ご注文はうさぎですか?―ラビットハウスの看板姉弟― (テクト)
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ひと目で尋常じゃないもふもふだと見抜いたよー1
ノリと勢いだけで始めました。
不定期かつ失踪予定ですが書けるとこまで頑張って書いていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
原作からの変更点として、チノはオリ主に対してはタメ語で話します。
明かりのついてない部屋にわずかな光が、カーテンに遮られた窓から差し込む。
PIPIPI…PIPIPI…
ベッド脇の目覚まし時計がけたたましく音を出す。
ベッドの布団がもぞもぞと動くと、部屋の主と思われる人物の手が目覚まし時計に伸びる。
目覚まし時計が止まると同時に手はその場で動かなくなる。
外から足音が近づいてくると扉の前で止まる。
「雪兎ー。起きてる?」
扉の外から少女の声が聞こえる。
反応がないからか、少女は部屋の中へと入る。
わずかに青を含む長い銀色の髪にバツの字に髪留めがついている。
青い瞳の少女、香風チノはベッドの膨らんだ布団を見てため息をつく。
チノはカーテンを開くと布団の中で眠っている人物の体を揺する。
「雪兎ー。朝だよ。起きて」
「…う~ん。あと5分…」
布団の中から聞こえてきたのは少年の声。
ベタなセリフだ…と思いつつチノは体を揺すり続ける。
「ご飯冷めちゃうよ。起きて」
「う~…」
観念したのか少年は目をこすりながら体を起こす。
少女と同じ色の瞳、髪の色をしているが髪は短い。
「おはよう。雪兎」
「ふぁ~…。おはよう…、姉ちゃん」
チノによく似た顔立ちの少年、香風雪兎は大きくあくびをすると立ち上がる。
「ご飯できてるから降りておいで。2度寝しちゃダメだよ?」
「…了~解~」
気の抜けた返事を聞くと、チノは部屋から出ていく。
雪兎はまだ寝ぼけている頭を軽く揺すり喝を入れ、1階へと降りる。
「おはよう。雪兎」
「おはよ~…。父さん」
リビングのテーブルで新聞を読んでいる男性、香風タカヒロは雪兎の様子を見ると、テーブルに置かれたコーヒーを1つ雪兎の席に置く。
「なんだ?また夜更かししてたのか?」
「そんなに夜更かししてない…はず…」
そんな会話をしつつ雪兎は席に着き、角砂糖を1つ手に取りコーヒーに入れる。
ミルクは?――いらない。まだ湯気が大量に出ているコーヒーをかき混ぜる。
軽く息を吹きかけてコーヒーを冷まして口をつける。
――今日は姉ちゃんが入れたカプチーノか。
口に含んだコーヒーの味を確かめつつ飲み込み、ふぅっと一息つく。
起きてから何も口にしてない雪兎の体に染み渡る。
「相変わらず寝坊助じゃな」
老人の声がする方向に雪兎は頭を向ける。
しかし、そこに老人の姿はない。そこにいたのは丸々とした一匹のうさぎ。
「朝が苦手なのは爺ちゃんも知ってるでしょ」
声の主はなんとうさぎだった。しかし、雪兎は驚くことなく会話を続ける。
雪兎の祖父は去年に亡くなった。のだが、なぜか飼いうさぎのティッピーの中に人格が宿っているのだ。
生前に「いっそうさぎになりてー」といつもぼやいていたのだが、それが現実になるとは誰も思ってもみなかったことだ。
とはいえ、ティッピーの中にいるのは紛れもなく祖父なのだ。香風家はすでにこの状況を受け入れている。
雑談をしていたところでチノがキッチンから朝食をもってくる。
「雪兎。手伝って」
「わかった」
チノの頼みに二つ返事で答え、雪兎は席を立つ。
キッチンにはトースト、ベーコンと目玉焼きが盛り付けられた皿が置いてある。
雪兎は盛り付けられた皿を手に取るとキッチンに運び、それぞれの席に置く。
「では、いただこうか」
「「「いただきます」」」
タカヒロの合図で手を合わせ、香風家の朝食が始まる。
「今日だよね?下宿の人が来るの」
ある程度食事が進んだところで雪兎が切り出す。
「ああ、昼頃には来るはずだ」
「どんな人なんですか?」
「それは…内緒だ」
「父さんそればっかり」
雪兎とチノの質問に片目をつむってお茶目な笑顔を見せるタカヒロ。
二人は以前から聞いているのだがタカヒロは一向に答えようとしない。
「全く。わしには教えてもいいじゃろう」
「親父は黙っていられないだろ?」
「なんじゃと!」
タカヒロの返答にばいんばいんと跳ねてティッピーが抗議する。
父は答える気はない。タカヒロの様子から感じ取るとチノと雪兎はため息をつく。
「ふふっ…サプライズさ。楽しみにしていなさい」
「「むぅ…」」
ごちそうさまと二人は手を合わせて食器をキッチンにもっていく。
「さ、二人とも。開店準備をしてきなさい」
「「はーい」」
雪兎とチノはそれぞれ喫茶店の制服に着替えるとホールへと向かう。
香風家は小さな喫茶店を経営している。祖父が喫茶店を始め、現在はタカヒロがマスターを務めている。
チノと雪兎は喫茶店の手伝いで店員として働いている。
雪兎とチノの制服はお揃いだ。男女の違いはあるが、上着は同じ色であり、雪兎は青のネクタイ、チノは青のリボンを胸元につけている。
「私は店内を掃除するから、雪兎は外をお願い」
「了解」
雪兎は掃除用具が入ったロッカーから箒を取り出し、外へと出る。
眩しい朝日で目がくらむ。目が慣れてきたときに飛び込んできた光景は石畳と木組みの家々だった。
――木組みの家と石畳の町。この町はそう呼ばれている。
西洋風の家々が並び、石畳で道路は舗装されており、まるでファンタジーの世界に迷い込んだ錯覚を覚えるが、見慣れた雪兎にとってはいつもの光景である。
店前の道路を手早く箒ではいていく。
箒をしまうと、水の入ったバケツと布巾で窓をきれいに拭く。ピカピカになった窓ガラスを見てよしっと満足気な表情をする。
脚立を持ってきてうさぎとコーヒー、そして「ラビットハウス」と書かれた吊り看板を丁寧に拭いていく。
ラビットハウスはこの喫茶店の名前だ。
脚立と掃除用具を片付けてホールに戻るとチノは掃除を終えてドリンク機材のチェックをしている。
雪兎はキッチンへと向かい、食材の在庫チェックを行う。
(足りなくなりそうなのがいくつかあるな。空いた時間に買い出しに行こうか)
雪兎は残りの少ない食材をメモにまとめてポケットにしまう。
「雪兎ー。こっちは終わったよ?」
ホールの方からチノの声が聞こえる。
「こっちもオッケー」
雪兎がホールに戻るとティッピーを頭に乗せたチノが準備万端と言わんばかりに待っている。
開店5分前とちょうどいい時間だ。
「じゃ、始めようか」
「うん」
「うむ」
扉の看板をCloseからOpenに裏返す。
今日もいつもの一日が始まる。
―――――――――――――――――
「「ありがとうございました」」
開店して数時間。
出勤に向かう人々が少なくなってしばらくした頃、客はまばらに来店し、帰っていくを繰り返し店内は雪兎とチノ、ティッピーの二人と一匹になる。
ちなみに今は春休みなので学校に登校する生徒の姿はない。
「姉ちゃん。足りなくなりそうな食材があるからちょっと買ってくるよ。そろそろリゼさんも来るし」
「わかった。お昼ごろはお客さん増えるからそれまでには戻ってきてね」
「りょーかい」
「気を付けて行くんじゃぞ」
「わかってるよ」
雪兎はホールを出ると父に事情を話しお金を受け取る。
「あまり無駄遣いしないように」
「はーい」
父の言葉に雪兎は軽い返事をすると、部屋に向かいリュックサックと自転車用のヘルメットを持って裏口から外に出る。
裏口の脇に停めてある自転車のカギを外すとヘルメットを被り、自転車を漕ぎ出す。
「よぉ、雪兎」
ラビットハウスの前を通ったすぐのところで声をかけられた。
「リゼさん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
雪兎よりだいぶ背が高く長い黒い髪をツインテールにした少女、天々座リゼ。
高校二年生でラビットハウスでバイトをしている。
「制服で自転車とは、買い出しか?」
「はい。食材が切れそうだったので」
「そうか。ってことは今チノ一人だろ?早めに入った方がいいか?」
確かに今のラビットハウスの店員はチノ一人だ。ティッピーもいるがうさぎなので店員としては期待できない。
「大丈夫ですよ。この時間帯はお客さん少ないですから」
「そうか」
「僕はそろそろ行きますね」
「ああ。転ぶなよー」
雪兎が軽く手を振り、自転車を漕ぎ出したのを見送り、リゼはラビットハウスへと向かった。
―――――――――――――――――
ラビットハウスに着いたリゼが更衣室に向かったのを見送ったチノ。
ちょうどその時ラビットハウスの扉が開いた。
「いらっしゃいませ…」
「うっさぎ♪うっさぎ♪」
そこにいたのは薄い桃色の髪は肩くらいの長さで、花の髪飾りをつけた少女。
手に持ったキャリーバックを見るに観光客だろうか?
高いテンションと明るい表情で店内をきょろきょろと見まわしている。
「…うさぎがいない?うさぎがいない!?」
そう呟くと表情がみるみる変わり焦ったような顔になる。
すごい勢いで机の下をのぞき込むとチノの方を見る。
「うさぎがいない!」
豹変した客の様子に呆気にとられるチノ。
(…なんだこの客…)
思わず心の中でつぶやいてしまうチノであった。
―――――――――――――――――
「もじゃもじゃ?」
変な客が落ち着いたタイミングで席に案内し、水を出したところで頭の上のティッピーに気づいたのだろうかそう尋ねる。
「は?あ、これですか?」
頭の上のティッピーに触れる。
「これはティッピーです。一応うさぎです」
「うさぎ!」
「ご注文は?」
「そのうさぎさん!」
「非売品です」
何を言っているのかこの客は。
一言で突き放すと「うええぇぇ!」っと顔を両手で覆って崩れ落ちる。
「せめて…。せめてもふもふさせて!!」
すごい勢いで食い下がる変な客。
よほど執着心が強いのか机をたたいて立ち上がる。
「…コーヒー一杯で一回です」
「じゃぁ三杯!!」
即答した客に驚きつつも注文ということでチノはカウンターに向かう。
慣れた手つきでコーヒーを手早くカップ三つに注いでいく。
もちろん中身はすべて別である。
「お待たせしました」
「おお~」
目の前の三杯のコーヒーに感嘆の表情をする変な客だが、視線はすぐにティッピーに向かう。
「コーヒー三杯頼んだから、三回触る権利を手に入れたよ!」
「冷める前に飲んでください」
あくまでここは喫茶店だ。コーヒーを冷めないうちに飲んでもらわないと困る。
待ちきれないという変な客がティッピーに手を伸ばしているところで一言。
口から涎が垂れているように見えたのは気のせいだろうか。
「あっ!そ、そうだね!」
変な客は席に座り直し、一杯目のコーヒーに口をつける。
「この上品な香り!これがブルーマウンテンかぁ!」
「いいえ、コロンビアです」
的外れな客の感想に顔をしかめるチノ。
変な客は気にすることなく二杯目に口をつける。
「この酸味!キリマンジャロだね!」
どや顔でチノの方を見る変な客。
「それがブルーマウンテンです」
またしても銘柄を外す変な客。
鋼の心の持ち主かこれも気にすることもなく、最後のコーヒーに口をつける。
「安心する味!これインスタントの…」
「うちのオリジナルブレンドです」
聞いていられないのかついつい変な客の感想を遮るチノ。
呆気にとられる変な客だがすぐに笑顔になる。
「うん♪全部おいしい♪」
コーヒー全部に口をつけた変な客は、ゆるみ切った表情でティッピーを抱えて撫でまわしている。
「あぁ~。もふもふ気持ちいい~♪はっ!いけない、涎が…」
「のおおおおおおお!!!」
変な客が袖で涎をぬぐっているとティッピーが叫び、暴れる。
「あ、あれ?今このうさぎ叫ばなかった!?」
「気のせいです」
再び変な客はティッピーを抱えなおすと顔をこすりつける。
ティッピーの顔がすごい表情になっている。
「それにしてもこの感触…。癖になるなぁ♪」
「もういいですか…?」
「あはぁ♪うふふ♪」
「あの…」
チノの言葉を意に介さずティッピーを撫でまわし続ける変な客。
「ええい!早く離せこの小娘がっ!!」
耐えられなくなったのか再びティッピーが叫び、暴れる。
「なんか!この子にダンディな声で拒絶されたんだけど!?」
「…私の腹話術です」
「え?」
「早くコーヒー全部飲んでください」
チノはティッピーを回収すると頭の上に乗せなおす。
変な客はコーヒーを再び飲み始めると、窓の外を見つめる。
「私ね。春からこの町の学校に通うことになったの」
「はぁ…?」
「でも、下宿先を探していたら迷子になっちゃって」
「下宿って…」
チノは今朝のやり取りを思い出す。
そういえば父は昼頃に下宿の人が来ると言っていた。
もしかして…。
「道を聞くついでに、休憩しようと思ったんだけど。香風さんちってこの近くのはずなんだけど、知ってる?香る風って書くんだけど」
当たりだった。
「香風はうちです」
そう告げると変な客の表情がぱぁっと明るくなる。
「すっごぉい!これは偶然を通り越して運命だよ!!」
テンションが上がっているのか席を立つとチノの手を取りぶんぶんと上下に振り回す。
「私はチノです。ここのマスターの孫です」
「私はココアだよ。よろしくね、チノちゃん♪」
変な客こと、保登ココアと挨拶を交わす。
「あとは高校の方針でね。下宿させていただく代わりに、その家でご奉仕しろって言われるんだよ」
「うちで働くということですね」
「そうそう♪」
ただ泊まりは許されないということだろう。住居を貸してもらうのだからその家を手伝うのは当然だ。
「と、言っても、家事は私たちでなんとかなってますし。お店も十分人手が足りてますので、何もしなくて結構です」
「いきなりいらない子宣言されちゃった…」
チノの言葉に肩を落とすココア。
「とりあえず挨拶がしたいんだけど、マスターさんは留守?」
「祖父は去年…」
チノの表情が曇る。とはいえ祖父はチノの頭の上にいるのだが、これは香風家だけの秘密だ。
「あっ…、そっか、今はチノちゃん一人で切り盛りしてるんだね…」
「いえ、父も弟もいますし、バイトの子がもう一人…」
感極まったのか目じりに涙を溜めてココアがチノに抱き着く。
「私のことはお姉ちゃんだと思って何でも言って!!」
ココアがチノから離れると手を取り真剣な表情でチノを見る。
「だから…って、弟?」
さっきのチノの言葉を思い出したのかココアが一瞬固まる。
「はい、私には双子の弟がいます。今は買い出しに出かけてますが」
「弟!わぁ~!私、妹も欲しかったんだけど弟も欲しかったんだぁ♪」
すぐに表情がぱぁっと明るくなるココア。よく表情が変わる人だ…。
「あの…、雪兎は私の弟です」
「うんうん♪だからまず、弟くんの見本になるように私のことはお姉ちゃんって呼んで♪」
聞いちゃいない…。ココアのペースに飲まれるチノだが冷静を装って返答する。
「では…、ココアさん…」
「お姉ちゃんって呼んで!」
「ココアさん…」
「お姉ちゃんって呼んで!」
埒が明かない。頑なに言い方を変えないチノとお姉ちゃん呼びを譲らないココア。
「ココアさん。早速働いてください」
「任せて♪」
無限に続きそうなやり取りはあっさり終わりを告げることになった。
ココア登場まででした。リゼもちょっとだけ出てきましたね。
冒頭のオリジナル部分は地の文が多くなりましたが、アニメ沿いの部分になると減ると思います。
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ひと目で尋常じゃないもふもふだと見抜いたよー2
雪兎くんが本格的に絡み始めます。
ココアを更衣室に案内するチノ。
ココアは辺りをキョロキョロと見まわしているが、気にせず足を進める。ココアもチノに遅れまいとあとに続く。
「クローゼットはここを使ってください」
「ありがとう」
「制服持ってきますね」
「わぁ!制服着れるんだね~!」
制服♪制服♪というココアの声を背に更衣室を出るチノ。
「ただいま~」
裏口の方から雪兎の声が聞こえる。買い出しから帰ってきたようだ。
「おかえり。雪兎」
「ただいま。姉ちゃん」
雪兎はテーブルの上にリュックサックを下すと食材を取り出して冷蔵庫に入れていく。
「雪兎、下宿の人が来たからあとで挨拶してね」
「あ、来たんだ。どんな人?」
雪兎の質問にチノは出会いからさっきまでの出来事を思い出す。
顎に手を当て、上を向いて目をつむり数秒停止する。
―うさぎがいない!―この感触癖になりそう♪―お姉ちゃんって呼んで!
「……変な人?」
「なんで疑問形?」
女の人、春から高校に通うという情報だけをとりあえずもらいチノはココアの制服を取りに行くので、雪兎はリュックサックとヘルメットを部屋に片付けチノからティッピーを受けとり、テーブルの上に置いてある紙袋をもってホールに向かう。
「なんじゃその紙袋は?」
「タイ焼き。帰り道に美味しそうなお店があったから買っちゃった」
「全く。無駄遣いをしよって…」
「爺ちゃんはいらないんだね」
「と言いたいところじゃがまぁいいじゃろ」
この祖父、チョロい。そんなことを思いながら、ホールへと着くが客の姿はない。
カウンター席に座り台にティッピーを下してタイ焼きを渡し、自分の分を頬張る。
「おお、これは中々」
「うん。おいしい」
二人(?)で舌鼓を打ちながら雑談をする。
「ふぅ~。やれやれ」
「ココアさん?ってそんなに変な人なの?」
「そうじゃな。チノとはずいぶんと雰囲気の違う小娘じゃな」
「ふーん」
タイ焼きを食べ終わったところで三つの足音が聞こえてくる。紙袋をしまい席を立つと服を軽く払う。挨拶することになるのでとりあえず身だしなみを整える。
カウンター横のStaff Onlyの表示が下げられた扉が開く。
「雪兎。ココアさんに挨拶して」
「お姉ちゃんだよ!チノちゃん」
いきなり変な会話がされたところで呆気にとられるがすぐに気を持ち直す。
「えっと、香風雪兎です。よろしくお願いします」
「ココアだよ!よろしくね雪兎くん!」
ココアは雪兎の手を取ると嬉しそうにぶんぶんと上下に振り回す。
テンションの高い人だな…。確かに姉ちゃんとはだいぶ感じが違う…。
「私のことは遠慮なくお姉ちゃんって呼んでね!」
「え?あ、じゃあ。ココア姉ちゃん?」
雪兎がそう返事するとココアが固まる。
プルプルと震えだすと花が咲いたような満面の笑みで雪兎に抱き着く。
「うおおぉぉぉ!弟は素直だぁ!!」
「え!?ちょ、ええ!?」
突然のことに雪兎が混乱していると、チノがココアと雪兎を引き剥がす。
「ココアさん!雪兎を取らないでください!」
「え~?もうちょっとだけ…」
「ダメです!」
雪兎の腕にしがみついてチノは声を荒げて抗議する。
パン…、小麦粉の匂い…?
ココアに抱き着かれたときに漂ってきた匂いを思い出す。
なんだか安心する匂いだった。
「…雪兎?」
「あ、うん、何でもない」
「さて、そろそろ仕事をするぞ。ココア、雪兎、コーヒー豆を運ぶから手伝ってくれ。ココアはビシビシ教えるから覚悟しろよ!」
「サー!イエッサー!」
「はい」
後ろでやり取りを見てたリゼは顔合わせは終わったと判断し声を挟む。
ココアは元気よく敬礼をしてリゼについていく。
雪兎もついていこうとするが、チノの方を見るとジト目でこちらを見ている。
カウンター席の下を指さす。気づいたチノが紙袋を手に取り、中からタイ焼きを取り出すとぱぁっと表情が明るくなる。
チノの笑顔を見ると雪兎は足早にリゼについていった。
―――――――――――――――――
倉庫の中はたくさんの箱や中身の入った瓶が棚に並んでおり、コーヒー豆の入った麻袋が床に置いてある。
「じゃあ、このコーヒー豆の入った袋をキッチンまで運ぶぞ」
「う、うん!」
「重たいので気を付けてくださいね」
雪兎は大きいコーヒー豆の前にしゃがむと大きく息を吸い込む。
「…せーのっ、っと!!」
掛け声とともに一気にコーヒー豆の袋を持ち上げて肩に担ぐ。
「わぁ!雪兎くん力持ち!」
「力仕事ですからねっ!男手ですからこれくらいはっ!っと重いので先に持って行きますね!」
「無理するなよー?」
持ち上げられるとはいえ長時間は持っていられないので雪兎は早足でキッチンを目指す。
キッチンでコーヒー豆の袋を下してふぅっと息を吐いて整え倉庫に戻る。戻る途中でココアはよたよたと頼りない足取りで小さい袋を1つ抱えて運んでいる。
「転ばないように気を付けてくださいね」
「うっ、うん!気を付けるー!」
雪兎の言葉に必死の形相で答えるココア。コーヒー豆の袋は重いので小さいのでも運べれば上出来だろう。そんなことを思いながらココアの後ろについてるリゼもなぜか小さい袋を1つ運んでいる。
「…リゼさん?体調でも悪いんですか?」
「…そういうことにしておいてくれ…」
「?」
リゼは普段、大きな袋も余裕を持って運んでいるのになぜか今日は小さい袋を1つだけ運んでいる。顔をそらしてる辺り体調が悪いのだろう。
雪兎は再びコーヒー豆の袋を取りに倉庫へと向かった。
―――――――――――――――――
コーヒー豆を運び終わり3人がホールへと戻ってくる。
「ココア。メニュー覚えておけよ」
「あ、うん。ありがとう」
リゼからメニュー表を受け取り開くココア。
中はコーヒー、紅茶、フードメニューがあるが3/4程をコーヒーが占めている。
「コーヒーの種類が多くて難しいね…」
「そうか?私は一目で暗記したぞ?」
「すごぉい!」
「訓練してるからな」
ココアの賞賛に胸を張るリゼ。
記憶力の訓練って何やるんだろうと雪兎はココアの隣でティーカップを洗いながら聞いている。
「チノなんて香りだけでコーヒーの銘柄当てられるし」
突然話題の中心になったチノがノートで顔を隠す。
「私より大人っぽい」
「ただし、砂糖とミルクは必須だ」
「うぅ~…」
恥ずかしくなったのかさらにノートで深く顔を隠すチノ。
「あはっ。なんか今日一番安心した」
チノの子供っぽい一面を見られたからか笑顔になるココア。
雪兎も顔をそらして笑うのをこらえている。
「雪兎、笑わないでよ…」
「ごめんごめん」
顔を赤くして頬を膨らませるチノに軽く謝る。
「雪兎くんは何か特技ないの?」
「僕?」
話を振られて雪兎は顎に手を当て「う~ん」と考え始める。
「雪兎はあれだろ?3Dラテアート。客から評判がいいんだ」
「あとは料理ですね。私より上手です」
「意外!」
「凝り性なだけですよ」
雪兎も恥ずかしくなったのか顔が少し赤い。
実際に雪兎の3Dラテアートは評判がいいが、手間がかかるため1日に回数制限を設けている。
フードメニューの調理も主にリゼと雪兎が担当している。
「見てみたい!」
「あとでココアにもラテアートの練習やってもらうから。その時にやって見せたらどうだ?」
「そうですね」
なぜか3Dラテアートを作る流れになってしまった。モチーフをどうするかと雪兎は頭を悩ませる。
「いいなぁ。チノちゃんもリゼちゃんも雪兎くんも。私も何か特技あったらなぁ」
少し寂しそうな顔をするココア。ふと、チノの手元のノートが目に入る。
「チノちゃん何持ってるの?」
「春休みの宿題です。空いた時間にこっそりやってます」
チノが手に持っているのは数学のノートだ。
春休みも長くないのでチノは空き時間にコツコツと進めている。
「雪兎は大丈夫なのか?」
「僕は夜に集中的にやるタイプなので。日程的にも十分間に合います」
対して雪兎は静かな環境で集中してやる方が得意で、人が多いところや雑音が多いと気が散ってしまって長続きしないのだ。
チノが開いたノートを机に置くとココアがノートをのぞき込む。
「…あ、その答えは128で、その隣は367だよ」
ちらりとノートを見ただけで問題をスラスラと解くココアに驚いた表情で、雪兎とリゼは顔を見合わせる。
「ココア、430円のブレンドコーヒーを29杯頼んだらいくらになる?」
「12470円だよ」
リゼの即席の問題に瞬時に正解を答えるココア。
ココアの暗算速度と精度に驚愕する3人。
「私も何か特技あったらなぁ」
当の本人はこの暗算は特技には入らないようだ。
(こいつ…。意外な特技を…!)
「今のは特技じゃないのかな…」
雪兎のつぶやきに全面的に同意するチノとリゼ。
その時来店を知らせる扉が開く音がした。
「いらっしゃいませー!」
ココアはすぐに笑顔になると来店した客の前に行く。
「あら?新人さん?」
「はい!今日から働かせて頂く、ココアと言います!」
自己紹介をするとお辞儀をするココアに客も自然と笑顔になる。
「よろしくね。キリマンジャロをお願い」
「はーい!」
客は席に向かいながらココアに注文を頼む。
ココアは元気よく返事をする。
「ふ~ん。なんだ、ちゃんと接客できてるじゃないか」
「はい。心配ないみたいですね」
「慣れてる感じもしますし、接客をやったことあるのかもしれませんね」
ココアの対応に三者三様のリアクションを取る。
注文を取り終えたココアは上機嫌に跳ねながらカウンターに戻ってくる。
「えへへ。やったぁ!私、ちゃんと注文とれたよ!キリマンジャロお願いします!」
「…あ、ああ」
「…えらい、えらいです」
「…よくできました」
―――――――――――――――――
お昼が過ぎ客がそれなりに入り始めたころ。
チノはコーヒー豆を挽き、ココアとリゼは配膳を行い、雪兎はキッチンで調理を行っている。
せわしなく動き回ってるココアがリゼの背中に激突する。
「貴様ぁ!私の背後に立つなぁ!」
「わぁー!ごめんなさーい!サー!」
リゼがモデルガンを抜きココアの眉間に向ける。そんな騒がしい二人をチノは呆れた表情で見ている。
「ありがとうございましたー」
それなりに混雑した時間が終わり、最後の客が帰っていった。
雪兎もキッチンからホールに戻ってきている。
「ねえねえ!チノちゃん!雪兎くん!」
「「はい?」」
「この店の名前、ラビットハウスでしょ?うさ耳つけないの?」
客を見送ったココアが勢いよく戻ってくると突拍子もないことを言い出す。
ご丁寧にうさ耳のジェスチャー付きだ。
「うさ耳なんて付けたら別の店になってしまいます」
「…コスプレ喫茶?」
「リゼちゃんとかうさ耳似合いそうなのにね!」
「そんなもん付けるか」
話を振られたリゼは顔を赤くしてうつむく。
すると顔真っ赤にしてプルプルと震えだす。
「露出度高すぎだろ!!」
「うさ耳の話だよ!?」
突然叫びだしたリゼにココアが驚く。
チノもリゼの想像が分かったのか顔が赤くなっている。
横で聞いてた雪兎はふと疑問に思ったことを口から漏らす。
「…男のうさ耳衣装って何があるんだろう?」
「…燕尾服?」
「「ありそう」」
なぜかハモる香風姉弟。
ココアは勢いよく敬礼してリゼに尋ねる。
「教官!じゃぁ、なんでラビットハウスなのでありますか!?サー!」
「そりゃ、ティッピーがこの店のマスコットだからだろ?」
「でもティッピー、うさぎっぽくないよ?もふもふだし」
ティッピーに全員の視線が集中する。
すると顔赤くしてくねくねとティッピーが動き回る。
中身は爺ちゃんだけど…。そんなことを思う雪兎。
「うさぎっぽくなくてもうさぎです一応」
「じゃぁどんな店名がいいんだ?」
リゼの問いにココアは勢いよく指をさす。
「ズバリ!もふもふ喫茶!!」
「そりゃまんますぎるだろ…」
「もふもふ喫茶…!!」
呆れ気味のリゼとは対照的に、もふもふ喫茶という名前を聞いた途端にチノが目をキラキラと輝かせる。
「気に入った!?」
「その店名ならうさぎを増やさないとね」
「動物ふれあい系の喫茶店ならラビットハウスでも同じだろ、それ」
―――――――――――――――――
特に客が来ることもなく時間が過ぎていくラビットハウス。
「雪兎。ココアにラテアート教えるから準備してこいよ」
「わかりました」
リゼがラテアートの講習を始めるので雪兎も準備のためキッチンに向かう。
リゼはコーヒーカップとミルクポットを手に持つとコーヒーカップを器用に動かしながらミルクを流し込んでいく。
「おお~すご~い!」
「この店ではサービスでやってるんだ」
リゼが作ったのはハートと花をモチーフにしたラテアートだ。
「描いてみるか?」
「絵なら任せて!これでも金賞をもらったことあるんだ!」
ココアは胸を叩いて自信満々の様子を見せる。
「町内会の小学校低学年の部…とかいうのはなしな」
図星だったのかココアの自信に溢れた表情が崩れる。
リゼはため息をつくと3杯分のラテアートを手早く作っていく。
「見本としてはこんな感じだな」
そこにはハート柄、4つ葉のクローバー、猫の顔がそれぞれ描かれている。
「わぁ!すごい上手い!」
「そ、そんなに上手いか?」
「すごいよ!リゼちゃんって絵上手いんだね!」
ココアのテンションの高い賞賛に顔が赤くなるリゼ。
「ね!もう一個作って!」
「しょ、しょうがないな…特別だぞ?」
「ほーんと!?」
「やり方もちゃんと覚えろよ?」
リゼは再びコーヒーカップとミルクポットを手に取り真剣な表情になる。
コーヒーにミルクを少し注ぐとコーヒーカップを回転するように宙へと舞わせ、一回転しコーヒーカップをキャッチ。
そのまま頭の上からミルクをカップに正確に投下する。
ミルクポットを勢いよく机に置くと金属製のマドラーに持ち替えペン回しの要領で回し、気合を入れる。
「うおおぉぉぉ!!!」
掛け声と共にすさまじい勢いでカップの中を混ぜていく。
「出来た!!」
カップの中には写真のような砲塔から煙を吹く戦車の絵が描かれていた。
おまけに戦車は迷彩柄となっている。
「うわぁ!?上手い!!」
「全くぅ!そんなに上手くないってぇ!」
「いや…、上手ってレベルじゃないよ…!っていうか、人間業じゃないよ…!」
リゼは満足気に腕を組み、ココアはあまりの出来栄えに震えている。
「よぉーし!私もやってみるよ!」
「がんばれ」
ココアが作り始めたタイミングで雪兎が戻ってくる。
「お、雪兎も準備できたのか」
「はい。まだ時間はかかりますけど」
雪兎はミルクポットとチョコレートソース、小さいスプーン2本、つまようじを机に置くとコーヒーにミルクを注いで作り始める。
「むぅ~」
ココアは真剣な表情でラテアートを作り始める。
「うぁぁ…。何か難しい…。イメージと違う…」
出来たラテアートが思い通りにならないのか、がっくりと肩を落とすココア。
気になったリゼが覗きに来る。
「どれどれ…?」
そこには少し崩れたせいか、しょんぼり顔のうさぎが描かれている。
(かっ…、かわいい!)
リゼの感性に触れたのか顔を赤くして肩を震わせている。
ココアは笑われたと勘違いしたようだ。
「わ、笑われてる!もぉー!チノちゃんも描いてみて」
「私もですか…?」
ココアに頼まれたチノはてきぱきとラテアートを描いていく。
「リゼちゃん。どんなのが出来るか楽しみだね!」
「確か…、チノの描くラテアートって…」
「出来ました」
「こっ、これはっ!?」
コーヒーに描かれていたのはまるで有名画家の絵画のような前衛的な人の顔だった。
「チノちゃんも仲間♪」
「…仲間?」
しかしココアは気にすることなくチノと万歳をする。
「ち、違うぞ…ココア…。こういう絵は私たちのと一緒にしちゃ…」
「あ、そう言えば雪兎くんのラテアートは?」
3人の視線が雪兎の方に向かう。
つまようじを手に持ちチョコレートソースで細かい模様を泡に描いているところのようだ。
「よし。できました」
「うわぁ!」
「おお~」
「わぁ」
コーヒーカップの上には座ったうさぎと泡で作ったカップが置かれていた。
うさぎはしっかり目と鼻の部分をチョコレートソースで色分けされており、カップは上の中心をチョコレートソースで塗ることでコーヒーが入っているように表現している。
「すごいよ!雪兎くん!」
「これ、ラビットハウスの看板だね」
「うん、あれを立体にした感じ」
「さすがに器用だな」
ココアは興奮気味にケータイで写真を撮っている。チノとリゼもケータイを取り出し撮影している。
「しかし、飲むのがもったいないなこれ」
「毎回お客さんに言われます」
雪兎が肩を竦めるとリゼも笑うのだった。
ラビットハウスでお仕事編でした。
ココアと顔合わせ、みんなで仕事とごちうさらしくなってきた気がします。
個人的に姉弟らしくたまにチノと雪兎がハモるのがお気に入りです。
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ひと目で尋常じゃないもふもふだと見抜いたよー3
夕暮れが近づきラビットハウスも閉店の時間となった。
「お疲れ様~」
「お疲れー」
「「お疲れ様です」」
女子三人は同じ更衣室に入っていき、雪兎は一人、男子更衣室で着替える。
手早く着替えをすました雪兎が更衣室を出るとそこにはタカヒロがいた。
「どうだ?ココアくんとは仲良くできそうか?雪兎」
「あ~、仲良くしなくてもあっちから仲良くしてきそうって感じかな」
「はっはっは。あちらの保護者の方から聞いた通りの子のようだね」
雪兎の返答に笑って答えるタカヒロ。
「はい。昼のお駄賃とタイ焼き」
雪兎からお金が入った封筒と紙袋を受け取る。
「なんだ、また無駄遣いしたのか?」
「美味しいからノーカンで」
「相変わらずお前は食べ歩きが好きだな。後でゆっくり頂くとしよう」
タカヒロは笑いながら雪兎の頭を軽くなでると自室へ戻っていった。
「雪兎くん!リゼちゃん帰るからお見送りしよ!」
突然後ろから声かけられて少しびっくりして振り向くと、ココアが笑って立っていた。
「ほら。行こう!」
「わっ、と!ココア姉ちゃん引っ張らないで!」
ココアは雪兎の手を握ると早足でホールへと向かう。ラビットハウスを出たところでチノとリゼが待っていた。
「わざわざ見送りに来なくてもいいんだぞ?」
「え~?せっかくみんなで初めて働いたんだから、別れもみんなと一緒だよ!」
「オーバーな…」
ココアとリゼが会話しているときに雪兎は視線を感じそちらを向くと不機嫌そうなチノの姿が映る。
「姉ちゃん?」
「…なんでもない」
「?」
すぐにそっぽを向くチノに首を傾げる雪兎。
「じゃあな!」
「「お疲れさまでした」」
「バイバーイ!」
帰っていくリゼに元気よくココアは手を振る。
リゼの姿が見えなくなるまでココアは手を振り続けた。
―――――――――――――――――
家に戻った3人はリビングに集まっていた。
「今日の夕飯係は私なので、雪兎は先にお風呂入っちゃって」
「了解~」
雪兎は軽い返事をすると着替えを取りに部屋へと向かう。
「今日の夕飯はシチューでいいですか?」
「野菜切るの任せて!」
「いえ、一人で大丈夫です」
「え~…」
チノの手伝いをしようと提案するココアだがあっさりと却下される。
そこであることを思い出しケータイを取り出す。
「チーノちゃん♪」
「はい?」
「じゃじゃーん!」
ココアのケータイの画面に写っていたのは4つのラテアートだった。
そこにはそれぞれ顔が描かれている。
「これ…」
「さっき密かに作ってたの!」
「私達?」
「そうだよ!」
1つは丸を二つくっついて上はうさぎの顔で下はちょっと眠たげなたれ目の顔。
1つは緩みきったような表情の顔で周りに花が咲いている。
1つは丸からツインテールのような二つの突起が出ており、キリっとした表情の顔。
最後は明るい表情をした顔の周りにコーヒーカップとうさぎのシルエットが描かれている。
チノも思わず見とれていると、ノックの音が部屋に響き、扉が開く。
「…何者?」
「こちら父です」
入ってきたのはタカヒロだった。
ココアは初対面のためか呆気に取られている。
チノは作業を中断するとタカヒロの近くに駆け寄る。
「この家も賑やかになるなぁ。今日からよろしく」
「あ、お、お世話になります!」
ココアは気を取り直すと頭を下げて挨拶をする。
「こちらこそ。チノと雪兎をよろしく。じゃ」
「は、はい!」
タカヒロは頭を下げるとティッピーがチノからタカヒロに飛び乗る。
タカヒロはティッピーを頭に乗せたまま部屋から出ていった。
「…お父さんは一緒に食べないの?」
「ラビットハウスは夜になるとバーになるんです。父はそのマスターです」
「へぇ~!そうなんだ!なんか裏世界の情報提供しそうでかっこいいねっ!」
「…何の話ですか?」
どや顔でわけのわからないことを言い出すココアに困惑するチノ。
野菜を切り終わり具材を煮込み始めた辺りで雪兎が風呂から戻ってくる。
「上がったよーっと」
「あ、おかえり雪兎くん!」
雪兎は頭にタオルをかけており、まだ髪が湿っている。
「さぁ雪兎くん、座って座って。お姉ちゃんが頭を拭いてあげましょう!」
「いや、自分で拭きますから」
「遠慮しない♪お姉ちゃんに任せなさーい♪」
席に座った雪兎のタオルをココアは手に取ると頭を拭き始める。
これは言っても聞かないと判断したのか雪兎はおとなしくしている。
「…むぅ…」
鼻歌を歌いながら上機嫌に頭を拭くココアと目を閉じておとなしくしてる雪兎を見てむくれるチノ。
(雪兎は私の弟なのに…、ココアさんに甘えて…)
「ねえねえ雪兎くん。チノちゃんと雪兎くんは双子なんだよね?」
「そうですよ」
「じゃぁなんでチノちゃんがお姉ちゃんで雪兎くんは弟なの?」
「…あ~それは…」
「雪兎の方が母から出てくるのが遅かったんです。母はよく「チノはすぐに出てきてくれたんだけど、雪兎は中々出てこなくてねぇ」って言ってました」
「そうなんだ~。えへへ、お寝坊さんだねぇ」
「今でもお寝坊さんです。全く、困った弟です」
雪兎は顔を赤くするとうつむく。
くっ…、事実である以上言い返せない…!
ちらっとチノの方を見るといたずらっ子のような表情で舌を出してこっちを見ている。
確信犯か!この姉めっ…!
(ココアさんにベタベタしてるからだよ)
恨めしい雪兎の顔を見て満足したのか、上機嫌な顔になるチノ。
言葉に出さずに香風姉弟の応酬が行われてる中、ココアは手を止めてタオルを畳む。
「はい。終わったよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして♪あ、雪兎くんにはまだ見せてなかったよね?これ、見て見て!」
ココアはケータイを取り出すと雪兎に手渡す。画面には先ほどのラテアートの写真が写っている。
「これは…、僕達ですか?」
「そうだよ!」
「上手ですね。よく特徴を捉えてます」
一目で4人の誰が分かるくらいに特徴が出ている。っが、ココアに当たるラテアートのこの緩み切った表情で本人は何とも思わないのかと少し疑問に思ってしまう。
―――――――――――――――――
シチューも完成に近づきつつある中、ココアはチノの側に来ていた。
雪兎は自分の席でケータイをいじっている。
「そろそろかな?」
「もうすぐです」
「えへへ。なんかこうしてると姉妹みたいだね!」
「…姉妹ですか…?」
姉妹、という言葉がチノの頭をよぎる。弟という男の姉弟はいるが姉という女の姉妹はいない。
(姉がいたらこんな感じなのかな?)
「…ココアお姉ちゃん…ですね?」
「…うおおぉぉぉ!!もう一回言ってぇ♪」
チノの発言にテンションがMAXになるココア。
緩みまくったその表情から周りに花が咲いてるような錯覚に陥る。
(………)
ココアの反応に固まるチノ。
雪兎もこれは、ココア姉ちゃんのスイッチ入ったな…っと察する。
お昼に散々、姉呼びを拒否してたのだからその反動だろうと。
その後もココアの姉呼び要求は続く。
食事中も。
「お願い♪もう一回♪」
皿洗い中も。
「お願い。もう一回…」
食事を終えて雪兎は自室に戻り、しつこく追いすがってくるココアを無視して風呂に入るチノ。
すると扉の外から慌ただしい足音と共に扉が開くとココアが入ってくる。
「チノちゃーん!一緒に入ろう!ココア風呂だよぉ!」
(ココア風呂!?)
二人ではバスタブが結構狭い。
お互いに体育座りの恰好で背を合わせて湯船につかる。
「はぁ~♪気持ちいいねぇ♪生き返るぅ♪ねぇ!今日は一緒の部屋で寝ていい?」
「一緒の…ですか?」
「うん!」
ココアはうさぎのおもちゃを手に取ると握る。
独特の気の抜ける音が浴室に響く。
「荷物まだ届いてないし、一杯お話したいことあるし。あっ、雪兎くんともお話ししたいな♪」
(お話…、一緒に寝る…。私にちゃんとできるかな…)
小さいころに雪兎と一緒に寝てたことはあるがさすがに今は別々の部屋で寝ている。
年上の人とはいえ、近い年の人と過ごすのは初めてだ。
「ふ、不束者ですが、お手柔らかに、お願いします…」
チノの返答を聞いたココアは微笑むとおもちゃを握り、返答の音を鳴らす。
―――――――――――――――――
一方そのころ天々座邸にて
私服のリゼが自室に戻ると同時にベッドに座り込む。
「聞いてくれよワイルドギース。今日新人が入って、こいつが中々変わったやつでさ。練習用のラテアートが余りまくって大変だったよ。当分はカフェラテは飲みたくないなぁ~」
リゼは話をしながらベッドに横になる。
視線の先には眼帯を付けて、迷彩柄の帽子を被り、銃を背負ったうさぎのぬいぐるみ。
「くぅっ!寂しくないっ!寂しくないのぉ~!!」
一気に現実に引き戻されるリゼであった。
―――――――――――――――――
チノの部屋でドライヤーで髪を乾かしているチノとココア。
「そう言えばティッピーは?」
「父と一緒にバーで働いてます」
「そっかぁ…。ぎゅ~ってして寝たかったのになぁ…」
チノの言葉にしょんぼりと肩を落とすココア。
「ティッピーは抱き枕じゃないです」
「じゃぁ、チノちゃんをぎゅ~ってして寝ようかな♪」
ココアがチノに抱き着くと、チノは手に持っていたうさぎのぬいぐるみをココアの顔に押し付けて引き剥がす。
―――――――――――――――――
バーになったラビットハウスのホールではタカヒロがカウンターでコップを磨き、ティッピーは机に乗っている。
「やれやれ、大変なことになりそうじゃ」
「チノと雪兎。仲良くなれるといいな」
「ココアといったか。あの娘、あっという間に店に馴染んじまった。雪兎はともかく、チノにはああいう友達があってるのかもしれん」
ティッピーの言葉にふっと微笑むタカヒロ。
「雪兎の方は問題ないだろう。チノと違ってあの子は物怖じしないからな。すぐに仲良くなるさ」
「だがその…、勝手に抱き着かれると困るというか…、わしもほら、こんな体だけど一応あれだし…」
「なぁんだ。楽しくなりそうじゃないか、親父」
「だぁぁーーっ!!バカモン!!お前にわしの気持ちがわかるかぁぁ!!」
話の途中でラビットハウスの扉が開く。
「いらっしゃい」
「話を聞けぇぇぇ!!」
何事もなかったかのように接客に切り替えるタカヒロにばいんばいんと跳ねて抗議するティッピーの姿があった。
―――――――――――――――――
♪~ ♪~
「うん?メール?ココアから?」
布団をかぶっていたリゼがスマホの着信に気づく。
差出人にはココアの文字。
メールを開くと「明日からも頑張ろうね」というメッセージと4人を模したラテアートの写真が添付されている。
「あいつ…、こんなの作ってたのか…。壁紙にしておこう」
リゼは軽く笑うとスマホを操作し写真を壁紙に設定した。
―――――――――――――――――
静かな部屋にペンを走らせる音と紙をめくる音だけが響く。
雪兎は机に向かって黙々と春休みの宿題を進めている。
「ふぁ~…」
集中力が切れたところで欠伸が出る。
時計をちらりと見ると遅い時間になっている。
そろそろ寝る準備をしようかと立ち上がり、机の上のケータイを手に取ろうとした瞬間。
♪~ ♪~
「…メール?」
突然鳴り出したケータイを手に取り開くとメールが一件。
メールを開くとココアから「今すぐチノちゃんの部屋に来たれり!」という文字。
なんだろうと疑問に思いつつも雪兎はケータイを閉じるとチノの部屋と向かった。
―――――――――――――――――
チノの部屋で窓際に寄りかかり、メールを送信したココアはケータイを閉じて外を見つめる。
「はぁ」
外を見つめながらため息をするココア。
(…ココアさん?)
今日の様子からは考えられないくらいにテンションの低いココアを見て心配になるチノ。
「…シチュー。もう一杯お替りすればよかった…」
(そんなこと…)
心配した自分の優しさを返してほしい。
「チノちゃん!」
「え?」
さっきの雰囲気はどこへやら、あっという間にいつものテンションに戻ったココアが笑顔を見せる。
「この町!とっても素敵だね!」
「…そう、ですか?」
「うん!」
「姉ちゃーん、ココア姉ちゃーん、入るよー?」
扉の外からノックと共に雪兎の声が聞こえてくる。
「は~い♪どうぞ~♪」
「ココアさん、ここ私の部屋です」
部屋の主ではなくココアが返事をするのはどうなんだとチノは顔をしかめる。
ココアは扉を開けて雪兎を招き入れる。
「…なんで来たの?」
「ココア姉ちゃんが来いって」
雪兎はケータイの画面をチノに見せる。
そこには「今すぐチノちゃんの部屋に来たれり!」とココアのメールが書かれている。
なんだこの文章はと頭が痛くなるチノ。
しかし、当の本人は笑顔で二人の手を取る。
「私。この町に来てよかった!これからたくさん楽しいことがありそう!」
ココアは満面の笑顔を二人に向ける。
その様子を見ていると、不安ではなく希望に溢れているように感じる。
そんなココアの様子に雪兎とチノは顔を見合わせると自然に笑顔になる。
「ココアさん。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね」
「二人のお姉ちゃんとして頑張るね!」
「…やっぱりちょっと待ってください」
「えぇ~?今日はチノちゃんと一緒の布団で寝~る♪もちろん雪兎くんもウェルカムカモーンだよ!」
「色々まずいですから遠慮しておきます」
こうして木組みの町の夜が更けていく。
明日からラビットハウスはちょっと違う日常が始まる。
第1羽終了です。
チノはちょっとブラコン気味ですね。とはいえ溺愛一辺倒ではなく喧嘩をしたり姉弟らしいところも書いていきたいですね。
雪兎くんは弟ということもあって年上に流されるということが多くなりそうです。
以下雪兎くんの設定です。
名前 :香風雪兎(かふうゆきと)
年齢 :13歳
誕生日:12月4日
身長 :147cm
趣味 :料理 食べ歩き プラモデル サイクリング
特技 :料理 3Dラテアート
チノの双子の弟。チノに比べると人見知りせず社交的。
ラビットハウスでは調理、買い出し、力仕事を主に担当しているが、客が少ないときはホールにいることも多い。
バリスタの腕はチノの方が上だが、料理の腕は雪兎の方が上。
朝が苦手でチノにいつも起こしてもらっている。
美味しいものに目がなく、買い出しに出かけてはお店を見つけて何か買ってくるのが習慣となっている。
本人曰く凝り性。3Dラテアートは独学で習得している。普段作る料理の方もかなり凝っているらしい。
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小麦を愛した少女と小豆に愛された少女―1
前半にオリジナル要素があります。
ここは木組みの家と石畳の町。
私、ココアは春からこの町の高校に通うため、引っ越してきました。
下宿先のラビットハウスでバリバリ働いています!
妹と弟もできました!
「妹じゃないです」
「まぁまぁ」
ココアの独白に突っ込みを入れるチノとなだめる雪兎。
「この前お客さんに、ココアちゃんはシスターコンプレックスだねって言われちゃった」
「「えっ」」
「響きがかっこいいよね♪あとね、別のお客さんにはブラザーコンプレックスって言われたよ。こっちもかっこいい♪」
「そっちも!?」
リゼがカウンターに戻ってくるとココアが駆け寄る。
「リゼちゃん聞いてー!私、シスターコンプレックスでブラザーコンプレックスなんだって!」
「え!?あ、そ、そうか…」
「シスターコンプレックス♪ブラザーコンプレックス♪」
よほど気に入ったのかココアは連呼しながら笑顔でぴょんぴょん跳ねている。
「いや、どっちも誉め言葉じゃないのに…」
「やばい、意味を分かってない…。早く止めなきゃ…」
「やれやれ」
ココアの様子に3人(?)はため息をつくのだった。
―――――――――――――――――
春休みが終わり始業式の朝。
朝食を済ませ、登校の準備を終わらせた雪兎はココアを呼びに行ったチノを待っている。
「ふぁ~…」
雪兎は大きくあくびをすると頭を左右に倒してゴキゴキと首を鳴らす。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫」
「お待たせー!あっ!雪兎くんの制服もかっこいいね!」
「そうですかね?」
雪兎の制服は紺色のブレザーにカッターシャツ、チノのスカートと同じ色の長ズボンだ。女子用と違い帽子はない。
三人は外に出ると見送りのタカヒロとティッピーに手を振る。
「いってきまーす!」
「「いってきます」」
「ああ、いってらっしゃい。気を付けて」
「はーい♪」
ラビットハウスから出発した3人は同じ道を進んでいく。
「二人ともこっちの方向なんだ」
「こっちの方向なんです」
「じゃぁ、途中まで一緒に」
「いけますね」
「そうだね」
毎朝3人で一緒に通えることが嬉しいのか笑顔になるココア。
「では、私たちはこっちなので」
「ココア姉ちゃんまた後で」
「はやっ!」
っが、あっという間に別々の道行きになってしまうのだった。
ココアと別れたチノと雪兎は話をしながら道を歩き続ける。
「ココア姉ちゃん迷子になったりしてないかな…」
「さすがにそれは、…ないと、…思いたい」
普段のココアの様子を思い出す二人。
接客とレジ打ちは問題ないが、日向ぼっこしてさぼったり、皿をひっくり返したり…、仕事が休みの日はお出かけして迷子になったり…。
((不安だ…))
ココアの無事の到着を二人で祈りつつ歩くこと数分。
「お、チノ!雪兎!おはよう!」
「おはよー」
チノと同じ制服を着た二人組がこちらに手を振る。
黒色の短い髪の元気な笑顔で八重歯が覗く少女、条河摩耶。
赤混じりで茶色の長い髪を下の方で二つ結び、柔らかい笑顔の少女、奈津恵。
マヤ、メグと呼ばれている二人はチノのクラスメイトだ。
「おはようございます」
「おはよう、二人とも」
「それじゃ張り切って!レッツゴー!」
マヤの元気一杯の掛け声で4人は歩き出す。
「チノと雪兎は春休みどうだった?」
「うちの手伝いをしてました」
「チノはいっつもそればっかじゃーん!」
「チノちゃんと雪兎くんの家は喫茶店なんだよね~」
「雪兎はなんかないの?手伝い以外で!」
「そうだなぁ」
「メグさんはどうでしたか?」
「お買い物したり、読書したりしてたよ~」
「いつも通りですね」
4人は談笑しながら登校を続ける。
「きたきた、雪兎ー!」
「おはよう、みんな」
今度は雪兎と同じ制服を着た二人組が手を振る。
黒い短い髪でところどころ跳ねあがっている吊り目の少年、後関陸。
茶色のくせ毛で眼鏡をかけた雪兎たちのより背の高い少年、門田駆。
リクとカケルは雪兎のクラスメイトだ。
「おはよう、リク、カケル」
「おはようございます」
「おはよ~」
「リク~、カケル~!お前らは何かないのかよ!?」
「なんだよマヤ。いきなり」
「だって!チノと雪兎は春休み手伝いくらいしかしてないって!メグもあんまり変わらないし!」
マヤは叫ぶとビシッ!とチノと雪兎を指さす。
チノは表情を変えず、雪兎は苦笑いで頬をかいている。
「とは言っても、俺も家の手伝いとサッカーくらいしか」
「お前もかーっ!」
「リクくんの家は雑貨屋さんだよね~。リクくんのお姉さんが作ったキーホルダーが可愛くて、つい買っちゃったよ~」
メグはカバンからペン入れを取り出すと、金具の部分に取り付けたキーホルダーを見せる。
「うさぎのキーホルダー!素敵です!」
チノは目を輝かせてキーホルダーを見ている。
「そうじゃなくって!カケルは!?お前が最後の砦だぁ!」
「ボクは、そうだねぇ。読書以外ならお父さんと釣りに行ったよ」
「そうだよ!そういうやつだよ!さぁ、大冒険を聞かせてくれ!」
カケルの返答にテンションが上がるマヤ。
しかし、雪兎は苦笑いでメグは困った顔で割り込む。
「あ~、マヤ。盛り上がってるとこ申し訳ないんだけど」
「そろそろ行かないと学校に遅刻しちゃうよ~」
カケルの腕時計を指さす雪兎とメグ。
時間は過ぎ去っていて走らないと間に合わない。
「げっ!ほんとにヤバいじゃん!」
「走るぞみんな!」
マヤとリクの掛け声とともに全員走り出す。
「ど、どうしてこんなことにー!」
「みんなで集まるとついつい時間を忘れちゃうね~」
「休み明けだからみんな会うの久しぶりだしね」
「カケル!涼しい顔してないでダッシュ!」
何とか時間ギリギリに間に合った雪兎たちだった。
―――――――――――――――――
初日ということでお昼前に授業が終わり放課後になる。
雪兎は荷物をカバンにまとめて席から立ちあがる。
「雪兎ー。カケル誘って帰ろうぜー」
ちょうどその時にリクがやってくる。
「雪兎くん、リクくん、一緒に帰ろう」
「うん」
「おう」
続けてカケルもやってきて3人で教室を出る。
教室を出てすぐの廊下ではチノ、マヤ、メグがすでに待っていた。
「お、きたきた!」
「みんなで帰ろ~」
結局いつものメンバーで帰宅することとなった。
「じゃあなー」
「また明日ー」
「リクー、カケルー、またなー」
ワイワイと雑談しながら下校中。
リクとカケルと別れる。女子三人は後ろで手を振っている。
「チノ―、雪兎ー、また明日―」
「じゃあね~」
「また明日なー」
続けてマヤ、メグと別れ、チノと雪兎は帰路に着く。
「朝は大変だった…」
「みんな揃うの久しぶりだったからね」
チノはげっそりといった表情で呟く。
学校には間に合ったがチノは肩で息をするぐらいにクタクタだった。
マヤとリクは涼しい顔をしており、雪兎とカケルは少し息が乱れる程度で、メグもチノと同じぐらい疲れた様子だった。
「「ただいま」」
「あっ!おかえりなさい!」
ラビットハウスに着き扉を開けるとすでに制服に着替えたココアがテーブルを拭いていた。
こちらに気が付くとココアが駆け寄ってくる。
「ココア姉ちゃんの方が早かったんだ」
「う、うん。そうなんだ!」
「高校の方はどうでしたか?」
「っ!」
一瞬ココアが硬直する。
「…こ、この町って可愛い建物が多くて素敵だよね!」
「そうですね?」
「高校はどうでしたか?」
「まるで童話の中の町みたいだよね!」
明らかに話題を逸らそうとするココアの様子に顔を見合わせる雪兎とチノ。
「「高校は」」
「聞かないで!」
入学式は明日だったらしい。
―――――――――――――――――
無事にココアが入学式を終えた当日のラビットハウス。
ココアがパンを作りたいと言い出した。
「大きいオーブンならありますよ。おじいちゃんが調子乗って買ったやつが」
ポッとチノの頭の上のティッピーが照れたように赤くなる。
キッチンの一角にある妙に大きなオーブンは生前に祖父が買ったものだ。
今では雪兎が料理にたまに使っている。
「ほんと!?今度のお休みの日、みんなで看板メニュー開発しない?焼きたてパン美味しいよぉ♪」
「自家製のパン…」
「話しばっかしてないで仕事しろよー?」
カウンターの方にリゼが通りかかると腹の虫が鳴る。
音の主、リゼの顔が赤くなる。
「焼きたてって、すごく美味しいんだよぉ♪」
「そんなことはわかってる!」
再びリゼの腹の虫が空気を読まずに鳴る。
さらにリゼの顔が赤くなる。
「焼きたてパン…」
雪兎は顎に手を当て考え込むポーズをしていた。
―――――――――――――――――
休みの日、雪兎、チノ、リゼ、ココア、そしてココアが連れてきた友達がラビットハウスのキッチンに集まっていた。
「同じクラスの千夜ちゃんだよ♪」
ココアが連れてきたのは茶色がかった黒髪を長く伸ばした少女、宇治松千夜だ。
「今日はよろしくね」
「チノちゃんと雪兎くんとリゼちゃん」
「よろしくです」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
チノがお辞儀をするとティッピーが落ちそうになる。
「あら?そちらのワンちゃん」
千夜がチノの頭の上に気づいたのかそちらに興味を示す。
「ワンちゃんじゃないです」
「犬ではないですね」
「この子はただの毛玉じゃないよ!」
「えっ!?」
正体がばれたのかと思ったのかティッピーが驚く。
しかし、ココアに撫でられすぐに表情が緩くなる。
「まぁ!毛玉ちゃん!?」
「もふもふ具合が格別なの!」
「癒しのアイドルもふもふちゃんね!」
「ティッピーです」
どうやらばれてはいないようだ。
(誰か、アンゴラウサギって品種だって説明してやれよ…)
「こいつ、うちで飼ってるアンゴラウサギのティッピーです。仲良くしてやってください」
「こういう品種の子もいるのね~」
雪兎がティッピーの説明をすると視線を感じたのでそちらを見るとリゼがサムズアップをしていた。
―――――――――――――――――
調理台にパンの材料と調理器具を並べていく。
「ココアがパンを作れるなんて、意外だったな」
「えへへ」
「「褒められてないと思います」」
気合の入っているココアは袖をまくると麺棒を手に取る。
「さぁ、やるよぉ!みんな、パン作りを舐めちゃいけないよ!少しのミスが完成度を左右する戦いなんだからね!」
「ココアが珍しく燃えている…!このオーラ…。まるで歴戦の戦士のようだ!」
ココアのオーラに気圧されるリゼ。
本気を感じ取ったのか少し笑うとすぐに真剣な表情になり任務を託す。
「今日はお前に教官を任せた!よろしく頼むぞ!」
「サー、イエッサー!」
リゼからの任務を受領し、敬礼で返すココア。
「わ、私も仲間にー」
千夜もハイテンションの輪に混じろうとする。
「暑苦しいです」
「あはは…」
「各自!パンに入れたいものを提出!」
「イエッサー!」
「さっ、サー」
「暑苦しいです」
「姉ちゃんはもうちょっとテンション上げようよ」
それぞれ具材を取り出す。
「私は新規開拓に焼きそばパンならぬ、焼うどんパンを作るよ!」
「私は、自家製の小豆と梅と海苔を持ってきたわ」
「冷蔵庫にイクラとサケと納豆とゴマ昆布がありました」
「パンなのに和食系の具材ばかり…」
「これって、パン作りだよな…?」
リゼが取り出したのはイチゴジャムとマーマレードという普通の具材。
「僕は豚肉ロースと卵と牛乳、パン粉に千切りキャベツでカツサンドを作ろうと思います」
「今から揚げるのか!?」
「焼きたてパンと揚げたてのトンカツで、出来立てカツサンドを食べてみたかったので!」
雪兎の目がキラキラと輝いている。
いつになくテンションの高い雪兎に若干引き気味のリゼ。
「な、なるほどな…」
「いいよいいよ!雪兎くん!パン魂が溢れてるよ!」
「雪兎もあっち側だった…」
珍しくテンションの上がってる弟の様子に呆れるチノ。
「まずは強力粉とドライイーストを混ぜて」
ココアがボウルに強力粉を入れていく。
「ドライイーストって、パンをふっくらさせるんですよね?」
「そうそう。よく知ってるね。チノちゃんえらいえらい♪」
「乾燥した酵母菌なんだよ」
「攻歩菌…!?」
チノが固まると表情がどんどん不安の色に染まっていく。
「そ、そんな危険なもの入れるくらいなら、パサパサパンで我慢します!」
「姉ちゃん何言ってんの…?」
「はい、ドライイースト♪」
「あっ、…あぁ…」
チノはドライイーストを投入したボウルを不安な顔でのぞき込む。
「いや、ドライイーストは危険じゃないからね?」
材料を混ぜていくと生地がまとまり弾力が出だす。
生地が一つにまとまるとボウルから取り出し机の上でこねていく。
「パンをこねるのってすごく体力がいるんですね」
「腕が…、もう動かない」
「ふぅ、もうひと踏ん張り…!」
チノは額に汗が浮かんでおり、千夜も腕を回している。
雪兎は袖をまくって肩を動かしてほぐしている。
「リゼさんは平気ですよね?」
「な、なぜ決めつけた…?」
「千夜ちゃん大丈夫?手伝おうか?」
「ううん。大丈夫よ」
「頑張るなぁ」
(ココアちゃんの手間を取らせるわけにはいかないもの!みんなについていけるって見せなきゃ!)
