Serenade of azure (yurarira)
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儚い少女と空色少年のoverture~「「またね」」~

投稿の仕方まだよくわかってないので、
手探りでがんばります。


 

それは忘れ去られてしまった幼い記憶────……

 

 

 

 

 

「……っ、うっ…ぐずっ…」

 

 

 

公園で泣く小さな女の子。

 

 

彼女は、コンクールを抜け出してきてしまっていた。

 

 

 

「…も、やだぁ…………わたし……できない…っ」

 

 

 

女の子の頭の中を駆けめぐるのは、色々な音の数々。

 

先ほどのコンクールで見た、数々の演奏者の顔。

 

 

……大好きな、人の顔。

 

 

 

「…う、うゎぁぁ…っ」

 

 

 

(怖い、やだっ。大好きなはずの音楽が…怖い…っ)

 

 

 

「……っ、くしゅんっ」

 

 

 

あふれ出る涙を紅葉のような手で拭っていると、

彼女は突然可愛らしいくしゃみをした。

 

 

 

「……寒い…」

 

 

 

それもそのはず。

 

今日は世間にクリスマスイブと呼ばれる日。

 

コンクールだった彼女は、

ドレスに薄いカーディガンを羽織っただけの格好だからだ。

 

 

 

だがそんな格好でも唯一、

大事に抱え込んでいたものがあった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

そっと地面にそれを置いて、

少し躊躇してからそのケースを開ける。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

そこには小さなヴァイオリン。

 

 

丁寧に手入れがされているらしく、

ボディーに傷は一つも見当たらない。

 

 

…だが、弦が一本切れてしまっていた。

 

 

予備の弦は持っている。

 

 

なのに、彼女はそれを張り替えようとはしない。

 

 

 

「……っ、ごめんね…っわたし、

 わたし…最後まで弾けなかった!

 あなたが、頑張ってくれたのに…」

 

 

 

そう、彼女のヴァイオリンは

演奏中に弦が切れてしまったのだ。

 

 

頭が真っ白になってしまった彼女は、

そのまま舞台裏へと引き返して……

 

そして、コンクール会場を飛び出してきてしまい今に至る。

 

 

 

 

彼の演奏を、聞いていられなかった。

 

 

 

「…わたし、わたしは…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だいじょーぶですか?」

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

女の子がゆっくりと俯いていた顔をあげると、

そこには女の子の視線に合わせるように、

同い年くらいの男の子がしゃがみこんでいた。

 

 

 

「…あ…………」

 

 

 

空色の綺麗な瞳。

 

そして空色の綺麗な髪は、

彼女に幼なじみのことを思い出させた。

 

 

今頃はきっと必死になって

彼女を探しているであろう幼なじみより、

少し色の薄い髪をしたこの子を見ると、

綺麗な色だと思った。

 

 

しかし、彼女はすっと視線を地面に落とす。

 

 

 

 

「…大丈夫、です。気にしないでください」

 

 

 

 

 

 

 

今はその色を見たくない。

 

 

そんな彼女の様子に、気づいたのか気づいてないのか、

彼は話を続けてきた。

 

 

 

「それって楽器ですよね?えーと、確か……」

 

「………」

 

「……あ、そうだ、ヴァイオリンだ」

 

「………」

 

「当たってますか?」

 

「…はい」

 

 

 

(この人、誰なんだろ…。

 わたし、今は誰ともお話ししたくないのに…)

 

 

 

「ぼく、音聞いたことないんです」

 

「え?」

 

 

 

ぱっと目線を上げた女の子に、無表情で男の子は続けた。

 

 

 

「ヴァイオリンの」

 

「…ふぅん」

 

「弾いてみてくれませんか?」

 

「え……」

 

 

 

ほとんど無表情に言われて、女の子は凍りつく。

 

 

だが、彼の瞳の奥が輝いているように見えるのは、

きっと気のせいではない。

 

 

 

「…わたし、下手ですよ。

 わたしなんかより、他の人の聞いた方が絶対…」

 

「でもぼくの周りに、

 ヴァイオリン弾ける人なんていません。

 ぼくは、キミのヴァイオリンが聞きたいんです」

 

「わたしの…ヴァイオリン……」

 

「はい、キミのです」

 

「わかっ、た…」

 

 

 

子犬のような目をした男の子に言われ、

女の子は驚いたように、

 

…でも、幾分か表情を和らげてから頷いた。

 

 

 

「じゃあ、あの、弦張らなきゃなので、

 ちょっと待っててください」

 

「はい」

 

 

 

女の子が予備の弦を取り出し、新しく張り直しているのを、

男の子は飽きもせずにじっと見つめる。

 

彼女がどこかを触る度に興味津々のようだ。

 

 

 

「…はい、できました」

 

「……すごい、そうやって張るんですね。

 しかもすごく早い」

 

「…慣れて、ますから。

 なにかリクエストとか、ありますか?」

 

「なにが弾けるんですか?」

 

「えーと、有名な曲なら楽譜なくても弾けると思います。

 1フレーズだけ」

 

「…えーと、じゃあ…おまかせします」

 

「え、えぇっ…。えーと……あ、それじゃあ…」

 

 

 

肩当てをきちんと当て直し、

姿勢をきちんと作った彼女は一息吐いて。

 

ゆっくりと、弓を引く。

 

 

 

「あ……」

 

「……」

 

 

 

1フレーズだけ弾き終わった彼女がゆっくりと姿勢を戻して

彼を見ると、彼は目を大きく見開き彼女を見つめていた。

 

どこか、きらきらしているようにも見える。

 

 

 

「…どう、ですか?」

 

「…きらきら星、ですね」

 

「え? あ、はい…っ」

 

「とても…、綺麗でした。驚きました。

 ヴァイオリンの音ってあんなに綺麗なんですね」

 

「……はい」

 

 

 

それを聞いた彼女の顔がまた少し緩む。

 

 

どうあっても、やはり彼女はヴァイオリンが好きなのだ。

 

 

 

「それにキミの音も優しかったです」

 

「え?」

 

「柔らかいって、言うんでしょうか。

 キミの音、ぼくは好きです」

 

「わたしの…音……?」

 

 

 

(わたしなんかの音、好きって言ってくれるの……?)

 

 

 

「はい、こういったのもスポーツと同じで"こせー"が出る。

 違いますか?」

 

「…違いません。スポーツ、やってるんですか?」

 

「はい、楽しいですよ」

 

「…わたし、体力ないので無理です」

 

「ぼくもそこまでないです」

 

「えっ」

 

「でも好きなのでやってます。だめですか?」

 

 

 

(好きだから……やってる。

 ……そう、わたしもお母様たちと合わせるのが大好きで…

 ヴァイオリンも大好きで……)

 

 

 

「…あの?」

 

「……め、…ゃ…い」

 

「え?」

 

「だめじゃないですっ。わたしも、わたしもそうですっ」

 

「……良かった」

 

 

 

男の子はふわっと笑う。

 

女の子も釣られて微笑む。

 

 

そんな2人の間を寒風が通り抜ける。

 

 

 

「…くしゅんっ」

 

「…だいじょーぶですか? そのかっこ、寒そうですね」

 

「…ヴァイオリンだけ持って、

 抜け出して来ちゃったんです」

 

「え」

 

「…あれ以上、聞けなくて」

 

 

 

泣きそうに顔を歪める女の子に対して、

男の子は何も聞かずに手を伸ばす。

 

そして頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

「…何があったのかはわかりませんけど、

 キミはキミだと思います」

 

「……あり、がとう…」

 

「でも流石に風邪引いちゃいますね。

 …えーと、あ、そうだ」

 

 

 

男の子は自分に巻いていたマフラーを取ると、

女の子の首にぐるぐると不器用に巻き付ける。

 

 

 

「これで、寒くないです」

 

「でもこれじゃ、あなたが風邪引いちゃいます!」

 

「ぼくはキミより暖かいかっこしてるので、

 だいじょーぶです」

 

 

 

確かに男の子の格好はタートルネックに、

ズボン、ダウンと風を通しそうにない真冬の格好に反して、

女の子はドレスに薄地のカーディガンのみ。

 

まあ、それはコートを置いてきてしまったせいなのだが…。

 

 

 

「でも…」

 

「じゃあ、演奏料です」

 

「え?」

 

「さっき、ぼくに

 ヴァイオリン聞かせてくれたのでそのお返しです」

 

「……でも、そんな演奏…」

 

「じゃあ、切れちゃってたのください」

 

「…え? あの、この弦のことですか?」

 

「はい、今日の思い出にしたいです」

 

「思い出…?」

 

「はい、思い出です。

 なんとなく、これ持ってたら

 またキミと会えそうな気がするし」

 

「……わたしも」

 

「?」

 

「わたしも、またあなたと会いたいです。

 ……だから。良かったらこれ、どうぞ」

 

 

 

そう言って彼女は、切れた弦を笑顔で彼に差し出す。

 

男の子は嬉しそうに受け取ると、

失くさないようにぎゅっと握りしめた。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

「また会えた時に、このマフラー返しますねっ」

 

「あ、それはあげます」

 

「え」

 

「ぼくはこの弦貰ったので」

 

「…ふふっ、わかりました」

 

 

 

そんなとき、ふわり、と何かが2人の間を舞う。

 

 

 

「わ、ゆき、だぁ……」

 

「本当だ……って、あ」

 

「?」

 

「ぼく、天気が崩れる前に帰って来いって、

 お母さんに言われてたの思い出しました」

 

「…じゃあ、お別れ…ですね」

 

「だいじょーぶです。ぼくたちはきっとまた会えますから」

 

 

 

 

弦をちらつかせて大事そうに手で握る彼に、

彼女も笑顔で巻かれたマフラーに手を添えた。

 

 

 

「…はいっ」

 

「キミも早く戻った方がいいです。

 心配してる人、いるはずです」

 

「…あ……」

 

「早く戻ってあげてください」

 

「はいっ、…えっと、それじゃあ…」

 

 

 

 

 

「「またね」」

 

 

 

 

 

少年と少女は、めいっぱいの笑顔を向けた後、

それぞれの待つ人がいる場所へと走り出した。

 

 

 

 

 




*overture=序曲


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主人公ちゃんと幼馴染みーずの人物紹介。

章を作った方がいいんですか??
でも分け方ってどうするんですか????

わからなかったのでとりあえずそのまま投稿します…。
分かったら直します…。

新しいのはムズカシイ。



 

 

日野 香穂子(ひの かほこ)

 

 

 

 

・身長*160cm

 

 

・誕生日*2月1日

 

 

・学校と学科*誠凛高校の音楽科

 

 

・専攻*ヴァイオリン

 

 

・髪*色はチョコレートブラウン。

 ゆるいカールがかかっているミディアムロング

 

 

・瞳*だいぶ淡めの緑色

 

 

・その他*この物語のヒロイン。

 

 

 

 

お人好しな性格で危機感が全くないので、

よく幼なじみに怒られている。

 

 

何故か昔の記憶を一部失くしているが、

失くしたことすら忘れている。

 

最近よく昔の光景を思い出す、が

本人には覚えがないので少し不思議。

 

 

ヴァイオリンと幼なじみたちが大好き。

自己犠牲精神がある。

 

 

 

ボカロの曲でイメージソングがあるんですが、

 

(聞いたとき勝手に、

香穂子だ!!ってなった)

 

 

Bouquetって曲です。

とてもいい曲なので是非聞いてみてくださいな。

 

 

ついでにこの作品での

黒子くんのイメージソングは

From Y to Yです。

 

この曲はまあまあ有名ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは香穂子の幼なじみの紹介です↓

 

 

 

 

月森 蓮(つきもり れん)

 

 

 

 

・身長*178cm

 

 

・誕生日*4月24日

 

 

・学校と学科*誠凛高校の音楽科

 

 

・専攻*ヴァイオリン

 

 

・その他*金色のコルダのキャラクター。

     外見気になったら検索してください。

     格好いいです。さすが。

 

 

 

 

 

 

クールな、自分にも他人にも厳しい努力家。

 

本当はかなりモテるが性格がキツいため、

騒がれると言うよりは憧れられてる。

 

 

香穂子との幼なじみ歴が一番長い。

 

何だかんだと香穂子には甘いが、音楽は容赦無し。

 

 

たまに梁太郎と波長が合わない、というか

幼い頃から波長は合わなかった。

 

けれど、香穂子に諌められるのと、

別に嫌いではないので普段は普通に会話する。

 

でもたまに言い合って香穂子に怒られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土浦 梁太郎(つちうら りょうたろう)

 

 

 

 

・身長*181cm

 

 

・誕生日*7月25日

 

 

・学校と学科*誠凛高校の音楽科

 

 

・専攻*ピアノ

 

 

・その他*金色のコルダのキャラクター。

     この人も気になったら是非。

     ピアノやるのにサッカーやるとか

     すごい人だよ。好き。

 

 

 

 

 

幼なじみの中では一番の常識人。

音楽科にしては珍しく、スポーツを積極的にやる。

 

本当はモテるはずなのだが、

見た目に貫禄があるからか

少し怖がられつつ憧れられてる。

 

 

蓮とはたまに波長が合わない。

 

けど、何だかんだ幼なじみで過ごすのが好きなので、

香穂子に諌められつつ歩み寄る。

 

 

ある事件から、

香穂子の事で暴走しがちな雄一を気にかけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森 真奈美(もり まなみ)

 

 

 

 

・身長*170cm

 

 

・誕生日*11月7日

 

 

・学校と学科*誠凛高校の音楽科

 

 

・専攻*ピアノ

 

 

・髪*黒のストレートロング

 

 

・瞳*蜂蜜色

 

 

・その他*この子も金色のコルダキャラクターですが、

     主人公と同じく名前だけの使用。

 

 

 

 

 

 

 

モデル体型で、表面上は人当たりがいいので、

かなりモテるが適当にあしらっている。

 

基本腹黒い、たまに乙女。

 

 

護身術もバッチリなので、怒らせると怖い。

美人の怒りは怖い。

 

 

 

香穂子の姉のような存在で、

害をなそうとする者には誰だろうと容赦はしない。

 

他の幼なじみはたまにからかって遊ぶのが好き。

主に雄一。

 

 

本当は、フィアンセがいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高橋 雄一(たかはし ゆういち)

 

 

 

 

・身長*177cm

 

 

・誕生日*6月28日

 

 

・学校と学科*誠凛高校の音楽科

 

 

・専攻*ヴィオラ

 

 

・髪*茶色のツンツン(染めた)

 

 

・瞳*赤色

 

 

・その他*本編唯一の完全オリキャラです。

     名前もそこら辺にいそうだけどオリキャラ。

     大丈夫、オリキャラ。

 

 

 

 

 

容姿とコミュニケーション能力が抜群なので

かなりモテる、友達も多い。

 

真っ直ぐ過ぎるところがあり、時々危うい。

でも基本は真奈美にからかわれてる。勝てたことはない。

 

 

香穂子が本当に大好き。

なので、真奈美よりも容赦がない。

 

たぶん泣かせたりなんてしたら半殺しにされる。

 

 

ある事件から、香穂子への過保護が余計にひどくなった。

 

 

香穂子が一番懐いている蓮に

実は少し思うところがある、けど

 

香穂子は絶対に悲しませたくないので外には出さない。

 

 

ちなみに、香穂子に近寄ってきた輩を

退治しているのも主に雄一。

 

喧嘩はたぶんそれで強くなった。




あとはキセキの世代とくぅううぅrrrrrろこっちぃいいいぃいいイェア!と、誠凛の方々が登場する程度です。

でも一年生はたぶんでない。きっとでない。
黒子くんと火神くんのみだと思われます。

キャラ崩壊しすぎないよう頑張る…所存。


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Suiteの始まり~「気づいたら…白昼夢見てて…」~

白昼夢見ちゃう系女子の香穂子ちゃん。

天然炸裂する彼女に振り回される幼馴染み。
彼女の周りで起こり始める不可解な出来事。

次々と消えていく幼馴染みたち。

果たして彼らの運命は――――!?
(とはなりません。)


Kahoko side

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出せない、人がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『香穂子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄ぼんやりとしたシルエットの誰かが、

私の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

その声はノイズが入って思い出せないのに。

 

 

