Kenshi -20years later- (さわやふみ)
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旅立ち編
1.はじまり


 はじまりはただの好奇心だった

自ら始めた旅が、いつからか回り始めていた運命の歯車に巻き込まれ、

その身を削り取られていく感覚

ここまで振り返らずに走り続けてきたが、

自分は正しいことを出来てきたのだろうか

どこかで選択を間違ってしまっていたのではないか

この旅の終わりに輝ける未来は待っているのか

心の拠り所としていた大切なものを失ってまで進み続ける意義はあるのか

今となってはもう…

ただ確かなのは、目の前に突き付けられた非情なる現実だけ

この試練を乗り越え、正しいと思える道を進むことが出来るのか

教えてくれ…トゥーラ

私はまだお前がいなくなってしまった世界を受け入れられていない

 

 薄暗い一室でロングコートを着た女性は無造作に積まれている鉄のガラクタの山の中に、ボロボロになって突き出ている一本の金属の腕を見つける。

女性は震えながら膝をつき、その腕をそっと両手でやさしく包みこむ。

そこに鎧をまとった兵士らしき人物がかけつけ後ろから声をかける。

「報告します!多数の敵部隊が東の方角に現れました!・・・その腕はまさか・・・」

うつむいている女性の垂れた前髪の間から一滴の雫が頬をつたう。

しかしその女性は報告を聞くとゆっくり立ち上がり、背中に装備している年季の入ったデザートサーベルにそっと手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐で一寸先も見えない荒廃した台地で、ガスマスクをかぶった小柄な者が岩から岩へと飛び移る。

一歩踏み外せば谷底に真っ逆さまだが、その者は器用に岩場を渡り歩いている。

そしてはるか下の地上にいる赤い生き物の群れを発見する。

 

「お、いたいた。おいしそー…」

 

 そう呟くと崖を躊躇なく一気にかけ下る。

赤い群れは上空から何者かの襲撃が来たことを悟り鋭く尖った両腕を掲げ臨戦態勢に入る。

小柄な者がそれに臆することなくグングンと間をつめていくとやがて群れている赤い生き物の形状がはっきり見えてきた。

群れの正体は人間大とも言える巨大なカニの1群であった。

 

「うん、手だけでいいから助かるよー!」

 

 かけ降りていく小柄な襲撃者は自分より大きいカニの群れに鋭い腕を向けられても動じずに素早くそれをかわして地面に着地する。

 

【挿絵表示】

 

そして腰につけていた分厚い刃のハンティングサーベルを取り出しそのまま一匹のカニの腕を切断する。

切断された腕がくるくると宙を舞うがカニはキョトンとしている。

 

「またはえてくるよ、ごめんな!」

 

小柄な襲撃者は切断された腕を華麗にキャッチすると一目散にその場を離れた。

そしてたどり着いた先は一件のみすぼらしい小屋であった。

 

「ただいまー。カニとれたよー」

 

ドアを開けながらガスマスクをはずすとシルバー色のショートカットの可愛らしい女の子が顔をのぞかせる。

 

「あれ、ニール?サッドニール!いないの?」

 

女の子が奥の方に声をかけると奥から無感情の声が帰ってくる。

 

「ここにいる。私は食事をとらないからカニには興味がない」

 

ウィーン。ガシャン

 

 奇妙な音と共に奥から現れたのはゴツゴツのさびれた金属が人間の形をしただけの無機質なロボットだった。

作られた目的は最早誰にも分らないがこの世界では古代文明の遺産として、

自ら考え目的を持ち自立して動くロボットがスケルトンという名称で、

何百年間もの間、違和感なく人間社会に溶け込み一緒に生活しているのだ。

そのスケルトンは衣服とは言えないが、申し訳なさ程度にぼろ切れの布を巻いてもいる。

 

「ほんとこれ食べないなんて人生もったいないよねぇ。ああ~フォルムもいい形してるわ。」

 

 女の子は大きなカニの手をぶらんぶらんさせながら眺めている。

それを見てサッドニールと呼ばれたロボットは女の子に語りかける。

 

「君の母親もカニが大好きだったが食べたりはしなかったよ」

 

「俺に母親はいない。親はあんただろ!」

 

親の話になると女の子は急にムキになって答える。

 

「私は君の育ての親だが血のつながった親ではない。過去の文明が残した機械人形スケルトンだしな。それと女の子は「俺」という一人称はほとんど使わないそうだぞ。ルイよ」

 

対してルイと呼ばれる女の子はさらに怒り口調になる。

 

「どうでもいいよ!そもそもスケルトンだって人間と同じように喋ったり考えたり出来るじゃん。食べることはできないけど…」

 

「どうだろうな。目の前で何人もの知人や友人が死んでいくのを見ても悲しいと感じて涙を流せない」

 

「悲しさは分かるんでしょ?と言うかそのくだり何回目よ?もう飽きたわ。カニしかいないこの生活も飽きた」

 

さっきまで宝物のように持っていたカニの腕をどかっと放り投げるとルイはゴロリと床に寝そべる。

 

「食料にありつけることだけでもいまの世の中を考えると幸せなのだがな。カニから学べることもあるし」

 

「ないでしょ!クラブレイダーみたいなこと言わないでよ」

 

「このカニの生息地域を守るクラブレイダーがいるから君の安全と食事も守られているんだ。私はスケルトンだからレイダーに攻撃されるが」

 

それを聞いたルイは何かを閃いたように飛び起きサッドニールに詰め寄る。

 

「ふーん。じゃあさ、いっそ一緒に旅に出てみようよ。こそこそレイダーから隠れ回らなくて済むし未知の美味しい生物が他にもいるかもしれないじゃん!」

 

「…放浪は言われるほど良くないと思う。お勧めしないな。危険が伴う。私は戦闘向きには作られていないし、以前いた組織でも主に交易を担当していただけだ。それに君の母親はカニに囲まれた幸せな生活が送れるよう君に望んでいた」

 

「その話はもういいって!それより長年生きてたらその以前いた組織とかコネが出来たでしょ?入らせてもらおうよ。どこにいんの?」

 

「…今はもう組織はない。だが、生き残っている知人の強者はまだどこかにいるだろうな」

 

「おお!目星ついているの?近くにいるとか?」

 

ルイはサッドニールの肩を揺らすが、一瞬の間の後に返ってくる答えは先ほどと変わらなかった。

 

「あてはあるし遠方でもないがやはり外にはでない方がいい。危険は嫌いだ」

 

「なんで!この場所を離れたほうがニールも幸せになるよ!」

 

キラキラ目を輝かせながらさらに迫り来るルイにサッドニールはたじろぐとため息をつきながら答える。

 

「…はぁ。一緒に行くよ。でもそれは私が君のプレッシャーに負けたからではなく君の人生を見届ける使命を持つ私の人生に生き甲斐を持っているからだ」

 

「何言ってるか分からんけどOKってことね!よっしゃーそうと決まれば早速仕度するよ!」

 

ルイにはサッドニールが話に乗ってくれる確信があった。

サッドニールはネガティブで保守的な性格ではあるが、それが故にあまり対立意見となる自己主張はせず流されやすい。

そのため、めげずに主張し続ければいつか折れて同調してくれるのだ。

舌を出しチョロいもんだと言わんばかりにバックパックに荷物を詰め始めるルイに対して、スケルトンのサッドニールの表情は当然何も変わらないが、心なしかいつもより動きが良い。

 

「では私は地図を使って目的地へ行くルートを検索する」

 

旅に出ることが決まってしまえば意外と乗り気なのかもしれない。

 

「一直線の最短距離でいこうぜ!」

 

長いこと2人で小屋に籠る生活を続けていた反動は大きかったのだろう。

気が付けば2人ともあっという間に出発の準備が整ってしまったいた。

 

「あんまり持っていくもんないな。ニール何なのその長い棒は?」

 

知らぬ間にサッドニールは背丈を越える長い鉄の棒を背中に背負っていたのだ。

 

「杖だ。移動にも戦いにも役に立つ代物だ」

 

「ふーん。ってかバックパックもでかくない?そんなに荷物が必要なの?」

 

「これは荷物というより君を入れて移動する時に使うのだよ」

 

スケルトンは時に人間にとって予期せぬ反応をする時がある。

そんな時もいつも通り抑揚もなく至って単調に言葉を発するため、長く付き合っていても本気なのか冗談なのか見極めるのが難しい。

しかし、ルイはさすがに10何年もサッドニールと一緒に暮らしており、

このスケルトンが意味のない冗談をここで使わないことを知っていた。

 

「え?俺がなんでバックパックに入らなきゃいけないんだよ」

 

怪訝な顔でルイは問うが、サッドニールは坦々と答えを返す。

 

「隣の地域はスケルトンが通るのは容易いが人間が通るのが難しいからだ」

 

問われたことだけ回答し、多くは語らないスケルトンとの会話は普通はイライラしてしまうものだが、

ルイの喋り相手は小さい頃からサッドニールしかいなかったため、特に違和感を感じることなく問答が進む。

そしてルイはその回答にピンときたのか自信満々に応えた。

 

「ああ!前に言ってた肌が溶けるほどの酸性雨が降る地域ってやつか!確かに耐性ある服は持ってないなー」

 

悩んでいる横でサッドニールはなおも坦々と喋り続けた。

 

「いや、そんな簡単な話ではない。詳しくは移動しながら説明するから、今は取り敢えず夜になるまで寝ておきなさい。基本的には夜に移動することになるから」

 

「ええー、なんで?夜に移動って危なくない?」

 

「これから少しずつ世界の周り方について実戦で学んでいくさ」

 

「ふーん…」

 

質問をはぐらかされたルイであったが、いつも細かいところはサッドニールに任せていたため、特に気にすることなくその日は言われるがままに床についた。

こうして、これから起こりゆく出来事と待ち受ける宿命を知らずに2人の旅はゆっくりと開幕するのであった。




登場人物

【挿絵表示】

主人公 ルイ 15歳
カニを(食べるのが)好きな少女。退屈な生活に飽き、世界を回りたいと思っている。自分のことを「俺」というなど言葉遣いが悪い


【挿絵表示】

サッドニール
長い間ルイのお守りをしているスケルトン。以前所属していた組織では交易を担当していたらしい


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2.スケルトン盗賊

リーン、リーン、リーン

 

 暗闇で静まり返った荒野に心安らぐ虫の鳴き声が響いている。

そこに一体のスケルトンが大きなバックパックを背にゆっくり歩を進めている。

するとバックパックから声が聞こえてくる。

 

「まだ出ちゃいけないの?なんで隠れなきゃいけないんだっけ。サッドニールって筋力あんまないの?歩くの遅くない?」

 

バックからの質問攻めにスケルトンのサッドニールは一つ一つ単調に回答していく。

 

「まだ出てはいけない。この地域に住む組織は人間を見つけると襲ってくるからだ。私の筋力は人間が定めた最高値を100とすると大体40ぐらいだ。だから君の体重が重いことで私の足が遅くなる」

 

ガン!とバックの一部が付きだしサッドニールの後頭部にぶつかる。

 

「一応俺は年頃のレディなんだけど。ちなみに人間を襲うって言ったけどクラブレイダーがいるんじゃないの?」

 

「我々が住んでいた地域は生息するカニと共に生きる部族であるクラブレイダーが支配し部外者は排除していたが、ここはもうその支配が及ばない地域なのだ。そういえば君はクラブレイダー村に最後に立ち寄らなくてよかったのか?」

 

「うーん、村に雑貨を買いにいったりはしたけどそんなにあの人達と接点なかったしなぁ。変な人達だったし。そもそもニールだけ攻撃してくる意味わかんないし」

 

「スコーチランド人以外は襲うのだろうな。君はその血が流れているから大丈夫だったのだろう」

 

「俺ってそんな人種なのか。知らなかった」

 

「いや何度も教えていたよ。規則、規制に縛られず個性的な側面を持つと言うがまさに君そのものだ。ちなみに君の母親もスコーチランド人だ」

 

「…ニールってさぁ、なんでそんなに実の母親の話をしようとしたがるの?俺を捨てた時点で親としての繋がりなんてないじゃん」

 

「私自身もその思考回路がよく分からない。だが君は知っておくべきで、私は伝えておくべきだと判断しているのだ」

 

「いーよ、興味ないし。それよりこの辺はクラブレイダー以外だと誰がいるの?」

 

「スケルトン盗賊という連中だ」

 

サッドニールはいつも話したいことを話す前に

ルイに話題を変えられてしまうが、特に気にする様子もなく変わった話題に対して回答してくれる。

そんな個を持たない性格が自由奔放なルイにとってはストレスを感じない良き話し相手なのだろう。

 

「おお、スケルトンの盗賊だったら同じスケルトンのサッドニールは仲間ってことなのか!なるほど」

 

「いや、仲間ではない。そもそも盗賊がスケルトンというわけでは…」

 

心なしか少し寂しげなルイの口調を察したわけではないがサッドニールが淡々と否定しようとした時であった。

 

「ルイ!少し静かにしていなさい!」

 

サッドニールは突然、声の音量を上げ歩を止める。

 

視線の先の暗闇から数人の人影が近づいてくる。

 

「何やら話し声が聞こえると思ったらスケルトンさんではないですか。ようやくここにたどり着けたようだね。相方さんが見あたらないようですが…」

 

遠くから見知らぬ声が聞こえてきてバックパックの中に潜んでいるルイは大人しく耳を澄ませる。

 

「私はただの行商人だ。自律思考系統が少し故障していて考えていることがたまに声に出てしまうんだ」

 

サッドニールは先ほどのルイとの会話を誤魔化すために嘘をついた。

 

「なるほど、そうですか!それはお気の毒に。商人ということはスケルトンパーツは持ち歩いていないですか?出来の良いナットなど持っていれば交換したいのですが。」

 

見知らぬ声の者達はサッドニールの嘘を信じたようで商談を持ちかけた。

 

「生憎、商品を切らしていてデッドランドに調達しにいくところだ」

 

「それは残念ですな。バックは一杯詰まっていそうなのに」

 

ルイはバックに注目が集まったのを悟り、より気配を消す。

 

(足音からして4、5人いるな…。ニールより口調に人間味があるが、型が新しいスケルトンなのか?)

 

「すまないね。スケルトン工具より人間達の備品が多く入っているのだ」

 

このサッドニールの回答に対して見知らぬ声達は急に覇気を増す。

 

「滅ぼすべき人間と商売をするとはどういうことですか?」

 

滅ぼす?人間を?

 

普段は能天気であるルイだがさすがに危険を察知したのだろう。

物騒な言動をバックの中で聞いて額に一筋の汗を流す。

 

「君達の目的を否定するつもりはないが、私もお金が必要なのでね。思考系統を治すにはたくさん稼がねばならんのだ」

 

「ふむ。そういう事情がおありなら多少は目をつぶらざるを得ないですな。よろしい、我々も人間の備品を買って貢献してあげましょう。品を出してみなさい」

 

「……。」

 

サッドニールが会話を止めた。バックを開ける必要がない言い訳を考えている最中なのだろう。この場を言い逃れられる言い訳。…あるのか?普段ならすぐに回答し始めるのに固まったままだ。

ルイもない知恵を絞って必死に考える。

 

走って逃げるか?そのためには俺がニールのバックから出ないと遅すぎて追い付かれる。

 

まずはニールにバックから出してもらわないと…!

 

「分かりました。では品を出しますが引火性の強い物もありまして置く際に爆発するといけないので、あなた方5人は危ないので少し離れてください。」

 

(ニール!ナイス!離れたとこでバックから出てダッシュで逃走ってわけね。人数もついでに教えてくれたし頭いい!)

 

「…分かりました。では離れましょう」

 

そう言うと声のもの達は2歩3歩離れ始める。しかしそれはサッドニールを中心に囲うような形で輪を広げただけであった。

そしてさすがにサッドニールを警戒しているのかその者達の声にも緊張が見える。

それを見てサッドニールは何かを察したのか小さな声でルイに語りかける。

 

「ルイ。私が囲みを一ヶ所あけるうちにバックから出て走り出しなさい。君の足なら追いつかれることはないだろう」

 

「は?ニールも一緒に走ってよ」

 

「さすがに振り切るのは難しいから私がここで奴らを抑える。それに私はスケルトンだから何とかなる計算がある。これを持っていきなさい」

 

そう言うとサッドニールは小さな端末をルイに手渡す。

 

「なにこれ?」

 

不安げに見上げるルイにサッドニールは答える。

 

「これはGPSと言ってこの点滅が私の位置を示している。後日回収しにきておくれ」

 

GPS。もはや現在では復元できないテクノロジーも現存さえしていれば非常に価値のある物として今も利用されていた。

 

「回収って…どういう意味だよ?」

 

「詳しくはその時に話せる。さぁいくよ!」

 

ルイの決断を待つ前にサッドニールはバックの口を開けると一方向に駆け出す。

 

「どうしたのだね!?む!バックの中から人間が出てきたぞ!」

 

ルイは「ぷはっ!」とバックから顔を出す。

 

なるほど薄暗くてよく見えないがスケルトンのような様相の者達に周りを囲まれている。

その一人に向かってサッドニールが金属の棒を振りかざした。

ルイが気づかれてから近づくまでに距離があったせいでサッドニールの一撃は構えたサーベルで防がれてしまう。

 

ガキン!

 

「何をするのだ!同志よ!血迷ったか?」

 

「ルイ!いまだ、ここを走り去れ!後は予定通りに!」

 

ルイには最早考えている時間はなかった。これまでサッドニールに教えてきてもらったことは全てあっていた。今回も正しい判断をしているのだろう。

自分は人と戦った実戦がないし2対5で例え勝てたとしてもどちらかが致命傷を負うかもしれないのだ。取り敢えずサッドニールに従う。

それがルイの判断だった。訳もわからずサッドニールがあけた相手の隙を縫ってルイは走り出した。

 

「それでいい」

 

サッドニールの背中から聞こえる最後の言葉を聞きつつルイは闇夜の中を走り続けた。

 

 

どれだけ走っただろうか。気がつくと空が白みはじめていた。

後ろを振り返っても誰もいない。スケルトン盗賊とやらをまくことはできたらしい。

しかし、サッドニールをそこに置いてきてしまった。

言われた通りにしたとはいえ育ての親を置いてきたことでルイの表情には悲壮感が漂っている。

 

本当に無事なんだろうな!ニール!

 

先ほど渡されたGPSとやらを慌てて作動させる。

すると、中心から離れた部分がピカピカと光っている。

 

(さっきは中心が光っていた。こっちの方向にいけばサッドニールに会えるということか?)

 

ルイは迷わず走り出した。

夜通し何も食わずに走っており疲労と空腹感がピークに達していたがそんなことはどうでもよかった。

 

「こっちか!もうすぐだ!」

 

GPSの点滅が中央に重なりかけたときルイは岩影に身を潜めた。

理由は単純、先ほどまで自分達を囲んでいたであろう奴らを発見したからだ。

しかしルイはここで大きな違和感を感じる。

 

(一体どういうことだ!?なぜあいつらは?…ニールは…いた!奴らに何かされている?)

 

直立不動で立っているサッドニールを囲ってスケルトン盗賊は何かをしている。

 

(ニール、あんたは回収しにこいと言った。だから俺は盗賊がいようがあんたを回収する!今度は逃げないからね!)

 

ルイはスルスルと近くの崖をよじ登るといつもカニに対して行っている上空からの奇襲戦法を繰り出した。

 

「おらぁ!ニールを返せ!」

 

ガシャン!

 

不意を疲れたスケルトン盗賊の一人がルイのハンティングサーベルの餌食になる。

 

「ぐはぁ!」

 

(よし!あと4人!ニール!何やってるんだよ!つったってないで加勢しろよ!)

 

「ぬう、人間め!滅ぼしてやる!」

 

スケルトン盗賊がルイにサーベルを向ける。

 

(サッドニールは…まだ直立不動のまま背を向けている)

 

「おいおい!ニール!どうしたんだよ!心臓抜かれたのか!」

 

ルイが喋りかけるが応答がない。

 

「ん?こいつさっき逃げた人間か。生憎だがこのスケルトンはもうお前のことは覚えていないぞ」

 

スケルトン盗賊の不気味な言葉に対してルイも言い返す。

 

「何言ってやがんだ!お前ら中身は人間だろうが!何スケルトンごっこしていやがる!頭いかれてんのか!」

 

スケルトン盗賊に感じた違和感の正体。

それをルイは言葉にしたのだ。

最初の一人目を倒したときに確信できた。スケルトン盗賊は外見をスケルトンを模した装備で覆ってはいるが、所々肌が見え口調も人間そのものだったのだ。

 

「何を言っている。我々は人間を滅ぼすために活動しているスケルトンだ。」

 

スケルトン盗賊は先ほどまで流暢に喋っていたのに急に単調でかつ片言に台詞のような発音をし始めたのだ。

 

背筋がゾッとした。イカれてやがる。

目的はどうでもいいがこんな奴ら相手にせずニールを回収して撤収する!しかしどうすれば…。

 

その時、均衡を破る無慈悲な音声がサッドニールから聞こえてくる。

 

「メモリーの消去終了。初期化が完了しました。起動開始します。」

 

いつもの声とまったく違ってさらに無機質な音声。言葉の意味は理解できなかったが何か悪い予感を感じさせる音だということはルイにも理解できた。



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3.スケルトン盗賊2

「おお、リセットが終わったか。スケルトンさん、名前はデフォルトかな?」

 

スケルトン盗賊の一人が問いかけると「ジジジ・・」という読み込み音と共にサッドニールが反応する。

 

「基本設定をバックアップから読み込みます。私の名前はサッドニールと言います。よろしくお願い致します」

 

「うむ。これから宜しく頼むぞ同志よ」

 

悠長にスケルトン盗賊と挨拶を交わすサッドニールを見てルイの表情は絶望に変わっていく。

 

「呑気に会話なんてしてんじゃねーよ!早くここからずらかるぞ!」

 

ルイの呼び掛けを無視してサッドニールは会話を続ける。

 

「私のマスターはそこに倒れている方ですね。生命反応がない」

 

「そうだ!サッドニール!そこにいる人間にお前のマスターが殺されてしまったんだ。人間を始末しよう」

 

指を指されているルイをサッドニールは一瞥した。

 

「なんという恐ろしいことを・・・。しかし私はソルジャー型ではありません。あなた方は警察ですか?捕まえてください。または私をソルジャー型にアップデートしてください」

 

「む、お前は労働型か。仕方ない、あとで長老にアップデートしてもらおう。我々でこの人間を始末するぞ」

 

スケルトン盗賊達はルイのほうに向き直ると一斉にサーベルを構える。

しかし、対するルイは・・・もう武器を構えるほどの戦意はなくなっていた。

 

「ニール・・・冗談だよな?忘れてないよな?俺は覚えてるよ・・初めてカニを一緒に捕らえたことも、風邪を引いた時に看病してくれたことも・・・」

 

問いかけられたサッドニールは無慈悲に回答する。

 

「申し訳ありませんがあなたと行動を共にした記録はありません。」

 

ルイは膝をつき、瞳からポロポロと涙をこぼす。

 

「そうか・・・ごめんな。あんたは最初から行きたくなかったのに俺が安易に旅に出たいなんて言うからこんなことになってしまって・・・。俺はいつもあんたの教えを真面目に聞かないで外の世界はこんなにも危険だと言うことも聞き流していたんだろうね。本当にバカだったよ・・・。」

 

やり取りを見ていたスケルトン盗賊が割ってはいる。

 

「人間よ。この世から排除されるべき生物だと自覚したようだな。抵抗はするな。せめて痛覚を感じないように処分してやろう」

 

ジリジリと間を詰めるスケルトン盗賊。

それを後ろで傍観していたサッドニールであったが1つ口を挟む。

 

「この世における殺人は即、死刑の対象なのでしょうか?」

 

「新入りよ。殺人ではない。スケルトンの破壊罪だ」

 

「なるほど、そうですか。ではそこにいる人間に問いたい」

 

ルイはぐすっと鼻をススリながらサッドニールを見上げる。

 

「人間社会にはおこなった罪を法律に基づいて刑務所等で償うフローがあります。まず、君は今回のスケルトン破壊罪や言うことを聞かないで好き放題やっていた罪を懺悔する気持ちはありますか?」

 

サッドニールが勝手に裁き始めたことに対してスケルトン盗賊がまたも割ってはいる。

 

「待て待て!今スケルトンの世の中に人間の法律などない!あるのは理由を問わず人間を抹殺することだけだ」

 

「了解しました」

 

対してサッドニールはいつものように食い下がることなく受け入れてしまう。

 

「リセット後のスケルトンは旧世界基準のデフォルト設定なのか!まったく面倒なことだ。」

 

気を取り直したようにスケルトン盗賊がルイのほうを向き武器を振り上げる。

その瞬間がルイにはスローモーションのように遅く感じた。

スケルトン盗賊の顔まで覆ったヘルムの間から見える人間の目がこちらを凝視していることさえ分かる。

最早、こいつらがスケルトンを装い続けている理由などどうでも良かった。

残酷だと知ったこの世界が早く終わってほしい。

サーベルの刃先が自分の首に到達するまでの時間が長くさえ感じていた。

 

ガシッ

 

 切られるであろう瞬間はさすがに恐怖で目を閉じていた。

自分の首が切られた感覚はなかったが、痛みも感じず案外あっけないものだと思った。

 

 もう死後の世界があるならば到着したのだろうか。それにしても意識がこんなにもはっきりしている。死とはこんなものなのか。

ルイは恐る恐る目をあけると、目の前にはサッドニールが立っていた。

傍らにはスケルトン盗賊が2体追加で転がっている。

 

「え・・・」

 

ルイは状況が理解出来ず固まった。

 

「引き続き人間を抹殺します」

 

残る2人のスケルトン盗賊はギョッとして固まっている。

 

 我にかえる暇を与えずサッドニールは片方の盗賊に鉄の棒による殴打を繰り出す。

さすがに盗賊も武器を使って応じるが防戦一方だ。

サッドニールの棒術による連撃は流麗で反撃ができないほどいとまがなかった。

殴打が防がれるとクルリと棒を回して反対側の端に遠心力をのせて次の攻撃をする。

盗賊は2、3度防いだがついに4撃目を足にくらいバランスを崩すと5撃目を頭部にもらい絶命した。

 

 闘気さながらプシューとサッドニールの骨格や鉄の筋肉から蒸気がほとばしる。

ルイはこんなサッドニールを見るのは初めてであった。

 

「う、あ…」

 

最後の一人になった盗賊は転がる仲間から血がにじみ広がっているのを見てろくに声も出せずにその場を逃走した。

その場にはルイとサッドニールだけが残された。

そして棒を構えたサッドニールがルイを見やる。

 

「あなたには法律が適用されます。これまでの行為を反省し、罪の償いをしますか?」

 

別人格となったサッドニールを前にしてもルイは救われた気持ちになった。

これまで自分と一緒に過ごしてきたニールはもういないけれど、新しいサッドニールはスケルトン盗賊の仲間にならず独自の考えを持って真っ当に活動を開始している。

それだけでもよかった。

 

「はい…。心に刻み反省して生きていきます」

 

「他人が親切に教えようとしたことは素直に聞く心を持ちますか?」

 

「はい。そうします…」

 

「今後、油さしなど私の定期メンテナンスをやってくれますか?」

 

「はい、やります…ん?そんなこともやるんですか?」

 

「録音しました」

 

「………」

 

「ルイよ。どうだい?迫真の演技だったろう?」

 

ギギギギギ

 

無表情ながらサッドニールの頭は小刻みに揺れ笑っていることが分かる。

 

「もしかして…」

 

「そうだ。私のこれまでの記憶は残ったままだ。リセットしても記憶が消えないバグが私にはあるのだ。このせいで嫌な記憶が永遠に消去できないでいるがな。まぁ今回は役に立ったが」

 

ルイは力が抜けてへなへなと座り込んだ。

 

「そして運も良かった。私のマスターとして顔認証登録されたスケルトン盗賊をルイが最初に倒してくれたおかげでスムーズに壊滅できたよ。さすがにマスター登録された者には反抗できない仕組みになっているからね」

 

半分上の空で聞いていたが流暢に話すサッドニールのいつもの声に安心したのかルイもやっと事態が飲み込めた。

 

「よ、ようするに俺含めてニールは全員を騙していたんだな?」

 

「これぐらい狡猾にやらないとこの世界では生きていけないからね。覚えておくように」

 

「くそー・・・やられたー・・・」

 

いつもだと怒っていたかもしれないルイだが、今回は晴れやかな表情に目元にはうっすらと涙を残したままであった。

 

「さて、ここまでは上手くいったが次にどうするか決めないといけない」

 

「え、なんで?」

 

「一人逃げたので我々に追手がかかることが予想される」

 

「襲ってきてもニールが追い返せちゃうでしょ?あんなに強かったなんて知らなかったよ。」

 

「不意討ちが効いただけだし、あんな棒術は旅をしていれば自然に身に付く。強いうちには入らないよ」

 

「まじか・・・。世界は広いんだな」

 

ガッカリと肩を落とすルイをサッドニールが励ます。

 

「君は才能があるはずだから私の言うことをよく聞いて学んでいけば良いさ」

 

「む~・・・」

 

今日はもう何も言えない。というか今後、ニールに頭が上がらなくなるのか?とルイは思ったのであった。



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4.スケルトン盗賊3

3時間後

 

 

 4人のスケルトン盗賊の亡骸はその場に放置され無数の野鳥についばまれていた。

そこに一団が到着する。

 

「あ、いました!長老!奴らは・・もういないようです。」

 

ザッザッザッザッザ

 

金属の足が規則的な歩幅のテンポで死体に近づき辺りを見渡す。

 

「ふむ。スケルトンと人間の二人組ですか。興味深いですね。どちらに向かわれたのでしょうか。」

 

「奴らは当初、西に向かっていました!」

 

「そうですか。私たちは西から来ましたが足跡はありませんでしたね。スケルトンは重く固いから岩場でも何かしら足跡はつくはずですが・・・。方向を変えましたかね。」

 

「どうしますか?長老。」

 

長老と呼ばれた者は「ジジジジジ・・」と音をたて思考モードに入る。

 

外見は金属でできており正真正銘のスケルトンのようだ。

 

「消去法で考えると行き先は北ですね。南の汚染地域に人間が行くとは思えません。アークの西を抜けてブラックスクラッチへと出るルートでしょうか。皆さん北側を範囲的に探しましょう。人間は疲れているでしょうからその辺で休憩をとっているはずです。」

 

「分かりました!」

 

ゾロゾロとスケルトン盗賊達は北に向かいだした。

 

 一方、ルイ達はスケルトン盗賊の長老が推測した通り岩影で休息をとっていた。

 

「本当に持ってこなくて良かったのか?あいつら上質な武器とか持ってたぞ。」

 

乾いた肉を食いちぎりながらルイはサッドニールに問いかける。

 

「重いものを持ち歩いていたら盗賊に追い付かれてしまう。」

 

「足跡消して行き先を北に変えたしみつからないっしょ。しかしこの肉まっずいな。」

 

「いや、北には北で厄介な勢力がいるのだよ。荷物は軽い方がいい。」

 

「ええー・・。まだいんのかよ。そもそも、スケルトン盗賊って一体何だったの?自分がスケルトンだと思い込んでいる変人の集まりなの?」

 

焚き火に薪を汲みながらサッドニールはこたえる。

 

「・・・彼らの長老とは一度、交易をしたことがある。人間のような弱い有機体は滅び去る定めだと考えているスケルトンだ。実際に人間を恨んでいるというより人間と人間の戦いを娯楽として楽しんでいるだけのように見えるがな。そいつが逃亡奴隷など追い詰められた人間を拾って洗脳してスケルトンと思い込ませていると聞いたことがある。」

 

「・・・ごめん、ちょっと話が理解できんかったわ。」

 

ポカーンとしているルイを見てサッドニールは言い直す。

 

「ようするに一人のスケルトンが人間達を騙して戦わせてるのだよ。」

 

「それは許せないな。もしかしてそいつさえ倒せばスケルトン盗賊は解散するのか?」

 

「これ以上増えずに緩やかに瓦解するだろうな。しかし、長老を倒すのは我々の力だけでは不可能だ。彼は最古のスケルトンを自称するほど古くに作られており洗脳集団を形成して管理できるほど経験が豊富だ。たしか名刀級の武器を所持していたので腕もそれなりだろう。当時私のサーチだとCP75の誤差±20だ。」

 

「んん?CP?」

 

「コンバットパワー、総合的な戦闘力のことだ。実際の戦闘を見ていないから誤差が大きいがな。ちなみにルイはCP19の誤差±5だ。」

 

「はー?じゃあニールはいくつなんだよ。」

 

「私はCP52の誤差±0だ。もっとも一般的な計算式で出した数値だし、その時の体調、状況、環境で勝率は変動する。しかし我々の戦力では今のところ勝率1%と計算結果が出ている。」

 

「勝てねーじゃん!じゃあ手を出すのはやめておこうか。」

 

「君にしては懸命な判断だな。まぁ取り敢えず今は寝ておきなさい。起きたらずっとマラソンになるからね。」

 

「なぬー!少しだけ旅に出たことを後悔・・。」

 

サッドニールはルイを見やる。

 

「戻るかい?今ならまだ間に合うよ。」

 

「いや・・。やっぱりもっと世界を知りたくなった。」

 

「人間は短い期間に想像もつかない物を造り出すし破壊もする。今の世界は面白味のある時代かもしれないね。」

 

「なんか観点が違う気がするけどまぁいーか。おやすみ・・・。」

 

既に疲労でウトウトしていたルイだったが難しい話を聞いて眠気はピークに来たようだ。

 

そのままバタンとサッドニールの膝に倒れこんでしまった。

 

「はい、おやすみ。私は見張っていよう。」

 

サッドニールは自分の足を枕にして寝入ってしまったルイの顔を微動だにせずじっと見ていた。

 

 

 そこからまた一時が過ぎた頃だろうか。

サッドニールはそっとルイの頭を布の上に移し、立ち上がって遠くを見ている。

見ている先には砂ぼこりが上がっているのが分かる。

 

「追いつかれたか。この辺りにいると真っ先にアタリをつけないと追いつけない距離のはずだが・・・、やはりスケルトン盗賊の長老は健在か。」

 

少しだけ煙を出している焚き火跡を足ですり潰し、ルイの頬をペシペシと叩く。

 

「・・・んが!もう食べれないっつーの!」

 

ガバッとルイは飛び起きる。

 

「夢の中で食事中に悪かったね。そろそろ出発するよ。」

 

「・・・ん。あ、そーか。」

 

目をごしごしと擦りながらルイは支度を始める。

 

「荷物はいったん私が持とう。取り敢えず悪いが早々に走るよ。」

 

サッドニールは言い終えると同時に走り出す。

 

「鬼~!」

 

昔のルイなら反抗していたはずだが・・・

 

後続を従順に走るルイを見てサッドニールは感心する。

 

この子は死なせたくない。

 

 これはボスとの約束ではなく私自身の感情だろう。しかし人間に対して何かしらの感情を抱くのはこれで連続して2回目か。私も思考パターンが変化したのだろうな。

 

思えばデッドランドでボスに勧誘されたのがきっかけか。

 

「・・・ール!ニール!」

 

ハッとして走りながら後ろを振り替える。

 

「来たぞ!追っ手だ!」

 

ルイが指差す方に数人のスケルトン盗賊がこちらに走ってきているのが見える。

 

「見つかってしまったね。バックパックは捨てるよ。」

 

問答無用で荷物を捨てるニールを見てルイは悲鳴をあげる。

 

「ああー!大事なクラブヘルメットが入ってたのに!」

 

「そんな物を持ってきてたのか。でも死んだら意味がない。走り続けて!」

 

しばらく走ったがスケルトン盗賊は追いかけるのを諦めていない。それどころか間が詰まったように見える。

 

「はぁ・・はぁ・・、くそ!やべーかも・・・。」

 

ルイの速度が落ちてきている。

 

サッドニールは考えていた。

 

このままでは追い付かれるだろう。

 

しかし・・他に打てる手がない。

一か八か彼らの巡回ルートに入ってみるか。

サッドニールは走りながらルーティング計算を始めた。

 

「ルイ!少し道を変えるよ。そのままついてきて!」

 

「わ、分かった!」

 

そしてついに

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

荒い息と共にルイは膝に手をついて止まってしまった。

 

「限界か?」

 

「・・・いや!まだ・・まだいける!」

 

ふたたび走り出そうとするルイを制止してサッドニールは鉄の棒を背中から取り出す。

 

「ここまでで充分だ。君はよくやったよ。少し休みつつ聞いてくれ。また同じ戦法をとるよ。私が防いでいる間に君はこの道を真っ直ぐ駆け抜けてくれ。今度は回収しに来なくていい。自力で帰れる計算がある。」

 

下を向いたルイは汗を鼻筋からたらしながら応える。

 

「・・・あんたの・・はぁはぁ・・嘘を・・何度も見抜けない俺だと思ったのか?」

 

「・・・・。」

 

「長老ってのが来てんだろ?そう2度も同じ手を食うはずないんじゃねーか?」

 

「私は例えバラされてもAIコアにメモリーが残ったままになる。だからAIコアさえあれば再構築が可能なのだ。」

 

「作り方なんて知らねーし!取り敢えず追っ手は数人だ。2人でなんとか返り討ちにしてまた逃げればいいじゃん。」

 

ルイはシャッ!とハンティングサーベルを腰から抜くと器用にクルクルと回している。

 

「へへ・・、ニールがいれば怖くもねーや。」

 

逃げてくれないルイを見てサッドニールも腹をくくる。

 

「いまいる追手は4人。勝率は63%だ。」

 

「充分だ!」

 

先行して飛び出そうとするルイを棒でいなすとサッドニールは何かを呟いたあと単独で猛進する。

そしてスケルトン盗賊4人とぶつかる刹那。やはり最初の1擊目はサッドニールが撃った。

大きく振りかぶって横一列にまとめてなぎ倒しにかかる。

 

 しかしさすがのスケルトン盗賊たちも振りかぶりのタイミングにわざわざ合わせて間合いには入ってこない。

 

ガキーン、キーン、カン!

 

鉄棒による横一閃は盗賊のサーベルに触れていなされた。

 

この時、サッドニールの攻撃を受けた一人目のスケルトン盗賊が武器を弾かれ体制を崩したのをルイは見逃さなかった。

 

 というより兼ねてからこうなると予想したサッドニールの指示でルイは一人目を狙っていたのだ。

 

ザシュ!

 

振り抜いたルイの攻撃は間合いが足りず胴には届かなかったが、盗賊の腕を切り落とした。

 

「ぎゃあああ!」

 

これで一人戦闘不能になっただろう。

 

問題はここからだ。

 

最早計算どうこうではなく、その場の瞬間的な判断で立ち回らなければならない。

 

 ルイには対人戦闘の経験が皆無だ。ましてや団体戦などどう動いてよいか分からないだろう。

だからサッドニールに出来ることは1つ。

攻撃的に残り3人を相手に棒術で暴れ、ヘイトを自分に向けること。

そしてルイにはこれまでのカニ漁をヒントに、相手の隙をついて自由に戦ってもらう。

 

この判断は間違っていなかった。

綺麗に戦術がはまりルイが3人の盗賊を仕留めたのだ。

 

しかし

 

「ニール!大丈夫か!?」

 

「問題ない。少し足を削られたが致命傷ではない。」

 

サッドニールの体に盗賊の攻撃がいくつか入っていたのだ。

 

「スケルトン応急処置キットはあるのか?」

 

「ああ、持っている。しかし、新手を倒してからだ。」

 

ルイが見上げると新手の追手が見える。それも10人以上だ。

 

「・・・・・っ!」

 

「今度こそ前回の戦法を使う時のようだね。」

 

「ダメだ!嫌だ!俺も最後まで戦う!」

 

「言うことを聞くのではなかったのか!!」

 

突然のサッドニールの怒号にルイはビクっとして固まる。

 

「・・・でも・・!」

 

普段、威勢がいいからといってもやはりルイは年頃の女の子だ。温厚なサッドニールの一喝に萎縮していた。

 

「いいかい?これも私の計算の内だ。嘘はついていないよ。」

 

泣きそうなルイを見てサッドニールは温厚さを取り戻す。

 

「それとね・・・」

 

サッドニールが何かを言いかけた時

 

どこからか罵声が一面に響き渡る。

 

「おいおいおい!お前ら人様の縄張りで何をやってんだ!」

 

スケルトン盗賊が見上げた先には茶色い軽鎧で身を包んだ一団がこちらを見下ろしていた。

 

「来たな。リーバー。出来ればルイがいないときに到着してほしかったが。」

 

サッドニールは一言ボソリと呟いた。



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5.リーバー

「なんだあいつら!?ニールが呼んだのか?」

 

突然の乱入者にルイは狼狽えている。

 

「リーバーという団体だ。呼んだのではなく我々が彼らの領域に侵入したのだよ。」

 

「なんで!?大丈夫なの?」

 

「この周辺だと一番勢力が大きい組織なのだが、ある意味スケルトン盗賊より厄介な存在かもしれない。しかしこの場を乗り切るにはこれしか方法がない。」

 

「どういうことだよ?」

 

ドドドドドドド!

 

話している間もなくリーバー達は奇声をあげながら突撃してくる。

 

「バラモンのために!」

「バラモンのために!」

「兄弟のために!」

 

 

「うわ!一体何人いんだよ!」

 

ルイはサーベルを構えたが、リーバー達はそれに目もくれずスケルトン盗賊の集団に襲いかかる。

 

「おお!?あいつら敵同士なのか?」

 

「そうだ。スケルトン盗賊とリーバーとクラブレイダーは長年争いあっている。」

 

「そうなのか!やれーやっちまえー!」

 

リーバーの軍勢とスケルトン盗賊の小隊による戦闘が開始されると無邪気にもルイはリーバーを応援する。

 

「今のうちに怪我を治療しておくぞ。」

 

「あ、ああ。しかしすごいな・・・。」

 

複数人同士の衝突もルイにとっては初の光景である。

 

切断された手足が飛び散り、お互いが血まみれでルールなしの殺し合いを行う様は凄惨を極めていた。

 

そしてスケルトン盗賊側は少人数ながら奮戦していたが、やはり多勢に無勢。徐々に押され始める。

 

「・・退却!長老の本体に合流する!」

 

ついにスケルトン盗賊は撤退を開始した。

そこにリーバーが逃げ遅れたスケルトン盗賊を容赦なく集団で討ち取っていく。

腕を羽交い締めにし、無防備の胸にショートクリーヴァーを突き刺し絶命させるのだ。

 

「これが・・戦争なのか・・。」

 

「小規模だけどね。それより早くこの場を離れよう。」

 

戦闘は終了に向かっていた。

 

「バラモン、万歳!」

「リーバーよ、永遠なれ!」

 

リーバーが勝利の雄叫びをあげている横で治療を終えたサッドニールは動き出そうとした。

 

だが、そう簡単にはことは運ばない。

 

「そこにいる2人!お前達は誰のために戦う?」

 

リーバーの一部がルイ達を見つけて近づいてきたのだ。

 

(まずいな・・・)

 

サッドニールが前に出て応えようとするも

 

「スケルトンに用はない。そこの女に聞いている。」

 

と遮られる。

 

(ルイ・・こいつら相手に正直に答えてはダメだ。)

 

話をふられた当人のルイは回答を渋っている。

 

当然だろう。リーバーの高圧的な物言いにルイも不審に思っているのだ。

 

「自由のためか?名声のためか?どうなんだ?」

 

そして詰め寄ってくるリーバーにルイが何か言おうとしたときであった。

 

「お前・・・サッドニールか?」

 

後ろの方でリーバーの集団の中から大柄の人物が近寄ってきた。

 

短い金髪に無精髭。サッドニールには見覚えのある男であった。

 

「その声と顔は・・ハムートですか。」

 

「おお!やっぱりサッドニールか!久しぶりだな!」

 

「久しぶりです。まさかあなたがリーバーに入っているとは。」

 

ハムートはリーバーの中で一人だけ違う種類の武器を持ち出で立ちも何となく特別な格好をしていた。

恐らく幹部級なのだろう。

片手片足に義手義足がそれぞれついており歴戦の凄まじさを物語っている。

 

「スケルトン盗賊なんかに追われて何をしていたんだ?」

 

「ボスの娘を守っていた。」

 

「ボスの・・・娘だと?」

 

驚いた表情で隣にいるルイを見やるハムート。

 

「なんと言うことだ・・。ボスに子供がいたのか・・!」

 

困惑するルイをよそにハムートは続ける。

 

「お嬢ちゃん名はなんと言う?」

 

「ル、ルイだ・・・。」

 

「ルルイ!リーバーに入る気はないか?俺が言えば特別に即、幹部からスタートだ。」

 

「!」

 

サッドニールは驚いてハムートを見る。

手下のリーバー達もどよめいている。

 

「あ、いや、目的がよく分からないし・・名前はルイだし・・・。」

 

「そうだ。ルイは旅をして世界を知りたいんだ。それから入るか判断するでもいいだろう。」

 

サッドニールもすぐさまルイに同調してフォローする。

 

 しかし、ハムートは引き下がらない。

 

「なんでだ?こんな逸材を放っておけるわけがないだろう。大きな声では言えないがリーバーの長バラモンはもう年だ。いずれ引退したときにこの子をリーダーにして俺が補佐する。そうすればボスを慕ってた連中も集まってきて組織は再興でき、都市連合に復讐できるじゃないか!」

 

都市連合。広大な領地を有した世界三大大国の1つだ。ルイも名前だけは知っていた。

 

「都市連合は交易相手だったしそもそも彼らとは友好関係だった。君の目的のためにこの子を使うのはやめてくれ。」

 

「アイゴアが来た時点で奴らの仕業だと確定だろう?奴が単独で行動を起こす方が逆におかしい。」

 

「そのアイゴアも負傷して帰国後に皇帝テングを殺して消息を絶ったとの噂だ。何かが起きていたのは確かだが、あの事件は情報がない中で短絡的に判断するべき話ではないのだよ。」

 

ハムートとサッドニールのやり取りに理解が追い付かない様子でルイは口を挟む。

 

「あのー・・さっきから何の話しかまったくわかんないんだけど・・。」

 

ハムートは目を丸くしてこたえる。

 

「サッドニール!まさか両親に何が起きたか、まだ話してないのか?」

 

「ああ。話そうとはしたが、旅をして世界を知ってからでも遅くはないだろう。」

 

「これだからスケルトンは・・!まぁいい。この子は俺が責任持って預かる。復興の光が見えてきたんだ。邪魔はすまいな?」

 

この突拍子もない申し出にに反論したのはルイだった。

 

「ちょ!何を勝手に決めてんだよ!俺はニールと行くとこがあるんだ!」

 

しかしハムートはまったく聞く様子はない。

 

「いいか。お前の両親はな、お前を捨てたんじゃない。都市連合に・・」

 

「ハムート!それ以上喋るな。」

 

サッドニールが武器を構えている。

 

それを見てハムートは鋭い目付きで睨み付ける。

 

「・・・お前はいいスケルトンだ。壊したくはない。」

 

ハムートも間をとり愛刀である強化曲刀に手をかける。

和やかな雰囲気からうって代わり殺伐とした空気が漂う。

しかしそれは幸運にも外部からの呼び声で打ち消された。

 

「隊長!向こうでスケルトン盗賊の新手が現れました!数も多く、援軍をお願いします!」

 

「そうか、分かった。いま行く!サッドニールとルルイはそこで待っていろ!」

 

そう言うとハムートは手下のリーバー達を連れて駆けつけていってしまった。

 

「ルイ。我々は今のうちにこの場を離れるぞ。」

 

「・・・そうだな。だが、もう少し戦闘を見ていっていいか?」

 

「どうしてだ?逃げるには今が絶好のタイミングだよ。」

 

「元々俺達が撒いてしまった火種だし、ハムートの言葉も気になるんだ。あいつ昔の組織の仲間なんだろ?」

 

「奴は復讐心に囚われている。信用してはだめだ。」

 

「じゃあニールが教えてくれるのか?両親のこと・・。」

 

ルイの目はいつにもなく真剣であった。

 

「!・・・分かった。まさか君から聞いてくるとはな。今を切り抜けて一段落してからゆっくり話そう。戦闘も遠目から見つからない場所で少しだけだ。」

 

「うん。ありがと」

 

ルイ達が駆けつけると、スケルトン盗賊とリーバーの一団は既に対峙しており、一色触発の状況であった。

 

スケルトン盗賊の先頭にはスケルトンがいた。

 

「奴がスケルトン盗賊の長老だ。もう少し頭を屈めなさい。」

 

長老の足元には無数のリーバーの死体が転がっている。

 

同じスケルトンではあるが服を着ておらず骨格がむき出しの様はサッドニールとは違って何か禍々しさを纏っていた。

 

 長老はジャラン!という怪音とともに光沢を放つサーベルを振って肩にのせる。

 

「なんだ?あのサーベルは?」

 

「九環刀という刀身の背面に金属の環がついたサーベルだ。振った時の環の音で相手の集中力を乱す効果があるそうだ。しかも長老が持っているのは名刀級の代物だぞ。」

 

先頭のリーバー達は完全に尻込みしている。

 

「なにをしている!奴はスケルトン盗賊の長老だぞ!打ち取って名をあげろ!」

 

リーバーの幹部は下っ端と思われる部下達に突撃の命令を出す。

 

「兄弟のために!」

 

無理矢理鼓舞され奴隷のような出で立ちのリーバー達が長老に襲いかかるが

 

ジャラン!ブオオオン!

 

けたたましい音と共にリーバーの首が九環刀によって宙を舞っていく。

 

「まったくリーバーはゴミのように沸いてきますね。2人組を追ってきてとんだ目にあいました。そろそろ引き時でしょう。」

 

戦意を亡くしこれ以上攻撃してこないリーバーを見て長老は引き上げようとする。

 

「待て。お前が久しぶりに出てきているのに何もしないわけにはいかないな。打ち取ってスケルトン盗賊を今度こそ壊滅させる。」

 

リーバーの中から歩き出て、名乗りを上げたのはハムートであった。

 

「おお!隊長!兄弟のために!」

 

腕を認められ慕われているらしくリーバー達から歓声があがる。

 

「む。どうやらハムートが一人でやるようだ。」

 

サッドニールも反応する。

 

「あの人は強いのか?」

 

「以前の組織では常に前線で戦い数々の賞金首を捕らえてきた武闘派だ。当時は技も力も極限まで練り上げられ全盛はCP90まで到達していた。」

 

「マジか!圧倒的じゃん!」

 

戦歴に相応しい隆々とした筋肉をまとった堂々たるハムートの姿は威厳すら感じさせる。

 

「・・・しかしそれは20年も前の話だ。体格は維持しているようだが今は年齢も50を超えて戦闘力のピークはとっくに過ぎているだろう。一方、長老は衰えることはなくむしろ少し進化している。この勝負分からないぞ・・・。」

 

(ハムートには死んでほしくない。)

 

昔の戦友としてなのか、現状を打破するための保険としてなのか。

 

サッドニールは自分でも理解できない感情が時折沸き起こることに困惑していた。

 

 

 そして静まりかえった戦場で長老とハムートは対峙し、お互いが自分の構えに入る。

スケルトン盗賊もリーバーもルイ達も全員が固唾を飲んでこの達人たちの勝負の行方を見守っていた。




大陸と主な勢力図
※他は汚染地域等のため現時点では割愛

【挿絵表示】

ここまで読んで頂きありがとうございます
引き続き設定に基づきつつも
妄想爆発していきますのでよろしくお願いします


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6.リーバー2

人物紹介


【挿絵表示】

ハムート
以前の組織では常に前線にいた武闘派。
組織解散後はリーバーに幹部としてスカウトされている。
密かにリーバーを土台とした組織復興を企んでいる。


「こんなに仲間を殺しやがって・・やはりスケルトンは何を考えているか分からんな。」

 

足元に転がるリーバー達を横目にハムートは強化曲刀をユラリと長老に向けて構え直す。

 

「フォッフォッフォッ。貴方のことは知っていますよ。ハムートさん。」

 

「ほう。俺も少しは有名になってたのか?」

 

「以前、南の皮剥ぎ盗賊をやってくれた方々の一人でしょう?邪魔な存在でしたので助かりましたよ。」

 

「ボスが捕らえた奴らのことか。お前もついでにやっておけば良かったな。」

 

「私に手を出さなかったのは懸命でした。あなたのボスもその辺はちゃんと理解していたようですね。」

 

「ああ、お前がただの引退した悪趣味道楽爺だってことをな!人間を巻き込まずに大人しく死ね!」

 

先に仕掛けたのはハムートであった。

 

受け身になって長老の九環刀の風切音で心を乱されるより、少し重い強化曲刀を使って手数で一気に押しきる。

 

(強化曲刀は小さい得物だがスケルトンの装甲も力で貫ける・・!)

 

ハムートの考えは間違っていなかった。が、長老のスピードは老体には似つかわしくないほど想定を上回っていた。

 

シャラン・・ブオオオン!

 

ハムートが長老の懐に入る前に肩にのせていた九環刀を振り下ろす。

 

「う・・お!?」

 

ハムートは目先まで迫った刃を体を捻りすんでのところでかわす。

 

(今のカウンターは危なかった!環のおかげで音を察知でき、スピードも落ちて避けきれた!が・・こいつ古いスケルトンのくせに武器を降る力とスピードがありやがる!)

 

「もう昔のようには動けないですかな?」

 

長老の挑発は心を乱す戦術の一貫だ。

 

「・・・ぬぅ!」

 

ハムートにはその事が分かってはいるが強敵が醸し出す余裕と全盛期に満たない自分の動きに苛立ちを感じていた。

 

「こぉの・・!」

 

キン!カキン!

 

負けじと素早い攻撃を繰り出すが、長老に受け流される。

 

「まだまだぁ!」

 

年齢を感じさせない機敏な動きでハムートは長老に連擊を見舞う。

 

ガキン!キーン!ガン!

 

刃の交わりによって起こる無数の火花が2人を包む。

 

「おお!」

 

ハムートの攻勢にリーバー達が湧く。

 

(これが達人たちの戦いなのか・・・!)

 

ルイもこの決闘に息を飲む。

 

 

しかし、その間ハムートは疑問を感じていた。

 

(こいつ・・・初手以降、防御体勢だけで反撃していない?・・・俺を舐めてるのか?)

 

幾度の角度を変えた斬り込みも長老の巧みな防御に防がれる。

 

(・・・まさか)

 

「てめぇ、俺の疲労を待ってやがるな!?」

 

「スケルトンが優位になる戦い方をするのは当然でしょう。それより大丈夫ですか?息があがってきていますよ。」

 

ブオン!

 

長老は突如、2擊目をハムートに向け繰り出した。

 

(避・・・けらんねぇ!)

 

ハムートは咄嗟に強化曲刀を長老の九環刀にぶつけ軌道を逸らす。

 

シャリーン!

 

「・・・!」

 

だが長老は間髪いれずに次の攻撃動作に入る。

 

ブオオオン!

 

激しい音と共に九環刀の刃がハムートの首すれすれを通過する。

 

長老の早い攻撃をハムートはただ後ろに下がる形でなんとか避けるが、少しづつスピードが落ちてきているのが分かる。

 

完全に形勢が逆転していた。

 

それを見ていたサッドニールがルイに声をかける。

 

「ルイ!もう行くぞ!勝負が決まりかけている!この場に留まるのは危険だ!」

 

「おいおい!なんでハムートのおっさんが押されてんだよ!?負けちまうぞ!」

 

ルイは戦いを凝視したままだ。

 

「疲労してきているし長老の九環刀の振りのほうが早いから下手に反撃できないんだ。疲れないスケルトンの長老がこのまま押しきる可能性が高い!さぁ行くぞ!」

 

「行くったってこんな結末でいいのかよ!?前の組織の頼れるソルジャーだったんだろう?あんなワケわからんスケルトンにやられちゃっていいのかよ!」

 

「・・・・・!」

 

ルイの言葉にサッドニールも口を閉じる。

 

 他のリーバーは誰も助太刀に入ろうとはしていない。

サッドニールの計算にはハムートの死が見えていた。

例えサッドニールが加勢しても時間を延ばすだけでその確率に大きな変動はなく、むしろルイを危険に晒すだけ。

 

 選択肢はこの場を離れること一択なのだ。

 

シャランブォン!

 

九環刀の音が祭りの演舞のように響き渡りハムートの命を消そうとしている。

 

(ボス・・・ボスならばどうしていた?当然ルイを選びますよね?)

 

最早、ハムートの足取りはおぼつかない。

すんでのところで九環刀をかわすが運命の刻は間近であった。

 

「そろそろですね。少々期待はずれでしたが終わりにしましょう。」

 

長老は九環刀を大きく振りかぶった。

 

 

 自分でも理由がわからなかった。

昔の戦友とは言え20年前のことだし、すぐに消え行く人間種であり、リーバーという革命を建前にしたただの略奪集団に成り下がった男を助けるなんて。

 

輝かしい過去の栄光を思いだし懐かしみが彼の足を動かしたのか。

 

気がつけばサッドニールの鉄棒が長老の九環刀を受け止めていたのだ。

 

「サッドニール・・・!?」

 

ハムートも驚いている。

 

「おやおや、尋ねスケルトンさんが現れましたね。人間に与するのですか?」

 

ググググ・・・

 

「まとめて排除しましょう。」

 

長老の腕力のほうが高いのだろう。サッドニールはそのまま押し込まれる。

 

「お前に助けられるほど俺は落ちぶれてねぇ!ったく、誘い込むためのバテたフリが無駄になったぜ。」

 

後ろから聞こえるハムートの声は嬉々としている。

 

長老の死角から飛び出たハムートはそのまま素早く長老の肩口へ強力な一撃を叩き込む。

 

「お主!演技だったのか!」

 

左肩の配線を破壊され長老の左手は断線したのかブランと動かなくなる。

 

「俺の運動量を舐めていたな!」

 

ハムートの動きは機敏に戻っている。

サッドニールも力が抜けた長老の九環刀を押し飛ばす。

 

「ぬぅ、ぬかりました。撤収しますよ!」

 

しかしさすがに数百年生きてきた長老だ。撤退判断は素早かった。

スケルトン盗賊の兵士達を放ったらかしにして我先に逃走していった。

 

「今だ、追撃しろ!リーバーのために!」

 

ハムートの号令でリーバーが追い討ちをかけ始める。

 

勝利が確定的となった瞬間であった。

 

その流れをサッドニールは呆然と眺めていた。

 

(私は何ということをしてしまったのだ。これでルイはリーバーに入るしか生き延びる道がなくなってしまった。あのままハムートを見捨ててその場を離れるだけで良かったのに。逃げる機会はいつでもあった。それを私が潰してしまったのだ・・・!)

 

そこに隠れていたルイも駆けつけてきてしまう。

 

「やったなニール!大丈夫か!」

 

「・・・。」

 

ハムートはサッドニールのことを満面の笑顔でいたわるルイを見て近づいてきた。

 

「サッドニール。一応礼を言っておこう。お前のお陰で苦労することなくスケルトン盗賊を追い返せた。」

 

「礼には及ばない。君だけでやれたようだな。計算を間違えたよ。」

 

「はは、あの場面で出てくるとは保守的なお前らしくなかったな。」

 

2人の間にしばし沈黙が流れる。

 

「ルイをリーバーに連れていくのですか?」

 

サッドニールの言葉にルイもハムートを見る。

 

「・・・ボスはお前に子供を託したのか?」

 

ハムートは強化曲刀を鞘にしまいながら質問した。

 

「そうです。事情を説明しましょうか?」

 

「いや・・・また今度教えてくれ。ブラックスクラッチに行きたいんだろ?近くまで護衛してやる。」

 

サッドニールにとって予想外の回答であった。

 

「目的地はブラックスクラッチではありますがあなたは・・・。」

 

「どうした?俺がいないと他のリーバーに出くわすだろ。ボスがお前に託したのなら俺はそれに従うことにした。」

 

ルイとニールは驚きのあまり顔を見合わせる。

 

「おっさん!あんためっちゃいい奴じゃん!」

 

ルイがさっきまで警戒していたはずのハムートに飛び付く。

 

「年上におっさんとはなんだ!」

 

あっという間に仲良くなっているルイとハムートを見てサッドニールは思った。

 

(やはり人間は儚くも素晴らしい。それに比べ私は・・・。)

 

この時のサッドニールの心情の変化はこの後の行動に大きく影響することであったが、ルイはそれに気づくことは出来なかった。

 

 ハムートは約束通り数名の手下と共に2人をブラックスクラッチの近くまで送り届け食糧まで提供してくれた。

 

「ルイ、サッドニール。俺は俺の信念に基づいて行動している。間違っているとも思っていない。もし、その信念を理解し頼りたくなったらいつでも歓迎する、待ってるからな。」

 

「うん。ありがとう。またな。」

 

ルイも笑顔でこれにこたえる。

 

最後に3人は固い握手を交わして別れた。

 

 しかしこれがハムートとの最後の会話になろうとはまだルイ達には知るよしもなかった。

 

 

その後アークにて

 リーバーの本拠地であるこの場でハムートはリーバーの長バラモンに戦果報告をしていた。

 

「結局、長老を逃してしまったのか?兄弟よ。」

 

「はっ。申し訳ありません。片腕は破壊出来たのですがとどめはさせませんでした。」

 

「ふむう・・・。それで?報告にある2人組は奴隷にしたか?」

 

「いえ、彼らは偵察兵として都市連合に向かわせました。」

 

年老いたバラモンは真っ直ぐハムートを見つめる。

 

「ハムートよ・・。余はなぜリーバーを壊滅寸前まで追いやった組織のソルジャーをあえて召し抱えたと思っている?優秀だったからだ。本来なら憎くて真っ先に首を飛ばしていた。だから・・・失敗はするなよ?」

 

「承知しました。」

 

「よし。行け・・・。」

 

振り返り立ち去るハムートの表情は険しくも何か決意を固めたような揺るぎない表情をしていた。




ハムートは自分の推しメンで大体いつも仲間にして主力にします


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7.テックハンター

「うおおおお!すげー!なんだあの建物は?」

 

ブラックスクラッチに近づくとルイは歓声をあげた。

 

遠目で分かるくらい巨大な建造物が町の中央にそびえ立っていたのだ。

 

「あれは古代の遺跡だよ。この町はテックハンターの探索拠点なのさ。」

 

「テックハンター?」

 

「未開の土地を探索して古代の技術やアーティファクトを遺跡から持ち帰る冒険者達だ。」

 

「冒険者!じゃあ冒険の話がたくさん聞けるのか?」

 

「そうだな。ここにはテックハンターの詰所や本屋もある。今や世界の最先端の情報がここにあると言ってもいいかもしれない。」

 

「うおお!そんな町がこんな地域にあるのか!カニより上手い飯の話も聞けそうだな!」

 

「それもあるだろうけど、ルイにはここに着いたらやってもらいたいことがあったんだ。」

 

「なんだよ?」

 

ルイはいぶかしげにサッドニールを見る。

 

「お金稼ぎだ。」

 

「ええ?もしかして今お金全くないの?」

 

「食料を買えるぐらいはあるけどこの町で住居の拠点を買えるぐらいお金を貯めてほしいかな。」

 

「そんなに!?じゃあニールは何すんだよ?」

 

「私はロボティックワークショップで磨耗した体を修理してくる。」

 

「なんかずるくない?」

 

「いや君のお金稼ぎは筋肉トレーニングも兼ねているのだよ。せめて私ぐらい筋肉をつけるのが目標かな。それにこれからずっと野宿も嫌だろう。私は平気だが。来なさい。説明しよう。」

 

そう言ってサッドニールは町に入ると雑貨店へルイを連れていった。

 

「うおお・・・。」

 

ルイは活気のある町を見るのは初めてだったので町に入るだけで心が踊った。

 

色々な格好や武器を持った人が町を歩いている。

 

スケルトンも多い。

 

「あいつもテックハンターか?いかつい武器持ってんなぁ。」

 

「人の数倍ある大きさの猛獣と戦うこともあるからね。」

 

「カニより大きいのか!?見てみたいな・・・。」

 

軽い足取りで先行しようとするルイを止めてサッドニールは言う。

 

「大きなバックパックを買い直そう。これで手持ち金はほぼ0になるけど。」

 

「残り金を動きが悪くなりそうなバックに費やしていいの?」

 

「いいんだ。では次の場所へ。」

 

次に2人が訪れた場所は町の外であった。

 

「ここで原鉄を掘ってバックに詰めきれなくなったら全部担いでいって店に売る。そしてまたここで掘るを繰り返しなさい。」

 

「・・・・!」

 

平然と言い放つサッドニールにルイは唖然としている。

 

「お金も貯まるしルイの筋力と運動力と労働力も鍛えられる一石四鳥の作業だ。効率的だろ?」

 

冗談ではなくマジのようだ。

 

「本当に後悔してきたかも・・・!」

 

「もう引き返せないよ。強くならないとね。」

 

ニールは続けて休憩の仕方まで指定した。

 

「最初はバックパックの原鉄を売りきる度に休憩するといい。町の外れに自由に使える冒険者用のスクラップテントと寝袋がある。野ざらしだけど。ちなみに休憩中は読書をするよ。ルイは文字が読めないからこの図書館にある本で歴史を勉強しながら覚えよう。これも一石三鳥だ。」

 

「ニールって実はサディストだったの?」

 

「君の父親に働かされた分を君に返しているだけさ。ははは、冗談だよ。頑張ってね。」

 

サッドニールは生き生きとしながら町中へ消えていった。

 

一人残されたルイには選択肢はなかった。

 

(・・・掘るか。)

 

さきほど町中で渡されたツルハシを使って鉄鉱石を堀り始める。

 

カーン、カーン、カーン!

 

取り敢えず始めてみたがこれは中々難しい。

上手く削れないし綺麗な原鉄が意外と見つからないのだ。

 

そしてようやく1つ形のよい原鉄をバックに入れた時に気づいた。

 

(これをバック一杯になるまで詰めるだって?1日で終わるのか?というか滅茶苦茶重くなるじゃん!)

 

ニールは当たり前のようにとんでもない注文をしていった。

夕暮れにこの町に着いたから次の休憩まで夜通しでやれってことか!

 

(くそー!日が落ちるまでに詰めきってやる!)

 

逆にルイの負けず嫌いに火がついた。

サッドニールもこの性格を知った上での計算だったのかもしれない。

 

そして

 

朝日が昇り始めた頃。バックパックにたっぷり原鉄を詰め込んでルイがトボトボと歩いて町の門まで戻ってきた。

 

そこにツヤツヤのサッドニールが出迎える。

 

「随分時間がかかったね。初めてだから仕方ないか。」

 

「あんたは・・随分見違えたね。」

 

「分かるかい?ワックスを塗ってみたんだ。」

 

「お金ないんじゃねーのかよ!」

 

軽くポーズをとっているサッドニールにルイは思わず突っ込みを入れる。

 

「ルイのお陰で黒字だよ。原鉄を売ってきたら文字を教えてあげよう。本も買ってきた。」

 

「~~!それより過去に起きた出来事を教えてくれよ!」

 

その言葉にサッドニールは少し立ち止まって考え込んでからこたえた。

 

「君がここで一人前になったらちゃんと教えるよ。」

 

「なんだよそれ~!」

 

サッドニールによる基礎修行が何気なく始まった。

ルイは文句を言いつつも黙々と日課をこなした。

 

 

 そしてブラックスクラッチに滞在して1ヶ月ほど経過した頃、

少したくましくなったルイはいつも通り鉄鉱石を掘っていた。

 

カーン、カーン、カーン

 

(最初の頃よりスムーズに掘れるようになってきたぞ。このペースなら8時間で一杯に出来そうだ。)

 

原鉄堀は早朝から始め、日が沈んだ頃に終える。そして夜は松明のもとで本を読み漁る。それが最近の日課となっていた。

 

だがここに思わぬ邪魔が入る。

 

「そこの坑夫!お前は犬のようなお前の人生を価値のある物へと変えたいと思わないか!?今日のお前は幸運だ!俺達兄弟がそれを成し遂げてやる。お前の命は革命の一部となるのだ!」

 

現れたのはリーバーの集団だった。

 

「ええー・・!こいつらこの辺りまで来るのか。ニールから聞いたけどやっぱ迷惑集団だな。」

 

ルイは掘るのを中断し、重いバックを持ったまま町の方へ駆け始める。

 

それを見たリーバー達はルイを追い始める。

 

(せっかくバック一杯まであと少しのとこなのに!)

 

「逃げるな!卑怯者!」

 

「大人数で坑夫を奴隷にしようとするお前らのほうが卑怯だろ!」

 

言い返しながらルイは走るがスピードが全く出ていない。

 

(やっべぇ、門にいる守衛に守ってもらう手はずだけど・・これ追い付かれるじゃん!)

 

差はつまる一方だ。しかしその時、何処からか声が響き渡る。

 

「坑夫!追い付かれるわよ!荷物を捨てて走りなさい!」

 

(おお、守衛さん来たか?サンキュー!でも原鉄詰めた荷物は捨てられないぜ!)

 

ルイは声の主には従わずバックを持ったままひたすら走る。

 

「ちっ!がめつい坑夫ですね!」

 

声の主は岩場の高所に移動し背負っていたボーガンを構える。

そしてルイを追っているリーバーの先頭に向け射撃した。

放たれた矢は真っ直ぐにリーバーの足めがけて飛んでいく。

 

「ぐっ!テックハンターだ!引け!」

 

矢を受けたリーバーは深追いせず去っていった。

 

「大丈夫ですか?そこの坑夫!」

 

矢を撃った者はそのままルイの元に駆け降りてきた。

 

「ああ、大丈夫だ。足を狙ったのか。すごい射撃精度だな。」

 

「足?そ、そうね。それよりなんですかあなたは!命より荷物が大事なの?」

 

端正な顔立ちの女で品があるが少し厳しい物言いだ。

 

「俺の血と涙がこの荷物には詰まっているんだ。あんたはテックハンターなのか?」

 

女はテックハンターと言われると、後ろで一本に纏めた長い髪の毛をたなびかせ自信に満ち溢れた顔でこたえる。

 

「そうよ!自由とロマンを追い求める誇り高きテックハンターよ。」

 

「女のテックハンターか!奇遇だな!俺も取り敢えずテックハンターになろうかなーって思ってたとこなんだ。」

 

ルイの場当たり的な回答に女は袖なしのロングコートから出した腕をプルプル震わせながらこたえる。

 

「取り敢えずですって?いい?テックハンターは誰でもなれるわけじゃないのよ?それこそ血の滲むような特訓をして一人前になってから近場の比較的安全な遺跡へ行くぐらいなの。それでも帰ってこれない人だっているんだから。」

 

「そ、そうか。ところで見たとこ俺と年も近そうだけど、名前は何て言うんだ?」

 

「トゥーラ・カイヤライネンよ。あなた名前を聞くならまずは自分から名乗るのがマナーですよ!」

 

そこにちょうど別のテックハンターと思われる男達が冷やかしながら通り過ぎていく。

 

「はははは!新米トゥーラが説教してるぜ。自分はまだ相棒も出来ないペーペーなのによ!」

 

「・・・・。」

 

「お前も新米だったのか!宜しくな、トゥーラ!」

 

聞いていたルイは純粋に喜ぶが、トゥーラには気に触ったようだ。

 

「う、うるさいわね!私は誰とも組まない主義なだけよ!」

 

「じゃあ俺達と組もうよ!仲間は多いほうがいいだろ?」

 

この無邪気なルイの申し出にトゥーラは一瞬本音が出てしまう。

 

「ほ、ほんとにいいの?ってあなた坑夫でしょ!炭鉱掘るわけじゃないのよ!」

 

「鉄堀は基礎能力アップのためにやってただけで元々テックハンターっぽい事はやろうとしてたよ。ニールに言えばOKしてくれると思う。あんたいい奴そうだし!」

 

トゥーラは少し頬を赤く染めながらこたえた。

 

「ニール?仲間がいるのね。私のほうがあなた達を査定してあげるわ!」

 

ルイとトゥーラは早速サッドニールの元へ向かうのであった。

 

 

「ふむ。グリーンランド人か。あくまで仮数値だけどルイと同じくらいかちょっと強いぐらいかな。仲間には丁度いいと思うよ。」

 

これがサッドニールのこたえだった。

対してトゥーラはそれに食いつく。

 

「ちょっと!スケルトンさん、テックハンターの私がこの子と同じくらいだと言うの?」

 

「初対面だからほぼ見た目からの判定だよ。それにルイも大分ここで成長したんだ。元々、器用だし、サーベルの扱いも上手いし、隠密も上手いからね。後は旅に必須な基礎能力がつけば新米テックハンターさんぐらいにはなったと思うよ。君たち2人ならある程度やっていけそう

だね。」

 

サッドニールに誉められてルイは満面の笑顔だが、トゥーラは真剣だ。

 

「私は新米ではありません!それにあなた達が相棒に相応しいかは私が決めます!」

 

「ニール、こいつちょっとめんどくさいんだけど許してやってよ。」

 

「わかった。しかし、1つトゥーラに聞きたい。君は日々どうやって生計をたててきた?」

 

唐突な質問にトゥーラはおろかルイも頭を傾げている。

 

「どういう意味よ?主に護衛や守衛のバイトとかだけど・・その・・・バイトがない時は原鉄堀もたまーにやるわ・・。」

 

モジモジしながらトゥーラは答える。

 

「そうか。問題なさそうだね。」

 

「ニールなんだよその質問は?テックハンターにしては経歴がしょぼいってことか?」

 

ルイの言葉にトゥーラの顔は紅潮している。

 

「いや、テックハンターの中には都市連合の専属ハンターもいてね。収集した技術を直接都市連合に渡す契約をしている者がいるのだよ。そういう人なのか気になっただけだ。」

 

それを聞いたトゥーラは意味を理解したのか流暢に語りだす。

 

「ああ、お抱えハンターのことね。私はあんなお金だけで動くテックハンターではないわ。」

 

「良かったよ。国と繋がりが強いテックハンターは一応気を付けておいてね。目的によっては国を優先して仲間を裏切ったりすることもあるから。」

 

「分かったわ。・・・あ!ちょっと何かもう私が同行する流れになってるけどまぁいいわ。道中であなた達を判断することにする。で、最初はどこに行く?」

 

興奮気味に話すトゥーラとは対称的にルイは落ち着いていた。

 

「デッドランドにすげー強いニールの戦友がいるっぽくてさ。仲間に誘うついでにそこで良質な武器もゲットしたいんだよね。」

 

「あなた・・あそこは名前の通り死の土地よ?壊れた機械のスパイダーがうようよしているし、酸性雨も降り続けている。たどり着いても高価な武器を買うお金がないでしょう。」

 

「そうだなー・・・だから一度、都市連合の町をまわるってのはどうだ?そこでお金を稼ぎつつもう少し腕を磨きたいんだよね。ここで傭兵を雇うにもお金ないしさ。」

 

聞いていたサッドニールは何かを決心した様子で総評し始める。

 

「うん。悪くないよ。本を読めるようになって知識も深まり状況判断ができるようになってきている。困難は人を成長させるが勇気と無謀は違うからね。ぬるま湯とは言わないが、この世界では身の丈にあった判断をし続けなければ生きていけないからね。」

 

サッドニールが話を続けるが、

トゥーラもいつの間にか真顔で聞き入っている。

 

「ルイ。この町から離れるので向こうのレンジャーショップで旅支度をしてきなさい。私はいつでもいける用意はしてある。」

 

「おお!ついにか!それじゃ待っててくれ!」

 

原鉄堀と読書の毎日に少し飽きていたのかルイは軽やかなステップで店に向かっていった。

 

そしてその場にはサッドニールとトゥーラの2人が残された。

 

「トゥーラさん。1つお願いがあります。」

 

トゥーラが気まずそうにしておるとサッドニールが切り出した。

 

 

 

一方ルイはレンジャーショップに行くついでにブラックスクラッチを一回りしていた。

 

ここは良い町だった。

 

 BARの傍らで聞くテックハンター同士の武勇談、読みきれないほどの本が並んでいるグレート本屋、ランドマークのように町の中央にそびえ立つ古代遺跡。

 

 名残惜しいがここで得た知識はルイにとってはさらに外の世界を知りたい原動力となっていた。

 

 レンジャーショップではでかいバックアップは売り払い、代わりに盗賊用のバックパックを購入した。

これなら咄嗟の戦闘にも影響は少ないだろう。

 

 戻り際に少々の食糧を購入して2人の元に戻った。

しかし、そこに待っていたのはトゥーラだけであった。

 

「あれ?ニールは?」

 

トゥーラは呆然と佇んでいたがルイの呼び掛けに我に帰った。

 

「サッドニールはあなたにこの手紙を渡して欲しいって・・・」

 

そう言うとトゥーラはソッとルイに手紙を差し出す。

 

「ん?手紙?」

 

トゥーラの深刻な表情に疑問を抱くも、訳もわからずルイは渡された手紙を開くと次第に表情が曇っていった。




仕事が始まったので更新遅れます、、


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8.サッドニールの手紙


【挿絵表示】

トゥーラ・カイヤライネン
人類復興という高い志を持った若い新米テックハンター。
ボウガンと刀を扱う。


 サッドニールの手紙は数枚のページで構成されていた。恐らくここに着いてからあらかじめ時間をかけて書き上げたのだろう。

それをルイは静かに目を通していった。

 

「ルイへ。この手紙が渡っているということは少なくとも私はもう君の側にはいないことだろう。

本当なら私も君の成長を最後まで見届けたいと思っていた。

しかし総合的に考えて私は君のもとを離れるべきと判断したのだ。

それは約束していた両親について記す事とこれから私がやろうとしている事が起因している。

まず君の父親についてだが既に察しているとおり過去に組織を結成したグリーンランド人のボスが君の父親だ。

ボスは世界の中心と言われている通称「毛皮商の通り道」と言う地域に拠点を構え、都市連合と共同で世界の食糧や資源の物流を豊かにさせていく事業を行っていた。

その過程で盗賊を壊滅させたり略奪者などお尋ね者を捕らえ治安も守っていた。

盗賊や野盗の一部はボスに感服し行動を共にする者もいた。

組織は絶大な力とカリスマを持つボスに導かれ急速に成長し、一時は大国が無視出来ない存在になるほど隆盛を極めたのだ。

 

しかし隣国の宗教国家ホーリーネーションと理念の違い等からぶつかることになった。

この経緯は私も詳しくは知らない。

 

組織は数で押してくる大国相手に少人数ながらよく戦った。

 

そしてホーリーネーション上級審問官率いる大軍勢と最後の決戦を行った。この決戦は熾烈を極め、両軍多大な被害を出した。ここで名のあるソルジャーの多くが戦死したが組織は同盟国の支援もありなんとかホーリーネーションの軍勢を退けたのだ。

だがその直後に予想もしなかったことが起きた。

交易相手国であった都市連合の最強部隊が突如襲撃してきたのだ。

完全に想定外だったのだろう。組織は善戦はしたが決戦直後で疲弊していたため、壊滅の憂き目にあってしまった。

その時に君の父親であるボスも非戦闘員を逃がしながら最後まで戦ったが最終的に戦死したそうだ。

 

遠征中だった私やハムート含む生き残った者は帰る場所とボスを失い皆散り散りになってしまった。

しかし君という希望は残った。

 

ボスは以前にクラブレイダー村でルミと言うカニ好きの女性に出会い恋に落ちていた。

 

その子供が君ルイだったのだ。

 

ルミは都市連合の部隊が襲撃に来た際もボスと一緒に戦っていたが赤ん坊のルイを逃がすことを優先し途中で離脱したらしい。ボスはその時に南西にいる交易部隊である私と合流して難を逃れるように指示したのだ。

 

組織の壊滅後、交易部隊も離散し私と子供を抱えたルミは故郷であるクラブレイダー村を目指した。その途中でルミは戦闘中の怪我が原因で命を落としてしまったのだ。

ルミは君の行く末が気がかりでしかたなかったのだろう。傷の悪化に苦しみながらもスケルトンの私に赤ちゃんを育てるための手順を教え込んでいった。

そして死ぬ間際まで君のことを抱き続けていたんだよ。」

 

 ここまで読んでルイの頬を涙が滴り落ちる。

物心ついたときにはサッドニールがご飯を作ってくれて、着替えを手伝ってくれて、一緒に寝てくれた。言葉も教えてくれた。

でも自分の親ではなく、本当の親は他にいるとだけ教えられた。

成長するに連れその意味を自分なりに理解していた。

 

そうか・・自分は両親に棄てられたのだ。

それを不憫に思ったサッドニールが育ててくれたのだと。

 

それでもサッドニールがずっと側にいてくれたから寂しくはなかった。

 

しかし、時折おぼろげに浮かび上がっていた表情。

自分を見下ろす母親ルミの母性に満ちあふれた暖かくて優しい表情を思い出したのだ。

あれは夢でもなく幻でもなかった。

 

両親はちゃんと私の事を愛してくれて最後の最後まで私を見てくれていたのだ。

 

それを察したとき、涙が止まらなくなった。

 

手紙を涙でグシャグシャにしつつルイは次のページをめくる。

 

「私はボスとルミの意志を継ぎ君を育てることにした。君にとって平和で安全なクラブレイダーの地域でね。

だから君が世界を見たいと言い出した時は正直非常に悩んだものだよ。

 

私はルイの人生を束縛する権利もないし最後まで守り通すことを約束していたから同行することにした。

 

だがハムートとの一件で私の思考が変化したのだ。

ハムートと長老の一騎討ちの際に私はルイの危険を顧みず飛び出してしまった。

 

愚かなことだった。

この行動は今でも自分で理解できないでいる。

 

記憶のどこかで組織への情念が残っていたのかもしれない。

 

そして理解できないことは私の頭の中で続いた。

目的を持ってしまったのだ。

 

スケルトンである私が誰に言われたわけでもなく自らある事を成し遂げたいと思うようになったのだ。

 

これは数百年生きてきた中で初めての経験であり私自身も非常に動揺した。

 

これまで何かのために自ら動くスケルトンはいたがそれらは全て打算や効率、メリットを考えた上での行動だ。

 

しかし、これから私がしようとしていることは

今となってはまったく無価値で無意味な作業かもしれないのだ。

 

ハムートは組織の復興を目指していると言ったが、実現可能性が低い事ではあるが利にかなっているとおもう。それに比べ私がやろうとしている事というのは、組織がなぜ壊滅する羽目になったのか過去の真相を突き止めたい、ということなのだ。

 

今さら突き止めて何になると言われるかもしれない。しかし真相を突き止めることで死んでいった仲間達の無念を少しでも晴らし手向けとしたいと思ってしまったのだ。

死後の世界があるわけでもないのにな。

 

我々の組織は人間社会の発展に寄与していて南北に分断された都市連合の導線にもなっていたはずなのに、なぜ攻撃する理由が都市連合にあったのか?

その後、都市連合自体は何事もなかったかのように振る舞い、時を同じくして都市連合皇帝テング暗殺の噂がたった。これは何か関係があったのではないかと思えてならないのだ。

 

しかしこの調査は危険が伴う作業になるかもしれない。

このままルイの近くに私がいても危険に巻き込んでしまうだけだし、また私自身が最悪な判断をしかねない。

そのため私は単独でこの件を調べることにしたのだ。

ルイはもう私から独立できるほどの実力をここで身につけた。今が違う道を歩む適したタイミングなのだと私は思う。

 

全てが終り、私のワガママを許してくれると言うのならまたどこかで友人として再会してほしい。

今まで私を親のように慕ってくれて嬉しかったよ。本当にありがとう。さらばだ。

サッドニール」

 

 

読み終わってもルイは下を向き微動だにしなかった。

 

「ね、ねぇ平気?サッドニールを探すの?私もついていくよ?」

 

気にしたトゥーラがルイの顔を覗き込む。

 

ルイは袖で目元を拭うと何事もなかったように振る舞った。

 

「・・いや、平気だ。ご丁寧に読みやすいようにふりがなまでふってくれちゃって。ニールは俺を認めてくれたし、あいつの初めてのワガママだ。俺にもニールを止める権利はない。またどこかでひょっこり出会うだろうしな。それまでに俺たちは滅茶苦茶成長して出迎えてやろうじゃないか。」

 

にこやかな笑顔にトゥーラも同調する。

 

「ふふ、そうね。あなたのそのポジティブ思考嫌いじゃないわ。私もその頃には世界で名高いテックハンターになってるわ。」

 

ルイが立ち直った素振りを見せていることは、知り合って間もないトゥーラにも容易に察することが出来たが、それに触れることは敢えてしなかった。

 

 これまで苦楽を共にしてきた相棒の突然の宣告に動揺しないわけがない。強がることで今の自分を保っているのだろう。

 

「よーし、じゃあ早速都市連合にいこう!」

 

とにかく何か行動することで気を紛らわせる。安易だが彼女が出した答えなのだ。

 

トゥーラはそこにルイの強さを見た。

 

「オーケイ。実は私は都市連合の町の出身だから案内してあげる。」

 

「え?じゃあトゥーラにとっては戻ることになるけどいいのか?」

 

「本当は東の遺跡を目指していたけど、自分にとっては時期尚早だったの。強くなって良い武器入手してから出直すわ。」

 

「・・そっか。ありがとな。」

 

戦力として期待していたサッドニールが抜けた今、トゥーラにとってルイと組むことに大きな

意義はない。しかし、今ルイを一人にすることも道義上出来なかったのだ。これはトゥーラなりの優しさであった。

 

「ここから一番近い都市連合の町はブリンクよ。案外そこでニールに会っちゃったりしてね。」

 

「・・・あいつしっかりしててたまに抜けてるからなー!」

 

ルイの反応の悪さと気丈に振る舞う様を見て、トゥーラは自らサッドニールのネタを降ってしまったことを後悔しつつ早めに話を切り替えた。

 

「じゃあ早速テックハンター詰所に行くわよ。」

 

「なんで?」

 

「ただブリンクに向かうより護衛商売をしながら行ったほうが稼げるのよ。自分達もより安全になるしね。たまにトレーダーギルドが募集しているわ。」

 

「なるほど~!」

 

早速詰所に向かうとそこには募集待ちの傭兵グループや休憩中のテックハンターがたむろしていた。

 

ブリンクまで護衛します 2人1000cat

 

「出来た!これ掲げて待ってりゃ誰か雇ってくれるっしょ」

 

ルイはその辺の紙切れに募集内容を拙い字体で記載した。

 

「相場より安いはずだけど字きたないわね。見た目で判断されてしまうかもしれないわ。まぁ取り敢えずこれでいきましょう。」

 

トゥーラはルイが書いた文字に少し不安を感じているようだ。

 

そしてそれから2時間ほど待ってみたが、依頼人らしき人達は入ってくるのだが肝心なオファーが中々こない。

隣で待っていた傭兵達は既に雇われてどこかへ旅立ってしまった。

 

机で頬杖つきながらルイがトゥーラに尋ねる。

 

「なぁ・・・こんなにオファー来ないもんなの?もう数時間待ってる気がするんだけど。これ原鉄堀のほうが儲かるんじゃね?」

 

「おかしいわね・・。美人な私にオファーが来ないなんて。やっぱりあなたが足を引っ張っている可能性があるわ。」

 

「護衛に美人は関係ないでしょ。」

 

「どうせなら旅の隊列に花を持たせたい人達もたまにはいるのよ!」

 

若い女のやりとりを周りの傭兵たちは白けた様子で見ている。

しかし、一人だけトゥーラの言動にのってきた者がいた。

 

「フォッフォッフォ。全くその通りじゃよ。」

 

後ろから突然同調する声に2人が振り向くとそこにはアゴヒゲを蓄えた初老のおじさんが立っていた。

 

「ご、護衛の依頼ですか?」

 

突然の割り込みに声が上ずる。

 

「うむ。君達2人かの?ブリンクまでいいかね?」

 

身なりがよく清潔感があるおじさんだった。

 

「もちろんです!お代は後でもいいですよ!」

 

「需要あるもんだな?」

 

ひそひそ話で喋るルイを制してトゥーラがおじさんに問う。

 

「あの、失礼ですが、あなたは行商人でしょうか?」

 

「わしかな?うむ。そうじゃよ。この町に物資を売って帰るとこじゃ。わしを入れて5人を無事にブリンクまで運んで欲しい。出来るかの?」

 

「はい!是非お願いします!」

 

記念すべき2人の初護衛で相手を選ぶ余裕もあるはずがなく二つ返事で快諾した。

 

しかし、そのやりとりを不穏な眼差しで見ている者がいた。




やっと自分が思うメインストーリーに入れそうです。
長くなりそうなのでどこかで1回区切ろうかと思います。。


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9.傭兵


【挿絵表示】

ブラックスクラッチからブリンクまでの行程


「旦那。こんなガキどもを雇うのか?傭兵は俺一人で充分でしょ。」

 

背丈が2m届くのではないかと思われる巨躯の男が立っていた。

背中には長くて分厚い板剣を担ぎ、重装の鎧を着込んでいる。そして何より特徴的だったのは頭からはえた角と紫色のゴツゴツした肌であった。

 

(シェク族か。)

 

本屋の文献で読んだ。

戦いと誇りを重んじる戦闘狂の種族だ。

 

大陸の南西でシェク王国を築いているが、交流がある都市連合の領域にも傭兵稼業などで生計をたてている者もいる。

 

彼らがどうしてこのような外見であるかは諸説あるようだが、ルイにはあまり興味がなかった。しかし目の前にいるむかつく言動をした男に対して噛みつかずにはいられなかったのだ。

 

「ガキとは何だデカブツ!雇い主が決めることだろう。」

 

「ほう。威勢はいいが殺されたいようだな。ちょうどお前らひ弱な者達が傭兵稼業の品質を落とし困っていたところだ。」

 

男はジャラリと鎧を鳴らして板剣に手をかける。

 

「ルイ・・まずいよ、こいつ傭兵の中で悪名高いガルベスって奴だ。相手にしないほうがいい。」

 

トゥーラがこそこそと耳打ちするが、ルイと男は睨み合ったままだ。

 

「ま、まぁまぁ私は双方とも雇いますよ?仲良く行きましょう。」

 

そこに雇い主のおじさんが割ってはいる。

 

「・・・ちっ。足を引っ張ったら殺すからな。」

 

シェクの大男も納得はしていない様子だが雇い主の仲介に素直に引き下がり、結局ブリンクまで同行することになった。

 

雇い主のおじさんの名前はグンダーと言う名前だそうで、主にブラックスクラッチのテックハンターに補給物資を売る商売をしているようだ。

 

「あんな気の良さそうなおじさんがガルベスみたいな奴を雇うなんて自分が言うのも何だが見る目ないよな。」

 

行商人の隊列の後ろをルイとトゥーラは愚痴りながらついていく。

 

「確かにそうね。私達も初回からハズレを引いてしまったわ。ガルベスは同業者と揉めて相手を半殺しにしてしまった事もあるそうよ。私達も油断できないわ。何しろあいつ過去に都市連合のアイゴア率いる傭兵部隊に属していたみたいだし。」

 

「アイゴア?」

 

ルイには聞き覚えがある名前であったがこの時はうまく思い出せなかった。

 

「都市連合で最強と言われていたエリート侍よ。敵対者や懸賞首を軒並み捕らえずに殺すので猛獣と恐れられていたみたい。今は現役を退いたようでどこにいるか消息不明らしいわ。」

 

「ガルベスはそんな奴の部下だったのか。」

 

今は行商人グンダーの元で同じ護衛チームの存在ではあるが、敵に回したら危険な人物のようだ。サッドニールがいない今、立ち回りは自分で判断しなければならない。自分のせいでトゥーラまで危険になる可能性もあるのだ。

 

ルイは情報がない中、不用意にケンカを売ったことを反省した。

 

そしてこれからの道中、ブリンクまでは恐らく1泊2日野宿ありの長旅だ。

ガルベスへの警戒も怠らずに慎重についていく必要があった。

 

「ルイ。私達は基本的に隊列の後衛を守りましょう。いつでもガルベスが視界に入るように。あと、念のためだけど初対面の人は信用しないようにね。例えば私があの人達にあなたへの言伝を頼むようなことは絶対にしないからあなたもそうしてね。」

 

トゥーラは基本的な所作については慣れているようでルイに丁寧に教えていく。

 

「グンダーさんもか?めっちゃ頼りない爺さんだけど。」

 

「一応ね。頼りないけど剣技なしにあの年齢まで生きてられるってこと自体がすごいことなのよ?」

 

「まー確かにな。」

 

するとそこに噂の行商人グンダーが速度を落としてルイたちに歩幅を合わせてきた。

 

「お嬢ちゃんたちは傭兵に成り立てなのかの?」

 

「いいえ、テックハンターです。用があり一度都市連合に戻るとこでした。」

 

「ふぉふぉー。都市連合にお仲間さんが待っているのかい?テックハンターなら腕に自信があるんじゃろうねぇ。ピークシングなんかも倒せるのかい?」

 

ルイが喋ろうとするのを制してトゥーラが続ける。

 

「同業者もいますのでここでは詳細にはお答えできません。」

 

同業者とはガルベスのことだろう。自分達の力量を計られることを警戒したのだ。

そしてこの会話が聞こえたのかガルベスが入ってくる。

 

「くくく、勿体つけてるが倒せないってことだろ?テックハンターも年々落ちぶれてきているなぁ。所詮暇人の集まりか。」

 

このガルベスの一言が冷静に対処しようとしていたトゥーラのプライドに火をつける。

 

「テックハンターは人類の復興のために命をかけて危険地帯に赴いています。傭兵ごときから難癖つけられる筋合いはありません!」

 

その場が一瞬で凍りついた。

ルイが反省している横でトゥーラもガルベスに大口を叩いてしまったのだ。

すぐに我に帰ったトゥーラの表情には一筋の汗が流れる。

一方ガルベスは額に血管を浮かび上がらせて威圧する。

 

「ではさぞかし傭兵ごときより強いんでしょうなぁ!?契約が終った後にお試し頂きたいものだ。」

 

「・・・。」

 

気迫が違った。この男の実力は言葉だけではなく相当の修羅場を切り抜けている猛者なのだろう。使い慣らされたであろう武具、男の溢れ出る自信、無数の傷痕等がそれを物語っている。

 

「はっはっは!ビビったのか?さっきの威勢はどうした!」

 

黙りこくってしまうトゥーラを見てルイは思った。

事情は知らないがトゥーラはテックハンターに相当の誇りを持っている。自分ではなくこの職業を罵倒されるのが許せなかったのだろう。

わかる気がする。

 

(今の俺もそうだ。仲間が侮辱されているのを黙ってられるほど人間ができていない。)

 

「うっせーよ鹿ツノ野郎。勝手に会話に入ってきてかまってちゃんか?」

 

気がつけばルイも悪態をついていた。

 

ピキーン・・・

 

最早冷気が漂っているかのごとくその場が凍てついていた。

 

また言ってしまった。

グンダーさんもこれには唖然として頭を抱えている。

こうなればトコトン言ってやろうとルイはトゥーラを見る。しかし彼女の顔も青ざめている。

 

「いま・・・なんと?」

 

ガルベスがルイに聞き返す。

 

場の雰囲気を見てルイは思い出した。

 

シェクはツノに誇りを持っていて冗談でも侮辱されると名誉をかけて相手を切り捨ててでも撤回させるということを。

 

「ああ、いや。あそこに鹿らしき影が通りかかったんだ。」

 

シーン

 

さすがに無理があったのだろう。

トゥーラも呆れている。

 

しかし偶然にもルイが指差した先にうごめく影が見える。

 

それにいち早く察したのはガルベスだった。

 

振り向き様に背中の板剣を抜くと茂みに向かって呼び掛ける。

 

「そこにいる奴等、誰だ?出てこい!」

 

「あ、いやもう行っちゃったはず・・」

 

ルイのとぼけた反応とは別に他の者の目は真剣になっていた。

 

確かに何かがいたのだ。

 

ガサガサ

 

茂みが揺れ動き出てきたのは黒装束の5人の剣士であった。

 

「!」

 

黒い剣士達はボーンドッグという猟犬も1匹連れていた。

猟犬は非常に素早く飼い慣らすと一般人だと為す術もなく食い殺されるほど侮りがたい戦力となる。

 

「お前らブラッグドックか?」

 

知っている組織なのだろうか。

ガルベスが発した言葉で隊列の緊張が若干解けた気配があったがそれでも良い顔をした者は一人もいない。味方というわけではないのだろう。

 

「ああ。ブラッグドックだ。お前ら旅先で傭兵が必要だろう?今なら安くで護衛を請け負うぜ。」

 

この言葉にルイは気を許した。

どうやら敵ではなくむしろ傭兵稼業をしている好意的な連中だと思った。

 

が、実態はそう甘くはなかった。

 

「いや~ブラッグドックさんですか!有難い申し出なのですが現在傭兵を3名既に雇っておりますので今回はまた次の機会にお願いできたらと思います。」

 

グンダーは低い姿勢で丁重に断ったはずであった。しかし剣士の声つきが変わる。

 

「そうじゃねぇよ。そこに俺達ブラックドッグの本部があるのは知ってるだろう。この周辺一帯を俺達が平和に保ってんだから通行料金はもう発生してんだよ。たったの4000catだ。」

 

剣士たちの表情は真顔でどうやら冗談ではなさそうだ。

 

「それは、ぼったくりじゃないですか・・。」

 

グンダーが恐る恐る反論するも剣士は猟犬ボーンドッグに合図を送る。

 

「ガルルルルル!」

 

合図に合わせて猟犬は前傾になり攻撃姿勢をとる。

 

「ひっ・・!」

 

グンダーは思わずのけぞった。

 

「で?どうすんの?払えないの?」

 

ブラックドッグは尚もジリジリと迫ってくる。

 

これがニールが言っていた外の世界なのか。

考えが甘かった。少しでも気を抜くと他者から資源はおろか命も奪われるだろう。

 

この先ニールなしで本当にやっていけるのだろうか?

なんで俺を置いていってしまったんだ。

・・いや、泣き言は言わない。ニールは俺がこんな状況も乗り切れると判断して旅立ったのだ。

 

ブラックドッグは黒色の鎧で武装した者が5人と猟犬が一匹。対してこちらは傭兵ガルベスと商人5人に俺達2人の計8人だ。

 

数では有利だが商人は戦闘に慣れていないだろうし、戦闘に関しては俺自身がほぼ初心者だ。

トゥーラも新米テックハンターだしやはり主力はガルベスだ。

 

悔しいが今はガルベスの力量に頼るしかないのだ。

 

ちらりと横目で見るとガルベスがちょうど一言呟いた。

 

「まったく・・・俺を知らなかったのは不運だったな。」

 

そう言うと手に持った板剣をまさに板切れのように軽々しく振り回し横凪ぎでブラッグドックの連中に斬りかかったのだ。

 

その所作はブラッグドックの剣士に準備する時間を与えなかった。

 

最初にボーンドッグの猟犬に板剣は直撃した。

猟犬はそのまま真っ二つになりながら切り飛ばされた。

 

ガルベスの初太刀はそこで終わらず横にいるブラッグドックの剣士2人も薙ぎ倒していた。

 

「・・・・!」

 

味方を含めその場にいる誰もが絶句した。

当然だろう。一振りで3体をいとも簡単に仕留めていたのだ。

 

ガルベスはニヤニヤと不敵に笑っていた。



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10.傭兵2

登場人物紹介


【挿絵表示】

グンダー
ブラックスクラッチで商売を行う行商人。
護衛としてルイ達を雇う。


【挿絵表示】

ガルベス
グンダーと護衛契約している傭兵。シェク族。
筋力があり重武器である板剣を扱う。


(こいつ・・・!なんて腕力だ!)

 

高らかと打ち上げられた猟犬の半身がまだ宙を舞い地面に落ちてもいない間、誰もが驚愕して動けないでいた。

 

そしてガルベスは敵が動き出すのを待たなかった。

 

さらに踏み込みながら返す刀でブラックドッグの剣士を1人一刀両断したのだ。

 

「は・・・へ・・・?」

 

半分になった剣士は斬られたことを自覚することなく絶命した。

 

残る最後の剣士はこれを見て無言で逃走を開始する。

 

しかしガルベスは懐の短剣を素早く抜き取り空中で刃先をキャッチするとそのまま逃走している剣士の背中に投げつけた。

 

背中の真ん中に短剣が刺さり剣士はそのまま前のめりに倒れ動かなくなった。

 

この間およそ10秒の出来事であった。

 

「ふん、ブラッグドックか。プロの傭兵を名乗っている割には大したことない連中だぜ。」

 

ガルベスはビュッ!と板剣についた血を飛ばすと何事も無かったように背中に背負った。

 

「ガ、ガルベスさんありがとうございます。助かりました。」

 

グンダーは恐る恐るお礼を言った。

 

そして会話の流れでガルベスが提案する。

 

「そろそろ野宿場所を探す必要があるな。そこの使えない護衛2人に場所を探してもらいますか。」

 

ルイとトゥーラのことを言っているのだろう。

 

ドクン、ドクン・・・

 

重武器による圧倒的な剣技と散らばったブラッグドックの死体を見て、自分の心臓の音が聞こえてくるぐらい高鳴っているのが分かる。

 

先ほどの威勢は完全に消え失せた。

この男との会話は一つ間違えればブラッグドックの剣士たちと同じ末路になるのではないか。

 

そんな不安が身体中を支配し、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

 

戦闘中も何も動けなかった。

もはや実戦不足なのは見抜かれている。

 

命令されるのが癪にさわるがここは大人しく言うことを聞かざるを得ないのだ。

 

二人は水場に近くて見通しが効く場所を見つけて報告した。

 

「よし、では皆の水筒に水を入れてこい。この料理用の鍋にもな。早くしろ!」

 

「くっ・・。」

 

場は完全にガルベスが支配していた。

 

ルイ達はもはや雑用としての扱いだ。グンダーも何も言えないでいる。あんな鬼神のような立ち回りを見せられたら当然かもしれない。それほどガルベスの力は常軌を逸していた。

 

「トゥーラどうする?取り敢えず行くか?」

 

「ええ、そうね。悔しいけれど今は従っておくしか道はないわ。」

 

トゥーラも新米テックハンターながらガルベスと自分達にある簡単には覆せない大きな実力の差を実感していた。

 

それゆえ、ガルベスの前科から判断していつ敵対者になってもおかしくないこの男と行動を共にし続けるリスクを恐れた。

 

(行商人グンダーではガルベスの手綱を押さえきれない・・・とはいえ私達が契約を途中で破棄した場合、何らかの瑕疵が発生する可能性がある。そもそもテックハンターの信用度低下に繋がる行動を自ら行いたくない。ここは全行程を穏便に乗り切るしか方法はないのか・・・)

 

任務継続しか選択肢がないがトゥーラの心の中で何かが引っ掛かっていた。

 

 

夕飯は一つの焚き火を皆で囲い、それぞれ持ち寄った食糧を自由に調理して食べた。

 

他者の襲撃に備えてあまり距離を取ることは出来なかったのだ。

 

ガルベスは酒を飲みながら上機嫌で過去の自慢話を行商人にしている。

 

(酒グセは悪くないようね・・。しかしこの男の自慢話っていつも同じじゃない?口を開けばアイゴアの部隊の話だけじゃないの。せめて自分の功績を語りなさいよ・・・!)

 

トゥーラは不快感を表に出さないよう黙々と食事していた。

 

(そういえば・・・!ルイは大丈夫なの?この子すぐに表情に出すし、もしかすると口にも出しちゃうわ!)

 

トゥーラは慌ててルイを確認する。が・・・

 

ゾク

 

思わず鳥肌がたった。

 

ルイは凍るような冷たい目でガルベスを凝視していたのだ。

 

(これは・・殺意?いえ、それとは違う何か人間ではない別の人格が表に出てきたような・・)

 

それは今までのルイとは思えない、初めて見せる目であった。

 

「ルイ・・ルイ!」

 

トゥーラは思わずルイに声をかける。

 

「ん!?ああ、なんだ?」

 

「あなたそんな目でガルベスを見ていたら気づかれるわよ!?」

 

「そうだな・・・。ちょっとガルベスの話で思い出したことがあり、つい聞き入っちまった。」

 

そう言ってルイは手元のドライミートに荒々しく短剣を突き刺す。

 

「な、なによ・・何か気になること言ってたの?」

 

「ああ。いつかあの男に問い詰められる日が来るといいな・・。」

 

それ以降ルイは何かを胸の内にしまいこんだように口を閉ざしてしまった。

 

夜は交代で見張りをとっていたがこれといった問題は起きず、一行は朝方にブリンク行きを再開した。

 

ルイは夜からずっと気難しい表情であったが、もうすぐ新しい町に着けると知るといつもの明るいルイに戻った。

 

そしてしばらく歩いた頃

 

「もうすぐブリンクですね。ちょっと此処等で休憩を取りますか。」

 

行商人グンダーが背中に背負った荷物をおろし皆に指示する。

 

他の行商人達も世話しなく荷物の確認など行い始めた。

 

ガルベスも不服を言わず言う通りに自分のバックを下ろし備品の整理をしていた。

 

しかしこの光景を不思議に思う人物がいた。

 

トゥーラである。

 

(もうほんの少し歩けばブリンクだと言うのにこんな手前で休憩するの?この辺りは猛獣のピークシングも出るしブラッグドックといざこざがあったばかりだから早いとこ町に入ったほうがいいのではないか。私達も早く契約を終わらせてガルベスから離れたいのに・・。)

 

取り敢えず周辺が安全か遠目で確認したほうがよさそうだ。その結論に至ったトゥーラはルイを呼ぶ。

 

「ルイ。私達は周辺を見回ってこようか。」

 

「お、そうだな。行こう。」

 

そして2人がその場を離れようとしたときであった。

 

「あ、お嬢ちゃん達どっちか一人わしの荷降ろしを手伝ってくれんかの?」

 

行商人グンダーが呼び止めてきた。

 

「えー!爺さんそれは護衛の契約外だろー?仲間に頼めよ・・ったく。」

 

ルイが渋々荷下ろしを手伝い始める。

 

「悪いのぉ、最近わし仲間に冷遇されてるかもしれんから・・。お礼に護衛代金上乗せするぞぃ。」

 

「リーダーだろ~?頑張れよ~・・。」

 

上乗せと聞いて言葉とは裏腹にルイはテキパキ作業をし始めてしまった。

 

その様子を見てトゥーラはため息をつきながら一人で見回ることにした。

 

 

 

そして休憩から20分ほどたった頃

 

ルイはグンダーの手伝いが終わり一人でくつろいでいた。

 

(トゥーラのやつ、戻りがおっせーな。そんなに何か気になるのか?)

 

「グンダーのおじさん、トゥーラ見なかった?まだ見回ってんのかな?」

 

近くにグンダーがいたので聞いてみることにした。

 

「ああ、さっき一回戻ってきたぞぃ。あんたに『気になるとこがあるからもう少し見てくる』って伝えてほしいと言われてたの忘れておっ

た、すまんすまん。」

 

「ふーん。なんだろな。」

 

ルイは何気なく辺りを見渡した。

 

行商人は寝てはいないが、皆くつろぎながら何か手元の作業に夢中になっている。

 

しかしガルベスは・・・いなくなっていた。

 

(やべ、トゥーラに言われてたのに肝心なあいつを見失ってしまった!)

 

ルイはキョロキョロと周りを見渡すが見つけられない。

 

心がけていたのに見失ったという失態もあるが、トゥーラが戻っていないことで何か胸騒ぎを感じた。

 

(あいつ美人だからな・・変なことされてないよな・・。)

 

ブラックスクラッチの本屋の片隅に置いてあったいかがわしい本で知った男と女にまつわる話。立ち読みしていたらサッドニールに止められたがあとで一人でコッソリ読みきっていた。

 

男が一方的に行為を強制する場合もあるらしい。

 

ルイは赤面しながら想定されるあらゆる事態を検討した。

 

そしてある結論に至る。

 

(俺の感じている胸騒ぎは・・・まさか!)

 

「グンダー!!」

 

突然ルイは行商人グンダーを呼び捨てにし、後ろで羽交い締めにしながら短剣を首もとにあて叫んだ。

 

「トゥーラをどこにやった!?」

 

突然のルイの暴挙にグンダーは何事かと苦しそうにしながら驚いている。

 

「な、何をする!一体どうしたのだ!?」

 

「とぼけるな!トゥーラはどこだ?言え!」

 

先程までの対応とはうって変わったルイの気迫にグンダーは気負う。

 

「さ、さっき見回りにいくと伝言したじゃろう?言うのが遅れたのは申し訳なかった。」

 

その言葉にルイは決心して叫ぶ。

 

「トゥーラはお前たちに伝言は頼まない!お前は嘘をついている!」

 

ルイのこの言葉に行商人達の目付きがかわった。皆、手には短剣を持ち、先程までの表情とは違い鋭い目付きで間を詰めている。

 

「・・・待て。お前たちは動かなくていい。」

 

一番変容していたのは行商人グンダーであった。



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11.奴隷商

あらすじ
ルイとトゥーラは行商人グンダーから護衛の依頼を頼まれ同行するが、
道中でルイはグンダーの嘘を見破り人質に取りながら姿が見えないトゥーラを探す。


グンダーからは今までのとぼけた口調は消え去っていた。

 

「テックハンターが雇い主の行商人にこんなことをしていいと思っているのか?」

 

「俺はテックハンターじゃないし、そんなこと気にしねぇ!トゥーラに会わせられないならお前を殺す。」

 

ルイが咄嗟にグンダーを人質にした判断は一か八かの賭けであった。もし自分の推測が間違っていた場合、行商人に敵対行動をとったことになる。

しかしこの判断は結果的に正解だったと言えた。

周りを囲む行商人達が手慣れた様子で短剣を扱う様はどう見ても普通の行商人ではない。

そしてリーダーであるグンダーを人質にしなければルイでは到底敵わなかったかもしれないのだ。

 

「取り敢えず短剣をおろしてくれないか?」

 

「ダメだ。このまま案内しろ。」

 

他の行商人が行く手を阻むが、グンダーが手で制すると黙って道を開けた。

これが本来のグンダー達の関係なのだろう。

 

ルイはグンダーを羽交い締めにしながら歩を進める。

 

「今ならまだ間に合うぞ?賞金首となり手配されたいのか?」

 

化けの皮が剥がれたグンダーに紳士らしさは消えている。

 

「俺の命はどうでもいい。それよりトゥーラに何かしていたらこれまで生き永らえたお前の命も最後だと思え。」

 

「・・・!」

 

ルイは手元の短剣をさらにおしつけグンダーの首からは血がしたたる。

 

これによりグンダーはルイの度胸と覚悟を悟る。

普通の素人の場合、このような状況に直面すると恐怖が先行しそれが短剣の刃先の震えなどに現れたりするがルイにはそれが見られなかったのだ。

これは伊達に長年生きてきたグンダーならではの洞察力なのだろう。

 

「わ、わかった。しかしお前・・昨晩もそんな目をしていたな・・一体お前は何なんだ?」

 

「黙っていろ。他の行商人はここに残れ。グンダーと俺だけで行く。」

 

「グンダー隊長。」

 

周りの行商人もルイ達を囲みながらついてくる。

 

「ま、待て。こやつ本気だ。何もこんな小娘のために命を張ることはない。小屋に行くからお前たちは待機していろ。」

 

「はっ。」

 

グンダーはそのままゆっくりと休憩地から数メートル離れた場所にルイを連れていった。

 

人質を取りながら進むその距離は短いようで果てしなく長い。グンダーは抜け出す機会を伺っているようだがルイは隙を見せることはなかった。

 

たどり着いた場所にはいりくんだ岩場の間に隠れるように一件の小屋が窮屈そうに建っていた。

 

(なんだここは?やはりこいつら普通の行商人じゃない・・。何者なんだ?)

 

「ここだ。」

 

「そのままお前が開けろ。」

 

グンダーがドアを開けようとするとドアがバタンと開き、中からはガルベスが出てきた。

 

「・・グンダーの旦那!?まさか!」

 

驚いた表情でガルベスはルイを見やる。

 

「ああ、バレた。もう一匹を出してやれ。」

 

「し、しかし・・!」

 

ルイはグンダーとガルベスの会話で共謀を確信した。

 

「お前ら・・・グルだったのか・・!」

 

グンダーを羽交い締めしながらガルベスを避けるように回り込んで小屋にはいる。

 

中には両手両足を縛られ口には猿ぐつわをされたトゥーラが転がっていた。

 

「んー!んー!んー!」

 

しきりにトゥーラは何かを訴えている。

 

「トゥーラ無事か!?グンダーはそのままトゥーラの拘束を解け!ガルベスは下がっていろ!」

 

グンダーは大人しくトゥーラの拘束を解いた。するとトゥーラは猿ぐつわがとれた瞬間すごい勢いでまくし立てる。

 

「こいつら奴隷商だ!こうやって人を騙して奴隷にして儲けていたクズ野郎だ!テックハンターにまで手を出すなんて!許さん!」

 

よっぽど怒っているのだろう。声が震えいつもの礼儀正しさは消えた荒い言葉遣いだった。

 

「トゥーラ。まずはここを出るぞ。歩けるか?」

 

「え、ええ。来てくれてありがとう・・ルイ。もうダメかと思ったわ。」

 

「いや、お前の忠告で気づくことが出来たんだ!一緒に逃げるぞ!」

 

二人はグンダーの手を縛り上げる。

 

「お前は俺らが安全と判断する場所まで人質として来てもらう。来い!」

 

ルイは強引にグンダーを縛り上げた縄を引っ張る。

 

「旦那、いいのか?」

 

板剣を構えたガルベスが問うがグンダーはルイ達のいいなりだ。

 

「ああ・・言う通りにしろ。どの道こいつらは賞金首として捕まる。」

 

「なんで俺らが賞金首になるんだ。人攫いの悪行を知らせてお前らこそ捕まえてやる!」

 

ルイが言い返すがその言葉を聞いてもガルベスが醸し出す余裕感は消えない。

 

「くくく、分かってないな。必ず見つけ出してやるよ。」

 

「ルイ、こいつと話してても無駄よ。行きましょう。」

 

トゥーラは自分の武器を装備し直した。

 

そしてルイ達は縛り上げたグンダーを連れてその場を後にした。

 

見通しが効く荒野に来て、ガルベスが追ってきていない事を確認すると、ルイはグンダーの拘束を解いた。

 

「ここまで来ればガルベス達も見つけられないだろう。グンダー、手の縄だけほどいておいてやる。勝手にどこかへ行け!」

 

グンダーは手首をさすりながら負け惜しみのようにブツブツと口走る。

 

「お前らなら特別な奴隷として貴族に高く売れたものを、ただの賞金首になるとはな・・・。」

 

最早、出会った頃の無害そうなお爺さんの姿は皆無であった。

 

「気持ち悪い爺め。次に会った時は容赦しないからな。」

 

「安心しろ。次にお前らを訪ねるのは賞金首ハンターだ。せいぜい刑務所でがんばるんだな。」

 

グンダーを荒野に一人残し、ルイたちはその場をあとにした。

 

しかし、アクシデントからの疲れもあるのか歩き始めてからの二人の足取りは重い。

 

「・・・まさか最初っからグンダーとガルベスが組んで演技しているとはな・・。本当に気の抜けない世界だぜ。これからどうする?取り敢えずブリンクに行くか?」

 

「その前に・・改めてお礼を言わせてちょうだい。あなたは一人で逃げようと思えば逃げれたのよね?危険を侵してまでグンダーをここまで引きずって来てくれて本当に助かったわ。あのままだったら私、一生奴隷として生きていくことになっていたかもしれないのに・・・。」

 

そう言ってトゥーラはうずくまってしまう。

 

「お、おい。大丈夫か?仲間なんだから助けるのは当たり前だろ。それより傷はないか?ガルベスの野郎に何かされたか?」

 

「いいえ、大丈夫よ。後ろから殴られ気絶させられたぐらい・・・うっ・・うっ・・。」

 

「どうした!殴られたとこが痛むのか!?」

 

しくしく泣き出すトゥーラを見てルイは驚いて後頭部を確認する。いつものトゥーラの絹のような長い髪は砂埃でグシャグシャになっていた。

 

「違うの・・とても怖かったの・・。目が覚めたら自由を奪われてて目の前にはガルベスがいるのに何も出来なくて・・。私はもうここで終わるんだと思うと絶望感と恐怖に押し潰されそうだったの・・。」

 

普段はテックハンターとして気高く振る舞っていたトゥーラもこんな目に遭って冷静でいられるはずがなかったのだ。

 

これを見てルイは優しく声をかける。

 

「これでお互い泣き顔を晒しちまったな。二人でこの局面を乗り越えたんだ。これからもよろしく頼むぜ。相棒。」

 

「!・・・ええ・・・。」

 

こうして二人は肩を貸しあいながらも前に進み始めた。

 

気がつくと遠くに町並みがぼやけて見える。

 

ルイはそこがブリンクだと直感し、歩を進めようとしたがトゥーラが止める。

 

「ルイ。しばらくブリンクには行けないわ。私達にはまもなく都市連合から賞金がかかるはずよ。」

 

「え?だからなんで俺たちに賞金がかかるんだよ。そもそもあいつら都市連合の者なのか?」

 

「いいえ、恐らく奴隷商という奴隷の売買で生計をたてている連中よ。この近くに奴隷商の拠点があるの。都市連合は奴隷制を基本政策として成り立っているから奴隷商自体が容認され奴隷商人の一部には都市連合として懸賞金をかけられる権限を持った者もいるのよ。」

 

「奴隷政策って・・人が人を死ぬまで家畜のように働かせるやつだろ?都市連合はそんなに悪どいことやってんのか?」

 

「え、ええ・・まぁそうね。国のお偉いさんも問題視している人はいるみたい。ただ現状、国民も資源不足による飢餓に直面しつつある今、奴隷の労働力が必須でもあるみたいよ。」

 

「・・・そうか。そうだったのか。」

 

ルイはこれを聞いて父親がやろうとしていた事を少し理解出来た気がした。

 

いま人類は世界規模で食糧難に陥っている。それを根本的に解決していかない限り奴隷商のような組織がのさぼり続けてしまうのではないか。

ただ、そうなるとやはり父親の組織を都市連合がなぜ襲ったのか疑問は残る。

 

世界を見る、という何気ない目的で始めた旅であったが、ルイにとってこの出来事は

今後の人生を左右する転換点となっていく。

 

「とにかく。今は都市連合の町には近寄らないほうがいいわ。」

 

「他に行く宛あるか?ブラックスクラッチに戻るとか。グンダーの悪行を他のテックハンターに注意できるし。」

 

「少し遠いけどテックハンターの中継拠点ウェイステーションに向かいましょう。そこならグンダー達も来ないだろうし安全よ。」

 

「そ、そうか。取り敢えずトゥーラに行き先を任せる。頼りにしてるぜ。」

 

ウェイステーション。

ルイには聞いたことのない言葉であったが旅において先輩であるトゥーラの判断に従うことにした。




周辺の地図

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12.奴隷商2

ストームギャップ海岸地区アイソケット

 

大陸の右側に位置するこの地は、

ブリンクから北東に少し歩いたところにある。そしてここは奴隷商の本拠地となっていた。

 

ブラックスクラッチほど広くはないが砲台を兼ね備えた防壁が周りを囲み、物々しく武装兵が警備している様はさながら小さな要塞のようだ。

 

そして中央の高い広場には人一人が入るぐらいの檻が複数円を描くように設置され奴隷と思わしき人達が閉じ込められている。

 

それを商人の身なりをした者達が品定めするように眺めている。

 

【挿絵表示】

 

そんな中をガルベスは平然と横切り、奥にあるドーム上の大きな建物に入っていく。

 

グンダー達とは一緒ではないようだ。

 

建物の警備兵はガルベスが通っても特に反応はしない。

 

「マスターは居られるか?」

 

「奥の部屋です。」

 

案内のもとに歩を進めると中にはきらびやかなシルクの衣をまとった男が玉座のような椅子に腰掛けガルベスを出迎えた。

 

「久しぶりだな。ガルベス。」

 

「はい。マスターも元気そうで何よりです。」

 

「グンダーの目付は首尾よく出来ているか?ほら、一杯飲んでいけ。」

 

男は棚に置いてあるワインを手に取りグラスに注ぐとガルベスに渡そうとする。

 

「いえ、グンダーですが奴隷を逃がしてしまいまして・・・。」

 

「逃亡しようと試みる奴隷などたくさんいるだろう。いちいち気にするな。」

 

奴隷の逃亡処理など日常茶飯事なのだろう。男は気にせず自分のグラスにワインを注ぎ始める。

 

「あ、いやそれが奴隷にしようとした人間はテックハンターでして・・・。」

 

その言葉に男は一瞬ピクッとしたが変わらずワインを注ぎ続けながら応える。

 

「では今、グンダーは必死に逃亡者を追っているということかな?」

 

「はい。賞金首ハンターを雇って追わせているそうです。」

 

「ふむ・・・。ガルベス、テックハンター協会に悟られると都合が悪い。お前も行け。・・・それとグンダーはもう歳だ。体への負担が大きいだろう。そろそろ引退させてやれ。意味は分かるな?」

 

「え・・そ、そうですね。承知しました。」

 

ガルベスは一瞬硬直しつつもすぐに返事をする。

 

「お前も呑気にワインを飲んでいる時間はなさそうだな?」

 

「はっ!直ちに出発致します。」

 

男が不機嫌になったことをガルベスは察したようで返事を待たずにその場を引き返していった。

 

 

一方、ルイとトゥーラはウェイステーションへの長い道のりをただひたすら進んでいた。

 

「なぁ、まだそのウェイステーションってとこ着かないの?」

 

「まだまだよ。ブラックスクラッチからブリンクまでの距離の3倍ぐらいはあるんじゃないかしら。」

 

「そうか・・・じゃあ大体3泊は野宿ってことだな・・・。水と食糧は大事に使うか・・。」

 

「そういえばあなたはグンダーを捕まえてからずっと動きっぱなしね。少し休みましょうか。」

 

「ああ、そうさせてくれ・・。なんか・・すげー疲れた。」

 

2人はその辺の木陰に並んで寝そべった。

 

「そう言えばトゥーラってさ、なんでテックハンターになろうと思ったんだ?」

 

ルイによる何気ない質問に対してトゥーラは一瞬だけ躊躇したが意を決したように語りだす。

 

「私のお父さんがテックハンターだったのよ・・。」

 

「おおー。後を継くのか。今も父親はテックハンターやってんの?」

 

「お父さんは大陸の東にある禁忌の島という地域を目指して出ていったきり戻ってこなかったわ・・・。」

 

「そうだったのか・・。じゃあブラックスクラッチにいたのは父親を探しに行こうとしてたのか?」

 

「そうね。ただ、私がテックハンターを目指す理由はそれだけじゃないの。元々私はセンスがなくてブラックスクラッチまで旅が出来たのもただ運が良かっただけなんだ。小さい頃は友達によく馬鹿にされたわ。強くもないのにテックハンターになれるのかってね。それで見返してやろうとムキになって自分なりに鍛練をして、未開の地に乗り込もうとしたんだけどさ、町の門でたらすぐにスキマーに殺されかけちゃってね。あはは・・。」

 

「スキマーって砂漠にいるでっかい虫みたいな奴だろ?どうやって逃げたんだ?」

 

「テックハンターに偶然助けられたのよ。年刊テックハンターって知ってる?これなんだけど見てみて。」

 

そう言うとトゥーラは懐から雑誌を取り出しページを開いてみせた。

 

 

---今年度テックハンター十傑----------------------

 

1.トレップ(人間) 31347pt ※ 引退

2.バーン 30975pt ※ 引退

3.ゼッド 27389pt

4.ローグ・アイゼン(人間) 26213pt ※行方不明

5.ノットライボ 25739pt

6.イヨ 18113pt ※引退

7.ギシュバ(人間) 8425pt

8.コンスタンティン 7345pt ※喪失

9.リドリー(人間) 7123pt

10.イヌ 6924pt

-------------------------------------------------

 

 

「なんだこれ?」

 

「テックハンター十傑よ。これまでに人類の発展に寄与する技術を持ち帰った功績を累積ポイント化してランキングした一覧の上位10名が毎年記載されるの。これは去年の奴だけどね。」

 

「おおー!そんなのがあるのか。」

 

「累積だから上位のほとんどをスケルトンが占めているけど人間もいるでしょ?私は9番目に入っているリドリーっていう女性のテックハンターに偶然助けられたの。長剣を使って華麗にスキマーを倒す姿は衝撃的だったわ。上位陣のpointには届かないけど人間でしかも女なのにここまで頑張っているテックハンターを見て私は単純に感銘を受けちゃったの。絶対こんなテックハンターになってやろうってね。」

 

「へぇ~やっぱテックハンターってすごい奴らなんだな。じゃあさ、この一番上の奴がやっぱり最強なの?」

 

「そうねぇ、トレップさんは引退しちゃったけど人間なのに圧倒的な実績を残した超有名人ね。というかこれ貢献度の順位だから単純な強さでいくとこの4番目にいる人間のローグって人が結構強かったみたいよ。ここ20年ぐらい行方が分かっていないみたいだから既に亡くなっているかもしれないけど・・。」

 

「そっかー。で、トゥーラもここに入るのを目指してるってわけか。」

 

「そ、そりゃあ目指してるけど、言うのもおこがましいぐらいこの方々は私から見ると偉大な方たちなのよ。」

 

「ふーん。ちなみに聞いちゃいけないかもだけどトゥーラは今何pointなの?」

 

「ゼロよ!でもめげずに頑張るわ!」

 

「おおー、なんかお前変わったな!」

 

「あなたのポジティブがうつったのね。」

 

思えば同世代のこの2人がまともに雑談するのは初めてだった。

一方は育ての親と別れ一方は未遂ではあるが拉致を経験した。アクシデントを乗り越え久しぶりに腹を割って談笑する一時は彼女たちに束の間の安らぎを与えた。

 

一方で、それを許そうとはしない者達はブリンクにて着々と準備を進めていた。

 

奴隷商グンダー

 

行商人と偽り単独行動している弱そうな人間に近づいて奴隷にする仕事を長年続けてきたこの男は自分の失態を握り潰すためにルイとトゥーラに懸賞金をかけたのである。

 

今もブリンク都市にある建物の薄暗い一室にて世話しなく家来に指示をだしていた。

 

「よーし、賞金首ハンターは出発したか?懸賞金の申請は出しておいただろうな?今回は一人につき上限の3000catしか出ないだろうから早めに捕らえないと時効が来てしまうぞ!」

 

「はっ。既に出発しました。行き先も見当がつくとのことでしたので奴なら引っ捕らえて来てくれるでしょう。上乗せはされましたが・・」

 

「そうか、いつもの何でも屋に頼んだのか!上乗せは痛いがこれで一安心と言ったところか。・・・後はアイソケットへの報告が気がかりだが、ただの奴隷が逃げたことにしようかの。そう言えばガルベスはどうした?奴にも追わせんとな。」

 

「ガルベス殿は用事がありこの町には現在いないようです。」

 

「ちっ!こんな時に一体何をしているんだ!」

 

するとギィー・・という鈍いドアの音と共に大男が部屋に入ってきた。

 

「おお、ガルベス殿!どこへ行ってたのだ!お主も早く逃亡奴隷の確保に向かってくれ!」

 

「おう。今から向かう。依頼した賞金首ハンターはいつものなんでも屋か?他には誰か依頼したか?」

 

「依頼先はいつもの奴だ。賞金が低いのであいつにしか頼めなかったわぃ。」

 

「いや、それでいい。この件は他の仲間には言ってないよな?」

 

ガルベスはさりげなく周りを見渡しながらグンダーに近づく。

 

「そりゃあ言っとらんよ。穏便に済ませようと思っておる。」

 

「分かった。ではグンダー、悪いがお前はもう奴隷商から除名の上、引退してもらう。」

 

「え?」

 

グンダーが振り返るよりも先にガルベスはグンダーの首を両腕使って後ろから絞めあげた。

 

「ぐ・・・が・・・」

 

グンダーはガルベスを振りほどこうと必死にもがくが太いガルベスの腕はびくともしない。

 

周りにいる奴隷商の部下たちは恐怖におののきながら何も出来ずに傍観している。

 

やがてグンダーの表情は青ざめていきそのうち動かなくなった。

 

「弔ってやれ。新しいリーダーは追って沙汰があるだろう。」

 

ガルベスはグンダーの亡骸を放り、静かにその場を去っていった。




あとがき
テックハンター十傑は物語に関わる情報の他に遊びを入れてみました

<2021.5.7>
ご指摘とテックハンターノートから十傑のランキング1位~3位を修正しました。
合わせてその後の会話のやり取りを少し修正しました。


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13.賞金首ハンター

「ルイ・・・。起きて。」

 

トゥーラは中々起きないルイを揺すっている。

 

「う、うーん・・・カニですって・・。」

 

「寝ぼけてないでそろそろ行くわ。残る工程は一気に走りきるわよ。」

 

追っ手を回避するためウェイステーションに向かい始めてすでに2日が経過していた。

 

「おーし、じゃあ競争すっか?」

 

と言いつつ先に走り出すルイを見てトゥーラは呆れながらついていく。

 

「あなた本当にポジティブだったのね・・。」

 

そしてしばらく走った時であった。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

 

大地を引き裂くような轟音が聞こえ2人は思わず足を止める。

 

「何だ・・あれ・・雷・・・?」

 

視線の先には天空から一直線に地上に降り立つ一筋の光があった。

 

1kmほどの遠くでも肉眼ではっきりとわかるその光線は大地を焼き付くしながらゆっくりと移動を続けている。

 

光線が通った後にはしばらく灼熱の炎が残り上空に陽炎を作り出している。

 

「ジ・アイという古代兵器ね。詳しくは知らないけどなんでも星の上空を回っていて空から地上に攻撃する機械らしいわ。今は制御が効かなくなっていて暴走して遠い昔からヴェンジ地方に光線を延々と撃ち続けているみたい。あの地域はまさに生き物がいない地獄と化しているわね。」

 

「こんな物が昔からあるのか。高い技術力があったはずなのに古代文明はなんで滅んだんだろうな・・。」

 

狙われたら逃げ場すらない地獄の業火。直撃すれば為す術もなく燃え尽きるのだろう。

ルイは逆にこの兵器を制御していた時代に恐怖を感じた。

 

その後、降り注ぐ光線を横目に数十キロ走り続けると小高い丘の上に小さな基地のような施設が見えてきた。

 

「見えた。あれがウェイステーションよ。」

 

中は建物が三軒ほどしか入らないような小さな前哨基地のようだ。

 

門をくぐると小ぢんまりとしたBARと道具屋、住居があるだけだった。

 

テックハンターが運営しているため身元不明の放浪者でも立ち寄りOKらしい。

 

「BARで休みましょう。たしか2階に貸しベッドがあって200cat払えば睡眠もとれるわ。テックハンターが守っている基地だから安全なはずよ。」

 

「寝る前に腹ごしらえしよーぜ!ほとんど食ってなくて腹ペコだよ!」

 

「ふふ、そうね。じゃああそこのテーブル使わせてもらいましょう。」

 

トゥーラはそう言ってBARの入り口が見えるテーブルに座る。追っ手が万が一入ってきた時に認識するためだろう。

 

「おっちゃん、水とダストウィッチ2つ頼む!」

 

「あいよー。」

 

ルイはクラブタウンを離れておよそ2ヶ月が過ぎ、カニ以外の不味い食糧にも慣れてきていたが、探し求めたおいしい食材とはかけ離れた食生活に失望を感じていた。

 

「しかし世の中はその日の食べ物にさえ困っている状況だったんだな。」

 

「そうね。大地は荒れ果てる一方でさらに食糧不足は加速しているわ。」

 

「このままだと本当に世界から人はいなくなるんじゃねーか?」

 

「そうならないように我々テックハンターがこの状況を打開する技術を見つけ出さなければならないわ。」

 

「だな。しっかし俺たちは当分金策に集中しなきゃなんねーな。」

 

「ええ、私達にかけられたであろう懸賞金の時効もここで待たなければならないし、少し出遅れたわね・・。」

 

「まぁここで情報集めながら気長に鉄堀修行してよーぜ!」

 

「うう・・テックハンターなのに情けないわ・・。」

 

しばらくして食事も食べ終え一息入れている頃、ルイはテーブルにうつ伏せでウトウトしていたが、トゥーラは一人BARの出口を出入りする人々を注視していた。

 

そこに一人、麦わら帽子をかぶった痩せた人間が入店してくる。

 

トゥーラと似たロングコートを着ているが足は靴を履いておらず何より足の平がない。それはまるで松葉杖のような棒先で竹馬の乗っているかのようだった。

 

麦わら帽子の下に隠れる顔をよく見ると目はサメのように黒目でぼったりとした口をつけている。

 

そんな人間が入店してきても酒場の人々は誰一人騒がない。

 

この世界ではさほど珍しくないからだ。

 

彼らはハイブ人と呼ばれ多くは大陸から遠く離れた島や辺境に巣のような家を作って集団で暮らしているが、たまに群れから離れたハイブ人が単独で生計をたてたりしているのだ。

 

ハイブの多くは知能が低いせいか群から離れると大抵は目的を失い路頭に迷ったあげく奴隷にされるか搾取されて命を落としているようだが、まれにハイブの中でも知能が高いハイブプリンスという種族が世に出て生き長らえる事例があった。

 

なお、ハイブの出生も文献が残っておらず謎に包まれている。

 

いま入店してきたハイブは頭の形状からハイブプリンスと見受けられた。

 

トゥーラはそのハイブ人の動向を目の端で追う。

 

コッコッコッコッ

 

足音はゆっくり近づいてくる。

 

店内で暴れた場合、即座にテックハンターのBAR護衛が取り押さえるため、戦闘になるとは思えなかったが、近づいてくる足音に警戒し刀に手をかける。

 

「お嬢ちゃん。ここのテーブルに座っていいかな?」

 

トゥーラがちらりと見上げると黒い瞳はじっとこちらを見ている。

 

(礼儀正しい物言いね。ただの放浪者?)

 

「他が空いていないのならどうぞ。」

 

「ありがとう。」

 

ハイブ人は一言いうと背中に背負った細長い棒を壁にかけ椅子に座った。

 

【挿絵表示】

 

(武器がただの棒ならさすがに追っ手ではないか・・・。)

 

トゥーラがほっとしている最中、椅子に座る音で起きたルイはビックリしている。

 

「うわ!お前誰だよ!」

 

初めて見る人種に驚いたのだろう。

これにハイブ人は大人の対応をする。

 

「ああ、悪いね。驚かせたかな。我々を見るのは初めてかね。」

 

「あ、ああ。本では読んだことあるけど見るのは初めてだ・・。」

 

「そうかね。以後、お見知り置きを。」

 

敵対的な言動は一切なくむしろ社交的に感じる。特徴的な外見なためルイは興味が優先して自分から話しかける始末だ。

 

「でさー!危うく奴隷にされそうだったのよ!」

 

「ふむふむ。それで奴隷商から逃げてきたのかね。大変だったね。」

 

「そうなんだよー!あいつらマジで汚い奴らでさー!」

 

すっかり打ち解けたようなルイとハイブ人の会話をトゥーラは横で聞いているだけであったが、次のハイブ人の一言に驚愕させられる。

 

「なるほどね。外見も素性も一致する。君たちで間違いなさそうだ。」

 

2人を認識しているハイブ人のこの唐突な言葉にトゥーラが即座に反応する。

 

ダン!

 

片足を椅子に乗り上げハイブ人の襟元を掴む。

 

驚いて周りの人たちがトゥーラに注目した。

 

テックハンターのBAR護衛は鋭い目付きで監視している。

 

「おいおい。こんな所でやりあっては迷惑だろう。まぁ座りなさい。」

 

ハイブ人は襟元を掴まれても澄ました様子でトゥーラをなだめる。

 

「・・・・っ!」

 

明らかに追っ手だ。しかし店内での戦闘行為は客含めて全員を敵にまわすことになる。この世界において様々な組織が出入りするBARという空間は暗黙の了解で戦闘禁止地域として認識されているのだ。

 

トゥーラは冷静になって座り直す。

 

「あなた追っ手よね?ばらしてどういうつもりなの?」

 

「ああ、そうだよ。落ち着いたようだね。」

 

ルイはやっと事態を飲み込んだようだ。

 

ハイブ人は2人のの正面に居直ると話を続ける。

 

「君達に提案があるんだ。大人しく捕まってくれないかな?そうすれば傷つかなくて済むだろうし。」

 

2人は絶句した。

到底受け入れがたい申し出を平然と言っきたのだ。感受性に乏しいハイブ人らしい特徴ではあるが、状況が状況なだけに不気味だ。

 

「おま、何言ってんだ?敢えて捕まるはずないだろう?」

 

ルイもヒートアップし始める。

 

「私はね。君たち若者に危害を加えたくないんだ。君はなんか昔の友人に似てるし。大人しく捕まれば数日のムショ暮らしで刑期終わるよ?そこでおおいに反省して人生の再出発をすればいいじゃないか。未来がある君たちに比べ私なんか小物の懸賞首ハンターに成り下がってて羨ましいよ。」

 

一見、相手のことを気づかった発言のように見えるが実はまったく自分勝手な内容に2人はさすがにのせられない。

 

「他人事だと思って勝手言いやがって!」

 

「ルイ!相手の挑発に乗っちゃだめよ。どうせここにいればこの人も手が出せないわ。」

 

しかしハイブ人は動じていない。

 

「ふむ。持久戦か。いいだろう。こういう多くの人がいてガヤガヤしているところは好きなんだ。」

 

こうして唐突に追手一人とテーブルを囲んだ奇妙な駆け引きが始まった。

 

BARの外に出ると追っ手は斬りかかってくるだろう。対する追っ手も2人から目を離せない。

 

しばらく3人とも喋らず無言の時間が続いていたがハイブ人が切り出した。

 

「君たちはどこの生まれだい?」

 

「敵とは喋らねー!」

 

「ルイ、相手にしなくていい。それよりちょっとこっちに来て。」

 

トゥーラはそういうと2階に上がり始めた。

 

「そっちからじゃ出れないだろ?」

 

「いいのよ。とにかく来て!」

 

ハイブ人は特に気にする様子もなく水を飲みながらルイ達を見送っていた。

 

2階に上がるとトゥーラは小声で喋り始める。

 

「交代でベッドで睡眠をとりましょう。それを何回か繰り返して相手が疲れるのを待つの。頃合いが来たら2階から向こうの城壁に飛びうつってハイブ人をまくのよ。先にあなたが寝ておいて。」

 

「おお!分かった!いい考えだな!」

 

2人は早速行動にうつる。

まずトゥーラは一人で一階のBARに降りた。見るとハイブ人はまだ呑気に食事をしているようだ。

 

(一人で来たのは間違いだったわね)

 

なに食わぬ顔でトゥーラは席に座る。

 

それをハイブ人はただジッと見ていた。

 

交代の時間が来るとトゥーラはルイを起こしにいき代わりにルイはBARに戻る。

 

それを2回繰り返しておよそ4時間が過ぎ夜も更けた頃、トゥーラは行動に出る。

 

「ルイ!起きて。今回でここを脱出するわよ。」

 

「おし。もうあのハイブ人へとへとだろ。」

 

「麦わら帽子を深くかぶって座ってたけどもしかしたら寝てるのかも。チャンスよ。」

 

2人はBARの2階から一番近い城壁にジャンプし壁づたいに出口を目指す。

 

「行けそうだ。ちょろいな。」

 

こうしてついに2人は見つからずにウェイステーションの外に出ることができた。

 

「はははは!あのハイブ人の追っ手結構間抜けだったな!」

 

「ふふ、一人じゃちょっと重荷だったようね。取り敢えず裏手に回るわよ。」

 

裏手の崖裏から都市連合の他の都市を目指す算段であった。他の都市に到着する頃には懸賞金の時効も過ぎているだろう。

 

トラブルから始まった二人の旅だが、追っ手の裏をかき、ようやく軌道にのると思うと自然と笑みがこぼれた。

 

しかし、若者2人が簡単に相手を出し抜けるほどこの世界は甘くなかった。

 

「やぁやっと出てくれた。待ちかねたよ。」

 

聞き覚えのある乾いていて無感情な声質だ。

 

丘の裏手には既に先ほどのハイブ人が待ち構えていたのである。

 

ハイブ人は長い棒を両手で横に掴みながらスーッっと広げはじめた。

 

暗闇ではあるが棒からは妖美に輝く刃先が姿を現した。




あとがき
ハーメルン自体初めてですが、「文章特徴量」というのを発見し見てみたら、
マイナスのスコア項目が複数あり、、
読みづらい文章なんでしょうね(汗)
(読んでくれている方、本当にありがとうございます)


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14.賞金首ハンター2

ハイブ人がしわがれた長い指で棒を左右に広げるとキラリと光る刃先が顔を出し始める。

 

棒を偽装した刀。つまり仕込杖だ。大抵は護身用か暗殺の用途に使われるが、この世界では素人が扱うような武器ではない。

 

「くそ!やるしかない!トゥーラ!ボウガンを射つんだ!」

 

「え!?あ!そうね!」

 

促されたトゥーラがガチャガチャと矢の装填をし始めるとハイブ人がそうはさせじとダッと駆け寄ってくる。ボウガンを撃たせないつもりなのだろう。

 

ルイはそれを援護すべくハンティングサーベルを抜き斬りかかる。

 

しかしハイブ人はルイの初太刀を横に逸れて難なくかわすと同時にルイの足を刃先で撫でるようにしてすれ違った。すると

 

「・・いってぇ!!」

 

数秒後に斬られたことを自覚するほど足の切り口は綺麗に裂けていた。

 

(こいつ!動きが速い!傷は深くないが、切り筋が見えない・・!)

 

「トゥーラ射ってくれ!」

 

ルイは最初の掛け合いだけでハイブ人とのレベルの差を痛感した。ガルベスが持つパワーによる斬撃とは異なり、剣術のテクニックを駆使したハイブ人の技は駆け出しのルイにとってまるで雲のように掴み所が無く、剣を数回交えたところでは到底捉えられないと判断したのである。

そのため、トゥーラのボウガンにかけるしかなかったのだ。

 

「いくわよ!?えええええい!」

 

トゥーラがボウガンを向けて引き金を引こうとすると、ハイブ人はルイの陰に隠れるように横向きになり顔と体を手足で覆った。被弾面積を減らしつつ致命傷となりうる部位を守ったのだろう。ベテランの動きだ。

 

そしてドヒュ!という音と共に目にも止まらぬ早さで矢がルイとハイブ人の横を通り過ぎていく。

 

「・・・・!?」

 

頼みの一撃が遠い彼方の暗闇に吸い込まれていく中、ルイはトゥーラを見て驚愕していた。

 

「お前・・!撃つ時に目をつぶっていなかったか!?」

 

「ボウガンは不慣れなの!刀でやるわ!」

 

「不慣れって・・前に使ってたじゃん・・!」

 

ルイは遠隔からリーバーの足を見事撃ち抜いたトゥーラの技術が偶然であったことを知ると同時に事態の深刻さを理解し始める。

 

最早、2人で一緒に斬りかかりハイブ人の隙をついていくしか方法はなさそうだが、以前戦ったことがあるスケルトン盗賊とは比較にならない動きをするハイブ人に新人2人の剣術など通用する気がしなかったのだ。

 

(まだ見たことのないトゥーラの剣術をあてにしていいのか?恐らくハイブ人はニールより動きが速い。そんな相手に俺ら2人でやれる?しかし逃げるにもハイブ人の足が速そうだしトゥーラと連携が必要だ!やべぇ・・どうする!?)

 

考えがまとまらない中、横にいたトゥーラが奇声をあげながら独特な格好をして斬りかかった。

 

「水の息継ぎ100の型!」

 

「!?」

 

これにはハイブ人も驚いて後ずさりする。その様子を見てルイは少しだけ希望を感じた。

 

意味が分からないが三桁に及ぶ型の数を有した剣術を持つトゥーラは実は相当な使い手なのではないか、と。

 

しかしこの時、ルイの期待を一身に浴びたトゥーラは斬りかかる瞬間にある種の錯覚に陥いり時がたつのを遅く感じていた。

 

(適当だけどそれっぽい技名を言えばハイブ人もビビるかと思ったけど全然ひるむ様子がないわ・・!それどころかやる気満々って感じね!いいわ!技は自己流だけどそれなりってことを思い知らせてあげる!ところで私この短い時間ですごい頭が回っている感じがするわ・・!達人の域に到達したのかしら?お父さんが行方不明になってからの修行の日々を思い出すわね・・あれ、でもこれって何か死ぬ間際に見るあれのような・・。)

 

そう。走馬灯であった。

 

気がつくとハイブ人の剣先がトゥーラの顔の目の前で止まっていたのだ。

 

「・・・・っ!」

 

これ以上トゥーラが突っ込んでいったら自分から串刺しになっていたところだ。

 

そしてハイブ人は仕込杖を下げると呆れた口調で喋り始める。

 

「君たちをなるべく傷つけないようにとは依頼主からも言われていてねぇ。力の差が分かったのなら剣をしまって捕まってくれないかな。」

 

「なめるな!」

 

実力はどうであれトゥーラの剣術も単体では通用しなかった。ならば連携攻撃はどうか。

 

トゥーラがそのまま間合いを詰めると同時に、ルイも横から回り込み斬りかかる。

勝算が低いかもしれないがやるしかないのだ。

 

「むっ!君たち息はあっているね。それに意外とセンスがいい!君なんか刀の扱いは独学だろう?素晴らしいな。」

 

カン!カキン!キーン!

 

ルイとトゥーラによる連携攻撃をハイブ人は細い仕込杖で軽くいなしていく。

 

(仕込杖の細い刃なのにルイのハンティングサーベルの厚い刃を簡単に受け流している!普通なら曲がるか折れるかするのにこのハイブ人・・本当に強い!でも相手にアドバイスとは甘くみすぎよ・・!)

 

ハイブ人は二人の攻撃をいなすだけで攻撃してきていない。

まったく本気を出していない証拠なのだろう。

トゥーラはそこに勝機を見いだそうとルイの動きを目の端で注視していた。

 

フェイントなしで踏み込みからの単純攻撃。斬撃力はあるが対人においては読まれやすく悪手だが、この時だけはトゥーラにとってありがたかった。

ルイの踏み込みに完全に合わせて一瞬の誤差なく斬り込んだのだ。

完璧な同時攻撃が完成した。

 

(これは入る!本気を出さなかったことを後悔するのね!)

 

「なにぃ!?」

 

ハイブ人も2人の息のあったコンビネーションに驚愕している。

 

だが

 

勝利を確信したこの同時攻撃はハイブ人にとってはただの驚きでしかなかった。

 

体を捻りながらルイの攻撃をかわしつつ、トゥーラの攻撃を仕込杖で軌道をそらしたのだ。

 

「・・・!」

 

「今のは大分良かったよ!武器が少し曲がってしまい、鞘にしまえなくなりそうだ!」

 

渾身の連携プレーも難なくかわされ、ハイブ人から余裕すら取り除くことができない状況に2人は焦りを隠せなくなる。

 

(こいつ・・・強すぎる!どうすればいいかまじで分かんなくなってきたぞ・・・!)

 

ルイの機転も今回は発動する気配はなさそうだ。

 

そしてここからハイブ人の一方的な展開が始まってしまう。

 

「残念だが遊びはここまでとするよ。」

 

「!?」

 

ヒュン!ヒュン!ヒュン!

 

仕込杖の切っ先がカマイタチのように2人を襲い、手足や顔をカスルように切り裂いていく。

 

「ううう・・・!」

 

刃を合わせることすら出来ない攻撃に、最早防戦と言うよりも痛みを耐え忍ぶだけの状態だ。

 

「さぁ武器を捨てるんだ!勝ち目はないぞ!」

 

「うるせー!悪者なんかに屈してたまるか!」

 

殺そうと思えばいとも簡単に殺せるだろうが、ハイブ人は寸分たがわぬ緻密な剣技で猛攻を加え2人の肌を掠め取っていく。メンタルを削る作戦に出たのだろう。

気がつくと2人は血だらけで地に伏していた。

 

「どうしても降伏してくれないのかな?」

 

「当たり前だ・・足をもぎ取られても戦い抜いてやる!」

 

ルイは言葉とは裏腹にサーベルを使って立ち上がるのがやっとの状態だ。

 

ハイブ人はそんな2人の様子を見てからおもむろに腕時計に目をやると冷酷な言葉を言い放つ。

 

「むむ。もう時間がないな。仕方ない一人だけ担いで行こう。片方は逃げられないように足を切り落として増援組に任せようと思うんだけど君たちどっちがいいか選んでよ。これは私なりの情けだよ。」

 

情のかけらもない残酷な選択を平然と迫れるハイブ人にトゥーラは戦慄を覚え、手が震える。

 

(この人、なんてことを言えるの・・!囚人にされるのも嫌だけど足を切られるなんてもっと嫌よ・・。でももう勝てる気がしない。ルイならどちらを選ぶのかしら・・。)

 

戦意を失い恐怖に負けそうになった者の思考は我が身の保身に走りやすい。しかし、それは一般的に戦場で生き残るには至極当然のことであり仕方がなかったのだ。

 

だが次のルイの言葉にトゥーラは一瞬でも弱気を見せてしまった自分を恥じる。

 

「ふざけんな!俺もトゥーラも大きな目的があるんだ!こんなところでお前みたいに何にも決められずに悲観しているだけの奴に躓いているわけにはいかねーんだよ!」

 

曇りなき眼で真っ直ぐを見据えたルイの瞳には恐怖の色など微塵も見当たらなかったのだ。

 

それだけで戦況を覆せるほど甘くはないはずなのだが、ここでハイブ人の動きが止まる。

 

「お前の・・目つき、そしてその物言い・・やはりどこかで・・・。」

 

黒い瞳で凝視しながら近づくハイブ人にルイも狼狽えながら後ずさりする。

 

「な、なんだよ。俺はお前みたいな屑野郎に会うのは初めてだ!」

 

「はは、屑か。まぁそうだよな。残念、もう・・・時間だ。」

 

ヒュン!チー・・ン。

 

急にハイブ人は仕込杖の刃についている血を飛ばすとくるりと回し何事もなかったように鞘にしまった。

 

「刃はなんとか鞘にはおさまったか。ああ、疲れた。」

 

両手を目一杯広げて伸びをしているハイブ人を見てルイたちはただ呆気にとられていた。



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15.予期された訪問者

「なんだよ?武器を使うまでもないってか!」

 

ルイが武器をしまったハイブ人に吠える。

 

「違うよ。君たちを見ていたら本当に動けなくなるまで抵抗しそうだからね。2人も担げないし、一人担いでいってもブリンクにつく頃には時効切れだ。なのでもう戦いはおしまい。私は無駄な仕事はやらない主義なのさ。」

 

2人は唖然としつつも身支度して立ち去ろうとしているハイブ人に問いただす。

 

「お、おい?おしまいってもう捕まえようとしないってことか?」

 

作業を続けながらハイブ人はこたえる。

 

「しつこいね。時間切れで私のミッション失敗ってとこだよ。まぁ夜通しブリンクまで走れば間に合わないことはないけど今回は報酬がそれに見合ってないからね。それと私もプロを自称している手前これまでグンダー達のスッキリしない仕事もこなしてきたが、君の言葉で久しく忘れていた何かを思い出せた気がするんだ。今後は少しだけ仕事を選んでみることにするよ。」

 

外見や習性も相まって悪事や汚れ仕事も平然とこなすイメージがあるハイブ人ではあるが、この男は知能や倫理観が他者より高かったのかもしれない。

実に坦々とした物言いではあったが自らが思う善悪を考えた上で行動することに決めたらしい。

対してルイも口の悪さは変わらず、上から目線で諭す言葉をかける。

 

「お、おう。お前も良い事悪い事を判断する心があるってことだろ。自分の信念に基づいて悔いのないように生きろよ!」

 

「君さぁ。外見上分かりにくいだろうけど、私は結構君より年齢重ねてるんだけど。でもまぁいいか。あ、そうだ。もう私は行くけどこれから引き続き頑張りな。恐らくガルベスは時効が切れても来ると思うから。あいつおっかないよなぁ。」

 

身支度をしているハイブ人から唐突に出た言葉に、2人の脳裏には両断されたブラックドッグの死体が横たわる光景がよぎり、表情がこわばる。

 

あの男が追って来ている。それを聞いただけで生きた心地がしなくなる。まるで足場のない高所に取り残され少しでも足を滑らせれば命がなくなるような状況に近い感覚だ。

 

「ガルベスが!?なんで時効が切れても追ってくんだよ!」

 

「そんなこと私には分からないさ。まぁテックハンター協会に知られる前に証拠隠滅ってとこだろうけど。恐らく2日以内にはここに来るだろうな。取り敢えず善意で教えてあげられるのはここまでだ。せいぜい頑張りな。あ、いい忘れたけど私の名前はシルバーシェイドと言う。仕事の依頼があればいつでも連絡してくれな。お嬢ちゃん達なら一割引で受けてあげるよ。」

 

剣を交えた相手にさえお構い無しに仕事の営業をするハイブ人に普通は面食らうが、状況が状況だけに藁にもすがる思いでルイは切り出した。

 

「じゃ、じゃあ早速依頼させてくれ!ガルベスを撃退してほしいんだ!」

 

こちらも先ほどまで敵だった相手に依頼するというとんでもない発想にトゥーラは驚きで目を丸くしている。

 

しかし現状とりうる選択肢は多くはない。

ガルベスのパワーにシルバーシェイドの技巧をぶつける。このハイブ人ならばもしかしたら何とかしてくれるんじゃないかという淡い期待が持てる腕前を先ほどまで披露していた。今は何としても打開策を見つけなければならない状況なのだ。

 

「おいおい。一応、俺はあいつらの仕事をこれまで受注していた身だぞ。それに相手はガルベスだ。言っておくが私はなんでも屋であって戦闘に特化した仕事は本来向いてないんだ。しかしそうだな・・。物はやりようだ。奴相手に1回の迎撃で10000catでどうだ?」

 

「一万キャット!?高すぎだろ!トゥーラ手持ちいくらある?」

 

「2000弱よ・・。というかこの人を信用できるわけないでしょ?逃げるか最悪寝返るかもしれないじゃない。」

 

「まぁそうだけど・・。どのみち合わせて2500ぐらいか・・。つーかあんたガルベスに勝つ自信ないからふっかけてるだけじゃねーだろうな?」

 

挑発に近い値切り交渉も何でも屋には響かないようで軽く突き放される。

 

「受注不可能なら素直にそう言ってるさ。まぁ金がないんじゃ話にならないな。こっちも命をかけるんだ。お金を貯めて出直してくるんだな。」

 

そう言うとシルバーシェイドと名乗ったハイブ人は颯爽と姿を消してしまうのであった。

 

残された2人は傷の手当てのためにも一度ウェイステーションに戻った。

 

「いてて・・。あいつ本気だしたとたんに滅茶苦茶強くなったな。あのまま続いていたら本当に手足を持っていかれてたぜ。危なかった・・。」

 

「ええ、助かったわね。しかし軽く落ち込んでしまうわ。あれだけ鍛練してきたのに会う人みな強いんだもの。」

 

「お前、ほんとにボウガンの鍛練してきたのか・・・?」

 

トゥーラはルイの質問には触れずに課題を投げ掛ける。

 

「それよりどうやってガルベスを迎え撃つの?恐らく都市連合の領内はどこに逃げても探しだされてしまうわよ。」

 

「ばったりどこかで遭遇は嫌だな。真正面からやっても俺達じゃイチコロだろうし。いま来ると分かっているならシルバーシェイドが言ってた『物はやりよう』って奴を実践してみるか。ちょっと耳かして。」

 

そう言うとルイは小声でこそこそとトゥーラに何かを伝えた。

 

「それは危険よ!」

 

「これぐらいしないと恐らくガルベスを出し抜けないでしょ。たぶん今ならまだ間に合うと思うし。」

 

「でも・・うーん、やるしかないのね。私もボウガンの練習を始めるわ。」

 

善意だけでは誰も助けてくれない非常な世界において自分の身は自分で守らなければいけない。

 

2人はウェイステーションにてガルベスを迎え撃つ決心をしたようだ。

 

与えられた時間は僅かであったがやるしかない。殺し合いにおいて相手が準備万端になるまで待ってくれる世界はどこにもないのだ。

ルイとトゥーラはできる限りの準備をして待ち受けることにした。

 

そしておよそ2日たった頃、因縁の戦いは熱い日差しが降り注ぐ日中に始まった。

 

その時、ルイとトゥーラはBARのテーブル席に腰かけていた。

そこに見覚えのある大男が額の汗を拭いながら入ってくる。

 

ガルベスだ。

 

「いらっしゃーい。」

 

BARの店員は当事者の事情など全く知らずに呑気な声をかける。

 

「ふぃー・・・今日も昼間はくそ暑いなぁ。」

 

ガルベスはとっくに2人の姿を発見しているだろうが、どかっとテーブル席に座ってビールを注文する余裕を見せる。

 

対称的にルイとトゥーラの表情には悲壮感と焦りがでている。

 

出会うタイミングを間違えてしまったのだろうか。

『まさかBARでたまたま休んでいる時に鉢合わせるなんて・・・。』

 

そんな表情だ。

 

しかし2人は腹をくくって動き出した。

 

一方、ガルベスは最初にBARに入ったときに違和感を感じていた。

 

(こいつら・・・俺が来ることを想定していたか?)

 

準備せずに敵を見かけたら飛び上がって構えるのが普通だろう。特に長い髪のほうは恐怖を植え付けた分、確実にそうなるはずだが、BARで居座ったまま想定外である表情をしているだけ、つまり演技をしている、と解釈したのだ。

 

(俺の襲来を知っていたということはシルバーシェイドがしくじったか・・・まさか奴に限ってそんなことは・・。奴はまだここに来ていないだけか?こいつらは単純に俺がここに来ること予測して待ち構えていたとも考えられる・・。いずれにしろ少し探りをいれてみるか。)

 

過酷な世界を生き抜いてきたガルベスは例え相手が若くて新米のテックハンターであったとしても油断せず驕らなかった。

 

BARでいきなり暴れることは出来ないが、シルバーシェイドがBARにやってきた時と同じように、そ知らぬ顔でルイたちに話しかけたのだ。

 

「あんた方は旅の途中かな?若い者2人の道中は危険だ。気を付けろよ。」

 

この世界においてBARは見知らぬ旅人同士の情報の交換の場にもなっている。

 

ガルベスがルイたちに話しかけるのも周りの者達にとっては至って普通のことだった。

 

「え・・ええ。ありがとう。」

 

トゥーラの声は上ずっている。

 

(俺が来ることは想定通りだったわけか。シルバーシェイドは何らかの要因で失敗したのかもしれないな。)

 

この反応でガルベスは見抜いたのだ。恐らくメンタルが強いルイが応えていたらまだガルベスは迷っていたかもしれない。

しかし、一時自らが恐怖を植え付けた対象のトゥーラが平常心で対応ができたのだ。備えなしで話しかけられたら押し黙っていただろう。よってこれは彼女らにとって想定された問答だったのだと。

 

(ならば次はどうする?俺をまく自信があるのか?いつまでもBARの中で暮らすわけにもいかないだろう。考えられるのは・・・持久戦か。)

 

やはりシルバーシェイド同様、この手の駆け引きは見抜いているようだが、ルイたちはそれをそのまま実行にうつす。

 

また交代で睡眠をとる作戦で相手を疲れさせるつもりのようだ。

 

予想通りに動くルイたちを見てガルベスも表情を変えることなく考え込む。

 

(外に出て別の都市に逃げるとしても道中は砂漠しかない。今はまだ日中で暑いから闇夜に紛れて逃げるだろう。まぁ夕方まで4時間は確実に動かないはずだ。俺もちょっくら休憩しておくか。)

 

やはりこの辺りはガルベスがウワテだ。

ターバンを深くかぶり手を組んだまま眠りについてしまった。

 

それをトゥーラは厳しい目付きで見ていた。

 



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16.決着

物心ついた時から競争を強いられていた。

 

俺と同じくらいの背格好の子供がたくさん狭い施設に集められ棒切れを使いどちらかが負けを認めるまで殴り合いをさせられる。勝星を増やすと周りの大人からほめられ厚遇される反面、負けが続いた子供はいつの間にか施設内で姿を見かけなくなっていった。

そこでは勝つことが正しいことだと知り、寝床で初めて片言で会話した俺と同い年ぐらいの少年でさえも殴り倒した。

 

やがて子供の数が絞られてくると動物の死体を利用して刃物の使い方を教え込まれるようになる。

 

数年がたち青年と呼ばれる年頃になると今度は突然、単身で野外に放り出され野生動物の襲撃に怯える毎日を過ごすことになった。もちろん食べる物もない。

 

俺は極度の空腹感から恐怖心が消え無我夢中で野生のボーンドッグ等を狩って餓えを凌いだ。

 

数日たつと迎えの大人が現れ無事に施設に戻ることが出来た。しかし、周りの人間はさらに数を減らしていた。戻ってきた者の中でも片腕を無くしている者さえいたので俺は運が良かったのかもしれない。

 

その頃になると自然と言葉は喋れるようになっており俺と同じ境遇の者たちとも時折話すようになっていた。寝床で初めて会話した少年もここまで生き残っており当時の俺の所業を理解し許してくれて、数少ない良き友人となっていた。

 

そしてある日、俺は施設の者に呼び出され、ここで実施してきた全ての事の説明を受ける。

 

都市連合という国家の兵士を養成するための施設だったこと。ここで一人前になった者たちは各地に派遣され奴隷兵士として任務にあたること。

 

同期の中でも優秀な成績だった俺は残る最終テストをクリアすれば特別部隊に配属されるとのことだった。しかも親しい者を一人だけ同伴することも許された。

 

そして最終テストの日がやってきて内容もその時に明かされた。

 

目の前にいる男を殺し勝利すること。相手は俺が指定した親しい者。初めて会話して初めて友人になった者だった。私情を捨て非情になることが最終テストだったのだ。

 

勝利することが我々に課された至上命題。相手の友人も同じことを言われ同じ気持ちで俺の前に立っていたことだろう。迷いのない目をしていた。どちらも負けたほうは相手を許し勝ったほうは前に進むだけだった。俺は友人との殺し合いを制し、晴れて都市連合最強組織であるアイゴア部隊に配属された。

地に倒れた友人の目がこちらを最後まで凝視していた様は今でも目に焼き付いている。

「俺の屍を乗り越えていけ」友人はそう言っていたのだと解釈することにした。そうしないと俺のなかで何かが壊れてしまうと思ったからだ。

そして俺はこの時から勝利し前に進み続けることを友に誓ったのだ。

 

 

(・・・ちっ、嫌な夢を見ていた気がするぜ。)

 

数時間がたち日もすっかり落ち込みウェイステーションの周りが暗闇に包まれた頃、ガルベスは目を覚ました。

 

人は目的がある時に自分が意図したおおよその時間に起きれることがある。いわゆる腹時計という奴だ。ガルベスは訓練してこのスキルをある程度制御できだ。

 

そしてシルバーシェイドの時と同様に2人が夜の暗闇に乗じて逃走すると踏んでいたのだ。

 

自分が起きたことを気づかれないようターバンの隙間から足元だけ確認していると、しばらくして案の定ルイたちが動き出した。

ガルベスの目を盗み2階からウェイステーションを出たのである。

 

相手が例え若者であっても全力で戦い屠る。それが自分のポリシーであり相対してきた者たちへの最大の敬意だと理解するガルベスは油断せず2階の足音に耳を傾け2人が外に出たことを把握していた。

 

ここまでの流れは両者にとっても前座に近い。ルイたちは、少しでもいいからガルベスの体力を削れれば良い、程度だったろう。ガルベスにわざと見抜かれて見つかり、逃げる過程でガルベスを用意した罠にはめる。これがルイが考えた案であったからだ。

 

対してガルベスは相手の消耗作戦を見破った後は2人をどう処分するかだけだった。

 

「俺が寝ている間に逃げるつもりだったのか?」

 

裏をかき意気揚々と2人の前に立ちはだかったガルベスだがこの時は当然、この先に罠が仕掛けられていることまでは予測できていない。

 

「くそ!トゥーラ!走って逃げるぞ!」

 

ウェイステーションの明かりが届かない暗闇の中、微かに見える岩場の山に走って逃げる2人を大きな板剣を背中から下ろしながら追い始める。

 

ルイの台詞も冷静に聞くと演技くさかったが、狩が始まった高揚感でガルベスは見抜けなかったのだ。

 

だが仕掛けたひとつ目の罠がガルベスを冷静に戻してしまう。

 

ルイ達はガルベスをまくフリをするため、見通しの悪い岩場地帯へ誘導するように走った。そして1つ目の岩陰を曲がって逃げた先に鉄屑で作った大量のマキビシを敷いていたがガルベスが発見してしまうのである。

 

「うおっと!やはり迎撃するつもりだったか!暗くなれば見落とすと思ったか?甘いやつらめ!」

 

マキビシをよく見るとかなり鋭利に作られており、ガルベスの体重でうっかり踏んでしまうと足の平を突き通してしまうほど精巧に出来ていた。

 

そしてガルベスは足下を見ながら慎重に歩こうとしたが、ふと足を止める。

目先、高さ2mぐらいにピンと伸びたロープがはってあったからだ。

ロープの先を辿ると頭上に大きな岩がぶら下がっている。

 

短剣でロープを切ると岩はズズーン・・と鈍い音をたてて落下し地面にめり込んだ。

 

(二重のトラップ・・・!足下に注意をひかせて別の罠で完全に殺りにきていた。こいつら対人用の罠もしっかりはれるんじゃねーか。まぁ大分基礎的ではあるがな。)

 

余裕の表情で見上げるとルイが冷めた表情でガルベスを見ていた。

 

罠にかからず悔しがっている表情ではない。

 

(へぇ~まだ何か仕掛けを用意しているということか。そう言えばもう一人のボウガンを使う女がいつの間にか見当たらねぇ。いいだろう上等だ!)