千夜はまくった袖をさらに上げて気合を入れる。
「ここで折れたら武士の恥ぜよ!息絶えるわけにはいかんきん!」
「なんで武士の恥…?」
生地をこね続けていると弾力がだんだん増してきた。
「そろそろいいかな?モチモチしててすごく可愛い♪」
「生地が?」
「すごい愛だ」
こね終わった生地をボウルに戻しラップで密閉、タイマーをセットする。
「1時間ほど寝かせまーす」
雪兎はこの間にトンカツの下準備を行う。
PIPIPI…PIPIPI…
1時間が経過し、生地を確認すると膨らんでいた。
生地を取り出し麺棒で伸ばすと、各々が思う形に整えていく。
出来上がった生地を鉄板に並べ、オーブンを予熱する。
オーブンの調整は経験者のココアが行っている。
「チノちゃんはどんな形にしたの?」
「おじいちゃんです。小さいころから遊んでもらってたので」
「おじいちゃん子だったのね」
「コーヒーを入れる姿はとても尊敬していました」
「…爺ちゃんの形って、そっち?」
孫の賞賛に顔を赤くするティッピー。
雪兎がチノの鉄板をのぞき込むと、そこには人の顔の形をしたパンが並べられていた。
「雪兎、その型は?」
「食パン風に四角く焼くにはこれがいるみたいです」
「へぇ~」
四角い型の内側に食用油を塗り生地を入れる。
残りは卵状の形にした生地を並べている。
成形した生地を並べ終わったチノがオーブンに鉄板を入れる。
「ではこれから、おじいちゃんを焼きます」
「うわぁーーーー!!」
「いや、言い方!」
物騒な物言いをする姉に突っ込む雪兎。
「千夜ちゃん。ちょっといい?」
「何?」
「じゃじゃーん!千夜ちゃんにおもてなしのラテアート!」
ココアが渡したのはウサギの絵が描かれたラテアートだった。
「わぁー!可愛いー!」
「今日は会心の出来なんだ!」
「味わっていただくわね」
「あぁ…」
千夜がカップに口をつけようとすると残念そうな顔になる。
ココアの方を見るとすぐに笑顔になる。
「あぁぁ…」
再び口をつけようするとまた残念そうな顔になる。
またココアの方を見るとこれまたすぐに笑顔になる。
「えー、名残惜しいなら写真に撮ればいいんじゃないですか?」
ちょうど通りかかった雪兎がアドバイスをする。
「それだよ!雪兎くん!さすが私の弟!」
「雪兎は私の弟です」
ココアは上機嫌で雪兎の頭をなでているが、すかさずチノが突っ込みを入れる。
写真を撮り終わり、ようやく千夜はカフェラテを飲み始める。
「チノちゃんさっきからオーブンに張り付きっぱなしだね」
「じーっ」
オーブンの中を覗いて動かないチノ。
「そんなに面白いか?」
気になったリゼがチノの隣に付く。
中では熱せられたパンが膨らんでいく様子が見える。
「どんどん大きくなっています。あっ!おじいちゃんがココアさんと千夜さんに抜かれました!リゼさんだけ出遅れてます。もっと頑張ってください」
「私に言うなよ…」
雪兎はコンロの前に立つとフライパンを取り出し油を注いでコンロの火を点ける。
十分に油が温まったところで準備しておいた豚肉を油に投入する。
パチパチと揚げ物の音が響く。
「フライパンで揚げるの?」
「はい。フライパンで揚げると使う油が少なく済むんです」
「へぇ~」
雪兎は慣れた手つきでどんどん揚げていく。
「カリカリに揚がってる~」
「美味しそうです」
パンが焼き上がり、テーブルに並べていく。
「「「「いただきます!」」」」
早速みんなで焼きあがったパンの試食を行う。
雪兎はカツサンドを作っているためこの場にはいない。
「美味しい!」
「…ふかふかです!」
「さすが焼き立てだな」
「これなら看板メニューにできるね!」
「この梅干しパン!」
「この焼うどんパン!」
「この焦げたおじいちゃん」
「…どれも食欲をそそらないぞ…?」
インパクトはあるが看板メニューといわれると微妙なライナップである。
「じゃーん!ティッピーパンも作ってみたんだ!」
ココアが取り出したのはティッピーの形をしたパンだ。
「まぁ!可愛い!」
「看板メニューはこれでいけそうだな」
「食べてみましょう?」
「もちもちしてる…」
「わぁ!」
「えへへ。美味しくできてるといいんだけど♪リゼちゃんが持ってきたイチゴジャムだよ。美味しいね!」
「…あ、あぁ…。でも…」
リゼは思わず手元のかじったティッピーパンを見る。
(なんか…、えぐいな…)
かじったところ、目と口の部分からはみ出す赤いイチゴジャムが猟奇的な絵面を生み出している。
「カツサンドできました」
「「「「おお~!」」」」
雪兎が切り分けたカツサンドとロールパンに挟んだ形の2つを持ってくる。
「雪兎くん!早速食べてもいい!?」
「はい」
「「「「いただきます」」」」
それぞれカツサンドを手に取り試食を行う。
「おお!旨いなこれ!」
「うん!雪兎くん、これ美味しいよ!」
「美味しいわ!」
「美味しい…!」
みんなが賞賛の言葉を贈る。
「ボリュームもあるし、これも看板メニューでいいんじゃないか?」
「男性客に人気が出そうです」
「私のパンと雪兎くんのトンカツで最強メニュー間違いなしだよ!」
「そうしたいのは山々なんですけど…」
雪兎は困った顔をしている。
「何か問題があるの?」
「コストと手間が、ですね…」
「あぁ、なるほど」
喫茶店の経営という面では外せない問題があった。
「お父さんと相談して決めよう」
「そうだね」
後日タカヒロと相談した結果、カツサンドは一日の販売個数を制限するという形に落ち着いた。
マヤ、メグ、千夜登場です。
そして、男子版のチマメ隊ポジも登場。
中学組が6人もいると大変ですが、すごいわちゃわちゃ感が出て、これはこれで楽しく書けました。
リクとカケルの二人はこれからもちょくちょく登場予定です。
雪兎の食べ物への執着心もここで登場です。
以下、リク、カケルの設定
名前 :後関陸(ごせきりく)
年齢 :13歳
誕生日:5月28日
身長 :147cm
趣味 :運動全般 ゲーム
雪兎のクラスメイト。
典型的な運動少年。地元の少年サッカーチームに所属している。
運動神経抜群ですばしっこい。
実家が雑貨屋であり店番もたまにしている。
年の離れた姉がいる。
性格が近いマヤとは気が合うことが多く、何かと二人で仕切ることが多い。
名前の由来は黒茶の碁石茶から(碁石→石の読みを「せき」に→ごせき)
名前 :門田駆(かどたかける)
年齢 :13歳
誕生日:8月1日
身長 :153cm
趣味 :読書
雪兎のクラスメイト。
いわゆる文学少年。眼鏡をかけている。
成績優秀で教えるのが上手いためテスト前には、雪兎、リクの講師を務めることもある。
読書好きで四六時中本を読んでいることもある。
運動神経は、リクには劣るが、雪兎にはついていけるレベル。
実家は普通の家庭であり、一人っ子。
メグと仲がよく、読書の話をしていることが多い。
名前の由来は紅茶のモンターニュブルーから(モンタの部分を抽出→門田→読みを「かどた」に)
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小麦を愛した少女と小豆に愛された少女―2
パン作りを行った次の休日。
雪兎、チノ、ココア、リゼは千夜の喫茶店に向かっていた。
「この辺りのはずなんだけど」
先日のパン作りを終えたときに、
『パン作りでお世話になったお礼に、うちの喫茶店に招待するわ』
っと千夜からお誘いを受けたのだった。
「どんなところか楽しみだね!」
「なんて名前の喫茶店ですか?」
「あま…うさ…だったかな?」
「甘兎とな!?」
「チノちゃん知ってるの?」
突然ダンディな声が響くがチノが腹話術と押し通してるので怪しまれることはない。
(いまだに信じてるのかな…)
ココアはともかく、リゼにもばれないのはなぜなのかと疑問に思う雪兎。
「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」
「あー、昔、爺ちゃんがよくババアがどうとか言ってたお店のことかな」
「お、ここじゃないのか?」
この町らしく外壁が赤く塗られた木組みの家には、年季の入った木製の看板がついてる。
看板には「庵兎甘」と書かれている。
「看板だけやたら渋い…。面白い店だな」
「俺…、兎…、甘い?」
「昔の看板は右から読むんですよ?」
「…甘兎庵な」
甘兎庵の扉を開き四人は中に入る。
「「「「こんにちはー」」」」
「あら。みんな、いらっしゃい」
中に入ると着物にエプロンを付けた千夜が出迎える。
「あっ!その服、お店の制服だったんだ!初めて会ったときもその恰好だったよね」
「あれは、お仕事で羊羹をお得意様に配った帰りだったの」
「あの羊羹、美味しくて三本いけちゃったよ~♪」
「三本丸ごと食ったのか!?」
「ん?おっとぉ!?」
雪兎の視界の端で黒い何かが動くと飛びついてきた。
雪兎は驚くがなんとかキャッチする。
「う、うさぎ?」
「うさぎだ!」
「あらあら、あんこったら」
雪兎の腕に収まっているのは黒い毛の王冠を被ったうさぎだった。
「看板うさぎのあんこよ。あんこはよっぽどのことがないと動かないんだけど、珍しいわね。雪兎くんのこと気に入ったのかしら?男の友情ね」
「へぇ~」
「おとなしいですね」
雪兎が背中を撫でるがピクリとも動かない。顔はこっちをじっと見ている。
ふと横を見るとチノが羨ましそうな顔で見ている。
チノが近づくとあんこの視線がチノの上に乗ってるティッピーに向くと雪兎の腕を蹴りティッピーに飛びつく。
「わっ!?」
「姉ちゃん!?」
「チノちゃん!大丈夫!?」
チノが驚き尻もちをつく。
ココアが手を取りチノを立たせる。
「…びっくりしました」
ティッピーは叩き落したあんこはそのままティッピーを追い回している。
「わあぁぁーーーーーーーーー!!」
「じいっ…、ティッピー!?」
「縄張り意識が働いたのか?」
「いえ…、あれは一目惚れしちゃったのね」
「一目惚れ…」
「恥ずかしがり屋くんだと思っていたのに、あれは本気ね」
千夜は笑顔で手でハートを作る。
「あれ?ティッピーってオスだと思ってた」
「ティッピーはメスですよ」
(中身は違いますが…)
ティッピーは叫びながら店外へと飛び出していき、あんこもそのあと追っていった。
4人はテーブルに着くと、千夜が4人分の抹茶を持ってくる。
「私も、抹茶でラテアートを作ってみたんだけどどうかしら?」
「わぁ、どんなの?」
「ココアちゃんみたいに可愛いのは描けないんだけど…、北斎様にあこがれていて」
「…浮世絵?」
抹茶に描かれていたのはそれぞれ女性の顔と山、そして波の絵だが、浮世絵のようなタッチである。
「芭蕉様にもあこがれていて」
4つ目の抹茶には「ココアちゃん どうして今日は おさげやきん? 千夜」と書かれている。
「風流だ…」
「あとはい、おしながきよ」
千夜からおしながきを受け取ったリゼが開く。
内容を見た瞬間リゼは顔をしかめる。
「煌めく三宝珠…、雪原の赤宝石…、海に映る月と星々…、なんだ、この漫画の必殺技のようなメニューは…」
チノと雪兎もわからないのか顔を見合わせて首を傾げている。
「わぁ~、抹茶パフェもいいし!クリームあんみつも白玉も捨てがたいなぁ!」
「わかるのか!?」
(あ、そういう…)
ココアの解読から雪兎はなんとなくメニュー内容を理解する。
和菓子の連想ゲーム的なやつだと。
「じゃぁ、私、黄金の鯱スペシャルで!」
「よくわからないけど、海に映る月と星々で」
「花の都三つ子の宝石」
「雪原の赤宝石でお願いします」
「はーい。ちょっと待っててね」
メニューを取り終えると千夜は厨房に向かう。
「和服ってお淑やかな感じがしていいねぇ」
千夜の後姿を視線で熱心に追うリゼの様子に気づくチノ。
「着てみたいんですか?」
「いっ、いや、そういうわけじゃ」
「リゼちゃんならきっと似合うよ」
「そ、そうか?」
リゼは照れながらも嬉しそうな顔をしている。
「うん!すっごくかっこいい」
「うんうん!」
「「…」」
この二人のイメージにものすごく差異がある気がする。
そんなことを思う雪兎とチノ。
「お待ちどう様」
千夜が注文の品をもって戻ってくる。
「リゼちゃんは、海に映る月と星々ね」
「白玉栗ぜんざいだったのか」
「チノちゃんは、花の都三つ子の宝石ね」
「餡蜜にお団子が刺さってます!」
「雪兎くんは、雪原の赤宝石ね」
「やっぱりイチゴ大福だった」
「ココアちゃんは、黄金の鯱スペシャルね」
「おぉ~♪」
「鯱がタイ焼きって…、無理がないか?」
「さぁ、召し上がれ♪」
「「「「いただきます」」」」
みんなで手を合わせてそれぞれ食べ始める。
「う~ん♪美味しい!」
「このお団子、桜の風味…!」
「中の餡子も美味しいです。あ、あんこ」
雪兎の言葉にみんなが一斉に台の方を見るとあんこが戻ってきていた。
「あんこは栗羊羹ね。ん?」
千夜があんこの台に栗羊羹を置くがあんこはこちらのテーブルをじっと見ている。
「どうしたの?」
「こっちのを食べたいんでしょうか?」
「いや、あの目は…」
「しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ?その代わり、後でもふもふさせてね」
ココアはスプーンにアイスを乗せてあんこを誘うが、あんこは本体の器に一直線に向かうとすごい勢いで食べ始める。
「本体まっしぐら!?」
「…獲物を狩る目ですね」
「あらあら」
ココアの料理の大半を食べ尽くし、満足したあんこを千夜が台に戻す。
「それにしても、このぜんざい美味しいな!」
「うちもこのくらいやらないとダメですね」
「確かに、すごく凝ってます」
「あっ、それなら、ラビットハウスさんとコラボなんてどうかしら?盛り上がると思うの。コーヒー餡蜜とか」
「いいねぇ!タオルや、トートバックなんてどうかな?」
「私、マグカップ欲しいです」
(ん?)
(そっち?)
(料理の方じゃなくて?)
談笑しながら食事は進み、4人とも完食する。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
チノがじっとあんこの方を見てる。
「チノちゃん。あんこには触らないの?」
「あー、それがですね」
「チノはティッピー以外の動物が懐かないらしい」
「あれ?でも、雪兎くんはすぐ仲良くなってたよね?」
「僕は逆に動物に懐かれやすいんです。あんこはおとなしいから大丈夫だと思いますけど」
雪兎ばっかりずるい!っと言われてた小さい頃を少し思い出す。
こればかりはどうしようもないのだが。
意を決したチノが席を立ち、あんこに近づく。
あんこはやはり微動だにしない。
チノが指先で恐る恐るあんこの耳に触れる。
「っ!」
あんこの耳がピクリと動いてチノはびっくりするが、やはり本体は微動だにしない。
次は背中をゆっくりと撫でる。しかしあんこは動かない。
さらに両手でゆっくり抱き上げ、あんこの顔に頬をこすりつける。だがあんこは動かない。
あんこに敵意がないと感じたのか最後は頭の上に乗せる。
「すごい!もうこんなに仲良く」
「頭に乗せなきゃ気が済まないのか!?」
「癖ですね、あれ」
やり遂げたチノの表情がドヤ顔になる。
「じゃぁ、そろそろお暇するか」
「みなさん。また来てくださいね」
荷物をそれぞれ持つとテーブルから立ち上がる。
「うん!私の下宿先が千夜ちゃんの家だったら、ここでお手伝いさせてもらってたんだろうなぁ」
着物の制服を着て千夜と二人で働く姿を想像するココア。
「今からでも来てくれていいのよ?従業員は随時募集中だもの♪」
「それいいな」
「同じ喫茶店ですし、すぐ慣れますね」
「そうですね。こっちでも頑張ってください」
「じゃぁ、部屋を開けておくから、早速荷物をまとめてきてね♪」
「誰か止めてよぉ!」
とんとん拍子に話が進んでいき悲鳴を上げるココアだった。
「じゃあね、千夜ちゃん!」
「「ごちそうさまでした」」
「またなー」
4人は甘兎庵を後にし帰路に着く。
「昔はあのお店とライバルだったんだよね」
「今はそんなこと関係ないですけどね」
「今の今まで忘れてましたし」
「私たちも、お客さんに満足してもらえるように頑張らないとね!」
「だな!」
(…う~ん。何か足りないような…?)
こんな会話をしてたら絶対割り込んでくるはずの声がないような?
そんなことを思いながらみんなについていく雪兎。
誰にも気づかれずチノの頭に乗っているのはあんこであった。
「なんじゃこの栗羊羹!?甘すぎるわ!甘すぎ甘すぎ!旨すぎ旨すぎ!甘すぎ甘すぎ!」
「あら?」
その頃、ティッピーはなぜか甘兎庵の台で栗羊羹を頬張っていた。
第2羽終了です。甘兎庵編でした。
文字数的に前後編になりましたが、これからも1話分を、2、3分割の構成になりそうです。
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初めて酔った日の事憶えてる?自分の家でキャンプファイヤーしようとしたわよねー1
開店前のラビットハウス。
雪兎、チノ、ココアはホールのテーブルを囲みコーヒーを飲んでいる。
「美味しい…」
「あ~、身に染みる…」
「うん♪私もコーヒー大好き。チノちゃんが入れてくれたコーヒー飲んでからはまっちゃったんだよ。なんでかなぁ?えへへ」
「…でもココアさんは味の違いがわからないじゃないですか。ただのカフェイン中毒ですよ」
(中毒扱いされた…)
「コーヒーが好きって言ってくれる人が一人でも増えてくれたことは、喜ぶべきことだと思うよ。そこから自分の好きな味を探していくのも楽しみ方の一つだし」
「むっ…、…それとこれとは話が別…」
「うんうん♪雪兎くんはいいこと言うね。さすが私の弟♪」
「雪兎は私の弟です」
ココアに対するチノの当たりは強い。コーヒーに関しては強いこだわりを持っているので尚更である。
雪兎もチノの態度が照れ隠しなのはなんとなく察している。
「さぁ、そろそろ開店だぞ」
「は~い」
カウンターで作業をしていたリゼが呼びに来る。
飲み終わったカップを手に取りココアが席を立つと、手元のカップをじっと見つめる。
「ラビットハウスのカップってシンプルだよね」
「シンプルイズベストです」
ラビットハウスで使用してるコーヒーカップは白の無地だ。
「柄物で揃えようと思うと経費が掛かりますからね。何も考えずに買うと統一感もなくなりますし、無地のものは揃えやすいんですよ」
「そっか~、でも!もっといろんなのがあったらきっと、みんな楽しいよ」
「そうでしょうか?」
「この前、面白いカップ見つけたんだ!みんなで買いに行かない?」
「へぇ~。どんな?」
「えーっとねぇ。蝋燭の炎が揺れて、いい匂いがしてね」
「…それ、アロマキャンドルじゃないか…?」
「…はっ!」
「店に置けばアロマ効果で売り上げアップ?」
「…そんな簡単にはいかないと思う」
―――――――――――――――――
後日、放課後にコーヒーカップを買いに店に集まった4人。
「わぁ~!可愛いカップが一杯!」
ココアは楽しそう辺りを見回しながら動き回っている。
「あんまはしゃぐな~」
その時ココアが足を挫き棚に頭をぶつける。
リゼと雪兎は倒れそうになるココアを支え、チノは棚から落ちてきた写真立てをキャッチする。
(((予想を裏切らない!)))
「えへへ~。ごめんね~。あっ!」
ココアはぶつけたおでこをさすっているとチノの持っている写真立てに気づく。
写真にはティーカップに入ったうさぎが写っている。
「可愛い!ティッピーも入ったら注目度アップだよ」
「いや、ティッピーがカップに入ったらどう見ても…」
「でも、そんな大きなカップはないだろ?」
「ありました」
「え!?あるのかよ!?」
チノが見つけたのは両手で抱えるくらいの大きさのカップだ。
机にカップを置きティッピーをチノの頭の上からカップに移す。
「「「「…」」」」
その姿はどう見ても大盛ご飯にしか見えない。
「何か違う…」
「ご飯にしか見えないです」
「…だよね。黒い折り紙を千切りにして乗せます?」
「やめろ。余計にご飯にしか見えなくなる」
全員から微妙な反応をされてティッピーがむくれる。
「あっ!これなんていいかも!」
その後も店内を物色していたココアが見つけたカップに手を伸ばすと誰かの手とぶつかる。
「「あっ」」
ココアの隣にいたのはココアより少し小さい金髪くせ毛の少女だった。
「こんなシチュエーション、漫画で見たことあります」
「よく恋愛に発展するよな?」
「女の人同士だから違うのでは?」
「はぁ~」
(なんか意識されてる!?)
ココアはなぜか目をキラキラさせてハートをまき散らしながら少女を見ている。
「あれ?シャロじゃん」
「リ、リゼ先輩!?どうしてここに?」
シャロと呼ばれた少女、桐間斜路はリゼの存在に驚いている。
「知合いですか?」
「私の高校の後輩だよ。ココア達と同い年」
「え?リゼちゃんって年上だったの?」
「今更!?」
「リゼさんって高二って言ってた?」
「…言ってないね」
雪兎とチノはココアとリゼのやり取りを思い出すが、言っていた覚えがない。
「先輩はどうしてここに?」
「バイト先の喫茶店で使うカップを買いに来たんだよ。シャロは何か買ったのか?」
「いえ、私は見てるだけで十分なので」
「見てるだけ?」
「この白く…、滑らかなフォルム、ほあぁぁ~♪」
シャロはカップを手に取ると愛でるような手つきで表面を撫でる。
「ウィンドウショッピングってやつですか」
「それは変わった趣味ですなぁ」
「え!?お前が言う!?」
もふもふ魔であるココアに対し、自覚がないのかとリゼが突っ込む。
「二人は学年が違うのに、いつ知り合ったんです?」
「それは…、暴漢に襲われそうになったところを助けてくれたの」
「へぇ~かっこいい!」
「ん!?」
――暴漢に追われ、路地裏に追い込まれたシャロ。へっへっへと下衆な笑いをしながら迫りくる二人の暴漢。
『あ、あ、あぅぅ…』
行き止まりを背にシャロはもうだめだと目を強く瞑る。
『伏せろ!』
『『なっ!?』』
突然、路地裏に響く声。
暴漢が驚き振り返るとそこにはシャロと同じ制服を着た黒いツインテールの少女、天々座リゼ。
『この私が!断罪してくれる!』
とても学生とは思えない気迫と共に銃を構え引き金を――
「違う!そんなこと言ってない!本当は」
シャロの回想に慌ててリゼが割って入る。
「ああ!言っちゃダメです!」
――夕暮れ時、シャロが路地裏を進もうとすると前方にいたのは、赤く目を煌めかせ頭をまるでリーゼントのように前に跳ねた草を咥えたガラの悪そうなうさぎ。
『不良野良うさぎ!?噛まれる!怖いっ!通れないっ…!』
シャロが恐怖で硬直しているとリゼが通りかかる。
『ん?ああ。また通行の邪魔してるな。シッシッ!』
リゼはシャロが困っているのに気づくとうさぎを追い払う。
不良野良うさぎは草をペッと吐き捨てるとどこかへ去っていった。
『はぁぁ~』
助けてくれたリゼの顔を見つめるシャロの目は輝いていた――
「ってわけだよ」
話しを聞いていたチノ、雪兎、ココアの生暖かい視線がリゼからシャロにゆっくりと移る。
「う、うさぎが怖くて!わ、悪い!?」
「いえ、それは大変だなぁっと」
「あっ!」
シャロは振り返るとカップを手に取り3人に見せる。
「こ、このティーカップどう?」
「…話を誤魔化そうとしてますね」
「違うの!」
チノの容赦ない突っ込みに慌てるシャロ。
「ほら見て、この形。香りがよく広がるの」
「へぇー、カップにも色々あるんですね」
シャロは別のカップを手に取りココアに見せる。
「こっちは持ち手の触り心地が工夫されているのよ」
「わぁ。気持ちいい!なるほどね~」
シャロはまた別のカップを手に取り、次は雪兎に見せる。
「これなんて、カップ全体が鳥の形をしてるの」
「細かいところまで作りこんである!すごいですね」
「詳しいんだな」
「上品な紅茶を飲むには、ティーカップにもこだわらなきゃです!」
シャロは得意気にティーカップのこだわりを語る。
「確かに、カップをそういう方向で見たことなかったかも」
「うちもコーヒーカップには丈夫でいいものを使ってます」
「私のお茶碗は実家から持ってきたこだわりの逸品だよ!」
「何張り合ってるんだ…?」
「あとココア姉ちゃんは土俵が違いますね」
「でも、うちのコーヒーの店だから、カップもコーヒー用じゃないとな」
「えっ!?そうなんですか!?リゼ先輩のバイト先行ってみたかったのに…」
リゼの言葉にがっくりとシャロは肩を落とす。
「あれ?もしかして、コーヒー苦手?」
ココアが尋ねるとシャロは苦い顔で頷く。
「砂糖とミルクを一杯入れれば美味しいよ」
「に、苦いのが嫌いなわけじゃないのよ!」
「では何が?」
「…カフェインを取りすぎると、異常なテンションになるみたいなの…」
「コーヒー酔い!?」
「そんなのあるんですか!?」
「自分じゃよくわからないんだけど…」
「飲めなくてもいいから遊びに来なよ」
「カフェインレスのコーヒーはうちには無いですが、紅茶も少し取り扱ってますのでいつでもお待ちしてます」
「…はいっ!雪兎くんもありがとう」
ココアが棚のカップに目をつける。
「あっ!このカップオシャレだよ!って思ったら高い!」
「5万円…」
「これはさすがに買えないですね」
「アンティークものはそれくらいするわよ」
「あ、これ…」
――幼少期のリゼ。
使用人が持っていたカップが気になり指さす。
『え?処分しようとしてたのですか、要るんですか?お嬢様』
頷くとカップを受け取り――
「昔、的にして撃ちぬいたやつじゃん」
「「「「えっ!?」」」」
リゼの謎がまた一つ増えた。
すっかり存在を忘れられたティッピーはカップに入ったまま鼻提灯を膨らまし熟睡している。
「チノちゃん、雪兎くん、お揃いのマグカップ買おうよ」
「私物を買いに来たんじゃないんですよ?」
「マグカップ…。確かに最近買ってないなぁ」
「雪兎も乗らないの」
3人のやり取りを横目で見ているリゼ。
(先輩が羨ましそうに見てる。あっ!)
「これなんて、色違いのセットで、か、可愛くないですか?」
「ああ!それ可愛いな!」
シャロが手に取ったカップは片方に青いうさぎ、もう片方にピンクのうさぎが描かれたペアカップだ。2匹のウサギは絵をつなげると一本になるマフラーを巻いている。
(ああ!?って、これよく見たら恋人用!?)
「よし、買うか。シャロに一つあげるよ」
さっきの葛藤はどこへやらとリゼの提案に笑顔になるシャロ。
「わぁ~…、あ、ありがとございます!」
「シャロちゃんは、高いカップにも詳しくてお嬢様って感じだね!」
「お嬢様!?」
「カップに詳しいのはお嬢様と関係ないのでは…」
「その制服の学校は秀才とお嬢様が多いと聞きます」
「おまけに美人さんだし、完璧だね」
「そ、それリゼ先輩に言いなさいよ!」
「二人とも、シャロさんのハードル上げすぎじゃない?」
「シャロにとっては、このカップも小物同然だろうな」
(あ、あなたが言うの~!?)
シャロはカップを手に取ると髪をかき上げる。
「末代まで家宝にしますけど?」
妙に様になってるシャロの後ろには華やかなバラの背景が見えるような気がする。
「お嬢様ポーズだ!ほんとカップを持つしぐさに気品があるよね!」
「普通に持ってるだけなのに…」
「髪もカールしてて気品があります」
「癖毛なんですけど…」
ココアとチノ中でシャロは完全にお嬢様のイメージが定着している。
「やっぱりキャビアとか食べるんですか?」
「そ、そういうことはリゼ先輩に聞いた方が…」
シャロがリゼの方を向くとリゼは手を顎に当てて考える。
「う~ん。私がよく食べるのは…、ジャンクフード?あと、レーションのサンプルとか?」
「レーション?」
「軍用の携帯食料ですね。ゲームの回復アイテムとかでたまに出てきます」
「即席で食べられるものっていいよな!」
「わかります!卵かけご飯とか美味しいですよね!」
「きっと卵ってキャビアのことだよ!」
うんうんとココアの言葉に頷くチノ。
「いや、普通にニワトリの卵でしょ…」
―――――――――――――――――
夕暮れ時の甘兎庵前。
千夜が店前は箒で掃いていると、シャロが歩いてくる。
「あら、シャロちゃん。おかえりなさい」
千夜は声かけるがシャロは下を向いたままとぼとぼと歩いている。
千夜の前を通り過ぎたところでしゃがみ込む。
「…リゼ先輩に余計なイメージ持たれた…。あと頭に変な生き物が…」
「ココアちゃん達に会ったのね」
「…絶対内緒よ…?」
「何が?」
「私がこんな家に住んでるってことをよぉぉぉーーー!!」
シャロは勢い良く立ち上がると甘兎庵の隣の物置を指さす。
この物置こそがシャロの家である。
「慎ましやかでいい家だと思うけど~?」
「ふんだ!」
千夜の言葉にそっぽを向くシャロ。千夜はその様子に微笑んでいる。
―――――――――――――――――
その夜。
リゼは早速マグカップを使っており、一方シャロはあこがれの先輩からもらったマグカップを手にベッドで悶えていた。
メイン5人組の最後、シャロ登場回でした。
カップのお店の話、今までとテイストが違って大変でした。チノからココアへの突っ込みがあまりないからでしょうか。この回、チノとココアがコンビでボケてるようにも見えるんですよね。シャロが実情を隠してるからそんな感じに見えるんですかね?
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初めて酔った日の事憶えてる?自分の家でキャンプファイヤーしようとしたわよねー2
次の日の朝。
甘兎庵の前で千夜が店前の掃除をしているとお隣からシャロが出てくる。
「行ってきます」
「それは何?」
制服で出てきたシャロが手に持っていたのは通学カバンとは別の紙袋だ。
「今度働くお店のチラシよ」
「私も一枚くださいな♪」
「…別にいいけど」
シャロは紙袋から一枚チラシを取り出し千夜に渡す。
しかしチラシを見たとたん、笑顔から驚愕の表情に変わる。
「こっ!これはっ!?」
開店前のラビットハウス。ココアとチノと雪兎はテーブルを囲みモーニングコーヒーを飲んでおり、リゼはカウンターの台を布巾で拭いていた。
「シャロちゃんが大変なのーっ!」
バァンっと扉が勢いよく開くと千夜が飛び込んでくる。
「何事!?」
突然のことに全員の視線が扉から飛び込んできた千夜に集まる。
「シャロちゃんがっ!こんなチラシを持ってきて!きっといかがわしいお店で働いているのよ!」
「なんと!?」
千夜の持ってきたチラシには「~心も体も癒します~OPEN Fleur de Lapin」という文字とポットとカップが乗ったお盆を持ったバニーガールのシルエットが描かれている。
「怖くて本人に聞けない!」
千夜は体を抱くようにしてぶるぶると震えている。
「ふるーる・ど・らぱん?心も体も癒します?」
(フルール・ド・ラパンってただの喫茶店じゃ…)
千夜が落ち着いたところで席に案内し、コーヒーを出す。
「どうやってシャロちゃんを止めればいいの…?」
「仕事が終わったらみんなで行ってみない?」
「潜入ですね」
「潜入!?」
潜入という言葉を聞くとリゼの目の色が変わる。
「あ、その言い回しは…」
「お前らぁ!ゴーストになる覚悟はあるのかぁ!?」
「ちょっとあるよぉ!」
「潜入を甘く見るなぁ!」
「「サー!!」」
「よーし!私に付いてこい!」
「「イエッサー!!」」
「はぁ、やっぱり…」
潜入という言葉が軍事関係に触れてるのに気づいた雪兎はリゼのスイッチが入ったとため息をつく。
盛り上がってる3人を横目にチノは雪兎に尋ねる。
「どこに潜入に行くの?」
「フルール・ド・ラパンでしょ。盛り上がりのもいいけど、仕事終わってからね」
―――――――――――――――――
仕事を終わらせ制服のままフルール・ド・ラパンの近くにやってきた5人は植木の陰に伏せている。
「千夜ちゃんとシャロちゃんって幼馴染だったんだね」
「そうなの。だから放っておけなくて…」
「制服くらいは着替えてもよかったんじゃ…」
「いいか?慎重に覗くんだぞ」
植木の陰から慎重に店内を覗き込む。
「いらっしゃいませー♪」
そこにはロップイヤーのうさ耳付きのカチューシャを付けたウエイトレス姿のシャロがいた。
シャロは背後からの視線を感じ振り返ると、5人が店内を覗いてる姿がばっちり見えていた。
「なんでいるのよー!?」
あっさり潜入がバレた5人は普通に入店した。
「ここはハーブティーがメインの喫茶店よ。ハーブはいろんな効能があるの」
店内は広く、客もそれなりに入っている。
「だいたい、勘違いしたの誰?」
シャロはチラシを手にジト目で5人を見る。
「私たち、シャロちゃんに会いに来ただけだよ?」
「いかがわしいってどういう意味です?」
「身も心も癒しますって、マッサージ屋かと思ってました」
「こんなことだろうと思った」
4人はそれぞれ言い分を話すと、雪兎、チノ、ココア、リゼの視線が千夜に集中する。
「その制服、素敵!」
千夜は笑顔でシャロの手を握る。
しかし、シャロはこの時、確信を持つ。
(こいつかっ!)
勘違いの元凶がこの幼馴染だということを。
「でもシャロちゃんかわいい!うさ耳似合う!」
「て、店長の趣味よ。…はっ!」
リゼはシャロをじっと見たまま手を顎に当てる。
(こんな格好…、リゼ先輩には見られたくなかった…。あの目は軽蔑の目よ!)
シャロはリゼの視線が軽蔑だと思っている。
しかし、当のリゼは自分がうさ耳付きカチューシャとバニー姿を想像していた。
(うん。ロップイヤーもいいかもしれない)
「それより、なんで制服なのよ」
「つい急いじゃって」
「店員さんー。注文お願ーい」
「こっちも頼むわー」
「「少々お待ちくださーい♪」」
客の呼び出しに反射的に反応するココアと千夜。
「紛らわしいことやめてよ!」
「ここ、ラビットハウスでも甘兎庵でもないです」
「えへへ~。ついつい。せっかくだからお茶してってもいいかな?」
「しょうがないわね」
シャロに案内され5人でテーブルを囲む。
シャロが置いたメニューをリゼが手に取り開くが首を傾げる。
(ハーブティーの種類ってよくわからないな)
「やっぱダンディライオンだよね!」
「飲んだことあるんですか?」
「ライオンみたいに強くなれるんだよ!」
「…たんぽぽって意味わかってないな?」
「ライオンとたんぽぽって鬣と花の形のことかな?」
「ちょっと違うわね。ライオンの歯がたんぽぽの葉に似てることが由来なの。それと、迷うならそれぞれに合ったハーブティーを選んであげる」
シャロはメニューも開かず、それぞれお勧めのハーブティを説明し始める。
「ココアはリンデンフラワーね。リラックス効果があるわ」
「へぇ~!」
「千夜はローズマリー。肩こりに効くのよ」
「助かる~♪」
「チノちゃんと雪兎くんは甘い香りで飲みやすい、カモミールなんてどう?」
「子供じゃないです」
「それでお願いします」
「リゼ先輩は最近眠れないっていってましたから、ラベンダーがおすすめです!」
「ほぉ~」
「ティッピーは腰痛と老眼防止の効果があるものをお願いします」
「ティッピーってそんな老けてんの!?」
「実は結構なお歳だったりします」
注文を受けたシャロが戻ってくるとテーブルに透明のティーポット置く。
茶葉の入ったティーポットにお湯を注ぐと色が薄い赤色に変わる。
「わぁ!赤く染まった!きれーい!」
次にカップの青いハーブティーにレモンの輪切りをつけるとピンク色に変わる。
「こっちはレモンを入れたら色が青からピンクになりました!」
「ほんとだ!」
「面白いわね~」
ハーブティーの七変化に盛り上がっているとシャロがクッキーを持ってくる。
「あの、ハーブを使ったクッキーはいかがでしょう。私が焼いたんですが」
「シャロが作ったのか。どれ」
リゼはクッキーを一枚手に取り一口食べる。
「…美味しい!」
(よかったぁ!)
リゼに褒められたのが嬉しかったのかシャロは笑顔のままが赤くなる。
(シャロちゃん真っ赤だ!)
(こっちの方が面白~い)
ココアと千夜、雪兎もクッキーを手に取り食べ始める。
「このクッキー、甘くない?」
「そんなことないわよ?」
「美味しいですよ」
ココアの感想にシャロは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。ギムネマ・シルベスターを飲んだからよ!」
「えっ!?」
「ギムネマとは、砂糖を壊すものの意!それを飲むと一時的に甘みを感じなくなるのよ!」
「そ、そんな効能が!?」
シャロの説明に戦慄するココア。
「シャロちゃんはダイエットでよく飲んでたのよね~」
「あー、なるほど…」
「言うなバカーっ!」
千夜の暴露発言に全力で突っ込みを入れるシャロだった。
お茶会は続き、5人はクッキーとハーブティーを完食した。
「たくさん飲んじゃった~」
「お腹の中で花が咲きそうだよ」
シャロが食器を下げにお盆をもって来る。
「何かお手伝いできることがあったら言ってください」
「姉ちゃん。僕らはお客だからね?」
「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいわ。チノちゃんと雪兎くん、年下なのにしっかりしてるのね。妹と弟に欲しいくらい」
「はっ!?」
シャロがチノ頭を優しく撫でている。その後ろでココアがショックを受けている。
(大人しく撫でられてる。珍しい)
チノは背伸びをすることが多く、撫でられるのを拒むことが多いのだが、シャロを拒否することなく大人しくしている。
ちなみにココアに関してはほぼ諦め気味である。
「チノちゃんと雪兎くんは私の妹と弟だよ!」
「…何言ってるの?」
「雪兎は私の弟です」
涙目で訴えかけるココアを無視してシャロは作業を続ける。
「2人はリラックスできましたか?」
「確かにリラックスしたけど」
「少し肩が軽くなったような」
リゼは手を組んで伸ばし、千夜は肩を回している。
「少し元気になった気がします」
「効果出るの早すぎでしょ」
「さすがにプラシーボ効果だろ」
「ねぇシャロちゃん。ハーブティーって自分のうちでも作れるの?」
「そうね。自家栽培する人もいるわ」
シャロがココアから視線を外し、少し経って戻すとココアは寝ていた。
「ココアさんが寝てます」
「今喋ってたのに…」
「ハーブティー効きすぎ…」
「即効性の薬並みですね」
「そんなやばい成分入ってないからね」
―――――――――――――――――
後日。
チノと雪兎がラビットハウスのホールでモップ掛けをしているとココアがどこからか採ってきた草を片手に勢いよく扉から入ってくる。
「みんなー!ハーブティー作ろー!これで出来るかな!?」
「えっ…」
「…ココアさんそれ」
「「雑草です」」
フルール・ド・ラパン編でした。
シャロがいると雪兎くんもボケに走りそうになるのが不思議です。
ふと疑問に思って、ダンディライオンについて調べてみたら鬣と花や綿毛ではなく歯と葉だったというのちょっと驚きましたw
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初めて酔った日の事憶えてる?自分の家でキャンプファイヤーしようとしたわよねー3
ある日のラビットハウス。
ココアが見ている窓の外は雨が降っている。
「こんな天気なのに、遊びに来てくれてありがとうね」
ラビットハウスにいる客は制服の千夜とシャロの二人だけだ。
「ちょうどバイトがなくなっただけだし」
「でも、私たちが来たときは晴れていたのに」
「誰かの日頃の行いのせいね」
「シャロちゃんが来るなんて珍しいことがあったからかな」
「うぇっ!?」
皮肉たっぷりに向かいに座ってる幼馴染に言ったつもりが、まさかのココアによって直球で返される。
「おまたせ。コーヒー苦手なのに大丈夫なのか?」
「紅茶もありますけど」
「す、少しなら平気です。雪兎くんもありがとう。大丈夫よ」
(先輩が入れてくれたコーヒーだもの)
シャロは目をキラキラさせながらコーヒーカップを手に取る。
――数分後
「みんなー!今日は私と遊んでくれてありがとうー!イェーイ!」
そこにはすっかり出来上がったシャロがいた。
(すごい…。ほんとに酔ってるみたいだ…)
シャロのすさまじいテンションに唖然となる雪兎。
「時間が来たらいつでも来てね~」
「いいのぉ~!?いくいく~♪あっ!」
ココアと話してた思ったらチノの方に駆け出しそのまま抱き着く。
「チノちゃんふわふわ~♪」
チノの頭に頬をこすりつけるシャロ。
さすがのチノもされるがままになっている。
(ココアが二人に増えたみたいだ…)
チノに満足したのか、シャロは雪兎に目をつける。
「雪兎く~ん!」
「おわっ!?しゃ、シャロさん!?」
「う~ん♪雪兎くんもふわふわ~♪」
今度は雪兎に抱き着き、頬をこすりつける。
「あっ、ちょ、ちょっと、シャロさん!離れてください!」
「や~♪」
何とかシャロを引き剥がそうとするが、がっちりしがみついておりびくともしない。
女の子特有の柔らかさといい匂いがするが、とにかく気にしないように雪兎は耐える。
「んふふ~♪…く~…」
ある程度経ったところでシャロの力が急に弱くなったと思ったら、シャロは雪兎の寄りかかったまま寝ていた。
「…はぁ。やれやれ」
「お疲れ様、雪兎くん。手伝うわ」
雪兎はため息をつくと、シャロを支えて立たせようしたところで千夜が手伝いに入る。
2人でシャロを席に座らせる。
「ありがとうございます。千夜さ――痛だだっ!?」
千夜にお礼言おうとしたときに痛みが走る。
振り返るとチノがむくれ顔で雪兎の脇腹をつねってた。
「え?え!?ね、姉ちゃん!?」
「あらあら」
「……」
「いや、シャロさん酔ってたから――痛い痛いっ!」
「…雪兎、不潔」
「不可抗力だから!――痛たたたっ!」
「あっ!チノちゃん!?」
チノはぷいっとそっぽを向くとカウンターの方へと歩いて行ってしまった。
ココアはそんな様子のチノの後を追っていった。
「…はぁ、全く」
「あんなチノ、初めて見たな」
「あの怒り方、ラビットハウスだと初めてですね」
「外ではあるの?」
「他の女の子と喋ってたときとかあんな感じになりますね」
リゼと千夜は顔を見合わせると、二人とも笑いだす。
「えっと、どうしたんですか?」
「チノちゃんの説得は大変そうね」
「まぁ、頑張れよ雪兎」
「?」
その後、雪兎はチノに謝って許してもらうのだった。
―――――――――――――――――
「雨が強くなってきたねぇ~」
「風もです」
雨の中、客が入ることもなく、千夜とシャロだけの状態が続いていた。
しかし、時間が経つにつれて雨は強くなっている。
「これだと帰るだけでも大変そうです」
「迎えを呼ぶから、家まで送ってやるよ」
リゼの提案を受け入れようとするが、千夜はあることを思い出す。
『家バレしたくなぁーーーい!!』
シャロがみんなに自分の家が物置であることにバレたくないということを。
「いえ!私が連れて帰るわ!」
「えっ。大丈夫なんですか?」
雪兎の心配をよそに、千夜は眠っているシャロを背負いラビットハウスを出る。
しかし、数歩進んだところで力尽きてしまった。
「千夜ちゃぁーーーーーーーん!!」
力尽きた千夜と巻きこれまたシャロを救出しラビットハウスに連れ戻す。
雨の勢いは収まりそうにはなく、リゼ、千夜、シャロの3人はラビットハウスに泊まることとなった。
「お二人は先にお風呂どうぞ」
「ありがとう」
「んん~?」
びしょ濡れになった千夜とシャロに風呂を勧めるチノ。
さっきまで寝ていたシャロは自分がびしょ濡れになっている理由がわかっていないようで、若干混乱している。
「私まで泊まってよかったのか?」
「リゼちゃん、お泊り緊張してる?」
「い、いや、ワイルドなキャンプしか経験したことないから、こんなの初めてで」
「ワイルド?」
「サバイバルですか?」
千夜とシャロは風呂に向かい、残りの4人は制服を着替えて、チノの部屋に集まった。
「チノの部屋って、チノって感じだよな」
チノっとは一体…っと心の中でリゼの感想に疑問を感じる雪兎。
チノの部屋はきれいに片付いており、4人でテーブルを囲んで談笑をしている。
「あっ!」
ココアはチノ部屋を見渡していると壁にかけてある中学校の制服に目をつける。
「雪兎くん。ちょっと廊下に出てて」
「はい?」
雪兎が廊下に出て数分、入っていいよーっというココアの声が聞こえる。
「じゃーん!チノちゃんの制服着てみたよ!」
部屋に入りなおすとココアがチノの制服を着ていた。
「そのまま中学校に行っても違和感なくて心配だ」
「すごい馴染んでますね」
「ほんと!?ちょっと行ってくる!」
リゼと雪兎の感想に気分を良くしたのか、勢いよく部屋の外に飛び出していく。
「待ってください。外は大雨です」
「「そういう問題じゃない!」」
―――――――――――――――――
千夜とシャロが風呂を終えてチノ部屋に向かっていると、なぜか雪兎が廊下に座っていた。
「あら?雪兎くん?」
「どうしたの?こんなところで」
「千夜さん。シャロさん。入ったらわかりますよ」
あはは、と苦笑いをしている雪兎に首を傾げる千夜とシャロ。
「お風呂空いたから雪兎くんも入ってきたら?」
「そうですね。では」
雪兎は自分の部屋から着替えをもって風呂へと向かっていった。
「入ったらわかるって何のことかしら?」
「さぁ?」
シャロが扉を開けるとそこにはチノの制服を着たリゼがいた。
リゼは一瞬固まると顔を真っ赤にしてカーテンに隠れる。
「…これは違うっ!ジャンケンで負けて!」
「ほわあぁぁぁぁ……!」
シャロの目がかつてないほどキラキラしていた。
「じゃぁチノちゃん。お風呂行こうか」
「はい」
「おっ!おいっ!」
「あら、お風呂なら雪兎くんが入ってるわよ」
「雪兎はすぐ上がってきますから、準備して少し待てばちょうどいいはずです」
「いっそ一緒に入っちゃおうか、チノちゃん」
「それはダメです」
「えぇ~」
わいわいと雑談しながらココアとチノが部屋から出ていく。
―――――――――――――――――
香風家の風呂場。
雪兎が湯船に浸かろうとした時、ふとした考えが頭をよぎる。
(そういや普段は一番風呂だけど、これ、千夜さんとシャロさんがすでに入った湯船…)
女の子が先に入ったという考えから、突然気恥ずかしくなった雪兎はシャワーで済ませるのであった。
「雪兎くん。顔赤いよ?のぼせたの?」
「な、何でもないですっ!」
風呂から上がって脱衣所を出たところですれ違ったココアから逃げるように部屋へと戻った。
―――――――――――――――――
ココアとチノが部屋を出てしばらくすると、ドアからノックが聞こえてきた。
「は~い」
「上がりました」
千夜が扉を開けると、風呂から上がった雪兎がいた。
「…リゼさん、なんで姉ちゃんの制服を?」
「…ジャンケンに負けて…だな」
チノの制服を着ているリゼと、それをキラキラした目で見つめながら変な声を出してるシャロ。
「雪兎くんも着てみる?」
「き、着ませんよ!?」
「ふふっ、冗談♪」
千夜の提案に顔を真っ赤にして否定する雪兎。
雪兎はため息を1つこぼすと、テーブルの前に腰を下ろす。
「雪兎くん、髪を乾かすなら私がやってあげるわ」
「いいんですか?」
「ええ、任せて」
千夜は雪兎の後ろに座ると、頭に乗っているタオルを手に取り雪兎の髪を拭き始める。
前にも似たようなことがあったなっと思い出す雪兎。
「雪兎くんの髪、すごく綺麗ね」
「そうですか?」
「女の私でもちょっと羨ましいくらいにね」
「千夜さんの髪の毛もすごく綺麗だと思います」
「あら、ありがとう♪」
千夜は上機嫌に雪兎の髪を拭く。
「上がったよ~」
「まだやってたんですか」
しばらくしてココアとチノが部屋と戻ってきた。
「じゃ、じゃぁ、お風呂に行ってくる」
リゼはベッドから立ち上がり、お風呂に向かおうとココアとすれ違おうとしたとき何かに気づいたのか足を止める。
「ん?なんか、ココアの匂いがするぞ?」
「にゃはは。私の匂いってなにー?」
「飲むほうのだよ!」
「ばーん!入浴剤でしたー!」
ココアが取り出したのは封の空いたココアの入浴剤だった。
「これでリゼちゃんも甘い匂いに♪」
「余計なことを…」
ココアに対して呆れ気味のままリゼは部屋を出ていった。
―――――――――――――――――
リゼも風呂を終えてチノの部屋でテーブルを囲む6人。
「なんか一気に賑やかになったね♪」
「そうですね」
ココアの言葉に肯定の言葉を返す雪兎と、頷くチノ。
「こんな機会だから、みんなの心に秘めていることを聞きたいんだけど」
千夜がみんなの顔を見回しながら提案をする。
(はっ!これは好きな人を暴露する流れ…!)
千夜の様子にシャロは暴露大会になる流れと読む。
その時つい、リゼへと視線が移る。
(ちょっと待って!やだやだ!心の準備がっ!)
「…とびっきりの怪談を教えて?」
千夜が頬を上気させ、キラキラした目で発した言葉はシャロの予想の斜め上をいっていた。
(恋をしたような瞳で言うな!)
心の中で千夜に全力で突っ込むシャロであった。
「怪談ならうちのお店にありますよ」
一番に話を始めたのはチノだった。
チノがちらりと雪兎に視線を送ると、雪兎は一瞬、嫌そうな顔をするがすぐに表情を戻す。
「うえぇ~!?」
「そうなのか?」
ココアは怯えてリゼに縋りつく。
リゼも若干怯えている様子が見える。
「リゼさんとココアさんはここで働いていますけど、落ち着いて聞いてください」
迫真の表情で話し始めるチノと雪兎にシャロも耳を塞ぎ、千夜は興味津々という様子で食い入るように聞いている。
「この喫茶店は、夜になると…」
「…出るんです」
「「「きゃぁー!」」」
チノと雪兎の話の間に合わせるかのように外から雷の音が轟く。
「目撃情報がたくさんあるんです。父も弟も私も目撃しました」
「あれは、みんなが寝静まった夜中の廊下で…」
「そ、それは…?」
「暗闇に光る目…」
「ふわふわで小さな…」
「「白い物体っ!」」
(一生懸命怖がらせようとしてるけど…)
(ティッピーでしかないっ!)
リゼとココアが反応に困っている顔を見て、雪兎は表情を崩す。
チノは二人の表情が読み取れていないのか満足気な表情をしている。
(いや、絶対ティッピーだってバレてるでしょあの反応)
雪兎は姉の様子に思わずため息を漏らしそうになる。
「こほん」
チノの怪談が終わったと判断した千夜が咳払いを入れる。
「とっておきの怪談があるの。切り裂きラビットって実話なんだけど」
千夜の話が始まったタイミングで再び雷が鳴ると同時に、部屋が真っ暗になる。
「うわ!?」
「て、停電!?」
「落ち着いてください。こんな時のために」
暗闇の中、チノはどこからか取り出したライターの火をつけると、蝋燭に火をつける。
「よりによって蝋燭か!」
「姉ちゃん、懐中電灯無いの?」
「雪兎くん、ここは蝋燭の方がいいわ。うふふ、盛り上がってきちゃった♪」
怪談の雰囲気にぴったりになった部屋に千夜のテンションが上がる。
「昔、ある喫茶店に一匹のウサギが居ました。そのうさぎの周囲では次々と殺人事件がっ!」
再び雷が鳴り響くと共にラビットハウスからは悲鳴があがった。
―――――――――――――――――
「と、言うわけなの。おしまい♪」
「おおー」
千夜の会談が終わると、ココアとシャロは怯え切ってしまい、リゼも表情が引きつっている。
チノは手を耳に当てつつもいつもの表情をしており、雪兎は関心の表情で拍手をしている。
「あら。雪兎くんは平気だったかしら」
「お話が面白くて聞き入ってしまいました」
「じゃぁ、次は雪兎くんを怖がらせられる怪談を用意しなくちゃ♪さぁ、怪談はこれくらいにしてもう寝ましょ」
「ぜっ、絶対憑りつかれる…」
「じゃ、僕は部屋に戻りますので、おやすみなさ~い」
怪談はお開きになり、雪兎は大きな欠伸をすると、部屋から出ようと立ち上がろうとしたところで袖を引っ張られる。
「えっ?」
「雪兎くん!行かないでー!」
「お、お、同じ家なら、同じ部屋で寝ればいいじゃない!」
「え、えぇ~…。いや、僕、男ですから…」
涙目で雪兎にしがみついてきたのはココアとシャロだった。
「ま、まぁ、いいんじゃないか」
「雪兎くんだけ仲間外れは寂しいものね」
困惑している雪兎に対し、リゼと千夜も肯定の意を表す。
「…皆さんがそう言うなら仕方ないですね。ただし、雪兎は私と寝ること」
さすがにチノも突っぱねる訳にはいかないと判断したのか、部屋で寝ることを許可した。
「…まさか、この年で弟と一緒に寝ることになるとは」
「…それ、こっちのセリフだよ姉ちゃん」
―――――――――――――――――
深夜。
雨風は弱まることもなく、時折雷鳴が響いてる。
(寝る前に水分取りすぎたかな…)
緊張で眠れないと思っていたが割とあっさり寝入っていた雪兎は尿意で目を覚ます。
ケータイで時間確認すると夜明けはまだまだ先の時間だった。
隣りではチノが寝息を立てている。
チノを起こさないようにベッドを抜け出し、枕元に置いておいた懐中電灯を手に取り部屋を出ようした時だった。
「…雪兎くん。雪兎くん」
後ろから突然声をかけられて少しびっくりして振り返るとシャロが布団から出てきて立っていた。
「シャロさん?」
「…あ、あのね。と、トイレに一緒に行って欲しいんだけど…」
千夜の怪談話の時の反応を思い出すに、怖くて行けなくて困っていたところに自分が起きたということだろうか。
シャロは恥ずかしそうな顔でもじもじしている、
「いいですよ。行きましょうか」
「う、うん。ありがとう」
シャロは雪兎の袖を握ると二人で廊下に出る。
廊下で懐中電灯の電源を入れてトイレの方向へ二人でゆっくりと進む。
歩いていると、後ろの窓がガタガタと音を出す。
「ひぅっ!?」
「大丈夫。ただの風です、…よ?」
怯えるシャロに対して安心させるように発した雪兎の言葉が尻すぼみに止まると同時に雪兎が立ち止まる。
「え!?なに!?なにっ!?」
雪兎に何かあったのかとシャロは慌てて雪兎の背後に隠れる。
「…リゼさん?」
「えっ!リゼ先輩!?」
雪兎の懐中電灯の光の先には廊下の隅で体育座りをしているリゼの姿があった。
「ろ、蝋燭の火が消えて、動けなくなった…、わけじゃないぞ。…というか、懐中電灯あるなら…、教えて…、ほしかった…」
どうやらリゼはトイレから戻る途中に蝋燭の火が消えて部屋に戻れなくなっていたようだ。
「リゼ先輩も一緒に行きましょう」
「そ、そうだな」
リゼが立ち上がろうとしたところで雷鳴が轟く。
「「ひゃぁー!!」」
リゼとシャロはびっくりして両側から雪兎に思わず抱き着いてしまう。
「むぎゅ…」
「はっ!雪兎!こ、これは違っ!」
「ゆ、雪兎くん!ごめんね!」
「…いえ、気にしてません。気にしてませんから」
二人は慌てて雪兎から離れる。
平静を装っている雪兎だが少し顔が赤くなっている。
柔らかかったとか、いい匂いがしたとか、いろいろ頭に考えてしまうが思考から振り払う。
「…こほん。と、とりあえず、さっさと用を済ませて戻りましょう」
「え、ええ」
「あ、ああ」
―――――――――――――――――
カーテンが開く音と共に部屋の中に朝日が差し込む。
「おはよう、チノちゃん」
「おはようございます」
朝一番に起きたチノがカーテンを開き、続いて起きたのは千夜だった。
「…うーんっ!」
「おはよう…」
千夜が伸びをしていると次に起きてきたのはシャロ。
「シャロちゃん、寝言で今日は特売なんだって…」
「そ、そそそ、そんなこと言っててもここで言うなー!」
千夜が口走りそうになった言葉をシャロは慌てて千夜の口を押えて遮る。
「う、う~ん」
周りが騒がしくなってきたからか、リゼも目を覚ます。
そして、ふと扉の方を見るとまるで土下座のような格好で寝ているココアがいた。
その顔は、それはそれは気持ちよさそうに寝顔をしている。
「…なんで、あんな場所に?」
「匍匐前進の夢でも見ているんでしょう」
「雪兎くんは?」
「まだ寝てます」
全員がベッドの方へ向くと、こちらも安らかな寝息を立てて眠っている雪兎がいた。
「あら、かわいい寝顔ね♪」
「雪兎くんって朝苦手なの?」
「はい。毎朝、私が起こしています」
「話しには聞いていたが、本当に苦手なんだな…」
これだけ騒がしく話をしていても起きる気配のない雪兎。
千夜はケータイを取り出すと雪兎の寝顔を写真に収める。
「ちょ、ちょっと千夜!」
「可愛かったからつい♪」
「いえ、問題ありません。姉権限で雪兎の寝顔を撮ることを許可します」
「姉権限!?」
「雪兎の寝坊助は相当です。ちょっとは直してもらわないと困ります」
「なら、誰が一番可愛く撮れるか勝負しましょ♪」
「なんで勝負になるのよ!?」
そのあとは雪兎の寝顔撮影会となり、何かとこのことをいじられることになる雪兎だった。
お泊り編でした。
男オリ主といえばこの回ですよね~。
チノちゃんに似てちょっとクールなところもある雪兎くんですが、多感な時期なのでついつい意識してしまう感じを目指してみました。
何かと書き直したり付け加えたり削ったりと中々に難産な回でした。
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閑羽1 これが香風家式歓迎会です
「ありがとうございました!」
昼時のラビットハウス。
ココアが退店する客を見送る。
「店員さん、注文いいですか~?」
「は~い!少々お待ちください~」
客の注文にココアがぱたぱたとそちらに向かう。
そんな様子をチノはカウンターでコーヒーを入れつつ、雪兎は横でカップを洗いながら見ていた。
ちなみに、リゼは今日は休みである。
「ココア姉ちゃん、うちの仕事にもだいぶ慣れてきたみたいだね」
「そうだね」
「最初はどうなるかと思ったがの。あの小娘」
ココアが香風家に来てある程度がたった。
ラビットハウスでの初仕事、引っ越しの荷解きに入学式と、忙しなく日々は過ぎていた。
千夜と出会い、看板メニューのパン作りに甘兎庵で和菓子を堪能し、コーヒーカップを買いに行ったお店でシャロと出会い、フルールでお茶会、そしてラビットハウスでお泊りとこれでもかとイベントが目白押しだったのだ。
そんな、濃い日々が今では大分落ち着きを見せたといえる。
「ちょっと遅くなっちゃったけどさ、最近は生活も落ち着いてきたし、ココア姉ちゃんの歓迎会をやりたいって思っててさ」
「ほぉ」
「歓迎会?」
「うん。せっかくうちに来てくれたんだからさ、親睦を深める会ということで」
「ココアさんには必要ない気がする…」
親睦といえば、ココアは姉弟にぐいぐいと来るのでもう深まってるような気もするチノ。
「気持ちの問題だよ。父さんにはもう相談してて、次の僕が休みの日に実行するからよろしく」
「具体的に何をするの?」
「うちの祝い事の日といえば、いつものやつだよ」
「いつものというと、雪兎と息子の手料理じゃな。ほっほ、楽しみじゃわい」
ティッピーが歓迎会の内容を想像し、楽しそうに笑う。
香風家のお祝い事の日といえば、タカヒロの豪華な手料理が定番であったが、雪兎はその様子を後ろで見て、自分なりに練習していった結果、タカヒロも驚く程に腕を上げて今では二人で作るのが定番となっている。
「チノちゃん、雪兎くん!注文だよ!ブルーマウンテンとサンドイッチお願いします!」
二人で話しているところに、注文を取り終えたココアが戻ってくる。
「はい」
「了解~。じゃ、そういうことだから」
雪兎はチノに人差し指を立てて口に対して垂直に当てるジェスチャーをすると、キッチンへと向かっていった。
「チノちゃん。雪兎くんと何話してたの?」
「それは、姉弟の秘密です」
「えぇ?」
―――――――――――――――――
次の雪兎が休みの日。
タカヒロと打ち合わせをした雪兎は、学校帰りに足りない食材の買い出しをすることになった。
『準備の方が俺がやっておくから、雪兎は帰りに足りない分を買ってきてくれ。学校帰りの時間に近くのスーパーが特売をやってるはずだから頼むぞ』
と、言われ雪兎はリクとカケルに断りを入れて一人、スーパーへと来ていた。
(お、もも肉が安い。それに必要な野菜も結構ある。さすが父さん、抜け目ないなぁ)
スーパーの入り口でチラシを取ると、今日の料理に必要なものがいくつか入っていた。
籠を手に取り、中を見て回り特売商品の配置を確認する。
(第一目標はもも肉。後の野菜は取れるだけ取る!)
心の中で気合を入れて、特売開始までの時間を潰す。
時間が近づくにつれて周りの客も殺気立っているような雰囲気を感じる。
ケータイの時計を見ながら秒読みを行い、時間を合わせる。
『ただいまより。特売を―』
店内アナウンスが流れ始めた瞬間に周りに客が駆け出すと同時に雪兎も走り出す。
小柄ながらも足にはそれなりに自信がある雪兎は、客の集団を縫うように躱し、一気に抜き去る。
(ッ!速いっ!)
客の集団を引き離し、一番手を走っているはずだったが、それよりも先に前に走っている客がいた。
お嬢様学校の制服を着たくせ毛の生徒だった。
先客はもも肉の入った冷蔵ケースを瞬時に見渡すとお一人様三パックまでをきっちり守り、素早く籠に入れるとケースから離脱する。
雪兎もそれに続き、ケースを見渡しできるだけ多いパック三つを籠に入れ、ケース前から脱出する。
離れた瞬間に、客の塊がケースの前に殺到する。
雪兎はその様子に目もくれず次のターゲットに向かう。
一番人気のもも肉以外の野菜類の販売場所はそれほど混んではいない。
雪兎よりも先にもも肉を手に入れたお嬢様学校の生徒は、流れるような動きで特売野菜を籠に入れていき離脱していく。
(すごいな。あの人…。しかし、どっかで見たことあるような…?)
雪兎は頭に疑問がよぎるが、争奪戦はまだ終わってはいない。
雑念をすぐに振り払うと、必要な野菜を素早く籠に入れてその場を離脱した。
(ふぅ~。上々上々)
特売が終わり、籠の中の戦果を確認すると必要なものは全部取れていた。
特売外の必要な食材を籠に入れ、会計を済ませてスーパーを後にした。
―――――――――――――――――
それなりの人が入っている甘兎庵。
台の上でじっとしていたあんこが突然、扉の方に顔を向ける。
「あら、来たかしら」
千夜があんこの動きからある客の来店を予感する。
「こんにちはーっと!あんこー、いきなり飛びついたら危ないだろ?」
甘兎庵の扉が開くと同時にあんこが駆け出し、来店した客に飛びつく。
来客の雪兎は両手に一杯の荷物を持ちながらも、しっかりとあんこをキャッチする。
「いらっしゃい。雪兎くん」
「千夜さん。こんにちは。もう出来てますか?」
「ええ。今持ってくるから、席でちょっと待っててね」
「はい」
千夜は厨房の方に向かい、雪兎は扉の近くの席に座る。
あんこと戯れていると、千夜が紙袋を持って雪兎の元にやってくる。
「はい。ご注文の千夜月と雪原の赤宝石よ」
「ありがとうございます。これお代です」
「はい、確かに。ココアちゃんの歓迎パーティ上手くいくといいわね」
「パーティっていう程のものでもないですけどね」
雪兎が甘兎庵に来たのは、今晩の歓迎会のためのデザートとして、千夜に和菓子を依頼したためだ。
「ココアちゃん、雪兎くんのご飯が美味しいっていつも自慢してたわ。さすが私の弟ってね♪」
「あはは、言ってそうですね」
「もちろん、今日の事はココアちゃんに内緒にしてあるから安心してね」
「ありがとうございます。では、僕はそろそろ行きますね」
雪兎はあんこを台に戻して、またなと声をかけて頭を撫でる。
席に戻り、荷物を持って扉へと向かう。
「雪兎くん、ココアちゃんによろしくね」
「はい。こちらこそありがとうございました。また来ますね」
「あっ」
千夜に見送られて甘兎庵を出て扉を閉じると、そこには驚いた表情で固まっているシャロがいた。
「シャロさん。こんにちは」
「あ、こここ、こんにちは!」
シャロは慌てて、スーパーの特売で買った荷物を体の後ろに隠す。
(危ないっ!家バレしそうだったっ…!)
