かつて【英雄王】と呼ばれた男 (リョウ77)
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プロローグ

 その男はかつて、様々な名で呼ばれていた。

 あるときは、彼は「異端」と呼ばれていた。

 彼の所業が、彼の身に流れる血が、彼の生まれ持った価値観が、常人の理解から遠く離れていたが故に。

 あるときは、彼は「星」と呼ばれていた。

 彼の在り方が、振りまく雰囲気が、誰よりも輝いており、何者も近づけなかったが故に。

 あるときは、彼は「最強」と呼ばれていた。

 彼の為した偉業が、彼の持つ力が、彼が頂点の証であると認められていたが故に。

 賞賛も名誉も欲しいままにし、人々の憧憬と畏怖を一身に集めた彼の異名は、【英雄王】。

 神時代の冒険者、ひいては英雄の器を持つ者たちの頂点に立ったことを称える名だ。

 だが、賞賛も名誉も力も、あらゆるものを持った彼は、表舞台から姿を消した。

 最初こそ、その損失を嘆く者がいたが、それもたった1年でなくなり、その名を出すことはなくなってしまった。

 長き間、栄華を極め続けた英雄は、たった1年で、世界の動乱に塗りつぶされてしまった。

 彼が表舞台から消えて十数年。現在の世界では、比較的平穏な日々が続いていた。

 

 

*****

 

 

 【迷宮都市】オラリオ。

 そこには、迷宮(ダンジョン)と呼ばれる地下迷宮が存在する。

 オラリオはこの迷宮によって栄えた都市で、街中ではダンジョン産のアイテムを狙う商人や、一攫千金を狙って訪れる冒険者、それらを対象とした店や宿などでにぎわっており、都市の中央には“バベル”と呼ばれる白亜の摩天楼施設がそびえ立っている。

 そのオラリオの一角で、

 

「いい加減帰れッ!!」

「ぐぇっ!」

 

 とある冒険者用の鍛冶屋で、店から黒髪の青年が地面を転がる勢いで叩きだされた。

 青年は思い切り後頭部を叩きつけられて涙目になりながらも、キッと店主を睨み付けた。

 

「ちょっ、何すんだよ!」

「うるせぇ!いい加減しつけえんだよ!何を言おうが断るって言ってんだろぉが!」

 

 店主はつばをまき散らす勢いで怒鳴った後、そのまま勢いよく扉を閉めてしまった。

 最初は何事かと足を止めていた周囲も、興味を失ったのかすぐに視線を元に戻して再び歩きはじめた。

 

「・・・我ながら、いい出来だと思ったんだがなぁ・・・」

 

 一人取り残された青年は、ため息を吐きながらも立ち上がり、そのままどこかへと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「・・・って感じで、全部追い出された」

「うはははは!そりゃ災難やったなぁ!!」

 

 とある屋敷の一室、染みひとつない赤い絨毯や壺などの調度品など、それらすべてが一目で高級品であることを感じさせる客室にて、黒髪の青年は赤髪の女と酒を飲みながら対面していた。

 話している内容は、青年がいろいろな鍛冶屋を回っては蹴りだされた話で、赤髪の女は腹を抱えて大笑いしていた。

 

「にしても、何をしたらそんなに追い出されるんや。なんか怒らせるようなことでもしたんやろ、ギル」

「全部俺が悪いみたいな言い方をするな、ロキ」

 

 ギルと呼ばれた青年は、ロキと呼んだ女・・・女神に心外だと言わんばかりに嘆息した。

 

「ちなみに、どんなものを出したんや?」

「これだ」

 

 ギルは懐から羊皮紙を取り出して、ロキに見せた。

 羊皮紙にかかれているのは、とある設計図だ。

 

「はぁ~・・・これまたおもろいもんを思いついたな~」

「だろ?」

 

 設計図にかかれているのはギミックが仕込まれた剣の鞘で、剣を出し入れするだけで簡易的にだが刃を研げるという、画期的なものだった。

 

「こんなん特許取ったらぼろ儲けできそうやん。それが、なんで追い出される羽目になるんや?」

「いやな、『初心者にはちょうどいいだろう』って言ったら、例外なく逆ギレされたんだよ」

「やっぱギルが悪いやん」

 

 ギルの言い分に、ロキはやっぱりと言わんばかりに指を指した。

 

「はぁ?なんでだよ」

「言葉足らずってことや。多分やけど、話を持ち掛けられた鍛冶師、自分が初心者用の武器しか作れない未熟者って言われたと思ったんとちゃうか?」

「え~・・・初心者の冒険者って意味だったんだけどなぁ・・・」

「どっちみちやろ。まぁ、ギルの言わんとすることはわからんでもないけど」

 

 ギルが回ったところはすべて駆け出し冒険者御用達の武器を作る鍛冶場であり、ついでにプライドや自尊心だけは立派に持っているような鍛冶師でもあった。

 そのため、悪意の欠片もないギルの言葉に過剰に反応してしまい、一方的に追い出してしまったのだ。

 

「でもまぁ、アイデア自体はおもしろそうやし、うちがなんかのついでにファイたんのところに持っていこか?」

「椿か・・・余計に絡まれる未来しか見えんが、悪いようにはならないか」

 

 ギルの脳裏に新たな武器を試作しては使ってみてくれと頼まれ、時にはダンジョンに半ば無理やり連れて行く最上級鍛冶師(マスタースミス)が浮かぶが、根は基本的に善人であり、オラリオ最高の鍛冶師でかつ本人の腕もかなりたつことからギルは椿のことを憎からず思っている。椿自身もギルのことは気に入っているのだが、後のことは次の機会に。

 そんなこんなで話を続けていると、コンコンとドアがノックされた。

 

「なんや~?」

「私だ、ロキ。入るぞ」

 

 ロキが扉に向かって尋ねかけると、ロキが返事をする前に扉を開けた。

 中に入ってきたのは、深緑の長髪に長い耳が特徴の、ハイエルフの女性だった。

 

「なんや、リヴェリアか。どうしたん?」

「どうしたも何も、もう時間も遅い。そろそろ寝たらどうだ」

「え?うわっ、マジか。もうこんな時間か」

 

 時計を見れば、すでに日付が変わっている。

 一部の冒険者であればまだまだこれからなのかもしれないが、拠点内でバカ騒ぎするには少し遅い時間だ。

 

「なんや、わざわざ知らせにきてくれたんか。ありがとなー、リヴェリアママ」

「誰がママだ!」

「夜も遅いから早く寝ろって言うのは紛れもなくママだろ。あれの世話も基本的にリヴェリアが担当してるし」

「くっ!そう言われると反論しづらい・・・!」

 

 ギルの正論にリヴェリアは悔し気に奥歯を噛みしめ、ギルとロキはおかしそうにニヤニヤと笑う。

 これにリヴェリアは耳を赤くし、主にギルに対して負け惜しみを言った。

 

「だがしかし、そんなに酒を飲んでいいのか、ギル?お前はお前で療養中なのだろう?」

「俺の療養は酒を飲んでぐーたらすることだから問題なーし」

「おっ、せやったらもうちょい飲んどくか!」

「さっさと寝ろ!!」

 

 ギルのあまりにいい加減な対応とロキの悪乗りにとうとう堪忍袋の緒が切れたリヴェリアは、怒声を発してから2人の首根っこを掴んでそれぞれの部屋に放り込んだ。

 

 

 

 

 【英雄王】、その名を“ギルガメッシュ”。

 かつてオラリオで“最強”の名をかかげ、名誉も金も力も欲しいままにした男は今、現在のオラリオ二大派閥である【ロキ・ファミリア】に居候し、全力で脛をかじっていた。




新作を書くことにしました。
ダンまちを原作にしたのは、Twitterでリクエストがあったからというのと、アニメ3期が放送されたのをきっかけに少し立ち読みするようになってネタが思い浮かんだからですね。
他の原作のネタ自体はけっこうあるんですが、すべて書こうと思うと執筆作業がえらいことになってしまうので書けると思ったやつだけ書いていこうと考えた結果、ダンまちになりました。
今回はプロローグということで短いですが、次辺りからもう少し長くなる予定です。


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英雄王の日常

 およそ1000年前、全知全能であった神が天界から下界に降り立った。きっかけは様々だが、下界に降り立った理由は共通していた。

 それは、下界に満ちる未知を追い求めるため。

 その未知を追い求めるために、神は自らに制約をつけた。

 それは、神たる所以である全能の力“神の力(アルカナム)”の封印。この制約を破った神は、強制的に天界に送還されて二度と下界に戻れなくなる。

 それゆえに全知零能に成り下がった神は、1人だけではそんじょそこらの人間と大して変わらないほどの能力しか持たなかった。

 その代わりに、神はごく一部の権能はそのまま持っていた。

 その1つが、力を持たない人間に神の加護を与える神の恩恵(ファルナ)と呼ばれるもの。

 モンスターに怯えるばかりだった人間に神の恩恵(ファルナ)を授けることで、多くの人間がモンスターに太刀打ちすることができた。

 だが、神の恩恵と言っても、授けられてすぐに劇的に強くなるわけではない。

 神の恩恵(ファルナ)を授けられた人間、神の眷属が自らの道を切り開くことで、より高みへと登ることができる。

 そして、神の眷属によって組織された集団を、ファミリアと呼ぶ。

 

 

* * *

 

 

 ロキ・ファミリアに居候しているギルことギルガメッシュだが、本当に何もせずに脛をかじっているだけというわけではない。

 

「ほら、そこ。腕の力だけで剣を振ってんじゃねぇぞ」

 

 ロキ・ファミリアが拠点にしている館である『黄昏の館』、その訓練場代わりに使っている庭で、ギルは木刀を持って構成員に戦技指導を行っていた。

 対象となるのは、主に冒険者駆け出しであるLv.1の見習いだ。

 

「腕だけで剣を振り下ろしても、大して力は乗らない。もっと腰と肩、肘を使え。関節を連動させるようにして振るんだ。そうすれば、ただ振るだけよりも斬れるようになる」

 

 上手くできない団員を叱咤しては、1人1人に的確にアドバイスを与え、動きを矯正させていく。

 それを続けていくと、建物の方からツンツン頭の黒髪の青年が駆け寄ってきた。

 

「ギルさ~ん、ちょっといいっすか?」

「なんだ?」

「団長がギルさんに話があるから、執務室に来てほしいって言伝を預かったっす」

「フィンが?わかった、今行く」

 

 的確ながらも厳しいギルの指導に、ようやく団員たちが解放されると思ったのも束の間、

 

「それじゃ、各自素振りをあと100回やったら終了だ。もしサボろうものなら、後で倍はやらせるからな」

 

 ギルから告げられたのはさらなる地獄だった。

 団員の間にどんよりとした空気が流れる中、ギルは建物の中に入っていった。

 いつもの光景にツンツン頭の黒髪の青年、ラウルは苦笑いを浮かべた。

 そんな中、駆け出し団員の1人がラウルに素朴な疑問を投げかけた。

 

「ラウルさん。あのギルって人、いったい何者なんですか?団長たちと気さくっていうか、やたらと馴れ馴れしいですけど。あの人、俺たちと同じLv.1なんですよね?」

「う~ん、実は自分もあまり知らなくて。なんだか、団長たちとは昔馴染みらしいっすけど・・・」

 

 ロキ・ファミリアの首脳陣は軒並みLv.6。オラリオでも上から数えた方が早い実力者だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()団員たちからすれば、そのことが不思議でならなかった。

 

 

 ギルはなるべく急ぎつつものんびり向かうという器用なことをしながら館の中を進み、目的の部屋にたどり着くと扉をノックした。

 

「フィン、俺だ」

「入ってくれ」

 

 中から返事が返ってきてから扉を開けて中に入ると、中にはロキ・ファミリアの三首脳とロキの姿があった。

 

「さて、話があるらしいが、“遠征”についてか?」

「そうだ」

 

 ギルの問い掛けに答えたのは、執務机に座っている金髪の小人族(パルゥム)で、ロキ・ファミリアの団長でもあるフィン・ディムナだ。

 

「いつものことだけど、僕たちが留守の間、団員たちの面倒を頼む」

「べつにいいけどな、そろそろ俺以外にも留守を任せる奴らを用意した方がいいんじゃないか?」

「それはそうじゃがな、儂らが遠征に行くとなると、レベルの関係でどうしても人手が足りんくなる。じゃから、お主に下っ端の面倒を任せて、1人でも人員を増やせるように頼んどるんじゃろうが」

 

 ギルのいつもの愚痴に慣れたように返すのは、ドワーフの老兵であるガレスだ。

 ギルもガレスの言葉に「だろうな」とため息をついた。

 そこに、リヴェリアがギルに尋ねかけた。

 

「実際、ギルから見てどうなんだ?今の下部構成員は」

「ひよっこ以外の何物でもないが?というか、俺からすればお前らもまだ未熟だ。いや、半熟と言うべきか?」

「なんや、その言い方やとゆで卵みたいやなぁ」

「ははは。ギルからすればそうかもしれないけどね」

 

 ギルの辛辣な評価にフィンは苦笑いするが、その言葉を否定しない。

 今でこそ、わけあってステイタス自体はLv.1相当だが、かつてはフィンたちよりもはるか高みにいた存在なのだ。

 

「それはそうと、期間はいつも通りか?」

「いや、少し長くなるかもしれない。今回は59階層を目指す」

「・・・そういえば、フィンたちはまだだったか」

「あぁ。よければ、ギルも同行してもらえるかな?」

「断る。療養とか関係なしに、あそこはできれば2度と行きたくない」

 

 当時のことを思い出してか、ギルは嫌そうな表情を浮かべる。

 

「59階層は空気すら凍てつく極寒の地。飲み水にすら苦労するようなところになんて誰がすき好んで行くか」

「じゃが、ギルは何度も訪れたことがあるんじゃろう?」

「その時はさっさと次の階層に向かった。言っておくが、あそこに長時間滞在することは勧めないぞ。油断すればあっという間に凍傷になるからな」

「なるほど。参考にさせてもらうよ」

 

 経験者の助言、というよりは当時の愚痴だが、それでもフィンたちは貴重な意見に頷く。

 

「それで、俺の方はいつも通りにすればいいだろう?」

「あぁ。ロキと一緒に留守番だ。とはいえ、もう慣れただろう?」

「おかげさまでな」

 

 ギルがロキ・ファミリアに居候するようになってから数年が経ち、ギルもロキ・ファミリアでの暮らしにだいぶ慣れていた。

 

「ま、いつも通り過ごすだけだが」

「せやなぁ。せっかくやし、うちとどっかに飲みに行くか?」

「だからといって、以前みたく、必要以上に浪費するような真似はしないでほしいものだがな」

 

 より図太くなった、とも言えるが。

 

「それで、必要な話はこんなもんか?」

「そうだね。いつも通り、ロキのことも含めてよろしく頼むよ」

「わかった。んじゃ、俺はちょっと散歩に出かけてくる」

 

 返答を待つよりも早く、ギルは立ち上がってさっさと部屋から出て行ってしまった。

 

「相変わらず自由な奴やなぁ」

「自分勝手と紙一重だがな。あるいは、傲慢とも言えなくない」

「ハハ。まぁ、言うべきことは言ったから問題はないけどね」

「それに、あやつがわしらに対して礼儀正しくふるまう方が()()()ないじゃろう」

 

 ギルの態度に、それぞれの感想を抱きつつも思うところはガレスと一緒だった。

 そもそもで言えば、ロキ・ファミリアの拠点に居候する際も、似たようなものだった。

 

『悪いけど、しばらく邪魔になるぞ。他にあてもないし』

 

 いきなりロキたちのもとにやってきて、ふてぶてしく居候を決定事項にしたギルに、ロキは大笑いし、フィンは苦笑を浮かべ、ガレスとリヴェリアは額に手を当ててため息を吐いたが、けっきょく彼らもギルを追い出すことはしなかった。

 歓迎する理由はあまりないが、だからといって追い出す利用もなく、遠征中の留守番や下部構成員の面倒を見るなどのメリットを考えればむしろ追い出す方がもったいない。

 今ではすっかり、ロキ・ファミリアの一員とまでは言わずも、それに近いくらいには馴染んでいた。

 というよりは、よくギルと共に酒を飲んでいるロキの影響が大きいのかもしれないが。

 

 

* * *

 

 

 執務室を後にしたギルは、そのまま館から出て街へと向かった。

 フラフラとさまよいながら、特に当てがあるわけでもなく歩き回る。

 一見、ただ時間を潰しているだけのように見えるが、ギルはこの時間を気に入っていた。

 いたるところで人がにぎわい、移り行く景色の中に存在する変わらない光景を見つけることで、オラリオという都市を満喫する。

 そして、これがあとどれだけ続くのか、あるいは、いつまでも続くのか。そんなことを頭の片隅で考える。

 オラリオが保有する冒険者は、世界的に見ればその質は非常に高いが、全員が強いというわけではない。

 過半数はLv.1の下級冒険者で占められており、残りはほぼLv.2。Lv.3以上となるとその数は激減する。

 この一握りの冒険者が、オラリオの名声を保っていると言っても過言ではない。

 そして、現在のオラリオは一昔前と比べて大きく質を落としていると、ギルは思っている。

 ()()は仕方なかったとはいえ、この現状に不満を抱いているのもまた事実だった。

 

(まぁ、今の俺もそんなことを言える立場じゃないが)

 

 ほぼ毎日行っている思考にギルは小さく苦笑を浮かべながら、いったんその思考を止めて再び雑踏に意識を向ける。

 しばらくぶらぶらと歩き、それから人込みから離れて裏路地に入る。

 いつもの散歩は基本的に決まったルートはないが、それでも必ずとある裏路地に入る。

 それからさらにしばらく歩いていくと、裏路地を抜けて廃墟群にたどり着いた。

 あちこち廃墟群を歩き回ると、とある教会の前で足を止め、近くにあった瓦礫に腰かけて教会を見上げた。そして、目を細めて追想にふけっていく。

 

(我ながら、女々しいことだな・・・)

 

 毎日の習慣に心の中で自嘲するも、かつてあった日のことを思い出していく。

 かつての自分の、黄金時代を。

 

「あの~、すみません。どうかしたんですか?」

 

 しばらくの間ぼうっとしていると、不意に声をかけられた。

 

(っと、いかんいかん。気が緩んでいたな。ていうか、人がいたのか・・・)

 

 昔のことを思い出しているばかりで周囲に注意をはらっていなかったことに自省しつつ、話しかけてきた目の前にいる人物に視線を向けた。

 年はまだ若い、というより人によっては幼いともとれる顔だちで、おそらく15に届いていない。そして、穢れのない白髪に綺麗な深紅の瞳、お世辞にも男らしいとは言えない華奢な体つき。かっこいいと可愛いの間で揺れている容姿に、

 

(なんつーか、ウサギみたいな奴)

 

 心の中でそんな第一印象を覚えた。

 

