼吸はそれらから枝分かれしてできたもの、代表的な例が氷室や蓮刃の雪の呼吸だな」

 

「はい、それはしのぶさんからも聞きました」

 

「竈門少年の言うヒノカミ神楽が日の呼吸であるかどうかは、正直直にその技を見ねばわからんことだし、伝承でしかその始まりの呼吸は伝えられていない以上は、それが果たしてそうであるとは確証のしようがない、その理由は分かってもらえたかな?」

 

 更に煉獄はそう補足で説明をしてくれた。炭治郎もそれではそうと納得せざるを得ず煉獄が先に言ったとおり、今はこの話はそれで終わらずを得ないと少々不満はあったモノの理解した。

 

「そう言えば竈門少年、君の刀は何色だ?」

 

「あ、えっと俺のは黒刀です」

 

 続いて煉獄は炭治郎に刀の色は何色かを聞いてきた。

 

「黒刀か! それはキツイな」

 

 炭治郎の言葉を聞いた煉獄はそう思案するかのように腕を組み人事そう炭治郎に告げる。

 

「キツイんですか?」

 

「うむ、黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない。更には、どの系統の呼吸を極めればいいのか、わからないと聞く!」

 

「そうなんですか……でも、じゃあもしかして」

 

 煉獄の言葉に炭治郎は一瞬残念そうに俯くが、そこでふとある考えが浮かび、それを煉獄に対し口にした。

 

「黒刀の剣士は、珍しいけど昔からいたんですよね?」

 

「ああ、確かに珍しいがいなかったわけではない」

 

「もしかしたら、その黒刀こそが日の呼吸への適性を持った人の証なんじゃ……これは俺の感覚ですけど、ヒノカミ神楽と水の呼吸、あ、俺の師の鱗滝さんが水の呼吸の使い手だから俺も水の呼吸を使ってるんですけど、水の呼吸の時よりもしっくり来たというか、かなり威力が出た感じがしたので」

 

「うむ……」

 

 炭治郎が口にしたのは今炭治郎が持つ黒刀、その日輪刀の色が日の呼吸に適性のある者たちの色なのではないかという事だった。煉獄も炭治郎が言わんとすることは理解ができ、その言葉を聞いた後ある提案をした。

 

「ならば、俺が鍛えてやろう。俺の継子になると言い竈門少年! 俺は知らないことだが、俺の家にある書物、代々炎柱達が受け継いできた書がある。もしかしたらそこに、日の呼吸や竈門少年の家に伝わる神楽に関して、何か載ってるかもしれん」

 

「良いんですか?」

 

「ああ、俺は歓迎するぞ!」

 

 煉獄からの思わぬ提案に炭治郎は一瞬心が躍った。

 ただでさえ、柱の継子になど、なれる機会はないうえに、炭治郎にとってはずっと心の中で引っかかっていたヒノカミ神楽の秘密、それを知ることができるかもしれない、正しく一石二鳥ともいえるモノだった。

 

「とはいえ、今は目の前のい事を片付けねばならん! 継子の件、我が家の書の件何れもそれが終わってからだな!」

 

「あ、そういえば今は任務の途中なんでしたっけ……」

 

 一瞬気持ちの弾んだ炭治郎であったが、煉獄の言葉でなぜ彼と自分たちが今、ここにいるのかを思い出す。

 

「ああ、この列車で短期間のうちに40人以上の人が行方知れずとなっている。数名の隊士を送り込んだが、全員がその消息を絶った! だから、柱である俺が来たということだ!」

 

 そう、鬼殺隊の柱である彼、煉獄杏寿郎がこの無限列車に乗っていたのは何も観光が目的ではない。

 他ならぬ鬼殺の任務の為であり、炭治郎らもその任務に事実上加勢するという形でここにいるのだ。

 

「えぇえええええええ!? ここ、ここに鬼が出るの!? 鬼がいるところに移動してるんじゃなくてここに!?」

 

 なお、その事をこの直前まで知ることがなかった炭治郎の仲間の隊士のうちとある1名がその話を聞き大騒ぎとなり、今すぐ降りると駄々をこね始めたのだが。

 

「切符、拝見いたします」

 

 その後すぐにこの列車の車掌さんが現れ乗客の切符の確認にやってきた。

 

「何ですか?」

 

「車掌さんが切符を確認して、切込みを入れてくれるんだ」

 

 列車を利用したのがこれが初めての炭治郎は一体何が始まったのかと首をかしげていると即座に煉獄が炭治郎にそう説明し車掌さんに切符を差し出し彼が言う通り、車掌さんはその切符を確認した日に切り込みを入れた。

 

「ッ!?」

 

 同じように善逸、伊之助の持つ切符にも車掌さんが切り込みを入れ炭治郎の番となった。炭治郎は一瞬妙な気配と匂いを感じ浮心がるも他の仲間たちがやったように切符を車掌さんに差し出し切りこみを入れてもらう。

 

「拝見いたしました」

 

 その直後であった。

 

「うわっ!」

 

「きゃあああ!」

 

 車掌さんが入っていた方向にある扉の近くから乗客たちの悲鳴が聞こえてきたのは。

 

「車掌さん、危険だから下がってくれ。火急のことゆえ、帯刀は不問にしていただきたい」

 

 そこにいたのは見るからに凶悪で気味の悪い容貌の異形の鬼。しかし幸いにもまだ周囲の乗客には襲い掛かっているそぶりはなく。

 