 

「フラットスキンどもめ!お前たちの浅知恵なんぞ全て看破してやる!」

 

ガルベスは岩を伝って再びルイを追い始める。

 

対してルイはつたない足取りで岩場をよじ登っていた。

 

そしてそのまま岩場の山頂に登り詰めると振り返り、シルバーの髪を風にたなびかせながらガルベスに声をかける。

 

「おい、鹿ツノ!こっちだ。俺はここにいる。」

 

敢えてシェク族が誇りにしている角をいじり侮辱をしたのである。

 

これに対してガルベスの顔は紅潮し怒りの形相をあらわにするが、ふと我にかえって立ち止まる。

 

崖の上からの挑発で何か罠がないなんてことはない。

しかもご丁寧に横には脇道が見え上へと続く細い通路があるのだ。

 

(このまま挑発に乗ってかけ上ったら岩を落としたりするんだろうな。かと言って人が一人通れるぐらいの脇道は恐らくボウガンや短剣を含めた罠が張り巡らされている可能性が高い。俺が激高して崖を登るのを踏みとどまったあげく、脇道を選択するという流れが恐らく裏をかいた本命の罠なのだろう。やはり脇道のほうは除外だ。そして崖のほうだが・・・ふふふ、こいつらは俺の実力を過小評価していたようだ。この勝負、俺の勝ちだ。)

 

「バカが!崖に仕掛ける罠などで俺の力を超えたつもりだったか!」

 

ガルベスは不敵に笑うと罠と知りつつ崖を一気にかけ登る。

 

「・・・!」

 

この行為により、ルイに初めて焦りの表情が出るが、手元にある縄を急いで切り落とす。

 

「罠と知って敢えて登るか!ガルベス!ではこれもお前の運命だ!死ね!」

 

複数の大きな岩が堰を切ったように転がり落ちる。逃げ場すらないこの仕掛けを食らえば確実に相手を即死に至らしめる。

ガルベスが崖を選択するとは思っていなかっただろうがこちらも充分必殺の仕掛けであったのだ。

 

 

しかしそれは通常の人間を対象にした話だった。

 

「ぬうううううん!!」

 

ガルベスの筋肉は膨張しシャツが爆発するように張り裂ける。

 

ガルベスによる板剣を使った全身全霊の一撃が転がり落ちてくる複数の大岩に繰り出され

 

ガアアアアン!!

 

という大きな音と共に辺りに砂煙を撒き散らした。

 

そして砂煙が収まり視界が開けてくるとそこにはガルベスが仁王立ちしていたのである。避けきれなかったであろう岩が直撃したのか一部の鎧は剥がされ血が滴っているが体はびくともせずピンピンしていた。

 

「バカな・・!あの大岩を・・。」

 

ルイは落胆の様子を隠せない。

 

「シェクの力を侮っていたな。侮辱した罪も万死に値する。覚悟しろ。」

 

「トゥーラ!そっちには行かなかった!お前は走って逃げろ!」

 

後ずさりし慌てながら脇道のほうに叫ぶルイを見てガルベスは確信する。

 

長い髪の女も近くにいる。

2人はこの場所で決めにきていたのだと。

 

後退したルイを追ってそのまま崖を登るとついにトゥーラも発見する。

 

(決まりだ。後は2人をまるごと追い詰めればいいだけ!)

 

トゥーラの手を引っ張ってルイは逃げようとするが、ガルベスはそれを遮り袋小路に追い詰めた。

 

「もう無理だわ!ルイだけでも逃げて!」

 

トゥーラはボウガンをガルベスに向けるとためらいなく矢を放つ。ガルベスの胸元に刺さると思われたが、構えた腕の手甲に防がれてしまう。

 

最早2人はお互いかばい合うだけで罠の仕掛けらしい物も近くにない。

 

「残念だったな。恨みはねーが、ここでお前たちを処刑させてもらう。まぁ俺も若い者の命を摘むのは気が引けるが仕事なんでな。最後に言い残したことはあるか?」

 

トゥーラが悲愴な表情を浮かべている横で、

ルイは最後まで諦めない表情をしている。

 

「意外だな。あんたは殺戮大好きな糞野郎だと思ってたよ。」

 

「ふん。俺だって好きでこの道を進んだわけじゃねー。言いたいことはそれだけか?では最後だ。」

 

ガルベスはジリジリと歩みより板剣を掲げた。

 

しかしそれを静かに見計らっている者がいた。

 

「今だ!やれ!!」

 

突然ルイが大きな声で叫んだのだ。

 

それと同時にガルベスの足元からすごい勢いで網が浮かび上がる。

 

「うおおおお!?」

 

突然のことにガルベスも全く対応が出来ていない。

 

網はそのままガルベスを包むように巻き込んだまま茂みのほうへ引きずりこみ上空へ1メートルほど浮かび吊し上げたところで停止した。

 

「馬鹿な!?何でだ!お前たちがやれるわけがない!一体誰が!?」

 

ガルベスはもがきながらルイとトゥーラを見ている。

 

「やった!本当にうまくいった!」

 

トゥーラはガルベスを捕らえたことに興奮して大喜びだ。

 

その隙にガルベスが懐から短剣を抜いて網を切ろうとするがどこからともなく声が聞こえる。

 

「ガルベス動くな!動くと殺さなければならない。」

 

カツカツと足音をたて暗闇から歩み寄ってきた

声の主はシルバーシェイドであった。




あとがき

1章残すところあと2話になりました。


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17.追及

「シルバーシェイド!?貴様、裏切ったのか!?」

 

意外な人物の登場にガルベスは一瞬困惑したが、ここまでの経緯を振り返り苦い表情をしている。

 

ルイとトゥーラの2人に固執し3人目の存在を疑わなかったからだ。冷静に思えば兆候はあった。

なぜ最初に2人はBARでスタンバイできていたのか。

それは3人目が遠くからガルベスが来たことを合図していたからだろうし、あんなにたくさんの罠をすぐ来るか分からないガルベスに用意する必要があるか。

否。確実に来ると聞いていたから用意周到に迎え撃つ準備して待っていたのだ。

大岩を落とす仕掛けも少女2人で準備するには時間と労力が必要な罠だった。

全力で相手を倒すポリシーを掲げていたにも関わらず心のどこかで自分を過信し少女2人の力量を見誤った結果であったが、それが自分の中で認められず自然と何でも屋の裏切りが招いた事と言わんばかりに問い詰めたのだ。

 

対して何でも屋シルバーシェイドはいつもの調子で飄々と言葉を返す。

 

「裏切り?私はフリーの何でも屋だぞ。前の契約が無効になり終了すれば次の契約をするだけさ。契約期間は懸賞金がついている間までだと取り決めていただろう。」

 

「・・・!」

 

そこにルイも便乗する。

 

「それでもなぜ契約出来たのか解せないようだな。たしかに俺たちもシルバーシェイドを雇うには抵抗があったよ。騙してまた俺たちを捕まえようとするかもしれないしな。しかし、裏切らないだろう根拠はあった。こいつは俺たちとの戦いが終わった後、ブリンクではない都市の方角に向かい始めていた。それはグンダーとの契約はもう切れているか無効となったことを示していた。それに契約金も妥当だった。ガルベスの撃退を依頼した場合10000catとる反面、石運びや罠を作動させるだけの仕事なら500catの見積りだ。簡単な依頼に対して撃退する依頼には死ぬかもしれないリスク費を真面目に入れているってとこが逆に信用できたのさ。まぁ金次第という面でコイツ自体を信頼することはできねーがな。」

 

「君ねぇ、年上に向かってコイツって・・」

 

ガルベスも金で雇う何でも屋を信用はしていなかった。

これまでもシルバーシェイドは比較的安い価格で仕事を請け負ってくれていたが、その分全てを任せるようなことはできず、実際今回のように後始末としてガルベス自身が赴いてきている。

しかし金で如何様にでもなる人間ならば逆に買収合戦も可能ではないか、想定外なこの状況をひっくり返すのにガルベスも必死だった。

 

「こいつらに加担してお前も今後ろくな仕事にありつけんぞ!?今からでもいい!俺に加勢する契約をしろ!」

 

このガルベスの提案にルイたちは一瞬凍りついたがこの展開をルイは予め予想し、かつ危惧していた。

金の出しあいになった場合恐らくガルベスの資金力には到底かなわない。

となればそれを防ぐ方法は何かを考えると選択肢はあまりなく、シルバーシェイドのプロ意識に任せ契約終了タイミングを自分たちが安全になる状態までに設定し、次の契約をさせない。

それが唯一の回避策だったのだ。しかしこの点はルイにとっての賭けだった。

シルバーシェイドが高い金額を提示された際に今の契約を破棄し、ガルベスになびかないとは限らなかったからだ。ただ、『これからは仕事を選ぶ』というシルバーシェイドの言葉を信じて彼を採用したのである。

むしろこの問題があったため性格を知らない彼以外を雇う事のほうがリスクであった。そして次の言葉でそれが正解だったことがわかる。

 

「いやいや、お前が抜け出そうとしたら殺すとこも私の契約なのよ。それに私はもうお前たちとの仕事からは足を洗おうとしてたとこだったんだよね。」

 

500catという少ない契約金であるがシルバーシェイドは最後まで履行してくれることを選択してくれたのだ。

 

「・・・ふざけるな、そんな簡単に抜けれるはずないだろう!」

 

最早状況は覆らないと判断したルイは、興奮するガルベスの言葉を遮り質問を切り出した。

 

「ガルベス。そんなことよりお前にいくつか聞きたいことがあるんだ。返答次第では殺さずに逃がしてやる。」

 

「ああ!?」

 

腕力で自分より遥かに劣る少女に見下されるように喋りかけられガルベスの怒りも頂点に達している。しかし、それをお構いなしにルイは続けた。

 

「お前はアイゴアの部隊にいたと言ったな。いつ頃所属してたんだ?」

 

ガルベスに問いただしたかった事。やはりそれは父親の組織を襲撃したアイゴア部隊のことであった。しかしガルベスは唐突な質問で面食らってはいるが怒りの形相は変わっていない。

 

「一体何だ!?そんなこと聞いてどうする?」

 

「いいから答えろ。」

 

「馬鹿か!?この縄をほどいたら考えてやる。」

 

一筋縄では答えてくれる気配はないがルイは続けた。

 

「15年ほど前ぐらいに毛皮商の通り道にいた組織と戦っただろう。その時にお前は既に所属していたのか?」

 

「・・・・。」

 

「答えないのは自由だが今の自分の立場を分かっているのか?最後の質問だ。お前はこの世にやり残したことはあるか?大切な人はいるか?」

 

「問答は無用だ。早く殺れ。生き恥をさらしたくはない。」

 

ルイはため息をついた後しばらく考え込んだ。

ただでさえこんな負け方をしたガルベスが素直に話してくれるはずはないとは最初から思っていた。しかし肝心なアイゴア部隊の件。毛皮商の通り道にいた父親の組織を襲った都市連合の最強部隊の中に恐らくガルベスはいただろう。

これだけでも容易に殺意が込み上げてきていた。

 

トゥーラもこの後の判断はルイに一任しているため処刑するかどうかはルイに委ねられていたのだ。

 

だが、いざ目の前にいつでも殺せる状態で人の命を握ってしまうと決心が鈍った。

 

ガルベスは好きでこの道を選んだわけじゃないと言っていた。

実は父親の組織との戦いには参加していなかったのではないか

何か戦わざるを得ない事情があったのではないか

 

相手を許せるような理由をあれこれ考えてしまう自分がいるのだ。

何より無抵抗な人間を処刑するという儀式自体が初めてであり決断を鈍らせていた。

 

ルイは上を見上げ何かを決心したのかゆっくり口を開いた。

 

「ガルベス。お前の戦闘力に俺たちはまだ到底及ばないが、今回は知恵を絞った俺たちが勝利した。次にまた来たとしても同じ結果になるだろう。ただし今度は容赦せず殺すからな。シルバーシェイド、残りの報酬だ。受け取れ。後は頼んだ。」

 

そう言うとルイは小銭が入った袋をシルバーシェイドに投げ渡した。

 

「おいおい、君たちこの男を許すつもりかい?殺せる時に殺しておいたほうが君たちにとっては都合がいいと思うけど。」

 

「ルイ、私もそう思うわ。いま逃がしてもまたガルベスは追って来るわよ?」

 

周りの仲間はむしろ処刑をあと押ししている。

しかし、ルイはこの自分の決断を貫きたかった。父親は食糧問題で人が争わないような豊かで平和な世界の実現を目指していた。

自分はそんな大それた目標を掲げられるほど力がないけど共感することは出来る。やはり簡単に人を殺すことは性にあわなかったのだ。

この判断で今後仲間が危険な目に遭ってしまうかもしれない。

でも人として命をないがしろにすることはどうしても許せなかったのだ。

 

「トゥーラごめん。間違った判断になるのかもしれないけど、やはり俺はここでガルベスを処刑する気にはなれない。」

 

「いいわ。あなたの作戦が上手くいったからこの結果があったのだし。次もこの調子で撃退しましょう。」

 

トゥーラも笑顔で同意してくれた。

 

「まぁお嬢ちゃん。こいつはもうたぶん来ないだろうな。ミッションで失敗したことなど報告できんさ。自分の身を案じて嘘の報告をして終わりにするだけだろう。念のためこいつを殺しておくに越したことはないのは変わりないが。」

 

「そ、そうなの。もう来ない可能性が高いなら尚更無理にやらなくても良さそうね・・・。」

 

トゥーラとシルバーシェイドの会話にも反応することもなく無言を貫いていたガルベスだが、帰り支度をする2人に静かに喋りかける。

 

「お前ら本当に俺を逃がすつもりか?敵に情をかけていると自分が生き残る確率が減るんだぞ?」

 

ガルベスは自分が気づかぬうちに自らが歩んできた経験に基づく真実を言っていた。

これまで敵対する相手は友人であっても全て殺してきた。

そうしなければ自分が殺されていたからだ。

しかし目の前の若者たちは今それをしようとしていない。

このまま甘い気持ちでいるといつか裏切られ取り返しのつかない失敗をしてしまうだろうという現実の厳しさを無意識に伝えようとしているのだ。

それは格上の自分を破ったルイたちに対する無意識ながらの称賛の念だったのかもしれない。

 

そしてそれでもそのまま立ち去ろうとするルイたちを見てついには大声を張り上げる。

 

「待ちやがれ!くそ、何なんだお前らは!?借りは作りたくねぇ!質問に答えてやる!それでチャラだ!いいな!?」

 

それを背中で聞いていたルイは目を見開いて振り向き様に問いただしはじめる。

握りしめられた拳は少し震えていた。

 



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18.門出

「では先程の質問に答えてもらおうか。いつからアイゴアの部隊にいた?」

 

先程の喧騒とうって変わって静まり返る岩山の麓で、網に絡まり身動きがとれないガルベスに対してルイは再度質問を繰り出した。

 

対してガルベスからは荒い口調が消え坦々と回答が返ってくる。

 

「自分の年齢が分からないが恐らく15歳ぐらいからだ。それまでは兵士養成施設にいた。毛皮商の通り道の組織とは戦ったぜ・・・最後にな。」

 

その回答にルイの表情は険しくなる。

やはり父親の組織にとどめを指した部隊にガルベスはいた。横にいたトゥーラも気づくほどザワザワと全身の毛が逆立つような怒りが込み上げてきているのが分かる。

 

「・・・どうして戦ったんだ?相手とお前たちとは業務提携していたと聞いたが。」

 

「戦った理由は知らねぇ。俺は確かにアイゴア部隊にいたが強制的に命令され戦わされてただけだからな。言わば奴隷兵士って奴だ。その戦いは大仕事だったらしく成功すれば自由行動が可能な傭兵にさせて貰えるってんで、勇んで参加したんだが糞悲惨な戦闘だったぜ。こちらも死人だらけで戦に勝った実感もない状態だった。アイゴアでさえ片腕持っていかれてたからな。」

 

「・・・・・。」

 

ガルベスが奴隷兵士として戦わされていたことが意外であるとともに、本人の意志では父親たちと戦っていなかったことが分かったことがルイの殺意をおさめていった。

そしてルイはニールが追っている真実を聞き出せないか質問を続けた。

 

「お前に命令していた奴は誰だ?」

 

「・・・今はアイソケットのマスターをしているミフネという人だ。」

 

「何?嘘をつくな。アイソケットは奴隷商の拠点だろう。奴隷商の命令で都市連合の部隊が動くはずがない。」

 

「いや、その人は昔アイゴア部隊の幹部だった。」

 

嘘をついていないかガルベスの目をジッと見ているとシルバーシェイドが口を挟む。

 

「都市連合の幹部が奴隷商のマスターに昇進、いや天下りってわけか。典型的な癒着って奴だな。しかし、貴族を差し置いて奴隷商のトップになるって、そいつは相当のやり手か強いコネがあるんだろうな。」

 

奴隷商本拠地アイソケットのマスターミフネ。

初めて聞く名だがその経歴を聞く限り只者ではないことが伺える。

都市連合の意志なのかは不明だが父親の組織を襲撃する計画に携わりその後、拠点の長になって奴隷売買を頂点で取り仕切っている人物。

そんな人間に単身乗り込んで問いただすことは不可能だろう。

 

「マスターミフネは権力者の上に相当頭が切れる。お前達ではどうせ手が出せないだろう。」

 

ガルベスの言葉にルイも納得していた。

 

「・・・だろうな。いずれにしろ俺たちは別にやることがある。手を出すつもりはない。そして手を出すとしたらたぶん俺たちじゃない。」

 

「どういうことだ?」

 

「いや・・こっちの話だ。」

 

ガルベスの問いにルイは遠くを見据えるだけではぐらかすと近くに放ってあった荷物を背負った。

 

「聞きたいことは聞けたのでもう行くよ。2度と俺たちの前に顔を見せないようグンダーにも伝えとけ。じゃあな。」

 

「ふん・・・俺も今後お前達に会うのは御免こうむる。」

 

心なしかいつもよりルイの口ぶりが軽かったのは奴隷商とのいざこざが解決に向かったことだけでなく、ガルベスを殺さずに済む理由があったからだろう。

対するガルベスも最早怒りの感情は消えているようで消え行く2人の影を見ながら静かに口を開いた。

 

「おい、シルバーシェイド。もういいだろ?そろそろ下ろしてくれ。」

 

忘れていたのを思い出したように振り向いたシルバーシェイドだが怪訝な表情だ。

 

「あんたを解き放つのか・・・ちょっと気が引けるな。」

 

「ふん。俺は意外と手負いだぞ?こんな状態でお前を殺れるなら苦労しないぜ。しかし見事にやられたもんだ。お前も失敗したのか?」

 

「まぁ失敗と言えるな。しかし、頑固なあんたが相手に教えてあげるとは意外だったよ」

 

「・・・あいつらは見た目に反してしっかりと考えてやがった。生死を賭けた戦いで俺の想定と戦闘力を上回る策を練ったのは事実だからな。正直お前を使うなんて案は完全に盲点だったぜ。それに敬意を評したってとこだ。」

 

「なるほどね。私も短い期間だが彼女の生き様に触れ、助けてやりたいと思わせる不思議な力を持った子だと思ったよ。それとお前達の会話を聞いていて思い出したが恐らくルイは毛皮商の通り道にいた組織の生き残り、いや子孫ってとこだろうな。大分昔の事だが面影がある奴と仕事をしたことがあった。」

 

「そういうことか。しかしそしたらなんで憎いはずの俺を殺さなかったんだ。」

 

「それがポリシーって奴なんだろ。大した玉だな。」

 

吊るされた男と老いた何でも屋の哀愁漂う会話はいつまでも尽きなかった。

 

こうしてグンダーの誘拐目的の罠から始まった奴隷商との一連の戦いをルイとトゥーラは勇気と知恵で凌ぎきった。

その基盤となったのはやはりトゥーラの知識とノウハウだった。

定石ではあるが初めから2人をたらしこもうとするグンダーを信用せず距離を置く方針を取り、結果としてルイが嘘を見破ることが出来た。

ウェイステーションにおいても時間稼ぎや独学で学んだ罠をはるスキルを存分に活用していた。

そしてトゥーラの知恵をベースにして想定以上の力を発揮したのがルイだ。

一般的な知識はトゥーラよりまだ劣るが、類い稀ない行動力と奇想天外な発想力から戦いのベテランであるガルベスを出し抜いたのは紛れもない事実であったのだ。

 

いずれにしろサッドニール抜きで若者2人が苦難を乗り越えることが出来たことは人生において大きな成長に繋がったことだろう。

 

そしてそんな実感を感じる暇もなく2人は次の行き先について歩きながら相談していた。

 

「思えば俺ら結構危なかったな。今頃奴隷として働かされてたかもしれないんだろ?こわー・・。シルバーシェイドなんて本気でこられたらなす術なかったからなぁ。」

 

「今回はルイの機転でなんとかなったけど、毎回上手くいくとも限らないからやはり剣術スキルは高めておきたいわね。」

 

「そうだなー。シルバーシェイドにお金はらって剣術見てもらえば良かったかな?」

 

「もう手持ちのお金はほとんど使っちゃったじゃない。それとあの人あんまり教えるの得意じゃないんじゃない?まぁ私も他に宛があるわけじゃないけど・・。ルイ他に誰か知り合いいない?」

 

「うーん・・・。リーバーに一人いるぐらいかな・・・?」

 

「リーバー!?誘拐集団じゃない!それにあなたリーバーに襲われてなかった?」

 

「だよな・・。そいつに会うまでが難しいし、頼るのも嫌だな。でさぁ、ちょっと思ったんだけど、強くなるのって時間かかるじゃん?世の中に必殺技ってのがあれば是が非でも覚えたいとこだけど、実際は苦労して達人になったとしても大人数に囲まれたり寝込みを襲われたら防ぎようがない気がする。だから剣技の鍛練と先生探しはある程度続けるとして、先に仲間を増やすことに力を入れるってのはどうだ?数が増えれば即戦力が上がるだろう?」

 

これまでの相対してきた人たちのほとんどは徒党を組んでいた。小魚が群を作って大きな魚の襲撃を分散するのと同じように、力がない者ほど人数の重要性は高い。まさにグンダーに狙われた件が良い例だった。少数で行動し弱そうなカモと判断されたから目をつけられたのだ。

 

「なるほど。でも中々私たちと同じ目的や志を持った人なんて見つからない気もするけど・・・。」

 

「そこで相談があるんだけどさ。近くに奴隷商売してるとこってあるか?」

 

言わんとしていることはトゥーラもすぐに分かった。奴隷を買って戦力を増やせないか、ということなのだろう。

 

「あなた奴隷制に否定的だったけど奴隷を買うつもりなの?それに大抵の奴隷は無気力で自分の意志を持っていないわよ?健康状態も良くないだろうし。」

 

「ガルベスぐらい強い男でも奴隷兵士として使われていることもあるんだろ?それに俺らみたいに無理矢理捕まえられて働かされている奴もいるかもしれないし。あと俺がいまいち奴隷制の実態を理解してないからさ、一度現場を見てみたいんだよ。」

 

「ガルベスのようなパターンは大分特別だと思うけど見たいと言うなら行ってもいいわよ。ただ、アイソケットはさすがに行けないから次に近いところは奴隷農地ね。」

 

「さっすがトゥーラ!ありがとな!じゃあ早速しゅっぱーつ!」

 

トゥーラはいつの間にかルイが行く先に自然と合わせるようになっていた。

 

不器用で非力だと自分を卑下してきたトゥーラは自ら他人に話しかけることはしなくなっていた。しかしふとしたきっかけからルイと自然にしゃべれ、仲間としてもお互い受け入れられた。

またこの世界において明るくて破天荒な言動をするルイのような人間は初めてであり、そんな彼女の性格に知らずと惹かれていたのだろう。

 

そしてルイはサッドニール以外の人間とまともに接するのは初めてであったが、同世代の女の子であるにも関わらず一人で自立して目標に向かって進み続けるトゥーラに尊敬の念を抱いていた。

ある程度の無茶も聞いてくれる頼り甲斐のある部分にサッドニールの面影を見ていたのもあるのだろう。

 

お互いに深い絆が生まれたことも意識することなく2人は暗闇の中、見渡す限り砂の一面をゆっくりと歩きだしていた。




1章が終わりました。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
妄想は次章に続きますが、ちょっとだけ間をあけるかもしれません。


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旅立ち編の登場人物

 

【挿絵表示】

ルイ

 物語の主人公。カニを(食べるのが)好きな15歳の少女。

 自分のことを「俺」というなど言葉遣いが悪い。

 サッドニールと2人で暮らしていたが退屈な生活に飽きて世界を回る旅に出る。

 ハンティングサーベルを使った狩猟が得意。

 奴隷商の罠にはまりかけたがトゥーラと共に切り抜ける。

 

 

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サッドニール

 長い間ルイのお守りをしていたスケルトン。

 温和で保守的な性格でありルイの旅に出る提案も否定的だった。

 結局ルイと一緒に旅に出るが、道中で自分自身の目的を見つけ手紙を置いてルイ達の元を去る。

 

 

【挿絵表示】

トゥーラ

 ルイと同年代の駆け出しテックハンター。

 言動に出てしまうほどテックハンターに誇りを持っている。

 同じくテックハンターで行方不明になった父親を探しており、

 ブラックスクラッチでルイと出会った以降行動を共にしている。

 ボウガンと刀を自己流で扱うが腕前はそれほどでもない。

 

 

【挿絵表示】

ガルベス

 奴隷商と護衛契約しているシェク族の傭兵。

 奴隷兵士として都市連合最強のアイゴア部隊に所属していた経歴がある。

 大柄であり筋力も高く、身の丈ほどの長さの板剣を軽々と扱う。

 ルイ達を始末しようと追ってくるが出し抜かれ失敗した。

 

 

【挿絵表示】

シルバーシェイド

 ハイブ人の何でも屋。奴隷商に雇われルイ達を先行して追ってくるが時間切れ(とやる気なしで)で失敗した。

 その後、考えを改めルイ達に雇われると、ガルベスを捕らえる計画に加担した。

 見た目ではわかりにくいほど高齢ではあるが仕込杖を使った緻密な剣技スキルを有している。

 

 

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ハムート

 リーバーの幹部クラス。以前はルイの父親の組織の武闘派として活動していた。

 組織を襲撃したと思われる都市連合に復讐するためにリーバーに加入しそのトップの座をに奪いとろうとしている。

 

 

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長老

 スケルトン盗賊の長。古くからいるスケルトンのようで知識と剣技のレベルはかなり高い。

 サッドニールを追って遠征してきたがハムートに負傷させられ撤退する。

 

バラモン

 自称革命組織リーバーの長。高齢となり自ら出陣することは減ってきている。

 スケルトン盗賊やクラブレイダーとは継続的に敵対している。

 

 

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グンダー

 表向きはブラックスクラッチで商売を行う行商人であったが、

 実際は人さらいに近い活動をしている奴隷商。

 奴隷にするためにルイ達を雇うが失敗し、最後はガルベスに始末された。

 

マスターミフネ

 奴隷商アイソケットの長。

 かつてアイゴア部隊の幹部でありルイの父親の組織襲撃を計画したメンバーの一人と思われる。

 貴族を差し置いて奴隷商のトップに就任する実力とコネを持っているようで只者ではないことが伺える。




いったん登場人物をまとめてみましたが、
中々少なかった・・・。

次の編はそれなりに増えるので
ちゃんとまとめられるか心配です((+_+))


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ハウラーメイズ遠征編
19.奴隷


大陸において最大の領地を有する国家、都市連合。

各地に点在する都市をまとめ帝国としてその体を成しているこの国は食糧問題により全盛期からは衰退の一途をたどり続けているが、経済力を武器に未だ世界最大大国としての立場を保ち続けていた。

その要因として長年大陸の主権を争い続けていた宗教国家ホーリーネーションが20年前に一時的に弱体化したことも起因するが、大きな理由としては都市連合の地盤を固めている貿易商トレーダーズギルドの存在が大きかった。

 

彼らは奴隷を扱うことで資源や食糧の生産体制を確立し都市連合を内側から支えていたのである。

それゆえ都市連合の領土内にもトレーダーズギルドの資源生産拠点がいくつか設立されていたが全て黙認されていた。

 

そしてその一つとして奴隷農地という拠点がアイソケット北東の地域に存在している。

ここでは名前の通り奴隷を使って農作がフル稼働で行われており、都市連合の国民の食料を補う数少ない重要な拠点となっていた。

 

そんな場所に2人組の少女ルイとトゥーラが辿々しく足を踏み入れた。

 

アイソケットと同様、農地は防壁に囲まれており、門には物々しい装備をした衛兵が鋭い目付きで出入りする人間を監視していた。

 

「滅茶苦茶怪しまれてんな。さすがに俺たち奴隷を見に来る年齢じゃなかったか?」

 

いつもは物怖じしないルイであったが拠点のこれまでにない広大な敷地と部外者に対する冷たい視線に気負わされているようだ。

 

「ここは業者がよく来るけど個人ではあまり用がない場所だからね。私も初めて来たわ。それに最近は反乱農民が出没しているせいもあって厳重にしているみたいね。」

 

拠点を渡り歩いてきたトゥーラはこういう場面では逆に堂々としていた。リンとすました顔でゲートを潜り抜けていくのである。

 

「あ!待てよ!」

 

ルイもつられて小走りに後を追うがその様子を見てトゥーラはため息をつく。

 

「あなたウェイステーションでの威勢はどこに行ったのよ。ここでそんなにオドオドしているとまたグンダーみたいな奴に目をつけられるわよ。しっかりしなさい。」

 

「お、おう。そうだ・・な・・。」

 

後を追ってゲートを潜り抜けた先の光景を見てルイは絶句した。

気づけばトゥーラも目を見開いて固まっている。

拠点の中央に広大な麦畑が広がっているのだが、驚いたのはそこではなかった。

 

棒のように痩せ細りアバラが浮かび上がった人間が折れそうな両足に鉄の足枷をつけられて畑を耕している。

女に至っては髪を無造作に切り上げられ胸元を隠す服も着ておらず乳房を露にしたまま開墾に従事しているのである。

 

そして時折、現場監督と思わしき軽鎧の兵士が罵倒しながらムチで叩き仕事を急かしているのだ。

 

「トゥーラ・・・これが奴隷か?」

 

「ええ、そうよ。私も初めて現場を見るけど想像以上ね・・。」

 

トゥーラは改めてグンダーたちに捕まった時を思い出していた。

一歩間違えれば自分達もここで働かされていたのだろう。女としての立場を蔑ろにされ永遠と命つきるまで畑を耕し続ける光景を想像すると恐怖を覚えた。

しかし隣にいたルイはこの時違う感情に支配されていた。

 

「人がまるで道具にように使われてるんだな。」

 

冷たく言い放つその言葉には憐れみと怒りの感情が混ざっていた。

 

貧しくはあったが子供の頃から自由に暮らしてきたルイにとって奴隷という存在は異質な物だったのだろう。

 

こちらが近くから凝視しているのに目も会わせず黙々と作業をしている奴隷たちはそれこそまるで感情のない動物のように思えるほどだった。

 

「あの人達はここを出たいと思わないのかな?」

 

何気ないルイの疑問に慌ててトゥーラが小声で遮る。

 

「・・ルイ!あまりこの中でそんなことを言わないで。民衆煽動罪で捕まるわよ。実際に逃亡しようとする奴隷は何人かはいるみたいだし・・。」

 

「やはりグンダーみたいな人攫いによって自分の意志に反して奴隷にされた人間もいるってことだよな・・。」

 

「でしょうね。って助けようとか変なこと考えないでね?捕まって私達も奴隷にされてしまうわよ。」

 

短い付き合いだがルイの恐れを知らない正義感と行動力を間近で見てきたトゥーラは本当に飛び出して行かないか心配となり念押しした。

それほどルイの表情は真剣味を帯びていたのだ。

 

「あのニコニコマークみたいな看板の建物はなんだ?」

 

「え?ああ、あれが奴隷を売っている建物よ。」

 

「ふーんまったく主旨と内容が合っていない看板だな・・。ちょっと行ってみよう。」

 

その2階建ての建物は年季の入った看板に描かれた笑顔とは裏腹に異様な空気を纏っていた。

看板の中の笑顔の人もよく見ると鎖に繋がれている。そして入り口の前にたつと何やらうめき声が中から聞こえてくるのだ。

 

意を決して中に入ると暗い雰囲気を無理矢理隠すように元気な店員が出迎えてきた。

 

「お?お嬢ちゃんたちは奴隷を買いに来たんですかい?若いのにリッチですねぇ!お求めのタイプはありますか?」

 

「あ、ああ。ちょっと勝手に見させてもらうわ。」

 

人が1人だけ入るのがやっとの牢獄が店内に所狭しと並んでおり、そのいくつかに奴隷と思わしき人達が実際に入れられていた。

そして苦しそうにうめき声を発している初老の奴隷を発見しルイは近寄る。

 

「お、おい。あんた大丈夫か?どこか痛むのか?」

 

しかし問いかけに奴隷は意味不明な言葉を発するだけだ。

 

「ルイ。この人は言葉を教えてもらってない奴隷かもね。会話は無理そうよ。」

 

「でもどこか苦しそうだぞ!医者に見せられないのか?」

 

しかしこれに店員がいきりたって反論する。

 

「おいおい、お嬢ちゃんは世間知らずなのかね?賞味期限が切れたインスタント飯をわざわざ食えるように直さないでしょ?こっちは訳あり奴隷の激安ショップですぜ。重労働向けをお探しなら隣の店に行きなされ。」

 

確かにこの店の奴隷たちはどこか変であった。

老人や片腕がない者から子供もいる。

 

「おい、トゥーラ。俺たちより小さな子がいるぞ。」

 

「筋力が基準のようね。非力だと育つのを待たずに売りに出されるのだわ。」

 

ルイは何気なくその虚ろな目をした子供が入っている牢獄に近づく。10歳ぐらいだろうか。ルイ達よりも若そうな男の子だ。

 

「お嬢ちゃん。良い商品に目をつけたね!その子はこれから働き盛りの年代になるからお買い得ですぜ。たったの2000catでどうだ!?」

 

店員の言葉には目もくれずルイは牢獄に入っている少年に声をかける。

 

「おい、君は言葉を話せるか?」

 

少年はうなだれて下を向いていたが声をかけられたことに気がつくと顔を上げた。

そして今まで死んだように生気がなかった少年の表情がみるみると明るくなり猛烈な勢いでルイに喋りかけてきたのだ。

 

「お姉さんも奴隷を買いに来たの?見た目は貧相な服を着てるけどお金持ちなんだね。僕なんてどうですか?掃除洗濯料理なんでもしますよ。」

 

これまで見てきた奴隷とはうってかわってイキイキとした物言いで喋りかけてくる少年はどう見ても訳ありには見えない。

 

「君はいつからその・・奴隷をやっているんだい?言葉はどうやって覚えた?」

 

「うーん、あんまり覚えていないけど小さい頃に里親に売られちゃったみたいです。言葉も一応その時までに覚えました。まぁ子供を養うのは大変ですからね。」

 

悲しい境遇をまるで他人事のようにサラリと言う少年にトゥーラは違和感を覚える。

 

「ルイ、こんなに会話が出来てもうすぐ働き盛りになる少年が訳ありで安いなんてやっぱり怪しいわ。関わらないほうがいいわよ。」

 

トゥーラの忠告も上の空でルイは少年との会話を続ける。

 

「君は外に出て俺たちと一緒に働きたいのか?」

 

「ちょっと、ルイ聞いてる?」

 

その横で少年はルイの問いかけに満面の笑みでうなずいた。

 

「トゥーラ・・ごめん。また一文なしになっちゃうけどこいつを仲間にしないか?こんな小さいうちから人生が決まっているなんて可哀想でさ・・。」

 

「格安の奴隷にしては条件が良すぎるのよ?何か重大な欠点があったらどうするのよ。」

 

「その時は俺が責任とるよ。」

 

「そう言われても・・。」

 

「たのむ!」

 

結局ルイに押しきられる形で2人はこの少年を今持ち合わせている全財産で購入することにした。

 

そして奴隷農地の門を潜り3人となった一行は一番近くて貿易の中心地であるヘングという都市を目指す。

その道中でトゥーラはルイに詰め寄った。

 

「ルイ。今度は私の言うことを聞いてもらうからね。まずは資金よ。毎回行く先々でお金がスッカラカンになってたら旅も出来ないし良い装備品も買えないわ。3人で収入が安定するまで安全に原鉄を掘るの。そのためにこの男の子の栄養失調状態を治すわ。そう言えばあなた名前はあるの?」

 

「ナパーロと言います。よろしくお願いします!」

 

少年は瘦せ細って今にも倒れそうな体にも関わらず元気良く返事をした。

それに対してルイは嬉しそうに声をかける。

 

「よろしくな!ナパーロ!もうお前は自由なんだぞ?これから俺たちと一緒に旅をすることになると思うけど嫌なら抜けてもいいからな。その時は俺が自由にする手続きもしてやるよ!」

 

「そうですか!分かりました。」

 

ルイはナパーロの頭をポンポンと叩き、対するナパーロも嫌がることなくされるがままだ。

 

仲間が増えたことで素直に喜んでいるルイの横でトゥーラはやはりこの少年をまだ警戒していた。

 

従順ではあるが奴隷にしては落ち着きすぎているのだ。礼儀と社交性も少し備わっているようにさえ見える。

小さい頃から奴隷生活をしていた場合、このような性格になることは通常あり得ないのだ。

 

「あなたの名前は誰につけてもらったの?」

 

「それが・・思い出せないんです。変な話ですが物心ついた時から名前だけ自覚していたというか・・。」

 

「そうなの。まぁいいわ。とにかくまずは元気になってちょうだい。もう食費もあまり残ってないけど。」

 

会話をしてもトゥーラの疑惑の念は消えることはなく、むしろ記憶の欠如ではぐらかされた印象さえ受けていた。

 

ただトゥーラ自身も奴隷を買うことは初めてであったのでこの少年と今後どう接していくかは2人の扱い次第として、疑いの気持ちは心に押し止めた。

 

一方、ルイたちが去った後の奴隷屋の店内では軽快な足取りで牢獄を掃除している店員の姿があった。

そこに別の店員が入ってきて声をかける。

 

「お、そこにいたガキ売れたのか?たしか・・主殺しのラックルなんて異名あったやつ。」

 

「うっす。あれ、そんな名前でしたっけ?取り敢えずやっと売れましたよ。さすがに皆怪しんで買いませんでしたからねぇ。最後は何も分からなそうな馬鹿なガキどもが買っていきやしたぜ。」

 

「わっはっは。そうか、じゃあその馬鹿たちはもう命はないかもな。一度主人を殺した奴隷はまたどうせやる。売れて得したぜ。」

 

「まぁあいつらにとって勉強代ってことですね。」

 

「バーカ、死んだら勉強になんねーだろう。ガハハハ!」

 

店員たちの下品で大きな笑い声は店を出て響き渡っていたが先を行くルイたちには届くことはなかった。




ヘングへの行程

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20.奴隷2

貿易都市ヘングまでの道中でルイたちは新人のナパーロに対して色々な質問をしたが、奴隷農地のこと以外は全て記憶が曖昧らしく明確な答えは得られなかった。

 

「じゃあさ、奴隷農地での生活はどうだったんだよ?酷いことされてたのか?」

 

「いいえ。配給される食事は少なかったですがこれといって変なことはされませんでした。」

 

「ふーん。あ、そうだ、このドライミート取り敢えず食っとけ。」

 

ナパーロはルイから食事を貰うとお辞儀をしてから無言でムシャムシャと食べ始めた。

 

「……。」

 

ルイは少年が必死に食す様子をまるで弟が出来たようにニコニコしながら見ていたが、トゥーラはやはり訝しげであった。

 

今しがた奴隷農地の監視人がムチを使って奴隷をしばいているのを見てきたが、これらの行為はナパーロにとって取るに足らないことだったと言うのだろうか。

そして奴隷農地以前の情報が記憶の消失でまったくないという不自然な状況は逆にあえて重要な情報を全てはぐらかしているのではないかとさえ思えたのだ。

 

そうこうしているうちに3人は砂漠地帯を抜け岩肌が目立つ荒涼とした大地に足を踏み入れる。

 

「もうすぐヘングね。」

 

トゥーラの言葉に合わせてすれ違う交易商の団体や都市連合の巡回部隊も増えてきた。

 

その誰しもがすれ違いざまにジロジロとルイたちの事を見ていく。恐らく10代の少年少女で構成された3人はかなり珍しいパーティーなのであろう。

 

すると急にナパーロが立ち止まり妙なことを言い出した。

 

「あ、すいません。奴隷農地に私物を忘れてきてしまって取りに戻るので二人は先に行っててくれます?後からヘングで追い付くので。」

 

これにはさすがにルイも驚く。

 

「え?まじで?取りに戻らないといけないほど大事な物なのか?」

 

「そうよ。あなただけで戻るとまた勘違いで奴隷にされてしまうかもしれないし、行かないほうがいいわ。」

 

このように言うが内心トゥーラの考えは別にあった。

この少年は我々から逃亡を計っている可能性があり、穏やかに逃亡を成功させるために別行動を提案してきたのではないかと。

そのため逃亡を阻止すべく、安全のためと偽って別行動を柔らかく否定したのだ。

 

しかしここでナパーロが予想だにしない行動に出る。一瞬の隙をついてルイの懐から短剣を引き抜いたのだ。

 

「うわ!なんだよ!?」

 

突然の事にルイとトゥーラは固まってしまっていた。

このままナパーロが殺意を持って斬りかかっていたとしたら2人とも刺し殺されていただろう。

しかしナパーロはそれから動くことなく静かに口を開く。

 

「この短剣を借ります。危なくなったら使うんで。」

 

「…なんだ!びっくりさせるなよ。しかし短剣ぐらい持っていったところで奴隷農地の奴等が捕まえようとしてきたらどうすることもできないだろう。」

 

この時トゥーラは先程のナパーロの行動を含めた一連の流れに動揺し心の整理が追い付かないでいた。

ルイの短剣を素早く抜き取った時のナパーロの目と動きが尋常でなかったからである。

また奴隷に武器を持たせる事自体がそもそも少ないこの世界において、奴隷に武器を奪われたというこの状況は限りなく異常なケースでもあったからだ。

 

これ以上引き留めたらナパーロは何をしでかすかわからない。このまま身近に置いておくほうがリスクが大きいとトゥーラは判断した。

 

「ルイ!もういいわ。その子の好きにさせてあげましょう。後から戻ると言っていることだし。」

 

一瞬、気まずい空気がトゥーラとナパーロの間に漂ったがそれに気づかないルイがそのまま了承する形で事はおさまった。

 

「うーん、じゃあ気を付けてな。」

 

「はい、暗くなってきたし時間がないのでこれで失礼します。」

 

そう言うとナパーロはもときた道を引き返していきやがて砂嵐の中に消えていった。

 

それを見届けたトゥーラは急にルイに詰め寄る。

 

「ルイ!やはりあの子おかしいわ!勝手に奴隷が短剣を抜き取ったのよ?あり得ないわ!それにあの目付きはもしかしたら主人を殺してでも逃亡しようとしていたのかもしれない。別れて正解だったわ。」

 

「ええ?別れたい時は手続きするって言ったけどなぁ。割りと礼儀正しいし言葉喋れるし奴隷でいるのが勿体ないくらいだったでしょ。」

 

「安い奴隷にしては逆に出来すぎてたのよ。とにかくもうあの子は恐らく戻って来ないだろうから気持ちをリセットしてヘングで本格的にお金稼ぎしましょう。」

 

「え、戻ってこなさそうか?」

 

「奴隷に単独行動させたらほぼ逃亡しておしまいよ。むしろ短剣で襲いかかってこなかっただけましだったわ。」

 

「そんなもんなのか…。」

 

そこからは2人で気落ちしながら歩いているとついにいりくんだ岩場の丘の上にヘングと思わしき都市が姿を見せた。

 

「中でちょっと休んだら早速鉄堀しましょう。もう今はとにかく安全に堅実にお金をある程度稼がないと一向にスタートラインにたてないわ。」

 

たしかにここまではトゥーラの言葉通りだった。ブラックスクラッチで稼いだお金は食費や奴隷代などでほとんど底をついていたのだ。

その割に現状2人の手元には何も残っていなかった。

 

「そうか…ナパーロは何か信用できる目つきをしていた気がしたんだけどな。」

 

「奴隷代の2000catぐらい勉強代と思えばいいじゃない。」

 

2人はBARで休息をとりつつ、半ば諦めながらナパーロの到着を待つことにした。

 

一方、渦中のナパーロは奴隷農地に向かうでもなく砂漠の道端で立ち尽くしていた。

 

「あー…ちょっとうざかったな。まぁ気に入らなきゃ俺が殺しちまえばいいんだが…。」

 

先ほどまでとはまったく違う口調でブツブツと独り言を呟いている。手には先ほどルイから奪った短剣を持ち器用にクルクルと回している。そこに4人組の軽い兵装をした集団が小走りで近づいてくる。そしてナパーロは臆することなく4人組の集団に話しかける。

 

「やっぱり引き返して後をつけてきたね。狙ってたんだろ?俺たちのこと。」

 

「ほう。気づいていたのか。お前ら3人とも逃亡奴隷だろ?方向からして奴隷農地から逃げてきたんだよな?ちゃんと働かなきゃダメだろう。」

 

「やっぱあんた達は人攫いの集団か。すれ違いさまに嫌にこっちをジロジロ見てて気持ち悪かったぜ。俺らの数が少なくて弱そうだから狙えると思ったか?」

 

「ガキ。お前一人じゃねーか。他の2人はどうした?見捨てられたのか?奴隷は自分のことしか考えないからなぁ。お前は大人しく捕まって戻るよな。」

 

4人組の問いかけに対してナパーロはニヤニヤしながらこたえる。

 

「きひひ…。奴隷は俺だけだよ。あの2人は俺の飼い主さ。いまあいつらがやられても困るから、お前たちはここで殺しておくことにする。」

 

「はぁ?なんだクソガキがぁ。一人で俺たちとやりろうってのか?」

 

会話が終わると同時にナパーロは走り出していた。人攫いたちは面食らっていたが各々反射的にサーベルを抜き始める。

だが、ナパーロの早さは想定を上回っていた。走りざまに一番近くの人間に向けて短剣を投げつけたのだ。

短剣は先頭でよそ見していた人間の喉元に突き刺さる。

 

「が・・・!」

 

そして短剣が刺さった男のサーベルに手をかけ、抜きざまに隣の男の脇腹を撫で斬った。

 

そして喉元から溢れでる血を押さえ息も出来ずにゴロゴロとのたうち回っている男にナパーロは平然とした表情で奪ったサーベルを突き指した。

 

「あー、やっぱ力があんま入らね。」

 

脇腹を抑えた男がナパーロに怒鳴り散らす。

 

「いてぇなクソガキが!仲間を殺しやがって!許さねぇ!」

 

「バーカ、俺もお前たちを許さねーよ。」

 

ナパーロは飄々とした表情から急に目を見開き人攫いたちに飛びかかっていった。

 

 

夜が更けルイたちはヘングのBARでナパーロを待ち続けていた。

トゥーラは既にナパーロのことを諦めかけておりテーブルの上でこれからの計画を練っていたが、ルイはいつになく落ち込んでおり真剣な表情で帰りを待っていた。

 

「あいつ遅いな…やっぱり逃げちゃったのかな…。」

 

「そうね。もうこんな時間だし諦めて2人での今後の計画をたてま…」

 

トゥーラは言いかけたところで驚きのあまり固まった。

目の前にナパーロがたたずんでいたからだ。

 

「おお!無事か?戻ってきてくれたのか!」

 

ルイは立ち上がり出迎えた。対してナパーロはキョトンとしている。

 

「あれ?ここは…どこです?」

 

「は?何言ってんだよ。忘れ物は持ってこれたのか?」

 

「忘れ物…?」

 

「自分で言ってたじゃん。まぁいいやよく帰ってきた!まずはここで食って休んで体力整えな!あんま金ねーけど!」

 

満面の笑みのルイと対称的にトゥーラは困惑した。

 

奴隷として苦労して生きてきたのに、逃げ出す絶好の機会を自ら捨てるナパーロの心情が理解できなかったのだ。

 

「あ、あなた戻ってきたってことは私たちと一緒に働きたいと決めたと思っていいのね?言っておくけれど、私たちは貴方を奴隷としては扱うつもりはないけど、私たちの意志に反した行動を取った場合は厳しく対処しますから軽はずみな行動は避けてね?わかった?」

 

「は、はい。気をつけます。」

 

ナパーロは状況を理解していないのかポカンとしながらうなずくだけあった。

 

「よーし、じゃあナパーロの加入を祝って今夜はパーッと祝杯だ!おっちゃんダストウィッチを追加で頼む!」

 

「あいよー。」

 

「ナパーロ、今日から俺たちのことはお前の姉貴だと思ってくれていいからな!そしてこれからお前は自分の思うとおり考えて行動して人生を大いに生きろ。いいな?」

 

その夜、ルイはまるで実の弟を持ったかのようにナパーロの頭や頬を撫でたりして優しく接していた。

そしてナパーロが戻ってきてくれたことがよっぽど嬉しかったのか、一人おおはしゃぎしたあと先にBARのベッドを借りて眠りについてしまった。

それを見届けてトゥーラはナパーロに声をかける。

 

「ちょっと、話があるから来てくれない?」

 

「あ、はい。分かりました。」

 

夜空の下で2人は並んで遠くの地平線を見ている。

 

「ルイはあなたを束縛しないようにするつもりのようだけど私は違うわ。一緒に働く以上ルールを守ってもらう。その前に聞いておきたいのだけど…あなたのその服についているのは血よね?何があったの?」

 

「…。」

 

トゥーラは危害を加えるわけでもなく逃げることもせず戻ってきたこの少年をやはり理解できず警戒していた。そんな中、ナパーロの服に微かについていた血を見つけてしまっていたのだ。

 

「やはりトゥーラさんには本当のことを話しておいたほうが良さそうですね。」

 

そしてナパーロは何かを観念したのか意を決してとんでもないことを語りだす。

 

「僕は時々、記憶がなくなる症状があります。今日もヘングに行く道中で発症し、気がついたらBARにいるトゥーラさん達の前にいました。」

 

「なんですって?そんなことあるはずないでしょう!そんな嘘ばかりついてて私たちがあなたを雇い続けられるはずないわ。本当の事を言わないとまた奴隷農地に戻ることになるのよ?」

 

トゥーラは一瞬面食らったが、またやり込めようと同じ嘘をついたのだと思い、つい熱くなって強い口ぶりでナパーロを攻めた。

 

「ほ、本当なんです!1日の3分の1ぐらいでしょうか…。僕が落ち込んだり嫌だなと思った時に記憶が曖昧になることがあるんです!僕もよくわからないんです。」

 

「…ナパーロ。私たちはあなたを奴隷として買ったけど、これからは同じ仲間として共に歩んでいきたいと思っているのよ。何でも記憶がないなんて言い訳されたらお互い信用しあうことが出来ないじゃない。」

 

対してナパーロは攻められたことがこたえたのか首を下にうなだれてしまった。そして突然予想だにしない反応を見せる。

 

「本当だと言ってんだろうが…!」

 

ナパーロから発せられた言葉なのか疑ってしまうほど怒気が籠った口ぶりで、トゥーラは咄嗟に刀に手をかけた。



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21.表と裏

「それがあなたの本性なの?」

 

おどおどしたこれまでの態度からうって変わって鋭い目付きに豹変し悪態をつくナパーロにトゥーラは気負うことなく問いただす。

 

「…本性…ではない。むしろ裏の性格と言ったほうが正しい。」

 

声も先ほどとは異なり低くどことなく陰険なイメージだ。

 

「裏?どちらでもいいけどやはりあなたは性格に難があるようね。その様子じゃ記憶がないってことも嘘なの?」

 

「嘘ではない。ナパーロが言っていることは正しい。姉ちゃんちょっとは信用してやれよ。」

 

まるで他人のことを話すようなそぶりは奴隷農地で最初に会った時もそうだった。

この子は自分の身に起きた出来事を他人事のように語る。

 

(記憶の欠如、他人…、それってまさか…。)

 

トゥーラはある結論に辿り着いた。

今だ信じられないという顔つきではあるが、それしか思い当たる節がない。

 

「気づいてくれたかな?俺が出ていられる時間が限られているから手短に話してやる。俺は解離性障害、つまり二重人格だ。今の俺はナパーロじゃない。」

 

衝撃的な告白にトゥーラは立ちすくんだ。

 

「そんな…!どうして…。」

 

「俺は後から作り出された人格だからいつからそうなのかは知らないけど大体理由はわかる。ナパーロが主人格であり、嫌なことを全部押し付けるために俺を作り出したんだよ。だから主人から受けたムチ打ちなどの体罰、暴行や乱暴は全部俺が引き受けた。その間、ナパーロは自分の殻の中に引きこもっていたのさ。ふざけた野郎だよ。」

 

解離性障害。

聞いたことはあったが出会うのは初めてだ。

つらい体験を自分から切り離そうとする一種の防衛反応だと考えられているが、恐らくナパーロが奴隷生活の闇に耐えきれなくなりこの第2人格を作り出した可能性は充分にあった。

 

気持ちの整理が追い付いていないトゥーラに対してナパーロは短剣をクルクル回しながら話を続ける。

 

「でさ、余りにも酷いことやってくる主人を俺が殺しちまって奴隷農地で安売りされてたってわけ。だから忠告しておくけど、あんたらもナパーロに変な真似するなよ。ルイって奴は男好きそうだからあぶねぇけどなぁ。」

 

「ふざけたこと言わないで!ルイはさっきまであなたを弟のように可愛がっていたじゃない!あなたが帰って来るまですごく心配もしてたのよ?」

 

「それは表向きの性格なんだろ?人は見かけによらねぇ。」

 

この問答によりトゥーラの中で逆にこれまでの言動の辻褄が合った。

恐らく本当にナパーロは二重人格であり、この第2人格は嘘をついていない。

ナパーロの奴隷とは思えない穏やかで礼儀正しい性格に対して過酷な部分を担当してきたと言っているこの第2人格が醸し出す他人に対する敵意。

こいつは誰も人を信じようとせずルイすら敵対視しているため、先ほどまでの溺愛とも言っていいほどのルイの可愛がりをされるがままに受け入れるはずがなかったのだ。

しかし、だからこそ腑に落ちない点が残る。

 

「あなたの目的は何?なぜ逃げずに私たちについてこようと思うの?」

 

恐らくヘングへの道中で別れた時からBARまではこの第2の人格だったに違いない。

とするとこの第2の人格の意志でルイ達の元に戻ってきたことになるのだ。

 

「一蓮托生ってやつさ。ああ、言い忘れたが俺の名前はラックルと言う。俺ラックルは主人格のナパーロに変わって表に出てこれる時間が最大でも1日に大体8時間くらいしかないんだ。その他の時間は俺の意識は残っているが、体をナパーロに奪われて何も出来やしねぇ。だからその間ナパーロに栄養失調や拷問なんかで死んでもらっちゃ困るから面倒見ててくれってことだ。もちろん無料でとは言わない。」

 

「どういう意味…?」

 

「俺は短剣やナイフの扱いが人より長けててね。俺の安全な環境を維持するために力を貸してやるってことよ。お前たち見たとこかなり弱いからなぁ。」

 

「見返りは用心棒ってこと?あなたの服についた血はまさか…。」

 

「お、察しがいいな。ヘングに向かう途中ですれ違った人攫いが不幸にも俺らを狙ってきたから殺しておいた。」

 

「…4人組のあいつらね。私も警戒してたから覚えてるわ。まさかあなたが一人で返り討ちにしていたなんて。」

 

「それじゃ、交渉成立ってことでいいかな?そろそろナパーロが起きそうなんだ。しかしあんたは邪魔になりそうだから殺そうかと思ってたけどやめておいてよかった。」

 

「…。最後に聞くけどナパーロはあなたの存在を知ってるの?」

 

「いや。俺は巧妙に隠れてるし奴自身が知ろうと意識していないから把握してないだろうな。」

 

「そう。わかったわ。では私たちが軌道に乗るまで当分このまま大人しくしていてちょうだい。それが条件よ。いいわね?」

 

「おーけーだ。」

 

ナパーロとラックル。経緯は不明だが1つの体に2つの人格が共存しているのは確かなようだ。

ラックルは非常に危険な人格ではあるが、人攫い4人を無傷で倒せる実力を持ち合わせてもいる。

この場で拒否をする選択肢はなかった。

また一歩間違えれば諸刃の剣となりうる人物ではあるが、今は戦力が一人でも多く必要な状況のためトゥーラはこのまま黙認することを選んだ。

 

そしてこの事はナパーロと仲良さそうに接しているルイにもまだ黙っておくことにした。ルイは純粋にナパーロを可愛がっている。

いま下手に意識させてラックルを刺激することは逆に危険と判断したためだ。

 

 

翌日から3人は予定通りヘングの周辺の原鉄堀を開始したが都市の外は危険なので3人はいつも一緒に行動した。

ただしナパーロは栄養失調状態であったため控えめな補助作業とし体力回復を優先した。

一方ルイとトゥーラは最早ベテランの坑夫と言っていいほど手慣れた手つきで次々と原鉄を堀当てていった。

ヘングの都市で空き家を購入できるぐらいまでお金を貯めることを目標としたため、数ヵ月の月日をここで費やすことになったが、その間鉄堀以外なにもしないというわけでもなく、トレーダーの中心地ヘングにて交易の何たるかを学びつつ世界情勢の情報を旅人などから収集することにしていた。

 

月日はあっという間に過ぎ去り途中、砂漠に生息する昆虫型猛獣スキマーの襲撃などの困難もあったが、予め都市への逃走ルートを決めたりして無事にやり過ごすことが出来ていた。

 

そしてついに空き家を購入出来るほどのお金を溜め込んだ頃、ルイが嬉々としてトゥーラとナパーロの元に走り寄ってきた。

 

「おーい!ついに俺たちが世界に踏み出すチャンスが来たぞ!」

 

「ええ、そうね。向こうで買えそうな空き家が出たそうよ。ついに拠点が出来るわ。」

 

「あ、それなんだけどなトゥーラ、ちょっと相談があって。」

 

「拠点のことじゃないの?あなたの相談って良いこともあれば悪いこともあるのよね。今度は何なの?」

 

ナパーロも興味深げに寄ってくる。

 

この頃になるとナパーロもすっかり体力が戻り、原鉄堀でたくましい男児に成長して力仕事の主力を担っていた。

また、第二人格のラックルも消滅してしまったのではないかと思わせるほどまったく姿を現さないでいた。

 

「ルイさんまた変な話を持ってきたんじゃないですか?この間も危うく詐欺に引っ掛かりそうでしたし。」

 

「いや!今度はまじで凄い話だから。驚くなよ。」

 

「はいはい。まずは聞いてみます。」

 

「じゃあこのニュース見てみ。」

 

そう言うとルイは都市連合が発行している新聞を掲げた。

 

「ええと、『都市連合軍、ついにハウラーメイズ地方を奪還か?』すみませんトゥーラさん続き分からないので読んでくれますか?」

 

ナパーロはルイの時と同様に鉄堀をしながら文字を読む練習をさせられていたが、覚えが早いもののまだ全ての文字を読めるには至っていなかった。

 

「『汚染と猛獣被害により数百年前に放棄したハウラーメイズ地方を再び奪還するときが来た。テックハンターギシュバ卿率いるチーム主導の元、都市連合軍の大遠征部隊を組織しこの地を再び都市連合の領地とする計画を遂行する。我こそはと思う者は名乗りを上げ、この大いなる計画のもとで共に英雄になろうではないか』・・・これって?」

 

「都市連合の東側にあるハウラーメイズ地方進出に向けた遠征隊の人員を募集しているらしいぜ!飯つきだし俺たちも応募してみないか?」

 

「ええ!?これに?うーん…悩ましいわね。」

 

「何でだよ?ここの説明見てみろよ。現地で自分で見つけた宝や古代技術は自分の物にしていいらしいぜ。安全に冒険出来てスキルも得られていい話じゃないか?それに出没する猛獣ってのがどうも巨大なカニらしいんだよ!」

 

「全体的に悪い話じゃないとは思うわ。ハウラーメイズ地方は昔は都市連合の領地だったけど主に酸性雨などの汚染が原因で撤退したらしいわ。最近だと酸性雨が減って農作物とかも育つようになったと聞いたことあるからそれで遠征することになったようね。」

 

「だろ?この遠征自体も成功しそうな良い計画でしょ。」

 

「ただ、この主導するテックハンターが十傑のギシュバでしょ…。たしか今7位に入っている実力者よね。都市連合のお抱えハンターで爵位まで持っているのよ。最近はギシュバ卿とかロード・ギシュバと周りの者に言わせてるようでやたら富と名声にこだわってるみたいだから現地の成果を根こそぎ持っていってしまうんじゃないかしら。募集要項も主に後続の荷物部隊のようだし、先行して調査するのはまず無理ね。それに…」

 

トゥーラはチラッとナパーロを見て話を続ける。

 

「3人で行くってこと?ナパーロはまだサバイバルのノウハウもないし連れて行くのは厳しい気がするわ。」

 

トゥーラが恐れたのはラックルの反応だ。

彼はナパーロ自身が安全であることがラックルの安全に繋がるため、未開の土地への同行は否定的の可能性があった。

連れていこうものならルイ達に見切りをつけて殺しにかかってくる可能性もラックルの人格上、充分にあり得るのだ。

 

「俺はナパーロを連れていっても良いと思うけどな。たぶんこの遠征は長期間になるからここで拠点を買って一人残すよりも、お金を装備品に費やして3人で遠征に同行するのがいいと思ってる。ナパーロはどう思う?」

 

その話を聞いてトゥーラは冷や汗を流しながらナパーロを見た。

 

「そうですね、僕は剣を持ったこともないし、相手を傷つけることも苦手ですが、お二人と一緒に行きたいです。奴隷にも関わらずこんなに良くして頂いて今度は僕がお二人の側で恩返しをしていきたいのです。それに僕は一人になったら何をすればよいのかたぶん判断できません。」

 

これはナパーロの意志だろうが、やはり問題はラックルの意志だ。

事を起こされる前に早めに意見を聞いておきたいトゥーラは意を決して語りかける。

 

「ラックル。あなたはどう思っているの?」

 

聞いたことのない名前の登場にルイとナパーロはポカーンとしているが、トゥーラは真剣な表情でナパーロを見ている。

 

そして少しの沈黙後、ナパーロが口を開いた。

 

「皆の前で俺の名前を出すとは大胆じゃないですか・・。」

 

慣れない敬語を使っているが、その場の空気が変わり、明らかに第2人格のラックルが表に出てきたことがわかった。



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22.ハウラーメイズ(面接)

新しく加入した仲間

【挿絵表示】

ナパーロ
奴隷としてルイ達に買われ仲間となる。
奴隷時代の苦しい過去により、冷徹な第2人格ラックルを内面に形成している。



「久しぶりね。話は聞いていたかしら?」

 

トゥーラは坦々とナパーロ、いやラックルに話しかける。

 

「ああ、ナパーロの心が動揺し始めているのがわかりましたからね。それよりこんな公で俺に話しかけるとは少し立場をわきまえていないようですね。」

 

ラックルは鋭い目つきを向けるが、トゥーラはめげずに続ける。

 

「それまであなたはずっと眠っていたの?」

 

「俺の詮索はしないで頂きたい。今も半ば強引に表に出たのでナパーロの意識が眠りきっていない。だからあなたの知りたいことだけ簡潔に言っておくが、『遠征に同行してもいいが安全が確保されていること』が条件だ。下手に一人だけここに残っても生きていけないからな。」

 

「わかったわ。それだけ聞ければ充分よ。」

 

ラックルは少し口元に笑みを浮かべると首を垂らした。恐らく裏に引っ込んで再度ナパーロに交代したのだろう。

 

やはりラックルは消滅などしておらず、何か少しでもナパーロに問題が起こればすぐに自分の意思で出て来れることもわかった。

 

何にせよ一番気がかりだった者の意志も確認出来たのでトゥーラも快く同意し、結局3人一緒でハウラーメイズへの遠征隊に志願することになった。

 

その間、ルイはというと意味不明なトゥーラとナパーロのやり取りに首を傾げるばかりであったが2人が同意してくれたこともあり追及することはなかった。

 

 

早速、遠征について情報を集めているとどうやらその遠征部隊は都市連合の首都ヘフトから出発することが分かり、志願者もそこで面接を受ける必要があるようだ。

それは志願者全員がついていけるわけではないことを意味している。

考えてみればこのような遠征計画も疲弊した都市連合においては10年に一度、下手すれば今後開催されないかもしれない大規模な計画だ。

失敗が許されない国運をかけた事業であるがゆえ同行者も慎重に選ぶのは当然であった。

そのためまずは見た目だけで落とされないように3人は貯めたお金で質が良く酸耐性がついている装備を着て面接にのぞむことにした。

 

「へぇ~ナパーロお前、そのコート似合ってんな!急にかっこよくなったぞ。」

 

「そんな…。ルイさんこそ凄く綺麗です。」

 

「おま…綺麗って何だよ綺麗って!」

 

まんざらでもなさそうにバチコーンっとナパーロに突っ込みを入れているルイを横目にトゥーラも坦々と旅の小道具を買っている。

 

「2人とも雨避け用のコートは決まった?次はナパーロの武器を買いましょう。」

 

ナパーロは鍬ぐらいしか扱ったことがないようだったので薙刀などの長柄武器にするか悩んだが、ラックルがサーベルの扱いに慣れていると踏んで持ち運びしやすい長剣を持たせることにした。

 

「修理品だけどないよりマシね。残りのお金は旅費としてとっておいて早いとこ首都ヘフトに向かいましょうか。」

 

「おう!」

 

こうして3人は服を新調した後、数時間かけてヘングから首都ヘフトに乗り込んだ。

道中もヘフト方面へ向かう団体が続々と集まってきているようで、到着していないのに人の道が出来ていた。

そしてヘフトに着くとこれまでの都市とは比べ物にならないほどの人で沸き返っており、都市に入りきらない人々は門の外でテントを構えるほどであった。

 

「すげーな…今まで見た中で一番人が多いぞ!」

 

「私も一度来たことがあるけど前はここまで人がいなかったわ。たぶんハウラーメイズ遠征隊が集まり出しているんじゃないかしら!それにしてもすごい数ね。」

 

事前に公表されていた情報によると、今回の遠征は現地への移住という目的もあり、選ばれた都市連合の市民による数百人単位の移住が行われるようであった。

またこの遠征を企画したのはロード・オラクルという貴族であり、スポンサーとして多額の財産を今回の遠征になげうっている。

そのため、この遠征で行軍するのは、テックハンター部隊、移住市民に加えて貴族もおり、私兵や兵士も含めるとその数は計500人にのぼる大所帯になるのではないかと言われている。

そんな人数が1つの都市に集まっているのだからこの都市のごった返した状態も頷けた。

 

「さぁ俺たちは面接だな。これで同行できるかどうか決まっちゃうんだろ?やべぇなんか緊張してきたな。」

 

「ち、ちょっと!普段通り堂々と振る舞ってよ。私まで緊張してくるじゃない。」

 

都市の中に受付スペースのような場が臨時で設けられており3人はそこで申請を終えると呼ばれるまで隅っこで待機していた。

 

「見ろよ、移住市民に子供がいる。あれ家族っぽいな。」

 

移住市民と思われる団体は多種多様な民族で構成されており中には子供や奴隷を連れ、家財道具を全て家畜に積んで引いてきている家族もいた。

恐らく新天地で一花咲かせようとしている人たちが多く集まっており、それだけ今回の遠征ひいては移住計画は都市連合の民衆からも期待されていた。

また、都市連合の国家自体もお祭りを開くなど総出で後押しをしていて、国家プロジェクトとしての本気度が伺えた。

 

そしてそうこうしている内にルイ達は面接会場の小屋に行くよう指示される。

 

「ついに面接ね…。ギシュバかまたはロード・オラクルあたりが出てくるのかしら…。」

 

トゥーラは緊張を隠すために小屋のドアを勢い良く開け、先頭になって堂々と中に入っていった。すると目の前には長テーブルの前にして3人の人間が椅子に腰かけて待ち構えていた。

 

その3人は様々な武器を背中に背負っており、恐らくそれぞれが何らかの剣術の達人なのだろうか、他者を圧倒するオーラを放っていた。

そしてルイ達が小屋の中に入るなり、その内の真ん中にいる黒い素肌をしたスコーチランド人の面接官が喋り始める。

 

「うむ。君たちが同行志願者か。」

 

両隣にいる2人の面接官も後に続く。

 

「まだ子供じゃないか。何枠の志願だ?」

 

「いいわね。可愛らしい子たちじゃない。」

 

入室するなり審査が始まっているようで面接官と思われる3人は所感をそれぞれ自由に喋り出す。

何の変哲もない言葉ではあるが面接員3人の顔は笑っておらず鋭い眼差しはピリピリとルイたちを刺していた。

 

しかしトゥーラは気負わされながらも目の前に座っている3人を静かに分析していた。

 

(この3人は服装からしてテックハンターよね。となると最初に発言した真ん中の男がギシュバかしら?さすがは十傑の一人…。威圧感が違うわ。)

 

トゥーラはまだ会ったことのないギシュバがどんな人間か気になっていた。

都市連合のお抱えハンターではあるが、長く生きれるスケルトンでもないのに短い期間で十傑に名を連ね人類の発展に大きく貢献している人物。

過去に命を救ってくれた尊敬する女冒険家リドリー以上に貢献ptを稼ぐことが出来る人は一体どんな人物なのか前から興味があったのだ。

 

そんな中面接官の真ん中にいる男が少しの間の後、口を開いた。

 

「一般公募は全部後続の荷駄隊に配属だ。重い物は荷物用ガルに運ばせるが小物などすぐ取り出したい物とかを運んでもらう。若いが大丈夫なのではないか?」

 

この言葉にルイ達は内心ホッとした。初めての面接であったが、3人とも十代の若者であり下手したら保護者なしで不採用になるのではないかと危惧していたからだ。

だが喜んだのも束の間。左隣のいるグリーンランド人が口を挟む。

 

「いや、若すぎるだろ?それに見たところ剣もろくに扱いない初心者だぜ。いくら後続部隊だからと言って戦闘力がない者達を多く配備するのはやはり不安がある。万が一先行チームが崩れた場合、後続部隊を使って立て直せるようにしておくべきだなぁ。」

 

この初心者という言葉に敏感に反応したのはやはりトゥーラだった。

 

「し、失礼ですが、私たちは一応剣士ですしテックハンターです!それなりの修羅場も切り抜けてきました。何の根拠があって初心者と断定するのですか!」

 

案の定興奮したトゥーラの横でルイは苦い顔をした。

トゥーラは冷静に見えて意外と激情的なのだ。

これでは面接官に悪印象を与えてしまう。

しかし熱くなって反抗的になったトゥーラに対して面接官は険悪な表情で凄む。

 

「ほーう。粋の良い初心者だなぁ。じゃあ根拠を上げてやろうかぁ?まずお前だが刀を帯刀している位置から右利きだろうがその場合、左手の中指から下3本に手マメぐらい出来ていてもいいのに全く綺麗な左手だ。刀の持ち方がなっていない証拠だ。そして後にいるシルバー色の女と小さいガキの2人。お前らは直前に服を新調しただろ。古着だが汚れがついていない服を着ている。面接のために見映えをよくしようとしたのだろうが、ここには使い慣れた装備で来るんだったなぁ。またガキは元奴隷か?足枷痕がまだ新しいな。それと知らない部屋に入るときは最初はドアを少しだけ開けて中の様子を確認してから入るクセはつけろよぉ。テックハンターならばトラップだらけの古代遺跡に行くこともあるだろーが?分かったか?お前たちが初心者と判断できる理由は初見でもこれぐらいあった。ちなみに聞くまでもないがお前たちの貢献ptは何ポイントだぁ?」

 

この短期間の内にこちらの力量を完全に見通されていた。

まさかこの左隣にいる口の汚いグリーンランド人が実はギシュバであり名を隠しているだけなのではないかと思えるほどだ。

となるとこの男に反抗したのはまずかった。

トゥーラは何も言えなくなり押し黙った。

 

すると、面接官の右隣にいたおばさんのテックハンターが口を開く。

 

「おいおい、こんなにかわいいこをいじめるのはよしときな。先行チームは私たちなんだからそっちが崩れないようにすればいいだけの話だろ?後続部隊にもしもの時の事を頼るもんじゃないよ。」

 

「いや、俺はどの部隊もなるべく万全にしておくべきだと言っているだけだ。新参の婆さんは黙っててくれ。」

 

「何だと?もう一片言ってみな。ネイルの錆にしてやるよ。」

 

そう言うとおばさんの面接官は背負っている野太刀のつかに手をかける。対してグリーンランド人の面接官も負けていない。

 

「ネイルってその野太刀のことか?いい歳して自分の武器に名前つけるなよ。」

 

何やら真ん中の男を挟んで面接官同士の口論が始まり、採用されるか怪しい雰囲気になってきた。

ルイ達は会話の成り行きを小さくなりながら見守っていたが、それに気づいた真ん中の面接官が声をかけてくる。

 

「うむ。見苦しいところ見せてしまい申し訳ない。本当はギシュバ隊長や副隊長に見てもらうのが一番なんだが彼らは忙しくてね。それで私たちギシュバのチームメンバーが面接官をやっているのだが、たまに意見があわないのだよ。」

 

これを聞いてトゥーラは落胆した。

面接官はギシュバではなかったことが一番の理由だが、目の前の3人もギシュバなのかと勘違いするほど洞察力も高く猛者の雰囲気をまとっていたことも追い討ちとなった。

おばさんのテックハンターでさえ背中に二刀の野太刀を背負いただならぬ気配を醸し出している。

十傑までの道のりは果てしなく遠く感じた。

しかしそんなことを考えている場合ではなかった。

 

「君たち貢献ptはゼロだろう?採用しようにも実績を表す数字が一つもない。さてどうしたものかね。」

 

見通しが甘かったのか、ルイの同行計画はいきなり雲行きが怪しくなってきていた。



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23.ハウラーメイズ(選抜組)

この遠征移住計画は必ず成功させようとする都市連合の意思が感じられる。

そのため、志願者は重大な問題さえなければ逆に何人たりとも受け入れる姿勢なのかと思っていた。

しかし、蓋を開けてみるとギシュバの部下にすら認めて貰えない状況となっているのだ。

このままでは不採用になる可能性が高い。

 

ここでルイが苦し紛れにこれまでの経歴を語り始める。

 

「そうだ!ガルベスって奴を知ってるか?俺たちはそいつを一度倒したんだ!」

 

「うむ?ガルベス…賞金首か?知らないな…。」

 

「じゃ、じゃあシルバーシェイドは?そいつとも剣を交えたことがある。負けたけど。」

 

「その者も知らない。君たち残念だが志願兵としてはやはり若すぎだな。また次の機会を探してくれたまえ。」

 

面接官は席を立とうと書類をまとめ始めるが、

このタイミングを逃したら次の機会なんて早々あるものではない。

ルイはさらにしがみついた。

 

「俺たちはブラックスクラッチで奴隷商の罠を見破ったりもしたぞ!」

 

「ほう、どんな罠を見破ったんだい?」

 

これに食いついたのは右隣にいるおばさんの面接官だ。

前のめりになって次の言葉を待っている。

ルイはここぞとばかりにこれまでの経緯を説明した。

 

もはやこの話をしても面接官の興味だけで終わるのではないかと踏んでいたが予想外のことが起こる。

この話に対しておばさん面接官は震えながら叫び出したのだ。

 

「あんた達!それで奴隷商から無事逃げ延びることが出来たんだね!辛かったねぇ!モーリス!この子達、採用しましょう。私も昔はめられて奴隷にされたことがあるからこの子たちの心情は大いに分かるわ!」

 

大声でまくしたてるおばさんの面接官に若干引きながらモーリスと呼ばれる真ん中の面接官がこたえる。

 

「と言ってもねハーモトーさん。ギシュバからは3人一致の時に採用するようにと言われています。同情で採用するわけにはいきません。」

 

真ん中の面接官が異議を唱えるがハーモトーというおばさん面接官は引き下がらない。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ!そんな体験をしたからこそ一皮剥けているって言ってんのよ!私も後続部隊担当だし、私がこの子達の面倒と責任をとるわ!分かったら採用しなさい!」

 

「ったく、これだから婆ぁは困るんだよ…。」

 

左隣のグリーンランド人が小言を言ったがハーモトーと呼ばれるおばさんの面接官には聞こえていないようだった。

 

「うむ…。責任取ると言うのなら承認しようか?ワイアット。」

 

「あぁ、どうせ反論しても長引くだけだ。」

 

「うむ。じゃあ君たち取り敢えず採用するよ。仕事内容はもう知っているだろうけど、後続部隊の荷物運搬兼護衛だ。詳しい話はハーモトーから聞いておいてくれたまえ。3日後の朝に出発するからそれまでここで待機なりしててくれ。以上だ。解散。」

 

「新参同士、仲良くやってくれ。」

 

2人の男の面接官は面倒事を避けるように小言を言うとそそくさとその場を離れていった。

 

「ふん。ちょっとばかりギシュバに気に入られているからっていい気になりやがって。これだから男は信用ならないね。」

 

後に残ったハーモトーと呼ばれるおばさんの面接官は立ち去った2人に向けて中指をたてている。

 

ルイ達は一連の流れに唖然としながらもどうやらこの面接官の一人に気に入られうまく採用されたことに喜びの笑みが隠せないでいた。

そんな心境を余所にそのハーモトーと呼ばれている面接官が説明を始める。

 

「さて、改めてだけど入隊おめでとう。私は元々行商人だったのだが最近ギシュバ隊のテックハンターになったハーモトーと言う。もう52歳の婆だがよろしくな。さっき真ん中にいた男が言っていたように3日後には出発だ。当日は後続部隊の点呼を私がとるから朝8時に遅れずにここに来てちょうだい。それまではこの都市を観光するなり準備するなり好きにしていなさい。」

 

ハーモトーは元々世話好きなのか若者好きなのかわからないが、ルイたちに遠征計画について詳しく説明してくれた。

 

やはり今回の目標は元都市連合領土だったハウラーメイズ地方の占領にあり、古都に出没すると言われているメガクラブという巨大なカニの討伐が最終目的であった。

 

カニと言う言葉が出る度にルイはウキウキしていたが、討伐は先行するギシュバ8人衆と呼ばれるギシュバの精鋭対策チームがあたるようで、後続部隊は出番はおろかメガクラブの生きた姿すら拝めないだろうとのことだった。

 

「あなたいつまでガッカリしてるのよ?」

 

トゥーラはBARにて食事しながらルイに話しかけた。

 

「だってさ…巨大カニ見れないんだろ…。遠征に志願した半分の理由が失われた気がするぜ…。」

 

「理由の半分もカニがしめていたんですか。」

 

ナパーロも変なところに感心している。

 

「でも考えてみたらルイのこの案はかなり良策ね。後続部隊とは言え大人数で比較的安全に未開の地に行けるし食事も出るし、何よりテックハンターとしての仕事をやっと出来て嬉しいわ。」

 

「まぁお宝はあいつらが根こそぎ持っていきそうだけどな。」

 

「少しでも人類復興の助力になるのが重要なの。じゃあルイは後の半分はどういう理由で志願したかったのよ?」

 

「うーん、いや大人数の移動って珍しくてあんまりないだろ?どんな感じでギシュバとか大物が大部隊の指揮するのか見てみたくてさ。」

 

「あなた変なところに興味があるのね…。」

 

するとどこからともなく下品で大きな笑い声が聞こえてくる。

 

「ぎゃはははははは!」

 

驚いて声のする方を見ると発声源はどうやらこちらを見ている四人組のようだ。

軽鎧にそれぞれ武器を背負っており様相を見るからにテックハンターと思わしかった。

年齢層も若干年上ぐらいかの青年たちだ。

突然の事に戸惑いつつもトゥーラは声をかける。

 

「あ、あの。何かようですか?」

 

すると四人組の中の一人がニヤニヤしながら返事をする。

 

「お前ら志願して後続に配置された奴らだろ?俺らも志願したテックハンターでよ。」

 

「おお、仲間じゃねーか!宜しくな!」

 

ルイは素直に喜んでいるが、相手の反応が少しおかしい。

 

「仲間?いや俺たちは前衛に配置された選抜組だからお前らとはちょ~っと違うかなぁ。」

 

それに合わせて取り巻きがまたゲラゲラと笑うのである。

 

「選抜ってどういうことだ?ギシュバが選んだのか?」

 

「お前ら貢献ptゼロだろ?俺らはある程度稼いでるから志願した時点で自動的にお偉いさん方の目に留まるんだよね。それで俺らの世代からもゆくゆくは大部隊を指揮できる後継をある程度作っておきたいみたいだから前衛の近いところで勉強させて貰えるってわけなんだ。だからお前らみたいなえせテックハンターは部隊の運営なんて気にせず後続で荷物運びしてくれていればいいわけ。おわかり?」

 

まるで自分たちは境遇も実績も違うと言わんばかりでルイ達を見下しているのである。

 

「じゃあお前らの貢献ptって奴はいくつなんだよ?」

 

「3年間で837ptだ。俺らは十傑に届くペースで活動を続けている。今回の遠征においても歴史に残る成果を上げるつもりだぜ。くれぐれも遠征隊の足を引っ張って邪魔をするなよ。」

 

勝ち気なルイが我慢できるのはここまでだった。

 

「うるせー!お前らも前衛に配属されたなら余計にギシュバ隊の邪魔になんねーようにしろよ!」

 

これに先程から喋っているリーダー格と思われる青年が反応する。

 

「なんだこら?誰に口聞いてんだてめぇ。」

 

「少しばかり貢献ptを稼げたからって調子にのってんじゃねーってことだ!」

 

「…身の程を知らないようだな。」

 

青年のテックハンター達がルイに詰め寄り、それに合わせてルイも立ち上がりガンを垂れ始める。

さすがに相手は人類に貢献活動をしているテックハンターを名乗っている団体だ。

斬りあいになるとは思えないが互いににらみ合い一触即発の状況となってきていた。

そこにトゥーラが懸念していた出来事が起きる。

ナパーロの気配が変わったのだ。

第二人格のラックルが出てきたのだろう。

こいつが出てくるタイミングは大体分かってきた。

恐らく今回のように穏やかなナパーロの性格を動揺させるような出来事が起こるとナパーロはそのプレッシャーに耐えきれず自分の殻に閉じ籠りやすくなる。

それを察知し見計らってラックルが出てくるのだ。

しかし、いま出てきたのは最悪のタイミングだ。

 

ラックルは既に自分の長剣に手をかけている。

そしてそれに気づいた相手のテックハンターがラックルの胸ぐらを掴む。

 

「おいチビすけ。てめぇ、なに剣を抜こうとしてんだ?」

 

これを見てトゥーラは顔面蒼白になる。ラックルはこの4人を殺しかねない。

 

「やめなさい!あなた達の為よ・・!」

 

トゥーラの気迫あまる声と表情に一瞬男たちは圧倒されるが立ち直って悪態をつく。

 

「揃いも揃って舐めた目付きで俺にたてつきやがって!」

 

「トゥーラ、邪魔はするなよ。」

 

『邪魔はするな』とはこれから起こそうとしている戦闘に介入するな、ということだろう。

声とともにラックルが素早く立ち上がった。

 

「ま、待ちなさい…!」

 

終わった。完全に破滅だ。

このままラックルは4人の男を血祭りにあげるだろう。

それだけの実力を恐らく有している。

しかしここはBARの中だ。

店舗護衛なども介入してくるだろう

。最早トゥーラにはここから修羅場への道を止める術が思い付かなかったのだ。

 

だがここで予想もしない人物がラックルを止める。

 

「待たれよ!そこまでだ!」

 

その人物は絡んできた4人のテックハンターの一人であった。

どちらかと言うとこの男だけ他のメンバーと一緒に笑ってもいなかったし飛び抜けた長身とガタイで初めから4人の中で浮いて見えていた。

その男が素早くラックルに近づき長剣を抜こうとする腕をガッチリと掴んだのだ。

これにはラックルでさえ目を見開き驚いている。

 

男は間に割って入りさらに続けた。

 

「若。我々は子供と遊びにきたわけではないのですぞ。この辺にしておきなさい。」

 

最初につっかかってきたリーダー格のテックハンターの男を叱りつけたのだ。

 

「…ちっ!分かった。いくぞ。」

 

若と呼ばれた青年はそのまま振り向き足早に去っていってしまった。

ラックルを止めた男も「邪魔したな」と一言呟くと後を追うように周りのテックハンターを連れてその場をあとにした。

 

その様子をルイは睨み付けるように見届けていた。

 




都市連合とハウラーメイズ地方の位置関係

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あとがき
やたら「ハウラーメイズ」という語呂が気に入ってます


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24.ハウラーメイズ(出発式)

この日はいつも通り砂嵐が吹き荒れていたが、雲ひとつない晴天であった。

建物には祭り提灯が掲げられ大通りには屋台が並んでいる。人が通りに満ち溢れており首都ヘフトはこれまでにない活気に溢れていた。

理由はやはりハウラーメイズ地方への遠征出発式に他ならない。

今日は10年に1回あるかないかの特別な日だ。ついに何百という人数が未開の土地に向けて進出する日がきたのだ。

国家の一大イベントということもあり各都市から領主や貴族、行商人などがこの日に合わせて訪れているようであった。

 

「うわー…日を追うごとに人が増えていたけど今日はヤバイな!BAR座れるとこないじゃん!ってかこんなに人っていたのかよ!」

 

壁の隅に行っても出発を待つ人だかりで足の踏み場もないくらいごった返していた。

 

「たぶん都市連合にとってもこんな総出のイベントなんて10年ぶりぐらいよ。」

 

「それほど重要なことなんだな、この遠征は。一昨日はムカつくテックハンターに絡まれて気分悪かったけど、なんかワクワクしてきたな!」

 

「どの組織にもああいう輩は一定数いるものなのね。なるべく気にしないようにしましょう。それより遅れても嫌だし、ちょっと早めに集合場所に行っておきましょう。」

 

ルイ達は人混みを掻き分けて郊外にある後続部隊の集合地点に向かうことにした。

 

集合地点には既に何人か来ており、表情も皆、活気に満ちていて談笑しあっている。

 

それを見たルイはさらにテンションが上がり見知らぬ人たちにところ構わず話しかける始末だ。

トゥーラはルイがお祭り女だったということを把握しつつ、後続部隊をまとめると言っていたハーモトーを探した。

そこにはあわよくば十傑のギシュバを一目見てみたいという願望が含まれており、もしかしたら出発前の最後の打ち合わせをハーモトーとしているかもしれないという淡い期待があったのだ。

…つまりトゥーラも少し浮かれていたのである。

 

そしてキョロキョロと辺りを見渡しているとハーモトーを発見する。

野太刀を2本クロスして背負うような者はそうそういないので見つけやすかったのだ。

ハーモトーは予想通り誰かと立ち話をしている。

話し相手は金髪で眼帯を纏っており異様な雰囲気ではあるが小柄であった。

 

(眼帯なんかしていかにもって感じね。でもちょっと背が小さい?というか…華奢ね…もしかしてギシュバって実は女性なの!?)

 

ハーモトーは眼帯の女との会話を終えるとトゥーラの視線に気がつき近寄ってきた。

 

「おーう、あんた達早めに来たんだね。感心感心。」

 

「よろしくお願いします。ハーモトーさん、いま喋られていた方ってもしかしてギシュバさんですか?」

 

「ええ?眼帯の?ハハハハ!違うよ。あいつはギシュバ隊副隊長のアウロラってんだ。若いのに大した女だろう?今回の遠征計画もほとんどアウロラが練ってるんだよ。」

 

「あんな華奢で小柄な女性がですか?すごいですね。」

 

「見た目はかよわいが一流のデザートサーベルの使い手だよ。それに滅茶苦茶怖い人だから気を付けな。」

 

「え…そうなんですか。」

 

女性でもガタイに恵まれていたリドリーに対してトゥーラも体の線が細く重い武器も扱えないでいた。

そんな中で体格がそれほど変わらない人がギシュバチームの副隊長をやっているという事実がトゥーラを勇気づけると共に憧れと応援したい気持ちにした。

 

(小柄なのに重い武器を扱えて優秀なチームの副隊長だなんて素敵だわ…。は!私って移り気な薄情者ね。私にはリドリー様がいるじゃない!)

 

去り行くアウロラの後ろ姿を遠目で見ながらトゥーラは我に返った。

 

気づくと出発の時間が近づくにつれ集合地点には続々と人が集まってきており、いよいよ大遠征がスタートするのだと実感させられる。

 

ハーモトーもせわしなく従者に指示を出し初めている。

 

「ついにちゃんとした旅が始まるんだな。」

 

「ええ。今まではどちらかというと逃避行だったものね。荷物係とは言えテックハンターとして人類に貢献できる技術を持ち帰りたいわ」

 

兵士が名前の確認作業と合わせて担当する荷物を配り始める。

一人分の荷物は大きなバックパックで纏められてはいるが体積はルイ達より大きい。

 

「うげ!でかいな。あれ持って歩かされるのか」

 

「そりゃあこちらに戻ってくるまで全行程5ヶ月の長旅だし兵士の分も持つからね」

 

「ようし、気合いれるか…あれ?」

 

3人は渡されたバックパックを持ってみると意外にも荷物は軽く感じた。

 

「結構軽くないか?」

 

「そ、そうね。女だから私たちのだけ軽くしてもらえているのかしら…。」

 

しかし周りの従者達は割りと重たそうにしているのだ。

 

「僕のも軽いですよ。」

 

ナパーロの荷物も軽いようだ。

 

「どうせなら筋トレしたいしあそこの爺さんの荷物も一部わけてもらうか?」

 

「あなた荷物持ちにもポジティブ指向発揮しないでよ…ってちょっと!」

 

トゥーラの返事を待たずにルイは近くにいる老人の従者に話しかけていた。

 

「なんだね…あんた方は…?」

 

当然ながら急に話しかけられた老人は怪訝な顔つきだ。

 

「荷物重くて大変だろ?少し持ってやるよ。」

 

これに白髪の老人はニヤリと不敵に笑った。

 

「わしも志願した身だから自分の荷物は自分で持つさ。それにわしは無限の力を持っている。心配ご無用じゃ。」

 

『無限』という心ひかれるキーワードに早速ルイが飛び付いた。

 

「無限!?底なしにパワーがあるのか?」

 

「なんじゃお主興味あるのか」

 

老人は豊満に蓄えられた白髭を撫でながら刀を取り出す。

 

「おお!まさか刀の型が無限にある達人とかか?」

 

「ふふふ、無限の太刀の使い手ウィンワン様とはわしのことだ!」

 

手のひらを一杯に広げてどや顔でポーズを決める老人の仕草に触れることなくトゥーラが話しかける。刀の話となるとトゥーラも興味があるのだ。

 

「無限の太刀…聞いたことないのですが有名な技とかあるのですか?」

 

「お嬢さん。無限の太刀には技という概念はない。そもそも古今東西すべての武器に必殺の技などないのじゃよ。あるのは駆け引き術。状況や心を読む術。生き残るための術。すべては目的を達成するための精神論なのじゃ。得物を使いこなすこと自体は術を活かすための基礎的な手段に過ぎん。」

 

諭すようにお爺さんは語っているがルイは懐疑的だ。

 

「何か最もらしい言い方だけどじゃあ具体的に例えばどんな術があるんだよ。」

 

「よろしい。それでは特別に君たち初心者も含めて全ての剣士に共通する真髄を一つ教えよう。それは…」

 

「それは?」

 

「『勝利を確信できる局面のみ仕合え』じゃ」

 

「…え?」

 

「つまり100%勝てる場合のみ戦い。その他少しでも不確定要素がある戦いは避けよ、ということじゃな。」

 

「それ駆け引き術でも何でもないじゃん!全然戦わないのと同じことじゃね!?」

 

「極論はそうじゃ。負ける可能性が少しでもある戦いを繰り返していると、いかに達人であろうといつか負ける時が必ず来る。命は一つしかないからのぉ。その一回に当たってしまった時点で全てが無になってしまうのじゃ。無闇に戦いに身を投じているといずれその者は死に至る。自然の摂理じゃろう?」

 

「いや、まぁそりゃそうだけどよ…。」

 

「一番大切な物。つまり自分の命を活かすため戦わずして勝つには何をするべきかを常に考えることが全てに共通する基本の極意じゃ。」

 

この老人はまるで自分自身をも諭すように感慨深げにウンウンと頷いた。

しかしルイの心には響かなかったのか素っ気ない反応をする。

 

「ふーん…そうか、分かった。サンキュー!荷物も持たなくていいってんならそろそろ行くよ。じゃあ爺さん達者でな!トゥーラ行こうぜ。」

 

「どうしたのよ?」

 

老人から離れるとトゥーラはルイに質問した。

 

「なーんか今一共感出来なかったんだよね。自分の命を最優先って感じがしてさぁ。」

 

「でも実際に死んでしまったら何もできないわよ」

 

「まぁそうなんだよなぁ。しかし、仲間がやられそうな時はどう判断すればいいんだろうな。仲間を置いて逃げれないだろ?」

 

この言葉にトゥーラも返答が出来なかった。

確かにウィンワンが言う極意は一人の時に有効だが守るべき大切な命が複数ある場合どのように優先度をつければいいのかこの時は答えが出なかったのだ。

そしてモヤモヤしながらナパーロのところに戻ると意外なことを打ち明けられる。

 

「ルイさんトゥーラさん。荷物のことですけど他の方の荷物も重さは同じでしたよ。恐らく長い坑夫生活に慣れて僕たちが軽く感じただけかもしれません。」

 

ナパーロが言っていることは合っていた。

お金稼ぎが目的で長いこと従事していた原鉄堀は知らぬ間にルイ達の体力や筋力を人並み以上にあげていたのだ。

軽々しく荷物を持ち上げるルイ達を見て他の従者は驚きの表情をしていた。

 

バーン!

 

荷物を持ち上げて遊んでいるとどこからともなくドラの鳴る音が聞こえる。

 

今回の遠征は移民を含めると総勢500人の大移動だ。いちいち全員に意思を伝えるのは時間がかかり困難であるため、ドラや信号用の旗で合図を送るのだ。

ドラが一回鳴ったのは出発5分前ということだ。

 

後続部隊の人員は重い荷物を背負い並び始める。

 

それをハーモトーが点検するように巡回しチェックしている。

 

ルイ達後続部隊はおよそ30人ほどで構成されており、ほとんどが志願者による混成チームとなっていた。

それを指揮するのは予定通りハーモトーであった。

先行テックハンター部隊、都市連合の軍隊と貴族、そして移民が出発した後に一番最後の部隊として出発するのだ。

 

バーン!バーン!

 

そしてついに出発の合図が鳴らされた。

今まさに史上稀に見る大規模作戦が開始されたのである。

 

都市からは天をつくような歓声が響きわたり、人々の熱狂は遠征隊の大行進と重なって地を揺らす。

後続部隊は最後の出発ということもあって行進が始まっても若干の待機時間があった。

そのためルイ達は市民の期待の目を一身に浴びていた。

 

「ひゃ~俺達まで有名人になった気分だな!」

 

ルイは歓喜する市民に対して手を振っている。

 

「ちょっと!やめてよ、私達はただの荷物係よ?」

 

「まぁいいじゃねーか、荷物も軽いし猛獣は他のテックハンターが倒してくれるし、俺たちは気張らずに旅を楽しんじゃおうぜ!」

 

「そんなに簡単にはいかないかもしれないじゃない。あ、出発みたいよ!」

 

雑談をしているとついに前方の移民集団が動き出したのだ。

 

「後続部隊、行軍開始!」

 

それに合わせてハーモトーが号令をかける。

ルイたち後続部隊30人も一斉に歩行を開始した。

 

少し歩くと大きな舞台が見えてきて兵士に守られ何人かが壇上に座り手を振っている。

どうやら都市連合のお偉いさんが高い位置から見送ってくれるようだ。

それを見て前を歩く従者同士が喋り始める。

 

「おお!あれは皇帝テング様じゃないか!?何か体が小さくなった気がするがお元気そうだ!」

 

「お前知らないのか?テング様は病気で長いこと公の場に姿を見せてない。今は代理でテングJr様が皇帝の業務を遂行しているらしい。」

 

「ふーん。お、末席にいるのはミフネ卿か。彼も出世したもんだな。」

 

この言葉にルイが反応した。

 

「おっさん!ミフネって言ったか?どいつだ?どこに座っているのがミフネだ!?」

 

従者は絡むように問いかけてくるルイを振り払って言い放つ。

 

「うわ、なんだよ!あそこの緑の洋服を来ている人だよ!一体何なんだあんた!」

 

「緑…あいつか…!」

 

マスターミフネは壇上の端で拍手をしつつも冷めた目つきでこちらの行軍を見ていた。

ロン毛で中年の男だが引き締まった体つきであり、周りにいる肥えた貴族たちとは様相が違っていた。

 

(あいつが俺の両親たちを襲ったかもしれない奴の一人か。顔は覚えたぞ…。いつか必ず報いを受けさせる。そしてニールにも…)

 

ルイは考えている最中にハッとして辺りを見回した。

今日は都市連合領内中の人々が集まっている式典だ。

そんなイベントにサッドニールが来ていないはずがないのだ。

その様子を見てトゥーラも気がついた。

 

「来ているかもしれないわね。」

 

「…ああ、そうだな。もしかすると俺たちが遠征隊として出発するのも見ているかもしれない。」

 

見送る群衆に目をやるもそれらしい姿は発見できなかったがルイはなぜか確信していた。

 

「ニール!行ってくるぜ!俺たちはまたこの旅でたくさん経験して、一回り強くなって帰ってくるからな!待ってろよ!」

 

群衆が見えなくなるまでルイは振り返り何度も手を振った。

 

遠征隊の長い行列は先頭が見えないほど長蛇となっており、これから始まる長い旅路を物語っていた。




ハウラーメイズ遠征隊の内訳

ギシュバ斥候部隊(10名)
都市連合軍・テックハンター混成部隊(50名)
貴族私兵(50名)
移民(約300名)
荷駄隊(30名)


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25.ハウラーメイズ(雲行き)

ハウラーメイズ地方は都市連合領の東側に半島のようにつきだしており、そこへの遠征計画は大きく3段階に分かれていた。

1段階はハウラーメイズ地方に入ってすぐの廃墟となった港町の拠点化。

2段階は港町から半島中央に入っていき古都に巣くうメガクラブという大きなカニの討伐とその後の拠点化であった。

そこを中心に安全領域を広げていき、その後の帰路で都市連合領内への道を確保することが3段階であった。

 

【挿絵表示】

 

遠征隊がヘフトを出発してから2日が経過していたが、ここまでルイ達後続隊には何もトラブルは発生しておらず平和で順調な行軍となっていた。

それは都市連合領内をまだ出ていないこともあったが、先発隊のテックハンターや兵士が奮闘してくれているおかげであったのだろう。

道中には盗賊や猛獣スキマー等の斬擊痕のある死体が転がっていたのである。

 

しかしいくら後続であるからと言って敵に襲われる可能性がないわけではない。

むしろ盗賊や海賊は戦闘力がなく物資を多く持つ後続隊を狙うことの方が多いのだ。

そのため死体を見るたびに従者たちに緊張が走る。もし襲ってきた場合は自分達の力で防戦しなければならないからだ。

ただ、そもそも30人という後続部隊も十分人数が多い方でありまたハーモトー含む数人の重武装兵士も同行していたためルイたちにとってこれまでの逃避行と比べるとかなり心強さがあった。

また安心している理由は他にもあった。

それは野宿中にハーモトーから聞いた話ではあるが、先を行くギシュバのテックハンター集団は斥候として常に先に現地入りし、遠征隊の歩行ルートにいる敵対分子を排除しながら進んでいたからだ。

 

 

そして現在、最前線を行くギシュバのテックハンターの斥候はハウラーメイズ地方に差し掛かろうとしていた。

 

「はーくしょん!誰かいま俺のことを想っている奴がいるなぁ?」

 

忍者のような出で立ちで口元までマスクのように覆った服を着た男が前方を警戒しながら

軽口を叩いた。それに対して近くにいる黒い素肌の男はあっさりと否定する。

 

「それはないだろ。それよりそろそろ領内を出るぞ。ここからは正真正銘、未知の領域。ハウラーメイズだ。気を引き閉めてかかろう。」

 

この先行していち早くハウラーメイズに入った二人は名をモーリスとワイアットと言い、ハーモトーと一緒にルイ達の面接官を担当した者達だ。

 

ギシュバ8人衆として信頼され腕を買われており、遠征隊の人選作業を任されると共に本業である斥候任務にあたっていた。

 

モーリスはしゃがんで地面の土を掴みとるとパラパラと落とす。

 

「虫もいるな。うむ。報告通りだ。酸性雨は長いこと降っていないようだ。」

 

「ああ、ここに来るのは長いこと待ったぜぇ。雨さえなけりゃあ後はカニ野郎だけだなぁ。」

 

「うむ。この地域には人間大ほどまで成長する狂暴なカニが出没するらしいからな。」

 

「人間大ぐらいなら何ともねぇだろ。問題は伝説のメガクラブだ。2階建ての建物ぐらいの大きさでハサミの一振りだけで人が跡形も残らないほど潰されるって話だ。」

 

「メガクラブはギシュバが長年かけて対策を練ってきたのだ。大丈夫だろう。」

 

「旦那がいればいけると思うがよぉ。やっぱ何か気になるんだよなぁ。この遠征を失敗させようとする勢力が隊に混じっているかもしれないんだろ?副隊長も元行商人のハーモトーなんかをスカウトして8人衆に加えるしよぉ。」

 

「うむ、そのことか。都市連合の反対勢力と言えば反乱農民か反奴隷主義者だな。彼らがスパイを養成できるとは思えないし、ハーモトーは後続部隊で戦闘には加わらん。紛れ込んでいるとしても公募した後続部隊までだろうから戦闘においては問題ないだろう。それにお前、私達と同じ8人衆に新参のハーモトーが入ったことが気にいらないだけだろ?」

 

「ふん。感情的になる婆ぁがうざいだけだ。お、早速前方に旨そうな奴らがいるぜ。どうする?」

 

ワイアットは前方に赤く群がる数匹に小カニ集団を発見する。

 

「海賊など人間は私達で対処してきたが、カニは初めてだし数が多い。念のためスキマークラスとして扱う。」

 

「俺たちだけで充分だけどなぁ。じゃあニムに手旗信号を送るぜ。あー、トランシーバーが欲しい…。」

 

「今時そんな高価な電子部品がどこにあるのだ。…よし、ニムロッドは…あの丘にいたぞ。」

 

モーリスが鏡の反射を使って丘を照らすと、丘もそれに呼応してチカチカと太陽の光が反射する。どうやら丘の頂上に誰かが待機しているようだ。

 

「おーけー」

 

ワイアットはそれを望遠鏡で確認すると、鞄から赤白の旗を二本取り出し、丘に向けて手旗信号を送り始める。

古典的ではあるが衛星や電波塔を使った無線等の通信技術が衰退したこの世界において遠距離連携を行うには必須な手段であった。

 

その数分後だろうか。丘からカニの集団に向けて何かが放たれる。

それは一定間隔でカニの集団に撃ち込まれ続ける。そしてカニはしばらく混乱したように右往左往していたが、じきに動かなくなった。

 

「ニムは相変わらずすげぇ射撃能力だなぁ。300メートルは距離があるぜ」

 

2人は丘に向かって合図を送るとカニの集団に近づいた。見るとカニは全て矢が刺さって死んでいるのだ。

 

「やはりこれぐらいの大きさのカニならばニムロッドのボウガンも有効のようだな。地味だが被害を出さずに確実に仕留めるにはこれが一番のようだ。小さいカニは全部彼にやってもらうとしよう。」

 

「ははは。ニムも忙しいな」

 

「彼がスナイパーとして我々8人衆に加わってくれて大分助かっているよ。これで地点Bは確保できた。一旦休憩しよう。」

 

そう言うとモーリスは丘の上に小さく見えるニムロッドと呼ばれる射撃手に手を振った。

 

彼らの戦法は一見非効率ではあるが慎重で万全を期していた。

知能が低い猛獣であれば後方の高い場所で待機している射撃手により遠巻きに敵を倒すことで味方の被害を最小限に抑えつつルートの安全を確保していたのだ。

その成果もあってここまでの工程で遠征隊における死傷者はゼロを保っており、まさに百戦錬磨のベテランテックハンター集団のみが為せる所業と言えた。

 

 

そんな彼らに倒された猛獣などの肉は遠征隊の貴重な食糧源にもなっており、このカニの肉も数日後にはルイ達の食事にも行き届いていた。

 

「うおお?この味は!?」

 

焚き火を囲う夜の野営地でルイの奇声が響き渡った。隣の焚き火のグループからも何事かと冷たい視線が向けられる。

 

「ルイ、もうちょっと静かに食べてよ。あ、この肉旨いわね。何の肉かしら。」

 

「決まっているだろ、これはカニだよ!」

 

そう言うとルイは漆黒の夜空に浮かぶ星を見上げてもの寂しげな表情になる。

 

「どうしたのですか?」

 

ナパーロは心配して声をかけるとルイは目を腕でぬぐいながらこたえる。

 

「あ、いや、カニ食べたら故郷を思い出しちゃってよ。よくニールの横で食べてたなぁって。」

 

「ルイさんを育ててくれたスケルトンさんのことですね。」

 

「そーそー前に話したろ。今頃どこにいんのかなぁ。俺たち大分離れた辺鄙な地に来てしまったけど同じこの夜空を見てんのかなぁ。」

 

暗黒の夜空に囲まれ虫の声が静かに音を奏で始めると3人は何とも言えない気持ちになった。

 

見知らぬ大地で外部からの襲撃の心配をしながら過ごす日々は、慣れていない者達にとっては無意識にもストレスと疲労を蓄積させる要因となっていた。

 

そこにルイにも負けない元気の良い声が割って入ってくる。

 

「おいおい、なにしんみりしてるんだい?ホームシックになってるのか?」

 

声の主は後続部隊を指揮しているギシュバ8人衆の1人ハーモトーだ。

 

副隊長アウロラにスカウトされた後、新参でありながら、その知識と経験を買われ後続部隊を任されるほど信任を得ているようだ。また使い古された二本の野太刀を軽々しく背中に背負う様を見る限り腕前も高いことを物語っている。

 

「いえ、ルイはクラブレイダーがいるピット地方の出身なんです。だからカニの味は懐かしかったみたいで」

 

「ほう。お前はクラブレイダーだったのか?」

 

「あ、いや…違います。カニも食べてましたし。」

 

「ハハハハ!あいつらはカニをペットとして飼って共存する奴らだからね!」

 

豪快に笑うハーモトーにルイたちはタジタジだ。

 

「あの、遠征は順調なんですか?」

 

「ん?ああ、順調だよ!先鋒隊から第1段階の港町制圧が完了したと連絡が入った!いまは既に拠点化に着手していると思うよ。明日我々も拠点に到着する予定よ。」

 

「ええ!マジっすか、すげー!めっちゃ楽勝じゃないですか!」

 

「ルイ、私達はまだ何も発見できていないじゃない」

 

「あ、そうか!俺たちの探索できる余地残して欲しいよな!」

 

「あっはっは!あんた達素直だねぇ。まだ子供だしこりゃあ白だな。」

 

「え?何ですか?」

 

トゥーラの問いかけにハーモトーは視線をそらし答える。

 

「いや、何でもないよ。それよりあそこで一人で飯を食ってる爺さんは知り合いかい?出発時に話していたようだけど。」

 

「爺さんって…ああ!無限のワンワンのことか」

 

「ルイさん。ウィンワンですよ。」

 

「うん、そんな感じ。荷物持ってやろうって言ったのに断られたんですよ!」

 

「そうかい。じゃあ知り合いってわけでもないんだね。分かった。食事の邪魔して悪かったね。明日は早いからもう寝るんだよ、じゃあね。」

 

そう言うとハーモトーはその場を去っていった。

 

「それにしてもあのウィンワンって爺さんはあの年齢なのに一人でこの遠征隊に志願したのかな?年寄りにはきつそうな気がするんだけど」

 

「そうね。それにあの人おそらく本当に刀の剣豪よ。刀を何万回も振ってきたような手をしていたもの」

 

「ひひひ、トゥーラそれって面接官の受け売りでしょ?手マメのことじゃん」

 

「う、うるさいわね。剣豪なら用心棒でもしていればいいのになぜ体力仕事の遠征隊に志願したのかってことよ!」

 

「あーたしかにそうだな。ハーモトーもそれに気づいて不思議がってたのかもしれないな。まぁ俺たちには関係ないしそろそろ寝よーぜ」

 

「そうね。少し雲ってきたわ。酸性雨ではないと思うけどコートは深く被って寝ましょう」

 

先ほどまで煌々と輝いていた星空にはいつの間にか雲がかかり始めていた。

 




あとがき(2021/4/24時点)
ここまで目を通して頂きありがとうございます!
始めから読んでくださっている方に申し訳ないのですが、
「1.はじまり」の冒頭に物語の根幹に関連する話を追加編集しました。

元々書こうとしていた内容ではありますが、
内容的に悲しい部分であり嫌煙されるイメージがあったので触れないでいました。
しかし、どうせ今後訪れるシーンでもあり、
最初の冒頭でインパクトを出してみようと思い追加しました。
ここに来てのぶっこんだネタバレっぽい追加をしてすみません_(._.)_

※ただし、悲劇のまま物語を終わらせるつもりはありません・・!


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26.ハウラーメイズ(宴)

遠征が始まってから15日が経った。既に第一ポイントの拠点化も進行しており順調に進んでしまっている。

立場を偽ってこの都市連合の遠征部隊に潜入したが、もはや遠征隊員として溶け込めており、周りは俺が反乱農民軍のスパイだなんて誰も疑っていないだろう。

大分時間はかかったがこれでようやく行動を起こせるようになったわけだ。

ここまで遠征計画を進めてきた者達には申し訳ないが俺は私情を捨てる。

都市連合を弱体化させるためにはこの遠征計画は必ず失敗させなければならないのだ。

どうせ遠征が成功したとしても貧民層の暮らしがよくなるわけではなく、都市連合の貴族たちをさらに肥えさせるためだけでしかない。

死んでいった者達を弔うためにはこの帝国は何としても潰さなければならないのだ。

そして今宵は宴会だが…。これから滅ぼそうとしている相手と一緒に飲むのは気が引けるが疑われないようにするためには致し方ない。情がうつらないよう適当にあわせてやり過ごしてやる。

 

 

ルイたち後続部隊はついに第一ポイントの拠点化された港町に到着した。

ここでは先行部隊から後続部隊まで全ての遠征隊員が数日間常駐して休憩すると共に、今後の計画修正や調整を行う期間となっている。

また、初めて一同が会する場面でもあり第一ポイントが無事に拠点化されたこともあって、今夜は貴族のロード・オラクル主催の元で宴会が催されることになっていた。

 

「いやぁギシュバ卿の手際は素晴らしいな!全てが予定通りじゃないか!これで都市連合最大の問題も解決が近いな!」

 

男にもかかわらずサラリとした髪をたなびかせ、きらびやかな服を纏いながらしなやかな足取りで第一拠点を悠々と歩くのはこの遠征計画のスポンサーでもある貴族のロード・オラクルだ。

 

【挿絵表示】

 

数人の私兵を伴いながら徐々に復活していく港町を視察し満足げな表情をしている。

 

「はっ。ギシュバ殿は現存する人間のテックハンターにおいてはもはやトップクラスの人物と思われます。しかしこれもオラクル様の多大なお力添えがあったからこそ実現できたのですぞ。」

 

側を歩く付き人の侍はここぞとばかりにオラクルを持ち上げる。

 

「ハハハ!冗談を言うな。余は金を出資しただけに過ぎん。それより今宵の宴会におけるスピーチ文は出来ているのか?」

 

「はっ。ぬかりなく」

 

「よし。後で幕内で練習しておこう!む?あそこにいるのは後続部隊か?ついに全軍が無事ここに到着できたようだな!」

 

ロード・オラクルは到着したばかりの後続部隊を見つけると何気なく隊に近づいていった。

 

「あ、待て待て、そこの若いの!廃墟のドアは開けてはならぬとギシュバが言っていたぞ!」

 

ロード・オラクルが指摘したのはルイであった。ハーモトーから一時、自由に待機しているよう命令が出たため、休むための廃住宅を探していたのである。

 

「ええ?折角廃墟の家があるのに使わないんですか?」

 

「うむ!何でも中にまだカニが潜んでいるそうだ!そちらは閉じ込めて後回しにしておいて今は急ピッチで外壁の建造を行う必要があるからな!」

 

「ええー、じゃあまた野ざらしってことかぁ」

 

「ん?君たちは女性か!よかったら今夜は余のテントに来るが良い!」

 

ロード・オラクルはピカーンと白い歯を輝かせながらニヒルな笑顔を向けるがルイたちは引き気味だ。

そしてオラクルが知らない人間と話しているのを見て側近らしき侍が駆け寄ってくる。

 

「オラクル様。そんな素性の知れない者を幕内に入れるわけにはいきませんぞ」

 

「じいは相変わらず頭が固いなぁ。だからずっと独り身なのだよ」

 

「せ、拙者のことはどうでもいいのです!平民を簡単に入れては威厳に関わると言っているのです」

 

「分かった分かった。それよりそこの廃墟には猛獣がでるため解放厳禁とでも貼り紙をしておきなさい!」

 

「承知しました」

 

「よし!万事解決!次に行こう!」

 

一向はロード・オラクルの高らかな笑いと共にその場を去っていった。

それを見送ったルイとトゥーラは休憩しながら軽く雑談をしている。

 

「あれがこの遠征のスポンサー貴族か。からみが暑苦しかったけど悪い奴じゃなさそうだったな」

 

「そうね。貴族というだけで平民を蔑んで口も聞かない人たちもいるぐらいなのに割りとフランクに話しかけてきたわね」

 

「しかし、すげーな。もう外壁がほとんど出来てて砦みたくなってきたじゃん」

 

「先行部隊や移民が大分頑張ってくれたようね。それを労うために今夜、貴重なお酒を皆に振る舞ってくれるらしいわ」

 

「ロード・オラクルは気前もいいんだな。俺たち飲めないけど飯は一杯食わせてもらおーぜ!」

 

「もう。私達このまま荷物運びのまま平和に終わっちゃうかもしれないわね…」

 

日が暮れ、皆が必死に構築したであろう急ごしらえの外壁は等間隔につけられた松明の明かりによって幻想的に輝き始める。

 

第一拠点の完成祝いとして無料でお酒が振る舞われるということもあり移民や兵士、従者たちはソワソワし始める。

それだけ資源が枯渇しつつあるこの世界においてお酒は貴重な嗜好品となっていたのだ。

今や警備担当の兵士以外は港町の中央に集まり宴の開始を待っていた。

いくつもの酒樽が用意され人々のボルテージも自然と高まっていく中、ロード・オラクルが全員を見渡せる小高い丘に登った。

 

「諸君!私はこのハウラーメイズ遠征計画出資者のオラクルである。この計画に賛同し強力してくれている諸君のお陰でこの遠征は順調に第一段階を終えようとしている。引き続きハウラーメイズを攻略するまでは気を抜かず最後まで尽力して頂きたいところだが、この遠征計画は長期間の長旅だ。今日だけはこの港町の拠点化に成功したことを祝って軽く祝杯をあげても良いと思いここに酒樽とたくさんの食事を用意した。今宵は朝まで酔いつぶれるがよいぞ!乾杯!」

 

オラクルのかけ声で遠征隊員は歓声をあげながら酒や食事にがっつきはじめた。

ルイも負けじとそれに加わって様々な料理を手当たり次第に食している。

トゥーラとナパーロはその勢いに押され隅っこでチビチビと食事をしていた。

すると、そこにハーモトーが通りかかり声をかけてきた。

 

「おう!食べてるかい?あんた達は未成年だからまだ酒が飲めないからねぇ、そのかわり料理を一杯食べときな!…ってルイはもうやってんな」

 

呆れるハーモトーにトゥーラが尋ねる。

 

「ハーモトーさんは飲まないんですか?」

 

「ん?私かい?これからアウロラ達と思う存分飲むつもりだよ!」

 

「副隊長のアウロラさんですね。ということはギシュバさん達と一緒にですか?」

 

「ああ。男は飲んだら変なことしかしないからいらないんだけどね!そうだ!あんた達も来るかい?あんたなんか一度ギシュバに会ってみたいんだろ?目を輝かせてたの知ってるよ!」

 

トゥーラは予想もしなかったまさかのハーモトーの提案に頭が真っ白になった。まさかこんな形でギシュバと会えるなんて想定していなかったのである。

 

「え?え?いいんですか!?私達名も無きテックハンターなんですよ?」

 

「はははは!会話するのに位が必要かい?ほれ、ルイもいくよ!」

 

「え?な、なんすか?」

 

念のためナパーロにはここで待っていてもらい、トゥーラとルイでお邪魔することになった。

そしてルイは何事か状況も理解出来ずに口に食べ物を突っ込んだまま腕を引っ張られていくのであった。

 

連れていかれた先はギシュバチーム専用の軍事用テントであった。

先が尖っているのは通常テントと変わりないが何より違うのは円柱型に大きく広がっており人が30人は入れるのではないかと思わせるほど巨大なところであった。

また周りは縄で固定されちょっとやそっとの嵐ではびくともせずまるで簡易的な家とも言えた。

 

そして入り口には警備兵の侍が2人たっているのである。

 

「で、でけぇ…。やはり偉い人は寝袋では寝ないんだな」

 

「考えてみればギシュバさんは都市連合専属ハンターとなってその財をなしたのよね…金持ちですごい苦手のタイプの予感…」

 

「確かに…嫌みな奴かもしれないしな。居心地悪くなったらすぐに帰れるようにしようぜ」

 

ハーモトーの後ろを歩きながら2人はこそこそと会話した。

そしてジロリと警備兵に睨まれつつも勇気を振り絞りハーモトーに続いて天幕の中に入っていった。

 

そこに待ち受けていたのは眼帯をつけた小柄な剣士、ギシュバチーム副隊長アウロラであった。

金髪の髪から覗く鋭い一つの目がルイ達を捕捉すると、読んでいたであろう本を置いて間髪いれずにハーモトーに問いただす。

 

「ハーモトー。その者たちは誰だ?なぜここに連れてきている?」

 

すました声で短く簡潔に放たれるその質問は、敵視すら無いものの始めて見る部外者に対する警戒と疑念が入り交じり、圧倒的な威圧感と相まってルイ達を存分に萎縮させた。

事前情報通り初対面でも相当怖い人だと理解できた。

 

ゴゴゴゴゴゴ…

 

(な…なんでこの人はこんな小さな体でここまで圧を出せるの?なんか効果音すら聞こえてきそうなくらい滅茶苦茶恐いじゃないの…!)

 

「そんなに威圧すると怖がってしまうよアウロラ。この子達は私の後続部隊に所属している志願兵さ。尊敬するテックハンターたちと一度お会いしたいって言うんで連れてきたのさ」

 

アウロラはジロリとルイ達を見るとツカツカと近づいてきて喋りかける。

 

「非力な女は使い物にならん。荷物持ちの仕事はこなせているのか?」

 

「は、はい。原鉄堀してたら鍛えられたみたいで一応は…」

 

トゥーラの回答にアウロラはさらに目を細くして問いかける。

 

「一応とは何だ?こなせているならそう答えれば良いだろう」

 

「は、はい…こなせてます!」

 

トゥーラは会話だけで完全に気負わされていたが理由は察しがついていた。

 

(目だわ…!この人、小柄だけど異様に眼力が強いのよ…!)

 

喋るときに眼帯の片側にある大きな瞳がこちらを真っ直ぐに見据えつつ、言葉の抑揚に合わせて細まったり見開いたりすることで会話の内容にインパクトが加わっているのだ。

アウロラと話していると何かこちらが喋らなくても心の中が読まれている気持ちになるのだ。

 

「ふむ。ハーモトー、この子達は大丈夫なのか?」

 

「ああ!私が保証するよ!」

 

「…では宴会だけ参加を許そう。ちょうどギシュバ達もロード・オラクルとの挨拶を終えて戻ってくる頃だろう。そちらのテーブルで支度を手伝ってくれ」

 

この時トゥーラはギシュバに会える嬉しさで一杯であったが、ルイはというと副隊長のアウロラに関心していた。

決して立場が低いわけでもないのに気取らずに兵士や従者ではなく自分で宴会の支度をすると言っていたアウロラに親近感を覚えていたのだ。

そして宴会の用意をしているうちに天幕の外がガヤガヤと騒がしくなる。どうやらギシュバ一向が戻ってきたようだ。

ルイ達はゴクリと唾を飲んでギシュバ達の入場を待った。

 



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27.ハウラーメイズ(ギシュバと8人衆)

「がっはっはっは!」

 

大きな笑い声で一番に天幕に入ってきたのは他を凌駕するほど巨躯の持ち主であった。

恐らくこれまで会ったどの剣士よりも大柄でガルベスの背丈をも上回っていた。

 

「おう!アウロラ!ロード・オラクルは意外と酒もいける奴で気に入ったぞ!」

 

開口一番に副隊長アウロラにタメ口をはれるということはハーモトーと同じか年上の位置。

紛れもなくギシュバチームの8人衆の一人なのだろう。直感的にギシュバではないと思った。

ルイ達の中ではギシュバは利己的で計算高い人間だったので知的な容姿を想像していたのだ。

 

(下品な笑いとどことなく田舎臭い容姿…この人は恐らく8人衆で怪力担当のポジションだろう)

 

その後にゾロゾロと人が続いて入ってくるが、やはり皆、一人一人が強者のオーラを放っている。面接官だった見覚えのある男2人もいた。

 

「全員揃ったな?向こうのテーブルに酒と食事を用意してある。用意してくれたのはこいつらだ。」

 

アウロラがルイ達を指差す。

 

「あぁ?お前ら後続部隊に志願したガキたちかぁ?なんでここにいる?」

 

反応したのはトゥーラを面接した時にダメ出しをしてきたワイアットという男だ。

 

「私が連れてきたんだよ。尊敬する十傑のギシュバ様を一目見てみたいってんでね」

 

「ハーモトーの婆ぁ!またあんたか!この遠征は社会科見学のツアーじゃないんだぞ?お守りなら後続部隊でやれよ!」

 

ハーモトーとワイアットは仲が悪いのだろうか。また喧嘩が始まる気配を見せている。しかし、それにこたえたのは副隊長アウロラであった。

 

「ワイアット、少し黙っていろ」

 

「は、はい」

 

アウロラに一括されワイアットは従順にも黙りこむ。面接官の時の威勢はどこにもなくなっていた。

 

「副隊長の私が宴会だけ同席を許可した。一流のテックハンターと交流することは若手にとって刺激になるし、我々も後輩には育ってもらいたいだろう?」

 

「し、しかしクジョウのとこに選抜組のテックハンターがいるじゃないですか。それにそいつら志願兵です。紛れこんだスパイでは…」

 

「ワイアット。黙れと言っただろう」

 

ピンと空気が張りつき誰もが喋らなくなった。

 

「まったくお前はペラペラと余計なことまで喋りおって。こいつらは白だ。私が保証しよう。スパイなら我々を調べてから遠征に参加して来るはずだが、こいつらはギシュバが誰かすら知らないんだぞ。試しに当てさせてみようか?」

 

ニヤリと笑って発せられたこのアウロラの言葉に部屋の中は再度活気づく。

 

「おもしれぇ!それはいいっすね!」

 

ワイアットも叱られたことを忘れてノリノリだ。

 

「お前たち。ルイとトゥーラと言ったな?いまこの部屋にはギシュバと8人衆が揃っている。その中からギシュバだと思う人を当ててみろ。大物の気配が漏れ出ているはずだ。もし当たったら明日からもしばらく同行する許可をあたえよう。私が鍛えてやる」

 

すました声で突拍子もないことを言い放つアウロラに対して、さすがに同行はまずいと思ったのかその場にいる全員が驚愕している。

 

「本当にスパイだったらどうするんですか!」

 

8人衆はほとんどが反対のようだ。ルイたちも嬉しさの反面、戸惑いを隠せないでいる。

本当にギシュバチームの副隊長に同行し鍛えてもらうことが出来たとしたらこの先様々な経験が出来るし、お宝も先に見つけられるかもしれない。

しかし本気なのか冗談でからかっているだけなのか読めないのだ。

ただ、これは滅多にないチャンスであることは間違いないため、ルイたちの表情も本気だ。

 

「えっと…トゥーラわかるか?」

 

しかしルイのほうはまったく見当がつかずお手上げのようでトゥーラに期待をかけている。

 

「いいえ…でも消去法で推測ができるわ」

 

トゥーラは集中して考えた。

 

いまここに私達以外に9人いるからギシュバと8人衆であることは間違いないだろう。

 

そのうち後続部隊のハーモトー、副隊長アウロラ、面接官ワイアットとモーリスは既に知っている。

あと5人だが、最初に入ってきた大男はやはり怪力担当のポジションだから外してよいと思っている。だから残る4人を慎重に見定める。

 

(確率は25%だ。これで当たれば一流テックハンターたちの行動を間近で見れるなんて…焦らずいくわよ…)

 

ギシュバは世渡りに長けており、ある程度年を重ねた男であることは経歴上間違いない。4人の中には女が一人いたが名前的にこれも省ける。

残る3人の特徴は一人は50代で蓄えられた白い特徴的な口髭、二人目は狡猾そうな兄貴肌、三人目はボウガンを背負った男だ。

 

ボウガンの男は髪がボサボサで清潔感がなく貴族と渡り合うのは苦手だろう。

 

(残る2人…ここがわからない…。どちらもギシュバっぽいのよね…)

 

あまりのトゥーラの長考にワイアットが苛立ち声をあげる。

 

「おいおい、まだかぁ?あたりはどこまでついてんだよ」

 

「ふ、ふたりまで絞ったわ」

 

「ほう。誰と誰だ?回答としてカウントしないから言ってみ?」

 

トゥーラは正直に該当の2人を指差した。その行為により反応を探るためだ。

しかし、初めからニヤついている者はいるものの予想に反して誰も大きな動きをしなかった。

 

「ではとっとと指名しろ。時間の無駄だ」

 

このやり取りを始めたアウロラでさえ理不尽なことを言い始める始末だ。

 

すると突然ルイが狡猾そうな兄貴肌の男を指差して突拍子もないことを言う。

 

「トゥーラ、たぶんこっちはクジョウって人だぞ」

 

「……!」

 

ルイの発言にその場が静まる。

 

「な、なんで知ってるの?」

 

「いや、さっきチラッとクジョウって名前が会話の中で出たときこの人が一瞬反応してたんだ」

 

確かにクジョウという名前は出ていた。その時の反応をルイが見れたのは偶然だと思うが何という運だろう。

二択のうち片方が判明したのだ。残された50代白ひげの男。この人がギシュバだ。

トゥーラは興奮を隠せずに声が上ずりながら叫ぶ。

 

「こ、この方です。この方がギシュバさんだと思います!」

 

この消去法による選択は根拠があるぶん自信があった。8人衆はアウロラの反応を伺っている。

 

すると片方しかない彼女の鋭い瞳の目尻が下がり三日月じょうになると嬉しそうに喋りだす。

 

「ほら、スパイじゃないだろ?もしギシュバを知っているスパイだったなら私達に接近するため当てに来ていたはずだが見事に全力で外してくれた」

 

「やっぱ大抵の奴はクジョウかローガンを指しますね」

 

アウロラの冷酷な面と無邪気な笑顔のギャップに面食らいながらも8人衆のやり取りを聞いて正解を外してしまったことが把握できた。

チャンスを逃した。愕然とするトゥーラにアウロラが話しかける。

 

「気を落とすな。洞察力のセンスは良かったぞ。だが、情報の内容に惑わされず、多角的に真偽を見定められるようにすることだな。世の中には意図して嘘の情報が出回っていることも多々ある」

 

「は、はい…」

 

「では、本物のギシュバから紹介を頂くとしよう。お願いします」

 

そう言うとアウロラは一歩後ろに下がった。

 

「がっはっはっは!このパターンって人生で何回目だ?わしってそんなに大物オーラでてないの?」

 

声の主は最初に天幕に入ってきた大男であった。ズンズンと足音をたて前に歩みでるとこれまた大きな声で自己紹介始めた。

 

「わしがギシュバだ!嬢ちゃん達よろしくな!」

 

「ええマジっすか!?」

 

ルイの大きな声がテント内に響き渡る。

完全に予想外だった。まさかこんな貴族とは無縁そうで田舎者のようなこの男が称号持ちで都市連合専属ハンターをやっていようとは。

 

「ははは。お前たち目が点になってるぞ。クジョウのように狡猾で打算的な男を想像してたのだろう?」

 

「ちょっと姉御、それ悪口」

 

先ほどルイが言い当てた男が反応した。やはりこの狡猾そうな男がクジョウという名前なのだろう。

 

「経歴や噂でギシュバのイメージが固まっていたようだが、国のお抱えハンターとしてギシュバが称号を貰ったりいまのその地位にいるのは私が資金調達のために勝手にやったまでのこと。実際のギシュバはテックハンターとして失われし古代技術を人類のために純粋に探し求める最強の剣士だ。」

 

アウロラの自白に対してギシュバがフォローする。

 

「まぁ最初は貴族の対応がめんどくさかったが今は慣れてきたしお前の尽力には感謝してるぞ」

 

「代表に仕立てあげ息苦しくさせてすまないな」

 

「ようし!では前座はここまでにして早く飲もう!腹がペコペコなんだ!嬢ちゃんたちの宴会への参加もわしが許可しよう!」

 

こうしてギシュバ一向との宴会が始まった。前座のこともありルイ達にとっては終始いじられながらの飲み会となったがギシュバ達の人柄に直に触れることができた。

これまで都市連合の専属ハンターに対する誤解と偏見があったが、ギシュバのように志を持って活動しているハンターも少なからずいることがわかったのだ。

ギシュバ達はスポンサー契約をして活動資金を集め、持ち帰った宝や技術で貴族への見返り金を払うだけでなく貧民層の救済活動を別途行っていた。

そしてギシュバは街中で聞いていた性格とは正反対であり、稼いだお金をテックハンター養成所や農地再生事業に費やすような漢であった。噂や情報はその経歴からのイメージが先行して歪んでいたのだ。

そして副隊長アウロラだ。この女性に出会えたことは2人にとって最大の収穫だったと言える。

ルイ達とかわらない体格にも関わらずその知恵と高い志で一流テックハンター集団をまとめあげているその様はルイにとってまさに目指すべく理想像だったのだのである。

期せずしてギシュバ一向の宴会に参加した2人はここでぼんやりとしていた目標を明確にできたのだ。




ギシュバと8人衆です

【挿絵表示】


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28.ハウラーメイズ(事件)

事件は明け方に起こった。

 

 宴会が夜遅くまで続き、ほとんどの兵士や移民が深い眠りについていたことが被害を広げる原因になったことは間違いない。

ルイ達が気づいたのも宴会が終わり寝袋に入ってから大分たったあとのことであった。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

どこか遠くない場所から断末魔とも呼べる男の悲痛な叫び声が聞こえてきたのである。

 

最初に気づいたのはトゥーラだった。

ガバッと寝袋から飛び起き辺りを見渡す。

 

 周辺は主に後続部隊の従者達が散開して睡眠をとっていたがトゥーラと同じように声を聞いて起きた者もいるようで、日が出ていない薄暗い闇の中でキョロキョロとしている様子がわかる。これにより夢ではないことを確信できた。

 

「ルイ、ナパーロ起きて。何かが起きたようよ」

 

「んあ?」

 

寝ぼけまなこに起きたルイであったが、偶然目に入った光景に絶句する。

 

「なんであそこが開いてるんだよ…」

 

昼間にロード・オラクルが言っていた廃墟の扉だ。兵士が張り紙を張り、さらに杭などで開かないようにしていたはずなのに綺麗に解放されていたのだ。

 

「よ、夜は確かに閉まっていました。怖かったのでよく確認したのを覚えています。」

 

ナパーロが言うのだから間違いないだろう。確かに寝るときは閉まっていたのだ。

 

「…中にはカニがいるのよね?さっきの悲鳴はもしかして…」

 

「ヤバイな。巨大カニは獰猛なんだ。そこらにいる数センチのカニと一緒だと思わないほうがいい。寝ている人間にも襲いかかるぞ」

 

「ナパーロ。あなたはそこに隠れていなさい。ルイと私で見てくるわ」

 

2人は急いで装備を整えると声がしたと思われる方向に恐る恐る歩きだすが、時が経つにつれ港町全体が騒がしくなってきていることに気がつく。そしてまたどこか遠くで叫び声が聞こえた。

 

「お、おい、これ只事じゃないだろ…」

 

「ルイ、あそこ!誰か倒れてる!」

 

暗くてよく見えないが数メートル先の道端に誰かが横になっているのがわかる。

 

「行ってみよう!」

 

ルイが走りだし、慌ててトゥーラも追うが、駆け寄った2人は絶句する。

倒れている人は頭部が潰されて死んでいたのだ。

 

「う…!なんてこと…これって…」

 

「ああ、カニだ。しかも3メートル級だと思う。少し食べられているようだ」

 

「!!」

 

「カニは自分より小さい生き物を補食対象として認識するけど、このカニは人間を美味しくないと思ったようだな」

 

「どうする?もうカニが街中に出ていることは上層部も気づいていると思うけど、この付近に出た場合私達だけでやれると思う?」

 

「…やばいだろうな。カニの狩猟に慣れてる俺も3メートル級は相手にせず逃げてた。ハサミを切断できるかさえ微妙だ」

 

「そう、わかったわ。では私達が寝ていた場所の付近にいる後続部隊と合流して皆で移民の人達を守りにいきましょう!」

 

「そうだな!急ごう!」

 

2人はもと来た道を引き返しナパーロがいる後続部隊のところへ戻った。

この頃になると既に異変を察知して起きている者がほとんどであり、皆武器を持って辺りを警戒していた。

 

「ナパーロ!無事か?」

 

「は、はい」

 

「みんな聞いてくれ!どうやらこの第一拠点としている港町の中にカニが出現しているようなんだ!向こうの移民が大勢いる地域で被害が出ているみたいだから全員で助けにいこう!」

 

一瞬ルイに注目が集まったが返ってくる反応は冷たい。

 

「あんた何いってんだ?俺たちの仕事は荷物を守ることだ。しかも部隊長のハーモトーの指示なしで動いたらダメだろう」

 

「しかし、武装していない移民が襲われているかもしれないんだぞ?」

 

「都市連合の侍が助けるはずだ。俺たちが危険を冒してまでやる必要はない。行くならお前らが勝手に行けよ」

 

無限のウィンワンも険しい表情でこちらを見ている。『勝算もなしに死地に飛び込むな』とでも言いたいのだろう。

 

「…移民に大きな被害が出たら移住計画が失敗するかもしれないだろ!くそ!トゥーラ!俺たちだけでも行くぞ!」

 

「え、ええ。わかったわ。ナパーロあなたはそのまま後続部隊の人達と一緒に行動して極力戦わないようにしていなさいね」

 

トゥーラはナパーロを危険な状況にしないため敢えて念押しした。

 

2人は騒ぎ声が聞こえた移民達がいる地域に走って向かい始めるが、途中でルイがトゥーラに話しかける。

 

「おい、トゥーラ。お前もカニが初めてならボウガンだけにしておいたほうがいい。1メートル級でもかなり獰猛でハサミに挟まれたら腕も切断される場合があるんだ」

 

「そうね。私は見るのも今回が初めてだし無理しないようにする」

 

「それと2メートル級でも無傷で殺すのは無理だ。なので今回は移民を逃がすことだけに集中しよう!」

 

「おーけー!」

 

気がつくと段々空が白み始め被害の様相が明らかになってくる。至るところで損傷した遺体が転がっているのだ。全員が野宿であったことがさらに被害を広げてしまったのだろう。

 

 状況に驚愕しながら走っていると前方に泣いている子供を発見する。

 

「おい!お前大丈夫か?ケガをしていないか?」

 

子供は8歳ぐらいの女の子でブルブルと震えていた。

 

「しっかりしろ。もう大丈夫だ。お前の家族は近くにいるのか?」

 

この問いに女の子は堰をきったように泣きはじめる。

 

「うわあああん!お父さんとお母さんがーーー!」

 

「親が襲われてるのか?どっちの方向だ!?」

 

女の子は泣きながらも襲われたであろう方向を指で示す。

 

「トゥーラはこの子と一緒に後から間を開けてついてきてくれ!俺が先行する!」

 

「分かった。気をつけて!」

 

ルイは慎重に歩を進める。そして廃墟の物陰を曲がったところで足を止めた。

カニがいたのだ。

 

(3メートル級だ…!こちらには気づいていないが何をしてーーー)

 

熱心に地面を見ながら何かをしているカニを見てルイは絶句する。

人間を補食していたのだ。夢中で足の先を食べており周りが見えていないようだ。

 

(…!死ん…でるか?)

 

人間が食べられている光景を目の当たりにして自覚させられる現実。これまで補食者としてカニを食べてきたが、体格差が変わることで立場が入れ替わり自分達が補食対象となっているのだ。サーベルを持つ手が震え足がすくむ。

 

 本能的にこの場から静かに離れたい欲求が頭を支配し始めた時に思いがけないことに気がつく。

 

「う…う…」

 

食べられている人間から微かにうめき声が聞こえるのだ。

 

(生きてる!気絶しているのか…!今なら間に合うか?しかしどうやったら…!)

 

ルイは葛藤していた。これまでの行動から人並み以上に正義感は強いことは明白だが、他人のために命を危険に晒してまで勇気ある行動が出来るかというと自信がなかった。

 大自然のカニに囲まれて生きてきたルイにとって3メートル級の脅威は充分に認識している分、余計に判断を迷わせていたのだ。

 

(ニールなら止めているだろうな。ウィンワン爺さんなら速攻逃走してるか?でも…ここで逃げていて、無事に遠征が終わった時に胸を張っていられるだろうか?違うだろう!遠征に同行している移民の大半は社会的に冷遇された貧民層だ。移住に希望を見出だし勇気を出してこんな危険な地域に大事な家族を連れてきてるんだぞ!)

 

ルイはこぶしを握りしめて何かを決心した。

 

(ぼんやりとしていたが今わかった気がするぜ。俺は父親やギシュバ達がしているように、貧しくて苦しくても諦めずに頑張って生き抜こうとしているこんな人達を助けたいと思ったんだ!だからここで逃げるわけにはいかない!)

 

ルイはトゥーラ達のもとに静かに戻り作戦を打ち明ける。作戦といってもルイがカニの気を引いている間にトゥーラが気絶している人を助けるといったシンプルな内容だ。

 当然トゥーラはルイの安全が気になるが、『なんとかしてカニを遠くまで引き剥がす』というルイの言葉にかけるしかなかった。

 

ルイは早速気づかれないようにカニに近づき付近にある廃墟に登る。いつもの全体重をのせたジャンプ斬りを喰らわすためだ。

 

(できれば真っ二つにしたいが3メートル級のカニの甲羅に試したことがないな…。やはり弱い節を斬ってひとつでもハサミをなくすほうがいいか)

 

カニを高所から見下ろしていると自分の心臓が爆発するほど大きく鳴動しているのが伝わってくる。カニの目は複眼のため視力が悪いが人間より視野は広い。目の位置により後方からの攻撃は比較的見づらいと思われるが、近づくと高い動体視力で反応するだろう。あの大きなハサミで挟まれたら恐らく自分の胴体は切断される。飛び込んだ瞬間が自分の最後かもしれないのだ。

 

 食事中により注意散漫になっていることに賭ける。

ルイは覚悟してジャンプした。

空中にいる時間がいつもより長く感じた。

カニがこちらに気づき、獲物を放り投げこちらにハサミを向け始める。

想定より気づくタイミングが早い。

着地前にハサミの迎撃体制が完了してしまう。

 

…失敗か?このまま綺麗にキャッチされておしまいなのか?嫌だ!死にたくない!まだ何も出来ていないじゃないか!ニールにこれまで育ててくれたお礼さえ言えていない…!死ぬわけにはいかない!

 

ドクン…

 

ルイはハサミの先が体に触れる瞬間、大きく体をひねりそれをかわした。そしてひねった回転の勢いでハンティングサーベルをハサミの根本に叩きつけたのである。

 

しかし無情にも刃は節から数センチずれた固い甲皮に止められていた。

 

(…あぶねぇ!三途の川が見えた気がする!重力をのせれなかったからハサミを切断出来なかったが獲物は離したぞ!後は逃げ一択だ!)

 

ルイは着地するなり全力で逃走を開始する。

ザッザッザッとカニが太い足で近づいてくる音を聞き、振り返らずにダッシュした。

 

(ようし!ついてきてるぞ!トゥーラ後は頼んだ!俺はカニをまいて終いだ!)

 

状況を確認するため何気なく後ろを振り向くルイであったが目前にカニの顔が近づいてきており戦慄する。

 

(…はやっ…)

 

想定より早いスピードでカニが目前まで迫ってきていたのだ。

一瞬でも振り替えるのが遅かったら死んでいたかもしれない。

咄嗟に構えたハンティングサーベルにカニのハサミが直撃し、ルイは体ごと後方へ吹き飛ばされ廃墟の壁に激突した。

 

「ルイーーー!!」

 

ぼんやりと霞ゆく視野の中で、遠くからかすかにトゥーラの叫び声が聞こえていた。



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29.ハウラーメイズ(転機)

「ルイ!!!」

 

トゥーラは出せる限りの声量でルイを呼ぶが、うなだれて応答がない。

 

「うそ…そんな…死んじゃ…」

 

ルイと出会ってから約一年足らずだが、同じ目的に向かって共に苦しみ共に励まし合いながら進んできたこれまでの道のりはトゥーラにとってかけがいのない物となっていた。それゆえルイという存在は唯一無二の戦友、いや親友となっていたのだ。その親友がいま動かなくなりカニに補食されようとしている。

 もはや恐怖は消えさり、全身は目の前にいる生き物への怒りに支配されていた。

 

「うあぁぁぁ!よくも!!」

 

敵意に満ちた形相でボウガンを発射しながらカニに一直線に走っていく。

放たれた矢は甲羅に弾かれるが、構わずに抜刀しながらズンズンと距離をつめる。

 

そして渾身の力でカニに一撃を放つ、が。

 

パキーン

 

案の定、刀は真っ二つに折れ、先端はクルクルと円を描きながらどこかへ飛んでいった。

 

「…っ!」

 

後ずさりするトゥーラに対してカニは容赦なく間合いを詰め始める。

助けた女の子も何もできず悲愴な表情でその様子を見ていた。

 

この場面でナパーロがラックルに変わってヒーローのように登場するとは到底思えないし距離的にも期待できない。

 安全と思っていたこの旅は意外な形で幕を閉じようとしていた。

 行方不明の父親を探せておらず親友を見殺しにし、まだ人間社会に何も貢献できていない自分の無力感とこの絶望的な状況に、トゥーラは情けない気持ちになり自然と涙した。

 

自分の人生は所詮こんなものか。偉大なテックハンターになるなんてこと自体、一般人の自分にとっては夢のまた夢だったのだ。

 

トゥーラは手に持っていた折れた刀を下げた。

そしてゆっくりとハサミが振り上げられトゥーラを挟まんとした矢先だった。

 

ダン!

 

何かがカニの甲羅に突き刺さる。

同時に聞き覚えのある嫌みな口調が耳に入ってきた。

 

「ほーう、3メートル級と戦うとは少し骨のある奴がいるぜぇ」

 

口元まで覆ったシャツから見下すようにのぞく細い目付き。

ギシュバ8人衆の一人ワイアットだった。

後ろには同じく8人衆のスナイパー、ニムロッドもいる。

 

先ほどカニに刺さったのはニムロッド自慢の対猛獣用ボウガン『スプリングバッド』による重たく厚い矢だ。

この二人がここに派遣されてきたということは本部はやはりこの異常事態に対応を始めているということなのだろう。

 

「なーんで町のど真ん中に3メートル級がいるんだよ。廃墟に住んでるサイズじゃねぇだろうがぁ!」

 

呆然としていたトゥーラもワイアットの言葉を聞いてハッとする。言われてみればその通りなのだ。既に港町は急ごしらえの壁で囲まれており入り口は衛兵が固めている。壁か入り口を破られない限り大型のカニが出没することはあり得ないのだ。

 

「誰かの手引きで入ってきたか?ああ?かに鍋にしてやろうか!」

 

ワイアットは恐れもなくカニとの距離を詰め肩に背負った忍者刀を抜く。

 

通常の刀でもカニの甲羅に傷をつけられずに折れてしまったのに、軽くて細い直刀の忍者刀でカニに立ち向かえるのか。しかし自信満々にカニの前に立ちはだかる男の背中はトゥーラにとって心強さ以外なにもない。そして、ギシュバ8人衆の腕前がいかほどのものなのか。トゥーラはこれから始まる戦いを直視していた。

 

「おいガキ。惚れるのはいいがちょいと後ろに下がってろ」

 

視線に気づいたワイアットは冷たい言葉ながらトゥーラを気づかう。

狙撃手のニムロッドがトゥーラの腕を引いて退避するのを見届けるとワイアットは武器を構え完全に戦闘体制となった。

 

しかし、いざ対峙しても仕掛けようとせずユラユラと揺れているのだ。

カニもこのワイアットの独特な動きに狼狽しているのか襲いかからずに泡を出しながらジッと見ている。

 

だが次の瞬間ワイアットが少しカニに攻撃を仕掛けるような仕草を見せた。

それに合わせてカニも動く獲物に対して反応したのか先制してハサミをつき出す。

ワイアットはこれを待っていた。自ら先に仕掛けてもカニの動体視力により防がれてしまう可能性があったが、自分の身を囮にして先にカニに飛び付かせることで攻撃に意識を集中させる。

その攻撃モーションをギリギリで避けながら懐に飛び込み、唯一刃が通る部位であるカニの左目に忍者刀を正確に突き刺したのだ。

 

 カニは暴れながら後ずさりするが、ワイアットはさらに潰れた左目の刺客側に移動しながら接近し、ポケットからクナイを取り出してカニの右目に投げつけた。

右目にもクナイが刺さったカニは最早何も見えないのか暴れて廃墟の壁に激突する。

 

「っし!後は侍どもに料理されてろ」

 

カニを戦闘不能にするまでようした時間はおよそ1分だった。ほとんど鎧を纏っていないワイアットはこれまで見たことのないスピードで3メートル級のカニをいとも簡単に屠ったのだ。

 

「あー…完全に二日酔いだ。頭いって…」

 

(余裕すらある…これが8人衆…)

 

カニを倒した後フラついているワイアットを見てトゥーラはただただ驚愕していた。

 

「お嬢さん。相方は無事のようだぞ」

 

そして聞こえてくるこの呼び掛けにハッとして振り替えると、ルイの様子を見ているニムロッドがいた。

 

「う、うーん…」

 

ルイも何かうわ言を言っている。

 

(良かった…!動いている!心配させないでよ…)

 

トゥーラはルイが生きていることを確認できるとホッとして胸を撫で下ろした。

 

「吹き飛ばされて壁に激突した時に頭をうったのかもしれないな。軽度の脳震盪だろう。念のため本部にいる医療担当のバーバラに見てもらえ」

 

「俺達も状況を把握するため一度本部に戻るぜ」

 

少女も連れて本部にいくと兵士が慌ただしく動いている。負傷した人も運びこばれてきており何か惨事が起きていることを物語っている。

 

「ワイアット!そっちはどうだった?状況を報告しろ」

 

トゥーラ達を出迎えたのはアウロラであった。どうやら現場の指揮をとっているようだ。

 

「はい、向こうにいるでかいカニは大体片付いたと思います。やはり移民に被害が出ているようなので兵隊と救護部隊を向かわせた方が良さそうっす」

 

「そうか。お前、背中に担いでいるのはルイか?」

 

ワイアットは頭がまだボーッとして歩けないルイを背負って本部まで送ってくれたのだ。初対面からの口の悪さで嫌厭していたが、意外な一面を見せてくれていた。

 

「こいつら3メートル級とやってたんすよ。脳震盪を起こしたようなんで持ってきました」

 

「ほう。勇ましいじゃないか。では救護室につれていけ。後で指示する」

 

こうしてトゥーラたちは医療のスペシャリストである8人衆の1人バーバラの治療を受けることになった。

 

バーバラはルイの状態を見た際、無力感に打ちのめされていたトゥーラにも気づき「新人のうちは生き残れてさえいれば上出来だ」と言って勇気づけた。

医療だけでなくメンタルサポートも担当している彼女の言葉は、この時トゥーラの胸に深く刻まれることになる。そして二人は再度アウロラに呼び出された。

 

「ルイ、どうだ?もう吐き気とかはないか?」

 

立て込んでいる状況のはずなのに業務を中断して2人に会おうとするアウロラの心情を理解できず困惑しながら答える。

 

「は、はい。大丈夫だと思います」

 

「そうか。お前達が治療を受けている間にワイアットから詳細を聞いた。少女を救っていたようだな。その少女からも事情を聞いている」

 

「あ!そうだ!俺達は女の子の両親を探してたんです!」

 

「はぐれた親も見つかったから心配するな。それよりお前たちに任務を頼みたい」

 

任務という言葉を聞いて2人に緊張がはしる。

まさか最高峰のテックハンターから直々に指示を仰ぐことになるとは思ってもいなかったからだ。しかも相手は鬼軍曹とまで言われているアウロラだ。どんな過酷なことをやらされるのかわからない。天幕の外の喧騒はまだ止んでいないことからカニと戦わされることもある。

 

(あり得ないことじゃないわ。惨事はまだ収束していなさそうだしさっきワイアットは私達が戦っていたと報告していた。戦闘員が足りなくなった場合、兵士として戦いに駆り出される可能性は充分にある…)

 

そんなトゥーラの心境をよそにアウロラは話を続ける。

 

「確定ではないがどうやら門兵がこの港町にカニの集団を引き込んだようだ」

 

「…え!?」

 

2人はアウロラが言っている意味が分からず言葉に詰まる。

 

「門兵は2人体制で回しているのだが、一人が後ろから首を切られた死体で見つかった。そしてもう一人は行方不明となっており容疑者として探している」

 

「容疑者?門兵の担当って都市連合の侍兵士ですよね!?」

 

「外部から大型のカニを引き込んだと思われる門兵は遠征に自ら志願したらしい。前々からスパイとして計画的に潜り込んでいた可能性があるのだ」

 

アウロラは2人の反応を伺うように打ち明けた。

 

「スパイ!?意味わっかんね!人類の食糧問題を救おうって計画をなんで邪魔する必要があるんすか?」

 

「…利権が絡んでいるからだ。我々テックハンターはこの計画に人類救済の目的を掲げているが、同時に都市連合の領土拡大という事業でもある。そうなるとどうしても貴族の利権による対立やよく思わない反対勢力が出てきて妨害が発生する」

 

「兵士の中にもそんな奴らがいるんじゃメガクラブなんて倒せないじゃん!」

 

「もともと都市連合兵には多くの期待はしていない。我々テックハンターの力のみで討伐するつもりだったからな。だが今回の騒動で後続部隊だけでなく兵士にも気を配らなくてはならなくなったのも事実であり人手が足りないのだ」

 

「それで私たちに?」

 

「そうだ。トゥーラはハーモトーに、ルイは私の下にそれぞれつき手足として動いてもらう」

 

突然のアウロラの指示に2人は唖然として固まってしまった。



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30.ハウラーメイズ(任務)

「あの、具体的な任務は何ですか?」

 

トゥーラは恐る恐るアウロラに質問した。

 

「これから都度指示する。トゥーラお前はハーモトーのもとで一緒に任務をこなせ。あの人はお前と同じく太刀を使う。ついでに剣術を教えてもらうといい。そうだ、たしか刀を折ったと聞いたぞ。この忍者刀を代用しろ。ワイアットの予備だから好きに使っていい」

 

アウロラはそう言って世界に名高い名工カタンスクラップマスター製の武器をトゥーラに手渡した。

 この状況に追い付いていない2人はしどろもどろになる。

 

「え、どういうことですか?一緒に?」

 

「ようは一緒に同行する付き人になれということだ。ベテランを間近で見るのはお前達も望んでいたことだろう?現状の我々も人手が欲しい。利害が一致したと思え」

 

「ま、マジっすか!」

 

過剰な反応をするルイにアウロラの目付きは険しくなる。

 

「なんだ?嫌なのか?まぁこき使うがな。それとお前はサーベルを扱うようだから私がミッチリと鍛えてやる。血反吐を吐くぐらいにな」

 

ルイの表情はみるみると蒼白になっていく。

アウロラは理想像のテックハンターではあった。が、厳しさに加えて酒乱の気があったのだ。ルイは宴会の時に酔ったアウロラにあんなことこんなことをされたのを思い出していた。

 

「あ、トゥーラ、思い出した。俺、ハーモトーさんに刀の扱いも教えてもらいたかったんだ」

 

これにトゥーラもギョッとして反応する。

 

「と、取り敢えずルイはメインのサーベルからでしょ?私も折角忍者刀を借りれたんだしまずはハーモトーさんについてみるわよ。ギシュバ隊の副隊長のもとでなんて滅多にできない経験よ?」

 

「じゃあトゥーラが…」

 

「何をゴチャゴチャやっている!トゥーラは早くハーモトーのところへ行け!既に話はついている。ルイ!お前はこっちだ」

 

悲壮感漂うルイにトゥーラは「酔ってなきゃ大丈夫よ…」と励ましの言葉を送った。

ルイは去り行くトゥーラの後ろ姿を恨めしそうに見送った。

 

「なぜ死にそうな顔をしてるんだ。何もお前のような初心者に危険な任務を与えたりはしない。

今朝の騒動については大事に至らず落ち着きつつあるしな。お前は門にいって再度何か痕跡が残っていないか探してきてくれ」

 

「どういうことです?門を再度調べる意味があるのですか?もう調べ尽くされているのでは…」

 

「行方不明である容疑者の門兵だが外の世界で一人で生きていけるはずがないし、外からカニを港町に誘導し、廃墟の扉を開けてまわったと思われる者を暗闇で数人の歩哨が目撃している。となるとスパイが港町を出れるタイミングがないのだ」

 

「まさか門兵がまだ中にいるということですか?」

 

「…いや、中はくまなく探した現状それは考えにくい。可能性があるとすれば門兵の他に別のスパイがいるということ。そしてそいつは門兵に罪を着せて自分は潜伏しようとしていることだ」

 

「まさかそんな奴が…!」

 

「あくまで可能性の話だ。だからお前は門兵の足取りが何か掴めないか探してくれ。まぁ手がかりを残してくれているとは思えんがな」

 

この言葉をもとにルイは門の付近を調べることになった。港町はまだ少し騒然としていたが、時がたつと落ち着きを取り戻し、門は人の出入りも増えてきた。通りすぎる人たちは怪訝そうにルイを見ながらその場を通っていく。

 しばらく門付近を探し回ったが結局何も手がかりになるようなものは見つけることが出来ずルイはいったんアウロラの元に戻ることにした。

 しかしアウロラは戦果をあまり期待していなかったようで、気にせず次の任務を言い渡してきたのだ。なお、ルイが戻る頃にはナパーロ含めて今後の任務が決まっていたようで結局ナパーロは後続部隊として当分港町にて積み荷の整理や区画整理などの仕事に携わることになった。そのため3人はそれぞれ別の仕事を当分行うことになった。

そしてルイの次の任務はというと…

 

「伝令…ですか?」

 

「そうだ。この地図を見ろ」

 

言われるがままにルイは机上に広げられた地図を覗きこむ。そこにはハウラーメイズ遠征における現状の部隊配置や調査状況が記載されているようであった。

 

「うお、これ後続部隊の俺が見ちゃっていいんすか?」

 

「確かに志願組の後続部隊メンバーは疑いの対象にはなるが、お前たちは人を騙せるような性格じゃないだろう。それにこの情報をスパイが知ったところでどうすることも出来まい」

 

「う…そうですか」

 

「続けるぞ。いま私達テックハンターはこの第一拠点を中心として付近にある増えすぎたカニの巣を減らしているところだ。お前は巣の情報を斥候班から聞いたら討伐班にその情報を伝える役目だ。斥候と討伐の班は複数あり、せわしなく情報が来ている最中で手が回ってないのだ」

 

「わかりました」

 

「では早速だが最初の伝令だ。ここのポイントにいま討伐班がいるのだが、近くに新たな巣を発見したので討伐に向かうよういってきてくれ。討伐班の班長は8人衆のクジョウだ。覚えているだろ?」

 

シンプルな任務ではあるが、思えば未開の地にてルイ一人の単独任務は初だ。港町を出る前に心細くなっていたルイはトゥーラとナパーロに挨拶していこうとしたが、2人ともハーモトーの付き添いで留守だったためやむなく出発した。

 地図を頼りに指示された場所に歩き始めるが地形が複雑で見通しが悪い上に見慣れぬ土地だ。数歩あるいてから港町に戻ってこれるのか不安になる。

 振り返りと既に港町は見えない。言い知れぬ不安に襲われつつもルイは先へ進んだ。

 するといくつかのカニの死体と遠くに数名の剣士が立っているのを発見する。

恐らくあれが討伐班なのだろう。積み重なったカニの死体がこの剣士達の強さを物語っている。広い荒野の中に人がいることだけで安心したのかルイは全速力で駆け寄る。

 

「おーい、あんた達の中にクジョウって人いるか……って、ああーーーー!!?」

 

「お前は…!」

 

ルイは話しかけて絶句する。

佇んでいた男達は酒場で絡んできた自称選抜組のテックハンター達だったのだ。

 

「んー?誰かと思えば俺たちの宴会に混ざってた嬢ちゃんたちか。なんでここにいるんだ?」

 

飄々と問いかけてきたのはやはり見た目が狡猾そうに見える8人衆のクジョウだ。

恐らくこのクジョウという男が選抜組テックハンター達を牽引してカニの討伐を行っているのであろう。

 

「いや、俺はアウロラに頼まれて次の討伐ポイントを伝えに来たんだ」

 

「副隊長にだと?お前のような奴にそんな任務を任せるはずがないだろう」

 

酒場で絡んできた青年が悪態をつくが、ルイは証明するように伝令書をクジョウに手渡した。

 

「ほほー。伝令は本当のようだ。姉御が会ったばかりの奴を使うなんて珍しいな。お前気に入られたな」

 

ルイはその言葉に嬉しいのか不安なのか複雑な心境になった。

 

「馬鹿な!俺たち選抜組と同じ8人衆直下扱いだと?しかも副隊長が直々に弟子にするとは…!」

 

「キアロッシ君。弟子だなんて大袈裟だぞ。姉御はたまに気まぐれで動くこともある。君達がテックハンターの未来を担う選抜組であることにはかわりないので君達のペースで成長してくれればいいのさ。さてルイ君。君はまた港町に戻るだろ?伝令は承知したと姉御に伝えておいてくれ」

 

このキアロッシと呼ばれる青年テックハンターとルイをこれ以上一緒にしておくのはよくないと思ったのかクジョウは早々とルイを帰らせた。

 

ルイはキアロッシにガンを飛ばすともと来た道を全速力でかけ戻りアウロラに報告した。

 

「よし、クジョウには伝えられたか。夕飯を食べたら次の任務だ」

 

「え?ここで夕飯ですか?後続部隊に帰って食べるんじゃ…?」

 

「いまトゥーラはハーモトーと別の遠い場所に行っている。わざわざ一緒に食べる必要もなかろう。ほら、時間がないんだ。早く食べてしまうぞ」

 

見るとテーブルの上に2人分の食事が置いてありアウロラが食事を始めている。

 

「アウロラさんと一緒ですか…お酒飲まないですよね…?」

 

「貴様、酒が毎日飲めるはずないだろう!しかもお前は未成年だろうが!」

 

「は、はい!」

 

渋々対面で食事を始めるルイは何気なくアウロラに質問をする。

 

「あ、あの。何で俺達を使ってるんですか?伝令は侍新兵にも出きるのでは?」

 

この質問にアウロラは食べていたパンを置き口を拭くと神妙な面持ちでルイに質問を投げ返す。

 

「お前はテックハンターの殉職率を知っているか?」

 

「いえ…。知りません」

 

「43%だ。半数近いハンターが引退を前に命を落としている」

 

「そ、そんなに亡くなっているんですか!」

 

「ただでさえ活動人数が少ないのに昨今はさらに年々質のよいハンターの総数も減少している。だからお前たちのような若手に死なれては困るのさ」

 

「え、それって俺たちが…」

 

「もう無駄口はいいから早く食え。食べないのであればそれは私が貰うぞ!」

 

「はい!あ、いえ俺が食べます!」

 

アウロラは夜も仕事で忙しかった。カニの生態系を崩さないよう慎重に今後の巣を減らす計画をたてたり、それに合わせた都市連合兵の配置計画をロード・オラクルに提案しにいったり、移民が速やかに漁業や農業などの仕事に移れるよう港町の区画整理を行ったり、日中帯はカニの除去を始めとして遠征の進捗確認、食糧の確保状況や防壁の強化状況の確認とまさに馬車馬のごとき働きぶりであった。

 ルイはその間ついてくるよう言われていたが自分がなぜアウロラの下につけられたのか分からなくなるほどあまり役に立てることがなく、ただただアウロラの仕事ぶりを見させられていた。

 

「あの、ハーモトーさんもアウロラさんと同じような仕事してるんですか?」

 

ルイはふと何気なくアウロラに質問した。トゥーラが何をしているのか気になったからだ。この3日間ほどトゥーラとナパーロにも会えていないのだ。

 

「いや、ハーモトー達の後続部隊は移民の活動をフォローする実務を担当している」

 

この回答はルイにとって意外であった。いま現在アウロラがやっているような遠征全体を管理するような業務は確かに自分も興味はあったのだが実際に目の当たりにすると貴族や移民との調整や折衝、それを受けた検討、検証など、何も答えがないところからどうするべきかを自ら考える必要があり、ルイが最も苦手とする内容であったからだ。

 

(どう考えてもアウロラの仕事はトゥーラのほうが適任だろ。扱う武器種で決めたんだろうけど俺とトゥーラを交換したほうがいいじゃないかなぁ)

 

「お前も実務をやりたいのか?」

 

表情からルイの心情を悟られてしまったのかアウロラが鋭い口調で尋問する。

 

「あ、いや、はい…。何も考えずに体を動かすのが好きなんで…」

 

「お前が管理業務が苦手そうなのは分かっていた。だから敢えてこの業務をやってもらっているのだ」

 

「ええ?」

 

「若いうちから得意なことだけ選んでやっていても対して成長はしない。まぁ1つの事を追求して極めるのは将来的には大事な事だが、今後大きな事をやっていきたいと考えているのならば今はあらゆる事を経験しておくことだ。その多くの経験が今後のお前の活動を助ける糧となるはずだ」

 

この時ルイは具体的な目標はなかったがこの言葉に感嘆した。思ったよりアウロラは何事も深く考えて決めている。ここ数日出会っただけの相手の今後の人生を考えて、いまルイに何が必要か、足りていないのかまでも検討している。恐らくアウロラの仕事は論理的な思考ができるトゥーラに手伝わせたほうが効率的に進められた筈なのにも関わらず、長期的な視野で仕事を考えてくれていたのだ。

 

 見ている世界が違う。

ルイは剣の強さとは違うトップクラスのテックハンターの姿を垣間見た。

 

「まぁ管理ばかりじゃ退屈なのは気持ちはわかるぞ。これから私達もカニの巣の排除に向かう。ついてこい」

 

ルイが感心していると、急にとんでもないことを言ってアウロラはニヤリと不敵に笑った。



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31.ハウラーメイズ(無想剣舞)

「え?カニと戦うのですか?」

 

急なアウロラの宣言にルイの背中はピンと張りつめる。

 

「そうだ。思ったより巣が多く報告されていてな。除去に手が回っておらず計画に遅れがでているのだ」

 

「計画に遅れが出ていても慎重に進めるべきではないのですか?何もアウロラさんが危険な場所にいく必要はないのでは…」

 

ルイが否定的な回答をした理由はカニと戦うことに恐怖したわけではなかった。

ここまで来るとルイでさえこの遠征計画が誰によって立案され実行までもってこれたのか、つまりキーマンが誰なのか理解できていたのだ。ギシュバのカリスマやオラクルの財力もそうだが、これらを上手くコントロールし、この計画事態を牽引しているのは恐らくアウロラだ。この人を失うとこの計画自体も破綻する。そんな気さえ起こさせるほどこの人の手腕は群を抜いていたのだ。

 

「ほう、お前もやっとお前なりに考えるようになったな。しかし本質を見抜くことはまだまだのようだ」

 

アウロラの言葉通り、これまでのルイは遠征計画に関する自分の意見などまったく考えてもいないし興味がなかった。しかしここ数日、遠征に関して様々な側面を見させられ、自然と色々な視野で考えられるようになっていた。

 

「様々な要素を見て何が重要か見極めろ。私の業務はモーリスやローガンが引き継げる。それよりこの遠征に不可欠なリソースが他にもある。それは資金だ。調達した食糧。都市連合兵。不足を補うために雇ったテックハンターや傭兵。それらを用意するために多額の資金をロード・オラクルが用意してくれているが永久に出せる金額ではない。そのため計画した期間を遵守することが必達事項なのだ」

 

この言葉は大きな部隊を動かす上では正論なのだろうがこの時ルイはまだ素直に受け止めることが出来ずにいた。しかし、既にアウロラから軍隊式教育を受けている最中だったこともあり思うところは心にしまうことにした。

 

「ハーモトーから聞いたがお前はある程度カニと闘り慣れてるんだって?」

 

カニの巣討伐に向かう道中でアウロラが問いかけてきた。

 

「はい。ピット地方に住んでたので」

 

「なぜここに来た?ピット地方にいてクラブレイダーと仲良くしていれば生活に困ることはなかっただろう」

 

「うーん…最初はただ生活に飽きて単純に外の世界を見てみたいって動機だけだったんですけど、奴隷の実態を見たりトゥーラからテックハンターがやっていることを聞いたりしているうちに漠然とですけど皆が食べ物に困らず幸せに生きていける世の中を作りたいなって…」

 

「ほう。夢物語のような話だが嫌いじゃない。私の理念と通じる物がある」

 

「アウロラさんはなんでテックハンターになったのですか?」

 

「話すと長くなるのでいつか教えてやる。それよりもうすぐ着くぞ」

 

ルイはこの言葉を聞いて一気に緊張する。なぜなら討伐に向かっているメンバーがアウロラとルイの二人だけだったからだ。てっきり誰か増援と合流するのかと思っていたが、先ほどの言葉といいルイもカニと戦うための戦力としてカウントされているのだろうか。

やれるとしても2メートル級までだし一度に何匹もなんて到底相手にできない。

 

そして現場に到着するとルイは絶望的なカニの数を確認する。

 

「大小あわせて約10匹てとこだな」

 

アウロラは平然と数を数えている。ルイの実力を過剰評価した上での余裕だとすると非常に危険だ。ルイはアウロラの次の行動を固唾を飲んで見守った。

 

「さて、私はデザートサーベルを好んで使うがお前のハンティングサーベルの剣術に通じる物があるはずだ。よく見て技術を盗め」

 

そう言うとアウロラは背負っている大きなサーベルをズシリと下ろし前に進み出た。

 

(よく見るってもしかしてアウロラさん一人でやろうとしているのか?3メートル級も一匹混じってるぞ!?)

