ヤンデライザのアトリエ (現実逃避中)
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常闇の女王と秘密の部屋
ライザリン・シュタウト


全然普通じゃない娘

アトリエシリーズ他にやったことあるのは1作のみ。個人的にはあれも面白かったけどシリーズの中では変わったものだった様ですね


「ふー……お疲れー!」

 

「ああ、お疲れ様」

 

「それにしても……なーにが“見たことも無い巨大な魔物! ”よ。慌てて大げさなだけじゃない」

 

 小妖精の森。2人の故郷であるクーケン島からそう遠く離れていないこの場所で、幼馴染のライザリン・シュタウト……通称ライザとあなたは魔物退治をしていた。

「巨大な魔物がうろついていた、命からがら逃げてきたので何とか退治してほしい!」という依頼を顔面一杯に汗をかいた旅の商人から受けたライザとあなたは小妖精の森までやってきたのだが、旅の商人の言う巨大な魔物とはオオイタチマザーの事であり、基本持ち場から離れないこの魔物に商人の方がちょっかいを出したんだろうな、と2人は呆れ呆れだった。

 ライザはつまらなそうにお手製の杖を弄び、あなたは愛用の反りの入った片刃の剣を一度振り払ってから鞘へと戻した。以前はここに、「物足りないから手合わせしようぜ」と言う幼馴染と「それよりも早く帰ろうよ」という幼馴染がいたのだが、その声がないのがあなたは少し、寂しい。それはライザも同じかもしれない。最近は一人で解決できそうな依頼をされても必ずと言っていいほどあなたを呼びだしていたから。

 

「まあでも、この辺の魔物の中じゃ強い方だし、驚くのは仕方がないんじゃないかな?」

 

「まあねぇ……あたし達があの夏の経験のせいで強くなりすぎちゃったってのはあるかな」

 

 2人は少し前の夏。今ここにはいない幼馴染や友人達ととある戦いをしていた。

 世界を救う様な戦いじゃない、誰かに称えられたように大々的だったわけではない……大切な日常を、暮らしてきた島を守るための、ささやかでそれでも大きな戦いがあった。

 その際に戦った魔物に比べると、島の周辺程度の魔物など2人にとっては大したことが無かった。もっとも、2人にとっては大したことが無いだけで戦いの経験が無い人にとってはオオイタチマザーは脅威だろうけれど。

 そんなレベルのオオイタチマザーにわざわざ威力を上昇させて(シエルライトして)からお手製の大・高熱溶解アイテム(エターンセルフィア)をぶっぱしたライザの所業に若干あなたは引いていた。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。ねえねえ、錬金術の材料の採取に行きたいんだ。明日って予定空いてる?」

 

 秘密の部屋……通称、ライザのアトリエに引き返す道すがら、ライザはあなたに話しかけていた。

 あなたを見つめるライザの目はキラキラと輝いており、幼馴染の変わら無い姿にあなたは苦笑した。

 

「ごめん、明日は用事があるんだ」

 

「………………あ、そうなんだ。キミが用事って珍しいね、何の用事なの?」

 

 あなたは幼馴染という事もあり、ライザの頼みをほとんど断ったことが無かった。あなたにとってはライザは妹のような存在であり、ついつい頼みごとを聞いてしまっていた。そのため、あなたにもライザにも今回の事は珍しいことではあった。そのせいか、一瞬だけライザの返答に間があったが、珍しいことは自覚していたのであなたは特に気にしなかった。

 

「うん……僕も王都へ留学に行くことになってね、その準備をするから」

 

「………………………………え?

 

 あなたの家は代々島の護り手として歴史を築いて来た一族である。また、一族はかつて王都に暮らしていたこともあり、王都へ留学へ行くこともそう珍しいことでは無かった。あなたの父も結婚する前は王都に留学していたとの話を聞いたことがある。まあ、大抵はその時に出会ったあなたの母との惚気話なのだけど。

 以前、島にいた幼馴染たち……レントやタオやボオス達が一足先に旅立ってから、あなたの父が王都への留学を勧めてきたのであった。何でも特別な試験があり、今のあなたなら大丈夫であろうと太鼓判を押した父のせいで急な話になってしまった。

 

「……島を出ていくの?」

 

「うん、そうなる。手紙は書くし、休みになったら島に戻ってくるつもりだよ」

 

 あなたは努めて明るく振るまった。

 ライザを島に残してしまうことに後ろめたさを感じていないことはなかったが、新しい環境で挑戦したい・学びたいという思いが強くあった。先に島を旅だったレント、一時期手ほどきを受けていたリラ……彼らに追いつきたいという、負けたくないという思いもあったが。

 あなたの話を聞いたライザは顔を俯かせていた。急な話過ぎたか、とあなたはあなたは口元に手を当てた。あなたの癖である。

 

「ライザ、あの……「うん、わかった! 出発は? いつ?」え、あ……えーと、一週間後の予定だけど」

 

「じゃあさ、その前の日にアトリエに来てよ! 腕によりをかけてご馳走作るから、それ食べてアトリエに一泊してから王都に行けばいいじゃない! ……はい、決まり! それじゃ、よろしく!」

 

「え、うん……」

 

 パッと顔を上げた微笑む強引なライザにあなたはちょっと引き攣り笑いをしながら了承の意を示した。この妹の様な幼馴染が強引な事は今に始まったことではないし、その強引さがあなたは嫌いではなかった。

 ライザが納得してくれたようで良かった、と内心安堵の溜息をあなたはついていた

 

「ま、取りあえずあの商人さんに報告に行きましょ。何貰えるかな~?」

 

「あはは、錬金術の材料になるものを貰えるといいね」

 

 いつもの話をしながら、いつものとおり、あなたとライザは歩いていく。

 いつもと違うのは、ライザの笑みが暗く、その瞳には危険な輝きが宿っていた事だったが。いつもの様子に戻ったと思っている呑気なあなたはそんなライザの様子に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅立ちの日、前日の夜。

 既に家族や島の住民、子どものころからお世話になっていたアガーテにあいさつを済ませ、準備を整えたあなたはライザのアトリエにやってきていた。

 アトリエの外にもライザの作っているであろう料理の良い匂いが漂い、あなたは頬を緩めた。ライザは悪ガキ扱いされていることもあったが、あれで料理の腕は中々の物なのである。

 ドアをあけてあなたがアトリエに入ると、机の上一杯にご馳走が並んでいた。チキンの丸焼きに、カクテルレープに、きのこのいろり焼きに、ラーゼンプティングに、シカ肉のロースト、それからそれから……

 まるでうわさに聞く最後の晩餐のようにずらりと並べられた料理にあなたは、たまらず生唾を飲み込んだ。

 

「あ、来てたんだ。今行くからちょっとまってねー!」

 

 錬金窯の方で何かを錬金していたライザはあなたの方を見ると慌てた様子で駆け寄って来た。

 あなたは苦笑しながらも着席して、ライザに料理の礼を述べた。あなたの礼を受けたライザは同じように苦笑しながら首を横に振った。

 

「いいって、いいって、気にしないの。さ、食べましょう」

 

「うん、いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 近くにあったグラスをお互いに軽くぶつけて乾杯すると、あなたは早速料理に手を伸ばした。

 とりあえず近くにあったきのこのいろり焼きを口に頬張ってみる。今まで食べたことのない味わいと香りだった。濃い目の味付けがしてあるが、それに負けないくらいきのこが主張している。

 

「うん、これ美味しいよ。初めて食べるきのこだけど、こんなのがあったんだ」

 

「あはは、良かった。今日の為に手に入れるの苦労したんだからね、それ」

 

 そう言って微笑むライザは割と上品にチキンを切り分けて口に運んでいた。そしてすぐにグラスのジュースを飲む。今日のライザはやけにジュースを飲むペースが早いが、そういう気分なんだろうか? 

 2人は食事を楽しみながら今までの出来事を振り返っていた。

 子どものころライザがおぼれかけた事、あなたが初めて剣を持つことが許された日、こっそりと島を抜け出したら見つかって大人たちに怒られた事、クラウディアとの出会い、リラやアンペルに錬金術や戦い方を学んだ事、ドラゴンと戦った事、異界で知った真実、フィルフサとの決戦、クーケン島の動力について……

 話は尽きなかった、いつまでも話していられそうな気分だった。しかし、料理の方が先に尽きており、気が付けばあれだけあった料理はもう何も残されていなかった。

 

「いやー食べた食べた。ほんと、全部美味しかったよライザ。僕の為にありがとうね!」

 

「大げさだなぁ……まあ、これだけ食べてくれればあたしとしても腕によりをかけた甲斐があるってものよね」

 

 そう言って笑うライザはグラスの底に残ったジュースをぐいっと飲み干した。

 そう言えば自分は全然ジュースを飲んでなかったなとあなたはジュースデカンタの方を見るが、何も残っていなかった。ライザが一人で飲み干してしまったらしい。

 

「王都に着いたら手紙書くね。お土産も送るよ、後は……」

 

「ああ、そういうのいらないわよ?」

 

 手を振ってライザは自身の意を示す。

 幼馴染の意外なその言葉にあなたは首をかしげた。いつものライザなら「いいものよろしく!」ぐらいは言いそうなのだが……

 

「……え、いいの? あ、それとも錬金術の材料になりそうなものの方が……」

 

「だから、いいってば。そもそもキミは王都に行かないし」

 

「……? ライザ、それはどういう……………………!?」

 

 そこであなたは自身の異変に気が付いた。

 身体に力が入らない、それに頭が重くてぼんやりとする。

 膝から崩れ落ちそうになる身体を全力を持って机に捕まり、かろうじて地面との衝突を下げた。

 重い頭を上げてライザの方を見ると、そこにいたのはライザの様な何かだった。

 あなたは……ライザがあんな三日月の様に裂けた笑みをしているのを知らない。あなたはライザがあんなに眼をギラギラと輝かせながらも曇っているのを知らなかった。

 

「ああ、ようやく効いてきたのね。まったく頑丈なんだから。美味しかったでしょ、その毒キノコ。後、それから造りだしたキノコパウダーも他の料理に使ってたんだけど、この解毒剤を飲んでれば平気なんだよね。ああ、あなたはほとんど飲んでいなかったけど。駄目だよー? バランスを考えて食事しないと。それにこんなのに引っかかるぐらいだから王都へ行ったらもっと悪質なのに引っかかっちゃうかもしれないし、やっぱり行かなくて正解だよね。あたしに感謝しなさいよ?」

 

「……う、あ……ライ、ざ……」

 

 力を失うからだと消えゆく意識の中、どこまでも面白そうに、残酷に、微笑むライザを何とか見たあなたは、そこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、起きた」

 

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。あなたはアトリエにあるベッドの上で意識を取り戻した。

 窓からは日が差し込んでいる。こちらをのぞき込むライザに抗議しようと身体を起こそうとした。が……

 

「……!? っ! ぐっ!」

 

「あはは、動けないでしょ。あたしが作った手錠、結構頑丈だからドラゴンでも千切るのは無理だと思うなー」

 

 あなたの四肢は手錠でベッドの四隅に繋がれていた。引っ張っても抜ける気がしない。無理矢理千切ろうとしたが逆に四肢を痛めてしまっていた。ドラゴンでも千切れないというのは伊達ではないらしい。

 

「ライザ、何のつもりだ……!?」

 

「……何のつもりだ、はこっちの台詞なんだけどね。レントやタオが島を出ていって、クラウディアもリラさんもアンペルさんもいなくなって、それでもキミはあたしの傍にずっといてくれると思ってたのに、急に王都へ行くだなんて言うんだもの。そんなの、行かせられないでしょ? 寂しくて寂しくて、壊れちゃうかと思ったのに」

 

 濁った瞳でライザは歪に笑った。

 そこであなたはようやく己の過ちに気が付いた。

 ライザはあなたが皆がいなくなって寂しいと感じていた以上に、寂しがっていたのだ。きっと心に穴が開いて、こんな手まで使ってその穴を埋めようとするぐらいに。

 もしあなたが他の皆と一緒に島を出ていればここまではならなかったかもしれない。けれど、出発時期が皆とずれてあなたが傍にいたことで、ライザは残ったあなたが自分の傍からいなくなることに恐怖を覚えたのだろう。

 

「こんな事をしても、どうにもならないよライザ。アガーテ姉さんや父さんたちがきっとすぐに探しに来る」

 

「うん、そんな事わかってる。だから行かなくなるのはキミ自身の意思でね?」

 

 そう言うライザは何らかの液体を口に含み、あなたに顔を近づけて口づけをした。

 

「……っ!!?? んっ……! くっ……!」

 

「ちゅっ、んんっ……んっ! ……ぷはぁ、ふふ、ファーストキスしちゃったぁ……」

 

 顔を赤らめ熱にうなされたように瞳を蕩けさせるライザに比べ、あなたはそれどころではなかった。何かを口移しで無理矢理飲まされた。錬金術師のライザが飲ませたものだ、何があるかわからない。

 警戒していたあなただったが、段々と、身体が、熱く、なってきている……!? 

 

「う、あ……ライザ、いったい何を……」

 

「興奮剤、ちょっと強力なやつ。これでばっちりだね」

 

 ライザは手に持った丸薬を飲み込みと、その場で服を脱ぎだした。

 女性らしく成長した幼馴染の裸身があなたの目に映る。反射的につばを飲み込んだ。興奮剤の効果か、身体が壊れそうなぐらいに熱くなる。

 ライザがあなたの上に跨った、少女特有の身体の柔らかさと、女性らしい甘い香りがあなたの全ての感覚を刺激する。

 

「今あたしが飲んだのは、赤ちゃんを作る薬、かな。ふふふ……あはは……キミは子どもを置いて王都へ行っちゃうほど、身重なあたしをおいて王都へ行っちゃうほど薄情な人間じゃないよね?」

 

「ライ、ザ……」

 

「勘違いしないでね? 誰にでもこうするわけじゃないから。……ずっと好きだった……妹ぐらいにしか、キミは思っていなかっただろうけど。あたしは、ずっと……王都へ行くってなって、キミのお父さんの惚気話を思い出して、誰かに取られちゃうんじゃないかって、この一週間恐怖してた……でも、これで大丈夫だよね? こうなっちゃったら、一緒に愉しもうよ」

 

 壊れたように微笑むライザの全身があなたに覆いかぶさった。

 あなたとライザの身体はアトリエの中で一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、しばらくしてあなた達はクーケン島に戻って来た。

 あなたは王都への留学を取りやめ、ライザの両親へライザとの結婚を申し出た。

 あなたの両親も、ライザの両親も、島の住民の誰もがあなたの普段とは違う、突発的な結婚の申し出に驚いたものの、島の住民たちは祝福し、宴が開かれた。

 

 数か月後、あなたはシュタウト家の畑仕事を主としながらも、代々の島の護り手としての勤めを果たすべだとアガーテの手伝いをしていた。

 ライザはお腹を大きくし、無茶な事は控えるようになった。ライザが子を宿した事をしった島の住民たちはあなたを軽くはたきながらも、また2人を祝福した。

 

 畑仕事を終えて帰宅するあなたの両手両足にはあの時に無理矢理引き千切ろうとしてできた手錠の痕があった。その痕をライザは時々濁った様な笑みと共にゆっくりと撫でさすることがあった。あなたはそのライザの笑みだけは好きになれなかったが、それ以外の全てでライザを愛した。

 色々間違っていた事は確かだった、諦めたこともあった。それでもライザもあなたも幸せではあった。だったらそれでいいのだと、あなたは自身を納得させ、愛する妻と子がいる自宅へと足を速めた。

 




赤ちゃん錬金窯はひどすぎて笑ってしまった。


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リラ・ディザイアス

早くライザ2プレイしたい。
リラさん……というかオーレン族に捏造あります。ご注意ください。


「……ふっ!」

 

 強く息を吐きだしたあなたはその手に反りのある片刃の剣を手に持ち相手へと駆け出した。

 駆け出すあなたに対して相手は大剣をしっかりと構えてあなたを見据えていた。あなたの相手は体格のいい赤い髪の男……幼馴染のレントである。

 

「せいっ!」

 

 レントは近づいてくるあなたを振り払うように大剣を一閃。あなたはそれをバックステップで躱す。

 2度、3度と同じように大剣が振るわれるが、あなたはそれを見切り、軽やかに躱していく。

 一見すると、レントの剣があなたに届かないことが繰り返されているように見える。しかし、あなたの内心は穏やかではなかった。

 

(前よりも剣が速い……)

 

 以前ならば、大剣を繰り出した隙に一気に懐へもぐりこむことも出来たのだが、今はその隙が見当たらない。あなたはレントが隙を作るのを、大剣を躱しながら冷汗と共に待つしかなかった。

 一方の攻めるレントも優位なように見えて内心では冷や汗をかいていた。あなたの見切りが上達していたのを肌で感じたのである。一瞬でも剣の速度が弱まったら詰め寄られることを確信しており、手を緩めることなく攻め続けることしか出来なかった。

 

((ここは一度……!))