「その巨躯を隠していたのは血鬼術か、気配も探りづらかった。しかし! 罪なき人々に牙を剥こうものならは……この煉獄の赫き炎刀がお前を骨まで焼き尽くす!」

 

 更に鬼の気配をいち早く察知し既に刃を抜いた煉獄が鬼の前に立ちはだかっていた。

 

炎の呼吸・壱ノ型 不知火

 

 煉獄へと雄叫びを鬼が上げたその刹那、空かさず刃を抜いた煉獄が鬼の懐へと入り、その巨躯にある頸を一閃し斬り落とした。

 

「す……スゲェや兄貴!! 見事な剣術だぜ、オイラを弟子にして下せぇ!」

 

「いいとも! 立派な剣士にしてやろう!!」

 

「オイラも!」

 

「おいどんも!!」

 

「おう! まとめて面倒見てやる!!」

 

『煉獄の兄貴! 兄貴!』

 

 意外なほどに呆気なく終わった任務、炭治郎らは歓喜の声を上げ煉獄と共にその勝利を分かち合った。

 

―――――

―――

 

 

 

 

 先頭車両のその真上で1体の鬼が不敵な笑みを浮かべそこにいる。

 

「フフフフフ……夢を見ながら死ねるなんて、幸せだね」

 

 その瞳には下弦の壱と刻まれている。

 

 月明かりが照らす夜の闇の中、疾走する無限という名の汽車のその上で、十二鬼月、下弦の壱、その名を魘夢という鬼は一人、そう呟いていた。

 

つづく



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第19話 胡蝶の夢

無限列車編の第2話となります。

今回の話のタイトルは「胡蝶の夢」勿論しのぶさんの夢ではありませんよ。

『夢の中の自分が現実か現実の方が夢なのか』といった説話からです。


 炭治郎らが無限列車に乗り煉獄と話を始め、車掌さんが彼らの持つ切符を切ったのとほぼ同時刻。

 

「警戒に越したことはないとは言いますけど、大方予想通りでしたね、〝拍治さん〟」

 

「ああ……」

 

 同じくこの列車にはカンナともう一人、鬼殺隊、拳柱、素山拍治の2人も乗り合わせていた。

 2人はそう互いに話をしながらもすでに切込みが入れられている切符に目をやる。

 

「切符を切られた人はまるで、糸が切れた操り人形かの如く眠りに落ちてしまっています」

 

「やはりこの切符に鬼が何らかの血鬼術を仕込んでいたようだな。この昏倒はそれによるものだろう」

 

 2人は最初、この列車に乗る際に勝った切符を見たその瞬間にこれに気付いた。この列車、無限列車の切符にはあらかじめ鬼による細工がなされていたのだ。

 それは極めて単純明快な血鬼術でこの列車行方不明事件の首謀者たる鬼の血があらかじめ切符のその全てに浸み込ませており、この列車の車掌がその切符を拝見し切込みを入れることでそれが引き金となり発動し、その切符を持つ乗客を深い眠りにつかせるというモノ。

 

「けど、拍治さんは良く気づきましたね」

 

「鱗滝殿ほどではないが、俺も人並み以上には鼻が利く。それとこれまでの鬼殺の経験から、鬼の匂いの特徴はすべて把握してるからな。とはいえ、この術は単純であるがゆえに、素人以上にベテランの隊士であればあるほどわかりづらい。これまで送り込んだ隊士の中には長く鬼殺隊にいて経験豊富なベテラン隊士も多く含まれていたのに、その全てが消息を絶ったというのも頷けるというモノだ」

 

「となると、炭治郎らは元より煉獄さんも」

 

「恐らくは……」

 

 狛治の言葉にカンナは静かに頷いた。確かに拍治のように鼻が利く上に、これまでの鬼殺の経験から鬼の匂い、気配などを熟知していてなおかつ、絶えず異能の鬼の血鬼術への警戒を行い些細な事にも常に気を配れるほどの隊士でなければ、こういった類の術を躱すのは難しい。

 通常、多くの鬼殺隊士、特にベテランともなれば血鬼術を使う異能の鬼との戦う機会も多くなり、多種多様でかつ複雑怪奇な血鬼術に晒されることも増える。

 しかしそこに多くの隊士が陥る落とし穴がある。

 こういった隊士は長らく鬼殺の場においてそうした血鬼術に触れてきたがゆえに、ある種の慣れの様なものが生まれてしまう。複雑怪奇な血鬼術への警戒は密に行う半面、こうしたほぼ誰もが思いつくような単純な血鬼術への対処が疎かとなりやすいのだ。そして今回の無限列車に送り込んだ隊士たちのように思わぬ反撃から殉職するというケースが後を絶たない。

 

「この切符……匂い以外では切符の墨の感じ、切符そのものの肌触りなど質感が他の切符と大差がない。それに基本列車に乗るからには切符の拝見は避けては通れない。警戒していたとしてもかかるモノはかかるさ」

 

「あまりに嫌なやり口ですね。私たちは幸いなことに師範から渡された〝複製品〟を切らせましたから事なきを得ましたが」

 

 拍治は長らく鬼殺隊に属し、そうした血鬼術で死んでいく隊士の姿を目の当たりにしてきたことから他の隊士がする以上に血鬼術への対処を怠らない。それはカンナも同じで最初にこの列車の切符を購入した際にすぐ、その切符から感じた違和感に気が付いた。

