ファイナルファンタジー14 異譚 獅子の子タジムニウス  (オラニエ公ジャン・バルジャン)
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1話 獅子心王の末裔

ファイナルファンタジー14のマイキャラ設定が拗らせ過ぎてもうストーリーにしちゃえと作った咽せ返る程の俺のマイキャラカッコいい愛してる(ナルシスト)小説です。以下注意事項‼︎
1 漆黒現行バージョンのネタバレを含みます。
2 漆黒現行バージョンまでやってる人じゃ無いとストーリーがわからないと思います。
3 FF14とwarhammerの世界観をパクっ…絶妙な間隔と尊敬を込めてミックスした限りなくエオルゼアに近い何かです。
4 公式とは、何の関わりもありませんが、もっと色んな人にエオルゼアを知って欲しいのとこんな設定が作れるぐらいエオルゼアの世界は広くて素晴らしいのだみんなに知って貰いたい為に作ったリスペクト作品である事をご理解頂けると嬉しいです。


アラミゴ解放から25年前、第七霊災から20年前、一つの超大国が歴史の表舞台から消えた。

アルトドルフ帝国…このエオルゼア小大陸より北東に位置するライクランド帝国と南東に位置するブレトニア王国という二つの国が合わさって出来た連合帝国である。

当時ガレマール帝国と世界を二分していたとすら言われているこの大国は時を遡る事第二霊災直後から存在している歴史ある国である。この二つの国を説明しなければこの物語は始まらない。

 

先ずライクランド帝国から話を進めよう。

 

ライクランド帝国は始祖シグマーによって作られたヒューラン種族最大にして最強の国家である。この地にて鍛冶屋を営んでいたシグマーは天から戦鎚ガール・マラッツを授かり、その地にて悲惨な状況にあったヒューランを救い、国を起こした。ガール・マラッツは凄まじい力を持った戦鎚であり一度血に打ち付ければ大地が割れたという。

シグマーは建国後、ガール・マラッツによって打たれ、鍛え上げられた鉄を使い12本の剣を作り上げ、後にルーン・ファング十二公爵の剣と言われる、それら12本を最も信頼する戦士と魔法使いに与え、それらを選帝公爵(帝国内に存在する12の公爵領の主人であり、皇帝として選ばれる権利を持つ存在)に任命したのだ。

そしてガール・マラッツを二代目の皇帝に手渡すとシグマーは何処へと消えた。

 

以後ライクランド帝国はヒューラン至上主義を掲げ、蛮族や、ララフェル、エレゼン、ルガディン、アウラ、ミコッテ、ヴィエラなどで構成される部族や国家と戦争を繰り返し領土を奪い、滅亡させていった。

第三次霊災を巧みな政治手腕と軍略の才で乗り切ったマグナス帝治世下に至るまで多くの非ヒューラン種族そして非シグマー教(始祖シグマーは治世時より神格化されており、彼の行方不明後正式の国教となった)信者のヒューランを弾圧、蹂躙したが、慈悲帝マグナスにより多種族共生共栄宣言が唱えられ以降は様々な種族がいざこざを起こしながらも、共に栄え合い、遂には大帝国の地位を掴んだのだ。

ライクランド帝国の文化の特徴(ブレトニア王国もそうだが)は魔法と化学がそれぞれ完全に分離されて発展しているという点にある。

 

ガレアン人が魔法が使えない代わりに青磷水を使い魔科学を使用しているのに対し、この土地の人間は科学は科学、魔法は魔法で発展させていったのだ。

ライクランド帝国の主戦力を担うのは高度な冶金技術によって作られた銃弾や魔法すらも跳ね返す強靭な鎧を纏った軍勢や強力な火薬による銃や大砲、そして蒸気機関で動く戦車と天馬やグリフォンであった。特に魔法部門は戦争系を主に発展させていくのが基本であったという。

エオルゼア小大陸や東方の魔導士のように、一対一で魔法の弾丸や刃を打ち出す事も出来るがこの土地の魔道士は数十人から数百人を殺傷する大規模魔法を重点に発展していった為、この土地で魔道士になれる人間は少ない。

 

鉄と火薬を持って…それがライクランド帝国のモットーである。

臣従、友誼を結ぶものには金貨と鉄を、仇なすものには火薬と戦鎚を…。

 

ブレトニア王国は第三霊災から80年程後に誕生した国だ…。ライクランド帝国は南方の平原地帯への移民を計画し実行したが、この緑の美しい平原は多くの蛮族や、非ヒューラン種族の部族が犇いており、むしろ荒廃していたとすら言われていた。ライクランド人の移民団は戦いに明け暮れた、やがて本土の関心も薄れ、支援も打ち切られる。多くの蛮族や種族が付け狙い不安定な合従軍となって移民団に襲い掛かろうとしていた。

ライクランド人の騎士と兵達は玉砕を覚悟し、その家族や移民してきた民も凌辱される位ならと自決の覚悟を決めていた。

そんな中、この移民団をまとめ上げることになった騎士の1人が泉で朋友達と休んでいた。

騎士の名はジン・バストンネ。(エオルゼア風に訛るとジル・ル・バストンヌという名になる)

すると泉から霧を割って一人の美しい女性が水面を歩いて現れた。

ジンはそれが人ならざる者であり、何かを感じ取ったのか、彼は思わず剣を両手で持ち、その美女の前に跪き、そしてこう叫んだ。

『どうか、我が剣と我が軍旗を祝福して下さい‼さすれば私は貴女のために剣を︎振います‼︎』

 

その美女は言われた通りにジンとその一団を祝福し、金色の杯に泉の水を淹れるとそれをジンに差し出した。

ジンはそれを呑むと凄まじい力が彼の身に宿り、何者にも屈しない勇気が湧いてきたという。

そして彼の朋友の騎士達、他の騎士達、そして兵達全員がそれを回し飲みするともはや彼らに死の文字は消えていた。

ジルは馬に跨り、ランスを構え叫んだ。

『泉の聖女の為に‼︎諸悪に決して屈せぬ‼︎‼︎』

騎士達の一度の突撃で諸種族の合従軍は総崩れになった。

そこを兵達が恐れをものともせず突撃してきた為合従軍は立て直せず夥しい死者を出したという。

戦力差五倍以上の劣勢を覆したジンはジン・ブレトニアと名を変え、この地にブレトニア王国を建国する。

長い戦乱の為本国ライクランド帝国どころか他国とは文化的差が生じてしまったブレトニア王国は一件劣っている文化、軍事技術を持った国となってしまったがそれを補って余りある騎士達の勇猛さ、民の不屈の精神で、それを少しづつ埋め、独自の文化を築くに至る。

やがてそういった努力はブレトニアの大地を美しく肥えさせ、ライクランド帝国を始めとした諸国家の侵略を跳ね返す名誉と伝統に寄って栄える騎士の国として大成する。

そんなライクランド帝国とブレトニア王国はある時、一つの国、現在のアルトドルフ帝国として新生させた二人の王と皇帝がいた。

ライクランドはシグマーを除けばそれに勝る者なしと謳われた大帝カール・フランツ。

ブレトニアは獅子心王と謳われ古今東西最強の聖杯騎士(ブレトニアで聖女の加護が施された聖杯に入った水を飲む栄誉に恵まれた比類なき騎士の事)とも名高いルーエン・レオンクール王である。

両者は時には激しく戦いあい、時には共闘した両国が再び一つになれば如何なる敵にも立ち向かえると考えるようになる。

そして両者の子を婚姻させ、ライクランド帝都アルトドルフの名を採ってアルトドルフ家を創設以後アルトドルフ帝国として二国は栄えた。

そしてそこから幾つかの霊災と星暦を乗り越えた帝国は遂に不倶戴天の敵と出会う。

 

ガレマール帝国である。

北方にて大勢力と発展していたガレマール帝国とアルトドルフ帝国は領土問題で武力衝突を何度も何度も繰り返し、一進一退を繰り返していた。

だが遂にアラミゴ解放から二十五年前、運命の二つの大戦が起こってしまう。

一つはライクランド帝国領ノルドランド沖空中会戦である。

アルトドルフ空中艦隊とガレマール帝国空中艦隊との総力戦である。結果は地の利と天候、そして人の和を得たアルトドルフ帝国が、ブレトニア王国が誇るペガサス・ピポグリフ空中騎士団の活躍もあって勝利するが、この時主戦力を担っていたブレトニア軍に大きな損害が出てしまう。

会戦の結果を良しとしないガレマール帝国皇帝ソルは大将軍ヴァリスを総大将とした30万前後の大軍をライクランド帝国最北端キスレヴ公爵領に向けて出撃させる。

対するアルトドルフ帝国も時の皇帝ジギスムント6世はガール・マラッツを佩き、自身を含むルーン・ファング十二公爵を招集し自らを総大将とする軍20万とブレトニア国王にしてアルトドルフ帝国主席元帥フィリップ9世を副将にし、ブレトニア王国軍10万のこちらも合計30万の軍勢を持ってキスレヴ公爵領内にて待ち構える姿勢を取った。

 

後にいうキスレヴの会戦である。

 

会戦は二週間続き一進一退の戦局であったが遠路を遠征してきたガレマール帝国軍は疲労と敵軍に対する恐怖が蔓延しており、次第に不利になりつつあった。

しかし突如ルーンファング十二公爵のうち八名が離反、ライクランド帝国軍20万のうち13万弱が寝返り、事実上全軍の半数を失った帝国軍は為す術も無く壊滅し、ジキスムント帝は敵中に吶喊、壮絶な戦死を遂げる。

残った四人のルーンファング十二公爵も離反、フィリップは残存した軍勢の大半に降伏する様に命令し、自身は僅かな供回りのみを連れ、皇帝の後を追うようにこれもまた敵中に吶喊、夥しい死者を出し行方を暗ます。

王を失ったブレトニアは王家レオンクール公爵家、ブレトニア聖杯教(ブレトニアの国教)の総大主教座を兼ねるカルカソンヌ公爵家の二代公爵家を始めとした、他の公爵領や、伯爵、男爵領はガレマール帝国侵攻前に降伏を通達、戦火に焼かれる事なく虜囚の身となる。

以後帝都ガレマレドに近い事からライクランド帝国領全土はその科学、冶金技術を買われ、ガレマール帝国軍の兵器と自分達ではなくガレアン人が使う為にライクランド帝国の武器を作る大軍事工場と化し、ブレトニア王国領はその美しい肥沃な大地を買われ、評判良い事でも知られた農産物や、海産物、家畜の肉などを帝国に供給する大牧場となってしまい、ライクランドではシグマー教が、ブレトニアでは聖杯教はガレマール帝国軍よって激しく弾圧され、以降長らく帝国の一部として扱われる事になる。

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ドマ人の歴史学者

『以上が西南の国、アルトドルフ帝国の歴史だ。私達のドマよりも遥かに大きな国であったはずの彼らが滅ぼされてしまうほどガレマール帝国は強かったという事だね。私達がこうして国を取り戻せたのはある意味奇跡だよ。』

 

中年の痩せたドマ人の学者はそう言いながら書物を閉じると子供達のリーダー格であろう少年が立ち上がって叫んだ。

 

ヨウザン

『でもそんな帝国を何度も負かしたスゲーにいちゃんを俺たちは知ってんだぜ‼︎タジムンティスって言う冒険者が居るんだ!』

 

コハル

『タジムンティスお兄ちゃんどうしてるかな?』

 

子供達の阿鼻叫喚に学者も同調する。

 

ドマ人の歴史学者

『ああ、彼は本当に凄かった。もし彼がこの二つの国で産まれていたらきっとカール・フランツや、ルーエン・レオンクールに並ぶ英雄になっていただろうね。さぁドマ冒険者小隊の諸君、この調子で課題を片付けようか?』

 

タジムンティス・フェデリウス、皆からはタジムと呼ばれる、エオルゼアの冒険者にして英雄、超える力を持つ光の戦士として名高いこの青年は、エオルゼアよりガレマール第十四軍団を消し去り、人と龍の千年戦争を終わらせ、アラミゴを解放し、そして昨今第一世界を救い、第八霊災を未然に防いだ比類なき英雄である。

しかし彼には裏の顔があった。

それは時が来るまで決して明かしてはならないと死の間際母が最期に言い残した事だった。

そんな彼は今、広い緑色の草原に立っている。

アジムステップに来ているのか?

確かにこの広い草原に見覚えはある、しかしそれと違うのは遠くに白い巨大な城が建っているのが見える。

超える力が見せる過去視だろうか?いや、明らかにそれとは違った。

美しく平坦な平原に咲く草花、どこか懐かしいこの光景には彼には朧げに覚えがあった。

すると何処かから勇壮かつまた懐かしさを覚えるラッパの音が聞こえてきた。

そしてそれは近づいてくる、無数の馬の蹄の音と共に。

すると振り返った瞬間、大きく立派な軍馬に跨った煌びやかでとても良質な鎧に身を包んだ騎士達がタジムを避けながら駆け抜けていった。

タジムが騎士たちの向かっていった先を見ると白く美しい巨大な城があった。

そして同時に背後からまた気配がするので振り返ったするとどうだ。

さっきの騎士達と似たような格好をしているが明らかに高位のものであろう素晴らしい鎧をつけた騎士が軍馬に跨りタジムの背後にいるではないか。

兜を被っているがどんな目をしているかも分からない、正しく鎧のみが跨っているような状態だ。

そしてその鎧と言った方がいいのか、騎士と言った方がいいのか、既にそれは抜き身の剣を持っていた。

銀で作られた素晴らしい剣は金色の光を帯びていた。

そしてそれは剣を高々と振り上げ、なんとタジムに振り下ろしてきたのだ。

しかしタジムは大剣を抜く事も出来なければ身動きも取ることが出来ない。

剣はタジムに完全に振り下ろされた‼︎

 

タジム

『ハッ⁉︎⁉︎』

 

タジムは自身が夢の中に居たことを悟った。次に見た光景は何度も見た『石の家』の中だったからだ。

しかしタジムは明らかな異常を感じていた。

余りにも現実味が強い夢であったし、今、彼の額は凄い量の汗が噴き出ていた。

そして身体は震え、夢の中で草木を踏んだ感触、馬の嘶き声、騎士達の息遣い、そして夢の最後に現れた騎士の剣が振り下ろされた時の殺気と恐怖、それは紛れもない

 

タジム

『本物だった…。勤めを果たせと言うのか…そう仰っているのか…。』

 

『大丈夫、随分うなされていたようだけれど?』

 

タジムが横を向くと、褐色の肌に銀髪のミコッテ族の女性が立っていた。

 

ヤ・シュトラ・ルル

 

エオルゼア内の救国結社である暁の血盟に属するシャーレアンの賢人の一員である。

タジムとはエオルゼアでの冒険者としての活躍を始めて以降からの長い付き合いである。

 

タジム

『やぁ、シュトラ。みんなの姿が見えないがどこかに出たのかい?それとも帝国軍が大挙として攻めてきたか?』

 

ヤ・シュトラ

『戦いが大好きの貴方には残念だけど、みんな街の人が用意してくれた宴に出てるわよ。何処かで私達が倒れた事が漏れててそれの復活祝いと、水晶公…いえ、グ・ラハ・ティアの暁入りで丁度ここに居た子達と聖コイナク財団の人達と混ざってすぐ外でお祭り騒ぎしてるのに人気者の貴方がいつまで経っても出てこないから私が見にきたのよ。』

 

タジム

『戦いが好きってなんか棘があるな…。この前のお母さんって言ったのがそんなに根に持ってるのかい?』

 

するとヤ・シュトラはにっこりと笑いながら杖を構えて魔法を詠唱し出した。

 

ヤ・シュトラ

『あら、貴方その汗といい顔色といい具合が悪そうね、見てあげるからじっとなさい。』

 

タジムは余計青い顔になって本気で謝罪して許して貰ったが、それでもやはり具合が悪いと判断されたのでジッとする羽目にはなった。

 

タジム

『魔女マトーヤ。私は何か悪い病気にでも罹ったんですか。こっちに戻ってからミートパイとホワイトクリームスピナッチパイをドカ食いしましたけどお腹壊さず元気にしてましたよ。だからせめて縄を解いてください。僕こんなプレイしません。寧ろそうなら踏んで下さモガッ…!』

 

タジムはヤ・シュトラにアップルパイを口に突っ込まれて栓をされてしまった。

 

ヤ・シュトラ

『はいはいおませ坊やはこれでも頬張って我慢なさい。……そぉね、体調もエーテルも問題無さそうだけど…でも変ねエーテルが強くなってる。特に身体の内側から強くなっていってるわ。でも大罪食いを倒した時のような物ではないわね。何かしら、とても強い力を感じる。』

 

するとノックをする音が聞こえたので、ヤ・シュトラがどうぞと返答するとララフェル族の女性が入ってきた。

 

タタル・タル

 

暁の血盟の敏腕…経理?裁縫士?造船設計者?兎に角戦闘以外は多才の暁の血盟の縁の下の力持ちである。

 

タタル

『失礼しまっす、タジムさんにお客様です。』

 

ヤ・シュトラ

『どなたかしら?今診断中だから後にして頂きたいのだけれど?』

 

タタル

『タジムさんのお父さんを名乗る人がおいでになっています。カムイ・タナトスさんと名乗っていまっした。』

 

タジム

『父上が…。わかった。だけど外で会うからモードゥナの城壁で待ってて欲しいと伝えて下さい、レディ・タタル。』

 

タタル

『レ、レディ⁉︎あっ…ハイでっす。』

 

タタルは顔を真っ赤にしながら出ていった。ヤ・シュトラは呆れた顔でタジムを見た。

 

ヤ・シュトラ

『呆れた。貴方どこで女の子を揶揄い方を覚えてきたのかしら?それでリーンを揶揄っていたのなら貴方、サンクレッドに殺されてるわよ。』

 

タジム

『ヤ・シュトラみたいな良い女性になってくれって言っただけさ。』

 

そう言いながら剣とマントを着けると、タジムはヤ・シュトラを抱擁した。彼女は驚いて仄かに頬を赤らめていた。

 

ヤ・シュトラ

『ちょっと、何してるの?』

 

タジム

『ありがとって感謝の気持ちさ。ちょっと行ってくるよ〜』

 

かつて過去の世界での旧友であり、別世界で対決した宿敵がしていた様に手をヒラヒラしながらタジムは出ていき、余り人目につかない様にモードゥナの城壁に登った。

 

モードゥナの城壁には侍風の出立ちをした初老のヒューランの男性が立っていた。

 

?

『お待ちしておりましたぞ。』

 

タジム

『養父上が此方にいらっしゃるとは珍しい。だが、何かあった事は間違いない。』

 

親子の対面かと思いきや、タジムの顔は真剣なものになり、侍は跪き、頭を垂れた。

 

タジム

『報告せよ、カムイ卿。本名を明かして迄私に会いに来たからにはそれなりの事態と捉えるが如何に。』

 

カムイ卿

『はっ、先ずエオルゼア各地に出現した建造物はご覧になりましたな。現在この建物はエオルゼア以外には確認されておらず、あのような物を使っている勢力は皆無との事。当然我らが祖国にもあのような物は建てられておらぬとの事。』

 

タジム

『アレを建てたであろう男には会ってきた。よりにもよってあの下賤なドマ人の男の姿と声をしていたとはな。アレは私を挑発させる目的だったろうと今になって思う。続きを聞こうか、それだけではあるまい。』

 

カムイ卿

『ガレマレドの政変の影響で各地の軍団が軍閥化し、混迷を極めており、占領地支配に影響が出た為、各反乱勢力が勢いを増しております。この状況なので各諸侯が…私のも含め嘆願が殿下にございます。』

 

カムイ卿

『今こそブレトニアにお帰り下さい。臣も今が捲土重来の好機と捉えます。まだこの地にて未練がある事は承知。ですが貴方様はこの地で充分遍歴を積みました。今こそ再び金獅子の紀章を掲げ我等をお導き下さい。』

 

ブレトニア王太子タジムニウス・レオンクール殿下…!

 

タジムンティス・フェデリウスのもう一つの姿、それは亡国ブレトニア王国のたった一人の後継者であるタジムニウス・レオンクール王太子であった。

彼はアラミゴ占領の五年前、ブレトニア王国にてフィリップ9世とブレトニア十二公爵の一人ボルドロー公の家臣ジソルー伯爵の娘、ブリジットとの間に生を受ける。

彼は1歳までブレトニアで生活していたが、ガレマール帝国軍の侵略を受け、父王フィリップ9世の機転で母ブリジットと共に自決したと偽装され、カムイ・タナトス以下数名の騎士達とブレトニア王城から脱出、以後供回りの騎士達が道中にて死去、ないしは別の使命を果たす為離れていく中、母と養父となったカムイの三人とエオルゼアに逃亡し、5歳の時にブリジットはイシュガルドで亡くなり、8歳まで同地で過ごした後、以後25になって戻って来るまで各地を転々とし軍事、政治、個人の武勇を鍛え上げ、19の時点では東方の国にて一軍とは言わずとも一部隊を率いて戦場に出るなど活躍していた。

 

彼は生まれながらにして帯びていた。

ブレトニア王国を、そして同胞にして兄弟であるライクランド帝国を救い、アルトドルフ帝国の再建を果たす事である。

無論、彼の父も母もそれを望んだが強制はしていない、無論カムイ卿もそれは知っている。

だが彼は子どもの頃から見ていた不思議な光景(超える力の過去視)や修業の果て、自身のルーツを知りたくなり、そしてエオルゼアの英雄になっていく過程でイシュガルドの千年戦争や、アラミゴ解放に居合せ、そこであった人々の影響を受けたタジムは祖国を奪還しなければならないと強く思う様になった。何より犠牲を払って守ってくれた騎士達、そして父と母に報いたいと言う思いがあったのだ。

 

タジム

『ではあの夢を見たのはそろそろ終わりにしろと言う意味か…。』

 

カムイ

『はっ…?』

 

タジム

『なんでもない、戻ろう。ブレトニアに!』

 

カムイ

『では!』

 

タジム

『今日から俺は…いや私はタジムニウス・レオンクールだ。獅子心王の末裔、ブレトニアの騎士にして王になる男だ。』

 

カムイ

『ではモードゥナに居られる賢人方や、ミスト・ヴィレッジに居られるお仲間にご挨拶なさって下さい。準備一切臣が…』

 

タジム

『要らぬ。』

 

カムイ

『ああ、左様ですか。要らぬと…えぇ??よろしいのですか?』

 

タジム

『そんな気はしてたから今いる中で一番大人のお姉様に託してきたよ。それにやっぱりブレトニア人だと言ったらどんな顔するか分からないからあまり変に挨拶回りするよりこっちの方がマシさ。ただ、イシュガルドのドラゴン・ヘッドには寄らしてくれ、母上と友に別れを告げたい。』

 

カムイ

『ブリジット様と件のイシュガルド騎士ですな?畏まりました。では国境でお会いしましょう。この地に潜伏している我が軍の部隊と騎士達には招集をかけ、準備をしておきます。』

 

タジム

『ああ、だが強制はするな。彼等の意志を尊重してあげてくれ。』

 

カムイ

『勿論です。ですが殿下が起たれると知れば皆が供をするでしょう。』

 

タジム

『私は良い君主にはなり得ないかもしれないぞ?』

 

カムイ

『殿下、良き君主とは戦が強いとか政治に強いとかではありませぬ。如何に臣民に好かれているかです。そう言った君主は仁君や名君である事が常。少なくとも殿下は両者の道が開けていると臣は申し上げておきます。』

 

タジムは、フッと笑うと老侍に別れを告げるとこっそり、武器と鎧、そして消耗品の確認して、馬に跨り宴で盛り上がるモードゥナを後にした。

 

タジムの行方不明が、判明したのは早朝の事であった。

モードゥナ中を駆け回ってきたのか、エレゼンの少女が息を切らせて石の家に帰ってきたときには日が完全に上りきっていた。

 

『 アリゼー・ルヴェユール 』

『ねぇタジム見てない⁉︎』

 

勢い良く入ってきた妹に驚いたのか兄の『アルフィノ・ルヴェユール』は紅茶で咽せてしまっていたが落ち着きを取り戻すと答えた。

 

アルフィノ

『タジム?朝は見てないが、どうかしたのかい、そんなに慌てて?』

 

アリゼー

『昨日から姿が見えないのよ。タタルの話だと昨日人が会いに来てからそこから姿を見せないって話なの。ラハが街中を、ヤ・シュトラがミスト・ヴィレッジの冒険者部隊の詰所を見に行ってくれてるんだけど何処にも居ないのよ!』

 

流石にアルフィノも顔色を変えたのは言うまでもない。アルフィノも直ぐに立ち上がると暁の血盟の情報収集を担当している冒険者『リオル』に手隙の者を捜索に当てるよう依頼した後各都市国家に連絡を入れたのである。

 

英雄の失踪…先日にガレマール系文化の印象に似た建造物が『新たなアシエン』と共にエオルゼア各国に出現したばかりの珍事不安の坩堝に陥るのは必定。

 

結果その日は見つからず、元暁の賢人で現在はアラミゴ解放軍一将である『リセ・ヘクスト』が部隊を率いて例の建物を調べる為二日後王都アラミゴを出る為、それに合わせて王城で会議を行うべく翌日に再びアラミゴに出向くことになった面々はその時に改めて情報をまとめる事にした。

 

さて英雄の失踪で明らかに気を落としているのが二人ほどいた。

アリゼーとグ・ラハ・ティアである。

英雄タジムンティス・フェデリウスの後を追い掛ける若き賢人達はカラスの鳴き声をお供にモードゥナの夕陽を見ながら黄昏てしまっていた。

 

アリぜー&グ・ラハ

『はぁ………。』

 

それを見ていた他の賢人達は声を掛けにくくなっていた。

 

タタル

『なんでしょう、あそこだけ日光が差し込んでないように見えまっす。』

 

アルフィノ

『まるで飼い主に置いてかれたウルフ・パップだよ…。だいぶ見るに堪えないねあれは。』

 

?

『みんなここに居たら風邪引いちゃうわよ?』

 

そう言って歩いてきたのは黄色の装束を着たララフェル女性の暁の賢人である。

 

クルル・バルデシオン

『二人とも、明日出発前にもう一度探してみましょう?今ここで落ち込んでいても何もならないわ。何か理由があって居なくなってるのよ。』

 

二人は無言で頷くとトボトボと戻っていった。

 

クルル

『あらら…アレはだいぶ重症ね。アルフィノ君もああなっていいはずなのに』

 

と言い掛けた瞬間アルフィノの目からブバっと涙が出始めた物なのでその場にいた全員が固まってしまった。

 

クルル

『あっ…ごめんなさい、耐えてたのね。』

 

翌日アラミゴに出立前にモードゥナの街を見廻っても、アラミゴ王宮に着いて各地の情報を得ても結果タジムは見つからなかった。

各解放戦線にも参加している様子は無く、第一世界に行っている可能性も視野に入れたが行くのであれば一声掛けるだろうし、第一世界で知り合った妖精フェオ・ウルが何かしらの伝言を伝えてきそうなものだがそれも無いのだ。

 

結局リセが出立日が来てしまい賢人と各国首脳は見送る為に城門まで来ていた。

 

リセ

『じゃあみんな行ってくるね。』

 

ヤ・シュトラ

『気をつけて。』

 

ラウバーン・アルディン(アラミゴ代表会議議長兼アラミゴ軍総指揮官)

『何かあればすぐに吾輩達も駆けつけよう。』

 

リセは力強く頷くと、出発の合図を出そうとした次の瞬間、アラミゴ軍の伝令がチョコボを凄まじい速度で飛ばしてきたのだ。伝令のチョコボは城門前で転倒し、伝令は落馬して一同の目の前に転げ落ちた。リセが助け起こすが伝令は言葉が出ないのか過呼吸気味になっていた。

 

伝令

『いっ……い……。』

 

リセ

『落ち着いて話して。何があったの⁉︎』

 

伝令は深呼吸するとやっと言葉が出るようになったのか話し出した。

 

伝令

『たった今全世界レベルで電波障害が発生しました!全ての魔法通信機、魔導通信機が使用不能です!』

 

アルフィノ

『なんだって⁉︎……本当だ。石の家に連絡が取れない。どうして急に?』

 

すると今度はリオルがチョコボで駆けてきた。(尚、彼は落馬しなかった)

 

リオル

『盟主‼︎どうやらこの電波障害は帝国領内から起こってる!だが帝国軍もリンクシェルが使えないようだ。』

 

カ・ヌエ・センナ(エオルゼア都市国家の一つグリダニアの指導者)

『帝国領内から起こっているのに帝国軍もリンクシェルが使えない…?どういう事ですか?』

 

リオル

『何が起こっているのか全くわからないが、各地の解放戦線や、東方連合との通信も行えない。情報が完全に寸断されてしまった。今ガーロンド社の技術者達が復旧作業を行なっているが一つわかったことがある。正確な位置が判らないが原因は帝国領東南の地にあるそうだ。』

 

メルヴィブ(エオルゼア都市国家の一つリムサ・ロミンサの提督)

『南東の地…だがその辺りにはこれだけの事が出来る抵抗勢力は居ないはず。』

 

そう言ってると王宮に詰めていたガーロンド社の技術者が走ってきて、電波障害が急に終わった事を伝えて来た。そして今度は世界中全ての周波数で同じ内容の映像が同感覚で流されていることも併せて伝えてきた。

 

一同は大急ぎで王宮に戻ると既にガーロンド社の社長、『シド・ガーロンド』が先に来ており、魔導映像投射機と通信機の調整を行なっていてくれていた。

 

シド

『よぅ、話は聞いたから大急ぎで来たぜ。今調整も終わったからこの画面いっぱいに今流されている映像が映るはずだ。』

 

アルフィノ

『早速観てみよう。ひょっとしたら例のアシエンが何かしたのかも知れない。』

 

映像機をつけるとガレマール帝国の国章ではなく、黄金の地に真ん中に青と白で塗られ、白地に金獅子と青地に赤い鷲獅子の紋様が描かれた盾の紋章がけたましい音楽と一緒に映し出された。

それを観た者はあり得ないと驚愕の表情を浮かべ、ある者はこれが何を意味するものか全く理解できなかった。

 

ラウバーン

『アルトドルフ…』

 

ヤ・シュトラ

『帝国紀章…。でもどうして。』

 

映像が切り替わると完全装備で身を固めた騎士が壇上に立っていた。そしてその初老の男性騎士は口を開いた。

 

『これを観ている紳士淑女諸君には突然の無礼をお許し頂きたい。私はブレトニア王国家令のトロワヴィル・クーロンヌ公爵である。私はこの場を借りて全世界に対し、泉の聖女の名の下、ガレマール帝国に対し独立戦争を挑むものである。それと同時に、現在我が友邦ライクランド帝国、ひいてはアルトドルフ帝国皇帝を僭称し、劣等種ガレアン人に媚びるミドンランド公爵ボリス・ドートブリンガー四世とそれに従う全ての者にアルトドルフ先帝ジギスムント陛下とブレトニア先王そして我が甥フィリップ九世陛下とそれに殉じた全ての同胞の弑逆の罪を糾弾するものである‼︎』

 

トロワヴィル

『今日より二十五年前、我等はガレマール帝国軍にキスレヴの地で破れた。しかし、我らは決して力で負けたのではない。これを観ている同胞達よ、思い出すのだ!あの日ドートブリンガーはあろう事か自身と同格の八人の公爵を抱き込み、皇帝を死しても護らねばならないルーンファング十二公爵の地位に居りながら、ジギスムント陛下を戦場にて暗殺し、帝国の全権と皇帝の証であり、大神シグマーより賜りし戦鎚ガール・マラッツを簒奪したのだ。』

 

これを観ていたシドは言葉を漏らした。

 

シド

『当時ガレマールと同格だったアルトドルフ帝国が簡単に崩壊したときは全く信じられなかったがそんな事情があったとはな。』

 

映像のクーロンヌ公爵は続けた。

 

トロワヴィル

『以来、我らは帝国の圧政化にあった。確かに我らは帝国に於いて兵器、及び食糧生産の重要拠点となった経緯がある為他国に比べ緩やかな支配であったにも関わらず圧政とは何事かと指摘を受けるだろう。しかし、我らは信仰を奪われ、誇りも奪われた!我らはそれだけで充分苦痛だったのだ‼︎だがその苦痛も終わりを迎えようとしている。ガレマール帝国は皇帝が物の怪と化した息子にその下賤な存在に相応しい最期を遂げて以降、完全な内紛状態に陥り、東方連合、エオルゼア同盟の勝利により、帝国は無敵の存在では無くなったのだ。これを好機と見ずして何とする。同胞達よ、先王陛下の明瞭な判断によって各地に潜伏、雌伏している同胞諸君‼︎時は来た、今再び共に聖杯と聖女の御旗を掲げ我が祖国と友邦を救済しようではないか‼︎』

 

カ・ヌエ

『あの御仁はよほどガレマール人が嫌いなようですね、シド殿。』

 

シド

『ガレアン人の迫害が最も凄まじいのが今も過去もブレトニア王国人とライクランド帝国人だそうだ。元々ヒューラン以外の種族は全て迫害されたが長い時間を掛けてそれは無くなっていったそうだが、ガレアン人だけは変わらずしかも年月を経てどんどん酷くそうだ。人として扱われず家畜以下の扱いを受けたそうだ。そして俺たちガレアン人もブレトニア人やライクランド人を同じ様に扱ってたそうだ。正しく不倶戴天の敵なんだよ。』

 

トロワヴィル

『最後にこの独立戦争…いや帝位奪還戦争に於いて御旗を掲げ我らをお導き下さるお方をご紹介致そう。タジムニウス・レオンクール王太子殿下ご入来である‼︎』

 

クーロンヌ公爵の口から出た名前に一同は驚愕し、更に追い討ちを掛けるように現れた若き王太子は皆が良く知る英雄だったのだ。

 

タジム

『私からもこれを観ている全ての人々の突然の無礼を謝罪しよう、私がタジムニウス・レオンクール、先王フィリップ九世の嫡子である。そしてもう一つ知っておいて欲しい事がある。私はエオルゼアの地にて光の戦士、アラミゴ解放の英雄と言われたタジムンティス・フェデリウスとしても存在した人物である事を。』

 

アリゼー

『そんな…嘘よ‼︎こんなの嘘よ‼︎』

 

映像先のタジムは続けた。

 

タジム

『私は生まれて間もない頃このブレトニアより逃亡し二十五年の月日を掛けこの地に戻って来た。私はアラミゴや、ウェルリト、そしてボズヤの戦役に参加し、自身の義務を思い出したのだ。ましてや今この世界は一人の人間とそれに与する者達によって滅亡の危機に瀕している!』

 

タジムはあろう事か新たなアシエンや蘇ったガレマール帝国皇太子ゼノス・イェー・ガルヴァスの事、そして起こっていたかも知れない第八霊災の事、そして新たなアシエンが全世界を巻き込んだ自決を図ろうとしている事を全て告白したのだ。

 

タジム

『もうこれを観ている人々は分かったであろう。この世界の諸悪全てはガレマレドにいる事が、私は今ここで全世界に宣誓する!ライクランドに居る裏切り者共を悉く首を跳ね飛ばし、ガレマレドを破壊し、全ての種族が聖女とシグマーの名の下光溢れる世界で暮らせる為、天下に武を敷くと!それを妨げんとする者は残らず』

 

そう言った瞬間カメラが引きタジムの姿が小さくなるかわりに映し出された広間には様々な種族大勢の騎士や貴族、そして平民達が武装してそれぞれの武器を天に掲げ叫んだ‼︎

 

ブレトニア人

『叩き潰す‼︎何であっても‼︎それが世界であっても叩き潰す‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

タジム

『我らの意思は堅い事はこれで承知頂けただろう。我らは最後の一人になるまで戦う‼︎そしてもう一度私の口からも各地にて雌伏する同胞にもう一度伝える!立ち上がれ‼︎『我ら決して諸悪に屈せぬ‼︎』』

 

タジムが話し終わるとクーロンヌ公爵が隣に立ち高らかに叫んだ。

 

クーロンヌ公爵

『ブレトニア王国万歳‼︎ライクランド帝国万歳‼︎アルトドルフ同君連合万歳‼︎‼︎』

 

ブレトニア人

『ブレトニア王国万歳‼︎ライクランド帝国万歳‼︎アルトドルフ同君連合万歳‼︎‼︎』

 

無数の人々が同じ事を叫び続けるこの異様な光景はかつてアラミゴや東方の解放とは全く違う空気が流れていた。彼らは天上天下唯我独尊を唱え天下布武すると言ったのだ。つまるところこれは全世界への宣戦布告であった。

 

アルフィノ

『タジム、君を世界全てを相手に戦争をするつもりなのか…。』

 

ガーロンド社技術者

『放送終わりました…。』

 

すると今度はアラミゴ王宮司令部の全てのリンクシェルが鳴り響いた。

そして全ての通信が同じ内容を伝えて来たのだ。

エオルゼアの各国グランドカンパニー、東方連合軍、ガレマール帝国軍、その為全ての反帝国勢力や中立国家の軍勢から大なり小なりの部隊規模の脱走が多発し、それらは皆口々に

『シグマーの為に‼︎泉の聖女の為に‼︎王太子殿下の為に‼︎』

と叫び、徒歩や騎馬、水上艦や飛行軍艦を強奪し、ブレトニアの地に向かっていったというのだ。

 

混乱が収まったのはそこから一時間程であった。

エオルゼア各国の脱走した兵の数自体は大した事なかったが世界規模で見るとやはり相当数の人員がブレトニアに向かった事が判明した。

世界帝国を目指した過去の遺産は凄まじかったのだ。

そんな状況下でアラミゴ王宮内は沈黙していたがそれを打ち破ったのはイシュガルド議会議長アイメリク卿であった。

 

アイメリク

『これ以上沈黙していても致し方無い。我らはやるべき事をしよう。まだブレトニアの大軍がギムリトに現れる訳では無い。』

 

リセ

『…っそうだね。ラウバーン、私たちは例の塔に行くよ。』

 

ラウバーン

『吾輩達も備えるとしよう。これから戦う相手がガレマール帝国ではなくブレトニア王国になるのなら編成、戦術も全て変えねばならん。ブレトニア騎士団やライクランド騎兵の突撃はガレマール帝国の魔導兵器部隊ですら突き崩すそうだ。対騎兵用陣地の構築を始めないといけないな。』

 

ナナモ・ウル・ナモ(商業都市ウルダハの女王)

『不滅隊からも人員を出そう。今は人手が欲しいはずじゃろうからな。』

 

ラウバーン

『感謝します、ナナモ様。』

 

メルヴィブ

『暁はどうする?此処最近激務が続いていたからな、このまま休んでいた方がいいと思うが?』

 

アルフィノは迷っていたが自身にできる事は無いと理解していた。

 

アルフィノ

『私達は…』

 

アリゼー

『ブレトニアに行くわ‼︎』

 

アリゼーの言葉に全員が振り返った。

 

アルフィノ

『アリゼー⁉︎』

 

アリゼー

『私はブレトニアに行く!何であの人がこんな事しているのか理解できない。だから直接聞きに行く‼︎追い返そうとするならボコボコにして無理矢理にでも吐かしてやるわ‼︎』

 

それに併せてグ・ラハも続く

 

グ・ラハ

『俺も行きたい‼︎あいつが…あの人が理由もなくこんな事するとは思えない‼︎』

 

更にヤ・シュトラも

 

ヤ・シュトラ

『ブレトニアの文化には興味があるの。それに散々レディーを揶揄ったお灸も据えなきゃいけないし、ブレトニアからなら帝国に潜入したサンクレッドや、ウリエンジェの手助けも出来るのではなくて?』

 

アルフィノ

『みんな…行こう!ブレトニアに‼︎』

 

だが、そこにリオルが待ったを掛ける。

 

リオル

『おいおい正気かよ⁉︎今アイツの言葉を聞いただろう邪魔するなら全員殺すって!あの感じは見つけたら容赦なく殺しそうだし、そもそもどうやってブレトニアに行く気だ?歩いてなんて到底いけないぞ‼︎』

 

だがそこにシドが反論する。

 

シド

『いや、俺のエンタープライズなら行ける。途中ウェルリトで増槽改修と燃料を補給すれば往復ぐらいはどうにかなる筈だ。』

 

アルフィノ

『シド、送ってくれるのか?』

 

シド

『アイツに一言言いたいの俺も一緒だ。』

 

彼らの様子を見ていたカ・ヌエは優しく微笑んだ。

 

カ・ヌエ

『では決まりですね。』

 

暁の賢人達

『行こう、ブレトニアへ‼︎』

 

 



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2話 ブレトニア王国と賢者達

ブレトニア王太子…生まれた時からこの肩書きを持っている。

簡単に言えば王子様だが、童話に出てくるような白馬に乗った王子じゃない。

これから滅ぼされた祖国を恐らく今まであってきた人は誰一人望んでなどいないであろうが蘇らせようとする、どちらかと言えば悪役だ。

世界を相手にしてでもやると啖呵を切った。

切ってしまった。

私の戦友、愛した人々は、私の愛しい怨敵と化すのだ。

聖女よ、これは私に与えられた試練なのですか?

______________________

『クーロンヌ城』

カムイが書類を持って自身の君主、そして本当の息子の様に育てて来た青年の元に来たときには当の青年は瞼を閉じ夢現の中にあった。彼が居眠りをしているデスクの上には幾つかのブレトニアの伝説や歴史が書かれた書物が散乱していた。

それはタジムが探しているある物の手掛かりを見つけようと奮闘した跡であった。そして見つからなかった事も周りのくしゃくしゃに丸められた紙屑達からも見てとれた。

 

カムイ

(やはりアレを探しておいでだったのか。いや正確には行方が知れぬ前に着ていたであろう先王陛下を探しておいでなのだろう。)

 

カムイは書類だけ置くと、起こさないように外套だけ肩に掛けてやると静かに部屋を出た。

カムイは自身が所詮義理の親でしかないのだと再認識し、そしてもう一つタジムの心境を理解してしまったのだ。

 

カムイ

(殿下は自身がブレトニア王足り得ぬ、いや寧ろ王太子としてすら自身のその資格無しと考えているのでは無いか?)

 

自身の力ではなく物の価値によって人間の格を示そうとする人間は大概それ無くば大した事はない。

自分に自信が無いと返って喧伝しているような物だ。

そして自身を卑下するものは決して悪く見られないがそれが過ぎると自身にも他者にも悪影響しかない。

君主とは程度はあるが少し傲慢不遜で独善的な方が良いのだ。

少なくともタジムは今までやってこなかったであろう指導者の務めをちゃんと果たしているし、分からないことが有れば周りに聞いて回るなど、全力で取り組む姿勢はこのクーロンヌ城で知らぬ者はいない。

決断においての明敏さはやや欠けてしまって居るが状況判断能力は目を見張る物を持ち、内政面においても様々な国士を重用、ないしは挙兵と共に解放し、それに当てるなどもう既に国家運用に関してのノウハウも持ち合わせて居た。

これに関してはタジムがカムイから手解きを受けて更に二十四年の遍歴で出会った君主の立場にある人々から見て学んだ事だった

つまり少なくともこの城の中でタジムニウスは王の器では無いと思っている人間はいない。

だがそれでは足りぬと考えているのだろう。

そもそもタジムには自身がブレトニア人を名乗る資格があるのかどうかすら分かって居ないのかも知れない。

 

カムイ

『………認識いただかねばならぬ。殿下は王たる者である事を。だがアレを発見することは決して蔑ろには出来ぬ…。アレを渡すか?だがいかんせんまだ時が早いし、そもそも殿下が受け取ってくれるかどうかすら解らぬ。』

 

カムイは一人頭を抱え廊下を歩いていると声を掛けられた。

振り返るとクーロンヌ公爵が会釈しながら近づいて来た。

 

カムイ

『おはようございます公爵。』

 

クーロンヌ

『おはよう伯爵、殿下はもうご寝所から出られたかな?』

 

カムイ

『いえ、むしろ陽が登る手前で入られたと言った方が正しいかも知れませぬ。結構な時間までブレトニアの伝説や言い伝えを調べておいででした。散乱していた書物等を見るに恐らく王家の鎧を探しているのかと。』

 

クーロンヌ

『そうか、先王陛下が行方不明になった時も身につけられておられたからな。探す事はつまり父を探す事…。そして自身の実績として御立場を確保する事に繋がるか。』

 

カムイ

『公爵もそう思われますか?』

 

クーロンヌ

『うむ…殿下のお姿や立ち振る舞いは正しく若かりし頃のフィリップ様だ。武勇は申し分なく、民への温情や家臣への配慮などは正しく君主としての愛情の籠った物だ。だがそれ故に決断において優柔不断な面も有ればフィリップ様と比べられてしまうと言うジレンマが有るからこそ、焦りが生まれるのだろう。それではいつかご自身の足元を掬われかねぬ、ましてや殿下は今日まで続くブレトニアの平民の生活を圧迫する騎士の立ち振る舞いを改善し、平民全員の生活水準を底上げすると仰せだったな?』

 

カムイ

『はい、ですが騎士達の中にはやはり自身の面子や見栄を大事にして領民の生活を圧迫してまで高価な鎧を手に入れて馬上試合に挑んだり、その成果を以って国政に参加せんとする者も多く、他国にブレトニアの騎士はやれ義理だの正義という気持ちの良い言葉で着飾った強欲な者達と罵られるのも致し方ない面が存在しているのは事実です。ですが当然多数派の騎士は古き良き清廉な騎士道を求める者達で彼らは皆殿下を支持して居ます。』

 

クーロンヌ

『殿下にはそう言った連中がいる事をご理解頂かねばならぬ。臣民無き君主などおらん、多くの民や臣に慕われる事こそ君主の質を大いに表しておるのだからかな。』

 

カムイ

『殿下には出立前にも同じ事を言ったのですが、殿下は指導者は孤独たるべしと思う節があるようですね。もうそう言う時ではない』

 

カムイの言葉は若い女の声に遮られた。

 

?

『クーロンヌ公閣下、カムイ師範。』

 

呼ばれた二人が声のする方向に向くと一人のヴィエラの騎士が立って居た。大剣を背負い、ヴィエラ特有の褐色の肌をしている。鎧姿に金髪を靡かせた美しい女性だった。

 

カムイ

『ん?貴女は…?』

 

クーロンヌ

『そうかカムイ卿はもう最後に会ったのは二十年も前か。彼女はリヨネース公爵の息女、レパン・リヨネースだよ。』

 

カムイ

『思い出した!…失礼をレディ・レパン。女傑レパンス・リヨネースの武勇が貴女にも受け継がれている事を。』

 

レパン

『やめて下さい、師範。昔みたいにレパンと呼んでください。』

 

カムイ

『そうはいきませぬ。その大剣、お父上よりリヨネース公爵領を継ぎましたな?リヨネース家始祖レパンス・リヨネースが受け継ぎし、太陽の光を鍛えたる聖なる剣『リヨネースの剣』こうしてみると見事な剣だ。』

 

クーロンヌ公

『お父上はまだ壮健かなレパンよ?』

 

レパン

『はい、ですが病も重く命数も少ないだろうから殿下の為には剣を振るう事は敵わぬと言って私を跡目に。殿下は何処に?ご挨拶致さねばならないのですが?』

 

カムイ

『殿下はまだお休みでな、陽が登る直前まで調べ物を…』

 

またしてもカムイの言葉は遮られる事になった。すると今度は伝令の兵士が血相を変えて走ってくるではないか。

 

伝令

『報告ー‼︎報告ー‼︎公爵様、クーロンヌ領内にいた敵の残存兵力がアルトワ領内の残敵と合流した模様です。数は四千程になりアルトワ城に向かっております‼︎』

 

クーロンヌ公

『馬鹿な、四千で落とせる訳ないだろうに…。あれは公爵領首都を担う巨大な城砦だぞ。』

 

カムイ

『ですがアルトワ公の兵も二千ほど、アルトワ城を守り切るには足りぬでしょう。しかも敵は不可能ならろくに兵のいないアルトワを荒らすなりして傷物にして目下帝国の支配下にあるパラヴォンかボルドローに戻ることも可能ですからどう転んでも我らに益はありませぬ。』

 

クーロンヌ公

『追討のために兵は用意して居たが、逃げるで無く、攻めて来るとはな、ナメられている事が良くわかるな。』

 

タジム

『ならば後悔させてやろう。どのみちそろそろ掃除せねばならん相手だ。』

 

カムイ

『殿下。』

 

諸将達がタジムの姿を見るや跪くがタジムは良いと手を出して合図し諸将は立ち上がった。

 

タジム

『リヨネース卿、クーロンヌ城のクラリオンコールを鳴らせ、これよりアルトワ公を救出する。』

 

レパン

『御意。』

 

タジム

『大叔父上、クーロンヌ公は此度は留守居をせよ、城を抜け殻にするわけにはいかん。』

 

クーロンヌ公

『殿下の御心のままに。』

 

タジム

『カムイ卿、騎士と兵達を集めよ。獅子の旗の下に戦をすると者どもに伝えよ。ブレトニアが天下を取る為の戦、ここから始まると‼︎』

 

カムイ

『承知。』

 

かくして騎乗した騎士250騎、徒歩騎士100、徒士350、白兵・投射歩兵900そしてたまたま訪れていたレパンの護衛として同行したペガサス騎士、レパン含め101騎の小規模軍が編成された。目標はアルトワ城を包囲する帝国軍ブレトニア駐屯兵団の一部、しかし帝都ガレマレド直属の近衛軍の麾下機甲兵団であるから、そこらの帝国部隊よりかは強いのだ。

 

カムイ

『もっと時と武器を大量に用意できる環境さえあれば、往時の時と同じく一公爵領二万の兵で蹴散らせたものを…』

 

タジム

『ぼやいても仕方ない。むしろ我らがそれだけ動員出来るのなら敵もそれに拮抗するだけの兵力で掛かってくる。ブレトニア中が戦火に焼かれて独立どころじゃ済まなくなるぞ。』

 

そう言いながらタジムは馬を軍の先頭に立て、剣を引き抜いた。

 

タジム

『聞け‼︎ブレトニアの獅子達よ、今我らが同胞アルトワ公爵領が危機に瀕している。このままではアルトワは落ち、領内一帯に広がるアルデンの森は悉く切り落とされ、土地は穢れてしまうだろう。知っての通り、アルデンの森は始祖王ジルが泉の聖女より加護を賜った湖があり、そして不埒な者により暗殺された際に亡骸をそこに沈めよと言い残され、その通りにご遺体は沈められた。つまりジル王の神聖な眠りを妨げる事は末代までの恥となる‼︎ブレトニアの獅子達よ、この戦は奴等に聖女の御心を騒がせ、我ら最高の英雄の眠りを邪魔だてする者を成敗する戦ぞ!』

 

ブレトニア軍

『オオオオオオオオオオオォ‼︎‼︎』

 

タジム

『出陣ー‼︎‼︎』

 

クーロンヌ城より高らかなラッパの音色が鳴り響き、タジム麾下ブレトニア軍が出撃した。

戦役期間の驚異的な短さとは裏腹に戦役に参加した人員と死傷者の数が昨今の戦役と比較にならないと言われたブレトニア王国独立戦争の幕が切って落とされたのだ。

______________________

 

『アルトワ城』

四千の兵に目下包囲されているアルトワ城は戦火に焼かれていた。

流石に帝国軍は攻城塔等の攻城兵器を持っては来れなかった様だが主力魔導兵器リーパーによる魔道カノンの砲撃で城門を打ち破ろうと鶴瓶撃ちしていた。

城壁ではブレトニア常備軍通称メン・アット・アームズと徒歩騎士達が敵を阻まんと弓やらクロスボウやらアーキバス(先込め銃の事だがここでのアーキバスはブレトニア製の主力ボルトアクションライフルを意味する)を撃ちまくっていた。

 

アルトワ兵

『だめだ‼︎いくら撃っても引かないぞ!なんだコイツら死ぬのが怖くないのか?』

 

アルトワ兵

『矢やボルトはあるがアーキバスの弾がないぞ!もう無いのか⁉︎』

 

アルトワ兵

『ダメだ!奴等(ガレマール帝国)に無理やり出征させられた連中に優先的に渡されてるから足りん。これでも城や街にある鉛を溶かしてきたんだ。』

 

騎士

『泣き言を言うな平民ども‼︎まだ連中の梯子も辿り着けてない。重装兵にのみアーキバスを放て、それ以外は軽装の兵と飛行魔導兵器に集中しろ!手隙のハルバード騎士達と槍兵は城門前に集まり、陣形を組め‼︎城門が破られるぞ!』

 

『帝国軍』

帝国軍士官

『梯子を無理にかける必要はない、城門を破ればそこから一気に崩れる!騎乗していない蛮族の騎士など恐るに足らんわ‼︎』

 

帝国通信兵

『工兵隊は第六リーパー小隊の排熱作業を急がせろ!臨界したら使い物にならんぞ‼︎』

 

帝国通信兵

『第七リーパー小隊砲撃不能寸前、後退を要請しております。』

 

帝国通信兵

『第二歩兵小隊が猛烈な銃撃を喰らい、被害甚大です。第三メディクス分隊は救護に当たってください。』

 

この帝国軍は良くやっている事は間違いない。帝都近衛軍の一部という事もあるが、ちゃんとした攻城兵器を持たず、魔導アーマーリーパーの魔導カノンだけで城門、城壁を破ろうとするのだから健気な者だ。最も臨界覚悟で撃てばアルトワ城の城壁や城門を打ち破るのは幾らか楽になるが、やはり彼らは敵中に孤立している事実と本国の混乱でマトモな支援や補給も得られる状態ではない。

本来なら彼らの拠点となる筈のボルドロー(ブレトニア沿岸の城塞都市ボルドロー公爵領首都、沿岸にある為ブレトニアの交易や海軍の拠点であり、ブレトニアワインの最高峰ボルドローワインの産地でもある。)、

バラヴォン(ブレトニア東北の城塞都市パラヴォン公爵領首都、ライクランド帝国領への北東側の出入り口であり、ブレトニアとライクランドを隔てる灰色山脈に生息するペガサスやピポグリフといった飛行巨獣を調教する技術を確立させたことから空の街とも言われる。)

のどちらかにさっさと退却するべきだった筈だが、帝都の混迷と各地にて発足した軍閥等の派閥争いの影響を受け、自分達の上官の私利私欲の糧となってしまっている。

しかし彼らの健気さはアルトワ城陥落寸前まで追い詰めていた。

そして遂に城門は打ち破れ、帝国軍が雪崩れ込んできた。

しかし歩兵はハルバードで武装した徒歩騎士団とメン・アット・アームズ剣兵に阻まれ歩兵と戦線を構築する魔導アーマーヴァンガードもハルバードに刺されるか斬りつけられ前進出来なかったが、この帝国軍は虎の子である大型人型魔導アーマーコロッサスをニ体、部隊に組み込んでいた。

騎乗した騎士達であれば四人いればコロッサス一体と同等、精鋭騎士であれば一人か二人で相手出来るコロッサスだが歩兵のみでコロッサスを相手取るのは無茶もいいとこであった。

騎士

『怯むな‼︎槍の数で圧倒しろ‼︎数本も刺されば止まる‼︎行けぇ‼︎』

 

しかし健気にも突撃するも大剣に薙ぎ払われる騎士と兵達、戦線は崩れ、コロッサスを筆頭に再び帝国兵が殺到するが第二線を形成していた銃兵と見習い魔道士(ブレトニアに於ける対人用の魔法のみが使える魔道士)、そして唯一アルトワ城で帝国の摘発を免れたライクランド式の24ポンド野砲が火を噴き、コロッサスとその周りにいた兵達を吹き飛ばした。

 

帝国兵

『おい‼︎ブレトニア人は火器を無理に使わない様にしてる蛮族じゃなかったのか⁉︎』

 

帝国兵

『一星暦前の話だろう、そんなの‼︎早く重装歩兵は前に出て盾を構えてくれ‼︎』

 

帝国士官

『無駄口叩かず行けい‼︎敵は崩れてる今が好機ぞ‼この勝利を亡き皇帝陛下に捧げるのだ!』

 

コロッサスと敵兵を無力化したが、再び騎士と兵達が陣形を組み直してももはや手遅れであり、野砲は味方が前にいる限り撃てぬし、ブレトニアに於いてライクランド式の火砲以外で最も破壊的な威力を誇るトレビュシェットも城内ではおいそれとは使えない。

 

アルトワ公はもはやこれまでを死を覚悟し、剣を引き抜き敵に突貫して死ぬ事を決意した。

 

アルトワ公

『もはやこれまで…皆剣を抜け‼︎せめて…せめてブレトニア人らしく死のう‼︎』

 

騎士

『公爵様…剣を抜け騎士達よ、兵士達よ‼︎農民共の糧となるぞ‼︎』

 

アルトワ公

『突撃ー‼︎』

 

アルトワ公が走り出したその瞬間だった。

 

高らかなラッパの音色が聞こえてきた。

それはアルトワ城のラッパの音では無い。

それは明らかに帝国軍側から聞こえてきた。

そしてそれは無数の蹄の音と現れた。

 

______________________

『帝国軍本陣』

帝国通信兵

『隊長、左翼側より軍勢が。』

 

帝国士官

『左翼?ライクランドの連中か?だがそんな報告は…』

 

受けていない。そう言おうとした士官は頭からランスで串刺しにされた。

帝国本陣は男も女も帝国人も非帝国人も関係なく殺戮の惨劇に沈んだ。

101騎のペガサス騎士の突撃を止められる物など存在しないのだ。

そして一部の兵達は失明して死亡している、それはレパンの大剣『リヨネースの剣』の効果であり、太陽そのものを鍛え上げて造られたと云われる太古の剣は眩い光を発することが出来るのだ。

 

レパン

『此処の敵は全員死んだな?我々はアルトワ城の城壁に至った敵を後ろから討つ。他の敵は殿下達が相手してくれる。他には目をくれるな、アルトワ公をお救いするのです‼︎』

(殿下どうか御武運を)

 

その頃タジムは他の騎士達と共に馬上にあった。

隣で馬を走らせるカムイは後方の兵達の布陣が完了した事を伝えた。

 

タジム

『いよいよだ、騎士達よ!ブレトニアの為、聖女の為、私に力を貸してくれ‼︎』

 

騎士

『おおおお‼︎‼︎』

 

タジムが剣を引き抜くと、カムイも刀を引き抜き、他の騎士達もランスを構えるか、剣や斧を構えた。そして乗り手に呼応する様に馬達も足を早め真っ直ぐ敵の只中を目指した。

帝国兵も慌てた迎撃の体制を取るがもう既に本陣は亡く、城の者達も希望を見出しガムシャラに暴れ出して身動きも取れなくなってしまった。

とにかく止めねばと銃弾と砲弾、そして矢が飛んでくるが銃弾や矢では鍛え上げられたブレトニア銀製の鎧や馬の装甲を抜けず、砲撃で騎士や馬が吹っ飛ぶも残った者達は突撃をやめないし、後方からも馬に乗らない騎士や兵達が怒号を挙げて迫ってくるし、既に援軍の弓兵が援護射撃を開始して突撃される前から帝国軍に被害が出始めていた。

 

タジム

『聞け!我が咆哮を‼︎』

 

ブレトニア将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

タジム以下騎乗ブレトニア騎士達の突撃は凄まじい破壊力であった。

むしろこれこそブレトニアの真骨頂であった。

馬の体格と蹄で人間を吹き飛ばし、鍛え上げられた鉄(ランス)を以って魔導アーマーや筋肉を貫く。

正しく古き良きブレトニアであり、そしてこの優秀な軍馬とそれを扱うことのみに追求した訓練を施された騎士達の突撃は正しく世界中の悪夢として記憶されているのだ。

 

哀れな帝国兵達は数メートルから数十メートル、場合によっては百メートル弱の距離を吹き飛ばされ、魔導アーマーは乗り手ごとランスで貫かれ、再突撃の為、騎士達が離れていくと思いきや今度は徒歩騎士達や従士、そして兵達が狂ったようにぶつかってくる。

歩兵同士の乱戦の間隙を縫って騎士達は側面突撃を繰り返し、突撃される度に最低でも100人弱が死んでゆく。

そして終始、ブレトニアの王太子を名乗る若者が騎士達の先頭で剣を振るい、鼓舞し続け、馬も騎士達ももはや疲労すら無視し出した。

更に奇襲を担当していたペガサス騎士達も戦場に合流し、城壁に登っていた敵兵を駆逐して行った。

かくして帝国兵の大半が討ち取られ、残りは全員捕虜になるという大勝利で戦は締め括られることとなった。

 

兵・アルトワ城の民衆

『タジムニウス殿下万歳‼︎聖女様万歳‼︎ブレトニア王国万歳‼︎』

 

兵と民衆の歓呼の声はアルトワ城から鳴り止まぬ事なく聞こえ、それは遠くから観察していた者達の耳にも届くほどだった。

 

______________________

『アルトワ城近辺の廃屋』

アリゼー

『アレがブレトニア王国…イシュガルドよりも古い騎士の国。…めちゃくちゃね、あんなのとまともにがっぷり4つなんて死んでもごめんね。』

 

アルフィノ

『騎士達や民衆の奮闘にも目を見張るものが有るのは間違いないな。彼らは自身の領地と畑を守る為に必死になれる、相手が誰であろうと。…それよりも相変わらず元気そうだったね。タジムは思った以上に王太子をやれてる様じゃ無いか。』

 

アルフィノ

『これからその王太子になったアイツの顔を思いっきりブン殴ってやるのが楽しみだわ!』

 

アリゼーはゴキゴキ指を鳴らしながら言うもんだからアルフィノは何も言えずただ笑うしかなかった。

 

アルフィノ

『アハハ…国際問題だけは起こさないでくれよ?(二度とエオルゼアに戻れなくなる。)』

 

リンクシェル独特の電子音が鳴り、アルフィノが応答すると通信相手は二人に戻る様に伝えてきたのでアルフィノは軽く返答すると、血気盛んな妹を連れて廃屋を後にした。

______________________

『アルトワ城城門前』

入城したタジムは被害状況の確認を行っていた。生き残ったものにはそれなりの褒美を与えねばならぬし、今後の作戦にも影響が出るかも知れないからだ。

主だった騎士達と被害の確認をしていたタジムの元に若い騎士が走ってきた。

 

騎士

『殿下‼︎ほ、捕虜が…‼︎』

 

タジム

『捕虜がどうかしたのか?逃げ出せるとは思えないが?』

 

騎士

『騎士の一部が正しき信仰の為にと称して捕虜を皆殺しに、それを見た他の騎士達や兵達がそれを咎め、そこから悪い事に乱闘騒ぎに‼︎』

 

カムイはゾッと寒気を感じた。

それは覚えのある寒気だった。

タジムには頭に血が昇ったり、興奮すると両眼の翡翠色が血の色が混じって黄色、いやこの場合は黄金に光るという癖がある。

そしてそうなった時は手がつけられなくなる事も意味していた。

 

カムイは慌ててタジムの怒りを鎮めるべく誅言した。怒り狂った獅子を野放しにすれば獣が居なくなってしまうのと同じ様にタジムの周りから人がいなくなる事だけは避けねばならぬからだ。

 

カムイ

『殿下!先ずは冷静に事の次第を問い正されませ。

無闇に捕虜を殺めた騎士や兵は当然裁かれねば成りませぬが殿下自らが手打ちにしたと有れば話が変わります。どうか何卒‼︎』

 

しかしタジムは目を光らせたまま馬に跨り捕虜達の骸のある方に駆けてしまった。

 

カムイ

『嗚呼…殿下。良くも悪くも真っ直ぐすぎる…これでは却って…ええい‼︎そこの騎士と従士は私とこい、殿下をお諌め致す。』

 

騎士と従士達

『ハハッ‼︎』

 

タジムが目を光らせながら馬で城壁を超え、城門から少し離れた一角迄走ると、騎士と兵たちが双方取っ組み合いの乱闘を繰り広げていた。

 

兵士

『殿下だ‼︎』

 

騎士

『おい、殿下が参られたぞ!』

 

取っ組み合いをしていた兵や騎士たちがその場で乱闘をやめ、整列した。

タジムは馬上にて問うた。

 

タジム

『捕虜達を殺した者とそうでない者に分かれよ、今すぐに。』

 

騎士と兵たちがその様に分かれるとタジムは口を開いた。

 

タジム

『では捕虜を殺めた者達以外の者はこの者らを引っ捕らえ首を刎ねよ‼︎』

 

その場にいた兵と騎士達は凍りついただが忠実に命令を果たすべく捕虜を殺めた者達を捕らえた。

 

騎士

『殿下、お待ち下さい!我らは聖女の名の下に正しき信仰に則って行動したまでの事。何故我らをお咎めになるのです‼︎』

 

タジム

『分からぬか?では教えてやろう。一つ、私の許しなく捕虜を殺めたことは私に対する反逆であり、獅子の旗を汚す行為である事。一つ、無抵抗の人間を一方的に殺すなど騎士道にも劣る行為だ。この二つだけでも私が貴様らの首を刎ねるだけの理由になる。』

 

兵士

『そんな‼︎俺達は聖女の名の下に異教徒と蛮族を浄化しただけだ‼︎聖杯の教えは殿下には酷い仕打ちとしか見えないのか‼︎』

 

騎士

『ハッ‼︎無理もない、他国でぬくぬくと暮らしてきた王子様だもんな‼︎聖杯の教えなど知りもしないだろうよ!それで映えあるレオンクール家の後継とはお先が知れておるな‼︎』

 

タジム

『貴様らのいう信仰の名の下に無作為に人間を殺す方が何倍も聖女も聖杯も忌避されるだろう。

そも貴様らは教義を傘にしたがガレアン人でだけでなく他の種族の兵達も皆殺しにしたではないか…それを聞けば聖女様も王墓にて眠りにつかれているルーエン王も怒り狂うであろうな。』

 

騎士

『獅子心王様は最高の名君と言われているがな、その事で聖女様から怒りを買った時点で真の信仰を掲げる騎士達からは破門者も同然‼︎それをさも信仰に篤き仁君と讃えるとは流石アバズレ女の股から産まれた偽の貴族らしい考え方だな』

 

この時…彼は知りもしなかったがタジムにはどうしても怒りを抑えられない事が一つあった。

それは父フィリップ王と母である王妃ブリジットを愚弄される事であった。

特に母親のブリジットに対しては取り分け手に負えなくなるのだ。

 

タジム

『もう良いわ、お前達は抑えるだけで良い…この不埒者共は騎士の風上にも置けぬだけでなく我が母までも愚弄しおった。この者達は私自らの手で首を跳ね飛ばし、首を城壁に吊るし、体は杭で貫き、腐り果てるまで我がクーロンヌ城の門の前に飾ってくれる‼︎‼︎』

 

タジムは剣を引き抜き、振り下ろした。

だが肉が斬れる音ではなく金属音が鳴った。

それはカムイが刀でタジムの剣を払い除けた音だったのだ。

そしてそのままタジムを殴り飛ばしたかと思いきや、ブリジットを最も愚弄した者の顎を砕いた。

 

カムイ

『双方いい加減にせぬか‼︎君臣一体となって事にあたればならぬこの時にこの様な事でしこりを作りおって‼︎』

 

カムイはタジムを引っ張り上げるとヘルムを脱がせ更に一発鉄拳を頬に喰らわせた。

 

カムイ

『頭を冷やせタジムニウス‼︎王国全体が団結しなければならぬ今、国を背負って立つ者が臣民を恐れさせる様な真似をするなど愚の骨頂ぞ‼︎信賞必罰を君主自ら蔑ろにするなど示しがつかぬわ‼︎』

 

タジムは久しぶりにこの親代わりの初老の騎士に怒られて面食らったのか眼も金色から元の翡翠に戻っている。

 

タジム

『悪かった…いえ、申し訳ありません義父上。』

 

すっかりしおらしくなってしまっている。

 

カムイ

『先王陛下より賜りし権限によりキングス・ガード(ブレトニア国王親衛騎士団)・グランドマスターの名に於いて、タジムニウス・レオンクール殿下には自室謹慎を言い渡す、お前達(捕虜を虐殺した騎士と兵士)には今回は極刑こそ無いものの騎士爵の剥奪は覚悟した上で後日出頭せよ、良いな。では解散とする。』

 

これを遠くで見ていたレパンと騎士達はあまりの迫力にその場から離れられなくなっていた。

 

騎士

『あ、あれがカムイ・タナトス卿ですか。幾ら養育をしたからって殿下にすらあの物言いと仕打ち、よく死罪にならないものです。』

 

レパン

『カムイ先生、いやタナトス卿は先王陛下の半身です。フィリップ様の隣には常にタナトス卿が居ました、陛下は常日頃からタナトス卿に子が産まれた暁には教育をして貰うと言い続けて居ましたし、必要であればいかなる事も許すと言ったそうです。

そしてそれを自身の私利私欲に決して使わないというタナトス卿の忠義は本物であると殿下にも分かっているからこそ素直に言うことを聞くのです。我々は、彼を見習わないといけませんね。』

 

するとカムイはレパンに気が付いたのか指示を飛ばした。

 

カムイ

『レパン、戦は終わった。これよりクーロンヌ城に帰還する。それに貴女も同行するのだ。殿下にちゃんと挨拶もしてはいまい?』

 

レパン

『ああ、そうでした!ではお供致します!貴方は皆を集めなさい。』

 

騎士

『はっ!総員撤収‼︎』

 

アルトワ城攻囲戦はガレマール帝国軍が返り討ちに合うという結果で幕を閉じた。

 

後にこの戦いを記した騎士はこう述べたという。

 

『今にして思えば戦った帝国軍は不運であった。我らが援軍に来なくてもあの兵力では到底アルトワ城を落とせたとは思えぬ。それは彼らにも分かっていたかも知れないがそれでも彼らは軍人としての責務を放棄しなかった。正しく彼らは我らにとって最も名誉ある敵であったのだ。』

 

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クーロンヌ公爵領第二都市港湾都市ランギーユ郊外…。

 

アリゼー

『戻ったわよー。』

 

ヤ・シュトラ

『あら、お帰りなさい。戦いはどうなったのかしら?』

 

アルフィノ

『ブレトニア軍の勝利だ。元々ガレマール帝国軍の戦力が少な過ぎるのも原因だが。』

 

アルフィノ達はシドの飛空艇エンタープライズで密かにブレトニアに入国しており、このランギーユ郊外の森に野営している。

本来ならブレトニア領海に近づけば周辺を警戒するブレトニアの飛空艇か飛行駆逐艦、ないしはパトロール中のペガサス騎士に発見されるがたまたまアルトワ城攻囲の知らせを受けていたことや、そもそもブレトニアが帝国に対しての叛乱を起こして間もないことからその混乱が彼らを助けたのだ。

 

アルフィノ

『シドとグ・ラハはどうしたんだ?』

 

ヤ・シュトラ

『二人ともエンタープライズの調整で離れてるわ。ウェルリトで整備中のアラグの兵器を改造した人型兵器…Gウォーリアーって言ったかしら?アレに搭載されていた大型ブースターをエンタープライズに増設して飛んだことで船体に負荷が掛かったのとブースターにも故障が生じたようだからまた飛べる様に修理してるわ。』

 

アリゼー

『その本は?』

 

ヤ・シュトラ

『近くの村で手に入れた物よ。この国と隣国ライクランド帝国の歴史。この国には多くの神話とそれを裏付ける考古学的建造物が数多く存在していて、それらもいつかは解き明かしたいと思っているの。』

 

ヤ・シュトラが貴女もどう?っと言わんばかりにアリゼーに本を手渡したのでアリゼーもペラペラと適当のページを読み出した。

 

アリゼー

『ふーん。あっやっぱりこの国って騎士が何でもかんでも関わってるのね。あとこの泉の聖女とか、フェイ・エンチャントレスとか言う女の人は何かしら?光の巫女や超える力を持った人間と言う事かしら?』

 

ヤ・シュトラ

『可能性はあるわね。ルイゾワ様はブレトニア史の研究をしていた時にこの泉の聖女やフェイ・エンチャントレスは明らかに人のそれを超えた力を持っていたから超える力やそれ以上、例に挙げるなら、ミンフィリアの様な光の巫女に近しい存在では無いかと睨んでいたの。』

 

アリゼー

『お祖父さまが…。』

 

するとエンタープライズの修理を終えたシドとグ・ラハが戻ってきた。

 

シド

『おっ、戻ったのか。コッチは粗方終わった所だ、後は幾つかの必要なパーツが手に入ればまた飛べるぜ。』

 

グ・ラハ

『ブースターの方は流石アラグの文明といった所だ。魔力回路を少し弄っただけで問題なく稼働したよ。』

 

アルフィノ

『後は船体を治す素材か。』

 

シド

『そこで提案なんだが、明日、王都クーロンヌに入ってみないか?そこならパーツも手に入るだろうし、この国についてもっと知る事も出来るだろう。』

 

アルフィノ

『それは良い。ずっとこのままという訳にもいかないし、ブレトニア最大の都クーロンヌとそこに住まう人々の営みや文化を見るいい機会だ。』

 

ヤ・シュトラ

『リオルが用意してくれたリヨネース領とランギーユ領の住民票を使う時が来たわね。それさえあればブレトニア領、少なくとも独立派のクーロンヌ、アルトワ、リヨネース公領に入る事が出来るという代物なら使わない手は無くてよ。』

 

______________________

翌日早朝…王都クーロンヌ城門前…

 

王都クーロンヌの城門には大勢の人間が集まっていた。各国から逃れてきた難民、帝国支配下にある他のブレトニア公爵領からの逃亡者、各地に散らばっていた旧アルトドルフ帝国軍各残党勢力やその使者、そう言った連中がクーロンヌの城壁の前に列をなしている。

集団、個人、訪れる人の規模に応じて掛かる時間は変わるが、入城理由や敵の間者では無いか?ないしはその疑いのある者は居ないか?と門番達が精査し、彼らの目に引っかかる事となれば牢にしょっ引かれる事になるのだ。

そういう意味ではアルフィノ達もその類である。彼らはエオルゼアの使者としてと言うよりやはり間者気質が強い。

下手をすれば即刻斬り捨てられる可能性もあるのだ。

何しろ彼らは不法入国者でもあるから罪の重さは尋常では無い。

 

そうこうしているうちにアルフィノ達の番になった。

因みに彼らの仮の身分はこうである。

アルフィノとアリゼーはランギーユから出稼ぎに出た農民の兄妹、ヤ・シュトラ、シド、グ・ラハはリヨネースから来た魔道士見習い、鍛冶屋、従士志望者という事になっている。

その為に彼らはそれなりの格好をしている。

そして先程から他人のふりをしている。

 

門番

『ランギーユから出稼ぎか…まだ未成年なのに偉いな、何処で働くつもりだい?』

 

アルフィノ

『兵舎での下男でもして当面は食い繋ごうかと思っています。何処か貴族の方や騎士の方のお屋敷で働くにしても学もなければ卑しき身分の私達には無理な話。』

 

門番

『なら妹さんは女性騎士の官舎で働いた方が良いなぁ。いま殿下も公爵も帝国に連れて行かれた連中や各地で潜伏していた連中とは別に各領地の志願者や犯罪者や乱暴者も兎に角集めて兵士にしようと躍起になってるし、騎士達も皆が清廉潔白な訳じゃ無い。』

 

アルフィノ

『ご忠告感謝します。』

 

門番

『王の住まう城砦、クーロンヌにようこそ。』

 

門番が次と手を振ると同時にアルフィノとアリゼーは門を潜り、人の中に溶けていった。

 

門番が次に相手をしたのはヤ・シュトラ

 

門番

『んでミコッテ族のお姉さんは何様でここに?娼館って感じでは無さそうだな、学者さんかい?』

 

ヤ・シュトラ

『魔道士見習いよ、正式な魔道士としての資格を殿下より賜りたくて来たの。レオンクール家の宮殿で試験を行うのは知っているのだけれど私、王都に来たのは初めてなの。宮殿までの道筋を教えてくださらない?』

 

門番

『ああ、それなら簡単だ。門を抜けたら大通りをずっと真っ直ぐだ。この巨大城砦都市クーロンヌの特徴は入り組んだ数多の道に沿って屋敷や民家が立っているが城と正門は一直線になっているのさ。』

 

ヤ・シュトラ

『どうもありがとう門番さん。もう一ついいかしら?試験はすぐに執り行うものではないでしょう?何処か図書館の様な所は近くにあれば教えてほしいのだけれど?』

 

門番

『なんなら城から出なくても良いぞ。クーロンヌ城には王立大図書館があって、魔道士見習いや魔道士、騎士や貴族達だけでなく平民や農民にも解放されてるからお姉さんも問題なく入れるはずさ。外国の本なんかもあるから興味があれば読んでみるといい。』

 

ヤ・シュトラは礼を言うと前の二人と同じ様に人の波に溶けていった。シドやグ・ラハも同じ様に身分を明かし、それぞれの行きたい場所を聞き、それに対して門番の兵士が丁寧に教えるという流れを終えた五人はそれぞれの身分に沿って行動を開始したが五人は歩きながら同じ事を考えたと言う。

 

五人

『すごいフレンドリーな門番だったなぁ…。』

______________________

クーロンヌ城下町

 

アルフィノとアリゼーはクーロンヌの街を見て回った。見た目こそイシュガルドに近いがそれよりも少し古い時代の様式の建物や空気を感じたがそれは外側であり、中側はガレマール帝国と互角の戦いを繰り広げただけはあると納得させる程の文明の進歩を感じさせた。

 

窯や街の明かりはは青リン水を利用したガス式だったり、道全てが舗装されていた。

身分制度や貧富の厳しい国というイメージの強いブレトニアであったが…いや王都クーロンヌだからと言うこともあるだろうがウルダハとは違い、(彼の国は致し方ない事情が有るが)街のどこにも浮浪者は無く、皆がそれぞれ家や家族、友人、恋人を持ち、町民として街で働く者、住まいこそ街にあるものの街を出て外の農地で畑を耕す者、ないしは兵士や騎士として戦う者という風に仕事や使命を持ち、皆が明るく、穏やかにそして豊かに暮らしていた。

とても戦争中という風に見えなかった。

勿論、皆で暗き時代を乗り越えるべく空元気になっているという見方もあるが彼らは現に気高く生きていた。

 

アルフィノ

『我ら、諸悪に決して屈せぬ、か…。』

 

アリゼー

『何、それ?』

 

アルフィノ

『ブレトニア始祖王ジル・ル・ブレトンが掲げたスローガンさ、諸悪とは当時この地を巡って争っていた非ヒューラン種族の事で当時圧倒的劣勢だったジル王が泉の聖女の祝福を受けた時に騎士や兵士、そして民衆の前に立ち、自身の旗と槍を掲げて叫んだのがこの言葉だったそうだ。以降彼らの決意を示すスローガンになっていったんだ。』

 

アリゼー

『アルフィノ、あんたブレトニア史取ってなかった筈よね、あの本読んだの?』

 

アルフィノ

『ああ少しだけね。』

 

この時アルフィノはタジムニウスがブレトニア人ではないかという疑念を実は以前から持っていた事を妹に話そうと思ったが、言ったところで信じてもらえまいという考えと疑念を抱いて彼自身が正体を明かすその時まで証拠を掴むことが出来なかった事から黙る事にしたという。

 

______________________

クーロンヌ城内

 

ヤ・シュトラは魔道士としての試験をあっさりパスして図書館の中で本の虫になっていた。

本来ヒューランの中では魔力に秀でた種族であるブレトニア人でも数十人から百人規模を殺傷する魔法を放つのは大変な事であるが、元々魔女マトーヤから手解きを受けたヤ・シュトラは非凡な才能の持ち主でもあった。

試験を受ける前にブレトニアの魔術書と自身の前に試験を受けた魔法使い達の様子を観察した結果合格ラインを優に超える結果を出したのだ。

後の世が戦乱の世になる可能性が有ると考えていたヤ・シュトラにとってこれは必要な力であったが当の本人も流石に一発で合格するとは思っていなかったので少し面を食らったがそれでも平素を装い会場を後にしていた。

 

ヤ・シュトラ

『最初はどうやってブリザシャ(氷系魔法、巨大な氷塊を敵に落とす呪文)をあんな広範囲にするのか検討がつかなかったけど一度に使う魔力と詠唱量を変えるだけだったのね。魔力の消費が激しいからおいそれとは使えないけど…それに見合った威力、ブレトニア軍の魔法使いは戦略兵器扱いされる理由も分かったわ。』

 

ヤ・シュトラは聞こえぬ程度の大きさで独り言を呟きながらページを捲っていた。

因みに彼女が今読んでいる本はブレトニアの神話の本であった。

図書館にはブレトニアやライクランドの歴史、周辺国の歴史や経済、科学、宗教に関する本や、様々な物語の小説、魔導書に兵学書、万人向けの童話や英雄譚など数多の本が身分問わず皆が閲覧できる様になっていた。

この場では種族、身分関係なく皆が同じ場所で本を読み、感想や問答で花を咲かせていた。

正しくここはブレトニア王国最大の知識と啓蒙と思想のサロンであった。

 

ヤ・シュトラ

『聞いていたよりも遥かに素敵な国じゃない、タジム。』

 

そう呟きながら彼女は茶に口をつけ、また1ページを捲るのだった。

 

______________________

クーロンヌ城下町工房区…

 

その頃シドは異国の技術に目を奪われていた。古臭いながらも他国では考えもつかない技術の宝庫だったのだ。ガレマールやエオルゼア諸国と違い、魔法と化学が完全に分離した文化を持つブレトニア、ライクランドの技術は世界広しと言えど

稀有であった。

武器、防具店では鍛治職人たちが売り物の実演販売をしていた、超サーメット合金(ガレマール帝国にてしようされる古代アラグ帝国の合金。しかし本家ほどの精度は無い。)も同等の硬度を誇るブレトニア銀製の剣で魔導アーマーの装甲板を貫いて見せたり、拳銃で鎧を撃って跳ね返す様を見せたりで有る。

しかもそれがプレートアーマーではなく、チェーンメイルときたものだからシドは面食らってしまっていた。

 

シド

(凄まじい冶金技術だ、幾ら王都とは言え、一小規模工房でこれか。ならライクランドの工房はもっと凄まじいに違いない。)

 

他にも目を疑うものはいくつもあった。

この古風な街並みに確かに存在するガレマール製の機械をブレトニア風に改め直した建物群、蒸気駆動の自動車、馬車の荷台、王立、公立の学校、騎士・士官学校。更には街中に飛空艇発着場と大中小の飛空軍艦の造船所まであった。

ブレトニアという古代の国の姿を全く変えずも当代の国々の中でも高い水準の文明と尋常ならざる速度で古今に渡り抱えていた他国との文明の遅れを取り返した事が見て取れた。

 

シド

『この国が本当の力を取り戻したら…エオルゼアへの侵略も決して辞さぬだろう、それが出来るだけの力がある。』

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クーロンヌ城中央練兵場…

 

グ・ラハは騎士見習いとしての身分である従士志望者としての身分を持っていた為ヤ・シュトラと同じ様に城の中にいた。

それもブレトニアの軍事の中心でも有る練兵場である。

多くの若い男女が種族の垣根を超えて集まっていた。

ヒューラン、エレゼン、ララフェル(ブレトニア、ライクランドではドワーフと呼ばれている)、ルガディン、アウラ、ロスガル、ヴィエラといった主要民族は勢揃いしていた。

そして大勢の若者の前に指導役の騎士達が数人とそのリーダー格の騎士が一人立っている。

 

騎士

『よく来たな子獅子共‼︎これより貴様らは従士見習いとして数週間この映えある王都クーロンヌの練兵場で過ごす。貴様ら、騎士になりたいか‼︎門地を持ち、領地を統治し、王の為に剣を振るう騎士になりたいか‼︎』

 

グ・ラハ&ブレトニアの若者達

『なりたいです‼︎‼︎』

 

騎士

『よく言った‼︎貴様らは卑しき平民、農民だけでなく、門地を告げぬ次男坊や三男坊、次女、三女と言った連中だ‼︎そんな貴様らが一旗揚げるにはただ一つ、敵を殺し、己が生き残る術を身につける事だ‼︎まず己の得物を見定め、それぞれの部隊に配属を待て。配属されたら生まれや種族を忘れ、同じ兄弟、同志として騎士の道を志すのだ。私は最初からそこらの騎士を育成するつもりは無い!国王陛下より伯爵号、ないしは公爵号を戴くに値する騎士、そしてあわよくば泉の聖女様より聖杯を賜る事の出来る騎士…つまり未来の聖杯騎士になる事の出来る騎士を私は育成するつもりだ。聖杯騎士はこの国おいての最高の栄誉、公爵号も夢では無いぞ!皆覚悟を決め、望んで貰いたい‼︎尚、本来であれば銃士隊の希望者はここで申請し、バストンヌ公爵領へ移送するのだが、現在のバストンヌの状況は貴様らも知っての通りだ。よって此処で簡易的では有るが銃士隊向けの訓練も行うので希望者はこの場に留まるように。それ以外の者は武器庫に集合‼︎』

 

グ・ラハ&若者

『はい‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

グ・ラハ

(凄い…昔読んだ騎士物語の騎士そのまんまだ…勇敢と不屈をモットーとするブレトニア騎士…仮とは言え、本当に騎士になれる様にやってみよう!そしたらあの人に…タジムに騎士に叙勲してもらえるかもしれない。そしたら冒険も戦いも一緒に行ける!憧れの英雄の隣で‼︎)

 

グ・ラハは綻びそうな口元を締め、武器庫に向かった。

 

そして各々がそれぞれの仮の身分で過ごして一、二時間経った頃だった。

王都中から勇壮なラッパの音が響き渡った。城へと一直線の大通りは封鎖され、儀仗兵が両翼に整列し、武器持ち栄誉礼で待機する。

王都中から『殿下が帰ってきた‼︎』、『英雄が帰ってきた‼︎』と口々に群衆が集まってきた。

アルフィノとアリゼーは群衆の最前列で、ヤ・シュトラとシドは偶然合流し、その後近くの路地で、そしてグ・ラハは教官の騎士に連れられ他の見習い従士と共に整列した。

 

ファンファーレが角笛とラッパによって奏でられ、ドラムがけただましく叩かれた。

そしてそれに合わせて道化の格好をした饗宴士が現れ高らかに声を上げた。

 

饗宴士

『皆の者ー‼︎アルトワ城を囲いし三つ目の化け物の軍勢はタジムニウス殿下とそれに従う騎士達の正義の鉄槌に敗れ去ったー‼︎』

 

そう言うと帝国兵の姿をした藁人形が四人の男に抱えられて出てきた。藁人形はガレマール人とわかる様に額には恐ろしい眼が描かれていおり、そしてランスが頭から刺さっており、剣が首に刺さっていた。

そして男達がおっとっと人形を落とすと群衆は笑い声を挙げ、更に落ちた人形の首を饗宴士が思いっきり蹴り飛ばすとその倍近い大きさの笑い声が群衆を包みこんだ。

 

ガレマール人はブレトニア人にとってその程度でしか無いのだ。

化け物…彼らの敵意の源はそこなのだ。

ヤ・シュトラは目を背け、そしてシドを見た。

シドは何とも言えぬ表情を浮かべていたが、大丈夫だと身振りで示した。

 

饗宴士

『悪は去った!皆で殿下を迎え入れようー‼︎‼︎』

 

再びラッパが鳴ったがそれは外からでは中からだった。

留守居をしていたクーロンヌ公が大通り中央の壇上に登っていたのだ。

民衆は歓喜の声を挙げた。

 

民衆

『公爵様ー‼︎』

 

民衆

『公爵閣下ー‼︎』

 

クーロンヌ公はニコリと笑い、民衆に手を振ると民衆の声はより大きくなった。

 

クーロンヌ公

『さぁ、我らが子ら、父、母、友、恋人を迎え入れよう。』

 

軍楽隊がブレトニアの行進曲を奏で出すと堂々と歩兵が行進しながら入城してきた。

それを民衆は歓喜の声で出迎える。

先頭を歩く鉄砲隊が行進しながら空に空砲を撃つとまた銃を肩に抱え、抱えたと同時に指揮官が剣を抜き号令した。

 

指揮官

『頭ァァァー、右‼︎‼︎』

 

指揮官が敬礼し、騎手が旗を下ろし、兵達がクーロンヌ公の方に向く。

まるで生き物とは思えぬ規律を持った足跡が大通りを埋めた。銃兵、槍兵、剣兵と行進すると遂に騎士達の列になった。

まず徒歩騎士達が行進し、騎乗騎士達が槍を堂々と立て、馬を歩かせてきた。そしてその間を魔道士達が歩いていた。クーロンヌ公から門までを兵で埋めた所で行進が止まり、儀仗兵の前を行進していた兵達が並びその間を徒歩騎士達と魔道士達が等間隔を空けて並び騎乗騎士達が数人ずつで集団を作りながら両側に並んだ。

それと同時に静寂が訪れ、馬の嘶き声のみが残った。

するとさっきの饗宴士がクーロンヌ公の前に立つと再び口を開く。

 

饗宴士

『頭を垂れよー‼︎跪けー‼︎畏れ多くも畏くも、始祖王ジル・ル・ブレトンの子孫、泉の聖女の一の騎士、我ら人類の守護者、光の戦士…‼︎』

 

暁の賢者達がその声にハッとする。

 

饗宴士

『タジムニウス・レオンクール王太子殿下…ご入来である‼︎‼︎』

 

それに合わせて軍楽隊がブレトニア国家を奏で出し、護衛だからか、先程の騎士達よりも豪華かつ強力な鎧を纏った騎士達とレパンのペガサス騎士達が列を為して、豪華な装飾を身につけ街を闊歩し、そしてその間を傍をレパンとカムイに固められ、堂々とそして優雅に馬を立てるタジムが入城してきた。

そしてその瞬間、民達の興奮は最高潮に達した‼︎

 

民衆

『タジムニウス・レオンクール王太子殿下万歳ー‼︎我らが偉大なる主人に幸あれ‼︎慈しみ深きロイアークに栄光を‼︎‼︎』

 

タジムはその声に応える様にヘルムを脱ぎ素顔を露わにすると剣を抜き天に掲げてみせた。

民達の興奮は限界を超えた。

 

暁の賢者達は自分達の前に立つのはかつての仲間、冒険者タジムンティス・フェデリウスでは無く、ブレトニア王太子タジムニウス・レオンクールなのだと理解した瞬間でもあった。



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第三話 呪詛ではなく剣を以って…

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クーロンヌ城下町

 

若き王太子の凱旋。

 

民衆は歓呼の声で迎え入れた。

 

歴史から見れば実に小さい勝利かもしれない。

 

だがこれはブレトニア王国がガレマール帝国より20数年ぶりに勝ち取った偉大な勝利だった。

 

民衆にはそれだけで十分だった。

 

しかしそれを快く思わない者も居るのは必然であった。

 

全身を粗末な外套で覆った人物が人目に隠れてクロスボウを用意している事をたまたまアリゼーは見逃さなかった。

 

そしてそれは数人おり、奇しくも賢人達の視界に入り、しかも止められる位置にいた。

 

普通なら助けに入るだろう。

 

だがタジムはかつての仲間という以前に将来的な敵勢力の指導者になり得る存在であったし、マキャベリズム主義的に判断すれば彼を見殺しにしてしまう方がエオルゼア諸国としては都合が良くなる可能性は高くなる。

 

皆がそれを考えなかった訳では無かった。

 

だがそれ以前に身体と口は動いていた。

 

アリゼー

『タジム危ない‼︎』

 

タジムはその声にハッとし、暗殺者達の存在に気がついた。

 

それはカムイやレパンも同じである。

 

レパン

『殿下はお下がり下さい‼︎皆、殿下をお守りするのです‼︎‼︎』

 

民衆はパニックになりしっちゃかめっちゃかである。

 

だが訓練された暗殺者にとってそれは些細な事、彼らは喧騒の中獲物をしっかり捉えていた。

 

兵や騎士が止めに行くが間に合いそうにない。

 

タジムは身動きが取れずにいるのか…いや動いていなかったのだ。

 

自身が今この場で討たれるのならその程度だったのだと覚悟を決めてしまっていた。

 

カムイとレパンが馬を前に立てるが既に遅い。

 

次の瞬間

 

クロスボウが放たれたのか男の断末魔が大通りから挙がった。

 

しかしタジムは馬から落馬もして居なければ傷もついて居ない。

 

暗殺者はシドの隠し持っていた銃により絶命していたのだ。

 

他の暗殺者達も死んではいないものの、その場に居合わせた賢人達に倒されていた。

 

賢人達が倒した暗殺者に騎士や兵士達が殺到し、今にも八つ裂きにしてやろうと息巻いていたが、タジムの鶴の一声が飛ぶ。

 

タジム

『決して殺すな‼︎背後を調べなければならぬ、その者らが息を吹き返して暴れてその所為で手や足が其奴らからもぎ取れようが決して殺すな‼︎』

 

カムイ

『殿下、彼らはいかが致します?』

 

タジムは自身の命の恩人達の方を向いたがこのゴタゴタの所為で賢人達の偽装がバレてしまっており彼の良く知る自分たちの姿を曝け出していた事に驚愕した。

 

タジム

『なんの冗談だ…。』

 

カムイもタジムの声に反応して賢人達の方を向き、驚愕の表情を浮かべた。

 

賢人達はカムイをよく知らないがカムイ自身は賢人達の顔は知っていた。

 

タジムが冒険者の部隊を募って帝国軍や様々な危険地帯への調査にはカムイは幾度も参加しており、その都度賢人達の誰かと全員の顔を見ていたのだ。

 

カムイ

『なんと…まさかどうやって。』

 

タジム

『その者らを我が前に、我が友人にして命の恩人、そしてエオルゼア諸国同盟からの違法入国者だ!』

 

すぐさま兵と騎士達がアルフィノ達を捕らえたが乱暴される事が無かったのは王太子の友人と有れば粗末な扱いが出来なかったからだ。

 

その為全員が騎士達に連れられタジムの前に連れてこられた。

 

アルフィノはこうなっては仕方ないと覚悟を決め、そして敢えて、タジムが出奔する前と変わらぬ態度で臨むことにした。

 

アルフィノ

『やぁ、タジム元気そうみたいだね。』

 

アルフィノのこの行動には一つの意図がある。

 

冒険者タジムンティスが今も王太子タジムニウスの中に生きているかという事を調べる為だ。

 

タジム

『やぁアルフィノ。お坊ちゃんも随分とやんちゃになったものだ。今のブレトニアの混乱にかこつけて不法入国とは。』

 

タジムはチラリとシドの方を見遣ると騎士をシドの周りに配置させ話を続けた。

 

タジム

『シドがここにいると言う事は…成る程エンタープライズ号に何かしたな?

 

ここに来るまでウェルリト位しか燃料を補給出来るような所は無い上距離的に間違いなく足りない。

 

なら増槽を積んで、しかもこんなに早く着いたからにはブースターの類をつけたと見える。』

 

シド

『ヘッ、ご明察さ。それで俺の周りだけこんなに厚くしたのは俺がガレアン人だからか?』

 

タジム

『そうだ。まだこの地にはガレアン人に対する差別意識が凄まじい。

 

下手をすれば貴方は民衆や兵士達に殺されかねない。だから今信用に於ける騎士達で背後を守らせてるって訳さ。』

 

タジムは柔らかい表情を浮かべていたが、キッと表情を正すとさらに続けた。

 

タジム

『貴女方は私の命の恩人でもあるが、不法入国者だ。よってそれ相応の措置を取らせてもらう。

 

丁重に城へお連れしろ。それと暗殺者達も牢に繋げ‼︎お客人は男性陣はカムイ卿、女性陣はリヨネース卿が面倒を見たまえ。』

 

これを聞いたクーロンヌ公は猛反対であった。

 

クーロンヌ公

『殿下⁉︎この者らを城に入れるのですか?北方と南方の蛮族共を城に入れるなど言語道断ですぞ‼

 

︎ブレトニア王室の全てが揃ったクーロンヌ城に蛮族が足を踏み入れた事など一度も‼︎』

 

タジム

『トロワヴィル‼︎』

 

タジムは少なくとも賢人達が聞いたことも無いような低い声を出し、この老人を叱責した。

 

 

それはまるで怒り狂った獅子の咆哮のまさにそれであった。

 

タジム

『私の、いや余の目指す統治はいかなる種族も我が栄光と治世に基づき、平等たる国を作ることぞ!

 

それを一の忠臣たる卿が蔑ろにするなどそれこそ言語道断であるぞ。

 

それに卿の言い分は既に破綻している、それを言えばリヨネース卿は純粋なブレトニア人で無いが我が城に出入りしておるし、王都クーロンヌには数多の種族が手と手を取り合って暮らしているでは無いか!

 

産まれた地の問題で卿が余に問答を仕掛けたようであるならもはや卿に言う事は何も無い。』

 

カムイが言い過ぎです。と言わんばかりに咳払いをしたので、タジムも一旦深呼吸すると、表情も言葉も柔らかくし、こう付け加えた。

 

タジム

『…大叔父上、何にしても彼らは我が友人。彼らを大手を広げて迎え入れられなければ私の何処に王たる資格がございます。

 

責任は私が取りますゆえ、どうかお許し頂きたい。』

 

クーロンヌ公はまだ何処か煮え切らない顔をしたが、自身の君主の言う事も尤もだと理解していたのか頭を垂れ、『殿下の随意に』と態度を示した。

 

タジム

『では城に戻ろう。民達も不安気にずっとこっちを見ているしな、そろそろ安心させてやらねば。』

 

レパンはタジムの言葉に頷くと声を大きくして民達に伝えた。

 

レパン

『陛下は御無事である、皆それぞれの家や勤めに戻りなさい。今宵はささやかながらの勝利であるがワインを開け乾杯しましょう‼︎』

 

民衆はレパンの声に応え歓声と安堵の声を出しながらそれぞれの場所に戻っていった。

 

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クーロンヌ城

 

賢人達は男女に分かれそれぞれの部屋に通された。

 

皆、独房か何かに連れて行かれると覚悟したがなんと連れてこられたのは来賓用の豪華な一室であった。

 

金細工で加工された豪華な家具や赤いビロードの高価なソファーやクッション、そして有名な絵描きが描いたであろう立派な絵画が飾られていた。

 

アルフィノ

『こんな豪華な一室を私たちにお与えくださるのですか⁉︎私達は不法入国者なのでは?』

 

アルフィノの問いにカムイは笑って応えた。

 

カムイ

『あれは建前です。殿下が本気でそうお考えになられてたなら有無も言わさず拘束しております。

 

それに他の者がそれを追及したとしても殿下は入城直後に私とレパン、そしてクーロンヌ公に仰いました、『彼らの罪は不問に処す一級の客人としてお迎えしろ』と…。

 

さて、お久しぶりですな、アルフィノ殿、シド殿、そして…。』

 

カムイは少し貯めると口を開いた。

 

カムイ

『グ・ラハ・ティア殿。』

 

グ・ラハ

『俺…いや、何故、私の名前も知っているのですか?初対面ですよね?』

 

シドもアルフィノも頷いたが、カムイはフフッと笑うとこう続けた。

 

カムイ

『ああ、素顔を見るのは初めてでしたか?賢者の行進作戦も、調査団ノアの調査も、その他エオルゼアにおいて殿下が冒険者を募った戦いに実は私は参戦しておるのです。

 

勿論正体がバレぬようローブを纏っていましたので。』

 

そう言われた三名は確かに目深にフードを被った人物がいた事を思い出し、合点した。

 

グ・ラハ

『あの時に居た人だったのですか…失礼致しました…貴方も大事なノアの仲間だったのに!』

 

カムイ

『気にすることは有りません。私は…あの時の楽しそうな殿下のお顔を見れただけで十分。』

 

アルフィノは話を聞きながら首を傾げた。

 

アルフィノ

『話に水を差すようで悪いのですが、タジムは、いや王太子殿下は何故殿下のままなのですか?

 

国王がいない今、彼は王位を継ぐ筈。それが未だ殿下止まりなのは何か理由でも?』

 

カムイは少し考えて末、それに対しての返答を行った。

 

理由は先ずタジムニウス・レオンクールがブレトニア王国の騎士(他国からはジャッジと呼ばれる事もある)として叙勲されていない事にある。

 

尤も騎士の叙勲ならこの場に直ぐにでも出来るだろう。

 

しかしブレトニア王ともなればただの騎士では務まらない。

 

代々国王に即位する者は聖杯騎士として叙勲されている事が前提とすると言う法律が王国にあるからである。

 

聖杯騎士(ジャッジ・マスター)とはブレトニア王国の中でも指折りの力を持つ騎士のことで有り、かつて女神の代理人である泉の聖女フェイ・エンチャントレスより賜りし聖杯の水を飲む資格を与えられる事で初めてそう名乗る事が出来るのである。

 

然し先代のフェイ・エンチャントレスは死去し、当代のフェイ・エンチャントレスもまだ見つかっていない。

 

そしてフェイ・エンチャントレスの代理人として儀式を執り行う資格を持つ聖杯教大主教座カルカソンヌの現状もあり、

 

タジムニウスは自身が聖杯騎士としての実力がある無しに関わらず決して僭称することは良しとせず、即位の要請を固辞し続けている。

 

次に国王フィリップ九世が生死不明である事が挙げられる。

 

タジムはもしフィリップ九世が生きているのであれば、それを差し置いて王座に着くことなど言語道断、それこそ簒奪である事を理解している為、これも王座に着く事を固辞する理由としている。

 

最後に、これが最も大きな要因と言っても良いが、タジムの目的がブレトニア王国奪還では無く、アルトドルフ帝国の再建であり、

 

そしてブレトニア王になろうとも、クーロンヌ公より公爵位を相続したとしても、自身が帝国の臣である事には変わりなく、

 

帝位も未だ空席(事実上はボリス・ドートブリンガー四世が簒奪)であり、帝国統一後相応しい人間が皇帝、ないしは女帝の即位しら彼等の任命なしに王を名乗る事は出来ないと言っているからだった。

 

 

カムイ

『始祖王ジル様と今日までの歴代アルトドルフ皇帝陛下がブレトニア王に暗君が生まれること有ってはならぬと取り決めた掟をその子孫が破る事は決してあってはならぬ。

 

殿下はそうお考えなのです。そして殿下は自身が王足りえる自身が無いと言うのも事実。』

 

アルフィノ

『では殿下が王位を継ぐ条件として国土再統一で有ると?』

 

カムイ

『そしてそれが叶った暁には是が非でもなって頂く。殿下しかおらぬのです、金獅子の王旗を掲げるべきお方は。』

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クーロンヌ城 女性用来賓室

 

先の男性陣が通されたのと同じ様な部屋から悲鳴が上がっていた。

 

…喜びの……。

 

レパン

『アリゼーさん可愛いです‼︎やっぱり赤のドレスは正解でした‼︎‼

 

赤と銀の飾り紐に腰のリボン、白スラックスとロングブーツという見た目とは裏腹に咄嗟に細剣を抜いた時に邪魔にならない様にしている工夫︎、正に美しい薔薇には棘がある。

 

ああもう兎に角、本当にお人形さんみたいです‼︎‼︎』

 

アリゼー

『ありがとう、でもなんかヒラヒラして落ち着かないんだけど、私スカートもあんまり履かないし。』

 

アリゼーは豪華なドレスをあれよあれよとレパンに着せられ、第一世界の妖精達との時間を思い出し苦笑していた。

 

すると試着室のカーテンが開き、中から出てきたヤ・シュトラは黒色の大人の色気を醸し出すこれまた豪華なドレスを着ていた。

 

ヤ・シュトラ

『あら、私には何も無いのかしら?』

 

レパンは口に手を当て、目を輝かせた。

 

レパン

『ヤ・シュトラ様…いえお姉様と呼ばせて下さい、凄い素敵です‼︎

 

すらりと伸びた御御足を強調するスリットに絹のストール、高級ハイヒールから覗く御御足のペディキュアとノースリーブの色気がああ^〜。』

 

ヤ・シュトラ

(この子ひょっとして自分があんまりこういう事が出来ない反動で他人にやったら止まらなくなるタイプかしら。

 

そう思うと可愛らしくなってきたわ。

 

それに何処かライザに似ている気もするわね。)

 

ヤ・シュトラはこのハーフヴィエラの女性が第一世界にて知り合ったヴィエラ族の戦士と重なって少し面白くなった。

 

アリゼー

『リヨネース卿はこういう格好はしないのですか?私達だけこの格好するのもちょっと。』

 

レパン

『お気になさらず、私は確かにリヨネース家の女として産まれました。

 

しかし私は長女、リヨネース家は始祖レパンス・リヨネースへの敬意を払い、必ず産まれた女の子にレパンス様に纏わる名前をつけ、それが長女なら当主としての教育をせよと決められてきました。

 

だからあまりそういう事をする機会は得られませんでした。

 

でも良いんです、父の様な騎士になりたいというのも有りましたし、病に斃れた父に変わってリヨネースの御旗、『赤地に正面を向く金獅子』を守る名誉を得たのですから。』

 

ヤ・シュトラ

『病に斃れたって…お父様はじゃあ…』

 

レパン

『まだ召されては居ませんが…もう間も無く。』

 

アリゼー

『近くに居なくても良いの?お父さん何でしょう?』

 

レパンは少し顔に影が刺したが未練を立つ様に真剣な表情を浮かべ口を開いた。

 

レパン

『父には母がついています。

 

それに父は最後の願いとして『命ある限りレオンクール王家に忠誠を誓い、タジムニウス殿下の剣であれ』と私に言い残したのです。

 

この剣と共に。』

 

レパンは背中に抱える大剣を触れ応えた。

何処の世にも国にも使命を帯びて戦う女性は居るものだ。

 

そして彼女達の運命は幸福であった事は少ない。

 

それをヤ・シュトラとアリゼーは理解していたし、自分達も例外では無いことを分かっていた。

 

集合の時間までこの三人は女同士の会話で花を咲かせるのだった。

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クーロンヌ城 玉座の間

 

暫くして玉座の間に集結した賢人達は騎士や魔道士、そして文官達の並ぶ列の真ん中に立たされ、玉座に座るべき人間の到着を待っていた。

 

カムイが青と赤のコートと白いズボン、そして黒い皮のブーツを履き、肩に国王親衛隊を表す金マントをつけて現れた。

 

カムイ

『王太子殿下、ご入来である‼︎』

 

居並ぶ騎士と文官、そして近衛兵達は敬礼し、賢人達も恭しく頭を下げた。

 

タジムはカムイと似た様な格好をして現れた。

頭に金で細工されたトライコーン(三角帽)を被り、脹脛まであろうか白いロングマントをつけていた。

 

タジム

『楽にせよ、お客人はどうか近くに、楽にして、さぁ、もっと近くに。』

 

タジムに催促された賢人達は玉座の前にある階段の真前まで歩く事になった。

 

後ろから騎士や文官達が興味と侮蔑の目で見ている事は彼らは理解していた。

 

アルフィノは賢人達を代表して今回はちゃんと礼儀に基づいて目の前の英雄に相対した。

 

アルフィノ

『王太子殿下、御目通り感謝致します。

 

私共は貴国とエオルゼア同盟の間に友誼を結ぶべく参上致しましたが、いかんながら貴国は戦争状態にあり、図らずもこのような形となった事をどうかお許し下さい。』

 

タジムはアルフィノが言い終わると口を開いた。

 

タジム

『アルフィノ、今まで通りに接してくれ。

 

私は君達の前ではどんなに着飾ろうが虚勢を張ろうが一人の冒険者なのだから。

 

さて先ず、先の事件で私の命を救ってくれた事に感謝を、それに伴い不法入国、身分詐称の罪は一切問わず、乗ってきた飛空艇も我が王室の権威に掛けて、完全に修復する事を約束しよう。』

 

これを聞いた賢人達は安堵の表情を浮かべた。

とりわけシドに至ってはエンタープライズの事もあった為尚、それは大きかった。

 

タジム

『飛空艇が直る間、諸君らの才覚に見合った仕事を我が国で披露して頂きたいが宜しいか?

 

それ如何では我々がエオルゼア同盟諸国に対しての反応に影響すると思うのだが?』

 

タジムが彼ら賢人を短期間とは言え登用しようとしている事は明白であった。

 

しかし彼らからしても内情の把握という意味では願ったり叶ったりであったし、交渉に影響をもたらすなら彼等に断る理由はなかった。

 

アルフィノ

『その申し出、謹んでお受けいたします殿下。我らの働きが殿下の期待に叶った暁にはどうか我が祖国との友誼を御考慮頂きたい。』

 

タジムは頷き、口を開く。

 

タジム

『シド、貴方の飛行艇は確かランギーユに泊めていたと聞いた。何かあれば事だ、このあとカムイ卿と共に回収しに行くと良い。

 

エンタープライズの停泊地としてこの城のドックを貸そう。』

 

この言葉に文官武官が騒めいたが、カムイが刀を鞘から少し抜き、高い金属音を出しながら収めて威圧した為騒ぐ者は居なくなった。

 

タジム

『客人達については以上だ。聞いた通り、彼等はエオルゼア同盟からの使者だ。

 

民族的、種族的差別を以ってこの方々に対して不貞な言動を働いた者は余に対して弓引いたと同じと心得よ。』

 

文武百官全員が頭を垂れたのでタジムは続けた。

 

タジム

『御客人らは騎士達の列の後ろに、このまま先の事件の実行犯を尋問する』

 

と言いかけた瞬間玉座の間に一人の騎士が慌てて入ってきた。

 

騎士

『で、殿下!捕虜達がたった今死亡しました‼︎』

 

一同騒然とはまさにこの事であった。

 

カムイ

『馬鹿な‼︎とても自殺など出来る状態では無かった筈であろうに‼︎』

 

騎士

『奴ら全員、奥歯に細工を施していた様でして、中に毒薬の類を仕込んでいた様です。現在錬金術師が成分を確認中です。それとこの様な物が。』

 

クーロンヌ公が騎士から受け取ったそれを見て、声を上げた。

 

クーロンヌ公

『な、なんと…‼︎』

 

クーロンヌ公はそれをタジムに手渡した。

それは赤い宝石で、出来たブローチであり、それに黒い龍の紋章が彫られていた。

 

タジム

『これは?』

 

クーロンヌ公

『これはライクランド帝国領東西バットランドに広がる新興宗教組織カーシュタインの子供達、言いやすく吸血鬼教と云われる組織の証です。』

 

タジム

『その吸血鬼教とは何なのだ?』

 

クーロンヌ公が説明するには、かつてライクランド帝国にてヴォイドを信仰し、挙句帝国内に巨大なヴォイドの門を開け、闇の世界の軍勢を招き入れその力を以って帝国を簒奪せんとしたヴラド・フォン・カーシュタインという、バットランド選帝公爵領を治める貴族がいた。

 

通称吸血鬼公と言われたこの男は自身は正統なライクランド帝国の支配者で有る事を信じて疑わなかったが、時の皇帝に帝選に敗れた以降、

 

その地位を奪う為にヴォイドを密かに信仰し、その力によって人の形をし、そして人の生き血を啜る文字通り吸血鬼となり、その力を妻と子、そして一族と家臣に分け与え吸血鬼とし、民衆をヴォイドの信徒ないしはゾンビに変え、帝国に戦いを挑んだ。

 

結果多大な犠牲を払いながらもブレトニアの援軍もあり、ヴラド達は打ち倒された。

 

しかし生き残った信徒達は雌伏し遂に行動を起こしたのだ。

 

キスレヴ会戦時にミドンランド軍に参加していた彼等はバットランド公を戦いの中で弑逆し、ミドンランド公ボリス・ドートブリンガー四世の後援を持って不当に公爵領を占拠し、

 

公爵領内に信仰国家ズィルバニアを建国、国民の半分を信徒化、残り半分の半数を強制的に改宗、残り半数を催眠状態に掛け信仰させ、日夜ゾンビや妖異を信徒が拐った人間ないしは信徒自身を生贄にして召喚している集団だと言う。

 

クーロンヌ

『あの戦いでバットランド軍は半数が戦死、残り半数は訳も解らず、我らを追っていたそうです。

 

戦いの直後、口封じで殺されそうになり、瀕死の状態で逃れてきたバットランド公の腹心が語った事なので間違い無いかと。』

 

カムイ

『バットランド公は先帝陛下の信頼篤き宿将であった。だからあの時ドートブリンガーなどに味方した時は解せなかったが、そんな事情が有ったとは…クソッ‼︎』

 

カムイは無念を口にしているとタジムも口を開いた。

 

タジム

『何にしても下手人が分かっただけでも結構だ。

 

現在の我々の支配下にあるクーロンヌ、リヨネース、アルトワの3公爵領全域に目を光らせておけ、それと死亡した者の始末は内密に、ここで公表すれば、彼奴等は殉教の徒として英雄視されるから癪でしか無い。

 

とにかくこれで解散とする、今宵は戦勝とエオルゼア同盟の使者をもてなす為宴とする、18時に各自参集すべし、各都市や街、村にもこう伝えろ。

 

今宵の晩餐は全て王家の奢りである盛大に飲み、食い、英気を養えと。

 

以上、解散。』

 

諸将

『ハッ!』

 

タジムが退室すると、各々はそれぞれの待機場所や屋敷に戻って行き、暁の賢人達も先の部屋に戻り、シドはカムイ卿に連れられエンタープライズを回収しに行った。

 

18時の鐘が鳴った時、王都や町は人々の賑わいが一層大きくなっていた。

 

何せ今日はいくら飲み食いどんちゃん騒ぎをしてもその金は全て王家が払ってくれるだけで無く、先にも述べたガレマール帝国に対しての小さくとも久方の勝利に沸き立っていたからである。

 

王城でも大賑わいであった。

 

久し振りに勝利、王太子の帰還など幸先の良い吉事が続いているからだった。

 

そしてこの宴の主役は何と暁の賢人達であった。

賢人達の周りには騎士や文官達が集まっていた。

 

勿論、侮蔑の言葉を放つ為で無く、それしようとする者は少数であったし、そうで無い者が大勢集まってしまったのでそれも出来ずに隅に追いやられていた。

 

賢人達とブレトニア人の間を取り持ったのは他でも無いタジムとカムイとレパンの三人で有り、それぞれがそれぞれの話をして聞く者達を釘付けにしていた。

 

そしてそれとは別の人集りが出来ていた。

それはシドの周りに沢山の技術者や鍛治士が集まっていたのだ。

 

天才シド・ガーロンドの力はここにまで轟いていたのだ。

 

ブレトニア人の技術者達はその仕事柄かガレマール人に対しての偏見は全く無く、ガーロンドに、有りとあらゆる(大半が飛行艇、飛行軍艦についてだが)難問に対しての助力を乞い、シドもそれに合わせて的確かつ発展を促す意見を述べ、有意義な時間を過ごしていた。

 

宴もそこそこにタジムは城のテラスで一人グラスを片手に星空を眺めていた。

 

いや正確には星空を眺めていたのではなく、超える力で過去を見ていたのだ。

 

超える力が発動したタイミングと星を見たタイミングが重なってそうなっただけだった。

 

過去の情景はかつてブレトニア内で起こったテロ事件の場面を映し出されていた。

 

この時、ブレトニア王国は急激な近代化の代償により財政難に陥っており、タジムの曾祖父より始まったこの問題を祖父、そして父であるフィリップ九世がやっとの事で終結したが、この情景は父がまだ即位して間もない頃で、国民が財政難の所為で生活が困窮した事による一揆が発生した所と言った具合だろう。

 

タジム

『義父上から聞いた事は有ったが…父上はこの一揆を収めるのに大変苦労したと聞く。』

 

タジムの視線の先には若きフィリップ王とカムイ卿が居た。

 

フィリップ王

『また民衆の一揆が起きたそうだな、場所は何処だカムイ卿。』

 

カムイ卿

『ジソルー伯爵領で御座います陛下。』

 

フィリップ王

『ジソルー伯の治世に問題があるとは思えぬ…ここ最近の治安の悪化と言い…ガレマール帝国の関与の疑いはないか?』

 

カムイ卿

『可能性は高いかと、一揆勢はかなりの人数が武装しており、帝国製の物が紛れている様です。』

 

フィリップ王

『直ぐに鎮圧せよとジソルー伯とボルドロー公に伝えよ、必要とあらば余も出る。

 

ライクランドに座すジギスムント皇帝陛下に良い報告をそろそろせねばならぬしな。』

 

カムイ卿

『御意、しかしよもやガレマール帝国がテロ同然の行動に出るとは…やはり我が国に対して連中は剣を向ける勇気も無いとみえますな。』

 

フィリップ王

『カムイ卿…ならば奴らに教育してやれ、テロリズムは時代を逆行させる事は出来ぬが時代を停滞させる事は出来る…。

 

それを知っているからこそ我らブレトニアは決してお前達を好きにはさせぬとな。』

 

ここで過去視は終わった。

 

父と義父は今、まさに此処で一揆の対応を行っていたのだ。

 

タジム

『テロリズムで時代は動かない…ならば今回の事件に対しても、私が取るべき態度は一つしかない。』

 

そう一人で呟くきながら目を開くとなんとテラスに賢人達やカムイやレパンと言った騎士達が集まっていた。

 

アリゼー

『目、覚めた?』

 

アルフィノ

『皆で君の元に行こうとした時にはもう君は過去視を初めていたから慌てる皆んなに説得するのは大変だったよ。それで何を見たんだい?』

 

タジムは見たものを話した。

 

カムイ卿

『そうですか、あの時の事を視ましたか。あれは事実上の最後の民衆達の一揆となりました。』

 

タジム

『カムイ卿、父上はどのようにしてこの一揆を収めたのだ?それはまだ聞いていなかったのだが、差し支えなければ教えてほしい。』

 

カムイ卿

『あの後、暴徒と化した平民達はあろう事かジソルーの武器庫を襲い、大量の武器、特に銃火器を奪い、各地で同志を募り、クーロンヌまで進軍しようと思い上がりました。

 

陛下はこれ以上の被害を出すわけにはいかぬと、王室フュージリア連隊(射撃を専門に行う戦列歩兵部隊を指す)と擲弾兵連隊、そして竜騎兵隊を私に指揮させ、ジソルーに向かいました。

 

そして暴徒共にある情報を流し、とある路地に誘い込みました。

 

そして、陛下は自らフュージリア連隊の指揮を執り、暴徒に斉射、二度ほどの斉射を喰らっても暴徒は指揮を崩しませんでした。

 

そこで陛下は兵士達の壁で隠していた2門の12ポンド野砲を見せつけ、暴徒共が戦慄している間に散弾を喰らわしたのです。

 

一気に血の海になり、パニックを起こした民衆は逃げ惑いました。しかし出入口は私に率いられた竜騎兵隊と擲弾兵部隊が塞いでおり、こちらに逃げてくる暴徒も同じように射殺、残った暴徒は20人ほどだったと思います。』

 

これを聞いた者達はフィリップ王の苛烈さに恐れを抱かずにはいられなかった。

 

カムイはワインの一口飲むと更に続けた。

 

カムイ

『自己弁護と聞かれても致し方ありませぬが…あれは避けようが無かったとしか言いようが有りませんでした。

 

そして陛下は暴徒の死体を見て一人こう呟いておりました。

 

『テロリズムでは決して時代を作れぬ。だからこそ私は決して屈せぬし、二度とこんな事は起こさせぬ、決して、決して!』

 

とね、ですが、あれは陛下自身に言い聞かせて居たのです。押し殺した嗚咽と怒りを胸に。』

 

タジム

『そうか、父上は敢えて強硬姿勢とる事で結果として国を守ったのか。』

 

皆が怪訝そうな顔をするのでタジムは分かりやすく説明した。

 

民衆を治めるにあたって国家がその政体によって最上に置くものは違うが、民衆に規律を与えるのはそれによる規範とそれを犯した者に対して処罰とそれによって被る不利益に対してであると言う根本的な部分は変わらない。

 

言うなれば盗みを働けば当然警察が動き、牢に入れられる。

 

誰もが好き好んで牢に入りたくは無い。

 

当然だが、酷ければ生きたまま首を刎ねられたり、家族が盗人の一族と揶揄される様などそんな目には遭いたくないし、もっと視たくも無いだろう。

 

この様にその国を治める機構が罪を犯した者の結末を明らかにし、そして一切の妥協無く刑罰を与える能力があると民衆が知れば、早まった行動を取れない。

 

つまり暴動の類いを起こしにくくなるのだ。

 

そして外に対しては民衆を利用した謀略が無意味である事を喧伝する事でその手の策を練りづらくする。

 

もっと言ってしまえば、軽い騒動を起こしたとしてもその起こした者達を一族郎党皆殺しにして見せる事で立案者側の良心の呵責を狙うという事もできるのだ。

 

タジム

『極端に言えば恐怖による統治さ。

 

罪を犯した者にはただしき罰を、与える。

 

それが民衆の知る所であれば、何もしていなくても、警察機構を持つ国家であれば警察に、それを軍隊が兼ねていれば兵士に、睨まれたり、こっちがその姿を見ればドキッとするものさ。

 

国家の治安とはまさしく民衆の恐怖心のまさにそれなのさ。

 

尤も父上はその後憲法を制定され、議会を開く準備を行なって限りなく民主制に近い政治を取り行われた。

 

そのお陰で国政は豊かになり、多くの民がひもじい思いから抜け出し、民衆の父上の認識は英雄となったのだ。

 

そして鉛玉で蜂の巣にされた暴徒は必要な犠牲と言うだろうよ…。』

 

最後はタジムなりの皮肉だったのか、何処か冷笑的なものを感じたとアリゼーは母への手紙に綴ったという。

 

その時は夜も更けていた事もあってか、この日の祝宴はお開きとなり、各自それぞれの場所に戻り、明朝の9時より朝食を兼ねた軍議を開くとタジムは言い、人々を解散させた。

 

タジム

『いかに善政を敷いても人が従うのは個人では無く、その国の規範や主義で無ければならないと賢者は言う。

 

だがその主義、思想そして規範が恐怖によって成り立っているのだとしたら…果たしてどちらが正しいのだろう。』

 

______________________

クーロンヌ王城大広間

 

ブレトニアの一般的な朝食(パンやトースト、ベーコンエッグやフルーツ、紅茶等)がズラリと並んだグランドテーブルの両側に座るブレトニアの騎士や文官達に混じって暁の賢人達も食事を摂っていた。

 

アリゼーは流石に朝からこんなに食べるのかと一瞬辟易していると親切な騎士が何も全て食べねばならない理由は無いと教えてくれた。

 

お陰でアリゼーは気が楽になったがなんでこんなに沢山用意しておくのかと聞くと、騎士がタジムの方にチラリと視線を向けた。

 

アリゼー

『あぁ…成る程…。』

 

アリゼーはあぁ、納得と言わんばかりに短く答えた。

 

タジムニウス・レオンクールには後に冒険者としても君主としても逸話が多く存在するが、必ず出てくるのが彼の大食いである。

 

決して肥満ではなく、筋肉こそあれど細身の彼の何処に其れだけの料理を平らげる土壌があるのかと皆が疑うが、毎日毎食どんなに少なくとも二人前は必ず食べるこの男の食いっぷりは尋常ではない、カムイ卿はこの件に関してこう記していたという。

 

ある時私は我が王に剣のみを与え、自然の中で生きる術を与えるべく訓練を施した。

 

王は不慣れながらも少しづつ生きる術を学び、遂に初めて獲物を取ることに成功し、その肉を喰らった。

 

その時、王は取り憑かれたのだ、この世に存在する全ての食物の美味さに。

 

以降タジムは大食いの道を走り出した。

 

それによって起こる健康状態の悪化など心配されたがそこはタジム自身が気をつけているお陰でそれは無かった。

 

なんなら今彼が食べているのは大きめのボールに入れられた山盛りグリーンサラダである。

 

ほぼ独りの人間のせいで騒々しくなった朝食を終えた一同は軍議に臨んだ。

 

現在のブレトニアはクーロンヌ、リヨネース、アルトワ、そして分割したアキテーヌのおよそ三分の一しか領土を持っていない。

 

そしてカルカソンヌ、パラヴォン、バストンヌ(及びその支配下にあるアキテーヌ領の残り半分)を蜂起促す為には、ブレトニア軍の支配地域が少なくともブレトニア王国の半分を占めていなければ困難であるというのが現在帝国の支配下にあるカルカソンヌ公の結論であり、秘密通信を用いて義兄クーロンヌ公に伝え、そしてタジムはそれを聞くとその条件を満たす為の戦略を立てた。

 

完全な帝国の支配下に落ちているボルドロー公爵領とオルカル山地とその地下にある巨大地下工房都市を奪還する事であった。

 

だが肝心な事にその二つはとても近い位置にあり、どちらか一方を攻撃されれば、残りの一方が援軍を即座に差し向けられることが出来るという地理的な強みを持ち、

 

目下タジム率いるブレトニア軍にはその両方を攻める力は無かった。

 

現在のブレトニア軍の遠征可能戦力はニ万五千であった。

 

残りは防衛用の兵力と、遠い地や帝国軍の支配下から逃れてきた将兵や部隊だが、後者を直ぐに戦いに引き摺り出すことは到底出来なかったのだ。

 

タジム

『彼らに休息を与えることが出来ても彼ら全員に満足に兵装与えてやったり、貿易や、後のために空中艦隊の根拠地としてボルドロー、オルカル山地は必ず奪還せねばならない。』

 

クーロンヌ公

『諸君も知っての通り、現在ボルドロー公爵家は断絶、オルカル山地にはその地に住まう混血ブレトニア人特にルガディン、ドワーフを主に強制的に収容し、徹底的な強制労働に就かせている。

 

彼らの解放が遅れれば遅れるほど大勢の無辜の民が命を落とす事になるのだ。』

 

カムイ卿タナトスはその言葉を聞いて思わず聞き返した。

 

カムイ卿

『クーロンヌ公、ボルドロー家が断絶したとはどういう事ですか⁉︎』

 

クーロンヌ公は無念の表情を浮かべた

 

クーロンヌ公

『残念だが…タナトス、ボルドロー公爵は2年前に病死したのだ。

 

御子息もキスレヴの戦いで戦死しているし、ボルドロー公も高齢だったしな…本当に残念だが。』

 

カムイ卿は嗚咽まじりの咽び泣いた。

 

タジムは目を閉じ、喪を示した。

 

タジム

(父上とボルドロー公はとても親しかったと聞く、無理もないか。

 

いやそれ以上にボルドローが完全な帝国支配下にある事が何倍も問題だ。

 

ボルドロー軍は解体されてしまっただろうか?もし解体されて無いのならこのままの策で行けるのだが。)

 

タジム

『クーロンヌ公、ボルドロー、及びオルカル山地の戦力を教えてくれ。』

 

クーロンヌ公は地図を持ってこさせると説明を開始した。

 

ボルドロー、オルカル山地共に兵力は守備隊合わせ一万五千、尚、ボルドローは五千がガレマール帝国軍であり、残り一万はボルドロー公爵軍であった。

 

守備隊を除く出撃可能の兵力は共に一万だが、野戦を仕掛ければ二万対二万五千になる為、帝国側がそれを仕掛ける可能性は低い。

 

そしてブレトニア側は両方の拠点を奪還しなければならないが一つずつ落とさなねばならないのでどちらか一方を攻撃している間に残り一方が全戦力を出動させる事が出来るので、事実上ブレトニア軍二万五千対三万の戦いになるのだ。

 

タジム

『これについてはもう策を考えてあるんだ。

 

その前に先ず我が軍の攻撃目標はボルドローに定める。

 

次に策だが、我が軍はボルドローに軍を進めるがその間に五千程の兵を帝国軍に見つかる前に分けておく、ボルドローを攻囲する二万の兵に対して敵は必ずオルカル山地に援軍を要請だろう。

 

少なくとも一万はオルカル山地から出撃する筈だ、その一万を機動力に富んだこの別働隊五千で撹乱し、進軍を遅らせ、敵を疲労させ、最後には時を掛けずにボルドローの包囲軍と一気にカタをつけ、ボルドローに立て篭もる敵軍の戦意を打ち砕く作戦だ。』

 

クーロンヌ公

『正しく奇策ですな。

確かにボルドローを攻囲するのに二万もあれば余裕でしょう。

 

されど敵の援軍を止めるのにたった五千とは、どうするおつもりです?』

 

タジム

『この五千はその戦力全てを騎兵で賄う。

 

槍騎兵、剣騎兵、竜騎兵、弓騎兵といった戦力だな、それらは馬の機動力でヒットアンドアウェイを仕掛け続けて敵の疲労を誘うのだ。

 

だが決して乱戦には持ち込まず常に殴れば逃げを敵がボルドローに着くまでの二日間これを繰り返す、夜通しな。』

 

なんと…と諸将は顔を見合わせた。

 

この作戦に従事する騎兵、つまり大半が騎士であるが、この作戦に参加する者は居るのか?

 

そもそもこの精神力と忍耐を必要とする作戦を指揮する指揮官が居るのかと顔を見合わせた。

 

タジムはフッと笑うとその別働隊の指揮官は自らがやると言い出したから一同騒然となったのは言うまでもない。

 

アルフィノ

『タジム自身が指揮を取るのか⁉︎

 

総大将が自ら…失敗すればどうなるか分かっているのか⁉︎』

 

ヤ・シュトラ

『そうよ!それに二日の間にボルドロー軍の指揮が落ちなかったり、城から打って出てきたらどうするつもりなの⁉︎』

 

 

タジム

『それについては今話すよ。

 

あとこれは私が立案したんだ、指揮を執るのは当然のことさ。

 

そしてクーロンヌ公、此度の攻囲軍は卿が指揮を取れ、カムイ卿が今回の留守居とする。』

 

カムイ卿

『…何故私は留守居なのです。』

 

タジム

『カムイ卿、貴方は喪に服すべきだ。

 

それにそんな状態でついて来られても邪魔なだけだ、これは命令だ。』

 

カムイ卿

『御意、ですが殿下お願いがあります。

 

別働隊五千と言いましたが、七千に増やして頂きたい。

 

ボルドローを攻囲するなら一万八千でも充分、もしもの為に兵をお増やしください。

 

それに城攻めでは騎兵は役に立ちませぬ。』

 

タジムはクーロンヌ公を見たが、クーロンヌ公も頷いたので、別働隊五千を七千に訂正した。

 

タジム

『では次に、攻囲軍について話をしよう。

 

別働隊の働きがうまく行ったとしても、ボルドローの敵軍が戦う気満々のままで居たら結局挟み撃ちにされてしまう。

 

これはヤ・シュトラ女史の言う通りだ、そこで、遂に暁の賢人達の出番と言うことだ。』

 

タジムが指を鳴らすと五人分の帝国軍の軍装が用意された。

 

うち一つは帝国軍士官の軍装であった。

 

タジム

『暁の諸君には帝国軍に成りすましてボルドロー侵入し、ボルドロー軍の指揮官にあって我が意とボルドローの防衛兵器を無力化して欲しい。』

 

暁の賢人とシドは目を丸くし、タジムは少し後ろめたそうに頭を掻いた。

 

タジム

『実はシドが来た時点でこの作戦は考えついていたんだ。

 

配下の兵が非ガレアン人でも問題ないが、士官がガレアン人では無いとなると色々面倒だが、シドがその役をやってくれれば違和感は全て払拭出来る。

 

それだけじゃない、攻囲軍は防衛兵器の被害を受けなくて済む、何より内側からボルドローを落とせるとあれば何倍も戦いは楽に進み、死人が減るんだよ。』

 

シド

『簡単に言ってくれるぜ、まぁ俺達らしいと言えば俺たちらしいな。

 

前にミンフィリア達を助けに行った事を思い出したぜ。』

 

タジム

『やってくれるか?』

 

暁の賢人達は互いの顔を見合わせ、首を縦に振ってくれた。

 

アルフィノ

『勿論やろう、だがタジム、こちらも一つお願いがあるんだが?』

 

タジム

『俺はン・モゥ族じゃないんだけど?

 

まぁ聞きましょう、んで何をお願いするの?』

 

アルフィノ

『この潜入なんだが、アリゼーとグ・ラハ・ティアを除く私達三人で行く、そのかわりこの二人をタジムの側に置いてくれないか?』

 

省かれた二人は驚愕し、そこに追い討ちを掛けるようにヤ・シュトラも続ける。

 

ヤ・シュトラ

『そうね、暴れ盛りの二人を連れて行っても可哀想なだけね。

 

それよりも憧れの英雄の側で戦わせてあげればこの二人は喜ぶし、何よりタジム、貴方は二人に対しても約束が有るのではなくて?』

 

タジムはこれは…と言わんばかりに頭を掻いた。

 

そして二人次第だと言った。

 

二人の返答はついて行くであった。

 

タジム

『よし決まりだな。

 

陣触れをだし、クラリオン・コールを鳴らせ‼︎

 

ブレトニア軍はこれより出陣する‼︎‼︎』

 

ブレトニア軍二万五千はこうして出撃した、タジムの軍団司令官としての初陣が今始まろうとしている。

 

______________________

ボルドロー城門付近…

 

ガレマール帝国軍の兵士達が朝の見回りをしていた。

 

まだ夜が明けたばかりで空はまだ暗く、兵達は重い瞼を擦りながら職務にあたっていた。

 

然しその中でも少し離れた平地から爆炎が上がるのを彼らは見逃さなかった。

 

帝国兵

『敵襲ー‼︎‼︎‼︎』

 

警報が鳴り、次々と兵が城壁に殺到する。

 

どうやらたった三人の帝国兵をブレトニア軍が大軍で追い掛けている様だった。

 

追われている帝国兵は近隣のパトロール小隊だろうか?

 

たった三人になりながらも懸命に味方の元に走って行く、ボルドロー側も銃撃や城壁に備え付けられたトレビュシェットやバリスタ、大砲を使って迎撃してきた為、ブレトニア軍は被害を出す前にあっという間に逃げていき、朝靄の中に消えた。

 

三人の為に城門を開けたボルドロー側は直ぐに何が有ったのか問いただすべく司令官が逃げてきた三人の元に訪れた。

 

ボルドロー占領軍司令官

『お前達、一体何が有ったのだ?

 

あのブレトニア軍はなんだ⁉︎』

 

帝国軍士官

『自分ら第二一八七パトロール小隊はこのボルドロー郊外にてパトロール行動を終え、野営していたのですが。

 

突如、同数のブレトニア歩兵部隊と遭遇、戦闘になりました。

 

戦闘を始めた途端、一気に敵の数が二倍、三倍と増えたので堪らず敗走したら、追ってくる敵部隊の後ろには我らの逃げる先に向かって進軍する敵の大軍が居たのです。

 

そこから容赦なく部隊が差し向けられ小隊も我ら三人を残して全滅、我らもどうして生きて帰ってこれたか…グッ…。』

 

士官は息を切らせ、戦傷の痛みに耐えながら少しづつ話した。

 

他の二人は息を切らせすぎたのか、口も開かなかった。

 

帝国軍士官

『兎に角、命に変えても敵軍襲来の報を司令官閣下にお伝えせねばと無我夢中で走ってきたのです…。』

 

ボルドロー占領軍司令官

『そうか…ご苦労だった。

 

最後に敵軍の総数を聞きたい。

 

推定でも構わん、如何程の兵力で彼奴等は迫ってきているのだ。』

 

帝国軍士官

『二万以上であります、閣下。』

 

ボルドロー占領軍司令官

『に、二万だと⁉︎

 

叛乱軍め、何処にそれだけの戦力を…‼︎

 

直ぐにオルカル山地の軍に報告を入れろ、援軍を要請するのだ‼︎』

 

帝国兵

『ハッ‼︎』

 

伝令の帝国兵が走って行くと、防衛体制の維持と逃げてきた三人は休むように指示を与えた司令官はボルドローの城に戻っていった。

 

逃げてきた三人のうちの1人である小柄の兵士は司令官の傍にいた騎士をじっと見つめていた。

 

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ボルドロー郊外 ブレトニア軍本陣

 

ブレトニア騎士

『御三方は潜入に成功したようですクーロンヌ公爵閣下。』

 

騎士の報告を受けたクーロンヌ公は椅子から立つと夜が明け切る前に全軍に包囲陣形を完成させる様に指示を出した。

 

ブレトニア騎士

『御三方は大丈夫でしょうか?』

 

クーロンヌ公

『どうだかな。

 

あの蛮族…いやシドとか言ったあの機甲士が裏切らぬかがワシは心配だ。』

 

クーロンヌ公は嫌みたらしく答えた。

 

ブレトニア騎士

『公爵様、シド殿は殿下のご友人ですよ?