「学校帰りですか?」
「そ、そそ、そうなの!ぐ、偶然ね!ゆ、雪兎くんも、すごい荷物ね」
「はい。今日は香風家でココアさんの歓迎会をやろうと思ってちょっと奮発しましたので」
歓迎会、と聞いてシャロは思う。
(美味しいものがいっぱい出るんだろうなぁ…。雪兎くんって料理が上手だって聞いてるし)
香風家の食卓に並ぶご馳走を想像してしまい涎が垂れそうになる。
「そろそろ帰って準備しないといけないので、ではまた」
「あ、うん。気を付けてね」
シャロは家バレしなくてよかったと、ご馳走いいなぁという感情が入り交ざり、複雑な気持ちで早足で帰路に着く雪兎を見送った。
―――――――――――――――――
「ただいま~」
「おっ!おかえり」
「おかえり」
「雪兎くん!おかえりなさい!」
雪兎がラビットハウスに帰ると、リゼ、チノ、ココアが出迎える。
「ずいぶんたくさん買ったんだな」
「ええ、スーパーが特売だったので」
「おお~。すごいねぇ」
雪兎の手に持っているぱんぱんに膨らんだレジ袋をを見てリゼとココアが驚いている。
「今日は雪兎、休みなんだろ?」
「はい。お二人とも、お店はお願いしますね」
「ああ。任せろ!」
「お姉ちゃんに任せなさーい!」
リゼは胸をたたいて自信満々の表情をし、ココアはいつものお姉ちゃんポーズで返す。
「じゃ、姉ちゃんも後はよろしく」
「うん」
雪兎は荷物を持ったままキッチンの方に向かっていった。
キッチンではすでに、タカヒロがエプロンを着けて待っていた。
「おかえり。早速始めるか」
「うん。準備してくる」
雪兎は買ってきた食材をタカヒロに渡すと準備のため。部屋に向かった。
―――――――――――――――――
「今日の晩御飯は何かな~♪」
客がいなくなったラビットハウスのホールでココアが日向ぼっこをしながら晩御飯の想像をしていた。
「こら、さぼるな」
「ここに初めて来たときに食べたチノちゃんのシチューも美味しかったなぁ。雪兎くんの唐揚げや、カレーもすごく美味しかったよ」
「チノと雪兎が交代で作ってるのか?」
「はい。基本は交代で、どちらかが休みの日には休む方が作るって感じですね。朝は雪兎が全然ダメなので、私か父が作ってます」
「確かに、あの様子だと役に立たなさそうだな…」
リゼはラビットハウスに泊まったときの朝を思い出す。周りが騒がしくしていても全く起きず、起きたら寝ぼけて二度寝しようとした雪兎のことを。
「その分、自分の担当の日は前日に仕込みをしたり、休みの日は凝ったものを作りますね」
「へぇ~」
「じゃぁ、今日はご馳走かな!」
ココアの発言にチノの表情が緩む。
チノ自身も今日の晩御飯は楽しみにしているのだ。
「今日はお腹を空かせておいた方がいいと思います」
「え?」
―――――――――――――――――
閉店の時間になり、三人は店を閉めてリゼは帰っていった。
リゼを見送ったココアとチノはリビングに向かっていた。
「いい匂いがするね~」
「はい」
二人がリビングに入るとそこにはテーブルに所狭しと並んだご馳走の山があった。
「お、主役の登場ですね」
「こ、これは!?」
ココアはテーブルの上のご馳走を見て驚く。
真ん中を占拠している、3、4人前くらいはありそうな巨大なオムライスに、唐揚げ、ナポリタン、サラダやスープが並んでいる。
雪兎はしてやったりといった顔をして、タカヒロは優しく微笑んでいる。
「遅くなっちゃったけど、今日はココア姉ちゃんの歓迎会ですよ」
「え?私の!?」
「前からやりたいとは言ってたんですが、中々合間が取れなくて今日やろうという話になったんです。企画したのは雪兎です」
「チノちゃん…、雪兎くん…」
ココアは涙目になりプルプルと震えている。
「ありがとうー!姉想いの妹と弟を持てて嬉しいよーーー!!」
感極まってチノと雪兎に抱き着くココア。
「ココアさん、やめてください!」
「あはは…」
チノは引き剥がそうとし、雪兎は諦め気味に笑っている。
「このオムライスすごく大きいね!」
「うちの祝い事があるときはいつも雪兎が作ってるんです」
「香風家の風物詩みたいなものじゃな」
「姉ちゃんもこれが好きで、昔はいっつも作ってほしいって言って――」
「わー!わー!」
チノは顔を真っ赤にして、慌てて暴露話をしようとした雪兎の口を塞ぐ。
「ははは。昔はよく雪兎に作ってと言っていたな」
「お、お父さんまで!」
「そっかぁ~」
ココアはチノの頭を撫でまわす。
チノはむくれ顔になっている。
「千夜さんから和菓子もいただいてますので、デザートに食べましょう」
「わぁ!千夜ちゃんも協力してくれてたんだ!」
ココアはケータイでお礼のメールを千夜に送った。
「さぁ、冷めてしまう前に食べよう」
「はい!」
タカヒロに提案にそれぞれ席に着く。
「では」
「「「いただきます!」」」
「いただきます」
全員で手を合わせて食事が始まる。
―――――――――――――――――
歓迎会は終わり、片付けも済みそれぞれの私室に戻っていた。
雪兎は部屋でのんびりしていると、扉からノックがした。
「はーい?」
「雪兎くん、入っていいー?」
「あ、どうぞ」
扉から聞こえてきた声はココアだった。
雪兎が入室許可を出すとココアが入ってくる。
「雪兎くん!今日はありがとう!」
「喜んでもらえたなら嬉しいですよ。せっかくうちに来てくださったので歓迎会はしたいと思ってましたから。遅くなってしまってすいません」
「全然大丈夫だよ!すごく嬉しかった!」
ココアは雪兎の手を取りぶんぶんと上下に振り回す。
「私!ここに来てよかった!これからもよろしくね!」
「こちらこそお願いします」
「お姉ちゃんとして頑張るね」
「あはは…、頑張ってください」
ココアが最初に来た日の事を思い出す雪兎だった。
完全オリジナルを書きたいとは思ってたんですが、一から書くってホント大変ですね。
雪兎くんの料理が得意な部分をメインにしようとしたんですが難しいですね~。
調理描写書いてたらキリがなさそうなので省きましたがこれでいいのやら…w
気が付いたら、お気に入り40超えに、アクセス3000手前とすごい伸びててびっくりしました。
いつもありがとうございます。
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ラッキーアイテムは野菜と罪と罰―1
ほぼオリジナル回になりました。
登校前の朝。雪兎、チノ、ココアはリビングのテーブルを囲み朝食をとっている。
ココアはご機嫌顔でクロワッサンを口に運び、チノは一口大にちぎると口に入れ、雪兎は眠そうな顔で頬張っている。
ふと、ココアの表情が曇る。視線の先にあるのはコップに注がれたトマトジュース。
チノも食事の手が止まる。チノが見ているのは目玉焼きとウィンナー、そして付け合わせの生野菜。その中に含まれているセロリだった。
「ごちそうさまでした」
雪兎は食事の手を止めることなく完食し、席を立ったところで視線を感じる。
期待の目でチノとココアがこちらを見ていた。これを代わりに処理してほしいといった視線だ。
雪兎はその視線を気にすることなく、自分の使った食器をもってキッチンの方へと向かっていった。
「はぁ」
ティッピーは手の止まったチノとココアを交互に見るとため息をつくのだった。
登校の時間となり、通学路を歩く三人は朝食の時の話をしていた。
「チノちゃん。好き嫌いせずにセロリも食べなきゃダメだよ?」
「そういうココアさんだって、トマトジュース一口も飲んでませんでしたよ?」
「えへへ~」
「どっちもどっちでしょ」
「「うぐっ!」」
ココアはチノに指摘するが、逆にチノの指摘に対して笑って誤魔化している。
一方、残さず完食している雪兎の指摘に対しては言い返せずダメージを受けている。
「でも、チノちゃんの方が好き嫌い多いよ?我慢して食べなきゃ、大きくなれないよ」
「心配はいらないです。ココアさんと同じ歳の頃には、私の方が高くなってます」
「そっか~」
「根拠ないでしょそれ」
どこからその自信は来るのかと姉の言葉に呆れる雪兎。
「雪兎くんは好き嫌いないの?」
「僕も苦手なものはありますけど、食べられないということはないですね」
「そうなんだ!えらいえらい♪さすが私の弟だね!」
「雪兎は私の弟です。でも、雪兎も背が低いでしょ。好き嫌い少ないのに」
「う~ん。父さんの血が入ってるなら高くなるはずだけど…」
雪兎も背が伸びないことには若干だが悩んではいる。父が高いとは言え13歳になっても双子の姉であるチノとわずかにしか身長が変わらないのだ。
「でも、チノちゃんって毎日ティッピーを頭に乗せてるよね?それで身長伸びるのかなぁ?」
「…はっ!」
「た、確かに…」
ココアの意外な指摘にショックを受けるチノだった。
―――――――――――――――――
「背を伸ばしたい?なんだ急に」
ココアと別れた雪兎とチノはリク、カケルと合流していた。
マヤとメグは用事があるらしく先に学校に行っている。
「今朝そういう話になってね」
「まぁ俺ら、揃いに揃って背が低いよな」
リクは雪兎とほぼ同じ身長で、カケルが頭一つ抜けて高いが、それでも平均よりは低い。
ここにいないマヤとメグも背が低い。マヤに至ってはチノよりも低いほどだ。
「なので、お二人は何か背を伸ばす方法って知ってますか?」
「よく言うじゃん。牛乳飲むと背が伸びるって」
「それ、牛乳単体だとあくまで骨が強くなるだけで身長には影響がないって聞いたことあるよ」
「ええっ!?」
「マジ!?」
リクの牛乳で身長が伸びる説をカケルが指摘すると、リクだけでなくチノも衝撃を受けていた。
「カケルはなんかないの?」
「う~ん」
「お願いしますカケルさん」
雪兎がカケルに聞くとカケルは考え込む。チノも期待した目でカケルを見ている。
「食べ物はカルシウムだけじゃなくて一緒にたんぱく質を摂ること。寝る時間は10時~2時の間に成長ホルモンが一番出るからその時間は必ず睡眠をとること。他にも――」
「なるほど!なるほど!」
「あー、カケルのやつ語りだしたな。こりゃ当分止まらんぞ」
「一度うんちく語りだすとすごく長いよね」
カケルが身長を伸ばす方法の知識を放出しだすと、チノは目を輝かせてメモを走らせている。雪兎とリクはため息をつくと切りのいいところで話しを切り上げさせて、学校に向かうのだった。
―――――――――――――――――
4人は学校に到着した。
「じゃ、姉ちゃんまたあとで。今日は放課後、用事があるから先に帰ってて。お店には出るから」
「わかった」
「じゃあなー」
「それじゃ」
チノは男子三人組と別れ、自分のクラスの下駄箱に向かう。
「おっはよー!チノー!」
「おはよう。チノちゃん!」
下駄箱の前にはマヤとメグがいた。
「…マヤさん、…メグさん」
「「…ん?」」
チノはマヤとメグの前で止まると二人に視線を交互に移す。
そして、そそくさとマヤとメグの間に入るとまた二人を交互に見る。
そんなに身長差がない。
「ほっ」
それを確認すると安堵の息をこぼす。
「そんなに休み中、私たちに会いたかったの?」
「照れるじゃーん!」
二人はチノの行動の真意はわかっていなかった。
―――――――――――――――――
お昼休憩になり、雪兎、リク、カケルの三人は机を囲んで弁当を食べていた。
「今日の弁当もうまそ―げっ、ピーマン入ってる!」
「…うさぎの形したおにぎりとソーセージ、タコさんウィンナー、ひよこの顔したウズラのゆで卵…。またずいぶん凝ってるなぁ…」
「雪兎くんの弁当すごいね」
「いや、すげぇけど、女子向けだろこれ」
「姉弟分を一度に作るからまぁ、しかたない」
雪兎はダンディな外見とは裏腹に割とファンシーな趣味がある弁当制作者の父に対して苦言を漏らしたくなってしまう。
リクとカケルは雪兎の弁当事情はよく知っているので特に驚くこともない。
チノの分に比べると、男なので多少はおかずが多くはなっている。
「雪兎ー、ミートボールとピーマン交換しようぜ」
「なぜその交換条件を飲むと思ったの」
「冗談だよ。むぐっ―苦い…」
リクがピーマンを差し出してくるが、雪兎はバッサリと交換条件を切り捨てる。
リクはそのままピーマンを口にするが、苦味で顔をしかめる。
「でもリクくんは苦手でもちゃんと食べるよね」
「食わねぇともったいないからな。腹減るし」
「うちの姉にも見習ってほしいよ」
苦手なものを一口も食べずに残した姉二人の事を思い出す。
「今朝の話、チノが言ってた背を伸ばしたいって話さ、俺も背が低いからわからんでもないなぁ。姉貴の身長くらいは超えたいしな」
「確かに…。僕は姉ちゃんよりは高いといってもほんの数センチだけだし」
「女性の方が身長が伸びるのが早くて、中学3年くらいには伸びるのが止まるんだ。男性は中学生の頃に一番伸びて高校3年くらいまでは緩やかに伸びる続けるって感じだね」
博識なカケルの身長に関する知識を披露する。
「…それならあいつらあと一年くらいしか伸びないじゃん」
「あくまで統計の話だよ。もしかしたら高校に上がってから急激に伸びるかもしれないし。この一年で伸びまくるという可能性もあるってことさ」
「そう思うと僕らも一番伸びる時期ってわけか」
「そうだね。今朝にも言った通り、カルシウムだけじゃなくてたんぱく質を摂って、睡眠を――」
「あー、長くなるから簡潔にまとめてくれ。全部聞いてたら日が暮れる」
またうんちくを語り始めたカケルをリクが割り込んで止める。
カケルは目を閉じ顎に手を当て、考えをまとめ始める。
「よく食べ、よく遊び、よく寝る。以上」
「結局そうなるんだ…」
カケルから出たあまりに簡潔な答えに苦笑いをする雪兎だった。
―――――――――――――――――
「ごめんね雪兎くん。雑用に付き合わせて。お家の手伝いもあるのに」
「気にしなくていいよ。今日は3人入ってるから多少遅れても問題ないし。ま、貸し1つってことで」
放課後。カケルの委員会の仕事を手伝っていた雪兎。
仕事を終え、二人で帰路についていた。
リクはサッカーの練習があるからと先に帰っている。
「じゃ、ボクはここで」
「また明日」
カケルと別れてしばらく歩き、ラビットハウスが見えてくる。
ラビットハウスはちょうど客が入ろうと、扉を開くところだった。
「いいぃらっしゃっせー!!」
客が扉を開けた途端に、ものすごい巻き舌のリゼの声が響いてきた。
その声を聞いた客は扉を開けたままの状態で停止している。
「あはは…、いらっしゃいませー…」
「…何事ですか?」
客が入って少しして、雪兎もラビットハウスに入る。
「な、何でもないぞ…。あはは…」
「そ、そうそう」
なぜか苦笑いをしているココアとリゼ、それを横目に見ているチノがいた。
―――――――――――――――――
雪兎も合流し、しばらくして閉店となったラビットハウス。
男子更衣室で一人、着替えをしている雪兎。
「ん?」
ケータイを見るとランプがついており、開くとメールが一通届いていた。
「千夜さんから?」
『チノちゃん夏バテみたいなの!ちゃんと栄養と睡眠とらせてあげて!』
メール内容に首を傾げる雪兎。
今朝の様子を見るにそんな素振りはなかったはずだが。
(朝にセロリ食べなかったのは、夏バテ?いやいや、普段から食べないし)
疑問に思い、千夜に電話をかけてみる。
「もしも―」
『雪兎くん!チノちゃん大丈夫!?』
電話が繋がり、雪兎が喋り始める前に千夜が大声で話し始める。
「千夜さん。音量!」
『あ、ごめんなさい』
「えーと、姉ちゃんが夏バテってどういうことです?」
『今日ね、下校中にチノちゃんを見つけたから後ろから観察してたの』
「…観察」
なぜ、声をかけずに後ろから観察してたのだろうかと疑問に思うがとりあえず置いておく。
『スキップしてたから良いことあったのかなって思ってたら、ジャンプしだして街灯に頭をぶつけたの!前方への注意が散漫になってるからきっと夏バテよ!』
「えっ」
千夜の説明に頭が追い付かない。スキップの後にジャンプを始めて街灯に頭をぶつけるという流れがよくわからない。
『だから、しっかりご飯食べさせて、休ませてあげてね!それじゃ!』
「あ、はい」
千夜が通話を切り、雪兎はケータイを閉じる。
男子更衣室から出るとちょうどそこにチノがいた。
「姉ちゃん」
「何?」
「街中でスキップした後にジャンプして街灯に頭ぶつけたって本当?」
「どうしてそれを!?」
「千夜さんが見てたんだって。…何してんの」
そういうとチノは口をパクパクさせて顔がみるみる真っ赤になっていく。
どうやら背を伸ばそうと努力してたらしい。
好き嫌いと背を伸ばそう編でした。
話の流れは大体アニメと同じですが、結果的にほぼオリジナルな感じになりました。
男子三人組がほんとに動かしやすいです。
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ラッキーアイテムは野菜と罪と罰―2
ある日のラビットハウス。
チノは客の側でコーヒーカップを手に取りながら会話をしている。
「チノちゃん何してるのかな?」
「コーヒー占いだよ。チノの占いはよく当たるんだ」
「ほっほー!お天気占いがよく当たる私と張り合うとは、中々やるねぇ!」
「何で勝負になってるんだ…」
「占いでも全然違うと思います」
コーヒー占いとお天気占いで張り合うとは一体っと雪兎はココアの発言に呆れている。
チノが客の占いを終えて戻ってきたところで、ココアが尋ねる。
「さっきのコーヒー占いってどうやるの?」
「やり方自体は簡単ですよ。まず、コーヒーを飲み干します。次に、カップを逆さにしてソーサーに被せます。そうやってカップの底にできたコーヒーの模様で運勢を占うんです。これがコーヒー占いこと、カフェドマンシーです」
「爺ちゃんのカフェドマンシーがすごい評判でして、怖いぐらい当たるってお客さんの間でも噂になってました」
「私はカプチーノしか当たりません。雪兎は当たるには当たるんですが、ろくでもないことばかり当たってました。なので永年禁止令が出ています」
「ろくでもないって、具体的にどんなことなんだ?」
「…思い人からの気が渦巻いていると見たら、その夜恋人と大ゲンカになったとか、火の気が見えるといったら、その人の家がすでに燃えてたりとか」
「思った以上にシャレにならない!」
「…なので僕はもう全然やってないですね」
「はい。看板息子のコーヒー占いは破滅をもたらすとか言われてました…」
「やめて姉ちゃん。そのネタ掘り起こすの…」
雪兎は遠い目をしているし、チノも擁護のしようがないと諦め顔だ。
「雪兎くんのはともかく…、チノちゃんは十分すごいよ!う~ん!私もやってみたい!」
4人と一匹分のコーヒーを入れると全員で飲み干し、さっきの手順を行う。
ココアはそれぞれのカップを手に取り運勢を見始めた。
「チノちゃんは…、空からうさぎが降ってくる模様が浮かんできたよ!」
「そうは見えませんが…、ほんとだったら素敵ですね」
「リゼちゃんは…、コインがたくさん見える!金運がアップするのかな?」
「おお~、欲しかったものが買えるかなぁ」
「雪兎くんは…、お米の模様かな?美味しいものが食べられそうだよ!」
「へぇー。近くに美味しいお店でも出来たのかな。今度、探してみよう」
「ティッピーは…、セクシーな格好でみんなの視線を釘付けだよ!」
ティッピーはチノの頭の上でゆらゆらと動くとやる気に満ちた表情を見せる。
「あれ?どうしたの?」
「ティッピーも占いたいようです」
「えっ」
雪兎は思わず声を出してしまったが、ココアとリゼにはバレてないから大丈夫みたいな顔でティッピーがこちらを見る。
「おおっ!どっちが当たるか勝負だね!」
「大丈夫かな…」
祖父のコーヒー占いは本当によく当たる。
それは良くも悪くもだ。
不吉な予感がしなくもない雪兎は少し心配になっている。
ティッピーがコーヒーカップを見て占いを始める。
「ココアの明日の運勢は…、雨模様!というより、水玉模様。外出しないのが吉じゃ」
「だって」
「いや、お前の運勢だから」
なぜかココアは結果をリゼに言う。
チノはお盆で口を隠して、腹話術に見せかけている。
(だからなんでバレないの…)
明らかに声が出てる方向とチノの位置が違うはずなのだがバレていない。
続けて、ティッピーはリゼのカップを見始める。
「ではリゼの運勢も。…おお!リゼは将来、器量のある良き嫁となるじゃろう」
「私が!?まさかー」
ティッピーに褒められて満更でもないリゼだったがティッピーの占いの結果は続く。
「昨日は夕食後、ティラミス1つじゃ足りず、キッチンに侵入した」
図星だったのかリゼの表情が固まる。
「実は甘えたがり。褒めると調子の乗りおる。適当に流すのが無難――ぎゃーーー!!」」
矢継ぎ早に繰り出される恥ずかしい内容に、リゼは耐えきれなくなり、ティッピーにチョップを叩き込む。
「この毛玉め!ただの性格診断じゃないかーー!!」
「…当たってるんだ」
リゼの反応にココアは思わず声に出してしまうのであった。
―――――――――――――――――
次の日の学校の昼休憩。
雪兎たちはいつも通りに机を囲っていた。
「そういえば、チノが今朝言ってた、えーと、ねくろまんさー?ってなんだ?」
「え?」
「ネクロマンサーは、死者や霊を使う呪術者のことだよ。チノさんが言ってたのはカフェドマンシーだよ」
「そうそう、それそれ」
リクのゲームからと思われる明後日の方向の認識に、しっかり突っ込みを入れるカケル。
「簡単に言ったら、コーヒー占いの事。飲み干したカップの底の模様で運勢を占うんだ」
「はぁー、占いねぇ。女子が好きな奴だろ」
「雪兎くんはカフェドマンシーができるの?」
「出来るよ。…けど、これが大体ろくなことにならなくてねぇ…」
雪兎は大きくため息をつくとそのまま机に突っ伏す。
カケルとリクは雪兎の様子に首を傾げる。
「たかだか占いだろ?占ってもらったやつが信じる信じない次第じゃないのか?」
「そうだといいんだけどさぁ…。僕の場合、信じる信じないってレベルじゃないんだよねぇ」
「どういうこと?」
「例えばさ、あなたに火の気配がします。火の元に気をつけましょう。って言われたらどうする?」
「「は?」」
雪兎の質問に、声を合わせてしまうリクとカケル。
二人は顔を見合わせてるとすぐに向き直る。
「そりゃお前、出かける前に多少気を付けるくらいじゃないか?ガスの元栓閉めたとか」
「ストーブの切り忘れとか」
「普通そうだよね。当日以降に起こることだと思うよね」
雪兎の返答に二人は一瞬固まり、合点がいったのか顔が青ざめる。
「…まさかと思うが」
「…すでに燃えてるとか?」
「…ピンポーン」
雪兎のひたすらに気の抜けた正解音を模した声が響く。
「…お前、まさか昨日」
「…大丈夫、家族全員から永年禁止令出てるからここ数年やってない。話題になっただけ」
「…うん。やるべきじゃないね」
親友の意外な特技に戦慄するリクとカケルだった。
―――――――――――――――――
放課後。
「じゃあなー。カフェドマンシーやるなよー」
「雪兎くんまた明日ー。占いはやらないべきだよー」
「わかってるから掘り返すなっ!また明日!」
リク、カケルと別れて帰路に着く雪兎。
クラスのホームルームが長引いたため、チノ達は先に帰っている。
二人の背を見送り、歩き出そうとしたとき、視界の端から黒い物体が猛スピードでこちらに向かってきていた。
「うわっ!?ってあんこ!?どうしたの?こんなところで」
雪兎は飛びついてきた黒い物体、あんこをキャッチする。
「「待ってー!」」
あんこの走ってきた方向から見慣れた二人の女性が走ってくる。
「ココア姉ちゃん?千夜さん?」
「はぁっ、はぁっ、やっと追いついた~。あんこが急に走り出して、何事かと思ったら、雪兎くんの事見つけたんだね。男の友情健在だね!はぁっ」
「ココア姉ちゃん大丈夫ですか?」
「私は平気だよっ!はぁっ。お姉ちゃんだからね!はぁっ、はぁっ」
「いや、思いっきり息が上がってますよ。それに頭ちょっと濡れてますよ?」
息が上がっているが強がるココアに思わず笑みがこぼれる雪兎。
しかし、よく見るココアは汗とは別に頭と服が少し濡れていた。
「あ、これは…、ちょっとね」
「タオルありますから使ってください」
雪兎はタオルを取り出しココアに手渡す。
「ありがとう!さすが私の弟だね!」
「また姉ちゃんに突っ込まれますよ」
雪兎は私の弟です。もはやいつものやり取りとなっているチノの突っ込みが聞こえてる来るような気がした。
「…はぁっ、…はぁっ、も、もう走れない~…」
ココアに少し遅れて、千夜が追い付いてきたが息は絶え絶えになっている。
「千夜さん大丈夫ですか?」
「…はぁっ、…はぁっ、…ちょ、ちょっとだけ休ませてぇ~…」
千夜が座り込んでしまいそうだったので、3人は近くのベンチに移動する。
雪兎は自動販売機で水を買うと蓋を開けて、千夜に手渡す。
「お水です。ゆっくり飲んでください」
「…あ、ありがと~」
千夜はゆっくり水を飲み始める。
「そうだ!雪兎くんもこれからフルールに行かない?」
「フルールですか?」
「うん!千夜ちゃんと一緒に行こうって話してたんだ!」
「ココアちゃんにご馳走しようと思ってね。雪兎くんもご馳走するわ」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ。あんこと仲良くしてくれてるからそのお礼よ。あんこも雪兎くんといると機嫌がいいみたいなの」
「では、お言葉に甘えて。お願いします」
「それじゃみんなでレッツゴーだよ!」
―――――――――――――――――
「な、なんてもの連れてきてるのよー!?やめてー!こっちこないでー!」
フルールに着いた一行が、バイト中のシャロから浴びせられた第一声は悲鳴だった。
「がーん!私、そんな不幸オーラ出てたんだ…」
ココアはシャロの反応にショックを受けているが、視線は頭の上のあんこであった。
「シャロちゃん、小さい頃にあんこによく齧られて以来、ちょっと恐怖症で」
「もしかして、シャロさんのうさぎ嫌いって…」
「なんだ、あんこの方か」
シャロの反応がココアの不幸オーラでなかったことに胸をなでおろすが、ココアの頭の上からあんこがシャロの顔に飛びつく。
「きゃー!?」
あんこに飛びつかれたシャロは混乱してグルグルと回転している。
「ちょっとってレベルじゃないよ!?」
「相当ですよねこれ!?」
シャロが落ち着いたところで三人は席に案内される。
「お待ちどう様」
注文の品をシャロが持ってくる。
三つのハーブティーと二つロールケーキだ。
シャロの頭にはあんこが乗っており、シャロのうさ耳を齧っている。
「わぁ~い♪」
「千夜さん、ご馳走になります」
「ええ、召し上がれ♪」
ココアは笑顔でロールケーキを食べ始める。
「こいつが来るなんて…、今日はついてない」
シャロが後ろで漏らした言葉に、ココアの顔が青ざめる。
「ついて…ない…」
「せっかくココアちゃんが忘れかけてたのに!ついてないなんて言っちゃダメッ!」
「んあっ!?」
千夜が声を荒げてシャロを叱るが、シャロは身に覚えがないため変な声が出ている。
(よくわからないけど、めんどくさい…)
千夜とココアの様子に疑問を思った雪兎は千夜に耳打ちをする。
「何かあったんですか?」
「それがね…」
千夜が今日の出来事の一部始終を話す。
「それは、…また」
雪兎は話を聞いて、あまりの悲惨さに同情の念を抱く。
が、ココアの身に起こったことについてはどこかで聞いたような内容だった。
(…まさか、ね?)
昨日の出来事を思い出す。ココアの身に降りかかっていることが占いとほぼ同じことを。
「そうだ。雪兎くん、私、手相を見られるの。見てあげようか?」
「手相ですか?あ、では、お願いします」
雪兎が手を差し出すと千夜は雪兎の手のひらを見始める。
「やっぱり男の子の手って、少しごつごつしてるのね」
「そ、そうですか?」
「ココアちゃんとはだいぶ触った感じが違うわ」
ちょっと気恥しくなってきたのか雪兎の顔が赤くなる。
「ふふっ♪えーと、雪兎くんの相は…、異性からモテる相があるわね…」
「えっ」
「それに、…女難の相も見られるわ。これは大変ね♪」
「女難!?」
「雪兎くんしっかりしてるし、真面目だから違うんじゃないの…?」
「そういう子ほど、女の子に振り回されるものよ~?」
「え、そ、そうなんですか…?」
「わ、私に言われても…、ま、まぁ、困ったことがあったらいつでも相談に乗ってあげるから」
「シャロさん…!ありがとうございま――はっ!?」
「…どうしたの?」
女難と言われ雪兎はある事を思い出す。
シャロがラビットハウスに来た日の事を。
そして姉がいるとはいえ女の子5人と一緒に寝泊りしたことを。
(まさか、あれが女難!?)
冷静になって考えてみる、男一人に女の子5人という状況はあまりに普通ではないのでは?
そもそもココア姉ちゃんが来てから、どんどん周りに年上の異性が増えてきて…。
異性にモテる…女難…!
グルグルと頭の中で思考が回り始めて収拾がつかなくなってくる。
「大丈夫?顔真っ赤になってるけど」
「だ、だだだだ大丈夫です!な、ななななんでもないですからっ!!」
「んん?」
「あらあら♪」
落ち込みながらもロールケーキを食べていたココアがこちらに気づく。
「どうしたの雪兎くん?顔真っ赤だよ」
「なんでもないんですってばっ!」
「へぇ?」
いつもと様子が違う雪兎の返事に、素っ頓狂な声を出すココアだった。
―――――――――――――――――
食事を終えた三人は会計を行っていた。
「はい。お釣り」
シャロがお釣りを千夜に渡そうとしたところで、千夜がシャロの手を取る。
「ふぇ!?な、何よ!?」
「シャロちゃんの手相も見てあげる。えーっとぉ、片思い中で、しかも全く相手に通じない相があるわ。障害だらけの相ねぇ…、あと、金運がひど――」
「これ以上言うなぁーーー!!」
シャロの表情がころころと変わっていくが、金運のところで耐えられなくなったのか、全力でお釣りを千夜に投げつけるが…。
「っくしゅん!」
「あっ…」
千夜が完璧なタイミングでくしゃみをしてお釣りを躱すと、後ろにいたココアの額に直撃した。
―――――――――――――――――
千夜と別れ雪兎とココアはラビットハウスに帰ってきた。
チノとリゼはすでに制服に着替えている。
「チノちゃん、リゼちゃん!私の占い当たってた?」
「え?」
リゼはチノと顔を見合わせる。
「…いや、別に何もなかったけど?」
リゼの回答にココアは肩を落とす。
「そっかぁ~。私、空からあんこが上から降ってきたり、スカート捲れちゃったり、シャロちゃんにお金ぶつけられたりして大変だったよ…。でも、雪兎くんと一緒にフルールのロールケーキを千夜ちゃんにご馳走してもらったんだ!だけど、占い勝負はティッピーの勝ちだねぇ…ってどうしたの?二人とも」
リゼとチノ、ティッピーはココアの話を聞いて顔をしかめている。
「…今後、占いはやめた方がいいぞ…。自分のために」
「なんで!?」
「…っで、雪兎はどうして顔を伏せてるの」
「…何でもない」
いつもと様子の違う弟に首を傾げるチノだった。
コーヒー占い編でした。
雪兎くんのカフェドマンシーは厄災級の破壊力となりました。
そして女難の相はある種の定番ですねw
本編で高校の場面はできるだけ中学組に置き換えてオリジナルにしてますが、何度も同じような感じになるとマンネリ化しないか不安です。
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ラッキーアイテムは野菜と罪と罰―3
最後の方がオリジナルかつシリアス気味なのでちょっとご注意。
休日のある日。
雪兎、チノ、ココア、千夜、シャロの5人は町の図書館に来ていた。
町の雰囲気に漏れず、図書館も西洋風の建物となっている。
「わぁ~!この図書館大きいねぇ!」
「どこに連れていかれるのかと思ったら…」
「ここに来るのも結構久しぶりだなぁ」
「あそこら辺でいいかしら」
「うんうん♪眺めもいいし!」
窓際のテーブルを5人で囲む。
(そういば、また女の人ばかり…、いや、気を付ければ大丈夫大丈夫…)
雪兎は先日の手相占いの件を思い出すが、大丈夫だと心に言い聞かせる。
「勉強しに来たんじゃないんですか」
「チノちゃんと雪兎くんはどうして図書館に?」
「小さいころに読んだ本をもう一度読みたくて」
「僕はその付き添いです」
「ふーん」
「でも、タイトルが思い出せないんです」
チノは手を頭に当てて、思い出そうとしているがどうしても思い出せないようだ。
「内容は覚えてるの?」
「えっと…。正義のヒーローになりたかったうさぎが、悪いうさぎを懲らしめるんですが、関係ないうさぎまで巻き込んで大変なことになるんです」
「…あ~、なんか昔に読んだ記憶があるような…?」
雪兎も読んだ記憶があるがあまり印象に残っていないようだ。
目を輝かせているチノの本の説明がどんどんヒートアップしていく。
「さらに主人公を追ううさぎまで現れて!途中で戦ったりするんですけど――」
(((そんなに憶えてるのに、また読みたいんだ…)))
熱弁するチノに3人の感想が一致する。
「そういえば、チノちゃんと雪兎くんもテスト近いって言ってたよね?」
「それなら、シャロちゃんに教えてもらったら?」
「「シャロさんにですか?」」
「ええ!特待生で、学費が免除されるくらい優秀なの」
「えぇー!すごぉい!」
千夜の紹介にシャロの顔が少し赤くなっている。
「美人で頭までいいなんてっ…!」
「非の打ちどころがないですっ…!」
「眩しい!」
「…」
ココアとチノは、手で顔を覆っているが、雪兎は微妙な表情をしている。
「そ、そんな」
「おまけにおじょうさまだなんてかんぺきすぎるわ。まぶしー」
「……」
明らかに棒読みで二人のように顔を覆っている千夜だが、指の間から目が見えている。
そんな千夜の様子にシャロの顔が引き攣っている。
それぞれが勉強道具を用意しているところで雪兎がシャロに尋ねる。
「そういえば、シャロさんに聞きたいことがあるんですが」
「何?」
「この間、スーパーの特売の時にシャロさんと同じ学校の制服を着てて、くせ毛の同じくらいの背丈の人が、ものすごい身のこなしで商品を獲得していくところを見たんですけど、もしかしてシャ――むぐっ!」
「すとーっぷ!!」
雪兎の質問を物凄い勢いでシャロが遮る。
「ききききっと、わわわ私に似てただけでべべべ別人よ!ね!ね!?ね!?」
「え、あ、はい」
物凄い剣幕で否定してくるシャロにこれ以上踏み込まない方がいいと悟る雪兎。
「どうしたの二人とも?」
「ななな何でもないのよ!あははは」
ココアが疑問に思うがそれを必死にバイトで鍛えた愛想笑いで誤魔化すシャロだった。
「それじゃココアちゃん。今日はよろしくね」
「うん!」
「え?千夜が教えてあげるんじゃないの?」
ココアに勉強ができるイメージがないと思っていたシャロが尋ねる。
「違う違う。私がココアちゃんに教えてもらうの」
「嘘でしょ!?」
割と失礼な叫びをあげるシャロ。
「私、数学と物理が得意なんだ」
「ああ見えて、理数系は強いみたいです」
「それなら、ココアがチノちゃんと雪兎くんに教えてあげればいいんじゃない?」
「う~ん。…私、総合順位で言えば、平均くらいだし…」
「そんなに足を引っ張ってる科目があるの?」
「…これ」
そう言ってココアが見せたのは文系全般の答案用紙だった。
点数は文句なしの赤点である。
「文系が絶望的!」
「…本は一杯読むんだけどね」
「ココアさんは教え方があれなので頼りになりません」
「独特というか…、なんというか…」
「あれ!?独特!?」
下二人の辛辣な評価にココアが涙目になる。
「そうなの?分かりやすいのに」
「千夜さんはきっと波長が合うんです」
「仲良しだもんね~♪」
「ね~♪」
ココアと千夜は笑顔でお互いの手を合わせている。
「ほっといて勉強しましょ、チノちゃん、雪兎くん」
「「はい」」
シャロとチノと雪兎、ココアと千夜の組み合わせで勉強会が始まる。
「この問題は、さっきの答えをここに当てはめて」
「わぁー、シャロさんの教え方、すごく分かりやすいです!」
「嬉しい!チノちゃんみたいな妹が居たら、毎日だって教えるのに」
「はう!」
チノとシャロのやり取りにショックを受けるココア。
「シャロさん、ここの問題なんですけど、見てもらえますか?」
「どれどれ?…これは、ここの計算を先にやって、こっちに当てはめるの」
「おおー!なるほど!確かに分かりやすいです!」
「ふふ♪ありがとう♪雪兎くんみたいな素直な弟も居たらよかったのに」
「ぐは!」
さらに雪兎とシャロのやり取りでココアはダメージを受ける。
「私も、シャロさんみたいな姉が欲しかったです」
「あ、その言い方は…」
「私要らない子だぁーーー!うわぁーーーーーーん!!」
雪兎の予想通り、チノの発言にココアは泣きながら机に突っ伏す。
「図書館では静かに…!」
「チノちゃんは将来、私たちの学校とシャロちゃんの学校、どっちに行きたい?」
「チノちゃんにはセーラー服の方が似合うよ!」
「ブレザーの方が絶対可愛いわよ」
「私は袴姿がいいと思うの」
「いつの時代よ…」
チノの進路先の話になったが、なぜか制服が似合うかの話しになっている。
「袴はともかく、そろそろ決めないといけませんよね。悩みます」
「雪兎くんは進路考えてるの?」
「僕ですか?」
「男の子だと、私たちの学校か、近くの男子校になるわね」
「うちの学校はブレザーだったよね?」
「男子校は学ランじゃなかったかしら」
「…雪兎に学ランは似合わなさそう」
「なんで!?」
「だって、雪兎は背が低いし…」
チノが想像しだすと同時に周りの3人もイメージする。
背が低く、顔立ちも幼い感じの雪兎が学ランを着る姿がどうやっても服に着られてるようにしか見えない。
「…雪兎くんってどっちかというと可愛らしい顔つきだし」
「髪の毛伸ばしたら、チノちゃんと見分け着かなくなりそうよね」
「ギャップ萌えってやつだね!」
「高校入る頃には今よりも背が伸びますから!」
周りからの散々な評価に落胆する雪兎。
「でも、将来のことを決めるのは難しいわよね」
「将来かぁ。…私はパン屋さんか、弁護士さんになりたいな」
ココアは将来の自分の姿をイメージする。
『私、ココア。街の国際弁護士』
「なんかおかしい!」
「街の国際とは…」
ココアのイメージに突っ込みを入れるシャロ。
「あ、ちょっと間違えちゃった。やりなおし」
ココアは再びイメージする。
『私、ココア。街の国際弁護士よ』
先ほどのイメージと違い妙に大人びたスーツ姿のココア。
「頭身の問題じゃなくて!」
「立派な夢ね!ココアちゃん!」
「えへへ~♪」
シャロの突っ込みも気に留めず千夜と手を合わせるココア。
「千夜ちゃんの夢は?」
「私は、自分の力で甘兎をもっと繁盛させるのが夢!」
「私も、家の仕事を継いで、立派なバリスタになりたいです」
「バリスタもかっこいいねぇ!」
「チノちゃんならなれるわよ」
(私はとりあえず…、今の貧乏生活から脱却したい…)
「決めた!私、街の国際バリスタ弁護士になるよ!」
「街の国際から離れてください」
もはやココアの夢は混ざりすぎてよくわからないことになっている。
「雪兎くんの夢は?」
「僕、ですか…?」
「雪兎くんも、チノちゃんと一緒に家を継いで、ラビットハウスを大きくすることかな?」
「あ、そ、そうですね!はい!」
「…?」
雪兎の歯切れの悪い回答に、チノは顔をしかめるのだった。
―――――――――――――――――
時刻は夕暮れ時となり、勉強会はお開きとなった。
チノは当初の目的であった、昔に読んだ本をココアと雪兎と共に探しに行き、机には千夜とシャロが残っていた。
「どこかなぁ。チノちゃんの本」
「これだけ本が多いと、探すのは大変そうです」
「大きな図書館ですからね。蔵書量もすごいし」
途方もない数の本を内容の記憶だけを頼りに探すのは困難だろう。
3人は図書館の中をとにかく探していた。
「正義…、悪…、はっ!」
顎に手を当て考えていたココアが突然声を上げる。
「本のタイトルわかったかもー!」
「「本当ですか!?」」
「今まで気づかなかったけど、私とチノちゃん、本の趣味が会うのかもしれないね!」
そういうとココアはチノに手を差し出す。
チノがその手を取ると同時にココアが駆け出す。
「図書館で走ったら危ないですよ!」
雪兎は駆け出した二人の後を追った。
一方、机に残っていたシャロは机に突っ伏し、千夜はシャロを見ていた。
「私が千夜たちと同じ学校だったら…、どうなってたんだろう」
「…今の学校。後悔してるの?」
「…せめて、せめてリゼ先輩と同じ学年だったら…」
(ほんとにしてた…)
幼馴染の反応に苦笑いを浮かべる千夜。
「…正直、窮屈よね。学費免除が理由でエリート学校に入れても。私なら、周りがお嬢様だらけで気を使って疲れちゃう。…でも待って、…もし、シャロちゃんが私たちと一緒の学校だったら…」
「…だったら?」
「人数合わせ的に、私とココアちゃんが違うのクラスになってたかも!?そんなの困るわ!」
「ぐさぁっ!」
千夜の言葉の刺がシャロに思いっきり突き刺さる。
「…なーんて、冗談♪」
「い、いい加減からかうのはやめてよ!」
「シャロちゃんだって、ほんとは分かってるんでしょ?」
「…」
「学校以外だって、こうして会えるんだもの、私たち、大人になってもずっと一緒♪」
「っ!」
シャロは泣きそうな表情をするが顔を伏せて隠す。
「…シャロちゃん?」
「ほんとに、そうなのかな…」
「え?」
「…だって、あいつみたいに、突然いなくなっちゃうことだって」
「…」
「…ココアを見てると、思い出しちゃうの。性格は似てないけど、あいつがもし居たらあんな感じなのかなって…」
「シャロちゃん…」
シャロは思い出す。
もう一人の幼馴染の事を。
男の子のように活発で、二人をぐいぐい引っ張って振り回してきた少女を。
三人同い年で、まるで姉妹のように育ってきた。
そして、小学生の頃にやってきた突然の別れ。
「…あの子は、ご両親のお仕事の都合だもの。仕方ないわ」
「で、でも、最近は帰ってこないじゃない!もう3年も!」
「あの子が今、必死に頑張ってるのはシャロちゃんも知ってるでしょ?ここに帰ってくるだけでも大変なのに、小学生の頃は毎年会いに来てくれてたじゃない」
中学に上がってから彼女は帰ってこなくなった。
届いた手紙には、帰れなくてごめんと書いてあった。
自分の夢のために、彼女が必死で勉強していることはシャロも知っている。
「大丈夫。きっとまた会えるわ」
「何を根拠に…」
「幼馴染の勘…かしら♪」
「何よそれ」
一方、ココア、チノ、雪兎は三人は、ココアが分かったというチノの本を取りに向かっていた。
「確か…、ここに…」
ココアは脚立を登り、本を探す。
「あっ、あったよ!」
「やりましたね!」
「おおー」
「えへへ~♪ちょっとは頼れるお姉さんになれたかな?」
「だってさ、どう?姉ちゃん」
「ココアさん…」
チノはココアから本を受けとる。
「見つかってよかったねぇ♪」
上機嫌なココアとは裏腹に本を手に固まるチノ。
「…ココアさん」
「姉ちゃん?」
チノが全く喜んでいない様子をみて訝しむ雪兎。
「これじゃない!」
「罪と罰…ってどこからこれが出てきたんですか!?」
その後、司書さんに聞いて目的の本は無事に見つかった。
―――――――――――――――――
図書館を後にした5人は帰路に着く。
ココア、シャロ、千夜の3人は楽しく談笑しており、その後ろに雪兎とチノが続く。
「…雪兎」
「何?」
「夢の、話なんだけど…」
「…」
チノの言葉に、沈黙する雪兎。
チノは雪兎が、自分と同じで家を継ぐと思っていた。
だが、雪兎は自分ではそう言わなかった。
そのことが、チノの中では引っ掛かっていた。
「…雪兎は、どうしたいのかなって思って…、その…、さっきは誤魔化したよね…?」
「…正直に言うとわからない」
「え?」
雪兎は空を見上げ、どこか遠い目で彼方を見る。
「僕も漠然と思ってた。家を継いでここでずっと暮らしていく。そうなるんだろうなって。…でも、このままでいいのかなって思うんだ」
「どういうこと?」
「姉ちゃんにはバリスタになるっていう夢がある。だから家を継ぐ。日々の接客からバリスタとして研鑽を積んで、爺ちゃんや父さんといった師といえる人たちがいる。夢に向かって進む道をきちんと歩んでいる。…なら僕は?僕はどこに向かっている?」
「雪兎…」
「バリスタになりたいわけでもない。ただただ、今の環境を惰性のまま過ごしているだけじゃないかって…。だから、進路を考えるときに思うんだ。このままでいいのかって…。何の目的も持たずに、ただこの街に居座り続けるだけでいいのかな」
チノから見た雪兎の背中は、今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えた。
夢に向かって突き進んでいるチノに比べ、夢が分からず、ただ日々を過ごしてしまっている雪兎。
こんなにも弟が悩んでいることを姉は知らなかった。
いつも一緒にいたのに、笑い合って、喧嘩もして、些細な事で張り合って、この13年間、誰よりも側にいたのに。
雪兎はそのままココアたちの後を付いていく。
チノは何かを声をかけなくてはと思うが、その言葉が出てくることはなかった。
―――――――――――――――――
その夜。
チノは部屋で落ち込んでいた。
姉なのに、悩む弟に何も声もかけてあげることができなかった。
どうやって声をかければよかったのか、後悔の念だけがチノの中に募っていく。
「何かあったんじゃな?」
「…おじいちゃん」
チノの部屋にいつの間にかティッピーが来ていた。
入室に気づかないほどに考えに耽ていたということだ。
「喧嘩をした、というわけではなさそうじゃな」
「…分かるんですか?」
「お前たちをずっと見てきたからの。それくらいは分かる。息子も気づいておるわい」
帰宅してからは雪兎はいつもの調子だった。
いや、いつもの調子に見せかけていたのだ。
しかし、父と祖父には見抜かれていた。
「…話してはくれんか?」
「…実は」
チノは今日の帰りの夢の話しをする。
「…なるほどのぉ。いっちょ前にそんなことを悩んでおったか」
「…はい。私、どう声をかけてあげればいいのか分からなくて…。弟が悩んでいるのに力になれなくて…、それで…」
「まぁ、チノからいうのは逆効果じゃろうな」
「え?」
「すでに夢を持っておる者から、慰めの言葉を貰っても、今のあやつには皮肉にしか聞こえんじゃろう」
ティッピーの言葉にチノは押し黙ってしまう。
声をかけても傷つけるのが分かっていたから、出てこなかったのだろうか。
「ここはわしに任せて、チノはもう寝なさい。明日に障るぞい」
「え、でも…」
「わしの言葉は信用ならんかの?」
「おじいちゃん…、お願いします!」
「ほっほっほ」
チノの返答に、ティッピーは気前よく笑うと部屋から出ていった。
雪兎の部屋はすでに照明が切られており真っ暗だ。
ベッドの中で横になっている雪兎は自己嫌悪に陥っていた。
(あー…、なんであんなこと口走ったんだろう…)
今日の帰りの時にチノとした会話を思い出してしまう。
将来の話は、ここ最近ずっと考えていたことだった。
自分はどうしたいのだろうか。
ただ目標もなく、家を継ぐことだけをなんとなく考えていた。
だが、チノのように夢があるわけではなかった。
日常の延長線に喫茶店があっただけ。
ただ、それだけのことだった。
(僕は…どうしたいのかな…)
自問自答を繰り返すが答えは出てこない。
「よっこいせ」
「ぐえっ!?」
突然腹部に激痛が走る。
完全に意識外からの痛みについ変な声が出てしまう。
「な!?え!?じ、爺ちゃん!?なんだよ!?」
「ほっほっほ」
慌てて照明を点けると、腹の上に乗っていたのはティッピーだった。
なぜかティッピーは上機嫌に笑っている。
「随分と、悩んでおるようじゃな」
「…」
ティッピーの言葉に図星を突かれ、雪兎は黙り込んでしまう。
「…夢が見つからないことがそんなに不安かの?」
「…姉ちゃんは夢に向かって進んでいる。僕はただ、惰性で生きている。だから…」
「惰性でいいんじゃないかの」
「え?」
「確かにチノは夢を持っておる。同じ年の姉が明確な目標を持っていることに焦る気持ちもあるじゃろう。じゃが、夢なんてものはあるとき突然見つかるものじゃよ」
「そう、なのかな…」
「わしがお前たちより何年長く生きとると思っておる。年寄りを舐めるでない」
「いや、実質死んでるでしょ爺ちゃん」
「わしはまだ生きとるわ!」
ティッピーの突っ込みに雪兎は思わず笑ってしまう。
「ようやく笑いおったわい。…雪兎、焦らんでもよい。これからいろんな経験をするじゃろう。その中で、本当にやりたいことを探せばよい」
「爺ちゃん…」
「それと、お前は昔から自分の悩みを抱え込みすぎるところがある。もっとわしら大人を頼りなさい」
「…うん。ありがとう」
ティッピーが部屋を出ていく。
(焦らなくていい…か)
雪兎は胸のつっかえが取れたような気がしていた。
―――――――――――――――――
バータイムのラビットハウス。
タカヒロはティッピーから雪兎の様子を聞いていた。
「夢か。もう将来のことを本格的に考えるような歳になったんだな…。子どもたちの成長の早さにはいつも驚かされる」
「チノに感化されて焦ったというのが実情じゃがの」
「それでもさ。二人ともいい子に育った。いや、雪兎はいい子に育ちすぎたというべきか…」
「そうじゃな…。チノはよくわしに悩みを相談するが、雪兎は全くと言っていいくらいに弱音を吐かない子じゃ。他愛もない悩みであれば話すことがあるが、真剣な悩みは自分から話そうとせん。抱え込んでしまうのがあの子の悪いこところじゃな」
昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと、チノの後ろをいつも付いて歩いていた雪兎。
甘えん坊で泣き虫だったはずが、いつの間にかお店の仕事や家事をこなし、頼れる存在となっていたが。
「サキがいなくなってしまってからか…。あの子が甘えたり、わがままを言わなくなったのは」
「下とはいえ、長男である自分がしっかりしなくてはいけない。という気持ちもあるんじゃろう」
「まだまだ子どもなのだから、親としては甘えてほしいものだがな…」
タカヒロはため息を漏らす。
誕生日、クリスマスといった行事でも雪兎が欲しいというものは実用的な物や、比較的子どもでも買えるくらいの安価なものばかりだ。
趣味のものは、自分の貯金から捻出しているものがほとんどで、欲しいという前に、自分で買っていることが多い。
最近では中学の入学祝で、自転車を買ってあげたくらいだろう。
これも、雪兎は貯金を捻出して買おうとしてたところをタカヒロが気づいて説得し、入学祝という形で買い与えたものだった。
この時に雪兎が買おうとしていたものより、上の値段の自転車を選んだ。
雪兎も最初は一番安いやつでいいと言っていたが、なんとか説得したのだった。
「ここ最近は、色々な者たちと出会っておる。雪兎も少しずつでも変わってくれればいいがのぉ」
「そうだな」
父と祖父の心配をよそに夜は更けていく。
図書館編でした。
そして、雪兎くんのお悩み編でした。
チノちゃんはバリスタになるという目標がある中、雪兎くんには目標がないことに対する焦りというものを入れてみました。
多感な時期ですからこういう悩みを持っていそうです。
そして母親を早くに失ったことから、親に甘えることを無意識に抵抗を感じてるのではないかというところもありました。
そして、こういう場面ではやはり、年の功であるティッピーの出番ですね。
雪兎くんの夢は見つかるのか、変わっていけるのかはこれから書いていけたらなと思います。
そして千夜とシャロのもう一人幼馴染の存在。
こちらもいずれ登場するかもしれません。気長にお待ちください。
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ココアと悪意なき殺意—1
今回はオリジナル要素多めです。
中学校の体育館。
チノのクラスは体育の授業中だ。
「ほっ!ほっ!…こうかな?こう?」
マヤはバドミントンのラケットを二本手に持ち、ポーズを取っている。
「…マヤさん、何してるんですか」
「勝ったときのポーズを考えてるの!チノもメグも、同じチームなんだから一緒に!」
マヤはチノとメグに促すが、チノは呆れ顔でメグも横で見ている。
「…負けたら意味ないじゃないですか」
「じゃぁ、勝たなきゃね!今度の試合」
「ほら、こう?こう?こうかな?」
マヤの決めポーズが、どんどん変なポーズへと変わっていく。
―――――――――――――――――
放課後。
いつもの中学6人組で下校している。
「今度のスポーツ大会楽しみだな!」
「だよねー!私らも絶対勝つよぉ!」
リクとマヤの運動大好きコンビはスポーツ大会の話で盛り上がっている。
「私たちがバドミントンで雪兎くんたちがバスケットボールだったよね~?」
「そうだね」
「雪兎たちは3人でチームを組んでるの?」
「うん。結構いいところまで行けるんじゃないかな。リクはバスケも得意だし、僕らもそれなりにはできるしね」
中学のスポーツ大会はいくつかある種目の中から選ぶ。
雪兎たちはバスケットボールを、チノたちはバドミントンを選択している。
「…私は運動が得意じゃないので憂鬱です」
チノは嫌そうな顔でため息をつく。
「まぁ、まだ日にちはあるんだし、しっかり練習すれば大丈夫だよ」
「練習といっても…、みんなで集まれる日がそう取れるわけでは」
「私たちと練習できなくても、雪兎くんと練習すればいいんじゃないかな~?姉弟なんだから都合もつきやすいし」
チノの不安にメグが提案を入れる。
姉弟同士であれば都合はつきやすいだろう。
「なるほど」
「確かに。リゼさんにも頼んでみたら?こういう話好きそうだし」
帰ったら相談してみようという話になった。
―――――――――――――――――
ラビットハウスに着いた二人は、帰り道で合流したリゼと共に更衣室に向かっていると、廊下で腕を振り下ろしてイメージトレーニングを行っているココアと出会った。
「…ほっ!…とぅっ!」
「何やってるんだ?」
「もうすぐ、私の学校で球技大会があるんだよ。千夜ちゃんと練習するから、その間バイトに出られなくなるけどいいかな?」
「いいですよ。頑張ってください」
「えっ?ほんとに?」
ココアの心配をよそに、チノは頷いて答える。
「別に忙しいわけじゃないしな」
「一人欠けても大丈夫ですよ」
「あ、あの、…止めないんですか?」
そこにタカヒロがやってくるが、ココアにサムズアップをして部屋と入っていく。
「…そっかぁ」
ココアはとぼとぼと落ち込んだ様子で階段を上がっていった。
「…止めてほしかったのか」
「そうだ、姉ちゃん。リゼさんに聞いてみたら?」
「ん?どうしたんだ?」
「…あの、今度、私も授業でバドミントンの試合があるんですが、…あの、ちょ、調子が悪くて…、練習に付き合ってくれませんか?」
「いいよ!親父直伝の特殊訓練を叩き込んでやるよ!」
「!?」
「特殊訓練…」
チノのお願いに二つ返事で答えるリゼだったが、特殊訓練というよくわからない単語が紛れ込んでいる。
チノはその言葉に青ざめると後ずさりして壁に背を付ける。
「…あの、でも私も人間なので、殺さない程度に…」
「…私をなんだと思ってる?」
「軍人で用心棒…ですかね」
「私は軍人じゃないし…、用心棒でもない…」
そんな様子をみて雪兎はため息をつくのだった。
―――――――――――――――――
日も傾き始めた時間。
チノ、雪兎、リゼは運動着に着替えて、バドミントンの練習のために河川敷の公園を目指していた。
「結局、ココアとあまり変わらない時間にバイト上がれちゃったな。早めに仕事変わってくれた親父さんのためにも、上達しような」
「ティッピーが頭に乗っていたら二倍の力が出せるんです。嘘じゃないです」
「学校にはティッピー連れていけないでしょ。…僕はいいって言ったのに、父さんってば…」
『お前も行ってくるといい。何、店のことは心配するな』
リゼが練習に付き合ってくれるなら自分は残るつもりだった雪兎だが、タカヒロにそう言われて無理やりに上がらされてしまった。
「そういえば、雪兎もスポーツの試合あるんだろ?何に出るんだ?」
「僕はバスケットです。チームメイトと都合が合う日にスポーツセンターで練習しようって話になってます」
「チームメイトは、前にうちに来たあいつか?」
「はい。あとは、うちには来たことないクラスメイトの友達です」
リゼはカケルとの面識はあるが、リクとの面識はない。
「そういえば、リクさんは来てくれないね」
「コーヒー飲めないって言ってたからなぁ。飲めなくていいのに」
雪兎とカケルが何度かラビットハウスに誘ったが、
『コーヒー飲めないんじゃ、行っても失礼だろ』
っと、頑なに断っている。
変なところで律儀なやつなのだ。
「そいつ、そんなにコーヒー苦手なのか?」
「なんでも父親が飲んでた缶コーヒーをこっそり飲んで吐き出したのがトラウマらしいです」
「あ~…、確かに親が飲んでるものが気になるのはわかるな」
「うちのコーヒーを飲めばそんなトラウマは吹き飛ぶはず!雪兎は早くリクさん連れてきて」
「無理に来させても悪いでしょ…」
しばらく歩き、目的の公園に近づいてきた。
「お、この辺の公園だったらいいかな?…ん?」
「お?」
「え?」
三人が橋の上から公園の方を見ると、二人の人が倒れていた。
「…ココアさん?」
「死んだふりにハマっているのか!?」
「いや、それはおかしいですよ」
「千夜さんも?」
「何があった!?」
「行ってみましょう」
二人が倒れてる公園へと向かう。
チノはどこから木の枝を持ってくると、ココアと千夜の周りを囲うようにがりがりと線を引く。
「この状況…、どう見ます?」
「姉ちゃん。それ殺人現場にしか見えないからやめよ?」
「ふむ…」
リゼは考え込むように手を顎に当てる。
「現場に残されたものは…、一つのボール…」
「バレーボールの練習するって言ってましたからね」
「はっ!球技大会の練習というのは建て前で、お互いに叩きのめし合ったということか!」
「どうしたらそう見えるのっ!?」
「…生きてたか」
リゼの斜め上の推理に、ココアがすごい勢いで起き上がって突っ込みを入れる。
続いてふらふらと千夜が起き上がる。
「…バレーボールの練習をしてたの~…」
「それがどうしてこうなったのですか?」
「ボールのコントロールが上手くいかなくて」
千夜は今まで起こったことを話し始める――
『はぁ…、はぁ…、もう、無理…。私、当日休むから…」
『努力あるのみだよ!』
千夜はすでに息が上がっており、弱音を吐くが、ココアは気合十分に千夜を激励する。
『今度はトスで返してね』
ココアはそう言うと、ボールを千夜の方へ高めに打ち上げる。
『トス…。トス…?トス!?トスって何!?』
千夜が咆哮するとそのまま飛び上がり、渾身のスパイクをボールに叩き込む。
勢いそのままにボールはココアの左頬に吸い込まれるように直撃する。
『ごはっ!?』
『体力の…、限界…』
ココアはボールに弾き飛ばされ、千夜はスパイクで体力を使い果たし、その場に崩れるように倒れるのだった――
「千夜ちゃん…、和菓子作りと追い詰められた時だけ力を発揮するから…」
ココアの顔は真っ青になっており、それを聞いていた三人は恐怖に震えている。
「これじゃぁ、チームプレイも難しいな…」
「うーん。基本動作ができないと連携は取れないですね」
「顔に当てたら反則なんだよ?」
「嘘!?知らずにやってたわ」
「えっ…、わざとじゃないよね…?」
千夜の言葉にココアが青ざめる。
「確か、顔面はセーフじゃなかったですか?」
「それはドッジボールなのでは?」
「なぁ~んだ。良かった♪」
「全然良くないよっ!?」
チノの解説に千夜は笑顔を見せるが、殺人ボールが飛んでくる被害者のココアは声を荒げる。
千夜とココア、チノと雪兎、リゼに分かれてそれぞれ練習を再開する。
「チノ。私たちも練習するぞ!」
「はい!」
「僕は後ろから見てますね」
リゼはチノから距離を取った場所でラケットを構えて、雪兎は後ろからチノの動きを観察する。
「いくぞ。それ!」
リゼがラケットでシャトルを打ち上げる。
チノは飛んでくるシャトルを見ながら間合いを測り、ラケットを振る。
「ふん!…あっ」
しかしチノの振ったラケットは空を切り、シャトルは地面に落ちる。
「す、すみません…」
「姉ちゃん力みすぎ。ラケットは腕よりも長いんだから、シャトルをしっかり見て、狙って感覚を掴まないと」
「ゆ、雪兎は小言が多い!」
「姉ちゃんのために言ってるの」
姉弟のやり取りに微笑ましくなったのかリゼが笑う。
「ははっ、落ち着いてやれよ」
「は、はい」
「よし、次行くぞ」
「お願いします!」
「次はシャトルをしっかり見て」
「私そっち行きたい」
「ダメだ」
そんな様子を見ていたココアが混ざろうとするが、リゼが拒否する。
(せめて、関係ない人に当てちゃう癖は直さないと…)
千夜は考え込んでいるが、ココアはその様子に気づかずに練習を再開する。
「今度はレシーブで返してね」
「チノ、行くぞ!」
「あっ!」
「うわっ!?」
リゼもチノとの練習を再開するが、ココアが打ったボールが思った以上に勢いで飛び出し、リゼもシャトルを打った拍子にラケットが手からすっぽ抜ける。
「千夜ちゃん!」
「危ない!」
ラケットとボールは千夜の方向に猛スピードで飛んでいく。
「!、ほっ!」
チノの後ろで見ていた雪兎が咄嗟にすっぽ抜けたラケットを手に持っていたラケットで弾き飛ばす。
「ボールが!」
無理な体制で弾いたため、咄嗟に動くことができない雪兎が叫ぶ。
「あ、靴紐が…」
しかし、千夜は靴紐が解けているいることに気づきしゃがむとボールは頭上を飛んで行った。
「えぇ…」
「自分の危険は回避できるんですね」
雪兎は唖然としており、チノは思わず呟いてしまう。
「リゼちゃん交代してぇ~!」
「しょうがないなぁ…」
ついに根を上げてしまったココアがリゼに泣きつく。
この様子を橋の上で見ている人物がいた。
ココアたちよりも年上の長いゆるふわヘアーの女性。
「楽しそう…。あ、バレーボールとバドミントン…。二つの勢力の激しい戦い…。必殺技の応酬…。書けるかも!タイトルは…、そう、撲殺ラビットレシーブ!」
そう呟くとその人物はどこかへと去っていった。
「ココアさん、バドミントン出来るんですか?」
「任せて!」
ココアはチノの質問に、俊敏な反復横跳びで答えて見せる。
「なんで反復横跳び…?」
雪兎は変わらずチノの後ろでコーチをしている。
チノはシャトルを軽く打ち上げる。
「私の華麗なる振りを見ててね!ふん!」
ココアは打ち返そうと、思いっきりラケットを振りかぶるが空を切る。
シャトルがココアの頭にこつんと当たる。
「あ…」
「…」
「これは気まずい…」
ココアとチノの間に気まずい沈黙が流れる。
「見ないでー!」
「どっちですか…」
ココアはラケットを放り出して手で顔を隠す。
「見な―――ぐはっ!」
「あ…」
ココアの側頭部に突然ボールが直撃すると、ココアは勢いよく吹っ飛ばされる。
「ああ!ごめんなさい!」
千夜は謝りつつ顔を隠してしゃがみ込んでしまう。
「…私、周りに迷惑かけてばっかり…」
「…でもさっきから私にしか当たってないよね…」
「ホーミング機能でも付いてるんですかね…」
千夜はよよよと泣き崩れ、ココアはプルプルと震えながら立ち上がる。
「だとしたら、それはもう愛です。ココアさん、私に華麗なる顔面レシーブを見せてください!」
「そんな愛やだ!」
「落ち着いて姉ちゃん、わけわかんないこと口走ってる!」
「よし、みっちり鍛えてやるからな!」
「何で私の特訓になってるの!?」
なぜかやる気満々のリゼがボールを持ってくる。
「千夜ー!おばあさんが帰りが遅いって心配してたわよー」
その時、お下げに髪を結った部屋着のシャロが公園へとやってくる。
「あら、シャロちゃん」
「お!シャロもちょっとやってくかー?」
「リゼ先輩!?」
リゼがいることにシャロが驚く。
(気を抜いた私服を見られた!こ、こんなことなら、着古した服でこなけりゃよかったっ…!)
「その恰好なら動きやすいし大丈夫だよ!」
(やる気満々だと思われてるっ!)
「被害者――人数は多い方が楽しいよ!」
(被害者!?)
「ココア姉ちゃん、被害者言うのやめましょ?」
ココアが一瞬、悪い顔をしたことを雪兎は見逃さなかった。
結局シャロも参加することになったが。
「それでは、バレー勝負を始めます」
「僕と姉ちゃんは審判です。…なんでこんな流れに?」
(なんで!?)
なぜか高校生組でバレー勝負をすることになった。
雪兎もとんとん拍子に話が進んでいく様子に困惑気味である。
「頑張りましょうね」
チーム分けはココア、シャロ対リゼ、千夜となった。
(先輩に勝てる気がしない…)
シャロは学校でのリゼをよく知っているため、勝てるビジョンが思い浮かばない。
しかし、ココアがシャロの手を取る。
「え?」
「…シャロちゃん。今こそ、あの状態になるべきだよ!」
「えぇ!?っで、でも、そんなこと…、恥ずかしい…」
「ちょっと待ってて!すぐ戻るから!」
「あっ!待って!まだ使うって決めてない!」
ココアはシャロの制止を振り切りどこかへと走っていく。
数分後――
「ヴァリボー大好きぃー!」
カフェインモードになったシャロがいた。
ココアはドヤ顔で缶コーヒーを手にしている。
「カフェインでドーピングしましたね?…っで雪兎はなんで私の後ろに隠れてるの」
「あ、あの時のトラウマが…」
雪兎はぶるぶると震えながらチノの後ろに隠れている。
(なんだか、新鮮…)
そんな弟の様子にチノは思わず笑いそうになってしまう。
「お!シャロやる気だな!」
シャロがコートに入ったためか雪兎も平静を取り戻す。
「それでは」
「試合」
「「開始です」」
雪兎とチノが試合開始の合図を出す。
「行くぞ!」
リゼがサーブを打ち試合が始まる。
シャロがまず打ち返し、リゼがレシーブで返す。
その後も帰ってくるボール全てをリゼが的確打ち返す。
「ふれー、ふれー」
千夜はコートの隅に体育座りをしてメガホン片手にリゼを応援する。
「あ、あれ?」
そんなチームメイトの様子に一瞬リゼが呆けるがボールはレシーブでしっかり返す。
一方、ココア、シャロチームは何故かチームワークが取れており、お互いにしっかりとボールを打ち返す。
(リゼ先輩にぃ~!情けないところ見せられないぃ~!)
酔っぱらいながらもシャロもボールを打ち返す。
(チノちゃんと雪兎くんに、かっこいいとこ見せなきゃ!)