 

 取った行動こそ違えど、奇しくも二人の考えは同じだった。

 レントは今まで以上に大振りながらも速度を上げた剣で薙ぎ払い、あなたはその身軽さを活かし今まで以上のバックステップで距離を取った。

 2人の間にまた距離が開き、お互い剣を構え直した。

 仲の良い幼馴染であるあなたとレントは剣を持ったころより良きライバル関係でもあった。

 力・リーチ・体重を武器とするレントに対し、速さ・技・身軽さが武器のあなた。

 レントはあなたの身軽さに翻弄されてしまえば打つ手は無い。あなたはレントに抑え込まれてしまえば逃れる事は出来ない。

 違うタイプの剣士である2人は、最近弟子入りしたリラ・ディザイアスの教えによって急速に成長を遂げていた。その結果、レントは剛よく柔を断つ術を会得し、あなたは柔よく剛を制す術を得た。

 

「……よしっ、次で決めようぜ!」

 

 ニカッと笑ったレントは剣を最上段に構えた。そして、静かな眼であなたを見据えた。

 カウンター、あなたはレントのその構えを見て狙いに気が付いた。こちらの速度に合わせて、懐に入る前に一撃を見舞うというものであった。

 あなたも、ニッと笑うと剣を脇に構えた。

 

「ああ、わかった!」

 

 狙うは一直線。レントが剣を振るう前に懐に入り込んで剣を突き付けてしまおうというもの。

 緊張感で2人のいる空間が張り詰めていく。そこへ、さあっ、と一陣の風が吹いて2人の髪を揺らした。

 次の瞬間! あなたは己の出せる最速でレントへと駆け出した。風と一体化したかのような疾風の如き速さで詰め寄り剣を振り上げる。

 対するレントも烈火すら凌駕する気合いと共に、己の経験を信じて大上段から剣をあなた目掛けて振り下ろした──────

 

 

 

 

 

「……レント相手にお前が真正面から突っ込んでいってどうする」

 

 野に大の字に倒れているあなたに、溜息と共に呆れた視線が降りかかった。

 その視線の持ち主は、白い肌に色違いの両目、豊満な身体を持つ女性でありながら熟練の戦士の気配を漂わせる人……あなたとレントの師匠であるリラ・ディザイアスだった。

 

「あはは……」

 

「あはは、じゃない。これが戦場だったらどうするつもりだ?」

 

 愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとしたあなたに、呆れた視線は厳しい視線へとレベルアップした。

 手合わせの結果はあなたの速度は大したものであったが真正面から突っ込んだことが災いし、レントの塩飽通りにカウンターがあなたに見事にクリティカルヒット! レントの一撃をあなたは耐えられずそのままダウンし、レントの勝利となった。

 これでリラに弟子入りしてからの手合わせで10戦5勝5敗となった。

 

「全く……レントの口車に乗らずにいれば勝てただろうに……ノヴィス、罰として後で素振りをしておけ」

 

「はは……でも、負けると思ってもああやって言われた以上は勝負を受けなきゃ剣士じゃないじゃないですか。……だから、次は僕が勝ちますよ。2度と同じ負け方はしない、です」

 

「……………………」

 

「リラさん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 何故かはわからなかったが、リラが話の途中でぼんやりとしてしまっていた。

 あなたが声をかけるとすぐに頭を振っていつもの雰囲気に戻ったが。しかし、先ほどの雰囲気はまるで────────

 

「ノヴィス、いつまで寝っ転がっているつもりだ? 早く起きろ。お前にはアンペルのやつが作ったドーナツを片付けてもらわないといけないからな。まったく、クラウディアが再現したドーナツのせいで妙な事にこだわることになってしまった……」

 

「はは……アンペルさん。また何か王都の味だか何だかを錬金術で再現しようとしたんですか。……あの、ところでリラさん、もう何度目になるかわかりませんが、僕の名前はノヴィスじゃないですよ」

 

「ふっ……お前はノヴィスだろう?」

 

 考えを中断し、よっこいしょ、と立ち上がるあなたに、そう言ってリラはにやりと笑った。

 ノヴィス、というのはリラの故郷……こことは違う異界に置いては未熟者という意味のある言葉らしい。

 出会った当初からリラはあなたのことをノヴィスと呼び続けていた。あなたが自身の名前を告げても一貫して呼び続けていた。

 あなたもだいぶ前に諦めてはいるのだが、たまにこうして指摘してみる。勿論、成果は無かった。もっともあなた自身もリラにそう呼ばれることに慣れてきており、最近は2つ目の名前の様に親しみすら感じてはいるのだが。それはそれとして未熟者といわれるのは、男としてちょっと恥ずかしい。

 

「ほら、早く言って食べてこい」

 

「わかりましたよ。……? あれ、リラさんはどうするんです?」

 

「私は少し自分の用事があってな。まあ、夜までには戻る予定だ」

 

 リラが一人で用事があるなんて珍しいこともあるものだとあなたは思った。

 例えばクーケン島に用事があってもアンペルの使いだったり、ライザやクラウディアと一緒だったりするリラが“自分の用事で一人で動く”とは。

 まあ、でもそう言う事もあるかとすぐに考えを切り替えたあなたはリラに頭を下げると、リラに背を向けてアンペルの試作ドーナツで溢れかえっているであろうライザのアトリエへ向けて歩み出した。

 

(そう言えば、リラさんのさっきの視線。何だか、懐かしいものを見る様な……? 何だろう……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がノヴィスでない? 全く、冗談が相変わらず下手だな……ふっ、ふふふ……」

 

 去っていくあなたの背をリラはじっと見つめていた。その視線は獲物を絡み取ろうとする蜘蛛の様なねっとりとするものだった。普段にない、リラを知る者も驚くであろう歪んだ笑みを浮かべながら

 ……しばらくして、リラもまた己の目的地である“ピオニール聖塔”へと歩みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が“ノヴィス”と出会ったのはまだ私が故郷……ライザ達が言う異界にいた頃だった。

 当時、クリント王国の人間のせいもあり、異界からの訪問者にオーレン族が敏感になっていた。そんな中、オーレン族を探っていたと思わしきノヴィスと遭遇した。

 私はオーレン族の戦士としてノヴィスに戦いを挑み、そして────

 

『はっ、はっ、はっ、くっ……負けた……』

 

『……何故、私の言葉に乗った? 足を止めた討ち合いではなく、あのまま身軽さで翻弄されていたら私に勝機は無かった……』

 

『ははっ……負けると思ってもああやって言われた以上は勝負を受けなきゃ剣士じゃないじゃないですか。……だから、次はボクが勝つ。2度と同じ負け方はしませんよ』

 

『……はぁ、クリント王国の斥候か何かだと思ったがとんだ見当違いだったか』

 

 私はノヴィスに勝った。だけどそれは到底納得できる勝ち方では無かった。

 ノヴィスの身軽さに翻弄される中でぽろり漏らしてしまった『正面からの戦いなら負けないのに』という、今考えると戦士として情けないにもほどがある一言をノヴィスが聞き、足を止めて打ち合う戦い方へと変えたからだ。ノヴィスの剣は私よりも早く、精霊を宿した私の爪はノヴィスよりも強く、技量は五分五分。得意の戦い方を辞めて私に合わせてしまえばどうなるか、この男も分かっていたはずなのに、それでも無邪気に笑って私に合わせたこの男。

 今は私に負け、大の字に寝っ転がりながらも笑う未熟者という意味のある名を持つ(あとで教えた時はちょっとショックを受けていた)この男に私は奇妙な感覚を覚えていた。

 

 

 

 その後話を聞いたところ、案の定ノヴィスはクリント王国とは関係のない旅人で不運にも異界の門にたまたま足を踏み入れて転移してしまったらしい。仕方なく私はノヴィスを集落へと連れて帰った。集落の人間も警戒をしていたが、ノヴィスの人柄に触れると警戒を解いた。帰り方がわからないノヴィスを滞在させるにあたり、ノヴィスの住処は拾った者が責任を持つ、という事でノヴィスは私と同棲する事になった。

 お人好しのノヴィスはオーレン族の現状を聞き、少しだけでも手伝うと言い始めた。必要ないとこちらが言えば、じゃあ食事と寝床の恩返しでもと言い、最終的にはあいつの厚意に押し切られてしまった。

 戦いだけでなく、あちこちの手伝いに集落を駆け巡るあいつはすぐに受け入れられ、人気者になった。あっちに引っ張られ、こっちに引っ張られ……別の集落にも手伝いに行くことがあった。ちなみにその際にオーレン族の年齢や平均寿命を聞いたそうで、帰ってきてから女性に年齢の話を振ったものだから、つい蹴とばしてしまった。

 

『リラさん、ご飯が出来ましたよ』

 

『リラさん、家の中を掃除しておきました』

 

『リラさん、ただいま。お手伝いで別の集落へ行った時に武器の素材を分けてもらいました。自分の剣には仕えそうにないのでリラさんが使ってください……そういえばそこであった霊祈氏族の女性から聞いたんですけど、オーレン族の人の実年齢って……痛っ! す、すみません、女性に失礼でしたよね!』

 

『どうしましたリラさん? ……どこへ行ってたのかって? ええと、あそこの彼女の畑の手伝いをしてました。彼女のご厚意でお花を頂いちゃいましたので飾りますね。……痛っ! な、なんでつねったんです……?』

 

 ……いつしか、あいつとの共同生活を楽しんでいる私がいた。ノヴィスと出会えたことだけはクリント王国の連中に感謝してもいいぐらいに。まあ、そのクリント王国のせいでオーレン族にとっては悪い時世ではあるのだが。ただ、あいつといる間はそんなことも考えずに、オーレン族でも白牙氏族でも戦士としてでもない、ただのリラ・ディザイアスとしていられた。戦士でない自分と言うのがが心地よくて、堪らなくて、自分でもどうしようもできなかった。

 あいつと一緒に食べた食事は以前よりもおいしかった。あいつの寝顔をこっそりと覗くのが好きだった。あいつの頬を緩めた笑みを見ていると自分もつられて笑ってしまいそうだった。手合わせで私の爪があいつの肌を()()切り裂いて痕を付けてしまうのに底知れない優越感を覚えていた。あいつが他の女性と話しているのは嫌だった。それからそれから……………………まあ、こんな生活が続けばいいと、私の柄にもなく思うほど、ノヴィスと一緒なのは楽しかった。

 

 

 

 

 無論、この時世にこんな生活が長く続くはずは無かった。

 それからしばらくすると、クリント王国のせいでオーレン族より水が失われ、水を嫌っているフィルフサが大群で押し寄せてきた。

 私も、ノヴィスも、その他も、皆でフィルフサに抗った。しかし、フィルフサの圧倒的な数とあの姿に見合わぬ統率能力で、次々と追い詰められていった。一人、また一人と戦士たちは無念を残しながら倒れていく。次第に戦士ならぬものまで傷つき倒れていったある時、他氏族の集落から救援の合図が空へと上がった。いかな勇猛無比な白牙氏族の戦士達でも自分の集落を護るので精一杯の現状、救援を見て見ぬ振りしようと暗い空気が流れたその時、ノヴィスが己が他集落の救援へと向かうと言い出した。

 己の愛剣を持ち、急いで集落から出ようとするノヴィスを私は引き留めた。

 

『待て、ノヴィス! ここで助けに向かうという事がどういうことかわかっているのか!』

 

『はは……リラさんたちには迷惑を掛けるね。でも、見ちゃった以上は見過ごせないし、よそ者のボクのわがままだから……こっちも大変なのはわかっているけど……』

 

『そうじゃない! ……向こうの氏族もオーレン族全体の状況が……どこも救援を出すのが難しいのがわかっているはずだ。それでも、救援を求めたという事は向こうの集落は本当に滅びる寸前という可能性が……フィルフサの大群が待ち構えている可能性が非常に高い。そんなところに行けば、いくらお前でも……!』

 

『はは……そうかもね……うん、リラさん、約束しない?』

 

『……何だ、約束?』

 

『ボク達はまた会うって約束。ここかもしれないし、ボクのいた世界の方かもしれないし、何年かかるかわからないけど、また会おうって約束。……ダメ、かな?』

 

『……ふっ、全くお前らしいな。いいだろう、約束しよう……必ず、また、会おう……』

 

 お互いの小指を絡め合って約束する。ノヴィスの世界の作法らしい。ノヴィスに触れる感覚がこそばゆく、小指から伝わる確かな熱が暖かい。私たちは苦笑し合い、そこで別れた。ノヴィスは救援へと駆け出し────────帰ってくることは無かった。私たちが暮らしていた家もフィルフサに押しつぶされてしまい、ノヴィスがいたことを示すのは私の思い出だけとなってしまった。

 

 

 

 

 あれから、私はフィルフサを倒しながら、ノヴィスの生まれた方の世界で出会った錬金術師・アンペルと共に異界の門を封印しつつ世界を巡った。

 しかし……異界の門の封印は確かに重要であったが、私はそれ以上にノヴィスを探していた。ノヴィスと再会の約束をしていた。ノヴィスは誤魔化すことはあっても(しかも誤魔化すのが下手なのですぐにわかる)嘘をつくようなやつではない。ということは必然ノヴィスもまた約束通りに再会するために私を探しているはずだ。

 ノヴィスも私と同じようにこちらの世界へ何らかの拍子で来ているかもしれない。寿命が短い? 時間を越えてくるか、もしかしたら寿命を克服しているかもしれない、とアンペルにノヴィスの事を気恥ずかしくて隠しながらもずっと探していた。ノヴィスに会えない苛立ちをフィルフサや魔物へと静かにぶつけながら、幾日も幾日も…………

 

 それから何度目かのある日……私は、漸く、ノヴィスと再会することが出来た。

 

『リラさん、僕を鍛えてください!お願いします!』

 

 クーケン島と言うなんてことのない島で、商人のお嬢さんがいなくなったと聞いて探していた時に、唐突にノヴィスと再会した。

 同じ顔、同じ雰囲気、同じ武器……あの程度の魔物にてこずってはいたものの、私との記憶が無かったものの、“あいつ”は間違いなくノヴィスだった。昔、輪廻転生と言う概念を耳にしたことがある。ノヴィスは生まれ変わって私との約束を果たそうとしていたのだ。その健気さに、私へ会うために生まれ変わりまでしてくれたことに、胸を打たれた。心も体もこれ以上ないぐらいに昂った。蕩けてしまいそうな程の熱を持った気分だった。

 しかし、気になることもあった。ノヴィスはノヴィスじゃない名前を何度も名乗っている。私にもその名前で呼ぶように何度も話をしてくる……なんだその名前は?ノヴィスはノヴィスだろう。まったく、そんな所まで未熟者(ノヴィス)じゃなくてもいいだろうに。レントもそうだ、あいつは素直な良い弟子だがノヴィスの事をノヴィスと呼ばないでいるのはな……ノヴィスが少し可哀想だ。

 ………………………………ライザ?ノヴィスの優しさに付け込む毒婦だろう、あれは。アンペルが才能を評価しているから仕方なく利用してやっているが、そうでなければノヴィスを我が物顔で道具の様に振り回すだけのあれを許しはしない。ノヴィスもノヴィスだ!毒婦に付きまとわれるのが嫌ならば拒絶すれば……ああ、お人好しのノヴィスにそれが出来ていれば苦労はしないか、全く……

 

 

 

 

「やれやれ……おっと、これだな」

 

 私は今、ピオニール聖塔で探し物をしていた。

 以前、ノヴィス達とここへ来て探し物の為に本を調べていた時に、偶然読んだこの塔に隠されている錬金アイテムの目録。その時はそれ以上の事は出来なかったが、必要になると思いその隠し場所や効果を記憶していた。

 塔の一室に隠されていた箱を掘り起こす。忌々しき古代の錬金術師たちの遺産、その目録に書かれていた錬金アイテムの一つ『永遠の隷輪』。これは親の指輪と子の指輪のセットになっており、親の指輪をはめた者に、子の指輪をはめた者は心から従うようにされてしまうというものだ。

 ノヴィスは元々私のものだから心が云々はいいとして……あの苦労人体質は私がどうにかしてやらねばな。全く、手のかかる奴だ。

 

「ふ、ふふふ……くふふ……待っていろ、ノヴィス。今回の件が済んだら、またあの時の様に一緒に暮らそう。なに、記憶が無いくらい許してやるさ……ああ、そうだ。ノヴィスが誰のモノかわからせるためにまた肌に私の爪を入れてやらないといけないな……ああ、楽しみだ……くっ、くくく……はははっ……!」

 

 豊満な胸を誇るかのように身体を反らしてリラは笑う。従わぬものを見下す傲慢なる女帝の様に、恋い焦がれて頬を紅潮させた乙女の様に。

 ノヴィスとのこれからの事だけを夢見て。

 




お読みいただきありがとうございました。
皆さま良いお年を。


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キロ・シャイナス

また独自設定があります。
また、人によっては胸糞が悪くなる描写がありますのでご注意ください。


 ■■■■■■■■■■■──―! 