 とはいえ列車に乗る以上は切符の購入に加えそれらを車掌に拝見させることを避けて通ることはできない。単純な血鬼術だが、それが故に用意周到に仕組まれたこれら発動に至るまでの条件。仮にこれらに気が付いていたとしても完全に回避するのは困難であった。

 

「それに関しては奴に感謝せねばな。とはいえこの鬼、考えるにここまで用意周到に場を拵える特徴から相当慎重な奴だ。しばらくはこちらからは行動を起こさずに〝奴の術に掛かったフリ〟続けるほかあるまい」

 

「賢明ですね」

 

 幸いカンナ、拍治の2人は無限列車に向かう直前、雪柱、導磨からこの無限列車の切符、それをほぼ完璧に複製した偽切符を渡され、更に鬼に感づかれるのを避けるために本物の切符も同時に購入したうえで、切符拝見の際にはその偽切符の方を切らせることでこの鬼の血鬼術に掛かるのを防ぐことができた。

 とはいえここまで用意周到にした盾部を行う鬼が、自身の術に掛かっていない人間に気付くことがないとは限らない。そのためカンナと拍治の2人も鬼が何かしらの行動を起こすまでは、ほかの乗客と同じように術に掛かったというフリをすることになった。

 

 

 

 

 炭治郎が気付いたときには目の前は真っ白な銀世界。そしてそこにいたのは在りし日の家族の姿であった。

 最初、炭治郎は感極まって兄弟たちを抱きかかえ大きく泣いた。

 それからしばらくは家族たちと楽しい日常を過ごす炭治郎であったが、ふとしたことでここが自ら見る夢の中であると気が付いた。

 それは炭治郎が母に言われ、風呂の支度の為に近くの川まで水を汲みに行ったとき。水面に浮かんだ鬼狩りの服を着た自分自身に川の中へと引きずり込まれこう叫ばれたからだ。

 

「起きろ! これは夢だ、攻撃されている! 起きて戦え!!」

 

 夢だと気づいた炭治郎は今度はどうすればその夢から抜け出せるかを考えた。しかしその方法は一向に分からず再び家族との日々が繰り返し映し出された。

 

(駄目だ! 夢の中だ。どうすれば出られる!? せっかく夢だと気づけたのに!)

 

 焦りが募る炭治郎だが、突如としてその炭治郎のみを炎が包み込んだ。

 

(禰豆子の匂いだ! この炎は禰豆子の血鬼術!? 禰豆子が血を流している!)

 

 炭治郎がその炎が禰豆子によるものだと気づいたのと同時に、体を包み込んでいた炎が消えた。

 

「日輪刀……それに」

 

 炎が消えた後の炭治郎の姿はそれまでの姿から大きく変貌していた。服は先ほどまで着ていたモノから市松模様の羽織を纏った鬼殺隊の隊服に、そして腰には先ほどまではなかった日輪刀が差し込まれていた。

 それは〝今の炭治郎〟にとっては馴染みある姿。鬼狩りとしての自身の姿であった。

 

「炭治郎……」

 

 姿かたちが変貌した我が子を炭治郎の母、葵枝が心配そうな顔で見つめそう声をかける。その姿に一瞬躊躇いを覚える炭治郎だが、すぐさま立ち上がり。

 

「ごめん……俺……行かないと」

 

 そう静かに母に告げた。

 

「そう……もう行くのね……」

 

「え!?」

 

 だが、次に炭治郎の耳に入ってきたのは、思いもよらなかった母のその言葉だった。

 

「帰り方は分かるわね? でも忘れないでね炭治郎。私たちはもういなくても、貴方が帰るべき場所はちゃんとあるということを、絶対に」

 

「母さん……」

 

 優しげに我が子を見つめる母、葵枝の姿に炭治郎の眼には涙が浮かんだ。しかし同時にその母の顔は、我が子を送り出すと、決意の籠った真剣な顔でもあった。

 

「うん、ありがとう……少しの間だったけど、幸せな夢だった! 俺、行くよ!」

 

「ええ、行ってらっしゃい炭治郎」

 

「兄ちゃん!」

 

「頑張れ兄ちゃん!」

 

「頑張れ!」

 

 家族に激励された炭治郎は涙をぬぐい力強い笑みを家族に向けると白銀に染まった大地のなかを駆け抜けていった。

 

 この夢の中から抜け出す方法、その方法をすでに炭治郎は理解していた。しかし、それでもまだ完全には確証が得られなかった。もし間違っていたら、それによって自分の命が失われるかもしれない。

 ここにきて再び迷う炭治郎の背を、最後に押したのは。

 

「迷う必要はない。自分がそうだと信じたのなら、それを成しなさい」

 

 亡き父の言葉であった。

 炭治郎はその父の声に押されて自身の日輪刀の刃を。

 

「あぁあああああああ!!」

 

 自らの頸へと押し当てた。

 鮮血の紅が白銀の大地を染め上げ炭治郎の意識はその場で途切れた。

―――――

―――

 

「うわぁあああああああ!!」

 

 そう叫ぶとともに勢いよく起き上がった炭治郎はすぐさま今自分がいる場所がどこかを確認する。

 そこはつい先ほど煉獄らと話をしていた無限列車の中であった。その光景を見て炭治郎はあの方法、〝夢の中で自分が死ぬ〟ことが正しい脱出の方法であったことを改めて理解した。

 

「そうだ、禰豆子!」

 

 炭治郎はすぐさま自身の妹の安否を確認する。

 

「ムー」

 

 幸いにも禰豆子は炭治郎の客席の側におりその姿を確認した炭治郎はほっと胸を撫で下ろした。

 