 

そしてもう1つ気になることがある。

アウロラはルイと同じくらい小柄な体なのに重たい部類のサーベルをどう使いこなせるというのか。両手で持ち上げる仕草さえ、もっさりとしているのだ。

 

「非力な者が重たい武器を扱う場合は力の流れを途切れさせないことだ」

 

そう言うとアウロラは初動こそゆっくりであったが、以降はまるで舞を舞うかのように軽やかにステップを踏みデザートサーベルを遠心力を使ってクルクルと棒切れように振り回し始めた。

そしてそこから止まることなくカニに近づき目前にいる2メートル級のカニを真っ二つに一刀両断したのだ。

 

「…!」

 

ルイはこれまでカニと対峙したとき相手を殺す必要がなく、足やハサミを取るために切断しやすい関節を狙っていた。そもそも固い甲羅をサーベルで割れる気もしなかった。

だがアウロラはそれを容易くやってのけたのだ。

 

(舞うことで遠心力を維持し、斬擊の際に重力ものせることで全ての力を余すことなく叩き込んでいる…!)

 

ここからカニの群れの反撃が開始されるが、アウロラは舞を止めることなくハサミを避けつつその間に一匹一匹確実に仕留めていく。

アウロラの射程に入ったカニから削り取られていく様はまるで小さなハリケーンのようであった。気がつけば残る3メートル級のカニ一匹となっていた。

この時点でようやくアウロラは踊りを舞い終え片足たちでピタリと動きを止めた。

足下に散らばる赤い破片と相まってそれはまるで演舞の終わりにさえ見えた。

 

「ふぅ。久しぶりに動くと肩がこるな」

 

何事もなかったようにルイの元に戻ってきてそう告げたアウロラはかすり傷すらついておらずすまし顔だ。

 

(な…なにこの動き…。ギシュバ8人衆はバケモノ集団なのか?こんなの真似できるわけねー…)

 

絶句しているルイに対してアウロラは非情な言葉を言い放つ。

 

「あの3メートル級はお前がやってみろ。先日失敗したんだろ?リベンジするんだ」

 

「え?」

 

思わず固まった。よりによっていまだ勝てたことがない一番大きい奴を残してこの発言。実戦は貴重な成長機会と言えど、アウロラが鬼軍曹と呼ばれている所以を思い出した。

 

「剣舞を知っているか?攻撃しないときも動きを止めるな。先程のように力の流れを捉えればカニの関節ぐらいお前でも容易く切断できるはずだ」

 

天才が凡人に簡単なアドバイスをしたところで何かが変わるとは到底思えない。

絶望を感じながらルイは前に出る。

 

なぜこんな勝ち目のない戦いをアウロラはさせるのだろう。自分の命も含めて人の命を軽視しているのではないか。ここで自分が覚醒すれば儲け程度の感覚なのだろうか。

ルイの頭の中はアウロラに対する猜疑心が混じり戦闘前なのに上手く考えがまとまらないでいた。

 

「雑念は捨てろ!まずは言われた通り舞い続けてみろ。基礎的な運動量は鍛えてきたんだろ?」

 

心境を見透かすかのごとくアウロラが活を入れる。発破をかけられたルイはもはや腹をくくるだけだった。

 

(ハサミは体を吹き飛ばすほどの威力だ。直撃したら即死だろう。必ず避けなければいけない。避けるだけなら…見馴れているカニの動きだ。いけるかもしれない)

 

ジリジリと3メートル級のカニとの間合いを詰める。

 

「もっと動け!相手に照準を絞らせるな!」

 

横からの声が聞こえ、思い出したように先ほど見ていたアウロラの剣舞を見よう見まねでやってみる。

するとどういうことかカニが少し戸惑ったように見えた。魚介類の気持ちなどわかるはずがないのにそう直感できたのだ。

 

(少し誘ってみるか?)

 

自分の心も若干余裕が出来た気がしたこともあり、ルイはフェイントをいれてみた。すると、カニがピクリと動く。

 

来る…!

 

フェイントに釣られてカニが猛烈な瞬発力でハサミを振り下ろしてきたのである。

しかしルイはそれを体制も崩すことなくヒラリとかわすことが出来たのだ。

ハサミが直撃した地面はぽっかりと穴があいている。

 

ドッドッドッドッ

 

これを見て心臓の鼓動が急速に速くなるのを感じるが、自然と先ほどまでの恐怖は消えていた。

 

「そうだ!場をコントロールしろ!自分が避けられる間合いを維持しろ!」

 

言われていることが今は理解できる。1対1であれば体力が続く限り永遠と避けきれる気さえしてきた。しかし、それだと攻撃が出来ずジリ貧だ。だからこそカニの厚い甲皮を破るための斬擊を作り出す剣舞による力の流れを生み出す必要があるのか。非力な者が防御と攻撃の体制を同時に作り出すために編み出された戦法ということなのだろう。

 

保守的なサッドニールに話したら叱られるかもしれないが、この生死をかけた実戦における経験値は計り知れない物だと実感していた。このままもう少しカニと踊り続けたい。そんな表現がしっくり来るほどルイはカニの攻撃を避けることを無意識にしばらく楽しんでいた。

 

しかし、当然ハサミの攻撃が当たる確率が0%になったわけではない。ほんの些細なことから流れは変わるもの。この辺りはやはりウィンワンやサッドニールなどのベテランが生き残るための知恵として磨いてきた感覚だったのだろう。それがないルイは大きなミスをした。

ヒラヒラと舞っている際に道端の小石につまずいたのである。

 

「…っ!」

 

バランスを崩し、形になってきた流麗な舞も影を潜める。そしてそんな様子を散々振り回され小バカにされたカニが待ってくれるわけでもなく鋭いハサミがルイの体を捉えようとした。

 

しまった…調子にのり過ぎた

 

気づいても遅い一撃死の世界において後悔は意味がなく訪れるのは死のみ。のはずだった。

 

ガシィィィ!

 

突然、視界に入ってきたアウロラがデザートサーベルを使ってハサミの軌道を逸らしたのだ。

そしてそのままデザートサーベルを投げ捨てると、腰に装備していた長剣をワイアットがしていたようにカニの両目に素早く突き刺した。

アウロラはそのまま動きを止めずに、バランスを崩しているルイの首根っこを掴み後方へ投げ飛ばす。

 

「わっ!」

 

クルクル回りながらルイは尻もちをついている間に、アウロラは再度デザートサーベルを拾うと、目をやられ暴れているカニに対して剣舞を使って止めをさした。

そして腕を支えながら一言ルイに投げ掛ける。

 

「攻撃がまだまだだがコツを掴めたようだな。人間誰でも努力すれば必ず報われる。後は自分で磨きあげてみろ。それを極めると考えずに自然と体が動けるようになるぞ」

 

「アウロラさん…」

 

一瞬だけひきつった表情をしていたアウロラを見てルイは気がつく。自分を助ける際に負傷したのだろう。恐らくハサミの威力を流しきれずに腕のどこかを痛めたようだ。

だが、以降その様子を何事もなかったように隠すアウロラを見てそれ以上何も言えなかった。

ルイは自分の身の危険を顧みずに新人の実戦教育を行ったアウロラの器の大きさを再度目の当たりにし心底敬服してしまっていた。

 

 




今週は見に来て頂いた方が多かったようでありがとうございます!
励みになります。
なお、次回からやっとメガクラブ戦に入っていきます・・・
死闘を表現しきれているか不安です(*_*;

また2章を決起編としていたのですが、
まったく決起できそうもありません(-_-;)
なので章名は変えさせて頂きます、、


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32.ハウラーメイズ(古都の主)

ハウラーメイズ古都。

 いにしえの時代に半島の中心地として隆盛を極めたこの人工地帯は今や大自然に還りゆく工程の最中であった。数々の建物は崩れ落ち、形を残している廃墟に至っても外壁は錆び付き苔むしており内部はカニの巣となっていた。

 そんな自然と一体化しつつある場所を遠くから双眼鏡を使いモーリスとワイアットが驚愕した表情で見ていた。

 

「…バカな。なんだあのサイズは…あり得ねぇ…」

 

ついに古都に住まうメガクラブの姿を視認したのだ。

 

「うむ。想像以上に大きいな。7メートル級か?」

 

「それぐらいだな。ついに対面出来たわけだが…あんなのやれるんか…?」

 

ベテランのテックハンターでさえも初見で驚愕するほどの規格外の大きさなのだろう。ワイアットの口から弱音が漏れる。

 

「…これまで数々の猛獣を打ち破ってきた隊長の腕に頼るしかなかろう。我々はいつも通りそのサポートだ」

 

「だな。取り敢えず討伐準備をする間に予定通り傭兵の皆さんに周辺のカニを掃討しておいてもらうか。というかもう来てんじゃん。仕事が早いねぇトリスラムさん」

 

気がつくと鎧を纏った数人の剣士が2人の後ろに控えていた。その中で大柄の剣士が大きな声でこたえる。

 

「ギシュバに頼まれちゃあ俄然気合いが入るからな!メガクラブも勢いで俺達がやっちまうかもしれねぇぜ?」

 

トリスラムと呼ばれた大柄の傭兵隊長らしき人物はメガクラブの巨体を見てもまったく動じずに短剣を砥石で研いでいる。配下と思わしき剣士たちもいたるところに古傷があるたくましいガタイと強面で、大口を叩くだけの実力は充分にありそうだ。

 

「ははは、やれそうならやってもらっちまったほうが助かるぜぇ。じゃあ俺たちは報告と準備のためにいったん港町に戻るから後は頼んだ」

 

そう言うとモーリスとワイアットはその場を去っていった。

そして残された傭兵集団の前にトリスラムと呼ばれた剣士が立ち全員に語りかける。

 

「メガクラブを討伐した者には10万catと恩賞、土地、貴族の称号である爵位が貰えるって話だ…。何もギシュバだけにおいしい思いをさせとく必要はないよなぁ」

 

他の剣士たちもそれに呼応して雄叫びを上げた。それを見てトリスラムはニヤリと口もとに笑みを浮かべた。

 

 

一方、港町はメガクラブ確認の報告を受け慌ただしく動いていた。

 

「やはり古都に巣くっていたか。ついに発見できた」

 

ワイアットから直々に報告を聞いていたアウロラはルイの前で独り言を呟いている。先日まではルイを庇って負傷した腕を気にしていたがそれも完治したようだ。

 なお、いくらルイがその事に触れてもアウロラ本人はいっこうに認めようとしなかった。

 

「7メートル級って本当に倒せるんでしょうか…?」

 

「心配するな。ギシュバと我々ならやれる。それよりハーモトー達を呼んできてくれ。メガクラブ討伐班を結成する」

 

指示されハーモトーのもとへ行くとトゥーラやナパーロもその場にいた。なんだかんだルイだけ皆に数日間会えておらず久しぶりの再会だった。

 

「トゥーラ!ナパーロ!元気だったか!?」

 

「ルイ!大丈夫だった?あなただけ一人だから心配したのよ。なんかたくましくなってない?」

 

「トゥーラが替わってくれなかったからアウロラさんに滅茶苦茶しごかれてんだよ!」

 

「あ、あれは仕方ないでしょ!私もハーモトーさんにしごかれてるし」

 

トゥーラが申し訳なさそうに弁解していると後ろから聞き覚えのあるおばさんの声が聞こえてくる。

 

「トゥーラなんだって~?あんたそのお陰でやっとまともに刀を振れるようになったんじゃないの?」

 

ハーモトーだ。この人は年齢に見合わず地獄耳のようで会話が聞こえてしまっていたようだ。

 

「は、はい。そうです…すみません」

 

「んで?ルイが来るってことは何か伝令があるんじゃないのかい?」

 

「あ、そうだった!メガクラブを古都で発見したようです。討伐班を編成するから司令部へ来るようにと!」

 

「そうかい。とうとう始まるんだね。わかったよ」

 

「じゃあトゥーラ、ナパーロまた後でな!」

 

ルイは内心ウキウキで本部のほうへ戻った。

 メガクラブの討伐班はギシュバと8人衆の少数精鋭により構成される。都市連合兵を下手に参加させると被害も増え場が混乱することを見込んでの判断のようだが手柄を一人占めするつもりだという批判の声も少なからずあった。しかしこの選択は間違っていないとルイは確信していた。長年カニと身近に接してきた自分ならばわかる。7メートルのカニなんてもはやカニではなく巨大な猛獣だ。充分に対策をしていない者が不用意にかかっても潰されて終わりだろう。それだけメガクラブとの戦いは常軌を逸した戦闘になるはずなのだ。そのためどうしても目視したいルイはアウロラに頼み込み、トゥーラとナパーロ含む3人の同行を特別に許してもらっていたのだ。

 ただし、計画の妨害や不測の事態になることも想定し遠くからの見学のみとなっていた。もともと選抜組のテックハンターも同じ理由で見学に同行し、またロード・オラクルも討伐記録の証人という名目で同じく遠くからの観戦組となっていた。なお、都市連合組を一人も近づけないことはスパイによる妨害行為の防止策にもなった。

 

 そして参加者それぞれの準備が終わり討伐日当日。

観戦組は討伐組とは別のルートで移動し戦場となる古都を見渡せる高地を探していた。

 

「あの丘がいいだろう。」

 

観戦組を案内するのはハーモトーが担当していた。不測の事態が生じた場合はロード・オラクルと調整の上、都市連合兵を投入するか判断するためだ。また万が一貴族に危害が加わる事も防ぐため観戦組の位置は遠くから現場を見渡せて安全である位置を慎重に選ぶことになっていた。

 

一方、討伐組メンバーは意気揚々とメガクラブが潜む古都へ歩を進めていた。

 

ギシュバを筆頭として副隊長アウロラ、モーリス、ワイアット、ニムロッド、クジョウ、ローガン、バーバラと8人衆の面々が続く。

 

「ついにこの遠征における最重要任務であるメガクラブ討伐の時がきた。この任務が遠征の成否に関わると言っても過言ではない。気合い入れてかかるぞ」

 

「おお!」

 

ギシュバの掛け声と共にメンバーの士気も頂点に達するが出だしからその腰を折る報告が入る。

 

「トリスラム傭兵団が帰ってこないだと?」

 

先行して古都の周辺のカニを掃討していたベテラン傭兵団が壊滅したと偵察兵から連絡が来たのだ。

 

「どういうことだ?彼らが全滅するような任務ではなかったはずだ」

 

「どうやらメガクラブに挑んだようです。双眼鏡で古都内に死体が転がっているのが見えました」

 

「まじか…あいつらがやられるとは…」

 

一気に重たい空気が討伐組を包む。いかにベテランテックハンターと言えどメガクラブの討伐は最高クラスの難易度と理解しており生きて帰れる保証はどこにもないのだ。長い付き合いだった傭兵団が簡単にやられたことで、自分達も失敗し無惨に死ぬのではないかと不安感に襲われる。テックハンターの殉職率を知っていれば無理もない話だ。

 しかし、こんなことではギシュバチームは崩れない。

 

「やはり古都に住まうメガクラブは一筋縄ではいかんようだな…。だが、こちらもそれは同じだ。これまでもお前達は数々の難所を乗り越えてきたし、この日のためにおよそ7年の間、計画を練り鍛練もしてきた。メガクラブは7メートル級だがいつも通りやれば必ずやれる。自分達の力を信じよう!」

 

一向はギシュバの一喝により完全に士気を取り戻したのである。

 

そして古都へ歩を進めると所々にカニの死体を発見する。傭兵団が戦った痕跡だろう。さらに進むと古都の面影を残す建物が見え始めると同時に何か地鳴りのような音が聞こえてくる。

 

ズン…ズン…ズン…

 

「…地震か?」

 

ワイアットが手のひらを地面につけて確認しているが、それを否定できる理由が前方に出現する。

バサバサバサと一斉に鳥が上空へ羽ばたき赤い甲皮が廃墟の間から顔をのぞかせたのだ。

 

「で、でかい…。この地鳴りは奴の歩く音か」

 

メガクラブだ。古都の主は傭兵団による襲撃があったことを感じさせないぐらい悠々自適に歩き回っていた。

 

「おい、誰だ7メートル級って言ったのは…9メートルはあるんじゃないか…?」

 

近づいてみて分かるメガクラブの大きさに一同は息を飲んだ。

 

「報告と誤差があったが目標を視認できたな。ダメージも…負っていないようだがこのまま予定通り討伐を開始する。モーリスとローガンは予定通りわしのバックアップを頼む。他の者は傭兵に代わって周辺のカニを掃討しわしらに近づけるな。では散開!誰も死なずに凱旋するぞ!」

 

3人を残し討伐組は辺りに散っていくのを確認するとギシュバは背中に背負っていた大きなバックパックを下ろし中から1本づつ重武器を取り出し地面に刺していく。

板剣、フォーリングサン、フラグメントアックス。数々の種類の重武器だ。

どれも刃は光沢を放っており使い慣らされているようだ。

 

「手始めに一番軽い板剣で様子見ておくか」

 

ギシュバは板剣を引き抜くとヒュンヒュンと軽々しく片手で振り回す。

 

「配置につきました。いつでもいけます」

 

横でローガンが合図を送っている。

 

「では…始めるとするか」

 

ギシュバは板剣を肩に置くと廃墟の奥でうごめく巨大なカニに向かって歩き始めた。

 




最近またkenshiを初めからやり直してしまいました。
序盤の理不尽を生き抜くところに面白みを感じてしまう自分はMなのかもしれない('ω')
しかし、少し見ないうちにMODが作られていたりして、中々飽きがこない良いゲームだと改めて思いました。
kenshi2がすげー楽しみです


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33.ハウラーメイズ(涅槃寂静の境地)

観戦組である貴族のロード・オラクル、選抜組テックハンター及びルイたちはハーモトーの引率のもと見晴らしの良い丘に到着していた。

 

 ここから双眼鏡を使えば古都の様子をある程度見渡せる。古都ではギシュバチームが散開し中央にいるメガクラブを包むように移動しており、今まさに戦いを仕掛けんとしているところだった。ギシュバ達がテックハンター最高峰の実力を備えたチームとは言え目前の巨大生物と相対して無事でいられるのか。ルイは祈るような気持ちでその状況を見守っていた。

 

ジャリ…

 

いくつもの傭兵団の死体が足下に転がる中、ギシュバはメガクラブの目前まで悠然と近づいていた。既にメガクラブもギシュバを肉眼に捉え地響きを立てて歩み寄ってきている。互いに怯みはない。

 

「鶴翼の4だ」

 

ギシュバがポツリと呟くとモーリスとローガンが両脇に目一杯広がりメガクラブを包むような陣形になる。数字は間合いの間隔をあらわしているようだ。

また両翼の2人は長柄武器のヘビーポールアームを持ち遠巻きにギシュバを援護する体制だ。

 

そして3人とメガクラブがまさにぶつかる刹那、ギシュバが何かを悟り叫ぶ。

 

「下がれ!」

 

リーチの長いカニのハサミが上空から振り下ろされ3人のいた地面を凄い勢いで叩きつけたのだ。この一撃だけで土ぼこりが一面に舞い視界が一瞬さえぎられるが、モーリスとローガンがギシュバの掛け声でいち早く後方にジャンプしたためすぐに姿を現す。

ギシュバはと言うと同様に後方に避けつつ板剣をハサミに叩き込んでいた。

 

「む…」

 

ハサミにはほんの少しの傷痕しか残っていなかった。

 

(硬い。そして速さもある)

 

この一撃のあとギシュバは立て続けに仲間に指示を送る。

 

「モーリスはフラグメントアックスを、ローガン、横陣の5に変更だ」

 

短く簡潔な指示でモーリスたちも意図を理解しそれぞれ動き出す。

その間にもメガクラブの猛攻は止まらず立て続けにギシュバめがけてハサミが振り下ろされる。

しかし、ギシュバはそれを紙一重のタイミングでかわしていく。そんな状況を見計らってローガンが仕掛けた。横からヘビーポールアームをカニの一番近い足先に見舞ったのだ。

 

ピシッ

 

切断すら出来なかった物のカニの足はヒビが入ったような音をたてる。

メガクラブの意識が足下にいるローガンに向かうと今度はギシュバが板剣をメガクラブの目に向けて投げつけた。しかし、惜しくもそれは目をかすめて彼方へ飛んでいく。

その間にモーガンが後方に刺してあったフラグメントアックスを持ってきてギシュバに手渡した。

 

「これならどうだ!」

 

重武器の中でも最重量級のフラグメントアックスをギシュバは難なく振りかざすとメガクラブの懐に入り込み眉間めがけて大上段から一気に振り込む。

 

ザン!

 

決めにかかったギシュバの全力斬りは若干タイミングが遅れハサミの先に防がれるがそのまま眉間に浅くめり込む。

 

ブシュー…

 

甲皮に刃がめり込み体液が吹き出す。これにたまらずメガクラブは後ずさりする。恐らくこの生物は傷つけられることなど初めての経験なのだろう。

威力が削がれた一撃であったが攻撃が弱い部分に入れば破壊できると分かり俄然3人の勢いが増し囲むように前進する。

 

「このまま押しきる!」

 

モーリスも攻撃に加わり休むことなく足先やハサミに攻撃を加えていく。

しかし、関節に攻撃を集めているものの表面に傷がつく程度で中々致命的な一撃を入れることができない。

 

そうこうするうちにメガクラブも体制を立て直し正面にいるギシュバに向かってハサミを左右交互に乱打し始める。恐らくフラグメントアックスによる打撃力が高いことで意識がギシュバに向いているためだろう。これにはたまらずギシュバも後方に飛び退く。何しろ厚さ1メートルに届く巨大なハサミだ。強靭な肉体を持つギシュバであってもまともに食らえば骨折だけじゃ済まされない。全ての攻撃を避け続ける必要があるのだ。

 

しかしギシュバはもともと避けるという行為が苦手であった。

トゥーラが最初に直感した通りギシュバは他を凌駕する腕力で相手をねじ伏せるパワー型であり、防御においても分厚い重武器と重たいその体により常に相手の攻撃を受けとめてきた。大型昆虫のスキマーや猛獣ピークシングの攻撃さえもだ。それゆえ"かわす"という行為をこれまであまりしてこなかったのだ。

 かわすことが得意な仲間は近くにいた。例えばアウロラは己の非力さから無想剣舞というかわしながら攻撃する攻防一体の剣技を自ら習得していた。ギシュバはそれを間近で見てきたが特に教わろうとはしなかった。剣術センスがあるから必要がなかったとかプライドが邪魔したとかではない。彼は他者より壊滅的に無器用であり自分には習得できないと悟っていたからだ。

 当然、アウロラの剣舞も見よう見まねで取り掛かってはみていたが、やはり元々センスがあると思っていたアウロラでさえ長い時を経て習得した剣舞だ。陰でコッソリと時間をかけて練習しても少ししかコツを掴めないでいた。

 

そしてギシュバは考えた。避けきれないならば全て万全な体制で受けてしまえばいいのではないかと。ここからギシュバはあらゆる強化トレーニングを行うことで自分の恵まれた体格をさらに強化し、どんな攻撃をも跳ね返す強靭な肉体を作り上げた。そして基本的な防御の型のみ一点集中して練習し続けることで不敗の絶対防御を完成させたのだ。

 またこの長年の絶え間ない努力は確固たる自信として不動の精神力に繋がり、ハガネの肉体と相まって今日の最強のテックハンターとしての地位を確立させていた。

 

それゆえ例え相手が誰であろうと巨大なカニであろうと全身全霊で受ければ必ず受けきれる。ギシュバはいままで通り自分の肉体を信じて受けを見せた。

握りの柄の部分を上部に掲げ刃を相手に向けて斜めにして地につける。腰はどっしりと低く落とし下がることは決してない背水の構えだ。

 

「!」

 

これを見て近くにいたモーリスとローガンは方針を悟った。ギシュバが防御体制で受けている間に2人がメガクラブの足を削りにいく作戦であると。

 しかし、一抹の不安が残る。これまで見てきたギシュバの絶対防御はどんな相手であろうと崩れたことがなかった。常に先頭を行きアタッカーだけでなくタンクの役割をこなすギシュバには全幅の信頼を置いてはいた。だが今回の相手はメガクラブなのだ。

いかに鉄壁の肉体と言えど人間個人がメガクラブの攻撃に耐えうるのか疑問だった。

 

(隊長の覚悟、承知しました!我々は何としても予定通りメガクラブの足を削ります!)

 

例えギシュバがメガクラブの攻撃に押し負けて致命傷を負わされたとしても、折角身を呈して作りだすチャンスを無駄には出来ない。

 全員が生きて帰還することは当然理想ではあったが、メガクラブを討伐することが命を賭してでも達成すべき至上命題だとギシュバチームのメンバーは理解していたのだ。

2人はギシュバの覚悟を理解しメガクラブの横に回り隙が出来る機会を伺った。

 

メガクラブのハサミがギシュバに向かって振り上げられている時、周辺で子ガニが近づかないよう防衛線を張って戦っていたアウロラも固唾を飲んで成り行きを伺っていた。

周辺は戦闘の騒音で騒ぎだした大量のカニで溢れておりその駆除を行う必要があったため思ったよりギシュバを支援出来なかったのである。

 

「姉御!ありゃあギシュバの旦那がやばいかもしれねぇ!増援に行くか?」

 

近くにいるクジョウがカニにサーベルを突き付けながら問いかけてくる。

アウロラ自身も迷っていた。これ以上周辺の戦力を減らすとかえってカニがメガクラブのいる場に流れる可能性があった。

 

「…一撃目だ!それを見て判断する!」

 

ズズン!

 

鈍い音を立ててギシュバにカニのハサミが覆い被さると戦っていたチームの全員が振り返り成り行きを注視する。

 

ハサミはギシュバの横に逸れて着地していた。さすがのギシュバも直撃を避けるため唯一会得していた受け流しを行ったのだ。

それでも相当の圧力だったのかギシュバの顔は真っ赤に紅潮し血管が浮き出ている。

筋肉は膨張し着込んでいるTシャツを破裂させていた。

 

「……!」

 

メガクラブの攻撃を受け流したギシュバに周りのメンバーは感嘆しているがすぐに我に返り動き出す。メガクラブのギシュバに対する乱打が始まったからだ。

 

ズズン!ズズン!

 

初擊と同様に全力で受け流すギシュバを見て、メガクラブの注意を少しでも逸らそうとしたのか遠くからニムロッドがボウガンを構えた。

だがアウロラがこれを止める。

 

「ニムロッド!メガクラブにボウガンは無効だ!向こうのバーバラを助けにいけ!」

 

凌ぎきれると判断したのだろう。ギシュバの顔は依然として紅潮しているものの颯爽としていたのだ。

この顔をアウロラは知っていた。

 あれは現状の危機的状況から解脱し純粋に至強の力比べに没頭している状態。つまり雑念が消えた無心の状態でありギシュバはこれを自分で『涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の境地』と言っていたが、こうなったギシュバは負けたことがなかった。

 

ギシュバの懸命な防御の甲斐もあってかモーリスとローガンは動きが止まったメガクラブの前足に向けてポールアームを全力で何度も振り下ろした。

そしてついにバキャという嫌な音を立てて両前足は折れ曲がり、メガクラブはバランスを失い前方に倒れこんだ。

 

ギシュバはその好機を見逃さなかった。

 

ググググ…

 

メガクラブの攻撃を凌ぎ続けバキバキに固まっていた体を歯をくいしばって動かすと大上段からフラグメントアックスを眉間の傷が入ったところに再度振り下ろしたのだ。

グシャという鈍い音と共にメガクラブは卵を割ったように割けて動きを止めた。

 



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34.ハウラーメイズ(不運)

撃破成功の信号煙が古都から上がり、観戦組にメガクラブ撃破の一報が入ったのは数分後だった。戦闘の状況は丘から把握することが出来ないでいたため、煙を見た観戦組からは歓声があがる。

 

「…やったか!でかしたぞ!ギシュバ殿!そなたは偉業を達成した!」

 

ロード・オラクルもいつもより余計にテンションが上がっている。

すぐさまハーモトーは丘にいる全兵力を古都に向けた。脅威が消えたいま早急に討伐班の援護をするためだ。恐らく満身創痍の状態で子ガニの掃討を行っているはずだ。ルイたちも気が気でなく援護班に同行した。

 

しかし古都に急いで駆けつけてみると戦闘はすでに収束に向かっており状況は思ったより落ち着いていた。近くにはメガクラブの大きな死体が転がっていて変形した地形は戦いの凄まじさを物語っていた。

 

「で、でけぇ…。これを相手に戦ったんですか。誰も…亡くなってないですよね?」

 

ルイは出迎えてくれたアウロラに恐る恐る質問した。

 

「ああ、大丈夫だ。ギシュバが負傷したのだが終わった後に周辺のカニを掃討しに行くほど元気だった。大分体を痛めたはずなのだがな。あいつは本気で体が金属で出来ているんじゃないかと思えてくるぐらいだ」

 

アウロラも冗談を言うほど穏やかな心境のようだ。それもそのはずでこの遠征最大の難関としていた悲願のメガクラブ討伐を被害をほとんど出さずに達成できたのだ。

内心は飛び上がりたい気分のはずだろうが、無表情で坦々と増援部隊に指示を出していた。

 

 そしてルイたちは死んでしまった傭兵たちの遺体を一ヶ所に並べる役目を与えられた。四肢欠損して転がっている死体に触れると、ヒンヤリして弾力を失っており押すと戻ってこない肌の感触が直接指先に伝わってきた。

 

「う…!」

 

思わずルイは手を離した。最初に人を殺したのはサッドニールを助けるために夢中でスケルトン盗賊をやった時だが、そもそもその時は相手がまだ人間だと気づいていなかった。

人を殺すという難関を思わぬ形で体感していたルイはその後も同じ形でスケルトン盗賊を斬っており人の死体を触ることなど狩猟で殺した動物と同じで最早抵抗がないと思っていた。

しかしいざ動かなくなった人間に初めて触れると言い知れぬ気持ち悪さが襲ってきたのだ。

 

 この人達は先日までは普通に動いたり言葉を交わしていたのだ。それが今や身体中の水分が抜け人形のように軽くなっている。

自分もこうなっていた可能性もあったしこれからも相手を殺さなければいけない時が来ると思うと恐怖と罪悪感で胸が苦しくなった。

 

自分が殺したスケルトン盗賊にも悲しむ肉親がいたのだろうか

 

呆然として死体を見ていると横でトゥーラが嘔吐していた。トゥーラは性格上、人は斬れないのではと思っていたが、恐らく人の死に触れることも今回が初めてなのだろう。シルバーシェイドの時だってほとんど稽古つけられているようなものだった。そしてナパーロに至っては悲しくもたくましさを感じられるぐらいで、無表情で休むことなく死体を並べていた。奴隷生活の時にすぐ隣にいる奴隷が動かなくなる度に焼却を手伝わされていたとのことだから相当数の死体に触れてきたのだろう。そして2人の手が止まっている様子に気づいてアウロラが話しかけてきた。

 

「死体に触れるのは初めてか?その感覚を忘れるな。人が虫のように死んでいく混沌とした時代で我々はもう慣れてしまったが、命には計れない重さがあるんだ。それは例え傭兵であれ貧民であれ奴隷であったとしても同じことなんだ。」

 

アウロラは何か嫌な出来事を思い出したかのように悲しい表情をして遠くを見据えた後、傭兵の死体を並べるのを手伝い始める。

 

「ちなみにこいつら傭兵は荒くれ者たちだったが家族がいる奴もいた。当然今日こんなところで死ぬつもりもなく無事に故郷に帰って、妻や子供たちに持ち帰った報酬で美味しい物を食べさせてあげようとしていたかもしれない。目的は違えど、同じ旅路の中で儚く散っていった者たちのことをなるべく覚えておいてやってくれ」

 

これを言われたあと傭兵の遺体を並べる仕事への抵抗はいつの間にか薄れておりなんとかトゥーラも一緒に従事できるようになっていた。

恐らく赤の他人だった傭兵が何となく身近に感じられてあわれみの気持ち、弔ってあげたい

という気持ちの方が強くなっていたからだろう。

 

そしてルイは作業をしながら横にいるトゥーラに切り出した。

 

「なぁトゥーラ…遠征が終わった後、もう少しギシュバチームに下働きでもいいからいさせて貰えないか頼んでみないか?」

 

「ええ?また随分と唐突な相談するわね…」

 

突然の相談にトゥーラの目が点になっている。

 

「予定も決まってないしいいだろ?やっぱりギシュバチームを見てると勉強できるし何か考えさせられることが多くてさ」

 

「うーん、まぁ予定もないしいいとは思うけど…遠征が終わってから改めてちゃんと話すのはだめ?」

 

「そ、そうだな。先走りすぎたかも」

 

メガクラブを倒すともうこの遠征における山場はなくゴールまでまっしぐらだ。多くの事を学べたこの旅路が終わってしまうことにルイは少し寂しさを感じたのかもしれない。

 

作業をしながら考え事ができるぐらい慣れてきたルイは気づくと古都の奥深くまで足を運んでいた。長年人が足を踏み入れていなかったこの地は見たことのない植物が半壊した建物の間から生い茂っており、カニ以外の小動物も住み着いている。住み慣れた砂漠都市とまったく異なり、人の手から長年離れた幻想的な風景は目を奪うものがあった。

ただよく見るとこの辺りにもギシュバチームの誰かが倒したであろうカニの死体も転がっており気を抜けない場所であることにはかわりないようで、なるべく音をたてずに歩を進めていると思わず息を飲むような光景に遭遇する。

 

先ほどまでとは比べ物にならない複数の傭兵の死体が転がっているのだ。死体は原型を留めていないものもあり人数を数えるのは不可能なくらいだ。

 

「ここが激戦地になったのか…?」

 

しかしそう考えるとおかしい点がある。周辺にカニの死体がないのだ。変わりにあったのは…大きなカニの足跡だ。

 

(これはメガクラブの足跡だ。…いやそれよりは小さい…?傭兵はこいつにやられたのだろうけど)

 

周りを見渡してそれらしきカニの死体を探すが見当たらない。ルイは念のためアウロラに報告するため戻った。

そしてメガクラブとの戦闘があった広場に来ると嫌な予感が背筋を冷たく流れる。

長年カニ狩猟をやってきたルイならでは感覚だが、広場には大きなカニの足跡が二種類ある気がするのだ。

 

「アウロラさん!メガクラブは2匹でしたか!?」

 

ルイのこの唐突な質問に近くにいた侍たちは小バカにしたような視線を送る。メガクラブのように異常成長した巨大なカニがそう何匹といるはずがないからだ。しかしアウロラはルイの焦燥感ある表情からすぐさま何かを感じ取った。

遡ること約2時間前の違和感と合致したからだ。

手練れの傭兵集団が一人も帰還せず為す術もなく全滅したこと。また偵察兵として長い経験があるモーリスとワイアットの報告の誤差。7メートル級の報告が実際は9メートルだった件だ。そしてカニにある程度詳しいだろうルイの報告。複数の要素が仮説を裏付けていた。

 

メガクラブは2匹いる。

 

青ざめたアウロラはすぐさま指示を始める。

 

「クジョウ!ニムロッド!至急奥地にいったギシュバ達を呼び戻してこい!念のため緊急信号煙をたいていけ!ハーモトーは都市連合兵に第三種戦闘配置をとるように伝えてくれ!ルイは質問をした根拠を教えろ!」

 

アウロラの慌てぶりにその場は騒然とし始めていた。

 

 

 

杞憂であればよかった。仮に二匹目がいたとしても同じように対処できればよかったのだ。

本来は全滅した傭兵団が行っていたはずの周辺地域の確保をギシュバチームが行い、そして不意を突かれ体制が整わないまま二匹目との戦闘に移行してしまったのは不運としか言いようがなかった。

神様がいるのだとしたらこの遠征計画の成功をひいては人類の存続を望んでいないと思ってもおかしくない巡り合わせが起きてしまった。

一匹目を殺した後で安心感や達成感からの油断もあった。

見通しの悪い岩場の間にて、ギシュバ達が7メートル級のメガクラブに物陰の後ろから襲われる形で接触したのだ。

 

その場には前方からワイアット、モーリス、ギシュバ、ローガンそしてバーバラと並んでいた。

 

始めにその存在に気づいたローガンは振り下ろされたハサミからギシュバを救おうと飛びかかる。これが間に合っていれば全ては変わっていたのかもしれないが幸運の女神は微笑まなかった。

ズズンと大きな音をたてて地にめり込んだハサミの下からは絞り出したように血が滴る。

ギシュバはそのすぐ横に立っておりギリギリかわせたように見えたのだが、フラりとバランスを崩すとそのまま倒れ込む。

振り向いたワイアットとモーリスはギシュバの異変の理由をすぐに察知した。ギシュバはハサミを避け切れず片腕をもぎ取られていたのだ。

 

その場にいた全員が絶句した。

メガクラブの大きさに届かんほどの巨大なカニが今また目の前に現れたことだけじゃない。

戦闘において完全無欠の存在であったギシュバの片腕が飛び8人衆の中でもベテランの武闘派ローガンのあっけない最後を目の当たりにしたからだ。

ハサミがもち上がるとグシャリと蟻のように潰されたローガンの哀れな遺体が顔をだした。

 

「……!」

 

そしてカニは金縛りのよう動けないでいるバーバラに標的をうつすと無慈悲にハサミを振り払う。

 

「バーバラ!?動けえぇぇぇ!!」

 

ワイアットの忠告もむなしくバーバラはハサミに吹き飛ばされ運悪く木の枝に突き刺さる。枝は腹部を貫通しておりバーバラは一瞬硬直したような動きをするとやがて動かなくなった。即死だろう。ここまでまさにあっという間の出来事であった。

カニには感情なんてものはないはずであるが、死んだメガクラブの仇を討たんとばかりに8人衆を屠っていくのだ。当然ここでカニの動きが止まることはなく、立っているワイアットとモーリスを視界に捉え歩み寄ってくる。

 

モーリスは倒れ込んでいるギシュバに目をやるが動きがない。片腕損失と出血による意識混濁状態なのだろう。これを見て呆然としているワイアットに合図を送る。

ハッと我に返ったワイアットはすぐさま無言で行動に移る。不測の事態における対応パターンだったのだろう。ワイアットはまるで悪夢を見させられているような悲壮感漂う表情でギシュバを背負うと猛然と走り去った。それを優しい目付きで見届けたモーリスはサーベルを手に持ち7メートル級のカニである二匹目のメガクラブと一人、対峙するのだった。

 

そんな深刻な状況を知らずアウロラたちはギシュバのいる奥地に向かおうとするが、奥地の方面からは、地獄から沸き上がった噴煙が如く赤色の緊急信号煙の合図が極めて雑に打ち上げられる。ワイアットが無我夢中で走りながら上げた合図だ。ギシュバチームが緊急信号煙など上げること事態が初だと知る者たちは異常事態を悟り凍りついていた。

 




メガクラブって実際2匹いましたよね…。
ちょっと記憶が曖昧…


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35.ハウラーメイズ(撤退)

昔は自分にも他人にもあまり興味がなかった

小さい頃から吃音持ちで周りから馬鹿にされて生きてきたことが大きな要因だろう

しかし少しでも立場が弱い者は虐げられ搾取され先に死ぬさだめということは抵抗なく受け入れられてはいた

人や動物もいずれ死に土に還るが、単純にそれが少し早まるだけであり自然の摂理と認識していたからだ

 

 

「ごふっ…!」

 

足が潰され、ハサミを胸に突き立てられた状態のモーリスは吐血しながら巨大なカニを見上げる。そして薄れゆく意識の中で自然と自分の人生を振り返っていた。

 

私は両親に疎まれ誰からも必要とされず生きる意味も見い出せずに細々と暮らしていた

そして大人になるにつれてこの世界に対する絶望感が増していた矢先、ギシュバの要員募集に偶然拾われテックハンターとなった

どうせ価値のない命でありいつ死んでもいいと思っていたし両親も体のよい厄介払いが出来たと思ったことだろう

しかしここから私の人生は大きく変わった

仕事は危険との隣り合わせではあったが、ギシュバチームの人達は、他人に気を許さず無口な私を快く受け入れ役割を与えてくれた

生きている意味のない人間なんていないということを教えてくれた

こんな私でもいつか誰かのために役に立てる、感謝される時が来ると…

そしてその時がいま訪れたのだ

だから先駆けとなってここで死ぬことに未練はない

私の吃音を治すきっかけをくれたバーバラを守れなかったことは悔いが残るが、唯一メガクラブと戦えるギシュバだけは守りきり遠征は絶対に成し遂げる

ギシュバ先鋒斥候部隊としての任務を果たし誇りある死を選ぶのだ

 

 

 

「うむ。お前が私の死か。か…考えてみればお前もいきなり自分の縄張りに人が入ってきて仲間のカニを殺され頭にきているのだろうな。これも自然の摂理とは言え悪いことをした。こ…この苦痛をもって懺悔とさせてくれ」

 

意識が朦朧としてきたモーリスは最後に思う。

 

ワイアットは無事にアウロラに合流できただろうか…

お前は気難しい私の性格を気にせず長いこと一緒に斥候チームを組んでくれた

また飲み明かしたかったがここでさよならだ

今まで…ありがとう…

 

パタリと手を落とすとモーリスはそのまま動かなくなった。そしてこの様子を物陰から歯を食い縛りながら見ている者がいた。

 

 

遡ること10分前。ギシュバを背負ったワイアットは経緯をアウロラ達に説明していた。

 

「そんな…バーバラさんも…」

 

後ろで訃報を聞いていたトゥーラは力なく座り込む。

 

アウロラは事情を聞いた後、港町への撤退を決断する。モーリスが生きている可能性が低いと判断した上での苦渋の選択だった。

戦闘体制が整っていないまま第2のメガクラブと戦っても勝算が限りなく低いし、全滅したらそれこそモーリス達が無駄死になってしまい遠征計画事態の失敗に繋がってしまうからだ。

 

ワイアットは残っているモーリスを救わんと撤退命令に対して今までに見せたことのない猛反発をしたが、アウロラは考えを変えなかった。

そんな状況を見かねてモーリスを助けるためルイが斥候を申し出たのだ。

当然トゥーラやナパーロは反対したが、隠密には多少の自信があると言ってルイがひかなかったためアウロラも自己責任のもと了承してくれた。

 

そして全速力で一人カニと対峙しているであろうモーリスの元に駆けてきたのだが、すでに致命傷を食らわされた後だったのである。

 

(くそ…モーリスさん遅れてごめん…)

 

この時、例え間に合っていたとしてもルイにはどうすることも出来なかったであろう。むしろ無理に参戦して死んでいた可能性があった。

モーリスが歩けないぐらい負傷していたとしてもカニから離れてさえいれば担いで逃げれたかもしれないと考えていたが甘くはなかった。

ルイはその後カニに気づかれぬようその場を立ち去り撤退中のアウロラ達と合流した。

 

港町に撤退する一向は皆、意気消沈して下を向いておりまるで葬列のようであった。

伝説のメガクラブに勝利し遠征の成功を確信した矢先に2匹目が現れ、メガクラブを倒しうる実力を持った英雄のギシュバが片腕損失という重傷を負わされ意識不明になっているのだ。絶望に突き落とされたと言っても過言ではない。いつも平静を保っているアウロラでさえ悲痛な表情をしており事態の深刻さを物語っていた。

 

ハウラーメイズ遠征計画は失敗に終わる

 

誰の脳裏にもこの言葉がよぎり、出発時の偉容を考えるとさながら悪夢を見させられている感覚であった。

 

(マジで終わりなのか…?あのアウロラさんがあんな表情をするなんて…)

 

道中でいてもたってもいられずルイはトゥーラに問いかける。

 

「なぁトゥーラ、こんな時にあれだけどギシュバさんは復帰できると思うか?」

 

うつ向いていたトゥーラはそれに気づくと小さい声で喋りだす。

 

「…義手をつける手術は出来ると思うけど腕が完治してからになるだろうし、何より新しくつけた義手の操作に慣れないといけないから少なくとも3ヶ月はかかるわ…遠征中の復活は無理じゃないかしら…」

 

この世界ではスケルトンが現存していたこともあり、義手を人間の手と同様に扱えるほどの科学技術は衰退せずに残っていた。しかし生身の体をスケルトンの腕に入れ替えるという大手術を行うことには代わりない。トゥーラの言う通り数日間での復帰は絶望的であった。

 

「…2匹目は最初のメガクラブよりは小さいんだ!ギシュバさんがいなくても皆でやれば何とかなるよな…?」

 

「メガクラブと直接戦ってくれる人がどれだけいるかね…。ボウガンがあまり効果がないからどうしても接近戦になるけど先頭きって犠牲になる最初の数人には皆なりたがらないわよ…」

 

「…!」

 

トゥーラのこの発言も的を得ていた。一匹目のメガクラブ戦ではギシュバが注意を引き付けていたからこそ8人衆が自由に戦える余地が生まれていたが、2匹目と対峙した際にタンクとしてメガクラブの攻撃を受けきれる候補が見当たらなかったのだ。

 

港町に着いてからは古都に赴いていたメンバーは一旦解散して休息期間をとることになった。その間、ロード・オラクルやアウロラ達は司令部に籠って今後の進退を話し合っているようであった。周知したわけでもないのに、既に移民の間で敗退して古都を占拠出来なかったことが自然と広まっていたようで皆の表情は重たい。

 

ルイ、トゥーラ、ナパーロの3人も久しぶりに会って疲れを癒している最中であったが会話は弾まず今後の遠征隊がどうなるかで一杯であった。

 

「プランBにするんじゃないかしら…」

 

トゥーラから現実的な妥協案が言葉にされる。古都奪還を諦めてこの第一拠点である港町までの占領で遠征を終えるプランだ。メガクラブ討伐が失敗した際に用意されていたプランではあるがハウラーメイズ地方に殆ど入り込めずに終わる内容だ。これまで長い期間とお金をかけてきた者達にとっては悔しい幕切れのパターンであるだろう。

アウロラの奮闘を見てきたルイにとっても選択したくないプランであった。

 

そして3人が重たい空気の中で沈黙していると神妙な面持ちでワイアットが近づいてきた。

 

「あ…ワイアットさん…」

 

ワイアットはルイに鋭い目付きを向けると静かに口を開いた。

 

「…お前はモーリスの最後を見たのか?」

 

ルイは助けなかったことを攻められているのだろうと思い、つい「すみません…」と謝ってしまったが、ワイアットの反応は違った。

 

「謝る必要はねぇ…。間に合ったとしてもお前がどうこう出来る次元じゃねぇよ。俺が聞きたいのはモーリスが最後に一人苦しんで死んでいってしまったのかどうかだ」

 

確かにワイアットの目には怒りや憎しみは込められていないように見えた。

 

「俺の勘違いかもしれないですが…モーリスさんの最後の表情はなんか…誇らしげでした…」

 

「…!そうか…わかった。邪魔したな」

 

それだけ言って振り返り去ろうとするワイアットにトゥーラが呼び掛ける。

 

「あの…!忍者刀ありがとうございます。お借りしています」

 

「…ああ。直刀は折れやすいから大事に使ってくれ」

 

いつもの勢いを全く感じさせずワイアットは司令部のほうへ戻っていった。

 




ハウラーメイズ遠征編もやっと終わりが見えてきました(´Д`)


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36.ハウラーメイズ(演説)

古都から撤退して2日が経過していた。

今日はロード・オラクルから重要な連絡があるとのことで守備隊を除いて遠征隊員ほぼ全員が丘の下に集められていた。

 

ギシュバは昏睡状態から未だ覚めておらず最早メガクラブと戦える戦力を確保出来る見込みはないように見えた。

恐らく正式にプランBの方針発表がされるのであろう。

丘の上にはロード・オラクル一向とギシュバチーム代表としてアウロラが立っていた。

海辺から昇る眩しい朝日とは対照的に彼らの表情は雲がかったようにどんよりとして重苦しい。

 

「諸君、オラクルだ。皆、既に知っていると思うがメガクラブの討伐は失敗に終わった」

 

移民たちは顔を見合わせどよめく。

 

「メガクラブと呼んでいる異常成長した個体は2匹いることが分かり、1匹は我らが英雄ギシュバ卿が倒したのだが、2匹目との戦いで深手を負いこの遠征中に復帰できる見込みは低い状況だ」

 

この言葉を聞いた一同は落胆の色を隠せないでいる。それほどギシュバの力量は民衆の間で広く認知され英雄視されていたのだ。

そしてその様子を見ながらオラクルは続ける。

 

「メガクラブを倒せなかった場合に我々が選択し得る手段は1つ。この港町の復興までをゴールとし、遠征をここで終えることだ。得られた領土は少ないが新たに漁業体制も確立し我々が暮らしていける食糧は十分に維持出来るだろう」

 

遠征に参加している移民はハウラーメイズ地方に骨を埋める覚悟で帯同してきた貧民層が大半を占めている。新天地で物資が乏しく例え生活が苦しくても肝心な食糧が維持出来るのであれば多くの事を望むような者は数少ないのだろう。オラクルの言動に拒否反応を示す者はいなかった。

それを見越したようにオラクルはさらに続ける。

 

「私がこの遠征への出資を決意した理由は主に2つある。1つはこのハウラーメイズ地方の初代領主となり諸君に安全と安定を提供すること。そしてもう1つは都市連合が抱える最大の問題である食糧供給不足を解決することにある」

 

オラクルはいつになく真剣な表情で移民達の反応を伺うように見渡しながら慎重に言葉を選んでいた。

 

「近年、都市連合の領土はさらに砂漠化が進み年々不作も加速している状況だ。これを放っておくといずれ領内の食糧は食べ尽くされ大規模な飢饉が発生するだろう。そうなると秩序は崩壊し国としての形を維持出来なくなる」

 

移民達は皆、無言で聞き入っている。

 

「そこから起こる副次的な事象は色々考えられるが、一番可能性が大きいのは隣国の宗教国家ホーリーネーションの侵略だ。弱体化した都市連合を蹂躙するのはあの国には容易いこととなる。そしてここハウラーメイズにもその手は及ぶだろう」

 

移民の間にどよめきが起こり始めた。

都市連合全体への食糧供給はハウラーメイズ地方全土を占領するぐらいでないと少しも賄うことが出来ないことぐらいは市民であっても理解出来る。つまりオラクルが言わんとしていることは、最低限でもメガクラブを討伐しハウラーメイズ地方を掌握出来ないといずれ都市連合という帝国そのものが崩壊する可能性があると暗に示していたのだ。

 

「だから我々は討伐を諦めず再度、古都奪還に挑みたいと思う!残りのカニはメガクラブ一匹だ。今回はテックハンターのギシュバチームだけでなく都市連合の侍兵も投入するつもりだが、ギシュバ卿不在のため戦力の不安を拭えない。そこで諸君から我こそはと思う者がいればメガクラブ討伐に参加してくれる有志の募集をしたい!」

 

オラクルからの予想外の提案に移民は唖然としていた。移民達からして見ればこの港町で暮らしていければ充分であり帝国の事情などどうでもいい。無理して討伐に参加する必要はないのだ。

 

「ホーリーネーションってオクラン教の宗教国家だよな。貧しい人に寛大だって聞いたぞ」

 

「治める国が変わったところでうちらの生活は変わらないしな。命張って都市連合のために頑張る必要はねぇ」

 

周りからは否定的な意見が出始める。

 

「メガクラブの討伐に参加し見事討ち取った者には賞金を出す予定だ。我々が力をあわせれば必ず倒せる。皆この機会に乗り遅れないようにしたまえ!では詳細はギシュバチームの副隊長から発表してもらう。アウロラ殿頼みましたぞ」

 

オラクルはこれ以上貴族が感情論で発破をかけたところで効果がないことを悟り賞金の話をしたあとアウロラにバトンタッチした。

 

アウロラとはここ数日会えていなかったが壇上に立つ彼女の姿は少しやつれているように見えた。睡眠を削って方針を議論していたのだろう。

そしてゆっくりと口を開くと静かに喋りだした。

 

「テックハンターギシュバチームの副隊長アウロラだ。オラクル卿が伝えてくれた通り我々は再度メガクラブに戦いを挑む。参加してくれる者は2日以内に本部のほうにエントリーしにきてくれ。参加者全員の得意武器種など聞いた上で戦闘フォーメーションを検討する予定だ。そして…」

 

アウロラは改まって皆の前に向き直るとかしこまって語り出す。

 

「最後に皆に伝えておきたいことがある。私はテックハンターではあるが市民の立場として皆が抱いている疑念も理解しているつもりだ。貴族が調子いいことを言ってまた貧民層を騙しているだけなのではないかと。結局、貧民層が血を流して土地を得てもどうせ富裕層が贅沢するためだけでしかないのではないかと。残念ながら今の都市連合はそのような貴族が上層部に蔓延っている」

 

都市連合兵やロード・オラクルの私兵の一部がギロリと睨み付けるが、なおもアウロラは続ける。

 

「しかし、オラクル卿はそんな腐った奴等とは違った。この遠征は我々が若い頃から考えていた貧民層、いや人類の救済計画の一つであり、その計画に莫大な財産をなげうってくれた貴族が他ならぬオラクル卿だけだったのだ。

卿は立場上、公には言えないだけだが都市連合の政治体制をより良くしようとしておられる。だからその手始めとしてハウラーメイズ地方の領主になり影響力を高めようとしておられるのだ」

 

移民の間にどよめきが起こる。ルイも初めて聞いた話だった。この遠征はてっきり都市連合の領土拡大政策だったのかと思いきや遠征自体がアウロラ考案の計画だったとは。

 

「だからこれは決してテックハンターの意地とか貴族の利権とかの理由ではない。全ての人の命が理不尽に脅かされず安心して笑って暮らせる世界をこのハウラーメイズから始めていきたいという共通の願いただそれだけだ。賛同できる者はこの最後の正念場に力を貸してほしい。以上だ」

 

スケールの大きい話に一同はただただ呆然としていたが、反論をする者もいなかった。移民全員がこのアウロラの熱弁にただ聞き入っていたのだ。

定位置に戻ったアウロラに対してロード・オラクルは気恥ずかしそうに目をそらしていた。

 

 

集会が終わった後、ルイ達はメガクラブ戦に参加するしないで揉めた。

 

「なんで参加しちゃだめなんだよ?」

 

少し強い口調でルイはトゥーラに問いただした。

 

「危険だからに決まっているでしょ!?何もルイが命をかける必要ないじゃない」

 

「別に死ぬつもりはねーよ。ただ少しでもアウロラさんの助けになることをしたいだけだ」

 

「そもそも私達は実力が不足しているから安全重視で同行できるこの遠征に目をつけただけなのよ?アウロラさんはテックハンターとして優秀なのは間違いないけれど、ルイは少しのせられているように見えるわ」

 

尊敬している人を否定されたことでルイも頭に血が昇ってしまった。

 

「トゥーラに何がわかるんだよ!2人はいいから俺だけでもエントリーしてくるよ!」

 

「ルイ!」

 

呼び止めにも振り返らずにルイは本部のほうへ歩いていってしまった。

それを目で追うことしか出来ずナパーロはオロオロしている。

 

「あ、あの僕達はどうしましょうか…?」

 

これにトゥーラも苛立ちを隠せずに強い口調で返してしまう。

 

「あなたには参加は無理でしょう?少し考えさせて!」

 

「す、すみません…」

 

下を向き落ち込むナパーロを見てトゥーラも我にかえり気まずくなった。しかし次の瞬間ナパーロの気配が変わる。

 

「お前たちが揉めるのは珍しいな。俺には関係ないことだが」

 

口調ですぐに分かるが第二人格のラックルが出てきたのだろう。最早トゥーラも慣れたようで平然と言葉を返す。

 

「聞いてたの?あなたはメガクラブ戦には巻き込まないから安心しなさい」

 

「くく…理解しているようだな。お前たちもエントリーしないことを強く薦めるぜ。やわな体で挑んでも潰されて死ぬか四肢がもげて取り返しがつかなくなる。ギシュバでさえ瀕死なんだろ?」

 

「分かっているわよ…。ルイの参加も止めないとね…」

 

そう言うとトゥーラも本部に向かって歩きだした。

 

皆、自分の信念と保身の間で葛藤し、何を選択すべきか苦悩していた。

そしてそんな若者たちの横でも密かに1人悩み続けている老人がいた。




気づけば書き始めて6カ月経過していました
ここまで読んで頂いている方に感謝です<(_ _)>


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37.ハウラーメイズ(有志)

ルイはトゥーラと口論になってしまったことを反省しながら本部に向かって重い足どりで歩いていた。

 

トゥーラはアウロラの性格を知らない。毎日夜遅くまで献身的に業務に従事し、自分の命などかえりみずに単身でカニと戦っている様子をルイしか見ていなかったのだ。

ルイ達の実力と当初の目的を考えればメガクラブとの戦いに参加することは無謀な考えでありトゥーラが言っていることは至極当然であった。

 

(俺を心配して言ってくれてるのに熱くなって言い返しちまった…後で謝ろう…)

 

モヤモヤしながら本部にたどり着くと何やら大きな声が聞こえてくる。

 

「ここで私がメガクラブの息の根の止めたら名声が上がり父上も喜ばれるだろう!なぜ止めるんだ!」

 

見るとクジョウのもとにいる選抜組のテックハンター達だ。実績をひけらかし立場の低い者を馬鹿にした態度をとる人間達だ。ルイはこの人達には会うだけで嫌悪感を覚えていた。

 

「いけません!あなたはバート家の跡取りなのですぞ!危険な戦いへの参加は認められておりません!」

 

「離せウェナム!お前は教育係の分際で私に逆らうつもりか!ここで参加しないことのほうが家の恥になるだろうが!」

 

どうやらリーダー格は大層な家柄の男だったらしく付き人の一人がメガクラブ戦への参加を止めようと揉めているようだ。

 

「教育係だからこそ止めるのです。私は長年付き添ってきたあなたに死んでほしくありません」

 

止めているのはナパーロがバーで絡まれたときに飛び出そうとしているのを素早い反応で仲裁した長身の男だ。この人だけどちらかと言うと落ち着いたと言うか大人の雰囲気を醸し出していたが教育係つまり家庭教師のような立場なのだろう。

 

「ほざくな!私が死ねばお前たちも打ち首になるから自分の保身のために言っているだけだろう」

 

なるほどありそうな話だ。リーダー格の男は大方身分の高いお坊っちゃまで教育係は護衛も兼ねている兵士なのだ。失敗すれば責任をとらされる。しかし聞き分けの分からない生徒を持ってこの教育係も大変だろう。

 

「若がそこまでおっしゃるのならば私がバート家代表として参加しましょう。これで面目も保たれるでしょう」

 

長身の男がこの若いリーダー格をなだめるにはこれしか手はないようであった。若者は不服そうではあったがようやく落ち着き、本部の中へ消えていった。

そして一部始終をみていたルイも大いに迷っていた。

 

(皆、それぞれの立場があって大変なんだな…。俺だって死ぬ危険があるのは充分理解している。でも人類の偉業を命をかけて成し遂げようとしている人達がいる横で何もせず待っていることは俺には出来ないんだ…)

 

ルイが意を決して一歩目の足を踏み出そうとすると聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえてきた。

 

「なんじゃお主、また懲りずに死に急ごうとしているのか」

 

そこには無限のウィンワンがいた。

 

「爺さん!?なんであんたがここに?まさかあんたがメガクラブ戦に参加するつもりなのか?」

 

「ふん、無限の太刀の流儀には反するのじゃがこれはわしの使命なんでな。しかし悪いことは言わん。メガクラブ戦は負けるだろうからお主は辞退せい」

 

「なんで決めつけんだよ。それに負けるってわかってるなら爺さんも参加するのおかしーだろ」

 

「……」

 

ウィンワンはこの後まるで結末が分かってしまっているような重たい表情でなにも言わずに黙りこんでしまった。

 

ルイはこれ以上話していてもらちがあかないと思い本部に向かうことにしたがまた後ろから呼び止められる。

 

「待って!私たちもエントリーするわ!」

 

振り向くとトゥーラとナパーロが立っているのだ。

 

「あ、トゥーラ…。ナパーロも!?」

 

「僕も少しでも力になれればと…」

 

トゥーラだけでなくナパーロも意を決した表情で来ていた。

 

「考えてみればエントリーしたとしてもさすがにメガクラブと直接やり合う人員にはならないだろうから後方支援としての条件付きが通るなら参加するわ。ハーモトーさんにもお世話になったしね」

 

「ほ、本当か?ありがとうトゥーラ!さっきはごめんな…」

 

「いいのよ。ただしあなたも後方支援にしてもらうわよ。さすがに無謀な戦いをされちゃ今後困るからね」

 

「わかった!じゃあ早速本部にいこう!」

 

衛兵が守る天幕を潜るとそこは簡易テーブルやイスが複数のブースとして並びいつかの面接会場のようになっていた。

そこから一つのブースに通されようとしていた時、通りかかったハーモトーがルイ達に気がつく。

 

「やはりあんた達も来たのね。ん?後ろにいるのは…」

 

ハーモトーはルイ達の後ろに一緒になってついてきていた老人を見つけ声をかける。

それにギクリとして反応したのはウィンワンだ。

 

「わしもメガクラブ戦に参加するために来た」

 

これにハーモトーは真剣な顔つきとなって応える。

 

「あなたのことは調べさせて頂いた。経歴に少し問題があるので参加を希望する場合は念入りに聞き取りさせて頂きたい。異存ないですね?」

 

ウィンワンは特に驚きも動揺もせずにハーモトーの指示に従って奥の間へ消えていった。残されたルイたちはこのやり取りに呆気に取られていたが、兵士に呼び出され別のブースに案内された。

 

ブース内で待っていたのは8人衆のクジョウだ。どうやら今度はこの男に面接されるらしい。宴会の時もあまり表情を変えることなく坦々と酒を飲み、的確なタイミングでツッコミを入れるような冷静沈着タイプの印象だった。選抜組の連中を問題なくまとめているようでもあり、今やアウロラに次ぐブレーンになっていても違和感はない。

 

「君らか…。参加は問題ないだろうが実力的に取り巻きのカニ退治か後方支援だな」

 

「はい、私たちもそのつもりです」

 

クジョウが期待通りの言葉を発したため、トゥーラが念押しするように即答し、面接は事務的な話だけとなってすぐに終了した。

 

その後、本部からメガクラブ戦のフォーメーションが発表されたが、やはり皆が気になるのはギシュバがいない中、誰がメガクラブと直接戦うのかであった。

 

発表されたフォーメーション

 

◆メガクラブ討伐班

アウロラ (ギシュバ8人衆)

クジョウ (ギシュバ8人衆)

ワイアット (ギシュバ8人衆)

ウェナム (バート家)

ルートヴィヒ (オラクルの護衛長)

 

◆周りのカニ排除班

雇われテックハンター 4名

都市連合兵3名

ニムロッド (ギシュバ8人衆)

ハーモトー (ギシュバ8人衆)

ウィンワン (一般)

 

◆後方支援

ロード・オラクル (総指揮)

ルイ (一般)

トゥーラ (一般)

ナパーロ (一般)

他 以下の名前が並ぶ

ロード・オラクル私兵30名

都市連合兵9名

志願移民12名

 

この発表をルイは驚きと不安の様子で見ていた。

 

「すげぇ、これほとんど志願してくれた有志だろ?最初からこれぐらいいれば楽に古都を制圧できたじゃないか!でもやっぱり討伐班は残りの8人衆がやるのか。しかもアウロラさんが先頭だし…大丈夫かなぁ…」

 

「参加者が多いのはやっぱりアウロラさんの演説の効果よね。討伐班に知らない名前の人がいるけど8人衆ぐらい強いのかも。5人体制だし行けるんじゃないかしら!」

 

「8人衆以外のルートヴィヒって人はたしかロード・オラクルの護衛隊長だった気がする。ウェナムは…聞いたことないなぁ」

 

「遠征隊を探せば強い人が他にもいるのね。排除班も結構いるしなぜ最初から人数かけなかったのかしら…。何気にウィンワンさんも排除班にいるから強い人のようだし。まぁエントリーした理由は謎だけど…」

 

「あーあの爺さんな!そういやあいつが『この戦いは負ける』とか言い出しておかしいよな!」

 

「え、そんなこと言ってたの…」

 

「爺さんみたいに最初から弱腰じゃあ勝てるものも勝てないっつの」

 

「確かにそうよね…」

 

トゥーラはなにか引っ掛かる気持ちを胸にしまいこんだ。

 

 

所変わってアウロラ達幹部がいる天幕ではメガクラブ討伐班メンバー5人とロード・オラクルの顔合わせが密やかに実施されていた。

 

「我々5人が絶え間なく波状攻撃をかけてメガクラブに的を絞らせない方針をとるのは理解した。基本的にギシュバ8人衆の力量は信頼しているつもりだがアウロラ殿はその体格でカニの注意を引き付けるような攻撃を入れられるのかな?」

 

白ひげの年配鎧武者が乾いた声でアウロラに毒つく。名をルートヴィヒと言いエリート侍として都市連合の部隊長クラスまでかけ登ったあと引退後の晩年はロード・オラクルの護衛長についていた。実力が認められているためオラクルの命令で渋々討伐班に加わったが、明らかにこの任務におけるモチベーションは低そうだ。

 

「ルートヴィヒ殿、副隊長の実力は対人戦では隊長ギシュバに匹敵します。心配はご無用かと」

 

アウロラに変わって応えたのは8人衆クジョウだ。メガクラブ初戦では周辺のカニ掃討を担当していたが人員不足により討伐班に加わっていた。カニの掃討の実績を見ると妥当な抜擢なのだろう。

 

「しかし今回の作戦は5人の息があっていないと恐らく成功しない。私はクジョウ殿の戦い方を近くで見てきたが、他の方の戦い方も把握しておく必要がある」

 

横から口を出したのは選抜組テックハンターの代表として参加した教育係のウェナムだ。酒場でルイ達と揉めた際に仲裁した人物である。

選抜組には貴族であるバート家の御曹司であるキアロッシ・バートが実績作りのために参加していたが面目を潰さないために急遽、剣術の心得がある教育係が参加した形だ。クジョウと共にカニの巣除去を行っておりやはりその腕前は認められていた。

 

「決行日までに可能な限り連携の意識合わせは行うつもりです。しかし何より重要なのはメガクラブの巨体を前にしても全員が闘志を意地できるかどうか。怖じ気づいた者が一人でも出た場合にほころびが生じてしまう。その点は実績的に問題がないと思ってよろしいか?」

 

アウロラがルートヴィヒを見ながら問いただしたことでプライドに触った老齢の武者は立ち上がって怒鳴り散らす。

 

「拙者はギシュバ卿の失態を埋めるために参加しているのだ!無礼は許さぬぞ!」

 

「いや失礼。何分互いの素性を知らぬ身です。懸念点は入念に確認しておくべきかと思いまして」

 

アウロラも怯まずに飄々としていたが、その様子を見て進行役のロード・オラクルが口を挟む。

 

「ヴィヒの実績に関しては私が保証しよう。扱う武器が長柄の薙刀でメガクラブに適しているし、この中ではたぶん一番の実力者だろう」

 

これを聞いている討伐班メンバーは皆、相づちすらすることなく聞き流していたが、アウロラは丁寧に返す。

 

「はい、実績を考慮して討伐班として依頼させて頂きました。恐らくこのメンバーの実力であれば第2のメガクラブを倒せるはずです。また一回目の敗因は古都周辺を固める予定の傭兵隊が全滅したまま戦いを挑み結果的に第二のメガクラブの存在を掴めずに襲撃を許してしまったことにありました。そのため今回は有志も多いことから都市連合兵や移民を含めた混合部隊を索敵を兼ねて周辺に配置しますが考慮しておかなければならない問題が1点あります。ウェナム殿以外は既にご存じかと思いますが…」

 

これを聞いたウェナムはすかさず反応した。

 

「潜入者。スパイのことでしょう?」

 

「さすがウェナム殿。分かっていましたか」

 

少しわざとらしいアウロラの振る舞いに対してウェナムは気にする素振りも見せずに続ける。

 

「宴会翌日の騒動を起こせるほどのスパイがあれで死んでいるわけがない。生きていれば今回のメガクラブ討伐にエントリーしているはず。となるとメガクラブとの戦闘中に妨害工作を仕掛けてくる」

 

独眼を細めながら聞き入っていたアウロラは背もたれに寄りかかると不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「ウェナム殿に説明して頂いたおかげであなたがスパイである懸念が少し下がりました」

 

「少しでもいいです。潔白を証明する手段がない現状、連携のために少しでも信頼を得る必要がありますからな」

 

「ご協力頂き感謝します。万が一戦闘時にスパイが姿を現し妨害を仕掛けてきた場合、討伐班はワイアット、排除班はハーモトー、ニムロッドが対処するようにしています」

 

「なるほど、ワイアット殿は我々の監視役でもあるわけですか。しかし8人衆にスパイがいたらどうするのです?」

 

これにワイアットが少し身を乗り出したがアウロラやクジョウはやはり平静を保っている。

 

「…その場合はスパイじゃない8人衆が斬ります」

 

「ふむ。その覚悟承知した」

 

ここで少しの間を置いてロード・オラクルが締めの言葉で橫入りした。

 

「さて、うてる手はうった感じかな。後はメガクラブと決着をつけるだけだが、皆の者もう一踏ん張りだ。必ず勝利を掴みとろうぞ」

 

綺麗に締められた形となったが、最強戦力として心の拠り所にもなっていたギシュバを欠いた面子の間には、依然として不安な空気が残ったままであった。




終わりに向けてこの話だけ微妙に長くなってしまいました


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38.ハウラーメイズ(切られた火蓋)

都市連合領内のとある都市

 

大きな2階建てのスネイルハウスの前にルイは立っていた。

 

「ここか…」

 

ポツリと呟きドアに近づくと2人の衛兵が止まるよう命令してくる。しかし、ルイの顔を見ると何事もなかったように元の位置に戻った。対してルイは動じることなくハウスの中に入っていく。

薄暗い室内は立壁などで綺麗に整理されており受付のテーブルまで用意されていた。静まり返った室内でテーブルに置いてある呼び出しベルを静かに振るとイソイソと身なりを整えた執事らしき老人が出てきた。

 

「ギシュバさんはこちらにいらっしゃいますか?」

 

「はい。ご主人様は2階のテラスでお待ちです。あちらの階段からどうぞ…」

 

案内されるまま2階に上がると鋼鉄でできた片腕をグーパーしながら調整している大男が出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです。その…腕は大丈夫ですか?」

 

「おう、小さな英雄さん、3ヶ月ぶりかな?お互い忙しくて中々会えずじまいだったが見違えたな。腕は大分慣れてきたよ」

 

「そうですか、よかったです…」

 

以降、2人とも言葉が出ず一時の沈黙が続いたが、気を使ったギシュバが口を開く。

 

「今日はあいつのことを聞きにきたのだろう?」

 

これを聞いたルイは少しうつむいていた顔を上げ意を決したように喋り始める。

その表情は今にも崩れだしそうなほど悲痛だ。

 

「…はい、そうです…。あの人はなぜ知りあって間もない俺なんかにこのデザートサーベルを託したのか…。俺はあの人の事を…最後に言っていた夢が何なのかきちんと知りたいんです」

 

これを聞いたギシュバは悲しい目をして少し黙っていたがやがて重たい口を開き語りだした。

 

「あいつは…アウロラはわしが20年ほど前に拾った奴隷だった」

 

「…!!」

 

「主人に殴られたのか…左目の眼球破裂により失明していたところをつい不憫になり奴隷商から買い受けたのがわしとの最初の出会いだ…」

 

衝撃的な内容にルイは言葉を失った。

 

 

 

朝焼けの光が降り注ぐ中、武装した剣士達が決戦場に向かって行進する。

 

この戦いに参加する理由は誰もが同じではない。お金のため、名声のため。そしてある者は内に秘めた目的のため。それぞれの理由は違えどメガクラブを倒すという1つの目的に向かって今、共に歩を進めている者達の表情は凛々しくも覇気で満ち溢れていた。

 

しばらくすると見覚えのある人工物が遠くに見えはじめ、偵察を兼ねた排除班が古都を囲むように左右に展開を開始してメガクラブの索敵をしながら前へ進む。

 

討伐班の5人は一直線に古都の中央広場に向かい、いつでも戦闘できる体制を整えているがまだメガクラブを視認出来ていない。

 

「気をつけろ。奴は襲撃してきた見通しの悪い岩場をねぐらにしているのかもしれない。後方支援部隊も投入して索敵範囲を広げる」

 

アウロラの指示で排除班が奥地へ赴き間延びする部分を後方支援部隊が補う形になった。

 

念のためルイ達も抜刀しながら慎重に歩を進めるが、前回の戦いでカニを減らしたせいか前線でも戦闘は発生しておらず、廃墟は不気味なほど静まり返っている。

 

回収出来なかった傭兵の遺体には虫がたかり悪臭を放っていて、ルイ達は顔を歪めながら横を通りすぎた。

そしてしばらくすると前方のそう遠くない場所から信号煙がたちのぼる。

 

『メガクラブを発見した』合図だ。

 

ついにこの時がきたのだ。泣いても笑ってもハウラーメイズにおける事実上最大の決戦になるだろう。遠征隊は持てる全ての力を結集して挑まなければならない。

自然と煙を見た者達の表情には緊張が走りはじめる。

 

それは中央広場に待機していた討伐班のメンバーも同じだった。

 

「どうします?ここから若干距離がありますぜ」

 

一筋の汗を流しながらクジョウが皆に問いかける。メガクラブを打ち取るためには広い場所で一斉に叩く必要があったからだ。

 

「計画に影響はない。ニムロッドがボウガンで引いてくるはずだ。数分後にはここに現れるだろう。各自、戦闘準備を行ってくれ」

 

アウロラはデザートサーベルをクルクル回しウォーミングアップを始めた。

ルートヴィヒやウェナムも同様に各々の武器を使ったイメージトレーニングをしている。

 

ズズン…ズズン…遠くから聞こえる歓声と共に覚えのある地響きが近づいてくる。

5人の討伐班メンバーは地響きの方に武器を向け各々の構えに入った。

 

 

そしてメガクラブが目前に姿を見せる数秒前。アウロラはこれまでの彼女らしくなく考え事をしていた。

メガクラブを倒していないにも関わらず感慨にふけっていたのだ。

 

チラリと横を見ると大きな薙刀を持った老兵ルートヴィヒが凄まじい気迫を放っている。老いたとは言え都市連合の元将軍の腕前は伊達ではないだろう。さらに奥にはバート家の私兵ウェナムが得意武器である鉈武器の長包丁を片手で軽々しく回している。この男は欲がなくその忠誠心から貴族の教育係に甘んじているが実力は誰もが認める存在だ。選抜組の貢献ptもこの男がほぼ稼いだと言っても過言ではないだろう。

 

ギシュバが傷を負った際はどうなることかと悲観していたが、いまここにいる面子であれば恐らく倒せる。正直討伐班の参加者は増えないと思っていたが、まさか都市連合の元将軍や貴族の主力クラスがどんな形であれ命を賭した戦いに参加してくれようとは。内心はオラクルさえも信用していなかったのだが…。やはり世の中はまだ捨てた物じゃない。真剣に向き合えば思いや志はどんな相手にも伝わるのだ。

 

そして長年考えた構想に対して今度こそ決着をつけられる。そんな正念場に自らが居合わせていることが余計にそうさせているのかもしれないが、気持ちが高揚し心拍が上がるのを感じる。

 

(いかんな。手が震える。最重要局面なのに集中せねば!私の技はメガクラブのような大型の敵には通用するかも分からず一番足を引っ張ってしまう恐れがあるのに。しかしこんな時こそ力のある男達が心底羨ましく思えるな…)

 

「来るぞ!」

 

誰かの声でふと我にかえり前方を見ると木々がざわつき鳥が慌ただしく飛び立っている。木々の間からニムロッドが木の葉を撒き散らして登場すると全速力でこちらに駆けてきた。そしてその後方から木々をなぎ倒し標的となる赤い巨体が姿を現す。

一匹目よりは一回り小さいがその大きさはメガクラブと言うには充分な大きさだ。

 

「予定通り散会して各個攻撃してくれ!」

 

討伐班の5人は広場に誘導されたメガクラブを囲むように移動し、攻撃を仕掛ける体制を整えた。

 

「頭がたかあぁぁい!」

 

甲高い声を発しながら先制をとったのは何と護衛隊長のルートヴィヒであった。

長く重い薙刀をしならせながら目一杯振りかぶるとメガクラブの眉間目掛けて一気に振り抜いたのだ。

仕掛けようとしていたメガクラブも突然の攻撃に驚きハサミで咄嗟に防御する。しかし、それもお構いなしに振り下ろされた薙刀はガキン!という鈍い音を発してハサミにくい込む。

 

一番分厚いハサミにヒビが入る驚愕の一撃に周りの人間は驚きを隠せない。

まさか引退して全盛期もとっくに過ぎ白髪と髭にまみれた老兵がこれほどの攻撃を放つとはまさに嬉しい誤算であった。

勢いにのった討伐班はここから一気に攻撃を仕掛けた。ルートヴィヒに注意が向かったことを察すると、アウロラが、ウェナムが、そしてクジョウが各々の武器でメガクラブの足に攻撃を加えていく。

着実にダメージは入っていくがここでルートヴィヒがその高いプライドから判断を誤る。

メガクラブの反撃を受けにいったのだ。ギシュバが出来たという情報から自分も出来ると過信した結果だろう。

 

「爺さん下がれ!」

 

咄嗟に出たクジョウの悪態を含んだ忠告も空しく、ルートヴィヒは振り下ろされるハサミに薙刀で受けにいくが、グキリと不快な音と共に足下から崩れ落ちる。

 

「ぬぐおおぉぉぉ!」

 

ハサミの一撃に耐えきれずに両足が針金のように明後日の方向を向き、ゴロゴロとのたうち回るルートヴィヒを見てワイアットが直ぐ様かけより後ろに引きずりだす。

 

援護するためにクジョウがメガクラブの懐に深く入ってヘビーポールアームを再度足に叩き込むが、これによりメガクラブのターゲットがクジョウにうつる。

 

ブン!と振りきられた横なぎのハサミを避けきれずクジョウは武器でガードにいくが、そのまま数メートル先に吹き飛ばされた。

 

「……!」

 

交戦から僅か数分で討伐班の2人が離脱するこの事態に、戦いを見守っていた排除班や後方支援部隊にも悲壮感が漂う。

 

「まずい!陣形が崩れるぞ!」

 

ウェナムが叫んだその時、アウロラが軽やかに踊るようにメガクラブの前に立ちはだかった。




7月16日の夜、編集中に間違えて投稿してしまいました(*_*;

そしてハウラーメイズ遠征編は残る2話となりました
ここまで読んで頂きありがとうございました


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39.ハウラーメイズ(古都決戦)

無想剣舞

 

ギシュバのように穏やかな悟りの境地ではないが、全ての邪念を振り払いただただ目の前の敵と心のままに剣舞を舞って戦いに興じる

 

味方と息を合わせづらく単独戦闘に向いていたため鳴りを潜めていたが、討伐班が減ってしまったいま幸か不幸かアウロラの真骨頂としてメガクラブ戦において絶大な効果を発揮していた。

 

度重なるハサミによる範囲攻撃を紙一重で全てかわしつつ、ハサミにも斬撃を与えていたのだ。

その間にウェナムも後ろから足に攻撃を入れている。

 

交戦から既に8分ほど経過しており周辺の掃討をほぼ終えた排除班や後方支援部隊も中央広場に集まってきてアウロラとメガクラブの攻防を固唾を飲んで見守っていた。

 

そしてそこにはいつにもまして深刻な表情で見ているウィンワンの姿があった。

 

(あのアウロラとかいう娘…。想像以上の強さじゃ。このままいけばメガクラブを本当に倒せてしまうかもしれん。しかしウェナムだけの火力じゃ削りきる前にアウロラの体力が尽きる可能性もあるが…やはりやるなら今か…)

 

彼の中で過去の情景がフラッシュバックのように脳裏に浮かび上がっていく。

 

 

「ほら~ウィンワン見てくれよ俺の娘だ!ルイって名前なんだ。かわいいだろ?抱っこするか?」

 

無邪気な笑顔で赤ん坊を自慢する男を見てウィンワンは呆れ返った。

 

「いつも冷静沈着なお前も親になるとここまで腑抜けになっちまうんだな。子どもってすげーな」

 

「そりゃそうだろ~目にいれても痛くないってこのことだったんだなぁー、いてててて!こらこら!」

 

男は赤ん坊に近づけ過ぎた鼻をつままれ悶絶しつつも顔からは笑顔は消えなかった。

 

霧に覆われた都市モングレルから抜け出せずにくすぶっていた俺を厚待遇で雇ってくれた男に子どもが出来た。俺は他人の幸せなんてこれまで何とも思わなかった。むしろ幸福自慢する奴には反吐がでるくらいだった。しかしどういうわけかこの男の幸せは自分の事のように嬉しかったのだ。恐らくそれはこれまでのこの男の行いが起因していた。剣技の型すらなっていなかった男は寝る間も惜しんで地道な努力を続け人並み以上の技を身に付けると、毛皮商の通り道という地域に拠点を構える。各地を練り歩き既に多くの仲間と財産を得ていた男はそこで悠々自適な生活を送るのかと思いきや他人のために食糧供給体制を整えたり盗賊を壊滅させるなど慈善活動を始めたのだ。

 特に飢えた者や奴隷など貧民と言うより社会の底辺にいる人達にも物資を提供し手厚く保護していた。最初は気まぐれによる偽善活動だと思っていたが、稼いだ賞金や遺跡で発見した資源を溜め込まずに出し惜しみなく使用し、当の本人は最低限の衣食住を整える程度で満足しているのだ。心身を削って活動を続けるこの男はもう誰かのためじゃなく自分のため自分が幸せになることをやってもいいと思っていた。

 

そんな矢先に突如、宗教国家ホーリーネーションがこの男の身柄引き渡しを要求してきたのだ。なんでも国家にたてつく政治的テロリストとのことだったが俺を含む男の素行を知る仲間たちはまったく信じなかった。男は組織のプロジェクトが軌道にのっておりいま止めるわけにはいかないと言い、後を託して一人自首しようとしたが仲間がそれを阻み結局戦争となった。

男の支援者は数多くいたため大国を相手にしてもなんとか持ちこたえることが出来、結局お互いに疲弊したところで和平となった。

 

そして俺はそのあと都市連合へ行く任務があり、一人東方へ走り続けている時だった。

 

前方からガチャガチャと鎧の音をたてて小走りで通りすぎる大集団に出くわしたのだ。

先頭には見覚えのある男もいた。アイゴアだ。

 

(なぜこいつらがこんなところに…?)

 

都市連合からつかわされた遅れた援軍かとも思ったが、次の侍隊長らしき言葉で戦慄する。

 

「そろそろ敵の拠点がある毛皮商の通り道に着くぞ!激戦が予想されるが相手は疲弊している!一人も逃がさず討ちつくせ!」

 

どういうわけか都市連合の軍隊が俺たちの組織を襲撃しようと企んでいるのだ。しかもホーリーネーションとの決戦後を見計らったタイミングでだ。

 

(も…戻らなければ…!しかし全力で走ってもアイゴア達より少し先に戻れる程度だ。それだと準備をする時間がないし、何より準備をしたところでこいつらを相手にする力が今はない…!)

 

遠征中のハムート達を呼びに行くことも考えたがいまどこらへんにいるかも定かではなかった。

 

(間に合わない…)

 

直感的に悟った。何をしてもどう考えても詰んでいるのだ。それでも戻るのか俺は迷いに迷った。しかし俺が一人戻ったところで体勢に影響はない。ならばいっそ…

 

俺は逃げた。

幸せを望んでいたはずの恩人である男やその子どもを見捨てて勝ち目のない戦いから目を背け俺は遠方地へ逃げたのだ。

 

 

それ以降この時の選択は今でも心の中で呪いのように悩ませていた。

都市連合の事業を妨害することで罪滅ぼしになるかと考えて参加したハウラーメイズ遠征計画。この計画の阻止は仇討ちにはちょうど良いと思っていた。このメガクラブ戦も今なら簡単に失敗させられる。

しかし、アウロラの演説が男の…ボスの思想と重なったのだ。

 

まさかこんなところで忘れていたボスの志を思い出させられようとは。

わしが今何をすべきなのか答えが出た。

 

「そこのテックハンター!その斬馬刀を貸してくれぃ!」

 

ウィンワンは半ば強引に近くの者から武器を奪うとメガクラブに向かって走り出した。

そしてこれに気づいたハーモトーが叫ぶ。

 

「ワイアット!ウィンワンが動いた!警戒しろ!」

 

アウロラの剣舞に魅入っていたワイアットはハッと我にかえりウィンワンの行く手を遮る。

 

「どけぃ若造!ナマクラ刀でもいいからお主も参加しろ!機を逃すな!」

 

老人であるウィンワンの気迫に気負わされたワイアットはそのまま乱入を許してしまう。しかし、この老人がメガクラブの足を狙って斬馬刀を斬りつけ始めるのを見て、自らも忍者刀をメガクラブの足にぶつけ注意を分散しようと試みる。

 

「……!」

 

これを遠目で見ていたルイは気持ちが高ぶるのを感じていた。

あの命最優先のウィンワンが参戦しているのだ。

 

(ここだ!今こそ全力で集中攻撃すべきだ!カニの注意を引くことは俺にだって出来るはず!)

 

「ルイ!」

 

トゥーラが制止する前に気づけばルイも武器を手に飛び出していた。

そしてウェナム達の邪魔にならないようカニの死角に入り及び腰ながらも関節めがけて武器を振るい始めた。

 

「お主…いま名前はなんと言った!?」

 

ウィンワンが隣で戦いながら名前を聞いてくるがルイはそれどころではない。当たれば致命傷になる大きなメガクラブの足がザクザクと地を踏む中で避けながら攻撃をいれなければならないのだ。喋っている余裕はなかった。

 

一方、数人の剣士が参戦し始めたのが視界に入ったアウロラは確信した。

 

(いける…!)

 

まさかルイまで参加してくれるとは

お陰でメガクラブの注意が散漫になり私の負荷が減った

もうすぐウェナムあたりが足の一本ぐらい砕いてくれるだろうが、それまで私の体力は持つ…!

 

既に数分間、メガクラブの攻撃を避け続けておりアウロラは全身汗だくとなっていた。

汗が唯一ある片目に入らぬよう細心の注意を払いつつ死と隣り合わせの剣舞を継続しているアウロラはもはや体力の限界に近づいていたのだ。

 

(あと少し…もうすぐだ!)

 

ウェナムが継続して攻撃を入れているメガクラブの足はヒビだらけになりいつ折れてもおかしくない状態になっており、その場にいる全ての者が最後の瞬間に向けて一丸となって動いていた。

 

そんな矢先

 

ヒュン…

 

空気を切り裂く鋭い音をたてて何かがメガクラブの付近に放たれた。

 

足に激痛を感じたアウロラが視線を下にやると

長さ20cmほどの対人用に作られた矢が自分の太ももを貫通していることを把握する。

 

「っ…!これは…」

 

遠くでハーモトーが叫んでいる声が聞こえ、何が起きたかアウロラにはすぐ理解できた。




次回がハウラーメイズ遠征編の最終回となります。
準備が整ったので7/25あたりに配信予定です。
(最終話はお好みのエンディング曲を流しながら
お読み頂くと雰囲気でるかもしれませんw)


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40.ハウラーメイズ(死闘の果て)

ハウラーメイズ遠征編最終話


メガクラブ2匹目との決戦前夜。ハーモトーはアウロラと会っていた。

初動からここまで動きを見せないスパイに関して話し合うためだ。

 

「メガクラブとの戦闘中に仕掛けてくるって?」

 

確信に近い言い方をするアウロラに対してハーモトーは思わず聞き返した。

 

「ああ。一匹目の時は隙はなかったが今回は募集したことでスパイが乱入するには絶好の機会だろう」

 

「しかし…本当に大勢いる前でわざわざ姿を現すかい?」

 

「そのことだが…ハーモトー。依頼していた内務調査はどうだった?」

 

2人の声は心なしか小声になる。

 

「ああ、あたしもそのためにギシュバチームに入ったようなものだしね。しかし残念ながら目ぼしい奴はまだいないようだ」

 

「…そうか。杞憂であればそれでいいのだが、万が一、チーム内にスパイがいるとしたらクジョウかニムロッドだ。明日の動向次第では一応彼らも見ておいてくれ」

 

「…!わかったよ。しかし8人衆にスパイはさすがにいないんじゃないのかい?」

 

「…彼らは遠征を計画した後に仲間になった者達だ。そしてこの数年間ずっと潜伏して機会を狙っているのだとしたら…命を惜しむような者達ではないだろう」

 

アウロラのやつれながらも見せる非情な顔つきにハーモトーは思わずたじろいだ。

 

「アウロラ…あんた明日は大丈夫かい?」

 

「ん、私か?ああ、万全だ。私も明日は確実に任務を全うするつもりだ」

 

「そうかい…。死ぬんじゃないよ…」

 

「ははは!死ぬつもりはないよ。ちゃんと勝算はあるさ」

 

そう言うとアウロラはニコリと笑ったが、ハーモトーには無理して気勢をあげているように見えていた。

 

 

 

 

「ニムロッドおおぉぉぉ!」

 

ハーモトーは鬼のような形相で野太刀を抜き、アウロラに矢を放ったニムロッドの元へと走り出す。

しかしニムロッドは平然とした表情でボウガンに次の矢を装填している。

その横で同じくボウガンを構えていたトゥーラは驚愕していた。

 

「ニ…ニムロッドさん…なぜ…!」

 

トゥーラがボウガンを向けていることに気がつくとニムロッドもボウガンをトゥーラに向けて構える。

 

「武器を下ろせ。俺は反乱農民軍の義勇兵だ。遠征は失敗させなければならないが、都市連合と関係ないお前達を殺すつもりはない」

 

「そんな…!」

 

トゥーラの手は震えている。

 

それに気づいたニムロッドはボウガンの引き金に指をかける。

しかし矢が放たれるより先に動いた者がいた。

目つきを変えたナパーロ(ラックル)だ。彼はナイフを懐から素早く取り出しニムロッドに投げつけたのだ。

 

「くっ!お前…!?」

 

予想外の方向からの攻撃にニムロッドはボウガンで防御する。

そこにハーモトーが到着し有無を言わさず野太刀を振るった。ニムロッドは対応しきれず、刃は音もなく綺麗に彼の体を通り抜けていった。

苦悶の表情で崩れゆくニムロッドの横で野太刀を振り切ったハーモトーはそのままメガクラブのほうに視線を移す。

 

(アウロラは…!?メガクラブはどうなっ…)

 

ハーモトーは言葉を失った。

ちょうど視線の先にはハサミの殴打により宙に飛ばされるアウロラの体が目に入ったのだ。

 

そしてこの時メガクラブと戦っていたルイも悲痛な表情で見ていた。

アウロラはまるでオモチャの人形のように打ち上げられた後、受け身をとることなく力無く地面に叩きつけられる。

 

「あ…あ…」

 

言葉を失うほどの不安感が全身を駆け巡る。

 

だがそんな人間達の状況をメガクラブは待つことなく近くにいるウェナムにターゲットをうつして殴打を始める。

 

ウェナムはもはや攻撃を諦め、避けることに全神経を注ぐしかなかった。そして一撃目をギリギリ紙一重でかわした後に叫ぶ。

 

「あと少しだ!攻撃を止めるな!!」

 

この声に我に帰ったルイも必死にメガクラブに食らいつく。

 

「うああぁぁ!!」

 

怒りと悲しみで満たされたルイはそのままメガクラブの足の間を抜け懐に入り込むとハンティングサーベルを一心不乱に振り回す。

腹側は甲皮より柔らかいせいかザクザクとサーベルが食い込みその度にメガクラブは体液を撒き散らして暴れるが、お構い無しにルイは攻撃を加えた。しかし力任せの攻撃は武器に過度の負担を与え、ハンティングサーベルは腹に食い込んだまま根本から折れてしまう。

 

「お主は下がっておれ!!」

 

これを見ていたウィンワンが必死の形相でカニの足に斬馬刀をところ構わず叩き込み注意を逸らそうとする。

ウェナムもここぞとばかりに攻撃を再開しついに足の一本を叩き割る。そして足を一本失ったメガクラブはバランスを崩しルイの前に顔を覗かせる形で倒れこんだ。

 

「……!」

 

急所に一撃を入れる絶好のチャンスに武器を喪失したルイは懐に手を当て短剣を探すが見つからない。

 

こうしている間にもメガクラブは残る足で力を振り絞り今にも立ち上がろうとしている。

 

(何か…何か武器がないか…!)

 

鋭利な石でもいい。武器になる物が落ちていないか辺りを見渡す。

 

その時だった。

風を切る音と共にどこからともなくデザードサーベルが飛んできて目の前の地面に突き刺さる。

 

「…!?」

 

ルイは無意識にそれを手に取り最後の力を振り絞ってデザートサーベルを重々しくメガクラブの脳天めがけて叩き込んだ。

メガクラブはしばらくユックリ足を動かしていたがやがてその動きを止めた。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

ウィンワンがすぐさまルイの安否を確認しにきたが、2人とも放心状態でその場に固まっていて言葉は交わすことはなかった。

 

 

 

 

(空が…綺麗だ…)

 

仰向けになり口から一筋の血を流しながらアウロラは上空を見ていた。

押さえた腹部からはあばら骨が突き出ている。

 

そこにワイアットが駆け寄ってきて戦慄する。

 

「う!…姉御…!」

 

修羅場を潜ってきたベテランほど一瞬で状態の悪さを理解出来る。致命傷だ。

 

「…ワイアットか。この歓声…メガクラブは倒せたのか…?」

 

「ああ!ルイが止めをさしましたよ!」

 

「そうか…あいつが…。では…後のことは…もう出来るな…?ハーモトーと喧嘩せず成し遂げてくれ…」

 

「この遠征はあんたありきでしょう!傷が開くからもう喋るな!くそ!医療班はまだか!?」

 

周りを見渡しているワイアットに対して小さい声でアウロラが喋りかける。

 

「ルイを…呼んでくれ…」

 

「ええ!?あいつを?ああ、わかった!」

 

ワイアットはメガクラブの傍らで放心状態のルイを呼ぶ。

 

「おいルイ!副隊長が呼んでる!早くこい!」

 

これにビクッとなって我に帰ったルイはすぐに駆けつけた。

 

「ア…アウロラさん…!」

 

ルイは無意識にアウロラの手を両手で掴んだ。

 

「デザードサーベルは…使えたか?あれは遺跡で見つけたエッジ二式等級だ…お前が使いこなしてくれ…」

 

「何を言ってるんですか!早く止血をしないと…」

 

アウロラの腹部から地面に染み渡っている大量の血を見てルイの表情も蒼白になっていく。

 

「そんな顔をするな…。人間誰でもいつか死ぬんだ。このあとの行く末を見てみたかったが…後はお前が代わりに見届けてくれ…そして私の夢を…」

 

「い、いやだ!アウロラさんが元気になればいいでしょう!?」

 

ルイの顔はもはや涙にまみれてぐちゃぐちゃになっていた。そこにハーモトーやトゥーラ、オラクル達など討伐に参加したほとんどの人達も周りに集まってくる。

 

「…るな…大丈夫…もう…痛みは…ない…今…行く…」

 

アウロラは視点が定まらないまま誰とも分からない相手に呟くとそのまま2度と動くことはなかった。

 

「アウロラさん!?ねぇ!頑張ってください!アウロラさん…!うわあぁぁ!」

 

ルイは人前もはばからず大声で泣いた。トゥーラ達も連られて鼻をすすっている。

 

初めて出会ってからこれまで剣術だけでなくこの世界を生きていく上での考え方まで、その生き様をもって教えてくれた。

尊敬し目標となる剣士に出会い、叶うなら一生ついていきたい、追い続けたい、そう思っていた。

この無情な世界の片隅でルイはいつまでも泣き続けていた。

 

 

こうして高い志の元に己の信念を貫き激動の時代を生きてきた一人の剣士が大勢の剣士達に看取られながら永遠の眠りにつくことになった。

 その後の遠征隊は一丸となってハウラーメイズ地方を順調に攻略していき、彼女の遺志は無事に成し遂げられる。そして遠征の過程で命を落としたその他の剣士達の犠牲も報われる事となったのだ。

 ロード・オラクルはそのままハウラーメイズ地方に残って初代領主となり漁業による食糧生産体制を確立していくことになる。

 

そしてルイ達は…

 

メガクラブ討伐においてルイが最後にトドメを刺したのをオラクルが目撃していたため、ギシュバ、アウロラに次ぐ第二功と認められる。

元々ハウラーメイズ遠征計画は都市連合内全土において注目されていた事業であったためその影響は非常に大きく、都市連合内で英雄として報道されることとなる。この成人にも満たない女の子の大躍進は混沌の中に光を求める市民の間で格好の話題となり、ルイは一躍時の人となった。

 さらにハウラーメイズ地方で見つかった失われたライブラリの技術発見がメガクラブ討伐による賜物として関連付けられテックハンター協会が綿密に計算した結果、貢献pt1231という破格の数字が付与された。

(なお、ルイは自分がテックハンターではなかった事を理由に全てトゥーラにポイントを加算させている)

 

 

 

 

3か月後

 

全ての事務処理を終えたルイはオラクルから出資を受けたお金で傭兵を雇いショーバタイというギシュバの住居がある都市に訪れていた。そしてギシュバからの衝撃的な言葉を聞かされ動揺していた。

 

「アウロラさんが元奴隷…」

 

「ああ。だがわしは奴隷としてではなく我が子のように可愛がりテックハンターとしてのノウハウ全てあの子に教え込んでいった。元々探求心が強かったからすぐに教えられることはなくなったがな」

 

器用に何でもこなすアウロラを思いだしルイは少し微笑む。

 

「やがてアウロラはテックハント業務の傍らでハウラーメイズ遠征を計画し、その内容にわしらはただ同調した。わしを含む周りの者はハウラーメイズ地方の攻略によってもたらされる恩恵までしか考えていなかったが、アウロラはその先の事も見ていたのかもしれない…そしてそれが出来るのが君だと感じたのかもしれないな…」

 

これを聞きルイは目を見開いて一点を見つめていた。

 

「まったく…壮大なことを考えるよりただ長く生きていて欲しかったのだがな…」

 

ギシュバは背中を向けそれ以上何かを語ることはなかった。

 

 

対談が終わった帰路でルイはおぼろ気なアウロラとの会話を思い出す。

 

「ルイ。お前と一緒にいるあの少年は奴隷だろ。お前たちが買ったのか?」

 

「え?あ、はい。手持ち金を全部使っちゃってトゥーラに怒られたけど…というかやっぱ奴隷って分かっちゃうもんなんですね」

 

「…どこで買ったんだ?お前たちにはまだ早いだろう」

 

「えーと、奴隷農場ってとこです。奴隷としてと言うよりかは仲間としてと言うか…とにかく若いうちから奴隷の人生ってのが可哀想だったので…」

 

この言葉を聞いてアウロラは手を止めた。

 

「…そうか。お前がいつか言っていた皆が食べ物に困らず幸せに暮らしていける世界というのは奴隷も含めての皆ということか?」

 

「まぁそんなに単純じゃないってことは最近やっと分かってきましたけどね」

 

書類を整理しながら気恥ずかしそうに答えるルイを見てアウロラは答える。

 

「お前は困難にぶつかっても乗り越えられる強さ、道を踏み外さない心の強さを持っている。剣術を今後精進していけばいつか未知のテクノロジーを発見し、奴隷制に頼る必要がない世の中に変えていくことが出来るかもしれないな」

 

冗談のように言っていたこの言葉がアウロラが目指している夢であったことが今になって理解できた。このあと自分がこの遺志を引き継いでいけるか正直自信がないが、少しでも応えられるよう今はもがいてでも前に進み続けてみようと心に決めたのであった。

 

 

 

 

原作 kenshi

 

 

kenshi -20years later-

ハウラーメイズ遠征編

 

作 さわやふみ

 

 

Special thanks for MOD's

 

美形種族追加MOD

AGO'S Clothing & Armor

Patchwork Armour

Combat Boots

Armour Variations

New Weapons Dissemination Mod

Armor; Nomad Cape

Idle Stands

Yundao HDT Hairstyles for Kenshi

short Cape&Long Cape

More Male Hairstyles for Kenshi

ANiceOakTree's Hairstyles for Kenshi

中式盔甲与武器

 

 

 

 

遠征を戦い抜いた剣士達

 

 

 

メガクラブに止めをさした功績から第2功と認められ一時英雄視される。複数の貴族から出資を受けたことで、トゥーラ達と共に組織を立ち上げてテックハンターとしての活動を続けていく。

 

 

【挿絵表示】

トゥーラ

ハウラーメイズのライブラリ攻略により多数の攻略ptを取得したことで突如ランキングベスト50入りを果たす。これにより若手テックハンターのホープとして世間に認識されていく。

 

 

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ナパーロ(ラックル)

遠征の功績により奴隷登録を解除され、以後は市民としてルイ達のチームに正式に加わる。

 

 

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ロード・オラクル

遠征隊のスポンサーとして攻略に成功したことでハウラーメイズ地方の初代領主となる。貴族であるのも関わらず一般市民に寄った政策を実施し食糧供給体制を確立していく。これにより帝国内における発言力も増していく。

 

 

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ルートヴィヒ

ロード・オラクルの護衛隊長として遠征に帯同する。メガクラブ戦で両足を複雑骨折した影響で一時期歩行も困難になるが、懸命なリハビリによりオラクルの私兵として復帰する。

 

 

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ギシュバ

ハウラーメイズ遠征における主力テックハンターとして参戦。8人衆を擁してメガクラブ討伐を行うが2匹目のメガクラブにより片腕損失の重傷を負う。驚異的な回復力により現場に復帰し遂にはハウラーメイズ攻略を成し遂げる。任務完了後にチームを解散し無期限の活動休止を発表した。

 

 

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アウロラ

小さい頃にギシュバに拾われた元奴隷であったが、徐々に頭角を表し、ギシュバチーム副隊長かつ8人衆筆頭としてハウラーメイズ遠征を計画する。負傷したギシュバに代わって2匹目のメガクラブと正面から対峙する。無想乱舞という戦闘スタイルをようし、あと少しまでメガクラブを追い詰めるが、ニムロッドの裏切りにより致命傷を負い命を落とした。

 

 

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ニムロッド

ボウガンによる射撃能力が秀でておりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加するが実際は都市連合と敵対する反乱農民軍のスパイとして長年潜伏していた。メガクラブ戦の最終局面で正体を表すがハーモトーに討ち取られた。彼の私物から発見された手記にはギシュバチームに対する懺悔の言葉が並べられていたと言う。

 

 

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ワイアット

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。元忍者であり身軽さを生かして斥候任務を遂行し無事に遠征から生還した。ギシュバチーム解散後は行方がわからなくなる。

 

 

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ハーモトー

友人であるアウロラからの内務調査依頼によりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。主に補助として後方支援を行い遠征を成功に導いた。任務完了後はチーム脱退を発表し行商人に戻る。

 

 

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ローガン

ギシュバ8人衆の最古参。ハウラーメイズ遠征に参加するが2匹目のメガクラブの攻撃からギシュバを守り戦死した。

 

 

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バーバラ

ギシュバ8人衆の医療担当としてハウラーメイズ遠征に参加する。他の8人衆に引けをとらない剣技の腕前であったが2匹目のメガクラブに吹き飛ばされ絶命した。

 

 

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クジョウ

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。選抜組テックハンターの育成兼戦闘部隊として活躍。第2のメガクラブ戦で負傷し離脱した。遠征完了後にチームを脱退し引退する。

 

 

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モーリス

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。斥候の他に管理業務も行えるオールラウンダーとして重宝されていたがメガクラブの襲撃に対して殿をつとめ戦死した。

 

 

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キアロッシ

貴族の名門バート家の御曹司。経験のため選抜組テックハンターとして遠征に参加する。自分より立場が低いルイ達を見下していた。遠征から無事に生還するが貢献ptはトゥーラに並ばれた。

 

 

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ウェナム

貴族の名門バート家の教育係兼私兵。キアロッシに同行して遠征に参加する。第2のメガクラブ戦に参戦しバート家のプライドを守る。無事に生還した。

 

 

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無限のウィンワン

ハウラーメイズ遠征に市民として一般応募した。都市連合に前所属組織を壊滅させられたらしく恨みを抱いていたがアウロラの演説に感化されメガクラブ戦に参戦する。遠征から生還後にルイに対して専属護衛を申し入れる。

 

 

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トリスラム

都市連合内で名を馳せた傭兵集団をまとめるリーダー。ギシュバとは友人でもありライバルの存在であった。ギシュバの要望に応え遠征に帯同するがメガクラブ戦で傭兵団ごと全滅した。

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中、腕にギブスをつけた男が車椅子に座っているスコーチランド人の老人と話をしている。

 

「まだ治らんのか?メガクラブの一撃はそれほど重たかったか」

 

「はい。想像以上に過酷な任務でしたよ」

 

「ふぉっふぉっふぉ。君が根をあげるとはよっぽどだな。まぁ良い、状況を報告しろ」

 

老人は雑談もほどほどに鋭い口調で命令する。

 

「はっ。ハウラーメイズ攻略により食糧供給体制は全体の23%ほど回復する見込みでロード・オラクルは思ったより成果を上げているようです」

 

「ふむ。中立派の貧乏貴族かと思っていたが侮っていたな。どうやら世界が見えているタイプのようだのぅ。ノーブルサークルに引き込んでおいて良いだろう。私から言っておく」

 

「承知しました。またギシュバですが主要メンバーを多数失ったことで無期限の休止宣言をしました」

 

「ふふふ。泳がせていたスパイがまさかこんな綺麗に面倒な奴等をやってくれるとは思わなかったぞ。あの隻眼がいなくなればギシュバは放っておいていいだろう。君も脱退しておけ。次の任務は追って沙汰する」

 

「…承知しました」

 

「他に気になることはあったか?例えばルイとかいう新人グループはどうだ?市民から絶大な人気を集めているようだが」

 

「今はまだ全てにおいて素人に近く、メガクラブへのトドメを刺せたのもまぐれでしょう。しかし伸び代はありますね。監視をつけておくに越したことはありません」

 

「そうか。では君ではなく別の者を監視につけておくことにしようかの」

 

「それでよろしいかと思います」

 

「さて…武具の製造でまた忙しくなりそうだな…」

 

老人はポツリと呟くと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

to be continued in the next episode...

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ついにハウラーメイズ遠征編が完結しました。(長かったので最後はエンドクレジットみたくしてみました笑)
如何でしたでしょうか?
終盤はkenshiネタも少なくシリアス展開になっちゃいましたが、
脳内ではkalafinaさんの歴史秘話ヒストリアのエンディング音楽が流れて終わった感はあります

素人ながら小説に手を出してみましたが、
何もないところから人同士の掛け合いを作り出すのは想像以上に難しく、
違和感ないキャラクター達を描けたかは微妙です…。
また状況描写も中々伝わりやすい表現が出来ず、kenshiという初めからある世界観の土台に助けられた感があります(´Д`)

とにかくここまで突っ走ってみましたが、
今後の展開の詳細を考えつつ書き方を学ぶためしばらく休止しようかと思います。
復帰は未定のため、ステータスも取り合えず連載中(未完)に設定しておきます。
一応ストーリーは最後まで妄想できているのですが、どっちかと言うと詳細を詰めるのが設計書やパズルのように難しい( ;∀;)

最後になりますがここまでお付き合い頂いた読者の皆様(とメガクラブ様)本当にありがとうございました。
特に感想、誤字修正、評価を頂いた際はモチベーションや励みに繋がっており支えられていた気がします。
「読者の方と一緒に作り上げる」という言葉はあながち間違っていないと実感('ω')

それでは、またどこかでお会いしましょう…
(kenshi2がマルチだったら一緒にやりましょうw)


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決起編
41.新たな出会い


都市連合の首都ヘフト付近の砂漠を4人の男女が歩いている。

男女と言っても一人は老人で後の3人は成人にも満たない十代の子供のようだ。

 

街の外を出ると秩序のない無法地帯となるこの世界において極めて異質な構成であるが、街道をすれ違う人々の反応は畏敬の念が含まれている。

 

「あれはメガクラブ殺しのルイじゃないか?」

 

「期待の新星トゥーラもいるぞ」

 

「あの爺さんは…知らんな」

 

熱い視線が送られる度に4人はどことなくぎこちない雰囲気になる。

 

「メガクラブ殺しって…いかにも俺がやったことになってるんだけど…」

 

先頭を歩くシルバー色の髪の女の子が振り返り様に困惑しながら仲間に語りかける。

 

「私なんて何もしてないのに期待の新星になってるわよ…」

 

黒くて長い髪を一本に結んだ女の子も反応する。

 

「なんでお主らが有名になっててこの無限のウィンワン様の名前が覚えられていないのじゃ…」

 

自分に二つ名をいれて呼ぶこの老人は逆に名前を覚えられていないことが気に障っているようでご立腹の様子だ。

それをフォローするかのように後ろを歩く一番小柄な男の子が声をかける。

 

「あ、でもたまに知っていそうな人達もいましたよ」

 

「ほ、ほんとか!しかしルイ達に知名度が抜かされるとはな…」

 

これにルイとトゥーラと呼ばれている女の子達がこたえる。

 

「まぁ名前も実力が伴わないと意味ないし、実際に強いウィンワン爺さんが護衛してくれて助かってるよ」

 

「でもなんでウィンワンさんは私達の護衛を申し出てくれたんですか?」

 

元々、ルイ、トゥーラ、ナパーロの若者3人で旅をしていたが先のハウラーメイズ遠征で知り合ったウィンワンは遠征終了後に護衛という形で帯同を申し入れていたのだ。

しかもウィンワンは護衛業を生業としているにも関わらず無料でだ。

 

「…気まぐれじゃ。わしがいると旅が面白くなるじゃろう?」

 

トゥーラの疑問に対してウィンワンははぐらかすようにこたえたが、トゥーラが追及するタイミングを妨害するように行く手に怪しげな集団が姿を現す。

 

「食い物だぁ!食い物をよこせぇ!」

 

ボロボロの衣服を纏い手には古びた鍬や剣を持った集団は4人を見つけるや否や奇声を発しながら向かってくる。

ルイもそれに気づくがさほど慌てた素振りは見せていない。

 

「どうだ?ウィンワン。やれそうか?」

 

ルイは背中に背負った光り輝く大きなデザートサーベルをジャラリと取り出し、早くも臨戦態勢に入っている。

 

「うむ。一人だけ剣士が混じっているようだから其奴はわしがやろう。あとの3人は素人だが気をつければ今のお前たちでもやれるじゃろう」

 

「よし、じゃあ迎え撃とう。対話もせずに問答無用で襲いかかってくるような奴らはどうせ反乱農民しかいないしな」

 

反乱農民に対して思うところがあるのかルイは一人息巻いて飛び出していく。

 

「あ、待って!」

 

トゥーラの呼び掛けにも反応せずにルイはデザートサーベルを頭上で振り回しながら集団のほうへ突っ込む。

これに集団は一瞬ひるむが、腹を空かして極限状態なのだろうか狂気に満ちた表情でルイに襲いかかる。

しかしルイはまったく動じずに突きつけられる数本の鍬を華麗に避けながら叩き落としていく。

相手が空腹で力が入っていないのもあるだろうがルイの見よう見まねの剣舞は若干ではあるが上達しているようであった。

その様子を見てウィンワンは胸を撫で下ろす。トゥーラやナパーロを置いて一人で突っ込むルイに不安を感じていたからだ。が、安堵したのも束の間、相手のリーダー格の剣士がルイの方へ向かったため慌てて遮る。

 

「お主の相手はわしじゃ!」

 

すぐさまウィンワンは背負った斬馬刀を手に持ち剣士に斬りかかる。

そして数回刃を交えた後、剣士の真正面からの攻撃を受け流しむき出しになった剣士の背中に一太刀をいれた。

剣士はそのまま前のめりに倒れ動かなくなった。

 

ふぅ、と息を吐きルイのほうを見やると周りには折れた鍬を持った者達が戦意を失って佇んでいる。どうやら他の3人はルイが制圧したようだ。

 

「お前ら反乱農民か?都市連合に不満を持つのは勝手だけどな、その不満を関係ない人にぶつけてんじゃねー!こんなことをしている時点でお前らは盗賊や野盗と同列になってんだよ!」

 

反乱農民と言われた者達はルイの一喝にビクッとしつつも恨めしげな目つきは消えていない。

 

「きゃあ!」

 

すると突然、後ろからトゥーラの叫び声が聞こえる。

 

「しまった!まだいたのか!?」

 

振り返ると大柄の男がトゥーラに覆い被さり両手を押さえつけている。

ナパーロが横で長剣を構えているが震えており斬りかかる素振りは見えない。

 

「くっ!」

 

トゥーラは必死に振りほどこうとするが大柄の男の手を払うことができない。

そればかりか大柄男はトゥーラの両手を無理矢理に頭上で1つにまとめ右手だけでがっちり拘束すると左手でトゥーラの豊満な胸をコートの上から力強くまさぐりだす。

 

「女!女ぁ!」

 

「…っ!」

 

息荒く興奮したこの大柄男は明らかに目的が違うようでそのままトゥーラのコートを強引に引きちぎろうとしている。

 

「てめぇ!何やってんだ!」

 

ルイが大きな声で威嚇したときだった。

 

どこからともなく鉄笠をかぶったロングコートの男が颯爽と現れ、トゥーラに覆い被さっている大柄男の横っ腹を躊躇なく蹴りあげた。

 

「ぐぇ!」

 

そしてそのままゴロゴロと転がる巨体に鉄笠の男は長剣を抜き容赦なく切り刻んだ。

 

砂漠の砂は血で染まり大柄男はぐったりと動かなくなった。

 

「そこのお嬢ちゃん、怪我はないか?」

 

鉄笠の男はすました声で倒れているトゥーラに喋りかけた。近づくとその男の背が大分大きいことが分かりトゥーラもたじろぎながら礼を言う。

 

「は、はい。助けてくれてありがとうございます…」

 

「礼には及ばない。この大男は俺が追っていた賞金首で本能のままに強盗、強姦、殺人をしていたB級首だ。遠目で見つけられてちょうどよかった」

 

そう言うと鉄笠の男は大男の手足を縛った後、傷口を手当てし始める。

そこにルイも到着して駆け寄る。

 

「トゥーラ!ケガはないか?…おい?おーい?聞こえてるか?」

 

ルイはトゥーラがボーッとして見つめる先の鉄笠の男に気づいて喋りかける。

 

「あんたが助けてくれたのか?助かったよ!旅人か?」

 

「俺は賞金首ハンターのヒックスと言う。君はメガクラブ殺しのルイだろ?こんなところで有名人に会えるとは光栄だ」

 

男が鉄笠をとると30歳台ぐらいだろうか、男前のグリーンランド人で、端正な顔立ちの容姿が現れルイは一瞬見とれた。

 

「あ、いや。そうだけどメガクラブは自分が倒したわけじゃない」

 

ルイはハッと我に返りもはや身バレしていたことに驚くよりも自分の実力でメガクラブを倒したわけではないことを釈明しようと必死になった。

 

「ふっ。面白い子だな。君の言いたいことは分かる。君のような小さい子が一人でメガクラブをやれるはずがないしな」

 

「そ、そう!俺はただトドメをさしただけなんだ」

 

「そうか。トドメをさせるぐらいの勇敢さを持ってはいるようだな。ただ…失礼だが君のチームが本当にメガクラブをやったのか…?」

 

そう言うとヒックスは訝しげにウィンワンやトゥーラ、ナパーロを見やる。端から見るとルイたちは老人や子供の構成だ。疑がわれて当然であった。

 

「いや、ギシュバチームの人がほとんどやったんだ。俺たちはほぼ見習いのような形で隊に帯同させてもらっていただけだ」

 

「…!ギシュバチームか。確かに彼らなら間違いないな。しかし君たちは…ちょっと危なっかしいね」

 

「危なっかしい?」

 

「ああ。正直君らチームの戦力は低いように見える。今のでそこの娘は死んでいたしな」

 

ヒックスの指摘は正しかった。4人の内、戦えるのはウィンワンと最近やっと様になったルイだけで、ナパーロは元よりトゥーラもまだ人を斬ることを克服出来ていなかったのだ。

 

トゥーラも自分がまともに戦えていないことで足を引っ張ってしまっていることを自覚しているのか気まずそうにうつむいた。

そんな様子に気づかずルイは会話を続ける。

 

「だからと言ってオラクルから貰った金はなるべくとっておきたいし下手に傭兵も雇えないんだよなぁ…」

 

「元手の資金があるのなら奴隷を使って鉱石掘りや農業でもやらせればいいだろう。まぁ俺の知ったことではないが」

 

そう言うとヒックスは先ほど倒した大柄の男をいとも簡単に背負い込んだ。

 

「…!あんたそいつをどうするんだ?」

 

「どうするって…俺は賞金首ハンターだし警察に引き渡す。3000catにはなるだろうな」

 

「おお!そんなに貰えるのか」

 

「君らも小銭稼ぎに賞金首を引き渡したらどうだ?そこで伸びている反乱農民の剣士は500catになると思うぞ」

 

「マジか!鉱石掘りだけだと賃貸料払いきれないし安定するまで賞金首でつなぐのもありだな」

 

嬉しそうに話すルイに気を許したのかヒックスがさらに助言をくれる。

 

「賞金稼ぎとなると益々戦力の強化が必要だと思うぞ。BARにでも行って仲間を募ってみるといい。君は有名だからチームに加わってくれる人もいるんじゃないか」

 

「おう、そうだな!色々助かったよ。つーか、あんたは一人で活動してんのか?強そうだし俺たちと一緒に来ないか?」

 

見知らぬ人間にもなりふり構わず勧誘出来るルイの破天荒な性格はこういう時に役に立つ。

この問いかけに男はしばし黙りこんだが小さな声でこたえた。

 

「…俺はコミュニティに加わってルールに縛られるのが嫌だが、君ら有名人がその辺の野盗にあっさりやられてしまうのも釈然としないしな。いいだろう。しばしの間、加わってやる」

 

「おお!やったぜ!これから宜しくな!」

 

こうして5人目の仲間を新たに加えルイ達一向は首都へフトを目指すことになった。新加入した長身イケメンの男ヒックスをルイやトゥーラの女子組は自ずともてはやしたが、これを見ていたウィンワンは明らかに怪訝な態度を示していた。




再開してみました
3編は各組織の思惑が交錯するドロドロした展開を考えてます(*_*;

1週間更新を目指してますが若干不定期になるかもしれません


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42.募集

「剣技は得意だが、この町をでるのに9000cat必要だ。実家では病気の母が一人俺を待っているんだ…」

 

「そうだったのですか!それは不憫なことですね。採用します!9000catも我々で…」

 

ルイは鼻をすすり目元を潤わせながら男の言い分にこたえようとしたが、トゥーラが遮るように喋りだす。

 

「いえ!一旦こちらで検討しますので結果は後ほどお知らせします!」

 

話していた男は結局お金が貰えないと分かるとそそくさと去っていく。それを見送ったルイはトゥーラに詰め寄る。

 

「なんでさっきから強そうな人なのに採用しないんだ?しかも病気の母親がいるってのに…」

 

対してトゥーラは冷めた目をして突っ返す。

 

「あなた本当に仲間探しは苦手なのね。グンダーの時は見抜けたのに。人を疑うことを知らないし。ヒックスさんはさっきの人どう思いました?」

 

2人の視線は一緒にテーブルを囲って水を飲んでいる男に向かう。

 

「ん?ああ。トゥーラが正しそうだな。いま別れた奴は恐らく詐欺師だろう」

 

「ですよね~?」

 

尻尾を振る犬のように笑顔でヒックスに取り巻くトゥーラを見てウィンワンはドン!と酒ダルを机に置いた。

 

「ヒックスとやらに聞くがこれまで一人で旅を続けてたのか?」

 

ウィンワンは鋭い目つきでヒックスを睨むが彼は気にする素振りを見せず坦々と返す。

 

「ウィンワンさん。俺が戦力が乏しいと言ったことに腹を立てているようだがあなたの実力は認めてますよ」

 

これにルイが何か気づいたようにこたえる。

 

「なんだ爺さん、さっきからそれを怒ってたのか?イケメンのヒックスに嫉妬してんのかと思ってたよ」

 

「違うわい!何を言っとるんじゃ!ちなみにお主は仮にも頭領なのじゃから加入したての新人にベタベタしとるんじゃない!」

 

「ええ?俺は頭領じゃないし新参者は歓迎してあげるもんだろ。それに爺さんだって最近チームに入ったばっかじゃん。文句ばっか言わないで仲間選び手伝ってくれよ」

 

「人事は苦手なんじゃ」

 

そう言って押し黙ってしまったウィンワンを見てトゥーラがフォローする。

 

「ま、まぁウィンワンさんには剣を教えて貰ったりしてるし、さっきもウィンワンさんが捕らえた剣士は500catで引き渡せたのよ」

 

「わしのことはいいんじゃ!それより…」

 

ウィンワンは喋りかけて言葉を止めた。ルイ達が囲むテーブルの前に麦わら帽子笠をかぶったハイブ人が立っていたからだ。

 

「ああ!お前は!」

 

ルイやトゥーラも気づいて一斉に声を上げた。

 

「久しぶりだね。駒を募集していると聞いて駆けつけてみたよ」

 

「シルバーシェイド!」

 

金次第で敵にも味方にもなり得るこのハイブ人は最初に出会った頃と同じように無表情で佇み、独特の雰囲気を醸し出していた。

 

「なんであんたがここに?」

 

「ん?君たち有名になって金が貯まったんじゃないの?そりゃあ雇ってもらえないか応募しに来るよ」

 

「いや…あんたみたいな高給取りの傭兵が来てもそんなに金あるわけじゃないんだけど。度々報酬を要求してきそうだし」

 

「ああー…もしかして傭兵ってよりかはチームメンバーを募集してるのか。じゃあ取り敢えず成果報酬でもいいよ。何もしてない時は金を払わなくていい」

 

飄々としているシルバーシェイドを見てウィンワンも会話に入ってくる。

 

「お主達はこやつと面識があるのか?ワシも過去に少しだけこやつと一緒に仕事したことあって腕前は確かなのを知っている。賞金首ハントにも向いているじゃろう」

 

対するシルバーシェイドの反応は

「おやっさん、前に会ったことあったっけ?」

と、ウィンワンを全く覚えておらず、一方的に覚えていただけだったことが分かり、ウィンワンがまた顔を爆発しそうに紅潮させていたがトゥーラは話を進める。

 

「ま、まぁ今回は裏切られる心配はないしルイも特に問題ないよね?」

 

「うん。お金はトゥーラに任せてるし強い奴が入るにこしたことはないな」

 

「決まりだね。じゃあそこで酒飲んでるから募集が終ったら教えてくれ」

 

そう言うとシルバーシェイドはそそくさと別のテーブルでお酒を飲みだした。

 

「意外な人が入ったけどこれで6人ね。あんまり増えても動きにくくなるしお金も潤沢にあるわけじゃないから取り敢えず一人だけでいいわよね?」

 

「うん…そうだな」

 

トゥーラはいつもより小さい声でルイが返事をしたことに気がついた。

 

「どうしたの?なんか元気ないじゃない」

 

「あ、いや。都市連合で募集してたらニールからのコンタクトがあるかと思ったんだけど、ないところを見るとまだ一緒に行動する気はないんだなと思ってさ」

 

「そうね…。サッドニールさんが調べていることが危険だと言っていたから巻き込みたくないだけだと思うけどその内容も気になるしね」

 

「アイソケットにいるマスターミフネがあやしいことも教えてあげたいんだけどな。というか…話変わるけどあそこの隅でずっとこっち見てる男がいるんだけど誰か知ってる人いる?」

 

一同がルイの指差す方向を見るとまるで子供が新しいオモチャを見るように目をキラキラ光らせてこちらを見ている若い男がいる。

 

「あやつはわし達がBARに来たときからずっと見ていたぞぃ。大方、有名人を見て舞い上がっているだけじゃろう」

 

「ふーん…あ、こっち来る…」

 

ウィンワンが若干ふてくされた様子でお酒を飲みながらぼやいていると男はルイ達と目が合ったや否やパタパタと駆け寄ってきた。

 

「ルイさんっすよね!?メガクラブを倒した!」

 

開口一番、大きな声でルイに喋りかけてくる男は背丈はルイより少し高いぐらいの若くて元気のよい男子だった。

 

「そ、そうだけど…」

 

「俺はコック見習いをやってるシャイニングって言います!料理人を雇ってみる気ないっすか!?」

 

ルイも男子の勢いに若干引き気味であったが料理という言葉に反応して急に元気になる。

 

「おお!?料理が作れるのか?カニ料理とかも?」

 

「食材があれば何でも美味しくするっす!」

 

「マジか!採用する!若そうだけど歳はいくつだ?」

 

「15っす!」

 

「俺の1個下か!宜しくな!」

 

2つ返事で回答するルイにトゥーラが慌てて割って入る。

 

「待って待って!いま専属シェフを雇う余裕ないわよ!あなた戦えるの?私も人のことは言えないけど」

 

「棍棒なら握ったことはあるっす!戦えと言うのなら剣も覚えるっすよ!」

 

ルイはウンウンとうなずきながら同意する。

 

「その心意気買った!一緒に頑張ろう!トゥーラ、こいつは絶対伸びるぞ!」

 

「いつもその根拠はどこから来るのよ!素性も聞いてないじゃない」

 

「毛皮商の通り道出身で今は飯場のバイトをやってるっす!」

 

これにルイ以上に反応したのはウィンワンだった。

 

「毛皮商の通り道ってホーリーネーション領じゃし何もないとこじゃないか。嘘はつくなよ坊主」

 

「嘘じゃないっす!ノーファクションという組織が昔そこにあって母がそこで俺を産んだって言ってました!」

 

ウィンワンは厳しい目で若者を見やっていたが、この言葉に凍りついた。

 

「ノーファクションじゃと…?」

 

目を見開いて固まっているウィンワンにルイ達も様子がおかしいことに気がつく。

 

「爺さん急にどうした?」

 

「…いや、なんでもない。坊主、その母はいまどこにいる?」

 

「今はもうこの世にいなくて俺一人っす。いつか俺は母が昔やっていた料理店を再建したいんす!雇ってくださいっす!」

 

もはやお決まりの反応の如くルイが目を潤ませながら食いつく。

 

「そうだったのか!それは不憫だな!採用する!」

 

「さっきと同じパターンじゃない!」

 

このルイとトゥーラのボケと突っ込みのようなやり取りを何度も見てきたであろうヒックスやナパーロ等はもはや無反応で黙々とダストウィッチを食している。

 

「いやいや今回は俺は分かる。見ろよこの曇りなき眼を!人を騙している目じゃない」

 

「うーん…まぁシルバーシェイドを入れて戦力アップは出来たしそこまで言うなら…」

 

これまで既に面会を複数回やってきたのであろうトゥーラは疲れて言い争う気力が尽きたらしく渋々了承してくれた。

 

「イエーイ!やったな!シャイニング!」

 

「っす!よろしくお願いしまっす!」

 

初めて会ったばかりとは言えないほどルイとシャイニングが打ち解けている中、ウィンワンはこれ以上特に言うことはなく渋い口調で皆に発破をかける。

 

「さて…7人か。まずは購入した屋敷の賃貸料金含め生活費を稼げるようにしないとじゃな」

 

「ああ!まずは懸賞首を沢山捕まえて世界をまわるための資金を稼ぐぜ!」

 

戦力を増やした一向は安定した収入を得るため都市連合領内にいる賞金首を探してお金を稼ぐことにした。



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43.砂忍者

人数が増えたことでルイ達はヘフトにある大きめの屋敷を購入し、そこを拠点として活動することにした。

ウィンワン、ヒックス、シルバーシェイドの武闘派は賞金首を探してとらえる役割、トゥーラ、ナパーロ、シャイニングは家事、炊事、そして運営を担当した。ルイは迷った末に前者についていくことにした。

 

そして賞金首稼ぎグループは太陽が照り返す灼熱の砂漠の中、街道とされている道を敢えて外れて練り歩いた。反乱農民や野盗の襲撃を誘うためだ。

 

「暑ぃ~…ポンポン稼げると思ったらあんまり賞金首には出くわさないもんだな。一発ドカンとお金入らないと割に合わないんじゃない?」

 

ルイは汗だくの服をパタパタしながら重い足どりでヒックスに問いかけた。

 

「懸賞金が高額なA級賞金首は10000catぐらいになるが、そうそう見つからんし出会っても大体手練の人間だから危険だぞ」

 

「そうなんだ。一番高いのがA級ってこと?500catは何級だったんだ?」

 

「500catは一番低いD級だな。主にD級からA級までしか分類されないが特別に最上級のS級と呼ばれる10万catの賞金首がこの世界には数人いる。ここらの地域だと反奴隷主義者のティンフィストが該当するな。まぁ絶対に捕まえられないだろうから偶然見かけたとしても俺達は逃げの一択しかない」

 

「じゅ、10万cat!?一人でか?反奴隷主義者ってどんな凶悪な奴なんだよ!」

 

「ルイ、反奴隷主義者は凶悪犯と言うより都市連合に長く敵対している組織だ。全ての奴隷を解放して人間皆が平等になるべきだって主張している集団さ。まぁ俺から見れば奴隷を解放した後の混乱は何も考えていないただの能天気集団だが」

 

「へぇー…そんな奴らがいるのか。じゃあ都市連合の人間でもない俺達は手を出さなきゃ別に攻撃もしてこないんじゃないか?もし出会っても無視していこーぜ」

 

安心しながら先を行くルイとは対称的にヒックスは考え込んでいた。

 

「いや…ルイはどうだろうな。既に都市連合の英雄のように扱われているから覚えられていたら敵対視されるかもしれない」

 

「マジか…」

 

「ちなみにティンフィストは武術をマスターした最古からいるスケルトンで、あいつの鉄拳で殴られたら軽く頭が吹っ飛ぶだろう。下手すると奴一人でも都市を壊滅出来るかもしれんほどの達人だ」

 

「は…ははは…やっぱり取り敢えず手頃な3000catぐらいの奴からに探すことにしようぜ」

 

「B級だな。手配書を確認して地域を絞ったほうが早い」

 

4人は早速、都市の警察署にある手配リストを眺めにいった。

 

「おお~いっぱいいるなー。D級は何人いるか分かんないぐらいだ。3000catあたりはB級だっけ?こっちもそれなりにいるな」

 

ルイ達はズラリと並んだB級手配書リストを一つずつチェックしていく。

 

「んー?スナニンジャ…こっちもスナニンジャ…。この周辺にいる懸賞首はスナニンジャって奴が多いんだけど何なの?」

 

「それは都市連合内に巣くう忍者野盗の組織だ。放浪者や農民だけでなく侍兵にも手を出している連中でたしか山脈のサボテン穴という場所にそいつらの拠点があったはず。都市連合の貴族連中には討伐までやる余裕もやる気もなくずっと野放し状態だ。地図で言うとちょうどこの辺りだ」

 

「一般人にも攻撃してくるなら捕らえたほうがいいな!ちょっと遠いけどそのサボテン穴の周辺を出歩く小者を狙って小銭を稼ごうぜ!」

 

「ああ。ただスナニンジャの頭領は鬼と呼ばれていてA級の懸賞額2万catだ。万全を期して奴らの本体には手を出さないようにしよう」

 

目標を定めたルイ達は早速サボテン穴に向かうことにした。道中でヒックスが砂漠で奇怪にしだれた植物のような触覚を見つけ注意を促す。

 

「あの触覚には近づくなよ。スキマーだ」

 

「え、あれがスキマーなのか?あいつら地中に埋まっていることもあるのか…知らずに近寄ってたら危なかった…」

 

トゥーラとナパーロの3人で都市の周辺で鉱石掘りをしていた頃も昆虫型生物スキマーに出くわしたことがあったが遠目で向かってくるのが分かったため事前に逃げることができていた。

 

「地中で暑さを凌ぎながら近づいた生物を音で探知して補食している。君は都市連合出身ではないのか?よくここで生きてこれたな」

 

「あー、俺は違う地域から来たからこの辺のことは全部トゥーラに任せてたんだ」

 

「そうか。信頼出来る仲間がいることは良いことだ」

 

しばらくすると目標となるサボテン穴がある山脈が眼前を覆う高さぐらいになってきて、4人の足どりは自然と慎重になっていく。砂嵐が吹き荒れる中、高低さのある岩山に視界を遮られいつ他の生物に遭遇しても分からない状況になってきたからだ。

 

スナニンジャはあまり多くの人数で行動しないとのことだが忍者野盗と言われるだけあって一人一人の腕前はその辺にうろつく反乱農民より断然高い。こちらが4人のため基本的には3人以下で行動しているスナニンジャを狙うことにしていたが、岩影に隠れ誰かが通りすがるのを待つ間、稀にスキマーも遠くに見え4人に緊張が走る。

そして時間が経過しルイの集中力はとっくに途切れた頃、ゴーグルをしたヒックスが砂嵐の向こうに人影を発見する。

 

「何人だった?スナニンジャか?」

 

「2人までは確認した。それ以上いるかもしれないがスナニンジャかどうか判断できなかった」

 

シルバーシェイドが笠で砂嵐を防ぎながら目を細める。

 

「彼らスナニンジャは口元まで覆ったシャツを着ているのが特徴だが嵐でよく見えないね。近づいてみるかい?」

 

「待て!砂嵐で人数が分からないのじゃろう?相手が多かったらまずいぞい」

 

「かといってここに居続けても何も始まらないよね。相手の後ろからばれないように追跡しよう」

 

何事にも慎重なウィンワンは追跡を反対したが、結局シルバーシェイドが先を歩き始めたので4人は吹き荒れる砂嵐の中、人影が向かったと思われる道を後ろから慎重に追跡することにした。

 

「隠密は得意ではないのじゃが…」

 

ウィンワンがぼやいた矢先、先頭をいくシルバーシェイドが岩影に身を屈め『止まれ』の合図を後方に送る。

 

「どうした?何かいたのか?」

 

小声で問いかけるルイにシルバーシェイドは前方を見ながら若干慌てた様子で指を一本たてて『静かにしろ』のシグナルを送る。

 

ルイもソロリと身を乗り出すと目前の光景に驚愕する。

 

3階立ての監視塔のような建物と入り口を固める忍者装束をまとった兵士が2名。明らかに拠点と思える建物が姿を現したのだ。

 

「もしかして…スナニンジャの拠点を見つけてしまったのか!?」

 

「らしいな…。奴ら組織の規模は50人程度だ。建物内には10、20人はいるかもしれないから見つかったらアウトだろう。気づかれる前に撤収するぞ」

 

ヒックスもこのような事態には慣れているのかすぐに事態が深刻であることを悟り素早く判断する。

 

「やれやれ山道は年寄りにはきついと言うのに…」

 

ウィンワンがもと来た道を戻ろうとした時であった。つま先に当たった小石がコロコロと転がる。

 

カランカラーン…

 

乾いた音が嵐が吹き抜ける山あいの山腹にこだました。

 

「おい…!」

 

4人は思わず息を殺して足を止めた。

 

ビュオーっと吹き抜ける風の音だけが数秒間聞こえていたが、特に状況に変化は見られない。

 

ルイは手を広げセーフの仕草をした。が、その瞬間、黒い何かが飛んでくるのを他3人が気がつく。

 

カキーン!

 

シルバーシェイドが咄嗟に居合い斬りでその何かを叩き落とすとそれはクナイであることが分かった。

 

「走れ!」

 

瞬時にヒックスが指示を出す。

気づかれたことは一目瞭然だった。4人は一斉にもと来た道を走り出す。

都市連合でさえ殲滅しきれていない盗賊組織の本部に4人という小人数で手を出してしまったのだ。追いつかれれば命の保証はないだろう。誰も口を聞かずに全力で駆けた。

がしかし、しばらくすると老齢のウィンワンが息を切らし始める。

 

「爺さん!?大丈夫か!?」

 

ルイが振り替えるとスナニンジャと思わしき人影数名が猛烈な勢いで追いかけてきていることが分かる。

 

(奴ら軽装だから足が早い!このままじゃ追い付かれる!しかし…)

 

ウィンワンやシルバーシェイドを見ると最早スタミナが切れかかっていることは明白だ。

 

絶体絶命かと思われた矢先、ルイは前方に見覚えのある物を見つける。

 

「おい!あれが見えるか?回り道して奴らにぶつけるぞ!」

 

ルイ以外の3人もルイの意図に瞬時に気がつく。

 

動物は獲物を追う時、ついその対象だけに集中してしまう。それは人間であっても同じことだった。ぐるっとカーブを描くように逃げる4人をスナニンジャは距離が縮めることに気をとられルイの思い描くルートで追ってきたのだ。

 

ザザー!

 

スナニンジャの足下の砂から巨大な昆虫の足が這い出て鎌のような足でスナニンジャの一人をからめ取ったのだ。スキマーだ。

それを目撃するのはルイは当然初めてであり思わず口から声が漏れる。

スキマーはそのまま口もとにスナニンジャの体を運び肋骨が折れる不快な音と共にグシャリと噛み砕いた。

 

他のスナニンジャもこれに驚きスキマーに対して臨戦態勢に入る。

 

「やった!けどちょっと気の毒…!」

 

「仕方ないじゃろ!しかしよく思いついたな!やはりあいつの子だけ…」

 

何かを言いかけてウィンワンは口をつむぐ。

 

「まだ一人追いかけて来てるぞ!」

 

「マジか!…って一人か?チャンスじゃね!?ある程度引き離してから捕らえてやろう!」

 

「……」

 

ヒックスが度々振り返り怪訝な表情をしていることにルイが気づき声をかける。

 

「どうした?まだ追ってきているか?」

 

「いや…追跡者の顔を覆う籠のような深編笠…あいつはもしや…」

 

ヒックスが言い切る前にシルバーシェイドが急に立ち止まり仕込み刀を抜いて臨戦態勢に入ってしまう。

 

「もう走れないよ!ここでやっちまおう!」

 

砂煙を出して立ち止まると追跡者のスナニンジャも距離を置いて立ち止まった。

背中には二本の忍者刀を交差して装備している。

 

深編笠で顔は見えないが、息を切らしている様子もない。一人で追ってくるということはよほど腕にも自信があるのだろう。

 

「よくもアタイらの仲間をスキマーの餌にしてくれたね。この代償は高いよ」

 

深編笠からしがれた甲高い声が聞こえてくるとヒックスは何かを確信し、意を決したように前に出る。

 

「やはりこいつはスナニンジャの頭領、鬼だ。全員でかかろう、と言いたいところだがあんたら老人と新米は休んでな。ここは新参の俺が信任を得るためやらせてもらう」

 

「お前一人でやるつもりか!?大丈夫なのか?」

 

ルイの問いかけにヒックスは不敵に笑い腰に差した長剣を抜いた。

 

「アタイもナメられたもんだね。来な、若造が。血祭りにしてあげるよ」

 

対してスナニンジャの頭領、鬼も深編笠を脱ぎ去り肩から忍者刀を抜き逆手で持って臨戦態勢に入る。鬼はスコーチランド人の女で齢50ほどだが公開されている似顔絵と酷似しており、醸し出すオーラからも間違いなく本物と思われた。

 



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44.砂忍者2

ジリジリと間合いを詰めるヒックスと鬼。そしてそれを固唾を飲んで見守るルイ達。

恐らく鬼は素早さを生かした攻撃をしかけてくるだろうが対するヒックスの腕前はまだ未知数だ。ただ、A級首と対峙してもヒックスは長剣を正眼で構え妙に落ち着き払っている。

 

「一瞬で勝負が決まるだろう」

 

ウィンワンとシルバーシェイドは同じ見解だった。スピードに物を言わせる細い得物同士の戦いの場合、刃が欠けたり曲がるのを嫌い、刃を交えるようなことは少ないらしい。そのため自然と決着が早まるのだ。

 

砂嵐が一瞬止んだ瞬間。先に仕掛けたのは鬼だった。

 

肩に背負ったもう一本の忍者刀を左手で抜きそのままヒックスの頭部目掛けて正確に投げつける。

 

カキーン

 

ヒックスも咄嗟に長剣を掲げて防ぐが鬼はその瞬間、身を低くして隙が出来たヒックスの胴目掛けて一気に間合いを詰めた。

 

「ああ!」

 

ルイは思わず声を上げたが、ヒックスの表情にはまったく動揺は見えなかった。

鬼の突進に対して真横に飛ぶと素早く長剣を振り下ろす。

 

鬼は手にもった忍者刀を弾かれそのまま前のめりに倒れこんだ。

 

「おお!」

 

あっけないヒックスの勝利に一同は歓声をあげるがウィンワンだけ別の感情が沸き起こる。

 

(あの鬼の連撃は完璧だった。今のワシでも対応出来たか分からない。それをこの男…ヒックスは無表情でこなしおった。しかも相手を殺さずに武器を落として。このような男がなぜうちのような弱小チームのスカウトを簡単に受けた?大きな組織に雇われて大金を稼いでいてもおかしくない腕前じゃ)

 

スナニンジャの頭領を傷1つ負わずに無力化したヒックスの強さを逆に警戒したのだ。

 

「さっさとここを立ち去るぞ。拘束するのを手伝ってくれ」

 

ヒックスは勝利をひけらかすことなく坦々と鬼に手錠をかけ始める。

 

「お、お前滅茶苦茶強いんだな!こいつ2万catなんだろ?すげぇ!」

 

ルイはただただ感嘆して大喜びであった。しかし他の3人は辺りをみわたし深刻な表情を崩していない。

 

「…ルイ、そのまま鬼を絶対に離すなよ。そいつが命綱だ」

 

縄で拘束した鬼をルイに任せるとウィンワンやシルバーシェイドも武器を抜き辺りを警戒し始める。

 

「何してんだよ、早くいこーぜ」

 

「いや…。ここは既に奴らに囲まれたようだ。鬼を人質にして抜け出す必要がある」

 

「何だって!?」

 

砂嵐で分かりにくいがよく見ると確かに人影や刃物の光が四方八方に見受けられるのだ。

するとどこからか叫び声が聞こえてくる。

 

「お前たち!我らスナニンジャに手を出してくるとはいい度胸だ。覚悟は出来ているのであろうな?」

 

「待て!こいつが見えるか?お前たちの頭領はこちらの手中にある。大人しく道を開けろ!」

 

ヒックスが長剣を鬼に向け声のするほうに叫ぶと周りの人影は若干たじろぐ。しかし横にいる鬼が不気味に語りだす。

 

「くくく…。あんたらアタイがまだ頭領だと思っているのかい?お目出度いねぇ。とっくにアタイは引退して頭領の座は新しい奴に譲ってるよ。アタイに人質の価値はないんだよ」

 

「なんだと?」

 

これにはさすがのヒックスも驚いている。事実だとすると鬼を盾にして撤退する目論みは崩れ自分たちの立場が非常に危険な状況に変わるからだ。

 

ザッザッザッザ

 

そこに1つの足音が近づいてきてルイ達に緊張が走る。

足音の主は鬼と同じく頭をすっぽり覆う深編笠を被っており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。そして深編笠は静かに口を開いた。

 

「帝国の英雄ルイか。トゥーラはいないようだなぁ」

 

どうやら身元がバレているようで深編笠から聞こえてくるこもった声はさらに続く。

 

「鬼を解放しろ。そうすれば一人だけ逃がしてやる」

 

残った3人は血祭りとでも言いたげな冷血で無慈悲な深編笠の要求に4人は戦慄する。

元頭領が人質にされているとは言え、足元を見せずまったく引かない要求をしてくるこの人物は恐らく新頭領なのだろう。この者にとって元頭領の価値は高くないようだ。

しかし、ヒックスもダメ元でふっかける。

 

「一人だけだと?そんな交渉が通ると思っているのか?」

 

「では全員死ぬかぁ?さっさと選べ。ジャンケンでもしてなぁ」

 

深編笠の冷酷な言葉にルイはこの世が弱肉強食な世界であることを再認識した。ウィンワン、シルバーシェイド、ヒックスと強い面子が揃ったことで勘違いしていたがあくまで自分たちは少人数の弱小チームなのだ。帝国領内で長く生き残っているような盗賊組織が4人を囲って優位な状況にたっている以上、生半可には出し抜けるはずがなかった。

 

ただ当然一人を選べるわけもなく、イタズラに時間は経過する。このままではしびれを切らしたスナニンジャの攻撃が始まってしまうかもしれない。

猶予が残されておらず危機的な状況の中であったがルイには何か引っ掛かる物があった。

 

そしてウィンワンの静止を聞かずに一歩前に出ると深編笠に問いかける。

 

「お前…どこかで会ったことないか?」

 

「!!」

 

ルイの言葉にその場にいる全員が固まった。

 

ルイには確信があった。深編笠の中から聞こえる声…いや口調や雰囲気に覚えがあったのだ。

そしてこの言葉に深編笠は動きを止めしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「…よく気づいたなぁ。まぁ隠すつもりはなかったが…」

 

そう言うと男は深編笠を脱いで顔を見せるが、目の前に現れる素顔にルイは驚愕する。

 

「あんたは……ワイアット!?なんでこんなとこにいるんだ!?」

 

いつもの忍装束で口元は隠したままであったが髪型、容姿、口調が紛れもなく本人だった。

 

「俺は元々スナニンジャの出だ。ここにいても何ら不思議なことではない」

 

「いや…というよりスナニンジャの頭領なのか?」

 

「ああ。少し前に引き受けた。…しかし今度はお前らが帝国の犬になっているとはなぁ。因果な事だぜ」

 

テックハンターの十傑ギシュバのチームにて8人衆の一角を担っていたワイアット。その男がいまスナニンジャの頭領として目の前に立ちはだかっていることに驚きを隠せないでいた。しかしそれよりもルイはワイアットから言われたことが気になった。

 

「俺は都市連合の兵士になったつもりはねーぞ。あんたこそなんで人を襲う盗賊やってんだよ!」

 

「生意気な口を聞くようになったじゃねぇか。帝国にへつらって奴隷商と一緒に賞金首ハントやってるお前らも盗賊と変わらんって話だ。一体アウロラに何を教わってきたんだ?」

 

「俺達は罪のない人を襲う賞金首を捕らえてんだ。これの何が悪い!」

 

ルイと頭領の会話をウィンワン達は無言で見守っていた。何者か知らないが知り合いであれば相手の機嫌を損ねずにいれば見逃がしてくれる公算が高くなると踏んだからだ。

しかし、ルイはアウロラの事を話に出され逆上し、対して周りを囲むスナニンジャも刀で威嚇を始める。

 

こんな一色触発の空気の中、周りのスナニンジャと違ってワイアットだけは落ち着き払っていた。

 

「大罪を犯している帝国に従っている無知なお前らも同罪という事なんだよ。まぁこの議論をお前としても意味はない。それより生き残る一人は決まったのか?時間稼ぎは通用しないぞ」

 

歯ぎしりして何も答えられないルイ達を見てスナニンジャの囲みはさらに小さくなるがヒックスも鬼の首もとに刃を当てて牽制している。

 

ワイアットは目を細めながらしばらく様子を見ていたが、襲いかかる号令を出さずに意外な提案を持ちかける。

 

「お前たち全員が生き残る術はもう1つある。それはスナニンジャに服従することだ。俺もお前のその行動力や精神力は評価しているんだ。殺すには惜しい」

 

敵意はない提案だが、スナニンジャとして今後生きていくなんてルイの性格上到底受け入れられるものではない。

 

「人殺しの手下になんてなれるわけないだろう!あんたもこんなことをしていて見損なったぜワイアット!」

 

「黙れ!この痩せこけた大地で組織を養っていくため他人の食糧に手を出して何が悪い。何も見えていないくせに自分の物差しで他人を測るな」

 

ルイはこの言葉を聞いてハッとした。

過去にテックハンターであった男でさえ自分たちのために他人から奪うことを全く悪びれていない。ここはそういう地域、世界なのだ。ルイは食糧となる野生生物がたくさんいる地域に住んでいたが、狩猟もある意味他者から命を奪う形で成り立っており、形は違えど構図は似ていた。

だが、このワイアットの言葉を受け入れると何か自分の信念が否定される気がして、ここで言い負かされるわけにはいかない気持ちになった。

 

「確かに奪い合いは自然の摂理かもしれねぇ!でも上手く言えねぇけど俺はあんたたちのように人間同士で奪い奪われて怯えながら過ごしている人達がいない世の中を目指してるんだ。こんなところで負け犬のように細々と人生を終わらせるわけにはいかない!」

 

「なんだと!俺達が負け犬だと!?」

「生きて帰れると思うな!」

 

スナニンジャ達の反発は凄く、殺伐として今にも飛びかかってきそうな状況だ。

それをワイアットは手で制し話を続ける。

 

「ははははは!俺もお前のように高い志だけ持って世の中が全く見えていない時期があったぜぇ。…いいだろう、お前がこの世界の理を知り壁にぶち当たった時、自慢の精神力が持ちこたえられているか!見届けてやるぜ!」

 

「なにを言って…」

 

「昔のよしみで今回は見逃してやる!ただし、またスナニンジャに手を出してきたら次は殺す。分かったな?」

 

ワイアットは最初の姿勢とは打って変わって呆気ないほどにルイ達を条件なしで帰すことを許した。さすがに囲んでいる手下のスナニンジャ達も動揺し、ざわついている。

 

「何だか知らんがあいつの気が変わらないうちに撤収するぞぃ!」

 

ウィンワンの声で4人は鬼をおいてすぐにその場をあとにすることにした。

逃げる途中、ルイはワイアットのほうを振り返った。

 

ワイアットは元々ギシュバチームにいたときから口が悪く素行が悪い印象はあったが、気を失ったルイを背負って運んだり戦友の死を哀しむ人情ある人だとルイは認識していた。

そんな奴がなぜ人を襲うスナニンジャの頭領になったのか想像つかずもっと問いただしたかった。しかし今のルイにはそんな余裕があるはずもなくただ逃げることに専念することにした。

 

「なんであいつが盗賊になってんだ…」

 

帰り道の道中でルイは呟いたのに対し賞金首リストの用紙を見ながらヒックスが尋ねる。

 

「お前が知り合いだったお陰で俺達の命が助かったがあの新頭領は何者だったんだ?まだ懸賞金はついていないようだが…」

 

「あいつは元ギシュバチームのテックハンターだったんだ」

 

ウィンワンもピンと来て思い出したように会話に入ってくる。

 

「あの時の若造か!人間どう転ぶか分からんのぅ。しかし、今は自分達のことを考えなければならん。結局長時間かけて収穫ゼロだったんじゃ。都市連合の街中に居座るのも息苦しかったし、この際そろそろ考え時かもしれんぞ」

 

「ん?なんだよ、考え時って…」

 

ルイの問いかけに対してウィンワンは改まったように居直ると突拍子もないことを切り出す。

 

「固定資産税も賃貸料も取られない自分たちの拠点を作るってことじゃよ」

 

自分達だけの拠点。考えもしなかった案であった。



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45.引っ越し

都市にある住居から自分達の拠点に引っ越す話は懸賞金ハント組と居残り組が合流してから全員で話し合うことになった。

 

ハウラーメイズ遠征の賞金の大半を使って資材を購入し場所代がかからない僻地へ引っ越し、そして自分達で拠点の建築、食糧確保を行うという言わば田舎で自給自足の暮らしをする内容だ。

 当然治安も自分達で維持しなければならず危険が伴うため、居残り組からは不安の声が上がる。

 

「場所にもよると思うけど、どの地域にも野盗や危険な野生生物がいるから危険だし無理に都市から移動しないほうがいいのではないかしら?お金集めは鉱石掘りとかでも出来るんだし」

 

やはりトゥーラは保守的な見解だ。相手を斬ることを克服出来ていない彼女にとって大自然で自分の身は自分で守らなければならない状況は懸念材料となるのだ。

 

「地味な鉱石掘りを皆でやったところで固定資産税や食費でトントンになりお金は貯まらんじゃろう。たくさん奴隷を雇ってこき使えばやれんこともないがそれはなぜかルイが嫌がっておる。となれば拠点で自給自足から始めて軌道に乗せるしか選択肢はない。それにお主もそろそろ腹をくくって人を斬れるようにならんといかんぞ」

 

ウィンワンはトゥーラの内心を見透かしていたのだ。一方ルイはと言うと皆の不安よりも先にワクワク感が勝り既にノリノリだ。

 

「トゥーラ大丈夫だ!拠点防衛組を絶えず常駐させる方針にすればなんとかなるだろ?それに自分達の拠点作りって滅茶苦茶楽しそうじゃないか!?」

 

「忘れてたわ…あなたのポジティブ思考」

 

自分の考えを通そうとするほどトゥーラは我が強いわけでもなく結局、話し合いの結果引っ越しすることが決まった。

 そうなるとどこに拠点を構えるかが次の課題だ。自給自足を前提にすると食糧を確保できて比較的安全な場所でなければならない。

 シルバーシェイドはスワンプという地域を推してきた。何でも力さえあれば自分達のやりたいように過ごせてお米という美味しい食糧も食べ放題と言う。

しかし、その土地を知っているウィンワンが猛烈に反対する。

 

そして言い争う2人を見てルイが割ってはいる。

 

「いやもうその話はいいよ。そこはここからすごく遠いんだろ?新しい場所はもう俺の中で決まってんだ!そこでシャイニングにたくさんカニ料理作ってもらえるんだぜ!」

 

「ルイ…もしかしてそれって…」

 

「ああ!オラクル卿が治めるハウラーメイズ地方だよ!」

 

この地域は酸性雨が降らなくなった今、水産資源が豊富でありオラクルが街道の整備を始めていたこともあり生活に適した環境になりつつあった。

 元々ルイがメガクラブを仕留めた賞金を使って引っ越しすることもあり、キラキラと希望溢れるルイの表情を見て誰も何も言えなくなった。

 

 

早速次の日から一向は引っ越しの準備に取りかかった。荷物用のブルもちょうど都市を通りかかった遊牧民から一頭買いありったけの建築資材や鉄材を積んだ。

 

「この住居、購入したのにほとんど使わなかったなぁ」

 

ハウラーメイズ遠征で得た賞金を使って首都ヘフトにて初めて購入した住居を目の前にルイは感慨深げに話す。7人ぐらいなら狭さも感じない屋敷を奮発して買ってしまったが結局家具も揃わないまま手放すことになった。

 

「当分ここに来ることはないじゃろ」

 

ウィンワンがナパーロに積荷用ブルを引っ張るよう指示しながら大きなバックパックを背負う。

 

「ルイ、そろそろ行くよ」

 

トゥーラに呼ばれルイは屋敷に一瞥してから最後にその場を去った。

 

目指す場所はハウラーメイズ地方と言っても安全を考えて半島付け根の比較的大陸寄りの地点にした。それでもこの辺は草海賊という野盗に近いゴロツキや野生のカニも出没し始める。7人は慎重に歩を進めていた。

 

「遠征隊にいたときはハーモトーさん達がいたからあまり恐くなかったけど自分達だけでここに来ると結構緊張するな」

 

「そうね。あのときみたいに大所帯じゃないしね。でもヒックスさんがすごく強かったらしいじゃない?」

 

「ああ、そうなんだよ!スナニンジャのA級首の奴を殺さずに捕らえたんだぜ?あいつ只者じゃねぇ」

 

「心強いわよね。かっこいいし。よく仲間になってくれたわ」

 

「たぶん俺に惚れたんだろ」

 

「がさつなルイに?私の美貌に惚れたのよ」

 

終末感溢れるこの世の中で十代の女の子らしい会話は華やかではあったが、それをウィンワンは不安気に見ていた。

 

(ワシは過去の償いでルイが一人前になれるよう見守る決意をしたが、ルイがチームを持つにはやはりまだ若すぎのようじゃ。優秀なメンバーがサポートしないとチームのコントロールは難しいじゃろう。その点ヒックスは参謀として良い人材ではあるが良すぎるのが気になるのぉ。こやつにもし野心があった場合、チームが牛耳られる恐れがある。杞憂であれば良いが注視しておく必要はあるな…)

 

運良く資金を手に入れた者でも運営力がなければ金に群がってくる者に搾取されて破産する人間を沢山見てきた。

ルイがまさにそれに当てはまるタイプに近いためウィンワンは老婆心ながら気にしていた。

 

 

 

ヘフトを出発してから数分がたった頃、一向が一列になって砂漠を歩いていると、遠方から小さい影がこちらに近づいて来るのが見える。

よく見るとその後ろには複数の人影も追いかけるようについてきている。

 

「…なんだあれ?動物を追いかけてる狩猟か?」

 

「こっちに来るわね」

 

ウィンワン、ヒックス、シルバーシェイドも気づいて警戒を強めている。

 

「ちょっと待て…追いかけられてるのは子供じゃないか?」

 

「何じゃと?」

 

ルイは山育ちなだけあって他の人より目が良いためいち早く異変に気がつく。

 

「逃亡奴隷かもしれんな。関わらないほうがいいじゃろう」

 

「いや、でも子供だぞ?しかも…女の子だ!」

 

「よくあることだ。ルイ、手を出すんじゃないぞ」

 

駆け寄ってくる人影達がここに到着する前に、暴走する気配のあるルイをウィンワンはたしなめる。

 

相手もこちらに気づいて一直線に向かってきており段々声も聞こえてくる。

 

「助けて!助けてください!」

 

フードをかぶっていて顔は見えないがやはり女の子の声だ。しかもこちらに助けを求めて来ている。

 

「どうした?何があった?」

 

女の子はそのまま声をかけてくれたルイの後ろに隠れるように回り込んできた。

 

追いかけていたであろう集団も到着しルイの後ろにいる女の子を確認すると大きなダミ声で喋り始めた。

 

「そいつは脱走した奴隷だ!こちらに渡してもらおう」

 

「……」

 

呼び掛けに対してルイは黙ったままだ。

 

「ルイ!何してるの?渡しましょう」

 

トゥーラの忠告を聞かずにルイは女の子に話しかける。

 

「…お前は奴隷なのか?外の世界に出たいのか?」

 

「ど、奴隷です…。もう重労働をさせられるのは嫌…」

 

つぶらな瞳で今にも泣き出しそうな女の子を見てルイは優しく肩を叩くと一歩前に出た。

 

「お前たちは奴隷商か?この子を売ってくれないか?」

 

その場にいる者たちはルイの急な提案に驚く。

 

「ば…馬鹿を言うな。そいつは既に売却済だ!売るわけにはいかない」

 

「奴隷の相場は高くても1万catだろ?2万払うから売ってくれ」

 

さらに驚いたのはルイの仲間たちだ。

 

「ルイ!2万も出したらお金がほとんどなくなってしまうわ!」

 

「そうじゃ!見知らぬ子どもごときに2万も出すなど論外じゃ!」

 

トゥーラとウィンワンが皆の気持ちを代弁するように猛反発をした。相手がこの提案に応じようものなら混乱すること必至だ。

 

しかし意外にも相手の集団は引き下がらない。

 

「ど、どうします親分…?」

 

「どうと言っても売却済だからな…」

 

追いかけてきた集団の親分と思われる男はチラリと女の子を見て考え込んでいる。

女の子はルイの後ろで集団を睨み付けたままだ。

 

「やはりだめだ!関係ないお前達に売るわけにはいかん!渡さないのならやるまでだ!」

 

親分はサーベルを抜き掲げると6人ほどいる子分供も其々の武器を構え戦う姿勢を見せた。

 

ウィンワン、ヒックス、シルバーシェイドの手練れの者たちは既に武器を構えていてその場は一触即発の空気となった。

 

しかし、その時

 

黒い影がまるでボールが弾むように奴隷商の集団に飛び込んだかと思うと奴隷商たちの腕や足が吹き飛んでいく。

 

「たわば!」

「ひでぶ!」

「あべし!」

 

奴隷商は自分が攻撃され体の一部が欠損していることに後から気づき絶叫し流血させながら倒れていく。

 

最後の一人が倒れると中央にダストコートを着た黒い影がユラリと佇んでいるのがやっと把握できた。

 

【挿絵表示】

 

コートの裾からは無機質な金属が剥き出しており、砂ぼこりの合間に見える表情は無表情の仮面を被っている。スケルトンだ。

 

「え…ニール…。サッドニールなのか!?」

 

ルイはコートの者がスケルトンと認識すると思わず駆け寄る。

 

しかし、これをヒックスが今まで発したことのない慌てた声で静止した。

 

「ルイっ、止まれ!!奴は…ティンフィストだ!!」

 

この言葉を理解したウィンワンやシルバーシェイドは凍り付いて固まっていた。



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46.反奴隷主義者

◆現在のメンバー
ルイ:主人公。世界に興味を持ち旅に出た16歳女子
トゥーラ:新米テックハンター。同年代のルイに同行している
ナパーロ/ラックル:ルイ達に買われた多重人格障害の元奴隷
無限のウィンワン:遠征以後、ルイに同行する爺
ヒックス:ルイ達を助ける賞金首ハンター
シルバーシェイド:金で雇われた何でも屋
シャイニング:料理人見習い


「こいつが…ティンフィスト!!」

 

奴隷商が悶絶してゴロゴロのたうち回る中で堂々と腕を組ながらこちらを見下ろしている黒いコートを纏ったスケルトン。表情が分からないせいもあるだろうが、その佇まいは地底からマグマが猛々しく吹き出しているような不気味で圧倒的な圧迫感を醸し出している。

それは間合いに入るとたちどころに頭を吹き飛ばされるのではないかと錯覚するほどの重圧であった。

 

(これが賞金首10万catのS級…!なんていう動きだ…。こんなのやれるのか?奴隷商も数人いたのにボーリングのピンのように一瞬で崩れ去ったぞ…!)

 

10万catのスケルトンを目の前にして、ルイはあわよくばとサーベルを構えるが気持ちとは裏腹に足が固まって前に踏み出せない。まるで全細胞がこのスケルトンと戦闘することを拒否しているような感覚だ。

ゴクリと唾を飲みながら横を見ると、あのヒックスですら冷や汗を流している。砂忍者の鬼を簡単に捕らえた腕前からもしかしたらと期待していたが、まったく戦意のない表情をしているのだ。

 

(都市連合領内に神出鬼没に現れるとは聞いていたけどまさかこんな所で出会ってしまうなんて…!)