 

それにこんな事を言っていたと殿下に知れたら間違いなく御立腹になられますぞ。』

 

クーロンヌ公

『ならば卿はあのシドというのを本当に信じているのか?

 

ガレアン人は平気で人を裏切るし、裏切らせるそういう奴らの血が入っているあの男を信用出来るのか…。』

 

ブレトニア騎士

『それは…。』

 

騎士が返答に困っている事を察したクーロンヌ公はその騎士に詫び、こう続けた。

 

クーロンヌ公

『いや、すまぬな。

 

癪だが、あの男を信じなければ殿下を信じないのと同じになる、ここは信じるべきだったな。』

 

一方その頃、前線を指揮していたレパンは軍の配置が済んだ事の報告を受けていた。

 

レパン

『分かりました、それでは始めましょう!』

 

レパンは馬を全軍の前に立てるとこう叫んだ。

 

レパン

『ブレトニアの男たち、女たちよ‼︎

 

勝鬨を挙げなさい‼︎‼︎

 

一時間毎に全軍の半数が勝鬨を挙げ、城に籠る敵に我らの威を示すのです‼︎‼︎』

 

以降敵軍は眠ろうにも眠れず憔悴する事になる。

______________________

オルカル山地地下工房都市

 

ボルドローより敵軍襲来の報を受けた帝国軍はすぐに軍を出撃させた。

 

出撃した軍は一万、敵は守備兵五千を残した事になる。

 

タジムが想定した敵軍の最低数であった。

 

一万が出陣した事はタジムの耳に届くまでそう時間は掛からなかった。

 

アリゼー

『一万と七千、数は不利だけど仕事は楽になったわね。』

 

グ・ラハ

『此処から二日掛けて敵を削って行くわけだな?司令官どの。』

 

タジム

『七千全てが騎兵とは敵も思うまいよ。

 

機動力を捨てる軍隊なんて歴史を見ても先ず存在しないからな。

 

さて、アジムステップの遊牧民族よろしく敵を引っ掻き回してやろう。

 

先陣はこの私が自ら斬る。

 

猛きブレトニアの騎士達よ、我に続け‼︎‼︎』

 

全軍

『『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』』

 

帝国軍救援軍司令官

『ん、なんだこの音は…馬鹿な敵襲か⁉︎

 

防衛陣形を取れ、急げ‼︎‼︎』

 

七千の騎兵達は先ず竜騎兵の馬上射撃によって敵に被害を与え、両翼に展開した弓騎兵に支援された槍騎兵と剣騎兵の突撃で敵を崩す戦法を取っていた。

 

だが如何に崩しても兵力差と敵が立ち直れば被害が出るのはタジム達である。

 

だからこそタジムは突撃したら直ぐに後退を命じた。

 

当然敵の射撃が後ろから放たれ、僅かな被害を出したが、敵の射程外からは悠々と退去する事に成功した。

 

ガレマール帝国軍一万の軍勢は、道中撹乱を受けるという事実がある以上全力で進軍する訳にもいかなくなった。

 

むしろこの軍の司令官は疑心暗鬼に陥った。

 

敵は二万と聞いていたが、この撹乱に出された兵は七千近く、もし総数二万ならこれだけ兵を割いていては間違いなくボルドローは落とせない。

 

実は各地で蜂起したブレトニア、ライクランド軍残党が想像以上に集まっており、ボルドローの攻囲軍と襲ってきた七千は囮で、少なくとも更に二万近くの軍がオルカル山地に迫っているのではないかとすら考えだしていた。

 

しかしこれに対しては参謀がそれは無いと根拠を以って否定した。

 

もし敵が本当にそれだけ動員できるのであれば、最初から全力を以って我が軍を駆逐し、一挙に殲滅してしまえばいい話だが、それをしてこなかったのはそれだけの動員が不可能である証拠であると、然しボルドロー側が援軍要請を出した事を鑑みるに敵の総数は撹乱兵力を除いても二万近くである事は間違いなく、我が軍が向かわねば、ボルドローは確実に落ちる。

 

なので我が軍はこのまま戻らずボルドローに向かい、もし敵の撹乱部隊が再度襲撃してきたら今度は手痛い反撃を喰らわせ行動不能にして仕舞えばいいと言ったのだ。

 

司令官もこれに同意し、スピードこそ落ちるものの、ボルドローへの進軍を再開した。

 

もしこの時この参謀が敵の総数が撹乱兵力も合わせて二万五千程だと看破していたら結末は違うものになっていたかも知れない、しかし時は戻ってこないのだ。

 

この時点でタジムの作戦の半分は達成している。

 

結果ボルドローへの内部工作を行う時間的猶予が生まれたからである。

 

この時アリゼーとグ・ラハは軍議の前に起きたタジムとの会話を思い出していた。

 

タジム

『仮にこっちが相当の戦力を持っていたとしても結局は二箇所全ての場所を攻撃するのは時間と手間の無駄でしかない…アリゼー達ならどうする、こういう時?』

 

アリゼー

『そうね、それなら一箇所にまとめてドカンと叩くのよ‼︎』

 

グ・ラハ

『そうだな、俺もそう思う。

 

その方が結局のところ此方の被害は少ない。』

 

タジムは頷きながら、口を開いた

 

タジム

『発想は素晴らしい。

 

だが問題点がある、一つは敵を集める方法。

 

今回敵は我々に兵力を分散させる事が目的であり、その優位性を捨てる事は考えられない。

 

もう一つは敵に戦力を集中させずに各個撃破すべしという用兵学の基本に劣る事になる。』

 

アリゼー

『うーん…難しいわね。』

 

タジム

『発想は素晴らしいと言ったろう?

 

必要なのは応用さ。

 

そうだな集める方法は問わないとして、敵を集めるなら集まりきる前に進軍ルートを抑えて、各個撃破してしまえばいい。

 

更に今回の場合兵力同数、敵は二つに分かれている場合、我が方は全体でA集団、次にB集団を叩いて行く。

 

此方は常に敵の二倍以上の戦力で戦えるから勝算も高いだけでなく、犠牲も少なくて済む。』

 

タジムの戦術論に2人は目を輝かせながら聞いていた、憧れの英雄がより一層彼らに影響を与えている瞬間であった。

 

タジム

『だが今回の場合それをやろうにも敵を引き摺り出さないとそれが出来ない。

 

おまけに今回は必ず攻囲戦を強制され、各個撃破しようにも時間が掛かってしまう上、たった五千とはいえ、戦力が上の相手に挟み撃ちにされるとあれば我が方が分が悪いのは自明の利だ。

 

なんとしても時間差つけ、かつ短時間で各個撃破する方法を考えないとならんか…ヤレヤレ。』

 

グ・ラハ

(結果この人は敢えて敵の策に乗り、用兵学の基本も無視して戦力を分散させた。)

 

アリゼー

(でもお陰で敵は出てきた。結局時間との勝負になったけど各個撃破するチャンスを作り出した。この人は優れた戦士だと思っていた。けれど…)

 

グ・ラハ

(この人は優れた戦士である前に優れた用兵家なのかも知れない。だからこそあれだけたくさんの人々がついて行くのだろう。)

 

と考えていたが、実はこの時タジムは全く真逆の事を考えていた。

 

タジム

(やれやれ、こっちが戦力を分散して敵を誘き出さねばならんとはな。

 

此方は分散せず、かつ敵を集結させずという基本中の基本を捨てるなんてとてもでは無いが良い用兵家とは言えないな。

 

どうにか各個撃破されないようにしてるとはいえ、もし敵がもっと戦力があって、しかも優れた将帥がいたらこの作戦はあっという間に破綻していただろうな。

 

寧ろこれを考えた人間は凄いな、此方が決して多くの戦力を動員出来ない事を予見して立てた戦略だ、敵もなかなかやる。)

 

タジムは敵が前進を開始したと報告を受けると直ぐに指示を出した。

 

タジム

『よし全軍、次の地点に移動だ。

 

だが次は敵もしっかり迎え撃つ準備をしてくるだろう。

 

ここからは予断は許されない、我々は攻囲軍と合流した際には各個撃破する為の要だ。

 

こんな無謀な戦いを強いて言うのは心苦しいが、我々が消耗すればする程、この後の各個撃破戦の猶予が短くなると思え‼︎

 

我らが1人でも多く生き残る事がこの戦いの勝利を決めるのだ‼︎』

 

将兵

『『ハッ‼︎‼︎』』

 

タジム

『よし、移動開始!』

 

最初の襲撃から少し経った頃、またタジムの別働隊が仕掛けてきた。

 

しかし今回は帝国側も対応が取れた事もあり、既に防御陣形は完成している。

 

タジムはそれを見ると、竜騎兵隊を両翼展開させると、槍騎兵を前衛に出した。

 

確かに敵の兵に騎士達が持つランスより長いパイクを持った兵士は居ない。

 

しかし槍襖の中に騎兵が突っ込んだら自明の理である、しかも今回は魔導アーマーが支援射撃を開始したので接近する前にいくら散開しても被害を出してしまう。

 

だがタジムは対策済みだった。

 

よく見ると騎士達の持つランスは長さこそ変わっていないが、普段のものより二倍近く太くなり重厚感のある物に変わっており、持ち手は中心寄りになり、更に槍の根元には穴が空いていた。

 

この大型ランスこそブレトニアの新兵器『ガンランス』であった。

 

大型ランスに45mm無反動砲を内装し、ランスチャージの前に砲撃し、敵の戦列、ないしは魔導アーマーを破壊するというコンセプトで作られた新兵器であった。

 

尤も射程が短い為、遠距離からの射撃は出来ないが彼らは基本的に近づいて戦う存在なのでそこは問題にはならない。

 

兎も角、この新兵器は火を噴いた。

 

これ食らった敵は胴体が吹き飛び、流石の魔導アーマーも数発喰らえば爆散した。

 

戦列が崩れた所に騎士と騎兵達は突っ込んだ。

 

しかし敵は最初から防御陣形を敷いていた手前立ち直りは早い。

 

程々に暴れた後別働隊はまた退却していった。

 

いくら新兵器を使用しても今回は敵の準備が出来ていた事もあり、別働隊の損耗は前回の二倍になった。

 

まだ許容の範囲であったが想像以上に消耗していく為、タジムは次の夜襲を最後に撹乱を止め、集結地点へ急ぐ事に決めた。

 

理由は敵の援軍の数が少なかった事とそれによって此方の撹乱によって、少ない戦力が少しずつ少なくなっている事。

 

時間差をつけて各個撃破ができる可能性が高い事であった。

 

タジム

(尤も敵の数がやはり少ないと言うことも大きな要因だな。

 

この作戦をする上で敵は外に出せる戦力を最低でも二万は用意していなければ、せっかく有効な策を無碍にしてしまう。

 

恐らく帝都の混乱で幾らか出て行った可能性が高い、帝国での問題が我らに対して好都合に働いてくれるのは幸運だったと言わざる得ないだろう。)

 

夜襲も完全に夜が更け切った時間を狙った奇襲であった事も功を奏し、帝国軍に期待以上の損害を与える事に成功した。

 

タジムはこの戦いについて後に回想録を残しており、敵の不甲斐なさに驚いた旨を書き記したと言う。

 

しかし、これは事実であったし、無理もないとこであった。

 

帝国の版図を見ればブレトニアなどは帝国の内地といっても過言では無い。

 

そこに精鋭の兵を置く必要性がなかった事、そして過度にブレトニア旧勢力を挑発したく無かったからである。

______________________

ボルドロー城内

 

少し時を戻しボルドローの中に入った帝国兵三人組についても少し語らねばならない。

 

三人は兵舎にて休む様に命じられそこで多少の時間を潰した。

 

そしてブレトニア軍の攻囲が始まり、タジム達が撹乱しているその頃遂に行動を起こす事にしたのだ。

 

アルフィノ

『ここ迄は予定通りだ。

 

後は如何にボルドロー軍側の有力者に接触するかだ、幸いにも敵の司令官の傍に控えていた騎士はどうやら高位の様だから、まず彼に接触を試みようと思う。』

 

シド

『だが、どうやって接触するんだ?

 

敵の司令官のそばについてる人間にどうやって近づくんだ。』

 

アルフィノ達が話していると外から話し声が聞こえてきた。

 

帝国兵

『司令官殿が二時間おきに戦況の伝令を寄越せと言ってきたそうだ。』

 

帝国兵

『何でわざわざ伝令なんか、通信が使えないとでも言うのかよ?』

 

帝国兵

『敵が電波妨害を開始したらしくてな。

 

お陰で援軍に向かってる筈のオルカル山地の連中や、カルカソンヌ、バストンヌの味方にも連絡がつかないそうだ。』

 

兵士達の会話を聞いたヤ・シュトラはニヤリと笑った。

 

ヤ・シュトラ

『これは使えるわね。』

 

暫くして司令官に伝令を届けるべく城の中が兵士やってきた。

 

すると兵士が歩いていると角から別の兵士が出てきて彼に寄りかかった。

 

兵士はミコッテ族の女だった。

 

ヤ・シュトラ

『ああ、ごめんなさい。

 

体の調子が少し悪いの。』

 

兵士はヤ・シュトラを助け起こしながら答えた。

 

帝国兵

『おい大丈夫か?

 

すぐそこに医務室があるからそこまで運ぼう。』

 

肩を貸してもらった兵士とヤ・シュトラは医務室に入った、どうやら軍医も衛生兵も休憩に行っていて不在の様だった。

 

すると、ヤ・シュトラは軍服の胸を開けると兵士をベットに抱き寄せた。

 

そして耳元で囁いた。

 

ヤ・シュトラ

『ねぇ、知ってる?

 

私達ミコッテ族は発情期が存在するのよ。

 

私丁度発情期なのよ、疼きを止めてくださらない?

 

好きに触って良いからぁ…。』

 

完全に帝国兵が骨抜きになった瞬間、ヤ・シュトラが猫撫で声で詠唱し、哀れな帝国兵は気を失った。

 

ヤ・シュトラ

『フフフ、ごめんなさいね坊や。

 

この先はちゃんと好きな相手としなさい。』

 

そしてヤ・シュトラは伝令書を兵士から抜き取ると、とある細工をする為に先に行っていたアルフィノ達と合流した。

 

アルフィノは不思議になった…と言うより察しがついてしまったのか恐る恐る聞いてみた。

 

アルフィノ

『ヤ・シュトラ…あの…なんだ、一体どうやって手に入れたんだい?』

 

ヤ・シュトラはクスクス笑うと、

 

ヤ・シュトラ

『坊やにはまだ早くてよ。』

 

とはぐらかした。

 

はぐらかした事によってアルフィノはまさかと思いながら深刻な顔をして考え出したのでそれを見たシドは面白くて堪らんといった顔をしていた。

 

そして司令官に伝令書を渡すとそれを一読した司令官は下がってよしと合図を出した。

 

流石に兵士一人一人の顔、特にシドはフルフェイスで覆っている為分からないし、当然他の二人の顔など司令官は覚えていなかった。

 

すると途端に司令官室が停電し、真っ暗闇になった。

 

一同がなんだかんだと騒いでいると、ボルドロー軍の指揮を取る騎士が何者かに近づかれ、鎧の上に来ているローブのポケットに何かを入れられたの感じた。

 

そしてそれはこう言い残した。

 

『後でこちらを人目のつかないところでお読み下さい。

 

レオンクール王家からの書状です。』

 

騎士は驚きの表情を浮かべ、その声の主を捕まえようとしたが、虚しく空を掴むだけであった。

 

そして停電が治ると司令官は一体何の騒ぎか調べてこいと三人を追い出した。

 

三人もさっさと出て行ってしまい、騎士は渡された物を確認したい為、前線に出てくると司令官に言うと敵の司令官も許可すると答えたので騎士も司令官室から出て行った。

 

ちなみにこの騎士の名前はアレクサンデル・ラ・フェールと言い、ボルドロー家に使える重鎮であり、ボルドロー家とは遠い血縁の関係でもあった。

 

ラ・フェールは城壁の、それもブレトニアボルドロー軍が配置されている地点まで行き、手渡された書状を見ると、それはタジムが直筆で書いた物であった。

 

ボルドロー軍側の代表者へ

 

先ず変わらぬ主家の忠義、大義である。

 

亡きボルドロー公に代わり、礼を申す。

 

永らく国を開けた者が図々しく頼むことでは無いが諸君に協力して欲しい事がある。

 

敵司令官及び敵の重要人物を捕縛、無いしは無力か我が軍がオルカル山地の帝国兵を粉砕するまでの間打って出る事が無い様にしてもらいたい。

 

もし、諸君らが王家への忠誠心も失っていないのであれば、一時で構わないので協力して欲しい。

 

このボルドローの民草や諸君ら将兵が傷つくとこなど私は見たくないのだ。

 

そしてそれは帝国兵も同じだ。

 

無用な犠牲を強いることは果たして聖女様がお喜びになろうや?

 

もし諸君が一時でも時を稼いでくれれば私は諸君らの前に堂々と立ち、再び王家の旗を高らかに掲げるだろう。

 

どうかその時まで壮健なれ。

 

タジムニウス・レオンクール

 

ラ・フェールは包囲するブレトニア軍を見た。

 

彼らは城壁内に用意された防衛兵器の射程ギリギリで待機しているが、大砲や投石機も撃てる体制にはしておらず攻城塔や破城槌すら彼らは用意しておらず、ただただ鬨の声を上げるだけだった。

 

ラ・フェールは自身の横で翻る青地に金の三つ矛の印章の旗(ボルドロー公爵旗)を見ると、何かを決心したのか、兵士にボルドロー軍の将校を数人づつ自身の元に秘密裏に来させる様に命令し、城壁を去っていった。

 

そして兵舎に赴いて、伝令に来た三人だけしか居ないことを確認すると部屋の鍵を閉め、三人に質問した。

 

ラ・フェール

『お前達は何者だ?

 

一体どこの家から派遣されたのだ?』

 

アルフィノは自身の本当の名前と身分、そしてタジムニウス・レオンクール殿下の意を受けて潜入したと説明した。

 

ラ・フェールはそれを聞き真と捉えると彼は膝を屈し、嗚咽した。

 

ラ・フェール

『そうか…そうか…王家は本当に滅亡して居なかったのだな…殿下は…生きておいでなのだな…おおおお…。』

 

アルフィノ

『ラ・フェール卿、タジムニウス殿下は今手勢を連れて、オルカル山地の敵軍の到着を遅らせるべく自ら死地に立っておいでです。

 

殿下を今救えるのは貴方だけなのです。』

 

ラ・フェール

『あいわかった。

 

これも殿下の為、ところでアルフィノ殿卿らそれだけの為に来たのではあるまい?

 

この城の防衛兵器を止める為にも来たのであろう?

 

ならば城の地下の主動力炉を停止させるといい、この城の大砲やバリスタ、投石機などは魔導兵器化、つまり無人化されていて、城からの動力で動いておる。

 

従ってそこを落とせば、全て止まるのだ。

 

寧ろ私からもお願いしよう、動力炉を落として下され。

 

さすれば我ら騎士達が敵将達を捕らえ、帝国兵達を無力化致します。』

 

アルフィノ

『ありがとうございますラ・フェール卿。

 

必ずやり遂げます、あとは時が来るのを待つのみです。』

 

こうしてボルドロー城内の調略も着々と進んでいた、そして遂に戦いは最終局面を迎えようとしていた。

______________________

ボルドロー城城外

 

その夜、包囲軍から7千の兵が後方に移動した。

 

指揮を取るのはクーロンヌ公である。

 

包囲軍残存一万一千はレパンが臨時で指揮を取っている。

 

クーロンヌ公

『この闇に乗じて我らは無事に離れられるが、残りの者達が襲われないとは限らん。

 

私にはまだあの男を信用することは出来ぬが…殿下の奮闘を無駄にするわけにはいかん。』

 

敵の進路を塞ぐ形で布陣したブレトニア軍は朝を待った。

 

彼らはこれから同数から多少多い敵の兵を食い止めなければならない。

 

だが、彼等の救いを与える勝利の女神もまた、蹄の音と共に現れようとしていた。

______________________

ボルドロー城壁

 

翌日、帝国兵達は驚いた包囲していたブレトニアの戦力の半分近くが消えていたのだ。

 

残り半分は微かに見える程度の離れた位置で布陣していた。

 

帝国兵達は間も無く自分たちに出撃命令が下ると覚悟した。

 

彼等が二万の兵(帝国はそう考えていた)を半分にしなければならない理由、それは援軍が到来したからである。

 

帝国兵達は自身の勝利を確信した、一万では包囲はできるかも知れないがボルドローは落とせないからである。

 

ボルドローの帝国司令官も全軍に打って出る準備をする様に命令を出した。

 

そんな司令官をラ・フェールは剣の柄に手を置き見ていた。

______________________

ボルドロー郊外

 

帝国軍とブレトニア軍が戦端を開いたのはそこから二時間後の事である。

 

ブレトニア軍七千に対し、オルカル山地所属帝国軍約八千九百である。

 

ブレトニア軍は大砲や投石機を使うために簡易的な陣地を敷いて待ち構えていた。

 

帝国軍は撹乱され疲労困憊ではあったが魔導アーマーなども使い潰す気で必死の猛攻を掛けた。

 

これにはブレトニア軍一の猛将と言われたクーロンヌ公トロワヴィルの指揮が合っても堪えるものがあった。

 

それでもトロワヴィルは前線の兵を叱咤激励し、自身も塹壕の中や平地で剣を振るい、戦いに身を投じていた。

 

クーロンヌ公

『殿下はもう直ぐ此方に来られる、それまでなんとしても支えるのだ‼︎』

 

騎士

『然し、敵も必死ですな。

 

彼等にとってもボルドローは重要と見えます。』

 

クーロンヌ公

『彼奴等としても人の家に巣食う白蟻の自覚はある様だな、自分たちの巣がある家が倒壊でもすれば目も当てられぬしな!』

 

そう言ってクーロンヌは敵を両断した。

 

彼の使う剣はツヴァイバンダーであった。

 

長い刀身には敵の血をつけ、それを齢七十を超えるとは思えぬ剣捌きで扱っている。

 

然し、ブレトニア騎士や将兵の奮闘も流石に数の差に押され少しずつ押され始めていた。

 

突破される事は事実上の敗北を意味する事から兵士達は死守すべく、銃兵達は銃剣を着けて白兵戦に参加する始末になった。

 

だが遂に敵の後方よりよく聞き慣れたラッパと角笛の音が聞こえてきた。

 

帝国軍は後ろを見るとそこには行方が分からなくなっていた騎兵軍団が後ろに列を為していた。

 

布陣を完了したタジムは各部隊指揮官に突撃目標を伝えるために走り回っていた。

 

それを終えると全軍の前に立ちこう叫んだ。

 

タジム

『諸君‼︎

 

これは記念すべき日だ‼︎

 

我らはここで敵を打ち破り、この地一帯に我らの旗を再び立てることが出来る‼︎

 

この国に残る帝国軍、いや世界に再び喧伝出来るのだ、我らブレトニア王国は決してまだ牙を抜かれた訳ではないと‼︎

 

我らは呪詛の言葉で敵を女々しく呪うのではなく、我らの剣を持って高貴なる心を示す事を忘れてはいないと言う事を‼︎

 

槍を構えよ男達よ‼︎‼︎

 

剣を高々と掲げよ女達よ‼︎‼︎

 

この勝利を聖女と大神シグマーに捧ぐ‼︎

 

いざぁぁ‼︎‼︎』

 

グ・ラハ、ブレトニア将兵

『いざぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

タジムはもう一度叫ぶ

 

タジム

『いざぁ‼︎‼︎』

 

アリゼー、ライクランド帝国残党軍

『いざぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

 

全軍

『いざあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

タジム

『戦太鼓を叩け、角笛を鳴らせ‼︎‼︎』

 

角笛が鳴り、戦太鼓は轟く。

 

帝国軍は予備戦力と投射戦力を後方に展開し、迎撃の構えを取る。

 

タジム

『進めェェ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

約七千騎の騎士と騎兵達が馬を走らせる。

 

完全な密集突撃陣形を組んだ彼らは真っ直ぐに敵戦列に向かって走っていく。

 

帝国兵は砲撃と銃弾と魔法と矢の嵐を騎士達食らわせた。

 

もはや犠牲を顧みない完全な攻撃陣形を組んでいるから大勢の騎士や騎兵が犠牲になった。

 

だが、彼らは止まらない。

 

勇敢と高徳な精神を具現化した彼らを止めるものは無い。

 

帝国軍は戦慄し、未熟な兵は恐怖に押し潰され、古参兵は何度も喰らい続けたブレトニア騎士団の突撃が何を意味するかを思い出した。

 

騎士の突撃は遂に帝国軍に襲い掛かる。

 

夥しい兵士が馬に弾き飛ばざれ、踏みつけられ、剣や槍の餌食になっていった。

 

それに合わせ前方のクーロンヌ公も突撃を敢行、騎兵と歩兵に完全に挟まれた帝国軍が血祭りに挙げられるまで時間はそう掛からなかった。

 

乱戦の中、孤立した救援軍司令官はガンブレードを抜き、敵を捌きながら逃げ道を探すことに専念していた。

 

だがそこにタジムが馬に乗り立ちはだかる。

 

タジム

『総大将か?』

 

救援軍司令官

『あ…ああ…あああ…』

 

タジム

『総大将かと聞いている。』

 

救援軍司令官

『だ、誰かこの男を殺せぇ‼︎‼︎』

 

タジムは馬に拍車を入れると敵将に向かって突進した。

 

敵将はガンブレードを向け、タジムを撃ち殺そうとした。

 

だがそれよりも早くタジムの剣は敵将の頭を跳ね飛ばす。

 

首を失った体は血を吹き出し倒れる。

 

返り血塗れになったタジムは敵の首を掲げ叫ぶ。

 

タジム

『敵将は、フィリップ九世の子、タジムニウス・レオンクールが討ち取った‼︎‼︎

 

これ以上の流血は無用である‼︎

 

即刻降伏せよ‼︎‼︎』

 

司令官の恐怖で引きつったまま固まった首を見た帝国軍は戦意を喪失、残った約一千五百人余りが捕虜になった。

______________________

ボルドロー城

 

その頃、帝国軍は出陣が来ない事で浮き足立っていた。

 

援軍は目の前に来ているのに何故敵を挟み込もうとしないのか分からなかったのだ。

 

そうこうしているうちに残ったブレトニア軍が遂に城壁に接近してきたのだ。

 

もはや上官の命令を待っている事はできぬと帝国軍は防衛兵器を起動した。

 

然し防衛兵器は全て動かなかった。

 

なんとそれと同時に全てのエネルギーが停止したのだ。

 

帝国軍は混乱した、ボルドロー軍を除いて。

 

するとボルドロー軍の将兵がその場にいる帝国兵に武器を向け、拘束したのだ。

 

帝国兵

『貴様達、何の真似だ‼︎

 

友軍だぞ‼︎』

 

ボルドロー兵

『我々は貴様達を一度たりとも友軍とは思った事はない。

 

貴様達蛮族にこれ以上我が祖国は犯させない‼︎』

 

帝国兵

『おのれ…蛮族が‼︎』

 

ボルドロー兵

『…同じ窯の飯を食ったよしみだ。

 

命は取りたくない、お前達も死にたくなければ抵抗しないでくれ。』

 

帝国兵達が降伏していく中司令室にはラ・フェール達に倒された司令官以下重要人物達が倒れ、指揮系統は完全に崩壊。

 

ボルドローの城門は開き、レパンは兵達と共にボルドローに入城した。

 

レパン

『信じられない…本当に無血で入城しちゃうなんて…まるで魔法よ。』

 

ボルドローから帝国旗が降ろされ、ブレトニア王国旗とボルドロー公爵旗が高々と掲げられるのをタジムは満足そうに見ていた。

 

そんなタジムにアリゼーが声を掛ける。

 

アリゼー

『おめでとうタジム。』

 

タジム

『まだこれからだよ。

 

残りの公爵領にいる帝国軍は勿論だけど、流石にこれでライクランド側の奴らも刺激した事は間違いない。

 

ここからが大博打の始まりだ。』

 

タジムはそう言い終わると勝鬨をあげ、自らの名を連呼する兵達に剣を掲げた。

 

タジムニウス・レオンクールは王たる者であるという声はブレトニア中を覆いつつある。

 



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第四話 連戦と王の剣

______________________

ボルドロー城内

 

ボルドローは無血にて陥落した。

 

その立役者はラ・フェール伯爵と暁の賢人であった。

 

彼らは先ずラ・フェール伯爵と接触する為に帝国軍司令官室に入る直前その部屋だけを停電させるため、回路に細工したように、今度は城と城壁の動力炉に侵入し、これを停止させたのだ。

 

シド

『どうやら外の軍勢が侵入したようだな。

 

城の防衛設備をむりくり魔導兵器化したのが仇になったな。』

 

ヤ・シュトラ

『でも、まだ油断出来なくてよ。

 

帝国兵がここに来るかもしれない。』

 

そう言った直後に複数の足跡が聞こえてきた。

 

三人は戦闘体制に入るが、ラ・フェール伯爵とレパンが騎士と兵士を引き連れてきたのだ。

 

ラ・フェール

『おお、卿ら無事だったか?

 

お陰で全て上手くいったボルドローは開城された、それも無血で‼︎』

 

レパン

『本当に信じられません‼︎

 

アルフィノ殿、シド殿、シュトラお姉様本当にありがとうございます!

 

我が王太子殿下もさぞ御喜びになられるでしょう‼︎』

 

アルフィノ

『お役に立てて光栄ですリヨネース卿。

 

動力炉を復旧させましょう。

 

そうすればクーロンヌにも通信が可能になる筈、無線封鎖も解いてあげた方が宜しいかと。』

 

レパン

『そうですね、では早速。』

 

レパンはリンクシェルで通信を取り、シドは動力炉を再稼働させた。

 

ボルドローの全ての機能が復旧した事により、長距離通信も可能になり、レパンの命令を受け、通信妨害は停止、タジムの耳にもボルドロー完全制圧の通信が流れるまで時間が掛かることは無かった。

 

 

タジム

『ボルドローは完全に我が支配下か。

 

通信兵、レパンとアルフィノ、あとボルドローの指導者に通信を繋げ。

 

オープン回線だ。』

 

通信兵

『はい殿下。

 

………繋がりました、リンクシェルを起動して下さい。』

 

タジムはヘルムを脱ぐと、耳に手を当て、リンクシェルを起動した。

 

タジム

『アルフィノ、シュトラ、シド、本当によくやってくれた…。

 

ボルドローは無血開城出来たのは君たちのおかげだ、ブレトニア王国を代表して感謝する。』

 

アルフィノ

『タジム…いやタジムニウス殿下にお褒め戴くとは光栄だ。』

 

アルフィノはどこか嬉しそうな声を抑えて答えた。

 

タジム

『レパンも、良く兵をまとめ上げてくれた。

 

この賭けをするに当たって重要な事はそちらの兵が毅然と任務に専念する事。

 

大変な事だった筈だ。』

 

レパン

『殿下も、此度の戦の勝利、臣下としてお喜び申し上げます。』

 

タジム

『うむ、それとボルドロー側の指導者に通信を繋ぎたい。

 

予備のリンクシェルをその御仁に。』

 

レパンはタジムの意を受けてリンクシェルをラ・フェール伯爵に渡すとその旨を伝えた。

 

ラ・フェール

『声のみで御意を得る無礼をお許しください。

 

私はアレクサンドル・ラ・フェール伯爵でありますタジムニウス殿下。』

 

タジム

『伯爵、此度の事なんとお礼して良いかまだ余には分からぬが、必ずその功績と名誉に敵うものを約束しよう。』

 

ラ・フェール

『殿下…ありがたき幸せにございます。』

 

タジム

『そこですまぬが、ラ・フェール伯爵、貴公とボルドロー軍一万はそのまま残り、ボルドローの守備を頼む。

 

我らはこのままオルカル山地に向かう、今守備兵はたった五千、通信妨害を解除した事で敵もボルドローが落ちた事は承知のはず。

 

なら敵がどちらに来るにしてもその前にオルカル山地を解放したい。

 

とても強力なかの要塞を我が方で抑えれば戦略的にも戦術的にも有利になる。』

 

タジムがそう言うと横からクーロンヌ公も口を挟んだ。

 

クーロンヌ公

『大丈夫ですか?

 

幾ら同じブレトニア人とは言え、先程まで敵軍に組みしていた者達ですぞ。』

 

タジム

『大丈夫だ、もし彼が裏切るのなら動力が戻った今、城壁を閉じ、レパンを人質にするなりなんなりできた筈だ。

 

だがしなかったと言う事は彼を信用しても良いと思う。

 

ましてやボルドロー公の腹心ともあればその信用に万金に値するのではないか?』

 

クーロンヌ公は少し考え込むと、頷きその通りだと同意した。

 

タジム

『よし、負傷者のボルドロー入城がすみ次第、一気にオルカル山地を奪還する‼︎

 

エオルゼアのウルダハでは『勝敗は速さと早さが分ける』そうだ。

 

ならば我らがそれを実践し、教えてやろう、ブレトニアの軍法の疾さを‼︎』

 

タジムニウス率いる軍は負傷兵のみを置いて、オルカル山地に向かった。

 

総兵力約一万九千、オルカル山地までの行軍行程をたった一日と半日で達成し得た所にはタジムニウスの用兵の非凡さが出ていた。

 

だが奇妙な事が此処で起こる。

 

オルカル山地に到着後布陣を開始したブレトニア軍が異変に気づいたのはタジムニウスが斥候を放ってからの事だった。

 

迷彩を施された軍服を着込んだアルトワ・レンジャー連隊(アルデンの森を領有するアルトワ家にて創設された偵察を主任務とする、主にライフル兵と弓兵、双剣士によって構成される散兵連隊)の内の一個小隊が山肌に設けられた塹壕やトーチカを偵察していた。

 

だがいくら五千という少ない兵数でそれら全てを稼働する事は出来なくても山の内部に繋がる山道を守る為のトーチカ位は稼働させる筈…されどそれらは動いておらず塹壕にも人っ子一人居なかったのだ。

 

レンジャーA

『おい、本隊に連絡を入れた方がいい。

 

敵が誰もいないぞ、スナイパーの気配すら無い。

 

こんなことあり得るか?』

 

レンジャーB

『本当だ…幾らなんでも妙だ。

 

CP、CP、こちらbooze1(酒屋)敵地偵察中なれど、敵の姿が確認出来ない。

 

繰り返す山腹の防衛兵器その全ての稼働を確認出来ない指示を求むOver。』

 

レンジャー達は本隊に通信を入れた。

 

CP(コマンドポスト(司令部))

『こちらCP了解、殿下に通達する、暫し待て。

全レンジャー小隊に通達、新たな指示があるまで周辺の偵察を続行せよOver。』

 

タジムに敵兵なしの報が届いた時はその司令部が騒々しくなった。

 

クーロンヌ公

『いくらなんでも妙だ。

 

確かに五千ではその全ての防衛兵器を扱うのは難しい。

 

だが幾らなんでも無防備は考えられぬ、何かの罠かと臣は考えます殿下。』

 

タジムはそれを聞いても何も言わず、従卒にブランデー入りの紅茶を頼んでそれを飲み干すまでの20分間何も言わなかった。

 

だが20分後決断したのか前進の命令を出す。

 

つまり罠は承知で山の中に入り、巨大地下都市に侵入すると言うことである。

 

アルトワ・レンジャー連隊の綿密な偵察と狙撃による支援を得たタジムニウス直衛の徒歩騎士団が主君を護りながら亀甲体系を作りながら前進した、タジムが自身も行かねばならぬと行った時には周りは反対したが、頑固にそれを拒否した。

 

タジムは自身が安楽な後方から踏ん反り返っているのに対し、騎士や兵士達を死線に叩き込み、それを眺めるを良しとはしなかったのだ。

 

タジム

『地下の出入り口まで本当に誰にも合わずに来ちゃったな。』

 

騎士

『本当に敵も居ないようですが…。』

 

するとミコッテ族の騎士が急に耳を動かし、意識を集中した。

 

するとハッとしてタジムの前に跪いた。

 

騎士

『殿下、畏れながら申し上げます!

 

分かり申した、何故敵がここに来ても迎撃してこないのか。』

 

タジム

『如何に。』

 

騎士

『地下都市より剣戟の音が聞こえまする‼︎

 

中で戦闘が起こっている模様。』

 

タジムはあっという間に状況を理解した。

 

タジム

『馬を持て‼︎

 

足の速い者と、下馬しても十分に戦う自信のある兵と騎士は私と共に先行する‼︎

 

都市内の民草が蹶起したに違いない、幾ら数で上回るとはいえ、正規軍相手では長くは持たぬかもしれん‼︎』

 

タジムの号令に騎士や暁の賢人達が馬を駆って地下都市への道を駆けて行く。

 

アリゼーはタジムの斜め後ろから声を掛けた。

 

アリゼー

『でも蹶起してる人達を助けるって言ったってどうやって助けるの?

 

地下都市は巨大洞窟の中に作られた城壁を構えた都市何でしょう?

 

先行する騎士や騎兵だけじゃ何も出来ないんじゃ無い?』

 

タジム

『鉤縄位は有る。

 

城門に引っ掛けて登って開けるしかない!』

 

ヤ・シュトラ

『そんなまどろっこしい事はしなくて良くてよ、私に任せてちょうだい。』

 

そうこうしているうちに坂を降り終わり、地下都市が見えてきた。

 

各所から煙が上がり、それは工房からの物と燃えた建物から出た煙だった。

 

遠くからでも怒号と剣戟の音は聞こえてくる。

 

急がねばならない。

 

するとヤ・シュトラは杖を構えて詠唱する。

 

ヤ・シュトラ

『文明の象徴たる火よ、我が意に応え怒りと死の鉄槌を彼奴等に与えん、デスペア‼︎‼︎』

 

すると杖の先からとんでもない大きさの火球を作り出し、それを城門に放ったのだ。

 

鈍い鉄の音を立て、門の中心が大きく凹み、多少狭いが騎馬の一団が通れる位の隙間が出来た。

 

全員があんぐりと口を開け、ヤ・シュトラをみると、ヤ・シュトラは口元に指を当て、こう言った

 

ヤ・シュトラ

『魔女マトーヤを舐めないでちょうだい。』

 

タジムは首を振ると剣を掲げて叫ぶ。

 

タジム

『間違えても民草を殺すな!

 

今正しく混戦状態だが、敵将を討てば止まる!

 

皆、雑魚には構うな。

 

目指すは敵将の首ただ一つ‼︎』

 

城門を抜けた一行は門を確保する役目を担った部隊に馬を任せ、徒歩で乱戦の中に入っていった。

 

暴徒と化していたのはやはりドワーフ(ララフェルより一回り大きい小人の種族、屈強な種族として有名だが、冶金技術にも優れた種族)とルガディンが主流の非純粋のブレトニア人達であった。(勿論純粋のブレトニア人であるヒューラン族やその他各種族も紛れている)

 

この連中がとりわけガレマール帝国統治下に於いてなかなか粗逆な扱いを受けていた事は既に述べた。

 

そんな時にボルドロー救援の為戦力の2/3も留守にし、しかもどうやら壊滅したらしいと感じ取った彼らは遂に工具やらなんやらを武器の代わりに持ち遂に蜂起したのだ。

 

彼らは口々に祖国の愛とガレアン人に対する憎悪を口々に叫んだ。

 

されどいくら数が少なくても暴徒相手に倒されてやる程帝国軍も甘くはない。

 

数万人に及ぶ暴徒もそれの何割にしか満たない帝国軍に劣勢を強いられていたが、ブレトニア軍の参加で事態は変化した。

 

タジム

『間違っても同士討ちだけはするな‼︎

 

各小隊纏って動け、民草達をこれ以上やらせるな‼︎』

 

タジムは徒歩で帝国兵を斬り倒しながら命令し続けた。

 

ある程度の安全を確保する事に成功したタジムは帝国兵狩りを将兵に任せるとその場にいた民衆の中に事情を話せる者を探し出し、詳細を問いただした。

 

この蜂起はかつてここを収めていたドワーフ族の戦士『アイアンロック・グリムハンマー』(ブレトニア・ライクランド地方のララフェル族は独自の命名規則を持つ)なる男が帝国統治下も工房や鉱山で労働に従事していたが、遂に反旗を翻し、それに同調した民衆達が起こしたのだという。

 

元々誇り高い戦士であり、民衆も彼以外の指導者には従わず、遂には帝国統治下であろうとそれを変える事はなかった。

 

事情を知ったタジムの元に伝令が届く、それは残存した帝国兵が都市部中央に撤退している事と、中央部に孤立してしまった民衆の一隊と刺し違える気である事を伝えてきた。

 

その一隊はアイアンロック・グリムハンマーの指揮する旧ブレトニア王国ドワーフ・ルガディン族精鋭選抜部隊所属だった兵達で構成された連中でこの暴徒達の中で最もマシに戦えた部隊であったがそれ故に孤立してしまい、引こうにも、他の民衆を助けに行こうにも動けなくなってしまったのだと言う。

 

タジム

『すぐに助けに行こう。

 

クーロンヌ公はこの場で待機、賢人方は私についてきてくれ。』

 

賢人達が頷き、近衛兵が馬に騎乗したのを確認するとタジムを戦闘に百人余りの騎士達が中央部に急いだ。

______________________

オルカル山地地下都市中央部

 

多くの帝国兵が殺到している中その只中で大立ち回りを演じている集団がいた。

 

アイアンロック・グリムハンマーとそれに付き従う屈強な戦士達である。

 

彼らは斧と丸盾というこの地方のドワーフやルガディンの伝統的な武器で戦っていた。

 

防御、攻撃に於いても強力な重歩兵である彼らが幾ら大暴れを繰り広げても無理があり、次第に少しづつ削られ、奮闘虚しく包囲されていた。

 

アイアンロック

『なんじゃあ⁉︎

 

掛かってこんかぁ‼︎‼︎

 

こちとら死に損ないの老耄どもじゃぞ、こんなジジィ達も殺せんのか帝国兵は‼︎‼︎』

 

とドワーフ族にしては少し体が大きめのこのドワーフ族の初老の男は吠えた。

 

帝国兵は包囲こそしたものの彼らにとどめを刺す事を恐れていた。

 

この状態になるまで帝国兵が払った犠牲の多さが問題だったのだ。

 

天下無双と謳われたオルカル山地の戦士達はその強靭な体を持った斧の使い手としても有名であったが、一分野に限ればガレマール帝国以上の科学力を持つ彼らは正しく歩く武器庫であり、現に彼らは斧以外に手持ちサイズにまで縮小した魔導カノン砲まで引っ提げており、それがこんな狭い所で大暴れすれば火を見るより明らかだった。

 

その為、彼らは命が惜しくなってしまったのだ。

 

だが彼らが討ち取られれば、この反乱も終わる事を理解していた。

 

遂に誰かが鬨の声をあげて走り出したものだから帝国兵全員が突っ込んできた。

 

アイアンロック以下戦士達が応戦するも獅子と無数の蟻ではいずれ勝敗は蟻に帰する。

 

戦士達はここまでかと覚悟を決めた。

 

しかし、後方から騎馬の一段が帝国兵に喰らい付き、敵兵を跳ね飛ばしながら突っ込んできた。

 

馬上で若い騎士が、反乱の首謀者は何処かと叫びながら剣を振るっていた。

 

アイアンロックはかつての主人(フィリップ王)の面影を感じ、それは我だと叫びながら斧を振るい騎士に近づいた。

 

タジム

『百人余りを殺すために五倍も兵を連れてくるとは、穏やかではないな‼︎』

 

タジムは剣で帝国兵を斬り殺しながら上手く馬を捌いた。

 

この乱戦の中騎馬で戦うのは容易な事ではないため、騎手と馬の強い絆と技能が試された。

 

最もブレトニア産の軍馬はその忠誠心と猛々しさで有名であり、騎手以外が乗ろうとすると蹴り殺そうとするくらい荒い事でも有名であり、それを知ってか帝国兵も進んで近づこうとはしなかったのだ。

 

結果としてこれは正しい判断であり、戦意を折れた事を感じ取ったタジムは降伏を呼びかけた。

 

徒歩騎士や兵士達も中央区に駆けつけて来たこともあり帝国兵は降伏した。

 

そもそも帝国兵が降伏したのは何も戦局が悪くなったからではない。

 

勿論それもあるが、彼らの忠誠心の向けるべく相手(偽りの忠誠心であろうと)であるガレマール帝国皇帝が存在していない事にある。

 

彼らは従うべき規範を失ったが故に故郷への想いや、命惜しさに降伏してきたのだ。

 

もっと言えば規範が消滅した為、彼らは何をするにしても精神的なハードルが無いも同然であり、各部隊がそれぞれの指揮官の思惑で動いている以上、兵士一個人が自身の思惑で動く事は至極当然の事である。

 

何より相手側の司令官が慈悲深い事を彼らは感じ取っていた。

 

自分達が彼らの同胞に対してやった仕打ちを知らないわけが無いであろうにも、彼は敢えて降伏を促した。

 

尤もタジム自身は無条件に寛大であったわけではなく、占領民に対して暴虐な行為に及んだ者は老若男女問わず容赦無く処断し、ギロチン、絞首刑、八つ裂き、銃殺と…極刑の見本市でも開いているのかという有り様であった。

 

その類ではない兵達には寛大であり、衣食住を確保し、全軍そして民衆に対しての暴力行為を禁じ、帰る先のない彼らを労働力、ないしは兵として役に立つのであればという条件をつけ、市民権までも与えたのだ。

 

もちろん、占領民に対しても処置は完璧だったと言って良い。

 

衣食住の完全確保、解放、名誉の回復など、行うべき事は全て行った。

 

この事から後にタジムは解放王、慈悲王、そして残虐王と様々な歴史書や歴史家達にその名を書かれ、呼ばれる事になるがそれは本人にとってどうでも良い事であるし、知る筈の無い遠い未来の事である。

 

都市は多くの住人達が外に出て、皆で無数の大鍋を囲い、食事を取っていた。

 

彼らは満足な食事すら取る事は許されなかった故に痩せこけ、餓死寸前の者達も大勢居た。

 

因みに後に書かれた歴史書には、

 

『この時まだ王太子であるタジムニウスは、処刑を免れた捕虜達に三日間の断食を命じており、彼らは水すら摂ることも許されなかった。

 

それは彼らに住人と同じ苦しみを与え、彼らに対しては後悔と罪悪の念を抱かせ、民草に対しては、その報復心を少しでも慰める為であった。』

 

と書かれてる。

 

彼らに必要なのは武器でも自由になった手足でも無い、今は一飯の食事である事を理解していたタジムは兵力それも自身も含めた全員で、都市の住人全員が食事出来るように粥を作ったのだ。

 

帝国軍によって備蓄されてきた食材を使ったそれは、麦と蒸して潰した馬鈴薯で作られた粥に牛や豚、羊、更には先頭で死んだ馬や予備の馬で使い物にならなそうな老馬を潰して得た肉を入れていた。

 

長期に及び死なない程度の食事しか与えられていない彼らに固形物を摂らせると碌なことにならないとヤ・シュトラの助言を受けたタジムが馬を走らせながら叫び、これを徹底させた。

 

合わせて、果物や野菜を搾って作った野菜ジュースも飲ませる事により、壊血病の予防と治療の促進を促す事も忘れなかった。

 

豊かな地で育つ故に他の地で作られた物とは比べ物にならないほど豊富な栄養と美味を謳われるブレトニアの食材で作られた騎士と兵士達の心づくしの料理が不味い訳もなく、民草達はあっという間に元気を取り戻した。

 

特に影響を受けたのはドワーフ族達であった。

 

この地方に住まうドワーフ族はララフェル族を始祖とするが、それよりも大きく屈強な肉体と力を持つ。

 

そんな彼らは食べれば食べる程、その骨と皮だけ身体に筋肉がつき、本来の姿を取り戻していった。

 

当初グリムハンマーとそれに従った兵達が帝国兵に包囲されながらも戦っていた時は小柄の痩せこけた老人という見た目をしていたが、それとはうって真逆の姿をしており、兵や騎士達は最初本当に彼らが勇敢な戦士なのかと疑っていた事を決して口外すまいと心に誓う者もいたと云う。

 

タジムは寝ている愛馬に寄り掛かりながら賢人達と食事していた。

 

民達と同じ物を食べていたが、量は彼には珍しく一杯のみであり、どうやらそこからは香辛料を利かせた干し肉を齧っていたようだ。

 

賢人達は民達に食わせる事を何より優先した為に自身を抑えたのだと理解した。

 

尤もタジム自身は飯よりも目の前で涙を流し、笑いながら貪り食う民草達を見て満足していた。

 

そして微笑すると口を開けた。

 

タジム

『飯はいい、これ一杯でどんな善人も、悪人も心が豊かになり、心から笑う。

 

腹の飢えも心の飢えもこれで全て解決し、二つの飢えで起こる問題もかたがつく。

 

これ程優れた特効薬は無いさ。

 

…ひょっとして生きとし生けるもの皆が平等に美味い飯を食えれば、戦なんて起こらないかもしれないな…。』

 

そう言ってタジムは干し肉を齧った。

 

余程塩味が効いてるのか、彼の足元にはワインボトルが置かれ、それを一人で飲んでいる。

 

それを聞いたアルフィノはまだ手元にある中身の入った粥の杯を見つめながら呟いた。

 

アルフィノ

『何故か、イゼルのシチューを思い出したよ。

 

あの時、目的は同じでも考え方が違う我々は互いに対立したが、あのシチューを食べている時確かに私たちは一つだった。』

 

もう食べる事は出来ないがそれは確かに美味であった。

 

氷の巫女として千年戦い続けた人と龍の戦争を止める為に命を散らしたエレゼン族の美女の事を思い出したタジムはワインボトルに口をつけ、こう言った。

 

タジム

『また食いたいと言ったんだかな…。』

 

思い出に耽る彼らに兵士が近づいてきた。

 

兵士

『殿下、賢人方、先程アイアンロック・グリムハンマー殿が意識を取り戻しました。』

 

タジム

『おお、そうか。

 

終わった瞬間に倒れたから一瞬死んだかと思って心配したぞ。

 

父上の事近くで見ていた数少ない生き証人に死なれると父上に申し訳が立たぬ。』

 

アリゼー

『んで、そのララフェル族のおじさん本当にもう大丈夫なの?

 

もうほぼ骸骨みたいな感じになってたけど。』

 

兵士

『もう意識を取り戻した瞬間兎に角飯と酒を寄越せと騒ぎまして、用意した瞬間あっという間に平らげて…もう別人じゃ無いかと思う位巨大化しております…。』

 

タジム

『この地方のララフェル族はみんなこんなもんだよ…俺も城に着くまで知らなかったし…。

 

じきになれるさ。』

 

と声を掛けたが賢人達は呆気に取られていたと後にタジムは叙事詩を作るに当たって言及していると記録に残されている。

 

すると何処からか、ウードの音色が聞こえてきた…それは騎士達がよく歌う古い歌であった。

 

タジム

(そういえば母上が、母上が亡くなってからは義父上がよく歌ってくれたっけな…。)

 

タジムは歌い出した。

 

(鉄拳に槍を柄を持ち

 

左手に手綱を握りながら

 

王国騎士団は勇み行く

 

我らの旗をはためかせながら

 

heja heja heja! heja!

 

彼らの剣を煌めかせながら

 

heja heja heja! heja!

 

彼らの剣を煌めかせながら)

 

タジムの歌を聴いていたアリゼーはタジムにその歌はどんな物なのかを聞いた。

 

アリゼー

『良い歌ね、何処か懐かしい気もするわ。

 

ねぇ、タジム今のどんな歌なの?』

 

タジム

『古い騎士の歌だ。

 

我らの勇気と覚悟を示す歌でもある。

 

今はこの辺の子ならみんな遊びながら歌ってくらいの民謡に近いけどね。』

 

戦乱の時代にまだこうして人々は音学を奏でるなど文化的な行動を取ろうとするのはとても健全であろう。

 

これが極致に至ればそれすらも敵対行為であり、同胞間で憎しみ合うような事にすらなるのだから、まだ我々には救いがあるとタジムは内心そう考えていた。

 

暫くして筋肉隆々のドワーフ族の老人が現れた。

 

重く硬そうな鉄の鎧を身に纏い、斧と丸盾で武装した歴戦の戦士という闘気を出していた。

 

アイアンロック

『アイアンロック・グリムハンマーと申す。

 

お久しゅうございます、タジムニウス・レオンクール殿下。』

 

タジム

『む、私は卿とは初対面の筈と思っていたが何処かで会ったことがあったかな?』

 

アイアンロック

『ハッ、殿下とは殿下が御生まれになった直後に他の諸侯らと共に忠誠を誓いました。

 

当然ですが、殿下はこの時まだ赤子…覚えている筈も御座いません。』

 

タジム

『どうだ、その赤子が成長して剣を振るい、槍を持ち、馬に跨って暴れているのだ。

 

寒い時代とは思わんか?』

 

アイアンロック

『恐れながら殿下、今は世界は戦乱の世に御座いまする。

 

今や、誰もが鬼を身の内に飼う様な乱世に情け容赦などありましますまい?

 

殿下もそれを解った上でこの地に舞い戻って参ったのでしょう?』

 

タジムは軽く微笑すると、アイアンロックに今後もよろしくと挨拶をすると、この初老のドワーフも父王陛下以来の忠義を誓う事を改めて誓約したも束の間、伝令の兵が息せき切って走ってきた。

 

何事かと問うと、カルカソンヌ、パラヴォン、バストンヌの帝国軍合計六万(内半数は各公爵領所属軍)がここを目指して出陣したと言うのだ。

 

タジムは直ぐに、全軍に戦闘態勢を言い渡し、ボルドローの一万五千の援軍を呼び寄せた。

 

アイアンロックより、オルカル山地の戦士達で戦えそうな者は英気を取り戻す時間と武器と防具を拵える時間さえあれば一万は居ると聞くと、直ぐに取り掛からせ、工兵達にもそれを手伝わせた。

 

この時点でブレトニア軍は五万人であるが、帝国軍は六万人であった。

 

一万の差は大変大きいものである事は皆が承知していた。帝国軍内に居る、幾ら書状や口では言っても、三公爵が此方に寝返ると言う保証は無い上、ライクランド側より敵の援軍が現れ、守りが薄くなったブレトニア領を制圧してしまう恐れがある以上、タジム達の不利な状況は重くのし掛かった。

 

タジムは野戦での勝利を望めない事を理解していた、このオルカル山地の防衛兵器が届く距離まで敵を引きつけなければ勝機は無い事を。

 

山全体を無数のトーチカや砲台で固めたこのオルカル山地は山内の地下都市とそれ守る為に建てられた城壁に敵がたどり着く前にそれらを使って撃退すべく要塞化が進められていた。

 

長射程の砲台や榴弾砲、対空砲で軍を掩護させ、帝国軍を出血させ、後退に持ち込む。

 

これがブレトニアが勝つ唯一の方法であった。

 

だが…それは相手も分かっている。

 

しかも懐に入り込んでも地下都市に構えられた城壁も一級の要塞である。

 

寧ろこうしてタジムを惹きつけ、その間に他の公爵領を征服してしまう方が楽だと分かりきっている以上…彼らは積極的に攻勢を仕掛ける可能性は皆無であった。

 

タジム

(やはり、こちらから仕掛け、敵を引き込むしか無いか…。

 

多少の犠牲はやむを得まいか…せめてあと、二万…いや一万五千あれば…こんな事を言っても始まらないか。)

 

敵が来るまでの三日間に全ての用意を終わらせねばならない。

 

敵方に居る同胞が裏切る確証は無い。

 

それをアテにして戦ってはならない事をタジムは分かっていた。

 

タジム

『よし、動ける者達から戦闘準備に入れ!

 

空爆を避ける為の塹壕を掘り、撃つための火薬と弾を確認し、斬り倒す為の刃を研いでおけ…これから散々殺さねばならないぞ。』

 

タジムは戦闘準備のためにアイアンロックとその場を後にし、この場には暁の賢人達が残された。

 

アリゼー

『これだけの会戦は…ギムリト以来ね。』

 

シド

『カルテノーは、もっと多かったが十数万人の人間があの場でぶつかり…そして半数以上がオメガ計画で死んだ。

 

あの事件程では無いにしても大勢死ぬだろうな…そして俺たちがその大量虐殺の片棒を担ぐ訳だ。

 

俺は要塞兵器の調整を手伝ってくる、技術者が一人でも多く必要な筈だしな。』

 

ヤ・シュトラ

『私は医療テントに……負傷者を一人でも戦線に戻して戦える様にしなくてはね…。

 

また殺し、殺される為に治す…正しく文字通りの魔女ね。』

 

シドとヤ・シュトラは立ち上がりそれぞれの場に向かった。

 

残されたアルフィノ、アリゼー、グ・ラハ・ティアは戦うための英気を養う為に天幕に引き下がる事にした。

 

時は少し進み、深夜ごろにアリゼーは眠れず起きてしまっていた。

 

眠気がでる様に少し腹に入れようと天幕を出ると一つの天幕が灯が灯っていた。

 

その天幕の持ち主に心当たりのあるアリゼーは話しかけにその天幕に向かった。

 

持ち主の若き王太子はテーブルに地図を広げて青い駒と黒い駒を引っ切り無しに動かしては元の配置に戻し、ブランデーの少しづつ飲みながら、頭を働かせていた。

 

アリゼー

『……少しは眠ったら?

 

今すぐ…まぁ、もうすぐ来ちゃうけど少し寝るくらいの時間はあるんじゃ無い?』

 

そう言われて顔を上げたタジムは右目のモノクルをしまうと微笑して答えた。

 

タジム

『この局面での大一番だ。

 

妥協はしたく無いんでね、それに…正直言ってどう戦っても此方に勝ち目は少ない。』

 

タジムはブランデーの杯を干すと、地図を指差しながらアリゼーに説明した。

 

タジム

『今さっき、物見が敵の布陣を報告して来た。

 

同士討ちを避けるためか分からないけど、多少の間隔を開けて中央をガレマール帝国軍、両翼を向こう側についているブレトニア諸侯軍で構成している。

 

恐らく正面に指向できる火力と物量で抑えて、両翼のブレトニア軍のランスチャージと魔法と間接射撃で包囲殲滅する腹づもりだろうな。

 

対する此方は敵を要塞砲の射程に引き摺り込まないといかんから、敵を逆上させて引き込むか、偽装撤退を行わなければならないが、相手に身内が居る以上、その危険は承知の筈。

 

つまり敵は決して挑発に乗らない。

 

もうこうなると、全軍を挙げての中央突破を敢行するしか無いのさ。

 

さっき、全軍に防衛線の構築命令を解除させた、此方から動くとなると返って邪魔になる。

 

数の上では劣っていても敵の右翼、左翼、そして中央を一つ区切りと考えたら、敵は二万、此方は五万、敵は決して離れているわけではないから、恐らくすぐに包囲されるが、その前に崩壊させれば両翼のブレトニア諸侯軍の気も変わる、そこにこそ勝機はある。

 

多少の犠牲は致し方ない…せいぜい派手に暴れてやるさ。』

 

アリゼーはタジムの物言いに不快感を覚えた。

 

そして何かが音を立てて破裂したのを感じ…そして口を開いた。

 

アリゼー

『辛い戦いになりそうね。

 

時間の制限付き、しかも貴方の正統性を訴える為には両翼の敵は攻撃してはならない。』

 

タジム

『貴方…?

 

随分引っかかる言い方をするじゃ無いか。

 

君が、君たちがこの戦いに無関係だとでも?』

 

アリゼーは声を荒げた。

 

アリゼー

『関わりたくも無いわよ‼︎

 

あんなに殺して、殺させて‼︎

 

尚も殺そうとしている‼︎

 

貴方の考えは正直に言って立派よ、腹立たしいぐらいにね!

 

でも、私から見て、貴方は悪戯に戦火を拡大させてる様にしか見えないのよ‼︎

 

こんな時期に、いえこんな時期だからこそ貴方は戻った。

 

だけどもう少し時間が経てば、帝国は崩壊する‼︎

 

血を流さずに王国だけは取り戻せた筈、なのに貴方は血を流して取り戻す事を選んだ。

 

貴方は故郷を取り戻しに来たんじゃ無い、故郷を戦場にしに来たのよ‼︎

 

きっと大勢の人が影でそして後世でそう言われるでしょうね‼

 

貴方は気付かなかったろうけど声を掛ける前に私は見たわ、貴方が地図に広げた駒を動かしている時の顔は正しくおもちゃを与えられた子供の顔よ、貴方は戦争を楽しんでいる…貴方はゼノスと同じなの‼︎』

 

アリゼーは自分の言葉にハッとした。

 

今言ったことは彼女に秘めていた事だった。

 

戦争という理由でたくさんの命が消えていく残酷な場に居合せ、そして自らがそれに身を投じたという事実は16歳の少女に見えざる負担を与えていたのだ。

 

エオルゼアを救う為に戦う覚悟はあった。

 

されど…戦争という異常事態に身を投じられる程心は強くなかったのだ。

 

そしてここに来てから感じていたタジムの違和感…そう本性が垣間見えていた事へのショックであった。

 

彼自身は自身の行いを皮肉ったり、臣下や民に見せる優しさを示し、エオルゼアの英雄として変わらぬ姿を見せていた。

 

だがそれよりも覇者としての覇気と恐るべき凶暴性が顕著に現れた事への失望が彼女の自制心を失わせたのだ。

 

そして彼女へのトドメというべきか…目の前の英雄は彼女が聞いた事ない様な低い声で一言こう言い放つのだった。

 

タジム

『言いたい事はそれだけか…。』

 

アリゼーは…取り返しのつかない事をした事を理解した。

 

英雄タジムンティス・フェデリウスは今この場で死んだのだと。

 

目の前にいるのは祖国奪還と自らの野望の為に何かを捨てた男、慈悲という仮面を被った覇者…。

 

タジムニウス・レオンクールであり、タジムンティス・フェデリウスとは別人である事を…。

 

アリゼーは震える体を抑え、涙を飲みながら踵を返して天幕を出ようとした。

 

無情にも死体蹴りの如くタジムの言葉が彼女に襲い掛かる。

 

『覚えておけ…私は、俺は『言った事は必ずやり遂げる』。』

 

アリゼーは天幕を出ると走り出した。

 

悲しいのか…恐ろしいのか…それとも自分を許せず怒り狂っているのか…戦争によって人は変わってしまうその現実を目の当たりにするには彼女は…幼すぎた。

 

一人天幕に残されたタジムもまた、自分の今までの言動を振り返り、唖然としていた。

 

自分は今、何をしていた?

 

何を言った?

 

…もう遅い。

 

情けは無用。

 

これも乱世の所為なら甘んじて受け入れよう。

 

遅かれ早かれ、この自分の本性はいずれ向き合わなければならなかった。

 

自身の野心は少しずつ成長し、戦いの中で確実に興奮を覚えていたのは事実であった。

 

大勢の命を預かっておきながらそれを死地に立たせてそれが殺し殺されることに悦びすら覚え始めている罪深い男。

 

どんなに善政を引いてもそう書かれることは間違いないのだから開き直った方が良いくらいだ。

 

そう思おうとした。

 

しかし、自業自得ではあるが、タジムにとってはこれはショックだった。

 

タジム

『他人に何がわかる…。』

 

自らの苦悩など…誰も理解できる筈などない。

 

それが指導者の苦悩だと彼は押し殺してしまうのだった。

 

______________________

オルカル山地郊外防衛線…オルカル山地の戦い当日…。

 

ドワーフ族の冶金技術は流石であり、あっという間に彼等の分の武具を作り上げてしまい、全員が二日前まで虜囚されていた者達とは思えぬ姿をしていた。

 

タジムは再度、諸侯達に手紙を送り、此方に帰参する様に促した事を皆に伝え、その為には我らは堂々と戦わねばならない事も伝えた。

 

良くも悪くも好戦的な一面を持つ彼らはやるしか無いと覚悟を決めてしまった。

 

アリゼーは兄に、そして他の賢人達にタジムの本性を明かそうかと迷っていた。

 

だが明かしたところで何になるのか?

 

彼は危険な男だったから今すぐエオルゼアに戻って、彼らが勝手に死ぬのを見物しようとでも言うのか?

 

それは彼女にはどだい無理な事であった。

 

そして今後の事を考えればタジムによって再建されるであろうブレトニア王国の力は必要になることは間違い無い上、ハイデリンの使徒無しにアシエンは討てぬのだ。

 

だが、それらが終われば?

 

その武を自分達に向けるのではないか?

 

アリゼーは悶々としていた。

 

その危険性と、昨夜の理性を失った自分に対しての怒りによって。

 

アリゼーとタジムの間に何かあった事は賢人達や、軍の敏い者達は感じ取っていたが、今はそんな事よりも目の前の敵に集中せねばならないので気にしている暇はなかった。

 

その日の早朝、午前6時頃タジムニウス・レオンクールは全軍出陣を下令、全軍が一斉に前進を開始した。

 

対するガレマール帝国・ブレトニア諸侯連合軍も、陣形を維持したまま前進を開始、双方の投射兵器の射程ギリギリまでの距離まで歩を進めた。

 

この戦いに於いて最初に戦端をひらいたのは意外にも空中であった。

 

双方の制空権確保の為、小型飛空艇と魔導アーマー、そして飛行巨獣の空中戦が繰り広げられ、質のブレトニア軍、数の連合軍の戦闘は一進一退であった。

 

その流れを打ち砕くべく、虎の子のガレマール軍高速駆逐艦6隻が現れた事により形勢は決定したかに見えたが、ボルドローより出撃した鹵獲艦合わせた飛行駆逐艦5隻と、ドック入りしていた飛行装甲巡洋艦アレイジャンスが戦線に到着した事により、再び形勢は拮抗、むしろブレトニア軍が僅かに有利となる形となった。

 

兎も角も双方は空爆や空中から機関銃掃射は出来なくなり、単純な陸戦での勝負を強いられる事になる。

 

空の戦いの結果を聞いたタジムは空戦隊と飛行軍艦を防空の為下がらせると、自ら先頭に立ち、騎兵突撃を敢行する。

 

タジム

『突撃‼︎‼︎』

 

先制攻撃と敵の釣り出しの為に出撃したブレトニア騎士団の突撃がガレマール軍に襲い掛かる。

 

帝国軍は迎撃を開始し、騎兵突撃を断念させようと砲火を集中させる。

 

両翼からの反撃もあり、騎兵突撃は最初の一撃こそ有効のダメージを与えるもそれ以降損害を与えられず、むしろ多くなくとも少なく無い損害を被り、後退することになる。

 

尚、この時諸侯軍は騎兵を出さず遠距離からの弓矢やクロスボウや銃弾で迎撃するに留めている。

 

午前8時56分、今度はガレマール帝国軍が突撃隊形を取り、ブレトニア軍側に白兵戦を挑んできたのだ。

 

射撃戦を展開しようにも、ブレトニア軍側は障壁魔法を張り、帝国軍の攻撃を防ぎ、更に前進する度に簡易的な陣地構築を繰り返し、守勢の構えを取っていた。

 

これは最初の騎兵突撃の効果が期待出来ない事を予見し、更に敵のつり出しに失敗する事を踏まえたタジムの戦略であり、両翼側の騎兵突撃を警戒する意味もあった。

 

結果、此方の攻撃は通らぬのに、向こうの攻撃は僅かなれど刺さる(ブレトニア軍側も射程ギリギリで攻撃している為)、豪を煮やした訳である。

 

然し、敵は中央前進に伴い、両翼も前進し、同じ様に騎士や騎兵を出しはしなかったが、前衛の歩兵団を展開した為、これによりブレトニア軍側の前衛部隊は自身よりも多い兵の衝突を受け止めねばならなくなったのだ。

 

タジム

『今来るのか…まぁ望んだ事だが…払った代償が少し高くついたな。』

 

タジムは本陣より、ラッパを吹かせると後衛の歩兵団まで投入し、事実上の全力を以て強烈なカウンターパンチを敵前衛に喰らわせることにしたのだ。

 

敵がこの動きに対処するために兵を引かせるにしろ、予備兵力を出すにしろ、一度前衛に噛みつければ、此方のものであった。

 

クーロンヌ公トロワヴィル

『よし、行くぞブレトニアの勇者達よ‼︎‼︎』

 

将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎(鬨の声)』

 

兵を鼓舞するために下馬したクーロンヌ公自ら前線に立ち、自ら剣振るった甲斐あって敵の前衛は想像以上の抵抗を受け、跳ね返されることになった。更に再編を済ませた各騎馬部隊が魔法攻撃の援護を受け、両翼側より突っ込んできたのだ。

 

騎兵隊の中には、レパン、アリゼー、グ・ラハの姿があり、魔法部隊の中にはアルフィノとヤ・シュトラの姿があった。

 

ヤ・シュトラ

『氷塊よ…我が敵の頭上より振り下ろされる鉄槌と化せ、ブリザド‼︎』

 

落ちていった氷塊によって数人から数十人の命が消える感触をエーテルで感じ取ったヤ・シュトラは内心穏やかでは無かったが、その不快感を拭い去るように更に詠唱していた。

 

ヤ・シュトラ

(こちらの士気が高いお陰で、敵に対して優勢に戦えているようだけど、消耗戦になれば此方が不利な筈…両翼の軍勢が消極的だから拮抗しているのかしら?

 

ならば何故、彼らは兵を出さないの?

 

タジムに味方する気が無いのなら最初から全力で戦えば、この戦いは決着がついた。

 

仮に味方する気ならその時を窺っているとでも言うの?)

 

ヤ・シュトラが疑問を抱いていると味方の伝令から火力支援を要請された為、彼女はそれについて考える時間を奪われた。

 

一方本陣のタジムも一万の兵力差で良く拮抗していると思いつつも両翼の同胞の帰参はまだか、まだかとヤキモキしていた。

 

すると本陣を任された将達は、この状態が続けば良い事など一つもないので遺憾ながら乱戦を解くべしと進言してきたのだ。

 

タジム

『やはり…無理か。』

 

『敵の守りも固く、騎兵による突撃が失敗している以上一度乱戦を解かねば、歩兵は兎も角、騎兵の損耗が増します。

 

敵も決定打を欠いているようなので今こそが引き時かと、幸いにも中央軍だけを相手取るなら歩兵戦は優勢なので、敵の追撃も無いかと。』

 

タジムはそれを受け入れ、全軍に撤収を命じた。

 

この撤収作業は正に神業であると後世の歴史家はそう語ったと言う。

 

簡易的な塹壕を掘ってある、第二線までの後退をタジムは指示、先ず銃兵や弓兵を先に後退させた後、騎兵、歩兵共に中隊規模に部隊を再編、それらを数部隊ずつ順番に下がらせ、先に後退させた投射兵と、重砲の支援砲撃で掩護させながら、午後6時半には完全に秩序を保ったまま後退に成功させたのだ。

 

それらを完璧に遂行できる部隊指揮官の優秀さが光る後退運動であり、各部隊指揮官との連携を大事にしたタジムの用兵冥利であり、その後も彼の前に相対する敵に対して如何なく発揮される事になる。

 

この後退をかくやと言わんばかりに見ていた者がいた。

 

???

『見事、これには私も驚きましたぞ。

 

父王陛下がご覧になっていたら、大いに誉められたでしょう。』

 

と拍手喝采をあげる頭髪を全て剃った頭に司教帽を載せ、鎧の上に聖職者のコートを着た初老の男性が居た。

 

この男こそ、『カルカソンヌ公爵兼ブレトニア聖杯教大主教ジャン・アブラハム・ド・カルカソンヌ』であった。

 

カルカソンヌ

『全く見事だ。

 

用兵家としては父君を超えましたな殿下。

 

だが…それだけでは、及第点すらもあげれませぬぞ?

 

…例の軍団はもう上空の飛行軍艦に感知される距離に着いたはず、遅かれ早かれその存在に気づくでしょう。

 

さぁ、殿下、慌てふためていて居てはレオンクール王朝は絶えてしまいますぞ…。』

 

一人ほくそ笑んでいると伝令が彼に告げたのは帝国軍が、両翼は何故前進しない事への説明と、両翼の指揮を取る、公爵二名に出陣させろと言う催促であった。

 

カルカソンヌ

『フフフフフフフフ、流石に仮初とは言え占領していた地の人間の事が分かってきたようですねぇ〜。

 

気難しいブレトニア人は決して余所者の指図は受けない、バストンヌ公と、パラヴォン公を動かしたかったら、私が言わねば動かぬと…。

 

彼らに伝えなさい、カルカソンヌ公は病に罹り軍勢の指揮どころでは無いと。

 

しばらくこれで騙しましょう。』

 

そう言われた伝令は返事をすると、馬に跨り、帝国軍側の陣地に向かって走っていった。

 

カルカソンヌ公は少し考え込むと多少のポーズは取った方が良いと考えたのか、両翼より数千規模の兵を出して前方のブレトニア軍を圧迫する様にだけ再度伝令を送った。

 

一方のブレトニア軍は狼狽していた。

 

パラヴォン方面から一万以上の軍勢が向かってくる上、両翼より6,000程の部隊が前進してくる始末、つまりブレトニア側は中央部20,000、両翼合わせ12,000、合計32,000を相手しなければならない。

 

数の上では未だ優勢だが、両翼共に14,000、合計28,000、更に援軍合わせて43,000の無傷の軍勢が控えている。

 

誰も口にはしなかったが、敗色濃厚である事は否めなかった。

 

然し、此処にまだ諦めていない男がいた。

 

タジム

『両翼の6,000の部隊はこちらを圧迫するだけで、今のところ白兵戦や射撃戦を展開する様子は無いのだな?』

 

レパン

『はっ、まるでこちらにその存在を強調するように展開しています。』

 

 

クーロンヌ公

『殿下…。』

 

タジムは席を立つと、陣を出て、一人息を深く吸うのだった。

 

配下の将も、賢人達も何をしているのかわからないが、共に陣を出て、総大将が次に発する言葉を待った。

 

タジムは敵の前線を凝視したまま動かなかった。

 

敵は塹壕を掘る暇は無かったので、ブレトニア側が建設した簡易的な陣地を改造し、二つあるラインをそのまま使用するつもりのようだった。

 

正面の騎兵突撃はこの陣地群に相殺され、更に機関銃トーチカとしても機能させるべく重機関銃を配置させていた。

 

その様子を眺めていたタジムは振り返った。

 

振り返った時に一陣の風が吹き、総大将の決意が固まった事を一同は感じた。

 

そしてそこから覇気の篭った檄が飛ぶのである。

 

タジム

『グリムハンマー卿‼︎』

 

アイアンロック

『これに‼︎』

 

タジム

『其方らオルカル山地の戦士達が此処より今すぐトンネルを掘り、敵の陣地悉くそれも同時に爆破するとなると如何程掛かるか?』

 

獅子の咆哮…先程のまでの決め手を欠き、苦悩する若者の声ではなく、勝利を確信した覇者の声であった。

 

アイアンロック

『はっ、今より掘れば明後日にはあれら全て地中より爆破してご覧に入れましょう‼︎』

 

タジム

『ならば、すぐに取り掛かれ‼︎

 

空中艦隊に打電、明後日は防空ではなく、敵艦全艦を撃沈するつもりで掛かれ、その為に此方より、精鋭の兵と、全てのペガサス騎士、ピポグリフ騎士をつけるとな‼︎

 

ヤ・シュトラ、いや魔女マトーヤ殿。

 

此処に魔法で霧を起こせるか?』

 

ヤ・シュトラは指を湿らせると風向きを調べた。

 

ヤ・シュトラ

『多少の手間は掛かるけど、出来るわ。

 

その為に殿下が、魔道士を大勢借してもらえるならだけど?』

 

タジム

『宜しいグ・ラハ、君も手伝ってあげてくれ。』

 

グ・ラハ

『分かった。』

 

タジム

『アルフィノ、アリゼー、シド、君達は我が軍の揚陸艦でレパンと一緒に各飛行巨獣騎士団と一緒に敵艦に乗り込んでくれ。』

 

アルフィノ

『敵艦に白兵戦を?』

 

タジム

『そうだ、可能な限り敵艦は拿捕したい。

 

ボリス・ドートブリンガーと戦う為には空中艦隊が必要だ。

 

少しでも戦力を確保したい。』

 

アルフィノ

『了解した。』

 

タジム

『他は決戦の際、余と共にあれ!

 

各自命を捨てる覚悟で当日は望むべし、gott mit uns(神は我らと共に)‼︎』

 

諸将

『gott mis uns‼︎‼︎』

 

オルカル山地のドワーフ族、ルガディン族の工兵達が塹壕より土を掘り、敵の塹壕を目指して掘り進め、他の者は明後日の戦いに備えるべく、武器を整備したり、英気を養うべく腹を満たすなど、皆が思い思いの事をしていた。

 

その頃一度オルカル山地の地下都市に戻っていたタジムはクーロンヌ公トロワヴィルに地下都市内の聖堂まで呼び出されていた。

 

タジム

『して、何用で私を呼んだのかな公爵。』

 

クーロンヌ公

『殿下にお渡しするものがございます。

 

こちらを…。』

 

クーロンヌ公が差し出したものは見事な剣だった。

 

金の柄に赤地に金細工の施された鋼鉄製の鞘、剣を引き抜くと、銀色に輝く鏡の様な白刃が姿を表した。

 

タジム

『見事な剣だ。

 

これを私にくれるのか?』

 

クーロンヌ公

『正確にはお返ししたと言ったところでしょうな、その剣は…。』

 

途中まで言いかけたクーロンヌ公は咳払いをした後改まり、威厳を込めた表情と声音で続けた。

 

クーロンヌ公

『殿下、いやタジムニウスよ。

 

同じレオンクール家の血の者としてこの剣がなんであるかを明かすゆえ、しかと聞くが良い。』

 

タジムは真剣な表情を浮かべると剣を両手で持ち直すと跪いた。

 

クーロンヌ公

『その剣は、レオンクール王家の王冠と等しく、いやそれよりも価値のある物、これぞ音に聞く『クーロンヌの剣』、古くは始祖王ジル・ル・ブレトン、獅子心王ルーエン・レオンクール、そしてフィリップ・レオンクール九世が振るった我が王国の魂、これを賜る者、即ちレオンクールの正当な後継者である。

 

次期王としてその剣にそぐわぬ言動をせず、それに恥じる事なき武勇を示すとその剣と剣に宿し諸王の魂に誓え!』

 

タジム

『レオンクール家の血を引く者として、剣を振るに値せぬ言動を為ず、比類なき武勇を振るう事をここに誓う。』

 

クーロンヌ公

『宜しい、それでは殿下、クーロンヌの剣をもう一度私に、もう一つ用がございます。』

 

クーロンヌ公が手を叩くと、戦時用の礼装を着た騎士達やレパンやアイアンロックと言った諸将、そして暁の賢人達やシド、ボルドローより駆けつけたラ・フェール伯まで現れた。

 

そして聖堂に入りきるだけの民衆である。

 

クーロンヌ公

『殿下、もう一度跪かれよ。』

 

タジムは何が何だかといった心境だったが、恐らく冗談では無いと思ったのか言う通りにした。

 

クーロンヌ公

『レオンクールのタジムニウス、フィリップ九世陛下より委任されし権限により、これより卿の騎士叙勲を行う。』

 

そうクーロンヌ公は剣を引き抜きながら大声で言うと、騎士達は剣を抜くと刃を持ち、柄が天に向く様にした。

 

クーロンヌ公はタジムの肩に剣を当てて儀式の言葉を唱えた。

 

クーロンヌ公

『礼節と勇敢を以って、騎士道の模範となり、王を、民を、愛すべき全てを守る盾となり、悪しき敵に天誅を下す刃となれ。

 

立て、レオンクールのタジムニウス。

 

貴公はこれよりサー・タジムニウス、ブレトニア王国の騎士となった。

 

その武運が永遠に続きますよう。』

 

聖堂にいた者達も全員が復唱する。

 

『その武運が永遠に続きますよう。』

 

ブレトニアの騎士タジムニウス・レオンクール。

 

名実共に騎士になったタジムニウスは、これでブレトニア貴族達とも渡り合う資格を持ち、彼がブレトニア王室出身者として申し分ない立場を得た事になる。

 

そして騎士タジムニウスの初陣は訪れようとしていた。

 

翌日の昼頃、戦場にこの季節には珍しく霧が掛かった。

 

それも濃霧であった。

 

帝国兵達は驚いたが、それ以上に普段よりも神経を研ぎ澄まさねばならなかった。

 

視界不良に託けて歩兵が近づいてきて陣地を攻略して騎兵を突撃させたりなんて事のないように見張らねばならない上、空中の艦隊も霧の中での飛行は危険を伴うので高度を上げてしまうのでもしもの時の支援は望めない。

 

正しく自分達こそが生命線なのであるから。

 

そしてそれはブレトニア王国側もそうだろうと帝国軍の兵士達はそう考えていた。

 

結局その日は双方、何もせず過ごしたが、更に翌日、『まるで誰かが意図的に起こしたような霧』は地上からは全く先が見通せず、空中からは白い靄が、地上を隠してしまった。

 

その日の早朝、帝国兵達は朝の身支度なり炊事なりをしながら仮設陣地の中で過ごしていた。

 

眠い目を擦りながらいつくるかも分からないブレトニア軍の襲撃を警戒しながら…。

 

帝国兵

『よぉ、今日は早いな、どうした?

 

顔色が悪いぞ?

 

一度後方に戻って軍医に見せた方が。』

 

帝国兵

『いや、寝不足なんだ。

 

夜から変な耳鳴りが止まらなくてな。』

 

帝国兵

『気のせいじゃないか?

 

他の陣地の設置のために土を掘ってるだけとかそんなじゃないか?』

 

帝国兵

『だが、どうも真下あたりから聞こえてくるんだがな…』

 

と言いかけたぐらいだろうか。

 

帝国軍が建設した陣地は全て纏めて爆炎の中に消え去った。

 

吹き飛ばされる五体不満足のズタボロになった骸、火だるまになる女兵士の悲鳴、陣地の後ろで野宿した兵士たちの足元まで飛ぶ焦げた同胞の首、そしてまるで『意図したよう』に晴れた霧の中から、まるで何かに取り憑かれたかのように走ってきたブレトニア軍歩兵団と徒歩騎士団。

 

ガレマール軍中央は地獄絵図になった。

 

更に陣地があった場所から次々と穴が開き、そこからドワーフ族やルガディンの重歩兵まで這い出てくる始末。

 

そしてその先頭を、白く光る白刃を掲げる王太子が敵を切り刻みながら進む。

 

タジムニウス

『殺せ‼︎‼︎

 

容赦するな‼︎‼︎

 

我らの勝利は近い、我らに神の加護ぞありけりと示すのだgott mis ans‼︎‼︎』

 

陸戦では死に物狂いになったブレトニア軍の決死の突撃が行われている間、空中では互いに防空に徹し、動きの無かった両者の艦隊が砲火を交えたていた。

 

可能であれば鹵獲を行いたいブレトニア軍は戦艦の一歩手前の艦種である装甲巡洋艦が居るがその火力を活かせず、消極的に留めていたが、帝国軍は全力の攻撃を仕掛け、艦載機として魔導アーマーや、小型飛行艇を発艦させていた。

 

対するブレトニア軍も小型飛行艇や、ペガサス騎士、ピポグリフ騎士といった飛行巨獣に騎乗する騎士団を出動させ対抗する。

 

そんな中、砲火を掻い潜って帝国軍駆逐艦に強行着艦した飛行艇が何機かいた。

 

そしてその中にはそれに特化した騎士団と暁の血盟の賢人達が居た。

 

アルフィノ

『この駆逐艦は頂いていく‼︎

 

命が惜しくば降伏しろ‼︎』

 

帝国士官

『小童め‼︎

 

追い落とせ‼︎』

 

空中の戦いも熾烈を極めているがまずは地上に焦点を当てねばならない。

 

正面をほぼ同数の兵で抑えられているのにそれでも中央突破を図ろうとするブレトニア軍を見ていた、カルカソンヌ公は先頭で白刃を振るう若い騎士に目がいっていた。

 

カルカソンヌ公

『殿下…貴方は、自らの信念の為に身を焦がすことの出来る人間でしたか。

 

どこまでもフィリップ様を彷彿させる…。

 

『ブレトニア王たる者、汚濁に屈せず、常に先頭に立ち、勇敢とはなんたるかを示せねば、王たる資格なし。』か…。

 

合図を出せ、これより我らはブレトニア王国再興の為、叛旗を翻す‼︎

 

ガレマール帝国軍から我らの故郷を取り戻せ‼︎』

 

両翼より、角笛とラッパが鳴り、戦太鼓も盛大に打ち鳴らされ、遂に総力を以て自分達に襲い掛かるとブレトニア軍の誰もが覚悟した刹那、両翼の軍勢はガレマール帝国旗を下ろし、それぞれの諸侯の旗、カルカソンヌなら青と赤の地に黄金の一振りの剣、パラヴォンなら黒地に金天馬、バストンヌなら黄色の地に赤きドラゴンと言った各公爵領の印章が描かれた旗を掲げた。

 

そして両翼から騎士達が中央のガレマール軍に突撃し、両翼側最前線で戦ってた兵達は乱戦を解きつつ、帝国軍に向かっていった。

 

更に後方の援軍15000も緑の地に白い鹿の角という印章の見た事ない旗を掲げて帝国軍に襲い掛かった。

 

帝国軍が潰滅する迄にそう時間は掛からず、そこから一時間半後にはブレトニア側の勝鬨が上がっていた。

 

レパン

『殿下‼︎

 

勝ちました…勝ちましたよ‼︎

 

殿下の勇気が、彼らを…諸侯の心を動かしたのです‼︎』

 

タジム

『どうだかな…。

 

私は彼らに試されていた様にも思う。

 

……騎士の高潔さなんて持ち合わせているつもりは無かったが、彼らのメガネに叶ったのなら、それはまた良しだ。』

 

『殿下、カルカソンヌ公、パラヴォン公、バストンヌ公と…アスライの王と名乗る方がお見えになりました。』

 

タジム

『うむ、暁の賢人方もお呼びしろ。

 

彼らにも立ち会ってもらう。』

 

暫くして天幕に、僧侶風の出立をした、カルカソンヌ公と、位の高い騎士らしく豪華な装飾の施された鎧を身につけたパラヴォン公とバストンヌ公が現れた。

 

カルカソンヌ公

『御目通り願います殿下。』

 

タジム

『どうぞ、楽にして。

 

御三方には礼を尽くしても足りませぬ。

 

カルカソンヌ公、バストンヌ公、パラヴォン公、長きに渡り、敵国の虜囚となり、傀儡にされる憂き目に遭いながらも良くぞ今日迄耐えてくれた。

 

父王に代わり礼を申す。』

 

バストンヌ公アルベルト・パラヴォン公シグルド

『ありがたき幸せにございます。』

 

タジム

『それで…こちらの御仁は?』

 

タジムがこの緑色の独特な戦装束を着たエレゼン族の男の事を問い質した。

 

カルカソンヌ公

『あぁ、こちらはパラヴォンとカルカソンヌの東南に隣接するアセル・ローレンの森、ないしはアスライ公国公主オリオン公で御座います。』

 

オリオン

『殿下、お初にお目に掛かります。

 

アスライ公国公主オリオンと申します。

 

公国の全てを賭けてこれより貴方様に忠誠を誓います。』

 

タジム

『助力感謝するオリオン公。

 

卿もブレトニア公爵か?』

 

カルカソンヌ公

『厳密にはアルトドルフ帝国公爵になりますが、ガレマール帝国占領時に最後まで抵抗したアスライ公国の降伏を促す代わりに私とパラヴォン公で分割統治する約束を取り付けた結果その影響下にあるというだけです。』

 

パラヴォン公シグルド

『ブレトニア軍の多くの残存兵を匿って貰っている都合上何としても帝国の奴等に土足で踏み入れさせたく無かったので…苦肉の策でしたが…。』

 

オリオン公

『いや…お陰で我らは生きている。

 

あのガレマール人に統治されるよりは何倍も良い結果になった。』

 

タジムは分かったと意志を示すと話題を変えた。

 

タジム

『して…私は卿達のメガネに叶ったかな。

 

諸君らが私を試したのには理由が有るのであろう?

 

例えば…父王の言いつけとかな…?』

 

それを聞いた一同はタジムの方へ振り返り、3人は跪いたまま、頭を垂れている。

 

タジム

『その沈黙は答えであろう?

 

正直、このタイミングで王家の血筋を名乗る者が現れるのは誰でも考えつく事だ。

 

その名声を不当に得たいと思う者など、碌でもない者達が名乗りをあげる事があるだろう。

 

正直、それでも良いのだ。

 

旗印にさえなれば。

 

だが、我らは力なき者には決して従わぬ。

 

それが正当な者であれ、簒奪者であれ、その力有る者が我が王国を統治すれば良い。

 

そうお考えだったのであろう、父上は?

 

母上も…お亡くなりになる時に、私に王家を継ぐ事を望まれなかった。

 

レオンクール王家自体に存続する価値は無い、だが我が子がその意思あれば、力ある者であるか見極めよ、さもなくば卿ら3人の手で我が王朝に幕を引き、次代の為礎とせよ。

 

そんな所であろう?』

 

タジムの発言に全員が驚愕するが3人は変わらず沈黙している。

 

カルカソンヌ公

『タナトス卿からですか…?』

 

カルカソンヌ公は恐る恐る聞いた。

 

彼の心情としてはよもやそこまで考えていたのか…若干25歳の若者がそこまで…。

 

タジム

『いや…歴史を学び、過去を見れば、似た様な事など腐るほど有る。

 

それだけの事だ。』

 

カルカソンヌ公

『殿下も、例外ではないと?』

 

タジム

『無論だ。』

 

カルカソンヌ公

『殿下、確かにフィリップ陛下は殿下のお考え通りの事を仰りました。

 

されど殿下は、我らに力有りと証明し、現に多数の騎士や兵士達からも慕われ、王家の人間としての責任を果たすべく、先頭に立ち、自ら武を振るい戦っておいででした。

 

陛下は歴史の影に消えていった者達では有りませぬ、貴方は間違いなく天命に従って歴史の表に立つべき存在なのです。

 

貴方こそ…』

 

と、言い掛けた瞬間であった‼︎

 

伝令

『急報ー‼︎

 

急報ー‼︎‼︎

 

申し上げます!

 

中つ海街道、つまり王都クーロンヌ、ライクランド帝国マリエンブルク公爵領間の街道より、ライクランド帝国軍出現‼︎

 

その数100000‼︎

 

対する、我が方はカムイ・タナトス卿以下15000で街道にて迎え撃ちましたが、数的不利は如何とし難く、後退。

 

現在王都クーロンヌは包囲されている模様に御座います‼︎』

 

クーロンヌ公

『な、なんだと⁉︎』

 

カルカソンヌ公

『なんと…我らにもその様な連絡は無かった。

 

知っていれば王命に反してでも犠牲覚悟で帝国軍に叛旗を翻したのに。』

 

皆がタジムを見たが、彼は何も言わない。

 

だが、彼は無言で馬に跨ると剣を抜き、こう叫んだ…後にいう英雄王の激励と云われる出来事が今起きようとしていた。

 

タジム

『友よ…よく聞いてくれ。

 

今我らは正しく滅亡の危機にある。

 

苦節25年…再び統一されたブレトニアが今、恥知らず共によって再び分たれようとしているのだ…諸君、問おう。

 

我らは、騎士だ、泉の女神の騎士だ。

 

その生涯を騎士の高徳を完成させる為に捧げ、信念と正義を以って愛すべき者達を守ると誓った騎士だ‼︎

 

諸君らにその誇りはあるか?

 

答えよ‼︎』

 

将兵

『応ッ‼︎‼︎』

 

タジム

『諸君‼︎

 

友よ‼︎

 

英雄達よ‼︎

 

今ブレトニアは諸君らの死を望んでいる‼︎

 

共に戦ってくれ、全ての守るべき物の為に‼︎』

 

士気の爆発…

 

古来より多くの名将が自軍を覚醒させる際に起こしたそれは度々、奇跡を起こして来た。

 

ブレトニア史であれば、始祖王ジル・ル・ブレトンが初めて聖女の祝福を受けて突撃した戦いが最初であろうか。

 

タジム

『これより軍を分ける、オリオン公、バストンヌ公、貴公らの軍と我が軍の動きの鈍い重歩兵はこの場に置いて行く、山岳要塞オヴェリアやライクランド公爵領から軍勢が来ぬとは限らぬ、ジソルーにて守備に当たれ‼︎』

 

バストンヌ公アルベルト・オリオン公

『ははっ‼︎』

 

タジム

『他は全て着いてこい‼︎

 

騎兵は当然だが、砲兵隊は可能な限り騎馬砲兵にして連れて行く。

 

歩兵も荷馬車にでも何でも乗るだけ乗せろ‼

 

物資も最小限にし、速度を稼ぐのだ。

 

飛行艦隊は損害が激しい、オルカル山地とボルドローにて修復作業に入れ‼︎

 

シド殿はそちらに付いてあげてくれ。

 

優秀な技師は必要だ。

 

以上だ、総員怠るな‼︎』

 

諸将

『御意‼︎‼︎』

 

タジム

『翌日には我ら全員が馬上にて敵に突撃していなければならぬぞ、そしてその上で勝つのだ‼︎

 

良いな…明日は勝ち戦とする‼︎‼︎』

 

諸将・暁の賢人

『必ずや‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

______________________

王都クーロンヌ

 

王都は混乱の渦であった。

 

ライクランド帝国軍(以降選帝諸侯派と呼称)100000に包囲されている以上、仕方のない事であった。

 

対するクーロンヌは迎撃に出たカムイ率いる15000と各地から参集した皇帝派ライクランド軍残党の中で補給が済んで戦闘に耐えれそうな兵とクーロンヌより緊急徴募した兵合わせて10000合計25000、数的不利に加えて、クーロンヌを守り切るには兵力がやや不足している状況であった。

 

しかし、流石は国王が最も信頼する騎士であった。

 

その防衛指揮は的確であり、圧倒的不利を兵の士気と、堅城である王都、そして一流の戦士であるカムイの武勇が相まってボリス・ドートブリンガーの尖兵達の手を焼かせていた。

 

されど、大量の火砲で武装した選帝諸侯軍の攻撃に遂に城門が破壊されてしまう。

 

『タナトス卿‼︎

 

城門が破られました‼︎敵が侵入してきます‼︎』

 

タナトス卿

『狼狽えるな‼︎

 

敵は王都を破壊する気は無い‼︎

 

敵が城壁や街を破壊する気のないのなら勝機はある‼

 

ハルバード徒歩騎士団とツヴァイバンダー徒歩騎士団は︎私と来い、アーキバス兵とクロスボウ兵は城壁より引き続き弾幕を張れ、敵が梯子を掛けても剣兵と徒歩騎士団が付いているから落ち着いて対処せよ。』

 

騎士

『城壁外の敵に対して順調にトレビュシェットで攻撃を加えておりますが、敵に怯む様子が全く有りません。

 

敵もこちらも高位魔導士が居ない事は最初は救いと思いましたが、却って状況を悪くしたやも知れませぬ。』

 

カムイ

『いや、居ない方が良い、居ればこんな物では済まぬ。

 

敵将は分かったか?』

 

騎士

『はっ、マリエンブルク公爵軍将軍ボーアン・フーセネガーとの事。』

 

カムイ

『マリエンブルク公爵の旦那か…。

 

あの女公爵同様掴み所のない戦い方をする男だ…なら妙だぞ?

 

奴ならこんな平押し等せずもっと何か奇策を弄して来そうなものだが…大兵に策なしと言う事か…いや今は良そう。

 

城門より来る招かれざる客を相手せねばな…。』

 

城門では突入してきた選帝諸侯軍を追い返そうと騎士達が奮闘していた。

 

選帝諸侯軍兵

『行けぇ‼︎

 

叛逆者のブレトニア人を殺せぇ‼︎‼︎』

 

ブレトニア騎士

『どの口が言うか‼︎』

 

剣戟と怒号が城門を支配していた。

 

すると選帝諸侯軍の最前列が全員倒れた。

 

骸の前には東洋の具足をブレトニア風に加工した特殊な鎧を着た一人の騎士が刀を持って立っていた。

 

その鎧は金色に輝き、兜には獅子を模した白い立髪が靡いていた。

 

ブレトニア騎士

『王の盾(キングス・ガード)だ‼︎

 

王の盾がきたぞ‼︎‼︎』

 

騎士達にはどれほど心強かったか。

 

ブレトニア王国の中で最強の騎士にして…ただ一人の武士が参陣したのだから。

 

選帝諸侯軍の兵達は仲間の仇と武士に斬り掛かるが…一人…また一人と斬り倒される。

 

カムイ

『天下…』

 

カムイは刀を鞘に収め、居合の構えを取る

 

カムイ

『五剣ンンンン‼︎‼︎』

 

五つの飛ぶ斬撃が兵士達を切り刻む。

 

カムイ

『王都無き王など存在させる訳には行かぬ‼︎

 

ブレトニアの騎士達よなんとしても守り切るのだ‼︎‼︎』

 

その頃、ブレトニア側の奮闘を本陣より見ていたフーセネガー将軍は賛美していた。

 

フーセネガー

『全く流石だ…腕は衰えてはおりませぬなぁ…公爵。』

 

フーセネガーはそう言うと東は見た。

 

まるで何かが来るのを待っている様に。

 

フーセネガー

『おい。』

 

フーセネガーは自軍の士官を呼ぶと自軍だけにこう命令した。

 

フーセネガー

『俺達だけは最後方に配置しておけよ。』

 

士官

『…こっそりとですな?』

 

フーセネガー

『そうだ…どう転んでも俺たちの犠牲は最小限にしないとな…儲けるのは好きだが…損をするのは嫌いな俺達マリエンブルク人のモットーに倣ってな?』

 

結局その日はフーセネガーより後退が命じられ、ブレトニア側は城門を守り切る事に成功したが翌日再び破壊された城門に敵が殺到し、早くも城門の戦いは熾烈を極めていた。

 

業を煮やした選帝諸侯軍は鹵獲した魔導アーマーとライクランド帝国式の機動兵器を投入したのだ…コロッサスとゴリアテ(ガレマール帝国軍のコロッサスを参考に作った機械人形。性能は同等と言われている。)の突入に流石の騎士達も劣勢を強いられた。

 

連日戦い続けていた騎士達も疲労には勝てない。

 

この鉄巨人を抑える事は出来なかった。

 

遂に城門は突破され、敵が雪崩れ込んでくる。

 

それでもブレトニア騎士達は諦めず食い下がる。

 

カムイ

『まだだ‼︎

 

まだ街や城に入ったわけではない‼︎』

 

そう言い切った刹那カムイはルガディン族の兵にハンマーで頭を横殴りにされ吹き飛ばされた!

 

苦痛の声を挙げ、体勢を整えられず後ずさるカムイ、それを助けたくても騎士や兵士達は動けない。

 

騎士

『タナトス卿⁉︎⁉︎』

 

兵士

『公爵様‼︎』

 

選帝諸侯軍兵

『死ねぇ老ぼれが‼︎』

 

カムイは死を覚悟した。

 

然し、挙がった断末魔はカムイの物ではなく、ルガディン族の兵士であった。

 

彼の前には緑色の古代の騎士の装いをしたエメラルドに光る騎乗した騎士が居た。

 

それは明らかにこの世の物では無いと一目見て分かる姿であった。

 

神々しい光を帯びた騎士は一振りでさらにその周辺に居た敵兵を倒してしまう。

 

カムイはそれが何であるかを理解していた。

 

一度だけ…若かりし頃に見たその姿…そう今目の前にいる騎士こそ、ブレトニア神話において何度も何度も現れ、聖杯騎士達に試練を与え続けた存在緑の騎士その人であった。

 

掠れた…しかしよく聞こえる声でそれは吠えた。

 

緑色の騎士

『奮い立て‼︎

 

ブレトニアの子らよ、そなたらは泉の女神の加護ぞ受けし戦士達ぞ。

 

お主達は決して負けぬ‼︎

 

ジル・ル・ブレトンの子らが諸悪に負ける事は決して有り得ぬ‼︎

 

誇りを失ったシグマーの子らよ…我が刃を受けよぉぉ‼︎‼︎』

 

選帝諸侯兵達は恐怖に呑まれた、緑色の騎士の様な何かに仲間が斬られていくのにその騎士は撃たれても、斬られても刺されても死なないどころか…当たらないのだ。

 

馬も同様であるのに、その蹄によって踏み潰され、跳ね飛ばされる兵は数知れず。

 

そして遂に緑の騎士は魔導アーマーを全て壊してしまうのだった。

 

それに合わせてカムイ達は士気を取り戻し、再び城門まで押し戻したのだ。

 

そして緑の騎士は何も言わず戦いの最中であるにも関わらず何処かへと消えてしまった…。

 

カムイ

(まさか…今になって現れるとは…。)

 

『皆‼︎

 

緑の騎士の助力を無駄にするな‼︎

 

殿下は必ずや戻られる‼︎‼︎

 

それまで耐えるのだ‼︎』

 

ブレトニア軍

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

緑の騎士出現はすぐさまフーセネガーの元に届けられた。

 

フーセネガー

『何だって⁉︎

 

あれは伝説の存在だろう⁉︎

 

本当に現れたってのか…だがで無ければこんな短期間に押し戻されるわけ無いか…。』

 

士官

『し、将軍‼︎

 

東より軍勢が‼︎

 

ブレトニア軍と思われます…もう既に突撃して来ています‼︎‼︎』

 

フーセネガー

『気を取られ過ぎた…。

 

恐らく中列にいるナルン公爵軍とデイッターズランド公爵軍はボコボコにされるだろうな…。

 

全軍に退却命令を出せ。

 

尤ももう遅いだろうがな。

 

ブレトニア騎士団の突撃は速い上に強力…避ける手段など無い。』

 

フーセネガーは迫り来る軍勢を見た。

 

そして彼の言う通り、ブレトニア軍は瞬く間に敵を捉えた。

 

そしてそのランスはしっかりと彼らの敵を捉えていた。

 

タジム

『聖女の為に‼︎‼︎』

 

ブレトニア騎士団

『王国の為に‼︎‼︎』

 

ブレトニア騎士団は突撃した‼︎

 

真横からの完全な突撃を受けた選帝諸侯軍は大混乱に陥る。

 

白刃を振るう王太子の側にはクーロンヌ公、リヨネース公、ラ・フェール伯、そしてアルフィノ、アリゼー、グ・ラハ、ヤ・シュトラがそれぞれの得物を振るって戦っていた。

 

タジム

『奮い立て騎士達よ‼︎

 

我らの騎士道に掛けて‼︎

 

我ら決して諸悪に屈せぬ‼︎‼︎』

 

そう言った瞬間クーロンヌの剣は黄金に光り輝いた。

 

それを見たブレトニアの騎士はこう言った。

 

ブレトニア騎士

『その剣、王たる者の手にある時、金色に光輝き、太陽の光の如く我らを照らすべし。

 

皆、殿下に…いや国王陛下に続けぇ‼︎‼︎』

 

ブレトニア国王…その名を聞いた選帝諸侯軍は戦慄する…。

 

かつてこの地にてフィリップ九世はカムイを除く王の盾数百騎を引き連れて、彼らを大いに血祭りに挙げ、道連れにしていた。

 

その記憶を持つ兵達は震えが止まらなくなり…やがて若き王太子をその武勇に優れたかつて自分達の大将軍と重ね合わせてしまった。

 

選帝諸侯兵

『逃げろ‼︎

 

殺されるぞぉ‼︎‼︎』

 

選帝諸侯兵

『フィリップ九世だ…生きてやがったんだ…逃げろぉぉぉ‼︎‼︎』

 

恐怖は伝染する。

 

選帝諸侯軍は瞬く間に士気崩壊を起こした。

 

本陣で見ていたフーセネガーは何故かほくそ笑んでいた。

 

フーセネガー

『フ…フフフ。

 

流石に驚いたな…緑の騎士にクーロンヌのの剣を光らせるだと…?

 

……時は来たか…。

 

全軍の退却を支援する!

 

マリエンブルク軍前へ‼︎』

 

士官

『はっ‼︎

 

全軍前へ‼︎‼︎』

 

フーセネガー

『程々にな?

 

連中に文句を言われちゃ堪らんからな。

 

ポーズって大事だからな。』

 

城門付近の敵を蹴散らして来たカムイと合流したタジム達は勢いのまま、マリエンブルク軍に襲い掛かる。

 

然し、フーセネガーののらりくらりとした戦いにいなされ、結局損害も出せずに逃してしまった。

 

タジム

『マリエンブルク軍は殆ど損害を出さずに後退したか…。

 

それでも敵の大半は倒せた。』

 

大勝利と言おうとしたが…悲劇が起きてしまう。

 

騎士

『殿下‼︎

 

直ぐにこちらに…クーロンヌ公が…‼︎』

 

それを聞いたタジム達は血相を変え、馬を賭けた。

 

近づく度に騎士や兵士達の態度が変わっていき、事の次第が明らかになっていった。

 

タジム

『大叔父上‼︎‼︎』

 

タジムは馬から飛び降りると地面に寝かされたクーロンヌ公に駆け寄った。

 

然し…遅かった。

 

もう既にクーロンヌ公トロワヴィルは戦死していたのだった。

 

タジムは涙した。

 

その場にいた皆が泣いた。

 

最後を看取った騎士はクーロンヌ公の死に様を語った。

 

クーロンヌ公は老体に鞭打ちながらツヴァイバンダーを振るい、味方を鼓舞しながら戦っていたが、敵がせめて一太刀と浴びせた剣の一撃を食らったのを皮切りに幾つかの太刀傷を負ってしまった…結果落馬し、徒歩騎士や兵士に助けられたが既に致命傷であったという。

 

死ぬ間際までトロワヴィルはある事を口にしていた。

 

トロワヴィル

『殿下…どうか良き国を…良き国をお造りください…。』

 

そしてタジムが到着する少し前に息を引き取ったのだという。

 

タジム

『………約束する。

 

大叔父上の骸に誓う。

 

必ずやブレトニア王国を良き国にしてみせる。』

 

タジムは再び騎乗すると剣を天に掲げ叫んだ。

 

クーロンヌ公トロワヴィルの戦死と、全軍の勝利を、そして自身が良き国を作ると誓った事を。

 

タジムの手には光り輝くクーロンヌ剣が握られていた。

 

タジムの叫びの後、一瞬の沈黙があった。

 

すると一人の騎士が剣を天に掲げ叫んだ。

 

騎士

『ブレトニアの王‼︎』

 

それは王位についた者に対しての祝福の言葉や自身が忠誠を誓う証として挙げる鬨の声であった。

 

それに続き、

 

カムイ

『ブレトニアの王‼︎』

 

レパン

『ブレトニアの王‼︎』

 

全軍

『ブレトニアの王‼︎ ブレトニアの王‼︎ ブレトニアの王‼︎』

 

ブレトニアの王と何度も何度も鬨の声は挙がり続けた。

 

賢人達も同じ様に鬨の声を挙げたが…アリゼーだけは挙げなかった…彼女にはタジムを王にしてはならないいう危機感を拭えずにいた。

 

タジムの本性…それだけ…たったそれだけで彼女は彼を信じる事は出来なくなった。

 

そして彼女は兄達とは独自の行動を取る事を覚悟したのだった。

 

憧れていた英雄が王になる瞬間を目にしながら…

 



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第五話ブレトニア王とブレトニア王

______________________

クーロンヌ郊外

 

タジム

(ブレトニア王にはなりたいわけじゃ無い。

 

ただその方が多くの人間が喜ぶ。

 

ただそう思っただけだった。

 

……だが今は、俺は玉座を望んでいる。

 

今までの言い訳は全て俺の野心を隠す為の…自分が見て見ぬ振りをする為の詭弁でしか無い。

 

自分の野望の為に玉座は必要だったのだ…。

 

俺は…いや、私は冒険者では居られないのだ。)

 

タジムは自身をブレトニア王と呼ぶ将兵達の声に包まれながら王都クーロンヌに入城した。

 

クーロンヌ公の死は王都中に伝わり、民は涙を流さぬ者など居ないかの如く咽び泣きに包まれた。

 

継承順位的にタジムは王国騎士になって、直ぐにクーロンヌ公爵領を継承する事になり、この時点でタジムはクーロンヌ公爵となった。

 

ブレトニア内のガレマール帝国軍が一掃され、再統一された事で各地の公爵と伯爵、そして男爵が集められ、王城内は老若男女の貴族や各町村の長や有力者が集められた。

 

王城内にて今後の動向が話し合われたが、此方は変わらず、ライクランド帝国の奪還、再びブレトニア王国とライクランド帝国を一つの国として束ね、超大国アルトドルフ帝国の復興。

 

これにまとまったがいかんせん、未だ兵力が足りぬ状況であった。

 

ブレトニア王国全土が支配下に入った今、遅かれ早かれ力最盛期の力を取り戻すだろうが、それではやはり元々国力差があるライクランド側…つまり選帝諸侯軍が有利になってしまう。

 

結果、クーロンヌ包囲を大損害を与え、撃退した勢いのある今のうちに、山岳城砦オヴェリアを落とし、ライクランド公爵領、そして王都クーロンヌよりマリエンブルク公爵領の双方に軍を侵入させるべしという事になったのだ。

 

オヴェリアを抜けば、帝都アルトドルフを打通出来る他、帝国中枢を一挙に叩けるという心理ダメージを与える事になるのだ。

 

次にマリエンブルク領に関しては元々貿易港として名を馳せたマリエンブルクはクーロンヌより北側、川を少し登った所に位置する内海に面した要衝であり、ここを取る事は経済的にも軍事的にも有利に立てる事が見込めるからである。

 

軍事的メリットはボリス・ドートブリンガーの所領ミドンランド公爵領に隣接している為、ミドンランド公領首都ミドンハイムを射程に収められるという事、経済的メリットは先に述べた様に大貿易港という事で交易等で外貨を得る事が出来る為、まさしく富を生み出す地なのである。

 

然し当然それは敵も承知している。

 

マリエンブルク領侵攻に際して最初にして最後の難関である城塞都市マリエンブルクは要衝だけあって堅城であり、その兵も優秀である。

しかも、ライクランド、ミドンランド、ノルンランド(ライクランド帝国北方の領土、ここに存在するもう一つの内海を挟んでガレマール帝国領が有る)からの援軍が到着しやすいので、実質大規模決戦を起こしやすい為、兵力の優位がある選帝諸侯軍は有利である。

 

次にオヴェリアは山脈を二つに隔てた渓谷を丸々使った城砦である。

 

強固な要塞として建てられた為その設備を優秀であり、建築上の都合で大兵は収容出来ないが、その為か比較的兵も精鋭が集められている。

 

更にもっと言ってしまえばブレトニア側はこのオヴェリア要塞を落とす事にメリットはあまり無いのだ。

 

確かにこの強固な要塞が手に入れば心強い事は明白だ。

 

されどライクランドに侵攻するとなると話は別である。

 

むしろその狭い峡谷は大軍を進ませるにはキツイものがあり、一度に渡れる兵が少ないのだ。

 

つまりこの要塞は守備のみにしか使えず、攻勢に転じにくい拠点なのだ。

 

しかも選帝諸侯軍はブレトニア側へ侵攻するならわざわざこの要塞を通る必要が無いので、無視される可能性が極めて高い。

 

この要塞に関しては周辺地域の安全の為に取りに行くという事だけなのだが、然し生半可な兵数では落とせない為、これがブレトニア側のストレスを産んだ。

 

結果ブレトニア王国首脳陣の会議によってマリエンブルク領に大規模進軍する構えを見せ敵にも敢えて情報を流し戦力を集中させている間にオヴェリア要塞を落とし、敵の兵力撹乱を狙う二正面作戦通称『双頭の獅子作戦』が立案されたのである。

 

大兵を持って、敵主力軍を抑えている間に、精鋭軍を以ってオヴェリア要塞を陥落せしめ、後方より敵を威圧、後方を遮断する作戦である。

 

幸いにも先のクーロンヌ包囲戦により、敵軍もかなりの損害を被った事は間違いなく、四万から五万弱(オヴェリア要塞を堅実に陥落せしめる為に必要な兵力)の兵が後方に現われば敵の混乱を招き、ライクランド陥落の危機や補給線にも影響を及ぼす為、敵はマリエンブルクに兵を置けなくなる。

 

つまりそれら一帯を奪取しやすい様に環境を作るのが目的であった。

 

実行にあたっての様々な問題を解決しなければならないので会議は暫く続いたという。

 

軍を動かす為の補給物資や、武器弾薬、更にオヴェリア要塞攻略の為の精鋭抽出等やる事は沢山あった。

 

結果として、山岳戦に強い、パラヴォン公、オリオン公がそれぞれ25,000の兵を率いて攻略に当たり、残りの各領主の軍を一挙にクーロンヌに集め、タジムを総大将にして約20万(今日迄に集まった各地の残党とブレトニア国内の軍や志願兵、帝国軍に徴用された兵達を集めた数。)を以ってマリエンブルクに進撃する構えとなった。

 

然し、それでも不安が残る。

 

あくまでブレトニア側は戦える兵は確保しているのみであり、確実に勝てる兵力を持っていなかったのだ。

 

兵数が絶対的な戦争の勝利の要因となる訳ではないが、所詮戦は数である。

 

タジムはカルカソンヌ公の勧めで、各国に向けて再び自身の正統性を訴え、尚且つ助力を求める演説を行う事にした。

 

未だ各地に離散したままのブレトニア・ライクランド軍の残党や遠い地に布教活動に出て行った遍歴騎士団、そして各国の義勇心に熱い者達が義勇兵として集まってくれるのを狙った行為である。

 

タジムは確実を極める為に会議の後、ある国に書状を送る事に決め、これをアルフィノに託した。

 

アルフィノ

『これをエオルゼアに送れば良いのかい?』

 

タジム

『そうだ、私が立った時にああ言ってしまったが、エオルゼア諸国同盟にブレトニア王国は少なくとも現時点では帝国以外と刃を交える気がない事を証明したい。

 

そこで、今渡した書状とアルフィノ、君の暁の血盟としての口添えを頼みたい。』

 

アルフィノ

『私からも書状を…確かにその方が効果はあるか。』

 

タジム

『エオルゼア諸国間ではあくまで中立の立場にあるべき諸君にこんな事を頼むは迷惑だとは分かっているが、我らはあまりにも嫌われ過ぎている、きっとエオルゼアでは俺はもう光の戦士じゃなくて凶暴なブレトニア人の親玉と揶揄されている事だろうよ。』

 

アルフィノはこれに対しては返答を控えた。

 

タジム

『だが、君が言うのでは話は別だ。

 

演説を行う前に彼らの心境が変われば、聞く耳位は持ってくれるかも知れない。

 

引き受けてくれるだろうか?』

 

アルフィノ

『タジム、いや陛下。

 

お受けいたします、然し一つ条件を提示してもよろしいでしょうか?』

 

タジム

『まだその呼び方は慣れぬな。

 

聞こう、私に出来る事であれば、な?』

 

アルフィノは一枚の紙、それも上等な羊皮紙を取り出した。

 

アルフィノ

『此方に陛下自身の字で自分はエオルゼア諸国同盟及び東方連合に対し、野心は無く攻めるつもりは無いその証として不可侵を結び、自身が約束を違える事はしないと言う事を証明する血判を押して頂きたいのです。』

 

タジム

『これは…用意周到だな、成る程確かに一番ロジカルな方法だ。』

 

タジムは羽根ペンを手に取り、一筆描くと、クーロンヌの剣を少しだけ引き抜き、自らの親指を斬ると、血が垂れ出した親指を羊皮紙に押し付けた。

 

羊皮紙を受け取ったアルフィノが中身を確認すると頷いてそれをしまった。

 

アルフィノは一礼して立ち去ろうとするが、タジムはアルフィノを呼び止めた。

 

タジム

『アルフィノ、一つ訂正しておくよ。』

 

アルフィノ

『?』

 

タジム

『私はまだ、陛下では無い。』

 

アルフィノ

『心得ました殿下。』

 

アルフィノは会議室より立ち去るとこう一人で漏らした。

 

アルフィノ

(相変わらず素直じゃない。)

 

アルフィノが賢人達の為に用意された宿舎に戻り、事の次第を話した。

 

現在、シドがオルカル山地の空中艦隊の整備の為に出ているので、書状は中立国ラザハンの飛行商船に託し、エオルゼア同盟の一角、グリダニアに運んでもらう手筈を賢人達は話し合いの末取り決めた。

 

その夜、アルフィノはアリゼーの部屋に向かったがそこから喧騒の声が聞こえたのでギョッとしたが、どうやらその声はアリゼーとグ・ラハ・ティアの物であると分かったがどうやら言い争いをしているらしい。

 

流石に捨て置けないので、アルフィノは部屋を開けると、グ・ラハの手には何か書かれた手紙が握られており、アリゼーがそれを取り戻そうとしているようだった。

 

グ・ラハはアルフィノの姿を見るや荒々しくこう言い放つ。

 

グ・ラハ

『アルフィノ!

 

これは君も承知している事か‼︎』

 

そう言うと握られた手紙をアルフィノに投げる。

 

アリゼー

『ラハ!

 

返しなさいよ、アルフィノも受け取らないでよ‼︎』

 

アルフィノは手紙の内容を見て驚愕した。

 

それはアリゼーの直筆で書かれたブレトニア王国の危険性とタジムニウス・レオンクールという英雄が狂気に満ちた人殺しに堕落したという内容が書かれ、エオルゼア諸国に決してブレトニアと手を取る事の無いように危険喚起を促す事と恐らくゼノス・イェー・ガルヴァスとアシエン・ファダニエルによって再編されるであろう帝国と共倒れさせる方が良いと献策する旨が書かれていた。

 

アルフィノ

『アリゼー…これは一体…どういう事なんだ?』

 

アリゼー

『二人は何とも思わなかったの⁉︎

 

ここ最近のあの人の言動を‼︎

 

えぇ、そうね側から見ればみんなの為に戦ってるように見えるでしょうね。

 

でも、あれはそんな物じゃない、あの人は自分の為に、自分の欲望の為に戦ってる‼︎

 

自分が人を斬り殺して、斬り殺させて、斬り殺されるのを見て楽しんでる‼︎』

 

グ・ラハ

『違う‼︎

 

あの人はそんな人じゃない‼︎

 

もしタジムが本当にそんな奴ならあんなに多くの人々が付いてくるものか。』

 

アリゼー

『あんたも、ここの人達もみんなタジムの英雄としての偶像に眼を奪われてるだけよ‼︎

 

私は見たの、オルカル山地で一人で盤上の駒を動かしながらまるでゲームをしている様なタジムを…あの恐ろしい笑顔を浮かべたタジムを…あれじゃあまるで…』

 

アルフィノ

『ゼノス・イェー・ガルヴァスの様だった。

 

そう言おうとしたんじゃないかい?』

 

アルフィノがまさか自分の言おうとした事を先に言い出すとは思わずアリゼーは驚いた。

 

アリゼー

『知ってたの?』

 

アルフィノ

『ああ、彼は自身の内にある狂気や凶暴性に気がついていた。

 

そしてそれが、自身の制御を超える事も。』

 

アルフィノはかつてタジムより打ち明けられた事を二人に話した。

 

自身の戦を何処かで楽しんでいる沙河や寧ろそこにこそ生の充足を得られる場所がある事を。

 

だが、それに飲み込まれてはいけないという事も理解していた事も併せて話していた事も伝えた。

 

アルフィノ

『今の状況になった時にきっとそれが災いを呼ぶと分かっていたんだと思う。

 

だけど、彼の野心については分からない。

 

アリゼー、本当に彼はエオルゼアに侵攻の意がある事を君に言ったのかい?』

 

アリゼー

『いいえ、そういう訳ではないけど彼は自分がやると言った事は必ずやるって言っていたから…あの時の演説で言っていたことは決して誇張なんかじゃないと思ったのよ。』

 

アルフィノ

『正直、アリゼーの見解もグ・ラハの見解もどれも正解だよ。

 

彼は二面性を持っている、だけど一つわかっていて欲しいのは結局タジムニウス・レオンクールと言う一人の人間なんだって事。

 

そしてアリゼー、彼はその凶暴性と向き合う努力を怠ってはいないが、必要であればそれを使う覚悟はある、そしてそれを使わせない、少なくともエオルゼアに向けられないよう為に私達が居るんだ、それを忘れてはいけないよ。』

 

アリゼーはそれを聞くと書いた手紙を蝋燭の火で燃やした。

 

心の内より響く裏切り者を王にするのかという自身の声音に良く似た気味の悪い声を掻き消すように…。

 

アルフィノは二人が仲直りした事を確認するとお開きにしてグ・ラハと部屋を出ようとした時だった。

 

自身を呼ぶ女性の声が廊下の先から聞こえてきた。

 

声の主は黒い葬儀用のドレスを着たレパンであった。

 

その目は泣き腫らしたのか赤くなっていた。

 

先代クーロンヌ公トロワヴィルは陣中葬を行ったので恐らく誰かの葬儀に出ていたのであろうが、今はそれを言及する必要はないだろう。

 

レパン

『す、直ぐに城門においで下さい。

 

タジムニウス殿下が王都を出ていかれてしまったのです!』

 

グ・ラハ

『な、なんだって⁉︎

 

どうしてそんな事に、そもそも一体どこに⁉︎』

 

レパン

『詳しい話はタナトス卿より説明されるそうです、皆様念の為武装をしたうえで城門に。

 

ヤ・シュトラ姉様は既に城門においでです。』

 

3人は頷き合うとそれぞれの得物を持って城門へ集まった。

 

城門前は慌てる騎士や兵達が走り回り、怒号が飛び交っていた。

 

ヤ・シュトラ

『貴方達も来たのね。』

 

ヤ・シュトラは四人を見つけると手を振った。

 

アルフィノ

『タナトス卿、一体殿下はどちらに行かれたのです?』

 

カムイ

『………。』

 

アルフィノ

『タナトス卿‼︎』

 

カムイ

『信じては貰えぬと思うが…私と殿下は大広間で双頭の獅子作戦の為の布陣や補給線の確認などを行っていたのだが…そこに再び現れたのだ…緑の騎士が。』

 

その場にいた全員が驚愕した。

 

レパン

『ば、馬鹿な⁉︎

 

あれは神話の世界の存在では無いのですか!』

 

カムイ

『いや、あの方は決してその様な物では無い。

 

実は30年程前に一度だけ私と陛下の前に現れた。

 

尤も、当の本人に口止めをする様に騎士の誓いを結ばされたので記録はさせてない。』

 

ヤ・シュトラ

『それよりもその緑の騎士がなんなのか教えてくださらないかしら?』

 

カムイは緑の騎士について話した。

 

緑の騎士

 

ブレトニア神話に於いて、ある日突然現れた全身をまるで植物のような色と装飾の施された古代の騎士の鎧と装束で身を包んだ騎士である。

 

しかし、その体は実体を持たず、剣で斬っても、槍で刺してもその身には当たる事が無かったという。

 

首を斬り飛ばしたのに、その首まで歩いていって何事もなかったように身体にくっつけた辺り不死身である事は間違いない為人々はそれは神の使いや亡霊の類と認識していたと云う。

 

聖杯の力を求めて旅をする騎士の前に現れ、一騎討ちを所望し、一騎討ちの末敗れると聖女フェイ・エンチャントレスの居場所を教え去ってゆくと云う。

 

その事から聖杯の力を得て、人智を超える力を得ようとする騎士(聖杯騎士)達の最後の試練を与える存在として何度も現れるのだという。

 

そしてブレトニアに恐ろしい危機が迫った時も現れ、騎士や兵士達を鼓舞し、その力を以って外敵を屠ったとも言われている。

 

カムイ

『緑の騎士の神話の全てが事実だ。

 

ブレトニアの史実に於いても緑の騎士は何度も現れ、その度に数々の偉大な騎士や王達に試練を与え、国難を救ってきた。

 

この事実は王の側近を務めた貴族や騎士にしか伝えられぬ事だ。

 

聖杯の力も本当だ、聖杯騎士は決して長き遍歴によって武勇を磨いた熟練の騎士では無く、本当に聖杯の力を持って人智を超える力を発揮したという…尤もこれは最後にそれらしい記述があるのも一星暦も昔だがな。』

 

グ・ラハ

『じゃあ聖杯騎士が超える力を持ってるかも知れないという話は本当なのか⁉︎』

 

カムイ

『真実だ。

 

あくまで昔はな、だがそれ以降は緑の騎士は現れる事も無く、フェイ様が聖杯の水を飲ませる事も無くなった為、次第に遍歴騎士はそういう扱いになった。』

 

アルフィノ

『だが、その緑の騎士は現れた。

 

タジムに用が会って現れたという事は…』

 

カムイ

『うむ、何かしらの試練を与える為に現れたのだろう。

 

緑の騎士は殿下に剣を向け振り下ろしてきた、突然殿下も剣を抜き、応戦する。

 

剣が打ち合った時に緑の騎士が殿下について来いと言ったのだ、そして馬で空を駆けたと思ったらそのまま灰色山脈の方に向かって行ったのだ。

 

殿下も馬で駆けて行ってしまったと云う訳だ。』

 

灰色山脈にはカムイの領地であるブラックバス城とそれらを支えるドワーフの小地下都市が二つを要する灰色山脈東部公爵領があり、どうやらその方向に向かって緑の騎士は飛んでいったと云う。

 

カムイ

『飛んでいった方向を見るに山の上とかではなく、せいぜい山の麓辺りに向かった可能性が高いが、我が領地はマリエンブルク領と接する為、何かあれば一大事、直ぐに探さねばならん。

 

申し訳無いが貴君らの力を借りたい。

 

レパンも済まぬ、父君が亡くなったというに。』

 

皆がレパンの方を見た。

 

その喪服も泣き腫らしたような顔もそれが理由であった。

 

レパン

『父は最期まで私にブレトニアの騎士である事を求めました。

 

その務めを果たさねば父に顔向けが出来ませぬ、どうかお気になさらず。』

 

カムイ

『…そうか。

 

では参ろう、国境線にはカルカソンヌ公の軍が張ってくれているので何かあればそちらに向かい助力を乞う事も出来るだろう。』

 

一行は馬で山脈に向かう。

 

道中で騎士や兵士達が主君の名を呼び探し回る姿を何度も見ながら馬を走らせた。

 

結局、山に着くまでタジムの姿は見つからなかった。

 

山に着いた時ドワーフの炭鉱夫達が下山してくるのを見たカムイは声を掛けた。

 

カムイ

『その方ら、少し待て。』

 

ドワーフ

『む…、おお御領主様じゃ‼︎』

 

ドワーフ

『お帰りなさいませ、ワシら民草一同20余年この日が来るのを…。』

 

炭鉱夫達はおいおい泣き始めてしまったので話の腰が折れてしまったが、カムイはここに騎士が来なかったかと聞くと確かに立派な装束を着た騎士が剣を持って走り去っていくのを彼ら見たと話した。

 

走っていった場所を聞くと、少し行ったところに使われてない洞窟があり、そこに向かったと言ったが炭鉱夫達はそこには魔物が住み着いていて危険だとも話した。

 

アルフィノ

『魔物程度じゃ彼は倒れない。

 

人の寄り付かぬ所が果たし合いの場か。』

 

カムイは頷くと炭鉱夫達に懐にあった銀貨の入った小袋を手数料と仲間や家族に美酒や食事でも振る舞ってやれと投げ渡してやった。

 

一行は炭鉱夫達と別れるとその例の洞窟に辿り着いた。

 

洞窟からは微かに剣戟の音が聞こえてきた。

 

間違いなく二人はここに居る…一行は迷わず洞窟に入った。

 

洞窟内は魔物の死体が散乱していた。

 

中に入った二人に襲いかかった魔物は一匹残らず斬り伏せられたのだろう。

 

奥に進めば進むほど剣戟の音が大きくなっていった。

 

そして広い広間に出ると、そこは人工的に作られた決闘場であり、燭台には緑色の火が灯り、決闘場を照らしていた。

 

二人はまるで踊る様に戦っていた。

 

その様子を見たヤ・シュトラは言葉を漏らした。

 

ヤ・シュトラ

『これは…どういう事なの…⁉︎』

 

アリゼー

『どうしたのよ急に?』

 

ヤ・シュトラ

『緑の騎士の話や、文献に載っている事を調べて行くにつれて、私は彼は蛮神の様な存在だと思っていたのだけれど…アレはクリスタルを喰らってなどいない、アレは純粋に魔力で呼び出された存在…つまり緑の騎士は…召喚獣よ。』

 

彼女の言葉に一同は驚愕する。

 

だがそんなわけが無い、数百年から数千年もの間召喚していられる召喚獣なんて存在する訳が無い、それこそクリスタルを喰らう蛮神の様な膨大な魔力供給源が必要な筈だった。

 

ヤ・シュトラ

『でも、あの魔力の流れは人為的に生み出された存在そのものよ…残念だけれどそうとしか考えられない。』

 

そんな彼らを尻目に戦っていた二人であったが何合、何十合とぶつかっても勝負がつかない。

 

二人は後ろに飛び下がり、仕切り直す。

 

緑の騎士は盾を捨て剣を両手で構える、然しタジムは剣を下ろしてしまったのだ。

 

カムイ

『な、何を⁉︎』

 

緑の騎士が走り出し、タジムの首を切り飛ばそうと横に切り払う。

 

だがタジムはなんとそれを体を後ろに仰け反らし寸前のところで回避し、緑の騎士が振り返った瞬間に懐に入り込み、緑の騎士が持つエメラルド色の剣を跳ね飛ばすと、その騎士の首を跳ね飛ばしたのだ。

 

首を失った緑の騎士は倒れ、光となった霧散したが、何処からか声だけ聞こえてきた

 

『再び、まみえようぞ。

 

次は其方らに真実を話さん…。』

 

するとタジムは過去視の衝動に襲われる。

 

だが、それだけでは無い。

 

それと同時に周辺の空間まで歪み出したのだ。

 

アルフィノ

『これは…一体⁉︎』

 

一行は決闘場ではなく、何処かの平原に立っていた。

 

その平原ではどうやらブレトニアとライクランドの軍勢とガレマール帝国の軍勢が大戦をしている最中の様だった。

 

タジム

『一体今度は何を見せるというのだ…?

 

…っ⁉︎

 

これは…過去視では無いのか?

 

何でみんながいるんだ‼︎』

 

普段の過去視であれば光の加護を持つタジムにしかこの光景は見えない筈だった。

 

だがその場にいたアルフィノ達もどうやらこの光景を見ている様だった。

 

そしてこの光景に見覚えのある男がいた。

 

カムイ

『ここは…キスレヴじゃ無いか…⁉︎

 

しかもこの有様…まさか25年前の…戦いか…?』

 

後ろから馬の嗎声が聞こえ振り向くと騎士の一団が戦場のど真ん中で停止していた。

 

カムイはあっと声を上げた騎士達の先頭で馬を立てるのは他でも無い若かりし頃の自分とタジムニウスの父フィリップ九世だった。

 

アリゼー

『あの人ってタジムのお父さん?』

 

アルフィノ

『フィリップ九世…本当にそっくりだ。』

 

フィリップ王とカムイは会話していた。

 

フィリップ

『戦況は我が方が有利か?』

 

カムイ

『はっ、皇帝陛下直属兵団が中央を突破、このまま進撃できれば、敵将ヴァリス・イェー・ガルヴァスの頭蓋にガール・マラッツを叩き込むことも叶いましょう。』

 

フィリップ

『うむ、では早く終わらせよう。

 

ブレトニア全軍‼

 

これより第二突撃に入る、皇帝陛下の邪魔をする者を生かして帰すな‼︎‼︎︎』

 

鬨の声が上がり、次の場面に移った。

 

乱戦の最中、血みどろになりながらも馬上で剣を振るい続けるフィリップ王と騎士達が映し出された。

 

すると敵側から凄まじい鬨の声が上がった。

 

ブレトニア騎士

『敵の本陣辺りから鬨の声が挙がってるぞ?』

 

ブレトニア騎士

『きっと皇帝陛下が敵将に鉄槌を喰らわしたに違いない‼︎』

 

だがフィリップ王は異様な空気を感じ取っていた…。

 

そして一気に絶望が襲い掛かる。

 

伝令

『急報‼︎

 

皇帝陛下が…皇帝陛下が…!