 

 咆哮と共に甲虫の様な魔物……フィルフサの「常闇の将軍」がその身体で突撃してくる。

 あなたはそれを冷静に観察し、ギリギリまで引き付けてからサイドへとステップで躱す。

 攻撃対象がいなくなったことを知り、常闇の将軍は慌ててあなたへと向きなおろうとするが、

 

「行っくよー! 痺れちゃえ!」

 

 あなたが囮になりなっている隙に準備を整えていたライザが常闇の将軍の隙を狙って自作のシュトラプラジグを常闇の将軍へと放つ。

 閃光、そして耳をつんざくような轟音があたりへと鳴り響き、雷が常闇の将軍の全身を襲う。

 

 ■■■■■■■■■■■──―!! 

 

 ライザ特性の轟雷の大放電は常闇の将軍に苦痛の咆哮を叫ばせる。

 雷撃から逃れようとしているのか痛みを訴えているのか必死で身体をくねらせる常闇の将軍の動きは、雷で麻痺してしまったのか先ほどの急襲が嘘のように鈍い。

 

「隙だらけだ! 合わせろ、ノヴィス!」

 

「はい、リラさんっ! はっ!」

 

 動きがのろくなった常闇の将軍へ、疾風の如き速度であなたの剣とリラの爪が襲い掛かる。

 リラは事前にインジェクトブレイズを使用しており、火の精霊の力をその身に宿している。構える爪はほんのりと赤い燐光を放っているようにあなたは見えた。

 そして、あなたは最近覚えた風を刀身に纏わせて相手を切り裂く剣技をリラの爪撃に合わせて放つ。

 

 ■、■■■──―…………

 

 交差する師弟の斬撃によって常闇の将軍はなす術なく切り裂かれ、その身に4本の斬撃の線を残して息絶えた。

 その様子を見て快哉を上げたライザはあなたとハイタッチする。あなたも最近覚えた剣技を無事に放つことが出来た事に安堵した様子を見せてライザとハイタッチを躱していたが、その時からリラがあなたを睨んでいたことに気が付き、内心では焦り始めていた。リラからすれば、あなたの剣技はまだ納得のいくものではなかったのであろうか。

 

「よし、倒せたね! じゃ、周囲の素材を回収しようか。ほら、キミも手伝ってよ。とりあえずあっちにある草を狩ってきて」

 

「待てライザ、それは後でもいいだろう。ノヴィス、先ほどの動きは悪くなかったが、その剣技はまだ改善の余地がある。もう少し経験を積んでだな……」

 

「いや、リラさんそれこそアトリエに戻ってからでいいんじゃ……? とりあえず、今は素材の回収しましょうよ。そのためにわざわざ異界まで来たんですし」

 

「いや、こいつにはすぐに言わないといけないからな。ライザ、悪いが素材の回収なら一人でやってくれ。周囲の様子を確かめて、敵を見かけたら一緒に戦闘を仕掛けるぞ」

 

「いやいや、リラさん……」「だがな、ライザ……」

 

「人気者だね?」

 

 ライザとリラが優先順位について話し合っているの、ひょっこりとあなたに声をかけてくる小柄な人物がいた。

 

 キロ・シャイナス

 

 リラと同じオーレン族(氏族は違うらしいが)の少女。……とはいうもののリラが見た目通りの年齢ではないそうなので彼女も恐らくは見た目通りの年齢ではないのだろうが。

 彼女は故郷が滅んだ時より異界にて一人でフィルフサと戦い続けている。見た目に反するその実力は今のあなたでは計り知れない。

 キャンプ地から少し離れたこの場所に姿を現したキロは、戦いを終えたあなたをフードと前髪に隠された隙間からその草原の様な色の目で見ていた。

 

「ねえ、君に少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 あなたの顔をのぞき込んだまま、キロはあなたに身体が密着しそうなまでの近い距離に詰め寄せていた。

 ふわり、と良い匂いがあなたの鼻腔をくすぐる。香水ではないようだが、花の良い香りがした。

 

「ノヴィスって、君の名前じゃないよね? なんで、彼女は君の事をそう呼んでいるの?」

 

「ああ……」

 

 ノヴィスと言うの彼女たちの言葉で未熟者という意味がある、らしい。

 ライザやボオス達はあなたのことをちゃんとした名前で呼んでいるので、そのあたりがキロも引っかかったのだろう。

 あなたはキロにその辺りの事情を説明した、レントと共に弟子入りした事、その時から未熟者(ノヴィス)と呼ばれている事、最近ではその事にも慣れてきている事。

 それらを聞いていたキロはうんうんと楽しそうに頷いていた。

 

「そう、彼女がノヴィスと君の事を呼んで……」

 

 そう言ってキロはいまだにライザと話し合いをしているリラの方へと身体を向けた。

 あなたからその表情は見えなかったが、一度大きくうなずいたのはわかった。

 ああまだ言い合ってる、とぼんやりとライザとリラの様子を見ていたあなただったが、服を引っ張られることに気が付いた。

 見下ろすと、先ほどよりも身体を近づけている……というよりも最早密着させているキロがその草原の瞳であなたを見ていた。

 

「ねえ、ノヴィス……」

 

 キロの小さな身体から熱が伝わってくる。甘い香りが漂う。慈しむようで誘惑するようなささやきが耳を打つ。蕩けた様な瞳があなたの心を揺さぶる。

 動揺しすぎて、心身の動きを止めてしまったあなたはただ、次の言葉を紡ぐであろうキロの艶やかな唇が動くのを待つだけの人形だった。

 

「……おまじないしてあげるから、しゃがんで欲しい」

 

「え、あ、ああ……わかりました……」

 

 言葉を紡いだキロは、しかし、先ほどまでの心をとらえる妖しさはなく、いつも通りの様子だった。

 それに冷水を浴びせられたようにあなたは、はっ、として慌ててキロの言われたとおりにしゃがんで彼女と目線を合わせた。

 薄く微笑んでいたキロは前触れなく…………あなたの喉へと自分の唇を落とした。

 

「っ、キロさん!?」

 

「ん……ふふ、ご馳走様」

 

 弾かれたようにキロからあなたは身体を離した。キロに何をされたのかはわかっていても、理解が追い付かない。

 悪戯気に微笑むキロに、あなたは爆発してしまうのではないかというほどの心臓が脈打ち跳ねる音を、泡を食った表情で聞き、微笑む彼女をただ見つめるのみ。

 

「あ────! 何してるのよ!?」

 

「……オーレン族の女を侍らすか、随分と良い身分だな、ノヴィス」

 

 そこへ、先ほどまで言い合いをしていたライザとリラが詰め寄って来た。2人とも目に見えて怒っている。

 

「い、いや……今のはキロさんから」

 

「ほう? 常闇の将軍の一撃は難なく躱せるのに女の口づけは躱す事は難しいと? そういうのであれば鍛錬を厳しくする必要があるようだな、ノヴィス…………」

 

「もう! 鼻の下伸ばしてデレデレしちゃってさ! ちょっと強くなったからっていい気になってるんじゃないの!?」

 

 流水の様に静かに怒るリラと烈火の如く怒るライザ。異なる怒気を纏った2人の女性にはあなたもどう弁解していいかわからずに、しどろもどろになるのみ。その後ろでキロがそんなあなた達を見ながらくすくすと微笑んでいた。

 結局あなたはリラから「殺気を持たない相手への警戒方法と女に惑わされない心の鍛錬」をさせられることを決められ、ライザに「1日ただ働きで錬金素材の回収」をすることを約束する羽目となった。

 

 

 

 

 

『ライザ、これ頼まれていた錬金素材。結構大変だったけど、何とかなったよー……え、次はこれ? ……はい、行ってきます……』

 

『流星の古城で2人で腕試し? ……よし、構わないよレント。けど、危なくなったらすぐに引き返すからね』

 

『本の解読お疲れ、タオ。これホットミルク、メープルシロップも入れておいたから。ちょっと休まないと効率悪くなるよ』

 

『クラウディア、どうしたの? ……ケーキを作るから材料を集めたい? わかった一緒に行くよ。後方援護お願いね』

 

『リラさん! ちょっと、まっ……! うわっ、くっ、はっ……! ふ、不意打ちは無しでしょう!? ……そう言う訓練、ですか……はい、わかりました……!』

 

『……成程、あの鉱石にはそのような特性が……ありがとうございます、アンペルさん。港に来ていた行商人さんが欲しがっていたようなので渡してあげようと……? ライザ、もしかして使っちゃったの?』

 

 

 

「ふ、ふふ…………ああ、ノヴィス、ノヴィス……」

 

 異界にあるキロの宿営地でたき火を囲んでキロはうっとりと“声”を聴いていた。

 彼女が施したおまじない、それはマーキングと言い換えても問題の無いもの。精霊の力をリラ以上に操ることの出来る彼女は、マーキングを元に風の精霊に自分の元へあなたの声を届けてもらっているのである。

 草原色の瞳を撫でられた猫の様に細め、抱えている丸い物体を撫でまわしながら声を聴くのがキロの日課になっていた。

 

「ノヴィス、ノヴィス、ああ……どうして、私だけのものになってくれないの?

 

 キロの声が、雰囲気が、瞳が、突然として怨嗟に染まる。

 大事に撫でまわしていたはずの物体を恨みで握り壊すかのように力を入れ始める。

 

 その物体は────────人の頭蓋骨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴィスとキロが出会ったのは異界に水があり、美しい光景が広がっているときの昔である。ノヴィスがキロ達の集落へとやってきたのは他の氏族からの手伝いに同行したのであった。

 

(クリント王国と同じ世界の人間……どんな人かな?)

 

 クリント王国の人間は我が物顔でオーレン族の土地を荒している。噂では身売りされてしまったものもいるとか……

 そのクリント王国と同じ世界の人間、となれば警戒心を抱くものがいてもおかしくは無い。事実としてキロ達、霊祈氏族の中にも良い顔をしてない者も何人かいるようである。白牙氏族が騙されているのではないかという者もいた。

 そんな中キロはあってみないとその人の人となりはわからない、と考え件の人物を探していた。

 

(確か、こっちの方にいるって聞いたけど。……あ、あの彼かな……!?)

 

 果たしてその人物こと、ノヴィスはそこにいた。

 集落の隅の方にある大樹の前で片膝をつき、鞘にしまわれた変わった形の剣を立てて、大樹に敬意を払って挨拶をしている様である。

 その姿だけでも、霊祈氏族の者は見る目が変わるだろう。だが、キロが驚いたのはそこでは無かった。

 

(なんて数の精霊……)

 

 彼自身は気が付いていない様だったが、彼の周囲には数多くの精霊達が気配を消しながらも纏わりついていた。

 恐らく、霊祈氏族の中でも特に優れた使い手であるキロでなければ気が付かない程の、気配の薄さであったが、その気配の薄さと反比例して多くの精霊が彼の周囲にいた。

 

(……この人は、危険)

 

 オーレン族は大なり小なり精霊に関わりがある。それは戦いにおいて力を借りたり、生活の一部に力を借りたり、はたまた精霊に己の身をゆだねる者もいる。精霊の影響を受けやすい種族と言える。

 そのため周囲を漂う精霊の数が多くそのすべてが好意的である彼は、オーレン族にとっては何気なく気を緩めてしまう人物である。それをキロは身をもって実感していた。

 

『はっ、はっ、はあぁぁ…………!』

 

 体が熱い。頭が蕩けてしまいそう。眼が彼から離せない。

 優れた精霊の使い手であるキロはその分精霊から受ける影響も少なくは無い。

 あれだけ周囲の精霊が彼に好意を寄せていれば、キロの感情も精霊に影響される。

 

『ふっ、ふふふ、はっ、はっ、はっ、あああ……!』

 

 にやける様な笑みと、振り払うように荒く息を吐くのを交互に繰り返す。

 精霊に影響に苦しみながらも、その精霊たちを拒絶できないキロは蹲ってしまう。

 そうすれば必然、ノヴィスは様子のおかしいキロに気が付いてしまう。

 

『大丈夫ですか!?』

 

『!』(だ、駄目……今、あなたに来られたら……!)

 

 心配げな様子のノヴィスにキロは必死で近寄らないように伝えようとするものの身体が上手く動かない。

 そして、ノヴィスの伸ばした手がキロの肩に触れた。

 

『!!!!』

 

 先ほどよりも精霊たちを濃密に感じる。キロの心は精霊に浸食され、声にならない叫びをあげた。

 その原因の男に抗議をしようと顔を上げたキロは、しかしノヴィスの顔を見ると静かに微笑んだ。まるで自分の意思ではないかのように。

 

『もう、大丈夫。心配してくれてありがとう』」

 

『そう? ええと、霊祈氏族の人だよね。ボクはノヴィス……えっと、未熟者って意味があるらしですね。はは、よろしくお願いしますね。とりあえず、心配なので家まで送っていいかな?』

 

『私はキロ。キロ・シャイナス……よろしく、ノヴィス。体調は大丈夫。それにこう見えても私、ノヴィスより年上だと思うよ。もしかしてオーレン族の寿命の事、知らない? 私たちあなた達よりも何倍も生きるから』

 

『……え? そ、そうなんですか!?』

 

『ふふっ……本当に知らないんだ。オーレン族の事、教えてあげる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 精霊の浸食を受けたキロはノヴィスへの好意を強制させられていた。

 しかし、キロにとってそれは悪いものでは無かった。初めての感覚、初めての感情はキロの世界を広げたように思えて仕方が無かった。

 更にただのキロという少女にとってもノヴィスと言う人物は好感を持てる人物だったのも幸い(災い)した。

 

『これは……うん、変わった食べ物だね、でも香りがよくて美味しい。ノヴィス、何ていう料理なの?』

 

『カレーっていうらしいです。向こうの世界を旅していた時に教わったんですが……香辛料があって助かりました。キロさんのお口にあったようで何よりです。ボクも久々に食べられて良かったですよ。……ご馳走様でした』

 

『ご馳走様でした。ねえ、作り方教えてもらってもいいかな』

 

『もちろんです。結構好きな具が使えるんで色々試してみると面白いですよ』

 

 

 

 

 

『ノヴィス、最初に私たちが会った時、樹に向かって何してたの?』

 

『ああ、あれは挨拶をしていたんです。昔からあるものや大きな樹なんかには精霊が宿るから敬意を払えって親から教わったんですよ。ですから挨拶をさせていただきました。特に霊祈氏族の人は精霊とのかかわりが深いってリ……えっと白牙氏族の人から聞いていたので』

 

『へえ、向こうの世界でもそういう人がいるんだね。ちゃんと、そういう事が出来る人は、好感持てるね』

 

『はは、ありがとうございます』

 

 

 

 

 

 

『……よし、これでこっちの手伝いは殆ど終わりですね。明日か明後日には向こうへ帰る事になると思います』

 

『ねえ、ノヴィス。このまま、こっちの氏族で一緒に暮らさない? 君の事、皆受け入れているし……』

 

『はは、ありがとうございます。でも、ボクも向こうの氏族にお世話になった人がいるので』

 

『……そう、残念』

 

『でも、ボクでよければキロさんに何かあったら、呼んでくれればすぐに駆けつけますから! これ、お守り代わりの短剣です。キロさん、また会いましょう!』

 

『君がそう言うなら、信じる。……短剣ありがとう、ノヴィス』

 

 

 

『ノヴィス、ノヴィス……君がいないここは、寂しいよ』

 

『ノヴィス、ああノヴィス。私より、優先する人がいるんだね』

 

『精霊が、羨ましい。ノヴィスといつも一緒にいるなんて。ノヴィスといつも一緒? ふふ、素敵』

 

 キロがノヴィスに触れれば触れる程、ノヴィスの人柄に惹かれていった。

 それは、精霊のせいだったのかもしれないし、キロが素直に感じていたことかもしれない。

 どちらにしろ、今となってはわからない。ただ一つわかることはノヴィスはキロの大部分を占める人となったという事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノヴィスがと別れ、しばらくすると、オーレン族から水が失われ、フィルフサの大侵攻が始まった。

 私たちの集落にも、侵攻が来た。私は、フィルフサに負けることは無かったけど、私一人の力では群を倒すことは出来ない。徐々に集落は追い詰められていった。

 氏族の誰かが救援の合図を空へ向かって打ち上げた。来ることは無いだろうと、諦めながらも助けを求めていた。

 でも、私は、ノヴィスが来ると信じていた。彼は嘘をつかないと信じしていた。

 果たして、彼は来た。自分が住んでいる所も襲われているだろうに……

 

『キロさん、大丈夫ですか!?』

 

『君が来るって、信じてた。ノヴィス、背中は私に任せて』

 

『わかりました、お願いします!』

 

 ノヴィスと私は、力を合わせてフィルフサの大群に抗った。

 ノヴィスの動きに合わせ、私は術を使い敵を倒す。或いは私がノヴィスの補助をして、ノヴィスがフィルフサを切り裂く。

 繰り返しになる作業に、一点のよどみも無い。きっと、同じ前衛に立つのが得意な白牙氏族よりも、連携がとれていると思う。そう考えると歪な優越感が戦闘中だというのに私に、湧き上がって来た。

 気が付けば、周囲にはフィルフサの死骸と私たち以外には何も無かった。戦っている最中に集落からはぐれてしまったのか、それとも集落がフィルフサに潰されてしまったのか……

 氏族の他の皆の気配も、感じない。私たち以外は全滅してしまったのか、無事に逃げられたのかもわからない。

 世界に私とノヴィスだけになったかのよう……ああ、それは、なんて素敵なんだろう。

 私に背を向けて肩で息をするノヴィスの背に、寄りかかった。

 

『!? キロさん、大丈夫ですか!?』

 

『うん、大丈夫』

 

 ノヴィスが私を思ってくれている。ああ、それだけで、どろどろした暖かさが沸き上がる。

 ノヴィスの呼吸と脈打つ温かさを肌で感じる。まるで、ノヴィスと一つになっている感じ、とても心地よい。

 

『キロさん、よければ白牙氏族の集落へ合流しませんか? 向こうの人たちと力を合わせれば……』

 

『そんなことより2人で一緒になろう、ノヴィス』

 

『キロさん……?』

 

『君の事、もう手放したくない』

 

 私はノヴィスの身体に手を回し、ノヴィスを抱きしめる。

 ノヴィスは私の様子に困惑していたようだが、私の意が伝わったらしく。心臓の脈打つ音が少し早くなっていた。それがまた、嬉し──―

 

『ごめんなさい、ボクには好きな人がいるんです』

 

 心臓が止まるかと思った。

 先ほどまでの暖かさが消え失せ、グツグツと煮えたぎる様な冷たさが私の心を支配しようとしていた。

 

『……それは、白牙氏族の人?』

 

『そう、なんです。キロさんの気持ちは嬉しいですが、ボクはその思いにこたえることは出来ません』

 

 申し訳なさそうに、それでもはっきりとノヴィスは私を拒絶した。

 

(また、ノヴィスを手放す……?)