「禰豆子、よかった無事だった……いた!」

 

「ムームー!!」

 

 しかし当の禰豆子はどうやらご機嫌斜めの様子で炭治郎をぽかぽかと殴り始めてしまう。

 

「ね、禰豆子! いったいどうしたって言うんだ!?」

 

「ムッ! ムムム!!」

 

 そんな禰豆子に驚いた炭治郎はそのわけを禰豆子に聞くと、禰豆子は今も僅かに血が滴っている自身の額を強く指さし炭治郎に見せるのだった。

 

「あ、あ―――スマン、禰豆子。俺を起こそうとして額を俺の頭にぶつけたんだな……」

 

 その禰豆子の訴えに炭治郎もようやく禰豆子の起源が悪い理由を理解しよしよしと禰豆子の頭を撫でてあげた。

 

「そうだ、他のみんなは!?」

 

 禰豆子の機嫌を取った後炭治郎はすぐさま客車内にいるほかの仲間たちの安否を確かめる。

 幸い他の仲間たちは眠らされる前と同じ位置にいてグースか客席で寝っ転がっていたが、1名だけは思わぬ態勢で眠り続けていた。

 

「れ、煉獄さん!?」

 

 それは炎柱、煉獄杏寿郎であった。

 杏寿郎は眠った状態であったにもかかわらず、立ち上がり一人の少女の頸を掴んでいたのだ。

 最初は鬼ではなくただの人間、それも自分よりも都市が下の少女を手にかける杏寿郎に驚いたがすぐさま、炭治郎はその少女と杏寿郎の腕が縄で繋がれているのに気が付いた。

 

(あの縄、そういえば俺の腕にも! 俺だけじゃない、善逸に伊之助の腕も縄で繋がれている。繋いだのはこの子供達か!? それにこの縄……鬼の匂いがする! 縄だけじゃない)

 

 炭治郎は咄嗟に自身の懐にしまっていた切符を手にし匂いを嗅ぐ。

 

(やっぱりだ、あの時、切符を切られる時に感じた違和感はこれだ! この切符からもかすかに鬼の匂いがする! 縄と切符……それじゃこの子供たちは! それだけじゃない、あの切符を切りに来た車掌さんも……)

 

 炭治郎はそれで自分達の身になにが起きたのか、その全てを理解した。

 

「この縄……なんだろう……嫌な予感がする、これを日輪刀で断ち切ってはいけない気が……禰豆子! すまないがこの縄を全部燃やしてくれないか!?」

 

「ムム!」

 

 炭治郎はそう禰豆子に頼むとすぐさま禰豆子は自身の駆ら弾傷を入れ血を流すと、血鬼術『爆血』を発動し杏寿郎、善逸、伊之助、そしてそれらと子供たちを繋げている縄を燃やす。

 

 余談だがこの時の炭治郎の判断は適切であった。この縄は今回の首謀者たる鬼が用意したモノでコレに繋がれたものは繋いだ相手の夢の中に入るということができるのだが、この縄は日輪刀で断ち切ると夢の主でない者たち、即ち今回の場合は杏寿郎らとつながっている子供たちはみな意識が戻ることがなかった。

 そしてこのことをその首謀者である鬼は一切子供たちには伝えてはいない。鬼にとって所詮人間は単なる道具に過ぎずその生き死になどどうでもよい、そうなってしまえばただ食料として喰らうだけなのだ。

 

 縄が断ち切られたのを確認するとすぐさま炭治郎は善逸、伊之助らに声をかけ起こそうとするも彼らは深い眠りについたままで一向に起きようとしない。

 どうしたモノかと悩む炭治郎だったが突然。

 

「この!」

 

 先ほど杏寿郎が首を抑えていた少女が炭治郎に錐をもって襲い掛かってきた。

 

「邪魔しないでよ! アンタたちが着たせいで夢を見せてもらえないじゃない! 何してんのよアンタたちも、起きたなら加勢しなさいよ!」

 

 しかもその少女だけではない。善逸、伊之助と縄で繋がれていた子供たちもみな錐を手にし炭治郎に飛び掛からんと構えていたのだ。

 

「やめてくれ! 君たちはいったいなぜ、こんなことをしているんだ!?」

 

「決まっているわ! あの人に……幸せな夢を見せてもらうためよ! それなのにアンタがそれを台無しにしてくれた! 許さない……」

 

 炭治郎はその少女の、狂気に満ちた目とその言葉で理解した。この子供たちは鬼の言葉、〝幸せな夢〟というモノを見せてもらうため、自分たちの意思で鬼に協力していたのだと。

 

「何してるのよ! アンタも起きたのなら、私たちに加勢しなさい! 結核だか何だか知らないけど、ちゃんと働かないならあの人に言って、夢を見せてもらえないようにするからね!」

 

 少女がそう叫ぶと追う一人、炭治郎の座っていた石の背後の席からもう一人、涙を流した少年が立ち上がった。

 その少年の手にも錐が握られていた。しかし他の子どもたちとは違いその少年は炭治郎に襲い掛かろうとする素振りを見せなかった。

 

「悪いけど、君たちの願いは聞けない。俺は戦いに行く、君たちに〝幸せな夢〟を見せるといった人を……鬼を狩りに」

 

 炭治郎はそう口にすると涙を流している少年以外の子供たちの首筋に手刀を当て気絶させた。

 

「…………俺も分かるよ、幸せな夢の中に浸りたいって気持ち。俺だって同じだ……」

 

「…………」

 