なぜか、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キミの音、ぼくは好きです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、は……。

 

 

 

 

 

 

「香穂子!」

 

 

「っ!?」

 

 

 

瞬間、世界がパッと色づいた。

目の前には、よく見知った顔が4人。

 

 

 

「香穂、大丈夫?ぼーっとしちゃって」

 

「…あ、真奈美……」

 

 

 

心配そうに顔を覗き込む、

ロングストレートの美女。

 

 

森真奈美。私の幼なじみで華道のお家元の一人娘。

 

文武両道、才色兼備、容姿端麗。

と、まあ本当にスゴい子なのだが。

 

 

 

「疲れでも貯まってるんじゃないのか?大丈夫か?」

 

「お前すぐ無理するからなー。今日は早めに休めよ?」

 

「梁太郎…雄一…」

 

 

 

その後ろから同じように

心配そうな顔をしてくれている2人の男性。

 

 

 

土浦梁太郎。幼なじみで、とても頼りになる人。

 

少し貫禄のある顔立ちと背の高さと口調で、

少し怖がられがちだけど本当にいい人。

 

 

高橋雄一。幼なじみで、とてもモテる人。

 

彼が近くにいると女子の歓声が聞こえるから

結構見つけやすい。たまにすごい過保護。

 

 

 

「…体調管理は基本だろう。しっかりしてくれ」

 

「……蓮…………」

 

 

 

月森蓮。幼なじみで、とてもストイックな人。

 

でも彼の厳しい口調は

本当は心配してくれている、と知ってる。

とても優しい人。

 

一番幼なじみ歴が長いのかな。

 

 

 

「ごめんなさい、心配かけて。

 体調は全然なんともないの。

 気づいたら…白昼夢見てて…」

 

 

 

私の言葉に、4人は一気に脱力した。

 

…蓮なんてため息ついた…。

 

 

 

「ほんっと抜けてるというか無防備というか…」

 

「香穂はたまにボケがひどいからなあ…」

 

「えっひどい」

 

「ひどくねぇ、事実だ。

 普通の人は話してる最中に白昼夢見ねーよ」

 

「…むぅ」

 

「ともかく、今日は早く帰った方がいい。

 今は悪くなくても体調が悪くなるかもしれない」

 

「ええ、楽器店寄りたかったのに」

 

「「帰れ」」

 

「……はぁい」

 

 

 

みんなに口を合わせて言われてしまえば、

そうせざるを得ない。

 

やっぱり過保護すぎると思うのよね…。

 

 

 

「じゃあ真奈美、一緒に帰ろ?」

 

「ごめんね、香穂。

 心配だから一緒に帰りたいのは山々なんだけど

 呼び出し食らっちゃってるのよ。寄ってから帰るわ」

 

「そっか…残念。蓮は先生のとこだっけ」

 

「ああ。…大丈夫か?」

 

「大丈夫ですっ。梁太郎と雄一は?」

 

「俺は部活」

 

「俺は友達と遊びの約束…なんだけど………断ろうかな」

 

「え?どうして?」

 

「今日の香穂、ぼんやりしすぎてて心配」

 

「もうっ、みんな過保護すぎ!大丈夫!」

 

 

 

疑うような視線を4人から向けられる…ひどい。

 

私は鞄を手に取り立ち上がった。

 

 

 

「私は本当に大丈夫だから、

 みんなも気をつけて帰ってきてね。

 ご飯作って待ってるから!」

 

 

 

未だに心配そうな4人に手を振り、教室を出る。

 

 

生活感たっぷりの会話。

いつも堂々と話してるから、

誰も気づいた様子はないようだけれど。

 

まあ、気づかれても大した問題じゃない。

 

 

 

私たちは、幼なじみだけで暮らしている。

もちろん親公認で。

 

私の家での生活なんだけれども、

親はほぼ海外に飛んでいるので、滅多に帰ってこない。

 

 

 

それに、しても。

 

 

駅前への道を歩きながら、

私はふっと彼に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

顔はわからない。

 

すごくぼやけていて、本当にシルエットしか。

 

 

わかるのは髪が空色のこと、

シルエットが小さな男の子のこと。

 

 

 

 

蓮かな、とも思った。

けれど彼よりずっと淡い色の髪な気がする。

 

 

でも、蓮以外の知り合いであんな男の子は覚えがないのだ。

 

小さい頃の知り合いにしても…本当に、全く覚えてなくて。

 

 

 

彼が、口を開く。香穂子、と。

 

声は聞こえない、というより

ノイズがひどくて聞き取れない。

 

口の形だけ、はっきりと。

 

 

それだけの記憶。

 

それだけなのに、彼のことが。

どうして、こんなにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ?」

 

 

 

ぐらり、と視界が揺れた。

 

あ、れ……。

 

 

ガンガンと頭で銅鑼を鳴らされてるような心地がする。

 

きもち、わるい……。

 

 

思わず座り込みそうなのをぐっと堪えて顔をあげると、

こちらを気遣わしげに見ている人と目が合う。

 

 

 

「…あの…」

 

「……え」

 

「すみません、座れるところをさがしてるんですが…」

 

「…悪いんですけど、ボク急いでるので」

 

「そうですか…すみませ…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、おかしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ…っ!」

 

 

 

世界が、反転、して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか優しい腕に抱き留められて、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ…っ!」

 

 

 

目の前でぐらりと傾く彼女を慌てて抱き留める。

その顔は、ひどく青白い。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

返事はない。

 

…気絶、してるのか。

 

 

失礼します、と一声かけて額に手を当てると

まるで燃えるように熱かった。

 

 

なんで、こんなになるまで…。

 

 

 

「…はあ」

 

 

 

よりによって、ボクに話しかけるなんて…。

 

 

音楽科に知り合いは…いないし、

さすがに任せるのも……。

 

 

仕方ない、か。

 

これは仕方のないこと、ただの救助。

こんなこと、これっきり、だ。

 

 

 

ボクは彼女をゆっくりとおぶると、

なるべく早足で家路を急いだ。




*suite=洋楽で、いくつかの趣の違う曲を組み合わせた組曲


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再会のnocturne~「だいじょーぶですか?」~

目の前で女の子倒れたからって
連れて帰っちゃメッ!でしょ!黒子くん!!

まあここで救急車呼んでバイバイしたら
物語終わっちゃうから…
きっとすごく近所だったんだよ仕方ない。
香穂子の事だから助けてくださったかたを…て探すだろうけど、さすがに顔も知らん人は探せんでしょ…。

てなわけで黒子くん頑張って香穂子を連れ帰ってきました。


Kahoko side

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん、ごめんなさい…っ』

 

 

 

女の子が、ひとりで泣いている。

 

あれは…私?

 

 

 

『…わたし、わたしは…っ』

 

 

 

知らない公園で、

なにかにすがり付くように泣きじゃくる私。

 

まるで何かの映像を見ているかのように、場面は動く。

 

 

 

『………だいじょーぶですか?』

 

 

 

小柄の…きっと、泣いている私と同い年くらいの男の子が

私に話しかける。

 

 

靄のかかる姿、ノイズのかかった声。

 

 

空色の髪だけが、ゆらゆらと見えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは一体、誰なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………だいじょーぶですか?」

 

「……っ?」

 

 

 

知らないのに、既視感のあるような声。

 

そう。まるで、夢の中で聞いたかのような。

 

 

 

…誰?

 

 

私はゆっくりと目蓋を開いた。

 

 

 

 

「…よかった。起きましたね。

 具合はどうですか?」

 

「……空、色…」

 

「は?」

 

 

 

目を開けた先には空色の綺麗な髪と目をした男の子が、

無機質な顔で私を見つめていた。

 

 

ぽろりと溢した私の言葉に軽く怪訝な顔をしたかと思うと、

ああ。と声を漏らす彼。

 

 

 

「髪と目のことですか。

 そんなに珍しいですか?」

 

「…いえ、ごめんなさい。

 妙な……夢を、見てたものですから」

 

 

 

ゆっくりと覚醒してきた意識の中で、

ぼんやりと辺りを見回す。

 

どこだろう、ここ…。

 

 

 

「…あの、すみません。どちら様…でしょうか。

 それに、この場所は…?」

 

「ここはボクの家です。

 キミ、駅前で倒れたんですよ、覚えてないですか?」

 

「え……。あ……」

 

 

 

そうだ、確かあの時酷い頭痛がして…

立っていられなくてそれで…。

 

 

 

「もしかして、それで見ず知らずの私を

 家まで運んでくださったんですか…?」

 

「…まあ、無視するのも寝覚め悪いんで」

 

「………ご迷惑を、おかけしました…。

 本当にありがとうございます」

 

「倒れるくらい具合悪くなるまで、

 何で放置してたんですか」

 

「少し前から悪かった訳じゃなくて、

 急に立っていられなくなってしまって…。

 本当に、ごめんなさい」

 

「…まあ、いいですけど。

 それより、まだ体だるいですか?」

 

「え?」

 

「運ぶ前にちょっと熱測らせてもらったんですけど、

 なかなかの高熱だったみたいなんで。

 さすがに一人で帰るのはキツそうですね」

 

「そんな、これ以上ご迷惑をかけるわけには。

 すぐに帰りますから」

 

 

 

勢いよく布団から起き上がった私を

激しい頭痛と目眩が襲う。

 

 

 

「…っう……」

 

「別に帰ってくれるのなら助かりますけど、

 一人で帰るのは無理でしょう、まだ。

 途中で倒れても知りませんよ」

 

「…すみません…」

 

「……もういいですから。ほら、キミの携帯です。

 家族の人にでも迎えに来てもらってください。

 たくさん着信来てましたし、心配してますよきっと」

 

「…あ……」

 

 

 

彼に差し出された携帯を受け取り、画面を開くと

案の定幼なじみ達からのメールと電話の履歴が

たくさん来ていた。

 

 

…心配、かけちゃったな。

 

 

 

とりあえず、真奈美へ電話を――

 

 

 

 

「香穂!? 今どこなの!!?」

 

 

 

 

出るのはやっ………。

 

コール音すら鳴ってないのに…。

 

 

 

「ええと…人様の家?」

 

「はあっ!?」

 

 

 

どうやらスピーカーにしているようで、

雄一の声が聞こえた。

 

…うん、まあ驚くよね。

 

 

 

「…とにかく、無事なんだな?」

 

「うん、心配かけてごめんなさい」

 

「変なことされてないよな?」

 

「変なこと?」

 

「……まあ、とりあえずは

 元気そうな声が聞けてよかったわ」

 

「うん、ごめんね」

 

「住所はわかるか?」

 

「え?ええと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「住所はこれです」

 

「っ!?」

 

 

 

急に隣からにゅっと出てきた手に驚いて後ろを振り向くと、

メモ用紙を差し出す彼の姿。

 

おずおずと受け取り中身を見てみると、

綺麗な字で恐らくこの家のものと思われる住所が

書かれていた。

 

 

…結構、近所なんだ。

 

 

 

「香穂?」

 

「あ、ええと、住所はね…」

 

 

 

 

 

「…OK。わかったわ。

 今から蓮と雄一向かわせるから、

 家の中に居させてもらって?危ないから」

 

「あ、うん。わかりました」

 

「それじゃ、今から向かう」

 

「くれぐれも!気をつけて待ってろよ?」

 

「は、はい」

 

 

 

雄一の気迫に押されて思わずうなずくと、

電話はプツリと切れた。

 

 

 

「住所、ありがとうございます。

 今から来てくれるみたいです」

 

「どういたしまして。

 …それにしても、なかなか複雑な家庭環境なんですね」

 

「え?」

 

「友達と住んでるんですか?」

 

「ああ…はい。幼なじみと。親公認で」

 

「どこに住んでるんですか」

 

「私の屋敷です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………は?

 すみません、もう一回言ってもらってもいいですか」

 

「え?だから私の屋敷です。

 空き部屋がたくさんあるので、

 使った方が屋敷のためにもいいですし」

 

「………別世界の人ですね、ほんと」

 

「え?そうでしょうか…」

 

「少なくともこのアパートの一室が家のボクからしたら、

 本当に世界が違いますよ。

 うちの学校の音楽科はお金持ちが多いって

 本当だったんですね」

 

「え……。あの、同じ、学校…?」

 

「はい。まあ普通科ですけど」

 

「き、気づきませんでした…」

 

 

 

今着てるのは私服だし…。

会ったときはそんな余裕なかったから…。

 

 

 

「まあ音楽科と違って、

 普通科の男子の制服なんてそこまで特徴無いですからね」

 

「でもそれにしても…」

 

「まあ、そんなことはどーでもいいですよ。

 それより、そろそろ外に出ておいた方が

 いいんじゃないですか?」

 

「え?あ…はい、そうですね」

 

 

 

布団を畳み、近くに置いてあった鞄を手にとって、

私は深々と彼に頭を下げる。

 

 

 

「本当に、お世話になりました」

 

「…いーえ。ほら、

 ボクも一緒に待ちますから早く出てください」

 

「えっ。そんな、いいですよ。

 たぶんすぐ来ますしそんな…」

 

「この辺最近ごろつき多いんです。

 また妙なことになりたくないんなら、

 大人しくボクと一緒に待っててください」

 

「…はい」

 

 

 

言い方は、あれだけど…。

 

すごい、優しい人。

 

 

 

「本当に、ありがとうございます」

 

「…もういいですってば。何回目ですか」

 

「でも、本当に。

 あなたに助けてもらわなかったらどうなってたか」

 

「……大袈裟な人ですね」

 

 

 

何度も頭を下げる私に、

彼はふっと表情を和らげた。

 

 

 

「…っ」

 

「?どうかしましたか?」

 

「い、いえ…」

 

 

 

あんなに、優しい顔するんだ。

 

あれ、おかしいな。熱が上がった気がする。

 

 

彼はすぐに無表情に戻ってしまったけれど、

なんで、こんな落ち着かない気持ちに…。

 

 

 

「…誰か、走ってきましたけど。

 あれが幼なじみですか?」

 

「えっ?」

 

 

 

彼が指差す方向を向くと、確かにそこには

走ってこちらに向かってくるひとつの影。

 

……ひとつ?

 

 

 

「あれは…雄一?あれ、蓮と一緒にって…」

 

「―――香穂ーーっ!!」

 

 

 

うん、間違いない。雄一だわ。

 

…蓮はどこに…………。

 

 

目を凝らす私の横で、彼がぼうっと口を開く。

 

 

 

「…か、ほ………」

 

「え?」

 

「……あ、いえ。お名前、かほって言うんですか」

 

「ああ、それは愛称で…ってごめんなさい。

 私、自己紹介してませんでしたね」

 

 

 

改めて彼に向き直り、もう一度ゆっくり頭を下げる。

 

 

 

「音楽科、1ーAの日野香穂子です。

 ヴァイオリンを専攻しています」

 

「……丁寧に、どうも」

 

 

 

彼が、軽く頭を下げるのと同タイミングくらいで、

雄一が息を切らせながら到着した。

 

 

 

「…はあ、はあ…」

 

「お疲れ様。走ってこなくてもよかったのに」

 

「や、走ったのは香穂の姿が見えてからだから」

 

「それならなおのこと…、

 それより蓮は?一緒じゃないの?」

 

「えっ!?アイツ、ついてきてない!?」

 

「…今のとこ、他に人影は見えませんね」

 

「うわ、マジかー。やっちまった……

 ――って、おわっ!!?

 お前いつ来た!?てか誰だよ!?」

 

 

 

彼に驚いたのか、見事なまでにのけぞる雄一。

 

…体柔らかいね……。フィギュアスケートみたい…。

 

 

 

「最初からいましたけど」

 

「私と一緒に、待っててくれてたんだよ」

 

「……全く気づかなかった……。

 …って、おい待て香穂」

 

「ん?」

 

「てことは、人様って…コイツ?」

 

「こら。助けてくれた人にコイツとか言わない」

 

「別にいいですけど」

 

「よくないです!」

 

「んなことはどーでもいいから!