「あー、いや、すまない。特に用事があるわけではない。ただ、俺にとってこの辺りは懐かしい場所だからな。こうしてこの場所で物思いにふけるのが日課になっているのさ」

「そうだったんですか。邪魔をしてすみません」

「気にしなくていい。ちなみに、君は冒険者だったりするのか?」

「はい。って言っても、まだ冒険者になってから1週間程度ですけど・・・ファミリアだって、神様と僕の2人だけですし」

「なるほど」

 

 おそらく、この廃墟にいるのも、そもそも活動拠点を手に入れる金がないからだろう。その点、この辺りには廃墟とはいえ辛うじて住める場所は残されている。

 

「それで、えっと、お兄さんも冒険者なんですか?」

「俺か?そうだな・・・今は冒険者は休業中だが、戦技指導っていう形でとあるファミリアに世話になっている」

 

 これは真実ではないが、嘘でもない。

 目の前の少年も「そうなんですか」と疑う様子もなくうなずいた。

 

「にしたって、どうしてその年で冒険者なんかやってんだ?しかも、ほぼ単身で」

「えっと、オラリオに来たのはおじいちゃんの影響で。おじいちゃんから聞いた話で憧れて来たんです。最初は僕もどこかのファミリアに入ろうとしたんですけど、どこからも断られちゃって・・・そこで途方に暮れていたところに、神様に会ったんです」

「そうか。そいつは運がよかったな」

 

 様々なことを話す少年に、ギルは笑みを浮かべながら頷きを返す。

 

「さて、俺もそろそろ帰らんとな。っと、そう言えば、お前さんの名前は?」

「ベル・クラネルです」

「そうか。俺の名前はギルだ。ここで出会ったのも何かの縁。また会ったら、その時は俺の方からも面白い話を聞かせてやる」

「はい、ありがとうございます!」

「それじゃあな。お前さんも頑張って冒険するんだぞ、ベル」

 

 別れの挨拶をしてその場を後にしたギルは、裏路地に入ったところで少年の名前を口にした。

 

「ベル・クラネル、か。偶然か?・・・いや、運命、と言うべきか。なんにしろ、これこそ何かの縁だ。それとなく気にかけてやるか」




わかる人にはわかりそうな内容ですね。
まぁ、あくまで核心に触れない程度ですけど。


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思い出語り

 ギルがベルと会ってから数日、ギルは散歩の途中でベルと会ってはいろいろと話すようになった。

 ギルは自分の正体を明かすわけにはいかなかったため、アレンジを入れている部分は多々あるが、それでもおとぎ話を聞く無邪気な子供のように耳を傾けるベルをギルは優しい笑みを浮かべて見ていた。もしロキ・ファミリアでしごかれている団員たちがこの光景を見れば、普段とのギャップに目を疑うことだろう。

 そして、今日もまた、まるで約束でもしたかのように教会の前で会った2人はいつものように話にしゃれ込んだ。

 その中で、ギルはふと思い出したかのように話題を振った。

 

「そうだ、ベル・クラネル。お前さんはこの辺りはどのような場所だったか覚えているか?」

「この辺り、ですか?いえ、聞いたことないですけど・・・」

「だろうな。だが、廃墟になってからそこまで長い年月は経っていないはずなんだが、忘れられるには十分だったか・・・」

「えっと、この辺りはなんだったんですか?」

 

 少し残念な表情を浮かべるギルに、ベルは申し訳なさそうにしながらも尋ねた。

 

「ここはな、かつてゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが拠点にしていた区画なのさ。いや、区画そのものが拠点だった、と言う方が正しいか」

「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアですか!?」

「あぁ。名前ぐらいは知っているだろ?」

「はい。とても有名ですから」

 

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア。オラリオができた1000年前からギルドと共に存在したファミリアであり、かつてのオラリオで最強の名を冠した二大派閥だ。

 だが、現在は存在しない。主神であるゼウスとヘラはまだ存在するが、とある戦いで大きく力を落とした時に現在の二大派閥であるロキ・ファミリアともう一つのファミリアによってオラリオから追放された。そのため、生き残りもいくらかいるが実質的にファミリアは解散状態になっている。

 

「かつてのゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアは、それこそこの辺り一帯が人で埋め尽くされていたほどの勢力だったのさ」

「そうだったんですか・・・あれ、ギルさんは当時のことを知っているんですか?」

「あぁ、縁があってな。こうしてここを散歩しているのも、だからこそだ」

「そうなんですか・・・なんだか、僕なんかがここで暮らしてるのが申し訳ない気が・・・」

「いや、ベルが気にする必要はない。建物だって、放置されるよりも誰かに使われる方が本望だろうさ」

「そう、ですか?」

「あぁ。だから、申し訳ないからって出て行く必要はないぞ?むしろどんどん使ってやってくれ。もちろん、粗末に扱うのは許さんが」

「はいっ、わかりました!」

 

 元気よく頷くベルに、ギルは満足げに頷いた。

 

「お~い!ベルくーん!!」

 

 するとそこに、教会の中から新たな人影が出てきた。

 出てきたのは、低い身長のわりに胸には立派な果実を備えている黒髪ツインテールの少女だった。

 だが、ギルはただの少女だとバカにすることはない。()()は人間とは根本的に違うため、誰であっても気配でわかるのだ。

 

「あ!神様!」

「まったく、いつもの時間になっても戻ってこなかったから心配しちゃったよ」

「すみません。つい、この人と話し込んじゃって・・・」

 

 申し訳なさそうにするベルを見てから、現れた女神は値踏みするようにギルを眺める。

 

(何様だ、こいつ・・・あぁ、神様か)

 

 内心で少し不敬なことを考えつつ、それを知ってか知らずか、女神は高らかに宣言した。

 

「君にベル君は渡さないからね!」

「あんたは何を言っているんだ」

 

 本当になんのことだかわからないギルは、呆れた眼差しを投げつける。

 

「というか、自己紹介も無しにいきなり敵対宣言するのはどうかと思うんだが・・・」

「おっと、ごめんね。何やら怪しい感じがしたから・・・」

 

 女神も礼を失した自覚はあるのか、咳ばらいをしてから自己紹介をした。

 

「どうも、はじめまして。ボクは不滅と聖火を司る神、ヘスティアだ」

「これはご丁寧にどうも。俺はギル。ベルとはここで世間話をする程度の仲だ」

「なるほどね、君だったんだ。君のことはベル君から聞いていたよ。いろいろと面白いことを話してくれるって。ボクの眷属がずいぶんと世話になったみたいだね」

「こちらこそ、その名前を聞いて思い出した。あなたのことはいろいろと聞いている。自分の知り合いの神に、あなたと同郷と言っていた神がいたのでね。神格も高く、誰にでも平等に接する女神だと」

「え~?そうかい?照れちゃうな~」

 

 ギルから出てきた褒め言葉に、ヘスティアはデレデレと頬を緩ませる。

 そこに、ギルは興味本位から爆弾を投下した。

 

「それと、身長が低いくせに無駄にでかいものをぶら下げている生意気なクソチビ、とも」

「なんだとーう!誰だい、そんなことを言ったのは!!」

 

 ちなみに、これはロキが酒を飲んで酔っ払った際にこぼした愚痴だ。当神のものは平均と比べても貧相を通り越して板に近いため、ヘスティアのことを目の敵にしていた。

 そして、他にも似たような評価のされたことがあるのか、ヘスティアもそれだけでロキだと確信するにはいたらなかった。あるいは、反撃されるのが目に見えているから意図的に気づかないようにしているだけなのか。

 

「まぁ、それは置いといて、だ。別に俺はあなたからベルを獲るつもりはない。冒険者業からも半ば引退している身だしな。俺としても、尊敬されるのは嬉しいが、今の関係を変えるつもりは毛頭ない」

「むっ・・・嘘はついていないみたいだね。どうやら、ボクの早とちりだったみたいだ」

「そういうことだ」

 

 ギルの瞳を覗き込んだヘスティアは、納得したようにうなずいて引き下がった。

 永い時を生きてきた神々は、子どもたる人間のことはなんでもお見通しなのだ。

 

「さて、保護者も出てきたことだし、今日はこれでお開きとしよう。じゃあな、ベル」

「はい。今日もありがとうございました、ギルさん」

 

 別れの挨拶を告げたギルは、立ち上がって廃墟群を去っていった。

 その後ろ姿をベルは手を振って見送ったが、ヘスティアは手を顎に当てて何かを考えていた。

 

「・・・・・・」

「あれ、神様?どうかしたんですか?」

「・・・いや、なんでもない。それよりも、早くご飯にしよう!」

 

 心配そうな表情になるベルに気にしなくていいと笑顔を浮かべて、内心ではギルのことを考えていた。

 

(なんだろう・・・騙されてる、ってわけじゃないんだろうけど、なんか釈然としないなぁ)

 

 ヘスティアから見て、ギルが嘘を言っていたとは思えない。だが、それでも心の中のもやもやがなぜか消えない。

 言ってしまえば、神の勘といったところか。

 それでも、悪いことにもならないという勘もある。

 せめて、ベルにとって悪いことにならなければいいと願いながら、ヘスティアはベルと共に教会(ヘスティア曰く「ベル君との愛の巣」)へと戻っていった。

 

 

* * *

 

 

 ダンジョン18階層。

 ここはダンジョンの中でもモンスターがほとんど出現しない安全階層(セーフティポイント)の1つで、それを利用して冒険者によって独自の街が作られた。

 その名を『リヴィラの街』と言い、ギルドの監視の目がなく法律もないに等しいため、様々なアイテムの取引が法外な価格で為されていたり、禁制のアイテムも普通に販売される。

 それでも、ダンジョンの中でも数少ない休憩地点であるため、人通りは常に多い。

 そして、その中に遠征の最中であるロキ・ファミリアの姿もあった。

 もう1つの安全階層は50階層であり、それまではモンスターが出現する中夜営することもあるため、英気を養うために滞在するのだ。とはいえ、リヴィラの街では宿屋も法外な価格であるため、結局野営をすることになるのだが。

 そんな中、フィンたち三首領は天幕の1つで今後のことを話していたのだが、そこにフィンたちを呼ぶ声が現れた。

 

「団長。少しいいですか?」

「アキか。あぁ、大丈夫だ。入ってくれ」

 

 フィンが了承すると、天幕に黒髪の猫人(キャットピープル)の女が入ってきた。片手にはラウルを引きずっている。

 彼女はアナキティ・オータムと言い、幹部候補でもあるLv.4だ。ラウルとは同期なのだが、アキの方がしっかり者であるということでラウルは彼女に頭が上がらないことが多い。

 

「珍しいな。ラウルを引きずってまで私たちに尋ねてくるとは」

「私は聞いておいた方がいいって言ったんですけど、『団長たちのことだから大丈夫っすよ』って言って聞かなかったので」

「なるほど。それで、そうまでして僕たちに聞きたいことってなんだい?」

 

 ある意味、礼を失していると言えなくもない遠慮のない態度に、フィンたちは気にするまでもなく先を促す。

 これは上下関係を気にしていないというわけではなく、はっきりと意見すること自体が好ましいと考えているからだ。

 現在のロキ・ファミリアは、幹部以上とそれ以外で大きく差が開いており、その分幹部、特に三首領に対して絶対的な信頼を寄せている。それは、フィンに絶対の信頼を置いているラウルにも言えることだろう。

 だが、下部構成員ならともかく、幹部は団員の命を預かることもあるため、すべてフィンたちに任せるというわけにはいかないのだ。

 そのため、アキの態度はラウルを片手に掴んでいるのはともかく、遠慮なく疑問をぶつけるのは必要なことでもあるのだ。

 だからこそ、フィンたちもよほど機密事項に触れない限りはできる限り疑問に答えるつもりでもある。

 

「それなら、単刀直入に聞きます。ギルさんって何者なんですか?」

「なるほど・・・そう言えば、2人には話してなかったか」

「むしろ、知っている人間の方が少ないじゃろう」

「だが、2人もいつかはギルドを背負って立ってもらうことになる。それなら、そろそろ話してもいいかもしれんな」

 

 真剣な表情で話し合うフィンたちに、何かとんでもない機密を話されるのかと、アナキティとラウルは思わず体を硬くして身構える。

 それを見たフィンは苦笑しながらも話し始めた。

 

「そう身構えなくてもいい。別に彼のことは重大な機密事項というわけでもない。とはいえ、できるだけ他言無用にしてもらいたいことではあるけどね」

「・・・彼は、何者なんですか?」

「そうだね。まず、ギルというのは本名ではない。偽名、というよりは愛称に近いかな」

「あやつを本名で呼ぼうものなら、オラリオが軽くパニックになりかねんからのう」

「だからこそ、団員にもできるだけ知らせなかったのだがな」

「・・・では、本名はなんて言うんですか?」

「ギルガメッシュ。名前なら聞いたことはあるんじゃないかな?」

「え!?」

「ギ・・・!?」

 

 フィンが出した名前に、アナキティとラウルは盛大に目を見開いて驚愕をあらわにした。

 それほど、衝撃の大きい事実なのだ。

 

「ギ、ギルガメッシュ、って・・・!?」

()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう、あの・・・!?」

「そう。神の血をその身に宿し、神の降臨と共におよそ1000年を生きた神以外の神時代の生き証人であり、ただ1人、Lv.10へと上り詰めた【英雄王】だ」

 

 Lv.2以上へ上り詰め、数多の二つ名が冒険者に授けられて来たが、はっきりと「王」と名付けられたのはギルガメッシュただ1人だ。

 「冒険者」として彼を知る者こそすでに少なくなってしまったが、【英雄王】としての彼は数多の物語やおとぎ話を残すほどに今でも有名なのだ。

 そして、アナキティとラウルが驚いたのには、もう1つ理由がある。

 

「で、でも、もうすでに死んだって話じゃなかったすか!?」

「たしか、三大冒険者依頼の最後の1つ、黒竜の討伐に失敗してそのままって・・・」

 

 三大冒険者依頼。それは、神の降臨以前に地上に現れた非常に強力な3体のモンスターの討伐依頼を指す。

 そのうちの2体、「陸の王者」ベヒーモスと「海の覇王」リヴァイアサンはすでにゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア、そしてギルガメッシュによって討伐されており、残りの1体である黒竜の討伐に向かった結果、返り討ちにあってしまい、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの冒険者のほとんどは肉体か精神、あるいは両方が死ぬか再起不能レベルにまで破壊され、ギルガメッシュも激闘の果てに死亡したとされていた。

 ロキ・ファミリアの元に現れるまでは。

 

「だが、実際は生き延びていたらしい。僕たちも、館に押しかけて来たときは驚いた」

「あやつが現役のときは、儂らが、というか特にフィンが世話になったからのう。じゃから、あやつの居候の申し出も受け入れた」

「まぁ、あの男の中ではすでに決定事項だったがな」

 

 うんざりとしながら、それでもどこか懐かしそうな表情で語るフィンたちを前にアナキティとラウルはしばし呆然とするが、新たな疑問が沸き上がった。

 

「あれ?でも、なんでうちに居候することになったんすか?Lv.10なら、普通に復帰しても問題ないんじゃ・・・」

 

 当然とも言える疑問を口にするラウルだったが、言っている途中で気づいたらしい。

 普段の動きを見た限りは、どう見てもLv.1相当でしかないと。

 フィンも、そうだと頷いた。

 

「たしかにギルは生存していたけど、後遺症がないわけじゃない。いや、これ以上になく厄介な枷を付けて戻ってきた、とも言える」

「どういうことっすか?」

「彼は黒竜との戦闘で、神の力(アルカナム)を使ったんだ」

神の力(アルカナム)!?使えるんですか?」

「彼曰く、出力は1割にも満たないようだけどね」

 

 神の力(アルカナム)とは、文字通り神にのみ許された力であり、下界での使用はほぼすべて制限されている。

 だが、神の血を宿すギルガメッシュは出力はさすがに下がるものの、下界で唯一神の力(アルカナム)を扱うことができる存在だった。

 とはいえ、戦闘で神の力(アルカナム)を用いたのは黒竜戦が初めてであり、その時は本人も知らなかった相応の代償があった。

 

「どうやら、人の身で神の力(アルカナム)を使うと、器に多大な負荷をかけるらしい。黒竜との戦いで神の力(アルカナム)を使った結果、ギルの器はボロボロになってしまったそうだ」

 

 器とは魂の容器と言えるものであり、レベルが上がるほどに大きく、丈夫になり、受け止めることができる魂の容量が増える。そして、器が強く大きくなるほど、受け止める魂の容量が多くなるほど、その分だけ強くなることができる。

 そして、現在のギルの器はいわば大きなヒビだらけの状態であり、とうていLv.10の力を受け止めることはできない。

 

「そのままでは、ギルの器そのものが壊れてしまう。そこでギルは、自身のステイタスを制限する術を身につけたんだ」

「ステイタスを制限って、そんなことができるんすか!?」

「彼の中に神の血が流れているからね。ステイタス更新も自分でやっていたって話だし、いろいろと試行錯誤もしたらしい」

 

 当然、技術の問題以前にやるメリットそのものがないため真似をする神もいないのだが、必要に迫られたギルは死にかけの体でなんとかその技術を会得。意図的にステイタスを下げることで器にかかる負荷を減らし、力を犠牲に人並みの生活を送れるようになった。

 

「そうだったんすか・・・ちなみに、このことを知っているのは?」

「うちだと僕たちと幹部だけだ。他には、椿と神ヘファイストス、オッタルと神フレイヤも知ってるかな」

「たまにうちに来る椿さんはともかく、【猛者(おうじゃ)】もですか・・・」

「それとファミリアではないけど、ウラノスも知っているようだ。ギルがオラリオに戻って来て顔合わせをしたのは、ロキとフレイヤ、ウラノスの三柱だったはずだからね」

 

 ウラノスはオラリオを創設した神の一柱であり、ギルドの主神でもある。だが、ウラノスがギルドの経営に口を出すことはほとんどなく、「君臨すれども統治せず」の姿勢を貫いている。

 ギルとはオラリオの創設初期からの仲であり、ゼウスやヘラと共にオラリオの基盤を固めるために協力したことも多い。そのため、お忍びでオラリオに戻ってきたときに一番最初に顔を合わせたのはロキではなく実はウラノスだったりする。

 

「そうだったんですか・・・ちなみに、椿さんが知っているのはどうしてですか?」

「たしかに今のギルのステイタスはLv.1相当なんだけど、1000年にわたって磨き上げられた技術まで失ったわけではない。椿にはそこに目をつけられたらしくてね。ギルが持っていた武器にも興味を持ちだして、なし崩し的に打ち明けることになったんだ」

「あの時は本当に苦労したのう・・・」

「武器、ですか?でも、普段は持っていませんよね?」

 

 当時の苦労を思い出したガレスがため息をつくと、アナキティはギルが武器を持っているところを見たことがないことに疑問を持った。

 だが、それについてはフィンは首を横に振った

 

「残念だけど、それ以上は僕たちの口からは言えないかな。他に聞きたいことがあるんだったら、遠征が終わってから本人から聞いた方がいいだろう。幸い、ギルは性格には少し難があるけど、話すこと自体は嫌いじゃないからね」