 

 それは耐え難い寂しさだ、心身が凍り付いてしまいそうな程の恐怖だ。

 ノヴィスと一緒にいられない、それだけでフィルフサの大群を相手にするより、心が折れてしまいそう。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、

 どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、

 どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、

 どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、

 

 ノヴィスと一緒にいられる? 一緒になれる……? 

 

(ああ、何だ簡単な事だ……)

 

『わかったよ、ノヴィス……』

 

『……すみません。キロさんの気持ちに――――――――え?』

 

 私の方からは見えなかったがノヴィスはとても驚いたことだろう。

 何故なら──────ノヴィスの胸を突き破って短剣が飛び出ていたのだから。

 

『ノヴィスは、この為に私にこれを渡してくれたんだね……』

 

 短剣をゆっくりと引き抜くと、ノヴィスの血がどばっとあふれ出した。

 ゆっくりとノヴィスは崩れ落ち、全く動かなくなった。心臓を的確に貫いたのだ、即死だろう。短剣についた血を試しに舐めてみると、とても甘かった。

 精霊が混乱している、怒っている……ああ、五月蠅い。今までノヴィスにべったりだったくせに、まだ物足りないのか。イヤラシイ。

 

『ノヴィス、ノヴィス……これで君と私は、一つだよ──────』

 

 

 

 

 

 たき火の日を見つめながら、キロは懐かしくもまだ鮮明な過去を振り返っていた。

 

「少し、大変だった……私、少食だから。でも、ノヴィスが教えてくれたカレーはとてもよかった。」

 

 キロはうっとりとした、しかし狂気の孕んだ瞳で自身のお腹を撫でさすった。

 キロはノヴィスと一つになった。少なくともキロの中では今までずっとそう感じていた。唯一頭の骨は残した。薬を調合して、朽ちぬように手を加えた。好きな時にノヴィスを抱けるようにという思いからだった。

 何年でも何十年でもキロはフィルフサと戦い続けられた。何故ならキロはノヴィスとずっと一緒だったから。2人なら負ける気はしなかったから。

 

でも、違ったんだね……

 

 ある日迷い込んできたボオス、彼を追っかけて来た中に、あなた(ノヴィス)がいた。

 相変わらず蠅のように精霊がべったりで、変わらない雰囲気で、同じ形の武器を使って、…………白牙氏族の女が近くにいて。

 知れば知るほど彼はノヴィスだった。ノヴィスは魂だけはキロと一つにならずに、新しい生を受けたのだと感じた。

 

「また君の声が聞けたのは嬉しい。でも……ひどい、ひどいよノヴィス

 

 それはノヴィスの声をまた聴いて話が出来た確かな喜びであった。

 それはノヴィスと完全に一緒でないと裏切られた怒りであった。

 それはノヴィスと完全に一つでなかった哀しみだった。

 それはノヴィスとまた一つになれる楽しさだった。

 

 様々な感情がキロの中で渦巻いている。でもキロのやることは一つだった。

 近くにいた白牙氏族の女。キロは見た瞬間に確信していた。我が物顔にあなた(ノヴィス)を扱っているあの女こそ、ノヴィスの心に巣食っていた白牙氏族の女だと。

 ノヴィスがまた取られる。それはキロにとっては耐え難い恐怖であり苦痛であり絶望だ。

 

「なら、渡さない。手放さない。あなた(ノヴィス)は私が終わるその時まで、私だけと一緒……」

 

 今まで首元につけたマーキングからあなた(ノヴィス)の声を風の精霊に届けてもらっているばかりであったが、初めて自分から風の精霊を通してあなた(ノヴィス)に声をキロは届ける。

 

『突然ごめん。ノヴィス、大事な話があるんだ。すまないけど一人でここまで来てほしい』

 

 キロはノヴィス(あなた)が来ることを信じていた。

 あなた(ノヴィス)が嘘をついたことは無かった。呼べば来るとあの時確かに言っていた。なら、同じ魂を持つあなたも同様のはずだとキロは信じていた

 

 …………数時間後。

 たき火を見つめていたキロの背後に、慌てたようにやってくる足音がした。

 キロはそれに歪んだように微笑むと、あの時ノヴィスを刺した短剣を隠し持って、ノヴィス(あなた)を迎え入れた。

 




一応ちょっとゲーム的に考えています。

ライザ
・誰ともENDを迎えず、皆が島を出ていく際に残る→ライザフラグON
・その後、島を出ていくことを選ぶ→ライザEND(ヤンデレ)
・その後、島を出ていかないことを選ぶ→ライザEND(ノーマル)

リラ
・レントがリラに弟子入りする際に同時に弟子入りする→リラフラグON(なお、どちらにしろイベントで強制的に弟子になる)
・リラルートでは好感度とは別にノヴィスポイントというものがある
・好感度とノヴィスポイントが両方高い状態になるとリラに告白してもしなくてもリラに例の指輪をはめられる→リラEND(ヤンデレ)
・好感度が高くノヴィスポイントが低い状態でリラに告白し「僕はノヴィスじゃない」と言うとリラが積年の思いから解放されノヴィスでなくあなたを見るようになる→リラEND(ノーマル)

キロ
・リラフラグONの状態およびノヴィスポイントが一定値以上かつリラの好感度がそれなりの場合、異界に初突入時のキロとの出会いイベント→キロフラグON
・好感度が高い状態で異界をうろついているとキロのおまじないイベントがランダムで発生。あなたのレベルが一定値に達していない場合、キロのマーキングを回避できない→キロEND(ヤンデレ)
・マーキングを回避した場合、蝕みの女王討伐後にキロがあなたに奇襲をかけるイベントが発生。この戦い(あなた一人)に勝利するとキロが積年の思いから解放され罪を告白し、ノヴィスでないあなたがキロに寄り添う→キロEND(ノーマル) 敗北するとキロEND(ヤンデレ) なお、難易度的にはドラクエ7の山賊四人衆やドラクエ6のブラスト戦ぐらい

誰ともENDを迎えずに、皆と一緒のタイミングで島を出ていく→ライザのアトリエ2ルート

まあ、大体こんな感じ。
あくまでも大体ですので。


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クラウディア・バレンツ

そろそろアトリエ2の方もプレイできそう。とはいえ、いつになるやら。
今回もキャラの改変がありますのでご注意ください。


「金のハチの巣が欲しい……?」

 

「うん、今度作る料理の為に質の良いハチミツが欲しくって。……ダメかな?」

 

 クーケン島にある尖塔の貯水池であなたとクラウディアは話していた。

 頼みがあると呼ばれたあなたがその内容をクラウディアに尋ねると、話の通りに料理の為の材料が欲しいという事だった。

 金のハチの巣はたまに港の商店に並ぶこともあるが今回はたまたま品切れだったようで、採取するしか手に入れる方法がない様だ。

 あなたとしても特に断る理由も無かったので、友人からの頼みを快く引き受けることにした。

 

「金のハチの巣か、ここらへんだと無いよね……じゃあ、リーゼ峡谷の方へ行かないとね。ライザから採取道具借りて行ってくるよ。クラウディアはここで……」

 

「あ、私も行くからね。頼み事しておいて、一人で待ってますはどうかと思うし……」

 

「え、クラウディアも来るの? 危ないから待っていた方が……」

 

「もう! 私だって皆とそれなりに冒険してるんだからね!」

 

「まあ、そうだけど……」

 

 “私、怒ってます”

 腰に手を当てて頬を膨らませたクラウディアはその意をあなたに全身で伝えて来た。その様子にあなたはポリポリと頬を掻いた。

 確かにクラウディアとは皆も含めてこれまで冒険をしてきた。その力にお世話になった事も何度かあった。信用していないわけではないが、しかし……

 そこまで考えていたあなただったが、それなりの付き合いから彼女がこうなったら聞かないだろうなと肩をすくめ、自分の後方にいるように、とクラウディアに告げると、ライザにハンマーを借りに向かった。ちょうどライザは母親に怒られて農作業の手伝いをさせられているはずなので、少しの間借りるぐらいなら問題ないだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小型のドラゴンともいうべきウォッチャーがあなたへと突進する。ひらり、とあなたは持ち前の身軽さでその攻撃を避けた。

 リーゼ峡谷へ来てからというもの、何度か魔物と戦っているが、クラウディアへ行かないように魔物の注意を引きながらも一度もあなたは被弾していない。

 リラとの訓練の成果を確かに感じ取っていた。そしていつまでも回避するばかりでない、反撃へ打って出る。

 

「ハッ!」

 

「今がチャンスね!」

 

 声と共にあなたの剣がウォッチャーの翼を斬りおとす。

 落ちゆくが態勢を立て直そうとするウォッチャーにクラウディアの追撃のチューニングがすかさず入る。

 痛みに悶え隙だらけのウォッチャーの身体を風を纏ったあなたの剣が大きく切り裂き、致命の一撃を与える。

 

「■、■■■……」

 

 断末魔を残し、ウォッチャーは絶命した。

 あなたは油断せずに周囲の状況を窺うが、特に敵意のある存在はいなさそうだと感じ取ろうと、ふう、吐息を吐いた。

 

「もう、大丈夫そうだね」

 

「うん、金のハチの巣もいくつか取れたから、そろそろ帰りましょう」

 

 クラウディアへ報告をするとクラウディアの方もちょうど息を整え終わったところの様だった。その傍には金のハチミツが数個、袋にしまい込まれておいてあった。

 あなたは袋を背負うと、クーケン島へ向けてクラウディアと一緒に歩きだした。徐に歩むあなた達はたわいのない話に花を咲かせる。

 

「ライザがリーゼ峡谷まで一気に移動できる道具を作ってくれれば楽なんだけどなあ」

 

「ふふ、ちょっとクーケン島やアトリエからだとここや古城は距離があるもんね」

 

「それもあるんだけど、ライムウィックの丘を通りたくないというか……」

 

「……? あそこで何かあったの?」

 

「いや、何もないんだけどさ……何か、通りたくないんだよね。背中がムズムズするというか、緊張するというか……何だか自分でもよくわからないんだけどさ」

 

「へえ、そうなんだ。あなたのそんな事、初めて聞いたな」

 

「これを話すのはクラウディアが初めてだからね。ライザに話すと揶揄われそうだし、リラさんに話をすると訓練つけられちゃいそうで」

 

「ふふ、そうかもね。……リラさんに話しちゃおうかな?」

 

「はは、勘弁してね?」

 

 くすくすと笑い合い、冗談を言いながら2人は歩んでいく。

 あなたにとってクラウディアという少女は良い意味で普通では無かった。あなたの周りにいる女性と言うと、じゃじゃ馬お転婆娘なライザに戦士や護り手という戦う女であるリラやキロやアガーテである。

 クラウディアの様なタイプの方があなたの中では普通ではなく珍しい女性であった。

 

「ね、あなたってよく私の事を護ろうとしてくれているよね。戦いの時も私に攻撃がいかないように引き付けてくれているし」

 

「ん、そうかなあ?」

 

 クラウディアがあなたの顔をのぞき込んできた。その顔は心配そうな困ったような彩りのある微笑みだった。

 おや? とあなたは目をぱちくりさせながらクラウディアを見つめ返す。

 

「絶対そう。……嬉しいのは勿論あるよ。でも、あなたが私のせいで傷つくんじゃないかと思うと心配で……」

 

「……ん」

 

 事実としてクラウディアの言う通りであった。あなたはクラウディアへ被害がいかないように敵を引き付けるている事が殆どだった。

 失礼な事と自覚してはいるが、何度もクラウディアと一緒に戦っては来たものの、どうしてもクラウディアが戦いの場にいるという事にあなたは場違い感を覚えてしまっていた。

 もちろん彼女が望んでいることとはわかってはいるのだが、せめてものの事として傷を少しでも減らそうと断ちまわってしまう。

 

「もう少し、私の事を信じて欲しいな。私もあなたやライザと一緒に冒険して強くなったんだから、一緒に戦えるよ」

 

「……はは、そうだね」

 

 そう言われてしまうとあなたとしてはぐうの音も出ない。

 確かに、クラウディアばかり気にしすぎているのは感じている。信じていないわけではないし、彼女のサポートスキルは非常にありがたい。あなたには出来ないことだ。しかし、当のクラウディアがあなたの立ち回りに窮屈を感じているのであれば……

 

「うん、わかったよクラウディア。その代わりといってはなんだけど、僕には出来ないことの手助けをもっと任せてもいい?」

 

「! うん、任せて! ……ふふ、あなたから頼られるの初めてかも」

 

「はは、そうかな。そんなことないと────! クラウディア、離れて!」

 

 和やかな会話の最中、不意に上空から感じた気配によりあなたは剣を構えて臨戦態勢を取る。あなたの言葉に一瞬呆けたクラウディアも、すぐに跳んであなたの後ろへ回った。

 空気を震わす圧倒的な存在感、天より飛来するそれはドラゴン。闇を裂くかの如き輝きを持つ光竜。

 

(また召喚されたのか────!?)

 

 クラウディアを背にその存在と相対するあなたの頬に一筋の汗が流れる。

 この光竜の存在はレントとタオから話を聞いてことがある。……が、話に聞いていたそれよりも圧倒的な強さを誇っているように思えた。

 正直なところ、自分とクラウディアだけでは勝てそうにない。自分一人であれば援軍が到着するまで、あるいは相手が飽きるまで粘ることは出来るであろうが、クラウディアと一緒となると……

 

「……クラウディア、アンペルさん達を呼んできてくれ」

 

「待って! 私も一緒に戦うわ! あなた一人で何て……!」

 

「……僕一人なら倒すのは出来ないけど、粘ることは出来る。その間にクラウディアが皆を呼んできてくれ。そうしないと、それこそ二人そろってドラゴンの餌だ……」

 

 それがあなたの下した結論だった。

 身軽く、素早いあなたであればドラゴンの攻撃を喰らわずに粘ることが出来る。しかし、ドラゴンがクラウディアへ狙いを定め続けた場合、そうはいかない。それならば、自分が引きつけている間に頼もしい仲間を呼んできてもらった方がずっと勝算があるという考えだ。

 その意図を読み取ったのだろう、クラウディアはギュッと口を結び、悔しそうな表情で静かにうなずいた。

 それを見たあなたは、ふっ、と笑った。

 

「信じてるよ、クラウディア。僕を助けてくれ」

 

「……わかった。絶対、生きてまた会おうね。ドラゴンの餌何て嫌だからね!」

 

 そう言ったクラウディアはあなたに背を向けて走り出した。ドラゴンがそちらの方へ首を向けようとするが、それより早くあなたが使った空を破る斬撃がドラゴンへ直撃した。

 

 ザンッ! と音が鳴り響いてドラゴンに直撃したその斬撃は、音に反してドラゴンの鱗の表面に傷をつけただけだった。しかし、矮小な人間に傷を付けられたのが気に食わなかったのだろう、ドラゴンは怒りの目であなたを睨んだ。

 

 ■■■■■■■──────!!!!!! 

 

 咆哮と共にドラゴンがあなたに狙いを定めて突進! 