 …にしても、お前ほんっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――おい、香穂!!」

 

「!?は、はいっ」

 

 

 

私の肩をがしりと掴んで、

真剣な目で私を見つめる雄一に思わず驚きで肩が跳ねた。

 

 

……どうでもよくないのに…。

 

とは思うけど、

雄一の気迫がそんなことを言える雰囲気ではない。

 

 

 

「いつどこで知り合ったのか知らねーけど、

 女1人で男の家行くのは関心しねーぞ?」

 

「………へ?」

 

「お前はただでさえ危なっかしいんだから…」

 

「…んーと、……え?」

 

 

 

混乱する私をよそに、雄一は彼を鋭く睨み付ける。

 

…なんか、誤解されてるような…?

 

 

 

「お前、どういうつもりだ。香穂を家にまで連れ込んで」

 

「…色々誤解されてるようなので、弁解しますけど。

 ボクは彼女を連れ込んだわけではありません」

 

「はあ?お前、よくもぬけぬけと…」

 

「彼女の体調が優れなかったらしくて、

 駅前で倒れたんです。

 その時近くにいたのがボクだったので」

 

「うん。私のこと助けてくれて看病してくれてたんだよ」

 

「……マジかよ。やっぱ一緒に帰ればよかった…」

 

「…………雄一?それより言うことがあるんじゃないの?」

 

「…え」

 

 

 

肩に乗っている手を降ろして、

私は雄一をじっと見つめる。

 

 

随分と、ひどいんじゃない?

 

 

 

 

「彼に、謝りなさい」

 

「えっ」

 

「何を勘違いしてたんだか分からないけれども」

 

「いや分かんないんですか」

 

「彼にすごい失礼なことしたでしょう。謝って」

 

「う……。や、で、でもこの状況じゃ誰だって」

 

「あ や ま り な さ い」

 

「わ…悪かった、な」

 

「いえ。別に気にしてませんから」

 

「本当にごめんなさい、

 助けてくれたのに嫌な思いさせちゃって…」

 

 

 

私も改めて彼に頭を下げる。

と、聞き慣れた声が後ろからした。

 

 

 

「――――雄一、早とちりしすぎだ」

 

 

「げ」

 

 

「あ、蓮」

 

 

 

蓮はこちらに歩いてきながら、雄一を軽く睨む。…

 

…まあ、かなり置いてかれてるものね…。

 

 

 

「あんなに急ぐ必要は無かっただろう」

 

「…いや、ちょっと。香穂の事だから

 外で1人で待つとか言い出しそうだし、

 人様がどんな奴かも分からなかったし…。

 見えるとこまで来たらなおのこと、

 やっぱり1人で待ってたし……」

 

「真奈美が電話口で、家で待たせてもらえ、

 と言っていただろう。

 その時特に怪しい感じはしなかった」

 

「うぐっ」

 

「…香穂子、待たせてもらうのはどうした。

 この時間、体調が優れないのに1人で外は危ないだろう」

 

「えっ?」

 

「………」

 

「あの、蓮?」

 

「…なんだ」

 

「私、1人で待ってた訳じゃないよ?」

 

「…………は?」

 

 

 

蓮は意味が分からない、といった顔で、

真意を探るように私を見る。

 

 

………ん?

 

 

 

「……日野さん。多分この人、

 ボクの存在気づいてないですよ」

 

「――――っ!!!???」

 

「…やっぱ蓮も気づかなかったかー」

 

「え?え?どうして…」

 

「ボク、すごく影が薄いらしくて」

 

「え…蓮、もしかして今気づいたの?」

 

「あ、ああ…」

 

 

 

嘘…、だって私駅前の時すぐに見つけたような…。

 

 

 

「ボクに気づいて声をかけてくるのなんて、

 日野さんくらいですよ。

 さすがに駅前で話しかけられた時は驚きました」

 

「ええ……??」

 

 

 

そんなに…?

気配とか、そんなに敏感じゃないと思うんだけど…。

 

私が首を傾げてる間に、

雄一が蓮に事情を説明してくれたようで、

蓮は彼に頭を下げた。

 

 

 

「…そうか。すまない、迷惑をかけたな」

 

「いえ、いいです。彼女からも散々謝られてますから。

 ……というより、幼なじみ…なんですよね?」

 

「ああ」

 

「……過保護過ぎませんか?

 まるで保護者みたいですよ、彼女の」

 

「あっ、それは私も思います!」

 

 

 

彼が呆れたように言った言葉に、私も加勢する。

 

 

やっぱりそうよね!

 

私だってみんなと同じ年なんだし、

自分の事くらい自分で…。

 

 

2人はきょとんとしていたかと思うと、

不意に大きなため息をついた。

 

……え?

 

 

 

「…俺たちがここまで過保護になったのは、

 香穂のせいなんだけどな」

 

「……全くだ」

 

「…えっ」

 

「……ああ、なんとなく納得できました。

 危機感とか警戒心とか無さそうですよね、この人」

 

 

 

……なんで私、こんなにみんなに呆れられてるの……。

 

 

わ、私だって、警戒心の1つや2つくらい…。

 

いや、3つや4つぐらい!

 

ある、はず……あるもん!!

 

 

心のなかで意気込んで、軽くキリッとしてみるも、

全員から呆れを含んだ苦笑を向けられ、

私はしょんぼりと肩を落とした。




*nocturne=夜想曲


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Flehendなお守り~「………香穗子…」~

なんか間が空いてしまった…。
作ってあるから載せるだけなんですが何となく時間が…。

とりあえずはここまで。


Tetsuya side

 

 

 

 

 

「…っとやべ。つい話し込んじまったけど、

 そろそろ帰んねーと」

 

 

 

日野さんが肩を落とす隣で、

茶髪の彼が手元の時計を見て慌てたように言う。

 

 

 

「…そうだな。早くしないと、真奈美が心労で倒れそうだ」

 

「……そうね」

 

 

 

彼女も苦笑しながら頷くと、

再度ボクに向き直り、頭を下げた。

 

 

 

「本当に、色々とお世話になりました」

 

「いえ、お大事に」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「んじゃ、帰んぞ香穂」

 

「きゃっ。ちょ、ちょっと引っ張らないで雄一」

 

「…雄一、香穂子はまだ熱がある。

 無理をさせるな」

 

「おー、それもそうだな…。

 じゃあ香穂、ちょっと止まって」

 

「?? なあにゆうい…きゃっ」

 

 

 

雄一と呼ばれた茶髪の彼が、彼女を軽々と抱き上げた。

 

 

……身長だけは高いですよね。

 

別に、羨ましくなんて無いですけど。

 

 

 

「ゆ、雄一っ、恥ずかしい、降ろしてっ」

 

「……………雄一」

 

「だーいじょうぶだって。落としゃしねーよ。

 この時間なら知り合いにも会わねーだろ。

 これが一番早い」

 

「……まあ、それもそうだな。無理は避けた方がいい」

 

「うう……恥ずかしいのに…」

 

 

 

歩き出した彼らを見て、ボクも部屋へと足を向ける。

 

扉を閉める前に振り向くと、

彼らがゆっくりと家路へ向かっていくのが見えた。

 

 

 

…まるで嵐みたいだったな。

 

そう思いながら扉を閉めて苦笑する。

 

……それに、しても。本当に。

 

 

 

「……まさか、気づくなんて」

 

 

 

彼女が音楽科に居たのは知っていた。

彼女もだけれど、周りの面々が目立つ人だから。

 

けど、いくら同じ学校とは言え、

音楽科と普通科にはほとんど接点はない。

 

 

受けているカリキュラムも違うので合同授業等もないし、

式典は合同だが席も離れている。

 

知り合いでも居ないと

関わらずに卒業していく生徒もきっと多いことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。彼女とは、会わないと思った。

 

会ったとしても気づくことはないだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

それなのに。

 

 

 

あの道をあの時間通ったのは本当に、ただの偶然だった。

 

偶然、前を歩く彼女を見つけた。

 

 

踵を返して別の道を進もうとした、

けど妙に重そうな足取りが気になって。

 

 

 

思わず追いかけて、

様子を見守っていただけだったのに、目があった。

 

そしてキミは、迷わずボクに話しかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…変わらないな」

 

 

 

 

まあ、もう会うことも…話すことも、ないだろう。

 

そう自嘲気味に呟いて、つ、と視線を低い棚へ移す。

 

 

 

 

 

 

 

『わたしも、またあなたと会いたいです。

 ……だから。良かったらこれ、どうぞ』

 

 

 

 

 

 

 

「…未だに御守り代わりにしてるなんて。

 我ながら情けないな、ボク」

 

 

 

ソレを手に取り、思わず苦笑する。

 

 

 

―――ヴァイオリンの切れた弦。

 

 

幼い頃、名前も知らなかった女の子から貰ったものだ。

 

 

 

 

 

『音楽科、1ーAの日野香穂子です。

 ヴァイオリンを専攻しています』

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢かと思った。

 

 

まさかまた、彼女と話せる日が来るなんて、

思ってもいなかった。

 

 

もしかして…だなんて、

あり得ない期待すらしてしまいそうになった。

 

 

 

 

そんなこと、あるはずがないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テツヤ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…綺麗に、なったね」

 

 

 

彼女だった。

夢にまで見た、彼女だった。

 

 

関わらないように、関わりを持たないように。

 

…変な期待なんて、持たないように。

 

 

 

突き放して去ろうとしたのに。

 

 

 

 

 

少しでも、会えたことを嬉しいと思ってしまうなんて。

 

 

 

 

「……ボクは、ずっと…ずっと、キミに…」

 

 

 

その先の言葉は言ってはいけない気がして、

自然と口をつぐんだ。

 

 

棚に寄りかかって座り込んだボクは、

弦を光に透かしてみる。

 

 

 

いつぞやのキミが、笑ってそうしていたように。

 

 

 

「…………香穂子…」

 

 

 

キミが、笑っていてよかった。

 

幸せそうでよかった。

 

 

やっぱりキミには笑顔が一番似合うから。

 

どうか、そのままのキミでいてほしい。

 

 

 

「………ボクのことは、忘れたままで構わないから。

 どうか…………どうかお願いだ、幸せになって」

 

 

 

なにかがぽとりと服に染みを作り、

空気にさらされて頬を冷やした。




*flehend=哀願するような


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勘違いのagitazione ~「見てください、この力こぶ」~

元ができているのに更新をしないこの感じどうにかならんものか、、、。
お休みの前日とかに、ゆっくりでしかできないんですよねえ…。

ううむ、時間の使い方が下手人間辛い。


Kahoko side

 

 

 

 

 

 

名前も知らない彼に助けて貰ってから、

1週間ほど経ったある日。

 

私は、深くため息をついた。

 

 

 

 

 

「……はあ…」

 

 

 

 

…実は、あれから1度も彼を見かけないのだ。

 

駅前や校内でそれとなく探してるんだけど…。

なにかお返しをしたいのに……。

 

 

やっぱり学科が違うと、

ほとんど会わないものなんだなあ…。

 

まあ、そうよね。

今まで普通科との関わりもほとんど無かったんだもの…。

 

 

 

 

「……………はあ」

 

「まーたため息ついてる。もう何回目よそれ」

 

「真奈美…」

 

 

 

 

ふっと視線をあげると、

そこには笑みを浮かべた真奈美の姿。

 

 

 

 

「なーに悩んでるのかな、香穂子ちゃんは」

 

「…からかってるでしょ、真奈美」

 

「ふふ、バレた?

 そんな分かりやすく悩んでるの珍しいからつい。

 それで?どうしたの」

 

「……彼と、会えないの」

 

「彼?…あー、もしかして助けてくれたとかいう人?」

 

 

 

 

彼女の言葉にこくりと頷き、窓の外に目を向ける。

 

彼は…見当たらない。

 

 

 

 

「同じ学校なんだっけ?」

 

「らしい…けど」

 

「普通科でしょ?クラスは?」

 

「……」

 

 

 

 

ふるふると首を横に振る。

 

 

 

 

「……名前は?部活とかは、やってるの?」

 

 

 

 

今度は少し強めに首を横に振る。

 

 

 

 

「…分かるのは、見た目だけ、ね。

 それじゃあさすがに厳しいわよ」

 

「…分かってるわ。だから、困ってるんじゃない」

 

 

 

 

再び、はあ、とため息をつく私に、

真奈美はまあまあ、と笑いながら鞄を手に取った。

 

 

 

 

「一度帰り道で会えたんだから、

 きっとまたばったり会えるわよ」

 

「…うん」

 

「ほーら、そんな気落ちしないで。

 甘いものでも食べて帰りましょ」

 

「…うん、そうね。ありがとう真奈美」

 

 

 

 

やっと表情を和らげた私に、

真奈美は笑顔を返すと出口へ向かい…、

 

不思議そうに振り返る。

 

 

 

 

「香穂?なにしてんの、置いてくよ?」

 

「…え?だってまだHRが…」

 

「とっくに終わってるわよ?

 …やだ、そんなに呆けてたの?」

 

「うそ!?」

 

 

 

 

慌てて周りを見ると、…確かに。

私たち以外、既に誰もいない。

 

 

 

 

「ごめん、真奈美!帰ろっ」

 

「もー、しっかりしてよ?

 そんなにぼけっとしてると、

 そのうち雄一が離れなくなるわよ?」

 

「…………雄一も、さすがに、そこまでは…」

 

 

 

 

……無い。とは言いきれないのだけれど。

 

 

苦笑をこぼしながら靴を履き替える私に、

真奈美はつま先をとんとんと合わせながらため息をひとつ。

 

 

 

 

「アイツはやるわよ。絶対にあの男はやる。

 香穂の為ならなんだってやるのが雄一だもの」

 

「…なんでもは怖いからいいわ……」

 

「だったら、あんまり心配かけさせないこと。

 雄一もだけど、みんな不安になっちゃうのよ」

 

「…うん、わかった。ありがとう、ごめんね?」

 

「分かったならよし。さて、帰ろっか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、その時雄一驚きすぎてさ」

 

「うん」

 

「階段からずり落ちたのよ?

 ホント妙に格好のつかない男というか、

 からかい甲斐があるというか」

 

「ふふ。雄一って驚いた時のリアクションが大きいものね。

 でもそれ、怪我とかは大丈夫だったの?」

 

「うん。まあアイツは丈夫だしね。

 ああでも、肘は軽く擦りむいてたかも」

 

「…ああ。だから、可愛い絆創膏してたんだ」

 

「えっ、なにそれ見たかった!」

 

「ファンの人に貰ったんだろうなーて柄の。

 可愛い絆創膏だね、って言ったら

 すぐに取っちゃったんだけど」

 

「そりゃ、香穂に言われちゃあね…。

 アイツ妙にモテるわよねえ。どこがいいんだか」

 

 

 

 

呆れたようにため息をつきながら、

真奈美は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

 

 

 

 

「そう?

 雄一結構カッコイイし、気遣いもできるからじゃない?」

 

「…ホントに相手のことを思っての気遣いなのかは

 かなり怪しいけどね、アイツの場合」

 

「えっ?」

 

「なんでもなーい。

 それより香穂、雄一にカッコイイなんて言っちゃダメよ」

 

「どうして?」

 

「絶対調子に乗る」

 

「乗らせちゃまずいの?」

 

「まずいわよ。ただでさえ香穂香穂香穂香穂うっさいのに」

 

 

 

 

真奈美はさっきよりも深くため息をつく。

 

…クールだなあ。

 

 

真奈美はいつも、周りが見えている気がする。

 

周りの人の感情や、私情に振り回されてしまう私と違って、

その人その人にとって

いい解決策を選べる目を持っているというのか。

 

 

 

…かっこいいなあ、と思う。

 

私も真奈美みたいになりたい、と言ったら

みんなに香穂子はそのままで、と止められた。

 

 

……確かに私はどっか抜けてるし、

真奈美みたいに完璧じゃないけど………むう。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

少し口を曲げつつ真奈美を見ると、

なぜかどこか厳しい顔をした彼女に開きかけた口をつぐむ。

 

 

なにかを堪えるような…誰かを、憎むような。

 

 

 

 

「…真奈、美……?」

 

「……ん?どしたの、香穂」

 

「…な、んでも、ない…」

 

 

 

 

こちらを向いたのはいつもの表情。

 

…気のせい、かな。

 

 

 

 

「変な香穂。まだ本調子じゃないんじゃない?」

 

「えっ、そ、そんなことないよ?」

 

「どもるあたり怪しいなあ。香穂はすぐ無理するんだから」

 

「そ、そんなことな…ひゃっ」

 

 

 

 

額に少しひんやりとした手が当てられ、

私は軽く目をつむる。

 

 

 

 

「…うーん、確かに熱はないみたいだけど…」

 

「本当に、大丈夫だから。みんな私に過保護すぎよ」

 

「…………」

 

 

 

 

真奈美の複雑そうな視線は…きっと気のせい。

 

そして笑顔を浮かべた私の視界の片隅に、

なにかが横切った。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

「ん?どしたの、香穂」

 

「…気のせいかな。今……」

 

 

 

 

空色が、見えた気がした。

 

 

 

真奈美の戸惑う声もそのままに、私は辺りを見渡す。

 

 

元気いっぱいに走る小学生。

 

ベビーカーを押す綺麗な女の人。

 

忙しそうなサラリーマン。

 

ストリートバスケをする男の人たち。

 

 

……男の人たちをよく見てみるけど、

空色の彼は見当たらない。

 

 

 

 

「香穂?」

 

「…今、あの人が見えた気がしたの」

 

「えっ?あの人…って香穂が探してる人でしょ?