「大丈夫ですか?」

 

 炭治郎は最後に残った少年の方を見て静かにそう聞いた。

 

「ありがとう……気を付けて」

 

 少年は炭治郎の問いに短くそう答えた。

 

 すでにその少年に害意はなかった。

 この少年は他の子供たちと同じく炭治郎の夢の中へと入った。その目的はただ一つ、人の精神、その核を破壊するためであった。それが彼らが言ったあの人、即ち今回の首謀者たる鬼が彼らに課した役割であった。

 精神の核とは文字通り人の心の中枢である。それは本来ガラス細工のように脆く夢の中に入った人の手でもあっさり壊せてしまうモノでもあった。本来この鬼の血鬼術により深い夢の中に墜とされた人は現実の肉体を動かすことができないは。杏寿郎が炭治郎を最初に襲い掛かった少女の頸を掴めたのは、その中枢を壊さんとした少女を本能だけで察知しそれを防ごうとしたためである。

 この少年も最初は炭治郎の精神の核を壊そうと夢の中に入った。しかしその少年が炭治郎の夢の中で目にしたのはどこまでも広がる晴れ渡った蒼穹であった。

 その蒼い空の中に正しく太陽のごとく存在していたのが炭治郎の精神の核であった。そしてそのもとには小さな炎の小人たちがいた。彼らは炭治郎の心、優しさの化身たちであった。

 少年はその光景とその空間の暖かさに触れ、当初の目的など忘れてただ只管に泣いた。

 

 程なく自力で目覚めた炭治郎と共に彼も現実の世界に引き戻されたのだが、その際に炭治郎の優しさの化身たる小人のうち、1人の手を握っていた。その小人はその少年の心に宿り、今も彼の心を暖かく明るく照らしている。

 

 

 

 少年の言葉を聞いた炭治郎は客車をただひた走る。

 彼の鼻はすでに鬼の居場所を捉えていた。そして客車の連結部分に来た時、これまで嗅いだものよりもずっと強い鬼の匂いを嗅ぎ取った。

 

(くそ、こんな中を俺は眠っていたのか! 客車が密閉されてたとはいえ不甲斐ない!)

 

「禰豆子はここにいろ! みんなを起こすんだ!」

 

 炭治郎は傍らについてきていた禰豆子にそう言うとそのまま、列車の屋根に飛び乗り鬼の下へと再び駆け抜けていく。

 

「あれぇ、起きたんだおはよう。まだ寝ててよかったのに」

 

 そして、この列車の先頭車両の屋根の上に件の鬼、十二鬼月・下弦の壱、魘夢の姿があった。

 

「折角良い夢を見せてやっていたのに。お前の家族をみんな惨殺する夢を見せることもできたんだよ? なのに勿体ない……そうだ! 今度は父親が生き返った夢を見せてあげようか?」

 

 不敵な笑みを浮かべながらそう、恰も炭治郎を嘲るかのごとき言葉を吐く魘夢に炭治郎の心に怒りの炎がともる。

 

「人の心の中に、土足で踏み入るな! 俺は、お前を許さない!!」

 

 炭治郎と眠り鬼、魘夢との戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

つづく




 よく言われる、柱なのにこんな血鬼術になぜ煉獄が掛かってしまったという疑問。
 私はそれを本編で語った通り、経験が豊富であるが故の慣れと魘夢の仕組んだ条件の回避の難しさからと結論付けています。


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第20話 鬼の列車

前の投稿から1か月かかってしまいましたが無限列車編の3話目となります。


 魘夢は俗に眠り鬼と呼ばれる鬼である。

 その名の通り獲物となる人間を眠らせ、緩慢な夢へと溺れさせた後にその者の精神を破壊して喰らうのを好む。

 その方法は今回、炭治郎らに施した精神の核の破壊の他にもいくつかあり魘夢が最も好んでいた手が、幸福な夢を見せたのちに、悪夢を見せるという方法だった。

 幸福の絶頂にあった人の心が悪夢によって一気に絶望の底へと落ちる、その際の変化はより人の血肉の味を際立たせる絶好の調味料となるのを魘夢は知っていた。それ以上に魘夢にとって人が希望から絶望へと転じるさまを見るのが最高の娯楽であった。

 

血気術 強制昏倒催眠の囁き

 

 魘夢の血鬼術が炭治郎を襲う。

 魘夢の血鬼術は手の甲にある口から放たれる不可視の思念の波動であった。それに中てられたものは容赦なくその場で昏倒し眠りに落ちる。

 しかし炭治郎は眠ることはなかった。すでにその血鬼術を破る術を炭治郎は心得ていた。

 

「言うはずがない……」

 

 それ以上にこの時魘夢は炭治郎に掛けた術を完全に誤っていたのだ。

 

「あんな侮蔑の言葉を、俺の家族が言うはずがないだろ!!」

 

 魘夢が術を放った時に見せたのは悪夢であった。

 勿論、それは一般で言えばの話だ。炭治郎は魘夢の術が自身に掛かるたびに家族から侮蔑の言葉をかけられるさまを見せられていた。

 しかし、それは炭治郎の心を折るどころかむしろ、炭治郎の怒りの炎に油を注ぐだけであったのだ。

 

「俺の家族を……」

 

 炭治郎は知っていた。自分の家族は誰よりも優しく、誰よりも強くそして、誰よりも自分と妹を愛しているのだということを。

 そんな家族が自分と妹、たったの2人、遺していってしまった家族に対して言うはずがないのだ。

 

『お前が死んでいればよかったのに』などと。

 

「俺の家族を、侮辱するなぁああああ!!」

 

 それは正しく炭治郎にとって許しがたい侮辱であった。

 

(こいつ)

 

 魘夢の頸に、炭治郎の日輪刀の刃が食い込み、その勢いのままに刎ね飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 しかしその時炭治郎が感じ取ったのはあまりにも大きな違和感であった。

 

(手応えがほとんどない!?)