 しかし、あなたは持ち前の身軽さでこれを躱す。地面との突撃音が周囲に響くが、ドラゴンはお構いなしに再度咆哮し、あなたを睨み付けた。

 

(とりあえずはよし……後は頼んだよ、クラウディア!)

 

 内心少しでも早くクラウディアが皆を呼んでくれることを祈りながら、あなたは剣をドラゴンの方へとむけた。

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

 ドラゴンの咆哮が聞こえる。剣が空を切り裂く音が聞こえる。

 それらに背を向けてクラウディアは走り出した。彼にお願いされた助けを呼ぶために。一緒に戦うと言ったばかりなのに、と重い感情を抱えながら。

 クラウディアは既にリーゼ峡谷を出て、ライムウィックの丘へと到着しようとしていた。心に呼びかけてくる声と戦いながら。

 

(早くみんなを呼んでこないと……! 彼に頼まれたんだから!)

 

 ────ナニモデキナイカラニゲヨウトシテイルダケ

 

(違う! 彼に信じてもらったの! 私なら皆を呼んでこれるって!)

 

 ────オマエハアシデマトイダトイワレタンダ、ワカッテイルダロウ? 

 

(違う違う違う違う! そんなこと無い! 彼は私を信じてくれた! 信じて託してくれたの!)

 

 ────ホカノナカマダッタラ、ソノバニノコッテイッショニタタカッタンジャナイカ? 

 

(……そ、……そんなこと、無い……!)

 

 ────マアオマエナドドウデモイイ、オマエにトナリニタツコトナドデキナイ。アレハワタシガモラウ

 

(…………え?)

 

 そこで、クラウディアは足を止めた。

 先ほどまで、自分の暗い部分の心の声だと思っていた声は全く聞こえなくなった。

 当たりを見回すと既にライムウィックの丘であり、離れた位置に上空に浮かぶ光の竜が目に見えた。

 

(あれは、誰だったの……? “彼を貰う”って……)

 

 それは、嫌だ。

 ドラゴンと対峙した時以上の凍てつくような恐怖がクラウディアの全身を駆け巡る。

 

 

 

 クラウディアはずっと彼に助けられていた。

 森で魔物に襲われている所をまっさきに駆けつけてくれたのがライザ達の中でも彼だった。その背中はいまでもクラウディアの記憶に焼き付いている大事な思い出である。

 

『何とか間に合った。大丈夫、君は僕が守るから』

 

 彼から、かけられた言葉をクラウディアが忘れたことは無い。忘れられるはずもない、大切な思い出。

 

 クラウディアはそれからずっと彼のことを気にしていた。

 父親の事で悩んだ時も真っ先に彼に相談した、フルートの演奏も何度も聞いてもらった、リラとの稽古で疲れているときに差し入れもした。

 クラウディアはずっと彼の隣に立ちたかった。一緒に並んで、彼の見ている光景を感じていたかった。それぐらいには彼に好意を抱いていた。……初恋なのかもしれない、そう思うとクラウディアは頬を可愛らしく朱に染めて手で顔を覆って隠した。

 

 でも、それは叶う事がないだろうとクラウディアは諦めていた。

 彼の隣にはいつも幼馴染のライザがいた。彼が一番気にしているであろう剣の鍛錬ではリラが傍におり、それ以外も付き合いの長いアガーテがいる事が多かった。

 自分の立ち入る隙はないだろうと、クラウディアは寂しく微笑んでいた。だから、このひと夏の間、戦いの場だけでも隣に立ちたかった。

 なのに、それも出来ずに、仲間を呼ぶしかないクラウディアは忸怩たる思いを抱えていた。一緒に戦えると言って、何もできない自分を責めたてていた。

 

「彼が奪われる……?」

 

 口に出すと先ほど以上の恐怖がクラウディアを襲う。

 ライザだったら祝福しただろう、リラだったら諦めが付いて苦笑しただろう、アガーテだったら仕方ないとため息をついただろう。

 だが、見ず知らずの、誰かもわからぬ存在に彼が奪われるのだけは許せなかった。そんなのに嘲笑われるもの気に障った。

 

「私だって…………私だって!」

 

 クラウディアは決意してリーゼ峡谷へと引き換えした。

 隣に立って戦うと、自分だって隣に立てるんだと証明するために。それが過ちだとわかっていたのに。

 

 

 

 

 

 あなたと光竜の戦いは硬直状態だった。

 空を飛んでいる光竜にあなたの剣は直接届けられず、練度の低い空を破る斬撃では大したダメージを与えられない。

 一方で、光竜のブレスも突進もあなたに当たることは無く全て避ける。こちらもまたダメージはない。

 互角に見えるが、あなたは劣勢だった。何せあなたは一発もらえば倒れるのに対し、向こうを倒すには100を優に上回る数の攻撃をしなければならない。その上、回避には体力と神経も使うので、この状況をあなた一人ではひっくり返すことは出来なかった。しかし、光竜の方もまた、この状況から優位を押し通す決め手に欠けていた。

 

 ────そこへ、駆けてくる足音が小さくなった。

 

(! 誰だ!? アンペルさん達が来るにはまだ早いし、通りすがりと言うには明確にこちらに来ている。……まさか)

 

 視線だけわずかに光竜から反らし、足音の方向をあなたは確認する。

 仕立ての良い服に、優しい金色の髪をたなびかせながら、クラウディアが一人でこちらへと向かってきていた。

 

(クラウディア……! どうして!?)

 

 1人なのか。確かめたかったし、声に出して来るなと言いたかったが、それよりも早く光竜がクラウディアの存在へと気が付いた。

 光竜は嬉しそうに方向を上げるとクラウディアの方向へと顔を向け、口をバチバチと光らせた。

 その様子に青ざめたあなたはクラウディアの方へと急ぎ駆け出す。

 

「クラウディアッ、逃げろ! 僕なら大丈夫だから!」

 

「嫌! 私もあなたと一緒に戦う! それぐらいは私にもさせてよ! ライザだったら一緒に戦ってたでしょ!? 私だって!」

 

「クラウディア…………! 伏せて!」

 

 クラウディアの心に相当、苦しい思いをさせていたとようやく自覚したあなたは一瞬だけ呆けてしまった。

 その一瞬が命取りだった。光竜がまとめて消し去るかの如く雷光のブレスをあなた達へ向けて吐き出した。そのブレスは一直線にあなた達へと届き、あなた達は光に飲み込まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……生きてる……?」

 

 周囲を飲み込む光が過ぎ去った後、クラウディアは意識を取り戻した。服装は誇りにまみれ、細かな傷こそ負ったものの、クラウディアは五体満足の状態であった。

 自身の無事過ぎる様子を訝しんだクラウディアは、はっ、として前を見上げた。

 そこには“彼”がいた。初めてであったときの様にクラウディアを背にして、守っていた。

 

 違いは────────全身に酷いやけどを負っていたのと、右手が消し飛んでいる事だった。

 

「あ、あ、あ…………」

 

 呆然とした声を出すクラウディアの目の前で“彼”が崩れ落ちた。

 クラウディアは慌てて彼を抱き抱える。

 

「しっかり! しっかりして……! お願い……」

 

 全身に追った火傷、消し飛んだ右腕、その辺に落ちた剣。

 それでもなお、彼は生きていた。か細く息をして、弱弱しく心臓を打って。

 ほっとしたのと同時に、クラウディアを後悔が襲う。

 あの時声に惑わされずに助けを呼びに行っていたら、自分がもっと強ければ、そもそも彼を誘わなければ……

 彼を抱きしめて後悔に襲われているクラウディアのすぐそばに光竜が舞い降りた。見下すようなご馳走を悦ぶかのような咆哮を上げ、クラウディアと彼に頭を向けた。

 

 ■■■■■■■■────────!!!!!!!! 

 

「…………さい」

 

 悪いのは自分だ、それは間違いない。だが、彼をこんなにしたのは誰だ? 

 

 目の前の爬虫類だ

 

「五月蠅いのよ、この蜥蜴……」

 

 クラウディアは落ちていた彼の剣を拾い、空を見上げる。

 この空からあの蜥蜴が来たのか、そう思うと青々とした空が憎い。この蜥蜴を呼ぶ装置を作ったクリント王国が憎い。そんな装置を作る原因となったフィルフサが憎い。フィルフサの住む異界が憎い……

 そのまま目線だけを光竜の方へ向け、全てを呪うかのような眼で睨み付けた。

 

 ■、■■■────

 

 その目に恐怖を覚えたのか、光竜はその巨体をすくめた。

 クラウディアはそんな光竜へと彼の剣を射抜くかのように向ける。

 

「逃がしもしない、ここで殺してやるわ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたが意識を取り戻したのはそれから数日後の事だった。

 気が付いたら自室におり、そして右腕が無いのと身体が動かないのを確認するとひどく落ち込んだ。

 そこで自室の扉が開く音がして、そちらへ顔を向けた。そこには幼馴染のライザがいた。

 

「良かった……意識が戻ったんだね……もう、心配したんだから!」

 

 眦を涙で光らせて注意するような言葉を投げかけるライザは微笑んでいた。あなたも連れられて、ゆっくりと微笑む。しかし、それどころではないことに気が付いた。

 

「クラウディアは!?」

 

「クラウディアは……うん、無事。……キミが守ったんでしょ」

 

「……何かあったの?」

 

 一瞬、言いづらそうに言葉に詰まったライザに剣呑な様子を感じたあなたはライザへと更に問いを投げるが、そこでライザは目を背けた。

 どうしたのだろう? と幼馴染の見たことない様子を考えていると、別の誰かがやってくる足音がした、そちらの方へ顔を向けた。

 そこにはクラウディアがいた。彼女はあなたを見ると嬉しそうに微笑んでいる。その微笑むはあなたの知るクラウディアのものであったが、それ以外に変わっているものがあった。

 

 特徴的だった金の長髪はライザと同程度までバッサリと斬りおとされていた。服装は貴女の中では仕立ての良い服を着ていたものが簡易的なプレートアーマーを着こんでいる。腰にはあなたの剣をぶら下げていた。

 

 クラウディアはあなたの近くにいるライザを見咎めると慌てた様子で駆け寄り、厳しい表情を作った。まるで怨敵に出会ったかのように。

 

「ライザ、ここで何しているの!?」

 

「いや、お見舞いに……そこで目を覚ましたから」

 

「五月蠅い! とっととどこかへ行って! 彼に近づかないで!」

 

 クラウディアがライザへかける言葉とは思えない言葉を口に出しているのにあなたは驚く。

 悲しそうな表情をしたライザは声を出さずに口を動かしてあなたに『あとで』と伝えると、無言であなたの自室を後にした。

 その様子を呆然とあなたは見送った。そのあなたの視線を遮るようにクラウディアは顔をのぞき込むとライザへの怒りを孕んだ表情であなたを心配していた。

 

「大丈夫だった!? ライザに何かされなかった!?」

 

「クラウディア、どうして……」

 

「だって! あのドラゴンを呼んだのはクリント王国のせいで、この島の人間はその子孫なんだよ!? ライザだって同じ、あなたに何するかわからないじゃない!」

 

 親友だったライザへの扱いに唖然とする。自分が気を失ってから何があったのだろうか。

 取りあえずあなたはクラウディアを落ち着かせようとする。

 

「はは、ライザがそんな事する訳……」

 

「そんな事わからないじゃない! クリント王国の薄汚い錬金術師と同じなんだよ!? あなたに危害を加えるかもしれないのに! ……ふふ、ライザ調合した薬のおかげで火傷が良くなったのよ。錬金術って凄いよね、後でライザにお礼言ってあげてね」

 

「クラウディア……?」

 

「ごめんね……お父さんがこの島に来なければあなたが傷つくことなかったんだよね。……ううん、私が生まれてこなければよかったんだよね……」

 

「クラウディア、それは違う! それだけは言っちゃだめだよ!」

 

「わかってる……ごめん、ごめんね……でも、私はあなたと一緒に生きたい。罪深いとは思うけど、せめてあなたを私に護らせて…………だから、ライザに近づいちゃダメ! 錬金術の材料にされちゃうかもしれないんだよ! タオとレントもクリント王国の末裔だし! アンペルさんも薄汚い錬金術師と同じだし! フィルフサなんかがいるところが故郷のリラさんも何するかわからない! 私が……私だけが傍にいるから!」

 

「…………」

 

 クラウディアの様子は尋常では無かった。

 ライザへの憎しみを窺えたと思えば、ライザを誇るかのように微笑み。自虐的に鳴きだしたかと思えば、突然周囲への憎しみを振りまく。一貫しているのはあなたへの感情のみ。

 結局あなたが起きた日はクラウディアに左手を取られ、そのまま一緒に過ごすことになってしまった。

 

 

 

 

 

『私たちがキミの元へ駆けつけた時、血まみれのクラウディアがいたの』

 

 クラウディアが一時的にあなたの傍を離れた後、こっそりと忍び込んできたライザがあなたへ事情を説明してくれた。

 ライザ達はたまたま近くの旅人からドラゴンの鳴き声を聞いたという話を聞き、その咆哮へと急行した。

 その現場で見たのは、首を切り裂かれ絶命したドラゴンと地面に倒れ伏すあなたとドラゴンの返り血で真っ赤に染まったクラウディアだったという。

 ライザ達が慌ててクラウディアとあなたに心配するとクラウディアはライザ達に剣を向けてこう言ったそうだ。

 

『彼に近寄らないで……! 薄汚い人たちが……!』

 

 クラウディアの出した言葉とは思えない言葉に呆然としていたらしいが、すぐにあなたの状態が危ないことを知るとライザは取りあえずの回復薬を渡した。すると、

 

「ありがとう、ありがとう、ライザ……あなたがいないと、助からなかったかも……ごめん、ごめんね……私のせいなのに何も出来なくて……」

 

 ライザの手を取って感謝の言葉を述べながら泣きだしてしまったらしい。クラウディアにも異常があることを知ったライザ達は島へ戻るように伝えると、取りあえずは皆で戻った。

 島へ戻ったクラウディアはやはりおかしかった。血に濡れた髪を仕方ないとはいえばっさり切り落とすと、鎧を身にまといあなたの剣を持つようになった。

 その後、あなたに近づくものを威嚇し、近くの魔物を全滅させる勢いで狩り、憎悪の言葉を吐き出したかに思えば、そんな事が無かったかのように友人の様に振舞った。

 アンペルさんの見立て手で極度のショックで精神が不安定な状態にあるだろうとの事らしく、クラウディアの安定のためあなたについていてほしいとの事だった。

 

 

 

 

 

「こんにちは! どう、そろそろベッドから起き上がれそう?」

 

「うん、体調も回復してきたしね。クラウディアは何してたの」

 

「私は、魔物を殺してた。万が一にもあなたに怪我があったらまずいのに島の護り手とか言う人達、あなたの事何も考えてなくて……あんな人達、いらないよね?」

 

「……はは、ところでクラウディア、フルート聞かせてもらってもいいかな? 今、何もできないからさ」

 

「! 任せて! ちょうど持って来てたの、あなたが聞きたいんじゃないかって……」

 

 そう言うと、クラウディアは持ってきたフルートの演奏を始めた。

 以前と同じような安らぎの音が奏でられる。フルートを演奏しているときのクラウディアは以前のクラウディアと同じだ。まだ不安定だけど、落ち着く可能性を見出すことが出来てあなたも心の内で安どのため息をついている。

 やがて演奏が終わるとクラウディアは底抜けに明るい表情をしてあなたに提案した。

 

「ねえ、もう少しすると私たちも島を離れなきゃならないんだけど、その時に私たちと一緒に来ない? 大丈夫、あなたの事はお父さんも認めているから」

 

「うーん、誘ってくれるのはありがたいんだけど……」

 

「そうだよね……お父さんがこの島に来たせいで、私のせいであなたが傷ついたんだもんね…… でもわかって! この島にいる方があなたは危険なんだよ! 薄汚いクリント王国の末裔に、色々な人達に迷惑を掛けた錬金術師だっている!だから、私と一緒にこの島を出ようよ! 大丈夫、あなたの事は私が守るから……命を懸けて守るから……だから、私にあなたを守らせて、私にはそれしか出来ないから…………ふふ、そう言えばあなたの使っていた剣技、私も出来るようになったんだよ、リラさんから「才能がある」って褒められちゃった」

 

「はは、そうなんだ。動けるようになったらクラウディアとも手合わせしたいな」

 

「ダメだよ! あなたは剣なんてもっちゃだめ! 私があなたの敵を全部殺すから、あなたの剣になるからあなたは私に守られていて! 大丈夫だから……ごめん、ごめんね……私があなたの剣を奪ったんだよね、それなのに、私、私…………そうだ、ライザに頼んで義手を作ってもらえないかな? アンペルさんの補助具も作ってたし、ライザなら…………ダメだよ! ライザの持ってきたものなんて使っちゃダメ! 何があるかわからないじゃない! あなたを傷つけるための物かもしれないのに! …………お願い、私に、私だけにあなた守らせて、ずっとあなたの傍にいさせて…………」

 