 蓮より薄めの空色の髪と目だっていう…」

 

「…うん」

 

「見渡す限りそんな人居ないけどなあ…。

 もっと髪色目立つ人は居るけど」

 

「…見間違い……だったのかな」

 

「多分ね。だって見当たらないもの」

 

 

 

 

真奈美は苦笑しながら、帰ろうと私をうながす。

 

 

……確かに、見えた気がしたのに。

 

 

私は諦め悪く、

ストリートバスケをしている集団を振り返った。

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ………!?」

 

「ちょっと、香穂!?」

 

 

 

 

次の瞬間、私の足は自然と走り出していた。

 

 

やっぱり、見間違いなんかじゃなかった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Manami side

 

 

 

 

 

 

声をあげたかと思うと、急に走り出す香穂。

 

 

 

 

「ちょっと、香穂!?…どうしたのよ、もう…」

 

 

 

 

お世辞にも足が早いとは言えない香穂とは

思えないくらいのスピードで、

あっという間に遠ざかっていく彼女にため息をひとつ。

 

 

…全く。どうしたっていうのよ……。

 

 

見た感じ、香穂子は

ストリートバスケをしている男の集団の方へ

向かっているみたい。

 

黄色や、赤色の目立つ髪色のヤツなら居るけど

空色なんていないのに……。

 

 

 

 

「……って、ちょっと待って」

 

 

 

 

男の…集団………?

 

 

 

 

「――ああっ!!?か、香穂待って!!」

 

 

 

 

原色の髪の奴らは知らないけど、

他の奴らはここから見ても分かる。

 

明らかに、面倒事吹っ掛けてきそう…!!

 

 

ただでさえ巻き込まれ体質のあの子が、

あんな男たちのところに行ったら、

絡まれるのはきっと必須。

 

 

 

 

「…ったくもう!!本当に、あの子は…!」

 

 

 

 

私は慌てて香穂を追う。

 

どうか今からでも間に合いますように。

と、恐らく叶わないであろう願いを抱きながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Kahoko side

 

 

 

 

 

「っは…はあっ…はあ…っ」

 

 

 

 

うう…私体力無さすぎ…。

 

こんなに走ったの、久しぶりだから…。

 

 

 

胸に手を当て、息を整えながらコートを見ると、

どうやら試合は終わったようだった。

 

…そして何故か、黄色と赤色と、空色の彼以外の人が、

腰を抜かして座り込んでいる。

 

 

 

……???

 

 

未だに荒い息を整えながら首を傾げる私の方に、

彼らが歩いてくる。

 

 

 

 

「……あ、」

 

 

 

 

私は、話しかけようとして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴツッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

「…痛いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かけそびれた。

 

タイミングを完全に逃してしまった私はそのまま固まる。

 

 

ど、どうしよう…。

 

 

 

 

「お前は何考えてんだ、バカ!」

 

「ちょ、火神っち!黒子っち怪我してるんスよ!?」

 

「なおさらだっつーの!

 …ったく、後先考えずに突っ込んでいきやがって。

 勝てるつもりだったのかよ」

 

「いえ、あのままいけば、100%ボコボコにされてました」

 

「テメェ…!」

 

「見てください、この力こぶ」

 

「ねぇよ!!」

 

「…黒子っちって、たまにスゴいよね」

 

「……それでも、あの人たちは間違ってると

 …ひどいと思いました。

 だから言っただけです」

 

「だったらその先を考えろ!」

 

 

 

 

固まる私をよそに、どんどんと縮まる距離。

 

一旦逃してしまったタイミングを

再び掴むことのできない私。

 

 

…ど、どうしよう…っ。

 

 

 

 

「…ん?オレたちに何か用ッスか?」

 

「!!」

 

 

 

 

ま、待って。まだ言葉が纏まってない…!

 

 

 

 

「……あれ。キミは……」

 

「あ、あああの、私…っ」

 

「…ああ!もしかしてオレのファンッスか?」

 

「……へっ?」

 

 

 

 

言葉の意味も理解できないままに、彼に手を取られる。

 

ふぁん?ファン?なんの?誰が???

 

 

 

 

 

 

 

 

――混乱する私の耳に

次に飛び込んできたのは、女の子の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――香穂から離れてっ!!」

 

「…へ?う、うわあっ!?」

 

「な、なんだっ!?」

 

 

 

 

……次の瞬間には。

 

 

私の手を握っていた彼はどこかに…、

 

横に、吹き飛んでいた。

 

 

 

…………えええと??

 

 

 

 

「香穂っ!大丈夫!?なにもされてない!?」

 

「…ま、真奈美?え?」

 

「あーもう、心臓潰れるかと思ったわ。

 とりあえず早く私の後ろに」

 

「え?え?あの、真奈美??」

 

「……いってー。もう、なんなんスかぁ…?」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

駆け寄ろうとした私の腕を、真奈美が掴んで止める。

そしてそのまま庇うかのように、彼女は私を背中に隠す。

 

……すごく、警戒してる…?

 

 

 

 

「…よく訳は分からねーけど、売られた喧嘩は買うぜ?

 女だからって容赦はしねーからな」

 

「何言ってんのよ。先に手を出したのはそっちでしょ。

 女だからって見くびると足元掬われるわよ」

 

「あぁ!?んだと…!?」

 

 

 

 

男の人の額に青筋がたち始めたのが見えて、

サーっと血の気が引く。

 

 

…な、なんか色々行き違いが起こってる気がする…!!

 

 

 

 

「ま、真奈美っ!」

「火神くん」

 

 

「「落ち着いてください(っ!)」」

 

 

「えっ!?香穂!?」

「っ!?てめ、黒子…!」

 

 

 

 

真奈美の前に飛び出た私と、

赤髪の人に膝かっくんを仕掛けた彼。

 

 

真奈美は目を見開き、男の人は空色の彼を睨み付けた事で、

とりあえず一触即発の空気は免れた。

 

 

 

 

「真奈美、違うの。あのね?」

 

「多分両方とも、色々誤解してます」

 

「は?誤解…って……。

 っ、きゃああああああああ!!?」

 

 

 

 

空色の彼を見た途端、悲鳴をあげて後ずさる真奈美。

 

…な、なんか似たような光景をこないだも見たような…。

 

 

 

 

「だ、誰っ誰誰々っ!?いつから!?幻覚っ!?」

 

「ボクは最初から居ましたし、幻覚でもありません」

 

「うそ!!?……全然、気づかなかっ……」

 

 

 

 

口元を手で覆い、目を見開いたまま、

その場で停止する真奈美。

 

……こんなに取り乱したの、久しぶりに見た…。

 

 

 

 

「…あ、あの、真奈美?大、丈夫…??」

 

「…………あ……、うん。なん、とか……」

 

 

 

 

彼女はやっと、そこで私に笑顔を取り繕った。

 




* agitazione=動揺して


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わんちゃんはflebile~「…結構ガチで凹んでるッス…」~

わんちゃん、、、わんこ、、、どっちでもいいか。

いじりがいがありますよね!!


Kahoko side

 

 

 

 

 

「…ごほん。それより、勘違いってどういうこと?」

 

 

 

 

取り乱したのが恥ずかしかったのか、

少し頬を染めた真奈美は、

軽く咳払いをして彼らに向き直った。

 

 

 

 

「あなたは彼女の手を握っている黄瀬くんを見て、

 彼が無理やり彼女を連れていこうとしているように

 見えたんですよね?」

 

「黄瀬って誰」

 

「オレッス。急に蹴るなんてひどいッスよぉ」

 

「……ああ、ごめん。髪色通りなのね、名前」

 

「…誠意が感じられないッス……」

 

「気のせいよ。…空色の人、あなたの推理は正解。

 この子、かなりの巻き込まれ体質で、

 本人の自覚がないから余計に、ね。」

 

「………過保護すぎよ…」

 

「…キミに対してなら、仕方ないと思いますけど。

 それよりそれ、勘違いです」

 

「…え?」

 

「真奈美、この人が私を助けてくれた人だよ」

 

「放置したら、後味が悪かっただけですよ」

 

「それでも、きちんとお布団に寝かせてくれて、

 すごく気遣ってくれました」

 

「…………」

 

 

 

 

どこかバツの悪そうな顔をして、

ふい、と視線を背けてしまう彼。

 

 

すごく助かったのは、本当の事なのに。

 

 

 

 

「…え、黒子っち、知り合い?」

 

「……まあ」

 

「つまり、なんだ?」

 

「バ火神くんにも分かるように説明すると」

 

「おい」

 

 

 

 

赤髪の人が眉間をしかめたのも気にせずに、彼は口を開く。

 

 

 

 

「黄瀬くんが、自分のファンだと勝手に誤解したんです」

 

「黒子っち言い方に悪意があるッス!」

 

「…へえ。随分とご自分に自信があるようで」

 

「ちょ、ちがっ、」

 

 

 

 

真奈美に絶対零度の笑みを向けられ、

黄瀬という人は冷や汗をかきながら慌てて口を開く。

 

 

 

 

「オレ、モデルやってるんスよ!

 黄瀬涼太って聞いたことないッスか!?」

 

「………ああ。そういえばそんなん居た気もするわね。

 興味ないけど」

 

「ええっ!?モデルさんなんですか!?

 すごい…全然知らなかった…」

 

「……悪意全開なのと、純粋に驚かれるの。

 連続でくるとなんかキツいッス……」

 

 

 

 

どよーん、と肩を落としへこんだ表情の黄瀬さん。

 

 

…その姿はまるで……。

 

 

 

 

「………なんだろう。うちのバカ犬思い出したわ」

 

「いぬ!?同じ扱いッスか!?」

 

「え?…ああ、違うわよ?ちゃんと雄一って人間の犬よ」

 

「に、人間の犬……」

 

「やー、なんか誰かに似てるなーと思ってたのよね。

 スッキリしたわ」

 

「オレはずたぼろッス…」

 

「……ああ、確かに似てるかもしれないです」

 

「そっか。あんたは知ってるのよね」

 

「はい、まさにバ………、犬みたいだなと思いました。」

 

 

 

 

………今、何か言いかけた……。

 

 

ちなみに黄瀬さんは既に半泣き状態だ。

 

…全身からどことなく哀愁が…。

 

 

 

 

「あ、あの…大丈夫、ですか?」

 

「…結構ガチで凹んでるッス…」

 

「…ええっと……その、私はいいと思いますよ?」

 

「……え?」

 

「わんちゃんみたいってことは、一生懸命って事でしょう?

 真っ直ぐなのはいいことですよ!」

 

 

 

 

そう言って笑みを浮かべる。

 

彼は驚いたように数秒固まり…、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「……………………名前」

 

「え?」

 

「な、名前、何て言うんスか?」

 

「えっと…日野香穂子です?」

 

「なんで疑問系なんですか」

 

 

 

 

少し声を張り上げた彼に、戸惑いつつも答える。

 

 

 

……と、不意に体が宙に浮く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!????」

 

「香穂子っち、ありがとうッスぅぅう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が、私を持ち上げていたのだ。

 

抱き上げるというよりは、

本当に小さい子をあやすかのように持ち上げられている。

 

 

……視界が、高い…。

 

 

 

 

「……………香穂子っち、て…ナニ、アレ」

 

「黄瀬くんは気に入った相手の名前に、

 っちを付ける癖があるんです」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

 

「それより、彼女たぶん

 思考ショートしてますけどいいんですか」

 

「ずっと固まってんな。いや、降りれないからだろうけど」

 

「……どうやって、止めようかしら」

 

「このままいくと、完全に彼女巻き込みますもんね」

 

「…どうやったら、アイツだけ殺れるかしら」

 

 

 

 

ぼそっとなんか聞こえた気がするけど、

まあいいか。黄瀬くんだし。

 

 

 

それより問題は彼女だ。

たぶんあれじゃ、今黄瀬くんが彼女に向けて発してる賛辞は

ひとつも耳に入ってないだろう。

 

 

…というかたぶん、あれ気絶してるな。

目、開けたまま。

 

 

 

 

「黄瀬くん」

 

「……ん?なんスか、黒子っち?」

 

「日野さん、完全にオチてますよ」

 

「?おち…?

 …わあああ!!香穂子っちぃぃい!!」

 

 

 

 

ぼけっと小さく口を開いたまま微動だにしない彼女に、

黄瀬くんは慌てて彼女を降ろした。

 

…そしてそのままその場に座り込む日野さん。

 

 

目の前で手を振ってみる……反応はない。

本当に気絶してたのか。

 

 

 

 

「……黄瀬涼太?」

 

「ヒッ」

 

「覚悟は…出来てるのよね?」

 

「で、できてない、出来てないッス!!」

 

「…そう。それは、残念だったわね」

 

「く、黒子っちぃい!!」

 

「自業自得ですね」

 

「そんなあ!!!」

 

 

 

 

 

 

Kahoko side

 

 

 

 

 

 

ハッと気がついたのは、誰かの悲鳴が聞こえたから。

 

慌てて周りを見ると、何故か伸びている黄瀬さん。

 

 

……あれ?私たしか…持上げられて…。

 

 

 

 

「…あ。気づきました?」

 

「……え、あ。ええっ、と…??」

 

「キミ、キャパ超えて気絶してたんですよ」

 

「え、ええ!?」

 

 

 

 

まさかそんな…、と呟いた私に、

彼は無表情で本当ですから、と続けた。

 

 

……まあ、確かにすごく驚いたというか

何が起こったのかわからなかったけど…。

 

 

 

 

 

「急に振り回されてましたけど、

 体調はもうなんともないんですか?」

 

「あ、ええ。おかげさまで」

 

「…なら、いいですけど」

 

 

 

 

ホッとしたように少しだけ眉を下げて、

ぶっきらぼうにそう言う彼。

 

……うん、やっぱりすごく優しい人だ。

 

 

 

 

「あの、私ずっとあなたを探してて」

 

「……え」

 

「こないだのお礼がしたくて」

 

「………………ああ。別にいいですよお礼なんて」

 

「そんなわけには……、ええと」

 

「?」

 

「……よろしければ、お名前お伺いしてもいいですか…?」

 

「…そういえば、名乗ってませんでしたっけ」

 

「ええ。同じ学校の普通科ってことしか…」

 

「…そうでしたね。すみません」

 

 

 

 

彼は私に向き直り、口を開く。

 

 

 

 

「ボクの名前は―――」




*flebile=哀れな


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Adagissimoな自己紹介~「…どうかしら?男のみなさん」~

1ヶ月経ってた……。
1ヶ月………。

書き留めてはあるんですが、ここに載せるとなると…(面倒くさがりがすぎる)

久しぶりにやったらやり方わかんなくて、プロローグの後ろにこれくっついてました。

ど う し て そ う な っ た。


 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

「ボクの名前は黒子テツヤ。

 クラスは1-2でバスケ部です」

 

「くろこ、てつや、くん…」

 

「はい」

 

 

 

彼女はなにかを確かめるように

たどたどしくボクの名前を繰り返す。

 

そしてなにかを言い出しにくそうに

軽く目を伏せたかと思うと、

覚悟を決めたようにボクに目を向け、口を開いた。

 

 

 

「黒子くん」

 

「はい」

 

「……私たち。もしかして、昔―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――香穂子っちぃい!!」

 

「きゃ!?」

 

「……黄瀬くん…」

 

 

 

いつの間にか復活していた黄瀬くんが、

彼女に後ろから抱きつく。

 

…おかげで、止まってしまった彼女の言葉。

 

 

 

「ほんっとゴメンッス!!