ココアの方も弟妹にいいところを見せようとボールを全力で打ち返す。
「「とぉー!」」
ココアとシャロは息の合ったコンビネーションを見せる。
二人が返したボールが千夜の方へと飛んでいく。
「はっ!…あっ!」
千夜もみんなの動きを見て分かったのかボールをトスで返すことができた。
「すごいぞ千夜!」
「やっとトスできるようになりましたね」
「うん!ありがとう!みんなのおかげよ!」
千夜の元にリゼとチノが集まる。
「「ぜぇ…、ぜぇ…」」
しかし、後ろでは息が上がり、顔を真っ青にしているシャロとココアの姿があった。
「これで球技大会も勝てるかもしれないわ!よぉーし!えいえい」
「「「おー!」」」
「盛り上がってないでこっちにも救援ください!」
必死に二人を介抱している雪兎が悲鳴を上げるのだった。
―――――――――――――――――
中学のスポーツ大会当日。
チノ、マヤ、メグのチームは一回戦、同点で一点入れたら勝ちという状況まで持ってきていた。
「チノちゃん頑張れ~!」
「もう一点取れば、私たちのチームの勝ちだよ!」
コートに入っているのはチノだが、既に息が上がっている。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…。…リゼさんに教えてもらったサーブを使うときが来たようです!」
「そ、そんな技…。一般人に使う気か!?」
マヤの心配をよそにチノはラケットを握る手に力を籠め、ラケットを振りぬく。
「パトリオットサーブ!」
チノ渾身のサーブが炸裂するが、弾道が低かったのか、ネットへと突き刺さる。
「引っ掛かっちゃった…。しかも反動で吹っ飛んでる!」
「意味ねぇ!」
体力の残っていなかったチノは耐えきれずに反動で吹っ飛んでいた。
「きょ…、今日のところは…、これくらいに…、しといて上げます…。がくっ…」
「「チノぉーーー!!」」
結局試合には負けてしまった。
「…負けたのに本当にやるんですか?」
「せっかく練習したんだからね~」
「いっくよー!せーのっ!」
「「「勝利のポーズ!」」」
3人で決めポーズを決める。
「雪兎くんたちはまだやってるのかな?」
「一回戦は勝ったと聞いてますが」
「じゃぁ行ってみよう!」
3人は道具を片付けると、外履きに履き替えてグランドのバスケットコートへと向かう。
バスケットコートは三面分を使用していて、試合待ちや負けた生徒たちが観戦に集まっており、それなりの人だかりが出来ていた。
「どこかな?」
「う~ん。あ!あれじゃね?」
「行きましょう」
雪兎たちが試合をしているコートを見つけてそちらに向かう。
ちょうどリクがシュートを決めたところだった。
「お!勝ってるじゃん!」
「すごーい!」
「でもそれほど点数差はないです…!」
互いのチームの実力が拮抗しているのか点差はそこまではない。
「ナイスシュート」
「当然!」
「この調子でいこう」
雪兎たちはハイタッチをして自陣側のコートへと戻ってくる。
「雪兎ー!カケルー!リクー!負けるなよー!」
「頑張って~!」
「が、頑張ってくださーい!」
三人の応援に気づいた雪兎たちが手を振る。
「あいつらもう来たのか」
「負けたのかな?」
「どうだろ?」
軽く雑談をしているうちにホイッスルの音が響き、試合が再開される。
相手側からのボールで始まり、向かってくる相手チームをそれぞれがマークする。
カケルがマークしていた生徒がパスを飛ばし、雪兎の方にボールが向かう。
雪兎がボールを奪おうと割り込むように動くが間に合わず、相手のパスが繋がってしまう。
雪兎のマークを振り切った生徒がシュートを狙ってゴール下へと向かうが、リクがカバーに入る。
しかし、ブロックは届かず相手のシュートが決まってしまう。
「ああ!」
「点取られちゃった」
「雪兎…」
カケルがボールを受け取ると3人は自陣側に戻ってくる。
「ごめん!」
「ドンマイ。気にすんな」
「まだこっちがリードしてるから落ち着いていこう」
リクは雪兎の肩を軽く叩いて、カケルは声をかけて励ます。
ホイッスルが鳴り、試合が再開される。
カケルはリクにボールをパスし、3人は敵陣地に一気に駆け上がる。
相手チームはリクに二人、雪兎に一人がマークしている。
リクはジャンプして高めにボールを投げて、カケルにパスを渡す。
フリーだったカケルにパスが繋がり、相手の一人がマークに入る。
しかし、カケルはそのままスリーポイントのラインからシュートを放つ。
ボールは吸い込まれるようにゴールの中に入った。
「スリーポイントシュートだ!すげー!」
観戦中の生徒からも歓声が上がる。
「ナイススリーポイント!練習の成果だな!」
「これで相手側もカケルが無視できなくなるはずだね」
「はぁ~…、決まってよかったぁ~!」
相手のチームは戻りながら会話をしている当たり作戦を練り直していると見える。
カケルは雪兎とリクほど足が速くないことと、チームで背が高いこともあって、後ろで指示とパスを出す役割を担っていたのだが、攻撃にも参加したいということでスリーポイントシュートの練習を重点的に行っていたのだが、それでも入る確率は決して高くはなかった。
チャンスがあれば狙っていくくらいのつもりだったが、本番で入るとは思っていなかった。
その後も試合が続き、点の取り合いとなった。
相手のパスをリクがカットし、雪兎につないでシュート。
カケルのシュートミスを、リクが持ち前の身体能力を生かしたジャンプで取り、そのままシュートを決める等活躍した。
「「「ありがとうございました!」」」
結果、雪兎たちの勝ちとなった。
「やったじゃん!三人とも!」
「かっこよかったよ~!」
「手に汗握りました…!」
「サンキュ!」
「なんとか勝てたよ」
「ふぅ、ぎりぎりだったぁ…」
6人でハイタッチを交わす。
「っで、お前らはどうだったんだ?」
「負けちゃいました…私のせいで…」
「そっか。残念だったな」
リクがチノたちに結果を聞くと、チノは顔を伏せて答える。
「チノのせいじゃないよ!」
「気にしちゃだめだよ~」
「そうそう、気にすんなよ。チームなんだからさ」
「で、でも!―――痛っ」
まだ気にしているチノに対し、リクは軽く頭にチョップを入れる。
そして、いつにない真剣な表情でリクが喋り始める。
「いいか、チノ。チームで負けた時、自分のせいだって感じるときもある。もし、自分が上手くやれていたら勝てたかもしれない。そう思ったことは、俺も何度もある。反省することは大事だ。けどな、責めるのはダメだ。自分を責めたところで結果は変わらないし、チームメイトを責めてもチームの雰囲気が悪くなるだけだ。もし、自分のせいだって思うなら次に失敗しないようにするにはどうするか考えるんだ」
「次に…失敗しないように」
「そうだ。これで終わりってわけじゃないんだ。来年もまたあるんだから、来年はもっと上手くできるようにすればいいんだ」
リクが諭すようにチノに話す。
「さすが、サッカーチーム所属」
「説得力があるね」
その様子を後ろで見ていた雪兎とカケル。
いつものわんぱく小僧の様子を見せないで真剣に喋るリクに関心している。
「そうだよ!来年こそ一回戦突破だ!」
「頑張ろうねチノちゃん!」
「…はい!」
「リクもたまにはいいこと言うじゃん!」
「たまにはは余計だ!」
マヤの軽口にリクもいつもの調子に戻る。
「さて、そろそろお昼に行こうよ」
「お、もうそんな時間か。めしめし~♪」
「今日はみんなで食べよ~」
「よーし!みんなで次の試合の作戦会議だ!」
カケル、リク、メグ、マヤが校舎の方へと走っていく。
「姉ちゃん。僕らも行こう」
「…雪兎」
「うん?」
「来年は勝てるようにもっと練習する!」
チノは満面の笑みでそう言った。
―――――――――――――――――
球技大会後のラビットハウス。
「球技大会勝ったよ!」
ココアが帰ってくるなり声を上げる。
すでにチノ、雪兎、リゼは制服に着替えている。
「千夜のやつ、大丈夫だったのか?」
「千夜ちゃんだけ、種目をドッチボールの子と交代してもらったんだけど、避けるのだけは上手くて、ボールが全然当たらないの」
「なぜ、最初からドッチボールにしない…」
リゼの突っ込みに、大きく頷くチノと雪兎。
「チノちゃんと雪兎くんはどうだったの」
「…あの、せっかくリゼさんが毎日に付き合ってくれたのですが…」
「姉ちゃんたちは一回戦負け。僕らは三回戦までは勝てたんですけど、準決勝で負けちゃいました」
「そっかぁ~。残念だったね」
「いえ、来年はもっとうまくやります!」
「おおー!チノちゃん気合十分だね!」
チノは拳を握りしめる。
そんな様子のチノを見てリゼが雪兎に尋ねる。
「あんなに自信なかったのに、チノのやつ、ずいぶんとやる気だな」
「チームメイトと約束してましたから。来年こそは勝つって」
「そっか。じゃぁ、私も来年は気合を入れてチノを鍛えないとな!」
「ほどほどでお願いします」
そんな様子を見てリゼと雪兎は笑うのだった。
球技大会編でした。
チノちゃんたちは中学校の体育の授業からスポーツ大会にしてみました。
せっかく中学組ががっつり絡めそうだったので、だいぶ改変してみましたが、楽しく書けました。
ほんと中学組は動かしやすいです。
次回の父の日編は、本編はリゼがメインの話なのでこちらも雪兎くんたちを中心にオリジナル改変になるかと思います。
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ココアと悪意なき殺意—2
9割方オリジナルという展開に…。
リゼの出番が大幅カットになってしまったので、リゼ好きの方が居ましたらすいません…。
UA5000超え、お気に入り50超えしてました。いつもありがとうございます。
ある日のラビットハウス。
客が入っていない中、チノとココアはカウンターで作業をしていた。
「う~ん」
「どうしたの?チノちゃん」
「あ、いえ。もうすぐ父の日のなので、何を贈ろうかと思いまして」
「そっかぁ!父の日かぁ!」
キッチンの作業を終えた雪兎が戻ってくる。
ちょうどその時、ラビットハウスの扉が勢いよく開く。
「明日から私は、ほかの店でもバイトすることにした!」
勢いよくリゼが入ってくると、別の場所でバイトをすると言い出した。
「「え?」」
「シフトを少し変えてもらったから、よろしく」
「そうですか。頑張ってください」
「ああ」
雪兎は普通に返事をするが、チノとココアは固まっている。
「リゼちゃんが軍人から企業スパイにっ…!」
「…スパイなんて頼んでませんよ!?」
「軍人じゃないし…、スパイでもない…!」
「じゃ、じゃぁどうして!?私たちにはもう飽きたの!?」
「変な言い方するな。実は…」
リゼは事の経緯を語りだす――
『パトリオットサーブ!』
リゼ宅の裏庭。
リゼがバドミントンのサーブ特訓をしていた時だった。
『パトリオットサーブ!パトリオットォ!サァーブ!」
渾身の力で打ち出したサーブだったが、ラケットがリゼの手からすっぽ抜けると、木に当たり跳ね返った拍子に窓ガラスを粉砕して室内へと飛び込んでいった。
『あ…』
パリーンと窓ガラスが砕けると音と共に別の何かが壊れる音がした――
「親父のコレクションのワインを一本割ってしまったんだ」
「あらら。それはまた高価なものを…」
「だから!父の日に親父が飲みたがっていたビンテージワインを贈って、罪滅ぼしがしたい!」
「女子高生がまたそんな高価なお酒を…」
「プレゼントなら、未成年でもワインが買えるし!バイトを掛け持ちしようかと!」
ビンテージワインを買おうと思えば、一か所だけのバイトではとてもじゃないが買えないだろう。
「なるほど~。それで、どこでバイトするの?」
「まずは、甘兎庵。そして、フルール・ド・ラパンだ。千夜とシャロには既に話を通している」
「なるほど。知り合いのいるところにしたんですね」
「ああ。その方がスムーズに話が進むからな」
こうしてリゼはラビットハウス、甘兎庵、フルール・ド・ラパンで掛け持ちバイトをすることになった。
―――――――――――――――――
次の日の中学校。
授業が終わり、放課後となる。
「じゃあなーチノ!」
「チノちゃんまた明日!」
「はい」
マヤとメグは用事があるため、先に帰っていった。
チノが廊下を出ると、ちょうど雪兎たちも出てきたところだった。
「おう、チノ。一人か?」
「マヤさんとメグさんは用事があるので先に帰りました」
「そっか。じゃ、4人で帰ろっか」
「はい」
「うん」
今日は4人で帰ることとなった。
学校を出て帰路に着いたところでリクが切り出す。
「なぁ、雪兎、チノ。二人に頼みたいことがあるんだがいいか?」
「はい?」
「どうしたの改まって?」
「もうすぐ父の日だろ?」
「そうだね」
「でさ、最近、親父がコーヒーにハマっててさ。父の日に旨いコーヒーを入れてやってびっくりさせようと思って…。だから、俺にコーヒーの淹れ方を教えてほしい!」
リクの発言に三人は目を丸くさせている。
「だいぶ斜め上の発想だね」
「素直に何かを贈るでなく、手間がかかる上でのサプライズとは、リクくんらしい捻くれっぷりだね」
「あぁー!お前らうるさいうるさーい!」
「…いえ、とても素敵だと思います」
「「ええ!?」
雪兎とカケルの冷めたリアクションとは別に、チノは目を輝かせている。
「大切な人を思って最高の一杯を入れる…。いいと思います!」
「あ、いや、大切な人って…、ただの父親だし…」
力説するチノに対して妙に照れているリクは顔が赤くなっている。
「わかりました。この不肖、香風智乃。半人前の身ではありますが、リクさんを立派なバリスタに育てて見せます!」
「た、頼む!チノ!」
「姉ちゃん!なんかだいぶ話が飛躍してる!」
「リクくんバリスタになるの確定なんだ…」
二人の突っ込みは全く耳に届いておらず、チノはリクの手を取る。
「では早速修行です!ラビットハウスに行きましょう!手は抜きませんので、しっかり付いてきてください!」
「お、押忍!」
チノとリクは駆け足でラビットハウスへと向かっていった。
「…どうしてこうなった?」
「コーヒーに対してはほんと真摯だね、チノさん」
「前からリクにもうちに来てほしいって言ってたからなぁ…。リクがコーヒーに興味を持ってくれたことが嬉しいのかも…。カケルはどうする?」
「ボクはもう父の日に贈るものは用意してるから、二人の修行に付き合おうかな」
結局、残された二人も修行に付き合うことにした。
―――――――――――――――――
先に行ってしまったチノとリクに追いついた雪兎とカケルは、ラビットハウスに着いた。
「「ただいま」」
「「お邪魔します」」
「おかえり。おや、君たちは」
ラビットハウスではタカヒロとティッピーが接客をしていた。
「カケルと、こっちが僕のクラスメイトのリク」
「おじさん。こんにちは」
「は、初めまして!」
「僕らは着替えてくるから、カウンター席で待ってて」
そう言ううと、雪兎とチノは奥の扉へと入っていった。
残された二人がカウンター席に腰を掛けると、タカヒロが二人分の水を出す。
「こちらメニューになります」
タカヒロは続けてメニューを取り出すと二人に渡す。
「え。コーヒーの種類ってこんなにあんの?」
「君はコーヒーは初めてかい?」
「あ、はい。こういうところで飲むのは初めてです」
「ほぅ。喫茶店デビューとはな。うちが初めてとは幸せ者じゃな」
「そうか。では、最高の一杯で持て成さなければいけないな」
はっはっはっと優しく笑うタカヒロ。
だが、リクはカケルのこっそり耳打ちする。
「なぁ…、今、おじさん以外の声が聞こえた気がしたんだが…?」
「…気のせいじゃない?」
ちょうどその時、ラビットハウスの制服に着替えたチノと雪兎が戻ってくる。
「お待たせしました」
「待たせてごめんね」
二人がカウンター席の前に立つと、タカヒロの頭の上にいたティッピーがチノの頭に飛び乗る。
「彼は喫茶店デビューだそうじゃないか。最高の一杯で持て成してあげなさい。じゃ、二人とも後はよろしく」
「はい!」
「もちろんそのつもりだよ!」
意気込み十分な子どもたちをみて笑うと、タカヒロは奥の扉へと入っていった。
「…さて、バリスタ講座を始める前に、まず、お二人にはコーヒーを飲んでもらいましょう」
「まずは、飲んで味を知ってもらって、それから実践といこう。…そして、リクが来てくれたんだから、久々にあれをやろうか」
「いいね。久々に腕がなるよ…!」
まずはコーヒーを飲むという話になったはずだが、チノと雪兎がバチバチと火花を散らしている。
「どうしたんだこいつら?」
「チノさんと雪兎くんは、コーヒーをいかに美味しく入れるか互いに切磋琢磨してきたんだよ」
「つまりライバル同士ってことか?」
「勝敗は簡単。どっちがリクに美味しいって言わせるか。お題は初心者向けで」
「じゃぁ、比較的飲みやすい『コロンビア』でいこう」
「のった!」
二人の間でレギュレーションが決まると、テキパキと機材や道具、コーヒー豆を用意する。
二人の動きが止まると、再び謎の老人の声がする。
「…用意!はじめ!」
開始の合図とともに二人が動き始める。
コーヒー豆をミルに入れ、レバーを回してコーヒー豆を挽く。
次に理科の実験で使うようなガラス器具をセッティングしていく。
フラスコの中にお湯を入れると少し放置し、カップにお湯を移す。
次に沸騰したお湯をフラスコの中に入れる。
「なんでお湯さっき入れたのに、一回カップに移したんだ?」
「フラスコを温めるためだよ。この後に火にかけるから冷えたままだと割れちゃう可能性があるんだ」
雪兎は説明をしながらも作業を続ける。
チノの方はアルコールランプに火をつけて、フラスコ内のお湯を温め始める。
「お、アルコールランプ。理科の実験で使ったな」
「はい。うちではコーヒーを入れるのに欠かせないものです」
フラスコ内のお湯が沸騰を始めると先ほど挽いたコーヒー豆をもう一つの底が細長く伸びた穴が付いたフラスコに、フィルターを取り付けたフラスコに入れる。
二つのフラスコを組み合わせて上下に合体させる。
すると、下の熱せられたフラスコの蒸気が上へと昇ってくる。
「おおー、上にコーヒーが!」
「ふふふ。よーく見てて、ここからが面白いんだ」
リクのいいリアクションに雪兎も機嫌がよくなる。
カケルはそんな様子を横から眺めている。
昇ってきた蒸気の中にコーヒー豆を沈めるように竹べらを動かす。
全体が浸かったところでかき混ぜ、アルコールランプを外し、火を消す。
再び、コーヒーをかき混ぜると竹べらを止めて少し待つ。
すると、上のフラスコに留まっていたコーヒーが一気に下へと移動する。
「おおー!すげー!」
「あとは、上のフラスコを外して、カップに注げば完成です」
上のコーヒー豆だけになったフラスコを外し、下の出来上がったコーヒーをカップに入れる。
チノと雪兎は出来上がった4杯分のコーヒーをリクとカケルの見えないところでシャッフルし、それぞれに出す。
「「お待たせしました。コロンビアです」」
「ほぉ~。喫茶店のコーヒーってこんな感じに作るんだな…」
「サイフォン式は中々家庭じゃできないね」
「さ、冷めないうちに飲んでよ」
「「いただきます」」
リクとカケルは一杯目のコーヒーに口を付ける。
「…苦い。けど、缶コーヒーと全然違う」
「ミルクと砂糖もありますので、飲みやすいように調整するのがいいです」
「ブラックで飲むのが礼儀じゃないのか?」
「そんなの気にしてないよ。自分が美味しいって思える飲み方で飲めばいいんだよ」
雪兎の回答に、うんうんと頷くチノ。
リクの言ってることはよく勘違いされることだ。
美味しく飲めればそれでいいのだ。
「飲み比べだから、もう一つの方も飲んでみてよ」
「そうだったな」
リクはもう一つのカップに口を付ける。
「こっちも苦い…。けど味が違う」
「入れる人でコーヒーの味は変わります。豆は同じでも焙煎の度合い、挽き方、温める時間でも変わるんです。豆も毎回同じというわけでもなく、買った時期によっても微妙に変化が現れます。サイフォン式は同じ味を出しやすいですが、それでも若干の変化はありますね」
「ほぉー…」
「じゃ、ボクは角砂糖を1つ」
「あ、俺も、ミルクと角砂糖を」
リクが感心していると、カケルが横で角砂糖で味の調整を始めたのでそれに続く。
「お、飲みやすい。美味い…」
リクの美味しいという感想に、チノと雪兎が笑顔になる。
「うん、美味しい。コロンビアもたまにはいいね」
カケルも美味しいという感想を漏らす。
リクも手を止めることなく、二杯分のコーヒーを飲み干す。
「さて、リクさん。どっちのコーヒーが美味しかったか、判定をお願いします」
「う~ん。こっちだな」
リクは左手のカップを持つと、チノは小さくガッツポーズをし、雪兎は項垂れる。
「リクさんはいい舌を持っています。これならバリスタ修行も大丈夫です」
「くっ。リクの舌でも姉ちゃんが上かっ…!」
「そうだね。ボクもチノさんの方のコロンビアが好きかなぁ」
チノは勝ち誇ったような表情をし、雪兎はとても悔しそうな表情をしている。
プロのバリスタになるつもりはないが、小さいころから競っていた姉に負けるのはそれはそれで悔しい雪兎。
「「ごちそうさまでした」」
カケルとリクは飲み終えたカップをチノと雪兎に手渡す。
雪兎は負けた罰ゲームということで、カップを洗い始める。
「さて、お二人には早速バリスタ修行を始めてもらいましょうか」
「なぁ、チノ。俺らは店員側に立つことになるけど、この格好でいいのか?」
カケルとリクが着ているのは学校の制服で、ラビットハウスの制服ではないのはまずいのではという意見だ。
「そのままだとちょっとまずいかな?」
「それならいいものがあるよ」
「うわ!?父さんいたの!?」
突然、奥の扉からタカヒロが顔を出すと、二人を手招きする。
カケルとリクはタカヒロに付いていき、しばらくすると戻ってくるが。
「その服…!」
「母さんが作ってたやつ!まだあったんだ」
二人は雪兎と同じラビットハウスの制服を着ていた。上着とネクタイの色が違っており、カケルは緑、リクは赤を着ている。
「どうだ?似合うだろ」
「どうかな?」
「ええ。とても似合ってます」
「うん。すごくいいよ」
二人はとてもよく似合っていて、チノと雪兎の感想も一致する。
「この服を着てたら、うまくコーヒーを淹れれそうな気がしてきた!」
「さすがにプラシーボ効果ですね」
「現金だねぇ、リクくんは」
「まぁ、やる気になったのはいいことだね」
ふんと鼻を鳴らすリクにみんなが笑う。
その時、ラビットハウスの扉が開く。
「たっだいまー♪」
高校が終わったココアが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「おかえり、ココア姉ちゃん」
「「お邪魔してます」」
「あれ?その子たち。新しいバイトの子?」
ココアは初対面のカケルとリクがラビットハウスの制服を着ていることに目を丸くする。
「いえ、この二人は雪兎のクラスメイトです」
「制服を着ているのはちょっと理由がありまして」
「あの人は?」
「この春からうちで下宿しているココアさんです」
「初めまして、カケルです」
「リクです」
「ココアだよ!よろしくね!カケルくん!リクくん!」
二人が自己紹介するとココアは満面の笑みで二人の手を取り、自己紹介する。
「二人はどうしてラビットハウスに?」
「うちでバリスタ修業をすることになりまして、私と雪兎でコーヒーの淹れ方を教えているんです。」
「修行!いいねぇ!男の子らしくてかっこいいね!」
「いや、どこがかっこいいんだ…?」
「あはは…」
ココアのテンションにカケルとリクは置いてけぼり気味である。
「ふっふっふ。このお姉ちゃんが、二人を立派なバリスタに鍛えてあげるよぉ!」
「ココア姉ちゃんそもそもコーヒーの味の違いが判らないですよね?」
ココアはどや顔で胸を叩くが、雪兎が突っ込みを入れる。
混沌としたラビットハウスのホールだったがとりあえず落ち着きを見せる。
ココアはキッチンに向かい、4人はカウンターでバリスタ講義を始める。
「サイフォン式は、一般家庭だとそうないから、ペーパードリップ式でやろうか」
雪兎とチノは、先ほどとは別の道具を取り出す。
「あ、これ親父が使ってるやつと似てる」
「うちにもあるよ」
二人の家にもあるので、練習にはもってこいだろう。
「コーヒー豆はどうします?」
「さっき二人が使ったやつでやってみたい」
「ボクらがどれだけ二人と差があるかよくわかるだろうし」
コーヒー豆はコロンビアを選び、準備が整う。
「では、早速実践と行きましょう。まずは使う機材を温めます」
チノは、ドリッパーとサーバーにお湯を入れ、機材を温める。
「次に、ミルで豆を挽くよ」
ミルの中にコーヒー豆を入れてカケルとリクがレバーを回す。
「どれくらい挽けばいいんだ?」
「ある程度お好みですが、ペーパードリップなら中細挽きくらいがいいと言われてます」
「グラニュー糖くらいって例えられてるね」
「…グラニュー糖ってどれくらいの粗さなんだ…?」
「僕が見ておくからとりあえずやってみよう」
リクは料理をしないせいか、グラニュー糖の粒のイメージが出てこない。
しばらく回し続けて、雪兎がリクにストップをかける。
「うん。いい感じだね」
「結構大変だなこれ」
コーヒー豆を挽き終わると、ドリップとサーバーを温めていたお湯を捨てる。
「ドリッパーにフィルターを取り付けて、適量の挽いたコーヒー豆を入れます」
「適量ってどれくらいだ?」
「今回は2杯分、20グラムくらいかな。このスプーン2杯分くらいだね」
ドリッパーにフィルターを取り付けると、挽いたコーヒー豆をスプーン二杯分を入れる。
「このとき、コーヒー豆が均一になるように、軽くドリッパーを振ります」
「こんな感じかな?」
「そうですね。表面が平らになるような感じです」
ドリッパー内のコーヒー豆を整えると、サーバーに取り付ける。
「ではお湯を注いていきましょう。まずは少しだけ入れてコーヒー豆を蒸らします。この時、フィルターにできるだけ当たらないようにコーヒー豆全体にお湯が当たるように注ぎます」
「こんな感じか?」
「そうそう。フィルターに当たらないように中心から外に向かって円を描くように、コーヒー豆全体に注ぐように入れるんだ」
「注いで少ししますと、サーバーに水滴が落ち始めます。水滴が落ちれば適量が入った合図です。少し入れて待つを繰り返して調整するか、測りで測って適量分を入れる等のやり方がありますね」
二人がお湯を注いでしばらく経つと、サーバーに水滴が落ち始める。
「お!落ち始めた」
「こっちもだよ」
「ではそのまま20秒ほど放置して、豆を蒸らします」
「おお。なんかお湯を注いだ豆が膨らんでる」
「それは豆の中のガスが出ているんだ。ガスを出しておくと、コーヒーとお湯が馴染みやすくなって、コーヒーの美味しさが引き立つんだ。地味だけど重要な工程なんだよ」
20秒ほど放置し、次の工程へと移る。
「では、ここからが本番です。お湯を注いで、コーヒーを抽出します。まず最初は多めのお湯を先ほどと同じ要領で注ぎます」
「中央が盛り上がってきてるね」
「カケルさん、いったん注ぐの止めてください。すると盛り上がったところが下がり始めます。少し窪んだところで、先ほどとは少ない量のお湯を注ぎます」
「リクもいい感じ。よし、もう一回注いで」
チノと雪兎の指示に従って、カケルとリクが再びお湯を注ぐ。
「もう一度、同じように先ほどよりもさらに少量のお湯を入れます。そして、抽出が完了したら完成です」
最後のお湯を注ぎ、ドリッパーとサーバーを分離させて、温めておいたカップにコーヒーを注ぐ。
「ペーパードリップ式コロンビアの完成です」
「「おおー」」
初めて淹れたコーヒーを前に感嘆の声を上げるカケルとリク。
「それじゃ、早速試飲といこうか」
2杯分のコーヒーを半分ずつで分けて4人分のカップに入れて飲んでみる。
「…う~ん?チノと雪兎がいれたやつと比べるとだいぶ違うような…」
「だいぶ雑味が多い感じがするね」
初めて淹れたコーヒーだったが、リクとカケルは満足のいく出来ではないようだ。
「初めてでこれだけ出来たなら大したものだよ」
「はい。確かに雑味が少々ありますが、しっかり抽出はできています」
「うむ。初めてにしては上出来じゃ」
「二人がペーパードリップ式で入れたらどんな感じになるんだ?」
「では実演してみましょうか」
「よしきた」
チノと雪兎は二人が使った同じ機材を取り出して、テキパキと先ほどの工程を行っていく。
「さすが経験者だね」
「俺らとスピードが全然違う…」
お湯を沸かし、ミルで豆を挽き、ドリッパーにフィルターを付け、挽いた豆を入れてお湯を数回に分けて注ぐ。
「「できた」」
「はえーよ」
先ほどの三倍くらいは早いのではというくらいにあっという間にコーヒーを淹れ終えるチノと雪兎。
早速、二人が出来上がったコーヒーを試飲する。
「うわ。全然違う…」
「うん。雑味が全然ない」
二人の感想に腕を組みドヤ顔になるチノと雪兎。
「僕らは小さいころから淹れてるからね」
「年季が違います」
「…こんな自信満々なチノ初めて見たぞ」
「さすがバリスタ志望だね」
突然、奥の扉が開くとココアが勢いよくバスケット片手に現れる。
「みんな!お姉ちゃんから、頑張る妹と弟たちにパンの差し入れだよー!」
「…俺らいつから弟になったんだ?」
「さぁ?」
「いつものことなので」
「気にしないでください」
「妹と弟たちが辛辣!」
ココアはショックを受けるがすぐに立ち直る。
「焼き立てパンだから食べてみて♪」
「これ、自家製ですか?」
「そうだよ!私の実家はパン屋さんなの!」
「では一度休憩にしますか」
「そうだね」
休憩しようということになり、淹れたコーヒーとバスケットを運び、二つの机を囲む。
「さぁ遠慮せずに食べて食べて!」
「じゃ、遠慮なく」
「いただきます」
カケルとリクがパンを手に取り、口に運ぶ。
「お。美味い」
「さすが焼き立て、すごく美味しいです」
「二人の口に合ってよかったよ。ほら、チノちゃんと雪兎くんも食べてよ♪」
二人の素直な感想にココアは機嫌をよくすると、チノと雪兎にも食べるように促す。
「それにしてもコーヒーたくさん作ったねぇ」
「バリスタ講座ですからね」
「コーヒーがたくさんになるのは仕方ないです」
「では、私も一口…」
ココアは近くにあったコーヒーカップを手に取り、コーヒーを飲む。
「この上品な味!ブルーマウンテンだね!」
「「「「コロンビアです」」」」
ココアの感想に全員の声が揃うのだった。
―――――――――――――――――
お店の手伝いをしつつ、カケル、リクはチノと雪兎の講義を受けている。
そうこうしているうちに二人が帰る時間となった。
「雪兎、チノ、今日はありがとな。ココア姉もパン美味かったよ」
「雪兎くん、チノさん。また明日。ココアさん、パンありがとうございました」
「お二人ともお疲れさまでした。お家でもぜひ練習してみてください」
「二人ともすぐに上手くなるよ」
「私のことはお姉ちゃんだと思って頼りにしていいからね!」
相変わらずなココアの様子に思わず笑ってしまうカケルとリク。
二人はココアにしつこくお姉ちゃん呼びを頼まれたが、リクが折れてココア姉という呼び方に落ち着き、カケルは鋼の意志でココアさん呼びを貫き通した。
二人を帰っていくのを三人で見送ると、ラビットハウスへと戻る。
「うんうん。雪兎くんのような素直な弟もいいけど、カケルくんのような聡明な弟や、リクくんのような元気な弟もいいねぇ♪」
「もう弟認定は確定なんですね…」
「ココアさんですからね…」
ココアが満足気にうなずいている様子を見てため息をつく香風姉弟。
「そういえば、私たちは、三人はお父さんに何を贈ろうか?」
「実用的な物がいいんですが…」
「あ、僕はもう用意してますので、大丈夫です」
「「いつの間に!?」」
雪兎はすでにタカヒロへの贈り物を買っていた。
現在は、しっかり包装して部屋にしまってある。
「見せて見せて!」
「ココア姉ちゃんが見てどうするんですか…」
見せてと催促するココアだが、贈り物の包装紙を破るわけにはいかないので断る。
「えぇ~…。じゃぁ、私たちは二人で贈ろうか」
「そうですね」
「っで、何にするんですか?」
「実用的な物…、それなら、手作りネクタイとかどうかな?水玉とか」
「水玉はちょっと…、うさぎ柄ぐらいじゃなきゃ、父は喜びませんよ」
「うさぎ柄で喜ぶ姿が目に浮かぶ…」
「うさぎ柄いいねぇ!今度、生地買ってきて三人で作ろ!」
「可愛い生地が見つかるといいですね」
「え?僕もですか?」
「うん!やっぱり三人で贈ろうよ!雪兎くんの贈り物と合わせて!」
ラビットハウスのホールで盛り上がっている会話を扉の前で聞いたタカヒロ。
「…うさぎ柄」
顔を赤くして嬉しそうに呟くのだった。
父の日編、前編でした。
コーヒーの淹れ方はネットで検索してなんとか描写してみましたが、作者自身がコーヒーにほぼ無縁だったので細かい突っ込みは勘弁していただけると幸いです…。
調べてみるとちょっとやってみたくもなりますね。
中学組メインでラビットハウス中心に改変したので、リゼ、千夜、シャロの出番がカット状態に…。ごめんよぉ…三人とも…。
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ココアと悪意なき殺意—3
ほぼ9割方オリジナルでめちゃくちゃ大変でした。
バリスタ講義開始から二日後。
昨日は二人とも別の用事があっため講義は開かれず、一日開けた開催となった。
4人はそれぞれラビットハウスの制服に着替えてホールに集まっていた。
「そうだチノ。親父が使ってたコーヒー豆をちょっと拝借してきたんだけど、これ、どういう味のやつかわかるか?袋はさすがに持ってこれなかったから、ケータイで撮ってきた」
「見せてください」
チノはリクから、挽かれたコーヒー豆の入った袋を受け取り、写真を見る。
「写真はブルーマウンテンの袋ですね。っで豆は…」
チノは袋から少しだけ取り出したコーヒー豆を指先に乗せると、匂いを嗅ぎ、口に入れる。
「…焙煎具合はフルシティローストですね。挽き具合は中細より細か目…、リクさんのお父さんは濃い目の味がお好みのようです」
「そうか!じゃぁ俺が目指す奴は!」
「はい。方針はこれで決まりですね」
チノがわずかなコーヒー豆から情報を正確に抜き出す。
「すごいねチノさん。あれだけで焙煎具合とかわかるんだね」
「姉ちゃん、味にはほんと敏感だからね。その分、好き嫌いも多いけど…」
「一長一短って感じだね…」
カケルもチノの、コーヒーの目利きの驚いているが、雪兎の言葉から若干残念な感じに変化する。
「カケルはどんな味を目指すの?」
「ボクはとりあえず今の淹れ方を上手くする感じかなぁ。こだわりは今のところ特にはないし」
「そっか。じゃぁ練習あるのみだね」
2人分の機材を用意して、今日の講義が始まる。
リクは家で使用している豆と同じものを選び、カケルはキリマンジェロを選ぶ。
「では、一昨日のおさらいをしながら進めましょう」
チノがそういうと、カケルとリクは前回と同じ手順でコーヒーを淹れ始める。
「たっだいま~♪あ、今日はみんなお揃いだね!」
「「おかえりなさい」」
「「お邪魔してます」」
二人がコーヒーを淹れてるところで、ココアが学校から帰ってくる。
「そういえば、リクくんとカケルくんはどうして二人からコーヒーの淹れ方を習おうと思ったの?」
着替えて戻ってきたココアが二人に尋ねる。
「えっ!?あ、こ、こいつらが喫茶店でコーヒー淹れてるって聞いて興味を持ったから!」
「ボクは…、付き添い?」
「…付き添い?」
理由を言うのは恥ずかしいのかリクは誤魔化し気味に話し、カケルは普通に理由を話すがリクに付き合う形だったので疑問形になっている。
「よーっす。あれ?新人か?」
続いてリゼがラビットハウスにやってくる。
「リゼちゃん!紹介するね。私の新しい弟たちです♪」
「嘘をつくな」
ココアのご機嫌な紹介に突っ込みを入れるリゼ。
「だから、俺らはいつから弟になったんだ」
「気にしないでください。いつもの事なので。この二人はバリスタ見習の弟子たちです」
「弟子?ってカケルと、もう一人は…?」
「こちら、雪兎のクラスメイトのリクさんです。スポーツ大会で雪兎のチームのもう一人です」
「初めまして。リクです」
「前に雪兎が言ってたバスケのチームメイトか。リゼだ。よろしくな」
初対面の二人は自己紹介をし、握手を交わす。
「弟子入り…。まぁ遠からずって感じかな?」
「実際教えてるからね」
「うちでコーヒーを淹れる修行をしているんです」
「要するに、コーヒーを淹れる訓練だな!厳しくいくぞお前ら!」
訓練と解釈したリゼのテンションが上がるが、二人は困惑気味である。
「どうしたんだこの人…」
「リゼさんは親が軍人で、厳しくしつけられてきたからあんな感じに軍隊的な言葉を使うとテンションが上がるんだよ」
「なんだそりゃ…」
「ラビットハウスの人は変わった人ばかりだね」
「…否定できない」
二人のココアやリゼの印象に頭を抱える雪兎。
その様子をリゼは顎に手を当てながら見ている。
「…しかし、小さいのが3人いると見分けがつかなくなるな」
「え?」
「小さい!?」
リゼの小さい発言にリクはショックを受ける。
事実、リゼは160cmくらいあるので三人はリゼより背が低い。
「雪兎、カケル、リク…。三人まとめて、ユカリ隊だな」
「「「ユカリ隊!?」」」
男子三人小隊、ユカリ隊が誕生した。
―――――――――――――――――
ココアとリゼが着替えてホールに戻ってくる。
するとちょうど来客を知らせる扉が開いた。
「いらっしゃいませー」
するとリゼは客を招き入れるように、軽く体を傾けて体の横に手を出す。
「あれ?」
「リゼさん…」
「リゼちゃん、そのポーズ可愛い♪」
「あ、いや、これは…」
リゼが咄嗟に取った仕草に感銘を受ける雪兎とチノとココア。
そのことを指摘されて照れるリゼがだが、満更ではないようだ。
「その、そうか?」
「うん♪」
「はい」
「そうですね。すごくいいと思います」
その様子を後ろで見ていたリクとカケル。
「接客は意外と普通なんだな」
「どういう意味だそれ!?」
「さすがに軍人テンションで接客したらお客さん困惑するでしょ」
「私は軍人じゃない!」
二人の感想にしっかり突っ込みを入れるリゼ。
それなりに客が入りだし、カケルとリクも手が空いた時に仕事を手伝う。
「お待たせしました。サンドイッチとブルーマウンテンです。ごゆっくりどうぞ」
カケルが配膳を行う。
「カプチーノが2点、ココア特製パンケーキが2点で2200円になります」
こちらではリクがレジ打ちを行っている。
「3000円お預かりしましたので、800円のお釣りになります。ありがとうございました」
それぞれの仕事を終えたカケルとリクがカウンターへと戻ってくる。
「おお~、二人とも接客できてる!」
「手馴れてるな」
「俺は、実家が雑貨屋だから店番はよくやってるんだ」
「ボクは、ここにお客で来た時の見様見真似です」
リクは自信満々に答えて、カケルは少し照れながら答える。
「お二人ともしっかりできてます。ココアさんとは大違いです」
「あ、あれ!?」
思わぬ方向からの飛び火にココアが困惑する。
「そうだな。カップを割るし、よくさぼるし…」
「も、もぉ~!弟たちの前で言わないでよ~!」
顔を真っ赤にしてぷんぷんと怒るココア。
「…なぁ、雪兎」
「何?」
いつの間にかキッチンから戻ってきていた雪兎にリクとカケルが尋ねる。
「ココア姉って色々大丈夫なのか?」
「うんまぁ、天然な感じはするよね、ココアさんは」
「接客は問題ないんだよ。接客はね…。ちょっと抜けてるというか…。悪い人じゃないんだよ…」
二人の不安を含んだ感想に雪兎は微妙なフォローをするのだった。
―――――――――――――――――
父の日前日。
ラビットハウスにココアを含めた5人が集まっていた。
リゼは今日は甘兎庵に出ているため、ここにはいない。
「では、お二人の成長を見せてもらいましょう」
「僕たちに二人にコーヒーを淹れてみるんだ。僕たちを満足させることができるかテストだよ」
バリスタ修行最終日ということで、二人がどれだけ上達したかを試すテストを行うことになった。
「お題は最初に淹れたコロンビアでやりましょう。これならどれだけ上達したかわかりやすいと思います」
「じゃぁ二人とも、練習の成果を見せてもらうよ」
「ああ、見とけよ!」
「うん!」
「二人とも頑張って!」
そういうと二人は準備を始める。
最初の頃のおぼつかない手つきからは考えられないほどに、手際よくコーヒーを淹れていく。
「だいぶ様になってきたね」
「うん。手際もよくなってきてる」
「じゃぁ、私はかわいい妹と弟たちのためにパンを焼いてあげようかな~♪」
ココアはご機嫌な様子でキッチンへと向かっていった。
「…あれ、完全に餌付けしてる気分だね」
「…しょうがないココアさんです」
そんな自称姉の様子にため息をつく姉弟。
しかし、コーヒーを淹れている二人の耳には届いておらず、真剣な表情のままコーヒーを淹れていく。
二人ともカップにコーヒーを注ぎ、雪兎とチノの前に出す。
「「お待たせしました。コロンビアです」」
「さてさて」
「では飲んでみましょう」
「「いただきます」」
雪兎とチノは声を合わせてカップに口を付ける。
その様子を真剣に見守るカケルとリク。
「…ふむ」
「…」
「どうだ…?」
「どうかな…?」
二人はカップをソーサーへと戻すと笑顔になる。
チノのコーヒーを少しだけティッピーも飲んでいる。
「この短期間で随分と上手になりましたね」
「うん。雑味もだいぶなくなってるし、抽出もうまくなってる」
「うむ。確実の上達しておるの。これからが楽しみになるのう」
二人の感想にカケルとリクはハイタッチを交わす。
「…ですが、まだまだ駆け出しといったところですが」
「まぁ、この日数で僕らを超えられたら立つ瀬ないけどね」
チノは少し辛辣な感想言うが、雪兎の言ってることも最もである。
「免許皆伝にはまだまだ先かぁ」
「ほんの数日だからね」
「お二人ともよく頑張りました。これならちょっと齧った程度の家庭のコーヒーよりも美味しいコーヒーが淹れられると思います。私たちから教えられることはまだまだありますが、とりあえず修行終了ということにしましょう」
「うん。お疲れ様、二人とも。リクもこれならお父さんをびっくりさせられると思うよ」
「おう!」
「ボクも明日はお父さんに出してみようかな」
「ぜひ、感想を聞かせてください。では、二人ともお疲れさまでした」
「「ありがとうございました!」」
カケルとリクが声を合わせて頭を下げる。
少し堅苦しい雰囲気になるがすぐにその空気は崩れる。
わいわいと、みんなでコーヒーを再び淹れ始めようとしたときにキッチンの方からココアが顔を出す。
「雪兎くん、雪兎くん」
「…ココアさん?」
ココアは雪兎に対して手招きをするとそのまま二人でキッチンへと入っていった。
「次はブルーマウンテンでやってみるか。こっちの方もどれだけ上手くなったかみたいしな」
「ボクはキリマンジェロで試そうかな」
「では、私はカプチーノで」
三人がそれぞれコーヒー豆を選んでコーヒーを淹れ始める。
「そういや、雪兎は?」
「ココアさんとキッチンの方に行ったよ」
「何か企んでますねきっと」
そんな雑談をしつつコーヒーを淹れていると、しばらくしてココアと雪兎がキッチンから戻ってくる。
「みんな~!今日は私と可愛い弟のコラボメニューだよ!」
「雪兎は私の弟です」
いつもの突っ込みが出るが二人は気にせずカウンター席に皿を並べていく。
「これ。カツサンドか?」
「そうだよ!パンは私が焼いて、トンカツは雪兎くんが揚げたんだよ!」
「雪兎くんって料理得意なのは知ってたけど、揚げ物もできるんだね」
「ここでは調理も担当してるからね。他にもいろいろ作れるよ」
「雪兎と同じ班だと、調理実習めっちゃ楽でいいんだよなぁ」
「リクさん、真面目に授業受けてください」
淹れているコーヒーをカップに移してそれぞれの席に並べてカケルとリクは着席する。
ココアと雪兎、チノは店員側でカウンター席で立っている。
「じゃ、修行お疲れ様の乾杯ということで」
「みんな!ちゃんとコーヒーとカツサンドは行き渡ったかな!」
「なんか打ち上げみたいだな」
「そうだね」
「では、召し上がってください」
「「いただきます」」
二人は手を合わせると、カツサンドを頬張る。
「お!めっちゃ旨いぞこれ!」
「ほんとだ!すごく美味しいよ!」
「ありがと、二人とも」
素直な感想に少し照れながら答える雪兎。
自分の料理を美味しいと言ってくれて、笑顔で食べる二人が妙に印象に残るのだった。
―――――――――――――――――
ラビットハウス閉店の時間となり、着替えをすましたカケルとリクが帰ろうとしていた。
「チノ、雪兎。ありがとな。明日は絶対上手くやってやるよ!」
「でも、おじさん。いいんですか?ボクらにコーヒー豆を譲ってもらった上にバイト代なんて…」
「君たちはしっかり仕事をしてくれただろう?仕事に対価を払うのは当然さ」
二人が着替えをするときにタカヒロは、二人にお金の入った封筒と小分けにした挽いたコーヒー豆の袋を渡していた。
「子どもが遠慮なぞせんでいいわい」
「お二人とも、是非またうちに来てください」
「美味しいコーヒー、淹れて待ってるから」
「私も楽しかったよ。また来てね!可愛い弟たち!」
それぞれ言葉を贈ると、二人は帰っていた。
「さて、三人はもう上がっていいよ」
「はーい!お疲れさまでした!」
「はい」
「じゃ、父さん後はよろしくね」
ココア、チノ、雪兎は奥の扉へと向かっていった。
残ったタカヒロはカウンター席に立ち、ティッピーはカウンターテーブルの上に乗る。
「他人にコーヒーの淹れ方を教える。チノと雪兎にはいい経験になったじゃろうて」
「そうだな。人に教えるというのは中々できることじゃないからな。あの子たちもこれでまた一つ成長したことだろう」
「ほっほっほ。二人の成長はいつも楽しみじゃわい」
バータイムの準備をしながら、二人の穏やかな時間は過ぎていく。
次の日、ラビットハウスのバータイムには、うさぎ柄のネクタイを付けて、ラビットハウスのロゴの入りのシェイカーを振るタカヒロと、コレクションのワインが一本なくなったことを喚くティッピーの姿があった。
父の日編、後編でした。
中々思うように筆が進まず、めちゃくちゃ大変な回でした。
マヤ、メグとは一足先に、リク、カケルをラビットハウス組と絡ませる流れになりました。
そして、ユカリ隊爆誕。これは前からやりたかったやつです…w
千夜とシャロは出番が完全にカットに…ごめんよぉ…。
6羽はラビットハウス組メイン回ですのでもうちょっと早く書けると思います。
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しおりを挟む
お話をするお話―1
ラビットハウス組メインなのでだいぶ手早く書くことが出来ました。
喫茶店ラビットハウスには二人のバイトさんがいます。
この春から下宿しているココアさんです。
そして、リゼさんです。
いつもの4人が働いているラビットハウス。
リゼがコーヒーを持って客に出す。
「お待たせしました。ごゆっくり」
コーヒーを出したリゼがカウンターに戻ろうとしたとき、後ろから先ほどの二人組の客の声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ。あのツインテの子可愛くない?」
「可愛い!ツインテ超似合ってる!」
その声を聞いたリゼはお盆を持ったまま早足で窓の前に立つ。
すると、窓を見ながら前髪をいじる。
「…いいか。ああいう客の冷やかしは気にするなよ。…気にするなよ」
まるで自分に言い聞かせるように声を漏らすリゼ。
「リゼちゃんたら、窓ガラスを鏡代わりに」
「めっちゃ気にしてますよね。あれ」
その様子を見ていたチノとココアと雪兎。
「ん?な、なんだその頭は!?」
リゼがチノの方を見ると驚愕の表情に変わる。
チノの頭の上に乗っているティッピーは、なぜかヘアゴムで上の左右の毛をまとめてツインテールのような形になっていた。
「ティッピーは今、イメチェン月間中なんだって!」
「何事もチャレンジ。だそうです」
「ツインテ可愛いね!」
「さっきのはどっちに対してだ!?」
ココアの感想を気にも留めずに、リゼは駆け足で先ほどの客を追って店を出ていった。
「気にするなって言ってたのに」
「乙女心は複雑みたいです」
「そういうものなのかな?」
チノの頭の上でティッピーはツインテールをピコピコと動かしていた。
―――――――――――――――――
休日の朝。
普段なら喫茶店の仕事があるのだが、今日は全員休みである。
チノは普段より少し遅めに起きるとカーテンを開ける。
窓からは朝日と晴れ渡った空が見える。
「今日はいい天気です。こんな日は部屋でボトルシップを…」
「お散歩行こう!」
突然、勢いよくココアが部屋へと入ってくる。
「休みの日は家でのんびりしたいです。あと少しで作りかけのボトルシップが完成するんです」
チノの視線の先にはほぼ完成状態のボトルシップがある。
「それなら!公園で作って、川に浮かべて流そうよ!」
「…ボトルシップって、何かわかってます?」
ココアの勘違いに呆れ気味のチノだったが、根負けして、散歩に行くことになった。
「雪兎くんも誘ってくるね」
「まだ寝てると思いますよ?」
「なら、起こしてくる!」
ココアは気にすることなく、雪兎の部屋へと向かう。
ココアが部屋に入るが、カーテンは空いておらず、灯りも点いていないため部屋は薄暗い。
カーテンを開けて、ベッドで寝ている雪兎の体を揺する。
「雪兎くん!お散歩行こう!」
「…う~ん。…あと5分…」
反応はあるが、雪兎が起きる気配がない。
「雪兎くんてばー!お散歩行こうよー!」
「うう~…」
ココアも諦めず雪兎を起こそうと体を揺すり続ける。
さすがに雪兎も耐えられなくなったのか体を起こす。
「おはよう、雪兎くん♪」
「…おはよう、ココア姉ちゃん…」
眠たげな表情のままココアの方に顔を向ける雪兎。
「…今日仕事でしたっけ…?」
「ううん。お休みだからお散歩行こ♪」
「…おやすみなさい」
仕事で起こされたわけじゃないと分かった瞬間に雪兎は二度寝に走る。
「二度寝しちゃダメー!」
「…姉ちゃんと二人で行ってきてください。…眠いんです」
「雪兎くんも一緒に行くのー!」
ココアも諦めずに体を揺すり続けるが、雪兎はテコでも動かないつもりで布団を被って潜り込む。
「雪兎は…、やっぱりまだ寝てますか」
余所行きの服に着替えたチノがココアが戻ってこないことから、雪兎の部屋へとやってくる。
「どうしようチノちゃん。雪兎くん全然起きてくれない…」
「わかりました。ここは私に任せてください」
そういうと、チノは雪兎が寝ているベッドに潜り込む。
すると布団がもぞもぞと動き出す。
「…ちょ!?ね、姉ちゃっ!?あ、ひっ!やめっ!お、起きる!起きるからぁ!」
「次寝たらもっときついのいくからね」
雪兎の悲鳴のような声が響くと、チノがベッドから出てくる。
続けて、雪兎も真っ赤な顔でベッドから這い出てくるが、恨めしい表情でチノの事を睨んでいる。
「…こ、この姉っ…!」
「チノちゃん何したの?」
「姉弟の秘密です。ココアさん行きましょう。雪兎は早く着替えてリビングに集合」
それだけ言い残して、二人は雪兎の部屋を出た。
―――――――――――――――――
その後、雪兎も着替えてチノ、ココアと合流し街へと繰り出す。
外は晴れており、絶好のお散歩日和だ。
「この坂道からは町を一望できます」
「この町の絶景スポットの一つですね。…ふぁ~」
「おお!いい眺め!」
まず来たのは高い場所にある、この町の絶景スポットだ。
斜面の下の柵の向こう側には町並みが広がっている。
「自転車があったら、チノちゃんか雪兎くんを後ろに乗せて、この坂を滑走するの!」
「二人乗りはダメですよ」
「そうそう」
ココアは坂道を降りながら危険なことを言い出す。
「あ、その前に、自転車の乗り方を教えてもらわなきゃ。雪兎くんよろしくね」
「「ええー!?」」
「乗れないのに言ったんですか!?」
チノは坂道を爆走し、街灯に正面衝突する画が頭をよぎる。
「私、夕日の中で何度も倒れながら特訓するのが憧れで――」
「よく漫画にあるやつですね」
(話がころころ変わっていく…)
ココアが楽し気に喋りながらも、三人は歩を進めていく。
そんな様子にチノは若干困惑気味だ。
「あ、リゼちゃんだ!」
しばらく歩き、店の並ぶ商店通りに出るとブティックの店先で洋服を見ているリゼがいた。
「洋服を選んでますね」
「何か買うんですかね?」
リゼは二つの服を手に取り、見比べている。
「リゼちゃんって感じの服だね」
「私たちはあまり着ない系統の服です」
「リゼさんが着るやつって、かっこいい系のやつですよね」
別の服を手に取ると、リゼが笑顔になる。
「あ、ちょっと笑顔になった」
「リゼさん、結構顔に出ますね」
「気に入った服を見つけたんですね」
また別の服を手に取ると、険しい表情になりうむむと唸り始める。
「今度は悩んでます」
「何やら葛藤しているようですな」
「そっとしておきましょう」
その様子を後ろで眺めつつ、散歩を再開する三人であった。
―――――――――――――――――
しばらく歩き、公園に出た三人は木陰になっているベンチで一休みしていた。
「ポカポカして気持ちいいねぇ…」
「はい…、なんだか甘い香りもしますし」
「このまま寝れそう…」
「雪兎、外に出てる時まで寝ないでよ」
「甘い香り、…そう言われてみれば」
うつらうつらと雪兎は船を漕ぎ始めてる。
甘い香りという言葉と香りが気になり、辺りを見回すココア。
「あっ!クレープ屋さんだ!」
ココアが見つけたのは公園の道端に出ているクレープの露店だった。
「チノちゃん、雪兎くん。ご馳走するよ!」
「「いいんですか?」」
「お姉ちゃんに任せなさい!」
「やった!」
美味しいものが食べられると雪兎のテンションがちょっと上がる。
クレープ屋に向かうと、金髪のくせ毛の店員で、その姿はとても見慣れたものだった。
「シャロちゃん!?」
「え?ココア!?チノちゃんと雪兎くんも!」
クレープ屋の店員はシャロだった。
「おはようございます、シャロさん。朝早くからお疲れ様です」
「雪兎、もうお昼前だよ」
「こんなところでバイトしてるなんて、シャロちゃん多趣味だねぇ」
「そ、そうよ!多趣味よ!わ、悪い!?」
「シャロさん、生クリームがすごい勢いで出てますよ?」
誤魔化すような感じでシャロが言うが、手に力が入っており、絞り袋から生クリームが飛び出している。
ココアがクレープを三つ注文し、シャロに作ってもらう。
「はい。お待たせ」
「ありがとう!いっただきまーす。ううーん!美味しい!はい!シャロちゃんも上げる!」
チノと雪兎はココアの後ろですでにクレープを食べている。
ココアはクレープを一口食べると、シャロに分けようと差し出す。
「わ、私仕事中よ?」
「まぁまぁ、一口だけでも」
(一口…。クレープなんて、滅多に食べられないし…!)
心の中で葛藤するシャロだったが、誘惑には勝てずクレープを受け取ろうとするが、空から突然黒い物体が降ってきてクレープを粉砕する。
「ああー!また空からあんこが!よりによって、クレープの上に落ちなくたって!」
「あーあ、何やってんだよあんこ。姉ちゃんクレープちょっと持ってて…。ほら、こっちおいで」
雪兎があんこに声を掛けると、あんこは雪兎の腕に飛び込み、雪兎はあんこを抱きかかえる。
雪兎はハンカチを取り出して、生クリームで汚れたあんこのお尻を綺麗に拭きとる。
「う…、うぅ…っ!」
「あれ!?シャロちゃんが私よりショック受けてる!?」
クレープを食べ損ねたシャロが悔しさからか、悲しさからか涙目で体をプルプルと震わせている。
「待ってー!」
公園の道から声がすると千夜がこちらに駆け足で向かってきていた。
「やっと…、追いついた!」
「千夜ちゃん。またカラスにあんこ攫われたの?」
「いつもと制服が違います」
「確かに」
千夜が着ている服はいつもの緑の着物ではなく、黄色で少し派手目の着物だった。
「気づいた?今月は、レトロモダン月間なの!」
「甘兎もそのうち、フルール・ド・ラパンよりもいかがわしくなるんじゃない?」
「そう…、なら、脱ぐわ…」
シャロの辛辣な言い方に千夜は目を伏せると、肩のあたりから突然着物を脱ぎ始める。
「ここで脱がないでよ!雪兎くんもいるんだから!」
ココアがチノを目隠しし、チノが雪兎を目隠しする。
「…見た?」
「…見てないから大丈夫」
(久々の女難…)
雪兎は思わずそんなことを思ってしまうのだった。
―――――――――――――――――
シャロ、千夜と別れて、公園のベンチに戻ると、野良うさぎが集まっていた。
「もふもふ天国最高!」
「おっと。頭の上は危ないから乗るなよー」
ココアはうさぎを抱っこし、雪兎はうさぎたちに集られている。
そんな様子をうさぎが来ないチノがティッピーを膝にのせて横目で見ている。
「…いいんです。私にはティッピーがいますから」
(動物が懐かない体質って言ってたっけ…)
「き、きっと、チノちゃんは口とか毛並みとかがうさぎに似てるから、同族嫌悪されてるんだよ!」
「…意味わかって言ってます?」
「うさぎっぽいから懐かれない…?その発想はなかった」
「そんな発想はココアさんくらいしかないからね」
よくわからないココアのフォローにジト目で睨み返すチノ。
しかし、ココアは気にすることなくチノに抱き着く。
「それなら、私がチノちゃんをもふもふすれば、寂しくなくて解決だね!」
「…何も解決してませんが」
ココアのそんな言葉少し顔を赤くしつつも、満更でもない顔をする。
「あれぇ?姉ちゃんもしかして照れてるー?」
「て、照れてない!」
「お姉ちゃんに照れることなんてないんだよ♪」
「ココアさんも乗らないでください!」
雪兎のからかうような言い方に声を荒げて否定するチノ。
そして、ココアもそれに便乗する。
「あー!チノに雪兎じゃん!」
チノと雪兎が聞きなれた声がすると、そこにはマヤとメグがいた。
「マヤさん、メグさん」
「二人ともお出かけ?」
雪兎は話をしやすいように立ち上がってチノの後ろに移動する。
「うん。映画を見に行ってたの」
「そうでしたか」
「喫茶店の仕事が休みだって知ってたら、誘ったのにー」
「今度二人も一緒に行こうね~」
「うん。次の休みは連絡するね」
「ところで、どんな映画を見てきたんです?」
「私はアクションものがいいって言ったのに、メグがさぁー」
「今流行ってる映画でね、すっごく泣けるんだ~。パンフレットも買っちゃった」
そういってメグが出したパンフレットには、うさぎになったバリスタと書かれている。
(((他人事とは思えないタイトル!)))
物凄く身に覚えのある映画のタイトルに二人と一匹に衝撃が走る。
「あれ?ココアさん?」
「どこ行ったんだろ?」
気が付くと、チノの隣に座っていたはずのココアがいなくなっていた。
「隣に座ってた人なら、さっきどこかへ行っちゃったよ?」
「そうですか」
「捜しに行こうか」
「じゃあね。二人とも」
「学校でなー」
メグ、マヤと別れ、二人でココアを捜しに行く。
しばらく公園内を捜していると、他のベンチで知らない女性と談笑してるココアを見つけた。
「ココアさーん!」
「ココア姉ちゃーん!」
こちらに呼び声に気づいたのかココアが立ち上がると、話相手の女性はどこかへ去っていった。
「捜しましたよ」
「どこ行ってたんですが」
「ごめんごめん」
「ココアさんは知らない人と気軽に話せるんですね」
先ほどココアと話していた女性の背を見ながらチノは不思議そうに喋る。
「チノちゃんも、喫茶店のお客さんと話せてるよ?」
「いきなり世間話はしないですし、…話すのは得意じゃないです」
「姉ちゃん人見知りだからね」
「でも、リクくんやカケルくん、さっきのお友達とも楽しそうに話してたよ」
「雪兎経由で話すようになっただけです。あの二人も、積極的に話しかけてくれなかったら、友達になれてなかったです」
「そんなことないよ」
「え?」
「私にチノちゃんの腹話術の技術があれば!世界を狙ってたのに!」
良いことを言いそうな雰囲気になっていたココアだったが、飛び出した発言は空気をぶち壊す破壊力があった。
「「がんばってください」」
心底どうでもいいという顔で声を合わせる香風姉弟であった。
―――――――――――――――――
日が傾き、空が朱色の染まる時間。
3人は散歩を続けている。
「次はどこに行こうか?」
「そうですね」
「う~ん」
雑談をしながら街路を進んでいると一人の女性とすれ違う。
(…あれ?)
「…リゼさん?」
「は、はい!?」
どこかで見たことあるようなと雪兎が思った瞬間、チノが声を出す。
声を掛けられた女性が驚いた声で立ち止まる。
(ば、バレた!?)
カットモデルを頼まれて、オシャレな服を着こんで大きくイメージを変えていたリゼだがチノにバレたのかと焦る。
(あ~、リゼさんか。確かにいつもの雰囲気とだいぶ違うから一瞬判らなかった…。姉ちゃんすれ違っただけでよくわかったな)
「…人違いでした。失礼しました」
(あれ!?)
リゼが3人の方に振り返るとチノはリゼと認識できなかったのか、人違いと思って謝る。
そして、リゼと分かって声を掛けたのだと思ったチノの行動に雪兎が驚く。
「えっ」
「さっき見かけた時と、服も髪型も違うもんねぇ」
(こっちも気づいてない!?)
(見られてたのか!?)
雪兎はココアが気づいてないことに、リゼは3人に買い物を見られてたことに驚く。
「ん?でもリゼちゃんて呼んだら、振り向いたよ?」
「あっ。き、聞き間違えました。私、その、ロゼという名前なので」
普段とは声色を変えて誤魔化すリゼ。
「そうですか。でも、びっくりです。ロゼさんによく似た人がうちの喫茶店にいるんです」
「ほ、本当?是非行ってみたいわ」
「ラビットハウスというお店です。お待ちしています」
「ええ、いつか必ず。じゃあ」
ラビットハウスにいつか来るという約束をしてリゼは早足で身を翻して去っていく。
「私、雪兎の言ってる通り人見知りするんですが、今の人は何故かいきなり会話が出来ました!」
「やったね!チノちゃん!」
「……」
(もしかしてこれは!ココアさんの影響!?)
(いやあれはリゼじゃろ。雪兎は気づいておるな)
ココアと生活するようになって、成長した自分に感激しているチノ。
しかし、チノ頭の上にいるティッピーは気づいていた。
(カットモデルを頼まれたのはまだしも、買った服をすぐに着たくなってしまったなんて、そんなこと言えないとか考えとる顔じゃったなぁ)
雪兎はおもむろにケータイを取り出すとまるで何かに気づいたような仕草をする。
「あっ、すいません。ちょっと電話来てたみたいなので掛けてきますね」
「お友達から?」
「はい。ちょっと待っててください」
そういうと雪兎は二人から離れた場所に移動し、リゼに電話を掛ける。
『…もしもし』
「リゼさん、さっき…」
『お前気づいてたのか!?』
低い声で電話にリゼが出て、さっきの事を話そうとするとすぐに声色が変わる。
「いや、気づきますよ。…普通は」
『も、もしかしてあいつらも分かって言ってたんじゃ!』
「いえ、あの二人は本当に気づいてないです…」
『え…』
「本気で気づいてないです…」
『…マジか』
リゼは本気で誤魔化せると思ってなかったのか凄まじいまでの呆れた声が出ている。
『…雪兎、このことはあいつらには黙っててくれ!』
「いいんですか?完全にロゼさんとして信じてますよ?」
『カットモデルを頼まれたのはともかく!買った服をすぐに着たくなったなんて恥ずかしくて言えないだろ!?』
「いや、気にしないと思いますけど」
『私が気にする!いいな!男と男の約束だ!』
「リゼさんは女ですよ!?」
頭がパニックになっているのか思っていたことを口走り、自分の性別すらもよくわかってない状態になっているリゼにとりあえず黙っておくことを約束する。
通話を切り、雪兎は二人の元に戻る。
「お待たせしました」
「それじゃ行こうか」
「はい」
三人は日が落ちるまで散歩を続けた。
―――――――――――――――――
ラビットハウスに戻った三人は夕食と入浴を済ませてチノの部屋に集まっていた。
チノとココアはベッドに腰かけて、雪兎は絨毯の上に座っている。
「はぁ~、足くったくた~…」
「たくさん歩きましたね」
「疲れたけど楽しかったね♪」
「…今日は休日なのに色んな人と話しました」
「そうだね。姉ちゃん基本、休日は家にいるから」
ココアはベッドから立ち上がると扉の方へと向かう。
「あ、ココアさん…」
「分かってるよ。明日は学校だから早く寝ないとでしょ。雪兎くんももう寝ないと明日辛いよ?じゃぁ、おやすみ」
「そうですね。ふぁ~…。今日は程よく運動できたし、よく寝れそうです。じゃ、姉ちゃんおやすみ」
ココアが部屋から出ていくと、それに続いて雪兎も部屋を出ていく。
一人残されたチノは頭に手を置くが、そこにティッピーはいない。
「おじいちゃん…、お父さんとバーにいるんだった…」
突然、寂しくなってしまったチノはぬいぐるみを抱えて部屋を出る。
ふと、雪兎の部屋の扉に視線が移る。
(弟に頼るのは姉として情けない…)
寂しいから一緒にいてほしいなんて、姉としての威厳が揺らぐと感じてしまう。
それに、仮に行ったとしても寝るからとすぐに追い出されそうな気がした。
チノは、ココアの部屋の扉をノックする。
「ん?はーい」
ココアの返事を待ってチノは扉を開ける。
「今日はなんだか落ち着きません。まだ、お話ししていたい気分です。でも、ココアさんが迷惑なら…」
「あはっ♪じゃぁ、リゼちゃんから借りたDVD見ようか!」
「…うぅ」
(会話が盛り上がる気がしないです!)
ココアが取り出したDVDにはうさぎたちの沈黙というバツ印の着いたマスクを付けたうさぎのパッケージが描かれていた。
休日のお散歩編でした。
遺憾なく発揮される雪兎くんの寝坊助っぷりに、手馴れた様子で叩き起こすチノちゃんや、軽口を言ってチノちゃんをからかう雪兎くんなど、距離感が近い姉弟感が上手く出せたんじゃないかと思います。
こういう仲良しだけど、お互いに弄ったりする程よい姉弟関係は書きたかったのでこれからも上手く書いていきたいと思います。
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お話をするお話―2
散歩をした次の日の放課後。
「じゃあなー!」
「また明日」
「リクー、カケルー。またなー!」
「また明日~」
いつもの6人で下校中、リク、カケルと別れる。
「ん?ココア姉ちゃんとリゼさんからメールだ」
「こっちにも来てる」
雪兎とチノはケータイを取り出しメールを確認する。
内容は、それぞれの理由で今日の仕事に遅れることが書かれていた。
「なんて来てるの?」
「二人とも仕事に遅れるそうです」
「チノと雪兎だけで大丈夫なのか?」
「まぁ、何とかなるよ」
二人でお店を回すのは特に問題はないが、多少忙しくなるくらいだろう。
「じゃぁ、私たちが手伝ってあげるよ!」
「え?」
「お二人とも、いいんですか?」
「もちろんだよ!」
「本音は?」
「あいつらがチノんち行ったって聞いて私も行きたくなった!」
「私も~」
父の日の話を聞いたのだろうか、カケル、リクの話を聞いて興味を持ったようだ。
「ではお願いしましょうか」
「そうだね」
「よーし!早速出発だー!」
「おー!」
マヤは元気よく握り拳を振り上げると駆け出し、メグもそれに続く。
「いやいや、二人ともうちの場所知らないでしょ!」
「待ってください!」
そのあとをすぐに香風姉弟が追いかける。
―――――――――――――――――
ラビットハウスに着いた一行はタカヒロに事情を説明し、快く二人の手伝いの許可をもらう。
一足先に着替え終わった雪兎はティッピーとホールで三人を待っていた。
「雪兎の友達が来たと思ったら、次はチノの友達とはのぉ」
「前に二人が来た時の話を聞いて行きたくなったみたいでね」
「ほっほっほ。チノが友達を連れてくるとは、ちょっとは成長したということかもしれんな」
「そうかもね」
二人(?)で雑談をしていると、カウンター横の扉が開く。
「おっまたせー!」
「雪兎くん、どうかな~?」
マヤとメグがホールにやってくる。
二人はそれぞれ、マヤはリゼの制服を、メグはココアの制服を着ていた。
本来着ている人物とイメージが合うためよく似合っていた。
「うん。二人とも似合ってるよ」
「サンキュー!」
「えへへ~♪ありがとう!」
「お待たせしました。では、早速始めましょう」
「「おー!」」
少し遅れてやってきたチノが仕切るように言い出すと、雪兎とチノは、マヤとメグに仕事を教えながら業務をこなすのだった。
―――――――――――――――――
マヤとメグも少し慣れてきたころ、カウンター横の扉からココアが急いだ様子で入ってくる。
「遅れてごめん!制服が無かったんだけど…、あれ?」
「あっ、おかえりなさい~」
ココアが帰ってきたことに一早く気づいたメグが挨拶を返す。
「私の制服!?もしかして、私リストラ!?」
「ん?」
メグがココアの制服を着ていることで、勘違いをするココア。
「おーい、チノー!このもこもこしたの可愛いな!倒したら経験値入りそう!」
マヤがティッピーを頭に乗せて撫でまわしているが、ココアが気づくと早足で駆け寄る。
「リゼちゃん!?いつの間にこんなに小っちゃく!?」
「小っちゃ!?」
「あれ?よく見たら違う…?」
マヤのことをリゼと勘違いしているが、顔を見るとすぐに気づく。
「リゼって、この制服の持ち主?クローゼットにこれがあったけど、その人、裏の仕事も引き受けてるの?」
そういうと、マヤは懐からハンドガンを取り出す。
「リゼちゃん!大変な物置き忘れてるよ!」
「マヤさん!ティッピー返してください!」
「何、大騒ぎしてるんですか?」
キッチンから雪兎が戻ってくる。
「チノちゃん、雪兎くん。ごめんね、遅くなって。…ところで、二人は昨日の」
「私のクラスメイトです」
「ココア姉ちゃんとリゼさんが遅れると聞いて、うちを手伝ってくれることになりまして」
「マヤだよ!」
「メグです」
「そっかぁ、ありがとう。マヤちゃん、メグちゃん!」
「お礼なんかいいって。ねっ!メグ!」
「楽しいし、制服も可愛いしね」
ココアのお礼に、マヤとメグは元気よく返事をする。
「二人ともよく似合ってるよ!あともう二色増えれば、悪と戦うのも夢じゃないよ!」
ココアの頭にはラビレンジャーという謎の戦隊イメージが浮かんでいる。
「マジで!私、ブラックがいい!」
「私、ホワイト~」
「…ピンクとパープルじゃなくて?」
制服の色ではないのかと雪兎がつぶやく。
「何と戦うんですか…」
「…ライバル店かな?」
「ただの営業妨害じゃないですか」
ココアがわけのわからないことを言い出し、呆れるチノ。
「えっとぉ、ココアさん…」
呼び方に困っているのか、メグが小さい声でココアの事を呼ぶ。
「あっ!私の事は、お姉ちゃんって呼んでね!」
「気にしなくていいので…」
「雪兎は、普通にココア姉ちゃんって呼んでたな」
「そう呼んでほしいって言われて、最初に言ったきり定着しちゃって」
雪兎は少し照れながら頬を掻く。
「雪兎くんは素直だからね!ほら、チノちゃんも雪兎くんみたいに、みんなのお手本見せて!はいっ!お姉ちゃんって!」
「どうしてこの流れで呼んでもらえると思ったんですか」
ココアはチノに、お姉ちゃん呼びを促すが華麗にスルーされる。
「チノちゃんと雪兎くん、羨ましいなぁ~。こんな優しそうなお姉さんと一緒に暮らせて~」
「「えっ」」
「いえいえ、姉らしいことは何もできませんが。これ、パンのおすそ分けだよ!」
メグの言葉に上機嫌になったココアはどこからか、パンの入ったバスケットを取り出す。
「わぁ!ありがとうございます」
メグはバスケットから一つパンを受け取ると、口に入れる。
「はっ!お料理も上手!どうしてこんな素敵な人だって教えくれなかったの~」
「ココアさんは、パンしかまともに作れないんですよ!?」
「この一面しか見てないと、そう感じてしまうのも無理ないような…」
普段のココアを知っている分、チノと雪兎は困惑気味である。
ワイワイと話し込んでいると、カウンター横の扉が開き、リゼが入ってくる。
「すまない!部活の助っ人に駆り出されて!…ん?」
「あっ!リゼちゃん紹介するね」
ココアはマヤとメグの肩を掴んで引き寄せる。
「私の新しい妹たちです♪」
「嘘をつくな。その流れ前にも見たぞ。…そうだ!」
ココアの二人の紹介に、既視感を感じつつも突っ込みを入れるリゼだが、何かを思い出したように声を出す。
「私としたことが、あれを失くしたみたいで、誰か見てないか!?」
「あれ?」
「もしかして、これ?あと、コンバットナイフも入ってたけど、こっち?」
マヤはハンドガンを取り出すと、さらにコンバットナイフまで取り出す。
「うぇぇ…」
「リゼ!うちに物騒な物を持ち込むでない!」
チノはマヤが取り出した物騒なものに怯えて、ティッピーも思わず声を荒げる。
「素人が扱えるものじゃない。返せ」
「そのセリフ、かっこいい!」
リゼは至って真剣な表情でマヤから銃とナイフを取り上げるが、マヤはなぜかかっこいいと感じている。
「言ってることは正しいんだけどなぁ…」
やりとりが完全に日常から乖離しているせいか、中学二年生的には心が躍るセリフに感じてしまう。
マヤはそそくさとチノに耳打ちをする。
「リゼって役者目指してるの?それとも、ミリオタ?」
「ミリオタ…って何です?」
「えーっと…、まあいいや」
ミリオタという言葉が飛び出すが、チノも発言したマヤ本人も意味が分かっていないようだ。
「私も、CQCとかできるよ!」
(こいつ!CQCに精通しているのか!?…軍の関係者か?)