 

お討死あそばれたよし‼︎』

 

ブレトニア軍将

『ば、馬鹿な‼︎‼︎』

 

カルカソンヌ公

『本当に陛下がお討死あそばされたのか⁉︎』

 

伝令

『さ、更に…ライクランド帝国ルーンファング十二公爵の内八名、ミドンランド公、オスターランド公、ナルンランド公、タラベックランド公、バットランド公、ハーフランド公…敵軍に寝返ったよし‼︎』

 

クーロンヌ公

『おのれ‼︎‼︎

 

帝国貴族筆頭にして皇帝を守る12振りの聖剣を持つ者達が主君を裏切るのか‼︎‼︎』

 

フィリップ王

『……陛下。

 

これよりアルトドルフ帝国軍全軍権は大将軍フィリップの名に於いて掌握する‼︎

 

敵に裏切った八公爵は賊軍である‼︎

 

残る全軍は各公爵軍事に別れ、それぞれの所領に撤退せよ‼︎

 

そして各首都に民衆を集め籠城すべし‼︎

 

帝国軍が到達した際は降伏せよ。

 

ガレマール帝国軍も長い戦闘で疲弊しているだろうし、降伏する敵を無理に撃つ愚行はせぬ。

 

今の命令が気に食わぬ者は同志と家族を連れ、各地に離散せよ‼︎

 

中立国や、親アルトドルフ帝国の国々は迎え受けてくれる。

 

捲土重来の時来る迄、雌伏せよ‼︎

 

これはジギスムント陛下より事前に賜りし詔である‼︎‼︎』

 

敗走するブレトニア軍を追うガレマール帝国軍とライクランド帝国軍。

 

土煙と悲鳴と共に場面は入れ替わる。

 

次の場面はクーロンヌ城だった。

 

城の中は慌しい喧騒に包まれていた。

 

フィリップ王はある一室に入る。

 

フィリップ

『戻ったぞブリジット。』

 

タジム

『母上だ…死ぬ時と変わらぬ綺麗なお顔をしている。』

 

王と王妃は熱く抱擁する。

 

王妃の腕には一人の赤子が抱かれていた。

 

ブリジット

『陛下…私は命を惜しみません、でもこの子だけは…この子だけは敵の手に委ねるなど出来ませぬ、それだけは断じて。』

 

フィリップは抱かれた赤子を見た。

 

スヤスヤと眠る赤子の額にキスをすると赤子の手に短剣を握らせた。

 

フィリップ王

『我が子タジムニウスよ、不甲斐ない父を許してくれよ。』

 

フィリップ王

『ブリジット、お前とタジムニウスはこの国を出てくれ。

 

奴等はお前達を生かしておく事を良しとしないだろう。

 

遠い西の地…エオルゼア小大陸のイシュガルドという国がある。

 

そこに我が王家の縁のある者がいる、その人達を頼れ。』

 

ブリジット

『陛下は…陛下は如何するのです!』

 

フィリップ王

『ブレトニア王として、アルトドルフ帝国軍大将軍として最後の務めを果たす。』

 

ブリジット

『陛下‼︎』

 

フィリップ王

『私は父親にはなれぬ、だが反対にそれに値する者が居る。

 

タナトス卿、ここへ。』

 

カムイ

『はっ。』

 

フィリップ王

『汝の王の盾、獅子心騎士団総長の任を解く。

 

これよりは王太子タジムニウスの供回り、教育係、そして王妃ブリジットの専属の護衛に任命する、我が王国最強の騎士として、友として頼む

 

どうか二人を守ってくれ。』

 

カムイ

『……畏まりました。

 

ですがどうか陛下も何処かに落ち延び、生き延びて下さい。

 

王太子殿下には父親が必要です。』

 

フィリップは優しく微笑むと、ヘルムを被り、ランスを手に出ていった。

 

そして場面は変わり、数百騎の騎士団の先頭に立ちランスを構えて突進するフィリップ王が映った

 

フィリップ王

『進めェェ‼︎

 

ガレマール帝国の者共よ、ブレトニア王の道連れにしてやる故光栄に思うが良い‼︎』

 

獅子心騎士団員

『うおおおおおお‼︎‼︎

 

陛下に続けぇぇぇ‼︎‼︎‼︎』

 

ガレマール帝国兵

『ひぃ⁉︎』

 

ガレマール帝国兵

『逃げろ殺されるぞ‼︎』

 

たった数百騎の騎士団が敵の大軍を切り刻みながら暴れ回るが多勢に無勢。

 

獅子心騎士団は全員が討ち取られたが、1人につき数十人の帝国兵が討ち取られ、帝国軍は一度後退を開始した所で場面が変わった。

 

次の場面は何とこの決闘場であった。

 

血みどろになり、血を流しながらフィリップ王は決闘場の奥の壁に座り込む。

 

フィリップ王

『これだけ時間を稼げば…ハァ…ハァ…もう逃げ延びたであろう。』

 

するとフィリップ王の前に緑色の光が現れ、やがてそれは人の形をし、光は金髪の白いドレスを着た美女に変わった。

 

フィリップ王

『モルギアナ…来てくれたのですね。

 

我が淑女よ、私は聖女の騎士としての務めを果たせたのでしょうか?』

 

過去視を見ていたアリゼーは口を開く

 

アリゼー

『アレが泉の女神の代弁者、泉の淑女フェイ・エンチャントレス。』

 

ヤ・シュトラ

『ミンフィリアにそっくりね。

 

それにこの感覚、彼女も光の巫女だと言うの?』

 

カムイ

『殿下、彼女が先代のフェイ・エンチャントレス、モルギアナ様です。』

 

タジム

『彼女が…。

 

先代はこの直後に亡くなられたそうだな?』

 

カムイ

『はい、病を経ておりまして、もう動けぬ程であったはずでしたが。』

 

過去視の方に振り向くと、モルギアナはフィリップ王の前に腰を下ろし、その白い手をフィリップ王の頬に当てた。

 

モルギアナ

『フィリップ、貴方は最後までブレトニアの騎士としての務めを果たしてくれました。

 

女神様も…ハイデリンもきっと御喜びになるでしょう。

 

貴方のおかげで希望は繋がった。』

 

そう言い終わるとモルギアナは嗚咽し、涙を流した。

 

もう既にフィリップ王は瞼を閉じ、息絶えていたのだ。

 

モルギアナは魔法でフィリップを浮かせるとタジム達の方に向かってきた。

 

そしてタジム達の後ろにある壁に椅子を作ると彼を座らせた。

 

モルギアナ

『でも、貴方がここにいると言うことはまだ使命があるはず、緑の騎士、ここに来なさい。』

 

緑の騎士が同じ様に光から現れた。

 

モルギアナ

『時が来れば、ジルの血を引く者がまた現れるでしょう、その時は貴方が試練を与えなさい。

 

この場で、そして貴方に彼が勝ったら事の顛末を彼に伝えるのです。

 

私が本来やらねばならぬ事ですが、もうそこまで肉体が持ちません。

 

心苦しいですが、お願いしても良いですか?』

 

緑の騎士

『承知。』

 

そう言うと緑の騎士は消えた。

 

モルギアナはフィリップの亡骸を翡翠色のクリスタルに変えるとそれを壁に隠した。

 

そしてこう言い残し去った。

 

モルギアナ

『良い旅を…。』

 

そして過去視は終わった。

 

アルフィノ

『泉の女神がハイデリンだって…⁉︎

 

じゃあブレトニア王国はハイデリンが作ったのか…ジル王や聖杯騎士達はハイデリンの加護を受けた光の戦士と言うことになる。』

 

アルフィノを尻目にタジムは壁に剣を突き刺す。

 

すると音を立てて、壁は崩れ去り、そこにはクリスタル化したフィリップの亡骸が過去視と同じ形で鎮座していた。

 

タジム

『父上…そして王家の鎧。

 

ガレマール帝国の手にこの聖剣と鎧が渡らぬ様に父上はここ迄来たんだ。

 

死ぬ為に。』

 

『そしてもう一つの役目を果たす為に。』

 

一同は声のする方を見ると何とフィリップ王が立っているでは無いか。

 

だがそれは翡翠色に光る霊体であった。

 

タジム

『父上…なのですか?』

 

フィリップ

『大きくなったな。

 

私にそっくりだが、目元だけは…嗚呼ブリジットと同じだ。』

 

タジムは涙を流した。

 

タジム

『25年ぶりです父上。

 

お会いしとうございました。』

 

フィリップ

『モルギアナ様が、最期の力を使って、私の魂をエーテルに同化させたのだ。

 

私とお前がもう一度会う為に、そしてこれを渡す為に。』

 

フィリップは壁に向かって手を翳すと、別の壁が崩れ、そこには一振りの大剣が台座に刺さっていた。

 

それは銀色に光り輝き、その長く太い見た目をしていたが、その大剣には柄が付いていなかったがそれ以外は正しくそのまま巨大化した剣であった。

 

フィリップ王

『ライオン・ハート。

 

ルーエン・レオンクール王の秘宝にして、大神シグマーがてずからに作り上げた、もう13本目のルーンファングだ。』

 

タジム

『ルーンファングですと、ですがアレは12振りでしょう⁉︎』

 

フィリップ王

『そうだ、これはシグマーがハイデリンの為に打った大剣なのだ。

 

シグマーの時代も、始祖王ジルの様にハイデリンは肉体を持ち、私たちと同じ時と場所で生きていたのだろう。

 

だが剣は受け取られる事なく、この様な形で放置される事になってしまった。

 

刀身だけが有りとあらゆる変遷を受けて、遂にルーエン王に手に渡った、そしてその刀身から並々ならぬ力を感じ取った彼は当代のフェイ・エンチャントレスつまり泉の淑女に助言を乞うた。

 

そしてそれがライオン・ハートであると知った泉の淑女はこう言ったのだ。

 

『その刀身を貴方のクーロンヌの剣の為の巨大な鞘に造り替えなさい。そして作り替えたら時が来るまで誰にも知られぬよう封印するのです。』とな。

 

ルーエン王はその通りに従い、この地にライオン・ハートを隠し、淑女に決して誰にも口外せぬと誓った。』

 

ヤ・シュトラはそれに疑問を覚え、口を挟んだ。

 

ヤ・シュトラ

『少し良いかしら?

 

誰からも秘密にする様にしたのに、なぜ貴方はその事実を知っているのかしら?』

 

フィリップ王

『私は死んだ時にモルギアナの最期の力でエーテルと一体となったと言ったな?

 

そのお陰で私は星海を征く歴代の王や泉の淑女の魂と交流できたのだ。

 

そしてその大剣を知る事になった。

 

私がハイデリンより賜りし最後の使命はタジムニウスよ、お前にこの剣を渡す事だったのだ。』

 

タジムは大剣の前に立つ、だが柄が無い以上引き抜く事はできない。

 

タジムはクーロンヌの剣を取り出した。

 

まるで使い方を知っている様な所作でライオン・ハートにクーロンヌの剣を鞘に収めたまま刺しこんだ。

 

するとクーロンヌの剣は刀身と鍔に固定され、剣の柄が伸び、伸びた部分を鍔が保護する様に折り畳まれ、大剣用の柄に変形したのだ。

 

ライオン・ハートは大剣に相応しい柄を手に入れたのだ。

 

ズラァァァンンと鉄の擦れる音を立てながらライオン・ハートは抜けた。

 

タジム

『この剣から感じる…クーロンヌの剣を持った時よりも強く歴代の王達の想いが。』

 

するとフィリップ王の霊体が少しづつ光に還り出したのだ。

 

フィリップ王

『時間切れか…タジムニウスよ、最後にもう一つだけ教えておく。』

 

タジムは真剣な面持ちで耳を傾けた。

 

フィリップ王

『良いか、我らブレトニア王は決して孤独ではない。

 

歴代の王達の魂や、生きとし生けるものの想いがその大剣を通してお前に伝えるだろう。

 

常に共にあれ、それらは常にお前と共にある。』

 

フィリップ王は言い終わると父親らしい優しい笑顔を浮かべた。

 

そしてカムイとアルフィノ達に礼を述べた。

 

フィリップ王

『ありがとう我が友よ、ここまで良くタジムニウスを育ててくれた。』

 

カムイ

『陛下…フィリップよ…。』

 

カムイは咽び泣く。

 

フィリップは今度はアルフィノ達に頭を下げた。

 

フィリップ王

『エオルゼアの方々よ、父として我が子の傍に居てくれた事を心よりお礼を申し上げる。

 

どうかこれからも我が子と接してやってくれ。

 

親と言うのはどんな状態になっても、子供が心配なんだ。』

 

そう言うともう一つの光が現れた。

 

それはタジムの母ブリジットに変わるとフィリップ王に抱擁した。

 

タジム

『母上…父上…。』

 

タジムは涙を流しながら走り出した消えようとする二人に追い縋ろうと。

 

ブリジット

『ああ…泣かないでタジムニウス、私の可愛い子大丈夫よ。』

 

フィリップ王

『また会える。

 

魂の声を聞け、そうすれば私達はいつでもお前に応える。

 

忘れるな光の加護は常にお前と共にある…。』

 

二人は光に還った。

 

泣き崩れたまま動かなくなったタジムにアリゼーは近寄った。

 

アリゼー

『タジム、大丈夫?』

 

アリゼーが肩に手をやると、タジムはアリゼーのの肩に手をやり、抱き寄せた。

 

アリゼー

『えっ…///

 

ちょっとタジム⁉︎』

 

タジム

『ありがとうな、アリゼー。』

 

タジムはそう言ってふっと笑うと、立ち上がった。

 

タジムのその顔は泣いていたとは思えぬ程快活になっていた。

 

タジム

『タナトス卿‼︎』

 

その活気と覇気に満ちた呼び声にカムイは我に変える。

 

カムイ

『はっ‼︎』

 

タジム

『城に戻り、全世界に向けて我が意を示す演説を行う。

 

各国に助力もその時に求める、自らの意志と思いで、誠意を持って彼らに伝える事がある。』

 

カムイ

『御意‼︎』

 

タジム

『アルフィノ達も同席してくれ、君達が居てくれる方が心強い。

 

頼めるかな?』

 

アルフィノ

『ああ、任せてくれ。』

 

一行はこうして城に戻った。

 

他の者達はどこに行っていたのだと聞こうとしたが、城に戻ったタジムが国王の正装をして玉座の間に向かっていく事のでそれも出来ず、寧ろ新たな王に対して首を垂れるしか出来なかった。

 

城の窓からは朝日が登り、その光が差し込んでいた。

 

______________________

 

世界各国はブレトニアからの演説に注意を向けた。

 

エオルゼア諸国の盟主達や人民は映像機に視線を向け、東方連合や各地に離散したガレマール帝国軍や、各地の勢力も同様であった。

 

タジムは父より受け継いだ王家の鎧と青地のトガとマントを身につけ、それらには金獅子の刺繍が施されていた。

 

そして聖大剣ライオン・ハートを床につけ、演説を始めた。

 

『この声を聞き、映像機の前にいる人々に早朝からの無礼を許して頂きたい。

 

私は王太子…いやブレトニア国王、タジムニウス・レオンクールです。

 

私はここに自身のブレトニア王即位の決意を表明すると共に、ミドンランド公ボリス・ドートブリンガー率いるライクランド帝国選帝諸侯連合に対し、改めて宣戦を布告する為に此度の会見を開く事に至った次第です。

 

私がこうして立った理由は先に述べたと思うが、私は改めて王国の為、帝国の為、そして我らが母なる星の為に戦う事をここに決めた。

 

諸君、もう一度考えてみてほしい、今の我らの有様を。

 

あまりにも長い戦乱の世で、世界各地は荒廃し、星の命を喰らい尽くそうとしている。

 

木々は枯れ、水は干上がり、空は火薬と焼けた死体の匂いで充満しようとしている。

 

そしてそんな状態になった星を破壊しようとする輩とそれに組み従う者が居る。

 

私はそう言った愚か者共をこれ以上野放しに出来ぬとこの王土再統一の中で確信したのである。

 

私はこの星に生きる一人の人間として、ゼノス・イェー・ガルヴァスとアシエン・ファダニエル、そしてそれらに組み従う者に決して降伏しない‼︎

 

今、誰かが立たねば世界は滅びてしまう。

 

だからこそ私は立つ、両親と、歴代の王達の想いを背負って立つのだ。

 

だが私だけは彼等には勝てない。

 

そこで皆様にお願いしたい。

 

どうか私と共に戦って頂きたい。

 

知っての通り、我々は互いに血を流し、その怨恨は凄まじい、だが今は過去よりも未来が大切な時である事は皆様も承知しているはず。

 

当然我が国にもこれに対し反対する者も居るでしょう。

 

ですが、我らの代でこの怨恨を止め、巨悪に立ち上がらねば生まれてくる子らに平和な世界を残してあげる事が出来なくなるのだ。

 

だが我らが立ち上がれば、彼奴等など物の数では無い、手遅れになる前に止めねばならない。

 

今もこうしている間に正体不明の塔は世界各地に出現している。

 

刻一刻と世界の破滅の時が迫っている。

 

私はその破滅を決して受け入れる気は無い。

 

その為に先ず、その尖兵たるボリス・ドートブリンガーを倒し、そして必ずゼノスとアシエンを再び我が手で倒す‼︎

 

だから、その為にどうか皆様の力を貸していただきたい。

 

みんなの想いの為に立ち上がってほしい。

 

常に闇を払うのはその心に光を宿す者だけ、だがそれは光の加護を受けた超える力を持つ者や私だけでは無い、みんなにその光は宿っている。

 

今こうして生きるみんなが光の使者であり、ハイデリンの子供達なんだ‼︎

 

一緒に戦ってくれ、愛すべきものを守る為に‼︎

 

今全てに終止符を打つんだ‼︎』

 

城に整列した兵や騎士達は雄叫びを挙げる‼︎

 

将兵

『ブレトニア王タジムニウス陛下バンザーイ‼︎』

 

将兵

『俺達も最期までお供しますよ陛下ぁ‼︎‼︎』

 

だが、歓声は城の中からだけでは無かった。

 

王都中の民草達も雄叫びを挙げた‼︎‼︎

 

民衆

『国王陛下に続け!』

 

民衆

『俺達の妻と子のために戦おう‼︎』

 

民衆

『私達の夫と子のために戦おう‼︎』

 

______________________

『アラミゴ王宮』

 

そしてそれはブレトニア王国の外でも起こった。

 

ラウバーン

『貴様らどうする?』

 

メルヴィヴ

『決まっている。』

 

二人はフッと笑うその様子をカ・ヌエは微笑んで見守っていた。

 

ナナモ

『あやつは結局変わってなかったのだな。

 

我らの英雄殿はあの時のまま皆の為に戦う気高き騎士のままか。』

 

ピピン

『如何程送りましょうか?

 

残念ですが大軍は送れませぬが?』

 

カ・ヌエ

『あまり大軍を送っても英雄殿も困惑するでしょう。

 

各勢力一個大隊程抽出して急造の旅団を編成し、義勇軍として派兵しましょう。』

 

アイメリク

『尤も、抽出するより、彼らを宥めるのが骨が折れそうだがな。』

 

アラミゴ王宮の前にも民衆と将兵がごった返していた

 

同盟軍将兵

『英雄殿に続けぇ‼︎‼︎』

 

アラミゴ市民

『そうだ、いがみ合ってる場合じゃない。

 

今こそ一つになるんだ‼︎』

 

アラミゴ市民

『俺たちの国を守る為に‼︎‼︎』

 

______________________

『アラミゴ某所』

 

同盟兵

『隊長。』

 

リセ

『うん、あの人は変わってなんていなかった。

(パパリモ、私達の英雄は本当に凄いよ)』

 

リセは天幕を出ると隊員達に喝を入れた。

 

リセ

『良しじゃあ、チャチャっと調査を終わらせようか。

 

さぁ、やっちゃるよ!』

 

同盟軍

『オオオオオ‼︎‼︎』

______________________

『東方』

 

ヒエン

『こちらから動く事は出来ないが、それでも武運を祈る事は出来る。』

 

ユウギリ

『……本当は今すぐにでも飛んでゆかれたいのでしょう?』

 

ヒエン

『ワシが今向こうに行ったらタジムに役目を放棄したのかとドヤされるだけだろうよ。』

 

ヒエンは歩き出した。

 

ユウギリもそれより3歩後ろより付いてくる。

 

ヒエン

『ワシにはワシにしか出来ぬことをするぞタジムよ…だからお前も負けるな。』

 

______________________

『クーロンヌ城』

 

歓声が上がり、お祭り騒ぎとなった玉座の間からこっそりテラスに出たタジムはライオン・ハートを眺めていた。

 

そして意識を集中した。

 

すると微かだが声が聞こえた様な気がした。

 

____忘れるな我らは常に共にある_____

 

タジムはまるで何かに挑発する様な不敵な笑みを浮かべ、朝日を見つめていた。



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第六話 泉の聖女

今回は二本立てです。

本当は一話にして出したかったのですが長過ぎて力尽きました。笑

七話も下地は出来上がってますのでそう遠く無いうちに後悔したいなと思います。

それではどうぞ‼︎


ブレトニア王即位…。

 

世界中がこの出来事に注目した。

 

恐怖の帝王が蘇ったのか…それとも英雄の誕生なのか…?

 

それは生きとし生ける者達それぞれの観点で測られるだろうそれは多大な影響を及ぼした。

 

東側では出る杭は打てと吠える者とともに歩む気のある者を後ろから刺すなど言語道断であると二つに紛糾し、北側ではかつての仇敵の復活で困惑するか、狂喜する者の二つに分かれ、西側では自分達に所縁のある英雄の正体を知り、動揺し裏切られたと思う者と彼への恩義により、武器を取って力を貸そうする者で阿鼻叫喚の嵐を起こしていた……。

 

______________________

エオルゼア某所

 

?

『あいつ本当に王様になっちゃったか〜。

 

まだまだひよっこだと思ってたのになぁ〜。』

 

青い髪のミコッテ族の女魔法使いがエールを飲み干しながらしみじみと語っていた。

 

その言葉にピンク色の髪をしたミコッテ族の女格闘家が頷きながら口を開けた。

 

『元々、真っ直ぐな子だったもの。

 

やると決めた事はやらないと気が済まない、だからこそああして人が集まるのかもしれないわね…人には自分の知り得ない所でカリスマを養っている事があるものだけれどあの子は顕著ね。』

 

格闘家が思い返す様に話すと隣から別の質問をその格闘家に投げ掛けようとする紺色の髪をしたミコッテ族の侍がおり、口を開く。

 

?

『あの、ユイコさん。

 

結局俺達はタジムさんと戦わなきゃいけないんでしょうか?

 

戦士としては兎も角…指揮官、一人の将としてのタジムさんは何度か戦場で見たけど、あの人にはそう簡単には勝てないと俺は思うんだけど。』

 

ユイコと呼ばれた女格闘家は微笑むとこの年若い青年の頭を撫でてやるとこう返した。

 

ユイコ

『そうはならないと思うわよ、いま世界中がアシエンの危機に晒されている最中に世界を燃やし尽くす様なバカはしないわよ。』

 

青い髪をした魔法使いは、杯にジンをドカドカと注ぎながら同意した。

 

?

『そうそう、それにアイリス忘れたの?

 

アイツが酒に酔うと必ず言ってた言葉。』

 

アイリスと呼ばれた侍は首を捻ると、それを思い出したのか口を開く。

 

アイリス

『そう言えば、こう言ってましたね。

 

『俺は麒麟が来る世の中を作るんだ』って。

 

でも、トウカさんそれがなんの関係があるっていうんです?』

 

トウカは一冊の本を取り出した。

 

それは東洋の辞書であった。

 

それには麒麟という幻獣について書かれており、それは平和な世を作れる者のみが天より連れてこれる獣だという。

 

トウカ

『タジムが本当にその気があるのなら今私達やドマの若殿様相手に喧嘩を売る様な事はしないよ、アイツの理想から最も離れた行動だからね。

 

でもねアイリッスよ。』

 

アイリスの前にトウカは一枚の紙切れをチラつかせた。

 

トウカ

『それを見定めるチャンスが実はあるんだなぁコレが〜。』

 

アイリス

『これは?』

 

ユイコ

『私達に宛てられた暁の血盟と同盟軍の連名で出された召集令状よ。』

 

トウカ

『私達、暁の血盟の一員でもあるけど、各国のグランドカンパニーの将校でもあるわけだしね。

 

これから派遣される義勇軍にはうってつけの人材というわけだよ。』

 

アイリス

『じゃあ、行くんですね?

 

ブレトニア王国に!』

 

トウカはそこから何故か少しバツが悪そうに続けた。

 

トウカ

『まぁ…そうなんだけど…。

 

あの娘にも伝えなきゃいけないんだけど…伝えない方が良いかもしれないって言うか…。』

 

ユイコも少し冷や汗をかきながら続けた。

 

ユイコ

『まぁ、怒るだろうし、今も怒ってるでしょうね。』

 

アイリスは何の事だかと言った表情をしたが、外から破壊音が響いてきたので、彼は何の事かあっという間に理解したのである。

 

アイリス

『…あっ。』

 

トウカ

『全く私達は骨が折れそうだってのに、アイツは今どうせ城で自堕落にしてんだろうなぁ。』

 

______________________

クーロンヌ城

 

その頃自堕落していると言われた若き騎士はと言うと…

 

タジム

『うぅ…うぅ…』

 

謎の呻き声をあげていた。

 

しかもそれは彼だけでは無い、ブラックストーン城を始めとした灰色山脈東部公爵領の領主に復帰したカムイも、カルカソンヌ公も、別働隊指揮官として呼び出されたオリオン公とパラヴォン公も同じ様な呻き声をあげていた。

 

毒でも盛られたのか…それとも酒に酔っているのか…いや違う。

 

彼らにとっての不運が今最悪の形で足を引っ張っていたからである。

 

この惨状をみていた眼鏡をつけた背の高い文官は頭を押さえていた。

 

この文官はカムイ・タナトスの弟で、シリュウ・タナトスと言う。

 

兄に代わり公爵領(シリュウ本人は兄に押し付けられたと頑なに言い続けた。)を良く収めた功績や彼の事務能力を買われて王城にて勤務することになったが、彼の初仕事はブレトニア全軍を食わすだけの兵糧の整理であった。

 

そしてそれはとんでもない事実を告げていた。

 

なんと、現在ブレトニア全軍に行き渡らせる事のできる兵糧の全てを確認すると長期の軍事作戦には耐えられず、近年徴兵と兵器生産が重点化された都合で生産量が減少してしまっていたのだ。

 

おまけに先のオルカル山地の惨状もあり、そこに物資を割かねばならない以上僅かな資源をやりくりしなければならないのだ。

 

かと言って民からの強制徴収などもってのほかで有り、その様な事をすればあっという間に支持を失う事間違いなしという状態であるので、正しく八方塞がりであった。

 

つまり大穀倉地帯ブレトニアという利点があっても、その利点を使える環境ではない事をタジム達は知ってしまったのだ。

 

それ故に全員頭を捻ったが何も浮かばず全員机に突っ伏すハメになったのだ。

 

シリュウ

『まぁ、致し方ありますまい。

 

ガレマール帝国軍がここで生産出来る農作物を次から次へと兵糧にして各地に分散させてしまったのがいけないのですから。』

 

誰に聞かれたわけでもないが、誰かの問いに応える様にシリュウは口を開いた。

 

シリュウ

『一応、双頭の獅子作戦が行えるだけの兵糧はございます。

 

長期化しなければですがね。』

 

カムイ

『現地徴用をすれば間違いなくライクランド人の反感を買いましょう。

 

これでは我が方が反乱軍になってしまいます。』

 

オリオン公

『ボリス・ドートブリンガーの言い分ではそうであろうな。』

 

パラヴォン公

『されどあと数ヶ月もすれば収穫期、そこまでは守勢に持ち込めば長期戦にも耐えられ…いやその時間はないのでしたね。』

 

タジム

『あの変な塔の情報は入ってこないのかカルカソンヌ公、ライクランド帝国側には一本生えてきたと言うではないか?』

 

カルカソンヌ公は机に突っ伏したまま資料を捲り、目を通したがめぼしい情報はなかった。

 

カルカソンヌ公

『ありませぬな。

 

選帝諸侯軍もかなりの箝口令と情報操作を徹底しているようです。』

 

タジム

『余程の秘密兵器なのか…それとも誰にも知らされていないのか…。』

 

するとノックが聞こえたので部屋に通すと、伝令はカルカソンヌ公に耳打ちしてまた部屋を出て行った。

 

カルカソンヌ公

『皆々様、どうやら悪い知らせとは続くものですなぁ…。

 

ボリス・ドートブリンガーがライクランド帝国内にいたガレマール帝国軍を吸収したようです。』

 

カムイ

『な…なんだと⁉︎』

 

一同は騒然とした。

 

軍団クラスには満たぬもののそれなりの兵力がいた筈だ。

 

それがおいそれと接収するなど出来るわけがない、無傷で軍団を手に入れる方法など無いのだ。

 

だが、ライクランド帝国側で選帝諸侯軍とガレマール帝国軍が戦った情報は無かった。

 

どうやらガレマール帝国軍が内輪揉めをしたらしく、それで生き残った各部隊を吸収したようであり、その裏にボリス・ドートブリンガーが居る可能性が高いという事だった。

 

カルカソンヌ公

『帰るべき祖国も焼け落ち、蘇った挙句父を、皇帝を殺した皇太子の国に帰るなどゾッとしないものが有るのかほぼ全ての兵が選帝諸侯軍に加わったそうです。』

 

タジム

『これで、クーロンヌで散々殺しまくった甲斐が無くなったな。

 

少なくとも死傷者の半分は回復できた筈だ。』

 

カムイ

『戦力差は埋まらずか。』

 

ブレトニアの首脳陣は頭を抱えているその頃、賢人達はクーロンヌ公領内に存在する海に面した城塞都市ランギーユにいた。

 

ブレトニア王国でも有数の交易地であるランギーユは中立国との交易で栄えており、ブレトニアの財政を支える需要地である。

 

賢人達がここに来たのはエオルゼア側の情報提供者との接触と中立国を経由して、シャーレアンの動向を確認するためであった。

 

飛行軍艦に混じって、大中小の帆船や蒸気船、飛空艇や飛行貿易船が港に所狭しと泊まっており、桟橋を抜けた先には出店がまた水兵や異国の船乗りを相手に商売をしていた。

 

アルフィノ

『ここは凄いな、本当に世界中の商船が泊まっている、エオルゼアの商船もここにいつか停泊する日も来るのだろうか?』

 

アリゼー

『来るわよ。

 

戦争が終わればね?』

 

『おーい、こっちだ。』

 

呼び掛ける声の方に向くと金髪のヒューラン族の男が手を振っていた。

 

ヤ・シュトラ

『あら、暁の血盟に於いて諜報の第一人者である貴方自らここに来るとはね。』

 

アルフィノ

『リオル!

 

こんな遠くまで来てくれたのか。』

 

リオル

『エオルゼア同盟の盟主達の直々の依頼でな。

 

アイツの演説で今エライ騒ぎだ。

 

同盟軍どころか民衆まで戦意高揚状態で、他種族交渉も凄い勢いで拍車が掛かってる。』

 

ヤ・シュトラ

『良くも悪くも英雄ね。

 

同一視といった人間の感情を刺激して民衆をコントロールする才能を持つのは英雄の特権ね。』

 

リオル

『勿論、良いことばかりじゃ無い。

 

アマルジャの様に未だ難航している種族は居るし、東方なんてその比じゃない。

 

反ブレトニア、反アルトドルフ帝国思考が元々強い国が多い東方連合内は内紛状態に近い、盟主ヒエンが上手くまとめているが、テロフォロイよりブレトニアを先に潰そうとする意見が徐々に強くなってきてるのが現状だ。』

 

皆が少し重たい表情を浮かべたのを感じ取ったリオルは話題を変えた。

 

リオル

『まぁ、最後にもう一ついい話があるぜ。

 

取り敢えずエオルゼア同盟軍は一個旅団クラスの義勇軍を派遣することになった。

 

ウェルリトで集結して、その後、リムサ・ロミンサ自慢の高速船を使ってるから、あと数日で到着する予定だ。

 

義勇軍つっても暁の血盟出身の冒険者も多く参加しているから相当な手練れの連中だ。

 

ナナモ様達は早く我らの英雄共々戻ってこいって意味も込めて派遣するそうだ。』

 

アルフィノ

『そうか…タジムも喜ぶだろう。

 

実の所、兵はいくらあっても足りない筈だ。

 

旧大国が二つに割れた大戦が始まるのだから。』

 

まるで時が来たかの様に辺りは騒がしくなった。

 

ラザハンから来た商船ジョアンナ号を第三桟橋につけろだの、東方行きの船に石炭を補充しろだの、港湾組合の者達の喧騒の声が大きくなっていった。

 

リオルはエオルゼア内での仕事がある為戻ると暇を告げると人混みの中に消えていった。

 

すると賢人達を一人の騎士が探しに来た。

 

騎士

『ああ、此処でしたか賢人の方々。

 

直ぐに王城にお戻り下さい、先程陛下に書状が届き、共に見聞したいとの仰せです。』

 

アルフィノ

『わかりました、直ぐに戻ると陛下にはお伝えください。』

 

騎士

『どうかよしなに。』

 

______________________

クーロンヌ城会議室

 

城に戻ったアルフィノ達を迎えたのは彼らが城を出るまでああだこうだと議論していた騎士や貴族、地方の有力者達が全員黙りこんでいる様であった。

 

タジムは机で黙って手を組んで座っていたが賢人達が来ると一通の手紙を手渡した。

 

タジム

『来たか、取り敢えずそこに座ってくれ。

 

これを見て欲しい。』

 

アリゼーが手紙を受け取るとその内容を読んだ。

 

『我がアルトドルフ帝国一の忠臣であるブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下へマリエンブルク公爵カタリナ・フォン・マリエンブルクよりお伝えしたい議があり文を認めさせて頂きました。

 

陛下は三日後に帝都アルトドルフにて行われる婚儀をご存知で有りましょうか?

 

婚儀は選帝諸侯連合盟主ボリス・ドートブリンガー四世とライクランド公女、つまり前皇帝陛下であるジギスムント陛下のご息女であらせられる、セレーネ・フォン・アルトドルフ殿下との婚姻です。

 

そうです、ボリス・ドートブリンガーは遂に帝冠を手に入れる為に娘程の歳が離れている皇女殿下との婚姻を迫ったのです。

 

皇女殿下が親の仇であるボリス・ドートブリンガーとの婚姻など受ける訳も無いので、ボリス・ドートブリンガーは勾留していたライクランド公(ジギスムント帝の前の皇帝の弟)の身柄との引き換えで強要してきたのです。

 

皇女殿下は致し方なしとお受けになりましたが、これは人としても臣下としても劣る行為です。

 

されど私にはこれを公然と非難することも、食い止める力も有りません。

 

ですが、貴方ならそれが出来る。

 

我が帝国の半分を実力で奪還し父君の位と意志を継承した貴方なら皇女殿下をお救いする事が出来るはずです。

 

とは言っても陛下がその為に軍を起こそうと思ってもおいそれとは行かぬ事も私どもも存じておりますそこで、私も微力ながらお手伝いいたしますのでどうか、我が領地マリエンブルクまでお越し頂き、姫殿下をお救いしては戴けないでしょうか?

 

信用出来ないのは重々承知しております。

 

ですがこれを聞けば貴方方は私のところに来るしかなくなるでしょう。

 

なぜそんな大言を吐けるのかと思うでしょう、その理由は皇女殿下にあるからです。

 

セレーネ殿下は…ハイデリンの使徒、つまり泉の聖女当代のフェイ・エンチャントレスだからです。

 

この事が何を意味するのか聡明な陛下にはお分かりいただける事かと存じます。

 

そしてそれはボリス・ドートブリンガーも存じている事、ドートブリンガーは婚儀の後、自身の皇帝即位を宣言した後、セレーネ様をオストランド公爵領に出現したかの謎の塔に連れて行き、そこでその力を悪用しようという魂胆がある様なのです。

 

これを見て、どう行動するかは陛下の自由ですが…明日までそちらのランギーユに、ラザハンの商船でジョアンナという名前の船がおりますのでそれをお探し下さい。

 

その船が貴方と私を引き合わせるでしょう。

 

敬意を込めて…

 

カタリナ・フォン・マリエンブルク。』

 

アリゼーは手紙をワナワナとした手で置くと大声を上げた。

 

アリゼー

『先代皇帝の娘が光の巫女ってどういう事よ‼︎

 

ブレトニアの光の巫女、つまりフェイ・エンチャントレスはブレトニア人しかなれないんじゃ無かったの?』

 

カルカソンヌ公

『それについては私からご説明しようお若い暁の賢者殿。』

 

カルカソンヌ公が立ち上がり説明した内容はこうだ。

 

元々アルトドルフ帝室はブレトニア王室とライクランド帝室の子供らが婚姻してできた家で有り、多少の血の薄まりはあれど、定期的にブレトニア貴族の嫁入りと婿入りを繰り返している為、ブレトニア人の血は入っている為、充分に有り得るという。

 

そしてブレトニア王室もライクランド帝室もかたやジル・ル・ブレトン王、方やもう一方は大神シグマー、古代の光の戦士の末裔で有り武勇も魔法の素質も充分に受け継がれている事からむしろ可能性は高かったとも言った。

 

カルカソンヌ公

『元々歴代の淑女様は必ず後継をお探しになり、次代の淑女を見つけると祝福され、その後継者を守るべく我らを遣わすのですが…先代は後継者探しを我ら抜きで行ってしまったので、今日まで分からずじまいだったのですが…。』

 

ヤ・シュトラ

『今こうして当代の泉の淑女が現れたと思ったら予想外の展開で慌てていると言ったところかしら?』

 

カルカソンヌ公

『左様、して陛下、如何なさいます?

 

泉の淑女に選ばれた者はその力を悪用、ないしはされぬ様に一切の政治的権力を持たず、ないしは破棄すると掟にあります。

 

これによってアルトドルフ帝国復興は露となって消えてしまい、陛下がライクランド帝国領に関心を向ける必要は無くなりましたが…。』

 

タジムは、聞かれるや否や声を大にして返した。

 

タジム

『権力云々は兎も角、うら若い女性が無理くり婚姻させられその純潔を奪われようとしているのだ、それを見捨てて何が騎士か‼︎

 

そしてそれ以前に我ら騎士が守護し奉るべき泉の淑女様を敵の手に委ねるなど言語道断‼︎

 

ボルテノー伯(シリュウの爵位)、直ぐにランギーユに通信を送り、ジョアンナ号を捜索するようランギーユ伯に伝えよ。』

 

シリュウ

『は。』

 

タジム

『不安は有るが、双頭の獅子作戦をいつでも実行出来るよう、マリエンブルク攻撃に参加する部隊は全てクーロンヌに集めよ。

 

パラヴォン公とオリオン公はそれぞれの軍勢を以てオヴェリウス要塞攻囲のため出発せよ。』

 

パラヴォン公・オリオン公

『承知‼︎』

 

タジム

『タナトス卿、カルカソンヌ公、暁の賢人の方々は私と共にランギーユへ。』

 

呼ばれた者達は頷きタジムの後を追い、他の者達はそれぞれの役目の為に奔走した。

 

制空権を得た今、飛空艇も運用できる為、タジム達はランギーユまで連絡飛空艇で向かった。

 

ランギーユ・ランディングではランギーユ伯と港湾組合長が待っていた。

 

ランギーユ伯はジョアンナ号は停泊しているのは事実で有ると伝えると組合長に道案内を頼んだ。

 

組合長の案内で帆船ジョアンナ号にたどり着いた一行は警戒しつつも甲板に上がった。

 

甲板にいる全員は皆ラザハン人の様だが、船長らしき男がタジムの前に立った。

 

船長

『何の様ですかい若旦那?』

 

タジム

『マリエンブルクのカタリナがこの船に来いと言っていたのでな邪魔させてもらうぞ。』

 

タジムがそう言うと、船長は船員達にラザハン語で何か怒鳴りつけると、全員達は直立不動の敬礼をし、船長も脱帽の上船楼へ通すと一行を案内した。

 

船楼にはライクランド式のフルプレートアーマーを着込んだ高位の軍人であろう騎士が居た。

 

カムイはその騎士を見て驚愕する。

 

カムイ

『ボーアン・フォン・フーセネガー…‼︎』

 

アルフィノ

『彼が…マリエンブルク公爵領軍の将、マリエンブルク女公爵の夫。』

 

ヤ・シュトラ

『レディ・カタリナにとっては腹心中の腹心ね、そんな彼を使いに出すと言う事は彼女の言っていることも少しは真実味が増すわね。』

 

ボーアンは敬礼すると手を差し伸べ、挨拶をしてきた。

 

フーセネガー

『お初にお目にかかります国王陛下。

 

ボーアン・フーセネガー将軍であります陛下。』

 

タジムは敬礼を同じ様にすると、握手を握り返しながら挨拶を返した。

 

タジム

『ブレトニアにようこそ将軍、私がブレトニア王、タジムニウス・レオンクールです。

 

将軍自ら使者としてお越しとは痛み入る。』

 

フーセネガー

『我が妻に代わり、陛下をお迎えにあがりました。

 

どうか先代皇帝陛下の忘れ形見で有らせられるセレーネ様をお救い下さい。

 

それが出来るのはフィリップ王の後継者である貴方しか成し得ぬ事。』

 

タジム

『やれるだけの事は尽くそう。』

 

タジムは短く答えるだけに留めた。

 

勿論警戒も有ったが、彼自身には何とも言えぬ違和感が有ったのだ。

 

タジム

(少なくとも我らは敵同士の筈だが…どうも彼らから敵意を感じない。

 

ひょっとして…)

 

そう考えた瞬間一瞬の目眩がタジムを襲った。

 

それは他者からは気づきにくいまさに一瞬の事であった。

 

タジム

(成る程…そうなのだな…。)

 

目眩から立ち直ったタジムは一人得心を得たが、それはマリエンブルク公カタリナ本人の口から明かされるまでは自身は黙っておこうと心に決めた。

 

数時間でジョアンナ号はマリエンブルクに入港し、一行はラザハンからの観光客に扮して首都マリエンブルクの中心に建てられた城に向かった。

 

大広間に通された一行は玉座に座るカタリナと扉の中間に立たされた瞬間左右一列に並んだ衛兵に組み伏せられた。

 

カムイ

『…やはり罠だったか、ここで始末するつもりか?』

 

ヤ・シュトラ

『どうかしらね、それであれば逃げ場のない船の中でやる方が確実だと思うけど。』

 

その中でタジムは一人だけ両腕を掴まれ、跪かされた。

 

タジムの前に歩み寄ってくるカタリナの見た目は歳は四十五そこらであろうが、見た目はそれより十引いた位であった。

 

意志の強さと女性らしい顔をした女性であった。

 

カタリナはタジムの顔を両手で持つと眼をマジマジと見た。

 

タジムの両の目が翡翠色の眼である事を確認したかと思うと、彼女は手を払い、衛兵達は一行を放し元の一列に並ぶと最敬礼し、今度は逆にカタリナ自身がタジムの前に跪いた。

 

カタリナ

『陛下…ご無礼をどうかお許し下さい。

 

私はカタリナ・フォン・マリエンブルクと申します…。』

 

タジム

『レディ・カタリナ、此度の件はボリス・ドートブリンガーに恩を売る為か?

 

それとも25年前より変わらず先帝陛下への忠誠心故か?』

 

賢人達は互いの顔を見やり首を傾げ、カムイやカルカソンヌ公も得心が行かぬと言った表情を浮かべたが、カタリナはフッと笑うと、答えた。

 

カタリナ

『後者に御座います陛下。

 

陛下が光の加護を受けておられると言うのは本当の様ですね。

 

25年前のあの日を見たのですね?』

 

カムイ

『一体どういう…?

 

先日、我らも殿下の過去視をみたがその様な描写は無かった筈だ。』

 

タジムは、あの時裏切ったルーンファング十二公爵は8人、つまり残り四人は加担せず亡き皇帝のために戦っていた。

 

残った四人は父王フィリップにより、殉死を禁じられ、反攻の時が来たるその日まで敵方に降り、再起の時を待つ様に言われていた事を過去視で見たと皆に伝えた。

 

タジム

『卿らが知らないのは無理はない。

 

先帝陛下の崩御でゴタゴタしている間に父は秘密通信を他の四人に送ったんだ。

 

情報が漏れれば4人の身に危険が迫るかも知れないからな。

 

だから秘密にしたんだ。』

 

カムイ

『ですが、今も先帝陛下への忠誠心があるという証拠にはなりませぬ‼︎

 

もしその忠誠心があるのなら』

 

とカムイが言い掛けたがタジムは手を出して止めさせた。

 

するとカタリナは玉座に戻ると肘掛けの下に隠された仕掛けを押すと、肘掛けの一部が開き、そこから銀色の十字型の首飾りを取り出した。

 

カタリナ

『聖銀十字勲章、大神シグマーの加護を受けしアルトドルフ皇帝のみが我ら十二の公爵に賜らせる事の出来る聖なる勲章、不貞にもボリス・ドートブリンガーとその一党はこの勲章を炉に放り込むという蛮行に及んだが、我ら四人はこれを捨てるなどみずからの命を棄てる事と同義!』

 

そしてそう言ったかと思ったら今度は自身の首飾りを引きちぎった。

 

それは金色の狼の頭を模した首飾りであった。

 

カタリナ

『そしてあの男は一党と仕方なく与した我らにこの不届きにも皇帝以外が使用を禁じられている金の細工をあろう事か帝国の象徴である鷲獅子では無く狼を模した物で作り、それを我らにつけろと手渡した。

 

えぇ…つけましたとも我が身、我が民…そして我が子の為に。

 

この恥辱も全て今日この日の為に‼︎』

 

カタリナは金の狼の首飾りを夫であるボーアンに向かって投げると夫は剣を抜刀しその首飾りを真っ二つに切り裂いてしまった。

 

ボーアンはそれを拾い、口笛で従僕を呼ぶと、首飾りとしてはもう使い物にならないが腐っても金は金だから換金して、ジョアンナ号の貸し出し代と報酬とは別に船員達への手数料として彼らが帰る前に渡してやれと言いつけてそれを渡した。

 

タジム

『分かった、これ以上はそのドレスすらも引き裂きかねないからもう結構だ。

 

して他の三名も貴女と同じ志かな?』

 

カタリナ

『はい、然しながら、残り3人の領地、ソルランド、ディッターズ・ランド、ノルドランドはそれぞれ選帝諸侯連合の支配地に挟まれており、今直ぐの帰順は求められません。

 

あの御三方を味方につける方法はまたの機会に致しましょう。』

 

タジムは頷くと後ろにいる義父と大司教に振り返ると、二名もこれ以上は言う事無しと頷いたのでタジムはカタリナに本題を切り出した。

 

タジム

『して、どの様にしてセレーネ様をお救い致すので残り三日…いやもう二日で。』

 

カタリナは微笑むと一行をとある一室に連れて行った。

 

するとそこには従僕とメイドが所狭しと整列していた。

 

召使い達

『お客様ようこそおいで下さいました‼︎』

 

アルフィノ

『凄い数の執事やメイド達だ。

 

ブレトニアの王城にもこんなに居なかったのに、失礼ですがレディ・カタリナ、貴女は公爵の爵位の他に何か帝室より拝命されているのでしょうか?』

 

カタリナ

『賢人殿、私は、いえ、マリエンブルク家は代々帝国よりライクランド帝国家内の職を任じられております。

 

元商人として帝国の財と、皇帝陛下を始めとした皇室の方々の身の回りのお世話をするのが本来の私の役目、故に我が家は公爵家の中でも唯一執事、メイドの養成資格を持っているのです。

 

帝国広しいえど私ほど執事、メイドを従えている所は有りませんわ。』

 

カルカソンヌ公

『読めてきましたよマリエンブルク公。

 

陛下を始めとした皆様に式の当日マリエンブルクからの派遣された執事、メイドの増員に紛れこませ潜入させるつもりなのですね?』

 

アルフィノ・アリゼー

『ええっ⁉︎』

 

カタリナ

『ふふふ、彼奴は帝室の礼法、そもそも我が帝国の歴史作法そのものも気に入らない様ですが、民草にこの婚儀が正当なものであり、自身こそ新たな皇帝であると示す為には、旧来の伝統的な方法、つまり慣習に則って式を執り行わなければならない、慣習に則ると婚儀の際の一切の雑務を取り仕切る事を我がマリエンブルク家に一任されます、当然その人選も。』

 

カルカソンヌ公

『帝国家令に対しこの事で口を出せば選帝諸侯は兎も角その配下の所領を持つ貴族や有力者からの反感を買う。

 

それは奴の望むところではないと。』

 

カタリナ

『どこまで行っても彼奴は簒奪者でしかない、だからこそ外聞を良くしなければならない、自身に因果が回らないように。』

 

何か含みを帯びた一言を発したカタリナは何人かの執事とメイドを呼び寄せると賢人達とタジムに従者としてのある程度の知識と技能を授けるように指示を出した。

 

その間、カムイとカルカソンヌ公は若い者達に混じって従者をやるには流石に老けているし、顔も知れていることからカタリナが別で用意した潜入経路の説明を受けていた。

 

カルカソンヌ公

『そうですか、まだ帝都の地下通路は健在ですか。』

 

カタリナ

『皇宮内礼拝堂へつながる地下通路、私も眉唾と思っておりましたが噂は本当だったようです、お二方は潜入する陛下達が脱出出来るようにその地下通路より這い出て暴れ回って頂きたい。

 

それに合わせて私と夫、そして同時に潜り込ませた特殊部隊が蜂起し、脱出を援護します。』

 

カムイ

『皇宮内で大立ち回りか…血が騒ぐな。』

 

カタリナ

『逃亡に関しては我ら大人が礼拝堂上に設けてある装飾用ワイヤーにグラップルを使って窓から逃走、この際に幻覚魔法で姫殿下を作り、カムイ卿に担いでいただきたい。』

 

カムイ

『む?

 

では本物の姫殿下は?』

 

カタリナ

『殿下達と逃走していただきます。

 

ご安心下さい、その為に皇居内に我が方の手勢や協力者を用意しました。』

 

すると扉の音がしたので三人が振り返るとタジムニウスが立っていた。

 

タジム

『その辺はカタリナを信じよう。

 

もし裏切るのなら私ではなく、自身の手元に姫殿下がおわした方が都合が良い。』

 

カタリナ

『はい、それでも御用心下さい。

 

味方は増やして参りましたが他の選帝諸侯やドートブリンガーの手先も皇居内には大勢おりますし、何より…。』

 

カルカソンヌ公

『何を隠しているのです、カタリナ?』

 

カタリナは少し間を開け、心配そうな表情を浮かべて、続きを話した。

 

カタリナ

『実はボリス・ドートブリンガーには四年前より養子がおるのですが…その養子になった男はめっぽう武勇、兵学に通じた男でして、歳もまだ二十代後半なのですが、既にミドンランド軍将軍を拝命している者が居るのです。

 

その者も皇居内に、名は…通称しか知らないのですが黒仮面卿と呼ばれている男です。

 

おそらく陛下達が逃走するに当たって彼が一番の鬼門かと。』

 

タジム

『腕の良い戦士と見える…まぁそれは置いておいて、私を呼んだそうだなカタリナ?』

 

カタリナ

『ええ、実は折り入って相談が、皆様どうか近くに…』

 

こうして国王と公爵達が陰謀話をしている間に賢人達は使用人の仕事と作法を覚えていった。

 

アリゼー

『使用人の仕事は屋敷で見たことあるけどやっぱり落ち着かないわ、この格好。』

 

アルフィノ

『ここ最近は自分の身の回りの事は自分でする様にしてきて、他にも色んな事を学んで来たけど、これはこれで得るものがあるね。

 

執事長達の苦労が分かった気がするよ。』

 

メイド長

『御三方、飲み込みが早くて助かりますわ。

 

いっそここのお城で働きませんこと?』

 

朗らかなメイド長に賞賛されていると、話し合いが終わったのかタジムニウス達が戻ってきた。

 

カタリナ

『いけませんよ、メイド長。

 

そちらの方々は本来で有れば、帝国のお客様です。

 

お客様にその様な事はさせられませんよ。』

 

メイド長

『これは…口が過ぎましたわ。

 

失礼しました、お客様、公爵様。』

 

カタリナ

『メイド長、貴方が認めるので有れば、賢人の方々は、もう十分ですね。』

 

メイド長

『皆様、筋が良くてとても安心しましたわ。

 

こちらの双子さんは、若いから少し心配でしたが、飲み込みも早く、上流階級のお生まれという事もあって、上達が早かったのですよ。

 

そちらのミコッテ族の女性の方も大人の落ち着きもあり、初めてとは思えませんでした。』

 

カタリナ

『準備は万端。

 

陛下、後は時が来るのを待つばかりですわ。』

 

タジムニウス

『大博打だが、悪くないな。』

 

タジムニウス一世一代の大博打(尚、後に何度も彼は大博打と銘打って行動する事になるので一世一代でもなんでも無くなる。)が今始まろうとしていた。

 

______________________

帝都アルトドルフ皇宮…

 

帝都アルトドルフ皇宮の大広間には多数の文官武官が整列していた。

 

彼らは皆、皇帝を裏切る事を良しとした者、巻き込まれた者、致し方無く恭順した者、様々な人となりを持つ連中である。

 

彼らは今か今かとある人物を待っていた。

 

使用人

『皆々様、お待たせ致しました。

 

我が選帝諸侯連合盟主、ボリス・ドートブリンガー四世閣下御入来で有ります‼︎』

 

居並ぶ武官文官全員が敬礼した。

 

その先にいるのは歳は60を過ぎた頃だろうか、それでも尚強健な体つきをした老戦士であった。

 

帝国伝統の鎧をつけ、山賊のような髭を生やし、左の目には眼帯をつけていた。

 

この男こそ、ミドンランド公爵にして、皇帝を裏切り、自身の覇権を確立したボリス・ドートブリンガー四世その人で有った。

 

ボリス

『皆、楽にせよ。』

 

文官、武官は元の姿勢に戻った。

 

髭を撫でながらいかにも大貴族と言わんばかりの装束に身を包んだナルンランド公爵がボリスに尋ねた。

 

ナルンランド公

『して、盟主殿。

 

此度の参集は明後日のご婚儀についてですかな?』

 

ボリス

『左様、ナルンランド公殿。

 

だが、婚儀とは名ばかり、皆の者、あの女は魔女だ‼︎

 

得体の知れぬ力を振りかざし、今まで多くの王や皇帝に甘言を与え、堕落させてきた泉の聖女なる魔女の生まれ変わりだ。

 

そしてよりにもよってあの女は我ら帝国を弱体化し、我ら選帝侯を蔑ろにしたカール・フランツの血の者だ‼︎』

 

諸侯たちはそうだそうだと頷き一時のどよめきが大広間を包んだ。

 

ボリス

『我らは皆が同等の立場にあった筈だ!

 

我らはそれぞれの意思によって皇帝を選ぶはずだった、だがあのカール・フランツが皇帝になり、その器量を危惧した我が先祖が軍を起こし、敗れた時、奴は事もあろうか選帝侯制を事実上廃し、我らは名だけの選帝侯になった。

 

そして南方の裏切り者、傲慢な劣等民族であるブレトニア人との間に自らの息子と奴らの娘で子を生まれさせ統一王朝なるものまで作り上げた‼︎

 

これは我らに対する裏切りである、彼奴等によって諸君らの先祖は誑かされた、そしてその裏で糸を引くは泉の聖女だ‼︎』

 

貴族

『そうだー‼︎』

 

貴族

『裏切り者のアルトドルフ家の血筋を絶やせ‼︎』

 

ボリス

『だが、皇帝と癒着してきたシグマー教団とそれに従う蒙昧な民衆は皇帝たる者はアルトドルフ家の血の者だけだと妄信し、我らに常に反抗してきた。

 

力で抑えるは容易いが、我ら帝国の真の力を取り戻す為には癪だが彼奴等の力を借りねばならぬ、よって今回の婚儀を行う。

 

あの女がただの女であったなら身包みを剥ぎ、帝都の広場に放っておったわ。

 

子供を産む為に育てられた身体よ、さぞ滾るであろうな。』

 

ボリスの言葉に貴族達は大笑いであった。

 

良い見せ物だとか、好き者になったら金で買ってやろうかとか馬や豚と交わらせてやろうなど言いたい放題であった。

 

ボリス

『まぁそれよりもワシは式の直後、女をガレマール人が建てたかの塔に幽閉し、その身が塵と化すまで幽閉する事に決めた、遂に終わるのだ!

 

虚弱なアルトドルフ家の統治が‼︎‼︎

 

卑しきシグマーの血が‼︎

 

この偉大な国を治めるに相応しいのは我ら高貴な血族のみ、何処の馬の骨か知らぬ鍛冶屋などでは無い‼︎

 

現に皇帝の証たるガール・マラッツは我が手に収まっている‼︎』

 

そういうとボリスは佩いていた金色の戦鎚を引き抜くと高々と掲げた。

 

貴族達の興奮は最高潮に達していた。

 

ボリス

『老いた鷲獅子ではなく、諸君と諸君らの推挙と明断によって選ばれた私によって輝く黄金の狼がこの帝国の玉座に君臨するのだ‼︎』

 

貴族

『ボリス・ドートブリンガー陛下万歳ー‼︎』

 

貴族

『銀と黄金の狼に加護あれー‼︎』

 

ボリス

『だが、これは始まりに過ぎん。

 

手始めにあの忌々しい馬飼(ブレトニア人の蔑称)共の国を滅ぼし、次に東方の猿共(東方にすむ人々の蔑称)、そして西方の劣等種ども(エオルゼア及びその他西方諸国に住む人々の蔑称)を征伐し真のヒューラン覇権統一国家を作るのだ‼︎‼︎』

 

貴族達の雄叫びが皇宮を震えさせている中、その塔の一角に作られた牢屋でただ一人、主の名を唱え、祈る娘がいた…。

 

『主よ…大神シグマーよ、我らを赦し給え…我らに闇を退ける勇気を与え給え…そして今一度、戦鎚を手に再び我らの前に現れ、光の軍勢を率い給え…我らに愛と勇気を示し給え…。』

 

その娘は歳は28程、長い金髪に良く整った顔つき、片目が翡翠、もう片目はサファイア色に輝き、白き装束を身に纏っていた。

 

女神と見間違うこの娘こそ、当代の泉の聖女にしてアルトドルフ帝国最後の皇帝ジギスムントの一人娘セレーネ・フォン・アルトドルフであった。

 

『そんな祈りなど全く意味のない事だ。』

 

くぐもった、恐怖を覚える声が彼女の祈りを止めた。

 

その男は全身を黒に統一した鎧とマントを身につけ、黒い仮面いやマスクだろうかとにかく頭を完全に覆うヘルメットを身につけた騎士であった。

 

セレーネ

『貴方になど指図される覚えはありません黒仮面卿!』

 

黒仮面卿

『貴様の運命は決まっている、いくら祈ろうとな。

 

貴様は帝位を奪われ、その力を使いこなせぬままあの得体の知れぬ塔に閉じ込められ、永遠に糧とされるのだ。』

 

セレーネ

『あの穢らわしい男に純潔を奪われる位ならそれで結構‼︎

 

それに永遠とは限らない、あのお方が戻られたのは知っています。

 

ブレトニア王の力を舐めないことね、彼らは常に信念と正義を為してきた。

 

今回もそうなるわ‼︎』

 

そう言い終わった瞬間黒仮面卿は格子を掴み、叫んだ。

 

黒仮面卿

『ならば俺より領地と父と兄を奪ったのも正義の為か‼︎‼︎

 

ブレトニアの貴族が正義など持って居るわけなど無い‼︎‼︎

 

自己中心的で排他的、嗜虐的で疑心暗鬼に満ちた醜い生き物だ‼︎‼

 

身内ですら手に掛ける‼︎︎』

 

セレーネ

『貴方の怒りは誰にも届かない。

 

その怒りをぶつける前に貴方はかの王にランスを突き立てられるのでしょうね。』

 

黒仮面卿

『誓ってそうはならん。

 

そのブレトニア王になった冒険者とやらの首を斬り落としてここに持って来てやる。』

 

二人は罵り合ったが、この男女の手は強く絡み合っていた…。

 

そして式の翌日を迎えた。

 

帝都に住まう人々の表情は皆取り繕った笑顔であった。

 

もはや希望は絶たれたと自棄を起こし酒を呷る男、自身の信仰が認められない事を悟った故に聖書に火を掛ける女。

 

悲惨な状態であるのに帝都は慌しい。

 

皇宮ではカタリナが方々に指図していた。

 

カタリナ

『礼拝堂の蝋燭は全て交換です。

 

ディナーと紅茶、ワインの用意は後、皇宮内の埃をひとつ残らず拭き取るのですよ。』

 

アリゼー

『こんなに大きな城の掃除なんて生きてきてかつてない激務だわ。』

 

アリゼーは息を切らしながらモップで廊下を拭きながら漏らした。

 

ヤ・シュトラ

『あまり声は出さない方がいいわね。

 

ここには誰が味方か分からない人達が大勢居るのだから。』

 

アリゼー

『そう言えばタジムは何処に行ったのかしら、アルフィノ達の話だと逸れちゃったって言ってたけど。』

 

そんな慌しい皇宮を他所に、そこから遥か下では薄暗い地下道を歩く男達がいた。

 

カルカソンヌ公

『最後にここに来たのはもう随分前ですが、いつも思いますよ。

 

なんて酷い匂い‼︎』

 

カムイ

『帝都奪還の暁にはここは整備致しましょう。

 

ゲホッ‼︎エホッ‼︎全く大人は辛いですな猊下‼︎』

 

そしてやがて日は落ち、夕暮れ時になった。

 

礼装に身を包み、同じように怪しげな衣装に身を包んだ騎士達を従えたボリスが地下の一室に入るとそこには美しい純白のウェディングドレスに身を包んだセレーネが立っていた。

 

然しその目には光無く、口も閉し、正に人形の様な有様であった。

 

ボリス

『もし、貴様に土壇場で暴れられでもしたら此方もただでは済まぬからな。

 

安心しろ、今貴様は表情ひとつ作れぬが内心は憎悪で煮えたぎっておろうがもう少しでそれすらも感じぬ永遠の虚無をくれてやる。

 

貴様の希望はとうに潰えて居る、来いセレーネ。』

 

セレーネはボリスと並んで歩き、その後ろを騎士達が剣を上に構えながら従う。

 

それに合わせてパイプオルガンでの演奏が始まった。

 

長い地下道を歩き、遂に礼拝堂に着くと、騎士達は剣の刃を下に向けて十字を作る。

 

礼拝堂のシグマー像の前に二人が着くと、そこに居た司教が儀式を始めた。

 

司教

『古より続きしシグマーの血ライクランド・アルトドルフ家の証とドートブリンガー家の証をここへ…。』

 

すると騎士たちと同じ格好をした男がクッションに両家の紋章、金色の鷲獅子と銀色の狼が象られた指輪を乗せて司教の前に立つ。

 

司教は頷くと続けた。

 

司教

『戦時下の特例に従い双方の合意と指輪を交わす事で婚姻の儀とする。

 

新郎の合意は済んでおる、セレーネ・フォン・アルトドルフよ、この婚姻に異議はないか?

 

無くば沈黙を以って答えよ。』

 

セレーネは口を閉ざしたままであった。

 

司教は頷くと十字を切った。

 

司教

『大神シグマーの祝福があらん事を。』

 

と言い終わった瞬間であった。

 

『異議あり!』

 

その声にこの場にいた全員がどよめいた。

 

辺りを見回すが誰が言ったのか見当もつかない。

 

?

『この婚礼は穢れに満ちて居るぞ。』

 

その瞬間シグマー像は切れて落ちて来た。

 

司教はセレーネを庇いながらその場から避け、近くにいた人々も悲鳴を上げながらその場から逃げた。

 

露になった地下道の入り口から埃と異臭が噴き出し、蝋燭はほとんどが消え、一気に礼拝堂は薄暗くなり、そこから三人の男が出てきた。

 

一人は古い聖杯教の戦士の格好をしたカルカソンヌ公、一人は血濡れになった金の鎧をつけたカムイ、そしてもう一人は更に血まみれになった鎧を身につけ、頭は包帯で巻かれた一人の騎士であった。

 

だがその声の主はタジムニウスであった。

 

これには変装していた仲間達も驚愕であった。

 

タジムらしき男は続ける。

 

タジムニウス?

『父を始めとした25年前の死者達を代表して参上した。

 

花嫁を頂こう。』

 

ボリス

『奴と同じ声…貴様がフィリップ9世の小倅か⁉︎』

 

騎士達がボリスとセレーネ達の前に立ち塞がる。

 

タジムニウス?

『そうだ、ボリス・ドートブリンガー4世。

 

ブレトニア王国の王として、貴様に剣を突き立てる事が出来ねば先祖に合わせる顔など有りはせぬ。』

 

司教はこの不気味な騎士に怯えた。

 

司教

『おお、公爵様彼奴等は生者では有りませぬぞ、これはもはや祟りですぞ。

 

ここは式は取りやめ、彼らの御霊を慰める事に致しましょう。』

 

ボリス

『下がっておれクソ坊主よい余興だ‼︎』

 

タジムニウス?

『貴様の罪は幾ら正当化しても消えぬぞ。

 

我々は覚えている。

 

貴様の罪を、我らは決して忘れぬ。

 

…殿下、セレーネ殿下。

 

成る程、口を利けなくしたか。

 

薬を飲ませてまで、姫殿下を貴様の野望の贄とするつもりか?』

 

ボリス

『貴様の減らず口もここまでよ、我らのもてなしを受けるが良い、やれい‼︎』

 

騎士達は一斉に襲い掛かる、カルカソンヌ公とカムイはサッと横に躱すも、タジムニウスは騎士達に数本の剣を突き刺されそのまま高く掲げられ晒された。

 

仲間達は突然の事に絶句し、その衝撃はセレーネの沈黙を破った。

 

セレーネ

『イヤアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

セレーネは両手で顔を覆い泣き出した。

 

司教も見てはなりませぬと衣で遮り、ボリスの高笑いが礼拝堂に響く。

 

ボリス

『亡霊の息子は死んだ、そこの死に損ないの猿の子孫と坊主も殺せ。』

 

騎士達はカムイ達を囲み、カムイとカルカソンヌも刀と杖と戦鎚を構え、背中合わせになった。

 

泣くセレーネに司教は耳元で囁いた。

 

然しその声は老人の声では無かった。

 

司教?

『セレーネ。

 

泣いてはいけませんよセレーネ。』

 

その声にセレーネはハッとする。

 

そしてタジムニウスの死体からはまだ声がするのだ。

 

タジムニウス?

『今そっちに行くよ。』

 

その瞬間死体は爆発し、血と臓物が出るかと思ったらなんと首以外は風船で中から様々な国の通貨として使われる紙幣と紙吹雪が舞い、ボリスの足元に落ちた首はなんと機械だった。

 

そしてタジムニウスの高笑いが響いていた。

 

タジムニウス

『気に入ったかな公爵殿?

 

俺からのプレゼント、最高のショーとこの茶番劇じみた結婚式に似合いの香典もくれてやるからありがたくもらっとけ。』

 

ボリスは偽タジムニウスの首を踏み潰すと吠えた。

 

ボリス

『奴はまだ何処かに居る‼︎

 

見つけ出し次第始末しろ‼︎

 

それとこの中に入る為に手引きした奴も居るはずだ、其奴も探し出せ‼︎‼︎』

 

騎士

『はっ‼︎』

 

と言い終わったくらいだろうか両家の紋章を象られた指輪を持っていた騎士がアッと叫んだ。

 

皆が振り返ると指輪は無くなっており、なんと司教がニヤけながら指輪を掴んでいた。

 

司教(?)

『因みにこれはショーの観賞代で貰っていくので悪しからず。』

 

ボリス

『貴様、その声は!』

 

司教は己の髭を掴み毟り取った。

 

するとどうしたことだ。

 

老人の顔が歪み、霞のように消えてしまい、現れたのは若い男の顔、その両目には翡翠が輝いていた。

 

そう、タジムニウスの変装だったのだ。

 

仲間達にも明かさず彼と彼の臣下達が秘密裏に用意した偽装だったのだ。

 

タジムニウス

『こんばんわ公爵。

 

姫殿下をお返しして頂きたく参上した。』

 

セレーネはタジムニウスに抱きついた。

 

セレーネ

『タジムニウス‼︎

 

嗚呼…会いたかった。

 

あの時の赤ちゃんがこんなに立派に。』

 

タジムニウス

『遅れて申し訳ありません殿下、もう安心ですぞ。』

 

ボリス

『貴様を招いた覚えは無いぞ、馬追いの小僧が。』

 

タジムニウス

『まぁ、そう仰らずに。

 

パーティーとは大人数でやったほうがいいと言うじゃ無いか?』

 

そういうとタジムニウスは司教の礼装を広げるとなんと中には既に火がついたロケット花火が括り付けられていて更にそれが一斉に飛び出したものだから礼拝堂はパニックになった。

 

それに合わせて蝋燭の中に仕込んであったフラッシュ・グレネードまで起爆し、警護の騎士や衛兵達も無力化されてしまった。

 

そこに熟練の騎士でもあるカムイとカルカソンヌ公が襲い掛かる。

 

カムイ

『武式剣術一刀流鉄櫛‼︎』

 

カムイは刀を引き抜くと、大きく横に斬り払い騎士達を斬り伏せる。

 

カルカソンヌ

『lite of Shock‼︎(光の衝撃)』

 

カルカソンヌ公は杖に光魔法を溜めるとそのまま騎士に叩きつける。

 

更に変装していた賢人達も姿を現すと暴れ出し、オマケにいつ解放していたのか、皇宮に囚われていた政治犯達も武器を持って礼拝堂に雪崩れ込んできた。

 

この事態に貴族達もある人物の関与を疑わずには居られなかった。

 

ここ迄の数日間で全てをお膳立て出来るのはただ一人しか居ないからだ。

 

貴族

『マリエンブルク公‼︎

 

これはどう言う事ですか‼︎』

 

貴族

『聞くまでもない裏切りであろう!』

 

貴族が剣を引き抜くとマリエンブルクに斬り掛かるが、剣に彼女が着ていたドレスが引っ掛っているだけだった。

 

そして次の瞬間にはこの二人の貴族はガンブレードに斬りつけられて倒されてしまった。

 

ドレスを脱いだ彼女は赤のコートに白のズボンに黒の長靴というライクランド帝国伝統の軍服に身を包んでいた。

 

そして彼女はトライコーン帽を被り答える。

 

カタリナ

『私ははなから戦をする為に来ている。

 

勝つ為ならなんでも致しますわ。』

 

カタリナは殺気を感じ取りガンブレードで受け身を取る。

 

ボリスはカタリナに斬りかかり、剣と銃剣がぶつかり合う。

 

ボリス

『マリエンブルクの詐欺師‼︎

 

やはり貴様が裏切り者だったかこのアバズレの女狐めが‼︎』

 

カタリナ

『その言葉は褒め言葉として受け取ろう‼︎

 

皇帝陛下より禄を賜りながら仇で返し、我らの正当な主君の後継者であらせられたセレーネ姫殿下に対し不敬を働いた貴様から裏切り者とは痛み入る‼︎』

 

カタリナは押し返し、ボリスが離れた所にすかさず銃弾を二発放つも二発ともボリスに切り払われてしまう。

 

カタリナはスモークグレネードを投げ、視界を遮るとタジムニウスを呼んだ。

 

カタリナ

『陛下‼︎

 

撤収です‼︎』

 

タジムニウス

『相分かった‼︎

 

セレーネ様を頼む‼︎』

 

スモークが晴れるとカタリナがセレーネを抱き寄せ、カムイとカルカソンヌ公と共にワイヤーにフックを引っ掛けて逃げる姿があった。

 

ボリス

『追え‼︎

 

決して逃すな、奴らは城門近くの塔まで逃げるつもりだ‼︎』

 

騎士

『閣下。

 

タジムニウス・レオンクールを名乗る男とその仲間と見られるもの者達数名の姿も有りません。』

 

ボリスは礼拝堂を見回すが確かにその姿は無く、衛兵と騎士達が囚人達と斬り結ぶ様子しか無かった。

 

すると別の騎士が報告してきた。

 

騎士

『閣下。

 

小型飛行艇発着場の方に向かう彼奴等を発見いたしました。

 

セレーネ殿下も一緒だと。』

 

ナルン公

『何だと⁉︎

 

ではどちらかが偽物⁉︎』

 

ボリス

『どちらも捕らえれば分かる事‼︎

 

黒仮面卿はどうした‼︎』

 

______________________

アルトドルフ皇宮内

 

タジムニウスは笑いながらセレーネを抱えながら走っていた。

 

仲間達は複雑な表情であった。

 

タジムニウス

『やってやったぞ‼︎

 

見たかあのボリスの面‼︎』

 

アリゼー

『あの人あんなのいつ用意したのよ。』

 

アルフィノ

『こっそり用意してた見たいだけど…まぁ、成功したから良いんじゃないかな。』

 

ヤ・シュトラ

『あまりおしゃべりをしている暇は無くてよ。

 

追手が来たわ。』

 

するとグ・ラハが立ち止まり魔力の塊で弓を作り上げた。

 

グ・ラハ

『ここはオレが‼︎』

 

放った三本の矢は命中し追手達は倒れる。

 

すると今度は前から騎士達が抜刀して走ってくる。

 

タジムニウス

『セレーネ様申し訳ありませんが、ここからご自分で走っていただきますが宜しいですか?』

 

タジムニウスは彼女を下ろしながら言うとセレーネはウェディングドレスの下の裾を破り捨て、走り易くした。

 

セレーネ

『此処から逃げられるなら何でも致しますわ。』

 

タジムニウスは笑うと大剣ライオンハートからクーロンヌの剣を引き抜く。

 

タジムニウス

『良い覚悟です。』

 

タジムニウスは瞬く間に二人の騎士を斬り伏せ、懐から取り出した拳銃でもう一人を撃ち殺すと先をすすむ。

 

アルフィノ

『此処だ‼︎

 

此処に飛行艇が泊まってる。』

 

タジムニウス

『アルフィノ‼︎

 

小型武装船を奪うんだ。

 

追手が来たら追い払える様に‼︎』

 

 

アリゼー

『操縦はだれが?』

 

グ・ラハ

『クリスタルタワーに居た時にアラグの文明は粗方触った。

 

飛行艇の操縦は任せてくれ。』

 

皆が飛行艇に乗り込むがタジムニウスだけは乗り込まず来た道を見つめていた。

 

ヤ・シュトラ

『乗りなさいタジム。

 

もう行くわよ‼︎』

 

だが見つめる先に黒い騎士が居た。

 

その騎士は少し離れているヤ・シュトラ達も感じ取れるほど凄まじい闘気を発していた。

 

戦わねばならない。

 

そう何かが囁いているのを感じた。

 

そして件の真っ黒い装束と鎧を身につけた騎士が近づいてきた。

 

禍々しさが辺りを包むのを感じた…。

 

全員がだ。

 

セレーネはその禍々しさの正体を知っていた。

 

セレーネ

『彼だわ…。

 

タジムニウス、彼と戦っては駄目‼︎』

 

タジムニウス

『申し訳ありませんが殿下。

 

それは無理です。

 

このまま彼奴から逃れられる自信がとても有りませぬ。

 

それに向こうはやる気満々の様だ。』

 

黒仮面卿は大剣を引き抜くとタジムニウスもクーロンヌの剣を収め、今度は大剣ライオンハートを構える。

 

騎士の決闘を邪魔をしてはならない。

 

セレーネは止めても無駄だと察した。

 

彼女は助言をするにとどめる事にした。

 

セレーネ

『気をつけなさい、彼は復讐心に囚われてしまっています。

 

その荒々しさはとても危険です。』

 

するとセレーネはタジムニウスに自分の方に向く様に手招きすると、ライオンハートを差し出させた。

 

タジムニウスが従うと彼女はライオンハートに口付けをして、祝福した。

 

セレーネ

『王よ、絶対帰ってきて下さい。

 

私はもうこの国の皇女では無く、ましてや継承権を失い、聖女として覚醒してもまだその力も使いこなせない駄目な女だけど、貴方の無事を祈る事ぐらいは出来ます。』

 

タジムニウス

『貴女のその想いだけでも万金の価値がございましょう。

 

必ずや帰還いたします。

 

さぁ行って!

 

皆、殿下を頼むぞ‼︎』

 

アルフィノ

『貴方も気をつけてくれタジム!』

 

飛行艇がグ・ラハの操縦で飛んでいくが黒仮面卿はタジムニウスをじっと見て動かなかった。

 

タジムニウスはその様子を挑発する。

 

タジムニウス

『飛行艇にちょっかいを掛けるつもりなら止めるつもりだったが…俺から目を離さない辺り、あっちよりも俺の方が大事か。』

 

黒仮面卿は無言で立ち尽くしたままだ。

 

タジムは大剣を片手で持ち、突きつける。

 

タジム

『名乗れ、騎士としての名誉と誇りが少しでも有るのなら‼︎』

 

黒仮面卿

『名は捨てた。

 

貴様らブレトニア貴族に復讐するためにな!

 

騎士の誇りなど俺には必要ない‼︎』

 

両者は大剣を正眼に構えると、両者の得意な構えに構え直す、タジムニウスは下段、黒仮面卿は上段である。

 

両者の大剣が鉄の音を立ててぶつかるが双方そのまま構え直すだけに留めた。

 

だが次の瞬間両者の大剣は激しくぶつかり合った。

 

一歩も引かぬ2人の剣技は正に熟練の技であった。

 

横なぎ、縦斬り、袈裟斬り、様々な技を繰り返し数十合ぶつかっても双方は勝負はつかなかった。

 

タジム

『貴様の剣の腕は認めよう。

 

良い腕だ、だが剣が迷ってるぞ。』

 

タジムニウスは黒仮面卿と鍔迫り合いをしながらそう言い更に続けた。

 

タジム

『殺意の問題じゃない。

 

貴様の今の剣術を会得する前に手解きを受けた剣術の癖が染み付いて動きを阻害しているのだ。

 

言うなれば今貴様は『我とは何ぞや?』と自らの存在を認識出来なくなっている。

 

そのままで居ればやがてその矛盾を突かれて命を落とす。』

 

黒仮面卿

『貴様を殺すには十分だ‼︎』

 

タジム

『うおっ⁉︎』

 

黒仮面卿は凄まじい力でタジムニウスを押し返す。

 

流石のタジムニウスも体勢を崩すが、敵の剣を交わしながら後退して立て直す。

 

だが2人の決闘はここで終わる。

 

ボリスが兵士達を連れて現れ、更に飛空艇発着場からも兵士が現れ完全に囲まれてしまったのだ。

 

ボリス

『ここまでだなブレトニアの若造。』

 

タジム

『貴様がここにいると言う事は、大方他の連中には逃げられたか。』

 

ボリス

『貴様の首さえあれば問題無い。』

 

だが次の瞬間タジムニウスはエメラルド色の光に包まれ、光の中に消えてしまった。

 

ボリス

『なっ⁉︎』

 

貴族

『奴はどこだ⁉︎

 

何処に消えたのだ‼︎』

 

ただ1人、消えた仇に騒ぐ養父と貴族達を尻目に黒仮面卿はただ1人その場を去った。

 

たった今起こった現象に一人得心しながら。

 

黒仮面卿

(そうか、力に目覚めたか…。

 

やはり君が私の復讐を阻むか…。)

 

終  第七話へ続く



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七話 ライクランド平原の戦い(前編)

ライクランド公爵領郊外

 

タジムニウスは夜明け前の平地に立っていた。

 

転移した事は分かったが、何故なのかは見当が付かなかった。

 

テレポをしようにも、デジョンをしようにも、転移するためにはエーテライトと呼ばれる巨大なクリスタル媒体が必要であるが、此処にはそんなものは何処にも存在しなかった。

 

考えられるのはエンシェント・テレポだが、これは詠唱した人間がエーテルの濁流に飲み込まれ得体の知れない場所に飛ばされるのならまだしも、その中を永遠に彷徨い続けてしまい、そこから抜け出せたとしても何かしらの代償が伴う危険な術である。

 

現にそれでヤ・シュトラ嬢は視力を失い、エーテルで世界を見ている。

 

兎も角もタジムニウスは五体満足で危機から抜け出した。

 

自分の背後に帝都アルトドルフが見えた事で場所に得心したタジムニウスは一路マリエンブルクを目指し歩き始めた。

 

そして直ぐに飛空艇が不時着しているのを見つけた。

 

アルフィノ達が鹵獲した舟だった。

 

アルフィノがタジムニウスの姿を見つけると手を振った。

 

アルフィノ

『タジム、ここだ。』

 

タジム

『みんな無事か⁉︎

 

飛空艇は何かしらで墜落してしまったようだな。』

 

ヤ・シュトラ

『燃料が殆ど入って無かったの。

 

でも、グ・ラハ・ティアの操縦と私とアルフィノ様で浮力になる熱を作り出してどうにかここまで飛んできたのよ。』

 

タジム

『姫殿下は?

 

それにアリゼー、グ・ラハの姿が見えないが?』

 

アルフィノ

『二人は馬を繋いである場所まで行ってここに連れて来てくれる為に出かけた。

 

姫殿下は…。』

 

セレーネは飛空艇の陰で寝かされていた。

 

どうやら気を失っている様だ。

 

ヤ・シュトラ

『ずっと貴方の無事を祈っていたのよ。

 

墜落した後も、そうしているうちに彼女から凄まじいエーテルが湧き出して、気を失ったの。

 

そして彼女を寝かして少しした後に貴方が現れたの。』

 

ヤ・シュトラはセレーネの顔に掛かった前髪を払いながら優しい表情を浮かべながら彼女の額を撫でていた。

 

だが次には真剣な表情を浮かべて告げた。

 

ヤ・シュトラ

『この娘が何をしたのかは分からない。

 

でもね、この魔法には覚えがある。

 

これはエンシェント・テレポよ、そしてどう言うわけか術者では無い貴方をここに転送し、彼女は一切の代償なく成功させた。

 

もはや完全な成功はあり得ない術を成功させただけじゃなくそのエーテルも彼女に…光の巫女になったミンフィリアにそっくりなのよ。

 

泉の聖女…ハイデリンの巫女というのは本当だったのね。』

 

タジム

『だからこそ、我々ブレトニア人が命を賭して御守りする価値があるのだ。

 

そして恐らく力を使ったのは今回が初めてだろう。』

 

そう述べた直後にアリゼー達が馬を引いて戻ってきた。

 

一行は気絶したセレーネを馬に乗せそれぞれの馬に跨り、ライクランド公爵領とマリエンブルク公爵領の境にある街ユーベルストライクを目指し馬を走らせた。

 

計画ではカタリナが派遣した夫ボーアンの軍が奇襲し支配下に収めておくので、タジムニウス達は脱出したら一目散にここを目指し、待機していたブレトニア、マリエンブルク両軍はこの地を起点にライクランド公爵領を制圧するのだ。

 

だが一行が馬を走らせていると後ろから追手が追い縋ってきた。

 

どうやら鎧の類はつけていない軽騎兵の様であった。

 

だが全員がサーベルとピストルそしてカービン銃で武装してるらしく一行を認めた瞬間発砲してきたのだ。

 

そしてラッパを吹き鳴らした。

 

アリゼー

『何考えてんのよ‼︎

 

お姫様に当たっても良いの⁉︎』

 

グ・ラハ

『もう奴らにとっては用無しって事だろう‼︎』

 

タジム

『アリゼー、受け取れ!』

 

タジムは叫ぶとアリゼーにピストルを投げ渡す。

 

リボルバー銃だった。

 

タジム

『ウルダハ工廠の限定モデルだ!

 

凄い高いんだ、絶対返せよ。』

 

アリゼーは三発撃ち、一人撃ち殺しながら呆れながら返した。

 

アリゼー

『全くケチな王様ね。』

 

軽騎兵達がラッパを吹き鳴らす所為で追手は増えて、二十騎近くに膨れ上がり、タジム達に迫ってきた。

 

前以外を完全に抑えられながらも一行は馬を走らせた。

 

だが遂に前からも騎兵の一団が現れ、ここまでかと思ったその時だった。

 

フーセネガー

『陛下、お迎えに上がりましたぞ‼︎』

 

タジム

『ボーアンか⁉︎』

 

ボーアン・フーセネガー将軍率いる竜騎兵隊50騎が援軍に現れ追撃に来た軽騎兵達は敵わぬと見て一目散に逃走した。

 

一行はフーセネガー将軍に守られながらユーベルストライクに入城した。

 

ここは初代皇帝とその仲間達つまり初代選帝侯達の所縁の地であり、帝位を簒奪したボリス派でなく未だ帝室に忠誠を誓う皇帝派を名乗る弱小貴族達のリーダーを務めるユーベルストライク伯とその住民と駐在していた兵と騎士達のおかげで戦闘する事なく入城できたとフーセネガーは語った。

 

そしてそこにはカムイ、カルカソンヌ公、マリエンブルク公カタリナも先に到着していた。

 

未だ気を失っているセレーネを錬金術師と医師達に任せ、タジム達は直ぐにユーベルストライク伯が用意してくれた一室に地図を広げ諸将の報告を聞く事にした。

 

タジム

『兎も角、我が軍を集結させないとな、行軍の具合はどうか?』

 

カムイ

『マリエンブルク領の通過が可能になった為水路も使い輸送中です。

 

後数時間で全軍が到着するかと。』

 

タジム

『急がせろ、可能な限り兵達には休息を取らせたい。』

 

カルカソンヌ公

『物見の報告によると敵軍も帝都に集結した模様です。

 

ボリス・ドートブリンガーを大将に出陣すべく準備を始めています。』

 

タジム

『対爆撃用魔法障壁発生器(アルトドルフ帝国版魔導フィールドを張るための機械)の準備は進んでいるか?

 

あれが無いと平地の野戦なんて挑むなんて出来っこないぞ、あっという間に火だるまだ。』

 

カタリナ

『突貫工事でどうにか、オルカル山地が手中にあるおかげですね。

 

ドワーフ技師達が寝ずに用意してくれたと。

 

後、兵糧等の物資も我がマリエンブルクの財力とガレマール帝国に徴収された幾つかを裏取引で奪還しておきましたので其方に関しても心配は無用かと。』

 

タジム

『ありがたい、それに関してはタナトス卿の弟であるシリュウという者が管理しているから合流したら伝えてやってくれ。』

 

カタリナ

『畏まりました。』

 

タジムは三人の報告を聞き、彼らが退出すると広げてある地図の上にチェスの駒を置き、配置や動きを考えだした。

 

タジム

(やはり敵の数が多過ぎる。

 

戦は数だけでは決まらぬが、されど数の差は大きく響く、やはり他の三公爵を寝返らせないときついな。

 

だが問題はどうやってだ。

 

ドートブリンガーもそれを警戒する筈だ。

 

書状を送ろうにも流石に警備厳重だろうし、戦の中で内応を促すのは困難だ。

 

先ずは敵軍の配置を見てからだ。

 

となると先ずは様子見も兼ねるなら我が軍は横陣で配置した方が良さそうだ。

 

今回敵は守勢だから向こうから攻めてくる事はない、此方から動かないといかん。

 

その為の対爆撃用魔法障壁だが、流石にずっとは耐えられない、恐らくあまり時間を掛けずに破られるだろう。

 

白兵戦に持ち込んで敵の誤射を誘発しやすい環境を作るしか無いな。)

 

すると扉を叩く音が聞こえたのでタジムが返事をすると、アリゼーが入ってきた。

 

アリゼー

『タジム、みんな集まってるわよ。

 

直ぐに降りてきて欲しいって。』

 

アリゼーはそう告げるとタジムは頷くと直ぐ行くと返事をするとアリゼーも頷き部屋から去っていった。

 

広間には指揮官級の騎士や貴族、そしてそれらに従う領民の実力者達が武装し待機していた。

 

タジムニウスが大広間に入ってきた。

 

王宮内で着ていたあの軍服に胸甲をつけた出立であった。

 

もはやかつて冒険者であった事も、傭兵であった事も、国を捨てた哀れな赤子であった過去は嘘の様な王者の気風を纏っていた。

 

諸将は頭を垂れ、頭を上げると剣を引き抜き

『我らが陛下‼︎』と叫ぶと跪いた。

 

タジムは諸将を見渡すと口を開く

 

タジム

『友よ…父よ…母よ…兄妹たちよ…よく聞いて欲しい、この一戦は事実上の決戦だ。

 

この戦で勝った者がこの内乱の勝者になると言っても過言では無い。

 

故に勝たねばならん。』

 

諸将は黙って頷き王の言葉に耳を傾ける。

 

タジム

『我らが戦うのは忠誠を果たす為だ、帝室は滅びてしまったかもしれない、されど帝国は未だ残っている、ジギスムント陛下最期の財産である帝国国民の自由と名誉の為に今宵は剣を取ろう。』

 

タジムはそう言ってクーロンヌの剣を引き抜くと叫んだ。

 

タジム

『かつて大神シグマーはこの地で民のために戦うと決意し、宝具ガール・マラッツを賜り、悪しき者どもを打ち砕いた。

 

ならば我らもそれに倣い、民草の為に剣を取ろう‼︎

 

そして忘れるな‼︎

 

我らには大神シグマーと泉の聖女セレーネ様の御加護有りけり‼︎

 

必ず勝利し、再びお目覚めになられたセレーネ様の前に我らが見えた時、この国に麒麟が到来し、鷲獅子が再び帝冠を戴くだろう‼︎‼︎』

 

諸将

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎(鬨の声)』

 

鬨の声を上げながら皆は城を後にしそれぞれの愛馬に跨るとタジムは軍旗を受け取ると高々と掲げ叫ぶ。

 

タジム

『出陣ー‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

全軍

『いざぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

 

青と赤の地に金の獅子(レオンクール家)、黄地に赤の獅子(リヨネース家)、橙色に白の獅子(アルトワ家)、黄地に赤の龍(バストンヌ家)、青地に三叉の矛(ボルドロー家(ラ・サール家))、黒地に金の天馬(パラヴォン家)、水色と赤の地に一振りの剣(カルカソンヌ家)、白地に水色の麒麟(タナトス家)、緑の地に白の雄鹿(アセル・ローレンの森氏族)、白地に天秤を持つ人魚(マリエンブルク家)…。

 

それぞれの諸侯の紋章旗をはためかせ、ブレトニア王国・マリエンブルク公爵以下皇帝派貴族連合軍が出陣した。

 

その数三十三万弱、その内パラヴォン公とオリオン公の軍五万がそこより離れ灰色山脈のライクランド、ブレトニアを繋ぐ要衝オヴェリア要塞を陥落させるべく、オルカル山地にて戦力を再編しているアイアンロック達と合流すべく別れていった。

 

パラヴォン公

『それでは陛下。』

 

オリオン公

『必ず勝利の報をお持ち致します。』

 

タジム

『うむ、あの要塞の戦略価値は無いにしてもあれが正しく死者によって武名を轟かせた事実は変わらぬ、武運を祈る。』

 

翌日ライクランド郊外にはブレトニア軍、選帝諸侯軍双方が布陣を完了させ、佇んでいた。

 

最前列に立った槍兵や銃兵達は微動だに出来ぬほど緊張していた。

 

いつ前進か敵襲の方が飛ぶか分からなかったからだ。

 

だがその頃本陣は慎ましいながらも騒騒しい朝食を取っていた。

 

タジム

『ああすまんスープをくれないか?』

 

バストンヌ公

『あまり時間が無いとはいえ、芋粥、塩で味付けした野菜のスープ、塩漬け肉、煮豆のみとは寂しいですのー。』

 

タジム

『贅沢を抜かすな‼︎』

 

アルトワ公

『せめてエールが有ればねぇ?』

 

バストンヌ公

『給仕兵殿〜おかわりまだですかな〜?』

 

アレクサンドル・ラ・フェール公

(ボルドロー公に叙せられた)

『少し芋粥をおかわりをば。』

 

アリゼー

『ちょっとラハ‼︎

 

一人三切れって言ったでしょ数えたんだからね‼︎』

 

グ・ラハ

『ああごめん。』

 

カタリナ

『はいはい、皆さまおかわり持ってきましたわよ〜。』

 

アルフィノ

『マリエンブルク公自ら炊事場に立たれていたのですか⁉︎』

 

カタリナ

『ええ、夫と初陣の息子の為に弁当をと思ってそのまま手伝っていましたのよ。』

 

カムイ

『御子息殿が初陣ですか?』

 

タジム

『それはめでたい、直ぐにこちらへお連れして頂けますかカタリナ?

 

是非とも会いたい。』

 

カタリナ

『まぁ、なんと勿体ない。

 

早速連れて参りますでは失礼。』

 

レパン

『ってみんなで同じ皿に手を突っ込まないで下さい‼︎

 

お行儀が悪いですよ‼︎』

 

ヤ・シュトラ

『ああもう‼︎

 

喧しい‼︎

 

食事は静かに食べなさい‼︎』

 

タジム

『やっぱこういう事言うからお母さんなんじゃないかシュトラ。』

 

アルフィノ

『あんまり長々と食べてる時間は無いと思うぞ、敵も布陣してから暫く経つ。

 

向こうに先手を許すのは得策ではない。』

 

タジム

『その通りだ。

 

皆食べ終わったら軍議を開くぞ。』

 

ヤ・シュトラ

(タジムは後で絶対折檻ね…)

 

こうして軍議を始めたタジム達は以下の事を決めた。

 

初動は騎兵突撃に見せ掛けて弓騎兵と竜騎兵のよる撹乱攻撃を敢行したのち、重装兵で前線を崩し、軽装の剣兵や斧兵、短槍で武装した歩兵で中まで挿し込む。

 

その間、銃兵隊、弓兵隊、各種大型兵器はその支援にあたる。

 

ブレトニア側は魔法障壁が崩される前に敵に白兵戦に挑む、崩されたとしても砲撃による損失を最小限に留めた上で白兵戦に持ち込まねばならないのだ。

 

然もこのサイズ(最大でも一個中隊を保護できるフィールドを張る事が可能)の機械で張る障壁は砲弾や投石といった大型物理攻撃及び魔法、エネルギー攻撃には耐える力を持っているがあくまで一時的であり、矢やボルト、銃弾に対してはすり抜けてしまうので全く防御力が無いのである(対空爆、砲撃用の為。)。

 

銃兵部隊といった投射戦力の豊富な選帝諸侯軍の攻撃を受け続ければ壊滅するのは自明の理である。

 

だが乱戦に持ち込めれば同士討ちを恐れて猛射してくる事は無いだろうし、彼らの主力は銃兵と弩兵で有り、曲射には向かない。

 

そこで射線を確保するために側面移動をした所を温存した騎兵や、白兵戦散兵隊で襲い掛かり、反対に数こそ少ない物の練度では負けぬブレトニア銃兵隊や音にも聞こえし、ブレトニア農民弓兵軍団や王立散兵歩兵軍団が鉛と矢とボルトの雨を降らせる事ができるのだ。

 

正にタジムニウスの狙いはそこであった。

 

ブレトニア軍は白兵戦攻撃力こそあれど投射攻撃力は低く、それに対しての防御力は無いといった有様であり攻撃力と防御力ともに高い選帝諸侯軍とまともにやり合っても勝ち目は無い。

 

だが投射戦力さえ居なければ白兵戦は拮抗、更に騎兵も加わり、投射戦力も加われば崩せると言うのである。

 

タジム

『敵の銃兵隊が減ればその分騎士や騎兵が働きやすくなる。

 

奴等より唯一優れているのは騎馬戦だけだからな。

 

余計な邪魔はされたく無い。』

 

タジムニウスが立つと、諸将も立ち上がった。

 

タジム

『諸君、我らは賢く戦うぞ。

 

今宵は血気に流行って勝てる相手では無い、耐え忍び、機を探すのだ。』

 

諸将

『ハッ‼︎』

 

カタリナ

『陛下。』

 

振り返るとカタリナが自身の息子を連れて来た。

 

帝国伝統のフルプレートで武装した少年が緊張した面持ちで立っていた。

 

タジム

『この子が?』

 

カタリナ

『我が息子、ナイトハルトです。』

 

ナイトハルト

『ナ、ナイトハルト・フォン・マリエンブルクでありますタジムニウス王陛下。』

 

タジム

『ナイトハルト殿、卿は幾つになる。』

 

タジムニウスは穏やかな表情で語り掛けた。

 

まるで弟に話す様な話し方であった。

 

ナイトハルト

『ハッ‼︎

 

15でございます陛下。』

 

タジム

『15か…タナトス卿、まだ私が卿を父と呼んでいる時に初陣を迎えた筈だが確か私もその時15であったな?』

 

カムイ

『左様です陛下。』

 

ナイトハルト

『陛下も同じ歳に初陣だったのですか?』

 

タジム

『ウム、その時は卿の様に本陣つきの騎士でも無ければ、一軍の大将でもない。

 

一人の傭兵として剣を振り回していた。

 

このタナトス卿の指図を聞いてな。

 

やれ突撃だの、陣形を組めだの、こんな砲撃と矢の雨の中出来るかとすら思った。

 

そして私は今日死ぬのだとね。

 

だが生き残った。

 

戦の前、養父は、功を決して焦るなと私に教えた。

 

するとどうだ、私は大過無く戦を終えおまけに戦功を稼いだ。

 

私が卿に言いたいのは自分が何をすべきか、それを忘れずに行動すれば必ず幸運が舞い込んでくると言う事だ。

 

変に緊張するなマリエンブルクの騎士ナイトハルト『卿』、生き残れば重畳だ。

 

実を言うと私もこれ程の大軍を率いての戦は初めてでね。

 

初陣同士賢くやろうじゃ無いか。』

 

ナイトハルト

『は、はい陛下‼︎』

 

ナイトハルトは敬礼すると一人父の待つ自軍の陣へと帰っていった。

 

タジムニウスはクスリと笑うと、アルフィノとアリゼーの方を見ながら口を開いた。

 

タジム

『まるで会ったばかりの君達を見ている様だが、君ら兄妹より性格が良いぞ彼は。』

 

アルフィノ・アリゼー

『ちょっと、辞めてくれるかい!(ないかしら!)』

 

本陣は束の間だが、笑い声で包まれた。

 

タジムニウスは剣を引き抜くと全軍に響く様な大声で命令した。

 

タジム

『全軍、前進せよぉ‼︎‼︎』

 

その声は風に乗って最前列にいる兵まで自分の少し後ろから聞こえたと思ったくらい大きくなって聞こえたという。

 

ブレトニア騎士

『魔法障壁展開。』

 

ブレトニア兵

『魔法障壁展開します。』

 

ブレトニア軍の至る所に配備された魔法障壁は起動し、少しずつ大きなドームを形成していった。

 

そして遂にそれが完成すると最前列にいる部隊指揮官から次々と前進の号令が聞こえてきた。

 

それに合わせて軍楽隊がドラムを鳴らし、ファイフ(横笛)を吹き鳴らした。

 

そしてそう立たないうちに選帝諸侯軍の砲撃が彼らを襲った。

 

だがそれらは魔法障壁に防がれ、彼らを傷つけることは無かった。

 

ブレトニア側も大砲とトレビュシェットで反撃するがこちらも魔法障壁で弾かれた。

 

前進するブレトニア軍に前列に並んだ選帝諸侯軍の銃兵と弩兵が猛射を開始した。

 

ブレトニア軍も曲射の効く弓兵隊が弾幕を張る、それに合わせて騎士団と騎兵隊が突撃を開始した。

 

騎士達はラッパを吹き鳴らし槍を構え、馬を走らせる。

 

蹄の音が大地を震わせた。

 

当然馬の足は歩兵よりも早い。

 

彼らは味方よりも真っ先に砲火に焼かれる事になる。

 

騎士

『障壁を抜けるぞ各々方覚悟を決めろ‼︎』

 

騎兵

『聖女様のために‼︎』

 

鬨の声を上げながら騎馬軍団は突撃する。

 

彼らに立ち塞がったのは砲弾の光だった。

 

砲撃と爆音が鳴るたびに騎士と馬の断末魔が上がった。

 

だが世界最強の騎兵国家を名乗るブレトニア騎士達が怯むことは無い。

 

馬上にてランスを突き立てる事叶わずとも馬上での死は彼らにとって、と言うよりも戦場においての死は誉であった。

 

遂に騎士軍団は敵の銃兵の射程距離に入り阻止射撃に襲われる。

 

彼らの鎧は対弾加工が施されているとはいえ、当然装甲全面を厚くするのは無理な話だ。

 

脆い関節部や鎖帷子のみの部分や馬が撃たれてしまえばそれまでだった。

 

銃声とボルトの飛翔音が鳴る度に命が消えていった。

 

だが騎士団は新兵器ガンランスを装備していた。

 

彼らも負けじと40mm無反動砲を撃ち返し、自身に向かって射撃してきた兵士や魔導アーマーに風穴を開けていった。

 

一通り射撃したかと思いきや、槍を構えていた騎士団は一斉に左右に反転した。

 

選帝諸侯軍は騎兵突撃を諦めたのかと思った。

 

だが彼らの背後にはほぼ無傷の竜騎兵軍団と弓騎兵軍団が控えていた。

 

騎士達が盾になっている間に、彼らは得意な距離まで近づいたのだ。

 

馬上射撃とは本来難度の高い物、それを武器にして戦う者達の射撃の腕がどうして下手である筈があろうか。

 

彼らの射撃は正確に射手達を射抜き、指揮崩壊を起こした。

 

選帝諸侯軍将校

『軽騎兵の奇襲だと⁉︎

 

ええい銃兵を下げさせろ‼︎

 

各パイク兵連隊前に出ろ‼︎』

 

銃兵隊が怪我人や死者を引き摺りながら下がると長槍を装備したパイク兵達が槍衾を作る。

 

これで追撃してきた軽騎兵達を串刺しにしようとしたのだ。

 

だが軽騎兵達は砲火に焼かれながらもとっとと引き返してしまった。

 

そして馬の蹄によって出来た土煙から徒歩騎士団と重装歩兵軍団が鬨の声を上げ、得物を振り回しながら突っ込んできた。

 

その先頭を走るのはリヨネースの剣を煌めかせたレパンであった。

 

レパン

『リヨネースの男達よ、獅子の如く敵に喰らいつきなさい‼

 

ブレトニアの為に‼︎‼︎︎』

 

最前列中央はリヨネースの誇る徒歩騎士団と古参徴集兵部隊だった。

 

そこに大将レパンが自ら先頭に立ち、白刃を奮って斬り込む。

 

重装歩兵の様な真っ向からがっぷり四つの白兵戦が得意な部隊には弱いパイク兵からしてみれば酷い冗談でしか無い。

 

更に後退したように見せ掛けた軽騎兵達が戻ってきて動きの鈍い彼らに更に鉛玉と矢の雨を降らせて来たのでこのままファランクスを組むのは難しくなってきた。

 

哀れ、そうこうしている内に彼らはまるで手で払われた埃カスの如く跳ね飛ばされていった。

 

とりわけリヨネースの剣を振り回すレパンは尋常ではなかった。

 

彼女が魔力を溜めると黄金の光が輝き自身の周囲が爆発し、居合わせた敵兵が吹き飛ばされ、しかも何かしらの加護が有るのか味方の兵は無傷なのである。

 

だが彼らの進撃はここでピッタリと止まってしまう。

 

パイク兵の戦列を蹴散らしたブレトニア軍は第二線を張る重装歩兵軍団と衝突する。

 

この勢いが有れば如何に精強と謳われたライクランド歩兵軍団の主力を担う彼らと言えど無事では済まない…筈だった。

 

だがブレトニア軍は騎士ですらも彼らに跳ね返されてしまう。

 

勿論それはリヨネース騎士団も例外では無い。

 

突破口を開く為にレパンも大剣を振るうが…

 

レパン

『小癪な、死にたくなければ退きなさい‼︎』

 

大きく横に斬り払うが、敵は盾をしっかり構えその場で踏み留まらず、敢えて吹っ飛ばされる事によって勢いを殺してしまったのだ。

 

レパン

『虚脱ッ⁉︎

 

そんな物まで使うというの。』

 

レパンはもう一度斬り払うが結果は同じであった。

 

その様子を見ていたカムイが自身の部隊から250人程の兵を向かわせレパンの援護に向かうが、その援護部隊は側面から攻撃を受けレパンの元に辿り着けずその場で立ち往生し、似たような事が至る所で起き始めた。

 

伝令

『急報ー‼︎

 

レパン・リヨネース卿、敵中に孤立する危機に有る模様‼︎』

 

タジム

『今そっちにリヨネースの予備部隊とタナトス卿が行った。

 

そっちは平気だ。

 

タナトス卿の前線右側の敵兵の側面移動を阻止する為に送ったバストンヌの部隊はどうした?』

 

伝令

『はっ、側面移動の阻止には成功したようですが、敵の援軍が現れ、二方向から挟まれております。

 

バストンヌ卿が自ら銃士隊を率いて救援に向かうとの事なので陛下には敵の魔法障壁も消滅しているので砲撃の手を休める事なく自分達の援護をお願いしたいとの事。』

 

タジムニウスは望遠鏡を取り出すと敵の戦列を観察し、有効打を与えられる箇所を見つけ出した。

 

砲兵将校の見解も一致した所でタジムニウスの檄が飛ぶ。

 

タジム

『敵戦列、右翼中央側と左翼の外側の前方に放火を集中しろ‼︎

 

レパンから虫を引き離せ‼︎』

 

伝令は一礼すると念の為リンクシェルを試すが、やはり戦の影響で繋がらないと分かると馬を借りて走り去っていった。

 

その様子を見ていた賢人達は遂に腰を上げ自身も前線で戦うと申し出た。

 

アリゼー

『私達も出るわタジム。』

 

グ・ラハ

『ここで貴方達が血を流すのを見ているだけなんて出来ない、行かせてくれ。』

 

タジムニウスは少し悩んだ。

 

先のガレマール帝国兵達との戦もまぁまぁな戦ではあったが今回は訳が違う。

 

大兵力のぶつかる大戦だ。

 

賢人達は確かに皆が卓越した戦士だ。

 

だが言ってしまえばこの場合1人の武勇が戦局に与える影響など皆無に等しい。

 

それを分かっていながら彼らに一兵もつけず前線に放り出して良いものか?

 

だが余剰兵力は無い。

 

タジムニウスは決断した。

 

タジム

『分かった。

 

お願いしよう、アルフィノ、アリゼーはレパン卿の元へ、グ・ラハ、ヤ・シュトラはタナトス卿の元へ。

 

バストンヌ卿は敏い、恐らく後退の準備に取り掛かる為に退がるだろうからそっちは良い。

 

諸君らにはこの2人を助けてやってくれ。』

 

アルフィノ

『了解した。』

 

賢人達は馬を借りるとそれぞれの持ち場に走り去っていった。

 

タジムニウスは振り返ると通信兵に問いただした。

 

タジム

『ガーランド殿はまだ着かぬか?』

 

通信兵

『調整に手間取っていた様で、先程、マリエンブルクを出たとの事。』

 

タジム

『彼らの持ってくる新兵器が活路を見出すかも知れないのだ。

 

出来るだけ早く来る様に伝えてくれ。』

 

通信兵

『ハッ。』

 

______________________

 

リヨネース騎士団の戦っている辺りに着いたルヴェユール兄妹は血塗れになりながらも剣振るうレパンを見つけた。

 

返り血の様だが、明らかに疲労の色が出ていた。

 

アリゼー

『アルフィノ行くよ‼︎』

 

アルフィノ

『ああ‼︎』

 

2人は馬で乱戦の中を入っていった。

 

2人を見つけたリヨネース家の兵が声を掛けた。

 

兵士

『賢人の兄妹さん、領主様は最前列で戦いっぱなしだべ。

 

どうか力を貸してくんろ‼︎』

 

アルフィノ

『そのつもりで来た‼︎

 

そこを通してくれ‼︎』

 

兵士たちが馬が通るぞと声を掛け合い、2人のために道を作ってくれたから2人は下馬し、レパンの元に走り寄った。

 

レパン

『これはお二人方、本陣にいたのでは無いのですか?』

 

アルフィノ

『王陛下が、レパン卿の後退を援護せよと我らを遣わしたのです。』

 

レパン

『後退?

 

陛下は後退すると申したのですか?』

 

アルフィノ

『陛下はこのまま戦っても意味が無いと、一度乱戦を解くので全軍後退せよと。』

 

レパンは思いっきり地面を蹴り悔しがった。

 

レパン

『チッ‼︎

 

情けない、先陣を任されておきながら、食い破る事すら儘ならず、最後には足を引っ張るとは‼︎』

 

アリゼー

『命あっての物種よ。

 

皆、後退するわよ、毅然とね‼︎』

 

ブレトニア騎士

『退けー‼︎

 

後退だ、第二線まで後退せよ‼︎』

 

その頃、カムイの陣でも同じ事が起きていた。

 

カムイ

『畏まった。

 

全軍後退だ、重装歩兵隊後退を掩護せよ。』

 

ブレトニア兵

『野郎ども構えろ‼︎

 

シールドウォールだ‼︎』

 

ブレトニア兵

『おう‼︎』

 

重装歩兵隊はシールドを構え、その間から槍を出し、迫る敵兵を押し返した。

 

選帝諸侯兵

『クソッ‼︎

 

農民風情が‼︎‼︎』

 

ブレトニア兵

『農民じゃない、戦う農民だ‼︎』

 

更にハルバードで武装した徒歩従士隊や正規兵部隊も加勢や銃士隊が正確な援護射撃が開始した事により、選帝諸侯軍は追撃出来ず、ブレトニア軍は後退に成功した。

 

結果その日はそのまま戦は流れ、両軍共に塹壕を形成して中に立て籠ることになった。

 

本陣にはタジムニウスを始めとした諸将が集まっていたが、最前列で戦っていたレパンだけは未だ来ていなかった。

 

ブレトニア兵

『レパン卿がお着きになりました。』

 

本陣に入ってきたレパンは最前線で戦った姿のままだった。

 

そしてタジムニウスの前に立つと跪き、首を差し出した。

 

タジム

『何の真似か…リヨネース卿。』

 

レパン

『先鋒を任されて置きながら思う様に戦果を上げられず、悪戯に兵を死なせました。

 

この上は死してお詫び申し上げたく存じます。』

 

タジムニウスはレパンは掴み立たせるとその頬に思い切り平手打ちをかました。

 

乾いた頬を叩く音が本陣に響いた。

 

タジム

『自惚れるのも大概にせよ‼︎

 

レパン・ド・リヨネース‼︎‼︎

 

貴様1人の命で解決する程戦は甘くは無い‼︎

 

戦は百戦して百勝できるものでは無い‼︎

 

一々陳謝は無用である‼︎

 

第一に貴様には帰りを待つ領民達が居ろう、それらよりも自身の面子を取るとは何が領主か‼︎』

 

レパンは眼から涙を流し、嗚咽を押し殺した。

 

タジム

『それでも尚、自身を咎める事が辞められねば明日の戦で今日よりも戦功を稼いで来い良いな‼︎』

 

レパン

『ハッ‼︎』

 

タジム

『座れ、リヨネース卿。』

 

レパンは一礼すると本陣の自身の椅子に腰掛けた。

 

落ち着きを取り戻したところでカルカソンヌ公が切り出した。

 

カルカソンヌ公

『然し、敵の第二線は妙な戦い方をしておりましたな。

 

こちらが動けば、それに合わせて確実に相殺して来る、封殺自体は当たり前の事、問題はそのスピードが尋常ならざる早さという事です。』

 

バストンヌ公

『陛下、敵の第二線の主力を担うのはボリス・ドートブリンガーのミドンランド軍の様です。』

 

タジム

『奴の肝煎りの軍か、歴戦の軍と聞く。

 

……彼らのかつての主敵は確か、ガレマール軍の…。』

 

タジムニウスは一人でぶつくさと呟き出したので諸将はお互いの顔を見合わせたが、賢人達は彼の冒険者自体の癖なので落ち着いて見守っていた。

 

アリゼー

『始まったわね、タジムの考え事が。』

 

アルフィノ

『あの自問自答に使われる知識と経験がどこから動員されているのか、時折考えたくなるよ。』

 

暫くしてタジムニウスは己の指を鳴らした。

 

どうやら閃いたようであった。

 

タジム

『よし、決めた。

 

各自配置はそのまま、それぞれの軍で待機』

 

と言い掛けた所でラッパが鳴った。

 

敵襲か?

 

いやこれは味方が到着した時のラッパであった。

 



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8話 ライクランド平原の戦い中編

ブレトニア兵

『申し上げます‼︎

 

マリエンブルクより援軍の到着です、シド・ナン・ガーロンド殿、アイアンロック公以下一万二千の兵を伴い参陣‼︎』

 

タジムニウス達は本陣を出ると、腕を組み誇らしげな表情を浮かべたシドとドワーフ族伝統の鎧を身につけ、斧を担いだアイアンロックの後ろで鬨の声をあげる、ドワーフ、ルガディン族を主力にしたオルカル山地の兵達が整列していた。

 

タジム

『シド、遂に出来たんだな!』

 

シド

『ああ、工房に連れられて初めて見た時は正気かと思ったが中々いいメカになったぜ。』

 

カルカソンヌ公

『ム、アイアンロック卿、貴方はオヴェリウス要塞攻略に向かったのでは無いのですか?』

 

アイアンロック卿

『そのつもりだったのですが、例の兵器の調整やら何やらで結局手が離せなくなりましてな、軍の方は二人に任せて、予備の兵と共に参上した次第です。

 

陛下からも必要であればコッチに来て手伝ってくれと前もって言われておりましてな。』

 

カルカソンヌ公

『そうなのですか陛下?』

 

タジム

『左様、この兵器は言ってしまえばある種の特攻兵器だ。

 

下手をすれば乗り手が生きて帰れないかも知れない、それを回避する為に開発者の理想を汲んで、堅実な仕事の出来るメカニックが前線にいた方が良いと思ったのさ。』

 

シドは兵達の背後にあるコンテナに触って、宙に現れた半透明の魔導端末を操作し始めた。

 

シド

『それじゃ、早速お披露目だ!』

 

コンテナが開き、中から鉄の音を響かせながら何かが出てきた。

 

それは帝国軍魔導アーマーコロッサスより一回り小さい鉄の巨人であった。

 

見た目はフルプレートを着込んだ騎士そのものだった。

 

騎士達が使うガンランスを大きくして、このサイズに合う様にしたものを持ち、腰には剣を佩き、その藍色と赤色で塗装した体は夕焼けに輝いていた。

 

シド

『ブレトニア式量産型有人魔導アーマー、アーマーナイト(以降AKと呼称)だ。

 

装甲圧8mmから24mmと薄いが、搭乗する胴体部は最新技術を応用した防御機構を採用してあるから装甲の割には頑丈だし、最新式の駆動機械を仕込んである。

 

脚部にはホイールと緊急ターン用のピックが仕込んである。

 

正しく受け止めるのではなく速さで躱すと言うのが本機の防御思想だ。

 

ガレマールの魔導アーマーの火力は桁外れな事が多い、まともな防御が出来る機体を量産機で作るのはハッキリ言って難しい。

 

ならそれよりも速く、更に火力は同等の機体を作れば対抗は出来るし量産に耐えるコストで収まるという事さ。

 

操縦機構はフットペダルを使用して移動等を管理する既存の物だが、武器使用を始めとした手足の駆動に関しては操縦端を廃止してこのグローブの様な脳波伝達機械に両手を入れる事で乗り手の思うままに動く仕様だ。

 

これで乗り手次第で化けるぞコイツは。』

 

タジムニウスはAKをマジマジと見つめていた。

 

その目はどこか少年の様であった。

 

タジム

『スピードと火力の為に装甲を犠牲にする、まぁそれしか手は無いな。

 

だが言ってしまえば騎兵よりはマシだな。

 

装甲騎兵、少なくともガレマールみたく出鱈目な数は用意出来なくてもこの鉄の悍馬は間違い無く活躍してくれる。』

 

タジムニウスは機体のボディを撫でながら続けた。

 

タジム

『この戦で恐らく半分は撃破されるだろう、だがこの鉄の棺桶がこの国を救うのだ。

 

今ここにあるのはパッと見、六十機か。

 

乗り手の騎士達の完熟は済んでるのか。』

 

シド

『ああ、バッチリだ。

 

快く志願した騎士六十人、ここに来るまで何度もシュミレートして来たが全員結果は良好だ。』

 

タジム

『上等だ、この戦が終わったら俺の分も作ってくれよ、俺仕様にチューンしてな。

 

兎に角、皆休んでくれ明日の戦が肝心だぞ。』

 

各々がそれぞれの天幕や陣に戻っていく中、カタリナがそっとタジムニウスに耳打ちして来た。

 

カタリナ

『陛下、選帝諸侯の寝返りに関してですが。』

 

タジム

『何か報告が有ったのか?』

 

カタリナ

『ハイ、ソルランド公、ノルドランド公の二名は快諾、元より皇帝陛下に対しての忠誠心の篤い人達でしたから…されど。』

 

タジム

『デイッターズ・ランド公の調略に失敗したか?』

 

カタリナ

『実は、デイッターズ・ランド公とその嫡子は式の数日前に死亡しているのですが、間者からの報告によると、これは暗殺で有る可能性が高いと報告が。』

 

タジム

『暗殺だと?』

 

タジムニウスは驚いて声を上げたが、カタリナは指を口元に出し、抑える様にと示したので素直に従った。

 

カタリナ

『間者によると、式の数日前、公爵と嫡男が食事をしていた所二人とも急に苦しみだし、そのまま倒れてしまったとの事、夫人の悲鳴で駆けつけた家人や侍医が手当てに当たったそうですが敢えなく亡くなられ、死因は二人とも生牡蠣を好んで食すらしくそれによる食中毒という事に。

 

結果デイッターズ・ランド公爵の請求権を持つ、甥のワルドー伯が跡を継いで公爵になったのですが…。』

 

タジム

『まさかそのワルドー伯なる奴が犯人ではないか言うのか?』

 

カタリナ

『はい、しかもワルドー伯はボリス・ドートブリンガーととても親しく、事あるごとにデイッターズ・ランド公と揉め事を起こして居たとか。

 

そしてその牡蠣はミドンランド産で水路を通って、ワルドー伯の領地で陸揚げされるそうです。』

 

タジムニウスは溜息をついた。

 

タジム

『私が欲しいのは身内殺しの俗物では無く、その配下にいる軍勢だが、そう有ってはもう調略は出来まい。』

 

カタリナ

『いえ、まだ諦めるには早いかと存じます。』

 

カタリナはタジムニウスに一枚の手紙を渡した。

 

タジムニウス

『これは?』

 

カタリナ

『死亡したと聞いた私が直ぐに差し向けた間者が入手したデイッターズ・ランド公の遺言状です。』

 

タジムニウスが驚いた事は言うまでも無い。

 

しっかりデイッターズ・ランド公の紋章が打たれ、しかもどうやら最近認めた物なのか、インクの匂いがまだ手紙に残っていた。

 

タジムニウスは一通り中身を読んだ。

 

内容を掻い摘むと、恐らく自分は再び生きて亡き皇帝陛下に対して奉公する事は出来ないだろう。

 

愚かな甥は全く大した事ないが、その裏にいる恐ろしい男の謀略の手から逃れる事は自分には出来ない。

 

他の選帝諸侯に助けを求めれば謀叛がバレてしまうからそれも出来ない。

 

願わくば我が子息の命だけは長らえて欲しい物だがそれも叶わなかった時は自身の配下に居るレマーと言う若い将校に跡を託す。

 

と言う物で有った。

 

タジムニウスは手紙を元の封に戻すと亭主と息子を一片に無くした夫人のために三十エキュ(1エキュ百万ギル)の手形を従僕に持って来させるとそれを署名して中に入れるとカタリナに返した。

 

タジムニウス

『これを間者を通してレマーに渡してくれ。

 

レマーの手からなら夫人も受け取ると思う。』

 

カタリナ

『夫人に遺書をお返しになるのは分かりますが、この手形は一体何でございます?』

 

タジムニウス

『読んで見て分かったがデイッターズ・ランド公は死を覚悟した上でこの手紙を残した。

 

ボリス・ドートブリンガーを打ち倒す者つまり、私が戦に勝つために助言をしてくれたんだ。

 

これだけでも充分亡き皇帝陛下に奉公したと私は考える。

 

皇帝が払えないなら王が褒美を払う、何もおかしい事はない。

 

勿論こんなものは夫人にとって意味を無さない物になるだろうし、事と場合によっては侮辱に捉えるかも知れない。

 

だけど少なくともこの戦争の戦火を逃れる為の軍資金ぐらいにはなると思ってくれればそれでいい。』

 

カタリナはタジムニウスの人の良いと言うか高潔さの押し売りと言うかお節介と言うかひどい自惚れと言うべきかこの不思議な行いに大して何も言わなかったが、少なくともタジムニウスは死者や遺族を憐れむことのできる人間だと言うことが分かっただけでも良しとしようと納得し、調略はお任せ下さいと言って下がっていった。

 

タジムニウスは一人になると主計兵にボルドロー産の葡萄酒の瓶を一瓶だけ貰うと自分の天幕でグラスに開けながら物思いに耽っていた。

 

タジムニウス

(あの例の黒い騎士の事がどうも引っかかるな。

 

セレーネ様がお目覚めになればお話しして戴く事も出来るがそうも行かん。

 

カルカソンヌ公にでも調べさせよう。

 

神職の身で有りながらブレトニア王国に謀略に於いてこの人ありと言われた坊様だ。

 

今はカタリナおばさまがその仕事をしているから暇がある筈だし、ブレトニア貴族の揉め事なれば裏の事情を何かしらの手段で調べる事も、ひょっとすれば何か事情を知っているかもしれないからな。)

 

タジムニウスは誰かあるかと言うと、一人の騎士が入ってきた。

 

タジムニウスはカルカソンヌ公にこれを渡せと命令書を渡し、ちょっとしたモノとはいえ、こんな夜更けに貴公を使いに出すのだから何か褒美をやらねばならぬ、そこで私が一杯だけ開けてしまった物で悪いが葡萄酒を君にやろう、終わったら天幕で従者と呑むもよし君一人で飲むも良し、だが決して捨てるなボルドローの良い酒なんだと言ってボルドロー産の葡萄酒を渡してこの騎士を使いに出した。

 

騎士もありがたく頂戴致しますと答え、天幕を出ていった。

 

タジム

『いかん…流石に疲れたな、トウカでも居れば呑んでくれそうなものだが…。』

______________________

二日目の朝がやってきた。

 

ブレトニア軍の将兵達は肩を落としながら自分の持ち場に歩いていった。

 

予備兵力が無い手前、疲労が回復しなかったのだ。

 

鉄の背中が何処までも果てしなく続いていた。

 

今日も彼らは己の得物で穢れた赤い雨を降らすのだ、自身と敵に注ぐ為に。

 

肩を喘がし、砲火に焼かれた大地を踏みしめる。

 

悪戯に踏みしめているわけでは無いがその日は装備が重く感じていた。

 

だが彼らは悲観的では無かった。

 

彼らは散りゆく友への未練を捨てていた。

 

何故なら自分達は幾ら騎士だ貴族と着飾ろうとも、農地のため家族の為、祖国の為と崇高な目的を掲げようともその実、親元や故郷を離れ、戦場にしか己の身を立てる術を知らないDummy boy(最低野郎)だからだ。

 

今日も互いの鎧が貫かれたり斬られたりして弾けた鉄のドラムの様な音を出すだろう。

 

だがそれこそ戦場で生きる彼らのララバイ(子守唄)なのだ。

 

そして何より、自分達が知る上で最も高貴な人間が自分達を超える最低野郎の大将が、この地獄を吹き飛ばそうと必死になっていた。

 

彼らは整列して命令を待った。

 

後ろから蹄の音が聞こえてきて、一匹の馬が騎手を乗せて歩いてきた。

 

だが彼らは不思議に思った、彼らの前に馬を立てた騎士が誰か分からなかったのだ。

 

リヨネース卿にしてはあまりにも背格好が低いし、何より体つきは男だった。

 

タナトス卿にしては鎧はブレトニア式のそれであって、彼の東洋系のデザインが採用された鎧では無いし、そもそも全身金色では無いのだ。

 

バストンヌ卿にしては、少し若い感じ(彼もまだ二十代だが)がするし、銃士隊隊長の彼がこんなに全身を重装の鎧で身につける事はない。

 

では誰なのだ…?

 

その騎士はヘルムを脱ぐと素顔を晒した。

 

将兵は顔を見ると直ぐに跪いた。

 

タジムニウスであった。

 

この日の為に新たに作らせた鎧を着込んでいたのだ。

 

そして将兵達は理解した。

 

タジムニウス王自ら今宵の戦の最前線に立つと言う事を。

 

そして先ず騎士達から青ざめ、その次に兵士達が青ざめた。

 

将兵達の皆んなしてタジムニウスを止めた。

 

何も彼が最前線で指揮を執るのは初めてでは無いし、彼が先頭に立つ事でブレトニアの将兵達が尋常では力を出す事が出来るのは全員が承知していた、だが今回、繰り返す様だが大戦である。

 

ブレトニアを統一した戦いとは大違いなのだ。

 

それこそ乱戦で戦う兵士の数が極端に増えるという事は討死の可能性は何倍にも跳ね上がるのだ…。

 

タジムニウス

『皆の者、聞いてくれ。』

 

タジムニウスは穏やかな表情と声で話し掛けた。

 

タジムニウス

『今日の戦で敵の絡繰りを破ってしまわねば、確実に負けるのは我々なのだ。

 

そして私はこの絡繰りを破る方法を考えついたが賭けに近い方法なのだ。

 

だからこそ私がいなければならない、賭けに勝とうが負けようが、私がそこに居なければならないのだ…。』

 

兵達はタジムニウスから静かな炎が灯っているのを感じた。

 

彼が冷静さという殻の中に勇気と熱意を込めてある事がこの場にいる全員が理解した。

 

タジムニウス

『賭け金は正しく君らの命だ。

 

私は傲慢にも諸君らの生殺与奪を賭け金にした、だが私は無責任ではない。

 

私の直属軍三万の将兵よ、これより直属軍は三万と一人だ。

 

その賭け金に我が命も賭ける。

 

皆、死ぬときは一緒だ、そして生きて帰る時も一緒だ。』

 

タジムニウスは馬を後ろ足だけで立たせ、馬が嘶くと同時にライオン・ハートを抜刀すると天に高々と掲げて叫んだ。

 

タジムニウス

『我と共に討死する気のある覚悟のある勇者は居らぬか?』

 

前線中央三万人が全員得物を同じ様に掲げ叫んだ‼︎

 

その鬨の声は天地を揺るがした。

 

左右に陣取るカムイやバストンヌ公アルベルトはレパンが昨日の復讐戦を挑む為に士気を上げているのだと思った。

 

カムイはレパンに祝福の辞を述べると伝令に伝えると伝令が中央に向かって行った。

 

そして帰ってくると本当に驚いたと言わんばかりの顔をしていた。

 

伝令はカムイに前列中央の軍はリヨネース軍では無く、クーロンヌ軍、つまり王陛下の直属軍で、しかも王陛下も本陣ではなく兵達と共に最前列にいらっしゃる(当のリヨネース軍は第二線に交代している。)と伝えた物だからカムイは慌てて中央を見た。

 

その時は軍旗は上がっていなかったが、確かにクーロンヌ公爵旗は上がり、そして例の獅子と麒麟の本陣旗まで上がっているのだ。

 

そして伝令は、諸将この事に関しては一切の口出しを禁ずると王命を賜っていると付け加えた。

 

カムイは深い溜息をついたが、ある意味一種の諦めを示す微笑を浮かべると次の命令があるまで待機せよと自身の軍に伝えるのだった。

 

日が完全に姿を表した頃、朝靄が少しづつ晴れてくる時間になって角笛が鳴り響いた。

 

中央前進の角笛である。

 

まるで中央前列三万の軍が一つの機械のように歩調を乱す事なく歩いてゆく。

 

それを支援する為に銃兵と弓兵が弾幕を張る。

 

そして選帝諸侯軍も撃ち返す。

 

カムイは王は直ぐに得意の魚鱗の陣を布いて一挙に中央を穿つと考えた。

 

カルカソンヌ公ジャンは敵にこちらが無策で進撃しているように見せかけ、突撃してきたところを鶴翼に開き迎え撃つと考えた。

 

そして賢人共々本陣に残りある大事な仕事を託されたアルフィノは出発の直前にタジムニウスがやろうとしている事を半信半疑で見守っていた。

 

そして敵味方の諸将は目を疑う事態が今起きた。

 

カムイ

『本当にそのままぶつかった…だとっ⁉︎』

 

なんと中央三万の兵達はそのまま白兵戦を展開し、最前列は一気に血に染まった。

 

両軍の最前列を構成する重装歩兵の怒号が響き、各軍にも様子を伝える伝令と通信がひっきりなしに入ってきた。

 

カルカソンヌ公ジャン

『馬鹿な‼︎

 

あのような戦い方をすればどんなに有能な将でも負ける…悪戯に兵を殺すつもりですか陛下⁉︎』

 

直ぐに陛下の元に早馬を…と言い掛けたが前線の様子を見たジャンは口をつぐんだ。

 

敵も味方も殺し殺され倒れる。

 

だがそれは互角だったのだ。

 

初日の戦いはブレトニア勢が渾身の力で突撃しても全て跳ね除けられ損害らしい損害を与えられなかったが…。

 

カムイ

『なんだか分からぬが今は互角。』

 

その頃敵陣では感嘆の声を挙げるものがいた。

 

ボリス

『ほう…我が絡繰を破るとはあの馬追の小僧もやるではないか。

 

だがならばこちらが陣や策を用いるまで、騎兵を二千騎ずつ左右に展開‼︎

 

敵の中央に肉薄しろ‼︎』

 

タジム

『騎兵が来るぞ、本陣に信号‼︎

 

敵、両翼ニ、騎兵二千騎ズツ、来タレリ。

 

送れ‼︎』

 

タジムニウスの直ぐ後ろに控えたスチームタンクの砲塔から車長が発光信号を送った。

 

そして受け取ったアルフィノは下知を飛ばす。

 

アルフィノ

『同数の騎兵を敵騎兵の阻止に当てる‼︎

 

敵騎兵団中央に向かって直進させろ‼︎

 

王陛下に通信を送れ、歩兵三千をここから送るのでそちらでの対処の際に使われたしと。』

 

アルフィノの役目は自身と同じ様に戦場の空気を読み取り指示や戦いが出来る将だと見抜いたタジムニウスに代わり、本陣で援軍を的確に送り、敵の行動を封殺することだった。

 

アルフィノに軍師、将としての経験を積ませようと言うタジムニウスの思惑でもあるが、前線で同じ事をしながら本陣にまで下知を飛ばすのは流石にタジムニウスにも無理があったのだ。

 

そこで本陣と前線の双方で敵の動きを読む将が相手をすれば、タイムラグも殆どなく戦えると睨んだのだ。

 

こうして立場は逆転した。

 

選帝諸侯軍はブレトニア軍に対して行った攻撃は前線、本陣で指揮を取る両名の采配で悉く封殺され、むしろ各所で劣勢となりつつあった。

 

そもそもこの戦術の絡繰はこういうものである。

 

軍勢を率いる将とは大きく分けて二つの人種が有る。

 

戦場の空気や敵兵の表情などを読んで、強い勘と本能のまま戦う将と様々な知識や過去の戦いの情報、地理、自然を頼りに戦う知略の将である。

 

本能を頼りにする将は人間が手を握る時に肩や腕が僅かに動く様に、軍勢が行動を起こす時にできる僅かな動きを読んで戦う事ができ、タジムニウスはまさにそのタイプであるがボリス・ドートブリンガーはその逆で知略の将なのだが、彼の帝国時代の主敵はかのヴァリス・ゾス・ガルヴァス(ガレマール帝国二代皇帝、先日皇太子ゼノス・イェー・ガルヴァスに暗殺される)であり、彼もまた本能型の将であった。

 

彼は本能型の将が自身の行動を起こす時に生じる僅かな動きを読んでいる事を理解し、それを徹底的に研究し、知略型でありながら本能型の将の様な戦い方ができる様にしたのだ。

 

だから初日の戦いにブレトニア勢の行動は全て弾き返されたのは一つ一つの行動に出来る動きを読まれたからであった。

 

なら敵の動きに合わせて戦うのなら、何もしなければどうなるか?

 

本能も知略も関係無い何も意図していない単調な動き。

 

これだけは読もうとしてもいわば白紙の紙なので読めるわけが無いのだ。

 

だからお互い何も出来ず、ましてや実力の拮抗がすれば互角の戦いになる事は容易に想像が出来た。

 

選帝諸侯軍は初戦の投射戦力と対騎兵用の長槍部隊など特化戦力の損害が回復しておらず、乱戦の損耗は少しずつ戦線の瓦解に繋がっていった。

 

ここまで粛々と指示を飛ばしていたボリスも流石に声を上げ全軍を下げ、乱戦を解かせるべく指示を飛ばし、帝国から接収した魔導アーマーを殿にして後退を開始した。

 

だがみすみす後退させるタジムニウスでは無かった。

 

タジム

『今だ‼︎

 

両翼急速前進敵両翼に騎兵を先頭に追撃‼︎

 

中央軍は散開しろ!

 

アーノルド卿は右翼側に展開しろ!』

 

騎士

『はっ‼︎』

 

タジム

『オルベリック卿は左翼だ。

 

私とペリザース卿は中央に止まり、全軍の基準になるぞ‼︎』

 

騎士

『はっ‼︎』

 

騎士

『御意‼︎』

 

右翼軍先鋒

カムイ軍……

 

カムイ

『さぁ命令が来たぞ!

 

騎士団と騎兵は私に続け‼︎』

 

将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎』

 

左翼軍先鋒

バストンヌ軍……

 

バストンヌ公アルベルト

『行くぞ銃士隊‼︎

 

騎乗射撃で敵を減らすぞ‼︎

 

軽騎兵隊はサーベル持ってついてこい‼︎‼︎』

 

将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎』

 

そこからはブレトニア騎馬軍団の面目躍如であった。

 

立ち塞がる敵、逃げる敵に容赦なくランスと白刃、そして鉛玉と蹄鉄を食らわせていった。

 

敵は突撃は止められず、第三陣まで突き抜ける事に成功してしまう始末であった。

 

そしてついにブレトニア最新兵器が今まさに戦場に降り立とうとしていた。

 

騎士

『全員、計器類に異常は無いな?

 

これより俺たちは敵のど真ん中目掛けて突撃する‼︎

 

喜べお前ら、俺たちは今日このクソッタレな戦場で手柄を立てる、成り上がりや下級騎士の家や、その辺の市民の出のクソッタレな俺達にはお誂え向きの戦場だ‼︎

 

楽しいパーティーだからって油断すんじゃねぇぞ‼︎

 

コイツはどんな魔導アーマーをより速い、だがその分装甲は紙も同然だ。

 

砲弾は勿論機関銃の弾にも当たんじゃねえぞ‼︎

 

生きて帰ってきた奴には女の味を教えてやる分かったか‼︎』

 

兵士達

『了解‼︎』

 

騎士

『行くぞ、俺たちは死なねぇ‼︎』

 

兵士達

『俺達は死なねえ‼︎』

 

ブレトニア新型人型魔導アーマー…Armored knight(以後AK)六十機がキュイイイイイインという独特な走行音を出しながら疾走する。

 

片手には重機関銃とランスを合体させたAK用ガンランス、片手には小型のシールド、指揮官機は剣を佩いて、この戦役では今後全てのブレトニアAKの標準装備しか装備しかしていないが、充分であった。

 

その頃、流石に第四陣は抜けず、温存していた敵騎兵からの手痛い反撃と到着した歩兵団に絡まれ騎兵軍団は白兵戦の真っ最中であった。

 

騎兵対騎兵なら兎も角、騎兵対歩兵の白兵戦など、槍を装備した歩兵に騎兵は部が悪く、それは騎士であってもそうであった。

 

後退しようにも主力の歩兵団の到着までまだ時間が掛かる状況であった。

 

カムイは馬上で刀を振り回しながら脱出の機会を窺っていた。

 

カムイ

『ええい、まとわり付きおって…。

 

雑兵どもめがッ‼︎』

 

騎士

『崩壊した第三陣にいた敵兵が士気を取り戻して立ち向かってきている様です閣下!』

 

兵士

『このままではいくら我等といえど!』

 

その時カムイの元に通信が入った。

 

通信兵

『前線に展開中の各部隊に通達‼︎

 

新兵器AKが戦線に到着した。

 

繰り返す新兵器AKが戦線に到着した、各部隊進撃に備えろ。』

 

兵士

『進撃しろだって⁉︎

 

歩兵もいないからこっちは包囲殲滅の危機に有るってのに‼︎』

 

騎士

『来たぞ‼︎』

 

鉄の人形が土煙を上げながら疾走する。

 

敵は砲火を向ける。

 

しかし鉄の人形はその場で急ターンして避ける。

 

今日迄の魔導アーマーではあり得ない機動であった。

 

だが今はもう違う。

 

人型には人型だとコロッサスを差し向けるがその大剣に持っていかれる前に鉄の人形は避けて槍を突き入れる。

 

そして機銃を撃ち込むと槍を引き抜き、敵の爆散を見届けて別の目標に襲い掛かる。

 

騎兵を取り囲む歩兵を蹴散らし更に前に進む。

 

だが、機関銃掃射や砲撃の雨の中を突き進むのは至難の技であり、AK隊の中から遂に犠牲者もで始める。

 

ボディを貫くと同時に弾ける鉄のドラムの音と断末魔が聞こえ、最後は爆散するか、火に焼けて苦しみ悶える叫び声が聞こえ始め、敵も新兵器が速さと火力を追求した結果装甲が薄いと言う事に勘づき始め攻撃を集中してきた。

 

そしてそれを支援すべく歩兵も上がり、暫くすると元の歩兵、騎兵、そして魔導アーマーが入り乱れる乱戦に戻っていった。一進一退の接戦は結局夕暮れ時まで続き、選帝諸侯軍が本陣の後退完了の報せが届くと同時に後退しこの日の戦は幕を閉じた。

 

戦術的な勝利を手にしたのはブレトニア側ではあったが、戦略的に不利なのは変わらずこのままいけば戦略的な敗北は必須であった。

 

逆転するには敵将ボリス・ドートブリンガー4世を討ち取るしか無かった。

 

もしくは引き分けに持ち込むしかないがその為にはブレトニア側に敵と同等の戦力と回復能力が無ければならないがその両方を欠如していた。

 

タジム

『このままでは遅かれ早かれ敗北するのは我々だ。

 

大いに出血を強いたが敵はまだよろめく事なく立っている。

 

恐らく敵はまだ予備兵力を隠し持っている。

 

そしてバットランドの狂信者共が姿を見せていない、それだけでも敵は未だ力を残しているということになる。』

 

諸将は頭を悩ました。

 

無理も無かった。

 

もうこの時点で死力を尽くし切っていると言っても過言では無かった。

 

その時、平静とした表情を浮かべたカタリナが無言で陣に入ってきて自身の席に着席した。

 

諸将はこの女商人にして女将軍に視線を送ったが彼女は目を閉じてただ黙っている。

 

そんな彼女を見たタジムニウスも何も言わずに林檎を齧り出した。

 

諸将は悟った。

 

時が来るのを信じて待つしか無いと。

 

______________________

選帝諸侯軍 デイッターズ・ランド軍

 

その頃選帝諸侯軍の中央を担うデイッターズ・ランド軍の本陣は荒れていた。

 

暫定的に指揮官代行を務めるワルドー伯が息巻いていた。

 

ワルドー伯

『言ったよね⁉︎

 

敵は古臭い軍隊のまんまだからこっちが後退なんかする事ないって‼︎』

 

取り巻きの貴族

『は、はい。

 

しかし敵は新兵器を始め我が方にも劣らぬ兵器群を展開し、騎士は兎も角農民の寄せ集めでしか無い歩兵が思った以上に奮戦しており…。』

 

ワルドー伯

『そういう事を聞いてるんじゃ無いんだよ。

 

なんで僕ちゃん達があんな卑しい奴らに負けてるのかって事さ。

 

貴族が農民に負けるなんて天地がひっくり返るのと同じ位あり得ない事なんだよ。

 

それがよりにもよってあの連中、こっちの重装歩兵団を突破して、危うく僕ちゃんのオデコにまで槍を突き出してきた。

 

僕が誰だか分かってないんだよ!