「そ、そうですか・・・」

「もし話しかけづらいのであれば、ロキを通じて話し合いの場を設けよう。奴もロキに負けず劣らず酒が好きだからな」

「そういえば、いつもロキと飲んでるっすね」

「ロキも酒飲み仲間が増えて、嬉しいんじゃろう」

 

 それからは、今後の予定を少し話した後、アナキティとラウルは天幕から出て行き、フィンたちも話し合いを再開した。




今回は、いろいろとギルの核心に迫りつつ独自考察も交えてみました。
原作の方だと廃墟群についてあまり説明されてないですけど、たぶんこんな感じなのかなって感じで書きました。もし不手際というか間違っている部分があったら、書き直すつもりです。
ギルについても、いろいろとツッコミがあるかもしれませんが(ダンまちでは人と神の間に子供を作れない等)、そのあたりの説明はおいおいやっていきます。


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もう一つの都市最強

 ギルとヘスティアが邂逅してから数日経ったある日、ギルは『黄昏の館』を留守にしていた。

 この時、ギルはいつもの散歩に出かけているわけではなかった。

 彼がいた場所は、ロキ・ファミリアと並ぶ現在のオラリオ二大派閥のもう片方であり、『都市最強』の冒険者を抱えている派閥、フレイヤ・ファミリアの拠点『戦いの野(フォールクヴァング)』だった。

 

 

* * *

 

 

「やれやれ、ここに来るのも慣れてしまったな・・・」

 

 『戦いの野(フォールクヴァング)』を尋ねたギルは、団員に案内された応接室でそんなことを呟いた。

 内装は当然立派なのだが、『黄昏の館』と比べるとどこか無骨といった印象を受ける。

 

(さて、適当に理由をつけてさっさと帰ろうか・・・)

 

 正直なところを言えば、ギルはフレイヤ・ファミリアが苦手だった。

 所属している冒険者個人で言えば何人か気にかけているが、ファミリア全体として見るとどうしても好きになれない。

 頭の中で帰る口実を考えるギルだったが、少し時間が経ったところで扉が開かれた。

 現れたのは、容姿端麗な神々の中でも圧倒的な存在感を放つ美貌を持った女神だった。

 

「ふふ、今月も来てくれたわね、ギル」

「“ロキ・ファミリアに居座る代わりに月に一度は顔を見せる”。そんな条件を無理やり押し付けておいてよく言う、フレイヤ」

 

 彼女こそが、ファミリアの主神であるフレイヤだ。

 彼女のように神々の中でも随一の美貌をもつ女神は『美の女神』と呼ばれており、フレイヤはその『美の女神』の中でも他の追随を許さない美貌を持っている。

 そして、数少ないギルが苦手意識を持つ女神でもある。

 というのも、

 

「あら。あの日、私と熱い夜を過ごしたというのに、ずいぶんと薄情なことを言うのね」

「わかった、わかったから、そういうことを言わないでくれ。他の連中に聞かれると面倒なことになる」

 

 実は、ギルとフレイヤは関係を持ったことがあるのだ。

 神と人の間には子供を作ることができず、それはギルも例外ではないのだが、行為自体ができないというわけではない。

 そして、フレイヤは英雄あるいはその器を持つ者を愛しており、ギルもフレイヤの興味の対象となった。いや、ギルの場合は神の血を引いていた唯一無二の存在だったこともあり、それはもはや執着とでも呼ぶべきものだった。

 そのため、フレイヤはどうにかギルを自らのファミリアに引き入れようとしたが、ギルはこれを断固として拒否。

 その結果、ギルとファミリアは軽く戦争状態になった。

 これはギルがフレイヤ・ファミリアを苦手としている理由なのだが、フレイヤ・ファミリアの団員たちはフレイヤが持つ圧倒的な美に心酔しており、例外なくフレイヤに対して強い忠誠心を持っている。同時に、フレイヤの寵愛を授かろうと団員同士の間で日々蹴落とし合っている。

 これはファミリアの中で『洗礼』と呼ばれ、『戦いの野(フォールクヴァング)』の名前の由来でもある広大な荒野の戦場で日々闘争による実力向上が行われている。

 これによって、団結力や統率力は皆無に等しいものの、徹底された実力主義と個人主義によって個々の戦闘力で言えばロキ・ファミリアを凌駕している。

 ここで問題になるのが、団員たちが持つフレイヤへの強い忠誠心だ。

 団員のほぼ全員がフレイヤの寵愛を求めているため、フレイヤに寵愛あるいは執着を向けられている人物に対して激しい敵対心を持つ。

 ギルもその例に漏れず、さらにフレイヤの申し出を断っていることも相まってかなりの頻度でギルはフレイヤ・ファミリアの団員から襲撃を受けていた。

 とはいえ、ギルはこの時点ですでに世界最強のLv.10であり、ギルとしては「めんどくさい奴らが構ってきた」くらいの認識でしかなかった。そのため、ゼウスとヘラの影響もあって当時の団員たちは殺されない程度にあしらわれ続けた。

 しばらくこの状態が続いたが、ある時フレイヤは『一夜だけ関係を持つことを条件にファミリアへの勧誘をやめる』という提案をし、ギルもこれを了承。提案をしたその日の夜に褥を共にした。

 ファミリアの団員による襲撃は続いたものの、約束通りファミリアに勧誘されることはなくなった。

 だが、黒竜に敗れた後にオラリオに戻った際、ギルはそのことを後悔した。

 このようなファミリアであるため、療養を望んでいたギルはすでにロキ・ファミリアの世話になることを決めていたが、フレイヤはその時のことを持ち出してギルを自分のところに住まわせようとしたのだ。これはファミリアに勧誘しているわけではなく、ある種の同居を求めているだけなので、ギルからは当時の取引を引き合いにだせない。

 おそらく、当時はフレイヤもそこまで考えていたわけではないだろうが、結果的にそのときの取引は盛大にギルの足を引っ張る形になってしまい、最終的な落としどころとして「月に一度はフレイヤの下に訪れる」ということになった。ついでに、これを破ればその後のことは保証しないとも付け加えられた。

 なお、他にこのことを知っているのはフレイヤ・ファミリアの団長とロキ、フィンたちのみであり、ギルがロキたちにこのことを告白した際は口をそろえて「自業自得だ(や)(じゃ)」と言われ、決してファミリアに迷惑をかけないようにしてくれとも念を押された。

 そういうこともあって、ギルはフレイヤに対して苦手意識を持っており、事が事だけにロキやフィンたちの力を借りることもできないでいるのだ。

 

「それよりも、オッタルはどうした?部屋の中はともかく、珍しく周囲にもいないぞ」

 

 これ以上この会話を続けたくなかったギルは、近くにいないフレイヤ・ファミリアの団長のことを尋ねる。

 だが、これは藪蛇だった。

 

「あら、それを私に言わせるつもり?」

「よし、わかった。それ以上色気を振りまきながら近づくのはやめてくれ。俺だって平穏が欲しい」

 

 どうやら、隙あらば喰らいにいくつもりだったらしい。

 本当に、厄介な弱みを作ってしまったと、あの時の自分を呪う。

 実を言えば、あの時行為に及んだ理由は、興味半分だったりした。

 「英雄は色を好む」という言葉があるが、それは逆もまた同じことが言える。

 これはギルにとっても黒歴史だが、ギルは昔の一時期ギルにすり寄ってきた数多の女の中から何人かと行為に及んだことがある。

 動機を答えるとするなら、しいて言えばゼウスのせいだった。

 ゼウスが大神であるのは間違いないのだが、実際はセクハラの常習犯であり、自分のファミリアはもちろん、ヘラのファミリアの女性すらもターゲットにすることがあった。(そして返り討ちにあってヘラからさらに絞られるまでがワンセットだった)

 そんなゼウスだが、酒の席でギルに詰め寄ったことがある。

 

『ギルガメッシュ!どうしてお主は女に興味を持とうとしないんじゃ!』

『いきなりどうした、エロじじぃ。今さら何を言ってるんだ?』

『あんだけ女に囲まれておいて、少しも浮ついた話がないとはどういうことなんじゃ!!』

『欲に飢えた女は好かん。そもそも、俺にすり寄ってくる女なんざ、俺と行為をしたことを口実にしてあれこれしたい輩ばかりだろうに』

『かぁーっ!夢がないのう!そうとは限らんじゃろ!もしかしたら、お主に純粋な好意を寄せている女子もおるかもしれんじゃろ!据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らんのか!』

『・・・ずいぶんと暑苦しいが、まさか俺がはじいた女でも狙おうとしてんのか?』

『別にいいじゃろう!お主がいらないと言うんじゃったら、少しくらいわしがもらっても・・・』

『あんたがもらっても、なんだい?ゼウス』

『ひぃっ!へ、ヘラぁ!?ち、違うんじゃ!今のはギャアーーーー!!??』

 

 この後、ゼウスはヘラに殺されかけてこの話は終わりになったのだが、この時なぜかギルは「・・・ゼウスの言うことも一理ある、のか?」とゼウスの言葉を頭の片隅に残した。

 そして、様々な理由があって「人を見る目は神に並ぶ」と評判があったギルは、ゼウスが言っていた純粋な好意を持つ女を見極め、「好きというわけでもなければ、唯一の女として見ることもない」と明言した上でそれでもと望んだ女と関係を持った。

 結局、傍から見れば割とクズなことをしていたギルにゼウスが盛大に嫉妬して再び一悶着があったのだが、ここでは控えておこう。ちなみに、幸いなことにギルと関係を持った女同士で問題が起こったこともなく、ギルと関係を持ったことで不幸な目にあった女はいなかった。

 話は戻り、フレイヤはそこにつけ込んでギルを誘った。ギルも女神、それも『美の女神』と関係を持ったことはなく、さらに誘ってきたのが『美の女神』の中でも随一の美貌を持つフレイヤであったため、フレイヤの誘いに乗ったのは興味半分でもあった。

 その結果がこれなのだから、この件に関してはギルに救いようはない。

 

「はぁ・・・それよりも、そろそろ本題に入ってくれ」

「あら、何を言っているのかしら?」

「俺に迫るために、人払いをしたわけではないんだろう?俺に何か言っておきたいことがあると見た」

 

 ギルがそう言うと、フレイヤはギルを誘うために放っていた色気を収め、微笑を浮かべて切り出した。

 

「そうね。私が話をしたいのは、あなたが最近になって気にかけ始めた、あの少年のことよ」

「・・・案の定と言うか、見ていたか」

 

 ギルと会う際は『戦いの野(フォールクヴァング)』だが、普段はオラリオの中央にそびえ立つ巨塔“バベル”の最上階の私室に居座っている。

 その理由は、「ここならオラリオの全てが見えるから」。フレイヤは、普段はバベルの私室で、時には密かに街に下りて人を眺める趣味を持っている。

 そのため、さすがにいつもというわけではないが、他と比べて高い頻度でギルを見ていたこともあってベルの存在を知っていた。

 

「まさか、あいつのことが気になったりしたのか?」

「えぇ、そうね」

 

 まさかすぐに肯定されるとは思っておらず、僅かにギルは目を見開いた。

 ギルの目に映るフレイヤは、フレイヤがギルに言い寄って来ていた時と同じ、あるいはそれ以上かもしれないほどの執着を持っていた。

 

「・・・珍しい、とは言わんが、そこまでか」

「えぇ。だって、あの子のような穢れのない透明な魂は初めて見たもの」

 

 これはギルもどこまで本当のことを言っているのかはわからないが、フレイヤには魂の色が見えるのだという。

 その人によって魂の色や輝きは千差万別であり、フレイヤはそれを目安にして眷属となる人物を探している。

 

「底知れない黄金の輝きを持つあなたとは、まるで逆ね」

「なるほど・・・まぁ、言わんとすることはわからんでもない。お前さんの言う透明が何を表しているのかは知らんが、良くも悪くも純粋と言えるだろう」

 

 ギルの昔話を聞いて無垢な表情を浮かべるベルを思い浮かべ、ギルは苦笑を浮かべた。

 だが、次の瞬間には応接間は剣呑な雰囲気で包まれた。

 

「それで?だから俺は手を出すなとでも言いたいのか?」

「そうよ、と言ったら?」

 

 ギルはもちろんのこと、フレイヤもギルに負けないほどの雰囲気を発する。

 どちらも互いの性分は理解している。

 ギルは自らにたてつく者には決して容赦せず、フレイヤもまた自分のお気に入りのためなら手段を選ばない。

 下級冒険者であればすぐに卒倒しそうな空気に満ちた中で、ギルとフレイヤは互いに視線を離さずに相手を見据える。

 果たして、どれだけの時間が経ったのか。

 あるときを境に、緊迫した空気はまるでなかったかのようにふっと霧散した。

 

「どうやら、互いに取り越し苦労だったらしいな」

「えぇ、そのようね」

 

 長い間、互いを探り合っていた2人だったが、結果的に問題はないと両者共に判断した。というよりも、考えることは2人とも同じだった。

 2人とも、互いの悪影響によってベル・クラネルに良からぬ変化をもたらすのではないかと危惧していたのだが、この探り合いでお互いにそのような意思はないとわかった。

 であれば、お互いに敵対する理由はない。領分を超えない程度に、好きなようにベルと接触すればいい。

 

「それにしても意外ね。あなたがそこまで気にかけるなんて」

「そう・・・だな。俺でもそう思う」

 

 一瞬、そうでもないと否定しようとしたが、たしかにギルが気にかけている他の冒険者と比べても、ベルが最も扱いがいい。

 

「なにか、特別な理由でもあるのかしら?」

「それについては今は秘密だ。まぁ、いつかは話してやるよ」

「そう。またいつか、ね」

「・・・ちっ。これで話は終わりだな」

 

 ギルは自分が口を滑らしたことに舌打ちしながら、さっさと帰ろうと立ち上がった。

 

「あら、もう帰るの?」

「話したいことはあらかた話しただろう。今はロキのところの留守も任されているし、そろそろ帰らせてもらう」

「そう言えば、遠征に行っていたのだったわね。それじゃあ仕方ないわ」

 

 口ではそう言いながらも、フレイヤの表情にはありありと不満が読み取れる。

 どうしたものかとギルは盛大にため息を吐いたが、その隙とも言えないような空白にフレイヤは滑り込んだ。

 

「だから、これで勘弁してあげる」

 

 次の瞬間、フレイヤはギルの頬にそっと口づけをした。

 そして、そのままフレイヤは「じゃあね」と言って応接室を出て行ってしまった。

 取り残されたギルは先ほどよりもさらに深いため息を吐き、そのまま応接室を後にして帰路についた。




一夜の関係はずっと後まで尾を引くといういい例ですね。
いや、自分にそういう経験があるわけではないんですけどね。
周りにそう言う話があったってだけで。

うかべるべる・・・う~ん、なんか違和感がすさまじい・・・。


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波乱の幕開け

 ギルがフレイヤと会った後日、いつものように散歩から帰ると、黄昏の館が何やらあわただしい雰囲気になっていた。

 何かが起こったのか、ギルは近くの団員を捕まえて尋ねた。

 

「おい、何があった?」

「あっ、ギルさん!それが、今日いきなり遠征に行った団長たちが戻ってきたんです。それと、団長がギルさんが戻ってきたら執務室に来てくれって」

「わかった。すぐに行く」

 

 さすがにただ事ではないと察したギルは、小走りで執務室に向かっていった。

 できるだけ急いだギルは、すぐに執務室に着いてドアをノックする。

 

「俺だ」

「あぁ、入ってくれ」

 

 中に入ると、そこにはすでにフィンたち三首領とロキが座って待っていた。

 

「遠征お疲れ様、と言いたいところだが・・・何かあったのか?」

「あぁ、イレギュラーだ。それも、今までに前例のない、ね」

「イレギュラーなんて、大抵そんなものだろうが・・・どうやら、()()()()()()()()()ではないってことか」

「そうだ。まず始めに何があったのかだけ伝えると、50階層付近で未知のモンスターと出くわした。極彩色のモンスターだ」

 

 フィンによると、今回遭遇した極彩色のモンスターは2種類で、1つ目は芋虫のような見た目の巨蟲型のモンスターで、一等級武装を容易く溶解させるほどの腐植液を吐き出す。2つ目は上半身が女の人型で下半身が巨蟲のモンスターで、腐植液に加えて強大なステイタスを持っていたという。

 これらの襲撃によって部隊は壊滅、武器を含めた物資もほとんどやられてしまい、地上に撤退せざるを得なくなった、ということだった。

 

「なるほどな・・・それで、そいつらの対処はアイズが?」

「あぁ。私たちの中であのモンスターに対抗できたのは、“デスぺレート”を持っていたアイズだけだからな」

 

 アイズとはロキ・ファミリアの幹部の1人であるLv.5の少女のことで、彼女が扱う武器“デスぺレート”はロキ・ファミリアが持つ武器の中で唯一の『不壊属性(デュランダル)』であるため、必然的に極彩色のモンスターを相手取ることになった。

 とはいえ、あくまで壊れないというだけなので、相当に消耗してしまったようだが。

 

「となると、対処自体はできたってことか。だったら、魔石は?」

「それが・・・」

 

 モンスターは倒せたというのなら、その魔石も手に入るはず。

 そう思って尋ねたのだが、返ってきた言葉は予想を超えるものだった。

 

「実はのう、魔石は極彩色のモンスターが自分の腐植液で溶かしてしまったんじゃ」

「はぁ??」

 

 ガレスの言葉に、ギルは面食らってしまう。

 それだけ、あり得ないことだった。

 

「モンスターが自分の魔石を自分で溶かすだって?そんなことがあるのか?」

「事実だ。でも、ティオネが無茶をしたおかげで、いくつか魔石が手に入った」

 

 そう言って、フィンはポケットから件の魔石を取り出した。

 通常の魔石は形や大きさに差はあれど、色は決まって薄紫色なのだが、その魔石は薄紫色の結晶の中央に極彩色の何かが存在していた。

 

「これが、その?」

「そうだ。これに心当たりは?」

「ない」

「なんや、即答やんか。当てが外れたなぁ」

 

 今まで見たことのない魔石にギルは食い気味に否定し、ロキはがっかりしたように背もたれにもたれかかった。

 

「俺だって、そんなモンスターは聞いたことないし、こんな魔石も見たことない。だが、いくつか推測を立てることができる」

「聞かせてくれないか?」

「あぁ。まず1つ。そいつらはおそらくダンジョンの最下層付近のモンスターだ」

「根拠は・・・聞くまでもないかな?」

「あぁ。俺が見覚えがないんだから、生息域に関してはそれくらいしか言いようがない」

 

 およそ1000年はオラリオにいたギルだが、ダンジョンをすべて踏破しているわけではない。

 本人にそこまでの興味がなかったというのもそうだが、基本的にギルはゼウスとヘラのファミリアと共にダンジョンで行動を共にすることがほとんどだった。

 だから、ギルもそこまでの情報しか持っていない。

 逆に言えば、極彩色のモンスターはギルたちが知らないエリアに生息しているということが予想できる。

 