 笑って、泣いて、憎しんで、怒り散らして……

 表情をころころと変えて、少し前と言ったことがすぐに違ってしまうクラウディアを見てあなたはまだまだ時間がかかりそうだと実感した。

 それでもあなたはクラウディアに付き合うつもりだ。また、以前の様にこの少女と穏やかな時間を過ごしたいし、ライザ達と一緒に笑い合いたいから……

 彼女の心を護れなかったあなたの、それが責任の取り方だった。

 

「そうだ! あなたの身の回りのお世話も全部私がやるね、他の人信じられないから。ええと、ご飯に着替えに洗濯に……まずはトイレから、かな?」

 

 ……取りあえず、それは勘弁してください。

 




修羅ウディア。当初の予定ではもっとアレな感じになる予定だったけどマイルドになった。
無印の方は後2人かな。一応雑な伏線は入れてみたけど、どうなるやら。


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闇の大精霊

現在ライザ2プレイ中。
8割9割オリキャラです、ご注意ください。


「皆、気を付けて!」

 

 ライザの声が響き渡ると、あなたとリラは目の前の相手に向かって己の武器を構えて駆け出した。

 レントは体力の少ないタオとクラウディアの盾となるかのように前に立ち、その後ろからクラウディアとタオが魔法攻撃を放つ。

 アンペルは敵の能力を下げ、ライザが味方の能力を補助し、さながら総力戦の様相を見せていた。

 その相手────闇の大精霊はあなた達7人をけだるげに肘をつきながら迎え撃っていた。

 

 

 

『みんないるようだな』

 

 事の発端は真剣な表情をしたアンペルがライザのアトリエに現れた時だった。

 ピオニール聖塔へ向かう途中……ライムウィックの丘にある遺跡に巨大な魔物が現れ、旅人を襲っているという話が噂になっているとアンペルは皆に伝えた。

 

『場所も場所だし、何か錬金術と関係があるかも知れないと考えてな。こうして話を持ってきたわけだ』

 

『うん、行ってみよう! あたしも気になるし』

 

 ライザが行くと言えばレントは腕試しにちょうどいいと乗り気になり、タオは渋々と了承する。リラとクラウディアも断る理由は無かった。しかし……

 

『ライムウィックの丘か……』

 

『何、渋い顔して? あ、もしかして、怖気づいちゃった~?』

 

 あなたが表情をしかめると、目ざとく反応したライザが口元に開いた手を当てながらニヤニヤと揶揄ってきた。

 そんなライザにあなたは苦笑し、首を横に振った。

 

『そういうわけじゃないんだけどね』

 

『あ、そういえば前にライムウィックの丘を通ると妙な感覚がする、って言ってたよね?』

 

 クラウディアは思い出したとばかりにぽんと手のひらを打って答える。その言葉にあなたは頷いた。

 ライムウィックの丘を通るたびに感じる奇妙な感覚。ライザの依頼もあって何度もリーゼ峡谷やピオニール聖塔へ錬金素材を集めに行ったが、あなたはそのたびにその感覚を感じていた。突如として現れた魔物とあなたの感覚が無関係とも関係しているともまだ言えないが。

 

『ふむ……? 今回の件と関係があるのか? まあ、無理にとは言わないがお前さんはどうする?』

 

『大丈夫だって! その魔物から変な感覚を感じてるなら、ぶっ飛ばして解決すればいいじゃねえか!』

 

『うーん無理はしない方がいいと思うけど……ぼくの意見を言わせてもらえば、君が来てくれると助かる。魔物を引き付けてくれるし……』

 

『ノヴィス、まさか行かないと言うつもりはないだろうな?』

 

 アンペルは普段とは違うあなたを気遣い、レントはにかっと笑いながら肩を叩いて彼なりに励まし、タオはあなたを心配しつつ必要性を述べ、リラは武器を構えていた。ライザは『平気だって!』と笑い、クラウディアは心配そうにあなたを見つめていた。

 そんな彼らを見渡したあなたは再度苦笑した。

 

『はは、関係があるにしろ無いにしろ放ってはおけないし、当然僕も行くよ』

 

 ────────そうしてあなた達はライムウィックの丘で大精霊と戦う事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 闇の大精霊の用いる力は強力だ。4つの属性と違い特定の防御手段が無い上、呪いやスキルを封印してくる。回復をしてくれるクラウディアやライザと同等に錬金アイテムを使いこなせるアンペルがいなければじり貧となって全滅していたかもしれない。

 レントとタオの息のあったコンビネーション攻撃が闇の大精霊の玉座を打ち砕き、地面へと投げ出された本体をリラの爪が切り裂いた。

 

「ライザ、魔法攻撃を!」

 

「任せて! 行っけ────!!」

 

 ライザはお手製のエターンセルフィアを闇の大精霊に向かって放つ。太陽の器ともいわれるその錬金アイテムは闇の大精霊に深い傷を与え、よろめかせる。

 

「! もらった!」

 

 それを好機ととらえたあなたは腰を深く落とし、相手に突き付けるように剣を一瞬構えたのち、突進と共に闇の大精霊の身体へと剣を突き刺した。

 剣が闇の大精霊の身体に深く突き刺さり、闇の大精霊は苦痛に身を震わせる。

 

【ニィ……】

 

「え?」

 

 しかし剣で身体を貫かれたはずの闇の大精霊はあなたをみて唇の端を上げて笑った。その笑みを見た瞬間、あなたはライムウィックの丘を通るたびに感じていた奇妙な感覚に襲われた。そして、その原因が目の前の存在であることを確信する。

 

「こいつが……!?」

 

【ハァッ……!】

 

「うわっ! ……ん?」

 

 闇の大精霊があなたへ向かって闇色の吐息を吐きかけた。あなたはその吐息を少し浴びてしまったが、バックステップで距離を取った。自身の身体の状態を確認するが、特に異常は感じられない。

 違和感を覚えて闇の大精霊の方を見ると、彼女は微笑みながら粒子となって消え去った。

 

「なんだったんだ……?」

 

 念のため周囲を警戒するが、数分経っても特に気配を感じなかった。あなた達は安堵のため息と共に肩をすくめた。

 

「……なかなか強かったね」

 

「強かったのはお前達だ、随分成長したな……ノヴィス、最後のアレはなんだ、不甲斐ない。戻ったら覚悟しておけよ」

 

「はは……」

 

 ライザが敵の強さの評を下すと、リラはライザ達(あなたを覗く)を強くなったと滅多に見せない笑顔で褒めたたえ、その後あなたを睨み付けた。あなたは苦笑するしかない。

 

「しかし、やはり錬金術には関係はあったようだな。採集地調合用のボトルを持っているとは」

 

 アンヘルは闇の大精霊が落としたボトルをライザへと渡しつつ言葉を述べた。

 採集地調合用のボトル────門外漢のあなたにはわからないがこれを使うと、異界とはまた違った異世界の様な場所に行け、錬金素材を集める事が出来るすぐれものだ。あなたもライザに付き合って何度か錬金素材を集めに行ったことがある。

 

「何か今まで見たボトルよりも力がある様な……? まあいいや、アトリエに戻ろう」

 

 ライザの鶴の一声で皆でアトリエに戻ることになった。道中、あなたはリラから小言を聞かされ、闇の大精霊から感じていた感覚について考える暇がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、さっそくトラベルボトル使おうよ!」

 

 アトリエに帰るなりライザは拾った採集地調合用のボトルを弄りまわしていた。それによるとやはり今まで以上の力を秘めており、採取できる錬金素材も今までの物とは比べ物にならないそうだ。

 レントとタオは一度クーケン島へ帰り、リラとアンペルは調べ物をすると言ってどこかへ出ていってしまった。そのためアトリエに残ったあなたとクラウディアにライザの白羽の矢が立った。

 

「僕は大丈夫だけど……」

 

「私も平気だよ。ふふ、どんなところかな」

 

「それじゃあ、レッツゴー!」

 

 あなた達の了解を得ると、ライザは目を輝かせて手を頭上へと掲げた。

 そんなライザのパワフルさにあなたとクラウディアは顔を見合わせて苦笑した。

 

 

 

 

 

「凄い! 普段の採集する素材よりも質がいい!」

 

 トラベルボトルの異界へやってきたライザは目を輝かせていた。あなたやクラウディアには良くわからないのだが、錬金術師は同じように見える素材であっても質の違いが一目でわかるらしい。

 今回使用したトラベルボトルは今までの物とは質が違う様でライザはご機嫌な様子で錬金素材の採集を早速行っていた。

 

「…………」

 

「……どうしたの? ここに来てから顔を顰めているけど」

 

 そんなライザとは対照的にトラベルボトルの異界に来た時からあなたは顔を顰めていた。あなたの様子に気が付いたクラウディアが心配そうに顔をのぞき込んでいる。

 このトラベルボトルの異界に来てからあなたはライムウィックの丘で感じていた妙な感覚と同じ感覚を受けていた。しかも、あの時よりも強く。

 

「いや……」

 

 クラウディアの心配に言葉少なく返すと、あなたは周囲へと気を張り巡らせた。

 もしかしたら、あの闇の大精霊と同じ存在が近くにいるかもしれないと考えていたからだ。しかし、目に映る範囲では魔物がウロウロしてはいるものの、それらしき存在が見当たらない。

 そのあなたの様子を心配そうに見守るクラウディアは自身の持つ長笛をぎゅっと握りしめて緊張していた。

 

「何してんのー? 早く来て採取手伝ってよ!」

 

「……はぁ……はは、行こうかクラウディア」

 

「……うん」

 

 そんなあなた達の様子を気にしていなかったライザが前方から手を振ってあなた達を呼ぶ。

 幼馴染のいつも通りの姿と、魔物がウロウロしているのに一人で先行している状況に、溜息と苦笑をしたあなたはクラウディアへ声をかけてライザの元へ歩み寄った。

 ライザのマイペースな様子に苦笑したクラウディアも肩の力を少し抜いて、あなたと連れ歩くようにライザの元へと近づいていった。

 

 

 

 

 

「よしよし。これだけあれば十分でしょ」

 

「はは、結構取ったね。クラウディアは大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。ライザが何を錬金してくれるか楽しみだよ」

 

 錬金素材を採取し、魔物を蹴散らし、トラベルボトルの異界を探索を一通り終えたあなた達はトラベルボトルからライザのアトリエへの帰還ポイントへと来ていた。

 結局、妙な感覚は探索中はずっとあったものの、それらしき存在が姿を見せることなく採取は終わってしまった。

 

(気にしすぎだったかな……?)

 

 あなたはもう一度周囲を見渡すが、やはり特にそれらしき存在は見えなかった。

 流石に興奮が落ち着いたライザもあなたの様子に首をかしげていたが、気を取り直すように笑いかけた。

 

「ま、何にせよもう用は無いし、帰ろ帰ろ」

 

「ライザの言う通りだね。特になかったから気にしすぎだよ、きっと……」

 

「はは、そうかもね。それじゃ、帰ろ────────!!??」

 

 苦笑しながらライザとクラウディアに同意し、帰還ポイントから帰ろうとした瞬間だった。

 帰還の光に包まれるライザ達に対し、あなたの全身を闇が包み込んだ。

 闇はあなたの身体を拘束し、光に包まれるライザ達と分断する。

 

「しまった! これが、狙いだったのか……!」

 

「ウソ! キミ、手を伸ばして────」

 

 あなたを救おうと帰還の光に包まれながらもライザは手を伸ばした。あなたはライザの手を掴もうとするが、指先同士が触れ合いかと言った瞬間にライザ達の姿はトラベルボトルの異界より消え去った。

 残されたのは闇に包まれたあなたのみ。呆然とするあなたに声をかける存在がいた。

 

【待っていたぞ、この時を……】

 

「っ! お前は……!」

 

 先ほどまでいなかったハズの闇の大精霊があなたの後ろに存在していた。

 あなたは素早く距離を取ると剣を鞘から抜き出して構えを取った。

 そんなあなたを見た闇の大精霊は玉座に肘をつきながら、あなたを嘲る様に笑う。

 

【ほう、この前は7人がかりだったのに1人で私を倒せると?】

 

「やってみないとわからない質でね……ひとつ聞かせてくれ、今までどこにいた?」

 

 油断なく剣を構えながら闇の大精霊にあなたは問う。勝ち目が少ないのは明白であったが諦める選択肢は無かった。

 奇妙な感覚こそしていたものの、気配は感じなかったし、視界にもいなかった。地中から突然はい出たりというわけでも空から降ってきたわけでもあるまい。油断と隙を伺いつつ、あなたは闇の大精霊の出方を見た。

 その問いに闇の大精霊は、あなたの思惑を察したかのようにつまらなそうに答える。

 

【ずっとお前の中にいた。あの時の戦いで私の一部をお前の中に入れていた。その後、ここへお前が来た時に私が復活するため。あの錬金術師の小娘は役に立った、自分が何をしているか知らずにここへ来るお前たちは滑稽で見物だったよ】

 

 成程、とあなたは合点がいった。

 あの時に最後に吐きかけられた闇、それが彼女の一部分だった。そしてライザが錬金術師という事を見抜き、自身の復活させることが可能であるこのトラベルボトルの異界へ来るだろうと計画していたという事か。まんまと利用させてしまったと、あなたは口の端を苦々しく噛み締めた。

 

「随分喋るね……」

 

【なに、これから愉しみにしていた時間が始まるというのだ。その前のちょっとした戯れよ……その身に刻ませてやろう、私の真の強さを】

 

 闇の大精霊は徐に玉座から立ち上がると両手を上げて、そこへ魔力を集中させた。

 以前の戦いの時とは異なる強さに、あなたの背筋に冷汗が流れた。

 

【……行くぞ!】

 

「……!」

 

 闇の大精霊がチャージした魔力を解き放つ。大爆発と共に絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、ぐう……っ」

 

【くく、よく粘ったとほめてやろう】

 

 決着はついた。

 あなたは闇の大精霊の攻撃を回避し隙を見て反撃と粘ったものの、途中から闇の大精霊が攻撃方法を点への攻撃から面への攻撃と変更したため避けきることが出来ずダメージが蓄積して動きが鈍ったところへ、最大の一撃が入りあなたは紙屑の様にボロボロにされてしまい、愛用の剣は見るも無残に粉々だった。

 勝者の笑みを浮かべる闇の大精霊が、敗者となって地面に横たわるあなたを踏みづける。

 

「ぎ……っ!」

 

【くくく、ついにこの時が来たか……! 待ちわびたぞ……!】

 

「? ……何の事だ、っ!? がっ、あああああっっっ!!!」

 

 闇の大精霊があなたの右腕を指さすとそこから魔力の刃が出現し、あなたの右腕を斬りおとした。

 血が堰を切った様にながれはじめ、あなたは痛みに咆哮する。

 そんな痛みに悶えるあなたを見て闇の大精霊は恍惚の表情で微笑む。

 

【ああっ……! 素晴らしい、素晴らしい姿だ……! ふ、だがこのままでは死ぬな。人間とはもろいものよ……私からの贈り物だ、受け取るがいい】

 

「あああああっっっ!!! ……!? ……え?」

 

 闇の大精霊が切断された身体の面に手をかざすと、闇が集まった。

 闇は収縮し、綺麗な黒色の腕の形を取りながらあなたの新しい右腕となるべく癒着する。驚くことに新しい腕の感触と共に痛みが唐突に消え去った。

 驚くあなたは新しい黒の右腕の動きを確かめると、指示通りに動く。わけがわからず混乱するあなたに闇の大精霊は告げる。

 

【これから永遠に共にいるのだ、よろしくな……ククク】

 

「……残念だと思うけど、その前にライザが迎えに来るよ。彼女を舐めない方がいい」

 

【それはそれは、恐ろしいな。まあ、あの錬金術師に手を下すのは私ではないし、気にする必要は無いだろう】

 

「……?」

 

 あなたの忠告にも嘲る様な笑みと共に言葉を返した闇の大精霊は切り落としたあなたの右腕を抱えて玉座へと戻った。

 新しい黒い腕を手に入れさせられたあなたは怪訝な表情を浮かべたが、どうやらそれ以上は手を出してこないことが何となくわかり、己もライザ頼みはしていられないと脱出手段の探索を始めた。

 

 

 

 

 

「……おかしい」

 

 あなたが脱出手段を探して数時間が経過した。そのうちにあなたは違和感を覚え始めていた。

 身体が軽い、先ほどまで負った怪我が既に治っている、気苦労があるはずなのに全然疲れないし腹も減らない……

 

(これのせいか?)