 体調は?具合悪くなってないッスか?」

 

「え?あ、ええと、はい。全然…」

 

「黄瀬涼太?今すぐ香穂から離れなさい。

 さもなくば殴るわよ、顔を」

 

「フルネーム呼び!?てか顔指定!?

 オレ商売道具なんスけど!!」

 

「だからに決まってんでしょ。…5、4、3」

 

「わあああ!!離れる!離れるッス!!!」

 

 

 

慌ててパッと手を離す黄瀬くん。

……もう完全にコントロールされてるじゃないですか…。

 

 

 

「あ。つーか、…んーと………日野?

 もう平気なのか?」

 

「あ、はいっ。大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

 

火神くんに向き直って律儀に頭を下げる彼女に、

居心地の悪そうな火神くん。

 

まあ、確かに。苦手そうなタイプですよね。

 

 

 

「………」

 

「……!」

 

 

 

ふっと、目が合うと、彼女はどこか困ったように笑う。

 

……先程の話の続きは、ここでは…ということなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Kahoko side

 

 

 

 

 

……聞きたいことが、あったのだけど。

また、2人で話す機会があったらにしよう。

 

…あまり、人には聞かれたくない。

 

苦笑いを返す私に彼はなにかを察したように、

スッと目線を逸らした。

 

 

 

「――あ!そうだ!」

 

「なあに黄瀬涼太」

 

「フルネーム呼びやめて!?」

 

「嫌」

 

「…………」

 

「それで、なんだよ」

 

「連絡先交か」

 

「嫌」

 

「最後まで言ってないッス!!」

 

「誰が好き好んで

 個人情報の流出なんかしなきゃいけないのよ」

 

「んな大袈裟な…」

 

「……なるほど。警戒心も高いんですね、この人」

 

「…あ、あはは……」

 

「………黙ってれば美人なのに…」

 

「何か言った?」

 

「何も言ってないッス!」

 

「…大丈夫よ?私がこんな態度とるの、犬にだけだから。

 おかげでモデルなんてしなくても良くしてもらってるわ」

 

「犬決定ッスか!?」

 

「あー、もうキャンキャンうるさいなあ」

 

 

 

抗議する黄瀬くんに対して、

真奈美は耳を抑えながら顔を背けた。

 

……なんか、こんな感じのことをどっかで…。

 

 

 

「あ、そうだ。ツンデレだ」

 

「…は?香穂?」

 

「……ああ、なるほど!そうだったんスね!」

 

「…なにか誤解をしているようだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天地がひっくり返ってもないわ、

 ありえない、自惚れないで」

 

「そこまで言う!?」

 

「うん」

 

「………いっそ清々しいよお前…」

 

「見た目は、いいとこのお嬢様なんですけどね彼女…」

 

「…も、もう。真奈美!」

 

「ん?なあに、香穂」

 

 

 

傷ついたような…というか

確実になにかが傷ついてる黄瀬くんを気にも留めずに、

くるりと振り返りいい笑顔を浮かべる真奈美。

 

 

…全く、もう。

 

私はたしなめるように少し声を張り上げる。

 

 

 

「真奈美、あんまりいじめないの!

 可哀想でしょ」

 

「えー」

 

「えーじゃありません」

 

 

 

うなだれる黄瀬さんの顔を覗き込んで、

安心させるように笑みを浮かべる。

 

 

 

「私は連絡先知りたいです。

 せっかく知り合えたんですから」

 

「か、香穂子っちぃ~…」

 

 

 

彼は感動したように目をうるうるさせて、両手を広げ……

 

 

 

「いっ!?」

 

「香穂に抱きつかない」

 

 

 

……広げたところで、真奈美に阻止された。

 

拳骨…痛そう……。

 

 

 

「あんたみたいなデカワンコが抱きついたら、

 香穂が潰れちゃうでしょうが」

 

「いや、さすがに潰れは……そこまで柔じゃないよ私…」

 

「少なくとも今いる人たちの中では

 一番柔なのは間違いないでしょ。華奢だし」

 

 

 

……真奈美だって、スラーって細いし華奢じゃない……。

 

 

 

「あ?お前だって十分華奢だろーが。

 背はまあまあでけーけど」

 

「……それ、あなたに言われると複雑ね…」

 

「…ボクに対する当てつけですか?」

 

 

 

苦虫を噛み潰したような顔で、

真奈美が赤髪の彼を見て、黒子くんが真奈美を見る。

 

……みんな私からしたらおっきいですよ…。

 

 

 

「別に当てつけなんかじゃないわ。

 ただ、武道を習ってるから

 そこらの適当な男には負けない自信があるだけ」

 

「つっても、体格やら力だってあるし、

 やっぱ女じゃ男に勝つのは無理あるだろ」

 

 

 

プツン、と。

 

なにかが切れたような音がした気がする。

 

 

慌てて彼女を見ると、これ以上無いくらいのいい笑顔。

 

 

 

「…ふふ。そこまで仰るのなら、

 実践して差し上げないとね?」

 

「ま、真奈美!!ダメ、ストップ!!」

 

「はあ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――って、うおっ!?」

 

「―――!!?」

 

「か、火神っち!?」

 

 

 

どんっ、と鈍い音がした時にはもう彼は尻餅をついていて、

驚いたようにあんぐりと口を開けていた。

 

黒子くんと黄瀬くんも目を見開いている。

 

 

対する真奈美はこれまたいい笑顔で、

パンパンっと手を叩いていた。

 

……ああ、もう…真奈美の馬鹿…。

 

 

 

「…どうかしら?男のみなさん」

 

「……真奈美、やりすぎ」

 

「女だからって足元見るのが悪いのよ。私は悪くない」

 

「………もう」

 

 

 

つんっとそっぽを向く彼女の説得は諦めて、

私は赤髪の彼へ手を差し出す。

 

 

 

「…真奈美がごめんなさい。

 少し…頭に血が上っちゃったみたいで。

 …大丈夫ですか?怪我とか、してませんか?」

 

「そんな適当な投げ方してないわよ」

 

「真奈美は黙ってて」

 

「…はいはい」

 

 

 

軽く真奈美を一瞥すると、

彼女は小さくため息をついて

両手で呆れたようなポーズをとる。

 

……元はと言えば真奈美が…、まあそれより。

 

 

私は目の前の彼に視線を戻す、と

ようやく状況の掴めたらしい彼と視線が合った。

 

 

 

「……あ、ああ。すまん、大丈夫だ」

 

 

 

彼は私の手をとらず立ち上がると、ズボンなどを軽く叩く。

 

 

 

「……すごいッス…」

 

「…いくら女性の中では高身長な方だといっても…」

 

「10cm以上は差あるッスよね?

 しかも火神っち、かなりがっしりしてる方なのに…」

 

「まあ、確かに黄瀬くんは

 さっきずたぼろにやられてましたけど」

 

「それは言わないお約束ッス!!」

 

「体重なんてほとんど関係ないわ。

 持ち上げてる訳じゃないもの。技をかけただけよ」

 

「わ、技ッスか…」

 

「そ、技。…どう?さっきの発言、訂正する気になった?」

 

「……っ。あ、ああ。……悪かった」

 

「分かってくれたようで、何よりだわ」

 

 

 

にこっと真奈美は微笑んだ。

 

それはもう、勝ち誇ったような笑みで。




*adagissimo=非常に遅く


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Drohendな連絡先交換~「いくらなんでも考えすぎだろ」~

香穂子と黒子くんの香水ほしいんですよね……。

黒子くんはそりゃあるだろうけど、serenade黒子くんの香水がほしい。香穂子もほしい。

オーダーメイド香水…悩んでます。


 

Kahoko side

 

 

 

 

 

「……あ!そうだ、連絡先!」

 

「…ああ、そういえばそんな話でしたね」

 

「……仕方ないわね。

 香穂のだけ教えるのも不安だから、私のも教えるわ」

 

「…………やっぱりツン」

 

「黄瀬涼太?」

 

「なんでもないッス!!」

 

 

 

真奈美に睨まれて、

黄瀬さんは首と手を何度もぶんぶんと左右に振る。

 

 

 

「ただその前に。

 何となくもう分かってるけど軽く自己紹介しましょ。

 一応名前と情報を一致させたいから」

 

「それもそうッスね。オレは黄瀬涼太。

 海常高校一年、6月生まれの双子座!

 A型ッス!」

 

「そこまで求めてない。はい次」

 

「ひどっ!!」

 

「……俺は火神大我。

 誠凛高校普通科、1年。バスケ部」

 

「ボクは黒子テツヤです。

 火神くんと同じクラスでバスケ部です」

 

「へえ、バスケ部…」

 

「はいはいはい!オレもバスケ部ッス」

 

「あ、そう」

 

「………………」

 

「も、モデルさんでバスケも上手いなんてすごいですね!」

 

「か、香穂子っちぃ……」

 

 

 

黄瀬くんは腕を広げ……、

 

すぱあんっと真奈美に腕を叩かれた。

 

 

 

「いったあ!!」

 

「はいそこ軽率に抱きつかない。

 さて、次はこちらの番ね。

 森真奈美。誠凛高校、音楽科1年」

 

「日野香穂子です。真奈美と同じクラスです」

 

「へえー。香穂子っち達って音楽やってる人なんスね。

 なんの楽器ッスか?」

 

「なんであんたに…」

 

「私はヴァイオリンで、真奈美はピアノです」

 

「ちょっと、香穂」

 

「別にいいじゃない、これくらい」

 

「………」

 

「へえー!雰囲気あってるッスね!!

 今度聞かせてくださいッス」

 

「気が向いたらね」

 

「こ、こら!!

 今度機会があれば是非聞いてくださると嬉しいです。

 真奈美と!デュオするので」

 

「…………むう」

 

「やった!あ、オレのことは

 涼太でも涼太くんでも好きに呼んでくれていいッス!」

 

「黄瀬涼太」

 

「黄瀬…くん」

 

「…………香穂子っちはそれでいいッス…」

 

 

 

しゅーんとうなだれる黄瀬くん。

 

……ほら、真奈美がいじめるから…。

 

 

 

「ほら、私と香穂の連絡先。男たちで勝手に登録して」

 

 

 

真奈美が黒子くんに紙を手渡す。

 

…いつの間に書いてたんだろう。

 

 

 

「はい、どーぞ」

 

「……どうも」

 

「なんで黒子っちに?」

 

「…そこのバカでかい男と、わんこと、香穂の恩人なら、

 やっぱり彼でしょう?」

 

「バカでかいって…てめー……」

 

「はいはい。血の気多いわねあんた」

 

「んだと!?」

 

「もう、真奈美!

 なんでわざわざ火に油を注ぐようなこと…」

 

「だってコイツ、反応単純すぎて面白くて」

 

 

 

今日一番の笑顔で真奈美が笑う。

……ここでそんな笑顔見せられても…。

 

…って。

 

 

 

「あ!!」

 

「わ!ビックリした。どしたんスか?香穂子っち」

 

「い、今って何時ですか?」

 

「…4時半、ですね」

 

「た、大変っ」

 

「うわ、なかなか話し込んじゃったわね」

 

「道理で足が痛くなってきたわけッスね」

 

 

 

苦笑する黄瀬くんを横目に、私は彼らに慌てて頭を下げる。

 

 

 

「ごめんなさいっ。私たち、急いで帰らないと」

 

「あれ、そうだったんスか?」

 

「ええ、結構まずい時間になっちゃってるのよ。

 悪いけど、これで失礼するわね」

 

「慌ただしくてごめんなさい。

 またお会いしましょうね、さよならっ」

 

「じゃあな」

 

「連絡するッスねー」

 

「…それじゃあ」

 

「はいっ」

 

 

 

私たちは踵を返して、急ぎ足で帰路を向か…

 

ってたのだけど、

数歩歩いたところで真奈美がピタリと立ち止まる。

 

 

少し離れたところで真奈美を振り返ると、

彼女は彼らのもとへスタスタと戻っていた。

 

……?真奈美?

 

 

 

「…わかってると、思うけど」

 

「「?」」

 

「落としたりなんてしたら…、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうなるか分かってるわよね…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わかってるッス」

 

「お、おお」

 

「だ…大丈夫です」

 

「…そう。それならいいのよ」

 

 

 

どこか姿勢をただした彼らを尻目に、

彼女は私のもとまで駆け寄ると、帰路を促す。

 

……なんだかみんな、表情が固まってるような…。

 

 

…うん、きっと気のせい。

私は軽く首を振ってから、真奈美を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

『落としたりなんてしたら…、

 どうなるか分かってるわよね…?』

 

 

 

なかなか迫力のある…、というか、

目が全く笑っていない笑みを浮かべた彼女の言葉に、

ボクたちは彼女たちが見えなくなるまで

そこに立ち尽くしていた。

 

 

 

「……なかなか濃いメンツでしたね」

 

「そう…ッスね……」

 

「アイツ音楽科なのになんであんな動けるんだよ…。

 もう片方は確かにそれっぽいけど…」

 

「武道習ってる、とか言ってましたね」

 

「音楽科でぇ?」

 

「……たぶん護身術じゃないッスか?

 森っち、かなり有名なお家柄みたいなんで」

 

「よく知ってんなお前」

 

「今ネットで調べたッス」

 

 

 

黄瀬くんが、シャラッと決めて言う。

 

…うざい。

 

 

 

「まあ、音楽科だしな。金持ち多いイメージ」

 

「実際あの2人、多分すごいお金持ちですからね」

 

「え?香穂子っちも?」

 

「あの人、自分の屋敷に

 幼なじみと住んでるって言ってましたよ。

 部屋が勿体ないからって」

 

「屋敷!?」

 

「幼なじみと住んでるっていうのもなかなかッスけど…。

 うひゃー予想以上の金持ちッスね…」

 

「黒子、お前ほかの奴とも会ったことあんのか?」

 

「はい。残り3人いるんですけど、そのうちの2人と」

 

「どんな奴だ?」

 

「黄瀬くんに似た人と、

 ザ、音楽科ってかんじのクールでキツイ人です」

 

「え、オレに似てるんスか?」

 

「はい。見た目じゃなくて雰囲気が」

 

「……それは喜んでいいんスか?」

 

「ただ、結構正反対な2人には共通してる点がありました」

 

「あ?」

 

「ちょっ、黒子っち無視!?」

 

「どっちも日野さんに対して過保護、ってことです。

 特に雄一って呼ばれていた黄瀬くんに似てた人は、

 下手なこと言ったら殺されるなボク、

 ってくらい殺意丸出しでした」

 

「そんなに!?」

 

「はい」

 

 

 

彼らと出会ったときの事を軽く話すうちに、

2人の表情に呆れが浮かんでくる。

 

 

 

「…まあ、アイツ確かに抜けてそうだもんなあ」

 

「心配にもなるッスよねえ…」

 

「本人に自覚ないのが余計に、ですね」

 

「…ていうか、それ」

 

「「?」」

 

「…オレ、もしかしてそいつの前で

 香穂子っちに抱きつこうとしたら、

 右ストレートでも飛んでくる…?」

 

「右ストレートでむしろ済めばいいですね」

 

「森よりもヤベー事にはなるだろうな」

 

「…うへぇ」

 

「つーかお前は、女に軽々しく抱きつくな」

 

「だって香穂子っち、小動物みたいで!」

 

「まあ、いくらなんでも

 殺される事は……ない?と思うんで」

 

「黒子っち疑問系ヤメテ!」

 

 

 

まああの彼もさすがにしないだろう…多分。

 

青ざめる黄瀬くんに、

心の中で手を合わせながら目を閉じる。

 

 

 

「……ただ、オレ思ったんスけど」

 

「はい?」

 

「なんだよ」

 

「それってなんだか…少し危なくないっスか?」

 

「…あぶ、ない?」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 

火神くんと顔を見合わせて黄瀬くんを見ると、

彼は珍しく少し神妙な顔つきで頷いた。

 

 

 

「香穂子っちって、ホントにいい子ッスよ。

 それでいて可愛いし、確かにちょっと抜けてるし、

 過保護になるのもよく分かるような」

 

「…まあ」

 

「身長も低いから、マジでちっせぇ動物みたいだよな。

 庇護欲っていうのか」

 

「火神くん、よく知ってましたねそんな言葉」

 

「お前が俺をすっげぇ馬鹿にしてるのは分かった」

 

「…痛いです、火神くん」

 

 

 

火神くんにヘッドロックをキメられる。

 

…本当の事言っただけなのに…いてて。

 

 

 

「……なんだか、その雄一って奴だけ、

 香穂子っちに執着しているように思えて」

 

「…まあ、そうだな。聞いてる感じ、

 そいつだけずば抜けてそうだもんな、過保護」

 

「そう…ですね、否定はしません」

 

「もし、もしッスよ?オレの想像があってて、

 そいつが香穂子っちに依存してたとして。

 いつか、あの子だって彼氏だって出来るだろうし、

 結婚もする」

 

「…そりゃあな。独身貫くタイプには見えねーし」

 

「それはどっちかと言うと森さんですよね」

 

「森っちはありえそうッスね」

 

 

 

三人で顔を見合わせてから、頷いて少し笑う。

 

 

…彼女に、相手が出来たとして。

 

それを、彼は…。

 

 

 

「で?それがどうしたんだよ?」

 

「…香穂子っちが、もしそうなったとして…。

 いや、近い将来になった時、

 ……その、雄一って奴は大丈夫…なんスか?」

 

「……彼が、受け入れられるか、ってことですよね」

 

「…うん。オレはその雄一って人の事はわかんねーけど、

 香穂子っちにはきっと相手が沢山いるでしょ?