 

皆が皆、張りつめた空気の中で蛇に睨まれた蛙のように動けないでいるとティンフィストが先にピクリと動く。それにあわせてルイ達一向は皆一斉に武器を構えるが、スケルトンから発せられる言葉に唖然とする。

 

「あれれ?あんた達は奴隷商じゃないように見えたけど敵なのかい?それなら相手になるよ!シュッ、シュッ!」

 

ティンフィストはそう言って拳でシャドーボクシングを始めたのだ。先程までの嵐のような立ち回りと違い拍子抜けするような振る舞いだ。

 

「お…思ったより人間味のある言葉を喋るんだな…地も涙もない冷血なイメージがあったけど…」

 

ルイはサッドニールに似たスケルトンへの愛着からか思わず声が出てしまった。

 

「ん?俺は不殺不敗をモットーにしているんだ。冷血なんて心外だなぁ」

 

確かに奴隷商は死んでいないように見えるが、皆、瀕死の重傷を負っているようだ。ある者はピクピクしている状態になっていて、放っておくといずれ死ぬだろう。だがいずれにしろ本人は追撃はせず殺すつもりはないようだ。

 

天然なのか計算された探りなのかティンフィストは小刻みに揺れて笑っているようで益々不気味さが際立つ。

 

「ルイ。戦うことなんて考えるなよ。このままその女の子を引き取る形で撤収するぞ。奴はルイを知らないからいけそうだ…」

 

ヒックスが後ろから小声で話しかけ後ずさりし始めるが、皆も目の前で見せられた殺戮劇に戦意を喪失し無言で同調した。

しかしティンフィストの後ろから別の声が聞こえ事態はよくない方向に動く。

 

「ティンフィストさん、我々もいるのに一人で突っ込まないでください」

 

新手だ。武器を持っていないが2人のダストコートの男がティンフィストに駆け寄る。スケルトンではない只の人間のようだがこの2人もコートの下に隆々たるしなやかな筋肉を纏っているのが分かり何らかの武術の達人であることは間違いない。

 

反奴隷主義者。ヒックスの話によると活動人数はさほど多くないらしいが大陸の危険な南東に拠点を構え奴隷を解放することだけに人生を捧げて活動しているらしい。賞金首になっても都市連合領内を神出鬼没に出没し、縦横無尽に荒らし回っている。その過酷な日常が人員を自然と選び抜いたのかティンフィスト然り一人一人が尋常ではないオーラを醸し出しているのだ。

 

ティンフィスト一人だけでも圧倒されていたのに反奴隷主義者が2人も追加で登場し、ルイ達はこの者達の会話を注視することしか出来なかった。

 

「いやー戦いが俺を呼んでいるんだよ!」

 

「ったく。まぁあなたなら一人でも大丈夫ですけど…うん?」

 

当然ティンフィストの仲間はルイ達に気がつきジロジロと見てくる。そして背筋が凍る発言をする。

 

「あ、この人、都市連合の英雄だって発行された新聞に載ってたな。名前は確かルイとか言う…」

 

「え、やっぱり都市連合の兵士なのか?ならばその女の子をはなせ!」

 

ティンフィストが敵視するようにこちらを見たのでルイも慌てて釈明する。

 

「え?ちょっ…俺は未所属だ!どっちかって言うとテックハンターみたいなもんだぞ!」

 

「本当か?怪しいな。そこにいる女の子!君は逃亡奴隷だろう?その人達は都市連合の人間ではないか?」

 

全員の視線を集めた女の子はしばし沈黙した後、応えた。

 

「うん。あたしはこの人達に助けてもらったんだよ」

 

ルイたちは一斉に安堵のため息をはいた。

 

「そうか!良かったな!じゃあ俺たちはもう行くから達者でな!」

 

ティンフィストのフレンドリーな口調に終始違和感を覚えつつも何とかその場をやり過ごせるようだ。

反奴隷主義者が去り行く足音が聞こえなくなった時、ルイの背中は冷や汗でビショビショになっていた。

 

「ありがとう!助かりました!」

 

女の子のお礼にルイも苦笑いで応える。

 

「いや、俺達が助けられたよ。名前は何て言うんだ?歳は?」

 

「シャリーって言うの。12歳よ」

 

「そっか。一番最年少のメンバーになるな。シャイニングとナパーロ!この子に色々教えてやってよ」

 

「了解っす!」

 

「また戦えない食い扶持が一人増えたな…」

 

ウィンワンはポツリと呟いた。

 

「しかし、ティンフィストは俺でもヤバイ奴だって分かったぜ!」

 

「俺も初めて見たがあれを捕らえるには軍隊が必要だな。取り巻きの2人もA級首だったぞ」

 

S級首に出会った興奮冷めやらぬ中、ヒックスは喋りながら倒れている奴隷商達の息を確認し、包帯で止血など応急措置をし始める。ルイは先ほどまで敵対していた相手に対して救命活動を行うこのヒックスの行動に感銘を受け手伝うことにした。

 

 

そして思わぬ形でメンバーが増えたルイ一向は、転がる奴隷商の応急処置を行った後、目的地としていたハウラーメイズ地方入り口の港町付近にたどり着いた。

 

「着いて早速だが半分づつに別れて作業するぞ。半分はテントと料理の支度をして終わったら寝袋で休憩。もう半分は早めに退避場所を確保するため小さな小屋を一夜漬けで建てる」

 

ヒックスが手慣れたようにテキパキと指示をしてくれてルイ達は疲れながらも安心して身を任せられた。

 

作業は夜通しで行われ夜が明けるころには不恰好ながらみすぼらしい小さな小屋が完成する。

 

「うおおお!ついに我が家が出来た!」

「1人部屋じゃの…」

「襲撃が来たら防衛はドア一枚だね」

「せめて男女用に分けるついたてが欲しいわ」

 

ルイやシャイニングは歓声をあげて喜んだが、他の者は至って冷静だった。

 

「さて、疲れているところ悪いが資金集めより食糧を確保しないといかん。ここだとやはり巨大カニが定番かのぉ」

 

「おう!任せてくれ!3メートル級ももう簡単にいけるぜ!」

 

ルイは勇んで前に進み出る。

 

「俺もデザートサーベルを扱えるから一緒に行こう」

 

ヒックスもどうやら動物向けの武器を持ち歩いているらしく結局まずは2人でカニを狩ることになった。そして残った者は間に合せの壁やトイレ小屋など防衛と生活面の向上を計ることにした。

 

【挿絵表示】

 

「ヒックスは賞金首ハンターになってから長いのか?ずっと一人で活動してんの?」

 

ルイはヒックスと一緒に周辺を探索している際に何気なく問いかけた。

 

「…ああ、そうだな。3年になる。元々はチームを組んでいたが仲違いしてそれ以来は組まないことにしていた」

 

「ふーん。じゃあなんで俺達の仲間になってくれたんだよ」

 

「前に言っただろう。英雄ルイが簡単に道端で死んでしまったら都市連合の市民に悪いだろ」

 

「えーじゃあ軌道に乗るまで協力してくれるだけか?居心地悪くなかったらずっといてくれよ。トゥーラも喜ぶし」

 

「なぜトゥーラが?しかしここは良いチームだ。もうしばらくいさせて貰うよ。ルイも今後は信頼出来る仲間をどんどん増やしていくといい。人数は多い方がいいからな」

 

「今も信頼できる仲間は沢山いるでしょ」

 

「信頼出来るとはどんな事があっても仲間のために命を投げ出して戦ってくれる者のことを言う。今の面子にそんな人間はいるのか?」

 

「う…。いるよ。戦えるメンバーが少ない気はするけど…」

 

「…世の中には戦闘特化した奴隷を売っている商人もいるらしい。落ち着いたら探してみるといいかもな。お、そう言っている内に…」

 

話終えると同時に前方にカニの集団を発見し2人は戦闘態勢に入った。

 

 

 

 

一方、拠点居残り組には思わぬ来客が訪れていた。

 

「ルートヴィヒさん!?」

 

ロード・オラクルの護衛長だった男だ。

侍集団を従えて豊満な白髪を蓄えたこの老人は相変わらずの険しい顔つきで小屋の前に来たのだ。

 

「どうしたんですか?オラクル卿の遣いですか?足は治ったんですね」

 

トゥーラが作業でほこりだらけになった服をパッパと払いながら向かい入れた。

 

「うむ。お主はルイの付き人だったかな。代表はルイだろう。どこにいる?」

 

これにはトゥーラも少しムッとして応える。

 

「ルイは今いません。代理で私が対応しますが何でしょうか?」

 

「この薄汚い小屋はお主たちの拠点だろう?都市連合領内に拠点を建てた場合、安全を確保している我々に上納金を支払う義務が発生する」

 

固定資産税を逃れるために敢えて辺境の奥地に拠点を構えたのに領内だと別の料金が発生するとのことだが、嫌味なルートヴィヒの言動と相まって不快指数はMAXだ。

 

「…いくらですか?」

 

「3000catだ。それで周辺の治安を守られるのだ。遠征の賞金を貰ったお前たちには安いものだろう」

 

ウィンワンと相談した結果、比較的平民に人気のオラクルにお金が入るならまだマシと判断し渋々支払うことにした。

 

その夜、トゥーラは焚き火の側で収支の確認をしていた。この先予定外の出費が続く場合、増えたメンバーを養い続けることが出来ず、経費を管理するトゥーラを悩ましていたのだ。

 

そこに狩猟から帰ってきていたヒックスが近づいてきて声をかける。

 

「まだやってるのかい」

 

「あ、ヒックスさん。今日みたいに定期的に集金に来られるとこのまま収入がない場合いつ資金が底を尽きるかなと思って」

 

「収入なんて安定してくれば何とかなるもんだ。俺も明日から懸賞首探しも再開する。あまり気負いしないようにな」

 

ヒックスはトゥーラの頭をポンと叩くと寝床へ消えていったが、その後ろ姿をトゥーラは優しい眼差しで見送っていた。




ここまでで大体、起承転結の起が終わった感じです
読んで頂きありがとうございました

冒頭に軽く人物説明入れてみることにしました


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47.トレーダーズギルド

◆現在のメンバー
ルイ:主人公。世界に興味を持ち旅に出た16歳女子
トゥーラ:新米テックハンター。同年代のルイに同行している
ナパーロ/ラックル:ルイ達に買われた多重人格障害の元奴隷
無限のウィンワン:遠征以後、ルイに同行する爺
ヒックス:ルイ達を助ける賞金首ハンター
シルバーシェイド:金で雇われた何でも屋
シャイニング:料理人見習い
シャリー:逃亡奴隷の女の子


「いただきまーす!」

 

ルイ達は久しぶりのご馳走に飛びついた。

ルイが捕らえたカニをシャイニングが豪勢な料理にしたのだ。

 

「いやまじでうめーよ!もう料理店はいつでも開けるんじゃねーか?」

 

「ありがとうございまっス!ルイさん達が粋のいい食材をたくさん持ってきてくれたからッス!」

 

「もうここでシャイニングの料理店って名前で開いちゃおうぜ。たくさん旅人も来るだろ!」

 

「じゃあお店名はフラフラガーでお願いします!亡くなった母のお店名なんです!」

 

「お、そうだったのか。つーか母親って毛皮商の通り道にいたって言ってたよな?どんな成り行きなんだ?もしかしたら俺の親と同じ組織にいたんじゃねーか?」

 

「ルイさんの親御さんもいたんですか?あんまり詳しいことは聞けなかったのですがどうやら所属していたところが潰れてしまって住み慣れた都市連合に移住したそうです」

 

「ふーん…」

 

この話を聞いていたウィンワンは渋い表情をしていた。恐らくこのシャイニングの両親はボスの組織にいた。誰なのかもウィンワンには心当たりがあった。

しかし、自分はあの時逃げ出した身であり言い出せなかったのだ。

 

(こいつらを何があっても守り通すことがわしの最後に課せられた使命、責務となるのだろうな…しかし…このカニ料理本当にうまいな…)

 

一人黙々と食べながらウィンワンは何かを決意した。

 

 

翌朝。

ウィンワンはトゥーラと新規加入の女の子シャリーを呼び出した。

 

本来は子供を仲間にする余裕はルイ一向にはなかったが、引っ越し中に偶発的に仲間にせざるを得ない形で加入したためどんな子供なのか詳しく知らなかったからだ。

 

(ふむう。ボロボロの布切れを着込み、フケだらけのボサボサの髪。外見は奴隷じゃが割りと健康そうな肉付きじゃのう)

 

フードをとってから気がついたが肩にかかるぐらいのピンク色の髪も特徴的な女の子であった。

 

【挿絵表示】

 

「こんなところに呼び出して何の用ですか?」

 

最初に話し始めたのはトゥーラだった。

 

「いや、シャリーにどんな作業を割り振っているのかとそもそもこの子の経歴確認が済んでいないじゃろう。世話しているお主と一緒に確認しておきたいと思ってな」

 

ウィンワンは女の子に居直って問いただす。

 

「シャリーとやら。お主はどこの施設で何をやっていた奴隷なのじゃ?」

 

2人の視線を受けてシャリーは押し黙って萎縮してしまう。

 

「ウィンワンさん。まだ子供なんですよ?あまり覚えてないでしょうし元奴隷ってだけでいいじゃないですか」

 

「何をしていたんじゃ?」

 

ウィンワンはトゥーラを無視して続けた。

 

「こ、鉱石掘りです」

 

「ふむう」

 

ウィンワンは女の子の手の平をジロリと見る。

 

「助けた際に重労働は嫌だ、と言っていたが他に出来ることがなければ取り敢えずは坑夫等をしてもらうしかないのじゃが問題ないかの?」

 

ウィンワンの物言いにシャリーは今にも泣き出しそうな顔つきをしていて思わずトゥーラが割り込む。

 

「ここでの生活に慣れるまでは雑務とかやってもらいます」

 

「そうか。物資の管理もお主に任せているが、気がついたら破産、なんてことにならないようにの」

 

「ええ、分かったわ。では行きましょ」

 

トゥーラがシャリーを伴って戻ろうとした時、ウィンワンが呼び止める。

 

「トゥーラ。お主にはまだ話があるから残るんだ」

 

シャリーがおどおどと戻っていくのを確認するとそのままウィンワンは続ける。

 

「お主はそろそろ自分の弱点を克服せんと今後ルイを補佐していけないぞぃ」

 

トゥーラにとって何を言われているのか大方察しはついていたが、戦闘においてルイに大きく差をつけられているという劣等感と相まってつい否定から入ってしまう。

 

「ルイの補佐って何ですか?私は友達としてルイを助けているだけです。それに弱点って何のことです?」

 

この問いかけにウィンワンは人差し指をクイクイと曲げ無言でついてこいと言わんばかりにスタスタと歩いていってしまう。

 

トゥーラは重いため息をついて渋々ついていくと長い紐で木に繋がれたボーンドッグを発見し嫌な予感を覚える。

 

「お主、人は元より動物もろくに斬れんじゃろう。型は独学なりに出来ているがお主の剣に殺気がまったく感じられん。そこにつないでいるボーンドッグを斬り殺してみろ」

 

「…!」

 

この指摘は正しかった。トゥーラはいまだに動物を斬れないでいたのだ。

剣術の達人を自負するウィンワンは仲間になって以来、ルイやトゥーラに剣術の基礎を教えていた。2人はハウラーメイズ遠征時にもアウロラやハーモトーに教わっていたため、基礎はすんなり習得できていたのだが、実戦において相手を殺すことに恐怖を感じてしまっていたのである。

 

「真剣で仕合うと極端にお主は弱くなったからのぅ。永遠に斬れないようじゃこの先チームにいてもルイの足を引っ張るだけじゃ。分かるじゃろう」

 

「や…やるわよ。見ていなさい」

 

トゥーラは震えながら腰に差している忍者刀を抜いた。

 

(ボーンドッグをつなぐ紐が少したるんでいるから50cmはこちらに届くかもしれないわね。飛び込んでくる距離感を想定して首もとに刀を刺す…簡単な事だわ…)

 

「グルルルルル…」

 

ボーンドッグは前足を伸ばし戦闘態勢に入っている。

 

トゥーラはジリジリと近づこうとするも足がすくんで前に出ない。

 

「ふん。お主には相手を斬る恐怖の前に実戦への恐怖もあるようじゃのぅ。殺意を持つ敵にのまれておるわぃ。わしは行くからこの犬をせめて倒せるようにしておけよ」

 

そう言うとウィンワンは早々とその場を立ち去ってしまった。

 

残されたトゥーラは忍者刀をカランと落とし、膝から崩れる。

 

(このままじゃ私は本当に皆の…ルイの足を引っ張ってしまう)

 

結局、一度も斬りつけることさえ出来ずに戻るとルイが探していたのか勢いよく出迎えた。

 

「あ!いたいた!どこに行ってたんだよ!

…ん?おいトゥーラどうした?」

 

「ウィンワンさんに稽古つけてもらってたのよ」

 

トゥーラはうつむきながら小さな声で返答するがそんなトゥーラの心境も知らずにルイは元気な声で続ける。

 

「ああー爺さんなんか最近ピリピリしてっからなぁ。それより息抜きにずくだんずんぶんぐんゲームやろうぜ!シャイニングもやるってさ!」

 

「何よそのゲーム…。私たちはいまそれどころではないでしょ」

 

「いやでもさ、ずっと気を張りつめてると疲れちゃうしさ」

 

「はぁ…悩みがないと気楽でいいわね。ちょっと疲れているから小屋で休ませてもらうわね」

 

先日、夜番もしていたトゥーラはそのまま奥で寝入ってしまった。

 

この日はヒックス、ウィンワン、シルバーシェイドがいつもの狩猟に出ていってしまい拠点にはルイ以下、年齢層が低いメンバーが残り、間に合せの壁を作っていた。

そんな時、不運なことに新手の訪問者が来てしまうのである。

そして強気で勝ち気なルイが対応したことがさらに事態を悪化させることになる。

 

「ごめんくださーい」

 

間の抜けた太い声が拠点に響きルイが玄関に出ていくと行商人らしき集団が深々とお辞儀をしながら出迎える。

 

「ご挨拶もうしあげます、だんな」

 

先頭にいる男は行商の籠を背負った中年のスコーチランド人でたくましい体格ではあったが絶えずくねくねして両手を擦り合わせており、生理的に拒否反応が起きる気持ち悪い男であった。

 

「…何ですか?」

 

ルイもその様子を見て怪訝に問いかける。

 

「こんにちわ、私はトレーダーズギルドの代理人フグと言います。小さな拠点を建てたようですね。ただ一つ付け加えるとしたら無許可の、ですね。トレーダーズギルドは全ての商売活動に規定を設けており、加盟店手数料の支払い義務が発生します。ここがトレーダーズギルドのテリトリーであることを知っていて拠点を建てた、という認識であっていますか?」

 

ダラダラと口上をたてる男に対してルイも少し苛立ちながら応える。

 

「いや?知らなかった。ってかここは都市連合のロード・オラクルのテリトリーだし、商売する気もないんだけど」

 

「トレーダーズギルドは領土を持ちませんが都市連合から全ての交易権を取得し商売の認可を受けています。そのためここはトレーダーズギルドのテリトリーでもあるのですよ。そしてその場合、地域課で会員登録されている必要があります。我々に対して週ごとに4000catの支払いを行ってください。トレーダーズギルド会員は特典として武力面の保護を受け、パトロールが毎日巡回するようになります」

 

つい先日、都市連合の徴収があったことを聞いていたルイは当然のように請求する男にキレかかる。

 

「はぁ?この間、払ったばっかだっつーの!そんなにぽんぽん払えるわけねーだろ!」

 

「支払いがなかった場合、加盟店ブロンズ会員専用保護サービスの恩恵を受けられなくなります。あなたが今滞在しているその謙虚な拠点は多くの招かざる客人の視線を集めることになるでしょうし、あなたの小さなパーティにそのような不幸が降りかかるのは私たちにとっても恥ずべきことです」

 

「知らねーし、てめぇでシ○ってろ!」

 

普段ルイもここまですぐに激情することはなかった。少人数とは言え自然とリーダーとして祭り上げられ無意識に無理をしていたこともあった。この日いつもは率先していた狩猟に行かなかったのも少し体調を崩していたからだ。

ルイもトゥーラと同様、心に余裕がなくなっていたのだ。そんな不運も重なり今、巨大な勢力に目をつけられようとしていた。

 

「やれやれ…聞き分けのない下品な子ですねぇ…アウトランドで保護下にない人々が恐ろしい目にあったと耳にしない日はありません。あなたがその決断を後悔する日が来ないことを切に願っています」

 

「……」

 

トレーダーズギルドの集団が帰った後、振り替えるとシャリーがオドオドしながら見ていたので「安心しろ、大丈夫だ」とルイは自分に言い聞かせるように勇気づける。

 

しかしこの時、長く止まっていた因縁の歯車が再び回り始めたことは、まだルイには知る由もなかった。

 



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48.英雄リーグ連合

ルイ:主人公。世界に興味を持ち旅に出た16歳女子
トゥーラ:新米テックハンター。同年代のルイに同行している
ナパーロ/ラックル:ルイ達に買われた多重人格障害の元奴隷
無限のウィンワン:遠征以後、ルイに同行する爺
ヒックス:ルイ達を助ける賞金首ハンター
シルバーシェイド:金で雇われた何でも屋
シャイニング:料理人見習い
シャリー:逃亡奴隷の女の子


襲撃は勧告から始まった。

 

ルイ達の拠点はみすぼらしかったが外壁と入り口も出来上がり、自給自足態勢も整い大分初期よりは様になって来ている頃、玄関のポストに有らぬ嫌疑が書かれた文書が投函される。

 

『お前たちは犯罪者の移民を匿っている。問題になる前に追放しろ。英雄リーグ連合』

 

ルイには英雄リーグ連合などという組織は初耳だったし犯罪者の移民にも心当たりはなかった。強いて言うならシルバーシェイドは前科者だと疑った程度であったが、ウィンワンやヒックスの反応を見るとどうも様子が違う。

 

「どこかで誰かが奴らに絡まれたかの?」

 

「ええ、そうでしょうね。少し厄介ですね」

 

知った組織のようであまり驚いてはいないものの煮え切らない反応をしているのだ。

 

「お、おい、誰なんだよ英雄リーグ連合って」

 

ルイの問いに反応してウィンワンが閃いたように応える。

 

「お主、前にトレーダーズギルドの連中が来た時に冷たくあしらったって言ってたのぉ。奴らチンピラを使って嫌がらせをしてきたのかもしれんな」

 

暫く考え込んでいたヒックスも同意するように続ける。

 

「あり得なくないですね。彼らの資金力は国家をも超えると言われている。金さえあれば簡単に動かせるでしょう」

 

「ええ!トレーダーズギルドってチンピラと繋がってんのか?つーか、英雄って名前なのにチンピラ?」

 

「ああ、英雄リーグ連合は自分たちが都市連合領内の職と治安を守っている自警団だと思いこんでいる連中だ。しかし実際はプライドだけ高くて人種差別や嫌がらせの依頼を受けて小銭を稼ぐ失業者集団さ。貴族が裏で彼らに汚い仕事をさせるにはもってこいってわけだ」

 

「なんだそりゃ…」

 

「まぁ単なる嫌がらせだけかもしれんし、いつでも対応出来る状態にしておくしかない」

 

犯罪者や移民が特にいない以上、ルイ達が対応出来ることはなく、この件の扱いは保留にしていたが、後日忘れた頃に彼らは訪れた。

 

その日は幸か不幸かルイ達8人は全員拠点に滞在していた。

 

「ノック!ノック!あなたの地元の愛国主義者、英雄リーグ連合です!」

 

覆面のような兜に貧相な鎧で統一つされた7人ほどの男達だ。

 

最初に応対したのはシルバーシェイドだった。

見知らぬ集団が来た場合、強者が最初に対応出来るようヒックス、ウィンワン、シルバーシェイドの3人がローテーションで門前で作業するようにしていたのだ。そして彼はすぐに襲撃だと判断する。

 

念のため予め決めていた合図の口笛を吹き、近くで薪などを拾っているだろう仲間たちに知らせる。そんなことも知らずに英雄リーグ連合のボスと思わしき男は言葉を続ける。

 

「あんたらがこの小さな洞穴に移民を隠しているという噂を耳にした。我々は移民を歓迎していないんだよ。そういうときは駆除するまでさ!捕まえろ!」

 

ボスの掛け声で英雄リーグ連合は一気に拠点内に入り込んでこようとする。

しかし、シルバーシェイドの最初の一太刀で嫌がおうにもその足を止められる。

 

すれ違い様に先頭の者がシルバーシェイドの居合い斬りにより脇腹の鎧の隙間から鋭い斬り込みを入れられ、ドロリと腸がこぼれ落ちる。

 

「ああああ…!」

 

懸命に手で腸を押さえてがら空きとなっている男の首筋をシルバーシェイドは後ろから綺麗に切り落とす。

 

そしてビュっと仕込み杖の血を飛ばすと静かに鞘に戻した。

 

「悪いけどやる気なら手加減しないよ」

 

相手の命を守る事が仕事に含まれていない場合のシルバーシェイドは実に容赦がない。過酷な世界でさらに生きるか死ぬかの仕事に関わってきたベテランのハイブ人はやはり味方になると戦闘において非常に心強い力を発揮した。

 

先頭の一人が呆気なく斬り殺された様子を見て英雄リーグ連合の一員は完全に尻込みしている。ボスと思われる男も同様だ。やはり偽物の信念で実際はお金で動かされている者達は自分の命が第一優先であり、手練れを前にすると率先してやり合おうとする者はいなかった。

 

そうする内にヒックスやウィンワン、ルイ、トゥーラも英雄リーグ連合を囲むように集まってくる。

 

ルイ達一人一人の実力がシルバーシェイド並みと錯覚している英雄リーグ連合には最早戦意はなかった。

 

「お、おりゃあ!」

 

統率なくバラバラにルイ達に襲いかかるが、ヒックスやウィンワンは蚊を振り払うが如く斬り伏せる。

ルイやトゥーラはビビって後ろに少し下がるが、英雄リーグ連合の者もルイをメガクラブを倒した英雄と思っているため深追いせず開いた隙から逃走を試みる。

 

「あ、待ってくれ!」

 

ウィンワンに足を斬られた男は片足を引きずりながら逃走する仲間を追いかけていく。

 

実に呆気ない勝利であったが、このあと予想だにしない出来事が起こる。

 

どこからともなく遠方の砂山に正体不明の集団が現れたのだ。

それはルイにはどことなく見覚えがあった。ターバンをかぶり軽装の鎧を着込む集団。

 

「奴隷商か!?」

 

奴隷商と思われる集団は8人ぐらいと数が多くルイ達の拠点を伺っている。トゥーラもそれに気づき武器を構える。

 

「まさかこちらを攻める気?」

 

偶然死傷者を出さない形で英雄リーグ連合を追い払えた矢先に奴隷商が現れ便乗を狙っているように見えたのだ。

 

「戦闘態勢を継続しろ。トゥーラは年下を連れて小屋に入ってるんじゃ」

 

ウィンワンが柄にもない事を口走ったことに驚きつつもトゥーラは指示に従い退避を開始していると、どうも奴隷商の様子がおかしい。

 

先頭のボスらしき者が逃げていく英雄リーグ連合の者達を指差すと、奴隷商の集団は一気に英雄リーグ連合の逃げ遅れた者に襲いかかったのだ。

 

その後の行為を見てルイたちは奴隷商の目的を悟った。彼らは英雄リーグ連合の逃げ遅れに手錠と足枷を付け奴隷にしたのだ。

 

「マジか…」

 

例え徒党を組んでいる組織でさえ弱さを見せた途端に食い物にされる。

食うか食われるかの非常な世界の一端を目の当たりにしてルイは恐怖を覚えた。この戦いで負けたほうを奴隷にしようとしていたのではないかと。

 

この光景を見ていつも冷静なヒックスでさえ目を見開き立ち尽くしていた。

 

そして騒動が落ち着いてくると奴隷商の一人がこちらに歩み寄ってきた。

 

「こんにちわ。都市連合の英雄ルイ殿とそのメンバーの皆様。私はポートサウス奴隷商のカマルクと申します。この度はご戦勝おめでとうございます」

 

【挿絵表示】

 

カマルクという者は小太りで細い目付きをした男だった。

ただ、ルイたちに敵意がないことは会話の内容から察することができた。

 

「俺達が戦っているのを見てたのか?」

 

「ええ、小競り合いの中にもビジネスチャンスは転がっているものですから。おかげさまで商品を2つほど入手することが出来ました」

 

「商品って…奴隷のことか?人を物のように言ってんじゃねー」

 

「ルイ殿。奴隷は人ではないじゃないですか。あなたの考え方には少しガッカリしました」

 

そう言ってカマルクは髭をいじりながらヒックスやウィンワンのほうをチラリと見る。

 

「で?俺達にまだ用があるのか?用が済んだら早く帰ってくれ」

 

「ははは。嫌われてしまったようですな。では最後に一つだけ宣伝させてください。我々は奴隷商の中でも比較的特別な奴隷の販売も行っております。その分、値も張りますが、優良な奴隷ですのでテックハンターの十傑なども顧客になってくれてたりします。ご興味がありましたら是非ポートサウスに立ち寄ってみてください。ではまた…」

 

カマルクは不気味な笑顔を残すとそのまま新たな奴隷を連れてどこかへ消えていった。

 

(テックハンターの十傑が顧客…)

 

ルイが連想する人物は決まっていた。ギシュバしかいない。そしてその奴隷と言えば…

思い出すと悲しくなるからなるべく胸の奥に閉まっていたのだが、ある使命を思い返していた。

 

先日、ギシュバと最後に会った際にルイはアウロラの遺品の中にあった手紙を渡されていたのだ。その手紙は奴隷商キンブレルという者へ宛てようとした手紙のようだが封がされしわくちゃになったまま出されずにずっとアウロラの手元にあったようなのだ。理由をギシュバに聞いても分からず、キンブレルと言う奴隷商に出会う機会があったら渡してほしいと託された物だ。この時、ギシュバが引退することを明かされておりルイしか手渡すタイミングがないとのことで受け取っていた。

 

(もしポートサウスがアウロラさんが奴隷時代にいた所だった場合、キンブレルという奴がいるかもしれない。しかしなぜアウロラさんは奴隷商の人なんかに手紙を渡そうとしていたんだろ…)

 

ポートサウスのカマルク。ルイはその名を覚えることにした。

 



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49.英雄リーグ連合2

ルイ:主人公。世界に興味を持ち旅に出た16歳女子
トゥーラ:新米テックハンター。同年代のルイに同行している
ナパーロ/ラックル:ルイ達に買われた多重人格障害の元奴隷
無限のウィンワン:遠征以後、ルイに同行する爺
ヒックス:ルイ達を助ける賞金首ハンター
シルバーシェイド:金で雇われた何でも屋
シャイニング:料理人見習い
シャリー:逃亡奴隷の女の子


焦げたスキマーの足を丸ごと手に持ちクチャクチャと肉にかぶりつく男がいる。

そこに慌てて掛け入ってきた者が大きな声で報告する。

 

「ミラージュさん!大変です!ルイのとこに行った奴らがボロボロになって帰ってきました!」

 

男は反応することなくムシャムシャとスキマーを食べ終わるとポツリと喋りだす。

 

「やっぱスキマーは足がうまいよなぁ。そう思わないか?」

 

「え…あ、はい。そうっすね…」

 

「で?何だっけ?貴族の食事を妨げてまで大事な用があるんだっけ」

 

「あ…いや、そういうつもりじゃ…」

 

「いい、いい。取り敢えず言ってみろ」

 

「は、ハウラーメイズに行った奴らが2人しか帰ってきませんでした」

 

「追い返されたのか?人数は同じぐらいだったろ。何やられてんだよ」

 

「い、いや奴ら思ったより一人一人が強かったみたいで…それと追い討ちでポートサウスの奴隷商が襲ってきたみたいなんです」

 

「ポートサウス…ああ~…あいつらね。返礼しに行かないと舐められちゃうね」

 

「どうします?」

 

「そうだな~…まずいつまでたってもミラージュ卿と呼ぶのを忘れるお前をボコボコにしてからルイって奴のとこを絞めにいくか」

 

「ひ…」

 

そう言うと男はゴミとなったスキマーの足を手に持ち目の前にいる男を殴り付けた。

 

 

同刻

 

ルイ達は英雄リーグ連合の攻撃があった件について話し合いをしていた。

 

「また来ると思うか?」

 

ルイの問いかけにヒックスが答える。

 

「英雄リーグ連合の頭領ロード・ミラージュの名前は襲名制だ。来るか来ないかは当代の性格によるだろうな」

 

「ん?どういうこと?」

 

「英雄リーグ連合はたしか30年ほど前にロード・ミラージュという名の貴族が立ち上げたレイシストの集団で、それから度々頭領は交替しロード・ミラージュという名を引き継いでいるらしい」

 

「へぇ~…なるほど!今のロード・ミラージュが復讐を考えるような陰険な奴なら再度攻めてくる可能性があるってことか!」

 

ここでシルバーシェイドが割ってはいる。

 

「私は一度仕事で今のロード・ミラージュに関わったことあるよ。重要書類の運搬を頼まれた。麻薬だろうけど」

 

一同は驚いてシルバーシェイドを見やる。

 

「マジか!早く言えよ!どんな奴だった?」

 

「うーん、スワンプ地方の奴らほどじゃないけど仕事をミスった人を処刑してたね。陰険な奴だよ」

 

「ヤバい奴じゃん!それ来るタイプじゃん!」

 

「まぁまぁ落ち着きなって。英雄リーグ連合は言っている通り頭領が何度も変わるほど誰でもなれるような組織ってことだよ。そもそも初代のロード・ミラージュも貴族の落ちこぼれに親が苦心して自警団のような職を与えたのがきっかけだったらしいし」

 

「強くないってことか」

 

「対策すれば何とかなるでしょ。それより最後に来ていたポートサウスの奴隷商のほうが気になるね」

 

「…なんでだよ?」

 

「名前をカマルクって言ってたけど、ポートサウスには三羽ガラスと呼ばれる優秀な幹部が3人いて、そいつはその内の一人だ」

 

これにウィンワンも同意する。

 

「たしかそうじゃ。ポートサウスの奴隷商はその三羽ガラスが考えた他とは違う特別な奴隷生産体制を確立して、都市連合が無視出来ないほど大きくなっているらしいぞぃ」

 

「特別な奴隷生産体制って…?」

 

「詳しくは知らんが農業や炭鉱掘りの他に隠密や暗殺に特化した訓練を受けた諜報活動要員や戦闘要員の奴隷を育てて売っているらしい」

 

「……!」

 

戦闘要員と聞いて嫌がおうにも強かったアウロラを連想できた。

これでルイの中で益々アウロラとポートサウスの結び付きが強くなる。

 

「そのポートサウスがなんで俺達のとこに来たんだ?」

 

「噂では奴らはある程度の手練れを奴隷化して手っ取り早く戦闘要員を作っているって話じゃ。少人数のワシらを狙っているのかもしれん」

 

一般人の奴隷化。しかもある程度有名になったルイすらも狙っているとなると常軌を逸した政策だ。そしてそれは奴隷としての人生の凄まじさを知っている者達を震え上がらせるには十分な言葉であり一同はしばらく無言になった。

だが、この様子を和ませるためかヒックスは異なる見解を提起する。

 

「または新興勢力の俺達をビジネスパートナーとして認識しているだけの場合もある。対話は攻撃的ではなかったしな。何れにしろまずは英雄リーグ連合の対策をしておくべきだろう」

 

「た、確かにそうだ。トゥーラ、傭兵を1ヶ月ほど雇う余裕ありそうか?」

 

「ええ、最近みんなの頑張りで若干の黒字に持っていけたから浮いた分で1ヶ月だけなら雇えるわ」

 

ヒックスはこのやり取りを聞いて少し考えこむと脇に置いていた長剣を帯刀する。

 

「よし。急いだ方がいい。道中は危険だし俺がヘフトに行って知り合いの傭兵と契約してこよう」

 

一同が立ち上がったヒックスを見上げるが、このヒックスの提案にウィンワンが食いついた。

 

「いや、ワシが行こう。お主は入隊して日も浅いから大金を持つのは嫌じゃろう?」

 

この若干挑発的な発言はまだ気を許していないヒックスに対する探りであった。今さらこの程度のお金を持ち逃げするような男ではないと認識はしていたが、過酷な世界で長年生きてきたウィンワンならではのやり方なのだろう。

 

「特に気にしていませんよ。ウィンワンさんも俺より数ヶ月早く入った程度でしょう。俺を疑っているのでしたら誰か一人ぐらいついてきても良いです。所属歴の長さで言ったら…ナパーロ君とかどうです?ルイやトゥーラは忙しいし君なら社会勉強にもなるだろう」

 

ヒックスはナパーロを見て問いかけた。

当然これにナパーロが返事が出来るほど自主性があるわけでもなく黙りこむが、回答内容にはウィンワンも納得したようであった。

 

「ふはは、気を悪くしてないでよかった。どうも『人がいい奴』、『イケメン』、『長身』は裏がありそうで好きになれんのでなぁ」

 

ズカズカと言いたい放題のウィンワンにさすがにルイも苦笑いで突っ込む。

 

「いや、爺さんさすがにイケメンについては嫉妬入ってるだろ」

 

「そうですよ。善意で動こうとしてくれている人に失礼です」

 

トゥーラに至っては暴漢から助けられたこともあり、最早ヒックスに恋愛感情があるのではないかと疑うぐらい一番好意的だ。

また、ナパーロの裏の顔のラックルが強いことをトゥーラは知っているため、この2人の組み合わせは問題ないと思っていた。

 

「では、傭兵契約にはヒックスとナパーロに行って貰うことにして私達は念のためここ1ヶ月は防衛態勢に力を入れましょうか。接近戦ができないメンバーもボウガンの砲台を作っておけば参戦できるし」

 

異論が出なかったため一向は今後の英雄リーグ連合の襲来に備えて動くことになった。

 

 

 

そしてそれから数日後

 

やはりロード・ミラージュ率いる英雄リーグ連合の一団が足しげくルイ達の拠点に訪れる。

 

既に完全武装した傭兵が4人、門の前に腕組みして立っており英雄リーグ連合を威圧するように睨み付けていた。

また、新たに建てていた家の屋上にも一基ボウガン砲台を建造し、その日はシャイニングがいつでも射てるよう備えていた。

 

対する英雄リーグ連合はロード・ミラージュを含めて10人ほどであり、拠点の前で様子を伺うように静止していた。

 

「なるほどな。こいつは攻めきれねぇ。つーか、聞いていた拠点の規模じゃないんだが」

 

ロード・ミラージュは恫喝するように隣にいる組員を睨み付ける。

 

「ぞ、増強したようです!傭兵も以前はいませんでした」

 

「ふーん、どうしたもんかねぇ…。何もしないで帰っても依頼料は貰えないし…。いっちょ男見せてやるか」

 

そう言うとロード・ミラージュは一人ルイの拠点に踏み寄る。

ルイ達も既に臨戦態勢でその様子を見ていた。

 

「おーい!俺は英雄リーグ連合の長、ロード・ミラージュと言う!このしみったれた拠点のリーダーはいるか?」

 

ロード・ミラージュは大きな声で拠点に向かって問いかけてくるが、ルイ達は敵対相手の呼び掛けに慎重になり応対しないでいた。すると続けてとんでもない事を持ちかけてくる。

 

「俺達はお前らの不正を見逃すことは出来ない。ルイってのがリーダーなんだろ?ここはリーダー同士で話し合わないか?ビビって出てこれないってなら別だが」

 

総力戦で勝てないと判断したロード・ミラージュは大将戦でケリをつけようとしたのだ。

 



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50.ロード・ミラージュ戦

ルイ:主人公。世界に興味を持ち旅に出た16歳女子
トゥーラ:新米テックハンター。同年代のルイに同行している
ナパーロ/ラックル:ルイ達に買われた多重人格障害の元奴隷
無限のウィンワン:遠征以後、ルイに同行する爺
ヒックス:ルイ達を助ける賞金首ハンター
シルバーシェイド:金で雇われた何でも屋
シャイニング:料理人見習い
シャリー:逃亡奴隷の女の子


「安い挑発にのる必要はない。ヒックス、奴を討ち取れるか?」

 

ウィンワンは相手がタイマンで来るなら対人に慣れているであろうヒックスで一気にケリをつけられると考えた。しかし、ヒックスの回答は意外なものだった。

 

「…いや、奴の得物の野太刀は俺が最も苦手としている武器なんだ。悪いが辞退させてもらう」

 

「なんじゃと?刀系は対人で珍しくないじゃろう。以前も砂忍者の鬼をやったではないか」

 

「野太刀は独特の軌道なんだ。とにかく俺はやれない」

 

意外にも頑なに拒否するヒックスを見て一同は唖然としていたが、その横でルイが出ていく準備をしていた。

 

「いいよ。俺が指名されてんだ。俺が行ってくる。見たところアイツそこまで強くないだろ?」

 

これまでルイは一線級の剣士達を数多く見てきたため、容姿や雰囲気である程度、強さを見定められるようになっていた。

サッドニール等スケルトンがコンバットパワーの計測をするようにルイも経験から動物としての勘が研ぎ澄まされ、相手の力量を感じとれるようになってきていたのだ。

 

「ルイ。と言うてもワシの見積りじゃとミラージュはお主より若干強い。頭領のお主を黙って見殺しにするわけにはいかんな」

 

「お、おい!」

 

ウィンワンは背中の斬馬刀を取り出し、ルイとりも先に門から颯爽と出ていってしまった。

 

ロード・ミラージュは門から歩いてくる白髪の老人を見てわざとらしく両手を上げて肩で大きなため息をつく。

 

「オイオイオイ。ルイって確か女だろー?なんで爺が出てくんだよ。マジで怖じ気づいたのかぁ?」

 

「ワシが真の頭領、無限のウィンワンじゃ。ルイはワシの部下に過ぎん」

 

「はいはい、お前の名前なんて知らん。無名な人間には用はないんだ。茶番はいいから早くルイをだせよ」

 

「お主が世間知らずなだけじゃろう。どうじゃ試してみる度胸がお主にあるか?」

 

「時間が勿体ない。早くルイを出せよ!それ、チーキーン。チーキーン、はい!」

 

ロード・ミラージュは部下に煽るように掛け声をかけはじめ、部下も慌ててそれに合わせ始める。

 

「チーキーン!チーキーン!」

 

ロード・ミラージュは新聞などの媒体でルイの容姿を知っている。知っているからこそ若くて経験の少なそうなルイとのタイマンで勝つ魂胆なのだ。

 

そしてそんな心境をウィンワンもすぐに気づいていた。長年の保守的な姿勢で培った相手の力量をはかる能力は誰よりもするどく、ロード・ミラージュの実力と器の小ささはこの老人にとって一目瞭然だったのだ。

 

(奴はルイを見た目で判断し侮っている。ワシには分かるがルイがメガクラブを倒した度胸と判断力は偶然だけではない。アウロラに鍛えられ、加えてここ数日のワシとの修行で最早基礎は完成している。戦わせてもやれるかもしれん)

 

ただ、万が一ルイが戦いに敗れ、殺されるようなことがあると、いよいよ昔のメンバーに顔向け出来なくなってくる。

 

しかし、こんなウィンワンの葛藤をよそにルイは既に動いていた。単純に相手の挑発に耐えきれなかったことが主な要因だが、一回り成長した実感がある自分の力を試してみたかったのだ。その相手としてロード・ミラージュは適していると直感していた。

 

「随分と人をこけにしてくれてんじゃねーか。出てきてやったぞ。俺がルイだ」

 

「へぇ~写真より可愛い顔してんじゃん。まだ二十歳にもなってねーだろ?」

 

「人を年齢で判断してると痛い目に会うぜ」

 

「まぁいいや、死人が多くでるのも忍びないから俺達でケリをつけようぜ。お前が勝ったら俺達は大人しく引き下がる。負けたらここから出ていけ。どうだ?」

 

「なんで俺達に絡んでくんのか知らねーが、やってやるよ」

 

「決まりだ」

 

ルイが同意すると同時にロード・ミラージュは背中にかけている大きな野太刀をスラリと抜く。この刀のタイプはハーモトーも愛用していたが、いざ目の前で見ると普通の刀よりも反りがあり、刀身も長くて大きいため威圧感がある。

 

これで斬られると傷口に大きな切り込みを入れられて下手すると出血だけでも死に至るだろう。

しかし、ルイはそんなことでは物怖じしない。

デザートサーベルを抜くといつもの無想剣舞の構えに入る。

対して、ロード・ミラージュは弧を描くように野太刀の刃を上側に向け左手で刃先の峰を支えながらルイに向けどっしりと膝を曲げて構える。

 

ウィンワンはこれを見て一筋の汗を流す。

 

(霞みの構えじゃな…。上段系の攻撃に対する防御をしつつ、受けからの払いや突きに転じる。ルイの型は重力を載せた攻撃主体だからどうしても上段系の攻撃が多くなるが奴がそれを計算しているとなると厄介じゃ…)

 

ルイ本人もそこまで把握していたわけではないが直感的にやりづらさを感じていた。

剣舞を繰り出してもドッシリ構えたロード・ミラージュはピクリとも動かず誘いにのって来ないのだ。

 

(こいつ全然動かねーし、かといってあのでかい野太刀は間合いが長ぇのか分からねぇから迂闊に近づけない…!)

 

「どうした?早くこいよ。そのちんけな踊りでよぉ」

 

ギリ…

 

ルイは歯を噛みしめる。

 

この剣舞はアウロラの型を見よう見まねで練習した舞いだ。完成していないのは分かっているがバカにされるとアウロラへの申し訳なさと自分への不甲斐なさで怒りがこみ上げる。

 

(アウロラさんは対人でギシュバさんと並ぶ腕前だと言っていた。だから剣舞が通じないのは俺が未熟で動きがまだぎこちないからだ。剣術をかじっている人間には付け焼き刃の剣舞は逆に見切られてしまうということか!)

 

ルイの推測は当たっていた。

ロード・ミラージュは見た目とは裏腹に剣術の基礎は押さえていて、思ったより戦い方を知っている。

2人が構えてから刃を交えずに膠着状態に入り数分がたとうとしていた。

 

 

 

 

そしてこの様子を遠い丘から監視する2人の男がいた。

 

「おい、いいのか?今のミラージュは相手が死ぬまでやる奴だぞ。このままだとルイは殺される」

 

「生き残れる器じゃなければ死んだっていいじゃないですかぁ。使える駒かどうかはこれで分かります。何ですか?あなた、少しルイに情が沸いてませんかぁ?」

 

「何をバカな…。伸び代のある駒を不用意に削る必要がないと言っているだけだ」

 

「私達に必要なのは伸び代がある者ではなく従順な兵士です。伸び代が大きい人ほどコントロールしにくいのはあなたも学んでいるでしょう」

 

「まぁそうだが…」

 

「大丈夫ですよぉ。適当なところで終わらせます。あなた達の情報が確かですと彼らにはやってもらいたいことがありますからねぇ」

 

 

 

 

対峙する2人の間を風が通り抜けた時、ルイは意を決した。これまで培ってきた自分のスタイルを貫こうと。相手はカニよりも表情豊かな人間だ。霞みの構えからの素早い攻撃は突き主体のはずでルイの隙をついた一点集中の攻撃になるだろう。その瞬間を見定めて剣舞で誘い込み、突きの後のミラージュの隙を逆につくことができると考えたのだ。

 

ルイはいつも通り心を集中させ剣舞を舞い始めた。そして少しづつ間を詰めていく。

 

これを見たロード・ミラージュは心の中で笑った。

 

(勝った…!お前の剣舞は達人の域ではない。お前が俺を誘い込もうとしていることがよーく分かるぞ!しかし、俺は歴代ロード・ミラージュの中でも最強なんだ!俺の突きの精度と範囲を見誤ったようだな!望む通りお前は串刺しだ)

 

ルイの剣舞がロード・ミラージュの射程に入った時。ミラージュは動いた。

落とした膝を一気に爆発させるように踏み込み左手を添えた刃を右手で一気に押し出す。

 

「死ねぇええ!(牙突)」

 

潜血が散り刃先はミラージュの想定通りルイの顔面を貫いた。

 

かに見えたが、刃は頬をかすり微かに血が飛び散った程度でルイはミラージュの突きをギリギリかわしていたのだ。

 

(な…なにぃいいいい!?あり得ない!!完全に射程圏だった!人間の動体視力じゃない!!)

 

ミラージュの渾身の突きは一直線上に爆発的に繰り出せる反面、体が伸びきりその後の隙が長くなる。ルイはそれを見逃さなかった。

 

ひねって突きを避けた体をそのままグルグルと遠心力に変えて、隙だらけのロード・ミラージュの野太刀を叩き落としたのだ。

 

ガキィーン

 

野太刀は形状を変えて地面に跳ねて転がり勝負がついた。

ルイは剣舞を止め、デザートサーベルを丸腰になったミラージュに向けた。

 



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51.苦難への旅路

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル、無限のウィンワン、ヒックス、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー


ウィンワンは驚愕していた。ロード・ミラージュの突きはルイの剣舞の微かな乱れを察知した完璧な突きに見えた。しかし、ルイはそれすら誘いだったかのように慌てずにギリギリで避けミラージュを破ったのだ。

 

(あの子の動き…動体視力は全盛期のボスを彷彿とさせる…!)

 

ウィンワンはルイにかつてのボスの面影を見ていた。

 

 

 

 

 

「ま、待て!俺は貴族の名門バート家の出だぞ!俺に手を出したら貴族が黙っていないぞ!」

 

ロード・ミラージュは両手を大きく前にだしルイをたしなめた。一方、ルイも聞いたことのある名前に驚く。

 

「バート家?キアロッシとか言うテックハンターの?」

 

「…!兄を知っているのか?なんだ、俺達は仲間じゃないか!」

 

「白々しいな、仲間じゃねーし。バート家ってのはろくな人間を輩出してないようだな」

 

「と、とにかく俺達はもうお前らに手を出さないから見逃してくれ」

 

ロード・ミラージュから先程までの威勢はとっくに消え失せ、丸腰のまま若いルイに命乞いするが、英雄リーグ連合のメンバーはその様子を冷めた目つきで見ていた。

 

「見逃す前にお前たちが俺らを狙ってきた理由を教えろよ。俺達は移民も犯罪者も匿ってなんかいない」

 

「い、いやそれは…分かっている」

 

ロード・ミラージュが口ごもっていると遠くから聞き覚えのある不快な声が聞こえてくる。

 

「いや~素晴らしい!実に見ごたえのある対戦でした!」

 

声のする方を見ると、パチパチパチとゆっくり拍手しながら男が一人岩山を降りてくる。

 

【挿絵表示】

 

「お前は確かトレーダーズギルドのフグとか言う…」

 

一度見れば覚えてしまうような太くてねっとりとした声とそれに似合わないガッチリした体格のグリーンランド人。簡易的な笠がついた交易用の籠を背負っているのも不自然さに拍車をかけている。

 

「覚えていてくれましたかぁ。ありがとうございます。まさかとは思い駆けつけてみましたが間に合ったようで良かった」

 

急いで来て息を切らしているようにも見えるがどうも大袈裟で胡散臭い。

 

「どう言うことだ?やっぱお前たちが嫌がらせのために英雄リーグ連合を差し向けたのか?」

 

「ノンノン!とんでもない。この地域に未加盟店があるので襲われていたら大変だと話していたのですが、彼らはどうやら勘違いしてしまったようですねぇ」

 

フグはロード・ミラージュを見ながら呆れたように語る。対してロード・ミラージュは何か言いたげであるが遮るようにフグが続ける。

 

「まぁ死人が出る前に止めれて良かったです。お詫びと言ってはなんですが、耳寄りな情報をお教えしますよぉ」

 

わざとらしく片手を口にあて小声で話す仕草に対してルイは後ずさりするが、フグは構わず喋り始めた。

 

「ここから海沿いに北に行くとポートサウスという奴隷商の拠点があります。そこでは今、貴重な奴隷を安く売っているようなので延び盛りのあなたたちにとっては良い戦力となるかもしれませんよぉ」

 

英雄リーグ連合という嫌がらせ集団を当てつつ、急にすり寄ってくるトレーダーズギルドに警戒しつつもフグの口から出てきたポートサウスという言葉にルイは引き付けられた。

 

「なんでそんな話を俺達にするんだ?何か裏があるのか?」

 

「裏だなんてとんでもない。あなた達は今や都市連合の市民における英雄です。トレーダーズギルドが会員代を頂くなどおこがましいことでした。むしろ我々は都市連合の発展のためにあなた達のような方々を支援することに決めたのです」

 

「ふん。本当だといいけどな」

 

「まぁここから遠くないので試しに行ってみてはいかがです。あなたが探している何かがあるかもしれませんよ」

 

フグは意味深な言葉を残すと早々に英雄リーグ連合を伴って去っていってしまった。

 

 

「お主、よくやったな!なんという動体視力を持っているんじゃ!」

 

話が終わり駆け寄ってきたウィンワンはバシンとルイの背中を叩いた。

 

「はは…なんか突きが来るのは想像してたけど思ったよりギリギリだったな」

 

頬の傷はそれなりに深いようで血が滴り落ちており、医療班の仕事を任せられたシャリーが慌てて拠点から出てきて消毒し始める。

 

「だ、大丈夫ですか?ケガはありませんか?」

 

「痛つつ…シャリーもっと優しくやってくれよ。そこがケガしたとこなんだし」

 

この頃、既にシャリーもメンバーの中に溶け込んできており会話も増えてきたが、割と天然だということも分かってきていた。

 

「しかし、トレーダーズギルドが出てくるタイミングがそのまんまだったのぉ。奴らが英雄リーグ連合をけしかけたと見て間違いなかろう」

 

「やっぱそうなのか。ミラージュはもう来ない感じはするけどトレーダーズギルドは信用ならないな」

 

「うむ。長年の勘じゃが、フグという者にはどす黒い闇を感じるわぃ」

 

「そうか…。でも、あいつが何を考えているかは分からないけど俺はポートサウスに行ってみようと思ってるんだ」

 

「なぜじゃ!?ポートサウスのカマルクとトレーダーズギルドのフグが連携して仕組んだ罠だったらどうするんじゃ」

 

当然ウィンワンは猛烈に反対した。

 

「いや…。カマルクは英雄リーグ連合を奴隷にしたから繋がっているとは思えないし俺はポートサウスで確かめたいことがあるんだ」

 

ルイとウィンワンが喋っている中にトゥーラも駆け寄ってくる。

 

「ルイ。話は聞いていたわ。ポートサウスで特別な奴隷を雇えるなら私達にとっても戦力アップには良い話よ。でもいきなりあなたが行くことはない。ここは私が行って様子を見てくるわ」

 

「トゥーラが?それはあぶねーだろ。お前奴隷にされやすい顔してるし」

 

「どういう意味よ!とにかく、視察に行くだけだから戦いに行くわけじゃないし、戦いで役に立っていない分、こういうとこで頑張りたいの」

 

トゥーラの表情は真剣だった。ルイ一向がチームとして形を成していく一方で目に見える戦果を出せていない焦りもあったのだろう。

戦えない者が外の世界に出ることは非常に危険な事だと理解しつつも、チームの古参としていま自分に出来ることを探した結果であった。

 

「うーん…。じゃあ傭兵さん達を連れていくならいいよ」

 

「オーケー。それじゃあ早速用意するわ」

 

こうしてポートサウスには傭兵達を引き連れてトゥーラが視察しに行くことになった。英雄リーグ連合を追い払ったとはいえまた引き返してくる可能性もあり得るし、戦える者をなるべく拠点に残しておくことは利にもかなっていた。

 

「ナパーロ、トゥーラのことちゃんと守るんだぞ」

 

「はい!頑張ります」

 

ナパーロもヒックスと傭兵契約に行った後、他組織との調整係に興味を持ったようで本人の希望を受けてトゥーラに同行させることになっていた。

 

「トゥーラ、お前は美人だから危ない男達が寄って来やすいんだ。ヤバそうだったらすぐにナパーロと傭兵さんに任せて逃げてこいよ」

 

「ふふ、あなた本当男前ね。じゃあ行ってくる」

 

「気を付けてな!」

 

トゥーラとナパーロは傭兵4人を連れてすぐにポートサウスへ向けて出発した。

ここから長い苦難が待ち受けているとを知らずに…

 

【挿絵表示】

 

トゥーラが旅立ってから数十分が過ぎた頃、ルイ達の拠点は通常運転に戻り住居の増築や間取りの整理などを行っていたが、ルイが外壁の強化をしているとヒックスが旅支度をした格好で現れる。

 

「あれ?どこか行くのか?狩猟?」

 

ルイの問いかけにヒックスは真顔で答える。

 

「いや、やはり俺もこれからポートサウスに向かおうと思う」

 

「ええ?何でだよ?…あ!まさかトゥーラが気になるのか?」

 

「…ああ、そうだ。あまり大きい声で言わないでくれ。しばし留守にするがいいだろ?」

 

「おう!行ってやってくれ!こっちは大丈夫だ」

 

グッと親指を立てて見送るルイを見てヒックスは「すまん」と一言言って足早に拠点をあとにした。

 

一方、トゥーラ一向は順調に歩を進めていた。ハウラーメイズからポートサウスまでは海沿いに一本道で迷うこともなく、周辺地域をロード・オラクルが治めてからは治安が良いため傭兵4人を引き連れたトゥーラを襲ってくる者達はいなかったのだ。

 

「地図を見た感じ2泊ぐらいになりますかね?」

 

ナパーロはグシャグシャの地図を難しい表情で見ながらトゥーラに質問した。

 

「そうね。急ぐ必要もないしゆっくり安全に行きましょう。傭兵の皆さんもそれでいいですよね?」

 

「おう。無茶しないなら俺らとしても願ったりだ」

 

この世界では既に文明の器機は消え失せており、移動手段はもっぱら徒歩のみだ。たまにブル等の動物に車輪がついた台車を引かせることもあるがそんなことが出来るのはお金持ちの貴族ぐらいであった。

 

そういうわけで道中は必然と会話が増える。

と言ってもトゥーラが話しかける相手はナパーロしかいない。

 

「ナパーロも出会った頃から大分身長伸びてきたわね」

 

「そうですか?あんまり実感ないです。でもトゥーラさん達は大人っぽくなったと言うか若いのにチームをまとめててすごいですよ。特にルイさんなんてどんどん強くなってて尊敬しちゃいます」

 

「…そうね。ルイはハウラーメイズ遠征に行った所からすごい勢いで成長してるわね」

 

(それに比べ私なんて……)

 

殺伐としている世界において戦闘スキルはどうしても目にうつりやすく、無想剣舞という見栄えの良い型を習得したルイはメガクラブを(まぐれで)倒したこともあって何かと話題になりやすかった。このルイの躍進を暴走に変えずに裏から支えていたのはトゥーラであったが、地味で目立たない立ち位置ということもあり、同期のルイに対して自分は何も出来ていない錯覚に陥っていた。

 

 

「……?」

 

そんな中、会話をしている最中にナパーロは急に素早く後ろを振り向いた。

 

「ん、どうしたの?ナパーロ…?もしかして…今はラックル?」

 

トゥーラだけが知っているナパーロの二重人格。ナパーロの性格の裏にいるラックルという狂暴な性格だ。

 

「……」

 

トゥーラの声が耳に入っていないのかナパーロは反応なしでしばらく後方を見回していたが、ふと我に返ったように喋り出す。

 

「あれ?どうしました?」

 

「どうしましたって…あなたいま記憶とんでた?」

 

「あ、いつものが出ちゃったかもしれません」

 

「そう…」

 

ラックルは起きている場合、ナパーロが心身不安定になったり危機的状況になるとある程度自ら表に出てくることがある。今回はいつもと違って普通の状況ではあったが、恐らくラックルが一瞬出てきたのだとトゥーラは思った。

 

(たまに出てきた時ぐらい挨拶すればいいのに。ハウラーメイズでは私を助けてくれた気がするけどまだラックルは私達に気を許してはいないのかな)

 

一度ゆっくりラックルと話してみたいと思っていたトゥーラは少し寂しそうにため息をついた。

 




低評価を貰い若干へこみ中(´Д`)


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52.ポートサウスの変

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル、無限のウィンワン、ヒックス、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー


海岸線沿いに長く連なった壁とガッチリとした鉄の門が見え、自分達のみすぼらしい拠点に見慣れていたトゥーラはスケールの違いに驚愕させられた。

 

「こ、ここがポートサウスね。もしかして奴隷商の本拠地アイソケットよりも大きい?」

 

「それに過去に来たときよりも活気がでてるぜ」

 

同行している傭兵もその様相に驚いているようだ。

 

「縮小傾向のこの時代に儲かっているのね…」

 

壁の中からはカツーンカツーンと力強く鉱石を叩く音も聞こえ栄えているのが外からでも分かる。

トゥーラ達は取り敢えず目の前に見える南側の鉄門に向かった。

 

「そこで止まれ。何者か?」

 

鉄門には3人ほどの衛兵が配備されておりトゥーラ達に詰問してくる。

 

「テックハンターのトゥーラと言います。カマルクさんの招待を受けて訪ねました」

 

「トゥーラ…ああ、あんたがルイとコンビの期待の新星って奴か。しばし待たれよ」

 

ハウラーメイズ地方からそう遠くないせいかここでもルイとトゥーラの名は知られているようだ。

 

そして少し待つと覚えのある声が聞こえてくる。

 

「これはこれは遠路はるばるようこそいらっしゃいました」

 

カマルクだ。ポートサウスの三羽ガラスの一人とのことだが、小太りのせいか動きはゆったりとしていて武闘派には見えない。

 

(頭脳派ってとこかしら。他を利用してのしあがるタイプって感じ)

 

英雄リーグ連合とのいざこざの最中に敗者を奴隷化していったカマルクの印象は悪くトゥーラは警戒を緩めない。

 

「まずは奴隷を見させてもらいに来ました。よろしいですか?」

 

「ええ!ええ!結構ですよ!どうぞ入ってください。ご案内差し上げます」

 

そう言うとカマルクは手のひらを向けて中を指し示す。案内のままトゥーラ達は中に入るとそこには驚きの光景が広がっていた。

鉱山を掘る奴隷達とは別に案山子を相手に剣技を磨く奴隷がいるのだ。そしてどの奴隷も健康的な体つきであり服装も奴隷農場とは違いまともだった。よくある栄養失調のイメージはほとんどないのだ。

 

「驚きでしょう?奴隷は使い捨て商品ですが、他と同じじゃつまらない。品質を高めた奴隷を提供するのが我々ポートサウスなのです」

 

「す、すごい…まるで剣闘士ですね」

 

「良い表現ですね。私どもは従順な農夫や坑夫としての奴隷にさらなる付加価値として戦える奴隷を生産することを目指しています。普段は生産ラインとして動き、いざというときに主人の盾となって代わりに死んでくれる人形!どうです、魅力的でしょう?」

 

「え、ええ…しかし、体制維持の出費も大変なのではないですか?食事もきちんと取らせているようですし」

 

「安定するまではマスターを説得するのに大変でしたよ。ここまで来るのに約10年たちましたね。しかし、他では真似できないビジネスにより顧客がたくさんつき、今や支出を大幅に上回る収入が入り、さらなる高品質な奴隷を提供する体制も出来てきております」

 

奴隷商は本拠地アイソケットを中心にして主に都市連合内に複数拠点を持っている。

ポートサウスもその中の一つだが独自の改革により急成長を遂げ最早本拠地を凌ぐ大きさとなっているようであった。

 

(ここの奴隷は他の場所の奴隷より幾分快適に過ごせているようね。でもあの番号は…)

 

トゥーラはあることに気がついた。

奴隷の背中の服の隙間から時折見える黒い数字だ。刺青のように見えるがこれには見覚えがあった。

 

(これってナパーロの背中にもあったような…)

 

そしてトゥーラはちらっとナパーロのほうに目を向けるが、ナパーロのこれまで見せたことのない冷たい表情に凍りつく。

 

(まさかラックルが表に出てきている!?なぜ?)

 

ここからの騒動は時間にしてあっという間の出来事であった。そしてどのような経緯でそうなったのかトゥーラには理解出来なかった。

 

これまで大人しくついてきていたナパーロが急に長剣を抜き先頭を歩くカマルクに無言で襲いかかったのだ。

そんなことをする理由がない状況だったため声をかける間もなかった。

 

ナパーロの剣先はカマルクに到達しようとしていたが、その間際、奴隷商の護衛が素早く反応する。

 

「何をする!」

 

護衛は持っていたサーベルの柄でナパーロの首筋を叩き、その拍子でナパーロは気絶してしまう。

 

ここでトゥーラはとんでもないことが起きてしまったことを自覚する。

ポートサウスの奴隷商にこちらから手を出してしまった形なのだ。しかも相手は三羽ガラスと言われているカマルクに対してだ。

 

「ちょっ…と何を…」

 

頭の中が追い付かないトゥーラに対してポートサウスの奴隷商は容赦ない行動に出る。

 

「奴隷商の我々に手を出すとはなんたる奴ら!この者達を捕らえろ!」

 

カマルクは周辺を囲む大勢の奴隷商人に命令を下し、たちまちトゥーラは取り押さえられる。

 

「待ってください!…ナパーロ!何でそんなことをしたの!」

 

トゥーラは必死に叫ぶが聞いている者は誰もいない。

 

「傭兵の諸君!無駄な抵抗はよしたまえ!この者達は攻撃の意思ありと見て捕らえたが諸君はただの雇われ護衛であり不問とする!早々に立ち去るが良い!」

 

カマルクはトゥーラについてきていた傭兵4人も同様に囲んでいたが手を出さず追い払うことにしたようだ。傭兵組合と揉めないための戦略だろう。対する傭兵も大勢に囲まれ戦意は元からない。しかも護衛対象が勝手に攻撃を始めて勝手に捕らえられたようなものだ。ここで抵抗する義理はなくなっていた。

 

「わ、分かった。我々はもう手を引く」

 

そう言ってそそくさとポートサウスから退散していってしまった。

 

「よし、この者達は牢屋に入れておけ!あとはあいつに任せる」

 

カマルクが去った後、ポートサウスの中にある個別の牢屋に入れられたトゥーラはただただ呆然として気絶しているナパーロを見ていた。

 

 

 

 

一方、事件が起きていることを知らないルイはポートサウスについてウィンワンやシルバーシェイドに聞いていた。

 

「ポートサウスはそんなに他の奴隷商とは違うのか?」

 

「そうだね。三羽ガラスが出てきてから特に勢いを増しているようだよ」

 

「三羽ガラスってカマルクを入れた3人が優秀ってことか」

 

「名前はカマルクとリトホルムとキンブレルだったかな。特にキンブレルってのが切れ者らしい」

 

アウロラが出そうとしていた手紙の宛先の名前が出てきてルイは驚きを隠せなかった。

 

「キンブレルだって!?」

 

「ああ。知り合いか?」

 

「いや…。知り合いの知り合い…だ」

 

「じゃあ他人じゃないか」

 

シルバーシェイドの突っ込みを無視してルイは考え事をしていた。

 

(キンブレルはポートサウスにいた…!しかも三羽ガラスとして!やはりアウロラさんはポートサウス出身だったのだろうか?しかしアウロラさんはなぜポートサウスの三羽ガラスなんかに手紙を書いているんだ…)

 

奴隷商人と奴隷の間で手紙を出すほど友情が芽生えるのは考えにくい。ましてや売り主だったのなら尚更だ。ルイはこの奇妙な偶然に驚きと同時に微かな不安を感じていた。

 

 

 

 

場所はポートサウスに戻る。

 

トゥーラ達がくぐった南門は歓声で沸き上がっていた。

 

「お帰りなさいませ、キンブレル様!」

 

「ご首尾はいかがでしたか!?」

 

三羽ガラスの一人キンブレルが久しぶりに帰還したようで奴隷商人達が出迎えで騒いでいるようだ。

 

「マスターワダはおられるか?」

 

キンブレルと呼ばれる男は出迎える者達とは反対に落ち着いた声でポートサウスの長であるマスターワダの所在を聞く。

 

「はっ!マスターは現在ノーブルハウスにおられます!」

 

「わかった。カマルクは首尾よく出来ていたか?」

 

「はい、カマルク様はご無事です!」

 

「ふん…遠慮したか…連れはどうした?」

 

「傭兵はやらずに返したようです!」

 

「違う、そっちじゃない。まぁいい俺が直接聞く」

 

キンブレルはそのままポートサウス内のノーブルハウスと呼ばれる一番大きな建物に向かう。

 

ノーブルハウスの門には屈強な体の衛兵が2人たっており用件を尋ねるが、「指定グループの適性調査報告」と聞くと納得したのか道を開けた。

 

奥の間には玉座のような椅子に腰かけた老人がさらに多くの衛兵に守られてグラスに口をつけ舌鼓を打っている。

 

「キンブレル、只今戻りました」

 

「…おう、お主か。どこに行っておった。お主もワインを飲むか?今年のは格別じゃぞ」

 

「いえ、結構です。それより調査報告を申し上げます」

 

「…ああ。よいよい、お主の判断に任せる」

 

「はい、マスター。それではレポートをここに置いていきます。後程目を通しておいて下さい。私は継続任務がありますゆえこれで失礼させて頂きます」

 

「よきにはからえ」

 

老人はキンブレルに余り興味がないらしく目も合わせずにワインの香りを楽しんでいる。

キンブレルは表情を変えずに一礼するとその場を後にした。

 

その頃トゥーラは檻の中から目の前に見える眠ったナパーロに呼び掛けていた。

 

「ナパーロ…、ナパーロ起きて…!」

 

ピクリと少し動いたナパーロはやがてゆっくりと起き上がった。

 

「ナパーロ!大丈夫?いったいなんでカマルクに襲いかかったのよ!?あなたはラックルなの?」

 

起きるや否やトゥーラはこんな状況にしたナパーロに問いただした。

 

しかし、声が聞こえていないのか彼の反応はない。

 

「ちょっと!聞いているの?」

 

「……」

 

トゥーラ達がいる檻は小屋の中にあり今は見張りはいない。

ナパーロは問いかけには応えず、何やら足枷をカチャカチャといじりだす。

 

「あなたは…いったい…だ…」

 

トゥーラが何かを言いかけた時、小屋のドアが開き背の高い男が入ってくる。

トゥーラはその男に見覚えがあった。

 

「あ…。え…ヒックスさん…!?」

 

頼れる仲間の登場により助けが来たのだとトゥーラの顔には笑みがこぼれたが、ヒックスの目は笑っていなかった。




休みに入り時間が出来たので今年最後の投稿('ω')


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53.老兵の覚悟

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、無限のウィンワン、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー


「ヒックスさん!潜入出来たのですか?助けてください!この牢屋開けられますか!?」

 

トゥーラは必死になってヒックスに助けを求めた。

しかし、ヒックスはナパーロに話しかけ始める。

 

「自分で足枷は外したようだな。近衛長にマークされずにお前が中に入れるようカマルクには一芝居うってもらったが、事前演習になったか?なんならカマルクに対しても本気でやってみれば良かっただろう」

 

「殺ろうとしましたよ。しかし、奴らも本気で構えていました」

 

「そうか。流石のお前でも襲撃が予定通りだと対応されてしまうか」

 

「僕はあくまで暗殺専門です。バレてちゃ難しいです」

 

一体この2人は何の話をしているのか。ヒックスとナパーロが傭兵を雇いにいった際に仲良くなったとしても内容が意味不明だ。

トゥーラは会話に入ろうにも自分が場違いな存在であると錯覚する。

 

「実行日は後ほど指示する。ついてこい」

 

ヒックスはまるでトゥーラが眼中にないようにナパーロの牢屋だけ鍵を解除した。

 

するとそこにカマルクが手下を連れて入ってくる。

 

「おやおや、帰って来たんだね。予定通り事は進めているよ」

 

「カマルクか。貴様なぜ余計なことをした?拠点に来るとは聞いていなかったぞ」

 

「私もルイ一派がビジネスパートナーに相応しいか見ておきたかったのだよ」

 

「ではなぜその娘を捕らえている?実行日前に揉め事は避けるべきだ。鍵をよこせ」

 

「断る。これは私の戦利品だ。こんな上玉は早々いないだろ?充分楽しんだ後、性奴隷にする。それにあいつらと揉めた所で大した脅威にもなるまい」

 

「……好きにしろ。ただし殺すなよ。いずれ利用する機会は来る」

 

トゥーラは愕然とした。加入から数ヶ月だが頼れる兄貴的な存在としてチームを牽引し、男気溢れる手腕で後輩のルイ達を助けてくれた男ヒックス。

トゥーラには最初にヒックスに助けられた時から少なからず恋心も芽生えていた。

 

その男がいま目の前でトゥーラを捨て平然と引き下がろうとしているのだ。カマルクと裏で繋がっていたことなどトゥーラにとって最早どうでもよかった。

 

「ヒックス!なんでなの!?なぜ裏切ったのよ!」

 

トゥーラは涙を流し力いっぱい叫ぶが、遠のくヒックスの背中を遮るようにカマルクが目の前に現れる。

 

「ヒックスとは誰ですか?彼の名はキンブレルです。それにあなたのお相手は私が夜にた~っぷりしてあげますからご安心なさい」

 

カマルクはゾッとするような笑みを浮かべトゥーラをなめ回すように見ていった。

 

 

 

この異変は遅れて2日後にルイ達に伝わっていた。トゥーラを護衛した傭兵が知らせに来たのだ。

 

「それで!?トゥーラはどうなった!?」

 

ルイはすごい剣幕で傭兵に詰め寄る。

 

「し、知らない。殺されてはいないと思う…」

 

ルイは掴んでいた傭兵の襟首を突き放し、旅の支度を始める。

 

「ルイ、ポートサウスにいくつもりじゃあるまいな?傭兵の言う通り恐らくトゥーラは捕らえられただけじゃ。聞いた限りではナパーロが暴走したのが発端じゃ。ここは冷静な者が交渉または偵察に行くべきじゃろう」

 

「その傭兵が言っていることも嘘かもしれねーだろ!戦わずに逃げてきたんだぞ?」

 

「いや、数的に賢明な判断じゃ。それよりヒックスも向かったはずなのに戻り際で出会わなかったのか?」

 

「い、いや…見かけていない」

 

傭兵の返答を聞いてウィンワンは考え込む。

 

「ふむう…シルバーシェイド、お主偵察は得意か?」

 

「ん?若い頃はね。今はやりたくないし任務の難易度によっては別料金を請求するよ」

 

ウィンワンはこの返事を予測していたのか大して驚きもせず準備を始める。

 

「ワシもこの年じゃと疲れるが…仕方ない、ワシがいこう」

 

これにルイが反発するがこの時のウィンワンの気迫はこれまでと違っていた。

 

「頭領が安易に敵地へ行くなと何度も言っておろうが。最早お主は自分だけでなく仲間の命も握っていることを自覚せぃ」

 

ルイには既視感があった。スケルトン盗賊から逃げる際のサッドニールと重なったのだ。

 

「じ、爺さんあんたまさか…」

 

「なんじゃ?ワシが無茶すると思っているのか?安心せぃ、こんなことでワシの命をかけるわけがなかろう」

 

ウィンワンは豪快に笑い飛ばすと斬馬刀と刀を帯刀し、北へ向かって姿を消した。

ルイは一抹の不安を感じつつも残されたメンバーを集めた。

 

「聞いての通りポートサウスで事故がありトゥーラとナパーロが捕らえられた。いまウィンワンが状況確認と可能であれば交渉に向かったが、万が一を想定してシャイニングとシャリーにも今からできる限り戦い方を覚えてもらう。いいな?」

 

「っス!必ず助けましょう!」

 

残ったメンバーは嫌な顔せずに快諾してくれた。シャイニングはどんなときでも明るくポジティブであり、声を聞くだけでも少し勇気づく。シャリーも天然ではあるが従順に指令を聞いてくれる。2人ともルイより若く戦闘に巻き込むのは気が引けたが、なりふりかまってはいられなかった。

その日からシルバーシェイドを含めた4人で武器の扱いについての修行が始まった。

 

 

 

 

 

数日後

 

(こんなに息を殺して歩くのはモングレル以来かもしれんのぉ)

 

ウィンワンはポートサウスの外れにある木陰で休憩をとっていた。ポートサウスは警戒態勢をとっているようで、門の警備は固く中に入ることは困難だったからだ。

 

(オマケに門外にも巡回部隊がいるようじゃ。ちょっと見ないうちにデカイ組織になりおって三羽ガラスの腕前は確かなようじゃな)

 

茂みから双眼鏡で門を見るが部隊の出入りも多く活発な様子が伺える。

 

ウィンワンには気がかりがあった。それは当然トゥーラの後を追ったとされるヒックスについてだ。

 

トゥーラが捕らえられた事を知らないでポートサウスに入った場合、即座に攻撃を受けることになってしまっているはず。ただ、ヒックスならばそのようなドジを踏まずに周辺で様子を見ている可能性もあった。

しかしウィンワンはその痕跡をポートサウス周辺で探したのだが見つからないのだ。

しかも、引き返した傭兵達に声をかけることもしていない。

 

(その場合、考えられるのは奴がここに来ていないか、ポートサウスの手の者だったということ…ナパーロの暴走は一緒に傭兵の契約をしに行った際に仕組んだか…?奴が奴隷商であれば元奴隷を洗脳することは容易いか?)

 

経験豊富なウィンワンは頭をフルに回転させてあらゆるパターンを検証していくがその過程でヒックスは限りなく黒に近づいていた。

 

(ではなぜルイに自ら近づいてきたのか?)

 

ルイ達は大きな組織ではない。むしろ組織と言うよりかは駆け出しのチームだ。敵対して奴隷にしようとするなら最初に武力を使って仕掛けてくればいいだけの話であった。

 

英雄としてもてはやされているルイがビジネスパートナーとして適しているか探りに来たが、将来性なしと判断して奴隷化対象に切り替えたか。

 

最終的にウィンワンはそう結論を出した。

 

「小僧が…舐めた真似してくれるじゃねぇか…ルイは奴隷どころかポートサウスごとき1組織すら相手にならない逸材じゃ!」

 

怒りに伴い額に血管を浮かび上がらせ、般若のような形相でウィンワンは立ち上がった。元々、沸点が低く怒りやすい性格を自分でも認識していた。それを踏まえて密偵・偵察に向いていないと発言していたが、この一瞬だけ出した殺気が仇となる。

門前にたくさんの奴隷商を引き連れてヒックスが顔を出していたのだ。ヒックスは周りの者と喋っていたが、僅かな気配を感じたのかウィンワンの方角に顔を向ける。そして、奴隷商を数人差し向けてきたのだ。

 

「……あいつは!」

 

(奴隷商と一緒にいる所を見ると確定だなぁヒックスさんよぉ…!この距離で殺気に気づくとはやるじゃねぇか!)

 

向かって来たのは大柄な男一人と4人の奴隷商だ。腕に自信のあるウィンワンは迫り来る奴隷商を迎え撃つ決心をした。

 

「ポートサウス周辺を怪しくうろつくお前…何奴だ?」

 

大柄な男は背中からサーベルを抜くと威圧するようにウィンワンに問いかけてきた。

 

「聞いて驚くな…無限の太刀の使い手ウィンワン様じゃ」

 

「ほう。俺はポートサウス三羽ガラスが一人ルトホルム。お前の名前は知っているぞ。ルイ一派だな。大人しく投降するか、俺とタイマンで勝負しろ!」

 

「奴隷商にも男気がある侍がいるようだのぉ。いいじゃろう、ここで三羽ガラスを削っておくのは悪くない。一つ聞くが先ほど門の前でお主と話していた男は誰じゃ?」

 

「同じく三羽ガラスが一人キンブレルだ。用があるなら私が伝えておいてやろう。生きていられればだがな」

 

「なるほどじゃ。三羽ガラス直々にヒックスという偽名を使ってルイチームの偵察に来ていたというわけじゃな。多少は評価していてくれていたようじゃのう、ヒックス…いやキンブレルさんよ!」

 

ウィンワンは斬馬刀を握り三羽ガラスのリトホルムに激しく斬りかかった。




今年もよろしくお願い致します<(_ _)>


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54.ウィンワンの最期

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、無限のウィンワン、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー


「なに!?リトホルムが討たれただと?」

 

ポートサウスにて事務処理をしていたキンブレル(ヒックス)は部下から入った緊急報告を聞いてイスから立ち上がった。

 

「は、はい。先ほどポートサウスの外にて……」

 

「相手は?どこの組織か分かるか?」

 

「無限のウィンワンという者だそうです。そいつも致命傷を負ったはずとのことです」

 

「……!!」

 

(やはり来たか。言わんことではない。しかし、リトホルムほどの男がやられるとは……。愚直な性格で気に入っていたのだが相手の力量を見誤ってしまったようだな)

 

「死体を確認する!ついてこい」

 

キンブレル(ヒックス)が決闘のあった場所に到着するとそこにはおびただしい血痕の跡が残っていた。

 

「こっちはリトホルムの血か?」

 

「いえ、相手のほうの血痕と思われます」

 

「死体がないな。しかしこの量はたしかに深手のようにも見える」

 

(いずれルイ達はトゥーラを取り戻しに来るだろう。取り込む際に厄介な存在だったウィンワンを排除できていたとしたら大きいぞ。シルバーシェイドは金でどうにでもなる)

 

キンブレル(ヒックス)は遠くへ続くウィンワンの血痕跡を眺めると、もと来た道を引き返した。

 

 

 

その頃、ポートサウスの奴隷小屋を奥へ進む奴隷商人の服を着た少年の姿があった。

少年はある牢屋の前で立ち止まるとコンコンと牢を叩く。

中にいる女性がその音に気づき顔をゆっくり上げた。

 

「ナパーロ……。今頃あなたが何をしにきたの?」

 

牢屋の中の女性はトゥーラだった。トゥーラはぼろ切れの衣を着せられ髪は乱れており、ここに来た頃の面影は消え失せていた。

力も入らないようで体を支えている両腕は震えている。

 

「替えの服を持ってきた。今の服よりは綺麗なはずだ」

 

「……その口調だと今はラックルかしら?ヒックスとどんな交渉をしたか知らないけどその奴隷商人の服は似合っているわよ。憧れの立場になれて満足?」

 

これに少年は手に持っていた服を牢屋の前に落とすと目を細めて切り出す。

 

「今のお前に何を言っても言い訳になるが、この状況を仕組んだのは俺でもナパーロでもなく3人目の人格だ」

 

この口調は明らかにラックルだろう。この唐突な告白に対して、奴隷商に酷いことをされて自暴自棄になっているトゥーラは激しい口調で攻め立てる。

 

「……3人目?あは!いったいあなた何人の人格がいるのよ!この裏切り者!」

 

トゥーラらしくない暴言にラックルは一瞬うつむいたが静かに切り出す。

 

「ここ数日お前が受けた仕打ちは奴隷にとってはとるに足らない内容だ。……いや、俺が今言いに来たのはそんなことじゃないんだ」

 

「一体、私に何の用なのよ?立場が代わって見下しにきたわけ?」

 

「3人目の人格の存在は今まで俺も知らなかった。恐らくナパーロや俺より前に存在していてずっと裏から見ていたんだ。そしてヒックスに会った時から表に出始めた」

 

唐突だが真剣な表情で説明するラックルに対してトゥーラも自然と耳を傾ける。

 

「強力な主導権を持っていて恐らくこいつは元々の主人格なんだと思う。俺達に過去の記憶が無いのもそのせいだったんだ。この3人目の人格は過去にヒックスと何らかの密約を結んでいるか相当な主従関係のはずだ。くそ、取られる……!」

 

ラックルは話の途中で急に頭を抱えるとピタリと動きを止めた。

 

「ラックル……?」

 

しばらくうつ向いていた少年は、ゆっくりと頭を上げ静かに喋り出す。

 

「……まさかラックルがここまで余計な事をベラベラと喋るとは思いませんでした」

 

死んだような目つきに感情のない単調な喋り方。トゥーラは少年にナパーロでもラックルでもない異様な気配を感じとる。

 

「まさか……本当に第3の人格、なの……?」

 

「初めまして。僕はずっとあなたを見ていましたが会話するのは初ですね」

 

「そんな…。あなたは誰なの?なぜ私にこんなことを……」

 

トゥーラの問いに対して少年は苦笑しながら応える。

 

「僕は僕本人ですよ。それとあなたを奴隷にすることが目的だったわけではありません。たまたまあなたが巻き込まれただけです」

 

「どういう…」

 

さらに聞こうとするとガチャリと扉が開き奴隷商人が1人入ってきて、トゥーラの表情に悲壮感が漂う。

 

「よーう、トゥーラちゃん。今夜は俺がやっていいってカマルク様から許可がでてよぉ。前みたいにいい声で喘いでくれよぉ?」

 

品のない声で喋ると男はトゥーラの牢屋をガチャガチャと開け始める。

 

「…い、いや…もうやめてください……」

 

トゥーラも最早何をされるか把握しているようで力ない声で懇願する。

 

「いいねぇ!そのほうが燃えるよぉ!」

 

「いやだ…ラックル…助けて……」

 

涙目で訴えるトゥーラを見て少年は非常な言葉をかける。

 

「何も死ぬわけじゃないのに大袈裟ですね。早く奴隷生活に慣れないと心身が病んじゃいますよ?病んだら捨てられちゃうので気をつけて」

 

奴隷商の男はトゥーラを牢屋から出すと強引に衣服を引きちぎる。

ツンと整った綺麗な乳房がこぼれ落ち、それを見た男はさらに興奮したようでズボンのベルトを急いで外し始める。

そしてドンとトゥーラを突き飛ばし膝をつかせると自分の一物をトゥーラの顔の前に近づけ無言の要求をする。

 

「お願い…許して……」

 

「奴隷が命令に逆らうのか?また痛い目にあいたいか?」

 

男はそう言って腕を振り上げると、トゥーラは反射的に顔をかがめて目を背けた。

 

すると、「ちょっと待て」と少年が割って入る。

 

「なんだお前!まだいたのかよ!」

 

「今日は僕が好きにしていいとキンブレル様から言われている。去れ」

 

「何だと!?てめぇ新参の若造のくせにでしゃばってんじゃねぇ!殴られたくなきゃ消えろ!」

 

男は大声で恫喝するが、少年は急にするどい目つきを返す。

 

「僕も相手が死ぬまでやりますけど続けますか?」

 

実に坦々と冷めた物言いであったが、自分よりガタイが大きい相手に対する強がりではないことはトゥーラにも感じ取れた。

男は蛇に睨まれた蛙のように萎縮していたからだ。

 

「…!ちっ!ちゃんと牢屋に戻しておけよ!」

 

奴隷商の男は捨て台詞を吐くと勢いよくドアを叩き開けて出ていった。それを見送った少年はトゥーラのほうに居直り切り出した。

 

「…あなたはもう暫くの辛抱だと思います。それまでは奴隷の世界を知って頂くのも悪くはないでしょう。さぁ、どうせ逃げられないので大人しく入っていてください」

 

助けてくれたものの逃がしてくれる気配はなく、トゥーラも大人しく従うしかなかった。

少年はトゥーラを牢屋にいれると静かに奴隷小屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「ごほっ!げほっ!…ぺっ!」

 

ウィンワンは口に溜まっている血を吐き捨てた。

 

(傷口が完全に止まっておらん…。拠点までは…あと少しか)

 

腹にグルグル巻いた包帯からは血が円になって滲んでいる。その臭いを嗅いで来たのか後ろから野生のボーンドックが一匹後を追ってきていた。

 

「お前と遊んでいる暇はないのぉ」

 

ウィンワンは襲撃を警戒して後ろを振り返りながら歩く。

 

(今のポートサウスは並の戦力では太刀打ち出来ない。もしかするとこのままトゥーラを捨てて手を引くしかないかもしれんが、それはあいつが判断してくれるじゃろう…届くかも分からんが手紙を出しておいてよかったわぃ)

 

考え事をしている間にもボーンドックは間を詰めて今にも襲いかかりそうな気配を見せている。

 

「先に倒しておかないと後々キツそうじゃ」

 

ウィンワンはフラフラと振り返り斬馬刀を構える。

ボーンドックは動きを止めたウィンワンに対して唸り声を上げると一気に飛びかかる。

しかし、ウィンワンはそれをかわしつつ斬馬刀を振り上げ瞬時に一刀両断にした。

 

「……っ!」

 

この過度な行動により腹にあった血の滲みはさらに大きくなる。

 

「ぐ、うう……」

 

ウィンワンは斬馬刀に振られた勢いで地面に倒れこんだ。そして視界に広がる平原がぼやけていく。

 

(ダメじゃ…目が…霞んで……)

 

近くに生えている枯木に背をもたれるとヒューヒューと呼吸を整え始める。

気づけば全身の感覚が薄れてきて心なしか肌寒さを感じる。

 

(拠点に…ルイに伝えなければ…)

 

だが、力を入れても体が動かないのだ。

ウィンワンには最早、拠点に戻る体力は残されていなかった。

 

(逃げに逃げてきた人生…最後ぐらいはあいつらの役に立って死にたいわい。そして…)

 

「ルイ…ワシはお主に伝えたいこと…謝りたいことがあるんじゃ…こんなところでは…」

 

ついにウィンワンは手だけでほふくしながら進み始める。

 

「はぁ…はぁ…」

 

その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「おい!?爺さん!しっかりしろ!」

 

ルイが残るメンバーを連れて途中まで駆けつけていたのだ。

 

「ルイ…ここまで来てたのか…」

 

「ああ!いてもたってもいられなくてな!一体何があったんだ?」

 

「やはり罠だったようじゃ。ヒックスは三羽ガラスの一人キンブレルじゃった」

 

「は?何を訳の分からないこと言ってんだよ!んなわけ…」

 

ウィンワンはルイの主張を手で制し話を続ける。

 

「話せるうちに喋らせろ。トゥーラは捕まっているじゃろうが、今のポートサウスは大きすぎる。手を引け…と言いたいところだがお前はどうせ聞かんじゃろう…じゃから10日じゃ。10日待って冷静になってから動くのじゃ。人の上に立つ者はいかなる時も冷静にのぉ…」

 

「ちょっと…おい!爺さん?らしくないぞ!どうしたんだよ!?」

 

ウィンワンは最低限のことは伝えられてホッとしたのかそのままルイにもたれ掛かる。

 

「ルイ…すまんかった…すまんかったのぉ…」

 

しわがれた声で最後の言葉を述べるとウィンワンはそのままうなだれて動かなくなった。

 

「爺さん?何謝ってんだよ。冗談はよして目を開けろよ!俺らを守り抜くんだろ!勝手に逝くんじゃねーよ!!う…う……」

 

黄昏の光がぼんやりとたゆたう中、ルイはウィンワンを腕に抱えてうつむいたまま暫くその場を動けずにいた。



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55.反乱

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シルバーシェイド、シャイニング、シャリー


 僕の名前は694番。キンブレルさんがつけてくれた名前だ。僕は物心ついた時から奴隷だったけどキンブレルさんに見いられて小さな頃から特別な訓練を受けていた。特別ということもあって着る物や食事も普通に与えてくれたし普通の寝床も用意してくれた。

 僕と同じように特別な扱いを受ける子供はいたけど僕が一番優秀だとキンブレルさんは言ってくれた。

 いつか僕は訓練が終わったらキンブレルさんのために働きたいと思っていた。あの人もそれを望んでいた。

しかしある日突然その希望は妨げられた。

僕はとある豪農に売られたのだ。キンブレルさんは手塩にかけた僕を手放したくなかったらしく売ることに反対したけれど、当事三羽ガラスでもなかったキンブレルさんに阻止する権限はなく結局僕は豪農に売られた。

 それから僕は奴隷の本当の生活を知った。食事はろくに与えられず着る物もずっと同じ。当然水浴びなんかもさせてもらえずただただ農作業を繰り返しさせられた。少しでも嫌な顔をしようものならムチがとんできた。

 そんな日々を繰り返しているうちに僕は我慢の限界を迎えついには教え込まれた暗殺技術を使って豪農を殺してしまった。そして逃げることを知らなかったため結局兵士に捕らえられ、型落ち奴隷として転売されていくことになった。その間も扱いは変わらず、奴隷生活を知った僕の精神はいつしか心の奥底に引きこもるようになった。外側から虐待されているのを見ている内に虐待されている僕も別の意思を持ち始めたのが分かった。彼らはナパーロとラックルと言い僕の代わりに対応してくれるようになった。

 僕が表に出る理由はなくなっていた矢先、僕はナパーロとしてルイに買われた。

ルイとトゥーラはいい奴だった。殺したいと思わないしむしろ仲良くしたかった。でも今さら僕が出ていっても意味がないしそのままナパーロとラックルに任せることにした。僕はこのまま消え去っても良いと思っていた。

 しかし、キンブレルさん。あなたはもう一度僕の前に現れてくれた。

最初はヒックスという名を名乗っていたし僕に関心がなかったから忘れられているかと思ったけど、あなたは2人で傭兵契約に行った道中で僕に声をかけてくれた。

 

「私を覚えているか?694番。ようやく探し出せた」

 

心が踊った。真っ先に人格の権限をナパーロから奪い694番として表に出た。その後、奴隷商に帰属する段取りをキンブレルさんに教えてもらい今日に至るが後悔はない。この世界では自分の目的のためには他人には構っていられないのだ。ルイ達には悪いことをしたがどうせ僕達は相容れない間柄だったのだ。僕は僕の道を行く。キンブレルさんの道具となってこれから支え続けていくのだ。

 

 

 

 

ガチャリとドアが開き目の前にキンブレルが顔を出すと男の子は口もとに笑みを浮かべる。

 

「ふっ。暗殺の腕は一流なのに相変わらず笑顔が下手だな。帽子を深くかぶって俺についてこい694番、これから標的を見せる」

 

キンブレルは694番と呼ぶ男の子を伴いノーブルハウスにいるマスターワダのもとに向かった。

 

ポートサウスでは三羽ガラスの一人リトホルムが武闘派として知られ拠点の防衛・警備を担当していたが、その一人が失われたことで警備体制を見直す必要が出たからだ。

そしてキンブレルはある理由からこれを好機として捉えていた。

 

 

 

「それで…ワシの近衛兵を臨時で警備に回してほしいと?」

 

「はっ。部隊を統率出来る力を持った者が現在手薄です。ここは近衛から新たに三羽ガラスとして選出し、防衛体制を回復させることが急務かと存じます」

 

キンブレルはポートサウスの長マスターワダに掛け合い、ワダを守る近衛兵を使ってポートサウスの防衛を回復しようと計っていた。

 

「ふむう。兵士を統率出来る者と言えば近衛長のハドソンしかおらんの。ハドソン、やってくれるか?」

 

マスターワダは内容を特に気にかけることもなく後ろで直立不動で立っている兵士に問いかけた。

 

「はっ。しかしマスターの警備が……」

 

「お主が拠点全体を防衛すればわし周辺も自ずと安全になろう」

 

「承知しました。ではマスターの仰せの通りに」

 

近衛長と思われる男はキンブレルの提案に警戒しつつもマスターワダの依頼に対して従順に反応した。

 

「迅速なご英断、感謝いたします。詳細については私のほうからハドソン近衛長にお伝えしておきます」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

キンブレルは用が済むと694番を伴いすぐにその場を退出した。そして部屋に戻り切り出した。

 

「あの年寄りがターゲットだ。出来るか?」

 

「はい。脅威だった近衛長を遠ざけてもらえましたし例え困難だったとしてもやりますよ」

 

「……よし。ハドソン近衛長もまさか手練の暗殺者が既に拠点内にいるとは思ってもいまい。時間がかかったがこれで布石は整った。予定通りこのまま実行する」

 

「分かりました。それでは私はここを離れます」

 

「頼んだぞ694番。お前は俺が幼少の頃から育て上げた唯一信頼出来る暗殺者だ。これが済めば俺もポートサウスの長となりお前を正式に幹部にすることが出来る。必ずやり遂げろ」

 

「承知しました」

 

そしてこの夜、近衛長がいなくなり手薄になったノーブルハウスに何者かが侵入し、マスターワダが死体となって発見される。三羽ガラスの組織体制や新しい奴隷制度の導入によりポートサウスを発展させたこの男は晩年になると酒と女に溺れ政務を怠けていた。急進派であった三羽ガラスがこれを憂いていた事を知っていたハドソン近衛長は真っ先にキンブレルを疑うが、臨時代表となったキンブレルによって粛正される。カマルクもこの動きに連動してキンブレルを助けており、三羽ガラスによる反乱であることは関係者の目から見れば火を見るより明らかだった。

 予め根回しされた計画とマスターワダのあっけない死によりポートサウス内における派閥構成は三羽ガラスを中心とした支配体制に変わり、実質的にキンブレルを頂点として運営が進められていく事となる。

 都市連合における近年の歴史の中で貴族に代わって平民出の者が統治者になるのは初めての出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

こうしたポートサウスの異変も知らずにルイは無気力状態となり閉じこもる日々が続いていた。

 

友であるトゥーラが捕らえられ、兄貴的存在のヒックスに裏切られ、そして口うるさくもチーム全体を見てくれていた頼みの綱であったウィンワンが戦死したのだ。

絶望に打ちひしがれるのも当然であった。

 

「ルイさん、もう丸2日間部屋に籠ったままですねぇ~どうしましょうか……?」

 

シャリーがシルバーシェイドに話しかける。

 

「ウィンワンも死んでしまったし組織として機能していないならいずれは解散かな」

 

「え~そんな~……」

 

「トゥーラがいないのも大きいね。組織運営が回ってないよ」

 

「何とかならないんですか?ポートサウスに行って奪い返しにいくとか!」

 

「いま残ったメンバーじゃ無理でしょ。ヒックスが三羽ガラスのキンブレルだったとはやられたよね。君も解散後のなりふりを考えておいたほうが無難だよ」

 

「そうですか~……」

 

非情ながらシルバーシェイドは実に現実的な話をしていた。

この数日間の内で、度重なる主要メンバーの喪失により、ルイ一派の戦力はまさに半分以下となっていたのだ。

残メンバーにはルイ以外に自ら引っ張っていくような者がおらず組織はまさに自然解散の方向に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

そして3日後、シルバーシェイドが消えた。

 

 

 

 

 

 

「ルイさんまだ復活しませんね……」

 

シャリーは今度はシャイニングに話しかけている。もはや話す相手も彼しかいなかった。

 

「ああ、そうだな。でも英雄ルイさんはどんな困難も乗り越える人だよ!俺達はそれを助けられるよう頑張ろう!」

 

シャイニングはこんな時でも前向きだ。

 

「シャイニング先輩かなりポジティブですね。シルバーシェイドさんも出ていってしまったし残っているの私たちだけなんですよ?」

 

「だからこそ俺たちがルイさんを助けられる最後の砦になるんだよ!」

 

「そ、そうですか……でも戦えない私たちに何が出来るんでしょう。次の集金もそろそろ来ちゃいますし」

 

皆で張り切って建築した木の香り漂う新拠点は3人になった今となっては虚しくも大きく感じられていた。

 その時ガチャリと扉を開けルイが部屋から出てきてシャイニングに問いかける。

 

「シルバーシェイドは……?」

 

「シルバーシェイドさんは数日前に出ていってまだ帰ってません」

 

「そっか……。迷惑かけてすまねーな。数日後にはちゃんと方針決めるからちょっと待っててくれ」

 

ルイは力なく喋るとそのまままた部屋の中に消えていった。その様子を見ていたシャイニングは何も声をかけることは出来ずシャリーに睨まれた。

 

 

 

そんな矢先に見知らぬ2人組が拠点を訪れる。

 

 

「おーう、本当にこんな場所に拠点があるよ」

 

「……」

 

「しかしあの爺、ボスの子とか手紙に書いてたけどまた嘘だったら髪の毛むしってやるよ!ここまで来るのにどんだけ時間がかかったと思ってんだい」

 

「……」

 

シェク人の女と思われる片方がまくし立てるように喋るが相方の者は黙りこくっており口を発する気配はない。顔の形状からハイブ人のようではある。

 

「しっかし玄関に来訪者がいるのに誰も応対しないとは無用心だね!おーい、頼もう~」

 

女の大きな声が聞こえようやくバタバタとシャイニングが出てくる。

 

「どなたっスか!?」

 

「ウィンワンっていう爺いる?手紙で呼ばれて来たんだけど」

 

「え…あ…ウィンワンさんは失くなりました……」

 

「なにぃ?あの無限の逃げウィンワンが死ぬわけないだろ。じゃあローグの娘って奴を出してくれ。ヘッドショットとレイが来たって」

 

「え、いや…誰を出せ?」

 

「あーもういい!上がらせてもらうわ」

 

そう言うと女はハイブ人を伴ってズカズカと拠点の中に入っていく。

 

「う、討ち入りだぁー!出会えー!」

 

シャイニングが慌てて騒ぐが、当然誰も出てくる様子はない。

 

「だから攻撃じゃないって!というかここお前以外に人いないの?」

 

「え、いや今はルイとシャリーしか……」

 

「ルイ…ルイ…ああ、そうそう!ルイに会わせろよ」

 

女は会わせろと言いつつルイが籠る小屋のドアを無神経に開けた。

そこには目を腫らしうずくまっているルイがいた。

 

「ふーん。ルミに似ているが父親の面影も少しあるね」

 

「……!…誰ですか?」

 

母親の名前にルイは反応した。

 

「あたしはヘッドショットだ。こっちはレイ。ウィンワンから聞いてないのかい?」

 

「ウィンワン爺さんは……死にました」

 

「あいつは本当に死んだのか。……それで?爺が死んでメソメソ泣いてたってわけね。こんなガキんちょを泣かせるだけ爺も魅力があったわけだ」

 

「一体何なんですか?ウィンワン爺さんの知り合いですか?」

 

「あいつに手紙で呼ばれたんだよ。しっかし、来たのはあたしらだけのようだね。もう少し待たせてもらうよ。ずっとしけた面して……父親には遠く及ばないね」

 

ルイが呆気にとられている中、ヘッドショットという女は言うだけ言うと勝手に小屋の中にどかりと座り込んでしまった。

 



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56.重なる訪問者

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー


ポートサウスの新しい代表に就任したキンブレルは奴隷商本部アイソケットのマスターミフネから遣わされてきた使者と会っていた。

 

「では新しい長官は受け入れられないと言われるのか?」

 

厳しい口調で詰め寄る使者に対してキンブレルは落ち着いた口調で応える。

 

「いえ、新体制は上手く機能しており本部の助力なくてもポートサウスは充分運営が可能と言っています。お気遣い頂く必要はありません」

 

「そういうことを言っているのではない!奴隷商の支部として本部の意向をないがしろにするのかと言っている!」

 

「本部の意見は尊重しておりますし、これからも毎月の上納金は納めるつもりです。ただ、地域に合った運用を一番よく知っているのは地域の者です。外部からの口出しは無用です」

 

「ぬぅ、キンブレル!貴様後悔するなよ!」

 

終いには暴言を吐き捨て使者は退出していったが、見送るキンブレルの表情は澄まし顔だ。

 

「ふん。ミフネ卿もここぞとばかりに繁盛しているポートサウスを取りに来たな。彼らの思い通りにはさせん」

 

「宜しいのですか?都市連合の息のかかった者を敵に回して」

 

横で694番が意見するとキンブレルは笑いながら応える。

 

「都市連合は帝国だが弱体化した今はその名の通り都市の集合体であり一枚岩ではない。それに纏めているのは皇帝ではない」

 

「おっしゃる意味があまりよく分かりません」

 

「ははは、そのうち教えてやる。それより話とはなんだ?694番。私は新体制になって忙しいのは分かっているだろう」

 

「はい。トゥーラのことですが彼女は放したほうが良いのではないでしょうか?」

 

この言葉にキンブレル(ヒックス)は作業をピタリと止めて694番(ナパーロ)のほうに居直る。

 

「……なぜだ?今あの娘はカマルクが所持しているだろう」

 

「こちらがトゥーラを持ったままでいるとルイは少人数でも攻めて来ますよ。もしかしてその時の保険ですか?」

 

「向こうの戦力は把握している。せいぜい財産を使って傭兵を連れてくる程度だから問題ないだろう」

 

「それでもこちらに被害は多少出ますよね。それにカマルクもそろそろ殺しておいていいと思いますが……」

 

「奴はポートサウスが安定するまではまだ必要だ。それに革命のためにお前の取得を優先することになったが、俺はルイとの提携を諦めたわけではない」

 

「……今となっては無理だと思いますけどね」

 

「まぁルイ次第だな」

 

キンブレル(ヒックス)はコップに注がれた水を飲みながら窓を覗き遠くを見据えた。

 

 

 

 

 

 

一方で渦中のルイの拠点にはさらに新たな者が訪れていた。

 

「ここにウィンワンって方いますか?」

 

白い道着を着たグリーンランド人でルイと同年代ぐらいの男子だ。その後ろにはダストコートを着た肉付きがガッチリしたスコーチランド人の男が控えている。

 

【挿絵表示】

 

「だ、誰っすか?」

 

立て続けの訪問者にシャイニングも困惑した対応だ。

 

「俺はジュードと言います。こちらはチャド師範です。呼びかけに応じて馳せ参じました」

 

「はせ…さん?」

 

そこに先に来て居座っていたシェク人の女が声を聞いてやってくる。

 

「おおおー!チャドじゃないか!久しぶりだな!」

 

「む、ヘッドショットか。元気していたか」

 

「お前もウィンワンに呼ばれたのか!あの迷惑者がなりふり構わずあたしらに助けを求めるなんてよっぽどだったんだな」

 

「うむ。本当にボスの娘はいるのか?」

 

「ああ、ルイね。奥の部屋でへこんでるよ。ウィンワンも死んでるし、奴隷商とトラブってるようだしボロボロだね、ここは」

 

「なに!あやつは死んだのか!?戦死か?」

 

「知らーん。何も聞けてないんだ」

 

シェクの女がそれ以上喋らなくなるとチャドと呼ばれるスコーチランド人は眉をひそめる。

 

「……埒があかない。私が問いただそう」

 

そう言ってチャドはルイの籠る部屋を訪ねる。中ではルイが武装の支度をしている最中だった。

 

「お主がルイか?どこへいくつもりだ?」

 

度重なる見知らぬ人の訪問にルイは思わず怪訝な表情で対応する。

 

「次から次とあんたら皆ウィンワンの知り合いなのか?爺さんは数日待てと言っていたけど状況が変わったわけでもなく、いたずらに時間がたってしまったし今は急いでいるんだ」

 

せわしなく遠出の準備をするルイに対してチャドと言う男は落ち着いた渋い声で諭すように喋りだす。

 

「ふむ…。私はチャドと言う。ウィンワンが待たせたのは私たちの到着を待つためだろう。まずは事情を説明しなさい。我々はウィンワンと同じく君の父親の元チームメンバーだ」

 

「爺さんと同じ……って、ええ!?」

 

この時、ルイはウィンワンが父親の組織にいたことを初めて知った。そして今、目の前にウィンワンから呼ばれて来たという父親の組織のメンバーがいることで悟る。ウィンワンは自分にもしものことがあった場合に備えてルイの助けとなる者達を代わりに呼んでいたのかもしれないと。そして彼らは来たのだ。

 

「う…くっ…爺さん……」

 

ルイの中で張りつめていた感情が一気に溢れていく。自分の手の中で身近な人が死んでいくのはアウロラの時と重なっていた。しかも今回はこれまで心の奥底で頼りにしていた人が自分のために死んだのだ。そして今また自分の代わりにポートサウスに行ったトゥーラも殺されてしまうかもしれない。相談相手もいなくなった中、10代の女の子がこの状況を一人で背負うにはまだ重すぎたのだ。

 

「そういやボスも泣き上戸だったか?話してみろよ、お嬢ちゃん」

 

後ろでヘッドショットが腕組みしている。

 

ルイは堰を切ったようにこれまで起きた事を泣きながら話し出していた。

 

 

 

10分後

 

 

 

ヘッドショットはルイの頭を撫でながらもらい泣きしていた。

 

「そのヒックス……いやキンブレルって奴はムカつく奴だなぁ!」

 

「うむ。聞いたところだとそいつが主犯だろう。始めからルイを巻き込もうとしている節がある。ちなみに私たちはここに来る途中ポートサウスを通って来たのだが、あそこは今、彼が統治していた」

 

チャドの側で弟子のジュードがウンウンと頷いている。

 

「まじか……、そんなにでかい奴だったんだ。確かにあいつやたら強かったんだ……」

 

「では自己紹介ついでにこちらの戦力の把握をしていこうか」

 

チャドと言う男が今おかれている現状を整理し始める。

 

チャド、ヘッドショット、レイの3人は父親の組織の元メンバーでありハムートと同様に拠点外で活動していたため、組織に起こった毛皮商の通り道における惨事は免れていた。そして帰る所を失った彼らは新しい職を見つけ細々と暮らしていたらしい。

チャドは武闘家としてバークという都市で小さな道場を開いていたが、ウィンワンの手紙を見て道場をたたみ門下生のジュードを伴ってここに来てくれたのだ。

ヘッドショットとレイはテックハンターの下請けで砲兵の仕事を一緒にしていた。

 

「そこにいる少年少女は非戦闘員だろう?このメンバーで今のポートサウスとやり合うのは現実的ではないな」

 

チャドが冷静に言い放つとルイも必死に食い下がる。

 

「残った資金で傭兵をありったけ雇うつもりだ!」

 

「傭兵は当然相手も想定してくるだろうし多く雇えて5、6人がいいところだ。とてもじゃないが相手にならない」

 

「じゃ、じゃあどうすれば……」

 

「それに…我々はウィンワンとは非常に仲が悪かった」

 

急にチャドは突拍子もない事を言い出した。

 

「ええ?確かにウィンワン爺さんは万人受けしないけど…それがなんだよ?」

 

「そんなウィンワンが仲の悪い私たちに頼むほど君とその捕まった友達に見所があるかどうか。救出に命を賭けるほど魅力があるのか我々は判断出来ていない。知っているのはメガクラブを倒す勇気があるということだけだ」

 

これにヘッドショットが驚く。

 

「え、あんたらメガクラブを倒したのかい?」

 

「ヘッドショットはあまりニュースを見ていないから知らないのだろうが、ルイは都市連合ニュースで英雄として取り上げられている。まさかボスの子とは思わなかったがな」

 

チャドの言い分は最もだった。いくらボスの娘だからと言って圧倒的な戦力差のある相手に無謀に突っ込めるほどお人好しにはなれない。ルイもその辺は理解しているようで、ただ相談にのってくれる相手がいるだけでも良かった。

 

「いーよ。あんたらが来なくても俺は行くだけだ」

 

「まぁ待て。真正面からポートサウスの奴隷商とやりあうだけが方法ではない。別の作戦を考えている間に我々が君たちの事を把握する時間はあるだろう」

 

ルイは傭兵との契約を考えると早く出発したいところであった。こうしている内にもトゥーラがどんな目に合わされているか気が気でなかった。

 

「作戦を考えてくれるのは嬉しいけどあんたら4人だろ?人数そんなに変わらないしやっぱ俺は先に行ってるよ。気が変わったら後から来てくれ」

 

「我々以外に増援は見込めないのだろう?ノーファクションのメンバーで生き残り連絡がつく者も我々だけだ」

 

チャドは他にも戦力を期待したようだが現状では助太刀してくれるような組織や仲間は見当たらなかった。

 

そしてこの会話を黙って聞いていたシャイニングだったが自分の母親がいた組織名が出てきて飛びいるように食いつく。

 

「ノーファクションって…!え、じゃあ俺の母親のジュエルを知ってますか!?」

 

これにはルイも混乱しながらも興味深げだ。

 

「ん!?俺の父親の組織はシャイニングの親もいたのか?ってことはノーファクションってのが組織の名前か?」

 

この様子にチャドとヘッドショットは顔を見合った。ルイには厳しい言葉を投げ掛けたが、実はただルイの覚悟を知りたかっただけで、ここに駆けつけた時点でチャドらの意思は固まっていたのだ。そんな中でこんな身近に2世がもう一人いようとは。チャド達はシャイニングの母ジュエルのことも当然知っていた。

ジュエルはノーファクションでコックをしていた。その息子がいまボスの娘のチームで料理人を担当していると聞き強い因果を感じていた。

 

「そうだ。ノーファクションという名前の組織だ。我々はどこにも属さない"無所属"という意味を込めている」

 

そんな中、チャドがピクリと反応し、玄関先に目をやる。皆もつられて振り返るとそこには消えたと思っていたシルバーシェイドが佇んでいた。

 




白い道着で良いのが見つからず、あの組織の服を使ってしまいました(´Д`)


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57.元奴隷商

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


「シルバーシェイド……。一体どこに行っていたんだ?後ろの人は?」

 

シルバーシェイドは後ろにターバンを深く巻いて顔が見えないシェク人を従えている。

 

ハイブ人は情に依存しない行動を取ることが多い。今回もルイ達に見切りをつけて早々に撤退したのだと思っていた。そのためシルバーシェイドが戻ってくるなんて想定しておらずルイは面食らった。そんな気も知らないでシルバーシェイドは喋りだした。

 

「やぁ、久しぶり。このまま何もしないわけにはいかないからさ、ちょっと助っ人を連れてきたんだ」

 

「助っ人って後ろの人か?」

 

後ろのシェク人はヒックスぐらい背が高く、背には禍々しいオーラを放つ大きな板剣を背負っており、ルイは嫌な気配を感じていた。

 

「ふん。人が足りないって言うから来てやったが一人でおいおい泣いていたわけではないんだな」

 

ターバンを巻いたシェク人が発した声でルイは咄嗟にデザートサーベルを構えた。聞き覚えのある他人を見下したような声の主…

 

「まさか……ガルベスか!?」

 

人攫いに近い方法でルイとトゥーラを奴隷にしようとした奴隷商専属の傭兵だった男だ。ウェイステーションにて決着がつき、2度と会うことはないと思っていたが、この男が来たことでルイは想定される最悪なパターンをイメージした。シルバーシェイドがガルベスに雇われて再びルイを捕らえに来たのではないかと。

彼等からして見ればルイ達が弱体化している今がリベンジするチャンスなのだ。利己的に動く傾向があるハイブ人が戻ってきたのも合点がいく。

 

「ははは!第二回戦でもやるか?メガクラブを倒したというお前の腕前がどれほど上がったか見てみるのも悪くない」

 

ガルベスはいつでも戦闘OKのようで喜々としている。だが、シルバーシェイドの反応は少し違った。

 

「ガルベスさん、勘違いされるからそういうのやめときましょう。あんたはもう奴隷商を抜けてきたんでしょう」

 

「お、おう。いや、しかしあいつがサーベルを抜くから……」

 

怒られたガルベスは珍しくも口ごもるが、シルバーシェイドは気にせず続ける。

 

「戦力がいると思って傭兵のガルベスさんを連れてきたんだ。さっき言った通りもう奴隷商じゃないから大丈夫だよ」

 

ガルベスは腕組みしてふんぞり返っているがルイは警戒を解くことはしなかった。

 

「んなわけねーだろ!これからポートサウスに殴り込みに行くって時に元奴隷商を信用しろってのか?」

 

ルイの現状ではもうかつての敵を受け入れる心の余裕などない。しかしそんな心境を他所にガルベスは勝手に話を進めだす。

 

「なに!お前これだけの人数でポートサウスと戦争しようとしてたのか?相変わらずの肝っ玉だな!まぁ俺らが来たから何とかなるだろうがな!」

 

ルイは仲間気取りのガルベスを睨み付ける。

 

「ガルベス!あんたもなんで奴隷商をやめてんだよ?しかも遥々ここの支援に来る動機なんてないはずだ!」

 

ガルベスはルイに噛みつかれて言い返すと思いきや、指摘されたことに対して妙にしんみりしている。

 

「い、いや…。ウェイステーションでの戦いの後、考え直してお前たちを探していたんだ……俺はメガクラブを倒したお前の剛胆さに惚れ……」

「探していたってやっぱり捕らえるつもりじゃねーか!そもそもお前はアイゴアの元部下だろう!」

 

かぶせるように発言したこの言葉で一気にその場の空気が変わっていくのを逆上しているルイですら気がついた。そして考えなしに禁句を口走ってしまったことを後悔する。

 

チャドのこれまでの全て包み込む森林のような静かな気配が、溶岩が吹き出す火口の側にいるかのような重苦しい物へと変わったからだ。

まるで今までくつろいでいた虎が獲物を狙い始めたかのように。

 

「……貴様はアイゴアの部下だったのか?」

 

低い声で問いただすチャドの佇まいは背の高いガルベスの前に立ちはだかっても威圧されることなく殺気を放っており、ガルベスの方も瞬時に臨戦態勢に入る。

 

「お前は誰だ?丸腰で俺とやろうってのか?」

 

ガルベスは気負うことなく詰め寄る。ルイはガルベスが短気であることを知っているためチャドに襲いかからないよう急いで間に入るが、チャドも手でルイを押し退けガルベスに反応する。

 

「私は元ノーファクションのチャドと言う。そしてルイはノーファクションのボス、"ローグ・アイゼン"の一人娘だ。アイゴアの元部下が協力したいと言うのならばそれをまず証明する必要があるぞ。シェク人よ」

 

ピシリ

 

空気が乾き何か木片が裂けたような音が響きわたる。

 

「え……?」

 

ルイが初めて自分の父親の名前を知って驚いているのを他所に、殺気が辺りに充満しガルベスはゆっくりと低い声で喋りだした。

 

「証明ね……。ノーファクションの残党が手助けされる側にしちゃあイヤに上から目線だが、いい方法がある。俺がこの場にいる全員を地面にのした上で、奴隷商に引っ立てなかったら裏がないって事になるよな?まぁそん時は怪我人や死人が出ても仕方ねぇことになるが」

 

「それをやる度胸があるのなら仮で認めてやってもいいだろう。貴様は負けた後、命令に従ってもらう」

 

「上等だ。誰からやる?まとめてでもいいぜ」

 

「無論、私が相手しよう。板剣持ちなら広いところが希望か?」

 

チャドも一向に引く気配はなく最早この2人を止められる者はいなかった。

 

ルイはガルベスの実力を大方把握している。板剣という重武器の特性上、手加減も効かない得物のため、チャドが殺されてしまうかもしれない。

何とかして中止させたいが2人の覇気に気負わされ口を挟めないでいた。

 

(まずいぞ……。チャドさんはガルベスの腕前や噂を聞いていないのか?格好からして武術家なんだろうけどさすがに武器なしでやったら板剣の間合いに入った時点で真っ二つだろ!)

 

焦るルイを他所にチャドとガルベスは距離を置いて開始前のウォーミングアップを始めている。

 

「合図やってやるよー。2人とも準備出来たら言いなー」

 

ヘッドショットは能天気な声で開始役を名乗り出て、全く止めようとする素振りさえ見せない。そうこうしている内に2人は視線で準備完了をヘッドショットに伝えてしまう。

 

チャド対ガルベス

 

意図しない形で過去の因縁を背負った2人による決闘が開始されようとしていた。

 

その場にいる他の者達が固唾を飲んで見守る中、2人の間にヒュウーと風が駆け抜ける。その瞬間、ヘッドショットが気の抜けた声でかけ声を発する。

 

「はい、始めー」

 

チャドとガルベスは声と同時に向かい合う。

お互いが間合いを探っているのだろうかルイには判断がつかず、この膠着状態をただ見守るだけだ。

 

その後ガルベスは自分の間合いに相手を入れるため、少しづつ擦り足でチャドに近づく。が…

 

「てめぇ、なめてるのか?」

 

ガルベスは思わず悪態をついた。

 

当然だろう。チャドは何も構えることなく、両手を下げガルベスに向いたまま佇んでいるだけなのだ。通常の剣士や武術家が見れば、隙だらけであり、攻撃モーションも時間がかかる悪手にしか見えない。

しかしガルベスは知っていた。

 

(これは、無の構え……って奴か)

 

達人がこの構えをする時。それは相手の攻撃をいつでも対処出来ると踏んでいる時。

つまりチャドがガルベスを格下と認識しているということ。

それだけならガルベスも単純に挑発にのって怒りに任せて攻撃してみれば良いだけなのだが、無の構えの恐さはその先にあった。

 腕のある者は構えを見ただけでこれまでの経験を元にある程度、相手の特徴を把握することが出来る。しかし今回の場合、板剣の斬撃を掻い潜りカウンター攻撃に入るつもりなのか、スピードに自身があり板剣より先に何らかの攻撃を繰り出すつもりなのか。そもそも利き腕はどちらなのか。無の構えはその名の通り得られる情報がなく、攻撃パターンが全く読めないのだ。チャドがどのような技で仕掛けてくるのか検討もつかないことで、ガルベスは攻撃を躊躇していたのだ。まさに達人同士の決闘ならではの間であった。

かと言って、ガルベスがこのまま様子見を続けるような性格ではない。

 

(糞爺……俺のスピードについてこれると言うのか……。いいだろう!お前は既に俺の板剣の間合いの範囲内にいる。そのまま無表情で気づいた時には真っ二つになってんだよ!)

 

ガルベスは自慢の筋力を全開にして、逃げ場のない横の凪ぎ払いを繰り出した。

一面に突風のような剣圧が吹き荒れルイ達は思わず目を覆う。

 

(どうなった!?)

 

ルイが目を細めながら確認すると、視界にはガルベスしか見えない。

そしてそのガルベスは……宙を見上げていた。

その視線の先にチャドがいたのだ。

 

チャドは凄まじい脚力でジャンプをして、瞬間的に板剣をかわし、そのままガルベスめがけて蹴りを繰り出す。

 

「ぶお!?」

 

綺麗に顔面に蹴りを貰ったガルベスはそのままよろめきながら後方に倒れこむ。そこにチャドが跨がってガルベスの顔面に正拳突きを繰り出した。

 

ほんの一瞬の出来事であった。

 

「はい勝負あり~おしまい」

 

ヘッドショットは呑気に試合を止めたが、周りの者は呆気にとられたままであった。

特にガルベスは目の前で止められた拳を見て冷や汗を流している。

 

「ま、参った……。あんた何者なんだ……?」

 

「言ったろう。ノーファクションの残党だ」

 

そう言うとチャドは拳を引っ込めて手の平を差し出し、ガルベスを引き上げた。

 

「アイゴアの幹部がノーファクションに不意打ちをした理由が分かったぜ……」

 

切れた口を拭いながらガルベスは先ほどまで悪態をついていたチャドを賞賛した。

 

「貴様の年齢では20年前の真相など知らんだろうから不問にしてやる。それより奴隷商から足を洗ったと言うならこれから作戦を聞いてもらうぞ」

 

「……分かった」

 

ガルベスのチャドを見る眼差しは既に尊敬の念に変わっている。シェク人は本当に力こそ正義のようだ。

一方で、一連の流れを見てルイも開いた口がふさがらなかった。あの圧倒的な火力を誇ったガルベスをねじ伏せたのだ。

シルバーシェイドも無表情ながら固まっている。それほどチャドの実力は達人の域まで練り上げられ他を凌駕していたのだ。

 

「さて、交流会も済んだことだし、早速だが私の作戦を聞いて欲しい。集まってくれ」

 

そんな男が改まって声を発すると、皆も黙って集まりだして耳を傾けていた。




次回から本エピソード最後となる
「ポートサウスの戦い」というシーンに入ります('ω')


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58.ポートサウスの戦い(対峙)

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス


数日後

 

 ルイは数人の剣士を伴って拠点を出発した。

トゥーラ達を取り戻すため、目指すは北に位置するポートサウスだ。

全財産を使って契約した傭兵は6人。それに加え数を水増しするために安い値段で酒場にいるゴロツキ2人にも声をかけた。

 トゥーラがポートサウスに囚われてまさに1ヶ月が過ぎようとしていたが、それまでの間、ルイは心が安らぐことが一度もなかった。数日前にガルベスが売人のふりをしてポートサウスを調査し、トゥーラの状況を確認していたが、『無事だが憔悴している』という情報から、常に罪悪感、孤独感、喪失感が入り乱れるようにつきまとい不安で仕方がなかった。それほどルイにとってトゥーラは精神的支柱になっていたのだ。

 動くまでに大分時間がかかってしまったがトゥーラ救出の現実的で可能性のある作戦を聞き、今は落ち着いた気持ちでポートサウスに向かうことができている。「ガルベスが来たことでピースが完成した」と言っていたチャドはノーファクションにおいて作戦立案など組織の参謀として活動していたようで、実力もさることながらその手腕は充分信頼に値していたのだ。

 ウィンワンも死んだ今、ルイ達を騙したヒックス(キンブレル)に会ったら感情的に動いてしまわないかチャドから心配されたが、心の整理もついていた。アウロラの手紙だけはタイミングがあれば渡したいと思い、持ってきてはいたが、今はトゥーラを取り戻すため、示し合わせた通りに動くことだけを考える。

 自分達の役割は一団を率いて南門で抗争を起こし深入りはしない。既にポートサウスに潜入しているヘッドショット達がトゥーラを解放するまで、自分達はとにかくキンブレルを南門に釘付ける役目に徹するのだ。

 

 そしてついにポートサウスの南門が目前に見えてくる。

 戦いが始まったらもう後戻りは出来ない。

奪還に成功しても失敗しても今後は英雄から一転して懸賞首として生きていかなければならないだろう。ルイについてきてくれた者達も同様だ。しかし、例えこの先いばらの道が待っていようと仲間は見捨てない。トゥーラを助け出し仲間と共に乗り越えていくのだ。

ルイは確固たる決意の元、前を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

「来たな。20名ついてこい。ただし、私が指示するまで絶対に手をだすなよ」

 

キンブレルは双眼鏡でルイ達一団を目視するとポートサウスに警戒体制を発令する。

 

(想定通りの面子だ。ルイ、シルバーシェイド、シャイニング、シャリーの4人の残党とその他傭兵の格好をした者。残った財産にしては数が多いが…レートが低いゴロツキでも雇い足したな。その中の板剣を背負ったでかいシェク人は数日前に奴隷バイヤーとしてここに偵察に来ていたのを俺は覚えている。その時にトゥーラのいた奴隷小屋の位置も確認していったのだろう。南門を抜く戦力があるとは思えないが……)

 

10数人の兵力などポートサウスにとってはさほど脅威ではなく、ましてや残っていた者にはシルバーシェイドぐらいしか猛者はいない。

しかし、財産を投げ売り、強大なポートサウスに敢えて立ち向かい、そして戦えば都市連合から懸賞金をかけられることを承知の上でトゥーラ奪還に来ている。となるとルイ達は不退転の覚悟だろう。

『窮鼠猫を噛む』

そういう後がない者達は時に計り知れない力を発揮する場合があることをキンブレルは知っていた。

 

「よし、こちらも相手が到着するまでに一応準備をしておけ。ただし可能なら彼らはポートサウスに奴隷商として迎え入れる。粗相のないような体制にしろ」

 

「はい、承知しました」

 

指示を出した後、キンブレルは深いため息をついた。彼には気がかりな事案が発生していたのだ。

 

「トゥーラはまだ見つからないのか?」

 

部下に問いかけるが返事はNOだ。

ルイ達を抑えるためにポートサウスに捕らえておいたトゥーラが昨日から行方不明となっていたのだ。そして問い質す先のカマルクも今は不在であった。

 

(これだけ探して見つからないとなると既にポートサウスにいないか…またはカマルク邸に移動されたかだな。出入りは俺の部下が厳しく監視しているからやはり後者だろうが……。カマルクめ、殺すなとは言っておいたが、大事な人質を隠して道楽で使うなど、分別のつかぬ男はやはり殺しておくべきだった)

 

「694番を呼べ」

 

キンブレルは拳を握りしめて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 後刻、ついにルイとキンブレルは南門外にて対峙した。そして自然と一団の中から2人が前に歩み寄っていき会話が始まる。

 

「ウィンワン爺さんは死んだぞ」

 

ルイの第一声だった。裏切ったことでもない。トゥーラを捕らえたことでもない。何より仲間だった者を死に追いやったことを自覚しているのかルイは確かめたかったのだ。

 

「そうか。その様子じゃ大方把握しているようだが、こちらも幹部が一人死んだんだ。お互い今までのことは水に流してお前は俺達の仲間にならないか?役職を用意する。俺と組んで革命を起こそう」

 

キンブレル(ヒックス)は過去の事など気にする素振りも見せずに素っ気ない態度でルイを勧誘する。

それが余計にルイを苛立たせた。

 

「何を言ってやがる……仲良くしたかったならなんで騙したんだ?最初からこうするために俺達に近づいたのか!?」

 

「いや違う。ポートサウスの革命に694番の暗殺能力が必須だったからそちらを優先したまでだ。俺はお前の力も必要としている。今こうして真摯に語りかけているのがその証拠だ」

 

「……お前の優先なんて知るかよ!先にしかけて迷惑かけてる以上まずは"騙してご免なさい"だろうが!人間としてお前は最低な野郎だ!アウロラさんには遠く及ばねぇ!」

 

ルイも和解出来るならしたかった。間違ってこのような成り行きになってしまいそれを懺悔する気持ちがあるのならば、応じたいと思っていた。

しかし、キンブレル(ヒックス)にはその気配は微塵も感じられなかったのだ。

そしてアウロラのキンブレル宛の手紙を出来たら渡したいという気持ちから無意識にアウロラの名前を出してしまったが、これにキンブレルは意外にも過剰な反応を見せる。

 

「お…お前は…そうか。ハウラーメイズでアウロラと知り合ったのか。……彼女の最期を見たのか?」

 

「ああ……!立ち会ったさ!んなことよりトゥーラは無事なんだろうな!ナパーロは!?」

 

「トゥーラは…問題ない。しかしお前達がナパーロと呼んでいる少年の方は自らの意思でここにいる。もうここから出ていくことはないだろう」

 

「……!どんな暗示かけたか知らねーが、じゃあとにかくトゥーラを渡せ!話はそれからだ!」

 

「いいだろう。ここでしばし待っていろ」

 

そう言うとキンブレルは奴隷商の兵士を残してポートサウス内に戻っていった。

 

戦闘を想定していたルイにとって争わずに済む展開は好ましい状況だった。

また、客として潜入しているヘッドショットがトゥーラを助け出すための時間稼ぎにもなっていた。

 

 

 

一方、ポートサウスに戻ったキンブレルはさらに兵士を集めカマルク邸に向かっていた。やはりルイを納得させるにはトゥーラが必要と判断し、カマルクからトゥーラを奪う必要があったのだ。

 

(想定した通り奴隷小屋にルイの雇われと思われる2人組が客に扮して来ていると報告があった。トゥーラがいないと分かればルイも連動して攻撃を開始するかもしれない。何かしらの合図を出される前にこの2人も確保しておく必要があるな。そしてカマルク邸はもはや多少強引でも捜索する…)

 

そんな状況でカマルク邸に向かうキンブレルであったが反対側の北門のほうが何やら騒がしいことに気がつく。

閉鎖している門には兵士が詰め寄り、防壁からはクロスボウ砲台による射撃を行っているのだ。

 

「野生動物でも襲来したか……?おい、様子を見てこい」

 

キンブレルは部下に確認を命じそのままカマルク邸に押し寄せるが、もたらされた意外な報告に驚く。

 

「何?英雄リーグ連合が北門に攻め寄せてきているだと?」

 

「はい、その数およそ20名とのこと!」

 

「……」

 

(恐らくルイの拠点でカマルクが英雄リーグ連合の残党を奴隷化したことの報復だろう。となればカマルクがやったことだ。自分のケツは自分でふかせる。しかしこの悪いタイミングに当たるとは……)

 

カマルク邸に到着したキンブレルは目的を変え大声で指示を出す。

 

「カマルク!中にいるのだろう?北門に英雄リーグ連合が来た!お前達の客だ!対応しろ!」

 

キンブレルの呼び掛けに応じて不在と思われたカマルクはダルそうにノソノソと姿を現し、一団を連れて北門へ向かっていく。

 

(クズめ…やはり居留守だったか……しかし奴の軍勢ならば英雄リーグ連合は対処できるだろう)

 

送り出したキンブレルはポートサウスに対して、ルイ一向と英雄リーグ連合が同時に到来していることに、気持ち悪さを感じていた。

 

 

 

ポートサウスの状況

 

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59.ポートサウスの戦い(潜入)

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス


南門にルイ一向、北門に英雄リーグ連合を迎え、ポートサウス全体が騒がしくなりつつある頃

 

奴隷小屋で奴隷の物色をするふりをしていたヘッドショットとレイは予定の檻にトゥーラがいない事と予想以上に奴隷商の監視が厳しいことで動けずにいた。

 

(ガルベスって野郎が事前偵察時に見かけたってのは本当にこの小屋だったんだろうね?しかし、アタシ達は大分警戒されてて下手な行動が取れないよ。まるで計画がバレているようだ)

 

「……」

 

ヘッドショットはレイと顔を見合せる。

数人の奴隷商が小屋内に待機して客の動きに目を光らせており、会話すらままならないのだ。

 しかし、ルイと約束した時間が刻一刻と過ぎようとしている。ヘッドショットはトゥーラを確保した際に信号煙を上げる手筈であり、そのタイミングでルイは南門の攻勢を一時的に強めることでヘッドショット達の脱出機会を作る予定だった。そして煙が上がらない場合でも時間が来たらルイの攻撃は実行される計画であった。

 ルイ達の攻撃が開始された場合、相対する奴隷商部隊の規模から考えると長く戦闘を維持出来ない可能性がある。

 戦闘中に目を盗んで奪還するには少なくとも今は最低限トゥーラの存在を確認しておく必要があるのだ。そんな焦りの中、北門の騒動がヘッドショット達の耳にも入ってくる。

 

(北門で戦闘が起きている?ルイ達ではないはずだが……)

 

当然、ヘッドショットにとっても英雄リーグ連合の北門襲撃は想定外だ。小屋の中からチラリと北門の方角を見ても小競り合いが発生しているのが分かる。

 どこぞの部隊が襲撃しに来たか、他組織とトラブったのか不明だがある意味この状況はチャンスでもあった。トゥーラ奪還作戦にこの騒動も利用することが出来そうだからだ。

 しかし同時に作戦に混乱を来す可能性もある。それはルイの暴走だ。

ルイの視点からだと北門が見えない。この騒ぎに感づいたルイが、ヘッドショット達が失敗したことの騒動だと誤認した場合、ヘッドショットを助けるために南門攻撃を急いでしまうかもしれないのだ。

 

(幸い南門はまだ戦闘が始まる気配がない。今はやはりルイとコンタクトを取り戦闘を引き延ばすことが先決だ)

 

ヘッドショットは奴隷小屋を出ようとした。

が、周りにいる奴隷商がそれを妨げる。

 

「現在、不明の集団が外部から攻撃をしかけてきています。お客様方は安全のためこの小屋にて待機してください」

 

ヘッドショットは軽く怖がる演技をしてから考える。

 

(なるほど、そう来るか。やはりアタシ達は身バレしていて、ここに釘付けにしたいようだね。だったら話が早いよ。アタシ達もあんたらの注意を引く係に回らせてもらうとするかね)

 

「レイ、パターンBだ。チャドに任せる」

 

「……」

 

レイはコクリとうなずいた。

 

 

 

 

 

パターンB

 

当初の計画ではルイの本体部隊が陽動となり、その隙にヘッドショット達が奴隷バイヤーとして潜入しトゥーラを奪還する作戦だった。

 ただこの作戦もポートサウスの三羽ガラスに読まれ、手を打たれている可能性は充分にあった。実際にルイの到来の前に入ったヘッドショット達でさえほぼグレーとして怪しまれ監視されている。

 

であればさらに前からポートサウスに潜入している者はどうか。

 

 チャドとその弟子ジュードは5日前から放浪者としてBARの2階宿泊所で寝泊まりをして様子を伺っていた。当然怪しまれないためにほとんど何も行動に移してはいない。武器を持たない武術家であったことも幸いし、この2人は現在ノーマークとなっていた。

 ヘッドショット達も陽動に回り、バックアップのチャド達がトゥーラを救出する作戦がパターンBであった。

 

 

 

 

 

 

「Bになるな。我々がやる」

 

チャドは寝起きを装うために、だらしなく背中をかきながらボソッとつぶやいた。対してジュードは外の喧騒を聞いてソワソワしながら聞き返す。

 

「え、俺らですか?ヘッドショットさんの結果が分かっていませんが……」

 

「ジュード、まずは落ち着け。もし小屋に対象がいたならヘッドショットとレイは小屋内の敵を掃除してでも行動に移し信号煙を上げているはずだ。それをやらないということは小屋におらず、何らか連絡を取れない状況になっているのだろう」

 

「な、なるほど」

 

さらにチャドの位置からは英雄リーグ連合が北門に来ていることも把握出来ていた。

 

「奴隷小屋にいないとすると……旧ノーブルハウスの現在キンブレル邸かカマルク邸のどちらかにいる可能性が高い。英雄リーグ連合の襲撃中にキンブレル邸に入るぞ」

 

「は、はい!」

 

チャドは北門から遠く、またトゥーラと関係がある事からキンブレル邸を選択した。これによりカマルク邸に向かったキンブレル本体との鉢合わせは回避されたことになるが、それが吉とでるか凶とでるかはまだ誰にも読めない状況であった。

 

【挿絵表示】

 

ドサッ…

 

「何だどうしーー……ぐぇ…!」

 

仲間が倒れこむ音に気づいて振り返った男に素早い手刀が振り下ろされる。

 手薄になったキンブレル邸を制圧するのはチャドにとっては容易いことであった。鍛え抜かれた隠密、暗殺、武術のスキルを狭い屋内で存分に使い次々と留守居の兵士を音もなく葬っていくのだ。後ろからやっとの思いでついてきているジュードも目をキラキラさせながらその様子を見ている。

しかし、その過程でチャドは悟った。

 

「こちらではなかったようだな」

 

 ため息をつきながら静まり返ったキンブレル邸を見回すが、トゥーラらしき女性はおらずキンブレル自身もいない。

 チャドは室内戦であわよくばキンブレルを仕留めておきたいと思っていた。ルイから聞いた情報と三羽ガラスとしての手腕から、キンブレルが相当の手練だと認識しており、トゥーラ奪還後も生かしておいたら追手として脅威になると踏んだからだ。

 

(キンブレル、どこにいる……?ルイのところか、または北門を対処しているのか?)

 

ポートサウスの戦況を把握するため、2階の窓から外を覗きこむがチャドはここで違和感を覚える。

 

「……ありえん。どういうことだ」

 

 戦場となっている北門はキンブレル邸から距離があり、目視は出来ないが、ポートサウス内を走り回る奴隷商の動きや慌てぶり、歓声などから伝わる僅かな揺らぎを感じ取る。それは戦争経験を重ねたベテランにしか分からない僅かな気づきだが、北門の奴隷商部隊が英雄リーグ連合を相手にして劣勢のようなのだ。

 

(たかがチンピラを相手に全盛のポートサウスが負けているだと?)

 

 見る限り英雄リーグ連合の盟主ロード・ミラージュ本人も襲来している気配もあるが、ミラージュがいたからと言って英雄リーグ連合が劇的に強くなるとは思えない。数も奴隷商のほうが多いのに北門を抜かれそうなほど押されているのだ。

 

(英雄リーグ連合の質が上がったのか……?そもそもこの襲撃がルイの到来と被ったのは偶然なのか?ロード・ミラージュはルイの到来を把握して攻撃を仕掛けるほど頭の良い奴ではない。とすると……)

 

チャドはあるゆる推測をしたがどれも確証には至らなかった。だが、この状況を利用しない手はない。

 

「この調子だとキンブレルも北門に援軍に行くかもしれん。我々はその間にカマルク邸に行きトゥーラを探す。そこにいなければ売られてしまった可能性が出てくるし、ルイの攻撃も開始されるだろうから最後のトライだ」

 

もはやカマルク邸しかあてがない状況になってきたが、予想通り北門に向かうキンブレルの1団は確認できたため、この隙にチャド達はカマルク邸の正面玄関に一直線で向かった。しかしその先を見ると何やら騒動が起きているのが分かる。

多数のキンブレル兵がカマルク邸を囲み玄関で揉めているのだ。

 

(キンブレルの兵士とカマルクの兵士が戦っているだと?何が起きている……)

 

キンブレル兵はそのまま数に任せてカマルク邸に押し入っていく。

 

「む……!便乗して入るぞ」

 

「ええ?めっちゃ兵士がいますよ!?やめたほうがいいのでは……!」

 

「かまわん!中は混乱しているはずだ」

 

ジュードの制止も聞かずにチャドはカマルク邸に突入した。

 

 チャドは瞬間的にある仮説をたてていた。三羽ガラスはポートサウスを協力して乗っ取ったが、カマルクの性格は野心家かつ姑息な性格と聞き及んでいた。今はキンブレルに付き従ってさえいるが、あわよくばキンブレルを失脚させ自分がトップになりたいと思っていても不思議ではない。そのためルイが来たことが引き金となり、このタイミングで何らか造反する動きを見せたカマルクとキンブレルの間でいざこざが起きているのではないかと。そしてそのキーとなっているのがトゥーラなのだと。

 

「恐らくトゥーラはここにいる」

 

根拠のない勘であったが確信めいたチャドの言葉にジュードも背筋を引き締める。このような状況でこれまでチャドは予想を外したことがなかったのだ。

 チャド達はそのまま衛兵もいないカマルク邸に正面から突っ込んだ。キンブレル兵とカマルク兵は中で戦闘を開始しており、その合間を縫うようにチャドは奥へと進んでいく。

 

「2階が騒動の渦のようだ。ジュードは階段で待機し、向かってくる者だけ倒せ。俺は2階を見てくる」

 

「分かりました!」

 

チャドはそのまま階段を静かにかけ上がると壁に張り付き聞き耳をたてる。

 

「くそ!こいつ一体何なんだ!?」

 

「狭くて一気にかかれない!」

 

「カマルクの手下にこんな奴いたか?」

 

覗いてみると、やはりキンブレルの手下とカマルクの手下がやりあっているようだ。

そしてその後ろの方に牢屋の格子が見える。

 

(ここか……!確定だ!やはり三羽ガラスの間でも何らかの政争が起きている。トゥーラを取ることでルイの矛先をコントロールしようとしているのか?)

 

そのままチャドはソロリと近づくと背中を向けるキンブレル兵達を音もたてずに気絶させていく。

最後のキンブレル兵が倒れると、布マスクをかぶった一人の男が姿を現した。両手に逆手で短刀を持っており奴隷商らしからぬ雰囲気をまとっている。ただならぬ気配にチャドは思わず問いかけた。

 

「お主はカマルク兵か?これだけのキンブレル兵を主一人でやったのか?」

 

布マスク男の足元にはキンブレル兵の死体が複数転がっておりその後ろの牢屋には女性がいるのが分かる。

 

「そういうお前はキンブレル兵ではないようだが……お前もこの女が目当てか?」

 

ドスの効いた声で布マスク男が指した牢屋の女性は明らかにトゥーラだ。服装も違い、髪は乱れ精気を失ってうなだれているが特徴から推察出来る。ついに見つけたのだ。

 しかし迂闊に近づけないオーラを布マスク男は醸し出している。そしてチャドはこの男の姿に既視感を覚えていた。

 

(私は一度このような男と戦った事がある……。この服装は奴隷商ではない)

 

もはや布マスクの男がトゥーラを確保していることは間違いない。この男を倒さなければ救出は不可能だ。

 

「参る」

 

布マスクの男も無言で短刀を構えるが、武術家のチャドにとっては相性が悪い上に勝負を急ぐ局面であり苦戦が予想された。

 



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60.ポートサウスの戦い(激突)

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス


「カマルク!英雄リーグ連合ごときに何をてこずっている!さっさと蹴散らすぞ!」

 

キンブレルは長引いている北門の戦場に駆けつけた。まだ戦闘に至っていないルイ側の南門より先に北門を片付けてしまおうという魂胆だ。

 

「いや……こいつらの中に手練れが混じっている!マスクをつけたやつらだ!」

 

狼狽えながらもカマルクは部下に指示を出しながら応える。

 確かに注意深く戦闘状況を見ると英雄リーグ連合の中に布マスクをつけた動きの早い奴等が混ざっており、奴隷商部隊を圧倒している。

 

(こいつらどこかで見たことが……)

 

しばらくじっと見ていたキンブレルは血相を変えて叫ぶ。

 

「戦闘奴隷を使う!全員解放してこい!出し惜しみするな!」

 

戦闘奴隷とは名前の通り戦闘に特化した奴隷だ。キンブレルの投資により開発された部隊であり、今やポートサウスが誇る主力戦力となっていた。

この部隊を使うということはポートサウス側も本気を出したことを意味する。

 続々と様々な武器を持った奴隷が招集され皆、無表情ではあるがただならぬ気配は感じられる。

 

「よし、点呼が終わり次第、小隊ごとで北門に向かい英雄リーグ連合を殲滅しろ!」

 

ザッザッザッザ

 

足並みも乱れず行進する様は異様な空気を醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

場所は変わって南門の郊外

 

ルイ達はヘッドショットの合図またはキンブレルを待ち続けていた。時間が来ても信号煙が上がる気配がない中、ポートサウス内が騒がしくなっていくのが分かり鼓動が高鳴る。

 

(まさか、ヘッドショット達を捕らえるための時間稼ぎをされているのか!?ヒックス(キンブレル)ならばやりかねない!)

 

ルイは後ろを振り向いた。

ガルベスはやる気満々で鼻息も荒いが、シャイニングやシャリーは武器を持ってさえいるが緊張の表情が見てとれる。

 

「お前達は傭兵の後ろからついてくるだけでいい!戦わなくていいからな!」

 

「うッス!」「はい!」

 

傭兵達も…準備OKのようだ。

後は自分の決断だけ。

最早ここまで来て後には引けない。ルイは自分を奮い立たせるためにも精一杯の声で叫ぶ。

 

「いくぞ……!かかれぇ!!」「おお!!」

 

ついにルイ部隊はポートサウスに対して攻撃を開始した。

ルイの掛け声と共に1年前恐怖の対象だったあのガルベスがルイ部隊の先頭を切って突撃していく。シルバーシェイドも続いて傭兵、酒場のゴロツキを従え後に続いた。

 

 対する奴隷商部隊は完全に面食らった形になった。まさかキンブレルが戻る前に人数が多い奴隷商を相手にルイが攻撃を開始するとは思っていなかったからだ。大きなガタイと長い板剣を肩に載せ鬼気迫る表情で向かってくるガルベスに対して、進んで剣を交えようとする者はいなかった。

先制を禁じられていたこともあり及び腰になった奴隷商一団にガルベスは容赦なく板剣の横凪ぎをぶちこむ。

先頭にいた奴隷商の2、3人が吹き飛ばされるのを見てルイは改めてガルベスの脅威を実感すると同時に味方でいるうちの頼もしさを感じた。

この一撃で奴隷商側は戦意を失い自ら向かってくる者はいなくなる。

そしてガルベスが暴れている横をシルバーシェイドを始めとした傭兵団が人数比を物ともせず蹴散らしていく。この想定以上の攻撃力に奴隷商部隊はキンブレル不在も相まって抵抗らしい抵抗も出来なく瓦解していく。

 

「ルイ!奴ら早くも撤退し始めた!門を閉められたら厄介だからこのまま一緒になだれ込むよ!」

 

シルバーシェイドがルイに声をかけたが、ガルベスはもう既に門をくぐり敷地内に入り込もうとしていた。

 

「え、中に入るの!?」

 

 正直なところルイは部隊の指揮なんぞよく分かっていなかった。当然、敷地内に突入出来るなんて思ってもいなかったので、後はベテランの判断に任せるしかなかった。

後に続いて入ってみるものの、次に何をすべきかすぐに答えがでない。

 

(敷地内のMAPは一応頭に入れてきたけど、いざ初めての場所に来るとよく分からん……!あのでかい建物がBARだから……奴隷小屋はここか!)

 

建物が乱立しており、最早先頭のガルベスがどこで戦っているのかさえ分からなくなってきていたがルイは取り敢えず奴隷小屋を目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「好機!」

 

傭兵達がなだれ込む様子を見ていたヘッドショット達も行動に移した。ヘッドショットがアイコンタクトを送るとレイは背中に背負った真っ直ぐで細長い剣「鮪斬り」を取り出し奴隷小屋を勢いよく飛び出していく。

 

「あ、待て!動くな!」

 

奴隷商達も連られて追いかけるとレイは外にでたところで止まり待ち構えていた。

 

シャシャシャ!

 

そして鮪を卸すが如く出てくる奴隷商を順番に捌いていく。

ボトボトと奴隷商の首が落ちていき辺りは一瞬で血の海と化す。

 

「相変わらず奴隷商に対してはエグいことするねぇ~……」

 

ヘッドショットは地面に転がった奴隷商の残骸を見て血溜まりを避けながら小屋を出てくる。

 

「……」

 

レイはこんな時でも喋らない。いや、喋れないのだ。元奴隷だったこのハイブ人は過去に短気な主人に舌を切られてしまい会話が出来なくなっていた。元々ハイブソルジャーという比較的戦闘に向いた種族であったため、ノーファクションで腕を磨いてきた現在、奴隷商を相手にした際の彼を止められる者はいなかった。

 反面、自立した思考に欠けるところがあったため、生活面ではヘッドショットと一緒に行動することで生き長らえてきた。その甲斐あって、彼女との意思疏通はバッチリだった。

 

クイッと首を動作するだけでヘッドショットは理解する。

 

「どうした?おお!あれはルイ達か!このまま加勢するよ!」

 

 

 そしてルイは嵐のような勢いで奴隷商を切り刻みながら向かってくるレイ達を確認した。ヘッドショットもボウガンを使って奴隷商を的確に射抜いている。

 

(すげぇ。あれは…ヘッドショットさん達か!この人達一人一人が異次元の強さだ!でもトゥーラがいない?)

 

奴隷小屋にはいなかったということなのだろうか。となればルイとしてはキンブレルが他所に移したと捉えるのが自然の流れだ。

 

(ヒックス……!トゥーラを連れてくると言ったくせにどこへ行ったんだ!?やはり時間稼ぎの嘘だったのか!)

 

ルイはキンブレルを一瞬疑ったがそうなると辻褄が合わないこともなる。ヘッドショット達と合流できた今、他に時間稼ぎをする理由が見当たらないのだ。

 

「ルイ!トゥーラは奴隷小屋にはいなかった!となると後は2ヶ所あるノーブルハウスしかない!既にチャドが行っているはずだが、乗り込めた以上、まずは南門近くのキンブレル邸に行こう!」

 

ヘッドショットの提案でルイ達は突入した足でキンブレル邸を目指す。

 

「ヘッドショットさん!中で何が起きているんですか?この騒ぎは一体?」

 

「北門にアタシらとは別の集団が攻めて来ているようだ!恐らくキンブレルもそこで戦っている!」

 

「別の集団が?こんなタイミングで?」

 

「ああ!お陰でポートサウスも混乱状態さ!アタシらに向けられる奴隷商兵士が少ないのもそのせいだね!トゥーラを助け出す絶好の機会だよ!」

 

ルイには何が何だか分からなくなってきていたが、ただトゥーラを助け出すことに専念することにした。

 そして目の前にそびえ立つキンブレル邸に警戒もせず突っ込む。

 

「トゥーラ!いるか!?」

 

大声で叫ぶも虚しく反響し何の応答もない。奴隷商すら出てこないのだ。

 

「ルイ!1人で突っ込むな!うん?誰もいないのか?」

 

慌てて入ってくるヘッドショットもキンブレル邸の異変に気がつく。

 

「こっちじゃなかった!?」

 

「そのようだね。2階にチャドがやったと思われる兵士が転がっていたよ」

 

「くそ……!カマルク邸は北門の側か。早く行こう!」

 

「北門の戦闘は激化しているようだ!キンブレルも近くにいるから気を付けるよ!」

 

 

 

 

 

同刻。そのカマルク邸ではチャドとジュードがトゥーラの牢屋を必死にピッキングしていた。

 

「師範!その腕で解錠は無理です!まずは止血してください!」

 

チャドは苦戦の末に牢屋を守っていた布マスクの男を撃破していたが、腕を負傷してピッキングにもたついていたのだ。

 

「……堅牢な牢屋だがここで時間はかけていられん!」

 

ポートサウスによる戦闘奴隷の投入により北門の英雄リーグ連合は早くも制圧され始めていた。そうなると次は南門から突入してしまったルイ達だ。

 

「あ!キンブレルが南門に向かうようです!」

 

カマルク邸の窓からジュードが覗くと、最早、英雄リーグ連合はカマルクによって押し戻されており、キンブレルは部隊をまとめて南下し始めている。

 

(まずい!ルイの方へ行く……!)

 

焦るチャドの腕からは血がドクドクと滴っているが、そんな時、後ろから声が聞こえてくる。

 

「どけ。俺が錠をあけてやる」

 

バッと振り返ると視線の先にはいつの間にか深編笠をかぶった男が立っていた。

 



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61.ポートサウスの戦い(対峙2)

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャイニング、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス


 子供の頃のかすかな記憶。

 俺は母親に連れられ途方も無い距離の旅をした。料理店を開いていた故郷を追われ行く宛のない旅路だったらしい。そしてやっとの思いでたどり着いた都市でお店を再開しようと頑張っていた矢先、母は倒れ帰らぬ人となる。旅の無理がたたったのだ。それから俺は母の遺志を継ぎ立派なシェフになると心に決めた。

 

 

 

「あれ?母さん?なんでこんなところにいるんだい?」

 

シャイニングは空にうっすらと浮かびニッコリ微笑んでいる母ジュエルの姿を見つける。

 

「もしかしてフラフラガーを開店できる資金が集まったの?それなら俺も今、ルイさんのところで料理の腕を磨いていたから手伝うよ!ちょっと待ってて!」

 

シャイニングが呼び掛けるとジュエルはウンウンと頷いた。

 

 

 

 

 

「…ニング!シャイニング!しっかりしろ!助かるから絶対に諦めるな!」

 

気がつくと視界には顔中を血で赤く染めたルイの顔が入り込む。

 

「……あれ?ルイさん……。お店に来てくれたんスか?」

 

「ああ!?そうだ!お前の店を建てるんだ!お前の夢なんだろう!俺も手伝ってやるから必ず生きて帰るんだ!おいしい料理をたくさん作ってくれるんだろ!?」

 

必死な形相でルイはシャイニングの体を手で押さえつけているが、吹き出る血しぶきは止まらない。

 

(そうか……。俺はいまポートサウスにいるんだった……早く母さんの所を手伝いにいかないと……でもなんか……)

 

「寒いッス……。体が動かないし……」

 

「動こうとするな!いま止血してんだ!」

 

「でも、俺……母さんの所にいかない……と………」

 

「おい?おい!………っ!」

 

歓声が響き渡るポートサウスの中を冷たい風が吹き抜けた。

ルイは動かなくなったシャイニングの両手をお腹の上に乗せると、そっと彼のまぶたを閉じる。

 

 

 

 

「お前は料理人だろ……こんなところで頑張らなくて良かったんだよ……」

 

自分が下した決断でまた1人犠牲がでた。若く健気で、何があってもついてきてくれた母親想いの青年の夢は自分の目的のせいでここで潰えたのだ。

 チャドの作戦を聞いて誰も死なずにトゥーラを助け出すことが出来ると淡い期待をしていたが現実はそれほど甘くはなかった。

ルイにとってトゥーラもシャイニングの命も天秤にかけられるモノではなく、皆、同じく大事な仲間だった。

 

「……無理だ……俺には耐えられない……」

 

つい本音が漏れてしまう。

 

この先何人の命を犠牲にしていかなければならないのか。ルイは人の上に立つことの重圧をいま真っ向から感じていた。

 

バチン!

 

その時、急に誰かに頬をはたかれる。

 

「反省は後だよ!何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない事はあるのさ!あんたの目的に乗っかって死んでいった奴の命を無駄にしないためにも今は突き進みなさい!今やるべきことを全力でこなしなさい!」

 

ヘッドショットだった。普段は気の抜けたようなシェク人のおばさんだったが、この時ばかりは真顔でルイを叱りつけたのだ。

 

「……そうだった。俺はトゥーラを助け出さなければ……」

 

「さぁ、行くよ!」

 

ヘッドショットはそのままルイの腕をとり北門の方へ向かった。

 

 

 

そしてついにこの戦いの発端となった張本人キンブレル(ヒックス)の一団と正面から遭遇することになる。

 

「ヒックス……!!」

 

キンブレル(ヒックス)は後ろに異様な気配をまとった戦闘奴隷集団を引き連れている。

 

「結構いるね!アタシらが相手しておくからそのうちにルイはカマルク邸に行きな!」

 

ヘッドショットはボウガンに矢を装填し始めているとガルベスやシルバーシェイドもそこに合流する。

 

「あの先頭にいる奴が三羽ガラスだろ?奴を仕留めれば終いなんじゃねーか?」

 

ガルベスはキンブレルを指差して息巻いている。

 

「旦那。あいつは砂忍者の頭領を簡単に捕らえるぐらいの実力者だ。気を付けたほうがいい」

 

強者と戦える高揚感が勝りガルベスはシルバーシェイドの助言を話半分に聞いていた。

そして板剣を構えつつ一直線に突っ込んでいく。対するキンブレルもデザートサーベルを手に持つ。

 

「おらぁ!!」

 

ガルベスによるリーチの長い板剣の大振りで戦闘奴隷ごとなぎ倒しにかかったが、相手を把握せずに繰り出したこの攻撃は軽率だったことを思い知らされる。

 

「ああ!」

 

ルイ達も思わず声をあげた。

 

戦闘奴隷の1人が重武器を使ってガルベスの攻撃を受け止めたのだ。

ガルベスも自分の攻撃を受け止められたことが初だったのか驚愕の表情を浮かべている。

そして、キンブレルはこの隙を見逃さなかった。

 

ヒュン!

 

目にも止まらぬ動きでデザートサーベルを振りきるとガルベスの板剣を持った腕が宙を舞う。

 

「ぐあああああ!」

 

ガルベスは片腕を失くした激痛により悶絶する。

 

「これでその板剣は振れない」

 

そのまま坦々とガルベスの首を落とそうとかかるキンブレルに対してシルバーシェイドが無言で斬りかかる。

しかし、キンブレルはこれにデザートサーベルを捨てて腰に差している長剣で応じた。

 シルバーシェイドは今まで見せたことのない超高速の連撃を繰り出すが、キンブレルも長剣を使って全て対応仕切る。

 

「さすがは何でも屋。だが歳をとりすぎたな」

 

そう言うと今度はキンブレルが長剣を使ってシルバーシェイドに素早く攻撃を繰り出す。

 

「……!」

 

あり得ない光景だった。シルバーシェイドが高齢とは言えスピードで負けているのだ。

 

そこにレイも鮪斬りでシルバーシェイドに加勢に入る。さらにヘッドショットも矢を放つがキンブレルはそれを防ぎながらやっと一二歩後退した。

 仮面を脱いだキンブレルの剣術はまさに極限まで極められた達人の領域だったのだ。

 

「あいつは想像以上にヤバいね……ルイ!ついでにチャドがいたら呼んできておくれ!」

 

「わ、分かった!気をつけて!」

 

ルイが横から抜けようとするとキンブレルが大きな声で呼び止める。

 

「ルイ!俺はポートサウスをまとめあげる事を優先した結果騙すことになったが、今でも本当にお前を仲間にしたいと思っている!俺についてくればお前が理想としているであろう世界を見せてやることも出来る!今からでも遅くはない!降伏しろ!」

 

対してルイも引くことはない。

 

「てめぇ……!よくもヌケヌケと……!お前に恋心を抱いた者、母親の遺志を継げずに死んでいった者、お前は自分の目的の側で夢を失っていった者達を何とも思わないのか!罪悪感は感じないのか!」

 

「それが上に立つ者の宿命だ!くだらない幻想は捨てろ!大きな目的のために多少の犠牲は伴うものなのだ!お前こそ英雄として人間社会を甦らせる責務を果たすべきだろう!」

 

「……そんな見せかけの英雄は願い下げだ!」

 

「もはや綺麗事だけではこの混沌とした世界を変えることが出来ないところまで来ている!お前が嫌う奴隷制度がまさにそれだ!奴隷の労働力がなくなったらどうなると思う?秩序や法国家は崩壊し、それこそ全員が野蛮に殺しあう世界に退化してしまうんだぞ!」

 

キンブレルは熱く語り続ける。

 

「俺は必要悪であるこの奴隷制度を新しく整備し奴隷の中からも優秀な人間を育てあげる。そしていずれは生きる価値のない人間は全て淘汰するつもりだ。生産性のない平民!管理能力のない貴族もだ!そこまでしないとこのままでは人類は消え去ってしまうのだ!」

 

キンブレルの言わんとしていることは1年前のルイには理解できなかったが、旅で様々な現状を見聞きしてきた今なら何となく分かる気がした。

しかし、同時に大事な何かが欠けていると思えていた。

 

「価値があるかどうかを人の気持ちを理解できないお前が決められるのか!?いや……そもそもそんな権利なんてどこにもない!」

 

この主張は逆にキンブレルにとって理解出来ないものとなっていた。

いや、分かるはずがなかったのだ。

 

 奴隷商一家で育ったキンブレルは物心がついた頃から奴隷商としての英才教育を受けていた。なぜなら彼は奴隷の値打ちを見定める力に長けていたからだ。体つきとか容姿などの外見に加えて、目に宿る光や体からほとばしるオーラ、人間そのものの将来性や生命力を測ることが出来る能力を持っていたのだ。

 奴隷が病気などを持っていないこと、健康体であるこを把握できる彼の才能は貴重でありすぐに奴隷の管理を任された。こうして幼い頃から友達と遊ぶこともなく奴隷という大量の人間を値踏みしてきたのだ。人の気持ちを理解しようとする心を持てるはずはなかった。

 

 

「……わかった。もうよい!お前はもう少し賢い奴と思っていたがもはや用はない!694番!殺れ!」

 

キンブレルの掛け声と同時に一つの影がルイの真後ろに着地する。

そしてその影はルイの首もとに短刀をあてると静かな声で囁いた。

 

「ルイさん、最後です。仲間に武器を捨てるよう指示してください。僕ならまだ助けられるよう調整出来る」

 

ルイは前を見据えながら応える。

 

「その声は……ナパーロか!お前あれだけ親切にしてくれたトゥーラに何してくれてんだ!そんなに奴隷商の立場になれることが嬉しかったのか?お前はそんな奴じゃねーだろ!」

 

694番は一瞬面食らったが、不自然に笑い出す。

 

「…あ、あは!あははは!そっか!ルイさんは僕が多重人格障害であることをずっと気づいていなかったんですよね。僕のことを何にも分かっていない。そんな状況でよくチームの頭領をやれてますよね」

 

「ナパーロ……!」

 

「僕の名前は694番です。キンブレルさんが一番最初につけてくれた名前だ。弱虫ナパーロは後から出来た人格に過ぎない。そう呼ばれると不快です」

 

ニコニコしながら語る694番(ナパーロ)に対してルイは強烈な違和感を覚える。

 

「お前……今そんな番号みたいな名前で呼ばれているのか?何だよその作り笑いは……」

 

「……!」

 

694番の表情がみるみるとひきつっていく。

 

「貧乏だけど一緒に坑夫をしていた時のお前は生き生きしていたじゃないか」

 

「だからあれは僕じゃなかったんですって!」

 

「……確かに俺はお前に人格がたくさんあるなんて知らなかった。ただ、本当の自分を隠しているなってことは最初からわかっていたよ」

 

「なっ……」

 

ルイはゆっくりとナパーロのほうへ振り向くが694番は首元に短刀を突きつけたまま動かない。

 

「俺に対して本当の自分を出せないのはまだ自由になれていない。自分を偽って生きていかなきゃと思っていたからだ。だから俺は打ち解けてくれるまで待っていたんだ。そして今日お前はやっと本当の自分で本音で俺と話してくれている。俺はそれが嬉しいんだ。やっと心をさらけ出してくれたってな。さぁ、後で叱ってやるから今は一緒に帰るぞ」

 

「か、帰るって……本当の僕を知ってまだ一緒にいれるって言うの……?」

 

「例え血が繋がっていなくてもお前は俺の弟だ」

 

この様子を見てキンブレルは苛立ち始める。

 

「694番!お前はこれからも人類のために大切な任務が残っている!私情は捨てろ!」

 

694番(ナパーロ)はこの言葉を聞かずにルイとの会話を続けた。

 

「ぼ、僕はあなたに本当の自分がバレるのが怖かった。嫌われるのが怖かったんだ……。なのにまだ僕を家族として……」

 

ルイとトゥーラ。奴隷農場で初めて出会った時からだ。二人は一点の曇りのない眼で僕を見ていた。今まで見たことのない女神のような存在に僕は思わず心がときめいた。こんな人達がこの世にいたのか。僕はこの人達に拾われたい。心底願った。そんな気持ちをナパーロが代弁してくれ仲間にもなれたが結局僕自身は会話すらできることもなくルイ達を裏切った。そんな冷酷で恩知らずな僕の性格をまた受け入れてくれると言うのか……。

 

もはや694番から殺意は消えていた。頬から一筋の涙が流れ落ちルイに突きつけていた短刀も力なく落とした。

 

このやり取りにキンブレルの余裕は完全に消え、手をかざして戦闘奴隷に突撃命令を下す。

しかしその瞬間 、今度はキンブレルの背後にも一人の男が舞い降りる。

 男は着地するなり一気にキンブレルに詰めより正拳突きを繰り出す。このあまりの早さに辺りは砂煙が立ち一瞬視界が遮られる。

 

一時の静寂の後

 

中から姿を現したのはチャドであった。

気がつくとトゥーラを背負ったジュードも来ており、ルイに親指を立てて無事を知らせる。

 

「さすがポートサウスの三羽ガラスと言ったところか」

 

チャドが戦闘態勢を崩さずに言い放つ先には無傷のキンブレルが長剣を構えていた。

 



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62.ポートサウスの戦い(決着)

◆現在のメンバー
ルイ、トゥーラ、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード、シルバーシェイド、ガルベス


「おいおい、マジでルイがポートサウスに攻めこんだぞ」

 

「あいつ都市連合のお抱えハンターじゃなかったのか?奴隷商とやり合ってていいのか」

 

ポートサウスで戦闘が始まった頃、遠方の丘の方から3人のダストコートを着た者が遠巻きにこの様子を見ていた。

 

「何れにしろ出所不明のたれ込みは罠ではなく本物だったようだ。この機会を利用しない手はない。ポートサウスを叩くぞ」

 

「待てよ、ティンフィストに連絡しておかなくていいのか?」

 

「ポートサウスは奴隷商の中でも強大だ。連絡している間にルイが片付けられちゃ意味がないだろ。それに俺たちは今回は便乗するだけでヤバければいつも通り撤退すればいいさ」

 

「おーけー!んじゃ行きますか」

 

3人の男はポートサウスに向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「シッ!」「シッ!」

 

空気を切り裂くような掛け声と共にチャドはキンブレルに対して鉄拳による猛攻を加える。長剣でまともに受けると折れてしまうと判断したのか、キンブレルは強度がある柄の部分を使って拳を防いでいく。

時折、反撃を試みようとするも、神速とも言えるチャドの絶え間ない連撃の前に手を出せず防戦一方となっていた。

 この様子をルイは複雑な心境で見守っていた。キンブレルの強さは想像以上であったが、それでもチャドならばこのまま押し切ってキンブレルを倒すだろう実力を持っている。

 ただ、一つだけ心残りがあったのだ。ルイは懐にしまっているアウロラの手紙を無意識に握りしめていた。

 

 そんなルイの思惑をよそに渦中のチャドは冷静なる指揮官の顔とは裏腹に心の中で笑っていた。

 若かりし頃、テックハンターだった彼はルイの父親と意気投合してノーファクションに参加する。秩序のない未開の地を探検する過程で野盗や狂人との戦闘は日常茶飯事に発生し、そのたびに撃退してきた。資金稼ぎのために名うての賞金首がいるアジトを自ら先頭に立って討伐することもあった。やがて彼の武術は極限まで練り上げられ、個としての最終地点まで到達する。

 もはや人間で彼に太刀打ちできる者は見かけなくなっていた頃、人外の生物と戦う事も多くなっていたが、その際、彼は必ずタイマンにこだわった。なぜなら圧倒的なツワモノを前にして人間自らの力がどこまで通用するのか試すこと。いつしかそれだけが至高の領域に足を踏み入れた彼の生き甲斐、喜びになっていたのだ。

 ノーファクションが瓦解してから年月が経ち還暦を迎えようとしている現在、衰えることを知らない彼をときめかせる相手、ましてや人間など一生現れないと思っていた。しかし今、目の前に自分の攻撃をかわし続け生きながらえている男がいる。状況はさておきこの戦いを興じられる相手を迎えて楽しまずにいられなかったのだ。

 

 一方のキンブレルに至ってはこの正々堂々のタイマン勝負に全く興味などない。あるのはただこの場を切り抜け勝者となることだけだ。チャドの攻撃は当たれば死を招くと理解している。この生死の狭間の中で極限に研ぎ澄まされていく彼の感覚はやがて勝利への糸口を発見する。

 片腕を庇うようなチャドの動き。キンブレルはチャドの攻撃パターンの中から僅かに見える攻撃の途切れを見抜いたのだ。よく見ると左腕に巻かれている包帯からは血が少し滲み出ている。コンマ数秒の世界ではあるが、キンブレルはここに勝機を見いだした。

次に来る左腕の攻撃を柄で受けず、上体を右にひねって避けながらカウンターの斬撃を繰り出したのだ。

 長剣が攻撃姿勢であるチャドの左脇腹に入り込む。誰もが思っただろう。しかし、刃が体に触れるか触れないかのところで、チャドの上体も地面につくほど大きく避けるように倒れ込む。

 キンブレルからして見ればこのカウンター攻撃を避けるというチャドの驚異的な柔軟性と反射神経には只々驚かされる事実であったが、同時にチャドが態勢を崩していることも把握できた。このまま追い討ちをかけることでチャドを仕留められる。キンブレルは迷わず追撃態勢に入った。

 

 

 

しかし……チャドはこの瞬間を待っていた。

 

チャドの腕前をもってしてもキンブレルが受け身でいる限り決め手がなく、手傷もたたってジリ貧になる恐れがあった。そこで決着を早めるためチャドは左腕の拙攻を敢えて(・・・)作り出す。

 誘いに乗ったとも知らずにキンブレルは攻勢に出るがチャドは態勢を崩したようにギリギリで避け、右手を地面につけ左足による全力の蹴りを繰り出したのだ。いわゆる卍蹴りである。

 視界外からほぼ後頭部を狙った一撃であり、キンブレルも一瞬気づくのが遅れる。チャドの脚力は首を吹き飛ばせるほどの威力だ。今から防御に回っても対して防ぎきれないだろう。チャドは勝利を確信していた。

 

だが互いに予想外の出来事は続く。

 

ベキベキと骨が砕ける音と共に、チャドの蹴りを食らったのは近くにいた戦闘奴隷だったのだ。

 

「……!」

 

チャドはそのままバク転して一旦後ろに下がると一息ついて声をかける。

 

「奴隷が主人を身を挺して守るとは大した教育をしているようだな」

 

勢いで後方に吹き飛ばされたキンブレルも肉塊となった戦闘奴隷を払い除けながら立ち上がった。

 

「……ああ。俺が育てた奴隷達は集団戦のエキスパートだ。何を優先すべきか理解している。しかし、こちらもお前のような男が在野に眠っていたとは驚きだぞ。知っていれば高禄で召し抱えたものを残念だ」

 

「貴様は金ですべてを動かせると思っているのか?考えも凝り固まっている。その程度では良くて地方の1領主止まりだな」

 

「ぬかせ……ここから世に展開していく下地は整いつつある。挑発に乗ってこのままタイマンを続けてほしかったか?……戦闘奴隷!このまま全員片付けるぞ!」

 

キンブレルはここで戦闘奴隷たちを動かし始める。布地一枚を羽織った奴隷達は様々な武器を持ってジリジリと詰め寄ってくるが、現状これに直接対抗できるのはレイとシルバーシェイドのハイブ人コンビだ。

仕込み杖をかざしながらシルバーシェイドはボヤく。

 

「この人数を相手にするのはちょっと厳しいね。私の仕込み杖もガタガタだ」

 

ちらりと隣を見るとレイの鮪斬りも戦闘続きで刃こぼれを起こしていた。

 

「……皆同じのようだね。トゥーラも奪還できたようだし、殿(しんがり)は性に合わないけどやるしかないね。割増で請求するとしよう」

 

シルバーシェイドは澄まし顔だったがこのとき死を覚悟していた。少し刃を交えただけで分かる戦闘奴隷の強さ。一人一人が自分と同じくらいの腕を有している。もはや誰かが時間稼ぎしないとルイ含め全員がやられてしまうだろう。いつもの自分ならば早々にずらかっていたはずだが、なぜかここに残ったことにシルバーシェイドは清々しさを感じていた。

 

しかしそれを遮るように男の子が前に出る。

 

「俺がやるからあんたらは撤退を始めてくれ」

 

694番(ナパーロ)であった。

 

「……せっかく今まで感じたことのない感情に浸ってたのに……そもそも君、多重人格らしいけど戦えるの?」

 

「694番の人格は戦闘に慣れた俺に任せて奥深くに引きこもった。今の俺はラックルと言う。あんた達とは初めましてってとこだが。俺の意思でお前たちを援護する」

 

ラックル(694番/ナパーロ)はそう言うと短刀を拾って戦闘奴隷と戦い始めたのだ。

 

 

 

 一方、目的を果たした今が撤退のチャンスだと気づいたルイも指示されていたこともあり、迷わずに叫ぶ。

 

「全員撤退だ!!チャド達が抑えてくれている間に負傷者を連れて引くぞ!」

 

先頭を行くヘッドショットも矢を撃ちながら南門へメンバーを誘導し始めるが、その南門はいつの間にか奴隷商兵士が固めていることに気がつく。

 

(南門の防衛が復活している……!戦闘奴隷と戦いながらだと恐らく抜けない。一か八か北門に行くか!?)