 

僕はワルドー伯、ドートブリンガー閣下からデイッターズ・ランド公の称号を貰う誉高き貴族だよ。

 

それが片田舎の貴族や農民に負けるなんて有っちゃいけないんだよ‼︎』

 

ワルドー伯は辺りの物に当たり散らし、女召使い達は怯えた声をあげる。

 

ワルドー伯

『ねぇ、お前僕ちゃんの家来だろ?

 

今日あの中央で指揮をとった訳の分かんない騎士を討ち取ってこいよ。

 

それが出来なきゃお前の一族に全員爆薬抱えさせて突っ込ませるから。』

 

などと言っている声が聞こえる天幕を不快な顔をして見ていた男がいた。

 

この若いミコッテ族の男こそレマーであった。

 

レマー

『ハァ、あんなアホ坊の為に戦わねばならんとはな。

 

世の中末だな。』

 

兵士

『兵達の中には敵に投降しようと考える者も出てきております。

 

元々我らは皇帝陛下を害したボリス・ドートブリンガーに従う気のない者が大半です。

 

それをあんな帝国貴族の名折れのような男を奴が連れてきてしまったが為に…。』

 

レマー

『それ以上言うな…我々は軍人だ。

 

命令には従わねばな…。

 

あんな奴でもな。』

 

そう言いながらレマーは天幕に戻っていったがその手前で見張りの兵士に呼び止められた。

 

兵士

『将軍の故郷からの使いの者が来ております。

 

なんでも御身内に関わるとかで、天幕で待つと。』

 

レマー

『はて…?

 

分かった、外してくれ。』

 

レマーが天幕に入るとそこには黒衣を身につけた男がいた。

 

使者

『レマー将軍でいらっしゃいますね?』

 

レマー

『そうだ、卿は何者か。』

 

使者

『その前にこちらを。』

 

レマー

『この手紙は…デイッターズ・ランド公の遺書⁉︎

 

発見されていないと聞いていたが…それにこの金は…30エキュも有るじゃないか⁉︎

 

これは一体…?』

 

使者

『我が主人、マリエンブルク公はデイッターズ・ランド公と懇意にしておりました。

 

それ故に公が亡くなられたと聞くやあまりにも急だったので妙な不信感を抱かれ我らを使わしました。

 

そして公とご嫡男の葬儀中で誰も居ないはずの館に不審な人物が現れ、公の書斎よりそれを持ち出そうと致しましたので私どもが奪還、回収を…。』

 

レマー

『何者かがこの遺書を処分しようとしたと言うのか、してその証拠は。

 

確証がない上、今卿の主人とは敵対する身だ。

 

それ相応の者を示していただきたいが?』

 

すると使者は一本の剣を差し出した。

 

それには柄の先に赤い宝石が入っていた。

 

使者

『そちらの宝石を灯りに近づけて下さい。

 

さすれば証拠が現れるでしょう。』

 

レマーがその様にすると宝石の中にワルドー伯の紋章が現れた。

 

レマー

『ワルドー伯の紋章…‼︎

 

では本当に‼︎』

 

使者

『公が最期にお食べになっていた牡蠣もミドンランドで水揚げされ、ワルドー伯の領地を通って届けられております。

 

公の館に向かう食料馬車が他の馬車より少し遅れてからワルドー伯の領地から出て行ったと証言も取っております。』

 

レマー

『おのれ…!

 

私は卿の主人に感謝しなければならぬな。

 

何を以って報いたら良い?

 

まぁ、察しはつくが。』

 

使者

『我が主人と主人の主人となられた方、その方が30エキュを奥方にと私に託されたのですが、戦場で報いて欲しいと申し上げておりました。』

 

レマー

『明日か?』

 

使者

『恐らく、合図は分かると。』

 

レマー

『承知した。

 

それで卿は如何にしてここを出るつもりだ?』

 

使者

『いえ、まだ仕事が残っております。

 

主人はその時が来たら将軍をお助けせよと私に申しましたので。』

 

レマー

『助けか、期待しても良いのか。』

 

使者

『お任せを…それでは。』

 

使者は首を下げると天幕を出ていった。

 

レマーは一人になると椅子に沈み込む様に座り込んだ。

 

大きな決断をせねばならないという事とこの悍ましい顛末を知った事で急な怒りを催した事からの疲労であったが、頭だけは働かせていた。

 

レマー

(私が行動を起こせばこの軍の八割は付いてくるだろう。

 

だがそれだけでは形勢はひっくり返らん、私と同じ様に調略している者が居るのか…?

 

三十を前にして部の悪い賭けをしたという事にならなければ良いが…。)

______________________

その頃…。

 

共に飲まないかとノルドランド公アウグスト・フォン・ブラードフィッシュに呼ばれたソルランド公及び帝国魔法学院主席魔導師のオットー・フォン・ゲルトの二人が天幕で酒盛りをしていた。

 

話題は30にもなっていつまで経っても嫁を取らんのかとノルドランド公アウグストに揶揄われているソルランド公オットーが笑いながら魔導学院の仕事が忙しいと笑って誤魔化しているが、二人は別の手段で本題を話していた。

 

それは机に文字を書いてそれを互いに読み合うという物であった。

 

幸い天幕の中に彼ら二人しかいない、つまり気をつけるべきは声だけなのだ。

 

ノルドランド公アウグスト

(デイッターズ・ランド公の調略は上手くいくとは思えんが、何をするつもりなのだろうなマリエンブルク公は。)

 

ソルランド公オットー

(仮に調略出来たとしても役には立ちますまい。

 

恐らく調略しようとしているのは遠い血縁でもあり、兵たちからの人望篤きレマー将軍かと。)

 

ノルドランド公アウグスト

(レマーか、彼は良い若者だ。

 

彼の様な義心溢れるものが仲間に加わってくれれば陛下もさぞ御喜びになられよう。)

 

ソルランド公オットー

(されど手放しには喜べませぬ、我らが寝返り、いや表返る為には些か邪魔者が多い、そちらは陛下にどうにかしてもらわねば。)

 

ノルドランド公アウグスト

(仮に我らが表返ったとしてもドートブリンガーは予備兵力を呼び寄せた。

 

数の上の劣勢はもう覆らぬぞ。)

 

ソルランド公オットー

(その為に…彼奴等選帝侯を最低は三名片付けねば…我らが表返る為に二名、出来ればもう一人、いや二人。)

 

ノルドランド公アウグスト

(少なくとも二人、多くても四人もその日に将を討たねばならぬか。

 

これは骨が折れるぞ。)

 

ソルランド公オットー

(敵の援軍が合流してそのまま戦うにしろ、敵を退かせるにしろ、やはりそれだけは倒しませんと。

 

欲を言えばドートブリンガーを討ち取れれば簡単なのですがね。)

 

ノルドランド公アウグスト

(奴も元は名の知れた戦士だ、生半可な騎士や兵達では太刀打ち出来ん。

 

我らとて奴に勝てるかどうか。)

 

ソルランド公オットー

(それにあの騎士もおります。

 

聞けば武勇も軍略も将軍級に匹敵するとか。)

 

ノルドランド公アウグスト

(厳しい戦いになりそうだな。)

 

尚、この間指文字で会話している間に口ではひたすらソルランド公オットーの縁談話が繰り広げられていた。

 

翌日、朝靄の中から獅子の軍旗が高らかと掲げられた。

 

ここに至り、ブレトニア勢は敵中突破に活路を見出したのである。

 

それに合わせて陣形の再編が行われ、精鋭騎兵軍団を基点に魚鱗隊形に軍を組み直していた。

 

その間簡易的な塹壕の中にいた散兵達は軽い朝食を摂っていた。

 

食事の間の会話はとある噂話であった。

 

兵士

『なぁ、気がついたか?』

 

兵士

『何が?』

 

兵士

『第212ライフル散兵隊、つまりアルトワ・レンジャーズを始めとした精鋭散兵部隊が前線から消えてるんだよ。』

 

兵士

『212の連中なら行軍中はアルトワ公の本陣の護衛していたけどな、他の連中も同じ様に。』

 

兵士

『本陣警護で居ないだけじゃないか?』

 

兵士

『いや、だがそれは徒歩騎士団の騎士様達が担当する事だろう?

 

実際他の部隊の連中でも噂になってるんだ。』

 

兵士

『じゃあ、あいつらは今どこに…?』

 

兵士達が噂話に興じている間、中央突破の陣頭指揮を執ろうとするタジムニウスを臣下及び賢人全員で止めようとしていた。

 

アルフィノ

『正気か⁉︎

 

貴方が前線で戦ってもし討ち取られる様な事にでもなれば元も子もないのだぞ‼︎』

 

カルカソンヌ公ジャン

『ルヴェユール殿の言う通りです、陛下どうかおやめ下さい。』

 

タジムニウス

『いや、私は騎士と兵達と共に行く。

 

これは決定事項だ。』

 

レパン

『なぜ御身自ら前線に立たれます⁉︎

 

陛下はもはや我らブレトニア、いや我が帝国そのものと言っても過言ではありません‼︎

 

その陛下が討たれれば、もはや帝国再興は叶いませぬ‼︎』

 

タジムニウス

『リヨネース卿、ならば卿は何故兵達の前で戦う?

 

アルフィノ、君は何故エオルゼアの為に戦う?』

 

質問を質問で返された二人は面食らって黙ってしまった。

 

タジムニウス

『私はブレトニア王国国王だ。

 

民草は、兵達は、そして騎士達は私を信じて後ろをついてくる、それを知ってて何故彼らの背に隠れる事が出来ようか、何を以ってブレトニア騎士の功徳を示せようか、何を以って我が理想を語れようか、何を以ってエオルゼアの英雄を名乗れようか、何を以って民草を導けようか‼︎』

 

タジムニウスは更に続けた、今の彼は正しく勇気のみで立っている存在と化していた。

 

だがその言葉は重く諸将に突き刺さる。

 

タジムニウス

『諸君に問う、我が父王陛下は25年前の敗北の折、迫り来る敵軍に背を向けたか?

 

カール・フランツ大帝はかの『ブラックバスの戦い』(北方の諸民族の聯合軍に対してカール・フランツが自ら陣頭指揮を執って戦った昔の大戦)で兵達の背後より指揮を執ったか?

 

ルーエン・レオンクール王は夷狄に国土を侵された時我先に逃げおおせたか?

 

ジル・ル・ブレトンは迫り来る混沌に屈したか?

 

大神シグマーは何を以って我らに道をお示し遊ばされたか?』

 

諸将と賢人達はもはや何も言えない始末であった。

 

タジムニウス

『答えは否であろう‼︎

 

我らの先達はここぞと言うときに自ら戦闘に立ち、困難に立ち向かった。

 

今の我らはまさに窮地だ、兵や騎士達はもうこれ以上は戦えん。

 

だが今私が先頭に立ち、敵に対して不屈の姿勢をしめさば必ずや皆は付いてくる、息を吹き返す‼︎

 

敵の今日迄の余裕は圧倒的な物量差に他ならぬ、だがそれは虚飾の存在でしかない事を今ここで示さねば我らが勝つ事はもう二度とない!

 

それでもまだ余の答えに不満を持つなら、タナトス卿、リヨネース卿、カルカソンヌ卿‼︎』

 

指名された三人は姿勢を正す。

 

タジムニウス

『卿ら三名、それぞれの騎兵、及び近衛騎士団を率いて余と共にあれ!

 

私は決して退かぬ、ならば卿らが王に忠誠を誓う騎士の総長足るならば余に刃を向ける身の程知らず共を全て退けてみせよ‼︎』

 

カムイ

『はっ‼︎』

レパン

『はっ‼︎』

ジャン

『はっ‼︎』

 

タジムニウスの檄に三名は応える。

 

そのまま王はバストンヌ公とアルトワ公、アルフィノ達、暁の友達に顔を向け同じ様に檄を飛ばす。

 

タジムニウス

『バストンヌ公、アルトワ公、それと皆。

 

君達は俺たちが中央で暴れ回っているうちに左翼のナルン公の首を取ってくれ。』

 

アリゼー

『私たちが敵将の首を…?』

 

タジムニウス

『言ったろう?

 

思いっきり働いて貰うって、それにアルベルト隊長やアルトワ公だけでナルンランド公をたおすのは流石に無理だ。

 

白兵戦となれば君らの方が頼りになる。

 

君たちは戦士として一級品だ、だからこそお願いする。

 

君達の信じる物の強さを俺に示してくれ。』

 

言葉の意味を理解した賢人達は二つ返事で答えた。

 

バストンヌ公アルベルトとアルトワ公サイラスは佩いた細剣と剣を引き抜き刀剣礼で王に誓いを立てた。

 

アルベルト&サイラス

『我が命に賭けて、ご友人方に指一本とも触れさせませぬ。

 

そして敵将を討ち取って参ります。』

 

タジムニウス

『頼むぞ、アルベルト卿の、いや銃士達のモットーである

『誠実にして強き』その言葉は偽り無しと世に知らしめよ。』

 

アルベルト

『はっ‼︎』

 

タジムニウス

『サイラス卿、永らく王国領土防衛を担う一流の騎士としての卿の働き振りをもう一度頼らせてもらうぞ。』

 

サイラス

『はっ‼︎』

 

タジムニウスは最後に残ったカタリナ、アイアンロック公、アレクサンデル、そしてシドに振り向いた。

 

タジムニウス

『貴方達四人にはオストランド公の首をお願いしたい。

 

若者達の活路を開くのは年長者の使命…と押し付ける様で悪いが。』

 

カタリナ

『構いません、元よりこの命、25年前のあの日より捨てております。』

 

アイアンロック

『死に損ないの老ぼれドワーフに死に場所を与えてくれるとは…光栄の至ですじゃ‼︎

 

若い者にはまだまだ負けませぬぞ‼︎』

 

アレクサンデル

『亡きボルドロー公に代わり必ずや。』

 

シド

『乗りかかった船だ、それに俺はこのブレトニアとライクランドの空を飛んでみたい。

 

それとなタジム』

 

タジムは何ぞやといった顔でシドを見た。

 

シド

『俺はまだ若いぞ?』

 

タジムニウスは微笑するとそれぞれに配置につけと言った瞬間だった。

 

『私を置いてけぼりにするのは感心しませんよタジムニウス。』

 

一同

『セレーネ様⁉︎⁉︎』

 

セレーネ

『今しがた目が覚めました。

 

状況は聞き及んでおります、あなた方が敵に突撃している間後ろを走る兵達の面倒を見る人間が必要でしょう。

 

私が本陣に残ります。』

 

ジャン

『しかし殿下、いえ聖女様はまだ病み上がりの身もしお体に触ったら』

 

と言いかけたところで彼女は杖で地面を強くついた。

 

すると一気に強力なエーテルが噴き出て魔力の風が彼女を覆った。

 

皆、身構えられねば吹き飛ばされていたかも知れない程の強力な魔力の風が吹き荒れた。

 

セレーネ

『微かな声ではありましたがハイデリンは私に初めて語り掛けてくれたのです。

 

今こそ立ち上がり、戦えと。

 

私は女神様の代理人である前に、アルトドルフ家の、先帝ジキスムントの娘です!

 

兵達と、皆さんと共に生死を共にする権利と使命がある筈です‼︎』

 

ジャン

『なんと…一族代々の素質もあるとしてもここまで力を…女神様は何故今になって…。

 

いやそれよりも陛下、今すぐ全軍に聖女様の復活の触れを出しましょう‼︎』

 

タジムニウス

『…その必要は無さそうだな。』

 

そういった瞬間ブレトニア勢で大きな鬨の声が上がり、口々に聖女様万歳の声が上がり続けた。

 

セレーネ

『それと皆様これを。』

 

セレーネがシスター達に持って来させたのは金のゴブレットであった。

 

それは人数分あり、中身は普通の水の様だが金色のエーテルが水から湧き出ていた。

 

そう、それこそ即ち聖水であった。

 

レパン

『聖水⁉︎

 

セレーネ様は完全に泉の聖女としての力を取り戻されたのですか?』

 

セレーネは首を振った。

 

セレーネ

『いいえ、リヨネース卿。

 

私は歴代の聖女様の様に過去も未来も見る事ができなければ古の魔法すら使えません。

 

あくまで使える様になったのは加護だけ、それでも何か出来ることはないかと祈りを込めて作りました。』

 

タジムニウス

『いいえ、これ程良き心付けはございません。』

 

諸将はゴブレットを掲げその水を飲む。

 

同時に兵士達もセレーネが加護を掛けて回った水飲み場からこぞって聖水を飲んだ。

 

アルフィノ

『特に変わったところはない様だけど…。』

 

アリゼー

『でも不思議ね、なんか勇気が湧いてきたわ!』

 

グ・ラハ

『戦いの前だと言うのに何処か心が安らぐ。』

 

ヤ・シュトラ

(これがフェイ・エンチャントレスの魔力…。

 

ハイデリンの代理人となったミンフィリアとは違うけど…なんて強力な魔力。

 

何故ハイデリンはここまで彼らに力を与えたのかしら。)

 

セレーネ

『勇気と知恵の祈りを込めました。

 

聖水の加護がある限り、皆様が進む道を見失うことは無いでしょう。』

 

セレーネは太陽を背にして立ち、優しさに満ち溢れた表情から真剣な表情を浮かべ、声音も威厳に満ち溢れた物して王を呼ぶ。

 

セレーネ

『タジムニウス王、聖杯は今貴方と共にあります。

 

さぁ、女神と御旗に誓いを。』

 

タジムニウス

『御意。

 

皆準備はいいな?』

 

アリゼー

『誓い?』

 

ヤ・シュトラ

『ブレトニアは大事な戦の前に必ず女神、つまりハイデリンとその代理人である聖女フェイ・エンチャントレスとブレトニアの旗に必勝の誓いを立てるのが習わしなの。』

 

タジムニウス

『アリゼー、皆、暁の朋友よ君らが我らの誓いの証人だ。

 

我らが唱え終わったら全将兵が誓いを唱える。

 

唱え終わったらそれが戦の合図だ。』

 

タジムニウスは深呼吸をするとクーロンヌの剣を引き抜き誓いを唱える。

 

タジムニウス

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

それに続き諸将も続く。

 

カムイ

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

レパン

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

アルベルト

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

ジャン

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

サイラス

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

アレクサンデル

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

カタリナ

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

アイアンロック

『御旗、御身も御照覧あれ‼︎』

 

全将兵

『『『『御旗、御身も御照覧あれ‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

タジムニウスは小声で呟いた。

 

(御旗、御身も御照覧あれ、我らが覚悟を!)



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9話ライクランド平原の戦い後編

ブレトニアの鬨の声を聞きつけた選帝諸侯軍も準備万端で待ち構える準備を整えた。

 

ブレトニア騎士団が並大抵の騎馬戦力ではない事を緒戦で学んだ彼らは槍兵を先頭に剣兵、銃兵、弩兵の順に並べ、中央最前列は全身を鎧で身を包んだ重装槍歩兵で固めた。

 

更に今この場にある魔導アーマーも全ての戦線に再配置し、完全に受け止める形を作った。

 

タジムニウスは全軍の準備が出来た事を確認すると、自身の本陣旗を付けさせたランスを持つと叫んだ。

 

タジムニウス

『いざぁぁぁぁ‼︎』

 

全将兵

『いざぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

 

タジムニウスが拍車を入れ軍馬は走り出す。

 

それと同時に騎士と騎兵達が馬を走らせ、ランスとガンランスを堂々と構えた。

 

整然と並び、ランスを掲げ猛進する騎士達のランスチャージはまさに高名な画家が書くそれと全く同じ光景だったと後に本陣にて聖女を守るシスターがそう回顧録に記したという。

 

敵の阻止射撃と砲撃が雨霰の如く降り注ぐも彼らは怯まない、いや騎士達が怯まずとも元来臆病な馬はそうはいかない筈だった。

 

だが彼らもまた主人達がそうである様に戦う為に育てられた彼らに恐れと言う感情はなかった。

 

そして何より聖水の魔力は銃弾や矢を弾き返し、砲弾の爆風から守ってくれたのだ。

 

だが直に喰らえば肉片に成り果てるのは変わらないのだから当然犠牲者も大勢出た。

 

そしてその砲弾はタジムニウスに目掛けて飛んできた。

 

だがその前にランスと盾を持ったカムイ、レパン、ジャンが馬を立てる。

 

そして彼らは同時に詠唱した。

 

カムイ&レパン&ジャン

『我ら騎士の決意と高徳を盾に乗せて今示さん‼︎

 

ディヴァインズ・ソウル‼︎‼︎』

 

三人の盾から魔法のフィールドが現れ、砲弾は全てそのフィールドに触れ爆発し、誰一人傷を負う者は居なかった。

 

黒煙を切り裂き馬を走らせるタジムニウス、その手に握るランスは敵兵の首を捉えていた。

 

最前列の騎兵達が最前列の敵兵達を捉えた同時に鬨の声が再び上がる。

 

タジムニウス&騎士達

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

気圧された敵兵達は槍の穂先が揃わずもはや槍衾とは言えず、次から次へと逃亡し、遂にはその騎兵の波がぶつかって遙か彼方に肉片として飛ばされた。

 

敵の老若男女が踏み潰され、槍に串刺され、切り刻まれ、叩き潰された。

 

ララフェル族は馬にペシャンコにされ、アウラ族は鱗ごと叩き潰され、ルガディン族はその首を跳ね飛ばされ、ヒューラン族は槍に死体を掲げられた。

 

だがそれと同時に落馬した騎士は強硬状態の敵兵に滅多刺しにされ、馬ごと焼き殺された。

 

そして死ぬ間際に王と聖女に万歳と叫び生き絶え、ただの肉袋と化した。

 

凄惨な殺戮劇は繰り広げている最中、その真横を縫う様に走る二つの中集団が居た。

______________________ナルンランド公急襲部隊

 

アルベルト

『今しかない‼︎

 

敵兵の殆どが今中央に集中している今の内に敵将を討つ‼︎』

 

アルフィノ

『絶対に倒すんだ今ここで‼︎』

 

アルベルト

『行くぞ、銃士隊の諸君‼︎』

 

銃士隊員たち

『応ッ‼︎‼︎』

 

______________________

オストランド公急襲部隊

 

カタリナ

『我が子に恥ずかしない戦いをしなければ。』

 

アイアンロック

『おお、わしもオヴェリウス要塞の方に娘と息子が初陣でしてな。

 

親というのはどうしても子の前で見栄を張りたくなる物ですからな!』

 

シド

『けっ、何処の親も一緒だな‼︎

 

AK隊出るぞ‼︎』

 

AK乗り達

『『『応っ‼︎』』』

______________________

マリエンブルク近郊…中つ運河(クーロンヌの海岸からマリエンブルクや帝都アルトドルフを含むライクランド帝国を北に横断する運河)

 

マリエンブルク沿岸警備兵

『ん?

 

なんだあの船は…。』

 

士官

『あの国旗は…直ぐに本陣に通信を繋げ‼︎』

______________________

ライクランド平原・ブレトニア軍本陣

 

通信兵

『聖女様、マリエンブルクより緊急入電です‼︎』

 

セレーネ

『何事です。』

 

通信兵

『大型輸送艦が数隻、及び護衛の軽武装船十数隻が接近中との事です。』

 

セレーネ

『所属は?

 

敵なのですか、味方なのですか?』

 

通信兵

『電文が届いております、読み上げます。

 

我、貴国ニオイテ、一ノ忠臣ト思ワレル、タジムニウス・レオンクール王ニ、義理立テスベク、参上シタ次第、我、イヤ我ラ、共ニ、獅子ト鷲獅子ノ旗ヲ仰イデ戦エル事、誇リニ思ウ。

 

エオルゼア同盟軍遣アルトドルフ帝国旅団長トウカ・ホークハント准闘将。』

 

セレーネ

『返信を…。

 

我、王に変わり感謝を述べる、我らは貴君らを末代まで誇りに思う、貴君らに女神ハイデリンの御加護があらん事を。ライクランド公女セレーネ・フォン・アルトドルフ。』

 

通信兵

『はっ。』

 

セレーネは最前線で戦う者達を見守りながら心の中で呟いた。

 

セレーネ

(勝機は今正しく我らにあります。

 

これも貴女のお導きなのですかハイデリンよ。)

 

その頃ナルンランド公を討つために左翼から突撃したアルフィノらは敵の精鋭部隊に阻まれていた。

 

中央突破に釣られ敵の大半が中央に殺到したは良いが本陣守護の精鋭だけは未だ公の陣を離れず、僅かな兵だけで奇襲したアルフィノ達を弾き返そうとしていた。

 

ナルンランド騎士

『公爵には指一本とも触れさせんぞ虫けら共‼︎』

 

アリゼー

『なら力づくで退かすまでよ‼︎』

 

ヤ・シュトラ

『退きなさい、火傷じゃ済まないわよ‼︎』

 

ナルンランド騎士

『小娘が粋がりおって‼︎』

 

奇襲部隊と直営騎士団は乱戦を繰り広げる事になり、結果として賢人達は散り散りになってしまった。

 

もうすでに乗っていた馬は死に、彼らは徒歩で戦う事を余儀なくされた。

 

アルフィノ

『あまり時間を掛けてられないというのに…‼︎』

 

焦るアルフィノは自身の真横からルガディン族騎士の斧が迫っている事に気が付かなかった。

 

アリゼー

『アルフィノ‼︎‼︎』

 

アルフィノは妹の叫びでそれに気がついたがもう遅い。

 

自身の死を覚悟した刹那…

 

斧は宙で砕け、騎士は胴と脚を切断され倒れる。

 

目の前に立つのは蒼い髪のミコッテ族の青年、腰に刀を佩き、他の騎士を威圧する様に上段に構えていた。

 

?

『さぁ、アルフィノ様立ってください。

 

ここは俺が食い止めます!』

 

アルフィノ

『君は…⁉︎

 

そうか君達が来てくれたのか。

 

後は任せても良いかい、アイリス・ティアドロップ。』

 

アイリス

『承知。』

 

アルフィノは賢人らを集めナルンランド公目掛けて走り出す。

 

だがアルトワ公サイラスは脚を止め、振り返った。

 

アルベルト

『アルトワ公、何故立ち止まります⁉︎

 

急がねば、陛下達が‼︎』

 

サイラス

『だからこそだ、卿は賢人方を守り、先を急げ‼︎』

 

アルベルト

『先生(サイラスはアルベルトの師)‼︎』

 

サイラス

『行かぬかアルベルト‼︎

 

陛下を待たせるでない‼︎

 

そして良いか、敵将を討ったら本陣旗は燃やせ、それが合図だ‼︎』

 

アルベルトはその言葉の意味が分かったのか無言で頷くと片手に拳銃、片手に細剣を持ち、賢人達の前を走る。

 

アルベルト

『皆さま、参りましょう。

 

ナルンランド公など我らの敵ではありません。』

 

ヤ・シュトラ

『いいの…?』

 

アルベルトは少し間を置いて答えた。

 

アルベルト

『我が師程剣の扱いに長けた騎士はおりませぬ。』

 

ナルンランド公直属の騎士団の前に立ち塞がったアイリスとサイラス、そして彼にずっと付き従ってきた初老の騎士達は追手を睨みつけた。

 

サイラス

『かたじけない、異国の侍よ。

 

この老骨も付き合わせてくれませぬか?』

 

アイリス

『こちらこそ宜しくお願いします、俺はアイリス・ティアドロップと言います。

 

高名な騎士とお見受けします、お名前をお聞かせ下さい。』

 

サイラス

『サイラス・ド・アルトワ、アルトワ公です。』

 

アイリス

『アルトワ卿、共に戦える事を誇りに思います。

 

今宵は貴方の王と我が友の為に‼︎』

 

サイラス

『共に征こうぞ‼︎』

 

アイリス達と騎士達がぶつかったその頃…。

 

右翼戦線でも強力な助っ人が現れていた。

 

オストランド騎士

『あの女を止めろ‼︎』

 

オストランド兵

『無理だ早すぎ…ゴハァ‼︎』

 

オストランド公

『ええい何をしているか⁉︎

 

相手は丸腰の女一人だろう‼︎』

 

?

『あら、丸腰だからって舐めて掛かると痛い目見るわよ。』

 

 

そのピンク色の耳と尻尾の生えたミコッテ族の女闘士は襲い掛かる騎士達を鎧ごと一人残らず倒してしまった。

 

中には首の骨や、全身の骨を折られて息絶えた者もいた。

 

?

『そういう貴方は彼らよりやれるかしら?

 

ルガディン族の貴方がミコッテ族の私に力で勝てない訳無いわよね?』

 

オストランド公

『下郎が…ワシを馬鹿にしおったな‼︎』

 

オストランド公は剣を引き抜き、盾を構え馬を降りた。

 

それと同じ位にカタリナやシド達が到着した。

 

シド

『ん、お前は…ユイコ・フォックスか⁉︎

 

お前がエオルゼアからの援軍だったのか?』

 

ユイコ

『こんにちわ、ガーロンド博士。

 

積もる話も有るでしょうけど、向こうの男の人を待たせているの。

 

貴方達も彼に用が有るのでしょうけれど、先に私が済まさせても良いかしら?』

 

カタリナや途中から妻の元へ合流したフーセネガーは一瞬態度を硬直したが、シドが心配ないと合図したのでこのピンク色のミコッテの女性を信じると頷いた。

 

アイアンロックとアレクサンドルはこの異国の戦士が拳だけでフルプレートの騎士を打ち倒した事を信じられずにいた。

 

ユイコとオストランド公はガントレットと剣をぶつけ合う。数合から数十合ぶつかるも片やエオルゼアでも指折りの格闘士、片やライクランド帝国貴族達を束ねる選帝侯の一翼。

 

武の頂点に立つ者達の戦いは激しさを増した。

 

だがその戦いに水を差すべく現れたオストランド軍将兵達が殺到した。

 

オストランド兵

『公爵閣下をお守りしろ‼︎』

 

オストランド騎士

『反逆者共を殺せ‼︎』

 

カタリナ

『増援⁉︎

 

皆迎撃を、あの格闘家殿に近づけてはなりません‼︎』

 

然し、多勢に無勢とはこの事であり、いくら熟練の戦士達といえど雑兵に圧されてはどうしようもなく、シドも自分用にカスタマイズし、此処に至るまで大立ち回りを披露したAKを失って銃とスパナだけで戦っている状態だった。

 

そして何人かの兵がユイコに迫った。

 

シド

『しまった⁉︎

 

フォックス気をつけろ敵が行ったぞ‼︎』

 

ユイコは迫り来る敵兵を打ちのめすが兵達の背後から同時に迫るオストランド公と騎士達には対応が出来なかった。

 

だが彼らの凶刃がこのミコッテ族の女を傷つけることは無かった。

 

騎士達は断末魔を挙げて倒れる。

 

そしてそこからひっきりなしに銃声が聞こえ、鉛の弾が飛んできた。

 

何と飛んできた方向は中津運河に沿って出来ている森から出会った。

 

だがそこは敵地であったはずだった。

 

然し、タジムニウスはその認識を覆させたのだ。

 

アルトワ・レンジャーを始めとした精鋭散兵部隊を伏兵としてこの為に迂回させて、虎の子のヘルブラスター9連装砲を分解させて隊員達に持たせ、渡河、配置を成功させたのだ。

 

これを成功させた兵達の勇気と気力は尋常では無かったが、彼らはそもそも元は獲物を狩ることに全力を注ぐ狩人で有り、獲物を担いで遠路を歩く事も日常茶飯事の彼らにとっては朝飯前だったのだ。

 

思いがけない伏兵にオストランド本陣は壊滅的被害を被った。

 

とりわけ数門のヘルブラスター9連装砲の砲撃は効いた。

 

やっと邪魔がいなくなったユイコは型を構え直す。

 

ユイコ

『次で終わらせましょう、時間を掛けるのは無駄でしか無いわ。』

 

オストランド公

『何処までもおちょくりおって女‼︎』

 

オストランド公は雄叫びを上げながら剣を振り上げ迫るが、何とユイコはその場で両手を広げ跪いたのだ。

 

剣がユイコを斬りつけるかと思いきや、何とユイコは剣を振り下ろす敵の手を受け止めてしまった。

 

そしてそこから剣を奪い去ると、その場で跳躍し高く跳び上がりそこから踵落としを喰らわせ、オストランド公のヘルム諸共頭蓋骨を粉砕してしまった。

 

そしてその衝撃は凄まじかったのか頭部は破裂し飛び散り、ユイコに幾らか掛かった。

 

ドッと倒れる死体からユイコは鞘を取り去ると奪った剣を鞘に収めた。

 

ユイコ

『きっとこれはタジムニウスにとって必要になるでしょうね。

 

選帝侯、強かったけどその傲慢さが仇になったわね。』

 

少し時を戻して反対の左翼戦線では賢人達とアルベルトがナルンランド公とその精鋭騎士団と戦闘を繰り広げていた。

 

ナルンランド公自体は大した事ない…だがそれを守る近衛騎士達はボリス・ドートブリンガー生え抜きの連中であり、これらを突破するのは至難の業だった。

 

ナルンランド公

『フハハハハ、馬追共が‼︎

 

貴様ら農民崩れがワシに敵うと思うたか‼︎』

 

アルベルト

『黙れ、裏切り者‼︎‼︎

 

貴様のような俗物が居るから我が帝国はこうなったのだ‼︎‼︎』

 

然し、アルベルトはその自慢の剣技も銃の腕も嘲笑う宿敵に見せつけることは出来なかった。

 

敵兵に守られたナルンランド公を仕留めるにはあまりにも距離が離れていた。

 

すると、ヤ・シュトラが地面に杖を突き刺し、魔力を溜め出した。

 

ヤ・シュトラ

『アルフィノ様、少し時間を稼いで貰えないかしら?

 

あの男をやっつける方法を思いついたから邪魔してほしくないの?』

 

アルフィノ

『…分かった。

 

グ・ラハ・ティア、君はヤ・シュトラを守ってあげてくれ‼︎』

 

グ・ラハ

『ああ‼︎』

 

アルフィノ

『アリゼーとバストンヌ公は私と共に迫る敵兵を食い止めます。』

 

アリゼー

『分かったわ‼︎』

 

アルベルト

『承知、行くぞ銃士隊‼︎』

 

銃士隊一同

『『応ッ‼︎‼︎』』

 

皆がヤ・シュトラを囲むように円陣を組む。

 

するとアルベルトはアリゼーを呼んだ。

 

アルベルト

『アリゼー殿、これを‼︎』

 

アリゼーはアルベルトから投げ渡された物を受け取るとそれは彼の細剣だった。

 

アルベルト

『今は貴女の元にあった方が良かろう。

 

その剣は赤魔導士の力を高めてくれる加護が付いている。』

 

アリゼー

『でも貴方はどうするのよ⁉︎』

 

するとアルベルトはフッと微笑すると腰にぶら下げていた2丁の拳銃をガンスピンを披露しながら取り出した。

 

アルベルト

『私は銃士ですよ?』

 

アリゼーも微笑を浮かべると二人は二振りの剣、2丁の拳銃を構える。

 

ナルンランド公

『奴らの最後の足掻きだ、奴らを押し殺せ‼︎

 

だがあのミコッテ族の女とエレゼン族の娘は殺すな身ぐるみ剥いで我が元に連れてこい‼︎』

 

ヤ・シュトラ

『まぁ、下品な人ね、豚みたいとは思っていたけど。

 

さぁ、みんな始めるわよ。』

 

ナルンランド騎士

『奴等を討ち取れ‼︎』

 

騎士達は斬りかかる。

 

然し、円陣を組んだ事で互いを補えるアルフィノ達は騎士達を連携で打ち倒していった。

 

その中でもアリゼーは凄まじかった。

 

赤魔導士の力が一時的に増幅しているとはいえ繰り出す魔法も桁違いだった。

 

アリゼー

『光よ、我が敵を焼き尽くし我の道を照らさん‼︎

 

ヴォルフレア‼︎‼︎』

 

本来なら4、5人が吹き飛ぶ程度の魔法の筈だったが、魔法を喰らった騎士の周りにいた不幸な十名ほどの騎士が吹き飛んでいった。

 

アリゼー

『なんて威力、これが本当に赤魔導士の魔法なの?』

 

アルベルト

『その剣は使用者の魔力を増幅する物、使用者が優秀であれば有るほど効果を発揮する。

 

流石、賢人ルイゾワ殿のお孫さんだ。』

 

そう言われたアリゼーは悪い気はしなかった。

 

アリゼー

『当然よ、お祖父様の孫だもの‼︎』

 

アルベルト

『では、小生も…。』

 

アルベルトはそう言うと二丁拳銃で数人の騎士を屠りだした。

 

しかも確実に急所を射抜き、ガンスピンを決めながら立ち回る姿は敵と味方を魅了した。

 

アルベルト

『この程度かナルンランドの野郎共‼︎

 

お前達の国は銃火器の本場じゃなかったのか?

 

馬追いに銃の腕で負けて悔しくないのか?』

 

アルフィノ

『ヤ・シュトラまだなのか‼︎』

 

ヤ・シュトラ

『お待たせ…。

 

我ら育し大地よ、その偉大な力を今我らに、アースシェイカー‼︎』

 

すると急に地震が起き、ナルンランド公の周りの土地が隆起した。

 

騎士達は密集した陣形を組んでた事も災いして隆起した地面に押し飛ばされたり、地割れが起きて穴から落ちていった。

 

一人残されたナルンランド公は今まさに手薄であった。

 

それを見逃さず迫るグ・ラハ・ティア。

 

エーテルで作り出した盾を捨て、剣を両手で掴み走り出す。

 

ナルンランド公も肥満体の体を持ち上げ、手斧を引き抜き応戦する。

 

数合のぶつかり合いの末、グ・ラハは手斧を弾き飛ばした。

 

ナルンランド公は跪いた。

 

ナルンランド公

『こ、降参だ。

 

命だけは助けてくれ‼︎』

 

グ・ラハ

『っ⁉︎

 

なら今すぐ戦闘を中止させて軍旗を燃やせ。

 

そうすれば助けてやるぞ。』

 

ナルンランド公

『分かったわかった。』

 

とグ・ラハが目を離した時だった。

 

何とこの卑劣な太った男は銃を隠し持っていたのだ。

 

そしてグ・ラハに向け、引金を引こうとした。

 

だが、銃弾は出る事なく突如火だるまになったナルンランド公は悲鳴を上げながら倒れた。

 

目を離さなかったアリゼーがナルンランド公にとどめを刺したのだ。

 

アリゼー

『下品でおまけに最低ね。』

 

こうして二人の大将がほぼ同時に討ち取られ本陣旗は燃やされ二つの狼煙が上がった。

 

そしてそれは中央で乱戦しているタジムニウスの目にも入ってきた。

 

タジムニウス

『みんなやってくれたか…。

 

敵味方問わず触れ回れ、敵将は討ち取ったと‼︎‼︎』

 

ナルンランド公、オストランド公討死。

 

これはあっという間に広がった。

 

ありとあらゆる方法でそれは伝達され、すぐに戦場一帯に伝わった。

 

何より本陣旗が燃やされ、穂先には二将の首が刺さっているのが何よりの証拠であった。

 

おまけに将を失ったナルンランド軍、オストランド軍は戦意を喪失し、敗走。

 

それに合わせこの二人が動き出した。

 

ソルランド公オットー・フォン・ゲルト

『ソルランドの兄弟姉妹達よ、魔術師の学友、同胞達よ‼︎

 

今や忍従の時は去った‼︎

 

先帝陛下の仇をとる好機は今ぞ鷲獅子の元へ‼︎』

 

ソルランド将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

ノルドランド公アウグスト・フォン・ブラードフィッシュ

『行くぞ野郎共‼︎

 

義理堅きノルドランド船乗りの力を陸の碌でなし共に見せつけてやれぇ‼︎‼︎』

 

ノルドランド将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

オットー&アウグスト

『軍旗を、いや帝旗を掲げよ‼︎』

 

両軍の陣地から上がった旗は赤と白地に金の鷲獅子、そして大神シグマーの名が綴られたライクランド帝国の帝旗だった。

 

それを見たブレトニア軍は指揮は爆発した。

 

ブレトニア兵

『帝旗が上がったぞ‼︎‼︎』

 

ブレトニア騎士

『王国旗と一緒に帝国旗を掲げろ‼︎』

 

その様子を中央第二線で見ていたワルドー伯は狼狽していた。

 

ワルドー伯

『どうなってんだよ⁉︎

 

二人とも同時に討ち取られたって何なんだよ⁉︎』

 

取り巻きの貴族

『敵軍、第一線を粉砕し我らの方に一直線で向かって来ます!』

 

ワルドー伯

『に、逃げ、いや本陣まで後退すれば指揮は出来る。

 

レマー、奴等を、帝国の敵を討ち取ってこい‼︎』

 

レマー

『御意。』

 

そう言うとレマーは拳銃を引き抜くとワルドー伯に向けた。

 

ワルドー伯

『ヒッ!

 

何のつもりだレマー‼︎』

 

レマー

『閣下は帝国の敵を討ち取ってこいと仰いました。

 

帝国の敵とは先帝陛下を亡き者にし、ディッターズ・ランド公を暗殺した貴方方の事ではないですか。』

 

取り巻きの貴族

『貴様ッ‼︎』

 

取り巻きの貴族達が武器を構えようとしたが周りの騎士や兵達がそれよりも早くそいつらを剣で斬り殺すなり槍で突き殺すなり、銃で撃ち殺すなりしてしまった。

 

そして騎士の中には昨日のカタリナからの使者が混じっており、ヘルムのバイザーを上げ、会釈した。

 

ワルドー伯一人残され、レマーに向かって命乞いを始めた。

 

ワルドー伯

『な、なぁレマー将軍殿、僕ちゃんのこと殺したりしないよね?

 

帝国貴族の一つが潰れたら何かと困るよ?

 

ねっ、あのブレトニアの王様に取り次いでよ、ねぇ?』

 

レマーは銃を収めようとしワルドー伯が安堵の顔をした瞬間レマーは構え直しワルドー伯に一発食らわせたのだ。

 

それに続き兵と騎士達から鉛のシャワーを喰らったかつてワルドー伯だった肉片は陣中に撒き散らされた。

 

レマー

『帝旗を掲げろ‼︎

 

今こそ再びシグマーの御為に‼︎‼︎』

 

デイッターズ・ランド将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

デイッターズ・ランド帰陣の報は直ぐにタジムニウス達に届いた。

 

タジムニウス

『そうか…かたじけない…。

 

皆、良く決心してくれた。』

 

ジャン

『水を差すようで悪いですが、兎に角急いで此奴らを破りませんと折角帰陣してくれたレマー将軍達が孤立してしまいますぞ。』

 

と言いかけた刹那、タジムニウスとレマー達の間に配置されていた敵兵達に無数の光弾が襲い掛かった。

 

大規模魔法を使える魔導士はそう多くない。

 

だがこの乱戦では詠唱する暇もないことから使える魔導士達は本陣に残され、敵も同様であった。

 

今から詠唱するにしても戦場を移動しなければならない上、距離もある。

 

間に合わない可能性が高いのだ。

 

とある一人を除いては。

 

敵の死体と大地が焼け更地になった戦場に一人の白衣の魔道士が舞い降りた。

 

味方ではないと悟った敵兵が斬り掛かるが杖から放たれた魔弾で穿たれその後に続いた二人も同様になった。

 

だが今度は4人がかりで斬り掛かってきたのでその魔道士は杖を地面に突き刺すと懐から2丁の自動拳銃を取り出し四人に弾丸をお見舞いしてやった。

 

その様はまるで踊るようだったとブレトニア側の兵士が後に書き記している。

 

ガンスピンしながらホルスターに収めた青毛のミコッテ族の女は、タジムニウスを見た。

 

タジムニウスの前を遮る様にレパンが馬を立てようとするが、彼女の主君は手で遮った。

 

『馬子にも衣装ってか?

 

似合うじゃ無いかタジムンティス。』

 

タジムニウス

『30にもなっても独り身で居ることに焦りを覚えて、見境なく口説く気にでもなったかい、トウカ。』

 

トウカ

『相変わらずの減らず口だなぁ。

 

そんな王様だとそこの騎士さんと言いお国と言い何かと苦労しそうだね。』

 

レパン

『貴様何者か‼︎

 

この方をどなたと心得る、畏れ多くもブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下であらせられるぞ‼︎』

 

トウカ

『ああ、私とした事が礼儀を忘れていたよ。

 

私は冒険者にして、エオルゼア同盟の一翼、ウルダハ王国不滅隊第501突撃魔道士大隊の長、そしてエオルゼア同盟軍遣ブレトニア王国義勇旅団旅団長のトウカ・ホークハント、よろしくね?』

 

レパン

『こ、これは失礼致しました!

 

レパン・リヨネースと申します、助力感謝します‼︎』

 

トウカ

『素直な子はお姐さん嫌いじゃないよ?

 

ってかタジム、アンタまた女の子ナンパしたの?』

 

レパン

『なん…』

 

そう言いながらトウカは立ち上がってきた兵士を横目で杖で打ち据えていた。

 

タジム

『彼女は大事な家臣にして同志だ。

 

そんなんじゃないよ、ってかトウカ、彼女はブレトニア公爵家の一翼リヨネースの当主だ。

 

今の物言いは失礼に当たるぞ。』

 

そう言いながらタジムニウスも横目で敵を切り裂くなどおおよそ常人とは思えぬ光景が騎士達の眼前で起こっていた。

 

トウカ

『だってアンタ私たちに何も言わず出てったじゃないか、そりゃあ疑うに決まってるじゃん。』

 

タジムニウス

『巻き込みたくなかった、彼の国はこれからが大変…まぁ今や全世界がそうだが、兎も角気乗りがしなかったんだ。』

 

トウカ

『良く言うよ、アタシらよりももっと一声掛けなきゃいけない娘が居たのに…』

 

タジムニウス

『ああっと、その話はだんまりで頼む。』

 

トウカ

『かの有名なボルドロー産最高級ワイン2ダース。』

 

タジムニウス

『3ダース出すから取りなしも宜しく。』

 

と言う様なやり取りをしながら残敵を倒していくので周りはもう何が何だかと言った感じであった。

 

一人事情を知る、カムイに至ってはトウカが言い掛けた話題が他の連中にまで聞こえてないかヤキモキしながら戦わねばならなくなったので気が気では無くなった。

 

そんなこんなしているうちにレマーと合流したタジムニウスは全軍に現地点から総突撃を伝令、方々にリンクシェル通信、届かぬ所には伝令を走らせた。

 

ジャン

『現地点より全軍による総突撃ですか?』

 

タジムニウス

『敵の第二線は戦わずして崩壊した。

 

第3線、第4線は見てくれこそ準備万端だが、実際は第一線、第二線の崩壊と敗残兵が殺到して混乱している。

 

今この瞬間に破れば、敵将の、ボリス・ドートブリンガーの首にも届く‼︎』

 

この一戦で内戦を終わらせられる…。

 

これは諸将、将兵全員が頭によぎった。

 

だが至難の業で有ることには相違なかった。

 

左右の戦力は中央突破の為に兵の数が元々少ない上に精鋭を集めたとしてもこの時点でかなり消耗していた。

 

中央も犠牲を顧みない中央突破で夥しい敵を屠ったがその分消耗していたし、何より後ろから走ってついてきた歩兵達は限界に近かった。

 

何より発案者のタジムニウス自身の消耗が激しい、細かいとは言え傷だらけな上、返り血に混じってはいるが中なり小なりの傷口から流れ出た血で真っ赤に染まっていた。

 

そして何より馬だった。

 

なんとタジムニウスの馬がその場で倒れてしまったのだ。

 

もうとっくに潰れていてもおかしくなかったが乗り手の為に無理をしていたのだ。

 

タジムニウスはクーロンヌの剣を抜くと馬を楽にしてやった。

 

そして剣を大剣に収めるとそのまま大剣を構えた。

 

タジムニウス

『私はこの状態でも行くが、諸君はどうする?』

 

すると公爵達をはじめとした騎士や騎兵が馬を下り、刀剣の礼を示した。

 

そしてそれは歩兵も同じであった。

 

カムイ

『反対の者はおりません。

 

皆、最期まで国王陛下のお供を勤めさせて頂きます‼︎』

 

すると通信兵達が気を利かせてリンクシェルと拡声器を繋いでその場にいる者達に聞こえる様に音量を調整してタジムニウスの方に向けた。

 

アルベルト

『こちら右翼部隊、こちらはいつでも準備出来ています‼︎』

 

アルフィノ

『タジムニウス、君が行くなら私達は何処へでもついて行くよ。』

 

シド

『左翼連中の準備も万端だ、AKも修理完了。

 

いつでもぶっ放せるぜ。』

 

トウカ

『私達エオルゼアのみんなもはなからそのつもりで来た。

 

無理をするのは君の専売特許だもんね。

 

付き合うよ、冒険した時みたいに。』

 

すると後ろから馬を走らせてきたセレーネも現れた。

 

セレーネ

『私も行きます。

 

よもや拒みませんねタジムニウス王?』

 

タジムニウス

『身命を賭してお守り致します、ブレトニアに…アルトドルフ帝国に、シグマーに、ガール・マラッツに栄光を‼︎』

 

一同

『栄光を‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『ASSAUT‼︎‼︎(突撃)』

 

ブレトニア勢なりふり構わずの突撃が始まった。

 

各地で兵達が勝った勝ったと騒ぎ立てながら走り回り手当たり次第殺しまわると言う狂気の光景であった。

 

ボリス・ドートブリンガーの本陣では貴族や士官達が慌てふためていたが当の大将は眉一つ動かさずこの殺戮劇を眺めていた。

 

そして、退屈そうに出した指示は『全軍戦場を離脱、事前に決めていた通りに行動し、ナルンランド、オストランドを除く支配地域に撤退、道中の敵支配地域、ないしはそうなる可能性の高い地域は根こそぎ破壊、民衆も強制退去、従わねば処分し、徹底的に焦土化すべし。』というものであった。

 

そして何より予備戦力が到着した事もあって少なくとも彼のいる第四陣の兵力は無傷で退去出来る事もあって無理に戦って損害を出す必要がないと判断したのだ。

 

ボリス

『あの小僧は分かっておらん。

 

我らに勝ったとしても彼奴等の戦力では広大な帝国領を収めることはできぬ。

 

何より我らがただで明け渡すと思うのか?

 

我らは帝都を失えど戦力は未だ優勢、国力差も所詮微々たるものよ。

 

彼奴等は割に合わぬ勝ちを得ただけに過ぎぬ。』

 

ボリスは士官を手招きすると、第一、第二線の敗残兵を生贄にして、第三線の兵も可能な限り退かせろと伝えた。

 

哀れ彼らは無理矢理立たせられ、従わぬ者は銃殺され、前からは狂乱状態で突っ込んでくるブレトニア勢に跳ね飛ばされてしまった。

 

だが流石にボリスが敗残の兵を犠牲に全軍を後退させていることに気がつかない者は居なかった。

 

タジムニウス

『走れ走れ走れ‼︎

 

ボリス・ドートブリンガーを逃すな‼︎‼︎』

 

セレーネ

『逃がさない‼︎

 

『木々よ、その根を伸ばし、我らを助け給え』。』

 

セレーネが詠唱すると地面から木々の根や蔓が敵兵の足元から生えてきて、それらは巻き付いたのだ。

 

身動きの取れない敵を容赦なく斬り伏せ、遂に彼らはボリス・ドートブリンガーの前に辿り着いたのだ。

 

ボリス

『…遅かったな小童。

 

もう我が軍は大半が撤退した。

 

これが貴様の父やジギスムントであればこうはいかなかったが、貴様の力などやはり取るに足らん。』

 

タジムニウス

『で、あろうな。

 

我らは馬無しで走ってきたのに敗残の兵を肉壁にしてやっと時間を稼げたんだ。

 

父上や先帝陛下であれば貴様はとっくに死んでおろうな。』

 

ボリス

『その減らず口もここまでだ。』

 

タジムニウス

『諸君、手を出すなよ。

 

俺の獲物だ。』

 

ボリス

『おっと、ワシがお前の相手をしてやる道理はないぞ。』

 

ボリスは手を叩くと件の黒騎士が現れた。

 

黒騎士

『レオンクール‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『また、お前か。

 

この前も言ったがアレを克服出来なきゃおれには勝てな…』

 

そう言い掛けたが黒騎士は問答無用で斬りかかってきた。

 

タジムニウスもすかさず応戦する。

 

鉄と鉄のぶつかる音が戦場に木霊する。

 

タジムニウス

『無礼者‼︎

 

人の話は聞かぬか‼︎‼︎』

 

黒騎士

『ブレトニア人など人では無いわ‼︎‼︎

 

貴様らは悪魔だ‼︎』

 

タジムニウス

『もう容赦せぬぞ…貴様を打ち負かし、その素顔を曝け出させたら戦鎚で潰してその上で磔にしてくれる‼︎‼︎』

 

その様子をセレーネは見ていた。

 

彼女は胸元に当てた手を堅く握りしめていた。

 

ジャンはその様子に違和感を覚えた。

 

恐らく彼女は二人の無事を祈っているのでは…?

 

だが、陛下は兎も角あの黒騎士は何者なのだ?

 

セレーネ様に問い質せば分かるのか?

 

いや彼女がすんなりと明かすとは思えない…。

 

陛下の命を受けた事もある、腰を据えて調べねばならぬ。

 

と思ったが、今は主君とその謎の騎士の一騎討ちの方に集中した。

 

この時既に両者は幾つかの軽傷を負っていた。

 

両者共に一太刀、一太刀に魔力を込め、それが大剣を振るう時の力で鎌鼬の如く飛翔する為彼らは刃を受け止めても魔力の刃を受けながら戦っていたのだ。

 

すでに何十合とぶつかっても勝負はつかない。

 

タジムニウス

『貴様は何故そこまで我らを憎む?

 

我らが一体何をしたというのだ‼︎‼︎』

 

黒騎士

『貴様らは私から父と母を奪った‼︎

 

貴様らはやれ名誉だ、高潔さを謳うがその実、傲慢で狡猾、他者を貶めることに余念の無い薄汚い屑どもだ。』

 

タジムニウス

『否定はせぬ。

 

だが、義理を弁えぬ畜生に言われる筋合いは無い。』

 

黒騎士

『人殺しの悪魔が、私を畜生呼ばわりするか‼︎』

 

二人の騎士の決闘を周りは固唾を飲んで見守っている最中、ボリスは側近達を連れ、密かにそこを離れている事に誰も気づかなかった。

 

両者は血みどろになりながらも戦い続けた。

 

互いが互いを弾き飛ばすたびに血飛沫が飛び、地面は血溜まりだらけになった。

 

タジムニウス

『貴様が我らをどう思うと正直関係ない。

 

私は貴様を倒して、帝都を取り戻す。

 

これは決定事項だ、決して覆らん‼︎』

 

黒騎士

『貴様が帝都に足を踏み入れることはない、次で貴様は死ぬのだ。』

 

タジムニウス

『それは貴様の方だ、貴様の体から飛ばされた首を後で拾い上げ素顔を見てやるぞ‼︎』

 

両者の大剣はぶつかり合う、そして黒騎士の大剣は砕け散った。

 

タジムニウス

『その怨念を抱えたまま消え失せろ‼︎

 

『諸王の魂よ、我に力を与え、我が祖国の敵を喰らい尽くさん‼︎』

 

獅子王剣・滅‼︎‼︎』

 

ライオン・ハートに魔力が集まり、振り下ろされると同時に炎で出来上がった獅子が黒騎士に襲い掛かった。

 

 

黒騎士の断末魔が上がり、燃え尽きるかと思いきや、炎は消え去った。

 

そしてボリスの声が聞こえてきた。

 

ボリス

『黒騎士よ今は退け。

 

退かねば復讐は為し得ぬぞ。』

 

すると黒騎士はボロボロの身体を引きずり、アシエンの様に闇の力を使ってこの場を逃れてしまった。

 

タジムニウスはただ一人立ち尽くし、

 

タジムニウス

『俺も未熟だな…殺しきれんとは。』

 

と呟くとその場で倒れた。

 

______________________

ライクランド平原の戦いは、ボリス・ドートブリンガー率いる選帝諸侯軍の戦線離脱を以って終結した。

 

ブレトニア側は大勝利と報じたが選帝諸侯側に参加した東方、中東諸国の観戦武官、危険を顧みず戦闘の成り行きを見守っていた各国の記者や、諜報機関により、実際は辛勝であると直ぐに知れ渡ってしまった。

 

ブレトニア軍は華々しく帝都に入城とは行かず、昏倒した総大将に代わって各将は、領主を失った、ナルンランド、オストランド、およびこちら側についた三公爵の領土内に敵が侵入して占領ないしは破壊活動に及ばぬように追撃する事を合議で決めたが、ボリス達の行動は早くこれら領土の占領こそされなかったものの各地の市町村は略奪、凌辱、破壊、殺戮の憂き目に遭ってしまった。

 

幸いにもソルランドの魔道学院、ナルンランドの大工廠などの重要拠点は早急に確保するべく動いた諸将の働きによって大した損害を被る事は無かったが、むしろこれがブレトニア側は民衆よりも兵器を優先としたと捉えられる結果になってしまい、国内外に不満を持たせる事になってしまったのだ。

 

決して大手で喜べる状況ではなく、敵の兵力は未だ健在という事も彼らの顔を曇らせた。

 

然し、オヴェリウス要塞も大過無く落とした、オリオン公とパラヴォン公シグルドも合流した事で幾らかの兵力は戻ってきた。

 

確かに状況は辛いままだ、だがここで踏ん張れば必ず好機が現れる、あきらめない事が肝心なのだと態度で示すが如く目を覚ましたタジムニウスは包帯に巻かれていたが、鎧をつけ、天幕で諸将を出迎えた。

 

諸将の報告を聞いたタジムニウスは宙に祈りを捧げるとすぐに紙とペンを取り出し何かを書き始めた。

 

内容はこうであった。

 

命令書

 

全ての帝国貴族、王国貴族は財を投じて領地の再編を行うべし、第一優先は民衆の居住地の復興、第二に食糧生産地、第三に軍事建造物とする。

 

必要予算が用立てられなければ、ブレトニア国王の名の下に王がそれを用意する事を約束する。

 

尚、マリエンブルク公カタリナ、ブラックストーン伯シリュウの両名に本件に関する財政の全てを委任、必要な人事、物資調達も一任する。

 

ブレトニア国王 タジムニウス・ド・レオンクール

 

と同じ内容でもう一枚認めるとカタリナとクーロンヌよりやってきたシリュウに渡した。

 

タジムニウス

『この復興事業をやる為には帝国全土の国政を再編しなければならない、この大任を二人に任せたい。

 

帝国一の商人と王国の誇る財務、兵站の天才の手腕、期待させてもらう。』

 

カタリナ

『畏まりました陛下。』

 

シリュウ

『ブレトニア騎士の名誉に賭けて、必ずや。』

 

すると何人かの騎士達が異議を唱えた。

 

それは復興の順番であった。

 

先に居住地や畑等の復興を優先するのでは無く、軍事関連を復興させるべきだと。

 

ましてや国内外の卑しい百姓共は自分たちが命懸けで戦ってやったのに不平不満をぶつける恩知らずの恥知らずではないかと。

 

誰のために戦ってやっているのかも分からず、我らに不満と敵意の目を向けてくる。

 

そんな奴らの為に国庫を擦り減らす必要は無い。

 

タジムニウスは彼らの発言に同意した。

 

だが、復興の順番を変えることはしなかった。

 

タジムニウス

『確かに卿ら言う通りだろう。

 

彼らは自ら思考を止めた腰抜けの卑しい畜生共よ、今ここにいる兵達の様に自らの家族と畑を守る為に武器を取らず、戦う事もしなかった連中だ。

 

されど私にとっては大事な民草だ。

 

彼らがおかしな事をしない様に導くのも我ら高貴な者達では無いのか?

 

我らにはその身分に伴う責任があるはずだ。

 

我ら騎士は民草の為に戦うのではないのか?

 

ジル・ル・ブレトン王が何の為に聖女の加護を得て戦ったのか、それを忘れてはいかん。

 

如何なる時も。』

 

諸将は頭を深く下げた。

 

賢人達も何処か胸が熱くなるのを感じた。

 

タジムニウスはまだエオルゼアの英雄であった事を忘れてはいない。

 

困っている人々のために剣を取る。

 

その姿勢は死んでいないのだと。

 

尤もタジムニウス自体は兵站維持の為にやっているだけであり、正直戦災した民草には何の同情もしていなかった。

 

そもそも戦災したのは自らの土地を一所懸命に守らなかったからであり、自業自得ではないかとすら思っていた。

 

彼自身、ただ助けを乞い、自力での解決を試みない人間が嫌いというのもあるが彼の壮絶な半生期で培った価値観を他者に押し付けてはならないという事も弁えていたし、何より一回それをやって養父(カムイ)に鉄拳制裁され懲りているというのあった。

 

タジムニウス

(弱き民を導く、まさかあのガイウス・ヴァン・バエサル(ガレマール帝国第十三軍団軍団長、エオルゼアに侵攻したがタジムニウスに敗れた。アシエンに利用されていた事を憎み、彼らの眷属を狩り続け、今はウェルリトの反帝国組織に身を置いている。)と似た様な、というより同じ理想と主義を持つ事になるとは。

 

あの時は否定したが、彼の言うことも正しかった、特にここではな。)

 

タジムニウスが心から民草を思いやる様になるのはもう少し後の話である。

 

すると大事な話は終わった様だと思ったアイリスが挨拶がてらタジムニウスに問う。

 

アイリス

『若、いえタジムニウス王、お久しぶりにございます。

 

急に不躾な質問をしてしまうのですが、奥方にはお会いになりましたか?』

 

タジムニウスは紅茶のカップを落とし固まってしまった。

 

トウカは口をあんぐり開けて慌てふためき出した。

 

トウカ

『ああ、待ってアイリッス‼︎

 

それまだ言ってない…嗚呼私のワインケース3ダースがぁぁ…。』

 

タジムニウス

『彼女、ここに居るの…?

 

アイリス君…?』

 

アイリス

『えっ、はい。

 

えっーと言っちゃダメだったかな?』

 

そう言われたタジムニウスは満身創痍にも関わらずそこにあった樽の中に身を潜めようと飛び出した。

 

だがそれを説明を求める諸将達が抑える。

 

レパン

『陛下、どういう事か説明していただきましょう?』

 

アルベルト

『そちらの侍殿が申すに奥方と申しましたな。

 

よもや我らに断りなく祝言したと言われるのではありましょうな?』

 

タジムニウス

『ま…待て。

 

は、は、話せば分かる。』

 

シグルト

『王族の婚姻は、我ら公爵家にも一声掛けるのが習わしですぞ、タナトス卿が居て知らない筈はありますまい‼︎』

 

ジャン

『タナトス卿、卿は知っていたのか?』

 

カムイは顔を背けたまま冷や汗をボタボタと落としていた。

 

ジャン

『聖杯教大司教の権限を以って、王陛下とタナトス卿を審問する皆二人を拘束なさい。』

 

カムイ

『何故、私まで⁉︎』

 

レパン

『なんでそんな大事な事を黙っていたのです⁉︎

 

話してくれていたら…国を挙げて祝福の宴を開催しましたのに‼︎』

 

アレクサンドル

『マリエンブルク公、幾らかの用意は出来ますか⁉︎』

 

カタリナ

『急過ぎて何も持ち合わせが有りませぬ。

 

ていうか会場はどうするのです‼︎

 

ご祝儀も‼︎』

 

ジャン

『すべての責任は王とタナトス卿に有ります。

 

縄を持ちなさい。』

 

タジムニウス

『待て待て待て、ちゃんと言おうと思ったんだ、待ってなにその縄⁉(痛そう)︎』

 

賢人達はもう勝手にやってくれと呆れ、シドは大笑いし、アイリスはやってしまったかと頬を掻き、トウカはガックリと肩を落とし、ユイコはそんなトウカの肩を叩きながらクスクス笑っていた。

 

天幕内で皆が大変騒々しい声をあげているのを止めたのは一際大きな声であった。

 

『貴方達怪我人になんて事してるんですか‼︎‼︎』

 

全員が驚愕したの言うまでもなく、天幕の出口を見ると一人の東方の巫女風の衣装を見に纏う一人の栗毛のミコッテ族の女が薬と包帯を抱えて立っていた。

 

騎士達に怖じけず道を開けさせると縄で縛られかけたタジムニウスの前に座って包帯で巻かれた所を掴んだ。

 

?

『包帯を変えます。

 

腕を上げてください。』

 

タジムニウス

『あ、あの。』

 

だが女は一言も返事をせず仕事を終えるとさっさと帰ってしまった。

 

タジムニウスは首を落とした。

 

タジムニウス

『そりゃそうか…。』

 

レパン

『まさか今のって…?』

 

タジムニウス

『私が旅先で出会った女性だ。

 

名はキアラ・ヒナサキ。

 

東方で巫女をやっていた人だ。

 

すごい美人だろ?』

 

レパン

『えぇ…じゃなくって‼︎』

 

レパンは縄を解くと天幕の出口を指さす。

 

レパン

『追いかけなさい‼︎』

 

タジムニウス

『えっ…?』

 

レパン

『良いから、駆け足‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『ウィ・メー‼︎‼︎』

 

タジムニウスは大急ぎで追いかけていった。

 

天幕に残された諸将はため息を吐くが満足した表情を浮かべた。

 

タジムニウスは負傷兵達の中を掻い潜って彼女を追いかけた。

 

タジムニウスが負傷兵に声をかけられる度に律儀に答えてる所為かキアラは意図して足を早めている様であった。

 

タジムニウス

『待って…待ってくれ。』

 

キアラはやっと足を止めた。

 

振り返ると病み上がりということもあって息が上がっているタジムニウスがいた。

 

キアラ

『何ですか?

 

そんなに走っては傷が開きますよ。』

 

タジムニウス

『怒ってます?』

 

キアラ

『怒ってなんかいません。』

 

タジムニウス

『兵達が言ってた。

 

とても丁寧に治療してくれたって。

 

俺も目を覚さなかった二日間懸命に診てくれたって。』

 

キアラ

『仕事ですから。』

 

タジムニウス

『ありがとう。』

 

キアラは、一瞬頬を赤らめたが直ぐに無表情に戻った。

 

キアラ

『どういたしまして。

 

もう良いですか?』

 

タジムニウス

『もう一つだけ、君が許すか許さないかは俺が決める事じゃない。

 

だけど分かって欲しい事があるんだ。

 

ここの戦や負傷兵達を見たろ?

 

エオルゼアでの戦いとは段違いだ。

 

幾ら君や、トウカ達だって命を落とすか分からない。

 

エオルゼアには君たちが必要なんだ、俺じゃない。』

 

キアラ

『じゃあ私は貴方には必要ない人間だったって事ですか?』

 

タジムニウス

『違う…目の前で君が討ち取られるのを見たくないし、討ち取られる所を見せたくなかった。

 

死んでほしくなかったんだ。

 

それに…俺はもう冒険者タジムンティスでは無い、居られないんだ。

 

自分でも嫌になるくらい冷酷な男になりつつある、そんな様を見せたくなかった。』

 

キアラ

『グリダニアの教会で言いましたよね?

 

同じ道を歩いて行くって。

 

久遠の絆はそんなものだったんですか?

 

貴方が私の前から居なくなる訳でもないでしょう?』

 

タジムニウスの顔を手で包むとキアラは続けた。

 

キアラ

『聞いて、旦那様。

 

私はあの時から貴方と運命を共にするってこの指輪に誓ったの。

 

貴方がこれからどうなろうと関係ない。

 

私にとって貴方は一人の冒険者、なけなしの勇気を振り絞って私に好きって言ってくれた年下の変な男の子のまんま。』

 

タジムニウス

『キアラ…俺は…。』

 

キアラ

『約束して、もう次は置いていかないって。』

 

タジムニウスとキアラはそのまんま抱擁を交わす。

 

そしてその一部始終を見ていた傷病兵達は最初何が何だかと言う感じだったが、段々事情を理解し、そして最後には涙流して歓声と拍手を送った。

 

傷病兵達

『ブレトニア国王万歳‼︎

 

王妃万歳‼︎‼︎』

 

キアラ

『そっか…私王妃様になるんだね…エヘヘッ。』

 

少し気恥ずかしかったのか、キアラは笑って応えた。

 

二人は天幕に戻ると天井にぐるぐる巻きにされ吊るされたタナトス卿が残されていた。

 

カムイ

『あっ、お帰りなさいませ。』

 

タジムニウス

『えっー…と…。

 

まだみんな怒ってる?』

 

カムイはそれを聞くや否や口笛を吹く。

 

するとあっという間に礼装に身を包んだ諸将達が二人を特にキアラを囲む。

 

諸将

『これより我ら忠誠を誓います王妃殿下。』

 

キアラ

『えっ…えっ‼

 

あの、私いきなり言われてもなんて答えて良いか分からないし、それに私は皆様の様な大層な身分でも無いし、東方人だし、なんていうかその…。︎』

 

レパン

『キアラさん、いえ王妃様。

 

陛下が伴侶にとお選びになった方を何故我らが拒めましょうか?』

 

カタリナ

『聞けば、ここ二日間陛下の事を診てくれていたと聞きます。

 

これだけでも我らからしても貴女は陛下の命を救って下さった恩人です。

 

王妃として貴女を仰げる事はこの上ない喜びなのです。』

 

セレーネ

『私からもお願いします。

 

タジムニウスの隣にいるべきは私ではなく、貴女なのです。』

 

キアラ

『えっと…不束者ですがよろしくお願いします!』

 

諸将

『王妃陛下万歳‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『皆、すまない。』

 

レパン

『さっ、陛下?』

 

レパンの手には縄が握られていた。

 

レパン

『まさか自分だけ逃れられるとは本気で思ってはいないでしょう?』

 

タジムニウス

『はぁい…』

 

哀れタジムニウス。

 

彼はその後カムイと共に小一時間程吊るされていたという。

 

そしてアリゼーやトウカに暫く揶揄われたという。

 

更に言えばトウカは結局ワイン3ダースが取りなし費用の1ダースに減らされアイリスに八つ当たりするのだがそれは別の話である。

 

そして暫くしてから号砲が鳴る。

 

帝都凱旋の合図であった。

 

先程まで縄で吊るされ諸将に弄くり回されていたとは思えぬくらい威厳を持った出立ちでタジムニウスは馬に跨ると後ろを振り返った。

 

諸将の顔、将兵達の顔。

 

それらを見てとった彼は剣を引き抜き、馬を後ろ足で立たせた。

 

馬の嗎声が静寂に包まれた戦場跡に響く。

 

タジムニウス

『行こう、諸君。

 

出来る限り、陽気かつ盛大にな。

 

我らがどんなに暗い顔しても、帝都の民からしてみれば我らは勝者だ。

 

なら、笑って、歌って帝都の門を潜ろう。

 

我らは勝ったのだ‼︎』

 

おおっ‼︎という声が軍勢から次々と上がり、兵達は武器や足を踏み鳴らす。

 

タジムニウス

『さぁ、帰ろう。

 

帝都へ‼︎』

 

全軍

『おおおお‼︎‼︎』

 

帝都凱旋の様子はこう記録されている。

 

先頭をブレトニア国王と聖女が馬に跨り、その後ろを公爵や騎士達が騎乗しついてきた。

 

兵達は堂々と歩を進め。

 

帝都の民は万雷の拍手と歓声で迎えたと。

 

王宮アルトドルフに入城した彼らが真っ先に向かったのは皇帝の間であった。

 

そこには主人なき玉座が置かれその後ろにグリフォンに跨りガール・マラッツを掲げるシグマーの金の像があった。

 

セレーネが跪くとタジムニウス達も続いた。

 

玉座には誰もいない。

 

だがそこには確かに歴代の皇帝達の魂がある。

 

セレーネ

『お父様…。』

 

セレーネは涙を流した。

 

彼女はやっと父を弔う事が出来たと感じたのだ。

 

セレーネは立ち上がると皆の方を振り返った。

 

セレーネ

『本来、私は皆様に傅かれる人間では有りません。

 

されど帝国が存在する以上、皇帝も必要です。

 

カルカソンヌ公は聖杯教の歴史や緊急時の法律等を調べ、女神の代理人である聖女が貴族、王族出身だった場合の継承権、参政権、及び王権の行使が非常時のみ可能である事を調べてくれました…。

 

私は今を持ってアルトドルフ皇帝の継承権に則り、女帝セレーネを名乗ります、どうか皆様には私について来て頂きたい。』

 

タジムニウス

『女帝(カイザーリン)セレーネ陛下に栄光あれ‼︎』

 

諸将

『ジーク・カイザーリン‼︎

 

ジーク・カイザーリン‼︎

 

ジーク・カイザーリン・セレーネ‼︎‼︎』

 

セレーネ

『ですが、私は仮の皇帝、私以外にこの玉座に相応しい者を見つけたら私はこの座を明け渡すでしょう。』

 

セレーネは頭を下げ、皆に乞うた。

 

セレーネ

『どうか、皆様それまで不甲斐ない私を支えて下さい。』

 

すると外から鬨の声が上がったので皆が慌ててテラスに出ると民草達が口々に女帝セレーネ万歳と叫びながら大歓声を上げていた。

 

偶然だが、王宮内の通信機がタジムニウス達の侵入騒ぎで全開になっており、それが帝都中に流れていたのだ。

 

タジムニウスはセレーネの方を見て、どうか応えてやって下さいと合図の代わりに頷いた。

 

セレーネが手を振ると民草達はより一層歓声を上げた。

 

すると誰が歌い出したか知らないが帝国の国歌を歌い出し、民草達は挙って歌い、演奏した。

 

ライクランド帝国国歌

『シグマーの子の歌』

 

我らの唸りは

 

皇帝を栄光の門に導く

 

皇帝シグマーは神の意思で我らを導く

 

そして東から西まで

 

戦争の吶喊は

 

戦いの時の合図を知らせる

 

震えよライクランドの敵よ

 

悪魔達は血と驕りに酔っている

 

我ら帝国民は前へ進み

 

敵の首を父に捧ぐ

               』

 

その夜、祝宴をあげる事になり、帝都アルトドルフは久方振りに賑わっていた。

 

帝都は勿論、王国と帝国中の民草達は飲めや歌えやの大騒ぎであり、しかもその金はブレトニア王が負担するというのだから余計である。

 

マリエンブルクから派遣された役人達はホクホクになりつつ王からの支払金を国庫に入れる分、いずれ自分の懐に入ってくる分、再興事業に当てる分と忙しなく分けていた。

 

そんな状況の帝都なら帝城はもっと賑やかであった。

 

王国、帝国の文官、武官達が豪華な食事に美酒で呑み食いし、踊り、歌い、今が戦時である事を感じられない程であった。

 

セレーネの周りには大勢の貴族や地元の有力者が集まり、共に帝都に入城出来た事を喜ぶ者、あるいは敵側、ないしは今日まで日和見していた為ゴマを擦る者達で一杯であった。

 

タジムニウスは後者の連中で利用価値のある者、全く無い上に汚職まみれなので後々粛清する者を見分けながらワインを片手に見守っていた。

 

そこにキアラがやってきた。

 

キアラ

『楽しんでます旦那様?』

 

タジムニウス

『その上目使いに乾杯、まぁそれなりかな。

 

先程、カイザーリンより帝国元帥の辞令も頂いたし、嬉しいんだけどなんかどうも気が抜けないや。』

 

キアラ

『確かにこの宴の主役はあの人かも知れないけど、ここまで頑張ってきたのはタジム、貴方。

 

そんな貴方がそんなんじゃ他の人も楽しめないわ。

 

他の人も何処か気負いしてるもの。』

 

タジムニウス

『…そうだな。』

 

キアラ

『ねっ、この戦いが終わったら結婚式やるってカタリナさんが言ってたけど本当?』

 

タジムニウス

『ゲッ…そんな所まで話進んでんのか。

 

やる暇ないと思うけどな…ってかやったしね。』

 

タジムニウスはグラスを干すと、少し物思いに耽るとキアラの手を取り

 

タジムニウス

『君のいう通りだな。』

 

と笑った。

 

タジムニウスは使用人に鐘を鳴らすように言うと使用人は持っていた鐘を鳴らした。

 

鐘の音に気づいた者達は一斉にタジムニウス達の方に向く。

 

タジムニウス

『皆、ご苦労である。

 

だが、この調子で宴をやるのは頂けん。

 

そこでだ、ブレトニアの宴は古来より無礼講、折角遙西方の地エオルゼアより来たりた我が友人達もいる。

 

肩肘張らず、威張らず、我らの本当の宴をお見せしようではないか?』

 

タジムニウスはセレーネの方を見た。

 

セレーネ

『女神様も大神シグマーもお喜びになりましょう。

 

盛大にやりなさい元帥!』

 

タジムニウス

『御意、では皆、ウィスキーを持て、ここに入るだけ帝都の民や兵達を入れてやろう‼︎

 

楽器を鳴らせ、歌え、飲めのどんちゃん騒ぎじゃい‼︎‼︎』

 

一同

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

すると陽気な音楽が帝都中で鳴り響き帝城のホールは農民、町民、軍人、騎士、貴族の入り乱れる陽気な宴の場になった。

 

騎士や町民達が肩を組み酒を飲み、貴族達が農民に日頃の苦労を労う為に杯を注いでやっていた。

 

エオルゼアの賢人達も大いに楽しんだ。

 

先ずヤ・シュトラとシドだが、ヤ・シュトラがパラヴォン公シグルトとラ・フェール公アレクサンドルに飲み勝負に誘われ、シドもそれに参加する形になったが…

 

アレクサンドル

『…。』

 

シグルト

『ゥ…ウゥ…。』

 

シド

『も、もうだめだ…。』

 

ヤ・シュトラ

『あら、もう潰れちゃったのかしら?』

 

他所を見ると、アリゼーとレパンとセレーネはカタリナに彼の亭主フーセネガーとのなり染めを聞いていた。

 

カタリナ

『私とあの人が会ったのは今から30年も前の話、私が九歳の時、あの人は11か12の時でしたわ。

 

そこから何をするにしてもずっと一緒、遊んで、喧嘩して、仲直りして。』

 

アリゼー

『じゃあ将軍とは幼馴染?』

 

カタリナ

『そう、幼馴染よ。』

 

セレーネ

『プロポーズはどちらから?』

 

カタリナ

『ボーアンからです。

 

満月の夜のアルトドルフで。』

 

レパン

『なんてプロポーズされたんですか?

 

宜しければ教えてください!』

 

カタリナ

『『子供の頃からずっと貴女を愛しておりました。

 

どうか我が心の主人として永遠に隣にいてくれませんか私だけの女神として。』って。』

 

三人娘

『キャー///。』

 

尚、話を聞いていたフーセネガーは、『人のプロポーズをバラす妻が居るか?』と顔を真っ赤にして話し、それを聞いたアルベルトとカムイとジャンの三人は笑い出した。

 

他にもワインボトルを2本持ってどか飲みするトウカに、潰れたアイリスを介抱するユイコ。

 

広場は陽気な空気に包まれた。

 

我らがタジムニウスはと言うと…。

 

キアラ

『はい、あーん。』

 

タジムニウス

『あーん、ウマァァイ。』

 

アルフィノ

『何をしているんだコレは。』

 

グ・ラハ

『何も言わずに出て行った罰だってさ。』

 

アルフィノ

『こんな公衆の面前で…当の本人は満更でもなさそうだね。』

 

て言うか何を見せられているのやらと二人は思い、そして何を思ったのか二人はワインボトルを一本掴むとそれをラッパ飲みしてしまったのだ。

 

しかしそれはワインではなく、ラム酒だった。

 

二人は一気に酔っ払った。

 

アルフィノ

『ぢぐしょう‼︎

 

わたひたちになにをみせるだぁ‼︎』

 

タジムニウス

『おお、良い具合に酔っ払ったな良いぞ。

 

よし早速そのノリで女を口説いてこい‼︎』

 

グ・ラハ

『おお、きょれでも百数十年生きてきたら、女一人簡単に口説いてくれるわぁ〜。』

 

タジムニウス

『いや、二人ともエライ酔い方してんな、いや良いよこれ。』

 

もう全員アルコールに頭をやられ出し始めた位だろうか。

 

タジムニウスはアルベルトを呼び出すと歌の上手さを褒めちぎり一曲頼むと気を良くしたアルベルトは自身の兵達に楽器を持たせると演奏し始め自ら歌い出した。

 

アルベルト

『メリー村とケリン村の間にある山に向かう途中で

 

俺達ブレトン人から奪った金を勘定してるファレル卿に出くわしたぜ

 

剣と矢をちらつかせてやったぜ

 

言ってやったさ、その金を寄越しな、大神の元に税金泥棒として送り込んでやるぜ

 

マッシャーリン ダマドゥ ダマダー(ドンジャラドンジャラ)

 

父さんのためにエンヤコラ

 

父さんの為にエンヤコラ

 

ウィスキーを呷ろう。』

 

タジムニウス

『奴の綺麗な金を踏んだくってやったぞ

 

奴の金を巻き上げて、マリーに持っていたんだ

 

彼女は俺に愛してる、絶対離れないっていったさ

 

でも悪い悪魔が囁いて彼女は俺を簡単に裏切っちまったよ

 

マッシャーリン ダマドゥ ダマダー(ドンジャラドンジャラ)

 

父さんの為にエンヤコラ

 

父さんの為にエンヤコラ

 

ウィスキーを呷ろう。』

 

タジムニウス&アルベルト

『酔っ払って疲れた俺はマリーの部屋に行ったよ

 

金を返してもらうつもりがまさかあんな事になるなんて

 

7時か8時かファレル卿が乗り込んできたから

 

俺ぁメチャクチャに剣を振り回したぞ

 

マッシャーリン ダマドゥ ダマダー(ドンジャラドンジャラ)

 

父さんの為にエンヤコラ

 

父さんの為にエンヤコラ

 

ウィスキーを呷ろう。』

 

一同

『畑いじりが好きな奴や馬に乗るのが好きな奴もいる

 

トレビュジェットと大砲の唸りを聞きたい奴もいるぜ?

 

俺か?俺ぁマリーの部屋で乳繰り合うのが好きさ、

 

でもなんてこったい

 

足枷つけられた暫くお預けだい

 

マッシャーリン ダマドゥ ダマダー(ドンジャラドンジャラ)

 

父さんの為にエンヤコラ

 

父さんの為にエンヤコラ

 

ウィスキーを呷ろう。

 

マッシャーリン ダマドゥ ダマダー(ドンジャラドンジャラ)

 

父さんの為にエンヤコラ

 

父さんの為にエンヤコラ

 

ウィスキーを呷ろう。』

 

皆の笑い声と軽快な音楽は夜通し続いた。

 

これが済めばまた泥沼の戦場へ行かねばならない。

 

みんな気のいい奴らだが明日には死んでいるのだから

 

悲しみを晴らすのは酒だけなのだから…。

 



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10話 吸血鬼の信奉者

今回より中編に当たります。

暁月のフィナーレ、皆さんは結末を目にしたでしょうか?

この話はそれの少し前のお話ですが…わたしの世界のヒカセンがフィナーレに至る道はとても長く長く…ひょっとすれば終わることの無いのかも知れないとすら思う始末ですが、

どうか皆様には引き続きご贔屓下さいます様お願い申し上げます。


獅子の子タジムニウス第3章(10〜12?)吸血鬼の信奉者

 

万歳‼︎万歳‼︎帝国万歳‼︎

 

万花の拍手と喝采が王国全土と帝国の半分で唱えられた。

 

まだ戦に勝ったわけではない。

 

されど帝都を得たブレトニア側にとってやはりこれは大きい。

 

戦の勝利を祝う宴の翌日、女帝セレーネは御前会議を招集し、こちら側の帝国の有力諸侯、文官が勢揃いした。

 

議題は今後の行動と戦の被害についてであった。

 

セレーネ

『まずは軍部の報告を聞きましょう。

 

元帥、報告をなさい。』

 

元帥と呼ばれたタジムニウスは立ち上がる。

 

ブレトニアの王宮で身につけた軍服にトライコーン、そしてクーロンヌの剣を佩いた出立ちであった。

 

タジムニウス

『は、此度の戦の両軍の被害ですが、幸い我が軍の損害は四万から五万五千、敵軍は六万から八万と考えられます。

 

されど我が軍は回復能力を敵軍に劣る状況であり、戦死者の死霊鬼(グール)化阻止の為、浄化、焼却作業の為に白魔道士の動員に持っていかれていて、治療の進捗が進んでおりません。』

 

セレーネ

『帝国家令マリエンブルク公報告を。』

 

カタリナ

『帝国の財政はやはり宜しくありません。

 

ボリス・ドートブリンガー一党が国庫より着服していた模様です。

 

現在捕虜尋問や高級将校や貴族の中に逃げ遅れた者が居ないか等の捜索を行なって情報の収集と、現在可能な交易や徴税作業を行って財政回復を図っている最中でありますが、敵の焦土作戦の被害復興事業に莫大な資金を消費している今、正直焼石に水と言うのが現状です。』

 

帝国は復活したかも知れなかった。

 

だがそれは正直言ってもう復活というより屍が意思を持って歩き出していると言った方が近かった。

 

ボリス達選帝諸侯派の専横はライクランド帝国を潰滅させるには十分だった。

 

タジムニウス

『女帝陛下(カイザーリン)、帝国の財政は彼奴等から全ての富と財産を没収して埋め合わせるとしても目下我らは国土広しと言えど、その力は遺憾無く発揮されているとは言い難い状況です。

 

ソルランド公、ノルドランド公両名が空白地となったナルンランド、オストランドを占領致しましたが、いかんせん兵が足りません。

 

両地に逃れた敗残兵に戦争犯罪を問わず、全ての地位を保証すると触れを出し彼らの帰陣を促したく存じます。』

 

セレーネ

『よしなに、元帥。』

 

ジャン

『女帝陛下、羽(カルカソンヌ家に使える斥候集団)からの報告によりますと何やら帝国全土では不穏な動きを見せる輩が居るとのことです。』

 

セレーネ

『不穏とは…?』

 

ジャン

『は、まだその詳細を一切掴んでおりませんが、民主革命運動組織が潜伏しているとのことです。』

 

場はどよついた。

 

永らく、それも数星暦という信じ難く膨大な時間を絶対君主国家として存在していたこの国にとってその報告は疫病の到来に等しく、寧ろ卑しくも民百姓が国政に関与して国体を脅かそうとは何事かと怒号が飛び交う始末であった。

 

だが一発の銃声がそのどよめきを止めた。

 

タジムニウスが拳銃で空砲を撃ったのだ。

 

タジムニウス

『帝国貴族とあろう者どもが醜態を晒すな、お客人(アルフィノ達)らの目の前である以上に皇帝陛下の御前であるぞ。』

 

諸将、官僚達はバツが悪そうに座った。

 

タジムニウス

『カイザーリン、その民主主義運動がいよいよ以て玉座に刃を向けし時は臣が悉く撃滅いたします。』

 

セレーネ

『元帥、気持ちは嬉しいですが、一つ聞かせてください。

 

貴方は西方の国アラミゴの革命に関わり、同じくイシュガルドの民主化にも立ち会ったと聞きます。

 

民主主義の良い所も悪い所も見てきた筈、その上で躊躇なく討つと言うのですか?』

 

タジムニウス

『確かに私は彼らと戦いました。

 

強大な敵に自らの信念の為戦う。

 

それはとても素晴らしい事です。

 

私が共感したのはその部分だけで民主主義など民草は当然、そして官僚や軍人までもが人民意思によって自らの精神と制度を蔑める愚の骨頂としか思えてなりません。

 

実に愚かな事をするものだと思っておりました。

 

物事や人にはa(アー)やb(ベー)の方法が有るのです。

 

よって私はそれが誰であろうと帝国に不純物を持ち込もうとするならば容赦無く殲滅する次第でございます。』

 

セレーネは何処か物悲しげな顔をしたが、タジムニウスの問いに頷いた。

 

諸将は革命勢力討つべしと声を上げ、エオルゼアからきた者達は内心穏やかではなかった。

 

ましてやアルフィノはタジムニウスが一瞬自分達の方を見たのを見逃さなかった。

 

セレーネ

『それで今後のことですが、次は何処に軍を進めるべきと判断します元帥?』

 

タジムニウス

『東進すべきと存じます。』

 

セレーネ

『東進、つまりバットランドに兵を進めると?』

 

タジムニウス

『左様。』

 

カムイ

『西進しようにも敵は…まぁご存知の通りこの帝都の真前で戦線を張りミドンランド以下北部から東北方面の領土に一歩も入れないと言う構えでして、この中つ海運河を挟んで渡河戦をするにしても、ソルランドやディッターズ・ランドを起点に浸透しようにも犠牲が凄まじくなる事が予想されており、ましてや東部のバットランドの異端者達が攻めてこないとも限らず。』

 

ソルランド公オットー

『お恥ずかしながら現在の我がソルランド軍とこちら側についたナルンランド軍の残兵達だけでは吸血鬼教の狂信者を相手取るのは些か困難かと。』

 

タジムニウス

『後顧の憂を断つという意味でも帝国内に蔓延るテロリズムの種を殲滅する為にも南北バットランド全域の占領が必要なのです。』

 

ノルドランド公アウグスト

『我がノルドランドも合流した事により我が軍は飛行航空戦艦(艦載機運用可能な飛行戦艦)リシュリュー、飛行空母オルレアン、以下飛行装甲巡洋艦八隻(ガレマール帝国では巡洋戦艦扱い)、飛行巡洋艦十八隻、飛行駆逐艦四十隻と25年ほど前とは行かずとも空中艦隊を確保できました。今回の征伐に装甲巡洋艦二隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十二隻の打撃群を編成すれば十万以下の戦力でバットランドの征服が可能です。』

 

アイアンロック

『もっとも駆逐艦の何隻かは蛾助(ガレマール人の蔑称)からの奪いもんですし、リシュリューもオルレアンも25年前の戦いの後接収を逃れる為に灰色山脈とオルカル山地の秘密ドックに慌てて押し込んだきりですから完全稼働するまではもう少し修理が必要ですがの。』

 

セレーネ

『少なくともバットランドを落とすには十分。

 

選帝諸侯軍の方が軍艦の保有数は帝国旗艦カール・フランツを始め我らより多い筈、建造状況は?』

 

カタリナ

『各造船ドックフル稼働で建造中ですがとても…。

 

材質や人員の不足も目立ち全出力で稼働してるとは言い難く。』

 

レパン

『各地に離散して、まだ戻ってきて居ない遍歴軍と連絡が取れれば…』

 

とレパンはボソッと呟いた。

 

皆が瞼を閉じたり顔を背けた。

 

遍歴軍とは未開の地や東方、西方の各地にシグマー教と聖杯教を広める為に旅立った巡礼騎士団の集合体であり、布教の地での戦闘や自衛の為彼らは自前の陸軍と艦隊を保有しており、陸は戦車や重装甲騎士団、海と空は当時の飛空主力戦艦と飛空巡洋艦を持っている程であり、事実上の帝国の遠征戦力であったが、25年前の敗戦以降、元々の敵対国やガレマール軍による残党狩りでかなりの犠牲を出した事はこの地まで届いていたのだ。

 

レパン

『小さい時に参加して行った弟も…。』

 

タジムニウス

『居ないものは当てにしても仕方ない。

 

現有戦力でもまだ対処が効くだけ良しとしよう。

 

皇帝陛下のお体を考え、今日のところはこれまでとする解散。』

 

諸将はそれぞれの持ち場や領地に戻る為に退室した。

 

エオルゼア勢は皇宮に当てがわれた一室に集まっていた。

 

タジムニウスの発言は彼らにとって看過出来るものではなかった。

 

少なくとも…主義思想の面では手と手を取り合う気はない事を明言したものであり、全てが終わった時、彼は真っ向から敵対しかねないからだった。

 

アルフィノ

『彼が内心そう思っていたなんてな…リセやアイメリク卿は悲しむだろうな。』

 

ユイコ

『専制主義者としての有様としては正しいのでしょうけど、少なくともあの場で言う事では無いわね。

 

彼の長所というか短所というか…本当に遠慮無しにそういう事言う子だからね。』

 

アリゼー

『帝国内の民主運動家達の弾圧はもう止めらないのかしら?

 

まだ帝国に対して反乱を起こしたわけでもないのに徹底的に検挙するのは流石におかしいわよ!』

 

ヤ・シュトラ

『残念だけど、そうとは限らないわね。

 

30年程前までは何度か民主主義革命によって反乱が何回か起きていた様よ。

 

帝国はその度に施設の破壊工作や暗殺の被害を受け続けた。

 

帝室に連なる一族の暗殺事件があって積極的な弾圧や鎮圧を行うようになったと歴史書にはあるから彼らにとって今このタイミングの革命は致命傷になりかねない。

 

だから今必死に摘発しようとしているのよ。』

 

トウカ

『よくよく言えばだけど、その手の革命運動の怖さをタジムは身を以て学んでいる。

 

ある意味この騒ぎはアラミゴの革命も一因だろうね。』

______________________

皇宮内一室

 

タジムニウスはひたすら書類を掻き集め一つ一つに目を通していた。

 

それは自身が国外逃亡するまでに起こった貴族達の不祥事の記録であった。

 

タジムニウスはあの黒い騎士が決して平民や農民上りの人間では無い事を理解していた。

 

だからこそ彼を調べねばならないと判断していた。

 

だがどの事件も彼を満足させる程ではなくあの黒い騎士に繋がりそうな事件は無かった。

 

タジムニウス

(どれもこれもくだらない物ばかりだ。

 

それらしい事件は幾らか有ったが関係者の全員死亡や家の取り潰しの処置がされていたりでどれもこれもらしくない。)

 

『奴は何者だ…?

 

あの剣筋もブレトニア式だった。』

 

考えれば考える程答えが遠のいている気がしてならなかった。

 

キアラ

『いつまで難しい顔してるつもり?』

 

タジムニウス

『君の着ている下着の色を当てるまで。』

 

キアラ

『馬鹿。』

 

キアラはそう言いながら紅茶をタジムニウスに渡してやった。

 

ブランデーが入って良い香りのするそれはタジムニウスのお気に入りだ。

 

キアラ

『みんな(エオルゼア勢)が居る前で民主主義を否定したんですって?』

 

タジムニウス

『友誼と思想の共有は違うものだよ。

 

少なくともその面では私は彼らとは相入れる事はできない。』

 

とそう言いつつも何処かバツの悪そうな返事をしたタジムニウスにキアラは何処か呆れたような顔をしたが、すぐに首を振り彼女は懐からある小瓶を取り出しタジムニウスに見せた。

 

キアラ

『敵の死者から出てきた物なんだけど、調べてみたら違法魔法薬物の成分が検出されたわ。

 

コレを飲めば命を代償に強力な魔法を使えるわ。

 

それこそ死霊術も。』

 

タジムニウス

『吸血鬼教のシンパが戦場泥棒をしようと考えたが横死したと考えるのが妥当か。

 

やはり時間的猶予は無い。

 

キアラ、君はエオルゼアの皆んなを集めてきてくれ。

 

今頃他の義勇兵を迎えに行っている頃だからそのまま上級将校を連れてここに来てくれって。』

 

キアラ

『旦那様は?』

 

タジムニウス

『陛下に東進は今と奏上してくる。』

 

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ミドンランド公爵領首都ミドンランド

 

暗い一室…。

 

蝋燭が微かに光る円卓、血を口から吐き出し、白目を剥き、泡を吐く五人の選帝侯…。

 

そしてただ一人盃を呷り、暗闇に笑う反逆者。

 

ボリス・ドートブリンガー

『諸君はよくぞここまで働いた。

 

だが、諸君らに生きていて貰っては困るのだよ…。』

 

暗い影から数人の黒ローブの男達が現れた。

 

ボリス・ドートブリンガー

『あまりやりすぎるな。

 

自我は持たせず、洗脳して確実に言うことを聞くぐらいに留めておけ、二人はこのままミドンランドに、残り三人はバットランドに送れ。

 

奴らはそこを攻める筈だ。

 

それとコイツらの配下の兵や騎士達が離反せぬように上手くやれ。

 

奴らも大切な贄だ。』

 

黒ローブの男達

『ハハッ…。』

 

ボリスは部屋を後にした。

 

円卓に置かれた盃の底には赤い、鉄の匂いがする液体が微かに残っていた…。

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帝都アルトドルフ軍港

 

船から下船したエオルゼア同盟軍の将帥は二列に並んで波止場に道を作る。

 

その端に賢人達、もう片方の端にはなんと神殿騎士団(イシュガルド政府の直属騎士団)コマンドと同じ鎧をつけたイシュガルド四大名家フォルタン家次男エマネラン・ド・フォルタンとその従者のオロノワが立っていた。

 

アルフィノ

『エマネラン卿!

 

貴方がこの義勇軍に参加していたのか。』

 

エマネラン

『ま、そこの三人が居なくなったら仕事が回ってくるぐらいのお飾りだが、今回の義勇軍はイシュガルドの騎士団が主力である以上、イシュガルド出身の指揮官が欲しいって言うんでどうしてもって言うから遥々渡ってきたんだ。』

 

オロノワ

『でもエマネラン様このお仕事が舞い込んできた瞬間えらく落胆してましたハイ。』

 

エマネラン

『オロノワ⁉︎

 

それは言っちゃダメなやつだ‼︎』

 

アリゼー

『なんか相変わらずね。』

 

エマネラン

『とまぁ、置いといて相棒…じゃ無かったブレトニア国王に会いたいんだが。』

 

アルフィノ

『ブレトニア国王だけじゃないライクランド帝国女帝にも会えますよ。

 

彼らは必ず貴方方の来訪を御喜びになるでしょう。』

 

丁度そこにキアラが現れ、彼女の旦那の伝言を伝えてきたので、そのまま一向は皇帝の間に向かった。

 

中に入ると玉座には女帝セレーネが座り、その両脇にカルカソンヌ公ジャンとマリエンブルク公カタリナが立っており、その前にタジムニウスが跪いていた。

 

セレーネはアルフィノ達が入ってくると微笑を浮かべ、暫し、お待ちをと言わんばかりに合図した。

 

タジムニウスは立ち上がると懐から一枚の紙を取り出した。

 

カルカソンヌ公ジャンが恭しく頭を下げそれを受け取り、セレーネに手渡した。

 

セレーネは一読すると、口を開いた。

 

セレーネ

『コレが東進の計画書ですか元帥?』

 

タジムニウス

『はっ、クーロンヌ軍、つまり我が直轄軍二万、レマー将軍二万、ソルランド公オットー二万、そしてエオルゼアからの義勇軍一万を後詰とした七万の陸軍戦力、その為陸戦兵器及び先の会議で派遣が決定した空中打撃艦隊で編成した軍集団で異教徒を鎮圧いたします。』

 

アルフィノ

『わ、われわれも後詰として出陣ですか?』

 

タジムニウス

『君らの戦力は戦線を構築させて待ちぼうけさせるよりも遊撃戦力として使った方が何かと都合がいいんだ。』

 

アルフィノ

『都合…』

 

アルフィノは嫌に引っかかる言い方に腹を立てそうになったが抑えてエマネラン達が到着した事を報告した。

 

エマネランとタジムニウスは握手を交わし、タジムニウスはエマネランをセレーネの元に誘う。

 

エマネランはセレーネの前に跪くと、セレーネはエマネランに立ち上がるように乞うた。

 

セレーネは此度の助力への感謝と女神の加護が有ります様にと祈りを捧げた。

 

セレーネは瞑想の為自室に戻ると言うのでタジムニウスは近衛の騎士と手練れの武装僧を護衛に就かせろとカルカソンヌ公ジャンに指図するとジャンは一礼したのに指を鳴らした。

 

すると暫くして騎士と武装僧が現れセレーネの後ろにくっついていった。

 

カタリナが各自退室を促すと皆がそれに従って大広間を出て行った。

 

公の場が終わり、私の場になるとエマネランはタジムニウスに話しかけた。

 

話題はセレーネのことであった。

 

エマネラン

『おいおいおいおい、あれが相棒の所の女帝かよ。

 

スッゲェ美人じゃねえか‼︎』

 

タジムニウス

『お前…手を出そうとか考えようもんなら切り刻んでやっからな。

 

絶対粗相すんじゃねえぞ!』

 

エマネラン

『分かってるよ。

 

然し、噂は本当だったんだなブレトニア人は凄まじい魔力を持つ美女を現人神の様に崇めたてるって。』

 

タジムニウス

『彼女はそれだけじゃない。

 

先帝陛下の一人娘という事もあるし、聖女はハイデリンの代理人つまるところミンフィリアと同じだが、アレよりハイデリンに近づけないと言うのが悲しい現実だ。

 

だが直接的に関与するだけあって十分な力を与えられている。』

 

現人神と言うのはあながち間違いでは無かった。

 

然も事と場合によってはヒューラン族の寿命を超えて生きた聖女もおり、その者達は他のヒューラン族よりも老化のスピードが遅かったという、エレゼン族以下の老化スピードでヴィエラ族に寿命が迫る程であったと言う。

 

タジムニウス

(そう考えれば、何故ハイデリンはそうまでして我らの祖先に関わったのだろう?

 

アシエンがアラグ帝国に関わったようにハイデリンも我が祖先達に関わって代理戦争をさせる為だったのだろうか?

 

最もライクランド帝国が興ったのはアラグが滅亡して第四星暦に入って直ぐだからその線は低いか。)

 

タジムニウスは皆と別れると、とある一室の前に立った。

 

ノックを三回すると向こうから三回ノックが返ってきた。

 

その後二回タジムニウスがノックすると扉が開いた。

 

扉を開けたのはカルカソンヌ公ジャンだった。

 

部屋の中にはカムイ、アルトワ公サイラス、老ドワーフの戦士長アイアンロックも居た。

 

タジムニウスが部屋に入るとジャンは部屋の鍵を閉めた。

 

タジムニウスは早速呼び出しを受けた理由について切り出した。

 

タジムニウス

『東方国境が騒がしくなったとは本当か?』

 

カムイ

『はい、ソルランド、そして現在中立の立場をとるキスレヴ大公領より届いた確かな情報です。』

 

アルトワ公サイラス

『現地にて対応中のオットー公によりますと東方連合がこの内戦に介入すると言う流れでは無い模様です。』

 

ジャン

『あくまで隣国にあたる参加国による独断の様ですが、帝国としては東方連合に対し説明と撤兵を求めたく存じます。

 

そして、もしもの時に備えて陛下には元帥としての役目を果たす準備をして貰わねばなりません。』

 

タジムニウス

『東方連合との全面戦争を覚悟せねばならぬと?』

 

カムイ

『そうなれば帝国は事実上終わりです。

 

女帝陛下とマリエンブルク公が外交による解決を模索しておりますが、もしもの時はと。』

 

タジムニウス

『そうなれば立ち振る舞い一つ一つ慎重にならねばならぬな。

 

必要とあれば東方連合に決定的な一撃を与えて、停戦を迫るという無謀な選択をしなければならないだろうな。

 

それで話はこれだけか?

 

もしそうならここに呼ぶ必要も無いだろう?』

 

カムイはフッと微笑すると本当の訳を話し始めた。

 

カムイ

『陛下、先の会議の時に民衆革命運動を悉く自ら撃滅すると仰いましたが、果たしてそれは本心かと思いましてな。』

 

タジムニウス

『何を言うか‼︎

 

今、民主主義革命運動を見逃して、それが激化して一大勢力に成長してみよ、帝国は三つに分断され、滅んでしまうのだぞ‼︎』

 

カムイ

『それは承知しております。

 

私が申し上げたいのはいくら扇動されたからといって民草悉くに手をあげるお覚悟はお有りかと問おておるのです。

 

そこまで無茶をして帝国の秩序を取り戻さんとする姿勢は立派ですが、臣民、特に若い連中は付いてきませんぞ?』

 

タジムニウスは本心を見透かされた上で言われている事を察した。

 

タジムニウス

『国体としては民主主義を決して許容できないが、思想の一部には共感する所があるのは事実だ。

 

民主主義活動家共は言ってしまえばこの混乱に乗じて動き出した便乗家でしか無いのも事実。

 

だが、彼らの行動の裏には同胞や、国家救済の為の考えがあるのも分かる。

 

もっと言ってしまえば、私がもっと早く行動出来れば彼らは自ら武器を取らなかったかも知れん。

 

ボリス・ドートブリンガーの専横を許し、ガレマール帝国によって国土が食い荒らされ、彼らは追い詰められたのだ。

 

彼らは私の不甲斐なさで生まれた被害者なのだと、そう思えば正直気が引けるのは事実だ。

 

だが明言しておくぞタナトス卿、私は彼奴等を叩く。

 

彼奴等は勝てぬと分かっていたとしても、全力を以って私に、女帝に挑むだろう。

 

ならば、我らも全力で応えねばならない、強き者、最も優れた者がこの帝国を支配するにふさわしい。

 

力無き者は敗れ去る。

 

私はセレーネが断頭台に送られる様は見たくない、だから戦う。』

 

諸将はタジムニウスに何か憑き物がある様な物を感じだがその目は真っ直ぐである事も見てとった。

 

タジムニウス

『どちらかが滅び、どちらかが生き残る。

 

そして滅びた者から生き残った者は少なからず学ぶだろう。

 

国の未来を憂いた者同士どちらが正しいか精々天に問おうじゃないか。』

 

カムイ

『そこまで仰るなら我らも全力を以ってお支えする所存にございます。』

 

タジムニウス

『だが、もし彼らに手を取り合ってボリスと戦う気があるのなら何処かちょっとした所に自治区でも作ってやるさ。

 

奴らが申し出を受けるのならな。』

 

するとまたドアをタジムニウスと同じ様にノックする音が聞こえたので開けるとそこにはオリオン公が立っていた。

 

オリオン公

『遅れてしまって申し訳ありません。』

 

アイアンロック

『おお、友よ。

 

久方ぶり故ここを忘れてしまったかと思ったぞ。』

 

オリオン公

『友よ、忘れるものか、ここは我らとフィリップ王、そしてジギスムント陛下が若かれし時に過ごした秘密の部屋。

 

我らの青春の場だ。』

 

タジムニウス

『成る程、ここが父と先帝陛下、そして卿達の憩いの場だった訳か。』

 

カムイ

『この部屋で父や母達が公務をしている間や訓練の合間を縫って皆で集まり、ボードゲームやカード遊び、戦略戦術の話し合いなどした物です。』

 

タジムニウス

『そんな大事な場に…いやだからこそか。

 

オリオン公、卿の顔を見る限り昔語りをする為に来た訳ではあるまい。

 

何か嘆願があるなら申してみよ。』

 

オリオン公

『はい、元帥、いや陛下にお願いしたき議がございます。

 

ミドンランド侵攻の際に、真っ先に紫の森を奪還して頂きたいのです。

 

彼の地は我らエレゼン族の居住地があり、我らの同胞が多く住まいます。

 

彼らは今もドートブリンガーの為に兵と労働力を無理矢理提供させられております。

 

かの森は天然の要害、攻め立てるのが如何に困難かは私が一番存じております。

 

ですがどうか敢えてお願い申し上げます‼︎』

 

タジムニウス

『地図でそこがどういう場所かは存じている。

 

先ずは東進せねばならぬが必ずや卿の願いを叶えよう。』

 

オリオン公は深々と頭を下げた。

 

その頃、暁の面々は明日の出陣の準備をしていた。

 

自身のよく知る英雄がまるで別人の様になっている様な、いや変わらぬが冒険者である事が元々二の次だった彼の本来の姿を見た事に未だ驚きを隠せないのだ。

 

そも、人の信条や信念は個人個人異なって当然であるし、目的や繋がる場が同じであっても人個人レベルの信念が同じで有るなどあるわけ無いし、その考えこそ傲慢不遜極まりないのだ。

 

だが彼のタジムニウスの名誉の為に言わせて貰えば、信念と友誼は別であり、彼らは暁とエオルゼア、そして東方の者達を一度たりとも敵視した覚えは無いし、これからも無いだろう。

 

彼に侮辱や剣を向ける事が無ければ……。

 

アルフィノ

『タジムニウスは何故、私達を後詰めにしたのだろう。』

 

ユイコ

『都合が良いから、でしょ。』

 

ヤ・シュトラ

『本当に都合が良いなら私達を軍に加える事はしないと思うわよ。

 

私達は今は友軍かも知れない。

 

でも結局は私達は信じる旗を違える者同士。

 

いずれ遠からず垣根を越えて手を取り合わないといけない、だけどそれをめでたく超えた後は剣を交えるかも知れない。

 

それなら帝都に留めておいた方がそれこそ都合が良い気がするのだけれど。』

 

アリゼー

『何にしても私たちのやる事は変わらないわよ。

 

向こうじゃ、無理矢理信徒にされたり生贄にされたりする人達が居るんでしょ?

 

その人達を助けなきゃ。』

 

グ・ラハ

『それが一番、暁らしいな。(そしてあの人らしくもある。)』

 

翌日の朝、ブレトニア軍のリンクシェル通信が飛び交った。

 

 

『バットランド侵攻軍は参加部隊は、直ちにソルランド公爵領首都に集結すべし。』

 

各地の軍はそれぞれの部隊長の指示の元、ソルランドに向かって集結した。

 

ライクランド公爵領首都、そして帝国首都アルトドルフよりタジムニウス麾下二万、エオルゼア義勇軍一万の総兵力三万の軍も出陣した。

 

城門より行進を見守る女帝セレーネは杖で天に魔紋を描く。

 

セレーネ

『皆に女神の加護を、其方らの女帝として命ずる我ら鷲獅子の武勇を示すべし‼︎』

 

タジムニウス

『軍旗を掲げよ‼︎‼︎

 

これより鷲獅子と獅子の軍旗を地に塗れさせる事は王として元帥として許さぬ。

 

いざぁぁぁぁ‼︎‼︎』

 

全軍

『『いざああああぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

第三帝国暦1861年(アルトドルフ帝国にて独自に定められた暦。基本的にアルトドルフ帝国が成立した第四星暦より数えて三つの帝国暦が存在する)アルトドルフ帝国軍七万はそれぞれの場所から出撃した。

 

後に凄惨な事件として語られるドラッケンホフ城の戦い通称、死の川の戦いが始まろうとしていた。

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ミドンランド首都

 

黒騎士

『ブレトニアがバットランドに?』

 

将軍

『はい、キスレヴより届いた間違いない情報です。』

 

黒騎士

『キスレヴ…あの独力でガレアン人共から独立を勝ち取り、そして此度の内乱でも中立を保ち続けるかの氷の国…。

 

あの連中は信用ならん。』

 

将軍

『…なぁ』

 

と言いかけた将軍に口を閉ざす様に黒騎士は戒めた。

 

黒騎士

『今、俺の名を呼ぼうとしたなミスランデル。

 

ホーホランド次期公爵の貴様と言えど俺を本当の名を言う事は許さん‼︎

 

俺の復讐が終わるまで決して‼︎‼︎』

 

ミスランデル

『…わかりました。

 

ですが、私と貴方は友だ。

 

いつかは気兼ねなく名を呼び合いたいものです。』

 

黒騎士

『……他に無ければ下がれ。』

 

ミスランデル・ホーホランドは一礼すると黒騎士の部屋を出た。

 

大きな羽根飾りのついた大きなベレー帽を脱ぎ豊かな金髪を掻きむしると何処かやるせない顔をしながら廊下を歩いていった。

 

ミスランデル

『しかし、父上はいまどこにおられるのだ。

 

あの敗戦…いや戦術的撤退の後ここミドンランドに呼び出されては姿を見せぬ。

 

盟主殿も姿を見せぬ…、認めたくないがあの邪教の者共とは盟友のはず…。

 

何故、座視するに留めているのだろう。

 

何か嫌な予感がする。』

 

エレゼンの青年は1人そう呟きながら自陣に戻っていった。

 

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ナルンランド大兵装工房

 

その頃タジムニウス一行はナルンランドの大兵装工房に立ち寄っていた。

 

今回は参加しないがAKやスチームタンクといった各種機甲兵器の修理状態や量産、兵達の鎧、武器、火砲の大量生産を一手に行なうこの大工房は全力稼働こそしていないものの大帝国の武器庫というだけあって一切の支障無く稼働していた。

 

幸いにも工房に残った技術者達をまとめ上げていた人物が親アルトドルフ派よりだった為この工房を得るに至って血は流れていない。

 

それでもかなりの数の研究者と技術者、そして作業員がいくつかの兵器と設計図を携え、選帝諸侯派に合流している。

 

話を彼らに戻そう。

 

タジムニウス達は最新武器保管庫に居た。

 

タジムニウスが元帥としての視察に出るのでエオルゼアの面々を観戦武官兼軍事留学生ということで一緒に立ち入らせてもらっているのだ。

 

ブレトニア側の思惑とすれば、大帝国アルトドルフは健在であると西側に見せる事、そしてその軍事力の一端を見せつけ抑止とする為であり、対するエオルゼア側は対アルトドルフ帝国を念頭に置いた軍事研究とそれを愛想と世辞で隠して、各国への技術供与をして貰えないかという裏工作の為である。

 

その為、暁や義勇軍の面々だけでなく、各国グランドカンパニーの技術将校や各国官僚も一緒になって訪れていた。

 

ガレマール程進化しているものは無いにしても長らく一進一退の戦争を繰り広げてきただけあってその兵器群は繋がる物は沢山あり、どれも強力、取りわけドワーフ製の火器は常軌を逸していた。

 

最新型散弾銃に大口径四連装オルガン砲、果てはナパーム榴弾砲と帝国の為にドワーフ族の鍛治士や技術者が寝ずに設計していたらしく日々これらがガレアン人に使われる事を不服に思っていた彼らだったが遂に本来向けられるべき相手に向けられると聞いてほくほくしていた。

 

アルトドルフ人も負けておらず、最新型スチームタンクの試作機や最新型ヘルストームロケット砲台や、セミオート主力歩兵銃に、何と歩兵携行可能な機関銃に、それすらも弾く強力な重装装甲鎧やそれに合わせて使うガンバスタード(銃大剣)、完全防弾の騎兵用の胸甲にフルプレートアーマーとエオルゼアや東方では現状不可能とされる兵器が所狭しと並んでいたのだ。

 

大軍事国家アルトドルフの粋はここに結集せりとはよく言ったものである。

 

技術者はこれら兵器を一つずつ持ってきてはプロモーションをするという流れを繰り返していた。

 

するとユイコはなんとも物々しい見た目をしているショットガンを手に取った。

 

ユイコ

『これは見るからにショットガンの様だけど、これは紹介してくれないのかしら?』

 

技術者

『ああ…それは廃棄予定なんですよ。

 

世界初のフルオートつまり全自動リボルビング散弾銃として開発してたんですが、開発者急死、装填面に難あり、信頼性難あり、オマケにコストも度外視という事で、試作一丁だけが作られて計画は破綻してしまいまして。』

 

ユイコ

『弾は既存の弾で良いのね…良ければ私に下さらないかしら?』

 

技術者

『ええっ⁉︎

 

これをですか⁉︎︎

 

メンテナンスは骨、交換パーツはもうバラして複製するしか無い。

 

とてもじゃないですが使用するに耐えませんよ!』

 

ユイコ

『手入れはそうね。

 

だけど撃つ分は問題はないんでしょ?』

 

タジムニウス

『どうなのだ?』

 

技術者

『威力は折り紙付きです。

 

フルオート機構も完成しています。』

 

ユイコ

『それじゃ、決まりね。

 

予備のシリンダーも貰えるかしら?

 

もっと必要になったら自作するから心配無用よ。』

 

技術者は予備のシリンダーを四つ渡すと、ユイコは銃に最初からついているシリンダーと予備のシリンダーに散弾を装填するとトウカとアイリスを連れ、射撃場に去っていった。

 

そんなやり取りを挟み、ナルンを後にした一行はオットーとレマーの待つソルランドに到着した。

 

三万の一向がソルランドに着くと合流予定の四万の将兵と民草達は鬨の声を上げた。

 

将兵

『女帝セレーネ万歳‼︎‼︎泉の聖女万歳‼︎』

 

将兵

『レオンクール元帥万歳‼︎獅子心王二世万歳‼︎』

 

民衆

『アルトドルフ帝国万歳‼︎ライクランド=ブレトニア連合帝国よ永遠なれ‼︎‼︎』

 

タジムニウスは口元に微笑を浮かべると軍旗の付いた長槍を騎士から受け取ると馬を二本足で立たせ、長槍を高く掲げてみせた。

 

七万の将兵と民衆は大興奮である。

 

士気まさに天を突き、地を揺らす。

 

兵達を割って入ってレマーとオットーがタジムニウスの前に立ち、馬上で頭を下げた。

 

レマーはヘルムを脱ぎ、オットーは一族より伝わりし黄金の仮面を脱ぎそれぞれ素顔を晒した。

 

オットー&レマー

『これより御下知に従います。』

 

タジムニウス

『大義である。

 

2人には先の大戦の礼も何もしてやれてないがどうか許してくれ。』

 

オットー

『元帥、いや陛下。

 

それには及びません。』

 

レマー

『我らは本来ならばセレーネ陛下の婚儀すらも止められず、戦が始まったならすぐに表返らねばならなかった不甲斐無き臣です。

 

むしろ我らをお咎めになっても良いのです。』

 

タジムニウス

『いや、それこそ私には出来ぬ。

 

卿らがそうせねば成らなかったのは、元より我が父王が卿らの父兄に雌伏すべしと言ったからだ。

 

諸君らが責任を感じる必要はないのだ、全て力無き私の責だ。

 

もしそれでも納得いかぬと言うのならばどうか女帝陛下に忠を尽くしてくれ。』

 

そう言われた2人は頭を垂れ、タジムニウスはヘルムを被ると軍旗を振るった。

 

タジムニウス

『行くぞ、吸血鬼討伐だ‼︎‼︎』

 

将兵

『deus vult(神はそれを望まれる)‼︎‼︎』

民衆

『deus vult‼︎‼︎』

 

ラッパを吹き鳴らし、太鼓とファイフが軍楽を奏で、ソルランドより発進した空中艦隊の起動音が空で響かせた一行は東方の穢れた、穢れてしまった地に足を踏み入れた。

 

そこからは各地の村や町で散発的な制圧戦を繰り広げていた。

 

それこそ最後の1人まで抵抗し撫で切りにされた村や逆に抵抗しない村。

 

狂信的な信徒たちが追い詰められた瞬間同士討ちを初めて生き残った生贄や無理くり信徒にされた者達が白旗を掲げ投稿した町。

 

そもそもバットランドに入る前に起きた吸血鬼教徒に割譲されたアヴァーランド公爵領の城塞都市の一つグレンツシュタットの攻囲戦も含め、結果は様々であるが一つ言えることはどれも結果的な戦果では無かった。

 

上級将校の六人と暁の面々は違和感を感じて居たが中級将校以下は完全に敵を侮り始めたのだ。

 

そもそも吸血鬼討伐と言いながら肝心に吸血鬼は現れず、死喰い人やヴォイドの魔物、ゾンビすら現れず気の狂った人間だけが相手なのが余計甘く見る原因になった。

 

結果これはとんでもない問題を引き起こした。

 

占領地の人間に対し、盗みや暴力、女子供を相手に強姦や売春までさせる兵達が後を絶たなくさせてしまったのだ。

 

彼らは元々帝国の領地であり、帝国の臣民である筈だった。

 

だが25年の月日は、元から信徒、洗脳されて信徒、命惜しさに仕方なく教義に従った信徒の区別無く彼らを異教を崇拝する敵国人にしてしまったのだ。

 

特にこの七万の軍勢は敬虔な若者が多く、彼らからしてみれば異教徒を打ち払う正義の十字軍騎士だと自分達を自負しており、異教徒に何をしても正義の行いとして赦されるという理解に苦しむ認識が要因になった。

 

止めようとした古参兵と若い兵の乱痴気騒ぎや上官襲撃、狂信的な神父やウォーリアープリーストによる私刑執行などもう混沌であった。

 

占領地の人間の不満は高まり、この異教に縋る者はかえって増え出し、憲兵達は場を収めるために強引な手段を取らざるを得なくなった。

 

当然こんな事を許しておけないエオルゼア勢はタジムニウスに抗議した。

 

タジムニウスも火急的速やかに対処するとは言ったが、そもそもオットーとレマーすら手を焼いている始末なのに火急的になど行くわけが無かった。

 

むしろタジムニウスの頭の中には寧ろ幾らかは大目に見てガス抜きさせてやろうと考えていたから咎めるのにそこまで意欲的では無かった。

 

顧みれば戦、戦、戦。

 

溜まる物は大いに溜まる。

 

それを縛り付けるだけではそれこそ兵達は言うことを聞かなくなるだろう。

 

自前で用意した嗜好品や従軍慰安婦、現地の風俗施設だけではこの七万の大軍を全員慰めてやるのは不可能だった。

 

後は、タジムニウス本人の猜疑心もあった。

 

何より彼は先日にこの連中から命を狙われているし、誰がスパイかも分からない。

 

言ってしまえば投降した信徒全員が自爆テロリストの疑いがあったのだ…詰まるところ何もしなくても振るいと間引きをしてくれるなら…と思っていた。

 

だがこのままと言うわけにもいかない。

 

何よりこの混沌は女帝セレーネの威光を傷つける行為に他ならぬのだ。

 

一方を立てて一方を立たず等笑い話にもならない。

 

タジムニウスの下した結論は一挙に西部首都テンプルホフ城を落とし、そのまま一挙に東部首都ドラッケンホフ城を陥落せしめる事であった。

 

ソルランドを出て数日後タジムニウス達はテンプルホフ城を囲んだ。

 

攻囲戦はあっという間に終わってしまった。

 

何故なら守るべき兵も居らず僅かな民衆だけが残っていた。

 

彼ら曰く、兵や信徒達はこぞってドラッケンホフ城に向かい、西部に存在する村や町も例外なくこの状態にあると言うのだ。

 

理に適っていた。

 

一応敵地深くまで進軍している為補給路は伸び、乱痴気騒ぎの所為でその補給路すらいつ怒れる民衆に叩き壊されかねない程不安定になっていた。

 

しかも自分達は余力を残した上で兵と武装した民衆が強力かつ巨大な城塞都市に兵糧も武器も充分蓄えて待ち構えるだけで疲弊したタジムニウス達が遥々来てくれる。

 

とても守り易い状況であった。

 

尤もにわか仕込みの民間人が主力の吸血鬼教の戦力に負ける程アルトドルフ帝国軍は柔ではないのだが…。

 

兎に角進むしか無かった。

 

そこからは止まることなくドラッケンホフ城まで直走った。

 

無理をする為の空中艦隊と強力な兵器群をソルランドとナルンランドから調達し、粒揃いの英雄達を揃えたのだ。

 

ここで進まずしてなんとするか…。

 

一行は遂にドラッケンホフ城を包囲した。前列を銃兵と弓兵と弩兵で並べ、その背後に槍兵とハルバード兵で槍衾を作れるように構え、さらにその後ろを剣兵や斧兵、騎兵が並び、そして最後列に魔道士達と各種兵器群(野戦砲や榴弾砲、多弾頭ロケット砲台ヘルストームロケットやスチームタンク)が並んだ。

 

そこからは一方的な火力を叩きつけた。

 

鬨の声を背に火薬と鉄の塊が城壁とその上に立つ者達に襲い掛かり、詠唱した魔法使いによって呼び出された隕石や氷や炎の塊が降り注いだ。

 

だがこの一方的な殺戮劇にも屈さず、何より敵の防衛に参加している人数がタジムニウス達の二倍から三倍は居ることから正直効果は微々であった。

 

だが晒し続けられれば致命的になる。

 

遂に忍耐を超えてしまった敵は遂に城壁を出た。

 

十数万の人の大波が襲い掛かろうとしていた。

 

だが、それこそブレトニアの思う壺だった。

 

タジムニウス

『今や、雨音のみがホールに響く。

 

お出迎えだ、打ち払え‼︎‼︎』

 

士官

『銃兵構え‼︎』

 

兵士

『応‼︎』

 

士官

『狙え‼︎』

 

雄叫びを上げて迫り来る群衆に兵士達は銃口を向け、冷ややかな視線を向ける。

 

それは確実に敵の頭蓋や心臓をまっすぐ見つめていた。

 

士官

『放てぇぇぇ‼︎‼︎』

 

無数の銃声が轟き、無数の鉛が、大砲から放たれる榴弾が、人の大波を肉の山にした。

 

鶴瓶撃ちに撃ち込まれながらも群衆は迫る。

 

だが辿り着けても槍衾に貫かれ、弾き返された。

 

中列に居る剣兵たちや騎士達は暇過ぎて欠伸をする者が出る始末であり、同じ様にその位置に居たレマーとオットーは各部隊に微妙な指示を出し、アルフィノ、アリゼー、グ・ラハ、アイリスはこの凄惨な殺戮劇を青ざめた顔で見つめ、トウカ、ユイコ、ヤ・シュトラは大人として現実を知る者として微妙な顔で同じ様に見つめ、タジムニウスはこれが戦争だと言わんばかりに無表情でリンゴを齧り、ブランデーで割った紅茶の入った水筒を傾けていた。

 

溜まらず吸血鬼の信徒達は堅い城壁へと逃げ帰ったがそれでもタジムニウス達の足元には数万の肉塊が転がっていた。

 

流石に数時間以上砲撃と詠唱を繰り返し続けるのは砲兵と魔道士の疲労困憊を誘う事になりそうだったので今日は攻撃を取りやめ、彼らは敵の野戦砲や投石機の射程から離れた所で野営することにした。

 

暁の天幕は何とも言えぬ雰囲気であった。

 

皆が口を閉ざしていた。

 

そして外ではこの虐殺を何かのショーの様に感嘆と嘲笑が巻き起こっていた。

 

もう言ってしまうとブレトニア人とライクランド人の腹立たしい程の陽気さと残虐さが表裏一体として存在するが故の空気感に辟易していたのだ。

 

そう彼らからしてみればいくらか自分達よりも進歩した文化と技術を持ちながらも彼らの人間性が野蛮であり、その中にいる事が耐えられなくなってきたのだ。

 

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帝都アルトドルフ宮城

 

セレーネ

『ッ⁉︎』

 

カタリナ

『陛下?』

 

セレーネ

『…を。』

 

カタリナ

『は?』

 

セレーネ

『直ぐに私の剣と杖と馬を用意して、そしてアイアンロック卿とオリオン卿に兵を率いらせてソルランドへ向かわせなさい‼︎

 

タジムニウスに危険が…悪しき呪文が今解き放たれようとしていると微かですが彼女が…ハイデリン様が。』

 

カタリナ

『ッ‼︎』

 

事が重大と察したカタリナは直ぐに立ち上がるとリンクパールを持ってこさせ、直ぐに2人に通信を送った。

 

カタリナがドワーフの頭領か、エレゼンの領主に事の次第を説明している間セレーネはまた星界に意識を集中していた。

 

ハイデリンの微かな声は生者では無い何かが動き出していると告げた。

 

セレーネ

(生者では無い何か…?

 

まさか本当に死者が蘇ったとでも言うの…?)

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アルトドルフ軍野営キャンプ

 

野営地では2人の男がドラッケンホフ城より訪れていた。

 

敵の投降者だろうか?

 

見張りは流石にすんなり入れてやるわけにはいかず上官が来るまで待たせていた。

 

士官が到着し、彼らに目深まで被ったフードを脱ぐ様に指図するとその男達の容貌を見た者達は驚愕した。

 

その2人はハーフランド公とアヴァーランド公、つまり敵方の選帝諸侯の2人だった。

 

いやそれよりも彼らの顔、いや肌は恐ろしい程白く、眼は真紅に染まっていた、それは正に血の色であった。

 

そして次の瞬間であった。

 

2人の選帝侯はおよそ人間では不可能な甲高い叫び声を挙げた。

 

すると野営地に散乱した数万の死体は次々と立ち上がり、この化け物達と同じ叫びを上げた。

 

見張りの兵達は理解した。

 

吸血鬼は実在すると…死者の主人は死に絶えて等居なかった事を…。

 

そしてこの者らは自らの首を斬り飛ばされた刹那に身をもって理解した。

 

野営地は恐怖の悲鳴で埋め尽くされた。

 

タジムニウス

『何事か⁉︎』

 

騎士

『申し上げます!