マヤが発言すると共に構えてリゼが驚く。
リゼも迎え撃つように構えを取る。
「マヤがCQC出来るなんて聞いたことないんだけど…?」
「マヤちゃん、またテレビの影響を受けてるんだよ~」
雪兎の疑問にしっかりメグが答える。
マヤは無邪気にリゼに詰め寄るが、リゼは警戒しながら間合いを取る。
「リゼって、立ち振る舞いが普通の女の人と違うねぇ!憧れちゃうなぁ!」
「やっぱり私って浮いてる!?」
マヤはリゼの立ち振る舞いがかっこいいと感じているようだが、リゼの方はマヤの発言を気にしている。
「ココアちゃんを私の目標にするね!」
「そんなこと初めて言われた…!」
一方、メグはココアの方が気に入ったのか、目標にすると言い出すと、ココアは感激したように両手を口に当てる。
(…不安だ)
メグがココアを目標にすると言い出したことに一抹の不安を覚える雪兎。
「ねぇチノ。チノはどっちに憧れてるの?」
「憧れ…」
マヤの質問にチノは少し考える。
「…強いて言えば、シャロさん?」
「「ですよね」」
高校生組の中で一番まともという認識は、ココアとリゼにもあるようだ。
(え?…うん。まぁ、妥当…かなぁ…?)
雪兎はシャロも大概だと思うが心の中に仕舞っておくことにした。
「ねえチノ、雪兎!今日はこのまま手伝ってもいい?」
「あ、はい、もちろん」
「うん。構わないよ」
「ありがと~。じゃぁ私、コーヒー淹れてくるね」
「あ!私もやってみたーい!あいつらもやってたって言ってたし!」
「はいはい、順番ね。二人とも」
手伝い継続の許可が出ると、わいわいとマヤとメグは盛り上がる。
テンションの上がっている二人を雪兎が窘める。
「リゼちゃんと一緒にお客さんしてようかな」
「なんか新鮮だなー」
ココアとリゼは窓際の机を相席で座って、客として振る舞う。
メグは早速淹れたコーヒーを、ココアの前に運ぶ。
「はい。どうぞ~」
「ありがとう。あ、メグちゃん。コーヒー豆を生で食べない方がいいよ」
「え?あはは。知ってるよ~」
「えっ」
ココアが知識を披露するが、メグはすでに知っていてショックを受ける。
続けてマヤもリゼにコーヒーを持っていく。
「親の影響を受けると、殺伐とした考え方が身について、大変だよな。お互い」
「お互い?」
一方、リゼの方はマヤが軍の関係者という考えが抜けておらず、苦労話を持ち掛けている。
「あっという間にあの二人も馴染んじゃったね。姉ちゃん」
それをカウンターの近くから見ていた雪兎は笑いながら言う。
「雪兎ー!追加でサンドイッチとナポリタン頼むー!」
「お願いしま~す!」
「了解ー」
雪兎は追加の注文を二人から受けると、手を振ってキッチンの方へと向かっていった。
一方、チノはその様子を不安な表情で見ていた。
「…おじいちゃん。この気持ち、何なんでしょうか…」
「むぅ…」
チノの中には今までに感じたことのない感情が渦巻いていた。
―――――――――――――――――
ある日の甘兎庵。
お客としてチノと雪兎が来ていた。
マヤとメグが手伝いに来た日以来、カケルやリクからも分かるほどに、チノに元気がないことに見かねた雪兎は、悩みを吐き出した方が楽になれると、千夜に相談しようという流れになった。
チノと雪兎は向かいに座り、チノはあんこを抱っこしている。
「はい。どうぞ」
千夜が二人に、お茶を出す。
「ありがとうございます。すみません、お仕事中に」
「突然押しかけてしまってすいません」
「ううん。あんこに会うついででも、チノちゃんが私に相談してくれて嬉しいわ」
「千夜さん…」
「雪兎くんもチノちゃんのことが心配よね」
「そうですね。周りから見ても明らかに元気がないので吐き出させようと思いまして、今日はお願いしますね」
「任せて。…それで、そのお友達がどうしたの?」
チノはぽつりと話し始める。
「…ときどきお店に来るようになって、…ココアさんとリゼさんの妹のようになってて…」
(シャロちゃんに教えたらなんて言うかしら)
リゼの妹という言葉に、混乱しているシャロの様子が千夜の頭に浮かぶ。
「それに…、もやもやするんです」
「嫉妬してるのね」
「嫉妬?誰にですか?」
(自覚がないのね!)
(ないんだよなぁ、この姉は)
雪兎も一応、話を聞いてはいたが、自分の中にあるもやもやの正体がわからないとチノが言っていたので、どう伝えればいいかと言葉選びに困っていた。
「…その、雪兎が他の女の人とベタベタしてる時と似てるんですが違うんです。だからよくわからなくて」
「あらあら」
「姉ちゃん。本人の前で言うのはやめようね?」
感情としてはそれに近いが、雪兎本人の前で言うのはやめてほしいと突っ込みを入れる。
「ココアさんは、年下だったら誰でもいいんです」
(誤解を招く発言だわ!)
「リゼさんはマヤさんに、親近感を覚えてしまったみたいですし」
(勘違いではあるけどね)
「メグさんもマヤさんも、まるで私の事を忘れてしまってるみたいでした…」
チノは寂しそうに目を伏せる。
「チノちゃん。寂しいならいっその事、うちの子になっちゃいましょ。雪兎くんと一緒に」
「余計ややこしいことに…」
「僕を巻き込まないでください」
千夜の提案は、何故か雪兎にまで飛び火する事態になっている。
「あの~」
会話をしていると隣の席から突然、別の女性の声が聞こえてくる。
「もしかして、ラビットハウスのお孫さんでしょうか」
「「そうですが?」」
「おじいちゃんのお知り合いですか?」
「ラビットハウスには学生だった頃、よくお邪魔していました。でも最近は心の準備が…」
「心の準備?」
「もやもやしてしまう気持ち、分かります。とても大切な人たちに囲まれているんですね」
祖父の知り合いという信頼を感じてか、チノはこの女性にも悩みを話し始める。
「…私、どうしたらいいのかわからないんです。こんな気持ち、初めてで…」
「…初めて、ですか。だったら良いことなのかもしれません」
「良いこと…?」
「きっと、心が教えてくれてるんだと思います。あなたは、あなたが思っている以上に、その人たちのことが好きなんだって。…すみません。差し出がましいことを。では、私はこれで」
一通り話終えた女性は原稿用紙を一纏めにすると席を立ち、会計を済ませて退店していった。
(不思議な人だ)
(すごい。わかりやすい言葉で姉ちゃんにちゃんと伝わってる。…あれ?あの人…、散歩に出かけた時に、ココア姉ちゃんと喋ってた人のような…?)
「私ったらダメね。チノちゃんの相談にちゃんと乗れなかったわ」
「そんなことないです。雪兎の言ってた通り、聞いてもらえて心が軽くなりました」
その言葉に、千夜と雪兎は笑顔になる。
すると突然、甘兎庵の扉が勢いよく開くと、フルールの制服姿のシャロが駆け込んでくる。
「りりりりリゼ先輩に、いい妹が出来たってどういうことー!?」
シャロは目を回しながらケータイを突き出してくる。
「…メールしたんですね」
「またややこしいことに…」
「うふふ♪」
―――――――――――――――――
ラビットハウスではリゼとココアがカウンターで会話をしていた。
「…ねえ、リゼちゃん」
「ん?」
「カケルくんとリクくんが来た時もそうだったんだけど、私、チノちゃんと雪兎くんがあの二人と仲良くしてるのを見てたら、嬉しいんだけど、ちょっと寂しくなっちゃったんだ。きっと、私の知らない二人の一面を一杯見てるんだろうな…」
チノと雪兎の知らない一面を想像し、それを知らない自分に涙を零すココア。
「ココア…。…私だってそういうの、分からなくもないぞ。私だけ、ここに住み込んでないわけだし…」
「え?何か言った?」
リゼも共感するが、最後の方は言葉が尻すぼみになりココアには聞こえていなかった。
「何も言ってない」
「えー?」
その後もココアは何を言ったのか迫り、誤魔化すリゼ。
そんな様子を扉から見ていたチノと雪兎。
「…雪兎、おじいちゃん。もやもやしてたのは私だけじゃなかったみたいです」
「うむ」
「そうみたいだね」
二人がホールに入ると、ココアとリゼがこちらに気づく。
「あ、おかえり!二人とも!」
「開店準備始めるか!」
「「はい」」
開店準備終えたラビットハウスではいつもの4人で仕事をしていた。
「やっぱり、この4人で仕事してる時が一番落ち着くね」
「そうかもな」
「リゼちゃんと雪兎くんがコーヒー豆を挽いたり、料理したりして、チノちゃんがお客さんに運んで、私は…、日向ぼっこ?」
「さぼるな!」
堂々としたココアのさぼり宣言に、リゼがすかさず突っ込みを入れる。
―――――――――――――――――
次の日の学校。
「チノのやつ、元気になったみたいだな」
「そうだね。最近、見るからに元気なかったからね」
「良い相談相手に会えて、気持ちの整理がついたみたいでさ。もう大丈夫だって」
チノと別れたユカリ隊は教室に向かいながら、今朝のチノの様子を話していた。
一方、チノは教室に着き、自分の席に座る。
「チノちゃんおはよう~」
「おはようございます」
チノの席にメグとマヤが集まる。
「その…、もう具合大丈夫?」
マヤが心配そうにチノに声を掛ける。
「…何のことです?」
「最近、ずっと元気なかったじゃん」
「声掛けにくかったから心配だったの。我慢しちゃダメだよ?」
「そうそう。変なとこで遠慮するからさ」
二人が自分の事を忘れてしまっているようだ。
そう感じていたチノだが、二人の言葉にハッとする。
忘れてなんかいない、自分の事をちゃんと見ているではないか。
「…大丈夫ですよ。今、治ったみたいです」
そのことに気づいたチノは笑顔を見せる。
「今治ったの!?」
「なんで~!?」
―――――――――――――――――
ある日の夕暮れ時、日の入りを知らせる鐘が町中に響いている。
ココアはティッピーを連れて、町を一望できる高台に来ていた。
「夕焼けがきれいだね~、ティッピー。私、お姉ちゃんとして、二人のお手本になれるような生き方…、出来てるのかな」
(小娘が何を言う)
物寂しげな表情で夕日を見つめるココアの発言に心の中でティッピーは突っ込みを入れる。
「リゼちゃんとは仲良くなれたけど、まだ変な子だって思われてないかな」
(リゼの方が気にしてるじゃろ)
「年頃の子の接し方は難しいですよね」
突然、どこからか女性の声が聞こえてくる。
「青山さん!?」
塀の陰に座っていたのは、チノが相談し、散歩でココアが喋っていた見知らぬ女性、小説家の青山ブルーマウンテンだった。
「奇遇ですねぇ~」
青山は立ち上がると、ティッピーに気づく。
「まぁ、可愛らしいうさぎ!」
(ギクぅ!)
旧知の相手である青山に撫でられて、毛が逆立つティッピー。
「青山さんが書いた小説!読んだよ!うさぎになったバリスタ。すっごく面白かった!」
「ほ、ほんと?…実は、主人公にモデルがいるんです」
「ほんとー!どんな人なの!?」
「昔、お世話になった喫茶店のマスターです。お店が経営不振の時に、いっそうさぎになりてーっと、愚痴っていたのを参考にしました」
当の本人であるティッピーは冷汗はだらだらと流している。
「映画化されるほど売れるようになったと、報告したいんですが、忙しくて間が空いてしまい…」
「…久しぶりで緊張しちゃうんだね」
「はい」
「でも、うさぎになりたいなんて、お茶目なんだね!」
「実に、ユーモラスです。白いお髭が素敵な、根は優しいお爺様なんですよ」
(恥ずかしいわ~い)
ベタ褒めを間近で聞かされている本人のティッピーは、恥ずかしさで死にそうになっていた。
マヤ、メグのお手伝い、チノのお悩み編でした。
チノちゃんのお悩み相談では雪兎くんを同行させるか迷いましたが、千夜、シャロが5羽で全カットだったのでさすがに入れたいと思いまして、同行という形に落ち着きました。
まぁ、シャロは後編ではセリフ1つだけの登場でしたが…。
青山ブルーマウンテンも本小説で名前がここで初登場。
結果的に雪兎くんがいないところで名前が登場という割と異例の事態にw
まぁ、Cパートは丸々カットでも問題はないような気もしますがね。雪兎くん入れる余地がないですし。
雪兎くんがいない場面で名前を伏せ続けてたらどこで出てきたんでしょうかね…w
そして、1期もついに折り返し地点に着きました。
正直2、3話くらいで挫折するかと思ってましたが、これだけ続けられるとは正直思っていませんでした。
このまま1期、2期、OVA2話、BLOOMと続けていけたらと思います。
引き続き、お付き合いいただけると幸いです。
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Call Me Sisterー1
「いやぁぁーーーー!」
甘兎庵に突然、悲鳴が響き渡る。
扉が勢いよく開くと同時に飛び出すの一人と一匹。
「来ないでぇぇーーーー!」
シャロが逃げるように全速力で走り、そのあとを追いかけるあんこ。
いつの間にかシャロは、路地裏の行き止まりに追い詰められていた。
「それ以上近づいたら!舌噛むから!」
じりじりとにじり寄ってくるあんこに対して目を強く瞑って、舌を噛もうと口に力を入れる。
「待て!」
そこに現れたのはリゼだった。
リゼがあんこを回収すると、シャロの顔が安堵の表情に変わる。
うさぎ恐怖症の私をよく助けてくれるリゼ先輩は、憧れの存在。
もし、私が先輩のような性格だったら…、貧乏でも堂々としてられたのかな。
『特売だ!道を開けろ!』
特売会場で銃を一発撃ち、ほかの客が道を開けるように左右に分かれる。
そして、特売商品へ一直線の道を堂々と歩くシャロ。
「はっ!ごめんなさいっ!私ったらいけない想像をー!」
「い、いけない想像!?」
シャロはついつい理想の想像を思い描いてしまい、誰かに言うでもなく慌てて謝るが、横でそれを聞いていたリゼはシャロが何を思ったのかと声を上げるのだった。
―――――――――――――――――
ある日のラビットハウス。
いつもの4人で働いているが、雰囲気が少し重い。
「……」
「……はぁ」
チノは黙々とカウンターで作業をしていて、横ではやりにくそうな顔で溜息をついている雪兎。
「ん?」
そんな様子に気づいたリゼが、二人と一緒に暮らしているココアに尋ねる。
「なぁ、ココア。チノの機嫌悪くないか?それに雪兎も元気がないような」
「え?そうかな?」
ココアは今日のチノとの関わりを思い出す。
『チノちゃーん♪』
『やめてくださいココアさん』
もふもふ~っとココアはチノに抱き着こうとするが、チノは両手でココアを突っぱねる。
『ココアさん邪魔です』
ラテアートを作っていた時は、出来上がったラテアートを見ていたココアをチノは押しのけるように通っていく。
「チノちゃんはいつも私にツンツンだよ?」
「いつもそんなあしらわれ方してんの!?」
ココアのぞんざいな扱われ方に驚くリゼ。
「でも、雪兎くんは普段と変わらないと思うんだけど…」
「疲れてる…、というよりは困惑しているって感じだな」
チノがカウンターを離れた隙に、リゼが雪兎に尋ねる。
「なぁ、雪兎。チノのやつ、機嫌悪くないか?」
「…分かります?」
「何かあったのか?」
「それが、原因が分からないんです」
「え?」
雪兎なら知ってると思ってリゼは、雪兎の意外な回答に驚く。
「今までだと、ああなるのって僕と喧嘩したときだったんですよ。なので姉弟揃って不機嫌な時はあったんですが。今回、姉ちゃんだけあんな様子で僕自身も戸惑っていまして…」
「本人に聞けないのか?」
「とても聞ける雰囲気じゃなくて…」
思った以上にチノの様子に、困惑している雪兎。
原因はココアにあると判断したリゼは、雪兎と共にチノを廊下に呼んで原因を聞いた。
「何かあったのか?」
「ココア姉ちゃん絡みだと思うんだけど」
「…昨日、ココアさんと私の部屋で遊んでいるとき…」
チノは昨日の出来事を話し出す。
――昨晩、チノの部屋でココアと遊んでいるときだった。
『ちょっと、お手洗いに』
『行ってらっしゃい。…ん?』
ココアがテーブルの上に置いてある作りかけのパズルに気づく。
しばらくしてチノが戻ってくるとそこには――
「戻ってきたら…、毎日少しずつやるのが楽しみだったパズルが、ほぼ完成状態に」
「ええ!?」
「しかも1ピース足りなかったんです」
「うん、分かる。それは僕も凹む」
原因がココアにあると分かった二人は、ココアに報告する。
「ええ!?チノちゃん喜ぶと思ったのに…!」
「人が作ってるものを断りなく手を出すのはダメですよ?」
「失くしたのはココアだとは思ってないだろうけど、楽しみが取られてショックだろうな」
「私…、私…、お姉ちゃん失格だーーーー!」
二人の報告を受けたココアは自分の仕出かしたことにショックで涙目になると、叫びながらラビットハウスを飛び出していった。
「いや、先に謝っとけよ…」
「ですよね…。あと仕事中なのに…」
―――――――――――――――――
日が傾き、空が赤く染まりだした頃。
「ココアが帰ってこない」
「姉ちゃん。ココア姉ちゃんも悪気が無かったんだから、許してあげたら?」
「だけど…、あんな態度を取っちゃって、普通に話すのが恥ずかしくて…」
(気づいてなかったけどな)
当の本人であるココアは、自分に原因だとは気づいてなかったが、チノの方もそれなりに罪悪感はあるようだ。
「そういえば、お前ら二人が喧嘩したときはどうやって仲直りしてるんだ?」
「ほとぼりが冷めたころにお互いに謝るか、父さんに促されて謝るって感じですかね。姉弟同士、遠慮なく口喧嘩しますから、原因も分かってますからね」
「ココアとはまた別パターンということか」
その時、ラビットハウスの扉が勢いよく開くと、ココアが駆け込んでくる。
「チノちゃん!新しいパズル買ってきたから許してー!」
「8000ピース!?」
「多い!」
ココアが買ってきたパズルは、両手で抱えるほどの大きさの箱に入ったパズルだった。
―――――――――――――――――
その夜。
「協力して欲しいって…」
「これなの?」
千夜とシャロが、ココアのヘルプに現状を見ての開口一番がこれである。
ココア、チノ、雪兎、リゼの前にはバラバラにある程度出来上がったパズルと、まだ手を付けていないパズルピースの山だった。
「手伝って~…」
「始めたものの、終わらないんです…」
ココアは涙目で二人に訴えかけて、チノはすでに疲れた様子だ。
「一回崩しちゃえば?」
「もったいないよぉ~、…それに」
「ん?」
ココアの視線が移動すると、釣られるようにシャロもそちらに視線を向ける、そこには。
「今のリゼちゃんと雪兎くんを止めることなんてできない…」
「楽しい…!」
「……」
リゼはキラキラとしたオーラを振りまきながら、それはそれは楽しそうにパズルを作っている。
一方、雪兎は千夜とシャロが来たことにも気づいてないのか、真剣そのものといった表情で黙々とパズルを作っている。
「た、確かに…!」
「雪兎はこういう作業が大好きなので…」
「し、仕方ないわね。手伝ってあげるわよ」
「ほんとぉ!?」
千夜とシャロも加わって、パズル作りが再開される。
「ジグソーパズルなんて久しぶり」
「端から作ってくのが楽なんだよね」
千夜は二つのピースを手に取り、組み合わせようとするが上手く合わない。
「チノちゃんと作ったところとがったーい!」
「合いそうですね。あ、雪兎、こっちも合いそう」
「ん?…お、いけそうだね」
シャロ、チノ、雪兎の三人はそれぞれ作っていたパズルを組み合わせる。
「こっちも、リゼちゃんと作ってたところと合体だよー」
一方、ココアの方も、リゼのパズルと組み合わせる。
その様子を見ていた千夜は、焦ってパズルを作ろうとするがやはり合わない。
「…シャロちゃん」
「ん?」
「1ピースも合わせられない役立たずが…、ここにいてもいいのかしら…」
(急にネガティブになった…。めんどくさい…)
どす黒いオーラを出しながら落ち込んでいる千夜を見て、シャロは関わらないようにする。
シャロがピースをはめようと手を伸ばすと、同じくピースをはめようとしたリゼの手に当たる。
「あ…。…はっ!せせせ先輩からお先にどうぞ!」
「いや、シャロの方が合ってるっぽいし」
「そそそそんなことないです!」
「だってほら、形が」
「いいえ!先輩が先に!」
「いや、シャロが」
何故かお互いに譲り合いの姿勢を崩さないリゼとシャロだが、間から千夜がパズルのピースをはめ込む。
「あ!はまった!」
「「あ…」」
「あら?」
「どうしたのよ?」
「ううん。なんでもないわ」
「んん?」
何かに気づく千夜だが、気づかなかったことにした。
―――――――――――――――――
一方そのころ、ラビットハウスのバータイムでは、ティッピーがお店の壁に飾られたうさぎの絵を見ていた。
「う~ん。かっこいいのぉ。息子よ、いつ見てもわしにそっくりだと思わんか?」
カウンターでコップを拭いていたタカヒロは、ちらりとその絵を見る。
「…そろそろ、それも飽きてきたな」
「なんじゃと!なんじゃと!飽きてきただと!?」
タカヒロの言葉にばいんばいんと跳ねてティッピーが抗議する。
―――――――――――――――――
チノの部屋ではパズル作りが進んでいた。
しかし、だいぶ時間が経ち、ココア、チノ、千夜の手が止まっている。
「…みんな集中力が無くなってきてる」
そんな中、シャロ、雪兎、リゼは作業を進めていた。
「……」
「雪兎くんも、疲れたら休憩してね?」
「…あ、はい。僕は大丈夫ですよ」
シャロはいまだに黙々と集中している雪兎に心配して声をかけるが、本人はまだまだやれるようだ。
「おーい、ハートマークが出来たぞぉ♪」
リゼもテンションがおかしくなっており、キラキラしたオーラにピンク色が混じり始めている。
「リゼ先輩!疲れてるなら休憩してください!」
そんな憧れの先輩の様子に、見るに堪えられなくなったのかリゼにも休憩を促すシャロ。
ベッドにもたれかかり、ぐったりしていたチノがふと、ココアの方を見る。
(ココアさん…。さっきから、ピース見つめたまま動かない…)
「…そ、その、責任取ろうとしないでください…。私、もう怒ってな――寝てる!?」
「…はっ!?」
チノの声に、ココアが目を覚ます。
「も、もう一息、頑張らなくっちゃ!もう少しで完成だもん!」
「はっ!そうです!」
チノとココアの声にみんながやる気を取り戻す。
「ラストスパートね!」
「ええ!」
そんな中、リゼがあることに気づく。
「…これ、下に何も敷いてないけど、どうするんだ?」
その言葉に全員が固まる。
「…はっ!全然気づかなかった!」
黙々と作業していた雪兎も思わず声を上げる。
「…何も考えてなかったのか」
「…わたし、さっき気づいたのに、この空気になるのが怖くて言えなかった!もっと早い言ってれば…!私のせいで!」
「余計空気が重くなるから自分を責めるのはやめて!」
またネガティブになる千夜にシャロが声荒げながら慰める。
その時、シャロから腹の虫が鳴る。
「…お腹空いたねぇ」
「じゃあ、僕が何か…」
「雪兎はお留守番」
雪兎が夜食を作りに行こうとするが、即座にチノが止める。
「えぇー。なんで?」
「…この間、夜食と言って持ってきたのは何?」
「え?ラーメン」
「…もやしてんこ盛り、メンマ、チャーシュー、ネギまで乗ってるラーメンを夜食とは言わないでしょ」
「あのラーメン美味しかったなぁ♪」
「美味しそうだけど、カロリー!」
雪兎が作ろうとしてきたものを聞いて、悲鳴を上げるシャロ。
「じゃぁ、私がホットケーキ作ってくるよ!」
「手伝います」
ココアがキッチンへ向かうと、チノもそれに付いていく。
「…あの二人、自然に仲直りしたみたいだな」
「そうですね。いつもと変わらない感じになってます」
「え!?喧嘩してたんですか?」
「だって、いつも以上にチノの口数少なかっただろ?」
シャロと千夜は顔を見合わせる。
「…いつもあんな感じじゃないんですか?」
「チノちゃん照れ屋だから」
シャロと千夜は、チノの様子に気づいてなかったようだ。
「…僕らは姉ちゃんと付き合いが長いですからね」
「そういうことにしておくか…」
一方、キッチンではココアがホットケーキを焼いていた。
「私ね。最近、ホットケーキを宙に浮かせて返せるようになったんだよ!見ててね、行っくよー!えい!」
ココアが勢いよくフライパンを上に振るとホットケーキは豪快に宙を舞う。
そして、熱々のホットケーキはチノの顔にべしゃっという音と共に着地した。
チノの部屋で作業をしていた4人だが、部屋の外から泣き声と、どたどたと走る音が聞こえてくる。
「えーっと、ん?」
それに気づいたリゼが扉の方を見ると同時にココアが勢いよく入ってくる。
「チノちゃんが口きいてくれないよぉ!」
「自分でどうにかしろよ」
とりあえずココアにキッチンに戻るように促す。
キッチンでは代わりに、チノがホットケーキを焼いている。
(熱かったっ…!)
その様子をテーブルから落ち込んだ様子で見ているココア。
(完璧に嫌われた…)
「そろそろ焼けるので、先に運んで――」
ココアに運んでもらうようにチノが指示を出そうとココアの方を見ると、ココアはケチャップで死してつぐないますの文字を書いて、ケチャップまみれで突っ伏している。
再び、チノの部屋で4人作業をしていると、どたどたと走る音が聞こえてくる。
「これか?…ん?」
また気づいたリゼが扉の方を見ると同時に今度はチノが飛び込んでくる。
「大変です!ココアさんがケチャップで死んでます!」
「え?」
「食べ物を無駄使いしない!」
さすがにこれは雪兎も声を荒げる。
チノもキッチンへと戻るように促す。
「ごめんね。チノちゃん…」
「私も、そっけない態度を取ってしまいました…」
キッチンへ戻ったチノは、ココアの顔に付いたケチャップを布巾で綺麗に拭きとる。
「でもね!初めて姉妹っぽい喧嘩できて、ちょっと嬉しかった!…かも」
「え…?」
「うさぎも気を惹きたくて、死んだふりをするんだよ」
「…ココアさんは、うさぎというより笑顔が、ウーパールーパー?」
「ウーパールーパーかー。…複雑!」
チノの評価に地味に傷つくココア。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったなー」
「はい!」
無事、焼きあがったホットケーキを食べ終わった6人は休憩しながら雑談をしていた。
ココアは手に持った知恵の輪をいじっている。
「この知恵の輪。難しいね」
「おじいちゃんが作ってくれたんです」
「爺ちゃん、器用だよね。ってかまだ持ってたんだそれ」
「まだ解けてないから」
「チノってパズルゲームが好きなんだな」
「難しくて何度挑戦しても解けなかったんですが、いつか自分の力で解いて、おじいちゃんをあっと言わせて見せます!」
チノは祖父をびっくりさせるため、小さくガッツポーズをして意気込みを語る。
「しかし、最初のやってたパズルのピースは、どこに行ったんだろうな」
「そういうのって、忘れたころに見つかりますね」
「せっかく組んでたプラモデルの小っちゃいパーツがどっか行って、ある時、突然見つかったりもしますね」
「それは無くさないようにしっかり管理しろ…」
「シャロちゃんは、学校にランドセルを忘れたまま帰ってきたことがあったわ」
「んな!?」
「明日学校に行けなーいって」
「り、リゼ先輩の前で、昔の話はやめてよっ!」
「おっと」
突然の千夜の暴露話に、慌てて取り繕うシャロ。
勢いでティッピーの乗っていたベッドを叩くと、ティッピーがバウンドすると同時に何かが零れ落ちる。
「「ん?」」
それに気づいたチノが拾い上げると、それは昨日作っていたパズルの最後のピースだった。
「チノちゃん、これって」
「無くなったピース…」
「ティッピーの毛の中に入り込んでたんだ」
「よかったぁ!これで完成だね!」
ピースが見つかり、チノ本人よりもテンションが上がるココア。
手に持っている知恵の輪を動かす動きも、それに合わせて早くなっている。
「はい!」
チノの返事と共に、何かが外れる金属音が響く。
「あ…」
ココアの手には、外れた知恵の輪があった。
「「「……」」」
「まぁ♪」
雪兎、リゼ、シャロは顔が引き攣っており、千夜は笑顔で見ている。
そして、思いっきり頬を膨らませて怒っているチノ。
「あ…、あはは…」
「むぅーー!ココアさん!」
「…はいっ。お姉ちゃんって――」
「呼びません!」
チノのご機嫌は朝まで直らなかった。
ココアとチノの姉妹喧嘩編でした。
今回もラビットハウス中心だったので手早く書くことが出来ました。
チノちゃんの喧嘩しそうな相手って、原作ではいなさそうで、この小説では雪兎くんだけでしょうね。
ということでココアと喧嘩し、身に覚えなく怒っているチノちゃんに困惑する雪兎くんという図を書けて楽しかったです。
上の子から下の子だと遠慮なく言えそうですが、下の子が上の子に言いたいことを言えないってのはありそうですよね。
まぁ、チノちゃんと雪兎くんは双子なので互いに言いたいこと遠慮なく言い合ってそうですがねw
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Call Me Sisterー2
「千夜が落ち込んでる?」
ラビットハウスのホールで今日の学校での千夜の様子をココアが喋りだす。
「そうなの…」
「それは心配ですね…」
「…私が怒ってる時には、気が付かなかったのに。千夜さんの様子がおかしいときは気づくんですね」
チノはココアの横で不満気に声を漏らす。
(はっ!チノちゃん…!ジェラシー!?)
『お姉ちゃんの鈍感。ぶー』
ココアはむくれているチノの様子をイメージする。
「チノちゃんの事はちゃんと見てるよ!」
「え?」
ココアはどこからか、思春期と題名に書かれたノートを取り出す。
「一緒にお風呂に入ってくれないときは、そういう歳なんだなぁって気を使ったり。反抗期の対処を考えたりしてるもん♪」
「考えてるというか…」
「おまえは、思春期の娘に対する父親か」
思わずティッピーも突っ込み入れてしまうので、チノはお盆で口元を隠す。
「もちろん。雪兎くんのこともちゃんと見てるよ!」
「え?あ、そ、そうですか…」
「うん!年頃の男の子との接し方を日々模索してるよ!」
「あ、はい。頑張ってください」
雪兎は、ココアの接し方はそもそも姉であるチノとそう変わらないと感じている。
もふもふしてくるし、部屋で遊ぶとかはたまにはある。
さすがに、一緒にお風呂に入るとか、寝るとかはない。
「…実は私も悩みが」
チノも悩みがあることを打ち明ける。
「辛いことがあったら!我慢せずに、私の胸に飛び込んでおいで」
ココアは両手を開いて、チノを迎え入れるように構える。
「相談に乗るから何でも言えよ!精神のブレは、戦場では命取りになるからな!」
一方、リゼは頼もしい顔で頼るように促す。
「成長が止まったような気がします」
「僕らはまだ成長期だから、まだまだ大丈夫だよ」
「二人とも精進あるのみじゃ」
っが、チノは雪兎と共にカウンターでティッピーと話していた。
「「スルー!?」」
―――――――――――――――――
「心配だから、千夜ちゃんの様子を見に行ってくるよ」
閉店の時間となり、作業を終えて着替えをしている中、ココアが千夜のところに行くと言い出す。
「外はもう暗いですよ?」
「…何かあったら心配だな」
リゼは自分のロッカーを漁ると、何かを取り出す。
「これ貸してやる。撃つときは、脇を閉めて、両手で構えろよ」
リゼの手にはハンドガンが握られていた。
「私が捕まるから!」
ココアは顔を青くして拒否するが、結局、持たされてしまった。
「あと、雪兎について行ってもらいましょう。男の子ですから護身役程度には役に立つと思います」
「うん。そうだね!頼んでみるよ!」
着替えを済ませて廊下に出ると、ちょうど着替え終わって2階に向かう雪兎がいた。
「あ、雪兎くん!ちょっとお願いがあるの!」
「え?何ですか?」
ココアは事情を説明し、雪兎を連れて甘兎庵へと向かった。
―――――――――――――――――
日も落ち、だいぶ暗くなってきた街路をココアと雪兎が進む。
「もうすぐ甘兎庵だよ。千夜ちゃん大丈夫かな…」
「心配ですね。急ぎましょうか」
「うん!」
少しペースを上げて、甘兎庵へと向かう。
甘兎庵の前に着くと店先には、落ち込んだ様子で座り込んでいるシャロがいた。
「あれ?シャロちゃん!?」
「ココア!?それに雪兎くんも!」
「千夜さんちの前で何してるんですか?」
「…朝、起こしに来た千夜と、ちょっと揉めちゃって…」
「あ…、だから落ち込んでたんだ…」
「追いかけてきたのを振り切って、学校に行ったんだけど…。」
シャロは今朝の様子を思い出す――
『シャロちゃーーん!!』
手に持った何かを振りながら、後ろから追ってくる幼馴染に目もくれず、ひたすら学校への道を走るシャロ。
『あっ!』
っが、追いかけてきた千夜が転んでしまう――
「罪悪感が…」
無理やりに振り切ってしまったことに対して、罪悪感を感じているシャロ。
「なるほど。それで仲直りをしたくてここに」
「でも!千夜も悪いのよ!成長するようにって、毎朝しつこく牛乳を押し付けてくるの。…胸が無いからってぇ!」
シャロは涙目になりながら渾身の叫び声をあげる。
「身長の心配だと思うよ!?」
「…あの、男の前でそういう話題はちょっと…」
雪兎はシャロの叫びに、顔を赤くしている。
「…千夜ちゃん、すごく落ち込んでたよ。あんなにしょぼんとしてたの初めて」
「そ、そんなに?」
「幼馴染っていいなぁ」
「気兼ねなく話せる人がいることは良いことだと思います」
ココアはシャロに近づき、手を取る。
「行こう!一緒に会えば、恥ずかしくないでしょ?」
「お、お店に入りにくいのは、そういう理由じゃなくて…」
そういうと甘兎庵の窓から中を覗き込む。
シャロの視線の先にはあんこがいた。
「あいつが怖いの!私の顔を見るなり噛みつくから!」
「雪兎くんと一緒なら大丈夫じゃない?二人とも仲良しだし」
「どうでしょう?フルールに連れて行ったときは、シャロさんに飛びついていましたし」
「うぅ…、なんか別案ない?」
「それなら!私が守るよ」
「「え?」」
ココアはどこからか、紙袋を取り出し覗き穴を空けるとシャロに被せて、右手にハンドガンを持つ。
「これでばっちり!さぁ行くよ!」
「え!?いや、待ってください!それどう見ても強盗にしか――」
雪兎が言い終わる前に、ココアはシャロの手を取り甘兎庵に入っていった。
「いらっしゃいませー…え?ひ、ひゃあぁぁーー!?ご、強盗!?」
「違うんです千夜さん!落ち着いてください!」
「私だよ!私!」
雪兎もすぐに甘兎庵に飛び込んで、弁明する。
あんこがいつもの通りに雪兎に飛びつくが、しっかり腕でキャッチする。
「あ、雪兎くんにココアちゃん…。どうしたのぉ…。はぁ…」
いきなり強盗がやってきたと勘違いし、気を張っていた千夜だが、雪兎とココアと分かった途端、安心したのか体から力が抜ける。
「だ、大丈夫!?お昼も食べてなかったし」
「…食欲がないのぉ~…」
「大丈夫ですか!?」
千夜がふらふらとおぼつかない様子を見て、雪兎が支えるように横に移動する。
「もうオーダーストップしてるわよね!」
「え?」
「キッチン、借りるわよ!」
紙袋覆面を左右に引き裂き、シャロが顔を出した瞬間、雪兎が制止する前に腕からあんこが飛び出す。
「あっ」
「のおぉぉーーーー!!」
「キッチンはそっちじゃないよぉ!」
シャロはあんこに追われて、カウンターの奥に消えていった。
一騒動あったが、とりあえず落ち着いた甘兎庵。
千夜に食事を摂らせようと、ココアとシャロはキッチンで調理を行い、雪兎はあんこと一緒に千夜の側についている。
「ごめんね、雪兎くん。私のために付き合ってくれて」
「いえ、気にしないでください。この間、姉ちゃんがお世話になったお礼ですよ。えっと、シャロさんも気にしてましたし、仲直りしましょ?」
「え?…あ、違うの。シャロちゃんが原因じゃないの」
「え?」
「実は――」
一方、キッチンの方からはココアとシャロの会話が聞こえてくる。
「こんなもんね」
「お味噌汁作ってるシャロちゃんって、意外と様になってるね!お母さんが恋しくなっちゃった…」
「や、やめてよ!」
「ところでお母さん」
「え?」
「さっきからワカメの増殖が止まらないの」
「入れすぎ!」
何の会話をしているんだと、聞き耳を立てて心の中で突っ込みを入れる雪兎。
「玉ねぎで涙が止まらないよー!」
「娘なら邪魔しないでよー!」
今度は玉ねぎが目に染みて、二人の泣き叫ぶ声がキッチン中に響き渡ってくる。
すると、千夜が立ち上がってキッチンの方に行こうとするので、雪兎も千夜を支えながら向かう。
「二人とも…、私のために夕食を作ってくれてるの?」
「し、食欲無いっていうから、食べやすくて体にいいものを」
「嬉しい…!でも、シャロちゃんはお母さんというより、生活に困っても愛があれば大丈夫っな、新妻役でお願いするわ」
「ちゃっかり会話聞いてんじゃないわよ」
「席の方にも普通に聞こえてました…」
「…その」
「ん?」
「…朝は逃げてごめんなさい」
シャロはバツが悪そうに顔を伏せながら謝る。
「シャロちゃん…」
「ね!千夜ちゃんも元気出して!」
「あー、…それがですね…」
「ごめんなさい!その…、ね。チノちゃんのお父さんが作った栗金団が、私の作った和菓子より美味しかったなんて、恥ずかしくて言えなくて…」
「そうだったんだぁ~」
「……」
「父さん…」
理由を聞いたシャロは自分が原因じゃなかったことに、引き攣った顔でプルプルと震えている。
そして、原因が父にあったことに頭を抱える雪兎。
「あ、そういえば今朝渡したかったものだけど」
「え?牛乳じゃなかったの?」
「これがうちの木に引っ掛かってたの」
「んなぁ!?」
「えっ!?」
千夜が取り出したものに気づくと、雪兎は顔赤くして後ろを向き、シャロはわたわたと慌てだすとひったくるように、千夜から奪い取る。
千夜が袖の中から取り出したのは、シャロのパンツだった。
「追いかけても逃げるように学校行っちゃうんだもん」
「ここここれ振り回して走ってたんじゃないでしょうね!?あああと雪兎くんの前で出すなこの和菓子バカーー!」
「白かぁ」
「ココア姉ちゃん色言うのやめてください!」
(また女難…!)
甘兎庵にシャロと雪兎の悲鳴が響き渡るのだった。
―――――――――――――――――
次の日の中学校の昼休み。
チノはマヤ、メグと昼食を取っていた。
「チノちゃんのデザートは牛乳寒天?」
「デザート感覚でカルシウムが摂れて、背も伸びるかもしれないと」
「へぇー」
「…あわよくば、胸も大きく」
「合理的!」
「効果あるのかな?」
一方、雪兎たちのクラス。
こちらは、ユカリ隊の三人で昼食を取っている。
「牛乳寒天?」
「うん。父さんが作ったんだ」
「美味そうだな。一口くれよ」
「ボクも」
一口分を切り分けると二人に渡す。
「美味いなこれ。牛乳って大量の飲むのは大変だけど、これならいくらでも食えそうだな」
「少しでも背が伸びればいいかなって」
「うん。すごく美味しいよ。でも、雪兎くんもリクくんも、カルシウム取ればいいってものじゃないからね」
そして高校では、ベンチでココアと千夜が牛乳寒天を食べていた。
「この牛乳寒天…、うちの寒天デザートより美味しい…」
「はっ!」
千夜の言葉に衝撃を受けるココアだった。
千夜のお悩み編でした。
雪兎くんとココアの二人だけという珍しい編成に。
そして、思いっきりガールズトーク気味の回ですので、雪兎くんの女難が遺憾なく発揮されることに…w
だいたいが千夜シャロ絡みですね…w
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Call Me Sisterー3
ある日の公園。
シャロはフルール・ド・ラパンの制服を着てチラシ配りをしていた。
「フルール・ド・ラパンでーす!ハーブのお店でーす!」
手に持っていた最後の一枚を通りかかった女性に渡す。
「ありがとうございまーす♪…さて、残りのチラシはああぁぁーー!?」
ベンチのおいておいた残りのチラシの上に鎮座しているのは不良野良うさぎだった。
「そそそそそそこどきなさいよ!どどどどどきなさいったらぁ!」
同じころ、雪兎とリゼはラビットハウスの制服姿で紙の束を持って公園に来ていた。
「ん?」
「どうしました?リゼさん」
「あれ…」
リゼの指さした方には、うさぎに向かって叫びながら土下座をしているシャロの姿があった。
「どいてください!お願いします!お願いします!」
((うさぎに土下座してる…))
さすがに見ていられなくなったので、リゼが助け舟を出す。
「ほら」
「あっ、り、リゼ先輩!それに雪兎くんも!」
リゼがうさぎを抱えて地面に下ろすとどこかへと走り去っていった。
「あ、ありがとうございました…。その服で外にいるなんて、珍しいですね」
「ココアが企画した、夏のパン祭りのチラシ配り担当に任命された」
「僕もチラシ配り担当になりましたので、リゼさんと一緒に配りに来ました」
リゼがチラシを見せると、店名にティッピーのような生き物がうぇるかむかもーんというよくわからない言葉を喋っており、パン食べ放題の文字、地図が描かれている。
「食べ放題…。はっ!…あ、でも、土曜日は一日中バイトなので…」
「そっか。残念だな」
「メロンパン…。お腹いっぱい食べたかったなぁ…」
「ココア姉ちゃんに余分に作ってもらえないか聞いてみましょうか」
「いいの!?」
ココアにシャロの分を作ってもらえないか交渉することになった。
「さて、やるか。こうやって配れば受け取ってくれるのか?」
「はい」
「あのポーズは、父の日あたりにやってた」
「フルール・ド・ラパンをよろしくお願いしまーす!」
「無意識にうちの宣伝になってます!」
「うちはラビットハウスですよ!?」
フルール・ド・ラパンで習得した仕草で配ったせいか、宣伝する店を間違えているリゼ。
雪兎は二人とは少し離れた位置に移動して、チラシ配りを始める。
一方、ラビットハウスでは残っていたチノがチラシを見て声を上げる。
「どうかした?」
「ココアさん…!ラビットハウスのスペルが間違ってます!」
「え!?」
「ハウスじゃなくて、ホース…、馬です」
ハウスは本来Houseなのだが、チラシにはHorseと書かれている。
「や、やっちゃった!?…か、看板にも馬付けたら解決!?」
「しませんよ…。それに、うぇるかむかもーんってどうしてカッコつけて変な言葉使おうとするんですか…!」
「わしの似顔絵が気持ち悪い」
チノは青い顔でチラシを握りながらぷるぷると震えており、さらにはティッピーの酷評が追い打ちをかける。
「私のうっかりが町中に知れ渡る!チラシ回収してくるー!」
ココアは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらラビットハウスを出ていった。
「確認しない私がバカでした…!」
呆れた声を出すチノだが、すぐにココアの後を追うのだった。
―――――――――――――――――
「お願いしまーす!」
公園では三人が順調にチラシ配りを進めている。
「あのー…」
「はい?」
シャロがチラシ配りをしていると、青山ブルーマウンテンに声を掛けられる。
「このお店は、いかがわしいお店なのでしょうか?」
「普通の健全な喫茶店です!」
「なるほど…。耳を付けた少女たちを拝みながらお茶をする…」
(拝む!?)
「ふむふむ…。こういった趣向もあるんですね。近日伺いますので、なにとぞ良しなに」
何故か話をしながら青山はしゃがみ込み、視線はシャロの太ももに移動していた。
「ちょ!?太ももに向かって話さないでください!」
(目を合わせて話せないせいで、誤解されてしまったみたい…)
「ぜひ、来てください!」
シャロに勘違いされてしまったことにしょんぼりしながら歩き、無意識にリゼのチラシを受け取る。
(これは…、ラビットハウスのチラシ?マスター…、久しぶりにお会い――ラビットホース?違うお店だったみたい)
手に取ったチラシを見てラビットハウスのマスターを思い出す青山だったが、件のスペルを間違えたチラシだったため、結局勘違いをしたまま公園を去るのだった。
「チラシ配りストップー!!」
「ん?」
声のした方をリゼとシャロが見ると、ココアが泣きながら走ってきており、その後ろをチノが付いてきていた。
「あ、シャロさん」
「スペル間違えちゃったー!」
「えっ!?…見落としてた!」
「雪兎はどこですか?」
「あいつはあっちの方で配ってるはずだ」
「私が止めてきます」
リゼが指さした方向にチノは走っていった。
「ラビットハウスをお願いしまーす。さて、もうちょっとで終わりだな」
一方、雪兎は笑顔でチラシ配りを進めており、残りも少しというところまで来ていた。
「お、雪兎じゃん」
「やぁ、雪兎くん」
「リクにカケル。休日に二人一緒とは珍しいね」
雪兎に声を掛けたのはリクとカケルだった。
「ああ、そこで会ってな」
「雪兎くん、それは?」
「今度の土曜日にうちでやるパン祭りのチラシだよ。二人もどうかな?」
二人にパン祭りのチラシを渡す。
「どれどれ。わははは!なんだこの毛玉!気持ちわりー!」
「あはは…」
ココアが描いたティッピーを見て爆笑するリクに苦笑いで返す雪兎。
正直この絵はどうかと思ったが、ココアが全面的に描くことになったので口を挟まないでいた。
「あれ?雪兎くんちってラビットハウスだよね。これホースだよ?」
「え!?」
「ほら、ここ」
カケルがラビットハウスの文字のところを指さす。
「見落としてた!」
「これ作ったのって」
「ココア姉ちゃんだよ…」
「ほんとあの人、おっちょこちょいだな」
「返す言葉もありません…」
ココアの痛恨のミスに思いっきり溜息をつく雪兎。
二人は諦めた顔をしている。
「パン食べ放題はいいな。俺も午後くらいに行くわ」
「じゃ、ボクも同じ頃に行くよ」
「お待ちしております」
「じゃぁなー」
二人は手を振って去っていった。
「雪兎ー!チラシ配りストップー!」
雪兎を見つけたチノが叫びながらこちらに駆け寄ってくる。
「ココアさんの作ったチラシが…!」
「うん、知ってる…。さっき会ったリクとカケルに教えてもらった」
「確認しない私がバカだった…!」
「僕も確認してなかったからお互い様だよ…」
姉弟そろってため息をつくと、残ったチラシを持って3人のところに戻る。
「あ!雪兎くん、チラシなんだけど!」
「リクとカケルに言われて気づきました…」
「弟たちにも私のうっかりがー!?」
リクとカケルにうっかりを知られたことにショックを受けるココア。
「しょうがない、残りは書き直して――」
リゼがそう言おうとしたとき、突風が吹き、大量のうっかりチラシが風に乗り宙を舞う。
「うええぇぇーー!?」
公園中にばらまかれてしまったチラシを手分けして回収することになった。
木の枝に引っ掛かったチラシを回収するために、馬になるココアとその上にチノが乗る。
「う、動かないで、ください…!」
「ほ、本当に馬になるなんて…」
ココアの上でチノが背伸びをしてチラシを取ろうとするが、枝を揺すった拍子に虫が落下する。
「あっ、大きい虫が落ちました」
「おっと。…あっ」
「うわぁ!?なんて事をー!」
運悪く虫は、木の下でチラシを拾っていた雪兎が咄嗟に避けてしまい、リゼの頭の上に落ちる。
「意外な一面ですね」
シャロは動じることなくリゼの頭の虫を払い除ける。
「…おお。お、お前もたくましいな…」
「家の隙間からよく入ってくるんでな――何でもないです…」
思わず家の事を言いそうになり、慌てて誤魔化すシャロだが、足元に不良野良うさぎがやってきておりシャロの靴を舐めている。
「なああぁぁーー!」
「でも、うさぎはダメなんだな…」
「ほら、あっちいってな」
雪兎はうさぎを抱えてシャロから引き剥がして、離れた場所に下ろす。
「この小っちゃい子なら大丈夫でしょ?」
そう言ってココアが持ってきたのは、両手の手の平程度の大きさのうさぎ。
「…か、噛まないなら」
戸惑いながらもシャロは、ココアからうさぎを受け取る。
(どうしたら…)
「…きゅ、きゅ~?」
困惑したシャロはうさぎの鳴きまねをする。
「えっ!?うさぎって鳴くの!?」
「そんなにはっきりとは鳴かないかと」
「だよね」
「はっ!」
シャロが昔に千夜に言われたことを思い出す――
『うさぎは、きゅ~って鳴くのよ』
『ほんと?』
千夜は確かにそう言っていた――
シャロは恥ずかしさと、悔しさで顔が赤くなる。
「帰ったら問い詰めるっ…!」
―――――――――――――――――
パン祭りの当日の夜。
ラビットハウスのパン祭りは盛況で無事に終わった。
「今日は、パン祭りに来てくれてありがとね」
「無事に成功してよかったわね~」
甘兎庵の前にラビットハウスの4人が来ていた。
「千夜ちゃんあまりいられなかったから、はい!お裾分け」
「ありがとう!」
「それとシャロさんの家、知りませんか?お裾分けする約束をしてまして」
「え?」
「シャロちゃんの分のお裾分けも持ってきたの。きっと、赤い屋根の大きなお家に住んでると思うんだけど…」
「どこかで聞いたことがあるフレーズですね…」
「あ、えっとぉ…」
シャロの幼馴染の千夜なら、シャロの家を知っているだろうと踏んでの質問だったのだが、千夜は困った顔をしている。
その時、甘兎庵の隣の物置から扉を開く音がする。
「夕食買い忘れちゃった」
出てきたのは余所行きだが、ラフな格好をしたシャロだった。
「「「「ん?」」」」
「ん?」
出てきたシャロと4人の顔が合うこと数秒。
シャロはあんぐりと口を開けて停止している。
(あ、やっぱり…)
「…もしかして私たちは」
「…大きな勘違いをしていた?」
「…い、今まで勝手に妄想の押し付けを…!お、お嬢様とか関係なく、私の憧れなので…」
チノは焦った様子で、両手を宙に動かして弁明する。
(気遣わせちゃってる!)
「ところで、シャロちゃんの家はどこ?」
「気づいてない!?」
「この物置よぉーー!」
シャロは叫びながらさっき出てきた物置を指さす。
「えぇ!?」
「…そっか、うちの学校の特待生って、シャロだったんだな」
「…その、言い出せなくて…」
「よし、フェアになるよ。私の秘密も教えよう」
「へ?」
リゼがシャロに耳打ちしながらしゃべり始める。
「雪兎くんは驚かないのね」
みんながシャロの家に驚いている中、雪兎だけは特にリアクションをしていなかったことに千夜が疑問に思って聞く。
「あ~、えっと…。買い出しと出かけた時に実は、あそこから出入りしてるシャロさんを何度か見たことありまして…」
「えっ!?雪兎くん知ってたの!?」
「シャロさんが家の事については頑なに話したがらない様子でしたから、黙ってたんですよ。僕自身、本人に確認したわけではないので、確信があったわけではないんですがね…」
「どうして甘兎庵の近くをよく通るの?」
「それは、雪兎くんがよくうちに寄ってくれるからかしら。あんこと遊んでくれて、雪原の赤宝石をよく買っていってくれるの♪」
「つまり、いつもの買い食い…」
「あはは…、バレちゃった…」
チノに新しい買い食い先がばれて、雪兎は苦笑いする。
―――――――――――――――――
ラビットハウスの4人が帰った後、シャロと千夜はシャロの家でお茶をしていた。
「…あ~もう、恥ずかしい…、こんな家見られて…」
シャロはベッドの上で、顔を赤くして枕にを突っ込んでいて、千夜はテーブルの前で一人、紅茶を飲んでいる。
「でも分かったでしょ?」
「ん~?」
「お嬢様じゃなくても、みんな幻滅したりしないわ。シャロちゃんはシャロちゃんよ」
「千夜…」
「…けど、二人だけの秘密がバレちゃって、ちょっと残念」
「何でよ…」
「さぁ、パン食べましょ?」
シャロもベッドから出てテーブルに着く。
「私のティーカップコレクション勝手に使うなぁー!…あっ、メロンパン一杯入ってる♪」
「よかったわね♪」
―――――――――――――――――
「なんじゃこりゃぁー!?わしの絵が…」
バータイムのラビットハウスにティッピーの叫び声が響く。
壁にかけてあったうさぎの絵が、6人が先日組んだパズルに置き換わっていた。
「新しいのにしていおいた」
「なんじゃと…?」
「よく見ろよ親父。この6匹、誰かに似てるだろう?」
パズルの柄は草原に6匹のうさぎが集まっている絵だった。
「何?」
ティッピーはじっとパズルを見つめる。
「…まぁ、これはこれで悪くない。よく見たら真ん中の下のはわしに似とるしなぁ、わははは」
ティッピーは上機嫌でそういうのだった。
チラシ配りとシャロの家バレ編でした。
雪兎くんがシャロの家に気づいていたという設定ですが、以前に明確な家バレ描写はしてなかったのことと、閑羽1でバレかけたというのはありましたので、薄々気づいていたという感じにしました。
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プールに濡れて 雨に濡れて涙に濡れてー1
問題の水着回。どうなることやら…。
評価バーに色が付きました、そこそこに楽しんでいただけているようでありがたい限りです。
「600円になります。1000円お預かりしたので、400円のお返しになります」
「「「ありがとうございました」」」
ラビットハウスではいつもの4人が働いていた。
リゼが会計を行い、チノ、雪兎と帰っていく客を見送る。
「イェ~イ!頼も~!」
「テンションが高いっ!」
ココアが飲み終わったカップを片付けようとしていると、先ほどの客と入れ替わりでやってきたのは、千夜とカフェインモードになったシャロだった。
「…おい、シャロのこの感じ。…まさか」
リゼが顔を引きつらせながら尋ねる。
「貧乏がバレた恥ずかしさに耐えられないって言うから、ヤケコーヒー巡りを勧めたの」
「もっと違うものを勧めろ!」
「ここで三件目♪…でも見て、あの晴れやかな顔」
「カフェインで可笑しくなってる顔だな…」
シャロはココアと話し込んで盛り上がっている。
「シャロさん…!コーヒー好きになってくれて嬉しいです!」
「ちょっと違うと思う…」
「…酔うだけで、別に以前から苦手だったってわけじゃないでしょ…」
シャロがコーヒーを好きになったと思って嬉しい顔をしているチノだが、リゼと柱の陰に隠れている雪兎が突っ込みを入れる。
「「あーるーぷーすー♪いちまんじゃーく――」」
ココアは酔いつぶれたシャロとアルプス一万尺を始めている。
「…酔いつぶれるほど悩んでいたんだな」
「みんな気にしないってシャロちゃん自身、分かってるんだけどね」
「ああ。私も、シャロのお嬢様らしさを見習いたいくらいだ」
(その方が、あの学校では周りと馴染みそうだし)
リゼは自分がお嬢様らしかったらどんな感じだろうとイメージする――
射撃場で、クレー射撃をしているリゼ。
普段の雰囲気とは違い、髪を下ろしてパーマがかかっており、衣服もお淑やかなイメージの服を着て、お嬢様という雰囲気を出している。
『ご覧になっていまして?お父様。射撃は淑女の嗜みです』
『お疲れ様です、お嬢様。ご休憩にコーヒーをどうぞ』
『あら、ありがとう』
コーヒーを口にするリゼだが、まるで酔っていくかのように顔が赤色に染まる。
再びクレー射撃を再開するリゼだが、凄まじい勢いでクレーを全て撃ち抜いていく。
銃が先ほどのライフル銃から、大口径スナイパーライフルになっていた。
『はははは!当たった当たったぁ!全弾ぶち抜いてやったよぉ!はははは!』
リゼは高笑いをしながらさらに銃弾を撃ち込む――
「…はっ!戦場の悪魔が誕生した!?」
「そのフレーズ素敵ね!」
「…何をイメージしたんですか?」
リゼから飛び出した言葉は、お嬢様らしさとはかけ離れたものだった。
―――――――――――――――――
6人が休日の日。
全員そろって、町にある温水プールへと来ていた。
「わぁ~!お城みたいだね!」
「古い建物を改装した名残だな」
「私、水着で温泉って初めて」
「泳ぐのとお風呂が出来て一石二鳥ね」
「あ、浮き輪持ってくればよかった…」
「あっ!これなら持ってきたんだけど」
そういうとココアがバッグから取り出したのは足ヒレだった。
「足ヒレ!?」
「…いりません」
「…はぁ」
みんなが入場していく中、雪兎は人知れずため息を漏らしていた。
「雪兎はおじいちゃんをよろしく」
チノは雪兎にティッピーを渡すと、それぞれの更衣室に入っていく。
「はぁ~…」
「何をそんなに辛気臭いため息をしとるんじゃ。せっかくの羽休めだというのに」
着替えながら大きなため息をつく雪兎にティッピーは尋ねる。
「…爺ちゃん、分かってて言ってるでしょ」
「ほっほっほ。お前も隅に置けんのぉ」
「沈めるぞじじい」
普段の言葉遣いからは考えられない言葉が雪兎から飛び出す。
(冷静に考えて、男女比おかしいでしょ…)
温水プールに行こうとココアが言い出した時は雪兎は頑なに断ったのだが、結局、ココアに根負けして行くことになってしまった。
しかも、チノ、ココアと自分の三人だと思っていたのだが、まさかリゼ、千夜、シャロも加わるとは思っていなかった。
行くと言ってしまった以上、断るに断れず、残りの三人からも同行を快く許可してもらったため、諦めてついて行くことにした。
(水着…、なんだよね…)
チノはともかく、他4人の事を意識してしまう。
普段ならそれほど意識することもないが、水着となると…。
思考がぐるぐると回り始めてまとまらなくなってきたため、両手で頬を叩いて気付けをすると、着替えてケータイで素早くチノにメールを打って一足先にティッピーを連れてプールへと向かう。
「待たんのか?」
「先入る!」
(青春じゃのぉ)
意識しまくってる孫の様子に微笑ましく思うティッピーだった。
―――――――――――――――――
一足先にプールに着いた雪兎は、桶に入れたティッピーと共に奥の方の目立たない場所にある温水プールに入っていた。
「なんでこんな隅っこで入っとるんじゃ」
「聞かなくても分かるでしょ」
(やれやれ、無駄な努力じゃな)
温水プールは気持ちいいが今はそれどころではない。
とにかく女子たちとの合流を遅らせて心を落ち着かせる。
(落ち着け、普段と変わらないんだ。変わらない。変わらない…)
自分に言い聞かせるが、やはり意識しそうになってしまう雪兎。
(あぁー!もう!意識するなって思うほど意識してしまうー!)
自分の煩悩に翻弄されて雪兎は頭を抱える。
「雪兎くんは先に行ってるんだって?」
「はい。メールが来てました」
「まぁ男子の方が準備は早いだろうしな」
「でも、全然見当たらないんだけど…」
「どこ行ったのかしら?」
一人でうんうんと唸っていると聞きなれた声が聞こえてきて、肩がビクッと跳ねる。
これ以上は、時間を稼げそうにない。
(うぅ…!もうなるようになれぇ!)
じたばたしても何も変わらないと判断した雪兎は、腹をくくる。
温水プールを堪能するように体の力を抜いて息を吐き出すと、先ほどまで意識を向けられなかった心地よさが体を包み込む。
とにかく頭を空っぽにして、天井を見上げる。
(あ~…、気持ちいい…)
思考を放棄し、温水プールの心地よさに身を任せる。
「あ、いたよ!」
「なんであんな端っこに?」
「呼んできますね」
チノはそう言うと雪兎の方へと向かう。
「雪兎ー、みんな来たよ?」
「ん~?」
チノが声を掛けると、雪兎は緩み切った顔で返事をする。
(…すごいだらけてる)
チノは自身の弟の様子に呆れる。
「ほら、みんな待ってるから、行こう」
「僕はここでだらけておくよ~」
(腹くくったんじゃないのかの…)
みんなの方に行くように促すが、雪兎は動こうとしない。
結局、覚悟を決めた様子を見せた割に、まだ抵抗している雪兎に呆れるティッピー。
(…なにかおかしい)
頑なに動こうとしない様子の弟を訝しむチノ。
「おーい、何やってんだ?早く来いよ」
「リゼさっ…!」
「ん?どうした」
中々戻ってこないチノの事が気になって、リゼもやってくる。
雪兎も声をした方向に顔を向けて、リゼが視界に入る。
普段とは違い、ビキニの水着姿で肌の露出が多く、スタイルのいい体をより強調している。
雪兎は自分の顔がすごい勢いで赤くなっているのを感じる。
「チノちゃん!雪兎くん!早く泳ごうよ!」
「ずいぶん時間かかってるけど何かあったの?」
さらにはココア、シャロ、千夜も続けてやってくる。
もちろん3人とも魅力的な水着姿である。
「姉ちゃんと姉弟の話があるので失礼します!」
「えっ!?雪兎っ!?」
雪兎はこれ以上この場にいられないと瞬時に判断し、チノの手とティッピーの入った桶を掴むと奥の柱の陰へと走っていった。
「…どうしたんだ、あいつ」
「もしかして調子が悪いのかな?」
「照れてるだけじゃない?」
「チノちゃんならわかるけど、雪兎くんが照れるなんて珍しいわね」
いつもの感じで接している4人は原因がわかっていなかった。
一方、柱の陰にやってきた香風姉弟。
「っで、何があったの」
「…実は」
雪兎は事情を話すと、チノは呆れ顔になる。
「…雪兎」
「僕だって男なんだよ!?みんな意識してないけどさぁ!」
「男からみれば、羨ましくもあり、恥ずかしい状況でもあるんじゃよ」
雪兎は、顔を真っ赤にして手で覆ってチノに悲痛な声で訴える。
一応、ティッピーもフォローを入れるが女の子であるチノはあまり状況が理解できていない。
「そんなに恥ずかしいなら、今日来るの断ればよかったのに…」
「一度了承したのに、今更行けませんなんて言えないでしょ!?」
「そういうところは律儀なんだから…」
雪兎の律儀なところは信頼できるのだが、今回は完全に仇になっていることに頭を押さえるチノ。
悩める弟のためにいろいろチノは考えてみるが。
「普段通りに接するしかないんじゃないかな」
「それが出来たら苦労しない!」
「…はぁ。じゃぁ、皆さんの水着姿に慣れるまで私が側についてあげるから、いやらしい目で見そうになったらつねってあげる」
「ありがたいけど、いやらしいって言わないで!」
チノが助け舟を出してくれることになり、二人でみんなの元へと戻る。
「お、戻ってきたぞ」
「すいません。お待たせしました」
「雪兎くん、大丈夫?顔が赤いわよ」
「体調悪いなら、無理しちゃダメよ?」
「だ、大丈夫です!はい!」
千夜とシャロの心配に雪兎は慌てて大丈夫だと返答する。
「ねぇ、雪兎くん!私たちの水着、どうかな?」
「えっ」
ココアがそういうと雪兎は4人を見渡す。
それぞれが、魅力的な体を惜しげなく晒している。
雪兎は視線がぐるぐると彷徨って定まらなくなり、思考が停止しそうになるが、感づいたチノが4人から見えない背中をつねる。
「いっ!?」
「…い?」
「い、いえ、すごく似合ってると思いますっ!」
「そっか!えへへ♪ありがとう♪」
一気に現実に引き戻されると、無難に似合ってると感想を言うとココアは上機嫌になる。
「……」
「り、リゼさん?な、なんでしょうか…?」
雪兎の方をじーっと見ていたリゼが近づいてくる。
すると、雪兎の腕を取ると、上腕を触り始める。
「…雪兎、お前。チノみたいに小さくて細いと思ってたけど、意外と筋肉あるんだな」
「え!?…あ、まぁ、力仕事とか運動してますからね」
「ほんとだわ。腹筋もあるわ。手相の時にも思ったけど、男の子の体ってごつごつしてるのね」
「千夜さん!?」
今度は千夜がお腹のあたりも触り始める。
「じゃぁ私も!雪兎くんモフモフする~♪」
さらには、ココアがリゼとは反対側から雪兎に抱き着く。
「ココア姉ちゃん!?」
リゼが腕を触り、千夜がお腹を触り、ココアが抱き着く。
雪兎は水着姿の女の子に囲まれて、かつてないほどに顔が熱くなるのを感じて、思考が全く定まらなくなる。
「三人ともそれくらいにしてあげて!」
「雪兎ー!」
シャロがストップをかけて、三人が気づくと雪兎は茹蛸のように顔を真っ赤にして目を回しており、その場に崩れ落ちそうになるのをチノが支える。
目を回した雪兎が復活するまでしばらくかかるのだった。
―――――――――――――――――
雪兎が目を覚ましたので、それぞれ温水プールを堪能していた。
ちなみにさっきの騒動で雪兎は耐性が付いたのか、普通にみんなと喋れるようになっていた。
ココア、シャロ、雪兎は円形の小さなプールに入っていた。
「はぁ~、気持ちいい~♪」
「ですねぇ~…」
「小さいころ、銭湯で泳いで怒られたことを思い出すなぁ~…」
「ココア姉ちゃんならやってそうですね…」
「ここは銭湯じゃないけどね」
ココアが怒られる様子が鮮明にイメージが沸く雪兎。
「シャロちゃんは、今でもよく銭湯に行くの?」
「…たまにね。…たまに。こんな大きなところじゃないけど…」
「あんまり触れてあげない方がいいかと…」
苦学生であるシャロは銭湯に行くことはあるようだが、げんなりとした表情をしており雪兎はあまり触れてあげるべきじゃないと感じる。
一方、その様子を見ているのは、千夜、チノ、リゼの三人だ。
(うちのお風呂を借りてる話でもしてるのかしら?)