 

キンブレルがここに来ている以上、北門の英雄リーグ連合の攻撃も鎮静化している可能性が高くヘッドショットを大いに悩ませた。

 チャドもキンブレル達との戦いに手一杯のようで南門の状況に気付いておらず、総合的にこのまま戦い続けても勝ち目は見えない状況だ。

 

 しかしこの時、南門にてさらに予想だにしない出来事が起こる。

ダストコートを着た3人組の男があっという間に奴隷商兵士を蹴散らし南門を制圧したのだ。3人組はその勢いで何も言わずにルイ達に加勢し戦闘奴隷とも戦い始めたのだ。

 

 

 

 

 

これにはキンブレルも目を見開いて固まっていた。

 

(奴らは……反奴隷主義者だと!?なぜ今!!このタイミングで!!次から次とここに来るのだ!!!!)

 

 キンブレルはここで初めて動揺する。

ルイにはティンフィストと同盟関係になるような時間もなかったし、そもそも連絡を取れるようなコネクションもなかったはずだ。そして英雄リーグ連合に至ってはルイ達とは敵対関係でありすぐに和解する事は考えられない。

この3組織による同時襲撃の首謀者は明らかにルイではない。とすると他に考えられる事は……

思考の末に辿り着いた結論にキンブレルの表情は蒼白となっていた。

 

「……そうか。そういうことだったのか!!!」

 

何かを察したようにキンブレルがゆっくり振り替えると、奴隷商の兵士が慌てた様子で報告し始める。

 

「キ、キ……キンブレル様!北門の英雄リーグ連合が再び勢いを取り戻しこちらに迫っています!」

 

もはやキンブレルは驚きもしなかった。

 

戦闘奴隷は逃げることなく果敢にも反奴隷主義者やチャドが加わったルイ一向を相手に奮闘していたが、他の奴隷商達は北門の情勢を知って完全に浮き足立ち総崩れとなっていた。

もはや形勢は完全に逆転していたのである。

 

キンブレルはゆっくり周りを見渡した後、ルイに声をかける。

 

「ルイ!英雄リーグ連合、反奴隷主義者、おまけに砂忍者(・・・)とはお前も大した外交家だったようだな」

 

「!?どういう意味だ!?」

 

状況を理解していないルイに対してキンブレルは続ける。

 

「ふっ、冗談だ。それより最後に俺と手合わせしてみないか?」

 

「は?何を言って……」

 

突然の提案にルイも困惑した。ルイが戦ったところで当然敵う相手でもないことは誰の目から見ても明らかであり乗るはずがなかった。しかしキンブレルはさらに挑発する。

 

「そうだ。トゥーラは俺もついでに味わっておいたぞ。ガキの割には具合は良かったぜ。もう誰かの種が付いているかもしれんがな」

 

この言葉にルイの気配が変化する。

 

「てめぇ……今、なんて言った……?」

 

ザワザワと髪が逆立ち普段見せない形相でキンブレルを睨み付ける。ヘッドショットはルイの覇気ある表情に懐かしさと恐怖を思いだし、一瞬止めるのが遅れる。その隙にルイは猛烈な勢いで飛び出しキンブレルに斬りかかった。

 

キンブレルもそれを紙一重でかわしながらルイに話しかける。

 

「無想剣舞か!アウロラに教わったのか!?対人の工夫が抜けているぞ!怒りを抑えてみろ!」

 

型を言い当てるほどの余裕を見せるキンブレルに対してルイも果敢に挑む。

 

「うるせぇ!トゥーラは……トゥーラはお前のことが好きだったんだぞ!弄びやがって許さねぇ!!」

 

「この世界では相手の本質を見抜けなかった者は弱者として食われるだけだ!トゥーラも良い勉強になっただろう!殺されなかっただけマシだったのだ!」

 

「……この野郎っ!!」

 

ルイは怒りに任せてデザートサーベルを振るうがキンブレルに当たる気配はまったくない。

 

この状況を見てチャドは危機感と同時に違和感を感じ、助けに入るのを躊躇する。

自分が弟子のジュードに稽古をつけている光景と変わらなかったからだ。

キンブレルはやろうと思えばすぐにルイを殺すことが出来る腕前だと戦ってみて確信出来た。しかし、この男はルイと戦いながらアドバイスをしているのだ。

 

 気づけば戦闘奴隷も倒し尽くされ英雄リーグ連合も中央まで押し寄せており、キンブレルとルイだけが剣を交えていた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

ルイは闇雲に攻撃を重ねた結果、肩で息をする

ほど疲れが溜まっていた。

 

「なんだ?もう終わりか?そろそろ決着をつけるか!?」

 

キンブレルはカチャリとデザートサーベルを構える。

 

「まずい!」

 

ここでチャドは助けに行くことを躊躇していたことを後悔した。キンブレルが初めて殺気を出したのだ。

 極寒の中で刺すような冷気を受けるように、ルイもその気配をビリビリと肌で感じていただろう。常人ならばその圧倒的な存在感に気負わされているところだ。

 

「うおおおおお!」

 

しかしルイは力を振り絞りサーベルを振りかぶりながら立ち向かった。

その様子を見てキンブレルは一瞬口元が笑ったように見えた。

 

 

 

そして

 

 

 

グサリとルイのデザートサーベルがキンブレルの肩口に食い込む。

 

「な……お前……!?」

 

ルイにとっても予想外のことだった。

キンブレルは武器を構えたものの全く動かずにルイの攻撃を受け入れていたのだ。




次回が本エピソード最終回です

ラストはやはり切ない感じ


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63.夢の跡

決起編 最終話


 ある日、見習い奴隷商の少年が奴隷の少女に恋をした。同年代の友達もいない彼にとっては初めての感情であったが、それは売り主と商品という決して許されない禁断の恋であった。

 虐待を受け日に日に傷だらけになっていく少女を見て少年はどうにかしてこの少女をポートサウスから出してやれないかと考える。

 しかし、見習いの少年にはそんな権限も財力もなかった。

 そしていつしか少年は少女を守りたい一心で奴隷制度の改革を思い付く。例え生まれながらに奴隷であったとしても秀でた能力を身につければ階級を変え自由になれるチャンスが与えられる、と。

 その後、制度を取り入れたポートサウスは過去類を見ない発展を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……俺の殺気に気負うことがなかったのは褒めてやるが……殺るときは力を抜かずに最後まで振り抜け……」

 

キンブレルはルイが手放したデザートサーベルを体に刺しながら地面に力なく倒れ込んだ。

 

「なんで……なぜ避けなかった!?」

 

「周りを見ろ……。この戦いは俺たちの負けだ。ポートサウスが壊滅しようしている今、俺が生きている理由はもうない……」

 

ルイがハッとして見渡すとポートサウスはいつの間にか奴隷商の屍で埋め尽くされ燦々たる状況になっているのが分かった。

 

「どうなってんだ……俺はトゥーラを助けに来ただけなのに……」

 

「ポートサウスの存在が邪魔になった者達がお前を利用して消そうとしただけだ……。それを俺は見抜けず、お前を裏切ったように俺も裏切られ切り捨てられたのさ……」

 

「そんな……どういうことだよ!?」

 

「そ、それより……アウロラの事を知りたい……。彼女は最後に何て言っていた……?」

 

いつも以上に真剣な表情のキンブレルにルイはたじろぎつつも素直に応える。

 

「え、ああ……行く末を変わりに見てくれって……そして俺はアウロラさんの遺志を託されたんだ……」

 

「お前に……アウロラが?」

 

「あ!そうだ!お前宛のアウロラさんからの手紙を預かってるんだ」

 

ルイはグシャグシャになった手紙を懐から取り出した。

 

「……なに?見せてくれ……」

 

キンブレルは手負いの割に手紙を漁るように読み始める。

 その表情は時折目頭を拭く動作も見てとれ、深い哀情に溢れていた。

 

「!」

 

(涙!?この男が泣くなんてアウロラさんとの関係は……)

 

ルイが哀しげに見ていると、読み終えたキンブレルが静かに語り出す。

 

「もう随分前の話になるが……。俺がギシュバ卿に頼み込んで当時奴隷だったアウロラを売ったんだ」

 

「やっぱりあんたが……。もしかして守るため、か?」

 

「……あのままアウロラがポートサウスにいたら失明だけでは済まなかっただろう。そして彼女は奴隷でいるべき人間でもなかった。ただそれだけだ……」

 

「……」

 

うつむくルイに対してキンブレルが声をかける。

 

「先にこの手紙を見ていたらお前との出会いも違った物になっていたかもしれないが……、お前と話せて良かった。最後にアドバイスをやるから耳を貸せ……」

 

側にいたラックルが止めようとするがルイは気にせずキンブレルに近づいた。

そして小さな声で語られる内容に驚き固まった。

 

「…………」

 

「え……?」

 

「信頼出来る仲間を増やすことだな……さぁ、止めをさして終わらせてくれ……」

 

そう言うとキンブレルは抑えていた首筋の傷口から手をどける。みるみると血に染まるキンブレルを見てルイは戸惑う。

 

「…お、俺には出来ない……」

 

生きる気力を失くし、死を望む敵であったとしても、かつて仲間だった者、共に戦ってきた者を殺す決断をルイには出来なかった。

 すると後ろから力ない声が聞こえてくる。

 

「私がやるわ」

 

か弱い足取りでゆっくり近づいてきた者はトゥーラだった。キンブレルは驚くことなく語りかける。

 

「トゥーラ……。確かに君なら俺を殺す理由があるな。今さらだが……ひどい目にあわせてすまなかった」

 

トゥーラは壁にもたれ掛かって座っているキンブレルを見下しているが、その辺で拾ったであろう刀を持つ手は震えている。

 

「私は1ヶ月間……、ここの奴隷生活を我が身で体感しました。この日々が永遠に続いている奴隷の皆さんの気持ちも今なら少しだけ理解出来た気がします。そしてあなたが目指した世界もあなたの奴隷に対する接し方を檻の中から見ていて何となく分かってきました」

 

キンブレルが黙って聞いている中、トゥーラは続けた。

 

「でも……あなたが犠牲を伴って自分の目的に向かっていったように私たちも……自分のために障害となっているあなたをここで倒し、前に進ませてもらいます」

 

トゥーラの声からは迷いがなくなっていた。

 

「強くなったな……。俺の死が君の踏み台になれるなら本望だ。ルイとトゥーラ……お前たちは自分が信じる道を間違えずに進んでいけよ」

 

「……ああ、分かった。アウロラさんに宜しくな」

 

ルイは手紙を読んだ反応からキンブレルとアウロラとの関係性を何となく察していた。そして彼女がいなくなった世界でもこの男は自分の信念に基づき何かを変えようと足掻いていたのだ。結果的にルイ達を騙し傷つけたが、最後ぐらい平穏に死を迎えても良いと思えていた。

 

「……会えるならば伝えておこう……。さぁトゥーラ、頼む」

 

トゥーラは応えるように前に出ると刀を両手で持ち構えた。

するとラックルが間に入りすがるように懇願してくる。

 

「ま、待ってくれ。俺が言えた義理じゃないが……キンブレルを助けてあげられないか?」

 

「あなたがナパーロであれラックルであったとしても私は今、あなたが言うことを信じることは出来ないし聞く気もないわ」

 

多重人格であることを一番に理解して接していた今までのトゥーラはもうそこにはいなかった。冷たい目つきを返されラックルは寂しそうな表情をしたがそれでも食い下がる。

 

「今は694番の気持ちが分かる気がするんだ。あいつは奴隷時代でもキンブレルから不自由なく育てられ兄のように慕っていた。キンブレルの思想はそれほどお前たちとはずれていない。ポートサウスの政権を奪うのも根回しや調整上あのタイミングしかなかったんだ!」

 

「……!だから何なのよ……!」

 

トゥーラが狼狽えているとキンブレルが口を挟む。

 

「694番よ……いや、今は違う人格か?トゥーラを困らせるな。俺は自分の目的のためにルイ達を騙したし、ただお前を最高の暗殺者に仕上げようとしただけだ。それにどうせ俺はここから出ることも叶わない。もう疲れたんだ……。トゥーラの決心が鈍る前にどいてやれ」

 

キンブレル自身に言われラックルは何も言えなくなった。

 

「あなたは……。いえ、あなたのことは忘れない……」

 

絞り出すように別れの言葉を言うラックルを押し退け、トゥーラはキンブレルの前にたちはだかる。そして高らかに刀を振りかざしキンブレルの胸元に突き刺した。

垂れた長い黒髪の合間に見える素顔からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

「トゥーラ……。遅れてすまなかった……」

 

ルイは動きを止めたキンブレルに覆い被さって泣いているトゥーラに声をかけた。

 

「いいえ……あなたなら必ず来てくれると思ってた。それだけでも私はあの地獄のような日々の中で希望を持ち、理性を保てたのよ……」

 

「そんなに……酷かったのか……」

 

「ええ。私にとって忘れたくても忘れられない記憶になったと思う。でも私は父を探しだし、偉大なテックハンターになる目標があるし新たな目的も出来た。こんなとろこでめげていられないわ」

 

「そうか……」

 

トゥーラが無理をしているのはすぐに分かった。これまでの日々は決して笑い飛ばせるような内容ではなかったはずだが、気勢を張るしか今を乗り越える方法はなかったのだろう。そうでもしなければ心が押し潰されてしまいそうな表情をしていたのだ。

 

 

 

気がつくと2人の前に深編笠を被った男が立っており聞き覚えのある声で喋りかけてくる。

 

「最初に会った時、お前とキンブレルが一緒にいるから部下に監視させていたが、まさかこんな事になるとはなぁ」

 

「ん!?その笠と声はワイアットか!?なんでここにいる?」

 

「私が捕まっていた厳重な牢屋を解錠してくれたのよ」

 

トゥーラが庇うように説明するとワイアットは腕をポリポリと掻きながら気恥ずかしそうに応える。

 

「言ったろう。お前が壁にぶつかった時の顔が見物だって。まぁしかし……くじけなかったようだな」

 

この言葉でルイは思い出したように表情を暗くした。

 

「……いや、俺は……一人じゃダメだった。何も出来なかったんだ。思えばウィンワン爺さんがいたからチームを立ち上げることが出来た。トゥーラの奪還だって元ノーファクションの人達が来てくれたから出来ただけだ……」

 

「ふん。一人で考える必要はねぇ。仲間がいるなら仲間と共に乗り越えればいいじゃねぇか。まぁこれから追われる身になるだろうが有事の際は助太刀してやってもいいぜ。じゃあ、あばよ」

 

そう言うとワイアットは風のようにどこかへ消えていった。

 

確かに彼の言う通り計らずもポートサウスの奴隷商を壊滅させた以上、A級またはS級の賞金首と認定されていてもおかしくなかった。これから先に待ち受ける苦難をチームの仲間と共に乗り越えていかなければならず、自分だけ立ち止まってはいられなかった。

 

気がつくと辺りは薄暗くなっており、海風が所々で野ざらしになっている屍に冷たく吹き付けている。

ルイが辺りを見渡すと反奴隷主義者の面子もいつの間にか消えており、英雄リーグ連合でさえ密やかに撤退していた。

 

「シャイニングの亡骸は連れていこう。あいつのお墓を作ってから都市連合を去りたい。そう言えばガルベスはどうした?腕を斬られてたけど大丈夫なのか」

 

「ガルベスさんは止血した後、ポートサウスの金銀を回収しにいったよ。良質な義手代分だけは必ず奪うってね。ほらあそこを走ってる」

 

シルバーシェイドが呆れるように指差す方向には片手でバック一杯に戦利品を担いでいるガルベスがいた。

 

「あいつ……つえーんだな。確かにこのあと俺たちは懸賞首として生きて行かなければならないし、逃亡用に資金は貰っておいたほうがいいか」

 

「いや、そうとも限らんぞ」

 

渋い声が聞こえてきてルイは振り返った。

 

「あ、チャドさん」

 

「奴隷商が全滅していたとしたら懸賞金をかけるやつもいない。それにこの戦いは明らかにルイ対ポートサウスという単純な構図ではなく何者かが裏で手引きしていた。拠点に戻って慎重に見定める必要がある」

 

「やっぱそうなのか……。じゃあ準備が整い次第、まずは拠点に引き上げて様子を見といたほうがいいんだな」

 

こうしてルイ達はチャドの助言に従い荒廃したポートサウスを背に帰路についた。

全盛を極めたポートサウスの壊滅によりこの事件の幕は閉じることになったが、その最後はかつてのノーファクションと同じ末路であったことは、若いルイにはまだ理解出来ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

同刻、ポートサウスから少し離れた所に三羽ガラスの一人カマルクが足を引きずりながら歩いていた。

 

「くそ!キンブレルがでしゃばったおかげでポートサウスはリセットだ!せっかく私が次の長になると約束されていたのに……!ルイ達にはたっぷり懸賞金をかけてやる!」

 

そこに風を切る音と共にグサリと自分の体が異音を放つ。

 

「え……?ぐさり?」

 

カマルクが下を見ると自分の胸に特大の矢が刺さっているのが分かる。

 

「な……ごぉほ!なぜぇ……?」

 

狼狽しているカマルクの元に砂を踏みしめる足音が近づいてくる。

 

「ん~カマルクさん、良い働きでしたよぉ。ポートサウスを完璧に壊してくれてありがとうございました」

 

布マスクを外しオカマのような口調でクネクネと寄ってきた男はトレーダーズギルドのフグであった。

 

「貴様……!なぜだ?私は言われた通り(・・・・・・)ルイをキンブレルにぶつけたじゃないか!お……お前達が英雄リーグ連合に混ざって攻めてくるなんて聞いていないぞ!」

 

「ノンノン!ポートサウスの1幹部ごときが奴隷マスターになれるなんて思っちゃダメですよぉ。アイソケットのミフネくんはあなた達、三羽ガラスに対してご立腹でしたし」

 

「お、おのれ……騙したのか!」

 

「あなた達が社会のルールから逸脱しすぎたのがいけないんですよぉ。奴隷に希望を与えて階級社会をいじろうなんて狂気の沙汰です。そりゃあ粛清しますよぉ」

 

「ぐ……がは……」

 

カマルクはそれ以上会話を続けることもなくその場に倒れこみやがて動かなくなった。

 

「……さて、ポートサウスの人間はこれで全員片付きましたかねぇ。反奴隷主義者も良いタイミングで来てくれました。これ以上ここにいて彼らと鉢合わせすると元の子もないですし、一番の目的を達成できたので今回の任務は完了としますかねぇ」

 

ダラダラと独り言を喋るフグの後ろにはいつの間にか数人の影が姿を現す。

 

「フグ様……。あの者達は如何なさいますか?」

 

「ん〜?あー……ルイ君たちのことかな?面倒くさい存在になる前に父親のように(・・・・・・)処分してもいいけれど……。まぁ今回彼女も良い働きをしてくれましたし、まだ利用価値があるので生かしておくことにしましょう」

 

フグはクネクネと動きながらカマルクが身に付けている貴金属を奪うと付き添いのの者達と共にその場から静かに姿を消した。

 

 

 

 

 

そんな状況も知らずルイ達は拠点へ向けて歩いていた。

 

「ねぇ、ルイ。その……アウロラさんの手紙には何て書いてあったの……?」

 

トゥーラはルイに問いかけた。

 

「いや……俺は結局中身は見てなくてさ。ただ、あの2人の立場とヒックスの反応見てると、たぶん……ヒックスはアウロラさんの才能を見出したとかじゃなく純粋に好きだったんだよ……。最後になっちまったけど手紙は渡せて良かった」

 

「……そうね」

 

ルイ達はそれ以上この会話を続けることはなかった。ただ、願わくばこの先アウロラとキンブレルは何もしがらみのない世界でずっと一緒にいられていることを祈るばかりであった。

 

 誰もいなくなったポートサウスの中には砂山が作られ長剣が墓石のように突き立てられていた。手前に置いてある手紙の上には飛ばないように小石がのせてあったが強風により外れてしまう。手紙には拙い字で数行書いてあるのが読み取れたが、やがて空高く舞い上がり見えなくなっていった

 

 

 

 

 

 

 

ルイ 生還
トゥーラ 復帰し生還
ナパーロ/ラックル/694番 離反後に復帰し生還
無限のウィンワン 三羽ガラスとの戦闘で死亡
キンブレル(ヒックス) 離反後にポートサウス戦で死亡
シルバーシェイド 生還
シャイニング ポートサウス戦で死亡
シャリー 生還
ヘッドショット 生還
レイ 生還
チャド 生還
ジュード 生還
ガルベス 片腕損失するが生還

 

 

 

 

 

 

 

原作 kenshi

 

 

kenshi -20years later-

決起編

 

作 さわやふみ

挿絵 kotoko

 

 

 

 

 

 

 

 

キンブレル様

お元気ですか?

本来なら直接、貴方にお礼を言うべきですが、お互いの立場もあり迷惑をかけたくないため、手紙で伝えさせて頂きます。文字を覚えたばかりのため乱筆乱文であることお許しください。

貴方が私を奴隷生活から解放させようとしてくれていたことは以前から知っていました。

だからいまこうしてギシュバの元でテックハンターをやれているのも貴方のお陰です。ありがとう。

 そして貴方がポートサウスでやろうとしている事と私の目標は近くはないかもしれませんが、いつの日かお互いが目指す先に交わる未来があると私は信じています。

 その時が来たら例え世界の果てであろうと私は貴方に直接お礼を言うため会いに行きます。そしてコソコソと檻の塀越しではなく何にもしばられず心行くまでお喋りして、心の底から一緒に笑いあいたいですね。それまでの御息災をお祈り申し上げます。

アウロラ

 

 

決起編 完

 




第3エピソード完結しました。
如何でしたでしょうか?
面白かったら是非(高)評価して頂けると嬉しいですw

そしてまた充電期間に入ります。
他の作品を書きたい誘惑もありますが完結もさせたい……
悩ましい……!(´Д`)

なお、次回エピソードは書くとしたら「禁忌の島編」です。
みんな大好きあのスケルトンとの壮絶な戦いとなる予定です。
では( ;∀;)ノシ


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禁忌の島編
ここまでの登場人物


カニを食べる生活に飽きて、世界を知りたいという軽いノリで旅を開始した主人公。ハウラーメイズ遠征やポートサウス奴隷商との戦いを経て成長し、現在は仲間に助けられながらも拠点を構えるリーダーとして活動している。アウロラから『無想剣舞』の型を教えてもらっている。

 

【挿絵表示】

トゥーラ

行方不明の父親を探すためにテックハンターとなる。旅先で出会ったルイと共に活動していたが、奴隷商に捕らえられ端正な容姿のせいで辱めを受ける。ルイ一派に助け出され復帰する。

 

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ナパーロ/ラックル/694番

多重人格障害の元奴隷。主人格である694番がポートサウス側に裏切るが、最後はルイ一派に帰順する。

 

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サッドニール

ルイの育ての親であるスケルトン。昔所属していた組織ノーファクション壊滅の真相を調査すべくルイ達から離れて行動している。

 

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ロード・オラクル

ハウラーメイズ遠征のスポンサーとして同行した新興貴族。都市連合の食糧事情を遠征により解決し、ハウラーメイズ領主となる。

 

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ルートヴィヒ

ロード・オラクルの護衛隊長。メガクラブ戦で両足を複雑骨折した影響で一時期歩行も困難になるが、懸命なリハビリによりオラクルの私兵として復帰している。

 

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ギシュバ

テックハンター十傑の7位。無心の戦闘モード『涅槃寂静の境地』と鋼の肉体による剣技『絶対防御』を駆使して多大な功績を残す。ハウラーメイズ攻略時に自身の片腕と教え子アウロラを失くし引退する。

 

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ハムート

元ノーファクションの武闘派。妻を殺しノーファクションを壊滅させた都市連合や奴隷商を恨んでおり、復讐のために武装集団リーバーに幹部として加入している。

 

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奴隷マスターミフネ

都市連合の兵士の身分から奴隷商本部アイソケットの奴隷マスターにまで登りつめた男。ノーファクション壊滅に関わっていると思われる。

 

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スケルトン盗賊の長老

人間をスケルトンと思い込ませて一勢力を築いている自称最古のスケルトン。メイトウクラスの九環刀を使いこなす強者。リーバーと領土争いをしている。

 

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ガルベス

ルイ達を騙して奴隷にしようとしていた奴隷商のシェク人傭兵。傲慢で好戦的だが、ルイ達の罠に敗れた後、少し心を入れ換える。ポートサウス戦で助太刀してくれるが片腕を損失して大剣が振れなくなる。

 

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シルバーシェイド

ハイブ人のなんでも屋。無感情で自分の命最優先であったが、ルイ達と一緒にいるうちに考え方に変化が起きる。

 

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ワイアット

元ギシュバ8人衆の一人。忍者出身のため隠密偵察の任務をこなした。何を思ったのかギシュバチーム解散後に盗賊である砂忍者の頭領になる。ポートサウス戦では気まぐれ?でルイ達の助太刀をしてくれた。

 

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クジョウ

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。選抜組テックハンターの育成兼戦闘部隊として活躍。第2のメガクラブ戦で負傷し離脱した。遠征完了後にチームを脱退し引退している。

 

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キアロッシ

貴族の名門バート家の御曹司。経験のため選抜組テックハンターとして遠征に参加する。自分より立場が低いルイ達を見下していた。遠征から無事に生還するが貢献ptはトゥーラに並ばれた。

 

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ウェナム

貴族の名門バート家の教育係兼私兵。キアロッシに同行して遠征に参加する。第2のメガクラブ戦に参戦しバート家のプライドを守る。ハウラーメイズからは無事に生還した。

 

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ハーモトー

友人であるアウロラからの内務調査依頼によりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。主に補助として後方支援を行い遠征を成功に導いた。任務完了後はチーム脱退を発表し行商人に戻る。

 

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ロード・ミラージュ

都市連合領内に巣食うレイシスト集団である英雄リーグ連合の現当主。(恐らく金で雇われ)ルイ一派に因縁をつけたが返り討ちにあう。

 

トレーダーズギルドの集金人。ルイの父親を知っておりノーファクション壊滅に深く関わっていると思われる。ルイ一派、英雄リーグ連合、反奴隷主義者など様々な組織を利用してポートサウス粛清に裏で手を回していた。オカマ口調。

 

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シャリー

引越し移動中に出会った逃亡奴隷。ピンク色の髪の女の子。少し天然な性格であるがポートサウス戦も生き延び徐々に馴染んできている。

 

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ヘッドショット

元ノーファクションの女シェク人射手。今でこそ大分丸くなったが豪快で大胆かつ面倒くさがりな性格。ウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。

 

元ノーファクションのハイブ人。奴隷時代に主人に舌を切られ喋れず、知能も低いため常にヘッドショットと行動を共にしている。鮪斬りの使い手。

 

元ノーファクションのスコーチランド人。武術と戦術面を極限まで極めており、高齢にして尚も全盛期を保っている。ノーファクション壊滅後は地方で武術教室を開いていたがウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。

 

【挿絵表示】

ジュード

チャドを慕う門下生。武術教室を閉めたチャドについてきて、そのままルイ一派に加わる。

 

【挿絵表示】

ティンフィスト

都市連合と敵対する反奴隷主義者の指導者(スケルトン)。ルイがポートサウスを攻めるという出処不明の情報を聞きつけて精鋭を送り込み、結果的に戦闘においてルイ一派を支援した。スケルトンであるにも関わらず武術の達人であり、その拳は相手を粉砕するほどの力を持つ。

 




期間があいたので思い出すための自分用だったりします。。
このページ自体はちょいちょい更新するかもしれません(; ・`д・´)


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64.胎動

◆現在の仲間
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


約12年前

 

朝日が最初に差し込む大陸の最東端、禁忌の島。

この地に一人のグリーンランド人の男が歩を進めていた。

 

「まさかこんなところにこれほど大きな工場があるとは……」

 

男は目の前にそびえ立つ倉庫のような建物を前にすると脇にさした刀を抜き慎重に中に入っていく。

 

床は金属でできているようで、誰もいない空間に男の足音だけが怪しく響き渡る。

 

「こ、これは一体……。ん?誰だ!?」

 

いつの間にか男の背後に一体のスケルトンが立っていた。手には鏡のように光り輝く杖を持っている。男は剣先をスケルトンに向けていつでも戦えるようにした。

 

「私はここの工場長をやっています。あなたは私有地に侵入している。違法です」

 

「ふーん、スクリーマーmk2か。相当古いスケルトンだな。ということはこの工場も古代の……」

 

スケルトンの敵意ある物言いに対して男は全く動じずに独り言を呟いていたが、次のスケルトンの言葉でその余裕が破られる。

 

「テックハンター14位アードルフ・カイヤライネン。あなたを法に基づき対処します」

 

「!!」

 

男は思わず飛び退いた。

未開の地で初めて会うスケルトンに自分の名前を言われたのだ。しかもテックハンターの肩書まで知っている。

 

「お前……どこで俺の名を知った?」

 

男は臨戦態勢を崩さずに問いただすが、無骨なスケルトンは無言でジリジリと間を詰めていく。

 

「応えないか。まぁいい。お前の武器は杖だな。相性も悪いし……ここは一旦退かせてもらうぜ!」

 

そう言うと男はもと来た道を全力疾走で逃走しだす。かっこ悪いように見えるが、テックハンターがこの世界で長らく生き延びる術は強さだけではない。相手の力量を見定めて自分が傷を負う可能性があるならば潔く撤退し、情報を持ち帰った上で対応できる戦力でリトライすること。それがこの業界における鉄則だった。

これは上位のベテランテックハンターであるからこそ自然と身についている所作であった。

 

しかし、退路を頭に入れて用心深く侵入していた男に不運な出来事が起きる。

 

逃走経路の先にゴソリと動く影を発見したのだ。

 

「ちっ!こっちにもスケルトンがいやがる。一体どこから湧いて来やがった!やるしかねぇ!」

 

目に入ったのは先ほどのスケルトンと同じスクリーマーmk2型だ。

工場内の狭路でスケルトン2体に挟み撃ちされた格好になり男も覚悟を決める。

 

逃走先にいるスケルトンに対して走りながら刀を振るう。

 

ガキーン!

 

しかし、そのスケルトンは反撃してこなかった。男はそれを察知してすんでのところで壁に刀を当てて止めたのだ。しかも……

 

(ん?このスケルトン……手負いか?)

 

スケルトンは傷ついていた。

そしてここで、男が攻撃のためにスピードを落としたのが仇となる。

後方から追ってきたスケルトンの杖による攻撃が男の足に直撃したのだ。

 

「ぐっ……」

 

ヨロヨロとふらつく男に対して追ってきたスケルトンは追い打ちの言葉を言い放つ。

 

「スラル共、排除しろ」

 

「!!」

 

この声と共に複数の頭のないスケルトンが音を立てて男に襲いかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

Kenshi -20years later-

禁忌の島

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポートサウスにおける奴隷商との戦いから1ヶ月後

 

 ハウラーメイズ付近にある拠点に戻ったルイ達は都市連合や懸賞首ハンターの襲撃に警戒しながら、細々と狩猟などで自給自足の生活を送っていた。

 

これまで拠点やメンバーに特に目立った攻撃もなく、様子見のために単身で都市連合に潜入しているチャドからも懸賞金をかけられたという報告の使いが来ることもなかった。

 

「先日、普通に都市連合から上納金をせがまれたけど懸賞金かけられずに済んだってことかな?どう思う?ジュード」

 

ルイはしばらく平和だったため気が抜けていた。拠点内では鎧さえ脱ぎ、まとっているのはボロボロのシャツぐらいで胸元がゆるく2つの膨らみが大分見えている。そんな格好でテーブルに並んで座っているジュードに話しかけた。

チャドの付き人としてここに来てくれたジュードはルイと歳が同じくらいの青年であり、武道をやっていたせいか、受け答えもしっかりしており最近はルイの暇つぶしの相手となっていた。

 

「い、いや、知らないよ。どっちかって言うと奴隷商の報復を気にしたほうがいいんじゃない?というか俺、そろそろ修行してきたいんだけど開放してくれないかな?」

 

ジュードはチラチラと無防備なルイの胸元に目をやりながらも自制心を保つように律儀にこたえた。

 

「ええー……お前も修行かよ。トゥーラも帰ってからずっと修行って言って座禅組んでばっかで話してくれないんだよね」

 

ポートサウスの一件以来、トゥーラは修行場としていた場所に一人赴き考え事をすることが多くなっていた。

 

「俺も日課をこなしていないと師範に後で怒られちゃうんだけど」

 

「やってたことにしちゃえばいいじゃん。俺が証人になるし。つーかちょっとぐらいサボってもバレないでしょ」

 

「師範は普通に気づく人なんだよ。洞察力半端ないし」

 

「それはお前が男のくせに堂々としてないからじゃねーの?」

 

「う、うるさいな。師範が凄すぎるだけだよ」

 

「ふーん、そういやチャドさん滅茶苦茶強いけど、テックハンター十傑には名前なかったし、何やってた人なの?」

 

「師範はひたすら武を追求してきた方だ。世界の果てで未確認生物とも戦ったり、人類存続のヒントになるかもしれない生物も見つけたこともあるらしい。テクノロジーを見つけることだけが貢献じゃないよ」

 

「ふーん。そういうもんなのか」

 

「そうそう。だからテックハンター十傑だって技術だけでなく総合ハンター十傑として見直すべきだと思うんだ」

 

鼻息を荒くして力説していたジュードであったがこれに真っ向から異議を唱える者がいた。

 

「私はそう思わないわ」

 

トゥーラだ。

彼女はポートサウスの一件以来、何か吹っ切れたようで以前の迷いは消えていたが、男に対してきつくあたる傾向が出ていた。

 

「結局古代のテクノロジが今の科学技術を押し上げる大きな要素だし、それで今の人類もなんとかやっていけてるのよ。強さとか名誉なんかより結局、技術発見の貢献度が大事なのよ」

 

「まぁそうだけど……。そういえばルイの父親って本当にあのローグ・アイゼンだったのかい?」

 

ジュードは言い合いを嫌ったのか話題を変えた。

 

「!!」

 

これにトゥーラが驚いてルイの顔を見る。

 

「い、いや、俺もチャドさんから初めて聞いたんだ」

 

「十傑の4位だろ?上位ってほぼ不動だし、君も既にメガクラブ級を10匹倒したみたいだし一体君たち何者なの?」

 

「いやいやいや、それ話に大分尾ヒレがついてる」

 

尊敬の眼差しでルイを見るジュードの様子にトゥーラは人知れず拳を握りしめる。

 

「ん?トゥーラどうした?」

 

「……何でもないわ。それよりあなたその格好ちょっとだらしないわよ。あとショーバタイの都市に行きたいのだけどそろそろいいわよね?」

 

「ああー、トゥーラの実家だよね。チャドさんが都市連合を偵察してくれているけど、結局手配書が出てないみたいだから大丈夫だと思う!でも誰かと一緒じゃなきゃあぶねーな」

 

「だったらヘッドショットさんと行くわ。あの人も相当強いでしょ?」

 

「そうだな!あ、でも面倒くさがりだからついて来てくれるかどうか……」

 

「私から頼んでみるわ」

 

「そ、そか」

 

話し終えるとトゥーラはすぐさま防衛にあたっているであろうヘッドショットの元へ向かってしまった。

その後ろ姿をルイは複雑な表情で見送っていた。

 

そこに入れ違いでガルベスがやってくる。

この男はポートサウス戦後もチームに残り失った片腕を復活させる機会を見計らっていた。

 

「おい、俺が正式にチームに入ったことはトゥーラに伝わっているよな?」

 

「ん、ああ。言ったよ。どうした?」

 

「いや、毎回すれ違いざまにすげぇ形相で睨まれるんだよ」

 

「お前を嫌ってるんだろ。それだけひどいことしてきたし。つーか、お前も自主的に近づかないようにしろよ」

 

「無茶言うな、こんな狭い拠点で!もうポートサウスから奪った資金で拠点拡張しようぜ!義手も早いとこ手に入れたいんだが!」

 

「わーかった。そのへんは考えてるから待ってろよ」

 

「頼むぞ」

 

シェク人のガルベスは強い者に対しては尊敬の念を抱く。かつて主人だった行商人グンダーに向けたような高圧的な態度は影を潜めていたので、ルイもガルベスの扱いにはさほど苦労はしていなかった。新加入したレイなど他にも期待できる戦力が増えたことによる余裕が出来た事も起因していた。

 

「やっぱトゥーラのこと気になるからヘッドショットさんとこ行ってくるわ。ジュードもちゃんと修行しておけよ」

 

「〜〜……君が拘束してたんだけど!」

 

ジュードの反論をあしらいながらルイは小さな小屋の外に出る。

 

そこは鉄板で出来た間に合わせの壁に囲まれており、一応玄関の扉らしきところにヘッドショットとレイがボウガンを構えて立っていた。

 

「あれ?トゥーラ来なかったです?」

 

「来たよ。ショーバタイに行くの誘われたぞ」

 

「そうそう。一緒に行って上げて貰えないっすか?」

 

「やだよ」

 

「ありがとうございます……って、ええ!?」

 

「なんだよ、驚いたりして。そんなお守りみたいな面倒くさい事、アタシがやるわけないだろ」

 

「え?じゃあトゥーラどこ行ったか分かります?」

 

「んー?結局シャリーってガキと行ったみたいだぞ」

 

ルイは愕然とした。ヘッドショットというシェク人の女は初見では人の心にズケズケと土足で入り込んで来て相手の事を考えない人だと思っていたが、情に脆く、ポートサウス戦においては精神的支柱と言えるほどルイを助けていた。

しかし、一緒に暮せば暮らすほど大雑把で極度の面倒くさがりであることが分かってきたのだ。

 

「はぁ〜……」

 

(人付き合いって難しいな……)

 

「なんだよ。ため息ついて」

 

「い、いえ。トゥーラ大丈夫かなと思って」

 

「あー?大丈夫に決まってるだろ。あいつは自分のケツは自分で拭けるよ。目を見りゃ分かる」

 

「…………」

 

確かにヘッドショットの言う通りであった。

トゥーラはポートサウスの一件以来、顔つきが明らかに変わっていた。

以前は生き物もろくに殺せなかったのに最近はボーンドッグの狩猟も平然と行えている。

 

健気にも気丈に振る舞う昔のトゥーラとの掛け合いが好きだったルイは最近、違和感を持っていたのだった。



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65.トゥーラのけじめ

◆現在の仲間
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


「さぁ着いたわ。ここがショーバタイよ」

 

渦中のトゥーラはシャリーを伴い数日かけて都市へ移動していた。道中で帝国(都市連合)の反乱農民に出くわし食糧をせびられたが、単純に走って逃げることで、空腹でスタミナが切れている農民をまくことが出来ていた。

 

「わ〜大きな都市ですねぇ。ここに何があるんですかぁ?」

 

ピンク色の奇抜な髪を持つ女の子シャリーは元奴隷ということもあって言われるがままについてきたが、ショーバタイ都市の大きさに感動していた。

 

「ああ、言ってなかったわね。私の実家があるのよ。あなたも泊まっていいわよ。それと数日ここにいるからこのお金使って散策なり買い物なり自由にしてて」

 

「おお!お金!初めて持ちます」

 

目をキラキラさせているシャリーにトゥーラは忠告する。

 

「あんまり人前でお金を出さないようにね。あと危ないから都市の外には絶対に出ないこと」

 

「了解です!」

 

そう言って喜び勇んで走っていってしまったシャリーを見て軽くため息つきながらトゥーラは見送った。

 

(実家の場所をまだ教えてないんだけどな。ま、その辺歩いてたら出会うか)

 

トゥーラはあまり変わっていない街並みを見てゆっくりと歩き出す。都市の中をぐるりと周り、昔ながらの建物や新規に建造されている建物を眺めては感慨にふけっていた。

 するとどこからともなく声をかけられる。

 

「え?もしかしてトゥーラじゃない?トゥーラ・カイヤライネン!」

 

振り向いた先にはトゥーラと同じ年頃であろう街娘がいた。

 

「あ……リコ。久しぶりね……」

 

「記事見たわよ〜!ハウラーメイズ遠征隊にいたんだって?まさかあなたがテックハンターになっていたなんて信じられないわ〜」

 

「……まだあまり実績を残せてないけどね」

 

「何言ってんのよ!47位ぐらいじゃなかった?十分じゃない!」

 

「ああ、それは……」

 

トゥーラは一瞬説明を躊躇った。遠征において自分は大きな功績は残せていない。ルイがメガクラブにトドメをさしたからこそ貢献ポイントが付与され、しかもそれを全部自分が貰ったことなど今さら恥ずかしくて説明したくはなかったのだ。

 

「まぁ早くお母さんのところに帰ってあげな!」

 

「う、うん」

 

トゥーラはそのままようやく路地裏に入っていき、古びた家の前に立った。

しかしため息をつくばかりで中々家の中に入ろうとしない。

するとガチャリと扉が開きぶつかりそうになり中から声が聞こえてくる。

 

「あ、すみま……トゥーラ!?帰ってきてくれたのね!」

 

「……母さん、ただいま」

 

出迎えたのはトゥーラと似て長い黒髪の中年女性だった。

 

「無事なの?どこも怪我はしていない?連絡もしないでどうしてたのよ!」

 

「もう。遠征の記事は見てないの?私は宣言通りテックハンターになったのよ。ケガなんかするわけないじゃない」

 

ポートサウスで辱められた事は口が裂けても言えず、つい強がってしまう。

 

「え!?あれだけダメだって言ったのになぜテックハンターなんかになったのよ!」

 

「なぜって……でないと父さんを探せないわ」

 

この言葉に母親は悲しそうな表情になる。

 

「……!!あなたまだ……。あの人がいなくなってからもう10年以上もたつというのに……」

 

「探し出してあげないと可愛そうじゃない」

 

「そんなこと言ったって……あの人が行ったところは禁忌の島なのよ?……まさかあなたあそこに行こうとしているの!?」

 

「ええ、行くわ。今日はそれを伝えに来たのよ」

 

突然娘から告げられた一言に母親は青ざめて固まっている。そしてせき止めていた何かが溢れ出しそうな表情で問いただす。

 

「な、なんでなの?なぜあなたまで行くのよ?あの人が帰って来なくなってから私がどれだけ苦労してあなたを育てたか分かっているの?」

 

母親は次第に取り乱し声を荒げる。

 

「だめよ!絶対にだめ!あなたまでいなくなってしまったら……また1人にしようとするの!?」

 

「……っ」

 

トゥーラはこれ以上言い返せなかった。

 

女手一つで大事に育てたかわいい1人娘が危険な大地へ行こうなどと親ならば反対するに決まっている。実際にトゥーラは半ば家出するような形でテックハンターの業界に足を踏み入れていた。そして母の気持ちがわかるがゆえに長く実家に帰れないでいたのだ。

 

今回行こうとしているところは並大抵の場所ではない。最後の挨拶になる可能性も踏まえてお世話になった母親にお礼を述べるためにあえて赴いたのだ。猛烈な反発にあうのは覚悟の上であった。

だからトゥーラの意志はここで揺らぐことはなかった。

 

 

全ては幼い頃に父親とかわした約束のため。

 

 

 

 

 

父親の名前はアードルフ・カイヤライネンといった。

 

トゥーラは幼い頃、アードルフがテックハントの調査先からガラクタの玩具を拾ってきてくれるのをいつも楽しみにしていた。壊れて動かなくなった玩具でさえ科学技術がふんだんに使われている仕組みが見て取れ、一日中目を輝かせながら飽きずに眺めていられたものだった。

 

「今回も期待して待ってろよ」

 

「うん!お父さんってどうしてこんな面白い物ばっかり見つけてこれるの?いつもどこに行っているの?」

 

「お?トゥーラも父さんの仕事に興味あるのかな?父さんはふるーい遺跡に眠っている人の生活に役立ちそうな便利な物を集めてくる仕事をしているんだよ」

 

「ふーん、みんなのために働いているなんて偉いんだね!私も大きくなったらお父さんみたいなテックハンターになる!」

 

「お?そうかそうか!じゃあ帰ったら道具の使い方とかを教えていかないとな!」

 

「分かった!」

 

このやり取りの後、アードルフはお気に入りのカウボーイハットを被り禁忌の島へ旅立った。そして消息を断ったのだ。

 

成長し自分の父親が何をしていたのか理解ができる年頃になりトゥーラは考えるようになる。

娘として彼を見つけ出し禁忌の島攻略を成し遂げる。そして父親が目指したであろう偉大なテックハンターになることで彼との約束を果たし、無念を晴らすのだ。

母親には申し訳ないがこれは自分に課せられた使命なのだと。

 

 

その夜、すっかりシャリーのことを忘れていたが、彼女は自力でトゥーラの実家に辿り着いた。どうやらトゥーラ・カイヤライネンの家がどこか聞き回っていたら知っている人がすぐに見つかり場所を教えてくれたらしい。

ショーバタイでは少なからずトゥーラの知名度が上がっていたようだった。

天然のシャリーが訪問したことで母娘の気まずい状況も少し和らげることが出来てその日は過ぎていった。

 

 

翌日、トゥーラは早々に出立する準備をしていた。実家とは言え母親と口喧嘩をしたせいで居心地が悪かったのだ。

しかしそこに母親が毅然とした表情で近づいてくる。

 

「おはようトゥーラ。あなたの頑固さは父親ゆずりね。私が何を言っても禁忌の島に行くつもりでしょう?」

 

「う、うん……」

 

「だったらこれを持っていきなさい」

 

母親はそう言って一振りの刀を差し出す。

 

「これは……?」

 

「父さんが昔に遺跡から持ち帰った物よ。価値は分からないけど見るからに切れ味が良さそうだし役に立つでしょう?」

 

「……ありがとう」

 

「あなた武器はいいとして仲間はちゃんといるの?シャリーという子はいい子そうだけど……奴隷だったのでしょう?まさか1人で行くわけじゃないわよね?」

 

「同行してくれる上位ランカーのテックハンターがいるの。それに今回チームも組まれるわ。実はハウラーメイズを取れたおかげで禁忌の島の攻略に現実味がでてきたのよ」

 

「そうなの……。必ず帰ってくるのよ?」

 

「ええ。分かったわ」

 

親への挨拶を終えたトゥーラは実家を後にした。腰にはキラリと光り輝く父親の刀を帯びて。

 

 

 

 

こうしてショーバタイを出て暫く歩いた頃

 

見渡す限り砂漠の広野の中で、一人の男が近づいてくるのを発見する。

 

「だ、誰でしょうか……また反乱農民ですかね?」

 

シャリーがオドオドしながら警戒している。

 

「ボロボロの服装だからそのようだけど……一人だけか。少しふらついているし何かの襲撃にあってはぐれたかな?」

 

男はそのまま二人に一直線で近づいてくるが手には鍬を持っている。

 

トゥーラも抜刀して構える。その様子を見ていたシャリーもトゥーラから貰ったお古の刀を抜いた。

 

「どうします!?や、やりますか!?」

 

「シャリー、落ち着いて。要件を聞いてからよ」

 

互いの距離が数メートルまで縮まると男は悲壮感漂う表情で声をかけてくる。

 

「た、旅人どの!すまんが食糧を少しだけでいいから分けてくれんか?農場がスキマーに襲われて逃げてきたんじゃが一人になってしもうた」

 

「……」

 

トゥーラは考え込んだ。この男一人に食糧を提供するだけの余裕はある。万が一、強奪しようとしてきても恐らく勝てる相手だ。ただ、気になることもある。

 

(真っ先に逃げのびた男が重たい鍬をずっと所持しているだろうか?)

 

それにこの辺に農場があると聞いたことはない。

 

「そこで止まりなさい。少しだけなら分けてあげられるわ」

 

「おお、ありがたい!」

 

男も言われた通り立ち止まり、荷物をおろすトゥーラを見てニヤニヤしている。

 

その様子に何か違和感を感じ取ったのかシャリーが声をかける。

 

「トゥーラさん。こんな奴ほっといてもういきましょうよ。何か気持ち悪いですよ」

 

「大丈夫。少し食糧を置いていくだけよ」

 

トゥーラはカバンから取り出したドライミートをナイフで裂き始める。

 

すると

 

「トゥーラさん!向こうから別の者達が走ってきます!」

 

「え!?」

 

振り向くと確かに目の前にいる男と同じような身なりの者達が歓声をあげながら接近してくるのだ。

 

「騙したわね!?」

 

側にいる男のほうを見やった瞬間、目の前には振り下ろされようとしている鍬が目に入り、すんでのところでかわす。

 

「飯をよこせぇええ!」

 

男はそのまま再度斬りつけようとしてくる。

どうやらこの男は後ろから走ってきている男達とグルのようだ。

一人が気を引いて油断している隙に後ろから襲いかかる算段だったのだろう。

 

しかし

 

『無限の太刀 参の型 羽衣』

 

トゥーラは冷たい目つきをすると襲いくる男の鍬を避けつつ持っていた刀で男の両腕を撫で斬った。

 

「あ……あ……ああ!」

 

切れた腕から鮮血が吹き出し、男はしばらくその様子をあ然としながら見ていたが、やがてそのまま膝をついて倒れこんだ。恐らく大量失血により気を失ったのであろう。

 

トゥーラはその様子を冷酷に見下ろしながら刀を一振りして血を飛ばすと、一言呟く。

 

「これだから男は信用できない……」

 

そして側で固まって見ているシャリーに声をかける。

 

「このまま走って逃げましょう」

 

シャリーは無言でコクコクと頷き、走りゆくトゥーラの後をすがるようについていった。



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66.ハンティングリスト

◆現在の仲間
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


トゥーラ達が拠点に帰宅したのは7日後であった。

そしてその夜、禁忌の島遠征をメンバーに対して申し出たのだ。

都市連合内に手配書が回っていないことが確認出来た今、テックハントを行うことに反対する理由はない。しかし、メンバーには難色を示す者が多かった。暇を持て余しているルイが意外にもそのうちの一人であった。

 

「おい、トゥーラ。随分急だしなんかお前変だぞ。ショーバタイも何で戦闘員でないシャリーと行ったんだよ」

 

「それは心配かけて悪かったわ。でも急いでいるのよ」

 

「早くそこに行きたい気持ちは分かるけどさ、計画的に万全を期して物事を進めるのが一流のテックハンターだってトゥーラが言ってたじゃないか。チャドさんが戻ってくるまで待ったほうが戦力的にいいだろ?」

 

予想外に反発するルイに対してトゥーラは一瞬何かを言いたげに前に乗り出すが、気を静めるように坦々と応えだす。

 

「計画しているからこそ間に合わないの。それに皆に来て貰う必要はないわ」

 

「ええ?何いってんだよ。禁忌の島ってヤバいとこなんだろ?戦えるメンバーが行ったほうがいいじゃん!」

 

この言葉にすぐさまヘッドショットが反応する。

 

「そんな危険なところ私は行かないからね?遠いし面倒くさい。レイもだよ」

 

ルイは先手を打たれた形になった。結局、なんだかんだ現状色々な面で頼りになるのはヘッドショットであったからだ。

 

「う……ヘッドショットさん行ってくれないッスか……。ガルベスも義手がまだないし……。シルバーシェイドは?」

 

仕込み杖を調整しているハイブ人のシルバーシェイドが視線をこちらに向けて答える。

 

「特別手当を請求することになるよ」

 

相変わらずの返答だ。ポートサウスの財産は短期間であったが回収出来るだけしてきた。しかし人数が増えた今、運営費以外にお金を使う余裕はあまりなかった。

 

「うーん、行ける人いないじゃん!あ!ラックルは起きているか?」

 

ルイはナパーロのほうを見る。ポートサウス戦以降、ナパーロがラックルそして694番の3人の人格、いわゆる多重人格であることを把握し一緒に生活をしていた。

ラックルら人格もこれまで存在をナパーロに隠していたが、互いに共存を受け入れていた。

普段は人付き合いが可能なナパーロの人格が表に出ているが、ラックルの人格は冷酷だが戦闘面で頼りになる存在であったのだ。

 

「行ってもいいみたいです」

 

ナパーロが代わりに応えた形だ。ラックルや694番の意思はナパーロを通じて伝えることが出来た。

しかしそれに強く反発したのはトゥーラだった。

 

「ちょっと!一度裏切ったメンバーなんかと一緒には行けないわ」

 

「いや……ナパーロ達は多重人格だって理解しただろ?それにロクシー(694番)も反省してんじゃん」

 

694番の人格は消滅したのではないかと思えるほどほとんど表に出てこなかったが、今後ルイ達に協力することを宣言したため、ルイ一派も受け入れていた。ロクシーという名前は番号で呼び続けるのも違和感があったのでルイが命名した形だ。

 

「敵対していた人格をよくもそう簡単に許せるわね。とにかくメンバーはこの中から募る必要はないのよ」

 

「……どういうことだよ?」

 

「今回もハウラーメイズ遠征の時と同じようにチームが組まれるの。私もその一員として参加してくるのよ」

 

「え!?そんな募集あったのか?」

 

手配書が回っていないかハウラーメイズ地方は何度か確認しに行っていたが、そのような宣伝が出回っていたらルイは真っ先に飛びついていたはずだった。

 

「公にはなかったけどハンティングリストに載ったの。たぶんハウラーメイズを取れたことにより禁忌の島攻略が現実味を帯びたようね」

 

「ハンティングリスト?」

 

「前に説明したじゃない。テックハンター順位50位以内に入ると協会から様々な依頼がリストになって仲介されるようになるの。禁忌の島がリストに載ったのは数十年ぶりのようよ。だからこの機会を逃したくないの」

 

「おお!そういうことか!誰が依頼主なんだ?もしかしてロード・オラクルか?」

 

「いえ、レディー・ミズイという貴族みたい」

 

「知らん名前だな」

 

ドスの効いた声でガルベスが横から口を挟んだ。元奴隷商であり都市連合とも多少は繋がりがあるため度々貴族社会の情勢をアドバイスしてくれていたのだ。しかしトゥーラはガルベスには目も合わせずにルイに話し続ける。

 

「出来ればマシニストのように純粋に科学技術を追求している機関が依頼主になったほうが安心なんだけど、貴族である分、今回の依頼料は高額よ」

 

「マジか!いくらだ?」

 

「前金で1万catで未知のテクノロジーを持ち帰ると1図面につき20万catみたい。段々私達も都市連合お抱えハンターになってきたわね」

 

「すげー!当分困らないじゃん!俺とジュードも行くぜ!」

 

ルイは喜び勇んでいるが、突然名前を出されたジュードは困惑する。

 

「ちょ!なんで俺も行くことになってんの」

 

「お前チャドさんの弟子なんだから武術の達人なんだろ?未開の地に行って腕試ししたいっしょ」

 

ルイがジュードの背中をバンバン叩いている様子を見てトゥーラは軽くため息をつきながら呟く。

 

「ルイとジュードなら私も問題ないわ。皆、異存がなければ明日にでも出発するけどいい?」

 

「明日!?随分急だな!この後の運営のこととか決めてないんだけど!」

 

慌てているルイの横でヘッドショットがボウガンの手入れをしながら応える。

 

「アタシが適当にやっといてやるよ。ってか本当に行くのかい?アンタらレベルが禁忌の島なんて行っても良い結果をもたらすとは思えないだけどね」

 

ベテランから唐突に言い放たれる非情な宣告にルイ達は思わず固まる。

 

「そ、そんなヤバいんすか?トゥーラ、俺らだけで本当に大丈夫か?」

 

「……平気よ。詳しくは道中で話すわ」

 

結局、自らの行動は自己責任になるこの世界で無理に引き止める者はおらず、翌日、ルイ、トゥーラ、ジュードの3人は仕度をして早々に拠点を旅立つことになった。

 

 

 

 

 

 

「アンタらが帰ってこなかったら財産は山分けしてこの拠点も引き払っておくからね」

 

ポートサウス戦を助けてくれたヘッドショットとは到底思えない実に無情な言葉を別れ際に頂き、さすがのルイも不安が募っていく。

 ハウラーメイズ遠征で成功を収めたとは言え、そもそも禁忌の島は若手のテックハンターが安易に手をだせるような場所ではないことはルイでも知っているのだ。

 禁忌の島は大陸の最東端にある地域であり、ちょうどテックハンターの拠点ブラックスクラッチから北東に行ったところにあった。

 

【挿絵表示】

 

 都市連合の領土からも近く行きやすい場所であったが、これまで誰も手を出そうとしないのには理由があった。一つは近くに攻撃的なカルト集団の村があること、そしてもう一つは禁忌の島では古代の兵器アイアンスパイダーが闊歩しているとの噂があったからだ。名前の通り鉄でできた蜘蛛型のロボットである。古代文明の科学技術で作り出され、主人のいなくなった今でもこの地域を徘徊しているようなのだ。

 

大陸と陸続きであるにも関わらず島と呼ばれる由来もこのように孤立した地形と恐ろしい噂から今日まで忌み嫌われ避けられ続けたゆえであった。

 

「トゥーラ。地理的にブラックスクラッチから回って行くのか?あっちは道中もリーバーとか出るし危険だぞ。どこかで他のテックハンターと合流するのか?」

 

拠点を出てすぐにルイは問いただした。感覚的にハウラーメイズ遠征以上に大規模部隊で行かないとまずいのに集合するような気配はなく、一体トゥーラが何を考えているのか分からないのだ。

 

「ハウラーメイズの都市まではこの3人でも大丈夫でしょう」

 

「ハウラーメイズ?そっちに行っても禁忌の島には行けないじゃん」

 

「船で渡るのよ。港町が出来て船を出せるようになったそうよ」

 

ハウラーメイズの半島の先端には元々港町の跡地があった。トゥーラが仕入れた情報によるとそこをロード・オラクルが本格的に漁村として活用して漁業を始めていたのだ。そこから禁忌の島は目と鼻の先であった。

 

「マジか!そりゃあ一気に中心部にいけて楽だな」

 

「ええ。目指す場所も中心部にあるとされている建物みたい。今回はそこの調査だけだから選抜したテックハンターのみで達成出来る見込みみよ」

 

「選抜って……もしかしてまた面接があるのか?俺ら無理なんじゃあ……」

 

「何言ってるの。もう私達は受かっているわよ。私達だって一応50位以内なんだし、それに今回うちのチームリーダーがすごい人だから大丈夫よ!」

 

トゥーラが急に嬉しそうに語りだした。

 

「リーダー?誰か一緒のチームになるのか?」

 

「ふふ。会ってからのお楽しみよ。とにかく今はハウラーメイズの都市へ急ぎましょう」

 

全てを語らずズンズンと前を行くトゥーラを他所にジュードは懐疑的な視線を送っていた。

 

「おい、ルイ。あの女大丈夫なのか?」

 

聞こえないように小声でルイに質問する。

 

「俺よりはちゃんと考えてる奴だよ。それに禁忌の島はトゥーラの父親が行方不明になった場所で、前からずっと目指していた場所なんだ。今まではトゥーラが俺の我儘にずっと付き合ってくれていたから今度はあいつの行きたい場所に行かせてやりたいんだ」

 

「そ、そうなのか」

 

禁忌の島を目指す理由を聞いてジュードは何も言えなくなった。ルイに半ば無理矢理連れてこられた手前、少なからず同行することに不満があったが、自分も親と崇めるチャド師範が行方不明になったとしたら、恐らく何も考えずに真っ先に駆けつけてしまうと思ったからだ。

 

各々が抱く思惑を胸にしまい、一向は一路ハウラーメイズを目指すのであった。



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67.思わぬ出会い

◆現在の仲間
【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


拠点を出発して1日後。ルイ達は無事にハウラーメイズ地域最北の港町に入っていた。

ここは元々廃村だったがロード・オラクルが再建し、BARが立つほど活気が出てきていた。

 

「ルイとトゥーラだ!」

 

「ハウラーメイズの英雄だ!」

 

ルイ達がBARに立ち寄ると人々がもてはやし讃え始める。やはりこの地域における知名度は高いようだ。

 

「遠征の時に見かけた移民の方々ね。私達覚えられちゃっているわ」

 

トゥーラはにこやかに愛想笑いし、軽く手まで振っているが、ルイの反応は反対だった。ここに来るとアウロラを思い出すからだ。

夕食を取りながらルイは真剣な表情でトゥーラに問いかける。

 

「そろそろ俺達のチームリーダーになる人の名前教えてくれよ。禁忌の島に行くんだから信頼出来そうな人なのかめっちゃ気になってんだけど」

 

ジュードもパンを口に頬張りながらウンウンと頷いている。トゥーラはすました表情で少し口に笑みを浮かべると、勿体ぶるように一呼吸置いて喋ろうとする。

 

しかし、そんなトゥーラの発表を遮るように突然見知らぬ男の声が割って入ってくる。

 

「なんだぁ〜?こんな小さなガキ共が禁忌の島に行くってのかぁ?」

 

いかつくて大きな体つきに旅用のロングコートを羽織り、重厚な棍棒を背負っている。見かけ上テックハンターのようだ。

男は近寄ってくるとさらに雑言を浴びせてくる。

 

「メガクラブも大したことない生き物だったんだなぁ」

 

かなり酔っているようで近づくと酒くさい。

 

当然こういう男に対して勝気なルイが何もしないわけがない。大男に全く及ばない身長で立ち上がると下からガンを飛ばす。

 

「ガキが俺様に何か用か?ちっちゃすぎて踏みつぶしちまうわ」

 

プツン。とルイの頭から音が聞こえる。

 

「てめぇ、いい加減に……」

 

キレたルイが喧嘩を売ろうとしかけた時であった。

 

「邪魔よ。私達の視界から消えなさい」

 

思いもよらぬ言葉をトゥーラが返したのだ。

ルイやジュードも啞然としている。

そして言われた大男は額に血管を浮かび上がらせている。

 

「言うじゃねぇか。ちょうど船の定員オーバーにならねぇか心配だったんだ。ここでお前達をリタイアさせるってのもありだなぁ」

 

船というワードでルイ達もこの大男が禁忌の島を目指す一員に応募している者だと気がつく。

 

「定員漏れを気にしているようじゃ大したことないわね。出直してきなさい」

 

さらにトゥーラが毒舌を吐き、もはや大男の顔は茹でダコのように真っ赤になった。

 

「ガキどもぉ……」

 

大男は棍棒に手をかけるが、横ではBARの警備員も目を光らせている。

 

「ちっ……まぁいい。取り敢えずお頭にお前達のCPを測って貰ってからでも遅くはない。どうせ船着場で会うんだしなぁ」

 

CPという言葉にルイはハッとする。サッドニールやスケルトン盗賊の長老が相手の力量を計測する際の数値として使っていたのを思い出したからだ。

 

「CPってコンバットパワーのことだろ?お前の頭はスケルトンなのか?」

 

「ああ?そうだ。しかも我々のお頭は短期間でランキング23位まで貢献度を稼いでいる。サッドニール様という方だ。お前達も月刊誌で見ているだろう?」

 

ルイ達に衝撃が走った。

 

「サ……サッドニールだって!?スケルトンなんだよな?いまどこにいるんだ?」

 

矢継早の質問に大男も面食らった形になる。

 

「2階の宿にいるが……お前知り合いなのか?」

 

「会わせてくれ!」

 

ルイの気迫に押され大男は勝手に会えばどうだと言わんばかりに階段のほうに手を向けた。

 

スケルトンが人間社会に溶け込んで生活しているとは言え、絶対数は圧倒的に少ない。その中でさらに同名のスケルトンとなると天文学的な確率になり得る。

ルイはトゥーラを見た。

 

「……ニールかな?」

 

「分からない。取り敢えず会ってみるしか……」

 

「だな」

 

ルイは恐る恐る階段を登っていく。偶然ではあるがついにサッドニールに会えるかもしれないのだ。自然と足も震えてくる。

しかしなぜ彼がここにいるのか目的が分からない。テックハントの貢献度も異様に高いが元々稼いでいたのだろうか。いくつか疑問が湧くがとにかく会えるならばルイにとって何でも良かった。

 

サッドニール。

スケルトンでありながら約15年間彼女を育てた後、旅の途中で別の目的を見つけチームを離脱。その後音信不通になっていた。

 

その間、ルイはトゥーラと共に独力で数々の至難を乗り越え成長してきた。その勇姿を育ての親であるサッドニールに見せたかったのだ。

 

「サッドニール……いる?」

 

薄暗い2階で静かに呼びかけると奥の方からスケルトンの起動音が聞こえてくる。

 

「私を呼んだか?お前は誰だ?」

 

サッドニールとはまた異なった音声の言葉で返事が返ってくると、その者が正体を現す。

 

【挿絵表示】

 

「だ……誰だよお前!」

 

「呼んでおいて誰だとは何かね」

 

その者はスケルトンではあるがサッドニールとは異なる容姿だったのだ。型も違うしこのスケルトンは衣服を纏っておらずただ不釣り合いとも言える大きなバックパックを背負っているだけだった。そして何より雰囲気が全く異なっていた。言葉に感情を感じられず親近感が沸かないのだ。

それはスケルトン盗賊の長老に対する感覚と似ていた。

 

「あ……すまねぇ。同じ名前のスケルトンと間違えたんだ……」

 

「……ほう。サッドニールというスケルトンが他にいてその者と知り合いという事かね?」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

「どこにいる?」

 

「いや、俺も知りたいぐらいだよ」

 

「そうか」

 

「…………」

 

ニールでなかった時点でルイにはこれ以上喋る話題はなくなっていた。

そして気まずそうにしていると、1階から先程の大男とトゥーラ、ジュードも上がってきた。

 

「お頭、すまねぇ。変なガキを行かせちまった」

 

大男が謝罪するとサッドニールを名乗るスケルトンも坦々と返す。

 

「構わない。今ここにいるテックハンターは恐らく禁忌の島に行くグループだろう。挨拶しておくことに越したことはない」

 

「あ、そうだった!こんなガキどもが一緒ってマズくないっすか?行くとこはあの禁忌の島なんすよ?」

 

「CPはギリギリだが足を引っ張るほどの数値ではなかった」

 

これにルイが激しく食いついた。

 

「え?え?俺のパワー測ったのか?いくつだった?教えてくれよ!」

 

「……CP39。誤差は測定不能だ」

 

「うおお!?そんな上がったのか?やったぜ!」

 

過去の測定から大幅に上がっており大喜びだ。

 

「喜ぶほどの数値じゃないだろうが。俺は70オーバーだぞ」

 

大男がすかさず突っ込むがルイは全く聞いていない。

 

「確か前の測定から20ぐらい増えてっぞ!」

 

一人盛り上がって最早周りは見えていないようだ。そこにトゥーラが冷静に声をかける。

 

「ルイ、どうやらサッドニール違いだったようね。そんなこともあるものなのね」

 

「あ、ああ。スケルトンに流行った名前だったのかな。まぁそもそもここにいるはずなかったし……」

 

「確かにそうね。兎に角、これ以上はもう有意義でもないし、明日も早いから私達はもう寝ましょう」

 

トゥーラがやり取りを切り上げるようにまとめたのでこの場はこれ以上何事もなく収まったのであった。

 

 

 

 翌日からルイ一同はハウラーメイズ中央の都市に向かうが、ここでも一悶着が起こる。

自称サッドニール率いるテックハンターチームと再度鉢合わせしたのだ。当然、BARで絡んできた大男も帯同していた。サッドニールというスケルトンは大男の他に2人のグリーンランド人と一人のシェク人の男を従え5人チームを組んでいた。どの男も厳つい体つきで、鉈武器、鈍器、重武器を背負っていて異様な圧を放っていた。

その要因は恐らくそれぞれの巨体だけでなく、その者達の人相の悪さも起因していた。顔中傷だらけな上に目つきも鋭く無愛想で、サッドニールというスケルトン以外は全員悪人顔なのだ。

 

大男はルイ達に気がつくとニヤニヤしながら近寄ってくる。

 

「よ〜結局お前達マジで参加するつもりなのかよ」

 

つられて他の厳つい男共も寄ってきて、あっという間にルイ達は巨体の男達に取り囲まれてしまう。

 

「どけよ。通れねーだろ」

 

ルイが虚勢を張るが、大男達は笑っているだけだ。

 

「股の間を通れよ。小さいから通れるだろ?何ならその小さいおっぱいを擦り付けていってくれてもいいんだぜ?」

 

一人の大男が大股を開き腰を降りはじめた。

これに反応したトゥーラが自分の刀に手をかけるが、大男達はさらに調子に乗る。

 

「おお?そんなちっぽけな武器で何する気だ?俺の息子でも斬ろうってのか?」

 

「ぎゃははは!柔道着の君!この雌ガキ達とはもうヤッたのか?上手くなるように俺達が調教しておいてやろうか?」

 

大男達はジュードの肩に手を回し絡み始める。

 

「ふ、ふ、ふざけんな!やってないし!」

 

赤面して答えているジュードにルイが声をかける。

 

「おいジュード、こいつらの下ネタに真面目に対応する必要ねーよ。こっちから行こうぜ」

 

ルイは相手にせずに回り道しようとするが、尚も大男の一人が通せんぼする形で前に立ちはだかる。

 

「ガキだが顔は悪くねぇ。こんな田舎で娼婦もいねぇんだ。俺たちの相手しろよ。気持ちいい体験させてやるぜ?」

 

この言葉にトゥーラの表情が見る見ると蒼白になっていく。刀を持つ手も心なしか震えている。ポートサウス奴隷商に捕まり散々な目にあった彼女にとって性的な話はトラウマになっていたのだ。

 

「ん?おいおい、震えてるのか?ハハハハ!昨日の威勢はどうしたんだよ!優しくしてやるから安心しな嬢ちゃん!」

 

BARで絡んだ大男がトゥーラの様子に気づいてさらに絡もうとした時であった。

 

「お前の相手は私がしてやろうか?」

 

ドスの効いたハスキーボイスが後ろから聞こえてきたのだ。

 

大男が振り返るとそこにはさらに背の高い短髪のグリーンランド人が立っていた。

 

「あ、あんたは……!」

 

「くくく。私は床の技は苦手だが剣は得意なんだ。お前ら全員まとめてでもいいよ」

 

一見すると男と見間違えそうだがまさに今度は大女が現れたのだ。その大女は男共を一喝したあとルイ達のほうを向く。

 

「よう。久しぶりだな。トゥーラ。随分成長したんじゃないかい?」

 

この声を聞いたトゥーラの表情は一気に明るくなっていく。

 

「リドリィさん!!ご無沙汰しております!」

 

リドリィと呼ばれた大女はニカッと笑みを浮かべて腕を組んだ。



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68.出立へ向けて

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


リドリィ。

単独活動しながらテックハンターとして十傑の9位に位置するほどの猛者である彼女は、女の身ながら巨躯であり、フォーリング・サンという曲形に曲がった特徴的な重武器を使いこなし、界隈では『最強の女傑』と呼ばれていた。

 

【挿絵表示】

 

「やべぇ、リドリィだ……こいつたしか懸賞首ハントもやってた気が……お前を追ってきたんじゃねーか?」

 

「俺は最近大人しくしてたぜ。お前だろ!」

 

大男達はリドリィを見るなり一気に戦意喪失して慌てふためいている。

 

「ふーん。テックハンターの身でありながら強盗の容疑で検証金2000catかけられているロドリゲス。窃盗犯エリスに盗賊ハドソン。そして強盗・強姦致死で5000catのリンゲルか。でかい図体の割にB級ばっかだな。やっぱ相手にしないから安心しな」

 

リドリィは名前を言い当てられて萎縮している大男達には目もくれず、それを束ねているであろうスケルトン、サッドニールに声をかける。

 

「そこのスケルトン。あんたがリーダーだろ?部下を野放しにしてんじゃないよ。市民に迷惑がかかっているだろ」

 

呼ばれたスケルトンは無言でリドリィを見据えたあと一言呟く。

 

「CP84±10といったところか。さすが十傑のリドリィだな」

 

「!!!!」

 

その場にいた一同に戦慄が走る。

 

「うげぇ!マジっすか!」

 

スケルトンの計測結果に大男達はさらに引いている。当然、ルイ達もだ。

 

「おい、トゥーラ。もしかして俺達のリーダーってリドリィさんか?……くそ強いな」

 

「え、ええ」

 

トゥーラ自身もまさかそこまですごい人だと思っていなかったようだ。

皆が啞然とする中でリドリィはトゥーラに喋りかける。

 

「さて、あいつらはどうせ船で一緒になりそうだし、放っておいてまずはうちらチームの自己紹介でもしようか」

 

リドリィはトゥーラの肩を手繰り寄せ、別の場所に移動する。

これに対してトゥーラは緊張しているようでシドロモドロだ。

 

「リ、リドリィさん。私達は想定通り3名で参加します。こっちがルイでこっちがジュードと言います」

 

トゥーラの紹介に合わせてルイ達は軽くお辞儀をする。

 

「ふっ。知っているよ。メガクラブにトドメを刺したんだって?やるじゃないか。頼りににしているよ」

 

リドリィはルイに対してバチコーンと音を立ててウィンクする。

 

「あ、は、はい!」

 

「トゥーラもよくここまで頑張ったね。絶対にアードルフを探し出そうな」

 

「……はい!」

 

男より男前なリドリィにルイとトゥーラは早速メロメロになっていた。トゥーラに至っては元々自分の命を救ってくれた憧れのテックハンターにまた会えたのだからその喜びは一際大きかった。

そもそも今回の禁忌の島行きについてはトゥーラが手紙でリドリィに対して以前から相談していたようで、ハウラーメイズ攻略を経て、やっと認めてくれて一緒に仕事が出来ることになったのだ。リドリィに対する思いが強いのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 リドリィと合流した一向はサッドニールチームを置いて目的地を目指し始めたが、ルイとトゥーラはトキメキが止まらないようで並んで話し続けていた。

 

「なるほどなぁ、トゥーラが惚れるのも無理はないぜ」

 

「でしょう。力量だけでなく度胸もマインドも一流よね」

 

「だなぁ。俺でもひと目見てすごさが分かるよ。逆にどんだけ頑張ればあの域までいけるのかってちょっと萎えたぜ」

 

そこに先頭を歩くリドリィが振り向いて声をかける。

 

「おーい、早く行くぞ。私達は既に遠征メンバーとして内定しているが、今回はテックハンターの混合チームになるから事前に他チームとも意識合わせしておきたい」

 

「は、はい!」

 

リドリィに呼ばれるとルイとトゥーラも背筋がピンとなって走り出す。

 

 

そして

 

「ストーップ!」

 

「は、はい!」

 

荒野の中でリドリィが急に皆を止めた。

 

「カニの集団がいるね。食糧も少なくなってきたし、君たちの力量を見ておきたい。ちょっと3人で倒してきてくれ」

 

「は、はい!」

 

カニは全部で7匹。3メートル級も混ざっていたが、今のルイにとってはさほど苦にはならなくなっていた。

 

「トゥーラは武器が不向きだろ。今回は弓で援護してくれ。ジュードはカニとやったことあるっけ?」

 

「大丈夫だ。大きいのはちょっと拳が痛みそうだけど」

 

「じゃあ、あの3メートル級は俺がやるから周りを寄せ付けないでくれ」

 

「了解」

 

 

 

こうして3人は難なくカニの集団を撃破した。

 

「へぇ〜やるじゃないか。連携も出来ている」

 

リドリィも褒めてくれた。

 

「が、しかし」

 

「しかし?」

 

「トゥーラはボウガンと刀で対人外は不向きだとしても、ボウガンの射撃精度はもっと上げないと話しにならないな。ルイに当たりそうだったぞ」

 

「はい……」

 

「ルイはそれ無想剣舞か?ちゃんとモールに教わったのか?」

 

「モ、モール?俺はアウロラさんに教えて貰ったんですけど(殆ど時間とれてなかったけど)」

 

知らない名前が出てきてルイは困惑した。

 

「アウロラか。彼女もモールの弟子だったよ。夢想剣舞を編み出した開祖はモールだからな。いまどこにいるか分からんが見つけたら教えを請うがいい」

 

重大な事をサラリと言い放ち、リドリィはそのままジュードを見やる。

 

「ジュード君はその武術を誰に習ってるんだい?」

 

「え、あ、チャド師範です!」

 

「おお、チャドか!知っているよ。ノーファクションのメンバーだったね。武術と言ったら伝説級のティンフィストか拳聖チャドと言われてたぐらいだよ」

 

「師範を知っているのですか!ノーファクションも!」

 

「おう覚えてるさ。他にもローグ、バーン、ハムート。あそこは猛者揃いだったからなぁ。ここ数年見かけてないが」

 

どうやらリドリィはもうノーファクションがないことまでは知らないらしい。

そしてルイはリドリィの口から唐突に出た自分の父親の名前に誇らしくなったが、打ち明けるのは躊躇した。ほとんど覚えていないし、自分が褒められたわけではなかったからだ。

 

「まぁチャドに教わっているなら問題ないな。3人とも足手まといにはならなそうだ。今後も自分の欠点を意識しながら日々精進するように!」

 

「はい!」

 

この時、リドリィがジュードだけ君ずけで呼んでいることに違和感を覚えていたが、皆、敢えてここでは触れなかった。そして後にリドリィはどうやら男の子にだけ甘いということが発覚するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

2日後。

 

野生のカニを狩って食糧を確保しながら一同はついに出港元となる港町に到着した。

 

港町はハウラーメイズの最南端にあり、元は古の都であったが、残っている廃墟を活用して港町として再興しつつあった。

そこには既に持ち主が分からない船が2隻並んで停泊していた。

 

「どっちの船の持ち主がレディー・ミズイなのかな」

 

「こっちの綺麗な方じゃないかしら?それでも割と小さいわね。6、7人しか乗れなくない?これだと本当にあのサッドニールチームと定員をかけて争うことになったりして……」

 

リドリィチームが4名。サッドニールチームは5名いる。これだけでもオーバーしているのだ。トゥーラはリドリィのほうを見るが、特に心配している様子もなく荷物をおろして大あくびをしている。

するとそこに一人の男が近づいてくる。

 

「あなた方、禁忌の島に行くテックハンターですか?」

 

【挿絵表示】

 

男は赤い顔をした特徴的なシェク人であった。さらに特徴的なのは抱える荷物の量だ。大きなバックパックを背負い、バックの端には申し訳なさ程度に斬馬刀をくっつけている。

 

「ああ、そうだ。あんたもか?」

 

暇そうにしていたルイが勝手に応えた。

 

「ええ。私はトレジャーハンターのディアーと言います。見ての通り荷物係として雇われました」

 

「ふーん、シェク人にしては珍しいな。つーかまた一人定員が増えたわけか。もう雇い主は来てるのか知ってる?」

 

「分かりません。私もここに集合するよう言われたのですが道中で死にかけましたよ。護衛を連れてくるべきでした」

 

「ハハハ。確かにハウラーメイズは一人じゃ危ないな。町で出会ってたら一緒に行けたんだけどな」

 

「ええ、そうでしたね。街であなた方を探していれば良かったです」

 

ディアーという男は話すと気さくなシェク人でこれまで同行してきた遺跡や見つけた宝物のことを話してくれた。その様子を無表情で聞いていたリドリィであったが何かに気づいてピクリとする。

 

「サッドニール御一行も到着のようだ」

 

スケルトンと大男4人組が姿を現したのだ。

そしてサッドニール(仮)はリドリィに問いかける。

 

「雇い主は来ていないのか?」

 

「まだのようだ。ただ向こうの木陰にずっとこちらを伺う気配はある。揃うのを待っていたんじゃないか?」

 

リドリィの指摘にその場にいる者達は一斉に木陰を見た。すると木陰から声が聞こえてくる。

 

「気配に気づくとは流石です。リドリィ様。サッドニール様もお待ちしておりました」

 

木陰から黒ずくめの格好をした男が2人出てきて喋りながら近づいてきたのだ。

 

【挿絵表示】

 

ただ、どうやら敵意がないことは皆感じ取っているようで接近に警戒する様子はない。

 

「我々はレディー・ミズイに雇われた立会人ホセと私シオタと申します。これからあなた方に禁忌の島を調査して頂くにあたって我々が同行し、確認を行う任務にあたらせて頂きます。以後お見知り置きを」

 

この言葉に誰も驚くことはなかった。見てくれは怪しいが、任務中に依頼主の代理や監査として立会するパターンは場合によってはよくあることだったからだ。

ただ、サッドニール組の大男が口を挟む。

 

「ちょい待てや。それより現地で見つけたお宝は自分の物にしていいんだよな?契約書にはそう書いてあったよな」

 

「はい。我々は太古の技術にしか興味がありません。ですので見つけた設計図は提出して頂きますが、それ以外の品はご自由にして頂いて構いません」

 

「報酬は?前金一人10万cat!先に払って貰うからな」

 

「そちらも問題ありません。設計図は内容により20万cat支払います」

 

立会人から出てきた金額にサッドニール組から歓声が上がった。この世界における10万catはS級の賞金首一人を捕らえた内容に匹敵しており破格の金額なのだ。

 

しかし、ルイの表情は憮然としていた。

 

「あいつらの前金……俺らへの提示額より高くないか?」

 

「力量で決めているのかしらね」

 

トゥーラも少し憤りを感じていたようだ。

しかしそんなリドリィ班の思惑を他所に立会人は颯爽と船のシートを外し出す。

 

「―――では、早速船に乗り込みましょう。前金は船の中でお渡しします」

 

立会人2人それぞれの手にはキーのようなモノが握られていた。

 



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69.禁忌の島

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


「待ちな。もう少し全体計画の詳細について意識合わせはしないのか?目的地、ルート、滞在期間、達成条件、チーム構成、色々あるだろ?我々はまだあんた方のこともよく知らない」

 

立会人を止めたのはリドリィだった。

確かにこのまま渡航が始まるには先程の立会人を名乗る者達の説明だけでは大雑把過ぎる。

そもそもこの立会人の2人が本当に依頼主の立会人かも証明されてはいなかった。

 

立会人は慌てる素振りも見せずに振り返る。

 

「今回の渡航は至ってシンプルですので船で移動中にお話しようと思っておりましたが、あなたの言い分も理解できます。ですので少しだけここで共有しておきましょう」

 

立会人は船が被っていたシートを畳みながら続ける。

 

「今回の目的は禁忌の島の中央にあるとされる工場らしき建物の調査です。付近の沿岸に船を停めてすぐの場所ですので工程も10日程度を想定しています。船は2隻ありますので、サッドニール班とリドリィ班に分かれて乗船して頂きます」

 

立会人の話からするとここに停泊している2隻ともレディー・ミズイの持ち物だったようだ。これで定員割れを気にする必要はなくなったが、今の時代で船を数隻でも用意できるレディー・ミズイの財力は計り知れないものがあった。

 

「この新しい港町だけで2隻も保有しているなんてレディー・ミズイは随分お金持ちなんだな」

 

誰もが思っていることをリドリィが口にする。

 

「我々は旅程の立会だけ任されておりますので雇い主様の事は存じておりませんが、レディー・ミズイは都市連合に新設された科学統制機関の顧問をされております」

 

「なるほど。ということはこれは国家機関からのオーダーというわけか」

 

科学統制機関という組織名はルイ達も少し耳にしたことがあった。科学の衰退により人類存亡の危機が目の前に近づいてきたことで、食糧問題等数々の課題を打開するために都市連合が数年前に設立した機関だ。ここで全世界の科学力を結集し、人類社会の復興と発展を目論んでいるようだ。

ただ、純粋に科学を追求しているマシニストと違い、国家として科学力を軍事面でも利用しようとしている傾向もあり、テックハンター協会も完全に信頼してはいなかった。

 

リドリィもある程度予想していたのか驚く様子は見せなかった。そしてこの立会人の説明に矛盾点がなく、ある程度依頼主に信頼がおけると判断したようだ。

 

「後は前金は別として、持ち帰った設計図と報酬金の交換場所だな。大金だからハウラーメイズ都市にあるロード・オラクルのノーブルハウスとかか?」

 

リドリィがこの質問をした理由は2つあった。1つは単純にどこで交換するのか単純に疑問だった事と、2つ目は設計図を持ち帰らせておいて、報酬を払わずに消されないか懸念があったからだ。今回は国家機関からの依頼ということである程度信頼は出来たが、新設の科学統制機関やレディー・ミズイのことなど知らない事が多い。そのため然るべき場所で報酬の受け渡しがされるのか、懸念をある程度解消したかったのだ。

 

「我々は任務終了後にこの港町にお連れすることまでしか聞かされておりません」

 

「なんだと?それじゃあこの辺鄙な港町までレディー・ミズイって奴が直接支払いに来るのか?」

 

「我々はお答え出来ません」

 

「説明不十分で話にならないな。契約は初めてか?このままだと履行出来ない」

 

「既に計画は進行中ですし契約は成立している認識です。最早あなた方のキャンセルは効きません」

 

「ああ?」

 

その場の空気が瞬時に冷たくなる。頭の片隅で考慮していた懸念が高まったのだ。

立会人が報酬受け渡しを明確に説明出来ないことは『受け渡しまでは想定していないから』、つまり、報酬を支払うつもりはない、そう捉えてもおかしくないのだ。

賊や弱小勢力ならまだしも世界三大国家の都市連合がこの手を使う可能性があるのか。

 

(現状の腐敗しきった貴族ならばやりかねない)

 

リドリィの表情がそれを物語っていた。

こうなると船に乗る前にこの依頼を受けるべきか、この場を強引に去るべきか。決めなければならない。

 

ただ、ここで断ったとしたら立会人達がどう動くのかは読めない。既に物陰に多数の兵を隠していて断った途端に襲いかかってくる可能性もあるのだ。

これまで数々の任務を一人でこなし生き抜いてきたリドリィはどのような判断をするのか。

 

トゥーラは表情を伺いながら自分の刀の鞘に手を添えていた。

 

しかし、しばらくの沈黙の後、この重たい空気をトレジャーハンター兼荷物持ちのディアーが変える。

 

「ここはロード・オラクル領でレディー・ミズイも自由にやれない面があるのでしょう。不安なら報酬を貰うまで設計図を海面に落とすなり破くなりの準備をしておけばいいじゃないですかね?」

 

意外な人間からの提案にリドリィも面食らう。

 

「疲れて帰ってきた後もそんな駆け引きするのは面倒くさいんだよ。まぁいい。道中で考えるさ」

 

リドリィがこれ以上何も言わなくなったことで立会人は再度、船の準備を始める。

 

「申し遅れましたが、我々しか船の操縦は出来ません。この2隻の船にはモーターという科学技術が使われており、自動で前に進んでくれます。さぁどうぞお乗りください」

 

先程までの険悪なムードを引きずったまま言われるがままにルイ達は船に乗り込むが、初めての船上の揺れに興奮を隠せない。

 

「うお!?すっげー揺れるな、この生き物!」

 

「何言っているのよ!生き物なわけないでしょ!船なのよ?これは車輪が海底に降りた時の揺れよ」

 

ルイとトゥーラの掛け合いにジュードは呆れながらも無言で乗り込んだ。

続いてディアーというトレジャーハンターも乗り込んでくる。

 

「あ、お前こっちの船なのか!よろしくな」

 

「人数的にこっちでした。宜しくお願いします」

 

沢山荷物を背負っているせいかディアーが乗ると船が大きく揺れる。

 

「おお〜モーター頑張ってるな!頼むぜ〜」

 

ルイが手すりをポンポンと叩いていると大きな声が聞こえてくる。

 

「イヤッホー!先に行ってお宝全部貰っておくぜーー!」

 

見るとサッドニール班の船が加速し始め、グングンと進んでいってしまい、あっと言う間に小さくなって見えなくなってしまった。

 

「ああ!こっちの立会人、何やってんだよ!置いてかれちまったぞ」

 

「こちらの船は旧型なのです。心配しなくても集合場所は同じですし合流してからスタートですよ」

 

「本当かぁ?何かあっちばっかり優遇されてて腹たつんだけど!」

 

「ルイ、それぐらいで騒ぐな。滅多にない船旅を楽しもうじゃないか。……オェ」

 

リドリィが端っこに座って静かにルイを諭すがどうも様子が変だ。

 

「リドリィさんいま吐きそうになりました!?酔ってます?お酒飲みました!?」

 

「ルイ!そっとしてあげて!」

 

一同はリドリィが船酔いしやすいという意外な弱点を発見しつつも、彼女が強がっているのを見てこれ以上追求することはなかった。

 

こうして1隻目が出発してから数分後、ルイ達が乗る2隻目も無事に動き出した。

 

 

 

サッドニール班。リンゲル。エリス。ロドリゲス。ハドソン。立会人ホセ。

リドリィ班。ルイ。トゥーラ。ジュード。ディアー。立会人シオタ。

総勢12名の遠征チームは禁忌の島を目指して動き始めた。

 

船はどんどん海岸を離れていき、やがて岸が見えなくなるぐらい進んでいく。そして代わりにどんよりした対岸らしき陸地が薄っすらと見えてくる。

 

「ついに、だな。トゥーラ」

 

「……ええ」

 

トゥーラにとって因縁の地、禁忌の島。

 

憧れのテックハンターとなり、これまでいくつもの死線をくぐり抜けてきた。奴隷として辱めを受けた時期もあった。

それでも諦めずに鍛錬を重ね、ハーモトーやウィンワンの剣技を学び、トップクラスハンターのリドリィを説得し同行してもらうまで至った。

全てはこの地で行方不明になった父親を探すため。

 

トゥーラの目は静かに燃えていた。

 

 

【挿絵表示】

 

禁忌の島遠征メンバー

 

 

岸が近づくにつれて島の異様な空気がヒシヒシと伝わり始める。木は骨のように枯れ果て地表は荒れた土に覆われている。生命の気配がないのだ。

 

「やはりこの辺はまだ酸性雨が降っているな……うぷ」

 

リドリィは皆にダストコートと笠を着るよう指示する。これで酸性雨による肌へのダメージは防げるようになる。

 

「サッドニール班の船が見当たりませんね」

 

立会人シオタは船のスピードを落としながら接岸できる場所を探す。

 

「向こうの船の接岸ポイントがずれたわけじゃないんですか?」

 

ディアーが聞くとシオタも首をかしげる。

 

「湾内なので潮流はないはずなのですが……私達はあそこに付けましょう」

 

船はゆっくりと禁忌の島につき、最初に上陸したのはトゥーラだった。

 

風と波の音さえ聞こえるがそれ以外の音は全くしない死の大地。ここのどこかに父親の痕跡があるかもしれない。トゥーラは自然と気が引き締まっていくのを感じていた。

 

 

 

 

「立会人。サッドニール班はもうとっくに着いているはずか?」

 

リドリィがシオタに質問した。

 

「はい。そうです。予定通りであれば見える範囲にいるはずなのですが……」

 

「ではしばらく待とう。トゥーラ、ルイ。酸性雨避けのテントを張っておいてくれ。ジュードは立会人の船の整備を手伝ってくれるか?」

 

「分かりました」

 

「私はあの高台に行って船を探しつつ、この辺の様子を見てくる」

 

そう言ってリドリィは走っていってしまった。

残されたディアーはオロオロしながらも荷解きを開始した。

 

 

 

それから2時間ほど経過した頃

 

今だサッドニール班の船は姿を見せないでいた。

 

「おかしいですよ!何かあったんですよ!」

 

ディアーはすっかり狼狽している。立会人シオタも予定外のようでしきりに海のほうを見ていた。

 

「これってヤバくね?もしかして抜け駆けして先に行ったんじゃ?」

 

ルイはトゥーラに問いかけるが、彼女も青ざめたまま反応はない。万が一このままサッドニール班が来ない場合、禁忌の島の探索計画自体が危うくなるのだ。

 

リドリィは既に酔が覚めており、難しい顔をしながら辺りを警戒している。

 

「おい立会人。船が見つからない時点で余り良くない状況だが、仮にサッドニール達が我々を待たずに先に行こうとした場合、向こうの立会人は引き止めてるか?」

 

「はい。禁忌の島は2チームの連携が必要と考えておりますので単独行動は許していないです」

 

「となると、この周辺にもいないなら船で何かあったことになるな」

 

「そうですね……」

 

リドリィは少し考え込んだ後、決断する。

 

「もうしばらく待って合流できない場合、この計画は中止して帰還する。それでいいな?立会人」

 

上陸して数時間しか経っていないが事態は最悪な結末に向かっていた。

 



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70.復帰

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


日が沈み辺りは焚火やタイマツで視界を確保しないと全く見えないほど暗闇に包まれていた。しかし一向にサッドニールチームの船が着く気配はなかった。

 

「時間だ。残念だがここまでだ。撤退準備をしよう」

 

リドリィはトゥーラを見ながら撤退宣言をする。これはほぼトゥーラに伝えているようなものだった。彼女の悲願をこのような形で終わらせるのは心苦しいが仕方がないのだ。

 トゥーラもこの判断が正しいと頭では理解している。ただやはりやるせない気持ちが強い。

 ここまで準備をしてきたのに出だしで何もしないまま終わりになるとは思ってもいなかった。

 

「リ、リドリィさん、私達だけでも行けませんか?」

 

「不測の事態が起きて戦力的に続行不能なんだ。出直すしかない」

 

「ですが……」

 

「くどい。早く準備をしろ!」

 

リドリィに一喝され、トゥーラは険しい表情でテントをたたみ始める。その様子を見てルイは慰めようと声をかける。

 

「トゥーラ、死ぬわけじゃないんだしまた準備して来ようぜ」

 

「…………あなたはいいわよね。他人事だから」

 

「え……?」

 

「未知の技術や報酬のことだけ考えていればいいんだし」

 

「いや、俺は……」

 

ルイは言葉に詰まってしまった。こんなトゥーラの反応は初めてだったのだ。そしてトゥーラもルイが狼狽えていることに気がつき謝る。

 

「ご……ごめんなさい。言い過ぎたわ」

 

お互いは背を向けてそれ以上喋ることはなかった。

 

 

 

こうして誰もが無言で撤収準備にかかっていた頃

 

奇妙な音が規則的に聞こえてくる事にジュードが気がつく。気まずい空気が流れていたので誰にも相談出来ずにいたが、その音は徐々に大きくなり無視出来ない大きさになっていた。

 

「お、おい。ルイ、聞こえるか?」

 

「……ん、どうした」

 

ルイも落ち込んでいるのか生返事だ。

 

「音だよ!ガシャンガシャンって!近づいてきてる!」

 

「!!」

 

リドリィがこの会話を聞いてすぐさま背中のフォーリング・サンを抜く。そして

 

「戦闘体制に入れ!」と大声で叫び、音のする方を向いたのだ。

その場にいる全員がつられて同じ方角を警戒する。

 

ガチャン。ガチャン。

 

やがて“それ”は焚き火の明かりが届いていない暗闇から姿を現す。

 

尖った複数の足を交互に前進させて動く様は一見カニのようであるが、根本的に違うのはその材質だろう。足がザクリと地面に着地するたびに聞こえる重もしい音と駆動する機械音からこの生命体もスケルトンと同様金属の機械で出来ている事が分かる。

 

蜘蛛型の戦闘マシーン。アイアンスパイダー。失われた古代文明の産物であり、主を失った今も侵入者を排除すべくこの地を徘徊しているという噂は本当だったのだ。

 

「皆下がっていろ!」

 

リドリィはフォーリング・サンを構えながら一人、前に出る。アイアンスパイダーもリドリィに照準を合わせたようで両者ジリジリと寄っていく。

 

最強の女傑と称されるリドリィだが、一人でこの鉄の蜘蛛を倒すことが出来るのか。ルイ達は固唾を飲んで見守る。

 

先に仕掛けたのはアイアンスパイダーだった。後ろ足で重そうな胴体を持ち上げ、相手に覆いかぶさるように前足の爪を素早く突き降ろしたのだ。

 

しかし、リドリィはそれを難なく横にかわすとフォーリング・サンを鉄蜘蛛の足に叩き込む。

 

ギィン……と鈍い音がして鉄の足の一本が第一関節から折れた。

 

リドリィはそのまま動きが鈍くなった鉄蜘蛛の別の足に追撃を加え、さらに数本奪い取った。

 

「ふぅ。こんなもんか」

 

「おお!」

 

歓声の中でアイアンスパイダーは片側の足を失くし制御を失っているようで、前に進もうとしその場をクルクルと回りだした。

 

「よーし。後は3人でトドメをさしてみろ」

 

そう言ってリドリィはルイ、トゥーラ、ジュードのほうを向くが、目があった3人はビクリとする。

 

「え、私達でですか……?」

 

いとも簡単に破壊したように見えるが、アイアンスパイダーの初撃は凄まじく速かった。

そして恐るべきはその攻撃力だ。リドリィが避けた後の硬い地面は鉄の爪で掘り起こされている。カニの攻撃なんかよりも鋭くて重たいことが想像つく。

 

だが、アイアンスパイダーは先程のリドリィの攻撃でその場からは動けないようだ。これにルイは目をつけた。

 

「どんな手を使ってもいいんすか?」

 

ルイは念のためリドリィに問う。

 

「構わん。この世界に正々堂々などと言う言葉はない。何をしてでも相手を戦闘不能にしろ」

 

この言葉にルイとトゥーラは目を合わせる。

考えたことは同じであろう。まずはボウガンで射撃をして様子を見る。

 トゥーラは早速、アイアンスパイダーが正面を向いた時に顔面に向かって矢を放つ。

しかし無情にも矢は刺さるどころか跳ね返される。

 

「……!」

 

トゥーラは次に刀に手をかける。ここ最近は生前のウィンワンが残していた『無限の太刀秘伝書』を読み漁っていた。刀のような細い得物でも太刀筋さえ磨けばどんなに硬い金属でも弱点を見つけ出して切り込みを入れられる、と応用編には書いてあった。

 

(刃こぼれしないよう同じ箇所に集中して削れば可能……)

 

アイアンスパイダーは矢を放ったトゥーラをレンズのような目で凝視している。まるで「近づいたら必ず殺す」と言わんばかりの冷徹な視線だ。

 

「む、無理だわ……」

 

トゥーラは戦わずして戦意喪失した。

今の実力ではカニと戦った時のように刀が折れるだけで鉄蜘蛛の反撃も恐らく避けれないだろうと判断したのだ。

 

「じゃあ俺がやってみる。あいつの間合いに入る前に一撃離脱戦法だ」

 

今度はルイがデザートサーベルを取り出し少しずつ近づくが、初めて見る鉄の巨体に及び腰になる。

間近で見ると3メートル級のカニぐらいの大きさなのだ。

 

「まともに攻撃を受けるなよー。お前らだと即死だぞー」

 

後ろからリドリィがアドバイスを送るが、それがかえって恐怖を掻き立てた。

クルクル回っている機械が後ろを向いた時を狙って足に一撃を入れて見る。

 

しかし、先程リドリィが容易く破壊していた鉄の足は傷がついた程度で全く折れる気配はなかった。

 

「……!!」

 

3人は戦慄する。

恐らくこれだとジュードの武術攻撃も無意味などころか拳を痛める可能性すらある。

 

「全力の回し蹴りを数発入れれば破壊出来そうだけど……あいつの攻撃を避けつつやれる自信は俺にはない」

 

ジュードは堅実タイプなのかすぐさま白旗を上げた。

 

「あとは俺の無想剣舞を遠心力つけて最大限の力で打ち込めばダメージあるかもしれないけど、反撃が怖いしあの機械の動きがどうも読めないんだよな……」

 

あっと言う間に3人の打つ手がなくなった。

そして損傷して動けないでいるアイアンスパイダー1匹すら倒せない現実を理解して絶望する。

 

しかしリドリィはこうなることが分かっていたようだ。

 

「現状の自分たちの立ち位置を理解したか?お前達はこのレベルの敵をまだ倒せない」

 

「でもサッドニールっていうスケルトンも俺たちはギリギリいけるって……」

 

「それはすぐ死なずに囮として役にたちそうだから言ったのだろう」

 

非情な言葉を坦々と言い放つリドリィにトゥーラはハッとした。

 

元々自分たちはこの地域を単独で歩き回れるレベルじゃなく、“足手まといにならない程度”だったのだ。サッドニール班やリドリィがいたから連れて来てくれただけなのだ。

それを無理言って続行を願い出るなどリドリィに負担をかけるだけであった。

 

ガシャン!シューン……

 

気づくとリドリィは鉄蜘蛛にトドメを刺していた。重いフォーリング・サンを容易く振り回すリドリィを見てトゥーラは自分の不甲斐なさを感じていた。

 

「この騒ぎで他の鉄蜘蛛が来たら私だけではカバー仕切れない。立会人、船の準備は出来たか?」

 

「あと少しです」

 

ディアーなどは鉄蜘蛛に恐怖を覚えたのか、荷物をまとめるスピードが上がっている。

しかしホッとしたのも束の間、今度は皆の恐怖を煽る音が暗闇の海から聞こえてくる。

 

バシャバシャバシャ!

 

「海から!?」「今度は何だよ!」

 

皆、剣を抜き構える。

 

「何かいるぞ!警戒しろ!」

 

ヌゥっと海の中から人影が数名浮かび上がってきてまたもやルイ達は戦慄する。この世界には半魚人のような生物もいるらしくまさしくそいつらが海から現れたのかと思ったからだ。

 

しかし、人影達の様子はどうもおかしい。

 

「げぇほ!ゲホゴホ!」「ゔぇええ!」

 

人影は上陸するなりフラフラして倒れ込むと海水を吐き出したのだ。

 

「お前達……サッドニール班のメンバーか!?」

 

よく見ると見覚えのある大男達なのだ。

ルイ達は急いでその巨体を海から引っ張り出し安全な場所まで運ぶ。

 

「しっかりしろ!何があったんだ?」

 

リドリィが一番元気そうな大男に声をかけた。

 

「ゲホゲホ!船が……沈みやがった……!ざっけんな……!」

 

「何だと?サッドニールはどうした?」

 

「お頭は……沈んだ!立会人もたぶん……溺れ死んだ!くそがああ!目が……見えねぇええ!」

 

衝撃だった。この男たちの言っていることは恐らく真実だろう。装備していた重武器はなく、ほぼ裸でここまで泳いできたようだ。海水も少し酸性だったようで体は傷つき火傷している。

 

「お前達全員よくここを目指せたな。酸で眼球が傷ついているが、いま手当してやる」

 

「へっ……!沈む直前に咄嗟にお頭が全部捨てて禁忌の島へ泳ぐよう指示してくれたんだ……!こっちのほうが近いと一瞬で判断してくれてな!」

 

大男はその後すぐに気を失った。

 

「……トゥーラ、手当をしてやってくれ。もうしばらく待機に変更だ」

 

その夜はサッドニール班のメンバーを休ませ、交代で見張りを行いそのまま朝が明けるのを待った。帰るにしても明るくなってからが良いと判断したためだ。

 

一日寝て大男達も視力が回復し元気も取り戻したようで、少ない食糧をがっつくように食べていた。そこにリドリィが喋りかける。

 

「起きたことの詳細を知りたい。話してくれ」

 

「……船が出てから俺たちは立会人から前金を貰ったんだ。そして禁忌の島がちょうど見えてきた時ぐらいで、急にボコンと船から変な音がしてモーターが止まり一気に沈んだ。全然考えてる暇もなかった」

 

「そうか。しかしお前達よくここまで泳げたな」

 

「お頭が俺たちに遠泳も習得させたんだよ。海を渡ることになるって想定してな。目をつぶりながら泳がせたんだぜ?お頭はいつだって俺たちが死なねぇように考えてくれてたんだ」

 

ルイはこの言葉にびっくりした。

 

「あのスケルトン。俺らが知ってるサッドニールとは全然違うけど見かけによらず手下思いだったんだな」

 

「…………」

 

皆がサッドニールの事を思った。恐らく彼はその体の重さからそのまま海の底へ沈んだのだろう。スケルトンは水中である程度活動出来るが、水深には限度がある。深すぎるとその水圧で耐えられない機関が出てくるだろう。

誰もが彼はそのまま海中で死んだと思った。その空気に便乗してディアーが早く帰りたそうに意見を言う。

 

「いずれにしろサッドニール班の方々は武器がないですし、これだけの人数の食糧はありません。早く帰還しましょう!何とか船も乗れるでしょう」

 

最もな意見だった。これ以上の長居は無用。今回はこのまま帰還が妥当だと皆が思った。

 

しかし、今までその主張をしていたリドリィが今度は一転して態度を変え海岸に目を向ける。

 

「待つんだ。生きているとしたらそろそろだ」

 

自然と周りの者も視線の先の波打ち際を見た。

そこから徐々に人型のシルエットが現れ始める。

 

「嘘だろ……」「まさか!」

 

皆が目を凝らし確かめるとそれは悠々と歩いて海辺に上陸しようとしているサッドニールだった。




最近は絵を描けない人でもAIが勝手に
キャラクターを描いてくれるサイトがあると知りました。
というわけで、ちょっと主人公ルイ君のイメージ絵を作ってみました。

【挿絵表示】

waifu Labsというサイトで作っており、
非営利+左下にロゴを残していればOKっぽいようです。

ランダムで作られるキャラクターから
近い絵を選んで4段階で修正していく感じです。
手頃で面白いので今後、他のキャラクターも作ってみようかと思います。
ただ、シェクとかハイブはないだろうなぁw


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71.再会

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


「お……お頭!」「生きていらしたのですか!」「やっぱりお頭がこんなことで死ぬわけねぇや!」

 

サッドニールは何事もなかったように岸から上がってくるなり、メンバーに声をかける。

 

「お前達も無事だったようだな」

 

「は、はい!お頭の的確な指示のおかげっす!ですが武器を全て失いました」

 

「問題ない。全て回収してある(・・・・・・・・)

 

そう言うとサッドニールは大きなバックパックからそれぞれの武器を取り出したのだ。

 

「う、海の中から拾って来たのですか!?」

 

「武器だけではない。海水を吸っているが食糧袋もある」

 

サッドニールの体には紐が結びついており食糧らしき袋もぶら下がっている。

この完璧な対応ぶりに皆が啞然としている中、リドリィが尋ねる。

 

「体は何ともないのか?いかにスケルトンと言えど海の底に沈んで無事でいられるはずがない」

 

「この時のために水圧に弱い部分のパーツを強化カスタマイズしておいた。おかげでCPは下がったし財産も全て使ったがな」

 

このスケルトンはさらに水圧対策までしていたようだ。さすがのリドリィも目を見開いている。

 

「お前……沈没を想定していたのか?」

 

「……あらゆるリスクに備えていただけだ。テックハンターなら基本だろう?」

 

サッドニールはそのまま武器を部下に配ると辺りを見渡す。

 

「アイアンスパイダーを一体倒したか。製造ナンバーは……206138。古いタイプの個体だな」

 

鉄蜘蛛の残骸をガチャガチャといじっているサッドニールにリドリィが声をかける。

 

「お前の班が復帰出来るなら遠征は再開出来るが、どうだ?」

 

「無論可能だ。人間達の休息が充分ならば早速、工場を目指そうじゃないか」

 

サッドニール班が揃ったことにより、禁忌の島遠征は継続されることになった。

 自分達の実力を認識したルイ達の心境は複雑ではあったが、今は泣き言は言わずに必死に食らいつくしかない。前を見据えて進み出す若者達を見てリドリィの表情は少し緩んでいた。

 

 

 

こうして一行は禁忌の島にあるとされる工場跡を目指す。

道中でもアイアンスパイダーに遭遇するが、サッドニール班の大男達が気負いもせず重武器で力任せになぎ倒していく。この男たちの実力は口だけでなく本物だったようだ。リドリィも負けずに破壊しているが、ルイ達は後ろで警戒するだけでとてもじゃないが戦闘に参加することが出来なかった。

 

トゥーラは刀を握りしめながら思う。

自分は父親を真似てボウガンと刀を扱うようになった。

だがこれらの武器は機械系にはかなり通じにくい。だとするとそもそも父親がなぜ苦手な機械系がいる禁忌の島へ赴いたのか疑問だった。しかも父親はチームを組んでいた気配もなかった。慎重で堅実な父親が一人でここになぜ訪れたのか理解出来なかったのだ。

 

ただ……こんな荒れ果てた危険な地で10年強も行方不明となっている以上、仮に痕跡を見つけ出せたとしてもここに来た理由までは分からないだろう。

トゥーラはここの過酷な惨状を見れば見るほど暗い気持ちになっていった。

 

そんな中、急にサッドニールが声を上げる。

 

「この辺りだ。少し寄りたい所がある」

 

皆、突然の言葉に目を丸くしている。まるでこの地を知っているかのような台詞だったからだ。

 

「お、お頭……ここの地形をご存知で?」

 

部下の問いかけを無視してサッドニールは岩が積み重なった間を縫うように調べていく。そして

 

「あった」

 

サッドニールはいつもの無表情で、ある場所を見ていた。その視線の先には旅人の服やブーツを着た白骨遺体があったのだ。

そしてその遺体はボロボロにくたびれたカウボーイハットを被っていた。

 

「この者とは多少の縁があったのだ」

 

サッドニールが坦々とした物言いで語っている横でトゥーラが青ざめた表情で驚愕の一言を放つ。

 

「……と、父さん……」

 

「!!」

 

一斉に皆が注目する。

トゥーラは集まる視線の中トボトボとその遺体のほうへ歩み寄って行き膝をついた。

 

「この服装……それにこの帽子……」

 

リドリィも後ろから近づく。

 

「アードルフなのか?」

 

「はい……。こんなところにいたのね……父さん。やっと見つけた……」

 

生きてはいないのは分かっていた。

何年もの間、妻と娘を置いて帰ってこないような男でもない。動けなかったとしても何かしらの方法で状況を知らせる術を持っている優秀なテックハンターだった。

それでも……見つかっていないだけでどこかで生きている、という微かな希望を無意識に心の奥底では期待していた。

毎回、難所の遺跡に赴いては娘のためにお土産を持ち帰ってくるほどの余裕がある父親だった。たとえ禁忌の島であってもいつものように笑顔で帰ってくると思っていた。

この痕跡を前にして事実として確定した父親の死を実感し、トゥーラの目からは大粒の涙が溢れだしていた。

 

「見つかって良かったな……」

 

リドリィは震えるトゥーラの肩をポンと叩いたあと話を続ける。

 

「サッドニール。我々はこの遺体の者を探していたのだが、お前は以前ここに来て彼と会っていたのか?」

 

「そうだ。私は過去にテックハンターとしてこの地に挑戦していた。そしてたまたま彼と居合わせたのだ」

 

このスケルトンが禁忌の島に来るのが初ではなかったことよりも、偶然にもトゥーラの父アードルフ・カイヤライネンと接点があったことにリドリィは食いついた。

 

「アードルフと話したのか?なぜ遺体の場所を知っている?」

 

「私は彼と共闘したのだよ。そして一緒に逃げる途中で彼は力尽きた。当時私は弔い方も知らず野ざらしで彼を放置してきてしまった」

 

そう言ってサッドニールは横で土を掘り始めた。この様子を見て誰もが驚いたのは言うまでもない。スケルトンが人間の墓を作ろうとしているのだ。

トゥーラに至っては自分の父親を見殺しにしたのではないかと人知れず疑念を抱いていたが、この場所に連れてきてくれたこのスケルトンへの偏見の目は感謝へと変わっていった。

 

「ちょっと待て。調べさせて欲しい」

 

リドリィが遺体を土に埋めようとするサッドニールを止めた。そして履いていた靴底などを丁寧に調べ始める。するとカカトの部分が取れて中から手紙が出てきたのだ。

 

「え……リドリィさん、なぜそこに手紙があると分かったのです?」

 

「……」

 

リドリィは返答せずに手紙に目を通している。その表情は真剣そのもので周りの言葉など耳に入らないようだ。

読み終えたリドリィは手紙をトゥーラに渡した。

 

「お前宛の部分もあった。それ以外の記載はお前にはまだ早いから気にするな」

 

意味深な言葉にトゥーラもゴクリと唾を飲み手紙を読み始める。

 

『トレップへ あんたの読みは当たっていた。ここが生産拠点だ。既に計画は進行中のようで☓☓年☓月現在、1階にある生産完了台数は300ほどだ。俺は偵察をしくじり捕らえられた。抜け出せるだろうが、逃げ切れないだろう。また、思わぬ経緯で中にいたスケルトンと共闘している。彼だけでも逃がすから事情を聞き出すといいだろう。後は任せたぞ。

そして俺の家族に「帰れなくてすまなかった。愛している」と伝えてほしい。

アードルフ・カイヤライネン』

 

汚い字で書き殴られた手紙だった。そして内容も遺書というよりは報告だった。

 

「リドリィさん!これはどういうことですか!?」

 

思わずトゥーラはリドリィに詰め寄った。アードルフのカカトに伝聞があることを知っていたことでリドリィは何らかの形でアードルフと関わりがあると気づいたのだ。

 

「お前が知る必要はない」

 

「いいえ!あります。父は無茶をしない人でした。このトレップという人はあのテックハンター1位の人ですか?父はこの人に命令されてここに来たのですか!?」

 

「……命令などしていない。アードルフが自ら志願しただけだ。そして我々はチームを組んで行く必要があったのを見誤ったということだけだ」

 

「……!リドリィさん、教えてください、本当のことを!何が起きていたのかを!」

 

静まり返った禁忌の島の荒野でトゥーラの大きな声がこだました。

リドリィは真顔でトゥーラを見据える。

 

「テックハンター協会上位とマシニストのごく一部の者しか知らない極秘情報だ。誰にも言わないと誓えるか?」

 

獲物を見るようなリドリィの目にトゥーラはたじろぐ。

 

「……は、はい」

 

「では向こうでお前だけに話そう」

 

こうして2人は隅の方へ移動して数分間話し込んだ。

 

神妙な表情で戻ってきたトゥーラにルイは声をかけることは出来ないでいたが、トゥーラは口外していい内容だけ教えてくれた。

 

父親アードルフはテックハンター協会上位同士で情報を共有していたようだ。そして自分の身に何かあった場合はリドリィにトゥーラ達を託したのだと。リドリィは約束を守り今までトゥーラを影から支援していたのだ。

 

皆、しんみりと感傷に浸っているような空気の中、立会人シオタが声を上げる。

 

「さて。そろそろ宜しいでしょうか。我々は人を探しにきたわけではなく工場を調査しに来ております」

 

若干嫌味な言い方ではあるが確かにそうであった。アードルフが残した意味深なメッセージも踏まえて工場跡の調査は重要な任務になり得る。誰もが気合を入れ直して改めて武器や道具の整備を行った。

 

そんな中、サッドニールがとんでもないことを言い出す。

 

「もうすぐ行けば工場だ。しかしその前にやっておく事がある」

 

大きなバックパックからスルスルと縄を取り出したのだ。そして

 

「エリス。これで立会人を縛って監視していろ」

 

「!!」

 

衝撃が走った。突如配下のメンバーに命令した言葉はスケルトンらしい合理性も感じられず只々理解に苦しむ内容だったのだ。

 

「一体どういうことですか?なぜ私を縛る必要があるのです?」

 

立会人シオタが問いただすのも当然だ。しかし、サッドニールは坦々と質問に応える。

 

「それはお前達が私の命を狙っているので、工場内で不測の事態が起きないようにするためだ」

 

度重なる飛んだ展開に既にルイの頭はついていけなくなっていた。

 




お次はトゥーラのイメージ絵です。

【挿絵表示】


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72.侵入

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


「立会人がサッドニールの命を狙っているだと?どういうことだ。あり得ないだろう」

 

さすがのリドリィも否定的だ。立会人とは調査を依頼をしている雇い主と同義であり敢えて募集して集まったテックハンターの命を狙う意味が分からない。

それに立会人と敵対した場合、契約は反故になり賞金のために集まってきた者達の目的がなくなってしまう。

当然それはサッドニール班配下の大男達にも影響があるはずだ。

 

「お頭!金が貰えなくなるのは困りますぜ!」

 

当然、部下達も騒ぎ出す。しかし、サッドニールは依然として変わらぬ余裕を見せる。

 

「問題ない。金のことならば依頼主の報酬に頼らずとも工場を取ればどうにでもなる」

 

この言葉にリドリィも反応して割って入る。

 

「さっきからお前が言っていることがよく分からない。まずお前が命を狙われているという理由を証拠を含めて説明しろ」

 

声を荒げて問い詰めるが、それでもサッドニールは折れない。

 

「工場を制圧した後に話してやる。今の時点では立会人が妨害しないよう(・・・・・・・)縛って見張っておいたほうがいい、とだけしか言えない」

 

「そんな説明だけで我々が納得すると思うのか?」

 

「お前さん方はお金より工場の秘密に興味があるのだろう?協会からも何か指令を受けているのではないのかね。ここは戦力となる私と協力しておいたほうがいいのではないかな?」

 

「……」

 

「それに何も立会人を殺すわけではなく、念のため余計な事をされないよう縛るだけだ。制圧後に開放するし傷つけたりもしない。その理由についても突入すれば自ずと分かるだろう」

 

サッドニールの提案は暴走スレスレではあるが配慮している節も見える。

 

(このスケルトン……水没してAIが破損してたりしないよな……)

 

リドリィは最初からこのサッドニール班の事を多少知っていた。彗星の如く急に現れテックハンター協会に名前を登録したと思ったら、懸賞金がついているようなならず者の猛者を雇い、急速に貢献PTを稼ぎ出し始める。このスケルトンを筆頭にした急造チームの荒くれ者達は各地でトラブルを起こしつつも実力で23位まで登りつめ、一目置かれるようになっていたのだ。

 そんな謎が多いテックハンターがいま依頼主の立会人と対立しているのだ。サッドニールの戦力は調査に不可欠であったためリドリィを大いに悩ませていた。

 

そしてここで立会人自身も自分の潔白を訴え始める。

 

「馬鹿げたことを言わないで頂きたい。依頼したのに妨害するわけないでしょう。それに我々立会人に対する敵対行為は即、契約解除となりますよ。仮にあなたの配下が技術を持ち帰ったとしても取引に応じられなくなりますし、貴族への反逆は都市連合から懸賞金がかけられます」

 

立会人はサッドニールチームのメンバーに向けて訴えた。しかし

 

「ハハハ、残念だったな立会人さん。俺たちは既に懸賞金はかかっているから何とも思わねーよ。前金とお宝だけ貰ってトンズラも選択肢の一つさ」

 

サッドニールのメンバー達は立会人の主張を全く意に介さず拒絶したのだ。

そしてサッドニールは配下のエリスのほうを向き、縛るのを促した。

窃盗犯エリスは唯一、サッドニールチームの屈強な大男達の中では常に後ろの方にいておどおどしていたシェク人だ。犯行内容も他の者と比べると軽いほうで小物感が伺える。恐らく戦闘もアシスト要員なのだろう。

エリスは狼狽えながらも立会人を縄で縛り始めた。

 

「貴様ら後悔するぞ」

 

「エ、エリスはサッドニールさんに拾って貰った。裏切れない」

 

自分を一人称で呼び、おどおどしながらも太い腕で強く縛るエリスに対して立会人も抵抗することなく縛られた。

 

 

こうなると最早リドリィ達は静観のままいれるわけにはいかない。

 

「工場の調査完了後に立会人を開放すること」

 

それを絶対の条件にしてサッドニール班に協力することにしたのだ。当然、立会人はリドリィにもご立腹であった。

 

「では工場内の状況と推薦する作戦を共有しよう」

 

サッドニールは遠くにそびえ立つ巨大な黒い建物を指差し説明を始める。どうやら工場も過去に入ったことがあるようだ。

 

「工場は2階建てで1階は倉庫だ。起動していない大量のアイアンスパイダーが格納されているだろうが動かないから安心しろ。中枢は2階だ。ここには一体のスケルトンと6体のスラル。10機ほどのアイアンスパイダー。5機の警備スパイダーがいる。これを細い階段中央で少しづつ迎撃する」

 

ここまで細かく内情を把握しているスケルトンに違和感を覚えつつもルイ達は最後まで説明を聞く。

 

「迎撃は疲れない私が担当する。それをリドリィがサポートしてくれ。打ち漏らした鉄蜘蛛はサッドニール班のリンゲル、ロドリゲス、ハドソンが処理しろ。終われば2階は宝の山だ」

 

サッドニール班のメンバーから歓声が上がる。

 

「相手のスケルトンが一体最後に残るだろうが奴はCP90だ。私だけでもやれないことはないが万全を期して私とリドリィが協力して一緒に始末する」

 

この言葉に歓声を上げていた大男達の笑いが止まる。

 

「90……ですかい?」

 

「そうだ。恐らく扱う武器は長柄系だ」

 

この世界において個人の強さをCPとして数字で表現するがMAX値は基本100である。人生において100の数値を叩き出す猛者と出会う事はほぼないと言っていいだろう。90に近づくリドリィも懸賞首の間では噂になって恐れられるほどの存在だった。にも関わらずサッドニールは平然と言い放った。それは自らもその数値に近いことを表していると共にこれから凄まじい激戦が待っていることを示唆していた。

 

 リドリィもこの話を聞いて額に微かな汗を流す。相手が聞いた通りの戦力であれば仮にサッドニールが崩れた場合、大量の鉄蜘蛛とそのスケルトンが自分に向かうことになる。数からして自分のスタミナが持たないかもしれない。そうなれば瞬く間に遠征隊は全滅してしまうだろう。

 そんな重要な局面でサッドニールという得体の知れないスケルトンを本当に信じて良いのか不安がつのる。

 

「相手の戦力は確実なのか?対応しきれるというお前の計算の根拠はどこにある?」

 

「……相手の数は確実だ。根拠もある。そんなに不安なら隠密で2階を探ってからにするか」

 

「当然だ。戦力が万全でない場合は突入も考え直さないといけない」

 

一行は禍々しくそびえ立つ工場周辺に到達する

と、外壁に張り付き様子を伺う。

 近づいてみると高くて黒い外壁は度肝を抜かされるほどの大きさだ。周りには鉄蜘蛛などの気配がなく静まり返っており、かえって不気味さを浮き立たせる。

 

「じゃあ行ってきます」

 

小声で喋ったのはルイだった。隠密に長けており、自分も何か役に立ちたいと自ら志願したのだ。実際、戦力にならない兵士が斥候として先頭になって様子を見に行き、相手が仕掛た罠を知らせる事は軍や部隊などではよくあることだった。当然、その分、危険でありリスクが高い。

 

「無理はするなよ」

 

リドリィの声を背中で聞きつつルイは気配を消して一階の入口をソッと覗く。

 

何かが動いている気配はない。

 

しかしスキマーのように罠を張って待ち構えている敵がいないとも限らない。慎重に一歩づつ音を立てずに中へ入っていく。

 天井の2階部分からはゴウンゴウンと何やら機械が動いているような音がするが一階はサッドニールが言った通り、今のところ平穏だ。

 

だが、天井を見ながら歩いたせいで小石を踏んでしまい、微かな音が室内にこだましてしまう。

 

「…………」

 

相変わらず1階は静まり返り何も起きない。偵察続行だ。

 

そして入ってみてから気づいたのだが奥のほうには黒い四角い物体がいくつも積み上がっているのが分かる。

 

(何かの容器か?)

 

ルイは恐る恐る近づいてみた。この沢山の容器の中に貴重な武器であったり、古代技術の設計図などが入っているのだとしたらそれだけで任務達成なのではないかと安易に考えてしまう。

しかし、近づいてみてその発想は幻想であったと思い知らされる。

 

容器だと思っていた黒い物体は足を畳んで起動していないだけのアイアンスパイダーだったのだ。それが数え切れないほど所狭しと積んであるのだ。

 

「…………!!」

 

音に反応して今にも動き出し始めるのではないかと思い、足がすくむ。

 ルイが茫然と佇み動けなくなっているとリドリィは苛立って声をかけてくる。

 

「ルイ……!おい、ルイ……!!」

 

そしてリドリィ自身もシビレを切らして一階の内部に入ってくるがルイ同様に固まってしまう。

 

「なんだ、この数は……戦争でも始まるのか?」

 

他の者も安全が確保された一階に入ってきてそれぞれ同様の反応を見せる。しかしサッドニールは堂々と入ってくるなり驚く様子もなく語り始める。

 

「驚いたかね。以前は警備用だけ(・・・・・)作っていたが、それとは比べ物にならないほどの増産体制だな」

 

「一体誰が何のために……」

 

「上にいる奴に聞きたまえ。ルイとやら、そのまま2階の兵力も確認してきてくれ」

 

名前を呼ばれたルイはビクリとする。2階から放たれる異様な気配に気負わされて階段を登る足が進まないのだ。

 

「ルイ、もういい。2階には私が行く。お前達はサッドニールが言っていた陣形で迎え撃ってくれ」

 

リドリィはそう言って腰に差した長剣を抜き取ると自ら斥候として2階に登り始めた。これを見たサッドニールも持っていたポールワームを取り出して部下に指示する。

 

「リンゲル、ロドリゲスはここで待機して予定通り打ち漏らしを倒せ。ハドソンは2人のバックアップだ。エリスは引き続き立会人から目を話すな。変な動きをしたら殺していい」

 

先程よりもさらに過激な発言が飛び交い、否が応でも緊張感が増してくる。

達人たちからも余裕が消え失せているものだからルイ達はもう完全にビビっていた。

荷物持ちのディアーは狼狽えて周りを警戒している。

 

「ル、ルイさん。前線が破れたら私達は逃げましょう。どうせ戦力にならないんだし生きて報告したほうが彼らも報われます」

 

「何言ってんだ……!その時は負傷者の救護だろ!それにやばかったら担いで逃げるんだよ!」

 

「しかし大柄の者は重くて無理ですよ……」

 

「うるせぇ!もうすぐリドリィさんが2階に着く!」

 

皆、固唾を飲んで様子を伺っているが、いよいよリドリィは2階に到達しようとしていた。



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73.工場戦①

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


定期的に唸るような音が聞こえてくる2階に向けてリドリィは忍び足で階段を上がってゆく。

 

後ろではサッドニールがスタンバイしておりいつでも来いとばかりにポールアームを構えている。隙のない構えを見て、このスケルトンは相当な腕前を有していることがリドリィには分かった。ただ、やはり謎が多いのだ。

 

サッドニールの型はスクリーマーMk2というかなり古い時代の型だ。それこそ数百年前に存在していたとされる第一帝国または第二帝国時代に作られたスケルトンよりも古い型式であり、人間社会にいることすらレアなケースであった。

 また、リドリィは今回、トゥーラに付き添いをお願いされた形で禁忌の島に来ていたが、実はサッドニールに指摘された通り、協会からの極秘依頼も受けていた。それはまさしく『アードルフの調査を引き継ぎ、工場と思われる建物の秘密を探ること』だったのだ。ただ、なぜ工場を探る必要があるのかまでは協会から共有されていなかった。

しかし、1階に山と積まれている起動前の鉄蜘蛛を見てここで大きな何かが動いている事を確信する。

 そんな工場の内情をこのサッドニールというスケルトンは大分詳しく知っているのだ。さらにいくら凄腕のスケルトンとはいえ、テックハンター上位者を出し抜いて禁忌の島の調査を単独で進められていたとは考えにくかった。

 よって、サッドニールがこの工場出身のスケルトンだったのではないかという疑念を持ち始めていた。

 

しかし、工場の2階に到達しようとしている今、考えを巡らしている余裕はない。

 

(今は斥候任務に集中する)

 

リドリィが単独で活動しているにも関わらず、ここまで実績を出しながら生き延びていられる理由は偶然ではない。

剣技やパワーだけでなくテックハンターとして活動するにあたって必要となるスキルを万遍なく高いレベルで習得していたからだ。例えばこの隠密行動に関しても並の暗殺者としてやっていけるほどの実力と集中力を兼ね備えていた。

 

 気配を消しつつも顔だけ出して2階の様子を伺うと、何やら大きな機械が動いており、それを守るように小型の警備スパイダーがウロウロとしているのを目視できた。

バレずに奥の方まで確認するのは難しく鉄蜘蛛の総数を確認することは不可能だが、一階の面積と2階にいるスパイダーの割合から、ある程度の予想は出来た。

 

(数もサッドニールの報告通り……か)

 

それならばと、リドリィはサッドニールの作戦をそのまま決行することに決める。報告通りだと奥に凄腕のスケルトンが一体いることになり確認しておきたいところであったが、これ以上進むと警備に感知される恐れがあった。

バレるまでは近くの鉄蜘蛛を一体づつ破壊し相手の戦力を出来るだけ削ることにしたのだ。

 

リドリィは小石を2階に投げ入れた。

 

音に気づいた警備スパイダーはカタカタと近寄ってくる。それを後ろから馬乗りになり、長剣で心臓部を一突きにする想定だ。これまでの経験上、自分の腕力で警備スパイダーに致命的な損傷を入れるのは何度もやったことがあった。リドリィは長剣に手をかけ間合いに入ってくるのを待っていた。

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

「テックハンター18位(・・・)のリドリィ。あなたは私有地に侵入しています。違法です」

 

「ーーーーーー!!!!」

 

突如後ろから聞こえてきた声にリドリィは振り返ることもなく飛び退いた。そして声の主を目視する。

暗がりにいるが足は金属で出来ておりスケルトンであることが分かる。

 

【挿絵表示】

 

(サッドニールが言っていたスケルトン……!工場の主か!!)

 

リドリィも背中のフォーリング・サンを抜き戦闘態勢に入る。しかし冷静な対応とは裏腹に自分の心拍の音が耳に聞こえてくるほど心が乱れている事を認識する。

 このスケルトンは音もなく完全に自分の後ろを取った。機械ゆえに殺気はないが、スケルトン特有の駆動音に気づけない事などこれまで一度もなかったのだ。

 

(機械音に紛れて近づいたのか!?)

 

サッドニールがCP90と評するにも納得がいく動きだ。そしてスケルトンはさらに機械とは思えない動きを見せる。

 

「随分と侵入している人間がいるようですね。排除しなければ」

 

そう言っていつの間にかリドリィの目の前に来て階下を覗き込んでいたのだ。先程まで何も持っていなかった手には光り輝く杖が握られている。

 

(速……!!動きを追えなかった!?武器はメイトウ級!?)

 

リドリィはこれまで見たことのない動きをするスケルトンを前にして、らしくもなく固まってしまった。

 

 都市連合の裕福な名家に産まれ落ちたリドリィは産まれた時から体重が人よりかなり重かった。恵まれた環境で教育を受けながら不自由なく成長した彼女は体格も並の男よりも数段大きくなり、見下してくる男を力でねじ伏せていった。当然、性格も勝気で男勝りになる。親のツテで剣豪から剣術を学び、一層力をつけたリドリィは貴族の紹介だった皇帝の近衛兵という名誉職を蹴り、自由と刺激を求めて家を飛び出し、テックハンターとなった。

 剣技だけでなく知識と経験を駆使してこれまで強敵を打ち破ってきたことは何度もあり、強い相手と戦うことにも慣れていた。

普段のリドリィならば久しぶりに出会う猛者を前にして闘志を燃やしていたかもしれないが、今、目の前にいるスケルトンはその尺度を遥かに超えていたのだ。

 後ろを取られた事と、暗がりではあったもののスケルトンの動きを目で追えなかった事実がリドリィを大いに動揺させていた。

 

 

 

警備スパイダーが集まってくる前にスケルトンに対して先制攻撃をして出鼻を挫くべきか、または相手の出方を見るべきか。

 

いずれにしろ萎縮して固まっている脚を動かさなければどうしようもない。

 そもそも自分が恐怖を感じている事自体がリドリィのプライドを傷つけていた。

 

(……ざっけんな!一撃いれてやる!!)

 

重たい体を強引に動かそうとした時だった。

 

「一度下がれリドリィ」

 

後ろから声が聞こえてきてふと我にかえる。

 

サッドニールだ。

リドリィを気づかっての発言ではなく単純に作戦上の都合であったが、この一言でリドリィは平静を取り戻す。トゥーラ達を連れてきた手前、自分がやらなければという使命感が無意識に働いてしまっていたが、ここはさすが一流のテックハンターと言うべきか。自分がやるべきことを見失わず切り替えることが出来た。

 

予定通りリドリィは後ろに下がり、サッドニールを前面に出して迎撃態勢を取ったのだ。

 

ガチャン。ガチャン。

 

対して未知のスケルトンは重厚な足どりで2階の暗闇からゆっくりとその姿を現すが、驚くべきことにそのスケルトンはサッドニールと瓜二つのスクリーマーMk2型であった。

 見た目は何の変哲もないスケルトンだが、衣服をまとわず無機質な胴体をさらけ出すその様は不気味な気配を漂わせている。

 

(やはり禁忌の島は安易に引き受ける案件ではなかったな)

 

リドリィは腹をくくって武器を構えた。

 

しかし、相対するスケルトンが驚愕の一言を放つ。

 

「これは元スパイダー工場長(・・・・・・・・・)ではありませんか。わざわざ戻ってくるとは」

 

スケルトンはサッドニールを見ていた。

 

「な、なに……?」

 

リドリィは横にいるサッドニールに目を向けるが、彼は動じることなくポールアームを構えている。そして

 

「Hat101将軍。いや今は工場長か。ここを奪還しにきた」

 

喋るなりサッドニールのほうから未知のスケルトンに斬りかかったのだ。当然相手も手に持つ杖で応戦し、突如としてスケルトン同士による激しい攻防が始まった。

 互いにミシンのように高速な動きで攻撃と防御を繰り出し、工場内に衝撃音が大きく響き渡る。

 

「……!!」

 

双方とも瞬きすら許されない速さで技を繰り出しているが、互いに攻撃が入る気配もない。

この騒ぎで2階にいる警備スパイダー達が集まりだし、スケルトンの後ろに長い列をつくる。

 

リドリィは本来ならここですぐにサッドニールに助太刀して一気にスケルトンをやるべきであったが状況を整理することに一杯になっていた。

 

(サッドニールがここの元工場長だと!?テックハンターとして活動を始めた奴の目的は最初からこの工場の奪還だったのか!)

 

これまでサッドニールが大金をかけて禁忌の島攻略に固執していたのもこれで合点がいった。

そしてここに来て改めて『立会人がサッドニールを狙っていた』という言葉を思い出したのだ。依頼主の代理である立会人がテックハンターを狙う意味がないため重要視してなかったが、サッドニール(元工場長)の素性を知っていたから(・・・・・・・・・・)狙っていたのだとすると話が変わってくる。

 過去にこのHat101と呼ばれるスケルトン(現工場長)が何かしらの理由でサッドニール(元工場長)からこの工場の主権を奪っており、レディー・ミズイはその事実を隠すために禁忌の島攻略を口実にしてサッドニール(元工場長)をおびき寄せ消そうとしている。だとすると依頼主であるレディー・ミズイがHat101(現工場長)と繋がりがある可能性が出てくるのだ。都市連合技術統制機関の最高顧問が大量にアイアンスパイダーを生産している現工場体制と繋がりがあるのだとしたら由々しき事態だ。

 

(こいつを倒して聞き出すしかない)

 

気を取り直したリドリィは戦況を確認する。

サッドニールは宣言通り、凄まじい槍術でHat101と呼ばれるスケルトンを押していた。ここで手を貸せばそのまま討ち取れる可能性は高い。リドリィも横からフォーリング・サンを薙ぎ払い足を狙いにいった。

 しかし、Hat101はその動きを察知しておりスケルトンらしからぬ大きなジャンプをして、そのまま階段下の一階に着地してしまう。

 

ズン!と重たいスケルトンが1階フロアに降り立ち、待機組には意表を突かれる形になったが一階にはサッドニール班やルイ達がいる。

 

「リンゲル!ロドリゲス!ハドソン!お前達でからめ取れ!」

 

サッドニール(元工場長)の指示が飛ぶと3人はHat101を囲い込む。

 

そして最初にリンゲルが棘々しい針のついた棍棒を手にHat101に襲いかかった。

この男はBARでルイ達に絡んだ自称CP70オーバーの大男だ。懸賞金も大きい。

いけ好かない奴だが味方としてはこの恵まれた体格は頼もしい存在だ。

 

だがリンゲルの大振りはHat101にかすりもせず空を切る。

後ろにまわっていたロドリゲスも続けてムーンクリーヴァーを振るうがこちらもHat101には届かない。前後からの2人の連携は完璧だった。しかしHat101は後ろに目があるかのように容易く避けたのだ。

 

そして……

 

ボン!という音が聞こえたかと思うといつの間にかリンゲルの首から上の頭部分が無くなっていた。

 

「……!!!!」

 

全員が驚愕し固まった。

リンゲルはHat101の正確な突きで頭を吹き飛ばされていたのだ。

 

「リン……」

 

ロドリゲスが名前を口にしかけるとHat101は声に反応して眼球のレンズの焦点を彼に合わせる。ロックオンされたロドリゲスも武器を構えるが、Hat101の高速の連続突きの前にいなすことも出来ずに鎧を剥がされていき、最後に頭に直撃を貰ってリンゲルと同じ末路を辿った。

 

Hat101は続いて近くにいるハドソンに襲いかかる。最早、2人が先に殺され戦意喪失していたハドソンは防御一辺倒だった。突きを数発受けたがその衝撃で武器が手から外れ丸腰の中、突きの連打で体中に穴をあけられる。

 

「お……お頭……」

 

ハドソンは階上に手を伸ばしながら絶命するが、サッドニールはその様子を呆然と見ている。

 

あっという間にサッドニール班をほぼ全滅させたHat101は侵入した人間全てを排除するつもりのようだ。獲物を探すように周りを見渡すと、次に近かったルイに目をつけたのだ。

 

ルイは丸いレンズに見定められ生きた心地がしなくなる。数秒後にはリンゲル達と同様に自分も頭を吹き飛ばされてしまうのではないかと。

恐らくこのスケルトンにはルイの夢想剣舞など通用しないだろう。デザートサーベルを持つ手は震えていた。

 

しかし、サッドニールがこれ以上Hat101の好きにはさせなかった。

こちらも階上から大ジャンプしルイの前に着地するとポールワームをグルグルと振り回しながらHat101に斬りかかったのだ。無言で振り回すポールワームは先程よりもキレとスピードが増している。

 

いまサッドニール(元工場長)のAIコアはフル回転していた。

 



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74.工場戦②

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


 ここまでの力が急に出るものなのかとサッドニール自身も疑問に思っていた。計測結果だとHat101のCPは90。対して自分は92だ。圧倒するほどの実力差は計算上ない。それなのに今自分はこの何か分からない感情に支配された勢いでHat101を倒そうとしている。

階上では自分の代わりにリドリィがアイアンスパイダー達を足止めしているが、彼女の体力が尽きる前にこの憎き(・・)Hat101を倒せる計算だ。

 

(憎き?)

 

検索結果:憎いとは心を傷つけられたりしてやっつけてやりたいほど不快だということ。

 

(私は何で心を傷つけられた?)

 

回答第1候補:突如、Hat101率いる未知の集団から攻撃を受け、工場長の座を奪われたから。

 

否。

 

工場長の座を取り戻す行為は単なる修正プログラムの一貫であり、そもそも私には心などない。

 

(ではなぜ彼が憎いと感じている?)

 

回答第2候補。結成したチームのメンバー、リンゲル、ロドリゲス、ハドソンを殺されたから。

 

……否。私はこの日のために使い捨てのゴロツキを集めて鍛錬したまで。3人は酸で視力が低下し戦闘力が低下していた事に気づけなかったのは計算ミスだが、目的を達成しつつある現在、彼らの消失は大きな損失とはならない。

ただ……この沸きあがってくる得体のしれない感覚を解析・制御出来ないでいる。

 

ERROR:感情(怒り)ライブラリが見つかりません

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トレースメモリー処理を実行

『参考事例:人間(アードルフ・カイヤライネン)との記録』

 

ジジジジ……

 

サッドニール(元工場長)のAIコアが高速に回転し始める。

 

 

 

 

 

処理開始

 

アーカイブ:人間(アードルフ・カイヤライネン)との記録を読み込みます

 

 

 

 

 

私には遠い過去の記憶がない。一番古い記憶でも既に私はスパイダー工場長としてアイアンスパイダーの生産体制を維持する使命を持っていた。最早何のために生産するのか分からなくなっていたが、その指令は私にとって絶対であった。

 

そんな中、頭のないスケルトン集団を引き連れたHat101将軍が襲来してきた。

警備スパイダーを使って応戦したが物量の差で私は敗北した。

それから数時間後。

メイトウの杖を奪われた私は工場1階の片隅で隠れ、傷ついて歩けなくなっていたボディを自己修復していた。

 

そこにカウボーイハットをかぶった男が現れた。

 

隠密行動で2階に上がっていく男を私は何もせず見ていた。どうせ今私の工場長の権限は剥奪され生産活動は停止させられている。男がHat101達を引き付けている間に私はここを離れて再起を計ればいい。

 

私は片足を引きずって歩き出した。

 

しかし、しばらくするとすぐに男が全力疾走でもと来た道を引き返してくるではないか。しかも気づかずに私のほうに向ってきている。

 

私には避ける力は残されていなかった。

 

案の定、私は男と衝突した。そしてその男も追ってきたHat101に足を攻撃され負傷してしまった。

 

そして我々2人は牢に入れられたのだった。

 

 

 

 

一人がやっと入るぐらいの牢が2つ並べられ、それぞれに押し込められる。

男は自分の傷に応急処置をしたあと、何やらブーツのカカト部分をいじっていた。

私にとってはどうでも良いことだったので自分も引き続き自己修復に徹することにした。

すると男が私に喋りかけてきた。

 

「まさかお前あのスケルトンに工場を奪われたのか?」

 

私は無視することにした。どうせこの男も財産を奪うつもりで工場に来た侵入者だ。提供する情報はない。

暫くするとHat101が私だけ開放しにきた。聞くと人間はこのまま餓死させるようだが私は手下としてスカウトされるチャンスがあるようだ。

どうやら今後の目的のためにこの工場は利用される計画がありスケルトンである私を雇用したいらしい。しかし、私は断った。

私には工場長としてこの工場生産ラインを確保する使命がある。正体不明の組織に媚びるつもりはなかった。

それからHat101は私をアイアンスパイダー試作型の練習台として扱うことに決めたようだった。

 武器を持たない私を新型アイアンスパイダーと戦わせて力量を測ったのだ。当然万全ではない私はその度に傷つけられ、その後牢屋に入れられた。

 

男のほうはと言うと怪我は治りつつあったが食事が与えられず徐々に弱っていった。しかし、目から希望の光は消えていなかった。

見張りの目を盗んで牢屋を開けようとカギの解除を試みているようでもあった。

 

「抜け出すつもりなのか?」

 

私は彼の目的を確認すべく話しかけてみた。

すると男は喜々として喋りかけてきた。

 

「初めて喋ったな。見張りに言うなよ?」

 

男はこんな状況でも笑って応答してきたのだ。まだ余裕があるのだろうか。

 

そしてここから2人の奇妙な関係が始まった。

 

男の名はアードルフ・カイヤライネンと言った。

 

アードルフは常にカギの解除を試みながらも私に工場の事を聞いてきた。初めは無視をしていたら、そのうちに真面目な話はやめて自分のテックハンター業の事や一人娘の事などくだらない雑談をするようになってきた。あまりにしつこく話しかけてくるので私も工場の詳細は言わないようにしつつも、日常の事やHat101の襲撃部隊については共有してやることにした。少しでも自分の工場奪還成功率を上げるためにも必要な事だと考えたのだ。互いに暇だったせいか会話する時間も必然と多くなっていった。

 

ある時、私は尋ねた。

 

「なぜ私の首を落とさなかった?」

 

「ん?何の話だ?」

 

「最初に会った時だよ。そのまま私を勢いで斬って逃走出来ただろう。刀を止めたからHat101に追いつかれたようなものだぞ」

 

「いや、だってさ。お前泣いてたから」

 

「……スケルトンの私が泣くはずないだろう」

 

「おお?怒ったのか?」

 

「怒るはずないだろう……」

 

とりとめのない無駄な会話だった。しかしなぜか心地良かった。

 

その後、私はHat101に開放されてはサンドバックとして痛めつけられを繰り返していて、自己修復するよりも先に破損部分が増えていった。とてもじゃないが工場を取り戻せる機会はなくいつかは故障する確率のほうが高かった。

アードルフはその様子を渋い表情で見ていた。

 

そして捕まってから2日が経過した頃

 

ガチャリ

 

アードルフ・カイヤライネンはついに牢屋のカギの解除に成功したのだ。

 

私とアードルフは自然と顔を見合わせていた。

だがその時、既に彼の顔はすっかりやつれ死相が出ていた。

私は牢屋からソッと出ていく彼を、脱走の成功を祈って大人しく見送るつもりだった。ほんの少しの間であったが人間という種族に触れ、彼と知り合い、なぜか彼には生き残って欲しいと願うようになっていたのだ。

 

しかし、彼は見張りのスラルの首もとをナイフで叩き壊すと、私の牢屋に近づき、表側から牢屋を開けたのだ。

 

「あいつら散々、お前をサンドバックにしやがって。仇をとってやったぜ」

 

彼は私が戦闘実験のモルモットにされている状況に憤り、つまり怒りを感じてくれていたのだ。

そうか。彼が教えてくれた怒りとは自分の大事な何かを傷つけられた時に思う感情だったのか。

 

私が利用するために結成したチーム。そのメンバーであるリンゲル、ロドリゲス、ハドソンはHat101により無惨にも殺された。道徳心もなく毎度旅先でトラブルを起こすような奴らで私にとってはなんでもない存在だった。しかし、いざ喪失してみると、私を「お頭」と慕ってきていた彼らの表情が浮かんできて解析不能のモードに支配されるのだ。

 

そう。私は怒りに燃えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

サッドニール(元工場長)のポールアームはHat101のボディを削り取っていく。

お互い棒術による戦闘だが圧倒的に技術力がHat101を上回っているのだ。

 

「なぜだ?誤差が測定値より大きいのか?計算が合わない」

 

Hat101はこの事実に動揺しているようだ。

構わずサッドニール(元工場長)は喋りながら猛攻をしかける。

 

「私の計算にも合わなかったさ。ただどうやらお前は手順を間違えたようだ」

 

気がつくとHat101はボロボロになって地に伏していた。

 

リドリィも階段の通路を死守しており、アイアンスパイダーやスラルは足止めされている。

 

「なぜ……スケルトンなのに……人間に肩入れする?」

 

「勘違いするな。私は工場を正常稼働させる義務があっただけだ。お前こそなぜこのアイアンスパイダー工場を狙ったのだ。都市連合とも何か関係があるのか?」

 

「…………」

 

「答えないか。まぁ壊した後にゆっくり解析してやるさ」

 

サッドニール(元工場長)はHat101の首を飛ばすべくポールアームを振り上げた。Hat101も覚悟したのか抵抗らしい動きを見せないでいた。

 

 

 

そして

 

スケルトンの首が宙を舞った。

 

首は地面に音をたてて落下するとゴロゴロと数回ほど回転して止まる。

現場は静まり返り、動き出すまで数秒はかかっていた。

 

 

 

 

 

それほど予想外の出来事が起こったのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「な……なんでだよ……一体何してんだよ、お前……!」

 

始めに口を開いたのはルイであった。

 

それはサッドニール(元工場長)に対してではなく、ディアーに対して放った言葉だった。

 

ディアーは斬馬刀を手に無表情でいるが、サッドニール(・・・・・・)(元工場長)の首を落とした事に満足気にしていたのだ。

 

「やっと殺るタイミングがあったとは言え……工場のど真ん中とはな……」

 

これまでの気弱なディアーとは思えないほどの言葉を喋っている。

 

Hat101も人間がサッドニール(元工場長)を仕留めたことを不思議に思っているのか自己修復しながら様子を伺っていた。

 

サッドニール(元工場長)は首だけになってもまだ意識があるようで後ろから不意討ちしてきたディアーに後悔している。

 

「お前も用意された暗殺者だったのか。油断したな。無念だ」

 

「悪いな、工場長さんよ。あんたのことは嫌いじゃなかったが協力出来ないならやはり殺るしかないんでね」

 

ディアーは上を見上げた。階段の上ではまだリドリィが鉄蜘蛛やスラルを防いでいたが、数が多く突破されるのも時間の問題と思われた。

 

「まぁ普通に無理だよな。早めに退散させてもらうか」

 

そう言って荷物をまとめ始めるディアーに対してルイ達は啞然としていたが徐々に状況が飲み込めてくる。

 

「お前は荷物持ちのフリしてサッドニール(元工場長)の暗殺者であることを隠していたのか?どいつもこいつも騙しやがって……!」

 

奴隷商のグンダー。反乱農民のニムロッド。ポートサウスのキンブレル。これまで素性を偽って誰かを裏切り危害を加える者をルイは多く見てきた。そのせいで大切な者も亡くしてきた。

それもあってこの手の類は許せない存在になっていた。

ザワザワとルイの髪が逆立っていくことにディアーも気がつく。

 

「ほう、すごい殺気だ……」

 

ルイから向けられる殺意の波動にディアーは一瞬たじろいだ。そしてそれが命取りになる。

気がつけばHat101の杖がディアーの脇腹を貫通していたのだ。

 

「引き続き……侵入者を排除……」

 

「て……てめぇ……」

 

Hat101は這いつくばりながらもディアーに攻撃を開始した。

 



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75.最後の灯火

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


「ったく……。俺にも攻撃しやがって……機械は融通が効かねぇな……」

 

ディアーは脇腹に刺さった杖を自ら引き抜く。

 

一方、自己修復を始めているHat101はグラグラしながらも立ち上がる。

 

「侵入者……排除……」

 

音声機能にもダメージを負ったのか喋る内容は片言だ。

 

「お前の相手をしている余裕はないんでね。退散させてもらうぜ……」

 

言うなりディアーは脇腹を抑えながら早々と工場から姿を消してしまった。

 

残されたルイ達はお互い見合う。

 

今しかHat101を倒すチャンスがない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

見解が一致したルイ、トゥーラ、ジュードの3人は言葉も交わさず猛然とHat101に向かってダッシュする。

 

自己修復される前に畳み掛けて倒す。サッドニール班を失った今、それしか自分たちに残された手はないのだ。

 

ジュードは先頭になりHat101の視線に入る。先程まで無双をしていた機械に目を向けられると生きた心地がしなかったが、男として、武道家として小回りが効く自分が行かなくてどうする、と自分を奮い立たせる。

 

Hat101が杖を片手で構える。既に片腕はサッドニール(元工場長)が破壊していたのだ。

その分、攻撃も遅いはずだ。

 

(1発は避けれるはず。そしたらルイとトゥーラの攻撃が出来る)

 

大振りの横薙ぎが来るがジュードはスライディングで交わす。

 

「ふっ!ふっ!」

 

緊張と疲れで息を荒くしつつも隙が出来たHat101に足払いをする。

 

ガシッとHat101の脚に蹴りが入るが、少しバランスを崩した程度だ。

だが続けて横に周ったトゥーラが刀を構えて突進する。

 

無限の太刀 弐の型 雀の囀り

 

スケルトンに対して刀による斬撃は効果が薄い。ならば自分も陽動に徹するのだ。ウィンワンの書には状況に応じた型の説明が書かれている。トゥーラは連続突きを繰り出しHat101の目元を狙った。

これで否が応でもHat101はトゥーラに集中する。

 

そこにルイが夢想剣舞の回転斬りで畳み掛けた。

 

edge2式のデザートサーベルによる重力を載せた渾身の一撃は何の妨害もなくHat101の首もとに直撃する。

 

しかし

 

Hat101の首は切れなかった。

 

首筋を通っているケーブルを何本か断線させたようだが骨にあたるメインのつなぎ目には傷が入った程度でHat101の活動は停止できていなかった。

 

Hat101は咄嗟に杖を円を描くように振り回しルイ達を吹き飛ばす。

 

「くそ、硬すぎる!無防備の箇所に全力で入れたのに!」

 

ディアーがいとも簡単にサッドニールの首を落としていたからルイも全力でやればいけると思っていた。

 手負いの者相手にしても勝ちきれない。

達人たちの域が遠く感じられ3人は愕然としていた。

 

だが、Hat101のほうも足もとはふらついており、少なからず断線の影響を受けているようだ。

 

そこに大きな声が響き渡る。

 

「お前達でかしたよ!」

 

リドリィが空から降ってきてそのままHat101にフォーリング・サンを叩き込んだのだ。

 

落下による重力が乗った一撃にHat101は為すすべもなく砕け散っていく。そして

 

「キャット……万歳……」

 

残骸となった口もとから意味不明な言葉を呟いた後その活動を停止した。

 

 

 

 

「すぐに撤収するよ!エリスとやら、立会人を連れてきな!」

 

リドリィは一息つく間もなく指示を飛ばす。

階上からアイアンスパイダーやスラルがすごい速さで駆け下りてくるのだ。

 

サッドニールチームの最後の生き残りエリスは立会人を縛った縄を持ちながら茫然としていた。

 

「何しているの?早く!」

 

トゥーラも呼びかけるがエリスは縄を捨てサッドニール(元工場長)の首を拾い上げるとその場で座り込んでしまった。

 

立会人シオタはその隙にリドリィの元へ走っていった。

 

「エリスさん!?早く来て!」

 

「エリスは……お頭と一緒にここに残る」

 

「もうサッドニールは助かりません!」

 

「じゃあエリスもお頭と一緒に死ぬ。エリスはお頭に拾われた命だ。最後は一緒にいたい」

 

「…………っ!」

 

エリスはもうそこから動く気配はなかった。そしてサッドニール(元工場長)の首をトゥーラに向かって差し出した。

 

「お頭があんたに話があるって……」

 

「え?」

 

サッドニール(元工場長)の目はまだ光を灯しており首だけで稼働していた。

 

「トゥーラ。お前達は本物のサッドニールの仲間だったな。私は過去に一度だけ工場へ行商に来たサッドニールというスケルトンの名前を勝手に借りていたのだ。私の本当の名はただのスパイダー工場長だ。お礼にはならないがそこにあるメイトウ杖をサッドニール本人に渡してくれ」

 

「そういうことだったのね……」

 

「それとトゥーラ。お前の父親は一時であったが私のかけがえのない友であり素晴らしいテックハンターだった」

 

「……!」

 

「さぁ行け。少しの間ならば無線で体を遠隔操縦し奴らを足止め出来る。私の素性を知っていた都市連合は裏で手を引いているはずだ。奴らの目的を突き止めるのだぞ」

 

「ええ……分かりました。サッドニール。ありがとう」

 

こうしてトゥーラは振り向きそのままその場を後にした。

 

 

 

 

それを見送ったサッドニール(元工場長)はエリスに語りかける。

 

「エリス。まさかお前が残ってくれるとはな。お前も協力してくれないか」

 

「へへ。了解です。最後にお頭のお役に立てて嬉しいです」

 

エリスは背負った重武器を構えると押し寄せる鉄蜘蛛の群れに斬り込んでいった。

 

「すまないが、最後の一仕事頼んだぞ……」

 

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トレースメモリー処理を実行

アーカイブ:人間(アードルフ・カイヤライネン)との記録を読み込みます

 

 

 

 

脱獄した私達2人はHat101率いる正体不明の部隊に占拠された工場をなんとか脱出出来た。

 

ただ、一緒にいる人間のアードルフ・カイヤライネンは衰弱しきっていた。

 

「血は止まっているが……中々傷は癒えないな。やはり何か食糧を見つけなければ」

 

私はこの男が空腹による栄養失調で弱っていることが分かっていた。しかし、アードルフはその点を優先しなかった。

 

「この地域で食糧となる生き物は早々見つからないだろう。それより追手が来る前にお前は先に行け」

 

私もこの男の言うとおり先を急ぐべきだと思っていた。このままこの男の進むペースに合わせているといずれHat101の追手に追いつかれてしまう。

 

しかし、男を置いていくことは何かに反していると思えたのだ。彼は私の牢を開けて助けてくれた。人間の言葉で言う命の恩人だ。だから可能ならば私もこの男を助けたかった。

 

「2時間ほどここで休憩してから出発しよう。私もちょうど自己修復が間に合っていない」

 

彼を担ぐためにも修復が遅れていた腕を治すべきだと考えた。

 

だが、その時は訪れてしまう。しばらくするとアードルフの容態が急変したのだ。

 

「へっ……スケルトンさんよ……。やはりどうやら俺はここまでのようだ。お前だけは逃げ延びてくれ。あんたさえ良ければテックハンター十傑を頼るといい。事情を話せば悪いようにはしないだろう」

 

彼は自分が死ぬ間際まで私の今後の事を気にしてくれていた。

そしてしばらくしてその命を静かに終えた。

 

こうして私は一人その場を逃げきり、素性を隠してテックハンターとなった。そして仲間を探し力をつけて工場奪還の機会を伺い続けた。

 

 

 

 

自分の命より重要な物を他から見出すなんて昔の私には理解できなかった。

使い捨ての駒と思っていたエリスが逃げずに仲間として一緒に果ててくれようとしているが、これも一種の献身なのだろう。

最後の最後になってしまったが、今は分かる気がする。

 

痛がり屋で非効率な生物と思っていた人間は自分の命を顧みず誰かのために尽くす行為をする。

損得勘定を抜きに自分の利害を超えたこの行為をなぜ行うのか。

それは感情が作用しているからに他ならない。

 

感情は生物特有の不完全なパラメーターであり行動に悪影響をもたらすだけの欠陥と思っていたが、時に動機や源動力その物となって単純な計算だけでは導き出せない結果をもたらすことが分かった。

 

Hat101との戦いで私に芽生えた怒りという感情もそうなのだろう。

そしていま私はアードルフのために本気でトゥーラには生きていてもらいたいと思えている。

 これは私に様々な感情が新たに芽生え、複雑に織りなした結果なのだろうが、全てを解析しきる時間はもう残されていない。

 

工場を取り戻せなかった事は残念ではあるが、

何かをやり遂げた実感があり、いま私の心は澄みきった青空のように晴れやかな気分だ。

 

最後にこの感情に触れることが出来て良かった。

生き

生キ

延びろよ、

延び%よ、

トゥーラ……

トゥーla……

 

 

エリスが鉄蜘蛛と戦闘している後ろでサッドニール(元工場長)の目に宿る灯火は静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

一方、その他生き残った者達は走り続けて疲労困憊ながらも、停泊している船の所までなんとか辿り着いていた。

 サッドニール班が全滅した今、工場に再挑戦する戦力はなく、そもそも今いるメンバーには敢えて舞い戻る目的もなくなっていた。

 

立会人シオタ曰く

 

「我々の目的はサッドニールを名乗っているスパイダー元工場長を禁忌の島攻略という名で釣り出し、船の沈没により葬り去ることでした。実力をつけて脅威となっていましたからね。だから本来ならば船の沈没でミッションは続行不能により終了予定だったのです。まさか生きているとは思いもしませんでした。工場のことは黙って秘密にしていてくれれば問題ないでしょう。帰ってレディー・ミズイに事情を説明します。前金の他にいくらか報酬も出してくれるでしょう」

 

とのことだった。報酬は恐らく口止め料を意味していた。

 

リドリィも表向きこの条件を飲んだ。そうしなければ立会人に船を出してもらえないからだ。

 

自分達テックハンターの目的はあくまでも行方不明になっていたアードルフ・カイヤライネンの捜索だった事であり、都市連合の技術統制機関がしようとしていることに関与するつもりはない。と意志表示したのだ。

 立会人シオタもディアーと同様に実力を隠していると想定出来たし、お互いこの状況で対立するほど余裕もなかったのである。

 

また船の出港間際にディアーが合流してきたこともリドリィ側の立場を悪くさせた。彼は傷つきながらも単独で船場まで辿り着けたのだ。

 

立会人シオタは当然ディアーの乗船を歓迎した。彼等は元々スパイダー工場長暗殺のため裏でチームを組んでいたのだ。

 

「ディアーさん。生きておられたのですね。工場長の暗殺お疲れ様でした。あなたがいなければ任務は失敗するところでした」

 

「……工場長に隙が無さすぎてとんでもないタイミングになっちまったがな」

 

「ええ。リドリィさん達には我々のミッションを説明し納得してもらいました。これで円満に家路に帰れますね」

 

「……そうだな」

 

暗殺者としての顔を出してからのディアーは口数が少ない寡黙なシェク人だった。荷物持ちとしての顔は明らかに偽装だったのだ。

 

ルイは自分を偽ってこの世界を生きている人間が多いことに憤りを感じていた。

 




特殊タグおもろい('∀')


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76.帰国

【遠征組】ルイ、トゥーラ、ジュード、(リドリィ)
【拠点滞在】ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ
【偵察中】チャド


 帰路の船内はほとんどの者が無言であった。工場の死闘による疲労もあったが、サッドニール班が全滅したにも関わらず撤退することになった虚無感が強かったからだ。

 ルイに至っては今回の遠征結果に対して一番納得していなかった。出発時ヘッドショットに言われた「良い結果をもたらすとは思えない」という言葉。

今回のテックハントはまさにそれを現わしていていたかもしれない。

 

技が通用せず自分の未熟さを体感しただけでなく、技術も持ち帰れたわけでもない。そして都市連合の怪しい目的のために錬られた工場長暗殺計画に巻き込まれ、目の前で暗殺を達成されており気分も悪かった。

 

「おい、ディアー。なんでサッドニール(元工場長)を暗殺しなければならなかったんだよ」

 

自分で考えているうちに気が収まらなくなり、つい問いただしてしまう。だがこれにディアーは鋭い目つきを返す。

 

「……立会人に聞いてないのか?詮索はするな」

 

「ちっ」

 

トゥーラも問題が起きないように割って入る。

 

「ルイ。あのスケルトンはやはり名前を偽っていたみたい。前に会ったことがあるサッドニールの名前を借りていたそうよ」

 

「そうか。ニールはノーファクションの行商として過去に工場にも行ったことがあったのかな」

 

「かもしれないわね。それで名前を使ったお礼としてこの杖をサッドニールに渡してくれって」

 

トゥーラは杖を取り出してルイに渡した。

 

「……重っ。すごい杖だな」

 

杖は先程まで戦いに使われていたはずなのに傷一つなく輝きを放っている。

そして掲げて眺めているとリドリィがアドバイスしてくる。

 

「メイトウクラスだな。他人に狙われないように注意しろよ」

 

メイトウクラスとは武器や防具の最上級の等級で、この世界において唯一無二の存在であることを意味している。もはやこのクラスの武器を作成できる技術は世界から失われており、見つけることすら困難な伝説とされた代物だった。なお、素材が凝縮された密度で作られているがゆえに重量も最上級のため並大抵の筋力では使いこなすことは出来ない。

 

「マジすか……。もしかして工場長ってすごいスケルトンだったんじゃ……」

 

杖の凄さと工場長に感嘆しつつもその後の会話は続くこともなく、しばらく船が走っているとハウラーメイズ側の陸が見えてくる。

 

「もうすぐ港に着きます。依頼主のレディー・ミズイが出向えてくれると思いますので会話は私に任せてください」

 

立会人が船を操縦しながら説明した。都市連合に新設された技術統制機関の最高顧問の貴族ミズイ。禁忌の島にアイアンスパイダーを生産する工場があることを冷徹な手を使ってでも世間から隠そうとした人間ということになる。はたして立会人の説明だけで納得してくれるのかルイ達は不安だった。

 

しかしそんな不安を吹き飛ばす出来事が起こる。

 

「が……がは!!」

 

ディアーのサーベルが立会人シオタの胸を貫いていたのだ。リドリィは一瞬の殺気を感じ取り既に抜刀していたが、遅れてルイ達は固まりながらも武器を構える。

 

ディアーは周りを気にすることなくそのままサーベルを使って器用に立会人シオタを海に投げ捨てた。

不意を突かれた立会人はそのまま動くことなく水中に沈んでいった。

 

「な……なんで……!お前何やってんだ!」

 

ルイは立会人シオタを後ろから斬ったディアーに反応した。最初から騙し討ちのような手法ばかり使うだけでなく、仲間をも捨てるように扱うその態度に怒りが込み上げていたのだ。

 

「お前達を巻き込むつもりはなかったがこればかりは仕方ねぇ……」

 

ディアーの様子がおかしい。息は荒く、額には汗を溜めている。そして何より神妙に語りかけてくるのだ。

抱えている脇腹からは血が滲み出ている。

船上でフラつくディアーを見てリドリィが冷静に問いただす。

 

「なぜ立会人を斬った?お前が所属する組織のメンバーなのだろう?」

 

「ああ……そうだ。しかし立会人がいたらお前達は殺されていた」

 

「やはり奴は生かして返す気はなかったわけか。ではなぜお前は私達を助けようとしている?」

 

リドリィは立会人の魂胆を把握していたようだがディアーの行動は不可解だった。だが当の本人は一呼吸置くとルイに対して打ち明けるように語りだす。

 

「……俺はノーファクションのメンバーだった。お前……ローグの子だろ……?」

 

唐突に打ち明けられた内容にリドリィでさえも不意を突かれ目を丸くしている。

ルイに至っては先程まで頭に血が登った状態だったものだから心の整理が追いつくわけがなかった。

だがディアーは急ぐようにルイを見据えている。

 

「どうなんだ?」

 

「そ、そうだ」

 

「やはりそうか」

 

「でもなんで……?」

 

「……この船はオート操縦でミズイが待つ場所に勝手に辿り着く。立会人はそこで加勢を得てからお前達を殺す手筈だった」

 

「…………!」

 

「お前達は触れてはいけない都市連合の闇に関わってしまったのだ。とにかくこのまま逃げずに必ずミズイと会え(・・・・・・・・・・・・・・・・)。そしてその後の判断は全てミズイに委ねるんだ。いいな?」

 

「はぁ?何わけの分からない事を言ってんだ。そいつは事情を知った者を消そうとしてるんだろ」

 

到底受け入れられない要求であった。

にも関わらず、嫌に真剣味を帯びた言葉にルイは混乱していた。

しかし、ディアーは理解を求める様子もなく続ける。

 

「逃げてもずっと追われるだろう。生き残る確率を上げたければ俺の言うことに従うしかない。お前達はいま断崖絶壁を目隠しして綱渡りしているということに気がついていない」

 

「お前は一体何がしたいんだ?俺たちの仲間なのか?お前が説明してくれれば解決じゃないのか」

 

「それがベストの選択だった……が、俺はそこまで持たない。致命傷を食らわされていてな……」

 

気がつくとディアーの足元には大量の血が流れていた。どうやら傷口が開いてしまっていたようだ。そしてそのままフラフラと船の手すりのほうへ近づいていく。

 

「お、おい。まさか……」

 

「……どこでズレちまったのか、本当はトレジャーハンターになるつもりだったんだ。……お前は上手くやれよ」

 

ディアーは言い切ると自ら海の中に身を投げいれたのだ。

 

「ああ!」

 

急いで駆け寄って海面を見渡してもそこにはもう彼の姿はなかった。

 

「くそ!あいつ喋るだけ喋って死にやがって……最後までわけわからん奴だった……」

 

ルイが海を見下ろしている横でトゥーラはリドリィを見る。

 

「この後どうしますか?船を捨てたほうがいいのでは……」

 

元ノーファクションと言ったのはディアー本人であり彼が死んでしまった以上確かめる術はない。これまでの行動から信用に足る者ではないが、最後は迫真の表情でありとてもじゃないが嘘をついているようには見えなかった。

 

リドリィの下す判断は

 

「このまま行こう。やはり船は操舵が効かないようだ。私達は遠泳に慣れていないしレディー・ミズイの顔も拝んでおきたいしな。いざ戦闘になったら私が守ってやるさ」

 

さすが十傑の一人と言うべき力強いリドリィの言葉にルイ達は勇気づいた。確かに彼女であれば少しぐらいの都市連合兵が迎えたところで引けを取らないだろう。

 

そしてついに船はハウラーメイズの海岸に漂着するように止まった。

 海岸には出迎えの人間がいなかったが、ルイ達は警戒しながら船を降りる。

 

「誰もいない……」

 

「いや……いるよ。油断するな」

 

リドリィは先の戦いで感覚がさらに研ぎ澄まされているのか辺りに誰かがいる気配が分かるようだ。

 

そしてその結果はすぐに分かった。

 

 

 

「立会人がいないようだけど、どうなっている?」

 

突然、女性の声が後ろから聞こえてきたのだ。

 

ルイ達は声のするほうに振り返ると、そこには赤い革のコートを着た女が立っていた。

 

妖美な佇まいで30代ぐらいの色気のある美女だ。

容姿も端麗で貴族と言われるに相応しい美麗なオーラを放っていた。

両脇には全身を武者鎧で包んだ侍2名が固めている。

一人は野太刀。もう一人はその長身と同じくらい長い大太刀を背負っている。いずれも相当の手練であることが伝わってくる佇まいだ。

 

【挿絵表示】

 

(3人か……)

 

リドリィは相手の人数を把握すると探りのために声をかける。

 

「レディー・ミズイか?私はテックハンターのリドリィと言う」

 

これに赤いコートの女が鋭い目つきで反応する。

 

「先に私の質問に応えなさい。立会人をどうした?サッドニール班は?」

 

しかしリドリィも引かない。

 

「こちらもあんた方が本物か確認しないと喋れない」

 

「この場所を知っているのは依頼主だけでしょ。つべこべ言わず応えなさい」

 

「おっけ。レディー・ミズイ本人のようだな。立会人は出向間際に死んだよ。残ったのは我々だけだ」

 

この報告を聞いてレディー・ミズイ以下2名の侍の気配が変わる。工場長暗殺の密命を受けたであろう立会人とディアーがおらず、船で帰ってきたのはリドリィ班のみという現状に当然ながら疑惑を抱いているようだ。

 

殺伐とした空気で場が支配される。

 

「遠征……工場まで行ったのか?」

 

ミズイの思惑上、遠征は工場長を誘い出す罠でありそもそも実施されない計画であったはずだ。また彼女には工場自体の存在も隠そうとしている伏しがある。

ここで回答を間違えると即戦闘。そんな気配を取り巻きの侍達は醸し出していた。

 

「当然だろ。それがアンタの依頼じゃないか。サッドニール班の船が沈没したのだが、復帰出来たので任務を続行して工場まで行った。しかし結局返り討ちにあい任務は失敗した」

 

「ほう。船が沈み、さらにサッドニール班は復帰できたのか。それで?工場で何を見た?」

 

「何も見れなかった。工場の手前で戦闘が発生したのさ。大量のアイアンスパイダーが襲ってきて先頭を行っていたサッドニール班は皆、何も出来ずに死んでいったよ……。後続の私達は即撤退に踏み切った」

 

「……荷物持ちのディアーはどうした?」

 

「彼も逃げ遅れて死んだ」

 

「……あの臆病者が逃げ遅れたのか?」

 

重たい沈黙がその場を流れる。ディアーが手練の暗殺者だったことをお互い理解しつつも隠している。ここまで互いに腹の中を探るようなやり取りであったが、今まで黙っていた侍の一人が口を開く。

 

「こいつらが立会人とディアーを殺った可能性が高いですね。大方前金だけ頂いて逃げる計画だったんでしょ。船を操縦できる立会人の死体もなく、ほぼ無傷ってのが怪しさ満載だぜ」

 

言うなり背負った野太刀を構えたのだ。

当然、リドリィもフォーリング・サンを構える。

 

ただならぬ緊張感でルイ達は滝のような汗を流していたが、それが目についたのかミズイから直接声をかけられる。

 

「そこの貴方」

 

「俺!?な、なんだよ?」

 

「その杖はどこで手に入れた?」

 

「!!」

 

迂闊だった。メイトウ杖を持っているだけでHat101と交戦して奪ったことが想定出来てしまうかもしれないのだ。狼狽しているルイを見て間髪入れずにリドリィが割って入る。

 

「Hat101というスケルトンの個体が執拗に追いかけて来たんだ。ディアーもそいつにやられた。全滅させられかけたが何とか倒し、杖はそいつから奪った」

 

嘘と事実を上手く混ぜた賢い回答だった。

 

「そうか。古代のスケルトンに遭遇したのか。ならばディアーがやられてもおかしくはないかもしれないな……」

 

ミズイは辻褄が合ったようで納得したような仕草を見せた。そしてリドリィを見て何か考え事をしている。

 

「あなた……女にしては完璧な戦闘体型ね」

 

「……なに?」

 

急に話題を変えてきたミズイにリドリィも当然面食らっている。

 

「古代のスケルトンはあなたが殺ったのでしょう?女の健康体は貴重だし、洗脳兵の実験体になってもらうわ。カクノーシン、生かして捕えなさい(・・・・・・・・・)

 

「!!!!」

 

突然の宣戦布告にルイ達は狼狽した。そして……先程まで余裕を見せていたリドリィさえも額に汗を溜めていた。




残り2話となりました。

レディー・ミズイの取り巻き侍2人の名前は
スケサーンとカクノーシンと言います。
とあるゲームキャラの名前を借りましたが、由来分かる人はすごいっす。


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77.対決

「カクノーシン……だと?」

 

リドリィは明らかに“カクノーシン”という名前の侍に動揺していた。初めて聞く名前ではないようだ。

 

そこに先程、好戦的に野太刀を構えていたもう一人の侍が割って入ってくる。

 

「旦那が出るまでもないでしょ。俺に行かせてくださいよ」

 

そう言ってこの侍もギラリと光る野太刀を地面に刺してストレッチを始める。体格もガッチリしておりどちらの侍と戦っても激戦になりそうな相手だ。

 

ただ、レディー・ミズイはその意気込みに配慮することなく冷静に言い放つ。

 

「下がれスケサーン。彼女はテックハンター9位のリドリィだ。お前には無理よ」

 

「……俺もナメられたもんですねぇ」

 

スケサーンという侍が不満そうに渋々下がるとミズイはカクノーシンに対して首で合図をした。

 

「では……拙者が……」

 

指示を受けたカクノーシンは小さく応えるとゆっくりと前に出てくる。渋い声から察するにそこそこ歳をとっているようだが先ほどからリドリィはその侍に対して異常に警戒していた。

 

たしかにこのカクノーシンという男は鎧兜で表情こそ見えないが、そこから漏れ出る禍々しい殺気が尋常ではない。

兜に付いている面がそれを一層引き立たせてさえいる。大柄な体格も相まって、まるで鎌の脚を最大に広げたスキマーを相手にしているような威圧感を抱かせていた。

 

そんな中でミズイがさらに驚愕の一言を放つ。

 

傷つけずに捕らえなさい(・・・・・・・・・・・)

 

トゥーラは思わず耳を疑った。

 

(リドリィさんを相手に……、傷をつけないように捕らえるですって!?)