 

野営地に敵が侵入‼︎

 

敵将ハーフランド公とアヴァーランド公と見受けられましたが、逃げ惑う兵達は人間では無いと口々に…。

 

更に何やら不可思議な魔術を使い、外の死体達が次々と立ち上がって襲いかかり、兵達を喰い殺しております‼︎』

 

タジムニウス

『馬鹿な‼︎

 

ネクロマンサーに死体を使われぬ様、聖水や儀式は済ませたはずだろう‼︎

 

それでもダメだったと言うならもうそれこそかつての吸血鬼…』

 

と言いかけた時だった、タジムニウスは察してしまったのだ。

 

タジムニウス

『その吸血鬼か…。』

 

すると天幕に慌てて入ってきたのはオットーとレマー、更に暁の面々であった。

 

彼らも突如現れた吸血鬼に驚愕し、襲い掛かる亡者を退けてどうにかここまで辿り着いたのだと言う。

 

レマー

『もはや軍勢を維持することは敵いません‼︎』

 

オットー

『各部隊メチャクチャに抵抗している様ですが、各個撃破されるのがオチです。

 

兎も角元帥閣下にはここから逃れていただきたく。』

 

タジムニウス

『いや、それなら兵達も共に居なければ…散乱しているが各部隊ごとに抵抗しているのは確かか?』

 

オットー

『はい。』

 

アリゼー

『タジム?』

 

タジムニウスはリングシェルを通信機に繋げると野営地に存在する全部隊に向けてバースト通信を放った。

 

タジムニウス

『全部隊、こちらはインヴィクター・アクチュアル(タジムにウスの本陣用コールサイン)のタジムニウス・レオンクールである。

 

全残存部隊は直ちに野営地本陣付近エーテライトに集結せよ。

 

これよりエーテライトを過負荷可動させ、部隊毎に強行転移を敢行する。

 

繰り返す全部隊、エーテライトに集結せよ。

 

叶わぬ時は馬や馬車を使ってここを離れ、各自でソルランドまで撤退せよ‼︎

 

これより本陣部隊が貴公らの掩護に回る。』

 

グ・ラハ

『エーテライトの過負荷稼働だと⁉︎

 

あんた自分が何を言っているか解っているのか‼︎

 

アレは』

 

タジムニウス

『だがこの場を切り抜けるための手段として残されているのはこれしか無いのだ‼︎』

 

タジムニウスはグ・ラハの言葉を遮る様に反論した。

 

エーテライトの過負荷稼働とは、通常数人から十数人、最大でも百人近くの人間を地中に存在するエーテル、つまり魔力の潮流である地脈に沿ってテレポという転移魔法を行う為の装置、エーテライトを本来の稼働出力よりも数倍の出力で稼働させ、更に多くの人間を転移させる事が出来るが大変不安定な上、エーテライトが使用、貯蓄可能エーテルが数倍になり、エーテライトが停止、最悪の場合、暴走、大規模魔力爆発を起こしてしまう超危険行為である。

 

エンシェント・テレポと違って、暴走しても、エーテライトが通っているところで有れば辿り着くことは出来るが、どこに出るか分からず、停止、無いしは爆発してしまった場合、向かう先のエーテライトが残っていたとしても、送り先が失うことでエーテルの流れが途切れ、使用者が地脈に取り残されてしまう為まさに一か八かであった。

 

タジムニウス

『だが、ここにはエーテル学の専門家もいるし、何より技師達も沢山いる。

 

レマー、卿は技術者達を召集、ソルランド各地の市町村のエーテライトに転移させて何が何でもエーテライトを維持させろ‼︎

 

オットー、エマネラン、卿らはここでエーテライトを守れ‼︎

 

味方以外決してここに通すな‼︎

 

暁のみんなは俺と来てくれ、散り散りになった兵達を少しでも多く救いたい、そしてあわよくば吸血鬼を獲る‼︎』

 

オットー&レマー

『必ずや‼︎』

 

エマネラン

『すげぇ怖えけど任された‼︎』

 

アルフィノ

『任せてくれ、戦いながら治癒してみせる‼︎』

 

アリゼー

『吸血鬼だかなんだか知らないけど、私がぶっ倒してやるわ‼︎』

 

タジムニウス

『その意気や良し‼︎

 

行くぞ‼︎』

 

一同はそれぞれの役目を果たすべく散開した。

______________________

レマー

『よし、卿らは先に割り振られたエーテライトの維持を行え‼︎

 

数百人から千数百人単位の人間が飛んでくる事になるが何としても維持せよ‼︎』

 

技師団

『『ははぁ‼︎』』

 

______________________

オットー

『我は鉄を掌りし金色の魔法使い、この世の理を揺蕩う魔を打たれた鉄の礫に変えん‼︎

 

シーリング・ドゥーム‼︎‼︎』

 

オットーが詠唱すると亡者達の頭上から高音の炉に掛けられたばかりの様な鉄の雨が降り注ぎ、亡者を元の肉片に戻した。

 

だが更に迫り来る亡者を今度は代々伝わる宝杖ヴォルランスの杖で地面を突き刺し、オットーはオオカミの様な遠吠えを挙げた。

 

すると地面からエーテルで出来た金色の狼の群れが現れ亡者に襲い掛かった。

 

オットー

『今ぞ‼︎

 

ゴールデンカンパニー(ソルランドの誇る選帝公直属近衛槍歩兵軍団、特徴として全員が黄色の軍服と鎧を着ている)前進せよ、我の前より決して退くな‼︎』

 

ゴールデンカンパニー兵団

『『御意‼︎‼︎』』

 

金色の兵達は盾と槍を構え槍衾を作り上げる。

 

死せる亡者と先程まで生きていた同胞の成れの果てを容赦無く串刺しにしてまさに城壁の如く立ち塞がった。

 

その一方で、タジムニウス達はバラバラになった将兵達を救うべく野営地を走り回り亡者達を千切っては投げ、千切っては投げの大立ち回りに興じていた。

 

もはや眼前に広がる光景は言い表しのない狂気であった。

 

老若男女が喰い殺される光景が広がった。

 

アルフィノ

『駄目だ、幾ら倒してもキリがない‼︎』

 

タジムニウス

『やはり、あの吸血鬼を倒さなければ終わらぬか。

 

だが何処にいる…この野営地の何処かに居るだろうが…。』

 

求めよさらば与えられんと云うのなら、求めよさらば合間見えんと云うべきか。

 

吸血鬼達は自らタジムニウスの前に姿を現した。

 

うち一体が、後方に下がり、残りの一体が斧と盾を構える。

 

タジムニウス

『相手してやるということか…舐められたものだ。』

 

アリゼー

『私達も‼︎』

 

タジムニウス

『アリゼー、指名は俺だ。

 

諸君らは可能な限り兵達を救ってくれ。

 

限界まで助けたらエーテライトの近くに爆薬を用意したから準備して待っててくれ。

 

ヤ・シュトラ、トウカ、アイリス、ユイコ、三人を頼むぞ‼︎』

 

トウカ

『大人の役目ってか、ああ引き受けたよ。』

 

アイリス

『若もどうかご無事で。』

 

アルフィノ

『行こう2人とも、救える生命が救えなくなる前に!』

 

仲間達が走り去るとタジムニウスは剣と盾を構えた、そして吸血鬼となった選帝諸侯達を見つめた。

 

そして溜め息を吐き、口を開いた。

 

タジムニウス

『無様だな、利用された挙句化け物にされるとは…。

 

因果応報とはこの事か…おまけに操り人形って訳か。』

 

そう言い放つと、正にその通りと言わんばかりに黒装束に身を包んだ死霊術士達が現れた。

 

死霊術士

『ブレトニアの王よ、貴様には我らのために死んでもらう。』

 

タジムニウス

『生憎だが、私はたった2人の御婦人の為にしか命を散らさぬと決めておる。』

 

死霊術士

『その減らず口もここまで。

 

行け、ネェル・ヴァンパイア(吸血鬼に近き者)よ‼︎

 

我らが支配者の血を与えられた人形よ、其奴の首を引きちぎれぇい‼︎』

 

吸血鬼は剣を振りかぶり凡そ人間とは思えぬ力で前に飛び出して来た。

 

その勢いとそれに合わせて速くなる剣速やいなや剣の達人の域に及んでいる者たちでもこれには舌を巻くだろう。

 

タジムニウスはもし自分がクーロンヌの剣と盾じゃなくて大剣で挑んでいたらあっという間に首を刎ね飛ばされていたかも知れないという恐怖感を覚えつつも敵刃を跳ね返した。

 

数十合ぶつかるも勝負がつかない…いや勝負は何度もついていた。

 

タジムニウスは既に数太刀も喰らわせているが痛がるだけで死なないのだ。

 

首や腕を切断してもくっついてしまうのだ。

 

タジムニウス

『な、何なんだ⁉︎

 

その体はどうなっているんだ⁉︎

 

なぜ蘇るのだ‼︎』

 

そう叫んだ刹那タジムニウスは吸血鬼に押し飛ばされる。

 

立ちあがろうとするも首を掴まれ、宙に持ち上げられた。

 

死霊術士

『ここまでだブレトニアの王よ。

 

死ぬが良い。』

 

首を折られる、いや窒息する⁉︎

 

と直感で感じ取り、意識が遠のく中、本能でタジムニウスは腰に佩いていた短剣を…父から別れの時に渡された短剣を引き抜き、それを吸血鬼の腕に刺した。

 

するとどうだ。

 

今まで以上に痛みに苦しみ、腕は何とボロボロに崩れ落ちた。

 

死霊術士達も驚きを隠せない。

 

今を逃せば、もう後はない。

 

タジムニウスは呼吸を整える間も惜しんで、片腕を失い苦しみ悶える吸血鬼の片割れの首に短剣を突き立てた。

 

すると吸血鬼は恐ろしい金切り声を挙げ、朽ち果てた。

 

これが断末魔だったのだ。

 

何かは分からないが吸血鬼を倒せた。

 

だがもう一体残っている。

 

タジムニウス

『俺の予感が当たっているのなら後1人倒すだけで全てが終わる。』

 

それは当たっていた。

 

死霊術士

『何ということ⁉︎

 

紛い物とは言え吸血鬼が負けるだと⁉︎』

 

死霊術士

『まさか、あの短剣は…。

 

いやだが有り得ない⁉︎』

 

そんな折、タジムニウスの元にリンクパール通信が入ってきた。

 

アリゼー

『タジム聴こえる⁉︎

 

今、無事な兵達を助けている最中何だけどかなりの数の亡者達が倒れて動かなくなったの。

 

ヤ・シュトラやゲルト卿は死霊術を掛けた術者、つまり吸血鬼の一体が死んだんじゃないかって。

 

勝ったの?』

 

タジムニウス

『なんとか、しかも偶然だな。

 

後もう一体残ってるしな。

 

まだ、亡者はわんさかいるだろうな。

 

退避状況は?』

 

アリゼー

『おおかた片はついたわ。

 

後は私たちが退避するだけ。』

 

 

タジムニウス

『よし、エーテライトに時限爆弾を設置しろ。

 

ここから逃げるぞ‼︎』

 

タジムニウスは通信を切り、構え直した。

 

タジムニウス

『尤も逃してくれればの話だが。』

 

もう既に吸血鬼の、生き残った方の片割れが既に銃剣を構えている。

 

死霊術士

『まさか一体倒されるとは思わなかったが、貴様を殺すには十分。

 

時を置かずして、此奴が先に滅びた木偶を引き継ぎ亡者共を立ち上がらせるだろう。

 

貴様はもう終わりだ‼︎』

 

『否‼︎』

 

そう叫ぶ声に居合わせた者達は振り向く。

 

するとエメラルド色に眩い光が輝き、その光を見た吸血鬼と死霊術士達は怯み出す。

 

緑の騎士が現れたのだ。

 

緑の騎士

『さぁ、行くのだ。

 

お主にはお主にしか成せぬ事が、王としての務めがあろう。

 

この馬に乗れ、お主を逃してくれる。』

 

タジムニウス

『貴方様はどうなさるのです?』

 

緑の騎士

『我は使命を果たすまで不滅。

 

この者らは我を害せぬ、心配には及ばぬ。』

 

タジムニウスは頷き、馬に跨った。

 

魔法の馬は主人と同じく眼も鬣もそして鎧や装飾品も全て緑色で有り、手綱や飾り紐は月桂樹の葉で覆われていた。

 

タジムニウスは拍車を入れて馬を走らせた。

 

振り返ると緑の騎士と吸血鬼が激しくぶつかり合っていた。

 

この魔軍馬は光を放ちながら駆ける。

 

その光は聖なる光とでもいうのか襲い掛かろうとした亡者達は皆砂となって消え失せた。

 

さて驚いたのはエーテライトを死守すべく返り血塗れになった、暁の面々とオットー達である。

 

明らかにこの世の物では無い姿をした馬に跨ってタジムニウスが戻って来たのだから。

 

タジムニウスは更に驚き返していた。

 

皆揃いも揃ってボロボロなのだ。

 

だが敵が彼らを一歩たりとも退けた後は無いのだ。

 

彼は確信した。

 

救えぬ命の方が多かったであろう、されど救えた命もまた多いであろうと。

 

タジムニウスは皆を転移させると受け取った起爆スイッチを押した。

 

そしてすぐにエーテライトを使って転移した。

 

そして爆薬が起爆したと同時に既に臨界状態だったエーテライトは大爆発を起こし、野営地を跡形もなく吹っ飛ばしてしまった。

 

大勢の亡者を道連れに。

 

後にこの地はドラッケンホフ・クレーターと呼ばれる。

 

こうして、常軌を逸した手段で難を逃れたが、彼らはまた直後に難に見合うのである。

______________________

 

タジムニウス達は無事に転移は出来たものの、よりにもよって転移先はソルランドより少し離れた位置にあり、未だ敵地、更に信じられないがこの地にも亡者達は放たれていた。

 

しかも街や村に残ってた僅かな人間を信徒問わず喰い殺し、亡者の仲間に加えていた。

 

塵も積もれば山になる。

 

少なくとも数千から一万の亡者の軍勢が死霊術士によって操られタジムニウス達を追っていた。

 

肝心のタジムニウス達は僅かな千余名

 

いくら知能も低ければ、ろくな戦闘術も使えないただのゾンビとは云え脅威であった。

 

タジムニウス

『ゲルト卿、もう一踏ん張り出来るか⁉︎』

 

オットー

『愚問ですぞ‼︎』

 

タジムニウス

『ここは我らとゴールデンカンパニーが守る。

 

他の連中は援軍を連れてこい‼︎

 

レマーが恐らく再編を済ませてくれている筈だ。』

 

アルフィノ

『私達も‼︎』

 

タジムニウス

『ならぬ‼︎

 

エオルゼアを真の意味で救済するのは君達だ、私では無い‼︎

 

その君たちをここで失うことの方がエオルゼアやひいては我が国や世界の損失だ‼︎』

 

アルフィノ

『タジムニウス‼︎』

 

タジムニウス

『行け‼︎

 

行けったら‼︎‼︎』

 

オットー

『ゴールデンカンパニー総員、ファランクス‼︎』

 

ゴールデンカンパニー兵

『応‼︎』

ゴールデンカンパニー兵

『応‼︎』

 

タジムニウス

『方陣を組め‼︎』

 

それでも尚残ろうとするアルフィノとアリゼーをアルフィノはユイコが、アリゼーをグ・ラハが脇に抱えて走り去る‼︎

 

アリゼー

『嫌‼︎

 

ラハ、放しなさいよ‼︎

 

あの人が、あの人が死んじゃう‼︎』

 

グ・ラハ

『じゃあ走れよ‼︎

 

死なせたく無いなら自分の役目を忘れるな‼︎』

 

ユイコ

『あの子がここに残るのは私たちの為だけじゃない。

 

今ここで逃げたとしてもあの亡者達はソルランドにも入ってくる。

 

そうなればもっと大勢の人たちが死んでしまう。

 

あの子はそれを避けるためにここに踏み留まるの!』

 

アルフィノ

『ならば私達は一刻も早く援軍を連れて戻らねばならない…分かったよユイコ。

 

貴女の言う事は正しい。』

 

アリゼー

『…タジム‼︎

 

絶対戻るから、絶対戻るからそこに立ってなさいよ!』

 

タジムニウスは返事の代わりに大剣ライオン・ハートを高々と掲げてみせた。

 

そしてタジムニウスは本陣旗を方陣のど真ん中に突き立てた。

 

タジムニウス

『すまぬ…ゲルト卿。

 

諸君らを巻き込む形になった。』

 

オットー

『良いのです。

 

我らは、我ら大人は貴方が生まれた時からその身に余る重責を押し付けた。

 

これが武運拙く最期になってしまったとしても、最期くらい我々にも背負わせて下さい。』

 

タジムニウスは穏やかな表情を浮かべ頷いた。

 

オットー

『ソルランドの荒くれ者ども‼︎

 

ブレトニア国王陛下の前に我らの忠節と武勇を示す時は今ぞ‼︎』

 

ゴールデンカンパニー兵団

『『いよっしゃあ‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

するとタジムニウスはここにきて過去視に見舞われた。

 

こんな時にッ⁉︎

 

と思いつつももはや抗う事はできない。

 

タジムニウスの目前に広がる光景はバットランドの荒野。

 

古のライクランド帝国軍が荒野、いや峡谷に整列している。

 

そしてそれぞれの得物を地につけ鳴らし、鬨の声を上げていた。

 

そして戦列中央の一本道を素晴らしい鎧を着けて歩く1人の身分の高い位についているであろう騎士がいた。

 

そしてその騎士は宝具ガール・マラッツを手に持っていた。

 

そして翻る軍旗にはSIGMARの綴りで大神シグマーの名とその騎士の名が綴られており、その名にタジムニウスは驚愕した。

 

タジムニウス

『カール…フランツ大帝…‼︎』

 

そしてカール・フランツの演説が始まる。

 

カール・フランツ

『諸君‼︎

 

今夜だ、今夜遂に我らは悪魔共をこの世より追放する事が出来る‼︎

 

我に続け、暗黒の世界の者共に聖なる断罪を執行するのだ‼︎‼︎』

 

ライクランド帝国将兵

『『『ウオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎』』』

 

タジムニウスは理解した。

 

今この場に映し出されている光景は、カール・フランツ帝の歴史の中で最も名高く、最も偉大な戦いであると言うことを…。

 

タジムニウス

『ブラック・バスの戦い…。』

 

すると反対から角笛が鳴り響きカール・フランツは角笛の鳴る方に向き、兵達の表情も更に険しくなる。

 

すると恐ろしい雄叫びをあげるルガディン族の戦士や、当時はこの地に居たのかアマルジャ族やコボルト族と言った獣人族に、果てはアウラ族やゴーレムやギガース族やジャイアント族の巨人族まで大挙として押し寄せてきた。

 

そう正にライクランド帝国に住まうヒューラン族の存亡が賭けた戦いであった。

 

カール・フランツ

『ハルバード兵構えよ‼︎』

 

ハルバード兵団

『For Franz‼︎(フランツの為に)』

 

ハルバード兵達は槍衾を築き上げる。

 

そこに迫る異人族の戦士たち。

 

カール・フランツ

『持ち堪えるのだ‼︎』

 

戦士達が襲い掛かるがハルバード兵達は果敢に立ち向かい、その先頭で金色の戦鎚を振るう皇帝。

 

それを支援すべく砲火を開く火砲の砲列と夥しい銃口。

 

それでも彼らは突撃するのをやめない。

 

然し彼らに迫るものがあった。

 

デミグリフ(グリフォンの変異種。ワシの頭に獅子の体は変わらないが翼が生えていない。今日でもデミグリフ騎士達は決戦用の重装騎兵としてライクランド軍に加えられている。)騎士達であった。

 

数百騎のデミグリフ騎士達がランスを構え、異人族の軍勢に割って入る!

 

だがその侵攻を止めるべく巨人族が棍棒を振り回し、歩兵達は吹き飛ばされる。

 

流石のデミグリフも足を止める。

 

だが、魔術師達が魔法の光弾を放ち、上級魔法使いは隕石を巨人族の軍勢に叩き落とした。

 

正に筆舌に尽くしがたい凄まじい戦いである。

 

更にタジムニウスが驚いたのはその軍勢の中では有力な武将なのか、他とは明らかに違う荒々しい鎧を身につけたルガディン族の戦士が古代ルガディン族の言語を喚き散らしながら空より降りてきたのだ。

 

騎乗していたのはなんとドラゴン族だった。

 

無理矢理なのか、何かしらの盟約や手段があったのかそのルガディン族に忠実なドラゴンは先程隕石を叩き落とした上級魔法使いに喰らい付き、その顎で上半身と下半身を喰い千切ってしまった。

 

流石にドラゴン族を前にした兵達は次から次へと背後に下がり始める。

 

だがその時だった。

 

太陽を背に一匹のグリフォンが現れた。

 

そのグリフォンは大神シグマーの名が彫られた鎧を身につけ、雄々しく翼を広げ、鳴き声を挙げる。

 

そしてそれに跨るはカール・フランツ帝、正に人馬、いや人鷲獅子一体というべきか?

 

カール・フランツあるところデス・クロー有りと謳われたこの世で最も猛々しく気高いグリフォンに乗って現れたカール・フランツを見た兵達はまた足を前に踏み出す。

 

カール・フランツ

『シグマーの為にぃぃぃぃ‼︎‼︎』

 

ガールマラッツを高々と掲げたカール・フランツの鬨の声に合わせて、歩兵、騎兵、投射兵の陣形無視の全力突撃を敢行した刹那、タジムニウスは過去視から現在に戻された。

 

タジムニウスは額に手を当てて、立ちよろめいたままの姿であった。

 

オットー

『元帥?』

 

タジムニウス

『カール・フランツ大帝の故事に習えというのか…なんとまぁ無理難題を押し付けてくれたものだよ全く…。』

 

オットー

『?』

 

タジムニウス

『皆、ここに不動の陣を敷く‼︎

 

ライクランド人なら分かるな?

 

これはかつて大帝カール・フランツがブラック・バスの戦いにおいて異人族の大軍を退けた時大帝は全将兵に退く事を禁じ、その結果大帝とその兵達は勝利の栄光を掴んだ‼︎

 

大帝は戦力差は歴然とする中で耐え忍んでみせた…なら我らも同じ事が出来る筈だ‼︎

 

忘れるな我らの背にはソルランドが有るのだ‼︎‼︎』

 

兵達の顔は決意に満ちた物になる。

 

更にそこにタジムニウスの檄は続く。

 

タジムニウス

『帝国は諸君らの死を望んでいる‼︎

 

戦え‼︎‼︎

 

全ての守るべき物の為に、この獅子心王と共に‼︎‼︎』

 

?&?&?

『『『ならば、我らもそれに加えて貰おう‼︎‼︎』』』

 

迫り来る亡者を光の雨が灰燼に帰す。

 

何処から放たれたロケットの雨と矢の雨が敵を蹴散らす。

 

そしてその直後に鳴り響くドワーフとウッドエルフの角笛。

 

そして皇帝の禁軍の証であるラッパが吹き鳴らされる‼︎

 

オットー

『元帥‼︎

 

アレを…皇帝の…女帝陛下の軍旗とエルフとドワーフの軍旗が…そして我らの軍旗が高々と掲げられておられますぞ‼︎』

 

そう言い終わった瞬間、なんと宙からセレーネが降りてきたではないか。

 

信じられないが彼女だけで飛んできたのだ…彼女は以前より遥かに泉の淑女の力を使いこなしていた。

 

セレーネ

『元帥、大義でした。

 

そしてごめんなさい、私がもっと早くに吸血鬼の存在を感じ取れていれば…。』

 

セレーネがタジムニウスから敵方の方に向き直ると、野営地で消滅したと思われた亡者や野営地で犠牲になった将兵、女も子供も関係なく悍ましい歩く死者と化して迫ってきていた。もはやその数は十万を数えた。

 

セレーネ

『彼らもあの様にはならなかったかも知れない…私の傲慢だとしても…あの人達に対しての責任が私にはある。』

 

セレーネは向き直ると決意を露わにした。

 

セレーネ

『私は唯一彼らに対抗し得る力を持つ者として、アルトドルフ帝国の女帝としてこの戦を共に戦いましょう。』

 

タジムニウス

『女帝陛下の御身は必ず私がお守り致します。』

 

すると死者の大群は体制を整える為なのか、その場で静止した。

 

そしてその遥か後方には件の吸血鬼のなりそこないと死霊術士が居た。

 

アイアンロック

『あそこまで行くのは骨ですな元帥。』

 

オリオン公

『左様、元帥閣下には少しお休みいただかねばなぁ友よ。』

 

タジムニウス

『二人ともよく来てくれた、だが私は前線から離れる気など無いぞ。』

 

アイアンロック

『分かっております。

 

ただ最前列からは離れていただく。』

 

オリオン公

『元帥、貴方はブレトニアの軍法とは何たるやを御身自らお示しになられた。

 

だがそれではまだ半分なのです。』

 

タジムニウスは常に最前列で兵と共に戦ってきた。

 

それこそがブレトニア騎士にふさわしいと思っていたからだ。

 

だがそれだけでは足りないと言われたのには面食らってしまった。

 

そこにオリオン公は諭す様に続ける。

 

オリオン公

『王陛下、本来将帥が敵刃に触れられる事有ればその戦は負けると申します。

 

兵達は確かに貴方が先頭で戦う事で勇気を貰っておりますが、それ以上に怖いのです。

 

もし目の前で戦死する様な事あらばと気が気では無いのです。

 

彼らには貴方が必要なのです、兵と将は親子の様な物、父や母に見守られてこそ子は育つ物。

 

そして大将たるなら、時には本陣で山の如く構えるのも将たる者の在るべき姿にございます。』

 

アイアンロック

『何、心配には及びませぬ。

 

我らが戦をするのですからな。』

 

そう言うと暁の面々やレマーも現れた。

 

援けを呼びに行ったら直ぐに合流したのだと言う。

 

そして…

 

キアラ

『貴方…。』

 

タジムニウス

『君も来たのかい。』

 

キアラ

『同じ事は言わせないで。』

 

キアラはそう言うと白魔法を詠唱する。

 

タジムニウスの傷はみるみる癒えた。

 

キアラ

『私もセレーネさんの隣で戦います。

 

文句は有りませんね?』

 

タジムニウス

『……腕利きの占星術士が居てくれるなら安心だ。

 

女帝陛下は…もう前線から動かぬと言わんばかりだしな。』

 

セレーネ

『私が本陣に居ても祈ることしか出来ないわ。

 

でも貴方は違うでしょう?』

 

タジムニウス

『全く貴女はこの国の皇帝なのですよ…。

 

グリムハンマー卿とオリオン卿もなんとか言ってくれ。

 

私が今言われた事もう一回そっくり言って差し上げろ。』

 

アイアンロック

『そう申したのですが、吸血鬼達と戦う為には自分が近くにいなければ成らぬと聴かないのです。』

 

セレーネ

『あの悪き力を抑えることが出来るのは私だけ。

 

もしくは…いえ、これは後程お話ししましょう。

 

兎も角加護無くば戦えないのです。

 

それに貴方は先の戦いで先頭で戦い、私は本陣に居た。

 

同じ理屈なら私も皇帝として最前線で戦わねばまだ半人前ですよ。』

 

セレーネは天を払うと兵達の持っている武器が皆白色の光を纏い出した。

 

セレーネ

『これで、亡者や吸血鬼にも十分対抗出来るでしょう。』

 

タジムニウスはこれは参ったと思ったのか暁の面々に女帝の護衛を頼むのであった。

 

かくして女帝は兵と共に最前列に、王は本陣で軍配を振るう事になった。

 

両者の準備が整った。

 

まず先手を取ったのは亡者の大群であった。

 

奴らは好き放題に恐ろしい雄叫びを挙げた。

 

それに対して生者の大軍は、まずドワーフ達を前に立てて槍衾を築き上げた。

 

ドワーフ族はララフェル族よりは背丈が大きいが、人間の腰上ぐらいしか存在しない。

 

だがその肉体の力はルガディン族以上とも言われている。

 

そんな彼らが重装備の鎧を身につけ、槍を構えている。

 

言ってしまえばちょっとした城壁である。

 

ドワーフ族だけで良いのかと心配して見ているアルフィノ達にアイアンロックは不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

アイアンロック

『まぁ、見ちょれい坊ちゃん方。』

 

亡者達は今正に槍衾に激突するか否かであった。

 

その時である。

 

金色の鎧に草木で装飾されたアセル・ローレンのエレゼン族の剣士達がドワーフの槍衾を階段の様に渡り、死者の大群に猛然と斬り掛かる。

 

オリオン公の軍勢の中で最も腕利きの剣士達で構成されたカウンター集団の剣技は亡者達の波を蹴散らしてしまった。

 

それと合わせてドワーフ族の槍衾がそのまま突進して更に亡者を蹴散らした。

 

更にドワーフやルガディン族の戦士団が剣や斧を振り回しながら続く。

 

アイアンロックとオリオンの目論見は押し留めるのではなく押し返す事だったのだ。

 

その為に連携のしずらい他の種族の兵達が居なかったのだ。

 

タジムニウスはこの二人の手腕に賞賛の声を挙げたが、直ぐに次の行動を取らねばならない事を忘れていなかった。

 

タジムニウス

『今だ‼︎‼︎

 

侵掠する事火の如く、勢いを殺すな突撃ィィィ‼︎‼︎』

 

戦場一体に響き渡る怒号が将兵の鬨の声を呼び込む。

 

多種多様な種族で構成された生者の軍勢が狂乱の如く斬り込む、無数の銃口から鉛の雨を降らせる、火薬の嵐を吹かせ、魔法の天変地異を引き起こした。

 

真正面からぶつかり合う亡者と生者の群れ。

 

その生者の群れに楔を打ち込むべく亡者達の一隊が攻めかかる。

 

その亡者達は骨や腐った肉体に鎧をつけ、馬も同じ様な状態であった。

 

兎も角亡者の騎馬が迫って来ていた。

 

亡者の大群が統率を得て大軍になって来ていることを感じ取ったタジムニウスはその原因を模索したが、それよりも騎馬の断道をどうにかしなければならなかった。

 

タジムニウス

『伝令‼︎

 

中列槍歩兵部隊を三時から五時方向に展開、左翼騎兵団を敵騎馬集団に当てよ。

 

右翼騎馬軍団は突撃隊系を取り待機せよ。』

 

伝令

『ハッ‼︎』

 

伝令がリンクパールで各指揮官に通信を送り、その直後に指示を受けた各部隊が対応する。

 

生者同士の戦いであれば互いに電波妨害を掛けてリンクパール通信などほぼ使えないので伝令が一々騎馬で伝えに行っていたが、今回は違う。

 

亡者の騎馬を槍衾が刺し崩し、馬の足が止まった所に猛スピードで馬を走らせる騎士と騎兵が槍と剣を振るう。

 

その仕返しと言わんばかりか、最前列の歩兵が闇魔法で吹き飛ばされてしまった。

 

件の吸血鬼が最前列に現れたのだ。

 

兵達が討ち取りに掛かるも次から次へと斬り殺されてしまった。

 

セレーネ

『この者は私が…。』

 

セレーネは左手に宝杖、右手にはレイピアを持ち吸血鬼に相対する。

 

その傍をキアラとアリゼーが固める。

 

キアラ

『旦那様との約束、果たして見せます。』

 

アリゼー

『吸血鬼だか、なんだか知らないけど楽勝よ‼︎』

 

吸血鬼は獣の様な声を挙げ、剣を振り回しながら迫る。

 

そこになんとセレーネも同じ様に前に踏み出る。

 

両者の剣は激しい音を立てる。

 

キアラとアリゼーは驚いた。

 

箱入り娘の象徴の様なセレーネが一端の剣士の如く剣を振るい、吸血鬼としての力は勿論、優秀な軍人でも有る選帝侯と互角に打ち合っているのだから。

 

だが、元を正せば不思議では無い。

 

元々文武両道を是とし文官武官の隔ては名義的な物のしか過ぎないライクランド帝国、およびブレトニア王国は、すべての官僚、貴族、果ては平民までもが戦闘教練を積んでおり、特に貴族しかも高位の身分に立つ者は少なくとも十歳になるまでに剣か銃(個人によっては槍や斧)の基礎教練を終わらせ、元服の十六歳までにはこれら戦闘術を会得することが定められている。

 

当然セレーネも例外では無い。

 

幼き時より傀儡にはされつつも秘密裏に行動していた皇帝派や、傀儡化の批判を流す為に選帝諸侯達から戦闘教練を受けさせられていたのだ。

 

尤もアルトドルフ家の血筋に備わった才能もあってだが…。

 

だが彼女のセンスは抜群だった。

 

セレーネは戦いながら無詠唱で重力魔法レビデトを使い、半分宙に浮いた状態で戦い、彼女は飛び回りながら戦い、姿勢も腕や足を振るって急回転を加え、全くその動きを予期出来なくしていた。

 

レイピアを攻めに、宝杖を守りに使い、二振りの剣を振るう吸血鬼と互角に戦っていた。

 

だがそんな彼女も意識外からの攻撃には対抗出来ない。

 

武装した亡者が襲いかかる。

 

だがアリゼー、キアラがそれらを悉く薙ぎ倒していた。

 

______________________

一方所変わってトウカ、ユイコ、アイリスもまた有るものと対峙していた。

 

もう一体居たのだ…吸血鬼は三体いたのだ。

 

ここに至るまでの急激な亡者の急増と武装した亡者を率いてやってきた者…そのすべての辻褄を合わせる存在と戦っていた。

 

こちらではアイリスが吸血鬼と打ち合い、トウカ、ユイコが群がる亡者を跳ね飛ばしていた。

 

ユイコに至っては例の試験ショットガンを使っていた。

 

リボルバー式散弾銃の弾幕は亡者を挽肉に変えるには充分過ぎる火力を持ち合わせていた。

 

ユイコ

『全然使えるじゃない。

 

良いわ貴方はウチの子よ。』

 

トウカ

(己の拳以外頼まぬって感じだけど凄いメカ好きなんだよなぁ…付き合い長いけどなんかズレた気がするんだよね〜。)

 

二か所で起こった決闘は勝負がつかない。

 

だが、それを無理矢理、いやこの戦いそのものを無理矢理終わらせようと現れた物があった。

 

なんとそれは醜く肥え太った巨人族の亡者達であった。

 

もはや辛うじて人の形を保っていると言っても過言では無いそれは遮二無二に走り迫る。

 

その道中に居た亡者達を跳ね飛ばし、踏み潰しながら。

 

兵士

『何だあのデカブツは、ずだ袋じゃねえか。』

 

兵士

『ひでぇ匂いだ…だが槍で一突きだやっちまえ‼︎』

 

だが一人その匂いに覚えのあったオットーはそれを制止しようと声を張り上げる‼︎

 

恐怖を黄金のマスクの裏に秘めて。

 

オットー

『いかん‼︎

 

やめろそいつに近づくな火矢を放つのだ‼︎

 

誰も近づくな‼︎‼︎』

 

だがもう遅い。

 

腐敗した巨人達に槍が突き刺さる。

 

その瞬間だった。

 

これら腐敗した巨人達は破裂した。

 

気味の悪い緑色の胞子を撒き散らし、それらは槍を突き刺した兵達をはじめ生ける生者達を覆い包む。

 

そして兵達は次から次へと血を吐き出し、膿で腫れ上がった。

 

皮膚は赤く爛れた。

 

タジムニウス

『ゲルト卿…オットー…これは…何が起こっている‼︎‼︎』

 

オットーは震える手でマスクを取り、もう一度今解き放たれた胞子の匂いを嗅ぐ。

 

オットー

『我が国に生えている毒性のキノコです。

 

独特な匂いがあり直接吸うかキノコを口に入れれば死に至りますが、胞子そのものの空気中の滞留時間は極めて短くあのような…あのような事にはまずならない筈。』

 

タジムニウス

『だが現に風下にいる我らは胞子に襲われている‼︎

 

どうすれば良い⁉︎』

 

オットー

『火です!

 

キノコの例に漏れず火に極めて弱いのです。

 

松明を振り回したり、火を起こせば胞子はその近くには広がりません‼︎

 

後、白魔法の結界や解毒魔法で対処出来ます‼︎』

 

タジムニウス

『直ぐに取り掛かれ‼︎

 

篝火を焚け‼︎

 

兎に角なんでも良い、口を塞ぐのだ‼︎

 

直接吸ってはならん‼︎』

 

胞子が拡散しているのは敵軍も一緒であったが、彼らは元々全員が死人なので影響は無く、苦しみ悶える生者を他所に彼らは自身の城へと引き返していった。

 

高笑いを響かせる2体の吸血鬼に率いられて…。




いかがだったでしょうか?()

三万文字…約三万文字…こんなになるとは思ってもみませんでした…。

これ描き始めたの去年ぞ?

何月?秋頃⁉︎嘘だろ‼︎

これが現実…現実です(血涙)

私事ではございますが、この度長年所属していたFCを脱退、致しましてかなり人間関係が拗れる事になりました。

脱退したFCに所属していたメンバーをモチーフにして作ったトウカ、ユイコ、アイリスは、次回までは参加させますが、何かしらの理由を持ってこの叙事詩より退場、降板する事になりましたのでどうかその辺をご容赦下さい。

後、中編の完成次第、設定集なる物を合わせて投稿致しますので、どうかこちらもご贔屓に…。


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11話 死者の国

胞子は引き、空気上に霧散した。

 

火を振り回しながらタジムニウス達はソルランドに帰還した。

 

だが…最早惨劇の帰還であり、誰一人としてソルランドの城や町には入れなかった。

 

彼等を襲ったのは毒キノコの胞子などでは無かったのだ。

 

いや、それはあくまで含まれていると言ったほうが良い。

 

他にも疱瘡や黒死病、更には天然痘の症状まで出て来た兵士が現れた。

 

未知の化学兵器だった。

 

ありとあらゆる疫病のカクテル…それが正体としてもあまりにも常軌を逸していた。

 

自然界の法則すら曲げているであろうそれは対処の仕様が無いのだ。

 

救いがあるとすればオットーによる対処策を早々に行った事でこれに感染した人間は全体で見れば然程多くは無かった。

 

だがそれでも数千単位に及んでいるのは事実であり、黒死病や天然痘は伝染病、何時他者に感染してもなんら不思議では無いのだ。

 

そして何より…

 

タジムニウス

『キアラ………。』

 

血を吐き、巫女装束は血塗られ、息は辛うじてしているが、疱瘡の症状が現れ、更に毒に侵された最愛の女性が今、タジムニウスの前に横たわっていた。

 

そしてユイコに手を握られ必死に呼び掛けられながら、トウカの決死の治療を受けるアイリス。

 

彼もまたキアラと同じ様な状況になっていた。

 

アリゼーは俯き、セレーネは重たい口を開いた。

 

セレーネ

『あの時、巨人から噴き出した毒霧が襲う直前迄私達はあの者と戦っていました。

 

私達が夢中になっている間に霧は迫り、もう間に合わないと思った瞬間キアラさんは私とアリゼーさんを結界の中に引き込み、その外で自分は背を向け、袖で口を覆いながら結界を維持してくれたのです。』

 

トウカ

『私達も一緒。

 

私が結界を張るまでの間、アイリスは最後まで…時間を稼いでくれた…自分を犠牲にして。』

 

タジムニウス

『オットー…どうにか出来ないか?』

 

オットー

『幸い白魔法によって症状は抑えられる様ですが…焼け石に水、完全に完治となると恐らく作り出した敵側に保険として存在しているであろうと思われるワクチンが必要です。

 

疱瘡や天然痘、解毒などは個別に薬を出せますが、ありとあらゆる症状が出ていて、どれを処方すれば良いのか…。

 

兎も角ヤ・シュトラ嬢が私の代わりに魔法学院に行って必要な錬金薬を取りに行って貰っています。

 

彼女も幸いにも後方にいた事で霧を吸っていないそうで、後、魔法薬学に覚えが有るそうですので

そのまま残り解熱剤や疱瘡用の生薬等の薬を処方するとのこと。』

 

タジムニウス

『兎に角可能な限りの処置はしろ‼︎

 

残して来た死骸に火を放っておけ‼︎

 

荒っぽくても敵わん‼︎』

 

するとキアラが弱った手でタジムニウスの手に触れる。

 

キアラ

『旦那…様…タジム…。』

 

キアラの手を握り返しその場に跪くタジムニウス、その目に涙を見せまいと気丈に振る舞おうとしているが既に潤み出していた。

 

キアラ

『私…マモッタヨ…ヤクソク…マモッタヨ…。』

 

と微かな声で話すと彼女は目を閉じ…手は力無く擦り落ちてしまった…。

 

タジムニウスは慌てて手を受け止め、名を呼び続ける、オットーとセレーネは駆け寄る。

 

そして二人は溜め息をついた…。

 

安堵の。

 

オットー

『良かった…気絶しただけの様です。』

 

セレーネ

『解熱薬が来るまでの間、体力を消耗しない様に私がエーテルを送りましょう。』

 

アリゼー

『私も‼︎

 

効くか分からないけど、来なさい、アンジェロ‼︎』

 

アリゼーはそう言って第一世界で作り上げた豚の使い魔を呼び寄せる。

 

使い魔を通してエーテルを送り込み始めた。

 

すると天幕に伝令が入ってきた。

 

伝令

『元帥、ゲルト卿。

 

帝都より映像通信です。

 

シド技師より供与された映像通信機が使えるようになりましたので元帥の本陣に設置して、試運転をしていた所に入って参りました。

 

レマー卿は既に着いておられます。』

 

オットー

『閣下…。』

 

タジムニウス

『分かってるさ…ここは頼む。』

 

本陣の天幕に入ったタジムニウスとオットーをレマーと画面越しでカムイとジャンが敬礼して出迎えた。

 

タジムニウスとオットーも敬礼を返す。

 

ジャン

『戦の事は…聞きました。』

 

タジムニウス

『敵の力を見誤ったのだ…私の責任だな。』

 

ジャン

『そうですね…『私達』の責です。』

 

ジャンの言葉にタジムニウスは顔を上げる。

 

カムイ

『陛下が仮に敵の力を見誤り、それで慢心したとする、本来そうなれば我らがお諌めせねばならぬ所を、我らもまた力に溺れ、注意を怠りました。

 

戦の失敗は将帥が将の全員が負うもの。

 

今ここで陛下が全ての責を担えば、先の戦でリヨネース卿に申した事が無駄になりますぞ。』

 

タジムニウス

『…すまぬ。』

 

ジャン

『さて…問題は敵の化学兵器ですな。

 

あれの対抗策を講じなければ同じことの繰り返しですぞ。』

 

オットー

『治療法が全く皆無では正直処置もどうしたら良いか…兎も角、幸い毒霧を吸っていない者、吸っていなくても近くに居て、尚且つ結界等で難を逃れた者、吸ってしまった者で隔離しております。

 

無事な者にはガレマール帝国製の兜から流用したマスクをつけさせておりますが、ちゃんと機能するか…。』

 

カムイ

『こちらからも医療物資は送ります。

 

現在我が弟シリュウが必要な薬品の搬出準備とラザハンからの輸入を検討しております。

 

どうやらラザハンにも例の塔が現れ、諸外国は交易船の出帆を取りやめているそうです。

 

そのお陰で医薬品の輸入品は我らが買い占める事も可能です。』

 

タジムニウス

『買い占めは感心せぬ。

 

節度を持って取引を進めよ。

 

彼の地の民草がそれで困窮する様な事にでもなれば後味も悪かろう。』

 

タジムニウスは画面越しの二人を一瞥すると問い掛ける。

 

タジムニウス

『卿らから報告する事もあるのではないか?

 

二人とも何故、煤だらけなのだ?

 

……言わなくて良い。

 

敵が攻勢を掛けてきたな。』

 

カムイ

『ハッ…幸いにも帝都には砲火や銃弾の類が飛んでくる事は有りませぬが、何故か帝都を挟み込む様に運河を挟み込む様に激しい戦闘が行われております。』

 

レマー

『ボリス・ドートブリンガーは帝都など気にも留めていないのでは無かったのか?

 

帝都も砲火に晒して仕舞えば、我らに与える傷は大きくなる筈なのに。』

 

ジャン

『陛下…恐らくですが』

 

とジャンは言い掛けたが、タジムニウスは先に答えを言ってしまった。

 

タジムニウス

『帝都の民の厭戦気分を引き出す為だ。

 

帝都に直接攻勢を仕掛ければ、先の勝ち戦もあって民達は士気も高く、自らの生活を守るために遮二無二戦う…だが自身のすぐ目の前で戦闘が始まり、それが長期的に進めば、民達の心に恐怖を植え付けることが出来るし、肝心の我らがソルランドで全く身動きが取れなくなってしまった事は何れ知れてしまう…そうなれば。』

 

 

レマー

『民草の心は女帝陛下から、我々から離れる…。』

 

ジャン

『言いたくございませんが、ドートブリンガーの治世で重税で苦しめられて居たとしても民草達は他のガレマールの占領地よりも遥かに良い暮らしが出来て居たのは事実。

 

それが二十数年も続けば…。』

 

レマー

『死ぬよりマシという事か‼︎』

 

レマーは机に拳を叩きつけた。

 

タジムニウスは決意を目に秘めて諸将に告げた。

 

タジムニウス

『どちらにしても我らが足踏みをする時間はもう残されて居ない、行動に移るべきだ。

 

諸君、私は敵方に潜伏する。』

 

諸将は耳を疑った。

 

互いなりにも帝国の総大将が、敵方に潜入するなんて正気の沙汰では無かった。

 

カムイ

『なりませぬ‼︎

 

陛下お一人で敵方に潜入するなど‼︎』

 

レマー

『敵方に大将首を差し出すような物にございますぞ‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『だからこそ、やる価値がある。

 

それにこれ以外で敵の手を調べる手段があるのか?

 

羽達は吸血鬼を闇討ちしてきてくれるのか…?

 

それが唯一出来るのは私だけだ。

 

何故、この父上から与えられた短剣だけがフェイ・エンチャントレスの加護もなしに奴らを滅せられたのかは見当がつかないが、何にしても好都合だ。

 

もう決めた事だ、口を挟む事はならん‼︎

 

元帥として命令する、私が敵方に潜入したのは他言無用とする事、我が軍の現状を一切外に漏らさぬ事、そして五日、五日間今息のある者を決して て死なせるな、私はそれまでに戻って参る。』

 

諸将はもはや、やむなしと思ったのか承知した。

 

そしてタジムニウスは人知れず、闇に紛れて敵地に侵入するのだった…。

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明朝 野営地

 

タジムニウス不在をあれよこれよと言い訳をつけて隠し、影武者を用意したりなんだりはオットーやレマーに任せておくにしても問題は如何に敵に紛れ込むかであった。

 

もうほぼ全ての信徒、及び領民が北バットランドのドラッケンホフ城に集まって居るのは既に承知の事実である。

 

斥候や食糧調達の為の一団でも居れば良いのだがと思いながら、平地ばかりのバットランドには数少ない森の中で小休止しながら思案を巡らせていた。

 

一応もしもの時は城壁を越える為にシドが前持って作ってくれたアンカーランチャーを持ってきては居るが見つからないと言う確証が無い以上紛れ込んで侵入するのが一番だった。

 

すると話し声が聞こえたので息を殺し、木の幹に隠れた。

 

この為にサプレッサーを付けたリボルバーと吸血鬼を刺し殺した件の短剣を構え、聞き耳を立てる。

 

どうやら男の信徒達が狩りにきたようだ。

 

信徒

『死霊術士様達が今夜お召しになる肉は何が良いだろう?』

 

信徒

『この辺は鹿が多い、鹿なんてどうだろう?』

 

信徒

『それが良い、熊なんて弓だけで狩るのは少々骨が折れるし、わしらも無事に帰れる保証は無い。』

 

信徒

『そう言えば貴方は先日娘を吸血鬼様に供物として捧げたとか。』

 

信徒

『ええ、12になる娘でしたが、妻に似て美しい娘でしてね、妻を差し出した翌日に私は天啓を授かりましてな、すると娘も12になったら供物として捧げよと。

 

そしたら私は近々司祭になれると死霊術士様が仰いまして、供物に吸血鬼様は大変お喜びであると。』

 

信徒

『おおそれはなんとありがたいことか!』

 

信徒

『本当は直ぐにでもしてやりたいが其方の娘は直前になって泣いて命を惜しみだした故その不徳を償ってから改めて司祭にしてやると言うことなのですが我が娘ながら何と情けないことか。』

 

悍ましい…なんて悍ましい会話だろう。

 

タジムニウスは今あの場にいる者達を全員四肢を斬り落として熊の餌にしてやりたい気持ちになったが、今は堪えねばならない。

 

数万の兵の命が、何よりキアラの命が掛かっているのだ。

 

どうやら信徒達は分かれて獲物を探すらしい。

 

タジムニウスは、妻と娘を供物に捧げた一番どうしようもない信徒の後をこっそりつけた。

 

そして他の信徒達から離れた所で組み倒すと猿轡をつけて声が漏れないようにすると、手足を折り、身包みを剥ぎ、熊の巣穴の前に放り投げた。

 

背後から声にならない悲鳴と肉と骨を貪り食べる音が聞こえたが今の彼にとっては小気味良い音にしか聞こえなかった。

 

そして道中で見つけた立派な鹿を弓矢で射殺すとそれを抱えて先程信徒達が話し合っていた場所まで戻ってきた。

 

獲物も有るし、幸いにも信徒が身に付けてる装束は顔を覆うほどのフードと口元の覆いが有ったので素顔を十分に隠せた。

 

他の信徒達もまさか中身が入れ替わって居るとは思わず、狩りの一団はドラッケンホフ城に帰っていった。

 

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ミドンランド公爵宮城

 

数本の燭台に灯る気味の悪い青い炎が暗闇を照らす。

 

火傷の跡も消え、仮面を外した黒仮面卿が跪く、その素顔は黒髪に白い肌、歳の頃は30程の青色の目をした美青年である。

 

ボリス

『貴様の怨敵がドラッケンホフ城を攻めた。』

 

黒仮面卿を肩が微かに震える…怒りに震えていた。

 

ボリス

『その怒りを御し得なかった故に貴様は負けたのだ。』

 

黒仮面卿

『負けてなどおりませぬ‼︎

 

あの場で義父上がお止めにならなければ‼︎』

 

そう言った瞬間黒仮面卿の体は宙に浮かび天井に叩きつけられたかと思いきや、今度は床に叩きつけられた。

 

ボリス

『あの男を確実に殺さねば、我が宿願も貴様の敵討ちも何もかも果たせぬ事を忘れるな‼︎

 

我が宿願は成就寸前、だがあの忌々しい女狐に誑かされた男共の子孫が居ては大事に触るのだ‼︎

 

ましてや貴様の今の体たらくでは到底奴には敵わぬ‼︎』

 

黒仮面卿は更にボリスの手に引き寄せられ首を掴まれ、苦悶の表情と堪える声を上げる。

 

ボリス

『怒りをコントロールせよ黒仮面卿。

 

怒りとは解き放つべき時のみ解き放ちそれ以外は身の内に秘め力とするのだ。』

 

黒仮面卿

『はい…義父上…。』

 

ボリスが手を離すと黒仮面卿は床に落ち、咳をしながら息を整えた。

 

ボリス

『貴様は一万騎連れドラッケンホフへ向かえ。

 

もはや彼の地の役目は終わったが、今暫く女狐の軍勢を留めねば為らぬ。

 

そしてその場でレオンクール王朝の跡取りを殺せ‼︎』 

 

黒仮面卿

『ハハァ…‼︎』

 

ボリス

『それと、選帝公達の事は他の将軍や子らには決して伝える事はならぬぞ。

 

手駒はまだ多い方が良い、そして忘れるなあの者らは我らの宿願の為の贄だ。

 

それ以上は当然だがそれ以下でも無い忘れるな。』

 

黒仮面卿はその場から立ち去ると、ボリスはただ一人暗闇の中に立ち笑っていた…。

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ドラッケンホフ城城下町。

 

クーロンヌやアルトドルフ、そしてミドンランドよりも小さいとはいえそこそこ巨大な城塞都市であるドラッケンホフ城の城壁を超え、町に入ったタジムニウスの次なる問題は本丸に入る事で有った。

 

件の化学兵器が製作されているのは間違いなく城だがそこに入る為には一般の信徒では困難だし入れても恐らく併設されてるであろう礼拝堂ぐらいが良いとこで有る。

 

そしてその存在も隠されているだろう。

 

タジムニウスが聞いた話では末端の信徒達には彼らの信じる吸血鬼、よりも更に上の存在として教えられている混沌の神々なる存在が引き起こした奇跡という事になっているようだった。

 

吸血鬼教の教えでは吸血鬼はあくまで使徒であり、彼らはヴォイドの門を開け妖異達を呼び寄せる。

 

混沌の神々とはヴォイドの妖異達の事を指すのだろう。

 

タジムニウス

『あの連中を信奉するとは…エオルゼアもここも大して変わらんな。』

 

兎も角過去の文献の通りの大規模なヴォイド門が開かれれば霊災に匹敵、もしくは本当に終末の再来を引き起こしかねない。

 

阻止する為にも城に入らねばならない。

 

さぁ、どうするか…一人思案を重ねていると目にある人物のやり取りが飛び込んできた。

 

その男は娼館より出てきた。

 

見たところ他の信徒達よりも豪華な装束を着ている、恐らく司祭か何かだろう。

 

全く聖職者…邪教だが神に仕える者が俗世の底ともいえる娼館から出てくるとは何事だろう。

 

いやそもそも狂信的に教えを唱える人間程、口程にも神罰という物を全く信じていなかったりその内面はどうしようも無い奴らが多いのは世の常だが、周りにいる信徒達は恭しく礼をするだけなので恐らく都合の良い事になっているのだろう。

 

兎も角タジムニウスにとっては好機でしか無い。

 

幸い相手はベロンベロンに性と酒に酔っているもはや正常な判断など出来やしない。

 

タジムニウスは咳払いをすると先回りして暗い路地で件の男を待った。

 

そして通りかかった瞬間女の様な声で呼んだ。

 

タジムニウス

『もし、そこの方。

 

どうか私にもご寵愛を。』

 

『んあぁ?

 

誰だ、姿を見せよ。』

 

タジムニウス

『お見せしたいのはやまやまなのですが、私生まれたままの姿でして、立派な司祭様のご寵愛をいただきたいのです。』

 

『おお、そうかそうかならば寒かろう我輩が温めてやろうグヘヘへ。』

 

哀れその男が路地に消えた瞬間、男に抱きついてきたのは美しくも醜くも晒した女の肢体ではなく他の信徒達と同じ様な水ぼらしい装束を見に纏ったタジムニウスだ。

 

しかもタジムニウスはあっという間に男を組み伏せると物陰に隠れて短剣で男を尋問する。

 

タジムニウス

『動くな。

 

妙な真似をするなよ、声を上げた瞬間俺が手首を少し動かしただけで貴様の首は掻き切れるぞ。』

 

『ヒッ‼︎

 

頼む、殺さないでくれ。

 

俺は雇われただけの錬金術師なんだあいつらの仲間じゃねぇ‼︎』

 

タジムニウス

『錬金術師?

 

なら都合がいい、ソルランドの境で起きた戦いで使われた化学兵器の事を知っているな?

 

どうやって作った、解毒薬は有るのか?』

 

錬金術師

『つ、作り方は知らない‼︎

 

あんな出鱈目な物普通なら出来るもんか。

 

連中材料と水を鍋に突っ込んだ後、炉にできた窪みに宝石を差し込んだ後、俺に火加減と煮方を教えたら出てちまって仕方なくその通りに掻き混ぜてたら材料が何故か溶け出してて、俺も何が何だか分からないんだ。』

 

タジムニウス

『解毒薬は?』

 

錬金術師

『抽出する時に出る上澄み液がそれだ。

 

血清と原理は一緒だ!

 

確かに奴らの幹部がそう言っていたのを聞いた。

 

だが連中これには用がないし、奪われでもしたら面倒だって上澄み液を何処かに隠した。

 

恐らく処分したかもしれないが、それが欲しいなら連中また新しい薬を作ってる、上澄み液もある筈だ頼む離してくれ!』

 

タジムニウス

『まだだ、どこで作ってる?

 

城の中か、どうなんだ‼︎』

 

錬金術師

『城の二番目に高い塔だ。

 

煙突が有るだろう?

 

あそこから出てる煙が薬を作る時に出る湯気だ。』

 

タジムニウスは望んだ答えを手に入れた瞬間この男を締め落とした。

 

そして身包みを剥ぎ、今度は錬金術師の服に着替える。

 

タジムニウス

『材料というよりもその宝石が肝の様だな、兎も角上澄み液が解毒剤なんだな、問題はそれを増産できるかだが…。』

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ドラッケンホフ城城内

 

なんて気味の悪いところだろう。

 

漆黒の城は中も漆黒、むしろ湿気や陰湿な空気のせいで外観よりもドス黒く感じた。

 

城中から黒魔法を唱える声が聞こえてきた。

 

アシエンやその手先となってしまった人間や獣人達が唱えていたそれに似通った何かは光の世界の住人であるタジムニウスを蝕もうとしている。

 

だがそうならないのは彼が光の加護を受けた人間だからに他ならない。

 

幸いこの格好をしている限り怪しまれる事はないだろうが、もし先日の戦場に居た吸血鬼や死霊術士に鉢合わせすれば流石に分からない。

 

タジムニウスは物陰に隠れ一瓶の薬を取り出す。

 

幻想薬

 

一時的とはいえ自身に幻想魔法を掛け、魔法使いで無くても別人に変身することの出来る優れ物である。

 

タジムニウスはそれを飲み干すと身を震わせる。

 

そして先程脅した錬金術師に姿を変えた。

 

タジムニウス

『よし、行くか。』

 

ついでに変わった声のテストを兼ねてそう呟くと件の化学兵器の製作所まで歩く。

 

蠢く亡者達の気配が無い…。

 

そもそもここに至るまで生者以外見ていないのだが、一つの不安要素になっていた。

 

タジムニウス

『もしここの見張りにでも使われてたらゾッとしないな…。

 

アイツらを見ててわかるが生者の様に視覚や音では無く、獣の様に気配や匂いで察知してくる。

 

揉め事を起こしたら逃げきれないぞ。』

 

暫く歩くと話し声が聞こえてきたのでまた物陰に隠れる。

 

死霊術士

『あの件の化学兵器のお陰で我らの勝利は決まったも同然だな。』

 

死霊術士

『左様、あれこそ我らが使徒たる吸血鬼様のお力に他ならぬ。

 

我らが賜りし宝珠無くばあれは作り得ぬし、その逆も然り。』

 

死霊術士

『何より敵が奪いにくる心配も無いからな。

 

あれだけモロに喰らえば生き永らえることが精々。

 

しかも解毒の薬になる製造の過程で出る上澄み液は全て処分している。

 

奴らは死に絶える。』

 

死霊術士

『そして我らの兵力に…フハハハ。』

 

死霊術士達は笑いながら去っていった。

 

タジムニウス

『決してそんな事にはしない。

 

吠え面をかかせてやる。』

 

そして遂にタジムニウスは件の部屋に辿り着く。

 

そこでは忙しく死霊術士や錬金術師達が動いていた。

 

効果の程が分かったことから大量に生産しようとしている様だ。

 

自分達で使うためか、それとも売るためなのか…。

 

タジムニウスは薬の確認をする様に見せかけて机に置いてあった本に目を通す。

 

そこには薬の使い方が書いてあった。

 

どうやらこの薬は時が経つと液体から気体になる様でその気体を吸うと先の症状が出るようだ。

 

そして気体に気化した分だけその範囲は広がる様だ。

 

そして液体で使えば、ほぼ即死に近い効果を発揮する事も書いてあった。

 

つまり先の戦闘で巨人の体に入れられていたのは大量の薬を入れておき、そして中で気化させて溜めておく為だったのだ…。

 

タジムニウスは薬を煮込んでいる鍋に近づき、上澄み液を瓶に掬うとしっかり栓をし、煙突の裏に何かを仕掛けた。

 

彼は件の宝珠を探しながら有りとあらゆるところに何かを仕掛けた。

 

そして遂に彼は宝珠を見つけた。

 

それは一際で大きい炉に嵌め込まれていた。

 

丁度そこに人が立っていたから遮られて見えなかったが、なんともまぁ、さも重要な物ですよと目立つ場所に嵌め込まれていた物だ。

 

タジムニウス

『流石に今頂戴するのは危険過ぎるな…真夜中を狙うとしよう。』

 

夕食を告げる不気味な鐘が鳴り、いそいそと死霊術士達と錬金術師達が部屋から出ていくのでタジムニウスも後に続いた。

 

今部屋に残るのは明らかに不自然で疑われたくないのが一つとあの宝石を奪ってから暫くは悟られない様にしないと脱出の時に面倒になるから偽物を調達したかったからだ。

 

タジムニウスは食堂に着くと大勢の高級幹部達が既に揃って椅子に座っており、なんと上座には件の吸血鬼が座っているでは無いか。

 

タジムニウス

『勘弁してくれ…』

 

そう心の中で呟いたが、もう逃れられない。

 

席に着くと、混沌の神々、つまりヴォイド十二階位とそれの使徒たる吸血鬼を讃える祈を唱え始めた。

 

どうやらどこの信仰も食事や寝る前に祈るのは変わらない様だ。

 

そして幸いな事にタジムニウスが居る食卓は錬金術師達の卓で死霊術士や司祭が居ないのと少なくとも自分の周りは雇われ錬金術師達ばっかりだったのかあぼだらな祈りを唱えていたのでタジムニウスも同じ様にアボダラ経を唱えた。

 

さて出された食事だが、ライ麦パンにトマトと豚肉とキャベツのスープ、ソーセージにザワークラウトとそれなりに豪勢であった。

 

城下で見た食事は芋粥に薄い芋のポタージュとかそれくらいだったのにえらい違いである。

 

タジムニウス

『聖職者なんてそんなもんだよなぁ…まさかカルカソンヌ公も…。』

 

ジャンにすら疑いの目を向けたくなったタジムニウスだが、この場で言わせてもらうとジャンにとってそれは濡れ衣であった。

 

彼は少なくとも自身の領民が酷い食事をしている様なら自身は断食してしまう様な聖職者の鏡のような人物である。

 

……いや訂正しよう決してその様な殊勝な理由では無く、彼の前職魔法研究者時代から彼は食事など栄養さえ取れれば良くそれよりも魔導書を読み漁りたいタチなので関心が無かったので皆領民や家臣に与えてしまい、自身は干し肉とクラッカーを齧ってお終いにしてしまうのだが…。

 

話が脇道に逸れてしまった。

 

兎も角もタジムニウスはどこか後ろめたくなりながらもその食事にありついた。

 

味は悪く無い…だがブレトニアの城やカタリナが作った料理の方が何倍も美味と思った。

 

そう思わせたのはどこかに感じる妙な味だった。

 

どこか薬ぽく、普通ならこんな味がしない筈だった。

 

それを顕著にしたのは汁物だった。

 

そして何と水や食後のシェリー酒にまで似た様な味がしたのだ。

 

シェリー酒はとんでもない安物だったのでまだ仕方ないとすら思ったが水までこんな味がするとは思わなかった。

 

怪しまれてはまずいので全て食べたが大食漢たるタジムニウスの食欲を減退させるには充分だった。

 

タジムニウス

『戻ったらゲルト卿とヤ・シュトラに診てもらおう…何かとんでもないものを食わされた気がする。』

 

食事が終わったものから退出する事が許されるらしく、タジムニウスはそそくさと食堂を出た。

 

そして吸血鬼が一瞬だけ自分の背中を突き刺す様な視線で見たのを感じとった。

 

風に当たるために城壁を散策する事にしたタジムニウスは城の城壁までやってきた。

 

外は次から次へと家の灯りが消え始めどうやらそろそろ城塞都市全体が眠りにつく頃合いの様だ。

 

タジムニウス

『さっきの事と言い、長居はもう出来ない。 

 

…逃げるなら今のうちだな。

 

この時間だからなのか見張りが多くなってきた。

 

兎も角宝珠を盗んでとっとと逃げるとするか。』

 

とは言うものの宝珠を取るだけ取って見張りに盗られたことが知れれば抜け出すのも至難の業…。

 

先も述べた通り時間稼ぎが必要なのだ。

 

さてどうすると歩き回っていると、防衛用の投石機を見つけた。

 

もう既に対歩兵用ということで無数の岩の礫が装填されている。

 

タジムニウスはその一つを頂戴すると鍛冶場に向かった。

 

鍛冶場では信徒達のためか亡者達の為から多数の武器や鎧が並べられ、鍛治職人達がせっせと武器を作っていた

 

鍛治職人には錬金術で使う道具が壊れたので修理すると言った。

 

鍛治士が自分でやろうかと言ったが拘りがあるので自分でやらせてくれと断った。

 

一応、彫金師としての技能があるタジムニウスにとって宝石を加工するぐらいの事は彫金師にとっては基本であり、ましてや石をそれっぽく加工するなんて朝飯前だった。

 

宝珠そっくりの形に石を打つと、調達してきた塗料で塗って、鑢で光沢を出す。

 

遠目で見れば宝珠そのものと見間違える位の代物にはなった。

 

さぁ、後は行動するだけだ。

 

急いで件の部屋まで取って返し、扉をそっと開け誰もいない事を確かめた。

 

居ないと分かると忍び込み、宝珠に手をかけようとしたがタジムニウスは一回炉の周りを調べた。

 

タジムニウス

『ガレマール製の警報装置でもあったら大変だからな…。』

 

調べたところその類のものは無い様だったので、宝珠を抜き取り、偽宝珠を代わりに嵌め込んだ。

 

タジムニウス

『よし…。

 

後は逃げるだけだ。

 

そういえば鍛冶場で見たあの大量の武器や鎧は何処から来たんだろう…この城や城下だけではあれだけ揃えるのは困難だ。

 

ミドンランドからだろうか…だがあの作りは…。』

 

と一人ぶつぶつ言っていると扉の外から複数の話し声や足音が聞こえたので慌てて隠れた。

 

なんと死霊術士と錬金術師達が入ってきて、作業を始めたのだ。

 

そうまさかの三交代シフト制二十四時間ぶっ続けで件の化学兵器を作っていたのだ。

 

タジムニウス

『夜くらい仕事すんじゃねぇよ、こいつら宗教結社なのか製薬会社なのか分からなくなったぞ。』

 

と呟いたは良いものの今度は出るに出にくい状況になってしまった。

 

何事もなかったように立ち去れるか…皆忙しなく働いてるから上手くやればいけそうだが…。

 

ええい、ままよ!

 

と何食わぬ顔で隠れていた物陰から何か探し物をしているかの様に出てきて、何食わぬ顔で出口まで歩き出した。

 

だがあともう少しと言うところで呼び止められた。

 

錬金術師

『おい、何処へいくんだ?

 

交代まではこの部屋から出られないぞ。』

 

タジムニウス

『ちょっともよおして来たから厠にでもと。』

 

錬金術師

『ならそっちじゃなくて向こうのドアから一直線だろう。

 

お前…なんか怪しいな、よく顔を見せろ。』

 

一番言われたくない事を言われてしまった。

 

実はもう既にタジムニウスの幻想薬の効果が切れかかっていて、今直ぐにでも変身が解けそうになっていた。

 

最早止むなし…扉は開いている。

 

走り出した!

 

その場にいた錬金術師と死霊術士は敵だと気づく。

 

侵入者だ‼︎と呼ぶ声が後ろから響く。

 

タジムニウスは懐から魔導機械を取り出す。

 

そして機械のボタンを押すと、件の部屋が爆炎に消えた。

 

中に居た人間の形跡すら飲み込み、部屋を跡形もなく消しとばした。

 

城に大穴が空くような事態となれば、城中全員叩き起こされ、敵襲及び侵入者有りと忙しくなる。

 

タジムニウス

『やり過ぎた…あんなに景気良く仕掛けるんじゃ無かったな…城門はもう閉ざされてるだろうし、城下もえらい騒ぎだろう。

 

兎も角城からでないと話にならない。』

 

誰とも鉢合わせないようにしなければならない。

 

この事態に城の出口の方に向かう者がいたら、それこそ怪しい。

 

城の中、出てから外からも人目を気にしなければならないのだ。

 

さてそう考えているうちに武器を持った兵…生者か亡者かはもうこの際関係無いが、やり過ごせるか怪しい。

 

タジムニウス

『さぁ、困ったぞ…ん?』

 

タジムニウスの目に飛び込んできたのは空の木箱だった。

 

最早迷う事なく被る。

 

どうやら生者であった衛兵達は木箱になど目もくれず走っていた。

 

兵たちが去るとタジムニウスは木箱をかぶりながら走り、人の気配を感じるとしゃがみ、途中で被るものを変えるなど、おおよそ普通の人間が見たら正気を疑う行動の数々を繰り返しながら順調に逃走してきた。

 

タジムニウス

『なんで上手く行っているんだ…?』

 

こちらが聞きたい。

 

当事者が理解出来ない奇跡を起こしながら城門まで辿り着いたが案の定門は閉じ、兵達が武装して固めていた。

 

然も城の外と内側をクロスボウを持った兵が警戒していた。

 

タジムニウス

『あれはちょっと無理だな…。

 

隙を見て城壁に登って…ロープで降りるとするか。』

 

と言った矢先であった。

 

衛兵

『居たぞ、こっちだ‼︎』

 

矢やボルトがタジムニウスの顔を掠め飛んできた。

 

見つかってしまった。

 

タジムニウス

『しまった‼︎

 

クソしぶといな…。』

 

もうこうなったら囲まれたら命は無い。

 

タジムニウスは城壁を目指して一目散に走る。

 

もはやこの騒ぎでは街の中に降りるのも危険だ。

 

だが城の中には居られない。

 

すると前からも敵が走ってくるでは無いか。

 

一か八かそれなりの高さがあるが、冒険者だった時のように魔力で身体を強化して高所から飛び降りるかと思ったがタジムニウスが居た場所の丁度真下は用水路だった。

 

生活用水を汲み上げる水路で然もそれなりに深さがある。

 

意を決してタジムニウスは用水路に飛び込んだ。

 

敵兵も慌てて城壁から顔を覗かせる。

 

衛兵

『水路に飛び込んだぞ‼︎』

 

衛兵

『この高さだ無事ではすむまい、生きていたとしても、息が保たず顔を出すはずだ。』

 

だが一向に顔を出さないので、衛兵達はくせ者は、着水の衝撃で気絶し溺死したと判断し、用水路各地に張り巡らされた濾過用の溜め石にでも引っ掛かるに違いないとそれらを見張る為に城壁から離れていった。

 

さてタジムニウスはと言うと東方にてコウジン族と呼ばれる亀の姿をした獣人達のお陰で得た加護によって水中でも息ができる為無事だった。

 

水の中から様子を伺っていたタジムニウスは人の目を避ける為に用水路を少し下り、下水道の方に入った。

 

用水路の水を下水道にも流しているのだ。だから用水路の所々に下水道に繋がる入り口があるのだ。

 

タジムニウス

『明日、というより今日の夕暮れになったら、また水路を泳いで街中に入ってそこで出会った敵兵をまた倒して装備を奪うしかないな。』

 

タジムニウスが外を伺っていると、後ろから撃鉄を起こす音が聞こえ、銃口をピッタリと頭に向けられているという殺意を感じ取った。

 

?

『両手を上げろ。』

 

タジムニウスは言う通りにする。

 

声の主は続ける。

 

『武器を川に捨てろ。』

 

タジムニウス

『この二つは私にとって最後に残った財産だ。

 

出来ねば捨てたくない、そちらに蹴って寄越す事にしてもらえないか?』

 

タジムニウスの問いに声の主は少し悩んだが、ゆっくりとやるなら良いと言う事でタジムニウスはゆっくりとガンベルトを外し、リボルバーと父から遺された短剣が入ったベルトを足で後ろに蹴った。

 

すると声の主がおい、と声を掛けたのでどうやら複数人に背後を取られたようだとタジムニウスは悟った。

 

『武器は預かった。

 

次はゆっくりとこちらに向け。』

 

言う通りにゆっくりと振り返る。

 

銃を向けて尋問していたのは女だった。

 

アウラ族の肌の浅黒い女だった。

 

その後ろにルガディン族の男とララフェル族の少年だ。

 

アウラ族の女

『…この騒ぎは貴様が引き起こしたことだな。

 

彼奴等の仲間ではないな、何者だ。

 

素顔を見せて名乗れ。』

 

まずい…既に幻想薬は無い、タジムニウスの素顔は敵地に居る者が知っている可能性は低いが、彼の翡翠色の眼の意味を知らぬ者はこの国には居ない。

 

タジムニウス

(正体がバレたらまずい事になる…。

 

こいつらの正体が吸血鬼教の連中じゃなくてこちらの味方でも無いのなら…。

 

もはやこの辺りの勢力で考えられるのはもう奴ら(民主主義革命勢力)しか考えられん‼︎)

 

だがこの場を切り抜けることは不可能。

 

タジムニウス

(こうなれば一瞬の隙に賭けるしかない。)

 

タジムニウスはフードに手を掛け脱ごうとした。

 

その時、彼は少しだけ顔を下に向けた。

 

フード等を脱ぐ時に人が良くやる仕草だが、彼はその一瞬口の中でちょっとした魔法を詠唱していた。

 

それは彼が冒険者タジムンティス・フェデリウス時代の時に正体を隠す為片目を別の色に変える幻想魔法であり、今回は片目ではなく両眼にそれを使ったのだ。

 

両目とも蒼い瞳になるのは一瞬、フードを脱ぎ終わる頃には翡翠色はすっかり隠れていた。

 

アウラ族の女

『惚けた三枚目と言ったところか、まぁ悪くない。

 

肝も据わってそうだ。

 

さぁ、名乗んな。』

 

タジムニウス

『俺はしがない泥棒さ。

 

この城にはでっかい宝石が有るって聞いて奪いにきたんだが、この始末さ。』

 

アウラ族の女

『あの城や街を抜けてここまで来るとはあんた相当やるね…どうだい、逃してやる代わりに私らのところに働かないかい?』

 

ルガディン族の男

『良いのか?

 

こんな得体の知れない奴を引き入れて。』

 

ララフェル族の少年

『良いんじゃねぇか?

 

腕は悪くなさそうだし、味方は幾ら居てもボスも困らねぇよ。

 

それにコイツはこの話を受け入れない限りここから逃げられない。』

 

どうやらこの話に乗った方が良さそうなのは間違いない様だ。

 

あまり時間は無いが、敵情を知るにはもってこいだった。

 

少なくとも民主革命運動の本拠地を知っておけば先手が取れるのは間違いないのだから。

 

タジムニウス

『分かった…俺もここから出たい。

 

その為ならなんでもする。』

 

アウラ族の女

『決まった、だが手は縛らせて貰うよ。

 

あんたが選帝諸侯かブレトニア王国の間者かも知れないからね。』

 

こうして縛られたタジムニウスはルガディン族の男に縛られ歩かされた。

 

どうやらこの下水道の中に入っていく様だった。

 

タジムニウス

(まさか帝都の様に隠し通路があるのか…?

 

かつてこの地を治めていたバットランド公用の脱出路か、なら宮城の近くに作るもんだが…。)

 

暫く薄暗く異臭を放つ水路を歩くと行き止まりに差し当たった。

 

そしてララフェル族の少年が杖を構える。

 

ララフェル族の少年

『岩戸よ開け、秘められし役目を果たせ。』

 

どうやら合言葉に合わせて魔法が発動する仕組みだったらしい、少年がそう唱えるとレンガから鍵穴の様な物が現れ、少年が杖を差し込み時計回りに回すとレンガは扉の様に開いた。

 

そして一行は星明かりに照らされた。

 

兎も角脱出出来てタジムニウスは安堵の息を吐く。

 

だがまだ苦難は終わっていない、仕方なかったとはいえ虜囚の身になっている、この状況を脱しない限り決して状況は好転しない。

 

するとアウラ族の女が手に持っていたのは黒い布、襷であった。

 

アウラ族の女

『悪いがここからは目隠しだ。』

 

タジムニウスは目を覆われ、今度はルガディン族の男に抱えられる事になった。

 

もはやこうなっては致し方なし。

 

大人しく抱えられる任せる事にしたタジムニウスは頭の中で逃げ出す算段を打ち立てる事にした。

 

さて暫く夜の闇の中を歩いていた一行は森の中に入った。

 

タジムニウス

『梟の鳴き声…森の中でも入ったか?』

 

するとアウラ族の女が声を掛けた。

 

するとどうやら自分達の前から今度は別の声が聞こえてきた。

 

ララフェルの少年

『ここからは馬車だってよ泥棒野郎。』

 

タジムニウス

『馬車か、あんたらこの辺を根城にしてる同業者だと思ってたけど、どうも違うらしいな。』

 

アウラ族の女

『悪いがあたしらはそんなちゃちな存在じゃないんだよ、乗せな。』

 

ルガディン族の男はタジムニウスを馬車の荷台に放り投げた。

 

タジムニウス

『手荒いな、腰が砕けたらどうしてくれるんだ。』

 

アウラ族の女

『振る相手が居るのかい?』

 

タジムニウス

『試してみるか?

 

そっちが立てなくなるぜ?』

 

アウラ族の女

『益々気に入った。

 

ボスに会わせてやるから大人しくしな。』

 

敵を知り、己を知る、さすれば百戦危からずという諺がある様に敵を知れば有利に動ける。

 

そのチャンスが自ずと転がり込んでくるとはなんとも奇妙な事だがこの際はもはやどうでも良い良いとタジムニウスは思った。

 

タジムニウス

(相手が如何程か見定めさせてもらおう。

 

馬車といい、うまく隠しているつもりだろうが連中の装備は官給品並みにしっかりしてる。

 

大方何処かの小都市でも抑えたな。)

 

精査するには情報が足りない。

 

元よりタジムニウスにとって帝国の地は未踏の地、土地の特徴やなんやらで何処に居るのかという見立ては立てれないのだ、なら最早為す術無し、と言わんばかりにタジムニウスはなんと眠り始めた。

 

しかも寝息を立てるときたもんだからこの連中も驚きを隠せなかった。

 

呑気というか、剛毅というか…兎も角一角の人物なのかそれともただのど阿呆なのか益々タジムニウスの正体が何なのか分からなくなっていた。

 

暫く直走って馬車はとある場所に着いた。

 

タジムニウスは音から得られる情報でどうやら人の集落に入ったことまでは分かった。

 

そして馬車が入る前と入った後の音で彼は城塞都市クラスの街に入ったことを理解した。

 

城門を開ける音、馬の蹄の音と馬車の車輪の音が舗装道を走るそれだったからである。

 

タジムニウス

(この連中城塞集落を支配下に置いてるのか…?

 

結構やるじゃないか。)

 

暫く馬車に揺られているとどうやら目的地に着いたらしい。

 

タジムニウスは抱えられまた暫くおぶられたままだった。

 

そして暫く経って椅子に座らせられると手を後ろに縛られた代わりに目隠しは外してもらえた。

 

タジムニウス

『一体どこに連れてきたんだ?

 

そしてあんたは一体誰だ?』

 

タジムニウスは、久し振りに見る外の世界で先ず1番に映り込んだ人物に問うた。

 

その男は浅黒い肌のアウラ族で見た目は流浪の傭兵といった見た目をしていたが、腰にリボルバーを二挺腰に挿している。

 

アウラ族の男

『俺は、ジョン、ジョン・モーガン。

 

ここ、ハーフランドを根城にさせてもらった革命家だ。』

 

タジムニウス

『モーガン…?

 

あんたダッチ・モーガンの身内か⁉︎

 

三十年くらい前にこの国で起きた民主革命蜂起の指導者。

 

蜂起の鎮圧と逮捕した人間とその一族郎党罪の重さに問わず皆殺しにあったから諸外国でもすごい噂になったってガキの頃に聞いた事があるが。』

 

ジョンはタジムニウスに顔を近づけた。

 

ジョン

『疑わないのか?

 

俺がダッチ・モーガンの後継者の振りをしてるって?』

 

タジムニウスは直ぐに答えた。

 

タジムニウス

『ああ、腰に挿した拳銃の位置、肖像画で見たダッチまんまだ。

 

それにこの国でモーガンを名乗って派手にやるなんてマトモならそんな事はしない。

 

コソコソやる小悪党ならまず避ける。

 

だがアンタは隠さず名前を明かした。

 

大きな事をやろうとする奴の覚悟を感じる。』

 

ジョン

『お前の名前も教えてくれ大泥棒さんよ?』

 

タジムニウス

『盗みは失敗した。

 

大泥棒なんてとてもじゃないが名乗れないよ。

 

…エドモン、エドモン・ダンテスだ。』

 

ジョンにそう名乗ったタジムニウス…いや、エドモンは買い被らないでくれと身振りをしながら答えた。

 

ジョン

『ダンテス、俺たちが何者か分かってるか?』

 

エドモン

『同業者って訳ではなさそうだな。

 

あんたの周りにいる奴らを見させてもらったが一端の軍隊みたいに武装してるみたいじゃないか。

 

選帝諸侯か、ブレトニア王国に味方するつもりか?』

 

アウラ族の女

『ふざけるな‼︎

 

なんであんな奴らと戦わなきゃならねぇんだ‼︎

 

あんな人でなし共と‼︎』

 

先程タジムニウスを連れてきたアウラ族の女が急に態度を荒げた。

 

この嫌われようは取り付く島がなさそうだなとタジムニウスは心の中で思った。

 

エドモン

『じゃあ、あんたらはなんだ?

 

ハーフランドはライクランド帝国の選帝諸侯の一翼、小さいがちゃんとした城塞都市だ。

 

あんたらを見る限りハーフランドの守備兵にも見えない。

 

どさくさに紛れて山賊が支配したとも考えられない。

 

見当がつかん降参だ。』

 

ジョン

『今、自分で答えを言っていたろ?

 

俺達はダッチ・モーガンの一党の残党とその子供達、そして賛同者達の集合体、まぁ、便宜上『ダッチの子供達』とでも名乗っておこうか。』

 

エドモン

『だったら尚更解せぬな。

 

ハーフランドの守備兵は当然だが、ハーフランド公は手勢を率いて此処に戻ってきていなかったのか?

 

あんたらの装備と数が如何程いるか知らんがそう易々と領地を差し出すような連中では無いだろう?』

 

ジョン

『奴さんらはミドンランドに立て篭って出てこなくなったのさ。

 

領地そのものが要塞となっているあの地にいる方が安全だと言わんばかりに兵達を一切ここに戻さなかった。

 

結果、盗賊は徒党を組んで農村を襲う、吸血鬼教の連中が略奪しに来る、まさに地獄だ。

 

そこを俺達が救い出したのさ。

 

自身の安全と保身以外に興味の無い無い貴族共と名誉だの誇りだのと謳いながら肝心の民衆には何一つ救いの手を差し伸べないブレトニア人のタジムニウス・レオンクールとか言う余所者よりも、ダッチが掲げた自由の理想と俺たち民衆が立ち上がって俺たちの国を作る!

 

もう誰も苦しまなくて良い、そう言ったらここのみんなは大いに賛同してくれたよ。』

 

タジムニウスはジョンの話を聞きながら内心は穏やかでは無かった。

 

先ず、タジムニウスは決して民草を疎かにした事は無かった。

 

その愚かさを恨み、軽蔑した事あれど、見捨てたことは無かったのだ。

 

戦の功績に隠れてしまいがちだが、彼は民衆の苦境から目を逸らさず、それに必要な対処をしてきた(尤も知見が足らぬ故それが出来る人間に一部丸投げしてしまっているが)。

 

帝都の戦いにおいての重要施設確保を優先したことが帝国領内の民衆の反感を買った事は知っていたが、まさかこれ程とは思わなかったのだ。

 

民衆への物資配給もまだ完全ではなく、物資を軍に優先せざるを得ない状況ではあるが、民衆からしてみればそんな事はお構いなしだ。

 

民よりも自分達を優先した。

 

そう一度思われてしまえばもはやどうにもならないのだ。

 

この戦いは国防戦争では無く内戦であり、言ってしまえば支配階級の権力争奪でしかないのだ。

 

最初はガレマール帝国からの独立、だが次第にそれに組みして最後は全てを握ったボリス・ドートブリンガー以下選帝諸侯との内戦に変わっていった、ブレトニアの民草は兎も角ライクランド帝国に住まう民草からしてみれば自分達は巻き込まれているに過ぎないのだ。

 

タジムニウス

(民草を顧みない貴族や皇室よりも自身達の手で政治を掴む方がマシという事か。

 

愚かな、むしろその道の方が遥かに不利益を被るだろう。

 

彼らの子孫を待たずして彼ら自身が腐敗するに決まっている。

 

虐げられ続けた者が力を持ったら何をするかわからないと言うのに。)

 

だが今はそれを考えている時ではない、タジムニウスはダンテスに戻った。

 

エドモン

『あんたの言う通りだ、戦争ではいつも弱い民衆が割を食う、勝っても負けても民衆には何一つ顧みない。

 

おれはそんな奴らに一泡吹かせたくて盗賊になったんだ、頼む、俺を仲間に入れてくれ‼︎』

 

急に仲間に入れろと言う嘆願にジョン達が驚いたのは無理もなかった。

 

ジョン

『おいおい、そんな軽くで良いのか?

 

俺達は客観的に見ればテロリストだぞ?』

 

エドモン

『構うもんか、俺はどっちにしても貴族どもに捕まったら縛り首だ、それならいっそここで革命とやらに乗っかりてぇ‼︎』

 

ジョン

『まぁ、いいだろう気に入った。

 

カレン、離してやってくれ。』

 

カレン

『兄貴、良いのか?』

 

ジョン

『どっちにしてもここからは出られん。

 

腕の立つ奴は一人でも欲しい。』

 

カレンはエドモンの後ろに立つと縄を切った。

 

ジョン

『民衆の為に力を貸してくれダンテス。』

 

エドモン

『おう、任せてくれ。』

 

ジョン

『カレン、案内してやれ。』

 

カレンはエドモンの前に立つと釘を刺した。

 

カレン

『変な真似したら直ぐに頭を吹っ飛ばしてやるからね。』

 

エドモン

『気をつけるさ。』

 

カレンに連れられてエドモンは城下に出た。

 

ハーフランドの民達は革命機運に酔わされてはいるにしても変わらず生活していた。

 

ここを守る筈だった守備兵より、あり合わせの雑多な小火器や剣や槍で武装した彼らの方が遥かに頼りになるのだろう。

 

エドモン

『街の人達は普通に暮らしてんだな、もう少しピリピリした感じかと思ったが。』

 

カレン

『あたしらはこの人達を戦士にしたり、食べ物や金目の物を調達するようなことは一切してないからね。

 

あくまで貰ってるのは…』

 

すると偶々通りかかった八百屋の大将が二人分のリンゴをカレンに投げ寄越した。

 

カレン

『こう言う寄付だけさ。』

 

そう言いながらカレンはリンゴを齧りながらエドモンにもう一つのリンゴを渡した。

 

エドモンも会釈を八百屋の大将にしながらリンゴを齧り、後に続く。

 

カレン

『だがみんなが穏やかに暮らしてるわけじゃない、見なよ。』

 

カレンが指差すと三階建ての家を建てようとしている大工達が居たが、よく見るとまだ若い未熟そうな大工やあろう事か大工では間違いなく無さそうな女子供も手伝っていた。

 

カレン

『ここの領主だったハーフランド公が見栄を張る為に腕の立つ大工や男達を無理くり徴兵して、何処もかしこも人が足りなくなっちまったんだと、結果大工仕事なんて全く知らない女、子供達の手を借りねぇと家すら立てらねぇ始末さ。』

 

すると木材を吊り上げていた紐がはち切れた。

 

木材は真下に落ちようとしていた、そしてその下には子供がいた。

 

その子供を庇うように母親が覆いかぶさる。

 

カレン

『危ない‼︎』

 

カレンが叫ぶのと一緒にエドモンが飛び出す、近くにあった木の棒を巧みに操ってその木材を全部跳ね飛ばした。

 

エドモン

『棒術はあまり得意じゃないんだが、上手くやれたみたいだ。』

 

未だ震えてる母子にエドモンは声を掛ける。

 

エドモン

『もう大丈夫、怪我は無いか?』

 

母親

『は、はいありがとうございます!』

 

子供はスッカリ心が抜けてしまっているらしく、完全に呆けてしまっていたが母親に抱かれながらその場を後にしたがその目は確実にエドモンを見ていた。

 

タジムニウス

(英雄に憧れる人間をまた一人作ってしまった…後に災いにならないことを祈らなばなるまい。)

 

カレン

『ダンテス、よくあの場に飛び出せたな感心したよ。』

 

エドモン

『咄嗟の事だよ、俺は両親を早くに亡くした物心つく前にな。

 

その所為かも知れないな。』

 

エドモン、いやタジムニウスは何処か後ろめたく答えた。

 

タジムニウス

(戦後の復興…俺の手腕はここに至るまでどれほど被害を抑えられるかに掛かってくるだろう。

 

急がねばなるまい。)

 

カレンに街を案内してもらったタジムニウスは内心感心していた。

 

彼ら革命勢力は装備こそ貧弱なれど士気十分、傭兵を雇用して訓練させ、元軍人や技術者を巻き込んでいるおかげでハーフランドの戦争機械すら備えていたのだ。

 

もはやちょっとした国の軍隊である。

 

タジムニウス

(舐めて掛かるとそれこそ飛空艦艇を失いかねないな。)

 

組織については分かった。

 

だが組織の幹部については全く知らない。

 

タジムニウスは、カレンに探りを入れるべく話を振った。

 

エドモン

『そう言えば、あんたと大将は兄妹なのか?』

 

カレン

『ああ、ウチらは昔はもっと東方に住んでたんだ。

 

だがアルトドルフ帝国の東方侵略が始まって、帝国の近くに住んでた私らの両親は奴隷として囚われた。

 

あたしらを捉えた貴族は不当に略奪を働いた事がバレてお取り潰しになったが、自由の身になってもあたしらの両親は故郷に帰れず異国人として苦しい毎日を送って、兄貴が生まれて暫くして私が産まれたもんだから余計生活が苦しくなって二人とも死んじまった。

 

兄貴が六歳、私が四歳の時さ。

 

そん時住んでた所の領主が重税を課して、アルトドルフがガレマールに負けた後でも、そいつはガレマール側に付いたから領地はそのままめちゃくちゃな重税もそのまま残された。

 

目の前で同じ境遇のやつが苦しんで死んでいく。

 

あいつらは自身の特権を守る為ならいくらでも私らを食い物にした。

 

酷い時は…。』

 

とカレンは口籠もり腕を抱いた。

 

これ以上は思い出したく無いのだろう。

 

自身の父と主君を失う原因となった祖国の腐敗と怨恨、タジムニウスも1日たりとて忘れたことはない、だからこそ同じ境遇にあるカレンやジョンとは何処か親近感のようなものを抱いていた。

 

だが、その怨嗟の矛先は自分にも向けられている事もよく分かっていた。

 

遅かれ早かれ彼らとは矛を合わせなければならない、理想や正義は常にぶつかる。

 

タジムニウスの理想とジョンやカレンの理想、それは共存し得ない物。

 

権力とはただ一つの場所に合ってこそ輝く物、皇帝による親政を信じるタジムニウスにとって彼らの理想は相容れない物であった。

 

立憲君主制を夢見ているのは事実ではあるが、それは少なくとも今では無いのだ。

 

決して今では無い。

 

何よりこれ以上帝国の分断を招く訳にはいかないのだ、自身の特権やら何やら等どうでも良い。

 

帝国が分たれる理由をこれ以上増やしたく無いだけなのだ。

 

それにここに長居は出来ない、約束の日まで後2日しか無いのだ。

 

カレン

『あたしらはそんな貴族から自由になりたかった、あたし達が人として当たり前に暮らせるようになりたかった。

 

誰によって与えられた平和でも自由でもなく、自ら勝ち取った自由が。

 

最初は幼馴染やその辺の飲み友達や学生の集まりだったのがどんどん人が増えて、今や私達は二万人、ここの人たちを加えても良いのならもう十数万人の大所帯になった。

 

あたしらはもう貴族共のおもちゃなんかじゃ無い、ボリス・ドートブリンガーのクソ狸はもちろんだけど、この前囚われていた皇帝の娘を解放して女帝に据えたタジムニウスとかいう奴も外国じゃあ英雄だなんだと持て囃されて居たけど、どうせ自分の権力が欲しいだけに違いないんだ。

 

もう私達は仲間以外誰一人信用しない‼︎』

 

エドモン

『そうか…。

 

俺もその仲間に入れて貰えると嬉しいんだがなぁ?』

 

カレン

『それは今後次第だね、素質あるよあんた?』

 

カレンは笑って答えた。

 

エドモンとカレンが暫くして旧ハーフランド公爵の館に帰って来ると、鞭打ちの音が聞こえ、エドモンは気になったのかそこに足を向けた。

 

カレンが説明するにエドモンがここにくる数日前に捕らえた捕虜だという。

 

カレン

『何か吐いたかい?』

 

獄吏

『ダメだ、何しても吐かねぇ。

 

一時間近く鞭で打ってもなんの効き目もありゃしねぇ。

 

こっちが叩く前まで鼻歌歌い出しやがってさも余裕って言わんばかりでな。

 

おいカレン、ジョンに行ってくれ無いか、薬を使わしてくれって。』

 

カレン

『ダメだ、それじゃあ貴族どもと一緒になっちまうだろう。

 

何より兄貴が嫌がる。

 

明日兄貴が話してみるって言ってたからそれまで待ちな。』

 

エドモンは扉越しにその捕虜を見た。

 

身体中傷だらけなのにも関わらず、どうやら悲鳴も嗚咽も上げなかったのか、獄吏たちは疲れ切っていた。

 

まさに力ずくは無駄だと言う事だ。

 

カレン

『あんたから見てあいつはどう思う。』

 

タジムニウスは下手に答えをはぐらかすのは返って不自然と思ったのか正直に答える事にした。

 

エドモン

『よく訓練されてる。

 

痛みに耐える為に日常的な鍛錬と精神力、そして何より意志だ。

 

この状況を何としても打破しようとする意思、決して只者では無いな。』

 

カレン

『なるほどね、案外本当の事かも知れないね?』

 

エドモン

『どう言う事だ?』

 

カレン

『アイツの装備を見た奴らがウイッチハンター(魔女狩り)なんじゃ無いかって騒ぐんだよ。

 

そんな訳ないのにね、皇帝に対してのみ忠誠を誓うあいつらはボリス・ドートブリンガーに悉く粛清されたってのにな。』

 

エドモン

『ウイッチハンター…。』

 

帝国における異教徒、敵対勢力のスパイ、果てはヴォイドの妖異達を狩る専門家として名高い彼らは厳しい試練を経て皇帝によって任命される第一級の戦士である。

 

故に皇帝に対しての忠誠は厚く、皇帝が命令すれば、これら国内の敵は勿論、国外に赴いて様々な任務をこなすこの連中は、キスレヴでの戦いによってジギスムント帝が敗れた後、ボリス・ドートブリンガーへの恭順を拒否し、粛清されてしまったのだと言う。

 

元々彼らのルーツはシグマーに使える隠密一族であり、やがて一家でこの家業を賄いきれなくなり、素質のある外部の者を迎え入れた結果今に至ると言うが過去の話は今はいいだろう。

 

兎も角、その生き残りが今目の前にいる。

 

真偽は兎も角只者では無い。

 

タジムニウスはその捕虜を見つめた。

 

どうやら同い年ぐらいの男のようだ。

 

だがそれ以外全くわからないが得体の知れない何かを感じ取った。

 

カレンと共にその場を離れたタジムニウスはジョンと面会し、改めて組織に入る事を決意した事を伝えた。

 

ジョンはタジムニウスに部屋をあてがって置いたのでそこでひとまず休むといいと奨めてくれた。

 

タジムニウスは部屋に入ると一応見張りを立たせるとカレンから言われ、素直に了承した。

 

部屋の近くにどうやら一人見張りがついたらしい事を感じとったタジムニウスは心の中で声を出しながら考え出した。

 

タジムニウス

(約束の日までもうあまり時間は無い以上、ここには居られない。

 

直ぐに出なければ…見た所軍馬もある、奪えばあっという間にソルランドに辿り着ける。

 

だが問題は上手く逃げられるかだな。)

 

何よりこの辺りの土地勘が無い。

 

彼らが周辺の村々や街から集まった血気盛んな若者達なら追われたら厄介だ。

 

タジムニウス

(あの捕虜も気になる。

 

逃してやろう、役に立つはずだ。)

 

タジムニウスは夜が更に深まるのを待った。

 

そして深夜…。

 

件の新入りが居る部屋の扉が内側から叩く音がして微睡みから覚めた若い兵が扉に近づく。

 

エドモン

『すまない、厠に行きたいから部屋を開けてくれ。』

 

兵士が開けてやった瞬間、扉から手が飛び出て若い兵はそのまま締め落とされてしまった。

 

タジムニウス

『すまんがそこで眠っててくれ。』

 

タジムニウスは兵を自分が寝っ転がっていたベットに乗せてやると毛布を掛けてやり、直ぐに扉の影から辺りを見回した。

 

どうやら殆ど見張りはいないらしい。

 

少し妙な気はしたが、気にしてはいられない。

 

罠ならば

 

タジムニウス

『食い破るまで、獅子の顎を舐めるなよ。』

 

さて、武器を取り戻さねばと部屋を出たがそれは直ぐに見つかった。

 

ガンベルトは見張りの兵が座っていた椅子と机に置いてあった。

 

明朝には返してくれるつもりだった様だ。

 

タジムニウスはガンベルトを着けるとナイフとリボルバーを確認した。

 

取り上げられた時と変わらず、万全な状態だ。

 

ただしサイレンサーは無い様だ。

 

タジムニウス

『まぁ、返す訳ないな。

 

余計逃げやすくなる。』

 

発砲は出来ない。

 

尤も血を流さずに去るつもりなのでそれで構わないのだが。

 

タジムニウスは物陰に隠れながら捕虜のいた部屋に向かった。

 

道中で何人かの見張りと遭遇するが、悉くやり過ごすか、気絶させて難を逃れた。

 

さて件の部屋が近づいてきたが、どうやら物音がするので角から様子を見ると何と件の捕虜がボロボロの体にも関わらず見張りの兵と獄吏含め数名の大の男を一人で倒してしまっていた。

 

タジムニウスは短剣とリボルバーを構えて角から出た。

 

タジムニウス

『両手を上げろ。』

 

捕虜は素直に従った。

 

タジムニウス

『殺した…訳ではなさそうだな。』

 

捕虜

『殺せば余計バレた時に面倒だ。』

 

タジムニウスはフッと笑うと短剣とリボルバーをしまった。

 

タジムニウス

『逃げるのを手伝ってほしい。

 

俺は訳あってソルランドに行かねばならない。』

 

捕虜

『ソルランド…目的地はタジムニウス王の詰所か?』

 

タジムニウス

『よく分かったな。』

 

捕虜

『あの邪教の巣窟から身一つで逃げてきて、ここの連中に拾われるなんて先ず普通の人間じゃない、いくらお尋ね者だろうとな。

 

大方、権謀術数に長けたブレトニア公爵の一翼カルカソンヌ公…いや大司教と言った方がいいか?

 

兎に角ご自慢の間者だろうってのが私の見立てだ。』

 

タジムニウス

『まぁ、大方正解だ。』

 

捕虜

『私も王に会いたい、きっと難儀されている筈だ。

 

だがそれを取り払うためには一旦私の里に行かねばならない、それでも構わないか?』

 

タジムニウス

『国王陛下の御為とあらば断る道理は無い。

 

さっさとここから逃げるとしよう。』

 

二人は牢から離れて武器庫に向かった。

 

そこにはこの捕虜の武器と衣服が置いてあり、取り戻しにきたのだ。

 

装備を見つけた捕虜はそれを装備した。

 

皮のダスターコートに皮の長靴、厚手のベストに頭の高いテンガロンハット、更に銀のガントレットにレイピアと拳銃。

 

そして長剣ときた、正しく音に聞くウィッチハンターの見てくれだ。

 

タジムニウス

『ウィッチハンターなのか?』

 

ウィッチハンター

『ああ、尤もここの連中は信じなかったがな。』

 

タジムニウス

『厩舎はこの先だ、早く逃げるとし』

 

と言いかけた瞬間、館いや城塞都市中の鐘が鳴り響いた。

 

そして人々の怒号が聞こえる、どうやらバレたらしい。

 

タジムニウス&ウィッチハンター

『まぁ、バレるよなぁ?』

 

ウィッチハンター

『さて、準備は?』

 

タジムニウス

『いつでも、と言いたいがちょっと待ってくれ、これを拝借しよう。』

 

とタジムニウスは一振りの剣を取った。

 

タジムニウス

『真正面からのナイフファイトは苦手なんだ。

 

剣だったら幾らでも受けて立つんだが。』

 

ウィッチハンター

『兎に角ここから逃れられれば何でもいい。』

 

幸い武器庫から出た直ぐのところに厩舎は有ったがもう既に兵達が出てきていた。

 

そして直ぐに見つかった。

 

反乱兵

『居たぞ、例の二人だ‼︎』

 

タジムニウス

『血は流したく無いが贅沢も言ってられんな。』

 

ウィッチハンター

『同感だ。』

 

反乱兵達が襲い掛かるが二人は拳銃を引き抜いて数人を撃ち倒すと、剣を抜刀し、更に数人切り伏せる。

 

二人は互いに並の戦士では無いと戦いぶりを見て改めて思った。

 

そもそもにわか仕込みの農民町民崩れに負けていたら洒落にもならないのだが。

 

二人はあらかた倒し終わると繋げてあった馬を盗んで館から飛び出した。

 

城塞都市中の鐘が鳴り、怒号が響く。

 

そして、何よりあっという間に追手が現れた。

 

カレンが、子分のルガディン族とララフェル族を引き連れてきた。

 

カレン

『逃げられると思うな裏切り者‼︎』

 

カレンは馬に跨り、早駆けを促しながら矢を引き絞りながら叫ぶ。

 

タジムニウス

『仲間になる気なんてさらさら無い、だからカウントしないで貰いたいな。』

 

カレンから放たれた矢がタジムニウスに迫るもタジムニウスは剣で斬り払う。

 

今度はウィッチハンターが拳銃でカレンを狙い撃ちするも、ララフェルの少年が唱えた防御呪文で弾丸は消えてしまった。

 

ウィッチハンター

『逃げるが勝ちか、こっちだついて来い‼︎』

 

ウィッチハンターに先導してもらいながら一行は街中を駆ける。

 

矢弾と怒号を交わしながら。

 

すると暫くしてララフェル族の少年が叫ぶ。

 

ララフェル族の少年

『しめた!

 

姉貴、伝令達が門を閉めろって伝え終わった、もう奴らはこれで袋の鼠だ‼︎』

 

カレン

『油断するんじゃ無いよ、落馬するまで追い続けな‼︎』

 

タジムニウス

『ちと、不味いか?』

 

ウィッチハンター

『良いや、大丈夫。

 

このまま走るぞ。』

 

そして少し走ると何と開いている門に辿り着いた。

 

なぜ開いているのか、タジムニウスも分からないのならカレン達も分からなかった。

 

カレン

『馬鹿、何で閉めないんだい‼︎』

 

反乱兵

『ダメです‼︎

 

門の開閉装置が壊されてて閉まりません‼︎』

 

カレン

『なっ⁉︎』

 

二人は門を出てしまった。

 

流石にこれ以上追えないカレン達は門の真下で停まらざる得なくなり、タジムニウス達は暫く離れた所で止まり振り返った。

 

ウィッチハンター

『な、大丈夫って言っただろう?』

 

タジムニウス

『後で是非詳しい話を聞かせてくれ。

 

カレン、あんたの兄貴殿には宜しく伝えておいてくれ。

 

捕え損なったな、ブレトニア王というデカい魚をな‼︎』

 

カレン

『ブレトニア王だと⁉︎』

 

ウィッチハンター

『⁉︎

 

あんた、その眼…?』

 

タジムニウスは咄嗟に幻影魔法を解いていた。

 

両の眼は元の翡翠色に戻っていた。

 

ブレトニア王家の象徴とも言える遺伝されし証。

 

その意味を知らぬ者はこの国にはいない。

 

ウィッチハンターはタジムニウスの前に庇うように馬を立てた。

 

カレン

『ッ、クソォォォォォォ‼︎‼︎』

 

カレンはタジムニウスの眼に目掛けて矢を放つ。

 

然しタジムニウスは矢が飛ぶのをただ見ているだけだった。

 

あわや刺さるかと思ったその時矢は斬り払われた。

 

ウィッチハンターが剣で斬り払ったのだ。

 

そしてそのまま馬上にて刀剣礼を恭しくしてみせた。

 

ウィッチハンター

『国王陛下。』

 

タジムニウス

『ここを離れるぞ、案内せよ。』

 

ウィッチハンター

『は。』

 

二人は風の様に去っていった。

 

門に残されたカレンはワナワナと震えていた。

 

カレン

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す‼︎

 

よくも散々コケにしてくれたな‼︎

 

あいつがタジムニウス・レオンクール…次に会ったら決して逃がさない‼︎‼︎)

______________________

ソルランド バットランド平定軍野営地

 

その頃ソルランドの野営地は正に混沌としていた。

 

多くの疫病が複数同時に襲い掛かるこの症状の打開策が全く見出せず、死なずに止めるが精々であった。

 

兵士

『ウ…アア……。』

 

兵士

『イタイ…イタイ…コロシテ…コロシテ…オネガイ…。』

 

騎士

『モウ…オワリダ…。』

 

件の病に罹った者達の体も精神も限界だった。

 

そして当事者以外も例外では無い。

 

幸い発症してない者達もいつ罹るか分からず日々を過ごす事に耐えられなくなっていた。

 

何より目の前で戦友が、家族が、恋人が、今この瞬間に息絶えそうになっている…むしろ今自分の手で楽にしてやった方が幸せでは無いかと感じるようになっている始末であった。

 

ユイコ

『…………アイリス……。』

 

そう呼ばれた青毛のミコッテの青年は苦悶の表情を浮かべながら目を覚まさず眠り続けている。

 

だがこれでも二時間ほど前迄は苦痛で叫んでいた。

 

そして死すら懇願していたのだ。

 

ユイコ

『タジムニウス……ッ‼︎‼︎』

 

彼女の表情は不安と恐怖から憎悪に変わった。

 

愛する人が死に掛けている…そしてその理由は大なり小なりタジムニウスにある…。

 

もはや彼女は冷静を失ってしまっていた…。

 

トウカ

『大丈夫…決して死なせない‼︎』

 

別の天幕ではトウカが病に冒された兵を助けようと懸命に治療を試みていた。

 

幸い疱瘡が治まったと思ったその瞬間であった。

 

治療魔道士

『トウカ様、患者のエーテル残量が危険位置です‼︎

 

危険度極めて大‼︎』

 

患者のエーテル残量を教えてくれる魔導機器から甲高い警告音が鳴り響く。

 

トウカ

『エリクサー投与‼︎

 

二瓶、希釈無しで投与して‼︎』

 

治療魔道士

『はい‼︎』

 

混沌の極みと化していた野営地を一人歩く少年騎士が居る。

 

ナイトハルト・フォン・マリエンブルク

 

マリエンブルク公カタリナとマリエンブルク公爵領の将軍ボーアン・フーセネガーとの間に生まれた一人息子で有る。

 

実直かつ清廉な人物で有り、将来を有望されている。

 

ナイトハルト

『こんな…こんな事になろうとは…皇帝陛下も今は表立って皆の前には立てぬし、元帥もあれから姿を現しにならない…。

 

誰かがこの混乱を正さないと瓦解してしまう…。

 

脱走を図ろうとする兵も出始めている…もう精神面ではもう限界だ。』

 

ナイトハルトはまだ十代の子供なりにこの野営地に漂う空気を感じ取っていた。

 

そして彼は先日自身の天幕で聞いた話が頭の中から離れなかった。

 

______________________

先日…

 

ナイトハルト

『真か爺⁉︎

 

元帥閣下がこの野営地に居られぬだと⁉︎』

 

『あくまで噂ですが、それらしい会話を聞いた者や元帥閣下らしき人影を見たと言う者が後を絶たんのです。』

 

ナイトハルト

『元帥お一人で帝都か御領地に戻られたとでも言うのか?』

 

『もっと始末が悪い話でございます。

 

単身敵地に向かわれ、この疫病を晴らす術を見つける為に敵中に潜入されたと。』

 

ナイトハルト

『馬鹿な…。

 

もしそれが本当なら何故レマー将軍や、ゲルト公はお止めにならなかったのか‼︎』

 

『なんでも兵達曰く元帥命令で他言無用との事…。

 

以降はお二人が約束の期日まで隠し通そうとしているのですが…。』

______________________

 

ナイトハルト

(噂は噂、されどもし真なら由々しき事態だ。

 

理由がなんであれ元帥閣下抜きでここは維持出来ん。)

 

ナイトハルトは単身レマーの天幕の前に立った。

 

ナイトハルト

『レマー将軍、ナイトハルト・フォン・マリエンブルクです。』

 

レマー

『どうぞ。』

 

ナイトハルトはレマーの返事をもらうと直ぐに天幕に入った。

 

レマー

『こんな時間に如何されたナイトハルト殿。

 

飲み物は如何か?

 

貴方はまだ二十歳を超えておられぬから紅茶かコーヒーになりますが…。』

 

ナイトハルト

『将軍。』

 

ナイトハルトの真剣な表情や声音でレマーの手は止まった。

 

そしてナイトハルトの表情からこれから言い出そうとした言葉を読み取った。

 

レマー

『元帥閣下の事か?』

 

ナイトハルト

『本当に敵地に単身で向かわれたのですか?』

 

レマー

『……左様。』

 

レマーは耳をピクピクさせながら答えた。

 

ナイトハルト

『そんな…幾ら冒険者としての知見があるからって元帥閣下をお一人で向かわせるなど。』

 

レマー

『我らもそう申したとも。

 

だが元帥は頑なにそれを拒否された。

 

そのかわり我ら二人にここを任せたのだ。

 

疫病の可能性もある、つまりあの時前線で戦っておられた皇帝陛下も皆の前にお出ましになるのは危険だ。

 

我ら二人で約束の日、つまり明後日のこの時間、夜明け前まで元帥の代わりを務めようとしたが…そうか兵達にはかなりの速さで広まってしまったか…かなり動揺しているのか?』

 

ナイトハルト

『いえ、ですが時間の問題です。

 

将軍、むしろ元帥閣下が居ない事を公表なさっては?

 

元帥は敵前逃亡ではなく、我らの為に敵地に踏み込まれたと皆に明かし、明日に希望を持たせては?』

 

レマー

『それは私も考えた…だが…。

 

考えたくもないが、この病を治す術が無かったり、それこそ元帥閣下がお戻りにならなかったらどうする?

 

事の詳細を知れば、皆まさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴むが如く僅かな希望に縋り付くだろう。

 

だがそれが切れれば、その分絶望は大きくなる。』

 

レマーはハッとした表情を浮かべた。

 

タジムニウスがちゃんと解決手段を見つけてくると云う保証はどこにもないのだ。

 

なのに兵達に無駄な期待を抱かせて裏切る様な真似をすれば…。

 

兵達は云うことなど聞かず、諸侯も命惜しさにボリス側に寝返りかねず、民衆も恐怖心故に敵方に降り出せば祖国再興など叶わぬ夢となるのだ。

 

レマー

『君の言うことも分かる。

 

だが今は元帥閣下を信じる他無いのだ…分かってくれ。』

 

ナイトハルト

『…畏まりました。

 

出過ぎた事を申しました。』

 

レマー

『いや、良いんだ。

 

今日はもう遅い休みたまえ。』

 

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オットー・フォン・ゲルトの天幕

 

その頃オットーはマスクを取り、整えられた黒色の短髪の髪を掻きながら顕微鏡を覗き込んでいた。

 

覗き込んでいるのは患者の血液だ。

 

オットーはソルランド公爵と兼任でライクランド帝国魔法学院学院長の称号を持っているのは既に述べたが、その彼すら適切な処置が出来ないこの化学兵器の毒性を何としても判明させようと寝ずに調べていた。

 

オットー

『もしや…だが…いや、もはやそれしかあり得ない。』

 

オットーは顕微鏡から目を離したが、一喜一憂おは正にこのことであろうか?

 

オットー

『だが、一体どうやってこんな事を…?

 

こんなメチャクチャな奴がそもそも成立するはずが…。』

 

そう考えているとヤ・シュトラが入ってきた。

 

手には銀の盆に紅茶の入ったティーカップが二つ。

 

ヤ・シュトラ

『ゲルト卿、少し休憩されては如何かしら?

 

そう根を詰めてるいると分かる物も分からなくなるわ。』

 

オットー

『ヤ・シュトラ殿、かたじけない。』

 

二人は紅茶を啜ると、オットーは切り出した。

 

オットー

『ヤ・シュトラ殿、此度の疫病が病の類ではなく、呪いの一種であったとしたらどうする?』

 

ヤ・シュトラはティーカップを置いて、少し考え込むと、険しい顔をした。

 

有り得ないと言いたいが、そうとしか考えられないと言った表情であった。

 

ヤ・シュトラ

『確かに患者のエーテルは、呪いを受けたそれと同じくらい乱れ切っている。

 

まるで、そうヴォイド(闇の氾濫にて崩壊した第十三世界)に長時間入った様な乱れ方をしている。

 

枯渇、膨張を繰り返し、様々な症状を誘発させている。

 

外や他の生き物から齎される筈の疫病の発生源が患者の身体からなのも、未だ感染者が増えないのもそれなら説明がつく。

 

でも、』

 

二人はそこで声を合わせた。

 

オットー&ヤ・シュトラ

『あり得ない。』

 

ヤ・シュトラ

『もし呪いなら普通こんなメチャクチャな事が起こせる筈がないもの。

 

でも、現実に起きてしまっている以上あり得ないと言う事は無いのでしょうね。

 

問題はどうやってやっているのか。

 

考えられるとしたら古代のそれこそ文献すら残っていないような過去の強力な魔法。

 

そしてその術式は現代に於いても最高レベルに難解な術式が構成されている。』

 

オットー

『解除しようとしても複雑に構成された魔法故に手探りでやればやる程危険性が増す。

 

それこそ一つでも間違えれば、患者が死にかねない。』

 

ヤ・シュトラ

『頼りになるのはあの人、タジムニウスだけ。』

 

オットーは内心驚いた。

 

本当ならここでシラを切るべきだろう、だが彼女は自身をまっすぐ見据えている。

 

これでは隠し通しても無駄だとオットーには分かっただから素直にどうして分かったのかを聞くことにした。

 

オットー

『何故それを…。』

 

ヤ・シュトラ

『ごめんなさいね、あの日、彼が旅立つ所を見てしまったの。

 

私はエーテルで世界を見ている、だから素顔を隠してこの野営地から出たとしても体に流れるエーテルを見れば誰だか分かってしまうの。』

 

オットーは参ったなと言わんばかりに椅子に沈み込んだ。

 

鍵を握るのはタジムニウスただ一人、微かな希望、潰えてしまいそうな希望だが人々は掴まずには居られなかった。

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ライクランド帝国領の何処か

 

タジムニウス

『呪い⁉︎

 

あの疫病が呪い、呪術だと言うのか!』

 

ウィッチハンター

『はい、第五星暦に同じ様な症状を引き起こす呪術を開発した吸血鬼教系のグループ摘発したと記録がございます。

 

陛下から聞いた話と私の記憶の中にある記録の内容とあの戦の顛末を鑑みると間違い無いかと。』

 

タジムニウス

『卿もあの場にいたのか?』

 

ウィッチハンター

『遠くから眺めるだけでございますが。

 

しかし、記録ではその術を心得た術者は全員処刑、記録、媒体の類も全て破壊され、歴史の闇に葬られたと有ったのですがまさか我らの手を逃れ、術を再生させているとは…。』

 

タジムニウス

『呪術なら解けるか?』

 

ウィッチハンター

『恐らく。

 

これより向かいます我らの隠れ里に居られる長老に話を聞きましょう。

 

我らウィッチハンターの秘術を以てして必ずや我が帝国を。』

 

二人は話しながら馬を走らせた。

 

そして森の中に入って大きく開けた場所に出た。

 

そしてウィッチハンターが口の中で何かを詠唱すると、森の広場の中心が大きく開け、地下に続く階段が現れた。

 

二人は馬から降りて、手綱を弾きながら階段を降りると何とそこには構築途中で放棄されたのかドワーフの小都市が有り、ヒューラン、ドワーフ、といったありとあらゆる種族が生活しており、そして住人の半数近くがウィッチハンターの格好をしていた。

 

住人達は二人を出迎えた。

 

長老

『おお、ディーター。

 

よく帰ってきた。』

 

ディーターと言われたウィッチハンターは帽子を脱ぎながら一礼した。

 

ディーター

『長老、ブレトニア国王、タジムニウス陛下をお連れしました。』

 

それを聞くや否や住人達は一斉に膝を折り伏した。

 

長老

『我らウィッチハンター残余二百余名とその一族郎党、御帰還心よりお待ちしておりました。

 

陛下とは御生まれになられた際に目通りさせておりまする。』

 

タジムニウス

『顔を上げてくれ、私は…これから…諸君らに…』

 

なんとタジムニウスが地面に倒れ、泡を噴き出し、苦しみ出したではないか。

 

慌ててディーターと長老が駆け寄る。

 

ディーター

『ま、まさか⁉︎

 

陛下、ドラッケンホフ城に潜入したと仰いましたな、その中で食べ物を口にしましたか?

 

していなくても中の水も口にしているのならお教えください‼︎』

 

タジムニウスは言葉を発する余裕はなかったが小さく頷いた。

 

ディーター

『なんて事を…長老‼︎』

 

長老

『早く薬湯を‼︎

 

それと水を持て‼︎』

 

女達が慌てて湯を沸かす、薬の入った瓶を沸いた湯に傾ける、瓶から水色の水飴のような薬が溢れだす、急いでかき混ぜるの大忙しである。

 

ディーターはタジムニウスの腹に拳を当てると

 

ディーター

『御無礼を!』

 

ディーターはタジムニウスの腹に拳を殴りつける。

 

殴られたタジムニウスは吐き戻した。

 

口から多量の吐瀉物が嘔吐される。

 

長老

『さぁ、陛下これを。』

 

タジムニウスは件の薬湯を飲んだ。

 

少し甘いが何処か清々しさを感じるこの不思議な薬のおかげでタジムニウスは少しづつ楽になった。

 

なんとか動けるようになったタジムニウスは水で顔を洗って、どうにか落ち着きを取り戻した。

 

タジムニウス

『…助かった…。

 

アレはなんだ。』

 

ディーター

『陛下。

 

レイザ・エフィート麻薬なる物に聞き覚えは?』

 

タジムニウス

『傭兵時代に聞いた事がある。

 

東方で作られてる薬だ、麻薬として取引がされているが製造元が分からなくて長年摘発出来てないとか。』

 

ディーター

『これがレイザ・エフィート麻薬です。

 

原産は東方ではなく我が国、吸血鬼教の者達が金を稼ぐために作り上げた合成麻薬で古くは第六星暦初頭より有ると言われております。

 

彼らは信者の口にする水や食べ物にこれを混入させ、古い信者は勿論、新しく入った信者達を麻薬漬けにして、正常な判断力を失わせ、自らの手駒にするのです。』

 

長老

『陛下を襲ったのはその禁断症状ですじゃ。

 

とても強い薬故、少しでも薬を飲まない時間が続くとすぐにあの様な事になるのです。』

 

タジムニウス

『なんて事…と言う事はバットランドの領民達があっという間に信徒化したのは…。』

 

ディーター

『薬物によるもの、そして25年も薬漬けにされてはもう…。』

 

タジムニウス

『救いは死のみ…。

 

クソ‼︎』

 

タジムニウスは土を叩いたが意味のない事をしても仕方がない。

 

タジムニウスはすぐに本題を切り出した。

 

タジムニウス

『長老殿、現在我が軍は吸血鬼の呪術に苦しめられているがどうにかこれを打ち破りたい、知恵を貸してほしい。』

 

ディーターは事の次第を説明すると、長老はここではなんだから拙宅へどうぞと言うのでタジムニウスは上がらせて貰うことにした。

 

長老曰くこういう事だ。

 

ブレトニア軍を襲った件の化学兵器の正体はヴォイドの魔力で練られた呪術なのだという、そしてヴォイドの妖異達がヴォイドゲート(第十三世界と原初世界を繋ぐ魔力のゲート)抜きでこの世界に顕現する為に仮初めの身体が必要である様に、魔力にも仮初めの身体が必要なのだ。

 

そこでクリスタルに魔力を込め、それを媒体として仮初めの身体として件の薬品を用意し、術式を構築するのだという。

 

かの城で作られた薬品そのものが呪術の媒体なのだ。

 

そしてそれらは錬金術師に言う通り、普通なら成立し得ない摩訶不思議な兵器を生み出したのだ。

 

タジムニウス

『つまり、あの薬で出来る上澄み液自体はなんの意味も無くて、必要なのはその媒体になっていた結晶だと言う事か。』

 

長老

『左様、幸い陛下はそれも盗み出してくれたので事なきを得ましたな。

 

然し、その上澄み液とやらを見せて頂けますかな?』

 

タジムニウスは上澄み液を長老に渡すと、長老はまじまじと眺め、それを少しだけ口にした。

 

長老はそれを吐き出すと水で口を濯いだ。

 

長老

『無用の長物とは申しましたが、多少なりの解毒の作用は御座いますな。

 

これだけでは足りませぬがな。』

 

タジムニウス

『して、どうやって我が将兵達を救えば良い?』

 

長老

『理論は簡単に御座います。

 

幾らヴォイドの魔法と云えど術式を書き換えてしまえば無害化出来ます。

 

ただその前にこの魔力を浄化せねばなりませぬ。』

 

タジムニウス

『浄化、今この場にいる我らだけでは無理なのか。』

 

長老

『魔力が足りませぬ、それこそ陛下のお国の守り神たる泉の聖女様の代理人たる淑女様程で無ければ、それが無理なら大勢の魔道士が必要です。』

 

タジムニウス

『その問題は既に解消済みだ。

 

女帝陛下、セレーネ陛下はその泉の淑女であらせられる。』

 

長老

『なんと…‼︎

 

これはまさにシグマーと泉の聖女様のお導きですな。』

 

タジムニウス

『よし、それでは早速行こう…』

 

タジムニウスは立ち上がったがよろめいて倒れた。

 

ディーターに助け起され、元の椅子に腰掛けた。

 

長老

『ご無理をなさいますな。

 

先程まで麻薬の禁断症状で苦しんでおった事をお忘れか?

 

ディーター、陛下に床を。

 

陛下、お約束の日は明後日でしたな、今はお休みになられた方が良いかと。

 

出発の前にお会いして欲しいお方もおられますので、尚の事頭を冴えわたらせた方が宜しいかと。』

 

タジムニウス

『…お言葉に甘えさせてもらおうか…。

 

この体たらくで戻れば、兵達が動揺するだろう。

 

どっちにしてももう野営地もかなり追い詰められているからパニックを引き起こしかねない。

 

少しでも安心させてやらねば。』

 

ディーター

『それでは陛下、こちらへ。』

 

長老

『ディーターもそれが済んだら、休め。

 

任務の為とはいえ敵に委ねた傷を癒さねば今後陛下に奉公する時に差し当たっては大事じゃ。』

 

ディーター

『はい、長老。

 

秘薬を使えば明日までには。』

 

こうして二人は長老の家を後にした。

 

夜が明け、有る程度睡眠をとったタジムニウスとボロボロの体が嘘のように治っているディーターがまた長老の家の前で立っていた。

 

程なくして長老が家から出てきて、タジムニウスを古い教会に連れて行った。

 

するとシグマー教のウォーリアー・プリーストが二名戦鎚を手に腕を組んで佇んでいた。

 

長老が二人に自分らの身の上を話すと二人の武僧は恭しく頭を下げ、教会の扉を開けた。

 

中に入ると明かりを最低限しかつけていないのかとても薄暗かった。

 

そして暗がりから黒衣に身を包んだシスターが現れた。

 

歳の頃はタジムニウスと同じくらいであろうか。

 

青い瞳に白い肌の美女である。

 

シスター

『長老様。』

 

長老

『お嬢様、ブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下をお父君に面会して頂きたくお連れしました。』

 

シスター

『あぁ、主よ貴方様の導きなのですね。』

 

シスターは深々と頭を下げて自身の名を名乗った。

 

コーデリア

『お初にお目に掛かります。

 

コーデリア・ヴォルクマールと申します。』

 

タジムニウス

『ヴォルクマール…ヴォルクマール大司教の縁者か⁉︎』

 

コーデリア

『ヴォルクマール3世は我が父になります。

 

父と共にガレマール帝国の名を受けて東方の遠征を敢行しておりましたが、任地にて信徒達で編成された遠征軍は壊滅し、帝国からの、当然我が祖国からの増援補給の類も無く、僅かな供回りと重傷を負った父を連れこの里へと逃げ込んだ次第に御座います。』

 

タジムニウス

『無事に帰って来てくれた事を心より感謝するぞコーデリア殿。

 

貴女方はシグマー教の守人だ、必ず諸君らの信仰の自由を貴族より取り返す事を約束しよう。』

 

コーデリアはまた深々と頭を下げ、父の元へと案内するのだった。

 

朽ちた教会の一室にはちゃんとした病室が設けられていた。

 

そこに置かれたベットに重傷の大司教が眠っていた。

 

コーデリア

『父はここに着いて以降一度たりとも目を開けておりません。』

 

長い間、そして今も昏睡している大司教の傍には古めかしい本が一冊置かれていた。

 

コーデリア

『長老様が私共をお引き合わせたのはきっとこの本の為でしょう。』

 

タジムニウス

『これは?』

 

タジムニウスはコーデリアより本を受け取って問うた。

 

だが、その瞬間恐ろしい程の邪悪な魔力が自身に襲い掛かるのを感じた。

 

正気を保っていられたのは越える力によるものに他ならなかった。

 

コーデリア

『その本は、吸血鬼教の秘術とここ数星歴にも及んで練り上げた隠謀の数々が書かれた物です。

 

彼らは預言書と読んでおりました。』

 

その後のコーデリアの話を掻い摘むとこうだ。

 

長い歴史の中アシエンが世界再統合を目指して活動するなかその手足として動いていた集団から事を発した吸血鬼教はある時を境にアシエンの術を盗み出し、彼らと袂を分ったのだ。

 

そしてその時の最高指導者が書き残した計画書がこの本だという。

 

そして吸血鬼教の信徒はこの計画書に基づき、ヴォイドによる騒動を引き起こし、遂に作り上げた最初の吸血鬼を崇め、長い歴史の中暗躍したのだ。

 

彼らを打倒する為、コーデリアの父、ヴォルクマール3世は遠征の合間にこの本を探し出し、遂に奪い去る事に成功したのだという。

 

然し、吸血鬼教の手先とそれによって懐柔された帝国軍の容赦ない追撃を受け、ヴォルクマール3世は重傷を負い、解読の術を失ってしまった。

 

コーデリア達は藁に縋る思いで自身達よりも吸血鬼狩りの専門家であるウイッチハンター達を頼る為この里に逃げ込んだが、誰一人この本の解読と魔力を祓い去ることは出来なかった。

 

タジムニウス

『ん?

 

では貴女は何故この本を手に持てたのだ。

 

貴女もハイデリンの意志を、越える力の持ち主なのか?』

 

コーデリア

『…はい。

 

目覚めたのは5年前、以降私は女神ハイデリンの意志を聞くことができました。

 

されど、私の力がとても弱いのか、昨今ハイデリンの声をはっきりと聞けなくなったのです。』

 

タジムニウス

『いや、それは私も同様だ。

 

ハイデリンは確実に弱っている。』

 

タジムニウスの当面の敵はこの本の通りに数星歴以来の野望を果たさんとしている吸血鬼教であるが、もし今この場でこの禍々しい本を解読しその計画を知れれば、後の未来は変わっていたであろう。

 

タジムニウスは今現在置かれた状況をコーデリアに話した。

 

コーデリアは、父を他の武僧に任せて、自身も同行すると申し出た。

 

かくして三人の旅の一行が出来上がった。

 

長老からの助言と件の本を携え、三人は一路ソルランドを目指す。

 

長老

『陛下が再び軍を進めしその時に我らも小勢なれど打って出ますぞ。』

 

タジムニウス

『辱い。

 

必ずやその時まで壮健でいよう。』

 

三人は里にて飼育されていたペガサスに跨り一気にソルランドへ向かった。

______________________

ソルランド野営地

 

その頃、野営地は阿鼻叫喚の嵐である。

 

感染者達がパニックを引き起こし、完全に暴動状態になりつつあった。

 

事ここに至ってはもはや致し方なしと各諸侯が混乱を諫めに向かうももはや混乱状態で手も足も出なかった。

 

おまけに先日帰還した空中戦隊の陸戦隊を急遽動員して混乱を鎮めなければならない事態に発展してしまう始末であった。

 

そもそも何故こうなってしまったのか…?

 

それは数刻前、感染者達の一部が幻覚を診始めたのだ。

 

それらは幻、熱や毒に侵されて出来たものだった。

 

だが、もはや命を削られていた彼らにそんな区別が出来るわけもなく、他の患者も不安になり、遂には恐怖は最高潮に発達した。

 

そして健常者、患者巻き込んだ暴動にまでなった。

 

オットー

『なんと言う事…約束の時までもう少しという時に‼︎』

 

アルフィノ

『ゲルト卿‼︎

 

皆の混乱が収まらない!

 

完全に聞く耳をもたず、動転している。

 

このままでは、いやもう既に同士討ちだ‼︎』

 

オットー

『レマー…致し方ないが、実弾、真剣による鎮圧を許可、鎮圧して来てくれ。』

 

レマー

『な、本当に同士討ちをなさるおつもりか⁉︎』

 

だがもはや為す術なし…。

 

レマーはなにか言いかけたがオットーも何も言わず覚悟を決めてしまった事を感じ取ったのか自身も剣を抜いて指揮を取るべく天幕を出ようとした。

 

だが、その前に天幕にセレーネが入ってきた。

 

セレーネ

『ゲルト公お待ちなさい。』

 

オットー

『カイザーリン(女帝陛下)、なりませんここは危険ですぞ。』

 

セレーネ

『私の民草達が恐怖で混乱しているのに何故私が隠れていられると思うのです‼︎』

 

オットー

『我らの声すら響か無かったのですぞ‼︎

 

もしこれも敵の策なら間違いなく狙いは貴女です‼︎

 

どうかここは臣らにお任せ頂きたい!』

 

セレーネ

『それは兵達の命を奪う事ですか‼︎

 

彼らは誰一人悪くない。

 

なのに我らが処罰すれば、どこに我らの大義があると‼︎』

 

オットー

『然し、』

 

と言い掛けた所で暁の面々が入ってきた。

 

アリゼー

『セレーネ様を守れば、文句はないでしょ?』

 

オットー

『卿ら。』

 

アリゼー

『私と、ラハ、そしてそこにいるレマー卿が三人で固めればそう簡単には手出しできないんじゃないかしら?』

 

オットー

『確かに…それはそうだが、もはや兵達は正気を失っている。

 

何が起こっても不思議は…』

 

グ・ラハ

『策はある。

 

一番錯乱していて混乱の渦中にある兵士達を無力化すれば、後の兵達は動揺している連中だけだ。

 

彼らを落ち着かせれば後の兵達はセレーネ様の声に耳を傾けるはずだ。

 

だから、俺の魔法と、トウカが突貫で作った鎮静薬をユイコの生え抜きの格闘士達が投与すれば電撃的に鎮圧出来る。』

 

アリゼー

『本当はユイコ本人の手を借りたかったのだけれど、アイリスがアレじゃあ多分本調子出ないし、何より天幕に居ないのよ、探してる暇もない。』

 

アルフィノ

『それにここは敵との最前線、それこそ今この瞬間』

 

と正にアルフィノが言い掛けた瞬間だった。

 

伝令1

『報告‼︎

 

吸血鬼教勢数万が我が方に向かって進軍せり‼︎

 

敵は信者と亡者の連合軍と見られる‼︎』

 

オットー

『こんな時に‼︎

 

距離は敵将は吸血鬼なのか?』

 

伝令1

『距離はまだ在りますが、敵将については不明とのこと‼︎』

 

伝令2

『更に報告‼︎

 

ハーフランドにて、民主共和主義者蜂起‼︎

 

ハーフランド及びハーフランド領内全ての町や村、支城が全て勢力下に落ちた模様‼︎

 

更に同時に帝国全土にて小規模な民主主義派閥の集会や、決起が乱立しております‼︎』

 

レマー

『クソッ‼︎

 

あそこは吸血鬼になったハーフランド公を討ち取った事で今あそこは空白地帯だ‼︎

 

領土は小さいとはいえ、全域が肥沃な土地で我が帝国の食物生産に大きく寄与している地域です‼︎

 

ここを叛徒の好きにさせてしまえば、みるみる連中は力をつけるでしょう。』

 

伝令2

『そして…もう一つ。』

 

レマー&オットー

『なんだ⁉︎』

 

伝令2

『選帝諸侯軍、全面攻勢に出た由‼︎

 

現在、タナトス卿、カルカソンヌ卿両名を中心に防衛戦を展開しております‼︎』

 

全て山津波の如く…一気に押し出された。

 

オットー

(まさかと思うが全てここまでタイミング良く同時に起こったのは全て示し合わされた事なのか?

 

狂信者の進撃、叛徒の蜂起、選帝諸侯軍の攻勢、偶然にしては出来過ぎている…。)

 

兎も角先ず何をしなければいけないかが分からなくなるオットー・フォン・ゲルトでは無かった。

 

オットー

『セレーネ様どうか兵達を宜しくお願いします。

 

彼らには酷ですが、戦ってもらわねばなりません。』

 

セレーネは頷くとアリゼー達を連れ天幕を出た。

 

アルフィノは再度帝都と通信し、詳しい状況を聞いてくると言って同じ様に後にした。

 

一人残されたオットーは伝令に民主主義革命派の動向を逐一調べて報告する様指図するのだった。

 

恐怖と混乱に怯え、発狂する兵たちを抑える兵達がぶつかり合う中、宝杖を鳴らしながら歩く女帝が現れた。鎮圧のために戦列を組む兵たちの間に割って入り、その傍らをアリゼーとグ・ラハが固める、そしてグ・ラハは杖を構え詠唱した。

 

グ・ラハ

『レビデト(万物よ重力の底より上がれ)‼︎』

 

すると混乱の中心になってしまった最も症状と錯乱の強い兵たちが浮かび出し、そこにエオルゼア格闘士ギルド生え抜きの戦士達が一斉に飛び掛かると手に持った注射器で薬品を打ち込み、セレーネ達の元へ抱えて連れ帰ってきた。

 

エオルゼア兵

『旅団長、鎮圧致しました。』

 

トウカ

『ん、ありがとうそのまま医務室に寝かして。』

(ユイコが居ればもっと簡単だったのに何処行ったの?

 

アイリスもそのままほったらかして。)

 

女帝の到来に兵達は静まり返った。

 

セレーネ

『我が忠勇なる帝国兵の皆さん、私はセレーネ・フォン・アルトドルフです。

 

どうか皆さん、耳を傾け、落ち着いて下さい。

 

この病は決して不治では有りません。

 

必ず治るのです、だからどうか私を信じて皆、それぞれの場所に戻って下さい。

 

現在、我が方に向かって吸血鬼の手先が進軍中です、でも皆さんが不安になる事はありません。

 

今、レオンクール元帥は敵中に忍び込みこの病を治す術を探しており、明日の夜明けが約束の時なのです。

 

明日の太陽こそ、我らの復活の象徴、我らは不死鳥の如く蘇るでしょう!』

 

『そうなる確証はどこにある‼︎』

 

『どうせ死ぬなら家族に合わせてくれ‼︎』

 

『もうあんな化け物と戦うのはごめんだ‼︎』

 

兵達の心は完全に打ち砕かれてしまっていた…。 

 

セレーネといえど彼らを奮い立たせることは出来ない。

 

そして勿論、他の公爵や、タジムニウスがこの場に居たとしても不可能に近いだろう。

 

セレーネ

『分かりました、なら私はたった一人でここに残り、敵を食い止めましょう。

 

我が兵達が、能無しの臆病者の役立たずだとは知りませんでしたわ。

 

亡者にすら尻尾を巻いて逃げで帰ってきた貴方達を家族が果たして迎え入れるのかしら?

 

女一人残して逃げて帰ってきたなんて死んでも言えないのじゃないかしら??』

 

まさかの怒りを煽る言動に驚いた兵達である(ついでにアリゼーらも)。

 

セレーネ

『良いわ、なら私が覚悟を見せてあげる。』

 

セレーネがそう言って取り出したのは紫色の液体の入った薬だ。

 

何とそれを一気飲みしたではないか、その瞬間セレーネは血反吐を吐き出した。

 

慌ててトウカが駆け寄り介抱する。

 

兵達は騒然である。

 

セレーネはトウカを押し退け立ち上がる。

 

セレーネ

『今ここで敵を食い止められねばどのみち帝国は終わる。

 

ここで毒に侵され死ぬのも敵に倒され辱めを受けながら死ぬのも、帝都にて怯えながら死ぬのも大して変わらない‼︎

 

どちらか選びなさい‼︎

 

希望を信じて待ち、来るべき敵の到来を俄然立ち向かい家族と祖国を守るか、自分勝手な絶望に周りの人間全て巻き込み畜生の様に死ぬか‼︎‼︎

 

勝利か死か‼︎‼︎』

 

セレーネは確実に毒に侵されて居る、血反吐を吐きながらも宝杖を握りしめ立っている。

 

セレーネは目を閉じて耳を澄ます。

 

静まり返ったこの場に音など無い、だが微かに羽ばたく音が聞こえた。

 

その数は三つ、大きく羽ばたくそれは天馬の羽音であった。

 

馬の、いや天馬の嗎声が聞こえ、皆が一斉に天を見る……。

 

元帥の帰還である…。

 

約束の時間より早く到着させようとしたのかペガサス達は息を切らしていた。

 

タジムニウス

『みんな、待たせたな。』

 

アリゼー

『タジムニウス‼︎』

 

セレーネはホッとした表情を浮かべるとそのまま倒れるがトウカと近衛騎士が支える。

 

トウカ

『直ぐに解毒を‼︎

 

医務室へ。』

 

と必死こいて居るが、実はこれはトウカとヤ・シュトラが仕組んだ茶番劇なのだ。

 

本当に毒を飲ませれば大事になると考えた二人は食紅で着色したただの痺れ薬を毒と偽ってセレーネに渡したのだ。

 

そしてセレーネから吐き出された血反吐はあまりの不味さに彼女が戻した薬であり、痺れ薬で正常な判断ができない彼女はこれが自らの血と錯覚し、おなじようにまわりの人間は錯覚したのだ。

 

そしてタジムニウス達は天馬で地上に降り立った。

 

タジムニウス

『これは一体どういう事だ…?』

 

レマーが直ぐにタジムニウスの前に現れた事の次第を説明した。

 

タジムニウス

『そうか、女帝陛下の準備が整ったら直ぐに…』

 

と言いかけた瞬間だった。

 

恐ろしい程の憎悪、殺意がタジムニウスに向けられた。

 

ユイコ

『タジムニウス‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

タジムニウスは謂れのない悪意の矛先になった事に驚愕したが、事の次第を考えればある意味当然である事を理解したが…

 

タジムニウス

『謂れのない憎悪を他人に向けるとは堕ちたなユイコ。』

 

ユイコはジャダマハル(拳を突き出すように使う刺突剣)を握り締め飛び掛かる、タジムニウスは近くにいた兵から盾と警棒を引ったくると立ち向かった。

 

ディーターとコーデリアがそれぞれレイピアと杖を抜いたがタジムニウスが静止する。

 

タジムニウス

『双方手を出すな、これは俺たちの喧嘩だ‼︎』

 

ユイコ

『お前のせいで…お前のせいで…アイリスは死んだ‼︎‼︎

 

お前のせいで‼︎

 

お前のせいで‼︎‼︎』

 

アリゼー

『タジム‼︎』

 

アリゼーはタジムニウスにクーロンヌの剣を投げ渡す。

 

ユイコは激昂した。

 

ユイコ

『邪魔をするな小娘‼︎‼︎』

 

アリゼー

『格闘家たるものが、ほぼ丸腰の相手に突然殴り殺しに掛かる方が言語道断よ‼︎

 

私がこの人に剣を渡す理由には十分過ぎる‼︎』

 

タジムニウス

『もはや、貴様に味方はいないようだな。

 

私に襲いかかった事、そしてこの混乱の煽動者として然るべき罰を与える‼︎』

 

煽動者…?