 そのなかで…そいつが選ばれる確率って

 低いんじゃねーかな、と少し思って」

 

「…そう、ですね…」

 

 

 

彼女は、名家のお嬢様。

きっと近い将来…、いやもしかしたら既に、

そういう話があってもおかしくない人。

 

 

それに…あの、蓮という人もいる。

 

………彼女は…、香穂子は、どちらかというと彼を…。

 

 

 

「……ま、まあ!これはあくまでオレの想像なんで。

 実際会ったこともないっスし、きっと杞憂ッスよ!」

 

「…だな。いくらなんでも考えすぎだろ。

 そんな切羽詰まった感じもしねーし」

 

「ッスよね!すんません」

 

「………」

 

「黒子っち?」

 

「…あ、いえ。そうですね。ボクも…大丈夫だと思います」

 

「それより、そろそろ帰ろーぜ。腹減ったし」

 

「そうッスね、オレも久しぶりのオフだし…。

 あっ、黒子っち!今日家行ってもいいッスか?」

 

「…まあ、いいですよ。火神くんも来ますか?」

 

「あー…、今日はやめとく」

 

「そうですか。それじゃあ火神くん、また明日」

 

「火神っち、またねー」

 

「おう」

 

 

 

きっと大丈夫。……きっと。

頭にちらつく彼女の顔を、頭を振って振り払って。

 

黄瀬くんの話を適当に返しながら、

ボクは家路を歩き始めた。

 

 

 

 




*drohend=脅すような。


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住んでみなくてもagiato~「お、おまた…げほっ、お待たせ、しました…」~

香穂子ちゃんは周りの心配をガンガン煽っていくスタイルなので、みんな過保護になっていく……。

でも仕方ないよね、上目遣い黒子くんなんてかわいいに決まってるもんね!!!仕方ないね!!!!



Kahoko side

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 

 

ぼふっとベッドに倒れ込む。

…今日は色々あったなあ。

 

 

黒子くんと再会して、

黄瀬くん、火神くんと会って…。

 

濡れた髪を頬に感じながら、

うとうとと意識が落ちてくる…。

 

 

………髪、乾かさなきゃ……。

 

うつらうつらとしていた

私の意識を引き上げたのは、小さな振動音。

 

 

 

「…んん?」

 

 

 

音源へ手を伸ばし引き寄せると、

そこには着信中を告げるスマートフォン。

 

誰だろ?知らない番号だ。

 

 

……………あ。もしかして。

 

3人ほど思い当たった私は、

そのまま通話へと切り替えた。

 

 

 

「はい、日野です」

 

「あ!香穂子っち!!」

 

「…黄瀬くん?」

 

 

 

通話口から聞こえたのは

どこか緊迫した様子の黄瀬くんの声。

 

 

…どうしたんだろ?

 

思わず上体を起こして背筋を伸ばす。

 

 

 

「マズい事になったんス!」

 

「………?」

 

「黒子っちが…」

 

「え…?」

 

 

 

嫌な予感が駆け巡り、さあっと血の気が全身から引く。

 

そんな私を落ち着けるかのように、

黄瀬くんは少し声を落ち着けて喋りだした。

 

 

 

「あ、いや。黒子っち自身はなんともないっス。

 安心して。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……黄瀬くん。なんで電話してるんですか」

 

「あ」

 

「…黒子くん?」

 

「はい。お騒がせしてすみません」

 

 

 

昼に聞いたときと同じ声音に、

思わずほっと肩を撫で下ろす。

 

…よかった、なんともなさそうで。

 

……でもそれなら、一体なにが…。

 

 

 

「あの、どうしたんですか?」

 

「黄瀬くんが大騒ぎしてるだけで、

 大したことじゃないんで気にしないでください」

 

「いやいや!かなり大事じゃないッスか!」

 

「?」

 

「実はね、香穂子っち」

 

「ちょ、黄瀬くん」

 

「黒子っちの家が…というか、

 アパート全体が火事になったんス」

 

「え!?」

 

 

 

慌ててカーテンを開けると…、ほんとだ。

 

黒煙が上がってる…。

 

 

 

「それで、ものは相談なんスけど…」

 

「ちょっと黄瀬くん。勝手に…」

 

「わかりました、そっち向かいますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…えっ?」」

 

 

 

 

 

 

「すぐ向かうので、ちょっとだけ待っててください」

 

「ちょ、待っ!」

 

 

 

どこか慌てた様子の黄瀬くんとの通話を切り、

私は急いで身支度を整える。

 

 

ええと、確かこないだ貰った紙がここに…あった。

 

なんとなく場所は覚えてるし、わからなくなったら

あの煙を頼りにすればたどり着けるだろう。

 

 

紙を手に取り部屋を飛び出すと、

目を見開いた真奈美とすれ違う。

 

 

 

「か、香穂!?

 こんな時間にどこ行くの!?」

 

「ごめん、真奈美!すぐ帰るから!」

 

「そんな格好で!?せめて上着くらいは…

 って、もういないし…」

 

 

 

ごめんね真奈美。帰ったら話すから。

 

家を出て、門を開ける。

ええと確か…こっち!

 

 

住所と記憶を照らし合わせながら、私はまた走り出す。

 

 

 

「…っ、は…、体力無さすぎ…っ!」

 

 

 

今にも倒れそうな体に愚痴をこぼしつつ、黒子くんの家へ。

 

…あと、少し…っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

「き、切れたッス…」

 

「……嘘だろ…」

 

「大丈夫ッスかね?こんな時間に…」

 

「…彼女の幼なじみの過保護っぷりが、

 よく理解できました」

 

「……オレもッス」

 

 

 

あれじゃ心配にもなる。確かに。

 

黄瀬くんとふたりでため息をつきながら、

未だ燃え続けるアパートへと目を向けた。

 

 

 

「それにしても、ホントに怪我なくてよかったッスね」

 

「焦げ臭いってすぐに気が付けたのが

 よかったんでしょうね。まあ、さすがに

 荷物をまとめる時間までは無かったのが残念ですが」

 

 

 

今出てきた人で最後みたいだ。

 

死傷者が居なかったのは幸いなんだろうけども、

色々燃えてしまったのはかなり痛い。

 

 

 

「……あれじゃあ中の物は丸焦げッスよねえ…。

 無事なのは着てた制服だけか…」

 

「あとは部室にある部活着と、バッシュと……

 これ、ですね」

 

 

 

家を出る直前に、

慌ててポケットに突っ込んだそれを取り出す。

 

ほぼ無意識だったけど、

一番失くしたくないものだったのかもしれない。

 

 

黄瀬くんはボクの手の中を覗いて、不思議そうに呟く。

 

 

 

「なんッスか、それ?」

 

「弦です。

 まあ、切れちゃってるのでもう使えないですけど」

 

「弦?楽器のッスか?なんでそんなもの…」

 

「お守りみたいなものなんです」

 

「へえー…?」

 

 

 

黄瀬くんは意味を理解しかねたように眉をしかめると、

まあいっか、と呟き、なにかに気づいたように声をあげる。

 

 

 

 

「あ」

 

「?」

 

「香穂子っち来たッス」

 

「…………あ」

 

 

 

黄瀬くんの視線の先へ目を向けると、

息も絶え絶えになった女性が

ふらふらになって歩いてくる姿が目に入った。

 

……走ったのか。

 

 

 

「お、おまた…げほっ、お待たせ、しました…」

 

「だ、大丈夫ッスか?」

 

「だ、いじょぶ、です…」

 

「……全くそうは見えませんけど」

 

 

 

時々吸った息にむせながら、肩で息をする日野さん。

 

 

……体力ないくせに無茶するから…。

ボクも人のことは言えないですけど。

 

 

 

「っ。ほんとに、わたしは、大丈夫です。

 それより、お怪我とかは…」

 

「それは大丈夫です。燃え広がる前に気づいたんで」

 

「……よかった…」

 

「それより当面の問題は、黒子っちの住む場所ッス!」

 

「黄瀬くん、だからそれは」

 

「どうするんスか?」

 

「……なんとかなりますって」

 

「決まってないじゃないッスか!」

 

「あの……失礼ですがご両親は…」

 

「…だいぶ前に父は亡くなって、母は海外へ。

 なので一人暮らししてました」

 

「……そう、でしたか。すみません」

 

「いえ。昔のことですから」

 

 

 

荒い息を整えた肩を落とし、俯く彼女。

 

…本当に、気にしなくていいのに。

 

 

 

「……本当はオレの家に

 しばらく来て貰えれば一番よかったんスけど…」

 

「黄瀬くんだって色々事情があるでしょうし、

 難しいなら本当に大丈夫ですから」

 

「でも、それじゃ本当にどうするんッスか黒子っち。

 火神っちの家もダメなんでしょ?」

 

「……」

 

「………あの!」

 

 

 

おもむろに声を張り上げ、片手を勢いよく上げる日野さん。

 

……嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の家はどうですか!」

 

「絶対ダメです」

 

 

 

 

 

 

 

「即答!?」

 

「なんでッスか!?」

 

「むしろなんでいいと思ったんですか?

 年頃の女性の家ですよ?」

 

「私は気にしませんよ?」

 

「ボクが気にします」

 

「でも他にも森っちとか、

 他の人もいるんじゃないんスか?」

 

「だとしてもダメです。

 そこまでの負担もかけられませんし」

 

「でも私は黒子くんに…」

 

「ボクが助けたのは、ほんとに数時間のみです。

 それに対して今回は、

 いつまで厄介になるかもわからない。

 お礼だと言っても明らかに不釣り合いでしょ」

 

「そんなこと……」

 

「あります。第一キミは厄介事を引き受けすぎです。

 あの人たちにまた怒られますよ」

 

「………そんなこと…」

 

「あるでしょう」

 

「…………むう」

 

「…でも黒子っち、

 選んでられる立場じゃなくないッスか?」

 

「うぐ」

 

 

 

黄瀬くんのくせに

痛いところをついてきたな。

 

黄瀬くんのくせに。

 

 

 

「他に行く宛もないじゃないッスか」

 

「…………」

 

「ここは香穂子っちの厚意に

 甘えといた方がいいと思うッスけどねー」

 

「…………………」

 

「…そう!そうですよ黒子くん!

 私の家はもう全然全く本当に!

 無問題なので、安心して来てください!」

 

「………………」

 

 

 

彼女の家にだけは絶対に行きたくない。

 

…行きたくない、のだが。

 

 

 

「ほらほら黒子っち。

 香穂子っちもこう言ってることだし

 意地を張るのもよくないッスよ」

 

「そうそう!黄瀬くんの言う通りですよ!

 気になるなら条件とかつけます?」

 

「あ!それいいッスね!

 それなら交換条件だし、

 黒子っちも気兼ねないッスよね!」

 

「…………………………………」

 

 

 

この状況を打破できるような言葉が

思い付かないのもまた事実。

 

 

……ボクは深くため息をついた。

 

 

 

「………すみません。お邪魔します」

 

「はい!」

 

 

 

それはもう嬉しそうに微笑む彼女。

 

…くっそ。

 

 

 

「……それで?条件はなんですか?」

 

「…え?……あ、ええと…」

 

 

 

ぶっきらぼうに尋ねると、

きょとんとしたあとに、困りきった顔で眉を下げる彼女。

 

……そうだろうと思ったけど。

 

 

 

「……考えてなかったんですか?」

 

「うっ」

 

「それじゃあ条件になりませんね?」

 

「ううっ」

 

「で、でもほら黒子っち!

 今お邪魔になるって言ったじゃないスか!

 もう条件は無くてもいいんじゃないかなー…なんて……」

 

「日野さんだけにそんな負担をかけられないんで、

 条件がないならこの話は無しに…」

 

「お、思い付きました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼!お昼一緒に食べましょう!」

 

 

「……は?」

 

「お昼…ッスか?」

 

「お昼ご飯!食べましょう!一緒に!」

 

「…それが、条件ッスか?」

 

「?はい」

 

「……………………はあーーーーーー…」

 

 

 

深いため息をつきながら思わずしゃがみこむボク。

 

上から焦った日野さんの声が聞こえてくる。

 

 

………本当に、キミって人は…。

 

 

 

「…黒子っち、

 この子いつかどっかに拐われない?大丈夫?」

 

「……さあ。拐われそうですよね」

 

「そんな小さい子供じゃないんですから…」

 

 

 

最近の小さい子供の方がよほど…という言葉は

彼女の沽券のために口のなかに留める。

 

彼女のあまりの…スゴさというか、

寛容さに立ち上がる気すら起こらない。

 

 

ボクはしゃがみこんだまま、日野さんを見上げた。

 

 

 

「それで、本当にそれでいいんですか?」

 

「…っ」

 

「?日野さん?」

 

 

 

みるみるうちに赤く染まっていく彼女の顔。

 

……?どうしたんだろう。

 

 

そのままの体勢で首を傾げると、彼女は口元を手で抑える。

 

…すごい小さい悲鳴が聞こえた気がする。

 

 

 

「か…」

 

「か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ、かわいい!!」

 

 

 

 

 

「は!?…って、うわっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に抱きついてきた彼女を受け止めきれず、

そのまま座り込むボク。

 

どこか甘い石鹸の香りがふわりと漂う。

 

 

いやいやいやいや待ってくれ、なんだこの状況。

 

 

自分の耳が赤くなっていくのを感じる。

 

まずい、これはまずい。

 

 

 

「か、かわいいってなんですか!

 てか急に抱きつかないでください!」

 

「だって!黒子くんわんちゃんみたいで!」

 

「……ぶはっ。黒子っち、お揃いッスね!」

 

「違います!というか日野さん、離れて!!」

 

 

 

このままだと色々とボクがやばい。

 

彼女の肩をぐいっと押すと、

日野さんは少し寂しそうに離れた。

 

 

やっぱり彼女は、一度こっぴどく

幼馴染みに怒られた方がいい。絶対に。

 




*agiato=安楽な


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Rubatoなお日様~「───初対面ですよ」~

初対面なわけないやーーーん!!

…あ、だめ?言っちゃダメだった?


ちょ、待って黒子くん。
話せばわかる、落ち着こう、
一旦落ち着いて話をしよう。

だからそのイグナイトをやめうわあああああああああああああああああああ


 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

 

「……それで?

 本当にいいんですか、日野さんは」

 

「はい!」

 

「昼食を一緒に食べる…

 ずいぶん欲がなくないっスか?香穂子っち…」

 

「え?そうですか?

 あ、一緒に食べてらっしゃる方がいたら

 その方も一緒にどうぞ!