シャロの様子に千夜はそんなことを思いながら、温水プールに手を入れる。
「…ぬるいわ。こんなのお風呂じゃないっ!」
「千夜さんは江戸っ子ですね」
文句を言いつつもこちらも三人でプールに浸かる。
「「「はぁ~…」」」
気持ちよさそうに同時に三人で息を吐き出す。
「おい、毛玉。このくらいの温度ならお前も入れるんじゃないのか?」
リゼがチノの頭の上のティッピーに気づき、入れるんじゃないのかと聞く。
「雪兎くんが持ってた桶が、ティッピーのサイズにピッタリだったわ」
「……」
チノは顔を伏せて湯船に深く沈み込む。
ティッピーも濡れるのが嫌なのか顔が引き攣っている。
「あ、嫌がるなよ。温泉嫌いなのか?」
「濡れたら普通にうさぎになるの?」
両サイドから挟み込むように、チノの顔に迫りくる二人の立派な胸にチノの顔が赤くなっていく。
その様子を見ていたシャロは顔が引き攣っており、雪兎は顔を背けて、ココアは気持ちよさで目を瞑っていて気づいていない。
「ここの温泉は、高血圧や間接痛に効果があるらしいよ~」
「…成長促進に効果はありませんか」
「姉ちゃん…」
いつの間にかココアの横に来ていたチノは打ちのめされた表情をしていた。
―――――――――――――――――
しばらく温水プールに入っていた6人だが、ある程度たって別行動を取り始める。
チノと雪兎はプールの一角にある突き出たテーブルにチェス盤に駒を並べていた。
「今日はあまり人がいませんね」
「人がまばらだね」
「この温泉の強者どもと相まえることを楽しみにしとったんじゃがの!」
雪兎の隣りで、桶に入っているティッピーは気合十分な様子を見せる。
「では、私と指しますか」
「勝負じゃ、チノ!雪兎はわしの代わりに駒を指すんじゃ」
「はいはい」
「雪兎は弱いので相手になりませんからね」
「僕は、こういうのはさっぱりだからね」
チノとティッピー代役の雪兎がチェスを指し始める。
一方、大プールの方に移動した高校生4人組はその様子を遠目で見ていた。
「姉弟で指してる」
「どっちが強いんだろうな?」
「こっちはこっちで泳ぎましょうか」
「あ、私、泳ぐのはちょっと…」
「私、深いプールで泳いだことないんだけど…」
千夜が泳ぎが苦手と言い出すが、それに続いてリゼも泳いだことがないと言い出す。
「「「意外!」」」
「じゃぁ!私が教えてあげるよ!」
気合十分のココアがプールで泳いで見せる。
「見て見てー、これがクロールだよー」
「…泳ぎ方を覚えなおした方がいいわね」
しかし、仰向けの姿勢で手を体の真横で掻いており、背泳ぎとも言い難い泳ぎ方をしていた。
「じゃぁこれから、リゼちゃんが泳げるように特訓を始めます!」
「待って。泳ぐなら念のため、軽くストレッチした方がいいと思うの」
「うん。準備運動は大切だな」
リゼは足を180度開脚するとそのまま上半身を床に付ける。
「「柔らか!」」
「シャロちゃん!」
「んえ?」
その様子を見ていたココアは負けじとシャロに声を掛ける。
「肉体美の表現なら負けてられないねー!」
「…何してる」
何故か二人は組体操のサボテンをやっていた。
「いい勝負じゃった」
「はい」
「二人とも、お疲れ様」
一方、孫爺の対局に決着がついた香風一家。
こちらに千夜が向かってくる。
「チノちゃーん、雪兎くーん。どちらか、私とお手合わせしましょ?チェスってやったことないんだけど、将棋とよく似てるんでしょう?」
「いいですよ。私が受けて立ちます」
「じゃぁ、僕はココア姉ちゃんたちと合流しますね」
雪兎はプールを出ると、ココアたちの方へ向かっていった。
チノと千夜はチェスの駒を並べなおす。
「せっかくだから、何か賭けてみない?私が勝ったら、ティッピーがびしょ濡れになったらどうなるのかを見せてもらうのはどう?」
(なぬ!?)
「分かりました。私が勝ったら、ココアさんに私をお姉さんと呼んでもらうことにしましょう」
「何で巻き込まれてるのっ!?」
その会話を聞いていたココアが叫び声をあげる。
「ではっ!」
千夜の掛け声とともに対局が始まる。
「あちらから流れてきました」
「いらっしゃい雪兎くん!一緒にリゼちゃんの泳ぎの特訓だよ!」
「え?」
「私、深いプールで泳いだことが無くてな」
「意外です!」
(同じリアクションしてる)
雪兎は軽く体を解すと、プールに入りココアたちの輪に混じる。
「じゃぁ、まずは息止め勝負!」
((なんでそうなるんだろう…))
「泳ぎの特訓じゃなかったんですか?」
「雪兎くん、深く考えちゃダメよ…」
「あ、はい」
この場はココアが仕切っているので考えるだけ無駄だと、シャロは雪兎に諭す。
「せーのっ!」
ココアの掛け声とともに大きく息を吸い込み、4人は同時にプールに潜る。
リゼが水中で目を開けると、シャロは強く目を瞑って息を止めており、雪兎は胡坐をかくような格好で息を止めている。
雪兎がちらりとココアの方を見た時に、驚いたようなリアクションを取る。
それを見たリゼがココアの方を見ると、全身の力を抜いて、まるで水死体のようにうつ伏せで浮かぶココアの姿があった。
「ごぱぁ!?」
リゼが驚き、息を吐き出すと同時に水面に顔を出す。
リゼのリアクションに驚いた雪兎も思わず水面に戻っていた。
「げほっ!げほっ!」
水中で思いっきり吹き出してしまったリゼは水が気管に入ったのか、激しくせき込んでいる。
「リゼさん!?」
「先輩!?大丈夫ですか?」
先に水面に戻っていたシャロがリゼの様子に心配する。
「私の勝ちー♪」
最後まで潜っていたココアが得意げな顔で勝利宣言をする。
「紛らわしい潜り方をするな!」
「ココア姉ちゃん、びっくりするから水死体ごっこはやめようね…」
「えへへ、ごめんね~。じゃぁ、2回戦」
「まだやるの!?」
ココアは気にすることなく2回戦を開始する。
4人同時に再び潜ると、ココアが3人に向かって手を振る。
(なんだ?)
3人がココアに気づくと、両手を頭に添えて耳のようなジェスチャーをする。
(うさぎのジェスチャー?)
次に右手で銃の形を作ると、撃つような動作をする。
(右?)
(いや、銃ですかね)
さらに、顎に手を当てて、ドヤ顔をすると、続けて前髪をかき上げるジェスチャーをする。
(全然わからない…)
(ナルシストか?)
一通りのジェスチャーを終えるとココアが浮上し、3人がそれに続く。
「なーんだ?」
「「「…」」」
全員が水面の上がってきたのを確認すると、ココアは先ほどのジェスチャーが何かという問題を出すが、3人とも答えがわかっていない。
「答えは全部リゼちゃんでした♪」
「私はそんなんじゃない!」
「うさぎがラビットハウスで、銃は分かりますけど、…ナルシスト?」
「深く考えちゃダメよ…」
雪兎は考え込むが、シャロが考えるだけ無駄だと制す。
「追い詰めました」
「まだまだよ」
「はっ!」
息止め対決をしている間にも、チノと千夜の対局は進んでおり、終盤に差し掛かっているようだ。
「千夜ちゃんが負けたら、私のお姉ちゃんとしての威厳がー!」
賭けに巻き込まれたココアは勢いよくプールから上がると、叫び声をあげながら二人の方へと走っていった。
「行っちゃった…」
(…はっ!雪兎くんはいるけれども、先輩と二人きり!?)
「と、とりあえず!ビート板を使って練習しましょう!」
「そうですね。取ってきましょう」
「待て!ビート板じゃなくて手を引っぱるやつ!あれがやってみたい!」
((リゼ先輩(さん)、意外と子どもだ…))
ウキウキなテンションで言うリゼに、感想が重なる雪兎とシャロだった。
シャロは泳ぐリゼの手を引きながら水中を歩き、雪兎はプールサイドに腰かけて二人を見ている。
「先輩って、スポーツ万能かと思ってました」
「泳ぐ機会がなかったからな。授業も無かったし。…年下に教わるって、なんだか恥ずかしいな」
(手を引っ張られてるこの状況は恥ずかしくないんだ…)
「シャロが溺れても、助けてやれるくらいに上手くなってやるぞ!」
「そ、そんな迷惑掛けませ――あっ!?」
シャロが会話の途中で奇声を上げると、そのまま水中へと沈んでいった。
「あ!?もう想定訓練か!?」
(き、緊張で足が攣った…!)
「リゼさんどいてください!」
「え?うわっ!?」
雪兎の叫び声が響く共にプールに飛び込むと、シャロの方へとすごい勢いで泳いで行くと、深く潜る。
(あれ?雪兎くん?)
足が攣って動けなくなっていたシャロは、迫真な形相で泳いでくる雪兎を見るが、雪兎は素早くシャロの後ろに回り込むと腰に手を回して両手で抱き着くようにがっちりとシャロの体を固定する。
(え!?え!?)
シャロが混乱していると雪兎はプールの底を蹴って、一気にシャロの顔を水面に上げる。
「ぷはっ!って雪兎くん何を!?」
「暴れないでください!」
何か言いたげなシャロを雪兎は無視して、体を固定したままプールサイドに向かって両足で水を掻く。
二人がプールサイドに到着してプールを上がると、リゼもそれに続く。
「はぁっ!はぁっ!…シャロ、さん!はぁっ!大丈夫ですか!?」
「え?あ、うん。あ、ありがとう…」
「すごいぞ雪兎!まるで歴戦の海兵隊のような鮮やかな救出劇だったぞ!」
「はぁっ!…水の事故は命に関わりますから!…はぁっ!気を付けて、くださいっ!」
「う、うん。ごめんね」
「いえ、…はぁっ。僕はちょっと休みますね…」
「ああ。お前の働き、勲章者だったぞ!今はゆっくり休め」
雪兎はふらふらとプールサイドにある椅子に向かうと腰を掛ける。
「私もあれくらいできるようにならないとな!よーし!シャロ、続きをやるぞ!」
「は、はい!」
雪兎の奮闘に触発されたのか、リゼに一層気合が入る。
特訓を再開し、再びリゼの手を引くシャロ。
(…ちょっと、かっこよかったかも)
先ほどの騒動を思い出し、シャロはそんなことを思っていた。
一方、千夜とチノのチェス対決は続いていた。
「千夜ちゃん頑張って!そこでチェストだよ!」
「…チェックメイトって言いたいの?」
千夜の側にいるココアが頓珍漢なことを言い出すが、千夜は構わず駒を動かす。
「ここで負けたら、ワシがあられもない姿に!」
「ティッピーうるさいです」
「…はい」
チノ側もティッピーが喚くが、チノが黙らせて駒を動かす。
「一兵卒が女王に逆らおうなど、貴族に生まれ変わってからにしろー!」
「ココアちゃん、駒になりきるのやめてもらえる?」
「チノ!今だ!そこだ!」
「千夜ちゃん!上!後ろ!」
((…集中できない))
周りで好き勝手に言う二人(?)に集中力を削がれるチノと千夜だった。
―――――――――――――――――
日も傾き、空が朱色に染まりだした頃、リゼは一人でも泳げるようになっていた。
その様子をシャロはプールサイドで見ていた。
雪兎は先ほどのことで疲れたのか、今は眠っている。
「先輩さすがです!」
「シャロの特訓のおかげだよ」
「リゼ先輩は呑み込みが早いですから。私はほとんど何もしてないです」
「泳ぐのがこんなに楽しいとは思わなかった…。ありがとな、シャロ!」
リゼの感謝にシャロも笑顔になる。
「じゃぁ、次は」
「ふぇっ!?」
リゼはシャロの手を取る。
「あれを使って深いところに行こうな!」
「それは私にも無理です~。せんぱ~い♪」
リゼは足ヒレを使って深いところに潜ろうとしていた。
プールサイドの一角、桶に入ったティッピーが放置されていると、小さな女の子三人に囲まれていた。
「なんだこれ~?」
「柔らか~い」
「美味しそ~」
三人はティッピーを突きまわす。
「何でお風呂にいるの~?」
「飼ってんのかな~?ここで」
「わぁ!伸びるねぇ!」
今度は耳を掴んで引っ張る。
(チノ~!雪兎~!助けてくれー!)
もみくちゃにされるティッピーは心の中で助けを呼ぶのだった。
―――――――――――――――――
日はすっかり落ち、夜になった。
ココア、千夜、チノ、雪兎は2階のテラスで夜風に当たっていた。
「わぁ~!夜景が綺麗~!気持ちいい~♪」
柵越しに町の夜景を眺めるココアが感嘆の声を上げる。
「夜風が気持ちいいわね~。こうやって耳を澄ませば、あの光一つ一つから、町の営みが聞こえてきそう」
「素敵です」
「そうだね」
千夜のロマンチックな発言に同意するチノと雪兎。
「あのお家、今夜は妹さん特製カレーだって~。いいなぁ~」
「あの家のご夫婦、今夜は修羅場ね」
「「台無しです…」」
ココアはともかく、千夜の聞こえてきた営みは物騒極まりなかった。
「買ってきたわよー」
「みんなで飲もう!」
階段の方から、リゼとシャロが飲み物をもって上がってくると、それぞれに買ってきた瓶を渡す。
「「「「「「コーヒー(フルーツ)牛乳で、乾杯!」」」」」」
「お姉ちゃん!コーヒー牛乳はこうやって飲むんだよ!」
ココアはチノに向かってお姉ちゃんと呼ぶと、腰に手を当て、コーヒー牛乳を一気に呷る。
「チノが勝ったのか…」
「雪兎くん、昼間はシャロちゃんのことありがとうね」
「え?」
「何の話よ?」
「何って、溺れかけたシャロちゃんを真っ先に助けてくれてじゃない。カッコよかったわよ~♪」
「なっ!?あんた見てたの!?」
「ああ!見事な救出劇だったな!」
「助けてもらった時のシャロちゃんのときめいた顔、素敵だったわ~」
「…あ、いえ、当然のことを、…したまで、…です」
「そ、そそそれ以上言うなー!」
雪兎は照れて、シャロは恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
すると、千夜が雪兎の側に来て耳打ちをする。
「シャロちゃんと仲良くなれてよかったわ」
「え?今までも仲良くしてたつもりですけど…」
「雪兎くん、お泊りした日に酔ったシャロちゃんに絡まれて、苦手意識持ってたでしょ?」
「…あ~、そうですね…。ちょっとあったかもしれないです…」
「だから、何かいい切っ掛けがないかと思ってたのよ。でも、今回の件で仲良くなれたみたいだし、これからも仲良くしてあげてね」
「いえ、もちろんそのつもりですよ」
千夜と雪兎は二人で笑うのだった。
水着で温泉プール編でした。
さてさて、男女比1:5の水着回、やはり難産でした。
ずっと雪兎くんがポンコツのままだと話が一向に進まないので、前半部分で割とあっさり克服という形に落ち着きました。
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プールに濡れて 雨に濡れて涙に濡れてー2
ある日の学校。
「カケル、そっち持って」
「いいよ」
「「せーのっ!」」
掃除の時間、雪兎はカケルと協力して教壇を動かす。
「リク、そこ掃いておいて」
「オッケー。任せろ」
教壇をどけた床をリクが箒で手早く掃くと、二人は教壇を元の位置に戻す。
「どっこいっ、せっとっ…」
「ふぅ。リクくん、ありがと」
「いいって。雪兎、今日は映画観に行くんだって?」
「うん。ココア姉ちゃんたちがみんな休みだから、この機会にって」
「何を見に行くの?」
「うさぎになったバリスタって言う小説原作の映画だよ」
「うさぎになった…バリスタ?なんだそれ?」
「あれ、リクくん知らないの?大ヒットした小説で、作者はこの町の出身なんだよ」
「…知らねぇ。本あんまり読まないからな」
リクはうさぎになったバリスタの事は知らないようだ。
「雪兎くんにバリスタ修行をしてもらったおかげで、小説を読んだ時よりも描写がよく分かってすごく楽しめたよ」
「意外なところにプラスが」
「とは言ってもよ。外、あれだぜ」
リクが窓の方を見ると、二人も窓を見る。
空の様子を見ると、曇天模様になっており雨が降り出していた。
放課後となり、リク、カケルと別れた雪兎は、廊下でチノを待っていた。
「雪兎ー。またなー」
「じゃあね~」
先に出てきたマヤとメグを手を振って見送ると、少し遅れてチノが出てくる。
「お待たせ」
「行こうか」
チノが合流し、二人で下駄箱へと向かう。
「姉ちゃん、傘持ってきた?」
「ううん。今朝晴れてたから持ってきてない」
「だよね。僕は折り畳み傘持ってるからそれでいこうか」
靴を履き替え、傘を広げて二人で入り、映画館へと歩き始める。
「雪兎。もっと詰めないと濡れるよ」
「いいよ別に。濡れてもタオル持ってるし、体操服もあるからそっちに着替えればいいから」
チノと雪兎は並んで折り畳み傘に入るが、さすがに二人では狭い。
雪兎は左肩辺りが濡れているが、チノを濡らさないように少し浅めに入っている。
歩きながら隣でチノが大きな欠伸をする。
「姉ちゃん大丈夫?昨日、ココア姉ちゃんと夜にコーヒー飲んでたでしょ」
「大丈夫。映画終わるまでは持つから」
「ほんとに?」
雑談をしながら映画館への道をしばらく進む。
「ひっ!?」
墓地の横道を通っていると、突然チノが短く悲鳴を上げる。
「どうしたの?」
「あ、あれ…」
チノが指をさした先には、なぜかぴょんぴょんと跳ねる開いた傘がいた。
「…唐傘おばけ?傘は普通だけど…」
「お、おおお昼からお化けって出るの…!?」
チノは怯えて雪兎の後ろに隠れる。
唐傘おばけ(?)は立ち止まるときょろきょろと左右を見渡すような動きをする。
そして、こちらに気づいた様子を見せると、二人の方へと向かってくる。
「こ、こっちに来る!?逃げよう!」
「いや、待って」
涙目で訴えかけるチノを、何かに気づいた雪兎が制す。
唐傘お化け(?)は二人の前で止まる。
「いたいた。ようやく見つけたわい」
「うぅ…私は美味しくないです…ってこの声、おじいちゃん!?」
「爺ちゃん。その運び方はどうなの…」
聞こえてきたのは二人の祖父の声。
おばけの正体はティッピーだった。
器用に両耳を合わせて傘の柄を掴んで、跳ねながら来たようだ。
「息子に傘を持って行ってやれと言われてのぉ。器用なもんじゃろ。ほっほっほ」
「傍から見たら、跳ねる傘なんて完全に妖怪か何かだよ」
得意げに笑うティッピーに、雪兎はため息を漏らすと傘を受け取る。
「ん?チノよ。涙目で何をそんなに頬を膨らませて睨んでおるんじゃ?」
「おじいちゃんっ!」
チノの怒号が辺りに響き渡った。
―――――――――――――――――
チノの機嫌も戻り、ティッピーを加えた三人(?)は映画館に到着した。
映画館の手前辺りで雨も上がっており、すでに高校生4人は来ていたようだ。
「遅くなりました」
「待たせちゃってすいません」
「あ!チノちゃん、雪兎くん!大丈夫だった?」
「雨なんて予想外だったからなぁ」
「あはは。みんなびしょ濡れだね!」
4人は雨に打たれて頭や服が濡れていた。
「でも、目は覚めたかも」
「確かに眠気吹っ飛んだな!」
「あっ!私も眠いの忘れてたよ!」
「何とか起きてられるかもしれないです」
「みんな寝てないんですか…」
周りの眠そうな様子に呆れる雪兎。
「…実は私も眠かったの~。ふぁ~」
「えっ!?初耳だよ!?」
それに便乗するように明らかな棒読みで千夜が眠たかったアピールをする。
「あっ!みんな見て!雲の間から光が」
ココアが空を指さすと、雲の切れ間から日の光が差し込んでいた。
「綺麗です」
「これが映画なら、エンドロール流れても可笑しくないです」
「終わるの早いな…」
「僕らの本題は、まだ始まってすらないですよ」
「あの光の差し込み方は、天使の階段って呼ばれてるのよ」
「素敵です」
「そうなの?私、お天道さんの鼻水って教わったけど」
「「…台無しです」」
ココアの台無し発言にチノと雪兎、シャロの目から光が消える。
全員が揃ったので映画館に入る。
「待った。これ使ってくれ。体育で使わなかったやつだから」
「あ、僕も持ってますので使ってください」
リゼと雪兎がカバンからタオルを出すとみんなに手渡す。
「さすがリゼちゃんと雪兎くん」
ココアはタオルを受けてとるとチノの頭を拭きだす。
千夜もシャロの頭を拭いている。
「頭拭いてあげるね♪」
「いいです。私はあまり濡れなかったので」
「チノは傘持ってたんだな」
「雪兎の折り畳み傘がありましたし、途中でティッピーが持ってきてくれたので」
「器用だな!?」
「実際、器用に持ってきましたよ…」
リゼが驚くが、ティッピーは耳で支えながら跳ねて持ってくるという芸当をやってのけている。
それで一騒動あったが。
「雪兎くんも拭いてあげるね~♪」
「僕も肩くらいしか濡れてませんから」
「じゃぁ、そこを拭かなきゃね」
ココアが上機嫌に雪兎の肩を拭きとると、自分の頭を拭く。
「とりあえず、中に入ろうか」
「私、ポップコーン買ってくる。他にジュース飲む人ー」
「僕も買います。何味にしよっかな~♪」
「私もよく子ども扱いされるんです」
「分かるわ~!」
ココアと雪兎は売店に並び、リゼ、シャロ、チノは入場口の方へと向かう。
その様子を後ろで見ていた千夜。
(本当にくせ毛すごいのに…)
千夜はシャロの爆発している後ろ髪を気にしていた。
―――――――――――――――――
『どうしてこんなになるまで焙煎したんだ!』
(開始5分で涙腺が…!)
映画が始まって5分。
既に感動し、目に涙を浮かべているココア。
(お姉ちゃんなのに、チノちゃんと雪兎くんの隣で泣いちゃダメ!)
ココアは見栄を張って泣くのを我慢している。
その隣のチノも目じりに涙を溜めている。
(泣いてるのココアさんにバレたくない!絶対からかわれる…!)
一方、ココアのもう片方の隣に座っている雪兎は割と落ち着いてみている。
(おぉ~、よく出来てるなぁ~。けど、やっぱりなんか聞いたことあるなこの話…)
チノの席の方から嗚咽が漏れているのが聞こえてくる。
(…チノちゃん。…そうだよね。感情に素直になるべきだよね)
ココアはポケットからティッシュを取り出し、2枚出すと自分の鼻をかみ、チノにもう一枚を渡そうとするが、嗚咽の声の正体はティッピーだった。
(映画館初めてだけど、スクリーンって大きいな。うちのテレビより大きいんじゃないかな)
リゼはスクリーンの大きさに感心している。
(…ふんふん。メニュー名に使えそうね)
千夜は内容そっちのけで、ポケットサイズのリングノートに映画のセリフからメニュー名に使えそうなものを書き込んでいる。
(し、沈まれお腹!うぅ…、ケチらずに何か買っておけばよかった!)
シャロは腹の虫と格闘していた。
しばらく映画が進むとココアは寝ていた。
―――――――――――――――――
一方、ラビットハウス。
扉の前に立っているのは、青山ブルーマウンテン。
(ラビットハウス…。ついに来てしまいました。マスターに会えたら、胸を張って、目を見て話さなきゃ…)
決意を固め、ドアノブを握り、扉を開く。
「お待たせしました。スパゲッティボンゴレでございます」
中では白いお髭のマスターではなく、タカヒロが接客をしていた。
「いらっしゃいませ」
「マスター以外の男の人と、目を合わせてしましましたー!」
「えっ」
予想外の展開に、青山ブルーマウンテンは扉を開けたまま走り去るのだった。
―――――――――――――――――
映画の上映時間が終わり、映画館のロビーに戻った6人。
「後半寝てたんですか!?すごくよかったのに皆さんと語り合えないじゃないですか!」
「何しに来たんですか…」
「…しょ、小説は読んだから…」
(((あまり内容を覚えてない…)))
チノと雪兎は熱心に見ており、ココアは途中で寝ていた。
そして、リゼ、千夜、シャロは別の事に気を取られて内容をあまり覚えていないようだ。
「でも、主人公のうさぎになったおじいちゃん。カッコよかったね!」
「「うんうん」」
ココアの感想にうなずくチノと雪兎に、動きに合わせて声を出すティッピー。
「ライバルの甘味処のおばあさん!あの情熱には心打たれたわ!」
「はむっ、…どこかで聞いた話ね」
「くだらないことで争ってたけど」
千夜は登場人物のおばあさんに感銘を受けていて、横で聞いていたシャロはホットドックをかじりながらその話に既視感を感じている。
「おじいさんもよかったけど、ジャズで喫茶店の経営難を救った息子さんはもっとカッコよかったな!」
「なぬ!?」
「まるで父みたいでした!」
「…というか、うちの経歴とほぼ一緒じゃない…?」
「ぷえーっ!ぷえーっ!」
リゼの感想にティッピーが抗議の声を上げて跳ねる。
「お!今日のティッピーは表情豊かだね!」
「一番楽しんでたんじゃないか?」
リゼはちらりと奥の通路の方を見る。
「ちょっと、トイレ」
「あ、僕も行きます」
「待ってるね」
リゼと雪兎はトイレへと向かった。
「リゼちゃんと雪兎くんが戻ってきたら――チノちゃん?眠いの?」
ココアはチノがうとうとと船を漕いでいるのに気づく。
「…いえ、平気です」
「カモン!家までおんぶしてあげる!」
ココアは背を向けてしゃがみ、チノに乗るように促す。
「子どもじゃないんですから…」
「大丈夫!気にしないよ!」
「私が気にします」
「えぇ~…」
「えぇ~…、じゃなくて、ココアさんがおんぶしたいだけじゃないですか」
「やめておいた方がいいわよ?ココアちゃんも眠いんでしょ?」
「倒れたりしたら悲惨よ」
「う~ん…。それなら!」
ココアは何かを思いついた顔をする。
一方、トイレから出てきたリゼと雪兎。
「あのシーンすごかったですね」
「ああ!まさかこんな映画で迫力あるシーンが見られるなんてな!…ん?うわぁ!?」
「どうしまし――えぇ!?」
二人で感想を言いながら戻るとなぜかココア、千夜、シャロで馬を組み、チノが上に乗って騎馬を組んでいた。
「騎馬戦でも始めるのか!?」
「4人ともなにやってるんですか!?」
―――――――――――――――――
次の日のラビットハウス。
「心がバリスタなら、例えうさぎでもコーヒーを淹れられるんだ!」
「あっ、それ、昨日の映画のセリフだな」
「えへへ♪私も本格的にバリスタ目指してみようかな~♪それでリゼちゃんは、バーテンダーかソムリエになるの。雪兎くんはシェフかな?」
「すぐ影響されて…」
「ココア姉ちゃんらしいね」
「…大人になっても、4人一緒にここで働けたら素敵だね」
「あ…」
チノは成長した4人をイメージする。
「パン屋さんと弁護士はもういいのか?」
「あっ、最近小説家もいいかなって」
(あ~…、これは…)
チノの横で作業をしていた雪兎は、姉の機嫌が急降下していることを隣で感じ取っていた。
その日の夜、リビングではチノが淹れたコーヒー三杯をココアの前にたたき出す。
「…どーして怒ってるの~…」
「本気でバリスタ目指したいなら、コーヒーの違いくらい当ててみてください!」
「うあぁ…」
チノはむくれ顔でココアにそう告げるのだった。
(これは、ココア姉ちゃんが悪い…)
そして、その様子を扉の陰から見ている雪兎だった。
映画鑑賞編でした。
傘を持ってくるティッピーって傍から見たら妖怪にしか見えないって思ってこんな感じのお話になりました。
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閑羽2 ユカリ隊の休日
息抜きに書くつもりが思った以上に手間取ってしまいました。
アクセス10000超えました。いつもありがとうございます。
日の出から少しが経った頃。
雪兎の部屋の目覚まし時計が鳴り始める。
「ん…」
目を覚ました雪兎は少し声を漏らすと、手を伸ばして目覚まし時計を止める。
いつもの休日なら即二度寝コースだが、今日は事情が違う。
眠気を押し殺して起き上がると、首をコキコキを鳴らして眠っている頭を強制的に叩き起こす。
着替えてリビングに降りると、調理をしているリゼがいた。
「リゼさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。休みなのに自力で起きるとは珍しいな」
「今日は友達と出かけるので、ちゃんと起きますよ」
「友達?あいつらとか?」
「はい。リクのサッカーの試合の応援をした後、3人で遊ぶ予定なんです」
雪兎は話をしながらも適当にあるもので朝食を摂る。
一方、ホールではココアとチノが接客をしていた。
「いらっしゃいま――あっ、カケルくん!おはよう!」
「おはようございます。ココアさん」
来店したのはカケルだった。
「おはようございます。カケルさん。雪兎ですか?」
「うん。そろそろ行こうと思ってね」
「分かりました。呼んでくるのでちょっと待っててください」
チノはそういうとカウンター横の扉に入っていく。
「雪兎くんと待ち合わせかな?」
「はい。今日はリクくんのサッカーチームの試合があるので二人で応援に行くんです。それで、その後は3人で出かけるということになってます」
「そうなんだ~。いいなぁ~、私も行きたかったなぁ」
「え?」
男子中学生の輪に混じる女子高校生。
カケルはイメージするが、明らかに違和感しかない。
「カケル。お待たせー」
カウンター横の扉から余所行きの服に着替えた雪兎が出てくる。
「じゃ、行ってきますー」
「いってらっしゃい~」
「気を付けて」
ココアとチノに見送られて、雪兎とカケルは外に出る。
「自転車取ってくるからちょっと待ってて」
「分かったよ」
雪兎が自転車を持ってくると、カケルも自分で乗ってきた自転車に乗り、サッカーコートへと向かった。
―――――――――――――――――
街外れにあるサッカーコートには人が集まっていた。
試合前の準備運動をしているリクがちらりと客席の方を見るが、二人の親友の姿は見当たらない。
(あいつらまだ来てないのか…)
準備運動の時間が終わり、出場する選手がコートに並ぶ。
「あ、試合始まりそう」
「急ごう」
自転車を漕ぎながら遠目でコートを見ると、試合開始前の挨拶が始まろうとしていた。
雪兎たちもスピードを上げて、駐輪場に自転車を止めて観客の人だかりをかき分けて前の方へ向かう。
その時に、試合開始のホイッスルが鳴り響く。
「あ、始まった」
「リクくんは…あそこだね!」
リクは転がっていくボールをチームメイトと追いかけて相手陣地側に上がっていく。
リクがボールを取り、パスを回してゴール前を目指す。
ゴール前まで上がったリクのチームメイトがリクにパスを回し、リクがシュートを打つ。
リクが打ったシュートはゴールキーパーのブロックを抜けて、ネットに突き刺さる。
「おお!入った!」
「綺麗に決まったね!」
周りの観客たちからも歓声が上がる。
相手陣地からリクたちのチームメイトが戻ってくる。
その時に、リクと二人の目が合うと、二人は応援するように手を振る。
「今日は来てくれてありがとうな」
試合はリクたちのチームが勝った。
現地で解散になり、リクは二人と合流していた。
「勝ててよかったね」
「リク大活躍だったじゃん」
試合中にリクはパスにシュートと大活躍のように二人には見えていた。
「そうでもねぇよ。周りのフォローがあればこそだ」
リクは頭を掻きながら少し照れた様子で言う。
調子に乗っているというよりは謙遜しているといった様子だ。
「さて、そろそろ俺たちも行こうぜ」
「そうだね。どうしようか」
「荷物邪魔だから、俺んち行って荷物置いてくるわ」
「オッケー、移動しようか」
三人はそれぞれの自転車に乗ると、リクの家へと向かった。
―――――――――――――――――
自転車でしばらく走り、町の一角に着く。
リクの家には後関雑貨店と書かれた看板が付いてた。
「店の中で待っててくれ。すぐ戻るから」
三人で店内に入ると、中はそこまで広いわけではないが、所狭しといろいろな商品が並んでいる。
「ん?もう帰ってきたの」
「今日は試合だけだから早いって言ったろ」
「んじゃあ、店番交代ね」
「今日は姉貴の担当だろうが」
「ちぇ~」
レジ前で店番をして女性と会話をするとリクは奥の扉に入っていった。
女性、後関空はリクに似た顔立ちで、短い黒髪にエプロン姿で気怠そうな雰囲気を纏っている。
「…んで君たち、店に来たのに何か買わないの?」
「え?…あ、じゃぁ」
突然、ソラにジト目に低めの声で話しかけられた雪兎は慌てて商品を見渡す。
文房具、アクセサリ、日用品、よくわからないものと雑貨屋らしく色々なものが並んでいる。
カケルは気にせず棚を見ながら時間を潰している。
「おい。友達に強制的に買わせようとすんな」
奥の扉からリクが戻ってくると、ソラに苦言を漏らす。
「強制とは言ってない。買わないのかって聞いただけ」
「不機嫌な顔と声でそんなこと言われたら気まずいだろうが」
「普通の顔ですー。普通の声ですー」
「だったら少しは店員らしく愛想よくしろよ」
「んー。めんどい」
ぶーっと口を尖らせてソラはリクに抗議する。
リクはそんな姉の様子にため息を漏らすと、無視して二人と合流する。
「雪兎、何も買わなくていいぞ。姉貴のいうことなんか気にすんな」
「え、いや、一応お店に来たんだし…」
「お前ほんと律儀だな…」
「雪兎くんらしいね」
雪兎はラビットハウスの三人へのお土産と思い、三種類のうさぎのキーホルダーを選びレジへと向かう。
「ずいぶんとファンシーな趣味だねぇ。君、可愛いもの好き?」
「いえ、姉と知り合いのお土産にと」
「ほ~う。お姉ちゃん思いだねぇ。どっかのバカ弟とは大違い」
「だれがバカ弟だ、クソ姉貴」
「誰もあんたとは言ってなーい」
リクの抗議を相手にすることもなく、ソラは雪兎の会計を済ませる。
「はい。どうも」
「雪兎ー、早くいくぞー」
「分かったー。また来ますね」
「はいはい。ありがとね~」
ソラは相変わらず、気の抜けた表情でひらひらと手を振り雪兎たちを見送る。
そして、三人の後姿をじっと見ている
(ふむ、素直な青、生意気な赤、眼鏡な緑…)
三人の着ていた服の色や特徴を見ていると、三人は自転車を漕ぎ出し視界から消える。
三人がいなくなったところで、ソラの視界に入ってきたのは一羽のうさぎ。
(三人組のちびオスうさぎ。…ふふん♪ビビッときましたよー)
ソラはそう感じると棚からスケッチブックを取り出し何かを描き始めるのだった。
―――――――――――――――――
「「「ありがとうございました」」」
ラビットハウスでは帰っていく客を三人で見送る。
扉が閉じると同時にそれぞれの持ち場に戻ろうとしたとき、再び扉が開く。
「いらっしゃいま――あれ?雪兎くん?もう帰ってきたの?それにカケルくんにリクくんも」
「出かけたんじゃなかったのか?」
「今日はお客で来ました」
「ちょっと早いけど昼飯にな」
「というわけでココアさん。三名でお願いします」
「なるほど。では三名様、こちらにどうぞ~♪」
三人は客としてきたことを説明すると、ココアは接客モードに切り替えて三人を席に案内する。
三人が席に着くと、リゼがメニューと水を持ってくる。
「注文はどうする?」
「俺はカツサンドとブルーマウンテンで」
「ボクはカツサンドとキリマンジェロ」
「僕はカツサンドとオリジナルブレンドでお願いします」
「いや、お前がいないとカツサンドは出せないだろ…」
「はい。なので、サクッと揚げてきます」
「客なのに自分で作って食べるのかよ!?」
リゼに突っ込みに構うことなく、雪兎は早足でカウンター横の扉に入っていった。
「あー…、カツサンド三つにブルーマウンテン、キリマンジェロ、オリジナルブレンドだな。ちょっと待ってな」
とりあえず注文を取ったリゼはカウンターへと向かう。
「試合はどうだったの?」
「俺らのチームが勝った」
「リクくん大活躍でしたよ」
「お前は自然に混ざってサボるな!」
雪兎が離れた席にはいつの間にかココアが座って二人と雑談をしている。
チノがコーヒーを人数分を入れて少し待つと、雪兎がカツサンドを持って戻ってくる。
「はい。姉ちゃんよろしく」
「自分で持って行ってもいいのに」
「一応お客だからね」
お盆にカツサンドを載せて自分の席に戻る雪兎。
チノは呆れつつもお盆にコーヒーを載せると三人の席に持っていく。
「お待たせしました。カツサンド三つと、ブルーマウンテン、キリマンジェロ、オリジナルブレンドです」
「お、きたきた」
「待ってました」
「ブルーマウンテンがこれで、キリマンジェロ。オリジナルブレンドは自分っと」
雪兎はテーブルに置かれたカツサンドとコーヒーを二人に渡す。
「それでは、リクくんの勝利を祝しまして」
「「「かんぱーい!」」」
「…喫茶店で祝賀会?」
「願掛けでカツサンド食べるなら試合前だろ」
ココアとリゼが突っ込みを入れるが三人は気にすることなく食べ始める。
「んで、これからどうするよ」
三人は食べながらも今後の予定を相談する。
「どっか行きたいところある?」
「ん~…特にこれってのもないし、適当にぶらついていきたいとこ見つけたら入るでいいんじゃないかな」
「そうだな。腹減ったら雪兎が美味い店知ってそうだしな」
「そこは任しておいてよ」
(雑だな…)
三人の会話を横で聞きながら、計画性のなさにリゼは心の中で突っ込みを入れる。
さすがに育ち盛りの男子だけあって、あっという間にカツサンドを平らげ、コーヒーを飲み干す。
「「「ごちそうさまでした」」」
「雪兎のカツサンドはやっぱ美味いわ」
「うん。ここに来るたびに食べたくなるね」
「そう言ってもらえると、作ってる側としても嬉しいよ」
「「お邪魔しました」」
「行ってきまーす」
食べ終わった三人は会計を済ませてラビットハウスを出ていった。
「…男子ってあんな感じに雑なのか?」
「お兄ちゃんたちも似たような感じだったと思うよ」
「私たちにはよくわからない世界です」
ラビットハウスに残った女子三人は呆れ気味にその背中を見送った。
―――――――――――――――――
三人は自転車であたりをぶらつき、店に入ったりして時間を過ごす。
昼食時を少し過ぎたころに、リクが空腹を覚える。
「そろそろ何か食いに行こうぜ。小腹空いてきたわ」
「雪兎くんお勧めの店に行く?」
「じゃ、甘味処の甘兎庵に行こうか」
三人は甘兎庵へと向かった。
「ここが、甘兎庵?」
「そ、和菓子のお店だよ」
「へぇ~」
店に近くに自転車を止めて店前に立つと、甘兎庵を知らない二人は興味津々といった様子で店を見ている。
雪兎が扉を開けると同時に何か黒いものが飛び込んでくるが、雪兎は慣れた様子でそれをキャッチする。
「うお!?なんだこいつ!」
「うさぎ?」
「ここの看板うさぎのあんこだよ。なんか妙に懐かれてねぇ」
「雪兎くんいらっしゃい。あんこが扉の方をみたからすぐに分かったわ。…後ろの子たちはお友達かしら?」
「千夜さんこんにちは。二人は僕の友達です。二人とも、この人は千夜さん。ココア姉ちゃんのクラスメイトだよ」
「千夜よ。よろしくね、二人とも」
「リクです」
「カケルです」
雪兎が二人に千夜を紹介し、二人も自己紹介する。
「今日は三人でお願いします」
「分かったわ。じゃ、こちらのお席にどうぞ」
千夜が三人を席に案内すると、水とお品書きを持ってくる。
「はい、お品書きよ」
「あ、ありがとうございます」
カケルがお品書きを受け取り中を見ると、顔をしかめる。
「えーっと、ナニコレ…」
「うん。そうなるよね…」
カケルの反応に雪兎が同意する。
「和菓子って種類がよくわからんな」
「なら、指南書をどうぞ♪」
リクが指南書を受け取り、お品書きと照らし合わせる。
「あ、こういう感じか。じゃぁ翡翠スノーマウンテンにするか。冷たいもの食べたかったし」
「え?」
「分かるの?」
「写真見れば大体わかるな」
「「ええっ!?」」
リクのあっさりとした反応に二人が驚く。
種類がわからないだけで、名前から中身が分かってるようだ。
「あら、君は分かるの?」
「ああ。俺もうちで新しい商品入ったときに、商品に名前つけて怒られたなー。消しゴムにホワイトアウトブロックとか、星の飾りに、夜空を駆ける瞬光一閃とかつけたりしてな。ここの店のメニュー名も中身が分かればどれかってのは大体わかる」
その言葉に、千夜はリクの手を取る。
「もったいないわ!それほどの才能を持て余すなんて!」
「変な名前つけるなって、親が許してくれないからな~」
「なら、リクくんならこれに何て名前を付けるかしら?」
そう言って千夜が取り出したのは桜餅だった。
リクはそれを手に取りまじまじと見る。
「う~ん…。桜餅か。…深淵が纏うは薄紅の鎧…」
「良いセンスね!でも、お菓子だからもうちょっと柔らかい感じがいいわね」
「…分かる?」
「…全然わからない」
盛り上がってる二人を横目に完全に置いてけぼりになっている雪兎とカケルだった。
―――――――――――――――――
甘兎庵で軽食を済ませた三人は、再び目標もなく街をぶらぶらと周る。
ゲームセンターや、本屋などに寄って時間を潰しているとまたどこかへ食べに行こうという話になった。
「っで、雪兎くんのお勧めがここ?」
「フルール・ド・ラパン?何の店だ?」
「ここは主にハーブティーを取り扱ってる喫茶店だよ」
やってきたのはフルール・ド・ラパン。
「いらっしゃいませ~♪」
雪兎が扉を開けると、シャロがいつもの仕草で出迎える。
「こんにちは、シャロさん」
「って雪兎くん?ココアたちと一緒じゃないなんて珍しいわね」
「はい。今日は僕だけ休みなので」
「そうなんだ。後ろの二人は?」
「僕の友達です」
「初めまして、カケルです」
「リクです」
「シャロよ。よろしくね」
初対面の二人がシャロに自己紹介をし、シャロが返す。
「この人が知り合い?」
「うん。さっき行った千夜さんの幼馴染」
「ここ、コスプレ喫茶か?」
「そういうわけじゃなくて、制服は店長さんの趣味らしいよ?」
「職権乱用だね」
(…違うと思うけど)
カケルの発言に心の中で突っ込みを入れるシャロは気を取り直して咳払いをする。
「こほん。では三名様ですね。こちらへどうぞ」
シャロが三人を席に案内するとキッチンへ向かい、水とメニューを持ってくる。
「こちら、メニューになります」
「ハーブティーって初めて飲むな」
「僕も未だにシャロさんに聞かないとわかんないなぁ」
「ボクはビルベリーでお願いします」
リクと雪兎が迷っている中、カケルはすぐに注文を言う。
「あら。カケルくんは効能分かるの?」
「はい。僕も家でたまに飲んでますから」
「さすが博識」
「興味があったら調べてるだけだよ」
「俺に合ったやつとかあるのか?」
「そうだねぇ」
カケルはメニューを見ながらリクにあったハーブティーを見繕う。
「リクくんはハイビスカスかな。肉体疲労に効くよ」
「へぇ~」
「雪兎くんは、オレンジブロッサムなんていいんじゃないかな。安眠作用があるんだ」
「あれ?ラベンダーじゃないの?」
「ラベンダーも効くけど、他のハーブティーでも同じような効能があるのよ。ものによって少しずつ違うから、今の状態でブレンドしたりする人もいるわね」
「ハーブティーも奥が深いんですね」
「そうだね。ブレンドで効果も上がるし、味を追求するもよし、効能を追求するもよし。いろいろな楽しみ方があるんだよ」
「健康にもいいけど飲みすぎには注意ね。他にも――」
ワイワイとシャロとカケルがハーブティー談議で盛り上がっている。
「あいつ、意外な趣味があったな」
「…ここまでシャロさんと馬が合うとは思わなかった」
一向に話し終わりそうにない二人を、注文で割り込んで止めるのだった。
「「「ごちそうさまでした」」」
ハーブティーとクッキーを食べ終えて、会計を行う。
「はい。ありがとうね」
「シャロさん。ハーブティー美味しかったです」
「また来ますね」
「じゃあなー」
帰っていく三人を見送るシャロ。
(…ココアと千夜がいないとめちゃくちゃ平和…。男の子の方が常識人…?)
雪兎は二人の関係者なのに、一切声を張り上げて突っ込みを入れてないことになぜか寂しさを感じるシャロだった。
―――――――――――――――――
夕日が空を染め上げる時間。
フルールを後にした雪兎たちは公園に来ていた。
三人はベンチに座りながら、そこらへんで買ったお菓子を食べながらのんびりしていた。
「そろそろ解散にするか」
「日も落ちそうだしね」
「うん」
そういうとベンチから立ち上がり、三人は向き合う。
「今日は応援ありがとな。それに、雪兎のおかげで食べ歩きも捗ったし」
「そうだね。あまうさもフルールも知らなかったし、また機会があれば行きたいね」
「また美味しいところ見つけたら教えるよ」
「じゃ、解散!」
「「お疲れー!」」
リクの掛け声を合図に二人で声を合わせる。
それぞれ自転車に乗り、帰路に着く。
雪兎はラビットハウスの方に向かうと、自転車なのですぐに到着する。
自転車を裏口に置くと、まだラビットハウスが開いているので正面から入る。
「ただいまー」
「あ、おかえりー!」
「おかえり」
ラビットハウスに入るとココアとリゼが出迎える。
「楽しかった?」
「はい。ゲームセンターとか本屋に行って、あとは甘兎庵とフルールに行ってきました」
「千夜とシャロのところにも行ったのか?」
「いいなぁ。私も行きたかった…」
「男子の輪に混ざろうとするな」
「弟たちを見守るのも、お姉ちゃんの大事な勤めだよ!」
「ユカリ隊はお前の弟じゃないだろ」
相変わらずのココアにいつもの調子でリゼが突っ込みを入れる。
「さて、晩御飯の仕込みをしますので僕は先に」
「ああ」
「雪兎くんの晩御飯!今日は何かな~♪」
「あはは、まぁあんまり期待しないでくださいね。あ、そうだ」
雪兎は何かを思い出すと、カバンから紙袋を取り出す。
「これ、お土産です」
「いいの!?ありがとう!」
「え?私にも?」
「もちろんですよ」
雪兎は二人に手渡すと、ココアは早速袋から取り出す。
「おお!うさぎのキーホルダー!」
「それぞれ色違いになってます」
「ありがとな雪兎」
「いえ、日頃お世話になっていますから」
雪兎はカウンターの方へと向かうとチノにも渡す。
「はい。姉ちゃんの分」
「ありがと。わぁ、可愛い…!」
チノも袋からキーホルダーを取り出すとキラキラと表情が明るくなる。
「じゃ、後はお願いしますね」
雪兎はそういうと奥の扉へと入っていった。
―――――――――――――――――
数日後。
「行ってきまーす」
「ちょい待て弟よ」
「あん?」
後関家ではリクが学校に行こうとしたときに、ソラが呼び止める。
「なんだよ姉貴」
「これ、あの子たちに渡してやんな」
ソラは手に持っていた紙袋をリクに渡す。
「なんだこれ?」
「あんたら三人見てたらビビッときたから作った新商品の試作品。お礼もかねてあの子たちに渡しといて。あんたの分もあるから」
「はぁ?…分かった」
「じゃ、よろしく~」
リクは紙袋をカバンに仕舞うと、ソラの気の抜けた見送りを後ろに学校へと向かった。
「あ、リクくん。おはよう」
「おっす」
いつもの通学路を通り待ち合わせ場所に着くと、既にカケルが来ていた。
「あいつらは?」
「まだ来てないよ」
二人で雑談をしているとすぐに雪兎たちもやってきた。
「おっはよー!二人とも」
「リク、カケル。おはよう」
「おはよ~」
「おはようございます」
挨拶をし、学校に向かう途中にリクが先ほどソラからもらった紙袋を取り出す。
「雪兎、カケル。姉貴からこれもらったからやるよ」
「なんだそれ?」
「俺もまだ見てないからわからん」
「開けてもいい?」
「ああ」
三人がそれぞれ紙袋から取り出すとボールペンが入っていた。
雪兎のは青、カケルのは緑、リクのは赤とそれぞれに色が違っている。
「ボールペンだ」
「だね」
「色は違うけどみんなお揃いだね~」
「柄のうさぎも微妙に違います」
「ほんとだ」
ボールペンにはうさぎ柄が入っているが、それぞれ特徴が異なっている。
「なんか俺のやつ目つきが悪い」
「ボクのは眼鏡かけてるね」
「雪兎のは普通の感じです」
「これって、もしかして三人をイメージしてるんじゃないかな~?」
「確かにリクのやつなんか目つきがそっくりだな」
「俺はこんなに目つき悪くねぇよ!」
「でも。どれも可愛いです」
「そうだね」
後日、新商品として並んだ三色の三種のうさぎ柄のボールペンは後関雑貨店で結構いい売れ行きだったという。
ユカリ隊の休日でした。
男子中学生メイン回ということで、千夜、シャロと絡ませてみました。
リクの中二病ネーミングセンスと、カケルのハーブティも守備範囲の博識をそれぞれ二人に接点を持たせる感じにしてみました。
リクの姉も初登場です。
名前 :後関空(ごせきそら)
年齢 :23歳
身長 :159cm
リクの姉。
ダウナー系のめんどくさがり。
デザイナー系の大学の出で、卒業後、実家に就職。
主に商品開発や店番を任されている。
デザイナー経験を生かして、オリジナル商品の開発を行っており、一部は評判がいい。
思いついたら即席でスケッチを描いてすぐに作り始めるのだが、思いつかないと全く動かないタイプ。
リクとの仲は普通。お互いに罵り合ったりはしているが仲が悪いというわけではない。
今後の登場は中学生組ほどはまず出ないので、後関雑貨店のシーンがあれば出てくるかもというレベルです…w
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青山スランプマウンテンー1
紅色に染まった葉っぱが風で舞い踊る季節。
公園には一人の老人と、うさぎが来ていた。
老人は手に持ったうさぎをベンチに下ろすと、その隣に腰掛ける。
その前を子ども二人が、元気な声を出しながら走っていく。
「はぁ~…。苦労して建てた念願の喫茶店だが、経営が軌道に乗らんのぉ…」
聞いている誰かがいる訳でもなく、ため息交じりに老人は声を漏らす。
ふと、隣にいる飼いうさぎに視線が移る。
「…いっそ、うさぎになれたらどんなに楽かのぉ…」
隣りで口をもごもごとさせて、リラックスしきった様子の飼いうさぎを見て叶うはずもないことを口走る。
その時、突然うさぎが小さな手に捕まれる。
手の主は、幼い少女だった。
少女はうさぎを持ち上げ、ベンチに腰掛けると自分の膝の上に乗せる。
「おじいちゃん!こんにちは!」
「こんにちは」
無邪気に老人に挨拶をする少女に、老人も挨拶を返す。
「おじいちゃん。このもふもふしたの何?」
少女は尋ねながら飼いうさぎを両手で撫でる。
「うちで飼ってるうさぎだ」
「いい匂いがする~♪」
「コーヒーの匂いじゃよ。うちは喫茶店をやっとるからな」
少女はうさぎを抱き上げて顔を近づける。
「えへへ♪おじいちゃんのご注文はうさぎになることなの?」
(聞かれてた!)
独り言を聞かれていた老人が驚くが、少女は老人に近づき手を取る。
「おじいちゃんにおまじないを掛けてあげるね!いつかうさぎさんになれますよ~に」
少女のおまじないに思わず老人からも笑みがこぼれると、少女も満面の笑みを咲かせる。
「ココア~?もう行くよ~?」
「あっ」
誰かが呼ぶ声が聞こえると、少女が声の方を向く。
「待って~!お姉ちゃん置いてっちゃやだ~!」
少女の姉が捜しに来たようだ。
そのことに気づいた少女は、ベンチにうさぎを下すと姉の方へと駆けだす。
「ほら、早く行くよ。誰と話してたの?」
「うさぎさんのおじいちゃん!」
「うさぎさん?」
二人はお話しながら手をつないで公園を去っていく。
その二人の背中を見送る老人。
「…同じうさぎでも、お前のみたいなのはなりたくないな。夏は暑苦しいそうだ。冬は温かそうだが」
老人はうさぎを撫でながら先ほどの少女のおまじないを思い出す。
「…さて、お前がいないとチノと雪兎が寂しそうにするからな。帰るか、ティッピー」
それはかつて、秋の夕暮れ時にあった出来事――。
ラビットハウスではカウンターでココアが居眠りをしていた。
おまけにティッピーを枕にしており、ティッピーからはうめき声が漏れている。
「あ、またティッピー枕にして…」
それに気づいたチノが不機嫌な顔になる。
「くぅー…。お姉ちゃん置いてかないで…」
「…」
ココアが寝言を漏らすと、チノはお盆で口元を隠すのだった。
―――――――――――――――――
いつものラビットハウス。
4人で仕事をしているとリゼが切り出す。
「あ、そうだ。私、またバイト休むかも」
「え?」
「何か用事なの?」
「部活の助っ人を頼まれたんだ。…演劇部の」
「演劇部ですか。それはまた」
「演劇部!?すごい!」
「時々助っ人している部活って、演劇部だったんですね」
「リゼちゃんって、声が通るし、暗記も得意だし、役者さん向きだよ!」
(確かに、ロゼさんモードの時は声色とか雰囲気を変えてたし…)
ココアの発言に雪兎は、休日に三人で出かけた日を思い出す。
咄嗟とはいえ、別人を演じたリゼは確かに向いている気がした。
「そ、そうかな?」
「演劇…、童話とかいいですよね」
「あ、今度やるのは、そんな可愛いものじゃないけど」
「どんなダークメルヘンやるの?」
ココアがイメージしたのは――
『ふっ!くらえぇ!』
赤ずきんの姿で銃を構えて発砲するリゼ――
「オオカミも一撃で仕留めそうですね…」
「どうしてそうなる!普通のやつだ!普通の」
「何の役を演じるのか教えてください」
「教えて教えて!」
「僕も気になります」
三人から教えてと、迫られたリゼは照れたように顔を赤くする。
「わ、笑うなよ?…オペラ座の怪人のヒロイン。クリスティーヌだ」
「主役ですか。すごいです」
「ま、まぁな」
「…嬉しそうですね」
「そ、そんなわけあるか!?」
恥ずかしさらからか、力んだリゼが手に持っている皿がメキメキと悲鳴を上げている。
「力みすぎてお皿割れそうだよ!?落ち着いてクリスティィヌ!」
ココアのクリスティーヌの発音が妙に流暢になっている。
「日常でその名前で呼ぶな!」
「私もイヌの役ならやったことあるよ。ワンワン♪」
「イヌじゃない!優雅でお淑やかな若いオペラ歌手の役だっ!…あっ」
「「「あっ」」」
力が最高潮に達したのか、リゼが持っていた皿が真っ二つに割れた。
「素手で…皿を真っ二つ…」
「優雅で…お淑やか…」
雪兎は顔が引き攣っており、チノは素手で皿を真っ二つに割るリゼの程遠いクリスティーヌのイメージに顔を青くして震えている。
「…す、すまない…。弁償する…。確かに、私にお淑やかな演技は難しいかもしれない…」
「う~ん…。あっ!」
何かを思いついたココアはケータイを取り出す。
「お淑やかさなら、千夜ちゃんとシャロちゃんがアドバイスしてくれるかも!」
「あの二人なら、イメージには合いそうですね」
そういいながら、ココアは手早くメールを打ち、雪兎はココアのケータイの画面をのぞき込む。。
『リゼちゃんがそっちに特攻するって』
「これでばっちり」
「どうみても甘兎庵を潰しに行くようにしか見えないです」
「お前なんて打ったんだ!?」
行くと送ってしまったので、リゼは着替えてラビットハウスを出ていった。
「リゼちゃん、歌ったり踊ったりするのかな?」
「それはミュージカルでは?」
「夜のバータイムでカッコよく踊れば、お客さんが集まるかも!?」
「それ、かっこいいんですか…」
しかし、ココアのイメージは可愛い衣装に着替えた4人が躍る様子で、カッコいいとは程遠い。
「パフォーマンスがあれば集客や宣伝はできそうですね」
「ちょーカッコいいし、注目度もアップだね!チノちゃんと雪兎くんは、劇で何の役やったことある?」
「私は、木の役を積極的にやりました!」
「渋いっ!」
「木はいいです…。不動の在り方は心が現れます」
木の役の醍醐味を輝いた眼でチノが熱弁する。
「そうじゃ」
「そっかぁ」
「単純に目立ちたくないうえに、セリフを覚えるのが嫌なだけでしょ」
「雪兎は黙ってて」
心底呆れた様子で雪兎が突っ込みを入れる。
「踊る木って言うのも新鮮でいいね!」
「木は動かないからいいんです!」
ココアの斜め上の発想に、チノが突っ込みを入れる。
「雪兎くんは?」
「僕は、悪役四天王の一人をやりましたね」
「意外っ!」
「普段の自分からちょっと変えて、役になりきるのは楽しいですよね。ついつい演技に力を入れてしまいます」
雪兎はちょっと照れながらも、役になりきっているときの醍醐味を言う。
「ねえねえ!今やってみてよ!設定は…、ラビットハウスのライバル店四天王の一人で!」
「え?あ、じゃぁ、えーっと。…こほん」
ココアの無茶ぶりに雪兎は困惑するが、パッと頭に思い付いたのか咳ばらいをして雰囲気を変える。
「ほぅ、ここがラビットハウスか…。さびれた店よなぁ。私のラビットカフェの方がよほど繁盛しておるわ」
「なんじゃと!?」
「そんなことない!私たちは、真心を込めてコーヒーを淹れてる!お客さんの笑顔と美味しいって言う言葉が私たちに力をくれるの!」
悪役を演じ始めた雪兎に対し、ココアも即座に役を作って対応し始める。
「ふん。客の笑顔と感想だけで、喫茶店の経営が務まるものか!まぁ、焦らずとも自ずと結果は出よう。貴様らの言う腑抜けた考えの経営が正しいか、私の理論に基づいた経営が正しいか。せいぜいその時まで足掻くんだな。ハハハハ!」
「私たちは負けない!あなたのような優しさも真心もないお店に、私たちは絶対に負けない!」
「その吠え面がどのように歪むのか、楽しみにしておるわ…。はい、カット!」
雪兎は悪役から元の雰囲気に戻る。
「雪兎くん!迫真の演技だね!私もつい、力が入っちゃったよ!」
「…あはは、演じてる時は気にならないですけど、後になるとやっぱり恥ずかしいですね」
「雪兎…、うちの経営対してそんな不満を…」
「マスターの孫として、その考え方は見過ごせんぞ!」
「…この演目は実在の人物、団体などとは関係ありません」
「「誤魔化すな!」」
腹話術のはずが思いっきり声がハモっているチノとティッピー。
「…思ったんだけど、リゼちゃん本当は演劇部に入りたいんじゃないかな」
「それはあり得ますね」
「そうですね。役作りに真剣に取り組んでますからね」
「そしたら、このバイトを辞めてしまいますね…」
「部活とバイトの両立…。確かに厳しそう…」
「えぇ!?そ、そんなの悲しいよぉ…。…リゼちゃん」
ココアは初めてラビットハウスに来た時、リゼに教えてもらっていたころを思い出す。
「「リゼさん…」」
香風姉弟もここでリゼと共に働いているときを思い出す。
「でも、リゼさんが決めることですから…。僕らが我儘を言うわけにはいきませんよ…」
「私!CQCなんて出来ない!リゼちゃんの代わりに、この喫茶店を守ることなんて出来ないよぉー!」
「…リゼさんはガードマンですか」
「ただのバイトさんです」
「こうしちゃいられない!リゼちゃんの本心を確かめなくちゃー!」
ココアは駆け足でラビットハウスから飛び出していった。
「…行っちゃった」
「ココアさんを連れ戻さないと!あと、私も気になる!」
「えっ、姉ちゃんまで!?」
続いてチノも後を追うようにラビットハウスを飛び出して行く。
その後をとりあえず雪兎も追うのだった。
―――――――――――――――――
甘兎庵の前にやってきた三人はココアを先頭に、勢いよく扉を開く。
「リゼちゃんの本心を聞きに来たよ!」
「あれ?」
「ロゼちゃん!?」
「お久しぶりです。魑魅魍魎も恥じらう乙女です!」
「えぇ…」
中には以前、散歩で出会ったロゼに扮したリゼがいた。
正体を知っている雪兎は、リゼのセリフに若干引き気味である。
(クリスティーヌが降臨したわ!)
(あのセリフ教えたの誰!?)
横から見ていた千夜とシャロはそれぞれの感想を心の中で漏らす。
「ロゼさん!うちの喫茶店に来てくれるのを待ってたんです!」
「ごめんなさい…。まさか、覚えててもらえたなんて思わなくて」
「当たり前です!ずっとずっと待っていました!」
チノはリゼであるとは気づいておらず、ラビットハウスに来てくれることを待っていたと伝える。
「…そっか。チノちゃんは私より、ロゼちゃんみたいな人に憧れるんだね…。…私も大人っぽくしてくるー!」
「ココアさん!?待ってください!話がまだ終わってません!」
ココアは泣きながら甘兎庵を飛び出すと、チノはそれを追っていった。
「…何しに来た…?」
「…なんでしょうね」
残された雪兎も最早二人が何をしたいのかわからなくなってきた。
「っで、なんでまたロゼさんになってるんですか?」
「役作りのためだ。お淑やかさを学ぶためにな」
「形から入るというやつですか」
一方、甘兎庵の客として来ていた青山は店の外から聞こえ慣れた声を耳にする。
「こんな店、二度と近づかん!おお!?よせ!あっち行け!痛い!」
(この声…、マスター?)
外ではティッピーがあんこに齧られていた。
「齧るな!うえぇ!痛いでないか!」
(…お元気そうで何よりです)
そんな声を聞いて青山は安心したのか声を心の中で漏らす。
「はぁ…。やっぱ、こんなの柄じゃないよな…。クリスティーヌは断るよ」
「そ、そんな。やりましょ――」
「やりたいことを諦める必要が、どこにあるんでしょう?」
「えっ?」
(言いたいこと取られたぁ!)
シャロの説得に被せるように青山がリゼに言葉を掛ける。
一方、言いたいことを取られたシャロは困惑気味である。
「あ、青山さんの言う通りです!その恰好、すごく似合ってます!」
「こんなに可愛いのに、もったいないわ♪」
「せっかくですからやってみたらいいと思います。何事もチャレンジですよ」
(今更だが…、恥ずかしくなってきた!)
シャロ、千夜、雪兎も役を降りようとするリゼを説得する。
リゼは顔を赤くするが、少し頬を叩いて気を取り直す。
「…ありがとう!私、頑張ってみるよ。…あと、勢いで来てしまったけど、こういうのって人に聞くもんじゃないな…」
「聞く相手が悪かったのよ」
「自分で言う!?」
「そこ、認めちゃうんですね…」
―――――――――――――――――
後日のラビットハウス。
「わぁー!これがリゼちゃんが演じたクリスティーヌかぁ…!銃持って怪人と戦ってる…」
「オペラ座の怪人って、こんな話でしたっけ…?」
演劇を無事に終えたリゼが持ってきた写真には、リゼが演じるクリスティーヌが写っているが、なぜか手榴弾や銃を手に持って怪人と相対する姿が写っている。
「…最初から、脚本を私のキャラに合わせたかったみたいだ。…せっかく、お淑やかさのコツが分かってきたのに…。悔しいから、別の役でリベンジしてやる!」
「あはは。リゼさん、演劇にハマったんですかね」
今回の役が不満だったのか、拳を握って気合を見せるリゼ。
「「ええっ!?」」
しかし、その言葉を聞いたココアとチノ驚くと、懇願するように抱き着く。
「そんなのダメー!」
「似合わない役はやるなと!?」
「違うんです。ちょっとしたすれ違いなんです」
リゼの役作り編でした。
雪兎くんは意外と演技派な一面が登場。
役になりきるって楽しいですよね。ちょっとした実習とかで役を頼まれたときに何かと私はノリノリでやるタイプでした。
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青山スランプマウンテンー2
夏の暑さが鳴りを潜め、木の葉が緑から黄色や赤に染まり始めた季節。
チノと雪兎は二人で下校をしていた。
「すっかり秋になってきたね」
「そうだね。時間が経つのは早いなぁ。…ん?」
二人で雑談をしながら公園横の道を進んでいると、どこからか紙飛行機が飛んでくる。
それに気づいた雪兎は飛んでくる紙飛行機をキャッチする。
「…紙飛行機?」
「原稿用紙で出来てる。どこから飛んできたんだろう?」
紙飛行機を見ると、中は原稿用紙のようだ。
持ち主を捜そうと辺りを見回していると、遠くから駆け足の音と共に声が聞こえてくる。
「すみませーん!思いの方向に飛んでしまってー!」
声の主は青山だった。
慌てた様子で二人の方へと駆け寄ってくる。
「青山さん、いいんですか?原稿用紙こんなにして」
「小説家の大事な仕事道具ですよね」
「…そのぉ、やめたんです。…小説家」
そう言いながら、雪兎から受け取った紙飛行機を開くとそこには、失職の二文字が大きく書かれていた。
「「ええっ!?」」
―――――――――――――――――
「ごめーん!また遅刻しちゃった!私の制服、洗濯中だっけ!?…え?」
ラビットハウスでは、ココアが慌てた様子でカウンター横の扉からホールに入ると、何かに気づく。
「おかえりなさいませ!ココアさん、このお店で働いていたんですね」
そこにはココアの制服を着た青山がいた。
ココアはその光景見て固まると、膝を折り、地面に手をつく。
「今度こそリストラだー!」
「失職ですか?実は、私もさっきまで――」
「制服間違えてます!青山さん!…ん?」
「騒がしいですけど、何かありました?…え?」
バーテンダーの制服を持ってチノとキッチンから戻ってきた雪兎がホールに来るが、泣き崩れるココアと困惑する青山に呆気にとられるのだった。
青山とココアは制服を着替えなおし、リゼも合流してホールへと戻ってくる。
「青山さん、小説家やめちゃったの!?」
「就職先に困っていたので、とりあえずうちに来てもらいました」
「すごくぴったりです。まるでこの仕事が天職かのような」
「本当にそれでいいのか?」
あっさりと小説家をやめてしまった青山に、リゼは疑問を抱く。
「あの、ところで、白いお髭のマスターは?私、ずっとお会いしたくて…」
「…知らなかったんですか?」
「え?」
「チノちゃんと雪兎くんのおじいちゃんは、もう亡くなられてるの」
「えぇっ!?でも、この前、お声を聞きましたよ?」
(ちょっと爺ちゃん!)