 

この場にいる全員、取り分け、『解毒』を終えて戻ってきたトウカが一番驚いた‼︎

 

トウカ

『ユイコ…あんたら何やってるの⁉︎

 

今直ぐやめなさい‼︎』

 

アルフィノ

『無駄だ、トウカ。

 

もうあの二人に言葉は届かない。』

 

帝都への通信を終えて騒ぎを聞きつけ駆けつけたアルフィノはそう言った。

 

アルフィノ曰く、ユイコはありもしない絶望をタジムニウスにぶつけているだけだという。

 

先ずアイリスは死んでおらず、ずっと直ぐそばで見ていたユイコはやがて勝手に悪い方向への妄想を始め、被害妄想を抱き、その矛先をタジムニウスに向けただけなのだ。

 

タジムニウスは分かっていて、相手をしている。

 

彼にとっては謂れのない事、それ自体が彼にとって名誉を傷つけた事に等しいのだ。

 

そして命より名誉を重んじるタジムニウスにとってそれは最高の着火剤になる。

 

アルフィノ

『そしてこの後、君達を含め私達は拘束されるだろう。』

 

トウカ

『拘束…?

 

どうして、意味がわからない?』

 

アルフィノ

『さっき帝都から通信が入って、帝国内の機密が如何やら東方連合に流れ出たようだ、それもエオルゼアを経由して。

 

現在帝都は自分達に向けて進軍しようとしている東方連合に対してエオルゼア同盟がアルトドルフ帝国に不利益になる情報を売り渡したと考えている、そしてその容疑者は我々だという事さ。

 

今頃帝都から憲兵隊が出てきているだろう。』 

 

アルフィノがトウカに話をしているのを他所に二人はもう既に十数合ぶつかって居る。

 

そして決着の時は訪れた。

 

タジムニウスは距離を取ると剣を下ろし、右手で自身の首を指差した。

 

殺してみろと挑発したのだ。

 

もう既に怒りで正気を失ったユイコは大きく踏み出して突きを繰り出す。

 

だがそれはタジムニウスに避けられ、タジムニウスはそのままユイコの首を掴み地面に叩きつけた。

 

そして起き上がる前に首に剣を当てた。

 

タジムニウス

『然るべき罰を与える。

 

殺す訳にはいかん。』

 

そう言い終わった所であった。

 

複数騎の竜騎兵が現れた。

 

紋章はカルカソンヌ、ジャンが送り出した憲兵だった。

 

タジムニウスは一瞥すると

 

タジムニウス

『卿らの任務を果たせ。』

 

と一言伝えると憲兵隊がユイコを縛り上げて連れて行くのを見届けてから剣を収めて天幕に戻っていった。

 

暁の面々もエオルゼア同盟軍の援軍部隊の中心人物達も全員憲兵隊によって捕縛された。

 

タジムニウスと『毒』の効果が切れて委細を知ったセレーネは憲兵隊長より事の次第を聞いていた。

 

タジムニウス

『エオルゼア同盟が我らに邪な野心を向けるとはな…。

 

とても許しておく訳にはいきませぬ。』

 

セレーネ

『それについては異議はありません。

 

しかし、我らには先ずやらねばならぬ事がある筈だし、少なくとも暁の皆様は除外しても良いでしょう。

 

この騒ぎを収める立役者でも有りますから。』

 

タジムニウス

『御意。』

 

セレーネはディーターとコーデリアに近くに来いと合図をすると二人は女帝の前に跪いた。

 

セレーネ

『名乗りなさい、おおよその素性は分かっているつもりですが。』

 

ディーター

『ウィッチハンターのディーター・バルツァーで御座います女帝陛下。』

 

コーデリア

『シグマー正教会バトルシスター、コーデリア・ヴォルクマールと申します女帝陛下。』

 

セレーネ

『ウィッチハンターにシグマー正教会大司教の娘、今の我々に頃程心強い味方は居ませんね元帥。』

 

タジムニウス

『はっ。』

 

セレーネ

『して元帥、現在我が軍を襲っている病魔の正体を掴んだのですか?』

 

タジムニウスは説明した。

 

この化学兵器の正体はヴォイドの魔力で作られた古代の呪術で有り、兵達に出ている症状はその依代に過ぎないという事。

 

つまり病ではない為、その方向からの処置は無いが呪術である以上解呪の方法があり、そのための媒体になっていた宝玉をタジムニウスは奪ってきており、その中に秘められた魔力を浄化し、術式を書き換え、その魔力を込めた媒体となるべき薬を作れば解決するのだという事を。

 

セレーネ

『直ぐにゲルト卿を。

 

時間はありません、直ぐに取り掛かりましょう。

 

元帥、貴方達は少し休みなさい、大義でした。』

 

天幕を後にした三人はタジムニウスの天幕に向かって歩き出した。

 

その道中コーデリアは問うた。

 

ユイコが本当にこの騒ぎを扇動したのかと言う事を。

 

タジムニウス

『知らん。』

 

あっけらかんに答えたので面を食らったのはディーターとコーデリアである。

 

タジムニウス

『実はそこ自体は重要ではなかった。

 

私に対しての殺意と憎悪を抱いた、そして私の全てをメチャクチャにしてやりたかったと他の者が信じ込めばそれで良かったのだ。

 

狂乱した兵達を全員処分するより奴一人に全て押し付けた方が何かと都合が良かった。

 

ただそれだけだ。

 

幸いにもこの問題も解決する、更に暴れた兵達全員の罪を問わないとなれば皆更に女帝陛下に忠誠を誓い、この先の戦いにも赴いてくれるだろう。』

 

二人はタジムニウスの恐ろしさを今目の当たりにした気持ちになった。

 

側から見たらただの温厚な青年に見えるかもしれない、だがその裏は陰謀も詐術も是とするマキャベリズム(権謀術数)主義者だったからだ。

 

そしてかつての仲間を、仲間だったと言うべきか、そんな人物を平気でスケープゴートに吊し上げる苛烈さすら持ち合わせている事に。

 

タジムニウスの天幕に着くと二人は首を下げ、それぞれの当てがわれた天幕に向かった。

 

タジムニウスは二人を見送ると口笛で従卒を呼び寄せた。

 

タジムニウス

『ここで待っててくれ、届けて欲しいものがある。』

 

従卒

『畏まりました。』

 

暫くするとタジムニウスは二通の手紙を持ってきた。

 

タジムニウス

『この金の印が押されている奴は伝書鳩に託してくれ、宛先はカルカソンヌ公だ、赤の印は収容所に、暁の血盟のメンバー、アルフィノ・ルヴェユール、その妹アリゼー、グ・ラハ・ティア、ヤ・シュトラ・ルルの四名を解放し我が元に連れて来いという命令書だ。

 

確実に届けてくれ。』

 

従卒

『畏まりました陛下。』

 

程なくして四人は牢から出された。

 

四人は衛兵に天幕に連れて来られると天幕に設けられた暖炉を眺め背を向けるタジムニウスが居た。

 

タジムニウス

『外せ。』

 

衛兵は指図に従って天幕を出た。

 

タジムニウス

『女帝陛下のご温情に感謝せよ。

 

本来なら卿らも容疑者だが、暁は国家の理念や思惑には左右されぬ秘密結社である、よって今回の件には無関係であると判断した。

 

カルカソンヌ公にも取り成した、正式に釈放状が出るだろう。』

 

ヤ・シュトラ

『あら妙ね。

 

セレーネ陛下に感謝しろと言っておきながら、今の話を聞く限り、全て貴方の独断でやっている様に聞こえるわね?

 

私たちに感謝して欲しいのは貴方自身ではなくて?』

 

タジムニウス

『女帝陛下は困惑しておられる、それに軍事面で起きた問題に関しては私にその全権がある。』

 

暫く沈黙が流れた…。

 

タジムニウスはゆっくりと口を開いた。

 

タジムニウス

『先の戦いで、君達こそが真にエオルゼアを救済する存在だと言ったのは覚えてるか?』

 

アルフィノ

『ああ。』

 

タジムニウス

『俺はウルダハでサンクレッドやアルフィノ達に、そしてルイゾワ殿に会わなければ暁には入ってはいなかったろう。

 

俺はあの時もそして五年前もただ時が来るのを待つだけの根無草に過ぎなかったが君達にはエオルゼアを救済するという崇高な目的があった。

 

俺はその手足になっただけに過ぎない。

 

俺には信念など持ち合わせて居なかった。

 

だが君らはそれを今に至るまで持ち続けている、そう言う人間が世界には必要なんだ。

 

エオルゼア人に寄り添える君たちが。

 

とりわけ混沌の渦中にあるエオルゼアには。

 

私はもう光の戦士でもなんでもない、遥か西南の侵略国家の王だ。

 

エオルゼア人にとってもはや英雄とは言えぬ。

 

だが君達は違う、常にエオルゼアの為に身を賭してきた。

 

それは万人が知る所だ。

 

それこそ真にエオルゼアを救済する存在となり得るのだ。

 

だから頼む、死ぬなよ。

 

俺は少なくとも君達とは違う方法で世界を正す、そして互いの信念は必ずぶつかる。

 

いずれ君達とも戦う事になるだろう。』

 

タジムニウスは四人に下がって良しと合図を出した。

 

四人が天幕を出て少し経った頃だろうか、タジムニウスが指を鳴らすとタンスからディーターとレマーが姿を表す。

 

タジムニウス

『キスレヴとの親善は続けさせろ、そしてアルトワ公には前線を離れ、クーロンヌに駐屯する準備をさせろ。』

 

ディーター

『エオルゼア同盟と戦端を開くつもりですか?』

 

レマー

『いえ、あくまで防衛の為の兵を集める準備かと、西側諸国は未だ各地で軍閥化したガレマール帝国軍残党に支配された地域も多くあります。

 

それらをすっ飛ばして我が領域には攻め込ませぬ。』

 

ディーター

『あくまで態度を示すという事ですな、空中艦隊の準備もなされた方が宜しいかと。』

 

タジムニウス

『勿論そのつもりだ、恙無く頼む。』

 

ディーター

『ハッ‼︎』

レマー

『ハッ‼︎』

 

国家の主義思想、思惑でその日の敵が変わる様にタジムニウスもまた、次の相手を変えていかねばならないのだろう…遅かれ早かれ縁深き者達と矛を交えるのはいつの日か…。

 

タジムニウスの独立宣言より一ヶ月、もうこの時点で夥しい命が失われ、そしてその幾分かが自我を失ったただの歩く肉塊として存在している。



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12話 全てを燃やせ、その野望も、恐怖も、慈悲も、因縁も、命も、悪として。

女帝セレーネの天幕が光り輝いていた…。

 

セレーネとオットー、そしてヤ・シュトラが件の宝珠に込められたヴォイドの魔法を書き換えていた。

 

3人の顔には凄まじい汗が噴き出て、如何に困難な事か他者が見れば一目瞭然であった。

 

だが遂に3人はその場で座り込んでしまった。

 

オットー

『ハァ…ハァ…』

 

ヤ・シュトラ

『これは…堪えるわね。』

 

セレーネ

『………。』

 

近衛兵

『陛下‼︎‼︎』

 

女性近衛兵達がセレーネの元に集まり助け起こす、そしてセレーネは息を切らせながら微かな声で言った。

 

セレーネ

『…った。』

 

近衛兵

『えっ?』 

 

セレーネ

『魔法術式は裏返った‼︎

 

これで皆救われる‼︎‼︎』

 

近衛兵達がそれ聞いて歓喜の表情を浮かべ、何人かが外に出て叫んだ‼︎

 

女帝陛下は遂に我らを救う術を見つけられたり‼︎

 

野営地は鬨の声に包まれた‼︎

 

だがまだ終わったわけではない、肝心な魔力を通す媒体が必要だ。

 

然も数千から数万人に統べからず与えねばならない…。

 

ドワーフの長アイアンロック・グリムハンマーは閃いた。

 

アイアンロック

『それなら某に名案が…あぁ、でも女帝陛下さえ良ければですが…?』

 

セレーネ

『名案とあらばそれを拒む理由は有りません、聞かせなさいグリムハンマー卿。』

 

アイアンロックから伝えられた術は泉の淑女フェイ・エンチャントレスが祭事の際に作る口噛み酒で有った。

 

聖女の口で混ぜ合わされた薬草や香草を加護によって清められた清水、つまるところ聖水と混ぜ合わされて作られる酒で有る。

 

古くはかつてブレトニアに疫病が流行った時、時の聖女が信頼できる騎士達を連れ、その疫病に効く薬を追い求め自ら遍歴に出かけ、その先で手に入れた薬草類を口噛み酒にして振る舞った結果ブレトニアは救われたという謂わば聖遺物で有る。

 

だが聖女、然も女帝として君臨する以前に淑女たるセレーネが驚くのは無理がない事だった。

 

実際彼女は赤面した。

 

だが、いまこの瞬間に迫る戦の前の気付け酒としてももってこいだろうし、割と男世帯の軍勢でこれ程励みになる物は無い。

 

アイアンロックも縁起を担ごうなどと考えたは良いが、思い返せばなんて提案をしてしまったのだと少し後悔し始めた頃彼女は了承した。

 

セレーネ

『それで皆が救われるのであれば私が身を粉にする価値はあります。

 

準備を…。』

 

アイアンロック

『は…ははぁ‼︎』

 

ヤ・シュトラ

(女の子には少し刺激が強い提案だったわね…)

 

直ぐに蒸留窯が用意され、宝珠も嵌め込まれた。

 

そして聖水がたっぷり入った大鍋にセレーネや召集されたシスターや淑女の侍女達と云われる聖女の元で魔法使いとして修行する娘達が薬草や香草を口で噛み、それを大鍋に吐き入れた。

 

それをドワーフ族秘伝の酒を早く作る為発酵を促す秘薬と一緒に煮込まれた。

 

さてその頃タジムニウスはと云うと…。

 

諸将を集め、軍議を開いていた。

 

死者と死者の信奉者が軍勢を率いてくる。

 

その数10万以上。

 

然も、先の疫病をもたらした怪物のゾンビまで従えている…。

 

これはソルランド、いや帝国の自軍支配圏を完全に死の国にせんと出陣してきたのだと察したタジムニウスは現地指揮官全員を召集し、疫病に侵されながらも症状が許す限り軍議に参加しようとする将もいた。

 

皆が集まっているが、軍議は始まらない。

 

皆が今か今かと待ち構えていると、ディーターが最後に入ってきた。

 

その姿はウィッチハンターそのものの格好だが、一つ違うのは扇で自身を仰ぎながら天幕に入り、タジムニウスの隣に立ったのだ。

 

タジムニウス

『では軍議を始める。』

 

将軍

『お、お待ちください元帥、そこなる御人は何者です?

 

ウィッチハンターとはお見受けいたしますが。』

 

将軍達が驚くのは無理はない。

 

全滅したと思われたウィッチハンターが生きていて、然も全軍の総司令官の隣に立つなど普通理解出来ないからだ。

 

タジムニウス

『この者はディーター・バルツァー。

 

ウィッチハンターにして、私の軍師を務めてもらう。

 

彼の軍師としての実力は私が保証しよう。

 

諸君思う事はあるだろうが私を信じて貰いたい。』

 

ブレトニア王として、そしてアルトドルフ帝国元帥の信用付きとあらば無碍に拒否する訳にはいかない。

 

諸将は一度口を閉ざした。

 

タジムニウス

『知っての通り、現在我が軍に向けて敵が進行中だ、これを防がねばならぬがその前に空中艦隊には帝都に帰還してもらう。

 

西側と東側が臭くなってきた、艦隊は一度体制を整えておくほうがいい、諸君らの今回の遠征に於いての対地支援、攻城支援、そして退却時に敵への妨害を行った事への功績は実に大で有る、帰ってノルドランド公に礼を伝えてくれ、大義であった。』

 

艦長達は皆敬礼し、それぞれの艦を出航させる為天幕を出ていった。

 

タジムニウス

『敵には件の呪いを喰らわせるための魔獣のゾンビが複数体紛れ込んでいる。

 

これは確実に、少なくともソルランドを崩壊させる為の出陣として間違い無いだろう。

 

我らがこれらを如何に打ち破るか、そこが今回の鍵、そこはバルツァー卿に説明してもらう。』

 

ディーター

『はっ。

 

此度の戦いは我らは守備側、然も相手は大半が死者の軍勢です。

 

普通の迎撃戦より我らが意識しなければならぬのは野戦築城、ここに尽きます。』

 

諸将は怪訝そうな顔をした。

 

ディーター

『だが、皆様も思っているでしょうが今から土嚢や堀を作っても間に合いません。

 

かつて東方には人は城、人は石垣と申した王がいたそうです。

 

今回は彼の故事に習います。

 

いくら蘇ったとしても相手は人、力には限りがございます。

 

ならば我らは人の身をして城となり、彼奴等を跳ね除けるのです。

 

八卦の陣を敷きます。』

 

八卦の陣。

 

それはあまりにも古い東方由来の陣。

 

そんな物が効くのか、そもそも古すぎて使い物になるのかと疑う声が上がった。

 

だがディーターは古いからこそ効果が有るのだと推した。

 

何よりディーターは生ける死者の立ち向かい方を知り尽くした専門家だ。

 

その知識もあってか、この陣を採用したのだろう。

 

タジムニウスもこの策に賛同している以上これ以上口を出す者もそうは居らず時置かずしてこの策に決まった。

 

そこに一人の将が問うた。

 

将軍

『エオルゼア同盟軍の兵達は如何いたします?

 

彼らの将を拘禁している以上戦力としては扱えませぬが?』

 

タジムニウス

『分かっている。

 

彼らの身柄は暁の血盟に託した、彼ら一万は今回先頭には不参加、本陣にて待機してもらう、此度の戦は我らのみだ。

 

他に無ければ以上だ、解散‼︎』

 

諸将

『ハッ‼︎‼︎』

 

天幕にはタジムニウスとディーターのみが残された。

 

ディーターはタジムニウスに苦言を呈した。

 

ディーター

『何も御身自ら陣に加わらんでも良いでしょう、何かあればどうなさるおつもりか?』

 

タジムニウス

『それは君も同じであろう?

 

軍師たる君が敵と白刃を交わすなど本来なら負けだぞ。』

 

フッと二人は笑うとそれぞれ別れを告げた。

 

出陣準備の報を聞いた兵達は何の冗談だと耳を疑った…多くの兵が死の淵を彷徨っているのに出陣せよと云うのだ。

 

ふざけるなとまた怒りに任せて暴れかねない状況下になったが、同時に振る舞われた白濁色の何やら良い香りのする飲み物にも興味が行っていた。

 

そしてそれらを運んでいたのは全員女帝の近衛兵や近衛騎士達だったのだ。

 

彼らは一瞬躊躇ったがその中身を教えた。

 

女帝自ら作った口噛み酒と聞いた瞬間、その存在を知るものは殺到した。

 

恐らく劣情を抱いた者が居ただろうが兎も角病に冒されていようと居なかろうと、皆が殺到しそれを飲んだ…。

 

その結果全員それなりに酔った。

 

一杯だけとは言え、ドワーフの秘薬で本来なら絶対あり得ない速度で発酵した酒である。

 

その代償は凄まじく、酒が強くなるのだ。

 

千鳥足や呂律が回らないという事態だけにはならなかったが全員酔っ払い…数万人の酔っ払いの完成で有る。

 

そして病、いや呪いに侵されていた者達は嘘のように元通りになっていた。

 

そして皆が野営地の中央に設けられた演説台に誰かが登っているのでそちらに目を向けると、盃を持って立つタジムニウスが居た。

 

タジムニウス

『今迄の戦いに散った者と、これより命を散らす我らに‼︎』

 

そう乾杯すると、おおよそ尋常じゃない高度の酒を一気に飲み干した。

 

そして杯はタジムニウスの手から滑り落ち、地面に砕け散った。

 

そして一気に酔いが回ってタジムニウスが倒れそうになり、皆が声を上げるがタジムニウスは倒れる事はなく、そのまま踏み留まり、大剣ライオン・ハートを掴み、その場で振り回した。

 

荒々しく振り回したタジムニウスは大剣を肩に背負い、右手の拳を高々と掲げる。

 

タジムニウス

『セレーネの為に‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

全軍

『『セレーネの為に‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

鬨の声は天高く登り、ソルランド首都まで聞こえたという。

______________________

死者と死の狂信者が軍勢を為して、生者の国を目指していた。

 

その数もはや十数万に膨れ上がっていた。

 

先頭を見事な鎧を身につけた骸骨や死体となった騎士達が同じようになった馬に跨り、その後をそれより幾分か劣る鎧、ないしは平服のみ着て、武器を持って歩く骸骨や死体の歩兵、そして似たような装備の吸血鬼教の信者達が続き、その最後に吸血鬼が輿に乗り、生前は相当立派な騎士だったであろう死者達に守られていた。

 

その一軍の目の前に一騎の騎馬が現れた。

 

乗っていたのはコーデリアだった。

 

コーデリアは弓を引き絞り先頭の騎士の頭蓋を射抜いた。

 

死者は二度死ぬ。

 

騎士は落馬し砕け散り元の骨の山に戻った。

 

骸骨達は甲高い声を上げた。

 

吸血鬼

『アノ小娘ヲ殺セェェ‼︎‼︎』

 

主人の下知を聞いた骸骨騎士達が一斉にコーデリアの元に殺到せんと馬を駆けさせる。

 

だがコーデリアは颯爽と馬を返して逃げ出した。

 

やがて少し先で待っていたシスター達と十数騎の一団になり、逃げながら矢を放った。

 

騎士達は次々と射抜かれたが元が数万騎の大群だ、焼け石に水。

 

やがてこの十数騎の集団は何故か起きていた砂埃の中に消えていった。

 

そして砂埃を抜けた先に待っていたのは大楯で壁を作った生きた兵士達とその間に等間隔で横向きに停車して砲塔を自分達に向けたスチームタンクであった。

 

そして大楯の間からは銃弾が、大楯の後ろからは矢の雨が、そしてスチームタンクからは砲弾が飛んできた。凄まじい勢いで数万騎の死者の騎兵に鉄と火薬の雨が襲い掛かる。

 

騎兵達はこのままではただ砕かれるのを待つだけだと理解し、この人と鉄で作られた長城には先の囮を避難させるための抜け道が幾つかあるのを発見し、そこに最大でも千騎の集団に分かれその抜け道に走り出していった。

 

中からこの長城を食い破る為に…。

 

集団の群れが小さく無数に分裂した。

 

まさにこの瞬間彼らは術中に嵌った。

 

騎馬達がみんな入って行ったのを確認した兵達がその抜け道を塞いでしまった。

 

そう全ての抜け道を…。

 

それはまさに甲羅の中に身を隠す亀が如く。

 

彼らは亀の甲羅に閉じ込められたのだ。

 

普通ならこんなに上手く引っ掛かる訳がない。

 

だが彼らは死者、考えるべき脳は既に腐り落ちており、碌な判断など出来やしない。

 

そして彼らを操る吸血鬼は今や遥か自分達の後背に居る。

 

吸血鬼の特性を全て知り尽くしているディーターの策に嵌るべくして嵌ってしまったのだ。

 

分断された一つの一団の前の壁に急に穴が空いた。

 

そこから出て来たのはオリオン公だった。

 

立派な角を生やした雄鹿に跨ったオリオン公は騎馬の一団に突撃する。

 

それに対抗すべく骸骨騎士達も三騎オリオン公に迫る。

 

オリオン公は大矛を振るい、先ず一騎を斬り伏せる。

 

二騎目も剣戟を交わした刹那のすれ違い様に斬る、そして三騎目は矛を投げつけ串刺しにしてしまった。

 

そしてそのまま雄鹿から飛び上がったと思ったら、オリオン公は弓を構え、魔法の矢を引き絞っていた。

 

それは放たれた瞬間無数の矢に増え、騎士の一団に襲い掛かる。

 

矢は悉く死者に刺さり、幸いにも落馬して生き残った騎士達は下馬したままオリオン公に襲い掛かる。

 

だがオリオン公は腰に刺した剣を引き抜きこの生き残り達も全員切り伏せた。

 

オリオン公はここまで一言も声を発さず、そして息も切らさず、終わった後は自身の金髪の髪を触り、周りで見ていた自軍の兵達にまるでショーを見せていたか如く恭しく礼をしてみせた。

 

その瞬間兵達の鬨の声が上がった‼︎

 

鬨の声を上がるのを聞いたコーデリアは馬から陣の中心に建てられた櫓に立った。

 

そして策のために自ら槍働きに出るディーターに視線を向けた。

 

ディーターが頷くのを見たコーデリアは頷き返し、合図を送った。

 

するとラッパ手がラッパを高らかに鳴らした。

 

すると今度はまた別の一団に迫る一騎当千の英雄が現れた。

 

レマーである。

 

槍を振るい、敵を三体突き殺し、更に人馬一体と云うべきか乗騎は蹴りをいれ、骸骨の敵と馬を砕いてしまった。

 

そして槍を振り回したかと思うと魔力を貯めた。

 

そして一気に放たれた魔力は槍の形状をし、敵に向かって放たれた。

 

それは巨大な大砲が全てを貫く砲弾を放つが如く…敵の一団は惨たらしい四肢の残骸を残し消え失せた。

 

そして鬨の声が上がり、今度は角笛が鳴る。

 

アイアンロック

『ようやく出番か…。』

 

アイアンロックは椅子から立ち上がり、入場口に向かう。

 

その脇を固めるは彼の息子と娘。

 

姉、アメジスト・グリムハンマーとその弟タンザナイト・グリムハンマーである。

 

長女アメジスト・グリムハンマーはアイアンロックの長女であり、次期ドワーフ族族長になる紫色の髪をした長身(ドワーフ族の平均身長がヒューランの胸程であり、彼女は肩まで背が届く)のドワーフ族の女性である、得物は自身の丈ほど有る大斧である。

 

その弟長男タンザナイト・グリムハンマーは、ドワーフ族の男性であり、ドワーフ族の中でも指折りの技師で有る。

 

得物は散弾銃と金槌で有る。

 

アメジスト

『父上、我らドワーフ族の怨恨を今こそ果たしましょうぞ‼︎』

 

タンザナイト

『我ら戦士達を侮った事を後悔させてやりましょうぞ‼︎』

 

アイアンロック

『応‼︎

 

ではワシらの咆哮を聞かせてやろう‼︎‼︎』

 

そう言い終わった瞬間、彼らの前を遮っていたドワーフ兵達が道を開ける。

 

3人のドワーフの雄叫びが戦場一帯に轟き響く。

 

それは巨大な怪物の如く。

 

なんと三人は雄叫びを上げながら獲物を構えず素手で走り出した‼︎

 

アイアンロックに骸骨騎士達の槍が迫る、だがアイアンロックは自身を止めようとした槍衾を拳で叩き折ってしまった。

 

更にその後ろからドワーフの姉弟が斧と散弾銃で襲い掛かった。

 

アメジストは大斧を振り回し、自身の体躯ごと敵にぶつかっていた。

 

タンザナイトは散弾銃を撃ちまくって敵をバラバラにしていき、近づく敵は金槌でペシャンコにしてしまったのだ。

 

拳で叩き割られ、斧で切断され、散弾銃で蜂の巣にされ、三人のドワーフに襲い掛かられた骸骨の一団は粉微塵になってしまった。

 

また鬨の声が上がり、角笛とラッパが鳴る。

 

次の一団は惑わされるまま行き止まりにぶち当たった。

 

兵と槍で築かれた袋小路に導かれてしまったのだ。

 

すると彼らは自身が身動きが取れなくなっている事に気がついた。

 

馬の足から黄金が昇ってくる。

 

彼らは抗った…だが既に時は遅い。

 

この一団はグロテスクな亡霊騎士の金の像に成り果てた。

 

兵達の後ろで詠唱を終えたオットーが立っていた。

 

オットー

『この黄金は卿らの好きにせよ、家族や故郷の者達に女帝陛下の名で分け与えてやれ。』

 

そしてまた鬨の声が上がり、次の一団の最後の刻が訪れた。

 

次の出番はディーターであった。

 

ディーターは一団に向かってヴァイオリンを奏でた。

 

それは鎮魂歌、死にながら使役される彼らへの慰めの歌だった。

 

死者の騎士達はただじっとそれを聴いていた。

 

演奏が終わると彼らは次から次へと崩れ落ちた。

 

その一団はもう二度と起き上がることはなかった。

 

ディーター

『死者には正しき眠りと安息を…Einladung Requiem(誘いのレクイエム)。』

 

ディーターの演奏を聴き終わったコーデリアは拍手を送った。

 

コーデリア

『見事な演奏でしたバルツァー卿、皆、戦太鼓と鬨の声を上げなさい‼︎

 

獅子心王の出陣です‼︎‼︎』

 

ドラムが独特なリズムを奏でる。

 

太鼓の演奏が終わったか否かであろうか。

 

兵達が道を開けるとそこには大剣ライオン・ハートを肩に担いだタジムニウスが現れた。

 

一団の前に立つとタジムニウスはライオン・ハートを地面に突き刺す。

 

タジムニウス

『地脈よ、我に応えよ、我は其方らの王なるぞ、獅子心王が命じる。

 

敵を喰らい、顎門で噛み砕け…。

 

獅子王剣・烈‼︎‼︎』

 

するとタジムニウスの前に立った敵の足元の地面が隆起し、それは全てスパイク状に突き出て、敵を跳ね飛ばし、跳ね飛ばした先で貫いた。

 

タジムニウス

『歴代獅子心王が使いし二大魔剣技この身に確かに…‼︎』

 

タジムニウスは自身が担当していた敵が全て朽ちたのを確認するや否や下知を飛ばした。

 

タジムニウス

『戦いはまだ終わっていない、残りの敵を始末せよ‼︎‼︎』

 

全軍

『『ハッ‼︎‼︎‼︎』』

 

そこから兵達の仕事であった。

 

大楯から飛び出てきた槍とハルバードは骸骨の騎馬に襲い掛かり下馬した者には容赦なく剣を見舞い、逃げようとするものには鉛玉が飛ばされた。

 

陣の中に引き込まれた数万騎悉く討ち取られた。

 

そして吸血鬼の軍勢は、自身が足を失った事を理解したのだった。

 

騎兵が全滅したが、歩兵の数は圧倒、力押ししたところで足りなくなった兵は死者を蘇らせば良い、吸血鬼の歩兵軍は足を進めた。

 

さて忙しいのは生者の方である。

 

まだ仕事は終わりじゃ無い、急ぎ陣を崩し、横陣を組み直していた。

 

兵達は忙しなく動き、工兵たちが野戦砲を汗水垂らしながら引っ張っていた。

 

タジムニウス

『新兵達はは上手くやってくれるだろうか…。

 

ナイトハルトは上手くやるだろうか?』

 

ディーター

『ナイトハルト殿を始めとした若手の騎士や新兵総勢一万、この一万の働きが我が方の未来を分けますな。』

 

タジムニウスは何処か不安げであった。

 

ナイトハルトを弟の様に思っていたからこそ心配であった。

 

だがその一方でマリエンブルクの血を引き、後を継ぐ者として強く成長してほしいと思っていたからこそ、獅子が子を崖から突き落として登らせんが如く、此度の戦でタジムニウスはナイトハルトに苦難を与えようとしていた。

 

カタリナやボーアンから預かっている以上あまり手荒な事は出来ない、だが間違いなく将器があるナイトハルトを燻らせて置くわけにはいかなかった…。

 

タジムニウス

『すまぬがディーター、私と卿の陣立てを交換してくれ。』

 

ディーター

『陛下自ら第二線を…?

 

成る程、ナイトハルト殿に喝を入れるおつもりですな?』

 

タジムニウス

『必要であればだ。』

______________________

ライクランド(アルトドルフ)帝国帝都アルトドルフ皇宮…

 

その頃皇宮は阿鼻叫喚の嵐であった。

 

エオルゼアの東方連合に向けての情報の横流しや、ブレトニア国王暗殺未遂…そして、加盟国会議に於いて賛成多数により、東方連合が帝国への侵攻することが決まる等、目まぐるしく起こる事件の対応に追われていた。

 

本来東方の国境を守るキスレヴ大公国が今回の内戦においてずっと中立の立場を取り続け、寧ろ完全な独立国が如く振る舞ってしまっている以上、頼りには出来ず、外交にてキスレヴの機嫌を取ろうとしてもうんともすんとも言わないかの氷の国にやきもきするばかりであった。

 

女帝セレーネは出陣の前に皇宮に自身の意向を伝えていた。

 

『もし、キスレヴが、ツァーリナ(女王)・カタリンがかつての様に帝国の一諸侯としてではなく対等の関係を望むならそれで構わない、ゴーク(この地域の人間もガレアン人への対抗意識故か自分達こそゴーク人の末裔と名乗っている)の血が相争うのはカタリンも決して望まないだろう。』

 

現にキスレヴはガレマール帝国の混乱に乗じて傀儡から脱却、全領土の奪還を果たし、選帝諸侯にも皇帝派にも属さずただじっと静観し、東方とも独自に交流を続けている。

 

そんなキスレヴを自軍側につければ勝利は確実である。

 

然しもし彼らの勘に触る様なことをすればカタリンは使者を氷漬けにして、遊牧民族でもある彼らは大挙して騎馬にて襲い掛かり、全てを破壊し、奪っていってしまう。

 

彼らの誇り高さを決して侮ってはいけないのだ。

 

それ故にこの国に対しての親善はカタリナが行っていた。

 

然し、先程も言った通り大商人の血を引くマリエンブルクの交渉術と財を持っても彼らは簡単には靡かず、そして時は待たず東方連合は遂に動き出してしまった。

 

既に北にほぼ全ての力を裂いてしまっているアルトドルフ帝国に東西北全てに武威を示す力は無い。

 

西側は潜在的な敵にはなったが直接力を行使する事は出来ない、東さえどうにかすれば命が繋がるのだ。

 

そんな時であった…。

 

使者

『ご報告申し上げます‼︎

 

キスレヴが…キスレヴが会談を申し入れて参りました‼︎』

 

カタリナ&ジャン

『⁉︎』

 

永らくキスレヴは中立であった事は今述べたが、そのキスレヴが遂に動き出したのだ。

 

東方連合の侵攻に伴ったものなのか、そうでは無いのか定かでは無いが兎も角キスレヴが門戸を開いてくれるならどちらでも良い、二人は早速会談の準備に取り掛かろうとしただが使者はまだ伝えるべき事が有ると二人を留めた。

 

キスレヴはなんと女帝と女王の女同士の会談を望んでおり、それが聞き入れられなければ、キスレヴは東方連合に加わり真っ先に帝国領の切り取りに掛かるというのだ。

 

まさかの事態になってしまった。

 

ライクランド帝国建国以来キスレヴとは同盟、そして主従の関係であった。

 

そのキスレヴがなんと遂に牙を剥きかねないと言うのだ。

 

そしてそれは決して誇張では無いことを二人は理解した。

 

程なくしてディッターズ・ランドからキスレヴ首都キスレヴにて軍の集結を確認したと通信が入ったのだ。

 

事態は深刻であった。

 

だが、セレーネは吸血鬼討伐の為出ている、然もキスレヴまで行ける安全なルートが無いのだ。

 

だが東西バットランドの平定、そしてアヴァーランド、オスターマークの三公爵領の内一つでも占領すれば話は別で有る。

 

勿論後顧の憂いを断つべく革命軍に占領されたハーフランドも取り返さねばならない。

 

幸いオスターマークは兵力をミドンランドに割いている為、碌な抵抗もせず直ぐに降伏するだろう。

 

まさに今や帝国の命運は吸血鬼を下せるか否かで有る。

______________________

ソルランド国境

 

タジムニウスの兵達は横陣を組み終わっていた。

 

強力な火砲も、銃器も揃えた。

 

だが死者の軍は生者とは違って幾らでも変えが効く、恐らく幾ら疾風雷火の如く食らわせても突き進んでくる事間違いない。

 

しかも絶対数では負けているし、直前の偵察でどうやらバットランド内に残されていたカノン砲やトレビュジェットを持ち込んでいるらしく、そうでなくても吸血鬼の魔法は一撃で数十から数百は削っていく…。

 

たが魔法という面だけ見ればタジムニウス側は決して負けていない。

 

泉の淑女にして女帝セレーネ、帝国魔法院院長オットー、彼らを支える魔法使い数名、皆優秀な魔法使いで有る。

 

タジムニウス

『如何に我らの魔法で削り、如何に敵の魔法で削り取られる前に勝利出来るかに掛かっている。』

 

ディーター

『この戦況を逆転させる手立て、それは敵将で有る吸血鬼を討つ事。

 

その為には将を打てる可能性のある者を敵本陣に辿り着かせる事、即ち、陛下と私、そしてバトルシスターで有るコーデリア殿。(セレーネ様は今回は本陣で留守番ですよ流石に)』

 

タジムニウス

『まずは新兵達の活躍如何だな、緒戦のおいたを働きで返してもらうぞ、行けェェ‼︎‼︎』

 

獅子心王の下知が飛ぶ。

 

ナイトハルト

『畏まった‼︎

 

一万前進せよぉ‼︎』

 

若き公子の下知で鬨の声を上げ若き兵達が一歩ずつ前進する。

 

その後ろをタジムニウスたち第二線が付いてくる。

 

もう既にこちらの大砲は敵に砲火を送っている。

 

相手側が旧式の火砲であることが幸いした形である。

 

だが距離を詰めてきた敵もいつかは砲火を開くし更に近くで放てる彼らはその分当てやすいし、幾ら誤射しても元は死人なので気にする必要はない。

 

射程に入ったそれら火砲は乱戦中の軍勢に向かって砲弾を放つ。

 

敵味方共に被害甚大である。

 

だが敵は崩れ去ればまた新しい亡者で戦列を作るが、生者は辺りに散らばった死者や負傷者が居て戦列を組むのに時間が掛かる。

 

そもそも彼らは新兵が多く迅速な行動は難しい。

 

熟練の将を何人か割いていても手足がこれでは意味が無かった。

 

一万の総大将として指揮を取るナイトハルト・フォン・マリエンブルクは次から次へと届く、味方劣勢の報に追われていた。

 

危機という報告を聞く為に予備隊を割いたが、援軍が来る前に各部隊は壊乱しており、予備隊がなんとか踏みとどまっているが、恐慌状態の味方を回収しながら戦うのは彼らでは荷が重かった。

 

ナイトハルトはこれまでと判断し、老従者を呼び寄せる。

 

ナイトハルト

『爺ぃ‼︎』

 

『ハハッ‼︎』

 

ナイトハルト

『ここを離れ、第二線にいるバルツァー卿に援軍を要請し、その裁可を元帥に頂くのだ。

 

ここは乱戦故にリンクパールは繋がらん、だが第二線まで行けば繋がるだろう。』

 

『ハハッ‼︎

 

行って参りまする‼︎』

 

老騎士は馬を駆けさせ、第二線のディーターの本陣に向かった。

 

幕僚達がしばし待てと天幕の外に爺を待たせた。

 

当然この天幕の中にいるのはディーターではなく、タジムニウスだ。

 

幕僚が事の次第を知らせると、タジムニウスは幕僚達に耳打ちする。

 

タジムニウス

『第二陣の軍旗を我が麒麟の軍旗に変えよ、さすれば本陣のディーターが本陣旗を下ろす、下ろしたのを確認したら卿らはここに本陣旗を立てよ。』

 

将軍

『して、返事は?』

 

タジムニウス

『今する。』

 

天幕から軍師ではなく総大将が出てきたとあっては爺は腰を抜かした。

 

タジムニウス

『貴殿の主君の要請は分かった。』

 

『おお、では援軍に?』

 

タジムニウスは何も言わずに第二線の最前列に立つ。

 

そして軽く手で合図をすると弓兵達が一斉に最前列まで走り出てくると一斉に矢を放った。

 

だがなんとその矢は敵では無く目の前で戦っているナイトハルト達に向かっていた。

 

幸い矢は彼らに降り注ぐ事なく彼らのすぐ後ろに落ちた。

 

味方全て騒然である。

 

まさかの味方撃ちである。

 

『なにを‼︎何をなさる‼︎‼︎』

 

だがタジムニウスは腕を組み仁王立ちのまま一言も喋らず険しい表情を浮かべたまま動かない。

 

すると味方撃ちをした弓兵達は何事も無かったように下がると今度は銃兵達が全員銃剣付きのライフルを構え同じように微動だにしなくなった。

 

その頃ナイトハルトはこの一連の出来事の意味を理解出来ていなかった。

 

利発な彼でも理解できなければ、最前列の若者などもう想像すらしなくても分かる事だ。

 

大混乱である。

 

だが今は敵に集中しないと自分達が死んでしまう。

 

幸い後ろの味方に殺す気は無いようだ…。

 

ナイトハルトはそこに気がついた。

 

ナイトハルト

『偵察兵、矢の落ちた場所を確認しろ大至急だ‼︎』

 

偵察兵が言われた通りの仕事をしてきて報告してきた。

 

それらの矢は自分達のすぐ後ろに落ち、それはまるで一本の線が引かれた様だと。

 

ナイトハルトはそれを聞くや否や、馬で第二線の見える最後尾に走った。

 

矢は正に線の様に刺さり、そしてやはり仁王立ちするタジムニウスが自身をジッと見ている。

 

ナイトハルトはタジムニウスの意を理解したのだ、彼は剣を引き抜き刀剣礼をタジムニウスにすると馬を取って返し号令を掛ける‼︎

 

ナイトハルト

『ナイトハルト隊、これより我らは最前列に立つ‼︎

 

これより我らが一万を、いや、全軍を牽引する‼︎‼︎』

 

ナイトハルト隊は味方を掻き分けるが如く最前列に走る。

 

彼は片手に剣、反対の手に軍旗の付いた槍を持ち、馬上にて叫んだ。

 

ナイトハルト

『皆、聞け、聞くのだ‼︎』

 

ナイトハルトは兜を脱ぎ捨て、彼はメイルも脱ぎ捨てると胴体はシャツのみになるが、なんとシャツも左側を破り捨て、16なれど鍛えられた少年の身体を晒した。

 

心臓を曝け出したも同然である。

 

ナイトハルト

『これより、我らの後ろに刺さりし矢より後ろに下がる事罷りならぬ‼︎

 

皆前へ、前だけに向かえ‼︎

 

そして忘れるな、我らの後ろには友や家族がいる事を‼︎

 

女帝陛下が座す事を、鷲獅子の軍旗を地に塗れさせるな‼︎

 

勝機は常に我らにあり、臆すな、進め‼︎‼︎』

 

切り掛かってきた骸骨騎士を剣で叩き切り、槍で頭蓋を貫いた。

 

大将自らが前線に出て、そして将が最も敵に身を晒しながら自身らを鼓舞しながら戦う姿を見た彼らは士気を取り戻し、今度は勇気のみを振りかざし敵にぶつかっていた。

 

このメチャクチャな突貫は敵を跳ね除ける事に成功した。

 

タジムニウス

『若い連中が息を吹き返したぞ‼︎

 

この隙を逃すな第二陣出陣だ、このまま敵本陣に迫るぞ‼︎』

 

本陣にて待機していたディーターもこの好機を逃さなかった。

 

ディーター

『第二陣が行くぞ、両翼の騎兵も出撃だ。

 

コーデリア殿の力を見る良い機会だ。

 

私も出るぞ馬を引け。』

 

『はっ。』

______________________

右翼騎兵軍団四千騎

 

コーデリア

『行きますよ皆様、我らには主シグマーの加護がありますよ‼︎』

 

騎士達

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

騎士達は鬨の声を上げる、そして同じように左翼側の騎兵達も鬨の声を上げた、馬を立てて同じ様に鼓舞したディーターが先頭にいた。

 

八千騎の騎兵が銃火器と弓矢の支援射撃を受けながら駆け出す‼︎

 

八千騎、悉く軽騎兵だろうと重騎兵だろうとランスとガンランスを持ち猛烈な砲撃を加えながら迫る。

 

その頃第一陣は乱戦にあった。

 

兵達の怒号と悲鳴と断末魔が鳴り止まぬ地獄の釜と言って良い。

 

ナイトハルトはその中で落馬していた。

 

乗っていた馬がやられたのだ。

 

ナイトハルトは短槍を振り回して亡者達を屠ったがいかんせん勝負にならない。

 

側近達も敵が多くて近づけない。

 

そして悪い事に乱戦を抜けてきた骸骨騎士が三騎馬上より槍を突き出してきた。

 

ナイトハルトの側近

『若様ぁぁぁぁ‼︎‼︎』

 

ナイトハルトは死を覚悟した。

 

だがその瞬間‼︎

 

骸骨騎士達は紅蓮の炎で燃え朽ちた。

 

タジムニウス

『危ないところだったなナイトハルト。』

 

ナイトハルト

『元帥‼︎』

 

タジムニウス

『少し下がれ、その格好でこの乱戦の中は流石に危険すぎる。

 

命令したぞ良いな?』

 

ナイトハルト

『は…はい、では!』

 

ナイトハルトが引くのに合わせてタジムニウスの後ろに下馬騎士の集団が現れた。

 

トロワヴィル親衛隊。

 

前クーロンヌ公爵トロワヴィルが組織した両手剣を使う精鋭騎士団であり、甥タジムニウスに残した遺産でもある。

 

下馬、騎乗双方に置いて高い白兵戦能力を持つこの老練な騎士団が帝都防衛に付いている獅子心騎士団(まだ完全では無いが近日再興した)の代わりにブレトニア国王タジムニウスの護衛を務めていた。

 

先の撤退に於いては王たっての願いで先に撤退したが、今回は彼等の職責を全うすべく全員が王と共に下馬し彼の後に続いた。

 

タジムニウス

『皆行くぞ、俺を含めた全員に一人五十殺を課す、それまで決して死ぬな。

 

敵本陣まで我を届けるまで誰一人欠くことを許さぬ!』

 

トロワヴィル親衛隊

『御意‼︎‼︎』

 

四百人近い両手剣騎士が敵に向かって突進を始めた、剣技は当然、更に高い魔力を持った彼等の一振りはクレイモアから魔力で出来た鎌鼬が出る程である。

 

味方はただ、この集団が死体の山を築き上げるのを黙って見てしまう程である。

 

まさにタジムニウスの下馬騎士団、両翼のディーター、コーデリアの騎兵団は三本の矢として敵将、元オスターマーク公であった吸血鬼に向かって一直線であった。

 

だがやはり他の二人が騎馬団ではスピードに差が出てしまう。

 

こちらも片っ端から切り刻んでいるが、次から次へと敵が立ち向かってくるのに対し、向こうは全て跳ね除け踏み潰し猛進していく。

 

タジムニウス

『これじゃあ先越されるな…。

 

おい、通信をオットーに繋げ。』

 

通信兵役の騎士が機械を調整してゴーサインを出した、この機械はナルンの大兵器工場で製作された新型通信機器の試作品でありこれで乱戦の中でもリンクパールが使える。

 

タジムニウス

『オットーか?

 

こちらタジムニウス。』

 

オットー

『こちらゲルト、良好です。

 

何用ですかな?』

 

タジムニウス

『このままじゃ、他の二人に敵の首取られちまう、魔法による支援攻撃と例の二人をこっちまで来させてくれ忙しくて堪らん。』

 

オットー

『かしこまりました、では直ちに。』

 

オットーは天幕を出ると口笛を一つ吹いた。

 

すると白金色の天馬がパカパカ歩いて擦り寄ってきた。

 

この白金色の天馬はゲルト家に伝わる白金種クイックシルバーである。

 

珍しい品種であり、ゲルト家とそれに連なる一族しか飼育する事を許されていない幻の天馬であり、普通の天馬より遥かに強い魔力を持っている上に飛行速度も群を抜く。

 

オットーはクイックシルバーに跨ると一族伝来の黄金のマスクを被り宝杖を持ち、下知を飛ばす。

 

オットー

『白魔道士と火魔法が得意な魔道士はペガサスに乗ってついてこい。』

 

すると彼に続いて十頭のペガサスにそれぞれ白魔道士と炎魔法の得意な魔道士がそれぞれ二人で跨り十一頭のペガサスが本陣から飛び立った。

 

11頭は戦場の上空まで昇るとその場で滞空し、それぞれ魔法を詠唱する。

 

白魔道士達

『大いなる大地よ怒りを今、解き放て、ストンラ‼︎‼︎』

 

彼らの頭上に巨大な岩の塊が顕現した。

 

だがそれで終わらない。

 

黒魔道士達

『炎よ、今こそ我らに力を貸したまえ、エンチャント・ファイラ‼︎』

 

先ほどの大岩が燃え盛る大岩に進化した。

 

この大岩は死者の軍勢に真っ直ぐ落ちていった。

 

着弾と同時に起きる大爆発。

 

あっという間にタジムニウス達の前に大きな空間が現れた。

 

だが相手も腐っても生き返らせられた死者達である。まだ立ち上がるしぶといのが少々、そしてむしろ待ってたとばかりにその空白に他の死者が殺到する。

 

オットーはこの状況を見兼ね、自身も詠唱する。

 

オットー

『鉄の礫を食らっても立っていられるかな?

 

シーリング・オブ・ドゥーム‼︎‼︎』

 

空から高温に熱せられた鉄の礫が降り注ぐ。

 

流石にかなり効いたのか食らった死者達は二度と起き上がる事は無かった。

 

だが、またしてもタジムニウスの前に立ち塞がるもの達が現れた。

 

鎧甲冑で身を包んだ下馬骸骨騎士達でおる。

 

様々な文化圏から連れて来られた死者達は皆手練れ、時間を割くわけには行かないが、そう簡単にはいかない。

 

その時、タジムニウスの横から敵に向かって走り去る二つの集団、それぞれ一千の兵達が敵とぶつかった。

 

一方は大剣、もう一方はハルバードで武装したエレゼン族の歩兵団である。

 

とても豪華な鎧で身を包んだ彼らはエレゼン族特有の身のこなしで敵をいなしていく。

 

タジムニウス

『来たか…アスール(この地方でエレゼン族を指す古代語)の子孫達。』

 

タジムニウスの前にエレゼン族の二人の男が立つ。

 

この兄弟はオリオン公の息子達である。

 

長男は金髪の長髪に白銀の鎧と燃え盛るまるで不死鳥の様な炎を纏った大剣を持っていた。

 

弟は白地に青の模様が入ったローブを纏い、黒髪の長髪を持ち、金で出来た杖を持ったいかにも魔法使いという出立ちであった。

 

ティリオン

『アセル・ローレンのエルフ王オリオンが子、ティリオン。』

 

テクリス

『同じくテクリス。』

 

兄弟

『我ら父に代わり最前線を賜り、参上いたしました。』

 

タジムニウスは二人をそれぞれ見つめると

 

タジムニウス

『私は敵陣目掛けて駆ける、両名は私の両翼を守ってくれ、期待しているぞ。』

 

兄弟

『御意‼︎』

 

二人は一度騎馬で体制を整えるタジムニウスを見送ると敵に向かって歩き出した。

 

テクリス

『兄者は左翼を、私が右翼を担おう。』

 

ティリオン

『テクリス、あまり根を詰めるなよ。

 

その為に父上はお前にソード・マスター・ホエス(アセル・ローレンのエルフ王国に使える魔道院ホエスの塔に所属する魔力を力に変える事に長けた剣豪達)一千名を任せたのだぞ。』

 

テクリス

『私は我らアスールの王国の再建の為と帝国に忠節を示す為に魔の道を極めた、今ここで無理をせずして何とする。

 

兄者こそ、ゆくゆくは全エレゼン族の王として不死鳥王となってもらわねば困る。

 

その為にフェニックス・ガード(かつて南東に存在し、第六霊災の際に水没した島大陸ウルサーン島全土にあったエレゼン族の帝国ウルサーンを治める不死鳥王の親衛隊、全員がハルバードと火魔法の使い手)を供につける様に進言したのだ。

 

……兎も角共に生き残ろう兄弟、女帝陛下は我らの旧領とマリエンブルクとノルドランドの間に位置する海岸沿いの領土も我らに切り取りを許してくださった。

 

共に白き都を築きあげよう‼︎』

 

ティリオン

『当然だ、我らアスールこそ、全てのエレゼン族、そしてこの世に存在する全ての民族より優れた種族ハイエルフの末裔である事を今再び示してやろう、アスールと我らが盟友にして主君シグマーの血族の為に‼︎』

 

ティリオン・テクリス隊

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

この二隊の活躍は凄まじかった。

 

先ずティリオンは父すら超える武勇の持ち主で有った。

 

燃え盛る大剣を振るい、亡者共を斬り伏せ、それに付き従う燃え盛る斧槍の使い手達は落伍する者おらずエレゼン族特有の身のこなしと、その外見から信じられない大力で敵を突き潰していった。

 

次にテクリスはもはやこの帝国内で彼と対等にやり合える魔法使いはオットー、ジャン位しか居ないと言われる程の魔法の天才である。

 

彼は光り輝く剣と杖を使い、魔法の光弾を放ち、剣を振るい、亡者達を打ち破った。

 

彼はこの世に存在する全ての体系の魔法を全て極めた人物であった。

 

彼はまさに生きる肉体を持った魔法そのものなのだ。

 

そして彼の脇を固める両手剣を振るう魔法にも長けた剣豪達もまた、亡者達の返り血を浴びる事あれど自らの血を流すことなく死者を切り刻んだ。

 

アルトドルフ帝国に存在するエレゼン族の軍隊に於いて最強部隊とされる二隊を率いるこの二名は後世にすら伝えられた忠勇と理想を叶えた英雄の兄弟として名を馳せる事になるが、彼らの原点はまさにこの戦いで有ったという。

 

タジムニウスは天馬に跨り、天馬一千騎、騎士一千騎を引き連れて戻ってきた時にはこの二人に率いられたエレゼン族の戦士達で出来た敵を抑えるバリケードが出来ていたのだ。

 

そしてそれは真っ直ぐ敵本陣に向いていた。

 

タジムニウス

『見事‼︎

 

流石アスールの古王国を継ぐ者達よ‼

 

盟友アスールの若者達が開いてくれた道を進むぞブレトニアの騎士達よ、遅れを取るな‼︎︎』

 

ブレトニア騎士

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

鬨の声を上げ、中央に陣取ったタジムニウスはやっと前進出来たのだ。

 

その頃両翼のディーター、コーネリアが難題にぶち当たっていた。

 

件の呪いを全軍に掛けた巨人族の亡者ならぬ生物兵器が自分達の前に陣取っているのだ。

 

彼らに剣や槍で挑めば忽ち中に充満されていた呪いが疫病となって皆に襲い掛かる、同じ失態を冒せないが、彼らをなんとかしないと敵陣に辿り着けず、ひいては全軍の危機を招きかねない。

 

先に手を打ったのはディーターだった。

 

ディーター

『グレネードランチャー持ちの竜騎兵を呼んでこい、弾は焼夷弾だ。』

 

アルトドルフ帝国の誇る重竜騎兵部隊通称アウトライダー達の出番である。

 

彼らの装備は六連装リボルビングライフルとグレネードランチャーである。

 

この連中が巨人の亡骸を横切りながら榴弾を放つ。

 

その榴弾は悉く敵に刺さるが一方の敵の攻撃は全て当たることなく、騎兵達は悠々と立ち去ってしまった。

 

そして遂に榴弾が爆発し、巨人の亡者は炎に包まれた。

 

苦しみ悶える声上げながら燃え盛る死体に容赦なく追加の焼夷弾を浴びせる。

 

この呪いが胞子に似た様な存在で顕現しているのは既に述べた。

 

そして胞子を媒体にしているなら当然火にも弱いのだ。

 

巨人とその周りにいた亡者を悉く吹き飛ばしたディーター達はまた敵陣に向かって駆け出す。

 

その頃、コーデリアは杖を振り上げ詠唱していた。

 

コーデリアは燃やすのでは無く、存在そのものを消し去ってしまおうとしていた。

 

コーデリア

『主は今顕現し、我らの敵に裁きを喰らわせん‼︎

 

アーケイオン・テンペスト‼︎‼︎』

 

雷は今や天より降り注ぎ、それは一条の光の嚆矢となり、呪いを秘めた怪物を飲み込み、それがいた場所には巨大な穴が出来上がっていた。

 

コーデリア

『主よ…この者らを貴方の御許まで導きたまえ。』

 

三将敵陣に向かって一直線に進むその様、正に矢の如し。

 

立ち塞がらんとする者達を貫いていく。

 

何よりこの3人が進めば其れに付いてくる騎士団がおり、その後ろから士気に任せるまま一気呵成に攻め込んでくる歩兵団とそれらを率いる将と魔法使い達が貫かれた敵の戦列を粉砕していくのだ。

 

そして3人は同時、そう同時に敵の総大将たる吸血鬼の元に辿り着いたのだ。

 

元オスターマーク公、今や吸血鬼となった男は、タジムニウス達を闇討ちした時と変わらず片手斧と盾を持ち佇んでいる。

 

その後ろに控える五人の死霊術士。

 

タジムニウス達の姿を見るや、五人のうち四人は転移魔法テレポで逃げ去ってしまった。

 

そして残った一人は吸血鬼に短剣を突き刺した。

 

突然の出来事に3人は驚いたのは言うまでもない。

 

死霊術士

『お前達はもう終わりだ…アーッハッハッハッハッ‼︎‼︎』

 

高笑いを響かせながら最後の一人も転移する。

 

さて残された吸血鬼であるが様子がおかしい。

 

体が膨張し、みるみる大きくなっていく。

 

それと同時にドス黒い瘴気の様に魔力を吹かし、残っていた死者、そして生き残っていた信者達を触手のように実態を持たせた瘴気で掴み取り、飲み込み始め、肉と骨を砕く音と老若男女の苦痛の断末魔が響き渡る。

 

やがて黒い巨大な三面犬の様な姿になり、その背に跨る…いや上半身だけが生えてる様な様となって吸血鬼が現れた。

 

人面犬と人の融合した化物である。

 

タジムニウス

『流石にこれは3人では無理だな。』

 

ディーター

『流石にこれは有史以来、初めて見る事象かと。』

 

コーデリア

『なんて…悍ましいの。

 

どこまで人の命を愚弄すれば気が済むのです。』

 

タジムニウス

『兵達は下がれ、決して近寄るな。』

 

タジムニウスは将達を召集しようとしたが、それよりも先に。

 

セレーネ

『兵達よ集結せよ‼︎』

 

セレーネがいつの間にかここまで来ていたのだ。

 

そしてその声に合わせて、オットー、レマー、ナイトハルト、アイアンロック、アメジスト、タンザナイト、オリオン、ティリオン、テクリスの9人の名だたる将が集結したのだ。

 

14人の英雄対吸血鬼の化け物との戦いが今始まろうとしていた。

______________________

 

アイアンロック

『いやー、然しこれではもう御伽噺ですな。』

 

アメジスト

『良いではありませんか父上。

 

悪臣を討つついでにこの様な怪物を打ち倒す、小気味良い事ですし、必ずや吟遊詩人達が我らを褒め称えるでしょう。』

 

ティリオン

『アメリー(アメジストの愛称)の言う通りですぞ伯父上。

 

我らアスールとドワーフに打ち倒せぬ敵などおりませぬ、この程度鍛練のうちにも入りませぬな。』

 

テクリス

『意気込みは結構に御座るが足元を掬われぬ様にはして頂きたい。

 

先も兄上が突っ走るせいで兵達は大変だったのですぞ。』

 

ディーター

『左様、我らウィッチハンターの歴史においてもこの様な存在に当たった事は一度たりとて有りませぬ。』

 

タンザナイト

『そもそもアレは生物や魔物なのか?』

 

コーデリア

『何でも宜しい、神と人類を愚弄する化け物には変わりありませぬ。』

 

オットー

『皆気をつけられよ、ここのエーテルは乱れ切っているどんな天変地異が起こるか分からぬぞ。』

 

ナイトハルト

『だが懐に入り込まねば殺せるものも殺せませぬ。』

 

レマー

『意気込みは結構だが、無理はしてくれるなよ。

 

これは骨が折れそうだ。』

 

オリオン

『皆の者、女帝陛下の御前であらせられる、無駄話はそろそろ終わりにしよう。』

 

タジムニウス

『陛下にはお下がりいただきたいがそうもいきますまいな。

 

我らに加護を賜りたく。』

 

セレーネ

『それでは、皆でかの者を討ち取りましょう。』

 

セレーネは杖で魔紋を描く、そして自身を含む十三人の得物に加護を付与したのだ。

 

これで十四人の武器は吸血鬼を死傷させられる様になった。

 

そして加護が付与されたや否や、タジムニウスとティリオンがこの巨大な化け物に向かって歩き出した。

 

二人はそれぞれの大剣を担いでどこか退屈そうな表情を浮かべながらゆっくり歩いていた。

 

だが次の瞬間二人の姿は消えた。

 

そして直後に怪物から二条の血飛沫が噴き出る。

 

そしてその真下には大剣を振り下ろした二人がいる。

 

だが怪物は悲鳴を上げながら前足で踏み潰してきた。

 

2人は身を躱す。

 

この怪物の横をコーデリアとアメジストが襲い掛かる。

 

両者の戦鎚で横腹を叩かれた怪物は怯む。

 

身動きの取れない所をディーターとタンザナイトから放たれた弾丸が襲い掛かる。

 

オリオンが身動きが取れない三頭犬の眼に矢を打ち込み、視界を奪う。

 

アイアンロックが中央の頭に斧を振り下ろす。

 

唐竹割りに入れられた斧を喰らった怪物は犬特有の悲鳴をあげる。

 

更に追い討つ様にレマーとナイトハルトが残りの頭の脳天に剣を突き刺す。

 

そしてオットーとテクリスがそれぞれ熱せられた鉄で作られた巨大な剣と光で出来た巨大な剣を天から呼び寄せそれを怪物に向かって叩き落とした。

 

最後にセレーネが天より隕石を落とし、着弾の衝撃で大爆発を引き起こした。

 

兵達は離れていて本当に良かったと心から思った。

 

あの近くにいれば巻き添えを喰らうか、最後の大爆発で吹き飛ばされると思ったからだ。

 

むしろ何故あの十四人はあの衝撃と爆風の中、立っていられるのか。

 

兎も角も常人では理解出来ない戦いが繰り広げられたのだと理解した。

 

だが彼らの前に理解不能な事象が起こった。

 

なんとあれだけの攻撃を喰らったはずの化け物が未だ立っているのだ。

 

しかもあろう事か攻撃によって受けた傷が全て再生している。

 

そう殺せないのだ!

 

まさに絶望。

 

彼らは遂に終わりが来たと思った。

 

だが相変わらず十四人は眉一つ動かさず立っている。

 

タジムニウス

『手応えがないと思ったよ。』

 

レマー

『まさにシフォンケーキを斬ってるかと思いました。』

 

アイアンロック

『本当にシフォンケーキだったらよかったんじゃがのう。』

 

ティリオン

『魔女狩り(ウィッチハンター)殿、何か良い策は無いかな?』

 

ディーター

『使い魔や召喚獣の類と思っていたのですが、どうも違う様子、こうなると過去の文献に則り奴の心の臓を貫くしかございません。』

 

オットー

『あれの心臓を抉るのか。

 

骨が折れる通り越して砕けそうだ。』

 

テクリス

『徹底的に攻撃して隙を生み出す他あるまい。

 

兄者、私と合わせてくれ。』

 

ティリオン

『テクリス、猛ったな?

 

よし行くぞ‼︎』

 

ティリオンが駆け出す。

 

テクリスが魔法を詠唱すると天から光の網が怪物の上に覆い被さるように落ちてきた。

 

怪物は網に掛かり、身動きが取れない。

 

ティリオンは走りながら口の中で何かを詠唱する。

 

するとどうだ、ティリオンの身体は燃え出し、その炎は不死鳥の姿になった。

 

その不死鳥は怪物の周りを飛ぶと一鳴きした途端、先の光の網も燃え出したでは無いか。

 

火だるまになった怪物はのたうち回る。

 

タンザナイト

『鉄は熱いうちに打たないとな‼︎』

 

タンザナイトは両手にハンマーを持ち怪物をガムシャラに叩きのめす。

 

セレーネ

『なら次は冷やさねば。』

 

そう言うとセレーネは、雨乞いで雨を降らしてしまった。

 

タネはセレーネが作り出した氷の塊をオットーが魔法の鉄の礫で溶かして降らせたものだ。

 

とても冷たい雨が怪物に降り注ぎ、熱せられた鉄が急に冷やされ、硬くなるように、怪物の体も硬くなる。

 

四肢は完全に鉄の塊のようになった怪物はもがく、そこにアイアンロック、アメジストの親子がこの怪物をひっくり返そうと持ち上げ始めた。

 

アイアンロック

『さぁ、おねんねしてもらおうかい‼︎』

 

アメジスト

『アンタの相手は飽きたんだよ犬っころ‼︎』

 

アイアンロック&アメジスト

『ドッセェェェェイィィ‼︎‼︎』

 

怪物は横倒しに倒れる。

 

オリオン、レマー、ナイトハルトがこの隙を見逃さず三つ首に矢と槍を突き入れる。

 

身動きが取れなくなった犬の体を再生しようとする吸血鬼本体に迫る二つの影、タジムニウスとディーターは本体の腕を斬り飛ばす。

 

タジムニウス

『行けぇ、コーデリア‼︎‼︎』

 

シスターの手にはガール・マラッツを模して作られた歴代大司教に伝わる金色の戦鎚と銀の杭が握られていた。

 

銀の杭は吸血鬼の心臓に刺さる。

 

コーデリア

『神の裁きを受けなさい‼︎‼︎』

 

戦鎚は杭を叩き、杭は体を貫く。

 

吸血鬼の悲鳴が戦場一帯に響き渡り、やがてこの怪物の体は砂となって潰えた。

 

ソルランド国境沿いの戦いはこうして幕を下ろした。

 

帝国兵

『勝ったぞ‼︎

 

勝鬨を上げるぞ‼︎‼︎』

 

全軍

『エイ‼︎エイ‼︎‼︎オオォォォォォォ‼︎‼︎』

 

戦場一帯に勝鬨が高らかに上がり続ける様をドラッケンホフ城の一室にある水晶体で見ていた死霊術士達は狼狽していた。

 

死霊術士

『馬鹿な⁉︎

 

先の戦いといい、作り物とはいえ、我らの御神に最も近き完成品ぞそれが負けるなど‼︎』

 

死霊術士

『施術もヴォイドからの魔力も完璧に引き出した筈だ。

 

こんなのありえん‼︎‼︎』

 

すると死霊術士達を掻き分けて水晶体を覗く老人が現れた。

 

死霊術士達

『総死霊術士(グランドネクロマンサー)。』

 

その老人は水晶体に映るタジムニウスを見て恐れ慄いた。

 

総死霊術士

『何という…何ということじゃ。

 

戻ってきた…シグマーの血筋が…‼︎

 

もはや血も薄まり、完全に力を失ったと思われた、退魔の血筋が‼︎』

 

死霊術士

『な、何と‼︎』

 

死霊術士

『しかしかの者はブレトニア人、シグマーとは何ら関わりは。』

 

死霊術士

『だが総死霊術士様がお間違えになる筈があるか⁉︎』

 

総死霊術士

『兎も角、我らは悲願の為の贄責務を果たすのみ。

 

あのお方にお伝えせよ、決して彼奴に忌まわしき戦鎚ガール・マラッツを渡してはならぬと。

 

尤も…。』

 

タジムニウスの方を見直した総死霊術士は今度は打って変わって老人にしてはあまりにも不気味な笑みを浮かべた。

 

総死霊術士

『もう一方も順調に事が進んでいるので手を下さずともブレトンの子は堕ちるだろうと。』

______________________

戦いが終わって数日後 テンプルホフ城…

 

ブレトニア一行はテンプルホフ城を再制圧していた。

 

というのも吸血鬼はこの城には一切興味を示さず(ソルランドとバットランドの間にあるスタールランドにも興味を示さなかった)通過したのだという。

 

然し、流石に亡者の軍勢が迫ってるとなるとわずかに残った城の住民で移動に耐えれるものは選帝諸侯の領土に逃げ、動けない老人達だけがこの城に残った。

 

この地が邪教に支配される前から年寄りのこの連中は自分よりも若い連中が薬漬けにされていく様を見ている事しか出来ず、挙げ句自身の子や孫がタジムニウス達に八つ裂きにされたか吸血鬼の贄にされてしまっているのだから彼らの苦痛は計り知れぬものだろう。

 

こう言った連中をセレーネやコーデリアは深く慈悲を示し思いやったがタジムニウスは眉ひとつ動かすことは無かった。

 

そして着くや否や、エオルゼア側から送り込まれた反ブレトニア・アルトドルフ帝国主義の冒険者、軍人の裁判無しの処刑を実行すると言い出したのだ。

 

これには流石に現地、帝都、そして王都から諫める声が上がった。

 

だが、これは半数である。

 

残り半数は断固強行すべしと声を上げたのだ。

 

もはや帝国内に於いてもタジムニウスは最高権力者である。

 

セレーネは君主として申し分ない資質を持っているかもしれないが、その性格上の弱さや本来帝位を継げない筈の身である事から権威としては今ひとつでもあった。

 

そういう意味ではタジムニウスも同じだが、彼は帝国の構成国たるブレトニア王国の王でもあり、帝国の軍事を一切を取り仕切っている。

 

そして内政を取り仕切るカルカソンヌ公ジャンは彼の家臣。

 

マリエンブルク公カタリナもセレーネ救出の際に一時的にタジムニウスに忠誠を誓っている。

 

君主とは行かずとも彼を事実上の摂政と見る者は多く、後の歴史ではそうで有ったと記されるのである。

 

話が脇道に逸れたが、結局のところ国の最高権力者を襲った者に慈悲をかける奴が何処にいるのかという事である。

 

そして何より本人が首を切れと言っている、これに尽きる。

 

だがここで問題はタジムニウスは摂政でもない、内政も全て彼が取り仕切っているわけではない、何より彼自身が誓いを立てたがセレーネの意思にのみ彼は従わねばならないのだ。

 

そしてセレーネの判断は

 

セレーネ

『そのような事は赦しません‼︎

 

先の戦いまで共に戦った仲間ではありませんか‼︎

 

それも帝都の戦いでの勝利は彼らによる所が多いのは貴方も分かっているでしょう。』

 

タジムニウス

『お言葉ですが、彼奴等一万の介入無くとも我らは勝利しておりました。

 

何より我が国に邪な思いを抱く者を元帥としてこの地を生きて踏ませることは出来ませぬ。』

 

セレーネ

『貴方の友も手に掛けるのですよ?』

 

タジムニウス

『……王に友などおりませぬ。』

 

タジムニウスは素気なく答え、セレーネの前から姿を消した。

 

 

セレーネは椅子に沈み込み涙を流した。

 

彼女に関わった二人の男は皆変わってしまった。

 

恋焦がれ愛し合った男は今や全身を黒ずくめに身を包み復讐に囚われ、弟の様に思っていたら自身を救ってくれた男は権力とその重責に耐える為、心を捨て、冷酷な国家の歯車になってしまった。

 

彼女は泣き声を上げて泣いた。

 

そして彼女は涙を流しながら自身を責め立てた、少なくとも後者は自身を守るために変わったのだから。

 

そしてテンプルホフ城の一室でも悶着が起こっていた。

 

アリゼー

『タジムニウスに会わせなさいよ!

 

話をするだけよ‼︎』

 

ディーター

『いくら暁の血盟の皆様といえど出来ませぬ!

 

元帥は先程から部屋に誰も入れるなと申しており…。』

 

アリゼー

『ならせめて医療用天幕に顔出すように伝えなさいよ!

 

キアラもアイリスも目を覚ましたのにまだ顔を見せてないし、アイリスに至っては見張りまでつけてあんまりよ。』

 

ディーター

『…かの御仁は嫌疑が掛かっております。

 

おいそれと目を離すわけには参りませぬ。

 

お話は以上か?』

 

アリゼー

『ええ、もう良いわよご苦労様‼︎』

 

アリゼーはぶっきらぼうに返事をすると去っていった。

 

ディーターは溜息を一つ吐き、

 

ディーター

『美人だが気の強い娘さんだなぁ…。』

 

と言葉を漏らした。

 

因みに今回の件に関してディーター・バルツァーの意見はどっちつかずで有った。

 

国の威信と面子を守る為なら容赦なく処断するのは良い事だろう。

 

他国の軍人を此方の判断で処罰するなど外交問題だが今回に限れば身内の不始末で迷惑を被ったのは自分達であり、エオルゼア側が強くいう事はできない。

 

では何故彼がやらない方が良いと考えているのか。

 

それはタジムニウスの心情に悪影響を及ぼす、ひいては彼のいずれ産まれ出る子孫や後継者の心配からである。

 

タジムニウスは言ってしまえば感情に蓋をして事に当たっている。

 

だがそれは確実に自身を蝕み、やがては身を滅ぼすのだ。

 

身を滅ぼす前に天寿を全うし国を運営し切ったとしても悪名は残り続ける。

 

そして必ずこうはなるまいとその行いを見てきた子がそう思えば確執となるは必定。

 

打って変わって仁政を持って子が国を纏めようとしても、親の評価は付き纏い、悪ければ纏まらないかも知れない。

 

纏まれば良い、だがそうでないのであれば子は親と同じ道を辿るしかなくなり連鎖は続く。

 

子の治世が上手くいったとしても孫や曾孫の代となればどうなるか分からない。

 

世界情勢がそれを許さなければ彼らは必然に『残酷な道を突き進んだ偉大な祖父』を頼るようになり、同じ道を突き進む。

 

そして待っているのは避け様の無い滅びの道である。

 

ウィッチハンターとして国の暗部に関わった一族の生まれである彼はそう言った王や皇帝、政治家の最後を先人達から聞く事ができた。

 

ディーターはタジムニウスにそうなって欲しくは無いと思っていた。

 

だが毅然とした君主として有って欲しいと思う自分もいる。

 

ディーター

『俺は、なんとまぁ勝手な奴じゃ無いか。』

 

ディーターはそう呟くとパイプを咥え、煙草を飲むのであった。

 

その頃暁の一室では…。

 

アリゼー

『本当何なのよ‼︎

 

ユイコへの面談、弁護の一切の禁止、アイリスへの監視幾ら何でもやり過ぎよ‼︎』

 

アルフィノ

『トウカは?

 

彼女にも多少の監視がついてるって話しだが?』

 

グ・ラハ

『軍の運営する酒保で飲んでるよ。

 

酔っ払って自身が無害であるって監視に見せるために勢いに気をつけながら飲むって言ってるけど実際どうかな。』

 

ヤ・シュトラ

『今はお酒に逃げさせてやりましょう。

 

無理もないわ。』

 

暁は暗い表情を浮かべた。

 

そんな折にシドが訪ねてきた。

 

彼もドラッケンホフ城攻略のための新兵器の調整と修理増産したAK部隊を届に来たのだという。

 

シドはここまでの経緯をある程度は把握していた。

 

それぞれの情報を交換したエオルゼア一行は事の次第がより鮮明になった。

 

シドの話によると帝都でも今回の件で割れているのだという。

 

だが現場に比べ、帝都の方はタジムニウス派が圧倒的なのだ。

 

レパンや一部の騎士や諸侯達は処刑に反対しているが、ジャンやカタリナが事を淡々と進めてしまっている事や、何よりカムイが沈黙している事が大きく起因していた。

 

カムイはそういう意味ではレパンや若手達に比べれば何倍騎士然とした男だが今回に関しては一切口を閉ざしているのだという。

 

もう既に外交断絶や強く姿勢を見せる準備を進めている事や東方連合の侵攻に対して俄然立ち向かう用意もしているのだという。

 

だがキスレヴがここに至って会談を申し入れてきたので帝都は一旦、西側に対しての行動を一旦中止しているのだという。

 

シド

『奴さんの要求は、女大公と女帝との一対一の話し合い。

 

それが呑めなければ自分達は東方連合に加入して率先して帝国領を切り取るって来たもんだ。』

 

ヤ・シュトラ

『帝国としては東方の守りを固められれば意識を向けるのは北と西だけになる。

 

そして西から東を仲裁してもらえるかもしれない…と考えるのが妥当かしらね。』

 

シド

『かもな。

 

エオルゼアはこっちに攻め込めないがそれはこっちも同じ。

 

だが全部終わった後、残るのはこの二勢力の確執、心置きなく戦えるとなったら今の『アイツ』が躊躇するとは思えないし、それはエオルゼアも一緒だ。』

 

グ・ラハ

『終焉を回避してもその先に待っているのが戦争なんてみんなそれで良いはずは無いと分かってはいるんだな…そこが救いだな。』

______________________

テンプルホフ城執務室

 

セレーネ

『ではキスレヴに関しては私に一任して頂けますね。』

 

タジムニウス

『はっ。

 

しかし、念のため護衛はギリギリまでつけさせます。

 

護衛はコーデリア殿とナイトハルト卿にお願いする事になります。』

 

セレーネ

『よしなに。』

 

タジムニウス

『はっ。』

 

セレーネ

『囚人41名の処断は決して許しませんよ。』

 

タジムニウス

『(まだ何も言ってないが…)…陛下、先程も申した通り』

 

セレーネ

『血によって国の権威と威信を守れないのであれば私はそんな物望まない‼︎』

 

タジムニウス

『貴女が望む望まないでは無い‼︎

 

民草達の名誉に関わる事‼︎』

 

セレーネ

『名誉よりも命を守ることにその力を使うべきです‼︎

 

何故終末が迫ろうとしているのに、自ら、それも終末がなんたるかを知ってその矢面に立った貴方が世界中の国々と手と手を携える機会を潰してしまうのです‼︎』

 

タジムニウス

『終末差し迫ったとはいえ、生きとし生けるもの明後日来ることより明日の方が心配なのです。

 

何より人と人、国と国との諍いは容易に晴らせるものに有らず、何故かと問うか?

 

如何に我らがそれでよしといえど民草が納得しなければ簡単に戦になるからです。

 

何より明確な敵意を持った物を野放しにすれば今の帝国には禍になります。

 

帝国は生き残らねばなりません、いや蘇ら無ければならないのです。

 

それが流れる血で無ければ成せぬのなら私を含めてこの世の生きとし生けるもの全ての血すら私は流させてみせる‼︎』

 

アイアンロック

『双方それまでじゃ‼︎』

 

扉が大きく開き老ドワーフの喝が飛ぶ。

 

それに合わせて主だった将と兵達の代表者達合わせて数十名が入ってきた。

 

アイアンロック

『獅子と鷲獅子は互い相争うことあらず。

 

カール・フランツ大帝とルーエン・レオンクール大王の誓いを、他ならぬ末裔とあらせられる御二方が破ったと有っては御先祖が草葉の影から泣きますぞ。

 

御二方で話がまとまらないのであれば我らの話を聞いていただこうか。』

 

結果家臣達の意見を聞いたところやはり二手に分かれ、わずか一票の差でタジムニウスが優勢で有った。

 

専制君主の彼らが家臣達の意見を聞いて結果、多数決で決を取ろうとしているのだから滑稽なことでは無いか。

 

因みにこの会話はアイアンロックの計らいで隣の別室で暁の血盟達も聞いていた。

 

このままではタジムニウスの事だ、四十一名悉く惨殺されかねない。

 

流石にそれだけは回避しなければならない、暁の皆は部屋を出てタジムニウスに直談判しようとしたがシドが止めた。

 

シド

『どうやら話はまだ終わってなさそうだ。』

 

ディーター

『皆さま、このタイミングでは何ですが第三の意見を私とカルカソンヌ公より提示させていただきたく存じます。』

 

ディーターの話はこうだ。

 

エオルゼア側の面子を立てるならこの粗相をやった者達をエオルゼアの法度で処罰するべきだが、帝国、とりわけブレトニアの面子を立てるならこの四十一名悉く生きながら火炙りにするなり車裂きにするなり極刑を行う必要がある。

 

だが双方の妥協無ければ、これからの事で不安要素を抱えることになる。

 

双方の納得の行く妥協案、それはエオルゼア側に返還する捕虜は実行犯のユイコを除く四十名のみとし、実行犯となったユイコはこちらで処罰するというものだ。

 

当然エオルゼアに通達しなければならない。

 

だが双方、手打ちを望んでいるのは事実。

 

不始末の落とし前をつけれるし、タジムニウスも気が済んで悪い話ではない。

 

タジムニウスは同意、セレーネも若干不満では有ったが同意した。

 

暁は引き続き残留してもらい、それ以外のエオルゼア派遣軍は直ちに撤退、捕虜四十名の連行も併せて行なってもらうことで話はまとまった。

 

これが現実的な妥協点なのは暁の面々も承知した。

 

だが、それでも自分達の仲間が惨たらしく殺されるのを見なければならないのか…。

 

彼らはやるせなくなった。

 

アリゼー

『こんな事、良い筈がない。』

 

______________________

後日、エオルゼア側はブレトニア側の提案を呑んだ。

 

和解の印として東方連合に対し停戦の提案を行ってもらえる事になったが、あくまで仲介や要請ではなく提案に留まったのが、本来東方連合の音頭をとるドマ国が今回の件に関しては少数派であり、東方連合加盟国の賛成多数で決まった侵攻である以上、その意志は尊重しなければならないし内政干渉が出来る程エオルゼア同盟にそんな発言力は無い。

 

双方の落とし所を見つけたところでタジムニウスは満を辞して、下手人ユイコ・フォックスの処刑を命じた。

 

判決は断頭。

 

然も、それに合わせてタジムニウスが用意したのは、錆びついた斧である。

 

斧の刃が錆び付いていれば、一撃で首を飛ばす事はできない。

 

つまり苦しみながら死ねという意志の現れで有った。

 

歴史上裏切り者を生まれてこの方許した事の無い男が権力を握った先によく見る光景である。

 

直前までトウカ、回復したアイリスがタジムニウスに談判を掛けたが一切取り合わず、遂にはこの二人まで投獄してしまった。

 

テンプルホフ城前広場は重々しい雰囲気に包まれていた。

 

重々しく武装した兵達が列を組み、皆死んだ目で鎖に繋がれたユイコを見つめる。

 

その目は正しくこれから屠殺される豚を見るような目であった。

 

広場の真正面に特設の鑑賞台が用意され、そこに置かれた二つの席の一つにタジムニウスが座り、もう一方にはセレーネが座るはずだったが彼女はこんな物見ていられないと参加を拒否したのだ。

 

そしてその鑑賞台の前にはディーターやティリオンといった主だった将が護衛についていた。

 

処刑台に獄吏がユイコを引き摺り上げた。

 

ユイコは自身と一直線にして座るタジムニウスに憎しみの目を剥く。

 

ユイコ

『ノロイコロシテヤル‼︎

 

アイリスガユルシテモワタシハユルサナイ‼︎

 

シネ‼︎

 

シンデシマエタジムニウス・レオンクール‼︎‼︎』

 

タジムニウスはただ無表情にユイコを見ると軽く手を払った。

 

タジムニウスからの合図を確認した判事は頷くとユイコの罪を並べたてた。

 

判事が自身の仕事を終えると最期の審判の時である、皇帝陛下に代わりブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下より御沙汰が下る、神妙にせよと高らかに叫んだ。

 

タジムニウスが左手の親指を立てた。

 

その親指が下を向くことがあれば罪人はこの世から消え去り、上を向いたままであれば慈悲が下される。

 

皇帝や高位の貴族に対して罪を働いた罪人への最終的な判決はその被害者になった人間の判断に委ねられるのがこの国の習わしである。

 

タジムニウスの意志は…。

 

______________________

判事

『神聖なるシグマーの名の下にこの罪人には慈悲が賜られた。

 

これより何人たりともこの者を咎人として蔑む事有らず。』

 

意外にも無罪であった。

 

これには絡繰があった。

 

話はこの一時間程前に遡る。

 

アルフィノ

『本当に彼女を処刑なさるおつもりですか?』

 

タジムニウス

『くどい、下賤な傭兵風情がブレトニア国王に刃を向け、殺しかけた。

 

これだけでなぜ命が許されると思う?』

 

アリゼー

『良く言うわよ、全軍の統率を取るためにスケープゴートに利用した癖に。』

 

タジムニウス

『やったことは事実。

 

それを利用してはならぬ理由は無い。』

 

アルフィノ、アリゼーが談判する中、ヤ・シュトラ、グ・ラハ、シドは後ろから見ていた。

 

彼らにも言い分はあるだろう。

 

だが彼らは大人であった。

 

現実の残酷さを知っている。

 

理想より現実を取るタジムニウスの言い分もまた然りと思うからこそ沈黙を保っていた。

 

タジムニウス

『今や我が帝国は世界情勢上最も弱い立場にいる。

 

強大な領地が二分、正確には三分しているこの状況、いつ何処の誰かが邪な邪念を抱いて我が国に攻め掛からんとするか分からない、現に東方連合はこれを機にと過去の怨念を返さんと進撃して来ている。

 

ならばこそ、我が帝国は強い意志を持って立っている事を内外に知らしめ、権威と武威を示さねばならん。

 

今回の件も皇帝陛下の権威を高める為に過ぎん。』

 

アルフィノ

『もう武威は十分お示しになったでしょう!

 

東方連合が仕掛けて来たのも帝国の武威を恐れたからこそ。

 

彼らにこちらが攻めるつもりが無いことを示せば、彼の地の民草が戦を望む筈が有りません!

 

ガレマール帝国によって戦災した彼の国々に長期戦をやる力はありません。

 

それでも強行しようとすれば、それこそドマを始めとした反対派が黙っている筈がありません。

 

ならば今こそ、両者の血が流れない様にするのが賢明な指導者では無いのですか‼︎』

 

一理ある…。

 

そう認めざるを得ないのはタジムニウスも重々承知である。

 

然し、もはやかつての様に理想を追いかける事はできない。

 

背負っている物の重さを思えばこそなのだ。

 

誰も好きでこんなことしているんじゃ無い…。

 

誰にも聞かれない本当に小さな声でつぶやいたタジムニウスはタバコを一つ取り出して火をつけた。

 

君主としての仕事をし始めてから吸う様になったがこれはなんとも良い物だ。

 

お陰でタジムニウスも少し硬化した頭が解れていくのを感じた。

 

タジムニウスは少し目を閉じ考えた。

 

そして考えが纏まると彼らを退室させたのだった。

 

タジムニウス

『少しだけ考える時間をくれ。』

 

アルフィノとアリゼーは心配になったがヤ・シュトラは彼らにこう言った。

 

ヤ・シュトラ

『頭を冷やす時間をくれって言っているだけよ。

 

心配要らなくてよ。』

 

タジムニウスは小一時間ほど煙を燻らせて女帝の元に参内した。

 

タジムニウス

『最後の慈悲です。

 

かの者の処刑は取りやめます。

 

但し、狂った吸血鬼教徒は当然、ハーフランド全土で決起した民主主義革命に於いては徹底した対処を取ること、女帝陛下に置かれましてはこれをお認め下さい。

 

彼らは明確に玉座に刃を向けた者、全てを投げ打って自らの理想を掲げた者です。

 

成し得なかった者の末路に我らが介入する余地が無い事はお分かりのはずですね?』

 

セレーネは目を閉じた。

 

複雑な心境では有る。

 

だがタジムニウスの言う事は尤もだ。

 

そして何より彼女が安堵したのは袂を分かったとは云え、タジムニウスが過去の友を自ら斬らずに済むと言う事だった。

 

彼女だけは見抜いていた。

 

もし無事であったならキアラも見抜いたかも知れない。

 

彼は徹底的な手段を唱える一方でその眼は実に悲痛に満ちた物であったことを。

 

セレーネ

『必ず五体満足で助けると騎士の誇りに懸けて誓いますか?』

 

タジムニウス

『騎士の誇りに懸けて。』

 

セレーネ

『ならばこれ以上はいいません。

 

但しもう一つだけ言わせて下さい。

 

暁の今後です。

 

私に少し考えが有るのです。

 

一個人としても、全軍を担う元帥としても聞いて下さい。』

______________________

こうしてユイコは解放された。

 

当の本人は何が起きたか分からなかった。

 

憎悪に満ちた彼女も流石にこれには虚を突かれた。

 

無理も無い、本来ならば死は免れない。

 

衛兵に追い立てられよろめきながら歩いた。

 

そしてタジムニウスの隣まで歩かされた。

 

タジムニウスはユイコには一瞥もしなかったがただ一言口を聞いた。

 

タジムニウス

『全ては女帝陛下の御慈悲だ。

 

精々、生き永らえるが良い。』

 

その後トウカ、アイリスも釈放された。

 

釈放に至ってはレマーが二人を待機していたエオルゼア義勇軍の駐屯地まで送り、指示を伝えた。

 

レマー

『エオルゼア同盟に関しては今回の事も全て伝えてあります。

 

これより国際法に則り、貴方方を領海外まで護送します。

 

貴方方は三方に別れ、一隊は帝都に、一隊はマリエンブルクに、一隊ランギーユに向かい輸送艦に乗船して下さい。

 

全艦出帆を確認次第、ランギーユ湾にて合流、ブレトニア領海を抜けて、エオルゼアに向かいますが但し、外に出る迄は護衛艦全艦の全武装が輸送艦に向ける事を了承して頂く。

 

本来であれば貴方方のお国は我が帝国にとって倒すべき敵となっているところであった。

 

こちらも示さねばならないものが有りますので。』

 

アイリス

『女帝陛下にお伝え下さい。

 

我々の事、そしてユイコ・フォックスの事、寛大な処置を賜り恐悦至極と。』

 

レマー

『一つ訂正させていただきたい。

 

女帝陛下が直接お沙汰を下された訳ではござらん。

 

此度の件で最終的に罪人をどうするかを決めたのはレオンクール元帥閣下で有ります。

 

女帝陛下が助命せよと命令するのでは今回は違うのです。

 

全軍の半数が罪人ユイコ・フォックスの処刑を望みました。

 

半数、当然中には貴族や騎士といった領地を持つ支配層がおります。

 

特に王国側の貴族たちは自身の王が殺されかけたと有っては黙ってはいられません。

 

だからこそ女帝陛下は当事者たるレオンクール元帥に此度の権を譲った。

 

為政者として分裂の危機を回避する為に、そして元帥は、元帥として、何よりブレトニア国王として、未来の為に何を成すべきかを考えた。

 

礼儀上とそして同じ同族のよしみ、お伝えはしますが、礼を言われる筋合いはこちらにはありません。』

 

レマーはそう言ったが、その直後、黒毛の耳を掻きながらこう言った。

 

レマー

『短い間ではあったが…共に靴輪を並べて戦えた事を誇りに思います。

 

願わくば次も戦場で敵同士ではなく味方としてまた相見えたいものです。

 

私はここで別れますが航海の無事を祈ります。』

 

トウカとアイリスは深々と礼をすると義勇軍を率いてそれぞれの場所に向かった。

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エオルゼア同盟軍駐屯地

 

エマネラン

『またな相棒(タジムニウス)、次会う時はもう少し素直になってる事を祈ってるぜ…馬鹿野郎。』

 

オロノワ

『エマネランさま…。』

 

エマネラン

『帰ろう、イシュガルドに。』

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ライクランド帝国軍駐屯地医療テント

 

キアラ

『そうですか…。

 

ではエオルゼアの皆様は帰還されると。』

 

アリゼー

『そう言う事、私達は残るけど貴女はどうするの?』

 

キアラの見舞いに暁の面々が訪れていた。

 

キアラ

『私も残ります。

 

今あの人は指導者たるもの孤独であるべしと思って非情になろうとしているんだろうけど、その実寂しがり屋だもの。

 

私くらいは居てあげないと。』

 

ヤ・シュトラ

『タジムニウスは幸せ者ね

 

ブレトニア王国の次期王妃様はとても亭主想いだものね。』

 

キアラ

『茶化さないで下さい。

 

大事な時にそばに居てあげられなかった。

 

あの人は何処か孤独を求めてしまうようになってしまったのは私にも責任がある。』

 

キアラは何処か思い詰めた表情をしたが、直ぐに明るく振る舞った。

 

キアラ

『ところで皆はどうするのですか?』

 

アルフィノ

『私達はセレーネ陛下の要請でアイアンロック卿と共にかつて存在したドワーフの王国を復興させる為にバットランドを抜けた先の霜降り山脈に向かうよ。

 

カルカソンヌ公によると第四霊災の時に起きた地震で王国は分断、崩壊した筈だったのだが、都となった霜降り山脈、彼らの言葉でカラク・エイド・ピークには逃げ遅れた多くのドワーフが残されていて、彼らは吸血鬼教徒によって征服、そして長い間劣悪な環境で大量の武器の製造や宝石を掘らされ続け教団に富をもたらす為の奴隷にされていた事が密偵の調査で分かったんだ。

 

これを解放する事で長い時を経てドワーフの王国の復興と吸血鬼教の大事な収入源を断つ事が出来る。

 

とても重要な役目を頂いたよ。』

 

グ・ラハ

『正直なところ、前者は半分、残り半分は、俺達とあの人が今気まずい関係になっているからお互い素直になれるまで少し離しておこうって云う気遣いってところかな。』

 

キアラ

『そう、少しの間とはいえ淋しくなりますね。

 

どうか武運を。』

 

アリゼー

『ありがとうキアラ、無理しないでね。』

______________________

翌日、テンプルホフ城から出ていく二つの軍勢が有った。

 

一つはセレーネ、タジムニウス率いるバットランド征服軍、もう一つはアイアンロック親子、オリオン公に率いられたドワーフ・エレゼン軍で編成されたカラク・エイド・ピーク奪還軍である。

 

暁の血盟は後者について行っている。

 

バットランド征服軍はナルンからの援軍と新兵器の増強でその陣容は最初より若干異なって居る。

 

先ず人型魔導アーマーAK(アーマーナイト)30機、同塹壕、バンカー攻略戦仕様火炎放射器搭載型AK10機、そして64センチ超重カノン砲二門である。

 

一方的な殲滅戦をやると云う意志の表れである。

 

タジムニウス一向が再びドラッケンホフ城の前に立ったのそれから三日後である。

 

流石に先の戦いの二の舞をするまいと敵は城門から出てくる事は無かったが、有象無象の死者と信者が武装して城壁に殺到していた。

 

普通に攻めれば犠牲は計り知れない。

 

だがタジムニウスはウサギを狩るために全力を出す獅子ではなかった。

 

タジムニウスがセレーネを一瞥すると、セレーネもまた力強く頷き、祈った。

 

それを終わるのを待つとタジムニウスは天に向けて手を振り上げ、そして振り下ろした。

 

その瞬間多数の火砲が一斉に火を噴いた。

 

カノン砲、臼砲、そしてロケット発射台が一斉に放たれ、城壁上は炎と鉄の破片で地獄絵図になる。

 

そう元よりタジムニウスは城塞都市ドラッケンホフ城を占領しようなどと、はなから思っていないのだ。

 

タジムニウスは最初からこの地を廃墟にしてしまうつもりで攻めかかったのだ。

 

城壁中が血飛沫で赤く染められ老若男女と死者の悲鳴と呻き声が戦場一帯に響き渡る。

 

一方的な虐殺である。

 

最後の吸血鬼が指揮を取っているのか、それとも死霊術士が指揮を取っているのかは定かでは無いが全部隊に城壁上から退避するように指令が飛ぶ。

 

タジムニウス

『まぁ、妥当な判断だろうな、だが遅かった。』

 

ディーター・バルツァーが重カノン砲の準備が出来た事を元帥に伝えに来たのはその直後である。

 

タジムニウス

『それでは先ず第一射を打ち込め。』

 

ディーター

『宜しいのですね?』

 

タジムニウス

『これよりももっと大勢殺すことになる。』

 

ディーター

『…本部より伝令‼︎

 

重カノン砲第一号敵城を砲撃せよ‼︎』

 

このいやに馬鹿でかい大砲はゆっくり、実にゆっくりと首をもたげる。

 

そしてドラッケンホフ城に向けて巨大な鉄の塊、いや鉄球を叩き込んだ。

 

その鉄球は城壁を貫き、市街地に落ちた。

 

これだけでも射線状に居た人間は理不尽に叩き潰された。

 

辛うじて着弾点付近で生きていた人間はまさに急死に一生を得たと思った。

 

だが無情。

 

その砲弾は青白く光ったかと思うと大爆発を引き起こした。

 

爆発の光は城壁を越え、陣を張る兵達にも見えた。

 

着弾点半径百数十メートル近くの構造物、人、そして舗装されて隠れた大地すらも消滅した。

 

そう、この砲弾はガレマール帝国が人工的に(そして遥かに威力は下回ってはいるが)究極魔法アルテマを引き起こす為に作った試作兵器をブレトニア王国が残っていたサンプルを回収して改造した物だったのだ。

 

タジムニウス

『総員、抜刀、着剣‼︎

 

城壁を越え、抵抗する者は一人残らず始末しろ‼︎

 

我らの前に立ち塞がる者皆尸に変えよ‼︎』

 

レマー

『着剣‼︎』

 

オットー

『着剣‼︎』

 

指揮官達の号令に兵達は剣を引き抜き、銃兵達は銃剣を抜きライフルに装着する。

 

もはや城壁上にも敵は居らず、門は不要。

 

大穴の空いた城壁に砲弾が打ち込まれる。

 

敵は大穴に槍衾を組み立てる事すらできず、体制を立て直せない彼らに追い打つ様に…。

 

ナイトハルト

『行くぞ帝国の騎士達よ‼︎

 

AK部隊に遅れを取るなよ‼︎』

 

騎馬数千騎がなだれ込む。

 

それを助ける様にAKが弾幕を貼りながら両翼から疾走する。

 

そして歩兵達も怒号を上げながら白刃と林と身間違う程の槍と銃剣を煌めかせながら駆け迫る。

 

タジムニウス

『それでは陛下、我らも行きます。』

 

セレーネ

『皆の健闘を祈ります。』

 

一礼するとタジムニウスとディーターは本陣を出た。

 

タジムニウス

『例の件は頼むぞ。』

 

ディーター

『はっ、合流した里の者達の中で選りすぐりの者達を連れて行きます。

 

必ずや御期待に応えて見せましょう。』

 

タジムニウス

『…大神シグマーの名に於いて武運を祈る‼︎』

 

ディーター

『ありがたく‼︎』

 

本陣つき軽騎兵それぞれ500騎率いてタジムニウスとディーターは城壁を潜る。

 

中は惨劇である。

 

逃げ惑う信者を容赦無く撃ち殺し、斬り殺す帝国軍、薬物依存で狂乱しナイフ片手に襲い掛かり騎士や兵士達の目を抉り首を掻き切る信者。

 

路地に追い込まれた女子供を容赦無く火炎放射で焼き殺す鉄の巨人。

 

青い王国軍戦列歩兵の軍服は、返り血で紫に、白いズボンが赤に、黒い長靴はドス黒くなり、そしてシャコー帽の金細工が汚れた。

 

騎士の鎧は血で真っ赤に染まり鈍く光った。

 

敵味方双方の阿鼻叫喚の叫びが城塞都市中に響いた。

 

殺戮の饗宴は続く。

 

信者達の一団が裏門から出ようと集まっていた。

 

門を開けるのに手間取っているようだった。

 

そしてそこに一人の騎士が現れた。

 

その騎士は黒ずくめの鎧に大剣、そして羽織るマントには金獅子紋章…。

 

ヘルムを被らないその騎士の両の眼は翡翠から金色に光った。

 

一行の男衆は理解した。

 

この騎士を殺さないと自分達の背後にいる同胞と家族が惨たらしく殺されると。

 

雑多な小火器と農具や僅かに残ったまともな武器で武装した男達は一斉に襲い掛かる。

 

だが騎士に向かって放たれた矢や銃弾は弾き落とされ、近づいた者は大剣で切り裂かれた。

 

暗黒騎士の魔法に撃ち抜かれ、放り上げられた次の瞬間、腹を掻っ捌かれ、長大な大剣を片手で振り回すこの騎士は正に彼らにとって終末である。

 

そしてこれは大剣の持ち主がこの時は知らなかった事だがこの大剣は戦場では常に金色に光っていた、だがこの時を境に恐ろしいほど純粋な血のような赤色の光を放つようになるのだ。

 

立ち向かった男どもは全て肉塊と変わった。

 

騎士の目の前に身を寄せ合い悲鳴と震えを放つだけになった女子供老人の集団が有った。

 

そしていつの間にか騎士の後ろには数十名の銃兵が整列している。

 

騎士は彼らに踵を返し整列した兵達の間を割って去っていった。

 

彼らは見逃されたと安堵がしたが…それは間違いだった。

 

彼らは恐怖にやられ自身の選択を誤った。

 

彼らは降伏を示さなかった……。

 

血に塗れた獅子心王の背後で銃声と悲鳴の二重奏が奏でられた。

 

そして獅子心王の足元には血の花束が現れていた。

 

______________________

 

この凄惨な殺戮劇でドラッケンホフ城に居た者(内訳六割が生者、四割が蘇った死者である)の七割が殺されたという。

 

後世からも血に塗れた王、女帝を私物化し、自らの覇道の障害となるもの悉く血に塗れさせんと非難されることになるタジムニウスは生涯この事を否定せず一切の謝意や後悔を述べることはなかったという。

 

そんな屠殺場に紛れ込んだ獣が一匹居た。

 

吸血鬼…元スタールランド公である。

 

吸血鬼を討ち取ろうと群がった兵達を返り討ちにしながらめちゃくちゃに暴れていた。

 

そしてこれ以上を犠牲を出す訳に行かぬとオットー、レマー、ナイトハルトが獣と相対していた。

 

ディーター

『御三方、後は私どもにお任せ頂こう。』

 

ディーターとウィッチハンター達の隠れ里の長老(里長)以下六名のウィッチハンターが現れた。

 

だがそのうち幾つかは異様な武装であった。

 

錘のついた鎖に投げ縄、とても巨大な盾であった。

 

長老が杖を地面に立てて詠唱する。

 

二名のウィッチハンターが盾を構え長老を守る。

 

それぞれ投げ縄と鎖を持ったウィッチハンターがそれぞれ左右に二名ずつ広がる。

 

ディーターがレイピアを二振構え吸血鬼の前に立つ。

 

ディーター

『お前の身柄を貰うぞ。』

 

吸血鬼

『隠者風情ガ我ヲ虜ニ出来ルト思ウナ。』

 

ディーター

『ほぉ、口が利けるのか、碌でも無い外法で吸血鬼になると大概自我を無くした獣の様になるが。

 

どうやら偽物の割にはだいぶ出来の良い奴みたいだな。

 

この前の戦いで屠ってやった奴と同じくらいか少し下か。』

 

吸血鬼が飛び出す。

 

ディーターも跳ぶ。

 

両者の得物が鉄の音を響かせる。

 

数十合打ち合う。

 

ディーターは咄嗟にレイピアを投げつけた。

 

窮したと思った吸血鬼はレイピアを弾く。

 

だがディーターはもう拳銃を引き抜いていた。

 

拳銃から放たれた銃弾は右肩を射抜く。

 

吸血鬼

『フフフフフ…私ニ銃ガ効クト…ヌ?』

 

そう普通の銃弾なら吸血鬼にとって蚊に刺された程度でしか無い。

 

だがディーターが放ったのは銀の弾丸、それも祝福を受けた水銀を使った物だ。

 

吸血鬼にとってそれは致命傷。

 

普通の人間と同じく肩を射抜かれ手に力が入らなくなった吸血鬼は血と吸血鬼の邪気で穢れたルーンファングを落とす。

 

その瞬間鎖と投げ縄が飛ぶ。

 

鎖と投げ縄が絡まった瞬間。

 

ディーター

『長老‼︎』

 

長老

『相分かった‼︎』

 

長老がもう一度杖を使って地面を鳴らすと鎖と縄が金色に光り出した。

 

吸血鬼の怪力を以っても、縄と鎖は引き千切れない。

 

これはウィッチハンターが吸血鬼やその眷属を捕らえる為に作られた特注の鎖と縄で、専用の魔法を唱えると黒魔術に反応してその力を吸い取り、吸い取った分硬化して、術者が術を解かないと決して外れない代物になるのだ。

 

ディーター

『貴様には聞きたい事が山程ある。

 

皆、こいつを縛り上げて城の中に連れて行こう。』

 

ウィッチハンター

『おう。』

______________________

本陣

 

通信兵

『鷲ワ蝙蝠ニ鉤爪ヲ深ク突キ刺シタリ。

 

ドラッケンホフ城陥落、ドラッケンホフ城陥落です!』

 

将達

『『オオオッ‼︎‼︎』』

 

セレーネ

『大勢を殺し、殺させる事になってしまった…。

 

シグマー、女神様、ハイデリン様…これが貴方達が望んだ世界へ至る道と云うのですか?』

 

通信兵

『ご、ご報告致します‼︎

 

敵領より敵勢が接近中との事、その数一万‼︎

 

まっすぐ本陣に突き進んでいます‼︎』

 

将軍

『一万だと⁉︎

 

だが大方相手は武装した信者だろう?

 

なら少しの間、持ち堪えれば直ぐに…』

 

通信兵

『敵勢は選帝諸侯軍、軍旗はミドンランド軍!

 

敵勢の様相は全身黒色の騎士団と思われます‼︎

 

重装騎兵を先頭に突進中です‼︎』

 

将軍

『なっ…黒色の騎士団だと?』

 

セレーネ

『彼が…来てしまった。』

 

将軍

『急ぎ防御の陣形を‼︎

 

一万の騎士団とあっては本陣は保たん!

 

中の元帥閣下達を呼び戻せ‼︎‼︎』

 

通信兵

『はっ‼︎』

 

通信兵達は必死に方々に通信を繋いだ。

 

戦闘の影響でこちらは受信出来ても向こうにちゃんと発信出来るかは五分五分である。

 

下手をすれば繋がらないかもしれない。

 

だが何としても兵を集めなければ女帝の首が槍の穂先で晒され陵辱されてしまう。

 

それだけは避けねばならない。

 

将軍

『陛下、今ならまだ間に合います。

 

ドラッケンホフ城内にお入り下さい。

 

敵に攻城出来る戦力は有りませんので城内で有れば多少は安心かと‼︎』

 

近衛騎士

『陛下‼︎』

 

近衛騎士

『姫様‼︎(ひいさま)』

 

セレーネ

『いいえ、総大将たるものが本陣を抜け出すなどあってはならぬ事‼︎

 

私が結界を張ります、皆は守りを固めなさい。』

 

近衛騎士

『陛下⁉︎』

 

セレーネは周りの制止を聞かず結界を張った。

 

本陣周りに青白いドーム型の結界が出来る。

 

その中で兵達は本陣を守るように円陣を組んだ。

 

そして彼らは現れた!

 

先頭を四千騎の騎兵を立て、その後ろに六千の多種多様な歩兵がついてくる。

 

そして騎兵の先頭はかの黒仮面卿が大剣を構え馬を疾駆させる。

 

鬨の声を上げながら騎士達は迫る。

 

だがいよいよ突撃開始という距離で黒仮面卿は制止する。

 

すると一万の騎兵はまるでネジが外れたブリキの玩具の様にピタッと静止した。

 

本陣と騎士団の間は弓や銃弾すら当てるのが難しい程離れている。

 

すると黒仮面卿のみが前に出た。

 

黒仮面卿

『暗黒の波動(ダークネス・ウェーブ)‼︎‼︎』

 

黒仮面卿が大剣を振り下ろした刹那、強力なエーテルの波動、ドス黒い波動が地面を割り、空を引き裂きながら真っ直ぐ飛んできた。

 

そしてそれはいとも簡単に結界打ち破ってしまった。

 

本陣にいる者皆が驚愕した。

 

そして黒仮面卿が再び大剣を振り上げ、そして振り下ろした。

 

すると何事もなかったように再び騎士団が雄叫びを上げて突撃してきた。

 

『く、来るぞぉぉぉ‼︎‼︎

 

矢をつがえろ、槍襖を敷けぇ‼︎』

 

将兵

『フン・ハー・フン‼︎‼︎』

 

兵達は掛け声を合わせ槍衾を作る。

 

だが、この一万騎は黒仮面卿の生え抜き、そして本陣は数が少なく、その数多くても五千強。

 

帝都アルトドルフ、王都クーロンヌ、州都ミドンランドに次ぐ巨大城塞都市であるドラッケンホフ城を制圧する為に全力投入してしまったのだ。

 

本陣守護を賜っている兵達だ、練度はそこそこだろうがそも数が違いすぎる。

 

何よりその先頭を走る黒仮面卿が凄まじい。

 

黒仮面卿が大剣を振るう。

 

それは兵達の槍と心を斬り飛ばした。

 

槍衾はいとも簡単に突破されてしまう。

 

一万の精鋭騎士団を食い止める力は本陣には無い。

 

近衛騎士達も覚悟を決めてしまう程であった。

 

女近衛騎士

『陛下、お逃げ下さい‼︎

 

ここはもう保ちません‼︎』

 

近衛騎士

『馬をご用意致しました、城内に逃げ込めば助かります‼︎』

 

セレーネ

『総大将たる私がここから逃げて何になると言うのです!

 

シグマーの血族が戦場から逃げるなど有ってはならぬこと。』

 

女近衛騎士

『されど貴女は帝国の皇帝としての責務を果たしきっておりません!

 

どうかこの国に住まう数億の民の為、お命を大事にして下さい‼︎』

 

セレーネ

『…分かりました。

 

必ずや生きて相見えましょう、決してシグマーの御許では無く!』

 

女近衛騎士

『…はい!』

 

近衛騎士達は涙ぐみながら皇帝と別れを告げる。

 

そこに現れたのはキアラだった。

 

まだ傷が癒え切っていないが押してここまで来たのだ。

 

キアラ

『馬では間に合わないかも、私が城内にテレポでお送りします。』

 

セレーネ

『キアラさん。』

 

キアラ

『私から離れないで。』

 

だが一歩遅かった。

 

何と黒仮面卿だけ、そう、たった一騎だが、本陣の目の前に抜けてきたのだ。

 

そしてキアラの詠唱は終わっていない。

 

黒仮面卿はセレーネを見て、何を思ったのか。

 

その仮面の下を覗くことは叶わない。

 

だが迷いなく大剣を振り上げ馬を走らせた。

 

女近衛騎士

『そんな、間に合わない‼︎』

 

だが敵の横から突撃してくる騎士団が現れた。

 

トロワヴィル親衛隊とソルランド、ディッターズ・ランドの両騎士団である。

 

その数もまた一万。

 

そして黒仮面卿にはタジムニウスが斬り掛かった。

 

大剣同士が鉄の音を響かせる。

 

大剣を扱う騎士の戦いは数合打ち合っても互いに技が届く事は無かった。

 

タジムニウス

『黒仮面卿‼︎』

 

黒仮面卿

『ブレトニア国王タジムニウス殿‼︎』

 

タジムニウス&黒仮面卿

『卿に決闘を申し込む‼︎‼︎』

 

ブレトニアの作法に基づいた決闘の申込みである。

 

直ぐに戦場一帯に行き渡った。

 

ブレトニア兵

『陛下が決闘されるぞ‼︎

 

総大将同士の決闘だ‼︎』

 

黒騎士団

『総長が決闘されるぞ‼︎

 

誰も動くんじゃない‼︎』

 

この国の文化は総大将同士の決闘が宣言された時、如何なる戦いも止めなければならない。

 

その時からまさに両軍の総大将にその戦場にいる全将兵の命が握られるのだ。

 

決闘の勝者が敗者全員の生殺与奪を決める権限があるのだ。

 

そしてそれは遵守されねばならない掟なのだ。

(尤も逆上して勝者に襲い掛かった例も少なくないが)

 

全軍が殺戮を止め、決闘を挑まんとする二人の騎士を見守る。

 

すると黒仮面卿は大剣を近くにいた黒騎士に託した。

 

そして背中に背負っていた盾を構え、腰に佩た剣を引き抜く。

 

タジムニウスも大剣を地面に突き刺すとそこから王家の剣だけを引き抜き、盾を構えた。

 

そして見守る騎士達によって組まれた円系の決闘場を二人は相対しながら歩いた。

 

タジムニウス

『お前の矛盾に気がついたそうだな。

 

そうだ、お前は片手剣はブレトニア式を学んだが、大剣はライクランド式で学んだ。

 

いくら文化圏が似ていても剣の使い方は大違いだ。

 

だからそこで身のこなしにズレが生じる。

 

どんな剣を使うにしても片手剣の体捌きが基本だ。

 

基本と応用系が合っていなければ簡単に隙が出来る。

 

今迄はセンスとパワーで誤魔化して居たみたいだがな。』

 

黒仮面卿

『貴様は他人の未熟を声高に言うが、貴様自体の矛盾には気がつかんようだな。

 

貴様、この戦いでいくら殺した?

 

己が自らの快楽の為にこうしている事を知らずに、権力と殺戮欲に呑み込まれて居るとは知らずに。』

 

タジムニウス

『俺が殺しを楽しんでいるだと?

 

とんだ冗談だ。』

 

黒仮面卿

『そうかな?

 

お前を見る周りの目を見てみるが良い。

 

それは決して尊敬と畏敬では無い。』

 

タジムニウスはハッとした。

 

兵達が、騎士達が、セレーネやキアラでさえも、自分を見る眼は恐怖の眼差しであった。

 

黒仮面卿

『貴様は、忠義心篤い男のように振る舞うがその実自らの権力と欲望を乱す獣になっている事に気がついていない。

 

お前は、只の偽善者でしかない!』

 

タジムニウス

『だから、どうした?

 

そんな物矛盾でも何でも無い!

 

国の為、民の為、自らを殺せない君主に何が守れる‼︎』

 

黒仮面卿

『お前の驕り高ぶったその傲慢で身を滅ぼすが良い‼︎』

 

剣が打ち合う!

 

その瞬間に放たれた凄まじいエーテルはまさに邪悪そのもの‼︎

 

それを黒仮面卿とあろう事かタジムニウスから出ている‼︎

 

セレーネは理解した‼︎

 

恐ろしい事実を‼︎

 

それは長い間囚われの身になって何度も味わった恐怖‼︎

 

タジムニウスのエーテルが…魂が‼︎

 

侵されるはずのないハイデリンの加護を受けた黄金の魂がボリス・ドートブリンガーのものに似通りつつある事実を‼︎

 

有り得ない‼︎

 

ハイデリンの加護を受けた者の特徴はエーテルの汚染を受けない‼︎

 

だからこそ数多く存在する蛮神の影響、テンパードになる事がない‼︎‼︎

 

だが現にタジムニウスはそれに近い物に知らず知らず変貌しつつある‼︎‼︎‼︎

 

黒仮面卿の憎悪に呼応してより強くなっている‼︎‼︎‼︎‼︎

 

黒仮面卿

『そうだ、自分を解放しろ‼︎

 

お前は俺と同じだ‼︎

 

お前も生まれの境遇で理不尽な人生を送った。

 

お前の奥底にあるのは破壊衝動と怒り‼︎

 

その復讐心だ‼︎』

 

タジムニウス

『ほざけ‼︎

 

俺が、ダレを怨んでいると言うのダ‼︎』

 

黒仮面卿

『お前の父親を死に追いやった者ども、母を死に追いやった者ども、そしてお前を裏切った者ども、数え切れぬな。

 

お前のエーテルはそれらに対する復讐に煮えたぎっている‼︎

 

お前の奥底を俺に見せろ‼︎』

 

タジムニウス

『ダマレ‼︎

 

オレハ国ノタメニ…‼︎』

 

2人の剣技はもはや常人の及ぶものでは無い。

 

彼らが剣を振り回す動きを目で捉えられるものは僅かだろう。

 

側から見えるのは黒いエーテルを放つ黒仮面卿と赤いエーテルを放つタジムニウスが戦っている姿だけだろう。

 

先刻黒仮面卿が言ったようにタジムニウスを見る他の者の目は恐怖の眼差しで有った。

 

だがこれは無意識だったのだ‼︎

 

本能が、彼を恐れさせたのだ‼︎‼︎

 

人間が道ゆく最中にカラスや犬を観てほんの僅かでも身構えるのは自信を害せると理解しているからだ。

 

タジムニウスと他の者の間に起こった事はまさにコレなのだ‼︎

 

彼の内面の恐ろしさが秘めたる狂気が何か得体の知れない方法で実体化、いや顕現されたと言っても良い‼︎‼︎

 

そして黒仮面卿が言った事は全て事実。

 

ほとんど語られないが、タジムニウスの幼少期は実に悲惨で有った。

 

母と父親代わりの騎士と共にイシュガルドに亡命して決して孤独では無かったが、幼少期に母を亡くし、貧しい暮らしは庇護してくれた貴族家の不運が重なり改善するどころか貧しさは加速した‼︎

 

そして異邦人という苦しい立場で彼は幼少期少なからずいじめを受けた。

 

その少し後に彼は騎士になる事を決意するが、その裏には幼少期に受けた理不尽を見返すという子供ながらの感性が確かに働いていたのだ。

 

そして成長するに至って彼は幸運にもそういった感情や思いを忘れ去り真っ直ぐ育った。

 

だが不運は自身がそう言った感情を一度でも抱き、そしてそこが原動力であった事を忘れてしまった事だ‼︎

 

それは彼の知らぬところで成長していたのだ。

 

それ自体の認識は彼の冒険の最中であった。

 

そしてそれが間違った物であることも理解していた。

 

だが結果として彼の心に蓋をし、そして彼に降り注いだ重責は急激な負荷を掛けた!

 

そもそもタジムニウスはそこまで感情を表に出す人間では無かった。

 

怒りをコントロールする訓練を積んでいるからだ。

 

だが彼はそれらに敏感に反応する性質であったから割と直ぐに乱れやすかった。

 

良くも悪くも、正義感の強さが災いして彼の心の闇は成長し、そして何かしらの得体の知れない方法で顕著になった。

 

そして、なんて事だ‼︎

 

タジムニウス・レオンクールは怪物になろうとしていた‼︎

 

先の戦いでは黒仮面卿の方が怒りに囚われた怪物であった。

 

だが今回はタジムニウスがそれになってしまった、いやまだかろうじてなろうとしているか?

 

経緯はともかく、本質は同じ物。

 

黒仮面卿

『俺の復讐は完遂する‼︎

 

俺を抹殺しようとしたブレトニア王国が俺の手によって、国王の死で滅び去るのだ‼︎』

 

タジムニウス

『オオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

タジムニウスの一撃は黒仮面卿を吹き飛ばした。

 

体勢を何とか崩さずにすんだ黒仮面卿はタジムニウスを見る。

 

信じられない、あれだけの憎悪を身に纏いながら、まだ正気を保とうとしていたのだ。

 

タジムニウス

『カッテナ事、言ってんじゃあネェヨ…。

 

俺はオマエミタク、無思慮に、怒鳴り散らすわけにゃあ、イカンノヨォー。』

 

タジムニウスの姿はまさに異様…。

 

彼の血塗れの鎧姿もそうだが、可視化された赤黒いエーテルが彼の周りに集まり、それは一種の怪物のような姿になっていた。

 

キアラはその姿を見て、本能で理解した。

 

止めなければと。

 

だが足がすくんで前に踏み出せない。

 

タジムニウスはそんなキアラを見て…微笑を浮かべる程の余裕は無いが、首を少し、ほんの少し横に振った。

 

来るなという事だった。

 

タジムニウス

『ヤハリ…貴様ハ生かしてはおけん…。

 

陛下と何か関係があると思ったから、キサマを生かしておきたかったが…。』

 

黒仮面卿

『貴様に心配されずとも俺は死なん‼︎

 

死ぬのはお前だけだ。

 

そして抜け殻となったお前の肉体は必ず持ち帰り、我が師父の意のままに動く人形としてやろう!』

 

丁度その時に城内の制圧を終えた、ディーターら諸将が到着した。

 

ディーター

『陛下‼︎』

 

タジムニウスは皆の顔を見ると、

 

タジムニウス

『………。』

 

タジムニウスは何か言いたげだったが叶わず、意識を失いその場に倒れた。

 

黒仮面卿はトドメを刺そうと飛び掛かる。

 

だが次の瞬間とても強い闇の魔力が黒仮面卿に襲い掛かり、彼を吹き飛ばした。

 

そして同時にタジムニウスの周りから衝撃波が走りその場にいた者たち全員を吹き倒してしまった。

 

コーデリア

『こ、これは一体…?』

 

セレーネ

『呑まれてしまった…。

 

とても強い憎悪に…。』

 

タジムニウスは怪物と成り果てた。

 

倒れていた彼は倒れたままの状態で、そうまるで紐で引っ張り上げられるように起き上がった。

 

すると地面に突き刺さっていたライオン・ハートが抜け、タジムニウスに向かっていった。

 

そしてタジムニウスが剣を持った手を横に向けるとライオン・ハートは1人で、そう、まるで透明な人間が持っているように宙に浮きながらクーロンヌの剣と合体する。

 

そして何とライオン・ハートの姿が変わっていくでは無いか。

 

それは悍ましい形をした大剣に変わっていった。

 

その禍々しさに皆は恐怖した。

 

そしてタジムニウスを覆っている憎悪の根源は、闇のエーテルの出所がその大剣からだと言うことをセレーネは突き止めた。

 

全てのカラクリが解けた。

 

確かに外部からのエーテル汚染を受けつけないかもしれない。

 

だがエーテルを内部から、そう循環させていれば如何だろうか?

 

ライオン・ハートが、いやもはやこの悪き大剣は使用者のエーテルを纏わせてより強い力を発揮するように、大剣からもエーテルが流れ出て、大剣に流したエーテルが体に戻る時に合わせて汚染されたエーテルを紛れ込ませていたとしたら…?

 

元が自分のエーテルなら外的汚染も関係ない。

 

ただ1人立つタジムニウスは意識を失っていた。

 

だが、眼を閉じていても立っていた。

 

立ち上がった黒仮面卿は改めてトドメを刺そうとする。

 

黒仮面卿

『何が起きたか知らぬが貴様の心臓を貫いた時、我が復讐は成就される‼︎

 

ブレトニアは滅びる‼︎』

 

そう言った瞬間黒仮面卿は斬りつけられた。

 

あっという間だった。

 

斬られた胸板から血が勢い良く噴き出す。

 

上等な鉱石と魔法で縫われた革を使用したブリガンダインを切り裂くという常軌を逸した事態が起きる。

 

黒仮面卿

『な、何故だ…?

 

貴様は、その大剣は、なんだ、まさか、師父…?

 

俺が治めるべき国をくれるのでは無かったのか…?

 

俺は捨てられたのか、二度も?』

 

黒騎士

『総長⁉︎

 

総長を守るのだ‼︎』

 

タジムニウスと黒仮面卿の間に割って入ろうと何騎かの黒騎士達が居たが、次の瞬間彼らは馬ごと両断されてしまった。

 

タジムニウスの目は真っ赤に光り、激しい憎悪がエーテルに影響を与え、挙句空を曇らせ、稲光を光らせ、そして雨を降らせた。

 

何とか主人を守ろうと黒騎士達が奮戦するが大剣で埃を振り払うが如く斬られていく様を見て恐怖しない者は居ない。

 

だがこのままにして良いはずがない。

 

『元帥を止めるのだ!

 

今やブレトニア王は敵の術中、力づくで止めろ‼︎』

 

そう叫ぶ声に振り返ると、皆が驚愕した。

 

そこに居るのは緑の騎士その人だった。

 

緑の騎士

『全ての原因はあの大剣にある‼︎

 

アレを破壊するか、手放させれば王は救える‼︎』

 

そう緑の騎士が叫ぶ。

 

皆がタジムニウスの手に握られた大剣を見つめる。

 

それはまさに意志を持った生き物の様になっていた。

 

アレを破壊するか、奪えるのか?

 

皆がそう思っていた。

 

それは緑の騎士すら思っていた。

 

緑の騎士

(何という…何という事だ。

 

希望を託したと思ったらその希望そのものが罠だったとは…。

 

モルジアナ様、敵は我らよりも遥かに先を行っていたのですね。

 

ならば奴は、ボリス・ドートブリンガーとは一体何者なのですか?)

 

緑の騎士は伝家の宝刀と謳われる翡翠剣ルドロスの剣を引き抜く。

 

セレーネ

『そうするしか無いのですね…。

 

ルーエン王よ、お許し下さい。

 

諸将達は前へ、兵達は下がりなさい。』

 

だが、兵達は退かずむしろ前へ踏み出した。

 

コーデリア

『なっ、何を⁉︎』

 

ディーター

『みんな今のを見てなかったのか‼︎

 

精鋭騎士団のあいつら(黒騎士団)ですら赤子の様に斬られたんだぞ‼︎』

 

兵士

『だとしてもオラ達は引けねぇ‼︎』

 

兵士

『元帥閣下は自らを犠牲にする覚悟で呪いに掛かった俺達を救ってくれた。』

 

兵士

『なのに私達がここで逃げたら、私達は恩知らずと罵られ、一生後悔する事になる‼︎』

 

兵士

『オラ達の大事な王様なんじゃ‼︎

 

頼むセレーネ様、オラ達に逃げろなんて言わねぇでくんろ‼︎

 

王様がこれで死んだら、いくらワシらが家や畑に帰ってこれても、死んだも同然なんじゃ‼︎』

 

騎士

『タジムニウス陛下は誠の騎士道を志すお方。

 

そんな方をここで死なせるなど騎士の名が廃るという物!』

 

騎士

『この命と剣は国王陛下に捧げたもの‼︎

 

我らは陛下と共に生き、陛下と共に死ぬ‼︎』

 

そう言って兵と騎士達が鬨の声を上げながら集まってきた。

 

セレーネ

『みんな…。』

 

緑の騎士

(良かったな、我が子孫よ。

 

良き王たらんとする姿勢と行動が皆の勇気と気高さを味方につけたのだ。)

 

セレーネ

『ならばこれ以上言うまい‼︎

 

皆聞きなさい、ブレトニア王は敵の術中。

 

緑の騎士様が仰った様に正体を現したライオン・ハートを破壊するか手放させれば王は救われる‼︎

 

皆、王を殺すつもりで掛かりなさい。

 

そして誰でも良い、王を救うのです‼︎』

 

タジムニウス

『オオオオオォォォォォ……。』

 

セレーネ

『全軍、掛かれぇ‼︎』

 

全軍

『オオオオオォォォォォ‼︎‼︎』

______________________

 

ここは何処だろうか…?

 

決闘をしていた筈だが妙に記憶がない。

 

そしてここは何処だ、真っ暗な、闇の中?

 

微かに自分が、と言うより周りが白く光っている。

 

辺りに漂う血と煙の匂い。

 

アテもなく歩き出したが進んでいるのかどうかも怪しい。

 

タジムニウス…と言うよりタジムニウスの精神か、それは暗闇の中を歩き続けた。

 

すると視線の先に横たわる2人の人影が有るではないか。

 

1人は黒い鎧をつけた騎士ともう1人は血濡れた斧を手に握ったまま倒れている戦士だ。

 

タジムニウスには2人が誰か分かっていた。

 

タジムニウス

『アルバート、フレイ‼︎』

 

タジムニウスはアルバートと呼ばれたかつてこの原初世界に現れた闇の戦士、そして分たれた第一世界に於いての光の英雄を抱き起こした。

 

アルバート

『お前がここにいると言う事は…やっぱり奴らそういう事か。』

 

タジムニウス

『どうしてお前ら2人がこんな…。』

 

フレイ

『ここは貴方の精神の世界、私達は貴方の中にいる存在言ってしまえばエーテルの様なもの。

 

私達は貴方がさっきまで振り回していた大剣から流れ出ていたエーテルに紛れていた得体の知れない物に襲われたのです。』

 

アルバート

『敵意を持って掛かってきたからにはぶっ倒して良いと思ったんだが、予想以上に強くてな、俺もこいつもボロボロだ。』

 

タジムニウス

『俺は、えっと、つまり?』

 

アルバート

『あの化け物みたいな剣に乗っ取られちまったんだ。

 

体をな。』

 

タジムニウス

『何とか体を取り戻したり、外の様子だけでも窺えないか?』

 

フレイ

『体は貴方のもの、意識を研ぎ澄ませればひょっとすれば見えるでしょうが、見ない方が良い。』

 

アルバート

『今のお前はおまえで有ってお前で無い。

 

見ればかなり堪えるぞ?』

 

タジムニウスは忠告も効かず意識を集中させた。

 

すると少しずつだが肉体の外の世界を覗くことが出来た。

 

だが映し出された光景は目を覆いたくなるものだった。

 

自身の腕は、鋼鉄の、返り血まみれの籠手で掴むのは自分と同じ歳ぐらいの女兵士だ目から下の部分を掴み碧眼の眼には涙を流していた。

 

くぐもった声で彼女は命乞いをしていた。

 

『へい…、か、やめ…。』

 

すると自身の意思では無いのに自身の手が凄まじい力が入るのを感じた。

 

タジムニウス

『やめろぉぉぉぉぉ‼︎‼︎』

 

精神の世界で叫んでも現実には届かない。

 

『ヒッ、イギャアアアアアアアアアア‼︎‼︎

 

イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイタイ‼︎‼︎‼︎

 

ヤメ…。』

 

娘の顔はタジムニウスの籠手の中で破裂した。

 

首から上が飛び散り、頭を無くした首から血と血管が流れ落ちる。

 

タジムニウスはその死体を恐ろしい笑みで無造作に放り投げる。

 

怒りに駆られた同郷の兵士だろうか?

 

はたまた戦友、恋人だろうか?

 

若い兵士が慟哭を上げ、切り掛かる。

 

だがその兵士は次の瞬間に胴を真っ二つに斬られ、上半身と下半身が分たれた死体となっていた。

 

そして足元には無惨に殺された老若男女の兵士と騎士達の死体が無数に転がっていた。

 

皆…皆…皆、皆、皆皆、皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆。

 

信じていた者に裏切られた悲憤と絶望の表情を浮かべて死んでいた。

 

タジムニウス

『ハァ…ハァ…

 

あああ…ああああ…

 

ウオオオオオオアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

精神世界に逃げたタジムニウスの慟哭が薄暗い世界に木霊する。

 

タジムニウスは目を覆い、手足をバタつかせ、まるで幼児の様な有様になりながら現実を直視できなくなっていた。

 

戦争で、大勢の人間が死ぬのは当たり前。

 

タジムニウスとて今この場で死体になっている連中の何倍も殺し、死なせてきた。

 

だが、タジムニウスは常に何処かで自身が大量虐殺者であると言う自責の意識を持ち続けており、そしてそれを責めていた事はキアラと再会した時に明かした。

 

そんな彼が自分の意思関係なく、共にあるべき領民、騎士達、同胞を惨たらしく無差別に殺している。

 

彼にとってそれは心に大きく傷を与える物になった。

 

自分がやったんじゃ無いと否定したい、だが肉体はまごう事なき自分なのだ。

 

そしてその原動力とされてしまったのは自身の中で押し殺した負の感情…。

 

全て自分が巻いた種。

 

今この場で事態を把握している者たち、死んだ者…は兎も角、殺されそうになっている者、今この瞬間戦って生きている者は彼を擁護する事あれど後世は全員が彼を非難するだろう。

 

そして何より自身が自身を責めているのだから。

 

フレイ

『…人の話を聞いてなかったのですか?

 

見ないほうがいいって。』

 

タジムニウス

『…俺はこの数倍の人間を殺し、死なせてきた。

 

だがな、全く自分の意思に関係なく惨たらしく殺した覚えはないぞ‼︎

 

どうして…どうしてこんな…!』

______________________

さて現実の世界はまさに阿鼻叫喚の世界であった。

 

血溜まりの中に立つ化け物と化した暴君。

 

そしたその周りに転がるかつては人間だった肉塊達…。

 

そして周りにいるのは何としても主君を救おうと取り囲む家臣達。

 

だが皆恐慌状態と言っても過言では無い。

 

戦力の要たるディーターを始めとした諸将達ですら事の元凶となった大剣を破壊出来ずにいる。

 

そして事を引き起こし結局利用された哀れな黒騎士は斬られ、無数の部下達の死と引き換えに何とか化け物から離れ、生き残った部下達に介抱されていた。

 

オットー

『ダメだ…近づけない‼︎

 

近づこうにもあの大剣の威力が桁違いすぎる。』

 

レマー

『下手に近づけば一刀両断…。

 

全く我らが元帥の強さと敵の得体の知れない呪物が相手とは飛んだ貧乏くじだ!』

 

ナイトハルト

『ゲルト卿、何か魔法で動きを止めたりとかは出来ないのですか?』

 

オットー

『さっきからやってる!

 

だがどうやら元帥、というよりあの大剣から半径少なくとも1メートル圏内には魔法が届かんらしい。

 

何度詠唱しても弾かれる。』

 

コーデリア

『そして、私達にはもう時間がない。

 

元帥閣下のエーテルが尽きようとしています。

 

尽きた時、それはそのまま…』

 

キアラ

『死なせない、絶対に‼︎』

 

キアラは天球儀を掲げて詠唱する。

 

キアラ

『最悪腕を斬り飛ばしてでも‼︎』

 

風属性の魔法で出来た鎌鼬はタジムニウスの左手に迫るがやはり魔法は打ち消されてしまう。

 

物理攻撃しかないのだ…。

 

緑の騎士も良いとこまで行っているが、いかんせんとどめを差しきれないのだ。

 

あと1人彼らに匹敵するものが居れば…。

 

だが、ここにタジムニウスに勝てる人間は居ない。

 

希望がありそうなカムイは帝都アルトドルフにいる。

 

ゼノス・イェー・ガルヴァスはガレマール帝国帝都ガレマレドに居る。

 

もし強いて言うなら…。

 

セレーネは決意した。

 

コーデリア

『セレーネ様?』

 

セレーネ

『退きなさい、貴方達の総長に用があります。』

 

黒騎士

『来るな‼︎

 

総長には誰1人近付けさせん‼︎』

 

セレーネ

『それは貴方達の総長を死に追いやると同じ事、その傷は普通の方法では癒せない。』

 

横たわる黒仮面卿。

 

意識はない、気絶しているようだ。

 

セレーネは古代語で詠唱する。

 

それは泉の聖女に伝わる古代の回復魔法、エンシェント・テトラグマトンである。

 

今世に伝わるテトラグマトンよりも遥かに高い回復力は切断された肉体同士すらくっつけると云う。

 

黒仮面卿は程なくして目を覚ます。

 

黒仮面卿

『これは…?