「次に、これは憶測でしかないが、そいつらはモンスターとは微妙に違う。おそらく、何かしらの意思、あるいは知恵を持った存在から生み出された触手のようなものだ」

「なっ!あれがただの尖兵だということか!?」

「いや・・・でも、たしかにその可能性はある」

 

 モンスターとは基本的にダンジョンから生み出されるものだが、基本的な理念は自然の動物に近い。本能を基準として行動することがほとんどだ。極彩色のモンスターのように、死んでからの証拠隠滅を計るようなことはしない。

 であれば、何か意思を持った存在から生み出されたという方がしっくりくる。

 それはそれで、このようなモンスターを生み出す本体はどれほどの力を持っているのかということを考えたら、頭が痛くなる話だが。

 

「最後だが・・・フィン。手に取って見てもいいか?」

「構わないよ」

 

 フィンから承諾を得てから、ギルは極彩色の魔石を手に取ってまじまじと観察し始めた。

 

「ふーむ・・・うん、間違いないか」

「ギル、何かわかったんか?」

「あぁ。やっぱり、これは普通の魔石じゃないな」

「そんなん、見りゃあわかるわ」

「見た目の話じゃない。そうだな、魔石に異質な何かが混じっている、とでも言うべきか。水と油のように、本来は混じり合わないもの同士が混ざり合ったようなものだ」

「それはつまり、どういうことだい?」

「例のモンスターはおそらく、普通のモンスターに“何か”が融合した物だ。その“何か”がなんなのかはわからんが、真っ当なものじゃないのは確かだな」

 

 ギルの言葉に、執務室はしぃんと沈黙に包まれる。

 いったい、ダンジョンで今何が起こっているというのか。

 その答えを知る者は、ここにはいない。

 

「それで、ここでこういう話をしたってことは、俺にも調査をしてもらいたいってことか?」

「あぁ。頼めるかい?」

「今回は事が事だ。引き受けよう」

 

 ギルは基本的に傲慢だが、それでも1000年もの間過ごしてきたオラリオを彼なりに愛している。今回の件は下手をすればオラリオそのものにも危害が及びかねないかもしれないという直感からも、ギルが引き受けない理由はなかった。

 

「さて、さっそくなんだが、少しの間これを預かってもいいか?」

「具体的には、どんなもんや?」

「今日の間だけでいい。あまり期待はできないが、これから心当たりがあるかもしれない神に会いに行く」

「それは・・・」

 

 ギルの口ぶりから、フィンたちはギルが誰に会いに行くのかわかった。

 

「あぁ。ちょっくらウラノスのところに行ってくる」

 

 

* * *

 

 

 神・ウラノス。ギルドの主神であり、オラリオの創設初期から存在した大神だ。

 ギルとウラノスは、その当時からの知り合いであるため、本来であればウラノスに会えるのは同じ神であっても稀なのだが、その中でもギルは自由にウラノスの下に行ける数少ない存在だった。

 もちろん、ノンアポだとウラノスもいい顔をしないためギルも控えているが、今回はそれどころではない。

 周りに人がいないか注意しながら、ギルは迷路のような地下通路を迷わずに進んでく。

 しばらく歩いていると、大きな広間に出た。

 そして、その奥には身長が2mはあろう男の老神が座っていた。

 その老神こそが、ウラノスだ。

 

「いきなりですまないな、ウラノス」

「気にするな、とは言わん。だが、お主がこうして現れたということは、相応の理由があるのだろう?」

 

 おそらくは他の神にも出せないだろう、重い威厳のこもった声音で、ウラノスはギルに先を促した。

 

「そうだな。なら、単刀直入に言おう。ロキ・ファミリアの件について知っているか?」

「報告は受けている。あくまで、何があったか、というだけだが」

「そうか。だったら、俺からは推測を交えた捕捉を話そう。物も持ってきている」

 

 そう言って、ギルは懐から極彩色の魔石を取り出し、自身の仮説を語った。

 最初は静かに頷きながら聞いていたウラノスだが、次第にその表情は悩まし気に歪んでいった。

 

「・・・以上が、俺の方でたてた推測だ」

「・・・そうか。確証は?」

「ない。こればっかりは、これからの遭遇に期待するしかない・・・まぁ、特徴が特徴だけに、被害が出るのは避けられないだろうが」

 

 あくまで不意打ちの初見殺しだったとはいえ、あのロキ・ファミリアの遠征部隊を半壊状態にさせて撤退にまで追い込んだのだ。そんじょそこらの冒険者ではどう考えても歯が立たない。

 さらに言えば、この情報をうかつに広めるというわけにもいかない。相手の戦力がどれほどのものかわからない以上、下手に情報を広めて混乱させるのは得策ではないだろう。

 

「そういうことだから、今のところは俺とロキ・ファミリアでできるだけ情報を集めるつもりだ。ウラノスの方でも対処を頼む」

「わかった。そういうことなら、私の方でも調査をしよう」

 

 ギルの提案にウラノスも快くうなずき、今後の方針がある程度決まった。

 

「ところでギル。お主も捜査をするということは、ダンジョンに潜るということか?」

「・・・いや、それはまだ様子見だな。ひとまず、地上の方で情報を集めてみる。期待はできないだろうが、ダンジョンの方はフィンたちに任せる」

「そうか・・・体には気を付けるのだぞ」

「わかってる」

 

 厳格なウラノスにしては珍しい、たしかな労りが籠った声に、ギルは心配するなと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、広間から去っていった。




今回もちょっと簡単な感じで、あくまで繋ぎみたいな感じにしました。
最近はちょっと疲れ気味なので、多少はね?


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宴に時と場合は関係ない

「ギル!夜は打ち上げやるから、絶対に来るんや!」

 

 翌朝、朝食を食べ終わると、ロキがそんなことを言ってきた。

 

「・・・極彩色のモンスターの件があった翌日にそれか」

「イヤか?」

「参加させてもらうとも」

 

 遠慮なく酒を飲めると言うのなら、こんな時であっても喜んで参加するらしい。

 いや、こんな時だからこそ、かもしれないが。

 正体不明のモンスターのことで鬱屈するよりは、酒宴でマイナスな気持ちを吹き飛ばしてしまうのも悪くはないだろう。

 

「それで、ギルはこれからどうするん?」

「調べるにしても、当てがまったくないからな~。とりあえず、しばらくは大図書館に行って片っ端から情報を漁ってくる。どうせ、今日は館に誰もいないし」

 

 今日は、途中で中断してしまったとはいえ遠征が終わった直後のため、様々な事後処理がある。

 ギルドへの報告に、消耗した物資の補給、調達したアイテムの売却などなど。

 そのため、今日は団員総出でそれらをこなすことになるため、館にはほとんど人がいなくなる。

 

「それで、打ち上げはいつものところか」

「せや」

「わかった。それじゃあ、行ってくる」

 

 それだけ言って、ギルはバベルに存在する大図書館へと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

「あ"~、肩凝った・・・」

「なんや、えらい疲れとんなぁ」

 

 それから数時間経ち、日も暮れてきた頃。

 打ち上げを行う店に向かう道中で、ギルが珍しく死にそうな声をあげていた。

 

「結局、何もわからなかったん?」

「ぶっちゃけ、俺としても何かを期待してたわけじゃないんだが、徒労もいいところだった」

 

 今日ギルが調べたのは、強化種のモンスターに関する書物だった。

 強化種と言うのは他のモンスターの魔石を取り込むことでさらにパワーアップした個体のことであり、中には冒険者のように異名を与えられた強化種もいる。

 極彩色のモンスターがモンスターと何かを掛け合わせて生まれたのではないかという推測に基づいて片っ端から調べたのだが、結論から言えばまったくの無駄骨だった。

 そもそも、強化種の魔石も見た目は普通の魔石と大差はないため、ヒントらしいヒントがあるわけでもなかったのだ。

 

「あるいは、モンスターでなんか研究したマッドな野郎の論文なりなんなりがあればとも思ったが、そもそもそんなやばいやつが公共の図書館にあるわけもないし。あるとすれば、おとぎ話とかそんなもんだが、そっち関連は読んでないし」

「あ~、ギルはおとぎ話の類は好きやないもんな~」

 

 実際、ギルは1000年生きた実在の英雄、というより冒険者なので、昔のことがおとぎ話として描かれているのだが、ギルはこれを気に入っていない。

 というのも、やたらと美談化されていたり書かれていることが曖昧な部分が多いのだ。

 神以外に1000年を生きる人物などかなり希少であるため当たり前と言えば当たり前なのだが、いくつかねじ曲がった情報が存在するのだ。

 そういうこともあって、ギルは基本的におとぎ話の類は嫌いだった。

 

「とはいえ、今回ばかりは好き嫌いは言ってられないな~。明日からは捜索範囲を広げてみるか」

「おっ、珍しい。ギルが嫌なことを自分からやるなんてなぁ」

「他にいい案もないしな。というか、ロキだって少しはやってくれよ」

「はいはい、わかっとるわかっとる」

 

 とても重要な話をしているように見えないノリで歩き続け、ギルたちは主に一般人が集まっている西地区にたどり着いた。

 ここにはファミリアに加入していない無所属の労働者が多く集まっており、大規模な住宅街が形成されている。

 そのため、西地区のメインストリート沿いには多くの酒場や宿屋が連なっており、冒険者も食事や宴会のために訪れることも多い。

 ロキ・ファミリアが予約をとったのは、その中で最も大きな酒場である“豊穣の女主人”という酒場だ。

 その酒場は料理もさることながら、従業員が全員女性であるということもあって人気が高く、多少値段は張るもののそれでも連日賑わっている人気の店だ。ロキも酒が美味いのとウェイトレスの制服姿が琴線に触れてたいそう気に入っており、他の団員もそのことに気付いている。

 ちなみに、見目麗しい女性が集まっていると評判の“豊穣の女主人”の実態はそんな優しいものではないと一度でも通ったことのある者は全員知っているのだが、ここでは割愛する。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

 店にたどり着くと、ロキは店の主人の名前を呼び、ウェイトレスの案内に従って席についた。

 店の中はすでに満員で、ロキが予約したスペースのみ空いている。また、人数に合わせるためにカフェテラスも解放されており、各々の場所に座っていく。

 その中で、ギルは比較的目立たない場所に座った。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

 そして、ロキが音頭をとり、一斉に乾杯しながら宴が始まった。

 その中で、周りから一歩下がったところで酒を飲むギルに厨房の方から恰幅のあるドワーフの女性が近づいてきた。

 

「なんだい、結局あんたも来たのかい」

「それ、客に対して言う台詞じゃないだろう、ミア」

 

 彼女こそが“豊穣の女主人”の店主のミア・グランドだった。

 実は知っている人物こそかなり少ないものの、フレイヤ・ファミリアの元団長であり、その縁でギルとも顔見知りだった。今は団長の座から退き、ファミリアを半脱退して店の切り盛りをしているものの、多少だが今でもフレイヤと交流がある。

 そのため、彼女には顔を見られた際に身バレしており、主要なファミリアや神の関係以外ではほぼ唯一ギルのことを把握している人物でもある。

 

「というか、お前が厨房を空けていいのか?」

「別にあたし1人抜けたくらいで支障がでるほど、軟な鍛え方はしてないよ」

「別にそれだけじゃないんだが・・・まぁ、いいか。それで、何か話しでもあるのか?」

 

 彼女が雑談のためだけにわざわざ来るはずがないと、ギルはさっそく要件を問いただした。

 

「大した話じゃないよ。あんた、この前あの主神と会っただろう。いったい、何を話したんだい?」

 

 ミアの問い掛けに、ギルは大した話ではないとあっさり答えた。

 

「べつに。ちょっとした不可侵の取り決めをしたくらいだ」

「なんだい、そりゃあ」

「俺とフレイヤが気にかけている冒険者に関して、お互いに不要な手出しはしない。それだけだ」

「へ~、あの主神はともかく、あんたがねぇ。珍しいこともあったもんだ」

 

 ミアの不躾な言葉に、ギルはわずかに苦笑を浮かべるだけだった。

 この女傑は、かなりの肝っ玉母ちゃんなところがあり、主神であるフレイヤやギルに対しても対等な態度を崩そうとしなかった。

 フレイヤはむしろそんなミアを気に入っていた節もあって許しており、ギルも対等な話し相手は希少なこともあって特に気にすることもなかった。

 余談だが、現在でこそ女傑という言葉が似あうものの、現役時代では「可憐で美しい、美の女神にふさわしい眷属」という評判が流れていたのだが、今ではすっかり老けてしまっており(あくまでおばさんの範疇だが)、ギルは内心で時の流れの残酷さを思い知った。同時に、歳をとらない自分がそんなことを考えるのはいろいろな意味で冒涜なのだろう、とも思ったが。

 

「フレイヤにも同じことを言われたんだが・・・そこまで珍しいか?」

「少なくとも、あたしの知る限りじゃ興味を持つことはあっても気にかけることはなかったね」

「それもそうか」

 

 たしかに、ギルも今までの人生の中で誰かを気にかけたことなど、片手で数えるほどしかない。

 だったら珍しいと言われるのも当然のことだろう。

 

「それじゃ、あたしが聞きたかったのはそれだけだからね。仕事に戻るとするよ」

「おう」

 

 それだけ言って、ミアは厨房へと戻っていった。

 

「ギル~!」

 

 そこに、入れ違うようにしてロキがやってきた。

 すでに顔を赤くして酔っ払っていたが。

 

「なんだ。酒臭ぇぞロキ」

「いやいや、さっきミア母ちゃんと話しとったやん。なんの話をしてたん?」

 

 どうやら、ギルとミアが話しているところを見かけて興味本位で近づいて来たらしい。

 それで顔をしかめるレベルの酒臭さが近づいてきたことに少しイラっとしたギルは、ロキの顔面に拳を叩き込んで距離をとりつつ簡単に説明した。

 

「早い話、この前フレイヤのところに行って来たことを話しただけだ」

「けっ、なんや、色ボケ女神の話か。せやったらええわ」

 

 フレイヤの名前を出すと同時にロキは嫌な顔になり、さっさと元の場所へと戻っていった。

 今の反応からもわかる通り、本来ロキとフレイヤの仲はあまりよくない。ファミリアの問題というよりは、ロキがフレイヤに対して一方的にコンプレックスを抱いているだけだが。

 そんなこんなで時間は過ぎていき、だいぶ酒がまわってきたところで遠征の話が出てきた。

 とはいえ、ギルは酒を飲みに来ただけであって、別に話に花を咲かせるような気分でもない。

 なにやら上機嫌になった灰髪の狼人(ウェアウルフ)の男が何かを話していたが、ギルは右から左に聞き流していた。

 だから、その話も止めなかった。

 いや、止めることができなかった。

 

 

「ベルさん!?」

 

 

 バッと顔を上げたのは、店員の少女がよく知った名前を口にした時だった。

 そして一瞬、誰かが店から出て行ったのが見えた。

 その髪は、よく知った白色だった。

 だが、気づいたときにはもう遅く、ベル・クラネルはあっという間に店から姿を消してしまった。

 

「なぁ、ロキ。俺はあまり聞いていなかったんだが、何があったんだ?」

「あ~、それがなぁ~」

 

 元凶である狼人(ウェアウルフ)の男が縛り上げられているのを横目に、ギルはロキに何があったのか尋ねた。

 遠征から戻る途中で、ミノタウロスの群れに遭遇したこと。

 本来は中層あたりに生息しているが、不手際と偶然が重なってどんどん上層に逃げてしまったこと。

 幹部の少女であるアイズがギリギリのタイミングで駆け出しの冒険者を助けたこと。

 そして、狼人(ウェアウルフ)の男がそれを馬鹿にして笑っていたところに居合わせてしまったこと。

 それらを聞いて、ギルは大きくため息を吐いた。

 元凶となった男はベートという名で一応は幹部なのだが、格下、というよりは弱者をとことん嘲るきらいがある。

 今回は、それがもろに問題となったようだ。

 

「今回ばかりはベートが悪いんやろうけど、どうしたもんかな~。謝ろうにもどこの誰かなんてわからんし」

 

 ロキはそんなことをぼやくが、ギルは別のことを考えていた。

 そして、その足を店の出口に向ける。

 

「ギル?どったん?」

「外に出る。どのみち、打ち上げを楽しんでばかりいられるような状況でもないだろ。少し散歩してから館に戻る」

 

 そう言って、ロキからの返事も待たずにギルはさっさと店から出て行った。

 その姿を、ロキは珍しいものでも見たかのような眼差しで見送った。

 

 

* * *

 

 

 もう夜も遅くなり、もはや月も沈みそうになる頃。

 ギルはいつものように、廃教会の前の瓦礫に腰かけていた。

 しばらくそのまま待っていると、目的の少年が現れた。

 

「よう、ベル。奇遇だな」

「ギルさん・・・?」

 

 ベルはギルがそこにいたのが予想外だったのか、軽く目を見開いていた。

 

「どうしたんですか、こんな夜明けに」

「たまには月夜に訪れるのも悪くないと思ってな。それに、ベルこそどうした。子供が寝るにはもう遅いぞ」

 

 軽い調子でそんなことを言うと、ベルは顔を伏せた。

 こうは言ったが、ギルもあの場にいたから、おおかた予想はついている。

 おそらく、ぐちゃぐちゃの感情のままダンジョンに行ったのだろう。消耗の跡が見える。

 だが、それを表に出さないようにしてギルはベルに問いかけた。

 

「どうした。何かあったのか?」

「・・・ギルさん。僕、強くなりたいです」

 

 ベルの口から出てきたのは、そんな言葉だった。

 

「僕、憧れの人がいて、その人に追いつきたくて・・・でも、どうすればいいのかわからなくて・・・」

 

 こうありたいという願望と、そのための方法がわからない苦悩の間に揺れる言葉に、ギルはいつもベルに見せる優しい笑みではなく、期待以上の回答に対する不敵な笑みを浮かべた。

 まだへこんでいるようであれば、何か慰めの言葉をかけてやろうかと思っていたが、その必要はないらしい。

 だからこそ、ギルは慰めの言葉ではなく、先達者として道を示した。

 

「そうか・・・なら、俺から2つほどアドバイスをやろう。まず1つ。逃げるということは、必ずしも恥にはならない」

「え?」

 

 まるで何をしていたのかわかっているような口ぶりに、ベルは驚きの声をあげた。

 

「必ずしも壁に立ち向かうだけが強くなる秘訣じゃない。

 時には回り道をしたっていいし、下がって違う方法を見つけてもかまわない。

 だが、逃げるときは必ず道を探せ。やみくもに逃げて迷子になるんじゃない、逃げた先に自分が求めるものを探し出せ。

 そうすれば、その逃げは必ず前進に繋がる」

 

 ギルの言葉に、ベルはハッとギルを見た。

 ニヤリと笑ったギルは、さらに言葉を続ける。

 