 

 少なくとも十二鬼月、下弦の壱である鬼の頸にしてはあまりにも手ごたえがなさ過ぎたのだ。

 先の那田蜘蛛山で戦った十二鬼月、下弦の伍の頸は相当な硬度であったというのに、それよりも強いはずの下弦の壱の頸が、あっさりと日輪刀の一閃で刎ね飛ばせるなどというのはあまりにも不自然であった。

 まさかと炭治郎が思うよりも先に。

 

「あぁ……あの方が『柱』に加えて『耳飾りの君』を殺せって言った気持ち……すごくわかったよ」

 

 魘夢の頸が飛んでいった方向から聞こえた声が炭治郎の懸念が現実であったのだというのを教えた。

 

「存在自体がなんかこう、癪に触ってくる感じ」

 

 炭治郎が振り向いた先にいたのは、頸の先を正しく根のごとく列車の屋根へと張り巡らせた魘夢の姿であった。

 

「フフフ、素敵だねその顔。そういう顔が見たかったんだよ」

 

 驚く炭治郎を嘲笑うかのような顔で魘夢はそう口にする。

 

「頸を斬ったのにどうして死なないのか教えてほしいよね? いいよ、俺はいま気分が高揚しているから、赤ん坊でもわかるような単純な事さ。〝それ〟がもう本体ではなくなっていたからだよ」

 

 魘夢の口から語られたこと、それはある程度は炭治郎も予測していたことであった。

 本来であれば急所であるはずの鬼の頸。それを刎ねたというのに当の鬼本人が死なない理由。考えられる理由は大体はそういうモノだ。

 問題はではその本体は一体どこにあるのかということだが、その答えは他でもない。

 

「君たちがすやすやおねんねしている間に、俺はこの汽車と〝融合〟した」

 

 魘夢自身がその口で語ったのだった。

 

「この列車全てが俺の地であり肉となった。その意味は分かるよね? 今この列車に乗る200人余りの人間は俺の体を強化するための餌。そして人質……。守り切れるかな? 君一人でこの汽車の端から端までうじゃうじゃいる人間たちすべてを、俺にお預けさせられるかな?」

 

 その言葉を言い残し、〝魘夢の頸であったモノ〟は列車の屋根にとけこむように姿を消した。炭治郎は慌てて刃をそれに向かって振るが、空振りに終わる。

 

(まずいぞ! 俺一人で守れるのは2両が限界だ! それ以上の安全は保証できない!)

 

 この列車は8両編成でおまけに乗客は自分たち含め200人余り。炭治郎1人では2両までしか守るには限界であった。炭治郎は残る仲間たちと禰豆子にこの列車の人々を護るように叫ぶがその直後に。

 

「おぉおお、うおぉおおおおお!! ついてきやがれ子分ども!!」

 

『爆裂覚醒』

 

 炭治郎の仲間である猪頭の少年、嘴平伊之助が屋根を突き破ってその姿を現した。

 

「伊之助!」

 

「猪突猛進!! 伊之助様のお通りじゃああああ!!」

 

「伊之助! この汽車はもう、安全な所がない!! 眠っている人たちを守るんだ!!」

 

 炭治郎は伊之助の姿を確認すると大声で彼に今の状況を伝える。

 

「この汽車全体が鬼になっている! 聞こえるか? この汽車全体が鬼なんだ!!」

 

「ッ!! やはりな……俺の読み通りだったわけだ、俺が親分として申し分なかったというわけだ」

 

 炭治郎の声が聞こえ状況をすぐさま理解した伊之助は飛び出してきた列車の中へと戻る。列車の中に戻ったとき、伊之助が目にしたのは座席が悍ましい肉塊へと姿を変え乗客を飲み込まんとしている様であった。

 

獣の呼吸、伍ノ牙 狂い裂き

 

 伊之助はすぐさまその肉塊へと斬撃を加える。

 

「どいつもこいつも俺が助けてやるぜ! 須らくひれ伏し、崇め称えよこの俺を!!」

 

 同じころ、別の車両では禰豆子が乗客を護る為に戦っていた。禰豆子の血鬼術、爆血は鬼の組織のみを焼くことができる優れモノだが、同時にあの技は禰豆子の体力も相当量奪ってしまう諸刃の剣でもあった。それを本能でわかっているため禰豆子は鬼化した爪による斬撃のみで肉塊を切り裂いていたのだが、不意を突かれて両腕を肉塊に掴まれてしまう。

 

雷の呼吸、壱ノ型 霹靂一閃・六連

 

 その禰豆子の危機を救ったのは善逸であった。

 善逸は禰豆子を救ったその勢いのまま、更なる斬撃で乗客たちを襲う肉塊も根こそぎ切り裂いていった。

 

「禰豆子ちゃんは、俺が守る」

 

 なお当の善逸はこの時起きてはおらず。

 

「守る……フガフガ、プピー」

 

 絶賛居眠り中であったりする。

 

 列車内を突如響き渡った落雷の如き轟音で炭治郎は伊之助に続き善逸も戦闘を開始したことに気付く。しかし、肉塊の量はあまりにも多く炭治郎は今自分自身のいる車両の乗客を護るので精一杯であった。

 

(まずいぞどうする! 連携が取れない。後ろの車両の乗客は無事だろうか……くそ! 狭くて刀も振りづらい!)