 

一体どう言うつもりだ?』

 

セレーネ

『もはや貴方は誰でもなくなった。

 

生まれ故郷ブレトニアの貴族でも無ければ、ミドンランドに座す悪魔の手先でも無い。

 

今貴方は何者でもなくなった。

 

なら私が貴方に名と場所を与えてあげましょう。』

 

黒仮面卿

『はいそうですかと従うと思うのか?』

 

セレーネ

『貴方がこうして居られるのは、貴方の同胞が命を賭したから。

 

見てみなさい、貴方を守った者達の亡骸を。

 

そしてあれはもっと死者を増やす、まず私達を皆殺しにした後、貴方達を血の果てまで追いかけて殺すでしょう。

 

もはや貴方に選択の余地と、残された財産は無いはず。』

 

黒仮面卿は痛い所を突かれたと思った。

 

生まれた地からは追われ、自身を拾った養父には道具として捨てられた。

 

もはや彼に残っているのは彼に従う剽悍の騎士団のみ。

 

彼にとって、とりわけセレーネに言われたのは癪でしか無かったが、彼にとって真に復讐しなければならない相手が出来た以上乗るしか無いのだ。

 

黒仮面卿

『全てが終わったら、俺を含めた騎士団全員の命は保証してもらおう。

 

それも捕虜としてではなく客人としてだ。』

 

セレーネ

『良いでしょう、一つ言っておきますが必ず生かして下さいね?

 

今貴方が最も手に掛けたい相手を倒すならあの子は必要ですよ。』

 

黒仮面卿

『……。』

 

黒仮面卿は大剣を持ち、歩いていく。

 

そしてセレーネの横を通り過ぎる。

 

彼女はこんな事を言いたかったんじゃ無いと苦い表情を浮かべ、唇を噛み締める。

 

だが、彼女には我慢出来なかった。

 

セレーネ

『アルフォンス‼︎』

 

黒仮面卿は一瞬立ち止まる。

 

だが再び歩き出した。

 

黒仮面卿→アルフォンス・ド・????

『その男は死んだ。』

 

その頃緑の騎士は有力な諸将以外は流石に下がらせた。

 

兵達は引き退らせたがそれまでに払った犠牲があまりにも大きい。

 

後々の災いになる事はもはや疑いようが無かった。

 

緑の騎士

『もはや王を王と呼ぶ者が居なくなってしまうかも知れん。

 

そもそも王があの得体の知れない大剣の一部と化しつつある。

 

肉体は主人となった剣を振るうための道具にしか過ぎん。』

 

そう言った刹那、緑の騎士を横切るように黒い影が飛び過ぎる。

 

復活した黒仮面卿がタジムニウスに切り掛かった。

 

レマー

『あいつ…‼︎』

 

レマーが拳銃を引き抜き黒仮面卿に銃口を向けるが、セレーネが銃を押さえた。

 

セレーネ

『大丈夫、今の彼は味方です。

 

今は思うところは有るでしょうが彼と一緒にタジムニウスを。』

 

レマー

『は…ハッ!』

 

黒仮面卿とタジムニウスが打ち合う、やはり互いに勝負はつかない。

 

いやそもそもこの魔剣に操られたタジムニウスはもはや手の付けようのない獣になったが、逆に言ってしまえば遮二無二振り回してるだけとも取れるので黒仮面卿の方が優勢とも言えた。

 

黒仮面卿

『そんなものか、そんなものなのか王国筆頭騎士。

 

いや、貴様は何のためにその男の肉体を手に入れたのだ?

 

寧ろ弱くなっているじゃ無いか。』

 

だがタジムニウスは、いやこのかつて聖剣と言われた化け物は地面を抉るほどの一撃を放つだけで何も言わない。

 

黒仮面卿も、その一撃を躱し、

 

黒仮面卿

『鉄屑に口がきける訳ないか。』

______________________

現実では穢された決闘が繰り広げられている中、タジムニウスの精神世界では己の肉体を取り戻そうと踠く精神体が暴れていた。

 

フレイ

『無駄ですよ、完全に取り込まれているんだ。

 

外から元を叩いてくれないと出れはしない。』

 

タジムニウス

『それを待っていたら何人死ぬかわからない‼︎

 

それを分かっていて待つ事なんて出来ない‼︎』

 

フレイ

『それは、あなたの大事な人達のためですか?

 

それともご自身の地位の為?』

 

アルバート

『おい‼︎』

 

アルバートは咎めるが、フレイはお構いなしだ。

 

そしてタジムニウスは後者を否定出来ない。

 

前者は当然だが、後者も今の彼にとっては大事だった。

 

この状態を打開できたとしても領民殺し、味方殺しの王という汚名は付いて回る。

 

事情を知っていたとしても手を掛けられた兵達が納得するわけがない。

 

彼の王位が揺らぐのは今の帝国に置いてとてもまずいのだ。

 

彼を信じてくれているブレトニア人達の信を失えば、タジムニウスを支えている屋台骨が崩れ、それを機に彼に権力を与えている事に不満を持つ者達が暗躍するかも知れない。

 

タジムニウスはどこまで行ってもライクランド帝国にとっては外国人に過ぎない。

 

帝国の構成国といえど本体となっている国の出身でも無ければかつて文化的に遅れていた、もっと言えば植民地の田舎と思われていたブレトニアの王が今や皇帝の次の権力を持っている。

 

帝国に本来請求権を持てない女が女帝になっていることを良いことに実質的な権力者の地位に着いている。

 

本来なら自分達が付くべきであろう地位に、面白い訳がない。

 

タジムニウスが東方領土征伐を進めたのもその背景があったのだ。

 

内なる敵を叩く為にまず比類なき武功を打ち立てて明確に帝国弱体化の原因と後々原因となる者達の綱紀粛正に乗り出す為に…。

 

その為にはタジムニウスがブレトニア国王としての立場を不動にしなければならない。

 

それが揺らげば…。

 

タジムニウスはすぐに否定はしなかった。

 

だがこう答えた。

 

タジムニウス

『俺が王の地位に居なければこの国は、いや世界は終末を迎える前に滅びてしまう。

 

その為に俺は王であり続けなければならないんだ。

 

権力は所詮道具、道具は結局個人の意志で使われる。

 

俺が失いたくないものの為に王という権力が必要なんだ。』

 

フレイ

『それが欲に塗れた私信でしか無いと云われても?』

 

タジムニウス

『欲無き王の方が何倍も有害とは思わないか?

 

欲深過ぎても困るがな。』

 

笑みを返して答えた。

 

するとアルバートは何かに気がついた。

 

アルバート

『おい、お前の腰に下げた短剣、なんか光ってないか?』

 

タジムニウスは見下ろすと、確かに短剣が光っている。

 

先に加護なしで吸血鬼を殺した謎の短剣。

 

継承され続けている以外謎に包まれた短剣は白い光を放っている。

 

タジムニウスは短剣を抜く。

 

その短剣はどこか懐かしさを感じる光を放ち辺りを照らし出した。

 

タジムニウスはそれを握りしめるとなぜそうしたのかはわからなかったが、暗闇に突き刺した。

 

するとピシッという音をたて、暗闇の中に光が刺した。

 

その瞬間タジムニウスは光の中に引き込まれた。

 

するとどうだ、彼の意識が、彼の右半身のみだが戻って来たのだ。

 

そのせいで暴れ狂った怪物の動きが止まり、その違和感はその場にいた者達全員が感じ取った。

 

そして突如怪物は右手で件の短剣を引き抜くとそれを左腕と一体化しつつある大剣に向かって突き刺そうとした。

 

だが、突き刺そうとした瞬間、まだ体の支配権は大剣が握っているのか彼の体は止まってしまった。

 

だが、誰の目からも明らかな異常、そして突如意に反して動く右半身、そしてそれが握る短剣。

 

これらが意味する意味をいち早く理解したのは緑の騎士だった。

 

緑の騎士

『そうか‼︎

 

あの短剣があったか‼︎

 

王よ、その短剣は全ての魔を退ける対魔の短剣だ、それを大剣に突き刺せばこの惨劇は終わる‼︎

 

負けるな、自分を取り戻せ‼︎』

 

セレーネ

『タジムニウス‼︎』

 

オットー・レマー・ナイトハルト

『閣下‼︎‼︎‼︎』

 

ディーター・コーデリア

『陛下‼︎‼︎』

 

タジムニウス

『オオオオオオ‼︎‼︎』

 

短剣は大剣に突き刺さった。

 

その瞬間眩い光が溢れて大剣からは出るはずのない甲高い生物のような苦しみ悶える声が出てきた。

 

そして大剣はタジムニウスが手放す前に自ら離れた。

 

タジムニウスの左手を覆っていた生物状の物体が人のような形になった。

 

大剣そのものというより大剣に寄生していた何かが事の原因だったのだ。

 

おおよそ普通の生物では無い。

 

その人間に近い見た目をした気色の悪い生物は自我を取り戻したが、直ぐに昏倒したタジムニウスにトドメを刺そうとする。

 

兵達がそれを止めるべく襲い掛かる。

 

だがこの生物の手と云うべき触手に斬り裂かれて無惨に死体を晒した。

 

だが少なくともこの怪物がターゲットをタジムニウスからそれ以外に変更しただけでもこの連中の死は意義が有ったであろう。

 

まるで野蛮な神を具現化したらこうなると言わんばかりの風体をした化け物は踊り狂い、まるで人間を見下すかのようであった。

 

黒仮面卿はそんな化け物相手に一人で立ち向かった。

 

大剣に持ち換え、化け物に言い放つ。

 

黒仮面卿

『タダでさえ今機嫌が悪いんだ、その勘に触る声と踊りを今やめなければ存在した事を後悔させてやるぞ。』

 

だが化け物はやめない、まるでおちょくっている様だった。

 

いやそうなのだろう。

 

だが次の瞬間黒仮面卿の大剣は化け物を切断した。

 

更に斬り飛ばした体に更に追い打ちをかけ、細切れにしてしまった。

 

怪物は塵となって消え失せた。

 

終わりは呆気なかった、だがそれでも被害は甚大であった。

 

ディーター

『陛下は?

 

タジムニウス陛下はご無事か??』

 

タジムニウスは未だ意識を失っている。

 

キアラの膝に頭を乗せたまま眠っている。

 

無理もない意識を乗っ取られる以前に満身創痍だったのだから、命があるだけ幸運と言っても差し支えがないのは事実だった。

 

セレーネ

『兎も角全軍入場しましょう。

 

死者を弔い、負傷者の手当を…。

 

貴方も同行して下さいね、但し』

 

黒仮面卿

『分かっている、我々に戦意はない。

 

投降する。』

 

かくしてバットランド平定は終わった。

 

黒仮面卿以下彼の麾下黒色騎士団は投降、吸血鬼教徒はその大半が死亡する惨たらしい結末になった。

 

ドラッケンホフ城に入城した帝国軍は先ず件の麻薬製造施設を探し出し、これを徹底的に破壊した。

 

吸血鬼崇拝になる祠や聖堂、書物も徹底的に破壊した。

 

その際、中に立て籠った信者達も容赦なく瓦礫の中に埋もれさせた。

 

更に暴行、強制淫行、強盗が相次いだ。

 

秩序を保ち続けた軍が破裂したのだ。

 

無理もない…彼らは大いに戦友を失い、自らも多くを失った。

 

しかもそのうちの何割かは敬愛すべき自らの君主の手によって(もちろん故意でも無ければ操られてだが)失った。

 

怒りの矛先を彼らに悲しみを与えた張本人達に向けられたのは自明の理だ。

 

諸将が軍の引き締めや、事の次第を受けて急遽派遣された憲兵団による取り締まりや、罪の重い将兵の身分問わず公開の絞首刑に処した事によってなんとか落ち着きを取り戻したが、更に犠牲者は増えてしまう結末になった。

 

戦いから二日後タジムニウスは目を覚まし、事の次第を病床にて聞いた。

 

タジムニウスは喋れなかった…言葉を失って何も話せなかったのだ。

 

本日中に布告を出すと女帝陛下に伝えてくれと諸将に部屋から退出を促すと、彼以外誰もいない部屋で静かに慟哭するのだった。

 

彼の宣言通り、その日の夕刻には布告が発せられた。

 

『如何なる理由あれど敵対勢力の捕虜、民衆に悪虐の類いを振るう事なかれ。

 

従わぬ者悉く帝国の朝敵とする。』

 

この布告は当初タジムニウスの名では無く女帝セレーネの名で布告されていたが自身の職責を全うする様に女帝に叱咤されタジムニウスによって書かれた。

 

重罪犯の公開処刑を実行し全軍の規律を引き締めたが、タジムニウス復帰の報せはまだ全軍に発せれてはいない。

 

と言うのも敵の奸計、と言って良いのかもあやふやではあるが、敵の術中に有ったとはいえ味方殺しの王をこれ以上全軍の大元帥として置いては居られないという声が上がっていた。

 

ブレトニア出身の将兵は兎も角、ライクランド出身の将兵たちの反発が高まっていた。

 

元より彼らにとって、田舎、僻地、二等臣民(そんな物は存在しないがライクランド人の潜在的な意識の中には存在する)出身の王が軍、果ては国政を操っている事に不満が前々からあり此度で表面化してきたのだ。

 

選帝諸侯達が抑えに掛かるも、彼らも大勢の貴族達に封じられている身、自身の足場がぐらつけばそれどころでは無くなる。

 

その為、状況を見据えつつ、まだ当人の体調が回復するまで消極的な対応をとっていたのだ

 

だが、彼らの努力をよそに遂にそれは対立へと発展した。

 

ドラッケンホフ城の管理区画の問題でどちらかが先に縄張りを荒らしたと言い合い、遂には殴り合い、刀剣沙汰寸前にまで発展したのだ。

 

ごく一部の小隊クラスの話が次第に中隊、大隊規模になるのはそう時間は掛からなかった。

 

しかも始末が悪い事にライクランド側には上級将校としてオットーらが居るが、ブレトニア側には居ない、然も中級将校達では鎮圧、いやそれどころか次から次へと加担し出したのだ。

 

彼らからしてみれば絶対の忠誠を誓う王の名誉を傷つけられ、下手をすれば獄に下されるなど黙ってみては居られなかった。

 

彼らも大勢敵に操られたタジムニウスに仲間を大勢殺された筈だった。

 

だが、それ以上に自分達を救うために一人危険を冒した男である事を知っていたのだ。

 

恨むべき相手も知っていた。

 

それはライクランド側も承知だが、過去の対立等も起因している今回の場合もはや無理からぬ事なのかも知れなかった。

 

既に同地にはトロワヴィル親衛隊隊長アダラール伯爵以下トロワヴィル親衛隊の騎士達がいたが、彼らもまたライクランド側の将兵の王に対する罵倒に血が昇りなんとのその場にいたブレトニア軍の将兵の指揮を取り出したのだ。

 

反乱鎮圧…聞こえは良いが、両成敗で終わらさなければならないこの場に一方を加担すれば始末がつかない事を彼らは考えられなかったのだ。

 

そしてこれにはライクランド側も遂に怒髪天となった。

 

同じ様に場を収めに来たライクランド側の中級指揮官達も同じ様な状態になり同胞側に加担しだした。

 

双方抜刀、城塞都市の真ん中で怒号を挙げ斬り合うか否かのところで砲声が響く。

 

空砲であったが、それはスチームタンクから放たれた。

 

荒れ狂う連中の間に入ったのはスチームタンクに乗ったレマーだった。

 

そしてその両脇には武装した女帝の近衛騎士団。

 

レマーは砲塔天板のハッチから出てきてそこに腰掛けた。

 

片手にはリボルバーを握り、時折双方を威圧した。

 

荒れ狂う感情に身を任せれば、選帝諸侯たるレマー(今回の戦功で正式にデイッターズ・ランド公に叙された)と近衛騎士達に手を挙げる事になる。

 

それ即ち女帝に対して兵を起した事になる。

 

その時点で自分達は賊軍、自分達が死んでも、一族郎党地の果てまで追いかけられて悉く皆殺しの運命である。

 

彼らはやがて平静を取り戻し、暫くしてレマーが両者の代表者に出頭を言い渡し、両者の言い分を改めて聞き、沙汰は女帝陛下が下される、それまで待機する様言い渡し、事は治った。

 

レマー

『強大な指導者を失った事で割れた勢力や国は珍しくない。

 

この場合は女帝陛下より元帥閣下の方が強大となるのか…おかしな話だ。

 

だが、我々軍人からしてみれば、やはり元帥閣下の光にあてられてしまうのかも知れない。

 

女帝陛下は象徴として、元帥閣下は偉大な指揮官として…。

 

誰が国主なのか…少なくとも元帥閣下は女帝陛下以外の君主など居らぬという態度だが…。』

 

吸血鬼教は壊滅した…。

 

これほどの犠牲を出してもこの戦争はまだ終わらない…。

 

寧ろ始まったばかりと言っても良い。

 

そして時を少し遡り、古ドワーフ王国の再興の為別れたドワーフ・エレゼンの軍勢、そして暁の血盟もまた時代の濁流に立ち向かおうとしていた。

 

山の下の王は今再び玉座に着くか否か、少なくともその資格がある者は血に塗れた刃を持つであろう…。



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13話 この日より山の下の王は今再びダーヴィの先頭に立ち、不死鳥王はアスールを導く灯火となる。第七星歴元年秋の終わりの事である。

時を少し遡ること数日。

 

霜降り山脈は長大な山脈であり、それ自体が長城の役割を持ち、北東から東の侵略者を防ぐ帝国の防壁で有る。

 

そこにはドワーフ達の帝国が有り、ヒューラン族国家で有るライクランドと長らく同盟関係にあったが、第4星暦の大地震で分裂、壊滅した。

 

然し、分断、外界から隔絶されたに等しいこのドワーフの巨大な王都は未だその威容を損なっておらず、もしドワーフ族達がこの地の奪還をもっと早くに志して居れば未来は変わっていたかも知れない。

 

だが歴史はこの地に与えた役目は巨大な収容所としての役目だった。

 

その収容所としての余生を終わらせる為にドワーフ・エレゼン、いやアスールの連合軍が進軍していた。

 

だが、山道に入る前に軍勢は足を止めた。

 

狭い山道では大軍は役に立たない。

 

奇襲等を受けない様に偵察部隊を先発させて、罠や伏兵を探す事にしたのだ。

 

こうしてドワーフ、アスールの偵察部隊、そしてタジムニウスの好意で同行したアルトワ・レンジャーズ連隊が霜降り山脈の各山道に放たれた。

 

その偵察部隊の中には暁の面々とそれに同行する数名のドワーフとアスールの戦士で構成された部隊も含まれていた。

 

王都カラク=エイト=ピークに繋がる大道を見渡せる崖にアルフィノとドワーフとアスールの戦士が潜んでいた。

 

アルフィノ

『間違いない…だが妙だ。』

 

アスール弓兵

『やはりそれらしき気配もしません。』

 

ドワーフ戦士

『地下道を掘った跡もない、本当に人っ子一人近寄らなかったみたいだ。』

 

アルフィノは望遠鏡を覗き込む、その先には同じ様な崖があり、対岸となっていた、そして対岸にはアリゼーとグ・ラハ・ティアがいる。

 

二人も同じ結論に至ったのか首を振ってみせた。

 

アルフィノ

『撤収しよう。

 

時間を無駄に潰すわけにはいかない。』

 

アルフィノ達偵察部隊が本隊に帰還した時は他の偵察部隊も同じ様な結果を持って帰ってきていた。

 

結論は、伏兵、罠の類無し、そしてバットランド方面に軍勢が進軍した形跡も無し。

 

前者は自分達にとって直近に影響を齎すが、後者はバットランド平定に出撃したタジムニウス達にとって厄介になる存在であった。

 

何よりタジムニウスが単身ドラッケンホフ城に潜入した際に見つけた見事な鎧の数々の出所はカラク=エイト=ピークで作られたドワーフ製の物である可能性が高く、もしそうなら重武装の亡者の軍勢や信者の軍勢、それこそドワーフ、教団に捕まり強制労働に尽かされた者達で編成された奴隷軍が横槍を入れに来るかもしれない。

 

そうなれば単純な数だけで見ればタジムニウス達の数的劣勢はもはや決定的になる。

 

ドラッケンホフ城は後に凄惨な結末を迎えるが、雑多な武器を持った農民と完全武装した兵の違いは大きい。

 

もしそうなっていたらタジムニウスのドラッケンホフ城攻略は大いに苦戦したであろう。

 

翌日、軽装のエレゼン遊撃兵部隊を先頭に前進した。

 

特にドワーフ勢の士気は大いに高かった。

 

もはや巨大な岩盤に埋もれてしまい、彼らに復興の意思すら湧かせないほど完全に壊滅したと思われた王都が古代の威容を保ち続けそこに残り、そしてそれが邪教の手先に悪用されている。

 

都と、そして長い年月を掛け、作られ、蓄えられた莫大な富は彼らにとっての命より大事な財産で有り、この地への再入植は、まさに氏族の悲願であった。

 

そういう意味で言えばアイアンロックの胸中は様々な感慨が渦巻いていた。

 

オリオンもまた、親友の胸中を慮った。

 

彼らの身に起きた悲劇、そして本来自身の先祖が汗水垂らして獲得した富がよりにもよってカルト教団に悪用されてたあっては憤慨を禁じ得ない事も、そして諦めていた先祖代々の悲願を遂に果たせるのだから。

 

それは彼らの子供達もそうであった。

 

そして遂に一行は一切の抵抗を受けなかった不自然さに違和感を覚えながらも遂にカラク=エイト=ピークに辿り着いた。

 

暁の面々はその威容に思わずを声を上げた。

 

山の壁をそのまま掘り抜いたドワーフの戦士の像が二つ並び立ち、その間に巨大かつ強固な城壁と城門が築かれていた。

 

正に山そのものが巨大な城塞都市なのだ。

 

きっと中にもオルカル山地で見た様なドワーフの地下都市が広がっているに違いない、しかも今回はそれよりも広大かつ豪華な建物が並び、それらから黄金が溢れているのだろう。

 

暁の面々をみたアメジストは彼らの前に立ちこう言った。

 

アメジスト

『ようこそ、我らがダーヴィの都、カラク=エイト=ピークへ‼︎』

 

だがそのまま入城とは行かない。

 

ここまで一切の抵抗が無かった。

 

恐らく信者達は武装して待ち構えてるに違いない、それどころか奴隷兵や亡者達も戦列に加えているかも知れない。

 

奥深くに潜まれては攻城兵器は役に立たない。

 

自分たちの実力で勝負しなければならない。

 

そして確実な数的劣勢を覚悟しなければならない。

 

中の様子が知りたい…。

 

そこで何人かの優秀な者を中に忍ばせる事になった。

 

アメジスト、タンザナイト、ティリオン、テクリスのドワーフ、エレゼンの王の子らと暁の面々アルフィノ、アリゼー、グ・ラハ、ヤ・シュトラの八名である。

 

八人は少しずつ都の城門まで近づいた。

 

威容を誇る巨大なドワーフ像も手入れがされていないのか錆が所々に浮き出ていた。

 

そして大っぴらに開いた城門からは冷たい空気が流れており、城壁の上に備え付けられた大砲やバリスタは人なんて居なかったんじゃないかと勘繰りたくなるほど手入れがされておらず錆びついて使い物にならなくなっていた。

 

アルフィノ

『ここは敵の重要拠点じゃ無かったのかい?

 

まるで備えが出来ていない様に見える。』

 

タンザナイト

『ああ…先祖代々ここを守り続けた兵器群がこんな無様に。

 

あれらは後で解体して新しい物を用意するしかない。』

 

ティリオン

『弟よ、どう見る?』

 

テクリス

『どうも気配はするのですが、この周囲ではありせん。

 

恐らく奥から、待ち構えているとしたら都市内と見るべきです兄者。』

 

同じ様にエーテルでこの世界を見ているヤ・シュトラも頷いた。

 

都市内に踏み込むとしても、少なくとも出入り口は確保しなければならない。

 

出入り口に敵が居ない事を狼煙で確認したアイアンロックとオリオンは兵を前進させた。

 

それぞれの軍で市街地での白兵戦に慣れた騎士団や兵団を抽出するとそれぞれアメジスト、タンザナイト、ティリオン、テクリスの四名に指揮を取らせ、自身達は敵の来襲に備えるべく、都を背にして軍を並べ直した。

 

さて突入隊はそれぞれ別れて都の中を捜索した。

 

カラト=エイト=ピークの中はオルカル山地のドワーフ都市とは少し異なる。

 

オルカル山地は山の中に大きく広い洞窟が広がりその中に建物が建つという構造だったが、これは多種族の居住を考えて作られた物である。

 

だがドワーフ族の為の純粋な居住地である此処は、山の中に作られた都であると同時にそれ一つが巨大な館の様になっており、中に建物が無い代わりに無数の大小の部屋が作られており、その大なり小なりの部屋に住人達が住まい、仕事をし、訓練を積む。

 

そして大ホールで大勢の仲間と食卓を囲み、歌って飲んで騒ぐのだ。

 

山の外に向けた石造りのバルコニーが建てられ、更にその上に邸宅が設けられ、そこには氏族の上流階級が住む事も有るが、大概は専用の部屋を作り大なり小なりの部屋を幾つか持つのだ。

 

それはドワーフの王、通称山の下の王も例外では無く、王の間と言われた一際大きな広間が有り、そこに玉座が構えられているのだ。

 

つまりこの霜降り山脈自体が巨大な館で有り、迷路なのだ。

 

その為か、彼らは慎重に進んだ。

 

無数の部屋があるという事は無数の隠れ場所があると言う事…いつ奇襲されてもおかしく無い。

 

ちなみに暁の面々もそれぞれの突入隊に付いている。

 

アメジストにアリゼーが、タンザナイトにはアルフィノが、ティリオンには、グ・ラハが、そしてテクリスにはヤ・シュトラがついている。

 

最初の発見が有ったのはアメジストとアリゼーのコンビだった。

 

アリゼー

『何…このカビ臭い臭いは?』

 

アメジスト

『この部屋からだね、見てみよう。』

 

するとなんと言う事だろう、もう何世代も前に朽ちたであろうドワーフ族のミイラの山だった。

 

着ている服や鎧からは上流階級のドワーフ達だったのだろう。

 

第五霊災の時にこの部屋に居た者達に何が有ったのだろうか…?

 

よく見ると争った跡がある。

 

天地が崩れ去る様な大地震が起きて、この部屋の中に居た者達はパニックを起こして殺し合ったのだろう。

 

アリゼー

『可哀想に…。』

 

アメジスト

『霊災の時、その日はドワーフの祝日だったそうだ。

 

大勢のドワーフがここで祝いの席を設けていたんだろう。

 

だが霊災が起きて、酔いと恐怖でパニックを起こしたってことか。』

 

実際この部屋の様な場所は幾つも見つかった。

 

中には岩盤で押し潰されたり、貫かれたりした死体が放置された部屋もあった。

 

何故未整備なのか?

 

それは

 

ヤ・シュトラ

『逃げ出そうとする者への警告と絶望を与える為…。

 

そんなところかしらね。』

 

テクリス

『私もそうも思う。

 

今歩いている部屋は割と綺麗、と言うより整備された部屋も多いが、出入り口付近の部屋はそのままになっていた。

 

心理的なダメージを与える為だろう、あと考えられるとしたら価値を見出されず放置されたか…。』

 

ティリオンとグ・ラハはこの都内に通ったインフラを発見していた。

 

グ・ラハ

『トロッコだ。

 

凄いな石と鉄で出来ている、金細工まで施してある。

 

これで人や物を運んだのだろう。』

 

ティリオン

『ああ、そしてここまで綺麗だと言う事は、』

 

グ・ラハ

『つい最近まで誰かに整備され、使われていた。

 

やはり誰かいる、無いしは居たに間違いない。

 

破壊されていないみたいだし、使えるかも。』

 

ティリオン

『ああ、皆に教えてやろう。

 

ここを起点に中間地とする、陣地化するため何人か残れ、それと外の父上とグリムハンマー叔父に伝令を送れ、残していった目印を辿ればすぐ着くはずだ。』

 

エレゼン族伝令兵

『ハッ!』

 

そしてタンザナイトとアルフィノの一団は遂に自分たち以外の人間に会う事になる。

 

アルフィノ

『タンザナイト殿あれを‼︎』

 

タンザナイト

『人…ドワーフだ‼︎‼︎』

 

かなり痩せこけている、そうかつての自分達と同じ、いやそれ以上だろう。

 

タンザナイト

『おい、しっかりしろ‼︎』

 

ドワーフ

『………ああ、遂に幻覚が見えちまった。

 

こんなに筋肉のついたダーヴィがここに居るはずがない、居るとしたら昔の話だけだ……。』

 

タンザナイト

『良いや幻覚じゃない友よ、俺もダーヴィだ‼︎

 

ここにいるお前以外の仲間は死に絶えちゃあいない‼︎‼︎』

 

ドワーフ

『そう…か…。

 

やっぱりあいつらは嘘をついてたんだな…。

 

皆んなに……知らせて…やらないと…。』

 

そう言ったドワーフの青年は意識を失った。

 

空腹と渇きのせいだった。

 

アルフィノが気つけ薬としてブランデーを飲ませてやると、そのドワーフが目を覚ましたのでゆっくりと水を飲ませ、治癒魔法でボロボロの体を治療してやった。

 

全身鞭打たれ、然も鎖で殴られた痕があった。

 

タンザナイトは怒りに燃えて壁を叩く。

 

ドンッ…………

 

と言う音が響く、虚しく、そして弱々しく。

 

タンザナイト

『あの邪教徒どもめ、居るなら出てこい!

 

全員ここの溶鉱炉に生きたまま、女子供だろうと教団の信者やその家族は叩き込んでやる‼︎』

 

アルフィノ

『タンザナイト卿!

 

大声を出してはいけません、敵に聞かれてしまいます。』

 

他のドワーフ兵達も涙を浮ばせながら震えていた。

 

無理も無い、ここに来るまで無数の仲間の死体が放置された部屋を見てきた。

 

せめてもの救いは、それら全てつい最近に殺された者達では無かったとはいえ、彼らにとってそれらは侮辱に他ならない。

______________________

生存者発見の報は直ぐ、外にも伝えられた。

 

アイアンロックは敵勢無しと判断し、城門修繕のための工兵と防衛部隊を残し、それ以外は全軍入城すると決断した。

 

ティリオンとグ・ラハが発見したトロッコ停留所以外にも大小の停留所を発見し、それら全てが昨今まで使用されていた事が判明した。

 

そしてその周辺に打ち捨てられる様に囚われていたドワーフ達や異国より拐われた者達が居た。

 

ここのドワーフ達に一切外の情報を掴ませない為にこれら攫われた者達は全てアルトドルフ帝国外の異国の民達で有り、ドワーフの姿を見たことあれど話しかける事も近くにいた事すらないと言う。

 

そしてそれはドワーフ達も同じであった。

 

囚われた者達の話で都中の囚われた者達の解放は一気に進んだ。

 

大勢のドワーフ達が捕まっていた。

 

皆同じ様に先の者達の様に痩せ細り、皆が外の世界で何が起きたか一才知らぬ身であった。

 

少なくとも第六西暦くらいにはなっているであろう…それくらいの認識であった。

 

そして彼らは霊災で壊滅した王都に取り残され生きるのに必死だった最中に何処から現れたのか吸血鬼教の大軍勢に襲われ長い長い年月彼らの為に働く奴隷として世代を重ねたのだと言う。

 

そして二十五年前のキスレヴの大敗までの間、隠された本山として機能し吸血鬼教の暗躍の温床になっていた。

 

その為吸血鬼教の教典や儀式の道具なども多く発見された。

 

肝心の吸血鬼教徒たちは何処へいったのか?

 

この疑問に答えられる者は誰一人この場には存在しなかった。

 

彼らは本当に酷い生活を強いられたがここ数日前に更に酷くなり、配給されていた僅かな食事も一切来なくなり、自分達を鎖に繋ぎ、檻や部屋に閉じ込めたきり姿を見せなかったと言うのだ。

 

ドワーフの青年

『俺は元々アイツらから自由を取り戻したくて、仕事の合間に目を盗んで枷の鍵を作って忍ばせておいたから抜け出せたが、アンタらが来なかったらきっとあのまま餓死だったろう。』

 

アイアンロック

『一つ聞いて良いか、坊主?』

 

ドワーフの青年

『俺に答えられる事なら殿様。』

 

アイアンロック

『ソルグリム王の遺体は何処にある?』

 

ドワーフの青年

『聞いてもあんまり意味が無いと思うぜ殿様…。

 

爺ちゃんたちが語り継いだ話が本当なら今も玉座に座すが…』

 

アイアンロック

『ワシらはそれと見えねばならぬのじゃ。』

 

アイアンロックは自身の斧に付けられた宝石を青年に見せる、水晶の中にはドワーフ王族の紋章が彫られていたのだ。

 

ドワーフの青年

『驚いた…。

 

ここで生き残った王侯貴族達は奴らが来て直ぐみんな殺されたって聞いてたからな。

 

特に王族は奥のホールに居たからみんな逃げ遅れたって。』

 

アイアンロック

『幸いワシらの先祖はその場に居合わせなんだお陰で難を逃れたのだろう。

 

お互い、生き残っているとは知らずに今日まで来てしもうた。

 

そしてお主らからしてみればワシは王族は民草を見捨てて逃げたも同然じゃろうて。』

 

ドワーフの若者

『………。』

 

二人の会話はそこで止まり、アイアンロックは若者の世話を医者に任せると部屋を出た。

 

出るとそこにはアメジストが待っていた。

 

アメジスト

『父上、宝物庫を発見致しました。

 

かなりの宝や金貨が残されておりました。』

 

アイアンロック

『そして数え切れぬ富の内、数え切れない分が吸血鬼教の財源になってしもうた訳だ。

 

なんという…なんということじゃ…。』

 

老いた父が咽び泣くのを娘はただ見ていることしかできなかった。

 

その頃オリオン親子は炊き出しの指示を取っていた。

 

こうなる事を見越して大量の物資を持ち込んでいたが、都内にも大量の食料品が残されていたのだ。

 

幾らかは持ち出された様だが、持ち切れず残されたのだろう。

 

中には新鮮な肉や魚まで氷魔法を利用した倉庫に収められていた。

 

アスール・エレゼン族秘伝の薬膳料理を振る舞い、囚われた人々はみるみると、とりわけドワーフ達は活力を取り戻し、オルカル山地のドワーフ達よろしく筋肉隆々の体を取り戻していった。

 

暁の面々は武器庫を調べていた。

 

理由はセレーネからの頼み事であった。

 

セレーネ

『タジムニウス卿がドラッケンホフ城で見た鎧甲冑…。

 

恐らくドワーフ製の物、作っているとしたらかの都である可能性が高いと思います。

 

その確たる証拠を押さえて欲しいのです、彼らは世界中に潜伏しているカルト教団、恐らく他国での活動もありますから他国の鎧や武器を模した物もあるはず。』

 

セレーネの予想は的中した。

 

骸骨騎士達が身につけていた鎧と同じものが大量に陳列されていた。

 

然もそれだけではない、東方連合構成国の武装や、なんとエオルゼア五大国家の軍装まで完璧に複製していたのだ。

 

これでハッキリした、彼らはここでドワーフ達に自身や死者の軍勢が使う武器や防具、そして陰謀や混乱を巻き起こす為の道具を作らせていたのだ。

 

ドワーフ達の技術力ならそれらは完璧に果たせる、だが何故彼らはここを放棄したのだろう。

 

教団にとってここは総本山ドラッケンホフ城を除けば最重要拠点の筈だ。

 

そしてこれだけ広大な都を手中に収めねばならない以上かなりの人手がこの地に詰めていた筈、その気になればアルフィノ達一行と攻城戦をやるぐらいの人数はいただろうに。

 

アルフィノ

『何故彼らはここを捨てたのか…?』

 

アリゼー

『私達を恐れた…情報が漏れたからどこかに別のアジトでも作って逃げ出した?』

 

グ・ラハ

『だとしても逃げ出す要因にはならないだろう。

 

連中にとってここは長年の根拠地だ。

 

その気になればここに囚われていた人々や、放置されていたドワーフ族の死体を使って死者の軍勢を作り出す事だって出来た筈だ。』

 

ヤ・シュトラ

『此処を維持する以上に必要な事がきっとあったと見るべきでしょうね。

 

例えば、これは有り得ないと思うけどドラッケンホフ城が呆気なく陥落して国外に逃げ出さないと教団を維持できなくなったか、内部分裂が起こって脱落者が出て集団を維持できなくなったか、もしくはここに私たちを引き込むために敢えてもぬけの殻、空城の計か?』

 

最後のが1番起きて欲しくない仮定だとこの場にいた者たち全員が思った。

 

無理もない自分たちの数倍に近い数の民草を抱えている現状、籠城戦にでもなったら悪夢でしかない。

 

しかも問題はドワーフの捕虜、彼らは1星暦以上も続く奴隷生活の末、誇りや尊厳を失ってしまったのだ。

 

もちろん全員が全員じゃない、それでもそういった奴らはごく少数派である。

 

大多数は吸血鬼教の復讐を恐れる者たちばかりだった。

 

割と最近さらわれた異国出身の者たちは兎も角、非協力的な民衆を抱えた籠城戦など何処に勝ち目があるだろう…?

______________________

翌日、ドラッケンホフに向かったセレーネ一行からの通信が届く。

 

二、三日後にはドラッケンホフ城攻囲戦が始まるというのだ。

 

戦闘が始まれば通信が出来なくなるので、合わせて命令が飛んできた。

 

現地点の死守である。

 

事の次第を聞いたタジムニウス、ディーターが協議し、敵の逆撃の可能性、つまりヤ・シュトラが上げた空城の計が現実味を帯びている可能性と、仮にカラク=エイト=ピークを開けたとして残された民草が恐怖心あまり元の占領者を呼び込み自らを再び奴隷の身に落とす事を厭わない可能性の二つを挙げたからである。

 

アイアンロック、オリオンはこの指令を受諾、そして麾下軍団に厳命を布いた。

 

民衆に対しての対応は実に紳士的である事、一切の暴力行為の禁止である。

 

ここのドワーフ達は敵国民では無い。

 

だが彼らのあまりにも落胆した態度はドワーフ族の忌避する物であり、自分たちと同じドワーフの癖に沈み込む態度が気に食わない、先祖の恥だと悪態をつく戦士達が相次いだ。

 

そうでなくとも倒れた民衆を助け起こそうとエルフ族の兵士が手を差し伸べると虐待された事を思い出し錯乱したドワーフ女性が現れるなどトラブルが相次いだ。

 

軍人民衆間のトラブルだけでは無い、開放されたことにより発言が強くなった連中、つまり血気盛んな一部のドワーフ達とそうでは無い多数派のドワーフとのいざこざまで発生し、双方の意見の食い違いが危うく殺し合いに発展しかけたのだ。

 

多数派のドワーフ達は吸血鬼教徒の忠実な僕になっていれば少なくとも生活は保障されていた居ただろうに、急に彼らが出ていって出て行くまでの数日間の惨状はそう言った一部の連中が外の連中を呼び込んだからだと非難し、一部の連中(便宜上抵抗派と呼称する)、抵抗派はそれは言い掛かりであり、それが出来るならもっと何年も前にやっていたと反論し、そこまで腐り果てて自らの誇りを捨てる連中などもはや同族とは思えぬ、あの時全員飢え死してしまえば良かったのだと吐き捨てた。

 

これがいけなかった。

 

双方感情に任せた乱闘騒ぎに発展し、警備隊が抑えに来るまで負傷者多数という事態に陥った。

 

そして気がついただろうか?

 

多数派の言い分は奴隷である事を良しとしていた。

 

これは一星歴と長い間に多くのドワーフは吸血鬼教の教義に触れてしまい、自分達は吸血鬼を信奉しなかったが故に罰を与えられ末代まで使役される運命であると洗脳されていたのだ。

 

むしろ抵抗派が一星歴以上の間、反抗心を温めていた方が異常なのだ。

 

当然これだけ長い時間があったのだ、バットランドの民の様に麻薬漬けにして無理くり道具に仕立てる必要など無い。

 

その所為で折角打ち壊した吸血鬼教徒の礼拝室や祠を建て直したり、挙句破壊されぬ様に立て籠ったりする一団まで現れ、事態はまさに混迷を極めていた。

 

だがアイアンロックは決して民衆に手を挙げる事を是としなかった。

 

彼は自分が短慮な行動に出ないように心中で推測を立てていた

 

アイアンロック

(本当に信徒になったわけではあるまい。

 

もしそうなら大勢の信徒を捨てて教団上層部が逃げ出す必要性が見受けられないばかりか、彼らに対するあの粗略な扱いに対する説明がつかん。

 

おそらく当初、そしてそれなりに期間、彼らは屈しなかったのだろう。

 

そしてその期間が長く教団に対しての不利益もまた大きかった。

 

だから手っ取り早く恐怖で押さえつけたのじゃろう…。

 

そしてそれが長い期間続けば彼らに対して恐怖心を植えつけ、それによって従わせることが出来る。

 

……待てよ、裏を返せば、彼らは連中が戻ってくると何処かで分かっているのではないか?

 

ここ最近のワシらが奴らの聖堂を破壊したりなんだりした後の様子、まるであれは留守番していた子供が親に粗相したのがバレるの恐れる様子そのものじゃ。)

 

アイアンロックは主だった者達を集めて、自身の推測を語った。

 

皆、唸り声を上げて考えた。

 

皆、そう思わないわけでは無かったのだ。

 

だが、だとしたらいつ取り返しに来てもおかしくない。

 

アイアンロックは全軍に第二戦備体制を発令し、多数の斥候を放ち、敵の発見に全力を注ぐ事にした。

 

必要であれば、ザ・バーン(東州オサード小大陸と北州イルサバード大陸の間に広がるエーテルが枯渇した無人の荒野)にも斥候を送る準備も始めた。

 

寧ろ、敵が潜伏するとすればその方面しか無いのだ。

 

帝国側の出口は封じている、後はキスレフ方面に出て、ガレマール帝国領内(キスレフに行こうものならそれこそ彼らにとって自殺行為である)

か、ザ・バーンしか無いのだ。

 

翌日に斥候を発する事で話はまとまった。

 

なぜ翌日なのか、それは法事があるからで有った。

 

第五星暦の際、没するその時までその玉座から離れず堂々たる姿を見せたドワーフの至高王ソルグリムの葬儀であった。

 

完全に肉体は朽ち果て、嘗ては立派に蓄えられていたであろう髭も無く、完全に一回り二回り小さい人骨が豪華な鎧を身につけているだけの状態であったが、最期まで同族のために命を懸けた偉大な王を弔わねばならなかった。

 

そしてそれはアイアンロック達が正統なドワーフ王族の血を引く事を外部、そして内部に喧伝する必要があるからだった。

 

王の葬儀は死者を弔うだけでなく、新たな王の即位を表明する場でもある。

 

ソルグリム王への弔いが終わるとアイアンロックは自身の即位を発表した。

 

オルカル山地から連れてきたドワーフ達とエルフの軍勢、そしてこの地に残った僅かな抵抗派のドワーフ達は『国王万歳‼︎‼︎』と熱狂したが、それ以外のドワーフ達はそれを複雑に見ていた。

 

ドワーフの王よりもやはり彼らの主人の怒りを買う方が何倍も怖いのだ。

 

中には寧ろ自分達がこうなったのは他でも無いソルグリム王の所為だと思っている者たちすら居たのだ。

 

確かにソルグリム王はこの都を堅持に拘った。

 

だがそれはこの都が最も堅固であり、この地を目指して逃げてくる同族の為を思ってだった。

 

然し、霊災の威力は凄まじくソルグリム王は都の放棄を決断したが、そのタイミングは確かに逸していた。

 

致し方ない事だった、だがそれでは当人達(少なくとも精神的には当時の人間)には納得が行かない。

 

それを分かっていたからソルグリム王自身も脱出せず最期までこの地に残ったのではないか。

 

吸血鬼教の襲撃にも動じず玉座で死したのでは無かったか…?

 

兎も角結論を出すのは歴史家の領分だろう。

 

翌日になってまだ朝日が登りきる前に事態は進んだ。

 

城壁には簡易的な石の城門が建てられ、その上でドワーフの目張りが目を擦りながら立っていた。

 

そこに交代要員のエルフ弓兵達が朝食を持って現れた。

 

彼らは談笑しながら朝食を食べていると、丘の向こう、方角的にはザ・バーンの方に黒い影が現れた。

 

それは軍勢だった。

 

吸血鬼教の軍勢である。

 

見張り達は慌てて、角笛を吹き鳴らし、鐘を鳴らし、馬を使って都中に伝えた。

 

敵、来る。

 

各軍慌てて城壁に急いだ。

 

その頃アリゼーはまだ宿舎で夢の国の住人だった。

 

だが扉がぶっきらぼうに開いた事で彼女は現世に戻ってきた。

 

アリゼー

『何??

 

ヤ・シュトラ??』

 

ヤ・シュトラ

『起きて頂戴アリゼー様。

 

敵が戻ってきたわ。』

 

アリゼーは飛び起き、ソックスとブーツを履くと大急ぎで飛び出した。

 

広間では既に軍議が開かれていた。

 

アイアンロック

『なぜここまで接近を許したのだ⁉︎

 

見張り達は何を見ていたのじゃ‼︎‼︎』

 

テクリス

『叔父上、恐らく敵は然程離れては居なかったのだと思います。

 

彼奴等は恐らく近場で息を潜め、太陽光屈折魔法でも掛けてその姿を隠していたと考えるべきかと。』

 

アイアンロック

『成る程…それならあれだけの軍が隠れる事も出来よう。

 

それだけの大規模、かつ長時間魔法を維持出来たという事は敵の中にかなりの手練魔法使いが居そうじゃな。』

 

テクリス

『もしくは多くの魔法使いが居るかです。』

 

アイアンロック

『兎も角、敵は大半は信者の軍勢じゃ、しかもバットランドで見たような雑多な武器で武装した暴徒ではなくドワーフ達に作らせた甲冑に武器と来ておる、とりわけワシらの銃も有るのはいかんせん不味い。』

 

アメジスト

『見たところそれなりの訓練はされているようです。

 

傭兵を雇い訓練させていたのでは?』

 

ティリオン

『だとしたら厄介だな、質は我らに劣るとしても数は多い。

 

テクリスの言うように手練れの魔法使いか、大勢の魔法使いが敵に居たら、野戦での長期戦は分が悪くなるぞ。』

 

タンザナイト

『兵器群の運び出しや設置も間に合いませなんだ火力支援は限定的なものと考えていただかねばなりません。』

 

オリオン

『致し方ない、兵同士の単純な力比べと行こう。』

 

アイアンロック

『良し、ならワシと、オリオンが両翼を担おう。

 

そいで我らは中央より前に展開し鶴翼の陣を敷く形にしよう。』

 

ティリオン

『父上達が両翼ですか?

 

お二方は王なのですよ、ここは我らに先方と両翼を任せ、中央本陣にて采配をお取り下さい。』

 

オリオン

『ティリオン、タジムニウス陛下が何故兵達に慕われているか分かるか?

 

英雄だから?

 

王族だから?

 

そうだなそれもある、だがそうだとしても兵達の背に隠れ安寧と過ごす王に誰がついてくる?

 

陛下は常に陣頭で指揮を取られている。

 

そして今もそうだろう。

 

将たるもの兵達と苦楽を共にしてこそなのだ。』

 

アイアンロック

『左様、それに敵は側だけ立派でも中身はその辺の暴徒と変わらんかも知れん。

 

ならワシとオリオンが兵を率いてぶち当たり、力量を測りそれに合わせて戦い方を変えれば良い。

 

中央はお主ら若い衆が担えば良い。

 

暁の方々もそれで良いな?』

 

アルフィノがテクリス、アリゼーがティリオン、グ・ラハがアメジスト、ヤ・シュトラがタンザナイトにそれぞれ副将待遇として付くことになった。

 

かくして布陣が決まり、両軍は都を前に相対した。

 

最初に先制したのはドワーフ・アスール連合軍である。

 

アスールの矢とドワーフのボルトと弾丸を撃ち込んだ。

 

だが敵もまたそれなりに戦列を組み応射してきた。

 

矢弾が飛び交う中吸血鬼教の遍歴軍は白兵戦部隊を送り込む。

 

それに合わせてアイアンロック、オリオンがそれぞれ自ら部隊を率いて真っ向から迎え撃とうとしてきた。

 

敵が何かしらの理由で魔法攻撃を温存するならこちらは今のうちに白兵戦戦力を削り取って置こうという算段だ。

 

こちらは遅かれ早かれドワーフ謹製の重火器の準備が整えば一方的に戦いを展開出来るからだった。

 

アイアンロック

『皆、準備は良いか‼︎‼︎』

 

ドワーフ軍将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

オリオン

『行くぞ、アスールの雄達よ‼︎』

 

アスール軍将兵

『ハッ‼︎‼︎』

 

意外にも先に駆け出したのはオリオンだった。

 

乗騎の雄鹿に跨り、矛を煌めかせ、その後ろをエルフ軍の兵達が鬨の声を上げながら走りついていく。

 

瞬く間に信者の軍勢を切り崩し始めた。

 

そしてドワーフ軍も…

 

アイアンロック

『ドゥーベーカー‼︎‼︎(ドワーフ語でいざ‼︎等)』

 

ドワーフを雄叫びを上げながら斧や剣を煌めかせ敵陣に突撃していった。

 

双方、タジムニウスの父フィリップ9世以来、そして先帝ジギスムントの元で世界広しと暴れ回った歴戦の勇将と以来の部下である。

 

そんじょそこらの訓練を積んだ程度の信徒達が勝てる相手では無かった。

 

中央もこれに合わせて前進した。

 

アメジスト

『急げ急げ、早く行かないとあたしらの分も無くなるよ‼︎』

 

ドワーフ軍

『オオオオオ‼︎‼︎』

 

グ・ラハ

『スゲェ…何だよありゃ。

 

あの二人の前に立ってた奴等みんな吹っ飛ばされてやがる。』

 

圧倒的優勢…正にそうであった…が、ここで急展開を迎える。

 

両将の猛攻でついに敵将の姿を捉えるまでに至っていた。

 

オリオン

『あれは…。』

 

アイアンロック

『ハイドリッヒ・ケムラー⁉︎

 

あやつ生きておったか‼︎』

 

タンザナイト

『敵将があの天才ネクロマンサーだと⁉︎

 

確かなら面倒だぞ。』

 

ヤ・シュトラ

『どういう相手なのかしら?』

 

タンザナイト

『三十年ほど前にブレトニアで死者の大群が現れる事件が起きました。

 

その首謀者が過去の伝記や発禁本、そして吸血鬼教の教典を見て独学で死霊術を覚えた当代一の秀才魔道士と言われたハインリヒ・ケムラーと呼ばれる男です。

 

魔法の習得、知識の欲求に溺れたかの男は死霊術に取り憑かれ挙句国の乗っ取りを画策するようになったと聞いています。

 

結局大事に至る前にブレトニア・ドワーフ・アセル・ローレンの3王国からなる連合部隊に鎮圧され、王国ひいては帝国の謀反の罪でザ・バーンに追放されたと聞きましたが。』

 

その頃そのケムラーなる男が戦場を見渡していた。

 

死霊術士

『ケムラー司教、準備整いました。』

 

ケムラー

『宜しい、行けいワイドキング‼︎

 

かの者らを討ち取れぃ‼︎』

 

そう言われて出てきたのは立派な武具を身につけた二名の骸骨騎士だ。

 

頭には王冠の乗せている。

 

ワイドキング、骸骨の王。

 

恐らくかつて王として君臨した者の墓を暴いて使役されたそれらはそれより劣るものの全身武装した骸骨騎士団を率いて突撃する。

 

骸の王達の狙いはドワーフとエレゼンの王。

 

ドワーフとエレゼンの兵達は槍衾を敷く。

 

骸骨騎士達は突進する。

 

槍衾に貫かれるも突進の勢いもあって戦列に乱れが生じた。

 

そこにワイドキングが斬りかかる。

 

かつては高名な王だったのだろう。

 

その剣技は槍衾を切り裂き、兵士たちを両断した。

 

オリオン

『何という…皆下がれ奴は私が仕留める‼︎』

 

アイアンロック

『おのれ、よくも我が一族を‼︎』

 

矛と剣、あるいは斧と剣が打ち合う。

 

両者、数十合打ち合う。

 

勝負は互角だった。

 

だがオリオンと打ち合っていたワイドキングが急に逃げ出したのだ。

 

いや逃げ出したのではない‼︎

 

骸骨の騎馬を走らせ向かうはアイアンロックの首。

 

二体のワイトキングでドワーフの王を討ち取ろうとしているのだ。

 

オリオンも追うが疲弊していて追いつけない。

 

オリオン

『アメジスト、タンザナイト、ティリオン、テクリス‼︎

 

奴を止めろ‼︎

 

奴の、奴らの狙いはアイアンロックだ‼︎‼︎』

 

アメジスト

『お父様…!

 

ええい、百ついてこい‼︎‼︎』

 

四名はそれぞれ直属の兵を連れ右翼へ走り出す。

 

暁も後を追う。

 

その頃右翼ではアイアンロックとワイトキングが打ち合っていた。

 

アイアンロック

『ええい、なんて面倒な髑髏じゃ‼︎

 

次でかち割ってやるわい‼︎』

 

ドワーフ兵

『あっ⁉︎⁉︎

 

殿ぉぉ‼︎‼︎』

 

アイアンロックは兵達の呼び声で振り向くともう一体のワイトキングが襲いかかって来た。

 

すんでの所で受け止めるが二体のワイトキングでは分が悪い。

 

アメジスト

『お父様‼︎‼︎』

 

タンザナイト

『父上ぇぇ‼︎‼︎』

 

一方のワイドキングに斧を両断され、そしてもう一体のワイドキングの刃がアイアンロックに迫った。 

 

アイアンロックは敵刃の光の中にかつての主君を見た。

 

アイアンロック

『フィリップ陛下…。

 

子らよドワーフを……‼︎』

 

肉が切り裂かれる音が戦場に響き、ドワーフの王の首が空高く放り投げられる。

 

そして首を失った胴は地面に倒れた。

 

アメジスト

『嫌ァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

アメジストの悲鳴が戦場に響き渡る。

 

タンザナイトは呆然として立ち尽くしてしまった。

 

オリオン

『おのれェェェェ‼︎』

 

オリオンは涙を流しながら斬りかかる。

 

だがワイトキング達の連携は凄まじくオリオンは数箇所斬られ、乗騎を切り裂かれた。

 

そしてオリオンは遂にトドメの一撃を喰らい、吹っ飛ばされた。

 

ティリオン

『父上ェェェェ‼︎』

 

テクリス

『ダメだ、兄者‼︎‼︎』

 

息子娘達がこのように我を忘れるなら兵達は完全に戦意を喪失していた。

 

このままでは全軍為す術なく殲滅されてしまう。

 

だがこの窮地を救う者が現れた。

 

アルフィノ

『全軍撤退せよ‼︎

 

カラク=エイト=ピークまで下がれ‼︎』

 

事態を飲み込んだアルフィノが指揮が取れなくなった四将の代わりに指揮を取った。

 

アルフィノの声を聞いて先に我に戻ったのはテクリスだった。

 

テクリス

『アルフィノ殿…辱い。

 

全軍引けぇ‼︎‼︎』

 

ティリオン

『交代だと⁉︎

 

ならぬ、全軍突撃して父上と叔父上の仇を‼︎』

 

テクリス

『子供のような我儘を言うな兄者‼︎

 

我らが悉くここで討ち死にならばドワーフもアスールも帝国も滅んでしまう‼︎‼︎

 

我らの使命を忘れるな兄者‼︎‼︎』

 

するとオリオンの体が味方の方に吸い寄せられた。

 

ヤ・シュトラが救出呪文を掛け、オリオンの体を連れ帰ろうとしてくれたのだ。

 

ヤ・シュトラ

『兄弟喧嘩はここまでになさい‼︎

 

今は生き残る事だけ考えるのよ‼︎』

 

その頃アリゼーとグ・ラハは後続部隊を掌握して最前線に立っていた。

 

アルフィノもそしてこの二人もタジムニウスに軍略の手解きを受けた事があった。

 

だからアルフィノは、元々の指導者としての素質もあるがすぐさま全軍に指示を飛ばし、思考を停止するの防ぎ、二人はまだ余力のある部隊で被害の大きい部隊の後退を支援させようとしていた。

 

この戦法はタジムニウスが得意とした完全な秩序を保ったまま後退する戦術の仕掛けであった。

 

余力を保った部隊で戦列を作り、それらが来るまで戦列を敷いていた部隊で被害の大きい部隊が順番に後退し、投射部隊が交代しながら援護射撃を加え、後列から前線に上がってきた部隊は追撃する敵を跳ね除けたら、後退し、また跳ね除けて後退し、完全に敵の足が止まったら悠々と交代すると言う物である。

 

今回の場合残念ながらほぼ全軍が士気崩壊状態である為恐らく秩序を保った後退は出来ない。

 

だが少しでも犠牲を減らす事が出来るのならやる価値はあった。

 

そして吸血鬼教の軍は追撃を仕掛けてきた。

 

だがタジムニウスよろしく他の将のように最前列に立ったアリゼーとグ・ラハに率いられた後続部隊は何とか敵の追撃を跳ね返した。

 

その彼らをアルトワ・レンジャーズ以下、後退作業を終えた、ないしはカラク=エイト=ピークの城壁に辿り着いた弓兵、銃兵が射撃を加え援護する。

 

今回の敵は大半が死者の軍勢ではなく生者の軍勢だ。

 

流石に全員死んでも蘇らせれば良いとは行かないのか損害が大きくなる前に追撃の手は止まり、アルフィノ達は何とか後退に成功した。

 

だが結果は全軍の三割強を失い、アイアンロック・グリムハンマーを失い、そしてオリオンもまた死の床にあった。

 

そしてその後を継ぐべき子らも完全に意気消沈としておりとりわけ王位を継ぐアメジストとティリオンは完全に使い物にならなくなってしまった。

 

一人は完全に塞ぎ込み、もう一人は怒りで我を忘れている。

 

兵達も完全に戦意を挫かれている。

 

何よりこの様だ。

 

吸血鬼教の奴隷に甘んじようとするドワーフの民衆が襲い掛かるかも知れない。

 

気が気では無くなった。

 

幸いだったのは意気消沈とは言ったもののテクリス、タンザナイトは指揮を取り続けていた。

 

彼らとて目の前で父を手に掛けられたのだ。

 

平気な筈は無い。

 

だが姉を、兄を支えると誓ったのだから自分達が立たねばならんかった。

 

テクリスの呼び掛けでアメジスト、ティリオン以外の生き残った将達が集められ、軍議を開いた。

 

テクリス

『我が軍は負けた。

 

だが敵はまだ攻めてこない。

 

城門は間に合わせでしかなく、強度も難ありと言った代物だ、多少の時間稼ぎを期待してたった今橋は破壊した。』

 

タンザナイト

『だが我が軍は包囲下にあると言う事は我らは兵糧攻めに遭うと言う事。

 

我らだけでなく、この都には大勢の民衆が居る。

 

敵の攻囲が続く間、彼らを食わせ、我らの腹を満たす分の食糧はいくら都といえど無い。』

 

ドワーフ将軍

『あんな種族の面汚し共に飯などやる必要など有りませぬ‼︎

 

我らのみが着服すれば敵の攻囲に耐えられます‼︎』

 

エレゼン将軍

『左様、そもそも彼奴等は敵に通じているやも知れんのです。

 

この際吐かせるまで手当たり次第首を刎ねてやりましょうぞ‼︎』

 

諸将

『そうだそうだ‼︎

 

やってしまえ‼︎‼︎』

 

テクリスは杖を地面に打ち付け威圧する。

 

テクリスの氷のような眼は見る者の心を貫く。

 

興奮した諸将達は一斉に黙り込み座った。

 

タンザナイト

『一先ず、通信は使えないが伝書鳩は使える。

 

帝都に先程事の次第を伝えた。

 

エオルゼア側に兵を送らずに済むようになった今、ある程度の余力はある筈だ。

 

一万、いや八千程で良いから援軍を送ってもらえないかと認めた。

 

彼らが来れば何とか打って出て、撃滅は出来なくとも撤退させる事は叶うだろう。』

 

すると軍議中に一人の客が現れた。

 

エレゼン族の医師だった。

 

医師はテクリスに耳打ちするとテクリスは顔が真っ青になり天幕を医師と一緒に出ていった。

 

タンザナイトは察し、エレゼン族の将の退席を許した。

 

エレゼン族の将達も大慌てで二人の後を追った。

 

タンザナイトの後ろに立ち軍議を聞いていた暁はタンザナイトのこぼした愚痴を聞いた。

 

タンザナイト

『どうすれば良いのです…父上。』

 

テクリスが付くと息を引き取りそうなオリオンが居た。

 

そのすぐ後にティリオンも入ってきた。

 

ティリオン

『父上‼︎』

 

テクリス

『父上…。』

 

オリオン

『二人ともよく聞け…。

 

お前達にエレゼンの、アスールの未来を託す。

 

この内乱が終われば女帝陛下が約束された領地に我らの都を打ち立てよ。

 

その為にまずこの戦に勝て!

 

必ず。』

 

ティリオン

『ははっ。』

テクリス

『ははっ。』

 

オリオン

『ティリオン、お主は余りにもアスールの男過ぎる。

 

自意識過剰、高慢な態度は他の顰蹙を買うばかりか手を携えねばならぬ時それは弊害となる。

 

高名なアスールと言えど世界の一部、上には上が居る。

 

そのことを弁え、驕ることなきよう王として務めを果たせ。

 

テクリス。

 

其方は、少し人の心を知れ。

 

正論では世の中は回らぬ、腹立たしいがな。

 

余人の心を知り、寄り添う事を覚えよ。

 

お主の知恵、ホエスの知恵は万人の物。

 

兄の為、民の為に尽くせ。

 

その曇りなき聡明な目はいずれ必ず世界に渦巻く陰謀から帝国を救うだろう。』

 

痛みに呻きオリオンは苦痛の表情を浮かべる。

 

そして目の光は失い、もはや半分も開ける事が出来ない眼には、フィリップ王、ジギスムント帝、そしてアイアンロックが写っていた。

 

オリオン

『フィリップ様…陛下、今、アイアンロックと共に参ります…。

 

カムイ殿、ジャン殿、お先に………。』

 

アセル・ローレンの王オリオン逝去。

 

この日、ドワーフとエレゼンの王を同時に失った。

 

帝都には即日文が鳩によって届けられ、この訃報を知ったが、戦場に向かっていたタジムニウス、セレーネらがこの事を知ったのはドラッケンホフが陥落してから3日後の事であった。

______________________

夜になってテクリス、タンザナイト、そひて暁の面々は遅めの夕食をとっていた。

 

ティリオン、アメジストは拒否してそれぞれの場所で一人になっている。

 

テクリス

『この状況を打開する為には我が兄ティリオンとアメジストがそれぞれ王と女王として我らを率いて貰わねばならぬとそちらのタンザナイト卿と意見が一致致しまして。』

 

タンザナイト

『ただ、我らから悲しみを閉まって立てとは言えず、そも掛けてやれる言葉が見つからず難儀しております。』

 

アルフィノ

『お気持ちはお察しします。

 

御両人ともお辛い中皆を引っ張っていく姿に感嘆を禁じ得ません。』

 

テクリス

『我が兄も、そしてアメジストも、俗に言う父さん子でして…。

 

取り乱すのも無理からぬ事…。』

 

タンザナイト

『だが立ち直って頂かねば困るのです。

 

それも早急に、敵が来る前ではなく、味方によって居場所を失う前に。』

 

アルフィノ

『…もしや。』

 

テクリス

『一部の者達は私とタンザナイト卿に王位を継がせようと画策している様なのです。』

 

タンザナイト

『我らは知恵や物を作り出す力はある。

 

だが、姉上やティリオン殿の様に皆を率いるカリスマは無い。』

 

テクリス

『父上達が望んだ王は兄者とアメリーなのだ、我らではなく。』

 

アリゼーはこの間沈黙していたが、遂に口を開く。

 

アリゼー

『ねぇ、あの二人を私達に任せて貰えないかしら。

 

悲しみが大きいのもそうだけど、1番心配なのわ。』

 

アルフィノ

『皆を率いるリーダーとしての不安、立ち直れるかは彼ら次第だけど、考えを変える機会を私達なら用意できるかも知れない、そう言う事だねアリゼー?』

 

アリゼー

『そう言う事、同じ事を経験した者、家族以外の者なら話せる事もある。

 

でも最後は貴方達が踏ん張って、信じて待っている姿を見せてほしいの。』

 

テクリス、タンザナイトは顔を見合わせ、微笑すると起立し深々と頭を下げた。

 

テクリス・タンザナイト

『どうか、我らの家族を宜しくお願いします。』

 

アルフィノ

『男は男同士、女は女同士が良いと言う、私はティリオン卿の元に向かうよ。』

 

アリゼー

『なら私がアメジスト卿ね。』

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ティリオンは木偶人形相手に剣技の訓練をしていた。

 

ドワーフの古防具を着せられた木偶は全て両断され、切断部は赤く発熱していた。

 

アルフィノ

『見事な剣技ですね。

 

私はどうも余り剣というのは使い慣れません。』

 

ティリオン

『もう少し成長すれば卿も使える様になる。

 

貴方も私と同じアスールなのだから。』

 

アルフィノ

『不死鳥王のお墨付きを戴けるなら安心だ。』

 

ティリオン

『やめてくれ、私は父のようにはなれん。

 

父が斬られるのも、叔父上が殺されるのも黙って見ているしか出来なかった。

 

それどころか怒りに駆られて正常な判断が出来ず多くの同胞を無駄に死なせてしまった。』

 

アルフィノ

『私は公子として、不死鳥王として失格だ。

 

と言うつもりでしたね?

 

そしてこうとも云うつもりだ、卿に私の気持ちが分かるものかと。

 

分かりますよ、私も同じ過ちをした。

 

私は自らの力を過信して利用されているとも知らず掛け替えのない者達を失ってしまった。

 

罪なき者達が死なしてしまった。

 

だが私は託された、燈を、信じてくれた人達が絶やすなと言ってくれた。』

 

ティリオンはアルフィノを見て驚いていた。

 

若干17の少年がここ迄大きく見えるのは歳不相応の重責と使命を持っていたからなのかと、彼をここまでにしたのは何なのかと。

 

アルフィノ

『貴方にも託された物があるはず、託してくれた人達が居る筈、信じて待ってくれている人達が居るはずです。』

 

そう言うとアルフィノは武器庫に置かれていたので持ち出した剣を引き抜くと木偶を斬りつけた。

 

鎧を着けていたわけではないが木偶は斬れず、切れ込みだけが入った。

 

アルフィノ

『獅子心王陛下(タジムニウス)からお前は剣を使える様にしておけと言われたのですが中々上達致しません、彼とは別に成長した所を見せたい人が居るのですが、これでは行けませんね。』

 

アルフィノは笑って肩を竦めてみせた。

 

ティリオン

『腰の使い方がなっておられぬ。

 

腕や剣の重みだけで斬るのでは無く、体全体を使って『迷い』や『恐れ』を断ち斬る様に‼︎』

 

スパァン‼︎と言う音を立てて木偶は斬れた。

 

そして別の物も切り裂いたのだとアルフィノは理解した。

______________________

アリゼーがアメジストを見つけた場所は王の玉座だった。

 

彼女は空の玉座を眺め、このだだっ広い広場に灯りも付けず立ち尽くしていた。

 

天窓の月明かりだけがホールを照らしていた。

 

アリゼーは魔法を唱えて火を灯す。

 

燭台は全て火が灯り、暖かい光と空気が大ホールに広がり出した。

 

アメジスト

『誰かと思ったよ。』

 

アリゼー

『山の男達の姉貴分がしょぼくれてちゃ締まらないわよ?』

 

アメジスト

『よしとくれ。

 

私はお父様が討ち取られたの見た瞬間何も出来なくなっちまったのさ。

 

ずっと居てくれる、いつか私に王位を譲る時も居てくれると思ってた。

 

そんなわけ無いのにね、でも私たちはお母様を早くに失った。

 

親としてもガレマール帝国に占領されていた時も守って、頼れる相手はお父様だけだったから。』

 

アリゼーは優しい顔で聞き続けた。

 

アメジスト

『それは他のドワーフも同じ、お父様だけは必ず救いが来ると信じ続けてみんなを励ました。

 

いつかブレトニアを救いに来る者が現れる。

 

それはきっと落ち延びた王子様だろうからきっとワシらの力を必要とするだろうし、その見返りとしてワシら鬱憤を晴らさせてくれるだろうからどんなにキツくとも今は耐えるんだ。

 

お父様はそう言ってみんなを励ましていた。

 

自分が1番奴らに酷いことされていたのにお構いなし。』

 

アメジストは溜息を吐いて続けた。

 

アメジスト

『そんなお父様の背中を見て育ったけど、何処かで私はそんなお父様の様にはなれないって何処かで思ってた。

 

そしてお父様が死んだ時、私は自分の無力さと目指す物を一気に失った事の喪失感に打ちひしがれてしまった。

 

あんた達とタンザナイトが居なかったらドワーフ達は私のせいで全滅するところだった。

 

私は弱い女よ、女なんて捨てたつもりだったのにね。』

 

アメジストの話を聞いていたアリゼーは皮袋を手渡す。

 

アメジストは皮袋を傾ける。

 

中身を数口飲み込んだ。

 

ドワーヴン・ビール、ドワーフ特製のビールである。

 

アリゼーはリンゴのジュースが入った皮袋を傾ける。

 

そして徐ろに話し始めた。

 

アリゼー

『背中ってね、追えば追う程、辿り着けない代物になってるんだそうよ。

 

私も追い掛けている背中があるけど、どんどんここ最近の出来事だけでも離されていく感じがするの。

 

そこでね、ふと気づいたのよ、どんなに頑張っても、私はあの人にはなれない。

 

その時はね、とても悔しかったし、泣きたかった。

 

当たり前よね、私はタジムンティス・フェデリウス、いやタジムニウス・ド・レオンクールじゃ無いんだから。』

 

アメジスト

『あんた…?』

 

アリゼー

『でもね、追い掛けたくて仕方が無かった。

 

彼の様な英雄になりたくて、私の理想のために…夢のために。

 

だから考えたの私なりに彼の背中を追うって。

 

個性の差で、私にしか出来ない事をやろうって。

 

当然そこからずっと上手くなんていかなかった。

 

友達も目の前で死なせてしまった。

 

救いたかった子も最初はうまく救えなかった、救えなかった命も沢山あった。

 

怖くてもう諦めたいとも思った、でも諦めたくなかった、私がそこで諦めても何も良いことがないし、それに癪じゃない?』

 

アリゼーはアメジストの前に駆け寄り目の前に立つ。

 

アリゼー

『責任とか使命とか、そんな堅苦しい事今は何も考えず貴女の本音を教えて、貴女は今何がしたいの?』

 

アメジスト

『私は…お父様の仇を取りたい‼︎』

 

アリゼー

『ならその為にがむしゃらになりなさいよ!

 

怖いだの何だの言っている暇なんて無いわよ‼︎』

 

アメジストは皮袋の中身を一気に飲み干した。

______________________

翌日、敵は城門の目の前まで迫っていた。

 

城門の前にはテクリスとタンザナイトの直属の兵と戦意を何とか保った兵が整列していた。

 

だがそれでも多くの兵が戦意を喪失し都に立て籠もってしまい、民草は恐れで打ち震えていた。

 

我が方一万弱に対し、初戦の失った兵力及び敵が失った兵力全てアンデットとして使役し当初の二倍近くに膨れ上がった吸血鬼教軍である。

 

エレゼン兵

『ご寝所や修練場を探し回りましたが、ティリオン様は見つかりません‼︎』

 

ドワーフ兵

『姫様も先程よりお姿が見えませぬ‼︎

 

如何なさいますか若‼︎』

 

テクリスとタンザナイトはルヴェユール兄妹を見る。

 

ルヴェユール兄妹は力強く頷く。

 

テクリスとタンザナイトは同じ様に頷きを返す。

 

タンザナイト

『必ず姉上は戻ってくる。

 

それまで決して敵を寄せ付けぬぞ!』

 

テクリス

『よし、槍兵は先頭に立て、槍衾を敷け、弓兵隊は後列で矢を番えろ、銃兵達は槍兵達の間に配置して射撃準備‼︎』

 

ドワーフ将軍

『お、おおお待ちください若。

 

戦うのですか⁉︎⁉︎』

 

タンザナイト

『では貴様は逃げろと言いたいのか?』

 

ドワーフ将軍

『い、いえ少なくとも都内に籠城して援軍が来るのをお待ちになれば宜しいかと。』

 

テクリス

『それまで敵が待つ事はない。

 

ここで食い止める。』

 

エレゼン将軍

『然し、現在の我らは全体三割、一万程しか居らず、相手は八万近くに膨れ上がっています。

 

とても勝負になりませぬ‼︎』

 

テクリス

『兄者達が縮こまった兵と奮い立たせて武装させた民衆を引き連れて戻ってくる。

 

それまでの辛抱だ。』

 

エレゼン将軍

『お言葉ながら御両人に最早期待するだけ無駄と存じます。

 

それでも尚お二人がそう信じる根拠をお聞かせください。』

 

テクリス・タンザナイト

『決まっている、家族だからだ‼︎』

 

そう言うと諸将達も納得、いや呆れたのか、兎も角もこれ以上口を挟まなかった。

 

タンザナイト

『配置につけェェ‼︎‼︎』

 

将兵

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

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その頃都で最も大きいホールの中に震え上がるドワーフの民衆と都に残った兵達がこの中に固まって身を寄せ合わせていた…。

 

灯りをつけずガタガタ震えて待つのみ…。

 

だが急に彼らの頭上を炎が飛んだ。

 

それはただの炎では無かった…正確には不死鳥の姿をした炎だった。

 

一声鳴くとその不死鳥は彼らの頭上を通り過ぎて、大広間の全ての燭台に火を灯すと何処かへ飛び去った。

 

一同が何だ何だと騒めいていると一人の民がホールの前に立つ人物に気がついた。

 

アメジストである。

 

アメジスト

『聞きな、アンタ(ドワーフ)達‼︎

 

私の声を、山の下の王アイアンロックの娘としてでは無く、ただの一人のドワーフ女としての私の声を!』

 

ドワーフ達はこの期に及んで何を言うのだと思った連中が大半であったが聞かないわけには行かない。

 

アメジスト

『アンタたちは恥ずかしくないのか?

 

アンタ達は強いれるのか??

 

これから産まれてくる子らに、子孫に‼︎

 

自分達は恐怖に屈した、屈したからお前達もそうしろと言えるのか‼︎

 

自分の子供達が手枷に繋がれる姿を見て良しと思えるのか‼︎‼︎』

 

ドワーフ達はグッと胸を締め付けられた、そしてアメジストを見た。

 

その目は決して納得していないという目だ。

 

アメジスト

『そうだろう、アンタ達は決して納得していない‼︎

 

だが、このままじゃそう言う結末を辿る、いや今度こそ皆殺しも有るだろう!

 

怖いのも分かる、私だって怖い。

 

目の前で父の首が跳ね飛ばされた時、私はここで死ぬと思った。

 

だが生きている、それは何故か。

 

良いかい、私達は常に一人じゃない、常に盟友と父祖の霊が守ってくれている。

 

そして、カラク=エイト=ピークは今こうして立っている‼︎

 

我が父よ、我が母よ、我が兄弟、姉妹達よ、我が子らよ、今こそ戦う時なのだ、父祖に子孫に恥ずかしくない生き方を選ぶ時が来たのだ。

 

生きるという事は戦う事なのだ、ならば我らは生まれ出た時より生粋の鍛治士であり戦士、これ以上何を恐れる‼︎』

 

ドワーフ達に火が灯り始めていた。

 

炉に火が焚べられたのだ。

 

アメジスト

『立てダーヴィ達よ‼︎

 

我らの帝国を取り戻す時が来た、出陣だ数十万の我が精兵達よ‼︎‼︎

 

我らのダーヴィは借りを返す、我らを侮った事後悔させてやろうぞ‼︎‼︎』

 

ドワーフの民衆

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

アメジスト

『我らの都を取り戻す‼︎

 

ダーヴィの都を穢され、怒り狂わぬ者はここには居らぬ‼︎

 

皆武器庫に走れ‼︎

 

武器と鎧を身につけよ、無ければ其方の使い慣れたツルハシやスコップを持て、我らダーヴィにはそれだけで十分だ‼︎‼︎

 

我らの父祖と子孫に懸けて‼︎‼︎

 

ガズキ・ガズキ・バァー‼︎‼︎‼︎‼︎(ドワーフの鬨の声)』

 

ドワーフの民衆

『『『ガズキ・ガズキ・バァー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』』』

______________________

その頃、都の中で残ったエレゼン兵達はドワーフ達が遂に自分達に牙を向くのでは無いかと気が気では無くなっていた。

 

だがそこに兵達に通信が走る。

 

都内に残った兵達は全て中央広場に集結せよという者だった。

 

遂にドワーフの奴隷達が牙を向いた、そう思った兵達は走る。

 

だがそこにはドワーフは居ない、その代わり待っていたのはティリオンだった。

 

ティリオン

『来たか、お前達。』

 

エレゼン兵

『ティリオン様、コレは一体。』

 

ティリオン

『私が貴君らを呼んだ。

 

私も貴君らもここで時間を潰している暇はない。』

 

エレゼン兵

『はい、だから我らはドワーフの捕虜の鎮圧に』

 

ティリオン

『違う、我らが武を向けるべき相手は外だ。』

 

エレゼン兵

『お言葉ですが、公子。

 

今の我らに彼奴等と戦って勝てる見込みが万に一つにも有りましょうや?』

 

エレゼン兵

『我らはオリオン様を失いました…。

 

我らに奴らを倒せる力など有りません…。』

 

ティリオン

『愚か者!』

 

エレゼン兵達は一喝され身を竦めた。

 

それはまるでオリオンに一喝されたように感じたからだ。

 

ティリオン

『父上の遺言を聞かなかったのか‼︎

 

父上はウルサーンの復興を望まれた、この戦に勝てとは申さなかった。

 

ならば逃げろと言ったのか?

 

否、父上はこう申したのだ、先ずこの戦に勝ち、勝利の栄光を以て、我らが悲願成就の狼煙とせよと‼︎』

 

兵達はウルサーン復興という言葉に皆顔を上げた。

 

ティリオン

『我らアスールが、ハイエルフが一度たりとて敗北の上に栄光を上塗りした事があったか?

 

虚栄の上に我らの威光を輝かせた事が一度たりとてあったか??』

 

兵達は否、否と応えたがその声はあまりにもか細かった。

 

ティリオンは怒りに震え、身から炎を湧き立たせ、大剣を引き抜き、地面に突き刺した。

 

そして遥かに大声で再び問うた。

 

ティリオン

『如何に‼︎‼︎』

 

エレゼン兵達

『否。』

 

ティリオン

『如何に‼︎‼︎‼︎』

 

エレゼン兵達

『否!』

 

ティリオン

『如何に‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

エレゼン兵達

『否‼︎否‼︎‼︎否ぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

ティリオン

『ならば覚悟を決めよ!

 

どのみちこの戦いに勝たねば我らは悉く討ち死に、悲願など達せられぬ。

 

我らはコレより敵中に突撃し一挙に敵将を討ち取る‼︎‼︎

 

皆、唯、我が向かう所だけを見よ‼︎‼︎』

 

エレゼン兵達

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎』

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その頃、外ではタンザナイトとテクリスに率いられた兵達が城門の前に展開し、敵を待ち構えていた。

 

敵は死者、生者の混成軍、果てはその先頭にはオーガ族の傭兵まで居るではないか。

 

角笛が鳴り、全軍前進の号令が発せられ、敵はジリジリと寄ってきた。

 

するとドワーフとエレゼン族の角笛が鳴り響いた。

 

敵は、足を止め、味方は皆後ろの城門を見た。

 

すると城門がバラバラに叩き壊された。

 

城門前に備え付けられた大鐘が城門を破壊したのだ。

 

そしてその瓦礫の上を疾走するアメジストとティリオン、そしてその背後には士気を取り戻したアスール軍、そしてドワーフの民衆達が鬨の声を上げながら後に続いた。

 

正にアスールとドワーフの丁度真ん中を突っ切るように走る。

 

テクリスとタンザナイトはすかさず叫ぶ。

 

テクリス

『不死鳥王(王)の下へ‼︎‼︎』

タンザナイト

『山の下の王(王)の下へ‼︎‼︎』

 

城門の前に居た兵達はより一層奮い立ち、王の後を追う。

 

アメジスト

『ドゥー・ベーカー‼︎‼︎(突撃)』

ティリオン

『アスロリアン・チャージ‼︎‼︎(突撃)』

 

期せずして紡錘陣となった一軍は敵の戦列を貫いた。

 

アメジストの大斧、タンザナイトの大槌、ティリオンの大剣、テクリスの杖が光る。

 

光る度に敵は倒れ、味方は前に進んだ。

 

そしてその後ろに更に続く一団があった。

 

アルフィノ達もまたドワーフ以外の捕虜達を奮い立たせていたのだ。

 

アリゼー

『やられっぱなしで故郷に帰れるわけ無いわよね、行くわよ‼︎‼︎』

 

異国の捕虜

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

かくして味方と敵の戦力差は一気に覆った。

 

味方は大半が暴徒になった訳だが、この際は良いだろう。

 

ドワーフとアスールの四人が目指すのはそれぞれの父の仇。

 

それを分かっているのか二体のワイトキングも挑発するかのように彼らの前に出た。

 

乾いた骨の音を鳴らし笑う。

 

それはまるで貴様らの父親の何と弱い事か、貴様らはその足元に及ばぬだろうから一振りで死体を晒すのだろうと言いたげだった。

 

四人と二人、いや二体が打ち合う。

 

聖者と死者が切り結ぶ中その周りでは聖者と死者の兵士達が死力を尽くして戦っていた。

 

然しこの骸骨の王は強く、若き王族達の攻撃を防ぎきっていた。

 

四人は疲労が蓄積されていた。

 

相手は完全に朽ちた骸骨であり、魔力、エーテルによって動く存在であり疲労だなんだなどお構いなしなのだ。

 

怒号と、砲声、爆音の中、四人は意識を集中した。

 

もはや一撃に全てを託すしか無かった。

 

それ程までにこの四人の疲労は蓄積されていたのだ。

 

ワイドキングは嘲笑うかのようにゆっくりと近づいている。

 

先に動いたのはドワーフの兄妹だ。

 

タンザナイトが大槌を振りかぶり、ワイトキング目掛けて叩き落とす。

 

タンザナイト

『我が大槌は大地を穿つ、ガイアブレイク‼︎』

 

然しこれは躱されてしまった。

 

だがこれは狙い通りだった。

 

大槌が振り下ろされた辺りから地面が隆起した。

 

ワイドキングは足場を失い後ろに姿勢を崩す。

 

そこに大きく飛び上がり大斧を振り下ろそうとしたアメジストがいた。

 

アメジスト

『これで終わりだ骸骨野郎‼︎‼︎

 

幾千幾万と増える刃、我が斧の前に立ち塞がる者無し‼︎

 

ミストラルエッジ‼︎‼︎』

 

振り下ろされる斧と同時に無数の斧の刃の形をした鎌鼬が無数にワイドキングに突き刺さる。

 

ワイトキングの片割れは原型を留めぬ程細切れになって霧散した。

 

それと同時にアスールの兄弟もまた渾身の一撃を叩き込んでいた。

 

テクリスの杖から竜巻が現れそれはワイトキングを囲んだ。

 

テクリス

『大いなる風の怒りを侮し者、虚無への旅路へ旅立ち、霞も残ることは無い。

 

大地より追放せしめんとする風の意志を思い知れ、アスローリエン・トルネード‼︎‼︎』

 

竜巻はワイトキングを浮かせ、大きく天に打ち上げた。

 

ワイトキングは錐揉みになりながら抗う。

 

だが同時に巻き上げられた石ころ達が石礫の如く竜巻の中を飛び交い、骸骨の王を襲う。

 

そしてその竜巻の外から自身を追う不死鳥に気がついた。

 

ティリオン

『我らアスールの幾星霜に掛けて鍛え上げられた武の技、それは我らの敵を打ち祓いし神の御技。

 

我が修練の果てにある剣技を喰らえ‼︎

 

ソニックブレイブ‼︎‼︎』

 

ティリオンが大剣を横に大きく斬り払う。

 

すると斬撃が音速となってワイトキング目掛けて飛んできた。

 

そしてティリオンが持つ大剣は古の帝国、ロサーンより受け継がれし太陽から作り出したと言われる宝剣サンファングは燃え盛る大剣、その燃え盛る大剣から放たれた飛ぶ斬撃は燃えていた。

 

完全に両断するなど敵わぬと思わせる時が経てもなお劣化せぬ古代の鎧を完全に寸断し、ワイトキングは胴と足に分たれた。

 

そしてそれぞれが発火し紅蓮の炎に包まれた。

 

テクリスの隣りにティリオンが舞い降りると共に、古代の人骨を燃やし尽くした火の粉が兄弟の周りに舞っていた。

 

ハイドリッヒ・ケムラーは驚きを隠せなかった。

 

ケムラー

『ば、馬鹿な⁉︎

 

二体ともかつてその武勇で謳われた王達だぞ。

 

それを二体とも…。

 

やはりドワーフとロサーンのエレゼン達は目障りよのぉ…。

 

二十五年前に奴らを更に弱体化させられていれば…。

 

まぁ、良いわ。

 

時間稼ぎは済んだ、総大主教猊下とあのお方が待つミドンランドまで飛ぶとするか。』

 

転移魔法テレポでこの場を去ろうとするケムラーだったが突如放たれた火焔弾でそれは阻まれた。

 

ケムラー

『ぬぅ⁉︎

 

何奴、ワシの邪魔をするとは!』

 

アリゼー

『アンタを逃すと思ってるの?

 

聞きたい事が山程あるんだからね!』

 

ケムラー

『お前達か、ブレトニアの小僧とくっついてきた異邦人は。

 

面白い、お主達なかなか良い素材になりそうだ。

 

デミ・ヴァンパイアか、ワイトキングかワイトクイーンにしてやろう‼︎』

 

グ・ラハ

『骸骨なんて真っ平ごめんだ‼︎』

 

グ・ラハは剣で斬りかかるがケムラーもまた腰に佩いた剣を引き抜き防ぐ。

 

アリゼーが反対方向から突撃するも杖で防御魔法を繰り出し弾き返した。

 

かつてこの男もまた王国魔法修道院(ブレトニア王国カルカソンヌ公爵領に立てられた魔法学校、修道院とついているのはかつて魔法を学べたのが泉の聖女の侍女として選ばれた身分問わず魔法の素質のある女性か、聖職者のみであったことから修道院として建てられたことの名残り。

 

現在は身分問わず魔法の素質のある若い男女のみが学べる学院として機能している。

 

然し、依然他国に比べれば魔法修学の自由は無いに等しい)で学んだ一流の魔法使いである。

 

自身の身を守るための剣技と多彩の魔法を使いこなし、賢人達と渡り合った。

 

高い魔力の素質と武勇、そして経験と若さを持つ賢人達に比べ若さだけは持ち合わせない老人のケムラーが四人をまとめて相手に出来ているのは禁忌の黒魔術死霊術を研鑽の賜物であり、凄まじい力を持っているからだった。

 

やがてそれは人間の寿命すら超越すると言われており、ケムラーはこの四人の賢人の年齢を足して、更に10年近く生きているが見た目が40〜50代で止まっている。

 

ケムラー

『ちょこざいな小僧と小娘どもよ、まずはそこの黒魔道士の女貴様からだ。

 

我が呪文は痛みの具現、ワード・オブ・ペイン‼︎』

 

ケムラーから放たれた紫色の光弾がヤ・シュトラが張った結界をいとも簡単に貫き、ヤ・シュトラに当たる

 

ヤ・シュトラ

『ああああ‼︎‼︎』

 

アルフィノ

『ヤ・シュトラ‼︎‼︎』

 

ケムラー

『ほぉ…運がいい…いや防御魔法の使い方が分かっているな女。

 

完全に防ぐ事は出来なかったとはいえ、威力を弱めるとはなぁ。

 

ワシの魔法をもろに喰らっていたら今頃胴体は消し飛び、頭と四肢が転がっていた事じゃろうて。』

 

グ・ラハ

『このォォォ‼︎‼︎』

 

グ・ラハが更に斬りかかる。

 

数合撃ち合うが、ケムラーの杖より放たれた衝撃魔法を打ち据えられ地面に叩きつけられてしまった。

 

グ・ラハ

『かはッ…⁉︎』

 

アリゼー

『ラハ‼︎』

 

ヤ・シュトラ、グ・ラハが倒され、残るはアルフィノ、アリゼーのみとなった。

 

ケムラー

『フハハハ、さぁどうする小童共。

 

お主らにワシを殺せるかのぉぉ?』

 

アリゼー

『その減らず口を切り落としてやるわ‼︎‼︎』

 

アリゼーがレイピアを突き入れる。

 

だがケムラーもまた応戦する。十数合打ち合った。

 

傍らでアルフィノが魔法で支援攻撃を繰り出したりカーバンクルを嗾けているにも関わらず秀才死霊術士はビクともしない。

 

そしてケムラーは口を閉ざしたまま何か詠唱すると黒っぽい紫色の魔力で出来た巨大な手が2本現れ一方でアリゼーを掴んだ。

 

アリゼーを助け出そうとカーバンクルが突撃するがそちらはもう一方の手に掴まれそのまま握りつぶされ元のエーテルに戻り霧散してしまった。

 

ケムラー

『小僧、貴様の妹か姉か…恐らく妹だろうな。

 

その妹が握り潰されて死ぬ様を見せてやろう。』

 

アリゼーは踠く、だが魔の手から逃れる術など無し、ミシ…ミシ…と身体が悲鳴を上げる。

 

アリゼー

『アル…フィノ…助け…あああああああ‼︎‼︎』

 

アリゼーの悲鳴がアルフィノに突き刺さる。

 

万策尽きた…どうすれば…どうすれば…。

 

ふとアルフィノは腰に佩いた剣に手を当てた。

 

話は少し遡る。

______________________

ティリオン

『アルフィノ殿、少し待たれよ。』

 

出撃間近の時にアルフィノはティリオンに呼ばれていた。

 

ティリオン

『これを貸しておこう。

 

お守り代わりに持っていってください。

 

私も貴殿の歳くらいに持っていた。』

 

それは一振りの剣だった。

 

アスール伝統の細工が施され、高貴な者が持っていたものと分かる代物だった。

 

アルフィノ

『これは?』

 

ティリオン

『我らアスールに伝わる冒険王フィヌバールが持っていた宝剣です。

 

これを持つ者は勇気と加護が備わり、力が溢れると伝わっております。』

 

アルフィノ

『そんな大事な物を私に貸して頂けるのですか⁉︎』

 

ティリオン

『大事だからだ。

 

私は貴方に救われた。

 

この戦いで万が一にもあなたを失うような事が合ってはならない、だからこそこの剣を持っていてもらいたいのだ。

 

フィヌバール王も王になる前はしがない船乗りだった。

 

だがフィヌバールは仲間と船を守る為慣れない剣を振るい族を退けた、以来その剣を持つと剣を使った事のない者でも十分に振るう事が出来るとされている。

 

それを抜かなくて済めばいいが、もしもの時はそれを振るうと宜しい。』

______________________

 

そして正にその時が来たのだ。

 

アルフィノは剣を引き抜こうとした。

 

そしてその時そっと剣に語り掛けた。

 

アルフィノ

『どうか力を貸してくれ…。

 

懸け替えのない物を守る為に。』

 

すると答える様に剣はゆっくりと抜けていった。

 

白色の光を放つ剣を見たケムラーは驚きを隠せなかった。

 

ケムラー

『何と…その剣は古代の魔法で鍛えられているのか…。』

 

アルフィノは剣を正眼に構えると掛け声と共に突き入れた。

 

咄嗟に避けたケムラーは杖で弾く、然し弾かれた勢いそのまま剣は懐に入り込みケムラーの杖を持つ左手を両断したのだ。

 

ケムラー

『ヌオオオオオオ⁉︎⁉︎』

 

アルフィノがそこまで剣の腕が立つ訳ではない。

 

これも剣に宿る冒険王フィヌバールの魂の賜物だが、その魂に力を貸し与えさせたアルフィノの決意をまた誇り高いものであった。

 

ケムラー

『おのれ小童が…だがワシはここで死なん。

 

ワシには死霊術を完成させる役目が…ッ‼︎』

 

ケムラーの後頭部から何かが突き出てきた。

 

それはクロスボウのボルトだった。

 

脳天を射抜かれたケムラーはそのまま絶命し、倒れた。

 

アルフィノが撃ったであろう人影を見るもその人影はもう既に転移した後であった。

 

アルフィノはすぐにアリゼーの元に走り寄る。

 

幸い一命は取り留めた様だが酷い怪我だ。

 

その後すぐにワイドキングを退けたティリオン・テクリスの兄弟とアメジスト・タンザナイトの兄妹が駆けつけた。

 

テクリスが他の二人に回復魔法を唱えて、何とか大事に至る事は無かった。

 

アメジストはケムラーの死骸を見つけると斧で首を寸断した。

 

アメジスト

『どんな形であれ、総大将は死んだ。

 

この戦は私たちの勝ちだ‼︎』

 

アメジストは首を掲げてみせ、勝ち鬨を上げた。

 

それに呼応しまだ戦っていた味方も鬨の声をあげる。

 

カラク=エイト=ピークの戦いは辛くもドワーフ・アスールの連合軍の勝利で幕を閉じた。

 

残った教徒達は全員が捕虜無いしは最期まで抵抗し玉砕した。

 

この戦いでドワーフとアスールは王を失った。

 

だが、跡を継いだ子供達が王として立ち上がり、同胞を率いて勝利へと導いた。

 

この日より再び山の下の王はダーヴィ(ドワーフ)の先頭に立ち、不死鳥王はアスールを導く灯火となるのだ。

 

第七星歴元年の秋の終わり頃の事である…。




オマケ…

ブレトニア王国軍・ライクランド帝国軍の編成をff14のジョブを基準にした一覧表第一弾(一部筆者のイメージ、モチーフになった作品の設定を含みます。)
『近接歩兵』
槍兵(槍術士LV1〜40相当)
基本的な歩兵、正にスタンダード。
武装は短槍か大楯、ないしは長槍を持つ。
悪くいえば雑兵枠なのでレベル換算これぐらいかなという位置付けにしました。
レベルが高くなる程熟練兵になるイメージです。
因みにブレトニア王国軍の歩兵は半分が徴兵された農民兵なのに対しライクランド帝国軍は末端に至るまで全て職業軍人です。
(元ネタwarhammerではブレトニアの歩兵は完全に農民軍でそれ故に全勢力最弱の歩兵と言われています。騎兵が来るまでの囮、壁役、兵士は畑で取れるって奴だね⭐︎)
装備に差異が有り、ブレトニアの歩兵はホーバーグに更にその上に厚めのレザーアーマーを装備する、いわゆる全身を纏うのに対し、ライクランド帝国軍の歩兵はヘルムとキュイラスのみ付けて後は軍服という簡素な物になっているが、これはライクランド帝国軍の歩兵が軽装と重装に分かれているからで有り、後述する重装歩兵は騎士ではないが全身フルプレート装備で有る。

剣兵(剣術士LV1〜40)
白兵戦のメインを担当する連中。
剣と盾を装備する。
その他諸々は槍兵と一緒。

ハルバーディア(ハルバード)・キザルメ兵(槍術士1〜40)
槍兵のハルバード、キザルメ装備バージョン。
ライクランド帝国軍においては通常の槍兵よりもこのハルバード兵が主力を担う。重装歩兵に至ってはオマケに大楯も装備するので歩兵騎兵なんでもブっ刺してみせらぁの大活躍をする。
ブレトニア王国軍歩兵はキザルメを装備している。
ブレトニア王国軍おいてはキザルメを持つのは一般兵、ハルバードを持つのは徒歩騎士と言われている。
後の詳細は一緒。

弓兵・クラスボウ兵(弓術士LV1〜50)
戦場における投射兵部隊のスタンダード。
ブレトニア、ライクランド双方で編成されている。
ブレトニア王国軍弓兵隊は他国にも名を馳せており、農民弓兵が他国の弓兵を凌ぐという事態を引き起こす事が多々有るのだが、それは狩りなどに使い慣れている事や、騎士の突撃を助ける為に矢の雨を降らせるのはブレトニアの数星暦にも及ぶ基本戦術で有り、弓兵の育成に余念が無いからという理由がある。
物理的な理由としては通常の矢やボルトだけでなく、疱瘡矢や火矢、毒が塗られたボルトに火薬付きボルトなど状況に合わせて放つ矢弾を変えて戦況に変化をもたらせてるからで有る。

銃兵(機甲士LV30〜50)
読んで字の如く銃を装備した歩兵。
彼らは他種の兵とは違い、軍服のみの姿をしている事が多い。
ブレトニアは青のコートに白ズボンに黒長靴、シャコー帽という出立ちであり、ライクランド帝国軍は赤と白の軍服、ファーベレー帽という出立ちである。
姿的には火打石式先込め銃を装備してそうな出立ちだが、彼らの基本的な武装はボルトアクションライフル(元ネタwarhammerでは火打石式先込め銃、尚ブレトニアに銃兵は居ない)と銃剣を装備しており、古臭いのは見た目だけで有り、武装は同等、無いしはそれ以上、運用、戦術に於いては世界最先端を自負している(尚ガレマールも主張しており双方の歴史家は一切譲歩しないという。)
『筆者は最初それこそマスケットにしようと思っていましたがエオルゼアにおいて多少なりと連射する銃が機甲士の装備になっている様な状況なのにマスケットは些かどうなのだという判断や、元ネタwarhammerに於いてもドワーフを除けば最も火器で武装した勢力であるエンパイアが他国に遅れを取るというのもリスペクトの観点でこれも忌避しなければと思ったので、服装はそのまま武器だけは進化させました(笑)』

突撃兵(銃兵)
軽装の鎧を身につけた銃兵。
頭部、胸部のみ装甲化しており敵陣への強行突破の際に他の白兵戦歩兵と混じって発砲しながら突撃する。
武装はライクランド帝国軍は六連装リボルビングリピーターライフル、ブレトニア王国軍はレバーアクションリピーターライフルで有る。
彼ら突撃兵が塹壕戦では使いにくく、伏せ撃ちがしにくいリピーター銃を使うのは、彼等が守戦の為の兵ではなく攻撃戦の為の兵で有ることを明確にしているためと言われている。
『本作品オリジナルの兵士達です。
六連装リボルビングリピーターライフルは元ネタwarhammerにもあり、竜騎兵ユニットとして存在していますが歩兵としてユニット化されておらず歩兵部隊に関してはオリジナルです。
ブレトニアに関しては完全オリジナルです、あの国にレバーアクションとかあったら正にオーパーツ扱いです。』

徒歩騎士・徒歩従士(剣術士・斧術士・暗黒騎士・槍術士LV40〜65)
徒歩で戦う騎士とその見習い。
彼らは主君と共に歩兵として戦う騎士で有り、ブレトニア王国においてはやはり他国に見劣りする歩兵戦力を何とか一流陸軍の地位を保ち続ける重要戦略で有る。
白兵戦に熟達した彼らは敵軍歩兵を切り刻みながら突撃したり、敵の進撃を跳ね除ける正に生きた城壁なので有る。
騎士はコート・オブ・プレート、徒歩従士はホーバーグで身を包み、剣や盾、大剣、片手斧、両手斧、ハルバードで武装している。
『元ネタwarhammerではブレトニアに於いて徒歩騎士は存在せず、全て騎乗した騎士になります。徒歩従士は強力ですが、完全な汎用歩兵としては機能しづらく、やはり騎兵が来るまでの時間稼ぎにしかなりません。』

騎士(騎乗)(LV40〜70)
騎乗した騎士。
彼らは皆、馬上槍と盾、剣や片手斧、片手槌を装備している。
ブレトニア騎士の突撃は如何なるものを粉砕すると謳われており実際彼らの突撃は幾多の尸と亡国を生み出していた。
ガレマール戦に於いても騎士のランスが魔導アーマー越しに乗り手を貫くというのはよく有る光景で有り、純粋な騎馬戦に於いては勝てるのはライクランド帝国軍騎士団かキスレフ有翼騎兵軍団、東方オサードの騎馬民族軍団くらいしか居ないとされている。
ライクランド帝国軍の騎士団はそれには劣るものの完全に訓練された軍馬とそれを守る重装甲に身を包んだ騎馬の突撃はやはり脅威で有り、戦果を重ねていた。

帝国軍、王国軍共に、馬の他にもペガサスやグリフォン、ピポグリフ、そしてデミグリフに騎乗する騎士団がいくつか有り、取り分けグリフォン、ピポグリフは限られた騎士、しかも手懐けるだけのそれ相応の実力を持った騎士しか騎乗出来ず、大概が騎士団総長、軍団指揮官、少数精鋭騎士団レベルにとどまる。


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14話 カテイの話と氷の女王の選択

戦の終わったカラク=エイト=ピークでは死者を弔う儀式が執り行われていた。

 

オリオン、そして首級と身体を見つけ出して縫い合わせたアイアンロックを始めとした大勢の兵達を弔っていた。

 

喪主として新たにドワーフの女王となったアメジストと、エルフ王、不死鳥王になったティリオンの二人が務め、その補佐に互いに摂政になったタンザナイト、テクリスがついた。

 

暁からはアルフィノのみが参加していた。

 

アリゼー、グ・ラハ、ヤ・シュトラは病床にあった。

 

アリゼーも、グ・ラハも、ヤ・シュトラも生きているのが不思議な程の大怪我であった。

 

だがこの3人はアルフィノ、そしてテクリスという治癒魔法の使い手のお陰で大事に至らず、少なくともそう遠く無い時間に目を覚ますだろう。

 

葬儀が終わって翌日、夕刻になった頃一通のリンクパール通信が送られてきた。

 

それはドラッケンホフ城の陥落とタジムニウスの暴走を伝えてきたのだ。

 

アメジスト

『こ、皇帝陛下は⁉︎国王陛下はどうなされた⁉︎

 

お二人ともご無事なのか⁉︎︎』

 

タンザナイト

『姉上、落ち着かれませ。

 

幸いにもセレーネ陛下もタジムニウス陛下もご無事です。

 

ただ…タジムニウス陛下は御倒れになられ…敵の手に堕ちていた聖剣ライオンハートは破壊。

 

我が軍の損失も多大とのこと。』

 

ティリオン

『ライクランド皇帝とブレトニア王が纏めて身罷られる…という最悪の事態を回避出来ただけでも良しとすべきなのかもな。』

 

テクリス

『されど、これは一大事。

 

敵によってブレトニア王国の宝剣そのものが国王陛下を蔑める策と成り果ててしまっていた事、自らの意思では無いとはいえタジムニウス陛下によって多くの兵が手に掛かり、中には貴族出身の者も大勢いる事でしょう。

 

貴族…特にライクランド帝国出身の者達が黙っているとは思えません。

 

これを機にタジムニウス陛下の失脚を図るやも。』

 

アルフィノ

『そんな‼︎』

 

テクリス

『だが、それはもはや確定したと言っても差し支えのない話。

 

ブレトニア貴族、それが例え王であったとしてもライクランド出身の貴族達が元帥という要職、果ては事実上宰相の様に振る舞う現状を歓迎する筈が無い。

 

ましてや今回の件で彼によって家族や身内を殺されていたとしたら。』

 

アルフィノ

『断固としてタジムニウス王の指図を受けまいと離反することも厭わない…と。』

 

ティリオン

『ゲルト公、ディッターズ・ランド公・ノルドランド公・マリエンブルク公親子は兎も角、その下の連中は言ってしまえば日和見主義の貴族連中も多い。

 

アルトドルフの戦いで味方したライクランド側の貴族といえば、味方についた選帝諸侯とその家臣位で、帝国本領であるライクランド侯爵領内の貴族、領主、その他諸々の領主や貴族達は何をしていたと思えば領内に引っ込むか戦いに参加こそしていないもののボリス・ドートブリンガー支持を掲げていた連中ばかり…信を置けるとは到底言えん連中ばかりだ。』

 

アメジスト

『旗色が悪いと見れば鞍替え、そして生き残る。

 

賢い選択だし、家族を守る為の行動だ。

 

仕方のない事、だが負の連鎖は止まる事を知らず伝播する。

 

そしてやがては…。』

 

タンザナイト

『皆で殺し合い、乱世の到来だ。』

 

テクリス

『そして、帝都ではかの御仁がもう既に手を打っているでしょう。』

 

ティリオン

『カルカソンヌ公ジャン…あのお方の恐ろしさはまさに天井知らずよ。』

______________________

帝都アルトドルフは正に血に塗れていた。

 

ドワーフ、エルフの兄弟達が言ったとおりにドラッケンホフの事件で敵愾心を剥き出しにしてきた貴族達は安然な帝都で息巻いていた。

 

正に内部崩壊寸前といった具合であった。

 

だがそれに対し迅速かつ苛烈、そして惨たらしく対処した男がいた。

 

ジャン・ド・カルカソンヌ…。

 

カルカソンヌ公に封じられた元魔法研究者兼聖杯教大司教である。

 

この男の真価は、研究者でも、聖職者でも、ましてや軍司令官でも無い…正に権謀術数の政治家である。

 

ジャンは事前に放っていた『羽』と言われる間者達を放ち、これら貴族を調べ上げた。

 

実際に謀反を計画した者、賛同した者、怒りを露わにしたものの行動にこそ出ていない者に分類した。

 

ジャンは直ちにこれら罪状を用意、ないしは偽造した罪状、つまり冤罪でこれら全ての貴族を捕えてしまったのだ。

 

計画者、賛同者は罪状によってはその場で処刑、一族悉く皆殺しの憂き目にあった家も多く名を連ねた。

 

徹底的な粛清とこれによって遺恨を残さぬよう未成年者や子供、生まれたばかりの赤子、妊婦も処刑の対象になり、私生児にまでそれは及んだ。

 

政治権力に影響を及ぼしようの無い娼婦や農奴出身の母子に限り、帝国に後に忠誠を誓う事を条件に助命されたがそれは極一部にしか過ぎなかった。

 

この凄惨な出来事に多くの人間が批判の声を上げたが、ジャンは全く意に介さず淡々と処理していった。

 

ジャン

『今、必要な事はいくら強権的であったとしても分裂を阻止する事、上級指揮官も、中級指揮官も貴族が必ずやらねばならぬ法則など無いし、それらの代わりも、穀潰しどもも我が帝国には事欠かぬ。

 

少しは綺麗にしないとな。

 

必要なのは兵だけで良い、全軍を統率する大元帥として皇帝陛下が、元帥として将軍らを率いる役目を担う代行として我らがタジムニウス王が居られる。

 

そして中級指揮官として我ら公爵や、将軍が居る、下級指揮官等、これより遥かに成り手が居るのに何故言うことを素直に聞かぬ指揮官が必要なのだ?』

 

然し若手の将達はこのやり口に怒りを露わにしていた。

 

レパン

『何と惨たらしい事を…‼︎

 

当人達は罰せられて当然とは思いますが罪なき子供や赤子まで手に掛けるとは…‼︎

 

聖女様を信奉する第一人者と聞いて呆れる‼︎』

 

アルベルト

『確かに此度はやり過ぎだ。

 

だが、これは必要な事だよレパン。

 

遅かれ早かれこう言う連中は粛清されていたし、これが出来る人間は今はあのお方しか居ない。

 

信義だけで国は成り立たないんだよ。』

 

レパン

『じゃあ、貴方はカルカソンヌ卿の肩を持つのね‼︎

 

国の為なら赤子殺しも赦されると‼︎』

 

アルベルト

『命に幼いだの何だので価値が付与される事は無い。

 

帝国の分断こそ遥かに命が無駄になりかねないんだよ。』

 

レパン

『ッ‼︎‼︎』

 

レパンは完全に怒りに満ちた顔で部屋を出ていった、ぶっきらぼうに扉を閉めて…。

 

アルベルト

『あっ、おいレパン‼︎

 

~〜〜…。』

 

カムイはこのやりとりをただ見守っていた。

 

だがレパンが部屋を出て暫くして口を開いた。

 

カムイ

『恐らく、カルカソンヌ卿に直訴しに行ったな。』

 

アルベルト

『相手になりますか?』

 

カムイ

『ならぬよ。

 

一切の私情を挟まぬ男だから何を言っても正論で、それも他者に一切理解されず、より感情的にさせる事、疑いようのないくらい完璧な正論で返されるが落ちだ。

 

刀剣沙汰にならぬ前に我らも抑えとして向かおう。』

 

アルベルト

『はい。』

______________________

レパン

『確かに彼らの親は許し難い反逆行為をした事は事実です、ですがその子らには何ら罪が無いではありませんか‼︎』

 

ジャン

『確かに罪はないかもしれません。

 

だが後々起こす可能性は高い。

 

逆恨みした近親者や家臣領民が叛逆の意思を植え付けるかもしれません。

 

この際はそう言った連中の方が何倍も厄介ですよ。

 

まず第一にその数を把握する事はできぬ、不特定多数という言葉がピッタリな位にね。

 

次に、ある意味同じ理由だが、検挙しきれません。

 

これら全員を検挙するだけの人員も施設も無い、そしてそれによって起こる弊害も想像出来ません。

 

ならば完全に遺恨を残さぬ、作らぬようにこれらを完全に排除し、その上で功績を立て、従順な者にその領地を与え、少しずつ密告なり自力で裁かせた方が何倍も負担も軽く、帝国に対しての忠誠を誓う事がどれだけ自身のためになるかを改めて顕現する方が為になるでしょう。』

 

レパン

『ならば大司教殿は、論功行賞で与える領地を確保する為にここまでの事をしたと言うのだな‼︎』

 

ジャン

『どう捉えられようと結構です。

 

レパン、卿もブレトニア王国、ひいてはアルトドルフ帝国の貴族、それも公爵なら帝国の為に何が良いか、功績を上げた家臣を如何に労うか、そして何が最も効率的かよく考える事ですな。』

 

レパンはこの言葉で怒髪天となった。

 

レパンは軍服、ロングスカート、ヒール姿のままであるにも関わらず剣を引き抜いた。

 

それを見たジャンも坊主装束のどこに隠し持っていたのか拳銃を引き抜いて構えていた。

 

然も完全に撃鉄を起こし、狙いもつけていた。

 

その時、ジャンの執務室の扉が開き、カムイとアルベルト、そしてブレトニア式、ライクランド式様々な形の鎧だが皆金色に染められた鎧を身につけた騎士数名が入ってきた。

 

カムイ

『双方待て!

 

カルカソンヌ公、リヨネース公。

 

帝都、ましてや宮廷内で殿中に及ぶは不忠の極みなるぞ‼︎

 

皇帝陛下、並びに国王陛下の定めし法に対しその様な態度を取るならば、国王陛下より賜りし特権を行使し、両名を牢に繋ぐ事も厭わぬぞ!』

 

そう言った瞬間、金色の鎧をつけた者たち、ブレトニア王国国王近衛騎士団、獅子心騎士団(通称キングス・ガード)の団員たちが同時に抜刀した。

 

カムイ

『但し双方、直ちに武器を納め、この場を抑えるなら今回の事は不問とする。

 

レパン、其方の意見は最もだ。

 

とても真っ直ぐだ、師として嬉しく思う。

 

だが国はそう単純ではない、そして今は戦争だ、それを忘れるな。

 

我らは決闘をしているのではない。

 

カルカソンヌ卿、卿の意見もまた最もだ。

 

寧ろ帝国のためになる事は遅かれ早かれ万人が理解するところだろう。

 

だが卿はあまりにも情けが無い、それどころか感情を逆撫でしすぎているな、若い者たちはそれだけでは理解せぬよ。

 

皆、卿程賢く無いのだ。』

 

双方武器を納めた。

 

レパンが退出しようとすると、

 

カムイ

『今すぐに謝罪せよとは言わぬ、だが頭を冷やし、その上でカルカソンヌ卿には謝罪せよ、先に抜いたのは其方だ。』

 

レパンは無言で退室していった。

 

カムイは頭を掻きながらジャンについていてやれと合図するとジャンはレパンの後を追った。

 

その後、キングス・ガードの団員達を労うと解散させた。

 

結果この部屋には部屋の主であるジャンとカムイのみが残った。

 

カムイ

『レパンは真っ直ぐだ。

 

ブレトニアの若い連中、いや帝国の若い連中達の中でもずば抜けだな。

 

騎士としてはアレで正しいのだろう。』

 

ジャン

『卿は何が言いたいのか私には分からぬぞ?』

 

カムイ

『私はな、ジャン。

 

先も言った通り人は正論では動かぬ。

 

感情を優先する生き物なんだって事を留意して貰いたいだけさ。

 

確かに卿のお陰でこう言った連中が軽挙に出る事は当面無かろう、だが遂に卿はライクランドだけで無く、ブレトニアの貴族達をも敵に回した。

 

卿は正に国王陛下より委任された権限で仕事をしているが、やがて国王を誑かしている奸臣と思われ、そしてゆくゆくは国王陛下そのものへの不満と怨みに繋がる。』

 

ジャン

『私の行いに対して怨みを持つのは勝手だが、確かに卿の言う通りだな。

 

なら卿ならどうしていた?』

 

カムイ

『ム、そうだな。

 

取り急ぎ兵権だけ確保出来ればこの際良いからな、拘束するだけ拘束して、国王陛下なり皇帝陛下なりに御裁可を頂くだろうな。

 

尤も国王陛下なら処断せよと言うだろうし、皇帝陛下なら財産も地位も全て返す、いやそこまで寛大には流石になれぬだろうから、これは没収するがその代わり助命せよと申されるだろう。』

 

ジャン

『私には、皇帝陛下の裁可が未熟に思えるな。』

 

カムイ

『私は国王陛下の裁可が未熟に思える…いや違うな。

 

2人とも未熟さ、何せ2人とも我らの半分しか生きちゃいない。

 

未熟な君主さ、2人とも、そして俺達も。』

 

ジャン

『フッ。』

 

ジャンは鼻で笑うと、息を吐いた。

 

ジャン

『カムイ、助かった礼を言う。』

 

カムイ

『礼なら今日の夜の九時、空けておけよ?

 

久し振りに飲もうや、アイアンロックとオリオンを偲んでな。』

______________________

帝宮内で悶着があったその頃、マリエンブルク公カタリナとカムイの弟シリュウ、そしてカタリナの夫であるフーセネガー将軍がここ数日の戦闘での違和感について話し合っていた。

 

カタリナ

『どうも、妙なのよ。

 

ここ最近の敵軍の戦い方が余りにも場当たりというか、無駄が多いと言うか。』

 

フーセネガー

『選帝侯はおろか、その子息達も戦場に出ない。

 

代理指揮官を立てて無駄に兵の命を散らす戦い方をしているな。

 

尤もこっちもその迎撃の為に戦ってるが、連中が無理くり乱戦に持ち込むものだからこちらの犠牲も凄まじい。』

 

シリュウ

『我が軍の疲弊も凄まじい、ここ数日で物資の損耗もねずみ算式に増えています。

 

特に武器弾薬が。』

 

カタリナ

『両軍の疲弊を誘うかの如く戦っている。

 

これではどっちが勝っても国としては致命症、まるで帝国そのものの存続なんて考えていないと言う態度ね。』

 

3人は唸りながら、味方の帳簿に目を通した。

 

敵の妙な戦い方に付き合う必要がないが、そもそも帝都やミドンランドを始めとした帝国領中央を分断するように流れる大運河を挟んで長大な戦線を構築し、対岸に渡るための幾つかの大橋や浅瀬を舞台に戦闘を行うと言う限定的な環境故に回避する手段が無く、自然と白兵戦の体を成してしまうからだった。

 

カタリナ

『ボリス・ドートブリンガーの言を何度か聞いた事があるけど、その度に思う事があったの。

 

奴は帝国そのものでは無く、何か目的があってこの蛮行に及んでいるのでは無いかって。』

 

シリュウ

『目的が帝国簒奪では無いと?』

 

カタリナ

『あくまで仮定の話で話させて貰うけど。

 

奴のガレマール帝国の傀儡政権の時と言い、今回の戦争といい、帝国が疲弊する事を大前提に行動していたように感じるの。

 

もし彼が時期を見て我が帝国を簒奪し、玉座に座ろうと思ったならその時のために力が振るえなくなるような事態にはしない筈だし、抵抗勢力が出た時に長期化しないためだったとしても、彼が選帝諸侯をほとんど味方につけている以上、その必要なんて全く無い筈、圧倒的な力で一方的に制圧できる筈だもの。』

 

フーセネガー

『帝国そのものには興味が無い…。

 

じゃあ奴はここで何をしようとしているのだ?

 

帝国をメチャクチャにしてなんの益が有るのだ?』

 

カタリナ

『それは…分からないけど。

 

でもタジムニウス王の事も有るし、未だ私達は奴の手のひらから脱せていないと言う事だけは確かね。

 

帝国を…そう、疲弊させる事で何かが達せられる。

 

帝国全土を血に染めなければならない理由…一体なんなのかしら?』

 

もし彼らの手に、コーデリアとその父が手に入れた件の吸血鬼教の書物が有ったなら、そしてそれを解読する方法を知っていたなら、歴史は大きく変わったかもしれない。

 

彼らはこの戦争の裏に隠された真実の扉に近づけた今この時を生きる唯一の生者だったのだ。

 

無理もない誰もそもそもの原因を考える暇など無いのだ。

 

だがそのような事を言っても詮無い事である。

 

______________________

その頃…

 

ドラッケンホフ城ではタジムニウスがクーロンヌの剣を見つめていた。

 

刀身からは赤い魔力のオーラが出てまるで赤く光る剣となっていた。

 

かつて存在した聖杯騎士達は皆、金色の光を剣に纏わせていたと言うがタジムニウスはその金色の輝きを失い、この赤色になってしまった。

 

赤く…まさに血のような赤であった…。

 

そして彼は部屋の隅を見た。

 

そこには机があり、その上には完全に刀身が砕けた聖大剣ライオンハートが置いてあった。

 

かの怪物が大剣から離れた後、ライオンハートは人知れずバラバラになっていたと云う。

 

従軍した鍛治士達はこの大剣を見て皆同じ結論を出した。

 

現時点では修復不可能と。

 

そもそも如何に作り上げたかも分からない上に完全に剣としては存在する事が出来ないほど損耗していたのだ。

 

もはや、やる事と言ったら、これを溶かして新たな剣にするしか無いという。

 

ドワーフ族ならなんとか治せるかも知れないと思うがそれでも以前のようには行かないだろうと言う者が居たが、帝国建国以来の聖遺物と言っても過言でもなかった物がいつからか、そして如何にしたのか敵の呪術に汚され、あろう事か災いまで引き起こした。

 

もはや誰一人その剣に触ろうとしなかった。

 

更に使い手たるタジムニウスの精神的な傷が大きい。

 

アレから二、三日経ったが未だ自らが殺めて者たちの悲鳴や感触が離れなかった。

 

だが彼にはそれと向き合う時間は無い。

 

事態は進んでいる。

 

贖罪も逃避も全て後回しだ。

 

タジムニウスはクーロンヌの剣をしまうと呼び鈴を鳴らした。

 

従卒が入ってくると、ナイトハルトとコーデリアを呼ぶように伝えた。

 

直ぐに二人は来た。

 

二人は深々と頭を下げ、タジムニウスは病床から二人に近くの椅子に腰掛けるよう促した。

 

ナイトハルト

『閣下、御加減は?』

 

タジムニウス

『腹立たしい事に元気でな。

 

だが亡者に取り憑かれてしまったようだ。

 

自業自得だがな。』

 

コーデリア

『まさかあの様なことになるとは…聖遺物が、よもや敵の呪術媒体と化すなど!』

 

ナイトハルト

『然し、敵とは何でしょうか?

 

緑の騎士様は敵の術と申しましたが…ドートブリンガー公でしょうか?

 

それとも吸血鬼教でしょうか?』

 

コーデリア

『後者とは思いますが、門外不出のかの大剣に如何にして呪術を掛けたのでしょう?

 

かの大剣はこの戦いに至るまで封印されていた物。

 

ハッキリ言って不可能です、それこそ最初から呪術を掛けてあったのでなければ。』

 

タジムニウス

『兎も角…もはや詮無いことだ、かの魔術書は解読が出来ない、手掛かりなりそうな吸血鬼教徒の文献は悉く灰だ。

 

…本題に入ろう、諸君らはキスレフに向かう女帝陛下を護衛して貰いたい。

 

最小限の護衛しか許されなかったが、量よりも質だ。

 

二人が適任なんだ。』

 

コーデリア

『畏まりました。

 

キスレフには我々シグマー正教会の支援者がおります。

 

もしもの時は頼れるかと。』

 

ナイトハルト

『命に変えましても女帝陛下のお命をお守り致します。』

 

タジムニウス

『ナイトハルト卿、君にはもう一つ頼みたい事がある。

 

君が不在の間、兵を貸して貰いたい。

 

スタールランド、アヴァーランド、この二つの公爵領を完全に掌握したい。

 

バットランドからソルランドまでの軍勢の進軍路になった箇所は凄まじい被害を被ったそうなのだが、この際確保してしまいたい。

 

治安維持が主目的なので五千ずつ派遣したい。

 

将軍の人選は君に委ねる。』

 

ナイトハルト

『直ぐに手配を。』

 

タジムニウス

『敵が今更これら領地の確保に出たと報告は無いが、いつ取り戻しに来るか分からないからな。

 

正直これ以上は帝国領の維持は人的の問題で難しい。

 

キスレフとの外交次第だが…不利は承知の上で一大決戦に挑まざるを得ないだろう。』

 

二人は沈黙した。

 

自分達は確実に勝利を積み重ねている。

 

だがそれは戦略面での不利を抱え込む行為でもあったのだ。

 

タジムニウス

『道中レマーと一万の兵を随行させる。

 

オスターマーク公爵領確保のためにな。あそこはキスレフの玄関口だからな。』

 

コーデリア

『して、元帥殿は如何なさるのです?』

 

タジムニウスは少し黙ってしまったがゆっくり口を開いた。

 

タジムニウス

『ハーフランドの民主革命勢力を撃破しに行く。』

 

コーデリア

『ほ、本当に行かれるのですか?』

 

タジムニウス

『誰かがやらなければならないんだ。

 

それに連中が勢いづいてスタールランドやアヴァーランドに根付かれる方が厄介だ。』

 

尤も今の俺についてきてくれる兵士が居るかどうかだがと言い掛けたがタジムニウスはそこは口を噤んだ。

 

勿論一人では行かず、ディーターを連れて行く事にした。

 

オットーがこのバットランド(占領時に新たに地名が改められ、ズィルバニアとなる)の治安維持の為動けないので動かせる兵も二万が良いとこであった。

 

二万…これだけ見れば圧倒的に兵が足らないが、そもそもハーフランドの実情は多少なりの武装と訓練を施した民兵が二万、残りは同調したハーフランドの住人十数万で有り、彼らは更に武器もお粗末、そもそも武装すらしていないかも知れないので実質は同数、然も質の面では何倍も凌駕していた。

 

尤もタジムニウスは当初一万五千程で出陣しようとしていたが流石にそれは危険が大きいとしてオットーが五千の兵をつけてくれたのだ。

 

正直二人はまだタジムニウスには戦場に出てもらいたく無かった。

 

あの惨劇の後という事もあったが、彼を恨む兵達は大勢いる筈だ、もはやこれはしょうがない事だが、今の帝国には彼が必要だと理解出来るのはそれなりの立場に着く人間しか居ない。

 

それ以外の者達は理屈ではなく感情で動くだろう。

 

そしてその先は…。

 

兎も角、少なくともほとぼりが冷めるまでは大人しくして貰いたかったのだ。

 

だが彼自身が行くと言った以上止める事は出来ない、彼を止められるのは女帝セレーネしか居らず、そしてセレーネもまた彼の出征を認めたのだ。

 

タジムニウスは二人に退出して良しと合図すると二人は頭を下げそのまま退出した。

 

翌朝、ドラッケンホフ城より二つの集団が出ていった。

 

一つは女帝セレーネのキスレヴへの交渉団兼オスターマーク制圧軍である。

 

そして一つはレオンクール元帥麾下二万のハーフランド征伐軍である。

 

女帝セレーネが城より出て来た時は兵達は歓呼の声を上げたが、タジムニウスが出て来た時は静まり返った。

 

無理もない、まさかもう復帰するとは思われなかっただろうし、あの惨劇の後だ。

 

近衛兵達が鬨の声すら上げない兵達を威圧しようと武器を構えようとしたが、タジムニウスは制止した。

 

だがいざ戦場で指示を聞かなかったり、反抗されては厄介なので、ディーターは仲間のウィッチハンター達を四十名参加させ、この連中は反抗的な態度を取った兵や将校を最悪の場合裁判なしに処刑する事の出来る特殊な憲兵として存在させる事を女帝に懇願していた。

 

女帝セレーネはこれを赦し、タジムニウスは渋面をしたが、今必要なのは恐怖を以てしてでも権力を確立させる事だったのだ。

 

タジムニウスは城門の前でセレーネの前に跪き、必ずや叛徒を壊滅させると誓いを立てた。

 

セレーネは大神シグマーと泉の女神の加護が有るようにと元帥を祈った。

______________________

さてこの連中(ハーフランド征伐軍)の道中は実に殺伐とした物だった。

 

誰もが無言であった。

 

兵が将を信じず、総大将は兵を信じたくとも自らの過ち故に犯した罪で信じて貰えるわけがないと諦めており、そして将達は正に二分である。

 

総大将を信じる者、信じない者。

 

こんな状況でよく戦が出来るものである。

 

もしこれがボリス・ドートブリンガーとの決戦やもしガレマール帝国が現在で、皇帝ヴァリス・ゾス・ガルヴァスとの戦にでもなっていたら、圧倒的大惨敗の憂き目に遭っていた事は疑いようが無い。

 

だが幸いにも質は圧倒的格下、量も…実質的な数は同数の身の程を弁えぬ下賤の民である。

 

負ける方が難しい。

 

だが完封とはいかない。

 

そもそもハーフランドには城塞都市ムートの他にももう一つ砦がある。

 

この砦の名を『トゥックの砦』という。

 

それはかつてこの地に住むホビット(ララフェル族の事)の中で初めて爵位を持ったトゥック将軍を讃えて、そして自身も設計に携わった歴史的な建造物であり、小型ながら、一万の兵員の収容能力、地下に張り巡らされた各水道網に備蓄倉庫群によって見かけ以上の時間を持ち堪える事が出来る傑作であった。

 

そして更に砦の周りには塹壕が張り巡らされており、コレらもこの砦を堅牢にした要因である。

 

反乱軍がこの砦を使わない理由はない。

 

そしてコレはタジムニウス達の進行方向に建てられている。

 

つまりほぼ確実にこの要塞と戦わねばならなかった。

 

タジムニウス

『落とせるだろう。

 

それは間違いない、だが塹壕を無力化するだけでも大分時間を食うな。

 

兵も消耗が激しくなるだろう。』

 

ディーター

『物見の報告ですと、砦に一万、塹壕に一万。

 

内訳は其々に教育と武装が施された傭兵混成の兵一万が五千ずつに別れ、残り一万の雑多な武器で武装した民衆が同じように分かれています。』

 

タジムニウス

『あの砦の事は出立前にタナトス卿から聞いてはいたが…何とかこちらの犠牲を最小限にしないとな。

 

我々には多数の暴徒を抱えたムート攻略も控えている。』

 

兎に角諸将全員で唸りあっても良い手が出るはずも無い。

 

その場の軍議は解散した。

 

ディーター

『陛下、具申したき事がございます。』

(ディーターはタジムニウスの軍師として主従の誓いを立てたので彼を王陛下と呼ぶのは正しい)

 

タジムニウス

『我らが軍師の一計を聞こう。』

 

ディーター

『一計と言う程では有りません。

 

敵の砦に使者を送りたいのです。

 

私が思いますに、彼らは指導者としてジョン・モーガンを置いておりますが、その下に立つ中級指揮官の成り手がおらぬ筈、居たとしても。』

 

タジムニウス

『その妹。

 

あの血気盛んな女が砦の指揮官である可能性が高い。

 

そして俺達はあの女をこっ酷くコケにした…読めたぞ。

 

性格悪いなぁ〜、コレは余計恨み買うなぁ。』

 

ディーター

『敵の恨み辛みなど知ったこっちゃ御座いませぬ。

 

我が全軍が楽に勝つためにございます、まぁ仮にかのお嬢さんじゃなかったら無かったらで策を考えるだけですが。』

 

タジムニウス

『取り敢えず俺の仕事は文書を書く事だな。』

 

ディーター

『左様、二通御用意して頂きたい。

 

一つは男性向け、もう一つは女性用に、そして出来れば逆撫でするような文章でお願いします。』

 

タジムニウスは男女四人の小姓を呼び寄せた。

 

タジムニウス

『これから人の感情を逆撫でする文章を書く。

男性女性別に書くから君達の率直にどう思ったか教えてくれ、卿ら四人の怒りを買えればこの文章は完成する。』

 

何とも風変わりな事をしているが、少なくともタジムニウスは本気だった。

 

小一時間程で書き終え、四名は解放された。

 

これは余談だが、この四名は戦乱終結と同時に家に帰ったが、家族にこの出来事を話したところ、そんな冗談みたいな事が有るかと中々信じて貰えなかったと云う…。

 

翌日、1人の騎士が使者として立てられた。

 

その使者は王と軍師に詰め寄られていた。

 

タジムニウス

『良いか、君。

 

間違えるなよ…青い方のリボンが総大将が男だった時の手紙だぞ、赤い方のリボンが女だった時に渡す手紙だからな?』

 

ディーター

『くれぐれもお間違い無きようお願いしますよ?』

 

謎の圧を喰らいながら騎士は1人トゥックの砦に向かった。

 

流石に反乱軍であろうと使者を死者にする事がこの上なく不名誉で有る事は知っていたらしくこの騎士は通された。

 

総大将にのみ手渡す様にと言われていると一点張りを決め込み、待たされると出て来たのは1人の女だった。

 

褐色のアウラ族の女、ジョン・モーガンの妹、カレン・モーガンで間違いなかった。

 

使者はそんな事は知らんが、どうやらこの砦の責任者という事は理解した。

 

そして彼はちゃんと赤色のリボンがされた手紙を渡した。

 

内容を掻い摘むとこうだ。

 

(諸君らは雑多な小火器やら農具やら古ぼけた剣や槍で武装した暴徒にすぎない。

 

その付け焼き刃の訓練は如何程も役に立たない。

 

このまま戦えば、そしてこの後も戦えば、君たちの行く末は男は悉く殺されるか奴隷に身を落とし、女子供はまず我らに犯され、その後は娼館に安値で売り払われ、股を開き、腰を振るだけの一生が待ち構えてるだけだろう。

 

だが今降伏すればそうならずに済む。

 

所詮信条など生きるための方便なのだから捨てた所で誰も文句など言わん。)

 

と言った内容だ。

 

特に女子供の末路を徹底的に事細やかに書き示した物だからおそらくこれは決定事項なのだろう。

 

ともかく破廉恥極まりない文章であった。

 

カレンは激昂した。

 

カレン

『よくもこんな紙切れを寄越してくれたね‼︎

 

あんたらの王にこう伝えな、アタシの股はお前のそのチンケなナニを入れる程安く無いってな‼︎‼︎』

 

使者は追い出され、タジムニウスの元に帰って来た。

 

そっくりそのまま様子を伝えるとタジムニウスとディーターは肩を震わせ、少しずつ笑みが溢れ、最後は関が切れた様に大笑いし出した、そしてそれぞれのグラスにワインを注ぎ、使者にも注いでやると、乾杯し出した。

 

全く訳の分からない使者はポカンとしていた。

 

更に追い討ちをかける様に褒美の金だ、ワインだ、軍馬だと、手渡され、こんな簡単な仕事でどうしてこんなに褒美が貰えるのか全く訳の分からない使者はそのまま帰っていた。

 

さて大笑いして上機嫌の2人で有る。

 

上機嫌な理由はこれで策が半分成功したのだ。

 

カレンは激昂した、それはもう理性など残り様が無いくらいに。

 

あと一押し、おちょくってやれば良いのだ。

 

それで全て上手く行くのだ

 

更に翌日。

 

遂にタジムニウスの軍勢はトゥックの砦に到達した。

 

さて散々馬鹿にされた反乱軍は砦とその塹壕に防備を固めた上で待ち構え、タジムニウス達が見えたや否や鬨の声を上げた。

 

だが次の瞬間、彼らは驚くべき光景を目にしたのだ。

 

何と敵軍は自分たちを無視して進軍を始めたのだ。

 

全く見向きもしなかった。

 

挙句総大将のカレンが見たのは、鎧では無く軍服姿のまま指揮を取るタジムニウスだった。

 

タジムニウスもカレンの存在に気がついたが、一瞥するだけですぐにそっぽを向いていた。

 

互いに全く砲火を交わすことなく、ブレトニア軍はそのまま通過して行った。

______________________

同日昼頃…

 

カレンはワナワナと身を震わせていた。

 

カレン

『侮りやがって…どこまでアタシをコケにすれば気が済むんだ!』

 

カレンは立ち上がった。

 

カレン

『野郎ども、出るよ‼︎

 

今みんなで出れば夕刻には追いつく、敵は野営しなきゃ行けない以上この先の平地で止まるはず、相手が油断しきっているうちに叩けば勝機はある‼︎』

 

カレンも、そして首謀者にして兄のジョンも、軍事の知識なんて持ち合わせてはいないが言っていることは的を射ていた。

 

雇われの傭兵隊長達も同意し、砦の兵力二万は慣れない追撃を始めた。

 

が…………。

 

夕刻になり、やっと追いついた彼らの眼前に広がっていたのは完全に陣を整え、待ち構えていた敵の姿だった。

 

そして最前列の銃口と銃剣を並べた歩兵の横隊の丁度中心に軍服姿のまま馬を立てた王がいた。

 

タジムニウス

『小娘にやられる程、我らブレトニアの軍法は甘くはない。

 

我らこそ帝国の力そのもの、刃向かった愚かさを身を以て知るが良い‼︎‼︎』

 

タジムニウスが三角帽を脱ぎ、そのままカレン達に向けると同時に長銃と野砲が一斉に火を吹いた。

 

圧倒的な実力と装備の質の前に二万の追撃軍は為す術無く撃破され、この戦いはどの歴史書にも共通してムートの虐殺として書かれる一方的な戦いとなった。

 

カレンは僅かな仲間を連れ、敗走。

 

それ以外はほぼ討ち取られたという。

 

後に恐るべしと謳われるタジムニウス・レオンクール王とその軍師ディーター・バルツァーの統率力と心理を読む冷静さと知略はこの後も大いに振るわれるが最も有名な話の一つとしてこの戦いは記録されることだろう。

 

タジムニウス

『バルツァー卿、卿は戦士で有る以上に軍師で有るな、見事だ。

 

私が彼女でも勝てなかったろう。』

 

ディーター

『陛下、此度の策はやはり常道を逸した物、これを為すためには知略と同時に兵を統率する力が必要なのです。

 

陛下はかの惨劇によって確かに将兵の信望を失ったやも知れません、されどこの策をするに当たり、兵達が混乱し、その上もし敵が我らが行軍する間に襲い掛かって来たら全て破綻しておりました。

 

だが、そうならなかったのは陛下が仁の心を持って兵達に接したからです。砦の前を行軍する時、陛下は兵達よりも砦側に馬を立てておりました、そして開戦の折は兵達と共に最前列におられ、戦が終わるその時まで、馬から降りず、最前列で自ら小銃を撃ち、身を晒しました。』

 

そうディーターが話すと同時に尊奉の眼差しを向ける将兵達が集まってきていた。

 

ディーター

『だからこそ、兵達は皆貴方についてくるのです。

 

我らが従うべきは高貴なる魂を持つ王道たる者。

 

タジムニウス王万歳‼︎‼︎』

 

ディーターは剣を引き抜いて天に掲げ叫んだ。

 

するとその後から将兵達も剣や槍、そして銃を持った手を空に突き上げ次々と万歳を叫んだ。

 

ブレトニア軍将兵

『タジムニウス王陛下万歳‼︎レオンクール王朝万歳‼︎‼︎』

 

ライクランド軍将兵

『女帝陛下万歳‼︎レオンクール元帥万歳‼︎‼︎』

 

同じ国の、しかも雑多な武器しか持たない哀れな暴徒を討ち倒しただけなのにまるで異国の軍を退けたか、国そのものを征服したかの様な熱狂だった。

 

タジムニウスは三角帽を脱ぎ、脱帽の姿勢を兵達に示し、手を振り、握手を交わした。

 

だがこれでもタジムニウスは足らぬと思っていた。

 

まだ多くの兵たちを手に掛けた償いはしなければならない。

 

そしてまだ戦いは終わってないのだ。

 

それと同時に、今こうして自身を支えてくれたディーターの存在、そして今は兵や民の治療の為離れている愛すべきキアラの存在、主君、家臣、領民、そして自分を案じて異国の地まで飛んできた暁の盟友達。

 

彼らの存在がどれだけありがたい事なのかを今1人で噛み締めていた。

 

タジムニウス

(俺は、俺は必ず皆に胸を張れる王になる…!