「そして、もう1つ。ベルがどうしたいのか、それはお前が決めることだ。

 神ヘスティアに相談するのもいいし、なんだったらその憧れの人に師事してもらったっていい。そんな俺の意見を聞き入れてもいいし、無視したっていい。

 お前が自由に決めろ。周りにも、神にも想像できないようなことをやってもいい。強くなりたい意思があるんなら、お前は必ず強くなれる。

 それこそがお前の、お前だけの“冒険譚(オラトリア)”だ」

 

 そこで、ギルは立ち上がってベルに近づく。

 

「あいにく、俺の方も用事ができたから、次がまたいつになるかはわからん。だが、もしお前が望むなら、また話をしてやるよ」

 

 そう言って、ギルはポンポンとベルの頭を撫でて、その場を後にした。

 

(強くなりたい、か。まったく、さすがにお人好しがすぎるだろう)

 

 ベートが原因で諍いが起こったことは少なくない、というかむしろ多い。

 ベートの言ったことが認められないからと一悶着起こるなんて珍しい話でもないのだ。

 だが、ベルは違った。

 あれは非があったのは明らかにベートなのに、ベルはその言葉を否定せず、あまつさえ強くなりたいなどと言った。

 他人の言葉を否定せず、それでも受け止めきれるものではなくて、思わず逃げてしまって。

 あの時、ベートの言葉を否定していれば、少しは楽になれたのかもしれないのに。

 それでも、ベルはそうしなかった。

 それは、ベルが持つ優しさだ。

 そして、第一級冒険者を置き去りにした逃げ足の速さ。

 

(あぁ。本当にお前らにそっくりの息子だよ、あいつは)

 

 街灯の灯りに照らされながら、ギルはベルの両親を思い浮かべながら帰路についた。

 叶うならば、あの少年もまた英雄の道に上り詰めてほしいと、そんな望みを抱きながら。




ちらっと出したベルのご両親。
自分はアプリの方はやってないですけど、ぜひともゼウスとヘラの話、というかベルの両親の話を出してほしい。
3周年記念のあのストーリーを見たあとならなおさら。


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【英雄王】ギルガメッシュ 前編

 ベルに励ましの言葉を贈った翌朝(と言っても、すでに日付は変わって日も昇りかけていたが)、ギルは黄昏の館に戻って朝食を食べてから再び例のモンスターの件について調べ、結局この日も収獲がなかったことに肩を落としたギルだったが、返って来てからロキに夜に酒を飲まないかと誘われた。

 昨日も打ち上げをしたばかりなのだが、その時は途中で水を差されてしまったので、その飲みなおしと言われればギルも断る理由はない。どのみち、ギルが酒の席に誘われて断るのは非常に稀だが。

 そうしていつもロキと館で酒を飲むときに使う部屋に向かうと、今回は珍しい人物がいた。

 

「・・・おいおい。俺は酒の席だと聞いたんだが、なんでお前らが揃っているんだ?」

 

 部屋に入ると、そこにはロキの他にフィンとガレス、リヴェリアの姿があった。

 基本的に3人、特にリヴェリアは夜遅くまで飲むギルとロキを諫める側なので、何か言って来るのかと身構えたギルだが、フィンが苦笑しながら訳を話した。

 

「いや、僕たちは付き添いに来ただけで、用があるのはこの2人だ」

 

 そう言ったフィンの視線の先には、新たに用意されたソファにアナキティとラウルが縮こまりながら座っていた。

 ギルはこの2人の用に心当たりがなかったが、緊張しきった態度から察した。

 

「あぁ?どういう・・・まさか、話したのか?」

「2人は次期幹部候補だからね。候補といってもほとんど確定事項だし、なにより2人はギルについて僕たちに尋ねに来たから、話してもいいと判断した」

「もちろん、2人とも口は堅い方やから安心してええよ~」

 

 フィンの説明の後にロキが心配しなくてもいいと手をひらひらと揺らす。

 ギルとしては、アナキティはともかくラウルに思うところがあったが、フィンたちが話してしまったのならあれこれ考えるのは無駄だと思いなおした。

 

「それで、俺の酒の席にその2人を呼んだってことは、俺の昔話でも聞かせようってことか?」

「そうだ。アイズたちにも聞かせただろう」

「それはそうだがな・・・まぁ、いいか」

「あの~、ギルさん、じゃなくて、ギルガメッシュさんの話って団長たちと幹部の人は全員聞いてるんすか?」

 

 ギルの昔話という言葉に反応したのはラウルだったが、名前を呼びなおしたことにギルが反応した。

 

「待て。俺のことはギルのままでいい。たしかにニックネームみたいなもんだが、今の俺の偽名でもあるんだ。わざわざ呼びなおす必要はない。敬いは必要だが、ガチガチに緊張されるとこっちも肩が凝る」

「わ、わかったっす、ギルさん。それで・・・」

「俺の昔話のことだな?あぁ。酒の席で聞かせてやったよ」

 

 フィンたちにギルが昔話を聞かせたのは、ギルがロキ・ファミリアに居候してから1ヵ月ほどが経ったころだった。

 幹部たちは下部構成員と違って最初の頃からすでにギルのことを疑問に思っており、幹部の中でも特にフィンに熱を上げている1人がギルに直接問いただしてきた。

 ギルは最初こそ面倒そうにあしらったが、かなりしつこく迫ってきたためロキとフィンたちが同席している場でギルの正体を打ち明け、そのまま親睦を深めるという名目でロキが酒を引っ張り出して酒宴を始めた。

 その中で、ロキやフィンも興味を持ったことでギルの昔話をすることになったのだ。

 ちなみに、この時にギルの正体をフィンたち三首領も必要になれば話してもいいと取り決めた。

 

「意外だったのは、一番聞き入っていたのがフィンだったことだな」

「え?団長がですか?」

「ははは。本物の英雄から話を聞ける機会なんて、なかなかないからね」

「かく言うわし等も、というかロキ以外ほぼ全員が夢中になって聞いておったな」

 

 ガレスが打ち明けた話に、ラウルとアナキティは目をぱちぱちと瞬きさせた。

 ロキ・ファミリアの団員にとって、幹部以上の存在は非常に大きな意味を持つ。

 そんな彼らの子供のような側面に意外感を隠せなかった。

 

「そういうわけだから、ラウルとアキはとても運がいいと言えるね」

「だが、あまり期待はし過ぎない方がいいぞ」

「期待、ですか?」

 

 リヴェリアの言い回しにアナキティは首を傾げるが、聞けばわかると視線でギルに話を促した。

 

「ったく・・・まぁ、せっかくの昨日の打ち上げの飲みなおしだ。こいつも出そうか」

 

 そう言うと、ギルはおもむろに虚空に手を伸ばした。

 すると、ギルが手を伸ばした先の空間に波紋が生じ、ギルはその中に手を突っ込んだ。

 そして、ギルが波紋から手を引き抜くと、その手には黄金の金属瓶が握られていた。

 

「わっ!何もないところから!?」

「これが・・・」

「俺のスキルの1つ、【王ノ宝庫(ゲート・オブ・バビロン)】。これくらいは聞いたことがあるだろう」

 

 【王ノ宝庫(ゲート・オブ・バビロン)】。すべてを手に入れたギルガメッシュが手に入れたものを保管するための蔵であり、ギルガメッシュを書いたおとぎ話には大抵書かれているほど【英雄王】を象徴するスキルになっている。

 波紋の先はギルだけが自由に干渉できる異空間に繋がっており、様々なものが収納されている。

 内部でも時間は経過しているため生ものなど腐ってしまうようなものを長期間収納することはできないが、それ以外に欠点が無い非常に汎用性が高いスキルになっている。

 

「こいつは特別な酒瓶でな、魔力、というか精神力(マインド)を込めればほぼ無限に酒が出てくる代物だ。使用者に応じて味が変わったり、最悪酒が出てこない場合もあるのが難点だが、Lvが6以上なら間違いなく一級品になる。今回はさらに特別に、俺が入れてやる」

「え!?いいんすか!?」

「というか、大丈夫なんですか?今のギルさんってLv1相当って話じゃ・・・」

「いや~、前それを使ったときはロシアンルーレットみたいな毒見になったんやけどな、なんか精神力(マインド)はギルのLv縛りの影響を受けないみたいで、めっちゃ美味かったで!」

 

 当時の状況と酒の味を思い出したのか、ロキは下品に舌なめずりをしながら容器を持ってギルに突きだした。早く飲ませろということらしい。

 相変わらずなロキに、ギルは苦笑しながらも酒を注いだ。それから順番に、全員の容器に酒を注いでそれぞれに渡した。

 

「そ、それじゃあ・・・」

「い、いただきます・・・」

 

 ラウルとアナキティはかなり恐縮しながら、おそるおそる酒を口に含み、大きく目を見開いた。

 とてつもなく美味い。

 味は全体的に辛口なのだが、決してしつこくない辛味で、その後にほどよい旨味が舌を撫でる。

 一気飲みには向かないが、テーブルに置かれている東方のつまみと一緒に食べるには非常に相性のいい酒だ。

 

「ぷはぁー!やっぱ美味いわ!」

「つーかロキ、最初からこれを飲むつもりでつまみを持ってきたな?」

「ええやんええやん。うちは辛口の酒にあうつまみを持ってきただけやで」

「というか、その酒瓶自体、まさに酒飲みのための物ですよね・・・」

 

 アナキティの思わずといった呟きに、ギルは当然だと言わんばかりに頷いた。

 

「そりゃあそうだろう。そいつを作ったのは酒好きの神秘持ちだからな」

「それは、才能の無駄遣いというか、なんというか・・・」

 

 “神秘”とは非常に珍しいアビリティで、これを持つ眷属は魔道具と呼ばれる特殊な道具を作り出すことができる。

 “神秘”によって作成された魔道具は、普通は非常に高い価格で売られているか、そもそも市場に出ることすら禁制のものがほとんどで、一流の冒険者でも見ることは稀だ。

 

「いつでも酒が飲めるようにって作ったようなんだが、自分で入れると不味い酒しか出てこないからって捨てようとしてたところを、俺が貰ってやった。代金代わりに俺が酒を入れてやったら、かなり喜んでくれたな。ちなみに、そいつが作った魔道具は全部酒関連だ」

「「うわぁ・・・」」

 

 あんまりと言えばあんまりなレアアビリティの無駄遣いに、ラウルとアナキティは揃って呆れの声を漏らした。

 本来、魔道具は冒険や戦闘をサポートするものであり、決して道楽目的で作るものではない。

 世の中には様々な変人がいたものだと考えながら、ハッと今回の目的を思い出した。

 

「って、思わずお酒の話になっちゃったっす・・・」

「そういえば、俺の昔話だったな。さて、どこから話したものか・・・」

「せっかくやから、最初から話せばええやん」

「それもそうだな」

 

 フィンたちがいる手前、あまり長々としゃべらない方がいいかと思ったが、ロキにそう促されてギルも頷いた。

 

「それじゃあ、俺の生まれのことは知っているか?」

「えーと・・・」

「ウルク王国の王族、ですよね?」

 

 ギルの質問に、首をひねるラウルに代わってアナキティが答えた。

 

「そう。1000年以上前、神が下界に降臨するよりも前から存在し、神の加護がなくともモンスターと渡り合った都市国家。それがウルクだ」

 

 神が降臨する前、下界の人間は日々モンスターの脅威に怯え、現代で英雄と呼ばれている一部の者だけがモンスターの進攻を退けていた。

 その中でも、強大な城塞や過酷な練兵、優れた知略によってモンスターを撃退し続けていたのがウルク王国だった。

 ウルク王国は単騎でモンスターと渡り合える人材が複数人おり、そうでなくとも数と戦略によってモンスターを狩り続けてきた、いわば当時の世界最強で最も安全な都市でもあった。

 そのため、モンスターの脅威から逃げた人々や名を上げようと訪れた戦士たちによって繁栄を極めていた。

 だが、

 

「とはいえ、すでに滅んでいるがな。俺がウルク王国最後の生き残りというわけだ」

「そう、なんすよね・・・」

 

 自分の祖国が滅んでいるというのに、まったく態度が変わらないことにラウルが疑問を持った。

 

「俺が生まれたのは、神が降り立った半年後くらいらしい。俺が生まれる前の話だから知らんが、当時は騒ぎに騒いだらしいぞ?」

 

 神がウルクにも降臨したことで、その様相がガラッと変わった。

 神から神の恩恵(ファルナ)を授かったことで、モンスターに対抗できる人員が大幅に増えたのだ。

 その時、ウルクに降り立った神は5柱で、その中の1人がギルと血が繋がっている。

 

「俺の体に流れている神の血は主に夢解きと知恵の女神のニンスンのものだが、他の神からもいろいろと知識を植え付けられたな」

「でも、人間と神の間には子供を作ることなんてできませんよね?」

 

 アナキティの言うように、神と人間の間に子供を作ることはできない。(ちなみに、それは精霊にも同じことが言える。)

 そのため、ギルの存在はある意味矛盾の塊と言えるのだ。

 その辺りのことはおとぎ話には詳しく語られておらず「奇跡によって産まれた」としか書かれていないため、多くの読者に疑問符を植え付けた。

 だが、それが書かれていないのは相応の理由がある。

 

「たしかにその通りだ。だが、俺は別に人間と神の間に生まれた子供ではない。両親は2人とも人間だ」

「え?それって・・・」

「俺は生まれた時は人間だった。だが、俺が赤ん坊だったころに、ニンスンを筆頭に神の血(イコル)を直接輸血したのさ。その結果、生まれたのが俺だ」

 

 神々が降臨した当初、神々は下界の道を求めて様々な行動を起こしたが、その中の1つにこのようなものがあった。

 “人は神になりうるのか”。

 言ってしまえば、現人神を生み出すことはできるのかという試みで、その方法の1つが幼いうちに神の血(イコル)を大量に輸血することだった。

 つまり、ギルガメッシュの生まれはこの実験の被検体だったのだ。

 

「今となっては、その辺りのことはタブー扱いされているからな。だから、ウラノスが徹底して情報統制したのさ」

「そ、そうだったんすか・・・それで、結果は?」

「見ての通りだが?」

 

 結果から言えば、人を超えることはできたものの神に至ることはできなかった半神半人が生まれた。

 さらに、半神とは言っても振るえる力は本来の10分の1にも満たない中途半端なもので、唯一神と同じなのは全盛期から年を取ることもなく寿命によって死ぬことが無い肉体だけだった。殺して死ぬのかは、いまだにわからないが。

 

「まぁ、失敗したからといって責められることはなかったがな。神の血が流れているのは変わらないし。そこで、王は俺を旗印にしようと考えたのさ。神の血が流れた王が統べる国、ってな」

 

 それからは、そのための教育の日々だった。

 神々から様々な知識を与えられ(半分は碌でもないことだったが)、さらに10歳になるとニンスンによって神の恩恵(ファルナ)が刻まれ、戦うための鍛錬も行った。

 

「さて、ここで問題だ。俺がLv.2に上がるまでにかかった年月は、どれほどだと思う?」

「え?えっと・・・2年とか?」

「ど、どれくらいか、っすか?1年とか?」

 

 突然問いかけられて困惑しながらも、2人はこれくらいではないかと答えた。

 Lv.2に上がれない冒険者もいるとはいえ、Lv.10に至ったのならやはり早いのではないかと考えての回答だったが、

 

「2人ともハズレだ。正解は、3()0()()だ」

「えっ」

「さ、え?30?3年とかじゃなくて?」

 

 最初のレベルアップには、あまりにも遅い年月だった。

 かつてのフィンたちと同じような反応をする2人に、ギルはくつくつと笑いながらそのあたりの事情を説明した。

 

「あぁ、30年だ。ま、おおまかな理由は2つほどある。1つは、俺が凡才だったから」

「ぼ、凡才って、ギルさんが?」

「正直、想像できないんですけど・・・」

「かもな。だが事実だ。たとえ神の血をもってしても、才能までが飛躍的に上昇するわけじゃない。そうだな、例えるなら、器の中の飲み物が変わっても、器そのものは変わっていないようなものか。神の血によって力を得ても、俺と言う器そのものが変わったわけではなかった。人並みの才能しかなかったまま、俺の中に流れる神の血がここまでの高みへと押し上げたのさ」

 

 Lvが上がるということは、その分だけ器が神のものへと近づくということでもある。

 つまり、凡庸だったギルの器は、神の血によって高位のものへと変化を遂げていったのだ。

 それこそが、ギルがLv.10の頂にたどり着いた理由でもある。

 

「まぁ、これに関しては理由の1つでしかない。というか、死ぬ気で頑張ればレベルなんてすぐに上がるもんだ。問題だったのは、もう1つの理由だな」

「それで、そのもう1つの理由っていうのは?」

「簡単な話、俺の父でもある王が俺を閉じ込めたからだ」

「「え?」」

 

 突然でてきた物騒なワードに、ラウルとアナキティの目は点になった。

 

「言い方が悪かったか?閉じ込めたって言っても、別に監禁したわけじゃない。俺を城から一歩も外に出さなかったのさ。そして、これこそが俺のレベルアップが遅くなった最大の理由でもある」

 

 レベルアップとは、ただ 冒険をしていれば達成できるものではなく、大きくわけて2つの手順がある。

 1つは、基本ステータスのうち、どれか1つでもD以上に上げること。

 基本ステータスは0から999までの数値とIからSまでの等級に割り振られており、戦闘などの行動によって経験値(エクセリア)を積むことで上昇していく。ステータスには伸びしろがあり、ある数値を境に伸びが悪くなるため、ステータスの伸び幅が俗に言う才能として見られている。

 そしてもう1つが、偉業を達成すること。

 偉業というだけではあやふやだが、もっとも簡単なのは自分の限界を超える何かを為すことである。

 たとえば、Lv.1の冒険者が自分より上のレベルの冒険者を打倒した場合、それは偉業としてレベルアップに必要な上位の経験値(エクセリア)を得ることができる。

 この2つと父王の判断が、ギルの成長を阻んだ。

 

「将来、国を背負うことになる人間が、死ぬのはもちろん、傷でも負おうものなら箔が下がる。だから、怪我をさせないように、まるで女子を蝶よ花よと育てるように扱うように部下に厳命した。結果的に、それが俺の成長を阻むことになった」

「その結果が、Lv.1からLv.2に上がるのにかかった30年、ってことっすか?」

「でも、それだけ時間がかかっちゃったら、国民は失望しちゃうんじゃ・・・」

 

 強い冒険者、戦士というのは、いつどこでも重宝される。

 その中で、国を背負うとされていたギルが凡才であり、レベルアップに30年も費やしてしまっては、民は見放してしまうのではないか。

 そう思った2人に、ギルは頭を振ってその考えを否定した。

 

「いや。俺がLv.2に上がったと知らされた時、民は総出でそれを喜んだ。なんだったら、記念にと国ぐるみの大規模な祭りまで催されたぞ」

「「え?」」

 