 

当のカクノーシンは「承知した」と一言だけ述べると、背中から大太刀を軽々と抜刀して正眼の構えを見せる。

 

この仕草と佇まいを見てリドリィ陣営に戦慄が走った。

 

長い大太刀をいとも簡単に抜刀出来る体の大きさも然ることながら、構えに異質な感覚を覚えたのだ。

 太刀を扱う上で基本となる構えは主に5つあり五行の構えと呼ばれている。その中でも正眼の構え、つまり中段の構えは通常の太刀を扱う上では最も使われる構えだ。剣先を相手に向けており、この構えを起点として状況に合わせて攻撃防御に移行できバランスが良いからだ。

 しかし得物が大太刀となると話は変わってくる。この構えの欠点は刀の重心位置が身体から遠いため、腕への負担が大きい。ましてや太くて長い大太刀であればその欠点が大きく影響するはずなのだ。重い大太刀を振り上げるのにも腕力が必要になりそれだけ攻撃の初動も遅れる。

だがこのカクノーシンという男は敢えてその構えを取っている。相当、腕力とスタミナに自信があるということなのだろう。

 

トゥーラはリドリィに話しかける。

 

「一緒にかかったらいけませんか!?」

 

「ダメだ。こいつがいるのは想定外だ。数で何とかなる相手ではない。それにタイマンのほうが一人づつ撃破するのに好都合だ」

 

トゥーラの提案にもリドリィは全く耳を貸す様子はない。余計な戦力は足手まといになるだけと言わんばかりだ。

 

強者は強者を知るのか。

心なしかあのリドリィが気負っているようにさえ見えるのだ。

 そんな気配を察したのかカクノーシンがおもむろにリドリィに話しかける。

 

「久しいな、リドリィ……。精進したか……?」

 

「!!」

 

リドリィとカクノーシン。やはりお互いを知っている間柄のようだ。

 

「こんなとこで会うとはな。寡黙なあんたには女のエスコートなんて性に合わないんじゃないのか?」

 

「エスコートではない……護衛だ……」

 

「へっ。あんたがつまらないお抱え護衛している間に私は大分強くなったぞ」

 

「そうか……では……試してみよう……」

 

その後2人はお互い見合ったまましばらく動かなくなった。

 

もうこの場はリドリィに全てを託すしかない。

テックハンター十傑であれば。禁忌の島にて圧倒的な力を見せてくれたあのリドリィであれば、強大な敵も打ち倒してくれると信じて。

 

リドリィはそのまま刀身を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出して構える。八相の構えだ。重武器の負担を最低限に抑えているのだろう。

 

トゥーラはその構えに見入る。

 

(やっぱりリドリィさんは戦い続きで大分疲れている……しかも相手は重装……)

 

リドリィは遠征用にロングコートを羽織っていたが、防具は着用していない。そのため切れ味鋭い大太刀の間合いを抜けなければならないが、攻撃を避けながら鎧を着込んだカクノーシンを斬り伏せるには相当のスピードとパワーが必要になる。遠征の死闘から帰った状況でそのような体力が残っているのか難しかったのだ。

 

カクノーシンはリドリィに疲労が溜まっていることを把握しているのか、ジリジリと間合いを詰めてプレッシャーを与えている。だがリドリィも左右にずれることで縦の突きに対する警戒は怠っていない。表面上も疲れている様子は見えなかった。

 

そしてここからカクノーシンが仕掛ける。

 

正眼の構えから刀を低くして後ろに引き左足を前に出す。下段の脇構えに移行したのだ。左半身を敢えて無防備にし攻撃を誘いやすくした形だ。自分の間合いに入れば八相の構えでガラ空きになっているリドリィの背中を斜めに切り上げる『逆袈裟』を繰り出せる。

 

対してリドリィは誘いに乗るかのように間合いを詰めた。

 

これによりリドリィの方が先に大太刀の間合いに入る。

トゥーラが瞬きをしている刹那。

カクノーシンは力強い踏み込みと合わせて竜巻のようなスイングでリドリィに斬りかかったのだ。

 

通常の人間であれば自分の背中側から来るこの素早い横薙ぎに対して対処など出来ず、そのまま胴を裂かれていただろう。

 

だがリドリィは脅威の反射神経で反応する。

 

体を捻り、かざしていたフォーリング・サンをそのまま大太刀に当てにいったのだ。 

 

ギィィィン!

 

重厚な金属と金属が激しくぶつかる音が辺りに響き渡る。

 

始めから狙っていなければ出来ない芸当であろう。刃が分厚いフォーリング・サンで大太刀を叩くことで武器の無力化を計ったのだ。

 

 しかしリドリィは武器から伝わる振動に痺れを感じながら驚いた表情でカクノーシンを見ていた。

 大太刀はヒビすら入っておらず形も変わっていない。それどころかカクノーシンはそのまま踏ん張っており、リドリィは大太刀を弾き返すことすら出来ずにいたのだ。そして二人はそのまま吸い寄せられるように鍔迫り合いに移行する。

 

カクノーシンは兜面の隙間から気を吐いた。

 

「フゥゥ……武器を叩きに来るのは読めていた……生憎この大太刀はメイトウだ……」

 

メイトウの希少性は船上で知った通り各武器種ごとに世界で1つ程度だ。にも関わらず1日のうちにメイトウクラスの武器を2度見たことになる。

 

「ちっ!メイトウ持ちのオンパレードかよ!」

 

リドリィは何とかフォーリング・サンを使って押し返そうとするが、逆にカクノーシンがその巨躯でリドリィを吹き飛ばしにかかる。

 

「……!!」

 

バランスを崩したリドリィは後ろに下がりながらも得物を持ち直そうとしたがカクノーシンはその暇を与えなかった。

 

さらに踏み込んできて大太刀の剣先を使ってリドリィの手元を狙う。

 

ガキィン!

 

速攻の小手打によりフォーリング・サンがリドリィの手から叩き落される。

 

「ああ!」

 

トゥーラ達に悲壮感が漂い始める。

女の身でありながら恵まれた体格を持ち数々の男どもを力で屠ってきたリドリィ。トゥーラにとって半ば信者のように絶対的象徴として崇拝してきたリドリィがいま目の前で劣勢に立たされているのだ。

 だが、そのリドリィの左手にはいつの間にか逆手で長剣が握られている。先程のやり取りで相手の意識をフォーリング・サンに向けさせ、そこから兜面の死角を狙った不意打ちだ。前の動きを布石にした無駄のない攻撃はまさに百戦錬磨のリドリィであるからこそ為せる技であった。

 リドリィはそのまま踏み込んできたカクノーシンの首もとを容赦なく突き刺そうとしていた。

 

 

 

しかし、カクノーシンはゾッとするほど低く小さな声で呟く。

 

「良い……判断だ……」

 

短いながらも相手への賞賛が含まれた嫌味のない言葉であったが、同時に全てを見透かしたような相手を絶望に誘う一言であった。

カクノーシンは躊躇なく大太刀を手放し、篭手で長剣を難なく防いだのだ。

 

そして

 

強烈な左手のボディーブローをリドリィに対して繰り出す。

 

「ぐ……はっ!」

 

吸い込むように拳が腹にめり込み、リドリィは思わず胃液を吐く。

さらにカクノーシンは右手の手刀で首筋を素早く殴打する。これによりリドリィは白目を向き、膝をついてその場に倒れこんでしまった。

カクノーシンは何事もなかったようにクルリと振り返り大太刀を拾うと静かに鞘にしまうのであった。

 

 

 

 

「え……?」

 

トゥーラは呆然としていた。

レディー・ミズイのオーダー通りリドリィは無傷で気絶させられたのだ。

カクノーシンは倒れているリドリィの手を拘束し担ぎ上げようとしているが、その横でスケサーンという侍がルイ達を煽りたてる。

 

「お前ら絶体絶命だなぁ、おい」

 

だが、その言葉はルイの耳には届いていなかった。その表情は怒りに染まり、間髪入れずにデザートサーベルを抜いてカクノーシンに向かっていったのだ。

 

「この野郎ぉおお!!」

 

「ルイ!!」

 

ジュードの制止も聞かず、ルイは夢想剣舞の型に入る。これに対しカクノーシンは大太刀さえ抜かなかった。

 

「気概があるな……」

 

一言呟くと、突っ込んでくるルイの一撃を綺麗に避け、またもや手刀でルイの首筋を殴打していとも簡単に気絶させてしまったのだ。そしてレディー・ミズイに問いかける。

 

「此奴は殺すか……?」

 

対するミズイは倒れているルイを見下しながら軽くため息をつく。

 

「この娘は市民に英雄扱いされているルイね。ロンゲンも使い道があると言っていたから殺すと説明が面倒なのだけど……敵対するのなら仕方ないわね」

 

「では……やるか……」

 

「先にそこの2人を処分してからよ」

 

「……分かった……」

 

カクノーシンはジロリとトゥーラとジュードを睨みつける。

当の2人は最早、蛇に睨まれた蛙のように体が固まって動けなくなっている。

あのリドリィが負けてしまった以上、目の前の者達に対して抗う術はない。リドリィやルイを担いで逃げることも不可能だろう。さらにトゥーラはリドリィの敗北を受け入れられず、まだ呆然としていてすぐに動ける様子ではなかった。

 

禁忌の島から生き延びた矢先、厳しい局面が続いていた。




次回は本エピソード最終回です


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78.計算された結末

リドリィが敗れ、ルイも倒された。

 

この絶望の中、ジュードだけは冷静でいられていた。リドリィとは知り合ったばかりだったし、ノーファクションとも関係が薄いので第三者の視点で見れていたのだ。

 既にルイが反抗してしまいミズイからの印象は最悪の中、どうすればこの場を乗り切れるのか、一人心の中で考え続けていた。

 

 このままだと殺されるのを待つだけのように見える状況だがまだ誰か死んだわけじゃない(・・・・・・・・・・・・・)。ルイも気絶させられただけだ。冷たい発想だがリドリィは拉致されても後から取り戻す作戦を考えればいい。

 今はこれ以上逆らわず従順な姿勢を示し続ければここで命だけは取られないのではないか、と考えたのである。

それはディアーが残した言葉をまだ捨てきれずにいたからだ。

 

(そもそも死ぬ間際のディアーにあんな迫真の演技が出来たのだろうか?)

 

余程の使命がない限り、どんな人間であっても誰かを騙しながら死ぬよりも、最後は正直者でいたいはずだ。

 

(しかも、彼は立会人を斬り捨てている。騙すつもりならば立会人に任せて良かったはずだ)

 

結論としてディアーの言葉はまだ信用するに値するのだ。しかし問題はディアーとレディー・ミズイの意識のズレだ。ミズイがディアーの思うような人間でなかったとしたら根本的に「生き残りたければミズイの言うことを聞け」というディアーの言葉を聞く意味がない。現に今もミズイは問答無用で殺す姿勢を示している。

 

ただ、結局他に何も出来ないこの状況ならば、ディアーを信じてこれ以上抵抗はせずにミズイの言うことを聞くしか手はなかった。

 

 そんなジュードの心境をよそにミズイは前に出て喋り始める。

 

「あなた達はルイの部下?取り敢えず見せしめに一人死んでもらおうかしら」

 

その口ぶりには笑みが含まれておらず、冗談と言うわけではなさそうだ。今もジュードとトゥーラを交互に見ており、どちらを殺すのか選んでいるようだ。

そして次の言葉を発しようとした時。遮るようにジュードが喋りだす。

 

「あんた達がやっていることにもう関与しない!ルイには俺達が必ず言い聞かせる。それで見逃せないか?」

 

敵対もせず邪魔もしない。ミズイにとっては面倒な説明も回避出来る。

ジュードはミズイが望んでいる事を前面に押し出しこの場を切り抜けようと試みたのだ。

 

ミズイの目つきが変わった。

 

「……本当にこの娘を説得出来るのかしら?見たところ後先考えない単細胞に見えるし、暴走されても処置が面倒なのだけど」

 

「大丈夫だ。力づくで止める」

 

ミズイの問いにジュードは即答した。

 

「そう……賢明ね。では様子を見ようかしら。しばらく様子を見て問題なさそうならその内テックハンターとして専属契約してあげる。ただし、あなた達の事はこれからも(・・・・・)常に見張っているわ。工場のことを少しでも仲間に喋ったら次の日にはスキマーの餌になっていると思いなさい」

 

やはりルイ達が工場の状況を知ってしまっていることはバレているようだが、何とかこの場は切り抜けられる雰囲気が出てきた。

 レディー・ミズイは言い終えるとそのままリドリィを担がせその場を去っていこうとする。

これを震えながら見ていたトゥーラが刀に手をかける。

 

「トゥーラ!」

 

ジュードは間髪入れずにそれを諌めた。

トゥーラは鋭い形相で睨みつけるが無言のまま言い返さない。いま戦っても勝ち目がないことは自分自身も理解しているのだ。リドリィが連れ去られる様子を見て必死に自分を止めているのが分かった。二人はミズイ達の後ろ姿が小さくなっていくのをただただ見ているしかなかった。

 

 

 

気絶しているルイ含めて拠点組の3人がそこに残された。辺りは一変して静まり返っており、何か嵐が過ぎ去った後のような感覚だ。

 力なく膝から崩れ落ちるトゥーラにジュードは喋りかける。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「……リドリィさんが連れ去られたのに……ルイは立ち向かったのに……私は何も出来なかった……」

 

「仕方ないだろ。あの場で俺たちに出来ることは何も無かった。むしろお前は冷静になってよく耐えたよ」

 

「違うの。自分の命が惜しくなっただけよ……」

 

ジュードは肯定も否定もしなかった。

 

「これからどうする?」

 

「……ルイが目を覚ますまでハウラーメイズで休みましょう。ルイをおぶれる?」

 

「分かった」

 

2人はルイを背負って都市の方へ力なく歩き出した。

 

そしてしばらく歩くと前方に侍が一人立っているのが見える。よく見ると野太刀を背負っておりレディー・ミズイの後ろにいたスケサーンと呼ばれていた侍だと分かる。そしてスケサーンはトゥーラ達を見つけるなり声をかけてきた。

 

「よぉ。どこいくんだ?」

 

「どこって……。拠点に帰るんだ。あんたこそ何してんだよ」

 

この侍はこれまでの言動からしてこちらに好意的ではないことは分かる。そんな相手が単独で再び姿を現したのだ。自然とジュードも警戒していた。

 

「ああ。考えたんだがよぉ、やーっぱお前らはこの場で処置しておいたほうが良いと思ってなぁ。そっちの嬢ちゃんなんて今も殺気満々だしなぁ」

 

トゥーラはハッとして顔を覆う。

それを見たスケサーンはからかうように続ける。

 

「敵意はバレないようにしないと意味ないよなぁ。お前ら殺してそのメイトウ杖、売っといてやるよ」

 

そう言って野太刀をスラリと抜いたのだ。

 

「な……!?レディー・ミズイの判断に逆らっていいのか!?」

 

ジュードは慌てた。見るからにカクノーシンとスケサーンという侍はレディー・ミズイの護衛、つまり従者だ。主人の方針に反した行為を出来るはずがない。

 

「くくく。俺たち“特憲”は自分の裁量で判断して良いことになっている。貴族の命令が絶対ってわけじゃねぇんだ。残念だったな」

 

「特憲……だと?」

 

聞き慣れない言葉だった。

 

「特別憲兵を知らねぇのか。帝国のために裏で処置してまわっている部隊だよ。隠れてゴミ掃除している有り難い集団なんだぜぇ?分かったら潔く死にな」

 

ジュードはルイを下ろして構えた。

もはやこの侍との戦闘は避けられないと判断したのだ。

 

しかし、先程までの高レベルな戦いを見せつけられた後なので、否が応でも体が拒否反応を示す。震えて訴えかけてくるのだ。『この侍とは戦うな』と。

 

カクノーシンという片方のデカイ侍のせいで身を潜めていたが、この男も相当ヤバい。

ジュードは全身でその感覚を受けていた。

 

(次元が違う。明らかに俺とトゥーラが一緒に闘ってもこの男には勝てないだろう)

 

ならば……

 

自分もチャド師範が支援しているルイを救うことに専念する。

 

『せめて師範に認められてから死にたい』

 

ジュードの思考回路は自己犠牲による名誉にシフトしていた。

 

「トゥーラ。俺が奴の相手をしている間にルイを背負って行ってくれ。避けることだけに集中すれば数分持つ」

 

「でもそれだとあなたが……」

 

「俺の武術はこういう時のために磨いて来たんだ。禁忌の島じゃ出番もなかったしね」

 

「……分かった。また拠点で会いましょう」

 

「オーケイ」

 

ジュードは前に出て構えた。

 

「お前から死ぬか」

 

スケサーンは言うなり野太刀を片手で持ちながらすぐさま近づいてきて、その勢いのままビュンと野太刀を振り落ろす。格下相手に間合いなどお構いなしだ。

 

ジュードは後ろにのけぞりそれを紙一重でかわす。

 

(マジか……!)

 

斬撃の速さで相手の力量を肌で感じたジュードは死を覚悟した。

 

(片手でこの速さ……!今避けれたのも半分マグレだ!だが……!)

 

不退転の覚悟が反撃の一手を閃かせる。

 

スケサーンは自分をナメてかかっている。そこに糸口があるとジュードは考えたのだ。

 

いくら重くて素早い攻撃であってもフェイントがなくタイミングさえ合えば見切れることが出来る。

だから次に来る一撃を避けずに(・・・・)受け止め、全身全霊のカウンターをぶつけてやるのだ。

それこそスケサーンの命を奪えるほどの強烈な奴を、だ。

 

元々、自分のポテンシャルはチャド師範に一番認められていたと自負している。だから道場を畳んだ後も一人だけ同行を許可されたのだ。

 自分がチャド師範の後を継ぎ得る実力を持っていると思われていたのだとしたら、ここで単純な敗北だけは死んでも死にきれない。せめて相打ちという形でこのスケサーンという厄介な侍の息の根を止めておき、今後ルイ一派が動きやすいようにするのだ。

 

そんな考えも知らずにスケサーンは再度ズカズカと寄ってくる。そして野太刀を振り上げた。

 

(勝機……!!)

 

ぶつかる瞬間、ジュードは迷わず踏み込んだ。

 

あらゆるものを突き破るほどの闘気を指先に溜めて手の指を真っ直ぐ伸ばす。

『貫手 』により急所である喉元の破壊を狙ってケリをつけに行ったのだ。

 

しかし、今度は相手との間合いは縮まらなかった。

スケサーンはフェイントを入れていたのである。

 

「何かしようって顔。めっちゃ出てたぜぇ?実戦が足りてねぇなぁ」

 

読まれていたのだ。

 

(…………くそ)

 

ジュードはつい心の中で悪態をついた。

そして同時に人生の最後とは実に儚く終わるものだと自覚した。

 

(師範。結局俺は何も貢献出来ませんでした。申し訳ありません。後は頼みます)

 

この後、真っ二つになった自分が宙を舞うところまでも想像出来ていた。

 

 

 

 

 

しかしその時、遠方から声が聞こえてくる。

 

「お前達何をしている!」

 

渋くしゃがれた声だがトゥーラには聞き覚えがあった。

スケサーンも声のする方に振り向く。

 

「これはこれはロード・オラクルの私兵侍の方々じゃないですか。巡回ですかな」

 

先程までの殺気はすっかり消しさり、落ち着いた口調で集団の中心にいる白髪のリーダーらしき人物に話しかけたのだ。

 

「如何にもそうじゃ。見たところ、そこにいるのはルイ達じゃろう」

 

「ルートヴィヒさん!」

 

思わずトゥーラは叫んだ。

白髪の男はロード・オラクルの護衛隊長でハウラーメイズ遠征においてメガクラブとの戦いに参加させられていた侍だった。

数人の兵士を連れておりどうやら巡回の途中のようだ。

 

「我が領内で強盗などしでかそうとしているのではなかろうな」

 

「まさかぁ。俺は彼らに護衛として雇われてついでに鍛錬してあげていたんですよ」

 

スケサーンは殺しを目撃されるのを嫌ったのか飄々と嘘をつき始めた。

 

「ふむう。ここはまだ治安が安定しておらず草海賊もたまに出没する。気をつけることだな」

 

「分かりました。まぁちょうど護衛の契約期間が切れてしまったので俺はこのまま立ち去らせて頂きますぜ。いいですかな?拳法着のダンナ?」

 

スケサーンがジュードに問いかけてきた。このまま立ち去ろうしているのだろう。それならば渡りに船だ。見逃してくれるというのならば乗っからない手はない。

 

「あ、ああ。護衛してくれて助かったよ……」

 

ジュードは話を合わせることにした。忌々しい奴だが、すぐに立ち去って貰ったほうが得策だった。

 スケサーンは不敵な笑みを浮かべジュードを一瞥した後、そのまま去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、レディー・ミズイとカクノーシンは別の場所を歩いていた。

 

「スケサーンを……行かせて良かったのか……?」

 

気絶しているリドリィを担いだカクノーシンが静かに問いただした。

 

「彼は止めても行くでしょ。行っても無駄なんだけどね。それよりあなた、リドリィと知り合いだったの?どういう関係?」

 

「古い……弟子だ……」

 

「へぇ、そうだったの。会えて良かったわね」

 

「…………」

 

レディー・ミズイとカクノーシンは振り返ることもなく、都市連合の砂漠へ向けて歩き続けていく。その先には全てを暗闇に包み込むような暗雲が空を覆い尽くしていた。

 

 

 

 禁忌の島におけるトゥーラの父親探しを無事に終えた矢先、都市連合に巣食う陰謀の闇に巻き込まれる事となったルイ一行。失意の中、拠点への帰還は叶ったが、同行してくれたリドリィが連れ去られ、今後苦渋の選択を迫られる事となる。

 都市連合という巨大国家に立ち向かいリドリィを助け出すか、仲間の命を優先し身を引くか。いずれの道もリスクと後悔が伴うが、その先にどのような未来が待ち受けているかは今はまだ誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

原作 kenshi

 

kenshi -20years later-

禁忌の島編

 

 

 

thanks for MOD's

 

JRPG Vanilla

Sexy Armour Vanilla

 

 

 

 

 

 

 

禁忌の島から遥か西方

 

 

 

 

「グリフィン司祭様。都市連合から密書が届いております」

 

聖職衣に身を包み、片手を使って分厚い本を読みふけっている男に重厚な甲冑を纏った男が話しかけた。

 

「そうですか。見せてください」

 

手紙を渡された男はそれに目を通していると静かに涙を流し始める。

 

「いかがされました」

 

甲冑の男からの問いに聖職衣の男は一呼吸置いて応える。

 

「どうやらホースが天に召されたようです。しかし悲しんではいられませんね。いよいよ戦争が始まるのだから。我らも命を賭して使命を全うしましょう……」

 

男は宙に手で十字を切ると、悲哀のこもった表情で天を見上げた。

 

 

禁忌の島編

 

next to episode5 『聖なる国』編




ここまで読んで頂きありがとうございました。
今回は風呂敷広げた形で終わりしたw

そして、ここまで2年かかっていることに気がつきました。(長~っ)
いつ終わるのやら……
というわけでまた休止します!ノシ


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聖なる国編
ここまでの登場人物


★は追加または変更あり


カニを食べる生活に飽きて、世界を知りたいという軽いノリで旅を開始した主人公。ハウラーメイズ遠征、ポートサウス奴隷商との戦いそして禁忌の島遠征を経て成長し、現在は仲間に助けられながらも拠点を構えるリーダーとして活動している。アウロラから『無想剣舞』の型を教えてもらっている。

 

【挿絵表示】

トゥーラ★

行方不明の父親を探すためにテックハンターとなる。辛い経験を糧に覚醒を遂げ、ついに禁忌の島にて父親の遺体を発見したが、同行した恩人のリドリィが連れ去られる。ウィンワンが残した書籍で『無限の太刀』を独学で学んでいる。

 

【挿絵表示】

レディー・ミズイ★

都市連合の技術統制機関最高顧問。ノーブルサークルの貴族の一人。禁忌の島遠征の依頼主として、スパイダー工場長を誘い出し葬る計画を立てていた。リドリィを洗脳兵にするために攫い、ルイ達に口止めしてから立ち去る。

 

【挿絵表示】

カクノーシン(寡黙な衛兵)★

レディー・ミズイの護衛。並外れた体格と大太刀を使った剣技を有し、リドリィを無傷で捕らえた。リドリィの元師匠で口数が少ない。

 

【挿絵表示】

スケサーン★

レディー・ミズイの護衛。"特別憲兵"を名乗り、ミズイの命令に反してルイ達を敵視し抹殺しようとした。口が悪い。

 

【挿絵表示】

ディアー(ホース)★

禁忌の島遠征に荷物持ちとして参加したが、スパイダー工場長を抹殺するために派遣された暗殺者であった。目的を果たすが、Hat101に致命傷を負わされ最後は自ら海に身を投げる。死ぬ間際にルイ達にアドバイスを送る。

 

【挿絵表示】

リドリィ★

テックハンター9位の実力者。禁忌の島遠征にリーダーとして同行した。トゥーラの父アードルフを探すと共に工場調査を目的としていた。Hat101にトドメを刺すが、撤退後にレディー・ミズイの護衛カクノーシンに捕らえられる。

 

【挿絵表示】

スパイダー工場長★

禁忌の島にあるスパイダー工場の長。Hat101率いる部隊に工場を奪われたため、テックハンターとして身を潜めて再起を計る。禁忌の島遠征にチームを組んで参加して工場奪還を狙うが、Hat101と戦闘中ディアーに不意打ちされ破壊される。

 

スパイダー工場長から工場を奪いアイアンスパイダーを量産していた。かなりの実力者であったが、怒りを覚えたスパイダー工場長に圧倒され最後はリドリィに倒された。

 

【挿絵表示】

チャド★

元ノーファクションのスコーチランド人。武術と戦術面を極限まで極めており、高齢にして尚も全盛期を保っている。ノーファクション壊滅後は地方で武術教室を開いていたがウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。ポートサウス戦後は都市連合を単独で偵察している。

 

【挿絵表示】

ジュード★

チャドを慕う門下生。武術教室を閉めたチャドについてきて、そのままルイ一派に加わる。禁忌の島遠征に同行しルイ達を助ける。

 

【挿絵表示】

ナパーロ/ラックル/694番

多重人格障害の元奴隷。主人格である694番がポートサウス側に裏切るが、最後はルイ一派に帰順する。

 

【挿絵表示】

サッドニール

ルイの育ての親であるスケルトン。昔所属していた組織ノーファクション壊滅の真相を調査すべくルイ達から離れて行動している。

 

【挿絵表示】

ロード・オラクル

ハウラーメイズ遠征のスポンサーとして同行した新興貴族。都市連合の食糧事情を遠征により解決し、ハウラーメイズ領主となる。

 

【挿絵表示】

ルートヴィヒ

ロード・オラクルの護衛隊長。メガクラブ戦で両足を複雑骨折した影響で一時期歩行も困難になるが、懸命なリハビリによりオラクルの私兵として復帰している。

 

【挿絵表示】

ギシュバ

テックハンター十傑の7位。無心の戦闘モード『涅槃寂静の境地』と鋼の肉体による剣技『絶対防御』を駆使して多大な功績を残す。ハウラーメイズ攻略時に自身の片腕と教え子アウロラを失くし引退する。

 

【挿絵表示】

アウロラ

小さい頃にギシュバに拾われた元奴隷であったが、徐々に頭角を表し、ギシュバチーム副隊長かつ8人衆筆頭としてハウラーメイズ遠征を計画する。無想乱舞という戦闘スタイルをようし、あと少しまでメガクラブを追い詰めるが、ニムロッドの裏切りにより致命傷を負い命を落とした。

 

【挿絵表示】

ハムート

元ノーファクションの武闘派。妻を殺しノーファクションを壊滅させた都市連合や奴隷商を恨んでおり、復讐のために武装集団リーバーに幹部として加入している。

 

【挿絵表示】

奴隷マスターミフネ

都市連合の兵士の身分から奴隷商本部アイソケットの奴隷マスターにまで登りつめた男。ノーファクション壊滅に関わっていると思われる。

 

【挿絵表示】

スケルトン盗賊の長老

人間をスケルトンと思い込ませて一勢力を築いている自称最古のスケルトン。メイトウクラスの九環刀を使いこなす強者。リーバーと領土争いをしている。

 

【挿絵表示】

ガルベス

ルイ達を騙して奴隷にしようとしていた奴隷商のシェク人傭兵。傲慢で好戦的だが、ルイ達の罠に敗れた後、少し心を入れ換える。ポートサウス戦で助太刀してくれるが片腕を損失して大剣が振れなくなる。

 

【挿絵表示】

シルバーシェイド

ハイブ人のなんでも屋。無感情で自分の命最優先であったが、ルイ達と一緒にいるうちに考え方に変化が起きる。

 

【挿絵表示】

ワイアット

元ギシュバ8人衆の一人。忍者出身のため隠密偵察の任務をこなした。何を思ったのかギシュバチーム解散後に盗賊である砂忍者の頭領になる。ポートサウス戦では気まぐれ?でルイ達の助太刀をしてくれた。

 

【挿絵表示】

クジョウ

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。選抜組テックハンターの育成兼戦闘部隊として活躍。第2のメガクラブ戦で負傷し離脱した。遠征完了後にチームを脱退し引退している。

 

【挿絵表示】

キアロッシ

貴族の名門バート家の御曹司。経験のため選抜組テックハンターとして遠征に参加する。自分より立場が低いルイ達を見下していた。遠征から無事に生還するが貢献ptはトゥーラに並ばれた。

 

【挿絵表示】

ウェナム

貴族の名門バート家の教育係兼私兵。キアロッシに同行して遠征に参加する。第2のメガクラブ戦に参戦しバート家のプライドを守る。ハウラーメイズからは無事に生還した。

 

【挿絵表示】

ハーモトー

友人であるアウロラからの内務調査依頼によりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。主に補助として後方支援を行い遠征を成功に導いた。任務完了後はチーム脱退を発表し行商人に戻る。

 

【挿絵表示】

ロード・ミラージュ

都市連合領内に巣食うレイシスト集団である英雄リーグ連合の現当主。(恐らく金で雇われ)ルイ一派に因縁をつけたが返り討ちにあう。

 

トレーダーズギルドの集金人。ルイの父親を知っておりノーファクション壊滅に深く関わっていると思われる。ルイ一派、英雄リーグ連合、反奴隷主義者など様々な組織を利用してポートサウス粛清に裏で手を回していた。オカマ口調。

 

【挿絵表示】

シャリー

引越し移動中に出会った逃亡奴隷。ピンク色の髪の女の子。少し天然な性格であるがポートサウス戦も生き延び徐々に馴染んできている。

 

【挿絵表示】

ヘッドショット

元ノーファクションの女シェク人射手。今でこそ大分丸くなったが豪快で大胆かつ面倒くさがりな性格。ウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。

 

元ノーファクションのハイブ人。奴隷時代に主人に舌を切られ喋れず、知能も低いため常にヘッドショットと行動を共にしている。鮪斬りの使い手。

 

【挿絵表示】

ティンフィスト

都市連合と敵対する反奴隷主義者の指導者(スケルトン)。ルイがポートサウスを攻めるという出処不明の情報を聞きつけて精鋭を送り込み、結果的に戦闘においてルイ一派を支援した。スケルトンであるにも関わらず武術の達人であり、その拳は相手を粉砕するほどの力を持つ。

 

 

 

 

 

 




整理用も兼ねて投稿。
(途中で修正するかもしれません)

再開はまだです


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79.ノーブルサークル

◆現在の仲間
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


ノーブルサークル御前会議

ノーブルサークルとは都市連合の支配階級、いわゆる貴族の集いだ。

御前会議は不定期開催であり、何かの決め事や行事、イベントがある際に招集がかかる事があった。ハウラーメイズ遠征の時も事前に是非を審議する会が行われていた。

 

【挿絵表示】

 

貴品溢れる豪華な衣服に身を包んだ者たちが円卓を囲っている。その中で奥に座っている恰幅の良い男が飽満な髭を誇らしげに撫でながら喋りだす。

 

「ノーブルサークルの一同が介するのは何年ぶりかな。皆、それなりに歳を取ったようだし、面子も少し変わったな」

 

「ふぉふぉふぉ。オオタ殿は健康のようで羨ましい限りですわぃ。わしはもうほれ、この通りじゃ」

 

横に座っている高齢のスコーチランド人は自分が乗っている車椅子を指さした。

 

「ロンゲン殿にはこれからまだやってもらわねばならないことが沢山ありますぞ」

 

「いやいや、折角、若い風もはいってきておるんじゃ。彼らにも頑張ってもらわねば」

 

そう言うと老人はドア側の末席にいるロード・オラクルをチラリと見る。オラクルはニコリと会釈こそしたが何も喋らなかった。すると横にいるシェク人の女のほうが話に乗ってくる。

 

「オラクル卿のハウラーメイズ攻略は見事でした。長年、都市連合が抱えていた食糧問題も大分解決してきています」

 

「だが、漁をやれる奴隷がいないだろう。ポートサウスも何者かに襲撃されて壊滅した。犯行組織について特憲は何か掴めているのか」

 

「どうせ反奴隷主義者でしょう。ポートサウスの方はこの私サンダが復興に手を貸しているから問題ないわ」

 

「そういえば南方都市の領主は参加できないのか。する気がないのか」

 

各々が自由に喋り出している様子を見ながら、オラクルはずっと無表情を貫き、別のことを考えていた。

 

(あ〜……。初の御前会議に参加したものの……来なきゃ良かった……)

 

貴族の集いノーブルサークルに加入して分かったこの国の実態にオラクルは辟易していたのだ。

 

見せかけの結束

 

 都市連合はいくつもの都市が互いの保全のために徒党を組んだ形で一大国家を形成している。傀儡の皇帝を擁立し、ある程度のルールと方針を定め遵守しているが、複数の派閥が利権のために長年終わることのない政争を続けていた。

いかに今の皇帝を操り、国の方向性を自分のやりたいことに向けるか。そんな連中が国家の中枢を牛耳っているのだ。オラクルのように国と国民のために動こうとする者は少数派であった。そしてそのせいもあって都市連合は世界の3大国家のうち一番の領土を有しているにも関わらず緩やかに衰退の一途を辿っていた。

 

(どうせつまらない施策の発表だろうけど、雰囲気的に今回は全都市参加型だろうな。ダルいなぁ……)

 

「皆さん静粛に。今回の議題はテング皇帝自らお話頂きます」

 

場が温まってきたのを見計らって、オオタと呼ばれた髭の男が手で制しながら喋りだした。

 

ロード・オオタ。

 

皇帝のいる首都ヘフトの領主にして執政を担当する権力者だ。20年前の皇帝テング失踪時もテングの息子をすぐさま皇帝に置き、場を混乱させることなく鎮めた実力者でもある。ある意味、一大派閥の長である彼がコントロールの効かなくなってきた皇帝をすげ替えた説もあるが、そんなきな臭い事を追求する必要も度胸もない。

ロード・オラクルは沈黙を保ち続けていた。

 

「では陛下、お願いします」

 

一同の目が一番奥の豪勢な椅子に座っている青年のほうへ向けられた。

 

皇帝テングJrは幼き頃、父親失踪と同時に皇帝の座に祀り上げられてからは、政務の場にはろくに出てこず、引きこもっていた。当然、知恵をつけさせないために周りの者がそのように誘導しているだけだろうが、その分、前皇帝よりも実力面の期待は薄かった。

 

(私も直接お言葉を聞くのは初めてになるが愚策の提案だけはやめてくれよ……)

 

オラクルはドキドキしながら次の言葉を待っていた。

 

父親のファッションを引き継いだのかテングJr皇帝はサングラスをかけている。引きこもりのはずだが見た目には気を使っているように見える。そんな青年皇帝の第一声はオラクルにとって予想より遥かに斜め上をいっていた。

 

「おー、堅苦しい話は終わった?じゃあ早速、本題。ホーリーネーションを攻めるよ」

 

軽い口調で平然と言いのけられたその言葉に当然どよめきが起こる。

オラクルに至っては絶句に近い状態になった。

 

(な、何を言いだすのだ、このガキは……)

 

思わず声に出してしまいそうになるぐらいオラクルは腹が煮えくり返っていた。

 自分が大金を投じてハウラーメイズ攻略に力を注いだのは飢えている人々を救うためであって戦争をするためではない。食糧問題が解決しだして都市連合が安定した矢先に、私利私欲のために国を動かして民衆に負担を強いることに憤りを覚えていたのだ。

 

しかし一呼吸置いて冷静になって考えてみる。

 

(この傀儡皇帝は何も知らずに“言わされている”だけかもしれない)

 

となると、真っ先に怪しいのはやはり横にいるロード・オオタだ。

バスト地方を取り戻すことで帝国内における地位を不動のものとし、因縁の派閥争いに終止符を打つつもりなのだろうか。暗殺等の直接的な派閥争いは都市連合の弱体化に繋がるためご法度とされているが、発言力の強化による他派閥の淘汰は可能だ。

 

(だとすると別の派閥が黙っていないはず。口を出すとすれば……)

 

「バスト地方を取られてからここ数年はバート将軍が防衛線を引いてくれたおかげで踏みとどまれておりましたが……攻勢に転じられるかどうかは微妙ではありませんかな」

 

トレーダーズギルドのロンゲンだ。

 

老齢となり足を痛めてから車椅子の生活だが、この男の商売欲は留まることを知らない。今や都市連合直属の貴族達を抑えて、ロンゲン派と言われるほど2番目に大きい勢力となっている。

 なお、バスト地方はここ数年でホーリーネーションに実質支配されるまで押されていた。

 

※オラクル的視点の都市連合派閥構成

 

【挿絵表示】

 

(やはりロンゲン派が出てくるよなぁ)

 

対抗派閥が何か言いだすことまではオラクルにも読めていた。しかし意外にも旧テング派であるナガタまでも割って入ってくる。

 

「いや、バストを守りきれなかったのは食糧不足による兵站の確保に失敗したためだろう」

 

オオタを擁護するだけでなく当時、物流を担当していたトレーダーズギルドを暗に批判したのだ。

 

(旧テング派がロンゲン派を口撃した?)

 

旧テング派はテング皇帝失踪後にバスト地方の敗退も相まって急速に衰退し、第一勢力から退いていた。かつての勢いを取り戻すためオオタ派に取り入る可能性は充分にあった。

 既に裏で示し合わせているのかオオタも乗っかってくる。

 

「食糧の確保はオラクル殿も加わったのでさすがに問題ないと思う。あとは攻めるにあたって誰を大将にして進めるかだ」

 

「オオタ殿が務められたら如何かな」

 

「俺は首都で政務を担当している。適材適所でいくとバート将軍が適任ではないかな」

 

ロジャー・バートはロード・イナバに代わりストートで防衛ラインを築き、ホーリーネーションを撃退していた。

 

「将軍は守りの要です。万が一撤退することを考えると防衛ラインは継続してバート将軍にしておくべきでしょう」

 

「では攻めの将軍を別で立てたほうが良いということですな。めぼしい候補はいるかな」

 

ここでナガタが応える。

 

「ショーバタイにテックハンターを辞めたギシュバ殿がおられます。彼を攻めの将軍として抜擢してはどうでしょう」

 

「ふむ。彼ならば申し分ないですな。しかし辞退された場合を考慮して、数人の候補を出しておきましょう。それは各々持ち帰りの宿題としますか」

 

ロンゲンはこのままオオタ派旧テング派のペースになるのを嫌ったのか決定を避けた。恐らくロンゲン派の将軍を探してくるのかもしれない。

 

「はい、難しい話は宿老達の間でやっていいから会議は終わりでいいかな?皆ご苦労さまでした。次回もよろしくね」

 

テングJr自身はこの議題に興味がないのか、方向性が決まるとすぐさま閉会してしまった。

 

ノーブルサークルの面々が順番に退席する中でオラクルも席を立とうとしたがレディー・ミズイに目がとまった。

 

(パ……パーフェクトゥッ……!)

 

絹のようなストレートの髪。

エメラルドのように輝く瞳。

ツンとした唇。

美しいS字ラインの腰つきに加え、燃えるように赤いコートに張り付く小ぶりのお尻。

 

そしてすれ違いざまに残していくフローラルな香りにオラクルはノックアウトされた。

 

「し、失礼。レディーミズイ」

 

「何か?」

 

呼び止められたミズイはサラサラの髪をたなびかせて振り返る。

 

「あ……この後、お時間あればお茶でもどうですかな。新鮮なミネラルウォーターを持ってきておりまして」

 

「あら。いいですわね。ただ……」

 

「な、何か先約でも?」

 

「ロード・オラクル。レディー・ミズイは僕がこの後、用があるのだよ」

 

後ろから聞こえる陽気な声にオラクルは驚いた。

 

「テングJr皇帝陛下!?さようでしたか。それは失礼致しました。では私めはこれで退出させて頂きます(まさかレディー・ミズイは陛下とそう言う関係……)」

 

会話を聞いていたロード・オオタが口を挟む。

 

「くっくっく。オラクル卿、安心してよい。陛下はレディー・ミズイの発明にご執心なだけだ」

 

テングJr皇帝は恥ずかしげもなく説明し始める。

 

「あ、分かっちゃった?ミズイは色々なものを発明できるんだよ。このテンガーという道具は一人で……」

「ああ、説明して頂かなくて良いです。まぁほどほどにしてくださいよ」

 

オオタは蔑むようにしてオラクルを連れ部屋から出ていった。テングJrはまだ話したりなそうであったが静かに喋りだす。

 

「……ミズイちゃん。そこの扉しめてくれる」

「はい」

 

テングJrはミズイに指示すると葉巻に火をつけた。

 

「ふぅ〜……。ノーブルサークルは息苦しいなぁ。道化を演じるのも大変だぜ」

 

急にトーンが変わるテングJr皇帝に驚く様子もなくミズイは応える。

 

「お疲れ様でした。想定通りでしたね」

 

「ああ。トレーダーズギルドの資金と食糧に頼る必要がなくなったオオタはこのまま帝国を支配するつもりだな。ホーリーネーションをやれると思うか?」

 

「人数はこちらが勝っていますが向こうにも炎の守護者や優秀な審問官がいます。良くてバスト地方を取るとこまででしょうね」

 

「その後、膠着か?ならばまた武器供給源のトレーダーズギルドが儲かるだけじゃん。ロンゲン爺もそこまで計算しているだろうな」

 

「ええ。彼らは勝利ではなく永遠の戦争状態を望んでいます」

 

「ははは。オオタも執政のくせに踊らされていて無能だな。戦争している暇があったら父を殺したアイゴアを探せっての」

 

「…………」

 

「父は演技がバレてオオタかロンゲンに消された。だからアイゴアを真剣に探してないほうが主犯だと睨んだのだがどっちも真面目に動かねーし」

 

「……そうですか」

 

「殺ったのは案外ロンゲン派かもしれないな。つーか、ミズイちゃんはこの話聞きたくないんか?」

 

「いえ、そのようなお話私に聞かせて大丈夫なのですか」

 

「あー、僕とミズイちゃんの仲じゃないの〜。一蓮托生で頑張って行こうよぉ」

 

「……承知しました。微力ながら最善を尽くします」

 

「ところで古代兵器実用化計画は進んでいるかい?」

 

「はい。もう少しで鉄蜘蛛のコントロール方法を解明出来ます」

 

「そうか。それがあればノーブルサークルのクズ共は不要になり排除出来る。そして父を殺した首謀者も見つけ出す……」

 

テングJr皇帝が拳を握りしめている様子をミズイは無表情で見ていた。

 

「話は以上だ、行け。期待しているぞ」

 

「……承知しました」

 

レディー・ミズイは一礼した後、会議室を出ていった。

 

外では護衛のカクノーシンとスケサーンが待機していた。

 

「どうでした〜?また大人の道具のオーダーです?」

 

「ああ、陛下からもっと刺激が強い物を作るよう依頼されたよ。次は高性能ダッチワイフでも開発してみるか」

 

「カカカ。操り人形がお人形遊びか。おもしろいっすね。あ、そうだ。トレーダーズギルドのフグが話があるようで外で待ってますぜ」

 

「分かった。会おう」

 

ミズイは軽くため息をつきながら歩き出した。

 




ノーファクションにとって大きな転機が訪れるエピソードとなります……
なお、派閥構成などは完全に創作です(;'∀')
南にいる貴族は現状、御前会議に参加出来ておりません


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80.新たな旅路

◆現在の仲間
ルイ、トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、ガルベス、シルバーシェイド、シャリー、ヘッドショット、レイ、チャド、ジュード


「レディー・ミズイ。お久しぶりでございます」

 

トレーダーズギルドのフグはクネクネともみ手をしながらミズイに近づいてきた。

 

「お前が私に何のようだ?」

 

怪訝そうにミズイが応えるとフグは内緒話をするような仕草で小声で喋りかける。

 

「いえね。レディー・ミズイが最近専属契約したテックハンターについて忠告しておいたほうが良いと思いまして」

 

「ルイ一派のことか?英雄と言われるだけあって使い勝手がいいぞ」

 

「いや実力のほうはもちろん私どもも目をかけておりましたよ。ただ出自がちょっと問題ありまして」

 

勿体ぶるフグにミズイは苛立ち問いかける。

 

「何が言いたい。奴隷出身とかか?」

 

「違います。昔、ノーファクションという反乱組織が存在していたのをご存知ですか?」

 

「聞いたことはある。それがどうした」

 

「どうやらルイはそこのボスの娘のようでしてね」

 

「ほう。だが何十年も前に既に壊滅しているのだろう。組織のボスの娘なんて逆に素質があっていいじゃないか」

 

フグは少し間をあけると神妙な面持ちで喋りだす。

 

「いやぁ、ただの組織ならいいのですが、ノーファクションは国家の安定を揺るがすほどの力を持っていたのでねぇ」

 

「もう娘にそんな力はないだろう」

 

「はい。ルイ自身には力がありません。ただ、そこに元ノーファクションの精鋭が集まってきております。拳聖チャドなど聞いたことないですか?」

 

「……知っている」

 

「チャドは戦略、戦闘、経営全てこなせ、貴族の方々などは喉から手が出るほど欲しい人材です。念のためルイ一派から間引くか組織そのものを解体する必要があります」

 

「だとすると私の仕事に支障が出るが、補償してくれるのかな?」

 

「レディー・ミズイ。あなたは加入して間もないですがノーブルサークルでは協調性が大事なのです。あなたのワガママでバランスを壊す恐れがある組織を野放しには出来ませんよ」

 

「ふーん。ではチャドを除けばいいのだな?」

 

「そうですね。彼がいるいないで大分違ってきますので。ああ、あともう1人私共の組織にスカウトしたい者がいます」

 

「そうか。私に考えがある」

 

「さすが頭脳明晰なレディー・ミズイです。よろしくお願いしますよ」

 

フグは要件を伝えると早々に立ち去っていった。

 

「ふん。相変わらず気持ち悪い奴だ……」

 

ミズイはクネクネと動きながら去るフグを軽蔑の眼差しで見ていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「よし、こいつでこの拠点の草海賊は最後か」

 

ルイは足もとに倒れている男の腕を縛り上げた。

 

禁忌の島における事件以来、ルイ達はレディー・ミズイから大陸東部を徘徊する食料強奪集団排除のオーダーを受け、日々駆け回っていたのだ。この日はちょうどルイ、ジュード、トゥーラの禁忌の島メンバーに加え付き添いとしてレイが同行する形だった。

 ほとんどの敵をレイが倒して、3人が縛り上げる役回りだ。そして草海賊の一人を縛りながらジュードがぼやく。

 

「これだけ捕らえると監獄も一杯になってしまうんじゃないか?」

 

「どうせ奴隷として死ぬまでこき使うんで……しょ!監獄に入れっぱなしにはしないわよ」

 

トゥーラも手慣れた手つきで草海賊を縛りながら坦々と続ける。

 

「それにしてもあのミズイって貴族………私達をこき使いすぎじゃない?あの人のオーダーをこなすのに一杯で他は何も出来ないじゃない」

 

「まずは信頼を得てからリドリィさんの居場所を探し出す計画だろ?報酬もいいし。それに戦って無想剣舞の練習しないとあのカクノーシンって奴に勝てねぇ」

 

ルイは自分を気絶させた相手に対して闘志を燃やしていたのだ。

 

「やっぱポジティブね……。でもこうしている間にリドリィさんがヒドイ目にあっているかもしれないと考えるとそろそろ探りを入れたいわ」

 

これにジュードも相づちを打って応える。

 

「今日はチャド師範が帰ってくる日だ。もう皆に相談してみてもいいのでは?」

 

「いや……それだと恐らく情報が漏れる」

 

意外にもルイが慎重な反応を見せた。

 

「何でだい?情報を漏らす人はいないでしょ」

 

「うん、いないとは思うんだけど……」

 

言葉に詰まっているルイの代弁をするようにトゥーラが説明を始める。

 

「ガルベスとシルバーシェイドは奴隷商と繋がっていたし買収される可能性はあるわね。ナパーロなんて特に危険よ」

 

「そうなのか。だとすると小さな家しかない現状の拠点では秘密の会話は出来ないね」

 

「増築も考えないといけないなぁ」

 

レディー・ミズイのオーダーは数は多いが意外と羽振りが良く、別棟を建てれるほど資金はそこそこ溜まっていたのだ。

 

 

 

その夜

 

チャドが持ち帰った情報を踏まえて今後の方針を話し合うべく、久しぶりにメンバー全員が小さな小屋に集合した。

 

都市連合内に手配書は出ていない。

ポートサウス壊滅も噂では反奴隷主義者がやったことになっている。

また、ノーブルサークルの1人レディー・ミズイがルイと専属契約を行った。(ルイにとっては表向き)

 

以上のことからルイ一派は都市連合から敵対視されていない。という結論に至った。

そしてさらにチャドが驚くべき情報を持ち帰っていた。

 

“ノーファクションを名乗る組織が毛皮商の通り道にて復活を遂げている“との噂を耳にしていたのだ。

 

「そこに行ってきたのかい?」

 

ヘッドショットが興味津々に尋ねたがチャドは首を横に振った。

 

「最短であそこへ行くにはデッドランドを通る必要がありリスクがあるし、都市連合偵察の任務から逸脱する。しかもあそこは元々ホーリーネーション領だ」

 

「ボス……じゃないよね?ローグは死んだって聞いた。立ち上げた奴はアタシ達が知っている誰かだろうけど、普通敵だったホーリーネーションが許してくれるかね?」

 

「グリーンランド人ならば改宗等を理由にしてあるいは可能かもしれん。いずれにしろ確かめておきたいな」

 

議題は旧地に出来たもう一つのノーファクションで持ちきりになった。レディー・ミズイのオーダーはちょうど今は途切れている。

 

話し合いの結果。チャドを含めた数人で現地を訪問することになった。当然ルイは留まっていられない性格のためすぐ立候補した。そして呼応するかのようにガルベスも立候補する。

 

「俺も行く。大陸中央に行くならば道中デッドランドで義手を買えるからな」

 

「あ!ニールがデッドランドに仲間がいるって言ってたんだ。ちょうどいいな」

 

ルイは疑うことなくガルベスを受け入れた。

チャドも気にする様子はなく続ける。

 

「他に行きたい奴はいるか?ああ、ジュードは拠点を守ってくれ」

 

先に釘を刺す形でなぜかジュードの同行は許可されなかった。結局、他に行く者はおらずチャド、ルイ、ガルベスの3人で毛皮商の通り道に遠征することになった。

 

残った者はミズイの追加オーダー対応と拠点の増築に力を入れることになった。当然トゥーラはミズイの調査を水面下で行うつもりだろう。

 

「よーし、じゃあ今夜はチャドさんの帰還祝いで俺が盛大な料理を作るぜ!」

 

ルイは遠征出来る喜びから気分が上がって料理当番を自ら名乗り出た。普段は非戦闘員のナパーロやシャリーが順番に担当している仕事だ。

 

当然、驚くかと思いきや皆の反応は悪い。

 

「え……ルイが作るの?」

「今日の当番違くない?」

「というかずっとナパーロでいいじゃん」

「シャイニング……なぜ逝ってしまったんだ」

 

一気にお通夜状態になった様子を見てチャドも不思議がる。

 

「一体どうした?俺も料理手伝おうか?」

 

「え、チャドさんって料理も出来るんすか!ほんと何でも出来ますね」

 

ヘッドショットはルイが驚いているその流れに乗ってすぐさま反応する。

 

「チャドぉお〜お前が作ってくれぇ!ルイは作らんでいい」

 

「何でっすか!せっかくスキマーの生肉を余すとこなく使った創作料理を思いついたのに!」

 

「お前、食えない部分を無理矢理に料理にすんなって言っただろう!」

 

皆から総出で叩かれているルイをチャドがフォローする。

 

「ま、まぁスキマーもよく調理すれば食える部分は多いぞ」

 

「ですよねー!?もったいないっすよ」

 

「じゃあチャドは帰還祝いにルイの手料理を頂けばいい」

 

その夜、流れでルイの手作り料理を食べることになったチャドは2日間腹痛に悩まされる事となった。

 

 

 

 

 

 

そして準備を終えた数日後

あっという間に“毛皮商の通り道“へ遠征に出る日が来た。

 

予定ルート

 

【挿絵表示】

 

トゥーラはルイに近づき小声で話す。

 

「あの件についてはこちらでジュードと進めるから、あなたは近くにガルベスがいるしチャドさんにも相談しちゃダメよ?」

 

「ああ。分かった。トゥーラも気をつけろよ」

 

「ええ、こちらのことは任せて」

 

「じゃあ行ってくる!」

 

ルイ、チャド、ガルベスの3人は大陸中央にある毛皮商の通り道に向けて歩き出した。全工程3ヶ月ほどの長旅が想定され、ルイはこれまでいつも一緒にいたトゥーラとの別れを惜しんだ。

 

 

 

「まさかお前と旅に出るなんて思いもしなかったよ」

 

ルイはガルベスに話しかけた。ポートサウス戦ではドタバタに仲間になったが、最初の出会いは奴隷にしようとしてきた敵であったし、実際に戦った相手だ。しかも元アイゴア部隊ということもありチャドとの初対面も最悪だった。

 

「俺は強くなろうと日々努力している奴は嫌いじゃない。メガクラブも立ち向かったからこそトドメを刺せたのだろう」

 

「お前そんなに人を誉める奴だったっけ!?自分勝手で傲慢だったろ!気持ちわる!」

 

「ひ、人が真面目に話しているのに……。お前も結構毒舌だぞ……」

 

先ほどからずっと2人しか喋っていないことに気づいたルイはチャドにも話を振ってみる。

 

「ヘッドショットさんに聞いたんすけどチャドさんはノーファクションにいた頃はずっと遠征担当だったんですか?」

 

「…………」

 

返事がない。ポートサウスとの戦いの際に任務にあたる時もチャドは口数が少なくなった。恐らく精神統一してミッション遂行に全力で集中しているのだろう。まさにプロフェッショナルという感じだ。

 今回の行程も綿密に計画を立ててくれた。道中の資金繰りや食糧調達まで詳細にまとめ上げているのだ。

 

(これで武術も極めているんだから最強だよなぁ)

 

ルイはチャドの横顔をマジマジと見つめたが、顔つきも険しい。一点の油断もない渋い面構えに普段、能天気にヘラヘラしている自分が恥ずかしくなるほどだ。

 

「ルイ!」

 

「は、はい!」

 

そんなチャドが急に口を開いたので、ルイは思わず引き締まって応えた。一瞬の静寂が辺りを支配する。ガルベスでさえ無言で次の言葉を待っていた。そんな重苦しい空気の中、チャドは静かに切り出す。

 

「出発してすぐで申し訳ないが、トイレに行かせてくれ」

 

「…………あ、はい。大丈夫っす」

 

チャドはまだお腹の調子が戻っていなかったのだ。

 

こうして3人の大陸を横断する旅は幕を開けた。

 



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81.拳聖チャド

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


「お前……この間、脱走した奴隷に似ているな……」

 

ルイ達3人が出発してから3日後。都市連合の広大な砂漠を横切っている道中で怪しげな集団に声をかけられた。

 

「人違いだろ。俺たちは奴隷じゃない」

 

当然、ルイは素直に言い返した。しかし、相手は尚も難くせつけるように絡んでくる。

 

「いーや。声もそっくりだ。偽ったって無駄だ」

 

「はぁ?違うっつってんだろ」

 

ルイは声を荒らげて応答するが、男たちは引く様子もなく集まってくる。ざっと9人ぐらいで数が多く薄気味悪い。

ボロボロだが軽装備もしていてそれぞれが棍棒やサーベル等の武器を持っている。

 

するとルイの横にいたチャドが前に出る。

 

「ルイ。こいつらは人攫いのたぐいだ。奴隷として売れそうな人間を探し歩いていて、勝てそうな一般人に目をつける。少し日程が遅れているから私がすぐに片付ける」

 

そう言って準備運動を始めたのだ。

対する男たちは人攫いという言葉を否定することもなく、チャドを囲い始める。

 

「爺さん大した自信だねぇ」

「高く売れそうだ」

 

しかしチャドは臆することなく囲っている男を順に見たあと呟いた。

 

「頭は……お前か?」

 

指摘された男は澄ましていた表情を少し崩し聞き返す。

 

「ほぅ。なぜ分かった?」

 

「長年の勘だ。念のため聞くが手を引くつもりはないか?今ならまだ間に合う」

 

この言葉に男の表情は一気に緩み、笑みが溢れる。

 

「はっ!まさかビビったのか?お仲間にカッコいいところを見せてやりなよ!」

 

男はチャドの言葉を単なる強がりと受け取ってしまった。そしてそれが人生における最大の過ちであったことを数秒後に気づかされる。

 

「やれ!」

 

男の声と共に数人がチャドに斬りかかったが、かかった順番に体の部位を引きちぎられていく。

 

「う……腕がぁああ〜……アッ!!!」

 

腕がなくなり叫んでいた男の頭も消えた。

 

「!!!!」

 

一瞬にして4人減った人攫いグループは絶句し、事態の深刻さに気がつき始める。

人攫い達の攻撃が途絶えるとチャドはさらに闘気を練り上げるような仕草を見せる。

 

「……私は今まで人の及ばぬ未開の地へ行くことが多かった。必然と分厚い肌を持つ生物やスケルトン等の機械を貫く力を身につける必要があった」

 

独り言のように呟くチャドを見て人攫いの頭は2、3歩後ずさる。

 

「感じるか?武術の力は筋力だけではない。体を巡る気を養い、練りこみ、そして一箇所に留める事により爆発的な力を発揮することが人には出来るのだ」

 

ゴゴゴゴゴゴ……

 

ほとばしるオーラを見て人攫いの戦意は完全に消失していた。

 

「わ……分かった!悪かった!もう俺たちは消える!」

 

頭は部下に武器をしまうよう命令した。

しかしチャドは尚も続ける。

 

「すまないが、私は闘るからにはあらゆるリスクを減らす主義なんだ。お前たちが後日報復しに来ないとも限らないからな」

 

言い終えた瞬間。チャドは消えていた。そして消えたと同時に蹴り上げただろう砂漠の砂が爆発するように舞い上がる。

その爆発は連鎖するように移動し人攫いグループを包み込んだ。

 

その場はしばらく砂嵐が来たような視界の悪さとなったが、やがて静寂と共に落ち着きを取り戻していく。

そしてただ1人立ちすくむチャドの姿をルイ達は発見する。

 

人攫い達は1人残らず肉塊になっていた。

 

「こんな世の中だ。弱者を搾取するやる方を否定するつもりはないが、運悪く強者とぶつかる覚悟もしておくべきだったな」

 

チャドの決め台詞も圧倒的な猛者そのものであった。

ガルベスも開いた口が塞がらない。

ルイに至っては目をキラキラさせながらチャドを見ている。

 

「す、すげぇ……闘気って実在したんですね!」

 

「そうだ。筋力の100%以上の力を出すために体内に流れる気を使うのだ。さらに応用として“回転”を加えることもある。剣術にも通じるから道ながら教えてやろう」

 

拳聖チャドによる複数人を相手にした戦いを実際に垣間見れたのは初めてであったが、目にも止まらぬ速さに加えパワーをも兼ね備えており、まさに完全無欠であった。

 

 

 

一行は遅れを取り戻すためにそのまま先を急いだ。

都市連合の首都ヘングを経由して、デッドランドの手前にあるウェイステーションまで一気に西行したのだ。ここはかつてガルベスを迎えうった場所だ。

 

「うわ〜懐かしいなぁ。まさかガルベスと旅するなんて全く思わなかったぜ」

 

「ああ、そうだな。あの時は俺もお前らを殺す気満々だった」

 

ルイとガルベスは共感するようにBARを眺めている。このウェイステーションは都市連合の領域を出て西に行く前にテックハンターが立ち寄る前哨基地であり、旅人が多く立ち寄っていた。ガルベスから逃げている時は気が付かなかったが、都市連合のBARと違い座って食事している者は皆ベテランの風貌あるテックハンターであったり、貿易小隊が多かった。

 そしてその中に1人だけ異質な視線を送ってきていることにルイは気がつく。というより姿に見覚えがある。侍の鎧兜に身をつつみ頬杖をついているのだ。

 

「アイツは……まさかミズイと一緒にいた……」

 

「ん?知り合いでもいたか?」

 

そちらのほうを見て喋っていると、鎧兜の者はユックリ立ち上がり近づいてきた。

 

「よぉ。遅かったな。待ちくたびれたぜぇ」

 

ふてぶてしく喋る声もやはり聞き覚えがあった。

 

「ミズイの付き人か。何の用だ」

 

「名前を覚えてくれよぉ。スケサーンだ。お前らデッドランドに行こうとしてるだろ?やめておけ」

 

スケサーンは会うなりデッドランド行きを止めに来たのだ。

 

「何でだよ?お前たちには関係ないだろ。義手を買いに行くだけだ」

 

「レディー・ミズイの命令だ。聞かないつもりか?」

 

「全て言いなりってわけにはいかねーよ。俺たちの行くところに口を出してんじゃねー」

 

「くく。拳聖が側にいるから威勢がいいな。聞かないならそれまでだぞ」

 

敢えて言葉を避けているが、恐らく“それまで”とは、契約切れのことではなくリドリィの命は保証しない、という脅しだろう。

 

「……意味わかんねー」

 

「まぁ、いいじゃねーか。補填もある」

 

そう言ってスケサーンはバックパックをゴソゴソと漁りだす。反射的にルイは構えたが、バックから取り出されたのは義手であった。

 

「それは……」

 

「義手だ。そこのシェク人にプレゼント」

 

放り投げるように手渡され、咄嗟にルイがキャッチしたが、それは★傑作品の義手(Industrial Lifter Arm)であった。

 

「なんで義手を買おうとしてたのを知ってんだ」

 

「なんでだろうねぇ、不思議だねぇ」

 

スケサーンは肩を揺らして笑っており、人をおちょくるような言動は相変わらずだ。

 

「ルイ。こいつは誰だ?」

 

黙って聞いていたチャドが口を挟んだ。そもそもチャドは都市連合の貴族との専属契約も快く思っていなかった。彼は特に貴族の傲慢な所を嫌っているがスケサーンの態度はまさにそれを体現しており、癇に障ったのだろう。

チャドが醸し出す圧倒的な重圧がスケサーンに向けられていた。

 しかし、スケサーンもそれを意に介する様子はない。

 

「おーこわ。そんなに見つめられたらチビッちゃうよ」

 

「誰か知らんが我々は都市連合所属ではない。行きたい所は自分たちで決める」

 

「ふーん。ルイは考えを変えたみたいだけど?」

 

チャドはルイを見たが、当のルイは悩んでいた。いまここでチャドにスケサーンを締め上げてもらい、リドリィの居場所を吐かせる事が出来るかもしれないからだ。しかし懸念もあった。チャドはスケサーンに勝つだろうが、他にレディー・ミズイの手先がBARに潜伏していて成り行きを見ているかもしれないのだ。

反抗がバレたらリドリィの命は危なくなるかもしれなかった。

 

「義手をくれるんなら行かなくてもいい……」

 

ルイの心変わりにチャドは驚いて尋ねる。

 

「いいのか?仲間がいると言っていたじゃないか」

 

「……はい。ニールの知り合いなら合流してからのほうがいいし、ミズイの援助が途絶えるのも今はきついし……」

 

「そうか。お前がそう決めたなら無理は言わん。デッドランド自体、避けるに越したこともないからな」

 

チャドはそれ以上追求することなく引いてくれた。

 

「話し合いは終わったか?じゃあ次の要件だな」

 

スケサーンはそう言って席をたつと、クイクイと指でついてくるよう合図をする。

 

この男とウェイステーションの外に出るのは危険だが今はチャドとガルベスがいる。彼らもきな臭さを感じてついてきてくれた。

 

「なんだよ、外に呼び出して」

 

「俺が用があるのは拳聖チャドさ。ガキはどいてろ」

 

意外にも指名されたのはチャドであった。

しかし当のチャド本人は全く気にする様子もなく冷たくあしらう。

 

「誰かしらんがお前のような奴に時間を割いている暇はない。早く要件を言え」

 

「嫌われちゃったかなぁ?俺もじじいの腕試しなんてホントはやりたくないのよ?でも衰えていないか上から確認するよう言われてるからさぁ」

 

理由は不明だが、腕試しという表現で戦いを申し込まれたと、チャドは理解する。

 

「ほう、私と闘りたいわけか。殺してしまっても知らんぞ」

 

「ああ。アンタも俺に殺られるようじゃ用無しだ」

 

手加減なしでぶつかるつもりのようだ。

突如始まった決闘にルイはどうしたら良いのか困惑する。まさかスケサーンのほうからチャドに勝負を挑んでくるとは思わなかったからだ。

 

このまま事情を知らないチャドにスケサーンを倒してもらえば、今後のリドリィ救出が楽になるかもしれない。打算的だが自然とその期待を持ってしまう。

 

ウェイステーションから少し離れた場所。奇しくもルイがガルベスを撃退した場所の近くでチャド対スケサーンの決闘が始まった。

 

「何度も言うがこれは審査みたいなもんだ。俺を失望させるなよ爺さん」

 

「威勢がいいな。その前にルイ。お前がコイツとやったら勝てるか?」

 

急にチャドはルイに問いかけた。すかさずスケサーンも割って入る。

 

「おいおい。ガキに戦わせて修行って発想はなしだぜ?俺は則、殺しちゃうよ」

 

ルイは顔を横に振りつつ、内心スケサーンの言う通りだと思った。自分が戦っても100%負けると想像がつく。それは相手の気配などを見ても何となく分かった。自分でさえ気づけるのにチャドが分からないはずがない。ルイは分かりきったことを聞くチャドに疑問を抱いた。

 

「その感覚は常に養い、何事も冷静に判断するのだぞ。お前はたまに無謀な行動をするところがあるからな」

 

そう言われてルイはハッとする。自分はこれまで感情に任せて相手に突っ込んでしまうところがあった。チャドはその辺りの短所を見抜き、実戦を通して教えてくれたのだ。

 

「もういいかい?あんたらの勉強ごっこに付き合うつもりないんだけど」

 

スケサーンは若干イライラしながら既に野太刀を抜いて待っていた。

 

「待たせたな。では来ー」

 

チャドが全て言い終える前にスケサーンは怒涛の踏み込みで一気に間合いを詰めた。

そしてそのまま肩から野太刀を取り出しざまに斬りつけたのだ。

 

「……っ!」

 

さすがのチャドもこの初太刀は不意を突かれたのか、体制を崩しながら何とかかわした。

しかしスケサーンはその様子を見逃さず一気に畳み掛けるように野太刀を細かく振るう。

野太刀の湾曲を巧みに使い、振りかぶると言うよりはクネクネと蛇のような独特な軌道で太刀筋が分かりにくい突きだ。

チャドは体制を戻しながらもその攻撃をかわすが一度も攻めに転じない。

まさかのチャドが劣勢に立たされているような状況にルイは狼狽した。そこまでこのスケサーンという男は実力があるのか。

 このまま押し切られチャドが殺られようものなら、遠からず自分がミズイに関わってしまったせいだ。そうなるとジュードにあわせる顔がない。

 

しかし状況は次第に変わる。

 

チャドが余裕を持ってスケサーンの攻撃をかわすようになってきたのだ。

そして攻撃が全く当たらない状況にスケサーンも気づき攻撃を止める。

 

「……はぁ。やめやめ。もういいよ。大体分かった」

 

そう言って野太刀を肩の鞘にしまったのだ。

 

「どうした。終わりか?」

 

「ああ。さすがだよ、アンタ。合格」

 

「ふっ。お前のお眼鏡に叶うと何か良いことでもあるのか?用が済んだのならさっさと消えろ」

 

契約相手であるレディー・ミズイとの揉め事を回避するため、チャドは最初から攻撃するつもりがなかったのだ。

 

「怖いねぇ。ちなみにその力、都市連合のために活かす気はないかい?」

 

「……何の話だ?」

 

「ただのスカウトさ。いい役職用意しちゃうよ?軍を操る将軍とか」

 

「くだらん。去れ」

 

「ちぇ、乗ってくんないか。では遠回りの旅を引き続き楽しんできてくださいな」

 

スケサーンは捨て台詞を吐くとそのまま北の方角へ消えていった。

 

 

 

「…………」

 

「チャドさん、大丈夫ですか?」

 

「ルイ。奴はミズイという貴族の手下なのか?」

 

急な質問にルイは口ごもる。ガルベスの前で禁忌の島で起きた事を言うなと言われた手前、どこまで喋っていいのかすぐに出てこなかったのだ。

 

「えっと……護衛と特別な任務を兼任しているらしいです」

 

ルイはトゥーラから聞いた気絶している時の話を踏まえて、適当に誤魔化そうとした。

しかし意外にもガルベスが食いついてくる。

 

「あの動きは只者じゃねーぞ。もしかして特憲か?」

 

「な、なんで知ってるの?」

 

「マジか……。俺は特別憲兵養成学校の出なんだよ。つっても毎日殺し合いばっかさせられてたが」

 

「お前と同じ類かよ。道理で性格悪いわけだ」

 

「ああ?性格は関係ねーだろ」

 

ルイとガルベスの掛け合いの中で静かにしていたチャドが問いかけてくる。

 

「ルイ。我々が毛皮商の通り道に行くのを奴らに教えたのか?」

 

「い、いえ……そういえばなんで知ってたんだろ」

 

「そうか。となると内にスパイが紛れていることになるな。暗号手紙を出してヘッドショット辺りに報せておこう」

 

仲間の中にスパイがいる。

 

元々、半信半疑であったがチャドが指摘することで急に現実味を帯びてしまった。

この事実にルイはショックを隠せないでいた。




本エピソードの主人公はチャドかもしれません('ω')


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82.毛皮商の通り道

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


ノーファクション跡地がある毛皮商の通り道は大陸の中央にある。東側からそこに向かうにはデッドランドと呼ばれる危険地帯を通る必要があった。しかし、レディー・ミズイの部下スケサーンから謎の勧告を受け、ルイ一行は遠回りして、デッドランド地域の南に隣接するヴェンジ地域の山脈を通っていくことにした。

 

この地域は日中に空からジ・アイによる光線が降り注ぎ、地上には植物はおろか生物がおらず死の大地となっている。

 理由は不明だが夜になれば光線が止まるため、移動も必然と夜となる。

3人は星明かりに照らされた山道を静かに移動していた。

 

「デッドランドを通るよりこっちのほうが安全ですよね?向こうの空見ると黒い雲がすごいんすけど」

 

ルイは右手に見える暗雲とした空を見上げた。

ガルベスも新しい義手の指を夢中に動かしながら生返事で応える。

 

「まぁそうだな。強烈な酸性雨が降るし、アイアンスパイダーが出没する」

 

2人のやり取りを聞いていたチャドは辺りを見渡しながら会話に入る。

 

「ここも気をつけたほうがいい。スラルという首なしスケルトンの群れが走り回っているからな。……噂をすれば何とやらだ」

 

遠く山の下から駆け上ってくる集団がおり、このままいくと鉢合わせてしまう。

 

「うわぁ……!頭のないスケルトンか。どうやって動いてるんだ?」

 

ルイはスラルを禁忌の島の工場で見ていたので初めてではなかったが、統率された動きで一方向に駆けているスラル集団は不気味そのものだった。過去に一体彼らはどのような目的を持っていたのか。そもそもなぜ頭がないのか。現在の文明レベルに似つかわしくないスケルトンには謎が多く残されていた。

 

「俺がやる。離れていろ。義手の付け心地を試すいい機会だ」

 

ガルベスは長いこと背負ったままであった板剣をすらりと抜いた。

そしてガチリと歯を食いしばる音まで聞こえたガルベスの初太刀はスラル集団の先頭数体を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。

 

「……!!」

 

かつてブラッグドッグを吹き飛ばした時よりも力を増した一撃にルイは驚きの声を上げたが、当のガルベスも自分の力に驚き唖然としている。

 

「なんだこの義手は!力が漲ってくるようだぜ!!」

 

荒廃した現在において古代文明の技術は既にほぼ失われている。

しかし義手等の動作機関は古代文明の叡智が詰まったスケルトンの技術を流用しており、生身の腕と遜色ない機能性を有していた。それを踏まえ、筋力以上のパワーを出力する義手を作ることは有能な技師と生産拠点が揃えば現在の技術でも充分可能であった。

 

勢いのままガルベスは走りくるスラル達を力まかせにことごとく吹き飛ばしてしまう。

 

「……レディー・ミズイとやらは相当、質の良い物をくれたようだ。合わせて器用さも延ばせば一級の手練になれるかもしれないな」

 

チャドも感嘆するほどガルベスの力は高いようだ。

 

「あんたにも勝てるようになるかい?」

 

「ふっ、精進を続ければな」

 

これほどの力を見てもチャドはガルベスを鼻で笑えるほど余裕があるようだ。

ルイは頼もしさを感じると同時に、至高の領域の上限が未だ見えていない自分に不甲斐なさを感じていた。

 

その後3人は連なる山を歩き続けた。

そしてしばらくして窪地の中に街を見かける。

 

「驚いたな。かつてのノーファクションと同じ場所だ」

 

3メートルの高さがある外壁。

豪勢な門の両脇にはクロスボウ砲台を備えている。それに囲まれた街はBARやら服屋が建ち並び人が行き交う盛況ぶりを見せている。

 

「ここ……ノーファクションがあった場所なんですか?」

 

ルイの質問に応えることもなくチャドは様子を伺っている。かつての故郷に帰ったことでチャドでさえ内心胸が踊っていたのだ。

 

(しかしいったい誰が……)

 

チャドの関心はそこであった。

ノーファクションのボスにしてルイの父であるローグ・アイゼンはアイゴアとの戦いで命を落としたと聞いている。

ならば今のノーファクションは誰が経営しているのか。

 元々この場所は3大大国であるホーリーネーションという宗教国家の領地内であり、ノーファクションはその国といざこざを起こして戦争をしていた。

 お互い甚大な被害が出たことにより休戦こそしたが、ノーファクションがそのまま居座ることをホーリーネーションが許すわけがない。

 

となると元ノーファクションのメンバーではない可能性も充分に考えられるのだ。

 

(しかし、もし彼が生きていたならば……)

 

ノーファクションの完全復活。

 

ローグ・アイゼンの元にルイ一派も合流し、今度こそ誰にも縛られない自由な国を形成出来るかもしれない。

チャドは警戒しつつも自然と街への足が進んだ。

 

「ホーリーネーションはスケルトンに対して異常に敵対的だ。ガルベスは念のため義手をマントに隠せ」

 

「おう」

 

クロスボウ砲台は近づく3人に向けられている。門との距離が縮まる度に守衛からの視線が強くなっていくのを感じられた。

 

「そこで止まれ。素性を明かし、ここに来た目的をこたえろ」

 

守衛は都市連合の侍鎧のデザインとは違い鉄板のような装甲の鎧で体を守っている。反して腕や足は動きやすさを重視しているのか、何も纏っていない。

 

「トレーダーズギルドの者だ。ここで商売をさせて欲しい」

 

都市連合とホーリーネーションは国境で敵対しているが、トレーダーズギルドは国家ではないため国境という概念がない。それゆえ都市連合内で活動しているにも関わらず、商売目的であればホーリーネーション領にも出入りが可能だった。

下手に本当の目的を告げるよりもリスクなく入る理由としては丁度良かった。

特に怪しまれることなく、内部に入った3人は都市連合とはまた違った街の雰囲気に驚く。

 

「なんか……男ばっかいません?」

 

「そうだな。ホーリーネーションの特徴といえば普通だが……」

 

当然、チャドは過去にホーリーネーション領内に来たことは何度もあった。彼らが信仰するオクラン教という宗教の教義は、極端な男尊女卑とレイシズムが特徴であり、女性と人間以外の種族を邪悪なものとして排斥する。

そのため街中はグリーンランド人の男が練り歩き、女は奴隷として働くか人目を避けていた。

そのことから少なくともこの街にはオクラン教が布教している事が分かる。

 

(やはりこの街はホーリーネーション寄り……)

 

チャドの頭の中の懸念が大きくなる。

それは元ノーファクションの残党狩り(・・・・・・・・・・・・・)だ。

 

ホーリーネーションは過去のノーファクションとの戦闘で大分疲弊した。執念深さで有名の上級審問官も重傷を負ったと言われている。そのようなノーファクションに恨みを抱く者が解体後の残党を釣り出すために名前を語っている可能性があったのだ。ボスであるローグ・アイゼンの娘であれば恨みの的としては格好の餌食だろう。

 

 そしてただでさえスコーチランド人のチャド。女のルイ。シェク人のガルベスという彼らから見て異人で形成されたグループに疑念の視線が向けられていた。

 

「もしかしてグリーンランド人のジュードを連れてきたほうが良かったです?」

 

「いや……今回は運営者が分かればそれだけでいい。長居は無用だ」

 

チャドは街人の視線を気にせずドンドンと奥の方へ進んでいく。そして周りの建物より一際大きい家に辿り着く。

 

「ここの家主に会いたいのだが、取り次いでくれないか?チャドが来たと言えば分かるはずだ」

 

そのまま門番らしき者に話しかけたが、当然相手の反応は冷ややかだ。

 

「アポはあるのか?伝えはするが会う保証はないからな」

 

「ああ、それでいい」

 

家主がノーファクションの元メンバーであれば名前を聞けば反応してくれるだろう。逆に全く関係ない者はアポなしで会おうとしないはず。

そして懸念していたノーファクションの残党狩りの線はバリバリ武闘派だったチャドという名前への門番の薄い反応ぶりから可能性が大分低いように見えていた。

 

数分後、戻ってきた門番は無言で家の中に入るよう促してきた。

 

ということは

 

「どうやら知人のようだな」

 

チャドはルイとガルベスに知らせた。仮に残党狩りの罠の気配が濃厚であった場合、事前に示し合わせて波風たてずに去るつもりだったのだ。元ノーファクションの知り合いならば敵対的なことはしてこないだろう。チャドは先頭に立って案内されるままに奥の部屋へ入っていった。

 中には銅像が置かれ、それを座りながら拝んでいる男が1人。そして側には甲冑に身を包み大剣を背負う男が1人いた。

 

【挿絵表示】

 

 チャドは瞬時に甲冑の男を警戒する。

隙のない佇まいとチャドの威圧的なオーラにも気負わない姿勢に一定の力量を感じたのだ。

 

(パラディンだな……。しかも見た目は若いが高位だ)

 

ホーリーネーションにはパラディンと呼ばれる国を守る騎士のような階級がある一般の兵士よりも鍛錬されており、また高位のパラディンは部隊を指揮するリーダーの役割を担ったりもした。階級は鎧の見た目である程度判断出来た。

 

「あなたがこの街の責任者か?」

 

チャドは背中を向けてお祈りをしている男に喋りかけた。

 

「ええ。私がノーファクションを運営しております」

 

お祈りしている男は立ち上がると纏っている聖職衣を静かになおした。

 

【挿絵表示】

 

「お前は……グリフィンか!?」

 

「お久しぶりですね。チャドさん。元気でしたか」

 

「なぜお前がノーファクションを語って司祭の真似事をしているんだ?」

 

ノーファクションとホーリーネーションは停戦こそすれども決して味方ではない。崩壊のきっかけとなった相手の国教を崇拝しているグリフィンにチャドは不信感を持ったのだ。

その気配は近くにいるパラディンにも伝わる。

ガチャリと甲冑を鳴らしながらチャドの前に立ちはだかった。背の高いチャドよりも数センチ高く甲冑と強靭そうな肉体でまさに主を守る壁だ。

 

「おやめなさい。フラーケ。チャドさんは武の超越者ですよ。戦ってかなう相手ではありません」

 

グリフィンと呼ばれた男は落ち着き払った口調で続ける。

 

「チャドさん。ここで私がしている事はボスであるローグ・アイゼンが言い残した指令でもあります」

 

「ローグが司祭への転職を薦めたのか?ありえんな」

 

「私がホーリーネーションとの外交を担当していたのはあなたも知っているでしょう。ボスはノーファクションに何かあった場合はここでホーリーネーションの庇護の中で元メンバーを助けるよう私に言っておりました。場所がらも近隣の大国にすがるのは仕方がないことでしょう」

 

「ということは他にも元メンバーはいるのか?」

 

「いいえ。残念ながらあなた方が初めての来訪です。何しろ創立するまでホーリーネーションを説得するために時が立ってしまいました」

 

ここまでの話はチャドにとっても違和感はさほど感じられなかった。グリフィンがオクラン教の信奉者であった事も知っていたため、ノーファクション崩壊後に司祭をやっていても不思議ではなかった。ただそれは純粋な信奉だったらの話であり、ホーリーネーションの先兵として配置されている場合は見方が変わってくる。

だからチャドは警戒を解かずに敢えて攻撃的な口調で問いただす。

 

「では、お前が外交を担当しながらホーリーネーションとの戦争になったのはなぜだ?お前がけしかけたのか?」

 

「チャドさんは長く遠征組を指揮されていたので知らないようですね。いいでしょう。納得されるまで過去に起きた事実をお伝えします。こちらへどうぞ」

 

チャド達は案内されるままに小部屋の椅子に腰掛ける。フラーケというパラディンとガルベスはその場に残り、グリフィンの話はチャドとルイの2人で聞くことになった。

 過去に起きた事はチャドも人づてである程度聞いていた。その内容とグリフィンの話に矛盾や齟齬がないか確認することで、グリフィンの狙いを判断することにしたのだ。




ここまで読んで頂きありがとうございます(*‘ω‘ *)
評価も久しぶりに頂けてモチベーション上がりました(感謝です……)

今後も気軽に感想、評価お待ちしますw


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83.グリフィンの回想①

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


約20年前

 

 

「ここがダストキングのアジトか?シュライク」

 

グリフィンは背負っていた分厚い刃の武器をおろした。暗い闇夜の中、目の前には5メートルほどの城壁がそびえ立っている。

 

「間違いないね。場所と地形も報告と一致している。堅固そうだからボスを待ったほうが良さそうだ」

 

グリフィンの後ろで草むらに隠れながら様子を伺っている女が応えた。

 

「ローグにはもう連絡しているからじきに来る。それより夜が明ける前に奇襲して城壁の砲台を無効化しよう」

 

「マジか。うちら5人だよ。ここダスト盗賊の本拠地だよ」

 

他の者も同調するように首を振っている。

 

「あの門を正攻法で攻めるほうが犠牲がでる。俺が門を解除出来たらお前たちも入ってこい」

 

そう言って1人かけだしていくグリフィンを、4人は不安そうに見送った。

 

門にたどり着いたグリフィンは早速ピッキングを開始する。

 

(サーチライトがないから難なくここまでこれたが……クロスボウ砲台は全部で4つか)

 

もし気づかれて集中砲火を食らったらひとたまりもないだろう。グリフィンは音が鳴らないよう慎重に解除を試みた。

 

ガチャン

 

鍵は少し大きな音を立てて開いた。

 

「…………」

 

辺りは静けさを保っており気づかれた様子はない。手で合図をして4人を呼ぶと、グリフィンはユックリと門を開ける。

 

(門番がいない……というか城壁にも見張りがいないな)

 

さすが盗賊と言うべきか、警備は大分お粗末のようで城壁内にそびえ立つ中央の塔以外には人が配備もされておらずグリフィン達は楽々と城壁を確保出来たのだ。

 

「さすがにここまでだろ。後はボスが来るの待とうぜ」

 

「了」

「そ、そうですね。あ……鼻に虫が……」

「ビープ」

 

シュライクというスコーチランド人の女の意見に皆が賛成した。

しかし、このときグリフィンは違うことを考えていた。

 

敵の拠点は中央にそびえ立つ4階たての塔だけだ。一箇所しかない出入り口は交代で2人の番が見張っているのみであり、上手く行けば見張り番を一人ずつ順番に削ることが出来そうなのだ。

ただし、2人同時に暗殺となるとこれをグリフィンと一緒に遂行出来そうな者は限られてくる。

 

(シュライク以外だとピアか……)

 

グリフィンはやる気がなさそうなシュライクを諦めてピアという金髪の女に話しかける。

 

「あんたは隠密は得意か?あそこにいる見張り2人を同時に殺りたいのだが、やれそうか?」

 

「…………」

 

ピアからの返事はない。

 

(無視かよ……!どいつもこいつも言うこと聞かねぇな!)

 

グリフィンは元ホーリーネーションの歩哨であり熱心なオクラン教徒であったが、現在の教義・思想に疑問を抱き、国を出てローグ一派に加わった。

そして真面目である程度戦闘スキルがあったため、5人チームのリーダーを任されていた。

 

メンバーには長柄武器を使いこなす女シュライク、無口な女ピアの他にハイブ人のビープ、グリーンランド人の吟遊詩人がいた。

 

(くそ!俺のチームはロクなのがいないじゃん!せめて戦闘経験ある奴で固めてくれよ!)

 

特にビープという仕事も戦闘も全く出来ないハイブ人を鍛え上げるよう言われた時はほとんどなかった髪が全くなくなってしまっていた。

 

「ビープ!」

 

「ええ?お前がやるって言うのか?ビープ。つーか、吟遊詩人は隠密出来たりしないの?」

 

「歌は歌えるぞ!」

 

自信ありげに返答する吟遊詩人を見てグリフィンはすぐに計画を諦めた。

 

「城壁を占拠したまま待機だ」

 

 

 

 

 

 

そして数分後

 

「ダスト盗賊の襲撃がやまないと思っていたらこんなところに王が隠れていたとはね」

 

現場の緊張感とは裏腹にのんきな声と共にノーファクションのボス ローグ・アイゼンが1人現着する。ダストコートを羽織り、武器は一振りの刀のみ帯刀していた。

 

「ちょうど無限の太刀を免許皆伝できたから試せそうだよ。グリフィン」

 

【挿絵表示】

 

ローグは黒髪のグリーンランド人であり一見するとそこらにいるただの青年だが、グリフィンが加入した時から既に異才を放ち、内面で周りの者を惹きつける何かを持っていた。

この時もすでに彼はたゆまぬ努力によってあらゆる武器を使いこなせるようになっており、チャドと闘っても結果が予想出来ないほどの実力を有していた。

 

武闘派の自分(グリフィン)やシュライクが味方であるにも関わらずローグ・アイゼンに気負わされている様子をビープが不思議そうに見ているのも無理がなかった。ローグの強さの1つにその圧倒的な力量を難なく隠す無邪気さがあったからだ。

 

「ダストキングはあの塔の中かな」

 

ローグは隠密行動することなく1人歩いて向かっていく。

 

「え……援軍はローグ1人?大丈夫なのか……?」

 

「問題ない。まぁ見ていろ」

 

加入したてのピアでさえローグの行動に焦りを感じていたが、(グリフィン)にとってはそれは日常茶飯事であった。

 

当然、ダスト盗賊の見張りは近づいてくる人影に気がつく。

 

「なんだてめぇは!?」「こいつ見覚えがあるぞ。確かトマスを殺した……」

 

それが見張り2人の最後の言葉になった。

 

『無限の太刀 七の型 環封発冥』

 

ローグが見えない速さで腰に差した刀を振るうと見張り2人は血しぶきすら出さずにその場に倒れ込んでいった。そしてそのまま彼は塔の中へ消えていく。

 

その後、中からダスト盗賊が騒ぎ出す声が聞こえてきたが、徐々に断末魔の叫び声に変化していく。

(グリフィン)は加勢に行くつもりはなかった。というより行く必要がないと思っていた。彼が来たならば後は取りこぼしだけを対処すれば良い。それほど彼の強さは異次元まで登りつめていたのだ。

 

案の定、声が止むとローグが1人出てくる。

 

「ちょっと急いでいるから雑になってしまった。生きている盗賊は逃していい。王は2階で寝ているから捕獲して懸賞金にしてくれ。捕まってたっぽい女の人達は保護してね」

 

ローグが来たらもはや自分たちは後処理班だった。

 

塔に入るとダスト盗賊達が全員倒れている。息のある者も失った手などを抑えて呻いている。奥には盗賊に連れ込まれたであろう裸の女が数人怯えながら部屋の隅に固まっていた。

 

この数分の出来事で辺りを荒らし回っていたダスト盗賊の本拠地は壊滅したのだ。

やったのが齢30手前の1人の男だけという事実に私はただただ驚愕するしかなかった。

 

ローグが急用で先に拠点へ帰った後、グリフィンチームで元ダスト盗賊本拠地の後始末をした。捕らえられていたキャットという男がグリフィンチームに加わり、「後輩が出来た」とビープが喜んでいたが、自分にとってはお荷物が増えただけだと思った。

 

ダストキングをホーリーネーションの都市で引き渡した後、再度ノーファクションに戻るまでは3日かかってしまった。

拠点に戻ると何やら皆騒がしく行き交っている。

 

「あ、グリフィン!帰ったらボスのとこ来てくれってさ」

 

帰って早々に衛兵に呼び止められ、グリフィンはチームを解散して1人、ローグのいる宿舎へ向かう。

 

「ボスいるか?いま帰ったぞ」

 

「ルイちゃ〜ん。そうでちゅかぁ。ん〜?でちゅかぁ」

 

ローグは気づかずに赤ん坊と戯れている。

 

「ごほん!ローグ。呼んだか?」

 

「どうした(キリ)」

 

「帰ったぞ。呼んだだろ?」

 

ポカーンとしていたローグであったが思い出したように喋りだす。

 

「おー!グリフィン!ダストキングはお金になった?」

 

微笑むルミの横で赤ん坊であるルイを抱き上げながらローグは遊んでいた。先日ダスト盗賊を壊滅させた男とは全くかけ離れた顔だった。

 

「多少はな。仲間も少し入ったぞ」

 

「ああ、キャットだっけ。後で挨拶しておくか。そういやビープとは打ち解けたかい?」

 

「やる気だけはある!だが俺のチームちょっとクセのある奴多くないか!?唯一グリーンランド人の吟遊詩人も相当変わった奴だぞ!」

 

「そうかな?歌が聞けて楽しいじゃん。まぁグリフィンはグリーンランド人以外をよく知ったほうがいいからね」

 

「ぬぬ……」

 

これ以上グリフィンは言い返せなかった。元々、オクラン教の歴史研究のため敢えて自分から忌み嫌う他種族にアプローチしていたからだ。ローグもそれを察して異種混合チームにしていた。

 

「ただ……ちょっと気になることがあってね。俺がリバースの脱走奴隷であることがホーリーネーションにばれたくさい。追手が来るかも」

 

「なんだと!?」

 

リバース鉱山というワードはホーリーネーションの国内においては大変意味深い。なぜならここで国家を上げて教祖である初代フェニックス一世の巨大石像を建築しているからだ。何年にも渡る長期事業であり大量の奴隷がここに集められ労働力として駆り出されていた。労働は過酷を極め、毎年多くの死者を出しており、グリフィンもこの事業には懐疑的であった。

 ただ何より驚かせたのはボスのローグがこの施設の脱走奴隷である事であった。今どき互いの出生など気にもとめない情報ではあったが、リバース鉱山から脱走出来たことに驚きを隠せなかったのだ。

 国家の一大事業ということもありこの施設は最上級の警備体制が敷かれている。若者が単独で突破できるような場所ではなかった。さらにここから脱走した者にはホーリーネーションから懸賞金がかけられる。そんな場所から抜け出し、ホーリーネーション領の近くで拠点を構えているローグ・アイゼンはやはり只者ではないと実感できた。そして感嘆している自分をよそにローグは話をつづけた。

 

「まぁバレたというより噂が出回った、と言ったほうが正確かもしれないな」

 

「どういうことだ?」

 

「彼らも馬鹿じゃないから元々俺が脱走奴隷だということに感づいていたと思うんだよね。ただ、既にノーファクションは大きくなっていたし、害もなかったから野放しにしていたんだと思う」

 

「じゃあなんで今さら捕まえに来るんだ?」

 

「たぶん俺が脱走奴隷だと領内に噂を撒いた奴がいる。ホーリーネーションは立場上この噂を捨て置けなくなったのかもしれない」

 

「なに!一体誰が!?」

 

「でね……実はさ、最近ホーリーネーション方面に行っているのはグリフィンチームだけなんだ」

 

ローグの真顔にグリフィンはピンとくる。

 

「まさか……俺のチームに密告者がいると?確かに外交担当になって定期的にホーリーネーションに赴いているが……それって確定なのか?」

 

自分のチームメンバーとは不器用ながらも上手く付き合えていた。突然ローグから言われたことに普段冷静なグリフィンも困惑していた。

 

「分からない。そもそも俺が脱走奴隷だと知っているのは浮浪忍者村出身の者だけだ」

 

この言葉でグリフィンは察する。リバース鉱山の強制労働所はその名の通り鉱山の真ん中にある。たとえ脱出に成功できたとしてもホーリーネーションの都市に行くわけにもいかないため、ホーリーネーションと敵対する浮浪忍者村があると言われる北を目指すことになる。ローグは脱出後に恐らく浮浪忍者村に辿り着き支援を受けたのだろう。だから浮浪忍者出身者がローグの経緯を知っていてもおかしくない。そして浮浪忍者出身と言えば。

 

「おい……それって……ピアじゃないか。あいつは浮浪忍者村の出だろ」

 

「そうなんだよねぇ。ただ彼女はホーリーネーションに姉を殺されているし、違う気がするのよ」

 

「じゃあ外部の者か。浮浪忍者が我々とホーリーネーションを戦わせようと画策した可能性も捨てきれないな。まさかピアは浮浪忍者からの回し者!?」

 

「やっぱその線も浮かんじゃうよなぁ」

 

ローグとしては浮浪忍者に支援してもらった経緯があるようで、なるべく疑いたくもないようだ。

 

「とにかくグリフィンはこれからホーリーネーションと戦争にならないよう外交してもらいつつチームメンバーの動きもさり気なく見ていてくれないかな」

 

「分かった。だが一応破談になった時に備えて戦争の準備はしないとだな」

 

「そうだね……」

 

この時ローグが寂しそうに応えたが、グリフィンの頭の中はどのように交渉すべきかで一杯になっていた。




グリフィンチームに怪しい人を集めてみました('∀')


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84.グリフィンの回想②

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


(グリフィン)のホーリーネーションとの交渉は空しくも失敗に終わる。

 

ホーリーネーションの上級審問官であるセタという人物に直接掛け合ったことが逆に裏目にでたようだ。魔女狩りのように異端者を狩り続けて出世の階段を登ってきた彼が特例措置など認めるわけがなかったのだ。

 

セタ率いる『天罰』と称されたホーリーネーションの襲撃部隊がノーファクションの近くに集結し始めたことで、ローグは戦争を確信する。急遽、彼は遠征組以外のメンバーを広場に集め、深刻な表情で切り出すが、その言葉は皆を驚かせる。

 

「出頭する」

 

自分(ローグ)1人がリバースに戻れば解決すると言うのだ。

だがこのローグの第一声に対して皆は満場一致で反対する。ノーファクションには飢えて倒れかけていた者、同じ志を抱いた者、命を救われた者等、多く在席しており、恩人であるローグをリバースに送り返す事などあり得なかったのである。

 

「ばぶー」

 

よちよち歩きでローグをよじ登ろうとしている赤ん坊のルイを見て、皆の心は一致する。子供が産まれたばかりの父親を離れ離れにするわけにもいかない。

 ノーファクションはローグの意思に反して一気に応戦ムードとなり、士気も鰻登りに上がっていったのだ。また、秘密裏にシェク王国や浮浪忍者の援軍も見込める事となり、ノーファクションは遠征組がいないながらも着実に迎撃体制を整えていった。

 

その間、(グリフィン)は私にできることを進めた。それはグリフィンチームメンバーの内部調査である。

敢えて、チームでホーリネーションの都市に赴き、自由行動を取ることでメンバーを泳がせてみたのだ。しかし、確証に至る結果は得られずいたずらに時間を過ごしていった。一番警戒していたピアに至っては「自分も拠点で迎撃したい」とチームの転属願いを出すほどであった。

 そして何も成果を出せないままノーファクション対ホーリネーションの戦争は始まってしまう。

 

ローグに言われグリフィンチームはホーリーネーション領で待機させられ戦争には参加出来なくなった。これは先ほど言った通り、ノーファクションが壊滅した場合の保険として、ホーリーネーションとのパイプをなくさないためであった。

 

グリフィン以下、シュライク、ピア、ビープ、吟遊詩人、キャットの6名は都市スタックのBARにて戦況報告を待っていた。

自分は戦闘経験があるのに戦争に出させてもらえないもどかしさがあった。“ローグに疑われている者達だから”戦争に参加できないのでは、と自虐的になり気持ちも塞ぎ込んでいた。

 

当然そんなことも知らずに、ビープやキャットは純粋に勝利を願って奇声を発していたし、ピアは黙りこくっていた。吟遊詩人は常に脳死状態なので分からなかったが、この時、私はシュライクの行動に疑念を覚えていた。

 

「お前は戦争に参加したくなかったのか?」

 

チームの中では長柄武器を扱い、武闘派として主力のようにたち振る舞っていた彼女は今回の戦争に対して消極的だったのだ。

 

「私は別に闘いが好きなわけじゃない」

 

「しかしノーファクションが敗れると俺達は行き場を失うんだぞ?またモングレルに戻りたくはないだろう」

 

「はん!あそこに舞い戻るはずはないだろ。イライラしてっからもう話かけんな」

 

シュライクは常にサングラスをかけていたので何を考えているのかも分かりにくかったが、いま思えば自分と同じように戦争メンバーから除外され疑われたと思いこんでいた者の1人だったのかもしれない。自分から志願することも疑いの要素を増やすと考え、敢えて名乗り出なかったのだろう。当時、私はそこまで考えが至らなかった。

そのままネチネチと問い詰めているうちに彼女とは喧嘩別れしてBARを出て行ってしまったのだ。

 

 

 

そんなメンバー達の思惑に関わらず、やがて戦果はもたらされる。

 

ホーリーネーション襲撃部隊『天罰』敗退。上級審問官セトは重傷。ホーリーネーションはノーファクションからの申し出により停戦協定に署名したのだ。上々すぎる結果にメンバーはBARの中で人知れず歓喜した。すぐに拠点へ戻る準備をしてスタックを発った。この時、シュライクとは別れたままであったが後から一人で帰ってくるものと思っていた。

 

「ビィィィィィプ!!」

「やりました!やりましたね!」

「記念に私が歌を歌いましょう!」

「うるさい吟遊詩人……(ょしっ!)」

 

皆、それぞれ勝報を喜び噛み締めていた。

そしてウキウキしながら拠点へ戻る道中で伝令から衝撃的な事実を知らされる。

 

都市連合アイゴア部隊による大規模な不意打ち襲撃だ。

 

逃げのびてきた農業担当の非戦闘員は遠巻きにノーファクション陥落までの一部始終を目に焼き付けてきたらしい。頭領のローグ・アイゼン。シェク4人衆のオロン、レーン、ルカ。守護将クランブル・ジョン。主要戦闘員が軒並み戦死し、もはや遠征組が戻ったところでどうにもならないぐらいにノーファクションは壊滅したのだ。

 

(まさか……あのローグが……?)

 

頭をハンマーで殴られた後に遅れてくるような吐き気。どうしようもない絶望に悲しみ伏せる前に俺はその事実を受け入れられず只々嗚咽していた。

 その後ひたすら拠点に向けて皆走ったが、視線の先に立ち上る黒煙を見てノーファクション陥落という事実を受け入れざるを得ないと悟った。

 

つい先日まで赤ん坊を抱き上げていた男。圧倒的なカリスマで世界を混沌から解放し、自分を導いてくれると思っていた男ローグ・アイゼンはもういない。

 

チームは近くのウェイステーションに立ち寄り、私はショックの余りBARで酒に入り浸った。

もはやチーム内にいる可能性があった密告者のことなどどうでもよくなっていた。当然、時が経つに連れ仲間は消えていく。ピアは無言で立ち去り、その他の者も動かない私を見ていつの間にかその場を去っていた。シュライクにも結局2度と会えず、私は1人落ちぶれていったのだ。

 

数年が経ち、最後にせめてボスとの約束を果たすべく、オクラン教の司祭となり、元メンバーの保護を行うことにした。そしてホーリーネーションと交渉し支援を受けながら現在に至ったのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

黙って最後まで聞いていたチャドは当時のことを想い言葉に詰まった。もう少し早く遠征から帰れていればノーファクションは壊滅しなかったかもしれない。チャドにとってもこれは人生最大の悔いが残る出来事だったのだ。

 

そしてグリフィンチームがローグの指示の元、戦線を離脱していたことも知っていた。

 ただそれはホーリーネーションとのパイプ役を最後までまっとうするためという認識であり、まさかチームメンバーの中に密告者がいる可能性までは知らなかった。

 

「今もチームメンバーの行方は分からないのか?」

 

チャドはグリフィンに問いただした。

グリフィンの話が真実なのか、グリフィンチームのメンバーに確認出来る者を探す必要があったからだ。

 

「ええ、唯一分かるのはピアのみです。他は音信不通でして、もう亡くなっているかもしれません」

 

「ピアはどこにいる?」

 

()浮浪忍者村のようですが詳しくは分かりません」

 

「新?移転したのか?」

 

「いえ、元浮浪忍者村はホーリーネーションがついに場所を突き止め、壊滅しました」

 

良好な関係を築いていた浮浪忍者のような小組織も大国の圧力には敵わなかったようだ。

 

「そうだったのか。それでピアはそこにいて今もホーリーネーションと戦い続けているわけだな」

 

「はい。つい先日も私は彼女に暗殺されかけました」

 

「……!そうか、ホリネの司祭だからか。説明も出来ていないのか?」

 

「久しぶりの出会いも私の暗殺未遂でしたからね。聞く耳を持ってくれません。私の近くに護衛でパラディンを置いているのもそのためです」

 

グリフィンによるここまでの話に違和感はなかった。喋り方が丁寧に変わっているのも司祭を続けたせいなのだろう。大人しく話を聞いていたルイもグリフィンを信用しているようだ。

ただそれはホーリネーションという国家の性質(・・・・・)をまだ知らないからだろう。

 

とにかく、グリフィンを白と確定させここが安全と判断するにはピアに会って話を聞くしかない。チャドは頭の中でそう結論づけた。

 

「ルイ、ガルベス。俺たちは新しく出来たという浮浪忍者村にも行くべきだ。頭領をやっているモールにも当時の事が聞けるかもしれない」

 

「モール!?」

 

聞き覚えのある名前にルイが反応した。

 

「知り合いか?」

 

「その人は無想剣舞という型の開祖らしいんです」

 

「ほう。だったらルイは尚更会っておきたいな」

 

この話を聞いていたグリフィンが割り込んでくる。

 

「申し訳ないのですが、モールは浮浪忍者村にはいません」

 

「なぜだ?」

 

「彼女はホーリーネーションに捕えられどこか分からぬ牢獄で厳重に管理されているようです」

 

「!!」

 

小組織ながらホーリーネーションに抵抗を続けてきた浮浪忍者の頭領モールはその実力からも少からず世界に名が知れ渡っていた。ホーリネーションからも長いこと懸賞金をかけられていたが、モールの所在を突き止めることさえ出来ていなかった。チャドも戦ってみたらどうなるか分からないと思わしめていた。そのモールが捕まったことは少からずチャドを動揺させた。

 

「現在、浮浪忍者村を牽引しているのはくノ一三忍と呼ばれている3人の女性です。ピア、ナイフ、レヴァ。ピア以外の2人も聞き覚えがあるでしょう」

 

「ああ。ノーファクションにも度々来ていたな。見覚えがある。その3人でモールがいない穴を埋めているということか」

 

グリフィンは改まってチャドを見据える。

 

「あなたは私を疑っているようなので、浮浪忍者村へ行くのは止めません。ですが少しだけここで滞在していってもらえませんか?私が真剣に復興に取り組んでいるのが分かると思います。それに今度、巡礼に大物がここを訪れます」

 

「大物?誰だ」

 

「上級審問官セト。彼との関係も良好な状態に持っていけていることが分かるかと思います」

 

名前を聞いたチャドは警戒を強める。

 

「……!やはり奴は生きているのか。そのまま会うのは危険すぎだろう」

 

「ええ。農民のふりをして、私が対応するのを遠くから見ていてください」

 

セトが巡礼に来る日までにこの街を調査する。怪しいところがあれば何かしら痕跡はあるはずだ。少しでも不審点があればすぐにここを退去すれば大事には至らないだろう。

チャドはグリフィンの提案を受け入れることにした。

 

それから数日間。毛皮商の通り道にあるノーファクションに滞在し、施設をくまなく探索したが、グリフィンが布教活動を行っている以外に不審な点は見つからなかった。それどころかここには牢屋や兵士の詰所もなく、平和的な建物だらけであり、ここに住む女性からもあまり不平不満を聞くことはなかった。ルイに至っては「ここに拠点をうつして合流してもいいのでは」と言うぐらいここでの生活に満足をしているようであった。

 



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85.祈祷日

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


祈祷日

 

上級審問官セタが数十人の兵士を連れてノーファクションにやってきた。審問官が祈祷で訪れることは異例である。本来、審問官とはオクラン教の教え、教義に反する異端を排除することを意図した捜査員である。通常布教は司祭や司教など宗教を広める役割の者が担っていた。

 審問以外の目的があるとすればやはり国防に関わる事だろう。審問官は手練の上位パラディンの中から選出される。さらに主導者ホーリーロード・フェニックスに選ばれた者が上級審問官として政務に携わるのだ。そのため政務執行者として地方視察に来ている可能性は充分にあった。そして数いる候補者の中から最高位まで駆け上ってきたセタのエリートとしての実力は底知れぬ不気味さがあった。

 

チャドはここノーファクションで接待に近い歓迎を受けてもなお疑いの目を持っていた。相手が審問官となると俄然、警戒心も高まる。

 

(ノーファクションが離反しないか定期調査も目的に含まれているかもしれないな)

 

チャド達は予定通り農民の振りをして、遠めからセタと応対するグリフィンを監視していた。

 

 

 

 

 

「あの人……腕がないっすね」

 

ルイがセタを見て呟いた。

確かに彼は腕の付け根から先がない。そして少ししか生えていない腕を堂々と見せているのだ。

 

「ホーリネーションは義手も機械だから教義上、腕につけられないのだろう」

 

チャドは手練の上級審問官が片手を失っている

事に驚いたが、それよりもセタの後ろにいる取り巻きに目を向けていた。

 

服装から

審問官1名。

高位パラディン2名。

パラディン8名。

歩哨10名。

御使い10名。

 

1都市に攻め込める人数で来訪していたのだ。

 

しかも

 

(あの審問官……見覚えがある)

 

【挿絵表示】

 

セトの後ろに隠れているが、ただならぬ気配を漂わせている者がいたのだ。都市連合の手配書に記載され多額の懸賞金がかけられている壮年の審問官。名はカスケード。

 

以前は高位パラディンとして都市連合との紛争地帯であるバスト地方に出没し、名のある侍を討ち取ってきた手練だ。

 用兵術、戦術にも精通しておりバスト地方を事実上占領した功績により、セトの側近として抜擢されたのだろう。

 

(要注意人物だな……)

 

チャドは万が一でも彼らと目が合わないよう細心の注意を払うようルイに目配せした。

尚、ガルベスは容姿とガタイが目立つためこの場から離れたところで待機していた。

 

 

 

 

 

 

 

「遠いところお越し頂きありがとうございます」

 

グリフィンはセタ一行に深々とお辞儀をして丁重に迎えた。

 

「うむ。変わりないか?」

 

「はい。教祖様にお力添え頂いたおかげでこの街もここまで復興を遂げることができました」

 

「そうか。定例報告は後でカスケードにしてくれ。私はこの後、用があるためすぐにここを発たねばならん」

 

「左様でしたか。お忙しいところありがとうございました。それではカスケード様にお伝えしておきます」

 

このやり取りだけ済ますとセタはさらっとノーファクションの様子を見渡し、数人の部下を連れてもと来た道を引き返して行く。

 

これに面食らったのはチャド達だ。

上級審問官セタと言ったらホーリネーションを支える柱の1人であり、もう片方の上級審問官ヴァルテナと並んだ双璧であった。当然、些細な出来ごとも念入りに確認し、敵対している相手がいそうであれば容赦なく潰しにかかると思っていた。

 そんなセタが二言三言のやり取りだけで引き返したのだ。ノーファクションに目をつけていると思えたのは杞憂だったのかもしれない。

 

「ふぅ……問題なかったな」

 

セタの一行が見えなくなってチャドは一息いれて警戒を解いた。

 

しかし

 

そんな一瞬の気の緩みが別の審問官の接近を許してしまう。いつの間にか審問官カスケードがこちらのほうへ寄って来ており、ルイに対して話しかけていたのだ。

 

「あなた……どこかで見たことがありますね」

 

カスケードは指でルイの顎をクイッとあげて顔を隠していたフードを取った。

 

「!!」

 

「え……何ですか……?」

 

狼狽えるルイにカスケードはベッタリくっつき顔をマジマジと覗く。側にいるチャドは不用意に近づけないでいた。迂闊に近づこうものなら気づかれてルイに何をされるか分からないからだ。

 

「少しあちらの宿舎で伺いたい事があるのですが宜しいですか?」

 

拒否は許されそうもないカスケードの静かなる圧力にルイは首を縦に振るしかなかった。ちらりとチャドの方を見るが、彼も“今は大人しく従うしかない“という表情をしており、ルイはそのままカスケードの言う通りついていく。

 がっちり肩に手を回されながら宿舎に向かう2人を見てグリフィンは無表情を貫いている。

 

(グリフィン……!奴はホーリーネーション側だったのか?)

 

いま下手に動いてもルイの命が危うい。チャドはどうすることもなくその様子を伺うことしか出来なかった。

 

 

 

 

「では、そこに座ってください」

 

ルイはカスケードに促されるまま従う。丁寧な口調と端正な顔立ちを見て、思わず気を許してしまいそうになる。しかし次の言葉で改めて彼が審問官という立場であることを認識させられる。

 

「あなた……都市連合のルイさん……ですよね?」

 

言わずもがなホーリーネーションと都市連合は長年敵対する大国同士である。審問官からの質問が重大なものであることは情勢に疎いルイであっても容易に察することが出来た。

 サーッと全身から血の気が引いていく。

ルイをどこで知ったのか不明だが、今もハウラーメイズ攻略の記事などでルイの情報は転がっていたので問題はそこではない。“テックハンターの“ではなく“都市連合の”という言葉がスパイを警戒しての尋問であることに気づき危機感を覚えたのだ。

 回答を間違えた場合、危険な状況になるのは目に見えている。今部屋の中にはルイとカスケードの2人しかおらず、助け舟を出してくれる人はいない。正解となり得る回答が頭の中に浮かばず、ルイは押し黙ってしまう。

 

「あれ、喋れますよね?さっきも会話できていたし」

 

「あ、いや。はい……」

 

「ルイさんで間違いないですか?」

 

「そうですけど……」

 

「なぜ農民の格好で私どもを見ていたのですか?グリフィン司祭はこのことを知っておられるのですか?」

 

カスケードはにこやかな表情を作っているが目は笑っていない。最早下手な言い訳は余計な嫌疑をかけられるだけだし、今から工夫した返答をルイが出来るはずもなかった。

 

「ど、どこから話せばいいのか……、俺は元ノーファクションメンバーの娘だったんだ」

 

「ほう。それで?」

 

「過去にホーリネーションと戦っていた経緯もあるから、今の良好な関係に水をささないよう、遠くから様子見見してればいいってグリフィンさんが言ってくれたんだ」

 

「なるほど、そういう事でしたか!今はノーファクションと提携しているので問題なかったのに!そして都市連合で英雄扱いされているルイさんがまさかノーファクションの出だったとは!」

 

杞憂だったのか審問官カスケードは全く気にしていないようであった。それどころか親しみのある接し方にルイはつい気を許してしまう。

 

「ハウラーメイズの記事見たんですね。実際はあんま活躍してないですけど」

 

「若いのに謙遜する心もお持ちとは素晴らしい。ここで出会えたのは何かの縁でしょう。是非ルイさんにお願いしたいことがあります」

 

カスケードは急に真剣な顔をしてルイに切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、チャドは離れた場所でグリフィンを問い詰めていた。

 

「貴様、本当にカスケードと組んでいないと言うのだな?」

 

「はい。誓ってあなた方を騙してはおりません。カスケード審問官に敵意がなかったのはあなたもお気づきでしょう。ただ、ルイさんに目をつけるとは私も不覚でした……」

 

グリフィンは指を顎にあてて考え込んでいるが、チャドにはそれすら演技なのではないかと疑う。しかしグリフィンの言う通り、今のところカスケードからは敵意は感じられなかったのも事実だ。(そのせいで接近に気づけなかったのもあるが)

 

「都市連合のルイという言い方をしていたが問答無用で敵認定というわけでもないのだな?」

 

「カスケード審問官は非情に熱心な教徒ではありますが、合理的な方でもあります。敵である都市連合を調べている過程でルイさんを知ったのでしょう。彼女がテックハンターだとも知っているならば危害はくわえないはずです。仮に敵対視したならばその場で歩哨に捕らえさせたはずです」

 

「では狙いはなんだ?都市連合市民に英雄視されていることで排除対象になる可能性はないのか?」

 

「分かりません。ただ本当のことを言えば解放してくれるはずです」

 

チャドはこれ以上追求することを止めたが、心の中ではグリフィンへの疑いは晴れなかった。むしろこの男が最初からホーリネーションに通じていたのではないかという思いが強まっていた。

 

(このままルイが捕まった場合、グリフィンは限りなくグレーと見るべきだろう)

 

ただ、仮にこの場でルイを助け出せたとしても数の多いホーリネーション兵から逃げ切ることは不可能だ。ならばまずは全力でカスケードを捕らえる。そして奴を人質にしてこの場を脱出するのだ。

 

チャドは覚悟を決めた。

 

 

 

 

しばらくしてルイ達が入っていった建物のドアがガチャリと開く。中からはカスケードのみが出てきた。

 

(まさかルイは拘束されたのか……?)

 

チャドは静かに闘志を燃やし戦闘態勢に入った。するとカスケードはそれに気づいたのかすぐさま話しかけてくる。

 

「お待ちください。あなたは拳聖と讃えられた武道家チャドですね?」

 

カスケードはチャドの事も把握していたのだ。

 

「……なぜ知っている?」

 

「有名ですからね」

 

「ルイはどこにいる?中か?」

 

「中におりますが、これから私達と共にスタックへ行くことになりました」

 

到底、理解できない言い分だが、ここで熱くなるわけにもいかず、チャドは冷静に問答を続ける。

 

「……なぜだ?」

 

「戦争を回避するためです。ルイさんご本人にも了承を得ました」

 

「ルイに直接聞く」

 

「それはなりません。あなたには別にお願いしたいことがあります」

 

「……!」

 

やられた。ルイに会わせる気がなく、そもそも自分へのお願いを予め用意しているのは最初からルイ達がここにいることを知っていたからだ。であれば恐らくグリフィンはほぼホリネ側で間違いない。セタの手勢が来るまで我々をここに釘付けにし、カスケードと示し合わせて巧妙な流れでルイを人質に取った。ルイが(チャド)にとって人質の価値があることも見抜いて(或いは知って)いる。つまり、『ルイがローグ・アイゼンの子』であることもグリフィンを通してバレている可能性が高い。となるとルイはいま非情に危険な状況だ。そしてこの状態はズルズルと相手の言うことを聞かざるを得なくなってくる。

 

「なぜお主のお願いを聞かなければならない?まずはルイの安全の確認が先であろう」

 

「ルイさんは安全です。都市連合の侵攻を内から防いで頂く重要な役割を担って頂きたいので。むしろこれからスタックに行くのはどちらかと言うと交換条件としてルイさんを強くしてあげるためです」

 

「どういう意味だ?」

 

「残念ですが、ここからは国家機密になるため何も申し上げられません」

 

「それで納得すると思っているのか?」

 

チャドは敢えて反発した。話しぶりからルイがローグの子であることには気づいていない。ホーリーネーションは問答無用で女性を異端審問として火炙りにするような国であるが、安全でありそうならば敢えてここで戦わずに様子を見たほうが良い。だが、すぐに安心した様子を見せると逆に勘ぐられる可能性があるため、会話が決裂しないギリギリのラインで慎重に言葉を選んだのだ。

 

「あなたの納得など求めておりません。ここで仲違いしてもあなた方にとって良い結果にならないだけでしょう」

 

カスケードは自分が優位な立場を理解し詰めてくるが、チャドも外見上、渋い表情を見せつつ話に乗ることにした。

 

「……取り敢えずそのお願いとやらを言ってみろ」

 

これにカスケードの表情はパッとにこやかになる。

 

「こちらのお願い事項はズバリ1つです!それは都市連合ノーブルサークルの1人ロード・オオタの暗殺です!」

 

「……なんだと?」

 

「調査の結果、彼が今回、皇帝テングJrを抱え込んで我が国に攻め込んでくる気配を見せております。その前に彼だけ排除することで戦争の回避を狙っております。実に平和的な話でしょう?」

 

カスケードは明るい表情でサラリと言いのけると不敵な笑みを浮かべていた。

 




KenshiがバージョンアップしたからかMODが滅茶苦茶に……
まだ完全に環境戻せておりません( ;∀;)


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86.チャドの決断

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


「どうです?あなたであれば簡単でしょう。なんなら都市連合に忍ばせている私の手勢もお貸ししますよ」

 

審問官カスケードに言われ、チャドは無言で考え込む。

 

チャドの実力的に貴族を1人暗殺するぐらいは簡単な事だが、問題はその後にあった。万が一、バレた場合は都市連合の貴族達は怒り狂い総力をあげて自分達を潰しに来るだろう。そうなればハウラーメイズ近くの拠点は皆殺しにあってしまうかもしれない。事前に別の地方に引っ越さなければならないが、都市連合領以外への引っ越しは時間と金がかかる上に危険が伴う。

 

「見返りはなんだ?まさか私達がリスクを負うだけではあるまいな」

 

「あなた方の組織はホーリーネーションの庇護の下に入れます。それに先ほど申し上げた通りルイさんを強化して差し上げます」

 

一方的で押し付けがましい条件であるのと、ルイの強化の意味がいまいち分からないが、これでルイに手を出さなそうな雰囲気であることは判断出来た。チャドにとってはそれが最優先の確認事項であったのだ。あとは取り敢えずこちらの意図を悟られぬよう巧妙に話題を変えて出方を伺う。

 

「そもそもホーリーネーションが都市連合のバスト地方に攻め込んだのが要因ではないのか?都市連合側の目的がバスト奪還であるならばバストから引き払って和議をすればいいだろう」

 

事実、バスト地方は元都市連合領であり、現在はホーリーネーションが攻め込み実効支配していた。

 

【挿絵表示】

 

「何を馬鹿げたことを仰っているのですか。我々が行っていることは侵攻ではなく解放です。あなたは聖戦を侮辱しているのですか?都市連合はスケルトンを匿っているのですよ」

 

いつの世でも侵略者は都合の良い大義名分を打ちたてて自分の行いを正当化する。カスケードもさすが審問官まで登りつめた実力者だけあって典型的な搾取側の人間のようであった。

 

ただ、彼の言い分について同意はしないまでも、過去の歴史に関連しているであろうことはチャドも理解していた。ノーファクションは幾度となく実施した遠征によって遠い過去に起きた出来事をある程度解明していたのだ。

 それによると数百年前の遠い昔。世界は第二帝国という高度な文明によって統治されていたらしく、その主体はスケルトンが築いていたというのだ。スケルトンにとって人類は排除対象ではなく、むしろ保護管理対象だったようで、実際に共存していた事が記された文献も残っている。ただ、この文明には人類にとって致命的な欠陥があった。それはスケルトンの目的が人間に不自由ない暮らしを提供するわけではなく、絶滅危機にある人間という種の保存であったからだ。スケルトンは当時残っていたであろう科学技術を駆使して人間をこの過酷な世界で生き抜ける種族に改良しようとあらゆる人体実験や改造を行っていたというのだ。その過程でシェク人やハイブ人が生まれたと仮定する学者もいるがその真偽は定かではない。いずれにしろスケルトンは動物の感情というものを正しく理解しないまま、何者かにインプットされたであろう種の保存計画を続け、やがて破綻する。

 人類が蜂起したのだ。その第一人者が今のホーリーネーションを建国し、オクラン教を布教したホーリーロード・フェニックス1世であるとされた。そのためスケルトンを邪悪とするオクラン教を信じる教徒は当然、自らの行いを正義と考えていた。もっとも現在身近にいるようなスケルトンは過去に行っていた暴挙を知らない。

 

しかし、そんな経緯などチャドにとって重要な話ではない。現在の弱肉強食の世界において目の前の課題をどう乗り切るか。ただそれだけだった。

 

(結局、俺は武を追求してきただけのしがない老人にすぎない。人類の未来を憂う大それた先見性や人を惹きつけるカリスマなど持ち合わせてはいないのだ。だから今の俺に出来るのは駒として主を活かすことに徹すること……)

 

「分かった。お前の申し出、考えてみよう」

 

チャドはカスケードのお願いを聞くことにした。表面上は。

 

(いったん引き受けておき、隙をついてルイを奪還する)

 

この場は穏便におさめて機会を伺うことにしたのだ。

 

「良かった!では我々は早速ルイさんと共にスタックに向かう準備をしますのでこれで失礼させて頂きます。詳しい連絡手段は都市連合に滞在する密偵からお話しますね」

 

監視していることを匂わす発言をしてから早々と立ち去ろうとするカスケードに対してチャドは念を押す。

 

「ルイに手をだしたら取引不成立とみなし、場合によっては報復することになる。そこは肝に免じておけ」

 

「審問官に対して脅迫行為をするなど本来であれば死刑に相当しますが、今回は不問としましょう。まぁ我々がルイさんを守りますのでそこはご安心ください。では」

 

要件が済むとカスケードは建物の中に消えていったが、その横からグリフィンが申し訳なそうな表情で近寄ってくる。

 

「チャドさん。このような成り行きになってしまったことお詫びします。ルイさんの護衛にはフラーケもつけさせ、安全には充分気をつけます」

 

チャドはグリフィンをギロリと睨みつける。

 

「グリフィン、もはや私はお前を信用していない。罪悪感があるのなら人を騙す行為を改めることだな」

 

捨て台詞を吐いた後、チャドはガルベスに起きた事を伝えるため出口へ向かった。これはこれから都市連合に行くとカスケードに思わせるためでもあった。

 

 

 

 

 

 

「おう、チャド。どうだった?というかルイはどうした?」

 

ガルベスは街を出て少し歩いた場所で素振りをしており、待ちくたびれた様子で話しかけて来た。

 

「ルイは捕えられた。グリフィンは恐らくホーリーネーションに加担している」

 

「はぁ!?どういうことだ!つーかあんたは何してたんだ?」

 

「不意を突かれた。ただ、捕まったと言っても完全な敵対行為ではなく強制的に交換条件をつきつけられた形だ」

 

「意味が分からん。詳しく教えてくれ」

 

チャドは起きた事の詳細をガルベスに説明した。そして今後の事を話し出す。

 

「私はこのあとルイ達のあとをつけホーリーネーションに入る。そして隙があれば奪還するつもりだ」

 

「そうか。俺も行ったほうがいいか?」

 

「いや。あくまで隠密で尾行するし、義手をつけたお前は動きにくいだろう。ウェイステーションまで戻って10日ほど待っていてくれ」

 

「つまらん、出番なしかよ」

 

「戻らなければ失敗して私は死んだものと思ってくれ。その場合は拠点に戻って皆に経緯を説明してほしい」

 

「いいだろう。しかしあんた死ぬ気でやるつもりなのか?俺だってルイには死んで欲しくはないが、そこまではやれねぇ」

 

「これは私の事情でもある。では頼んだぞ」

 

 

 

チャドは今の拠点に少なからず愛着を持ち、ルイを通して知り合ったメンバーに対しても親しみが湧き始めていた。そしてチャドにとってルイを守ることはもはや使命となっていたのだ。 

 

 過去にチャドがボスであるローグと出会いノーファクションに入ったのは南東にあるアッシュランドという未開地への挑戦に失敗した直後であった。自分の調査隊は壊滅、離散し、失意の中にあったが、ローグを一目見て希望を見いだせた。この男の瞳は情熱に燃え、発せられる言葉はなぜか何でも叶えられそうな説得力を感じた。人を惹きつける魅力・カリスマを持っている者はそうはいない。そしてそれは目に見えるモノでもないのだ。

 実際、ローグが率いるメンバーはまだ10人足らず、拠点もない弱小組織であったが、彼は非情に合理的に計画を立てて物事を進めていった。初めのうちこそは泥臭く鉱夫に近い作業を続けて小金を稼ぎ、そのお金で傭兵を雇い自分たちより少人数のダスト盗賊キャンプ等を襲撃した。そうして小者の懸賞金や戦利品を運用資金に変えていった。

時には調子に乗って自分たちより大勢の組織に手を出してしまい、命の危険を感じるほど叩きのめされる時もあった。仲間を失い、骨折し、顔面ボコボコになってもローグは驚異的な忍耐力で仲間を鼓舞し乗り切っていった。そして命をかけたやり取りは自分達の上達も早め、ノーファクションは着実に力をつけていった。

 

やがてノーファクションは世界の中心地である毛皮商の通り道に拠点を構え、本格的に他国や未開の地へ足を伸ばすようになる。

以降、ローグには冒険に出たいチャド()の意志を汲んで遠征組として好き放題やらせてもらった。そのおかげで悲願も達成できた。

 

しかし

 

ホーリーネーションとの戦争に至る数日前。チャド()は渋っていたローグを置いて南方への遠征に出てしまったのだ。ローグは「危険だから」と言ってハムート等の武闘派も同行させてくれた。そして自分(チャド)がホーリーネーションとの戦争の気配に気が付かずに呑気に遠征している間にノーファクションは壊滅した。

 

 私は自分の盲目を呪った。創設初期メンバーを自負していたにも関わらず、自分の夢を達成させてくれたローグを。世界を変えていく力を持っていたノーファクションを無残にも壊滅させてしまったのだ。

向かうところ敵なしとなり、拳聖ともてはやされ少し浮かれていたのかもしれない。取り返しのつかない事が起きた後に本当に大切なモノを失ったことに気づかされたのだ。

 

あの頃の栄光はもう戻ることはない。しかしせめて彼らが残していった子孫だけは何としても守りきる。そしてローグの子ルイを筆頭にノーファクションを可能な限り再興するのだ。

 ルイにはローグが持っていた魅力の片鱗が垣間見える。決して戦闘スキルが高いわけではないが、輪の中心で何かを引き起こす力を持っている。もしかするとこの混沌とした世界を変えられる可能性もあるかもしれない。

 

(ウィンワン……お前が命を賭けてルイを守ろうとした気持ち。今ではわかるぞ)

 

 チャドは不退転の覚悟でルイを救い出すと心に決めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方、別れたガルベスはそのまま東に向けて引き返し始める。

 

チャドの話しによるとホーリーネーションはロード・オオタの暗殺が確認出来るまでルイを解放しないだろう。確認のためにも至るところに密偵を放っているはずだ。そしてチャドの動向も見ているかもしれない。跡を尾けられている気配がないことからウェイステーションなどの要所要所に密偵を配置して監視していると思われる。

 

(念のためチャドの変わり身は用意しておくか)

 

偶然にもちょうど目の前に飢えた野盗の集団が現れたため、ふと思いついたのだ。チャドと似ているスコーチランド人を適当にスカウト(・・・・)してウェイステーションに戻ったように見せかけることにした。そんな思惑を知らずに野盗集団のリーダーらしき者がガルベスに話しかける。

 

「おい、そこのあんた。食べ物を分けてくれないか」

 

野盗の集団は8人ほどでそれぞれが木の槍などしょぼいが武器を携行している。そしてそのリーダーは集団をまとめているだけあって、頼り甲斐のありそうな力強い声であった。人数に任せて単身のガルベスにたかったのだろう。ただ、その男も痩せ細っており、何よりガルベスの力量を知らなかった。

 

「黙れ、お前に用はない。あーとっ……そこの背の高いスコーチランド人。お前だけついてこい。あとは失せていい」

 

ガルベスは容赦なく一方的な要件をつきつけた。リーダーらしき男はガルベスの高圧的な物言いに気負わされたが、こちらも後には引かない。

 

「分けてくれないのか?分けてくれれば傷つけるつもりはない。目的は食料だけだ」

 

「黙れと言ったはずだ。最後だぞ。そこの男以外は消えろ」

 

もはや双方の言い分は平行線であることは誰の目から見ても明らかだ。野盗の群れはガルベスを囲むように広がり始める。交渉が決裂した際の示し合わせた動きなのだろう。ただ、戦闘慣れしていないのか、ぎこち無い。一方のガルベスはすまし顔で目をつけたスコーチランド人を見ている。

 

「仕方ない……。皆、やるぞ!」

 

リーダーらしき男の合図で8人の野盗は一斉にガルベスに襲いかかった。

 

しかし、相手が悪すぎた。ガルベスは義手の腕で軽々と板剣を抜くと最初に飛びかかった野盗数人を斬り飛ばしたのだ。飛び散る肉片を見て野盗は皆、青ざめる。

 

「ひ……ひぃいい」

 

尻もちをつく者。無言で逃走する者。

最早、それ以上、襲いかかる者はいなかった。リーダーでさえ唖然として言葉を発せないでいた。

 

「おい。スコーチランド人。こっちにこい。殺されたいのか?」

 

ガルベスが睨みつけるとスコーチランド人の男は恐る恐ると歩み寄ってきた。

 

「これから命令を聞かない場合は則、斬り捨てる。その代わり用が済んだら解放してやる。いいな?」

 

「は、はい……」

 

「よし。では俺の荷物を持ってついて来い。リーダーさんよ、しばらくこいつは借りていくぜ」

 

「……」

 

当然、野盗のリーダーからは返事はなかった。構わずガルベスは野盗の1人を連れてウェイステーションに向けて歩き出した。

 




更新が遅れたのと、少し画像が雑になりましたw


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87.ルイの失敗

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


ルイがカスケードと話した後、建物を出ると既にチャドの姿は見えなかった。それはカスケードが意図して引き離したからであるが、当然そのことをルイは知らない。

 

「あれ?チャドさんどこだ?」

 

「君に連れがいたのかな?急がないとモールが処刑(・・・・・・)されてしまう。後から追いついてもらうよう部下に言っておくから君は先を急ぐんだ」

 

カスケードはルイが食いつくであろうネタで巧妙に誘導していた。浮浪忍者の頭領にして無想剣舞の始祖であるモールは現在ホーリーネーションが捕らえていたのだ。彼はハウラーメイズ遠征にも密偵を混ぜておりルイが夢想剣舞を扱う事を知っていたのだ。そのためモールからルイに無想剣舞を伝授させること(モールにとってはそれを恩赦として処刑回避)と、都市連合で有名であるルイが戦争反対の旗頭になること、を交換条件にしていた。そのためにもまずはモールの処刑を匂わせてルイを早く移動させようとしたのだ。

 

「……分かった!じゃあ早速行こう!」

 

ルイが慌てながら身支度を始めていると、グリフィンがそっと近寄ってくる。

 

「ルイさん。行かれるのですね」

 

「あ!グリフィンさん!お世話になりました。ここめっちゃ良いとこですね!俺の仲間も呼びたいぐらいです」

 

「……それは良かったです。ただ、他の都市での行動は慎重にしてください。ホーリーネーションでは女性の立場は限りなく低いです」

 

「そうなんですか。分かりました!」

 

「ああ、それと、これを……」

 

そう言ってグリフィンは懐からネックレスを取り出した。

 

「何ですか?これ」

 

「君の母親ルミの形見です。前に偶然、彼女から預かっていましてね。ずっと捨てられずに持っておりました。あなたが身につけてください。後ろを向いて」

 

ルイは言われるがままに背中を向け、グリフィンにネックレスをつけてもらった。

 

「これが母の……」

 

ルイはネックレスの先についた輝きを放つペンダントを興味深げに眺めた。

 

「お似合いですよ。では気をつけていってらしゃい」

 

「ああ!ありがとう!いってきます!」

 

カスケード達の後を追うように走り去るルイを見て、グリフィンは一瞬寂しげな表情をした。

そこに後ろで見ていたパラディンのフラーケがグリフィンに喋りかける。

 

「では私も行ってまいります。私がいない間は他のパラディンにあなたの護衛を頼んでおきました。あなたも浮浪忍者に狙われる身……。お気をつけください」

 

「分かりました。ルイを頼みましたよ」

 

「はい。では……」

 

フラーケも重厚な鎧を鳴らしながらルイ達のほうへ歩いていった。

 

こうしてルイは審問官カスケードの思惑通り、チャド達から分断されてしまった。

そして、この後カスケードによるルイの扱いは常に丁重であり、ルイに疑う機会を与えなかった。牛のような動物ブルに車輪で引かせた籠に乗せ、何人もの歩哨がそれを警護するように付き添い、道中ではカスケードが世間話もしてくれた。もはや完全にルイはカスケードを信用してしまっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 モールを捕らえている場所は一般人にバレないようにしているらしく目隠しをさせられたがルイは疑うことなく受け入れた。

そして2日ほどかけてモールの牢獄があるとされる場所に辿り着く。

 

「ルイさん、もう目隠しを取ってもいいですよ」

 

「ほんと!?いや〜目が見えないってきついなぁ」

 

「ご不憫をかけました。では早速あなたのお部屋にご案内しますので、そこでモール助命の手紙を書いてください。あなたならば彼女の命を救えるかもしれません」

 

「分かった!でも俺、文字は読めるけど書けないんですけど」

 

「代筆を用意しますね。私は用がありますのであとのことは執事に言ってください。あっと……重要なことを言いそびれていました」

 

「?」

 

「この国は宗教の関係上、男尊女卑が徹底されております。私はグローバルな考えなので気にしませんが、ここにいる者たちはノーファクションと違って熱心な信者が多いです。女性のあなたはあまり目立つ行動は控えるため、この建物からは絶対に出ないで頂きたい。わかりましたね?」

 

「そ、そうなの。分かった」

 

カスケードは要件を済ますとそのまま去っていった。1人残されたルイは窓から外の様子を見る。

 

建物は高い城壁と山脈に囲まれており、歩哨が群れを作って物々しく巡回している。出歩く者は皆、男性で鎧を着込んでおり、一般人すらいないようだ。それにしてもすごい数の歩哨がいる。門は固く閉ざされ、知り合いでないと入れなさそうな警備体制なのだ。

 

(砦か城みたいな軍事施設なのか?チャドさんは後から来んのかな……)

 

 チャドと離れ、未開の地でいま自分がどこにいるのか分からないこの状況に気づき、始めて寒気を感じてくる。しかしそこは肝っ玉のすわったルイである。ふと皿に積まれている果物に目が止まり、目を輝かせて手に取る。

 

「おお……これ世界の食べ物辞典に載ってた気がする。……食べていいんだよな?」

 

独り言を呟きそのままひと口かじってみる。

 

(うっま!!!!何だこの甘さとみずみずしさはっ!!口の中でそのまま溶けていく!)

 

これまで食べたことも見たこともない食材にルイは脳を揺さぶられた。味がなく乾燥して体中の水分を吸い取る都市連合の食べ物とは大違いだ。砂漠に覆われた都市連合と比べて、ホーリーネーションが肥沃な土地だからこそ収穫出来るのだろうか。

 

(これトゥーラ好きそうだな〜。お土産で皆にいっぱい持ち帰ってやるか)

 

ニマニマと笑いながらルイは先ほどの不安感をとっくに忘れてしまった。すると、部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。

 

コンコン

 

「は、はーい」

 

「失礼します。代筆しに参りました」

 

「ああ、手紙の代筆か。早速来てくれたんすね」

 

モールの処刑はすぐにでも実行にうつされる可能性があるようなので早いところ助命の嘆願書を書いておくことに越したことはない。ルイはすぐに着手にかかった。そして半時ほどで手紙を書き上げることが出来た。カスケードはその手紙を責任持って担当者に渡してくれるとのことだった。

 

 

 

その夜

 

「さて、ルイさん。我々に出来ることはやりました。後は座して待ち、上層部の判断を待つしかないですね」

 

カスケードは今日の業務が終わったとのことでルイの部屋に訪問しに来たのだ。

 

「そっか。モールさん助かるといいな」

 

「結果を待つまで時間があります。とはいえここは軍事施設なので娯楽が何もありませんが、兵士用に唯一の慰労施設があります。今夜はそこでおくつろぎください」

 

「お、おう。そうなんすか」

 

ルイはカスケードに案内されるまま別の施設へ赴く。そこは奥深くにある建物で窓が一つもなく不気味な気配を醸し出していた。

 

「まずはこちらの部屋でこの服に着替えてください」

 

手渡されたのは高級感漂うサラサラの白いシルク生地で出来たレースの服であった。更衣室らしき部屋で着替えてみると、ノースリーブだし、足元は深くスリットが入っていて露出部分が多い。胸もとは突起部分こそ隠れているが生地が透けて乳房があらわになっている。それはまるで貴族が着ていそうな下着の感覚で肌触りは抜群であった。鏡であどけない表情の自分を見て一瞬、異国のお姫様が迷い込んだのではないかと錯覚を起こしてしまう。

 

「な、なんかスースーするんですけど……」

 

更衣室を出ても歩く度に素足が太ももまでスリットから露出してしまい、普段気にしないルイでさえ恥ずかしくなってしまうほどだ。

 

「おお……お似合いですよ。お美しい」

 

「い、いや俺には似合わないよ」

 

「あなたは充分な素材をお持ちなのにまだ性に目覚めていないだけです。ここで女性らしくしてあげましょう」

 

「女性らしく……?」

 

「あ、それと……ここで行っていることは他言無用です。分かりましたね?」

 

「わ、わかった」

 

「では入りましょう。癒やしの空間へ……」

 

カスケードがドアを開けると、湯気のような蒸気が漏れ出てきて、思わずルイは鼻をつまんだ。お香が炊き込まれたような婬靡な香りが混ざっていたからだ。薄暗く曇っていて中の様子がよく見えないが、何か今まで見たことのない不思議な空間に迷い込んだようだ。カスケードに案内され中へ進むと、どこかしらか蒸気に乗って声が聞こえてくる。それは1人の声ではなく複数人の女のかん高い声のようだ。

 

(これって……もしかして……)

 

その声は不快でもないが、ドロドロとしたその場の雰囲気と相まって、何か自分の奥底に眠る本能を解放にいざなっているような気がして不安にさせた。

 

奥の突き当りにぼんやりと湯船のような場所があり、人影も多く見える。

 

「男と女が一緒に風呂に入ってる……」

 

徐々に浮かび上がってくる酒池肉林の光景にルイは絶句した。幾人もの裸の男女が談笑しながら同じ湯につかっているのだ。暗い隅のほうでは何やら二人組がモゾモゾと動いている。

 

「ふふ……ここはちょっとあなたには刺激的かもしれませんね。まずはこちらへどうぞ」

 

ルイは小部屋に通された。中には腰の高さほどあるシングルベッドが配置されている。

 

「ここに寝てお待ち下さい。まずは体をほぐしましょう。終わりましたらお知らせください。では」

 

「え……、え?」

 

カスケードが去った後、何が始まるのかも分からずルイは困惑した。しばらくすると、ルイと同じように露出度の高い服を来たグリーンランド人の女性が入ってきた。

 

「ようこそいらっしゃいました。本日担当させて頂きますアマネと言います。宜しくお願い致します」

 

「よ、宜しく……。というかここで何すんの?」

 

「マッサージです。ルイ様は初めてと伺っておりますので私にお任せ頂いてリラックスしていてください」

 

そう言うとアマネという女はルイを少し強引にうつ伏せにさせる。

 

「ちょ……」

 

「まずはオイルを塗ります。楽にしていてください」

 

うつ伏せにされたルイの足先から透明のジェルを丁寧に塗りたくっていく。ほどよく温められており悪い気はしない。そして

 

「ひゃっ!」

 

「どうされました?」

 

アマネはルイの驚きには動じずにふくらはぎを優しくもみ始めた。他人にマッサージされることなど初めての経験であったルイはくすぐったさで思わず声をあげてしまったのだ。

 

「長旅で足が大分張っていますね」

 

シルクのスカートはまくしあげられハリのある太ももが露出する。アマネの手は徐々にふくらはぎから太ももへ移動する。膝から付け根までゆっくりとアマネの手が移動し、そのままつきあたり部分を下着の上からなぞりあげられる。

 

「ん……」

 

自分自身から普段発しない声が出てルイは驚いた。筋肉の凝りをほぐすマッサージとは異なる刺激を感じたのだ。しかし、止めさせたいとは思わない。むしろこのまま続けてほしいとさえ思ってしまう。

 

抵抗せず虚ろで火照り昂ぶった表情のルイを見てアマネの口元は微かに笑っていた。

 



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88.無想剣舞の開祖

◆現在の仲間
【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


小部屋から出たルイの顔はまだ惚けていた。肌は紅潮し、服ははだけて乱れたままだ。そこにカスケードが待ち構えており問いかけてくる。

 

「如何でしたか?疲れは取れましたかな」

 

「……え?ああ、何かすごかったです。あんなマッサージ初めて体験しました」

 

ルイは視線を気にして、柄にもなく服を整える。

 

「ふふ。そうでしたか。お望みであればもっと気持ちの良いコースがありますよ」

 

「そうなんですか……。あ、でも今日はもう遅いし、モールのことも明日どうなっているか気になるのでそろそろ寝ておきます」

 

「……確かにそうですね。では今夜はこれぐらいにしておきましょう。明日の結果はまた部屋に使いの者を送りますのでその時にでも」

 

カスケードはその場を去っていった。ルイはこの施設の奥には何があるのか気になったが、そのまま着替えて用意された自分の部屋に戻るのであった。そして寝室のベッドに入り、天井のヒビを見ながら先ほどまで起こっていたことを思い返す。

 

(あれは何だったんだろ……)

 

アマネという女の手が自分の秘部に触れた時、電気が流れたような柄も言えぬ快感の波が襲って来たのだ。

自然と自分の手で触れてみるが、今は何も感じない。ジェルにそのような成分が含まれていたのか、アマネの腕が良かったのか。

答えは分からないが……

 

(もう一度やってみたい)

 

チャドと別れて1人でいる不安はいつの間にか消え失せ、ルイの興味はカスケードが招待した怪しげな館に向いてしまっていた。

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

 

 

「ルイさん!モール処刑は取り消されましたよ!」

 

カスケードは満面の笑みを浮かべて報告しにきた。

 

「ま、マジっすか!ありがとうございます!」

 

「いやいやルイさんの助命嘆願の効果ですよ!」

 

「あんな拙い手紙で聞いてもらえるなんて……」

 

「とりあえず処刑は当分白紙になり、今後の協力次第では恩赦で解放もありえるそうです」

 

「おお〜!」

 

「早速ですが今日、ルイさんはモールに会って頂きます。そして無想剣舞の伝授をお願いしてみましょう!」

 

「はい!」

 

このときルイはカスケードの清楚で明るい雰囲気に合わせてノリノリだった。モールも処刑を免れたと知ったら友好的に接してくれると思っていた。

 

とある施設の地下に続く長い階段を降り、奥へと続く薄暗い廊下をひたすら歩く。途中には衛兵も数人おりモールがいる牢獄までの工程はやたら長くて厳重だった。

 

それほどモールという人物はホーリーネーションにとって重要な存在であることがルイにも分かったが、そもそもなぜモール率いる浮浪忍者とホーリーネーションがこれまで争い続けて来ているのかあまりよく把握していなかった。モールについて知っているのも無想剣舞を編み出したとされる開祖であり、アウロラの師であることだけだ。基本はアウロラのような人格者をイメージしており話せばわかりあえると思っていた。

 

途中にも格子に覆われた牢獄があり、薄暗い奥にうごめく人影が見える。ルイが目を凝らして見るとボロボロの服がはだけて乳房があらわになっている女性が両手を繋がれているのが分かり、思わず飛び退いた。よく見ると鞭や火傷痕もある。

 

「こ……これは……?」

 

「ああ、ビックリしましたか。その女性は重大な罪を犯した囚人です。仕打ちは妥当ですよ」

 

「そ……そうなんですか……」

 

目も合わせず虚ろな表情をしているその女性を見ながらルイは案内されるままついていく。そして幾重の扉を通りやっと最後の格子扉のようなとこに行き当たる。するとそこにはグリフィンの護衛である高位パラディンのフラーケが仁王立ちして待ち構えていた。

 

「ご苦労さまです。フラーケ」

 

ルイはフラーケがここに来ている事は知らされていなかった。ましてやモールの牢獄を守っているなんて思わなかった。

 

「フラーケさん!?」

 

「お久しぶりです、ルイさん。危険なのであなたがモールとやり取りする間は念のため私が側にいることになりました」

 

「危険?」

 

「ええ、モールはホーリーネーションにとって大罪人ですし、相当な手練です。★両足がないとはいえ何をするか分かりません」

 

「両足が……ない……?」

 

「まぁまずは話してみましょう。どんな人なのかはそれで分かると思います」

 

カスケードが割って入り話を進めた。

彼が首で指示すると衛兵が大きな鍵を挿し、ガチャリと重そうな扉から音が聞こえる。

 

ギギギギギィィー……

 

まるで何日も開けていないような錆びついた鉄の軋む音が狭い空間に響き渡った。

 

「さぁどうぞ。扉を潜ったら1メートル以上進まないでくださいね」

 

「…………うん」

 

中の方は暗くてよく見えないがベッドらしきものが置いてあり、誰かが寝ているのが分かる。

 

「あのー……モールさん……でしょうか?」

 

ルイは暗がりに向かって声をかけてみた。

 

ジャラリ……

 

呼びかけに応じて鎖が石の上を引きずられる音が聞こえてくる。

 

「……誰だ?」

 

低くて弱々しい女性の声にルイは驚いて少し後ずさりした。そう言えば勝手にモールは男だと思っていたが、性別も知らなかった。

 

「一応テックハンターをやっているルイと言います」

 

「ルイ……どこかで聞いた名だな。何のようだ?どうやってここに来た?」

 

暗闇から聞こえる質問にルイは恐る恐る応える。

 

「モールさんは無想剣舞の開祖だと伺いました。俺もアウロラさんに基礎を習って修行してたんです。よければ教えて頂けないでしょうか?ホーリーネーションに協力すればモールさんもここから出られるみたいなんです」

 

一瞬、静寂が走ると、モールは笑い出した。

 

「くっくっくっ……」

 

「……え、何かおかしいことを言いましたか?」

 

「アウロラの弟子がホーリーネーションとつるむわけがないだろう。もっと良い役者を連れてくるんだな。カスケード!そこにいるんだろ?お前は無想剣舞も盗りたいのか?」

 

大きな声はルイの後ろにいるカスケードにも届く。

 

「いますよ。盗るなんて人聞きの悪い。ルイさんはあなたの処刑を回避させてくれた方です。言わばあなたの恩人ですよ。教えてあげてもいいでしょうに」

 

「女ならば私が気を許すと思ったか?馬鹿が。ホーリーネーションに加担する者は全員敵だ」

 

「やれやれ……。これじゃあ建設的な会話も出来ませんね。ルイさんに無想剣舞を教えれば恩赦で解放もあり得たかもしれにのに」

 

「ハハハ!その甘い誘惑でルイも騙したのか?くだらん小細工をして足元をすくわれないようにするんだな」

 

「ふーむ、だめですか。これ以上は無駄のようですね。ルイさん、今日のところはここまでにしましょう」

 

「あ……は、はい」

 

ルイはモールとカスケードのやり取りに唖然としていた。カスケードに合わせたアプローチでは絶対に相容れないと断言できる。予想以上にモールはホーリーネーションを敵対視していたのだ。こんな状況で無想剣舞など伝授してくれるはずはない。一体、浮浪忍者とはどのような存在なのか。ホーリーネーションが何をしてきたのか知る必要があると思った。

 

そしてカスケードだ。この男は普通の人間ではないかもしれない。甘いマスクの下に何か闇を抱えているような気がする。これほどモールがこちらに敵意をむき出しにしているのに対して、何も思わないのか。と言うより、本気で交渉が通ると思っていたのだろうか。

 

ここに来てルイは初めてホーリーネーションへの違和感を持ち始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、この日の夜も思いがけない訪問を受ける。

 

トントン

 

ルイが滞在している部屋のドアがノックされたのだ。丸1日経ってチャドがまだ来ないことに不安を覚えていたルイはやっとチャドが到着したのかと思ってしまった。

 

「チャドさん遅かったですよぉ!」

 

しかし、ドアを開けた先にはフラーケが立っていた。

 

「こんばんわ」

 

「あ……こんばんわ……」

 

パラディンであるフラーケも男であるにも関わらずカスケードに劣らず美貌の持ち主だ。そんな男が夜遅くに訪ねてきたのだ。チャドと間違えたこともあってルイは恥ずかしさのあまり一瞬固まってしまった。

 

「いや、申し訳ない。今日はモールの件で傷ついていると思いまして、非番なので例の癒やしの場所にご一緒にどうかなと思い伺いました」

 

「一緒に……って、もしかして昨日のとこですか?」

 

「ええ。疲れを取りに行きましょう」

 

ドキドキドキ

 

昨日の出来事を思い出す。思い返すとあれは絶対にただのマッサージではなかった。ただ、不快でもなく、むしろこれまで感じたことのない柄も言えぬ快感だった。当然、再度出来るのならばやってみたい気もする。

 

「あ、じゃあちょっとだけ……」

 

「では行きましょう」

 

フラーケはニコリと笑うと施設への先導してくれた。

道ながら気まずくなったルイは無理矢理フラーケに話しかけてみる。

 

「フラーケさんはグリフィンさんの護衛もやってるし、忙しいんですね」

 

「はは、カスケード審問官にこき使われてますよ」

 

「てことはカスケードさんが上司なんですか?」

 

「ええ、審問官には私が小さい頃に拾って頂いたのです。人生の恩人なので頭が上がりません」

 

「そうだったのですか〜」

 

そうこうするうちに2人は施設に到着する。

そこでルイは相変わらず恥ずかしい服に着替えさせられた。

 

「この服は着なきゃいけないんですかね……」

 

「まぁ濡れますからね」

 

別部屋から出てきたフラーケも同様の服を着ているが、男はさらに露出が多く、基本的には下の部分しか隠していない。ルイはもっこりと膨らんだ下着とむき出しになっている強靭な胸もとを見て思わず目をそむけた。

 

「ふふ……どうしました?男の体を見るのは初めてですか?慣れておきたいですか?」

 

「な……慣れて!?」

 

「あなたの担当はアマネという女性だと聞いていますが、男性の施術士もこの施設にはいます。チェンジしたいですか?」

 

「や!いやいや!いいっす!昨日の人で!」

 

「そうですか。では私も向こうでやってきますのでアマネが来るまで待っていてください」

 

フラーケはたくましい背筋を堂々と揺らしながら奥の暗闇へ消えていった。

 そしてルイは待っている間、頭がボーッとしてくるのを感じていた。

 

(これは……焚かれているお香のせい?)

 

リラックス効果を狙っているのか分からないが、ツンとするエキゾチックな匂いだ。

 

「おまたせしました。ルイ様」

 

そこにマッサージ施術をしてくれたアマネが到着した。

 昨日はよく顔を見なかったが、セミロングの黒髪で目が少しつり上がっておりミステリアスな雰囲気を漂わせている。

 

「昨日と同じ奴やるんですか?」

 

「他にも種類はございます。ルイ様がお望みでしたらお試ししますか?」

 

「あ、いや……聞いてみただけです。昨日のでいいっす」

 

「慣れてきたら他にもっと気持ちの良いコースを体験して頂ければと思います」

 

アマネはそのぶ厚い官能的な唇で妖艶な笑みを浮かべると、ルイの後ろに回り込む。

そしてスタンダードに肩を揉み始めた。

 

「大分こっておられますね……」

 

相変わらず全てを包み込んでくれるような優しい手つきで、シンプルに肩を揉んでくれるものだからルイもつい身を任せてしまったいた。

その油断した瞬間に羽織っていたレースの服を肩からスルリと剥ぎ取られてしまう。

今日は胸に下着やサラシをつけていなかった。

 

「ちょっと待っ……」

 

抵抗する間もなく、ツンとした胸もとが重力に反した動きで零れでてしまう。

少し小ぶりだが十代らしく張りがあり艶やかで、ピンク色の先端部分は少し隆起していた。

肩を揉まれる度にシルクの生地が擦れて刺激していたせいであろう。

ピンと勃った様子があらわになってしまいルイは思わず頬を染めた。

 

「ここには私しかいませんので恥ずかしがることはないですよ」

 

アマネはそう言ってそのまま肩から手を撫でおろすと、脇の下を通って後ろから乳房の下側を丁寧に愛撫する。

意図的なのか分からないが、時折、人差し指が先端の突起をはじくように擦り、ルイはその度にピクリと反応しつつも声を押し殺した。

 

「……」

 

ブラックスクラッチにあった如何わしい本で見た内容と同じことを今、自分はされている。

これは明らかにマッサージとは主旨が異なり、性的な行為であることは未経験のルイにも判断できた。

しかし、じわりと押し寄せる快感が理性に勝ってしまい、意思とは無関係に反応する体を抑えられない。

相手が女であることに安心し、つい最近あったばかりであるはずの他人に身を委ねてこのような行為をされることをルイは受け入れてしまっていたのだ。

 

 




官能系はつい頑張ってしまっている気がする!('∀')


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89.闇夜の襲撃

【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


深い闇に包まれた夜更け

 

指令室と思われる豪盛な部屋でカスケードとフラーケが密談をしている。

 

「どうだ?ルイの様子は。手懐けられそうか?」

 

不敵な笑みを浮かべながらカスケードはグラスに注がれた飲み物に舌つづみを打つと、静かにフラーケに対して質問した。

 

「はい。マッサージにやみつきになっているようで時間の問題です。今夜にでも堕とせるかと」

 

「君は僕と似てイケメンだからねぇ」

 

「確認ですが、薬はナシですよね?そのほうが手っ取り早いのですが」

 

「そうだね。一応大事な人質だし、出来れば無想剣舞の技は欲しいので廃人にはしたくない。手懐けるのが理想だ。チャドの仕事が終わったあとは都市連合領内で不戦工作をしてもらうかもしれないしね。期待してないけど」

 

「分かりました」

 

審問官カスケードは、容姿端麗な表面とは裏腹に、バスト戦役の評判と噂通りどす黒い性格の持ち主であった。自分の目的のためならば手段を選ばず、使えるものは何でも利用し、審問官のエリート候補としてのし上がってきたのである。

 ここまでの話は当然、彼の仕組んだ計画であった。モール処刑の話もルイを釣り出すために作った嘘で、実際には彼の権限でいつでも処刑の取り消しが出来た。また、カスケードの目的はチャドによるロード・オオタ暗殺の方であり、ルイはあくまで人質と保険に過ぎなかった。しかし、ルイはそのことなど知るよしもない。

 

「君ってあんまり人に疑われないよね。グリフィンにも密偵だとバレてないでしょ」

 

「彼も結局は単純な司祭ですから」

 

「早いとこグリフィンと繋がっている貴族(・・・・・・・・・・・・・)も突き止めてね。彼を通してでなくても、我々がその貴族と直接連絡を取れるようにしておきたい」

 

「承知しました」

 

「さて、君との時間は名残惜しいが、私は仕事でそろそろここを離れなければならない。後のことは任せたよ」

 

「は!チャドもウェイステーションに向かっているとの報告を受けております。問題ありません」

 

「期待しているよ」

 

そう言ってカスケードは数人の護衛を連れて建物を出ていった。

残されたフラーケはしばらく豪盛な部屋を眺めていた。彩りある敷物やカスケードが座っていた貴金属で出来た椅子を指でなぞる。

 

 

 

 

父さん。母さん。

俺はついにここまで登りつめた。

迫害され、どん底から血ヘドを吐いて鍛練を積み重ねた。上層部に取り入るためにイチモツを咥えてまで成り上がってきた。

ここまで来ればあと一歩だ。

父さんを密告したニュー司祭は必ず地獄に落としてあげるからね。

そしてこの国を父さんが言っていたあるべき姿に戻すよ。

 

 

 

 フラーケは建物を出ると前を見据え、モールを捕らえている施設へ歩き出した。

 

そして同時に違和感を覚える。

 

「……ん?」

 

風が匂うのだ。

昔から知っている不快な臭い。

これは……血だ。

 

ルイが現在滞在しているこの地は辺境の軍事基地であり、モール等の重要人物を密かに収監しておく施設として使われていた。当然、

警備隊が物々しく巡回しており、牢獄に続く建物の扉にも衛兵が2人常駐している。そんな鉄壁な施設において、微かだが空気中に血の臭いが混ざっているのだ。

 そんな中、さらに衛兵2人の待機姿勢がいつも通りではないことに気がつく。

 

「お前たち2人とも新人か?姿勢がなっていないぞ。誰が当番表を決めた?」

 

質問をしたあとフラーケは瞬時に異常事態と理解する。衛兵2人の足もとに砂をかけて何か隠したような跡があることに気づいたのだ。

 

(恐らく血痕……!)