 

女帝陛下を支え、皆の模範たる騎士になってこの国を、そして世界に安寧をもたらし、麒麟を…多くの戦士達が夢見た平和の象徴、麒麟を呼び寄せてみせる‼︎)

 

そう思った刹那、腰元が暖かいと感じたタジムニウスは腰に刺したまま抜かずにいたクーロンヌの剣を抜くと、赤く禍々しく魔力を纏っていた筈のものが、オレンジ色の魔力を纏って居たのだ。

 

それは暖かく、光を感じる物だった。

 

その光は正にタジムニウスの二面性を現すものになっていた。

 

だが、凶兆ではない。

 

夕暮れの如く暖かな光が剣に宿る。

 

これが悪意や怨念で有るはずがないのだから。

 

______________________

トゥック砦陥落の報は直ぐに帝国各地に伝わった。

 

ムートの反乱軍が壊滅しつつある事を帝国各地や他国に知り渡れば同様の事を起こそうとする輩は一旦は思い止まり、諸侯達は女帝派は決戦の為の準備を整えつつある事を理解し、そして他国とその為大勢の武装勢力、臨時政府はブレトニア・女帝派軍がアルトドルフ帝国南側の領土の支配を完全に固めつつあるのだと間者やの地に彼らが遣わしてくるであろう使者によって知る事になるだろう。

 

タジムニウスはほぼもぬけの殻となったトゥック砦に入城した。

 

僅かに残った残兵は降伏して、縄に囚われたが程なくして解放されたという。

 

翌日、再度進撃開始と決めたところで伝令が息を切らした馬で砦に転がり込んできた。

 

伝令は、カラク=エイト=ピークで、アイアンロック、オリオンが戦死した事、そしてカラク=エイト=ピークが再びドワーフの手に戻った事を伝えてきた。

 

凶事と吉事が同時に訪れた。

 

だが、あまりにも凶事が大き過ぎた。

 

タジムニウス

『全兵に…全兵にこの事を伝えよ。

 

2人がもたらしてくれた勝利を無駄にするなと。』

 

ディーター

『畏まりました陛下。』

 

ディーターはそう答え、タジムニウスの自室を出た。

 

タジムニウス

(父上の事を知る者達がまた居なくなってしまった…。

 

我らは1人で立つにはあまりにも未熟、失敗を師として我等を導いてくれる先達が居らねばならぬというのに…。)

 

タジムニウスは従卒を呼ぶと白ワインを持って来させた。

 

タジムニウスは白ワインを注ぐと自室の窓に向けてかけ流した。

 

それはまさに2人への弔いであった。 

______________________

 

その日の夜、ムートに闇夜に紛れ入場する者達が居た。

 

カレン達は何とかムートに逃げ帰ってきたのだ。

 

ムートの民や民兵達は恐れ慄くしか無かった。

 

二万もいた同胞が帰って来たのはわずか十数名、それ以外は悉く討死か捕縛など信じられる訳がなかった。

 

カレンは兄ジョンに敗戦を伝えるべく領主の館に向かった。

 

ジョンは苛ついた態度を必死に隠そうとしたが顔に現れ、これからの事を思案するがもはや頭に血が昇ってそれどころでは無かった。

 

ジョンはカレンを退室させると外を眺めた。

 

ジョンの見る先には敵が居る。

 

自分よりも遥かに強大な。

 

そしてその敵は決して自分達の存在を許しはしない、必ず皆殺しにされる。

 

そんな相手にどうやって立ち向かえというのか…。

 

城内の士気はまだ高い。

 

だが敵はこれら叛逆の徒を容赦無く焼き殺す事が出来る。

 

定石通り城壁で攻城戦をしようものなら城壁ごと吹き飛ばされるのがオチだ。

 

市内戦に持ち込めばまだ戦えるかも知れないが、手こずると分かれば敵は都市を攻撃するだろう。

 

彼らの敵は怒り狂った獅子、それは城を雨音だけがホールに木霊する廃墟にするまで止まらぬとされるレオンクールの王。

 

一人の野盗に化けて見せた王は神出鬼没、勝つ為なら汚泥すら啜る。

 

そんな人物が一番危険なのだ…。

 

ジョンはタジムニウスという人間を相手に戦う事を後悔し始めていたが同時にそんな怪物をもし明日討ち取れたらという一種の興奮も覚えていた。

 

______________________

翌朝、タジムニウスはパンに極太ソーセージを挟んだ一種のホットドッグの様な物を齧りながら馬を立てていた。

 

その一歩隣にヴァイオリンの弦を手直ししながら馬に跨るディーター、更に似た様に朝食を取ったり武器や私物を手入れする幕僚が続き、更に後ろから欠伸や目をこすりながら続く兵達が行進していた。

 

タジムニウス

『従卒君や、おかわり。』

 

従卒

『凄いですね、もう三個目ですよ?

 

カムイ卿からはよく食べるお方とは聞いていましたが。』

 

タジムニウス

『君も騎士になるのだろう?

 

ならコレぐらいは直ぐに食べれるよ私が保証する(モグモグ)。』

 

ディーター

『陛下、行軍中暇を持て余しましょう、畏れながら一曲奏でさせて下さい。』

 

タジムニウス

『おっ、そりゃあ良い。

 

皆、軍師殿が一曲我らに聞かせてくれるそうだぞ!』

 

将兵

『おお‼︎』

 

将兵

『軍師様ー!』

 

ディーターはゆっくりヴァイオリンを奏でる。

 

その曲は若き少年兵が父母兄弟姉妹に見送られながら村を出て、戦で武功を立て、故郷に戻ったが、家族は皆敵に焼かれた後だった、一人残された少年兵は戦功によって騎士に叙勲されたが在りし日の思い出と故郷を懐かしんだという曲である。

 

兵士

『故郷か…帰りてぇな。』

 

兵達は口々に帰りたいと溢し始めた。

 

そこにディーターは口を開く。

 

ディーター

『私もだ、隠れ里を出てまだ一月も経っていないがとても恋しい。

 

ふふ、コレでは皆簡単には死ねぬな。

 

我らは、いや俺達は何が何でも勝って、勝って故郷に帰るぞ‼︎‼︎』

 

将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

鬨の声を上げた軍勢はまさに空気を震わせ、大地を揺り動かした。

 

タジムニウス

『見事だ、見事だよ。

 

故郷を懐かしむ彼らの心を掴んでその上火をつけるとは。』

 

ディーター

『この戦いも些か長うございます、兵達も家が恋しかろうと思いましてな。』

 

タジムニウス

『故郷か…。』

 

何処か遠くへ想いを馳せたタジムニウスの元に偵察兵が現れる。

 

ハーフランド首都ムートまでもう僅かであり、城壁には敵兵が配置されているのだと言う。

 

タジムニウス

『さて、敵が待ち構えているそうだが、問題は住人悉く我らに手向かうつもりかどうかだな。』

 

ディーター

『その通りです陛下。』

 

タジムニウス

『ディーター、もう一曲頼む。

 

曲は…。』

 

タジムニウスは曲を伝えた。

 

それはレオンクール家の恐ろしさを象徴する歌だった。

 

かつてリヨネース公爵領にある港町ムジヨンを領有するムジヨン伯は王国に叛旗を翻した。

 

周辺諸侯を味方につけたムジヨン伯は主人リヨネース公はおろか周辺の公爵すら易々と手が出せぬ程であった。

 

時の王は軍略、権謀術数に長けた人物であった。

 

王はムジヨン伯の軍を引き寄せ、敗走したように見せかけ、ムジヨンを攻囲、ムジヨン伯の目の前で領民を皆殺しにし、ムジヨンを完全に破壊し、そして城が崩れ、最も高い塔から妻と幼い子供達が身投げする様を見せつけた。

 

完全に意気消沈したムジヨン伯は碌に抵抗出来ず逆撃に出たブレトニア軍に一方的に殲滅され、生きながら焼かれたという。

 

残されたのは無数の屍が横たわる廃墟、ムジヨンの城のホールはただ雨粒のみが木霊していたという…。

 

そしてその様を王は歌にして諸外国に伝え、彼の治世が終わるその時まで誰一人として仇なすことは無かったという。

 

まさに呪われた歌をディーターは奏でた。

 

そして将兵達は理解した。

 

タジムニウス王はハーフランドの者達に容赦する気が無いのだと。

 

彼らが生き残るには自分達に勝つか、かれが許せばの話だが、降伏するかの二択である。

 

一度戦えばもはや死滅するまで手を緩めることはないだろうと。

 

タジムニウス

『全軍、これよりは行軍ではなく行進である!

 

軍歌を奏でよ、足並みを揃え、歌え‼︎

 

彼奴等は王国の、帝国の、皇帝の陛下の朝敵である‼︎‼︎』

 

朝靄の中からドラムの仰々しい音とラッパが吹き鳴らし二万の軍が姿を現す。

 

白色の鎧に黒いフード付きコートマントを羽織った王とその隣に武装した軍師、さらにその後ろをフルプレートアーマーかコート・オブ・プレートの鎧、或いは紺の上着と白いズボン、腰にサッシュを巻き、二角帽とマントを身につけた将軍達、そしてその後ろから地平線を埋め尽くさんと現れる兵士達、戦闘は青と赤或いは赤と白の軍服を着て、シャコー帽を被った銃兵達、その後ろから槍兵、剣兵、そして弓兵、そして黒光りした無数の砲であった。

 

その横を鎧に身を包みランスを抱える重騎兵と、胸甲のみ身につけた軍服姿の軽騎兵が守るといった編成である。

 

二万の軍は三方向より攻め掛からんとする構えだった。

 

タジムニウスは剣を天向けて掲げ、そして振り下ろした。

 

そして同時に全ての砲が一斉に火を噴いたのだ。

 

城方も撃ち返す。

 

だが物は良くても使う人間は付け焼き刃、有効弾を与える事が中々出来ない。

 

だがタジムニウス側もこのまま撃たれ続けるのは不味い。

 

そもそも城攻めをするには兵が足らぬのだ。

 

それを補うべく大量の火砲を持ち込んだが制圧するにはやはり不足であった。

 

だが何故タジムニウスは戦闘に踏み切ったのか…?

 

その頃、ディーターは伝令より手紙を受け取っていた。

 

そしてタジムニウスに見せた。

 

タジムニウスは頷くと手紙を従卒に渡した。

 

圧倒的な火力を前に遂にムートの城壁は幾つかの大穴を作り、崩れた。

 

城壁で戦うことはもはや不可能。

 

ジョンは城内に兵を退避させ城塞都市で市街戦に持ち込もうとした。

 

だがタジムニウスは兵を進ませなかった。

 

そして更に砲撃を取り止めさせたのだ。

 

反乱軍の面々は怪訝そうな顔で敵を見つめた。

 

ディーター

『王の命である。

 

各部隊所定の位置まで前進、その場で待機せよ。』

 

行進曲を奏でながら兵達が前進する。

 

都市で白兵戦になるか、いや彼らは都市と最初に彼らがいた位置との丁度境目まで前進して止まったのだ。

 

そして彼らの背後から土煙が上がっているのを気がついた。

 

そこには巨大な人型の影が潜んでいた。

 

タジムニウスはドラッケンホフ城からAK隊を徴収していたのだ。

 

通常の武装、マシンガンや専用の剣以外に火炎放射器や専用の砲撃装備に換装した物まで現れた。

 

これでタジムニウスの軍勢は火力、機動力は跳ね上がり、とりわけ火炎放射器を装備したAKはまさに地獄の使者である。

 

兵達の間に沿ってAKが小隊規模で整列し、次の命令を待った。

 

だが結局その日に命令が下ることは無く、全軍その場にて野営を命じられた。

 

本来こんな位置で野営しようものなら城壁砲や弓矢、銃撃の格好の餌食だが、既に城壁は役目を担わず、銃撃しようにも距離を詰めただけで全ての砲を一斉にまた火を吹かせてやると言わんばかりに発射体制のまま待機されていた。

 

これは無言で明日皆殺しにしてやるというサインでもあった。

 

その日の夜、両軍とも静かに夜が明けるのを待っていた。

 

領主の館では反乱軍の首謀者達が話し合っていた。

 

このまま戦って玉砕するか、降伏するか。

 

まさに二分であった。

 

思想のために死すべしと言う者、その思想の為にここの住人を巻き込めないので降伏すべしと言う者、綺麗に二者に別れたこの現状をジョンは静かに見守っていた。

 

彼自身はこのまま戦っても勝ちはない、だが降伏する訳にもいかないと考えていた。

 

彼が出した結論は、全ての住人を退避させた上で残存戦力悉く討死する決断であった。

 

双方の言い分が立つこの第三の案が出たところで首謀者たちの投票で決める事になった。

 

僅かな人間のみで閉鎖された空間で政治を決める時点で民主的とは言い難くなってしまったが、この際はどうでも良い事だ。

 

投票により、この第三の案が決定され、早速使者を建てようと思ったその時、喧騒が館を包んだ。

 

残った兵と民衆達が館を囲んで徹底抗戦を訴えてきたのだ。

 

この者らは歌った。

 

暴虐の雲(王)が光(彼らの理想)を覆い、

 

敵が嵐の如く荒れ狂いながら迫る、

 

ならば我ら今こそ怯まず進み、敵の鉄鎖を打ち砕かん。

 

大勢の人間が徹底抗戦すべしと訴えたのだ。

 

民主主義に則れば多数決、彼らの意思、この城の者達全員で戦うという意思を汲み取らない訳には行かない。

 

ジョンは内心複雑だったが、使者を送るのを取り止めた。

 

だが彼らの歌声はまさに地獄の鬼を呼び出してしまった。

 

彼らの歌声は敵にも聞こえていた。

 

そもそもタジムニウスの頭の中には徹底攻撃をする事は決定時効だったがその時はいつかは決めていなかった。

 

だが決めたのだ、今その時だと。

 

タジムニウスが手をムートに差し出す。

 

それを見たディーターが将校達に合図する。

 

その瞬間、将校は笛を吹き鳴らす。

 

それに合わせ、至る所で笛が吹き鳴らし、その音は反乱軍にも聞こえ、彼らは何事かと後ろを振り向いた。

 

そして敵の声は皆同じ事を叫んでいた。

 

『『着剣‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

銃兵達が銃剣をライフルに付け、他の兵達も抜刀した。

 

そしてそれが終わるや否や火砲と砲撃仕様のAKが一斉に火を噴いた。

 

城壁に更に穴をあけ、ロケット弾は市街地に降り注いだ。

 

民衆達の悲鳴と断末魔が街を包む。

 

焼かれる女、瓦礫で潰れる子供の悲鳴、四肢を切り裂かれる生娘、上半身が消滅した男、逃げ惑う群衆に踏み潰される老人…地獄絵図だ。

 

そしてその地獄に雄叫びをあげ得物を掲げ突撃する兵士達と銃撃しながら騎兵と並走する人の形を模した鉄の棺桶。

 

その中に混じる赤い肩をした鉄の棺桶が数騎、それは帝都を巡って戦ったアルトドルフ会戦に参加した最初期AKパイロットの生き残りの一部を示す専用カラーとして両肩を赤で塗装されたAKであった。

 

彼らの姿を見た兵達の士気と狂気は最高潮に達した。

 

そんな彼らが城内に至ると更に地獄は酷くなった。

 

逃げ惑う群衆は蜂の巣にされ、それらを守ろうとした兵らは切り伏せられ、まさに血を求めて戦う怪物に襲われているかのようだった。

 

鉄の棺桶は火を放ち、家に逃げ込んだ家族を容赦無く炙り殺す。

 

どうやら女子供だけの家だったようだ。

 

女と子供の悲鳴が飛び出た。

 

それを面白がる様に更に火を放つ。

 

何処もかしこも同じ様な有様になった。

 

彼らは選んだのだ、思想に殉じる事を、決して惨たらしく殺される結末ではない。

 

だが現実は非情だ。

 

彼らは何であろうと帝国の敵、朝敵となってしまったのだ。

 

燃え盛るムートを見つめながらタジムニウスはディーターに問うた。

 

タジムニウス

『私は、この先何を成そうと、暴虐の王として記録されるのだろうな。』

 

ディーターは少し間を置いたが、率直に応えた。

 

ディーター

『御意。』

 

タジムニウス

『なら、この言葉も記録させよ。

 

天下を私が裏切ろうとも、天下が私を裏切る事はない。』

 

何をしても天下は自分に転がり込んでくるといった傲慢な考え故か、それとも何をしてでも天下を掴むという決意の表れか、タジムニウスはただ燃え盛る城を見ていた。

 

そこに将校が声を掛ける。

 

将校

『陛下、二時間が立ちました。

 

全部隊に後退を命令します。』

 

タジムニウス

『うん、よしなに。』

 

将校

『全部隊に告ぐ、直ちに後退せよ、時間だ。

 

繰り返す、直ちに戦闘行動を中止、後退せよ。』

 

リンクパール通信が全軍に伝わり、兵達は後退した。

 

後退する兵をAKが銃撃と火炎放射器で掩護した。

 

そもそも追撃出来る者など居なかったが。

 

まさに悪夢の夜だった。

 

この二時間でムートの中に居た人間の半分が死傷した。

 

その内八割は死者だ。

 

彼らは徹底抗戦を叫んだところを一変、降伏を口にし出した。

 

無理も無い、アレだけの力を見せつけられたのだ。

 

だが徹底抗戦を口にした直後だ、赦しを得られる筈がない。

 

人々はある言葉を口にした。

 

『レオンクールは借りを返す』

 

これの意味はレオンクール家が恩義を決して忘れず、必ずそれに報いるという意味だが、裏の意味が存在する、むしろそちらの方が真であろう。

 

自らに逆らった者達を決して許さず。

 

その言葉を体現したのは正にムジヨンの反乱だろう。

 

彼の地の様に皆殺しにされ、街を更地に帰すつもりだと皆が思った。

 

さて生き残った反乱軍の首謀者達は正に進退極まっていた。

 

このまま降伏など…通る筈がない。

 

少なくとも首謀者のジョンの首は要求するだろう…。

 

だがそれを良しとしないなら残存兵纏めて決死の突撃を掛けるしかない。

 

だが巻き込んでしまった群衆は完全に絶望に叩き潰され、残った兵も僅か、およそ士気など保てる訳もない。

 

ジョンは自らを生贄にする事を決意したその時、物見の兵が血相を変えて、部屋に入ってきた。

 

なんと敵が使者を立ててきたのだ。

 

使者は30名のウィッチハンターと10機のAKに護られていた。

 

そして使者は何と軍師ディーター・バルツァーその人ではないか。

 

最高幹部に当たる人間を使者に立てるのは余程の事だ。

 

もはや復讐など思い起こせる程の余裕など兵や民衆には無いだろうが念の為、手出し無用を徹底させるとジョンは一行を屋敷に招いた。

 

ディーターは屋敷に入ってきた。

 

反乱軍の面々は御伽噺程度しかその知識は無いが、吸血鬼及び異教徒、妖異を狩る専門家である彼らが比類なき一級品の戦士達である事は皆が知っていた。

 

だからこそ、昨晩の意趣返しをしようと思っても、恐らくこの場で血祭りにあげられるのは逆に自分たちである事を理解していた。

 

カレンはディーターの顔を見るや憎悪を剥き出しにしたがディーターはどこ吹く風だ、寧ろ何処かでお会いしましたか?と言いたげな涼しい顔をしていた。

 

ジョンはディーターより手渡された手紙を読んだ。

 

読み終わるとジョンは手紙をカレンに手渡した。

 

カレン

『…兄貴とブレトニア王が決闘だと⁉︎』

 

首謀者達は驚愕した。

 

ウィッチハンター達も驚愕した。

 

ディーターだけは溜め息を吐いた。

 

話は二度遡る。

 

最初はドラッケンホフ城より出る前の事だった。

 

タジムニウスはセレーネに謁見していた。

 

セレーネ

『話とは何です?』

 

タジムニウス

『陛下、今も反乱軍の者達に寛大な処置を下させる意思は変わり有りませんか?』

 

セレーネ

『変わらぬ…とは言えますが、仮に寛大な処置を貴方に約束させるとして貴方はどの程度寛大になれます?』

 

タジムニウス

『陛下のお赦しを頂けるのであれば…領地を些か失う事になりますが…。ハーフランド一帯を自治区として与えたく存じます。

 

然し選帝諸侯の爵位は剥奪、バットランドを東西に再分割し、新たに一方を選帝諸侯に叙されてはと愚考いたします。』

 

流石にセレーネは領地を与えるとなると表情を険しくした。

 

幾ら彼女が聖人であっても無原則に慈悲を与える程お人好しではない。

 

タジムニウスは続けた。

 

タジムニウス

『勿論、無闇に与えて欲しいと申している訳ではありませぬし、私もその気はございません、実力もなく大魚を得られると思われても癪ですので。

 

先ずは彼奴等を徹底的に叩きます、反抗能力を完全に消滅させた上で彼奴等も納得させる条件を持って自治権こそ約束させますが事実上の属国として彼奴等の理想郷を造らしてやるだけです。

 

直接統治は出来ませぬが、帝国の領土が減る訳でもなければ彼の地は他の選帝諸侯に囲まれますので叛意を起こせば即刻潰されるのは愚か者にも理解出来ましょう。

 

それに我らは後を控えておりますので下手に人員や労力を割くのは得策では有りませぬ、更に各地に潜む民主主義者達の捌け口にもなります。

 

捌け口がある内は易々と軽挙には出ますまい、もし仮に出たとしても先程も申した通り、即刻軍を派遣出来ますし、それこそ一網打尽を狙えまする。』

 

セレーネは少し考えたが、同じシグマーの民が殺し合う事態を減らせるのであればとタジムニウスの意見を採用し、命令書を与え、お墨付きをしたのだ。

 

そして些か時が進み、夜襲後、翌朝になってタジムニウスは幕僚を全員集めるとその旨を伝えたのだ。

 

女帝が認めたのであれば口を挟む余地は無い、そして何より帝国の長い歴史を振り返ると正に民主主義者の反乱はイタチごっこの連続だった。

 

それに一つの区切りを打てるならと皆納得した。

 

だが問題は奴らを如何に納得させるかだった。

 

奴らを納得させる条件とは何なのか、アレだけ好き放題やったのだ、こちらがいくら甘言を言おうとも彼らは罠だと耳を貸さないだろうから、どうするのかと皆が疑問に思い、総大将に問いただした。

 

タジムニウス

『奴らの首領、ジョン・モーガンと私が決闘を行う。

 

私が勝てば、即座に反乱軍残存兵全員の武装解除と主要人物全員の自首を要求する。

 

だが向こうが私に勝てばハーフランド全域の自治権を与え、我らは兵を引き、外交的に何が起きようと敵対しない限り、一切手出ししない事を約束するという条件を出す。』

 

幕僚達は驚愕し、必死に止めた。

 

だがタジムニウスは続ける。

 

タジムニウス

『これは決して悪い話では無い、彼らが負けても自らの首を差し出せば、少なくとも将兵とハーフランドの住人達は死ななくて済む、勝てば、私に対して恨みも晴らせる、ハーフランドは手に入る、この国の民主主義者長年の夢も叶うなど一石三鳥だ。

 

彼らはこの賭けで一発逆転を狙うしか勝機はない。

 

必ず乗る。』

 

無駄に兵を損耗させる事は愚かなことだと彼らも分かっていた。

 

そして首謀者同士の決闘とあらば双方出された条件を遵守しなければ名誉が立たない。

 

戦争の早期決着の為、総大将が身を切ろうとしているのだ止めるのは野暮だ。

 

皆、タジムニウスの武運を祈った。

 

そして時は今に戻る。

 

カレン

『兄貴ダメだ‼︎

 

こんなの罠に決まってる‼︎

 

もし仮に勝てたとしても、帝国の属国としての自由だ、奴隷と変わらないじゃないか‼︎‼︎』

 

カレンは反対するが

 

ジョン

『仮にそうだったとしても、ここに住む連中はもう苦しまずに済む。

 

なら俺はこれを受けよう。』

 

カレン

『兄貴‼︎‼︎』

 

ジョン

『武器は指定してこなかったな、俺達が指定しても良いのか?』

 

ジョンはカレンの言葉に耳を貸さなかった。

 

ディーター

『陛下は好きにせよと、それくらいの自由は認めてやると仰せだ。』

 

ジョン

『なら、こう伝えろ、一文字一句間違えずにな。

 

『抜け、どっちが速いか勝負しろ』てな。』

 

ディーター

『得物は銃で良いのだな?』

 

ジョン

『それも拳銃だ、一丁だけ。

 

俺も片方は置いていく。』

 

ディーター

『結構、必ず伝えよう。』

 

ディーターは退出し、護衛と共に館を出ていった。

 

その頃ジョンを止めようとカレンが説得していた。

 

カレン

『兄貴、さっきも言ったがこれは罠だ!

 

連中は間違いなく兄貴を呼び寄せて殺す気だ‼︎』

 

ジョン

『俺はそうは思わねぇ、なんでかって?

 

連中には決闘を申し込む必要が無いからだ。

 

仮に罠だったとしてもやはりこんな手間をする必要が無い。

 

俺が殺されたとあれば、皆間違い無く遮二無二抵抗するだろう、普通に攻め落とすのと何も変わらない。

 

だが敢えて決闘を申し込んだ、間違いなく奴には裏が合って、そうしなければならない理由がある。

 

それに俺が勝てば良い話だ。

 

奴等の美徳、正義、名誉、騎士道に則れば決闘の結果を守る筈だ。

 

反故にすることは国王の名誉に泥を塗るのと同じだからな。』

 

カレン達は顔を見合わせたが、ジョンが行くと聞かなかったのでそのまま決闘に向かう流れとなった。

______________________

ムート郊外

 

ムートの平地に二人の男が立ち、二人の斜め後ろに幕僚達が控えた。

 

立会人は二人だ。

 

一人はディーター、もう一人はカレンだ。

 

双方が相手側の拳銃を調べる、不正が無いか、無いしはこの場で細工できないようにである。

 

双方のリボルバーは一切の細工がない、正々堂々の勝負に臨むに最適な物になっていた。

 

ディーター

『双方の武器に一切の不正なし、これより決闘を行う。

 

両者互いに十歩の距離で立て、互いが向き合ったのを確認したら立会人がカウントダウンする。』

 

カレン

『零をカウントした瞬間、双方銃を引き抜き、対戦者を撃ちな、どっちが早いかこの場で決めるんだ。』

 

ジョンはカウボーイそのままの格好だったが、タジムニウスは鎧を脱ぎ、軍服のコートを脱いで、シャツと蒼いベスト、そして白い長ズボンに黒い長靴だけになっていた。

 

ディーター

『では、カウントダウンを始める。

 

十…九…八…七…六…』

 

カレン

『五…四…三…二…一…』

 

決闘者双方の目つきが険しくなる…。

 

最後の一秒がとても長く感じた…。

 

カレン

『零‼︎』

 

双方同時に銃を抜く、どちらが速いか??

 

銃声は二つ、それは一つのように重なっていた。

 

銃声が空間に溶けて消えていく…。

 

双方構えたまま動かない。

 

先に動いたのはタジムニウスだ。

 

銃を地面に落とし、肩から流れる血を抑え、膝を屈する。

 

反乱軍は歓喜し、帝国軍の幕僚達は響めく、だがディーターは表情変えず、カレンは逆に恐怖と同様の表情を浮かべていた。

 

すると今度はジョンが倒れる。

 

腹部より出血し、瞼を閉じ、顔から血の気は引き始めていた。

 

カレン

『兄貴!』

 

勝負はタジムニウスの勝ち…とは言い難い。

 

意識を失って倒れたジョンも勝ったわけでは無いが手傷を負わせた。

 

タジムニウス

『相打ちになったか、いや、させて貰ったという方が正しいか。』

 

将軍

『陛下、直ぐに手当を。』

 

タジムニウス

『それより、奴を手当しろ。

 

死なせたら承知しないぞ。』

 

将軍

『敵将をですか??』

 

タジムニウス

『あいつが死んだらムートには死体と焼け跡しか残らなくなる。』

 

将軍

『はっ、衛生兵!』

 

衛生兵達がジョンに縋るカレンを退かそうとする。

 

カレン

『離せ‼︎

 

お前達に兄貴を渡すものか‼︎‼︎』

 

衛生兵

『死なせたくなかったら離れろ‼︎

 

治療の邪魔だ‼︎‼︎』

 

タジムニウスは搬送されるジョンと身柄を拘束されたカレンら反乱軍の首謀者達を見つめていた。

 

ディーター

『どうして貴方方お二人とも生きている…と不思議に思う輩もおるでしょうな。』

 

ディーターが声を掛ける。

 

タジムニウスはフンと鼻で笑うとこう答えた。

 

タジムニウス

『お互いが生きていなければ決闘の約束が不履行になると思ったからさ。

 

俺としては奴に生きて貰わないと残された反乱軍が自滅覚悟で抵抗するかも知れない。

 

死ぬと分かった彼らは悉く手榴弾を抱えて突っ込んでくるかもしれない。

 

民衆も同様にな、そんな真似を起こさせたく無いし、合いたくない。

 

奴としても同じだが、俺が殺された事でこの軍が復讐に駆られ皆殺しに走られれば防ぐことは出来ない。

 

互いどちらかの死はもう一方の死を意味していたのさ。

 

だから俺も、奴も致命傷は避けた。

 

そう思うしか無い。』

 

タジムニウスは肩に出来た貫通銃創を見てそう言った。

 

タジムニウス

(決闘の勝敗だけを見れば間違いなく俺の負けだ。

 

奴はその気になれば俺の心臓を射抜けた。

 

だが僅かに、そうほんの僅かに銃口を逸らしたんだ。

 

俺は脇腹を狙って致命傷を避けるつもりだったが明らかに奴の方が早く余裕があった。)

 

タジムニウスは無事な右手で銃を掴むとホルスターに戻し、ジョンの銃も拾い、それはディーターに渡した。

 

タジムニウス

『返してやれ。』

 

ディーター

『畏まりました、それより陛下、我らは勝者です。

 

入城致しませんと。』

 

タジムニウス

『ああ…。

 

竜騎兵隊とAK隊に制圧させろ、抵抗するなら射殺しても構わん。』

 

______________________

制圧されたムートは静まり返った。

 

もはや抵抗する気力無く、彼らは熱気より覚まされたのだ。

 

捕まり、晒された首謀者達が乗せられた車を民衆は哀れみと悲壮の目で見た。

 

他の残った兵達は街の幾つかある広場に集められ、全員が縄についた。

 

領主の館を占領したタジムニウスは直ちに残った反乱軍全将兵の罪を不問にする触れを出した。

 

これはセレーネから出された条件でもあった。

 

与えるのなら全て与えよ。

 

女帝の意思を完璧に遂行したのだ。

 

だが兵士たちは即釈放したが、首謀者達は一旦留め置かれた。

 

これからハーフランドは民主主義者達の拠り所として自治区となるが、それに合わせてルーンファングの返還、アルトドルフ帝国の属国として忠誠を誓う、この二つは必ず遵守して貰わねばならない。

 

彼らに第一に忠誠を誓うのは民主主義の思想では無くセレーネ・フォン・アルトドルフという一個人である事を宣誓させねばならないからだ。

 

民主主義からしてみれば一個人への忠誠など言語道断だが、拒否すれば自治区はない。

 

そしてそれを尤も守らねばならないジョンは今意識無く、病床にある。

 

首謀者達は一つの大部屋の牢に入れられ、話し合った。

 

牢にいられたとはいえ枷の類はされておらず、あくまで逃げ出さないようにというだけであった。

 

さて首謀者達は二つに分かれた。

 

属国という仮初の自由よりも思想に殉じて死のうと云う者と、細やかとはいえこれ以上の犠牲が出るよりはと帝国主導の自治区に賛成する者の二手である。

 

カレンはその中でただ一人黙っていた、もはや彼女にとって大事なのは兄の無事なのだ。

 

その頃タジムニウスは白魔道士の治療を受けていた。

 

傷口は塞がり、肩も腕も問題無く動かせるようになっていた。

 

そこにウィッチハンターの一人が入ってきて、中にいたディーターに耳打ちした。

 

ディーターは礼を言うと持ち場に戻るように指示を出した。

 

ディーター

『陛下…。

 

ムート中の武器庫に旧式とはいえ、銃火器や火砲。

 

古い槍や剣が大量に入っていたそうです。

 

合計すると明らかに人数分以上の数だそうです。

 

しかも幾つかの武器庫や民家に地下道や地下室があり、そこにも多数の火薬や武器が。』

 

タジムニウス

『ここに初めてきた時、不思議でしょうがなかった。

 

オンボロとはいえ大量の武器を一体どこで仕入れたんだと思ってね。

 

ムートの武器庫だけでは足りるまい、必ず何かあるはずだと。』

 

ディーター

『館の記録を見ましたが、ハーフランド公がそれだけの武器を購入した記録は有りませんでした。』

 

タジムニウス

『そもそも、ハーフランド公が武器を集めていたなら、新式の武器を揃えたはず。

 

奴らの装備を見たが、多国籍も良い具合の東西の武器が混じっていた。

 

とても統制が取れていたとは思えない、それこそ自前の武器はその類で無いにしても。』

 

ディーター

『兎も角、武器は全て処分、火薬も分散して我が軍の拠点か、廃棄を進めます。』

 

タジムニウス

『頼む。』

 

するとタジムニウスを治療していた白魔道士とは別の白魔道士が現れた。

 

白魔道士

『陛下、敵の首領が意識を取り戻しました。

 

お会いになりますか?』

 

タジムニウス

『会おう、聞きたい事がある。

 

それと奴の妹も呼んでやれ。』

 

白魔道士

『ハッ。』

 

______________________

病室

 

カレン

『兄貴!』

 

カレンはジョンに抱きついた。

 

ジョンは軽く笑みを浮かべ、妹を撫でてやった。

 

ジョン

『命拾いしたぜ…。』

 

タジムニウス

『感動の再会のところ悪いが、少し話をさせてくれ。』

 

声の方を向くと部屋の扉に寄りかかるタジムニウスが居た。

 

鎧姿にクーロンヌの剣を佩ていた。

 

と言うのも用心の為に武装してくれと彼の亡叔父(トロワヴィル)の騎士達が嘆願混じりで言うものだから彼は渋々身につけたのだが…。

 

カレンは兄を庇う様に立つ。

 

タジムニウス

『取って食いやしないし、夜這いしに来たわけじゃない。

 

軽く話をさせてくれ。』

 

ジョン

『カレン、退いてくれ。

 

大丈夫だ。』

 

カレンは退くと、タジムニウスはベットの直ぐそばにあった椅子に腰掛ける。

 

タジムニウス

『幾つか質問がある。

 

先ず一つ、何故弾を外した?

 

お前はその気になれば俺の脳天か心臓に風穴を開けられた筈だ。』

 

ジョン

『あんたが考えた通りだと思うぜ、いやあんたが俺を殺さなかったのと同じさ。』

 

タジムニウス

『フッ、お互い約束は必ず守る為なら何でもするタチの様だな。』

 

タジムニウスとジョンは軽く笑い合うとタジムニウスはまた一つ質問をした。

 

タジムニウス

『ジョン、お前達が使っていたのもそうだが、この街中にあるあのオンボロ骨董品(古武器)は何処から手に入れたんだ。

 

いくらガラクタ紛いといったって数が多過ぎる。

 

一体誰が用意したんだ。

 

勿論立場もある、黙秘権は用意しているつもりだ。

 

だがあれ程の事ができる奴はそうは居ない。

 

面倒の芽は摘みたいんだ。』

 

カレン

『兄貴どうする?』

 

ジョンは少し考えた後口を開く。

 

ジョン

『俺たちもなんて言っていいか分からない。

 

俺たちもここに来た時は僅かな手勢でしかなかった。

 

大勢の仲間やここの住人達は同調したが、肝心の武器は全く足らなかった。

 

蜂起なんて夢のまた夢だった。

 

ところが、ある日一人の男が現れた。

 

アルトドルフの戦が終わったばかりでこの先どうなるか分からないぐらいゴタゴタしてる最中だったってのにそいつはハーフランド公は二度と戻らず、命を落とすと予言してみせた。

 

その真偽はともかく、そいつは俺達に武器を提供すると言ってきた。

 

提供する条件はハーフランドで革命を起こす事。

 

元よりこっちはそのつもりだが、どうやって武器を運ぶのだと聞いたら奴は俺達を武器庫に誘った。

 

俺達は先に武器庫を見て知っていたが、碌な武器は殆ど入ってない何処もかしこも空だった。

 

空だった筈なんだ!

 

だが奴に連れられた時には古くても大量の武器が入っていたんだ。

 

俺たち全員が武装しても余り、火薬に至っては一年中ぶっ放しても使い切らんぐらいあった。

 

どうやって運び込んだのかを聞こうと来たらそいつはもういなくなっていた。』

 

タジムニウス

『何処からか武器を転移させたのか…。』

 

ジョン

『信用しきれなかったが武器が手に入ったのは有り難かったから俺たちは必要な武器だけ取り出し、後は可能な限り隠した。

 

すると今度は俺たちに最初に接触して来た男の仲間が現れた。

 

そいつは資金援助を申し出て来た。

 

多額の金だった、そいつはこの後ここを訪ねてくる奴らに渡せと行って来た。

 

するとどうだ、傭兵達が集まって来た。

 

みんな変な男にここに来れば仕事が貰えると聞いて来たと言う。

 

気味が悪い話だが、やはり渡りに船。

 

傭兵達に民兵の教練を依頼し、その分の報酬を支払った。

 

それでもまだ渡された金はたんまりあった。

 

それどころか他国に合わせたギル硬貨や、お前らブレトニアで使われてるエキュ(1エキュ100万ギル)の札束が二つ、三つくらい入ってて、他国の特殊貨幣なんかも併せて入ってやがった。』

 

タジムニウス

『支援者は正体が分からんな、只者ではないだろうが。

 

ところで武器を隠したと言ったな?

 

武器庫にしまうだけではダメだったのか?

 

俺達はアレを奪る理由は無いし、お前達にもそんなことする必要のある連中は居ないだろう。』

 

ジョンは少し俯き口を閉ざした。

 

するとカレンが代わりに喋り出した。

 

カレン

『私らは、一枚岩じゃ無いんだよ。

 

兎に角人を集めようとしたからこの国に居る民主主義革命勢力を片っ端から集めたんだ。

 

中には手荒い連中もいて、そいつらは…』

 

と言いかけた所に伝令が走り込んできた。

 

伝令

『申し上げます‼︎

 

ムート東地区の一部民衆が暴動を起こしました‼︎数は二千程、一路武器庫に向かって猛進中です‼︎』

 

カレン

『東地区⁉︎

 

あそこの武器庫は中に入ってる武器が一番多い‼︎』

 

タジムニウス

『武器庫を死守‼︎

 

東地区を完全に封鎖、念の為残った三地区の民衆と捕虜の退避急がせろ‼︎』

 

ディーター

『陛下、この上は致し方ありません。

 

暴徒を制圧いたします。』

 

タジムニウスは兄妹を見る。

 

モーガン兄妹は致し方ないと覚悟を決めていた。

 

和平の道を断つ訳には行かないのだ。

 

タジムニウス

『如何程あれば良いか?』

 

ディーター

『二千ほどの暴徒ですから一個連隊あればどうにかなります。

 

ただ、AK隊の出動をお認め下さい。

 

さすれば私が鎮圧して見せます。』

 

タジムニウス

『街を壊す気か‼︎』

 

ディーター

『そもそも連中は街なんかお構いなしです。

 

でなければこんな軽挙に出るわけが無い。

 

ご安心を、重武装タイプは残していきますが、武装は機関銃のみ、然しレッドショルダーを連れて行きます。』

 

タジムニウス

『卿と卿らは、帝国の恐怖の象徴になるつもりか。』

 

ディーター

『全ては陛下貴方のためにございます。

 

それでは。』

 

ディーターは出て行った。

 

タジムニウスは廊下に出てディーターの背を見守った。

 

タジムニウス

(すまぬ…。)

 

ディーター

(ここの民草に国王陛下、ひいては女帝陛下を恨む様な真似は決してさせん。

 

昨夜の虐殺も全て私が仕向けさせた様にしなければならない。

 

そのために私はレッドショルダーと共に在らねばならん。

 

彼らを巻き込むことになるのは心苦しいが…。)

 

ディーターはレッドショルダー達の前に立つ。

 

パイロット達は騎士甲冑を纏い、愛機と同じ様に肩は紅く塗ってあった。

 

ディーター

『諸君らがこれより行うのは暴徒鎮圧とは程のいい虐殺行為だ。

 

だが全ては国王陛下、帝国の為。

 

私と共に悪鬼の汚名を被ってくれ。』

 

レッドショルダー騎士

『軍師殿、我らは王の為に鉄騎を駆るだけにござる。

 

我らは陛下への忠節さえあればその他は全て些事にございます。』

 

ディーター

『すまない、では遠慮なく。

 

…下劣な者共が賤しくも国王陛下に刃を向けた、かの不定な者どもを蹂躙せよ‼︎‼︎』

 

レッドショルダー騎士達

『『御意‼︎‼︎』』

______________________

暴徒達は一つの情報を得る。

 

王達は幹部らを連れ、城を出て、東区と北区の境目にある民家に本部を移したと。

 

そしてそこは路地からしか入れず自ら袋の鼠になったと。

 

暴徒達は真偽など構わず向かう。

 

怒り散らし、邪魔者を跳ね除け、民家を燃やしながら。

 

そして路地にはディーターに率いられた戦列歩兵部隊とAK数騎が待ち構えていた。

 

ディーター

『完全に挟み込むまでAKは出るな。

 

タイミングは上手く合わせるのだ。』

 

レッドショルダー騎士

『皆、聴いたな行くぞ。』

 

AKの機械音と共に彼等は町中に消えていく。

 

路地の先から松明が一本見えた。

 

斥候が敵来たると伝えて来たのだ。

 

程なくして、マスケット銃やら槍やらで武装した暴徒が押し寄せてきた。

 

ディーター

『全隊構え。

 

狙え。

 

撃て‼︎』

 

歩兵の一斉射を受けて暴徒は怯むかと思ったら怒号をあげてさらに突っ込もうと走り出してきた。

 

だがディーターは圧倒的な力で粉砕する気で事に臨んでいる。

 

ディーターが口笛を吹くと兵達は左右に分かれる。

 

そこに用意されていたのは三門の野砲。

 

暴徒達は悲鳴じみた声で大砲だと叫ぶ。

 

そしてその瞬間野砲は火を噴く。

 

撃ち出される弾は散弾だ。

 

暴徒が挽肉になった。

 

暴徒達は堪らず逃げ出す。

 

だが路地の出口を塞ぐ様に鉄騎が数機躍り出る。

 

しかも悪い事に全機紅く肩を塗装されたあの悪魔の様な連中だ。

 

無慈悲に重機関銃が放たれ暴徒は皆殺しになった。

 

まさに血の池が出来上がっていた。

 

暴徒は鎮圧された。

 

ディーターはそのまま各地の武器庫の武器の緊急廃棄と扇動者の有無を調べる様下知を飛ばした。

 

タジムニウスは館の中で暴徒鎮圧の報を受けた。

 

タジムニウス

『終わったな。

 

だがこのままでは終わらせられん。

 

明朝、すぐに触れを出す。

 

準備せよ!』

 

将軍

『はっ‼︎』

 

カレン

『触れ?』

 

タジムニウス

『俺はこの地に自治権を作る、だがその自治権を束ねる人間としてジョン、あんたにお願いしたい。』

 

ジョン

『俺だと?

 

同志も、民衆も死に至らしめた俺がこの地を纏めろと言うのか??』

 

タジムニウス

『だからこそ、その責任を果たすんだ。

 

事の発端は遥か過去の人間であったとしても最後の舞台で踊った人間が締め括り、幕を引かなければならない。

 

未だ多くの人間はお前を信じている。

 

これ以上犠牲を出させる訳には行かない。』

 

ジョンは少しの間考えた。

 

だが答える時には決意に満ちた顔で了承した。

 

暫くするとディーターが被害状況と真相を伝えに来た。

 

ディーター

『東地区の損害は未だ軽傷と云ったところでしょうが、巻き込まれた人間の死傷甚だしく、しかも東地区に収容していた民主主義派の重要人物の一部が死亡、これら全員我が軍の講和に賛成した者達でした。

 

次に扇動者…は未だ詳しいことが分からず調査中ですが、実行犯は強硬派の民主主義者達です。』

 

タジムニウス

『カレン達の言っていたタカ派の連中か。

 

仮にも同志だった筈だ…それを。』

 

ディーター

『騒ぎを見ていた民衆の話だと、何者かが扇動しているのを見たが、突然現れ、しかもこの街では見た事が無い人間だったと。』

 

タジムニウス

『…一体誰がこんな事を…』

 

と言いかけた瞬間、一人のウィッチハンターが血相を変えて入って来た。

 

部屋の中にいた四人は驚いたがすぐに訳を問いただした。

 

そのウィッチハンターは小袋を持ち、その中には数枚の硬貨と2エキュ(1エキュ100万ギル)が入っていた。

 

ウィッチハンター

『この袋に入っている金と、今私が取り出す金をよく見て下さい!

 

一大事にございます‼︎』

 

ディーター

『何だ一体!?

 

ギルも、エキュも何ら変わらんぞ?

 

まさか反乱軍がこんな良銭を持ってるのがおかしいって言うんじゃないんだろうな?

 

謎の人物から資金提供を受けてたって報告したろ??』

 

ウィッチハンター

『違うんだ、よく見てくれディーター‼︎』

 

タジムニウス

『‼︎⁉︎』

 

タジムニウスは気がついた。

 

その顔は青くなっていた。

 

ディーター

『陛下??』

 

タジムニウス

『貸せ‼︎』

 

タジムニウスは1エキュを火に晒し、モノクルをつけるとジッと凝視する。

 

タジムニウス

『ヤ・シュトラがいたら尻尾が天を指すな。

 

ディーター、アラゴン金って聴いた事ないか?』

 

ディーター

『アラゴン金??

 

確か本物以上と謳われた古アラグ貨幣から端を発したと云う伝説の贋金ですな。

 

諸説はあれど、公式記録上最期に製造場所が判明して駆逐されたのは確か…ハッ⁉︎』

 

ディーターの顔まで青くなった。

 

ジョン

『何だよ、お前ら二人揃って何だよ?』

 

タジムニウス

『復活しちまったのさ、世界最悪の贋金がな。

 

お前達も元は盗賊なら聴いたことはあるだろう。

 

本物以上の出来で、製造している場所も人物も全て謎、分かっているのはその精巧な出来と古代から存在する事、そして歴史の闇に度々触れ、謎に迫った者は皆死んだという呪われた贋金アラゴン金。』

 

アラゴン金のルーツはアラグ帝国の時代に遡る。

 

もはや名も忘れられ、知る術も無いが、とある冶金と彫金技術に秀でた部族(種族も不明)が自身の身の安全の為、何とか手に入れたアラグ貨幣の贋作を作り、アラグの将軍や貴族に賄賂として献上したのだ。

 

時期こそ定かでは無いものの、この時始皇帝ザンデは世になく、帝国は腐敗の温床であったとされている。

 

こうして彼等は庇護者を手に入れ、それらは時の移ろいと共に変わるも、彼等は自身の庇護者の為にアラグの贋金を作る。

 

やがてこの贋金は作り手である彼等の発音規則に則り、少し訛りアラゴン金と呼ぶ様になり、今日に至ってこの部族もまたアラゴン族という名になった。

 

庇護者達は自身の私服を肥やす為にアラゴン族に造幣局と同じ設備、しかも極めて精度の高い物を渡し、贋金製造の後押しをした。

 

元々の天賦の才も相まってもはや本物以上の出来で提供する事すら造作も無くなっていた。

 

アラゴン族の作る贋金は時と共に価値が上がっていた。

 

帝国の衰退や凄まじい勢いで領土を拡大するが故に悪銭が横行したのだ。

 

それ故にアラゴン金に携われた者はまさに栄光を手に入れたと同義となった。

 

だが転機が訪れた。

 

アラグ帝国が滅亡したのだ。

 

世界は一気に混沌を極めた。

 

しかもあろう事かバラバラに分断された帝国の諸侯や劣等人種として押さえ込まれた者達は生活の糧の為に金銭に群がり、取り分け精巧な金は本来の価値を上回ったのだ。

 

その精巧な金こそアラゴン金だったのだ。

 

だがアラゴン族ももはや容易に贋金を作れる状況では無く、帝国の滅亡と同時に彼等は消えていった…。

 

だがアラゴン族の生き残りは幾多もの世代を経つつ、贋金製造の技術を継承していた。

 

そして彼等はまさに水を経た魚の如く再び歴史の表舞台に出る事態が起こる。

 

世界通貨ギルの誕生である。

 

アラグ貨幣がモデルとなったこの貨幣はあっという間に広がった。

 

世界様々な国の事情に合わせギルは作られた。

 

硬貨であるという条件さえ満たせばギルは様々な形や原料で作られようと価値は同じであった。

 

この時こそアラゴン金は大躍進の時であった。

 

この時にアラゴン金を作ったのは何処ぞの国の貴族だったという。

 

詳しい事は忘却の彼方だが分かっている事はその貴族がアラゴン族の末裔だった事である。

 

その貴族は自身が禄を賜る国の家令であり、財政を取り仕切っていた。

 

その貴族は職務に邁進する裏、自身の私腹を肥やすべくアラゴン金を製造したのだ。

 

先も言ったが、ギル硬貨としての水準と条件を満たせば認められる様な状況、つまり作れば作るほど儲けられたのだ。

 

だがこれが同時にアラゴン金の終わりを呼び寄せた。

 

アラゴン金は時代の移ろいあれど一度の発行料は決して多くは無かった、それは品質の確保の為であった。

 

だがギルになってから凄まじい勢いで生産した結果初めこそ良かったもののやがて品質の悪化が見受けられたのだ。

 

それでも素人目には贋金とは決して分からない。

 

だがその筋、造幣局出身者や、歴史上存在した怪盗達が見れば一目瞭然…とは行かずとも細かく見られればバレてしまう品物であった。

 

そして更にアラゴン金は長年秘密に迫る者達を排除して来たにも関わらず、遂に公の場に出る事態が発生した。

 

恐慌である。

 

世界中がギルを使い出したことによって世界中で発行したギルの数が不透明になってきつつある中その国が発行した量とは明らかに違うレベルで流れる無数の出所不明のギル通貨。

 

世界中でギルの価値が紙屑や石ころ程度にまで暴落し、霊災とすら言われる被害を齎した。

 

そこで各国は当時のありとあらゆる事情を一旦は蚊帳の外に置き、もはや歴史の遺物(古代に作られたアラゴン金は一種の歴史的価値が出始めていた)程度にしか思っていなかったアラゴン金の存在を本気で考え、各国で駆逐しようと躍起になった。

 

世界中で作られ始めていたアラゴン金の駆逐は大変な作業であったが、もはや悪銭と同等の水準にまで落ち込んでいたアラゴン金の製造場所を特定するのは難しい事ではなかった。

 

各国の血の滲む努力と世界中の国家がある程度は同水準のギルを製造できる程に文明が発達した事も有り、アラゴン金は駆逐、最期の時はアルトドルフ帝国選帝諸侯の一翼バットランド(ズィルバニア)のとある農村で怪しげな連中がいると通報を受けたウィッチハンターと憲兵隊が見つけた小規模な造幣施設が検挙された事でアラゴン金は終止符を打たれた。

 

タジムニウス

『…の筈がどう言うわけかここにある。

 

質はやはり往時とは行かないがそれでもかなりの物がな。』

 

とタジムニウスが話し終わったところで皆を見ると皆少しくたびれた様な表情をしていたのでここで自分が長々とこの話をしていることに気がついたのだ。

 

タジムニウス

『俺、ひょっとしてめっちゃくちゃ話してた?』

 

ディーター

『ああ、はい。

 

かれこれ10分ほど。』

 

タジムニウス

『…あ〜。

 

ゲフン、兎も角この贋金は極少量なら兎も角、世界中に出回ると大変な事になりかねないんだ。

 

因みにお前らこの渡された金で何か取引したか?』

 

ジョン

『ここにいた傭兵達に払った。

 

奴らいつの間にか傭兵の手配までしててもう気がついた時には遅かった。』

 

ディーター

『生き残った者達や戦死した者達が贋金を外に出したかすぐに調べ上げます。』

 

幸いアラゴン金は広範囲に出回ってはおらずハーフランドに留まっていた事が分かると皆が胸を撫で下ろした。

 

この傭兵達にはちゃんと王国が発行したギルを支払い、契約は正しく履行された。

 

問題の製造場所も直ぐに判明した。

 

翌日にカラク=エイト=ピークから魔法で隠された秘密工房を発見し、それら全て国の認可を受けていない造幣設備だったのだ。

 

タジムニウス

(ドワーフの古王国は吸血鬼教の悪事の総本山だった訳だ。

 

彼等の技術力なら確かにそれも可能だ。

 

だが精巧に作れなかったのは報告にあった酷い労働環境故だろうな。)

 

ハーフランドの一件はコレで方がついた。

ジョンはハーフランド自治区初代執政官に就任し、生き残った反乱軍首脳部がそれを補佐した。

 

生き残った民衆としては複雑な気分であったが、解放者ともなったタジムニウスの評価は少なくとも僅かながら上がり、さらにその様にせよと下知した女帝への評価も上がっていった。

 

少なくとも当面はこの連中が騒ぐ事は無い、暫くは楽が出来るとディーターはほくそ笑んだが、彼らはこの後直ぐにまた忙しくなるのだ。

______________________

話を数日遡り、オスターマーク公爵領

 

この時女帝セレーネはオスターマーク公爵領の降伏を受け入れていた。

 

やはり選帝諸侯達は誰一人領地に帰っていないのだ。

 

守るべき軍は居らず残された民衆と行政官達が為す術などある訳なく、彼らが降ったのは必然であったと言える。

 

そして何よりレマーが持ち込んだオスターマークのルーンファングが大きく影響した。

 

吸血鬼になったなど言ったところで彼らが信じる訳がないが兎も角当主の死が確認されたとあらば彼らは抵抗する必要は無いのだ。

 

オスターマークの公子は生き残っているだろうがミドンランドに居る今どうする事も出来ない。

 

手続き上ではあるがオスターマーク選定公爵は剥奪され称号はセレーネの手に渡った。

 

オスターマークの事はレマーに任せて置けるのでセレーネ達はキスレフに向かう準備を始めた。

 

キスレブは北州イサルバード大陸の北側、永久凍土の入り口に当たるオブブラスト地方に存在する王国である。

 

もはや国土のほぼ大半が凍土に近い土地柄秋の中頃でもう雪が積もっている。

 

暑すぎる夏の後は寒すぎる冬が来るこの国はライクランド、ブレトニアと並びヒューラン族の国だが、彼らのルーツは東方オザード小大陸であり、ヒューランの種族的にはハイランダーに当たる。

 

かつてアジムステップに遊牧民族として生活していたらしく、アウラ族の諸氏族に追い出されここに定住したという。

 

その為か、キスレフの主要種族はハイランダーの他にアウラ族がいる。

 

移民を指揮したミスカという氷の属性を使いこなした古代の魔女がこの国の女王となって以降、この国は独自の氷魔法を使いこなす様になる。

 

やがてミスカは神格化され、ミスカに導きを与えた熊の神、ウルスンを信仰する様になったこの国は南方の国と争い、北方の国と争い、質実剛健の国へと成長した。

 

二十五年前の大敗北の際にキスレブ大公国(アルトドルフ帝国に従属した際に王国号では無く大公号に変更した。)は独自にガレマール帝国に降伏、他の帝国諸国と同様の末路を辿っていたが、タジムニウスが帰還する少し前、帝国の崩壊に合わせていち早く動き、その際に赴任していた帝国の総督とその一族、そして護衛の軍勢を悉く血祭りにあげ独立した。

 

そうしてキスレフの玉座に座ったのは、降伏後傀儡として育てられていた筈のツァーリナ(女王)カタリン・ボバである。

 

ミスカの生まれ変わりとすら謳われる程の歴代最高の氷の魔女の治る国に足を踏み入れる。

 

生きた心地などするわけもなかった。

 

コーデリア

『ウゥ…なんて寒いの…。』

 

ナイトハルト

『極寒の地とは聞いてましたが、まだ秋の終わりですよ?

 

見て下さい、一面銀世界、踝まで埋まろうかと言わんばかりに積もる雪‼︎』

 

戦闘時はそんな事微塵も感じさせないが、この二人、実は大変な怖がりである。

 

ただでさえ過酷の地、そこに住まう民は熊を殴って従わせ、ウォッカとクワス片手に暴れ回る大男と大女しか居ないと聞いた二人は半分ベソをかいてセレーネが止めたが…。

 

セレーネに一喝され、半ば詰め込まれる形で馬車に乗せられている。

 

もはやこの二人の気分は売りに出される子牛の気分であった。

 

すると馬車が停まったのでセレーネは行者に何事かと問うと、迎えがお越しになりましたと行車は返した。

 

三人は馬車を出ると羽飾りをつけた金色の鎧を身につけた騎士の一団と、なんと熊に轢かれた箱つきのソリが待っていた。

 

熊を使役するキスレブではそんなに珍しく無いのだと言う。

 

ソリには一人の人物が待っていた。

 

白色の装束を身に付け、この国特有の化粧を施した女性だった。

 

女性

『ようこそおいで下さいました南方の女帝よ。』

 

セレーネ

『貴女は?』

 

女性

『女王カタリン付きの魔女、エヴゲニア・ロマノフスカヤ公爵夫人と申します。』

 

セレーネ

『貴女が名家ロマノフスカヤ家の御当主、帝国を代表して今回の会談を申し入れてくれた事、心より感謝を申し上げます。』

 

エヴゲニア

『それは王都キスレヴに着いたらツァーリナにお聞かせ下さい。

 

私達はツァーリナの命に従ったのみでございます。』

 

ナイトハルト

(名家ロマノフスカヤ?

 

あの女性の御家はそんなすごい所なのですか?)

 

コーデリア

(ロマノフスカヤはボバ家の親戚です。

 

彼女の家系は代々ツァーリとツァーリナを支えてきた家系なのですよ。)

 

エヴゲニア

『こちらのソリにお乗り下さい。

 

ソリで南オブブラスト地方を抜けて王都キスレヴに向かいます。

 

まぁ、夕餉には着きましょう。』

 

一行はソリに乗り込んだ。

 

ソリの中は身分の高い者が乗る馬車と何ら変わらない豪華な作りになっていたが、一つ違うのはソリの中はとても暖かかった事である。

 

夏のうちに捕まえておいたファイアスプライトをソリの中に入れ、暖房代わりにしているのだという。

 

一行が乗り終えると行者が手綱を鳴らすと、熊は軽く鳴いてソリを引き始めた。

 

ソリの中でエヴゲニアは南オブブラストの街を通り、王都キスレフに向かうと説明した。

 

ツァーリナは女帝達にキスレフという国を見て、どう思ったかという答えを欲しているとも言った。

 

ソリは暫く走り続けると、とある所で停止した。

 

業者がエヴゲニアにキスレフ語で何かを話すとエヴゲニアも同じように返した。

 

エヴゲニア

『お掴まり下さい。

 

ソリが少々浮きます。』

 

業者

『レビデト!(浮遊魔法)』

 

するとソリは浮かび上がった。

 

ソリの下駄は折り畳まれ、代わりに出てきたのは車輪だ。

 

この鉄製のソリは想像以上に進んだ技術で作られているのだ。

 

ソリから馬車…いや、くま…そう熊車(きゅうしゃ)に変形した乗り物に乗って一行は南オブブラストの街に入った。

 

街はそこそこの規模であるが、ライクランド帝国の様に城塞都市というわけでは無かったが、厳しい気候の地で生きているという割には…というよりそれが嘘のようにこの地に住む民は陽気だった。

 

活力があった。

 

皆が忙しなく畑を耕し、商売をし、布を織り、鉄を打ち、馬や熊が荷を運び、ヒューランとアウラ族の住人が主流のようだが、ルガディン族やララフェル族も居た。

 

そしてちらほら子熊を模した魔導人形が主人の後ろをついて回ったり、ボムという自爆する事で知られる魔物の近縁種に当たるアイスボムが野菜を凍らせ、凍らせて欲しい品を持った民が列をなし、魔物の隣に使役しているビーストテイマーが代金を受け取っていた。

 

セレーネ

『貴女方は、私達よりも早くガレマール帝国から独立し、決して安楽な道を歩んだとは言えない日々を送ったと聞いていましたが…実に豊かな生活を送っているのですね。』

 

エヴゲニア

『確かに独立当時は帝国との戦闘で王国全土は疲弊いたしました。

 

然し、我らキスレフの民は如何なる災禍にも屈しませぬ。

 

そしてその屈強さは熊神ウルスンと女神ミスカより賜りし物。

 

我らは祖国の為に生き、祖国の為に死ぬ。

 

これは子供の頃より誓いし、我らキスレフの民の熊神ウルスンに対する恩返しなのです。』

 

南オブブラストの街を出るとなんとか雪から顔を出している舗装道を走り一行は王都キスレフに辿り着いた。

 

王都キスレフはブレトニア王都クーロンヌやライクランド帝都アルトドルフに負けず劣らずの巨大な城塞都市だった。

 

城壁の至る所に熊神ウルスンの彫刻が建てられ、城壁には屈強な体をしたキスレフ人の兵士(ストレリツィ)達が戦斧銃(後装式長銃の銃床に斧を付けたもの…というより銃の機関部から後が斧になっている)を手に持ち警備に当たっている。

 

城門が開き、熊車は城壁の中に入ると停止した。

 

外から扉を叩かれ、エヴゲニアはどうぞと返した。

 

すると明らかに僧侶の様な格好をしたヒューラン(キスレフの主要人口はヒューランとアウラであり、この地のヒューランはハイランダー族である)の髭面の男がメイスと熊神ウルスンの顔を模ったランプを持って中を覗き込んだ。

 

導師

『失礼、中を改めてさせてもらう。』

 

エヴゲニア

『これは導師様。

 

お勤めに勤しんでおられますのね。

 

こちらの方々はツァーリナのお客様です、武器の携帯もツァーリナがお認めになられています。』

 

導師

『これはこれはロマノフスカヤ公爵夫人。

 

失礼致しました、ツァーリナの側近中の側近のお方とあれば疑う余地など有りますまい。

 

熊神ウルスンの御加護があらん事を。

 

中にお入れしろ!』

 

エヴゲニア

『ありがとう導師様、女神ミスカのお導きがあらん事を。』

 

導師が熊車から降りるとランプを振って合図を送ると、城門は開いた。

 

熊車は都市の中を走った。

 

街は白い壁に赤い屋根、青い小窓といった色合いの建物が所狭しと建てられ、一地方の街であれ程活気があったのなら王都は遥かに活気に満ち溢れていた。

 

外は大雪、しかも大地は凍土と化しているのにここは人の笑い声と陽気さ、建物から漏れる光と美味しそうな食事の匂いと熱気で暖かった。

 

街の中に幾つもあるホールでは老若男女のキスレフ人達が弓や槍を持って戦闘訓練に勤しんでいる。

 

ブレトニアも、ライクランドも数多の種族の老若男女が軍に所属しているがキスレフは職業軍人、農民町民の区切りが無いのだ。

 

決してそこまで大きく無い国土ゆえに正規軍を興せる数には限りがある為民衆の徴募兵が召集されるのはよくある事だが、キスレフは国民皆が新旧問わず鎧と武器があり、定期的にそれらは官給品のお下がりやそこに住んでいる土地の領主や地主に経済力があれば同じ物を取り揃えられた。

 

エヴゲニアが言った様に彼らキスレヴ人は全員が熊神ウルスンと女神ミスカを守る戦士なのだ。

 

ナイトハルト

『キスレフに住まう者達は皆統べからく軍役に就くとは聞いておりましたが、僧侶や、農民達まで率先して軍役に参加しているのですね。』

 

エヴゲニア

『先も申したとおり、我らは神々に対しての御恩があり、授かった土地を守る役目が有ります。

 

我々は建国してから一度も国土犯された事はありますが、手放したことはありません。』

 

一行は栄えた城下町を抜けて遂にボバ宮殿に辿り着いた。

 

この地方ではクーロンヌやライクランドに並ぶ古城であるがこの城、いや宮殿は異質であった。

 

それは魔法の氷で幾つもの施設や城の内壁や塔が増設され、もはやかつての石造の巨大な城の面影を感じさせない遥かに大きな氷で出来た城になっていたのだ。

 

エヴゲニア

『ボバ宮殿はガレマール帝国から独立直後にツァーリナと私達氷の魔女が増設工事を行いましたの。

 

美しいでしょう…この氷で建てられた城は。』

 

三人は息を呑むほど美しい宮殿に言葉を失っていた。

 

すると宮殿からスケイルアーマー(鱗鎧)で重装した兵士達が走ってきて手に持つ槍や剣を抜き三人を囲んだ。

 

三人は咄嗟のことで驚いたが武器を抜く、エヴゲニアは頭を抱えて溜息を吐いた。

 

コーデリア

『ロマノフスカヤ夫人これはどういう事です!』

 

エヴゲニア

『申し訳ありません、おそらく、いえ十中八九ツァーリナの悪ふざけですわ。

 

あの娘は…ほんとにもぉ。』

 

エヴゲニアは威厳に溢れた声で一喝する。

 

エヴゲニア

『下がれコサール(キスレブの軍の主力を担う騎馬民族出身の兵士達の総称)達!

 

武器をしまいなさいツァーリガード‼︎

 

何の故あってツァーリナの客人に武器を向けるか‼︎』

 

???

『これもツァーリナの命なのです。』

 

すると今度はスケイルアーマーを身につけている事は変わらないが、明らかに高位の貴族か軍人の若い男を、氷の刃と冷気を放つ弓を装備したアイスガードと呼ばれる氷の魔女達の見習い達が警護しながら現れた。

 

エヴゲニア

『ユーリ・バグラチオン将軍。

 

ツァーリナがその様にせよと?』

 

ユーリ

『はい、公爵夫人。

 

お客人らの身柄を確保し、お連れせよと。

 

公爵夫人もどうかこのままツァーリナの元へ。』

 

エヴゲニア

『…分かりましたわ。

 

皆様、大変申し訳ありませんがどうか暫くお付き合いを。』

 

セレーネ

『二人とも行きましょう。

 

少なくとも今この瞬間に私達を亡き者にしないと言うことは彼女は私の話を聞く気があると言う事。』

 

セレーネは堂々と歩いて宮殿に入って行ってしまったので二人もついて行くしかなかった。

 

武器は取り上げられる事も無くそのまま宮殿を歩き続けた。

 

そこは謁見の間のようだった。

 

自分たちの斜め上方向の左右と背後に取り付けられた階段式のベンチから多くのキスレフの貴族や有力者が見下ろしてきた。

 

そして真正面に氷で出来た見事な玉座に鎮座する若い女が居る。

 

歳の頃は二十六位か、紫色のドレスに氷で出来たティアラを乗せ、氷で出来た王笏を持っていた。

 

キスレフの女王(ツァーリナ)カタリン・ボバその人だ。

 

カタリン

『良くぞ来られた南方の女王よ、異教の女神の代理人よ。』

 

ナイトハルト

『貴様何故跪かぬ‼︎

 

セレーネ陛下は我らの皇帝なるぞ、貴様も臣下なら玉座より降りて跪け‼︎』

 

カタリン

『童は黙っていろ、妾が、キスレフが、シグマーの帝国(ライクランド、つまりアルトドルフ帝国の事)の封臣だったの二十五年前のこと、もはや違う。』

 

セレーネ

『彼女の言は尤もです、控えなさいナイトハルト。

 

タジムニウスの…ブレトニアの助けなくば自らの足で立てない我々の言う事ではありません。』

 

カタリン

『さて、呼び寄せた理由は現在我が国の国境付近、と言うより側も側迄に東方連合の軍、総勢二十万近くの軍が居るからだが。』

 

三人は驚愕した。

 

もう東方連合の軍がそんな所にまで来ているとは思わなかったのだ。

 

ザ・バーンを超えるのは至難の技、なら残されているのはイルサバードの凍土の平原を掠めて通るガレマールが整備した街道を通ってきたと言うことになるがそれにしても早過ぎる。

 

カタリン

『ふふふ、驚いているな。

 

奴らは帝国が残した魔列車をほぼ全部投入して高速行軍を実現したのだ、対する我々は鉄道は全て内戦の混乱で破壊されているからな。

 

奴等は何が何でも其方の退位を成し遂げる為に悪魔に魂を売り渡すのも良しとするが如くだ。

 

怨まれたものだな。』

 

セレーネ

『私の身を差し出して、彼らが火に投げ入れるなり、串刺しにするなり、私の純潔を奪い、嬲り、弄ぶ事で済むなら喜んで身を差し出しましょう、されど民草に手を挙げるなら彼奴等悉く首にして彼奴等の国に返してあげます。』

 

カタリン

『その覚悟は立派だな、私は彼等を通す決断をしようと思うが、それでも同じ事が言えるか?

 

お前達はもう籠の鳥なのだぞ?』

 

そう言った瞬間、ツァーリ・ガード達とアイス・ガード達が剣を抜き、氷の刃と弓を番えた。

 

ナイトハルトとコーデリアも剣と戦鎚を構える。

 

だがセレーネだけはどこか余裕そうな表情を浮かべて立っている。

 

セレーネ

『フフフフフ、籠の鳥なら私たちに武器を持たせてここに入れない。

 

仮にも私は女帝で、そして女神の代理人。

 

歴史を知るなら私の力はある程度はご存知の筈、そして彼等二人は次期選帝侯と次期シグマー教の大司教候補、武勇なら我ら三人でもここに居る人間全員を倒す事ぐらいは出来る。

 

ましてやここはキスレフの心臓部、ここの人間が全滅すればキスレフは何も出来ない、そんなリスクを貴女が冒す訳がない。』

 

カタリンは満足気に笑みを浮かべると指を鳴らした。

 

すると護衛達は皆武器を収めた。

 

カタリン

『軟弱な南方の民と思ったが肝が座ってるな、なのに何故其方は今の玉座を仮とする、もう皇族の男子など生きてはおるまい、もはや其方以外に皇帝の座に座る事が出来るものは居らぬだろう。』

 

カタリンがそう話してる中、彼女の足元から氷が伸びていた、そしてそれはセレーネの足元から凍らせていたのだ。

 

カタリン

『その玉座要らぬなら、妾に寄越せ。

 

強き我らキスレフの民が持つに相応しい。』

 

セレーネは完全に氷漬けにされた…が、光の線が氷から無数に飛び出し氷を砕きセレーネは解放された。

 

セレーネ

『この玉座は真に座るべき者の為に守る様に私を遣わした女神に誓って明け渡すわけには行きません。

 

それに貴女は間違いを冒している。

 

シグマーの血脈は絶えていない、その証拠に敵の手に渡ってしまったが神戦鎚ガール・マラッツは現在、あれはシグマーの血が絶えた時に粉々になって砕け落ちる様に古代の魔法が掛けられている。

 

持つに値しない者が持っている故に今は薄汚い青銅の様にくすんで居るが、必ずその者が現れ元の金色の戦鎚へと戻る。』

 

セレーネは物腰の柔らかい態度から一気に威厳のある立ち振る舞いを見せた。

 

セレーネ

『其方に玉座は開け渡せぬ、そして東方から来る怨念に囚われた不埒者共にも、例え勝てずとも最後の一人になるまで抗ってみせる!』

 

カタリン

『フフフ、冗談だ。

 

南方の女王よ、私には私の民が、其方には其方の民が居ろう。

 

一先ず其方達が必死に国を護ろうとしていると言う姿勢が見たかったのだ。

 

わが国を見たであろう、皆強く豊かに暮らしている…だが正直に話すと我が国はもう限界に近いのだ。』

 

セレーネ

『……?』

 

カタリン

『二十五年前の敗戦以来、キスレフの冬は長くなっていった。

 

熊神ウルスンの化身とされるキスレフの熊達が一斉に空に向かって吠え出す時冬が終わるとされている、実際二十五年前は熊達は空に向かって吠えた。

 

だが敗戦以降熊達は空に吠えるのを辞めた、辞めたところで夏は来たが、実りの季節の筈が作物は痩せ、家畜達も飢えた。

 

冬は年々になって伸びていきここ数年はもはや永遠の冬と言ってもいい。』

 

カタリンは玉座の裏から出てきた白熊を愛おしそうに撫でてやると話を続けた。

 

カタリン

『私は氷の魔女だ、だから分かる。

 

これは人為的な物だと、この厚く薄暗い空は魔法で作られた物だ。

 

私は瞑想の末、その出所を掴んだ…北西のミドンランド公爵領。』

 

セレーネ

『ボリス・ドートブリンガー…。』

 

カタリン

『先日、私は手紙を受け取った。

 

ボリス・ドートブリンガーはこの永遠の冬を引き起こしたのは自分だと語った。

 

冬を終わらせて欲しくば、東方の軍勢を通し、自分達の味方をしろと、さすれば来年は豊かな夏が迎えられるだろうと。』

 

セレーネ

『お受けになったのですね。』

 

カタリン

『そうしようと思う、と言ったところまでだ。

 

私を導いてくれる父も父親代わりのウルスン正教会大司教も皆この世に居ない、私は大勢のアタマン(族長)と話し合った。

 

受け入れるべきという意見が多数派だったが、そこに居る私は姉の様に慕っているエヴゲニアや一部のアタマン、将軍達は反対してな、そこで其方らを呼んだと言うわけだ。』

 

セレーネ

『私達は対等な対価は出せないでしょう、だけど私は貴女に問うことはできるでしょう。

 

それで良いのかと、この状況は謂わばウルスンはボリス・ドートブリンガーに囚われていると言っても過言では無いはず。

 

キスレフと共にあるべき神が異国に囚われ、意のままに操られ、家畜の如く扱われる。

 

貴女達は家畜の家畜で良いのかと。』

 

カタリン

『言いたい事を言う人だな、アタマン達よ。 

 

其方らは私に言ったな、今は屈辱に耐え、国の安全を得るべきだと。

 

だが我らミスカの民が何故この地で安住出来たか、それはウルスンの導き有っての事だ。

 

ウルスンの為に何をすべきか、もう一度考える時間を私にくれ。

 

諸君らが国を想っている事は妾は片時も忘れた事はない。』

 

アタマン達は頭を垂れ広間を出ていった。

 

セレーネ達はエヴゲニアに連れられ客間に入った。

 

セレーネ

『ツァーリナは戦いたいのでしょう。』

 

ナイトハルト

『戦いたい?』

 

セレーネはナイトハルトに紅茶を淹れてやりながらこう呟いた。

 

セレーネ

『二十五年の月日、ガレマールに私達よりも遥かに直接的な支配を受けた彼女達が国家民族への帰属心を失わなかったのはその国民性が故ですがその根幹は彼等の崇める神ウルスンに有る。

 

ウルスンが冬を終わらせると考えている彼らにとって永遠に続く冬はウルスンに一大事が起きた事と同義。

 

そして現にドートブリンガーは何かしらの方法でキスレフに呪いを掛けた。

 

キスレフとしては当然ドートブリンガーを討ちたい、でも戦えば国は保たなくなってしまうかもしれない。

 

そのジレンマの中に彼女は居るのでしょう。』

 

コーデリア

『然し、こんな事は本来不可能でしょう。

 

もし出来るとすれば、本当にウルスンを顕現させたとしか…つまり蛮神として。』

 

ナイトハルト

『ならウルスンは討ち取らねば…いや討ち取って良いのか…?

 

蛮神として顕現したウルスンを倒して神域に御帰しすると言う事で良いのか…これは暁の皆様の御協力が無いと分かりませんね。』

 

セレーネ

『兎も角答えはミドンランドに有るでしょう。

 

まさか神域から攫い出したなんて事はないでしょう。』

 

するとドアがノックされコーデリアが開けるとアイス・ガードの一人が立っていた。

 

アイスガード

『お話中失礼致しますわ。

 

ツァーリナがセレーネ陛下と共に湯浴みをしたいと仰せです。』

 

コーデリア

『湯浴み…いかが致します?』

 

セレーネ

『行きましょう、コーデリアも一緒に。

 

あっ、ナイトハルトも一緒に湯浴みしますか?』

 

ナイトハルトは真っ赤に顔を染め、遠慮させて頂くと手を振り回した。

 

セレーネとコーデリアは揶揄う様にクスクス笑うと部屋を出ていき、アイスガードが後程使用人が男性用の浴場に案内するとナイトハルトに伝えると二人を誘導した。

 

浴場に繋がる更衣室にアイスガード数名が待機していた。

 

アイスガード

『こちらでお召し物を、僭越ながら我らもお手伝いを。』

 

コーデリア

『いえ、それには』

 

コーデリアが言い掛けたがセレーネが手伝って貰いましょうと首を振ったのでコーデリアは少し心配そうにこの氷の魔女の見習い達とセレーネの装束を脱がした。

 

露わになる白色の肌、豊満な乳房、それに反比例する細く締まった肢体。

 

サテンの肌掛けだけ纏い金色の長い髪を頭の上に纏め、湯に浸かった。

 

セレーネ

『〜〜〜〜ッ!』

 

冷え切った体に暖かな湯は沁みた。

 

雪解けの水とウルスンの尿から出来たとされる王都キスレフの側を流れるウルスコイ川の上流から引いた湯は格別だ。

 

だが湯を楽しむ為に来たのではない。

 

カタリンがセレーネを呼んだのは恐らく…

 

カタリン

『もう少し腹を割って話し合いたいと思ってな。』

 

湯煙から出てきたのはセレーネよりも遥かに白い雪の様な肌にセレーネ程では無いにしても膨らんだ乳房、そして首程の黒髪を下げたカタリンだ。

 

そしてカタリンは後ろからセレーネの乳房を揉みしだいた。

 

セレーネ

『キャア!

 

な、何を…アッ…。』

 

カタリン

『ホウゥ…揉まれ慣れてないな…さっき純潔を散らす覚悟と言っていたが其方処女だったか。

 

その歳で処女は…想い人でもいるのか?』

 

一頻り胸を揉まれたセレーネは突然の事で力が抜け、カタリンは満足と言わんばかりにカラカラ笑っていた。

 

カタリン

『安心したぞ、女神ハイデリンの代理人、泉の聖女は謂わば現人神だ。

 

人間離れしていたらと思ったがちゃんと一人の女でホッとしたぞ。』

 

セレーネ

『一体何がしたいんですか貴女は!』

 

セレーネは顔が真っ赤だがカタリンは余計おかしいのか笑いが止まらない。

 

カタリン

『何…、少し気を抜いて貰いたかっただけだ…、ハハ…どう、こうしようと思ったらこんなところに連れて行かぬし、私も裸を晒す事などせぬよ。』

 

セレーネは胸を抱いて不満そうだが、カタリンが呼吸を整えてきたので、耳を貸す姿勢は作った。

 

カタリン

『先ず先に謝る事があるが、其方らを通した部屋だがな、アソコには秘密警察(アクシナ)の施した仕掛けで話が筒抜けになっている、だから話は全て聞かせてもらったよ。

 

ご名答、私は確かに戦さを望んでいる、だが戦さをすればキスレフがどうなるか…そして事と次第によってはウルスンがどうなるか…私は正に人質を取られたも同然なのだ。』

 

セレーネ

『………。』

 

カタリン

『セレーネ・フォン・アルトドルフよ…。

 

私はキスレフを愛している…故に私は間違える訳にはいかない。

 

もし私が其方らと共に戦う道を選んだとして其方らはキスレフの為に戦ってくれるか?

 

もし本当にウルスンが蛮神として呼び出されたのだとしたら呼んだのは間違いなくキスレフの民だ。

 

私はキスレフの民と戦をしなければならなくなる。

 

私は…私の民草達に殺し合えなど…言えぬ。

 

惰弱なのは妾なのだ…其方らは正義の為に同胞と戦う決意をしたのに…妾はそれが出来ぬ。

 

それでも共に戦ってくれるのか?』

 

セレーネ

『ツァーリナ、正義や理念ではなく、私達は唯、国をまた一つにしたい、ただそれだけなのです。

 

友邦が、同胞が助けを求めるなら我らはそれに応える、そしてそれが同胞の血を以て行われる戦であろうと…。

 

その罪を共に背負いましょう。』

 

カタリン

『そうか…共に…背負ってくれるか…!

 

辱い…ありがとう…!』

 

カタリンは肩を震わせていた…無理もない24,5そこらの女が国を束ね、事と次第によっては同族を手に掛けねばならない決断など先ず出来るはずも無かった…いや決断しなければならないからこそ全てを背負うとしたが、それは至難の業だったのだ…。

 

カタリンの態度は強がりだったのだ…若き女王の気丈たらんとした故の…。

セレーネはそっとカタリナを抱いてやった。

 

肩や腕が冷たい…氷の魔女故か…いやきっとどうすれば良いかずっと半身だけ出して考えていたのだろう…湯に浸かって気が緩むのを防いだのだろう…。

 

セレーネ

『さぁ…もう少し湯に浸かりましょう、体が冷えては大変です。』

______________________

翌日…

 

アタマン達とセレーネ達がまた大広間に集められた。

 

カタリンが登壇し、玉座に座った。

 

アタマン達は頭を垂れ、セレーネ達も外交上の儀礼をする。

 

カタリン

『私は考えた…。

 

どちらに着くべきか、答えは出た。

 

我らキスレフは女帝セレーネ…いやセレーネ陛下と共に歩む!』

 

アタマン達はどよめいた。

 

カタリン

『静まれ‼︎

 

キスレフは元よりアルトドルフ帝国の臣としての立場は有って無い様な物、そしてセレーネ陛下はそれを冒さぬと約束してくれた。

 

それは良い、問題はこの国に冬が来ない事、そしてドートブリンガーがこの冬の原因なら奴は何か得体の知れない方法でウルスンを影響下に置いた可能性が高い。

 

もし蛮神として召喚したのならキスレフの民が奴に加担している事になる、テンパードになったとしても自らの安寧の為に良しとしたのだ。

 

笑わせるな…ウルスンが真に愛するキスレフの民は克己の民だ、如何なる苦難に対しても立ち向かう強き民だそうであろう‼︎』

 

アタマン達は声を挙げる、そうだ‼︎そうだ‼︎と。

 

カタリン

『私達は終わりなき冬に怯える事が今すべき事ではない、どの様な形になったとしてもウルスンを解放する事こそ我らキスレフの民の使命だと思わないか?

 

その為に邪魔をするなら誰であろうと許さぬ‼︎』

 

アタマン達は立ち上がる‼︎

 

カタリン

『ウルスンとミスカの子らよ‼︎

 

いざ誓いをせよ、ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎』

 

アタマン達

『『『ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎』』』

 

カタリン

『我らは進軍する北西へ向かって、だがその前に招かれざる客を追い払わねばならぬ。

 

ユーリ・バグラチオン‼︎』

 

ユーリ

『ハッ。』

 

カタリン

『其方はグリフォン軍団(キスレフ最精鋭の有翼騎兵軍団、グリフォンの由来は甲冑に着ける羽根飾りをグリフォンの羽根にしているから。)を率いて東オブラストの砦まで先に行くのだ。

 

そしてそこに配置した兵と東オブラストに住まうキスレフの民に伝えよ‼︎

 

陣触れだウルスンの爪光ると‼︎』

 

ユーリ

『畏まった!

 

それでは。』

 

カタリンは三人の方に向くと、

 

カタリン

『どうか御三方も私と共に国境へ、キスレフの戦存分にご堪能頂きたい。』

 

セレーネ

『参りましょう、必要とあらば我らも戦いましょう。』

 

カタリン

『心強い、それでは参ろう。』

 

キスレフ東の領域は一斉に慌ただしくなった。

 

陣触れが出たと若い男達は鎧を着込み、ピストルと斧や大錐や槍を持ち、徒党を組み、国境に向かう、若い女達も弓や槍を持ち、夫や恋人、兄妹と共に戦場に向かい、幼い子供を老いた父母に預けた。

 

ユーリ・バグラチオンは東の民に叫んだ‼︎

 

ユーリ

『我らの敵は東方の侵略者‼︎

 

彼奴等は南方の同胞に意趣返しの為に軍を起こした、ツァーリナは南方の友邦のために戦う事を決断された‼︎

 

彼奴等は邪魔をする我らを決して許さぬ、奴らから見れば我らも南方の同胞と変わりがないからだ、その怨念は我らの子らと母なる祖国にも向けられている‼︎

 

キスレフの子らよ、今こそ見せてやれ、キスレフの怒りを‼︎‼︎』

 

キスレフ軍の士気は高く元々強靭な体の持ち主であるキスレフ人達の戦列はとても厚く見えた。

 

そして彼らは国境の街道を塞ぐ砦の後ろに布陣した。

 

最前列を重武装の鎧で身を包んだコサール兵達が固め、中列に槍兵と軽歩兵、後列に弓兵と熊の橇に轢かれた大型砲リトル・グロームが並べられた。

 

そして城壁には斧銃兵(ストレリツィ)が整列していた。

 

そしてセレーネ達も砦に着いた。

 

カタリンは王都とその他各地の砦や兵舎から兵を引き連れて後詰めとして来る為、先に三人を行かせたのだ。

 

セレーネ

『バグラチオン将軍。』

 

ユーリ

『セレーネ殿。』

 

セレーネ

『敵は?』

 

ユーリ

『もう間も無く現れるかと、敵は二十万、対する我らは現在の兵力で七万程ですな。』

 

ナイトハルト

『な、七万で二十万を相手にするのですか?』

 

ユーリ

『十分ですぞ、若きマリエンブルクの後継者よ。

 

ツァーリナが後詰が連れてきてくれる、そして戦の中でキスレフが少なくとも王都に敵の侵入を許した事が無いのは、我ら母なる祖国そのものが味方だからです。』

 

ナイトハルトとコーデリアが首を傾げると今に分かるとユーリが外を向いた。

 

そして本当に東方連合の軍勢が見えたのだ。

 

キスレフ兵

『ユーリ公子、敵将が我が砦の通過許可を求めております。』

 

ユーリ

『我らの態度を見せてやろう、熊を引け、熊騎兵ついて来い。』

 

そう言うとユーリは金で加工された鎧を身につけた白熊に跨ると栗毛や白毛の熊に跨った騎士数名と砦を出た。

 

ナイトハルト

『アレがキスレフの熊騎兵…本当に熊に跨ってる。』

 

ユーリと数名の熊騎兵と、東方連合の将校とその護衛が相対する。

 

向こうは馬とチョコボの混成部隊だ。

 

東方連合将校

『総大将閣下の名代として参上した。

 

キスレフの返答は如何に、ツァーリナは何故現れぬ?』

 

ユーリ

『ツァーリナはお会いにならぬ、返答はこの私が賜ってきた。』

 

東方連合将校

『して答えは?』

 

ユーリ

『答えは…』

 

と言った瞬間、ユーリは拳銃を引き抜き、将校の耳をギリギリ掠めないところに放った。

 

ユーリ

『我らキスレフは友邦を決して見捨てぬ!

 

貴様ら侵略者が尚も我が祖国を脅かす様なら生きて帰る事など不可能と思え、それがツァーリナの答えだ。』

 

東方連合将校

『それが貴様の答えなのだな、後悔する事だな‼︎

 

我らは今回アジムステップの遊牧民族達も連れている‼︎

 

しかも血気盛んな奴らをな、貴様の女は皆孕まされ、端女にされる事だろう当然貴様らのツァーリナもな‼︎』

 

ユーリ

『甘いな、キスレフの恐ろしさを知らな過ぎるな、もう一度言うぞ死にたく無くばとっとと帰れ。

 

これよりは言葉では無く、刃と砲弾を交わさん。』

 

双方の使者は帰ってきた。

 

東方連合は怒号を挙げて砦に迫る。

 

キスレフ軍は静かに待っている。

 

ユーリ

『愚かな、今帰れば見逃してくださったというのに…。

 

ストレリツィ、弾込めせよ。』

 

ストレリツィ達は銃の装填口にクリップを押し込み構える。

 

そしてその後方ではリトル・グロームの巨大な砲身が上を向き、砲弾を放つ準備をしていた。

 

東方連合はアジムステップの遊牧民族を先頭に突撃して来た。

 

竜騎兵や弓騎兵、更に怪鳥ヨルに乗った戦士達までいる。

 

ユーリは斧を振り上げ、そして振り下ろした。

 

リトル・グロームは次々と砲火を放ち、巨大な鉄球を撃ち出した。

 

巨大な鉄球に押し潰される騎馬民族、更にその鉄球が爆発四散し、鉄片と火薬の炎で老若男女と馬の悲鳴と断末魔が響く。

 

だが彼らは前進を辞めない。

 

やがて射程距離に入った彼らは矢や銃弾を地上と空から放ちストレリツィ達も倒れていく、だがキスレフも怯まず撃ち返し、砦の裏にいる弓兵達も遮二無二矢を放つ。

 

だがこうしているうちに東方連合の歩兵軍団が砦に取り憑いた。

 

彼らは梯子を掛け、次々と登ってきた。

 

ストレリツィ達は下の敵に銃弾を、登ってきた敵には銃床も兼ねる斧で屠ったが数が多い、ユーリは双片手斧で戦いながらストレリツィを下げ、彼らの後ろに城壁に配置していたコサール達に迎え撃たせた。

 

白兵戦を得意とする重装歩兵がこれら先陣を切る軽歩兵達を屠る。

 

堪らず東方連合は城壁から逃げ出した。

 

逃げ出した兵達をコサールとストレリツィ達が銃撃する。

 

だがその仕返しと言わんばかりに東方連合の野戦砲が砦に砲火を開く。

 

猛攻撃だった。

 

忽ち城壁の上に居た者達は吹き飛ばされ、焼かれ、崩れた城壁に押し潰された。

 

ユーリ

『流石にこれ以上ここには居られぬな。

 

皆引け、第二線の堡塁まで引くのだ。』

 

キスレフ軍は砦をあっという間に諦め、後退した。

 

東方連合軍はもはや使い物にならなくなるまで砲弾を叩き込んだがもうそこにはキスレフ人達は居なかった。

 

東方連合軍は砦を越えると堡塁に身を伏せ、待ち構えるキスレフ軍の反撃に遭った。

 

ここを抜かれるとキスレフの守りは東オブブラスト地方の三つの小規模の城塞都市と更にその後ろに有るキスレフ三大城砦都市の一翼エレングラードしか無く、キスレフも必死だ。

 

堡塁があるとは言え、平地戦になった事で有利になった東方連合軍は容赦なく攻撃を仕掛けた。

 

特に魔法攻撃の効果が出やすくなった事で彼らはひたすら火や雷を落っことしたのだ。

 

だがキスレフも負けては居ない。

 

氷の魔女達が魔法の氷で作り上げた壁を作り上げ、氷の吹雪や飛礫を作り出し、彼らに浴びせたのだ。

 

だが敵の勢いは衰えなかった。

 

ユーリ

『よし、頃合いだ。

 

合図を送れ‼︎』 

 

堡塁の各所で角笛が鳴らされた。

 

すると戦場になった森の至る所から有翼騎兵(通称フサー)や弓騎兵が躍り出て、敵に襲い掛かり、後列に配置していた熊騎兵達も一斉に襲い掛かったのだ。

 

これらブレトニアかキスレフかと云われた優秀な軍馬の突撃もそうだがこの熊達が手に負えなかった。

 

乗り手の騎士達もそうだが、跨る熊達も完全に凶暴化しているのだ、目につく敵を悉く爪で屠り、貪り食った。

 

だがそれでもまだ敵には致命症を与えられない。

 

ユーリ

『よし、騎兵の後退を援護するぞ、ギリギリまで踏み止まって撃ちまくれ!』

 

ストレリツィと弓兵達の猛反撃を受け、敵の歩兵と騎兵が下がった瞬間疲弊した自軍の騎兵を回収する事に成功したユーリはその隙に後退した。

 

向かう先は東オブブラストの都市の一つソイシェンク。

 

城壁を持つ小都市であり、そのすぐ背後は北方の守りを司るエレングラードである。

 

ユーリ

『敵は?』

 

有翼騎兵

『全軍、我々を追っています。』

 

ユーリ

『よーし、作戦通り。

 

第三線に布陣するぞ、此処からは引くな‼︎

 

勝ったら女達とウォッカとクワスで乾杯だ‼︎』

 

全軍

『バブーシュカ‼︎バブーシュカ‼︎』

 

コーデリア

『二度も後退して尚、この士気の高さ。

 

彼らの勇猛さは桁外れですね。』

 

ナイトハルト

『然も、ただ後退するだけで無く、敵に損害を与え、尚且つタイミングもピッタリです。

 

これをやられたら敵将はイライラしてしょうがないでしょうね。

 

とは言えキスレフの損害も小さく有りません。

 

此処で跳ね返せると良いのですが。』

 

東方連合軍が追いついた時にはキスレフ軍は何もない凍土に布陣していた、さっきとは打って変わって堡塁もないのだ。

 

第三線とは名ばかりであった。

 

東方連合軍将校

『ハンッ‼︎

 

愚かな、都市に篭れば良いものを…。

 

徹底的に踏み倒せ‼︎』

 

東方連合軍は雄叫びを上げながら突っ込んでいく。

 

対するキスレフ軍は受け止める構えを取る。

 

だが次の瞬間東方連合軍の足元から氷のパイクが現れ、敵を串刺しにしてしまった。

 

そして地面が隆起したと思ったら、それは巨大な熊の土人形となり、数頭の巨大な熊が暴れ出したのだ。

 

然もそれだけではなかった。

 

背後の二方向から迫る軍勢が居たのだ。

 

東オブブラストには三つの都市がある事は述べたが、ソイシェンクは内側、残り二都市は国境側にある、敵は都市と都市の間に引き寄せられてしまったのだ。

 

そして残りの二都市から出陣したのはキスレフの援軍だ。

 

二軍共に同じような編成だが一方はこの国住まう雪豹、スノーレオパルドを伴い、エヴゲニアが指揮をする軍団、そしてもう一方は皇帝親衛隊ツァーリガードとアイスガードを伴い、同じ様に大地で作られた大熊数頭を伴うカタリンの軍勢だった。

 

ユーリ

『よし、掛かったな。

 

御三方、これが我がキスレフ必殺戦法『熊狩り』に御座います。』

 

セレーネ

『これが…。』

 

ナイトハルト

『軍を三つに分け、一方が敵を引き付けながら誘い込み、残り二つの軍が蓋をする。

 

理屈は簡単ですが、これを完璧に実行するには優れた指揮と結束力が必要です。

 

こんな簡単に出来ることでは。』

 

ユーリ

『だが我らなら出来ます。

 

我らは皆等しくウルスンの子、皆が兄弟で有り、姉妹。

 

我らの思いはただ一つ祖国を守ること。

 

そしてその思いが大地に届けば…氷の魔女達が彼らを、エレメンタルベア(地面から現れた巨大な熊の土人形。凍土から作られるため氷属性を力を持つゴーレムの近縁種のような存在。ウルスンの化身とも云われキスレフ人達に崇められており、彼らを呼び起こす、ないしは作り上げるには相当な修行を積んだ氷の魔女でなければ不可能)やスノーレオパルド達を呼び起こせるのです。』

 

カタリンは一箇所に固まり右往左往し出した敵を冷ややかな目で見つめていた。

 

カタリン

『策とはいえ敵をこの国に入れるのは屈辱的だな。

 

奴らを生かして返すな。』

 

カタリンの乗る熊が前脚を上げ吠える。

 

それに合わせてカタリンは氷の剣を敵に向けて振り下ろした。

 

カタリン

『ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa(ウラー)‼︎‼︎‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

エヴゲニア

『我らも行くぞ‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

ユーリ

『反撃の時だ‼

 

︎行くぞグリフォン軍団以下騎兵軍団は俺に続け‼︎もう作戦も何も無い‼︎

 

ただ手柄を挙げる事を考えろ‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

雪崩でも起きかねない程のキスレフ人達のypaaaaaaaaaaaaaの大合唱は東方連合軍にとってそれは地獄の釜が開く音だった。

 

そこからは虐殺に等しかった。

 

氷の刃が飛び、クマに貪られ、馬に跳ね飛ばされ、槍で串刺しにされた。

 

逃げ場など無い…。

 

その日の夜にはなんとか逃げ延びた者は散り散りになって逃げていたが、逃げ遅れた者は屠られるか、血気盛んなキスレフの男達(或いは女達)に女だろうと男だろうと、ヒューランだろうとアウラだろうと、老いていようと子供だろうと犯され(寧ろこっちの方が多い)、戦場後にちらほら悲鳴と嗚咽と嬌声が聞こえていた。

 

そしてカタリンの前には敵将全員が縛られて跪かされていた。

 

カタリンは首を横にクイっと振るとアイスガード達が敵将全員の首を掻き切った。

 

そしてアイスガード達は更に首を体から切り離すとその首を氷に閉じ込めツァーリナのテーブルの前に並べた。

 

カタリン

『この首は全て友人である女帝セレーネ陛下、貴女に捧げましょう。』

 

セレーネ

『見事な戦いでした。

 

カタリン、この上は今この場にいる敵兵達に救いを与えて下さらないかしら。』

 

セレーネは至る所で行われている強姦の宴に嫌気がさしていた。

 

カタリン

『命懸けで戦った兵達から楽しみを奪うのは感心しませんな。』

 

セレーネ

『我が帝国の兵、そして貴女方キスレフ軍は強盗でも無ければ強姦魔でもない、誇り高い戦士の筈、欲に溺れた獣では無いはず。』

 

地面が揺れ、エーテルが揺れ、セレーネの怒りが少しずつ自身に向けられている事をカタリンは察し、首を垂れると兵達に辞めさせろと伝令を回した。

 

セレーネもこう言うことは必ず起こるし多少なりは許さねばならぬ事は分かっているが、どうしても彼女は許容できなかった。

 

カタリンには悪いが彼女の怒りは自分にも向けられるべき物だが全てカタリンには向けてしまったのだ。

 

カタリンもそれが分かってからか答えた

 

カタリン

『下知に従いましょう陛下。

 

然し捕虜の扱いは我らに任せて頂きたい、勿論助命は致します。

 

逃げ延びた者達は魔列車に向かったようですがそちらは封鎖済み、程なくして全員捕まりましょう。』

 

セレーネは頷くとアタマン達数名にカタリンは指図を飛ばした。

 

翌日キスレフから魔列車が出発し、東方連合最北端の地にて捕虜達は解放されたがその列は異常そのものだった。

 

数十台の木で作られた台車が設けられ、そこには数本の杭が打たれ、杭には戦場で犯されたままの(そして移動中も犯されたであろう)状態で男女問わず捕虜達が生きたまま磔にされ、身体中から血と白濁色の体液に塗れ、異臭を放ち、夜でも東方の民に見えるように、そして暖房がわりに篝火が杭のそばに焚かれていた。

 

そして台車の中央に将達の首が置かれていた。

 

そしてその台車を戦場からは逃げ延びたがその後捕まった兵達が手で押していた。

 

東方の民は悲嘆と恐怖と怒りに包まれ東方連合全体がそうなったが、前者二つの感情の方が強く、非戦派を主導していたドマ国主ヒエンも難色を示したが、今しかないと判断し、東方連合に於いて再戦せず一旦和平を結ぶべきと働き掛けたのであった。

 

主戦派中心を担った国の代表は尚も抗戦を訴えるが、二十万がだった一日で悉く壊滅という事態とあの捕虜達の列を見て戦おうという気など起きるわけが無かった。

 

ヒエンは賠償金は払わずあくまで白紙和平に持ち込もうと東方連合の代表達に訴えた。

 

もし此処で賠償金まで払えば国民感情は全て自分達に向き、連合全体で反乱騒ぎが起きかねない。

 

だが引き分けの白紙和平ならキスレフもそうしなければならない程の痛手を受けたのだと民衆は一旦は納得するだろう。

 

もしキスレフが飲まなければその時は全軍で出撃しようと。

 

代表達は了承した。

 

程なくしてキスレフに白紙和平の手紙が届く。

 

好戦的なアタマン達はカタリンに呑むなと口々に叫んだが、キスレフが疲弊する事、更にその後に控えている大きな戦いと更に大きくなるであろう戦い(終末の厄災)に備えるべきだとカタリンがアタマン達を黙らせ、白紙和平に応じた。

 

だがそこはキスレフ人を束ねる女王だ。

 

カタリンは書状にこう付け加えた。

 

『捕虜達に対しての仕打ちに対してキスレフは一切の謝罪は行われず、全て我が祖国に攻め入った者が等しく辿る末路である事をここに明記する物である。』

 

補足すると、勿論キスレフの法等に捕虜を惨たらしく犯し、殺すべしと書いてない。

 

これはカタリンが東方の侵略者など人として扱わぬという感情を前面に出したメッセージだったのだ。

 

後にこの問題で外交的問題が多発し、多くの、事の次第を後になって知ったキスレフ外交官僚やその他アルトドルフ帝国構成国の官僚達は都度都度足を引っ張られるのである。

 

兎も角相も変わらず一触即発だが東方の脅威は無くなった。

 

キスレフを味方につけた女帝派は此処ぞとばかりに多数の外交官を東方、西方に飛ばしまくった。

 

この勝利を背景に支援や、外交的有利を勝ち取ろうとしたのだ。(尚、結果はそれ程上手くいかなかったが理由は先の通りである。)

 

兎も角アルトドルフ帝国の情勢はまた進んだ。

 

これには流石の選帝諸侯派も騒ついた、だが盟主ボリス・ドートブリンガーは全く興味を示さず、選帝諸侯達も姿を出さない。

 

そして遂に離反者が出るのである。

 

オスターマーク公爵の公子ドミニク・フォン・オスターマークは守備を任された選帝諸侯領域を放棄、自領オスターマークに向かって軍を進めてしまったのだ。

 

重大な命令違反であった。

 

ボリスは、ホーホランド選帝侯公子ミスランデル・フォン・ホーホランドに追撃の命令を下す。

 

ミスランデルは二万の軍で追った。

 

対するドミニクは一万五千程だった。

 

そしてこの動きはオストランドに駐屯していたレマーにも伝わった。

 

レマー

『敵軍三万五千がこっちに向かってる?ディッターズ・ランドを越えようとしているのか?』

 

伝令

『いえ、正確には前衛の一万五千程はもう既にディッターズ・ランドは超えました。が、付近の街や村には目も暮れずキスレフ・ディッターズランド・ホーホランドを国境線に沿ってこちらに向かっている模様。

 

後詰二万は敵軍通過の報を聞いた我が軍が兵を差し向けたので川を越えずに待機しております。』

 

レマー

『つまり敵軍一万五千程が孤立した訳か…。』

 

伝令

『将軍…実は物見が興味深い話をしておりました。』

 

レマー

『ほう?』

 

伝令

『どうやら敵軍は争い合っていたとの事、此方に渡るまで渡河戦闘をした形跡が。

 

前者は半ば無茶な渡河をしたようで運河にオスターマーク兵の死体が。』

 

レマー

『……。

 

至急周辺部隊を集めろ、二万もいれば何とかなる筈だ急げ!』

 

伝令

『ハッ‼︎』

 

レマーは何とか二万の軍を集めるとオスターマーク軍を迎え撃つべくオスターマーク公爵領を出た。

 

レマー

『まさか戦闘にはならんだろうが…愛郷心が爆発して襲い掛かって来ないとも限らんからな。』

 

オスターマーク領の端で両軍は相対した。

 

レマーの心配は杞憂で終わった。

 

ドミニク・フォン・オスターマークはレマーに保護を求めてきたのだ。

 

白旗を掲げた騎士数名がレマーの元に馬で走ってきた。

 

レマー

『使者が来たか、通せ。』

 

騎士

『レマー将軍とお見受けする。』

 

レマー

『今はディッターズ・ランド公レマーである。

 

諸君らの君主は何と?』

 

騎士

『若君は、女帝セレーネ陛下に対して降伏と忠誠を申し入れるとの事、その対価として自領オスターマークへの帰還を許していただきたく参上した。』

 

レマー

『現在、オスターマークは我が軍が警備しており、此処で発生した問題は私の裁量で判断するよう女帝陛下と元帥レオンクール王陛下より命を受けている。

 

諸君らの帰還を許そう、民草は皆諸君らを心配していた、皆喜ぶだろう。

 

だがその前に是非とも若君に合わせてもらいたい。』

 

すると一人の騎士が進み出た。

 

フルフェイスのヘルムを被ったライクランド式のフルプレート騎士、言うなれば何処にでもいる騎士だ。

 

すると使者と随行の騎士が皆一斉にその騎士に恭しく頭を下げた。

 

そして騎士はヘルムを脱いだ。

 

少女か…少年か…いや青年か乙女か…。

 

その中性的な素顔は男か女か見分けが付かない。 

 

その騎士は名乗った。

 

両性の騎士

『お初にお目に掛かります。

 

私がオスターマーク公爵家公子ドミニク・フォン・オスターマークです。』

 

声も高めだ、これでは女性か男性か見分けがつかない。

 

レマー

『初めまして…えーと…公子という事は男で良いのかな?』

 

ドミニクは微笑すると質問に答えた。

 

ドミニク

『オスターマーク家に男の跡取りが産まれなかったので公子として育てられました、立場は男ですが、身体と魂は立派な乙女ですわ。

 

偏屈な父でして、女がオスターマークを継ぐ事に我慢ならないそうです、遂にはミドンランド城から姿を現さなくなるぐらい偏屈を極めたみたいで。』

 

というドミニクの答えに家臣もそしてレマーも複雑な表情で聞いていたが、とある一言に引っ掛かった。

 

レマー

『どちらでも構わないのなら公姫と呼ばせて貰いますが、御父君がミドンランド城から姿を現さないとは本当ですか?』

 

ドミニク

『ええ、私達は何度も何度も領地奪還のため軍の出撃を具申しましたが盟主は取り合わず、父は会議だお休み中だ何だと私達を避けていました、だから此度我らは父を身限り、軍勢丸ごと出奔したのです。』

 

レマーは敵の内部事情が少し読めた気がした。

 

吸血鬼、正確には吸血鬼に限りなく似た紛い物に選帝候になった事は殆ど明らかにされていないのだ。

 

これは好機だ、我々はオスターマーク公を捕らえている。

 

変わり果てた父をこの娘に見せるのは心苦しいが、父を変えたボリス・ドートブリンガーへの怨みはオスターマーク軍を奮い立たせ、他の選帝侯の公子や公姫がドミニクの様に反旗を翻すかも知れない。

 

だが自分の判断だけでは決められない。先ずは女帝に手紙なり繋がるならリンクパール通信を送らねばならない。

 

その後に元帥、元帥の軍師にして吸血鬼の専門家の協力を要請し、後方を固め、吸血鬼の身柄を押さえてるソルランド公にも一声掛けねばならない。

 

兎も角、レマーはドミニクにオスターマーク軍の身柄の安全を女帝への忠誠と帰陣を引き換えにする事を確認し、ドミニクもそれに了承するや否や行動に移した。

 

少しずつ、だがもう直ぐそばまで、決戦の時が近付いていた。

 



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獅子の子タジムニウス用語及び設定集(国別)ブレトニア編

以前発表した用語集になります。自分でもびっくりするぐらい沢山の設定があった為、物語に必要な情報を絞り、今回はブレトニア王国のみの発表になります。次話以降ライクランドやドワーフやハイエルフの設定を書きたいと思います。


1.ブレトニア王国

正確な時期は不明だが第五霊災直後より誕生した封建制の王国。

 

大元はライクランド帝国より派遣された南方開拓者とその護衛を務める騎士団から端を発する。

開拓は順調だったが諸種族との戦いが激化し、本国ライクランドの政争も激化し事実上放置され、追い詰められ現在のアルトワの森に逃亡した。

開拓団と騎士団は泉より現れた女神ハイデリンの加護を受け、その後騎士団が決死の突撃を敢行、諸種族の連合軍の駆逐に成功し、南方の平地を統一、その後騎士達がそれぞれの地を領有した。

クーロンヌ公爵領、リヨネース公爵領、アルトワ公爵領、アキテーヌ公爵領(帝国奪還戦争時点、つまり現在は欠番)、パラヴォン公爵領、ボルドロー公爵領、カルカソンヌ公爵領の六つの公爵領が誕生し王国を形成するに至った。

 

後に東灰色山脈に東方からの亡命者(タナトス家の先祖)が公爵に叙勲され山城ブラックストーン城を建設、山道入り口に城下町を建設し、ドワーフ族の小都市二つを統合しタナトス公爵領とする。

更に後にドワーフ族一大居住地オルカル山地とアスール(古代エレゼンの巨大王国の民)の末裔が住まう魔法の森も統治者を公爵に叙勲し公爵領として併合する。

 

王国として成立したブレトニアは騎士の国として世界各地に認知され、その名に恥じぬ屈強な騎士団を以て嘗ての同胞にして主君であるライクランド帝国と戦ったり、東方、西方の侵略者を退け、又は泉の女神の名の下に十字軍を差し向け少なく無い領土を切り取ったりしていたが、建国から戦いが頻発していた為文化技術的には周辺国に見劣りする物があった。

 

この文化技術的な差は彼らブレトニア人の独自技術であるブレトニア銀の製造など一部分野の特化や、貴族農民の対立など様々な経緯を挟み、最終的にライクランド帝国と統合しアルトドルフ帝国建国の時まで埋まる事は無かった。

 

文化的な差があって今日に至るまで社会基盤は農民であるがアルトドルフ帝国として統合以降、国民の教育運動も併せて進み、もとより肥沃な大地の恵みを一身に受けるべく長き歴史があり、その恩恵として様々な食材やよく肥えた家畜、優秀な軍馬、天馬を育成する環境も整っており工業化にこそ遅れを取ったものの、国そのものは比較的豊かであったという。

 

始祖王はジル・ル・ブレトン、中興の祖にルーエン・レオンクール(レオンクール王朝の祖)、先王はフィリップ・ド・レオンクール九世、現国王はフィリップ九世の子、タジムニウス・ド・レオンクールである。

 

2.ブレトニア王国軍

ブレトニア王国の暴力を司る部署であり、陸軍と海軍に分かれている。

 

3.ブレトニア陸軍

陸軍は封建制国家の為、実際は各諸侯の領地より徴兵された軍隊の為、最終的な指揮権は王と王に任ぜられた元帥にあるが、基本は領主達がそのまま指揮官として各部隊を動かす。

 

各公爵領二〜四万の軍を保有し、招集ラッパが鳴り響いた時、公爵達は家臣を纏め、王の元に馳せ参じる。

 

軍の主力は何処の国にも漏れず歩兵であるが、ブレトニアの歩兵の大部分は領内に住む農民達である、それ故に士気や能力の差はブレトニアにとって大きな弱点となった、然しそれを補って余りある各騎士団の戦闘力は他国の追随を許さず(元を正すと非騎士階級の兵が弱いのはブレトニアの農作物やら家畜の肉やら酒やらを貴族が年貢として納めさせ、これら平民農民がその恩恵に預かれないからだが)、無敵と評された馬上槍を構えた突撃(ランスチャージ)など世界各地で武勇伝を量産した。

 

国内事情が磐石化していくにつれ、騎士団の増員と合わせこれら徴収兵の改革も進んで行った。

 

先ず、国民の食事情の改善により、貧相な体格が主だった農民達は体格がガッシリとしていき軍役に耐える様になり、工業化の促進により、同一規格の軍装が整えられる様になり、ライクランド帝国式の歩兵戦術の導入など様々な形で進化していった。

 

装備する武器は主に剣や槍、弓や弩、そして投石機トレビュジェットであったが、次第に火薬式の武器、つまり銃火器や火砲も装備に入った。

 

ブレトニアは騎士道を重んじるが故に銃火器は当然、弓や弩も忌避されてきた、更に始祖王ジルが弓矢によって暗殺された事からブレトニアはこう言う遠距離武器は主体を占めることは無かった。

 

しかしルーエン王の統治が始まると近代化政策が進み、銃火器を主武装とする銃士隊の創設やライクランド式火砲の輸入、製造技術、設備の導入、騎士、貴族階級の意識改革などが進み、ブレトニア軍は近代化軍への歩みを始めた。

 

その頃には徴収された兵より志願して軍役に就いた職業軍人の数も多くなっていったという。

 

然し、ガレマール帝国との決戦後敗退した事により大部分が解体され、各公爵領の騎士団は縮小させられた為後の独立戦争、以降の帝国再統一戦争時は軍役復帰者も含め徴収兵が大半を占めてしまっている。

 

4.ブレトニア海軍

ブレトニア王国は重農国家であるが海運国家としての側面も併せ持ち、それを成し得る為、海軍の整備に余念が無かった。

 

成立後暫く時が経ったが木造帆船を多数建造し、様々な国への交易を始めた、これら船の積荷はブレトニアで採れた豊富な農作物や塩、陶器、家畜、馬、ある時はブレトニア銀を使った豪華な甲冑や武器であった。

 

そして、それを護衛するための船の建造も併せて行われ、豊富な火砲を積む大型ガレオン船も多数建造され、一大軍事組織として誕生したのがブレトニア海軍であった。

 

ブレトニア海軍の戦歴そのものは余り無いものの、船団護衛に全力を注ぎ、常に訓練に明け暮れていた事から大半の戦果は白星を上げている。

 

第六星暦中期頃、ブレトニア海軍、というよりアルトドルフ帝国海軍は大規模改革が行われる事になった、全ての軍艦は空中及び水上航行可能な装甲艦とするという前代未聞の改革が行われた。

 

これが完遂するのはガレマール帝国台頭の数年後であるが、小型コルベットから全長一キロに匹敵する艦隊旗艦級戦艦に至るまで全ての軍艦が装甲飛行艦で有り、ガレマール帝国と唯一同等の飛行戦力を保有するに至った。

 

そしてその長年の努力はガレマール帝国との艦隊決戦となったノルドランド上空会戦に於いて辛勝では有ったものの、ガレマール帝国軍の大艦隊に勝利し、当初世界各国に世界の覇者はアルトドルフ帝国に違いないと認識させる程であった。

 

その会戦に於いて、ブレトニア海軍は主に装甲巡洋艦と、ペガサス、ピポグリフ騎士と小型飛空艇を収容する空母を主力とする空母戦隊の任に就き、ガレマール帝国軍艦隊への先制攻撃を成功させ、巡洋艦以下小型艦艇での突撃戦に於いては友軍艦隊を鼓舞し、多大な戦果を上げ、ソル帝をして、空中での勝利は不可能と判断し、帝国存亡と天下を賭けた大規模陸戦に望みを託させるに至り、結果諸国への侵略を遅らせる要因にもなった。

 

これだけの戦果を上げたものの、キスレフ国境の決戦に於いて、ライクランド選帝諸侯の裏切りによりアルトドルフ帝国は敗北、ライクランド帝国の艦艇は比較的温存を許されたのに対しブレトニア王国の艦艇は解体破棄を命じられ相当数が解体される羽目になり、一挙に衰退する事になる。

 

然し、それでも尚、多くの艦艇が混乱に紛れガレマール帝国の手から逃れ、その大半が遠く任地に居る遍歴騎士団に合流し、帝国再統一戦争時には逃れた艦艇は王国に合流、嘗ての同胞を相手に砲火を交えている。

 

5.泉の女神

ブレトニア王国記に度々登場する人智を超えた存在。

 

その見た目は正にヒューラン族の美女である。

 

凄まじい魔力を持ち、その力は天地すらも左右してしまうほどである。

 

女神が最初に現れたのは始祖王ジルがアルトワの森に逃れた時である。

 

女神はジルが居た泉から現れた、ジルは咄嗟に我が剣と旗を祝福して欲しいと懇願し女神はその様にし、黄金の杯に泉の水を汲むとジルに飲む様に促したという。

 

かくして水を飲んだジルは凄まじい力と勇気に溢れ、他の騎士達も同じ様に水を飲み敵を倒し、王国を作り上げた…。

 

この女神は以降ブレトニアを事あるごとに導く様になるが、実のところ女神の正体は、この星の歴史にて度々登場する光の戦士に力を与えたと語られる星の意思であるハイデリンその人であり、ハイデリンの加護を受けた騎士は光の戦士という事になる。

 

ジルの治世迄は女神はジルの元で民を導いたがジルが死ぬと女神は泉の底に姿を隠し、以降女神が指名した代理人泉の聖女が事あるごとにブレトニアを導く様になる。

 

余談だがエオルゼアの北方都市シャーレアンは当初泉の女神をハイデリンでは無いかとするブレトニア側の主張を一切取り合わなかったがそれに対し怒り狂った神父が十字軍を提唱し、同調する騎士や従軍神父達が現れ、侵略寸前にまで外交問題が悪化した事と、考古学権威を務めるシャーレアンの賢人達の研究報告によりハイデリンである可能性が高くなり第六星暦末にはハイデリンであるという認識に改めたが一部学会は否定しており、ブレトニア王国はこれら学会の領内領海侵入を固く禁じており、これらに侵入した暁には一切の裁判を行わず聖杯教の名の下に火炙りに処すと宣言している。

 

6.聖杯教

泉の女神を信仰する宗教。

 

泉の女神、つまりハイデリンを信仰する宗教(ハイデリンを信仰している事を知るのは成立から遥か時を隔てた後であった。)であり、三大陸を広く見渡してもハイデリンを信仰する宗教は他に無い、そもそも光の使徒以外ハイデリンの存在を基本知る事極めて珍しい為ハイデリンを信仰する宗教としては唯一である。

(ライクランド帝国に於けるシグマー教は、ハイデリンの加護を受けたとされる始祖帝シグマーを信仰する宗教の為ハイデリン信仰では無い)

 

聖杯教の発端も彼女によって加護を受けた騎士達とその戦いを見た民草が発端であり、王国成立と同時に国教となった。

 

名前の由来は泉の女神の持つ黄金の杯から来ている。

 

教えの内容は、女神を信仰し、清く正しい心と勇気を持ち、困難と恐怖に立ち向かえば、皆誰しも聖杯を口にし、永遠の命を得ると言うものである。

 

宗教指導者は象徴として泉の聖女が担い、実務は大司教が務める、現大司教はカルカソンヌ公ジャンである。

 

7.ブレトニア騎士団

各公爵領によって組織された公爵直属騎士団や巡礼遍歴騎士団、聖杯教によって結成された聖騎士団の総称である。

 

ブレトニアの歴史は騎士団の歴史でもあり、必ず騎士団が関わる。

 

王国建国に関わったのもジルとその友人達で構成された『開拓者護衛の騎士団』であり、ガレマール帝国に敗北後、国外へ脱出する者たちの時間稼ぎの為にフィリップ九世と共に出撃したのも王直属騎士団『獅子心騎士団』であり、現リヨネース家の始祖聖女レパンスが結成したリヨネース騎士団など様々な歴史に関わっている。

 

ただ一つ共通点があるとすれば彼らはブレトニアの為に女神の為に、騎乗し、槍と剣を振るう存在であると言う事である。

 

戦史の観点で見てもこれら騎士団は騎馬戦、そして徒歩騎士としての歩兵戦でも卓越した戦士であり、有能な騎士団総長や将軍に率いられた彼らは他国からは正に尊敬と畏怖の対象になったとされる。

 

現在世界各国でも騎馬戦闘や重歩兵戦術の教本では彼等の戦史が参考にされる程である。

 

8.ブレトニア銀

ブレトニア領内で豊富に取れる特殊な銀であり、通常の銀より遥かに高い質と硬度を合わせ持つ。

 

ブレトニアの鍛治士達はこのブレトニア銀を使い武器や鎧を組み上げ、これら武器は刃こぼれや錆に強く、鎧は生半可な銃弾は弾き返してしまうほどの強度を誇る(これ程の性能の鎧は高位の貴族や騎士でなければ装備出来ず、平騎士や一般兵が装備する鎧は丈夫でこそあれ、そこまでの性能は無い)とされる。

 

その秘訣は銀鉱石に魔力が秘められており、これを丹念に叩き、鍛え上げる事で強力な武具になる。

 

過程こそ違えど、魔力を込めて製造される鉄鋼資材ミスリルに通じる物もあり、ミスリルの亜種として認識されることもある。

 

古代のブレトニア銀を使用した武具は伝説級の価値と性能を誇る事で知られており、王の佩剣である『クーロンヌの剣』やリヨネース家に伝わる大剣『リヨネースの剣』がそれに当たる。

 

9.泉の聖女

泉の女神により任命された自身の代理人である。

 

高い魔力を与えられ、最初の聖女は女神自身によって修行を受け、歴代の聖女にその技術と知恵は継承された。

 

聖杯を飲む、つまり女神の加護を受けた騎士、聖杯騎士を光の戦士とするなら彼女達泉の聖女もまた光の戦士なのだ。

 

中には素質の高い者は魔力との親和性が高い故に不老長生になった者が時折現れており先代聖女モルジアナは百数十年に及び聖女として存在したが最後の時までうら若き乙女の姿をしたままであった。

 

その理由は解明しておらず、聖杯の水を飲んで不老になったとも、ハイデリンの力を手にした事により名実共に現人神になったとも言われている。

 

これと同様の存在、と言うより遥かにハイデリンに近い存在として光の巫女が存在し、光の巫女になったミンフィリアは彼女達の究極の姿と言っても差し支えは無い。

 

10.タジムニウス・レオンクール

現ブレトニア国王、二十五歳ヒューラン族の男性。

 

フィリップ九世と王妃ブリジットの間に産まれた王国の跡継ぎである。

 

生後一ヶ月余りの時に祖国から逃亡するという経験をし、遥か異国の地で母を病にて亡くすと養父となった騎士と共に流浪の傭兵人生を歩み、そこで世界の成り立ちや歴史、軍学、兵法、政治を学び、二十五年の時を過ごした。

 

そしてとある時に潜伏するブレトニア残党と接触しようと冒険者としてエオルゼアに訪れ、そこで不思議な縁に導かれ、彼はその地にてガレマール帝国軍第十四軍団と戦い、竜詩戦争を終わらせ、アラミゴ王国をガレマール帝国皇太子ゼノスより取り戻し、遂には並行世界である第一世界に夜の闇を取り戻した英雄となった。

 

そしてその甲斐あってかガレマール帝国に政変が起き、そして新たな脅威テロフォロイの台頭を目の当たりにし、遂に王国奪還の時来たれりと行動を起こし、駐屯するガレマール軍を駆逐し、ブレトニア王に即位する。

 

現在はアルトドルフ帝国再建を悲願と定め戦場に立つ。

 

性格は基本物腰柔らかな温和な人物であるが、歯に布着せぬ物言いや辛辣な発言、認識を述べる毒舌家であり、必要であればどんなに残酷な事も一切の躊躇をせず行う事も出来る冷酷な面を併せ持つという側面も持つ。

 

趣味は暴飲暴食と音楽鑑賞と考古学的遺物の収集と研究。

 

好みの酒はブレトニアワイン第六星暦408年物の赤とラム酒。

 

11.カムイ・タナトス

ブレトニア公爵タナトス公爵家当主、タジムニウスの育ての親。ヒューラン族の男性、54歳。

 

元々タナトス家は勝名取家という東方の豪族で有り、戦に敗れ国を追われた後、親交の有ったブレトニアに移住、仕官した事で端を発した一族で有る。

 

カムイは先王フィリップ9世の一の家臣にして、親友であり、王の盾である獅子心騎士団団長を務めていたがブレトニア敗北後先王に王妃と王子を託されエオルゼアに逃亡、王妃死後は王子と共に世界を流浪、傭兵で生計を立て、各地に離散した同胞を探し纏めていた。

 

現在は新生獅子心騎士団を編成し、帝都アルトドルフの防衛司令官を担当している。

 

12.ジャン・ド・カルカソンヌ

ブレトニア公爵家の一翼カルカソンヌ家の当主にしてブレトニア国教聖杯教会大司教。ヒューラン族の男性、54歳。

 

先王フィリップ9世とカムイとは友人の間柄で有る。

 

元々ジャンは三男の為、家督を継ぐことは無く、若い時は魔法研究者としてブレトニアでは名声を集めていたが、父と二人の兄が戦死・病死してしまい家督を継ぐ。

 

カルカソンヌ家は聖杯教会の守護を担当する家であり、代々司教、大司教を輩出しており、ジャンは家督相続後コンクラーベ(大司教選挙)にて推薦多数にて大司教になった。(尚、本人は研究をする暇が無くなってしまったので大層落ち込んだ)

 

現在は帝都アルトドルフにてその頭脳を活かし国内外に謀略の手伸ばし、迫り来る敵の謀略の手から国を守るべく活動している。

 

13.レパン・ド・リヨネース

ブレトニア公爵家の一翼リヨネース公爵家の当主。ヒューラン族とヴィエラ族のハーフヴィエラの女性29歳。

 

世にも珍しいハーフヴィエラの女性、ハーフヴィエラは容姿こそヴィエラ族のそれだが、人間より少し長い寿命(ヴィエラ族の半分程度)と老化速度の遅さが知られており、天寿を全うしても40〜50代の見た目で死ぬ。

 

リヨネース家は聖女レパンス(迫り来る夷狄に対して大剣を持って立ち上がり騎士と民衆を指揮した村娘)が断絶したリヨネース家を継いだ事で端を発した一族である。

 

レパンは正に先祖レパンスの生き写しと云われており、代々伝わる聖大剣リヨネースの剣を振い、先祖譲りの勇猛さと正義感と慈愛を併せ持つ立派な女騎士である。

 

戦乙女という文字が歩いていると評されるレパンだが女性らしい趣味や服、芸術が好きでブレトニアを訪れた暁の血盟のアリゼー・ルヴェユールやヤ・シュトラ・ルルのドレスや化粧の面倒を見た時は我が事のように楽しんでいた。

 

 

14.アルベルト・ド・バストンヌ

ブレトニア公爵家の一翼バストンヌ家の当主にして王国最精鋭銃兵部隊近衛銃士軍団軍団長。

28歳ヒューラン族の男性。

 

バストンヌ家の当主を務める男性で、自身も優秀な銃士である。

 

バストンヌ家は元は始祖王ジルの生家であり、王家とは一門関係に有る一族で有り(正確には王家ブレトニア家がバストンヌ家の分家)、現在王家にあるレオンクール家(王家ブレトニア家の家督を継がなかった子が創設した)よりも王家としての正統性を持つがバストンヌ家始祖が如何なる時も王と王家に絶対の忠誠を誓う事を末代にまで誓っており、アルベルトもまたタジムニウスに絶対の忠誠を誓っている。

 

レパンとは歳が近い事もあって子供の時から良く一緒に行動していた間柄であり彼女と共に若きカムイ・タナトスに剣の稽古を付けて貰っていた。

その為彼らはカムイのことを時折師範、マスターと呼ぶ事がある。

 

15.シグルド・ド・パラヴォン

ブレトニア公爵家の一翼パラヴォン家の当主。ヒューラン族の男性33歳。

 

ブレトニア公爵家パラヴォン家の当主であるシグルドは優秀な天馬騎士として有名を馳せている。

 

若い騎士達の年長に当たるため彼らを諌めたりフォローに回ったりする等派手な一面はあまり無いがその性格は冷静沈着であり、堅実に職務を全うするため皆に信頼される。

 

パラヴォン家は代々灰色山脈の西部を管轄しており、そこはペガサスやグリフォンの群生地になっている。

 

それ故にパラヴォンの民草はペガサスやグリフォンの飼育で生計を立てる者も多くシグルドもまた優秀なブリーダーでもあるが、同時に芸術家としての側面も併せ持ち、彼の作品の一つはガレマール帝国の皇帝ソルに献上されている。

 

現在はカムイの副将として選帝諸侯軍との戦線に睨みを利かせている。

 

16.アレクサンデル・ラ・フェール

ブレトニア公爵家の一翼ボルドロー公爵家に仕える騎士、ボルドロー公爵家を継承したルガディン族の男性42歳。

 

ボルドロー公爵家に仕える歴戦の騎士、ラ・フェール家は男爵家であり、ボルドロー家とは血縁関係にある。

 

主家ボルドローが断絶してからはボルドロー公爵領を纏めてガレマールの支配下の中雌伏していたがタジムニウス王蜂起後のボルドロー攻囲戦の際に部下、領民と共に蜂起、その後帰参した。

 

現在は後方司令官としてブレトニア王国本土防衛部隊や各地より馳せ参じて来る残党の再編を担当している。

 

17.シリュウ・タナトス

ブレトニア王国の貴族、カムイ・タナトスの弟。タナトス公爵領を兄に託された官僚。ヒューラン族の男性50歳

 

タナトス公爵家の次男として生まれたシリュウは兄と共に剣術や政治学を学ぶ。

兄が獅子心騎士団に入団すると共に入団するが、父の死後領地を経営する者が居なくなってしまう為騎士団を辞してタナトス伯爵号(兄カムイからは公爵を名乗れと言われたが固辞した)を名乗る。

 

兵站、街道整備、都市開発、開墾開発等内政での才能に目覚め兄と共に王を支えた。

 

王の死後、帝国支配下に於いても重用されたが、シリュウはこれを良い事に他の公爵家や、各地に離散した残党軍に資金や物資を横流し来る蜂起に備えてた。

 

タジムニウス王蜂起後は王都、または帝都に於いて兵站や内政に力を注いでいる。

 

18.フィリップ・ド・レオンクール9世

ブレトニア王国先代国王、アルトドルフ帝国筆頭将軍、元帥。故人。享年26歳

 

ブレトニア王国先代国王にしてタジムニウスの父親。武勇目覚ましい活躍をして諸国に恐れられる若き王だった。

 

皇帝ジギスムントからは無二の親友と呼ばれ共に戦場に立った数は10を下らないと云う。

 

然し二十五年前のキスレブの戦いでジギスムントが討死すると帝国の命運は最早これまでと悟り残った公爵と家臣と共に敗走、他の者は全員降らせ、親友に妻と子を託すと自身は獅子心騎士団共にガレマール帝国軍の大軍目掛けて特攻。

 

数多の道連れを作った後に灰色山脈の洞窟で人知れず息絶えた。

 

19.ブリジット・ド・レオンクール(ジソルー)

ブレトニア王国先代国王の妃、故人。享年32歳。

 

ブレトニア王国先代国王の妃、タジムニウスの母親。生家はジソルー伯爵家である。

 

フィリップ9世と結ばれ、一男を儲けた直後に祖国が敗北し、夫と死別してしまう。

 

遠く離れたエオルゼア小大陸の一国イシュガルドにて失意の内に病死した。

 

因みに現在ブレトニア王国外務省はイシュガルド共和国に対し王妃の移葬協力を要請している。

 

20.獅子心騎士団

ブレトニア王国最精鋭騎士団、聖杯騎士(光の加護を受けた者)のみが所属する事が許される王の盾。

 

ブレトニア王国最精鋭騎士団にあたる集団。結成時は聖杯を賜った騎士(光の戦士)のみが所属を許されたが、光の加護を受けられる人間の数が一気に減ってしまった事により、聖杯を賜るに値する騎士としての聖杯騎士が確立すると光の加護を持たない騎士が主流になり、やがて完全に後者に統一されたがその実力は如何程も損なわれておらず無数の武勇伝を作り上げた。

 

二十五年前の敗北後フィリップ9世と共に特攻、直前に解任された騎士団長カムイ・タナトスを除き全員が王に殉死した。

 

現在はカムイ・タナトスにより再編されており、身分、出身問わず剛の者が集められ現在は千名ほどになっている。

 

21.御旗御身も御照覧あれ

ブレトニア王国必勝の誓い。

御旗は、ブレトニア王国旗を指し、御身は泉の女神(ハイデリン)または泉の聖女を指す。

 

王国旗と女神とその代理人の名誉と誇りに戦う事を宣誓する為この誓いが出されれば、たとえ誰であろうとそれを覆す事は決して罷り通らない。

 

その為この誓いは軽々しく使えず王はこの誓いをする時は皆悩んだという。

 

この誓いが為されて敗北した戦いはブレトニアの歴史上現在たった一つであり、それは二十五年前のキスレブの戦いであり、それ以外の戦いは全て無敗である。

 

この誓いのモチーフは日本で甲斐、信濃を納めた甲斐源氏武田家に伝わる御旗楯無も御照覧あれから得ている。御旗は後冷泉天皇(1025〜1068)より賜ったと伝わる日の丸の旗、楯無は盾が無くとも矢を跳ね返すほど強靭な鎧と伝わる武田家家宝の大鎧を指す、

 

元ネタ(フィギュア型ボードゲーム等シリーズwarhammar)でのブレトニア。

 

warhammarにおけるブレトニアは中世フランスをモチーフにした人間の封建国家であり、人間の国の中で二番目の大国に位置する。

 

国の成り立ちや設定は上記で説明した事とほぼ同じであるがジルに祝福を与えた女神、泉の聖女はこの物語ではハイデリンとなっているが、その正体はエルフの女神リリスである。

 

ゲームにおいてはブレトニアは様々な加護を付与してユニットを強化し、強力な騎士団で敵を蹴散らす間、全勢力最弱クラスの農民歩兵軍団を消費して敵を引きつける戦法を取る。

 

その為ストーリーブックなどではブレトニアの農民は扱いや生い立ちがとても悲惨。

 

この物語では近代化して銃火器や大砲を使うが、元ネタブレトニアはそう言った火器は一切使用しない。

 

この勢力の主要キャラとして、ルーエン・レオンクール王、アルベリック・ボルドロー、レパンス・リヨネース、フェイ・エンチャントレス(泉の聖女)・モルジアナの4体のキャラクターを軸に騎士団や農民歩兵軍団を形成する

 

その一風変わったゲーム性故に大元のボードゲームや派生のPCリアルタイムストラテジーゲームやMMOゲームではぶっち切りのロマン枠(媒体によっては苦行枠)である。



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