 Lv.2に上がった記念に、国が総出で祭りを開く。

 オラリオでは絶対にありえないような出来事に、ラウルとアナキティは愕然とした。

 たしかに、ファミリアの中で初めて眷属がLv.2に上がったとなれば、ファミリアの中で祝宴をあげることはあるだろう。

 だが、ギルの場合は前提がいろいろと違い過ぎる。

 

「当時、すでに兵士たちの中にはLv.4に至った兵士すらいたというのに、そいつには目もくれずに凡才だった俺のLv.2を祝って祭りが催された。それを見た俺は、心の底から()()したよ。自分が生まれた国にな」

 

 かつて、命がけでモンスターと対峙して国を守り続けた勇姿は、もはやどこにもなく。

 神の恩恵によってモンスターの討伐が容易となったウルクでは、その志が神の降臨前と比べて非常に低くなってしまったのだ。

 

「その様子を、俺は自室で見渡していたな」

「そういえば、ギルさんの最初の発展アビリティって【千里眼】なんですよね」

 

 発展アビリティとは、基本アビリティよりも専門的な分野に特化した能力であり、Lv.2以降のランクアップの際に1つだけ獲得できる。

 ギルがLv.2にレベルアップした際に得た発展アビリティは【千里眼】。オラリオでは最も役に立たないと言われているものだ。

 【千里眼】は簡単に言えば遠くが見えるアビリティだが、閉所がほとんどのダンジョンでは遠くを見る必要はほとんど無く、もっと言えばレベルが上がるだけでも視力は上がる。

 そのため、特にオラリオではもっぱら腐りアビリティとして認知されている。

 そんな発展アビリティが発現したのは、城の中に閉じ込められていたギルの外界への興味からなのか、あるいは熱望からなのか。

 だが、ギルにとってはほとんど関係のない話になっているが。

 発展アビリティにもIからSまでの等級が存在し、ギルは【千里眼】を含めたすべての発展アビリティをSにまで極めている。

 今のギルであれば、館からダンジョンの中を見ることや、意図的にはできないが過去や未来を見ることもできる。

 

「その光景を見た俺は、このままでは自分が腐ってしまうと悟った。だから、俺は父王に俺とその他大勢による遠征の計画を申し出たが、兵士を国の外に出すこと、俺を城の外に出すことを認めなかった。その頃には、もうあるべき王としての姿はどこにもなかった」

 

 ギルの目に映っていた父王は、神によってもたらされた恩恵に酔いしれ、保身のためにしか行動しなかった。

 ほとんどの民も、ギルという神の血を引く王子の存在に、理由もなく自分たちはこれからも素晴らしい生活を送れると信じて疑わなかった。

 だからこそ、ギルはある決断をした。

 

「俺がLv.2に至った1週間後、俺は俺に同調した十数人の兵士たちと共に、深夜に王国の外に出てオラリオを目指すことにした」

 

 当時、すでにオラリオの名は世界に広まっており、ウルクと共に世界最強の都市であると噂されていた。

 さらなる高みを目指すために、ギルと他十数名は関係者の目を欺いて国の外に脱出してオラリオに向かった。

 

「忍んで出国したこともあって物資は多くはなかったが、治療師もいたし食料は現地で調達できたからなんの問題もなかった。そうして、今までとは比較にならないような鍛錬を積みながらオラリオへと向かっていったのさ」

「そうだったんすか」

「・・・あれ?でも、ウルクはどうなったんですか?」

 

 首を傾げるアナキティに、ギルは皮肉な笑みを浮かべて告げた。

 

「滅んだよ。俺たちが出国して1ヵ月ほど経ったころにな」

 

 端的な説明ながらも、2人はハッと息をのんだ。

 

「・・・どうしてですか?」

「どうして、か。言ってしまえば、俺がいなくなったからだな」

「でも、他にも優秀な兵士はいたんすよね?」

「あぁ。当時ウルクでは最高位だったLv.4の兵士は俺についたが、それでもLv.3を始めとした兵士たちは残っていた。だが、それでも滅んだ原因は、モンスターに襲われたからではない。自分たちで勝手に滅んだのさ」

 

 ウルクを出た後も、ギルは毎日【千里眼】でウルクの様子を観察していた。

 だから、何があったのかすべて把握している。

 ギルたちが秘密裏に国を出たと知れ渡ったとき、王城内部は混乱に包まれ、それは国民にも伝播した。

 国を背負って立つはずだったギルと優秀な兵士たちが消えたという事実に、父王は狂乱し、臣下たちもこれからの行く末を悲観した。

 それが国民にも伝わってしまい、国内では反乱がおきた。

 本来であれば、Lv.3の兵士2,3人だけでも対処できたのだろうが、その兵士までもが反乱に参加してしまい、国内は荒れに荒れた。

 さらに、その隙を突くかのようにモンスターの大規模な襲撃が発生してしまい、そのまま為すすべなく蹂躙され、神も全員送還、ウルクという国は滅んでしまった。

 

「まったく、笑い話にもならんよなぁ。たかだか十数人の戦士がいなくなっただけでこのざまとは」

「えっと・・・ギルさんは何も思わなかったんですか?」

「思わなかったな。そもそも、俺に限らず国を出た者たちはすでにウルクを見限っていた。俺たちが出て行った程度で滅んだのなら、それがウルクの選んだ道というだけだ」

 

 ギルの非情とも言える言葉に、2人は二の句が継げなくなってしまう。

 そこで、ロキが一応のフォローを入れた。

 

「まぁ、うちはその辺りの事情はよう知らんけどな。神の恩恵(ファルナ)を授かった眷属が調子に乗って失敗したっていう話は、けっこうあるんや。ウルクの場合、それが国全体で起こってしまった、っちゅうわけやな。例えばの話やけど、アキとラウルも、Lv.2になったときは浮かれとったやろ?」

「それは、まぁ」

「言われてみれば、そうですけど」

「今となっては恩恵を授かるのは当然になっとるけど、1000年前はそれ自体が奇跡っちゅーか、まさにレベルアップと同じような感覚やったらしいで?」

「ロキの言う通りだな。場所によっては、神の恩恵(ファルナ)を授かるだけでちょっとした英雄扱いされるところもあった。あくまで、授かるのは力じゃなくて、力を得るための土台なんだけどな」

 

 要するに、神の恩恵(ファルナ)を授かるというだけでも、今と1000年前では大きなジェネレーションギャップが存在するのだ。

 その中でも、ウルクは失敗した例の中でも特に大規模だった、というだけの話だ。

 

「ま、そういうことがあって、ウルクを出た俺たちは旅を続けて、オラリオにたどり着いた、というわけさ」




今回はギルについての説明回、その前編ですね。
スキルとか生まれはFate寄りにしつつ、あとはオリジナルにしました。
後編では、オラリオでの出来事について書く予定です。


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【英雄王】ギルガメッシュ 後編

「それで、オラリオに着いてからのことなんだが・・・まぁ、俺から話すことは少ないよな」

「オラリオでの出来事は、だいたいおとぎ話に書かれていますもんね」

 

 ウルクにいた時の出来事は、それを記す人間がいなかったため詳しいことは書かれていなかったが、オラリオでの出来事なら話は違ってくる。

 半神半人の冒険者など、作家からすれば興味の塊である。

 そのため、とある作家がわりと早い段階でギルの活躍はおとぎ話として執筆され、最初の話はギルが来て100年ほど経ってから発売されることになった。ちなみに、ギルのおとぎ話は総じて「ギルガメッシュ英雄譚」と呼ばれ、100以上の話が存在する。

 

「細かい冒険の話は後で話すとして、まずは必要なことから話すか。オラリオにたどり着いた俺たちは、ウラノスのところに赴いて諸々の事情を話してオラリオに滞在するための場所を提供してもらった。それが、ゼウスとヘラのファミリアだったのさ」

「たしか、館を借りたんですよね?」

「あぁ。人数で言えばゼウスやヘラのところよりも少なかったが、それでも十数人を泊めようとすると、それくらいしかなかったからな。そこで立ち上げたのが、いわゆる【ギルガメッシュ・ファミリア】ってやつだ」

 

 神の血を持つギルは、他の神と同じように神の恩恵(ファルナ)を更新することができる。ある神の神の恩恵(ファルナ)を他の神に変更する改宗(コンバージョン)はウルクを出た時点で済ませたが、正式にファミリアとして名乗りを上げたのはこのときが初めてだった。

 だが、この【ギルガメッシュ・ファミリア】は長続きしていない。

 というのも、

 

「ギルさんのファミリアって、最初の団員だけで新しく勧誘とかしなかったんすよね?」

「そうだな」

 

 普通のファミリアであれば人を集めて規模を大きくするのだが、ギルはウルクから共に旅立った人間のみに恩恵を施し、新たに団員を迎えたりはしなかった。

 そのため、【ギルガメッシュ・ファミリア】は結成からおよそ100年ほどで事実上解散している。

 

「なんでだったんすか?」

「大きい理由は、俺自身戦うことができたからな。頑張ってファミリアを大きくしなくても、俺自身が強くなればあまり問題にならなかった。あとは、感情的な部分もあったか。俺と共に国を捨てた配下以外に恩恵を与えるってのは、気が進まなかったのさ」

 

 国を捨てるということは、国に残る人を捨てるということになる。当然、その中には家族や恋人、親友もいる。

 それでもなお、国への失望やギルへの忠誠など理由は様々だが、彼らはギルに着いていくことを選んだ。

 結果的に国は滅んでしまったが、それでも全員が「悔いはない」と言い切った。

 だから、ギルの中で新たに団員を迎えるというのは彼らに対する裏切りのようにも思えたのだ。

 そのため、ギルは最初の十数人以外に恩恵を与えたことは一度もない。

 

「そこからは、まぁいろいろとあったな。ゼウスとヘラのファミリアと共にダンジョンの階層を更新したり、たまに開催された闘技大会に出場したり。レベルもその中で上がっていって、Lv.10になったのはオラリオに来てから500年くらい経った頃だったな。スキルや魔法を習得したのはLv.7になってからだが」

 

 恩恵を授かった冒険者には、スキルと魔法が発現することがある。

 だが、スキルに目覚めるものはあまり多くなく、魔法に関しては発現しないことの方が圧倒的に多い。魔法に関しては1つだけ裏技があるのだが、極めて希少な手段なためその方法で魔法が発現した者も非常に少ない。また、魔法にはスロットというものが存在し、基本的にスロットがない者は魔法が発現せず、最大でも3つまでと決まっている。

 Lv.7になってスキルと魔法が両方発現したというのは、かなりの遅咲きと言ってもいいのだ。

 

「それまでは、武器と身一つで頑張ったもんだ。まぁ、魔法はともかく、せっかくのスキルはこれだけだが」

 

 ギルが持つスキルは1つ。それが、【王ノ宝庫(ゲート・オブ・バビロン)】なのだ。

 

「せっかく発現したスキルが完全にサポーター向けだったのは、あの時はそこそこショックだったな。まぁ、使い方次第でどうにでもなったのが幸いだったか」

 

 余談だが、ギル自身のステイタス更新はギルが自分でやっていた。

 通常であれば、背中に恩恵を刻んだ眷属に神が自身の血で操作することで更新を行うのだが、ギルは体内の血をそのまま使ってステイタスを更新していた。

 その際には非常に集中しているのだが、周囲からは「1人相撲を極めた」などとからかわれることもあった。

 閑話休題。

 

「初めの頃は、ゼウスとヘラの協力もあってなんとかやっていけたようなものだったな。ダンジョンのモンスターは、地上のやつらとは格が違ったし」

 

 地上のモンスターとダンジョンのモンスターとでは、その間に大きな差がある。

 オラリオの冒険者とその他で大きな差が出る理由もそこにあり、ギルドで設定されているモンスターの潜在能力(ポテンシャル)が同じでもダンジョン産の方が強い場合がある。

 さらに、下は同じ程度だが、例外を除けば上になると圧倒的にダンジョンのモンスターの方が強い。

 とはいえ、そうなったのはオラリオ、というよりダンジョンの蓋であるバベルが建設されてしばらく経ってからの話だが。

 

「そういえば、ゼウスとヘラのファミリアのお世話になっていたってことは、その2つのファミリアの強くなれる秘訣とかも知っているんですよね?」

「ん?まぁ、そうだな。というか、俺も団員たちに混じって訓練、というか鍛錬を受けていたし」

「だったら、その方法とか教えてもらってもいいですか?」

 

 アナキティは女性だが、冒険者ということもあってやはり強くなりたいとは思っている。

 だから、ギル、ひいてはゼウスとヘラの強さの秘訣を知りたかった。

 それはラウルも同じなようで、期待するような目をギルに向けている。

 それを受けて、ギルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ほう?強くなりたいのか」

「当然です」

「当然っす」

「いいのか?言っておくが、フレイヤのところの“洗礼”がただの“飯事”になるレベルだぞ?」

「・・・やっぱりいいです」

「・・・遠慮しておくっす」

 

 多くのオラリオの冒険者は、フレイヤ・ファミリアの苛烈さを耳にしている。

 それが“飯事”と断言されるほどの特訓を強いられるくらいなら、もはや聞きたくもない。

 だから、フィンもその“最強の特訓方法”とやらを取り入れるつもりはなかった。ゼウスとヘラに比べれば、ロキ・ファミリアは若すぎるのだ。

 意気消沈する2人に、ギルはカラカラと笑った。

 

「はっはっは!1000年の壁を甘く見ちゃあいけねぇよ。じゃなきゃ、伊達にかつてのオラリオ最強なんて名乗ることなんてできやしねぇ」

 

 そう笑うギルだったが、アナキティが不意にあることを尋ねた。

 

「でも、それでも敵わなかったんですよね?あの“黒竜”に」

「・・・あぁ、そうだな」

 

 この世界には、『三大冒険者依頼(クエスト)』というものが存在する。

 神が降臨するよりも前に現れた、3体のモンスターの討伐を指すものであり、オラリオにはこれらを討伐する責務と資格を持っている。

 そして、そのうちの2体を討伐したのが、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア、そしてギルガメッシュなのだ。

 

「大地を殺す猛毒を持つ『陸の王者』ベヒーモス、水中では無類の強さを誇る『海の覇王』リヴァイアサン、そして、かつて最強の英雄だったアルバートですら命と引き換えに片目を潰すことしかできなかったという“隻眼の黒竜”。そのうち、ベヒーモスとリヴァイアサンを討伐することができた俺たちは、少なくない犠牲を払ったとはいえ浮かれていたのさ。『これなら黒竜にだって勝てる』って。もちろん油断していたわけではなかったが、それでもあのありさまだった」

 

 ベヒーモスとリヴァイアサンの討伐を遂げた冒険者たちは、為すすべもなく黒竜に蹂躙された。

 その中には、ゼウス・ファミリアのLv.8とヘラ・ファミリアのLv.9もいたが、それでも太刀打ちすることができなかった。

 

「ある者は踏みつぶされ、ある者は噛み砕かれ、ある者は炎に焼かれた。かつてのオラリオの最強は、まさしく地獄絵図のような様相の中で命を落としていった」

「で、でも、ギルさんも神の力(アルカナム)を使って対抗したんっすよね?」

「そこまで話していたのか・・・あぁ。たしかに俺は神の力(アルカナム)を解放して、やつに立ち向かった。それでも、鱗を削ぐことで精一杯だった」

 

 そうして、ギルもまた黒竜に返り討ちに遭い、結果的にそれをきっかけに士気が大幅に低下し、かつて最強と謳われた冒険者たちは敗走した。

 それをきっかけに、ゼウスとヘラのファミリアは大幅に衰退し、ロキとフレイヤによってオラリオを追放されることになった。

 傍から見れば無情にも見えるが、ギルはそうして正解だったという。

 

「都市最強がいなくなってしまえば、外部の人間が我先にとオラリオに介入してくるのは目に見えていた。だから、新たな都市最強を用意する必要があった。そのやり玉に挙がったのが、ロキとフレイヤだ」

「まぁ、うちもフレイヤもそんな大それたことを考えてやったわけやないけどな。うちらとしては絶好のタイミングだったくらいにしか思っとらんかったけど、ゼウスとヘラは自ら望んで追放されたんや。そうして、うちらとフレイヤのところが新しくオラリオ二大派閥として君臨することになった、っちゅーことや」

「そうだったんですか・・・」

 

 知られざる裏話に、アナキティとラウルは言葉がでなかった。

 2人がオラリオに来てロキ・ファミリアに所属したのはその後だったため、そのような事情は知らなかったのだ。

 とはいえ、このことを知っている団員は現在では少なくなっているのだが。

 そこで、沈んでしまった空気を切り替えるためにロキがギルに話題を振った。

 

「せや、そうしたらギルがその後どういう風になったのか、聞かせてやったらどうや」

「あぁ、それもそうだな。あの後、黒竜の反撃を受けて瀕死の重傷を負ったが、なんとか死なずには済んだ。どうやら、即死さえしなければ死なない程度には不死性を持っていたらしかったようでな。傷は深すぎたせいで治らなかったが、ギリギリで死ぬことだけは避けられた。とはいえ、出血も止まらなかったし意識も朦朧として途中で気を失ったんだが、そこである存在に助けられた」

「ある存在って、なんすか?」

「大精霊だ」

「だっ!?」

「大精霊!?」

 

 精霊とは、神が降臨するより前に神によって遣わされた存在で、かつて英雄たちに助力していた。神の恩恵を授からなかった英雄たちがモンスターに対抗できたのは、精霊によるサポートが大きい。

 現在では神の恩恵によってその出番は減ってしまったが、精霊そのものはいまだに存在する。

 ある精霊は森や山の中でひっそりと暮らしたり、またある精霊は俗世の中で生活している。

 また、様々な素材に加護を付与することで冒険者に貢献している精霊も存在する。

 その中でも、特に大きな力を持っているのが大精霊だ。

 

「どうやら、森の中で死にかけていたところを偶然目撃したようで、住処に介抱したらしいんだ。気づいた時には手当されて横になっていたけどな。実はそこで、輸血もされた」

「え?」

「それって、まさか・・・」

「そう、精霊の血だ」

 

 かつて昔にも、精霊の血を授かったという人物はいるが、それらはほとんどが“精霊の奇跡”というおとぎ話の類だ。

 現在になって、精霊の血を与えられた人間はほとんどおらず、先祖から受け継ぐ家系がいくつかある程度だ。

 

「神の血に加えて、大精霊の血だなんて・・・」

「ちょっと、豪華すぎないっすか?」

「そうだな。俺でもそう思う」

 

 精霊の血を引いている人間は非常に少ない。

 そもそも、俗世間の中で暮らしているものを除けば、基本的には会えるだけでもラッキーな存在であるため、ギルの運は常人と比べてもかけ離れている。

 とはいえ、何回もラッキーなことが起こると言うよりは、長い年月の中で一生に一度レベルの幸運が何回か訪れる、と言った方が正しいが。

 

「本来であれば、精霊はなんの見返りも無しに人間を助けたりしないんだが、俺の中に神の血が流れているのが幸いしたな。そのおかげで、精霊の目に留まったようだ。輸血もしてもらえたのは、本当に幸運だった」