 

衛兵から返事はないが、フラーケはズンズンと近寄っていく。すると衛兵は急に隠し持っていたであろう刃物で斬りつけてきたのだ。

 しかしフラーケは着込んだ重い甲冑を物ともせず帯刀した長剣を瞬時に抜き、襲いくる衛兵2人を素早く斬り伏せる。

 倒れた衛兵は全く見覚えのない者たちであった。刃物も忍者が好んで持つ直刀。いわゆる忍者刀だ。

 

(こいつら……まさか……)

 

「ピュイ!」

 

身近の城壁にいる歩哨に口笛で襲撃を知らせると建物の内部に単身で突入する。

走って奥にある牢獄へ急ぐが途中の門も破られていることが分かった。

 

(賊はまだ他にも侵入している)

 

そして途中の分岐は目もくれず一本道でモールの牢獄に向かっていることが分かる。まるでルートが最初から分かっているかの如く。

 

(浮浪忍者だな!奴らはここにモールがいると知ったのか!?)

 

 フラーケは旧浮浪忍者村を殲滅した時の事を思い出す。ホーリーネーションのパラディンから選抜された討伐隊は選りすぐられたツワモノで構成され、当時はカスケードが隊長を務めていた。そこに浮浪忍者村頭領にして無想剣舞の達人モールが立ちはだかる。斬りかかった討伐隊の間をモールが縫うようにクルクルと舞うと、討伐隊は鎧の隙間から血しぶきを上げながら倒れていく。当時自分もモールを目で追えず、黒い影が兵士の僅かの隙間を通り抜けていくような感覚だった。

 異次元の動きで相手を殺し尽くすモールについたあだ名『黒い死神』は伊達ではなかったのだ。

 

 

 

 

多くの死者を出してやっとの思いで捕えたのだ。両目両足をもいだから(・・・・・・・・・・)と言ってこいつの影響力は計り知れない。二度と野に放してはならないのだ。

 

賊は途中の分岐も間違えることなくモールの牢獄に突き進んでいる。しかも途中に配備されていた衛兵の死体を見ても戦闘に発展する前に暗殺で仕留められており、侵入した者もかなりの手練であることが分かる。

 

そしてついにフラーケは監獄の間まで到達した。辺りはシーンと静まり返り、監獄の扉は開いている。

 

「…………」

 

フラーケはここから慎重に歩を進めた。

すると暗闇から短刀が飛んでくる。

 

キーン!

 

難なく長剣で払い除けたが、投擲の精度は目を見張るものがある。暗闇の先に何人かの気配を感じ、フラーケはこれ以上近づくことはせず、声で威嚇をすることにした。

 

「出てこい害虫共。どうせ浮浪忍者だろう」

 

少しの間を置いて奥の暗闇から女の声が返ってくる。

 

「……自分たちが人類の害虫のくせしてよく言うぜ」

 

闇から歩み出て来たのは赤い髪をした女の忍者であった。

 

「お前は……!三忍のナイフか!モールを脱獄させに来たのか?」

 

「それ以外にこんなムサイ所に来る理由があるか?」

 

「そうか……。しかし残念だったな。ここはもう囲まれている。無駄な事はせず投降しろ」

 

「そうか?見たところ来たのはあんた1人だけだろ?それに囲まれているのはあんただよ」

 

声が聞こえてくると、両横からフッと気配が現れる。その者達はナイフと呼ばれた浮浪忍者と同じ出で立ちをしている。

 

「……ちっ。ゴキブリのように湧いてくるな。お前たちが少し増えたところで私が遅れをとるとでも思ったのか?」

 

フラーケが全てを言いきる前に3人の浮浪忍者は三方から飛び込んでいく。

 

「……!」

 

囲まれないよう狭い通路まで飛び退き、長剣を構える。本来であれば背中のパラディンクロスでなぎ倒したいところだが、狭いここでは叶わない。代わりに1対1に出来る状況は作れたし、何より逃げ道を塞いだから逃走の恐れがなくなった。

 

こいつらの狙いはモールの解放であり、この奥では奴を繋いでいた鎖をピッキングしているのだろう。最終的に脱出を阻めばいいので、単身で突撃するより、この出口に通じる通路を押さえてさえいればいい。増援もここまで一直線で来れるよう指示をしてきた。確実にモールだけは外に出さなければそれでいいのだ。

 三忍の1人が来ている以上、無理して倒すことは考えずに防衛に徹することに専念するのだ。

 

「おい、ホモ野郎。遅れを取らないんじゃないのか?さがってんじゃねーよ」

 

ナイフは汚い口調で挑発するが、フラーケは守りを固めて動じない。

 

「そこは袋小路だ。私を倒さないとモールを逃がせないだろう。お前たちの作戦は失敗したのだよ」

 

後ろからガチャガチャと増援部隊の鎧の音が聞こえてくる。もはやモールを抱えてナイフ達がここを通ることは厳しい状況となってきていた。しかしナイフは忍者刀を逆手に持ってジリジリと間を詰めているが、飛び込んでくる様子はない。

 

(ここで強引に突っ込んで私と刺し違えに来るとも思ったが……奴は何を考えている……探ってみるか)

 

「もうお前たちは逃げ出すチャンスもなくなったぞ!無駄な努力だったな!」

 

フラーケは勝ち誇ったように笑った。

 

「ふん。モールを救う事に無駄なんてねーよ。お前らもこっちに入って来れねーしな」

 

「ははは!あほだな!お前たちはそこで一生暮らすとでも言うのかね?食べ物はどうするのだ?」

 

笑い者にすべくフラーケはナイフを嘲笑った。

よくよく考えれば結果的にモールを餌にして三忍の1人を捕らえられるのはかなり大きい。こいつを使って新しい浮浪忍者村の場所も割り出せるかもしれないのだ。

 

「フラーケ様!ご無事ですか!」

 

ホーリーネーションの増援部隊も追いついた。

 

「大丈夫だ。それよりモールをここから絶対に通すな。全員集結させろ。奥に三忍のナイフもいる。時間がかかってもいいから全員捕えろ」

 

「はっ!」

 

後から到着した歩哨隊は突撃の準備を始める。

 

フラーケは少し余裕ができて今回の襲撃のことを改めて考える。

 

この場所がバレたのはルイが来てからだ。もしかすると彼女は最初から浮浪忍者とつながっていたのかもしれない。

 

(そしてモールの牢獄までのルートを暗記したのか)

 

これも後でゆっくりナイフとルイに聞いてやる。そう思ってナイフの方を向いたフラーケは強烈な違和感を覚える。

 

彼女の余裕の表情は消えていなかったのだ。

 

三忍の中でも非情に好戦的で幾人かのパラディンを手にかけてきた手練のナイフではあるが、この状況でもあそこまで落ち着いた表情を保っていられるのか。モールを逃がすことに失敗し、捕らえられればホーリーネーションの拷問が待っていることは承知だろう。半ば無駄死にのようなものなのに、まるで何かを成し遂げたような清々しささえある。

 

(成し遂げる……奴らの目的はモールを脱出させること……)

 

状況を整理して相手の行動を考えたフラーケはみるみると青ざめていく。

 

「衛兵!ここまでの途中で兵士は配備してきたか!?」

 

「い、いえ。フラーケ様が全員ここまで急いで駆けつけるよう指示されたので……」

 

「どけ!!」

 

フラーケは兵士を突き飛ばしてもと来た道を急いで引き返す。

 

(まさか……気配を消して物陰に潜み、駆けつける私達をやり過ごした……!?そしてナイフだけ残り、あたかも今からモールを助け出そうとしているように見せかけ注意を引いた……)

 

焦燥感が頭の中を支配し体中から血の気が引いていくのが分かる。

 

外へ通じる門までフラーケは走りに走った。ここでモールを逃してしまうとカスケードの失態として扱われ、自分は足を引っ張ったことになってしまう。そうなれば出世の道は永遠に閉ざされるだろう。

 

「許せん!浮浪忍者共ぉおおお!!」

 

勢いよく門の扉を蹴り開け、外の様子を見るが、人がいる気配がない。

 

「…………!!」

 

(どこだ!?どこを通った!?)

 

怒りと焦りが普段の集中力を削ぎ、後方、建物の上から黒い影が飛び降りてくることにフラーケは気がつかない。

 

そしてそのような些細な油断がこの世界において命取りになるには充分な理由であった。

 

ザシュ……

 

黒い影はそのままフラーケの首もとに短剣を刺し込む。

 

「がっ……!?がはっ……!!」

 

口から血を吐いて倒れ込んだフラーケを見下ろして黒い影は一言呟く。

 

「汚らわしい男。惨めな最後ね」

 

「こ……こんなところでっ……!」

 

黒い影は這いつくばるフラーケの前に座り込むとその手に忍者刀を突き刺す。

 

「うぐぅぅう……!」

 

「さっさと死になさいよ」

 

「レ……レヴァぁあ……」

 

フラーケは弱々しく恨み節で喋ると静かに息絶えた。

 



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90.誘拐

【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


ルイが軍事施設に来て3日目の夜を迎えていた。依然としてチャド達が来る気配がなかったが、接待に近い待遇を受け、この施設の居心地の良さに警戒感が薄れてしまっていた。

 

今夜もあの怪しげなマッサージに誘われないのか。

 

そんなことばかりを考えながらルイは窓から闇に包まれた夜の風景を眺めていた。

 

 昨日と変わらないルートで歩哨が城壁の上を巡回しており、いつもながら厳重な警備体制であるが、何やら様子がおかしい。

歩哨が隊をなして一定の方向へ走っていくのだ。

 

(向こうは……たしかモールさんの監獄があった……)

 

暇を持て余していたこともあり、ルイは外出着に着替え始める。そして片隅に立てかけてあるデザートサーベルを背負いいざ部屋の出口に向かおうとした。

 しかし、急に冷たい夜風を肌に感じ固まってしまう。

 

(……え?)

 

扉が開いていたのだ。

 

この部屋はすきま風が寒いので扉だけはいつもキッチリ閉めていた。その認識が色濃く残っていたため閉め忘れの可能性は低いと判断できた。

 

「だ……誰か……いる?」

 

周辺に気配を感じ、開いた扉の向こうにある闇に呼びかけてみるが応答はない。

 

単純に建て付けが悪く扉が勝手に開いてしまっただけであったか。やはり自分の気のせいだと思い歩き出そうとした矢先、予想とは異なる後ろ側から不意に声が聞こえてくる。

 

「……お前はルイだな?」

 

思わず飛び退き、声のするほうに視線を向けると、微かな星明りに照らされて、誰かが立っているのが分かった。黒くて地味な忍者装束の出で立ちに似つかない金色のショートヘアをたなびかせている。体型からして女性であることが分かった。

 

「誰だ!?」

 

「浮浪忍者のピア……」

 

「!!」

 

名前を聞いて思い出した。元グリフィンチームで今はくノ一三忍の1人。グリフィンの命を狙っていたとも聞いている。そんな人が自分の前に現れたということは。

 

「まさか、俺を狙いに来たのか?」

 

「お前の態度次第だ……」

 

「態度?」

 

「このまま黙ってついてこい……。残るなら死ぬことになる」

 

「!!」

 

ルイは半ば強制的な物言いに唖然とした。ピアは口数も少なく静かな口調であるが、そのぶん逆に威圧感があり立ちふるまいからしても相当な手練であることが分かる。抵抗した場合、苦戦は必至だろう。

 

「……なんで俺がついていかないといけないんだ?」

 

「そういう話になっている……」

 

「い、意味が……」

 

分からなかった。ホーリーネーションと敵対している得体の知れない浮浪忍者に単身でついていく意義が見いだせない。チャドがいれば元ノーファクションでもあるピアに話が通じたかもしれないが、今の自分だけでは状況を説明しきれる自信もなかった。

 

そして考えがまとまらず狼狽えていると、さらなる黒い影が姿を現す。

 

「何だピア、まだだったか。モールもいるんだから早く離脱するぞ。そんな奴、足でも斬り落としてしまえばいい」

 

低くてしゃがれた声で話しかけたその者はピアと同じ忍者の格好をしているがルイよりも黒い素肌で生粋のスコーチランド人であることが分かった。

 

「レヴァか……。それはだめだ……」

 

「五体満足じゃないほうがいいだろ。私がやってやるよ」

 

後から来たレヴァという女はピア以上に敵対的で物騒な言い回しで、ルイは自然と警戒を強める。

 

(レヴァ……。こいつも三忍ってことか!一体何なんだよ……)

 

ピアは軽くため息をつくとレヴァという女に続けて話し出す。

 

「……それより牢獄のほうはどうなった?モールは救出出来たのか?」

 

「ああ、達成できた。ついでにフラーケを殺れたよ。ナイフはやはり代わりに残ることになる。あいつの命は無駄に出来ないだろ?」

 

レヴァが坦々と言い放った内容にルイは絶句した。

 

「フラーケさんを……殺しただと!?」

 

「んーなんだ?ホモが死んで悲しいのか?やっぱお前ホリネ側なんだな」

 

食いついたルイに対してレヴァは忍者刀を抜いた。対するルイも同様だ。愛刀デザートサーベルを構える。

 

「さっきから何言ってっか分からねーが、お前が嫌な奴だってことは分かるぜ!」

 

「ほう、ホーリーネーション無勢が調子に乗るなよ!」

 

語尾が荒ぶりレヴァもヒートアップする。恐らくこの浮浪忍者との戦いは避けられないだろう。しかも相手は名のある忍者だ。ルイはチャドに言われたことを思い出し、まずは冷静に状況を分析をしてみることにした。

 

(フラーケさんがやられたのが事実だとすれば俺も到底太刀打ち出来ない)

 

ならばとルイはデザートサーベルを掲げるように構える。

 

「お前……まさかその構え……」

 

レヴァが目を丸くして見入ったその構えはー

 

『戦蛇の構え』

 

無想剣舞を静止した状態から開始する際の構えだ。天井ギリギリまで右手で一直線に高々とサーベルを掲げ、片足立ちで静止する。蛇が戦う時に直立して待ち構えるような形となり、重力を最大限に利用して大上段から武器の重力を利用して舞いを開始出来る。

 室内における無想剣舞は戦闘スタイルの特性上その効果をほとんど失ってしまう。そのために編み出された唯一待ち一辺倒のカウンター型の構えだ。なおこれはアウロラから最後に口頭で教わっただけであり実戦経験については皆無であった。

 しかしモールを頭領に持つ浮浪忍者はこの型を当然知っているはず。それを利用してカウンターを頭に植え付けることで攻撃を躊躇させ時間を稼ぐことにしたのだ。

 

(モールを脱獄させるため時間がないんだろ!?長期戦にして凌いでやるぜ!)

 

“あらゆる状況、情報を武器にすべし。“

 

ルイはウィンワンの無限の書にも記載があった項目の一部を思い出し実践したのだ。

 

 

 

ただ……この行為は並の相手であれば通用していたかもしれないが、浮浪忍者くノ一三忍の場合、単純な挑発として受け止められただけであることにすぐに気づかされる。

 

「ナメた真似しやがって……ホーリーネーションがいっちょ前にモールの技を使ってるんじゃねぇ!!」

 

レヴァは喋ったかと思うとその場から姿をくらましたのだ。そして気がつくとルイの足に激痛がはしる。

 

「痛っつ……!」

 

知らぬ間に片足の太ももがぱっくりとあき、血が流れ出ているのだ。

 

(な……!?いつ斬った!?斬られるまで……全く気づけなかった……!!)

 

近くにはトントンと片足で跳ねている澄まし顔のレヴァがいる。逆手で持つ忍者刀には血がついており、レヴァが斬ったのは間違いなさそうだ。

 

「どうした、型が崩れたぞ。無想剣舞をやるんじゃないのか?」

 

圧倒的な力量の差を痛感し、ルイは次第に平常心を保てなくなる。挑発に対して闇雲に斬りかかってしまうが、その先にまたしてもレヴァはいない。

 

(くっそ!!速すぎだろ!どこ……だ……)

 

ゾクゾク

 

背筋が凍るほどの悪寒を真後ろに感じ思わず体が硬直する。

 気づけば後ろから忍者刀の刃が自分の首すじに当てられていたのだ。

 

「…………!!」

 

 数秒後に自分は喉から血をまき散らしながら呼吸もできずに悶え死ぬ。自分の死体を連想出来るほどの死を実感し、体中から冷や汗が流れ出る。

 

「楽には死なせないよ」

 

後ろからレヴァは残酷な台詞を吐く。

 

その後、今度は額に痛みを感じて、ルイは思わず手で覆いながら崩れ落ちる。

 

「うあああああああ!!」

 

手のひらにはべっとりと生温かい血がついていた。

 

「うるせぇな。片目を取られたぐらいで騒いでんじゃねーよ。モールは両目両足を持ってかれてんだぞ!」

 

レヴァの非常なる言葉で自分の体の異常事態を悟る。

 

(目……をやられたのか?左目が開けられない……!)

 

そしてこれまで黙って見ていたと思われるピアがルイの様子を気にすることなく口を挟む。

 

「レヴァ……!その話は本当なのか?」

 

「あん?」

 

「モールは……無事なのか?」

 

「生きてはいた……。しかしもう戦線に復帰はできないだろう」

 

「……!!」

 

2人が会話で時間をとったおかげでルイに少しだけ平静を取り戻す機会を与えた。ただモールが両目両足を取られたという話はルイにとってもインパクトがでかい話であった。

 

(言われてみれは最初モールはカスケードさんがいるのを分かっていなかったかもしれない。しかしなぜ……?)

 

ルイの疑問に答えるようにレヴァは口を開く。

 

「カスケードの野郎、大方、無想剣舞は欲しいが、牢獄に入れておくだけってのも怖かったんだろ。無力化するにしてもイカれ具合が限度を超えてるぜ」

 

レヴァはそう言ってルイの髪をグイッと引っ張り立たせようとする。

 

「カスケードはお前を使って無想剣舞を盗もうとしたんだろ?どうだ?違うか?」

 

「う……!」

 

ルイは左目やら髪を引っ張られる痛さやらでまともに思考出来ないでいたが、再度無限の書の記載を思い出そうとしていた。

 

『痛みや恐怖に打ち勝つためには怒りで自分を染めろ』

 

当時、書いてある意味は理解出来ていなかったが、体中の激痛を和らげられるのならばやらない手はない。ちょうど目の前にいる浮浪忍者には殺意が湧くほどの怒りを覚えている。

 

「ぅぅうううう!!!」

 

体からアドレナリンが放出されると一時的に感覚が麻痺することをルイは知らなかったが、確かに感情を高めるほど痛みが薄くなっていくのを自覚できる。この勢いでルイは只々目の前にいる敵を倒すためサーベルを構えた。幸いまだ右目でものが見えるのだ。体が動く限り武器を振るう。ルイは視界にレヴァの姿を捉え、斬りかかった。

 

「ほう、凄まじい胆力だな」

 

さすがのレヴァからも賞賛の声が出る。

 

しかし

 

『ボキッ』と鈍くて乾いた音が部屋の中に響き渡る。

 

「ぐ……!?ああああああ……!」

 

強烈な痛みと吐き気が襲ってくる。

涙でぼやける視界の中で、気がつくとルイの右手が明後日の方向を向いてプラプラと振り子のように揺らいでいた。レヴァが後ろ手にしてそのまま強引に捻じ曲げて骨折させたようであった。

 

「ふー……!ふー……!」

 

ルイは息を荒らげ一点を見つめながらただひたすら痛みに耐えるしかなかった。

 

「お、お前……。本当にホーリーネーションの女か?」

 

レヴァが何か言っているが、もはやルイの耳には届かない。彼女の頭の中は自分の境遇よりも他の事で一杯になっていたのだ。

 

いま自分はこんなところでは死ねない。

ここで死ねばアウロラとの約束が果たせなくなる。自分の目的の傍らで死んでいった者達が無駄死になってしまう。

 

そういった思いが自然と自分の体を突き動かしていた。

 

ルイは血ヘドを吐きながら汗と血が混じった額を床に擦り付けて芋虫のように地べたを進み始める。

 

「…………!!」

 

この光景を見てさすがのレヴァとピアは言葉を失った。

 

この娘を動かしている原動力は何なのだ。

ただのホーリーネーションの子飼いではなかったのか。

これほどの精神力を持った戦士は浮浪忍者にもそうそういない。

 

そんな言葉を交わしているかのように2人は顔を見合わせていた。そしてピアが絞り出すように口を開く。

 

「レヴァ……もういい。後はモールに判断してもらおう。ずらかるぞ」

 

微かに聞こえてきたピアの言葉を最後にルイの記憶はここで途絶えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

夜が明けて光が射し込み、施設内の被害状況が徐々に明らかになっていく。浮浪忍者はくノ一三忍を含む最大戦力でモール脱獄を狙ったようで衛兵の死体が所々に散乱していた。どれも背後から急所を一撃で仕留められており、抵抗した様子もなく息絶えていた。

 

その様子を出張から帰ったカスケード審問官は無表情で眺めていた。

 

「……状況を報告してください」

 

近くにいる兵士はカスケードから静かに伝わってくる怒気に萎縮しながらも恐る恐る答える。

 

「高位パラディンのフラーケ様が戦死されました。歩哨も10名やられております」

「モールは?」

「はっ、ええと……代わりに三忍の1人ナイフを捕らえたようです」

「モールは!?」

「だ……脱走しました……」

「……許さん」

「あ、あの……」

「許さんぞおおぉぉお!!」

 

カスケードはそれまでの落ち着きぶりから想像できない奇声を発したのだ。

 

「ひ……ひぃぃ……」

 

兵士は恐怖のあまり尻もちをついた。

 

「私がどれだけ資源と!時間をかけて!モールを捕らえたと思っているのですかっ!!」

 

息荒く独り言のようにまくしたてるカスケードを周りの兵士はただ見ているだけしか出来なかった。そして呟きは続く。

 

「フー!フー!…………そうか。ルイですね……。彼女が来てモールの場所がバレたのか。バカそうな面をして私をハメるとはやるじゃないですか。……衛兵!!」

 

「ははっ!」

 

「ここにルイを呼びつけなさい。そしてナイフを速やかに処刑しなさい」

 

「は!……いや、しかし……」

 

「何ですか?」

 

「ルイは……浮浪忍者に抱えられ連れ去られるのを何人かの歩哨が目撃しているようです。大分痛めつけられていたとか……」

 

「……ではナイフだけで結構です!!」

 

「は!」

 

命令された兵士を目で追いやるとカスケードは般若のような形相でその場をあとにした。

 




本エピソードは残り4話ぐらいとなりました


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91.スカウト

【遠征組】
ルイ、チャド、ガルベス
【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード


ホーリーネーションの軍事施設からモールとルイが連れ出されてから3日後。異変を嗅ぎつけたチャドは変装して顔を隠しつつ軍事施設の周辺まで足を運んでいた。

 

通りすがりの商人などに話を聞くと浮浪忍者が軍事施設を襲撃し失敗に終わったというのだ。だが、その際に高位パラディンのフラーケが戦死したらしい。また襲撃犯であるくノ一三忍の1人ナイフは捕えられ早々に処刑されたとのことだった。

 

(フラーケはグリフィンの護衛だった。ということはルイもここにいた可能性がある)

 

そして恐らくモールもここに収監されていたのだ。だから浮浪忍者の襲撃があった。ルイ達が来てからの襲撃ということはグリフィンの街に浮浪忍者の密偵が紛れていたことが考えられる。そいつがルイとカスケードが目指す場所(軍事施設)を特定した。ただそれだけでは結局モールが実際に施設内のどこに幽閉されているか分からず、襲撃が失敗したのだろう。現に三忍の1人が捕らえられている。

 

(しかし……ルイも見つけられないのはなぜだ?)

 

チャドは夜に軍事施設に侵入してみたがルイがいる気配がなかったのだ。考えられるのは施設内奥深くで厳重に捕まえられていることだ。モールを収監しているならばそのような施設があってもおかしくはない。

 

チャドはこぶしを地面に叩きつけた。

 

ルイには手を出すなと念を押したにも関わらず、所在が掴めないほどの場所に匿っている事にチャドは怒りを隠せないでいた。

 

ルイを奪還出来るのであれば自分の命は喜んで差し出せる。ただ、どこにいるかも分からない状況で無闇に特攻するほどの冷静さを失ってはいなかった。

 一旦戻ると約束した期日までにガルベスが待つウェイステーションに戻り、捜索メンバーを募って出直すことにする。チャドは悔しい思いを噛み締めながらもと来た道を戻り始めた。

 

 

 

途中、毛皮商の通り道を通り過ぎる際、グリフィンを拷問して白状させるべきとも考えたが、その後に動きにくくなる可能性を考慮して、安全策を取り今は放置すことにした。

 

(あいつはルイの居場所までは分からないだろう。ノーファクションを裏切った報いは後で受けさせる)

 

元メンバーへの殺意を秘めたチャドの目には並々ならぬ覚悟の光が灯っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一方、ガルベスも都市連合領内のウェイステーションについてからイライラしながら暇を持て余していた。それを隣に座っている人間がチラチラ見ながら恐る恐る話しかける。

 

「あ、あの〜……俺はいつ解放してくれるんですか?体に巻き付けたサラシもきついんですけど……」

 

飢えた野盗から無理矢理スカウトしてきたスコーチランド人をチャドに見立てて変装させ、ガルベスに付き従えていたのだ。

 

「うるせぇな!もう少し待ってろ。今度文句言うと殺すぞ」

 

ガルベスは小声だが荒い口調で偽チャドを恫喝し続ける。

 

「というかお前もう少しピシッとしろよ……!食い物食わせて栄養足りてるだろう」

 

「は、はい……」

 

既にチャドに指定された10日がたとうとしていたが、いまだ連絡はない。

このまま拠点に戻るか判断しなければならない期日が迫っていた。

 

「よし、もういい。お前はそのままフードを被って北を目指せ。それで解放してやる。少し歩くと大きな街がある(嘘)からそこで仕事を探すといい」

 

ガルベスは偽チャドに命令した。

 

「わ、分かりました。ありがとうございます」

 

偽チャドが席を立ってBARを離れると、数分後に別の男も同様に出ていった。やはりホーリーネーションの密偵が見張っていたようだ。偽チャドの動向を確認するのかもしれないが、本物のチャドがここにいなかった事は悟られたくない。

 

(密偵は始末しておいたほうがいいな)

 

ガルベスも時間を置いてから席を立った。しかし、BARを出ようとした時、思わぬ人物に道を塞がれる。

 

「ちょい待ち。久しぶりだなぁ。ちょっと俺の話を聞いてくれねぇか?あまり時間はかけねぇ」

 

全身、侍鎧の出で立ちと鼻につく喋り方の男。レディー・ミズイの付き人スケサーンだった。

 

「またお前か!今度は俺に用かよ。悪いが今は急いでいるんだ。後にしろ」

 

「ホーリーネーションの密偵だろ?殺っておいたから安心してまぁ座れよ」

 

「……!」

 

偽チャドと密偵が北に向かってからガルベスが動き出したのは大分時間がたってからだ。追いつけると踏んでの時間であったが、期間的にはスケサーンが殺せる間は充分にあった。だが、理由が分からない。

 

「……本当か?なぜあんたがやる必要がある?」

 

「言い忘れたが俺は特憲だぜぇ?ホリネ要員は生かすはずないだろ。心配なら後で北に行って見てくるといい。死体が転がっている。サービスで偽チャドも殺ってやったよ」

 

スケサーンは相変わらず鎧兜をかぶっており顔は見えないが、口調からニヤついているのが分かる。ガルベスにとって偽チャドは元々自分を襲ってきた飢えた野盗の1人なので生死など気にするところではなかった。ただ、一時でも自ら雇入れ生かして逃した者を敢えて斬った来たこの男に不快感を持った。

 

「別にあいつは殺さなくても良かったのだが」

 

「ん?用済みになったんだろ?だったら速やかに排除じゃないか。養成学校で習わなかったか?」

 

この言葉にガルベスは身構えた。自分が特憲養成学校出身であることをこのスケサーンという男は把握しているようなのだ。

 

「俺は特憲じゃないんでね。で、何の用だ」

 

「あっちで何かあったのかぁ?何でチャドの変わり身を置いていた?拳聖とお嬢ちゃんはどこ行った?」

 

矢継ぎ早に問いただしてくるスケサーンに対して、ガルベスは素っ気ない回答を続ける。

 

「あんたには関係ない」

 

「ひっでぇなぁ。同じ雇い主を持つ仲間じゃねーか。協力してやるっつーのに」

 

「無駄口が多いな。俺はチャドより短気だぜ?」

 

「そうかい。俺はあんたと仲良くしたいと思っているだけなんだがなぁ」

 

「ああ?なんでだよ」

 

「お前が特憲に入るからだ」

 

「!!」

 

急に空気が冷たく凍てついた。過去の経験からガルベスには自分の道を誰かに決められることに大きな抵抗があったのだ。

 

「ミフネさんが残念がってるんだよ。お前が抜けちまって。傭兵稼業がある程度終わったら特憲にするつもりだったんだとさ」

 

「……俺は堅苦しいとこは苦手でね。それに今は別のとこに雇われてる」

 

「特憲はルイのとこより金の羽振りはいいぜぇ?それにそもそもお前が奴隷商を抜けることをミフネさんは許可してねぇ」

 

「いや、傭兵稼業の後は自由に決めていいって言われていた。もう奴隷商からは足を洗っている」

 

「なわけないだろう〜。お前みたいな猛者を手放すぐらいだったら処分してると思うぞ?」

 

「……!」

 

“処分”という言葉にガルベスは反応した。幼少の頃から選別され、選ばれなかった者達は処分されてきた。自分は処分を回避し生き抜いてきた。そして自由を得たと思っていた矢先、選定はまだ続いていたことに気づかされたのだ。

 らしくなく額から汗が滴り落ちる。そんな様子を見抜くかのようにスケサーンは優しい言葉をかけてくる。

 

「まぁ今すぐ決めろってわけじゃねぇんだ。ちょっと仕事内容を聞いてから判断でもいいだろ?」

 

「……話してみろ」

 

「よーし。まず特別憲兵隊は都市連合の兵士の中から選び抜かれた精鋭集団ってことまでは知っているか。では、全部で何人いると思う?」

 

「俺に規模を教えていいのか?そもそもアンタが特憲だってこともな。俺は入らないかもしれないんだぜ」

 

「くく、強がるな。それに俺は別に隠していないからOKだ。特憲は全部でおよそ20人いる。この数なんだか分かるか?」

 

「いちいち質問形式じゃなくていいから進めろ」

 

「20人はノーブルサークル上位貴族の数だ」

 

「はっ……貴族1人1人のお抱えってわけか」

 

「察しがいいねぇ。貴族に推薦されて認められれば晴れて特憲のメンバーになれるってわけよ。ちなみに1人の上級貴族につき特憲への推薦は1人までだ。特憲内でも貴族の派閥偏りが影響しないようにするためだ。分かるだろ?」

 

「養成学校の異常な振るい分けもそこに繋がっているわけか」

 

「だろうな。各貴族は素質ある奴を拾ってきては養成学校に放り込む。施設には奴隷商も出資しているし、彼らも今後ノーブルサークルに深く入りこんで行きたいらしい」

 

「だからミフネさんは俺を推薦したいのだな」

 

「そうだ。今、奴隷商推薦の特憲は不在だ。そして貴重な1人枠に出来損ないを入れたくもない。その点お前は見込みがあったってわけよ」

 

「ふーん……。で、あんたは誰の推薦で特憲になったんだ?レディー・ミズイか?」

 

この問いにスケサーンは声のトーンを下げて応える。

 

「……いずれ分かると思うが自分の推薦者は互いに明かさないのが一般的だ。派閥争いが特憲内のトラブルの元になる場合もあるからな。お前の場合はまぁ俺が説得を頼まれたから仕方ねぇが。で、どうだ、悪くないだろう。貴族にツテが出来たらお前もいつか上流階級の仲間入りだぞ?」

 

「……悪くはない。だがまだ肝心な仕事内容を聞けていないぞ。戦いは多いのか?ヌルいのは嫌いだ」

 

「おおー勇ましいねぇ。戦闘が好きなのか?望むならそういう任務もある。だが大抵は情報収集やスパイ活動が多いけどな。都市連合にとって脅威となりそうな組織に潜伏し内外から崩すスペシャリストとなる。面白そうだろ?」

 

「……取り敢えず前向きに考える」

 

「そう来なくちゃな相棒!じゃあ良い返事期待してるぜ!」

 

そう言ってスケサーンは席を立つのかと思いきやその場に居座り始めた。

 

「なんだよ、まだ用があるのか?」

 

「ああ、今度は本物のチャドにな。彼にも正式にポストを用意してんだ。ここに戻ってくんだろ?」

 

「チャドもかよ。そんなに引き抜きしてルイに何か恨みでもあるのか?」

 

「はぁ?ルイもテックハンターとして専属契約しているし同じ仲間だ。テックハンターに向いている奴を見つけたら逆にこっちからあの娘に人材を紹介するさ」

 

「疑わしいな。というか俺やチャドはテックハンターには向いてねぇのかよ」

 

「ああ、向いてないな。お前ら本当はもっと暴れたいんだろ?分かるぜ」

 

「……かもな」

 

ガルベスは否定しなかった。毛皮商の通り道への遠征に行くまで片腕のまま拠点で待機している期間が彼にとっては長すぎたのだ。そしてそんな微かな不満を察知して対処できる人は拠点にはいなかったのである。

 元々、暴れん坊のガルベスにとってスケサーンの性格はそこまで気になるものでもなく、むしろ自分の境遇を理解するスケサーンに少なからず好感を持ち始めていた。そしてチャドが来るまでの間、彼らは意気投合してしまうのである。

 

 

 

 そんな状況でついにチャドがウェイステーションまで戻ってくる。

 悪印象のスケサーンとガルベスが飲み明かしている様子を見たチャドは、ルイの捜索断念も相まって当然不愉快の様子になる。

 

「お前たち……何をしているのだ?」

 

「お!チャド戻れたか!ルイはどうだった?」

 

ガルベスはチャドの気も知らず質問をした。

 

「この男はレディー・ミズイの部下だろう。なぜ一緒にいる?」

 

「ああー、あんたにまた話があるんだとさ。俺も大分待たされて暇だったから話相手になってもらってたんだ」

 

チャドはスケサーンのほうを見やる。

 

「私にまた用があるのか?また手合せならばはけ口としてはちょうど良いが」

 

「あんたも戦いたがりかよ。歳なのに血気盛んだねぇ」

 

「……」

 

この挑発にチャドは回答しなかった。しかし、代わりにチャド周辺の空気が変化する。その場にいるだけで押しつぶされてしまいそうな重厚な闘気を発し、BARにいる護衛達も気配を察して戦闘体制に入ってしまう。

 

「待て待て!冗談だ!あんた意外と短気だなぁ。今日俺はアンタに都市連合からの依頼を持って来たんだよ」

 

「ならば自分の命を大事にすることだ。くだらない事で死にたくないだろう」

 

ホーリーネーションから一方的な依頼をされている中で今度は都市連合の依頼である。味方であるガルベスの酔いが冷めるほどの殺気がチャドからほとばしった。

 

「分かった分かった!じゃあ手短に。都市連合の軍隊を率いる将軍になって欲しい。これはノーブルサークルからの正式依頼だ」

 

「……!」

 

都市連合の将軍職。古くは残忍に反乱分子を一掃し続けその名を轟かせたアイゴア将軍しかり、直近だとホーリーネーション軍の侵攻に対してロジャー・バートという新興貴族が将軍として軍務を担い防衛に成功していた。

 バート家はその後急速に力をつけて今は都市の領主になっている。それほどこの将軍職の依頼は大きな意味があった。

 チャドはこの申し出に対して、表情を一つも変えずに黙って考え込んだ。

 




都市連合との因縁対決までは描き切りたいけれど……


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92.それぞれの道

【拠点組】
トゥーラ、ナパーロ/ラックル/694番、シルバーシェイド、シャリー、
ヘッドショット、レイ、ジュード、チャド、ガルベス
【行方不明】
ルイ



ルイ達が拠点を旅立ってから実に4ヶ月が経過していたが、その間、拠点の経営はルイから任されたトゥーラがこなしていた。

 

「ふぅ。今月は1万catの黒字か。やっぱり毎週の都市連合への献金が重いなぁ。中々資金が増えないわ」

 

今日もいつも通り皆が寝静まった部屋の片隅で帳簿をつけていたのだ。現在の収入はレディー・ミズイからの様々な依頼がメインになっているが、ミズイに接触できるような直接的な依頼はほぼなく、隊商の護衛であったり、街道に巣食った獣や野盗の一掃等の治安強化であった。

 

(こんなんじゃミズイがどこに住んでいるかすら分からない……技術統制機関の割にはテックハント業務すらないし)

 

早いところ、リドリィの捕らわれた場所をつきとめたいところであったが、めぼしい情報は全く出てこなかったのだ。

 

(今頃、ルイはどうしているかな……)

 

チャドとガルベスがついていったので、安全面はさほど気に留めていなかった。むしろデッドランドや毛皮商の通り道など未開の場所に赴けて、羨ましさすら感じていたぐらいだ。

それに比べて拠点に残ったメンツを取り仕切るのは相当骨が折れる業務となっていた。

 

 ヘッドショットとレイはいつも2人で行動していて、面倒な仕事にはあまり協力的ではなく、シルバーシェイドはそういう世界で生きてきたのかお金の要求が多かった。かと言って、残るはジュード、ナパーロ、シャリーである。

 

(皆、あんまり言うこと聞いてくれないしなぁ。年上の人はやっぱ私なんかに指示されるのは面白くないか……。ジュードにも手伝ってもらうか……)

 

トゥーラは椅子の背中にもたれ掛かり天を仰いだ。そこに外で見張り当番をしていたジュードの声が聞こえてくる。

 

「し、師範!おかえりなさい!」

 

ジュードの師範といえばチャドだ。ということはルイ達が帰ってきたことになる。トゥーラは椅子から転げ落ちて建物を飛び出した。

 

だがそこにはルイの姿はない。

 

「あれ?ルイは……?」

 

おもむろに尋ねるがチャドの表情は暗い。

 

「ホーリーネーションにさらわれた。跡を追ったのだが証跡が途絶えた」

 

「ど……どういう意味ですか?」

 

これにガルベスが舌打ちをする。

 

「意味も何もそのまんまだろうが」

 

だがトゥーラは相変わらず彼を相手にしない。

 

「チャドさん、もう少し詳しく教えて頂けませんか?」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

2人とも長旅で疲れた様子であったが、そのまま小屋にいる拠点メンバーを起こし臨時で会議を行うことになった。そこでチャドは毛皮商の通り道で起きた事を皆に共有する。

 

 

 

 

「そ……そんな……」

 

トゥーラは愕然とした。リドリィだけでなく、1番の友であったルイの失踪はトゥーラの心を大いに動揺させたのだ。他の皆も同じような反応だ。そして沈黙を嫌ったのかヘッドショットがチャドに喋りかける。

 

「聞いた感じだとそのカスケードって奴はルイに危害を加える様子もないんだろ?」

 

「ああ、私が貴族のロード・オオタを殺せば都市連合に潜ませている密偵を使って何らかのアプローチをしてくるかもしれん」

 

「いやー……それは無理だろ。お前なら貴族の1人や2人は殺れるかもしれんがその後が大変だ。突き止められてこっちが潰されちまう」

 

「ああ、そうだろうな」

 

「どうすんだよ。お前がついていながらやっちまったなぁ」

 

煽るように喋るヘッドショットに対してチャドは静かに応える。

 

「話した通り、ルイの足どりはホーリーネーションの軍事施設で途絶えた。だからそこに監禁されている可能性がある」

 

「ああ、浮浪忍者のモールも囚われているかもって所ね。そこに仕掛けるってか?それこそ無理だろ。警備が街の比じゃねぇ」

 

「私たちの戦力では無理だ。だから国家の力を使う」

 

「国家って……都市連合に協力をあおぐってか?助けてくれるはずねーじゃん」

 

「私が都市連合の将軍に就任すれば可能だ」

 

突拍子もない事を言うチャドにその場にいる全員が固まってしまった。

 

「……いやいやいや。はい?なんて?将軍って言ったか?」

 

「そうだ。都市連合から将軍への就任依頼が公式に来た。私はそれを受けるつもりだ」

 

「マジかよ!お前、今まで嫌いだからって役職の申し出を蹴ってきたじゃないか」

 

「ルイを探し出すためには手段を選ばん。都市連合の密偵を使えば詳細が掴めるはずだからな。それにカスケードは私がロード・オオタに近づくために将軍になったと思うだろうから好都合だ」

 

「そ、そうか……」

 

ヘッドショットはこれ以上は食い下がらなかった。しかし他の者はまだ唖然としたままだ。そこに最初から知っていたであろうガルベスが喋りだした。

 

「俺もチャドについていくことにしたぜ。戦えそうだしな」

 

「お、俺も行きます」

 

乗っかってジュードもチャドが行くところについていく選択をする。

 

「ジュード。お前がついてくるのは許可するが戦えるわけじゃないからな。使うとしても私の伝令係だ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ジュードの離脱にショックを隠しきれないでいたのはトゥーラだ。限られた面子の中でリドリィ探しの仲間として事情を知っているのは彼だけだったからだ。ただ、ルイの捜索もリドリィと同様に優劣つけられない事案でもある。考えが纏まらない中でヘッドショットが追い打ちをかける。

 

「じゃあアタシ達もここにいる意味なくなって来たなぁ。かと言って軍隊に入るのも年齢的に億劫だし、レイとまた放浪でもすっかな。またルイが戻ったら教えてくれよ」

 

そうなると残るのはトゥーラを含めてシルバーシェイド、ナパーロ、シャリーの4人だけとなる。

 

(…………!)

 

トゥーラは信頼も薄くなっているこのメンバーで組織の維持を行うのは到底無理だと直感した。

 

「チャドさんは都市連合に入ってもルイを探し続けるのですよね……?」

 

「無論だ。そのためだけに申し出を受けている」

 

トゥーラは一呼吸置いた。一文なしからルイと2人で始めたこのチームは辛いことも楽しかったこともたくさんあった。それらの経験はかけがえのないモノだった。だからこそ、いざ自らその幕を閉じるとなると色々な思いがこみ上げてきて言葉が出てこない。それでもトゥーラは唇を噛み締めて気丈に振る舞う。

 

「……そうですか。分かりました……。では……ここは解散しましょう。皆さん今までお付き合い頂きありがとうございました」

 

「……そうか。君がルイと一緒に立ち上げたのにこんなことになってすまなかった……」

 

「いえ、あなたは私を助ける計画を立案し尽力してくれたとルイから聞いています。その節は本当にありがとうございました。私も今後テックハンターとしてやるべきことをやっていこうと思います。そして私も違う立場からルイを探します」

 

「そうだな……。分かった」

 

この決定にナパーロは自然と涙していた。ルイとトゥーラに拾われてから2人には本当によくしてもらった。別の人格がやったことではあるがトゥーラに酷いおもいをさせてしまった事に対して今後償いをしていき、いつか許してもらえたらと心の底で思っていたが最早叶うことはない。ルイの消息不明による解散という結末は初期メンバーとしては心に突き刺さるものがあったのだ。

 

シルバーシェイドも残念がっている。

 

「ここともお別れか。短い間だったけど仲間とは何なのか少し分からせてくれた気がするよ」

 

虫のように無感情で打算的なハイブ人であったが、この時ばかりは寂しそうにしていた。

 

 

 

 

数日後

 

 

 

それぞれの旅路に向けて各自支度を始めていた。そして先にチャド、ガルベス、ジュードの3人が出発する時間が来た。ジュードは申し訳なさそうにトゥーラに近づいてくる。

 

「トゥーラ、ごめんな。俺は何があってもチャドさんについていきたいんだ。君はこの後、何をしようとしているんだ?」

 

「私は取り敢えずブラックスクラッチにいるテックハンターの会長に会いにいこうと思う」

 

「今の会長は……トレップさんか。確かに何かしら支援を受けれるといいな」

 

「ええ、表向きは仕事やチーム探しだけどね」

 

「慎重にいかないとだな。気をつけろよ」

 

「ありがとう。あなたも気をつけて」

 

「ああ。じゃあ、またな」

 

こうして3人は都市連合の首都ヘフトに向けて皇帝テングJrと面会すべく旅立った。最も頼りになる者たちの離脱はトゥーラに一抹の心細さを感じさせた。

 

続いて、ヘッドショットとレイが旅支度を終えて出てくる。

 

「トゥーラ。アンタとは短い間の付き合いだったが、若いのによくやって感心していたよ。アタシらが出ていくのはアンタが嫌いだとかじゃないからね。むしろ好きなぐらいだ。アタシらと違ってアンタは見込みがある人間なんだ。頑張ってな」

 

「ヘッドショットさん……レイさんもお元気で……」

 

ヘッドショットは一瞬寂しそうな顔をすると振り返り砂漠の方へ歩いていった。レイもペコリとお辞儀をすると彼女のほうへ小走りでついて行きやがて見えなくなった。

 

 

 

 

「行ってしまったな」

 

振り返るとシルバーシェイドが立っていた。

 

「あなたはどうするの?」

 

「また何でも屋でも戻るさ。中々スリリングだったが良い経験をさせてもらったよ」

 

「あなたがいてくれると心強いのだけど」

 

「特別料金を貰うよ。なんてね。協力したいのは山々なのだが、私はもう歳を取りすぎたようだ。最近は戦いにもついていけてなかったのさ」

 

「そうだったの……。じゃあ無理は言えないわね」

 

「すまんな。また雑用とかあったら募集してくれ」

 

そう言ってシルバーシェイドも旅立っていった。

 

「さて……」

 

残ったのはナパーロとシャリーだ。

 

「トゥーラさん、僕はあなたについて行くのはダメですか?」

 

「申し訳ないけれど、どうしてもあなたを見ると嫌な記憶を呼び起こしてしまうの」

 

「そうですか……そうですよね……そしたら僕は皆が帰ってくるまでこの拠点を守っています」

 

「そう。分かった。ではこれは今までの報酬よ」

 

トゥーラはギッシリと膨らんだ小袋をナパーロに手渡した。

 

「え……こんなに?」

 

「私が持ってても使わないしね。じゃあ拠点のお守り頼んだわよ」

 

そしてシャリーだ。

 

(この子は連れていってもいいか……)

 

子犬のような眼差しで拾ってくれと言わんばかりに目を輝かせてこちらを見ていたのだ。

 

「……行く宛ないのよね?」

 

「は、はい!」

 

「じゃあ一緒に来てくれる?」

 

「喜んで!」

 

シャリーは2つ返事で身支度を始めた。

その様子を軽くため息をしつつ、自分の荷物を担ぎ上げながら小さな小屋に振り返る。ルイと旅を始めて小規模だけどここまでやってこれた。もうここに戻ってくることはないだろう。見納めと思うと今までの経験が懐かしくも蘇ってくる。こんな荒廃した世の中だけど希望はまだ残っているのだ。自分はテックハンターとして人類を再興する使命がある。強くなってリドリィもルイも助け出すのだ。トゥーラは新たな道を力強く踏みしめていった。




残り2話となりました


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93.特憲任務

◆メイン
 トゥーラ、シャリー
◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード
◆行方不明
 ルイ
◆脱退
 ヘッドショット、レイ、シルバーシェイド、ナパーロ/ラックル/694番


チーム解散後、トゥーラとシャリーの2人はテックハンターの本拠地ブラックスクラッチを目指し、遠路はるばる南下していた。道中ではスキマーや野盗に襲われかけたが、いつも通り走って逃げることで戦闘を避けるようにしていた。

 

「トゥーラさん、私たちどこに向ってるんですかぁ?」

 

連日、小走りでの移動が続いておりシャリーは気だるそうな表情で聞いてくる。向かう先は先日の解散会議中にも言ったはずだが、この子だけは呑気にお茶を飲んでいたほど、相変わらず無関心かつ空気を読まない天然ぶりであった。

 

「ブラックスクラッチという都市よ。仕事を探しにね」

 

「ふーん、そうなんですねぇ」

 

自分の人生にも関わることなのにまるで興味がないかのような反応にトゥーラは不安を覚える。

 

(この子を養っていけるかしら……)

 

 実際、シャリーが出来ることは拠点でも限られていて作る料理はルイの次に不味かった。その点、ナパーロは素直で真面目だったし、仕事も覚えながらこなしてくれて良い子だった。ただ、あの子の顔を見ると本当にポートサウスにおける悪夢を思い出してしまい吐き気が襲ってくるのだ。急に694番の人格になって襲って来るのではないか、といつも考えてしまって近くにいると気が抜けないでいた。彼には酷だろうけど絶対に一緒にはいられないと思えた。

 

「今日はここで野営しましょう」

 

辺りが段々と暗くなってきたので、風を凌げて水辺に近い良い場所を見つけると、2人は荷物を展開し始める。特にお金にも困っていなかったので糧食詰合せをヘフトで購入していて、それをモクモクと開封するが、落ち着いてくるとルイ達のことが脳裏によぎってくる。

 

ルイは今頃どこにいるのだろうか。自分がポートサウスで捕らわれいた時のような仕打ちをされていないだろうか。

 

トゥーラは自分が出来ることを優先するため、禁忌の島のことを協会に報告し、密かにリドリィ救出の手助けを募ることにしたが、心に何かが引っ掛かっていた。チャドであれば必ずルイを見つけ出せるはず。しかし、ルイはこれまで真っ先に自分を助ける行動を取ってくれたのに自分はチャド達に任せる形にしてしまった。チャドの実力を鑑みての合理的な判断ではあったが、チャド達に同行する選択肢もあったのではないか?と悩んでいたのだ。

 

「あの〜……火を炊きますね」

 

考え込んでいるトゥーラの横でシャリーはその辺に落ちている木片を拾いだした。

 

「あ、今日は火を使うのやめましょう。この辺りは治安も悪いから野盗や獣が寄ってくる目印になってしまうわ」

 

「なるほど!そうですね」

 

シャリーは納得したようだったが、身を守るためにこのぐらいは最初から気づいて欲しいものだとトゥーラは内心思っていた。

 

「そう言えばシャリーの出身はどこなの?」

 

思えば気を使ってこの子のことはあまり聞いていなかったが、今ならばもう大丈夫だろう。シャリーもとぼけた表情のままだ。

 

「それは生まれた所ってことですか?物心ついた時には奴隷だったのでわからないです」

 

幼い頃に奴隷として売られたか、奴隷にされたのか。いずれにしても無知な上に無気力、無関心であることにも納得がいく。自分の意思など聞いてもらえず只々働かされる人生だったのだろう。

 

「こ、言葉は誰に教わったの?」

 

「一緒に働いていた奴隷の方が教えてくれました」

 

「そうだったの……」

 

「死んじゃいましたけどね。ただその方から貰ったこの笛は形見として持ち歩いているんです」

 

そう言ってシャリーはおもむろに胸もとから小さな笛を取り出した。それは見たこともない奇妙な形をした笛だった。

 

「そんな小さな笛は初めて見るわ」

 

「こうやって吹くんです」

 

ピィーーーーー

 

聞いたことがないようなかん高い音が辺り一面に響き渡る。

 

「小さいのにすごい音ね……!というか……勝手に鳴らさないで欲しかったわ」

 

「あ……すみません……」

 

「まぁいいわ。明日は朝早くから移動したいしもう寝ましょう」

 

ただでさえ気が気でない問題を抱えている状況で、シャリーと喋っていても気が滅入るだけだと判断したトゥーラは早々に寝入ることにした。それを気にすることもなくシャリーは嬉しそうにずっと笛を眺めていた。

 

 

 

 

 

 それから何時間経ったのか。真夜中にトゥーラはふと目を冷まし、異変に気がつく。横で寝ていたはずのシャリーがいないのだ。寝床も冷たくなっており、随分前にいなくなったことが分かる。

 

(ちょっと……あの子どこいったのよ……)

 

見渡しても辺りは漆黒の闇に包まれており、近くにいる気配はない。まさか昨日少し怒ったから傷ついてしまったのだろうか。シャリーに限ってはそんなことはないと思いつつも、ここは高低差が大きい山岳地帯である。用を足すために動き回って崖から落ちて怪我をしている可能性もあった。トゥーラは移動できる準備をして探し回ることにした。

 

するとガサガサと草むらから音が聞こえてくる。

何かが移動しているようだが音の大きさから小動物というわけでもなさそうだ。

 

「……シャリー?」

 

食べた食料のカスは念のため地中に埋めたので匂いにつられて寄ってきたボーンドックなどの獣であるとも思えないが、それだと厄介のためトゥーラは念のため抜刀する。

 そして草むらから姿を現す思いもよらに人物にトゥーラは驚かされる。

 

「ウソ……。なんで……無事だったのですか……!?リドリィさん!!」

 

そこには禁忌の島に同行し、レディー・ミズイ達に連れ去られたはずのリドリィがいたのだ。彼女を助け出すために動いていた矢先の出会いにトゥーラは面食らった。

 

「よっ、久しぶりだな。元気だったか?」

 

「ど……どうやって脱出できたのですか!?」

 

「脱出というより……結局レディー・ミズイに解放されただけかな」

 

リドリィはバツが悪そうに応えた。

 

「そ、そうだったのですか。でも良かった……。私リドリィさんがひどい目にあっていないか心配で……」

 

トゥーラは涙ながらにリドリィとの再開を喜んだ。

 

「大げさな奴だな!私がやられるはずないだろう」

 

「そうですよね!でもどうしてここに私がいると?」

 

一瞬の間の後にリドリィが応える。

 

「お前ならブラックスクラッチに行くと思って街道を探していたのだ」

 

「なるほど!さすがです」

 

「出発するにはまだ早い。焚火でも炊いて話でもしようか」

 

「あ、でも一緒にいた子を探してたんです。ピンクの髪をした子なんですが見かけませんでしたか?」

 

「いや……。尚更その子が戻るまで同じ場所にいたほうが良い。朝まで待とう」

 

「確かにそうですね……」

 

トゥーラはシャリーが用を足しに行って迷ったのかと思い、焚火を用意し始めた。リドリィが合流したことで仮に野盗が寄ってきても撃退出来る安心感があったし目印にもなるからだ。

 

「ブラックスクラッチで何をしようとしていた?」

 

火に照らされたリドリィは薪をくみながら真剣に聞いてくる。

 

「リドリィさんを助けるためにトレップ会長に禁忌の島の件を相談するつもりでした」

 

「そうか。ならばもう行く必要がなくなったな」

 

確かにリドリィが解放された今、ブラックスクラッチに行く必要性は薄れている。しかし、トゥーラはスパイダー工場長との約束を思い出していた。テックハンターの責務としてもこのまま工場での出来事を黙っているわけにもいかないのだ。

 

「いえ、都市連合が何か企んでいるという事は協会に報告したほうがいいと思っています」

 

「……そうか。そうだな」

 

「リドリィさん。ちなみにレディー・ミズイはどうして解放してくれたのですか?」

 

「ん?ああ。双方に誤解があっただけだったんだ」

 

「そうですか……」

 

念願のリドリィに会えたというのになぜか会話がおぼつかない。嬉しい気持ちでいっぱいなのに、ドライミートが喉元で引っ掛かっている感覚。何かが心の中でモヤモヤとしているのだ。

 

違和感

 

という言葉が当てはまるかもしれない。工場長の暗殺、禁忌の島から帰国した際のミズイとのやりとり、カクノーシンとの戦いを経て、誤解だけで済むような単純な話だったのか。それに自分を探すならこのような辺鄙な場所でなくブラックスクラッチでいいはずだ。そしてリドリィであれば真っ先に協会に報告しに行きそうなものだがその気も薄そうであり何もかもが彼女らしくないのだ。

 しかしそれを追求する気持ちは起きなかった。リドリィ救出は困難を極めると思っていた矢先だったので気が抜けてしまっていたのかもしれない。

 

ボケっと火を眺めているとリドリィが話しかけてくる。

 

「そう言えばトゥーラはずっと同じブーツを使っているな。もうボロボロじゃないか」

 

「え?ああ、そうですね。もう足も大きくならなかったから買い替えてもいませんでした」

 

「私は今回買い替えたぞ。ほら見てみろ。金具をつけて攻撃用にしてある」

 

半ば強引にリドリィのブーツを手渡され、トゥーラは狼狽えながらも目をやる。

 

「……!?」

「分かるか?」

「え、はい……」

 

リドリィの目は笑っていない。そして静かに立ち上がった。

 

「少し周りを探してみるか」

 

「……」

 

トゥーラはもはや言われるがままについていく。二人は辺りを見渡せる崖上に着くがまだ暗くてよく見えない。

 

「近くにいる気配がないんですよね」

 

「元奴隷ならば逃亡したとかではないのか?」

 

「う〜ん、逃げたそうではなかー」

 

トゥーラが全てを言い切る前に大きな衝撃が彼女を襲う。恐らく突き飛ばされたのだろう。

 それは高い崖の上から深い谷底へ落ちるには充分な強さであった。足は地を離れ、そのまま暗闇の底へ吸い込まれていく。その間際、トゥーラの視界には自分を無表情に見下ろすリドリィの姿が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 トゥーラを崖から突き落としたリドリィの後ろから侍鎧の格好をした男が歩み寄って来る。

 

「お〜、マジでやったよ!レディー・ミズイの洗脳実験は成功だなぁ。まぁさすがに斬るのは忍びなかったようだが」

 

「スケサーン……見ていたのか。勘違いしているようだが私は洗脳など受けていない。自分の意思でミズイに仕えることにしただけだ」

 

「そんなんで弟子みたいにしてた奴、殺れちゃうんかい〜!ペラッペラの師弟関係だったんだなぁ!まぁええよ、試験には合格だ。これでお前は晴れて“レディー・ミズイ推薦の特別憲兵“になった」

 

「私が特憲になったことは誰が知るんだ?」

 

「本来は皇帝だけだが、今は執政のロード・オオタにも報告することになっている」

 

「そうか。それとお前を推薦した貴族にも知らせるのだろ?」

 

「へぇ〜、分かってんじゃねーの。そりゃあ自分の推薦者には頭が上がらないでしょ。ま、貴族の派閥なんて気にせず仲良くやろうぜ」

 

「ふん。どうせ特憲は組まずに単独行動するのだろう。馴れ合いは不要だ」

 

「そんなことないぜぇ、大仕事の時は協力することだってある。今回もノーファクションの残党狩り(・・・・・・・・・・・)で大動員だ」

 

「……何?他にも特憲が動いているのか?」

 

「ああ、お前はテスト期間だったから聞かされてないだろうが今回は隊長の指示の元に数人の特憲が動いているらしい。ルイ一派はここで潰しておく事にしたんだとよ。俺はもうお仕事終わってハイブ人からこの仕込み杖をゲットした。使い込まれているが結構上物だぜこれは」

 

そう言ってスケサーンは杖の鞘を抜き、光り輝く刃をキラリと見せてからパチンと音をたてて納刀した。

 

「……ルイも殺るのか?」

 

「それがあいつは行方不明なんだよ。まぁだから残党狩りなわけだが。拠点も一応潰しておくらしいぜ」

 

「徹底しているな……その隊長さんとやらは」

 

「俺も隊長に直接会えたことはないが感情のないマシーンって話だぜ。帝国のためなら何でもやる。まぁこれこそ特憲の仕事だからな。脅威になり得る組織は早めに潰しておくに限るんじゃねぇか?」

 

「そうか……」

 

リドリィはトゥーラが落ちていった谷底の暗闇を一瞥すると静かにその場を立ち去っていった。

 




次が本エピソード最終話となります

都市連合関連はめっちゃ話を広げ続けておりますが(;'∀')


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94.日常の終わり

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード
◆行方不明
 ルイ


【ヘッドショット、レイ】

 

ルイ一派を離脱したヘッドショットとレイは砂漠のど真ん中を歩いていた。

 

「しっかし……本当にルイを隔離出来るとは、あの子(・・・)は天才だね。これで不安要素はなくなったよ」

 

「……」

 

レイは喋れないため相変わらず無口であるが、ヘッドショットはレイが何を考えているのか何となく察する事が出来る。

 

「何だよ。残れば良かったってのかい?元々ウィンワンから手紙が来た(てい)でルイを監視するだけの任務だったろ。これ以上いると逆にトゥーラが巻き込まれるかもしれないし、本来はうちらと関わらないほうがいいのさ」

 

「……」

 

「ん〜?もしかしてアタシらの任務をチャドに打ち明けなかったのを言っているのかい?無理無理!アイツは真面目すぎるしアタシが言うとややこしくしてあの子の計画を狂わしちまうだけだよ。チャドも自分のやり方で動いてんだ。後は見守るだけだろ!」

 

「……」

 

「……生き残っちまった者たちは皆、多かれ少なかれ自責の念に囚われ、それぞれのやり方で足掻いているのさ……」

 

ヘッドショットとレイの歩幅が少しズレてきて2人の距離があく。先頭を行くヘッドショットは気持ちを入れ替えるように声を高める。

 

「さて、アタシらは次の依頼が来るまで姿を消しておくよ」

 

伸びをしながら前を進んでいるヘッドショットにレイは小走りでついていこうとするが、首もとに衝撃が走る。

 

「…………!」

 

そこにレイの異変に気がついていなかったヘッドショットが振り返った。

 

「おーい、まだふてくされて……」

 

ヘッドショットは目を見開いた。

レイの首もとに矢が突き刺さっていたのだ。

倒れゆくレイを抱きかかえようと咄嗟に飛び出す。

 

「レイ!!!!」

 

「ひゅー……ひゅー……ごぼごぼ……」

 

レイは必死に息をしようとするが、傷口から出る血で上手く呼吸が出来ないでいる。

 

「……くそ!!これで血を抑えて伏せてろ!」

 

止血シートをレイに手渡すとヘッドショットも背中のボウガンを取り出しつつ、身を潜める。

 

「アタシに狙撃戦を挑むとはどこのどいつか知らないけどいい度胸だね!」

 

レイが射抜かれた場所と角度、そして風向きで近くに点在する丘の中から敵の位置を割り出しにかかる。

 

「……!」

 

そして気がつく。相手がかなりの腕前であることを。恐らくの狙撃ポイントは把握できたが、その尋常ではない距離から精密にレイを射抜いた腕は明らかに一級の手練なのだ。

 

(この手際はまさか……!?しかし……)

 

ヘッドショットはレイを見やる。早く治療をしなければ命が危ないだろう。そんな状況がヘッドショットの判断を誤らせてしまう。この距離であれば相手の位置を視認するために顔を出しても問題ない。そう思ってしまったのだ。

 

(いた……!)

 

そして数百メートル先にキラリと光る得物を構え狙撃体制を取っている人影を発見する。

 

しかしそれと同時に矢はヘッドショットの眉間を正確に貫いていた。ヘッドショットは目を見開いたまま地に伏せ動かなくなった。その横で無言でもがいていたレイもやがて仲良く並ぶように静かに息絶えていった。

 

襲撃から数秒間。ほんの一瞬の出来事であった。

 

 

 

 

 

【ナパーロ】

 

誰もいなくなって静まり返ったハウラーメイズ近くの元拠点にて

 

ナパーロは皆が帰ってきてもすぐ使えるように人知れず小さな小屋の掃除をしていた。トゥーラが残していった資金はすぐに使い切れるような金額ではなかったので、襲撃を受けても大丈夫なように地中に隠し、いつでも出せるようにしておいた。

 

 小屋の真ん中にポツンとあるテーブルを見ると皆と食事をしながら笑いあっていた日々を思い出す。孤独を感じ、寂しい気持ちでいっぱいになるが、これは自分が招いた種だと自らに言い聞かせた。

 

ルイさんはどこに行ってしまったのだろうか。

トゥーラさんは無事にブラックスクラッチに辿り着けただろうか。

 

ナパーロは膨大にある時間の中で、この場を離れていってしまった人たちのことを思い浮かべていた。

 そこに少し気の抜けた声が玄関のほうから聞こえてくる。

 

「ごめんくださーい」

 

ハイブ人独特の乾いた声だ。

 

ナパーロは驚いて玄関に駆けつけると、そこにはダストコートを着込んで裾からは棒のような手足が出ているハイブ人がいた。ハイブプリンスという種族でまさにシルバーシェイドと瓜二つであったため、一瞬シルバーシェイドが帰ってきたのかと思ってしまったほどだが、背中には長い薙刀を背負っているし、拠点を物色するように眺め回しており挙動が不審であった。

 

「あ、何かご用でしょうか?」

 

「……あなた1人しかいないのです?」

 

虫のような目でハイブ人はナパーロを見ている。

 

「え、ええ。あ、いやもう少しで皆帰ってきます」

 

怪しく思ったナパーロは集団だと思わせるために嘘をついたが、そのハイブ人は深いため息をつく。

 

「はぁ。やっぱり私の役割はまだゴミ掃除程度なんですかね」

 

「え?ゴミ掃除?掃除を頼んだ覚えはありませんが……」

 

意味が分からないナパーロは困惑した。

 

「ああ、いや聞いてくれますか。私はハイブ人の中ではかなり頭が切れるし腕が立つので特別憲兵に推薦されたんですよ」

 

「は、はぁ……?」

 

勝手にベラベラと喋りだすハイブ人の言葉をナパーロは聞くだけしか出来なかった。

 

「それでね……あ、そもそも推薦される前はある都市のただの衛兵だったのですよ。懸命に働いていたらそこの領主様の目に止まりまして、特別憲兵に大抜擢されたわけです。しかしそこからが大変でした。それ以降、顔も見せないような男から指令を受け続けて任務をこなすことになりました。これがもう死ぬほど過酷でして、自分の趣味が活かせなかったら今頃絶対に辞めているブラック業務でした。給料は貯まっていうようなのですが、自由に使えないようなのですよ。参ってしまいます。だから戦利品は自分の物にすることにしたのですが、今回私のターゲットはこのようなボロ小屋と貧相な身なりの子供1人ですよ!!」

 

喋るほどどんどん興奮してきたハイブ人は拠点の小さな小屋を指さすとさらに続ける。

 

「申し遅れました。私、都市連合の特別憲兵をやっております、ヒガキと申します。以後、宜しくお願い致します。……あ、しかしあなたとの交流時間は短いですね。死んで頂くことになりますので」

 

長々しい言葉を早口で喋るヒガキというハイブ人に対して、ナパーロには内容が頭に入って来ず、ほとんど聞き流していた。そのため最後の台詞を理解するのに数秒時間がかかってしまった。本来なら殺意のある相手を目の前にしてこの時間は致命的な長さである。しかし、ナパーロが襲撃を理解し、飛び退くまでヒガキは何もせずただナパーロを見ていただけだった。

 

「……あなた反応が鈍いですね。ちゃんと私の話を聞いていてくれましたか?大体なぜ少年のあなたがこんなさびれた場所に1人で住んでいるのですか?歩いてくるのにも数日かかってしまいましたよ。私の移動代は給料に計上されないので遠方は避けたいのですが私にはまだ任務を選ぶ権限がないのです」

 

「ちょ!一体何なのですか?あなたは強盗ですか!?」

 

「うーん……そうなります」

 

言うなりハイブ人は大振りの薙刀でナパーロに斬りかかった。

 

「うわっ!」

 

ナパーロは思わず尻もちをついて運よく難を逃れる。というよりハイブ人がわざと(・・・)当てなかった感じだ。ナパーロは腰に帯刀していた修理品の忍者刀を抜いて構えた。

 

しかし、いつの間にか両手で持つ忍者刀は根本から折れている。そして剣先は数メートル離れた地面に突き刺さった。ハイブ人が素早く薙刀を振るってナパーロの忍者刀のみを狙い折っていたのだ。

 

「…………!」

 

力の差をまざまざと見せつけられたナパーロは心が折れかけていたが、ぼんやりと頭の中で声が聞こえてくる。

 

『諦めるな!チャンスはある』

 

「だ、誰!?」

 

『分かっているだろ?ラックルだ。あのハイブ人は紳士な口ぶりだが恐らく殺人狂だ。飄々としているが腕もいい。取り敢えずお前はそのまま無様に逃げ回り奴を楽しませろ』

 

自分が多重人格であること。別の人格にはラックルと694番という人格がいるとも知らされていた。しかし、こうして直接頭の中で会話するのはナパーロにとって初めてであった。

 

「た、楽しませるたって……」

 

ナパーロはハイブ人に後ろを見せて転ぶように逃げようとした。

 

ザシュ……

 

ナパーロの背中から血が飛び散る。

どうやら薙刀で斬られたようだ。

 

「う……うわあぁあ!」

 

ナパーロは最早パニック状態だった。外に設置されている簡易トイレに逃げるように駆け込みドアを閉める。そこにヒガキは薙刀をクルクルと回しながら歩み寄ってくる。

 

「ええー……。もう終わってしまいますよ。そんな木のドアなんて突き破っちゃいますよ」

 

ラックルの読み通り、このヒガキというハイブ人は人を斬ることに喜びを感じる異常者であった。頼まれた拷問も平然とこなし、これまで幾人の人間を斬り刻んできた。レディー・サンダに見初められ推薦を受けて特別憲兵となったが、一方的に弱者をいたぶり死に追いやることに快感を得るヒガキにとって、内心では特別憲兵の仕事は天職と考えていた。

 

だからこそ、無力化した相手が恐怖の表情で逃げ回るこの展開はまさにヒガキにとって最もエクスタシーを感じられる瞬間であったのだ。

 

ーもう少し味わいたい。

 

無意識にもナパーロはヒガキにそう思わせることに見事成功し、背中に入れられた一撃も致命傷を避けられた。武器を持たず只々恐怖で顔を引きつらせているナパーロを見るため、ヒガキは薙刀を使ってドアを器用に開けようとした。

 

だがトイレの中でうずくまっていたのはナパーロではなく、この瞬間を待ち、人格が入れ替わっていたラックルだった。

 

同じ穴のムジナ。厳しい奴隷生活をナパーロの代わりに耐えてきたもう一人の人格ラックルは人を殺すことに躊躇しない。一気に飛び出し、薙刀を片手で抑えながら間合いを詰めると、どこからか用意した短刀をヒガキの首に突き刺そうとした。

 

「キ……キサマ……!!」

 

ヒガキはラックルを突き飛ばしたが、短刀は肩口に刺さった。

 

飛ばされたラックルはクルクルと器用に回転して着地するが渋い表情をしている。

 

「くそ、しくった……!あのヒガキって野郎。薙刀で距離をとってやがった」

 

『ここはひきましょう。このハイブ人には不意打ちでないと勝機がない』

 

「その声は694番か。お前の備えは良かったんだけどな」

 

3人目の人格694番

 

主人格ながらポートサウスの一件依頼ほとんど表に出てこなくなった暗殺者としての人格である。694番の案でいざという時のためにトイレに短刀を隠していたのだ。ここにきて奇しくも3人の人格が協力する形となったが、特別憲兵ヒガキの命を取るまでは至らなかった。

 

ラックルはヒガキに構わずそのまま逃走を試みる。襲撃された理由は不明だが、応戦する必要はない。今は倒すことに固執せず戦闘を回避するのだ。

 そのまま後ろを振り返らずに全力疾走の態勢に入るラックルだったが、それをヒガキは許さなかった。

 

薙刀の先を片手で持ち、目一杯にリーチを延ばして大きな孤を描きラックルを斬り伏せたのだ。

 

「く……そ……」

 

倒れ込む間際、ラックルはトゥーラの顔を思い出す。嫌がりながらも何だかんだ自分を受け入れ、弟のように育ててくれた。そんな彼女を結局自分は失望させたままだった。せめて戻ってくるまで彼女達が作り上げた拠点を守り通したかった。

 

 無力な自分への怒りと悔しさを内に秘めたままラックルは地に伏せる。彼の周りには斬り傷による血溜まりが広がっていった。

 

「昏睡したか……。このガキ、いきなり動きが変わりましたね……」

 

ヒガキは相変わらずの表情でしばらくラックルを見下ろしていたが、意識が復活しないと見ると興味を失ったのか、小屋を物色してからその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

【チャド、ジュード、ガルベス】

 

チャド達は都市連合の首都ヘフトを訪れ、まさにいま皇帝テングJrと面会をしようとしていた。派閥とは無関係であり実力も知れ渡っているチャドはノーブルサークルにすんなり受け入れられことになったようだ。

 

チャドは一段高いところにある玉座に座るテングJrを見上げ、坦々と挨拶をしようとした。

 

「陛下。この度は」

「ああ、いいよ、堅苦しい挨拶は。そなたの腕前は知っている。よって将軍に任命する。以上」

 

チャドを遮りテングJrは口上を述べると、横にいるロード・オオタに視線を送る。恐らく既に将軍就任は確定していて後の処理は任せるといったところなのだろう。オオタも理解しているようでチャドに喋りかけてくる。

 

「将軍はあなたに確定した。この後の就任式をもって正式に帝国の将軍となる。失った地を取り戻し輝ける勝利を導いてくれることを期待する。では式典までそちらの部屋で寛いでいてくれ」

 

チャド達は言われるがままに個室に入り、一休みをとる。ガルベスとジュードはチャドの私兵として雇われる形になったため同行を許可されていた。

 

「スゴイっすね!皇帝がこっち見てましたよ!」

 

ジュードは興奮してはしゃいでいるがチャドは堅い表情を崩していない。

 

「ジュード。彼らは基本自分のことしか考えておらず尊敬に値しない者達だ。こちらも気を抜かず彼らを利用することだけを考えろ」

 

「は、はい」

 

武道において戦う相手にも敬意を払えと教えられてきたジュードは冷徹な態度を示すチャドの変動ぶりに困惑した。

 

そこにガルベスが割って入ってくる。

 

「そうだぜ。利用価値がないと判断されれば俺たちのような一般の出はすぐに用済みにされちまう。つーか、あんな間近までロード・オオタに近づけるんだ。ホーリーネーションの要求通りオオタを殺ってしまえばルイは解放されるんじゃないか?」

 

「……選択肢としては捨ててはいないが、それだけで解放される保証もないだろう。ルイの居場所すら分からなくなっている今は慎重に様子を見たいと思っている」

 

「そうか。まぁオオタを殺る場合は逃げる準備もしておかないといけないしな」

 

「ああ。トゥーラ達にも知らせておく必要がある」

 

喋りながら特注の将軍服を着込み前を見据えているチャドの後ろ姿を見て、ジュードは複雑な表情を浮かべていた。

 

 これまで大国に仕えることを頑なに拒否してきたチャドが都市連合の将軍になろうとしている。こちらの思惑と戦争経験のある指導者を増やしたい都市連合との利害が一致したからではあるが、チャドの覚悟は相当なものなのだろう。将軍になり都市連合におけるあらゆる権限を行使してルイを助け出すつもりのようだ。

 大国すら利用するというスケールの大きい手段を選択し、その一点だけに集中するチャドの狂気とも言えるやり方に、若いジュードは少なからず恐怖を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの時代でも私利私欲に走る権力者は一定数存在する。彼らは内に秘めた底なしの野心の元、狡猾に貪欲に自らの目的を達成しようと画策する。

 

大国における地位を不動のものにしたい者

戦争特需により巨万の富を得たい者

自らが信じる国教を世界標準にしたい者

 

自分の野望のためには弱き者や小さき者達のことなど意に介さず、利用し、搾取し、淘汰するのだ。

 

駆け出しで希望に満ちていたルイの小さな組織も、例外なく離散に追いこまれた。

 トゥーラ含む元拠点組のメンバーの身に起こった事は特憲により隠蔽され、チャド達の耳には届いていない。ルイ一派への襲撃はノーブルサークルのごく一部の者にしか知らされてはいなかったのだ。

 そして大国間の戦争機運が高まる中、策謀渦巻く環境に自ら身を置いたチャドはルイを探し出す目的のもと都市連合の新生将軍として動きだしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作 kenshi

 

kenshi -20years later-

『聖なる国』編

 

 

 

thanks for MOD's

 

イケメン種族 / IKEMEN Race

 

 

 

 

『ノーファクション残党一掃作戦 報告書 秘

 

・目的

過去に帝国の脅威となっていた組織ノーファクションの残党が統領ルイの元に再度終結する気配を見せている。この現状を憂慮し、統領ルイの消息不明を利用して残党の速やかなる排除を行う。

※なお、本任務は将軍に就任するチャド一味には知り得ぬよう遂行すること。

 

・遂行

特別憲兵隊(作戦に関わるメンバー名は任務継続の都合上、記載しない)

 

・結果

残党の排除達成。新たに反乱分子となり得る幹部クラスの排除達成。

また、本内容について外部へ漏洩する恐れなし。

なお、ルイ一派については自然消滅を確認。

要員の詳細については以下参照。

 

ルイ 消息不明
トゥーラ

死亡

ナパーロ 死亡
チャド 脱退し、都市連合の将軍に就任
ジュード 脱退し、チャド直下の私兵として配属
シルバーシェイド 死亡
ガルベス ■■■■■■■■■■■■
シャリー 消息不明
ヘッドショット 死亡
レイ 死亡

 

記録者 バード』

 

 

 

『聖なる国』編

 

next to episode6 『バスト大戦』編




ここまで読んで頂いてありがとうございました<(_ _)>
色々続く形で終わりましたが、
これでやっと後半戦というか締めのエピソードに突入するかなと……。
長すぎですね……(; ・`д・´)

それではまた充電させて頂きます。
次はついにおっぱい大戦が始まる……!(読んでくれる方がいればw)


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バスト大戦編
ここまでの登場人物


◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード



カニを食べる生活に飽きて、世界を知りたいという軽いノリで旅を開始した主人公。ホーリーネーション領内で浮浪忍者に拉致され行方不明となる。

 

【挿絵表示】

トゥーラ★

ルイと知り合い同行していた新米テックハンター。レディー・ミズイに連れ去られたリドリィを探すためにブラックスクラッチにいるテックハンター協会に向かう。しかしその道中で特別憲兵となったリドリィ自身に崖から突き落とされ死亡扱いとされる。

 

【挿絵表示】

レディー・ミズイ★

都市連合の技術統制機関最高顧問。ノーブルサークルの貴族の一人。半強制的にルイ一派を専属テックハンターとした。リドリィを特別憲兵にするなど裏で暗躍していると思われる。

 

【挿絵表示】

カクノーシン(寡黙な衛兵)

レディー・ミズイの護衛。並外れた体格と大太刀を使った剣技を有し、リドリィを無傷で捕らえた。リドリィの元師匠で口数が少ない。

 

【挿絵表示】

スケサーン★

"特別憲兵"を名乗りガルベスを勧誘する。また都市連合の正式な使者としてチャドに将軍就任の依頼をした。

 

【挿絵表示】

リドリィ★

テックハンター9位の実力者。禁忌の島遠征後にレディー・ミズイの護衛カクノーシンに捕らえられる。その後、特別憲兵としてトゥーラの前に現れる。

 

【挿絵表示】

チャド★

元ノーファクションのスコーチランド人。武術と戦術面を極限まで極めており、高齢にして尚も全盛期を保っている。審問官カスケードにルイを人質としてロード・オオタの暗殺を強制されたため、ルイを助けるために都市連合の将軍に就任する。

 

【挿絵表示】

ジュード★

チャドを慕う門下生。武術教室を閉めたチャドについてきて、そのままルイ一派に加わる。将軍となったチャドに伴って都市連合に加わる。

 

【挿絵表示】

ガルベス★

ルイ達を騙して奴隷にしようとしていた奴隷商のシェク人傭兵。傲慢で好戦的だが、ルイ達の罠に敗れた後、少し心を入れ換える。パワー型義手をつけて強さが増す。特別憲兵に誘われた後、チャドと一緒に都市連合に加わる。

 

【挿絵表示】

ナパーロ/ラックル/694番★

多重人格障害の元奴隷。主人格である694番がポートサウス側に裏切るが、最後はルイ一派に帰順する。拠点で皆の帰りを待つ中で、特憲ヒガキの襲撃を受け死亡扱いとされる。

 

【挿絵表示】

シルバーシェイド★

ハイブ人のなんでも屋。無感情で自分の命最優先であったが、ルイ達と一緒にいるうちに考え方に変化が起きる。ルイ一派解散後、特別憲兵スケサーンに討たれる。

 

【挿絵表示】

シャリー★

引越し移動中に出会った逃亡奴隷。ピンク色の髪の女の子。少し天然な性格であるがポートサウス戦も生き延び徐々に馴染んできている。トゥーラに同行中、行方不明となる。

 

【挿絵表示】

ヘッドショット★

元ノーファクションの女シェク人射手。今でこそ大分丸くなったが豪快で大胆かつ面倒くさがりな性格。ウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。しかし実態は何者かの手引きによりルイ一派を監視していた。解散後、不意打ちされ討たれる。

 

元ノーファクションのハイブ人。奴隷時代に主人に舌を切られ喋れず、知能も低いため常にヘッドショットと行動を共にしている。ルイ一派解散後、何者かに不意打ちされ討たれる。

 

【挿絵表示】

カスケード★

ホーリーネーションのエリート審問官。グリフィンを監視して得た情報からチャドとルイを利用する計画をたてる。しかし、何者かにルイを拉致され、さらに苦労して捕らえていたモールにも脱獄される。

 

【挿絵表示】

グリフィン★

ホーリーネーションの歩哨を辞めてノーファクションで活動していた。組織滅亡後はノーファクション跡地の毛皮商の通り道で司祭として活動している。ノーブルサークルの何者かと繋がっている。

 

【挿絵表示】

フラーケ★

グリフィンを護衛する高位パラディン。裏ではカスケードからグリフィンを監視するよう命令されていた。浮浪忍者3忍の襲撃により命を落とす。

 

モール★

ホーリーネーションと敵対する浮浪忍者の長。カスケードとの戦いに敗れた後、復帰を恐れたカスケードにより両目と両足を潰され監禁されていた。浮浪忍者3忍により救出される。

 

ピア★

元ノーファクションで今は浮浪忍者3忍の一人。無口だが剣の腕前は良い。モール救出後、ルイを拉致して逃亡する。

 

レヴァ★

浮浪忍者3忍の一人。ホーリーネーションに強烈な恨みを持っており、ルイに対して無慈悲な攻撃を行う。

 

ナイフ★

浮浪忍者3忍の一人。モール救出時に身代わりとなって捕らえられ処刑される。

 

【挿絵表示】

テングJr★

都市連合の現皇帝。父親テングの子。道化を装っているが、裏では父親を殺した黒幕を探している。

 

【挿絵表示】

ロード・オオタ★

都市連合の貴族。ノーブルサークルの中でも一番大きい派閥オオタ派を率いる。バスト地方を取って実権を強めようとしている。

 

【挿絵表示】

ロンゲン★

都市連合の貴族。ノーブルサークルの中で二番目に大きい派閥ロンゲン派を率いる。財力で支配しようとしている。

 

【挿絵表示】

ローグ・アイゼン★

ルイの父親。ノーファクションを率いていた剣士。アイゴアの襲撃にあい命を落とす。

 

【挿絵表示】

サッドニール

ルイの育ての親であるスケルトン。昔所属していた組織ノーファクション壊滅の真相を調査すべくルイ達から離れて行動している。

 

【挿絵表示】

ロード・オラクル

ハウラーメイズ遠征のスポンサーとして同行した新興貴族。都市連合の食糧事情を遠征により解決し、ハウラーメイズ領主となる。

 

【挿絵表示】

ルートヴィヒ

ロード・オラクルの護衛隊長。メガクラブ戦で両足を複雑骨折した影響で一時期歩行も困難になるが、懸命なリハビリによりオラクルの私兵として復帰している。

 

【挿絵表示】

ギシュバ

テックハンター十傑の7位。無心の戦闘モード『涅槃寂静の境地』と鋼の肉体による剣技『絶対防御』を駆使して多大な功績を残す。ハウラーメイズ攻略時に自身の片腕と教え子アウロラを失くし引退する。

 

【挿絵表示】

アウロラ

小さい頃にギシュバに拾われた元奴隷であったが、徐々に頭角を表し、ギシュバチーム副隊長かつ8人衆筆頭としてハウラーメイズ遠征を計画する。無想乱舞という戦闘スタイルをようし、あと少しまでメガクラブを追い詰めるが、ニムロッドの裏切りにより致命傷を負い命を落とした。

 

【挿絵表示】

ハムート

元ノーファクションの武闘派。妻を殺しノーファクションを壊滅させた都市連合や奴隷商を恨んでおり、復讐のために武装集団リーバーに幹部として加入している。

 

【挿絵表示】

奴隷マスターミフネ

都市連合の兵士の身分から奴隷商本部アイソケットの奴隷マスターにまで登りつめた男。ノーファクション壊滅に関わっていると思われる。

 

【挿絵表示】

スケルトン盗賊の長老

人間をスケルトンと思い込ませて一勢力を築いている自称最古のスケルトン。メイトウクラスの九環刀を使いこなす強者。リーバーと領土争いをしている。

 

【挿絵表示】

ワイアット

元ギシュバ8人衆の一人。忍者出身のため隠密偵察の任務をこなした。何を思ったのかギシュバチーム解散後に盗賊である砂忍者の頭領になる。ポートサウス戦では気まぐれ?でルイ達の助太刀をしてくれた。

 

【挿絵表示】

クジョウ

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。選抜組テックハンターの育成兼戦闘部隊として活躍。第2のメガクラブ戦で負傷し離脱した。遠征完了後にチームを脱退し引退している。

 

【挿絵表示】

キアロッシ

貴族の名門バート家の御曹司。経験のため選抜組テックハンターとして遠征に参加する。自分より立場が低いルイ達を見下していた。遠征から無事に生還するが貢献ptはトゥーラに並ばれた。

 

【挿絵表示】

ウェナム

貴族の名門バート家の教育係兼私兵。キアロッシに同行して遠征に参加する。第2のメガクラブ戦に参戦しバート家のプライドを守る。ハウラーメイズからは無事に生還した。

 

【挿絵表示】

ハーモトー

友人であるアウロラからの内務調査依頼によりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。主に補助として後方支援を行い遠征を成功に導いた。任務完了後はチーム脱退を発表し行商人に戻る。

 

【挿絵表示】

ロード・ミラージュ

都市連合領内に巣食うレイシスト集団である英雄リーグ連合の現当主。(恐らく金で雇われ)ルイ一派に因縁をつけたが返り討ちにあう。

 

トレーダーズギルドの集金人。ルイの父親を知っておりノーファクション壊滅に深く関わっていると思われる。ルイ一派、英雄リーグ連合、反奴隷主義者など様々な組織を利用してポートサウス粛清に裏で手を回していた。オカマ口調。

 

【挿絵表示】

ティンフィスト

都市連合と敵対する反奴隷主義者の指導者(スケルトン)。ルイがポートサウスを攻めるという出処不明の情報を聞きつけて精鋭を送り込み、結果的に戦闘においてルイ一派を支援した。スケルトンであるにも関わらず武術の達人であり、その拳は相手を粉砕するほどの力を持つ。

 




いつものリハビリ兼ねた登場人物集です。
叩き台はボチボチ書いていますが、物語を収束させるのって発散より難しくて難航中(´Д`)


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95.ブリーフィング

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード



バスト大戦。

都市連合とホーリーネーションの2大国の間で起きたこの戦争は近年類を見ない激戦となり、多くの人命が失われる事となった。

 

後世の人々は戦争を続けたチャド将軍をどのように評価することになるのか。人類を救った英雄かまたは人類の衰退を早めた愚かな人間か。

 

いずれにしろ、この戦いは長年変化がなかった世界情勢を大きく変えるきっかけとなったことは間違いないと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

Kenshi -20years later-

バスト大戦編

 

 

 

 

 

 

 

都市連合の将軍に就任して2日後。

 

 チャド達はホーリーネーションに最も近いストートという都市にいた。ここは新興貴族のロジャー・バート将軍が過去に失脚した貴族ロード・イナバに代わって領主となっており、防衛線を敷いてホーリーネーションの侵攻を防いでいた。そのため彼から戦線の状況共有を行ってもらう必要があったのだ。また、バスト地方に攻め入る際はチャドとロジャー・バートによる2将軍体制の構想となるため、今回は連携のための顔合わせも踏まえていた。なお、バート家が関わるのは手柄をオオタ派に独占されないためにロンゲン派が介入したからだと噂されていた。

 

「我が都市ストートへようこそ!」

 

ロジャー・バートはクリンとした髭を指でなぞると誇らしげにチャド達を出迎えた。武士の出だけあって貴族とは思えない屈強な体つきは長年ホーリーネーションの侵略を食い止めていただけはある。もしストートが落とされたら都市連合自体が危うかったところを考えるとロジャー・バートの実力は本物なのかもしれない。背負っている野太刀を見ても使い込まれており、今や数少ない武闘派貴族の1人と言ったところだ。

 

「ここの防衛体制は完璧ですな。さすが待ち弾正と言われるだけはある」

 

チャドはお世辞を言うのが得意ではなかったがストートに来て兵員の配置が予想以上に理想的な陣形であったため、見たままの感想をそのまま伝えた。

 

「有名なチャド将軍に褒めて頂けるとは実に光栄です!ああ、そうだ。こちらの陣営を紹介しましょう」

 

そう言ってロジャーは後ろに並んでいる将校達に手を向けるとそのまま話を続ける。

 

「こいつは我が息子キアロッシ・バートです。テックハンターとして修行中の身でしたが今回名誉ある戦いに参加させない手はないと思い急遽呼び寄せました」

 

「ああ、ハウラーメイズ遠征の際にメガクラブ討伐にも参加されたと言う……」

 

「そうそう!我が息子の部隊が参加しましたわい」

 

チャドとキアロッシが軽く会釈すると、ロジャー・バートは満足そうな顔をして残りの将校の紹介を済ませる。バート家はロジャーの代で瞬く間に名門の出となったが、その栄華を次世代にも繋げたいのだろう。売り込みをしたい意図があからさまに見て取れた。

 

「さて。挨拶はこれぐらいにして早速、戦線の共有をしましょうか」

 

そう言ってロジャーはホーリーネーションと国境(くにざかい)になっているバスト地方の地図を広げた。

 

【挿絵表示】

 

「ご存知の通りバスト地方は元来帝国の領地でしたがここ数年のせめぎ合いにより、ストート地方まで戦線を下げることになりました。ですので事実上バストはいまホーリーネーションの占領下にあります」

 

ストートとバストの間を挟んで膠着状態となっているが、ホーリーネーションはバストを取り巻き防衛線を築いており、反転攻勢に出るにも多大な被害をこうむりそうであった。

 

「なるほど。敵も考えた配置をしているようですな」

 

「ええ、先の戦いで脅威だったカスケードという審問官が最近着任したようでさらに強化が進んでいます。こちらが仕掛ける気配を悟られているかもしれませんね」

 

「奴が……来ているのですか」

 

カスケードの名前が出てくるのはチャドにとって意外であった。パラディンから審問官となり上級審問官セタ直下に配属されて出世コースをゆく審問官が最前線に戻ってくるのは本人が希望したか、または左遷されたかしか考えられない。

 

(私が将軍になったことを早くも察知して対話出来る距離まで自ら赴いてきたか……?)

 

チャドが考えを巡らしているのに気づいたのかロジャーが話しかけてくる。

 

「奴を知っている口ぶりのようですが、会ったことがあるのですか?」

 

この問いかけにチャドは返答する内容に慎重になる。チャドはテックハンターの冒険家として世界に名を馳せたが同時にノーファクションの一員であったことはノーブルサークルのメンバーに知らされている可能性が高い。表向き尊敬されても裏では警戒されていてもおかしくはないのだ。元々、スカウトの話を何度も断ってきたこともあり、今更将軍職を二つ返事で承諾しているのも見る者によっては不可解に映っているだろう。

 そしてこのロジャーという男。さすがにノーブルサークルに加入しただけはある。一見にこやかにチャド達を迎えていたように見せていたが、目は笑っていないのだ。もしかするとチャドが最近ホーリーネーション領に行ったことがあると知っていて敢えて反応を試しているのかもしれない。下手な嘘はつかないほうがいいとチャドは判断した。

 

「最近ホーリーネーションに行く機会があり、その際に一度だけ見かけました」

 

「ほう……!奴の印象はどうでした?あなたならば勝てますか?」

 

ロジャーは食い入るように聞いてきた。達人の領域になると相手と対峙しただけである程度、力量を察する事ができる。武闘派のロジャーも興味があるところなのだろう。しかし、なぜホーリーネーションに行ったのかについては触れてこない。

 

(こやつ……)

 

ロジャーにとってはチャドが敵か味方か将来どちらに成りうるのか見定める必要がある。しかし自らは核心に深入りするほど踏み込むつもりもないようなのだ。ホリネ領に行った理由は特別憲兵あたりに探らせれば良いと考えているのだろう。危ない橋は渡らず実に世渡り上手な一面を発揮していた。

 

「カスケードも手練ではありますが、私ならば勝てるでしょう」

 

チャドが自信満々に言い放つと周りから歓声が上がる。それほどカスケードは都市連合から脅威と見なされていたようだ。

 

「おお、素晴らしい!それは頼もしい限りです。しかし今回こちらもチャド将軍のために精鋭を揃えておりますぞ」

 

「どういうことです?」

 

「チャド将軍の直下に選りすぐりの5将がつくそうです。どの人物もカスケードに引けを取らない侍です」

 

「それは心強いですな」

 

「5将と兵士が集まり次第、チャド将軍に挨拶に向かわせますので、あなたはそれまで軍の編成を考えながらここで寛いでいてください」

 

 

 

 

 

こうしてこの後の情報共有も穏便に終わり面会は問題なく完了した。そしてストートに一軒まるごと家を貸し出してもらいチャド達は暫くそこで暮らすことになった。

 

「何もありませんでしたね。てっきり見下してくるのかと思いましたがロジャーさんはまともな貴族なんでしょうか」

 

用意された自室に戻るとジュードがほっとしたように喋りかけてきた。これにガルベスがチャドにかわって呆れたように応える。

 

「まともな貴族なんぞいるわけないだろうが。あのロジャーという男も相当な曲者と聞いたことがあるぞ」

 

「え……そうなんですか……」

 

「伊達に新興貴族として成り上がっただけある。さっきの会話中も何か企んでいる目をしていたぜ」

 

この言葉を聞きながらチャドは顎に手を置いて考える。

 

「処世術は我々より得意だろうな。まぁあんな奴らに付き合わずにルイを探し出すことに集中するぞ」

 

「あの……師範、もしルイを助け出せたらホーリーネーションとは戦争しないですよね?」

 

「ああ、そのつもりだ。くだらん戦争に手を貸す必要はない」

 

これにガルベスが目を丸くして反応する。

 

「マジか!?都市連合はヤル気満々だがそれで大丈夫なのか!?」

 

「私が将軍を辞退するだけだ。都市連合がやることを妨害するつもりもないし、私達もここから出ていくだろうから問題ない」

 

「そ、そうか……」

 

「それよりお前たちは今夜私と同じ部屋にいろ」

 

「ん?何でだ?折角1部屋ずつ使えるだけの住居を借りてんじゃねーか。広々と使おーぜ」

 

「いや、恐らく今夜にでもカスケードから使者が来るだろう。奴のことだから私が将軍になったことで敵対視して暗殺しに来ることはないだろうが、問い質しには来るはずだ」

 

「なるほどね」

 

 

 

 

 

チャドの指示通り3人は同じ居間でいつでも戦える準備だけして待つことにした。そして予想は的中する。

 

時計が深夜を回り、ストートの街中を出歩く者がいなくなった頃。居間の窓が音もなく開き、夜風が部屋に流れ込む。チャドは落ち着いた様子で飲んでいたティーカップを静かに置くが、ソファーに座り込んだまま動かない。

 

「こんばんわ。我々が来ることを分かっていたようですね」

 

こもった声が窓からではなく部屋の片隅から聞こえてきた。片隅にはいつの間にか髭をはやしたグリーンランド人らしき男が立っていたのだ。

 

「カスケード殿の使者だな?ノックぐらいしたらどうだ」

 

「非礼は不問にして頂きたい。内容によっては修羅場ゆえ……」

 

男が喋ったタイミングで窓からも2名の男が静かに侵入してきた。やはり敵対した場合に暗殺を考慮した体制で来ているのだろう。それぞれの男は手練の気配を漂わせている。

 

「こちらはオオタ暗殺の準備は整った。ルイの無事を確認するため本人と連絡を取らせてくれ」

 

チャドは動じることなく状況を告げた。そして髭の男も冷静な口調で反応する。

 

「あなたが将軍になったのは我々と戦争するためでなく、ロード・オオタに近づくためだった……。と解釈してよろしいか?」

 

「当然だ。暗殺成功の可能性を1%でも上げる必要があるからな。しかし、グズグズしていても感づかれる恐れがある。早いところ直筆なりルイ本人と分かる手紙をこちらに渡すんだな」

 

「分かりました。カスケード審問官に伝えます。さて、こちらも審問官からの伝言があります。もし先手となってホーリーネーションに攻め込んで来るならば、契約は破棄となりルイは国をたぶらかした魔女として処理されます。お忘れなきよう……とのことです」

 

使者は言付け終わると表情を変えずに静かに窓から去っていった。それを見送った後、静まり返った部屋で最初に喋りだしたのはガルベスであった。

 

「ふー……。奴らも特憲みたいなヤバい連中を飼っているんだな。手練3人、さすがにあんた1人だったらきつかったんじゃないか?」

 

「どうだろうな。……特憲か。こちらも使わない手はないな」

 

チャドはそう呟くと目を細める。

ストートはまさに嵐の前の静けさを漂わせていた。




再開したものの不定期になりそうな予感(´Д`)


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96.ジュードの葛藤

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


ー師範。今でも俺はあなたが始めた戦争の意義を理解出来ないでいます。多くの人たちが傷つき倒れていった後に一体何が残ったというのだろうか。ただその土地の支配者が代わった事に意味があったのか。あなたが命をかけてまで成した事は何をもたらしたのかー

 

 

 

 

 

 

 ストートの都市に入って数日経つと続々と侍の部隊が入場してきて、否が応でも戦争の気配を感じられるようになってきた。街中の子供たちは侍を羨望の眼差しで見つめて手を振っている。市民は開戦をお祭りのように歓迎しているようだ。

 そしてその様子をジュードは渋い表情で眺めていた。忘れていた遠い記憶がフラッシュバックのように断片的に蘇ってきたのだ。

 

自分も幼い頃、侍に憧れていた。好きになった理由は覚えていない。しかし、嫌な記憶はまるで心に刻まれているかのように脳裏に焼きついて離れないでいた。

 

 

 

 自分はいわゆる戦争孤児だった。5、6歳の頃、住んでいた村が侵略にあい、避難する人々の列に混ざってわけも分からずに歩き続けていた。傷を負い動けなくなった母親から最後に貰った一握りのおむすびはとっくに食べきってしまい、空腹でもはや人々の歩くスピードについていくことが出来なくなっていた。

 

目に止まった岩に腰掛けると、後から避難してくる人々とすれ違いざまに目があう。皆、疲れきって虚ろな表情をしており、こちらに構っている暇もなさそうであった。次第に目の前を横切る人もいなくなり、自分は避難民の最後尾になったようであった。あとは追ってくる侵略者に殺されるのを待つだけであった。

 

そんな中、自分はチャド師範に出会った。

 

「そこの子供。お主だ。立てるか?」

 

師範は最初ぶっきら棒に声をかけてきた。黒い素肌に獲物を見るような眼力でこちらを見ているものだから、てっきり侵略者が来たのかと思っていた。

 

「た……立てないです。すみません、殺さないで……」

 

いざ殺されるとなると子供なりにも恐怖心が出てきて命乞いをしていた。そんな様子を見ていたチャド師範は急に悲しそうな目をすると、またもやぶっきら棒に喋りだす。

 

「……これを食べるがいい。食べたら出発だ」

 

そっと目の前に差し出されたのは乾いた肉であった。

自分は持てる力を振り絞り無我夢中に硬い肉を噛み切った。

 

しかし、まだ足に力は入らない。

 

チャドは立ち上がりジッとこちらを見据えている。まるで立てなければ置いていくと言わんばかりであった。

 

「くっ……!」

 

産まれたての子鹿のように足をプルプルと震わせながら自分は立ち上がろうとするが空しくも両手を地面についてしまう。それに見かねたチャドが自分を片手で担ぎ上げるとそのまま見たことのない速さで走り出したのだ。

 

 

 

 そして自分はそのままチャドの家に居候することになり現在に至る。あの時、師範が助けてくれなかったら自分は死んでいた。ここまで父親のように育ててくれた師範には感謝の気持ちしかない。出来ることならば師範のためにこの命を使いたいとさえ思っている。ただ、戦争のために働くのだけは今でも気が乗らないでいた。昔、ジュードはチャドに対して『なぜ自分を助けてくれたのか。師範はあそこで何をしていたのか』聞いたことがあった。

 チャドは『戦争とは何なのか知るためにあの場にいて、そして偶然お前を見つけた』と答えた。だからチャド師範は戦争の悲惨さをその目で見ている。人間同士の殺し合いなどさせたくないに決まっているのだ。

 

ボーっとして考え事をしているジュードに対してガルベスが喋りかけてくる。

 

「重要な会議だからって俺たちが席を外さないといけないとはな。俺は待たされるのが嫌いなんだが……」

 

気にしないようにしていた事をガルベスはえぐるように言い放った。チャドは重要な会議を行う間、2人に外を見張っているよう頼んでいたのだ。しかしジュードは事ある度に会議から外されることが嫌だった。信用されておらず頼られてもいない。一応、チャド総心流拳法の免許を形ながらも皆伝したのに、なぜ師範は自分に会議の内容を共有してくれないのかと心がモヤモヤしていた。

 

「あ……終わったみたいですね」

 

「マジか。ちょっと便所いくから先いっててくれ」

 

ガルベスがトイレに向かっている間に会議室のドアが開き、侍鎧に身を包んだ男が中から出てくる。その男はただならぬ気配を醸し出しており猛者であることがわかる。というよりこの気配はどこかで知っている感じだ。

 

「おー。柔道着君じゃないか。元気だったか?お前チャド将軍の金魚のフンだったんだなぁ」

 

侍鎧の男はジュードを見るなり馴れ馴れしく話しかけてきたが、その声でジュードは相手が誰か把握する。

 

(こいつ……!レディー・ミズイを護衛していたスケサーンか!まさか師範はこいつらにルイ捜索の依頼を?)

 

「…………」

 

「禁忌の島の事はちゃんと胸に閉まっているだろうな。下手に貴族様のやることを詮索しているとすぐ排除することになるぜ」

 

「分かってる……」

 

「本当にわかっているか?ちなみにお前達が慕っていたリドリィを倒したカクノーシンも特憲の1人だ。その気になれば俺たちは蚊を払うが如くお前達を葬れるんだ。抗えない強大な力には素直に屈しておくことだぜ」

 

「あんたらの強さは充分身にしみてる……。もう用が済んだなら早くどっかいってくれないか」

 

「ふっ。脅しすぎたか?まぁ単細胞のルイがいないなら大丈夫だろうがな。じゃあまたな」

 

ルイが行方不明だということを知っているということはやはりチャド師範が捜索依頼をだした可能性が高い。ジュードは勢いよく会議が終わった部屋の中に入っていった。

 

「師範!いま出ていった奴は特憲ですよね?あんな奴らを信用しているんですか!」

 

「ジュード。声が大きいぞ。それにドアを閉めてから話せ」

 

「あ……す、すみません……」

 

ジュードがドアを閉めると同時にチャドが喋りだす。

 

「察しているだろうがルイ捜索の依頼を出した。信用は出来ないが、奴らは使える」

 

この言葉にジュードは人知れず拳を握り締めるがチャドは構わず続ける。

 

「ルイがいたであろうホーリーネーションの軍事施設には既に別の特憲が入りこんでいるらしく結果はすぐに出せるそうだ」

 

さすがは大国都市連合の諜報機関といったところだろう。至るところに忍び込んでいるようだ。味方でいるうちは頼もしいが、どれくらいの規模と戦力を有しているのかさえ謎に包まれている。リドリィの件でいずれはぶつかる可能性がある相手だと思うとジュードは気が重くなった。そんな気配に気づいたのか、チャドが問いかけてくる。

 

「どうした?具合が悪いのか?」

 

スケサーンに念を押された通り、リドリィの件で特憲といざこざがあったことはチャドには言っていない。いま話してしまうと将軍となったチャドに迷惑がかかるからだ。

 

「い、いえ……大丈夫です。あ、それよりロンゲン卿から師範に使者が来ていて、待ってもらっていました」

 

「ほう。では会おうか。お前も来なさい」

 

「あ、ガルベスはどうしましょう。トイレに行ってます」

 

「話の内容は察しがつく。彼はいなくても大丈夫だ」

 

二人は早速、使者が待つ部屋に入る。中には口もとまでかぶるほどのターバンを巻いた貿易商のような格好をしたグリーンランド人が待っていた。

 

「チャド将軍。打ち合わせは終わりました?」

 

「うむ。して、ロンゲン卿が私に何のようですかな」

 

男はターバンも取らずに話し始める。

 

「いえ、大したお話ではないのです。ロンゲン様がこれをチャド将軍に差し上げろとのことで……」

 

そう言うとターバンを巻いた男は高貴な布に包まれた箱の紐を解いていく。そして中からは光り輝く金塊が顔を覗かせる。

 

「これは……」

 

「20万catあります。支給される軍資金だけでは心もとないと思いまして、ロンゲン様が是非あなたに使って頂きたいと仰られております」

 

「これはありがたい。今はいくらあっても足りない状況でした」

 

「でしょうねぇ。今後も何か困り事があったらロンゲン様に相談なさると良いですよ」

 

「助かります。何かお礼できる物があれば良いのですが、今は着任したてで来たものですから取り揃えておらず……」

 

「いえいえ、いいのですよ。将軍に見返りなんて求めませんよ」

 

「落ち着いたらお礼に伺わせて頂きますのでロンゲン卿によろしくお伝えください」

 

ロンゲンの使者は挨拶を済ませるとにこやかな表情で去っていくと、チャドはため息をつきながら愚痴を漏らす。

 

「こういう外交は専ら他人に任せていたが、いざ自分でやるとストレスだな」

 

「しかし……すごい大金ですね……。たしかロンゲンってトレーダーズギルドのトップでしたっけ。お金持ちなんですね」

 

「ああ。貿易商は世界の物流を担っているからな。下手したら都市連合の帝国やホーリーネーション等の国家よりも資金力はあるかもしれん」

 

「ええ、そうなんですか!でもなんでこんな大金をタダでくれるのでしょう?」

 

「ふっ……、無料ではない。これはいわゆる私の買収だ」

 

「え?師範を買い取る?」

 

「聞いた話によると都市連合は一枚岩ではなく大きく3派閥あるらしい。それぞれが自分の勢力を大きくしようと裏で暗躍しているようだ」

 

「なるほど、お金を渡してチャド師範を自分の派閥に取り込みたいということですか……」

 

「そういうことだ。これは大いに利用させてもらうか。しかし大国なんて案外こういうところを突かれると脆く崩れていくのだろうな」

 

チャドはそう言うと先ほどロンゲンから貰った大金を手に持ち出掛ける支度を始めた。

 

「あれ?師範、どこへ行かれるのですか?」

 

「軍がここに集まるのにもう少し時間がかかる。それまでにやれることをやっておく。ガルベスも呼んでくれ」

 

 

 

 

ジュードはわけも分からずチャドについていくことにした。3人が向かった先は都市ストートから南西に大分離れた砂漠の真ん中で、周りは砂嵐で何も見えなかった。

 

「師範、ここはどこですか?何もないように見えますが……」

 

「黙って周りを警戒していろ。スキマーの待ち伏せも気をつけろよ。恐らくもうすぐ着く」

 

「は、はい。……あ!」

 

「どうした?」

 

「いま向こうに人影が見えたような気が……。でも気のせいかもしれません」

 

「……いや。正しいようだ」

 

気がつくと3人は数名の忍者刀を持った者に囲まれていたのだ。服装からしてスナニンジャの一派のようだ。しかしチャドは臆することなく呼びかける。

 

「お前たちの頭領ワイアットに会いたい。案内してくれ」

 

この言葉に囲んでいた者たちは少し狼狽した。そしてそれはジュードも同じことだった。

 

(ワイアット……!?ポートサウスでトゥーラの檻をピッキングで解錠してくれた人か……!スナニンジャの頭領だったのか……。しかし彼に何の用が……?)

 

スナニンジャもそのまま言われた通りにする様子はなく、臨戦態勢に入る。

 

「少し暴れないと出てこないかな。ジュード、ガルベス、殺すなよ」

 

チャドはサラリと言いのけるとスナニンジャのほうに自ら向かっていく。そして斬りかかる忍者の攻撃を華麗に避けながら手刀を首筋に入れ倒していくのだ。

当然スナニンジャはジュード達にも襲いかかる。

 

ガルベスはやりにくそうにしながらも殺さないように板剣ではたくようにスナニンジャをのしていくが、ジュードは自分が死なないように避け続けるだけで精一杯であった。

 

チャドが大方のスナニンジャを倒しきり、向かってくる者も減ってきた頃、ついに目当ての者が姿を現す。

スナニンジャ頭領の証である深編笠をかぶっており、ポートサウスで見かけた時と同じ格好だ。

 

「ルイの部下がまさか有名な拳聖だったとはな。どうりで強いわけだ。都市連合として俺を捕らえに来たのか?」

 

確かに将軍という立場が世に知れ渡った以上、野盗であるスナニンジャが敵対的になるのも無理はない。ルイの知り合い繋がりだけでは互いの信用はゼロに等しかった。

 

「ポートサウスで助けてくれた恩人を捕えるはずないだろう」

 

「ふん、どうだろうな。トゥーラとルイは元気か?」

 

「今日はその件で依頼したいことがあって来た」

 

「ああ?」

 

「簡潔に言おう。ここに持ってきた20万catで行方が分からなくなっているルイの居場所を突き止めて欲しい」

 

このチャドの言葉に周りにいた者全員が驚いた。ワイアットすら深編笠の下で動揺している様子が分かる。

 

「なんだと……。ルイは行方不明なのか。トゥーラは何をしている?」

 

「彼女は別のやり方でルイを探すだろう。私は邪道な選択肢を進みルイを探すことにしたのだ」

 

「ふーん、邪道ってのは都市連合の将軍になったことかい?だがなぜ俺に頼む?特憲を使えばいいじゃないか」

 

「特憲は使うが信用はしていない。お前はお抱えのテックハンターからスナニンジャ頭領になったぐらいだ。何らかの理由で都市連合とは決別したのだろ。だから逆に信用出来ると思った」

 

深編笠が小刻みに揺れた。

 

「……俺を調べたのか。いけすかねぇ野郎だが、今回は金のために引き受けてやる。アンタは都市連合のパシリでもないようだしなぁ」

 

「そうか。引き受けてくれると思ったよ。では詳細な情報と連絡方法について意識合わせさせてくれ」

 

その後、スナニンジャ頭領ワイアットとの契約はこじれることなくすんなりと進み、その日中にジュード達はストートに戻ってくる事ができた。

 あらゆる組織や派閥を利用して着実に進めるチャドの一面を見るのはジュードにとって初めての事であり、感嘆と共にどこか遠くへ行ってしまうのではないかという不安を同時に覚えていた。

 



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97.ホーリーネーション動静

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


「カスケード審問官!まさかあなたが戻って来てくれるとは思いもしませんでしたよ!」

 

司祭の格好をした初老の男が無愛想な顔つきをしているカスケードに挨拶をした。

 

「お久しぶりです。ニュー司祭。バスト地方の布教は順調ですか?」

 

「はい、最初に多くの信者を移り住ませて頂いたおかげでスムーズに広められております」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

数年前にホーリーネーションが都市連合からバスト地方を奪った時。カスケードは既に審問官として抜擢されていた。その後の安定した統治を求められたカスケードが取った手はまさに常套手段であった。宗教による信仰心を利用した民衆のコントロールである。洗脳に近いやり方は敵国領地を短期間で併合するには最も適したやり方だった。神父だけでなく熱心な信者をこの地に住まわせることでバスト地方のホーリーネーション化は順調に進んだ。この功績もあってカスケードは異例の出世を遂げ内地の上級審問官セタ直下に配属されたのだが、今回、再度バスト地方の長官として転属したのだ。

 周りの者は浮浪忍者モールを脱獄させてしまった失態によりバスト地方に戻されたものと見ていたが実際は違った。

 

カスケードはモール脱獄の要因をずっと考えており、その結果、自らの意思でここに来ていたのだ。

 

 

 

フラーケにグリフィンを監視させていた情報によるとグリフィンは都市連合のノーブルサークルの誰かと繋がっていた。そのためノーファクションの頭領ローグの娘であったルイと拳聖チャドが都市連合から毛皮商の通り道に来ることを事前に知る事ができた。だからこそカスケードはそれを利用してオオタ暗殺を計画したのだ。達人であるチャドを使えば暗殺は高確率で成功する。だがその矢先、人質に利用しようとしていたルイが浮浪忍者に攫われたのだ。

 

(これは偶然ではない。浮浪忍者が3忍の全戦力を投入したのはルイがいる場所にモールがいると確信していたからだ)

 

ということはモールから無想剣舞をルイに修得させようとすることまで読んでいたことになる。

 

(浮浪忍者がそこまで私の考えを読めるとは到底思えないし、そもそも西では無名のルイが無想剣舞を扱うことまで知っているのはおかしい……)

 

それにチャドが都市連合の将軍に就任したことも気になる。密偵からの情報によるとチャドの回答は『ロード・オオタに近づき暗殺成功率を上げるため』であった。しかし、これはチャドを引き込んでバスト侵攻の将軍に仕立て上げるために都市連合と浮浪忍者が裏で連携した綿密な計画だったとしたら……。

 

 自分(カスケード)の動きさえも計算に入れた一連の流れが計算されていたとしたら、実に鮮やかな手際だったと認めざるを得ない。そしてそれほどの策略家がノーブルサークル構成員にいるのならば大きな脅威でもある。

 

(誰か分からぬが将来、私が上級審問官として世界統一を進める際、立ちはだかる壁となるだろう。炙りだし排除しておかないといけない)

 

チャドには出来る限りノーブルサークル構成員を殺してもらおうと考えていたが、ルイを取られてしまった以上、バレる前に早いところオオタを殺ってもらう必要がある。その後、真実(ルイが浮浪忍者に攫われた事)を喋りチャドの矛先を浮浪忍者の方に向けてしまえばいいのだ。そのままチャドと都市連合がぶつかっても良い。都市連合もオオタがいなくなれば政争が活発化し、バスト侵攻どころではなくなるだろう。その間に逆にホーリーネーションがストートを取り帝国崩壊の楔を入れるのだ。

 

 カスケードの強みは目的のためにあらゆる手を利用する事であったが、もう1つ大きな強みがあった。それは修正力である。プライドを優先せず過失を認め、課題を分析して認識した上で次に何をすべきか考え実践する。教義に固執することもなく、女といえども使えると分かれば重宝する。自分がやるべき状況ならば、例え位が高くなっても自ら苦労することを厭わず出張って指揮をとる。

 信仰による過度な偏見で凝り固まった考え方をする教徒の中では異質なタイプであり、それがエリート集団である審問官の中でもさらに首席をひた走ってきた所以でもあった。

 

そして彼を突き動かすもう1つの理由

 

(フラーケ……あなたの無念は私が晴らしますよ)

 

浮浪忍者の襲撃で命を落とした高位パラディン・フラーケを寵愛していたのだ。両親が死刑となり路頭を彷徨っていたフラーケを拾い、自ら育て上げたと言っても過言ではない。それを失った怒りは他人には推し量れないものとなっていた。

 

 

 

「どれくらいここに滞在されるのですか?」

 

ハッと我にかえると目の前にはにこやかな表情をしたニュー司祭がまだ立っている。

 

(……僻地へ追いやったニュー司祭に迎えられるとはな。もう覚えてはいないだろうがこの男はフラーケの両親を告発し処刑に追いやった。人を蹴落として這い上がろうとする意気込みは嫌いではない。が……)

 

ー無能は嫌いだ。

 

司祭として秀でた能力を持っているわけでもなく、他人の足を引っ張ることで自分の地位を維持しようとする者は組織にとって扱い続けるメリットはない。それにニュー司祭のバストでの評判も良くはない。

 

カスケードは一呼吸置くと静かに喋りだす。

 

「あなたの処刑をフラーケの鎮魂歌としましょう」

 

「……は?」

 

フラーケの名前すら知らないニュー司祭は当然意味を理解できていない反応だ。しかし次の言葉で顔つきが一気に変わる。

 

「ニュー司祭。あなたはここでの収入を誤魔化し私腹を肥やしていますね」

 

「……な?何を……馬鹿な……!根拠のない言いがかりだ!」

 

「ここに着任する前にバストの状況は調べ上げています。ホーリーネーションに併合してから随分時が経つのにここの兄弟たちはいまだ貧困から抜け出せていない。当然おかしいと思いますよ」

 

「……敵国との国境で軍備を重視しているからです!兄弟たちも理解してくれておりますよ!」

 

「歩哨。ニュー司祭を捕らえなさい」

 

カスケードはニュー司祭の言い分を聞くことなく近くの兵士に命令した。

 

「ふ、ふざけるな!あなたが……お前がここに私を追いやったからじゃないか!こんな何もない辺鄙な土地で生活できるわけがないじゃないかぁあ!」

 

「極度の貧困にも耐えて生活している兄弟は他にいます。あなたも一時的に少しだけ生活水準を落とせば可能でした。あなただけ努力せすに贅沢を続けるなど言語道断。言い訳の余地はもうなさそうですね」

 

「う…あ……」

 

「横領罪によりニュー司祭を火炙りの刑に処す」

 

「待って!やめてくれ!私が悪かった!改心する!チャンスをくださいぃいい!」

 

「連れていけ」

 

その日の夕暮れ時にニュー司祭の処刑は執行された。

茜色の日差しが燃え崩れていく司祭の亡き跡を照らし、人肉が焼ける匂いが辺りに立ち込める中、カスケードはそれを無表情で眺めていた。

 

 そこにカスケードと同じ審問官の恰好をした男が近寄ってくる。

 

【挿絵表示】

 

「ここでなにやってんだ」

 

相手がカスケードと知っても尚強い口調で問い質すその男の姿は非常にでかく、チェストプレートから野ざらしに伸びる腕は隆々とした筋肉を纏っている。そして背負っている重武器パラディンクロスは随分使い込まれているようだ。

 

「ああ……ルビク審問官ですか。私は審問官の仕事をしているだけですが何か」

 

ルビクと呼ばれた審問官はカスケードに臆することなくズイズイと近寄ってくる。

 

「俺の許可を取らずに勝手に動いてんじゃねぇ」

 

「私の行動にあなたの許可は必要ありません」

 

坦々と返すカスケードに男は益々語気が強まる。

 

「あ?この地域の裁定担当は俺だ。調子に乗っていると俺がお前を裁くぞ」

 

だがカスケードも変わらない口調で言い返す。

 

「長官を副官が裁くことは出来ませんよ。ホーリーロードフェニックスに直訴するのならば止めませんが」

 

「……なんだと?お前……まさかここの長官に任命されたのか?」

 

「ええ。最近都市連合の動きが活発化しているのでここに配属されるよう手配しました」

 

するとルビク審問官は先程までの敵意をおさめ、唖然としながら応える。

 

「そ、そうか。そういうことならば……」

 

「物分りも良く有能なあなたがここにいてホッとしましたよ。これから副官として宜しくお願いします」

 

「……ああ。だが勘違いするなよ。俺はその気はないからな」

 

「どういうことです?」

 

2人の間にしばしの沈黙が流れた。

 

「い、いや、何でもない。それにしてもヴァルテナ審問官直属のお前があっさりセタについた時はガッカリしていたが、どういう風の吹き回しだ?」

 

「元々、私はどちらがどうとか考えておりませんよ。ホーリーネーションのために与えられた使命を全うするだけです」

 

「ふーん。だがニュー司祭をやったのは頂けなかったな。あいつは確かに収入を横領していたが最低限の役目は果たしていた。それに実際この地域はどうしても軍備を常に保つ必要があるし、土地が痩せているため兄弟達に充分な食糧を確保できていない」

 

「では頼んで送ってもらうよう手配しましょう」

 

「ふん、内地にコネがあると役に立つな」

 

「それと……ベルゼブブの派遣も依頼します」

 

この言葉にルビク審問官はピクリと反応する。

 

「なんだと?あんなホーリーネーションの汚点を使うのか?俺は反対だぜ」

 

「あくまで保険です。バストを守るホーリーネーション軍は少ない。時には裏の手を使わなければいけない事もあります」

 

2人の間にしばしの沈黙が流れた。

 

「やはり来るのか?都市連合は……」

 

「ええ。ハウラーメイズ地方への進出により食糧供給体制を確保した都市連合が攻勢に出ようとしていることは揺るぎないです。後はタイミングだけとなりました」

 

「そうか。いざとなったら俺を使え。お前が内地で寛いでいる間に戦闘面で俺はお前を越えた。くそ侍たちは俺が殲滅してやる」

 

「頼もしい限りです。期待してますよ」

 

こうしてホーリーネーション側もまた自分たちが掲げる信念の元、都市連合に対抗するように動き出したのであった。



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98.5将

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


「ストートは何年ぶりだろ。兵士はもう結構集まっているようだね」

 

【挿絵表示】

 

青髪を束ねた容姿端麗な顔をした女性が鎧を着込み、似合わない口調で感嘆の声を上げた。それに黒髪の青年が反応する。

 

【挿絵表示】

 

「もうチャド将軍はいらしているようですよ。到着が遅れると間に合わなくなってしまいます」

 

「拳聖って崇められてるお爺さんだっけ?どうせ噂が一人歩きしただけでしょ」

 

「さすがに民間から将軍に抜擢されたのですから腕前は折り紙付きだと思います。なんせ民間は国の機関に属していないですからね」

 

「どうせ腕があっても大部隊を指揮できないでしょ。というか、シンジロウ君、あなた独特な構文使うのね。もっともらしい事言って実は同じ事繰り返しているみたいな……」

 

「え、そうですか?そんなことないと思いますけど……」

 

「自覚はないんだ。やっぱ科学の天才はどこか違うのかしら。さて、他の人はもう着いてるかな?」

 

「えっと、僕たち含む5人の将が本日チャド将軍直下に配属となりますね」

 

「各都市の強者を集めたようだし、今回、都市連合は本気よねー」

 

「他の3人の中にカナエさんが知っている人います?」

 

「まー知り合いっていうか先輩が1人いてさ。あ、話をすれば。ほら、あそこにいる大きい人」

 

そう言ってカナエと呼ばれた女は指を指した。その方向には鎧を着込んだ大きな侍が立っている。

 

【挿絵表示】

 

「でかいですね。背負ってるのもあれ大太刀ですか」

 

「うん。皇帝の御前試合で優勝したすごい人なのよ!」

 

「ええー。それって侍の中で一番強いってことじゃないですか。そんな人を投入しているとは」

 

「まぁ、貴族の護衛や特憲は御前試合に出場してないんだけどね」

 

「確かにそうですけど優勝したのは事実じゃないですか。それは彼が他のどの侍からも勝利を奪ったということなんです。それってセクシーじゃないですか」

 

「……うん、そ、そうね(違和感は語彙にあるのかしら)」

 

「なんです?」

 

「いえ、取り合えす彼と合流しましょ」

 

大きな侍は2人が近づいてくるのに気づいたようで腕組みしながら喋りかけてくる。

 

「おう、カナエ、来たか。おそかったな」

 

「すみません、ジト先輩!お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

急にカナエは甘えた口調で喋りだした。対するジトと呼ばれた大きな侍は変わらない口調で対応する。

 

「ああ。ついてこい、このまま5人で将軍に挨拶する」

 

「え、もう他の2人も着いているんですか!」

 

合流した3人は慌ただしくチャドのいる建物へ赴くと

そこには既に2人の侍が待機していた。

その内の白髪の老人が嫌味ったらしく話しかけてくる。

 

【挿絵表示】

 

「5分遅刻じゃのぉ。最近の若い者どもは礼儀がなっとらん。こんな者共とワシは5将として並列に扱われるのか」

 

どうやらチャド直下に配属される5将の1人のようだ。歳を重ねているが体格は整っており、体に残っている古傷の跡は歴戦を生き抜いてきた力強さを感じさせた。しかし、カナエはそんなことなど気にする様子もなく言い返す。

 

「たったの5分じゃないですか。それよりお爺ちゃんが部将やれるんですか?」

 

「なんじゃと……」

 

白髪の老将はズイズイとカナエの前に立ちはだかり、身長差を利用して見下すが、カナエも一歩も引かずに見上げている。そこに呑気な口調が割って入ってくる。

 

【挿絵表示】

 

「まぁまぁ将軍の前やん。話し進めません?」

 

白髪の老将の横にいた侍兜で顔が見えない男がなだめに入ったのだ。この男も5将の1人なのだろう。そして5人集まった様子を無表情で見ていたチャドが坦々と喋り始める。

 

「随分個性豊かな面子が揃ったようだな。私がチャドだ。宜しく頼む。取り合えずそれぞれ軽く自己紹介してくれないか。早く着いた順でちょうど君からだ」

 

そう言ってチャドは侍兜の男に話を振った。

 

「あ、俺からですか。俺はタニガゼと言いますー。長柄武器を専門に扱っとります。宜しくたのんますー」

 

侍兜の男は訛の効いた口調で簡単に素性を語った。

 

「今までどんな任務をしてきた?」

 

「主に要人の警護やね」

 

これに対して白髪の老将が反応する。

 

「なんじゃ、お主は護衛任務しかやっとらんのか」

 

「すんまへんのぉ。ぺぇぺぇなもんで」

 

「よくそれで将として選ばれたな。兜なんぞ被っとらんで顔を見せんか」

 

「いやぁ、恥ずかしがり屋な者でして勘弁してください」

 

「ふん。全く近頃の若者は……」

 

ぶつぶつ文句を言う老将に対してチャドは構わず声をかける。

 

「では次はあなただ」

 

「うむ、ワシじゃな。ワシはヘイハチと申す。過去にバストを守っていた。じゃから今回ホーリーネーションのクズどもに鉄槌を下せると思うと胸が踊るわい」

 

白髪の老将は意気込んで自己紹介するが、先ほどのやり取りにやり返すようにタニガゼが口を挟む。

 

「なんだ、バストの落ち武者ですやん」

 

「……なにぃ?戦っておらんお主が何を言うか!」

 

「いやいや若者若者言うから自分は御大層な事やってきたのかと勘違いしてもーたんや。堪忍したってや」

 

タニガゼは引き下がることなく火に油を注ぐ言動をするがチャドは無関心なようで止める気配もない。

 

「次はそこの背が高い者」

 

「は!私はジトと申します。大太刀を扱います。首都ヘフトの総警護責任者を任されており御前試合優勝経験もあります」

 

「そうか。では次……はそこの女性剣士」

 

「……」

 

御前試合優勝は都市連合の侍にとっては大変名誉な事であり実力者としての証明でもあった。それに対して少しも触れることなく進めようとするチャドに5人は違和感を持つ。

 

「私はカナエ。長巻っていうひと昔まえに流行った武器を愛用している。ショーバタイで勤務していた。以上」

 

タニガゼはカナエをなめるよう見ると媚びた口調で問いかける。

 

「気になってんねんけど、あんたみたいなベッピンさんが何でまた侍なんかになってん?」

 

「別に私が美しいことが侍になることとは関係ないでしょう」

 

「おお、否定もしないんやね。どうせなら鎧脱いでもっと体のラインだしたらどうなん」

 

「あんたキモい奴だったのね。早めに教えてくれて助かるわ」

 

「心外やな。俺は君の魅力にいち早く気づいただけやで」

 

この2人のやり取りを遮るようにチャドがカナエの横にいるシンジロウに話しかける。

 

「最後は君だ」

 

「あ、はい。シンジロウと言います。スケルトン工学を専攻してます。刀の腕もそれなりに磨いてきました」

 

「そうか。宜しく頼む。具体的な指示を出すまで皆、各自準備して待機していてくれ。今日は以上だ、解散」

 

チャドはそれぞれを全く深堀りする様子もなく顔合わせを閉めようとしたが、さすがに思うところがあったのか、カナエが食らいつく。

 

「ちょっと待ってください。将軍は自己紹介してくれないのですか?我々が今後どのような人の下で働くのか知っておきたいのですが」

 

「そうや〜いいこと言うね。姉ちゃん。俺も知りたいわ〜」

 

タニガゼが便乗した。他の者も同調するように頷いている。しかしチャドからは意外な返答がかえってくる。

 

「……君たちが命令を遂行する上で私の情報は重要ではない。ホーリーネーションとの戦いで必要性が出た場合に共有しよう」

 

すかさずカナエも反論する。

 

「いやいや、そういうことじゃなくて!民間出身なんですよね?MAX何人ぐらいまで指揮したことあるとか、何人斬ったとか。今後従っていく上で力量を知りたいですよ」

 

「私のやり方に納得出来ないならば去ってくれてよい」

 

チャドはそう言ってその場を去っていってしまった。

残された5人の顔つきは渋いままだ。

 

「はぁー!?何あいつ。やる気ないんじゃないの?」

 

「流石に心配になりますね……」

 

「まぁええやん。俺も馴れ合いは好きじゃないし」

 

「ぬぬぅ。これではバスト奪還は失敗に終わるぞぃ」

 

「最悪、我々がフォローするしかないだろうな」

 

5将の会話を横で聞いていたジュードですらチャドの言動に驚きを隠せないでいたが、同時に確信する。

 

(やはりチャド師範は戦争をする気がない)

 

ルイを見つけ出しさえすれば将軍職を辞任するつもりなのも本当のようだ。ここで部下と交流しても意味がないと考えているのだろう。むしろ戦友として情がうつらないようにしているのかもしれない。

 

チャドが戦争の担い手になるのではないかという不安が杞憂であることが分かりジュードホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ホーリーネーション西方 軍事施設

 

 

 

書籍や資料がそこかしこに積まれている薄暗い部屋から1人の女がでてくる。そして静かに辺りを見渡すと音もなく静かに移動する。まるで忍者のような動きだ。

 

女はそのまま何事もなかったように大きな施設に入ると、薄着に着替え始める。そこに低く渇れた男の声が聞こえてくる。

 

「いたいた。あんたアマネって名前だよな?」

 

【挿絵表示】

 

男は青い目で旅人の姿をしていた。

 

「ええ……そうですが何か?」

 

「マッサージ師だろ?やってくれよ。あんた上手いって聞いてさ」

 

「そうですか。ではこちらに横になってください」

 

「あー、こっちの個室にしてよ。フルコースにしたい」

 

「……かしこまりました。では着替えてお待ち下さい」

 

「早くしろよ」

 

男は女に対して高圧的に接するが女は気にする素振りは見せずに従順にマッサージの支度をする。その様子を見ながら男が尋ねる。

 

「ここで働いてどれくらいになる?」

 

「かれこれ2年ほどです」

 

「ふーん。準備なんていいからこっちに来てしゃぶれ」

 

男は強引に女の腕を引っ張り跪かせる。女は軽くため息をつくと男のズボンのベルトをカチャカチャとほどき、出てきた物を丁寧に舐め始めた。

 

「よし、いいぞ。手慣れたものだな。そのまま咥えろ」

 

女は命令通りに男を上目遣いに見ながらイチモツを咥え込む。

 

「ん……あむ……じゅる……」

 

目にかかったセミロングの黒髪を片手で耳までかき上げながら女は口を尖らせて行為を続け、ジュボジュジョと卑猥な音が狭い部屋に響き渡る。

 

「いいねぇ、美人のひょっとこ口は興奮するぜ。よし、もういい。そのまま台の上で四つん這いになってケツを上げてろ」

 

「…………」

 

女はゆっくりと言われた通りの格好をした。それに男はがっちり両手で支えると、タイミングを伝えることなく一気に押し込み始める。クールを保っていた女もこれに堪らず声を上げる。

 

「……んっ!」

 

少し痛みを伴った声であったが男は構わず暴力的なピストン運動を続けた。

 

「お前さぁ、資料室で何していた?」

 

「……!」

 

行為を続けながら男が問いかけると女は初めて動揺を見せる。

 

「なんっ……のっ……事かしら?」

 

「しらばっくれるなよ。お前……都市連合の密偵だろ?」

 

「!!」

 

これと同時に男は女の細い首筋に手を回し、ゆっくりと握り始める。

 

「おほー!絞まる絞まる!お腹に力いれてくれてるね!」

 

「……かっ……はっ……!」

 

女は男の手を外そうと必死に抵抗するが、ツメで引っ掻くのが精一杯のようで、太い男の腕から抜け出せる様子はなかった。そして徐々に手から力が抜けていき、終いには男の運動に合わせて上下するだけの人形のようになった。

 

「ふぅうう〜〜〜!!あんた良かったぜぇええ?最後はナルコとしての勤めを果たせたな!!」

 

男は身震いした後、人形のように動かなくなった女を投げ飛ばした。そして何事もなかったように着替え始める。

 

すると部屋をコンコンとノックする音が聞こえ外から声が聞こえてくる。

 

「……ベルゼブブ様……。上級審問官からの指令があります」

 

「おーう。聞いてるよ。バストに向かえってね。何年ぶりかねぇ。今から発つって伝えておいてくれ」

 

「承知しました」

 

「さーて、殺しまくるとしますかねぇ」

 

そう言って男は闇夜に姿を消した。

 




さらに新キャラを投下('∀')


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99.特憲の頂点

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


日差しが降り注ぐとある砂漠の荒野

 

都市連合特別憲兵隊の1人スケサーンが歩を進めていた。

 

「暑っちー……こんなところに集合する意味あるんかね……」

 

彼がいる地はストートから少し離れた場所であり周りには建造物など皆無の場所であった。見渡しても生き物の気配すらしないと思っていた矢先、背後から声が聞こえてくる。

 

「約束の時間通りに来たな」

 

【挿絵表示】

 

振り返るといつの間にかダストコートを着た仮面の男が立っていたのだ。

 

「ん?立会人か?俺はお前らと会うためにこんな辺鄙な場所に呼び出されたのかよ」

 

立会人とは数少ない特別憲兵隊を補佐するために組織された構成員である。禁忌の島に同行した立会人も同じ構成員であった。彼らは特憲の候補生でもあり特憲から指示を受けて仕事をこなすため、戦闘スキルもほどほどに備えていた。ただ戦闘行為をメインで行うわけでもなく、あくまで特憲から指示された内容を見届けたり伝令を行うなど目鼻口の役割を担っていた。そのため立会人という名称で呼ばれていたのだ。

そしてこのような組織構成から立会人を格下と認識し見下す特憲は少なからずおり、スケサーンもその1人であった。

 しかし、立会人と呼ばれた仮面の男は動じることもなくスケサーンに静かに話しかけてくる。

 

「立会人を馬鹿にするものではない。彼らの中から特憲になる者もいる……」

 

「ほー、言い返すんかい。お前たちほとんどが特憲になれなかった者だろ。貴族にコネもないのに今さらなれるはずねーじゃん」

 

「……」

 

「つーかお前誰だよ。特憲の俺に対して失礼な事を言ってっと殺すぞ」

 

スケサーンは黙ったままの仮面の男を恫喝した。また気に障ることを言ったら恐らく本当に殺してしまうであろう勢いだ。

 

しかし次の男の言葉で固まってしまう。

 

「俺は特憲の隊長だ。口の聞き方には気をつけることだな」

 

「え……あんたが!?」

 

スケサーンは改めて仮面の男を見返した。

体格は一般人並であり威圧感も感じさせない。所持している武器は太刀一本で装飾もなく業物でもなさそうだ。そして何より特憲の隊長からの指示は手紙であったり立会人からの言伝が殆どであり、隊長が直接他の特憲に会いに来ることはこれまでほとんど無かったのだ。

 

(隊長は代々、特憲の一番優れた者が現隊長から指名されて引き継ぐとされている……しかしこいつからは怖さを感じられねぇ……実力を隠してんのか……または本物ではないか……)

 

「意外だったか?」

 

仮面の男は狼狽するスケサーンの胸中を見透かすように言葉をかけてきた。

 

「え?いや、俺もついに隊長様に面会してもらえたってわけですかい。素顔は見せてくれないんですか?」

 

「仕事柄、素顔は明かせない。お前もそうだろう」

 

「まぁ顔を見せないほうがいいのは同感っすね。で、俺に何の用です?というかあなた本物ですよね?」

 

「本物かどうかは内容で判断しろ」

 

「確かにそっすね」

 

「ここ数日で特憲が2人消息を絶ったことは知っているな?」

 

「……俺が知っているのはホーリーネーションの軍事基地に入っていたアマネの件です。ルイについて聞いていたのですが連絡が取れなくなりました。どうやら潜伏がバレたようですが相手にも手強い奴がいるってことっすね」

 

「ああ。彼女は優秀だったからホーリーネーションに入れていた。そして彼女の失踪と同時にベルゼブブが動いたという情報も入った」

 

「ベルゼブブ!ホーリーネーションに飼われている神出鬼没の暗殺者っすか。まさか奴がアマネを?」

 

「あり得ない話ではない。ベルゼブブはそのまま戦場となるバストに招集された可能性がある」

 

「なるほど。で、バスト方面担当になった俺の出番ってことっすね。出会ったらついでに殺しておきますよ」

 

「ああ。お前に任せたい。奴は我々と同じ影で生きている者だ。気を抜くなよ」

 

「あら〜気にしてくれるんすか。嬉しいこった」

 

スケサーンの言葉を気にすることなく仮面の隊長は続ける。

 

「それともう1人特憲メンバーが死んだ」

 

「こんな短期間に2人もですか。珍しいですね。そっちは誰に殺られたんですか?」

 

「都市連合領内ブリンクで毒殺された。相手は不明だ」

 

「それはまた古風な殺され方で……。もしかしてベルゼブブが殺ったんじゃないですか?」

 

「いや、さすがにアマネがいた場所から遠すぎる。別の何者かによるものだろう。こちらはフグに調べさせる」

 

「ふーん。特憲とやり合おうなんていい度胸してますね、そっちは」

 

「ああ。外部の者ならいつも通り排除するまでだ。が……そいつはどうやって特憲メンバーを知ったのかは気にしている。構成員は限られた者しか知らないからな」

 

「まさか、内部に裏切り者がいると?」

 

「そうだ。念のために聞くが……お前に任せているレディー・ミズイ推薦のリドリィは特憲として命令通りに任務をこなしているか?」

 

「ああ、あいつはレディー・ミズイの洗脳実験で今のところ完全に敵対性が消えましたよ。なんせ命令すりゃあ愛弟子すら殺しましたからね」

 

「……そのようだな」

 

「それに入ったばっかで特憲の構成員をまだ知らない。漏れたとなるとヒガキ辺りじゃないっすか?」

 

「ふむ、分かった。お前も古株ゆえ素性がバレているかもしれない。念のため気をつけるのだな」

 

「随分気にかけてくれるんすね。まさか俺が次の隊長候補です!?」

 

この問いに隊長は間をあけた後、静かに応える。

 

「……隊長になるには戦闘力だけではなく、教養、忠誠心、資質が必要だ。そして求められる基準もそれぞれ高い。お前は全て満たせるかな?」

 

「戦闘は自信ありますよ」

 

「では見てやろう」

 

「え!?もしかして稽古つけてくれるんですか?」

 

「今日この場所にいる理由でもある」

 

仮面の男はそう言って立ち去るわけでもなく意味深に佇んでいる。スケサーンも冗談で言ったつもりだったのに少し気まずくなってくる。

 

(おいおい、マジで今さら稽古か!?つーか、ここで俺が隊長を殺したらどうなるんだ。隊長の証か何か奪えば引き継ぎってことになったりすんのか?)

 

スケサーンは初めて自分の前に隊長が姿を現したこともあり、若干興奮していた。そして隊長の外見上、自分より体格的に劣っており、非力な者が扱う太刀を所持していることに対しても妙な優越感を持っていた。

 

すると遠くのほうから3人組の男がこちらに向かってくるのが分かる。

 

「ん?誰っすかね。行商か……?」

 

3人は見るからに行商らしき格好をしており、背中には交易用の木製バックパックを背負っている。

そしてその中の1人の男が低姿勢でにこやかに喋りかけてきたのだ。

 

「これはこれはお侍さん方、巡回ですかな?いつもありがとうございます」

 

これに隊長が対応する。

 

「この方角はバスト方面だが、どこに品物を届けるつもりだ?」

 

「マシナギアのワールドエンドに向かっております」

 

ワールドエンドという都市はバスト方面の延長線上にあるため方向に間違いはなかった。しかし、仮面の隊長は続ける。

 

「取り調べを行うので武器を置いてついてこい」

 

「ええ〜……ちょっと待ってください。急いでいるんですよ。これで今日のところは勘弁してください」

 

そう言うと行商の男はそっとお金を仮面の隊長に差し出したのだ。この様子をスケサーンは黙ってみていた。仮面の男が本当に特憲の隊長の場合、どのような反応をするのか見てみたかったからだ。

 

「行商の賄賂にしては大金だな……」

 

「我々はロード・ヨシナガの専属行商です。あまり我々の手を煩わせないほうがいい。お侍さんも無職になりたくないでしょう」

 

「ほう……。ヨシナガと繋がっていると言うのか」

 

「分かったならあまり生真面目にならずお互い気楽に過ごしましょうよ」

 

ヒュン……

 

男が言い終えた後、何かが男の首筋を横切った。

そして気がつくと仮面の隊長は太刀を抜刀している。

 

「?」

 

目の前の行商の男は不思議そうに首を斜めにかしげていたが、見る見ると首は曲がっていきそのまま体から離れてゴロリと転がり落ちた。

 

「!!!!」

 

頭のなくなった体からは真っ赤な鮮血が勢いよく吹き出し、膝をついて倒れ込む。

 

スケサーン自身もこの仮面の隊長の動きに目を丸くしたが、同時に確信する。

 

(こいつは紛れもなく特憲の隊長だ……!)

 

ここでいきなり斬り伏せるとは思わなかったのもあるが、驚くべきは抜刀の速さであった。斬られた本人すら気づかない速さと正確性はとてもじゃないが真似が出来るものではなかった。

 

斬った男が仮にロード・ヨシナガの専属行商であったとしても特憲の隊長であれば揉み消しは可能。スケサーンは問答無用で殺された行商を少し気の毒と思った。さすがに自分はこのような即殺はしない。やるにしても脅して金を取るぐらいだっただろう。協力に応じない相手に対して容赦のない仕打ちは実に特憲の隊長らしいとスケサーンは思った。

 

だが、驚くべきことが起こった。

残り2人の行商が既にその場にはいなかったのだ。普通、仲間の首が飛ばされたならばギョっとして固まった後に恐怖か怒りで騒ぎ出す。瞬間的に逃走すること判断したとなれば、攻撃されることを想定していたか慣れていたからだ。また、その反応の早さで行商の3人も一般人ではなかったことを悟る。

 

(隊長は奴らが何者か知っていたのか)

 

隊長に目をやると太刀を袖で拭き、納刀しながら喋りかけてくる。

 

「奴らはチャドに会っていたホリネの密偵だ。二手に別れて逃走したからお前は片方を追え」

 

「……!なるほど。捕えます?」

 

「いや、殺していい。どうせ何も吐かない」

 

隊長は一言だけ残しすぐにその場から消えた。軽装とはいえ凄まじいスピードだ。取り残される形になったスケサーンは一連の流れに面食らいながらも頭をすぐに切り替える。

 

(片方……隊長とは別の方角に向かった足跡を追うかか!)

 

しばらく足跡を追うと遠くに人影が見えてくる。

 

「ちっ!こんな暑い中、鎧を着て走らせやがって」

 

行商の男は逃げすに迎え撃つつもりのようだ。

ナイフを抜きすでに臨戦態勢をとっている。

 

「我々を待ち構えていたのか?」

 

行商は先程とは打って変わった口調でスケサーンに問いただしてきた。

 

「そうなるね。誰よあんたら?行商じゃないんだろ」

 

「お前は知らないのか。仮面の男は何者だ?」

 

「俺が聞いてんだよ。つーか俺には興味なしか?」

 

「ああ、お前はモブ侍だろ?」

 

行商が全てを言い終わるや否や、スケサーンは抜刀して斬りかかった。

しかし行商男は華麗にバク転してそれをかわす。

 

「!」

 

行商男はナイフを逆手に持ち帰るとピョンピョン跳ねながらリズムを取り出す。

 

「驚いた。お前もただの侍ではないようだな。まさか特憲か?」

 

「気づくのが遅かったな。スキマーの餌にしてやるよ」

 

スケサーンは野太刀をしならせて再度、行商男に斬りかかった。

 

しなり野太刀

 

野太刀の刃を限りなく薄くすることで、重さと空気抵抗を極限まで排除して斬撃スピードを高めたスケサーン愛用の刀だ。軽いため片手でも扱うことができる代物だ。

 

そして斬撃は薄い刃をしならせる事で直接ではなく曲状の攻撃も可能となる。チャドですら慣れるまで苦労した攻撃に対して、短い得物のナイフを使って初見で防ぐのは無理な話であった。

 

「ぐっ!」

 

野太刀の切っ先は見事、ナイフを持つ腕を撫で切り行商男はたまらず得物を落とした。

 

「さて、お前ら何者よ。正直に教えればお前だけ生かしてやる」

 

血が垂れ落ちる腕を支えながら行商はフラフラと居直った。

 

「くっ……。お前の実力を見誤った俺の負けだ。しかし仲間は売らん……」

 

そう言いギシと歯ぎしりのような音をたてると、苦悶の表情を浮かべながら倒れ込み息絶えた。覗き込むと口から血が流れている。

 

(奥歯に挟んだ毒で自殺したか)

 

ここまで手の込んだ準備をしているとなると十中八九ホーリーネーションの密偵だったのだろう。

 

「殺ったようだな」

 

気がつくと仮面の隊長がいつの間にか後ろに立っていた。

 

「当然っすよ。雑魚でした。隊長のほうも終わったんです?」

 

「ああ。取り逃がしを防ぎたかったのでお前を呼んだが正解だった」

 

「よく言いますよ。隊長はもうこっちにも来てんじゃないですか」

 

「必要なのは確実性だ。では先程の件頼んだぞ」

 

仮面の隊長はそれだけ言い残すと影のようにどこかへと姿を消していった。

スケサーンは見送った後しばらくその場に佇んでいた。

 

(隊長は恐らく俺がいなくても全員殺れただろう。にも関わらず俺を使ったのは、上級貴族の推薦ルートで特憲に入った俺の力量を把握したかったからだ。あの男が現隊長に就任する際、俺は既に特憲だったから調べることが出来なかったのだろう)

 

そして

 

(やっと……隊長は俺の前に出てきた……!)

 

声を覚えた。

雰囲気も覚えた。

今まで特憲構成員にさえ素性を隠し、接触しようとすらせずベールに包まれていた隊長の手がかりを掴んだのだ。

 

(裏目に出たかもしれねーぜ。隊長さんよ……)

 

スケサーンは鎧兜の内側で不敵な笑みを浮かべていた。




■現時点で判明している特別憲兵隊とその推薦者

隊員    (推薦者)

隊長    (不明)
カクノーシン(不明)
スケサーン (不明)
ヒガキ   (サンダ)
アマネ   (不明)
フグ    (不明)
リドリィ  (ミズイ)


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100.イズミ

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


地獄という世界が本当にあるのだとしたら、私が彼をそこへ導くことになるのだろう。

この戦争が多くの命を奪うことは紛れもない事実なのだから。

 

 ただ、私は地獄など信じていないし、無関係の人間がたくさん死ぬことに何も感じることはない。

 結局、命はその時その場所で偶然生まれたモノでしかなく、人間は他の生物より少しだけ高度で複雑な思考回路を持っているだけに過ぎないのだ。それは太古に人為的に作り出されたスケルトンと同様で出来上がったその日から花火のように燃え続けやがて寿命という時間が来たら停止する。その長さは個体によって大小あるものの長い星の歴史から見ると沸いて出てきたちっぽけなチリみたいなものだ。そんな命が大量に消えようが気にすることなど何もないのだ。

 

当然自分の命も同様に死んだらそれまでだ。後に待っているのは永遠の無であり残る物など何もない。

 

ならば……与えられた人生の中で好きなように生き、やりたいことをやり、謳歌することが一般的な生物の考え方ではないかと私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

「陛下、チャド将軍を呼びつけたと伺いました」

 

赤いダストコートを着た女が長い髪を掻き分けながら豪盛な椅子に腰かけた皇帝テングJrに話しかけた。

 

「ミズイちゃんか……来ていたんだね。チャド将軍が一向にホーリーネーションに対して戦争を仕掛ける様子がないって言うんでね。ロード・オオタが詰問しろとうるさいんだよ」

 

「なるほど……」

 

「それよりここにいていいのかい?もうすぐチャド将軍が来るよ」

 

テングJrはサングラスの隙間から上目遣いにレディー・ミズイを覗き込んだ。

 

「ええ、大丈夫です。彼は多くを語らないでしょうし、今日ここに来る方々も私の素性はご存知でしょう」

 

「まぁそうだな。じゃあなんだ。かつての仲間(・・・・・・)へのただの挨拶かい?」

 

「そんなところです」

 

テングJrはジッとレディー・ミズイを見つめながら小声で言葉を続ける。

 

「ところでさ……例の計画……いつまで待たせるの?」

 

「お待たせしており申し訳ありません。古代技術を知るには様々な仕組みをパズルのように解いていかなければなりません。そのためには世界各地に眠っている古代遺跡を掘り起こしパズルのピース自体を探さねばならないのです」

 

テングJrはこの言葉を黙って聞き終わると静かに切り出した。

 

「僕はさ……。毎日毎日命がけで演技し続けていないと生きていけない弱い立場だ。オオタにでかい顔されてもヘラヘラして従ってきた。だから忍耐強さは誰よりも持っている」

 

「……」

 

「でもね……そんな僕でも我慢の限界っていうのもあるんだよ。使えないと分かったらすぐに捨ててしまうぐらいにはね」

 

2人の間にしばしの沈黙が流れる。

 

「……承知しました。出来る限り急ぎます」

 

「頼むよ……。君たちがしていたことには最初から興味があったから雇ったんだ。僕に失望させないでくれ」

 

「…………」

 

ミズイはそれ以降は黙ってテングJr皇帝の玉座の横についた。そこにタイミングよくロード・オオタが入ってくる。

 

「陛下、ご機嫌いかがですか?ん、これはレディー・ミズイ。あなたも来ていたのですか」

 

テングJrが手で挨拶する横でレディー・ミズイはにこやかな表情でオオタに返答する。

 

「ご機嫌よう。ロード・オオタ。私もチャド将軍にご挨拶しておきたくて」

 

「……なるほど。ただ今日の用件は開戦についてなのでほどほどにお願いしますよ」

 

ロード・オオタも玉座の横につく。

今日、テングJr皇帝の元にロード・オオタが来たのは他でもないチャド将軍への詰問に自ら参加するためであった。チャドが将軍に就任して数日間が経過したが、バスト地方のホーリーネーションに攻め入る気配を見せていなかった。既に5将も配備され侵攻する準備は万端なのになぜ攻め込もうとしないのかチャドに問いただすつもりなのだ。

 

「チャド将軍が参られました」

 

衛兵が大きな声で伝えると、将軍服が板についてきたチャドが登場した。

 

「お呼びと伺い馳せ参じました」

 

チャドは不慣れな言葉を述べると玉座を前にして膝まづいた。そして、「面をあげよ」というテングJrの言葉で顔を上げ固まる。

 

チャドの視線はテングJrの横に立っているミズイに向かっているのは誰の目から見ても明らかであった。その様子を見ていたロード・オオタがわざとらしく声をかける。

 

「どうしました?美しいからと言ってレディーを凝視するものではありませんよ」

 

チャドにはその言葉が耳に入らなかったようでレディー・ミズイに対して絞り出すように声が出てくる。

 

「なぜ……お前がここにいる?」

 

百戦錬磨のチャドが動揺している。その様子をノーブルサークルの構成員は面白がっているようで会話を続けようとするチャドを遮ってロード・オオタが割って入りニヤけながらチャチャを入れる。

 

「皇帝陛下の前です。私語は控えてください」

 

当然、ロード・オオタは本心で言っていない。テングJr皇帝が次の言葉を発するのを折り込み済みのようだ。

 

「僕は構わない。続けていいよ」

 

テングJrは手のひらを向けてミズイを見やった。それに応えるようにレディー・ミズイはチャドのほうに向き語りだす。

 

「お久しぶりです、チャド。ノーファクションのメンバーだった頃以来ですね。ここにいる理由は……まぁ……今はノーブルサークルの一員だから、でしょうね」

 

この言葉にチャドの髪が総毛立つ。

 

「そうか。レディー・ミズイとはお前のことだったのか……イズミ」

 

「ええ、私よ。名前を逆にしただけだけど。ああ、私が元ノーファクションメンバーであることは陛下もご存知なので気を使わなくてもいいわ」

 

レディー・ミズイはイズミという名前でかつてノーファクションに在籍していた。

 チャドは当然口には出していないが、ノーファクションにとって都市連合は本来、組織を壊滅させた元凶であり仇だと考えている。ルイを探し出す目的のため一時的に都市連合に入ったが内心は『なぜノーファクションを襲撃したのか』問い詰めたいぐらいであった。そんな中、ノーファクション元メンバーがノーブルサークルの会員となって眼前に現れたのだ。不快感と疑念をあらわすのも当然とも言えた。

 

「よもやお前がノーファクションを売ったのではあるまいな?」

 

チャドに殺気が漲る。返答次第では修羅場となり得る異常事態だ。周りにいる護衛もそれに気がつき刀の柄に手をかける。しかし、レディー・ミズイは落ち着いていた。

 

「まさか。私もあの場にいたのよ。そんなわけあるはずないでしょう」

 

「……そうか。分かった。そこは人として信じよう。だがお前はかつての仲間たちをこき使って、悠々と第2の人生を楽しんでいたというわけか」

 

チャドはルイ一派を駒のように扱っている事を言っていた。

 

「そうね。ノーファクションにいた頃よりも研究設備も資金も揃っているしね。お金も入ってくるし、快適な暮らしをさせて頂いているわ。ノーファクションメンバーは元々優秀な剣士が多いから使い勝手が良いわよ」

 

「……お前は自分がやりたいことをやれていれば仲間のことなど気にかけないタイプだったということか」

 

チャドの中で沸々と煮えたぎる感情が込み上げて来ているようだが、次のミズイの言葉でふと我に返る。

 

「あなたはどうなの?あなたも当時自分の戦いしか興味が無かったと思っていたけれど。将軍を引き受けたのも戦闘に身を置けるからじゃなかったのかしら?」

 

「…………」

 

チャドは何も言い返せなかった。現に冒険や決闘を好んで外出していたためノーファクション壊滅時にも立ち合えなかったのだ。言い返す資格はなかった。チャドが口をつぐんでいると、ロード・オオタがチャンスとばかりに問い質す。

 

「ではお好きな本題にうつりましょうか。軍備は整ったのですからそろそろバストへ攻め込まれては如何かと思うのですが何か考えがおありですかな?」

 

チャドにとってバスト地方への侵攻は全く興味のない事案であった。ルイを探すために時間稼ぎもしていた。ただ、それを悟られるわけにもいかないため言葉を選ぶように喋る。

 

「……慎重に進めたいと思っています。今は密偵に念入りに状況や地形を調べさせています」

 

ロード・オオタはチャドのことをジッと見ている。チャドは心境を見透かされたのではないかと内心焦っていたが、外面は平静を保っていた。するとオオタは話を合わせるように話題に切り替える。

 

「では情報の1つとして大事なことを教えて差し上げましょう。これを聞けば少し気が乗るかもしれませんからね」

 

ロード・オオタは勿体ぶるように少し間をあけた後、静かに語りだした。

 

「あなたは都市連合とノーファクションの間に遺恨があると思っていませんか?」

 

「……!」

 

想定外の内容であった。まさか現在事実上のノーブルサークルのトップからノーファクションと都市連合の関係について言及されるとは思ってもいなかったのだ。

さすがのチャドもこれには回答に困り言葉が詰まった。

 

「そう思っているなら全くの見当外れです。我々がノーファクションの元メンバーを雇い入れているのは遺恨が癒えたからではありません。元々遺恨などなかったからです!」

 

抑揚をつけたオオタの力説はチャドの心を大いに揺さぶった。長年人の上に立ち権力を振りかざしてきたオオタのスピーチが上手いことは最初から把握していた。しかし、敢えて互いに触れないことが暗黙の了解のようになっていた矢先に都市連合側から触れてくることは全くの想定外だったのだ。

 

そこにオオタは続ける。

 

「当時のノーファクション壊滅の際、我々は同じ敵を抱えることになりました」

 

「……どういうことです?」

 

「都市連合の元将軍にしてS級賞金首アイゴアです。ノーファクションが壊滅したのは、アイゴアが都市連合を裏切りホーリーネーション側に寝返ったからなのです!」

 

俄かには信じられない話であった。都市連合の将軍としての地位にいたアイゴアが裏切る動機が不明だったからだ。

 

それに

 

「証拠はあるのですか?」

 

ロード・オオタがチャドをのせるために嘘をついている可能性も否定出来なかった。しかし、オオタは神妙な顔つきになり喋りだす。

 

「ここからの内容は極秘事項なのでこの場だけの話として留めて貰いたいのですが……、アイゴアは数日後に前皇帝のテング様を殺めて姿をくらましました。我々は足取りを必死に追っていますが未だ都市連合領内では見つけられておりません」

 

「ホーリーネーションに逃げ込んでいる可能性があるというわけですか」

 

「その通りです。だからホーリーネーションが劣勢になった場合、奴らは仇であるアイゴアというカードを切ってくる可能性があるのです!」

 

オオタの言葉を最後にその場にいる全員が口をつぐんだ。テングJr皇帝も父親に関連した話だからだろうか、サングラスの先にある表情は神妙な面持ちであった。

 

話を終え、首都ヘフトを出たチャドは何かを悟ったように遠くを見据えていた。

 




ミズイはひねりのない名前でしたね


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101.開戦

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


ジュードは合同訓練に精をだすチャド師範の姿を遠くから見つめていた。

 

 

ー師範が変わったのは首都ヘフトに呼び出されてからだ。

 

それまでは戦争を始める気は全くなかったのに今では5将と一緒に戦闘訓練を行い、打ち合わせを定期的に行うようになっている。

 ホーリーネーションの密偵が再訪した時も、交渉の進展がないまま追い返していた。スナニンジャが持ってきた報告を聞いている際もどこ吹く風のように見えた。まるでルイを救出するという目的を忘れてしまったかのように戦争準備を整えているのだ。

 

ホーリーネーション側も活発化している都市連合の動きに気づいており国境沿いを警備する部隊は殺気立ってきているようでった。この状態で都市連合が国境に兵を進めたら小競り合いどころではなくそのまま戦争に突入してしまうだろう。

 

戦争だけは必ず止めなけれはならない。

戦争は多くの命を奪い、多くの者を不幸にする。

恩恵は一部の権力者にしかもたらされないのだ。

 

それはチャド師範も分かっているはずなのになぜ……。

 

(いざとなったら師範に直談判するしかない)

 

ジュードはチャドと一度話し合ってみようと思っていた。そんな中、ジュードは思いもよらぬ人から話しかけられる。

 

チャド直下に配属された5将の1人カナエだ。男が多い侍の中で容姿端麗なこの女性は輝くような青い髪を後ろに束ね、キリッとつり上がった凛々しい瞳は心の内を見透かすような眼力があった。なお、この女性を追って軍に志願したというファンのような兵士もたくさんいると言う。

 

「あなたチャド将軍の付き人よね?」

 

「……は、はい」

 

カナエは訓練を眺めているジュードの隣に並ぶとおもむろに話しかけてきた。口調も見た目通りでシャキシャキしている。

 

「付き合いは長いの?」

 

「はい?」

 

「チャド将軍とよ。どういう関係なの?」

 

「俺はチャド総心流の門下生なんです」

 

「ああ、将軍の武術ね。流派も作ってたんだ」

 

「ええ。門下生も少しですけど集まり始めてたのですが、閉めちゃいました」

 

「あーそうそう、その辺聞きたかったのよ。なんで都市連合の将軍をやり始めたか聞いてる?」

 

この質問にジュードはドキリとする。まさかルイを探し出すためというのがバレかけていて、自分に探りを入れられているのではないかと思ったからだ。

 

「え……いや、ちょっと俺はついてきただけなので分からないです」

 

知らないふりで逃れようとするジュードに対してカナエはひかない。

 

「えーそうなの。最初はやる気なさそうだったけど最近は訓練を積極的にやり始めるし何を考えているか分かんないのよねぇ」

 

これにはジュードも共感した。

 

「……俺も最近、師範が考えていることが読めないんです」

 

「ふーん、それは残念ね。あ!ジト先輩!今日はもう上がりですか?」

 

ジュードの悩みなど無関心であるかのようで、カナエは訓練を終えて通りかかった5将の1人ジトに声をかけた。部将ジトの名前はジュードも知っていた。都市連合発行のユナイテッドウィークリーに毎回のように登場し、野盗討伐や御前試合等における活躍がこれでもかと記載されているのだ。恐らく現在侍の最強格なのだろう。そんな男が近寄ってくると威圧感が凄まじくジュードは思わずたじろいだ。しかしジト本人は自覚がないのか構わずに喋りだす。

 

「大分部隊同士の連携が出来てきた。今日はもう終わりにしてゆっくりすることにするよ」

 

「そうですか!でしたらぁ、この後BARにでも行きませんかぁ?」

 

急にカナエはこれまでキリッとしていた表情からデレた声を出し始めたのだ。これにジュードは状況を瞬時に理解する。この女性は目の前の男に対して好意がある。確かにジトという男性も長身イケメンの上に腕が立つ。この後も順調に昇進していくエリートなのだろう。ルックスと安定性、経済力がありモてないわけがないのだ。お互い引けを取らない容姿なので第三者から見てもお似合いのカップルだと思えた。

 

しかし次のジトの言葉でその場は凍りついてしまう。

 

「いや、嫁が夕ご飯の支度をしてしまっているだろうから早く帰りたくてね」

 

「!!」

 

思わずジュードはカナエの顔を横目で見てしまった。カナエは口をパクパクさせながら絞り出すように喋りだす。

 

「……え?ジト先輩ってもしかして……」

 

「あれ、連絡していなかったか。去年籍を入れたんだ」

 

ガーーーーン

 

という音がどこかから聞こえたような気がした。

 

「そう……ですか」

 

「ではお疲れさん」

 

ジトは状況理解せずにそのまま立ち去ってしまったが、カナエの後ろ姿は哀愁が漂っていた。それを見てジュードはつい自分が言われた言葉を返してしまう。

 

「ざ、残念でしたね……」

 

「……くわよ……」

 

「え?」

 

「飲みに行くわよ!あなたもね!」

 

「ええ!?何で俺も……」

 

「交流会!してないでしょ!シンジロウも呼ぶわ!」

 

「でしたらチャド師範としてくださいよ」

 

「うるさいわね!行くよ!」

 

カナエは強引に腕を引っ張っていったが、周りの侍達からの白い視線が突き刺さり、ジュードはいたたまれない気持ちになった。

 

 

 

 

 

そして3時間後

 

 

 

「がはははは!お主ら結構飲めるんじゃな!」

 

5将の1人老将ヘイハチの笑い声がBARに響き渡った。横では顔面蒼白のシンジロウが椅子とにらめっこしている。カナエはグラスに入ったお酒を飲み干すと乾いた声でヘイハチに喋りかける。

 

「なんであなたが来てるんですか……」

 

「なんじゃ?交流会じゃろう?シンジロウ君が呼んでくれたのじゃし断われんじゃろう」

 

この言葉にカナエはシンジロウを見やるが彼は相変わらず死んだように椅子を見つめている。

 

「シンジロウ、あなた何杯飲んだのよ……大丈夫?」

 

「……大丈夫と言えば大丈夫です」

 

「……そう。ジュード君は?君は飲んでないのか」

 

カナエは姉貴分のように周りの者たちに気を配っている。

 

「あ、はい。すみません。飲めないので……」

 

「君ってさぁ、なんか軍隊向いてないよね。なんで民間からわざわざ入ってきたの?」

 

「なんでって……それはチャド師範を守るためです」

 

「守るって言ってもチャド将軍は拳聖と讃えられるほど超強いんでしょ。あんま意味ないじゃん」

 

「盾になるぐらいは出来ます!カナエさんだって何でこちらに配属されたんですか?」

 

「んー?私は希望したからよ。ホーリーネーションに恨みがあってさ」

 

「なぜ恨んでいるんですか……?」

 

「15年ぐらい前にロード・イナバがバスト奪還の部隊を送って返り討ちにあったんだけどさ、その時に兵士だった父親が戦死したのよ」

 

カナエはグラスに口をつけながら遠い目で打ち明けた。

 

「そうだったのですか……」

 

「ワシもじゃよ」

 

急にヘイハチが話に割って入ってきた。カナエは怪訝そうな表情するがそれに構わずヘイハチは続ける。

 

「30年前に都市連合がまだバストを持っていた頃じゃ。ワシは地主のアイゼン家に務めていたのじゃが、ワシの遠出中にホーリーネーションの大部隊が襲ってきて、村は焼き払われ、老若男女を問わず全員奴隷として連れ去られたのじゃ」

 

「あー、あいつらが来る前はバストは栄えた都市だったんでしょう?酷いことするわよね」

 

「うむ。領主様も人格者でのぉ。無欲恬淡で都市の発展に尽力なされていた。そして民を逃がそうとして戦死されてしもうた。ご子息も捕らえられリバース鉱山に奴隷として送られてしまったそうじゃ……」

 

肩を揺らして泣き始めるヘイハチに若干引きながらもカナエは優しく声をかける。

 

「では今回の参加はひとしお思いが強いのですね」

 

「うむ……シンジロウ君も遺恨なのかね?」

 

話を振られたシンジロウは虚ろな目をしながらも喋りだす。

 

「僕ですかぁ?僕は元々南側の都市連合から出向で派遣されていただけなんですけど、マシニストがいるワールドエンドに一度行ってみたくて、良い機会だったので立候補しました」

 

「マシニスト……古代の研究をしている学者集団のことじゃな。お主、歴史が好きなのか?」

 

「いえ、スケルトン工学が好きなんです。あそこでは最先端の古代技術も研究されているので勉強したいのです」

 

「なるほどのぉ」

 

カナエもシンジロウとは付き合いが長いようで補足するように付け加える。

 

「シンジロウは若い時から神経結合型義手の開発や血流力発電の研究をしていて科学技術の天才なんですよ」

 

「皆それぞれ思いや目的があるんじゃな」

 

5将の参加する理由を聞いていてジュードは1人やるせない気持ちになっていた。

 

自分がここにいる理由はチャド師範を守ることであるのに偽りはない。しかしカナエに言われた通り、門下生ごとき力をチャド師範にとっての脅威と比較するとたかが知れている。それに戦場に連れて行って貰えない場合、役立つ機会すらおとずれない。

 

(俺は何をすればチャド師範の役に立てるのだろうか……)

 

ジュードは神妙な顔つきで考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

そして数日経ったある日のこと。

この日はロジャー・バートの部隊との合同大規模演習の日であった。

 噂ではこれが済んだ後にバスト地方へ進軍するのではと言われていた。チャド配下の5将も全軍フル装備でストートから西方の演習地へ出撃していった。ジュードもガルベスと共に輸送部隊として数名の兵士と一緒に出立する。なお、チャドは別行動で本体の軍と動くとのことであった。

 

ジュードは特に喋る相手もいなかったのでガルベスと会話しながら歩いていた。

 

「今日の演習地は遠いですね。場所も山脈で足場が悪いですし」

 

「……そうだな。まぁ戦いは平地だけじゃねぇ。山岳戦も想定するのはありだ。ただ……」

 

「どうしました?」

 

「ロジャー・バート軍と合同でやる必要もねぇな」

 

「確かに、ほとんど後詰めの役割だけのようですしね」

 

ガルベスの言う通りであった。演習地の山脈は大部隊では動きにくいし、何よりバスト地方に近かった。ホーリーネーションの守備隊が反応して出撃してきた場合、戦闘になってしまう。むやみに近づくとすぐさま戦争に発展する危険性があった。

 

そこに伝令らしき兵士が前方から走ってくる。

 

「第一陣のジト部隊がホーリーネーションの防衛線を無事に突破した!輸送部隊はそのまま前進するように、とのこと!」

 

ホーリーネーションに攻め込んだ事を想定した訓練かと思わせる伝令であった。しかし予定地より前進するのを訓練内容として捉えて良いのか迷う。ジュードはガルベスの表情を伺ったが、彼は驚いた顔をして呟いた。

 

「マジか。あの防衛線を簡単に破るとは、ジト部隊やるな」

 

「何を言ってるんですか?演習ですよ?」

 

「お、おう。そうだったな。しかし、どうもおかしいぜ」

 

「そうですよね!伝令に予定地の変更まで入っているなんて」

 

「こりゃあたぶん攻め込んだな」

 

「え?」

 

「恐らく演習と思わせて相手を油断させたんだ。実際には伝令通りだと思うぜ。こんな上手くいくとは思わなかったが」

 

「……!!」

 

言われてみれば攻め込むにはここまで各部隊は合理的な動きをしている。ジュードは急激に胸騒ぎを覚え始める。チャドがいる限り起こり得ないと思っていた戦争が今まさに始まった可能性があるのだ。

 

その後、急いで変更された合流地点へ駆けつけたジュード達であったが驚くべき情報を聞かされる。ガルベスが予想した通り、都市連合の先鋒部隊はチャドとロジャー・バートの指揮の下、演習地から北上しホーリーネーションが守るバスト地方へ進軍していたのだ。そして先鋒のジト率いる一隊がホーリーネーションの防衛線を難なく突破し奥深くまで攻め取ったとのことだったのだ。

事実上、開戦していたのである。

 

(チャド師範……なんで……)

 

あれだけ戦争はしないと言っていたにも関わらず、相談もせずに極秘で侵攻計画を実行したチャド師範にジュードは困惑していた。

 




なんかちょっと勢いがないです(*_*;


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102.深謀遠慮

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


「被害状況を報告してください」

 

ホーリーネーションのバスト地方長官となったカスケードは会議の場で最初に切り出した。

 都市連合という大国の侵攻は少なからずホーリーネーションの面々を動揺させ、バストを守るパラディン諸侯は浮足立っていたのだ。

 そのためカスケードは緊急会議を開き、まずは状況整理から着手していた。そして長官として冷静な態度を見せることでまずは味方側を落ち着かせようとしていた。

 

「はっ!第一防衛線が突破され、現在はルビク審問官が守る第2防衛線が都市連合と対峙しております」

 

「第一を守っていた高位パラディンのテルツァはどうしました?」

 

「パラディンテルツァは戦死されたようです……!」

 

この報告に一同は悲観的な声を上げる。テルツァは老兵ながら歴戦をくぐり抜けた猛者であった。

 

「落ち着きなさい。反応しすぎですよ」

 

カスケードはこう言ったものの内心は穏やかではなかった。チャドのもとに送った密偵には侵攻する意思があればチャドを暗殺するように命令を出していた。その密偵も未だ帰ってきていなかった。

 

(失敗したか……。彼が動いてきたということは、ルイがこちらにいないことが漏れたということ。いったいどこから?)