 

 オマケに狭い車両の中、それも乗客を傷つけずに肉塊のみを断つというのは想像するよりもはるかに難しい。炭治郎の心の中では焦りの感情がどんどん膨らんでいっていた。

 

「焦ると余計に刃の流れが乱れるわよ、炭治郎!」

 

「ッ!?」

 

雪の呼吸、陸ノ型 雪華ノ舞彩・風魔

 

 突如、自身へと書けられた声と同時に放たれた過冷却の凍気で目の前にある肉塊の全てが凍り付く。炭治郎はこの技に見覚えがあった。

 

「カンナさん!」

 

「無事だったようね、炭治郎!」

 

 炭治郎の前に表れたのは那田蜘蛛山での戦いの際共に戦った氷室カンナであった。

 

「時間がないから手短に話すわ。今この列車には貴方たちと同行していた炎柱の煉獄さんの他にもう1人、拳柱の拍治さんもいる。既に御二方は後方の車両の乗客たちを守る為に行動を開始しているわ」

 

「拳柱……拍治さんもこの列車に!?」

 

「ええ、その煉獄さんと拍治さんから通達。8両編成のこの列車のうち5両を煉獄さんと拍治さんで、残る3両は私と善逸、禰豆子で守るから貴方と伊之助の2人はこの列車と融合した鬼の頸を探すようにと」

 

「頸、でも!」

 

「どのような姿、形になろうと自身の急所までは消すことはできないわ! 私のみならず煉獄さんたちも急所を探りながら戦う。貴方も気合を入れなさい!」

 

「は、はい!」

 

「分かったら、早速行くわよ!」

 

 カンナはそう言い残すと目にも留まらぬ速さでその場から姿を消し、善逸、禰豆子のいる工法の車両へと向かって行った。同時に再び列車内を轟音が轟く。

 

(すごい、今の音は煉獄さんと拍治さんか!? それにカンナさんも那田蜘蛛山の時と比べ物にならないくらいに速くなってる。て、感心している場合じゃないぞ、やるべき事をやるんだ!)

 

「伊之助!」

 

「分かってる!! とっくの昔にカリナのやつに指図されてる!! 俺はすでに全力の漆ノ型で見つけてるからな! この主の急所を!!」

 

 カンナを見送った後に炭治郎は伊之助を探そうと大声で伊之助の名を叫ぶと、伊之助の声が列車の上、即ち屋根の方から聞こえた。伊之助は既に自身の漆ノ型で鬼の急所の位置を把握しており、それが前方の先頭車両にあると炭治郎に言った。

 

「石炭が積まれてるあたりだな! 分かった、行こう! 前へ!!」

 

「おうよ!!」

 

 炭治郎と伊之助の2人は全速力で鬼の急所があるとされる前方、先頭車両へと向かって行く。

 

つづく



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第21話 悪夢の終わり

どうもアウスです。

まさかの2か月ぶりの雪華ノ乙女の更新です。

そして先日、ついに無限列車編のBD.DVDも発売されました。

本作品も無限列車編は佳境となります。
それではどうぞ。


 炭治郎と伊之助の2人はそれぞれ車両内と屋根から前方車両へと急ぎ向かう。

 そこに近づくにつれ、炭治郎は自身の鼻で確かに、鬼の気配が強くなっていることを感じ取っていた。件の鬼の急所は間違いなく、前方の車両にある。

 

「おっしゃぁああああ!! このヌシの頭にきたぜぇえええ!!」

 

 一方、炭治郎よりも早くに鬼の急所の位置を感づいていた伊之助は、一足早くに前方車両に到着していた。

 

「な、何だ貴様は! 出ていけ!」

 

 そこはこの汽車の先頭車両、機関車の運転室であった。運転士が伊之助の姿を捉え彼を外へと叩きだそうとするが、当の伊之助は止まろうとはせず。

 

「鬼の頸、見つけたぜ!!」

 

 この機関車の床の方へと斬撃を振り下ろそうとする。

 だがその時、伊之助に向けて無数の手の形をした肉塊が襲い掛かった。

 

水の呼吸、陸ノ型 ねじれ渦

 

 そこに炭治郎も到着し、伊之助を襲う無数の手をまとめて一閃。

 

「伊之助! 真下だ、ここの真下が一番、鬼の匂いが強い!」

 

 同時に炭治郎も先ほど伊之助が斬撃を駆けようとしたこの機関車の真下、そここそがこの鬼の急所であると感づいた。

 

「命令すんじゃねえ、親分は俺だ! わかった」

 

 伊之助も最初は炭治郎に指図されたことに憤慨するもすぐさま刀を持ち直し、機関車の真下へと斬撃をぶつける。

 

獣の呼吸、弐ノ牙 切り裂き

 

 すると機関車の床が切り開かれ、この鬼の急所、巨大な頸の骨があらわとなった。

 しかし、そこは元々から用意周到且つ狡猾な鬼。炭治郎、伊之助2人が首を断ち切ろうと攻撃を仕掛けるもすぐさま無数の肉片を盾に自身の頸を守る。炭治郎たちも負けじと攻撃を仕掛けるも、今度は容赦なく。

 

血鬼術・強制昏倒睡眠・眼

 