 その方が嫌だったら断ってくださって構いませんし」

 

「…それじゃあ交換条件にならないじゃないですか」

 

「……うーん…でも…たまにでもいいので食べれたら…

 楽しそうでいいかなって……」

 

「…………条件でもなんでもないですよそれ。

 もうキミのただの願望です」

 

「ふふ、そうかもです。叶えてくれますか?」

 

 

 

笑顔でボクを覗き込んでくる彼女に、思わず笑みが漏れた。

 

……ほんとに、敵わないな。

 

 

 

「…………昼」

 

「えっ?」

 

「昼、どこに行けばいいんですか」

 

 

 

ぶっきらぼうにそう言うと、

彼女はぱああっと効果音が聞こえてきそうなほど

分かりやすく顔を綻ばせる。

 

 

 

「屋上!屋上です!」

 

「…………香穂子っち、かわいっ」

 

「へ?…きゃっ」

 

 

 

堪えきれない、

という風に抱きつく黄瀬くんに、目を瞬かせる日野さん。

 

 

少しくらい、嫌がってもいいのに。

 

…というかむしろ、少しくらい拒否した方がいいのでは。

 

 

 

「…それより日野さん」

 

「?はい」

 

「キミ、もしかしなくてもお風呂上がりですか?」

 

「えっ!どうして分かったんですか?」

 

「さっき…髪が、濡れてたみたいだったので」

 

「え……ホントだ!?半乾きじゃないッスか!

 しかもそれ部屋着でしょ!?風邪引くッスよ!」

 

「……い、急いでたので…」

 

 

 

へら、と困ったように微笑む彼女にため息をひとつ。

 

………絶対風邪引くパターンだ、これ。

 

 

 

「だ、大丈夫です!家帰って暖まればへっちゃらです!」

 

「……ごめん香穂子っち。説得力全然ないッス」

 

「ええっ!?」

 

「…………。仕方のない人だな」

 

 

 

ボクは学ランのジャケットを素早く脱ぎ、

彼女の肩にかけた。

 

風邪なんか引かせたら、森さんたちが怖い。

 

 

 

「それでもかけといてください。

 何もないよりはだいぶマシでしょう」

 

「でも、これじゃ黒子くんが…」

 

「ボクは平気です。水を被ったわけでも、

 誰かさんのように風呂上がりでもないんで」

 

「……っ。でも!風邪引いちゃったら…」

 

「キミが言いますかそれ…」

 

「…香穂子っち、素直に受け取って」

 

「でも…」

 

「女の子の方が体冷やしちゃまずいでしょ?

 今日は結構冷えてるし、

 そんな格好じゃ本当に風邪引くッスよ」

 

「……それは…。…でも、黒子くん細い方だし…っ」

 

「男の中では、です。

 日野さんよりは頑丈に出来てますし、

 これでも一応バスケ部員です。

 体力もキミよりはある、身長だって。

 …何より、吹いたら飛びそうなほど華奢な人に

 細いと言われる筋合いはありません」

 

「…え、えと……」

 

 

 

彼女の言葉を遮り、捲し立てたボクに

日野さんは困ったように眉を下げ、

助けを求めるように黄瀬くんに視線を向ける。

 

 

…でも、事実だ。

 

いくら非力で体力のない方だといっても、

どう考えても彼女には負けない。

 

 

………絶対に、負けたくないし。

 

 

…いやでも、森さんには勝てるかなボク。

既に身長は勝ててないのだけど。

 

 

 

「こーんな寒そうな女の子放っておくのも

 男としてのプライドに関わるし。

 おとなしく受け取って、香穂子っち」

 

「……………」

 

「日野さん」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 

 

まだ少し不満げな顔の彼女が、

ボクのジャケットをぎゅっとつかむ。

 

…と、なにかに気づいたように小さく目を見開き、

口元を綻ばせた。

 

 

 

「…ふふ」

 

「ついさっきまで不満そうだったのにどうしたんですか」

 

「香穂子っち、なんか嬉しそうッスね」

 

「あ、ええと…」

 

 

 

彼女は少し悩んだように、

視線をさまよわせた後、恐る恐る口を開く。

 

 

 

「…ひ、引きません?」

 

「何がッスか?」

 

「内容によりますね」

 

「…うっ」

 

「それで、どうしたんッスか?」

 

「………これ、すごく、あったかくて」

 

「良かったですね」

 

「まあ、直前まで黒子っちが温めてたッスからね」

 

「変な言い方しないでください」

 

 

 

黄瀬くんをピシャリと一瞥して、彼女へ視線で続きを促す。

 

と、やはり少し言葉に迷った様子のまま、口を開いた。

 

 

 

「………………いい匂いが、したんです」

 

「……は?」

 

「黒子くんの匂いがします」

 

「…………………変態ですか、キミは」

 

「ち、ちがっ…、本当に、いい匂いがふわってして…!

 意図して嗅ごうとした訳じゃなくって!」

 

「……冗談です」

 

「えっ……」

 

「でもオレ、黒子っちって無臭だと思ってたッス。

 そりゃ散々バスケした後とかは汗の臭いはするッスけど、

 そんなん全員だし。したとして制汗剤の匂いくらい?」

 

 

 

黄瀬くんは、日野さんが羽織っているボクのジャケットに

鼻を近づけて、首をひねる。

 

 

 

「黄瀬くん。キミがやるとマジで変態です。

 やめてください」

 

「扱いの差!!」

 

「……でも、ボクも無臭だと思ってました。

 火神くんにもそう言われましたし」

 

「んーと…何て言えばいいのかな…。

 特別なにかの匂いがするって訳じゃなくて…

 落ち着く匂いというか…」

 

 

 

彼女はううん、と唸りながら人差し指を頭に当てる。

 

…本当に、表情のころころ変わる人だな。

見てて飽きない。

 

 

ぼんやりと彼女を見ながら考えていたボクに、

日野さんはぱっと顔を明るくさせて、

ぴっと人差し指を立てた。

 

 

 

「お日さま!お日様の匂いです!」

 

「お日様?…太陽ですか?」

 

「太陽の匂い…ッスか?」

 

「お日様というか日だまりでしょうか?

 あったかくて…ぽかぽかと…。

 そう、取り込んだあとのお布団の匂いというか…」

 

「……どこの主婦ですか」

 

「えっ!だ、だって

 お日さまの匂い、落ち着きませんか!?」

 

「…まあ、らしいと言えばかなり、らしいッスよね」

 

 

 

苦笑を浮かべる黄瀬くんとボクに、

落ち着くと思うんだけどなあ、と

ぶつぶつ呟きながら不服そうな日野さん。

 

その肩が、ふるりと震える。

 

 

…そうだった。

 

 

 

「黄瀬くん、すみません」

 

「へ?黒子っち?」

 

「日野さんを急いで

 連れて行かないといけないの忘れてました」

 

「え?」

 

「…ああ、そうッスね。

 このままだと本当に香穂子っち風邪引きそう」

 

「わ、私は大丈夫ですよ!

 お気になさら………

 

 

 

 

 

 

 

 っ、くしゅんっ」

 

 

「「……………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え、ええと…今のは…その……」

 

「…黒子っち、オレはもう帰るッス。

 だから早く、一刻も早く連れて帰ってあげてほしいッス」

 

「はい。言われなくてもそうするつもりです。

 ……ほら、行きますよ」

 

「えっ、あの、ま、待って!

 …黄瀬くん、ごめんなさい失礼します」

 

「いいからほら、早く行って。

 またね、黒子っち、香穂子っち」

 

 

 

先に歩きだしたボクの後ろから、

慌てたような曰野さんの声と、

少し笑ったような黄瀬くんの声が聞こえた。

 

 

振り返ると、黄瀬くんに頭を下げて

慌てて駆け寄ってくる彼女と、

その後ろに軽く手を振る黄瀬くんの姿。

 

 

ボクは黄瀬くんに軽く手を振り返し、

彼女が追い付いたのを確認して再び歩きだす。

 

 

 

「…………案内、お願いします」

 

「はい!お任せください!」

 

 

 

にこにこと微笑みながら隣に並ぶ曰野さん。

 

…なにがそんなに嬉しいのやら。

 

 

 

「それにしても本当に…

 何て言っていいのか…災難でしたね」

 

「まあ…なっちゃったもんは仕方ないですよ。

 買い直さないといけないものが多いのが痛いですけど」

 

 

 

次の母さんの仕送りまで、教科書とかどうしようかな…。

教師に言えば貸してくれるだろうか。

 

 

 

「カリキュラムが同じなら

 …貸したりもできたんですけど…」

 

「うちの学校の音楽科と普通科のカリキュラムって

 ほとんど違うって聞きましたよ」

 

「……ええ。恐らく結構違うと思います…」

 

「…そんなに落ち込まないでくださいよ。

 住む場所を提供してくれるだけで十分すぎるんですから」

 

 

 

しゅん、と肩を落とす彼女に苦笑を浮かべつつ、声をかける。

 

本当に、気にしなくていいのに。

 

 

 

「っ、その代わり!

 なにか手伝えることあったら何でも言ってくださいね!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

にこりと笑顔を浮かべ、ぐっと握りこぶしを作る日野さん。

 

損得勘定がこれほどできない人も珍しいんじゃなかろうか。

 

 

 

「…………あっ」

 

「?」

 

「あの…お昼に聞きそびれたこと…

 聞いてもいい、ですか?」

 

「…ああ、そういえば。どうぞ」

 

 

 

今までとは打って変わって、

やはり歯切れが悪そうに、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───私たち、前にどこかでお会いしてませんか?

 …最近じゃ、なくて。もっとずっと…昔に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どくり、と心臓が音を立てた。

 

なにかを言おうと開いた口のなかはカラカラで、

思わずぐっと唾を飲み込む。

 

 

真っ直ぐに、ボクを見つめてくる彼女へ

返せる言葉なんて、考えなくてもひとつしかなくて。

 

 

……ボクと、キミは。

 

香穂子、ボクたちは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───初対面ですよ。

 ボクがキミを助けた日、あの日が初めてです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の目を真っ直ぐに見つめ、

そう告げたボクに目を見開く日野さん。

 

…そしてそのまま、苦笑を浮かべた。

 

 

 

「……そう、ですよね。

 ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

 

「………いえ」

 

 

 

──それから、彼女の屋敷へ着くまで、

ボクたちは一言も喋らずに歩き続けた。

 




*rubato=盗む。ごまかした


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過保護はGluhend~「………………香穗」~

Kahoko side

 

 

 

 

 

「どうぞ。ここが私の家です」

 

 

 

門を開け振り返ると、黒子くんは目を見開き、

私と屋敷とを見比べていた。

 

……口がほんの少しだけ開いてる…。

 

 

私は思わず笑みを浮かべ、彼へ言葉を続ける。

 

 

 

「黒子くん。大丈夫ですか?」

 

「…え、ああ、ええと…すみません。

 あまりに大きくてつい…」

 

「そうですか?…ふふ」

 

「門と玄関の距離がかなりあって、

 こんな…背の2倍は余裕であるような

 門構えのお宅なんて、そうあるもんじゃないですよ。

 ……ていうか、なに笑ってんですか」

 

 

 

少しぶすっとした表情で軽く睨んでくる黒子くんに

余計笑いが込み上げてきて、思わず声を立てて笑ってしまう。

 

 

 

「…悪かったですね。小市民で」

 

「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ。

 あまりに驚いてらっしゃったので…

 まさか、黒子くんのそんな表情が見られるなんて

 思わなかったから」

 

「…はあ、いいですよ、悪気がないのは分かってますから」

 

「ふふ、すみません」

 

 

 

段々と近づいてくる我が家に、ゆっくりと深呼吸。

…覚悟はしておかないとね。

 

 

 

「?どうかしたんですか?」

 

「あ…えっと。

 たぶん高確率で怒られるので…心の準備を、と」

 

「…なにやらかしたんですか?

 もしかして、ボクを迎えること

 勝手に決めたからとかじゃ…」

 

「い、いえ!黒子くんのことは大丈夫です、本当に。

 そうじゃ、なくて…ええと…」

 

「………?」

 

「……なにも言わずに、飛び出してきた、ので」

 

 

 

おずおずと告げる私に、

黒子くんは小さくああ、と呟きふっと微笑んだ。

 

…なんだか少し、

真奈美がなにかを企んだときの笑顔に似ているような。

 

 

 

「それは怒られますね。むしろ存分に怒られてください」

 

「え、ええっ!?」

 

「キミは本当に、ボクから見ても危なっかしすぎるんで。

 一度それはもうこっぴどく怒られた方がいいと思います」

 

「い、意地悪…」

 

「意地悪で結構です。ほら、風邪引く前に入りますよ」

 

 

 

恨めしそうに軽く睨む私をいなして、帰宅を促す黒子くん。

 

……何枚も上手な気がしてならない。

 

 

私はゆっくりと息を吸い込み…吐いて、意を決して扉を開けた。

 

 

 

「……た、ただいま」

 

「…お邪魔します」

 

 

 

私と黒子くんが言葉を発した瞬間に聞こえたのは、

廊下を走るバタバタとした音。

 

……ああ、来た。来てしまった…。

 

 

言い訳を考える暇もなく、大きくなる音。

そして現れたのは──。

 

 

 

「香穂ぉっ!!!」

「きゃぁああっ!?」

 

 

 

姿を見た瞬間に感極まった様子の雄一が

勢いを殺さずに抱きついてくる。

 

支えきれるわけもなく、その場に座り込む私。

 

 

…そして現れる幼馴染みたち。

 

 

 

「…やっと帰ってきた」

 

「あ、あはは…ごめんなさい真奈美、説明も無しに…」

 

「怪我は?」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 

 

私の言葉にやっと安心したかのように、

はあーーと大きく息を吐く雄一と真奈美。

 

それを見た蓮はため息をつきながら、私へと向き直った。

 

 

 

「色々と言いたいことはある。…が…」

 

「……は、はい」

 

 

 

言葉を切った彼は、ため息とともに伏せていた視線を

真っ直ぐと私へと向ける。

 

…正確には、私の肩のあたりへ。

 

 

 

「…その学ランは?」

 

「……あ」

 

「………ボクのです」

 

 

 

軽く片手を挙げて会話に混ざり込んだ黒子くんに、

真奈美たちは動きを止め黒子くんを見やり…。

 

 

 

一瞬、時が止まる。

 

 

 

 

「っ、きゃぁああ!!?」

「うおっ!?」

「お、お前、こないだの…!」

「……っ、いつから、そこに…」

 

 

 

 

「きゅ、急に大声出さないでよ…。びっくりした…」

 

「これ結構、いつものことですよ」

 

「ええ……」

 

 

 

しれっとそう告げる黒子くんに、思わず苦笑を漏らす。

 

…本当に、影が薄いんだなあ…。

 

 

 

「…っ、少しは普通に出てきなさいよ!」

 

「出てくるもなにも、最初から居ましたよボク」

 

「え…、マジで言ってる?」

 

「大マジです」

 

「……心臓に悪い」

 

「そう言われましても」

 

「…ていうか、誰だ?お前」

 

「「あ」」

 

 

 

ひとり、不審そうな目を向ける梁太郎。

 

…そっか、梁太郎は会ったこと無いんだった。

 

 

 

「梁太郎、そんな警戒しなくて大丈夫だよ」

 

「…香穂の言うことじゃ、

 いまいち当てにならねえからなあ…」

 

「ひ、ひどい!」

 

「その意見には全面同意するけれど。

 …大丈夫よ、本当に。こいつ知り合いだから」

 

「ほら、話したろ?香穂を匿ってたヤツのこと」

 

「……私、悪いことなんてしてないよ雄一…」

 

「え?」

 

「…その場合は助けた、だろう」

 

「…………………あ、そっか」

 

「あんたって本当、変なとこ馬鹿よね」

 

「おい」

 

「事実でしょう?」

 

 

 

にこりと笑顔を浮かべる真奈美に、

ぐっと言葉に詰まる雄一。

 

 

……真奈美に口で勝てるわけがないじゃない…。

 

 

 

「…てことは、その時の?」

 

「うん。私を助けてくれた人だよ」

 

「…そうだったのか。悪かったな、不審者扱いなんてして」

 

「いえ。気にしてないんで」

 

「そ、そうか。本当にすまんな」

 

「………それよりも、真奈美」

 

「ん?なあに、蓮」

 

「なぜ君が彼のことを知っているんだ?