すでにチノと雪兎の祖父は亡くなってはいるが、ティッピーにその人格が乗り移っているのは香風家だけの秘密である。
青山の声を聞いたという発言に内心、冷汗をかいてるティッピー。
「会いた過ぎて幻聴を聞いてるんだ…!」
青山の発言にココアが慄くと、チノの頭の上のティッピーをひったくるように取り上げて、青山の前に勢いよく差し出す。
「代わりに!こっちの白いお髭をモフモフして、心を癒してください!」
「勝手に!?」
ティッピーを取られたチノは慌てるが、青山はティッピーを受け取るとじっと見つめている。
「…青山さん?」
「…この子、気に入りました。特に目を隠しているところが、とても共感できます」
「よく見たら毛がすごい!」
リゼが驚くほどに、普段のティッピーよりも毛の量が増えていた。
「生え変わりの時期なので最近、毛がボリューミーになってきてまして」
「ちょい悪な感じが気に入ってるみたいです」
ティッピーを見つめながらも、青山は悲しそうに目を伏せる。
(マスターと同じ、コーヒーの匂い…。信じられません…。本当にいなくなってしまったんですか…)
学生の時、書いた小説を真っ先にマスターに読んでもらい、感想を貰っていた日々の事を思い出す。
(もう、小説の感想を聞かせてくださることは、無いんですか…)
―――――――――――――――――
青山がラビットハウスで働き始めて数日。
ココアが千夜を連れてラビットハウスに戻ってくると、カウンターには人生相談窓口という穴あき看板が置かれており、中には青山がいた。
「……」
何が何だかわからないと千夜が一瞬固まるが、ココアは構うことなく、千夜を引っ張ってカウンターに向かう。
「この受付、よく出来てるでしょ?」
「…あの、これは一体?」
「このお店に貢献するために、自分しか出来ないことをやろうと思いまして。人のお話を聞くのが好きなので、タカヒロさんが、お客さんの愚痴を聞いてるのを参考にしました」
「タカヒロさん?」
「父です」
「確かに、人生相談は僕らには出来ないですけども…」
でかでかと置かれている看板が邪魔でしょうがないと感じてしまう雪兎。
「素敵!とてもいい考えだと思うわ!」
「千夜ちゃんのために、こんなのも作ってみたよ!」
ココアがさらにもう一つの穴あき看板を取り出す。
「特技は生かしてなんぼだよね~♪」
「ね~♪」
もう一つの看板には手相占いと書かれていた。
それを、リゼは呆れた様子で見ている。
「特技を生かせるといいのですけど、何故か皆さん、愚痴ってくれないんです…」
「青山さんってミステリアスだから、みんな一歩引いちゃうのかもね」
(そういう問題じゃないだろ…)
(あんなでかでかと人生相談とか書かれてる看板の前で愚痴るとか、周りにバレバレで恥ずかしいでしょ…)
別の客に配膳をしていたリゼと、調理を終えて戻ってきた雪兎が心の中で突っ込みを入れる。
「マスターは人のお話を聞くのが、とてもお上手でした。私も、そんなマスターのように一息つける存在になれたら…」
「そっかぁ~」
千夜とチノがカウンター横の扉から戻ってくる。
チノは両手いっぱいにぬいぐるみを抱えていた。
「ファンシーさがもっと出たら、学生の子も話しやすいかしら」
「ぬいぐるみも配置してみましょう」
置き看板の周りに、四体のぬいぐるみが置かれる。
しかし、青山はぬいぐるみを畏怖の目で見ている。
「こっ、こんな可愛いものに囲まれたら…!呪われる!」
「「「呪われる!?」」」
「なんで!?」
「と、とにかく、数をこなせば相談しやすいオーラが出るんじゃないかしら」
千夜の提案により、学校帰りのシャロをラビットハウスへと連れてくる。
「というわけで、日々思い悩んでいそうな子を連れてきたわ」
「日頃の鬱憤、発散しろって言われても…」
シャロを客としてカウンター席へと座らせ、青山はコーヒーを出す。
「よくいらっしゃいました。おもてなしのコーヒーです」
「シャロさんにコーヒーは…」
「あ、でも…、この後バイトが…」
バイトの事を考えて、コーヒーを酔いを避けるために断ろうとするシャロ。
「ああそれ、私がブレンドしたんだ」
「えっ!?」
リゼがブレンドしたコーヒーを無下にするわけにはいかないと、シャロはコーヒーを一気に呷る。
「…大丈夫ですか?」
「…う、うぅ…」
コーヒーを飲むと突然、シャロが涙ぐむ。
「…あれ?なんか涙出てきた…」
「まさか!?ブレンドの具合によって酔い方が変わる!?」
「えぇ…」
「そんなバカな!?」
「やってらんないですよー!」
シャロはいつもの酔い方のハイテンションモードとは違い、突然叫ぶと机に突っ伏す。
「また今月も厳しくて…!うさぎにも噛まれてー!うぅー…!」
「まぁ、落ち着け」
泣きながら愚痴をこぼすシャロの頭をリゼは優しく撫でる。
「私も、こういうのがやりたかったんです」
「うん、間違ってはない…、と思います…」
今度はココアが、青山の肩を叩くと手紙を渡す。
「悩める相談者さんからお手紙が届いたよ!」
「だんだん、ご意見ボックスみたいになってきたわね!」
青山は手紙の封を開けると、内容を読み上げる。
「妹が野菜を食べてくれません。弟は食べてくれるのですが、このままじゃいつまでたっても妹の方はちっちゃい妹のままです。…お返事を書かなくてはいけませんね」
青山は手紙をカウンターに置くと、ペンを取り出し、返信の文章を考え始める。
チノは内容が気になったのか、手紙を手に取り内容を確認する。
雪兎も気になり、チノの横から覗き込む。
『そのままでもオッケーなのですが、セロリが嫌いな子でも食べられるお料理を教えてくれるとうれしいです』
「ぶっ!くくっ…!」
内容を見たチノは自分の事だと気づき、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてプルプルと震えだし、それを見た雪兎は吹き出して笑うのを堪えている。
チノは雪兎の頭を一発叩くと、別の手紙を青山に押し付ける。
さらには、雪兎も手紙を持ってくる。
「私もお手紙貰ってきました!自称姉が自分も野菜が嫌いなのに、押し付けてきて困ってます!それと、弟も毎朝、寝坊助で中々起きてこないことも困ってます!」
「僕も持ってきました。姉二人が野菜食べなくて困ってます」
(お前ら直接言え!)
「急に忙しくなってきましたね!」
仕事が増えたことに喜んだのか、青山は気合を入れて返事を書き始める。
「…あのー。そんな簡単に小説家やめちゃってよかったんですか…?」
酔いでダウンしていたシャロが復活すると、青山に小説家をやめてしまったことを問いかける。
「…本当は、続けていたかったんですが」
青山は悲しそうな顔でそういうと、続きを待つことなくリゼが勢いよく両肩を掴む。
「やりたいこと諦めるなって、私に言ったのは誰だよ!」
「おおー!リゼちゃんが熱い!」
リゼの熱い説得に一瞬呆ける青山だが、手に持っているペンを見つめながら答える。
「実は、マスターに頂いた万年筆を失くしてしまって以来、さっぱり筆が乗らなくて…。他の万年筆じゃ、ダメなんです…」
「確かに、手に馴染んだものじゃないとな…」
「あの、どこで失くしたかわからないんですか?」
「いつとかも分かれば、参考になると思いますけど」
「ココアさんと初めて会ったあの日までは、確かに持っていたんですけど」
―――――――――――――――――
青山から聞いた情報から、ココア、チノ、雪兎、ティッピーは青山の万年筆を捜すために、ココアと初めて会ったという公園に来ていた。
ココアは青山と初めて会ったベンチの下を捜していた。
「私と初めて会った日に失くしたらなら、ここに落ちてるんじゃないかな」
ベンチの下をのぞき込んで辺りを捜すが、目的の万年筆は見つからない。
「あ、チノちゃん、雪兎くん。見つかった?」
「見つかりません」
「辺りを捜してみましたけど、それらしいものは何も」
「本当にここなんですか?」
ココアの視線が二人から外れると、その先には野良うさぎがいた。
「あ!うさぎだー!わーい♪」
「「捜す気あるんですか!?」」
ココアはうさぎを追ってどこかへ行ってしまった。
二人は手分けをして、ベンチの下や茂みをの中を捜す。
「ピンポイントでここに落ちてる何て思えない。ねぇ、雪兎」
「とはいえ、捜さないことには始まらないし、とにかく捜そう。爺ちゃんそっちはどう?…あれ?」
雪兎がティッピーに聞くが返事がない。
チノの頭の上に乗っていたティッピーがいないことに気づくと、二人が振り返る。
そこにはティッピーと目の前に落ちてる万年筆があった。
「もしかして、これですか?」
チノと雪兎が尋ねながらティッピーの元に向かい、しゃがみ込むと、ティッピーはそうだと言わんばかりに跳ねて答える。
「…え?私たちが渡すんですか」
「それでもいいけど…」
孫二人にティッピーは青山に万年筆を渡すように促す。
しかし、二人は青山の事と祖父の事を思い、遮るように言葉を紡ぐ。
「…えっと、おじいちゃんとティッピーがこうなった理由はよくわかりませんが」
「内緒にするって、窮屈じゃない?」
「…おじいちゃんと雪兎にしか話そうとしない私のこと思って、内緒にする必要はもうないんですよ?」
「それに、爺ちゃんが渡してあげた方がいいと思うんだ。青山さんは、爺ちゃんに会いたがってんだからさ」
「だから、励ましてあげてください」
「爺ちゃんの言葉でさ」
二人の孫は、思い人のために祖父の背中を優しく押すのだった。
―――――――――――――――――
その日のバータイム。
青山はカウンターに立ちながらも、自らが著したうさぎになったバリスタの本を見つめていた。
(…せめて、この小説だけは読んでもらいたかったな)
叶うことない願いを心の中で青山が呟く。
「…面白かった」
「え?」
突然聞きなれた老人の声に驚き、辺りを見回す。
視線をカウンターに移すと、そこにはティッピーと万年筆が置かれていた。
「…っが、主人公より息子の出番が多かった」
ココア、チノ、雪兎はチノの部屋でくつろいでいた。
その時、どたどたと駆けがってくる足音と共に声が聞こえてくる。
「た、大変ですー!」
「「「ん?」」」
それに気づいた三人が扉の方を見ると、勢いよく扉が開きひよこのぬいぐるみを抱えた青山が飛び込んできた。
「このぬいぐるみから!マスターのお声が!」
「えぇー!?」
「「それじゃないっ!」」
ココアは驚き、真実を知っているチノと雪兎は突っ込みを入れるのだった。
―――――――――――――――――
こうして、万年筆が戻ってきた青山さんは小説家に戻りました。
バーテンダーにもはまったらしく、時々手伝ってくれます。
「私も、チノちゃんと雪兎くんのおじいちゃんに会ってみたかったなぁ」
「私が来た頃には、もういなかったからなぁ」
ココアとリゼの会話を聞いた青山は、笑顔になると二人の祖父の事を語り始める。
「マスターは、いつも見守っていますよ。困ったときにはひょっこり出てきて、私たちを助けてくださるんです」
それを聞いたチノと雪兎は、間違ってないと笑顔になる。
「次は、ティッピーさんの体を借りて、話し出すかもしれませんね」
「…ちょっと怖いなぁ」
「…そういうのやめてくれよ」
((間違ってない…))
死者が体を借りて話し出すというホラーに、ココアが震え、リゼが引いている。
しかし、実際そのとおりであることを知っているチノと雪兎は何とも言えない表情をするのだった。
スランプの青山編でした。
青山のキャラは中々掴みづらいですねぇ。
そして、アニメ本編で初めてチノから青山という名前が出てくるという二人が自己紹介した場面は本編中には出てきませんでした。
結果的にお話をするお話2のラストで名前出したのは正解かもしれません…w
さて、一期も残すところあと3羽ですね。
マイペースに続けていきますのでよろしくお願いします。
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対お姉ちゃん用決戦部隊、通称チマメ隊&ユカリ隊ー1
甘兎庵。
木組みの家と石畳の町にある、甘味処の喫茶店だ。
「いらっしゃいませ~♪」
今日もお客が一人やってくる。
私のクラスメイトの千夜ちゃん。
甘味処、甘兎庵の看板娘さんです。
千夜は来店したココアを席に案内し、注文の品を持ってくる。
「強者どもが夢の跡。お待ちどう様」
「わぁー!今度の新作もすごいねぇ!」
奇抜なメニュー名の正体は、どんぶりのような器に大量に盛られたフルーツと白玉ぜんざいだった。
そして、あまうさと書かれたのぼりが無数に立っている。
「まるで本物の戦場だよ!」
「うふふ♪」
ココアの感想に千夜は気分をよくする。
ココアはぜんざいを1つスプーンですくうと口へと運ぶ。
「う~ん。でも、味はちょっと物足りない気がするかな?」
「ココアちゃんもそう思う?…やっぱり、形から入らなきゃだめね」
「おぉ~」
ココアの感想に千夜はなぜか、うさ耳の着いた兜を装着するのだった。
―――――――――――――――――
昼間のラビットハウス。
ホールではチノ、雪兎、リゼの三人が働いていた。
チノはコーヒー豆を挽き、リゼがコーヒーを淹れてラテアートの練習、雪兎はカップを洗っている。
リゼは出来上がったラテアートを見て満足気な表情をすると、ホールを見渡す。
「…ココアがいないと静かだな」
「ええ」
「そうですね」
ココアがいない理由。
それは少し前にさかのぼる。
「テスト前の連休だから」
「千夜の家で勉強合宿?」
「それで、一日うちを空けますと」
「そうなの」
ココアの学校ではテスト前らしく、千夜と勉強合宿をすることになったようだ。
「というわけで、チノちゃん、ティッピー貸して?」
「何を企んでるんです?」
「私…、モフモフしないと寝れないから!」
ココアはワキワキと手を動かしてティッピーに迫る。
「安眠グッズじゃないです!」
「抱き心地がいいのは分かります」
「おいこら雪兎」
ココアの言葉に若干の肯定を見せる雪兎に、ティッピーが突っ込む。
「じゃ、じゃぁせめて、夜を越すために!今からモフモフ成分の蓄えをー!」
ココアはチノと雪兎に抱き着くと、頬を二人に擦り付ける。
「冬眠する熊かっ!」
そんな一幕があった。
「でも、今は静かですがこれから騒がしくなります」
「え?」
「マヤとメグ、リクとカケルが泊りに来るんですよ」
雪兎が言うと同時にラビットハウスの扉が開く。
「やっほー!チノ、雪兎、リゼ!」
「来たぜー!」
「お世話になりま~す」
「よろしくお願いします」
マヤ、リク、メグ、カケルが揃って扉が入ってきた。
チノと雪兎が4人方へと向かう。
「4人お揃いでようこそ」
「待ってましたよ」
「ココアの代わりにお店を盛り上げるよー!」
「頑張ろうね~」
「任せろって!実家の店番で鍛えた接客技術を見せてやるぜ!」
「あはは、はしゃぎすぎないようにね」
ワイワイと盛り上がる6人の様子をカウンターから見ていたリゼ。
「ココアがいたら喜んだろうに」
『妹と弟がいっぱい~!』
大喜びするココアの様子が頭に浮かぶ。
「今日はよろしく」
「はい」
「それじゃ、二人は僕の部屋に荷物持っていこうか」
「オッケー」
「うん」
雪兎はリクとカケルを連れて、カウンター横の扉に入っていく。
ホールに残ったチノ、マヤ、メグを見てリゼが唸る。
「う~ん。小さいのが三人うろつくと、名前を間違えそうになるな」
(私も!?)
「あいつらがユカリだから、チノ、マヤ、メグでまとめてチマメだな!」
「「なんかやだ!」」
(私も!?)
女子中学生三人小隊、チマメ隊が誕生した。
荷物を部屋へと置いた雪兎たちは、女子たちよりも先に着替えを終えてホールへと戻ってくる。
「あいつらがいると騒がしくなりそうだな」
「そうだね。なんだかんだ、二人ともテンション高いからね」
「あはは、違いない」
三人でホールで雑談をしていると、バーテンダーの制服に着替えたリゼが戻ってくる。
「あれ?リゼさんはその恰好は?」
「これか?バーテンダーの制服だ。私の分はマヤに貸したからな」
「おおー!かっこいいなそれ!」
「さて、お前らもサボってないで仕事するぞ」
「おう!」
「じゃ、二人はとりあえず机を拭いててよ」
「分かったよ」
雪兎は二人に布巾を渡して机を拭かせる。
しばらくすると、チノ、マヤ、メグがホールへとやってきた。
「お待たせー!私たちが働いてる間はツインテだよね!
「お揃い~♪」
「妙なルールを…」
「リゼの真似ー♪」
マヤとメグは結った髪の毛を触ってリゼに見せる。
「まぁ、いいでしょう」
「悪くないな」
続けて戻ってきたチノとなぜかティッピーも髪型がツインテになっていた。
「ほら、お前らもツインテにしよう!」
「「「できるか!」」」
マヤがユカリ隊にまでツインテにしろというが、三人とも髪が結えるほどの長さはない。
「メグ!本物のリゼはどーれだ?」
マヤとチノはリゼの左右にそれぞれ付くとマヤがメグに問題を出す。
「えっ!?えと…、えっとぉ…」
「みんなツインテだから見分け付くかな~?」
「わ、ワカンナイヨ~」
「律儀に乗らなくていい!」
「だってぇ~」
明らかに分かる問題だが、マヤの期待にメグはわざとらしく棒読みで答える。
「こらマヤ。遊んでんじゃねーぞ」
「いいじゃん。お客もいないんだし」
リクが遊びに夢中になるマヤを叱る。
実際、マヤの言う通り、ラビットハウスに客の姿はない。
「この時間はね。これからは少し増えるからみんなよろしくね」
ちょうどその時に、来店を知らせるようにラビットハウスの扉が開く。
「「「「「「「いらっしゃいませ」」」」」」」
それなりに時間が経ち、客がまばらに入り始めたころ。
「2000円預かりましたので、400円のお釣りです。ありがとうございました!」
「お待たせしました!カプチーノとサンドイッチになりまーす!」
「コロンビアとパンケーキですね~。少々お待ちくださ~い」
「雪兎くーん!追加でパンケーキお願いしまーす!」
「了解ー!」
リクがレジ打ちをし、マヤが客に配膳を行い、メグが注文を取り、カケルが客の食べ終わった食器の片づけと雪兎に調理の追加要請を行う。
「へぇ。こいつら、中々いい連携だな」
「はい。とても頼りになるお友達です」
食器を洗っているリゼと、ドリンクを作ってるチノはカウンターから様子を見ながら4人の働きぶりを見て感心する。
所狭しと動き回る4人だが、うまく役割分担をしており滞りなく客を捌いている。
(……)
一方、チノはいつもの騒がしい声が聞こえないことに心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。
「ありがとうございました!…ふぅ、これで一段落だな」
客足が多かった時間が終わり、店内の客が少なくなってきた。
ほぼ張り付きっぱなしでレジ打ちを終えたリクが、レジを閉じると息を一つ漏らす。
「お疲れ様、リクくん。さすがに手際がいいね」
「おう。うちで散々打ってきたからな。これくらい軽い軽い」
「二人ともお疲れ。みんな要領よく動いてくれるからこっちもやりやすかったよ」
雪兎もキッチンから戻ってくると二人に労いの言葉を掛ける。
ユカリ隊が談笑している一方で、メグは最後の客にドリンクを運んでいる。
「お待たせしました~」
「あら?私が頼んだのはカプチーノよ?」
「あっ、すみません!」
「ん?」
メグがドリンクを持っていくが中身が間違えていたようで、客に謝るとすぐに戻ってくる。
しかし、リゼはメグがドリンクを間違えたことに違和感を覚える。
「間違えてミルクココア出しちゃった」
「飲み物作ってるのって…」
「ん?おいチノ。お前、そんなにミルクココア作ってどうすんだ?」
「へ?」
リゼが確認する前に、リクが気づくとチノは気の抜けた返事をする。
「チノ!?何でミルクココアばっかり作ってるんだ!?」
ドリンク担当のチノの目の前には、ミルクココアの注がれたカップが大量に並んでいた。
自分で作っていたはずのチノが目の前の光景に驚く。
「い、いつの間にこんなに!?」
チノの方は無意識で大量に作っていたようだ。
「…まさか、ココアシック!?」
「ココア姉ちゃんが居ることが当たり前になってたから!?」
「す、すみません…。ボーっとしてて…」
「…仕方ない。カプチーノは僕が作るよ」
雪兎は棚からコーヒー豆とサイフォン式の機材を取り出すと、コーヒーを淹れ始める。
「コーヒーの方は雪兎くんに任せて、ボクらはこれ飲んじゃおうか」
「捨てるのももったいないしな」
「そうだね~」
「たっだいまー!お、何々!?ミルクココア大飲み大会?」
ホールを外していたマヤも戻ってくると、みんなで大量のミルクココアを飲み干すのだった。
ミルクココアの処理を終えたラビットハウスでは、リゼがキッチンでパスタの調理をしていた。
そこにマヤがやってくる。
「ねぇねぇリゼ。私にもアルゼンチン教えて?」
「アルゼンチン?社会の宿題でも教えてほしいのか?」
「アルデンテのことじゃないかな~?」
二人の間に割って声を入れたのは、チノ、ユカリ隊と共にキッチンに来たメグだった。
「そう!それそれ!」
「通訳か!?」
「メグさん達は以心伝心なんです」
「ほんとになんで通じるんだって疑問に思うレベルでこいつら伝わってるからなぁ…」
普段からやり取りを見ているリクは、しみじみといった雰囲気で言う。
「へぇ~」
「…私とリゼさんも心が通じ合えば」
チノはリゼに言葉なしで伝われば、注文と同時にリゼを見るだけで伝われば楽だとイメージする。
『(じーっ)』
『エスプレッソにミックスサンドだな!』
「言葉なしで通じ合いたいなら、ハンドシグナル教えてやるよ」
「ハンドシグナル?」
「これが撃て」
リゼは肩の高さまで持ってきた右拳を前に出す。
「っで、これが弾よこせだ」
次は右拳を上下させる。
「そんなの使わないです」
「そうか?あはは」
「なんで喫茶店でサバゲーのシグナル出すんだよ…」
「もしかして、雪兎くんとチノさんは双子だから、二人と同じことができるんじゃないの?」
「「え?」」
カケルの疑問に香風姉弟が同じように声を出すと、向かい合ってじっと互いを見つめる。
「「……」」
互いを見つめ合うとこ数秒、二人は考えを読む。
「眠たい」「ココア姉ちゃんに会いたい」
「「…は?」」
お互いの答えが不服だったのか、明らかにお互いの声のトーンが下がる。
姉弟はがっちりと互いの両手を組むと握り潰すようにギリギリと力を入れる。
「何言ってんの姉ちゃん?今何時だと思ってるの?いくら僕が寝坊助だからって、そんな考えしか読めないとか脳みそ寝てるんじゃないの?」
「そっちこそ、ココアさんに会いたいなんて答えが出るなんて13年間、弟として私の何を見てきたの?」
ギリギリと握り合う手の力が明らかに増していくが、互いに引く素振りを見せない。
「おい、お前ら喧嘩するな」
「二人ともそこまでだよ」
見かねたリクとカケルが仲裁に入る。
「じゃぁ、リゼ!」
「ん?な、なんだ?」
「私は今、何を思ってるでしょう?」
マヤは覗き込むようにリゼの顔を見る。
「ん~…。えっとぉ…。銃貸してとか?」
「ブブー!」
「はいはい!」
「はい、メグ!」
リゼが外すと、メグが勢いよく手を挙げる。
「仕事が終わったら、温水プール行って疲れを取ろう!」
「ピンポーン!」
「すごい…!」
メグの答えはピンポイントだったが、見事に正解した。
「この前、チノに話し聞いてから行きたかったんだー!」
「それでこいつ、水着持って来いって言ってたわけか…。てか、なんでメグは分かるんだよ」
「これもうテレパシーの類だよね」
「マヤちゃん、すぐ顔に出るからわかりやすいよ~」
「顔を見て分かるのレベルが高すぎる…」
「んもー、リゼ、それくらい分かってもらわないとー」
「分かるか!」
(そうじゃよ)
マヤの無茶ぶりにリゼが声を荒げるが、内心ティッピーも同意するのだった。
ラビットハウスの仕事を終えた7人は温水プールへと向かった。
チマメ隊&ユカリ隊のお泊り会仕事編でした。
中学生6人組がついにラビットハウスに揃い踏み。
マヤとメグがボケに走るので、リクとカケルがツッコミに回るという図が多いですねぇ。
この二人もボケに走らせると収拾がつかなくなりそうです…w
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対お姉ちゃん用決戦部隊、通称チマメ隊&ユカリ隊ー2
たいっへんっ長らくお待たせしました!
「相変わらずでかいよなぁ」
「ボクも前に来たことあるけど、来るのは久しぶりだなぁ」
「温水プール楽しみー!」
「わくわくだね~♪」
7人は温水プールに着くとリクとカケル、マヤとメグのテンションが上がっている。
「はしゃぎすぎて逸れるなよ~」
「あれ?姉ちゃん?」
横にいたはずのチノがいつの間にかいなくなっていることに雪兎が気づく。
6人が辺りを見回すと、野良うさぎに手を伸ばすチノがいた。
「何やってんだお前」
「あっ、野良うさぎがいたので…」
「…だんだんココアっぽくなってないか?」
「確かに…」
「えっ…」
リゼと雪兎の発言にチノは顔を赤くする。
女子と別れたユカリ隊はティッピーを預かり、更衣室に入る。
「広いところで泳ぐのも久しぶりだなぁ」
「体育の水泳も夏だけだからね。久々に思いっきり泳げそうだよ」
「お!じゃぁ25メートル勝負するか?」
「いいね!負けたらコーヒー牛乳おごりでどう?」
着替えながら盛り上がっているリクとカケルを後目に、黙々と着替える雪兎。
「…雪兎?さっきから黙ってどうした?」
「体調悪いの?」
先ほどから黙りっきりの雪兎に対して心配する二人。
「…男友達って、いいね!」
「「…は?」」
雪兎の顔はとても晴れやかだった。
(やれやれ)
―――――――――――――――――
着替え終わった7人はそれぞれ思い思いにプールを楽しんでいた。
「それそれー!」
「わぁー♪」
マヤとメグはプールでお湯をかけ合い、リゼはプールサイドの椅子に腰かけてのんびりしている。
「二人とも!あと10メートル!」
「うおぉぉ!」
「負けないよっ!」
ユカリ隊は25メートルプールでスピード勝負をしている。
チノはプールの一角でティッピーとチェスを指していた。
「…おじいちゃん。お友達を泊めるのは初めてで、ちゃんと持て成せるか不安です…」
「むぅ…」
「今思えばこういう時、ココアさんに頼りっきりでした…」
友達を泊めることに不安を覚えたチノは、ティッピーに相談していた。
「ありのままのお前で接すればいい…」
「…あれ?おじいちゃん声、って青山さん!?」
突然、祖父の声に違和感を覚えたチノだが、喋っていたのはいつの間にか横に来ていた青山だった。
「って、マスターならきっと言うと思うんです」
「あ、あの…、ここへはよく来るんですか?」
「小説のアイデアは、どこに転がっているか分かりませんから」
よく来る、というわけでもなくただ閃きを求めて来たようだ。
「ではでは~」
青山はプールに入ると流されるようにどこかへと行ってしまった。
「チノー!」
青山がどこかへ行くと同時にマヤの元気な声がチノを呼ぶ。
「見て見て!リゼに買ってもらったー!」
マヤとついてきたメグが持っていたのは水鉄砲だった。
後ろにいるリゼとユカリ隊も、色違いの水鉄砲を持っている。
「二手に分かれて銃撃戦やろうぜ!」
「は、はい」
マヤの提案で二チームで水鉄砲による銃撃戦をやることになった。
チームはリゼ、雪兎、チノチームと、マヤ、メグ、カケル、リクチームとなった。
「よぉーし!スタートだ!」
「よーし、勝つぞぉ!」
(リゼさんが輝いてる…)
リゼは気合入れたスタート合図を入れ、雪兎もそれに続く。
「俺らも行くぞ!」
「うん!」
一方、リクとカケルも行動を開始しようとするが…。
「ねえ」
「ん?」
「これどうやって水入れるの~?」
「使い方分かってなかった!」
「なんでだよ!?」
マヤとメグは水鉄砲の使い方が分かっていなかったようだ。
「そういうことは先に言え!」
「ごめーん」
気を取り直して、マヤとメグが水鉄砲の使い方が分かったので、二手に分かれて試合を開始する。
マヤ、メグ、カケル、リクチームは柱の陰に隠れて作戦会議をしていた。
「…さて、唯一の高校生のリゼがあっちのチームに行ったわけだが、どうする?」
「先手必勝!全員突撃で撃破だよ!」
「あほか。そんなん各個撃破で終わりだろ!」
「でもどうしよう~?勝てるかな~?」
「ということで、ここは参謀の出番だ!」
リクが指をさしていたのは、目を閉じて会話に参加していなかったカケルだった。
カケルは閉じた目を開くと、喋り始める。
「…思うに、戦力はボクらが不利」
「何で!?私たちの方が人数多いじゃん!」
「話を聞いた限り、リゼさんは一人でこっち四人分に相当する戦力を持ってるといっても過言じゃない。銃撃の腕はかなりのものと見た」
「じゃぁ、どうするの~?」
「戦力で不利なら戦術で覆す!」
カケルはそういうと作戦を立案する。
「まず、リゼさんをどう仕留めるかを考えよう。いかにリゼさんといえど一人の人間。必ず隙が生まれる」
「じゃぁ、その隙を突いて撃てばいいんだな!」
「その通り。っといいたいところだけど、そこで壁になってくるのは雪兎くんだ」
「なぜだ?」
「おそらく、相手の布陣は運動が苦手なチノさんを逃げに徹しさせて、リゼさんと雪兎くんのコンビでこちらを倒すように動いてくるはず。となると、二人はバディで動いてくるはずだ」
「ばでぃ…?」
「二人一組で行動するって意味だ」
「リゼさんの隙を作っても、雪兎くんがカバーに入る。雪兎くんを倒す、もしくは二人に同時に隙を作らせる必要があるんだ」
「…あー!話が長い!もっと簡潔に言って!」
カケルの敵戦力分析説明にマヤが痺れを切らす。
「じゃぁ簡潔に言おう。今回は二重囮作戦で行く!」
「二重囮作戦?」
「まず、リゼさんにメグさんが水中から接近し、奇襲をかける。けど、恐らく察知されて先手を撃たれる。その隙をリクくんが別方向から攻撃、この時雪兎くんがカバーに入るはずだからここでリゼさんを狙わずに雪兎くんを相打ち覚悟で仕留める。さらに別方向からボクが攻撃してリゼさんを仕留める」
「待って。私の出番は?」
「マヤさんはボクと時間差攻撃だ。ボクの攻撃の直後にリゼさんに攻撃を仕掛けるんだ。ボクが外した時はマヤさんが頼りだからね」
「おおー!つまり一番美味しい役目だな!?」
トリを飾るということにマヤはやる気を出す。
「あのー?」
「はい?」
「皆さんは何をしてらっしゃるのでしょうか?」
作戦会議の場に現れたのは、閃きを求めて彷徨っていた青山だった。
一方、リゼ、雪兎、チノチームはチノを隠れさせて、二人で行動していた。
「見つけたか?」
「いえ、まだ動きが無いようです」
周囲の索敵をしつつ二人は柱の陰を移動する。
「お前はあいつらをどう思う?」
「マヤ、リクのコンビが厄介…っと言いたいところですが、一番厄介なのは間違いなくカケルです」
「あいつが?」
「ええ。とにかく頭が回るやつなのでどんな作戦を練ってるか」
「慎重に行くぞ」
後方で柱の陰にはチノとティッピーが隠れていた。
そこに一つの足音が近づいてくる。
「ッ!?」
「そんな所でどうしたんですか」
やってきたのは銃撃戦とは関係ない青山だった。
「メグさん、マヤさんには以心伝心のチームワークと、リクさん、カケルさんには抜群のコンビネーションがあると思うので、リゼさんと雪兎に任せて隠れているんです」
チノは黙っていて欲しいと指を立てて口に当てる。
「あ、そうだ。ティッピーは人前で濡れるのを嫌がるので、預かっててくれませんか?」
ティッピーを青山に預かってもらおうと、ティッピーの入った桶を差し出す。
「…困りましたねぇ」
ティッピーの入った桶を受け取りつつも、青山の雰囲気が変わる。
「実は私、マヤさんに銃を託されてまして」
「えっ…」
「リゼさんと雪兎くんの居場所を聞いてこいと」
「わしを人質にする気か!?」
そういうと青山はティッピーに水鉄砲を突き付ける。
「はああぁぁ!」
「姉ちゃん!」
「ひゃっ!?」
「うわっ!?」
叫び声と共にリゼが駆け込み、青山とティッピーに水鉄砲を正確に当てる。
雪兎は、チノを背に隠すように立ちふさがる。
「ティッピー!」
「メグも見つけたぞ!」
「わぁ!?」
水がかかったティッピーを心配するチノをよそに、プールから近づいていたメグにリゼは水鉄砲を撃つ。
「隙あり!」
「何!?」
別の柱の陰からリクが飛び出す。
リゼは判断が一瞬遅れリクに水鉄砲を撃つが、リクはスライディングで避けるとリゼに反撃する。
「くっ!」
「取ったぁ!」
「させるか!」
リゼは回避行動をとるが、体勢が崩れる。
その隙を見逃さす、リクは二発目を撃つが雪兎がリゼの間に割って入ると同時にリクに向かって撃つ。
「くっ!」
「くそっ!やられた!」
「雪兎!」
リクと雪兎は互いの水鉄砲が直撃し脱落する。
「リゼさん後ろ!」
さらに別の柱からカケルが飛び出す。
雪兎の指示に素早く反応し、リゼは水鉄砲を構える。
「しまった!弾切れか!?」
しかし、リゼの水鉄砲からは水が出なかった。
「リゼさんの銃の総弾数は4発。青山さん、ティッピー、メグさん、リクくんに撃ったあなたに反撃の手段はない!」
「くっ!まだだ!」
リゼはカケルの銃撃を回避すると、雪兎の方へと体勢を低くしながら転がる。
体勢を立て直すと同時に床にあったものを拾う。
「雪兎くんの銃か!」
「読みが甘かったな!」
「…それはどうですかね」
リゼがカケルに銃を向けようとした瞬間、別の方向から水が飛んでくる。
気づいたリゼは再び回避行動をとる。
「もらったぁ!」
「マヤか!?」
「さぁ!二人同時は捌けますか!?」
カケルとマヤに十字を取られる形でリゼが挟まれる。
しかし、リゼは回避しつつリクの方へ転がるとリクの水鉄砲を拾う。
「なっ!?」
「二丁拳銃!?」
リゼは二人が照準を合わせなおす前に、二つの銃口を正確に二人に向けると引き金を引く。
「くっ!」
「うわっ!」
カケルは避けるのに成功するが、マヤは避け切れずに直撃を貰う。
回避体勢からカケルは再びリゼに向かって撃つが、十分に狙いが定まっていない水を避けると同時に片方の銃を捨てて、残った銃を両手で構える。
「良い作戦だったぞ。だが、相手が悪かったな」
リゼは最後の一撃をカケルに撃つ。
銃撃戦はリゼ、雪兎、チノチームの勝利に終わった。
「ちべたい…ちべたい…」
「悪役って、楽しいですね♪」
水に濡れたティッピーは毛がしなしなになって震え、青山は悪役に満足していた。
―――――――――――――――――
一方の甘兎庵。
早くから来ていたココアは、甘兎庵の手伝いを終えて、千夜、シャロと勉強をしていた。
「9649、9661、9677、9679、9689…」
「いつまで数えてんのよ。勉強しなくていいの?」
ココアはなぜか素数を数えており、その様子にシャロは辟易している。
「9697、9719…、あっ!アルバム発見!」
「どこまで脱線するのよ!?」
ココアがふと本棚の方を見ると、千夜のアルバムを発見する。
アルバムを机の上に広げると、千夜とシャロが学校の制服姿で写っている写真が出てくる。
「それは確か…」
「高校入学前の写真ね」
「…千夜ちゃん、浮かない顔してる」
「私と学校が遠くなるから、友達出来るか不安がってたんだっけ」
「あっ!」
「ほーんと、心配性なんだか――むぐっ!?」
「へぇ~、意外~」
千夜は恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら、シャロが喋っている途中で口を塞いで中断させる。
ココアは時間を遡るように、アルバムのページをめくる。
「あれ?この子…」
ココアの目に留まったのは、千夜とシャロ、そしてもう三人目の女の子が写った写真だった。
「その子は小学生の時に一緒にいたもう一人の幼馴染なの。楓ちゃんって言うのよ」
「ご両親のお仕事の関係で、小学生の頃に都会の方に引っ越しちゃったのよ」
「…なんだか私に似てる」
写真に写っている少女はココアに近い髪と瞳の色をしていた。
「そうね。ココアちゃんによく似てるわね」
「性格は全然違うけどね。男勝りで、負けず嫌いで、頑固で。よく私たちも振り回されたわ」
「でも、楓ちゃんが私たちを引っ張ってくれて、色々な場所を冒険したわね」
昔を懐かしむように千夜は穏やかな表情になる。
「そっかぁ。私も楓ちゃんに会ってみたかったなぁ」
「前は毎年帰ってきてたんだけど、ここ数年は忙しくて帰ってこれないみたいなの」
「楓ちゃんの事だから、そのうちひょっこり帰ってくるかもしれないわ。あの子はそういう子だから」
この場にもう一人の幼馴染がいれば、どんな感じなんだろうか。
そんなことを思うシャロだった。
―――――――――――――――――
すっかり日も落ち、空には星が見え始めたころ、リゼと青山はテラスで町の夜景を眺めていた。
「リクくん、ごちになります」
「くっそぉ…。身長か?身長なのか!?」
「タッチの差だったからねぇ。手の長さかな?」
ユカリ隊の話声と共に、チマメ隊もコーヒー牛乳を手にテラスにやってくる。
「先生~」
「「うん?」」
「お風呂上りにコーヒー牛乳飲も~!」
「…先生?」
「あっ」
「リゼの事、先生だって!」
「つい学校にいる感覚だった。体育の先生みたいだからかな~」
「ちょっとわかるかもね」
(先生…、教官でなく…)
メグの先生呼びに少し感動しているリゼだが、隣にいた青山がなぜかリゼの背に隠れていた。
「なぜ隠れている!?」
「すみません。先生と聞いて、担当さんがここまで原稿を取りに来たのかと…」
「いや、仕事しろよ…」
青山の発言にごもっともなツッコミを入れたのはリクだった。
プールを後にし、青山と別れた7人はラビットハウスへと向かっていた。
「プール面白かったなぁ!」
「ねぇ~!」
「いつかカケルにリベンジしないとな…」
「次もボクが勝つけどね」
(今日の報告ってするべきなのかな?)
雑談をしながら歩く4人を尻目にチノはケータイのメール画面を見ながら歩いていた。
送信先にはココアのアドレスが入ってた。
「やっぱりココア姉ちゃんに会いたいんじゃん」
横から覗き込んできた雪兎はニヤニヤと笑みを浮かべながら、からかうようにチノの顔をのぞき込む。
「そ、そんなこと思ってない!」
「早くココアちゃんに会いたいよね~」
「最近のチノは、よく顔に出るし」
チノは顔を赤くして否定するが、メグとマヤも同じことを思ったようだ。
(こ、これが以心伝心…!)
「前は何考えてるかよく分からんやつだったよなぁ」
「表情豊かになったよね」
「お、お二人まで!」
さらにリクとカケルも加わり、チノはさらに顔が赤くなる。
「よし、ラビットハウスまで競争だ!私とユカリ隊が勝ったら、お前らは明日からチマメ隊だー!」
「「「ええー!?」」」
その様子を見ていたリゼは少し笑うと競争を提案し、うろたえるチマメ隊を気にせず走り出す。
「おっと負けてらんねぇ!」
「よーし、行くぞ!」
「始業式の時みたいだね」
「「「やだー!」」」
続けてユカリ隊も走り出すと、それを追うようにチマメ隊も走り出すのだった。
7人で温水プール編でした。
えー、オリジナルが多いうえにめちゃくちゃ長くなってしまって、話をまとめるのに時間がかかってしまいました。すいません。
温水プールの銃撃戦はどう動かすか悩みましたが、今までリクに比べて地味だったカケルの活躍場面を書けて満足です。どうしてもリクの方が出番が多くなりがちですからねぇ。キャラ的に仕方ないんですがね。
そして4羽後編以来の存在のみの登場となった千夜とシャロのもう一人の幼馴染、楓ちゃん。
これから先どこかで登場するのかは、気長にお待ちください。
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対お姉ちゃん用決戦部隊、通称チマメ隊&ユカリ隊ー3
ラビットハウスでリゼと別れ、6人は食事と入浴を済ませると、それぞれ雪兎とチノの部屋に集まっていた。
雪兎の部屋では、ユカリ隊がそれぞれくつろいでいた。
「いやー、お前と親父さんの飯、美味かったわー」
「ほんとに雪兎くんは料理上手だね」
「よく作ってるからね」
「さて」
リクは横になっていたベッドから飛び起きると、自分のカバンを漁り始める。
「色々持ってきたから何して遊ぶか」
どさどさと色々なものが、リクのカバンから出てくる。
「まずは定番のテレビゲームでいくか、コントローラーも人数分あるしな」
「ソフトは?」
「色々あるぜ」
「まずは定番のこれで行こうよ」
3人はゲーム機をテレビにつなぐと、ソフトを入れて電源を入れる。
「「「レースゲームで勝負!」」」
一方、チノの部屋ではチマメ隊が机を囲っていた。
「今日は楽しかったね~」
「夜はこれからだよ!何して遊ぶ?」
「クロスワードやりましょう」
「心理テストは~?」
「もっと弾けろよう!」
マヤの提案に出てきた二人の遊びはいささか地味なものだったからか、マヤは不満を漏らす。
「でも、私の部屋で遊べるものといえばチェスくらいしか。雪兎の部屋から何か借りてこようか…。ん?お父さん?」
突然チノの部屋に入ってきたのはタカヒロだった。
「盛り上がるよ」
タカヒロが持ってきたのはボードゲームだった。
チマメ隊にボードゲームを渡した後、タカヒロは雪兎の部屋をこっそり覗く。
「あー!誰だ妨害アイテム投げたやつ!」
「へっへーん、お先ー!って最強アイテムー!?」
「切り札は最後まで取っておくものだよ。二人とも」
「「カケルー!」」
こちらの男子三人は自分たちで盛り上がっているようだ。
その様子を見たタカヒロは微笑むと、見つからないように雪兎の部屋を後にするのだった。
―――――――――――――――――
「はぁー、ちょっと休憩するかー」
「そうだね。ちょっと頭痛くなってきた…」
「もうずっとやってるからね」
雪兎たちはいろいろなゲームで対戦や協力といったことをしていたが、流石に疲れてきたのかコントローラーを置くと床に横になる。
「あー!お前らこんなの持ってきてたのか!」
「あん?」
扉が開くと同時に、マヤの叫び声が飛び込んでくると、続いてメグも入ってくる。
「ずるいー!私たちにもやらせろー!」
「ゲームってあんまりやったことないけど、できるかな~?」
「そんなに難しいもんじゃねぇよ。まぁ、経験の差は出るけどな」
「メグさんもやってみる?」
4人が横で盛り上がっているところで、雪兎はあることを思い出す。
(そういえば、ココア姉ちゃんに連絡してなかったな)
メールくらいはしておこうかと、雪兎は立ち上がると扉の方へと向かう。
「僕は席外すから、4人で遊んでおいてよ」
「そうか。分かった」
「よーし、負けるかぁ!」
「これってどうやるの?」
「チュートリアルのムービーを一回流そうか」
遊び始める4人を残して雪兎が部屋を出ると、扉の側にケータイを持ったチノがいた。
「姉ちゃん。ココア姉ちゃんに連絡?」
「あ!…うん」
チノは気づいていなかったのか声を掛けられた事に驚くと、ちょっと恥ずかしそうな顔をする。
「でも、なんて伝えたらいいのかな…」
「思ったままでいいんじゃない?今日あったことをどう思ったかって」
チノが電話をしようか迷っていると、チノのケータイが鳴りだす。
「お、言ったら早速」
ディスプレイにはココアさんと表示されており、チノは慌てて電話に出る。
「も、もしもし…」
『あ、チノちゃん!写真見たよー!楽しかった?』
「は、はい!楽しかったです!」
チノは素直にココアに今日の感想を伝えると、雪兎も笑顔になる。
『…ぐすっ』
「ん?」
「泣いてる?」
『…私も一緒に遊びたかったなぁ』
「あはは…」
「な、泣くほどですか…。…で、でも、ココアさんと暮らし慣れてなかったら、緊張してしまって二人を家に呼ぶこともなかったのかもしれません」
『そっかー。明日には帰るから』
「あ、雪兎もいますので代わりますね」
『あ、うん!』
「はい」
「ん」
チノが差し出したケータイを雪兎は受け取る。
「もしもし、ココア姉ちゃん?」
『雪兎くん!今日はどうだった?』
「すごく楽しかったですよ」
『そっかー。…うぅ、私も遊びたかったぁ』
「それはさっき聞きましたよ」
チノと電話していた時と同じことを言い出すココアに、思わず雪兎は笑ってしまう。
「それに、いつでも遊べるじゃないですか。今日だけじゃないんですから」
『…うん!そうだね!』
悲しそうな声から一転、ココアの声がすぐに元気になる。
「はい。ココアさんも勉強頑張ってください」
『うん。おやすみ、雪兎くん!チノちゃんにもよろしくね』
「はい。おやすみなさい」
ココアとの通話が終わると、雪兎はチノにケータイを返す。
「友達を家に呼ぶ、かぁ。確かに今まではなかったね」
「雪兎が泊まりに行くってことはあったけど、うちではなかった」
お互いにしんみりと思い返す。
ココアが来てからいろんなことがあったなと。
「…少しは成長できたのかな」
「…そうかもね」
二人は顔を合わせると、ちょっとした互いの成長に笑い合うのだった。
―――――――――――――――――
シャロはとある教室で目を覚ます。
『あ、あれ?』
『授業中に居眠りするなんて珍しいね』
『早くいきましょ?』
何故か近くにいたココアと千夜が、早く行こうと言い出す。
場面は移り、廊下で二人を追うが一向に追いつけない。
『購買のパン。売り切れちゃうよ』
『ま、待ってー!』
シャロは一生懸命走るが、ココアと千夜はどんどん離れていく。
『何やってるのシャロ』
『え?』
『ほら、行くよ!』
後ろから突然聞こえてきた懐かしい声と共に、シャロの手を誰かが掴む。
手を掴んできた人物が前に躍り出ると、お構いなしにシャロを引っ張っていく。
ココアによく似た長さと色をした髪の毛。
『え、ちょ、きゃー!?』
ぐんぐんスピードが上がり、二人にどんどん追いついていく。
もつれそうになる足を必死に動かし、手を掴んだ人物に遅れまいとシャロは走る。
あっという間に前を行く二人に追いついてしまった。
『さすが楓ちゃん。足早いねー!』
『運動には自信があるからね!これくらい楽勝よ』
『さ、パンが売り切れちゃう前に行きましょ』
二人と喋る懐かしい後ろ姿がこちらを振り返り、手を指し伸ばす。
『行こう!シャロ!』
『え、あ…』
数年会っていなくても分かる。
こちらの事なんかお構いなしに引っ張っては振り回す、トラブルメーカーといっても可笑しくない、もう一人の幼馴染。
「楓!…あ」
叫びと共に体を起こすと、シャロの目の前の光景が千夜の部屋へと変わる。
(…夢)
先ほどの学校の光景が夢だったことに気づくシャロ。
横からはココアと千夜の寝言が聞こえてくる。
「…シャロちゃん。私のメロンパンいるー…?」
「…そんなに食べたら、午後の授業も寝ちゃうかも…」
二人も同じ夢を見ているのだろうか、寝言は夢の内容に近いものを感じる。
だが、もう一人の登場人物はここにはいない。
シャロは再び横になり、布団をかぶる。
(二度寝したら、続き見れるのかな…)
もう一度、夢の続きを見たい。
そんなことを思いながら再びシャロは眠りにつくのだった。
―――――――――――――――――
翌朝。
雪兎の部屋で寝たカケルが一番に目を覚ます。
雪兎はベッドで、リクとカケルは布団を敷いて別々に寝ていた。
「う~ん」
軽く伸びをして横を見ると、布団を蹴飛ばしてすごい寝相で寝ているリクと、ベッドで安らかな寝息を立てている雪兎がいた。
カケルは立ち上がると、布団を畳み、カーテンを開くと外は雪が降っていた。
その時、扉の方からノックが聞こえてくる。
「はい。どうぞ」
「おはようございます。カケルさん早いですね」
入ってきたのはチノだった。
「おはよう。チノさん。他の二人は?」
「まだ寝てます」
「んが…。さぶっ!」
二人で話していると、リクが目を覚ますが部屋の寒さに身震いする。
「おはよう、リクくん」
「おはようございます。リクさん」
「おう。おはよう、二人とも。さっぶいなぁって雪降ってんじゃん!」
リクが立ち上がって窓外を見ると、雪が降ってることに驚く。
「お二人とも、朝食にはまだ時間がありますので、部屋でゆっくりしていてください」
「雪兎は起こさなくていいのか?」
「朝食まで起きてこないと思います」
「あー、そういやこいつ。相当な寝坊助だって聞いてたな」
「では、私は朝食を作りに行ってきますので、またお呼びしますね」
チノは雪兎の部屋から出ていく。
「おーい。雪兎ー。起きろー」
リクは雪兎のベッドに近づくと、雪兎の頬をぺしぺしと叩く。
「…うーん。あと5分」
ベタな寝言と共に、布団の中へと潜り込んでしまう。
「ほんとに起きないな。こいつ」
「ほんとだね」
「よーし」
リクは何かを思いつくと、掛布団を投げ飛ばし、雪兎にプロレス技を掛ける。
「起きろー!」
「いだだだだ!?」
突然の痛みに思いっきり雪兎が声を上げる。
「いだだ!痛い!何するんだよ!」
「起きないお前が悪い!」
雪兎が抗議するが、リクはお構いなしに技を掛け続ける。
「このっ!」
「うおっ!?」
雪兎はリクの技から抜けると、体勢を崩したリクに技を掛ける。
「ぐえええ!」
「お返しだ!」
「なにしてるの~?」
「お!なになに!?プロレスごっこ!?私も混ぜろー!」
この二人をどう収めるかカケルが考えているところに、メグとマヤがやってくる。
「マヤ!頭に掛けて!僕は足に掛ける!」
「合点承知!」
「待て待て!お前ら2対1は卑怯――うごごご!」
「三人は何してるの?」
「…朝の運動かな?」
結局チノが呼びに来るまでプロレスごっこは続いた。
朝食を終えて、店の準備を終えた6人はカウンターに集まっていた。
「ねぇねぇ。5人とも。喫茶店といえばやってみたいことがあったんだ!」
「やってみたいこと?」
「何ですか?」
「何~?」
「えっとねぇ」
「…まじでやるのかそれ」
「えー…。ボクもやだなぁ」
「硬いこと言うなよぉ!一回だけだから!」
マヤの提案に難色を示すリクとカケルだったが、マヤは一回だけと丸め込む。
6人がやりたいことの準備を終えて、待ち構えていると客としてやってきたリゼが入ってきた。
「「「「「「おかえりなさいませ!お姉ちゃん!」」」」」」
6人はランドセルを背負いポーズを決めて、リゼを出迎える。
「妹弟喫茶だよー!」
リゼは呆気に取られて固まる。
「…リゼじゃん。これやばくね?」
「奇遇だね。ボクもそう思う」
「同じく」
「…なななななにしてるー!?」
リクがぽつりと漏らすとカケルと雪兎が同意すると、リゼが声を上げる。
「一列に並べー!チマメ隊!ユカリ隊!」
「教官には効かなかったー!?」
「…やっぱり、ココアさんにしか効きませんね」
「そうだね」
マヤの後ろに隠れたチノが呟くと、雪兎も同意する。
そのココアはまだ千夜の部屋で安らかに眠っているのだった。
ラビットハウスでお泊り編でした。
自分のお泊りといえば、みんなでゲームやコントローラー持ち寄ってゲームのパターンが多かったですね。
んで飽きたら漫画読んだりとか、誰かが一人用ゲーム始めたりという感じでした。
そして修学旅行とかで定番のプロレスごっこ。私はもっぱら見てる側でしたw
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少女は赤い外套を纏いウサギを駆りて聖夜の空を行くー1
色々忙しくて遅筆となってますが最後まで頑張ります。
お気に入り登録100いきました。いつもありがとうございます。
町行く人々の服装がすっかり秋から冬へと変わりしばらくした頃。
日の入りも早くなり、夜になった町の広場には溢ればかりの人込みと光のイルミネーション、そして大きなツリーが鎮座していた。
「うわぁー…!クリスマスマーケットだー!」
ココアたち6人はクリスマスマーケットにやってきていた。
「ココアちゃんは、こういうマーケットって初めてなのよね?」
「うん!あははー!」
お祭りムードの広場を見てテンションが上がったココアが駆け出す。
「あ、落ち着いてください」
「はしゃぐ気持ちも分かりますけど、転びますよ?」
「もうテンション有頂天だよ!どこから行く?」
「来て早々、目的を見失うな」
「今日は店のツリーに飾るオーナメントを買いに来たんですから」
「あ!そうだった」
「舞い上がっちゃう気持ちも分かるけどね」
「せっかくだし用事が終わったら、色々見て回るか」
「そうしましょ♪」
リゼの提案に千夜が同意すると、ココアは再びお店の方へと駆けだす。
「うわぁーい!」
「落ち着いてください!」
「チノちゃーん!雪兎くーん!こっちだよー!」
「転びますよ」
「やれやれ。あー、寒」
チノと雪兎はココアの後を追って駆け出す。
ココアが落ちつたところで、再び6人で目的のお店へと向かった。
「みんな、クリスマスメニューは決めた?」
「ああ。今年は4人で考えたんだよなぁ」
「頑張りました」
「色々候補が出て、まとめるのが大変でしたよ」
「クリスマス限定で、すんごい豪華なパンケーキを作るんだ」
ラビットハウスでは、4人の意見をまとめて限定のパンケーキを作ることとなった。
「素敵ね~」
「甘兎庵では、何か出すんですか?」
「うちは、今年もターキーを出すの」
「甘味処でターキー!?」
「イメージと違いすぎますよ!?」
「何故か評判いいらしいです…」
甘兎庵のクリスマス限定メニューであるターキーは評判がいいらしい。
「じゃぁ、うちはピザ焼こうよ!」
「回したピザ生地でお皿を割るのが目に見えます」
「若かりし頃のワシなら、回せた!」
「あー、そうかもねー」
「なんじゃ!ワシの腕を疑っておるのか雪兎!」
「チノって、時々すごい冗談言うよな~。雪兎もいつものようにツッコミいれるし」
「慣れてますからね」
チノがちょうどリゼの前を歩いているので、やはりリゼはティッピーの声を相変わらずチノの腹話術だと思っているようだ。
「シャロさんは、当日バイト尽くしですか?」
「あ、え、ええ。時給がいいから」
「クリスマスの喫茶店は繁盛しますからね」
「…本当は、クリスマスくらいゆっくり休めたらいいんだろうけど」
「じゃぁ!バイト終わりにクリスマスパーティしようよ!」「じゃぁ!バイト終わりにクリスマス会しましょう!」
ココアとチノが同時に振り替えると、全く同じタイミングにクリスマスパーティを提案した。
「…おお」
「…完璧にハモったな」
「わぁ!チノちゃんとハモれる日が来るなんて!」
「ち、違います!ココアさんが言ったのはクリスマスパーティ。私が言ったのはクリスマス会です!」
ハモれたことに感激しているココアの表情は、完全に緩んでいる。
「一緒だよぉ~♪ご馳走食べて、ケーキ食べて、コーヒー飲んで、朝まで踊り明かそうよ!」
「踊りませんし、明かしません!…そもそも、クリスマスというのは、心静かに祝うもので」
「チ~ノちゃ~ん♪」
「う~…」
チノの本来のクリスマスの説明を聞くことなく、ココアは頬を擦り付けようとするがチノが手で押し返す。
「本当の姉妹みたい♪」
「「えっ!?」」
千夜の発言に二人が驚いて固まるが、ココアは再びチノに頬を擦り付けようと迫る。
「チ~ノちゃ~ん♪」
「う~…」
「ともかく、みんなで集まるのは賛成だな」
「そうだわ!みんなでプレゼント交換しない?」
「それいいな!シャロは予定大丈夫か?」
「うぅっ…」
千夜の提案にリゼが賛成し、シャロの方に振り向くと何故かシャロは両目を涙で濡らしていた。
「…シャロ?」
「…こ、今年は、大福に蝋燭の夜じゃないのね」
(((今まで、どんなクリスマスを…?)))
感極まってシャロの口から零れたこれまでのクリスマスの夜に、戦慄するチノとココアとリゼ。
「ん?雪兎、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「…いえ、何でもないです」
先ほどから会話に混ざらない雪兎に気づいたリゼ。
雪兎はどこか不機嫌な雰囲気を纏っている。
「ココアちゃんに、チノちゃん取られたって思ってる?」
「な!?」
千夜の指摘が図星だったのか、雪兎は明らかに取り乱している。
「雪兎くんも私の可愛い弟だよ!」
「ちょっ、ココア姉ちゃん!やめてください!」
ココアは雪兎の抱き着くと、先ほどのチノと同じように頬をこすりつけようとしてくる。
「むぅ~…」
「今度はこっちか」
「やっぱり姉弟なんですね」
今度はチノの方が不機嫌な表情になると微笑ましく思うリゼとシャロだった。
広場を6人で進んでいくと、どこからか甘い匂いが漂ってきた。
「さっきから、なんだか甘~い匂いが」
「確かに」
「餡子でも煮てるのかしら」
「まさか」
「あ、あそこじゃない?」
「お菓子屋さん、ですかね?」
シャロが指をさした先には一軒のお店があった。
店先から見えるショールームには、果物や、今の時期にぴったりな雪だるまや白いうさぎを模ったお菓子が並んでいた。
「可愛いー」
「マジパンですね。ケーキの上とかに乗ってる」
「いろんな形がありますよね。クリスマスならサンタさんとか、煙突の付いた小屋とか」
「マジパンって、なんでマジパンって言うんです?」
「マジなパンだからね。本気で可愛い子ぶってるんだよ!」
ココアは突然、よくわからないことを力説し始める。
「え!?これパンなのか?」
「確か…、すり潰したアーモンドと砂糖を練って作るお菓子だったかと」
「だから砂糖の塊みたいに食べたらあんなに甘いんですね」
だが、シャロはマジパンについて知ってたらしく、正しい知識を披露する。
「…え、えっ、っとぉ…、ま、マジなんだから…、種族の壁ぐらい超えられるんだよぉ!」
「無理しないで!」
引っ込みがつかなくなったココアは、もはや根性論でマジパンを語りだすが、流石に苦しい言い訳に千夜が飛び込んで止めるのだった。
先ほどの店を離れて、目的のオーナメントを取り扱っているお店に着いた6人。
「わぁ!綺麗!」
店の中はクリスマスの飾りつけで溢れており、たくさんの客が入っていた。
「オーナメントってこんなに種類あるんだ!」
「うちはどれを飾ろうかしら。シャロちゃんの家も飾ってみない?華やかになるわよ~」
オーナメントを手に取りながら、千夜はシャロに提案する。
「今のままでいいわよ…」
シャロは断るが、千夜の目にあるものが留まる。
「でっかい天使像~」
「こんなのもあるんだなぁ」
視線の先にいたココアとリゼの前にあるのは、身長の高さほどもある天使像だった。
何かを思いついた千夜は、目を輝かせて叫ぶ。
「テーマは、救世主の生まれた馬小屋!」
「馬小屋!?」
「ダメかしらっ!?」
「ダメに決まってるでしょー!」
千夜の提案をシャロは全力で拒否する。
一方、チノと雪兎はラビットハウスで使うオーナメントを選んでいた。
「う~ん…、う~ん…」
「どれにしようか迷うね…」
その様子を見ていたココアは、二人に聞こえないようにリゼに声を掛ける。
「ねぇねぇリゼちゃん。ちょっといいかな?」
「どうした?」
「実は私、クリスマスの夜に二人の枕元にプレゼントを置いてびっくりさせたいんだ」
「へぇ~」
「でも、どういうのが二人は喜ぶかな?」
「雪兎はともかく、チノにはこんなのはどうだ?」
リゼが選んだのは、口が裂け、牙をむき出しにした黒いうさぎのぬいぐるみだった。
「別の意味でびっくりだね!?」
「冗談だよ。あ、そのオルゴールなんていいんじゃないか?」
リゼの見ている方向にココアが視線を移すとそこには、メリーゴーランドを模ったオルゴールがあった。
「これとぬいぐるみ一緒なら、万が一泣き出しても、きっと笑顔になれるよ♪」
「ぬいぐるみは渡さなくていい…」
「でも、雪兎くんには何をプレゼントしよう…」
「う~ん…。さすがに男子の好みは私にはわからないな。あいつの友達に聞いてみたらどうだ」
「そっか!ありがとうリゼちゃん!」
ココアはカケルとリクに相談して、雪兎へのプレゼントを決めることにした。
買い物を済ませた6人が店の外に出ると、月夜の空からは雪が降っていた。
「雪…」
チノは思わず、空を見上げながら呟く。
口からは白い息が出ている。
「綺麗だな…」
「ずっと空を見上げていると、吸い込まれちゃいそうです」
「寒いから早く帰りたい…」
「ちょっとはムードを楽しんでよ…」
雪に見とれていたところで、寒いのが苦手な弟の空気の読まない発言にチノは呆れる。
「ふぉっふぉっふぉっ」
「ココアさん?どこ行ってたんですか?」
妙な笑い方をしながら一行から離れていたココアが戻ってくる。
「えへへ。ココアサンタから、ちょっと早いプレゼントだよ!手出して」
ココアは手提げ袋を見せながら、みんなに手を出すように促す。
「はい」
「これ、私が気になってたやつ!」
「ココア…!」
ココアが買ってきたのは、先ほどのお菓子屋さんの店先に並んでいたマジパンだった。
「私が食べたかったから♪」
「…砂糖の塊だぞ?」
気を効かせて買ってきた、というよりも自分が食べたかったからみんな分も買ってきたという感じであった。
「でも、どうして急にプレゼントしてくれたの?」
「私、子どもの頃の夢はサンタさんだったからね!」
「夢が多いな」
「本当は、寝床に侵入して夢を運びたかったんだけど…」
「怖い!」
ココアのイメージは、寝ているシャロの部屋をサングラスに風呂敷を背負ったサンタの姿で覗いて侵入を試みている。
傍から見たら、ただの不審者にしか見えない。
「ね。さっき話していたクリスマスパーティ、ラビットハウスでやらない?」
「いいわね!」
「大丈夫かしら、チノちゃん、雪兎くん?」
「構わんとも!夜は貸し切りじゃ!」
ココアの提案にチノと雪兎ではなく、ティッピーが二つ返事で許可を出す。
「普段、自分が働いてるところでパーティなんて、何か不思議な感じだなー」
「じゃぁ、メグさんとマヤさんも誘っていいでしょうか?」
「あ、いいねぇ!雪兎くんも、カケルくんとリクくんに声を掛けてよ!」
「二人とも大丈夫だと思いますよ。リクも当日よりは前の日の方が忙しいって言ってました」
「あはっ♪楽しみすぎて眠れないかも!」
ちゃくちゃくとパーティの話が進んでいくことに、ココアのテンションも上がっていく。
「クリスマス当日に倒れるわよ?」
テンションが上がり、くるくると回るココアに千夜が近づき小声で話しかける。
「ココアちゃんは十分サンタさんよ」
「え?今なんて?」
「ううん。何でもない♪」
千夜の言葉はココアには届いていなかったが、千夜はそれでいいようだ。
「この後、どこへ行こうか?」
「屋台でお菓子を買いたいです」
「あと、イルミネーション!」
「全部行きましょ!」
「早く帰りたい…」
「雪兎、今日は皆さんに最後まで付き合うの」
「じゃぁ、走っていくよー!」
「行くぞー!」
「あっ、走ると転びますよ!」
寒空の中、一人を除いて元気な5人はクリスマスマーケットを見て回るのだった。
クリスマスマーケット編でした。
寒いのが苦手な雪兎くんは終始ローテンションでした。
雪って名前が入ってるのに…w
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少女は赤い外套を纏いウサギを駆りて聖夜の空を行くー2
キャラが多いので動かすのがすごい大変でした。
クリスマス当日。
ラビットハウスは、クリスマス一色の飾りつけになっていた。
店の中には、普段よりもたくさん客が入っている。
「限定パンケーキ、お待たせいたしました」
リゼが出来上がったクリスマス限定のパンケーキを客に出す。
ココアはカウンターで、パンケーキにクリームの盛り付けを行い、チノはコーヒーを客に運び、雪兎は、キッチンでパンケーキを焼いている。
「この後のパーティ、みんな来られるかな?」
「千夜もシャロも、仕事忙しいからな」
「パンケーキ、次の分焼けました」
雪兎が皿にパンケーキを載せてキッチンから戻ってくる。
「限定パンケーキ4つ、お願いします」
「うへぇ、キリがないなぁ」
今日はずっとキッチンに籠りっぱなしの雪兎が思わず顔を顰める。
「文句言ってないで、次焼いてきて」
「はいはい」
チノの指摘を軽く流すと、雪兎はキッチンへと戻っていく。
ココアは追加の注文を受けて、次のパンケーキの盛り付けを行う。
「人の事心配してる場合じゃなかった…!」
「ココアさん。招待状にまた、ウェルカムカモーンとか書いてませんよね?」
「大丈夫!今度は漢字にしたから」
ココアが取り出した招待状には、さぁ、聖なる夜の時間だ、来るがよい!と独特の文章が書かれていた。
おまけに夜は何故か赤文字である。
「大丈夫じゃない!」
―――――――――――――――――
一方、甘兎庵では、千夜が扉の窓を拭いていた。
甘兎庵は客の出入りが落ち着いたのか、青山以外の客の姿はなかった。
「…そうだわ!せっかくだし、パーティで一発芸を披露しましょう!」
千夜はクリスマスパーティで行う一発芸を考える。
「シャロちゃんとのコントもいいわね。…でも、このネタ、まだ完ぺきではないのよねぇ…」
シャロとのコントをイメージするが、まだ未完成であるようだ。
「ううん。ココアちゃんとチノちゃんと雪兎くんの開くパーティだもの!」
コントは出来ないと判断した千夜は、どこからか和傘を取り出し開くと、その上にあんこを放り投げる。
「妥協は許されないわ!」
叫びながらも、あんこを傘回しで綺麗に傘の上で回す芸を披露する。
「まぁー!」
それを見ていた青山は感嘆の声を上げるのだった。
―――――――――――――――――
もう一方、シャロの方は街中でサンタとうさぎのフードをを組み合わせた衣装でチラシ配りをしていた。
「お願いしまーす。お願いしまーす!」
通っていく人にチラシを差し出していく。
「うぅ…、寒い!こんな日にチラシ配りだなんて…」
雪の降る外の冷気で冷えた手を、息を吹きかけて温める。
「…パーティ、間に合うかな」
この仕事を終わった後のパーティの事を思い、ご馳走をイメージする。
(集まるなら、お鍋がいいなぁ。その後に、ケーキが待ってて…)
アツアツのお鍋に、豪華なチョコレートロールケーキが思い浮かぶ。
「…あれ?この状況どこかでみたことが…」
そこである童話の話と、自分の今の状況が酷似していることに気づく。
『マッチ、買ってください』
今の自分の状況が、マッチ売りの少女の話と完全に一致していた。
「ちがーう!」
思わずシャロは叫んでしまうのであった。
―――――――――――――――――
雪は止むことなく、木組みの家と石畳の町に降り注ぐ。
そんな中、ラビットハウスにある客が訪れる。
「「こんばんはー!」」
やってきたのは、頭にそれぞれ鹿とうさぎのカチューシャを付けたマヤとメグだった。
「パーティグッズは完ぺきだよー!って、あれ!?」
「ラビットハウスが混んでる!」
「珍しー!」
中の様子を見て二人が驚く。
ラビットハウスは既に、カウンター席を除き満席となっていた。
「パンケーキが話題になったみたいなの」
「座って待っててください。というか、ずっとそれ付けて来たんですか?」
「もち!」
「似合う~?」
ココアとチノが二人を出迎えると、チノが疑問に思っていたことを口にする。
「もぉ~。そんなの持ってきてぇ。気持ちを抑えきれないじゃない!」
「ココアさん、仕事中です!」
ココアがどこから取り出したクラッカーを点火しようと手に力が入るが、チノが割って止める。
「こんばんは。うわ、すごい人の数!」
「おーっす。来たぜー!ってすげぇ混んでる!」
二人に続いてカケルとリクがやってくる。
「いらっしゃい、二人とも」
「お二人も座って待っててください」
「雪兎は?」
「今日はキッチンでずっとパンケーキ焼いてます」
「そっか、ちょっと顔出してくるわ」
「ボクも行くよ」
カケルとリクはキッチンの方へと入っていった。
キッチンに二人が入ると、コンロの前でフライパン3枚を使いフル稼働でパンケーキ焼いている雪兎がいた。
「よーっす、雪兎」
「こんばんは、雪兎くん」
「あ、二人とも来たんだ!ちょっと手離せないから、ホールで待っててよ」
雪兎は顔だけを二人に向けて、パンケーキをひっくり返していく。
「何か手伝おうか?」
「助かるよ。ホールにいる姉ちゃんたちに聞いてきて」
「オッケー」
二人がホールへと戻ると、ちょうど千夜がラビットハウスにやってきた。
「こんばんは。あら?大繁盛?」
「千夜ちゃん!マヤちゃんたちと席で待っててね」
「特製和菓子を持ってきたんだけど」
千夜は中に入ると、和菓子と称してラッピングされた四角い箱をマヤ、メグ、カケル、リクの前に差し出す。
「…え。これ和菓子?」
「ん~?」
千夜の意図を酌めなかったメグが首を傾げる。
「メグ、違うぞ」
「そうそう、そこは」
「はっ!」
リクとマヤに指摘されてメグが気づく。
「こっ、これってケーキやないかい!」
メグは千夜にツッコミを入れるが、どこか遠慮気味であった。
「あ~、惜しい。もう少し、勢いが欲しいわね~。じゃぁ、リクくん」
「え」
いきなり矛先が自分に向いて、一瞬呆気にとられるリクだが、千夜は構わず箱を差し出すと、リクはすぐに表情を戻す。
「どうみてもケーキじゃねーか!」
「ああっ!良いわ!」
リクの勢いの付いたツッコミが炸裂すると、千夜は満足げな表情をする。
「私たち、お笑いで世界を狙えるわ!」
「あんまり狙いたくないなぁ…」
「世界狙えるのかな…」
千夜の提案に、ものすごく微妙な表情をするリクとカケル。
コントを一通り終えて5人がカウンター席に着く。
「お待たせしてすみません。お客さんなのに…」
「でも、本当に忙しそうね」
「雪兎にも言ったんだけど、俺らも手伝おうか?待ってるだけってのも悪いしな」
「お邪魔じゃなければいいんだけど、どうですかね?」
「「私たちも!」」
「邪魔なもんか。助かるよ」
リクとカケルの提案に、リゼが快く快諾する。
「持つべきものは、友と妹と弟だね!」
ココアが特製パンケーキを持ってカウンターにやってくると、マヤとメグの目の色が変わる。
「あ!これが特製パンケーキ!?」
「美味しそ~!」
「「これ食べてから頑張るよ~」」
「いきなりおさぼりさん!?」
「「やれやれ…」」
「あ、二人の分もあるよ♪」
「「いただきます!」」
「お前らもか!?」
マヤとメグは特製パンケーキの誘惑に勝てなかったのか、どこからフォークを取り出す。
そして、カケルとリクの分もあると聞いた途端に呆れ顔から一転して、食べる気満々になる二人。
5人が加勢してしばらくすると、最後にシャロがやってきた。
「私!間に合いましたかっ!?」
「シャロ!走ってこなくてよかったのに」
「え…。なんでみんな仕事ムードなの?」
「忙しいから手伝ってるのよ」
パーティ参加メンバーが仕事をしてる様子を見ると、ショックを受けたように数歩下がるとその場に崩れ落ちる。
「よ、ようやく…、仕事から解放されたと思ってたのに…」
「シャロちゃんは座ってていいよぉ♪」
「…座ってろ、ですって…。そんなの自分自身を許せないわっ!」
ココアの休んでいい発言に、シャロは立ち上がると天を仰ぎながら叫ぶ。
「限界を超えて覚醒した!?」
「2番テーブル!ミックスサンドとアメリカン!限定パンケーキとカフェオレ!」
「は、はい!」
「3番テーブル!ナポリタンと限定パンケーキ!ブレンドツー!」
「ラジャー!」
手伝いに入ったシャロは、矢継ぎ早に客の注文を捌いていく。
「シャロさん、すごい接客ぶりです…!」
「なんの!負けてらんないよー!」
「俺らもどんどん行くぞー!」
シャロの働きぶりにチノは驚き、マヤとリクは感化され、やる気をだす。
「これでようやく本来の仕事に戻れるよ~」
人手が足りてきたことで、ココアは一息つこうとカウンターにもたれかかる。
「休憩している暇ないぞ」
通りかかったリゼはココアのサボりを見逃さず、メニューで頭を軽く叩く。
「鬼教官!戦場の死神ー!うわーん!」
「ふっ。誉め言葉だ」
リゼに対してありったけの文句を言うココアだが、リゼは誉め言葉として受け取っている。
「ゆ、夕焼けの糸のお客様…」
「夕焼け!?」
「メグ!それはただのナポリタンだ!」
「ええ!?」
メグが何故かナポリタンの事を謎のメニュー名で呼んでいる。
「聖なる山の頂、赤と白の誘惑。お待ちどう様~」
メグに続いて出てきた千夜が、特製パンケーキを謎のメニュー名で呼びながら持ってくる。
「なんか、すごいの来ちゃった…!」
「あっ、ごめんなさい。いつもの癖で…」
「即興で思いつくのも、ある意味すごいけどな…」
ナポリタンと特製パンケーキに、謎のメニュー名を付けたのはやはり千夜であった。
「なんなら、一夜でメニュー全部書き換えてもいいのよ?」
「させぬぞ!」
「それお客さんどころか、ボクらも混乱しますから…」
「混乱を招くメニュー名は禁止!あと、限定パンケーキを追加で4つ!」
「は~い♪」
「シャロちゃんが、リゼちゃん以上に鬼教官!?」
千夜の提案にシャロはバッサリ切り捨てると、しっかり追加注文を伝える。
「でも、シャロさんが来てからお客さんの回転が良くなったね」
「よし!私たちも、気合を入れて働くぞ!」
「おー!」
こっちもシャロの働きぶりに感化され、やる気を出す。
その後も客足は途絶えることなく、ラビットハウスは満席の状態が続いていた。
「美味しかったー」
「ねー」
「はっ!」
ある客がパンケーキを食べ終えたことに気づいたシャロは、リゼの方を向くと目だけで内容を伝える。
(2番さん!食後のエスプレッソ!)