 

 ちらり、と新しい黒い腕を見る。ドクンドクンと脈打つかのように蠢いていたが、それ以外はあなたの思い通りに動いている。

 何か仕掛けがあるのだろうと疑ってはいるが、今のところどうすることもできない。ライザやアンペルに早く見てもらった方が……と考えつつあなたは探索を続行しようとしたが

 

「眠い……」

 

 先ほどまで疲れすら無かったはずなのに、急激な眠気に襲われた。

 寝ている場合じゃない、と意気込むものの今まで経験したことのないほどの強烈な眠気。立つのも困難な程の眠気にあなたは流石に打ち勝てず、岩に寄りかかって眠ろうとする。

 

【膝を貸してやろう、感謝するといい】

 

 そこへ闇の大精霊が姿を現した。玉座を大地へと降ろし己の膝を叩いている。

 いつの間に、と思いつつも眠気で頭が回らない。せっかくの申し出にあなたは疑問を思うことなく、「ありがとう」とだけ返事をするとふらふらと惹かれるように闇の大精霊の膝へと頭を落とし、すぐに意識も手放した。

 闇の大精霊は男なら誘惑されてしまいそうな笑みと共に、あなたの頭を徐に撫でまわす

 

【くく、良い夢を……】

 

 

 

 

 

 

 あなたは夢を見ていた。子どものころの夢だ。今よりも背の低いあなたやライザとレントが川で水遊びをしている。

 パシャパシャと水をかけあう子どものあなた達。そんな昔のあなた達を見てあなたは懐かしいと微笑んだ。

 やがて肩で息を吐いたライザがある方向を見つめて呟いた。

 

『■■も来れればよかったのに』

 

 ……? あなたは首をかしげた。

 あなたとライザとレントの他に誰かいただろうか? 紫っぽい髪のあの島一番のお金持ちの子は子の時は……

 

(あれ……どうしたっけ、誰だったかな……?)

 

 少しの間仲違いしていた、友人の名が顔が思い出せない。ライザの言う■■とやらの事もさっぱりだ。何度考えてもそんな人物はいなかったようにしか思えない。

 

『まあまあ、あいつにも用事があるし、仕方ないってやつだよ。なあ、今度“男”同士で剣の稽古しようぜー』

 

『あーずるい……って剣の稽古ならあたしはいいや』

 

 …………男同士? 

 おかしな事を言う、レントは女の子のはずだ。凛々しい顔立ちの真紅の髪を腰まで伸ばした女のはずだ。目の前の赤毛が同じだけの少年がレント? そんなことは……ない、はずだ。だとしたら、この、少年は、いったい、誰なのだろう? 

 

 ズキン! と頭が痛んだ気がした。過去の光景がノイズの様な黒い嵐に段々と塗りつぶされて見えなくなっていく。思い出せなくなっていく。

 恐ろしいはずの、怒れるはずのその光景を、あなたは「まあ、それなら仕方ない」と妙に受け入れていた。忘れる事は誰だってあるのだ、忘れるという事は大したことのないことなのだ。と妙な納得をしながら。

 黒い嵐に完全に塗りつぶされたあなたの記憶は何も映していなかった。その時、あなたを誰かが優しく抱きしめた。

 

(誰だ……? 暖かくて気持ちいい……)

 

 誰かに抱きしめられたあなたは夢の中でもあなたは眠気に誘われて、心地よく眠りについていった。

 そんなあなたを祝福するかのように呪いをかけるかのように黒い右腕は脈動していた。

 

 

 

 

 

【目覚めたか】

 

「あ、おはようございます」

 

 どれくらい寝ていたのだろう。気が付けいた時は闇の大精霊がこちらをのぞき込んでいる所だった。

 あなたはゆっくりと身体を起こし、少しだけ伸びをする。やはり、身体の調子はいい様だ。この右腕のおかげだろう。

 

【良い夢は見れたか?】

 

 そう言えば、何かの夢を見た気がする。しかし思い出せない

 

【思い出せないという事は大したことのないことであるという証明だ、気にすることは無い】

 

 そうか、とあなたは妙に納得した。

 彼女の言う通り思い出せないのであまり大した夢ではないのだろうと、あなたはあまり気にすること無く闇の大精霊に微笑みかけながら首を横に振った。

 その様子を見た闇の大精霊は笑みを深くしてとても愉快気であった。

 

【今日はどうするのだ?】

 

「うーん、まあ剣の素振りでもしてゆっくり待つよ。どうも中からじゃ出られなさそうだし……って剣も無いんだっけ」

 

【それならば】

 

 闇の大精霊が天に手をかざし指で丸を描くと、その中から闇を凝縮した様な黒い剣が姿を現した。

 黒い剣はそのままあなたの目の前の地面に刺さり、その刃の切れ味を示した。

 あなたは闇の大精霊の方を見ると、彼女は、ふ、と笑ったのであなたはその剣を大地より引き抜いた。

 

「凄い……」

 

 あなたは思わず感嘆に息を吐いた。

 全身が黒でありながらもどこか美しいその剣。軽く握りしめるだけで込められている力が伝わってくる。今まで愛用していた反りの入った剣とは異なる直剣であるが握りもあなたにあっていて使いやすそうだ。

 軽く試しに振ってみると、びゅおん、と音を立てて空気を切り裂く。近くにあった岩へと剣を振るうと熱したナイフでバターを切るがごとく岩を両断した。

 

「いいのかい、こんないい剣を貰っても」

 

【構わぬ。これから共に永遠を過ごすのだ、それくらいの贈り物はしてしかるべきであろう】

 

「はは、どうだろうね……」

 

 闇の大精霊の言葉にあなたは苦笑した。

 いずれライザがここへ来るだろう。その時に“彼女”はどうするのか、抵抗するのか諦めるのか……出来れば穏便に解決してほしいとあなたは願って素振りを始めた。……あなたの考えている“彼女”がどちらを指しているのか特に考えぬまま。

 そのあなたの、敵だったはずの相手からの贈り物を全く疑わない様子を見て、思い出が浸食されているのに気を留めない様子を見て、闇の大精霊は口元を歪ませて声もなく笑った。

 

 

 

 

 

 ──────さらに数日が経過した。

 あれからあなたは闇の大精霊の膝枕で寝かせてもらうのが日課となっていた。彼女の膝は人間とは違ったひんやりを感じながらもどこか暖かみのあって心地の良い寝心地だった。彼女の厚意には感謝しかない。岩に寄りかかって寝るのは辛いだろうから。

 今日も今日とてあなたは夢を見る。だが、その夢の中であなたは闇の中を漂っているだけでおり、過去の風景や特定の人物が登場することは無かった。

 だがあなたは気にも留めなかった。漂う闇の中は暖かくて心地が良い。この闇さえあれば他の何もいらない。

 

(……そもそも、他に僕に何かあったっけ……)

 

 そうあなたが考えると、闇の一部に雑音が混じり、茶髪の髪の短い活発そうな少女の姿を映しだした。

 闇以外が写るのは珍しいとあなたはそちらへ視線を移すが、それが誰なのかわからない。見ていると何となく懐かしい気分にはなるのだが。

 

(ああ、そうだ……あれは、ライザ……そう、ライザリン・シュタウト……?)

 

 しかしあなたがその名前を思い出した瞬間、頭がぼんやりする。その後一瞬遅れてズキンと頭に何かが走ったかのように頭痛がした。

 っ! 、と顔を顰めて頭を横に軽く振る。痛みは一瞬のものであり既に消えていたが、思い出した名前も消えていた。

 それが少し悲しい、気もする。だが、思い出せないという事は大したことが無いのだろう。闇の大精霊もそう言っていた。

 

(そもそも、思い出すっていうのも変かな……? この闇以外は僕には無いわけだし……)

 

 闇の大精霊がそう言っていた、ここで見る夢は過去を移すのだと。であれば闇以外が写らぬ己の過去は闇以外が無かったのだろう。それに、この心地の良い闇以外の何が必要だというのか。何もいらない、何も必要ない。ただ闇があればいい。この心地の良い闇そのものの闇の大精霊と共にあればいい……

 

 ドクンドクンと取り付けられた右腕が、あなたの物となった黒き剣が脈打つ。そのたびにあなたの心身は闇に染まる。他の全てを奪い去りながら……

 

 

 

 

 

【ふふふ……】

 

 闇の大精霊は己の膝で穏やかに眠る彼の姿を見て狂気を孕む笑みを浮かべていた。

 

【これで、ようやく……ふふふ……】

 

 

 

 

 

 それは少しだけ前の話

 ある時、人間達がライムウィックの丘と呼ぶ場所で闇の大精霊は何かに惹かれるように意識を持っていかれた。この感覚に闇の大精霊は覚えがあった。愚かな人間が己を召喚しようとしているのだ。

 その時は闇の大精霊の身体はその場へ出現させることは出来なかったが、愚かな人間に対しる怒りに染まる意識だけでその場を見渡し、呼び出そうとしている愚か者を探した。

 そこには人間の一党がいた。どうやら己を呼び出そうとしているものとは違う様子だが……まあ、それはどうでもよい。その中にいる一人の男に闇の大精霊は目を奪われた。

 

(何という……馥郁たる魂……!)

 

 精霊殺しとでもいうべきか、精霊魅了の魂と言うべきか。恐ろしいほどの馥郁さ。他の精霊たちが彼の者の周囲に集まっているのも納得のモノ。

 ああ、と闇の大精霊も一瞬で魅了されてしまった。人間へ抱いていた怒りが霧散してしまうほどであった。身体があれば両手を頬に中てて恍惚に微笑んでいただろう。

 だが、闇の大精霊には気に入らぬことがあった。

 

(あれほど馥郁な魂を収めるのが、脆弱な人間の肉か……)

 

 気に食わなかった。

 人間の肉体如きにあの魂が収められていることも、その魂の持ち主が人間の少女へ笑いかけていることも。

 肉体があればすぐにあの人間どもを屠り、彼の者を己の手に収めるのだが……恐らくは召喚をしている装置か何かが機能不全を起こしているのだろう。闇の大精霊が望んでもその場へ向かう事が遅々として進まなかった。

 

(とはいえどうにも今は出来ぬか……まあよい、愉しみはとっておくことにしよう……)

 

 それからも彼らはライムウィックの丘へ何度も足を運んだ。性格にはその先にあるリーゼ峡谷やピオニール聖塔へ用があったのだが……

 そのたびに闇の大精霊は意識だけで彼の少年を垣間見た。その視線を受けていた少年は何かを感じていたようでしきりに周囲を警戒していた。それだけで闇の大精霊は己の頬が緩むのを抑えきれなくなった。

 そうやって彼がライムウィックの丘を通るたびに彼らを見ていた闇の大精霊はあることに気が付く。

 

(これは……悔しいが7人がかりで来られると、勝てぬかもしれぬ……)

 

 彼らは段々と強くなった。闇の大精霊が勝てぬと思うぐらいには。

 この己が人間ごときに後れを取るなどと……闇の大精霊は苦々しく臍を噛む。

 そうやって彼らを睨んでいるうちに……ある事に気が付いた。あの茶色の髪の少女、あれは錬金術師だ。今まで傲慢にも何度も己を呼び出して使役しようとしてきた愚かで忌々しき錬金術師だ。

 

(くくく、それならば良い手がある……錬金術師と言うのはどこまでも愚かな者だからな)

 

 かつて屠った錬金術師より頂いたあの道具、あれを利用させてもらおう。

 あの道具の行き先に己の力を蓄えて置き、彼の者へ己の闇の一部を吹きかけ、あの錬金術師が彼の者を連れて来たその時に……

 

 

 

 

 

【やはり錬金術師と言うのはどこまでも愚かよな……】

 

 まるで宝石を扱うかのように己の膝で眠る少年を闇の大精霊は優しく撫でる。

 全て己の作戦通りに行ったことに満足し、彼の者を手に入れたことに愉悦の笑みを浮かべる。

 右腕を斬りおとして己の魔力で作った腕を新しく付けさせることで心身を侵食させ、人間と言う器から脱却させる。そして、永遠に己のものとする。

 これほどの魂、肉体が滅びて転生でもしてしまったら次は出会えぬかもしれない。そんな事は許さぬ、永遠に己の手元で愛でてやろう。それが闇の大精霊の思惑だった。

 

【だが、脆弱な肉体に対して人の心とは存外強きものよ】

 

 闇の大精霊は不愉快気に表情を顰める。

 記憶はほとんど消えている、しかし最後まで消し去ることも出来ない。名前も覚えていないはずの仲間の記憶がいまだにこの少年にこびりついているのが気に食わない。

 で、あるのなら

 

【その心を壊してやるとしよう】

 

 闇の大精霊にとって必要なのは馥郁たる魂とそれを収める永遠の器のみ。心など必要は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けに来たよ!」

 

 トラベルボトルの異界に活発そうな少女の声が緊張感を十分に孕んで響き渡った。その少女とは無論ライザである。ライザの他にクラウディアとリラも険しい表情で同行していた。

 

 ライザはあれから急いであなたの居る狭間を探し出していた。普通であれば困難なその作業を一日で終わらせたのは流石の才能と言えよう。……彼女が知る由もないが、この異界と外は時間の流れがずれており、外での一日はここでの数日間であった。それさえ知っていたら、あるいは違う準備をした結末もあったかもしれない。

 

【来たか……予想よりも速かったな】

 

「あんた……! そう、全部あんたの仕業だったのね!」

 

「ノヴィスめ、不甲斐ない……弟子の後始末は師匠の役目だ、片付けさせてもらおう」

 

「彼を返して!」

 

 三者とも玉座を浮かせて空にいる闇の大精霊に向けて己の武器を構え、敵意を向ける。

 その敵意を受け流し嘲笑う闇の大精霊は、ぱちん、と指を鳴らした。

 

【敵だ、鏖殺せよ】

 

 闇の大精霊の言葉と共にその陰から何者かが大地へ向けて飛び降りた。

 大地へと着したその人物は、脈動する人外の黒き腕を持ち、どこまでも黒き剣を殺意と共に敵へと向けるその者は────

 

「嘘、だよね……?」

 

「なんで、どうして……」

 

「どういうつもりだ……答えろ、ノヴィスゥっ!!」

 

 あなたは目に映る3人の敵へ向けて剣を構えた。

 彼女たちは、絶望、悲痛、憤怒の表情に顔を染めてあなたを見つめている。

 なぜ彼女たちがそのような表情をするのかわからなかった。身体の奥がズキンと痛んだ気がした。もしかしたら、彼女たちは己のことを知っているのかもしれないとすら考えた。

 

 だが、あの暖かくて心地の良い闇の体現者が言っていた。思い出せないことは大したことのないことだと。つまり、彼女たちは大したことのないもの、のはずだ。

 ドクン! と右腕が脈を打った。早く敵を殺せと喚いているかのようだ。愛剣もまた動じるかのように一瞬煌めいた。

 

「誰かは知らないが……斬らせてもらう」

 

 からん、と金髪の少女が手から武器を落としその場に崩れ落ちた。

 爪を構える女はますます憤怒を強めながらも傷ついた表情をしており、杖を持つ少女は現実から逃げるように呆然としていた。

 一方的な戦いになるだろうと、あなたは確信していた。だったら逃がしても構わないのかも────

 

【鏖殺せよ。奴らは私に、“闇”へ敵意を向けた。逃がす必要はない、ここで殺せ】

 

(ああ、そうだった……)

 

 危うく彼女たちに騙されるところだった。彼女たちはあの暖かくて心地の良い闇を奪おうとしていたのだ。許せるはずもなかった。

 殺意に敵意が乗り、あなたは女たちへと向けて闇を纏った斬撃を放った。身体の奥が壊れそうになるのを無視しながら……

 

「くっくっく……ははは……あーはっはっはっはっ!!!!」

 

 あなたの心が壊れ行くことに、五月蠅い蠅の様な人間たちの末路に闇の大精霊はどこまでも愉快気に残酷に笑った。

 




あと一人で取りあえず無印編は完結。
アトリエ2を書くとしたらいつになるやら。


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アガーテ・ハーマン

ライザ2プレイ中。
どうも地の文が多くなってしまう。


 アガーテ・ハーマン

 

 若い女性でありながらラーゼンボーデン村の護衛を務めている「護り手」達の一人であり、「護り手」達の中で一番の剣の使い手であり、その実力もあり「護り手」達を束ねるリーダーを務めている。

 リーダーに相応しい厳しさと優しさを備えた性格であり、村の老若男女全てから慕われている人気者でもある。また王都へ留学していたこともあって剣の腕だけではなく知識もそれなりに幅広く持っている。

 実力や性格だけでなく美貌も兼ねそろえており、凛々しくも整った顔立ちにすらりと伸びた手足、均整の取れた身体は女性の理想であり、男性の憧れでもあった。才色兼備と言う言葉は彼女の為にある。ラーゼンボーデン村の者は彼女の事を総評するだろう。

 そんな彼女には人には言えない悩みがあった────────

 

 

 

 

 

 あなたの朝は、早い。

 幼いころは活発な幼馴染で妹の様に思っているライザの突然の思いつきに寝ぼけ眼の所を振り回され、成長してからは剣の鍛錬の為に早起きするのが日課となっていた。最近ではリラとの手合わせやクラウディアのフルートの秘密の練習に付き合ったりすることもあり、あなたの朝は早いのが常となっていた

 しかし、それ以外にもあなたの朝が早い理由があった。

 