 今度は血鬼術による妨害が炭治郎らを襲う。

 鬼が放った血鬼術は単純明快なモノで、肉塊に無数の目玉をはやし、その目玉と視線があった相手を眠らせるというモノ。幸い炭治郎は先に退治した際にこの鬼の血鬼術に関して既に種を知っているため、眠らされてもすぐさま夢の中で自決し覚醒するが、目を開くとそこには必ず鬼の血鬼術による眼があり、覚醒のたびに再び血鬼術に掛かって再び眠らされてしまうという悪循環が、徐々に炭治郎の思考を奪っていく。

 そして仕舞には。

 

「馬鹿野郎! 夢じゃねえ、そこは現実だ!!」

 

 度重なる昏倒で思考がマヒし危うく現実世界で自身の頸を斬りかけてしまう。

 一方の伊之助はというと。

 

「グワァハハハハ!! 俺は山の主の皮を被ってるからな、恐ろしくて目を合わせらんねぇだろ、雑魚目玉共が!!」

 

 幸いなことにかぶり物のおかげで血鬼術の眼と視線が合うことがなく血鬼術に関してはほぼ通用せずに難なく肉塊を切り開いていっていた。

 炭治郎も血鬼術に徐々に慣れてついに。

 

獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

 

ヒノカミ神楽 碧羅の天

 

 炭治郎、伊之助の斬撃が巨大な鬼の頸の骨を断ったのであった。

 

「ギャァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 頸を断たれたことで断末魔の悲鳴を上げのたうち回る下弦の壱、魘夢という名の鬼。それに伴い列車も激しく揺れ動き。

 

「マズイ!」

 

「倒れちまうぞ!!」

 

 ついには客車諸共横転し始めてしまう。

 更に炭治郎らを襲った不幸はそれだけではなかった。

 

「よくも、よくも私たちの夢をぉおおおおお!!」

 

「えッ!?」

 

 なんとこの運転士もどうやらこの鬼の協力者であったらしく、逆上し手に持っていた錐で炭治郎に襲い掛かったのだ。

 激しく動く車両に煽られたうえ、とっさのことであったため炭治郎は避けることも防ぐこともできず、運転士の持っていた錐はそのまま炭治郎の腹部へと深々と突き刺さる。

 

「ぐッ!」

 

 それでも炭治郎はその場で倒れはせず、車両が激しく揺れ動くの中、乗客と自身を刺した運転士であっても構わず助けようと手を伸ばすも、最後はそのあおりで車両から投げ出されてしまう。

 

「大丈夫か、三太郎!!」

 

 慌てて伊之助が炭治郎へ駆け寄り炭治郎を抱え起こすが、炭治郎はそんな伊之助に速く乗客を助けに行くように告げる。勿論自信を刺した運転士も助けるように頼むが、伊之助は先ほどの運転士が炭治郎にしたことに憤慨しており、最初は受け入れなかった。

 それでも炭治郎が賢明に伊之助に助けるようにといい続け、やっと伊之助は渋々とした様子であったが運転士の下へと向かって行った。

 一方の炭治郎はどうにか呼吸を用いて体を動かそうとするも、先ほど負った傷は予想より深く、なかなか思うようにはいかない。

 刻一刻と時は過ぎていく、早く乗客を助けなければと強く願うも一向に思うように体を動かせないことに炭治郎は次第に焦りを覚え始めるが。

 

「ほぉ……厳鉄殿や杏寿郎が買うだけはあるな、全集中・常中を身に着けていたとは」

 

 そこに表れた人物に一瞬炭治郎は驚いた。

 

「俺が言ったとおりだろ拍治。竈門少年は中々の逸材だと」

 

 炭治郎の下に表れたのは炎柱、煉獄杏寿郎と拳柱の素山拍治の2人であった。

 

「腹部に怪我を負ってるな、中々に深い傷だ。このままでは危険だが、全集中・常中が使えるのなら話は別だ。これからいう手順に従って、呼吸を整えろ」

 

「は……はい……」

 

 炭治郎は拍治からの言葉に従い、呼吸を集中させる。

 

「そうだ、呼吸の精度を上げ、体の隅々まで神経をいきわたらせろ。そこだ、そこに敗れた血管がある。そこだ、集中し、止血しろ」

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

 拍治に言われたとおりに呼吸を整えると、腹部から止めどなく零れ落ちていた血は、その流れを止めた。

 

「止血成功だ」

 

「うむ! 関心関心、常中は柱への第一歩だ、柱へは一万歩あるかもしれんがな、呼吸を極めることができれば様々なことができるようになる。なんでもできるわけではないがな、確実に強い自分になれる」

 

「はい、頑張ります」

 

 とりあえずの応急処置が終わり、杏寿郎の口からは炭治郎へここにいた隊士たち、全員の努力の甲斐あって、乗客乗員、けが人こそ多数だが命に別条がない事が告げられた。

 それを聞き炭治郎もホッと胸を撫で下ろす。

 これにて無限列車での任務は完了し、あとは鬼殺隊本部からの救援を待つのみとなったのであった。

 

 だが……。

 

「ほぅ……魘夢め、仕留め損ねたか……」

 

『ッ!?』

 

「あのお方が、我を派遣させた理由、よう分かった」

 

 炭治郎、杏寿郎、拍治のいるそのすぐ近くに、新たな刺客が現れたのだった。

 その新たな刺客たる鬼の両方の瞳にはそれぞれこう刻まれていた。

 

 上弦の参と。

 

つづく



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