(ラジャー!)
リゼもシャロの内容を理解し、敬礼と目だけで返す。
配膳中のマヤとメグが近づくと、二人も目だけで話し始める。
(つまみ食いしたいよぉ!)
(ダーメ♪)
マヤは欲望を伝えるが、メグがバッサリ切り捨てると肩を落とす。
一方、キッチンでは雪兎と千夜がパンケーキをひっきりなしに焼いていた。
そこに手が空いたチノが手伝いに来ると、冷蔵庫を開ける。
「あ、バターが切れてしまいました」
「困ったのぉ。クリスマスは休みんどる店も多いし」
「うーん…。でも、バターがないとパンケーキが焼けないし…、どうしよう」
「大丈夫」
三人で頭を悩ませていると、千夜が割って入る。
千夜は生クリームの入った瓶をを手に取る。
「バターって、作れるのよ」
「千夜さん!」
「そうなんですか!?」
「こうやって、生クリームを振っていれば」
瓶を振り始める千夜。
「ふん!…ふん!」
瓶をひっきりなしに振るが、千夜の瓶を振る勢いがどんどん落ちていく。
「ふぅー!」
「千夜さん!?」
「大丈夫ですかっ!?」
体力のない千夜は力尽きて、調理台に突っ伏す。
「おーい、追加の注文…って、なんで千夜は机に突っ伏してんだ?」
そこに注文を伝えに来たリクがやってくる。
「リク、いいところに。リクんちってバターない?」
「あると思うぞ。切らしたのか?」
「うん。悪いんだけど」
「分かった。ひとっ走り行ってくるわ」
「すいません。お願いします」
雪兎とチノのお願いを二つ返事で引き受けると、リクはキッチンから出ていく。
一方、ホールではレジ打ちに苦戦するメグの姿があった。
「しょ、少々お待ちください…。えっとぉ…」
レジの操作が分からないのか、ボタンを押すとキャッシュボックスが飛び出す。
「わぁ!?」
慌ててキャッシュボックスを戻すが、再び混乱してしまう。
「えっとぉ…」
「3620円だよ」
「あ、お待たせしました!3620円になります!」
ちょうど近くにいたココアが得意の暗算で、メグに助け船を出す。
「はい」
「ちょうどいただきます!」
「「ありがとうございました!」」
二人で帰っていく客を見送ると、助けてくれたココアにメグが抱き着く。
「ありがとう!ココアちゃん!」
「焦らなくても大丈夫だからね。千夜ちゃんなんて、お客さんに国家予算並みのお金を請求したことあるらしいから!」
「それは焦った方がいいかも…」
千夜の大ポカにメグは言葉を詰まらせるが、当の本人は全く気にした様子もなく上機嫌に特製パンケーキを運んでいく。
時間は過ぎていくが、客足は全く衰えなかった。
メグとカケルが客に料理を運び、シャロとリゼもそれに続く。
キッチンでは、雪兎と千夜がパンケーキをひたすら焼き続け、時折チノが手伝いに来る。
戻ってきたリクがレジに着き、不慣れなメグをサポートしながら客を捌いていく。
親子で来た子どもを相手に、ココアとマヤが対応する。
「可愛い~♪なにこれ~」
「ぬおぉ!?」
女の子に抱き上げられ頬をこすりつけられているティッピーが、戸惑いの声を上げる。
「このパンケーキ、すごく美味しいです!」
「ありがとうございます」
客のパンケーキの感想に、チノはお礼を言って返す。
ココアがコーヒーを注ぎ、リゼがラテアートを描いて客へと出す。
「かっこいいー!」
「そ、そうですか?言ってもらえれば、何でも作りますよ」
リゼはラテアートを褒められたことに、照れながら頭を掻いている。
「わぁ!可愛いー!」
「器用ですねー!」
「いえ、それほどでもないですよ」
一方こちらは、キッチンの仕事に人手が増えた雪兎が3Dラテアートを披露していた。
コーヒーの上には二匹のうさぎを模った立体ラテアートが乗っていた。
「メグちゃん。次の皿の用意お願い」
「はい!」
「こっちの皿、使えますよ」
「あら、ありがとう♪」
使い終わった皿を洗い、千夜がメグに指示を出すとカケルが使える皿をあらかじめ用意していた。
「「ありがとうございました」」
帰っていく親子連れをココアとリクが見送る。
「えへへ♪」
元気よく手を振ってくれた子どもを見て、笑みがこぼれるココア。
そんな反応を見て、リクも思わず笑ってしまう。
「ははっ。手を振ってもらって喜ぶとか、ココア姉の方がよっぽど子どもだな」
「え!?そんなことないよ!私はみんなのお姉ちゃんなんだから!」
「はいはい。忙しいんだから、戻るぞー」
「もうー!」
からかうようにリクはココアを笑うと、レジの方へ向かうとココアも後に続く。
閉店まで客足は全く衰えなかった。
全員が一丸となり、ラビットハウスを回していく。
「わしはもっと、隠れ家的な静かな店を望んでいたんじゃがのぉ」
「…こういうのも、楽しいです」
カウンターからずっと満員状態のラビットハウスを見ていたチノとティッピー。
思わずティッピーの口から出た言葉に、チノは笑顔で答える。
引っ込み思案で、恥ずかしがりの孫から出た言葉に成長を感じ、ティッピーも笑うのだった。
クリスマスの大繁盛ラビットハウス編でした。
キャラが多い…!
埋もれさせないようにするのに苦心しましたが、バランスが取れてるのかはもうわかんないです…w
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少女は赤い外套を纏いウサギを駆りて聖夜の空を行くー3
大変っっっ!長らくっっっ!お待たせしましたっっっ!
ラビットハウス史上最も繁盛したといえる時間は終わり、閉店となった。
客がいなくなったホールでは、働いていた雪兎たちは私服に着替えて10人が集まっていた。
「今日は働いたね~」
「もうくたくたよー」
「でも、なんか楽しかったな」
「やり切ったって感じよね~」
「今日は、私とタカヒロさんでお料理を出すので、楽しんでくださいね」
「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」
「あ、僕も手伝いに――」
青山の言葉に全員が返事する中、雪兎は料理の手伝いを提案するが、青山が言葉を遮る。
「雪兎くんはキッチンに立ち入り禁止と、タカヒロさんに言われてますので入っちゃだめですよ~」
「えっ」
青山は雪兎にキッチン入らないように釘を刺すと、キッチンの方へと戻っていった。
「こういう時ぐらい、親父さんに任せろよ」
「そうそう、何でもかんでも手伝ったり、断ったりしないのは雪兎くんの悪いところだよ」
友達二人の指摘に、雪兎は思わず言葉を詰まらせてしまう。
「チノちゃん、雪兎くん、乾杯の挨拶して」
「え…、あ…」
ココアに乾杯の挨拶を頼まれて、チノは戸惑うが、みんなは期待の目でチノを見ている。
困惑しているチノが雪兎の方を見ると、雪兎は笑って見せる。
「「お疲れさまでした。乾杯」」
「「「「「「「「乾杯!メリークリスマス!」」」」」」」」
子どもたちがホールで盛り上がる中、キッチンではタカヒロと青山が料理を作っていた。
「はぁ~」
青山がターキーの乗った皿を手に取ると、魅了された瞳でターキーを見つめる。
「それ運び終わったら、青山くんも参加してきなさい」
「いえ!お料理と目を合わせなければ大丈夫です!」
「ん?」
青山にパーティーに参加するようにタカヒロは促すが、青山はターキーの魅力にそれどころではないようだ。
「すっごーい!」
ホールのテーブルに並んだご馳走を見てココアが声を上げる。
「美味しそー!」
「すごいご馳走…。夢じゃないわよね」
「ピザにサンドイッチ、ターキー…。ここってレストランじゃなくて喫茶店だよな?」
「よしっ!ターキーを解体するか!」
刃物の扱いに自身のあるリゼが、懐からナイフを取り出す。
「うちの小麦色の誘惑は、特別な隠し味を使っているのよ」
「甘兎庵ではターキーにもそんな名前が付いてるんですか」
ターキーは甘兎庵で出しているものを千夜が用意したようだ。
(頑張った皆さんに飲み物を作りましょう)
カウンターでは青山とティッピーが、パーティの様子を見ていた。
「ねぇねぇ。交換したプレゼント、もう開けてもいい?」
「みんなで一斉に開けましょう」
「せーのっ!」
「わ~!美味しそうなクッキー!」
「うさ耳パーカー!似合うかな?私に」
「わー!?あの怖いうさぎだ!」
「…市松人形?」
女子たちが交換したプレゼントを開けて盛り上がっている横で、男子たちもプレゼントを開け始める。
「俺らも開けるか」
「そうだね」
「お、シューズ用品とケース!サンキュー二人とも!」
「最近、話題の文庫本にハードカバーの小説!二人ともありがとう!」
「これは、模型用のニッパーに、自転車の整備道具。ありがとう!欲しかったんだこれ!」
「お前らは、あらかじめ上げるものを決めてたのか」
ワイワイと盛り上がっている子どもたちを、カウンターで見ている青山とティッピー。
「…こんなに賑やかなラビットハウスは初めてじゃ」
「はっ!?マスターの声がはっきり聞こえます。…これが、奇跡の夜っ!」
ティッピーが思わず声を漏らすと、マスターの声が聞こえたことに感激する青山であった。
―――――――――――――――――
クリスマスパーティはお開きとなり、解散となったラビットハウス。
すっかり夜は更けて、雪が降る町の灯りは消えてイルミネーションだけが煌々と光を放つ。
そんな夜中、ラビットハウスの廊下を歩く人影が一つあった。
(お楽しみはここからだよ!)
その人物はサンタに扮したココアだった。
足音を立てないように、ゆっくりとした足取りで香風姉弟の部屋の方へと向かう。
(枕元にプレゼントを置かなくちゃ。お姉ちゃんとして!チノちゃん、サンタさんに絶対来て欲しがってたもん)
寝る前のチノの様子を思い出すココア。
『靴下は万が一のためです』
万が一と言いながらも、しっかりと靴下を用意してるチノを扉から覗いているココア。
(雪兎くんの方は、信じてないみたいだけど。私からプレゼントもらえるとは思ってないだろうし、驚いてくれるかな)
『靴下?父さんがプレゼントくれるんだから別に要らないでしょ』
『そういうな。雰囲気を楽しむのも大事だぞ』
一方、雪兎の方はサンタが父親だと知っているようで、靴下を用意していなかったが、タカヒロに渡されているのをココアは見ていた。
ココアはまず、雪兎の部屋にこっそりと入る。
既に灯りは消えており、ベッドで寝ている雪兎は頭まで布団を被っていて顔は見えない。
ココアは起きていないか少し身構えるが、布団が規則正しく小さく上下に動いているのを確認する。
寝ていると判断したココアはベッドに近づくと、音を立てないよう靴下の中にプレゼントを入れる。
(メリークリスマス♪)
心の中でメリークリスマスと声を掛けると、雪兎の部屋を後にする。
雪兎の部屋を出たココアは、チノの部屋へと向かう。
チノはベッドで寝息を立てており、一目で寝ていることが分かる。
ココアはチノを起こさないように忍び足で歩き、ベッドに近づく。
「ふふっ♪」
父親以外からのプレゼントに驚くであろうチノの姿を思い浮かべてココアは小さく笑う。
その様子で扉の外で覗いている人物がいた。
(ココアくんも、同じ考えだったようだね)
姉弟の父親、タカヒロは優しくココアを見ていた。
―――――――――――――――――
雪は降り止み、雪化粧で白く染まった町に朝日が降り注ぐ。
チノが目を覚ますと、目の前にはプレゼントでぱんぱんに膨らんだ靴下があった。
「…あっ!ぱんぱん!」
チノは体を起こすと、大急ぎで靴下からプレゼントを取り出し、包装を開ける。
「わぁ!私が欲しかった立体パズルと、可愛いオルゴール!…それとココアさん!?」
何故か、サンタの恰好をしたココアがベッドの縁に寄りかかって寝ていることに驚くチノ。
ココアがサンタの恰好をして自分の部屋で寝ていることで、あることにチノが気づく。
頼んでいないはずのオルゴールが誰からのプレゼントかということを。
「すぅ…、すぅ…。…メリークリスマス…」
チノは笑うと、プレゼントを持ってココアを起こさないように部屋から出ていくと、雪兎を起こしに向かう。
「雪兎、朝だよ」
雪兎の部屋は相変わらず暗いままで、起きている様子がない。
「あっ」
チノがベッドに近づくと、棚の上にぱんぱんになった靴下に気づく。
こちらも、チノの靴下と同じようにぱんぱんなっているが、妙に平べったい。
そして、入らなかったのかもう一つのプレゼントは大きな箱に入っていた。
「雪兎、起きて。プレゼントもあるよ」
「…んぅ~?」
珍しく、雪兎はすぐに体を起こす。
「あ。…2個?」
「今年のサンタさんは二人来たみたい」
「…そっか」
雪兎はすぐに合点がいったのか納得したような返事をする。
「開けてみてよ」
「そうだね」
眠そうな目をこすって雪兎は頭を働かせると、包装を丁寧に外してプレゼントを開ける。
「あ、新しい調理セット!…それに、レシピ本?」
調理セットは父親に頼んでいたものだが、レシピ本については心当たりがない。
(…欲しかったって言ったっけ?)
レシピ本は、友達と本屋に行った際に欲しいと言った覚えがあるが、ココアとの買い物で言った覚えがない。
(二人に聞いたのかな)
ココアの事だから、二人に相談したといえば納得がいく。
「準備しようか」
「うん」
雪兎はチノと共に、プレゼントを持って開店の準備に向かった。
―――――――――――――――――
開店準備を終えた二人は、プレゼントをカウンター席に置いて、食器を洗っていた。
カウンター席ではメリーゴーランド型のオルゴールが音を出している。
「おはよう」
リゼが扉を開けると同時に、挨拶を掛ける。
「「おはようございます」」
「お、それって」
リゼがカウンター席のオルゴールに気づく。
「今年のサンタさんは二人来たみたいです」
(おじさんとココアか)
「一人はおっちょこちょいだったみたいですけどね」
リゼはオルゴールを買うところを見ていたので、すぐに納得する。
「雪兎は何を貰ったんだ?」
「僕は新しい調理セットとレシピ本です」
「ずいぶんと実用的だな…。男子はそういうものがいいのか?」
「そうですね。リクとカケルともあらかじめ欲しいもの伝え合ってましたし」
「それ、楽しみが薄れないか?」
「使わない物よりはいいかと思いますけど」
サプライズの交換会だった女子のプレゼント交換に対して、男子は互いに欲しいものを交換していた。
リゼは少し、男子の感性に疑問を抱いてしまう。
「大変だー!」
突然、カウンター横の扉の方から叫び声と共に走る足音が聞こえてくると、扉からパジャマでサンタの恰好をしたココアが、プレゼントらしき箱を抱えて飛び出してくる。
「おお起きたら私の部屋にプレゼントでサンタさんがーっ!?」
「お前が驚いてどうする!?」
「本当におっちょこちょいです」
「あはは。全く持って」
「え?な、何の話?」
「「おっちょこちょいのサンタクロースです」」
ココアの驚きように、声を合わせて呆れる香風姉弟だった。
クリスマスパーティとサプライズプレゼント編でした。
えー、ほんとに全くネタが思い浮かばず、めちゃくちゃ苦労しました…。
これがスランプか…。
女子組が各々用意して交換って感じだったので、男子組はあらかじめ欲しものを言い合ってそれぞれが用意するという形で対比を取ることにしました。
さて、1期編は残り1話となりました。
スランプが酷いので気長に待っていただけると幸いです。
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君のためなら寝坊するー1
1期編もいよいよ最終回です。
雪の降り積もった真冬の朝。
チノの部屋では、ココアとチノがベッドで寝ていた。
チノが目を覚ますと、気持ちよさそうに寝ているココアが視界に入る。
「ココアさん。起きてください。ココアさん!」
体を揺すってココアを起こそうとするが、ココアが起きる気配はない。
「ほんと起きてください」
チノは諦めず、ココアの体を揺すって呼びかけ続けるがココアは起きない。
諦めたチノはベッドを降りて部屋を出ていく。
「…んぅ?チノちゃん?」
ドアの開く音にココアが目を覚ます。
洗面所ではチノとココアが並んで歯磨きをしていた。
「…なんで私の部屋で寝てたんですか?」
「…えっとぉ。確かねぇ」
ココアは少し上を向いて昨日のことを思い出す。
「先に寝ちゃったチノちゃんが、袖を離してくれなかったんだよ」
「はっ!?」
てっきり、ココアの方に原因があると思っていたチノが驚く。
「夕食後に焼いたパンの美味しそうな匂いがしたのかなぁ♪」
「…美味しそうだったんだと思いますよ」
「えっ」
ご機嫌なココアが冗談で言ったつもりが、チノの意外な返答に驚く。
「…おはよ」
そんなところに、ちょうど起きたばかりで眠たそうな顔の雪兎が洗面所にやってくる。
「おはよう、雪兎」
「雪兎くん!おはよう!ねぇ、私ってどんな匂いがする?」
「…ん~?」
雪兎は眠気で頭が回っていないのか、気の抜けた返事をする。
しょっちゅう抱き着いてくるココアの匂いを思い出すように目を閉じる。
「…パンとか、小麦粉の匂い」
「やっぱり!?」
姉弟そろって同じような返答を受けて、ショックを受けるココアだった。
―――――――――――――――――
ラビットハウスでは客がおらず、静かな時間が過ぎていく。
ココアは買い出しに出かけて、チノと雪兎、ティッピーがカウンターにいた。
「…ただのお使いなのに」
「ずいぶん時間かかってるね」
ココアが出かけて随分経つが、お使いから帰ってこない。
「…雪兎、おじいちゃん」
「ん?」
「私、コーヒーの匂い大好きです。緑茶とハーブの匂いも素敵です」
チノが喋り出すと二人は静かに聞き耳を立てる。
コーヒーはラビットハウス、緑茶は甘兎庵、ハーブはフルール・ド・ラパンのことだろうと雪兎は考える。
「…でも、最近安心する匂いが増えたみたいです」
「…そっか」
最後の匂いは、朝のやり取りから雪兎は予想する。
ココアのことだろうと。
引っ込み思案の姉が、随分とココア姉ちゃんに懐いたものだと感慨深く思う。
「まだかな」
ココアの帰りを待ちわびるチノの姿に、出会った頃の警戒していた面影は全く残っていない。
ラビットハウスは静かに時間が過ぎていく。
―――――――――――――――――
ある日のラビットハウス。
チノ、雪兎、リゼがそれぞれ作業をしていると、勢いよくラビットハウスの扉が開く。
「「「「お邪魔しまーす!」」」」
来客は、マヤ、メグ、リク、カケルの4人だった。
「いらっしゃいませ。みんなお揃いでどうしたの?」
「調べものしに来たんだ!」
「調べもの…、ですか?」
「これだよ」
そう言ってカケルが取り出したのは、一枚のプリント。
そこには、職業レポートと書かれていた。
「あー、これかぁ。っで、うちに聞きに来たってことかな?」
「そうなの~」
「あれー?ココアは?」
ホールにココアがいないことにマヤが気づく。
「まだ着替えてます」
「ロッカールームだな!ちょっと行ってくる!」
「マヤちゃん。私も行く~」
「あ!職業インタビューなら父に…、って待ってください」
マヤとメグはロッカーの方に向かい、チノは二人を追っていった。
「まぁ、あいつらは置いといて。とりあえず雪兎に聞いていいか?」
「僕?僕よりは店主の父さんに聞いた方がいいと思うよ」
「雪兎くんのインタビューも参考に聞いておきたいって思ってね」
二人は雪兎にインタビューしようと、メモ帳を取り出す。
雪兎は少し困惑するが、少し考えるように上をみると喋り始める。
「あ~…、じゃぁ。えーと、やりがいは作ったものが美味しかったって言われると嬉しいね。コーヒーでも料理でもね。また来るよって、言われると気に入ってもらえたのかなって頑張ろうって気持ちになるかな」
「ふんふん。なるほど」
「ありがとう。雪兎くん。参考になるよ」
二人はメモを取り終えるとポケットにしまう。
「それじゃ、親父さんにも聞きたいんだけどいいか?」
「うん。行こうか。リゼさんすいません。ちょっとお願いしますね」
「ああ。任せろ」
雪兎はリゼにホールを任せると、リクとカケルを連れてタカヒロの書斎へと向かう。
廊下のところでロッカールームから出てきたココア、チノ、マヤ、メグとばったり出会う。
「あっ!二人も来てたんだ♪」
「こんにちは。ココアさん」
「よっす、ココア姉。っで二人はなんで更衣室から出てきたんだ?」
「ココアとチノにインタビューしてたんだ!」
「チノはともかく…、ココア姉はバイトだろ?」
「私だって、ラビットハウスの一員だからね!」
リクの疑問に、バイトのココアが何故か胸を張って、自慢げな顔をする。
「雪兎。そっちもお父さんにインタビュー?」
「うん。今連れて行くところ」
「じゃぁ、一緒に行こうか。ココアさん、リゼさんとお店の方をお願いします」
「お姉ちゃんに任せなさーい!」
ココアはいつものお姉ちゃんポーズを取ると、上機嫌でホールの方へと向かっていった。
残った6人はタカヒロのいる書斎へと向かう。
チノは後ろに5人を連れて書斎に着くと、扉をノックする。
「どうぞ」
少し待つと、中からタカヒロの声が聞こえてくる。
タカヒロからの返事を聞いて、6人は部屋へと入る。
「おや、みんな揃ってどうしたのかな?」
「「「「こんにちは!」」」」
「宿題で、職業レポートのインタビューに来ました!」
「お時間、大丈夫でしょうか?」
「ああ、構わないよ」
カケルが確認を取ると、タカヒロは快く承諾する。
4人は顔を合わせると、メモ帳を取り出す。
「この喫茶店の、やりがいやこだわりは何ですか?」
「一杯のコーヒーを大切に。豆にもこだわって、お客様に安らぎのある静かな空間と時間を提供する。先代にはないお客様の立場に立った接客を――」
「なんじゃと!?お前よりワシの方が、お客の立場に立っておるわ!」
先代、つまり祖父の代にはないという発言に耐えられなくなったティッピーが、声を荒げて割り込む。
チノはあくまで、腹話術と見せるため手で口元を隠す。
「…フッ」
「なぬ!?」
ティッピーの抗議を鼻で笑うかのような対応に、ティッピーが驚く。
「チノが二代目に宣戦布告!?」
「…チノの声なのか?じいさんの声にしか聞こえんけど」
「チノちゃん得意の腹話術だよ~」
「…前にも聞こえたけど。幻聴じゃなかったんだ」
その横では腹話術ということになっているティッピーの声について知らなかったリクとカケルが、マヤとメグに説明されている。
「個人経営って大変なんだなー」
「この辺、競争が激しいみたいだねぇ~」
「喫茶店っていろんな場所にあるしなぁ」
「ラビットハウスも色々考えて経営してるんだね」
タカヒロへのインタビューを終えた6人、が会話をしながらホールへと戻ってくる。
「お。終わったみたいだな」
「甘兎庵とフルール・ド・ラパンもありますしね」
「甘味処に、ハーブティーの喫茶店だから、うちとはちょっと違うけどね」
「その喫茶店にも、インタビュー行ってみたいねー」
「え、あの店にか?」
「確かに、こことはまた違ったインタビューが聞けそうだね」
「それならココア。休憩時間にでも連れて行ってやったらどうだ?」
甘兎庵とフルール・ド・ラパンに行きたいという4人に対して、リゼはココアに連れて行くように提案をする。
「えっ。私、これでも仕事あるんだよ?」
「その仕事は私たちが代わりにやりますから」
「ココア姉ちゃんは4人を連れて行ってあげてよ」
仕事の事を懸念するココアだが、チノと雪兎が代わりにやると言い出す。
ココアはそのことに機嫌をよくしたのか、目がキラキラと輝きだす。
「わぁー!妹達と弟達の頼みなら、断れないなぁ~♪」
「えっ!いいの!?」
「よかったぁ~!ココアちゃんとなら安心だね」
「…そうか?」
「まぁ、ボクらだけで行くよりはいいんじゃないかな」
「偵察任務か…。気を抜いたらやられるぞ!」
突然、リゼが真剣な表情で考え込むと、4人に対してビシッと勢いよく指さす。
「「やられる!?」」
「いや、偵察じゃねぇし」
「殴りこみに行くわけでもないからね?」
「「リゼさんの冗談ですよ」」
リゼの発言に驚くメグとマヤだが、リクとカケルは冷静に突っ込み、チノと雪兎は冗談だと二人に教える。
ココアは余所行きの服に着替えると、4人を引き連れてラビットハウスを出ていった。
―――――――――――――――――
「あら、チノちゃんのお友達の?サービスするわよ♪」
まず、ココアが4人を引き連れてやってきたのは甘兎庵だった。
「学校の宿題で、千夜ちゃんのところにインタビューに来たんだよ」
「ズバリ!ラビットハウスとは敵対関係何ですか!?」
「張り合ったのは昔で、今は違うんだよ」
「ココア姉が答えてどうすんだよ」
千夜にインタビューしているのに何故かココアが答える。
「良きライバルと思っているわ」
「そうなの?」
「最近、チノちゃんをお父さんがジャズやってたって聞いて、音楽も出来なきゃって気づかされたの。でも、楽器無いから歌います!」
千夜がそう言うとどこからか、ミラーボールとカラオケセットが出てくる。
「すげー!」
「カラオケ居酒屋みたい!」
「甘味処でカラオケって、なんかおかしくないですか?」
「でもさ、バイトしてると、勉強大変じゃない?」
「両立するのって難しくないですか?」
学業とバイトの両立について気になったのか、マヤとメグが尋ねる。
「働くことも勉強の内だよ!」
「メリハリ付けてこなせば、大抵何とかなるものよ」
「なんかカッコよく見えるな!メグ!」
「すごいんだね!マヤちゃん!」
「ココアちゃん。今度、数学教えてね!?ちょっとピンチなの!」
「私も文系全般教えて欲しいかな…」
「「ダメじゃねーか(じゃないですか)!」」
両立出来ているように見えたマヤとメグは憧れの視線を、ココアと千夜に送るが、当の本人達は学業の危機に直面していた。
―――――――――――――――――
次にやってきたのはフルール・ド・ラパンだ。
「いらっしゃいませー♪」
扉を開き、中に入るとバイト中のシャロが出迎える。
「うさぎっぽさが負けてるー!」
「ラビットハウス完敗だよ~!」
「ラビットハウスはコスプレ喫茶じゃないだろ」
しかし、フルール衣装を見た途端に、マヤとメグが青ざめる。
「しかも、このスカート丈!」
「何!?」
マヤが、シャロのスカートを掴み少し捲る。
「大胆さも負けてる!」
「は!?」
「喫茶店だからね?ここ」
メグの意見に、カケルが冷静にツッコミを入れる。
「歌い出してもおかしくない衣装だね!」
「歌!?」
「歌うサービスあったっけ?」
「無いわよ!」
「服よりも、ハーブティー気に入って欲しいな♪」
「リラックスした隙にヤルつもりだ!?」
「なんでよ!?」
営業スマイルでシャロがハーブティーを勧めるが、ココアの斜め上の解釈にすかさずツッコミを入れる。
「お店の決めポーズをやってよ!」
「無茶ぶり!?」
「じゃーん♪」
「ラビットハウスではこんな!ほら、二人も早く」
「「やらんわ!」」
ココア、マヤ、メグは並んでポーズを決めて、リクとカケルにもポーズをするように促すが二人は拒否する。
「はっ!?…先輩でさえ、やっていると言うなら…!」
ポーズに衝撃を受けて、シャロは少し考えこむ。
「これが!そうです!」
即興で渾身の決めポーズを披露するシャロ。
「でも、リゼちゃんには却下されたんだよね~」
「うぅ…」
リゼはやってなかったという言葉に、シャロはショックを受ける。
「終わったか?」
「シャロさんお疲れ様です」
「分かってたなら助けて!?」
怒涛のツッコミを入れたシャロに、労いの言葉をカケルが贈る。
「職業インタビューなら、あっちに小説家さんもいるよ」
ココアが指さした先には、ハーブティーを飲んでいる青山がいた。
「あの人、小説家だったのか。メグ、行ってみよう」
「うん」
「青山さんか。インタビュー相手にはぴったりだね」
「俺らも行くか」
4人は青山の方へと向かう。
「…今の職業インタビューだったの?」
「あれ?言ってなかった?」
今のどこが職業インタビューだったのだろうかと、心の中でシャロがツッコミを入れる。
「ぜひ、小説家さんになった経緯とやりがいを教えてください」
「私のような者でも、参考になれば」
「うんうん」
「きっかけは、ある方に勧められて」
「そういう経緯があったんですね」
「やりがいは…」
「やりがいは?」
「やっぱり、人を感動させられる時ですか?」
「そうですねぇ」
「「あっ!?」」
「「ん?」」
青山は言葉を止めると、突然椅子に座ったまま体を横に倒すと、机の下から店員を覗き込む。
「店員さんを観察しても怪しまれません」
「人間観察ってやつですね」
「これ、ただ覗いてね?」
「横になる必要ないだろ」
青山の行動にツッコミを入れるマヤとリクだった。
―――――――――――――――――
甘兎庵と、フルール・ド・ラパンのインタビューを終えた5人は街中を歩いていた。
「お金が…」
「和菓子とか、ハーブクッキーとか美味しかった!」
「色々話も聞けたしね~」
可愛い妹と弟達に奢っていたココアは、すっかり少なくなった財布の中身を見ながら落ち込んでいた。
「じゃぁ、そろそろ帰ろっか」
「そうですね。もういい時間ですし」
「えっ?もう帰るの?」
「他の喫茶店もインタビューしようよ!」
「2軒回れば十分だろ。おまけで小説家からも話聞けたんだし」
「えー!お前ら付き合い悪いぞ!」
「ダメ!遅くなったら、チノちゃんと雪兎くんに心配させちゃうよ」
まだ帰りたくないマヤとメグは顔を合わせると、ココアの方へ上目遣いでねだるような視線を送る。
「お願い。姉貴♪」
「もっと一緒にいたいね。ココアお姉ちゃん♪」
「わぁ~♪もぉ~♪遅くなったらチノちゃんに怒られるんだからね~♪ほら、弟二人も早く早く♪」
「「チョロい!」」
妹二人のおねだりにすっかり機嫌を良くしたココアは、二人の手を取り次の喫茶店に向かいだす。
「チノとどっちが姉が分かんねぇなー」
「ふふっ♪」
((全くだ…))
マヤの発言にメグが笑って同意すると、その後ろをついて行くリクとカケルも同じことを思うのだった。
―――――――――――――――――
日も陰り始めたころ、ラビットハウスに5人が戻ってきた。
「リゼー。帰ったよー」
「お。どうだった?」
「将来、私たちがここのライバルになる可能性がある!」
「寝返る気か!?」
マヤはリゼに宣戦布告するようにビシッと指さす。
メグはチノの横に行くと、耳打ちをするように小声で話しかける。
「私はね。チノちゃんと雪兎くんが、素敵なお姉さん達と友達でいいなと思ったよ」
「お姉さん…」
「将来あんな人たちになれるかなぁ」
「メグさんだけでも、そのままでいてください」
メグの感想にチノは苦笑いをすると、身近な高校生たちみたいにならないようにやんわりと懇願する。
「二人はどうだった?」
「ココア姉のチョロさ加減が心配になる」
「え?」
「悪い人に騙されないように、ちゃんと見ててあげてね」
「…どういうこと?」
インタビューに行ったはずの二人の感想に、首を傾げる雪兎だった。
職業インタビュー編でした。
今回は雪兎くんの出番はほぼ無しで、リクとカケルに頑張ってもらいました。
この二人すっかりツッコミ専門の立ち位置が板についてきましたw
ほんと、ココア、マヤ、メグトリオの怒涛のボケラッシュは見てて面白いですね。
これを凄まじい勢いで捌くシャロとのやり取り大好きですw
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君のためなら寝坊するー2
これにて一期編完結です。
まだまだ雪の残るある日のお昼。
「行ってきまーす!」
ココア、チノ、雪兎の3人はお出かけしていた。
「見て、雪が積もりまくりだよー」
「最近はずっと雪降ってますからね。あ~、寒い…」
はしゃぐココアとは裏腹に、寒いのが苦手な雪兎は嫌そうな顔をしている。
ココアは、雪かき後の道端に寄せてある雪山に近づく。
「雪うさぎ作るよ!」
「先に買い物に行っちゃいますよ」
「完成ー♪」
「あ、可愛いです」
「心揺れ動くの早くない?」
ココアを置いていくというチノだが、ココアが作った雪うさぎに見とれている。
「このくらいで見とれるとは、まだまだ子どもだねぇ♪」
((どっちが?))
今度は大きな雪玉を転がして大きくしているココアに対して、どっちが子どもだとチノと雪兎は心の中でツッコミを入れる。
「このまま、新学期まで雪が残ってたら、きっと学校で雪合戦だね!武者震いするなぁ!」
「何で武者震い?」
「…クラス対抗戦でもあるんじゃない?」
「でも、千夜ちゃんに玉投げられたらと思うと、ぞっとしてきたっ…!」
「千夜さんのことですから、魔球でも投げそうですよね…」
ココアが千夜との雪合戦を想像し、雪兎も思わず同意してしまう。
しかし、チノは何かに気づいたのか、ココアの顔をじっと見ている。
「…ココアさん。ちょっと腰低くしてください」
「ん?」
ココアは一瞬固まると、腰を落としてファイテングポーズを取る。
「構えろって意味じゃないです」
チノはツッコミを入れると、ココアにこっちに来るように手招きをする。
そして、ココアの肩を掴み引き寄せると、おでこ同士をくっつける。
「すごい熱!」
「えっ!?」
チノの発言に雪兎が驚くと、自分のおでことココアのおでこに手を当てる。
「本当だ!早く戻ろう!」
「ココアさん…」
熱を出しているココアを連れて、二人はラビットハウスへと戻った。
―――――――――――――――――
「ココアちゃん。お大事にね」
「お見舞いありがとうね。色々持ってきてくれちゃって」
風邪を引いたココアを心配して、千夜がお見舞いに来ていた。
「桃缶とリンゴとニンニク…?」
「桃缶、リンゴはともかく、…なんでニンニク?」
千夜は差し入れに、桃缶とリンゴ、紐で数珠つなぎにして輪っかになっているニンニクを持ってきていた。
「ニンニクを首に巻くと風邪に効くんだよね!」
「普通は焼いたネギじゃ…」
「そう!病魔が立ち去るのよね!」
「ニンニクで撃退するのは吸血鬼です」
「それに、匂いが苦手じゃなかったけ…」
「風邪って聞いたけど、大丈夫か!?」
続いて、リゼが皿を持って入ってきた。
「わぁ!リゼちゃんがむいてくれたの?」
「刃物の扱いはまかせろ!チノにリンゴうさぎにしろって言われたけど、これのどこがうさぎか分からなくて」
皿には皮の部分を耳に見立てた、リンゴで作ったうさぎが乗っていた。
「こっちの方がうさぎっぽくないか?」
リゼがもう一つの皿を取り出すとそこには、まるで彫刻のようにぬいぐるみのうさぎの形に掘られたリンゴが乗っていた。
ヘタ周りの部分の皮を残し、ベレー帽に見立てており、何故か手にはつまようじで作った銃を持っている
「すごい!」
「可愛い!」
「普通のうさぎは銃構えません」
「すごいけど、食べ辛いですよねこれ…」
「ココアー。大丈夫?」
「風邪って聞きましたので」
「見舞いに来たぞー」
「この前無理させちゃったから…」
さらに、マヤ、カケル、リク、メグがお見舞いにやってくる。
「4人ともありがとう。お姉ちゃんは大丈夫だよ。ちょっと熱があるだけ」
「早く良くなって、雪だるま作ったり、雪合戦しよ!」
「いいねぇ!」
「しばらくは安静です」
「そうだな。まぁ、この様子だとまだまだ降りそうだしな」
「新学期まで残りそうだよね」
「とにかく、風邪が完全に治るまでは無理だな」
「そうよ。ココアちゃんは今、悪魔と戦っているの!」
「「病魔です」」
「だからニンニク持ってるんだ~」
「そうなの~。十字架も持ってくるんだった」
「いや、風邪引きに対してのチョイスが明らかにおかしいですよね?」
「十字架なら、リゼのナイフの方がかっこいいな!」
「何の繋がりもないだろ。それ」
「あははは!…けほっ!けほっ!」
好き勝手に騒いでいる中学生組を見てココアが笑うが、咳込んでしまう。
チノが近寄り、ココアの額に手を当てる。
「ココアさん、また熱出てるじゃないですか。ちゃんと寝ないとダメです」
「長居しても体に障りますし、ボクらは帰りましょう」
「そうだな。ゆっくり安静にして寝ろよ。みんな行くぞ」
「また来るわね」
「ちゃんと寝ろよー」
「じゃぁなー。早く治せよココア姉」
「ココアちゃん、お大事にね~」
「みんな、ごめんね」
リゼがお見舞いに来たメンバーを引き連れて、部屋を出ていく。
「病人はちゃんと言うこと聞いてください」
「治るものも治りませんよ」
「…ごめんね。チノちゃん、雪兎くん」
珍しく落ち込んだように顔を伏せるココアに対し、チノと雪兎は安心させるように微笑む。
「大丈夫ですから」
「安静にして、早く治しましょう」
―――――――――――――――――
ココアの部屋を後にし、ラビットハウスを出た6人。
リゼ、マヤ、メグと別れ、千夜、リク、カケルの三人で帰路に着いているときだった。
「そういえば、シャロさんはどうしたんです?」
カケルが、お見舞いの場にシャロがいないことに気づく。
「シャロちゃんも風邪を引いてね。今、家で寝てるの」
「え、そうなのか?」
シャロが風邪を引いていたことに、二人が驚く。
「だから、帰ってシャロちゃんの看病しなきゃ」
「…もし、邪魔でなければ、お見舞いに行っていいですかね?」
「俺も!」
「邪魔なんかじゃないわ。ありがとう二人とも」
二人の提案を千夜は受け入れると、足早に甘兎庵へと向かう。
甘兎庵に着いた3人。
千夜は、二人に外で待つように言うと隣のシャロの部屋と入る。
「シャロちゃん!?どうして起きてるの?」
「…寝てても暇なだけだし」
「ダメよ。寝てなきゃ治らないわよ。それに…、二人ともいいわよ」
「「お邪魔します」」
「えっ!?リクくんに、カケルくん!?」
「風邪って聞いてお見舞いに来ました」
「風邪引いてるのに勉強してる…」
千夜だけでなく、リクとカケルが入ってきたことにシャロが驚く。
「か、風邪移したら悪いし、帰って大丈夫よ」
「あら、せっかくお見舞いに来たんだから。邪魔者扱いはダメよ?」
「う、…それはそうだけど」
「さぁ!ニンニクを巻いて、梅干しをおへそに!」
「巻かないわよ!?あんたのおばあちゃんが言う民間療法は絶対間違ってるっ!」
千夜はラビットハウスに持っていったはずのニンニクの首輪を、カバンから取り出す。
「次はへそに梅干し?」
「民間療法って、迷信的なものが多いからね。一応、効果があるものもあるにはあるんだけど」
「へぇ~」
「ニンニクを首に巻いても何にもならないわよね!?」
いくら効果があるものがあるとはいえ、流石にニンニクはおかしいとシャロがツッコミを入れる。
「あのね。治るって思い込みの効果は大事よ」
「…ほんとはこの方法、信じてないでしょ」
「病は気からっていうしな」
「ちなみにプラシーボ効果って、偽薬効果とも言うんだけどね。実際に思い込みは効果はあるんだって」
「へぇ~。じゃぁ、嘘でもないんだな」
「なら、移すと治るって言うのは迷信なのかしら?」
「捨て身の看病だったの!?」
自分の身を捧げてまで、シャロを治そうとする千夜にツッコミを入れる。
「実際は、移った人の発症までと、元の人が治るタイミングが重なるだけで、移せば治るわけじゃないですよ?」
「あら。そうなの?」
「捨て身どころか自滅!?」
「ダメじゃねーか!」
おまけに、カケルの知識も重なり、千夜の行動が自滅でしかないという事実が判明する。
「…二人とも、お見舞いありがとう。移すと悪いからもう帰りなさい」
「でも、大丈夫ですか?何か手伝えることがあれば」
「大丈夫よ。千夜だっているから」
「そっか。じゃぁ、俺らは帰るか」
「うん。シャロさんお大事にね」
「二人ともありがとうね」
二人は席を立つとシャロの家から出ていく。
「あんたも、帰りなさいよ…って、何してんの?」
千夜はベッドにもたれかかると、カバンから本を取り出す。
「寝るまでいるわ。この本読み終わるの時間かかるし」
「…」
友人の気遣いに、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、何とも言えない表情をするシャロだった。
―――――――――――――――――
日も落ち、すっかり辺りが暗くなった頃。
ココアの部屋に、小さな鍋を持ったチノがやってくる。
「リゼさんがお粥を作って帰りましたよ」
「…ち、の…」
「あっ」
ココアの粗い息遣いと言葉に気づいたチノは、テーブルに鍋を置いてココアに駆け寄る。
「苦しいんですか!?私に出来ることだったら、何でも言ってください!」
「ち…、ち…」
「何ですか!?」
「はぁ…、はぁ…」
「ココアさん!」
息を切らしながらも何かを伝えたいのか、言葉を紡ぐココアの手をチノが握る。
「…地中海風オマール海老の、リゾットが食べたいな…」
「…え。…地中海?」
ココアから出てきたよくわからない要望に、チノは一瞬混乱する。
チノはココアの額に手のひらを付けて、熱を測る。
「すごく熱いじゃないですか!?早くお薬を!」
「チノ!風邪薬が切れておるぞ!」
テーブルの上に置いてある風邪薬は、既に空になっていた。
「えっ!?近くのお店はもう閉まっていますし、父は仕事中です。どうしましょう…」
「家が近い千夜に貰いに行くのはどうじゃろう」
「おじいちゃんナイスアイディアです!今から走っていけば、一時間掛からず帰ってこられます!」
「だが、外は雪が積もって危険じゃ…」
窓の外を見ると、まだ雪は降り続けている。
チノはココアに視線を移す。
ココアの方は、顔を赤くし、息苦しそうに眠っている。
「…私、行ってきます!」
チノは決意を決めたように言うと、ココアの部屋から慌てて飛び出していく。
「大変じゃ…!」
チノに続き、ティッピーも部屋から飛び出すが、既にチノの姿はない。
「雪兎!大変じゃ!雪兎ー!」
ティッピーは雪兎の部屋の扉を勢いよく開けて、部屋へと転がり込む。
「おわ!?どうしたのじいちゃん?」
机に向かっていた雪兎が驚いた様子で、ティッピーの方へと振り向く。
「チノが!」
「…え?」
―――――――――――――――――
すっかり薄暗くなり、雪が降り続ける木組みの家と石畳の町を一人、チノは歩き続ける。
道には雪が積もっており、夜ということもあって足跡もない。
チノは雪に足を取られて転ぶが、すぐに立ち上がると、甘兎庵の方へと足を進める。
(たくさん降ってる。朝になったら雪かきをしなくちゃ)
「チノよ。夜道を一人で行く気か?」
「全く。僕がいるんだから、ちょっとは頼ったらどうなのさ」
突然、聞こえてきた声にチノが驚いて振り向く。
「おじいちゃんに。雪兎?」
「うむ」
「うん」
そこには、防寒具を着込んだ雪兎とティッピーがいたが。
「おじいちゃんが雪と同化してどこにいるか分かりません!」
「え」
雪の上に降りていたティッピーは白色の毛をしているので、すっかり雪に中に溶け込んでいた。
「それ、僕も思った。って、はぁ、全く…」
チノの発言に同意すると共に、何かに気づいた雪兎は、チノに近づく。
「な、なに?」
「転んだでしょ。額が赤くなってるし、ちょっと雪が付いてる」
雪兎はハンカチを取り出し、チノに付いた雪を払って、額を優しくハンカチで拭う。
「これぐらい平気」
「平気なのはいいけど、足元に気を付けなよ」
チノはティッピーを頭に乗せてフードを被り、雪兎と共に道を進む。
「ありがとう。おじいちゃん、雪兎。一緒に来てくれて」
「仕方ないじゃろ。チノの大事な姉が、あの状態ではな」
「お姉ちゃんじゃありません!ココアさんはココアさんです!」
からかうようなティッピーの発言に、チノはぽかぽかと頭の上のティッピーを叩く。
「うわ!おい!やめなさい!」
「ストップ!叩くのはダメ。年寄りは労わらないと」
「年寄り扱いするでない!」
「…でも」
「ん?」
「なんじゃ?」
「ココアさんの匂いは、嫌いじゃありません」
「…そっか」
しばらく歩き続けて、甘兎庵へと着いた三人。
その時、シャロの家から千夜が出てくる。
「「千夜さん」」
「チノちゃん?それに雪兎くんも。あら、頭に雪積もらせて…、っと思ったら、ティッピーだったわ」
「あの!風邪のお薬があったら、譲って頂けないでしょうか?」
いつもの調子で喋る千夜を遮るように、チノは風邪薬を譲ってもらうように頼み込む。
「ココア姉ちゃんの薬、全部使い切ってしまって」
「いいわよ。いくつ?」
「「…持ち歩いてるんですか?」」
千夜は何故か、両手いっぱいに風邪薬を持っていった。
「ちょっとね」
そういうと、千夜はシャロの家に視線を移す。
「シャロさん、風邪ですか?」
「ほら、お薬持ってココアちゃんのところに」
こっちは心配ないと言わんばかりに、千夜は薬を渡して戻るように促す。
「はい。ありがとうございます!」
「千夜さん、ありがとうございます!シャロさんにお大事にって伝えてください」
「伝えておくわ。二人とも、気を付けてね」
「急ごう!」
「うん!」
二人は来た道を戻っていく。
「私も急がないと♪」
その様子を見送った千夜は、甘兎庵に入る。
帰り道も、雪は止むことなく振り続ける。
途中で再び、チノが転ぶというアクシデントはあったが、無事にラビットハウスへと戻った三人はココアの部屋へと向かう。
「ココアさん!お薬貰ってきました」
「…あ、チノちゃん。雪兎くん」
「ココア姉ちゃん大丈夫?」
ココアは目を覚ましているが、相変わらず顔は赤く苦しそうな表情をしている。
「少し落ち着いてきた。あれ?チノちゃん、おでこどうしたの?」
「あっ」
ココアはチノの額が赤いことに気づくと、チノは慌てて額を両手で隠す。
(ゆ、雪で滑って頭から転んだって言ったら笑われる!)
「ああ~。雪ではしゃいでスノボごっこしたら転んだんだね。危ないよ?」
「普通に転びました」
「スノボごっこはしてないですね」
ココアの斜め上過ぎる恥ずかしい勘違いに、チノは素直に転んだと言う。
「チノちゃん、雪兎くん。もし、風邪移しちゃったら、私が全力で看病するからね」
「私はそんなにやわじゃないです。リゼさんに鍛えられたので」
「僕も、ここ数年風邪引いてないから大丈夫ですよ」
翌日。
「うぅ…」
頬を真っ赤に腫らして、熱冷ましのシートを額に付けたチノは、ベッドに横になっていた。
ベッドの横ではココアが立っている。
「私の風邪は移らなかったけど、おたふく風邪になるなんて」
「…何故か負けた気がします」
「ちゃんと、安静にしてなきゃダメだよ?今度はお姉ちゃんが看病するからね」
「一人で大丈夫です。熱もまだ微熱ですし…」
「病人はちゃんと言うこと聞かなきゃダメだよ!」
「むー…」
「でも」
ココアは扉の方を見る。
「たくさん看病してくれたチノちゃんじゃなくて、雪兎くんの方に移っちゃうなんてね~」
一方。
「姉弟揃って風邪とはな」
「うぅ~…。頭痛い…」
雪兎もチノと同様に、額に熱冷ましのシートを付けてベッドで横になっていた。
風邪薬を持ったタカヒロが、雪兎のことを看病している。
「お前が風邪を引くとは、珍しいな」
「何で姉ちゃんじゃなく僕に…。だるい~…。しんどい~…」
「まぁ、いい機会だ。しっかり休むといい」
何かと働き者である雪兎には、いい休暇だと思い、軽く笑うタカヒロであった。
数日後。
チノが開店の準備をしていると、リゼがラビットハウスの制服でホールに来る。
「おたふく風邪、良くなったのか?」
「おはようございます。もう治りました」
「まさか、まだ罹ってなかったとはなー。おたふくって、ほっぺがこーんなになるんだよな」
そう言いながら、リゼはチノの頭に乗っているティッピーの頬を引っ張る。
「雪兎も風邪だったんだろ?」
「はい。雪兎もすっかり元気ですよ」
雪兎の話題が出たところで、ちょうど本人がカウンター横の扉からホールにやってくる。
「あ、リゼさん。おはようございます」
「おはよう。風邪はいいのか?」
「はい。もう大丈夫ですよ」
雪兎は腕まくりをするとガッツポーズをして、元気な様子を見せる。
「そういえば、ココアは?」
「まだ、起きてないみたいですね」
「全く…」
寝坊助のココアに、リゼは呆れた様子を見せる。
「ちょっと起こしてきます」
「僕も行くよ。リゼさん、ちょっとお願いします」
二人は揃ってココアの部屋へと向かう。
ココアの部屋では、目覚まし時計が鳴っているが、ココアが起きる様子はない。
「ココアさん。開店の時間ですよ。起きてください」
「…パンが焼けたらラッパで知らせてね~」
「パンを焼くのはココア姉ちゃんの役割では…」
妙に寝言を流暢に喋るココアだが、全く起きない。
「風邪治って、今日から一緒に働くんじゃないんですか?」
「またみんなで働くの、姉ちゃん楽しみにしてたよね」
「よ、余計なこと言わない!」
「…あと、20分~」
再び寝言を言うと、すやすやと寝息を立てだすココア。
どうやって起こそうかとチノが考えていると、雪兎が何かを思いついたのかチノに耳打ちをする。
チノは戸惑った様子を見せるが、同意をしたのか雪兎に向かって頷く。
二人はココアに聞こえるようにすぐ側に寄ると、小さな声を合わせる。
「「おねえちゃんの寝坊助」」
「はっ!?」
「「うっ!?」」
「おっと」
ココアが飛び起きると、近かったチノと頭をぶつける。
頭をぶつけてよろけたチノを、雪兎が受け止める。
「…どうして、目覚ましより小さな声で起きるんですか!?」
「…えへへ、どうしてかな?」
「チノちゃん、雪兎くん。さっきなんて言ったの?」
「…何も言ってません」
「それはですね」
「わぁー!わぁー!」
「え~?」
今日もラビットハウスで新たな一日が始まる。
チノの看病編でした。
ラストということでめっちゃくちゃ悩みまして全く筆が進みませんでしたが、なんとか書ききることが出来ました。
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1期編あとがき
おはこんばんちは。
作者のテクトです。
ご注文はうさぎですか?―ラビットハウスの看板姉弟―
1期編を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
後半で失踪しかけながらも、何とか一期編を完走しきることが出来ました。
2期編ですが、最近の更新頻度の低下と、時間の捻出の関係で少し書き溜めをしてから投稿しようと思いますので、お時間を頂けれたらなと思います。
ここから先はこの小説の事に関してつらつらと書いていこうと思いますので、興味のある方のみお進みください。
一応、二期編以降のネタバレはないつもりですが、もしかしたらぽろっと出るかもしれません。
ここで戻られる方は、2期編でお会いしましょう!
テクトでした!
―――――――――――――――――
―書き始めたきっかけ―
ごちうさの二次創作SSってあるのかなーと思って調べて、ハーメルンにたどり着いていろいろな方の作品を読んで、「失踪前提で自分も書いてみようか」と思いまして、勢いだけで始めました。
―オリジナル主人公について―
まずはオリジナル主人公を決めないといけません。
このサイトの他の方が書いてるオリ主が高校生、もしくは年上が多いという印象を受けまして、中学生組を中心にした話が読みたいと感じました。
なので、チノの双子にすれば絡ませやすい、弟の方がいいかなと感じ、本作の主人公、雪兎くんが出来上がりました。
―チノとの関係―
チノの双子の弟ということで、チノとどう絡んでいくかは重要になります。
書き始めた当初は、チノが雪兎を溺愛気味という予定でした。
しかし、書き続けてるうちに「むしろ、自然な仲の良い姉弟くらいの方がいいのでは?」と思い始めて、現在の関係に落ち着きました。
溺愛になった切っ掛けの設定もありましたが、結果、没になりました。
そして、チノ側からは、唯一敬語を使わないというのも、他にはなくて面白そうだと感じて採用しました。
敬語を使わないことで、距離感の近い姉弟という感じになったと思います。
―オリジナルキャラについて―
雪兎くんが中学生ということは、チマメ隊とがっつり絡むので、チマメ隊の対になる3人組がいると感じて出来上がったのが、ユカリ隊のリクとカケルです。
コンセプトに関してはいわゆる、普通の雪兎、チビで運動のリク、ノッポでガリ勉のカケルとよくいる三人組という感じになりました。
リクに関しては、当初はボケキャラにするつもりでしたが、思った以上にマヤ、メグがボケまくるので、これじゃ収拾がつかない!っということで自然とツッコミポジになりました。
カケルに関しては、ほぼ最初のコンセプトからブレることはなく、知識枠として活躍してくれました。
本編では、高校生組が中心の話を上手く埋めてくれて、作者が思った以上に活躍してくれました。
ちなみに、ユカリ隊の名前ですが、雪兎のユが頭に来るのでそこから出てきたのがユカリだったのでこの名前になりました。
そして、1期ではちらっとしか出てこなかった千夜とシャロの幼馴染、楓ですが、本編での登場はもうちょっと先となります。
登場時期はだいたい決まっていますので、もう少々お待ちください。
―各話について―
本編の流れはそのままに、高校生組が中心のところは出来るだけ中学生組に置き換えるというのをコンセプトに書きました。
閑話に関しては、2、3話ほど書いて本編だとあまり掘り下げが出来なさそうなことを書こうと思っていました。
―第1羽―
物語の始まりということで、雪兎くんがラビットハウスからスタートなので、香風家と絡ませて、開店準備の様子を書くことにしました。
雪兎のキャラ設定の部分を書くために、自転車で買い出し、買い食い、3Dラテアート等の描写を入れました。
後半では、ココアに対して臆さない雪兎に対してチノが嫉妬してる場面があったり当初の溺愛設定のなごりが残ってます。
―第2羽―
中学生組初登場ということで、登校場面と中学校、下校場面がオリジナルとなっています。
個人的に中学生6人を動かすのはこの時から楽しかったですね。
千夜初登場は、パン作りの場面となりました。
ここで雪兎の料理好きの部分が出てますね。
目を輝かせて、暴走気味の雪兎くんは書いてて楽しかったです。
甘兎庵編では、チノが動物に懐かれないというのがあったので、逆に雪兎は懐かれるというのも対比として面白いと思って追加となりました。
―第3羽―
シャロは本編通りに初登場。
カップ屋の話は、チノもボケに走るので雪兎を動かすのに苦労しました。
フルール・ド・ラパン編では特に改変もなく進みましたね。
そして、定番のお泊り編。
酔ったシャロに抱き着かれる役得な雪兎くんに、嫉妬するチノちゃん。
別案では、割とガチめの喧嘩をするというのもありましたが、没になりました。
この話、前編、中編よりもアクセス数が伸びてる辺りやっぱ定番だな感じました。
―閑羽1―
メイン5人が揃ったのでオリジナルの閑話を入れました。
今回は雪兎の料理が得意という面を中心に書いてみました。
調理場面は書いたらとんでもないことになりそうだったので全カットになりました。
無念。
―第4羽―
好き嫌いと背を伸ばそう編は中学生組中心に再構築となりました。
ユカリ隊はこういう時に大活躍になりました。
コーヒー占い編も中学生組に改変しつつも本編と同じ流れになりました。
そしてごちうさオリ主定番の女難がここで登場。
図書館編では、ちらりと楓の話題が登場。
そして、雪兎の悩みもここで登場。
このあたりも今後、回収していきたいですね。
―第5羽―
改変の多かった5羽。
球技大会編では、中学生組もスポーツ大会に変更してオリジナルを追加。
がっつり6人を絡ませることができて楽しかったですね。
父の日編では、本編がリゼを中心に動くので、雪兎がほぼ絡められない。
ということで、思い切ってユカリ隊を中心にラビットハウスでコーヒーを淹れる修行という方向に変えました。
コーヒーの淹れ方を調べるのが楽しかったです。
―第6羽―
休日の散歩編ではラビットハウス組中心だったので書きやすかったですね。
チノと雪兎の軽口言い合うやり取りは姉弟らしさが出てお気に入りです。
ロゼの正体に気づくはオリ主は定番ですね。
チマメ隊のお手伝い編では中学生組中心なので、ラビットハウスに来るまで経緯や、ココアが帰ってくるまでの話が追加となりました。
お悩み相談も、雪兎も混じった結果とばっちりを喰らったりと書いてて楽しかったですね。
Cパートは雪兎不在でしたが、いなくても問題なかったことや、青山の名前がいつまで経っても出なかったので結果的に入れて正解でした。
―第7羽―
ココアとチノの喧嘩編では、身に覚えがなくて困惑する雪兎くんは書いてて楽しかったですね。
そして黙々とパズルを組む雪兎くんは、凝り性なところが上手く出せたんじゃないかと思います。
千夜のお悩み編はココア、千夜、シャロと中々珍しい組み合わせで書いてて新鮮でしたね。
チラシ配りとシャロの家バレ編では、チラシ配りは妙にテンションが高くて話がサクサク進んで面白かったです。
シャロの家バレは雪兎くんは知ってたというオチになりました。
―第8羽―
問題の水着回です。やはり伸びるアクセス数。
どういう流れに持っていこうかとすごい悩みました。
結局、いつまで経っても話が進まないのであっさり慣れるという流れにしました。
シャロを華麗に救出する雪兎くんのちょっとかっこいい場面も。
やるときはやる子です。
映画鑑賞編では、中学校から映画館への道中がオリジナルとなりました。
ティッピーが傘を持っていく様子は遠くから見たら唐傘お化けにしか見えないと思ってあんな感じになりました。
―閑羽2―
閑話2回目。
ユカリ隊を中心にオリジナルになりました。
リクの姉も登場しましたが、今後はちょい役で出るくらいですね。
そして本編中にリクとカケルが、千夜とシャロに絡む描写を入れれなさそうなのでここで入れることに。
千夜とリク、シャロとカケルの相性が良いというのは書いてて思いつきました。
―第9羽―
リゼの役作り編は、途中からラビットハウス組が抜けるのでそこの補完に苦労しました。
演技の部分は書いてて楽しかったですね。
スランプの青山編は青山が本格参戦。
書いてて難しいキャラだと思いましたね。キャラが掴めないというか。
―第10羽―
チマメ隊&ユカリ隊のお泊り仕事編は、久々の中学生6人組集合。
わちゃわちゃ感は書いてて大変ですが楽しいです。
あと、何故かこの回、前後の話に比べるとアクセスがやたら伸びてたりしてます。
7人で温水プール編は、銃撃戦をがっつり改変したので大変でした。
あまり目立ってなかったカケル大活躍回でした。
ラビットハウスでお泊り編は、男子組はまぁ集まってゲームだよなということで、途中で女子組合流という感じになりました。
朝の描写は中学生だし、こんな感じだろうなとか思いながら書きました。
―第11羽―
全員集合の11話。
クリスマスマーケット編は、雪兎くんが寒がりであまり動かなかったので大きな改変もなく平和に進みました。
クリスマスの大繁盛ラビットハウス編は、全員入り乱れてのすごい大変な回でした。
それぞれにちゃんと出番を作ってあげないといけないので、バランスとかも考えながら書きました。
クリスマスパーティとサプライズプレゼント編は、雪兎くんはサンタの正体を知ってる事になりました。
中学生なら気づいてそうだなぁと。
プレゼント交換は男子ならあらかじめ決めてそうだなと思ってこんな感じに。
―第12羽―
一期最終話。
冒頭のマーケットは高校生組だけなので、ラビットハウスで留守番してる姉弟とティッピーメインになりました。
職業インタビュー編では、ココア、マヤ、メグ、リク、カケルの珍しい組み合わせになりました。
三人がボケ倒すので、リクとカケルは専らツッコミでしたね。
こいつらまでボケだしたら、収拾がつかなくなります。
チノの看病編では、最後ということでどう締めくくるかすごく悩みました。
ラストは双子なので二人で言うという形にしました。
―最後に―
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
では、2期でお会いしましょう。
テクトでした!
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