 

「第一防衛線を横から急襲した部隊がいると伺っています。その情報は何かありますか?」

 

ホーリーネーションの第一防衛線は完璧な防御体制が整っていた。仮に都市連合が攻め込んできても一定期間は持ち堪えられる想定であった。にも関わらず、悠々と突破されてしまったのだ。その要因として裏から攻撃を受けたからとの報告を受けていた。

 

「はい。どうやらこの部隊は浮浪忍者の可能性があります。我々が全くノーマークであった後ろ側の北西から突如として少数で現れ、素早い動きで防衛線を乱して行きました」

 

「浮浪忍者……小数なのに止められなかったのですか」

 

「それが……この部隊の中に1人スケルトンがいたようで、これがまた手がつけられない強さだったようです」

 

「スケルトンですか……」

 

カスケードは苦い顔をして歯ぎしりした。

 

(浮浪忍者と都市連合が連動していた。ルイの情報は伝わり、チャドは敵に回ってしまったわけか……)

 

敵の敵は味方。モールが復帰した浮浪忍者が早くも都市連合と連携してくるのは想定しておくべきだった。

モール奪還と今回の件は繋がっている。恐らくモールの居場所を突き止める見返りにバスト侵攻の支援が契約として成立していたのであろう。

 

裏でグリフィンや浮浪忍者、チャドも利用してバスト侵攻を手掛けた者。

 恐らくノーブルサークルの貴族であろうが、数年前の都市連合にはこのように大々的にホーリーネーションと戦おうとする貴族はいなかった。というよりここまで計画だてた動きを出来る切れ者はいなかった。

 

(近年、加入した貴族か?その中で功績を出している者は……)

 

ロジャー・バート

ロード・ギシュバ

レディー・ミズイ

ロード・オラクル

 

の4名に絞られる。

 

ギシュバはテックハンターとして功績をだしている猛者と聞いているが、ハウラーメイズを攻略した後、現在は引退している。

ミズイは謎に包まれているが科学者出身と聞いており外交戦略には疎いはず。

オラクルはハウラーメイズ遠征の出資者だが食糧問題の解決で民衆に割と支持されており先見性がる。

裏で糸を引いている可能性はなくはないが、どちらかと言うと……。

 

やはり一番の警戒対象はロジャー・バートだろう。

ロジャー・バートはロード・イナバに代わって将軍としてホーリーネーションを撃退し、現在もチャドと連携して攻め込んで来ている張本人だ。そして息子たちを各勢力に関わらせて着実に影響力もつけてきている。野望が大きく戦術に長けているならばこいつが今回の首謀者である可能性は高い。派閥が異なるオオタ派の戦争機運も利用したとなるとかなりの策謀家でもあるのだ。

 

(やはりこいつを早めに殺す。そうすれば間接的にも侵攻を鈍らせることが出来るし、何より近くに来ているから殺りやすい)

 

暗殺の成功率が高いのは最初の一人であり、一度暗殺してしまうと、その後は警戒され失敗する可能性がでてくる。だから暗殺の優先度としても最初にロジャー・バートを殺っておくに越したことはないのだ。

 

カスケードの頭の中で優先事項は決まったが相変わらず会議の場は浮足立っている。今回、一番の問題は攻め寄せている都市連合の質と数が桁違いだからなのだろう。

 

以前の攻め手はイナバによるストート1都市の兵力でしかなかったが、今回は各都市の精鋭が集められ文字通り都市連合なのだ。これも首謀者の貴族(ロジャー・バート?)が段取ったのではないかと疑えるほど足並みが揃っている。

ルビク審問官の第2防衛線はある程度持ちこたえてくれるであろうが、長くは持たないだろう。

 

(バストの戦力だけで撃退したいところではあったが……)

 

「本部に援軍を要請しましょう。近くにいる高位審問官ヴァルテナにも乞いましょう。もはや我々だけでどうにか出来る数ではないので」

 

この言葉で諸侯の面々にやっと安堵の表情が出始めた。

 それほど切迫しているわけでもなかったのにこのような状況になっているのは理由があった。

 

バスト地方は本部から見捨てられる噂がたっていたのだ。都市連合とイザコザを対処しながらの占領は依然として進まず、バストは荒れ果てる一方だった。ここに資源と人を投入するよりも、ハブのように放棄して大国間の緩衝地帯にしたほうが効率的なのではないかという意見が大きくなり始めていたからだ。

 当然、本部から聞いている情報とは異なっており根拠や証拠は乏しかったし、捨て置けない噂であったためカスケードは出どころを追ったのだが見つけることが出来ないでいた。

 

結論としてこれもホーリーネーションを混乱させるための流言だったとカスケードは理解した。あらゆる手を使ってきている裏の貴族に対して対応が後手になっていることにカスケードは苛立ちながらも冷静に分析は続ける。

 

(浮浪忍者の戦力は……)

 

満身創痍のモールが戦線復帰しているとは考えにくいが、強いスケルトンの存在も気味が悪い。

 

浮浪忍者もオクラン教徒であるためスケルトンは忌み嫌うはずであった。

となると考えられるのは影響力を持つ指導者がスケルトンに寛容なタイプに代わったということだ。

 

浮浪忍者は元々絶大なカリスマを持つモールありきの組織であり、副司令官にマニという者がいたがこいつはどちらかと言うとカニバルとの戦いを重視していた。くノ一三忍もモールほどの実力はなくナイフが死んで勢いはないはずだ。

 

(モールに次ぐ有力な指導者が思い浮かばないな……。いずれにしろスケルトンが何者なのか知らないと対策がとれない)

 

カスケードはいったん浮浪忍者については何者なのか探るところから手をつけることにした。

 

だが、ここまでは相手の手に応じた後手の対応。相手が想定していないであろう先手を打って、少しでも都市連合の侵攻を遅らせなければならない。

 

これまで想定の上を行くやり方で出し抜かれてきた感覚があった。誰が都市連合のブレーンになっているのかまだ不明だが、その者の予想がつかないやり方で反撃しなければならない。

 

カスケードは顎に手を置いて考えた。

 

(『敵の敵は味方』をこちらも利用させてもらうか)

 

「反乱農民のボス・シミオンに連絡を取りなさい」

 

都市連合は奴隷制度を活用して食糧体制を維持している。奴隷はほぼ無給であり、雇い主である貴族は奴隷が壊れたら使い捨てている。維持費は最低限の衣食住を提供するだけで成り立ってしまうのだ。そのため、多くの農民が価格競争に敗れ、土地や仕事を失ってきた。極度の飢餓状態に陥り、彼ら農民がたどり着いた先は反乱であった。

バストの近く北方に砦を構え、素人ながらも組織的に都市連合に抵抗していたのだ。そこにカスケードは随分前から目をつけ連絡を取っていた。

 少しでも都市連合の足枷になるようにスパイ養成教育班を送り込み、精鋭化させる動きも行っていた。(ハウラーメイズに反乱農民のスパイとして送り込まれたニムロッドもホーリーネーションの教育を受けていた)

 

カスケードは都市連合軍が深く入り込んで来た場合に反乱農民に後方を脅かせてもらうことのした。

 

都市連合の弱点は広大な領土ゆえの兵站が伸びることだ。安全な食糧体制の維持にも手を焼いているであろう。そこを突くのだ。後ろにいる輸送部隊を襲撃し食糧を燃やしてしまえば都市連合軍は立ち往生すると考えたのである。

 

(あとは第2防衛線でなるべく膠着状態を作ること……。この手はルビクは嫌がりそうではあるが仕方ない)

 

「ルビク審問官と直接話をします。移動の用意を」

 

カスケードは会議を自ら閉めると移動の支度にかかった。

 

 

 

 

 

 

一方、第2防衛線を守るルビク審問官は前方に展開する都市連合の部隊を鋭い眼差しで睨んでいた。都市連合の先鋒であるジト部隊は今にも突撃してきそうな気配を見せている。

 

ジトの名は知っている。侍の中で1、2を争う大太刀の使い手だ。都市連合はこの男を先頭に力押ししてくるのは明白だ。高位パラディンテルツァもこいつに負けたと聞いた。

 

しかし、次の相手は俺だ。

俺にはパラディンの中から選びぬかれた審問官という自負がある。審問官はただ護衛や警備をしているだけでなく、役務上、危険地帯へ赴くことも多々あり、日々何かしら戦闘をしていた。そんな環境が俺を強くしていったのだ。俺は恐らくもうカスケードの実力を超える力を身に着けただろう。ここで名うての侍を討ち取り審問官たる者の威厳を内外に見せつけてやるのだ。

 

ルビク審問官は両手でパラディンクロスを顔の前に掲げると、祈るように目を閉じた。

 




今回のバストはざっくりこんな感じ

【挿絵表示】


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103.姑息

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


ホーリーネーションの第1防衛線を破ったチャドは5将と内部打合せをしていた。次の第2防衛線をどのように打ち破るのかの打合せである。ただ、初戦を勝利で飾れたことで皆の表情は緩くなっていた。

 

「がははは!まさかこんなに簡単に突破出来るとはのぉ。奴らも大したことないわい」

 

最初に老将ヘイハチが満足気に切り出し、5将がそれに続く。

 

「ジト先輩さすがです!」

「いや……正直なところホーリーネーション軍は俺が崩す前に最初から乱れていた」

「浮浪忍者がホーリーネーションを後ろから叩いたと言いますやん。もしかして将軍が何か密約していたんとちゃいます?」

「確かにそうでないと説明出来ないタイミングでしたね。直前まで僕も総合演習だと聞いていましたし」

 

5将の視線全てがチャド将軍に集まった。目を細め腕組していたチャドは静かに口を開く。

 

「……その通りだ。今回の侵攻は浮浪忍者と連携している」

 

おお!と感嘆の声が上がった。

 

「さすが将軍!やる気ないと見せかけて周到な準備をしていたんですね」

 

チャドはカナエの言葉に特に反応することなく、地図を拡げ始める。

 

「ホーリーネーション第2防衛線だが……、明日ジトとタニガゼの部隊を先鋒にして突破する。……いいな?」

 

「はっ」「はいな」

 

「次の相手はパラディンではなく審問官だ。恐らくジトと同レベルの実力を有しているだろう。なるべく2人であたれ」

 

「えー、ジトさんは侍最強ですわ。わてがいなくても大丈夫やろ」

 

「入り乱れると想定通りにもいかない。だから細かい所はお前たちに任せる」

 

打ち合わせは短い時間で終了した。カナエはシンジロウと一緒に会議室を出ると軽く伸びをする。

 

「んー、また私たちサポート組ね」

 

「仕方ないですよ。部隊の強さでいったらやはりジトさんとタニガゼさんです」

 

「えー……ジト先輩とこは先輩の力ありきだし、タニガゼはなんか急造部隊って感じしない?結束力を感じられないのよねぇ」

 

「そういうカナエさんのとこはどうなんですか」

 

「私の部隊は父の隊から編入してくれた人がたくさんいるし固い信頼関係で結ばれてるのよ」

 

「なるほど。まぁでもジトさん部隊はやっぱ強いですからどうしても一番手にはしちゃいますね」

 

「先輩は周りから期待されると無理しちゃうタイプなの。だから誰かが抑えてあげなきゃいけないのよ」

 

性格に似合わずカナエの言葉には深みがあるようにシンジロウは感じた。その分、気まずい空気を感じとり、何か別の話題を探すようにさりげ無く辺りを見渡した。すると

 

「あ……、あの人……」

 

視線の先には渦中のジトがいた。隣には見知らぬ女性がいる。小柄で可愛らしい容姿だ。しかし何やら女性は浮かぬ表情をしているように見える。

 

「お……奥さんですかね……?」

 

シンジロウは恐る恐るカナエの顔を覗き込んだ。いかに男女関係に疎いシンジロウと言えどもこのタイミングはあまりよろしくないものだと理解していたのだ。

 

「……同行しているということは軍関係かしらね。一度くらいご挨拶しておかないとね」

 

「え!?行くんですか?ちょっと様子がおかしいですし止めておきましょうよ」

 

「何言ってんの。そんなのいちいち気にしてられないわよ」

 

カナエはそう言ってグングンとジト達のほうへ近寄っていってしまう。半分恋敵の相手がどんな人物なのか知りたい感情も含まれているのだろう。シンジロウは仕方なくついていくことにした。

 

ジトの隣にいる女性は悲しそうにジトに訴えていた。

 

「なぜあなたばかりがいつも先に戦わなければいけないのよ?次は違う人に代わってもらえないの?」

 

「無理を言うな。俺が適任なのだよ」

 

「5人集められたのでしょう?それにチャド将軍だって強いと有名じゃない!」

 

「将軍を先頭には出来ないだろう」

 

聞こえてくる内容にさすがに気まずく思ったのかカエデは近づきながらも話しかけるのに躊躇していた。それに女性のほうが先に気づき無言で会釈する。

ジトも苦笑いしながら話しかける。

 

「おお、カナエとシンジロウか。家内のサキだ。よろしくな」

 

カナエは作ったような笑顔で応える。

 

「はじめまして、5将のカナエです。こっちは同じくシンジロウと言います」

 

「は、初めまして。あなた方が5将……なのですか?」

 

「ええ。ジトさんに次ぐ5将を務めさせて頂いております」

 

「でしたら……!次の戦いの先鋒を代わって頂けないでしょうか!?」

 

「!!」

 

サキが突然、カナエの手を取り懇願したのだ。ジトはサキを引き離しながら制する。

 

「やめなさい!何を言いだすんだ!」

 

「だって変じゃない!強いからってなぜあなたばかり危険な目に合わなければいけないの?」

 

「俺ばかりではない!侍は皆、国を守るために命をかけているんだ。士気を下げるようなことをここで言うのは止めなさい!」

 

ジトの覇気にサキは気負ってしまいそれ以上騒ぐことはなかった。

 

「ご、ごめんなさい。でもあなた絶対帰ってきてね」

 

「当然だろう。また美味しい夕食を作っておいてくれ」

 

サキはカナエ達の方も見やる。

 

「カナエさんもシンジロウさんもジトのこと宜しくお願い致します……!」

 

「……はい」

 

カナエは生半可な返事をすることしか出来なかった。

言わずもがなカナエは密かに先輩であるジトに恋していた。ジトは異性からもてはやされ、同性からも羨望の眼差しで見られるほどの人物である。侍を象徴する実力と精神を兼ね備えたジトを武家の子であるカナエが好きにならないわけがなかった。

 だからこそ自分は出来る限り想いを寄せた人を守りたいとは思っている。最早叶わぬ恋だと分かっていても好きな気持ちに変わりはないのだ。しかし、それを恋敵の人から頼まれる筋合いはない。それに戦争において絶対に命を保障することなど出来るはずがなかったのだ。

 

こうしてそれぞれが複雑な思いを胸にしまい、一夜が明けていった。

 

 

 

 

 

次の日の早朝

 

多くの侍が一列に並び号令を待っていた。

そして先頭にいる大柄の男は件の侍ジトである。

 

彼は自慢の大太刀を抜刀し掲げると後ろに並ぶ侍たちに向けて大声で叫んだ。

 

「かかれぇええ!!」

 

この声を皮切りに都市連合の侍数百人が一斉に走り出した。

 

対するはルビク審問官が守るホーリーネーション第2防衛線だ。防衛線と言っても馬防柵が丘の上に並べられている程度であり、砦の壁よりも防衛力は低かった。それにホーリーネーション軍はその信仰の特性上、文明の利器を拒む傾向がありボーガンなどの飛び道具を扱わなかったのだ。

 そのため戦いがほぼ軍と軍のぶつかり合いの近接戦になるのは必定だった。

 

またこの世界は人類が緩やかに衰退していることもあり、部隊と言ってもたかだか100人程度の集団である。陣形の概念はあれど高度な戦術は余り意味をなさなくなっていた。兵の数以外で勝敗に大きな影響を及ぼすのは個々の力量。特に群を抜いた圧倒的な実力を有する部将が1人いるだけで戦況を一気にひっくり返せるのだ。だからこそ都市連合軍の先鋒にジトが選ばれているのであった。

 

当然、そのような影響力を持つ部将の損失も大きな意味を持つ。それゆえホーリーネーションの審問官ルビクは駆け上がってくる大柄な男をずっと目で追っていた。その男がジトであると確信したルビクは他の侍には目もくれず、パラディンクロスを手に一気に詰め寄っていく。

 

「貴公は都市連合の侍ジトで間違いないか!?」

 

律儀にもルビク審問官はジトを前にして問いかけた。対するジトも名乗り合いのような古風なやり方は嫌いではなかった。

 

「いかにも俺がジトだ!そういうそなたは何者か!」

 

「ホーリーネーション審問官ルビク!参る!」

 

唐突に始まった大男同士の前時代的な一騎討ちに周りの者は敵味方全て遠慮するように後ろに下がる。というより巻き込まれない為、のほうが理由としては正しいかもしれない。

 

都市連合の侍 大太刀のジト。

ホーリーネーションの審問官 パラディンクロスのルビク

 

重武器同士の戦いは竜巻のように周りをなぎ倒すことが想定されたのだ。

しかし、その想定とは裏腹に2人の男は対峙したまま動かなくなった。

 

共通して強者だけが直感で感じとることが出来る気配。いま自分の目の前にいる男の間合いに不用意に入れば死が待っている。直接対峙することで互いの力量を肌で感じ取っていたのだ。

 

両者見合いながら得物を構えているだけの時間が続き、周りの戦闘は次第に激化していく。2人の任務は目の前の男を屠ることだけではない。早めに決着をつけて戦争に勝利するための指揮をとらなければならないのだ。

 

ジトは大太刀の間合いが優っていることを利用して一気にケリをつけることにした。大上段に構えて素早い初撃で相手を切り捨てるのだ。

対するルビクも一瞬で意図を理解する。パラディンクロスを下段の脇構えで対していたが、このまま組み合うと上段からの速さで負ける。ただし上段から振り下ろされる高速の初撃を乗り切れば、逆に切り返しの早さでルビクの勝率が上がるのだ。

 そしてジリジリとジトが間合いを詰めたことで両者思考の時間切れとなる。ルビクが大太刀の間合いに入ったのだ。

 

音もなく振り下ろされる大太刀にルビクが取った作戦は前例のないやり方であった。

体を捻りパラディンクロスを振り上げたが、大太刀に当てにいくというよりかは自ら下がり、背中で背負うように大太刀を受けにいったのだ。下がった分、高速の大太刀の受け流しに成功した形だ。

体制を崩しながらも大太刀の初撃の受け流しだけに全神経を注いだのだ。例え自分が転びかけたとしても受けきれさえすれば自分は回転しながらでも次の攻撃が出来る。

 

しかし……強烈な違和感を持つ。

大太刀の斬撃が思ったよりも軽かったのだ。

 

 

 

 

 

そしてその答えは当然ジトが持っていた。

 

ジト・サカエザワ

 

幼い頃から謎の師カクノーシンに目をつけられ英才教育を受ける。その甲斐あって、魅せる仕合だけでなく、泥臭く勝利を掴み取る戦闘スキルも身に着けていた。正式に侍として配属されてからも鍛錬を止めることなく進化を続け、公式に都市連合最強の称号を得る。その後はロード・オオタに首都ヘフトの守備隊長に指名され、嫁を娶りこの時代の平民にしては珍しいほど順風満帆な生活を送って現在に至る。

 

今回も確実に勝利することだけを考えているジトは初撃をルビクが何かしらの方法で受けに来ると踏んでいた。

 

ゆえに大太刀の初撃は()に使う。

 

振り下ろす瞬間。ジトは利き腕ではない左手を離し右手のみで斬撃していたのだ。そして左手はノールックで腰に帯びた脇差に伸びる。

 

逆手二刀流だ。一連の流れはやろうと思ってもすぐに出来ることではない。これまでジトが血反吐がでるほど行ってきた訓練の賜物であろう。

 

(殺った……!)

 

都市連合の侍誰しもがそう思っただろう。

ジトはそのままルビクの首元に脇差を持っていく。

 

その刹那。

 

鈍い痛みがジトの脇腹を襲った。

気づくと人相が悪い見知らぬ兵士が槍のような棒をジトに突き刺している。その様子を見ていたルビク審問官の声が戦場に響き渡った。

 

「ベルゼブブ……!?貴様!!」

 

ベルゼブブと呼ばれた人相の悪い兵士はさらに短剣を取り出すとジトの首筋を音もなく引き裂いた。

 

首元を抑えながら倒れゆくジトの横でベルゼブブは薄気味悪い笑顔を浮かべていた。

 




kenshi2まだかな~・・・


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104.情勢変化

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


ルビク審問官はジトの亡骸を見ながら呟く。

 

「ベルゼブブ……貴様、俺の一騎討ちを邪魔した事を理解しているであろうな?」

 

怒りの形相になり今にも味方に斬りかかんばかりだ。

対するベルゼブブは血塗られた短剣を放り投げると、顔についたジトの血を拭った。

 

「いやいや、やらなきゃあんた負けてたよ。それにこれはカスケード審問官の命令ですよ。文句は彼にどうぞ」

 

「なんだと……?」

 

「この決闘は今回の戦争において深い意味があったのはご存知だったでしょ。あんたのプライドなど勝利のためには全く無意味です。つべこべ言ってないで自分の仕事をしたらどうです?」

 

「……」

 

ルビクはしばし放心していたが、確かにベルゼブブが言っていることは正しかった。ここで敵将ジトを討ち取った意味は大きいのだ。審問官になっただけあってルビクは状況把握も切り替えも早かった。事態を飲み込み始めると、自分を納得させるようにホーリーネーションのパラディン達に指示を出す。

 

「兄弟たちよ!今こそ都市連合の悪の尖兵共を殲滅するチャンスだ!突撃せよ!」

 

都市連合の先駆けとなっていたジトが倒れ、周囲の侍達は完全に浮足立っていた。侍の中でも今回の戦いへの意気込みはそれぞれ異なる。ヘイハチやカナエのようにホーリーネーションを恨んでいる者もいれば汚職にまみれた貴族から遣わされただけの侍もいた。むしろ後者のほうが構成的には多いかもしれない。

そこに勢いをつけたパラディン達が掛け声と共に突撃したのだ。命が惜しい侍から我先に逃げ出し始め、あっという間に都市連合軍の陣形は崩れてしまい、ホーリーネーションに形勢が傾いたのである。

 だが、都市連合の侍たちが退却を始める中で、1人の侍鎧に身を包んだ男がベルゼブブを見ていた。

 

「見たで〜あんたの顔。暗殺者が顔覚えられるの致命的なんちゃう?」

 

都市連合の5将タニガゼだ。彼は一騎討ちが始まるのを遠くから発見し駆けつけていたのであろう。ジトの援護には間に合わなかったが、ホーリーネーションの神出鬼没の暗殺者『ベルゼブブ』の顔を見ることが出来たのだ。

 

「馬鹿か。見ても死ぬだけだぜ」

 

ベルゼブブは近くに落ちている長剣を拾い上げると一気にタニガゼに詰め寄っていく。しかし、タニガゼは懐からクナイのようなものを瞬時に出しベルゼブブに投げつけた。そしてそれをベルゼブブが防いでいる間に逃走する都市連合軍の中に姿をくらました。

 

「ほう……あいつやるね」

 

ベルゼブブは追うことはせず、一人仕事を終えた余韻に浸っていた。そんな中、第二戦はホーリーネーションの勝利で幕を閉じてゆく。都市連合は先攻の要であるジトを失うという手痛い打撃を被ったのである。

 そしてカスケードが見立てた通りこの戦いの後、都市連合側が攻めの布陣の再検討に入ったため一時の膠着状態となっていくのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

都市連合陣営

 

 

ジト戦死の報から始めて開かれた緊急会議は第一防衛線を打ち破った時の賑わいとは打って変わって悲壮感がただよっていた。

 

そこに堰を切ったように話しだしたのは目を真っ赤にしたカナエであった。

 

「暗殺者ベルゼブブが来ていることを把握していたなら、ジト先輩を狙いに来ることは予測出来なかったのですか!?」

 

これに反論するようにタニガゼが間に入る。

 

「無理言っちゃあかん。そりゃあ予測はするだろけど貴族でもないのに一々守ってられないでしょ」

 

「タニガゼ。そもそもあんたジト先輩と協力する手はずだったのに何やってたのよ!?」

 

「それこそ無理やねん。自分の部隊の指揮もあったし、駆けつけた頃には速攻で決着がついてしもうたんや」

 

「一緒にいた意味全然ないじゃない!」

 

興奮気味に話すカナエに対してヘイハチも諭すように会話に加わる。

 

「カナエ殿、落ち着かれよ。今回タニガゼ殿は長年正体が掴めていなかったベルゼブブの顔を見たと聞く。相手に手札を切らせたのは不幸中の幸いじゃった」

 

「それだけあの決闘が重要だったからでしょ!現に流れが向こうに行っているじゃない」

 

「キーキーうっさいのぉ。ほんならあんたが先頭に立てばええやん」

 

「ええ、そうね!あなた方には任せてられないわ!」

 

ヒートアップするカナエの言葉に反応したのはチャドであった。

 

「カナエ。君には別の任務がある。後方の輸送部隊を護衛しに行って欲しい」

 

「はい?攻めはどうするのですか?私もそこそこ腕には自信があるのですが」

 

既にカナエの表情は紅潮し爆発寸前だ。そこに火をつけたいのかタニガゼがチャチャを入れる。

 

「あんたは女の侍という珍しい広告塔やから下手に前に出て死んでもらっちゃ困るんちゃいます。将軍の苦悩を理解してあげなぁいかんで」

 

会議室内は一瞬にして冷気に満たされたように殺気立った。カナエはタニガゼを睨み一触触発の気配だ。これを冷静に見ていたチャドは静かに口を開く。

 

「それは違うぞタニガゼ。輸送部隊が襲われる可能性が高まっているのが事実だからだ。食糧をやられたら我々は苦境に陥ってしまう。それは何としても避けなければならないためカナエを遣わすのだ」

 

「でもうちらの後ろの部隊なんて敵さんは狙えないんとちゃいます?」

 

「狙うのは何もホーリーネーションだけではない。野盗や反乱農民などこの機会に動き出す組織もいる」

 

「ああ、なるほど。良かったのぉ、姉さん。厄介払いじゃのぉて」

 

カナエはチャドの言葉を聞くと、もうタニガゼを相手にさえせず無視を決め込んでいた。チャドもタニガゼの態度について特に指摘することなく話を進める。

 

「前線のほうだが……今後は私が直接出ていって、タニガゼとヘイハチにはカバーに回ってもらう。シンジロウはさらに後方からのバックアップだ」

 

「えー、将軍様が前に出ちゃってええん?」

 

「しばらくは突破力を重視する」

 

その場に反対する者はいなかった。この状況を再度覆すにはリスクをおかしてでも起爆剤的なやり方を投入するしかないという見解が一致していたのだ。大方の方針が決まった頃、外を守る衛兵から声が聞こえてくる。

 

「失礼します!外にジト部隊長の奥様が来られていて将軍と話したいと訴えております。如何しますか?」

 

「…………」

 

ジトの死は既に兵士の間に伝わっている。妻であるサキが把握することは容易だった。

 

「私が対応するわ。別室に案内しておいて」

 

カナエは真っ先に声をあげた。恐らくジトの死に関する抗議であることは予想がつく。サキから直接宜しく頼まれた手前、それを受けるにも自分の責任だと思っていたのだ。だが、それを遮る男がいた。

 

「いや……何度も言うが輸送部隊の護衛は現在、最重要任務であり一刻を争う。カナエはすぐにでもここを発て。サキには私が会おう」

 

チャドだ。彼なりのケジメなのか、それとも事情を知った上での優しさなのか。将軍が応対することなどあまり前例がない中で名乗り出たのだ。

 

元々カナエは本心ではサキに会いたくない。恋敵に対して目元を真っ赤にしながら悲しんでいたことを知られるのはあまりにも惨めだと思えたからだ。ここはチャドの配慮に甘え、言われた通り自分の部隊を率いて後方の輸送部隊がいる場所へ移動を開始することにした。

 

 

 

 

 

そして道中、カナエは今回の事について深く考える。

自分がジトの死で深く傷ついているのは誰が見ても明らかだ。

 自分の目的は父の仇であるホーリーネーションを倒すことだった。しかし、いざ身近にいる想いを寄せていた人を失くした時。想像以上の喪失感が頭を支配して他に何も考えられなくなっていたのだ。

 

(はは……私のほうが軍に向いてないのか?これじゃあタニガゼが言っていることのほうが正しく思えてくるな……)

 

自分は今、著しく覚悟が足りていない。戦争をナメていたのは自分だったのかもしれない。怒りの気持ちだけで戦争を推進していた過去の自分を改めて顧みると視野が狭かったのだと自覚させられた。

 

 しばらくすると虚ろな視線の中に輸送部隊がキャンプを貼っている様子が目に入ってきた。

 出迎えてくれたのは、チャドの付き人ジュードであった。

 

「……ああ、久しぶりだね。君が輸送部隊を見ていたのか」

 

明らかにこれまでと違うテンションで喋りかけるカナエに対してジュードは心配そうに応える。

 

「カナエさん。お疲れ様です。その……ジトさんは本当に……残念でした……」

 

「ただ戦友を1人失くしただけよ。戦争ではよくあることでしょ……」

 

年下の前で弱い所は見せたくない。カナエはただ強がるしかなかった。

 

「なぜこちらに来られたのですか?」

 

「あなた達の輸送部隊が襲われる可能性があるみたいでね。私が派遣されたのよ」

 

「え、ここもですか……」

 

「安心しな。来たところでどこかの弱小組織による便乗レベルさ。私が撃退してあげるよ」

 

カナエは輸送部隊を見渡した後、続ける。

 

「兵士はこれだけ?あなたいつもガルベスっていう大柄なシェク人と一緒にいなかったっけ?」

 

「ガルベスさんは他に任務があるようでここを離れました」

 

「ふーん、そう。使えそうだなと思ったけどまいっか。取り敢えず今日は飲もうか」

 

「え!?……ご、護衛が飲んでいいんですか」

 

「飲み潰れなきゃいいのよ」

 

こうしてカナエは無事にジュードがいる輸送部隊に合流した。その夜、ジトの死を忘れたいためなのか、カナエは大量の酒を飲みジュードに絡んだ。

 

「前にさ、あなたに軍は向いていないって言ったじゃん?」

 

「ああ、そういえば言われましたね」

 

「ごめん」

 

「え?何ですか急に!」

 

「いや、向いてなくてもチャド将軍を守りたいからついてきたのに酷い事言ったなって」

 

「いえ、いいんですよ。向いていないのは事実ですから」

 

「あなた本当は人と戦いたくないのでしょう?争い事が嫌いなんじゃない?」

 

「…………」

 

「チャド将軍もある意味同じね。なんか無理矢理戦っている気がする。貴族になる野心があるわけでもなさそうなのに」

 

この言葉にジュードは考えさせられた。元々ルイを助けるためにチャドも軍に入ったのだ。戦争を仕掛けたのにも利用があるはずだ。態度を崩さないカスケードに対して強気の姿勢を示さざるを得なかったのかもしれない。

 

「師範は……」

「静かに!」

 

急にカナエが制するようにジュードの言葉を遮った。そして暗くなった辺りを見渡している。

 

「……来たわね」

 

カナエが視線を送る方向から数人の人影が現れ始める。その者達はボロボロの衣服を着込み桑など粗末な武器を携行していた。

 

「やはり反乱農民か。数はそこそこいるけど私の部隊で追い払えそうね」

 

カナエは背負っていた長巻を抜いて構えた。すると反乱農民の先頭にいる男がカナエに気づき、舐め回すように見て話し出す。

 

「おいおいおい!マジかよー、女がいるぜ。というかいい女じゃん」

 

男の農民らしからぬ巨躯とそのふてぶてしい態度にカナエは違和感を覚える。格好も他の農民と違って皮の鎧を来ており異質だ。

 

「あんた5将の女か?こりゃあついてるぜぇ」

 

「どうでしょうね。そういうアナタは誰なの?」

 

「僕、農民ですぅ。イヒヒヒ。食糧庫に火をつける地味な仕事よりあんたを殺るほうが良さそうだぜ。いや……拉致ったほうが何度も楽しめるな!」

 

これに対して近くを守っていた侍が対応する。

 

「反乱農民どもか!帝国に楯突く愚か者共め!」

 

侍はそのまま男に斬りかかった。

 

しかし、男は懐から短剣を取り出すと、素早い動きで侍の刀を避けて首筋を掻っ捌いたのだ。

 

「!!」

 

ホーリーネーションに訓練を受けていたとしても、農民とは思えない尋常ならざる動きだ。

 

カナエは前に出て構える。

 

「お前……まさか……ベルゼブブか!!」

 

この言葉にジュードをはじめとする都市連合の侍達に緊張が走る。都市連合屈指の剣豪ジトを不意打ちとは言え倒した相手がここに現れたのだ。

『ベルゼブブ』という名前はホーリーネーションで暗殺専門のコードネームとして使われており、首なしの惨殺死体や手足のない精液まみれの女性遺体などが見つかる凄惨な事件があるところに必ず絡んでいた。しかし、捕えるどころか顔すら確認出来なかったため都市連合領内でも悪霊と言われ恐れられていた。その悪霊がいま自分たちの前に現れたのだ。輸送部隊の侍たちも名前を聞いて少し怖気づいていた。その反応を見てベルゼブブは得意げに話し始める。

 

「部将はお前だけか?いや〜迷うねぇ。犯してから殺すか、殺してから犯すか……まぁ両方だな!」

 

一定の秩序や道徳心があるオクラン教徒らしからぬ発言に都市連合の兵士達の表情は引いている。ベルゼブブの残虐性は本物であり、決して誇張ではないことを感じ取っているのだ。ただカナエの中ではジトを殺された怒りがそれ以上に上回っていた。

 

「クズ野郎……!お前は絶対に殺す。相手は烏合の衆だ!追い散らすぞ!」

 

カナエは浮足立っていた味方を鼓舞した。それを見たベルゼブブは恍惚な表情を浮かべ始める。

 

「いいねぇ!いいよぉ!お前が『くっ殺せ!』って言う時の表情を想像しただけで勃ってきたよぉお!」

 

闇夜の中で唐突に戦いが始まった。

 




('ω')
自分の性癖が作品の中に出てしまいます


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105.蝿の王

◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


いくつもの刃が交わり、微かな火花が荒野の夜に光輝やいている。

都市連合軍の輸送部隊に反乱農民の部隊が襲撃したのだ。

 

その中で都市連合の5将カナエはホーリーネーションの暗殺者ベルゼブブと対峙していた。

 

どの国においても悪霊と言われるほど恐れられ、『ベルゼブブ』という異名を持ったこの男はまさに神出鬼没で実態を掴めないでいた。それが戦争が始まってから連続して戦場に姿を現しているのだ。ホーリーネーション側もなりふり構っていられないのだろう。

 

(ジト先輩、仇を取ります!)

 

カナエは長巻を振りかざし斬りかかった。それをベルゼブブも難なく後ろにかわして避ける。ベルゼブブの得物は短剣一本のため、さすがに長巻を受けることは出来ないようだ。

長巻の間合いを測るように器用にかわしていく。斬撃速度や軌道を見ているのだ。隙が出来た瞬間にスピードを活かして懐に入るつもりなのだろう。

 

ならばとばかりにカナエは袈裟斬りのみモーションを一段遅く繰り出した。その遅れにベルゼブブが食いつくように。カナエは袈裟斬りから反転して逆袈裟を瞬時に繰り出す剣技『燕返し』で仕留めようと考えたのだ。

 

より慎重により自然にカナエは長巻を振るう。

目の端には反乱農民に襲撃されている輸送部隊の様子が見える。農民側は貧相な装備ではあるが数人アウトローの剣士も混じっている。また都市連合側もそんなに数が多いわけではないためグズグズしてもいられなかった。

 

(もう少し踏み込んでもいける)

 

カナエは微調整の範囲で少し深く斬り込んだ。

 

そしてその瞬間

 

ベルゼブブが猛然と前に出てくる。

 

(かかった!)

 

女の身で侍となったカナエは力技ともに素人であり、それゆえ始めの頃はろくに刀を振るうことも出来なかった。女性が戦闘員となることは現在においてもさほど珍しくはなかったが、筋力において男に劣る者が、力が全ての世界で生きていくには過酷であった。当然、親のコネで軍に入れたのだと陰口を叩かれることもあった。

 しかしカナエは滅気なかった。

雨の日も風の日も刀を何千何万回と振った。そして今日、部隊長として認められるほどの実力を身に着けたのだ。

 刀剣を振るう際に要求される力はほぼ筋力ではあるが、カナエはそれを体のしなやかさと柔らかさで補った。チャドの発勁と近い原理で体の「伸筋の力」「張る力」「重心移動の力」を利用して気を溜めて斬撃時に吐き出すのだ。

 

『燕返し』は逆方向への切り返しのため、気の流れを使いにくいと思われがちだが、初撃の袈裟斬りの真横には平行して2本の逆向きの流れが生じる。カナエは度重なる振り込みによりそれを無意識に見極めることが出来た。二撃目の逆袈裟はその流れを捉えるのだ。

 カナエは間合いに入ったベルゼブブに対して神速の二撃目を切り出した。

 

はずであった。

 

「……!!」

 

二撃目が出ない。腕にベルゼブブの右足が届き、押さえられていたのだ。ベルゼブブはスライディングをするように一杯に足を伸ばし、切り返しを止めたのだ。そしてさらにフワッと浮くと左足でカナエの顔を蹴り飛ばしにかかる。カナエも咄嗟に柔らかい体を活かし、身を屈めてその蹴りを掻い潜る。

 

(こいつ……!図体の割に早い!)

 

ベルゼブブは屈強な体格だ。あのまま顔面を蹴り飛ばされていたらただでは済まなかっただろう。暗殺だけが専門かと思いきや格闘面も慣れているようだ。

 

カナエは後退しながら長巻を振り、ベルゼブブの追撃を抑えた。

 

仕切り直す形で互いに構え直す。

ベルゼブブは首の骨を鳴らしてストレッチしながらニヤついている。

 

「勿体ねぇなぁ」

 

「は?」

 

「ナルコは黙って性処理だけしてりゃあいいのによ」

 

ナルコとはオクラン教の中で女性を意味する。男尊女卑の考え方が蔓延るホーリーネーションの中で女を道具としてしか考えていない発言に、カナエの嫌悪感が増す。しかしベルゼブブはさらに怒りを誘うように続ける。

 

「あーでも体使って部将になれたのか?」

 

平静を装っているカナエの心情は既に腸が煮えくり返るぐらい怒りに満ちていた。それも当然であろう。目の前には想いを寄せた者を殺した男がいるのだ。そして偶然にもベルゼブブは次の言葉でそのカナエの弱点に触れてしまう。

 

「都市連合の部将っつっても大したことねぇってことだな。強ぇって言われてたジトも目の前の相手だけで一杯一杯だったしなぁ」

 

カナエの中で何かがキレた。

猛者として、好いた相手として慕っていた先輩を侮辱されたのだ。早めに決着をつけたい焦りも無意識に重なり、長巻を振りかざして前に出てしまう。

 

しかしベルゼブブはそれを見計らっていた。

今まで見せたことのない潔い踏み込みでカウンターを繰り出し、カナエの鎧に掌底をぶつけたのだ。

 

「ぐっ……!」

 

衝撃によりカナエは思わず声を上げた。そして長巻を離してしまう。それを見てベルゼブブはそのままカナエの体を片腕で地面に叩きつける。

 

「がっ……は!」

 

受け身を取れなかったカナエは全身を殴打してしまう。

 

「ちょっとだけ味見しちゃおうかねぇ!」

 

ベルゼブブは片腕でカナエの細い両腕を握ると、あいた片腕で鎧を力任せにもぎ取る。服がはち切れそうなほど豊満なカナエの胸がその拍子にゆっさりと揺れた。

 

「わ〜お。こりゃあ都市連合のお偉いさん達もイチコロですわ」

 

「……貴様!」

 

軽い脳震盪を起こしていたカナエはぼんやりと意識が戻ってくると、覆いかぶさっているベルゼブブを認識して蹴りを入れようとする。

 

「おおーっと!暴れんなよ。ナルコの喜びを教えてやるっての」

 

ベルゼブブはカナエの足を難なく制すると、体重を使って強引に組み伏せた。身動きの取れないカナエは全力で抜け出そうとするが、微動だにしない。

 

「力がないねぇ。じゃあ皆に部隊長さんのおっぱい晒しちゃおうか」

 

ビリビリと力任せにカナエの服は破かれ、汗と星明かりで妖美に煌めく胸が弾むようにこぼれ落ちる。

 

「あらら〜出ちゃったよ?早くしまわないと部下に見られちゃうよ?」

 

力で強引に押さえつけられ何も出来ないでいるカナエは、まるでこれまでの鍛錬すべてを否定されているかのような状況に悔しさと怒りで自然と涙が出てきてしまう。

 

「あれれ、泣いちゃうの?もっと睨みつけてくれよ。げはははは!」

 

ベルゼブブは無慈悲にも煽り続ける。しかしそこにジュードが駆けつける。

 

「カナエさん!!」

 

ジュードはそのまま全力蹴りをベルゼブブに食らわせようとする。しかし

 

「楽しみを〜……邪魔するな!!」

 

「……っ!」

 

ベルゼブブはジュードに目を向けることなく、片腕でジュードの蹴りを払い除けたのだ。

 

圧倒的な力で為すすべがない。これがホーリーネーションの悪霊ベルゼブブなのか。と他の侍たちも戦意喪失して手を出せないでいた。ベルゼブブは周りを気にすることなくカナエの鎧を剥いでいった。

 

 

 

しかし、そこに呑気な声が響き渡る。

 

「おおー、いるいる。たぶんアイツだ。戦場でも女を襲ってるぜ」

 

侍鎧を全身に着込んでいて都市連合の侍だとは分かるが素性が見えない。しかし、ジュードには聞き覚えのある声だった。

 

「スケサーン……?」

 

「おう、柔道着くん。君も戦ってたのか。全く役立っていなさそうだが」

 

相変わらずの嫌味を言いながらスケサーンはベルゼブブの方へ向かっていく。

ベルゼブブも相手が手練だと感じ取ったのか、カナエの長巻を奪って構える。

 

「A級懸賞首ベルゼブブか?」

 

「そうだけど、どちらさん?」

 

「特憲だ。あんたホリネの軍事基地にいたアマネって女を知ってるか?」

 

「ん?ああーあの子もしかして特憲だったの。犯しながら首絞めたら死んじゃったわ」

 

平然と言いのけるベルゼブブに対してスケサーンも全く動揺していない。

 

「はぁ。隊長が言ってたこと当たっちまったか。ここにお前が来るだろうことも予測してるしやっぱ隊長は只者じゃねーなぁ」

 

スケサーンは愛刀しなり野太刀を背中から抜く。どうやらやる気のようだ。

 

「おおっと!動くとこの女の命が……」

 

ベルゼブブはユラリと近づいてくるスケサーンを牽制するため、カナエに長巻を向けた。しかし、刃の先には肝心なカナエはいない。

 

「あ?どこいった?」

 

カナエはベルゼブブが目を離した隙に自ら離脱していたのだ。そのままスケサーンは高速で野太刀を振るいにかかった。これにベルゼブブも長巻を使って応戦し、突如としてベルゼブブとの第2ラウンドが始まる。

 

ジュードはこれを見て圧倒された。スケサーンはしなり野太刀を利用してフェンシングのように高速の攻撃を繰り出すが、ベルゼブブは不慣れであろう長巻を使って全て凌ぎきっているのだ。そして数合の刃を交えた後、ベルゼブブは余裕の表情を見せ始める。

 

「特憲も大したことねぇな。もう大体分かったよ」

 

「何が分かったって?」

 

「程度がだよ。俺は不慣れな長巻を使ってるんだぜ?」

 

「ふん、全力じゃなかったらどうする?」

 

「強がるなって。頑張ってもせいぜいもうちょっと動ける程度だろ」

 

特憲のスケサーンであってもベルゼブブの本気に到達していない様子ではあるが、スケサーンは全く動揺していなかった。

 

「やれやれ……ここにも怪物がいたか」

 

「げははは!落ち込むことはねーぜ。身の程を知って大人しくしていれば目立たず長生きできんだから」

 

「そうだな。じゃあ俺は引っ込むかな」

 

スケサーンが喋っている合間

 

2つの分厚い刃。板剣とフォーリングサンがベルゼブブの後方から迫りくる。それをベルゼブブは体をそり返し、見ずに避けきる。

 

「……あっぶねーな!まだいんのかよ!!」

 

会話に気を逸らせながらの死角をついた完璧な攻撃をかわしたベルゼブブにスケサーンはほぼあきれている。

 

「それも避けんのかよ。やはり3人で押しきるしかないか」

 

長々と喋っていたスケサーンも野太刀を握りなおすとベルゼブブに再度斬り掛かっていく。

 

ベルゼブブを後ろから襲撃したのは、ガルベスとリドリィであった。

 それを見たジュードは色々な思いが錯綜し思考が停止していた。

 

「え?ガルベスさんに……リドリィさん!?」

 

ジュードが驚いている横でガルベス、スケサーン、リドリィによる猛攻がベルゼブブに向かう。この3人の実力はもはや言うまでもなく、凄まじい勢いでベルゼブブを圧倒していく。組んで戦う経緯こそ不明ではあるが、部隊長であるカナエを蹂躙され絶望的な状況にいた都市連合の侍たちにとってはまさに救世主の登場と言えた。歓声が上がり、侍たちもその本来の強さで反乱農民兵を押し返し始めたのだ。

 

 対してベルゼブブは押されているにも関わらず嬉々としていた。

 

「うおお!さすがにきちーな!ちょっと手を抜いてくれよ!!」

 

「耳を貸すな。こいつは確実にここで殺るぞ」

 

スケサーンの号令の元、3人は攻撃の手を緩めなかった。しかし驚異的なのはベルゼブブだ。紙一重ではあるがこれまでの3人の攻撃を細い長巻で全て流すか受けきっている。

 

「なんちゅー動体視力なんだ、こいつは!本当にA級なんかよ!」

 

ガルベスが板剣を振るいながら叫んだ。

 

「文字通り蝿の目をしてんのさ!フリッカー融合頻度が恐ろしく早いって話だ!」

 

フリッカー融合頻度とは脳の画像処理速度を言う。その速度が早いと目が外界の画像を認識するコマの数が増える。つまり周りがスローモーションに見えるのだ。蝿などの小さな虫ほどこの数値が高いが、ベルゼブブも同様に並の人間より動体視力がずば抜けて高かったのだ。ベルゼブブはこの能力を駆使しつつ剣術を極めており、一度ホーリーネーション最強の称号である『炎の守護者』の推薦を受けたことがあるが辞退している。

 

 

 

ー持って生まれた才能があるのに、ホーリーネーション指導者フェニックスの後ろに護衛として突っ立ったまま人生を終わらせるのはあり得ない。

 どうせなら自分が王になり愚民を導いてやってもいい。そう思った時期もあった。しかし俺はすぐに飽きた。と言うより人間に幻滅した。殺し合いを続け、他種族を排他し、くだらない思想を啓蒙する。それに抗おうとする者もいない。人間とはなんて意味のない生物なのか。

 ならば……自分は自分の性にあったことをやり続けるだけ。気が向いたら誰かを暴力で蹂躙し、好きな時に女を犯す。力こそ正義。傍若無人に生きてこそ人間の証なのだー

 

 

 

 

しかし

 

「気を抜かず畳み掛けろ!!」

 

今回の相手はそんなベルゼブブの力量を把握した上での取り組みであった。元奴隷商ガルベス、元テックハンターリドリィ、そしてスケサーンという特殊な組み合わせにも関わらず、不思議なことに3人の連携は練習したかのように息が合っているのだ。

 

「お前ら。まさか俺のことを……」

 

「気に食わねーが確実に仕留めろと上からのオーダーでね。調べた上で3人でシミュレートした」

 

「なるほどね……」

 

そう言うとベルゼブブは急に振り返り走り出そうとする。

 

「おおっと!逃がさねーよ!」

 

そこに退路を断つようにスケサーンが周り込む。

3人はベルゼブブを囲むような陣形をとっていた。対するベルゼブブは腹をくくったようであった。一点突破を計るべくガルベスに対して猛攻を加え始めたのである。

 

「うおお!?」

 

ガルベスは板剣でなんとか防ごうとするが、ベルゼブブのしなやかな剣術にその身を削られていく。

だが、それも長くは続かない。動きを想定していたスケサーンやリドリィがフォローするように攻撃を加えたため、ベルゼブブは突破を断念せざるを得なかった。

 

 

 

 3対1のこのやり取りはおよそ5分ほど続いたが、気がつけばベルゼブブは血だらけになっていた。片腕は取れ、腸が腹からこぼれ出ている。残る腕の指も欠損し最早武器は持てない。

 

反撃はないと悟ったリドリィはフォーリング・サンを降ろし問いかける。

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

この問いにベルゼブブは無表情を崩さず聞き返す。

 

「……俺たちは何のために存在するんだ?」

 

「!?」

 

「同種で殺し合いをするのは人間だけだ。どうせなら潔く絶滅しちまえばいいんだよ」

 

そう言うとベルゼブブはそのまま動かなくなった。悪霊として世間に恐れられた男にしては死に際も実に呆気なく、坦々とした最後であった。

それを見届けた後、スケサーンとガルベスが呟く。

 

「ふ〜死んだか。任務完了だ。お疲れさん」

 

「最後まで意味分からん奴だったな」

 

「ふん、一貫性がないんだよ。やりたい放題やっておいて悟った気になってんじゃねーって話だ。まぁ特憲にかかれば悪霊伝説もこんなもんよ」

 

「これでバストは勝ち確かもしれねーな」

 

「俺たちのおかげでな。あ、ガルベス、特憲試験はこれで合格だ」

 

「んん?これ就任試験だったのかー」

 

さらりと述べたスケサーンに対してガルベスはまるで興味ないかのような振る舞いであったが、これを端で聞いていたジュードは思わず叫ぶ。

 

「ガルベスさん!あなたもしかして特憲に入ったのですか!?そ、それにリドリィさんも……」

 

リドリィを倒して連れ去ったのは特憲だった。何かと敵対的に接してくるスケサーンも特憲であり、ジュードにとってこの組織は今後も相容れない間柄であることは明白だった。そこにいまガルベス、そしてリドリィが一緒にいる事実に半ば言葉を失っていたのだ。

 

「あー、お前には言ってなかったっけか。自由に動けるし羽振りがいいんでな」

 

「…………!リドリィさんは……!トゥーラがあれからずっと探してたのですよ?会いに行ってあげましたか!?」

 

「…………」

 

何も応えないリドリィに対して狼狽しているジュードにスケサーンがいつものように恫喝する。

 

「柔道着くんさぁ。特憲になったら何だよ?結果も出せてねーのに人の選択にガタガタ騒いで入ってくんじゃねーよ。つーかトゥーラはもうリドリィに……」

 

スケサーンは言いかけた言葉を止めた。

そしてこの状況を未だに飲み込めていないジュードを他所に帰り支度をし始める。

 

「ここはもう侍たちに任せて平気っしょ。報告に戻るぜ」

 

そう言ってスケサーンはガルベスとリドリィを連れ、またどこかへと消えていってしまった。

 その後、ベルゼブブを失った反乱農民はカナエの部隊に蹴散らされ敗退することになったが、思わぬ形で必殺のカードを失ったホーリーネーションは今後、苦境に陥っていくのである。



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106.瓦解

◆都市連合
 チャド、ジュード


チャドを先鋒にした都市連合軍は勢いを取り戻し兵数の差を活かしてホーリーネーションの第2防衛線に再度猛攻を仕掛けていた。

 そして今、都市連合側に多数の死傷者を出しながらも防衛線は破れようとしていた。そこを守る審問官ルビクはこの状況を覆す方法を懸命に考えていた。

 

「もう一度カスケード審問官に援軍の要請をしろ。それとこのままだとここは半日も持たないことも伝えろ」

 

ルビクは伝令に命じた。

第2防衛線にも多少の砦や防御柵があるものの天険を利用した第1よりも強度は弱い。多数の兵で攻められた場合、防ぎきることは難しかったのだ。そしてここを破られると後にはカスケードのいる本陣に到達するが、その後ろはない。

 

ルビクを最も苦しめていたのはやはりチャド自身の出陣だった。恐らくチャドの実力は高齢ながらも現在、世界で5本の指に入る。拳聖と称えられ知名度もある人物が先頭に立って攻め込んで来ている現状、例えパラディン達が勇敢に守っていても、彼が来ただけで及び腰になってしまう。

 

 

 

 

 

ルビクは打開策を考える中でカスケードと2人で会話していた時の事を思い出していた。

 

「チャドとのタイマンは絶対に避けてください」

 

カスケードは敢えて念を押してきた。

腕に自信があるルビクにとってこの発言は実に不快であった。

 

「貴様、何を言っている」

 

上官であると同時に同期の関係でもあったルビクは意見をぶつける際は対等であることを意思表示するためにタメ語で反応した。

 しかしこの反発を想定していたかのようにカスケードはスラスラと反論する。

 

「あなたを過小評価して言ったわけではないです。現に今のあなたは審問官の中で一番の使い手です。ただそれでもタイマンを行うリスクを取る必要がないと言っています」

 

サラリとルビクの実力を認めるようなカスケードの発言はルビクの毒気を抜いた。しかし同時にいつもの上手いやり方で手玉に取られているような感覚も芽生え、ルビクは何かしら言い返したくなった。

 

「相手はトップが出てきているんだ。リスクは向こうの方が高いだろ」

 

「ええ、ですが少し言い方を変えるとこちらはリスクすらおかす必要がないのです」

 

ここまで話すとカスケードに何か考えがあるのだろうと、ルビクも理解して冷静になる。いつもこの男は先を見据えた判断をしており、それが外れることはなかったのだ。しかしルビク自信も納得がいくまで意見をぶつけるタイプであるため、それで引くことはない。

 

「どういうことだ。チャドを打ち取るより他にこの劣勢を覆す手はないだろう?ベルゼブブもやられたようだし。まぁあんな汚点は死んでせいせいしているが」

 

カスケードは暫く間を置くと意を決したように口を開いた。

 

「上層部は情勢を覆さなくて良いと思っているかもしれません」

 

カスケードの口からまさかこの言葉が出てくるとは思っておらずルビクは唖然とした。

 

「なんだと……まさかお前は噂を信じているのか?」

 

「信じる信じないの話ではありません。私は既に何日も前に援軍要請をしていますが、一向にこちらに到着する気配がありません。今回都市連合は全体で攻めてきています。バストが重要だと思っているならば近くにいるヴァルテナ上級審問官からもパラディンを派遣すべきなのにそれもありません。だから噂と言うより根拠が揃ってきた形です」

 

言われてみて納得がいく。都市連合は総出で攻めてきているのに、いまだバストの守兵だけで対処させようとすること自体ナンセンスなのだ。

 

「……しかしバストを棄てると永久に東への道を閉ざすことになるぞ」

 

「ええ。ハブの時と同じことをする計画なのかもしれませんね。だからあなたがここで命をかける必要がないのです」

 

ホーリーネーションは3大大国とされる大陸の南西シェク王国とも争いを続けていたが、国境を隣接するハブという都市を放棄し緩衝地帯にすることでシェク王国との直接的な紛争を回避していた。

 

「消極的すぎる……。石像にリソースなんか費やしていないで本気でバストを固めれば良かったんだ」

 

ルビクは思わず独り言のように悪態をついた。

 

「……ルビク審問官、上層部への批判はお止めなさい」

 

「じゃあお前はどう思うんだよ?過去に仲間がバスト攻略するのにどれだけ死んでいったのか知っているよな。30人いた同期がいまや2人だけなんだぜ!?」

 

「……上層部も何か考えがあってのことでしょう。兎に角、今はなるべく都市連合の侵攻を時間稼ぎすることだけ考えましょう」

 

 

 

この会話はルビクが腑に落ちないまま終了した。国教を世界に広めるという高い志しを持っていた同期のパラディン達はその目標に向かってバスト戦線で命をかけて戦ってきた。ここで退いたらその者達の死は無駄になってしまうのだ。生き残った者の使命として東への道は自ら閉ざしてはならないのだ。

 

(やはりチャドは俺が仕留める必要がある)

 

ルビク自身、自分が最強だと思うほど慢心していない

が、審問官レベルの者でないとこの苦戦している現状を打開できないと認識していた。そして逆にチャドを仕留めることが出来れば流れを引き戻せる。

 

(既にいくつか拠点を潰された。防衛線を破る要所をピンポイントで潰されている今、次に来るのはちょうどここだろう)

 

そして予想通り、戦闘が続いている中で、ルビクが守る砦を竜巻のようにパラディンをなぎ倒しながら駆け上ってくる男を視認する。チャドだ。鬼神の如く暴れ狂うその姿はまさに向かうところ敵なしだ。

 

「ちっ……化け物め!」

 

ただ、勝負は時の運。勝率100%などあり得ないのだ。チャドの得物は自らの拳。飛び込んでくるタイミングにパラディンクロスを合わせさえ出来れば勝利を掴むことは出来る。

 

ルビクは覚悟を決めた表情でチャドに立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

ーパラディンだった俺は同期のカスケードが嫌いだった。性格の不一致もあったのだが、一番の理由は何でも難なくこなしてしまうお前の才能に嫉妬していたからだろう。パラディンから高位パラディン。そして審問官。同期の誰よりも早く出世していく様子を俺は下から見ているだけでしかなかった。お前は処世術にも優れていた。腐った性根を持つ者はお前を貶めるためにくだらない罠をはったが、通用することもなく逆にお前の凄さを際立たせるだけの踏み台になっていった。

 1つでもお前に勝ちたい、お前に並びたいと思い、俺は必死になって剣術に励むことにした。俺は都市から近い稽古場を探すため視界が悪い岩場を抜け剣を振るには程よい場所を探した。そして1人黙々と汗を垂らし泥まみれになって剣の素振りをするお前を見つけたのだ。練習している姿など普段絶対に見せないのにお前は人知れず努力してその実力を維持していたのだ。

 

努力して自分を高める奴は嫌いじゃなかった。俺のお前を見る目はその日から尊敬にかわった。

 

常に先の先を見据えて考え、動いている。そしてそれは自分のためだけではなく、ホーリーネーションという国のためになることを行っているのだ。その証拠にお前は難航しているバストに敢えて戻ってきた。俺は内心、すごく嬉しかったのだ。自分の立身出世だけを考えている場合、こんな旨味のないとこに舞い戻ってくるわけがないのだ。

 だからこそ俺は確信した。次代のホーリーネーションを引っ張っていくのはお前だ。お前は今後、上級審問官となって兄弟達を導いていくのだー

 

 

 

 

(だから……お前の障害となる者を少しでも取り除いてやりたかったんだがな……)

 

 

 

 

どんよりとした雲模様が視界に広がっている。

戦いの歓声が微かに耳に入ってくる中で、ルビクは血だらけになり地に伏していた。最早、手足は全く動かず、見上げる先には拳聖チャドが無表情で見下ろしている。

 

「あんた……やっぱ強かったぜ。せめて相討ちを狙っていたんだが全くのお手上げだ……」

 

反撃はもう来ないと判断したのかチャドは拳を降ろし、ルビクの言葉に応える。

 

「私はここで倒れるわけにはいかなかった。だから全力で挑まさせてもらった」

 

相対した相手に向かって最大限の敬意を持って応えてくれた拳聖の言葉にルビクは思わず目頭を熱くする。

 

「ふっ……。最後に剣士としてあんたと闘れて良かった……」

 

そのまま動かなくなったルビクの虚ろな目をチャドは静かに閉じたのであった。

 

将を失ったホーリーネーションの第2防衛線はそのまま都市連合に突き崩され、ついに残るバストの守りはカスケードのいる本陣だけとなった。

 

 

 

 

 

そしてその日の夜

 

 

カスケードの元にルビク審問官の戦死の報が届くことになる。

 

「そうですか……ルビク審問官はチャドに……」

 

カスケードの手には血管が浮き出るほどの力が入っている。

 

「私の未来構想にお前は必要でした……。怒りと悲しみを感じるのはフラーケの時で最後かと思っていましたが……」

 

カスケードは天を仰いでから目を見開くとこれまでとは違って怒気あまる声で独り言を続ける。

 

「チャド……。あなたと私の関係は引き返せない所まで来てしまいました。そちらがその気ならばいいでしょう。大いに殺し合おうじゃありませんか……!!」

 

カスケードは伝令を呼びつける。

 

「誰か……」

 

「は……はい……!」

 

「救援はまだ近くに来ていないと思っていいですね?」

 

「は……セタ上級審問官が炎の守護者を連れてこちらには向かっているようですが、バストには見えておりません」

 

「ヴァルテナ上級審問官は?」

 

「それが……オクランの盾を襲撃されたら取り返しがつかないとのことで同じく動いておりません」

 

「何となく理解できて来ましたよ。老害どもめ……。仕方がありません。私が直接赴きます」

 

「し、しかし本陣はどうされるのです?」

 

「ここは餌にします。最後に私の戦い方を彼らに見せてやりましょう」

 

カスケードの目は血走り、噛み締めた唇は薄っすらと出血していた。今までの澄ました表情は見る影もなく般若のような風貌に周りを囲むパラディン達でさえも恐怖でおののいていた。

 



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107.横死

◆都市連合
 チャド、ジュード


「皆の者!都市連合軍は真っ直ぐにこの本陣に向かってくる。先頭はこれまで同様にあの拳聖チャドで来るだろう」

 

カスケードのこの言葉に聞いているパラディン達は悲壮感を漂わせた。しかし、カスケードは構わず続ける。

 

我々も(・・・)ほぼ全員で相手の本陣を突く!」

 

どよめきが起こった。最早ホーリーネーションのバスト防衛軍は都市連合軍に対して僅かであり、攻め込むための兵士がいないはずなのだ。

 

「本陣の守りはどうするのですか?ここを取られたら事実上バストは陥落です」

 

「我々にとってここの重要性はもうない。こちらが先に相手の本陣と食糧を奪い混乱した都市連合を順に叩くのだ」

 

どよめきは歓声に変わっていく。

 

「さぁ栄光なるホーリーネーション軍の勇姿を見せつけるぞ!」

 

やはり都市連合軍はチャドを先頭にして本陣めがけてかけてくる。この本隊とまともにぶつかっても最早勝ち目はない。だからその横から来る他の部隊を破って都市連合の本陣に進むのだ。

 チャドの横を固めていたのはタニガゼとヘイハチであった。どちらもカスケードの計算上突破可能な将だ。強いて言えば経験値の観点でヘイハチのほうが強いと分析報告を受けていたが、カスケードは直前に聞いていた情報を重視した。タニガゼの対応の速さを警戒したのである。

 結果、カスケードが選択したのは右翼を守るヘイハチ部隊への突撃であった。

 

「お主は審問官カスケードか!?」

 

当然、いるはずがないホーリーネーションの長官が目の前に現れ、右翼の将ヘイハチは一瞬驚き固まる。軍隊において本陣は言わずもがな重要な拠点であり、ここを死守するものだと思っていたからだ。

 しかし、ヘイハチもさすがのベテランである。すぐに頭を切り替え自部隊に戦闘命令を出す。彼にとって審問官が目の前に来ていることはむしろこの戦争に終止符を打つ好機であった。

 

「アイゼン家侍大将、ヘイハチ!参る!」

 

今となっては遠い昔、バスト地方を治めていた旧領主の名の下にヘイハチは大声で名乗りを上げた。

対するカスケードもすぐに察する。

 

「ほう。あの名家の生き残りですか。ならば昔の仲間たちにお会い出来るようすぐに冥土に送ってあげましょう!」

 

両者はそれそれの得物を手に対峙する。

 

そしてここにほんの少しの間が出来たことで会話をする余地が生まれる。喋りかけたのはヘイハチであった。

 

「審問官。お主に聞きたいことがある!」

 

「何でしょうか?私は時間がないのでお早めに」

 

「アイゼン家のご子息は無事であろうな!?」

 

「……?何のことか分かりません」

 

「とぼけるな!バストの人々はみな奴隷としてリバース鉱山に送られたと聞いている!審問官ならば把握しているだろう!」

 

「……ああ、30年も前の話ではないですか。私が知り得るはずがない」

 

「ぬぅぅ!ならばもはや言葉は不要!積年の恨みを晴らす!」

 

そう言ってヘイハチはカスケードに斬り掛かっていった。

 

戦いにおいて勝敗を決するポイントは当人達の技量、膂力、経験が上げられる。経験とは即ち駆け引きも含まれる。冷静さを失うと視野が狭まり、この駆け引きに影響がでてくる。憎きホーリーネーションの審問官を前にしてヘイハチは自身のアドバンテージである経験値を自ら下げてしまったのだ。

 

そこをカスケードは突いた。

 

バスト戦歴における叩き上げの戦士であるカスケードは当然、周知のごとく実力は申し分がない。これに冷静な判断力をも兼ね備えた盤石な審問官に対してヘイハチでは力不足であった。

 

フェイントもないヘイハチの大振りをギリギリでかわすと、パラディンクロスを叩き込む。

 

「…………!」

 

審問官級の一撃は戦い抜かれたヘイハチの鋼の肉体を容易く両断した。悶絶する間もなくヘイハチの上半身が宙を舞う中でカスケードはサラリと言いのける。

 

「次にいきます」

 

将を失ったヘイハチ部隊はカスケード隊の地力に圧倒され気力を失った。カスケードはそこを容赦なく叩いていく。

 

このカスケード本隊がヘイハチ部隊を突破した動きは都市連合のどの部隊からも遠くから見えていた。しかしホーリーネーション本陣を攻めていたチャド隊は攻撃を中断する気配はなかった。これにカスケードは舌打ちをする。

 

(ふん。将は捨ててあくまで本陣狙いですか。ならば我々もあなた達の本陣を崩すまで)

 

カスケード隊はそのまま都市連合本陣を守るシンジロウ部隊に向かう。カスケードを固めるパラディン達は歴戦の中で選びぬかれた精鋭である。同時にホーリーネーションのためならば死をも厭わぬ正真正銘熱烈な信者でもあった。反して都市連合本陣に置く侍たちは

経験が浅い上に自らの命をかけるほど意気込んではいなかった。それは戦果に如実に影響し、カスケード本体は難なく都市連合本陣の防衛線を突破しつつあった。まさにカスケードの捨て身の作戦がハマりつつあったのである。

 

恐らくホーリーネーションの本陣が先に落ちる。しかし、それを兵士達が事前に覚悟した上での行動であるならば大した影響はない。反面、都市連合側の本陣が落ちた場合、意気込みが足りない侍から動揺が走る。それは想定外の波となって末端の兵士達の間に伝播するのだ。そこに追い打ちをかけるように本陣にある食糧庫に火をつければバストという不毛の地で侍たちに食糧が行き渡らなくなり飢えとの戦いが始まるのだ。都市連合の人間は常に食糧問題に直面してきた歴史があり、燃え盛る食糧の黒煙を見ればトラウマが蘇り、我先に逃げ出す者も出てくるだろう。そうすれば後詰めのロジャー・バートが動かない限り、チャド軍の敗退が現実味を帯びてくる。

 カスケードにはそういった兵士の心理まで計算できる強さがあった。

 

そして

 

(そうなってもロジャー・バートは動かないはず)

 

これはカスケードの直感だった。このままチャドが勝利した場合、ロジャー・バートには全く戦果がないままバストが都市連合の物となる。それをみすみす許すような者がノーブルサークルの一員をやっているはずがないのだ。チャド部隊が苦戦した後にロジャー・バートの手助けによってバストを取る流れにしたいだろう。

 

そしてホーリーネーションとしてはチャドを倒し勝機が出てきた場合、セタやヴァルテナも本腰を上げて援軍を回す可能性が出てくる。ヘイハチを倒した時点でこの実現性は決して低いわけではなくなっていた。それほど本陣の守りは手薄だったのである。

 

 ここまで来ると都市連合側にもカスケードの目的を理解出来ていないまでも、直感的に危機を感じ取る者も出てくる。若くして5将に抜擢されたシンジロウもその1人だ。ある程度、剣術はかじっているモノの武闘派ではなかったが、ここでカスケードを止めずに食糧を燃やされた場合、この後の兵站維持が困難になると数字上計算していたのだ。

 シンジロウはカスケードの前に立ちはだかった。

 

「僕はワールドエンドに行きたいのでご飯がなくなるのは勘弁してほしいです」

 

打刀を鞘に納刀して腰を落とす。右手は柄に触れるか触れないかの位置で止まる。

 

「居合ですか」

 

カスケードはこの構えを知っていた。太刀よりも反りを浅く刀身が短い打刀を使用し、瞬間的な抜刀で相手を一刀で仕留める侍の技だ。納刀しているのも鞘から出す瞬間に鞘で弾くことでさらに斬撃を加速させるため。戦場にも関わらず軽装なのもスピードに全振りしている証拠。

 

初見では知らずに間合いに入り致命傷を負わされかねない。

 

だからカスケードが取った行動はシンプルであった。

 

「あの若い侍に一斉にかかりなさい」

 

パラディン達による同時攻撃であった。居合は初撃こそ優位であったが、多数を相手にした連戦には向いていなかったのである。

 

「ちょっ!!普通タイマンでしょーー!」

 

シンジロウは逃げた。彼にとってはあくまで自分がワールドエンドに行けるかが優先事項であり、自分の命は勝敗よりも重要だったのだ。

 

「今だ。このまま本陣を叩け」

 

勢いに乗るカスケード隊は都市連合の本陣を落としにかかる。両本陣が落ちるという起死回生な状況が現実味を帯びてくる中、カスケードは後方から尋常ならざる気配を首筋で感じ進撃を止める。それは以前にも感じたことがある感覚であった。

 

「やはりあなたは戻って来ていましたか……」

 

振り返った先にはチャドがいた。

共も連れずに単身で戻ってきていたのだ。

 

「お主を倒せばここの戦いは終わるのでな」

 

思えば毛皮商の通り道で出会って依頼、最終的にぶつかるのは宿命だったのかもしれない。カスケードとチャドの2人は導かれるようにこの地に辿り着き、そして両者引かれあうように向かい合った。

 

怒号が飛び交う戦場の真ん中でいま因縁の戦いが始まろうとしていた。

 

「あなたが約束を破ったためルイは殺しましたよ」

 

「…………」

 

動揺を誘うため最初にカスケードが口を開くが、チャドの反応はない。

 

「……驚かないのですね。それとも内にしまっているだけか……」

 

「お主に恨みはないが死んでもらう」

 

「ふっ……私のほうは久しぶりに憎悪で心が満ちてますよ。必ずあなたは殺します」

 

そう言ってカスケードは両手でパラディンクロスを垂直に掲げると目を閉じる。

 

(フラーケ……ルビク……あなた達の仇。いま私が取りましょう)

 

しかし、いざ戦闘態勢のチャドと対峙してみて分かる。目には見えないが闘志が満ち溢れ、周辺の空気は熱しられて僅かな上昇気流を作り出し、粉塵が微かに巻き上がっているのだ。

 

『これが拳聖』

 

自分は触れてはいけないものに触れてしまったのだと実感する。そして走馬燈のようにこれまでの人生の風景が蘇ってくる。

 

ー貧しい家に生まれついた私の最初の動機は両親を助けることだった。やがてオクラン教を全土に広めることこそ世界平和に繋がる道と悟り、その大義のためならば非道にも手を染めてきた。しかし意味のないことはしなかった。自分の癇癖で誰かを傷つけることはしなかった。モールにしたことも酷だったかもしれないが、それほど彼女が脅威であったからだ。

だから懺悔もしない。私は私の信念のもと行動したに過ぎないのだー

 

走馬燈は自らの生命に関わる危機的状況にて、本能的にこれまでの人生の記憶を脳から引き出し、回避する手段がないか探し出そうとする現象とされている。

 

チャドとの対峙はそれほど死を実感するものだったのか。

 

 

カスケードの死はゆっくりと後方から訪れていた。

 

音もなく突如現れたスケルトンは死角から長柄武器フラグメントサークルによる横薙ぎを繰り出し、気配に気づいた時にはカスケードの胴体はキレイに半分に両断されていたのだ。

 

チャドもその光景を目を見開いて見ている。

 

崩れゆくカスケードの後ろには漆黒のマントを纏ったスケルトンが蒸気を上げて佇んでいた。

 

P4ユニット

 

サッドニールらと同じ型式だ。

 

カスケードの意識がチャドに向かっていたとはいえ、スケルトンが後ろから気づかれることもなく一刀両断できる腕前は尋常ではないことをチャドは理解していた。

 

そしてそんなことが出来る腕前を持ったスケルトンは知っている範囲では一体しかいない。

 

「お主……バーンか……!」

 

チャドの口から出た名前に周りの者は只々驚愕していた。

 



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108.束の間

◆都市連合
 チャド、ジュード


「久しぶりだな。チャド。大分老いたようだが」

 

【挿絵表示】

 

バーンと呼ばれたスケルトンはチャドと初対面ではない様子であり、戦闘態勢を解いて振り切った長柄武器をそのまま地面に立てる。ガシャンと重厚感溢れる音が響き渡り、突き刺した固い大地はその重さでめり込むように盛り上がっている。スチール状の棒の先に円形の刃がついた一見扱いにくそうな特徴ある武器だが、音からして相当な重量であることが分かる。振ることさえ出来れば人間の体を容易く両断出来るのも頷けた。

 

「なるほど……お主がホーリーネーション軍を後ろから叩いた浮浪忍者の尖兵だったのか」

 

チャドの問いかけに対してスケルトンは勿体ぶることなく応える。

 

「いかにも。今は彼女たちに力を貸している」

 

「……そうか。ならば……無事であろうな?」

 

一時の静寂がその場を支配する。周りで聞いている侍たちにはそれがどういう問いかけなのかは全く理解できていない。しかしバーンに向けられるチャドの眼光は鋭く、まるで望ましい回答が返って来なかった場合、何かが起こるぞと言わんばかりであった。

 対するバーンは意図を汲み取ったのか平然と回答する。

 

「問題ない。私が責任を持っている」

 

『責任』という言葉を使うスケルトンは数少ない。意味を理解していても内容を理解していないスケルトンが多いからだ。ましてや自分自身に課する個体などよほど人間関係を理解していない限り存在しない。しかしこのバーンというスケルトンは坦々と言い放ったのだ。

 

何に対する責任なのかは明言していないにも関わらず、纏わりついていた重たい空気が消えたようにチャドの表情は清々しくなった。そしてそれと同時に決意の表情をあらわす。

 

「……ならば私は最後の務めを果たせばいいだけとなったな」

 

いつの間にか周りにはカナエやタニガゼなど他の部将が集まっていた。もともとチャドからカスケードを討ち取ることを優先するよう言われており、察して駆けつけていたのだ。バーンは辺りを見渡すと武器を背負い直しマントを被った。

 

「人が集まってきた。ここで多くは語れないのは残念だが、あまり気を張らないことだ。今宵ぐらいは仲間とバスト攻略を祝うと良い」

 

「…………」

 

およそスケルトンらしくない励ましを受けたチャドは何も答えなかった。バーンはそれを気にすることなく続ける。

 

「お互い生きていればまた会おう。友よ。さらばだ」

 

一言述べるとバーンと数人の浮浪忍者達はまたどこかへ消えていった。そしてちょうど入れ替わるようにカナエがチャドの元に駆け寄ってくる。

 

「チャド将軍、カスケードが死んだことでホーリーネーション部隊は散り散りに離散しています!本陣も奪い我々の勝利です!」

 

走り去るバーン達に目をやりながらチャドは我に返ったようにカナエに応える。

 

「ついにバストを取れたわけだな。君には酷な任務もあったがここまで良くやってくれた」

 

「いえ、敗北は未熟な自分の責任です。侍として今後も精進するだけです」

 

強敵ベルゼブブとの戦いの最中に受けた辱めの事も特に引きずっている様子ではないようだ。

 

「……そうか。君は強いのだな」

 

「それよりも、先ほどのスケルトンはもしかしてテックハンター2位のバーンでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。浮浪忍者として我々に助太刀してくれていたようだ」

 

「第1防衛線を奇襲したのも彼ということですね。後ろからとはいえあのカスケードをいとも簡単に討ち取れるとはかなりの手練れです。あのような者が浮浪忍者に属しているとは……」

 

「うむ。そうだな。彼は私より強いからな」

 

「ええ!?さすがにそれはないでしょう」

 

平然と応えるチャドに対してカナエは真っ向から否定した。

 

「ふっ、どうだろうな。さぁ戻ろう。今夜は戦勝祝いだ」

 

「はい!」

 

都市連合軍の奇襲により始まったバスト地方における2大国間の戦争はカスケードが浮浪忍者に討ち取られることによって呆気なく終結した。周辺に残存していたホーリーネーションの部隊にもカスケード戦死の報が伝わり、抵抗することなく密やかに撤収していた。     

 

 エリート審問官カスケードと拳聖チャドの戦いは一進一退の激戦が予想されていたが、蓋を開けてみればチャド率いる都市連合軍の圧勝で幕を閉じたのである。

 

 チャド部隊はそのままバスト地方に陣取り拠点を築き始めた。そして夜になると後続に詰めていたロジャー・バートの各部隊もバストに続々と入ってきた。

 一方、ジュードら輸送部隊は夜の祝勝会の前までに戦場に転がっている死体を処理する役割を与えられていた。そのまま放置しておくと蝿がたかりウジが湧き伝染病が発生してしまうからだ。輸送兵などは戦闘がメインではない分、こういったところで仕事をしなければならなかった。

 

 

 

ジュードは血反吐で汚れた手袋に触れないように腕で額を拭うと、広大に拡がるバスト地方の地平線に目をやる。そして戦いを終えた後に残ったどこまでも続く死体にジュードは目眩を起こした。パラディンや侍など両国の亡骸がところかしこに転がっているのだ。

 

目を見開いて苦悶の表情を浮かべながら絶命したであろう死体を見て思う。

 

ー昔と同じだ。

戦場跡はどこもこんな感じだ。

この人たちは今日ここで死ぬなんて全く思ってなかっただろう。帰りを待っている人もいたのだろう。

いったい人は皆、何のためにこんなことを続けているのか。

……そしてチャド師範はなぜ戦争を始めてしまったのかー

 

戦いに勝ったにも関わらずジュードは1人浮かない表情で死体の処理をしていた。

 

 

 

 

 

 

そして夜になり宴が始まる。

 

 

 

ジュードは戦争においては単なる輸送部隊の一員でしかなかったため末席に座ることになった。当然、チャドや5将、ロジャー・バート等は遠くの上座で連なって座っている。

 久しぶりにチャドの顔を見れたが、ずっと偉い人同士で談笑しており、話しかけられそうなタイミングはなさそうであった。

 

下っ端の侍たちはと言うと皆、仲間の死を忘れたかのように振る舞われたお酒を飲み漁り、久しぶりのご馳走を楽しんでいる。

 

自分の感覚がおかしいだけなのか。

カナエに言われた通り兵士としての適正がないのか。

 

(……そうだ。カナエさんは今どう思っているのだろう?)

 

ジュードはさり気なくカナエのほうに視線を向けた。彼女は相変わらずの飲みっぷりでお酒を飲んでいるようだ。時折、隣りにいるシンジロウに喋りかけて笑っておりいつも通りな感じだ。

やはり身近な者の死には慣れているのだろうか。

 

しばらく様子を見ていてしまったせいか、ふとこちらに向いたカナエと目が合ってしまう。

 

カナエはグラスを片手に持ちながらこちらに向かってくる。

 

「やぁ、元気?」

 

「え?いや、はい」

 

「嬉しそうではないわね」

 

「いやいや、勝ちましたしそりゃあ嬉しいですよ」

 

「……ふーん、そっか。隣りいい?」

 

侍の間では美人で有名なカナエが一兵卒のテーブル卓に座ったせいで周りはざわつき始める。

 

「カ……カナエさん。俺がそっち行きますよ」

 

「いやー、あそこの席はロジャー・バート達がいて堅苦しいんだわ」

 

「で、でも」「まぁ飲みなさい」

 

ジュードが飲めないことを知りつつもカナエは酒をグラスの注いで差し出してきた。

 

「お酒を飲めば一時でも悲しいことは忘れられるわよ」

 

その表情は微笑をかかげながらもどこか悲しげであり、酒でほのかに染まった頬と相まってジュードの胸を打った。

 

「カナエさん、失礼な事を言ってしまったらお詫びしますが……無理してたりしますか?」

 

カナエのお酒を飲む手が一瞬ピタリと止まった気がした。

 

「……ふーん、上官に向かって言うじゃない」

 

「す、すみません!やっぱり俺の勘違いです」

 

カナエは差し出していたグラスを自分で一気に飲み干した。

 

「無理してないわけないじゃない」

 

「……え?」

 

「正直、想像していたイメージと違うわ。勝者って感覚が全然ないもの」

 

「そう……ですか……」

 

「まさかさー、あのジト先輩が死ぬなんて想像もつかなかったわー……戦争を舐めてたのね」

 

こみ上げる何かがあったのか語尾が震えてカナエはそれ以上喋るのをやめた。

 

「俺は下戸ですけど……今日はとことん飲みますか」

 

「あら?いいの?どんどんいっちゃうわよ。というかあなた……」

 

カナエは覗き込むようにジュードの顔を見上げた。

 

「な、何ですか……」

 

「よく見ると可愛い顔してるのね」

 

「ええ!?」

 

カナエは既に程よく酔っ払っている様子ではあったが、胸元がゆるんだシャツから鎖骨の先の膨らみをのぞかせたため、ベルゼブブ戦の際にさらけ出された豊満な胸を思い出しジュードは思わずのけぞった。

 

そんなタイミングで遠くから大きな声が聞こえてくる。

 

「皆の者!静粛に!将軍よりお言葉がある。耳を傾けたまえ!」

 

声のするほうにはチャドとロジャー・バートが立っている。この2人から今回の戦いについてとこれからの終わり方について話があるのだろう。

 

思えばチャド師範が将軍を担当したからこそ、難航することなくバスト攻略が成ったのだ。犠牲者も本来ならもっと多かったはずだ。何だかんだではあるが、師範は自分が責任を持って犠牲者の少ない道を選んだのではないか。

 

英雄となったチャドが今から謙虚にも皆に労いの言葉をかけ、そして賞賛されるのだ。そう思ったらこれまでの選択は間違っておらず報われるのではないか、とジュードは思えてきた。

 

しかし、最初に喋り始めたのはロジャー・バートであった。

 

「諸君、この度の働きぶり、見事であった!バスト方面の総責任者として心より礼を言おう!」

 

今回の都市連合軍は2将軍体制であり、攻めのチャド部隊と守りのロジャー・バート部隊で役割は対等に分かれている。よって総責任者という立場は正式には存在しない。また、今回はチャド部隊の猛攻により守りの部隊を使うことなくバストを攻略している。にも関わらずロジャー・バートは姑息にも全体を統率していたと言わんばかりに印象付けたのだ。

 

「あんたの部隊は何もやってないじゃない」

 

隣で聞いていたカナエは酒を飲みながら独り言のようにツッコミを入れていた。

 

「ホーリーネーションのバスト駐留部隊は瓦解し、バストは事実上、我々都市連合の支配下に戻ったのだ。長きに渡る因縁の戦いに我々は勝利したのだ!」

 

呼応するように侍たちは手に持っているグラスを高らかと掲げ、怒号とも分からぬ歓声を響き渡らせた。

その中でカナエはグラスを手に静かに呟く。

 

「ジト先輩とヘイハチに」

 

焚き火が輝く夜空の中で改めて都市連合の侍たちは悲願であるバスト奪還を実感したのであった。

 

 

そして続いてチャドが将軍として前に出てくる。

 

ジュードにとっては正直このタイミングしか興味がない。チャドがこの戦争に対して何を考え、これからをどう思っているのか。一般兵士向けの建前の声明だけかもしれないが、しばらく声すら聞けていなかったこともあり、前のめりで聞き込む態勢をとった。

 

「チャドだ。皆、よく戦い抜いてくれた。志し半ばで倒れていった者たちとその遺族には最大限の敬意を払いたいと思う」

 

チャドらしい坦々とした物言いであったが、やはり戦死者にも気を使うあたり、犠牲者への後ろめたさがあるのだろう。もはやジュードはチャドを責める気は失せていた。

 後はもう停戦の交渉の際にルイを奪還するなど強気の外交を行えばいい。ホーリーネーションの上級審問官セタやヴァルテナであればカスケードがやろうとしていたことなどさほど知らないはずだし劣勢であれば応じる可能性は高いはずだ。

 

久しぶりの声を聞けて若干冷静さを取り戻しつつあったジュードであったが、次のチャドの言葉に背筋が凍るほどの衝撃を受けることになるのであった。

 



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109.決別

◆都市連合
 チャド、ジュード


「我々はこのままホーリーネーションの首都を目指す」

 

ざわつく会場の中でチャドの言葉はジュードにとって脳を直接棍棒で叩かれたような衝撃であった。

長い歴史の中で都市連合、ホーリーネーション、シェク王国は3大国として争いながらもバランスを保ってきた。その一角を崩しにいくというのだ。ここ数百年間、起き得なかった事であり、どれだけ大きな話であるかは侍たちの反応を見れば分かった。

 

(師範……なぜ……なぜですか……)

 

今回の侵攻は都市連合にとってもバスト奪還までが想定のゴールであったはず。にも関わらず相手国を滅ぼすまでこの戦争を続けると言うのか。誰の意志か知らないが師範もその方針に従ったのだとすると、結局歴史に名を残し、名声を得ることを重視していたのではないかと思えてきてしまうのだ。

 

この後チャドが喋り続けていたがジュードは半ば放心状態で内容が耳に入ってこなかった。

 

 

 

 

そして宴が終わった後。皮肉にもジュードはチャドに呼び出された。嬉しさ反面にチャドの行動に疑問を感じていたジュードはこの際今回の件をとことん問い詰める気でチャドのいる部屋へ向かった。

 

コンコン

 

「入れ」

「失礼します」

 

もはや部下と上司のようなやり取りであり、かつての親しみは感じられない。侍たちの手前上、このようなやり取りを続けなければならないこともジュードにとっては疎遠を感じストレスとなっていた。

 

「久しぶりだな。軍の生活は慣れたか?」

 

将軍用の豪華な椅子に座ったチャドは少し目が鋭くなっている気がした。

 

「……いえ。慣れることはないでしょうね」

 

「そうか。ではそんなお前に適した任務を頼みたい」

 

合流して早々、久々に会えた余韻に浸ることもなく任務の話を切り出すチャドにジュードは寂しい気持ちになった。

 

「何ですか……?」

 

「西方にワールドエンドという都市があるのは知っているか?そこにはマシニストという2大国に属さない研究組織がいるのだが、お前には彼らがこの戦争に不干渉なのか確認してきてもらいたい」

 

「使者の役割ですか。確かに俺向きなんでしょうね」

 

普段とは違うジュードの言い回しにチャドが気づく。

 

「どうした、嫌か?恐らく敵対的ではないし、シンジロウも少数連れて同行するから安全だ」

 

「安全かどうかはどうでもいいです。それより師範は本当にホーリーネーション本国に侵攻するのですか?」

 

チャドはジュードが言いたい事を理解したようで急に険しい表情になる。

 

「そのつもりだ」

 

「……!何でですか!?あくまでルイ奪還が目的だったのでしょう?バスト奪取は交渉を有利に進めるためだったわけではないのですか?それにこれ以上侵攻するとルイにも危険が及ぶ可能性がありますよね!」

 

堰を切ったようにまくしたてて話すジュードに対してチャドは冷静のままだ。

 

「お前が言いたいことは理解した。その点については既に手は打たれており心配ない」

 

「どういうことです!?意味がわかりません。ルイは無事なんですか!?教えてください!」

 

「これは作戦の遂行上あかせない」

 

「……俺にも教えてくれないんですか?」

 

「ああ、話は以上だ。行け」

 

部下に命令するかのようなチャドに対してジュードは引かなかった。

 

「俺はまだ話し足りません。なんでまだホーリーネーションに攻める必要があるのですか?師範は戦争を避けようと……」

「ジュード!……お前は戦争が嫌いか?」

 

都市連合の護衛兵がいる中でチャドは遮るように聞き返してきた。

 

「当たり前でしょう!そんなこと知っていますよね!?師範はやはり好きなんですか?名声を得られるからですか!?」

 

普段見せない剣幕で矢継ぎ早に問いただすジュードに対してチャドは慌てる素振りは見せなかった。そして自分に対する質問に触れることもなく話を続ける。

 

「……そうだな。お前が戦いを嫌いならばワールドエンドへ行くのは丁度良い任務であった」

 

「違います!!俺のことはいいんです!……俺は!師範に命を拾って貰いました。だから例え自分が弱くても師範のそばについていき盾になりたいんです!」

 

「……」

 

半ば怒鳴るようなジュードの申し出に将軍室はしばらくの沈黙が流れた。そして

 

「勘違いしているようだが……」

 

チャドが神妙な面持ちで切り出した。

 

「昔に私が戦場でお前を拾ったのはただの気まぐれに過ぎない。戦略について考察していた際に、たまたまお前を見かけたが、その時私は自分の総心流拳法を世に残したいとも思っていた。だから誰でも良かったのだ。お前でなくてもな」

 

「え……」

 

心をえぐるチャドのカミングアウトにジュードは気持ちの整理が追い付かず言葉を失った。

そこにチャドは畳みかけるように宣告する。

 

「だからお前が私を守る筋合いはないのだ」

 

しばしの間、ジュードは時間が停止したように動けなくなった。

そしてやっとの思いで絞り出したかのような小さな返事をする。

 

「そう……ですか」

 

-最初のきっかけは単なる哀れみで良かった。同情でも良かった。

 

自分は師弟関係を超えて接してくれたチャドに対して少なからず父親のような愛情を感じていた。チャドにとっても自分は特別な存在になっていると思っていた。

 

しかし

 

それは自分が思い込んだだけの幻想だった。

 

助けたのは自分が練り上げた戦闘技術の伝承のためだった。あくまで戦闘の観点でチャドは動いていただけだったのだ。

 

自分の中でチャドと暮らしていた輝かしくも静かで平和な日々がガラガラと音をたてて崩れていく。

 母親が死んだ時と同じ消失感が心を支配し、戦争孤児だった頃の1人で戦場を彷徨っていた記憶が脳を蝕むように浸食しだす。

 結局自分には家族はいない。一生一人なのだ。

 

「う……」

 

目眩と嗚咽感を我慢してその場に立ちすくむだけで精一杯になっていた。

 

「もう自室に帰って休め」

 

慰めるわけでもなくチャドは煙たそうに遠ざけようとするのでジュードは言われるがままその場を後にすることにした。恐らくこのままここにいたら心が壊れてしまいそうだったからだ。

 

師範は変わってしまった。……いや、元々こうだったのかもしれない。もう何が本当のチャド師範なのか分からなくなってしまった。

 

何も考える気が起きない。師範にとって自分は必要な存在ではなかったのだ。

 

もうただの使者として、言われたままにシンジロウとワールドエンドに向かおう。

 

ジュードはその日失意のまま寝ついた。

 

 

 

 

数日後

 

2人は別の道をゆくことになる。

ジュードはシンジロウとバスト西方にあるワールドエンドという都市へ向かい、チャド達部隊はカナエとタニガゼを伴って南方へ出陣していくことになったのだ。

 これまで育ててくれた恩師かつ親代わりのような存在であったチャドに敬礼を払いつつ、ジュードはまさに今この瞬間が袂を分かつ時なのだと直感した。ここからそれぞれが違う道を歩き始めたのだ。戦争が終わった後にまた2人で静かに暮らしていけたらとも考えたが、先日のこともあるし何よりチャドはその頃には貴族の道を歩んでいるかもしれない。自分がここで手を引かなければならないのだ。

 

心は全く晴れない。

隣で鼻歌を歌って上機嫌のシンジロウすら不快に感じてしまう。そんなシンジロウはうつむきながら歩いているジュードを不思議に思ったのか声をかけてくる。

 

「何か落ち込んでいませんか?ワールドエンドに行けるというのに!」

 

彼の目的であるワールドエンドに行けるとあって、ジュードとは対象的に大分ウキウキのようだ。ワールドエンドにいるマシニストという集団はテックハンターと組んで世界中の技術や情報を集めており、遠い過去に存在していたと言われる古代文明、第一帝国と第二帝国の謎を追っていた。スケルトンという自立型二足歩行ロボットを産み出すほどの科学力を持った国がなぜ消滅したのか。現在まで存在しているスケルトンはどのような役割があったのか。それらを調べるために研究施設まであるらしいのだ。スケルトン工学を専攻するシンジロウにとっては夢の国に訪れるような感覚なのかもしれない。

 

そんな集団が戦争に介入してくるとは到底思えないし、シンジロウだけ行かせれば事足りるはずであった。

 

師範はワールドエンドに敵対性がないか確認後、しばらくシンジロウと一緒に駐留するように命令してきた。科学的な情報収集も必要だからとのことであったが、過去の謎が解き明かされたからと言って人間同士が争いを止めるわけでもない。

 

やはりチャド師範にとって自分(ジュード)は煙たい存在になりつつあるのだ。

 

自分の人生の目的はなくなってしまった。

もう何もかもがどうでもいい。

 

(シンジロウさん……そんなにはしゃいで空しくないですか)

 

無邪気に笑うシンジロウを心の中で軽蔑する。

 

ーいや、虚しいのは自分だ。

 

自らが作り出した虚構を信じ、いざそれが幻影だったと知ったら、目的に向かって走っている他人を批判する。彼が信念や夢を純粋に達成しようとしている事に嫉妬しているだけなのかもしれない。

 

自分が嫌いになる。もはや自分はこの世界で無用な物になったのだ。

この世界にいても苦しいだけだ。

ならばいっそのこと……。

 

 

 

「この山脈を越えると……見えてくるはずですよ……!」

 

シンジロウの声にハッと我に返り、見上げると岩肌の山の合間に集落のような家々が見える。

 

「こんな北方の山奥に町があるなんて……」

 

「大陸の北にもまだ解明されていない未開の地はたくさんありますからね。北西に住む食人のカニバルなんかも歴史研究家にとっては面白いネタなのだと思います。僕はスケルトンに使われるテクノロジーにしか興味ないですけど」

 

生き生きと説明するシンジロウに対してジュードは問う。

 

「なぜスケルトンに興味があるのですか?」

 

「きっかけは親がつけてた義手ですけど、僕は彼らの人工知能の部分に可能性を感じています」

 

「人工……知能?」

 

「AIコアですよ。スケルトンの頭脳にあたる部分です。スケルトン達の過去の記憶を引き出せれば歴史やあらゆる技術を解明出来る可能性を秘めているのですが、現状はブラックボックスになっていて研究が進んでおりません」

 

「そうなんですか」

 

ジュードには理解出来ない説明であったが、深堀りする気力も起きずそのまま聞き流した。

 

ワールドエンドのマシニストはテックハンターと提携しているだけあって、町中には旅人らしき格好をした者が多く、BARも何件か建っており、旅人が長期間滞在するには向いているようであった。ジュードはこの地に留まり、チャドの戦果を待ちわびるだけの状況となっていた。

 



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110.決戦

◆都市連合
 チャド、ジュード


バストにおける戦いから3日後のこと。

南西に10kmの地点。

 

ここにはホーリーネーションの本国から駆けつけた救援部隊が駐留していた。

 

部隊には上級審問官セタと『炎の守護者』が同行していた。炎の守護者とは高位パラディンの中で一番腕が立つ者に与えられる名称であり、選ばれた者はその時点で本来の名前を捨てる。そしてホーリーネーションの主導者であるホーリーロード・フェニックスの側に近侍し、外敵から主導者を護衛する役割を与えられた。時には今回のように敵対する猛者を屠るため遠征部隊に従軍し乗り出してくることもあった。

 ホーリーネーションは事実上、最高戦力を投入して来たのである。

 

「この状況は想定通りの結果なのか?」

 

パラディンクロスを背負ったグリーンランド人が丸太のように太い腕を組みながら横にいる上級審問官セタに話しかけた。上級審問官はホーリーネーションにおいてトップに次ぐ役職であるが、その者と対等に並び、タメ語でお構い無しに喋りかけるこの男こそ国家最強の男、炎の守護者だ。

 

【挿絵表示】

 

 セタも若輩者の無礼を指摘することもなく会話を続ける。

 

「ああ、そうだ」

 

「……あんたの右腕だったカスケード審問官も殉職し、ベルゼブブも失っているが、それでも想定通りと言うのか」

 

この問いに上位審問官セタは少し考えた後に応える。

 

「カスケードがとっていた拡張主義は現在のホーリーネーションの指針に沿っていなかったのだよ」

 

短く簡潔な回答であったが、隣にいる男は全てを理解したようであった。

 

「敢えて見捨てたのか?……カスケードも哀れな男よ。言っておくが、あんたが俺と敵対する場合は上級審問官であれ躊躇なく殺す。覚えておくことだな」

 

男の低くて静かであるが凄味ある恫喝に対して、セタは動じることなく坦々としている。

 

「貴様は炎の守護者として選ばれた人間だ。私が手を出すわけがないだろう。そんなことよりもチャドは殺れるのであろうな?」

 

「愚問だな。格闘だけを極めた武闘家如きに負けるわけがない」

 

「ならば良い。今回、貴様が都市連合軍の攻め手を退けた後、バストを緩衝地帯にして一時停戦させる手筈となっている」

 

「やはりその計画は事実であったか」

 

「ああ。バストは北からカニバルも出没するし南東の都市連合を相手にしながら保持するほどの土地ではなかった。今は都市連合と消耗しあうよりも西の豊かな地のみで国力回復に専念することが重要なのだ」

 

「銅像作りにかまけていないで早いとこバストに壁を作れば良かっただろう。まぁ今回はあんたらの立場を脅かす若手たちを消せて一石二鳥だったわけか。俺には全く理解できんがな」

 

ホーリーネーションは先代の時期から国家総出で資材を投じてリバース鉱山という地に巨大な銅像を建造していた。国家の象徴として権威を誇るためだけに長い歳月を費やされ存在しているこの像は完成後の維持費も軽視できるものではなく、国家運営の負担となっていた。

 

「リバースは生まれ変わりの地。兄弟達が拠り所とするための神聖な地なのだ。蔑ろには出来ん。それに勘違いするな。物事を完遂するため、時には非情になり意志を統一する作業が必要なのだ」

 

これに炎の守護者は深入りする様子はなかった。

 

「国家戦略は俺の知るところではない。勝手にするといい」

 

「ああ、貴様には分からん分野だ。貴様はただその自慢の腕力で敵を屠っておれば良い」

 

「で、具体的にどのような戦いになる?人数は向こうのほうが多いのだろ」

 

「都市連合のチャド大隊と正面からぶつかる。人数比で序盤は苦戦するだろうが、後からオクランの拳にいる兵が相手の後ろを挟撃し、一気に殲滅する」

 

「ほう、総力戦だな。俺はその戦いの中でチャドを討ち取れば良いのか。だが、都市連合の後詰めはどうするつもりだ?ロジャー・バートが救援に駆けつければ人数も負けているし、逆にこちらが挟み打ちにあう」

 

「それについては手を打ってある」

 

セタはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「勝てる算段は出来ているわけか。片腕を失っても2大上級審問官はまだまだ健在というわけだな。あんたも義手をつければまだまだ戦えるんじゃないか?」

 

この質問に対して今度はセタの形相が変わる。

 

「貴様……。まさか私に悪魔の手をつけることを勧めているのか?」

 

義手はスケルトン工学の技術を使用している。よってホーリーネーションにおいては禁断の手であった。実際に義手をつけた者をこれまで国に入れたことはなく、排除対象となっていた。

 

「ふっ、冗談だ。さぁ神聖な領域に侵入してきたネズミ狩りといこうか。ホーリーロードフェニックスの憂いは早々に排除しなければならない」

 

炎の守護者は闘気を放出するが如く、気合を入れて立ち上がった。

 こうしてホーリーネーションの救援部隊はそのままバスト地方に向けて動き出したのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

一方、チャド率いる大隊はまさにセタ擁するホーリーネーションの救援部隊と対峙しようとしていた。

そして同行するタニガゼとカナエの2人と最終調整を行っていた。

 

「……以上がこの地形の特徴となります。チャド将軍?よろしかったでしょうか?」

 

カナエがチャドを覗き込むように問いただした。

 

「ん?ああ。説明ありがとう」

 

対するチャドはどこか上の空だ。その様子を気にしつつもカナエとタニガゼが会話を続ける。

 

「ホーリーネーションの救援部隊は上級審問官セタが指揮しており炎の守護者が同行しておりますが、数においては我々大隊が上回っておりますので押し切れるかと思います」

 

「オクランの拳にいるホリネ部隊はどうやろ?山から降りてきて俺たちを挟撃しに来るかもしれんのぉ」

 

「その場合は後詰のロジャー・バート大隊が迎撃する手筈よ」

 

「そか。じゃあ安心やな。やはり問題は炎の守護者やねぇ。なんでも歴代最強クラスとの噂ですわ」

 

『炎の守護者』はホーリーネーションにおいて代々襲名されていた。建国から指導者はすでに62代となっており、その間、炎の守護者も引き継がれ続けている。当然、功績を多く残した者は記録にも記憶にも残り続けているが、当代の実力はまさに直近の炎の守護者と比較しても別格であったのだ。

チャドも当然それは把握していた。

 

「そいつとは私が相手をする。お前達は絶対に手を出すな」

 

急に口を挟むように反応したチャドにカナエは少し驚く。

 

「本件ですが、3人で畳み掛けたほうがいいのでは?」

 

「カナエっちさぁ、俺らがチャド将軍と炎の守護者のレベルについていけると思うてんの?足引っ張るだけやで。将軍が戦こうてる隙に俺ら2人で戦況を有利にしたほうが得策ってもんよ」

 

「しかし、将軍に万が一のことがあると……」

 

「カナエ。タニガゼの言う通りだ。私もタイマンのほうがやりやすい。それに私は負けない」

 

いつもよりも決意に満ちた表情であり、逆に死をも覚悟しているかのように力強く喋るチャドの言葉にカナエは気負わされた。

 確かにホーリーネーションにおける最強のパラディンをここで除くことが出来れば首都へ行ける可能性が格段と上がるのは明白であった。

 そうなるといよいよホーリーネーションも国の存亡に関わってくるため、出し惜しみをしている場合ではなくなる。もう一人の上級審問官ヴァルテナであったり、または他国が知り得ないとっておきのカードを投入してくる可能性もある。

 チャドがどこまで考えているのか、最早誰も真意を知らず、また後に彼の口から聞けることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして両軍が衝突する日を迎える

 

決戦の地となった場所は珍しく快晴となり一面を見渡せる状況であった。人口が減っている現代において両軍合わせて数百人規模となるこの戦いは稀に見ない大戦であり、この行く末は近年変わらなかったパワーバランスが崩れる可能性を踏まえていることもあったため、両国だけでなく近隣の中小諸勢力も密かに注目していた。

 

カナエもこの戦争が人類史上における歴史的転換点になり得る事を自覚しており、その場に立ち会っている緊張で身震いしていた。

 

横を見るとチャドが平然として対峙するホーリーネーション部隊を見ている。最初は全盛期も過ぎたやる気がない爺さんにしか見えなかったが、ホーリーネーションに対して初めて攻勢に転じ、バスト奪還の達成までしてくれた。多くの犠牲があったが決着をつけるこの場に導いてくれたチャドに対してカナエの心は尊敬と感謝の念で溢れていた。

 

(チャド将軍、ありがとうございます。そして父さん……ジト先輩……。見守っていてください。皆の死を無駄にしないため、この戦いは必ず勝ってみせます)

 

背負っている長巻を抜き、合図を待つ。

 

そしてチャドが大きく手を振り下ろした。都市連合軍の突撃の合図だ。

 

大勢の侍たちが横一列に並び雄叫びを上げながら突撃していく。バストを取った勢いもあって士気は最高潮まで上がっているようだ。

 対するホーリーネーション軍も横に展開し掛け声と共に前進を開始する。

 

そしてそれぞれが水の流れのようにぶつかって混ざりだす。罵声と怒号が飛び交い、血しぶきが地を染める。その地は一瞬にして修羅場と化していった。

 

都市連合軍は作戦通り人数比を利用して、ホーリーネーション軍の左右をカナエとタニガゼ部隊が覆い始める。反面、中央はホーリーネーションが押し始める。

 

ここまでの流れは都市連合側にとって想定通りと思われていたが、戦慄が走る。

 

ホーリーネーション中央で先陣をきる巨躯の男。パラディンクロスを棒切れのように振り回し都市連合の侍たちを枝木のように斬り裂いていく者がいるのだ。

この異様な光景を作り出している男が『炎の守護者』である事はすぐに察知することが出来た。それと同時に疑念が生じる。それは『チャドがこの怪物に勝てるのかどうか』であった。

 

拳聖としてその名を世界に轟かせ、冒険家として残した実績も申し分ないチャドであったが、それさえも消し飛ばすほどの圧倒的な膂力で侍たちをなぎ倒す修羅を見せる炎の守護者にカナエの胸中は悲壮感が支配し始める。

それはジト、カスケード、そしてベルゼブブの実力を見てきた上で経験者としての直感であった。

 

(今まで見てきた者の中で一番強い……!)

 

代々続くホーリーネーションの歴史上において歴代最強クラスと讃えられる現代炎の守護者の実力は伊達ではなかったのである。

 

あっという間に都市連合軍の中央は炎の守護者によって押し込まれる形となり、このままでは覆い潰すための包囲網自体が崩れてしまう恐れがあった。

 

 

 

そんな中、都市連合軍中央に丸い空白部分が出来始める。その中央には一人の男が目を閉じて立っている。

チャドだ。

 

深い深呼吸を二度三度繰り返してからカッと目を見開くと、衝撃波が発生したかのように暖かい風が四散した。

 

これを見たカナエは思い違いをしていた自分を恥じ、少しだけ安堵感を持った。

 

炎の守護者に対峙するチャドもやはり同様に化け物だったのだ。今まで本気を出す機会がなかっただけであり、今回が正真正銘の全力だと分かる。

 

今まさに最高峰の実力者同士による死闘が始まろうとしていた。

 




残り3話ぐらいとなりました


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111.ささやかな望み

◆都市連合
 チャド、ジュード


私はいま稀に見ない強敵を目の前にしている。この感覚は恐らく南東のアッシュランドに行った時以来だ。

 

至高の戦いを求めていた昔の自分であれば血が沸き胸が踊っていたかもしれない。しかし今回は焦り……いや不安、恐怖を感じている。

 

ただ、これは死への恐怖ではない。

 

 

 

ジュード……。遠い昔、バストの戦場で最初に見かけた時は同情からお前を助けた。痩せ細り、泥だらけになったお前は子供ながら必死に生きようとしていた。この世界においてそのような境遇の子供は至る所にいたから珍しい事ではなかった。ただ、自分にすがってきた者にまで何もせず見過ごす気にはなれなかったのだ。

 ノーファクションを失った上に妻子を持たず身寄りのなかった私にとって、懸命につくし前を向いて歩いているお前の存在はやがてかけがえのないものになっていった。私はこの残酷な世の中でも生きていけるよう我が子のように体を鍛え、武術を教えこんだ。

 

2人で生きていけるよう武術教室を開き、ささやかな収入も確保した。このまま平穏に人生が終わっても良いと思っていた。そんな中、ウィンワンから手紙が来て私はおおいに悩んだ。

 しかしかつて救えなかった友の娘が生きていて支援を必要としている。ノーファクション壊滅に後ろめたさがあった自分にとって、行かない理由はなかった。  

 ジュードを巻き込んでここまで来てしまったが、もはやこれ以上自分と一緒にいると危険が及ぶ。そう判断して、嘘をつき彼をけなし突き放してまでワールドエンドへ別行動してもらった。

 

ジュードと悔いの残る別れをしたまま、彼を傷つけたまま逝くことへの罪悪感。それがチャドにとってこれから始まる生死をかけた戦いにのぞむのを躊躇させていた。

 

 

 

 

 

 

「迷いのある目だな。老齢となってもなお死が怖いか?」

 

気づくと目の前には大柄の男が立っている。身にまとう闘気と威圧感そして佇まいが物語っている。

 

「……おぬしが炎の守護者か」

 

「そうだ。よもや怖気づいたのではあるまいな。聞いていた拳聖の名と随分と乖離があるようだが」

 

「……」

 

チャドは応えなかったが、彼が言っていることは挑発でもなく事実であることを内心でも認めていた。

 

自分の指示のもとに戦争を始め、敵味方多くの命を奪ってきたにも関わらず、いざ自分の命を奪う力を有している者を目の前にして、初めて『死にたくない』という感情が心を支配していた。

 生半可な覚悟では勝てない相手であることは分かっているにも関わらず、心が体についてこないのだ。

 

しかし

 

次の炎の守護者の言葉がチャドの眠っている過去の闘志に火をつけてくれることになる。

 

「気持ちは分からんでもない。これまでは半端な腕前で他者を蹂躙してきたのだろうが、そのような者が初めて格上を目の前にすると絶望感が一際目立ってしまうものだ。恥じることはない」

 

決して煽るために言っているわけではなく、これまで培ってきた経験と自信を元に話していたのだろう。しかし、これにより炎の守護者は開ける必要がなかったチャドの本性に触れることになる。武の追求者として無意識に互いの全力を引き出した戦いを望んだ結果だったのかもしれない。

 

「……ふふふ、まさかこの歳になって若輩者に励まされようとはな。そこまで言われてしまえば気持ちも吹っ切れるものよ」

 

チャドを取り巻く気配が変化する。

さきほどまでとは全く異なるチャドの雰囲気に炎の守護者も自分の目を疑っている。

 

「それが本来の貴様ということか……!さすがは拳聖。至高の戦いを興じようではないか!」

 

「ああ。今はただ昔を思い出し強者と戦う喜びにひたるとしよう」

 

喋ると同時にチャドはさらに闘気を開放する。

周りにいた侍たちはその目に見えない圧力に押されてチャドを囲うようにさらに自然と距離を置く。そしてこの常人には分からない気配は炎の守護者には伝わっているようであった。

 

「き、貴様……本当に実力を……」

 

すぐさまパラディンクロスを構え戦闘態勢に入る。意図せず相手の全力を引き出してしまったことに戸惑いつつも、揺るぎない自らへの自信が冷静に頭を切り替えさせたようだ。

 

このタイマンは長引くほど兵力が少ないホーリーネーション側が不利になる。カナエとタニガゼがその間に包みこんで削っていくからだ。だからこそ炎の守護者は早く決着をつけたいのだ。

 

チャドは当然この相手の心理を計算に入れていた。ゆえに先に仕掛けることはせず出方を伺う。重武器のパラディンクロスは一振りの間が大きいため、焦って攻撃してきた際は避けながらのカウンターを喰らわせることが出来る。アドバンテージがある分、気持ちも楽に戦うことが出来るのだ。

 

ジリジリと2人が間合いを詰めている間、想定通り徐々に都市連合部隊がホーリーネーション部隊を押し始める。その状況は肌でも感じることが出来た。

 

(カナエとタニガゼは良くやってくれているようだ。仮に炎の守護者と決着がつかなくても問題ないだろう)

 

闘志を燃やしつつも冷静な分析で戦局を見る。

結局はこの戦争に勝つことが目的である以上、炎の守護者撃破は必須ではなく、周りの状況を見ながら判断すればいいのだ。

 

このまま推移すれば都市連合の勝利は揺るぎないものであったが、ここで戦場が変化する。

後方に見えるホーリーネーション領の山から土煙がたち始めたのだ。これはホーリーネーションの砦である『オクランの拳』が動き始めたことを意味していた。

 

(……降りて来たか。ならば後続のロジャー・バートの部隊がさらにお前たちを挟み込む)

 

駆け下りてきたホーリーネーション兵はチャド部隊を後ろから挟撃し始める。チャドはこの様子を冷静に眺めていた。

 

ホーリーネーションにとっては周辺の兵力を足してもチャドの大隊には及ばない。ゆえに挟撃することで、活路が開けるのだ。しかし、これは後詰めのロジャー・バートによって対処が可能であり勝ち目は依然として都市連合にあった。

 

「拳聖よ。互いに時間がなくなってきたな。とはいえ貴様との戦いは一瞬の隙が命取りになる。刹那の時間も楽しもうじゃないか」

 

「何を言っている。時間がないのはお主だけであろう。私は配慮などするつもりはないぞ」

 

「くくく。我々のように強さに恵まれた者であっても大きな渦の中の1つの歯車でしかないのだ」

 

「……?お主は一体なにを……」

 

言いかけてチャドは押し黙る。

炎の守護者の何かを意図したような言動と余裕。そして負ければ存亡の危機が見えてくるホーリーネーションの立場において、上級審問官セタが真っ向から戦を仕掛けている違和感。

それは心の奥底にあったある懸念を彷彿させた。

 

「まさか……ロジャー・バートは来ないのか?」

 

言葉にして気づく事態の深刻さにチャドは唾を飲んだ。オクランの拳にいるホーリーネーションが来た場合はロジャー・バートが迎撃してチャド部隊を助ける手筈であった。しかし、彼らは未だに戦場に現れる気配がない。

 ロンゲン派にはトレーダーズギルドのメンバー出身の者が多く、彼らは基本的に利益至上主義であった。その者たちが暗に望む状況は戦争の膠着と武器供給による安定した収益であることは想像に容易い。しかしこのままチャドがホーリーネーション部隊を粉砕した場合、戦力バランスは崩れ、都市連合の勝利に終わる。長く続いていた紛争状態が解消されてしまう可能性があるのだ。武器を売って財を成しているトレーダーズギルドにとってその状況は避けたいはずであった。よってロンゲン派が取り得る手段は……

 

「気づいたか。しかし都市連合の侍どもには同情するぞ。貴族の都合で使い捨てになったと知らずにここまで死にに出向いて来たのだからな。せめて最後は華々しく散るが良い」

 

炎の守護者の言い回しはロンゲン派であるロジャー・バートが何らかの密約をホーリーネーションと結びチャドを裏切った可能性を示唆していた。

 

しかしそれでもチャドは落ち着いていた。

まるでこの流れをある程度予想がついていたように。

 

「……同情する必要はない。我々は勝つ……」

 

「ふっ、そうか。では往生際の悪さを見せてみろ」

 

今度はチャドにタイムリミットという制限が加わって2人の戦いが再開することになった。都市連合のチャド部隊のみが挟撃を受けた場合、ホーリーネーションに利が見えてくるためだ。この状況をチャド大隊単独で打破するためには都市連合軍が崩れる前に目の前にいる炎の守護者を撃破し、前方のホーリーネーション部隊を撃破する必要があったのだ。

 

 

 

 かと言って不用意に飛び込めば炎の守護者の腕力による高速の斬撃が繰り出されチャドの体は一刀両断される。その反面、パラディンクロスの間合いを掻い潜って懐にさえ入り込めればチャドに勝機が見いだせた。

 

そのような状況で彼が選択した手段は、可能な限りの接近であった。

 

炎の守護者は得物の切っ先をチャドに向ける形で正眼に構えている。しかしパラディンクロスは対スケルトンに特化した武器であり『突き』による攻撃は想定されていない。そのため剣先は平らであり斬撃専用の設計仕様だった。だからこそチャドは剣先が目の前につくほどギリギリまで炎の守護者に近づくことを選択出来た。そして対する炎の守護者は剣を振り上げてから振り下ろす2回のモーションが必要となるため、この距離であればチャドの正拳突きを繰り出すことが出来たのだ。

 

 

 

しかし、常識が通用しないのが達人同士の戦いである。

 

炎の守護者は平らな剣先で突きを繰り出したのだ。

 

「っ!!」

 

ほぼゼロ距離からの突きは人並み以上の反射神経を持つチャドであっても避けきれるものではない。瞬間的に首を倒して避けようとするが、平らな剣先がチャドの頬を削り取る。

 鮮血が飛び散る中、それでもチャドは表情を変えずに左の拳でパラディンクロスの破壊にかかる。武術を極限まで極めた者はその鉄拳により金属を叩き折ることも可能なのだ。

 ただそこは炎の守護者も戦闘を極めた戦士である。すぐさま真横の反対側に剣を流し、拳の直撃を回避する。さらに剣を殴られた衝撃を利用してそのまま一回転して横薙ぎを払ったのだ。

 

遠心力を利用したこの攻撃は衝撃波を起こし、辺りに砂埃をまき散らす。そして視覚不良と合わせて炎の守護者は回転により一瞬、視線が外れたことが仇になった。

チャドを見失ったのである。

 

達人同士の戦いにおいて相手の次手を動作発生前に読み切った場合、その優位性は発揮される。チャドは横薙ぎが来ることを事前に予想して前方空中にジャンプして視界から消えていたのだ。

 

炎の守護者がチャドを捉えるのにコンマ数秒をようしただけであったが、チャドが次の攻撃を繰り出すには充分な時間であった。

チャドはそのまま全力の飛び蹴りを炎の守護者の顔面に食らわせにいった。

 

決定的と思えるこの一打は確実に炎の守護者に入っていた。バキバキと骨が砕けるような鈍い音が聞こえてくる。

いかに屈強な体格を有していても頭部に食らった場合、炎の守護者と言えど無事では済まないため、勝負は決したかに思えた。

 

 しかし、至高の戦いは両者の感覚を極限まで冴えわたらせていた。

 炎の守護者も横薙ぎの瞬間、武術家の敏捷性を無意識に警戒し、事前に右手を構えてチャドの強烈な蹴りを受け切っていたのだ。

 

「……!」

 

さらに、ただ止めるだけでなく、チャドの左足をその大きな右手で掴んでいる。そして炎の守護者は無表情でそのままチャドを片腕一本で地面に叩きつけにかかったのだ。

その異常な握力でチャドの体は宙に振り上げられる。

 

このままだと固い岩場に叩きつけられる状況だが、チャドは瞬時に足をひねり、炎の守護者の掴みをはねのける。

 これにより地面への直撃は避けられたが、それでもチャドの体は投げられる直前であったため、勢いで左肩から地面に着地してしまった。

 

ここまでの2人のやり取りはおよそ数秒程度の出来事であったが、人外であるかのようなそのやり取りを見ていた周りの者は言葉を失い絶句していた。



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112.許されざる者

◆都市連合
 チャド、ジュード


(左肩を痛めたか。鍛えていたつもりが……歳は取りたくないものだな)

 

チャドは鈍い痛みが走る左肩の負傷を相手に悟られぬよう平静を装った。

削られた頬の傷は戦闘に差し支えないが、左手はうまく動かない感覚がある。

 

ただ、炎の守護者も武術家の全力蹴りを手のみで受けて無傷でいられるはずがない。手応えはあったので何かしら右手を痛めているはずだ。守護者が両手でパラディンクロスを後ろに引き下段の脇構えをしているのは右手への負担を減らしつつ、初撃がチャドのスピードに間に合うよう広範囲に薙ぎ払いを繰り出せるようにするためだろう。

 

恐らく負傷により斬撃速度は落ちている。だから初撃を避けさえすれば、切り返しの間に致命傷をいれられるはずだ。

 

チャドは勝負を決めた後のことを考え始めていた。

 

守護者を倒した後そのまますぐにホーリーネーション部隊の後方にいるセタを討ち取れば救援部隊は壊滅させられる。そうすれば寡兵で降りてきているオクランの拳の兵士も後から撃退出来るだろう。

 この戦いに勝った後はもう貴族どもの好きにすればいいのだ。どうせロジャー・バート(というよりロンゲン派)の工作により都市連合の足並みは乱れ、ホーリーネーションの本土まで攻め込む余裕はないだろう。くだらぬ利害関係を保ったままいつまでも殺し合いを続けていればいいのだ。

 

ここまでが私の責務。私の役目は炎の守護者を倒すまでと決めている。これが終われば引退してどこかのどかな土地で余生を過ごしたい。お前(・・)にはむしの良い話かもしれないが、もしも……お前がまだ私を許してくれるなら……また2人で一緒に……

 

チャドの力が抜けて闘気が瞬間的に途絶えた。

そして炎の守護者はこれを見逃さなかった。

 

ここぞとばかりに全身全霊の横薙ぎを繰り出したのだ。右手に傷を負ったとはいえ凄まじい速さの斬撃はチャドの胸部へ向かう。それはこの状況からの回避は不可能と言えるほどの速度であった。

 

しかし

 

ここからチャドの取った行動は誰もが想像し得ない動きであった。

 

炎の守護者の横薙ぎを身をかがめ始めかわしにかかるが、剣の刃は首元まで来ている。チャドはここに左手を入れ込み防御にかかった。当然フルスピードによる分厚いパラディンクロスの刃を止められるわけがなく左手は切断され宙を舞う。

 

だがチャドの首は飛ばなかった。

 

左手が斬られたことで斬撃スピードと軌道が僅かに変わり、チャドはスライディングする形で斬撃を掻い潜ることができたのだ。

 

先に見せていた気の緩みによる隙も彼の布石であった。

 

チャド総心流 秘奥義 陥穽構(かんせいこう)

ー落とし穴にはめるが如く相手を誘い込み罠にはめるー

 

蝋燭の火が空気の流れで一瞬だけ揺らぐようなほんの一瞬の気の緩み、それこそ炎の守護者ぐらいの一級の手練れにしか気づかないほどの機微。それを敢えて自分の闘気で演出し、相手を誘い込んでいたのだ。

 

また、それだけでは守護者の斬撃を避けきれないと理解していたチャドは自分の左手も捨てる覚悟をしていた。

 

まさに肉を切らせて骨を断つ、一度しか使えない反間苦肉の究極奥義であった。

 

 

炎の守護者ほどの者に『殺れる』と判断させることに成功したこの技は究極のカウンターとなる一撃を打ち込む間をチャドに与えた。

 間合いに入り込んだチャドの貫手が態勢を立て直そうとする炎の守護者の腹部を容赦なく貫いたのだ。

 

「ぐ……!!ごふ……!」

 

炎の守護者は血を吐いた。

バイタルゾーンを破壊したチャドの一撃は致命傷となり、大量の血がチャドの腕をつたって滴り落ちていた。周りでそれを目撃していたパラディン達には悲壮感が蔓延し、逆に侍は歓声の雄叫びを上げる。

 

しかし、炎の守護者も最後の力を振り絞る。

 

「!?」

 

貫いた右手が抜けないのだ。筋肉を使って止められているのが分かる。そして炎の守護者はパラディンクロスを捨て、両手でチャドの頭部を掴む。

 

「ふっ……相討ちを狙う手もあるが……興が冷めるか。……見事だったぞ……拳聖…………」

 

そのまま炎の守護者は動きを止めた。

この光景に一時の間、周りの者達は只々静まり返っていた。

 

「か……勝った……」

 

カナエも信じられないと言った表情で動きを止めてその死闘を見入っていた。既に都市連合の部隊は挟撃により大分削られていた状況であり、敗北の二文字が見えていた。その中でのこの勝利は逆転という希望を侍たちに見せてくれたのだ。

 

「チャド将軍……あなたは真の英雄や……」

 

気がつくとチャドの側にタニガゼが来ていた。

 

「タニガゼか……。この状況を……立て直せるか?」

 

チャドは炎の守護者から手を抜くと、側に転がっている大きな岩にゆっくりと背をもたれ、無くなった左手の止血をし始めた。

 

「そうやね。たぶん大丈夫だと思いますで。左手の影響はどないですか?」

 

チャドは息も荒く、額には汗が溜まっていた。

 

「強がりたいところだが大分フラフラだ……。戦闘は少し待ってくれ。それより……なぜお主がここに来ている?カナエと連携して両側からやる手筈だろう」

 

「それがそうもいかんのです。まさか守護者やってまうとは思いもせんでしたから、こっち来ておいて正解でした」

 

これを聞いてチャドは目を見開き数秒間、考え込んだ後、何かを悟った。

 

「……お主……ロンゲン派の者か……?」

 

「ええ。あんた強すぎたんや。ちょっとは負けんと。ノーブルサークルの許容範囲超えてるんや」

 

「……」

 

「ただ恨みはないんやで。むしろ長いこと一緒にいて殺る(・・)のが心苦しいぐらいですもん」

 

「……そこまでして紛争状態を作り利益を得たいのか」

 

「わての主人はどん欲なんやろな。ほな死んでもらいまっせ」

 

タニガゼはそう言って、力なく岩にもたれかかっているチャドに槍を躊躇なく突き刺した。傷つき無防備になっているチャドは抵抗することも出来ずに倒れ込む。

 

「ぐっ…………」

 

もはや立つ力がないのか這いつくばりながらその場を動こうとするチャドに対してタニガゼは無情にも何度も槍を突き刺した。

 

「確実に死んでもらわんと困るんです」

 

「……ジュ……ド……」

 

チャドは最後の言葉を残すと目に涙を浮かべながらそにまま静かに動かなくなった。

 

「ありゃー、血も涙もある人だったんかーい」

 

タニガゼは槍の血を拭いながら軽くツッコミを入れた。

 

 

 

遠くで見ているカナエはこの状況を飲み込めないでいた。ただ、時間が経過し、もはや逆転の見込みがなくなってきているのは把握出来た。

 

すぐさま駆け寄り地に伏して動かなくなっているチャドを見やる。

 

「……チャド将軍?」

 

返事はなく既に息絶えているのはカナエにも理解出来た。

 

「お前……将軍に何をした?」

 

カナエは振り返ってタニガゼに対して静かに詰問した。対するタニガゼは実に飄々としている。

 

「トドメをさした」

 

「な……んで」

 

「ここで勝つとたぶんホリネがのうなってしまうやん」

 

部将が動けていない都市連合軍はこの間にもホーリーネーションの挟撃で総崩れとなっていく。

 

「お前は……スパイだったのか……!」

 

「うーん、ちょっと違うね。まぁカナエ姉さんにはもう関係ないことですわ」

 

「おのれ、許さん!!」

 

カナエは怒りの剣幕でタニガゼに斬り掛かった。しかし、タニガゼは難なく槍でカナエの長巻を叩き落とす。化けの皮が剥がれたタニガゼの槍術はこれまで見せていたレベルを遥かに上回っていたのだ。

 

「油断やね。あんたは降伏してホリネで元気に子供を量産してればええねん。人気でると思うでー」

 

「…………っ」

 

カナエの部下たちもほとんど蹴散らされ離散していたが、一部の忠誠心ある侍たちはカナエの元に駆けつけようとする。しかし、勢いづいたホーリーネーションの歩哨によって次々と討ち取られていった。

 

そしてやがて辺りに立っている侍はいなくなった。

 

「わてが取りなしてあげますさかい、変に暴れんといてな」

 

戦闘は収束し、その場にいる都市連合の人間はタニガゼと無気力に立ち尽くすカナエだけとなっていた。

 

 

 

 

 

「貴様はタニガゼだな」

 

ホーリーネーションの歩哨が道を開けた先から片腕がない者が歩み寄ってきた。

 

「おーう、上級審問官セタさんの登場やー。片腕なくても貫禄あるのぉ。御無沙汰しておりますー」

 

セタはタニガゼを一瞥すると、まるでゴミを見るかのような目つきで言葉を返す。

 

「口の聞き方に気をつけろ。貴様をついでに始末してもいいのだぞ」

 

「折角上手くまとめてあげるっちゅーに、わてが報告に戻らんと和議が成立せんで?守護者ものうなってしもうてあんた方どないするん」

 

「貴様如きいなくても全て予定通りいく。が、まぁいだろう。早々にここから消えるといい」

 

「相変わらずマウント取っていないと気がすまないんやね。ちなみにそこにいる姉さんは5将の一人や。殺さんといてあげてな」

 

「リバース鉱山で使ってやろう。あるいわ……その容姿であれば違う選択肢を選ばせてやってもよい」

 

セタは気持ち悪い目つきでカナエを下から上へとなめるように見回した。

しかしカナエの反応は覚悟を決めたものであった。

 

「お前たち……元から繋がっていたのか。クズどもめ。私は降伏なんぞしない」

 

「言うねぇ。もっと酷いことされちゃうかもよ」

 

タニガゼの言葉を無視し、カナエはチャドの遺体に対して悲しげな視線を送る。

 

「チャド将軍……ここまで連れてきてくれてありがとうございました。ジト先輩、私もそちらに行きます」

 

そう言ってカナエは懐から短剣を取り出すと自分の首を掻っ切ったのだ。そして鮮血を飛び散らしながら壮絶に息絶えていった。

 

「あーべっぴんさんだったのに勿体ないのぉ」

 

「このような罪深きナルコは死んで生まれ変わる他なかったのだ。天命だろう」

 

気がつくと数々の屍が横たわる戦場を夕日が照らし始めていた。都市連合の兵士はチャドの勝利を信じギリギリまで粘って戦い続けたこともあり、ほとんどの者がこの場で討たれていた。ほぼ全滅と言ってもいい惨状を平然とした表情で見ながらタニガゼは大きなノビをした。

 

「さて、そろそろ戻るかな。うちら全滅したしバストに戻るのも怪しまれるから、毛皮商の通り道からグルっと回って帰りたいねんけどよろしい?」

 

「分かった。通行証を渡してやる」

 

「いえーい。じゃあついでにホリネの服も頂きまっせ」

 

「好きにしろ。手筈通りにな」

 

タニガゼは歩哨から服を貰うとそのまま姿を消した。

 

 

 

「行かせてよろしかったのですか?和議内容のままですとバストは都市連合の領地となってしまいます」

 

手下が怪訝そうにセタに問いかけた。

 

「良い。ロンゲン派の貴族は利用価値がある。それにバストは北方から食人のカニバルが度々襲来する場所だ。壁も築けていないうちは復興どころではないだろう。少し手を出せばすぐに都市連合は撤退することになり結局のところ緩衝地帯は完成する。我々はその間に国力を復活させるのだ」

 

炎の守護者を討たれたことでセタには再びバストを荒らすまでの戦力は残されてはいなかった。そのため都市連合の攻め手を討ち果たした後、そのまま深追いすることなく本国へ帰還していった。

 

 

 

 

 

◆◆◆ 

 

 そして後日、大戦の結果は旅人の噂からワールドエンドに滞在しているジュードやシンジロウにも知るところとなる。

 悲報を全く想定していなかったジュード達は血が抜けたように顔面蒼白になり愕然としていた。

 

「そんな……チャド師範が負けた……?」

 

「く、詳しいことは分からないですが上級審問官セタ部隊と戦闘を行い全滅したようです……。チャド将軍、カナエさん、タニガゼさんの消息は全員不明です」

 

情報が錯綜しているのかシンジロウも何が何やら分からない様子で狼狽えていた。

 

「嘘だ……。師範はそんな負け方をする戦いはしない……何か……何か想定外のことが起きたのでは!?」

 

ジュードに問い正されたシンジロウはうつむいてしまう。

 

「生きて戻って来た人がいないので今は確かめようがありません……」

 

「じゃあ俺が行って見てきます!」

 

「いえ、既にワールドエンドの麓はホーリーネーションが抑えています。もう少しここで情報を待ったほうがいいです……!」

 

「…………!」

 

シンジロウの言うことは正しかった。今から戦場跡に駆けつけられたとしても、手がかりが残っているわけでもなく、下手するとホーリーネーションに捕えられてしまう可能性があった。

 

 

 

ーまたいつも通り会えると信じていたのに……あの会話が最後になってしまうのか?……いや、チャド師範ならば傷ついたとしてもどこか安全な場所で癒えるのを待ち、救援を待っているに違いない。

 

ジュードはトゥーラの境遇を思い出す。

 

(トゥーラ……。大切な人を探し出したいという当時の君の心境をいま理解できたよ)

 

食いしばられたジュードの口からは血が滲み出ていた。都市連合がバストに侵攻してちょうど3ヶ月後の出来事であった。

 




次が本エピソードラストになります


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113.以夷制夷

都市連合の首都ヘフト

 

ホーリーネーション領に攻め込んだチャド部隊の全滅と、バスト地方までを都市連合領とした和議がロジャー・バートによってなされた事がテングJr皇帝を始めとするノーブルサークルの貴族達に速報として入っていた。

 

そしてロード・オオタが緊急で御前会議を開き、近隣にいる貴族を招いて今後の方針をまとめていた。

会議にはテングJr皇帝およびロード・オオタ、ロンゲン、レディー・ミズイ、そして今回は中流階級の貴族も数人参加していた。

 

テングJrもこの戦争の成り行きへの興味を隠すことが出来ず進んで状況を聞き始める。

 

「チャド将軍はどうやら討たれたのかな?もしかしてアイゴアがでてきたの?」

 

情報はいち早く逃げ帰ってきた者からロジャー・バートを通してヘフトに伝わっていた。今回の戦争はロード・オオタが首都から総指揮を取っていることもあり、状況を整理するように応える。

 

「セタ率いる救援部隊と戦闘を行った際にチャド将軍は炎の守護者とタイマンをしたようです。壊滅したとなると恐らく将軍は守護者に敗れたのではないかと。アイゴアが出没したとの情報はありませんでした」

 

「ふーん……。敗れたとこまで見ていた侍はいないんだ。僕が聞いた話によるとホリネに挟撃されたとも聞いたよ。ロジャー・バートはどうしてたの?」

 

「駆けつける頃には決着がついてしまっていたようです。そのため彼が機転を利かせてバストを取ったところに境界線をひいた形で和議したようです。チャド部隊が消失した現状、恐らく膠着状態になり得たので良い判断だったかと思います」

 

ロード・オオタが公言していた戦争の目的はバスト奪還であったため、チャド部隊の全滅は気にするところではないらしく、結果に不満はなかったようであった。

 

「へぇーそうなの。だってさ、ミズイちゃん。予想が少しハズレちゃったね。バスト取れちゃったよ」

 

テングJr皇帝は嫌味ったらしくミズイを見たが、対するミズイは動じることなく応える。

 

「ええ、そうですね。そのことですが、ロード・オオタと相談して私がバスト領主に着任することになりました」

 

ミズイの口から坦々と切り出された内容はその場にいる全員を驚愕させ、一瞬にして会議室はざわめき立つ。

『バストの領主を誰にするか』は暗黙に全貴族にとって最も注目された人事であった。これによって派閥バランスが変わるし、あわよくば領主の座を狙う者や派閥構成によっては身の振り方を考えなければならない者が多くいたからだ。

 

だが、いち早く声を上げたのは、テングJr皇帝であった。

 

「なんだって!?聞いていないぞ!」

 

興奮しているのか黒い素肌が熱気を帯びているのが分かった。握られたこぶしは少し震えている。

 

「ですから今、申し上げました。陛下と離れ発明品を献上できる機会が減るのは心苦しくはありますが……」

 

ロード・オオタも認識済みのようでニコニコしながら黙っている。

 

「……ふーん、なるほど。君の予定通りってわけね。僕はもう用済みになったわけか……」

 

「何を仰るのです。バストは地政学上、今後重要な場所になり得ます。陛下のために復興と強化に尽力するつもりです」

 

「……尻軽な女狐め」

 

テングJr皇帝は最後にボソッと独り言を呟いた。

その声が聞こえていたであろうロード・オオタは軽々しくミズイの肩に手を置きながらまとめ始める。

 

「被害は出ましたが、皆さんのご協力のもと念願のバスト奪還は成就しました!今後は各都市が協力してレディー・ミズイのバスト復興を手助けしていこうじゃありませんか!」

 

オオタとミズイ。2人の間で何か情事があったのではないかと疑うほど親密に連携が取れていた。実際、オオタは無類の女好きで有名であった。どちらから近づいたのか不明にしても容姿端麗なミズイと何かがあっても不思議ではなかった。

 

ここで、レディー・ミズイがテング派からロード・オオタ派に鞍替えした。

 

その場にいる誰にもそのように見て取れた。

ロンゲンは顎の髭を手で触っているだけでこの件に介入するつもりはないようであった。そして会議はどよめきが収まらないまま終了したが、テングJr皇帝も怪訝な表情を最後まで変えることはなかった。

 

 

 

 

 

ミズイは皇帝のいる居城の一室に研究室と住まいを構えていたため、引っ越しの準備でここに戻っていた。

その帰路で後ろから声をかけられる。

 

「皇帝陛下と袂を分かつのは賢明な判断でした」

 

振り返るとそこには奇妙な仮面をつけた男が立っている。

 

「……どなたかしら?」

 

ミズイは怪訝そうにに見上げた。

 

「初めまして。私、特別憲兵隊隊長を任されている者です」

 

「あら。特別憲兵隊の方でしたか。先ほどのご発言はどういう意味かしら」

 

ミズイは仮面を被っているという不可解な格好には敢えて触れなかった。特憲の情報は秘密事項であることを理解していたからだ。

 

「いえ、あまり陛下に過度な希望を持たせてしまうのも可哀想でしたので」

 

「大人向けの発明品のこと?」

 

「ふふ、そういうことにしておきましょうか」

 

2人の間に沈黙が流れた。

 

「それで……私に何か御用なの?」

 

「ええ、研究成果を引き継ぎに来ました。ここで調べたことは全てこちらにお渡しください」

 

ミズイはテングJr皇帝の許可を得て、都市連合の資金を使って科学技術の研究を続けていた。表向きは暮らしに役立つ技術を追求していていたが、軍事的なものまで手掛けていたことを少なくともノーブルサークルの貴族誰もが知っていた。その成果をテングJr皇帝自身が差し押さえにかかったのか、このタイミングで他の貴族が横取りに来たのか、誰かが特憲を遣わせて来たのだ。だがミズイは動じることはなかった。

 

「ああ……。私の部屋にあるから好きに使ってくださる?」

 

「いいでしょう。皇帝も前皇帝と同じく夢を見がちでしたがこれで覚めてくれるでしょう」

 

言い回しを聞く限り、この特憲隊長は皇帝から遣わされたのではないように見える。同時に特憲がミズイと皇帝の繋がりを警戒していること。そして皇帝がただの操り人形ではないことも把握しているように聞き取れた。

 

「……私は遠く離れたバストで悠々自適な暮らしをさせて頂くわ」

 

皇帝を抱え込み、中央の利権取りに利用する貴族は多い。逆に地方への異動はこれらに興味がないことを暗に示すことにもなる。誰の差し金かも分からない特憲に対してこのアピールをしておくことは無駄に政争に巻き込まれないためのミズイの知恵であったのかもしれない。

 

「復興は大変ですが頑張ってください。しかし……」

 

「何?」

 

「今回、あなたの行動は他の貴族の反感を貰っています。特憲を護衛につけましょうか?」

 

「あら、そうなの。でも大丈夫よ。リドリィを門前に待機させているわ」

 

「ああ、あなたが推薦した者ですね。それについて1つだけ教えてください」

 

「何かしら?」

 

「あなたはリドリィに催眠の実験をされておりましたよね?自我が強いテックハンターを特憲として働かせることが出来る研究は素晴らしいものです。今後の兵士育成に是非取り入れていきたい。その研究状況も継続して共有してくださいませんか」

 

「……ああ。いいわよ。今のところ順調にいっているから、随時共有するわね」

 

「助かります。また何か用が出来た際はご相談させて頂きます」

 

「ええ。ところで……私あなたと何処かでお会いしたことあったかしら?」

 

特憲隊長の動きがピタリと止まった気がした。

 

「……いえ?気のせいでしょう。それではバストでの生活をお楽しみください」

 

ミズイはそのまま立ち去る仮面の男を見送った後、軽装で建物を出た。研究室が早くも差し押さえられ以上、持っていく荷物はほとんどなかったのだ。

 

 

 

首都ヘフトを出る門にはリドリィとオオタから遣わされた侍数名が待機していた。

腕組みして壁に寄りかかっているリドリィにミズイのほうから喋りかける。

 

「私の私兵は随分と規模が小さいわね。これでバストでやっていけるかしら。市民としてチャド部隊の遺族でも呼ぼうか?」

 

冗談とも本気とも取れるこの発言に対してリドリィは横に並んで歩調を合わせながら応える。

 

「それはやめておけ。今回の戦争で多くの侍が帰らぬ人となった。もちろんホーリーネーション側もだが。とにかく、遺族は戦争を起こした貴族に恨みを抱いているだけだから、連れて行っても好意と受け取ってくれないだろう」

 

「……そう。じゃあせめてバストに花を手向けないといけないわね」

 

「あんたはそういう柄でもないだろう」

 

ミズイは不敵に笑う。

 

「ふふ、分かっているじゃない。ああ、そうだ。チャドに私の言葉を伝えてくれてありがとう。やはり私は話せる機会はなかったよ」

 

「……ああ。大分悩んでいたが意を決して攻めてくれたな」

 

「ええ、彼はロジャー・バートが裏切ることに気づいていながらも炎の守護者を葬ることに尽力してくれたわ」

 

前を歩くミズイに対してリドリィは神妙な顔つきになる。

 

「侍が減った事で都市連合の内部は実質弱体化した。ホーリーネーションも当分攻めて来れないだろう。全てあんたの思惑通りか?」

 

「ええ。大枠はね」

 

「……1つ聞いておくが、私は自分の意志でお前に従っていると思っていいのだな?」

 

第三者が聞いたら全く意味の分からない問いかけだったがミズイには通じたようだ。

 

「もしかして自分がどこかで洗脳されていないか気にしているの?安心して。あなたに施していないわ。というかその技術は大分前に失敗してそれっきりよ」

 

「そうか」

 

2人の歩調は変わらず一定の距離を保ったままであり、ミズイは振り返ることもなく会話を続ける。

 

「ただ……過去に一度だけ催眠実験(・・・・)を試したことはあるけどね」

 

「催眠だと?洗脳ではなく?」

 

「ええ。でも……、そろそろ解けてしまう頃かも……あれも未完成だったから」

 

「…………」

 

ミズイはリドリィの反応を気にすることなく、悲しげな表情を浮かべると、どこか遠くを見据えながら独り言を続ける。

 

「ローグ……随分待たせてしまったね。始めるよ……」

 

この声はリドリィ達には聞きとれないくらい小さかったため、吹き付ける風の音と共に掻き消されていった。

 

 

 

 

 こうしてバスト地方を巡る両大国の戦いは互いに大きな犠牲を出しつつ都市連合が奪還する形で幕を閉じた。

ロジャー・バートがチャドを見捨てて部隊を引いた件は、チャド部隊壊滅により訴える者が現れなかったため、世間に知られることなく忘れ去られていった。都市連合のロード・オオタも目的であったバストを取れたことに満足し、ロジャー・バートの不可解な動きを進んで追求することはなかったのである。

 

今回の大戦において、都市連合は各都市から侍を捻出して西征軍を組織していた。その部隊が全滅したこともあり、戦後各都市の戦力や治安は著しく低下することになった。また、ホーリーネーションも中堅の主要幹部が多く戦死したことで統制管理機能が麻痺し、上級審問官セタ達はその対処に長く追われる事を余儀なくされる。

 

その隙を狙ったかどうか理由は定かではないが、この後、ノーブルサークルにとって大きな爪痕が残る事件が発生し、都市連合の情勢は新たな局面を迎えていくことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作 kenshi

 

 

kenshi -20years later-

バスト大戦編

 

作 さわやふみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大戦を戦った主な剣士達

 

 

 

ホーリーネーション

 

 

【挿絵表示】

カスケード審問官

審問官の中でも群を抜く才能と実力の持ち主であり、次世代の上級審問官として期待されていたが、自ら辺境のバスト地方へ赴き都市連合軍を迎え撃った。援軍が見込めない孤立無援の状況で奮闘するが最後はバーンに後ろから討たれた。およそ見殺しに近い形であったため、事情を知る者の間では彼の才能を妬んだ者が排除したのだという噂が出回った。

 

【挿絵表示】

ルビク審問官

カスケードと審問官学校の同期。審問官としての誇りを持ち、長い期間バスト地方を守り続けていたが、大戦にてチャドに討たれた。カスケードも唯一対等な存在として認めていた。

 

【挿絵表示】

ベルゼブブ

ホーリーネーションにて暗殺や諜報など裏の仕事を請負っており、カスケードの招集に応じて大戦で暗躍したが、特憲に襲来を予測され返り討ちにあった。昔は志し高き青年であったことは一部の者にしか知られていない。

 

【挿絵表示】

炎の守護者

パラディンの中から選出された歴代最強クラスのホーリーネーション守護者として君臨する。権力には興味がなくひたすら武を追及していた。チャドに敗北した際は相打ちするのが可能だったにも関わらずそのまま死亡した。彼の敗北はホーリーネーションによって隠されたため、記録上では都市連合軍を撃退した英雄として称えられた

 

 

 

 

都市連合

 

 

都市連合御前試合に優勝するほどの腕前を持ち、5部将の筆頭としてチャド直下に配属される。ルビク審問官との一騎打ち中に乱入したベルゼブブに討ち取られた。都市連合市民にとって彼の死は深い悲しみを与え、遺族には弔慰金が渡された。

 

チャド直下5部将の紅一点。容姿端麗ながら侍だった父親譲りの豪胆さがあり、酒にも強かった。最終決戦にて自死するが記録上は戦死とされた。

 

【挿絵表示】

シンジロウ

チャド直下5部将の最年少メンバー。南の都市から派遣される。スケルトン工学の研究のため途中離脱しワールドエンドに向かったことで、5部将の中で唯一生き残ることになった。その後は都市連合に戻っていない。

 

【挿絵表示】

ヘイハチ

チャド直下5部将の最年長メンバー。元バスト地方の侍であり実直な性格から、ホーリーネーションに対して長く遺恨を抱えていた。捨て身で攻め寄せてきたカスケードに討たれた。

 

【挿絵表示】

タニガゼ

チャド直下5部将の一人。最終決戦後に行方不明となり戦死扱いされた。

 

都市連合の将軍としてバスト地方奪還に成功する。その後、ホーリーネーション救援部隊と最終決戦を行ったが、挟撃された際に後詰が間に合わず全滅の憂き目にあう。炎の守護者との一騎打ちに敗れたとされているが、その後に守護者の所在も不明になっていることから、後の歴史家はチャドが勝利していたと分析する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毛皮商の通り道

 

 

 

ホーリーネーションの歩哨の格好をしたタニガゼが1人歩いていた。そこに1人の大柄の男が立ちはだかる。タニガゼは怪訝そうにその男を見やったが、何かに気づき喋り始める。

 

「……ん?あんたもしかして……カクノーシンか?久しぶりやなぁ!そんな格好で何してん?というかなんでここにおるん?」

 

大柄の歩哨の格好をした男はカクノーシンであった。タニガゼはカクノーシンの素顔を知っているようであった。

 

「ここの司祭に許可を貰い、お前を待っていた……」

 

「あんたがわてにいったい何用でしょ」

 

カクノーシンはただならぬ気配を醸し出しているが、タニガゼはとぼけたままだ。

 

「……では聞こう。なぜお前がここにいる?チャド大隊の部将の役割はどうした?」

 

「ああ!チャド部隊は全滅やで!命からがら逃げてきたんやー」

 

「バスト方面でなくこちらにお前1人で逃げて来ている理由はなんだ……?」

 

もはやカクノーシンの気配には殺気が含まれている事をタニガゼも察しているため2人の間の空気が冷たくなる。

 

「…………見逃したってーや。大体理由分かるやろ?わて達の目的は都市連合に脅威のある勢力の排除や。チャドは殺っておいたほうがええやろ。ホーリーネーションも老いぼれだけになったし万々歳やあらへんか」

 

「……そうか。ではもう一つお主に聞きたいことがある」

 

「なんでしょ?なんでしょ?」

 

「前皇帝が暗殺された日……。お主は皇帝の護衛当番だった。どこにいたのだ?」

 

「ええー!?そんな昔の話、覚えているわけらへんやんか」

 

「答えろ……」

 

カクノーシンの重圧はとぼけてその場を乗り切れるほど甘いものではなかった。それを察したのかタニガゼも渋々と回答する。

 

「…………トイレに行っとった」

 

「それが通ると思うのか?ゼニガタ(・・・・)よ……」

 

カクノーシンを取り巻く殺気は熱気となり微かな上昇気流を生み出す。ちりが巻き上げられ辺りは異様な空間となっていく。

 

「今の名前はタニガゼやで。ってかあんた誰の推薦やっけ?」

 

「……お主にはもう意味のないことになるが、私は現皇帝陛下推薦の特別憲兵である」

 

そう言ってカクノーシンは背中から大太刀を抜いた。

 

「武力のみの寡黙な衛兵だったあんたが大した出世やね。つーか特憲同士の争いはご法度やん。どう説明する気なんですの?派閥もちゃうしノーブルサークルに影響するんちゃいます」

 

「セタと組んで都市連合部隊の殲滅……そして前皇帝の暗殺幇助……。都市連合への反逆罪には充分な理由とは思わんか。誰から指示された?お主の推薦者か?または独断か?」

 

「だから知らんてー。堪忍したってやー。そんなん憶測でしょ。内輪揉めはやめましょうよー」

 

「こたえないか。ならばもうよい」

 

カクノーシンの殺意は尋常を超えた迫力で漲っており、タニガゼが抵抗を瞬時に諦めさせるほどの圧倒的な威圧感を備えていた。

 

「…………はぁ、どうやらわてもここで終わりみたいやなぁ。素直にバスト方面から帰るのが正解だったかー」

 

これがタニガゼの最後の言葉となった。

後に彼の惨殺死体はボーンドッグによって喰われたのか、原型が留めていないほど見るも無惨な姿となって発見された。

 

 

 

『バスト大戦』編

 

 

next to episode7 『都市連合』編

 

 




今年も読んで頂きありがとうございました。
また、充電期間に入りたいと思います。
良いお年を~



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都市連合編 上
ここまでの登場人物


カニを食べる生活に飽きて、世界を知りたいという軽いノリで旅を開始した主人公。ホーリーネーション領内で浮浪忍者に拉致され行方不明となる。

 

【挿絵表示】

トゥーラ

ルイと知り合い同行していた新米テックハンター。レディー・ミズイに連れ去られたリドリィを探すためにブラックスクラッチにいるテックハンター協会に向かう。しかしその道中で特別憲兵となったリドリィ自身に崖から突き落とされ死亡扱いとされる。

 

【挿絵表示】

レディー・ミズイ★

都市連合の技術統制機関最高顧問。ノーブルサークルの貴族の一人。リドリィを特別憲兵として雇い、バスト大戦後はテングJr皇帝からロード・オオタに鞍替えしバスト領主となる。

 

【挿絵表示】

カクノーシン(寡黙な衛兵)

レディー・ミズイの護衛。特別憲兵隊でもある。並外れた体格と大太刀を使った剣技を有し、リドリィを無傷で捕らえた。リドリィの元師匠で口数が少ない。

 

【挿絵表示】

スケサーン★

"特別憲兵隊"を名乗りガルベスを勧誘する。また都市連合の正式な使者としてチャドに将軍就任の依頼をした。バスト大戦においても都市連合側として暗躍した。

 

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リドリィ

テックハンター9位の実力者。禁忌の島遠征後にレディー・ミズイの護衛カクノーシンに捕らえられる。その後、特別憲兵隊としてトゥーラの前に現れる。

 

【挿絵表示】

特憲隊長★

特別憲兵隊の隊長。顔を面で隠しており正体不明の人物。バスト大戦時にホーリーネーションの密偵を討ち取り、ベルゼブブの来襲も予知していた。誰の指図か不明だがレディー・ミズイから研究結果を奪った。

 

【挿絵表示】

タニガゼ★

5将の一人としてチャド直下に配属されるが、正体はロンゲン派の特別憲兵隊であった。チャドを裏切った後、毛皮商の通り道から迂回して都市連合に戻ろうとしていたが、待ち構えていたカクノーシンに討たれる。本当の名前はゼニガタと言い、全皇帝テングの警護をしていた。

 

【挿絵表示】

シンジロウ★

元は南方の都市連合所属だが5将の一人としてチャド直下に配属される。スケルトン工学に精通しており、本人が希望するワールドエンドでの任務に赴いたことで、チャド部隊全滅の難を逃れる。

 

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チャド★

元ノーファクションのスコーチランド人。ルイを助けるために都市連合の将軍に就任し、ホーリーネーションに戦争を仕掛けた。バスト地方を奪取し炎の守護者を討ち取るが、その後、裏切った5将の一人タニガゼに殺される。

 

【挿絵表示】

ジュード★

チャドを慕う門下生。将軍となったチャドに伴って都市連合に加わるが、チャドの指令によりワールドエンドへ向かうことになり離脱する。

 

【挿絵表示】

バーン★

テックハンター十傑の2位。バスト大戦の際に浮浪忍者の尖兵として突如現れ、ホーリーネーション軍を後ろから挟撃し、カスケードを討ち取る。

 

【挿絵表示】

ガルベス★

ルイ達を騙して奴隷にしようとしていた奴隷商のシェク人傭兵。傲慢で好戦的だが、ルイ達の罠に敗れた後、少し心を入れ換える。パワー型義手をつけて強さが増す。特別憲兵隊に加入した。

 

 

【挿絵表示】

テングJr皇帝★

都市連合の現皇帝。前皇帝テングと同様に傀儡を演じているが、父親を殺したアイゴアを探している。裏ではレディー・ミズイ(イズミ)に軍事的な科学技術の研究を進めさせていた。

 

【挿絵表示】

ロード・オオタ★

ノーブルサークルの大派閥オオタ派トップ。皇帝を操る執政として首都ヘングで政治を取り仕切っている。バスト攻略により増々その勢力を広げている。

 

【挿絵表示】

ロンゲン★

ノーブルサークルの派閥ロンゲン派のトップにしてトレーダーズギルドの長。商売によって蓄えた豊富な資金により第2派閥としてノーブルサークルを掌握している。

 

【挿絵表示】

ナパーロ/ラックル/694番

多重人格障害の元奴隷。主人格である694番がポートサウス側に裏切るが、最後はルイ一派に帰順する。拠点で皆の帰りを待つ中で、特憲ヒガキの襲撃を受け死亡扱いとされる。

 

【挿絵表示】

シルバーシェイド

ハイブ人のなんでも屋。無感情で自分の命最優先であったが、ルイ達と一緒にいるうちに考え方に変化が起きる。ルイ一派解散後、特別憲兵スケサーンに討たれる。

 

【挿絵表示】

シャリー

引越し移動中に出会った逃亡奴隷。ピンク色の髪の女の子。少し天然な性格であるがポートサウス戦も生き延び徐々に馴染んできている。トゥーラに同行中、行方不明となる。

 

【挿絵表示】

ヘッドショット

元ノーファクションの女シェク人射手。今でこそ大分丸くなったが豪快で大胆かつ面倒くさがりな性格。ウィンワンの呼びかけに応じてルイを助ける。しかし実態は何者かの手引きによりルイ一派を監視していた。解散後、不意打ちされ討たれる。

 

元ノーファクションのハイブ人。奴隷時代に主人に舌を切られ喋れず、知能も低いため常にヘッドショットと行動を共にしている。ルイ一派解散後、何者かに不意打ちされ討たれる。

 

【挿絵表示】

カスケード★

ホーリーネーションのエリート審問官。グリフィンを監視して得た情報からチャドとルイを利用する計画をたてる。しかし、何者かにルイを拉致され、さらに苦労して捕らえていたモールにも脱獄される。バスト大戦ではホーリーネーション側のトップとして都市連合軍を迎え撃つが、バーンに討たれる。

 

【挿絵表示】

炎の守護者

ホーリーネーション最強のパラディン。歴代屈指の実力を持っていたが、チャドと正面からぶつかり敗北する。

 

【挿絵表示】

グリフィン

ホーリーネーションの歩哨を辞めてノーファクションで活動していた。組織滅亡後はノーファクション跡地の毛皮商の通り道で司祭として活動している。ノーブルサークルの何者かと繋がっている。

 

モール

ホーリーネーションと敵対する浮浪忍者の長。カスケードとの戦いに敗れた後、復帰を恐れたカスケードにより両目と両足を潰され監禁されていた。浮浪忍者3忍により救出される。

 

ピア

元ノーファクションで今は浮浪忍者3忍の一人。無口だが剣の腕前は良い。モール救出後、ルイを拉致して逃亡する。

 

レヴァ

浮浪忍者3忍の一人。ホーリーネーションに強烈な恨みを持っており、ルイに対して無慈悲な攻撃を行う。

 

ナイフ

浮浪忍者3忍の一人。モール救出時に身代わりとなって捕らえられ処刑される。

 

都市連合の現皇帝。父親テングの子。道化を装っているが、裏では父親を殺した黒幕を探している。

 

【挿絵表示】

ロード・オオタ★

都市連合の貴族。ノーブルサークルの中でも一番大きい派閥オオタ派を率いる。バスト地方を取ったことでさらに実権を強めた。

 

【挿絵表示】

ロンゲン

都市連合の貴族。ノーブルサークルの中で二番目に大きい派閥ロンゲン派を率いる。財力で支配しようとしている。

 

【挿絵表示】

ローグ・アイゼン

ルイの父親。ノーファクションを率いていた剣士。アイゴアの襲撃にあい命を落とす。

 

【挿絵表示】

サッドニール

ルイの育ての親であるスケルトン。昔所属していた組織ノーファクション壊滅の真相を調査すべくルイ達から離れて行動している。

 

【挿絵表示】

ロード・オラクル

ハウラーメイズ遠征のスポンサーとして同行した新興貴族。都市連合の食糧事情を遠征により解決し、ハウラーメイズ領主となる。

 

【挿絵表示】

ルートヴィヒ

ロード・オラクルの護衛隊長。メガクラブ戦で両足を複雑骨折した影響で一時期歩行も困難になるが、懸命なリハビリによりオラクルの私兵として復帰している。

 

【挿絵表示】

ギシュバ

テックハンター十傑の7位。無心の戦闘モード『涅槃寂静の境地』と鋼の肉体による剣技『絶対防御』を駆使して多大な功績を残す。ハウラーメイズ攻略時に自身の片腕と教え子アウロラを失くし引退する。

 

【挿絵表示】

アウロラ

小さい頃にギシュバに拾われた元奴隷であったが、徐々に頭角を表し、ギシュバチーム副隊長かつ8人衆筆頭としてハウラーメイズ遠征を計画する。無想乱舞という戦闘スタイルをようし、あと少しまでメガクラブを追い詰めるが、ニムロッドの裏切りにより致命傷を負い命を落とした。

 

【挿絵表示】

ハムート

元ノーファクションの武闘派。妻を殺しノーファクションを壊滅させた都市連合や奴隷商を恨んでおり、復讐のために武装集団リーバーに幹部として加入している。

 

【挿絵表示】

奴隷マスターミフネ

都市連合の兵士の身分から奴隷商本部アイソケットの奴隷マスターにまで登りつめた男。ノーファクション壊滅に関わっていると思われる。

 

【挿絵表示】

スケルトン盗賊の長老

人間をスケルトンと思い込ませて一勢力を築いている自称最古のスケルトン。メイトウクラスの九環刀を使いこなす強者。リーバーと領土争いをしている。

 

【挿絵表示】

ワイアット

元ギシュバ8人衆の一人。忍者出身のため隠密偵察の任務をこなした。何を思ったのかギシュバチーム解散後に盗賊である砂忍者の頭領になる。ポートサウス戦では気まぐれ?でルイ達の助太刀をしてくれた。

 

【挿絵表示】

クジョウ

ギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。選抜組テックハンターの育成兼戦闘部隊として活躍。第2のメガクラブ戦で負傷し離脱した。遠征完了後にチームを脱退し引退している。

 

【挿絵表示】

キアロッシ

貴族の名門バート家の御曹司。経験のため選抜組テックハンターとして遠征に参加する。自分より立場が低いルイ達を見下していた。遠征から無事に生還するが貢献ptはトゥーラに並ばれた。

 

【挿絵表示】

ウェナム

貴族の名門バート家の教育係兼私兵。キアロッシに同行して遠征に参加する。第2のメガクラブ戦に参戦しバート家のプライドを守る。ハウラーメイズからは無事に生還した。

 

【挿絵表示】

ハーモトー

友人であるアウロラからの内務調査依頼によりギシュバ8人衆としてハウラーメイズ遠征に参加する。主に補助として後方支援を行い遠征を成功に導いた。任務完了後はチーム脱退を発表し行商人に戻る。

 

【挿絵表示】

ロード・ミラージュ

都市連合領内に巣食うレイシスト集団である英雄リーグ連合の現当主。(恐らく金で雇われ)ルイ一派に因縁をつけたが返り討ちにあう。

 

トレーダーズギルドの集金人。ルイの父親を知っておりノーファクション壊滅に深く関わっていると思われる。ルイ一派、英雄リーグ連合、反奴隷主義者など様々な組織を利用してポートサウス粛清に裏で手を回していた。オカマ口調。

 

【挿絵表示】

ティンフィスト

都市連合と敵対する反奴隷主義者の指導者(スケルトン)。ルイがポートサウスを攻めるという出処不明の情報を聞きつけて精鋭を送り込み、結果的に戦闘においてルイ一派を支援した。スケルトンであるにも関わらず武術の達人であり、その拳は相手を粉砕するほどの力を持つ。

 




リハビリ兼ねた登場人物整理です。
都市連合編は長くなりそー・・・
まだ再開ではないです、、不定期投稿となりそうです、、


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