 

 精霊はすべての存在の中で最も魔法に秀でており、精霊の血を引く者は魔法に関する技術に秀でた才能を持っていることが多い。

 黒竜との戦いで大きな代償を支払ったギルだったが、完全に得とは言えなくとも限りなく小さい損で済んだと言うべきだろう。

 あるいは、精神力(マインド)がレベル制限の縛りを受けていないのも、この辺りに理由があるのかもしれない。

 

「それからしばらくの間はその大精霊のところで養生して、その後にオラリオに戻ってここに居候することになった、というわけだ。後のことは、言うまでもないか」

 

 それからは、ロキ・ファミリアの団員たちの面倒を見つつ好き勝手に過ごす日々を送るようになった、というわけだ。

 そこで、ラウルが目に見えて下心をにじませた表情でギルに尋ねかけた。

 

「そういえば、ギルさんがお世話になった精霊って、女性なんすか?」

「そうだぞ」

 

 精霊とは神々が下界に遣わした存在だが、生み出したのもまた神々だ。

 そのため、彼ら彼女らの容姿は基本的に神の趣味に寄っている。

 つまりは、美男美女が揃ってる、というわけだ。唯一、土妖精(ノーム)だけはドワーフに近い見た目になってしまっているが。

 そうでなくとも、一つ屋根の下に男女が揃って、しかも美女が男を介抱しているシチュエーション。

 期待という名の妄想を膨らませるなという方が難しかった。

 女性陣、特にアナキティから冷たい視線を向けられているが、ラウルは気づいていない。

 

「だが、別に2人きりというわけでもなかったぞ。その大精霊のお手伝い役の精霊も何人かいたし」

「・・・」

 

 つまりはハーレムということだろうか。

 実がギルはフレイヤとも関係を持ったことがあると知ったら、果たして彼の妄想はどこまでいくのだろう。

 もはやごみを見るような視線を向けるアナキティは、それでもやはり気になるようで。

 

「それで、どのように過ごしていたんですか?」

「べつに、面白いことなんてないぞ。基本的にはベッドの上で過ごしつつ、それだけだと体がなまるから運動をしたり散歩をしたり、そんなもんだ・・・あぁ。だが、個人的に精霊の血を授かるよりもラッキーなことがあったな」

「それって、なんですか?」

 

 精霊の奇跡よりもラッキーなこと。

 果たしてどのようなものなのか気になるアナキティに、ギルはニヤリと笑った。

 

「これだ」

 

 そう言って、再び虚空に手を伸ばして波紋の中を漁った。

 波紋の中から手を取り出すと、ギルの手には鞘に納められた片手剣が握られていた。

 

「抜くなよ」

 

 そう前置きしてから、ギルはテーブルの上にその片手剣を置いた。

 

「これは?」

「精霊によって黒竜の鱗から作られた剣だ」

「「・・・・・・え??」」

 

 この人は何を言っているのだろうか。

 それが、2人が抱いた感想だった。

 

「最後の一撃を喰らわせてから反撃を受けたとき、咄嗟に破壊された黒竜の鱗の破片をくすねたんだ。さらに、他にもベヒーモスの牙とリヴァイアサンの鱗もくすねている。それで精霊に装備を作ってもらったのさ」

「「え~・・・・・・?」」

 

 さらに追加された情報に、2人の頭は情報過多でオーバーフローを起こしてしまい、頭から煙をくすぶらせた。

 だが、2人の反応は普通と言えば普通である。

 そもそも、討伐されたベヒーモスのドロップアイテムは回収されておらず、リヴァイアサンのドロップアイテムはすべてギルドに預けられており、ゼウスとヘラの団員でも手出しはできなかったはずなのだ。

 それなのに、ギルはその2つの素材に加え、あまつさえ死にかけた際にも素材をくすねたという。

 もはや驚くなと言われても、単身でダンジョンの深部に挑んだ方が簡単なまである。

 

「そんじょそこらの鍛冶師はもちろん、当時もっとも優れていた鍛冶師でも預けられるものではなかったからな。そういう意味では、精霊に預けてちょっとした特殊効果を付与してもらいつつ作ってもらったのは幸運だったな」

 

 ギルが実はかつて【英雄王】と呼ばれていたと知った時には少し距離が離れたような気がして、それでもこうして話している間に縮まったと思っていた距離は、次の瞬間には地平線の彼方まで開いてしまった。

 もはや、2人の魂はこの場になかった。

 

「ん?おーい、大丈夫かー?」

「あらら、完全に魂が抜けてもうてるわ」

「無理もない。僕たちだって、似たような感じになったからね」

 

 フィンが当時のことを思い出しながら苦笑いを浮かべつつ、2人がようやく意識を取り戻してからは、普通に冒険譚を聞かせることでどうにか元通りに戻ったのだった。




今回は、けっこう独自解釈とかいれてます。
最近、ダンまちの新巻が出るペースがものすごい遅くなってしまいましたからね。知りたいことがなかなかしれないという・・・。
まぁ、アプリの方のオリジナルストーリーとか、アニメの打ち合わせとかいろいろあるんでしょうから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんね。

*ダンまちメモリアフレーゼのグランド・デイのストーリーを見て、少しニュアンスを変えました。
いや、すっかりドロップアイテムとかモンスターが死んだときのこととか抜け落ちていたので。
「死んだら灰になるんじゃ?」って思う方もいるかと思いますが、“【王ノ宝庫】が異空間に存在することから、偶然モンスターの死亡の影響を受けずに残った”ってことにしておいてください。


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怪物祭(モンスターフィリア)

 ギルが自身の身の上話をしてから数日。

 ギルはまったく実りのない日を送っていた。

 図書館を巡っては片っ端から本を読み漁り、欠片も手掛かりを得ることができない日々に、ギルはそろそろストレスが溜まっていた。

 ちなみに、その間にロキは神だけが招かれる宴でフレイヤにちょっかいをかけようとしたところ、逆にやり込められてしまい、それが気に入らなくてヤケ酒を決めていた。

 ギルもそれにあやかる形でほどほどに酒を飲んで気を紛らわせていたが、そろそろ進展が欲しいところだった。

 だが、これ以上同じことをしても進展は得られないだろうと、なんとなく理解していた。

 だから、今日は気分転換をすることにした。

 

「へ~、どこもかしこも賑わってるな」

 

 この日、いつものように散歩をするギルだが、いつもと違う点がある。

 それは、普段はない様々な出店が立ち並んでいるということだ。

 そのため、人通りもいつもと比べて多い。

 

怪物祭(モンスターフィリア)。考えてみれば、こうしてまともに見るのは初めてかもしれんな」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)

 それは、ギルドが主催しているイベントだ。

 簡単に言えば、ダンジョンのモンスターを地上に運んで、、あるいは都市の外からモンスターを連れてきて、闘技場の中でそのモンスターを倒さずに調教(テイム)する様子を見世物にするというものだ。

 モンスターを調教(テイム)するのは、勢力的にはロキやフレイヤのファミリアに劣るものの、団員の規模はオラリオの中でもトップクラスであるガネーシャ・ファミリアが行っている。

 というより、このイベントはガネーシャ・ファミリアがギルドに全面的に協力することで成り立っている。

 周囲からは、モンスターを地上に運ぶのは本末転倒ではないかと危惧する者や、中には市民に媚を売るための見え透いた政策だと言う者もいる。

 当然、このようなイベントを行う理由はある。

 それは、市民と冒険者の緩衝材だ。

 たびたび問題を起こして荒くれた無法者と思われがちな冒険者のイメージを払拭するために、あえて血を流して討伐するのではなく、派手なパフォーマンスをしながら手懐けているのだ。

 ・・・あくまでそれは()()()()()()であり、ギルは()()()()を知っているのだが。

 

(ま、それをここで考えるのは野暮ってもんか)

 

 今は気分転換に、思う存分祭りを楽しもう。

 思考を入れ替えて、ギルはあっちへこっちへとフラフラしながら出店を回っていく。

 ちなみに、ロキから情報収集の手間代として駄賃をもらっている。

 祭りを楽しもうとするギルが珍しかったから、というのもあるかもしれないが。

 そんな風に気ままに祭りを楽しみながらぶらぶらと出店を回るギルだが、そこで知っている人物を見かけた。

 

「よう。奇遇だな、ベル。それに神ヘスティアも」

「あ!ギルさん!」

「おや?ギル君じゃないか!」

 

 2人・・・1人と一柱もギルの声に気づいたようで、駆け足で近づいてくるベルを後ろからヘスティアが追いかけてきた。

 

「ギルさんも、怪物祭(モンスターフィリア)を楽しみに来たんですか?」

「俺もってことは、そっちもか」

「はい!」

「正しくは、ボクとベル君のデートだけどね!」

 

 そう言って、ヘスティアは自身の腕をベルの腕に絡ませて体を密着させた。

 「君にベル君は渡さないよ!!」という無言のメッセージがひしひしと伝わってくる。

 

「そうか、デートか。なら、俺が横から入るのは野暮ってもんか」

「ぎ、ギルさん!?ぼ、僕と神様は、そんな・・・」

「そうだよ!それじゃあ、ボクとベル君はこれから楽しんでくるから!」

 

 そう言って、ヘスティアは「では、アデュー!」とベルの手を掴み、足早にどこかへと向かっていった。

 

「・・・べつに、俺は横取りするつもりなんてないんだけどな。()()()と違って」

 

 そう呟いたギルは、チラリととある飲食店の窓を除いた。

 そこには、紺色のローブの端から銀髪をのぞかせる女神の姿があった。

 

(ん?なんだ、ロキとアイズもいるのか)

 

 【千里眼】で覗いてみると、そこには知った顔もあった。

 一瞬なぜと思ったが、おそらくファミリア関連で面倒を起こすなと釘を刺しにきたのだろうと察した。

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは、よく言えば永遠のライバル、悪く言えば犬猿の仲という関係だ。

 些細な出来事でもちょっとした抗争が起こる分、過激ではあるが。

 厳密に言えば、互いに蹴落とそうとしている間柄、という方が正しいか。

 とはいえ、ギルはそれを疎ましく思っているわけではない。

 むしろ、研鑽のためには必要なことだと考えている。

 だが、今日は祭りの日だ。こんな時にまで派閥間抗争をしなくてもいいだろう。

 ロキがフレイヤに釘を刺すのも当然と言えば当然だ。

 ただ、

 

(なんか、ベルに変なちょっかいでも出すつもりじゃないだろうな)

 

 フレイヤの視線がベルに向けられていたことに、ギルは気づいていた。

 そして、ベル関連で何かを企んでいるということも。

 まさか、ギルとフレイヤの間で交わした暗黙の取り決めを破るつもりではないだろうが、それでもあまりいい気分はしない。

 

(敵対しないに越したことはないが、さて、どうなることやら)

 

 ひとまず、今はまだ様子見の段階だとして、ギルはフレイヤを視界から外した。

 せっかくの祭りを楽しみたいのは、ギルも同じなのだ。

 

 

* * *

 

 

 それからしばらくぶらついた後、ギルは怪物祭(モンスターフィリア)の醍醐味でもあるモンスター調教(テイム)のパフォーマンスを観客席で見ていた。

 

 

「へぇ~。モンスター自体はそこまで強くないが、この大観衆の中で、それもパフォーマンスも交えながら調教(テイム)を一発で成功させるのか」

 

 当然の話ではあるが、たとえ弱い個体であってもモンスターを調教(テイム)して成功する確率は決して高くない。

 一発で成功させるだけでも賞賛ものの調教(テイム)を、観衆向けに演技を交えながら成功させるのはギルをしてでも舌を巻くほどの技だった。

 ただ、

 

(あの変な仮面はどう意味でつけているのだろうか)

 

 モンスターを調教(テイム)する冒険者もそうだが、裏で準備をしているメンバーのほとんどが象をかたどった仮面をつけている。

 一応、主神のガネーシャと同じデザインなので、たとえ名が知れていなくても一目でガネーシャ・ファミリアの団員であることがわかるのだが、仮面のデザインは良く言えば奇抜で、身もふたもない言い方をすれば、けっこうダサい。

 少なくとも、ギルはまったく身に着ける気になれなかった。

 そもそもを言えば、ガネーシャ本神(ほんにん)が変わり者の多い神の中でもかなりキャラが濃い方であり、だからこそファミリアもその特色が現れているのだが。

 

(団員がどういう気持ちで着けているのかは知らんが、同情するな)

 

 幸か不幸か、ガネーシャ・ファミリアはオラリオの治安維持を担っているため、その人気は非常に高い。

 数だけであればロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアを上回るのも、そのためだ。

 

「・・・ん?」

 

 ちょうど虎のモンスターを調教(テイム)して退場した時、ギルはふと違和感を覚えた。

 

(なんだか、やけに騒がしいな・・・)

 

 闘技場の中が、ではなく、闘技場の外が。

 そして、入れ替わりに大型の竜のモンスターが入場してきたことに疑問を覚えた。

 

(あれだけの目玉を、この中途半端なタイミングで出すだと?)

 

 そこで、予感が確信に変わったギルは、【千里眼】で闘技場の外の様子を確かめた。

 

「ちっ、どういうことだ」

 

 ギルの視界では、モンスターが暴れまわっているところが見えた。

 闘技場の外が騒がしいのも、それによる混乱の悲鳴だ。

 だが、よく見るとモンスターは暴れてこそいるものの、人は一切襲っておらず、一心不乱に何かを探している様子だった。

 そこで、ふとベルと会ったときに見たフレイヤを思い出した。

 まさかと思い、視界を闘技場の裏手にまわしてみると、

 

「・・・やっぱりか」

 

 そこには、予想通りフレイヤの姿があった。

 おそらく、警備員を“魅了”して侵入し、モンスターも同じく“魅了”して外に放ったのだろう。

 種族に関係なく魅了するフレイヤの“美”にギルは内心でさすがだと思いつつ、面倒ごとを引き起こしてくれたと舌打ちした。

 幸い、闘技場の観衆は気づいていないようで、闘技場内ではまだ混乱は起きていない。

 それに、ガネーシャ・ファミリアや一部の冒険者がすでに対応に回っているため、混乱はまだ一部に収まっている。

 それよりも、

 

(フレイヤの目的からして、おそらくモンスターの狙いはベルだ)

 

 フレイヤは、ベルが英雄の道を登ることを望んでいる。

 モンスターを解き放ったのも、そのためだろう。

 ベルは未だにLv.1の新米冒険者の少年だ。そんじょそこらの雑魚なら問題ないだろうが、もし格上のモンスターと遭遇してしまったら。

 

「さて、どうする・・・いや、考えるまでもないか」

 

 ここで、ギルはベルを()()()()ことにした。

 格上と言っても、今回のパフォーマンスのために連れてきたモンスターはほとんどがLv.2相当。その中でも、問題なく地上に連れてこれるような弱めの個体。

 であれば、ベルが一方的にやられるようなことはないはずだ。

 フレイヤが望むのはベルの昇華。ベルの死を望んでいるわけではないだろう。

 他の冒険者の助けも得られれば、

 

(おそらく、ベルでも十分対処が可能なはずだ)

 

 それに、ギルもベルが英雄の道を登ることを望んでいる。

 だから、今回のフレイヤの行動には目をつむることにした。

 とはいえ、このまま放置というわけにもいかない。

 外の鎮圧のために、ギルは誰にも気づかれないまま闘技場の外へと向かった。

 

 

 

 

 街に出てみると、やはり周辺は騒ぎになっていた。

 人的被害はほとんどないものの、物的被害はかなり出ている。

 

「これは、ギルドもガネーシャ・ファミリアも大目玉を喰らいそうだな」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の懸念がそのまま現実になってしまったのだから、しばらくは批難の嵐だろう。

 そんなことを考えながら、ギルは【千里眼】で危険そうな場所を探す。

 だが、

 

「ありゃ、もう片が付きそうだな」

 

 どうやら、ロキと一緒に出掛けていたアイズがその場に居合わせていたようで、もうすでに半分以上のモンスターが倒されていた。

 この様子なら、手を出さなくとも大丈夫そうだ。

 そう判断し、どうせならベルの様子でも見ようかと【千里眼】を別の場所に飛ばそうとしたところで、

 

「あ?」

 

 何やら、地面が揺れた。

 地震かと思ったが、それにしてはぐらりという揺れは不自然だ。

 それこそ、地下で何かが移動しているような、そんな感じだった。

 まさかと思いつつも、ギルは【千里眼】を地下に向ける。

 そして、

 

「・・・へぇ」

 

 その正体を視たギルは、口元に獰猛な笑みを浮かべ、その正体が向かっている方向へと走っていった。




今回は簡単めに。
というか、「二人の魔王」が完結して燃焼気味っていうのもありますが。
多分、もうしばらくは「二人の魔王」シリーズを優先することになりそう。

それはそうと、次回はようやくまともな戦闘シーンに入ります。
とうとうギルの戦いが読めますよ。やったぜ。


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【英雄王】の力

 脱走したモンスターたちが暴れているところとはまた別の場所では、想定外のことが起きていた。

 騒ぎになっているところから離れたところに、新種のモンスターが現れたのだ。

 全身が淡い緑黄色の皮膚組織で包まれた、顔のない蛇のような見た目のモンスターだ。

 ちょうどその場に居合わせていたロキ・ファミリアの幹部であるアマゾネス姉妹のティオねとティオナ、エルフの魔導士のレフィーヤが対処にあたるが、新種の表面は非常に耐衝撃性が高く、Lv.5のティオネとティオナの拳でも粉砕はおろか貫通することすらできなかった。

 ならばと、レフィーヤが魔法を撃ち込もうとしたが、『魔力』に反応したらしき新種が突如狙いをレフィーヤに変え、レフィーヤは地面から伸びてきた触手に腹部を貫かれた。

 その直後、顔と思っていた部分が花のように開いた。否、まさしく花そのものだった。

 その花弁の色は、毒々しい極彩色。

 中央には口のように鋭い歯が並び、レフィーヤを捕食するために近づいていく。

 ティオネとティオナもどうにかして近づこうとするが、新種の体から派生して生み出される触手に阻まれる。

 致命傷とも言える傷を受けたレフィーヤは、逃げる力すら湧いてこない。

 絶体絶命の中、涙を流しながら、レフィーヤは脳裏に憧れである金髪の少女を思い浮かべ、

 

ズガアアァァァン!!

『アアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 次の瞬間、轟音と悲鳴をまき散らしながら、新種の頭が横に吹き飛んだ。

 何が起こったのか、必死に理解しようとレフィーヤはどうにかして視線を上に向ける。

 

「よう、まだ生きているな?」

 

 そこにいたのは、右手に簡素な片手剣を持った黒髪の青年、ギルだった。

 

 

* * *

 

 

「ちょっと!なんであんたが来てんのよ!」

「え!?ギル~!?」

 

 予想だにしなかった援軍に、ティオネとティオナは驚愕の声をあげる。

 

「ギル、さん?どうして、ここに?」

 

 そこに、一拍遅れてアイズがギルの後ろに降り立った。

 考えていることは、ティオネとティオナと同じようだった。

 これに対し、ギルは軽く肩をすくめて答えた。

 

「いや、なに。向こうの騒ぎを収めようかと思ったんだが、こっちの方が楽しそうだったからな。来てみた」

 

 理由と言うにはあまりにも軽すぎる言い方に、ティオネとティオナ絶句し、アイズも呆然とする。

 それに構わず、ギルは視線を下に向ける。

 

「そら、呆けている時間はないぞ。おかわりがきた」

 

 直後、地面から3体の花型が、ギルを取り囲むように現れた。

 アイズは咄嗟に斬りかかろうとし、

 

「やめておけ」

 

 ギルがそれを止めた。

 なぜ。

 そう問おうとしたアイズだったが、ビキッという音が響き、視線を手に持っているレイピアに向けた。

 アイズが整備に出したデスぺレートの代わりに持っているレイピアには、盛大にヒビが入っていた。

 レイピアが、アイズの力に耐え切れずに壊れかけているのだ。

 

「そんな鈍らを持ったところで、大した戦力にはならんだろ。ここは俺がやる」

「でも・・・」

 

 今のギルはLv.1相当。

 とてもではないが、Lv.5でも苦戦するモンスターを相手に戦えるとは思えない。

 だから、自分も加勢する。

 そう言おうとしたが、

 

「下がれ」

 

 その一言で、アイズは反論する言葉を失った。

 威圧されたのではない。

 無条件で大丈夫なのだと納得してしまったからだ。

 それだけの自信と気迫が、ギルから感じられた。

 

「こいつらは引き受けてやるが、後ろの民衆が邪魔だ。レフィーヤも連れてさっさとこの場から離れろ」

「・・・わかり、ました。でも、後ろからできるだけ、援護します」

 

 さすがに、この場を放置することはできない。

 だからこそ、これがアイズの最大の譲歩だった。

 ギルも、特に気分を害するでもなく頷く。

 

「それくらいで構わん。わかったらさっさと行け」

「うん。ティオネ、ティオナ!」

「わかったわよ!」

「はいはーい!」

 

 ティオネとティオナも、ギルの指示に従って民衆の方に行く。

 また、ギルの声が聞こえたわけではないのだろうが、先ほどまで恐慌状態に陥っていた民衆は幾分冷静さを取り戻し、ギルド職員やガネーシャ・ファミリアの団員の指示に従って避難を始めた。

 あるいは、この場に残ることは許されないというギルの無言の威圧を感じ取ったのか、誰一人として後ろを振り向くことはなかった。

 それを【千里眼】で確認したギルは、遠巻きに周囲から様子をうかがう花型に意識を向ける。

 

「さて、フィンたちが言ってた芋虫とは違うが、同類には違いないな」

 

 その証拠に、新種の口腔の中ではフィンが見せたものと同じ魔石が輝いていた。

 おそらく、親は芋虫型を生み出した存在と同じだろう。

 そして、先ほど様子を見た限り、魔力に反応していたのはギルの中で間違いなかった。

 

(モンスターを襲っていたことといい、連中の狙いは魔石か、魔力を帯びたものか?)

 

 今の段階では、まだはっきりとはわからない。

 とはいえ、このまま放置するのは当然、捕獲して実験するというのも現実的ではない。

 だから、ギルは目の前の存在を()()することにした。

 

「リハビリも兼ねて、遊んでやるとするか。【第三位階・解放】」

 

 次の瞬間、ギルの身体から黄金の燐光が飛び散った。

 それが合図となり、新種のモンスターが一斉にギルに襲い掛かった。

 対するギルがとった行動は、そのうちの1体に自ら突っ込むことだった。

 グングンと加速し、花型と衝突する直前、ギルは花弁の隙間を縫うように横に滑り込み、その体に剣を当てる。

 すると、花型は何か大きな力を受けたかのようにグイッ!と進路を変え、もう1体の花型へと噛みついた。

 さらに、ギルは身をひるがえしてもう1体の花型に近づく。

 同士討ちをさせられた花型は怒り狂ったようにギルを捕食しようとし、だが同じように剣を這わせたギルが軌道を曲げて同士討ちを引き起こす。

 花型の身体からは張り付くギルを嫌うように触手や突起が飛び出るが、ギルはすべてわかっているかのように側面を蹴って回避し、決して花型から離れない。

 花型に肉薄しながら体に剣を這わせ、同士討ちを引き起こす。その繰り返し。

 決して派手ではないが、わかる人物が見ればギルが披露している神業に度肝を抜かれるのは間違いないだろう。

 事実、アイズたちは遠目でその様子を見ていたが、どのようにすればあのような結果になるのか、皆目見当がつかなかった。

 動きは目で追えているはずなのに、何をしているのかわからない。

 ステイタスやレベルの差をまったく苦にしない、超絶技巧。

 ギルが1000年もの間培ってきた技は、まさしく神の領域に達していた。

 だが、3人はそれとは別の疑問を覚えた。

 

「ねぇ、ギルの動き、なんだか速くなってない?」

「そう、ね。私にもそう見えるわ」

「たぶん・・・Lv.3くらい?」

 

 今のギルの身体能力は、Lv.1相当なのではないか。

 知っている情報と目の前の現実の違いに疑問符を浮かべるが、これの答えはすぐに出た。

 つまり、()()()()()()()()()()()()のだと。

 おそらくは、ギルもこの戦いで己の今の限界を計ろうとしているのだろう。

 初見の相手でも余裕を見せるギルに、アイズたちは改めて頼もしさを覚える。

 だが、それに対してギルは内心で歯噛みしていた。

 

(ちっ、思った以上に硬いな)

 

 Lv.5の打撃を難なく耐えるほどの耐衝撃を持つのだから当然なのかもしれないが、花型の外皮は斬撃の耐性もなかなかに高かった。

 最初の一撃も、ギルとしてはそのまま首を斬り落としたかったところなのだが、刃が進まなかったため咄嗟に軌道をずらすように剣筋を変えたのだ。

 芋虫型にあった溶解液はないものの、外皮に刃を打ち付けるたびに刃毀れしていく。

 ギルが手にしているのは第二等級武装なのだが、あまり長持ちはしなさそうだった。

 だが、幸いなことにギルの時間稼ぎのおかげで、周囲にはアイズたち以外の人間はいなくなっていた。

 だからギルは、新たな手札を切ることにした。

 

「【財、誉、力。すべては我が手に】」

 

 ギルの口から紡がれるのは、自らの魔法を行使するための超短文詠唱。

 魔力に反応した花型が一斉に襲い掛かるが、ギルの方が一手早かった。

 

「【イラーフ・シュメル】」

 

 次の瞬間、ギルが手にしている片手剣が黄金の光に包まれた。

 光に包まれた剣を正面の花型に振るうと、花型の頭部が()()()()

 さらには、斬痕が5mにわたって地面に刻まれる。

 だが、その一撃で片手剣の刃は粉々に砕けてしまった。

 【イラーフ・シュメル】。

 その効果は、武器を超強化する付与魔法(エンチャント)

 特筆すべきはその強化幅で、並の武器はもちろん、第一等級武装ですら不壊属性(デュランダル)でない限りたったの一撃で壊れてしまう。

 いわば、即席の魔剣を作り出す魔法なのだ。

 そして、この魔法は一度に複数の武器に付与することができる。

 

「お前たちとの戦いはなかなか面白いが、俺は無駄に長引かせる趣味はない。ここで終わらせるとしよう」

 

 波紋から出てきた、片手剣や槍、斧などおよそ20の武器、そのすべてに【イラーフ・シュメル】が施されていた。

 そして、波紋から容赦なく武器が射出される。

 着弾した瞬間、武器が砕けながら小規模な衝撃波を生み出し、残りの花型の全身を穿ち、抉っていく。

 この一斉攻撃で、すべての花型が沈黙した。

 

「こんなもんか・・・ぐッ」

 

 戦いが終わり、再びレベル制限をかけると、ギルは胸を抑えて片膝をついた。

 器に負荷をかけた反動だ。

 

(Lv.3程度なら大丈夫かと思っていたが、見込みが甘かったか・・・だが、収穫はあったな)

 

 今のところ、短時間であればレベル制限を解除しても問題ないことが判明し、制限解除や負荷の度合いも感覚を掴んだ。

 おそらく、次からはさらに負荷を減らして制限解除することもできるだろう。

 

(今までは大人しく養生することばかり考えていたが、次からは適度に運動を取り入れてみようか。それに、【英雄王】たる者が冒険しないというのもおかしな話だ)

 

 ウラノスからは体に気を付けるようにと言われているが、新種の捜査も兼ねてダンジョンに潜ってみるか。

 そんなことを考えながら、ギルは視線を花型に移し、あることに気付いた。

 

「・・・やべ。魔石ごと破壊しちまった」

 

 自分で思っていたよりも余裕がなかったのか、花型を倒すことしか考えずに魔石を砕いてしまった。

 状況が状況だからギルドからはあれこれ言わないだろうが、フィンたちからは小言の一つくらい言われそうだ。

 だが、

 

「まぁ、いいか」

 

 ギルは気にしないことにした。

 フィンたちの遠征から日が経ってないにも関わらず、こうして現れた。

 ということは、おそらく向こうにも動き出すほどの何かがあるはずだ。

 

(ひとまず、当面の目標は連中・・・連中?黒幕?なんにせよ、背後にいる存在を確認することからだな)

 

 おそらく、この花型も芋虫型同様、本体の触手に近い存在のはずだ。

 あるいは、こちらから何かしらアクションをすることで釣れるかもしれない。

 

(これは、久しぶりに忙しくなりそうだ)

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、ギルは三大クエスト攻略以来の困難への挑戦に胸を躍らせた。




詠唱はすでに決まっていたんですが、魔法の名前を考えるのにちょっと苦労しました。
「イラーフ」はアラビア語における「神(多神教のもの)」で、詠唱と合わせて「シュメールの神々にすべてを与えられた」というニュアンスにしてみました。
あっ、なんか自分で解説したら恥ずかしくなってきた・・・。


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つかの間の休息

「そうか、さらに新種が・・・」

「そういうことだ」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)で事件が起こったのその日の夜。

 ギルはウラノスに事件のあらましを報告しに行っていた。

 ギルの報告に、ウラノスは大きく息を吐く。

 

「最低でも4体、都市の地下から謎のモンスターが現れるか・・・」

「ついでに言えば、例の芋虫型とか半人半蟲のモンスターと何かしらの関係性があるのもほぼ間違いない」

 

 花型のモンスター・・・食人花とでも言うべきモンスターの口部に存在した、極彩色の魔石。ギルが砕いてしまったため実物はないが、同一の存在から生み出されたということは想像に難くない。

 新種が出てきたというのもそうだが、さらに重要な問題点が存在する。

 

「連中の出所が同じだとして、いったいどうやってダンジョンからやってきたのか。これが一番の問題だな」

 

 ダンジョンから生まれているはずのモンスターが、ダンジョンの外に現れた。

 現状、これがもっとも頭が痛くなる問題だった。

 

「ギルはどう考える?」

「今のところ考えられるのは、主に2つ。1つは、ダンジョンの壁を破って地中を掘ってきた。だが、それなら怪物祭(モンスターフィリア)の前日にそれらしき揺れがあるはずだが、それらしきものがないから違うか。もう1つは、実は外から連れてきたモンスターだった。暗部組織なら、都市の内外を結ぶ秘密の地下通路があってもおかしくない。だが、外部のレベルであの強さのモンスターを手懐けれるとも思えない」

 

 自分で出した推測を自ら否定していき、ギルは思わず頭を抱えた。

 それほどに、今回の事件は面倒だった。

 

「それで、ウラノスの方で何かわかったことはあるか?」

「確たる情報はない。だが、いくつかの推測はある」

「聞いても?」

「うむ」

 

 ウラノスは重くうなずき、ギルに自分たちで握っている情報を話した。

 

「まず、オラリオの崩壊を目論む者たちがいる」

「・・・マジか?」

「そうだ」

 

 思わず聞き返したギルに、ウラノスは頷きを返す。

 突然の事態にギルは「まさか」と思ったが、同時に「たしかに」と納得した。

 あれほどのモンスターを都市に解き放つことができる算段を整えていることから、そのような神ないし組織があってもまったく不思議ではない。

 

「心当たりは・・・ありすぎるな。挙げればキリがない。だが、あれを操れる調教師(テイマー)がいる組織が存在するのか・・・いや、これは後回しでいいか」

 

 ギルは頭の中で情報を整理し、だが途中でやめた。

 今の段階では、判断材料が少なすぎる。少なくとも、黒幕を探すには。

 

「他には?」

「これは今、確認をとっている事柄でもあるのだが・・・」

 

 数拍おいて、ウラノスは口を開いた。

 

「モンスターを変異させる、謎の宝玉が存在する可能性がある」

「・・・そうか」

 

 ウラノスが告げた情報を聞き、ギルは先ほどよりも深く息を吐いた。

 ギルの頭の中で、極彩色の魔石のことが結びついたのだ。

 たしかにあの魔石は、モンスターの魔石と他の何かが無理やり混ざったような、そんな歪な代物だった。

 であれば、何らかの方法によって通常のモンスターを変異させていると考えれば、つじつまは合うのだ。

 問題は、そのようなものが本当に実在するのかどうか。

 

「この件に関しては、すでに極秘で依頼を出している」

「目星はついているのか?」

「30階層にそれらしき物があるのを確認した」

「ふーん?」

 

 あえて、情報源は尋ねないことにした。

 心当たりはなくもないが、この場では必要のないことだからだ。

 

「にしても、モンスターを変異させる宝珠か・・・眉唾物と言い切れないのが、またな・・・」

「もしこれが本当だとすれば、その宝珠を生み出している存在がいるということになるが・・・」

「そうだな・・・それに関しては、俺の方でも探りを入れてみよう。ちょうど、ダンジョンに潜るつもりだ」

「なに・・・?」

 

 ギルの言葉に、ウラノスはわずかに眉をひそめた。

 

「体の調子は大丈夫なのか?」

「あの襲撃でLv.3程度は解放したが、多少反動はあっても大きな問題はなかった。あれで解放のコツは掴んだし、これからはリハビリってところだな」

 

 決定事項だと言わんばかりの声音に、ウラノスはやれやれと首を横に振った。

 

「・・・私が言ってもやめないのだろうな」

「あぁ。だが心配するな。ほどほどにしておくさ。ほどほどにな」

「そうか・・・」

 

 杞憂だと笑い飛ばすギルに、ウラノスは深くため息をついた。

 その言葉が信用できないものだから、付き合いの長いウラノスはどうしても心配になってしまうのだが。

 まるで親にも見える姿は、ウラノスを知る者が見れば自らの正気を疑ってしまうだろう。

 

「それで、何か当てはあるのか?」

「ない。というか、その辺りはロキたちがやることになりそうだ」

 

 ファミリアに損害を与えたということもあって、少なくともロキや幹部たちは極彩色のモンスターを探ろうとしている。

 調査のためにダンジョンに潜るとしても、できるだけ深い階層が望ましい。

 そのため、極彩色のモンスターの調査は実質的にロキやフィンたちの領分になりそうだった。

 

「とはいえ、情報はできるだけ多い方がいい。しばらくは18階層を拠点にしてみるのも悪くはなさそうだ・・・金はかかるだろうが」

 

 全盛期なら不自由はしなかっただろうが、今の状態ともなると話は別だ。

 18階層に存在する冒険者の街“ローグタウン”では販売されているすべての物が法外に高く、売る側も盛大に買い手の足下を見てくる。

 拠点にするにしても、あまり長い間は滞在したくないところだ。

 

「とりあえず、できるだけサンプルは確保したいところだな。向こうが何を狙って行動しているのか、それくらいは探ってみよう」

「わかった・・・何度も言うが、あまり無茶をするでないぞ」

「わかってるわかってる」

 

 あくまで軽い調子を崩さないギルは、ひらひらと手を振りながらその場を去っていった。

 

 

* * *

 

 

「そういうわけだから、今後は俺もダンジョンに潜ろうと考えている」

「なるほどなぁ」

 

 翌日、朝食の際にギルはロキに昨夜のことと今後の予定を話した。

 とはいえ、昨夜のことで話したのはウラノスの方でも調査に動いているということくらいであり、黒幕の目的や宝玉についてのことは話さなかった。

 この場にはロキしかいないとはいえ、情報の漏洩と混乱はできるだけ避けたい。

 そのため、細かい内容は一切話さなかった。

 

「・・・念のために聞きたいんやけど、ウラノスが怪しいって線は・・・」

「ない」

「せやろな」

 

 ギルが即座に断定する理由は、ウラノスに対する信頼というだけではない。

 ロキと比べて、地上での交流期間はギルの方が長い。いや、天界でもロキとウラノスに接点はほとんどなかったこともあって、下手をすれば天界にいた分を含めてもギルとウラノスの交流はロキより長い。

 そのため、直感的なものも合わせて何か隠し事をしていてもすぐにバレる程度には信頼関係を築いているのだ。

 

「それにしても、黒幕なぁ。いったい、どこの馬鹿があんなけったいなモンスターを操っとるんや」

「さぁな。すぐに思い浮かぶのは“闇派閥(イヴィルス)”だが、さすがに連中だけであれを御せるとも思えん」

「つまり、黒幕を操っとる黒幕がおる、ってことか?」

「考えるだけ無駄だがな」

 

 そもそも、実際にそのような存在がいるにしても、まだ最初の黒幕すらわかっていないのだ。いくら根拠のない陰謀論を唱えたところで、正解にたどり着けるはずがない。

 

「とりあえず、当面の目標はあれを操っている存在と接触、あわよくば捕らえて情報を吐かせたいところだな」

「できるん?」

「こればっかりは、行き当たりばったりとしか言いようがないな。そもそも、本当にあれの調教師(テイマー)が存在するなら、怪物祭(モンスターフィリア)の時にそれっぽい目撃情報があってもいいだろうが・・・」

「それがあらへん以上、捕縛できる可能性は高くない、いや、むしろ低いって言ってもええな」

 

 さらに言えば、仮に捕らえることができたとしても、口封じの手段くらいは用意してあるだろう。

 それを考えれば、手段としては“やらないよりはマシ”という程度のものだ。

 

「そういうわけだから、ダンジョン方面は俺やフィンたちがやるとして、都市でのガサ入れはそっちに任せた」

「せやな。うちだけ何もしないわけにはいかへんし、探りは入れといたる。そんで、ギルはさっそく行くんか?」

「いや、明日からにする。昨日の戦闘で少しばかり消耗したからな。1人で行く以上、万全を期していきたい」

「わかったわ」

 

 こうして、ギルは2柱の神との話し合いを元に今後の予定を決めていった。




今回は間話的な感じで短めです。
最近、頭痛がひどくてひどくて・・・。
熱中症対策はわりとがっつりしてるつもりなんですけど、もしかしたらまだ足りないのか・・・。


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