 あなたはまだラーゼンボーデン村の大半の人が夢の中にいる中、住宅地の一角を歩んでいた。

 やがて一件の家の前にたどり着くと、手慣れた様子で玄関の前に置いてあった植木鉢の下に隠してあった鍵を取り出し、玄関を開けた。

 住宅の中に入り、居間へたどり着いたあなたは、はぁ、と溜息を洩らした。

 居間は衣服や食器や酒瓶が散乱しており、とてもではないが他の人物に見せることが出来ない惨状となっていた。大雑把な所もあるライザ(錬金術をする時はこまめなのだが)ですら、この惨状には顔を引きつらせるだろう。

 あなたは気を取り直して今の片づけを始めた。手慣れたもので酒瓶をまとめて一か所に片付け、食器を台所へと持っていき、衣服(下着を除く)を桶に入れて洗濯して、朝食を作り始めた。

 フライパンの上で、ジュウジュウと卵とベーコンが音を立てる、ベーコンの食欲を刺激する燻製の良い香りが家の中に漂う。

 その香りに釣られたのか寝室の方からこの家の家主がふらふらと姿を現した。

 

「…………あ、ああぁぁ~~……おはよう……」

 

「おはよう、じゃないよ。アガーテ姉さん、昨日どんだけ飲んだのさ」

 

 この家の家主……アガーテ・ハーマンは、いつもは美しく整えられている黒い髪を、¥寝癖で見るも無残にぼさぼさにし、「私、今起きたばかりです」と言わんばかりの目ヤニの付いた寝ぼけ眼で頭を書きながら気まずそうに姿を現した。

 

「ちょ、ちょっと珍しい酒が手に入ったからつい……」

 

「つい、って……もう、飲みすぎだよ。最近また飲む量が増えているんじゃない? ……というか、パジャマを反対に着ているんだけど、どうやって着たのさ……」

 

 アガーテの凛々しい(今は寝起きのせいでぼんやりとしているが)顔に似合わず、子猫が描かれた可愛らしいパジャマを逆さまに着用していた。通常は前で止めるはずのボタンが背中側に着てしまっているのだが、あれだと着る時が大変だったのではないだろうか。

 

「……ん、今脱ぐ……」

 

「着替えは寝室でやって! その間に朝ご飯作って置くから」

 

「……はぁい」

 

 アガーテは残念そうに後ろへ回した手を止めると、着替えを行うためによろよろと寝室へと戻っていった。

 そんな様子にあなたはまた溜息をついた。昔は朝ももっとビシッとしてたような気がするのだが……いつからだろうか? お酒を飲めるようになってからだっただろうか? 気が付いたときはアガーテはだらしのない様子を晒すようになっていた。

 あなたはアガーテの変化について考えようとしたが、ジュウジュウとフライパンが音を立てていたため、頭を一度横に振ってから朝食づくりへと戻った。

 

 

 

「んっ、はぁ……おいひぃい……」

 

「姉さん、食べながら喋るのは行儀悪いよ……」

 

 あなたが用意した朝食はバターをたっぷり塗ったトーストと良い塩梅に焼かれたベーコンエッグに新鮮なミルクというシンプルな物。それをアガーテはだらしのない顔で美味しそうにむしゃむしゃと口にする。

 一方のあなたは食事をするアガーテの後ろに回ってぼさぼさの寝癖を櫛を使ってとかしていた。アガーテのだらしなさに思うところはあるものの、昔から姉と慕っていた人物の髪を髪をすいていることは悪い気はしなかった。しなかったが……

 あなたは無言でアガーテの髪を整え、あなたに注意されたアガーテは黙々と朝食を頬張っていた。無言の空間にアガーテの咀嚼音だけが聞こえてくる。あなたはこの時間が嫌いではなかったが……それはそれとして昔からお姉さん分だったアガーテにはもう少ししっかりした様子を見せて欲しかった。

 

(最近、ますますひどくなってる気がするしなー……)

 

 とはいえ、美味しそうに食事をするアガーテの顔を見るのはやっぱり嫌いではないのでついつい世話を焼いてしまうのだが。これは、自分にも責任があるのかもしれないな、とあなたは声に出さず苦笑した。

 

 

 

 

 

「よし、では行ってくる。お前は今日はどうするんだ?」

 

 十数分後、護り手としての務めを果たすべく、鎧と剣を纏っているアガーテは先ほどまでの知る人ぞ知るだらしのない姿ではなく、村の百人が百人とも知る護り手のアガーテ・ハーマンになっていた。

 ぼさぼさだった髪はしっかりと直されて美しく、表情はいつもの様に凛々しい。そんな、先ほどまでと全然違う『いつもの』アガーテにあなたは苦笑した。

 

「ええと、今日はライザとクラウディアと一緒に採集に行って、午後はリラさんが稽古を付けてくれることになってる……あ、あと銀ウニを届けて欲しいって頼まれていたから届けなきゃ」

 

「……そうか、ライザのお目付け役とリラさんとの稽古か」

 

「お目付け役ってほど目を付けてるわけじゃないけどね」

 

 そう言ってあなたは苦笑し、アガーテは目を伏せた。

 何かとアガーテからライザのお目付け役扱いされることの多いあなたであるが、実際はそこまでライザの行動を竦めているわけでもない。無論、やりすぎそうになる時は声をかけているが、ライザに振り回される事はあなたわりと好きな方であった。口に出したことは無いが。

 そんなあなたの様子を感じ取ったのか、アガーテは眩しそうに朝日の方を見つめると、「行ってくる」と一言言うと、あなたと自宅とに背を向けて歩き出した。

 そんなアガーテにあなたは「行ってらっしゃい」と微笑みながら手を振った。

 しかし、数歩歩いたところでアガーテは立ち止まってあなたの方を振り向かずに言葉を掛けた。

 

「鍵はいつもの所にしまっておいてくれ」

 

「わかった。姉さんも今日は飲み過ぎないようにね」

 

「…………ああ」

 

 絞り出すような声の小ささだった。そんなアガーテの様子に首をかしげたあなただったが、アガーテにとっては幸いなことにあなたからアガーテの表情を窺うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは夜のラーゼンボーデン村を歩いていた。

 リラとの稽古を終え、村に住んでいる老人から頼まれていた銀ウニをご自宅へお届けしたら老人が「わざわざすまないねぇ、ありがとう。せっかくだからお茶でも飲んでいきなよ」というのでお茶をご馳走になりながら昔話に付き合っていたらすっかり遅くなってしまった。

 自宅へ向かって歩いていくあなたは、ふとアガーテの家の前で足を止めた。

 アガーテは既に帰宅しているようで家の明かりが漏れている。それは構わなかったが、この時間でまだ居間から明かりが漏れている事が気になった。アガーテは大体は今ではなく自室で過ごしているのだが……

 

「……まさかね?」

 

 あなたは自宅へ帰るのを中断して、アガーテの家へ向かった。

 アガーテの玄関のドアノブを回すと、鍵がかかってなかったようであっさりと開いて客人を招き入れる。その不用心さに顔を顰める。

 玄関は靴や小道具が散らばっており、乱雑に今朝腰に付けていた剣が立てかけられていた。

 あなたは溜息をつくと、「お邪魔します」と声に出してアガーテの家の中に静かに踏み入った。

 

「姉さん、起きてる?」

 

「……あ、ああ~~~……ん? どうした~~~?」

 

「姉さん……」

 

 居間についたあなたが見たのは下着姿で酒を呷るアガーテだった。

 今朝片づけをしたときには無かったはずの酒瓶を手に持って、杯に移さずそのまま口を付けて飲んでいた。周囲には同じような酒瓶が数本ごろごろと地面に転がっており、簡易なつまみがテーブルの上に乱雑に置かれていた。つまみは自作したのか調理台は調味料や材料があちこちに零れており、汚れの付いたフライパンが放置されていた。

 

「……姉さん、明日も早いんだしこれ以上お酒飲むとまずいよ。今日はもう寝よう」

 

「ん、あ……じゃあ、寝室まで連れてってくれ~~」

 

「じゃあ、肩を貸すから「やだ、おんぶじゃきゃ、や~だ~~~~!」…………わかったよ。その代わり、今日はもうさっさと寝てよ?」

 

 酒を飲んで酔っ払ったアガーテは幼児退行するというかどうもかなり甘えが強くなる。流石に当初は女性(しかも肌色が多い姿の)をおんぶするのは抵抗があったあなただが、この状態のアガーテは我儘が強いので、おんぶ以外だと梃子でも動かないのを知っていた。

 よいしょ、とアガーテを背負うと今を改めて見渡す。もう遅いので片付けるのは明日の朝にしようと決めると、あなたは溜息と共に寝室の方へと向かった。

 

 

 

「……大きくなったな」

 

 あなたに背負われているアガーテがふいに一言漏らした。その言葉には寂しさの様なものが含まれていた。少なくとも酒に酔って出た言葉ではない様だ。

 

「はは、もう17だしね。アガーテ姉さんにはまだ悪ガキ4人組にしか見えないのかもしれないけど、それでも成長はしてるつもりだよ」

 

「……」

 

 あなたの言葉にアガーテは顔をあなたの背にこすりつける事で応えた。

 アガーテの中ではあなた達はまだ子ども扱いなのだろうか、それとも。…………聞いてみたくなったあなたであったが、いずれアガーテの方から成長したと言って欲しいという思いもあり、その問いは口には出さなかった。

 ただ、あなたにもわかるのは

 

(取りあえず、男としては見られてないよね)

 

 自身が乱れている姿をさらしても問題ないくらいにはアガーテに信頼されているのはわかる。だが、ああまで肌を晒しているというのは……

 アガーテをベッドにおろして布団を掛けたあなたは、もう一度居間の方を見て溜息を吐くと苦笑しながらアガーテ家を出た。

 明日も早起きしなきゃなあ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、こんなことしかできない私を許してくれ……」

 

 布団にくるまりながらアガーテは懺悔するように言葉を漏らした。

 その表情はとても先ほどまで大量の先を飲んで酔っ払っていたものとは思えないぐらい悲しみと寂しさと罪の意識に彩られている。

 事実としてアガーテは酒を飲んではいたものの、酒に飲まれてはいなかった。とはいえ酔っ払いの様に身体を動かすのが億劫ではあった。酒のせいではなく己の気持ちが原因ではあるが。

 

「行かないでくれ、行かないでくれ……」

 

 アガーテは不安そうな表情で布団の端をぎゅっと握る。

 昔から「姉さん、姉さん」と慕ってくれていた少年が、いつの間にか同じように剣で鍛錬しあうようになり、最近では自分を背負ったり心配したり世話を焼こうとするまでに成長した。弟分だったはずの少年は、いつの間にかアガーテの中で対等な異性として認識されていた。

 同時に、胸が高鳴る相手であることも認識してしまった。ふとした時に感じる“男”に、逞しくなった背中に、アガーテは内心でドキドキさせられていた。

 

「うう……んん……」

 

 アガーテの弟分たるあなたはアガーテの紛れもない初恋の相手であった。自分でも遅いとはわかっていたが、今までそういった感情を抱いてこれなかったのだ。仕方ないだろう、と1人ごちたこともある。

 

「ああ……こんなこと考えてはいけないのにぃ……」

 

 アガーテがあなたを異性と認識し胸が高鳴る初恋の相手だとわかった時、同時に背中が凍てつくようにわかったことがあった。アガーテにとっての妹分でありあなたの幼馴染のライザリン・シュタウトも女であるという事に。

 ライザが自身の感情にはっきりと気が付いているかどうかはアガーテには判断が出来なかったが、同じ幼馴染で異性であるレントやタオに比べてあなたとライザは妙な距離の近さがあった。あなた腕をライザが引っ張って振り回して己をアピールしている事をアガーテは感じていた。その際に腕に抱き着いて身体を押し付けてみたりなんかもしていた。

 ライザは才色兼備で知られるアガーテから見ても少女の活発さと女性の柔らかさのいいとこ取りをした成長をしている最中だった。更にライザはアガーテよりもあなたとの距離が物理的にも心情的にもアガーテより近い。もし2人がくっついたら……と思うと気が気ではなかった。

 

「ライザだけじゃない……」

 

 最近クーケン島を訪れたバレンツ家のご令嬢であるクラウディア・バレンツ。彼女もまた、アガーテが懸想するあなたに好意を寄せている。アガーテにはない淑やかさと麗しさを持つ彼女の存在も、アガーテを不安に陥れる。

 クラウディアだけではなく、同時に現れたリラ・ディザイアスもそれに該当する。アガーテよりも戦士としても女としても成熟している彼女は、あなたのことをノヴィスという妙な名で呼んでいる。近くにいるライザもクラウディアも気が付いていないようだが、アガーテから見てリラは確実に“ノヴィス”に執着をしているようであった。

 

「私は、私は……」

 

 アガーテは優秀な女性である。それは島の大勢の人間がそう思っているだろう。アガーテにもそれには多少の自負もある。

 しかしアガーテには思い人であるあなたに対する、ライザに、クラウディアに、リラの事に関して自信を持つことがどうしてもできなかった。

 急成長して自分を抜き去っていくする少女たち、自分を上回っているように思える女性。彼女たちを追い抜いてあなたを得ることが、あなたの隣に立つことができるとはアガーテにはとても思えなかった。

 

 ────────だからこそ、アガーテは彼女たちとは違う手段を取った。ライザの様に腕を引っ張って振り回すのではなく、足枷の様に絡みついて歩みを止めるという方法を。

 酒を飲んで酔っ払ったふりをして、室内をわざと汚して、衣服を散らかせて、あられもない姿をさらしてみたりして。あなたに絡みついていたのである。

 

 ────アガーテは酒を飲んで一度も上手いと感じたことは無い

 ────アガーテは室内を汚すことに後ろめたさを感じなかったことは無い

 ────アガーテは衣服を脱ぎ捨てる事に慣れることは無い

 ────アガーテは下着姿をあなたに見せる事に興奮しなかったことは無い

 

 その結果というべきか、アガーテが懸想する少年は毎朝と殆どの晩の時間をアガーテのために費やすことになった。着実に、アガーテの思い人たる“彼”の足元にアガーテは泥の様に纏わり絡み、その歩みをゆっくりとゆっくりと阻害していっている。

 背徳感はあった、罪悪感もあった。けれど、小さな悦びもあった。酔ったふりをしてあなたの背中に追われているだけで、どれほどの幸福を感じただろうか。昂った身体をどれほど慰めただろうか。ライザは知らないだろう、殆ど素肌の状態で思い人に背負われる感触を興奮を、そのことがアガーテに暗い優越感を味合わせていた。

 

「……いけない、あいつの背中の感触を思い出したら、また身体が昂ってきてしまった」

 

 アガーテはほう、と艶やかなような上せたような息を吐いた。その全身は男の前に身体をさらけ出した生娘の様に朱が差し込んでいる。

 昂った身体を慰めるため、彼女はいつものように、左手を胸へ。右手を股へとそれぞれ伸ばし────────

 

 

 

 

 

 

 そうして慰め終わるとまた罪悪感と背徳感と後悔に襲われながら、アガーテは泥の様に眠りにつく。

 アガーテが生み出した泥はやがて纏わりついたあなたとアガーテ自身をも飲み込んでしまうだろう。

 そうあって欲しいと願いながら、そうはならないで欲しいと思いながら、アガーテはまた思い人が起こしに来ることに初心な少女の様に胸を昂らせながら朝を迎える。

 




取りあえず無印はこれで終了。ライザ2はちょっと待っててください。

クラウディア~アガーテのゲーム的なルートは

クラウディア
・戦闘でクラウディアに「囮になる」を規定回数以上使用する
・ライムウィックの丘へ行った回数が規定回数以下の状態でクラウディアの「金のハチの巣が欲しい」の依頼を受ける。ライムウィックの丘へ行った回数が規定回数あると途中で闇の大精霊に攫われ闇の大精霊END
・闇を裂く光竜の襲撃時に「クラウディアに助けを呼んでもらう」を選択しクラウディアが戻ってくるまでに光竜のHPを半分に出来ないとクラウディアEND(ヤンデレ)になる。なお選択肢には「クラウディアと一緒に戦う」もあり、そちらを選択した状態で勝利するとクラウディアEND(ノーマル)ルート。ただし、敗北すると2人とも死亡する。

闇の大精霊
・クラウディアの「金のハチの巣が欲しい」の依頼を受けた時にライムウィックの丘へ規定回数行っている。
・闇の大精霊との戦闘で敗北。
・闇の大精霊と戦闘後に入手できる異界のトラベルボトルで「領域」の方に行く。
これらのどれかで闇の大精霊END。闇の大精霊にはノーマルEND無し。

アガーテ
・早期購入特典DLC適用するとか全クリした後とかでNEWGAMEをする際に「アガーテルートをプレイしますか?」という質問に「はい」と答える。

大体こんな感じ。



あと、微妙な裏設定として語ると、

ライザとアガーテ     妹の様に思っている者と姉の様に思っている者
リラとキロ        ノヴィスを探している者とノヴィスと形はどうあれ一緒にいた者
クラウディアと闇の大精霊 護ろうとする者と奪おうとする者

こんな感じで対になっている様に設定してた。


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