 会うのは初めてだろう」

 

「…そういや、そうだよな。

 こういう時一番に警戒するのお前じゃん」

 

 

 

蓮と雄一の疑問に満ちた視線に真奈美は、

ああ、となんでもないことのように口を開いた。

 

 

 

「私、今日彼と彼の友人に会ったのよ。香穂と帰ってる時」

 

「……………………どこで?」

 

 

スッと低くなる雄一の声音。

 

 

……………あ。

 

 

言われてみればおかしな話だ。

 

部活にも入ってない私たちが帰り道に彼と会うなんて、

それこそよほどの偶然でもないと難しいだろう。

 

……今まで、普通科と関わりもないのに。

 

 

真奈美もそれに気づいたらしく、頭を抑えた。

 

 

 

「……やっちゃった…」

 

「…どこで、なにがあったら、帰り道にばったり

 今まで関わりの無かったヤツと会うんだよ。

 ほら、さっさと言え」

 

 

 

いつもよりも幾分と低い声音で問い詰める雄一に、

真奈美は降参のポーズをして話し始めた。

 

 

 

「……駅前にストリートバスケできるとこあるでしょ?

 あそこよ。

 何人かでやってるとこに彼を見つけた香穂が

 走っていったから、その時に」

 

「………………香穂」

 

「…………は…はい」

 

 

 

低い声音のまま呼ばれた名前に、思わずぴっと背筋が伸びる。

 

…う…怒られる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれほど男には気を付けろって言ってんのに、

 何でお前は突っ込んでくわけ!?馬鹿か!!!」

 

 

 

「ご、ごめんなさいぃっ!!」

 

 

 

 

 

予想どおり落ちてきた雷に、私は目を瞑り頭を下げた。

 





*gluhend=熱烈な。激しい


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翳りのinquieto~「本題入るの、遅すぎませんか」~

香穂子大好き雄一くんは、少し過保護が過剰になりがちです。

彼は絶対檻とか首輪とか似合う。


 

 

Kahoko side

 

 

 

 

 

「真奈美がいれば百歩譲って許すけど、

 ひとりで突っ込んでくとかマジでやめてくれ!

 俺に謝れば済む問題でもねえし!」

 

「う……。じゃ、じゃあどうすればいいの!?」

 

「突っ込んでかなきゃいい話だろ!!」

 

「………………仰るとおりです…」

 

 

 

そりゃそうだ。

今怒られてる内容がまさにそれなのだから。

 

……でもやっぱり、過保護すぎると思うの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

「……森さん」

 

「ん?なあに。……ええと、黒子だっけ」

 

「はい。何であの人あんなに過保護なんですか?

 男関係に関しては特に」

 

「あー……そう、ね。

 あなたは聡そうだし、しばらく居ればきっとわかるわ」

 

「はあ……」

 

 

 

要領をえない回答に生返事を返して、

日野さんたちへ視線を向けたボクに、森さんは小さく呟く。

 

 

 

「……ま、気づかない方が幸せかもしれないけどね」

 

「…え……?」

 

「つーか、そろそろ止めた方がいいんじゃねえか?」

 

「…それもそうだな。

 このままだと彼がいる理由を聞く前に夜が明けそうだ」

 

「……あー。それもそうね…。止めてくるわ」

 

 

 

面倒くさそうに歩き出す森さん。

 

 

……聞きそびれたな…。

 

というか彼女だと、最終的に強行手段をとるんじゃ、と

思ったのは果たしてボクだけだろうか。

 

 

 

「はい、雄一そこまで」

 

「んだよ、真奈美!

 俺はまだ言い足りな…いっ!?

 

 

 

彼が大きく目を見開いた次の瞬間、鈍い音が辺りに響く。

 

 

……足払いをかけた本人は、

にこりと笑みを浮かべこちらを振り返った。

 

その顔はまるで、これでいいでしょう?と言っているよう。

 

 

 

「ゆ、雄一!」

 

「いってえ…舌噛んだ…」

 

「ほら、雄一も片付いたことだし」

 

「おい!」

 

「急に飛び出てった理由と、黒子を連れてきた理由。

 教えて、香穂」

 

 

 

彼のツッコミを華麗にスルーした森さんは、

日野さんへくるりと方向転換。

 

……と、いうか。

 

 

 

「本題入るの、遅すぎませんか」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Kahoko side

 

 

 

 

 

「……そ、それよりも。夜も遅い事だし、理由を教えて」

 

「…………」

 

 

 

黒子くんの発言を苦笑で流しつつ、

真奈美は話の続きを促した。

 

 

 

「…えっと、実はね──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───事の顛末を話し終わり、不意に訪れる沈黙。

 

それを破ったのは、真奈美だった。

 

 

 

「…とりあえず、御愁傷様。

 黒子がここに住むのも、私は構わないわ。

 行く場所もすぐには見つからないでしょうし」

 

「俺も別に構わない。

 家主が許すなら、無理して出ていくこともないだろう」

 

「そうそう、ここ香穂の家だしな。俺もいいぜ。

 とりあえずしばらくは、住んでてもいいんじゃないか」

 

「…………」

 

「…ほら、雄一。あんたはどうなの?」

 

「……俺も、別にいい」

 

「? 雄一?」

 

 

 

なぜか歯切れの悪い雄一に目を向けるも、合わない視線。

 

 

……本当は、嫌なの、かな?珍しい…。

だからといって、

彼をこのまま見捨てるわけにもいかないし…。

 

雄一なら、嫌であればきっとそう言うだろうし、

そうしたら考えればいい、かな。

 

 

勝手に自己完結した私は、そのまま黒子くんに向き直る。

 

 

 

「と、いうわけで。

 改めてよろしくお願いします。私の家へようこそ。

 自分の家だと思ってくつろいでくださいね!」

 

「…ありがとうございます。お世話になります」

 

「…月森蓮だ。よろしく」

 

「土浦梁太郎。よろしくな。

 なんか困ったことあったら遠慮無く言えよ」

 

「…はい。ボクは黒子テツヤです。

 よろしくお願いします」

 

「ん。これからよろしくね」

 

「…………」

 

「…?」

 

 

 

3人がそれぞれに声をかけても、

雄一だけはただじっと、彼を見つめるだけ。

 

少し気にはなったけど、大して気には止めずにいた。

 

 

 

「「………」」

 

 

 

害意を持っている人に対してはかなり厳しいにしても、

基本的には人懐こい雄一。

 

 

 

「……高橋、雄一」

 

 

 

遅ればせながら告げた自己紹介と、

黒子くんから外された視線。

 

……その横顔が一瞬だけ、

苦悩に歪められたことに、私は気づかなかった。

 

 

私だけは、気づいてあげられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

──あの後、夜も遅いからと解散した彼らは

散り散りに自室へと戻っていった。

 

 

…そして、ボクはというと。

 

 

 

「…はい、ここが黒子くんのお部屋です」

 

「ありがとうございます」

 

「食堂と、お風呂と、お手洗いと…あと、

 私の部屋はお教えしましたよね。

 とりあえずすぐに必要なのはこの辺りでしょうか」

 

「はい。大丈夫です」

 

 

 

日野さんに、軽く屋敷内を案内して貰っていた。

 

 

…見たときから思っていたけれど本当に、屋敷だ。

まるで迷路のような広さに、部屋数。

 

しばらくは慣れるのに苦労しそうだな。

 

 

 

「ええと、後は…あ、黒子くんって朝早いですよね?

 何時くらいに起きてますか?」

 

「6時前、ですね。

 それから朝食食べて、朝練行ってましたから」

 

「わあ…大変ですね。

 じゃあ、明日は6時過ぎにでも食堂にいらしてください」

 

「え?」

 

「それでご飯食べて、学校へ向かえば

 いつもとそんなに変わりないでしょう?」

 

 

 

そう言って、にこりと微笑む日野さん。

 

…それって、もしかして。

 

 

 

「…朝食、作ってくれるんですか?」

 

「はい!」

 

「……さすがに、悪いですよ。

 適当にコンビニかなにかで済ませますから」

 

「ダメですよ。運動してる人なんだから

 特に栄養はきちんと取らないと」

 

「…でも」

 

「私も、バスケで生き生きしてる黒子くん見たいので!

 …ね?」

 

「………わかりました。お願いします」

 

「はい、お任せください!」

 

 

 

諦めのため息をつくボクと対照的に、

彼女はまるで勝ったといわんばかりにガッツポーズを作る。

 

 

 

「よし、それじゃあ残りは明日にしましょうか。

 もう夜も遅いですし、明日も学校ですしね」

 

「そうですね。さすがにそろそろ眠いです」

 

「ふふ、私もです。なので、この辺で失礼しますね」

 

「はい、色々とありがとうございます。おやすみなさい」

 

「お互い様ですから。おやすみなさい」

 

 

 

にこりと笑みを浮かべ、軽くお辞儀をした彼女は

自分の部屋へと戻っていった。

 

 

…なんだか本当に、至れり尽くせりだな。

 

 

 

「……はあ。疲れた、早く休ませて貰おう」

 

 

 

ただの学生であるボクに今出来ることなんて、

ありがたく厚意を受けとることくらいだし。

 

 

部屋のドアノブを引っ張り、中を見て……

思わず開いた口をゆっくりと閉じる。

 

 

 

「……この部屋、本当にボクの部屋でいいんですよね?

 日野さん、間違えてませんよね?」

 

 

 

もうこの場には居ない彼女へ問いかけてしまうほど。

何もかもが大きく、高級感のある部屋だった。

 

 

家具が多いわけではない。

ベッドと照明とクローゼット、

それだけのシンプルな部屋、なのだが。

 

 

恐らく使っているものがとても高いものなのと、

元々の部屋がとても広いため、

まるでホテルのような高級感を醸し出している。

 

 

 

「……本当に、世界が違いますよ」

 

 

 

ボクはため息をつきながら、

ベッドに軽く手を沈ませてみる。

 

…うわ、すごいふかふかだ。

こんなふかふかに包まれたら……。

 

 

早くお風呂借りてこよう。

買ってきた下着等の準備を始めようとすると、

響くノックの音。

 

 

 

「? …はい、誰ですか?」





*inquieto=落ち着かない、不安な


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記憶はamarezza~「…………香穗子が」~

世話焼き香穂子ちゃんは、雄一の様子が気にかかりつつも、黒子くんに恩を返せるのが嬉しくて堪らないみたいです。

かわいい。


 

 

Tetsuya side

 

 

 

 

 

「…夜分遅くにすまない。月森だ」

 

「ああ、月森くんですか。今開けます」

 

 

 

ドアを開けた先には、紙袋を片手に持った月森くん。

 

…なんだろう?

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

「………これを」

 

 

 

無表情で突き出してきた紙袋を思わず反射で受け取り、

中を確認すると…パジャマ?

 

 

 

「なんですか、これ」

 

「パジャマだが」

 

「いや、それは見ればわかります。

 どうしたんですか、これ」

 

「…………香穂子が」

 

「え?日野さん?」

 

「…香穂子が、君の服を随分と気にしていたようだから」

 

「……それでわざわざ持ってきてくれたんですか?」

 

「制服一着ではなにかと困るだろう。

 普段着は明日、香穂子と一緒にでも揃えてくるといい。

 とりあえず今夜は、これで。

 まだ着ていない新品だから、そのまま使ってくれていい」

 

「…………」

 

「…?どうしたんだ」

 

「……や、ありがとうございます」

 

 

 

思いがけない厚意に、

思わず動きが止まったボクに少し不思議そうな月森くん。

 

 

……噂では、もっとクールな人だったんだけど。

彼女関係だからか?

 

 

 

「中にハンガーも入れてある、制服をかけておくといい。

 そのままだと皺になる。肌着等は大丈夫か?」

 

「あ、はい。コンビニでさっき買ってきました」

 

「ならとりあえず明日と今夜は大丈夫だな。

 それじゃ、俺はこれで」

 

「色々とお気遣いありがとうございます」

 

「いや。……香穂子が、世話になったから」

 

 

 

それだけ言って、踵を返し自室へと戻っていく月森くん。

 

 

…本当に、日野さん様々だな。

 

ボクは先ほど用意した下着を手に取り、

ありがたく紙袋と共に風呂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見たこともないような広さの浴槽等に驚きつつ

部屋へ戻ると、ふっかふかなベッドが迎えてくれる。

 

 

…なんだか、

金持ちの臨時体験をしている気分になってくるな。

 

 

一番驚いたのは、ボクの入ったところ以外にも

もうひとつ風呂への入り口があったということ。

 

 

……女風呂と、男風呂らしい。

 

分ける必要あるのか…?

 

 

 

制服をクローゼットに入れ、再び布団へと寝転ぶ。

 

……今日は、本当に疲れたな。

 

 

って、そういえば。

 

 

 

「森さんの発言の意味、すっかり聞きそびれたな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ま、気づかない方が幸せかもしれないけどね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの言葉は、どういう意味だったのだろう。

 

まあ、きっと。

 

 

 

「…高橋、雄一」

 

 

 

彼がボクへ向けていた、

随分と攻撃的な…まるで敵意を持っているかのような

鋭い目線が関係しているのだろう。

 

 

彼の事は…、というかこの屋敷にいるメンバーは

実は普通科でも少し有名人が多い。

 

 

何かと目を引く森さんと、月森くん。

 

女子が騒いでるな、という方向に目を向けると、

土浦くんが普通科の人とサッカーしてるのもよく見るし。

 

 

…そして、高橋くん。

彼は、言うならば黄瀬くんレベルだ。

 

彼が歩けば男女問わず人が動き、

彼のいる方向からは黄色い声。

 

 

……ただ。

 

それは、ボクから見た、彼らの話だ。

 

学科の違う、元々影の薄いボクのことなんて、

彼らはきっと今まで知りもしなかったはず。

 

 

それこそ、日野さんが倒れたときに迎えにきたのが、

初めて認識されたときだろう。

 

 

けれど、彼の瞳は。

 

知り合ったばかりのボクに向ける視線では

なかったように思う。

 

 

憎むような、諦めたような。

 

色々な感情がごちゃ混ぜになったような、

よどんだ色をした目。

 

 

……日野さん以外の人たちの、

なにかに気づいたように一瞬だけ軽く歪められた眉間に、

一瞬だけ見開いた目。

 

 

 

 

 

『それってなんだか…少し危なくないっスか?』

 

 

 

 

 

ふっと、黄瀬くんの言葉が頭をよぎる。

 

……ああもう、黄瀬くんが余計なこと言うから。

 

 

 

「……でも」

 

 

 

もし、キミがなにかに巻き込まれていても。

 

 

 

「…ボクが、絶対に助け出しますから」

 

 

 

それがきっと、再びキミと道が交わった理由だろうから。

 

ゆっくりと視線を閉じると、

いつも目蓋の裏に現れるのは思い出の光景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テツヤ。私の前では、泣いていいんだよ。

 言いたくないんならなにも言わなくていい。

 ……でも、私がいるから』

 

 

 

 

 

『また明日、ね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔を浮かべ、手を振りながら去っていく

彼女の腕を掴もうと急いで伸ばした手は、

 

……届かずに、宙を切る。

 

 

ハッと目を開けたボクの目に写ったのは、

彼女などではなく。

 

見慣れぬ天井と宙をさまよう自分の手で。

 

ボクは自嘲した笑みを漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──バカだな、こんなことしたって。

 

 

彼女は、戻ってなどこないと、

 

自分が一番分かっているはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………くそっ!!」

 

 

 

上げたままだった手を強く握り、ベッドを叩く。

 

彼女との思い出を振り切るように、

爪が食い込むほど、強く、握りしめて。

 

 

 

…時々、思い出というのは酷く残酷だと、ボクは思う。

 

よりによって見せるのが、こんな思い出だなんて。

 

 

 

 

 

……本当に、残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くろこ、てつや、くん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やめてくれ。

 

どうか、その声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクの名前を呼ばないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭に残る彼女の声を頭を振って消し去り、

抑え込むように布団に潜り込んだ。





*amarezza=悲哀


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